15049_1964
5萬分の1地質図幅説明書
(鹿児島 第 49 号)
九州大学教授 松本達郎
九州大学助教授
勘米良
亀齢
地質調査所
昭和 39 年
目次 I. 地形 II. 地質 II.1 概説 II.2 先シルリア系(?)八代片麻岩類 II.2.1 角閃岩類 II.2.2 雲母片麻岩類 II.2.3 片麻状花崗岩類 II.3 古生界 II.3.1 シルリア系 : 深水層 II.3.2 石炭系 II.3.2.1 天月層 II.3.2.2 二見層 II.3.3 二畳系 II.3.3.1 飛石層群 II.3.3.2 四蔵層 II.3.3.3 吉尾層 II.3.3.4 小崎層 II.3.3.5 走水層 II.3.3.6 竜峯山層群 II.3.3.7 与奈久層 II.3.3.8 神瀬層群 II.3.3.9 球磨層 II.3.4 時代未詳変成岩類 II.3.4.1 破木緑色片岩類 II.3.4.2 肥後片麻岩類 II.4 古生代~中生代の貫入岩類 II.4.1 八代花崗岩類 II.4.2 超塩基性岩 II.4.3 宮原花崗閃緑岩 II.4.4 斜長石玢岩・斑岩 II.4.5 輝緑岩 II.5 中生界 II.5.1 三畳系 II.5.1.1 佐川階 II.5.1.2 皿貝階 II.5.2 ジュラ系 II.5.2.1 鶴喰層 II.5.2.2 坂本層 II.5.3 時代未詳中生層 II.5.3.1 一勝地層群 II.5.3.2 箙瀬層相当層 II.5.4 白堊系 II.5.4.1 海浦層 II.5.4.2 川口層 II.5.4.3 八竜山層 II.5.4.4 日奈久層 II.5.4.5 八代層 II.5.4.6 砥用層 II.5.4.7 宮地帯北限の砥用層類似層 II.5.4.8 姫浦層群 II.6 新第三紀貫入岩類 II.6.1 文象斑岩 II.6.2 普通輝石古銅輝石安山岩 II.6.3 黒雲母玢岩 II.6.4 角閃石安山岩 II.6.5 斜長石玢岩 II.7 第四系 II.7.1 洪積統 II.7.1.1 熔結凝灰岩類 II.7.1.2 礫・砂・粘土層 II.7.2 冲積統 II.8 地質構造 II.8.1 帯状構造 II.8.1.1 宮地構造線 II.8.1.2 猫谷構造線 II.8.1.3 深水構造線 II.8.1.4 小崎構造線 II.8.1.5 破木構造線 II.8.1.6 瀬戸石構造線 II.8.1.7 天月構造線 II.8.1.8 大阪間構造線 II.8.2 サンドウィッチ構造 II.8.3 構造線に出現する火成岩・変成岩類と古生界・中生界との関係 II.8.4 構造線の消長 II.8.5 構造線地帯の火成岩・変成岩類にみられる構造的特性 II.8.6 中生層の構造 II.8.7 帯状構造に斜交する構造 III. 応用地質 III.1 石灰岩 III.2 陶土 III.3 滑石 III.4 石炭 III.5 マンガン鉱 III.6 銅鉱 III.7 水利 III.8 温泉 参考文献 巻末付図(第 28 図・第 29 図) Abstract
1 : 50,000 地質図幅説明書(昭和 35 年稿)
(鹿児島 第 49 号)
この地質図幅は, 松本達郎・勘米良亀齢が主として昭和 21 年以来 随時行なってきた調査資料を骨子とし, 昭和 30 年に5万分の1地質図幅「日奈久」作製に当たって, 未踏査地域が補足調査された。
この間, 当地域で九州大学理学部地質学教室学生の 進級論文・卒業論文として行なわれた調査資料も生かされ, 地質図幅作製に参考されている。 それらの資料は 浦田英夫・ 岡田健次・ 矢嶋弘一・ 森永陽一郎・ 戸次哲夫・ 高橋清・ 赤津健・ 山下明夫・ 児島正憲・ 竹山満茂・ 江崎康彦・ 甲斐幹雄・ 大田一也・ 古川允几・ 八木庄三・ 石橋澄・ 木村孔明・ 植木保吉・ 占部成明・ 富田宰臣・ 折田行亘の諸氏に負うている 。
昭和 30 年の調査に当たっては, 唐木田芳文・赤津健, 34 年には岡田博有・太田正道の協力があった。 また, 柳田寿一・藤田武俊から坂本村の 枳の俣 付近の資料の提供を受けた。
この地質図幅作製に当たって, 片麻岩・花崗岩の記載には唐木田芳文の, 新期貫入岩の記載には山口勝の援助をうけた。 また化石鑑定については, 三畳系貝化石の一部を市川浩一郎, 三畳系(一部)ジュラ系の貝化石を田村実, 白堊系の植物化石を高橋清(川口層)と木村達明(八代層)にお願いした。
本地域は北西部 八代平野の三角洲ならびに不知火海(八代湾)の低地と, 南東部山地とからなる。 両者は, 日奈久を通り, 北東 - 南西に直走する日奈久断層崖 34), 51) の美しい一線をもって, 著しい地形的対照を示す。
山地は南部 九州山系の北西端を占め, その地形は壮年期に属し, 山稜・河谷の形成は, 地質分布および構造の影響を強く受けている。 すなわち, 地域の南東部は, 大部分 古生層からなり, 高さ 650~1,150 m の急峻な山稜と V 字形渓谷をなし, 北西側の中生層地域に向かって低く, 比較的ゆるやかな地形に移る。 また, 主要な山稜は, 地域東端の一部を除いて, 東北東 - 西南西の平行な帯状に配列し, 北東側から南西側に少しずつ低くなる。 これは同方向の地質分布および幾筋もの構造帯の反映である。
本地域のほゞ中央部を, 南北に, 著しく蛇行して流れる球磨川は, 深い V 字形渓谷をつくり, それに注ぐ縦谷・横谷が主要な河谷をなす。
主分水嶺は, 地域の東端に近く, 八代郡東陽村(旧河俣村)・坂本村(旧下松求麻村)と球磨郡五木村との境界を通り, 肥後峠をへて, 球磨郡球磨村(旧神瀬村)と同郡山江村との境界に沿って, ほゞ南北に走る。 この分水嶺以東では, 球磨川の支流の五木川・ 万江 川の上流が東あるいは南に向かって流れる。
次に本地域において目立つ小地形には次のものがある。
1) 小盆地の発達 : 球磨川支流の出口, あるいはその下半部では, 谷が深く急流であるが, 上って行くと中ほどでゆるくなって, 小盆地が発達し, 田畑と部落を見ることがある。 深水 ・ 渋利 ・ 鶴喰 ・中畑 - 久多良木 , 馬廻 - 小崎 - 衣領 ・ 横居木 - 今村 - 水谷・ 上原 ・ 内ノ木場 ・大岩 - 岩屋川内 ・川島・市ノ俣などがそれである。 また, 二見 川・田浦川・宮地川においても, 同様な地形が見られ, それぞれ二見・ 大木場 ・猫谷の盆地が発達する。
これらの小盆地は, 頁岩・粘板岩・蛇紋岩などの風化に対して比較的脆弱な岩石地帯内に分布し, それらの下流には, 礫岩・厚層の砂岩・チャート・片麻岩・片岩などの堅硬な岩石が, 多くの場合, 川流に対して直交して分布する。 たとえば, 球磨川に懸谷をなして合流する八幡滝は, 小崎構造帯の片麻岩・花崗岩からなり, その直上の渋利盆地は三畳系の薄層成層の頁岩・砂質頁岩地域内にある。
鶴喰・二見盆地もそうである。 馬廻 - 小崎 - 衣領盆地は, 同様に頁岩からなり, その川口に厚層の粗粒砂岩・礫岩が来る。 上原・内ノ木場・岩屋川内・今村 - 横居木 - 水谷・川島・市ノ俣では 著しく葉片状の粘板岩が分布し, その下流に, チャート・堅硬な砂岩がある。 他の小盆地についても, 類似の地質関係が認められる。 それらは種種の高さに位置するが, 標高 400 m を超えることはない。
2) 河谷の発達 : 河谷の発達は, 東北東 - 西南西方向の地質分布および構造に支配され, 地層分布に平行する縦谷と, それに直交する横谷が優勢である。 一般に, 前者では谷が比較的に広く, 流れもゆるいが, 後者では急峻な V 字形を呈し, 急流をなす。 坂本 - 日田地 間の日田地川, あるいは深水川のように, 両者が小規模に組み合わさって, ジグザグに流れるのも2, 3ある。
球磨川本流は, 全体として, 著しく蛇行する横谷をなし, 先行性の篏入蛇行(incised meandering)を呈する 34) が, 詳細にみれば, 地質分布と断層に支配された短かい縦谷と横谷との組み合せからなる。 狭い河谷中には, とくに蛇行の内側, ときには外側に, 阿蘇熔結凝灰岩・軽石質砂層や礫岩が, 処々小規模に段丘状をなして残存している。 それらは, 谷底から数 m ないし 20~30 m の高さに位置し, 洪積世にはほぼ現在の流路に沿って, すでに壮年期的の河谷侵蝕が進んでいたことを示す。
大きな縦谷には, 後述の幾筋もの地質構造線に沿う断層線谷と認められるものもあり, また, 小縦谷においても しばしばその谷の出口に断層が認められる。 たとえば, 球磨川が八代平野に開く古麓から, 左岸沿いの 合志野 に至る間のほとんど全部の縦谷において, その出口に, 東北東 - 西南西方向の走向断層が認められ, 地層の傾斜も変化している。
3) ケルンコル・ケルンバット : 東北東 - 西南西方向の断層破砕帯, またはそれに沿う蛇紋岩帯は, しばしば, 同方向に配列する種々の規模の ケルンコル(kerncol)・ケルンバット(kernbut)を発達させている。 地質的弱線に沿う侵蝕地形である。 5万分の1地形図の上に認められる2, 3の例をあげると : 猫谷 - 八峯山の南 100 m - 上宮山の南斜面 - 今泉(猫谷構造線沿い), 下代瀬 - 八幡滝 - 鶴喰(三畳紀層と小崎構造線との境界), 久多良木 - 鳥越 - 今村 - 大木場の東 - 半岳山の南(破木構造線沿い), 横居木 - 大木場 - 宮浦 [ 肥後田浦駅の東方 ] の南(小崎層と田浦層との境界)。 比較的小規模のもの(2万5千分の1地形図には明瞭に図示され得る)は各地に認められる。
4) 日奈久断層崖と八代湾・八代平野に散在する小島嶼・小丘陵 : 南東部の山地と八代平野の三角洲ならびに八代湾とは, 著しい地形的対照を示して, その境界を北東 - 南西に直走する急崖は日奈久断層崖 34) と呼ばれる。 この急崖に沿う山稜の高度は, 図幅地域内では, 240~360 m である。 断層の実体は平野の縁辺で沖積層下にかくされ, また海中に没している [ 以下の [注] 参照 ] 。
日奈久断層以西の低地は, 日奈久以北では球磨川から運搬された土砂・礫からなる冲積平野で, 日奈久以南では一直線の海岸線をつくる。 八代湾に散在し, 海中から突出する 大築 島・ 小築 島・箱島・黒島・船瀬の小島は, 地質的に, 本図幅地域に北接する八代図幅地域中の 小川町東方 - 緑川中流流域に分布する肥後片麻岩の一部である。 それらの島では, おもに結晶質石灰岩からなり, 標高は大築島においてもっとも高く, 114 m である。 他方, 日奈久断層以東の肥後片麻岩 27) 地域においても, 高い山は結晶質石灰岩からなり, 白岳では 243.2 m である。 当地域の山地は, 東から西に漸次高度を減ずるが, その低下率を参慮に入れて, 八代海中の小島は比高 100~120 m の低下を示す。 この比高は北部の日奈久断層の落差を暗示し, 他方, 八代平野の洪積・冲積層の厚さを知る手がかりを与える。
八代市の南川の出口付近に散在する 鼠蔵 ・水島の小丘陵は, 竜峯山層群の延長である。 上述の場合と同様, 日奈久断層によって変位した竜峯山帯の高い山稜の一部が 洪・冲積層から突出している丘陵である。
本地域の地質系統を第 1 表に示す。
日奈久断層以東の山地の大部分は, 地質的に, 西南日本外帯 秩父累帯の最西端に当たり, 同累帯中のいわゆる中生界盆地 [ 以下の [注1] 参照 ] と呼ばれる地域の一つで, 中・上部三畳系から白堊系にわたる中生界と, それに隣接する古生界とからなり, さらに, それらの境の構造帯に出現する種々の火成岩・変成岩類 [ 以下の [注2] 参照 ] を含む。
図幅地域の南東隅には, 南九州に広く分布する四万十帯の時代未詳層群のほんの一端が分布し, 秩父累帯の南限断層( 大阪間 構造線) 16) によって衝上を受けている。 さらに図幅地域北端に近く, 臼杵 - 八代線の西端が, 宮地の東方の川床・谷をへて, 古麓に及び, 当地域の秩父累帯の北限をなし, その北側に, 竜峯山帯 34), 38) 変成岩の一部と, それを貫く 宮原 花崗岩類 38) の一部が, ごく狭く分布する。
日奈久断層の以西では, 球磨川河口に発達した八代平野の洪積層・冲積層が三角洲をなしてひろがる。 八代湾中ならびに球磨川河口付近に散在する小島嶼・丘陵は, 前述のとおり, 宮原花崗岩帯の北側(八代図幅中)に分布する肥後片麻岩類 27) および南側の竜峯山層群の一部で, 小島の一つの根島は, 天草諸島に模式的に発達する白堊系 姫浦層群の一員である。
秩父累帯の地層は, 東北東 - 西南西方向の幾筋かのほゞ平行の断層・断層帯によって境された帯状の構造帯 28), 29) に分かれる。 累帯の北西半部には, おもに中生界が, 南東半部には古生界がそれぞれ幅広く分布する。 それらは, 宮地地区の白堊系の一部を除いて, 強く褶曲した地層からなる。 帯状配列を規定する構造線には, 蛇紋岩・片麻岩類・花崗岩類・塩基性貫入岩類が狭長な帯状または線状に出現している。 それらは古生界が中生界帯に向かって構造的に尖滅する部分や, 中生界が幅広く分布する地域においてかなり幅広く, 延長もよく, 他方, 古生界が幅広い地帯には, ごく狹く分布するか, ほとんど存在しないという通性がある。 地質全体を通じて, 外帯一般の特性と同じである。 古生界は, 中生界に較べて, 一段と地層の変形・岩石の変質が強い 16), 28) 。 同累帯の古生界の一部, すなわち, 破木構造線(火成岩・変成岩帯) 29) に接する与奈久帯古生層 34) の北限部, ならびに走水帯 20) ・小田尾帯 19), 34) が構造的に蛇紋岩帯中に尖滅する部分では, 地層は 50~500 m あるいはそれ以上にわたって千枚岩化している。 他方, 中生層には, このような変成はまったく認められない。
化石によって知られる最古の地層は, 上部シルリア系 14), 28), 29) で, 火成岩・変成岩帯に伴なって, 断片的に分布する。 知られた限りでは, 八代市 大字二見 字大平の上部石炭系 39) の狹小な露出のほか, 古生界の大部分は二畳系中部の累層である。
中生界は, 大きくみると, 南側に古く, 北側に新しい分布をなす。 すなわち, 瀬戸石構造線 16) に沿って上部三畳系が, 坂本帯 33) に中・上部三畳系および上部ジュラ系が分布し, 深水火成岩・変成岩帯 29) 以北には, 白堊系が南に古く, 北に新しい配列をもって分布する。
全体として, 時代的に古い地層ほど, 地層の変形が著しく, 多くは高角度に傾斜し, 褶曲も強く, 所により逆転しているが, 白堊系宮古統上部階の八代層 28) , 上部白堊系の 砥用 層 28) は, 本地域内こは比較的ゆるやかな構造を示す。
臼杵 - 八代線は, 本図幅地域内では, 宮地の南に, その西端がごく短かい長さに示されているにすぎない。 地形的にも, 当図幅の北側, 北東側に隣接する八代・砥用両図幅地域中におけるようには目立った断層線谷を示さないが, 幅 200~300 m に及ぶ断層群帯として表現され, 新生代後期に属する 細い幾筋かの雲母安山岩・古銅輝石安山岩・角閃石玢岩・文象斑岩の岩脈が貫いている。 同類の貫入岩は日奈久断層およびそれに沿う地帯にも, またまれに上述の古期火成岩・変成岩帯中にも, 処々にみられる。
上述の東北東 - 西南西方向の古い地質系統を切って, 北西 - 南東, 北東 - 南西, 南 - 北の断層が発達している。 日奈久断層は, その最大のものである。
2~3 km の幅をもって, 東北東 - 西南西に, 平行状に配列する中生界・古生界の帯状構造を分つ幾筋かの構造線 -- その多くは断層群を含み, ある幅(10~1,000 m)をもった擾乱帯 -- に沿って, 種々の火成岩・変成岩類が出現している。 それらのうち, 粗粒の角閃岩類・雲母片麻岩および花崗片麻岩は, その産状, 変成度, 岩質ともに, 同じ擾乱帯中はもちろん, 本図幅地域内に分布する古生界の諸系統とはまったく異なるもので, 構造線に沿い, 構造運動によってつき上げられた古期岩類の断片と参えられてきた 28), 29), 49) 。
それらの火成岩・変成岩帯の構造上の性状については, 地質構造の項において述べるが, 上述の岩類が, すでに固結していた岩体のつきこみであることは, それらの産状, 岩体の性状からほとんど疑いなく, その浅所 -- 中生界を主とする地域 -- へのつきあげ運動には, 後述の蛇紋岩が大きく関与している 28) 。
角閃岩類に伴なう閃緑岩質ないし花崗岩質片麻岩, および雲母片麻岩は群色として紫色のジルコン(purple zircon)を含む 49) 。 紫色ジルコンは, 知られる限りでは, 世界各地の先カンブリア紀 [ 以下の [注] 参照 ] の片麻岩類に特徴的に見られる。
おもな岩体 : 深水構造帯 -- 岳の東方, 川口 - 板ノ平間, 川口の南, 渋利・鶴喰・道ノ平の北, 赤松太郎峠の南 ; 小崎構造帯 -- 木々子 ・衣領の北, 八幡滝 ; 破木構造帯 -- 破木の北, 石丸の北, 大門瀬付近, 半岳山。
産状 : 角閃岩は, 構造帯において, 蛇紋岩に次いで量的に多く, 比較的大きな岩体をなす。 構造帯に平行あるいは準平行のレンズ状形態をもって分布し, 幅 300~400 m に達することもあるが, 多くは 100~200 m で, ときには 5~10 m の小岩塊もある。 岩体は小縮尺でみると, 個々において, 種々の不規則な輪廓を示す。
構造帯が幅広い部分にはほとんど必らず分布し, 幅狹い部分でも小岩体が散在的に挾まれる。 岩体が大きい場合は一般にレンズ状で, あるいは多少 帯状のこともあるが, 小岩体ほど団塊状になる。 構造帯中における同岩類の分布位置に関して, 規則性は見られないが, 蛇紋岩体中に存在することが多く, 少なくとも岩体の一方側に蛇紋岩が来るのが常である。
この角閃岩類の片状方向(gneissosity)は構造帯に平行のこともあるが, 斜交することも多く, 岩体ごとに著しく不規則である。 1つの岩体中では, ほゞ同方向をとるのが普通であるが, 多かれ少なかれ変化する。
岩体は他の岩類に対して, 常に明瞭な境で接し, 古生界・中生界の諸層とは明瞭な断層関係にあり, 変質玄武岩・輝緑岩・花崗岩・アプライト・石英脈および玢岩により貫入される。
角閃岩体と蛇紋岩との境には, ほとんど必らず滑り面があり, 後者 [ 蛇紋岩 ? ] は断層粘土をつくり, 前者 [ 角閃岩体 ? ] は, 平らなまたは多少ゆるやかな凹凸の滑り面で接する。 角閃岩類は全体として圧砕構造(cataclastic texture)を示し, 岩体が小さい場合や, 岩体の周縁や割れ目に沿う部分はとくに著しく, 鉱物粒は歪曲され, 圧砕低下変成作用が認められる。 一般に岩体の中心部では弱いが, 岩体の周縁部ではしばしばマイロナイト化されている。 まれに著しい圧砕変質をうけた角閃岩の小岩塊が まったく周囲を蛇紋岩にとりかこまれて産することもある。
角閃岩類の岩石学的性質 : 主部は斜長石と角閃石とからなり, 多くは中粒, 所により粗粒で, いくぶん片理のある粒状構造を示す。 しばしば主成分として柘榴石を特徴的に含む 。 典型的なものでは, 斜長石は角閃石よりやゝ多いか, またはほゞ等量で, 岩石を標本としてみると均質に見える。 しかし斜長石・角閃石の配列が不規則になっていることがあり, 後述のような種々の岩質の部分が認められる。
斜長石は他形で, アルバイト双晶が普通に認められる。 微細絹雲母による汚染が著しい。 成分は曹長石~ソーダ質灰曹長石, 結晶の一部(とくに中心部とは限らないらしい)に 不規則な形でとくにソーシュル石化作用のはげしく進んだところがみられる。
普通角閃石は Z 方向で濃青緑色を示す多色性の強い種類で, ときに帯褐色のものもある。 ともに他形をとり, 結晶柱の定方向配列性はあまり強くない。 多分 圧砕作用によると解せられる割れ目が発達する。 緑泥石化が一般に著しいが, その仕方に2様ある。 角閃石の圧砕作用による割れ目や劈開を充し, 榍石の小粒を伴ない, ウルトラブルーの干渉色を示すもの ; これより大形で, 角閃石と平行にあるいはそれを横切って発達する干渉色が褐黒色のもの。 ある場合には普通角閃石は一部または大部分が陽起石となっている。
黒雲母が存在するときは, 角閃石と密接に件なって産する傾向がある。 赤味をおびた褐色種で, 角閃石に較べて緑泥石化が著しい。 量は少ない。
輝石はきわめてまれに角閃石に伴なって産する。 輝石粒の周囲は普通角閃石により取りかこまれていて, 陽起石と直接する部分はほとんど見られない。 単斜輝石で多色性がなく, ほんのわずか褐緑色をおびているが, ほとんど無色といってもよい。 (+) 2 V : 中庸角度である。
柘榴石の分布は不定で, 多いところではかなりみとめられるが, ほとんどあるいはまったくないこともある。 肉眼的には赤褐色で, 鏡下では無色か, いくぶん桃色をおびている。 粒度は大小さまざまあり, 密集していることも散在することもある。 割れ目がよく発達し, その間を緑泥石(複屈折率のごく低いもの)がうめている。 また交代作用の著しい所では, 緑泥石中に柘榴石の分離された粒が島状に散在している。 この柘榴石が成分的にどんな種類のものであるかは, これを含む角閃岩の特性を知るうえに重要であるが, その点は未検討である。
石英は斜長石・角閃石の間隙に入りこみ, 交代しているような産状を呈する。 波動消光が著 しく, 塵埃状包有物は多いことも少ないこともある。 その付近に緑泥石・緑簾石・ゾイサイトを産する傾向がある。
プレーナイト・方解石・緑簾石からなる細脈は, 他のすべての鉱物を切って発達する。 細脈の付近の角閃石はとくに割れ目が多く, あるいは緑泥石化が著しい。 これらは圧砕作用と2次的変質を示す。 緑簾石のあるものはかなり粗粒で, 必ずしも脈状部になく, 角閃石(または輝石)の代わりの位置に存在する。
角閃岩に密接に伴なう異相の岩石としては, 上記の典型的の角閃岩よりも片理が一層弱く, 粗粒の斜長石・角閃石からなるいわゆる角閃石斑糲岩様岩相のものや, 斜長石の量が少なく, おもに角閃石からなる角閃石岩様のものがある。 これらはパッチ状・脈状・レンズ岩体状の形をなして産し, 典型的な角閃岩とは, ときにかなり明瞭な境をなすこともあるが, しばしば輪廓が不明瞭で, 少なくとも見掛上漸移的である。 角閃石岩質の岩相のものは, 定方向配列を示さない普通角閃石からなる暗緑色塊状岩で, 岩石の破面では角閃石結晶の劈開性がよく認められる。 その角閃石は, 鏡下で褐色種で, しばしば周辺部が緑色種となる傾向があり, とくに緑簾石・榍石・石英・アルバイトなど を含む細脈の近傍では, 周辺部は淡青色となる傾向が認められる。 粗粒の斜長石角閃石岩は, 配列に定方向性の弱い角閃石と斜長石とが混じった岩石で, 両鉱物の量的関係は部分により非常に変わる。
以上のほかに, 一部には斜長石の少ない細粒暗色の角閃岩が, 斜長石角閃岩中に小さいパッチ(10 cm 大の単位)に, 比較的はっきりした境界で含まれることがあり, ときにはまた長石質の葉状部(幅 1 cm 内外)が含まれて, 縞状角閃岩ともいうべき岩相がある。 また長石質細脈は普通に見られる。
おもな岩体 : 岳の東方( 頭地 図幅地域内 鶴木場谷の上流), 岳の北および西, 平野 - 下深水 - 川口間の深水川の南側山腹, 川口, 瀬高の北西, 渋利の北西, 道ノ平 - 下内峠間, 二見の北西(君ヶ淵), 田浦・赤松の東, 走水谷上流 - 山口間。
産状 : 雲母片麻岩は, おもな岩体の分布に示されているように, 深水構造帯および走水谷構造帯に限ってみいだされる。 比較的大きな岩体をなし, 平野の南におけるように, 幅 400 m に及ぶものもあるが, ときには幅 10 m 程度の小岩塊もある。 構造帯にほゞ平行して, 比較的連続性のよい帯状ないしレンズ状岩体をなす。
雲母片麻岩は, 変玄武岩・輝緑岩・優白質花崗岩・アプライト・石英斑岩・玢岩によって貫かれている。 それらの貫入体は後生変形のためしばしば引き伸されたり, その輪廓をこわされ, 片麻岩とともに多かれ少なかれ破砕されている。 したがって, 優白質花崗岩・アプライトの貫入体は, 雲母片麻岩中にしばしば密接に伴なう 花崗岩質ないしアプライト質片麻岩と区別しにくいことがある。 とくに後者が比較的塊状で片理の発達が弱い場合にそうである。 しかし, 花崗岩脈が, 幅 2~3 m を超える場合には, しばしばその境に小規模の滑り面が発達しており, そのなかに白雲母を含まないことで区別できる。
中生層・古生層に対しては常に断層関係にある。 川口の球磨川右岸に見られるように, 雲母片麻岩中に, 幅 20~30 m の非変成の小崎層が挾在することもあるが, 両者間には明らかな滑り面がある。
蛇紋岩とも常に断層あるいは滑り面で境し, 直接する蛇紋岩は細かい葉片状あるいは粘土状にくだけている。 古生層に対して見られるように, 細く岩状に突込んだ産状は片麻岩体中には見られない。
雲母片麻岩が角閃岩と共存して同一岩体中にみられることはほとんどないが, なんら滑りがなく, 片理もほゞ平行して直接する露頭が渋利の北西の谷で見られた。 両者は一線的な境をもつが, 幅数 mm の範囲内で, 角閃石・雲母を共存する帯があり, 両岩帯が同時変成作用の所産であることを暗示する。
雲母片麻岩は, 黒雲母・白雲母を多量に含む准片麻岩で, 強い片理が発達し, 雲母に著しく富む優黒部と, 石英・長石を主とする優白部分とが縞状・レンズ状に小規模に変化し, 相互に移化的である。 片理は多くの場合に構造帯に平行的だが, そうでない場合もあり, 普遍的に小褶曲が発達する。
雲母片麻岩の岩質 : 造岩鉱物は次のとおり。
雲母片麻岩は著しい破砕作用をうけ, 低下変質が認められる。 小褶曲の多くは, 無数の後生の割れ目によってこわされ, それらの片理は2次的に平行化されている。 これと平行的に, 大部分が直立, ときに 70~80°の高角度に, 多少断続的なパッチ状, 細葉脈状あるいは細長いレンズ状の黒色粘板岩様部が, かなりひんぱんに認められる。 それらは幅 1~数 cm または数 10 cm など種々の規模のものがあり, あるいは幅数 cm 以下のものが, 幅 1~2 m 中に数多く群として配列することもある。 それらの黒色粘板岩様部は, 雲母片麻岩中の破砕部, すなわち, 元来の粗粒の岩石が著しく裂開し, 歪曲し, さらに細粒の緻密質岩石に転化した部分である。 破砕により, 見掛上, 低変成度の岩石の性状をもつ。 しかし, ほとんど常に, それらの黒色泥質様部中に, 雲母・石英のこわされた残片を少量にでも含み, それらが, 雲母片麻岩中における低変成度の部分でないことを示していて, 一種のフィロナイトというべきものである。 幅 1~2 m にわたる破砕帯では, 黒色粘板岩状の部分と, 破砕されずに残った雲母片麻岩の残片が葉片状に不規則に混在している。
これらの破砕部は岩体の周縁部に多いのはもちろんであるが, 岩体内部にも処々に認められる。
雲母片麻岩ならびに角閃岩の一部には, これらと非常に密接に 細粒~中粒の花崗岩からトロニエム岩・石英閃緑岩にわたる岩石が伴なわれている。 後者は角閃石斑糲岩質の岩石(前述)と移化的のことがある。 これらは幅数 10 m から数 m, ときにはそれより小さく, 片麻岩あるいは角閃岩と明瞭な境をなすことも, 見掛上漸移的のこともある。 細岩状(ある場合はプチグマチック小褶曲を示す), あるいは交指状に産し, あるときは片麻岩または角閃岩質の部分があたかもとりかこまれた形でみいだされる。 後述(II.4.1 項)の花崗岩とは区別でき, 角閃岩類・片麻岩類コンプレックスの一員として扱うべきものである。 地質図上には, その露出の幅の狭いことと, 伴なわれる変成岩との密接な関係とから, 角閃岩あるいは片麻岩類に一括して示す。 露出の例は, 岳の東方, 岳・九折の分岐点, 深水の南方の谷, 走水谷の上流, 木々子の北, 荒瀬 - 破木間, 鶴喰の北, 道ノ平 - 竹内峠間などに見られる。
花崗岩質片麻岩は雲母片麻岩より鉱物粒が粗く, 黒雲母に富む薄層と白色バンドの境は明瞭さを欠くようになって, より均質で, 小褶曲もほとぼど見られない。 処々に雲母片麻岩の部分をレンズ状に残す。 鏡下では雲母片麻岩に比較して斜長石の粒度が全般的に大きくなり, 黒雲母の定方向配列が弱まっている。 白雲母と柘榴石は認められない。 このほか雲母片麻岩と根本的な差異はない。
片麻状トロニエム岩は中粒で, 斜長石の配列による線構造がはっきり認められるものが一部にある。 このような部分では, 細長い円柱状あるいは鉛筆状の最長 30 cm 位の黒色包有岩を含む。 鏡下では花崗岩組織を示すが, 一部にはモザイック組織が認められる。 主として斜長石・石英・黒雲母からなり, カリ長石・白雲母・ジルコン・燐灰石・黒色絹鉱・緑泥石・絹雲母・榍石・緑簾石を伴なう。 斜長石は半自形ないし他形で, 典型的な花崗岩に較べて大きさが不揃いの傾向がある。 聚片双晶が普通で, しばしばその双晶片の屈曲・断裂をみる。 成分は曹長石質で, 微細な絹雲母で汚染されている。 曹長石細脈(ときに方解石を伴なう)が発達する。 石英は花崗岩質片麻岩中のものとすべての点で似ている。 黒雲母は多少赤味を帯びた褐色種で, 緑泥石化が著しい。
なお, 八代市 大字二見 字道ノ平の北方に露出する岩石で見られるように, 片麻状トロニエム岩の一部に, 石英がほとんどなく, 斜長石が圧倒的に多いものがある。
第 2 表に八代片麻岩類の4種の岩石の分析値を示す。
| 試料番号 | Yt 64 | Yt 50b | Yt 82 | Yt 167 |
| 岩石名 | 両雲母片麻岩 |
片麻状
トロニエム岩 |
片麻状閃緑岩
(角閃石斑糲岩の一部) | 角閃石岩 |
| SiO2 % | 71.48 | 61.32 | 55.08 | 44.08 |
| TiO2 | 0.38 | 0.65 | 0.65 | 1.52 |
| Al2O3 | 12.90 | 16.47 | 16.54 | 12.09 |
| Fe2O3 | 3.66 | 6.25 | 7.65 | 11.37 |
| FeO | 0.24 | 0.45 | 0.51 | 0.85 |
| MnO | 0.06 | 0.10 | 0.13 | 0.16 |
| MgO | 1.64 | 3.37 | 4.01 | 10.30 |
| CaO | 1.71 | 2.51 | 7.22 | 14.16 |
| Na2O | 2.64 | 3.43 | 2.69 | 0.08 |
| K2O | 2.60 | 1.05 | 1.10 | 0.08 |
| H2O + | 1.98 | 3.13 | 2.91 | 1.82 |
| H2O - | 0.30 | 0.42 | 0.44 | 0.34 |
| P2O5 | 0.09 | 0.23 | 0.14 | 0.05 |
| Cr2O3 | 0.00 | 0.00 | 0.00 | 0.00 |
| NiO2 | - | 0.00 | 0.00 | - |
| CO2 | 0.07 | 0.08 | 0.90 | 2.96 |
| Total | 99.75 | 99.46 | 99.97 | 99.86 |
古生界は北から 竜峯山 帯・ 小田尾 帯・ 走水 帯・ 与奈久 帯・ 吉尾 帯・ 天月 帯・ 神瀬 帯に分かれて, 雁行状に帯状配列をなす 16), 20) (第 1 図)。 図幅地域内では, 各帯の幅に大きな差があるが, これは各帯が雁行的に消長しているためで, 幅の狹い竜峯山帯・小田尾帯・走水帯はいずれも東方図幅地域外では幅が広くなる。 すなわち, 図幅地域内では, それらは, それぞれの帯の西方尖滅部に当たる。 天月帯・神瀬帯はいずれも西側( 佐敷 図幅地域内)に幅広い。
各帯はその主部においては 2.5~3 km のほゞ同じ幅をもち, 構造線 or 断層で境され, あるいは間に中生層を挾有する。
以上の古生層帯のほか, 深水・小崎・破木の各擾乱帯(火成岩・変成岩帯)の 両側あるいは片側(帯中にもレンズ状にとりこまれている)に直接して, 細長く分布する小崎層 22), 33) がある。 この小崎層は層間大礫礫岩を含む特異な累層で, 常に火成岩・変成岩帯に附随して分布する。 岩相上 類似の累層が猫谷火成岩・変成岩帯中にとりこまれて, 幅狹くみいだされる。 その同類が小田尾帯の北縁の構造線(火成岩・変成岩帯)に沿い, 八代・砥用両図幅地域内に追跡されるが, 小田尾帯の一員ではない。
シルリア系は深水構造帯の北限に沿い, 断片的小岩塊をなして散在する 14), 28), 29) 。
化石によって明確な石炭系は, 八代市 大字二見村の赤松 - 大平間において, 深水構造帯の南縁に接して, 狹く分布している 39) 。 天月帯古生層 13) は, 佐敷図幅地域内の天月付近において上部石炭系の石灰岩を伴なう累層の東方延長に当たる。
図幅地域北限に片鱗を覗かせる小田尾帯は東方に幅広く, 上部石炭系 - 下部二畳系の累層である。 図幅地域内には二畳系の部分が露出する。
竜峯山帯・走水帯・小崎帯・与奈久帯・吉尾帯および神瀬帯(一部)は, 中部二畳系の下部階 - 上部階に亘る化石群を含むが, それらの主部の地質時代に多少のずれがあり, また一部には同時代の部分を含む。 しかし, 岩相的には各帯とも, あるまとまった特徴をもつ。 このことは, 各帯を区切る構造線は 元来は層相の変化する位置に生成されたのかも知れないことを暗示する。 最南帯の古生界神瀬層群は, 幾枚もの厚層の石灰岩・チャート・塩基性海底火山砕屑岩類からなり, 四万十帯との境をなす大阪間構造線 13), 16) (仏像 - 糸川線相当)の北に九州を横断して追跡される。
肥後片麻岩群に属する結晶質石灰岩が 八代湾の大築島およびその周辺の小島に露出している。 一部に柘榴石雲母片麻岩を伴なう。 地質時代は明らかでない。
地層は一般に 50°以上, 多くは 70~90°に急傾斜し, 数多くの走向断層が走り, 褶曲も著しい。 一部には比較的整然とした疑問の部分 [ 以下の [注] 参照 ] があるが, 大部分は著しくもめており, 細粒岩はすべて粘板岩あるいは千枚岩化し, こまかに裂開(cleave)し, よれよれの葉片状の構造を示し, 元来の成層面はほとんど保存されていない。
厚層の砂岩中に薄層の粘板岩を挾むときには, 後者はちぎれて, レンズ状あるいは膨縮に富む不規則な形をとり, 反対に粘板岩中に砂岩を挾むときには, 後者は団塊状・礫状(pseudo-stretched pebble and cobble)にちぎれている。 厚さ 2~3 m を超す砂岩やチャートが粘板岩と累重するときには, 各層の境はほとんどすぺて滑動し, 種々の幅(数 cm~1 m 程度)の破砕部(fault gouge)をつくり, 鏡肌面および条線(slickenside)を生じている。
片理の著しい粘板岩では, とくに厚層の場合, しばしば石英を主とする2次的な白色葉理や点紋をつくり, また擬礫岩構造(pseudo-stretched pebble)が普通に見られる。 数多く見られる小褶曲も複雑な裂開面(cleavage)や滑動面によって切られて, 大構造を知るてがかりを与えない。
露頭で, 地層面らしく認められるものは, 元来の成層面において, 滑動面や, 裂開面が集積された面である。 加えて, 大小無数の走向断層 [ 以下の [注] 参照 ] が走り, 結果として地層は著しく平行化されていて, 地層の重複・省略が甚だしいことが考えられる。
地層の傾斜もごくわずかの距離で複雑に変化し, 高角度の南斜・北斜・直立をくりかえし, 傾斜によって地質構造を的確に理解することはむずかしい。 地層の上・下の判定に用いられる種々の地質的特徴も, 上述の変形によってこわされていることが多い。
古生層の一部はかなり顕著に千枚岩化を受けている。 すなわち, 小田尾帯および走水帯古生層の 西方尖滅部ならびに両側の火成岩・変成岩帯に近接する部分(100~500 m)がそれである。 いずれの場合でも, 火成岩・変成岩帯から遠ざかるにつれて, ほとんど非変成(この場合は千枚岩程度こないもの)のものに漸次移化する。
坂本村 深水 の次の4ヵ所に, きわめて狹い露出がある 14), 28), 29) 。 1) 川口・下深水のほゞ中間の道路傍および谷の北壁, 2) 上深水の北, 3) 九折 沢・岳沢の分岐点(標高 207 m)の北壁, 4) 岳 の西山腹。 いずれの場合も石灰岩と帯緑色凝灰岩(層灰岩)ならびに流紋岩質岩石からなる。 またこれに似た流紋岩質岩石と凝灰岩が, 百済来 村 鶴喰 の北東に小露出を示すが, 石灰岩を確認していない。
石灰岩は塊状, 結晶質, 白色であるが, 淡黄緑色または淡赤桃色に汚染されていることがあり, 部分的に凝灰質薄層を含む。 ところにより白雲岩質のことがある。 化石はかろうじて保存されており, 1) の石灰岩から, Halysites sp., Heliolites sp. および cystiphyllid を, また凝灰質頁岩から Lingula sp. を産する。 2) の石灰岩から Cf. Falsicatenipora shikokuensis NODA & HAMADA, 4) の石灰岩から Schledohalysites kitakamiensis(SUGIYAMA), Halysites cratus ETHERIDGE が知られている 6) 。 それらは, シルリア系上部の下部階を示す 7) 。
流紋岩質岩石は, 肉眼で帯緑色, 緻密, 堅硬で, ヘリフリンタ様 [ Helleflinta - like ? ] に見える。 鏡下では典型的のものでは斑状で, かなりあらい斑晶を含む。
斑状でない緻密なものは, 前記の石基部とよく類似し, 岩体がとくに小さい。
第 3 表に川口 - 深水間の深水層の石灰岩・凝灰質岩石・流紋岩質岩石の化学分析値を示す。
| 試料番号 | Km 1652 B | Km 1652 C | Km 1652 A |
| 岩石名 | 石灰岩 | 凝灰質岩石 | 流紋岩質岩石 |
| SiO2 % | 2.96 | 70.35 | 70.21 |
| TiO2 | 0.05 | 0.37 | 0.36 |
| Al2O3 | 0.67 | 12.02 | 13.42 |
| Fe2O3 | 0.67 | 3.66 | 3.88 |
| FeO | 0.04 | 0.26 | 0.26 |
| MnO | 0.16 | 0.06 | 0.07 |
| MgO | 1.10 | 3.31 | 1.84 |
| CaO | 52.07 | 1.56 | 1.40 |
| Na2O | 0.01 | 0.71 | 5.56 |
| K2O | 0.01 | 2.27 | 0.14 |
| H2O + | 0.49 | 3.72 | 1.82 |
| H2O - | 0.24 | 0.71 | 0.33 |
| P2O5 | 0.01 | 0.04 | 0.08 |
| Cr2O3 | 0.00 | 0.00 | 0.00 |
| NiO2 | - | - | - |
| CO2 | 40.83 | 0.81 | 0.63 |
| Total | 99.31 | 99.85 | 100.00 |
深水層の産状は, ほかの上部古生界・中生界の諸累層と異なり, 構造線に沿う片麻岩・角閃岩・花崗岩などに伴ない, 岩塊状, 断片的こある。 見掛上 捕獲岩のような産状を呈することがあるが, 後述のように, むしろ 変成岩・火成岩類の衝入に伴なって構造的につき上げられた断片とみるべきものである。 このような状態であるから, 深水層全体を通じての層序はきめかねる。 岩塊の大きさは, 一例として, 岳・深水の石灰岩において, 幅 30~40 m, 延長 150 m 程度で, その他の例ではさらに小さい。
なお上製の流紋岩質岩石と密接に類似する石英含有長石玢岩が, 八代片麻岩類中を切って小岩脈として産する。 これも時代的にはシルリア系の一部である可能性があるが, 産状から別項目(II.4.4)において記述する。
図幅地域南東隅の山江村 熊ノ原の南, 水無の北および西において, 神瀬層群の北側に, 佐敷図幅地域内の球磨村 神瀬 松野 , 芦北町 天月 - 長沢間に模式的に発達する天月層の一部の東方延長が分布する。 南側の二畳系神瀬層群との関係は, 連続露出がみられず明らかでない。 北限は, 山江村 熊ノ原の南で, 四蔵 層 29) のチャートと断層で接する。 球磨村 市ノ俣・川島の南では, それらの関係は明らかでないが, 佐敷図幅地域内の事情 13) と併せ考えると, 断層関係と推定される。 この帯中には, 佐敷図幅地域におけると同様に, 中央部に神瀬の 箙瀬 層(ジュラ系鳥巣統) 13), 16) の東方延長とみなされる砂岩を主とする累層を断層(図幅地域内では不明確)で挾みこむ。
天月層は走向 N 70~80°E, 傾斜はおもに 60~80°N であるが, 直立することも南に傾斜することもあり, 局部的な小褶曲を除いて, 北に傾く単斜構造を呈するのか同斜褶曲によってくりかえしているのか, 明らかでない。 岩相配列からは北に傾く単斜構造を呈するものと判断される。 見掛上, 最下部(帯の南側)は, 佐敷図幅地域内の鍋割峠 - 秋払山間の粘板岩層の東方延長に当たり, 厚さ 100~150 m で黒色粘板岩からなり, 局部的に 1 m 以下の帯緑暗灰色細粒砂岩を伴なう。 粘板岩は著しく劈開し, 歪曲され, 所により石英質点紋や細片理を生じ, 砂岩は変形による消長がはげしい。
水無谷の以西では, 上述の粘板岩部層の北側, 見掛上の上位に, 砂岩粘板岩互層が来る。 その中・上部(厚さ 250 m 以上)では, 厚く成層する中・細粒灰色砂岩が優勢である。 最下部に近く, 厚さ約 25 m の, チャート・黒色頁岩の小角礫を含む礫岩層がある。 粘板岩部はシルト岩とうすく成層する。
図幅地域内では, 化石をまったくみいだしていないので, 時代は不明こあるが, この帯の西方延長の芦北町 天月の石灰岩には Fusulinella sp. ex. gr. bocki (MÖLLER), Staffella spp. を産し, Fusulinella 帯に属し, ほゞ後期石炭紀中期を示す 20), 29) 。
図幅地域南西部の八代市 赤松の南(水準点 14.89 m) - 大平間の鹿児島街道に沿い, 模式的に露出する 39) 。 北西側の片麻状角閃岩, 南東側の優白質花崗岩に挾まれた約 200 m の小岩塊で, 前2者との関係は明らかでない。 走向 NE で, 傾斜 50~70°NW である。 この累層は, おもに黒色粘板岩からなり, 下部に黒灰色細粒砂岩・シルト岩を挾み, 中部に厚さ 4.5 m の灰白色石灰岩レンズ, 5 m の青緑色チャートおよび珪質粘板岩を伴なう。 上部は, 層理の発達の悪い黒色粘板岩で, 黄鉄鉱含有黒色石灰質団球を含む。 全体として地層の変形が著しく, とくに粘板岩は強く歪曲されている。
上記の石灰岩は塊状で, その周縁部に 10 cm ほどの輝緑凝灰岩を伴なう。
次の化石を産する。
地質時代は上部石炭系栗木統下部の一部を代表する。
八代・砥用両図幅地域に幅広く発達する小田尾帯古生層の西方尖滅部が, 本図幅北東端の東陽村 猫谷の東に小規模に露出する。 その本体は東方の東陽村, 泉村における幅約 4 km の小田尾帯で, 西に向かって漸次その幅を減じ, その南限の箱石構造線と 北限の下岳構造線(いずれも火成岩・変成岩を伴なう)が, 猫谷付近において合一し, 幅広い蛇紋岩帯をつくる。 蛇紋岩はいくつかの支脈を出して掌指状に古生層中に貫入し, 東方に細くなる。 他方, 貫かれた古生層は西方に細く, いくつにも分岐し, 遂には蛇紋岩中に大小の岩塊として散在するに至る。
図幅地域内の小田尾帯の尖滅部は, 東方において, 同帯の南半部に分布する飛石層群 19) の延長部に当たる。 岩石は玄武岩質角礫凝灰岩・凝灰岩源の緑簾石緑泥石千枚岩, 砂質岩源の絹雲母石英千枚岩, 泥質岩源の絹雲母石墨石英千枚岩を主として, チャート源の珪岩および結晶質石灰岩を伴なう。
地層は一般に走向 N 50~70°E, 傾斜は南あるいは北に 50°以上である。
きれぎれな分布のため図幅地域内での層序・構造をきめることがこきないが, 緑色千枚岩と黒色千枚岩とは互層状に発達し, 北東の矢山岳付近の模式の飛石層群に較べて砕屑岩源の岩石が比較的に少ない。 石灰岩中からは化石をまったくみいだすことができないが, 東方での資料を併せ考えると, ほゞ二畳系最下部(Pseudo-schwagerina 帯)に比較できる (飛石層群の詳細については文献 19 参照)。
球磨村 川島・市ノ俣の南から東方に向かって狭長な帯をなして, 山江村 山口・熊ノ原間にのびる。 走向 N 60~70°E, 傾斜は一般に 60~70°N である。 南限では天月層に対し, 北限では中生層類似の砂岩・頁岩層帯に対して, 断層で接する。
この累層はチャート・粘板岩・砂岩からなり, その模式的発達は, 佐敷図幅地域内, 四蔵の北および球磨川沿いに見られる。 チャートは灰白色・暗灰色を主とするが, そのほか種々の色を呈し, 2~10 cm の薄板状成層のもので, 一般に粘板岩中に挾まるが, 中粒砂岩と直接して発達することもある。 粘板岩は著しく劈開し, 元来の層理はほとんど保存されていない。 砂岩は暗灰色, 塊状または砂質粘板岩・シルト岩と成層し, 中粒のことが多いが, ときに粗粒となり, 西方の佐敷図幅地域に向かって顕著でなくなる。
この帯の西方延長の四蔵の北では, この帯のほゞ中部に発達する暗緑~暗赤紫色, 片理に富む石灰質凝灰岩・角礫凝灰岩中の白雲岩質石灰岩レンズに, Parafusulina gigantojaponica KOBAYASHI, Schwagerina japonica (GÜMBEL), Pseudo-doliolina ozawai YABE and HANZAWA, Nagatoella cf. kobayashii THOMPSON, Chaetetes sp. を産するが, その延長は川島谷の上流まで追跡される。 したがってこの累層は時代的に下部二畳系上部ないし中部二畳系下部に対比されよう 20), 29) 。
この帯の西方延長の佐敷図幅地域内では, この帯中にジュラ系 箙瀬 層(鳥巣統)からなる狭い地帯が 断層で挾み込まれている(サンドウィッチ構造 13), 16) )。 当図幅地域内では露出が悪いが, 一部に変形・変質度の低い砂岩・頁岩があり, 箙瀬層地帯の延長が挾まれているかも知れない。
芦北町東部, 球磨村北部, 坂本村南部にわたり, 北限を瀬戸石構造線, 南限を山口 - 川島中生層類似層帯に限られた 4~5 km の幅をもって, 東北東 - 西南西方向に分布する。 変輝緑岩・変玄武岩の貫入を伴なう瀬戸石構造線 16) に沿っては, 瀬戸石の以西では与奈久層群と, 瀬戸石の以東 - 坂本村・五木村村境付近までは, その構造線に挾まれた上部三畳系と, さらに東ではふたゝび与奈久層群と断層で接する。 南限では, 上述の中生層類似層に対して約 60°で北に傾く断層で境する。
吉尾層はおもに砂岩・粘板岩・チャートからなり, 与奈久層では粘板岩が卓越するのに対して, 砂岩が優勢で, またチャートの発達も著しい。 この帯の南限の山江村 山口 - 合子俣付近, および北限に近い坂本村 川原谷の南および東, 芦北町 瀬戸石の東, 芦北町 大岩の東に石灰岩が分布する。 前2者では所により, 厚さ 100 m を超える幅をもち, 延長もかなり大きい。
地層は N 60~80°E, 一般に傾斜 60~80°N であるが, 狭い範囲においても南斜, 直立, ときには 30~40°の低角度となり変化が著しい。 さらに, 数多くのスラスト性走向断層が発達し, それに伴なって所により中生層類似の累層が幅狭く挾み込まれ, 加えて化石は上述の北限に近い石灰岩中のものを除いて, まったくみいだすことがこきないので, 的確な層序・構造をきめるまでに至っていない。 地層の傾斜の著しい変化は, 変形に対して強靱な厚層の塊状砂岩とそれに挾まれる非強靱の粘板岩, および過褶曲をしがちなチャートの 横圧力に対するそれぞれの変形の差に基づくものと考えられる。 事実, 塊状砂岩・20~30 m の粘板岩層・チャート層のそれぞれ相互の境には, しばしば断層あるいは滑り面が発達し, 著しい破砕部を生じ, それを境に, また谷の出口ごとに傾斜が変化し, 地層の相互関係, 上・下の判断に苦しむ。 したがって, この帯については, 単に岩相配列を記載するにとゞめる。 しかし, 全体の岩相分布・傾斜から南に分布する四蔵層の時代と, 上述の北限に近い石灰岩中の Neoschwagerina の産出から判断して, 全体の構造としては, 北に向かって漸次若干 時代的に新しく, いくつかの褶曲による繰り返しがあると考えられる。
この帯の最南部(すなわち層位的に最下部)に来る幅約 1 km の部分は, 塊状中粒砂岩および粘板岩からなり, 中部に1, 2層のチャートを伴なう。 砂岩は暗灰色石英質で, 厚く成層, 種々の厚さの粘板岩を挾む。 砂岩は市ノ俣付近でもっとも著しく, 東西に向かって次第に粘板岩層を増す。 ときに, 砂岩に伴なって黒色頁岩・チャートの小角礫・亜角礫を含む礫岩層が発達する。 この帯には, 山口 - 合子俣の北に, 厚さ数 10 m の灰白色, 塊状石灰岩を伴なう。 この石灰岩の下位には 10~20 m の 暗赤紫色石灰質角礫凝灰岩・凝灰岩(いわゆるシャールスタイン)がある。 石灰岩は結晶質で化石をみいだしていない。
次に, 砂岩・粘板岩帯の北側に来る幅約 1 km の地帯は, 厚層の幾層ものチャートがもめた珪質粘板岩・粘板岩と互層する。 チャートは東部に厚く, 層数も多いが, これは褶曲による繰り返しで, 他方, 西方に向かって, 砂岩の薄層が挾まれてくる傾向がある。 チャートは 2~5 cm の板状成層, 灰白色~暗灰色で, 過褶曲が激しい。
チャート帯の北側に来る約 1 km の帯(肥後峠の北 - 多武除 付近)では, ふたゝび厚層の中粒砂岩が優勢で, かなりひんぱんにチャートが挾まれ, シルト岩・粘板岩とともに互層する。 この帯の砂岩にも粗粒ないし小礫礫岩が局部的に伴なわれる。 礫はチャート・黒色頁岩の角礫で, 火成岩礫をみいださない。 この砂岩・チャート帯は, 上に述べた最南帯の砂岩帯の繰り返しとは考えられない。
川原谷・枳ノ俣・瀬戸石を通り西へのびる帯はふたゝび粘板岩・チャート帯で, 灰白色~灰黒色石灰岩レンズを伴なう。 石灰岩は一般に 10 m 以下の小岩体であるが, 川原谷およびその東方の 877.8 m 高地では 100 m にも達する。 西に向かって岩体は小さく, 少なくなる。 Neoschwagerina cf. craticulifera haydeni DOUTKEVITCH and KHABAKOV, Schwagerina sp. を含む。
最北帯は粘板岩が優勢で, 中・細粒石灰質, 暗灰色細粒砂岩を件ない, 与奈久層下部の岩相に似る。 上記の化石からも Neoschwagerina craticulifera 帯に属することが示されている。
吉尾帯の主部・南部を通じて化石をみいだしていないが, 他地域の事情とも併せ考えると, これにひき続く Neoschwagerina 階の中部からそれ以下にわたる可能性がある。
分布ならびに他の地質系統との関係 : 坂本村 小崎の北側に模式的に発達し, 小崎・深水の2つの火成岩・変成岩帯の両側および 破木火成岩・変成岩帯の北側に沿って分布する。 木々子の北・板の平の南東で, 深水・小崎両構造線および走水古生層の南を限る構造線が合一する部分では, 火成岩・変成岩の分布が広く, 小崎層はそれらの貫入・衝入により, 東に向かって交指状に尖滅するが, ふたゝび走水構造帯の南側に沿ってかなりの幅で分布する。 小崎層は, 火成岩・変成岩帯の片側または両側において, その幅が構造的に著しく変化に富む分布を示すが, 渋利の北・二見の北の深水帯においてみられるように, 種々の規模の幅と延長をもって, 火成岩・変成岩中にとりこまれていることもある。 小崎火成岩・変成岩帯が 荒瀬の西および鶴喰の西で 中生層中に構造的にその表現が弱まっている場合にも, 中生層の 松求麻 層 - 坂本層間に幅狭く断層で挾まれて, 道ノ平の東まで追跡され, 西方に向かって構造的に尖滅する。
小崎層は 擾乱帯中の花崗岩・アプライト・蛇紋岩ならびに 中生層の変形に伴なって貫入した変輝緑岩・変玄武岩・玢岩および 新期の黒雲母安山岩に貫入されている。 花崗岩・アプライトの貫入により, 地層は若干の珪化作用を受け, また石英岩に貫かれ, 硬化されている。 塩基性岩の貫入によっては, 緑泥石化, 方解石細脈の発達がみとめられる。 構造帯の片麻岩類とはすべて断層(衝入)関係にある。 木々子の北では小崎層の大礫礫岩が角閃岩上にあたかも不整合状の分布を示すが, 礫岩の下位に必ず著しく歪曲された粘板岩(石灰岩レンズを伴なう)があり, それらの角閃岩類に対して弱い滑り面で境している [ 以下の [注] 参照 ] 。
中生層に対しては, 図幅地域外であるが, 破木構造帯の最西端の海浦の西海岸で, 上部三畳系(田浦層)の厚い基底礫岩が, 小崎層の黒色頁岩・砂岩を不整合に覆う関係がみられる。 その他では断層関係にある。 構造的には, 小崎層および火成岩・変成岩帯は中生層帯に対して背斜部の位置に当たる。
小崎構造線の南側(木々子・衣領・小崎・坂本・八幡滝など), 深水構造線の南側(赤松太郎峠付近・渋利の北西), および走水構造帯の南側におけるように, その分布の幅がきわめて薄い場合(数 m 以下の部分がかなりある)には, 地質図上に図示できないが, それらは化石によって証明でき, あるいは岩相の差異, 地層の変形などによって識別される。 このように 中生界の地層と構造帯の火成岩・変成岩が断層で直接する場合はごく小局部にすぎず, 多くの場合にその間に狭いながら小崎層が分布している。
層序・岩相 : 小崎層はおもに礫岩・砂岩・泥岩からなり, 数層準に暗灰色~黒色, 一般に不純なレンズ状石灰岩を挾む。 最上部に, ごく局部的に薄いチャートを伴なうが, 珪質岩に乏しい。
小崎層は岩石の変形が激しく, 泥質岩はすべて粘板岩化している。 地層は褶曲・断層により重複あるいは断絶して, 一地塊内で全層がみられる所はないが, 総合すれば, 厚さは少なくとも 360 m を超える。 標式的露出は坂本村 小崎の北にあり, そこで欠けている上部層は, 西隣の 馬廻 の北の谷, 八幡滝 - 渋利間, 坂本橋の北西の谷などにみられ, 第 2 図に示す層序が得られた。 その他の帯の小崎層は, 柱状図に示した層序の一部に相当する。
1) 模式層序(小崎構造線の北側に沿う小崎層)
礫岩から泥岩に至る律動的な堆積を示す4部層からなり, 上部に細粒岩層が厚く, 全体として岩相変化上一単位をなす。 中位のよく追跡される厚い大礫礫岩の下底を境に上・下に2分される。
下部層 : 下限は断層で蛇紋岩あるいは花崗岩と接する。 礫岩・砂岩・泥岩または礫岩・泥岩の3部層(柱状図 a - b, c - d, e - f)からなり, 各部層の泥岩部(b, d, f)に石灰岩レンズを挾む。
上部層(約 180 m): 小崎谷では褶曲による繰り返しのため下半部しか露出しないが, 坂本橋の北西の谷と八幡滝 - 渋利間ではその上部も露出する。 同等層は深水帯南側にも分布し, とくに馬廻の谷の北の支谷に標式的露出がある。 上限は断層で松求麻層あるいは坂本層と接する。
連続性のよい厚い大礫礫岩を基底に, 砂岩あるいは砂岩泥岩互層部をへて, 塊状泥岩に至る。 最上部に 1~2 m の石灰岩および 1~3 m の青灰色チャートを伴なう。
| 産地 | 産出部層 |
| … |
対比 : 模式層序の小崎層産の紡錘虫化石を第 4 表に示す。 最下部 b 部層の Misellina claudiae, Nagatoella sp. aff. N. orientis (OZAWA), Sphaerulina sp. nov. aff. S. crassispira LEE, Nankinella sp. nov. は中国の 棲霞 石灰岩下部, 秋吉石灰岩の Parafusulina kaerimizensis 帯の底部の要素と, d, e, f 部層の要素は Neoschwagerina simplex, Verbeekina sphaera などの岐阜県 赤坂石灰岩の Nn 帯(= N. simplex 帯)に対比できる。 最上部 i 部層の Yabeina globosa などは 赤坂石灰岩の Y. globosa 帯(Ng 帯)の要素と共通し, その一部(おそらく最下部)であることを示す。
g, h 部層については模式地ではなんら資料がないが, 後述(「5) 深水構造帯に沿う小崎層」の項)のとおり, 孤立した岩塊ではあるが, 上部層主部に比較される下深水の小崎層 [ 以下の [注] 参照 ] には, Neoschwageriona craticulifera (SCHWAGER), N. rotunda DEPRAT, Verbeekina verbeeki (GEINITZ), Schwagerina sp.を含み, 主部の一部は赤坂石灰岩の N. craticulifera 帯(Nc 帯)に対比できることを暗示する。
2) 小崎構造線の南側に沿う小崎層 : 最大幅 25 m 以下, 坂本橘の以西では幅数 m にすぎない部分が多い。 模式層序の f 部層の一部で, 礫岩を散点する泥岩・頁岩を主とし, 石灰岩の小レンズを挾む。
木々子の北および北西の山腹に, 孤立した岩塊として, 下位に頁岩および石灰岩レンズを伴なって, 著しい大礫礫岩が角閃岩などの片麻岩上にのっている。 両者の直接関係は不明であるが, 木々子の北における小崎帯火成岩・変成岩のつき上げの運動量は小さく, 元来は下位に覆在した片麻岩類がそのつき上げに際して, 小崎層の一部(下部)をその上にのせて衝上したものであろう。 類似の関係は次に述べるとおり木々子の北の谷の東山腹に沿ってみられる。
3) 木々子北東 - 走水谷の奥の小崎層 : 小崎構造線の北側の小崎層は木々子の北の峽谷で断絶し, その東斜面にふたゝび現われ, 走水帯古生層の南限の火成岩・変成岩帯の南側の小崎層帯に続く。 木々子谷では角閃岩・花崗岩質片麻岩上に弱いすべり -- 断層 -- で, 模式層序の f 部層の黒色頁岩(所により含礫)と黒灰色紡錘虫石灰岩レンズが直接し, その上位に厚さ 30 m を超える g 部層礫岩がのる [ 以下の [注] 参照 ] (第 3 図)。
走水谷に沿っては, 模式層序の上部層が分布し, 露出する最下部にレンズ状礫岩を伴ない, その上位に砂岩層と塊状泥岩層がつゞく。
4) 破木帯の小崎層 : 小崎帯の模式層序と共通した層序がみられ, 上限は多くの場合 上部三畳系と断層で境するが, 図幅地域外の破木構造帯の最西端の海浦では, 両者間に斜交不整合がみられる(後述する図版 2 および第 7 図参照)。
この帯の南部に下部層の f 部層の砂質泥岩・泥岩が分布し, 石灰岩レンズや紡錘虫破片を散点する石灰質砂岩がほゞ同層位に散在する。 八代海に面する海浦の西約 50 m の海岸で Cancellina cf. neoschwagerinoides DEPRAT, Parafusulina yabei HANZAWA, Yangchienia compressa LEE, Schubertella sp. を散点する含礫泥岩はこの層位に当たる。
g 部層は 10~30 m の大礫礫岩でよく追跡される。 その基質は泥質の場合が多く, 礫を散点する泥岩を挾んで, 相互に急激に移化する。 田浦町 大木場では この礫岩下底の砂質部に Parafusulina spp. を含む石灰岩(厚さ 2 m)がある。
礫岩につゞく礫質砂岩・砂岩と泥岩との互層の上位に泥岩が重なり, 所により薄層の細粒砂岩を挾む。 坂本村 中畑の北では, この h 部層中位の位置で Afghanella sp. を含む転石を得た。 この帯全体として地層は南斜することが多く, 薄層の細粒砂岩にみられる分級成層は北に上位がくることを示している。
5) 深水構造帯に沿う小崎層 : 深水火成岩・変成岩帯の両側に沿い, またそのなかにも種々の幅と延長をもって挾みこまれて分布する。 火成岩・変成岩帯側に下部が, 中生層側に上部がくるのは小崎・破木両帯と同様である。
この帯の小崎層下部層は馬廻の谷の奥・渋利の北付近などのごく一部に分布するにすぎず, 大部分が上部層に属する。 g 部層の礫岩は 10 m 以下, 多くは数 m 以下の中・小礫礫岩である。 上部層は泥岩・砂賀泥岩を主とし, 若干の細粒砂岩を伴ない, また中位の2層準に厚さ 4 m 以下のチャートを挾む。
石灰岩は3層準にあり, 最下位の f 部層のものは黒色泥質の小レンズ(1 m -)で Neoschwagerina simplex OZAWA, Verbeekina sphaera OZAWA ,Parafusulina sp., Schwagerina sp. を産する。 中位のものは上深水の東端にあり, 灰色, 部分的に石灰岩礫岩質で, 厚さ 2 m にみたず, 前記の「1) 模式層序」の項で示した種を含む。 最上位の石灰岩は馬廻の北の谷にあり, すでに「1) 模式層序」の項で述べた。
6) 猫谷構造線に伴なう小岩体 : 小崎層に酷似する地層が, 猫谷構造線の蛇紋岩中に小岩体として挾まれる。 おもな分布は, a) 上宮山南側の小谷, b) 猫谷 - 八峯山峠のほゞ中間, 南東に曲る谷の分岐部, c) 猫谷の南東支谷, 構造線の南限, d) c) のすぐ東の谷(図幅地域北端)で, いずれも 50 m 以下, 多くは 10~20 m の幅で, 延長も数 100 m にみたない。 おもに砂質泥岩・泥岩からなり, 暗灰色中・細粒砂岩を挾み, a) と d) の岩体では暗灰色石灰岩の小レンズを伴なう。 a) には大型の Schwagerina sp.を産する。
以上を通じ小崎層の各構成岩についてみられる一般的特徴は次の通りである。
深水火成岩・変成岩帯は上深水の以東では2つに分岐する。 その南分岐帯と, 走水構造線間に挾まれた幅 1.5~2 km の急峻な山塊は古生層からなる。 この山塊は上深水・平野の南, 板ノ平の東で緩やかな地形に変わり, そこでは上述の2火成岩・変成岩帯が合一し, 蛇紋岩を主とし 角閃岩・石英斑岩・細粒斑糲岩・変輝緑岩などからなる幅広い火成岩・変成岩帯となって, 古生層はそれらに貫かれて, 枝分かれし, あるいは団塊状に分離して尖滅するに至る。
この古生層はおもに粘板岩・千枚岩・珪質千枚岩・珪岩からなる累層で, 少量の細粒砂岩を伴なう。 岳の南東方の沢では不純な石灰岩の小レンズを挾む。 急峻な地形と, この古生層帯を切る良好な谷がないために, 地層分布・層序・構造をよく理解できない。 地層は走向 N 60°E~E - W で, 60°以上で南に傾くことが多いが, 局部的に北斜することもあり, 小褶曲・断層も数多く見られ, それらによる地層の重複・省略が考えられる。 上深水 - 走水滝間・岳の南方の沢において, 岩相分布の概要がみられる。
北側(おそらく下位)から, 1) 最北部帯(全体の約 1 / 4)は千枚岩質粘板岩を主とし, まれに細粒砂岩層(4 m 以下)を挾み, 2) その南側(1 / 4 +)は千枚岩を主とし, チャートをかなりひんぱんに挾み, まれに砂岩を伴なう。 3) その南側(1 / 4 -)は珪岩が著しく, 珪質千枚岩~千枚岩と互層し, 4) 最南端は千枚岩を主とする部分がある。 それらがほゞ平行して配列するらしい。 そして全体として南側から北側に向かって変質度が比較的に低下し, 図幅地域の東端付近では, 千枚岩質粘板岩ないし粘板岩という程度になる。 板ノ平の東, 木々子の北の尖滅部では, 蛇紋岩その他の上述の火成岩・変成岩に, 貫入あるいは衝入されて, 地層は著しく珪質こ, 小褶曲が甚だしく, 堅硬, 緻密な石墨珪質千枚岩化(優白部・優黒部縞状葉理をなす)している。 蛇紋岩に接する部分には帯緑色の岩石がある。
東部および北部の千枚岩質粘板岩・粘板岩にも小褶曲が多くみられ, 著しく歪曲し, 破砕され, 元来は頁岩中に存在した粗粒部 -- 砂質部 -- の葉理あるいは薄層は団塊化し, 擬礫岩構造・点紋構造を示している。 南部の珪岩は薄層成層のチャート起源のもので, 著しく過褶曲して, 厚くなり, たとえば走水滝のすぐ上では幅 200 m(傾斜 40~70°)にわたり, 珪岩からなる。 化石は, 岳の南東の沢上流(等高線 720 m 位)における不純石灰岩中に Neoschwagerina margaritae DEPRAT, Neoschwagerina craticulifera (SCHWAGER), Verbeekina verbeeki (GEINITZ), Schwagerina sp. を産し, 本層群の一部, すなわち上述の 2)の部層は Neoschwagerina craticulifera 帯に対比され, 二畳系中部統に属することは明らかである。
深水の走水層 34), 36) : 上深水から岳の南をへ, さらに東に延びる細い分布をなし, 南北両限を蛇紋岩その他の火成岩・変成岩の貫入する構造線で切られる。 主として粘板岩からなり, 少量の暗灰色細粒砂岩を伴ない, 局部的に2, 3層のチャート・珪質粘板岩薄層と石灰岩の小レンズを挾む。 粘板岩は著しくよれよれに歪曲されている。 砂岩は連続性が悪く, 急激に消長する。 チャートはこの帯の北限近くにみられ, 2 m 以下の厚さで, 淡緑色・緑灰色を呈し, よく珪質粘板岩と互層する。 石灰岩は 10 m 以下で灰白色~灰黒色, 一部は再結晶している。
地層は帯の北部では 60°以上で北斜し, 南部では同様の角度で南斜し, 中央部では直立する。 背斜構造を暗示するが, 帯の幅が狭いうえに, 両限の構造線による影響も大きい。
深水のこの地層は走水層帯プロパーとの間に細い蛇紋岩帯・擾乱帯を挾み, 直接の関係はわからないが, その蛇紋岩帯は東方に表現が弱まり, 図幅地域の東端付近では 単なる擾乱帯あるいはそれに加えて輝緑岩の貫入地帯として示されている。 さらに東方では 深水の走水層が構造的には走水帯のなかに包括される状態にある。 深水の走水層は 走水帯プロパーの地層に較べて変成の程度はいくらか異なる(見掛上弱い)が, 岩相上 走水層群の一部(上述の 1)および 2)の部層)と同性状で, したがって深水のこの地層は走水層群の一部分として扱うべきこある。
竜峯山層群 29), 34), 38) は図幅地域の北縁の八代市 宮地に分布し, 南川河口近くの鼠蔵の小丘陵および八代海中の船瀬にもみられる。 これらは八代図幅地域内の竜峯山に模式的に発達する累層の南西延長部に当たり, 絹雲母千枚岩・結晶質石灰岩を主とし, 少量の石英千枚岩・千枚岩質粘板岩を伴なう。 千枚岩質岩は薄片状によく剥げ易い。 石灰岩は白色~黒色で一般に塊状こあるが, 片状構造がよく発達する。 図幅地域内の石灰岩は宮原花崗閃緑岩に貫かれて交指状に分布し, 元来の厚さは不明であるが, 厚さ 30 m を超すものがある。 黒色石灰岩の一部は泥質薄層を挾むことがある。 図幅地域内では海百合の破片がまれにみいだされるに過ぎないが, すぐ北東に接する東片の南東の小谷の中腹に分布する黒色泥質石灰岩中に Verbeekina sp. が発見されており [ 以下の [注] 参照 ] , 同性状の石灰岩の延長が図幅地域内にもみいだされることから, 二畳紀中期の地層を含むことは疑いない。 八代海中の小島である船瀬は全島白色結晶質石灰岩からなり, 走向 N 50°E である。
破木構造帯と瀬戸石構造線に挾まれた幅約 4 km の与奈久帯は, 構造上, 層序・岩相上一単位をなす。 球磨川沿いおよび坂本村 日田地 - 責 間に模式的露出がみられる。 北限に沿っては, 破木構造帯の片麻岩類とは断層関係であるが, 局部的に蛇紋岩の貫入関係が保存されている。 さらに別項に述べるとおり, 異なる2時期の輝緑岩に貫かれる。
与奈久帯中には, 走向断層, 小スラスト, 小褶曲が多くみられ, 地層の小規模の繰り返し, 省略や変位があり, 構造をはっきりよみ取ることができない。 チャートはもつとも延長性のよい鍵層であるが, その追跡は急峻な地形のため容易ではなく, 褶曲構造を具体的に図示するまでに至っていない。
破木構造帯に沿う与奈久層は, 広い所では約 500 m, 狭い所では 50 m の幅に, 千枚岩化を受けている。 淡灰色・灰黒色で, 小褶曲が著しい。 片理がよく発達し, 石英質葉理が分別された千枚岩である。 この千枚岩帯の幅は, 破木構造帯の火成岩・変成岩類の現在の地表上における幅とは必ずしも相応じない。 この千枚岩帯は南に向かって漸次変成度が弱まり, 千枚岩質粘板岩をへて, 与奈久層模式の粘板岩層へ移化する。
南限では, 著しい破砕帯と変輝緑岩の貫入を受けた瀬戸石構造線によって, 吉尾層と, 一部, すなわち中津道 - 責の付近では, その構造線中に挾み込まれた上部三畳系と, 断層関係で接する。
地層は帯の全体の方向と平行で走向 N 60~80°E, 傾斜は北半部では全体として 60~80°S, または直立する。 南半部では, 傾斜 60~80°で地域的に南斜あるいは北斜が優勢な部分があり, 変化に富む。
与奈久層群は全体として, この帯のほゞ中央部に向斜軸をもつ1つの大きな同斜褶曲をなす。 すなわち岩相配列にもそれが示されており, 粘板岩(北翼の一部は千枚岩化)を主とし, 石灰質細砂岩を伴なう累層が帯の南北両側に配列し, その内側に, その上位に整合に重なるチャート・粘板岩層が分布し, さらにその上位はふたゝび粘板岩を主とし, やゝ顕著な砂岩・チャートおよび石灰岩レンズを伴なう上部層が 帯の中央部, すなわち軸部に分布する。 上部層のもっともよい発達地は, 久多良木谷の奥である。 両翼においては, 岩相上, 下部層に若干の相違がみられるが, 中・上部層においては, ほとんど同性状である。 与奈久層全体として粘板岩およびチャートの細粒岩相によって特徴づけられている。
1) 下部粘板岩層 : 500~600 m。 帯の両側に沿って分布する。 南翼では, おもに泥岩・シルト岩(粘板岩, 一部千枚岩化)からなり, 細粒砂岩を伴なう。 砂岩は, とくに下部に, かなりひんぱんに挾まれるが, 中・上部のそれは, 地域的な発達で, 横に粘板岩に移化する。 シルト岩・細粒砂岩は, 帯緑暗灰色・塊状で, 泥質葉理を挾むが, 層理の発達は悪く, グレイワッケ型である。 一般に石灰質で, 鋭い角をもつ形に割れる性質があり, 割れ目に沿って, 方解石脈や薄膜を生じている。 粘板岩はよれよれの葉片状に割れやすく, 一部では千枚岩質で, 砂質岩の薄層や葉理を伴なう部分ではそれらが礫状・団塊状にちぎれて, あたかも, 礫岩様の性質を示す。 また石英質部が点紋状に分かれている部分もある。 上部にチャートの薄層を挾むが, よくつゞかない。
上部層の上部に暗灰色石灰岩レンズを挾む。 球磨川沿いの鎌瀬と, 内ノ木場・大岩の西の石灰岩は Neoschwagerina simplex OZAWA を, 上原の南方 400 m の石灰岩は Brevaxina compressa (DEPRAT) を含む。
北翼では, 上述のとおり, 破木構造帯に接する粘板岩層は 50~500 m の幅で千枚岩化している。 南翼に較べて, 中・上部にかなり連続性のよいチャートの薄層を挾み, また砂岩層が南翼におけるほど石灰質でない点に差異がある。 千枚岩は著しく小褶曲に富み, 部分的に石英質葉状部が分かれている。 粘板岩は南翼におけると同様に, よれよれに片状化し, 層理が保存されていない。 走向断層に近く, また, かなり普遍的に, 上述の擬礫岩状・点紋状性質を示す。 局部的には黒色縞と白色縞(石英質)の葉層に分かれている。 砂岩は帯緑暗灰色で, グレイワッケ型であるが, 南翼に較べてやゝ粗粒のものがある。 レンズ状に消長し, 特定の層準に追跡できない。 最上部の石灰岩レンズはいずれも小さく 2~3 m 以下である。
2) 中部チャート・粘板岩層 : 400~500 m。 帯の中央部両側に沿い帯状に分布する。 厚い幾層ものチャートによって特徴づけられ, それと互層する珪質粘板岩・粘板岩からなり, その上部に石灰岩レンズを伴なう。 チャートは 2~10 cm の薄板状成層で, 全体の厚さは 10~50 m である。 一般に過褶曲に富み, 所により 150 m 以上の厚さに達することがある。 暗灰色・灰白色のものが多いが, 灰黒色・赤褐色を呈する部分もある。 珪質粘板岩とひんぱんに互層し, 薄いものは相互に消長し, 厚層の連続性のよいものが少なくとも6層は数えられる。 チャート層と粘板岩層との境はそれらの変形に対する差により, 多くの場合 滑動して, 著しい破砕帯をつくり, 黒色粘土・角礫を生じている。 上部に近く, 黒灰色~白色の石灰岩を挾み, 結晶度の低い石灰岩では, Yabeina globosa (YABE), Yabeina katoi (OZAWA), Neoschwagerina minoensis DEPRAT, Verbeekina verbeeki (GEINITZ) を産する。 それらは与奈久上流 300 m, 久多良木谷の奥, 銅山 , 坂本村 古屋敷・大平の南の石灰岩である。 銅山・古屋敷の南の石灰岩には, 石灰質塩基性凝灰岩・角礫凝灰岩を伴ない, とくに後者では厚く発達する。
3) 上部粘板岩・砂岩・チャート層 : 200 m 余。 与奈久帯中央部に分布し, 上述の Yabeina globosa 石灰岩の上位に2, 3のチャート層をへて, 粘板岩・砂岩を主とし, チャートおよび石灰岩レンズを伴なう上部層が来る。 砂岩は下部層のそれと同性状のものだが, やゝ粗粒で, 暗灰色, 中粒のグレイワッケである。 泥質葉理をひんぱんに伴ない, 鋭い角の形に割れ, 石灰質のものもある。 少なくとも2層準に顕著な砂岩層(20~30 m, 所により 35 m)が発達するが, ほかにも粘板岩と互層状に薄い細粒砂岩が発達する。 一部の砂岩には, 黒色頁岩の小角礫を含む礫質のものがある。 粘板岩の性状は下部層のそれと同様である。 チャート層はよくつゞかない。
対比 : 与奈久層群は全体として, Neoschwagerina simplex 帯から N. craticulifera 帯をへて, Yabeina globosa 帯にわたる二畳系中期の地層で, 小崎層群に対してはその中・下部, 神瀬層群に対してはその上部が同時異相の関係にある。
図幅地域の南東部, 球磨郡山江村 大河内・水無地域に分布し, おもに石灰岩からなり, 凝灰岩・角礫凝灰岩・玄武岩質熔岩・チャート, ならびに少量の粘板岩・シルト岩・凝灰質粘板岩を伴なう。
石灰岩は灰黒色~灰白色, 塊状で厚層をなす。 本層群の見掛上の最下部(南限)の石灰岩は数 100 m の厚さに達する。 凝灰質岩は暗赤紫色~暗緑色を呈し, その色は相互に不規則に移り変わり, 一般に著しく石灰質で, いわゆる輝緑凝灰岩(シャールスタイン)の性状をもつ。 含まれる角礫は長径 30 cm に達するものがあり, 1つの礫において, 基質部と同じく, 暗赤紫色~暗緑色の移り変わりを示し, 方解石に充填された小杏仁状小泡に富むものがある。 石灰岩は凝灰質岩と密接に相伴ない, 相互に移化し, また互層する。 すなわち, 石灰質凝灰岩から, 石灰岩小レンズを多量に含む部分, 石灰岩中に凝灰質薄層または葉理を挾む部分をへて, 漸次に, あるいは急激に, 石灰岩に移化する。 熔岩は暗緑色を呈し, 凝灰岩に挾まれる。 方解石に充填された小杏仁状小泡に富む部分があり, 玄武岩質である。
チャートは石灰岩中に発達することもあるが, 一般に凝灰岩に富む部分に挾在することが多く, また石灰岩と薄い互層をなし, あるいは団塊状に石灰岩に含まれることもある。 チャートは灰白色・灰黒色・赫色・黒色など種々の色を呈し, 10 cm 以下の薄層をなして成層し, 厚さ 20 m 以下のものが多いが, ときに 50 m を超えるものがある。 連続性がよく, 鍵層として用いられる。 一部には, 暗緑色~淡緑色の凝灰岩の薄層を互層状に挾むことがある。
粘板岩・細粒砂岩は, 20~30 cm の厚さで, 局部的に発達するにすぎない。 凝灰質粘板岩もみいだされる。
本層群と北側に分布する天月層との関係は露出が悪く明らかでない。 南限は後述の衝上断層(大阪間構造線)をもって, 時代未詳層群( 一勝地 層群 8) )と接する。
本層群は, 西方では球磨川本流流域の神瀬層群(模式露出地)につゞき, 東方では川辺川流域, 五木村 頭地付近の同層群, 九州東部では, 大分県佐伯市 浅海井の北側の中野層群 4) につゞき, 構造上の位置, 岩相ともにまったく共通する。
図幅地域内の本層群からは, 最上部(北限に近く)の石灰岩層準において, 海百合の茎の破片を多量に含む転石を得たほか, 有効な化石をみいだしていないが, 模式地では, 坂口の北で, Yabeina sp., Neoschwagerina sp. を産する [ 以下の [注] 参照 ] ので, 同層群の最下部は中部二畳紀上部に当たる。 したがって本層群の上部は三畳系に及ぶ可能性がある。
石灰岩は割れ目が多く, ときに規則的な節理(走向 N 45°E, 傾斜 40°SE)が発達する。 石灰洞が数多く発達し, 水無では, 流水は洞穴に潜流する。 厚層の石灰岩が発達するため, 急崖をつくり, 谷に沿い, 崖錐が数 10 m の厚さに発達している所がある( 万江 川沿い)。
地層は走向 N 45~60°E~E - W, 一般に傾斜 45~60°N である。 局部的には, 直立する。 全層厚 900~1,000 m に達する。
本層群はその南限で, 南側に接する砂岩・頁岩層に対して, 地層の分布・地形から, 著しい衝上断層関係にあると判断される。 衝上面を観察できる露頭をみいだしていないが, 境界に近い砂岩・頁岩層中に, 東北東方向に走り, 40~60°N に傾斜する小衝上断層を観察できる。 衝上する地層は大部分が厚層の石灰岩であるが, 一部はチャートで接する。 境界に近い南側の砂岩・頁岩はもめており, とくに頁岩において著しい。 これらの地層は 70~80°で北斜する。 この南限の構造線(大阪間構造線)は, 四国・紀伊の仏像 - 糸川線に相当する。
深水火成岩・変成岩帯の東端の北側に, 幅数 10~100 m の砂岩・頁岩帯がある。 急峻な山腹に位置し, 露出がきわめて少ないので, それらの性状を知ることは困難であるが, 分布上の位置・岩相・変形・変質度および構造から, 東に隣接する砥用図幅地域内に広く分布する上部二畳紀 球磨層の西方延長に当たる。 頁岩中には, ときとして, 花崗岩・閃緑岩・石英斑岩などの中・小礫を散点する。 本図幅地域の東縁から 250 m および 500 m 東(鶴木場谷)には, Yabeina shiraiwensis OZAWA, Lepidoline toriyamai KANMERA, Schwagerina aff. acris THOMPSON and WHEELER, その他の種類を含む球磨層石灰岩がある。
この累層は北側の下部白堊系 川口層, 南側の雲母片麻岩と断層で接する。
破木構造線に沿う片麻岩・花崗岩地帯の南側, 与奈久層群分布地帯の北側に, 同じく構造線に平行的に狭長な幅で, 緑色片岩を主とし, 若干の他の片岩を伴なう変成岩類が分布する。 粒度が細かいので, 野外では緑色准片岩帯ともよんでいる。 その模式的露出は, 芦北町 横居木・水谷, 百済来 村 田上・板持・破木, 坂本村 古屋敷, 五木村 山口などにある。 その露出区域は東北東 - 西南西方向の細長いレンズ状の輪廓を示し, 最大幅は 600 m であるがきわめて狭長のこともあり, 断続的に膨縮しつつ追跡される。
これと同類の緑色准片岩ならびにそれに伴なう准片岩は, 瀬高を通る片麻岩地帯に沿い, ならびにその南西方延長に当たる道ノ平などにも, きわめて狭長ながら露出する。
構成岩石の主要なものは, 多少ながら, 藍閃石を特徴的に含む細粒の緑色片岩である。 原岩が輝緑岩質の貫入岩であるか, 熔岩あるいは凝灰岩であるかを判定する積極的証拠をみいだしていない。 片状岩体の中心部にやゝ塊状部を認められることがあり, 百済来村 中畑付近・芦北町 水谷付近では, 片状化の著しい部分と, 弱い部分とが混在する露出がある。 緑色片岩に伴なって珪質片岩・片状石灰質砂岩をみとめる。 横居木・水谷・破木・佐瀬野・道ノ平などにその例がある。 これらは緑色片岩に密接に伴なうが, 量的にはそれよりはるかに少ない。 元来の関係が同時代交指状なのか, 珪質片岩が古く, 緑色岩が貫入的であったのかもよく判定できない。 水谷の団塊状(あるいは捕獲岩状 ?)の珪岩には鉄・マンガン鉱を伴なっており, 道ノ平のものは後に詳しく記載するように, 紅簾石を含む石英片岩であることは, とくに注意したい。 また所により石英岩をみとめる。
与奈久古生層地帯の北限部に 50~500 m の幅で, 粘板岩類がやゝ千枚岩状となっている部分があるが, これと北側の緑色片岩とは明確な境で接する。 しかしこの与奈久帯の北限部の千枚岩様粘板岩地帯中に, わずかながら幅数 m の小レンズ状形態で, 前記のものと類似の緑色岩がみとめられることがある。
緑色片岩は衝入地帯中の片麻岩・角閃岩・花崗岩類とは常に断層関係にある。 蛇紋岩とも多くの場合 著しい断層粘土を伴なう断層で接する。 ときに緑色岩中に細い岩脈状に蛇紋岩がはいっていることがあるが, その場合も蛇紋岩は葉片状構造を呈し, 境界面に滑動のあとがある。 正確な時代関係はよくわからないが, 蛇紋岩は破木緑色片岩類に対し, 少なくも衝入関係にあると判定される。
以上の産状から破木緑色片岩類に対し, 2様の解釈がなされる。 1つは構造線に沿う一種の貫入体で, 与奈久層の岩石の褶曲・粘板岩化作用の後期に貫入し, それ自身も構造線付近における動力変成作用をうけたものとする説, 他は古生界の一員で深所で結晶片岩となった部分(たとえば三波川・ 御荷鉾 変成岩類に比較されるもの)が, 衝入地帯に沿い, サンドウィッチ構造を呈して浅所へ現出したとする説である。 前説をとるとしても, 後述のような後期に貫入したとみなされる, 動力変成のあとのほとんどない輝緑岩よりは一段と古いものであることは確実である。 この2様の可能な解釈は, 御荷鉾変成岩類の緑色岩について論議されているところと似たものがある。
次にとくに注意すべき岩石の記載を添える。
藍閃緑簾片岩 : 暗緑色片状で, 緑簾石に富む部分と藍閃石に富む部分とが, 縞状をなす傾向がある。 主として緑簾石・藍閃石・淡色の角閃石(多分 陽起石)・緑泥石・石英からなり, 磁鉄鉱・赤鉄鉱を伴なう。 粒状の緑簾石の間に藍閃石・緑泥石・陽起石が平行的に配列し, 片理を形成する。
藍閃石は X : 淡緑石色, Y : 帯青菫色, Z : 群青色で, 非常に多色性が明瞭で, ときに中核部に, より濃色で消光角が大きいものが存在し, 累帯構造をなす。
石英は針状の陽起石を伴なうモザイックの集合として, 細脈・層状・小レンズ状に現出する。
紅簾石片岩 28) : 赤紫色葉理と, 半透明白色の石英質葉理(または薄層状部)とが 2~3 mm から 10~20 mm の厚さで, 波状に不規則に交互している。
石英は一般には径 0.01~0.07 mm の寄木状集合をなして, 優白質部を構成し, いくらかは赤紫色部にもある。 ある部分では径 0.25 mm 程度の結晶の集合からなるレンズ・パッチを形成し, その場合にはアルカリ長石をよく伴なう。 このような部分を除けば石英の波動消光はそれほど顕著でない。 紅簾石は赤紫色部に特徴的に存在する。 角張った比較的長柱状のものが多く, 長さ 0.02~0.3 mm, 平行的に配列することが多い。 結晶には後成的の割れ目が発達し, その間はある種の汚い物質でうめられており, 色が鮮やかでない。 しばしば鉄鉱粒を含む。 比較的割れ目の少ない大形結晶で, X : レモン黄色, Y : にぶいピンク, Z : ローズ・ライラック, Z > X > Y である。 一般に結晶の周縁が淡色の緑簾石(?)の不規則なくまどりでかこまれている。 絹雲母または白雲母は鱗片状で撓曲し, 紅簾石を含む赤紫色葉状部にほとんど限られて産する。 鉄鉱は一般に赤紫色部に産し, 紅簾石に伴ない, または包有されている。 よい結晶形を示さない不規則粒で, 径 0.03 mm 以下の細粒である。 燐灰石はまれに径 1 mm ほどの比較的粗粒の結晶として, 赤紫色部に産し, ポイキリチックに紅簾石・鉄鉱粒を包有する。 しかし絹雲母を包有することはない。 結晶中に割れ目が発達し, 結晶粒の周辺部では, この割れ目に沿って絹雲母が入りこんでいる。 緑泥石は主として脈状に他の鉱物を切って産する。 ときに絹雲母と互いにいりくんで成長している。 岩石中の処々に圧砕作用をとくに著しく受けた部分があり, 石英・紅簾石ともに破壊され, 後者から変朽した汚い不明確物質が多い。
図幅地域の北西隅の八代海中に散在する大築島・小築島・箱島・黒島は, ほとんど結晶質石灰岩からなり, 一部に少量の黒雲母片麻岩・角閃石透輝石片麻岩を伴なう。 これらは, 東方の下益城郡小川町・ 益南 村(図幅地域外)において, 日奈久断層の東側山地から, 緑川中流の砥用地方にかけて, 広く発達する肥後片麻岩類の一員に属する。
肥後片麻岩の主体は 黒雲母片麻岩(Biotite - quartz - plagioclase gneiss) (かなりひんぱんに桃赤色柘榴石・珪線石を含む)・ 角閃石透輝石片麻岩(Hornblende - diopside gneiss)・ 角閃岩(Hornblende - plagioclase gneiss or amphibolite)・ 結晶質石灰岩からなる。 トナル岩・花崗岩質アプライト, および石英の細脈(1~50 cm)が多くは准平行ないし少しく斜交して, ときには, 大きく片理を切って, 密接に混在している。
片麻岩類は粗粒で, 片理の発達がよく, 石英・長石を主とする優白部と, 黒雲母に富む優黒部とが薄い縞目をなす。 おもに准片麻岩である。 片理は N 60~70°E ないし E - W 方向である。 石灰岩は益南村 南 部田 の 243.2 m 高地や白岩・城山など, 4~5帯あり, 厚いものは見掛上, 200 m に達する。
上述の4つの島の結晶質石灰岩は 構造上の位置から 243.3 m 高地の石灰岩の西方延長に当たると考えられる。 おもに, 走向は N 80°E ないし E - W, 一部 N 70~80°W である。 大築島では, 島の主部を東西に走る軸をもって向斜構造をなし, 両翼では 20~40°の緩傾斜を示す。 黒島では, 結晶質石灰岩に加えて, その南岸に沿い, 黒雲母片麻岩・片麻状花崗岩質岩を伴なう。 黒島・箱島では, 石灰岩は 30~40°で北に傾く。
次の5岩類は貫入時期の詳細が不明であるが, 便宜上 古生代~中生代の貫入岩類という見出しの下に記す。 おのおのについて 観察される産状の詳細ならびに貫入時期についての可能な解釈は各項中に記す。
なお「II.3.4.1 破木緑色片岩類」の項で述べた時代未詳の緑色岩類の少なくとも一部は, 古生代中の貫入岩類であるかもしれないが, すでに説明したので, こゝには繰り返さない。
産状 : さきに述べた八代片麻岩類の分布する擾乱帯に分布する。 片麻岩類に接する場合のほか, この地帯の小崎層中にもかなりひんぱんに露出し, また蛇紋岩帯中に小岩体として切り離されて現出することもある。
岩体は構造線方向に平行した狭長なレンズ形を示す。 幅 400 m のもの(例 : 日奈久の南方の櫛山)がもっとも広く, 多くは 100 m 以下で, 数 m しかない岩体も少なくない。 後生変形により断続的であるが, ほゞ一定位置に沿って比較的よく追跡される。 片麻岩帯や蛇紋岩帯の中央部には比較的少なく, むしろ縁辺部, 周辺の小崎層地帯中にひんぱんに分布する。
輝緑岩岩脈によって明確に切られる以外, 他の岩類とは, 多くの場合 断層あるいは滑り面で接していて, 元来の関係がわかりにくい。 その断層は 1, 2~数 cm 程度の狭い幅の破砕部や粘土で示され, あるいは岩体両側の滑り面に条線(slickenside)をみとめる。 まれに角閃岩類に対し支脈を出しているのをみとめた(八代市 内野の露出)。
花崗岩類は二畳系の小崎層に対しては, 一種の貫入関係を示す。 しかし中生代の諸層に貫入する形態は, 図幅地域内ではみとめられない。 小崎層との関係も, 現在見られる接触関係の多くは, 後生変形による2次的接触で, 境に沿い滑り面や小規模の断層が発達している。 しかし小崎層地域中に孤立してレンズ状に花崗岩が露出していることもあり, また2, 3条の岩脈の形態で平行して露出し, その間の小崎層の砂岩・頁岩が堅硬となっていることもある。 第 4 図に示したように, 花崗岩あるいはアプライトが, いくつかの支脈を出し, 間に小崎層の一部を挾み, あるいはとりこんだ形を示す産状例や, 小崎層を局部的にではあるが斜めに切る例もある。 また花崗岩に直接する砂岩・頁岩が石英脈によって網目状に貫かれている例もある。 このような場合でも, 花崗岩体と周わりの地層との境では弱い滑り面が存在するが, 一種の貫入関係ということはゆるされよう。 しかしながら, ホルンフェルス化のような明確な接触変質はみとめられない。
花崗岩体は各所で破砕されており, 顕微鏡下でも, 部分により強弱の差はあるが, 圧砕されている。 とくに構造線に沿う岩体の周縁部はマイロナイト化されている。 また圧砕後の割れ目も多く発達し, それを充した形で輝緑岩脈や変玄武岩の不規則な貫入が処々にみとめられる (後述する「II.4.5 輝緑岩」の項に示した第 6 図参照)。
八代花崗岩類中のジルコンを冨田・唐木田 49) [ 以下の [注] 参照 ] が検討した結果, それは八代片麻岩類中のそれと酷似した藤紫色群色を呈し, 先カンブリア系の花崗岩・片麻岩類のジルコン色群と類似している。 また同じ藤紫色群色は, 二畳系の小崎層や球磨層の礫岩中に巨礫として産する 花崗岩類のジルコンにもきわめて特徴的にみいだされることが明らかとなった。 この事実と前記の野外地質関係とは一見矛盾する。
しかし八代片麻岩・花崗岩は, 古生層・中生層を褶曲・変形させた構造的運動の際, 深所の基盤部から浅所へしぼり出された一種の衝入岩体であろうという解釈を, 筆者ら 28), 29) はかねてから述べていた。 さらに冨田・唐木田 [ 以下の [注] 参照 ] は, これに加え, 「ある地質時代に一度完全に固結した深成岩体が, はるか後の時代に造構造運動をうけたために, 再熔融液が生じて可動性をおびるにいたり, 継続するその造構造運動によって他動的に浅い位置に再貫入する」 という再動岩体の解釈を提案している。 この解釈は 現在 観察されるすべての事実をもつとも合理的に説明しうるものであるが, もとの時代は先カンブリア紀か古期古生代か, 再動のくわしい時期はいつかなどの問題ともあわせ, なお証拠をかためる必要がある。 八代花崗岩類が上部三畳系以上の中生層を直接貫く関係は, 本図幅地域内ではみとめられない。 それが先シルリア系の岩石の再動岩体であろうという可能性をみとめながらも, 小崎層中に貫入形をとる部分があることを注意して, II.2 項よりは II.4 項中に記述する次第である。
岩石学的性質 : 八代花崗岩類の比較的圧砕作用をうけた程度の少ない部分でみると, そのなかに大別して3種の岩相をみとめる。 それは量の多いものから (a) 粗粒アダメロ岩, (b) 粗粒花崗岩, (c) 粗粒石英閃緑岩である。 これらの岩相の間の関係を直接に観察できる好条件の所は少ない。 八幡滝の谷に沿う山道筋には, 約 100 m にわたり連続する好露出があって, 上記3岩相のすべてが含まれている。 しかしこゝでは異岩相の間には, 変位の大きさは必ずしもよくわからないが, 断層が存在している。 以下おのおのの岩石の記載を行なう。
粗粒の長石・石英(5~10 mm 前後)と 黒雲母・緑泥石の 1~3 mm 前後の集合体からなる灰色の岩石である。 これらの鉱物は定方向にならんでいない。 いわゆる優黒色包有岩としては細粒閃緑岩質の 2~3 cm 大のものが, ごくまれに含まれている。
斜長石は半自形の厚い卓状結晶で, 聚片双晶が普通である。 累帯構造はまったく認められない。 成分は大体曹長石~灰曹長石らしい。 カリ長石との接触部にミルメカイトを作らない。 双晶片(twin lamellae)が彎曲したり, ある面に沿ってずれている(この面は平行ニコル下では認められない)ことが普通である。 一般に絹雲母の微晶で汚染されており, 著しい場合には方解石を伴なう。 結晶の境界面に沿い, あるいは結晶を横切って(とくに双晶片のずれている面に沿って)曹長石化作用が行なわれ, そこではまったく絹雲母をみない。 この部分内でも双晶は母結晶のそれと連続している。 石英は微細な塵埃状包有物(液体 ?)を含み, それの多い部分では一面に拡がっているが, 比較的少ない部分では薄片でみたところ珠数状に連なっている ("Boehm lamellae" の一種か ?)。 一般に波動消光を呈する。 カリ長石は斜長石・石英の間をうめるように産する。 ほとんど常にペルト石で, 曹長石の部分は, 細脈・パッチをなすことが多いが, ときに平行な幾枚かのフイルム状をなすことがある。 ごくまれに微斜長石構造を部分的にもったものが見られる。 黒雲母は多色性が著しく, X : 淡石緑色, Z : 緑褐色である。 いくつかの結晶が集合体を作る傾向があるが, 小さい薄い結晶板は, 単独で斜長石に包有されていることもある。 緑泥石化していることが多く, その際に黒色鉄鉱を伴ない, 緑簾石の加わることもある。 結晶粒間にあるいは細脈状に方解石が, また黒雲母・緑泥石の集合体に近い部分では緑泥石の細脈が発達している。
以上のように比較的圧砕作用の少ない部分でも, 変形・変質のあとがあるが, より強く圧砕された部分では, 細粒の暗灰色を呈する基地が生じて, 斑状岩となる。 斑状部は強い圧砕を免れた岩片に当たるが, その大きさ・形はまちまちで, 境もそうはっきりしたものではない。 鏡下では, 比較的大きいまるみをおびた石英・長石の間を, 主としてこれらがこわれて細粒となったものがうめている。 圧砕の程度によっては, この細粒部が細脈状に, あるいは結晶粒の間に, または割れ目に沿って, 結晶粒の元の形をあまり変えないでうすく発達する。 細粒部には粒間に方解石・緑泥石が比較的多い。 また, こわれた石英・長石の粒だけでなく, 多分 新生されたと思われる曹長石の集合したものもある。 はっきりした曹長石細脈は, この圧砕細粒部をさらに切って発達する。 石英の波動消光は一般に甚だしい。
圧砕作用のさらに進んだ部分は, ごく細粒, 緻密, 青灰色のミロナイト質で, 「モルタル構造(mortar structure)」を示す。 こゝこは斑状残留結晶に比較的石英が多く, やゝ角張っている。 そして粒間には黒色鉄鉱を伴なった緑泥石様鉱物が多く, 鏡下で汚れて見える。
アダメロ岩よりも白っぽい塊状の粗粒岩で, 多少風化した部分では結晶粒間に褐色の酸化鉄が滲みこんでいる。 一部では白雲母を含む。 この岩相には, 他の有色鉱物を多く含む花崗岩類におけるより, 半花崗岩がより多く伴なわれる傾向が認められる。
アダメロ岩より石英・カリ長石が多く, それぞれ斜長石より多い。 そしてペルト石はその細脈・パッチ状の曹長石部がより大きく, またときに斜長石などをポイキリテイックに含むことがある。 その他, 鉱物の性質や岩石の圧砕の状態はアダメロ岩と大差ない。
上記2種に較べ, 有色鉱物は多いが, その量はまだ少ない。 塊状粗粒である。
カリ長石がほとんどなく, 褐簾石を含む。 アダメロ岩中のものに較べて, 燐灰石は大きく多く, ジルコンも多い。 ジルコンを分離集合した場合, 特徴のある藤紫色を呈する。 他の2種(a, b)の岩石中のジルコンも, 量は少ないが, 同じ色を呈する。 黒雲母の緑泥石化に際しては, 黒色鉄鉱のほかに榍石・緑泥石を伴なうことがある。 他の性質はアダメロ岩と大差ない。
花崗岩類中の代表的2標本についての化学分析結果を第 5 表に示す。
| 試料番号 | Yt 126 | Yt 127 |
| 岩石名 | アダメロ岩 | 石英閃緑岩 |
| … |
超塩基性岩はおもに蛇紋岩で, 一部に透角閃石・陽起石岩がある。
蛇紋岩の産状 : 猫谷・深水・小崎・破木の各擾乱帯において他の火成岩よりも分布が広く, 延長方向にも長く続く。 2擾乱帯の合一部(猫谷 - 深水)に, あるいは擾乱帯の幅が広い場合(二見付近)にも, ごく狭い場合(荒瀬 - 鶴喰間, 破木以東)にも現われる。 しかし破木構造線の以南では, 内ノ木場 - 岩尾川内間の峠において, 瀬戸石構造線に沿う副次の断層に出る幅数 m で短距離追跡されるものを除いては露出せず, 古生層の幅広い地域の構造線にはほとんど伴なわれないのが通則である。
蛇紋岩はその全分布地域を通じて, 著しく葉片状で, 塊状のものはそれら葉片状のもののなかに, 直径数 m 以下の小塊をなして, 少量不定の位置に散在するにすぎない(図版 2 参照)。 比較的葉片化の少ない塊状部でも, 割れ目が著しく発達し, 直径 30 cm を超える岩塊として採取することはほとんど不可能である。 葉片状片理(fissility)は構造線の方向にほゞ平行であるが, 片麻岩・花崗岩などの岩体に接する付近では, それらの岩体の輪廓に応じて, 局部的に不規則となり, かつ軟弱な細片状・断層粘土状物質になっていることが多い。
蛇紋岩と擾乱帯中の諸岩体との現在見られる関係は, 後生変形による2次的接触が多く, 元来の関係を知り難い。 八代片麻岩類・古生層・時代未詳 緑色准片岩に対しては, 元来貫入関係にあった証拠がある。 蛇紋岩の古生層に対する貫入関係は, 小田尾帯・走水帯両古生層の西方尖滅部によく示されている。 すなわち蛇紋岩は両古生層中にいくつもの支脈を出して楔状に貫いており, また蛇紋岩中にそれらの古生層の大小の断片が数多く散在する。 小崎層についても同様の関係が見られる(その1, 2の露頭の例を第 5 図に示す)。 八代花崗岩類との関係に関し, 赤松太郎峠 - 大平間において, 粗粒花崗岩と蛇紋岩とが, 断層関係でなく直接する部分があるが, 接触部から約 10 cm 以内の花崗岩はとくに暗灰色となり, 変質のあとが認められる。
蛇紋岩の塊状部をとって検鏡すると, 大部分は葉状蛇紋石からなり, 黒色鉄鉱を伴なう。 単斜輝石の残留がわずかながらある。 それは葉状蛇紋石に切られて, 不規則な細粒に分かれているが, 同消光位のものが散らばっている範囲は, 一例では径 0 .5 mm ある。 黒色鉄鉱はときにはかなり多い。 葉片蛇紋石の配列とある角度をなして, ほゞ平行の配列をなしていることがある。
輝石の残留結晶を含む蛇紋岩の化学分析の結果は, 第 6 表のとおりである。
| … |
本図幅地域内の蛇紋岩に密接に伴なう超塩基性岩として, 一種の透角閃石陽起石岩がある。 これは猫谷付近に図示できる程度の広さで露出し, さらに図幅地域外の猫谷構造線の北東方延長上にもっと大きい岩体として続く。 その主部の岩質は濃緑色粗粒であるが, 中粒で見掛上 変斑糲岩様のものもある。 鏡下では, 他形を示す陽起石の集合で, 変斑糲岩様に見えるものも, 実は陽起石・透角閃石からなり, 長石は全然みとめられない。 ほかに斜黝簾石(?)が伴なわれる。 構成鉱物はしっかりしている場合と, いくぶん彎曲をうけている場合とがある。
鶴喰 - 下内峠間の蛇紋岩帯中には, 幅 2 m 内外の岩塊状をなして蛇紋岩にとりかこまれ, 帯緑灰色で, 柘榴石・緑泥石・陽起石からなる一種の角閃石エクロジャイト様の岩石が現出している。 しかし, あまりに小岩体であるので, 地質図幅中にはとくに示していない。
宮原 花崗閃緑岩の主岩体は, 隣接する八代図幅地域の南部に東北東 - 西南西の方向をもって分布し, 北側の肥後片麻岩類, 南側の竜峯山層群に対し貫入関係を示す。 この岩体の小肢節とみとめられる小岩体が, 本図幅地域の北部にも露出する。 すなわち宮地の南東(川床の北西)と八代平野の 鼠蔵 の丘陵地(北の 35.3 m 丘陵の北東部と南の丘陵の南部)で, 竜峯山層群の黒色粘板岩・緑色片岩・石灰岩に接し, 急傾斜する岩層間に平行的に迸入したいく筋かの小岩体が現出している。 これらのあるものは幅が狭いので地質図上には全部は記入していない。 周囲の岩石には接触熱変質を与え, 粘板岩類のホルンフェルス化, 石灰岩の結晶質化が見られる。
宮原花崗閃緑岩の主体は, かなり粗粒の角閃石黒雲母花崗閃緑岩またはトナル岩であるが, 本図幅地域内に小岩体として現出するものは, 岩質が必ずしも一様でない。 粒度も粗粒から細粒にわたり, 岩質は石英閃緑岩質のものが多いが, 有色鉱物の少ない部分もあり, しかもこれらが不規則に混在し, あるいは移化している。 しばしば暗色シュリーレンや細長くのびた捕獲岩を含み, また片状構造を示すことが多い。
産状 : 八代片麻岩・角閃岩・片麻状花崗岩類の分布する擾乱帯中に, それらを貫いて岩脈状に現出する(第 6 図 D)。 幅数 m 以下の小岩体であるので, 大部分は5万分の1地質図幅に図示することはできないが, 木々子の北方や八幡滝に好露出があり, ほかにも各所にみられる。 非常に小岩体の場合には母岩のなかに不規則な形で貫入しているが, やゝ幅のあるものでは単一な岩脈状形態をとる傾向がある。 片麻岩類に対する境界面ははっきりして鋭く, 周辺に近づくととくに緻密で斑晶が小さく少ない。
岩質 : 暗青灰色, 緻密な岩石で長石(ときにはこれに加え石英)の 2~7 mm 大の斑晶を含む。 部分によっては石英脈を多く伴なう。 必ずしも緻密でなく斜長石斑晶が 5~10 mm 大で非常に多いものもある (例 : 木々子の北方のもの)が, その場合でも母岩に接する部分では斑晶はやゝ小さい。
斑晶として斜長石(曹長石~灰曹長石), やゝ酸性のものではわずかの石英および ごくわずかの緑泥石集合体(黒雲母と角閃石 ? の仮像)がみとめられる。 ときに緑簾石がある。 石基は完晶質で長石・石英(?)とその粒間の黒雲母・緑泥石様鉱物からなる。 そのなかの拍子木状結晶(多分 斜長石)は定方向配列を示さない。 部分により緑簾石をみとめる。
斑晶状長石は, 自形・半自形・他形を示し, 集合体をなすことがある。 双晶は双晶片のこまかい聚片型のものよりも, むしろ双晶片の厚いカルルスバッドやカルルスバッド - アルバイト型が多い。 累帯構造はまったく認められない。 ときどき波状の消光を示し, 微細絹雲母を含む。
斑晶石英は波動消光を示すが, 花崗岩類中のもののように塵埃状包有物をそれほど多く含まない。
石英細脈・方解石細脈などが認められ, 局部的に(しかし必ずしもひんぱんでなく)圧砕作用をうけ, プレーナイト岩に切られる。
長石玢岩の地質時代は明らかでない。 しかし上部古生界や中生界の諸層を明瞭に切る所がなく, ほとんど八代片麻岩類・片麻状花崗岩類中に限って出ること, 岩質が深水層(シルリア系)の流紋岩質岩石に近似していることなどから, シルリア紀の酸性火山活動に関係した岩脈であるかもしれないという可能性が考えられる。 しかしもっと後の岩脈でないといゝ切る決定的な証拠はまだ確認していない。
なお上記と酷似の岩石で, 斑晶が非常に細粒かまたはほとんど含まれない, 非顕晶質の緻密な帯青緑灰色の岩石が, 赤松太郎峠の北東 - 南西にわたる蛇紋岩帯中に産するが, 蛇紋岩に対してこれを岩脈として切るかどうか明らかでない。 Pq の記号で便宜上図示したが, 酸性岩起源のヘリフリンタ様 [ Helleflinta - like ? ] 圧砕岩である可能性がある。
こゝに記す輝緑岩は, 構造帯と構造帯の境界をなす擾乱帯におもに分布するが, 八代片麻岩類・八代花崗岩類・古生層, ときには中生層などを明確に切って, 岩脈状(第 6 図 A)または 割れ目に沿う不規則な小岩体(第 6 図 B はその例)として産する。 連続性がわるく, 急激に消長する。 断層など後の変形により, 元来の貫入形をこわされてこのような産状になっていることもあるが, もともと不規則な小貫入体であることが, 多くの露頭で見られる。 断層近くで圧砕・破砕されていることもあるが, 輝緑岩構造を明らかに保存している部分の方がはるかに多い。 母岩との境界は鋭く, その付近で岩脈の岩質が細粒となる傾向がある。
瀬戸石構造線にあらわれる輝緑岩脈に沿って, しばしば珪化作用のあとがみられる。 芦北町 平谷の北方と内ノ木場において, 瀬戸石構造線に沿って, 帯緑乳色の珪質岩塊があらわれている。 原岩と成因とは明らかでないが, 延長上に明瞭な輝緑岩があり, これに関係のある珪化作用による岩石ではないかと予察されるので, 地質図幅には便宜上 Db と同色で示した。
II.3.4.1 の項で述べた准片岩化した緑色岩も, 原岩は輝緑岩質のものであるかもしれないが, こゝに記すものは, それとは時代をへだてた後期のものである。 両者の関係が直接観察できる所もある。
5万分の1地質図幅には示すことのできないような小岩体が多いが, 代表的露出は, 瀬戸石構造線に沿う付近, 與奈久 [ 与奈久 ] 層地帯中, 破木構造線付近, 深水付近, 走水滝近傍, 臼杵 - 八代線付近などにある。
瀬戸石構造線に沿うもので, 平谷の北方 1,500 m 地点においては, 岩体の幅は他に較べやゝ広く, 15 m に達し、 岩質も斑糲岩質の部分さえある。 この構造線に挾まれて, 三坂の上部三畳系(ノーリアン)が古生層と接するが, 輝緑岩のあるものは断層に沿って貫入しており, あるものは断層近くの三畳系の砂岩・頁岩中に貫入して, これに珪化作用をあたえている。 この図幅地域に南接する佐敷図幅地域内の 箙瀬 構造帯では, ジュラ系上部の箙瀬層(礫岩・砂岩・頁岩)中に貫入している。 また竜峯山古生層の南に分布する白堊系 砥用 層(?)中を走る擾乱帯(臼杵 - 八代線の一部)に沿って, 幅 20 m の輝緑岩岩脈がある。
与奈久帯における輝緑岩の貫入位置は, 必ずしも規則性はないが, 連続性のよいものや, いく筋もの太い岩体が見られるところは, 与奈久帯中に帯状に配列する地層の岩質変化の境の部分, たとえば粘板岩帯とチャート優勢帯との境に沿っており, ほゞ数 100 m の間隔に分布する。
破木・走水滝・深水などを通る擾乱帯の八代片麻岩類・八代花崗岩類などの分布地域では, 構成諸岩石の境界ならびに岩体自身中に輝緑岩の小貫入体をみる。 堅硬な岩石の割れ目に沿って注入し, すきまを充たしたような産状を示すことが多い。 一部はかなり粗粒で変斑糲岩とよぶべき岩質である。 蛇紋岩中にはきわめてまれである。 また破木緑色片岩地帯にも産し, 一見 識別しにくいが, 時代的前後関係のあることは明らかである。
輝緑岩の岩質は肉眼的には暗緑色, 細粒であって, ある場合には中粒斑糲岩様, また細脈状のものでは暗色玄武岩様である。 圧砕された部分では緻密, 暗黒色となる。
輝緑岩はオフィティック組織を示し, 斑状組織はない。 一部は斑糲岩とよぶべきで, 不等粒で, かなり粗粒の結晶を含むが, 一部にはオフィティック組織をみとめる。 角閃石はおもに濃緑褐色種の普通角閃石で, 結晶の周辺部で緑色種になる傾向がある。 部分的に, あるいは他の標本では, 陽起石的の淡青色種が発達する。 また他の標本では, 角閃石のみとめられないこともある。 角閃石の内核には, ほとんど多色性を示さない淡色の単斜輝石が存在することが多い。 黒色鉄鉱は角閃石に密接に伴なう。 斜長石は拍子木状で, 強く「ソーシュル石化作用」をうけている。 ときどき包有物をほとんど含まない透明な曹長石縁がついている。 石英は鉱物粒間にときに存在する。 黒雲母の存在するときは, 輝石に伴ない, 両者がかみあって(inter-growth)発達する。 滑石の細脈をみとめ, あるいは部分により蛇紋石・緑泥石・曹長石からなる細帯をみとめることがある。
輝緑岩の一例についての化学分析結果は, 第 7 表のとおりである。
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なお輝緑岩中には珪化作用を受け, 堅硬で淡青緑色を呈するものもかなりあり, またときには「赤礬化作用(hematitization)」を受け, 赤紫色を呈することもある。 後者に伴なって, それがチャートおよび珪質粘板岩に接する場合, 珪化作用とともに, Fe - Mn 鉱を生じていることがあって, チャートとそれらの貫入体接触部を注意することが, マンガン鉱床探求の鍵となるようである。 これらの例は, 与奈久帯と吉尾帯とに見られる。
また岩体によっては, 杏仁状小包(amygdales)に富むものがあり, それらは方解石で充たされている。 この種の岩石が擾乱されている場合には, 見掛上「シャールスタイン」状の外観を示す。 ときには黄鉄鉱を目立って含むこともあり, その場合は風化すれば, 特有の暗褐色を呈する。
中生層の大部分は図幅地域の北半部, すなわち破木構造線以北に広く3帯に分布し, 各帯は火成岩・変成岩帯および古生層で隔てられている(第 1 図)。 大きな縮尺でみれば, 北に新しく, 南に古い地層がくる。 すなわち, 白堊系が北側に広く, ジュラ系・三畳系は南側の帯に分布する。
破木構造線以南では, 中生層は, 古生層中を切る断層に挾みこまれた細い帯をなして分布する。 すなわち, その1つは瀬戸石構造線中のエントモノチス層であり, その他は吉尾帯・天月帯中のもので, 化石による確証は本図幅地域内にはまだないが, 岩相ならびに岩石変形度から中生層と考えられる累層の狭い地帯が, 丁度 南に隣接する佐敷図幅地域内の 箙瀬 ・ 神瀬 のジュラ系上部の地層を挾むサンドウィッチ帯 13), 16) の東方延長に当たる位置に挾みこまれている。
大阪間構造線以南には, 四万十帯の 一勝地 層群が図幅地域の南東隅にわずかに含まれる。
以上のほか, 八代湾中の根島に白堊系姫浦層群に含められるべき小露頭がある。
中生界は火成岩・変成岩帯ならびに古生層帯に対して向斜の位置を占め, また中生層自体が不完全ながら, 向斜あるいは複向斜の形をとることが多い。 たゞし, 宮地帯の八代層は低角度の単斜構造をとり, 砥用 層の一部はゆるやかな背斜構造をなす。
中生界の諸累層は, 古生層に較べて岩石変形度が格段に低く 16) , 断層あるいは擾乱帯を除いて, 地層は整然と重なり, 層面の保存も比較的よい。 しかし, 八代層・砥用層 [ 以下の [注] 参照 ] の一部を除いて, 中生層は一般にかなり強く褶曲し, 所により逆転した同斜褶曲もあり, 大小の断層による地層の繰り返しや省略がある。 全体として時代が古いほど, 地層の変形もはげしくもめている。
中生界諸累層は 輝緑岩および 新期貫入岩の黒雲母玢岩・角閃石安山岩・古銅輝石安山岩・文象斑岩 などによって貫かれているが, 擾乱帯の片麻岩類・蛇紋岩・花崗岩・閃緑岩・長石玢岩 などによって貫入された露頭をみない。 中生層がそれらの岩石と直接する部分はごくわずかで, その場合も, 幅広い断層粘土(fault gouge)を伴なう断層で境される。
当地域の三畳系は 佐川階(Carnian)から皿貝階(Norian)にわたる上部三畳系で代表されている。
佐川階の地層は次の5地区 [ 6地区 ? ; 佐川階の地層には以下の 3) を含まないので5地区 ? ] に分布する。
以上の諸地層が相互まったく同時代のものとして厳密に対比されるかどうかについては, 後述のように疑問がある。 したがって記述はおのおの別個にする。 しかし地質図幅には, 1), 2) を佐川階(Carnian)(Tc)として同一色に, 3) を Carno - Norian 中間部(Tcn)として別色に示した。
皿貝階の地層は次の2地区に分布する。
田浦層は一部では中部二畳系小崎層の上に巨礫基底礫岩をもって傾斜不整合にのる。 他方, 田浦層ならびに鷹河内層は不整合にジュラ系坂本層群に覆われる。 三畳系の地層は断層によりかなり断片化されているが, 西南日本外帯の他の諸地域に較べ, 佐川階から皿貝階にわたる層序・化石群をしらべるのに比較的よい材料をもっている。
分布・産状 : 田浦町 海浦 井手鼻(第 28 図 [ 巻末付図 ] 参照)にはじまり, 図幅地域内の小田浦・宮浦・大木場・横居木にかけて比較的幅広く(400~500 m)分布し, 東へ次第にその幅を減じて, 百済来村 路子岳・久多良木の芥子峠・大門瀬を通り, 女原 - 鶴喰 間に延びる(幅 100~150 m)。 さらに同帯の東方, 坂本 - 古屋敷間付近において, エントモノチス層の下位にくるシルト岩・塊状泥岩・頁岩の累層は岩質上 田浦層に似る。 さらに同帯の東方延長(坂本南東)に, 岩質上 酷似する地層がエントモノチス層の下位に分布する。 その模式的層序は海浦湾 - 井手鼻間, 宮浦 [ 肥後田浦駅の東方 ] - 大木場付近の山谷にみられる。
海浦海岸一帯では構造上 南側に古く, 北側に新しい単斜構造をなすが, 小田浦 以東では分布帯の北よりの位置に軸をもつ向斜構造をなす。 南限では, 井手鼻の南東において, 基底礫岩をもって二畳系小崎層上に傾斜不整合にのり(図版 3), 一部では基底に近く断層できられ, 東部の幅狭い地帯では断層で小崎層と接する。 北限では, 海浦湾の西岸において, 上部ジュラ系坂本層によって傾斜(?)不整合に覆われる露頭があるが, その東海岸では坂本層の基底面に沿う滑り面で, さらに東方では基底に近い断層で境する。
層序・岩相 : 田浦層は基底礫岩・砂岩にはじまり, 厚層の砂岩2層と細粒砂岩・シルト岩の互層・シルト岩からなる下部層と, シルト岩・泥岩を主とし, 2~3層のレンズ状砂岩を挾む上部層とからなる(第 8 図)。 上・下両部層にはそれぞれ1層準にレンズ状石灰岩を伴なう。 岩相上, 全体として石灰質シルト岩・細粒砂岩が優勢で, 種々の形のラミナ, 斜葉理の発達が目立つ。
下部層基底礫岩・砂岩層(10~15 m) : 井手鼻の南東海岸・井手鼻の東の入江(東海岸)に模式的に露出し, 宮浦・大木場にも追跡される。 下位の小崎層と本層との不整合関係は, 井手鼻の南東海岸沿いおよびその東端に沿ってみられ, 直立ないし傾斜の変化の甚だしい小崎層砂岩・粘板岩に, ゆるやかな角度で, 巨礫礫岩層が凹凸面をもってのる(図版 3, 第 7 図)。 海岸に沿っては, 干潮の際にもっともよく観察でき, 基底礫岩および不整合面は, 汀線に沿ってほゞ水平に分布するので, 両者の境はいくども繰り返して現われ, 小崎層の砂岩(歪曲された粘板岩薄層を挾む)・ 含礫粘板岩・ 石灰岩の種々の異なる層準をきって, 大きく斜交してのる。
井手鼻の東の入江(東海岸)では, 頁岩の角礫(Sharpstones)を含む粗・中粒砂岩の凹凸面上に基底礫岩をもってのる。
基底礫岩層の厚さは, 部分的に変化するが, 10 m 以下で, 比較的急激に粗粒砂岩あるいは中・小礫岩部をレンズ状または不規則に密集して, あるいは散点状に含む細粒砂岩・シルト岩に移り変わる。 基質は粗粒砂で, 礫は円磨度が高い。 礫では 黒雲母花崗岩・角閃石花崗岩・花崗斑岩・アプライト・石英斑岩・脈石英などが大きく, また量も多い。 それらに次いで, 閃緑岩・斑糲岩・玄武岩・安山岩があり, また砂岩・石灰岩・マール・頁岩もある。
この基底礫岩は大木場の西の谷, および東の谷にも追跡されるが, 露頭では基底に沿う滑り面がみられることが多い。
下部層主部 : 井手鼻の東の入江の東側海岸にみられる層序は次のとおりである(第 8 図)。 厚さ 100 m 以下。
ⅵ 層には非常に小型(2~4 mm 大)の二枚介化石(Nuculid)を含むほか, Helminthoidea 様生痕がみられる。 シルト岩・泥岩は全体として石灰質で, 淡色~灰白色細砂~シルトの葉層がひんぱんに発達し, それらには多くの場合 斜層理がみられ, 地層の上・下を知る良好な手がかりを与える。
上部層 : 下位から次の層序がみられる。 厚さ約 100 m。
砂岩の薄層やレンズには anti-dune 構造, load cast など特異層理が数多くみられ, 地層の上下の判定に役立つ。 泥岩の一部には, 中小礫を散点的に含むことがある。 大部分が火成岩礫でよく円磨されて, 海底土石流によると判断される産状もみられ, また一部のレンズ状砂岩中にも礫を含む。 一部には不規則な, 大小種々の黒色泥岩角礫(sharpstone)が密集しあるいは散点してみられる (海浦湾の西岸の最上部)。
田浦層は坂本層基底礫岩によって不整合に覆われ, そのよい露出が海浦湾の西海岸にある。 東海岸ではその基底面に沿い滑り面がある。 井手鼻の東の入江では, 東西断層で切られて田浦層と接する。
海浦の東部・野添・小田浦地区では露出が断続的で, 小褶曲も多いので, 層序・構造がよく理解できない。 いくつかの小谷に沿って, 比較的露出のよい宮浦・大木場付近では, 大略の岩相分布がわかる。 南側から北に向かって次の岩相配列を示す。
以上のうち, ⅰ - ⅲ の部層は北に順次新しいことが, それらに示された分級成層や斜層理などによって明らかで一部の地層は逆転している。 ⅲ と ⅴ は産状, 岩質ともに酷似した石灰岩で, 同一層の向斜による繰り返しと考えられる。 このことは ⅳ 帯における地層分布が西に広く, 東に狭く(石灰岩は西に向かって隔たってくる), 宮浦のすぐ東の広い分布や砂岩層が 180 m 高地以東につゞかないことなどによっても暗示される。 すなわち, 向斜軸が東に浅く, 西に沈んだ構造が推定され, 事実 向斜軸部の露頭もある(第 25 図 [ 後述する「II.8.6 中生層の構造」の項で示されている ] )。 しかし, 向斜の場合, ⅵ の砂岩部層が ⅲ の石灰岩の南側に認められないことを 岩相変化あるいは尖滅で解釈することになる。 海浦の模式層序と比較して, 少なくとも ⅰ - ⅴ に示された層序は基底層, 下部層に相当することは疑いない。
小田浦・野添地区 [ 佐敷図幅地域内 ] でも上述の石灰岩の2帯があり, 他の岩相もまったく同性状のものが認められるが, 構造はさらに複雑である。
横居木の以東では, 上述の ⅱ - ⅴ の地層が両限を断層こ切られて細くつゞく。 鶴喰 - 女原間では堅硬な砂質シルト岩中に Anodontophora sp. を産し, その上位の砂岩層は荒瀬ダム付近の Entomonotis 層下部の砂岩につゞくらしい。 坂本の南東では, 石灰質シルト岩・頁岩からなり, 上位の Entomonotis 層に近くあるいは接して, 厚さ 5~20 m にわたり, 直径 1 m 以下の泥灰岩団球を多く含む。 模式の田浦層上部層に対比されそうである。
化石と対比 : 産出化石を第 8 表に示す。 全部 下部層中・上部から得られた。 上部層からは海浦湾の西海岸において, 上限から 10 m 下位の円礫を散点するシルト岩から Nuculid を得た [ 以下の [注] 参照 ] 。
以上の化石から田浦層は ほゞ四国の河内ヶ谷層で代表される佐川階(Carnian)に対比される。 しかし田村実 46) の指摘するように, それよりいくらか若い時代を暗示する要素があることが注意される。
田浦町 太田 [ 西隣の教良木図幅地域内 ? ] の南海岸(田浦平野堤防の北西端)から避病院横をへて, 火葬場に至る間の小範囲に露出し, その延長は赤松太郎峠 - 井牟田間の峠の南側に幅狭く分布する。 当地域における最北帯の三畳系で, 深水火成岩・変成岩帯に北接する小崎層と北側の川口層間に挾まれ, 両者の直接の関係は露出が悪くて不明である。 田浦 - 太田間では, 本層は小崎層と北西断層とで境する。
小褶曲はあるが, 全体として 30~70°で北に単斜し, 下部は砂質葉理の著しい石灰質シルト岩ないし泥岩を主とし, 上部は泥岩および頁岩からなり, 中部にレンズ状石灰岩および砂岩を伴なう。 下位から次の層序がみられる。 厚さ約 50 m 以上。
赤松峠の北では, 上述の下部層と同性状の砂質葉理の美しい石灰質シルト岩(厚さ 15 m)と その上位に重なる細・中粒のやゝ石灰質砂岩(厚さ 10 m)のほか, シルト岩の小露出がいくつかみられるが, 露出がきわめて悪い。 北側の川口層とは断層で境し, 南側の小崎層との関係は不明。 地層は直立する。 化石をみいだしていないが, 岩相上・分布・構造的位置から, 上述の累層の延長であることは疑いない。
共通の化石を産すること, および岩相上の酷似から, 本層は田浦層下部層の一部に対比可能である。 しかし田村実 46) は同じ化石産地から Halobia austriaca を得, その他の二枚介化石にも模式地の田浦層のものと較べ若干異なるものがあることから, 時代に多少前後関係がありはしないかという疑問を述べた。 詳細な点については将来の検討が必要である。
殿島 [ 西隣の教良木図幅地域内 ? ] 対岸の岬の突端にきわめて小面積であるが, 上部ジュラ系坂本層の基底礫岩の下位に 暗灰色の石灰質シルト岩(特徴的に角ばって割れる)からなる地層が露出する。 化石による確証はまだ得ていないが, 層序関係と, 岩質の類似から, 田浦層の一部であろうとみなされる。
坂本村の佐川階は, 前述の田浦層のほゞ延長上にあり, 将来 同一累層(河内ヶ谷層群の部分)として統合されるかも知れないが, 完全には一致しない点があるので, 一応 松求麻層と呼んでおく。 2地域に分布する。
| A) | 渋利帯の中央部に細長く帯状に分布する。 馬廻 の谷の出口・ 下代瀬 付近にもっともよく露出し, その西方に次第にその幅を減じながら, 渋利・鶴喰・道ノ平をへて, 山口に至り, 二見平野の洪積層・冲積層の下にかくれる。 馬廻以東では馬廻を通る南北および東北東の2断層に切られて, 北に変位し, 小崎谷の奥(小崎 - 板ノ平間)にあらわれる。 さらにその東では, 構造的に急激に尖滅する。 | ||
| B) | 木々子の東北東の坂本南帯の北部に位置し, 走水谷の奥で, 南東に入るほゞ平行な3つの沢にかなりの幅をもって分布する。 |
A) 渋利帯の松求麻層は, 両限を断層で断たれて小崎層と接し, 分布帯のほゞ中央部を軸として, 馬廻谷出口付近では中庸度の向斜構造, 馬廻の北では, 2~3つの小褶曲を繰り返し, 球磨川以西 - 渋利付近では, 高角度で南に倒れた同斜の向斜構造をなす。 さらに西では, 向斜の一翼だけが分布する部分が多い。 下限は断層できられてみられない。 馬廻谷出口付近および下代瀬では, 向斜軸部において, 上部ジュラ系坂本層の厚い砂岩および礫岩層が, 一部に非整合関係を残している。 他の多くの場合 坂本層は, 断層または滑り面をもって挾まれる。 小崎谷の奥では向斜構造は明らかでないが, 同様に礫岩に始まり頁岩に至る坂本層に非整合に覆われる。
本層とその両側の小崎層は, 岩相上も若干の差異があり, さらに前者の岩石の変形・変質度は, 後者のそれに較べて, かなり低いことによっても区別できる。 両者間の断層は各地で確認される(例 : 坂本トンネル北出口の直上 -- こゝこは狹い破砕帯を伴なう ; 瀬高 - 下代瀬間から西に入る谷の奥)。 本層と構造線に沿ってあらわれる火成岩・変成岩類と直接することはない。
層序 : 標式的な層序は球磨川の右岸沿い, および馬廻谷出口付近で得られ, 向斜構造の両翼に, 同性状の岩相が繰り返して露出し, 下記の層序が組立てられる。 この層序の中部石灰質砂質頁岩層は西方にもよく追跡され, 鶴喰 - 道ノ平間までつゞく。 岩相上 模式の田浦層下部層上部に酷似する。 露出する最下部から上位に :
鶴喰付近およびその西では本層の分布帯は幅狹くなり, 地層は小褶曲, 走向断層によって若干もめている。 鶴喰付近まで追跡される上記の層序の中部石灰質砂質頁岩層は道ノ平では求められないが, そこではこの累層の延長と参えられる地層が約 200 m にわたって分布する。 薄層理の発達のよい暗灰色頁岩と厚さ約 15 m の灰白色中粒石英質砂岩層からなる。 道ノ平部落の南方約 100 m の道路傍の頁岩中に 薄殻の二枚介・アンモナイト(種名未決定)を産する。
小崎谷の奥において, 松求麻層の延長と参えられる累層は 10 cm 以下の単位で成層する砂質頁岩と頁岩との互層からなり, その最上部近くに 20~30 cm に成層する暗灰色細粒砂岩がかなりひんぱんに挾まれる。 露出が悪く, この累層が馬廻付近の松求麻層のどの部分に比較されるか明らかでないが, この累層の分布の北限に近く, 上記の ⅴ の珪質岩と同性質の転石が得られた。 地層は 20~40°, ときに 50~60°で南に傾斜する同斜構造をなす。 頁岩・砂質頁岩は所によりかなり雲母片に富む。 本層は坂本層類似層によって非整合に覆われる。
B) 走水谷の奥の松求麻層は走水滝の南東約 700 m 地点より南々東に入る。 谷に標式的に発達し, 走向 ENE 方向, 一般に 50~80°で南に傾く。 東西に向かって構造的に尖滅する。 上・下限とも断層で, 北側こ小崎層と, 南側こ坂本層と接する。 東方の走水谷の奥では, 北側の小崎層との境の断層に沿い, 蛇紋岩・雲母片岩などが衝入している。 北側から南に向かって上位が分布し, 次の層序がみられる。
対比 : A と B の両地域を通じ, 産出化石(第 8 表)は 高知県佐川盆地の河内ヶ谷層の佐川階(Carnian)のものとよく共通し, 松求麻層は同階に対比される。
二見の南西の鷹河内谷付近に分布し, 小藪 - 鷹河内間, および 猪越 の西の谷に模式的に露出する。 北限(下限)は坂本層とおそらく断層で境するらしいが, 露出が悪く明らかでない。 南限(上限)では坂本層の基底礫岩により傾斜不整合に覆われる。 この不整合関係は猪越の西約 300 m(第 12 図 [ この図は後述する「II.5.2.2 坂本層」の項で記載 ] ), および鷹河内の北 50 m にみられる。 後者では前者より少なくとも 30 m 下位の層準で覆われる。 坂本層基底礫岩は 鷹河内層の泥岩・頁岩の多少凹凸のある面上に よく円磨された半深成岩の大・中・小礫礫岩をもってのる(基質の多くは砂質, ときに泥質)。
不整合面を挾む両層の傾斜の差は, 後生変形のため正確には測定できないが, 少なくとも 20°程度はある。
層序・岩相 : 砂質頁岩・黒色泥岩を主とする下部層(厚さ約 60 m)と 砂岩優勢な主部層(厚さ約 320 m)とからなる(第 9 図)。
下部層 : 下部層は小褶曲に富み, またいくつかの走向断層もあり, 露出も悪いので正確な層序を立てることができないが, 砂質頁岩・黒色泥岩・シルト岩を主とし, 中部に砂岩頁岩互層を挾む。 下部は泥岩が優勢で, 上部は砂質, シルト質で, 全体として雲母の細片に富む。 かなり強く歪曲されている。 下部の黒色泥岩から第 8 表に示す化石を得た。
主部層 : 下部層と主部層との境付近には, 2, 3の走向断層が走り, また露出も悪いので明確にはわからない。 若干の地層の欠除も考えられる。
主部層は中・細粒砂岩と塊状シルト岩からなり, 前者は 10~75 m, 後者は 10~20 m のまとまった厚さの互層(厚さ 4~5 m 単位)からなり, 量的には前者がはるかに優勢である。 砂岩は帯緑灰色~暗灰色を呈し, 塊状ないし厚く(20 cm~1 m)成層した地層で, 中粒~細粒で, 比較的に淘汰がよい。 主部層の下部の砂岩は 30 cm 以下の脆軟な砂岩・砂質頁岩の薄層やパッチを含むことがある。 このパッチや薄層は炭質物破片に富み, ときには薄い無煙炭層を挾み, また磁鉄鉱を含んで, 風化面では赤褐色の焼けを生ずる。 そのようなものは主部層上部の砂岩にはまれである。
シルト岩は暗灰色~黒色, 多くは塊状で, まれに 10~30 cm の厚さで成層する。 所により 30 cm 以下の比較的軟質の頁岩を挾むことがある。 下部のシルト岩にはまれに石灰質団球を含み, そのなかに海百合の破片や, 二枚介・巻貝を産することがある。 最上部のシルト岩・頁岩には層理が比較的に良く発達する。
シルト岩は砂岩部からごく細粒の黒色砂岩をへて漸移することが多く, またシルト岩中にも明瞭な境がなく細粒砂岩を挾む。 横の変化においても同様である。 砂岩・シルト岩ともに, はっきりした葉理が認められることはまれである。
主部層からの化石は, 下部のシルト岩および上部のシルト岩からみいだされた。 団球中のものを除いて, 散点的にごくまれにみいだされるにすぎない(第 8 表)。
構造 : 鷹河内層は分布が小さく, 模式ルートを除いて, 露頭が少ないので不明の部分もあるが, 上部層は単斜をもって南に 40~60°で傾く。 鷹河内谷と猪越谷の合流部付近ではかなり強い撓曲がある。 下部層は1背斜と1向斜で繰り返して露出し, また, 2, 3の走向断層のためにその一部が省略されているところもある。
対比 : 市川浩一郎の鑑定による, 鷹河内層下部および主部層下部の Pleuromysidia kanmerai TAMURA は, 模式の渋利帯および田浦村北部の田浦層のそれと共通する。 しかし, Halobia sp. は従来 佐川階から知られているものとは異なり, さらに, 主部層上部産の Monotis (Entomonotis) sp. cf. M.(E.) typica (KIPARISOVA)は, 市川によれば, 西南日本外帯には知られていない型のもので, その性質からおそらく, 皿貝階下部を示す。
他方, 鷹河内層主部は, 岩相上, 田浦層とは著しく異なり, 厚い砂岩層を主とし, 最上部 50 m はシルト岩が優勢で, 上述の Monotis (Entomonotis) sp. を産する。 化石ならびに層序・岩相から, 鷹河内層主部は佐川階上部ないし皿貝階下部に対比できそうである。 アンモナイトは保存が不完全であるが縫合線がよく保存され, Placites の可能性が強い。 これはやはり Carno - Norian を暗示する。
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貝皿階(Norian)に対比される地層は, 坂本帯南部と, 瀬戸石構造線に沿うものと2帯分布する。
坂本村 女原 の北から, 球磨川 荒瀬堰堤を通り, 坂本工場 [ 十条製紙 坂本工場 ? ] の南の谷にのびる。 分布帯の幅はもっとも広い所で 300 m ほどである。 北側の坂本層とは, 多くの場合 1 m 以上の断層粘土を伴なう断層で境され, 南側の小崎層とも断層で接する。 分布の西方では 田浦層帯の東方延長である鶴喰 - 女原間の Anodontophora sp. を含む堅硬なシルト岩部層の上に整合に重なるらしいが, 累重関係を明確に示す露出はみいだしていない。 しかし, 荒瀬堰堤のエントモノチス層の直下の厚い砂岩層は女原の北まで追跡できる。 東方では, 坂本工場の南の谷, 坂本 - 古屋敷間に 田浦層類似の石灰質シルト岩・泥岩(泥灰質団球・小レンズを伴なう)があり, 前者の谷で, それらの上に整合に重なる比較的厚い数層の砂岩をもって, 本層の下限とした。
荒瀬堰堤付近では, 第 10 図に示したとおり, 下部砂岩層と上部砂質頁岩・頁岩層とからなり, 露出の最下部(トンネル南口)の砂岩層から約 2.5 m 隔たって小崎層の粘板岩があり, 上限は幅 5 m にわたる擾乱破砕を伴なう断層によって, 坂本層砂岩層と接する。 最下部砂岩層は塊状または厚く成層する灰白~帯緑暗灰色の中・細粒石英質砂岩で, 砂質頁岩の薄層を伴なう。 その上位に約 10 m の砂質頁岩を挾んで, 塊状または厚く成層する淘汰のよい灰色, 中粒砂岩(薄片頁岩を伴なう)が来る。 この砂岩層の最上部では暗褐色に風化し, 磁鉄鉱を多量に含む石灰質団球やパッチが見られる。 その上に整合的に 灰黒色薄層成層の頁岩および石灰質細砂岩薄層を伴なう砂質頁岩が重なり, 下記のエントモノチスを多産する。
頁岩の上部は小褶曲によって繰り返されて露出する。
荒瀬のものと同じ層序は藤本の南の谷まで追跡され, 厚い中・細粒石英質砂岩の上位の砂質頁岩中に 約 15 m にわたって Monotis (Entomonotis) が密集あるいは散在してみいだされる。 こゝでは下部砂岩層中に挾まれる頁岩中に Monotis (Entomonotis) tenuicostata (KOBAYASHI & ICHIKAWA) 類似の破片が得られた。 上記のエントモノチス頁岩層はすべて著しく雲母片に富む。
荒瀬堰堤における砂岩層の石英粒度および重鉱物を第 9 表に示す 5) 。 砂岩の長石は斜長石に富む。
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坂本工場の南の谷では, 下部砂岩層が褶曲により繰り返して現われ, 球磨川以西では, 砂岩・砂質頁岩が断片的に露出する。
三坂のエントモノチス層は瀬戸石の北方から, 中津道・三坂を通り, 坂本村 責 をへて細長く帯状に分布する。 南北両限ともに断層によって, 与奈久帯と吉尾帯との境をなす瀬戸石構造線に挾みこまれ, 東方および西方に漸次その幅を減じて, 構造的に尖滅する。
三坂のエントモノチス層は, 断層により, 上・下限とも知ることがこきず, 露出が断続的なため, 層序・構造を明確にきめることができないが, 全分布を通じて層相はほとんど変化しない。 おそらくは全体として同層位の累層からなるものであろう。
三坂 - 中津道間および責付近に本層のもっともよい露出がある。 前者では下部から, 1) 粘板岩質頁岩部(厚さ約 25 m), 2) 細粒砂岩を主とし頁岩を挾む部層(厚さ 15 m), 3) 黒色砂質頁岩頁岩互層および頁岩層(厚さ 50 m), 4) 細粒砂岩層(よく成層, 厚さ 10 m) が露出し, その上位に細砂岩・砂質頁岩の互層がくるらしい。
砂岩は無色ジルコン・柘榴石・角閃石類・金紅石 [ ルチル ] を含み, 水成岩・深成岩源の物質のほか, 低度変成岩・火山岩・脈岩源の物質をも含む。
化石は 3) の上部の細雲母片に富む黒色頁岩中に, 2枚の化石層(それぞれ厚さ約 1 m 前後)をなして産する。
中津道の北で 1) の下位に当たる位置に チャートと頁岩の径 5 cm 以下の礫を散点する石灰質砂岩がある。 砂岩はいずれも石灰質で, ときに著しい石灰質レンズを挾むことがある。
3) の上部において, 雲母細片に富む黒色頁岩中に, おのおの厚さ約 1 m の2枚の化石層があり, それから産する化石は次のように同定される 18) 。
同じ化石群を含む転石が三坂のすぐ東の谷にもみいだされた。
地層はほゞ走向 N 60°E, 三坂 - 中津道間では, 傾斜 30~50°S であるが, 他の地域では直立あるいは高角度で南または北に傾く。 岩石は南・北両側の古生層に較べて格段に変形・変質度が低い。
南限の直立する断層に沿って, 変輝緑岩・変玄武岩の岩脈が貫入しており, それに接する三畳紀の頁岩は著しく珪化作用を受け, また黄鉄鉱を生じている。 北限は南急斜の擾乱帯を伴なう断層である。
ジュラ系はその後期の鳥巣統に対比される坂本層, および岩相・分布・構造上その基底層に比較される2, 3の小露出で代表されている。 なお, 鶴喰の小レンズ状石灰岩はジュラ紀中期の四国の奈良谷層に対比されるかも知れない。
田村実 43) は百済来村 鶴喰の小石灰岩から, 奈良谷層産の Kallirhynchia sp.に似た腕足介と Myophorella ? sp.をみいだし, 奈良谷層に対比して, 鶴喰層と名づけた。 その石灰岩(厚さ 5 m, 長さ 8 m)は黒灰色, 多少泥質, 一部鮞状で, 南側に頁岩をへて砂岩勝ち頁岩との互層がある。 後者は坂本層とみなされるが, その基底層かどうか疑問である。 北側には断層で蛇紋岩に接する [ 以下の [注] 参照 ] 。
分布・産状 : 坂本帯の主部を占め, 西方の田浦海岸から二見・田子崎・坂本を通り, さらに東方の木々子をへて, 五木村 山口の北にのびる細長い帯状に分布する。 西に幅広く(1.5 km), 東に狹い(300~500 m)。 分布の北限に沿い, 基底あるいはそれに近い下部層が, 東部で小崎層, 二見以西では深水帯の火成岩・変成岩類と, 断層で境される。 猪越・鷹河内の三畳系鷹河内層のインライア(inlier) の南限に沿い, 坂本層はそれを厚い基底礫岩をもって傾斜不整合に覆う。 また海浦海岸では田浦層を基底礫岩で不整合に覆い(一部 境に沿い滑りがある), 坂本北方では松求麻層の向斜部の上に, 不整合的の分布を示して, 坂本層の基底部が露出している。 分布帯の南限側に上部層が露出し, 多くの場合 白堊系海浦層 46) に整合的に覆われるが, 木々子の以東では小崎層と, 横居木の以西では田浦層と, 断層で接する。
露出もよく, 模式的層序がみられるのは, 坂本付近, 二見の南部, 田浦 - 海浦海岸沿いである。 地層はかなり激しく褶曲しているが, その形は比較的よく保存されている。
層序・岩相 : 坂本層は基底礫岩にはじまり, 細粒砂岩シルト岩頁岩互層・頁岩をへて, 所により中部に 25 m 未満の中・細粒砂岩を挾み, 上部の頁岩・泥岩に至る厚さ 300~350 m の累層で, 下部に鳥巣型の暗灰~黒色石灰岩レンズを伴なう(第 11 図)。
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基底部層(厚さ 55 m 以下): 猪越 - 鷹河内間に模式的に露出し, 鷹河内層の頁岩・シルト岩を凹凸の侵蝕面をもって, 約 20°の斜交をなして不整合に覆う(第 12 図)。 最厚 55 m で, 灰白色, 中礫礫岩を主とし, 小・細礫礫岩・粗粒砂岩, 所により大礫礫岩(礫は 35 cm 大に達する)の混在・移化が著しい。 大部分が砂質の基質であるが, 基底に近くシルト基質の部分もある。 礫には全体を通じて, チャート・石英斑岩がもっとも多く, 両者とも種々の色のものがある。 その他, 黒雲母花崗岩・ アプライト・ 玢岩・ 閃緑岩・ 石英脈岩・ 蛇紋岩・ 緑色片岩・ 黒色千枚岩・ 砂岩・ 頁岩などを含む。 円礫が多く, 上部に大礫層がくる。 砂岩は軟弱な, 炭質物に富む砂質頁岩を挾むことがある。 砂岩の組成を第 10 表 5) に示す。
他の地域では, 分布帯の北縁に沿い断続的に追跡されるが, 基底あるいはそれに近く切られており, ほとんど粗・中粒砂岩で, 所によりうすい中・小礫礫層を挾む。 殿島の対岸(入御鼻)では, 田浦層類似の石灰質塊状シルト岩を平行状に覆うが, 下底面に滑りがある。
下部層(厚さ 200 m 以下): a) 基底層につゞき厚さ 1~2 m 以下の単位で成層する中細粒砂岩と砂質頁岩頁岩互層は, 地域的にその発達がかなり異なり, たとえば, 二見の南部におけるように, 大部分が頁岩によって代表され, 下記の b) と区別できないこともある。 つゞいて,
b) 頁岩あるいはシルト岩を挾む頁岩を主とし, 所により黒色~暗灰色石灰岩レンズを伴なう。 石灰岩は厚さ 10 m 以下の延長の小さいレンズをなすことが普通であるが, 二見の南方の沢におけるように, 全体として 25 m に達することもある。 そこでは石灰岩は横に急激に厚さを減じて, 厚さ数 m 以下の3~4層の石灰岩に分かれ, 間に石灰質頁岩を挾在する。 石灰岩は礁性のこともあり, 生物源の石灰砂泥から なることもある。 前者には群体珊瑚・層孔虫・石灰藻・海綿などを多量に含む。 二見の南では Nerinea sp.を密集して産する。 また石灰岩のあるもの -- とくに坂本・小崎付近のもの -- は著しく鮞状で, 一部(多くの場合 最上部)を除いて化石はむしろまれである。 不純砂泥質の部分も少なくない。
c) 石灰岩層準の上位に 100~120 m の塊状または成層した黒色泥岩・頁岩が重なる。 所により 5 m 以下の細粒砂岩層を挾むことがある。 とくに, 二見の南から西方に比較的よく発達する。 この部層の下部は 一般に数 cm 以下のシルト岩と頁岩との美しい薄互層であることが多いが, 数 mm 程度の砂質葉理を挾む縞状頁岩・泥岩のこともある。 二見の南の谷ではこの部層の最上部泥岩中に二枚介・巻貝を産する(第 11 表, 田村実 43) の産地 9 はおそらくこの層準)。
| 種名 | 産地(産地記号 Js) |
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| 産地番号 | 岩質 | 部層 | 地名 |
| Js 1 | 細粒砂岩 | 上部 | 八代郡坂本村 衣領 |
| Js 2 | 頁岩 | 上部 | 八代郡坂本村 小崎 |
| Js 3 | 頁岩 | 下部 | 八代郡坂本村 坂本 |
| Js 4 | 頁岩 | 上部 | 八代郡坂本村 坂本 |
| Js 5 | 砂質頁岩 | 上部 | 八代郡坂本村 松崎 |
| Js 6 | 細粒砂岩 | 上部 | 八代郡坂本村 鶴喰 |
| Js 7 | 頁岩 | 上部 | 八代市 二見 |
| Js 8 | 石灰岩 | 下部 | 八代市 大平 |
| Js 9 | 頁岩 | 下部 | 八代市 大平 |
| Js 10 | 頁岩 | 下部 | 八代市 大平 |
| Js 11 | 頁岩 | 下部 | 葦北郡田浦町 田浦 |
| Js 12 | 頁岩 | 上部 | 葦北郡田浦町 海浦 |
| Js 13 | 頁岩 | 下部 | 葦北郡田浦町 肥後田浦駅の北 650 m |
上部層(厚さ 120 m 以下): a) 二見以西の海浦湾にかけては, 上述の c) 上に 厚さ 5~20 m の中・細粒アルコーズ質砂岩あるいは 厚く成層する砂岩頁岩互層が重なる。 しかし, 坂本地区こはこの砂岩層はよくつゞかず, 20 cm 以下の砂岩頁岩互層 がそれに当たる。
b) 100 m 以下の黒色塊状泥岩を主とするが, ほゞ中位の層準および最上部には, 所により細粒砂岩・シルト岩・頁岩の薄互層がある。 塊状泥岩には白鉄鉱または黄鉄鉱を含む石灰質団球を産することがある。 最上位に近い2, 3の層準に二枚介・巻貝を産し(第 11 表), 小型, 薄殻のもので特徴づけられ, 四国の鳥巣層群の化石群と共通する。 砂質の葉層理を挾む部分には, ときとして環虫動物の生痕がみられる。 鶴喰の南東の谷ではアンモナイトを産した。
この上部層の上位に多くの場合 整合に, ごく一部で非整合に, 海浦層が重なる。
構造 : 坂本層は, 全体として, 分布帯の北限に基底ないし下部層が分布し, 南に向かって上位が露出する複向斜構造の南翼が断層によって切断欠除した構造を示す。 北限では基底層があることもあり, 直接中部頁岩層が来ることもある。 構造は詳細には地域によって異なり, 衣領 以東では地層は急斜し, 褶曲も閉じており, 基底部も欠除している。 坂本付近以西では, 比較的緩やかに, 褶曲走向断層によって幾度か繰り返しながら漸次上位の層が南に現われる。 三畳系鷹河内層のインライアに対して不整合関係を残している鷹河内では 緩やかな部分と急斜した部分とが, 断層・褶曲によって入りこみ, 複雑な構造を示す。 分布の南限付近では, 境界の断層に平行ないくつかの断層によって, 地層は擾乱されていることが多い。
| 種名 | 産地 | |
| 坂本 | 箙瀬 | |
| Stylina higoensis EGUCHI | × | |
| Stylosmilia fascicularis EGUCHI | × | |
| Stylosmilia naumanni EGUCHI | × | |
| Spongiomorpha cf. asiatica YABE and SUGIYAMA | × | × |
| Diplarea sakamotoensis EGUCHI | × | |
| Montastrea ebiraseensis ETUCHI | × | |
対比 : 坂本層から産出する化石のうち, 従来 鑑定され, 古生物学的記載報告のあったものは第 11 表, 第 12 表のとおりである。 貝化石についての田村実(1959~1960) 43), 45) の研究結果では四国の鳥巣層群, 阿武隈山地の相馬層群と共通または類似種が多く, また海外のジュラ紀の種類との近似種もある。 坂本層の上部層から田村 46) の採集したアンモナイトは Aulacosphinctes sp.(松本鑑定)である。 この属はジュラ系上部の Tithonian を指示する。
馬廻 谷出口付近, 小崎の北の 下代瀬 の北西には, 坂本層基底こ層と考えられる砂岩・礫岩の累層が発達する。 多くの場合 断層で, 田浦層中に落込んだ形で挾まれるが, 馬廻谷出口から 120 m 上流および小崎谷の奥で, 田浦層上に不整合で重なる露頭が観察される。 前者では, 田浦層のシルト岩・砂質シルト岩の上に, 凹凸面をもって, 塊状ないし厚く成層する灰色粗粒砂岩および細礫礫岩をもってのる。
馬廻谷では, 下部の 60~70 m 間は, チャート砂に富む灰色~灰白色, 粗・中粒砂岩で, 厚く成層し, 薄層(厚さ 10 cm)の炭質物に富むシルト岩をわずかに挾む。 部分的にチャートの小・細礫を伴なう。 それにつゞいて, 厚さ約 70 m の中・小礫礫岩および砂岩が重なる。 多量のチャートのほかに, 石英斑岩・アプライト・石英脈岩・蛇紋岩・輝緑岩・砂岩の円礫を含む。 その礫にはときに径 20 cm に及ぶものがある。 基底部砂岩の石英・長石および基質の量比, および含有重鉱物を第 10 表に示す(Sa, ll) 5) 。
馬廻谷の北の支谷では, この累層の基底は田浦層の珪質頁岩の 10~20 m 上位で接するが, 上記の不整合の下の層準とは若干異なるらしい。 頁岩優勢の田浦層と塊状砂岩・礫岩からなる本層は, 変形に対する強靱さが異なるため, 境では多くの場合 断層が発達している。 下代瀬の北西では幅狹い向斜状に, 田浦層の向斜部に断層で挾みこまれている。 おもに礫岩からなり, 礫は直径 20 cm に達するものがある。
小崎谷の奥では, 松求麻層の上に非整合関係(第 13 図) で, 礫岩に始まり, 砂岩優勢部をへて, 石灰質砂質頁岩・頁岩に至る累層が重なる。 その層序は次のとおりである。
基底部礫岩の礫は, ときに 15 cm 大に達するが, 多くは 10 cm 以下で, 砂岩・石灰質砂岩・頁岩がもっとも多く, 堅硬な頁岩・チャートのほか, 優白質花崗岩・アプライト・ペグマタイトがあり, 石英脈岩を特徴的に含む。 水成岩礫の多くは亜角礫で, 火成岩礫はよく円磨されている。 砂岩および礫岩の基質部はチャート砂を主とし, 灰白色, 細粒部は暗灰色で淘汰がよい。 単層には分級成層を示すものがある。 砂岩中にも上記の石英脈岩の粗粒砂が目立って認められる。
この累層からは化石をみいだしていないが, 岩相上ならびに模式の坂本層と田浦層との関係を併せ考えて, 坂本層基底部に対比されそうである。
図幅地域の南東隅に砂岩・頁岩の累層からなる四万十帯の時代未詳層が分布する。 北側の神瀬層群の厚い石灰岩により -- 衝上面そのものは露出していないが -- 分布上 大きな衝上を受けている。 その衝上線に近い時代未詳層中に見られるそれと平行的な数本の衝上断層は, 走向 N 40~60°E, 傾斜 50~60°N で, 著しい断層破砕帯をつくる。 地層は走向 N 45~80°E, おもに 45~70°N であるが, その変化が著しく, また小褶曲により南に傾く部分もある。 1) 最北部の最上位の部層は, おもに塊状, 中粒, 淘汰のよい灰白色砂岩からなり, 著しく葉片化し, 歪曲された粘板岩質頁岩を挾む。 2) その南側に 1) とは衝上断層関係で, 層理のよく発達した薄層成層の頁岩・シルト岩の互層を主とし, その上部および下部に 2~3 m 単位の砂岩層を伴なう部層がくる。 3) 2) の下位に整合的に塊状, 中粒白色砂岩の厚層が発達する。 薄層成層の砂岩・砂質頁岩をまれに挾む。 それらも著しく葉片化され, 歪曲され, また石英脈に貫かれる。 化石はまったくみいだしていない。 この層序・岩相は球磨川本流沿いに発達する一勝地層群上部の板崎累層 8) のそれに共通する。
吉尾層および天月層地域中には, おもに砂岩・頁岩からなる中生層類似の累層が数帯, 幅狹く挾まれて分布する。 それらは化石による証明はないが, 当地域の古生層の変形度・変質度に較べて程度が弱く, 地層は比較的整然として層理の保存がよく, 全体としてもめ方が弱い。
一部には礫質岩を挾み, また薄層の炭質頁岩を伴なうことがある。 それらの分布および構造は, 地形が急峻なため正確に図示できない部分もあるが, 判明している限りでは次の諸帯に分布する。
| A) | 坂本村 川原谷 - 肥後峠間の2帯 | ||
| B) | 山江村 山口・合子俣の石灰岩の南側から, 市ノ俣の南・川島をへて, 箙瀬(佐敷図幅地域内)の箙瀬層サンドウィッチ帯に連なる帯 | ||
| C) | 山江村 水無の北から西に向かい, 佐敷図幅地域内の鍋割峠 - 赤松峠間・ 大岩の南から球磨川左岸へのびる箙瀬層サンドウィッチに連なる帯 | ||
| D) | 川島の北西から 多武除 谷の奥をへて, 佐敷図幅地域内の箙瀬サンドウィッチ帯 16) に連なる帯 |
以上の諸帯の地層がいずれも, 箙瀬付近でサンドウィッチ構造をなす 箙瀬層(鳥巣統)に対比されるかどうか明らかでないが, 全体として共通した, あるいは類似の層序・岩相を示し, 同一層群に属する可能性が大きい。 以上のほか, 疑問の小露頭もいくつかあり, 小縮尺による精査が必要こある。
構造上, 上述の各帯は, 知られた限りでは, 南北両限を断層あるいは逆断層で断たれ, 古生層に平行化された急傾斜の構造を示す。 とくに北限断層は 60°前後で北に傾くスラストであることが, いくつかの露頭こ確認される。
概略の岩相・層序は次のとおりである。
| A) | 川原谷 - 肥後峠間の2帯は 100~200 m の幅で, 吉尾層中に断層で挾みこまれている。 その東西の延長は確かめていない。 露出が悪く明確な層序・構造は不明。 | |||
| a) | 北の帯 : おもに中・細粒灰白色砂岩からなり, 薄層成層の頁岩を伴なう。 砂岩は特徴的に黒色頁岩細片を含む。 80°前後で南斜または直立する。 | |||
| b) | 南の帯 : 川原谷本流 - 肥後峠山道では, 整然と成層する頁岩およびシルト岩の互層からなり, その下位に暗赤紫 - 淡紫灰白色凝灰岩・凝灰質頁岩を伴なう。 その東方延長の沢では, おもに塊状, 中・細粒砂岩からなり, 頁岩を伴なう。 前者の谷では 40~80°で北斜するが, 後者では南斜する。 北限は 1.5~2 m に及ぶ断層粘土を伴なう 60°北斜のスラストで, 吉尾層のチャートおよび砂岩が衝上し, 南限は 80°北斜の断層でチャートと接する。 | |||
| B) | 山口 - 川島帯 : 合子俣谷から山口 - 市ノ俣の南を通り, 川島につゞく砂岩・頁岩帯で, 合子俣 - 山口では北限において, 凝灰岩を伴なう石灰岩または粘板岩により衝上され(60°内外 N), 南限は 1~2 m の破砕帯(粘土・角礫)を伴なう断層(傾斜 60~70°N)で 四蔵層のチャートまたは砂岩と接する。 市ノ俣谷でも同様に両限を幅広い擾乱帯を伴なうスラストおよび断層で断たれる。 | |
| 50~80°で北斜または南斜する傾斜の著しい変化, 多数の走向断層により, また地層の傾斜の変化から参えられる褶曲による地層の繰り返しや省略によって, 的確な層序を立てることはこきないが, 下部は砂岩, 上部は頁岩の優勢な累層である。 模式的発達は山口の南でみられる。 | ||
| 下部層は塊状砂岩に富み, 種々の厚さに成層する砂岩およびシルト岩頁岩の互層を伴なう。 砂岩は灰白色~帯緑灰色, 淘汰のよい石英質砂岩で, あるものは黒色頁岩の小片に富む。 一部の砂岩には団塊状またはレンズ状に著しく石灰質の部分があり, 黒褐色の粗しょうな風化を示す。 下部の砂岩中の薄い頁岩層に伴なって, 5~10 cm の炭質頁岩を2~3層準に挾む。 この砂岩部層は少なくとも 50 m の厚さがある。 | ||
| 上部層は薄層成層の頁岩が優勢で, 砂岩層を伴なう。 厚さ約 40 m, 層序関係は不明であるが, 山口・合子俣では, この帯の北限に沿い, 黒色頁岩小角礫を含む礫岩を伴なう。 この礫岩には, 黒灰色石灰岩のパッチ状小レンズを含む。 また不規則に曲った頁岩の葉層を挾み, 流下性異状堆積を暗示する。 | ||
| C) | 水無帯 : 山江村 水無の北約 500 m 付近にその南限が走り, 北限に天月層の厚層のチャートと接する幅約 400 m の砂岩帯で, 西方に向かい佐敷図幅地域の神瀬の箙瀬層サンドウィッチ帯に連なる。 | |
| 南限(最下部)にチャートの小礫・細礫を含む厚さ 25 m 前後の礫岩層があり, その上位に若干の頁岩層を伴なうが, 上部はほとんど塊状砂岩からなる。 | ||
| 北限に近く, 黒灰色石灰岩の転石を得たが, 神瀬の箙瀬層サンドウィッチ帯においても 厚層の塊状砂岩の最上位(北限に接して)に黒灰色不純石灰岩レンズを伴なうことから, 同層位の延長が分布することが予想される。 | ||
| 断片的な小露出しかみられず, 層序・構造が明らかでない。 | ||
| D) | 川島の北西 - 箙瀬サンドウィッチ帯 : 箙瀬付近における箙瀬層サンドウィッチのいくつかの北東延長と判断される地層が, 川島の北西に見られる。 それらには箙瀬におけるように化石による証明はなく, 箙瀬層との岩相比較, 地層の変形・変質度と構造関係によって判断される。 いずれも 100~150 m 以下の細長い帯状に分布し, 南北両限は断層で切られる。 おもに砂岩・頁岩からなり, 箙瀬層にみられる珪質頁岩を伴なうことがある。 砂岩は粗・中粒チャート砂に富むもので, 頁岩は薄層成層, 一般に整然としている。 古生層に対して比較的緩傾斜の構造をもつ。 |
下部白堊系の 海浦 層(K1u ; 150 m 以上)・ 川口層(K1 ; 350~450 m)・ 八竜山 層(K2 ; 270~350 m)・ 日奈久 層(K3α ; 750~800 m)・ 八代層(K3β ; 350~450 m), および上部白堊系の 砥用 層(K4 ; 700~800 m)は, 各層とも, 礫岩あるいは砂岩から砂岩・頁岩をへて, 泥岩に至る規則的な堆積上の輪廻を示す。 海浦層・川口層を除いて, 他の累層は非海成(淡水性~汽水性)から海成層への変化を示し, 上位の累層におけるほど, その累層基底下の侵蝕量および構造的間隙が大きい。 すなわち, 八竜山層は川口層に対して整合(ごく局部的に小非整合)し, 日奈久層は八竜山層上に, 全体としてかなり大きな侵蝕平行不整合, 一部に若干の斜交不整合でのり, またごく一部では整合らしい。 八代層は日奈久層上に大きな侵蝕と構造変形を伴なう傾斜不整合でのり, 砥用層は八代層の上に同様に大きな侵蝕と構造変形のほかに, 堆積盆地の移動を暗示する傾斜不整合でのる。 藤井浩二 5) のこれら白堊紀層群の砂岩の研究によると, 上述の堆積・構造運動に符合する砂岩の性質の違いがみいだされている。
標式地は海浦の北東海岸にあり, 北側の坂本層の黒色泥岩とは崖錐のため連続露頭がみられず, 南側では断層で厚い砂岩累層に接する [ 以下の [注] 参照 ] 。 そこでは, 1 m 以下の種々の厚さに成層する灰白色, 淘汰のよいアルコーズ質粗・中粒砂岩と暗灰色頁岩の互層からなり(厚さ約 35 m), 砂岩勝ち, 頁岩勝ちの部分が複互層をなす。 地層は 30~40°で南斜するが, 斜層理は地層が逆転し, 北に上位であることを示す。 田村実(1960)は 最北の砂岩から "Ostrea" sp. とベレムナイト(キャストが多い)を, 頁岩から Onychiopsis shaumburgensis DUNKER, Cladophlebis sp., Podozamites cf. lanceolatus (LINDLEY and HUTTON) を得, 海成 領石統(高知統)に対比した。
岩相上, ならびに層序・構造上の位置から, 同層に一括できる地層が, 坂本層帯の南側に沿って, 坂本の南東まで追跡できる。 多くの場合 坂本層上に整合に重なり, 南側の田浦層とは断層で接する。 田浦付近では, 坂本層帯の中央向斜軸部に露出し, 南翼の田浦の北東山塊の南側県道沿いでは, 坂本層に対して軽微な非整合が観察される。 北翼では整合に重なる。 そこでは塊状, 黄灰色に風化する粗粒砂岩の厚層(厚さ約 80 m)からなり, 部分的にチャートの小礫を含む。 その上位に厚さ 10~30 cm の単位に成層する淡灰色シルト岩が重なる。
東方では, 下部砂岩の発達は所により変化に富み, 厚い場合(例 : 鶴喰の南東)は厚さ 60 m に達し, チャート礫に富む礫岩を伴なうことがあり, 他方, 砂岩・頁岩の互層として表現されていることもある。 しかし, 全体として灰白色アルコーズ質砂岩で特徴づけられている。 さらに, その層準あるいは若干 上位に, 炭質頁岩あるいは植物片に富むシルト岩の薄層(厚さ 30 cm 以下)を伴なうことがある。
本層の上限は侵蝕あるいは断層のため不明であるが, 少なくとも厚さ 150 m はある。 よく追跡される下部のアルコーズ砂岩は川口層のそれに似る。 砂岩の組成 5) を第 13 表に示す。
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海浦の北東海岸の海浦層の南側に, 断層で接する約 150 m 幅の砂岩の累層 はその南限部に礫岩層を伴ない, 南側の田浦層と滑り面で境する。 この累層はその対岸から岬の突端に完全に露出し, その性状がよくよみとられる。 そこでは, 南限において, 田浦層の火成岩礫含有シルト岩(砂岩レンズを伴なう)上に不整合に重なり, 基底礫岩(厚さ 5 m)は砂質基質に径 25 cm 以下の種々の円礫 -- 黒雲母花崗岩・ 石英斑岩・ 閃緑岩・ 輝緑岩・ 玢岩・ チャート・ 砂岩・ 頁岩・ 石灰岩(白色, 黒灰色 2 cm 大)など -- を含む。 その上位に中・小・細礫礫岩・礫質砂岩・粗粒砂岩部層(厚さ約 20 m)がくる。 礫・基質は基底部層と同様で, とくにチャートに富む。 厚さ 1~5 m 単位に厚く成層する。 その上位に塊状ないし厚さ 1~2 m 単位に成層する灰白色の粗・中粒砂岩を主とし, 30 cm 大以下の砂質頁岩・ シルト岩・ 炭質物葉片に富む軟質砂岩を伴なう部層 (厚さ 50 m)が重なる。 それらには分級成層 [ 以下の [注] 参照 ] ・斜層理・蓮痕・乱層理など種々の堆積構造が明瞭で, 地層は北側に上位を示す。 最上部(厚さ 15 m)は 種々の厚さ(多くは 50 cm~1 m)の単位に成層する 中・細粒砂岩とシルト岩・頁岩の互層からなり, 同様に種々の堆積構造が顕著である。 上限は海に没する。
この累層は 40~60°で南斜するが, 基底礫岩に始まり, 厚い粗粒砂岩をへ, 細粒砂岩・頁岩の互層に至る規則的変化を示し, さらに上述の数多くみられる堆積構造は, 南側の田浦層と同様に逆転した構造を示す。 本累層から化石をみいだしていないので, 確実な対比はできないが, 岩質上, 海浦層に酷似する。 しかし, 他の地域の層序から, 坂本層基底層であることも考えられる。
分布・構造 : 日奈久帯の南側に沿って細長く分布し, 東方の東陽村(旧河俣村)南部から西南西方向に, 田浦町 太田の南に至る。 球磨川以東では幅狹く, 以西で若干広く, 400~600 m の幅員がある。
本層は南側に下部が分布し, 基底は断層に切られて露出しないが, 渋利の北西の谷では, 基底に近いものが小崎層と接する。 全分布帯にわたって北側に沿う八竜山層により整合に覆われる。 東部では 50°以上で北斜する。 深水 以西では一般に 50°以上で南斜するが, 八竜山の南山腹では 35~40°, 日奈久の南櫛山付近では 30°以上の緩傾斜で南斜するところがある。
層序・岩相 : 礫岩あるいは砂岩から, 砂岩頁岩互層・シルト岩・頁岩に至る, 少なくとも4つの小堆積輪廻が認められ, さらに全体として1つの大輪廻 [ 以下の [注] 参照 ] をなす。 堆積輪廻の性状はおのおのにおいて, また地域的に多少異なるが, 下部のものは砂岩・礫質砂岩, および砂岩勝ちで薄い頁岩を挾む互層を主とするのに対し, 上位のものほど, 頁岩層が比較的厚くなり, またひんぱんに挾まれ, 互層の砂岩は薄く, 細粒になる(第 14 図参照)。
[ 以下は川口層の層序・岩相の説明 ]
上部層の (3) の頁岩部層は, 汽水性二枚介・巻貝化石を豊富に含み, 全分布地域を通じてよく追跡される。 この化石層には化石の豊富な部分もあり, まれな部分もあるが, 全体として 35~40 m の厚さがあることがある。 化石の内容はその厚さのなかで, あるいは地域的に, 特定種の量の変化がみられるが, 化石群としては全体として大きな変化はない(第 15 表) 29) 。 この部層が砂岩優勢の場合(たとえば下深水の北の谷)には, 化石群の内容は, 頁岩層のそれと若干異なるが, 多くの共通種をみいだすことができる。 豊富に採集できる地点をいくつかあげる : 岳の北の山道沿い, 平野の北の谷, 下深水の北の谷, 川口 - 下深水間の路傍(川口の東北東 800 m), 川口の北, 生名子 の対岸, 馬越の南, 州口の南, 田浦トンネルの南出口, 竹内峠。
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Adiantites toyoraensis OISHI
Cladophlebis exiliformis (GEYLER) Cladophlebis spp. Zamiophyllum buchianum (ETTINGHAUSEN) Nageiopsis cf. zamioides FONTAINE Nilssonia sp. Podozamites lanceolatus (LINDLEY and HUTTON) |
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Ostrea (Crassostrea) sp.
Ostrea aff. ryosekiensis KOBAYASHI and SUZUKI Anomia cf. pseudotruncata KOBAYASHI and NAGAO Bakevellia shinanoensis (YABE and NAGAO) Astarte ? sakawana KOBAYASHI and SUZUKI Polymesoda (Isodomella) otsukai (YABE and NAGAO) Polymesoda (Isodomella) shiroiensis (YABE and NAGAO) Polymesoda (Isodomella) naumanni (NEUMAYR) Corbicula ? sp. Panopaea ? sp. Aloidis sp. Melanoides (Kumania) kawaguchiensis OTA "Natica" aff. sanchuensis YABE and NAGAO Glauconia neumayri angusta KOBAYASHI and SUZUKI |
川口層には純海棲化石群はみいだされていない。 層相, 岩質ならびに頁岩に産する動物・植物化石を併せ考えて, 川口層は全体として淡水 - 汽水性堆積層であろう。
対比 : 川口層は層序的の位置, 岩質, 化石群の点で四国その他の領石層に類似し, 下部白堊系の下部統, すなわち高知統(Lower Neocomian)に対比される。 前述の海浦層と川口層とは概観的には同時異相の関係にあるといえるが, もっと細かい対比を試みた場合には, いくぶんの前後関係もありうるので, 今後の検討が必要である。
分布・構造 : 川口層の北側に, それと平行する幅約 300~700 m の細長い帯状をなして, 東陽村の南部から, 図幅地域のほゞ中央部を斜走して, 田浦町 太田の海岸に至る。 模式的な露出は八竜山のすぐ西および南の谷, 下深水 - 平野の北の谷, 川口の北(球磨川畔), 太田の海岸などに見られる。 下位の川口層の上に整合に重なる。 川口層の最上部の砂岩・砂質頁岩・頁岩の互層から比較的急な変化をもって, 砂岩の量を増し, 八竜山層基底の, 30~50 m の厚さの礫岩ないし礫質砂岩, あるいは粗粒砂岩に移る。
本層は上位の日奈久層に非整合に覆われる。 非整合面では上・下の地層は平行な面で境されることが多いが, たとえば 外平 海岸にみられるように侵蝕不整合を示す著しい凹凸面上に大礫礫岩がのることもある。 しかし, 本層中には良好な鍵層がないので, 明確な層準に基づいて非整合面に考えられる侵蝕の大きさを確かめることができない。
八竜山層も, 川口層と同様, 深水の以東では 50°以上の高角度をもって(所により直立)北に傾く単斜をなすが, 深水付近から西では, 逆転して南斜し, 所により高角度のこともあれば, 30°以下の緩やかなこともある。 太田海岸では川口層とともに中庸度の褶曲により, 南斜することもあり北斜することもある。
層序・岩相 : 八竜山層は, 岩相上, 基底礫岩・砂岩から上部の頁岩に至る半堆積輪廻をなす。 しかし, かなり広範囲にわたり, 中部に著しい砂岩層(ときに礫質)をひんぱんに挾み, 2つの堆積輪廻とみなし得ることもある。 他方, 基底部・下部に汽水棲ないし浅海棲貝化石を産し, また植物破片に富む頁岩層が挾まれ, 上部の頁岩からアンモナイト・うに, その他 海棲動物化石を産し, 上述の岩相上の輪廻と平行する。 本層は基底の一部を除いて海成層からなる(第 15 図)。
対比 : 本層産の化石はまだ充分に研究されていないが, 層序的位置, 岩質, 産出アンモナイトから, 四国の物部川層群下部に対比され, 下部白堊系中部の有田統(Upper Neocomian)に属するであろう。
分布・構造 : 日奈久層は, 日奈久帯の主部を占め, 南側の八竜山層と北側の猫谷構造線との間に幅広く分布する。 球磨川流域から日奈久付近までは, 分布帯の中央よりやゝ北寄りの位置に, 南に倒れた同斜褶曲軸(一部では断層で表現されている)が走り, 南翼は逆転している。 日奈久より南西では, 日奈久断層に切られて, 南翼の一部, すなわち本層の下半部か, せいぜい中部の下部までしか見られない。
日奈久付近では地層は大きく逆転し, 20~30°の緩傾斜で南に傾く。
八竜山層上に非整合にのる日奈久層基底礫岩は, 分布帯の南限に沿い, 東陽村南部( 美生 谷の奥)から, 深水 谷の北壁を通り, 球磨川畔の横石に出で, 日奈久の南をへて, 外平海岸までよく追跡される。 北限にも基底部層が断続的にみられ, 球磨川以東では, 多くの場合, 猫谷火成岩・変成岩帯と断層で接するが, 猫谷の南西では, 両者間に八代層類似層の小露出があり, 直接の露頭をみることができないが, おそらく不整合関係であろう。 球磨川以西では, 猫谷構造線の西方延長 -- そこでは単に断層としてだけ表現されている -- を境にして, 八代層と接し, 基底はみられない。 球磨川以東では, 上記の倒れた同斜褶曲は, 東に行くに従い, 南翼の逆転が立ち直り, 深水の北付近では, 褶曲は次第に開いて, 開いた向斜となり, さらに, 2つの向斜に分岐して, その軸部に八代層が一部不整合でのり, 一部では断層で挾みこまれる。
日奈久層の標式的な露出は, 球磨川左岸ならびに今泉の南西から八竜山のすぐ西に入る谷にみられ, また深水の北東, 九折 の谷では標式とはかなり異なる層相がみられる。
層序・岩相 : 日奈久層は標式層序では約 800 m の厚さに達し, 基底礫岩・砂岩にはじまり, 暗灰色細粒砂岩・シルト岩・頁岩の種々の厚さの互層をへて, 上部の塊状泥岩に至る1つの堆積輪廻を示す(第 16 図)。 基底部を除いて, 海成層である。 東部の深水・九折地方では, 中部の互層の発達が不顕著である。
| … |
対比 : 日奈久層は 産出海棲貝化石と層序的の位置から 下部白堊系の上部である宮古統の下部, ほゞ標準区分の Aptian に対比される。
日奈久層の基底部に非海棲化石がみいだされ(第 17 表, Km. 1639 b の4種) 29) , その中に関門 25), 29), 37) ・慶尚層群と共通または近似のものがあることは, アジア東部における海成・非海成層の対比論上重要な資料である。
| 種名 | 産地 |
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分布 : 八代層は次の2地域に分布する。
| A) | 図幅地域の北東隅付近において, 日奈久帯の中央部で, 山地の脊梁部を占める。 その模式地は北東側に隣接する砥用図幅地域内の河俣付近にあり, 一部は北および東に隣接する八代・頭地両図幅地域内に跨がる。 | |
| B) | 宮地 帯の南部, 大字宮地 八峯山・上宮山・八丁山地域。 |
図幅地域内では東陽村(旧種山村・河俣村)南西部の 小原 付近によく発達し, 西方の 701 m 高地, 714.2 m 高地をへて, 下深水の北 512, 528 m 高地付近の山頂部, ならびに九折の北東に分布する。 その分布は他の諸累層にみられるほどの帯状分布を示さない。 分布の北限において, 小原 701 m 高地, 704 m 高地付近では日奈久層の上に傾斜不整合にのり, その西方ならびに南限では断層によって, 日奈久層と接する。
層序・岩相 : 八代層は基底礫岩から砂岩をへて頁岩に至る1つの堆積輪廻を示すが, 地域内では隣接図幅地域内の模式地にみられる最上部層は侵蝕のため欠除する。 図幅地域内では 330 m の厚さに達し, 岩相・層序上, 上・下の2部に分けられる(第 18 図)。
| … |
地質構造 : 八代層はそれより下位の中生界諸累層に較べて帯状構造が顕著こなく, 直下の日奈久層が一般に 50~70°の高角度で傾くのに対し, 八代層は一般に 20~30°で緩慢な褶曲をなす。 局部的には, とくに断層に近い部分や基底に近い部分では, 50°を超すこともある。
褶曲軸の位置は下位の日奈久層のそれと一致するかあるいはそれに近い。 軸の方向は東北東 - 西南西方向のものもあり, 当地域一般の東北東 - 西南西のものもある。
宮地 帯の南半部を占め, 球磨川以東では, 約 1 km の幅をもつが, 以西では約 200 m の狹い幅で帯状に分布する。
模式的な層序は宮地川から上宮山に上る支谷に沿ってみられる。
この帯の八代層は緩やかな波曲はあるが, 10~25°の緩傾斜で北に傾く。 分布帯の南限は, 球磨川以東では, 猫谷火成岩・変成岩帯に対して断層で接し, 以西では断層で日奈久層に接する。 北限は, 図幅地域内ではほとんど大部分 断層で砥用層と境するが [ 以下の [注] 参照 ] , 上述の上宮山谷の出口近く, 砥用層との断層の近くで, 砥用層の基底礫岩が八代層上に不整合にのる露頭が残っている。 球磨川右岸の鉄道切割には, かつて不整合の好露出があった(第 19 図) 33) 。 さらに球磨川西岸(古田の対岸)県道切割にも一部砥用層の不整合が見られる。 この露頭では, 八代層は砥用層下にごく狭く額をのぞかせ, 分布の両限は小断層で切られているが, 崖の上で不整合がみられる。
この宮地帯では, 八代層の傾斜が山地斜面のそれとほゞ平行しているため この累層自体はわずか 200 m の厚さがみられるにすぎない。 しかも日奈久帯の模式の八代層とは直接 連絡せず, 岩相的にもかなり差異があり, また両地域の八代層を結びつける特別な鍵層もないので, 模式の八代層のどの部分に相当するか明確でない。 しかし層序・岩相・化石の比較から, 宮地帯の八代層は 模式地(日奈久帯中)の八代層の上部ならびにそれより上位に相当すると解釈される。 したがって全体を総括すれば, 下・中・上部層として扱うことができる。 本図幅地域内の日奈久帯では, 八代層上部は不完全で, 3分した場合の上部層を欠くが, 北東隣接の砥用図幅地域内では, 同帯の最上部に礫岩がある。 中部帯に当たる部分からの産出化石群には両地帯に共通な種類が多数ある。 砂岩に関しては下部層のものと上部層のものとでは型が異なるので, 上部層に別個の地層名を与えることも不可能ではないが, まったく整合的なので, こゝには八代層の上部層として扱っておく。
層序の詳細 : 八代層最下部は隣接の八代図幅の南限に近い地域 (本図幅地域の北端の猫谷から北東 500 m および 1,500 m)の猫谷と 朴ノ木 谷にみられる。 朴ノ木谷における層序の詳細は次のとおりである。 このうち ⅰ と ⅱ が全体からみての中部層, ⅲ と ⅳ が上部層に当たる。猫谷では上記の ⅳ の上位にさらにアルコーズ砂岩が累重し, 約 160 m に達し, その上を砥用層の基底礫岩が覆う。
宮地帯の八代層は西に向かって上位層が広く分布し, 他方, 下部は漸次緩傾斜となるとともに南限の断層に切られる結果, その露出が少なくなる。 本図幅地域内こみられる最下位の地層は, 今泉の対岸から八丁山に上る小谷に露出し, 上述の朴ノ木・猫谷のアルコーズ砂岩より下位になる ⅱ の一部に相当するらしい。 その層序は次のとおりである。
球磨川西岸に, 砥用層基底の不整合の下に狹く露出する八代層は上記の ⅵ と ⅴ の部層に当たる。
砂岩について略述すると, 模式地の八代層では, 上記のとおり大部分が緑灰色で, 緑簾石に富み, 基質が多くかつそのなかに緑泥石様物質が含まれていて, いわゆるグレイワッケ型であるに対し, 上部層の宮地帯のそれは灰白色で, 長石に富み, ジルコン・柘榴石が多く, 基質はきわめて狹く, 緑泥石様物質に乏しく, アルコーズ型に属する(第 18 表) 5) 。
対比 : 八代層産の動物化石は第 20 表に示した。 この化石群は日本各地の海成下部の白堊系物部川層群のそれに概して似るが, 若干 御所浦層群との共通種もある。 アンモナイトは Albian 中部を示す。 全体として宮古統上部階に属するが, Albian 上部にまで及ぶか否かは疑問である。 植物化石群(第 19 表)はこの結論に対し矛盾しないが, 日本における下部白堊紀最後の代表者であるという点で, さらに深く研究する価値があろう。
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Adiantites ? sp.
Onycliopsis elongata (GEYLER) YOKOYAMA * Cladophlebis acutipennis OISH ? Cladophlebis denticulata (BRONGIART) Cladophlebis exiliformis (GEYLER) * Cladophlebis falcata OISHI Cladophlebis toyoraensis OISHI * Cladophlebis spp. Nilssonia schaumburgensis (DUNKER) NATHORST Nilssonia elongata KIMURA n. sp. Nilssonia sp. (n. sp. ?) Sagenopteris sp. Zamiophyllum buchianum ETTINGSHAUSEN * Podozamites sp. Seed ? |
| 種名 | 産地 | |
| 宮前地区 | 模式地域 | |
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砥用層は, 球磨川以東では, 宮地 帯の中央部を占め, 東北東 - 西南西方向に 250~500 m の幅で分布する。 南側の八代層に対して, 本図幅地域内では大部分 断層で接するが, 一部に傾斜不整合に覆う露頭がある(上宮山谷オコモリ堂の北 100 m)。 北限は断層で砥用層類似層(時代未定)と接する。 球磨川以西では, その分布の幅が広くなり, 北限は日奈久断層で切られ, 南限は断層で八代層に接するが, 球磨川畔の古田の南および対岸では八代層を傾斜不整合に覆う(第 19 図) 29), 33) 。 砥用層基底の不整合は前述(「II.5.4.5 八代層」の「層序の詳細」で記載)のとおり, 八代層上部層の種々の層準を切る。
層序・岩相 : 砥用層の標準層序は砥用図幅地域内の下益城郡砥用町の南部にあり, そこでは, 基底礫岩層(厚さ 100~200 m), 下部頁岩の層(厚さ 270 m), 中部砂岩層(厚さ 280 m), 上部砂質頁岩・頁岩・細粒砂岩の互層(厚さ 100 m)が発達する。 本図幅地域内ではその基底部および下部の一部が存在するにすぎず, 厚さは所により異なるが 100~230 m である。
本図幅地域内の砥用層は岩相変化が激しい。 よく追跡される鍵層をみいだし得ないので, その変化を詳細には把握できないが, 全体として東南東から西北西に向かう1つのデルタ状岩相変化がみられる。 すなわち, 図幅地域の東部川床 [ 東町川床 ? ] の南付近およびそれ以東では, 露出する地層はすべて扇状地礫岩型の, 無層理の巨大礫礫岩の厚層で, 礫は直径 30~50 cm に達するものも少なくなく, ときには直径 1 m に達するものもある。 一般に 10~20 cm 大の礫が多いが, 礫量がきわめて多く, 基質部は少なく, 粗粒砂で占められる。 この礫岩層は西に向かって巨大礫を減じ, 礫の量も少なくなり, 礫岩部の厚さも減じて, 小・中礫を散点する礫質砂岩および粗粒砂岩が優勢となる。 すなわち, 宮地川に沿う谷付近では, 柱状図(第 20 図)に示したとおり, 基底部でも礫岩に加えて, 斜層理の著しい礫質粗粒砂岩をひんぱんに挾み, 層理面の発達がよくなる。 砂岩中にはときとして炭質の葉層または断片を挾む。 上部では 1 m 以下単位, 多くは数 10 cm 以下の単位によく成層した灰色中粒砂岩を主とし, 薄いシルト岩を伴なう。 その下部に三角介化石層がある。 この部層は東部では欠除していると考えられる。
球磨川の西岸沿いでは, 礫岩は基底部約 50 m 以下の厚さにかぎられ, 大・中礫の密集する無層理の礫岩であるが, チャートの小・細礫を主とする厚さ 5 m 以下の礫岩をへて, 比較的急激に粗粒砂岩に移り変わる。 その上位に, 斜層理の美しい灰白色~灰色, 塊状ないし厚い成層の粗粒・中粒砂岩(厚さ約 50 m)が重なる。 上部も厚く成層する中粒灰白色砂岩を主とするが, 厚さ 1.5 m 以下の 炭質物に富む 淘汰の悪い砂質頁岩や炭質シルト岩・頁岩を少なくとも3層挾み, その中位のもの -- 基底から約 130 m ほど上位 -- は, 約 1 m の炭質頁岩で, その直上に汽水性二枚介・巻貝の化石層がある。 この化石層は, 上述の谷の浅海棲三角介砂岩および奈良木の南方の谷のそれとほゞ同層位のものらしい。 後2者では共通した化石群からなり, その化石層の下位約 30 m 位の位置に1層のシルト岩を挾む。 さらに西方の平山(肥後高田駅)付近では, 球磨川畔にみられる層序と類似し, 礫岩の発達も同様であるが, その上位の砂岩層には, かなりひんぱんにシルト岩を挾有する。 最上位に当たる位置に, シルト岩・頁岩が発達するが, 砂岩層と断層で接する。
上述の礫岩は淘汰不良であるが, 礫の円磨度は高い。 基質は粗粒砂岩からなり, 膠結度は低い。 礫種は多く, 優白質花崗岩・ 黒雲母花崗岩・ 角閃石花崗岩・ アプライト・ 閃緑岩・ 花崗斑岩・ 石英斑岩・ 閃緑岩・ 斑糲岩・ 輝緑岩・ 玢岩・ 安山岩・ 蛇紋岩・ 緑色片岩・ チャート細礫礫岩・ 灰白色~白色アルコーズ砂岩・ 暗灰色石英質砂岩・ 頁岩・ 珪質泥岩・ チャート・ 石灰岩・ 塩基性凝灰岩などである。 全体として巨大礫に富み, 量も多いのは火成岩, とくに花崗岩類で, 水成岩類はむしろ少なく, そのなかで目立つものは中生層源の灰白色アルコーズ砂岩・礫岩で, 古生層源のものは少ない。 図幅地域のすぐ東側では, 基底の礫岩の一部の礫および基質ともに赤色化を受けている部分がある。 模式地および球磨川沿いの砥用層砂岩の鉱物組成 5) を第 18 表 [ 「II.5.4.5 八代層」の項に記載 ] 中に掲げる。
| 種名 | 産地 |
| … |
産出化石 : 砥用層は上述の3ヵ所で第 21 表に示す軟体動物化石を産する。 このほか炭質物に富む頁岩・シルト岩に伴なって植物化石も産する。 なお, 砥用層標式地の砥用の南方では, 基底が礫岩層のすぐ上位にくる下部頁岩層から, 二枚介・巻貝・うに類のほかアンモナイトとして, Maorites cfr. Compressum MATSUMOTO, Kossmaticeras (s.i.) aff. bhavani (STOLICZKA), Watinoceras ? sp. 29) を産する。
対比 : 砥用層の模式地の上記のアンモナイトは上部白堊系ギリヤーク統を示す。 本図幅地域内砥用層は, その産出種(第 21 表) 29) に示相化石的のものが多く, 決定的な示準化石に乏しい。 しかし上記の対比と矛盾はなく, 層序関係からも, ギリヤーク統とみなすのが妥当である。
竜峯山帯古生層と砥用層間に南北両限の断層で挾まれ, 川床から谷をへて古麓にわたり, 200~400 m の幅で分布する砥用層類似の累層がある。 化石をまったくみいだしていないうえに, 南北両限のほゞ直立する断層とともに, この累層帯の大部分, とくに, その北半部では 走行方向(東北東 - 西南西)の数多くの断層群が走る 幅 300~400 m の著しい擾乱断層帯 -- 臼杵 - 八代線 -- をなし, したがって, 地層の変形はことのほか甚だしく, 加えて, 同方向に長くつゞく, いくつかの新期貫入岩(変質文象斑岩・黒雲母玢岩・古銅輝石安山岩など)および 変輝緑岩の貫入を受けているので, 層序のくみ立てがむづかしい。 図幅地域外ではあるが, すぐ北に位置する坂谷付近で, 下位から大よそ次に述べる層序がみられ, 同帯の東方の砥用付近の模式の砥用層のそれに類似する。
上述の3層の礫岩を通じて礫種は同様で, 黒雲母花崗岩・細粒花崗岩・花崗斑岩・石英斑岩・玢岩・輝緑岩が多く, 水成岩ではチャートが目立って多い。 礫は基底のものが大きく量も多い。 元来 亜角礫ないし円礫こあるが, 礫岩全体として著しくこわされていて, 礫は変形し, 引きのばされて扁平(stretched pebbles)あるいは角礫化している。 基質は帯緑暗灰色の粗・中粒砂岩である。
頁岩も変形が著しく, 層理をのこしていない。 とくに, 下部・中部のそれは葉片状(fissile)によれよれに破砕・歪曲され, しばしば鳩糞状白色珪質細岩が縦横に, ことに片理面に沿って多く発達している。 頁岩中に挾在する砂岩は, 膨縮に富むレンズ状ないし団塊状に変形し, 薄層の砂岩層を挾む部分では擬礫岩状, 点紋状にちぎれている。
上部の ⅲ の部層には, 厚さ 60 cm から 1 m ほどまでの少なくとも2層の泥質炭層を挾む。 それらは元来 脆弱な岩質であるうえに, 地層の変形が激しいので, 膨縮し, 膨れた部分では厚さ 2 m を超すことがある。 炭質物に富む頁岩に容易に移化する。
ⅲ の砂岩はチャート砂を主とするものが多く, 粗粒部ではチャートの小・細礫を含む。 一部には白色アルコーズ質砂岩もある。
地層は一般に 60~80°で北斜し, 分布の南限近くでは直立または 40~50°で南斜することがある。 北側に基底部が分布し, 順次南部に上位が露出し, 全体として逆転した構造を示す。 図幅地域内こは上述の ⅱ の最上部から ⅲ にわたる部層が露出するにすぎず, 他は南北両限が断層に切られて欠除している。
八代海中の根島(大築島の東方 900 m)は, 姫浦層群に属する。 東北東方向に長い小島をなし, 全島 1~3 m に厚く成層する灰黒色シルト岩が厚さ約 30 m 露出している。 全体を通じて, 30 cm 以下のレンズ状・団球状泥灰岩を含み, 局部的には密集する。 走向 N 40~50°E で, 傾斜 30~60°N である。 Inoceramus amakusensis NAGAO and MATSUMOTO, Nanonavis sp. などを産し, また植物破片に富む。
岩質ならびに産出化石から, 天草の模式地の姫浦層群に対比され, 上部白堊系浦河統(K5)に属する。
東北東 - 西南西方向の古い構造と平行状に, あるいはそれらを切る北北東 - 南南西方向の断層に沿い, 数種の細い岩脈群がある。 前者のおもなものは臼杵 - 八代線に沿うものであり, 他の擾乱帯(火成岩・変成岩地帯)中にもまれにみいだされる。 後者は, 日奈久断層に沿い, あるいはそれに近く, 平行してまたは若干 斜交して産する。 それらの岩脈は貫入後の変形をほとんど受けていない。 天草地方で古第三系を貫く岩脈群と関係があり, 古第三紀以後の貫入である。
宮地 断層帯 29) -- 臼杵 - 八代線 -- に沿い, 非常に連続性のよい岩脈をなす。 岩類は, 北側の竜峯山帯中にも小岩脈として認められる。 主帯のものは, 厚さ 1~2 m の小規模なものから, 70 m に達するものもあり, あるいはそれらから数 10 cm 以下の小脈を出し, 直立して, 著しく擾乱された砥用層類似層を切る。 幅 30~70 m の主岩脈は 宮地川出口(宮地 懐良親王墓の北 200 m)から東に 208 m 高地・川床を通り, 八代図幅地域内の瀬戸石・板谷をへて, 屋形原に至る約 7 km にわたって追跡される。 同類の岩石は日奈久の西鳩山および州口付近にみられる。 主岩脈は所により2~3条の複合岩脈らしく, 岩質にはほとんど差異は認められないが, 縁辺部には流理構造状縞目がこまかく発達する。
その主岩脈の南縁辺部, ときに北縁辺部, あるいはまれに中央部に沿って, 貫入角礫部(intrusive breccia)が発達する(第 21 図)。 本岩自体の多量の大小の角礫 -- 多くは長径 10 cm 以下 -- のほかに, 両側の砂岩あるいは頁岩の長径 10 cm 以下の角礫および安山岩の小角礫をとりこみ, また不規則な石英・斜長石などの破片を含み, 暗灰色~黒色, 緻密な隠微晶質基質こうめられている。 角礫・基質ともに珪化し, 固く膠結され著しく堅硬である。 もっとも幅広い角礫部は厚さ約 30 m に達し, その岩脈全体の厚さの半分を占める。 頁岩・砂岩の角礫は, 葉片化し, 鳩糞状白色物質や細脈を生じたのち, とりこまれたもので, 角礫部を含めて岩脈は全体としてほとんど変化していないことから, 地層の擾乱後の貫入であることは疑いない。
岩体には岩脈の両壁に平行する流理構造がみられる。 岩石は白色, 緻密で, 風化面で黄褐色輪状縞をつくる。
宮地 断層帯 -- 臼杵 - 八代線 -- に沿い, 砥用層類似層をほゞ直立して切る幅 10 m 以下, 多くは 2~2.5 m の岩脈をなす。 延長性はかなりよく, ほゞ同一の構造的位置に細く追跡される。 標式的な露出は川床付近にみられる。 著しく変形した周りの中生層と対照的にほとんど変形していない。 この岩脈は上記 1) [ 文象斑岩 ? ] の岩脈を切る。
岩石は肉眼的に緑灰色を呈し, 古銅輝石の長針状斑晶が明瞭に点在し, また斜長石の斑晶もみられる。 同岩類と一括すべきものに, 輝石のほかに黒雲母をかなり多量に含むものがある。 古銅輝石の配列により認められる流理構造は岩脈の両壁に平行する。
宮地 断層帯 -- 臼杵 - 八代線 -- に沿い, あるいはそれに近く砥用層および砥用層類似層を貫いて, 厚さ 3 m, まれに 10 m の直立した貫入岩をなす。 その標式的露出は 鹿児島線 球磨川の鉄橋の南約 350 m の遥拝瀬トンネル南出口(右岸), および神社の東側県道(左岸)にみられる。 同岩類の貫入岩が 破木火成岩・変成岩帯の一部 -- 百済来村大門瀬 - 板持間 -- および深水帯 -- 鶴喰 - 下内峠間 -- において 構造帯に平行した延長をもって蛇紋岩を貫く。
岩体はまったく変形を受けていない。 黄褐色に風化する。 新鮮な岩石は淡褐灰色で, 緻密な基質中に径 3~4 mm の鱗片状の黒雲母と斜長石の斑晶が貫入体に平行してならぶ。
同類の岩石は大築島・小築島の結晶質石灰岩を切って, 南北, 東西, 種々の方向をとり, 直立~60°の傾斜をもつ, 幅数 m 以下の岩脈として産する。
上記の 1) [ 文象斑岩 ? ] , 2) [ 普通輝石古銅輝石安山岩 ? ] および 3) [ 黒雲母玢岩 ? ] と同様で, 宮地 断層帯に沿い, 幅 5 m 以下のほゞ直立した岩脈をなす。 宮地の懐良新王墓地前にその良好な露出がある。 また大築島・小築島の結晶質石灰岩を貫く。
田浦から外平に至る海岸において, 川口層・八竜山層・日奈久層を切っていくつもみられ, 3 m 以下, 多くは 1~2.5 m の厚さで, ほとんど直立した岩脈をなす。 一般に ENE - WSW 方向に, 地層の走向にほゞ平行し, あるいは, ときおり大きく斜交して貫入している。 しかし, その分布は日奈久断層に近い位置にだけみられる。 大きく枝を出すこともあり, あるいは小さい支脈を出し, また, 岩体中に周りの地層の岩塊・岩片を捕獲岩として取りこむこともある。 岩体の周縁は一般に平滑だが, ときに凹凸に富むこともある。 周りの岩体 -- 多くは頁岩 -- は, 10~30 cm の幅にわたって, 接触変質作用を受け, 菫青石を生じている。 同類の岩石は赤松付近の深水火成岩・変成岩帯にもあり蛇紋岩をきる。
岩体の周縁部は中心部より細粒・緻密で, 急岩相を示す。 青緑色~黄緑灰色, 比較的緻密であるが, 貫入体に平行する斜長石斑晶の流理構造が明瞭である。
洪積層は二見盆地, 田浦平野の山谷縁辺部および八代平野の冲積層下に分布するほかは, 球磨川本流の蛇行部や縦谷底に小規模に断続的に分布するにすぎない。
二貝盆地およびその周縁では, 中九州に広く分布する阿蘇熔結凝灰岩の一部とみなされるものと, 礫・砂・粘土からなる段丘層とに分けられる。
二見盆地東部の田子崎付近にもっとも広く分布し, 大門瀬・中畑・田上 - 女原間:坂本にも小規模に散在する。 いずれも低い丘をなす。 空隙に富む軽石と, 種々の大きさの軽石質角礫・火山灰からなるきわめて粗鬆な空隙に富む灰白色, 無層理の凝灰岩層である。 典形的な阿蘇熔結凝灰岩にみられる流理状構造や黒曜石の発達が不顕著で, また固結度もはるかに低い。 風化著しく脆弱な灰黒色泥土状となる。 不完全な節理が発達するが, 岩石が軟弱で, 石材として利用され得ない。
二見盆地に模式的に発達し, 不顕著ながら3段の段丘をなす。 地層の大部分が, 前述の凝灰岩層より後期のもので, 凝灰岩層流入堆積による河谷の堰述めのため生じた湖成層である。 洪積層地は良く開拓され, その露頭はきわめて少ないので, 全体の層序をまとめることは困難である。 二見南東 -- 堆積盆地の縁辺部に近い -- で認められた 層序および岩相は上から次のとおりである。
段丘層の1露頭を第 22 図に示す。
田浦平野の北部および東部の山地縁辺部, および大木場谷では 崖錐層ならびに角礫・円礫・砂層が小規模に段丘となって発達している。
洪積層は大部分が未凝固層であるが, それらが蛇紋岩の上に直接のる場合は, 例外的に著しく固く膠結されている。 蛇紋岩中を通る循還水中の溶解物により, 固結したのであろう。
球磨川本流沿いでは蛇行部の外側あるいは内側に小規模な河岸段段丘層をなし, おもに砂層・礫層からなり, ときに厚さ 10 m に達する白色軽石砂層が発達することがある。
八代平野の洪積層は露頭ではまったく見ることができない。 しかし次の項こ述べるとおり冲積層下に厚い堆積層があることは疑いない。
日奈久断層以東の山地では, 球磨川本流沿いの蛇行部やその支流の縦谷, 横谷の谷底, および地形の項で述べた小盆地に小規模の薄い礫・砂・粘土の堆積がある。
急峻な後背山地に横谷をなす球磨川は粘土・砂・礫を大量に流し出し, 八代平野の三角洲性の広い冲積原をつくり, 八代海中に年々その面積を拡げている。 河口付近では広い氾濫原をなす。
地形の項で述べたとおり, 八代平野の洪積層・冲積層の厚さは, 日奈久以東の山地と, 八代平野および八代海中に散在する小島嶼, 小丘陵との地質の連続関係と地形上の比高から判断して, 平均して少なくとも厚さ 130 m 以上の厚さがあると推定される。
当地域の中生界・古生界の山地は帯状構造で特徴づけられ, 各帯は, 時代上ならびに層相上, あるまとまった累層群帯からなり, 火成岩・変成岩類の貫入・衝入を伴なうある幅をもった構造線 [ 以下の [注] 参照 ] または断層で境される。 主要な, そして同規模の構造線は, 東北東 - 西南西方向をもって, 3~4 km の間隔で配列する。 当地域内での第1級的構造線, ならびにそれにつぐ, あるいは構造上には, それらと同程度の意義をもつものは, 北側から次のとおりである 29) 。
さらに, それらの間には, 500 m~1 km の間隔で, 第2級以下の規模の構造線が認められることが多い。
上記の 1) は竜峯山帯古生層の南限を画し, その変成古生層を貫く閃緑岩類および宮原花崗岩類と, その北側に配列する肥後片麻岩類からなる構造単元と, 南側の中・古生界群との境界をなす。 その境界構造線を含めて, その南の 200~300 m の幅にはいくつもの断層線群が走り, これは臼杵 - 八代線に相当する。
2), 3), 4), 5) はいずれも断層線群ならびに火成岩・変成岩帯として代表される。 1) と 3) との間には, 広く白堊系諸累層が, 3) と 5) との間には, 上部ジュラ系・上部三畳系が分布する。 5), 7) の間には古生層諸累層が幅広く分布し, その間には, 6) の瀬戸石構造線に沿って, 上部三畳系が, また吉尾帯・天月帯中の第2次的規模の構造線 -- 箙瀬 構造帯の延長 -- に沿って, 時代未詳層(岩相上からは箙瀬層として一括できる)が, それぞれ幅狹く挾まれるにすぎない。 8) は当地域における古生層分布の南限をなし, 南側の四万十層群上への衝上断層である。
上述の中生界・古生界の帯状構造を区切る構造線において 破木構造線より南の古生層の広い地域では, 構造線はおもに擾乱帯・断層帯(線)として表現され, 所により, 変輝緑岩・変玄武岩が中生層変形に伴なって貫入しているにすぎず, 破木構造線以北の中生界の幅広い地域の構造線にみられる 花崗岩類・種々の片麻岩類・蛇紋岩などが出現しない。 たゞ, 瀬戸石構造線に副次的に平行する断層に沿い, 内ノ木場 - 岩屋川内 間の峠付近で, 幅数 m, 延長 100 m たらずの蛇紋岩帯がみられるにすぎない。 要するに, 構造線に出現する火成岩・変成岩類は, その種類, 岩体の規模, 幅, 延長において, 中生界が広く分布する地域に大きく, 古生界地域に細く, あるいはほとんど出現しない傾向がある。 この構造上の特性は当地域だけでなく, 西南日本外帯全般に共通する。 なお, シルリア系はこの擾乱帯の片麻岩類・花崗岩類分布地中に現出し, この産状は宮崎県・大分県・愛媛県・高知県・和歌山県のものと同様であって, 西南日本外帯においてシルリア系の分布をみいだす手がかりを与える。
竜峯山帯古生層と八代層類似層との境に沿い, ならびに後者の北半部約 300~400 m の幅にわたって, 東北東 - 西南西に走る著しい断層群帯がある。 そのなかには変輝緑岩ならびに 新期貫入岩類(文象斑岩・古銅輝石安山岩・雲母玢岩など)の岩脈が その構造方向にいくつも細長く貫入している。 しかし, この擾乱帯には, 他の構造帯を特徴づける深成岩類・変成岩類は衝入していない。
この擾乱帯の地層ならびに貫入岩は直立あるいは 60°以上の高角度こ傾斜し, 数多くの断層も直立する。 地層は著しくもめており, 頁岩は片状化し, 鳩糞状白色物質の葉脈が縦横に生じている。 厚い砂岩層はちぎれてレンズ状になり, 薄層の砂岩は団塊状, 擬礫岩状点紋岩になっている。 これらの, もめた地層を切る直立の断層が数多く走って, 1つの断層群帯をなす。
宮地構造帯は地形的にも深く刻まれた断層線谷をなし, 東方の八代・砥用図幅地域にかけて東北東方向の美しい縦谷をなす。
八代・砥用図幅地域内では, この宮地帯には砥用層が分布し, いくすじもの断層が砥用層を切る。
従来, 臼杵 - 八代線は, 竜峯山帯のほゞ中央部を通ると解されてきた 34), 38) 。 しかし, 竜峯山帯中には大規模な擾乱帯や断層は認められず, その帯の古生層も全体として一括されるべき地層群を形成する。 臼杵 - 八代線の実体は単一の構造帯あるいは構造線ではないかもしれない。 肥後片麻岩帯および竜峯山帯, ならびに両者の中間部に迸入した宮原花崗岩類地域にも2, 3の破砕帯が認められるが, 当地域にみられる主要な擾乱帯・破砕帯は この宮地構造帯の 300~500 m の幅に示されている。 これが臼杵 - 八代線の九州西部における実体であろう。
この宮地構造線は上部白堊系の砥用層をも含めた中生層変形 -- その主体は高千穂変動 -- に際して, 高角度の断裂帯 -- この変形様式は低角度の衝上や押しかぶせ式のものではなく, むしろ, 1つの Shear-zone -- として大きく活動したことは疑いなく, 輝緑岩はその変動に伴なって貫入し, その後の新生代後期にも変位と新期の岩脈の貫入が行なわれている。
中生層変形以前にも この位置にいかなる構造線または地質境界線が存在していたかは問題である。 中生層と古生層との著しい変形・変質度の差異, ならびに 小田尾帯古生層およびその北側にうすく付随する古生層と, 竜峯山帯古生層との分布・層序的配列の不調和は, この問題に関連し考慮さるべき事実である。
小田尾帯古生層の西方尖滅部の猫谷付近でもっとも幅広く, 西方に幅を減じながら, 八竜山・上宮山の南山腹をへて, 今泉に細くつゞき, 球磨川以西では, 八代層と日奈久層とを境する断層として表現される。 猫谷以東では, 小田尾帯の南北両限の構造線として2つに分岐する。 この構造線以北には上部白堊系砥用層が幅広く, 南には下部白堊系が分布するが, その最上部の八代層は両側にまたがって分布する。
この構造線は蛇紋岩を主体とし, 上宮山の南に花崗岩の小岩体, 猫谷付近に超塩基性岩の一種である角閃石岩がある。 後者は東に隣接する砥用図幅地域において, この構造線の北側分岐の延長である小田尾帯北限の構造線に大きな岩体(幅 1 km, 延長 10 km)としてつゞく。
この構造線の蛇紋岩はみかけ上, 中生層を貫く分布を示すが, それらの境は常に断層である。 古生層に対しては貫入関係で, 小田尾帯の西方尖滅部では細くいくすじにも分かれて, 飛石層群を貫き, 大小の捕獲岩体を散在させる。 さらに, 下記の諸構造線と同様に, 小崎層の小断片をいくつかとりこみ, または中生層との境界部に挾みこむ。
図幅地域のほゞ中央部を北東 - 南西に走る深水構造線は, その延長が大きいこと, 火成岩・変成岩類の出現の幅員が大きいこと, それに伴なってシルリア系および石炭系の断片が付随すること, その以北には白堊系諸累層が広く分布するに対し, 以南では上部ジュラ系・上部三畳系が分布し, 白堊系がない。 したがって中生界分布地を切るいくつかの構造線では規模のもっとも大きいものである。
深水の南の, 走水帯古生層の西方尖滅部では蛇紋岩が広く分布し, 南側の小崎構造線および走水帯の南限を画する走水構造線と合一する。 また, 上深水以東では深水構造線は2つに分岐し, 小支脈が走水帯の北部を2帯に分ける。
構造線に沿っては, 蛇紋岩がもっとも広く分布し, 雲母片麻岩・角閃岩およびそれに伴なう花崗岩質片麻岩の岩体も数多く, かなりの幅をもつ。 また構造線に伴なう片麻岩類や蛇紋岩あるいは小崎層中に花崗岩が産することがあるが, 元来の貫入関係を示すものかどうかは確認しがたい。
全体として直立した構造であるが, 日奈久の南方では構造線に伴なう小崎層はゆるやかに, あるいはほとんど水平に川口層・竜峯山層上に押しかぶせ, 小崎層自身にも横臥褶曲構造が認められる。 この低角度の衝上は火成岩・変成岩の衝入に伴なって, その北側に付随した小崎層が上方に拡がる押しかぶせを生じたと判断される (第 23 図 A - C)。
坂本村 小崎付近でもっとも幅広く, おもに蛇紋岩帯として表現され, 西方に坂本対岸, 八幡滝をへ, 荒瀬の北西で急にその幅を減じて細い蛇紋岩帯, およびその両側に細く小崎層を伴なう構造線として鶴喰につゞく。 さらに西方では蛇紋岩などを伴なわず, 小崎層だけを挾む断層として道ノ平に至り, 遂には中生層中を切る単なる断層として表現される。 小崎以東では, 木々子の北で, 走水帯の西方尖滅に伴ない, 広い蛇紋岩帯として深水構造線と合一し, さらに東では, 走水帯の南限を走る構造線につゞき, 走水谷の奥では, 間に小崎層を挾んで分岐する。
火成岩・変成岩類の出現状態ならびに その両側に小崎層を伴なう(北側に幅広く, 南側に挾く, 幅数 m にみたないこともある)ことは, 深水構造線と同様こあるが, 後者に較べて, つき上げの量が小さく, 木々子の北では小崎層と片麻岩に興味ある関係がみられる。
五木村 山口の北から南西に, 与奈久帯古生層の北限を画して, 田浦にのびる。 その幅は比較的狹いが, 北側の中生層の広い地域と南側の古生層地域との境をなす。 球磨川畔 - 大門瀬間, 海浦付近でもっとも幅広く, 幅数 100 m に達する。 北側に小崎層を伴なう。 火成岩・変成岩類の種類, その出現状態, 古生層との関係は, 前述の諸構造線の場合と同様である。 南側にレンズ状消長の著しい緑色准片岩が, 多くの場合 構造線に直接して分布し, さらにその南側 200~500 m 幅の与奈久層群は, 小田尾帯・走水帯の西方尖滅部と同様に千枚岩化を受けている。 それらについてはすでに述べた。
この構造線は球磨川畔 中津道を通って, 東北東 - 西南西に走り, 北側の与奈久帯, 南側の吉尾帯両古生層の境をなす断層帯で, 加えて球磨川流域から東方に, 責, 大平谷の上流 877.5 m 高地の北にわたって, 上部三畳系を細長く挾みこむ。 主断層およびそれに平行するいくすじもの副次の断層を伴なう。 幅数 10 m の断層帯で, それらに沿って, いくすじもの 20 m 以下の厚さの変輝緑岩・変玄武岩の貫入があり, 内の木場 - 岩屋川内間の峠では副次の断層に沿い, 細く蛇紋岩が迸入している。 挾みこまれた上部三畳系も変輝緑岩に貫かれ, 部分的に著しい珪化作用がみられる。 断層に沿っては著しい断層角礫・粘土(fault gouge)をつくり(第 24 図), また断層帯全体として, 地層は強く擾乱され, 擬礫岩構造(pseudo-stretched pebbles and cobbles)を生じ, 貫入した変輝緑岩なども後生変動により圧砕を受けている。
瀬戸石構造線によって境された両側の古生層は, 時代的に大きな隔りはない。 しかし岩相上には著しい差があり, 変形に際して異なる層相の境に生じた断層と考えられる。
南に隣接する佐敷図幅地域において, 北側の下部二畳系四蔵層と南側の中部石炭系天月層との境の天月構造線は, 北に 60~70°で傾く断層で, 所により変輝緑岩の岩脈が貫いている。 その東方延長が, 熊ノ原の南にのびる。 そこでは, 幅 2~10 m の断層粘土を伴なうほゞ直立の断層である。
図幅地域の南東隅において, 古生層分布の最外側線で, 神瀬 帯と四万十帯との境界をなす。 南に隣接する佐敷図幅地域内の, 球磨川本流沿いの大阪間に, この延長の好露出があり, 四国 - 紀伊山地の「仏像 - 糸川線」に相当する。
北側の神瀬層群はおもに厚い石灰岩からなり, 50°以上で北斜し, 他方 南側の四万十川層群の砂岩・頁岩は 60~80°で北斜する。 球磨川流域でみられた両者の境は 60~70°で北に傾く衝上断層で, 前者のチャートおよび粘板岩が, 後者の砂岩・頁岩の上に, 約 1 m の幅の破砕部(cataclasite を伴なう)を伴なって, 衝上している。 しかし, 神瀬層群は四万十川層群の上にかなり大きな斜交をもって彎曲して接し, 両者の境は全体としては, 45°前後の傾斜の衝上であることを示している。 その構造線に近く, 平行して走るいくつかの副次の断層が両側にみられ, それらは, 60~80°で北斜し, 1 m 以下の破砕, 擾乱部を伴なう。
吉尾帯および天月帯古生層中には, いく筋かの中生層類似層が, 帯状に細長く挾みこまれている。 その模式的発達は, 南に隣接する佐敷図幅地域内, 箙瀬 - 白木付近の箙瀬構造帯にみられ, 当図幅地域内の 多武除 の南, 川島付近, 市ノ俣の南から山口・合子俣に至る中生層類似層は, その構造帯の上部ジュラ系箙瀬層の東方延長に当たる。 肥後峠の北の2条の中生層類似層も同一性状の構造をとり, 水無谷のものは, 天月帯中の箙瀬層の東方延長である。 いずれからも化石をみいだしていないが, 岩相上, ならびに構造上箙瀬層に一括できる。
古生層と中生層との境は破砕帯を伴なう断層で, 地層の走向にほゞ平行する。 一般に中生層の北側を画する断層に大きな破砕がみられる。 その断層は, 70°以上の高角度で北斜または南斜し, 直立することもあり, 1つの断層においても, 一方にだけ傾斜する傾向をとらないことが多い。 それらに沿って, 変玄武岩の小岩脈が, 中・古生層を貫くことがしばしばある。 中生層は一般に北に 60~80°で傾くことが多いが, 南斜または直立する部分もあり, また局部的には中庸ないし緩傾斜のこともある。 中生層は圧縮された向斜をなすこともあり, その片翼が切られ, また両翼の周辺部が切られていることもあるが, 一般には基底ですべり, あるいはそれに近く切られて, 断層に沿い引づり込まれた形である。
箙瀬構造帯にみられる古生層は箙瀬層中を切る断層に沿って突き上がった形を示す。 それは古生層帯が箙瀬層帯中に構造的に尖滅して行く場合によく表現されており, また箙瀬層中の破砕帯に 古生層の角岩・石灰岩・粘板岩が 1~2 m の幅こ突込んでいるのがみられる。
要するに, サンドウィッチ構造帯では高角度の, ほゞ平行するいくすじもの断層によって, 中生層は落ち込み(沈入), 古生層は突き上げ(衝入, squeeze out)した構造をとる。 当図幅地域内では, 構造線の消長によって, 箙瀬付近にみられるほど数多くの中生層帯を挾まないが, 構造上, まったく同じ性状をとる。
当地域の構造上の特徴として, 上述の中生界の広い地帯の構造線 -- 火成岩・変成岩帯 -- に沿って, 中部ペルム系の, 著しい礫岩層を挾む小崎層, あるいは, 一部では時代未確定であるが, 岩相上, 小崎層に比較できる累層が, 火成岩・変成岩帯の両側, 片側, あるいは内側に, 種々の規模の幅をもって付随し, 中生界と火成岩・変成岩類が直接する部分 [ 以下の [注] 参照 ] は小範囲にすぎないことがあげられる。 直接する場合には必ず著しい断層粘土を伴ない, 断層関係である。 両者が比較的広い範囲にわたって直接するのは 猫谷構造線および深水構造線の西部に沿ってであって, 両者は必ず断層で境され, しばしば, 両者間に数 m 以下の小崎層類似の古生層が挾まれる。 しかし, これらは余り狭いので5万分の1地質図幅の上に図示できない。 同様のことは, 他の構造の幅が 3 m 以下の線についても同じで, たとえば小崎構造線の南側には所により幅 20 m 程度, 多くは下の小崎層が挾まれる。 一般に, 中生層が火成岩・変成岩類と直接するのは, 中生層帯の北縁においてであって, 各構造線はその南縁に沿って比較的変位が大きい傾向にあることを暗示する。
火成岩・変成岩帯およびそれに伴なう小崎層との境に沿って, しばしば, 中生層の基底層あるいはそれに近い下部層が追跡され, 中生層は単一の累層, あるいは, 2, 3の累層群で中生層帯の中央部に軸をもつ向斜あるいは複向斜をなすことが普通である。 詳細には各帯の中生層の時代が異なり, 上述の事情を直ちに堆積盆地における縁辺相として認めることはできないが, 構造的には, 中生層帯は向斜部を占め, 火成岩・変成岩類と古生層は背斜部の位置を占める。 そして, 火成岩・変成岩類が, 中生層を貫く露頭や, 中生層の基底によって直接 不整合に覆われる関係もみいだされていない。 上述のように, 両者は常に断層で接し, 境の中生層は甚だしくもめていて, 構造線に沿い発達する火成岩・変成岩類と古生層は, 現在みられる中生層の構造に関しては, 突き上った背斜部(squeezed out anticline)をなすということができよう。
火成岩・変成岩類がもっとも幅広く出るのは, 走水帯古生層と小田尾帯古生層とが西方に向かって, 構造的に尖滅する部分である。 前者の場合, 東に隣接する砥用図幅地域内において, 重要な構造線である小田尾帯南北両限の火成岩・変成岩帯が猫谷付近で合一し, とくに蛇紋岩が広く露出する。 合一した火成岩・変成岩帯は西に向かって漸次その幅を狭めながら, 今泉対岸までつゞくが, その西では, 単に八代層と日奈久層とを境する断層として追跡される。
走水帯古生層が西方尖滅する部分でも同様のことが認められるが, そこでは, その帯の南北両限の構造線が合一するだけでなく, 小崎構造線とも連結し, 種々の火成岩・変成岩類が幅 3 km にわたって分布する。 その合一部は西に向かって, 深水・小崎の両構造線としてふたゝび分岐する。 主帯の深水構造線は, 幅の増減はあるが, 600~1,000 m の幅で, もっとも規模の大きい火成岩・変成岩帯として, 図幅地域西端の田浦までつゞく。
他方, 小崎構造線は, 八幡滝付近までは, 比較的幅広くつゞくが, 荒瀬の北西で急にその表現が弱まり, 細く 鶴喰 にのびる。 その西方では, 小崎層が坂本層と田浦層との境に幅狭く突き込んだ断層帯として追跡され, さらに西方では単なる境の断層として除々に弱まっていく。 この構造線は木々子の北で, 突然に小崎層の下に没し, 別項(「II.8.1.4 小崎構造線」の「小崎層と片麻岩類との関係」) に述べるような興味ある関係がみられる。 これと直接の連続関係にあるかどうかは明らかでないが, さらに東方延長上の走水谷の奥では, ふたゝび火成岩・変成岩帯が現われ, 図幅地域の東端付近では, 走水帯南限の構造線と合一する。
図幅地域南東半の広い古生層帯の北限を区切る破木構造線は, その延長は大きいが火成岩・変成岩類の出現の規模はむしろ小さい。 しかし, 部分的には幅 400 m に達しレンズ状に膨縮する。 その膨れた部分は, 小崎構造線の表現が弱まった付近から西にかけて分布する。
瀬戸石構造線では, 球磨川の畔から東方の責付近にかけて, 細長いレンズ状に, 上部三畳系が挾まれ, それが西方に尖滅する付近の位置で, その南の箙瀬構造帯の中生層サンドウィッチ帯の数と幅が増大する。
上述の事柄は, 地質図幅上に示された, 見かけ上の現象にすぎないかも知れないが, 要するに, 構造線は, 一様の大きさ, 規模で, 長くは続かない。 大きな縮尺でみると, 球磨川流域で小規模の構造線も 東方の砥用図幅地域では主要な構造線として表現が大きくなり, 他方, 大規模のものが, その延長上では変位の小さい断層に移り行くという具合に, 構造線の消長がある。 隣り合う構造線がほゞ雁行状に配列したり, 合一あるいは分岐したりするのが認められる。
1) 岩石の圧砕 : 新期貫入岩岩を除いて, 構造線に出現する火成岩・変成岩類に共通してみられる特性の一つに, 岩石の圧砕がある。 各種の片麻岩類・花崗岩類・石英斑岩・玢岩・細粒閃緑岩・変輝緑岩・蛇紋岩は すべて著しい圧砕をうけ, 全体として圧砕岩(cataclasite)の性状をもち, また小規模ながら各所にマイロナイト(mylonite)を生じている。
圧砕は局所的なものこなく, 普遍的に認められる。 しかし圧砕化は岩体全体に亘って均一ではなく, 部分的に, また原岩の性質に応じて, 著しい差異がある。 一般に岩体の周縁部や割れ目, 節理に沿ってよく認められ, 岩体が小さい場合にはほとんど全体が圧砕化を受けている。 粗粒岩では, 鉱物粒が斑状にまたは眼球状に比較的明瞭な部分と, 細片化して顕微鏡下でもほとんど粒子として認められないほど, 緻密な細粉化してぼやけている部分とが移化し, 混在するのが普通である。
片麻岩類には普遍的に圧砕化がみられ, 粗粒角閃岩・斑糲岩質片麻岩では緻密, 堅硬, 縞状マイロナイト(compact and aphanitic mylonite)質のものから, 点紋状, 眼球状のものが混在した種々相がある。 それらの圧砕部が比較的こわされていない部分と移化的に不規則に混在する。 有色鉱物は流状に歪曲され, また破砕されて細片化し, その間にこわれた長石粒が点在する。
圧砕部では元来の片理はこわれて, ほとんど不明瞭である。 圧砕部の方向は, 岩体の片理の方向が構造線方向と必ずしも一致しないことと符合して, 構造線方向に必ずしも平行ではなく, 種々の方向に不規則に入りくんでいる。 雲母片麻岩の圧砕部では緻密なマイロナイト質の部分はむしろ少なく, 斑状, 点紋状の部分と葉片状化した部分とが混在する。 とくに後者が多く, あたかも, 粘板岩状に歪曲した葉理に富む黒色粘土鉱物に変化し, 圧砕低下変質作用が著しい。
花崗岩類では, 上述の粗粒岩にみられる圧砕の性状をとる。 蛇紋岩は, ほとんどすべて葉片化しており, 他の岩体との接触部およびそれに近い部分(幅 30 cm~5 m)では細片, 泥状化している。 輝緑岩では堅硬, 緻密な淡緑色の縞状部を生じている。
圧砕作用は, 中生層変形に際しても行なわれたことは, 中生層を貫く変輝緑岩が局部的にはかなり強い圧砕を受けていることから明らかである。 しかし, 片麻岩類・花崗岩類にみられる圧砕はそれよりはるかに強く, しかも普遍的であって, おもな圧砕作用は, むしろ中生層変形以前, 古生層変形当時のものであることを暗示する。
2) 片麻岩類の片理の方向と構造線方向との関係 : 構造線に出現する角閃岩・斑糲岩質片麻岩・雲母片麻岩の片理は, 必ずしも, 構造線の方向と一致しない。 幅, 延長ともに大きな岩体, たとえば川口 - 下深水間の雲母片麻岩, その南側の角閃岩体では, その片理の一般方向は, ほゞ構造線方向と一致する。 しかし, それらが一致しない岩体も数多く, とくに岩体が小さい場合はそうで, 構造線方向と直交または大きく斜交する方向など, いろいろである。
1つの岩体においては, 片理は全体として, 多くは同一方向をとる。 岩体は構造方向にその延長が大きいものが多いが, 10 m 以下の小岩体ではむしろ団塊状で不規則である。 また, 元来は一つゞきのものが, 引きちぎられた形で, 蛇紋岩中に線上に接近して点在することもある。
片麻岩類は蛇紋岩中にかこまれて分布することが多く, そうこない場合でも, 少なくとも一方側では蛇紋岩と接するのがほとんどである。 蛇紋岩との境は常に滑動し, 蛇紋岩は粘土状, 細片状にくだけ, 他方 片麻岩は強い圧砕作用を受けている。
以上のことを総合すると, 片麻岩類が, 古生層変形に際して蛇紋岩の迸入を受け断片化され浅所まで持ち来られていたものが, さらに, 中生層中を切る構造線(それは古傷の再活動)の出現に際して, 蛇紋岩は滑剤の役目をなして再活動し, 片麻岩を中生層を切るさらに浅い位置までつき上げ, 一緒に持ち上げたことを暗示する。 蛇紋岩自体は, ほとんどどこでも, 著しく破砕されて葉片状の構造をもっていることは 「II.4.2 超塩基性岩」の「蛇紋岩の産状」の項に記したとおりである(図版 2)。
中生界諸累層は, 断層部を除いて, 古生層に較べて岩石, 地層の変形・変質が格段に弱い。 いずれの中生層にも千枚岩化はなく, 泥質岩には粘板岩と呼べるものはほとんどない。 中生層変形に伴なう輝緑岩・玄武岩の貫入に伴なう 熱水溶液による多少の珪化作用・緑泥石化作用は認められるが, 古生層を貫く花崗岩類・石英斑岩・角閃石岩・蛇紋岩などが明らかに中生層を貫く例を まったくみない。 当地域には下部三畳系は知られていないが, カーニック階 田浦層は二畳系小崎層に対して顕著な傾斜不整合にのり, 後者の層理がほとんどまったくこわされているのに対して, 前者のそれははるかに整然としている。 中生層・古生層は平行化されていて, 構造上は整合的なものが, あたかも一連の(ある長期にわたる)変動によって変形された構造であるかのような 配列分布を示すが, 上述の事柄は, 古生層・中生層の間に大きな構造的間隙があることを示している。 中生層の変形は, 古生層変形によって生じた構造形態を反映して同じ構造様式の変形を逐次受けた結果, 現在の平行的構造をとるに至ったと理解されよう。
上部ジュラ系の坂本層は三畳系の鷹河内層の上に傾斜不整合にのる。 下部白堊系の川口層・八竜山層は非整合 - 整合だが, 日奈久層は侵蝕非整合に八竜山層の上にのる。 八代層は日奈久層の上に, 上部白堊系の砥用層は八代層の上に 20~30°の傾斜の差をもって不整合にのる。 そして中生界の各累層は 300~800 m 程度の厚さで, 基底部不明の地層を除いて, 基底礫岩 -- 多くの場合 非海成(汽水 - 淡水) -- にはじまり, 頁岩・泥岩 -- 海成 -- に終わる律動的な運動を反映している。 以上の事柄は, 構造的変形が, 間歇的にこ行したことを暗示する。
中生層も全体として変形が大きく, 断層・褶曲が数多く, 逆転している部分も広い。 時代的に古いほど比較的に変形度も大きく, その構造が複雑である。 三畳系諸層は一般に高角度ないし直立で, 閉じた褶曲をなす(第 25 図)。 田浦層の大部分は逆転し南斜する。 坂本層においても, 小褶曲軸面は傾倒し, 逆転している部分がある。 その褶曲構造の例を図版 4 および第 26 図に示す。 白堊系の川口層・八竜山層・日奈久層の南翼は逆転し, 所により 30~40°で南斜する部分もある。 八代層・砥用層は, 臼杵 - 八代線の走る断層帯を除いて, 中庸ないし緩傾斜のゆるやかな褶曲をもつ部分が広い。 直立あるいは逆転した部分でも断層部を除いて, 成層はよく保存されていて整然としている(第 27 図)。
このように, 中生層を褶曲・変形させた運動は中生代中のいく回もの時期に行なわれ, 最終の時期は上部白堊紀後(おそらく第三紀中葉)にまで及んだであろう。
当地域において, 帯状構造に斜交する断層系統には, 北西~西北西 - 南東~東南東, 北東~北北東 - 南西~南南西, および南 - 北の3方向のものがある。 それらは帯状構造を特徴づける諸構造線, 火成岩・変成岩類および中生層・古生層の分布に若干の変位を与え, また断層面に沿う破砕や, 断層に近い部分の地層に異常走向を生じている。
これらの断層は帯状構造はもちろんであるが, 臼杵 - 八代線その他に貫入している 先述の新期貫入岩脈(これらは圧砕作用を受けていない)をも切り [ 後述の「日奈久断層」の項参照 ] , 天草・北九州の古第三系を切る同方向の断層と 同系統(同時代・同じ構造運動)のものと判断される。
上述の3つの断層系統は, その発達の数において, ほゞ 4 : 2 : 1 の割合で認められる。
認められた断層における水平変位は, 一般に小さく, 変位が 100 m を超すものはまれである。 しかし, 北東 - 南西断層では隣接図幅地域内にはときに延長が大で, 変位も数 100m を超えるものがある。 日奈久断層 34) は北東 - 南西断層の大きい例の一つだが, これでは水平変位の量はむしろ小さいが, その延長が大で, 垂直変位は後述のように比較的大きい。
断層による地層の水平的曳きずりは, しばしばその近くに断層の存在を暗示するほどに目立っていることがある。 東北東 - 西南西の地層の一般走向は, 断層の近くでは局部的に曲げられて, 北西断層の場合は地層は北西~西北西方向に向き, 北東断層の場合は, 北東~北北東に方向をかえるのが常である。 垂直方向の曳きずりは, 地層が全体として高角度に傾斜しているため, その性質をはっきりと認めることができない。
断層面は一般に明瞭であるが, 多かれ少なかれそれに沿う岩石の破砕を伴なう。 北西断層の破砕帯は小規模で, 幅 50 cm 以下, 一般には 20~30 cm であるが, 北東断層の場合には比較的大きい。 とくに日奈久断層では幅数 10 m にわたる擾乱破砕帯を伴なっている。
以上の北東 - 南西断層と北西 - 南東の断層とは, 互に切ることもあり, 切られることもあり, 相前後して発達したものと考えられる。 そして, 日奈久断層による 八代海の最近の地質時代(阿蘇熔結凝灰岩後 ?)における生成に示されているように, ごく新しい地質時代にまで及んでいるらしい。
日奈久断層 29), 34) : 北側に隣接する八代図幅地域の北東隅から本図幅地域南西隅まで 40 km にわたって直走し, 北西側の八代平野・八代海と球磨山地を区切って, 地形的に著しい対照をなす断層崖をつくる。 この断層は, さらに NE - SW にのびる。
断層それ自体は, 八代平野の洪積層・冲積層の下ならびに八代海の中に没していて [ 以下の [注] 参照 ] , その性状を知ることは困難であるが, 田浦町 外平から只崎に至る間のほゞ中間の海岸に, 低潮位の際, 日奈久断層の実体が認められる露頭が現われる。 そこでは, 直走する日奈久断層の崖の下に位置し, 日奈久層の頁岩中に幅 40 m 以上(その西縁は海水下に没して実際の幅は不明)の 擾乱・破砕・断層群帯として示されている。 その幅の間に, N 20~30°E 方向に走る数えきれない断裂面, それに沿う断層粘土があり, その間の頁岩はよれよれに曲り, 葉片状となり, 方解石細脈が縦横に不規則に発達している。 断裂面は直立ないし 70~80°で西に傾く。 この破砕帯は海岸に約 300 m にわたって認められる。
日奈久断層による水平変位はあまり大きくないらしい。 なぜなら, 臼杵 - 八代線の延長は, 八代 三角洲内の南川の川口に求められ, ほゞ, 宮地にみられる宮地構造線のそのまゝの延長上にある。 こゝでは, 川口の北側の 鼠蔵 の丘は, 竜峯山帯古生層とそれを貫く火成岩類からなり, また船瀬の石灰岩もその帯の石灰岩と同じ性状であるに対して, 川口の南側には砥用層がくる。 さらに, 八代海中の大築島・小築島の石灰岩は, 北東方の小川付近の山地の肥後片麻岩の一員である結晶質石灰岩層の延長である。
この断層による垂直変位はかなり大きいことが, 日奈久断層崖の存在と, 八代平野・八代海中に散在する小丘陵・小島嶼の山頂と, 断層以東のそれらにそれぞれ対応する地帯の山稜との比高差によって暗示される。 この問題については, 地形の項(「I. 地形」)において, すでに述べた。
本図幅地域内の古生層には, 石灰岩が比較的多量に分布している。 神瀬層群のものは厚さ数 100 m 以上に達し延長も大きい。 それについで, 与奈久層群中のものが, 厚さ, 連続性もよいが, そのうち最大のもの, すなわち内谷から大平の南, 与奈久をへて黒岩・銅山・黒山に至る石灰岩でも最厚 100 m 程度で, 他の大部分は厚さ 20~30 m 以下のレンズ形をなす。 他の層群のものは厚さ 20 m 以下で, 延長も小さい。
古生層の石灰岩は, 小崎層・走水層のものを除いて, 比較的 CaO 含有度が高い 31) 。 一般に白色を呈するが, 与奈久層群のものは黒色~黒灰色のものが多い。 小崎層の石灰岩は厚さ数 m 以下の不純な黒色, 角礫質石灰岩で, しばしば小円礫を含み, 砂質または泥質である。 以上の石灰岩はまだ採たされていない。 それらのうち2, 3の分析結果を第 3 表 [ 「II.3.1 シルリア系 : 深水層」の項 ] および第 22 表に示す。
| 小崎層 | 走水層 | 四蔵層 | 与奈久層 | ||||
| (1) | (2) | (3) | (4) | (5) | (6) | (7) | |
| SiO2 | 9.30 | 5.82 | 3.42 | 10.92 | 12.34 | 0.18 | 0.12 |
| Al2O3 | 1.60 | 1.11 | 0.54 | 0.10 | 0.36 | 0.04 | 0.10 |
| Fe2O3 | 4.56 | 0.34 | 0.02 | 0.80 | 0.96 | ||
| CaO | 42.25 | 50.40 | 52.40 | 48.70 | 47.55 | 55.70 | 55.50 |
| MgO | 2.00 | 0.99 | 0.91 | 0.80 | 0.88 | 0.54 | 0.59 |
| Ig. loss | 36.36 | 40.54 | 41.82 | 38.42 | 37.56 | 43.64 | 43.58 |
| Total | 99.15 | 99.27 | 99.11 | 99.74 | 99.65 | 100.10 | 99.89 |
竜峯山層群の石灰岩はもっとも連続性がよいが, 本図幅地域内には, その西端の一部が分布する。
八代海中の大築島・小築島の肥後片麻岩類の結晶質石灰岩は 日本セメント株式会社で稼行され, グロリーホール式により年間約 17 万 t 採掘され, 大築島の稼行鉱量は 1,200 万 t と見積られている。
中生界の石灰岩は, 田浦層・坂本層・日奈久層にみられるが, いずれも小レンズをなす。 田浦層のものは海浦, 宮浦 - 大木場付近に発達し, 厚さ 5 m 以下, 多くは 3 m 以下の小レンズであるが, 宮浦 - 大木場付近こは褶曲により2帯にわかれ比較的よく追跡される。 坂本層のものは, 海浦, 北方海岸, 二見南部 鷹河内の西および坂本にいくつかみられるが, 最厚 25 m, 一般には 5 m 以下で, 延長は小さく, 団塊状にすぎない。 日奈久層のものは, 坂本村 九折 の北にあり, 厚さ 3 m の小レンズをなす。
それらの中生界の石灰岩は大部分が黒灰色を呈し, 著しく鮞状で, 割れ目が少なく風化に強いので, 石材, 敷石として良好であるが, 小岩体をなして散在するので, 局地的利用にすぎない。
日奈久の南東の竹内峠付近の数ヵ所に, かつて高田焼の素地原料として採掘された陶土がある。 灰黒色頁岩中に扁桃状をなして挾まれた 白色の長石質砂岩の風化産物たる軟質の砂質粘土で, 粘力は弱い。 上・下2層ある。 下層は峠の東約 100 m 付近に露出し, 厚さ約 12 m である。 上層は峠の西に露出し, 0.3 m の厚さがある。 伊原敬之助の報告 10) による陶土分析結果は次のとおりである。
| SiO2 | Al2O3 | Fe2O3 | CaO | MgO | K2O |
| 80.45 | 12.35 | 0.42 | 0.17 | 0.27 | 1.26 |
この陶土を素地とし, 鳩山に露出する変朽文象斑岩の風化産物を材料にした釉薬をもって, 高田焼を作る。
構造線に沿い分布する蛇紋岩はよれよれに破砕され葉片状を呈するが, そのなかに細粉状の滑石を含む。 二見・田浦町地区の深水帯の蛇紋岩は, 数ヵ所において滑石の材料として小規模に採掘されている。
図幅地域の北端部に分布する上部白堊系 砥用層中に薄層の泥質石炭が挾在する。 南帯の砥用層中のものは, 球磨川左岸の道路の切割に2層露出する。 上層は炭質頁岩部も含めて約 1 m, 下層は 20~25 cm の厚さで, 厚く成層する粗粒砂岩に挾まれる頁岩に伴なう。 部分的に質の変化が著しく, 夾みが多いが, 良好な部分では水分 1 % 内外, 灰分 30 % 内外, 発熱量 5,500 Cal と報告されている 52) 。 黒鉛色を呈し, 葉片状化している。 地層は 10~20°で北斜し, 地層全体の変形は弱いが, 厚層の砂岩に挾まれるため, 変形に対する差動運動により2次的なレンズ状消長に富み, 厚さの変化が大きい。 それらの層準は第 21 図 [ 第 20 図 ? ] に示す。 1, 2の旧坑とみられる小規模の稼行跡がある。
砥用層北部では, 帯の南限に沿って分布し, 砂岩頁岩互層中に厚さ約 30 m の層を隔てて, 2層ずつ2層準に挾在する。 懐良親王の墓地の東, 川床の南西約 500 m にそれらの露頭がみられる。 後者では下層(北側)のものは厚さ 60 cm, 上層は 1 m で, いずれも薄い夾みがあり, 著しく歪曲され, 膨縮に富み, 葉片状である。 地層は 60°で南斜し, その層準は「II.5.4.7 宮地帯北限の砥用層類似層」 [ ? ] に述べたとおりである。 この2層は懐良親王の墓地の東から川床の南西露頭をへて, さらに東に追跡されるが, 著しくもめているので, 稼行は困難である。
与奈久層群中には走向断層に沿い厚さ 20 m 以下の変輝緑岩・変玄武岩の岩脈が, ほゞ 500 m~1 km の間隔で貫入しており, またその間のいくつかの断層にも処々に小岩脈がみられる。 それらがチャートと接している部分あるいは近傍に マンガン鉱・鉄マンガン鉱を産することがある。 また与奈久帯北限に分布する, 輝緑岩のの緑色准片岩中にとりこまれた珪質千枚岩との接触部にも, 鉄マンガン鉱を生じていることがある(永谷 [ 永谷鉱床 ? ] )。 しかし, いずれもごく小規模の鉱体で, 現在稼行中のものはない。 かつて百済来村 久多良木の南方 1 km の久多良木鉱山で 400 t, 山口の南方 1 km の葦北鉱山で 80 t 採掘されたことがある 55) 。 鉱床は炭酸マンガン, 二酸化マンガンを主とするが, 連続性に乏しい。 上述の輝緑岩は多くの場合著しく圧砕を受け, 部分的に葉片状, 角礫状をなすために, 輝緑凝灰岩として記載されたことがある。
吉尾層群中でも同様に走向断層に沿う輝緑岩岩脈があり, とくに箙瀬層を挾む境の断層に多い。 その中生層帯の1つの延長上, すなわち坂本村 市ノ俣の東方に, 2, 3のマンガン鉱床があり, 市ノ俣鉱床および肥後鉱山 赤松鉱床がそれである 56) [ 以下の [注] 参照 ] 。 前者は 56) , 板状の珪岩の中に胚胎した小規模の不規則な形のマンガン鉱床で, 炭酸マンガン質・珪酸マンガン質鉱石・微粒の菱マンガン鉱および チョコレート鉱・テフロ石を主とするいわゆる真名子型の鉱石からなる。 鉱床が肥大した部分では 含マンガン角石質石英・ 鰹節鉱・ バラ輝石・ ベメント石(Bementite). ピロックスマンガン石(Pyroxmangite)を伴なう。
部分的に高品位で, Mn 45 % 程度である。
後者は 56) , 前述の市ノ俣鉱床の西, 海抜 500 m 付近に点在する小マンガン鉱床で, 二酸化マンガン・炭酸マンガン鉱を産する。
中生層中にはマンガン鉱床は発達しない。
吉尾村 銅山 において, 古く銅鉱が採掘され, 旧坑(吉尾鉱山・鉱区番号 828 号)を残している。 与奈久層上部のほゞ直立するチャートと粘板岩の互層中にあり, それに近接して輝緑岩の小岩脈がある。 この鉱床については公表された調査資料がない。
球磨川は日本3急流の1つと呼称され, 河口に近い本図幅地域内でも, 河谷は比較的狭く, 急流をなす。 河床・河岸の洪積層・冲積層は局部的にだけ分布し, ごくうすいので, ダム建設による水利開発に適し, すでに建設された荒瀬ダムによる発電はその一例である。
破木構造線以南の古生層地帯では, 河谷は深い急斜面をなし, かつ流路に特色がある。 すなわち, 球磨川の支流の川辺川と 万江 川は, その上流は図幅地域内の球磨川本流から東方 9~12 km ほどの地域 (五木村 山口谷, 内谷および山江村 熊ノ原, 合子俣)にあるのに, その下流は南下し, 図幅地域よりはるか南方の人吉の近くで球磨川本流に合流している。 これらの支流の上流流域は, 集水面積は必ずしも大きくないが, 本流に対してその比高は大きく, 400~500 m ある。 一部の谷はすでに利用されているが, さらに電源開発に利用価値を残している。
本図幅地域内には日奈久温泉がある。 古い帯状構造を斜交して切る日奈久断層崖下にあるが, 泉源は日奈久断層本体の上には位置しない。 むしろ, それに平行して走る副次の断層上にあり, それに沿って貫入した変質文象斑岩に関係があるらしい。 日奈久町の南西には, 断層崖の基部に沿い, 馬越の北, 鳩山岬の基部, 洲口にかけて, 熱水変質の著しい文象斑岩の岩脈がある。
EXPLANATORY TEXT OF THE GEOLOGICAL MAP OF JAPAN Scale 1 : 50,000
Kagoshima, No. 49
By TATSURO MATSUMOTO & KAMETOSHI KANMERA (Written in 1960)
The sheet-map area of Hinagu embraces the lower drainages of the Kuma river and its tributaries and the westward adjacent area along the coast of the Yatsushiro sea. Topographically the area is distinctly marked by th e Hinagu fault escarpment of NE - SW direction.
The fault divides the area into two tracts, the northwestern low-lying alluvial flat and Yatsushiro sea and southeastern mountainous regions. In the former region a thin alluvium conceals a probably extensive diluvial deposits. Cropping out through these superficial deposits there are several small rocky outliers and islets of crystalline limestone, gneiss and schist, which are a continuation of the Higo gneiss and the Ryuhozan group broadly exposed on the east of the fault.
The mountainous region is made up mainly of the Paleozoic and Mesozoic rocks which are disposed in a number of parallel belts with the general trend of ENE - WSW, the so-called Kuma - Kii direction. It is deeply dissected by the Kuma river and its tributaries, and some other small streams in the southwest. The antecedent Kuma river flows meridionally in the central part of the area with a strongly incised meander, that is considered to have initiated probably in Miocene. The diluvial gravels and sands were patchily deposited on their sides and floors.
In general the Paleozoic rocks form high and steep relief, and the areas of the Mesozoic rocks are relatively lower-lying and have wider valleys. The mountain ridges, therefore, gradually decrease in height towards the northern and western areas where the Mesozoic rocks are widely distributed.
Most of the longitudinal rivers bear an obvious relationship to the geological structure of the ENE - WSW direction. The ridges in a large measure, therefore, run in parallel with the general trend of the rocks. Small transverse rivers are also influenced by the faults of the NW - SE, NNE - SSW, and N - S directions which cross the older structure of the ENE - WSW direction.
The close relationship of the topography to the geological structure and rock distribution is exemplified also in the minor topographic details. For example, rows of kernbuts and kerncols can often be seen along the fault lines and weakened rocks such as cleaved slates and fissile serpentines. Anoth er example is shown by small depressions in the upper or middle course of many tributaries ; this feature is related to the distribution of softer rocks inside the harder rocks.
Table 1 above shows the geological systems which are exposed in the present area. The main part of the mountainous region occupies geotectonically the western extremity of the Chichibu Terrain of the Outer Zone of Southwest Japan, comprising rocks ranging in age from the Upper Silurian to the Upper Cretaceous, with some Neogene volcanic dykes. The southeastern corner is occupied by a part of the Shimanto Terrain of the undifferentiated Mesozoic complex.
The Paleozoic and Mesozoic rocks of the area are distributed in many parallel to sub-parallel belts striking ENE - WSW which are separated by thrust zones. The thrust zone is represented by a group of steep faults or thrusts and strongly contorted and sheared rocks, where occur mica-gneiss, amphibolite, granite, plagioclase porphyrite, diab ase, serpentine, amphibole-rock, schist and a few particular Paleozoic formations. For some reason these igneous and metamorphic rocks occur mostly in the thrust zone between the belts in which the Mesozoic strata are widely exposed, but few in those between the belts of wider Paleozoic exposure. The pre-Tertiary igneous rocks do not always show simple intrusive forms, but mostly represent squeezed-out or thrust-up masses of older intrusions. The metamorphic rocks mentioned above are also squeezed-out masses of the older and deep-seated metamorphic complex. Besides the igneous and metamorphic rocks in the thrust zones, there are two groups of intrusive rocks. One is the probably Mesozoi c Miyanohara granodiorite in the northern area and the other is a group of Neogene, small andesitic dykes occurring here and there within the present area.
The parallelism in the distributional trend of the Paleozoic and Mesozoic strata apparently gives an aspect of a structural conformity of the two groups, but the Paleozoic rocks are much more intensely deformed than the Mesozoic. Indeed the former are not only strongly folded and faulted but also highly sheared and cleaved, and rocks have often been converted to phyllites and at least to slates in the case of the argillaceous rocks. While the Mesozoic rocks were not suffered from the same process, although some of them are considerably folded and faulted, exhibiting even the inverted compressed folds in some parts.
The Paleozoic rocks are intruded in many places by granites, and serpentines occurring in the thrust zones, but no intrusive relationships of these rocks to the Mesozoic rocks have been clearly observed. The oldest Mesozoic rocks known within this area is the Carnian Tanoura formation, and it rests on the Middle Permian Kozaki formation with a distinct unconformity.
The facts mentioned above suggest that an intense diastrophism took place probably in the period between the latest Permian to middle Triassic.
The Mesozoic structure were superposed on the Paleozoic folds and faults with a similar but less complex structural pattern. The folding and thrusting in the late Mesozoic and early Tertiary periods were considerably intense in this general region. They must have modified to some extent the older structures. In the younger Tertiary period faulting occurred along the site of Hinagu escarpment and at some other localities.
The group consists of coarse-grained, garnet bearing amphibolite, mica-gneise, and gneissose granites (granite, trandhjemite, quartz-diorits etc.) which appear only in the thrust zones of the ENE - WSW direction, showing more or less cataclastic structure -- often with mylonite and phyllonite. They are much more highly metamorphosed than the Silurian rocks and Upper Paleozoic beds which are in contact with them along the same thrust zone. The gneiss and granite contain zircon of characteristic purple colour. The group is regarded as probably detached and spueezed-out slices of the pre-Silurian (possibly Pre-cambrian) basement.
The Paleozoic rocks occupy mainly the southeastern tract of the area, and are separated by a tectonic line into many terrains of a definite rock-facies and geological age. The bulk of them is represented by the Carboniferous and Permian formations which as a whole demonstrate a rock-facies of eugeosynclinal type and are composed of slate (partly phyllite), sandstone of a feldspathic greywacke type, chert and subordinate limestone, and in certain parts of pyroclastic rock and lava flow, and conglomerate. The remaining Paleozoic rocks include small patches of the Silurian rocks.
They show a considerably complicated structure of steep to vertical dips, and their original stratification planes have been demolished to shear planes. Considerably intense deformation of the rocks by faulting, folding and cleavage, makes it difficult to ascertain the detailed succession of the rocks.
Fossils are found in some of the limestones which enable us to determine the approximate ages of the formations. The contained fossils are fusulinids, calcareous algae and sometimes corals. Radiolaria are discernible in some cherts.
Several disconnected, small patches of the Upper Silurian limestone, sometimes with tuffaceous slate and rhyolitic rock, are found along the northern margin of the Fukami thrust zone. The largest mass is about 150 m long and 35 m wide, and others are much smaller. The limestone is crystalline to semi-crystalline, white with slightly reddish blots, and rarely contains corals listed on the section II.3.1 of the japanese text while a greenish tuffaceous slate yields Lingula sp.
The Silurian rocks are in contact with the adjacent rocks always by steep faults or slip-planes. They are considered as squeezed-out slices from the deep-seated main Silurian complex.
No indicator of the Devonian has been found. The Lower Carboniferous Kakisako formation which is exposed in the neighbouring area is not extended to the present area. Middle Upper Carboniferous is represented by two formations. One of them, the Futami formation , 100 m thick, is exposed in a limited area along the southern flank of the Fukami thrust zone to the south of Futami. It consists of highly cleaved black slate with occasional thin beds of very fine-grained sandstone, a chert bed, and a limestone lens (2 m thick) containing basic tuffaceous patches. The limestone contains Fusulina cf. kanmerai ISHII and Fusulinella sp. The formation is faulted against the adjacent rocks.
The other is the Amatsuki formation occurring in a narrow belt near the southeastern corner of the area as an extension from the main outcrops near Amatsuki of the adjacent sheet area on the south. It comprises medium-grained sandstone with subordinate slate in the upper part and black slate in the lower. No fossils have been found from the formation of this area, but Fusulinella sp. ex. gr. bocki MÖLLER and Staffella spp. occur in a limestone of the type area. The belt of the Tobiishi group , which ranges from upper Upper Carboniferous Fusulina zone to the lower Lower Permian Pseudoschwagerina zone in the type section of the adjacent area to the northeast, is much narrowed and finally thins away in the present sheet area.
The Permian formations are exposed widely in the area, occupying eight tectonic belts, each of which comprises a certain definite rock-unit.
A part of the Tobiishi group in the present sheet area may be the lowest Permian. It consists of black phyllite, green phyllite derived from basic pyroclastic rock and lava flow, and some lenses of crystalline limestone.
The Shizo formation is a representative of the upper Lower Permian, the zone of Parafusulina kaerimizensis - Schwagerina japonica, and is distributed in a narrow belt of the southern part of the area with a fault relation against the adjacent rocks. The formation, 500~600 m thick, comprises medium- to fine-grained sandstone and slate with several thick chert beds at intervals. It is the eastern continuation of the formation which typically crops out in the adjacent map area on the south and contains the fusulinids listed on the section II.3.3.2 of the japanese text in a lenticular limestone with basic tuff intercalated in the middle part.
The Middle Permian ranging from the Neoschwagerina simplex zone to the Yabeina globosa (= Y. inouyei) zone is wholly or partly represented by th e Ryuhozan group (in part), Hashiri-mizu, Kozaki and Yonagu formations and a part of the Kōnosé group from north to south. Their direct stratigraphic relationships are hardly known, because they are distributed in separated structural belts and are characterized by dissimilar rock-facies. The contained fusulinid species demonstrate that they are approximately equivalent or overlapping in age.
The coarsest sediments are seen in the Kozaki formation which occurs always in narrow strips on both sides of the Fukami and Kozaki thrust zones and on the north side of the Haki thrust zone. Small patches of the group are furthermore found along the Nekodani thrust zone.
The Kozaki formation is composed of conglomerate, sandstone and slate with small lenses of limestone, as is shown by columnar successions of Fig. 3 in the section II.3.3.4. The conglomerates are intra-formational, occurring sporadically as lenses or tongues in sandstones and slates, showing abrupt lateral changes. They contain well-rounded pebbles, cobbles and boulders, up to 40 cm in diameter, of biotite-granite, diorite, granophyre, quartz-porphyry, hornblende-porphyrite, diabase, andesite, andesitic tuff and tuff breccia, schistose hornfels, sandstone, chert and limestone. The matrix is sandy or not uncommonly muddy, and isolated pebbles and cobbles are often contained in slate. Sandstones are of muddy, sublithic type, with a large amount of clay-matrix. Limestones, usually 3~5 m thick, are composed mostly of bioclastic fiagments of various kinds rich especially in calcareous algae and water-worn remains of fusulinids and crinoid oscicles. Sometimes isolated fusulinid specimens are detected in slates and sandstones at the same horizons as the limestone lenses. The identified species are listed in Table 4, which demonstrate that the lower part of the formation is correlated with the Neoschwagerina simplex zone. A white-grey limestone in the uppermost part of the formation contains Yabeina globosa (YABE) and Neoschwagerina sp., and is referred to the Yabeina globosa zone.
It should be noted that the conglomerate-bearing Kozaki formation occurs only along the thrust zones. Being away from these rest ricted zone on the north, east, and south, there occur widely equivalent Middle Permian formations of finer rock-facies. This suggests that the Kozaki formation might have originally deposited along the old tectonic islands which were exposed above the sea-level during the Neoschwagerinan age and have provided the sediments with the material of igneous rocks.
Formations of finer rock-facies of the equivalent age are well displayed by a part of the Ryuhozan group, Hashiri-mizu formation, the lower part of the Yonagu formation and a part of the so-called Kōnosé group from north to south. The Ryuhozan group is mainly exposed in the adjacent map area on the north, and its western extremity enters into the northern borders of the present area. It is built of alternating black phyllite and crystalline limestone, the latter of which is partly argillaceous. Large, highly squashed specimens of Verbeekina sp. have been found in a argillaceous limestone at a locality about 200 m north of the northern border of the present map. From this evidence a part of the group is probably correlated with a part of the Neoschwagerina craticulifera zone to the Yabeina globosa zone.
The Hashiri-mizu formation occurs in the eastern flank of the area and consists mainly of black phyllite and slate with occasional beds of very fine-grained sandstone and sub-ordinately of chert. To the south of Také there is a small limestone, with sharpstones and chips of shale, which contains the fusulinid species listed in the section II.3.3.5, and is referred to the Neoschwagerina margaritae zone.
The Yonagu formation occupies a wide belt between the Haki and Setoishi tectonic lines and comprises the lower member (about 500 m) of phyllite slat e and very fine-grained, calcareous sandstone, the middle member (about 400~500 m) of chert and slate, and the upper member (about 200 m) of slate, fine-grained feldspathic sandstone, chert and green pyroclastic rock. Limestones are intercalated as small lenses or lenticular beds at the upper and the uppermost horizons of the lower member and in the upper part of the middle member.
The former two contain the species listed in the section II.3.3.7, which are elements of the Neoschwagerina simplex and the N. craticulifera zone. Whereas those of the latter listed in the same section obviously belong to the Yabeina globosa zone.
The Yoshiwo formation which occupies a wide belt on the south of the Yonagu belt, consists predominantly of thick-bedded, medium-grained sandstone with intercalated slate and subordinately of chert which occurs at intervals throughout the sequence. From lenticular limestones at a horizon in the upper part came the species listed in the section II.3.3.3. In a rough measure the formation exceeds 1,500 m in thickness.
Another rock-facies of the Neoschwagerina - Yabeina zones is displayed by a part of the Kōnosé group which occupies the southernmost Paleozoic belt in this area. It is a group of thick limestones interbedded with chert, basic tuff, tuff-breccia and occasional lava flow, and is accompanied with a small amount of slate. The limestone is almost barren, but H. Furukawa, a student of Kyushu University, has recently discovered Yabeina sp. and Neoschwagerina sp. from a limestone in the southern part and some calcareous algae and colonial corals in the northern part of the Kōnosé belt.
The Kuma formation of the Lepidolina toriyamai zone represents the youngest Permian. It is typically exposed in the adjacent map area on the east and is partly extended into the pres ent area as a narrowed belt along the north flank of the Fukami thrus t zone. Only small exposures of sandstone and slaty shale are observed in this narrowed part, but in the eastern main part of the belt the formation contains many intra-formational conglomerates with pebbles and cobbles of various kinds of plutonic and hypabyssal rocks and limestones with Lepidolina toriyamai KANMERA, Yabeina shiraiwensis OZAWA, etc.
Under this heading come the following two groups .
This occurs along the Haki tectonic line forming a narrow strip. Fine-grained, glaucophane bearing green schist of probably diabasic origin is predominant, accompanied with a small amount of quartz-schist. Another, very narrow outcrop is seen at Setaka and at Michinohira, along another tectonic line. In this belt piemontite-quartz-schist is associated with the green schist.
This occupies the belt on the north side of the Miyanohara granodiorite in the Yatsushiro sheet-map area. Only a fraction of the southwestern part of the belt extends to the northwestern corner of the present sheet. The group consists of biotite gneiss (often with garnet and sillimanite) hornblende-diopside gneiss, amphibolite and crystalline limestone. Islets of Otsuki, Kozuki, Hako-shima and Kuro-shima in the Yatsushiro embayment, at the northwestern corner of the sheet, are made up primarily of crystalline limestone and partly of other members of the gneiss group.
In this area there occur several kinds of igneous rocks, forming narrow belts along the thrust zones. Owing to the intense deformation after the intrusion, it is not always easy to determine the relative age and the history of the intrusive bodies. Under the very broady defined heading come the followings :
Many, discontinuous, small masses of granitic rocks occur in the thrust zones. They occur mostly in the marginal parts of the thrust zones and partly in the bordering Kozaki formation, but rarely in the central part of the thrust zones.
The granite is, in most cases, in contact with the adjacent rocks with a slip-plane probably due to later deformation after the intrusion, but occasionally the original intrusive form is kept, although no distinct aureole of thermal metamorphism is recognized in the country rock. It shows a more or less strong cataclastic metamorphism, being partly converted to cataclasite or mylonite. The intrusive relation of the Yatsushiro granite to the Mesozoic strata has never been observed. The granite itself is sometimes intruded by small irregular dykes of newer diabase.
Lithologically the granite ranges from biotite adamellite to quartz-diorite, with aplitic varieties. The chemical analysis of two examples are onTable 5.
Serpentine is the mostextensive intrusive body in the thrust zones. In many places it cuts the Paleozoic strata but never cuts the Mesozoic strata and is always in a fault-contact with them, although its distribution gives an aspect as if there were intrusive relation.
It is strongly cleaved or crushed into small slabs or pieces, and massive bodies are hardly found. The fissility is parallel to the general direction of the thrust zones, but locally it is modified. The relations of the serpentine to other rocks in the thrust zones, such as granites, gneisses, etc., are almost always in a fault-contact due to later deformations, but very occasionally the intrusive relation of it to granites has been observed. The chemical analys is of the serpentine is shown on Table 6.
The main body was subconcordantly intruded between the Higo gneiss belt on the north and the Ryuhozan belt on the south in the adjacent map area to the north, and as its southwestern extremity several dykes of granodiorite enter into the norther n border of this map area. Fairly wide aureoles of thermal metamorphism are produced in the adjacent Permian Ryuhozan phyllite and limestone. The leading rock-type is coarse-grained hornblende-biotite granodiorite and tonalite, but the dykes mentioned above are mostly the quartz-dioritic variety. The rock exhibits distinct foliation in a wide marginal zone of the body. The probable extension of the Miyanohara granodiorite is overlain with distinct unconformity by the Upper Cretaceous of Amakusa islands. The possible age of the intrusion is between Triassic and early Cretaceous.
It occurs as very small irregular dykes cutting sharply rocks of the Yatsushiro gneiss group and granites of the thrust zones. The rock contains abundantly large phenocrysts of plagioclase (mostly albitized) and less quartz.
It occurs in the thrust zones and in the Paleozoic and Mesozoic belts. It clearly cuts the Mesozoic strata and other older rocks of the area usually as small dykes of various forms, and is often accompanied with silicification to the adjacent rocks to some extent. The largest body found is about 20 m wide, and others are much smaller. They are usually very limited in extension, but are often found discontinuously along the same geological position. The age of the intrusion is probably late Cretaceous or early Tertiary. The rock is chiefly diabasic with distinct ophitic texture, and there are gabbroic and basaltic varieties. The chemical analysis of a sample is shown on Table 7.
The Mesozoic systems are mainly distributed in the northern tract of the mapped area and are represented by the Upper Triassic, doubtful Middle Jurassic, Upper Jurassic, and Lower and Upper Cretaceous formations. Roughly speaking the younger formations of them are displayed to the north and the older of them to the south. In addition to the well defined Mesozoic formations there are some narrow belts of the Mesozoic rocks of uncertain ages which are faulted down along tectonic lines in the wide Paleozoic terrain of the southern tract and furthermore to the south of the Paleozoic terrain occurs a part of the Mesozoic complex of the Shimanto Terrain.
Each of the Mesozoic formations is usually several hundreds meters thick and constitutes a regular vertical change of conglomerate or sandstone in the basal and lower parts, alternations of sandstone and siltstone, or siltstone with interbedded sandstone in the middle, and siltstone or shale in the upper. Certain formations contain small lenses of dark grey limestone in which öolites and patch reefs are included. Basic pyroclastic rock and chert which are very common in the Paleozoic formations do not occur in the Mesozoic.
The Mesozoic strata are mostly intensely folded and faulted, and even the inverted structures are recognized in some parts, but they are not so highly contorted and cleaved as in the Paleozoic rocks and their stratification planes have been well preserved except along faults or sheared zones. Neither appreciable metamorphism of the Mesozoic strata nor intrusive relation of granites and serpentine to them have been observed.
Sedimentary features and natures of deformation of the Mesozoic rocks and other geological facts known in this and other parts of southern Kyushu demonstrate that a series of crustal movements occurred interrmittently since late Triassic times and had been completed before the deposition of the Middle Miocene.
The oldest Triassic formation known within the area is the Carnian Tanoura formation . It occurs in four belts and is best exposed along the sea-coast of Uminoura and around Okoba in the western extremity of the Sakamoto belt. It rests on the Permian Kozaki formation with a distinct unconformity and is overlain unconformably by the Upper Jurassic Sakamoto formation in the type area ; near Sakamoto it is conformably followed by the Norian Entomonotis beds and in other places it is in a fault relation to the adjacent rocks. The stratigraphic succession in the type section is as follows (see Fig. 8) :
Fossils were found at three horizons as shown in the columnar section (Fig. 8) and the identified species are listed on Table 8.
Rocks probably assigned to the Tanoura formation are exposed in the central part of the Shiburi belt, and the northern flank of the eastern tract of the Sakamoto belt. In both exposures some thickness of the lower part is cut off by faults, but so far as is exposed, the succession and the lithology of the strata are quite similar to those of the upper part of the lower member and the upper member of the type section. The formation, sometimes called the Matsukuma beds , is composed of black shale, with calcareous siltstone and some nodulous, muddy limestone, in the lower, and calcareous siltstone and very fine-grained, calcareous sandstone in the middle, and well-bedded, black shale and siltstone with occasional thin bands of fine-grained sandstone in the upper, accompanied with a siliceous tuffite at the uppermost part (see a list of species on Table 8).
Discontinuous, small wedges of rocks referable to the Tanoura formation also appear on the north side of the Fukami thrust zone in the Tanoura district. They represent a slightly different facies from that of the type section but contain certain identical species.
The Takagochi formation , which represents the part ranging from upper Carnian to lower Norian, appears as an inlier near Takagochi in the Sakamoto belt, and is unconformably overlain by the Upper Jurassic Sakamoto formation with a basal conglomerate in most parts. It includes siltstone and shale with subordinate fine-grained sandstone in the lower (40 m), thick-bedded medium-grained sandstone with occasional siltstone bands and partings in the upper (200 m), and shale and siltstone in the uppermost part (20~40 m) (see Fig. 9). Fossils are obtained from three horizons, and those from the lower two contain the species identical with those of the Tanoura formation, while Monotis (Entomonotis) cf. typica (KIPARISOVA) from the upper horizon probably indicates the lower part of the Norian.
The unmistakable Norian Monotis (Entomonotis) beds occur in two belts, one is in the southern flank of the Sakamoto belt and the other in the Setoishi tectonic line. The former , 120 m thick, lies conformably on the Tanoura formation and includes massive sandstones with some shales below and black siltstones and shales above. The upper beds contain numerous specimens of Monotis (Entomonotis) ochotica (KEYSERLING) .
The latter is on the other hand represented by finer rock-facies, consisting of thin-bedded, slightly pyritiferous, black siltstone and shale, with some massive mudstone containing limy nodules. The mudstones have occasional fossiliferous lentils with Monotis (Entomonotis) ochotica.
A representative of the Upper Jurassic Torinosu group is developed extensively in the main part of the Sakamoto belt crossing the central tract of this sheet area. Hence it is locally called the Sakamoto formation . In addition there is a small exposure of the doubtful Middle Jurassic oolitic limestone at Tsurubami on the southern flank of the Kozaki thrust zone. On the south it seems to be overlain by the Sakamoto formation. A brachiopod species similar to Kallirhynchia sp. from the Naradani formation ofShikoku and Myophorella ? sp. are reported to have come from the limestone.
The Sakamoto formation overlies unconformably the Upper Triassic Takagochi formation and the Tanoura formation with a basal conglomerate and is conformably followed on the south by the probably Lower Cretaceous Uminoura formation. Its stratigraphic succession is in ascending order as follows (Fig. 11) :
The Cretaceous strata occupy the greater part of the northern area delimited by the Miyaji tectonic line and the Fukami thrust zone and their representative section is seen along the lower course of the Kuma river. Only the lowest Cretaceous Uminoura formation lies in the southern area beyond the Fukami thrust zone.
The lower Cretaceous rocks are represented in ascending order by the Uminoura - Kawaguchi, Hachiryuzan, Hinagu, and Yatsushiro formations, and the Upper Cretaceous by the Tomochi formation and the Himenoura group. Each of them shows a regular and repeated hemi-cyclic sedimentation, beginning in the basal part with conglomerate and / or thick-bedded sandstone, followed in the middle by alternations of sandstone, siltstone and shale, and finally in the upper by shale or mudstone, although in the case of the Yatsushiro formation the uppermost part is again of sandstone facies.
The Lower Cretaceous strata up to the Hinagu formation are intensely folded with steep dips and in some places overturned. But the Yatsushiro formation and the Upper Cretaceous Tomochi formation are less close-packed, consisting a broad structure, although along the Usuki - Yatsushiro tectonic line the strata of the latter are also highly disturbed and show steep dips.
The Uminoura formation , a representative or the Lowest Cretaceous, records a temporary oscilation of brackish condition in its lower part succeeding to the marine environment of the Sakamoto formation and is followed again by the marine shale in its upper part.
The Kawaguchi formation lies on the southern flank of the Hinagu belt and is bounded by a steep thrust on the south. It is characterized by white arkose or feldspathic quartz-sandstone, brackish shell beds and plant beds.
The identified species of the fossils are listed in Tables 14~15. This formation is certainly referred to the lower Neocomian Kochian series, being equivalent to the Ryoseki group in Shikoku.
The Hachiryuzan formation runs along the north side of the Kawaguchi formation, on which it rests conformably with thick pebbly sandstone and occasional conglomerate.
Fossils are found in siltstones of the lower and upper parts, in which Crioceratites sp. and Nipponitrigonia kikuchiana are included. The formation corresponds to the lower part of the Monobegawa group in Shikoku and is probably upper Neocomian.
The Hinagu formation occupies the central part of the Hinagu belt, forming a syncline with a nearly vertical or overturned axial plane. It rests disconformably on the Hachiryuzan formation with a basal conglomerate on the south wing. It is 700~800 m thick, and is overlain with a distinct unconformity by the Yatsushiro formation. The ascending succession is as follows :
This formation is referable to the lower Miyakoan stage, Aptian in terms of the international scale.
The Yatsushiro formation occurs in two separated tracts ; the type of the formation is in the eastern part of the Hinagu belt, but it represents only the lower and middle parts of the formation, and the rocks referable to the upper part lies on the southern part of the Miyaji belt.
The formation is characterizied by the predominance of conglomerate in the lower, siltstone in the middle, and arkose in the upper part.
The identified fossils are listed in Tables 19~20. The ammonites indicate Middle Albian. From both fossil-evidence and the stratigraphic position the Yatsushiro formation is assigned to the Upper Miyakoan.
The Tomochi formation is typically exposed near Tomochi outside the present area, on the 30 km northeastern extension of the Miyaji belt. The exposed part in this area corresponds to only the basal and lower members of the type section, and rests on the Yatsushiro formation with an unconformity, cutting various horizons of the latter.
The fauna suggests that the Tomochi formation is probably referable to the Upper Cretaceous Gyliakian, Cenomanian - Turonian. Rocks referred on stratigraphical and lithological grounds to the Tomochi formation occupy the northernmost part of the Miyaji belt. It is bounded by steep faults on the north and south and itself is cut by numerous steep faults of the Usuki - Yatsushiro tectonic line and also by many dykes. Therefore, it is difficult to establish the detailed succession of strata. However in a large measure the succession is quite similar to the type of the Tomochi formation, for it is composed of conglomerate with sandstones and subordinate shale in the lower, mostly of shale in the middle, and of thick-bedded arkose sandstone with shale and two thin beds of coal or coaly shale in the upper part. No fossils have been found.
A small separated exposure of a part of the Himenoura group is found in Neshima, an islet in the nohthwestern part of the sheet. It comprises dark-grey, thick-bedded siltstone of 30 m with limy nodules of less than 30 cm in diameter. It contains Inoceramus amakusensis NAGAO and MATSUMOTO and some other mollusca and plant drifts. It is probably an extension of the middle member of the Himenoura group which is typically exposed in the Himenoura area of th e Amakusa Islands, and is to be assigned to the Upper Urakawan, Santonian in terms of the international scale.
There are several narrow belts of probably Mesozoic strata along several longitudinal faults in the southern part of the Yoshiwo belt. They are composed mostly of sandstone, siltstone and shale, but in parts accompanied with intra-formational pebble - conglomerate and coaly partings. They are quite similar in lithology and succession to the Upper Jurassic Ebirasé formation of the Ebirasé district in the adjacent area to the south where a similar structure is well exemplified as sandwich-like configuration of narrow Mesozoic belt in the Paleozoic.
In the southeastern corner of the area, being bounded by a thrust on the north, there is a formation which consists of alternating sandstone and shale in various proportion. This is a portion of the Shimanto-gawa complex of uncertain ages probably with the range of the late Mesozoic to older Tertiary.
There is no direct stratigraphic evidence concerning the geologic history of this district during the Tertiary Period. It is generally accepted, however, that this area was elevated to a land since mid-Tertiary and the present drainage system was initiated on the massif of the Mesozoic and older rocks.
Small dykes of several kinds, however, run in the ENE - WSW direction, cutting the Mesozoic and older rocks. They occur mainly in the northern tract of the Miyaji belt, that is, mostly along and near the Usuki - Yatsushiro tectonic line, and rarely in other tectonic zones. Some are also found along and near the Hinagu fault. They include altered granophyre, mica porphyrite, hornblende andesite, augite-brontzite andesite and plagioclase porphyrite. The date of their intrusions is difficult to determine in this region, but they are comparable with the closely allied dykes in the Amakusa Islands and to certain volcanic rocks in the Seto-uchi (Inland Sea) area where they are mostly of Miocene to Pliocene ages.
The dykes are vertical or nearly vertical, narrow but usually straight and long. The broadest dyke attains a width of 70 m, but most of them are less than 10 m in width. Composite or multiple examples are sometimes found. They have undergone no significant deformation after the intrusion.
There are small patches of welded tuff presumably derived from Volcano Aso at Tagozaki and other localities. Terrace deposits, consisting of gravel, sand and clay, occupy a triangular basin of Futami and other narrower parts along various rivers. They are younger than the Aso welded tuff.
The alluvial deposits of Yatsushiro owe much on the rapid erosion andtransportation by the Kuma river and its tributaries. The thickness of the Allu vium and the underlying Diluvium in the Yatsushiro plain has not been measured accurately.
Limestones of Otsuki-jima and Kotsuki-jima which belong to the Higo gneiss group are largely quarried for cement works (12,000,000 ton a year). Many other limestones in the Paleozoic formations of the mountainous tract have not been quarried primarily because of their disadvantage of transportation.
The Mesozoic limestones which have little cracks are locally used for the construction of stone-walls.
Weathered product of feldspathic sandstone of the Neocomian formation provides a small quantity of clay for local porcelain manufactur es.
Talc, resulting from the shearing of serpentine, is quarried on a small scale in the Fukami thrust zone of the Tanoura district.
A few seams of thin coals or coaly shales are found in the Upper Cretaceous Tomochi formation, but they are not mined due to low qualities.
Manganese ores are occasionally met with always associated with chert. They were formerly mined on a small scale in several places in the Yoshiwo and Yonagu belts.
The main watershed separates other drainages in the southeastern flank of the area which give a large relative height to the valley bottom of the Kuma river. If water-tunnels are provided from the former to the latter, a fairly copious water supply can be utilized for hydro-electric power.
Hot springs occur at Hinagu which lies just on the Hinagu fault. They attained considerable popularity.
昭和 39 年 3 月 18 日 印刷 昭和 39 年 3 月 25 日 発行 著作権所有 工業技術院 地質調査所 (C) 1964 Geological Survey of Japan