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2025年8月11日豪雨により熊本県中部で発生した斜面災害地の地質

2025年9月3日:開設

地質情報研究部門:斎藤 眞・宮崎一博・利光誠一・星住英夫

 2025年8月11日明け方に熊本県中部で発生した線状降水帯によって、5万分の1地質図幅「砥用」地域の北部を中心に斜面災害が発生した。この地域の地質の概要と、それぞれの災害地の地質について説明する。

【地質概要】

5万分の1地質図幅「砥用」(第1図)

 今回の豪雨では、「砥用」地域(以下、「本地域」という)のうち、北部で多くの斜面災害が発生した。本地域には、臼杵-八代構造線*が東北東-西南西方向に走り、斜面災害は、この構造線の北側の変成岩が多く分布する地域で発生した。なお、本地域のほとんどの地域で臼杵-八代構造線に活断層の証拠は見つかっていない。
 臼杵-八代構造線の北側には、石灰岩を多く含むペルム紀の竜峰山(りゅうほうさん)層群、その北にはカンブリア紀の氷川トーナル岩** (白亜紀にマイロナイト化作用を受けた)が、臼杵-八代構造線に沿って分布する。その北側にはペルム紀付加体を原岩とし、前期ジュラ紀の変成年代をもつ高圧型の()(たに)変成岩類(周防変成岩類に対比される)とそれらが白亜紀の高温型変成作用を受けた肥後変成岩類、白亜紀の肥後深成岩類(主にトーナル岩)が分布する。本地域の北西部には恐竜化石を産することで知られる白亜紀の御船層群が間の谷変成岩類を覆って堆積している。

 一方、臼杵-八代構造線の南側には、ジュラ紀付加体と、その上に低角の断層で、前期古生代の深成岩類や高温型変成岩類、古生代〜ジュラ紀の高圧型変成岩類、シルル紀〜白亜紀の堆積岩からなる地質体が載っていることが知られている。
 これらの地層を覆って、阿蘇火山噴出物(阿蘇-1〜阿蘇-4火砕流堆積物)が分布するが、標高の低い臼杵-八代構造線の北側に広く分布する。このうち、最も広く分布する阿蘇-4火砕流堆積物(9万年前の阿蘇カルデラを作った際の堆積物)は溶結しているところが多い。

* 構造線:一般に大きな地質の境とみなされている断層の断層面が地表に現れた断層線のこと
** トーナル岩:花崗岩類のうち、長石類がほとんど斜長石でできているもの

【斜面災害発生地の地質】は以下の通りである。

 斜面災害発生地の地質を以下に示す。発生地の位置は、第2図と第3図を参照。

1. 熊本県八代市泉町下岳

 斜面崩壊の発生地は、北北西に60°以上傾斜した断層面を持つ臼杵-八代構造線の断層付近で、上盤側(北側;上流側)に竜峰山層群のペルム紀の石灰岩、下盤側(南側;下流側)には前期白亜紀の砥用層の砂岩・砂岩優勢層が分布する。5万分の1地質図幅「砥用」の中では、臼杵-八代構造線の断層は幅数mから10m程度の破砕帯が露頭で観察されることが多く、断層の両側の地層は強い剪断を受け、脆くなっている。ここに豪雨で大量の水が急激に入り込んだことで、もともと脆い地質が崩壊したとみられる。

2. 熊本県美里町木早川内(きそうがわち)

 白亜紀の肥後深成岩類に属する宮ノ原トーナル岩が崩壊。表層部はマサ化して脆弱になっている部分が多い。

3. 熊本県甲佐町豊内(とようち)

 9万年前の阿蘇-4火砕流堆積物(非溶結部)が崩壊した。非溶結の火砕流堆積物は固結していない。

4. 熊本県甲佐町小鹿

 ジュラ紀の変成年代を持つ間ノ谷変成岩類の苦鉄質片岩が崩壊。緑泥石および角閃石の定向配列による片理が発達する。表層部は風化し赤色土壌になっている場合が多い。苦鉄質片岩の分布域では、一般には片理に伴って斜面災害が起こることが多い。

5. 熊本県甲佐町坂谷

 白亜紀に高温型の肥後変成作用を被った間ノ谷変成岩類の苦鉄質片岩が崩壊。この苦鉄質片岩には緑泥石および角閃石の定向配列による片理が発達するが、高温型変成によって黒雲母が生じているため、岩石の性質が変化している。崩壊地付近には北東–南西方向の高角断層が存在するため、この断層の派生断層が存在する可能性がある。

6. 熊本県美里町筒川、7. 熊本県美里町川越、8. 熊本県美里町遠野

 白亜紀の肥後変成岩類(高温型変成岩)の泥質片麻岩が崩壊。この泥質片麻岩は、本地域における最高変成度のざくろ石菫青石帯に属し、ミグマタイト化している。構成鉱物が粗粒で、優白質部は花崗岩と同様の組織を持ち、風化のために表層部はマサ化している場合が多い。
 肥後変成岩類の結晶質石灰岩と泥質片麻岩の境界付近は、カタクレーサイトを伴う断層のために脆弱な場合が多い(7. 美里町川越)。

第1図 砥用地域の地質の概要。北部のピンク色の部分には、阿蘇火山噴出物が多く分布。

第1図 砥用地域の地質の概要。北部のピンク色の部分には、阿蘇火山噴出物が多く分布。


第2図 八代市泉町、美里町木早川内の崩壊地

第2図 八代市泉町、美里町木早川内の崩壊地


第3図 緑川右岸(北側)に発生した崩壊地

第3図 緑川右岸(北側)に発生した崩壊地

各図の地質図は5万分の1地質図幅「砥用」を使用
第1図の広域図は20万分の1日本シームレス地質図V2を使用


斎藤 眞・宮崎一博・利光誠一・星住英夫(2005) 砥用地域の地質. 地域地質研究報告(5万分の1地質図幅), 218p, 産総研地質調査総合センター.

https://gbank.gsj.jp/geonavi/geonavi.php?lat=32.61119&lon=130.83406&z=13&layers=1065,seamless_geo_v2