GSJニュースレター NO.12 2005/9

地質標本館平成17年度夏のイベント


 地質標本館では,小・中学校などの夏休みに合わせて今年もいくつかのイベントを企画しました.その一つは,7月23日から9月末までの予定で開催中の夏季特別展「地質図の世界」ですが,これについては前号ですでに報告しています.この他にも一般の方々に地球科学に親しんでいただくため,いくつかのイベント(体験学習)を開催しました.以下に7月末〜8月にかけて地質標本館で開催された夏季イベントについて報告します. 
体験学習

「石をみがいてみよう」
利光 誠一・坂野 靖行(地質情報研究部門)


「石をみがいてみよう!!」の様子.皆さん,一心不乱に石を磨きこんでいます.時々,磨き具合をチェックしながら磨いていきます(右下).
 7月30日(土)に地質標本館の夏休みイベントの一つとして、体験学習「石をみがいてみよう!!」が地質標本館1階の多目的展示室で開催されました。このイベントは、地質標本館で行なっている薄片作製に関わる技術を一般の方々にもわかりやすく普及しようという目的で、担当者である大和田朗さん、佐藤卓見さん及び福田和幸さんが企画したものです。しかし、一般の方々に薄片を作製して偏光顕微鏡で観察していただくのは容易なことではありません。そこで、作製したあとは持ち帰ってからも利用できるものということで、岩石チップを磨き上げて、ブローチやループタイなど宝飾品の基となる「玉石」を作製していただくことになりました。

 用意された岩石の素材は、磨きやすさの観点から中国産の大理石(ハニーオニックス)です。会場では、あらかじめ長径5cm、短径3cm、厚さ5mmほどの楕円形に整形したチップが準備されています。これを市販されている紙ヤスリ(耐水ペーパー)で磨き上げていきます。耐水ペーパーは#80から始めて、順次細かくしていき、仕上げは#1000といった具合です。

 イベント当日は、前日までの予約により受け付けた午前20名、午後20名の計40名の小学生高学年〜中学生が参加しました。指導には、地質標本館の他、地質情報研究部門・地圏資源環境研究部門の職員と博物館実習生があたりました。実際に石を磨く前に、青木正博地質標本館長が参加者に対して素材となった大理石についての地質学的な解説を行い、続いて、佐藤さんが磨き方の解説を行いました。その後、一斉に粗磨きに入り、順次細かく磨きあげていき、1時間後には全員がきれいな玉石を完成させました。参加者全員が自分の磨き上げた玉石にご満悦で、企画した大和田さん他のスタッフも充実感でいっぱいでした。最後に、持ち帰ってからの仕上げの仕方と、宝飾品にする場合の助言があり、解散となりました。

 なお、このイベントの開催に先立って、地質標本館の薄片技術の高さを一般の方々にも知っていただこうと、薄片業務に際して発生した屑石などを集めて加工した芸術的な工芸品の展示コーナーを1階ホールに新設しました。皆様も是非ご覧いただければ幸いです。

↑up

体験学習

「化石のクリーニング」
兼子 尚知・辻野 匠・利光 誠一(地質情報研究部門)



化石クリーニングの様子.ハンマーとタガネで慎重に化石を取り出します.
 8月19日(金)に地質標本館の多目的展示室で,恒例となった夏休み体験学習「化石のクリーニング」が開催されました.これは,栃木県那須塩原市の塩原層群(約30万年前の湖成層)から産出した岩石(頁岩)をハンマーとタガネで割り,きれいな木の葉を取り出して,その種類を鑑定するまでの一連の作業を体験する,子どもたちにとって人気のイベントです.

 まず,博物館実習で博物館活動の実務訓練をしている大学生が,参加した子どもたちに化石のクリーニングの指導を行いました.その後の鑑定の指導には,地質標本館のOBで,塩原層群の植物化石を長年研究されてきた尾上 亨さんと協力者計4名の特別講師を迎え,一連の体験学習が行われました.
 当日は,小学生を中心に92名の参加者が化石クリーニングに挑戦し,それぞれに木の葉の化石を取り出して,驚きと喜びの表情を浮かべていました.中にはどうしても化石が出てこない参加者もいましたが,あらかじめ用意しておいた土産用の木の葉化石をさしあげて,全員が木の葉化石を持ち帰ることが出来ました.

 化石クリーニングの体験学習は,本物の化石を自分自身の手で発見できるため,例年,化石を手にした時の子どもたちの喜びの表情が印象的です.また,30万年前とはいえ,いまの野山でみるものとあまり変わらない木の葉化石が出てくるため,親しみやすいことも人気のひみつかもしれません.

↑up

地球何でも相談

中島 礼・坂野 靖行(地質情報研究部門)


 8月20日(土)には地質標本館ホールで「地球何でも相談」が開催されました.これは,夏休みに採集した岩石・鉱物・化石などの標本の鑑定を指導することで,小中学生に夏休みの自由研究などのお手伝いをしてあげようということで始まったイベントです.

 例年,旅先で採集した標本や自由研究のためにわざわざ出かけて採集してきた標本など,いろいろな標本が持ち込まれます.今年持ち込まれた相談は,岩石9件,鉱物3件,化石7件,その他3件です.

 化石の相談では,福島県いわき市のアンモナイトセンター,千葉県立中央博物館,栃木県那須塩原市の木の葉化石園に出かけて,各館のイベントを通していろいろな中生代の化石標本を入手し,加えて,インターネットオークションでも化石を含む岩石を入手したという化石好きの小学生がいました.また,例年霞ヶ浦周辺の下総層群の貝化石の持ち込みが多いのですが,今回は数年かけて貝化石を収集しているという親子が多くの貝化石を持ってきました.この他にカニ、フジツボ、恐竜の骨?(実は炭化木)などもあり、バラエティに富んだ相談内容でした。

 岩石の相談については例年同様川や海でひろった小石の鑑定が大部分を占めました.最近では全国の代表的な河川で採集される小石の図鑑「川原の石ころ図鑑」(渡辺一夫著,ポプラ社)が出版され,この本を参考にして現地で小石を採集し,事前に名前をつけて相談にくる参加者の方もあり,大変感心しました.またインターネットで石を調べ,名前をつけたという方もあり,時代の流れを感じました.採集場所としては茨城県大洗海岸,静岡県狩野川,熊本県球磨川などでした.鉱物については茨城県内(高取鉱山,花園山など)の採集品を持ってきた方が目立ちました.高取鉱山の採集品を持参した方は,昨年の地質標本館野外観察会に参加された方で,観察会を契機に鉱物にますます興味を持っている様子でした.他には静岡県菖蒲沢海岸産の沸石や石英脈の鑑定などがありました.

 今までは鑑定や相談は夏休みの相談日にだけしかできないと思っていた人が多かったのですが,最近は,この「地球何でも相談」以外の日にも多くの相談が寄せられるようになりました.少しでも小中学生の皆さんの自由研究に役立っていれば幸いです.

↑up

地質標本館普及講演会「アスベスト-産出状態および人体への影響-」

坂野 靖行(地質情報研究部門)


アスベストによる健康障害について公演中の大塚盛男氏.
 地質標本館では一般市民を対象にさまざまな広報・普及活動が行なわれています.その一環として,現在世間で注目を集めている鉱物“アスベスト”に関する普及講演会が8月26日(金)に地質標本館映像室で開催されました.

 今回は3つの講演:「アスベストを生み出す地質」(地質調査情報センター 牧本 博)・「繊維状になる鉱物」(地質標本館 青木正博)・「アスベストによる健康障害」(筑波大学臨床医学系 大塚盛男)が用意され,地質のみならず人体への影響をも含む内容となりました.最初の「アスベストを生み出す地質」ではアスベストの代表例としてクリソタイル(白石綿)の天然での産出状態や形成過程が解説され,日本でも採掘されていたことが紹介されました.次に「繊維状になる鉱物」ではクリソタイル(白石綿),リーベッカイト(青石綿),グリュネライト(茶石綿)の結晶構造の解説がなされ,原子の配列状態からこれらの鉱物は繊維状になりやすいことが説明されました.さらにこれ以外に健康障害を引き起こす繊維状鉱物としてエリオン沸石が紹介されました.最後に「アスベストによる健康障害」では,実際の症例(悪性中皮腫,肺がん,石綿肺)がレントゲン写真とCT像を用いて紹介され,大変迫力のある内容でした.アスベスト暴露後すぐには発症しないこと(潜伏期間が長い),白石綿より青・茶石綿のほうがより人体に有害であることなどが紹介され,日ごろの健康診断受診の重要性が指摘されました.

 注目を集めている内容だけに参加者は多く,予備のいすを必要とするほどの盛況振りでした.参加者からは「どのような防塵マスクが有効か?」,「アスベストをどの程度吸うと発症するのか?」といった質問があり,やはり人体への影響に関するものが目立ちました.

↑up

 

コラム:アスベスト

青木 正博(地質標本館)


写真:北海道富良野市野沢石綿鉱山産 クリソタイル(白石綿) 地質標本館登録番号 GSJ M 16254
 天然に産出する鉱物繊維で、高い引っ張り強度と柔軟性を兼ね備え、耐熱性・耐薬品性、熱絶縁性、耐摩耗性、防音性にも優れたものをアスベストと呼びます。アスベストはこれらの物理特性から奇跡の素材ともいわれ、建築材料、シール材、ブレーキライニングなどに多量に使用されてきました。このうち建築材料としての利用が9割以上、アスベストを使用した工業製品はなんと3000種を超えるといわれます。近年、アスベスト繊維の吸引が、悪性中皮腫、肺がん、アスベスト肺などの重い健康障害の原因になることが明らかになり、我が国でも昨年の10月からアスベスト利用製品の使用と製造が原則禁止となりました。原因物質の吸引から、悪性中皮腫、肺がんの顕在化まで10〜30年以上経過する例が多いことから、往事の“奇跡の素材”も、今では“静かな時限爆弾”として恐れられています。

 アスベスト鉱物には、蛇紋石族(層状珪酸塩鉱物)と角閃石族(複鎖珪酸塩鉱物)があります。そのうち生産量が大きかったのは、クリソタイル(白石綿/蛇紋石族)、リーベック閃石(クロシドライト/青石綿/角閃石族)、グリュネル閃石(アモサイト/茶石綿/角閃石族)です。クリソタイルは蛇紋岩中に脈状をなして産出し(写真参照)、我が国では北海道富良野地域で盛んに採掘されました。角閃石族の石綿は、低変成度の結晶片岩から産出します。戦後の高度成長期から今日までに、我が国は1000万トン以上のアスベストを、カナダ、南アフリカ共和国、ジンバブエ、ブラジルなどから輸入しています。

 角閃石族と蛇紋石族を健康への影響観点から比較した場合、前者が圧倒的に危険です。たとえば、青石綿は白石綿の500倍も危険で、“人殺しアスベスト”とも呼ばれています。クリソタイル(白石綿)は層状構造が巻くことにより軟らかい繊維となったものであり、人体内で砕けやすく溶けやすいのに対し、角閃石族は珪酸の複鎖の伸長方向に伸びた硬い繊維で、人体内では壊れにくく溶けにくい、したがって角閃石族の方が体内に長く留まり障害を起こしやすいものと推定されます。わが国で使用されたアスベストの95%強がクリソタイル(白石綿)だったことは不幸中のわずかな幸いでした。

 アスベストは細かい繊維となって空気中に長時間浮遊するため人間に吸引されやすい、細い繊維が喉や気管に平行に飛ぶと途中の粘膜にトラップされずに肺の最奥にまで達する、そして珪酸塩鉱物ゆえになかなか分解せず長期間にわたって細胞を痛めつけ、組織に病変を引き起こすのだと考えられます。原理的にはアスベストでなくても、微細な繊維状になる珪酸塩鉱物を吸引した場合には同様の健康障害を引き起こす恐れがあります。実際、トルコ中部ではゼオライト変質を受けた酸性凝灰岩の分布地域で悪性中皮腫が多発しており、沸石族のエリオナイト繊維の吸引が原因だと結論づけられました。これを教訓として、今後は、アスベスト以外の鉱物についても注意を払うべきでしょう。

↑up

/↑up / Contents / ニュースレターTop / GSJホーム /

独立行政法人産業技術総合研究所
地質調査総合センター