パネル討論会 21世紀の石油エネルギー問題

パネリスト
石井吉徳(富山国際大学教授)
箱崎慶一 (経済産業省資源エネルギー庁)
Amos Nur (スタンフォード大学地球物理学教授)
宮崎  緑 (千葉商科大学政策情報学部助教授)
芦田  譲 (京都大学教授)
佃  栄吉 (産総研地質調査総合センター代表)

司会
大矢  暁 (応用地質 (株) 相談役)

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パネル討論  前半 (質問表からの質問と回答)

パネル討論の前半は、当日会場の皆さんからいただいた「質問表」に書かれた質問にパネリストが答える、という形で討論が進みました。以下は、そのときの質疑応答をまとめたものです。
なお、パネル討論の後半部分については こちら をご覧下さい。


Q1. 石井先生の "PLAN B" と脱石油戦略の中にあった「自然との共存:都市集中から地方分散へ」。非常に大切なテーマのひとつと思うが、これを推進するに当り、最初に手をつけなければならないことは、何とお考えでしょうか?

石井 :
難しい。2つの側面がある。都市集中する現代工業化社会は石油で支えられているが限界に来ている。集中から分散する必要があるのではないか。富山なども典型的な地方であるが、社会のあり方はどの県とも全く変わらない。富山は富山なりの特徴を活かしながら、自然と共存する道を見つける必要がある。20世紀型の文明が変わるレベルのこと、マスメディアの報道は重要であろう。


Q2. 石油枯渇と CO2 排出に重点を置かれていたが、それ以上に運輸部内では経営的に成立しない面があると考えます。
運輸部門で鉄道の利用を挙げていましたが、今後10年で、今の自動車による輸送が実質ベース予測でどの位モーダルシフトするか知りたいです。

箱崎 :
鉄道会社がどの程度将来に投資するかなどで変わるので、確定的なことは言えないが、そう大きくは変わらないのではないか。


Q3. 石油をめぐる米中対立を強調されたが、中国の CNOOC が米のユノカル( Unocal )を買収する動きをどう見ればよいか。国家の対立を超えた動きも感じるのだが。
中国石油会社による UNOCAL TAKE OVER をどの様に考えますか?

Nur :
企業買収は欧米の石油会社でも行われるようになった。石油を新たに開発するよりも買ってしまったほうが簡単で安いからである。それは石油を新たに発見するのが難しくなっているということも理由の一つである。CNOOC も同じで、彼らも新油田の発見という成果を挙げていないからである。国から資金も得られるため、買収により簡単に石油を得ようとしているのだろう。
米中の国益が対立してきているということで、同様のケースがこれからも増えるだろう。日本と中国の間でも同じような対立が認められる。石油の量が減り需要が増えていることが原因であり、今後も同じような対立が出てくるだろう。

芦田 (コメント)
CNOOC のユノカル買収はなくなった。


Q4. これまでの石油埋蔵量 (発見量) の推定値は公表されているものがありますか? ( P.45、 Fig.12 に当たるもので巨大油田だけでなく全ての油田に対するもの。)
またそのような推定値の信頼性についてどのように考えますか?

Nur :
小さい地震がいくら起きても巨大地震のエネルギーに達しない。油田も同じであり、ガワール油田、ブルガン油田などのメガ油田だけで世界の 85% の石油生産量を占める。これらの油田で現在問題が起きている。
たとえば、アラスカ・ノーススロープ油田では 150 億バーレルの埋蔵量があるが、全世界の消費量は年間 320 億バーレルであり、5ヶ月分に過ぎない。

芦田 :
油田の埋蔵量はいろいろでているが、基本的に予測である上に、政策的なことから意図的なものが入る。データはあるが信頼性についてはしっかりしたところもあるし、意図的なところもある。

大矢 :
これから埋蔵量推定の基準を作ろうと言う話が出るくらいで、現在信頼できる基準がない。デリケートな話で石油会社のいうことをあまり信用しないほうがよい。やっと基準をつくろうという議論が始まったところである。


Q5. 日本のエネルギー現状についてどのように子供達へこの現状を正しく伝えるのか?
教育の場、特に小学校・中学校・高等学校の時代に時間をとって教える政策をとって欲しいが。代替エネルギー、特に原子力エネルギーの重要性を子供に正しく伝えるのは義務教育と思うが。

宮崎 :
1992年の環境サミットあたりから、資源問題も地球環境問題として社会科や総合的学習の時間の中で教える機会は増えている。問題はどのくらい効果をあげているかである。マスメディアがどのくらいの扱いをするかで社会の関心が違う。メディアはどうしても目先のものに飛びつく傾向があり、20年先の問題に目を向けない傾向があるし、センセーショナリズムに走る傾向がある。
教育の中だけでは難しく、メディアの子供に対する影響力を考えると、共同して対応する必要がある。メディアは社会を映す鏡であり、メディアをいかに使いこなしていくかが大事ではないか。科学者が政策立案へのデータ提供だけではなく、判断まで関わる体制が必要とされているのではないか。そこが実現するとうまく回り始めるのではないか。

石井 :
オイルピーク問題の深刻さに関して、メディアの取材にも応じてきたが、なかなか記事にならない。大勢の意見で安心するらしい。大学も含めた先生の教育が重要ではないか。日本はそれぞれ専門分野では一流だが、森が見えていない。
教育、メディアにどう正しく理解していただくかである。メディアも個人レベルでは理解していても、大勢に流される。ニュースとしての需要がないのであろう。いまだに外国人がこういったというと日本人は聞くが、これからは自分で考えることが重要。

芦田 :
日本学術会議でも理科離れが問題となっており、小学生・父兄を相手に話をする取り組みを昨年から行っている。博物館で行うことで、子供がリピーターになることを期待したほか、インターネットでライブで兵庫県の子供に放送された。質問も受け付けた。こういう活動を通して我々自身も理科離れに対して手を差し伸べる必要がある。

佃 :
産総研の立場でなかなかできていない。歴史的背景もあるかと思うが、我々もどんどん発言していかなければいけない時代になっていると思う。

宮崎 :
石井先生のお話はその通り。ただ、情報と言うのは溜めていくものと流すものがある。価値があってもニュースバリューがより高いと考えられたものが流れる。
その決定はそれほどロジカルでないし、(価値を) わかっていることと出していくことに乖離 (かいり) がある。彼らが編集長になって出すかもわからない。

石井 :
メディアには「中学生向けのつもりで話して欲しい」と言われたことがある。これは戦略と言うよりタクティクス (戦術) であろうと思うが。

Nur :
いろいろな人がいろいろなことを言うわけである。地球学者、経済学者、政治学者がそれぞれ別のことを言う。一般の市民にとっては本当に混乱の極みである。
昨年 AGU において5人のスピーカー、2人の楽観論者、2人の悲観論者、それと私で特別セッションを開いた。700人の参加者があった。こういう形で忌憚のない意見交換を行うことが重要。
大学の学部レベルの学生に、課題を与えて研究調査させることをやっている。エネルギーの将来について研究させる。結論は私の方からは出さない、彼ら自身が調べてまとめることをやらせている。こういうことが必要ではないだろうか。こういうことをやることによって、専門家でない人が重要性を認識することができるのではないか。


Q6. アフガニスタン、イラクにおける戦争が、米国のなり振りかまわぬ石油資源獲得戦略から来ているという見方は、新しく、わかり易い。当事国市民として明言される勇気を高く評価したい。が、私としては、平和と民主主義を提唱・推進されている米国がこの様な前世紀政策にうったえられることは、CO2 に関する非協力的スタンスと共に理解できない事柄である。
博士の高邁 (こうまい) な考え方が米国の世論を正しい方向に変えるに実質的な力を有していると思うが、その見通しについて、いかにお考えになられるか、お伺いしたい。

Nur :
その通りだと思います。第二次大戦後、世界はよくなっていると思っていたが、いまやそのように考えることを疑問に思う人が多くなっている。安全保障上の恐怖がより重要だと考えるようになっている。
京都議定書についても、アンフェアなことが行われた。インドや中国のような途上国にも先進国と同じことを要求するのは、酷でありアンフェアだと私は思う。いろいろな国、人のあいだで対立を解消する方法がなければ、再び世界戦争になるのではないかと危惧している。
火星人がきたらこういうのではないか、「石油をみんなに行き渡るようにシェアすればいいじゃないか」。しかし現在そういうメカニズムが存在しないという状況である。

大矢 :
石油の問題はそれを奪い合うという問題だけではない。食糧問題・環境問題にも大きな影響を与える。