リモートセンシングを使った月の地殻-マントル境界からの岩石露頭の地質構造の解明

2022年2月14日 掲載
地質情報研究部門 山本 聡

 衛星リモートセンシングにより、月の地殻とマントルの境界領域から来たと考えられる岩体の詳細な地質構造を明らかにした論文が発表されました。以下にその論文の概要を紹介します。
 月表面には、数 100m〜数 km に渡ってカンラン石に富む岩体の存在する場所が知られています(カンラン石サイトと呼びます)。カンラン石サイトは月面全体で50箇所程度しか見つかっておらず、月表面上では極めて稀有な存在です。その起源としてはおそらく月の深部にあるマントル上部であろうと考えられています。一方、これらのカンラン石サイトの中に2例ほど、98%以上が斜長石からなる純粋斜長岩の岩体がカンラン石の岩体に隣接もしくは近接(数100m以内)しているものが報告されていました。こうした場所は「共存サイト」と呼ばれます。純粋斜長岩は月の形成初期のマグマオーシャンが冷却する過程で形成された原始地殻の名残であると考えられます。マントル由来と考えられるカンラン石に富む物質と原始地殻由来と考えられる斜長岩が、どのようにしてこのような共存サイトを作るようになったのかを理解することは、月の地殻とマントルの構造・組成および進化過程を深く理解することにつながると期待されます。
 そこで、この論文では日本の月探査衛星SELENE(かぐや)に搭載のマルチバンドセンサで取得された画像を使って、共存サイトの分布を月全面に渡って調査し、発見した共存サイトの地質構造について詳細解析を行いました。このマルチバンドセンサは可視〜近赤外の様々な波長帯で高空間分解能画像を取得することにより、詳細な鉱物や岩石の月表面分布を数10mのスケールで明らかにできます。さらにSELENEで明らかにされた地形データと組み合わせて、鉱物・岩石分布の鳥瞰図を作成し、カンラン石と斜長岩露頭の位置関係や地質構造を詳細に調べました。
 その結果、カンラン石サイト49箇所のうち、14箇所で純粋斜長岩と共存している事が確認されました(図1に全球分布を示します)。これらの共存する岩体は、38億年以前に巨大隕石の衝突により衝突盆地地形が形成されたときに地殻深部またはマントル物質が隆起して出来たピークリングと呼ばれる部分で見つかることがわかりました。さらに詳細な地質解析を行ったところ、共存サイトのカンラン石と斜長岩の岩体はピークリングの急斜面や小さな衝突クレーターに見つかる事が分かりました。図2は危難の海と呼ばれる巨大衝突盆地の南側に位置するピークリングの崖で見つかった例で、崖の麓にある直径1kmサイズのクレーターで共存が見られます。
 一方、カンラン石のみを示す岩体と共存サイトの間には地質的な特徴で違いが見られないことから、これらの違いはピークリングを構成する物質の不均一によるものと考えられます。つまり、月のマントルと地殻の境界付近にあったカンラン石に富む物質と斜長石に富む物質が、巨大隕石の衝突によって掘り起こされた際に機械的に混合した結果、物質的に不均質なピークリングが形成され、その後の急斜面で起こったがけ崩れや小さな衝突の掘削により、カンラン石サイトや共存サイトとして月表面にみられるようになった、ということがわかりました。

図1 共存サイト(赤丸)とカンラン石のみが見つかるサイト(白丸)の分布。いずれも巨大衝突盆地の周囲で見つかる(図中に巨大衝突盆地の地名を記載)。背景はSELENEで取得された月の地形データ。

図1 共存サイト(赤丸)とカンラン石のみが見つかるサイト(白丸)の分布。
いずれも巨大衝突盆地の周囲で見つかる(図中に巨大衝突盆地の地名を記載)。
背景はSELENEで取得された月の地形データ。

図2 カンラン石に富む物質(緑色)と純粋斜長岩(赤色)が共存するサイトの1例。危難の海と呼ばれる巨大衝突盆地の南側に位置するピークリングの崖付近。(a)は鳥瞰図(天底角40度)、(b)は破線領域にある共存サイトを拡大したもの。直径1kmサイズのクレーターで、カンラン石の岩体と純粋斜長岩が共存している。

図2 カンラン石に富む物質(緑色)と純粋斜長岩(赤色)が共存するサイトの1例。
危難の海と呼ばれる巨大衝突盆地の南側に位置するピークリングの崖付近。
(a)は鳥瞰図(天底角40度)、(b)は破線領域にある共存サイトを拡大したもの。
直径1kmサイズのクレーターで、カンラン石の岩体と純粋斜長岩が共存している。

 今回の論文で示されている共存サイトは、月のマントル上部物質と原始地殻物質が同時に得られる科学的に非常に重要な特異な場所であり、将来のサンプルリターンミッションの重要な候補地として考えられます。今後ますます議論が盛んになる将来有人月探査や月利用による宇宙資源利用の議論においても重要な情報を提供するものと期待されます。

 当該論文は、宇宙科学研究所 研究情報ポータル あいさすGATE (jaxa.jp) でも、紹介されています。
https://www.isas.jaxa.jp/home/research-portal/

論文情報

雑誌:Journal of Geophysical Research: Planets (JGRE)
論文著者:Satoru Yamamoto, Makiko Ohtake, Yuzuru Karouji, Masahiro Kayama, Hiroshi Nagaoka, Yoshiaki Ishihara, Junichi Haruyama
論文タイトル:Global distribution and geological context of co-existing occurrences of olivine-rich and plagioclase-rich materials on the lunar surface for publication
論文DOI: 10.1029/2021JE007077
掲載日: 2022/01/27(Online version)