15084_1958

5万分の1地質図幅説明書

日向青島

(鹿児島 第 84 号)

通商産業技官 木野義人

地質調査所

昭和 33 年


目次

I. 地形
I.1 山地
I.2 平野
I.3 海岸
II. 地質
II.1 概説
II.2 古第三系 ? -- 日南層群 --
II.2.1 砂岩層
II.2.2 頁岩層
II.2.3 砂岩頁岩互層
II.2.4 礫岩層
II.2.5 赤紫色凝灰質頁岩
II.2.6 塩基性岩
II.3 新第三系 -- 宮崎層群 --
II.3.1 双石山砂岩礫岩層
II.3.2 家一郷砂岩泥岩層
II.3.3 郷之原泥岩層
II.3.4 鵜戸互層
II.3.5 内海互層
II.3.6 青島互層
II.3.7 宮崎層群産小型有孔虫
II.4 第四系
II.4.1 更新統
II.4.2 現世統
II.5 地質構造
III. 応用地質
III.1 天然ガスおよび湧出水
III.2 石炭または亜炭
III.3 石材
III.4 崩壊および地辷り
III.4.1 日南層群地域
III.4.2 宮崎層群地域
III.5 土地利用と地質
附 青島の自然景観と地質
文献

Abstract

1 : 50,000 地質図幅説明書 (昭和 32 年稿)

日向青島

(鹿児島 第 84 号)


本図幅の野外調査は昭和 30 年 2 月から 3 月にわたる 60 日間, および同年 10 月から 12 月にわたる 70 日間に行われた。

産出化石の鑑定に関しては, 植物化石については, 東京大学理学部植物学教室 亘理俊次教授, 貝化石については本所 水野篤行技官, 有孔虫化石については同 福田理技官の手をそれぞれ煩わした。

[注]
下記の「図版(1~23)」は本説明書の文章では言及されていません。

図版 1 熱帯樹茂る青島の景観

I. 地形

本図幅地域は九州南部に位置し, 日向灘に面する海岸地域である。

本図幅地域は地形的に山地・平野・海岸の3部分に分かつことができる。

I.1 山地

図版 2 鰐塚山頂(1,119.2 m)から西方霧島山を望む。 前面の低平部は都城盆地, 手前は南那珂山地

図版 3 同じく鰐塚山頂から東方日向灘方面を望む。 遙かに屏風状に連なる峯は宮崎層群からなる鵜戸山塊, 手前の日南層群からなる地域とは地形的に明瞭に識別される

いわゆる南那珂山地の一部をなし, 本図幅地域の大半を占めているが, その西半部の主として日南層群からなる部分と, 東半部の主として宮崎層群からなる部分とでは, 山形を異にしている。 すなわち西半部では概して標高 1,000 m 以下の晩壮年期山形を呈し, 山嶺の配列は不規則であるが, 東半部では満壮年期山形を呈し, 標高 600 m 前後のほゞ南北に走る主嶺から, 東方日向灘に向かって平行する多くの山脚を出し, 漸次高度を減じつゝ海面下に没し, 隆起傾動地塊の地形を残している。 またこの山脚部は岩相と地質溝造に支配されて, ケスタ地形を呈している。 また中北部の双石山は, 宮崎層群の基底礫岩・砂岩がとくに著しく発達しているので, 西側の日南層群地域に較べて著しい侵蝕差を示し, それらの礫岩・砂岩からなる絶壁に囲繞される特異の山容をもって知られている。

図版 4 双石山の偉容。 急崖は宮崎層群基底の砂岩・礫岩からなる。 手前の緩傾斜部は日南層群からなる

このように東半部の山地は地形的にも地質的にも, 西半部の山地から明瞭に区別される1つの単位とみなすことができるので, この部分をとくに鵜戸山地, または鵜戸山塊と称して取扱う。

これら各部分の山形に対応して, 谷形もそれぞれ異なった性状を示している。 すなわち西半部の日南層群地域においては無従谷をなし, 流路も不規則であるが, 東半部の鵜戸山塊においてにその傾動地塊地形に支配されて, 一般に東に向かって平行する必従谷群を形成している。

以上のような両地域の山形および谷形の差異は, 主として次のような東西両部分の地質的條件の差異に基づくものと解される。 すなわち西半部の日南層群は構造的に擾乱甚だしく, 地層は多く剪断破砕されて, 侵蝕に対する抵抗力が弱く, かつ地質構造的に不規則である。

一方東半部を占める宮崎層群は, 岩層それ自体は日南層群に較べて軟質で, また多くの断層によって地塊化されてはいるが, 地層はあまり擾乱を受けておらず, 東方に傾斜する整然たる単斜構造をなし, かつ主要部分は, 砂岩に富む規則正しい互層からなっているので, 侵蝕に対する抵抗力は比較的強い。

I.2 平野

本図幅地域内には平野が少なく, 僅かに北部の田野町附近と加江田川下流域とに宮崎平野の一部が, また南部の郷之原附近に日南平野の一部が見られるに過ぎない。

田野町附近の平野は, 主として段丘砂礫層とローム層との水平層で構成される台地地形をなし, これを開析する清武川の上支流沿岸に, 狭長な冲積地をつくっている。 これらの台地は宮崎平野北部に発達する日向海岸段丘群に対比される。

加江田川下流域の平野は, 清武川との合成によってできた冲積地を主とし, 両河川に挾まれた小部分に, 日向段丘群に対比されるとみられる台地を残している。

図幅地域南部の郷之原附近には, 広渡川の冲積作用による日南平野の一部が見られ, その西岸の高度 20~30 m の河岸段丘には, 宮崎層群下部の泥岩上に, 更新統に属する砂礫層およびローム層がのっている。

なお, 南那珂山中を流れる広渡川沿岸には河岸段丘が発達し, 礫層上にはしばしばシラス・灰石およびロームがのっている。

図版 5 鵜戸山地海岸に発達する海蝕台。 宮崎層群の砂岩泥岩互層が海岸線に平行にみごとな露出をみせている。 中景左側の海蝕崖斜面はこの地層の傾斜と一致し, 砂岩層の上盤をなしている

I.3 海岸

大部分は鵜戸山地が, 直接日向灘に臨む山地海岸であるが, 青島以北においては, 宮崎平野の前面に発達する長大な平野海岸の一部が見られる。 これらをそれぞれ鵜戸山地海岸および宮崎平野海岸と呼ぶことにする。 鵜戸山地海岸はいわゆる日南海岸の北半部に当る。

鵜戸山地海岸においては, 岬に相当する部分は波蝕を強く受け, とくに南東寄りの風波を強く受ける南岸が著しい。 湾頭部では小規模な砂丘に保護されて, 内側に狭小な冲積低地をつくっている。

この海岸を通じてもっとも著しい特色は, 海岸線に沿って海蝕台がよく発達していることである。 これらの海蝕台は宮崎層群の砂岩泥岩互層からなり, 海岸線にほゞ平行に走り, 前汀部にみごとな露出を見せている。

次に入江の奥には必ず河川が流入し, 地質図上に表現できない場合でも, 谷の延長方向に沿って湾頭部にしばしば断層の存在が認められるので, 入江の形成は隆起原初地形における, 断層裂罅に沿う波浪の差別侵蝕と, 谷の開析とによって開始されたものであろう。 また現在における入江の規模は, それぞれの谷の開析度に対応する規模を有している。 よって, 現在見られるこれらの入江は, 最終的には汀線上昇, すなわち谷の河口部の浸水の結果形成されたものと解される。

岬ないし海蝕崖の部分は, おおむね砂岩の多い互層, あるいは砂岩の単層からなっているが, あたかもこれらの堅硬な地層が, 防波堤となって波蝕に耐え, 長期間岬として維持してきた観を呈する。

図版 6 鵜戸山地海岸の岬。 厚さ約 10 m の砂岩層が防波堤となって波蝕を防いでいる

なお, 上述の海蝕台は, その幅が最大 200 m 以上に及び, かつ海蝕崖に近い部分は, 現在満潮時においても, なお海面上に現われていて, 明らかにこの沈水海岸形成後, 僅かに汀線降下があったことを示している。

青島以北の宮崎平野海岸には, 単調な砂浜が発達している。 平野の前面を北に延びて, 北方尾鈴山地海岸に達し, 幅の広い低夷な砂丘の発達によって特徴づけられている。 この海岸の砂礫の粒度は北に向かって次第に大となり, 都農図幅地域においては礫質となっている。 またこの海岸線は, 都農図幅地域または富高図幅地域における尾鈴地塊の先端と, 本図幅地域の鵜戸地塊の先端とを結ぶように発達している。

したがって, この宮崎平野海岸の砂丘および砂浜は,北から南に流れる沿岸流, すなわち日向灘の左環流によって形成されたものと思われる。

第 1 図 図幅地域附近沿岸海底地形図(水深単位 m, 深度 200 m までを示す ; 水路部発行海図による)

次に本図幅地域に関する沿岸海底地形図を第 1 図に示す。 第 1 図において, 水深約 30 m 以浅の部分が, 平坦面に近い緩傾斜をなしている。 海図によると, これらの浅い部分の起伏量は少なく, しかもその処々に露岩が存在するので, この部分の堆積物はそれほど厚くないことが推定される。

また, 30 m 前後の水深は, 陸上平野部における冲積層の厚さに対応している。 したがって 約 30 m 以浅の部分の緩傾斜面ないし平坦面は, 陸上における冲積層下の基盤面に連続するとみなされる。 すなわち, 冲積層の厚さに対応するこの 30 m 前後の水深は, 冲積世における汀線上昇量を表わすものと思われる。

また処々に見られる 20 m 以浅の浅瀬は, 沈水前の鵜戸山地の一部または残丘・島嶼などが, 沈水前または沈水途上において平坦化したまゝ, 海面下に没したものであり, 現在青島その他において見られる海蝕台は, 沈水最大期における海蝕の結果, 形成されたものであろう。

II. 地質

II.1 概説

本地域に分布する地層は, 主として古第三系に属すると思われる日南層群と, 新第三系に属する宮崎層群とからなっている。

日南層群は本図幅地域西半部を占め, 宮崎層群の基盤をなしている。 主として砂岩と頁岩とからなり, 一部に塩基性岩および赤紫色凝灰質頁岩を挾んでいる。 その地質構造は複雑で, 褶曲, 断層が錯綜している。

宮崎層群は宮崎平野を中心として広く発達し, 本図幅地域においては東半部を占め, 基底礫岩および砂岩をもって日南層群を傾斜不整合に覆っている。 本層群は主として砂岩と泥岩との互層からなり, 東方日向灘に向かって緩やかに傾斜する単斜構造をなし, 多くの断層によって地塊化されているが, 褶曲構造は見られない。

更新統に属する地層は, 主として北部の宮崎平野や南部の広渡川沿岸の段丘礫層からなる。 またその上位にいわゆるシラスおよび灰石をのせていることがあり, これらを一括してシラス灰石層と呼ぶことにする。 いわゆる日向ロームなる火山灰質赤褐色粘土は, さらにこれらの段丘礫層および灰石シラス層の上にのっている。 なお, 地質図には省略したが, ローム層は南那珂山地の緩斜面や, 鵜戸山地内を東流する河川沿岸の段丘礫層上にも散在し, ほとんど本図幅地域の全域を覆っている。 これらの段丘堆積物が, 宮崎層群に対して不整合に覆っていることはいうまでもない。

また, これらの台地や段丘を開析する河川沿岸には, 現世統を代表する冲積堆積物が分布している。

これらの層序関係を総括すると第 1 表のようである。

第 1 表 層序表

II.2 古第三系 ? -- 日南層群 --

日南層群は南那珂山地の大部分を構成する地層で, 古第三系に属すると考えられている。 本図幅地域においてはその西半部を占めている。

おもに砂岩と頁岩とからなり, きわめて複雑な構造を呈し, 見掛上きわめて厚い地層である。 見掛上の傾斜は北西方向が顕著で, 一見四万十層群の同斜褶曲帯状構造に近似しているが, 部分的にはそのような帯状構造に属さない, 非帯状構造ともいうべき不規則構造も少なくない。 そのおもなるものは, 北西部の田野台地南側に見られる見掛上の, 半盆状構造ないし向斜構造であり, その他北部の鏡洲周辺や南部の北河内附近などには, 複雑な非帯状構造が見られる。 これらの大きな構造のなかで, さらに褶曲や断層などによる地層の擾乱は, きわめて甚だしいものがあり, 単斜・背斜・向斜・同斜褶曲・横臥褶曲・種々の断層などの諸構造が錯綜している。

日南層群はその地質構造が複雑で, かつ地層の露出が不良のため, その構造や層序関係を明らかにすることは, きわめて困難で, したがって本図幅における日南層群の表現は, 岩層の地表分布を大局的に追跡して得られたものである。 たゞし, 本図幅地域において, 本層群中に一応不整合らしいものは認められない。

次に南隣飫肥図幅地域の油津附近から, 古第三系に特徴的な貝化石の産出が知られているが 14) , 本図幅地域内からは未だ時代を決定するに足る化石は知られていない。

本層群を構成する岩層は 砂岩層・ 頁岩層・ 砂岩頁岩互層・ 礫岩層・ 赤紫色凝灰質頁岩層・ 塩基性岩などである。 これらのうち, 砂岩層とは砂岩を主とする地層, 頁岩層とは頁岩を主とする地層を意味する。

II.2.1 砂岩層

もっとも広い面積を占めて分布し, ことに北部の荒平山附近から, 南部の小松山附近に至る主嶺部は, 主としてこの厚い砂岩層からなっている。 また西部の鰐塚山以西の山地も砂岩が多い。 一般に堅硬で, 侵蝕に対する抵抗が大きいので, 厚い砂岩層からなる部分は, 比較的峻嶮な地形を形成している。 しかし分布の比較的狭い部分では, 頁岩層と同様の低夷な地形を形成することがあるが, このような部分の砂岩層は著しい擾乱によって破壊され, 侵蝕を受け易い状態になったものである。

一般に細粒であるが, 北部の荒平山附近から田野川沿岸にかけては, 粗粒砂岩が顕著で, 部分的には角礫質を呈していることもある。 一般に灰白色であるが, 風化すると黄褐色を呈する。 しばしば肉眼的に白雲母の結晶が認められる。 また頁岩の破片を含むこともあるが, 四万十層群ほど著しくはない。 なお砂岩層中には厚さ数 mm~数 cm の結晶質石灰岩の薄層が, レンズ状に挾まれており, また石灰質砂岩の部分もある。

鏡下に見れば, 一般に大部分は石英粒からなり, 比較的多量の緑泥石・少量のカリ長石・斜長石・方解石および微量の絹雲母を含んでいる。 これらのうち, 緑泥石は雲母または角閃石から変化したものと思われ, 方解石は雲母から変化した形跡がある。

II.2.2 頁岩層

北西部の田野台地周縁部および南部の広渡川沿岸に広い分布をなし, 侵蝕に対する抵抗が砂岩層に較べて弱いので, 一般に低夷な地形を呈し, 砂岩層の分布地域とは地形的にある程度識別される。 また厚い砂岩層のうちにも, 地質図に示し得ない程度の頁岩薄層が介在することがある。 しばしば多量の泥灰質ないし珪質団塊およびレンズ状砂岩を挾み, とくに図幅地域中部の家一郷附近より南部の黒山附近に, 帯状をなして連なる頁岩中に著しい。

色は暗灰色~黒色であるが, 黒色頁岩が多く, 時に炭質頁岩状を呈する。 剝離性は弱く, 見掛上宮崎層群の泥岩と区別し難い場合があるが, 凝固度はそれより大である。

これらの団塊およびレンズ状砂岩は茶褐色の褐鉄鉱の沈澱物を含み, 有機物の残滓と思われる。 とくに団塊は径数 cm~数 10 cm の扁桃形をなし, しばしば中核部と外皮部とが区別され, 時に石灰質の核を有することもある。 普通原組織を残さず, 完全に砂質物または泥質物によって置換され, さらに珪化作用や石灰化作用を受けているので, 原物質を確かめることは困難であるが, まれに明瞭に果実の化石と思われるものが認められる。 黒山西方の小松山北東麓からは Pandanus(タコの木)の果実が採取された。

一方北部楠原附近の頁岩中から採取された珪化木の破片は Taxodioxylon で, 北九州炭田にしばしば見られるいわゆる松岩, すなわち Taxodioxylon taxodii GOTHAN に酷似する。

II.2.3 砂岩頁岩互層

砂岩層や頁岩層に較べて分布はあまり広くない。 主として数 cm 単位の互層で, 時に数 10 cm 単位の互層をも含む。 不安定な岩相で砂岩層あるいは頁岩層に漸移し易い。

II.2.4 礫岩層

北部の荒平山東麓および南部の北河内附近に薄層をなして介在し, 北河内附近のものは厚さ 20~30 m の砂岩層中に, 厚さ約 10 m の単層をなしている。 礫は, 一般に径 2 cm 以内の小礫で, 硬砂岩・珪岩・黒色珪質粘板岩などからなり, 砂粒によって充塡され, 堅硬である。 また褐鉄鉱の沈澱物によって汚染された団塊を混ずることがある。 しかし火成岩や石灰岩などは含まれていない。

II.2.5 赤紫色凝灰質頁岩

北部荒平山南方および西方, 田野川上流域南部, 小松山東斜面および南斜面等に, 数 cm~数 m の薄層をなして, 黒色頁岩中に介在し, 断続的ではあるがかなり連続性を有する。 また本岩は次に述べる塩基性岩に近接する層準に介在することが多い。 一般に軟らかい赤紫色の凝灰質頁岩で, しばしば暗緑色凝灰質頁岩を伴ない, これらは黒色頁岩と互に漸移している。

本岩を鏡下に見ると, 赤褐色または暗緑色を呈し, 黒色頁岩よりもさらに緻密である。 組成鉱物は石英の微晶を認めうる程度で, 基質の鉱物を判別することは困難であるが, 主として鉄鉱・緑泥石などと思われる。

この赤紫色凝灰質頁岩の起源については未詳であるが, 四万十層群などに介在するいわゆる輝緑凝灰岩と同類である。

II.2.6 塩基性岩

北部の加江田川中流の丸野附近, 田野川上流持田附近, 小松山北東麓などに玄武岩質塩基性岩がそれぞれきわめて小規模に露出している。 他岩層に較べて侵蝕に対する抵抗が大きいので, 急崖をなして露出することが多いが, 周囲の露出不良のため, 他岩層との接触関係は不明である。

一般に暗赤紫色を呈し, 堅硬, 緻密で, 方解石脈に網状に貫ぬかれている。

鏡下に見ると, 斑晶として柱状ないし卓状の斜長石を主とし, 時に輝石や橄欖石を含み, 斜長石は曹長石化作用を蒙り, 輝石は緑泥石化作用, 橄欖石は炭酸塩化作用を受けている。 石基は塡間ないし間粒状構造を呈し, 主として針状の斜長石・粒状の輝石・鉄鉱・ガラスなどからなり, 炭酸塩化作用, 緑泥石化作用を受けている。

II.3 新第三系 -- 宮崎層群 --

日南層群を傾斜不整合に覆い, 東に向かって緩傾斜する単斜構造をなし, 見掛上 3,000 m を超える厚い地層である。 傾斜は一般に 10~20°で, 内海以北において 20°を超えることがあり, さらに加江田川沿岸附近に至り, 30°を超える部分が集中している。 これはこの附近を走る断層群に伴なう変動と解される。 多くの断層によって地塊化しているが, 局部的な破砕を伴なう程度で, 各地塊は互に密接している。

本地域の宮崎層群は, 宮崎平野およびその周辺部に広く分布するかつての妻層群と 高鍋層群とを含む全宮崎層群のうち, 中新統上部のいわゆる妻層群以下に相当する。

岩相的に砂岩礫岩層・砂岩泥岩層・泥岩層・砂岩泥岩互層等からなり, もっとも普遍的な砂岩泥岩互層は さらに砂岩がち互層・泥岩がち互層・互層(等量)などに分類できる。

これらの各層は, 北部の加江田川附近を境として断層によって著しく変位し, かつ北方宮崎平野地域の岩相とは著しく異なるが, 南部および南隣の飫肥図幅地域においては, 岩相が若干漸移する程度で, 本図幅地域におけるものと大差ないので, 鵜戸山塊を形成する部分は地質的にも独立単位とみなすことができる。

それで上述の各層にそれぞれ適当な固有名を冠して, 本図幅地域の宮崎層群を第 1 表(前述)のような各地層に区分する。 これらの地層相互間には必ずしも, 画然とした境界があるわけではなく, 連続的な堆積物を, 説明の便宜上いくつかの代表的岩相によって区分したものである。

また従来の資料によって, 本地域および隣接地域における, 既命名地層との層位的関係を第 2 表に掲げる。 これらのうち, 宮崎平野北部および宮崎市附近との関係は, 従来の資料および本図幅調査に基づく対比であるが, その他の各地域間の関係は, すべて本図幅調査によって直接連絡づけられたものである。

第 2 表 図幅地域および周辺における宮崎層群対比表

なお, 本層群における砂岩泥岩互層の性質について一言すれば, 次のようである。 すなわち砂岩に較べて泥岩が軟質なので, 侵蝕面において垂直的にも水平的にも, 常に砂岩層が突出し, 棚状または波状を呈する(第 2 図)。 かゝる砂岩泥岩互層の侵蝕形は, 宮崎層群全体に共通する特色で, これらの互層が垂直面においては「たなべ」, 水平面においては「波状岩」などと俗称されるゆえんである。

第 2 図 砂岩泥岩互層の侵蝕形

このように砂岩と泥岩との, 侵蝕に対する抵抗が著しく異なるので, 砂岩の多い互層は比較的高い地形を残し, 泥岩の多い互層は比較的低い地形を呈している。 そして このような自然の侵蝕力に対する抵抗力は, 同時に人為的な加工力に対する抵抗力をも示唆しているので, 本層群の砂岩泥岩互層については, その砂泥比によってある程度岩相分類を行なうことが望ましい。

図版 7 砂岩泥岩互層の垂直的侵蝕面。 図幅地域南東部, 小目井附近の海崖に露出する鵜戸互層中の砂岩泥岩互層(砂岩がち)である。

図版 8 砂岩泥岩互層の水平的侵蝕面。 青島海蝕台を形成する青島互層である

この砂岩層と泥岩層との厚さはそれぞれ変化に富むが, その厚さの割合によって, 砂岩と泥岩とがほゞ等しい厚さの互層, 砂岩層の方が厚い互層, 泥岩層の方が厚い互層などに分類される。 それらの各岩相は層序的におのおの岩層単元をなして纒まっているので, それぞれ 砂岩泥岩互層(等量)・ 砂岩泥岩互層(砂岩がち)・ 砂岩泥岩互層(泥岩がち)などとして地質図に区別して表現した。 これらの岩層のうち, 本図幅地域においては砂岩泥岩互層(砂岩がち)がもっとも優勢である。

なお, 各岩相はほゞ第 3 表のような規準で分類した。

第 3 表 砂泥比による岩相分類表

岩相 砂泥比 (m.s. : 泥岩, s.s. : 砂岩)
砂岩泥岩互層(砂岩がち) 1 / 2 > m.s. / s.s. (砂岩の厚さが泥岩の厚さの2倍を超える)
砂岩泥岩互層(等量) 2 / 1 ≧ m.s. / s.s. ≧ 1 / 2 (砂岩と泥岩の厚さがそれぞれ他の2倍までの範囲)
砂岩泥岩互層(泥岩がち) m.s. / s.s. > 2 / 1 (泥岩の厚さが砂岩の厚さの2倍を超える)

この分類はあくまでも概略的なものであるが, 5万分の1図幅における表現に際しては, この程度の分類は妥当と思われる。 すなわち, この表で砂岩・泥岩等量の互層は 砂岩層または泥岩層の厚さがそれぞれ他の2倍までの範囲であるが, この範囲内で砂泥比は容易に側方変化をするが, この範囲を超えるほどの大きな幅をもって変化することは少ない。

なお, 互層の砂泥比を表わす場合, 砂岩層と泥岩層の実際の厚さを示すのが実用的と思われるので, 以下 m.s. / s.s. = [0.35] / [0.40] のような表現方法を用いたい。 この式で [0.35], [0.40] はそれぞれの層厚(単位 m)を平均的に表わしたものである。 すなわちこの式によって示される地層は, 砂岩層 40 cm, 泥岩層 35 cm を平均層厚とする互層である。 次に厚さに相当な変化の認められる時は概略の範囲を示して m.s. / s.s. = [0.05~0.35] / [0.01~0.40] のよう表記する。 すなわちこの式によって表わされる互層は, 砂岩層が 10 cm から 40 cm の厚さ, 泥岩層が 5 cm から 35 cm の厚さを示す互層である。

II.3.1 双石山砂岩礫岩層 [ 以下の [注] 参照 ]

[注]
以後略して双石山層と呼ぶことがある。

図幅地域北部の双石山においてもっとも標式的に発達しており, その断面は加江田川中上流の家一郷谷において詳細に観察される。

鵜戸山塊における宮崎層群の下部を構成し, 岩相的に礫岩層と砂岩層とに分けられる。 両者を併せた全層厚は 500~600 m である。

侵蝕に対する抵抗は比較的強く, 家一郷谷においては深い峡谷と懸崖とを形成している。

礫岩層 : 本層は宮崎層群の基底礫岩として, 日南層群を直接傾斜不整合に覆っている。

双石山の周囲においてもっとも著しい発達を見せ, 厚さは最大 100 m に及ぶが, 双石山層中もっとも厚さの変化が激しく, 北方および南方に追跡すると厚さは急激に減少し, ほとんど礫岩の認められない部分もある。 上方に向かうに従って漸次砂岩, 時に泥岩を挾み, 次の砂岩層に移化する。

礫は径 1 cm 以上の小礫から中礫を主とし, 細礫や大礫も混ずる。 これらのうち, 中・大礫は主として直接基盤たる日南層群から供給されたと思われる砂岩であるが, 小・細礫のなかには, 遠く日南層群以外の基盤岩から運搬されてきたと思われる 硬砂岩・黒色珪質粘板岩・珪岩などが含まれ, まれに流紋岩も認められる。 この流紋岩は流状構造を示し, 灰白色を呈し, 宮崎平野北部において, 尾鈴酸性岩類上に不整合に重なる宮崎層群の基底礫岩中のもの, すなわち尾鈴酸性岩類に属する流紋岩と同様のものである。

双石山北端の 290 m 高地西斜面における礫岩層中には, 数 m の泥岩を挾み, そのなかに炭質泥岩の薄層を胚胎している。 この炭質泥岩は部分的には瀝青炭ないし粉状亜炭質であるが, ほとんど炭質泥岩と称すべきものである。 また厚さは部分的に厚く, 試掘坑内では 1 m に達することもあるが, 膨縮甚だしく, 同地の露頭で見ると, 中央部では 50 cm の厚さを有するが, 両側はそれぞれ 20~30 m 以内ですでにほとんど痕跡程度に薄くなる。 また部分的には泥岩層が数 m に達し, 炭質泥岩も上述の主層の上部に, さらに数 cm 程度のものが2~3枚介在することがある。 またこれらの炭質泥岩薄層で, 数 cm 以内のものが丸野西方や, 鏡洲西方の本礫岩層中に認められるが, いずれも稼行の対象とはなり難い。

砂岩層 : 本層は礫岩層から漸移し, あるいは互層しつゝ,その上位に重なり, その厚さは平均 250 m である。

一般に黄褐色の風化色を呈し, 細粒砂岩で, 礫岩層とともにあるいは単独で, 宮崎層群の基底をなして連続分布する。 上方に向かっては漸移的に砂岩泥岩層に移化する。

II.3.2 家一郷砂岩泥岩層

双石山砂岩礫岩層から, 次の郷之原泥岩層への漸移相を示す地層で, 厚さは一般に 250 m 前後である。

泥質砂岩ないし砂質泥岩を主とし, しばしば砂岩と泥岩との互層を挾む。 個々の岩相としてはかなり変化し易いが, 全体としてはよく連続し, とくに宮崎平野方面では著しく厚く発達する傾向があり, 地層としては比較的広域にわたる安定的堆積環境を示している。 侵蝕に対する抵抗力は双石山層と同様にかなり強い。

本層の特徴は本地域における宮崎層群中もっとも顕著な含化石層であることである。 とくにその下部に豊富な貝化石が含まれ, ほとんど図幅全域を通じて産出する。 それらについてはすでに多数知られている 30) が, 今回の採取化石名を第 4 表に挙げる。 これらの化石はたまたまいくつかの地点で採取されたものであるが, 本図幅地域を通じて連続的に産出し, とくに場所による変化は認められないので一括して示す。

第 4 表 家一郷砂岩泥岩層産貝化石

Dentalium sp.
Eudolium sp.
Conus sp.
Terebra sp.
Acila sp.
Saccella sp.
Glycymeris sp.
Volsella cfr. nitida (REEVE)
V. sp.
Mytilus cfr. crassitesta LISCHERE
Amussiopecten Hyugaensis SHUTO
A. praesignis (YOKOYAMA)
Pecten ? sp.
Lucinoma sp.
Felaniella sp.
Pitar sp.
Callista sp.
Paphia exilis takaokaensis SHUTO (MS)
P. tsumaensis SHUTO (MS)
P. hirabayashii tanoensis SHUTO (MS)
P. sp.
Dosinia (kaneharaia ?) sp.
Placamen sp.
Lutraria sp.
Thracia ? sp.
Cuspidaria cfr. hindsiana (A. ADAMS)

これらの化石のうち, とくに Paphia exilis takaokaensis, Amussiopecten hyūgaensis の産出が著しい。 また Clementia papyracea, Joannisiella sp. らの産出が顕著であることも知られている。 また本層の最下部には同じく連続的に Operculina complanata を含む層準が認められる。

II.3.3 郷之原泥岩層

図幅地域南部の郷之原附近に標式的に発達する。 塊状黒色泥岩からなり, 下位の家一郷砂岩・泥岩層から移化する。 郷之原附近における層厚は見掛上約 400 m を示し, 南方飫肥図幅地域にはいってはさらに厚い部分もあるが, 北方に向かって次第に減少し, 加江田川沿岸では僅かにその痕跡を示す程度となっている。

II.3.4 鵜戸互層

本層は本地域における宮崎層群の主体をなし, 鵜戸山塊の大部分を占めて広く発達する。

見掛上の層厚は, 中央部において 1,700 m 以上に及び, それより南および北に向かって次第に層厚を減ずる。 ことに北方の加江田川沿岸に至っては急激に減少し, 500 m 以下となる。 岩相的に 粗粒砂岩層・ 砂岩泥岩互層(泥岩がち)・ 砂岩泥岩互層(等量)・ 砂岩泥岩互層(砂岩がち)・ 砂岩層などに区分される。

本互層は一般に数 10 cm 単位の砂岩と泥岩との規則的な互層である。 そのうち砂岩は粗粒砂岩層を除いては一般に細粒で, 新鮮面は淡青灰色を呈するが, 風化面は黄褐色を帯びる。 凝固度は日南層群の砂岩に較べて低いが, 部分的に石灰質を呈し, あるいは鉄分が沈澱して硬化したものがある。

これに対して泥岩は, 郷之原泥岩層における泥岩と同様に一般に黒色で, 一見日南層群の頁岩に酷似するが, それよりもやゝ軟質であること, および剝離性をまったく有しないこと, などによって区別される。 また泥岩中には多くの場合, 小型有孔虫遺骸を含んでいる。

次に鵜戸互層下部の北部と南部とを比較すると, 北部においては郷之原泥岩層に対して, 不連続的に粗粒砂岩が直接するが, 南部においては郷之原泥岩層から漸移的に 砂岩泥岩互層(泥岩がち)・ 砂岩泥岩互層(等量)を経て, 砂岩泥岩互層(砂岩がち)に変化しており, 明らかに場所的差による堆積環境の相違を示している。

また主部の砂岩泥岩互層(砂岩がち)中においても, 北部では加江田川沿岸において礫岩薄層・礫質砂岩層・粗粒砂岩層などを挾み, 粗粒かつ不安定的堆積相を示しているが, 南部においては漸次砂岩泥岩互層(等量)を挾み, 飫肥図幅地域にはいっては 砂岩泥岩互層(砂岩がち)はほとんど砂岩泥岩互層(等量)に移化し, 相対的に細粒かつ安定的堆積相を示している。

また南部において鵜戸互層中の各岩相の境界線は, 地層の一般的走向およびこれにほゞ平行な砂岩層と斜交している。 こゝに介在する砂岩層は, 地層の一般走向と平行しているので, ほゞ時間面を示すものとみなされる。 よってこの時間面と岩相境界線との斜交の事実は, 上述の北部から南部への岩相の粗 → 細という側方変化を, 表現しているとみられる。 例えば北部における郷之原泥岩層の直上位の粗粒砂岩層を, その走向に沿って南に追跡すると, 図幅地域中央部附近ではまったく砂岩泥岩互層(砂岩がち)に変移し, さらに南下して図幅地域南部に至ると, それが砂岩泥岩互層(等量)を経て砂岩泥岩互層(泥岩がち)へと変移してしまう。 そして図幅地域南部において, 砂岩層が鵜戸互層の岩相境界線を切っているということは, 砂岩層の堆積が, 必ずしも鵜戸互層の堆積と平行的でないことを示している。

粗粒砂岩層 : 北部の加江田川および知福川沿岸に発達する, 暗青灰色粗粒成層砂岩で, 風化すると暗褐色を帯びる。 主として石英粒からなり, 長石や識別困難な岩片も多量に含む。 また時に緑泥石・赤色岩片・方解石なども認められる。 肉眼的には一見凝灰質の観を呈するが, 鏡下に観察すると, ガラス質物質はほとんど認められない。

上述のものと同様な緑泥石や赤色岩片が, 日南層群の凝灰質頁岩にも存在するが, 多量の石英粗粒は日南層群中には, ほとんど含まれていないので, 後背地の古期岩類中の珪岩か, あるいは酸性岩類に由来するものと思われる。

本粗粒砂岩層は知福川沿岸のものがもっとも粗粒で, これから加江田川南岸にかけて, もっともよく発達しているが, 加江田川北岸ではあまり等しくない。 また加江田川上流の家一郷谷においても, 南するにつれて粗粒砂岩としての岩相は不明瞭となり, 中粒以下の多砂岩互層に移化する。 要するにこの粗粒物質の堆積は, 場所的に現在の双石山附近に著しく, むしろ砂岩泥岩互層(砂岩がち)の局部的異相とみられるべきものであろう。

砂岩泥岩互層(泥岩がち): 郷之原附近において広渡川の東岸に好露出をなし, 厚さ約 100 m を示す。 この岩相は郷之原北方の猪八重附近より現われ始め, 南に向かって次第に発達するもので, 郷之原泥岩層から鵜戸互層主部への漸移相を呈している。 すなわち数 cm の砂岩層が泥岩中に介在する程度のものから, 漸次その介在頻度を増してゆく。

北部において, 粗粒砂岩が均一的な郷之原泥岩層に対して, 不連続的堆積を開始したのと対応して, こゝでも郷之原泥岩層に対して, 砂岩層の堆積が介入し始めたものとみなされる。 したがって本層を鵜戸互層に含めるのが妥当と思われる。

砂岩泥岩互層(等量): 図幅地域南部において, 層序的に泥岩がちの互層から移化し, さらに砂岩がちの互層へと移化する漸移相を呈する。 また場所的にも北部の砂岩がちの互層から側方に移化し, さらに飫肥図幅地域にはいると, 砂岩がちの互層はほとんどこの互層によって置き換えられ, さらに一部は泥岩がちの互層に移化している。 この互層の砂泥比はほゞ m.s. / s.s. = [0.30] / [0.40] によって代表される。

砂岩泥岩互層(砂岩がち): 鵜戸互層の主部を占め, 鵜戸山塊の脊骨をなして発達するもので, 中央部においてもっとも厚く, 北に向かって薄くなり, かつ最下部は一部粗粒砂岩層に移化し, 南に向かっては漸次砂岩・泥岩等量の互層によって置き換えられる。

砂泥比は一般に m.s. / s.s. = [0.05~0.10] / [0.30~0.50] で示されるが, 図幅地域中央部の下部, すなわち鵜戸山塊の脊梁をなす部分では m.s. / s.s. = [0.01~0.02] / [0.30~1.00] を示し, 同時に粒度も中粒以上を示すことがあり, むしろ下位の粗粒砂岩層に近似してくる。 しかし, このように砂岩の著しく厚い部分は, ごく一部に過ぎないので, 砂岩がちの互層によって, 鵜戸互層全層を代表する中央部においては, 互層の一輪廻を上記一般砂泥比によって 0.40~0.55 m とすると, 見掛上の厚さ 1,700 m 中には概略 3,000~4,000 輪廻の互層が含まれることとなる。

図版 9 内海川上流に露出する鵜戸互層中の砂岩泥岩互層(砂岩がち)

砂岩 : 鵜戸互層中には厚さ 5~10 m 程度の塊状砂岩層が3枚挾まれている。

細粒で, 新鮮面は青灰色であるが, 一般に風化を受けて黄褐色を呈している。 一般に互層中の砂岩層に較べて凝固度は低いが, 塊状なので侵蝕に対する抵抗は比較的強く, 互層中に突出し, あるいは稜線部に垂直な岩壁を露わし, ほとんど鵜戸互層全層を通じて連続しているので鍵層となる。

これらの砂岩層は互層の相変化にかゝわらず, ほとんど一定の厚さで連続している。

最下部の砂岩層中にはしばしば Operculina を含んでいる。

II.3.5 内海互層

本層には 砂岩泥岩互層(泥岩がち)・ 泥岩・ 砂岩泥岩互層(等量)・ 砂岩などが含まれている。 鵜戸互層下部の泥岩がち互層と岩質的に類似しているが, 鵜戸互層の上位にあって, 鵜戸山塊においては側方変化をすることなく, よく連続する。 鵜戸互層および青島互層に対する境界は漸移的である。

砂泥比は範囲が広く, ほゞ m.s. / s.s. =[0.10~0.50] / [0.05~0.10] で, 侵食に対する抵抗が弱いので, 一般に低夷な地形となっている。 内海以南において比較的急峻な地形を呈するのは, このなかに介在する砂岩が発達し, これが侵蝕に対して比較的強い抵抗力を示すからである。

図版 10 内海附近に露出する内海互層中の砂岩層

知福川以南では2~3枚の砂岩層を挾む。 砂岩の厚さは折生迫附近では 2~3 m に過ぎないが, 南に向かって次第に増加の傾向にあり, 内海以南では 5 m 以上 10 m に達し, 砂岩も4層に増加している。

これに対して知福川以北では若干の岩相変化があるだけで, 1 m 以上の砂岩層は介在せず, 本層の一部は塊状泥岩や砂岩・泥岩などの互層となっている。

本層上部の青島互層との境界沿いには, 白色の凝灰質砂岩薄層を挾み, 青島から戸崎鼻を経て巾着島まで追跡することができる。 この凝灰質砂岩は厚さ数 cm 程度のきわめて薄いもので, 互層中の泥岩中にのみ介在し, 砂岩中に介在することはない。 径 1 mm くらいの石英粒・長石粒からなり, 時に黒雲母を含み, 凝灰岩のような外観を呈する。

II.3.6 青島互層

本層には砂岩泥岩互層(等量)・砂岩泥岩互層(砂岩がち)・砂岩などが含まれる。 内海互層から漸移する砂岩・泥岩等量の互層で, 一般に m.s. / s.s. = [0.10~0.50] / [0.10~0.30] によって示される。

互層中の砂岩層は時に 1 m を超えるが, 5 m に達するものはない。 しかし海岸沿いによく連続し, 鍵層となるので, 地質図においては内海互層中の折生迫附近のものと同様に, 厚さ 2 m 以上の砂岩層は砂岩として区別し, 2 m 以下(実際には 1 m 前後となる)の部分は砂岩泥岩互層(砂岩がち)として取扱った。

本層中にも現在陸上に露出している上部に, 白色の凝灰質砂岩薄層を挾み, 青島から巾着島まで追跡することができる。 青島互層の上限は海中に没して不明である。

なお, 本層と内海互層とは青島以南, ことに青島 - 巾着島間において広い海蝕台を形成している。

図版 11 堀切峠附近に露出する青島互層

II.3.7 宮崎層群産小型有孔虫

Operculina および貝化石の産出は, 下部の家一郷砂岩泥岩層以外にはまれであるが, 小型有孔虫は, ほとんど全層各層準の泥岩中から産出する。 本図幅地域調査中に得られた種類を第 5 表に示す。

第 5 表 宮崎層群産小型有孔虫

その1 : 家一郷砂岩泥岩層
その2 : 郷之原泥岩層
その3 : 鵜戸互層
その4 : 内海互層
その5 : 青島互層
[注]
表中の数字は約 50 g 相当の縮分試料中の個体数を示す。 また採取地点番号は第 3 図による

第 3 図 小型有孔虫採取地点(図中の数字は採取地点番号)

宮崎層群全体を通じて次のようなことが認められる。 a) 相対的に Haplophragmoides spp., Martinottiella communis などの砂質有孔虫が多い。 b) 上位地層のものほど浮游性有孔虫の個体数が増加する傾向にある。 c) 郷之原泥岩層と鵜戸互層との間には, 小型有孔虫群集のうえからも相違が認められる。 d) 本図幅地域内では, 鵜戸互層以上において同一地層内の採取地点による種類の変化はあまり見られず, 外洋性の環境を表わしている。 e) 宮崎平野における有孔虫群集については, 本層群の中部以上に, 砂質有孔虫が急激に増加していることが知られているが 25) , 本地域においても, 砂質有孔虫は鵜戸互層にはいるとともに相対的に急激に増加している。

次に各地層について, それぞれの特徴を挙げる。

イ) 家一郷砂岩泥岩互層および郷之原泥岩層では, 採取地点による種類の変化がかなり著しい。

ロ) 鵜戸互層では採取地点による変化は減少し, Haplophragmoides spp., Martinottiella communis などによって代表される砂質有孔虫を多産する。 たゞし本層上部に当る採取地点(第 3 図中の 2)におけるもののみは, 上位の内海互層との中間的な性質をもっている。 なお, 本層の小型有孔虫群集が日本海岸油田地帯のいわゆる黒色頁岩層のもの, および関東地方西部の西桂層群島田層中のもの [ 以下の [注] 参照 ] に近い性質を示している。

[注]
福田理・篠木嶺二 : 西桂層群の層位学的並びに微小古生物学的研究, 地質学雑誌,Vol. 58,No. 681, 1952

ハ) 内海互層では相対的に浮游性有孔虫が急激に増加するが, 第 3 図の採取地点 ⑪ のみはむしろ鵜戸互層に近い性質を有している。 また本層には Martinottiella を多産するほか, 底棲石灰質有孔虫もかなり多い。

ニ) 青島互層では下位の内海互層のものと本質的な相違は見られないが, 後者に多産する底棲石灰質有孔虫は, 本層にはいるとふたゝび少なくなる。

II.4 第四系

II.4.1 更新統

本地域の更新統は, 大部分比高 20 m 以上の段丘堆積物によって代表される。

段丘の分布については地形の項で述べた通りであるが, それらの堆積物は日南層群および宮崎層群を不整合に覆い, 下部から段丘礫層・シラス灰石層・ローム層が重なる。 図幅地域北西部田野台地地域の梅谷附近の河岸には, 段丘礫層に不整合に覆われた未凝固堆積物が露出している。 これを梅谷層と名づける。

梅谷層 : 本層は亜角礫・凝灰質砂・火山灰質粘土などからなる。

亜角礫は砂岩の小・中礫からなり, 厚さ約 1 m が露出し, 下限は不明である。 また処によっては亜角礫層は見られないが, 凝灰質砂層が厚さ 1 m 程度露出し, 小・中円礫層のレンズを挾んでいる。

これらの上位にはともに火山灰質粘土層が重なる。 新鮮面は淡青緑色であるが, 風化面は白色を呈し, 肉眼的に石英および角閃石を認めることができるので, 石英安山岩質凝灰岩に由来するものであろう。 粘土層の厚さは 1~4 m である。 このような火山灰質粘土層は, 田野町西部の七野附近の段丘礫層下にも, 5 m 以内の厚さで露出している。

本層と, 基盤の日南層群や宮崎層群との関係を示す露頭はみられないが, 常に更新統段丘礫層に不整合に覆われ, かつ相変化の等しい未凝固堆積物なので, おそらく更新世初期の堆積物で, 宮崎平野北部の通山浜層や, 立野礫岩層に相当するものであろう 44) 。 そしてその岩相から推して, 本層はかなり急激な異常堆積によって生成し, かつ石英安山岩質火山噴出物の供給を受けたものと思われる。

段丘礫層 : 主として砂岩の小礫~中礫からなり, 普通 10~20 m の厚さであるが, 田野附近では 40 m に及ぶものがある。

構成礫種およびその産状は現在の河原の礫と同様である。 すなわち更新世後期において, 現河川とほゞ同様の河川の氾濫によって堆積したものであろう。

シラス灰石層 : 本層は鹿児島県から宮崎県南部にかけて広く分布し, シラスおよび灰石と呼ばれる, 珪長質の火山噴出物からなっている。 現在の鹿児島湾北部を中心としてとくに著しく発達し, 恰良 あいら 火山噴出物ともいわれ, その分布および産状は阿蘇泥熔岩のそれに酷似する。 次に本図幅地域およびその周辺のものを一括して述べる。

本層は比較的閉鎖的な地形を呈する平野部や, 溪谷沿いの段丘上に分布する。 すなわち都城盆地方面から流出する河川沿岸にもっともよく発達し, 南那珂山地の河川沿岸にも分布する。 たゞし鵜戸山塊の東斜面の河川にはまったく存在しない。 宮崎平野における更新統の中位段丘面, またはこれに対比される面を形成し, これより上位には存在しない。 すなわち更新統中位段丘礫層のなかに1層のみ介在する。 塊状無層理でほゞ水平に堆積しており, その厚さは一般にはしばしば 20 m 以上に達するが, 本図幅地内においては 5~10 m 程度である。 時に下位にもローム層が見られるが, 一般に上位にローム層をほゞ水平にのせ, その境界は不連続である。

シラスと灰石とは一般に相伴なって産し, 岩石学的にも同質であるが, 下部の固結度が高く緻密な部分を灰石と呼び, 上部の固結度が小さく凝灰岩状の部分をシラスと呼んでいる。 シラス(白砂)・灰石はそれぞれ灰砂・泥熔岩とも呼ばれている。 シラスと灰石とは場所によって量的な差はあるが, まったく相漸移し, 比較的上部にあって固結度の小さい灰石は, 顕微鏡下でガラス質流理構造を呈する標本でも, これを粉砕すると, シラスとまったく区別することができない。

このように両者は密接不離の関係にあるので, これらを一括してシラス灰石層として取扱う。 灰石の部分は灰白色~暗灰色を呈し, 内部ほど緻密でよく固結し, 軽石のほかしばしば安山岩・緑色岩・砂岩などの外来物破片を混えている。 灰石は粗面安山岩質ないし斜長流紋岩質で, 斑晶は斜長石・石英を主とし, 時に角閃石・輝石などの有色鉱物を含むが, 石基はまったく流状ガラス質である。 またしばしばレンズ状の黒曜石を挾み, 流理構造は肉眼的にも認められる。 すなわちこゝに見られる灰石は, 岩質的に阿蘇泥熔岩ときわめてよく似ている。

次にシラスの部分は, 多孔質で軽石が多量になること, 固結していないことなどの点を除いては, 岩石学的にほとんど灰石と同様である。

以上本図幅地域およびその周辺のものについて述べたが, 次にシラスおよび灰石の, 本図幅地域内分布地ごとに, その産状概況を述べる。

図幅地域北西部の七野附近のものは, いわゆるシラスに相当し, 七野台地を形成し, 段丘礫層上に厚さ 5~10 m をなしてほゞ水平にのっている。 主として軽石およびその粉末からなり, 灰白色を呈する。 ほとんど固結せず, 多孔質で吸水性に富むが, 乾燥したものは崩壊し易い。

図幅地域北東部の加江田川と清武川とに挾まれた部分にも, 段丘礫層上にシラスが重なっている。 しかしこれは 5 m 程度の薄いもので, しかも石英粒を主とする粗粒砂に富み, かつ成層している。 これはむしろ軽石質砂層と呼ぶべき地層で, 2次的堆積物の疑いがある。

図幅地域南部の広渡川沿岸には, シラスおよび灰石が更新統段丘礫層上に 10~20 m の厚さをなして点在し, 主として灰石からなり, 下半部には時に柱状節理が見られる。

広渡川が双石山砂岩礫岩層を横断して, 日南平野に出る所に当る郷之原段丘の北端にも, 地質図上には省略されているが, 上述の加江田川下流で見られるものと同様のシラス質砂層が露出している。

最後に図幅地域西隅の矢立峠を越えて, 都城盆地流域に属する沖水川上流も, 主として灰石によって埋積され, 都城盆地周辺の灰石に連続している。 広渡川沿岸の灰石よりも固結度が高く, 柱状節理も顕著である。

図版 12 図幅地域西隅沖水川上流に露出する灰石の柱状節理

以上本層について述べたことから, 次のようなことが考えられる。

① 本層の固結前の状態は粘性が小さく, きわめて流動性に富むものである。 珪長質であるにもかゝわらず, このように粘性が小さいためには, 揮発成分を多量に含んでいなければならないはずである。 そのことは本岩が多孔質で, ガス放出の形跡がきわめて顕著であることからも容易に肯定される。

② いわゆる火山抛出物として飛散し, あるいは空中に懸濁して運搬されたものでなく, 泥熔岩流ないし軽石流として, 緩斜面に沿って地上を匍匐移動し, その間における分級作用とガスの放出作用とによって, 下部の灰石と上部のシラスとに分離されて, 谷・盆地などの凹所に埋積したものである。

③ それらの泥熔岩流ないし軽石流は, 高距 700 m 程度の鞍部(例えば図幅地域西隅の矢立峠)を越えるに足る位置エネルギーと, 加速度とを有していなければならないが, このことは恰良カルデラが, かつて標高 1,000 m に達していたと考えられていることと符合する。 また溢流した熔岩流が大きな加速度を有していたことは, 噴出中心よりも相当遠隔の地に当る本図幅地域およびその近傍においても, なおガス放出の形跡が顕著であり, きわめて短時間に, そのような遠距離地まで列達したことを示していることからもうかゞわれる。

図版 13 図幅地域外西方の露頭でみられるシラス灰石層とローム層との関係。 下部のシラス灰石層を削って礫層が介在し, その上にローム層が載っている。

ローム層 : 本ローム層はとくに日向ロームとも称せられ, 都城盆地や宮崎平野などに広く分布し, 河岸段丘堆積物を覆うばかりでなく, 高所において直接基盤岩の日南層群や宮崎層群を覆い, 山嶺部・鞍部・緩斜面などにも散在する。 地質図上においては, 比較的広く発達する河岸段丘上のもののみを表わし, その他の分布は省略した。 しかし実際には, 図幅地域北部の丸目より南方 364 m 高地に至る丘陵上, およびその南の九平より 344.62 m 水準点に至る緩斜面などに, 比較的顕著に発達している。 また鵜戸山塊中の東斜面の, 諸河川沿岸の段丘礫層下にも小分布が見られる。

ローム層は一般に安山岩質であり, 霧島火山灰層とも呼ばれ, 更新世後半を通じてもっとも活溌に活動した霧島火山の, 抛出物を主とするものと考えられている。

本層は主として赤褐色火山灰質粘土からなるが, しばしば下部に軽石が存在し, この地方でそれぞれ「赤ホヤ」および「ボラ」と呼ばれている。

赤褐色火山灰質粘土層は一般に段丘礫層およびシラス灰石層を被覆して, 水平に重なっているが, 時に両者の間に介在する。 その上部は腐植質の黒色土壌と化し, 一般に両者合せて 1~2 m の厚さである。 この赤褐色火山灰質粘土は赤褐色の微粒子からなり, 吸水すれば強い粘着力を生ずるが, 乾燥するときわめて軽い粉末となって飛散し易くなる。

軽石は細礫~粗粒砂状を呈し, おゝむね黄褐色に汚染されている。

以上述べたことから, 本層は火山灰の風成層であり, シラス灰石層以前から以後にわたる間, 数回にわたり当時の地表至る処に降下堆積したものと思われる。

II.4.2 現世統

崖錐堆積物 : 図幅地域北部の荒平山と 622.0 m 三角点の北麓とは, 東方の丸目方面から西南西に走る断層の延長に当り, 急な断層崖をもって田野台地に追っている。 本堆積物はこの山麓に多量に存在し, 主として砂岩岩屑とその風化土壌とからなる。

その末端は更新統段丘を覆っているので, それより新しいと思われるが, 上部は相当侵蝕作用を受けて緩やかな起伏をなしているので, 一部は更新統に属するかも知れない。 おそらく更新世から現在まで, 継続的に形成された崩壊岩屑堆積物であろう。

宮浦層 : 図幅地域南東隅の宮浦部落は, 海面上約 7 m の段丘上にのっている。 この段丘は貝殻を多量に含む粗粒砂層からなり, 成層して海岸に向かって微傾斜を示し, 現在の新しい海浜の砂層に覆われている。

しかしこの段丘にはローム層がなく, 鵜戸山塊を通じて, ローム層を載せている河岸段丘面よりは低いので, この貝殼を含む砂層は一応現世統と考えられる。 これを宮浦層と呼んでおく。

同様な砂層は宮浦北方の伊比井にも存在する。

冲積堆積物 : いわゆる冲積層のうち, 主として河川の氾濫によって生じた低平地を構成する部分は, 物質的組成, 経済的見地などから他の部分と著しく異なるので, これをとくに冲積堆積物として区別する。

本堆積物は本図幅地内にはあまり広く発達せず, 田野附近・加江田川下流・広渡川などの沿岸低地を形成している。 礫・砂・粘土などから構成されるが, 表面は土壌に覆われ, 主として水田となり, また居住地・交通路・耕作地として人文的にもっとも重要な地位を占めている。

宮崎周辺の試錐の資料から判断すると, 加江田川下流の低地を構成する冲積堆積物の厚さは 30 m 前後と推定される。

砂層または砂礫層 : 広義のいわゆる冲積層に含まれるが, 組成的, 成因的, また人文的に上述の冲積堆積物と多少異なるので, 海浜の砂層または砂礫層, 各河川の大規模な河原の砂礫層などをとくに区別した。

北部の宮崎平野海岸においては砂丘が発達し, 長大な砂浜が形成されているが, これらの浜堤は鶴戸山地海岸にはあまり発達せず, 各入江の奥部, すなわち河口附近に局部的に見られる程度である。

青島は宮崎層群の砂岩泥岩互層が薄い砂礫層に覆われているもので, 砂礫は大部分貝殻からなっている。 現世における一種の貝殼層ともいうべきものである。

II.5 地質構造

日南層群および宮崎層群に特徴的な地質構造は, それぞれの章で述べたので, こゝではその記載を省き, そのほか全般の地質構造, および本地域に関する造構史について述べる。

本地域は大部分南那珂山地からなり, 北縁部に宮崎平野の一部が含まれているが, 両者は加江田川と荒平山北麓とを結ぶ線によって, 明瞭に画されており, この地形的境界は地質構造的な境界と一致している。 南那珂山地と宮崎平野地域との境界附近における構造を概観すると, 加江田川沿いに東西方向の断層が多く, 田野附近まで延びているのが認められるが, 北側の地層が見掛上漸次西方にずれ, 鏡洲以西においては, 北側(宮崎平野側)の宮崎層群が, 南側(南那珂山地)の日南層群と断層をもって直接している。 このことは 南那珂山地の部分(以下南那珂地塊と呼ぶ)と, 宮崎平野の部分(以下宮崎地塊と呼ぷ)とがそれぞれ地塊化し, 宮崎地塊が南那珂地塊に対して西方にずれたか, あるいは南那珂地塊が相対的に上昇したかを示している。

これらの断層は更新統上部の段丘礫層に被覆されている。 この段丘礫層の下位には, 更新統下部に属すると思われる梅谷層などの, 異常堆積物の存在が知られている。 この堆積物は都農図幅地域における立野礫岩の場合と同様, 第三紀末の断層運動に伴なう急激な崩壊性堆積物とみるのが妥当である。 したがってこれらの断層線の形成は, 新第三紀末の傾動隆起運動によって, 宮崎層群が陸化した時の地塊化運動に基づくものと思われる。

これらの段丘礫層は, 宮崎層群の準平原面上にほゞ水平に堆積している。 すなわち更新統段丘礫層堆積前に, 宮崎層群が準平原化作用を受けている。

次に南那珂地塊と宮崎地塊とを地質構造的に比較すると, 宮崎地塊は南那珂地塊に対して, 見掛上著しく西方にずれているので, 両地塊が隆起した当時, すでに南那珂地塊, とくに鵜戸地塊が海上に半島状に突出していたものと思われる。 以後現在まで, 南那珂地塊においては河蝕力が弱く, たとえ河蝕を受けて地表が一部平坦化されたとしても, 海蝕によって削剝し去られ, 常に背後の未平坦化地形のみが残される結果となるが, 一方宮崎地塊においては著しい海蝕を受けることなく, 旺盛な河蝕による平坦面が残されたものであろう。

宮崎地塊において河蝕力が旺盛なのは, 後背山地が深く, したがって河川の発達が著しいためであり, 鵜戸地塊において河蝕力が弱いのは, 後背山地が浅く, したがって河川の発達が小規模なためであろう。 なお海図から, 旧平坦面とみなされる 30 m 以浅の海底地形をみると(第 6 図参照), 鵜戸山地海岸においては堆積作用が弱いので, 陸岸近くの海底勾配が比較的急で, かつしばしば岩盤が露出しているのに対して, 宮崎平野海岸においては堆積作用が著しいので, 緩やかな海底勾配が旧平坦面を覆っている。 したがって海蝕作用は鵜戸山地海岸においては強く働き, 宮崎平野海岸においては著しくなく, むしろ堆積作用で陸地が拡張される傾向にある。 このような平衡作用は, 一方においては海蝕崖および海蝕台の形成, 一方においては浜堤および沿岸洲の形成として, ますます著しく行われる結果となる。 そしてこのような現象が, 新第三紀末における地塊運動によって, 形成された地形に規定されて, すでに更新世以来開始されていたことは想像に難くない。

以上の諸事項を総合すると, 本地域における古第三紀末以後の造構史は, 次のように纒められる。

古第三紀末 :
西南日本外帯全域的な著しい褶曲運動とそれに伴なう広域的陸化
新第三紀中新世前期 :
日南層群の削剝
新第三紀中新世後期ないし鮮新世 :
この地域の沈水と宮崎層群の堆積
新第三紀末 :
宮崎層群堆積地域を含む広域的傾動隆起と, それに伴なう大規模の地塊化運動。 南那珂地塊と宮埼地塊との分離。 断層群の形成
更新世前期 :
新第三紀末における, 大規模の断層運動に伴なう侵蝕輪廻の更新と, それに伴なう局地的, かつ急激的な堆積作用(石英安山岩質火山活動)
更新世後期 :
地盤上昇の間歇的反復による段丘群の形成 (輝石角閃石安山岩の噴出によるローム層の堆積。 粗面安山岩質ないし斜長流紋岩質岩漿の溢流によるシラス灰石層の堆積)
現世初期 :
汀線降下に伴なう宮浦層の相対的隆起
現世中期 :
汀線上昇に伴なう冲積堆積物の堆積
現世末期 :
汀線降下に伴なう海蝕台の相対的隆起

III. 応用地質

本地域には鉱産資源としてみるべきものはほとんどなく, 僅かに宮崎平野南部を中心として, 天然ガスの開発が期待されている程度である。

石炭および亜炭については1, 2の情報が知られているが, いずれも稼行価値に乏しいものである。

燐鉱についてはかつて詳しく報告されたことがあるが, 現在まったく稼行の対象になっていないので省略する。 金属鉱床はほとんど期待されない。

応用地質に関して, 本地域ではむしろ災害, 立地, 景観などが重要な要素を占めている。 本地域は夏季から秋季にかけて台風の影響が著しく, 風雨による災害が甚大である。 ちなみに青島における降水量は年間平均 2,800 mm を超え, 山間部では 8 月1ヵ月間に 420 mm 以上に達する [ 以下の [注] 参照 ] 。 一方直接暖流の影響を受けているので, 温暖湿潤な気候と, 亜熱帯ないし熱帯的動植物景観を呈する。

[注]
佐藤善治・長友久雄・佐田宏次郎 : 青島の気象, 青島綜合調査報告書, 1954

III.1 天然ガスおよび湧出水

図幅地域北東部の加江田川沿岸・青島附近・内海附近などには天然ガスの徴候があるが, 現在のところ僅かに一部で家庭用燃料に供されている程度で, 工業的な開発はまったく行われていない。

これらについては宮埼県・本所燃料部などによって従来調査が行われているので, 本図幅では個々の記載に関しては省略し, 従来の資料を参考にして, ガス徴地と地質條件との関連について述べる。

従来の資料に基づき 26) [ 以下の [注] 参照 ] , おもな徴候地におけるガスおよび附随水の測定値の一部を第 6 表に示す。 これらのうち, 折生迫西方および曽山寺杉雨荘の湧出水は, 現在冷泉として利用営業されている。

[注]
なお, これらの資料とは別に, 本所技術部本島公司の調査報告 (宮崎県資料(MS), 1955) がある。

第 6 表 主要ガス徴地一覧表

位置 深度(m) ガス自噴量(m3 pH 値 Cl 含量(mg / l)
内海(内海西方内海川下流) 田圃 1.85 7.6 53.0
〃(内海北東方) 谷間 6.54 8.0 45.7
折生追(折生追西方) 1.5 0.144 7.2 8.84
〃(〃) 谷間 0.1 ? 7.0
青島(青島中学校庭) 300 17.6 8.0 509.8
加江田(曽山寺杉雨荘冷泉) 3.5 0.576 8.8 73.69
曽山寺(曽山寺) 田圃 0.211 7.4 67.9
〃(〃) 0.04 8.1
竹之内(竹之内) 0.48 7.4
〃(〃) 1.9 0.336 7.5 2,679.8
本郷南方(図幅地域外, 曽山寺北方 4 km) 7.0 1.2 7.2 3,212.6
昭和 26 年 宮崎県発行「宮崎県の地下資源と鉱業」中の「天然ガス調査其の二」より抜萃

これらのガス徴候地と地質との関係について要約すると, 次の通りである。

① 現在までに知られたところによると, これらの地点はいずれも宮崎層群地域にある。 鵜戸互層中の砂岩泥岩互層(砂岩がち)中にも, 内海互層中にもあり, 泥岩部の上にとくに多いとは限らない。

② 宮崎層群全般にわたり, その傾斜は 10~20°であり, 加江田附近を除いては 30°を超えることはほとんどないので, とくに緩傾斜部に多いとはいえない。 ガス徴地の多い本図幅地域北東部は, 宮崎層群全体からみると, むしろ傾斜が急になっている。

③ ガス徴地は断層密度の多い本図幅地域北東部に集中している。

④ これらのうち, 竹之内・曽山寺・青島附近などにおけるガス徴地の配列状態をみると, これらは明らかに図幅地域上に示された断層あるいはその延長上にある。 その他の折生迫や内海地区のものは, 地質図上に表現できるほどの大規模な断層ではないが, 局部的小断層ないし裂罅が推定される処である。 すなわちガス徴候地は, 断層ないし裂罅と密接な関係を有するものと思われる。

⑤ これらのガス徴地が断層ないし裂罅と密接な関係を有していることは, 次の事実からも明らかである。

すなわち宮崎県による天然ガス調査の資料によると, これらのガス徴地の大部分は湧出水に伴なって自噴している。 また県によって行われた曽山寺附近における試錐の結果, 深度 500 m 附近において厚さ約 2 m の断層破砕帯に遭遇し, これより可燃性ガスの逸出をみている。 この地点は地質図上に示された東西性の断層上にあり, この試錐井中においては深度 100 m に至る間, さらに平行する多数の断層破砕帯に遭遇している。

上述のように多くの天然ガスは湧出水に伴なって産出するので, 逆に湧出水は天然ガスに対する予察的な調査対象となる。

次に一般の地下水・湧出水・天然ガス相互間の関係を, 現在までの資料に基づき比較すると, 普通の地下水は一般に pH が 7.0 以下であるのに対して, 湧出水はいずれも 7.0 以上を示し, 時に 8.0 を超えることがある。 そしてガス自噴量も pH 数値の大きいものほど大となる傾向がある。 また Cl' 含有量は普通の地下水に関しては, あまり資料がないが, 少なくともガス含有量とは密接な相関関係を有していると思われる。

一方宮崎層群の下位にある日南層群中には, 現在のところガス徴に関する惰報はないが, 湧出水は少なくないので, それらを含めて図幅地域南部における数地点の測定値を第 7 表に掲げる。

第 7 表 図幅南部地域湧出水測定表(単位 : mg / l)

位置 pH HCO3' CO2 CO2" Ca.. Mg.. Cl' 岩層 備考
日南市(旧鵜戸村)宮浦 7.3 268.7 30.5 50.1 6.1 510.0 宮崎層群鵜戸互層 湧出水・気泡豊富, H2S 臭, 白色沈殿
北郷村猪八重附近 8.7 329.4 66.0 13.2 1.5 21.2 宮崎層群家一郷砂岩泥岩層 H2S 臭, 白色沈殿
北郷村郷之原附近 5.4 42.7 18.7 11.3 1.3 21.2 宮崎層群郷之原泥岩層
北郷村北河内 7.5 176.9 4.4 20.7 2.2 28.3 日南層群砂岩および泥岩
北郷村平佐 7.7 3,617.3 2.2 39.6 11.4 2,630.2 日南層群砂岩泥岩互層 鹹味強
北郷村亀河内 7.5 683.2 20.9 24.5 4.8 131.0 日南層群砂岩 白色沈殿
本表は採水後1~2ヵ月の測定値による。

本表において, 一般に pH 値および諸成分含有値はほゞ Cl' 量に比例する傾向がある。 また平佐附近の塩泉の Cl' 含有量は, ガス徴地として顕著な, 図幅地域北部の竹之内および 図幅地域外北方の本郷南方などにおける含有量に匹適している。

これらのほか, 図幅地域外ではあるが, 郷之原南方約 4 km の内之田附近(飫肥図幅)の井戸水には, Cl' 含有量 1,253.2 mg / l を示すものがあり, また本図幅地域北部の家一郷谷に湧出水およびガス徴の情報がある。 これらと第 7 表に示す猪八重附近のものなどは, いずれも宮崎層群の基底に近い部分にある。

III.2 石炭または亜炭

日南層群中のもの : かつて図幅地域南部の宿野北方約 1 km 附近から, 石炭の存在が報ぜられたことがあるが, 現在はその痕跡をとゞめず, 当時の状況を知る由もない。 現地附近は主として著しく褶曲した頁岩からなり, 炭層賦存の可能性は稀薄である。

宮崎層群中のもの : 図幅地域北部の鏡洲附近における宮崎層群基底の双石山砂岩礫岩層中には, 処々に亜炭ないし炭質泥岩の薄層を挾んでいる。 しかし, いずれも数 cm~数 10 cm の厚さに過ぎず, 膨縮が甚だしい。 2, 3の露頭における産状は次のようである。

塩鶴南東方 290 m 高地中腹においては, 調査当時試掘が行われていた。 そこでは基底礫岩中に厚さ数 m~10 m の泥岩を挾み, その下部に亜炭薄層が介在している。 炭層は露頭においては走向 N 60°E, 傾斜 40°S を示し, 延長約 70 m, 厚さ最大 40 cm, 両側に縮小し, それぞれ距離 10 m あまりで厚さ 20 cm 以下に急減し, 次第に尖滅する。

局部的には高カロリーを有すると思われる部分もあるが, 大部分は炭質泥岩ないし亜炭と称すべきものであり, 断層運動を受けて著しく滑動した形跡を示している。 また, この炭層より上方 10 m の間に, 同じく泥岩中に数 cm 以内の, 炭質泥岩の介在するのが認められる。 泥岩中には植物質破片を含んでいる。 なお, この試掘坑については宮崎県による調査資料がある [ 以下の [注] 参照 ]

[注]
高井保明 : 宮崎炭礦地区地質調査報告, 宮崎県資料(MS), 1955

鏡洲 - 丸野間の 107 m 高地南側においては, 基底礫岩中に厚さ 10~50 cm の泥岩が数枚介在し, そのなかに厚さ 1~5 cm 程度の亜炭薄層と, 10 cm 程度の炭質泥岩層とが見られる。

鏡洲西方 500 m 附近では, 基底礫岩中の泥岩中に厚さ 10 cm 程度の亜炭層が介在する。

さらにそれより北西方 500 m の地点においても, 基底礫岩直上の細粒砂岩中に試掘坑跡があるが, 露頭は不明瞭で, 炭層は約 30 cm と推定される。

以上のように, 本地域の炭層は基底礫岩中の局部的な泥岩層または砂岩層中に胚胎し, 双石山層自体の岩相から推して, 当然地層の不安定が予想される処であるが, 実際に各炭層とも膨縮甚だしく, またほとんど連続性を示していない。 したがって部分的に厚さ数 10 cm を超えるものがあったとしても, 稼行の対象としてはあまり期待されないであろう。

III.3 石材

本図幅地域内で石材として利用されているのは, 主として灰石と, 宮崎層群中の鵜戸互層および内海互層中の単層の砂岩とである。

図幅地域北部におけるシラス灰石層は, シラス質で利用できないが, 図幅地域南部の広渡川沿岸に点在する灰石は処々採取利用されている。 これは柔かく, 軽く, しかもかなりの強度を有し, とくに熱に対して強い性質を有している。 したがって阿蘇の灰石と同様, 竈・土台石・石垣・橋梁・墓碑など, 地方的土木建築材料として利用されている。

次に宮崎層群互層中の単層砂岩は比較的細粒, 緻密, かつ比較的堅硬なので, 主として石垣または土木用骨材として利用されている。

III.4 崩壊および地辷り

本地域は崩壊および地辷りがきわめて著しい。 地質的区分により日南層群地域と, 宮崎層群地域とに分けて述べる。

III.4.1 日南層群地域

崩壊および地辷り地は全層に及ぶが, とくに頁岩および砂岩頁岩細互層中に著しく, 砂岩を主とする地域は急斜面の割合に著しくない。 そのうちもっとも著しいものについて2, 3の例を述べる。

地質図には, 日南層群地域の崩壊地はそれほど多く記載されていないが, これはその明瞭な輪郭を示し難い場合が多いことと, それほど大規模でないものも, 全部記載するのは際限がないこととの理由からであって, 実際には日南層群地域にはきわめて著しく, その緩斜面はほとんど旧崩壊地とみなしてさしつかえないほどである。

広河原附近広渡川南岸(図幅地域南東部): 昭和 29 年度の風雨による崩壊地で, 崩壊面は幅数 10 m, 高度 200 m に達している。 主として頁岩からなり, 赤紫色凝灰質頁岩を挾む。 地層は擾乱を受けて破砕され, きわめて脆弱である。 崩壊地附近の斜面は 0.4 : 1 以上の勾配を示している。

黒山北方広渡川南岸(図幅地域南東部): 主として頁岩からなり, 処々砂岩層を挾み, 著しく擾乱されている。 また黒山附近の旧崩壊緩斜面の末端に当るので, 広渡川の側方侵蝕を受けて容易に崩壊する條件下にある。 昭和 29 年における風雨によって発生した崩壊地で, このため林用軌道はまったく寸断され, その後この軌道は廃棄されている。

図版 14 図幅地域南西部の日南層群地域における崩壊地とおびたゞしい土石流。 こゝは主として砂岩からなり, 他の日南層群地域に較べて比較的硬強な岩盤であるが, それでも出水に際してしばしば写真のような崩壊を生じ, しかも岩屑は主として硬い砂岩岩塊からなるので, 一時に下流へ流失することなく, 谷を埋めて滞留し, 広い河原を形成することが多い。

黒荷田附近(図幅地域中央やゝ南西部寄り): 黒荷田西側の急斜面上の, 小谷中に発生した比較的新しい崩壊地で, その先端は 721.5 m 三角点附近に及び, 高度約 500 m, 延長 2,000 m を超える大規模なものである。 下部は頁岩を主とするが, 上部は砂岩が多くなる。 また一部に赤紫色凝灰質頁岩が認められる。 この急崖の勾配は 0.8 : 1 を示している。

大戸野西方(黒荷田北方): 789.8 m 三角点より大戸野に注ぐ小溪谷中の崩壊地で, ほとんど谷の全延長にわたって崩壊している。 頁岩に富む地層で, 赤紫色凝灰質頁岩の露出する附近はとくに崩壊著しく, 岩屑は水に飽和された粘土となって流動状態に置かれている。

荒平山南々西方 2,500 m 附近(図幅地域北部): 緩傾斜面におけるきわめて新しい地辷り地で, 現在山林が傾動倒木しつゝある。 この地辷り地塊は過去の崩壊によって形成された崖錐地で, 岩屑のみからなっている。 附近の岩層は黒色頁岩と暗緑色頁岩を主とし, 両者は漸移的関係にある。 また附近には赤紫色凝灰質頁岩がある。 いずれも断層や褶曲による擾乱甚だしく, 断層粘土が発達し, また細粒砂岩中には方解石脈が著しい。

その他 : 日南層群地域を通じて, 山腹ないし山麓の緩斜面をなし, 一応安定状態にあると思われる崩壊岩屑地はきわめて多い。 その代表的なものは北部の九平附近, 中部の山仮屋・元仮屋附近, 南部の黒山附近などである。 しかし, これらの地盤はいわゆる軟質崩土に属し, 当然大きな孔隙率と含水率とが予想されるので, 安全勾配は 7°以下とみるべきであろう [ 以下の [注] 参照 ]

[注]
福富忠男 : 実用土木地質学, P. 130, 1952

以上述べてきたことで注目されるのは, 上述の崩壊地や地辷り地の岩層中には, しばしば赤紫色凝灰質頁岩を挾んでいることである。 元来日南層群は, 擾乱を受けて岩層としてよりも破砕岩屑としての状態にあることが多い。 しかも細粒岩を多量に含む場合は, 破砕によって岩屑中に多量の粘土を生じ, それが水に飽和されると粘着力を失って, 破砕岩屑はきわめて滑動し易い状態になる。 これが頁岩, とくに微粒の赤紫色凝灰質頁岩を挾む地層の, 崩壊ないし地辷りを起し易い原因であろう。

日南層群の擾乱に伴なう著しい破砕状態と関連して, 最近各地にみられる河川工事と, 地質條件との関係について触れる。

本層群中の諸河川は, 多大の雨量に伴なって脆弱な岩盤を容易に崩壊させ, 到る処に幅広い冲積氾濫原または河原を形成し, 峡谷をなすことはまれである。 そして刻々河原を拡張し, 新しい砂礫を運搬し, その著しい侵蝕作用と運搬作用とは, ほとんど毎年沿岸に災害を与えている。 そのため最近砂防ダムがさかんに構築されているが, 上述のように日南層群の岩層はほとんど到る処著しい擾乱作用を受けているので, その岩盤に対する地質的, 岩質的條件に対しては厳重な注意を要する。 例えば図幅地域北東部の持田・楠原を流れる田野川本流などは, 擾乱の著しい黒色頁岩中を流れているので, もっとも注意を要する部分である。

図版 15 田野川本流に設けられた砂防ダム。 対岸は崩壊地に等しく, ほとんど岩屑のみからなる。

図版 16 田野川本流における砂防ダム建設状況。 対岸の露頭は著しく擾乱した頁岩層からなり, 写真でみられる通り崩壊性甚だしく, 基礎岩盤として適当ではない。

III.4.2 宮崎層群地域

宮崎層群はほとんど褶曲運動を受けていないので, 地層の破壊は少なく, 大きな山崩れはあまり見られない。 砂岩の多い鵜戸互層はとくに崩壊に対する抵抗が強く, 垂直勾配にも堪えることができる。 また各互層中の砂岩の単層は, 波浪の侵蝕に対してきわめて強い抵抗力を示し, 鵜戸山塊にとって有力な防波堤となっている。

しかし断層に伴なう小破砕帯や節理に沿って, 小規模の崩壊を見ることがある。 海岸線においてはそのような小破砕部に風雨や波浪の侵蝕作用が強く作用し, しばしば小規模の崩壊を生ずる。 現在の入江や河川は, そのような破砕部に多く発生したものと思われる。

地層の傾斜方向と地形の傾斜方向とが一致する場合, とくに地層の傾斜よりも地形のそれの方が急の場合には, 節理に沿って割れた砂岩塊が滑脱する現象がみられる。

また泥岩層自体がすべり面となり, それより上の部分全体が滑動し, 相当大規模の地辷り現象を起すことがある。 これは互層中の泥岩が水に飽和するとその粘着力が弱まり, それから上の岩塊の荷重に堪えきれず, すべり面となって岩塊が滑脱するものと解される。

その顕著な例は内海北方の海崖に見られる。 そこでは局部的な断層群に伴なって岩層が破砕されているので, 単なる滑脱現象のみでなく, 日南層群地域におけるような崩壊斜面を形成している。 この附近の地層の傾斜は 25~30°であるが, 地形の平均傾斜はこれより急で 33~34°を示しているので, 将来もこのような層面滑動性地辷りの可能性が残されているとみなければならない。

内海以南の海岸線には, このような滑動性地辷り地はほとんどなく, ほゞ地形勾配と地層傾斜とが一致している場合が多い。

次に現在移動ないし崩壊しているものではないが, 南部の富土河内附近や, 宮浦西方などの鵜戸山地内には, 比較的新しい地質時代に生じたと思われる地辷り地形が認められる。 そのもっとも典型的なのは富土河内西方のもので, 地辷り地塊はある程度崩壊しているが, 地辷り面はほゞ現在の地形面として残されている。 その横断面を第 4 図に模式的に示す。 これは推定される地辷り地塊の面積が約 1.3 km2, 移動水平距離約 700 m, 同垂直距離約 200 m, 地辷り地塊の体積は 300 万 m3 以上という大規模なものである。 なお, 地辷り地塊の後方にあって, 地辷り面を示す斜面は, 幼年期初期の侵蝕地形を呈しているので, 侵蝕輪廻において高位段丘面に対比することができる。

第 4 図 富土河内地辷り地模式断面図

その他, 伊比井川上流西側斜面, 猪八重北東方斜面, 北部に近い茜ケ久保附近などは, 地辷りまたは断層破砕に伴なう旧崩壊地と思われる地形を呈している。 またその小規模な地形は全層各所に見られる。

III.5 土地利用と地質

日南層群地域 : 本地域は上述のように擾乱が著しく, 崩壊性の緩傾斜をなしていることが多いが, このような場所は良好な人工林となっており, とくに南部の黒山を中心とする広渡川沿岸・北河内附近など, 比較的頁岩の多い地方は, いわゆる飫肥杉の標式的産地として, 古くから知られているところである。

図版 17 図幅地域南西部日南層群地域の緩斜面に繁茂する飫肥杉の人工林

頁岩が多く, ある程度の砂岩も含む地層の破砕によって, やゝ砂礫質の土壌が厚く堆積し, したがって適当の含水性を有するこれらの緩斜面地域は, 気候の多雨温暖性と相俟って, 飫肥杉の成育にとってきわめて有利な條件を備えているわけである。 しかも単なる生産物としてのみでなく, これらの人工林によって災害に対する地質的, 岩質的悪條件を緩和させようとする人為的意欲は, 一層この地方の植林事業を増進させる結果となっている。 これに対して北部の荒平山から, 南西方に向かう砂岩の多い地帯は緩斜面が少なく, 土壌が薄いので, 人工林に適する場所は少ない。 したがって現在暖帯性闊葉樹の天然林に覆われていることが多く, とくに 721.5 m 三角点と小松山を結ぶ線以西に著しい。

なお, 砂岩の多い地域, 頁岩の多い地域を問わず, 崩壊性緩斜面で一応安定している部分は, 耕作地または一部居住地として利用されている。 北から九平・山仮屋・元仮屋・黒山などはその代表的なものである。

宮崎層群地域 : 本層群はあまり擾乱作用を受けていないので, 断層による局部的な破砕と層面地辷り的な擾乱があるほかは, 崩壊性堆積物による緩斜面は比較的少なく, かえって急斜面が多い。 したがって土壌も一般に浅いので, 植林地として好適な場所に乏しく, 図幅地域中部附近の猪八重北東方の緩斜面を除いて, 日南層群地域におけるような大規模な人工林は少ない。 ことに鵜戸山塊の脊梁西側は逆層の急斜面をなしているので, 懸崖に囲まれた双石山系とともに, 上述の日南層群の砂岩地域に次ぐ闊葉天然林を形成している。

前述の富土河内附近の地辷り斜面は最近開拓地となり, 若干の開拓村落が形成されつゝある。 また北部に近い茜ケ久保附近の村落と耕地も旧地辷り地と思われる。

段丘地域 : 段丘は古来人類居住の最適の場所として利用され, 古代文化遺跡もほとんどこの段丘上に発見されている。 現在の聚落の分布状態を見ても, 海岸平野および海岸地域を除くと,そ の発達は上述緩斜面のほかはほとんど段丘上に限られている。 これは, それらの平坦面が冲積地より少なくとも 10~20 m 以上の高度にあるので, 治水の不充分であった古代において, 洪水の危険からまぬがれていたということが, 最大の理由であったと思われる。 またローム層最上部の腐植質黒色土壌は農耕に適している。

一方宮崎県南部から鹿児島県にかけて, 広く分布するシラス地域は, 特殊土壌としてのみでなく, 崩壊という観点から重要視されているが, 本図幅地域におけるシラスの分布は甚だ狭く, かつ局部的なので, とくに大きな問題とはなっていない。 むしろ一般に段丘面上の道路が, ローム層に由来する泥濘と粉塵とによって, 甚だしい悪路をなしているのに対して, シラス地域を通過する部分は泥濘も粉塵もなく, その多孔性, 吸湿性が道路にとってむしろ良好な條件となっている。

冲積地 : 冲積地の大部分は水田として利用されているが, 海岸地域では村落が発達している。 また主要な交通路でもある。 段丘が古代文明の舞台であるのに対して, 沖積地は近代文明の舞台ということができる。

附 青島の自然景観と地質

図幅地域西部の鰐塚出(1,119 m)は本図幅地域の最高峯で, 南西部の小松山(968.8 m)がこれに次ぎ, それらの山頂からは, 日向灘はもちろん, 西方霧島山・桜島・開聞岳などを遠望することができる。

本地域の海岸地帯は「日南海岸国定公園」となっているが, その地形的ならびに地質的條件と, 亜熱帯的な動物分布および植物群落とは, 特異な自然景観を呈している。

青島に関しては最近詳細な研究調査結果が発表されているが [ 以下の [注] 参照 ] , 以下本図幅調査によって得られた調査結果に基づき, 主として日南海岸, とくに青島およびその周辺の自然景観に対して, 地形的, 地質的考察を試みる。

[注]
宮崎リンネ会 : 青島綜合調査報告書, 1954

図版 18 戸崎鼻から青島を望む。 左側の陸岸には海蝕台の後方に急斜面の海蝕崖がみえる。

図版 19 青島に繁茂する枇櫛樹

青島は完全な海蝕台島をなし, その中央部に貝殻を主とする砂礫が薄く堆積し, その上に熱帯ないし亜熱帯植物が欝蒼と繁茂している。 薄い砂礫に覆われた部分は周囲約 1 km, 面積は 1 km2 の 1 / 20 にも満たず, 海蝕台全域を含めても周囲約 2.6 km, 面積は 1 km2 の約 1 / 5 程度である。 また沿岸流の運搬, 堆積作用により, 陸岸からは砂嘴が発達してほとんど陸繋島となりつゝある。 青島の砂礫が主として貝殼からなっているのに対して, 陸岸からの砂嘴中には多量の軽石粒が含まれている。 この軽石粒はシラスに由来し, 大淀川(図幅地域外北方宮崎附近)・ 清武川および加江田川などを経て運搬されて来たものであろう。

地層は主として宮崎層群上部の青島層で, 砂岩・泥岩の互層からなり, 島の西端に厚さ 3~4 m の砂岩の単層を挾んでいる。 また島の西部と東部とはそれぞれ厚さ約数 cm~20 cm の凝灰質砂岩薄層を挾んでいる。 走向は SSW - NNE に走り, 10~20°E の緩傾斜単斜構造を呈している。 互層をなす砂岩および泥岩はそれぞれ厚さ 15~30 cm および 15~40 cm で, 比較的規則正しい配列をなし, 波蝕に対して軟弱な泥岩層は削剝され, 比較的強硬な砂岩層は突出して, いわゆる波状岩を呈している。 この波状岩は枇榔樹とともに青島における2大奇観である。 さらに互層中の砂岩層表面には, 節理・団塊・甌穴・穿孔等により種々の小侵蝕形を生じていること, 中央部の砂礫層が, 主として貝殼からなっていることなどが, 青島景観に異彩を添えている 36)

図版 20 青島の海蝕台

図版 21 青島海蝕台上に集積された砂礫層。 大部分貝殼や珊瑚の破片からなる

次に青島より南下すると, 宮崎層群が日向灘に没する所, 南隣の飫肥図幅に至る延延数 10 km に至る海岸線に, 青島におけると同様の砂岩泥岩互層からなる, 海蝕台の発達を見ることができる。 その幅は最大 200 m 以上に達している。 とくに戸崎鼻と内海との間は, 地層の走向が海岸線の方向に一致し, 青島におけると同じく青島互層によって構成され, 幅平均約 100 m, 延長約 4 km にわたる海蝕台は, その規模において青島以上の壮観を呈している。 次に青島の成因につき述べる。

現在の陸上および海底の地形, 地質から推して, 青島およびそれ以南の海岸地形は, 現在に近い状態まで侵蝕された鵜戸山地の沈水によって, その原型が生じたことは明らかである。 現在に近い状態の侵蝕形は, 少なくとも第四紀後半に形成されたものであり, また著しい沈水は冲積世に行われている。 よって青島および以南の海蝕台は, 冲積世の海進期において島嶼・岬ないし鵜戸山地の一部であったものが, 波蝕により海面上の部分が削剝されて, その跡に漸次平坦面が形成されて行ったものであろう。 さらに波蝕は海面下に及び, したがって海蝕台は海面下において形成されるはずであるから, 海進の最盛期においては, 少なくともある期間これらの海蝕台全部が海面下に没していたことは明らかである。 そしてその後きわめて僅かの相対的隆起を生じて, 現在のように海蝕台地形を海面上に現わしたものと考えられる。

いま仮に, 折生迫と白浜との間の半島が孤立していると考え, 次にこれが沈水し, この部分が完全に波蝕されつくされた後, ふたゝび若干の相対的隆起があったとすると, その跡には, 現在の青島と同様の海蝕台島が形成されるであろうことは想像に難くない。 また内海南方の巾着島は, 波蝕が半ば進行したまゝ完全な海蝕台化から免れて, 元の山脚部ないし島嶼部が一部残留する中間地形として, 青島の成因を髣髴させる。

このように青島海蝕台島が一時海水に覆われたとすると, 現在島上に繁茂する熱帯性植物は, 当然隆起後の漂着によるものと解される。 ちなみに, 現在本地域の海岸において椰子の実の漂着を見ることがある。

一方陸岸沿いに発達する長大な海蝕台は, 波蝕による海岸線後退の跡を示し, 海蝕台の背後には急斜面をなす海蝕崖が形成されている。 また青島附近から加江田川河口附近にかけての丘陵東側の急斜面は旧海蝕崖で, その前面に拡がる砂丘は, 沿岸流と波浪との堆積作用によって, 旧海蝕台上に形成されたものと思われる。 折生迫や知福川河口附近の川底には, しばしば砂岩泥岩互層が露出し, 現在の青島周辺の海蝕台に連続すると思われる海蝕台地形を覗かせている。

図版 22 鵜戸山地海岸に発達する海蝕台(1)。 堀切峠から南方を望む。 遙かに海蝕台に囲まれた巾着島が望まれ, 青島の前身を髣髴させる。 右側の海蝕崖斜面はほゞ地層の傾斜と一致している。

図版 23 鵜戸山地海岸に発達する海蝕台(2)。 堀切峠から北方を望む。

冲積世における青島およびその周辺の海蝕台形成過程を, 模式的に第 5 図に, またその形成過程を暗示する海底地形図を第 6 図に示した。 なお青島の地質図をとくに拡大して第 7 図に示す。

第 5 図 沖積世における青島およびその周辺の海蝕台形成過程模式概念図。
  1. 汀線上昇開始に伴ない陸上の平坦面ないし海蝕台は海水に覆われ, 残丘も孤島となって海蝕を受け始めた。
  2. 海侵最盛期に至り海蝕を受けた後孤立する低い残丘は海底に没して浅瀬となり, 水深の増大に伴ない陸地の前面に対する海水の侵蝕力も増大した。
  3. 著しい海蝕によって陸地の一部は孤立して離島となり, さらに離島にも陸地の前面にも広い海蝕台が形成され, その背後には急斜面の海蝕崖が生じた。
  4. 最後に僅かの汀線降下があり, 海蝕台は海面上に露出し, 海蝕崖も依然急斜面を残している。

第 6 図 青島附近沿岸海底地形図(水深単位 m, 水路部発行海図による)

第 7 図 青島地質図

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EXPLANATORY TEXT OF THE GEOLOGICAL MAP OF JAPAN Scale 1 : 50,000

HYUGA-AOSHIMA

Kagoshima, No. 84

By YOSHITO KINO (Written in 1957)


Abstract

GEOLOGY

The mountainland occupying the most parts of the mapped area is called "Minami-naka mountainland", and consists mainly of the sedimentary rocks of Neogene Miyazaki group and Nichinan group which is believed to be Paleogene Tertiary in age. Diluvial terrace gravel and alluvial deposits are distributed in the valley of Minami-naka mountainland and on the marginal lowland.

At places, so-called "Shirasu" and "Haiishi" form the middle terraces.

The geological sequence in the area is summarized in Table 1.

Table 1 Summary of Stratigraphy

The Ao-shima (island) and the Nichinan coast are attached by abrasion platforms which are slightly higher than the sea level. On the platforms, the rugged wavy exposured planes of rocks are attractive to the visitors. These exposures are formed by differentiall wave erosions having affected upon the alternating beds of hard sandstone and soft mudstone of the Miyazaki group, and then by slight uplifting. The uplifting is thought to have taken place in Recent age.

1. PALEOGENE

Nichinan group

It occupies the western half part of the mapped area, and is the foundation of Miyazaki group.

The Nichinan group is mainly composed of sandstone and shale, and partly intercalates basic rocks and tuffaceous reddish shales. It trends generally in NE-SW direction.

That group is so intensely disturbed that almost strata are sheared and destroyed, and especially the shaly strata are conspicuously effected. The group has been assigned to Oligocene age from the molluscan fauna yielded in the environs of Aburatsu locating to the south out of the mapped area. In this surveying, the writer discovered a seed of Pandanus at the eastern foot of Mt. Komatsu locating in the southern part of the mapped area. The similar seeds of nodular appearances are yielded abundantly in the shales. A silicified wood is discovered near Kusubaru locating in the northeastern part of the mapped area. It is conferrable to Taxodioxylon taxodii GOTHAN discovered in the Paleogene of the coal field in Northern Kyūshū.

2. NEOGENE

Miyazaki group

The eastern part and the northern marginal part of the mapped area are occupied by the Miyazaki group. The group belongs to Neogene Tertiary and is widely spread all over the Miyazaki plain, adjacently to the north of the present area. The group in this mapped area may correspond to the Tsuma formation or the further lower horizon of the same group in the northern part of the Miyazaki plain.

The Miyazaki group is mainly composed of the alternation of sandstone and mudstone, and its basal conglomerate or sandstone clino-unconformably covers the intensely folded Nichinan group. The Miyazaki group shows generally monoclinal structures gently inclining towards the eastern seaside, and is blockaded by many faults.

The strata are so cohesive that they have moderate resisting powers against the erosion, therefore, the group exhibits many examples of the strata constructing vertical or overhanging cliffs.

The muddy sandstone of Kaichigō sandstone and mudstone in the lower part of the group contains many animal fossils, namely Operculina, various molluscs and smaller foraminifera. Paphia exilia and Clementia papyracea are characteristic in the molluscan fauna, and Martinottiella communis and Sigmoilina cf. schlumbergeri are characteristic species in smaller foraminifera. Molluscan fossils are scarcely discovered from other horizons except the muddy sandstone, but smaller foraminifera are present in the mudstones of almost every horizon.

3. QUATERNARY

The Quaternary is represented mainly by the terrace deposits and alluvial deposits. The terrace deposits are mainly composed of gravel and loam. Sporadically, the gravel is covered by the so-called "Shirasu" and "Haiishi". "Shirasu" and "Haiishi" are salic volcanics, widely spreading themselves in Kagoshima prefecture and the southern part of Miyazaki prefecture, and they have been believed to be poured out as pumice flows or mud lava from so-called "Aira Volcano", the centre of which is presumably the northern part of Kagoshima bay.

ECONOMIC GEOLOGY

In this area, there are no remarkable mineral resources, except the natural gas, which seepages center in the southern part of the Miyazaki plain.

The gas seepages followed by the cold springs have been known along the downstream of the river Kaeda and near Aoshima. The distribution of the seepages suggests that they may be caused by the faults or the fissures in the Miyazaki group. The industrial exploitation of the natural gas in this area is not yet achieved.

The collapse and the landslide are remarkable in the area of the Nichinan group, because the group is so intensely disturbed that its strata are sheared and destroyed. Therefore, engineering works of large scales may accompany many troubles. The Miyazaki group is more resisting against the collapse, as it is not intensely disturbed.

The relation between the foresting and the geological condition is economically important, as this area affords splendid wood of cryptomeria which is known as "Obi-Sugi". The most typical afforested woods ar on the gentle slopes near Kuroyama in the southern part of the mapped area. Such slopes are suitable for the growth of cryptomeria, as they are composed of debris of mudstone and some sandstones derived from the rocks of Nichinan group by the collapsing or the landsliding, and are covered by thick surface soils.


昭和 33 年 8 月 25 日印刷
昭和 33 年 8 月 30 日発行
著作権所有 工業技術院 地質調査所