リモートセンシングを使った地質解析による月マントル組成の不均質の発見

2023年6月8日 掲載
地質情報研究部門 山本 聡

 月の全球を覆うリモートセンシングデータを使って、月のマントルが組成的に不均質であることを地質解析から明らかにした論文が発表されました。以下にその論文の概要を紹介します。
 月のマントルを構成する物質が何であるのかについては、長い間議論となっていました。月表面の巨大衝突盆地周辺では、差し渡し数100m〜数km のカンラン石に富む岩体が存在する場所(カンラン石サイト)が分布していることから、月のマントルの上部は主にカンラン石に富む物質からなり、それらが巨大隕石の衝突により掘削された可能性が考えられます。一方、月の裏側にある南極エイトケン盆地(SPA盆地)と呼ばれる巨大衝突盆地の周囲に分布するレゴリス領域のスペクトル特性は、斜方輝石やピジョン輝石などの組成的にカルシウムに乏しい輝石(Low-Calcium Pyroxeneの頭文字を取ってLCPと呼びます。)を示すことが報告されています。そのことから、月のマントル物質はカンラン石ではなく、LCPが支配的であると考える研究者も多くいます。しかし、レゴリスは様々な岩石破片が混在し撹拌されてできたものであることから、必ずしもSPAが掘削したマントル物質の特徴を示しているとは限りません。一方で、LCPに富む岩体が存在する場所(LCPサイト)の全球分布や露頭についてはこれまで詳細な調査がされていませんでした。そのため、月のマントル物質がカンラン石に富むのかLCPに富むのかについては長い間議論となっていました。
 そこで、この研究では日本の月探査衛星SELENE(かぐや)に搭載のハイパースペクトルセンサーのデータを使って、マントル由来と解釈される超苦鉄質のLCPのスペクトルに似たものだけを抽出するデータマイニングを行いました。その結果LCPサイトは、SPA盆地と雨の海盆地と呼ばれる巨大衝突盆地に集中して見つかることがわかりました(図1)。いずれの衝突盆地においても、カンラン石サイトは見つかっていますが、相対的にLCPサイトがより多く分布しています。さらにLCPに富む岩体について、SELENEで取得された地形データとマルチバンドデータを組み合わせた統合解析から鉱物・岩石分布の鳥瞰図を作成し、岩体の地質構造を詳細に調べました。図2に一例として、雨の海盆地の北東に位置するアルプス山脈(Montes Alpes)でのLCPに富む岩体周辺の鳥瞰図を示します。LCPに富む岩体は、山頂の急斜面や小規模クレーターの壁面など、宇宙風化の影響の少ない新鮮な露頭で見つかることがわかりました。これより今回発見したLCPに富む岩体は、いろいろな岩石が混ざったレゴリス由来ではなく、マントルから掘り起こされた岩体であると考えられます。つまり、SPA盆地や雨の海盆地の形成に伴い、主にLCPに富む物質がマントルから掘り起こされたと考えられます。 

図1:LCPサイト(白丸の領域)とカンラン石サイト(赤丸の領域)の(左)南極エイトケン(SPA)盆地および(右)雨の海盆地における分布図。背景はSELENEによる地形データ。

図1:LCPサイト(白丸の領域)とカンラン石サイト(赤丸の領域)の(左)南極エイトケン(SPA)盆地および(右)雨の海盆地における分布図。背景はSELENEによる地形データ。

図2 雨の海盆地の北東に位置するアルプス山脈(Montes Alpes)でのLCPに富む岩体周辺の鳥瞰図。急斜面に沿ってLCPに富む岩体(青い部分)が露出している。一方、山の上の平らな領域や、手前に分布する海領域では、LCPに富む岩体は見つからない。

図2 雨の海盆地の北東に位置するアルプス山脈(Montes Alpes)でのLCPに富む岩体周辺の鳥瞰図。
急斜面に沿ってLCPに富む岩体(青い部分)が露出している。
一方、山の上の平らな領域や、手前に分布する海領域では、LCPに富む岩体は見つからない。

 一方、地殻厚がほぼゼロであることから、巨大隕石の衝突によりマントルを十分に掘削したと考えられているモスクワの海盆地、危難の海盆地などでは、カンラン石サイトのみ見つかり、LCPサイトは見つかりませんでした(図3)。このように、月のマントルに由来する岩石は、衝突盆地によって組成的に異なることが明らかとなりました。これは、月のマントル組成が月全体で不均質であることを意味します。例えば、カンラン石に富むマントル物質がLCPに富むマントルを覆う層構造であり、衝突してきた巨大隕石の大きさの違いにより異なった岩石が掘削された可能性や、もっと単純に水平方向(月の裏と表の二分性など)でマントルの組成が大きく異なる可能性が考えられます。また、LCPサイトやカンラン石サイトの岩体の中には、マントル中で発生した玄武岩質マグマが地殻まで上昇して出来た深成岩由来のものが含まれる可能性も考えられますが、その場合であってもマグマの基となるマントルの組成が不均質であることを示しています。このような、深さ方向や水平方向の不均質は、月のマグマオーシャンの初期に重力的な不安定性によって引き起こされたマントル転覆に起因している可能性が考えられます。そのため、これらのサイトからのサンプルリターンや現地で直接調査を行うことで、月のマントルの組成や構造、その進化過程を深く理解することにつながると期待されます。
 今回の論文で示されている場所は、今後ますます議論が盛んになる将来有人月探査や月利用による目的資源開発の議論においても重要な基礎情報を提供するものと期待されます。

図3:(左)危難の海盆地および(右)モスクワの海盆地の周辺のカンラン石サイトの分布(赤丸の領域)。LCPサイトはこの周囲では一切見つからない。背景はSELENEによる地形データ。

図3:(左)危難の海盆地および(右)モスクワの海盆地の周辺のカンラン石サイトの分布(赤丸の領域)。
LCPサイトはこの周囲では一切見つからない。
背景はSELENEによる地形データ。

当該論文は、宇宙科学研究所 研究情報ポータル あいさすGATE (jaxa.jp) でも、紹介されています。

https://www.isas.jaxa.jp/home/research-portal/

論文情報
  • 雑誌:Journal of Geophysical Research: Planets (JGRE)
  • 論文著者:Satoru Yamamoto, Nagaoka Hiroshi, Ohtake Makiko, Kayama Masahiro, Karouji Yuzuru, Ishihara Yoshiaki, Haruyama Junichi
  • 論文タイトル:Lunar mantle composition based on spectral and geologic analysis of low-Ca pyroxene- and olivine-rich rocks exposed on the lunar surface
  • 論文DOI: 10.1029/2023JE007817
  • 掲載日: 2023/05/13(Online version)