GSJニュースレター No.8  2005.5
第45回CCOP管理理事会津波被災地巡検報告  谷島 清一 (地質調査情報センター)
The three Tsunami impact zone of Andaman Seacoast


管理理事会が終了した翌日の2005年4月2日津波被災地の巡検があった.この巡検ではパンガー県の西岸における津波による被害に重点をおいた.パンガー県西岸は,南部では長く続く浜堤*,中部では石の多いポケット状のビーチ,北部では広大なマングローブと護岸壁という地形がみられた.

(*浜辺で砂礫などが堤状になっているところ


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Tap Lamu Navy Base

主波は北西方向から南東へ向けて侵入し,漁港が完全に破壊され砂浜が大きくえぐられた.津波の高さは8mにも達し100隻以上の漁船及び30トンの軍艦が流された.津波の方向が偏ったのは南西モンスーンの季節に大きな波を防いでいる前方の山々が影響したものと思われた.(写真1,2)


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Ban Khao Lak Beach

長さ約10kmの岬の間にある狭い浜堤は8m以上の高い津波に襲われホテルは完全に破壊され多数の犠牲者が出た.ホテル等の建物の破壊痕から波の高さがうかがえ,被害の大きさをものがたっていた.また,海岸全域にわたり浜堤が削られ砂浜がひどく浸水され海岸線から300mまで達していた.付近の漂錫鉱床の尾鉱をもってきて埋める予定と聞いた.(写真3,4,5,6)


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Bang Niang Beach

バン・ニヤンビーチは,カオラックから北方のラエム・パカランまで12kmにわたる護岸壁があるパンガー県の観光地でこの付近では最も被害を受けた地区であった.津波の高さは10mもあり最大13mにも達したところもあった.観光地であったためにホテル等の被害は海岸から相当な距離まで破壊されており,50m範囲の建物はみるも無惨な姿をさらけだしていた.

ビーチ両端の河口が20m以上も削られ,水路沿いに内陸1.5km以上までの地域が浸水しタイで最大の犠牲者が出ていた.訪れた日は,たまたま被災から100日目に当たった日で被害状況の写真等が張り出されていた.多くの人々が復興のための義援金を集めるためにボランティア活動をしていたのが印象に残った.(写真7,8,9,10)


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Laem Pakarang

ラエム・パカランは,バン・ニヤンビーチの護岸壁に連なる岬上の小山でありこの辺の海岸はどこも同じ様な被害を受けていた.波打ち際は20m以上も後退し,浜の砂などは引き波により付近の浅海まで運ばれ,岬の一部は消失した.直径1kmほどのサンゴ礁が完全に破壊され地形が変化してしまい,第一波で破壊されたサンゴ礁が第二波により粉砕された断片を運んだ.浜辺でサンゴ礁のかけらが見られ,ヤシの木等が根っこからえぐりとられて倒木しているのには驚いた.海辺に「海のジプシー」の居住地があったそうだが跡形もなく流されてしまった.(写真11)


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Ban Nam Kem

津波の高さは10mもあり2000人居た村は完全に破壊され1000人以上が犠牲となり,村周辺では行方不明者の捜索が今現在も続けられていた.河口は津波により拡がり,岬が消滅したため航路も変更され港の移転も計画中である.この地区は他と違い第三の津波が襲った.

同じ港町の一角で大きな船の舳先が家屋にのめりこんでおり被害の大きさをものがたっていた.(写真12,13)



 今回,津波による被災地を巡検して自然災害の恐ろしさを実感するとともに,復興までの困難さを改めて認識させられた.
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GSJニュースレター No.8 2005.5
(独)産業技術総合研究所地質調査総合センター
GeologicalSurvey of Japan,AIST