14035_1956
5万分の1地質図幅説明書
(福岡 第 35 号)
通商産業技官 清原清人
地質調査所
昭和 31 年
目次 I. 地形 II. 地質 II.1 概説 II.2 古生界 II.2.1 本山変成岩(三郡変成岩) II.2.2 秩父古生層 II.3 蛇紋岩および輝緑岩 II.4 中生界 II.4.1 厚保層群 II.4.2 関門層群(硯石層群) II.5 花崗岩およびその他の貫入岩 II.5.1 玢岩および変質安山岩 II.5.2 斜長斑岩 II.5.3 花崗岩 II.6 第三系 II.6.1 厚東川礫岩層 II.6.2 宇部夾炭層 II.7 第四系 II.7.1 琴崎層 II.7.2 河岸段丘堆積層 II.7.3 冲積層 II.8 地質構造 III. 応用地質 III.1 概説 III.2 石炭 III.3 窯業原料 III.4 石材 III.5 石灰岩 III.6 地辷り 文献 Abstract
1 : 50,000 地質図幅説明書 (昭和 29 年稿)
(福岡 第 35 号)
本図幅の宇部炭田地域については, 筆者が昭和 24 年 1 月から同 26 年 3 月まで, 宇部駐在員として同地に駐在していた当時の調査資料を用いた。 炭田の周辺部および企救半島地域の野外調査には, 昭和 28 年 8 月 3 日から同 19 日までの 17 日間, および同年 11 月 16 日から同 28 日までの 13 日間, 計 30 日を費した。
本図幅範囲は中国地方の南西端から, 九州の北端にわたる地域で, その大部分は海面によって占められている。
宇部・小野田地域は標高 30~60 m の丘陵性台地で, 本山半島の竜王山のみが, 標高 136.2 m のやゝ急峻な独立山である。
九州北端の企救半島には標高 100~170 m の山地が連なって, その斜面はかなり急である。 またその方向は NE ‒ SW で, ほゞ地層の走向と一致している。
本図幅地域を構成する岩層のうちで, 最も古い地層とみなされるものは, 宇部炭田の大部分の基盤をなして竜王山から本山に好露出を示す三郡変成岩類 [ 以下の [注] 参照 ] で, 結晶片岩または千枚岩類からなる。 これらの変成岩には蛇紋岩・輝緑岩等の塩基性岩が迸入しているが, その迸入時期は明らかでない。
秩父古生層は粘板岩・砂岩の互層を主とし, 輝緑凝灰岩・チャート・礫岩層等を挾有する累層で, 図幅地域では企救半島にのみ分布する。 三郡変成岩類との直接関係がみられないので, 両者間の層序関係を決定することは困難であるが, 徳山市附近における三郡変成岩類の研究によると, 該地域の古生層は結晶片岩から不変成古生層に漸移することが明らかにされている。
三畳紀の厚保層群はその下部に相当する平松層と呼ばれるものの一部が, 津布田半島附近に僅かに露出するにすぎず, 大部分が関門層群および第三系によって覆われている。
中~初期白堊紀の関門層群は, 企救半島地域と津布田地域に分布し, 企救半島に露出するのは下部の脇野亜層群, 津布田半島附近に露出するものは, 上部の下ノ関亜層群と呼ばれている。
火成活動は白堊紀に著しい。 特に企救半島地域の関門層群および秩父古生層は, 斜長斑岩・玢岩または変質安山岩等の多数の岩脈や岩床によって貫ぬかれている。 この地域の火成活動は白堊紀末までに終熄し, 第三系中には岩脈・岩床は全く見られない。
古第三紀の宇部層群は, かなり起伏に富んだ湖盆内に静穏に沈積した地層と推測きれる。 その堆積後も変動を受けることが少なく, 断層も大規模のものはすべて第三系堆積前に形成されたものである。 竜王断層はやゝ大きいが, これとても経済地質的にはともかく, 構造的にはさほど重要とはいえない。
宇部炭田では海底部の採掘が相当に進んでいるうえに, 海域での地震探査および試錐も多年にわたって施行されてきたので, 海域の夾炭層および炭層の状況が相当明確に把握できるようになった。
琴崎層は更新世の地層とみなされ, 厚東川沿岸に発達する河岸段丘堆積層, および当地域の丘陵上に広く分布するローム質粘土層も, 更新世のものと考えられている。
三郡変成岩類は変成度の低い, 剝離性に富んだ結晶片岩類によって構成されている。 緑色片岩・黒色片岩を主とし, 石英片岩・砂岩片岩を挾有する。 また局部的にはほとんど変成されていない, 砂岩・黒色粘板岩の薄層やレンズが挾有されることもある。
緑色片岩は玄武岩質の塩基性火山岩熔岩, または同質の凝灰岩から変成してできたものと考えられている。 鮮緑色ないし暗緑色を呈し, 塊状で堅緻のものもあるが, 一般には片状に薄く剝げ易いものが多い。 構成鉱物は緑泥石・緑簾石・曹長石・チタン石等がおもなものである。 緑色鉱物の多く集まった緑色帯と, やゝ白色に近い帯とが, 細かい互層状に排列して縞状構造をなすことが多い。
黒色片岩は有機質物質に富んだ泥質堆積岩から変成してできたもので, 黒色を呈し, 鱗片状または薄板状に剝げ易い。 石墨または炭質物のほか絹雲母・石炭の微粒等からなり, 炭質物の多い黒色帯と石英の多い白色帯とが, 細かな互層状排列をなして縞状構造をなすことは, 緑色片岩の場合と同様である。
石英片岩は珪質堆積岩から変成してできたもので, その大部分が石英で構成されている。
砂岩片岩は砂質堆積岩から変成してできたもので, 塊状をなして剝離性に乏しい。 長石等の白色粒が残留していることが多い。
宇部市小串附近に露出するものは, 塊状, 堅緻の緑色片岩や, 繊維状をした絹雲母の多い緑色片岩で, 後者はレンズ状の砂岩片岩を挾有している。 また附近には滑石片岩の小露出がみられる。
竹ノ小島と本山岬突端附近に露出するものは, 野外でみると著しく相似た岩相である。 すなわち変成度のきわめて低い 黄褐色泥質岩・砂質岩・黒色粘板岩・チャート・緑色岩等が, 団塊状にあるいは歪んだレンズ状に, 複雑に入り混り, 撓曲したものである。
本山半島海岸一帯に露出するものは, 緑色片岩および黒色片岩で, 白色帯と緑色帯または黒色帯とが細かく互層して縞状構造をなし, これらの縞が層間褶曲をなして, 美しいちりめん皺の模様をなすことが多い。
竜王山南西麓の焼および田ノ尻海岸にも本岩類がよく露出しており, 緑色片岩の縞状構造のものや, 変成度のきわめて低い凝灰質緑色片岩, または砂岩片岩等がみられる。
浜木屋西方の丘陵から縄地ケ鼻にかけても, 緑色片岩・黒色片岩の露出が良好である。 高泊の神社境内には白色の石英片岩が露出する。
秩父古生層は図幅地域西端の企救半島地域に発達し, 粘板岩優位の砂岩粘板岩互層からなり, 輝緑凝灰岩・レンズ状石灰岩・珪岩・チャート・礫岩層等を数層挾有する。 走向は N 50~60°E を示し, 1背斜・2向斜からなる複向斜構造を形成している。 傾斜は北西翼では一般に 40~50°, 南東翼では 20°内外で, 局部的には 60°余の急傾斜を示すところもある。
砂岩粘板岩互層 : 粘板岩は黒色, 灰黒色または灰緑色を呈し, 塊状または厚層理のものが多い。 砂岩は暗緑色または淡灰緑色で, 厚層理の細粒砂岩が多く, 僅かに中粒砂岩がある。 砂岩と粘板岩は互に移りかわり, 砂質粘板岩と称すべき性質のものも多い。
輝緑疑灰岩 : 紫紅色, 灰緑色の雑色を呈し, 一般に関門層群のものに較べて暗色, 堅緻で, 石灰岩と関連性が深い。 青浜附近から野江谷北西方へ連なる輝緑凝灰岩層は発達が最も良好で, 上盤側に珪岩層を, 下盤側に石灰岩レンズを伴ない, よく連続する。 また網ノ崎北方附近のものは, 石灰岩の団塊を含んでいる。 岳ノ鼻附近の輝緑凝灰岩層は著しく石灰質で, 角岩と薄互層状に重なり, その断面は特異な縞模様を呈している。 西隣図幅地内の大積小学校裏山の 脇野亜層群(関門層群)の基底礫岩直下にも同様の岩層がみられる。 これは企救半島における向斜構造の北西翼のものの露頭と推察される。
石灰岩 : 前記のように, 輝緑凝灰岩に随伴して分布し, 青浜西方では輝緑凝灰岩の下盤側に1露頭, 上盤側には珪岩層を隔てて1露頭がある。 野江谷北西方には, 前記の輝緑凝灰岩層の下盤側に1露頭がある。 これらの石灰岩層はいずれもレンズ状で, 層厚 20~50 m, 延長 100~500 mである。 灰白色, 結晶質で, 鑑定に充分な化石は少ないが, 往昔から「梅花石」と称される海百合の化石を多産する。 海百合は初め Pentacrinus と考えられていたが, 1920 年矢部長克によって Heterocrinus 属に改められ, 同時に保存不良ながら紡錘虫科に属する化石も発見された。 1931 年飯坂五郎 3) は, 青浜附近の石灰岩から採取した Cyathaxonidae に属する珊瑚 Petraia を記載し, 1947 年に鳥山隆三は 野江谷北西方の石灰岩から Palaeofusulina ? sp. 2個を発見した。
岳ノ鼻南方海上の津村島は, ほとんど全島が灰色, 塊状, 堅緻の石灰岩で構成されている。 本島の石灰岩はかつて製鉄用として歓迎されたとのことであるが, 現在は採掘を中止している。
珪岩 : 本図幅地域には, 処々に白色ないし淡黄色の珪岩層が数層発達している。 連続性が特に良好なのは, 部崎附近から半島のほゞ中央部を南西に走るもの, 青浜附近から輝緑凝灰岩層の上盤に沿って, 道瀬附近に連続するもの, および青浜南方から浜方の神社のある小丘を形成して, 南西方へ連続するものの3層である。 本岩は塊状, 堅緻で, 角岩質のところもあるが, 乳白色または淡黄褐色を呈し, 頁岩状に風化していることが多い。
礫岩 : 太刀ノ浦の南東の谷に, やゝ偏平な楕円体の粘板岩小礫が, 細粒砂によって膠結されて並列し, およそ 20 m の厚さにわたって粗あるいは密に散在する砂質礫岩層がある。 また浜方の海岸にも礫岩層が広く露出している。 この礫岩は黒色粘板岩の角礫, または同質の不規則な形の礫が砂質物質によって膠結されたもので, 日出ノ鼻西方に露出するものと酷似している。 両者はおそらく1向斜・1背斜を隔てた同一層の重複露出であろう。
チャート : 本図幅地域には赤色のチャート層が3層ある。 最上位のものは野江谷~浜方間の道路脇に露出し, 1向斜・1背斜を経てふたたび蕪島に露出する。 ともに向斜の軸部にあって, 本図幅地域における秩父古生層の最上部にあたる。 他の2層は岳ノ鼻の輝緑凝灰岩層の上盤側にあるものと, 津村島北岸附近のものとで, 質・色調ともに前者と識別できないが, 前者よりははるかに下位のものである。
宇部市街北方に蛇紋岩の露出が広くみられ, また本山半島の竜王山北麓には, 輝緑岩質岩石の露出がみられる。 これらの貫入岩の時代は未だ詳らかでないが, 一般に三郡変成岩と関連して露出し, その生成は少なくとも中生代以前のものであろうと推察されている。
輝緑岩質岩石は濃緑ないし暗緑色, 塊状をなし, きわめて堅硬である。 鏡下では角閃石はしばしば撓曲して, 一般に周辺部は繊維状を呈し, 他形の斜長石および鉄質物で構成されている(広川治技官検鏡)。
本層群は津布田半島および縄地ケ鼻北方附近に, 関門層群や第三系に覆われて小規模に露出する。 本層群は津布田層群とも称され, 図幅地域にはその下部の平松層と呼ばれているものの一部が露出するにすぎない。
礫岩・黒色粘板岩および砂岩・頁岩の互層からなり, 粗悪な無煙炭を挾有する。 その走向は N 50~80°E, 傾斜 45°SE~50°NW で, 小向斜溝造を形成し, 著しく擾乱を蒙っている。 三郡変成岩とは傾斜不整合の関係にある。 本層群から Equisetites Takaianus KONNO, Neocalamites sp. 等が知られている。
本層群は従来硯石統または硯石層群と呼ばれていたものであるが, 近年その名称の不適当や, 定義の不明確なことにより, 松本達郎によって新たに命名されたものである。
本層群は火山性物質の少ない下部の脇野亜層群と, 火山性物質の多い上部の下ノ関亜層群とに大別されている。 図幅地内で企救半島に露出するものは脇野亜層群に属し, 津布田半島に露出するものには, 一部下ノ関亜層群に属するものも含まれているようである。 企救半島の門司市街東方一帯に露出する本層群は, 厚さ 50 m 余の礫岩層に始まり, 頁岩・珪質粘板岩・細粒砂岩の互層によって構成され, 凝灰質岩層を挾有する。 基底礫岩層は石灰岩礫を主, チャート・砂岩・粘板岩等の礫を従とし, 砂質, 凝灰質または石灰質の物質で膠結された礫岩で, 一般に円礫が多いが淘汰不良のものもある。 その風化面は石灰岩礫の溶解, 逸脱によって空隙の多い特殊な外観を呈する。 頁岩・珪質粘板岩および砂岩層は一般に暗灰色ないし灰緑色を呈する。 珪質粘板岩のあるものは淡青灰色を呈し, 緻密質で角岩状を呈することもある。 凝灰質岩は一般に暗灰色と緑色の混色を呈し, 一部に紫紅色のものもある。 紫紅色凝灰岩のあるものは, 硯石の原石として貴重視されている。
企救半島に露出している本層群の走向は N 45°E 内外で, 傾斜は SE または NW に 20°内外を示し, 田野浦東方附近で向斜構造をなしている。
津布田半島および浜木屋・縄地ケ鼻附近に露出する本層群は, 古期岩層と断層関係で露出しており, その下部はわからない。 礫岩・砂岩・凝灰質岩の互層で, 一般に粗粒岩に富み, 特に礫岩の発達が著しい。 礫岩を構成する礫は, 径 3~10 cm 程度のチャートの円礫が多く, 砂岩・粘板岩礫も含まれている。 凝灰質岩は灰緑色と紫紅色の混色を呈し, 緻密質である。 走向は N 0~20°E を示し, 傾斜は一定しない。
企救半島地域には花崗岩や玢岩・斑岩等の岩脈・岩床が多数見られる。 これらの迸入時期については, 本図幅内だけでは詳らかにしがたいが, 加藤武夫の西南日本における火山活動の研究 5) によると, その活動時期は白堊紀の初期から末期にわたり, それらの活動の順序は次のとおりである。
斑晶 : オパサイト化作用を受けた淡緑色角閃石・斜長石を交代した絹雲母 および方解石の仮像, 無色の単斜輝石およびそれを交代した方解石
石基 : 斜長石・淡緑色角閃石・絹雲母・炭酸塩鉱物・緑泥石および鉄質物
幅 2 m 余の岩脈にすぎないが, 周辺の花崗岩に変質を与え, このため花崗岩は白色の陶器様になっている。
斑晶 : 新鮮な斜長石・帯緑褐色角閃石
石基 : 斜長石・緑色角閃石・黒雲母で, 黒雲母は細片をなし, 角閃石の周囲に, または単独に群集している。
道瀬北方一帯に岩床, 岩脈として多数露出している。
主として珪長石からなる石基中に斜長石の斑晶をもち, その内部に絹雲母の微晶が散点している。 有色鉱物としては 角閃石または黒雲母を交代したと考えられる緑泥石・緑簾石および方解石が, 斑晶および石基に少量みられる(以上広川治技官検鏡)。
最も露出の広いのは, 宇部市北方の厚東川左岸一帯である。 中粒の黒雲母花崗岩で, 長石は淡紅色を呈する。
満珠島・干珠島の両島はともに花崗岩からなる。 宇部地域のものよりやゝ粗粒の角閃黒雲母花崗岩で, 長石は前者同様淡紅色を呈する。
太刀ノ浦東方の海岸には古生層を貫ぬく花崗岩の岩株があって, 周囲の砂岩・粘板岩等に変質を与え, 接触鉱物として柘榴石の結晶を多く生成している。
当地域の第三系は古第三紀(始新世~漸新世 ?)の宇部層群で, その全層厚は 150 m 内外である。 一般に下部(無炭部)の厚東川礫岩層と, 上部(含炭部)の宇部夾炭層とに2分される。
厚東川の流域には礫岩および含礫砂岩の厚層が発達する。 本層は宇部層群の基底部に該当するもので, この地域に限られて分布し, 厚東川礫岩層と呼ばれている。 その厚さは 50 m 以上に達することもあるが, 図幅地域東限附近においては, 石英質粗粒砂岩の薄層に移化し, 含礫質のところもあるが, 厚東川礫岩層上部の含礫砂岩層とは趣きを異にしており, 東隣の宇部東部図幅における岐波累層に該当するものと思われる。 また海上試錐等の結果によると, 本層に相当するとみなされる層準には, 頁岩ないし砂質頁岩が発達している。
本層の礫の大ききは厚東川の上流部と下流部とで大いに異なるが, 本図幅地域内では拳大程度のものが多い。 珪岩・花崗岩・結晶片岩・砂岩・頁岩等の円礫が多いが, 淘汰不良のものもある。
本層は数枚の稼行炭層を挾有し, 経済地質学上重要な地層である。 本層を分層することは困難であるが, 地質構造をわかり易く表現するために, これを上・中・下の3部層に細分した。
下部層 : 本層は細粒砂岩・頁岩・炭層の互層からなる。 その全層厚は地域によって著しく異なるが, 30~50 m で, 厚東川礫岩層との関係は局部的に軽微な不整合がみられる。
本層の最下部には全炭田を通じて, 灰青色の粘土または頁岩層が発達している。 この粘土層ないし頁岩層は厚さ 10~20 m あって, 各地で窯業原料として採掘されている。 この粘土層ないし頁岩層の上位に, 当炭田最下位の炭層である三尺炭層があり, さらにその上位 15~25 m に, 本炭田の主要炭層である五段層がある。
産出化石のおもなるものを挙げると下記のようである。
中部層 : 本層はその上限を五段層の上位 14~20 m にある大派層の上限とし, 下限は五段層の上盤あるいは数 m 上位にある厚さ 0.2~1 m の, 白色ないし帯褐灰白色の粘土質凝灰岩層の下限とする。 その厚さは約 20 m で, 下部は頁岩と細粒砂岩に富むが, 上部は次第に中粒ないし粗粒砂岩の量を増す。
なお上記凝灰岩層は薄層ではあるが, ほとんど炭田全域にわたって分布し, 本炭田における重要な鍵層の1つである。 大派層は厚さの点においても, また質の点においても, 横への変化が著しい。
上部層 : 大派層の上限から琴崎層の下限までの地層で, その厚さは試錐等によれば 60 m 余りである。 大派層の上位には厚さ 20~24 m の粗粒(まれに小礫質)砂岩層があり, 鈴木倉次はこの砂岩層と大派層との間に, 局部的, かつ軽微な不整合を認めている。 この砂岩層の上位の地層は砂岩・頁岩の互層で, その下部に二重石層と一重石層の2炭層を挾有している。
沖ノ山炭坑の一重石層の上盤から Desmatotherium grangeri TOKUNAGA と Amynodon watanabei (TOKUNAGA) が知られており, 少なくともこれらの化石が示す時代は, 始新世後期とされている。
本層は西宇部駅西方の際波附近の小丘, および小野田市南方の松原附近に露出している青灰色の粘土層で, 上記宇部層群を傾斜不整合に被覆して, ほとんど水平に近い緩傾斜を示している。 その層厚は際波附近で 10 m 以上, 小野田市野来見附近で 3 m 以下で, 陸地部では一般に 20 m 以下であるが, 海底部では試錐の結果によれば約 50 m に達するもののようである。
なお上記際波附近の本層から Myodora sp., 野来見附近のものからは Andaara cfr. granasa (LINNÉ), Cerithium sp. 等の貝化石を産するほか, 本層の相当層とみなされる沖見初炭坑台坪下(宇部東部図幅内)の粘土層中から, Stegodon orientalis OWEN が知られている。
以上の層位的関係や動物化石等によって, 本層の地質時代は, 一般に更新世とみなされている。
本層は砂礫層(下位)と黄褐色のローム質粘土層(上位)とからなり, 厚東川の両岸, 特に右岸の中野附近から本山半島にかけて, 標高 10~20 m の間に古生層や古第三系等の基盤の上に, 2~3段の河岸段丘を構成して分布している。
ローム質粘土層の成因に関して, 鈴木倉次は, 本層が無化石であること, 砂の粒子が角ばっていること, 石英や輝石等の結晶が散在すること等の点を挙げて, 風成説をとなえている。
本層は砂礫層と粘土層とからなり, 厚東川の流域や有帆川の河口附近一帯に最もよく発達する。 そのほか企救半島の道瀬・浜方・野江谷附近にやゝ広く, 森・喜多久附近では僅かに分布する。 宇部市街地は大正の初期頃までは砂丘地帯で, 現在も地下を掘るときれいな珪質砂がみられる。 また海底の砂泥は海上試錐によると, その厚さが 120~150 m に達するもののようである。
なお当地域には炭坑の「硬」によって, 海域の相当広い範囲が埋め立てられているので, 図幅にはこれを冲積層と区別するため, 特に白地として塗色せずに残した。
先第三系の地質構造は大局的にみて, ほゞ津布田半島と企救半島の中央部とを結ぶ線上に, 1大向斜軸が存在し, 三郡変成岩から厚保層群にいたる地層は, ことごとくこの構造に支配されているものと考えられる。 この向斜構造は企救半島では1背斜・2向斜からなる複向斜構造を示しており, また 宇部・津布田地域や 北隣の船木図幅地内の 三郡変成岩・厚保統・美禰統等の分布状況から推察して, 前記の向斜構造は周防灘を越して, 上記の両地域にも連続するもののようである。 この構造は関門層群には直接の影響を与えていないので, 同層群堆積前の変動によるものと推察され, おそらく大賀時階の造山運動によるものであろう。
断層も大規模のものはすべて第三系堆積前のもので, 前記の向斜軸に平行か, または, それにほゞ平交する方向をとるものが多い。 そのうちで特に注意をひくものに, 有帆川の線にほゞ平行に縄地ケ鼻東方を北東から南西に走るものと, 津布田・本山半島の海岸線近くを北西から南東に走るものとがある。
第三系は多くの背斜構造と向斜構造とを形成し, 特に海底では盆状構造とドーム構造を呈している。 これらの構造は古第三系堆積当時の基盤岩層の地形に, 大きく左右されて形成されたものと推定される。 古第三系堆積後の断層には, 竜王山東麓を北西から南東に走り, 南西方から衝上した竜王断層が顕著である。 その落差は 40~70 m 程度で, 地質構造上はさほど大きなものではないが, 炭田に及ぼす経済的意義は大きい。 また沖ノ山・東見初両炭鉱の延び先き附近の海底に, 幅 800 m 余に及ぶ小断層と小褶曲の集合した擾乱帯(津布田断層帯)がある。 これはおそらく竜王断層に伴なって, 軟弱な第三系中に生じた擾乱帯であろうと考えられる。 その他坑内では多数の断層が確認されているが, それらはほとんど基盤岩層には影響を及ぼしていないもののようである。
本図幅地域の古第三系は, いわゆる宇部層群で, 図幅地域内には多数の炭鉱がある。 その主要なものは 宇部興産株式会社の東見初・沖ノ山・西沖ノ山・本山の諸炭鉱 および 大浜炭鉱・櫻山炭鉱・松浜炭鉱・雀田炭鉱・第二雀田炭鉱・若沖炭鉱・長伸炭鉱 等である。 これらの諸炭鉱も陸地部の残炭量は僅かで, 目下さかんに稼行しているのは海底部である。
宇部層群下部層基底の粘土層ないし頁岩層は, 窯業原料として広く採掘され, また大派層直下の粘土層も, 処により窯業原料として採掘されている。
企救半島の海岸一帯には砕石砂利の採石場が多く, 宇部市北方の花崗岩地帯には建築用石材の石切場がある。
字部炭田はほゞ下記のような特殊性をもっている。
1) 夾炭層がきわめて薄い(150 m 以下)。 しかも陸地部では一般に地表から 50 m 以内で, 簡単に採炭でき, これが小企業の発達を促した大きな原因の1つとなっている。
2) 凹凸のある基盤の上に, 第三系が堆積し始めて幾ばくもなく炭層が堆積されたので, 基盤の地形的條件が炭層の賦存状況に著しく影響している。 すなわち基盤の形状を知ることによって, 炭層の賦存状況をかなり正確に把握できる。 また第三系が堆積した各湖盆の周縁部では, 夾炭層は急傾斜している。 したがって炭層露頭部の傾斜が急で, 当地方ではこれを「ハネ上り」と呼んでいる。 またこの縁辺部の炭層が局部的に辷り落ちて, 基盤岩層と直接接していることがある。 坑内でこのような現象に逢着して, しばしば大断層と誤認することがある(第 1 図参照)。
3) 夾炭層中には褶曲のみるべきものもなければ, 大きな断層もなく, 炭層の傾斜はきわめて緩いため, 採掘が容易である。 このことは 1) に述べたこととともに小企業の発展を促した。 また地層がほとんどもめていないことは, 炭化があまり進まなかった1原因とみなされる。
4) きわめて小さな湖盆の集合地帯での堆積であるために, 各湖盆によって夾炭層の堆積状況が多少異なっている。 すなわち各湖盆間でその上部の地層は, 基盤の起伏とは無関係に互に相連続するが, 下部の地層は両者間の基盤の稜線によって断たれていることが多く(第 1 図参照), 各湖盆の炭層の対比は容易でない。 本炭田における炭層の名称が区域によって種々雑多なのは, 主として上記のような理由による。
本炭田の埋蔵炭量は, 陸地部ではすでにその大部分が採掘しつくされた感があり, 将来の発展は海底部への進出いかんにかゝっている。
本図幅地域で稼行に耐える炭層は, 上位のものから 一重石 ・ 二重石 ・ 大派 ( 七甲平 )・ 五段 (七甲)・ 二段 ( 袴腰 )・三尺(三徳)の6層で(第 2 図参照), 一重石・二重石等の上部層は, 盆状構造の中心部に僅かに残存するにすぎず, 多くの場合すでに侵蝕をうけて欠如している。 大派層はそのなかに多量の砂泥を混入しており, しかも分層が著しく, 概して悪質炭でところによっては採掘の対象とならない。
五段層は本炭田随一の良質かつ厚層の炭層で, 字部地区で五段層と呼ばれ, 小野田・本山地区では七甲層と呼ばれている。 その炭丈は 1.2~1.5 m あり, 発熱量も商品炭として 5,000 cal をいく分上廻っている。 炭層群中かなり下位にあるため, その賦存地域も広く, 最も盛んに稼行されている。
二段層は東見初炭鉱における五段層の下位約 17.5 m に位する炭層の呼称である。 炭丈は約 60 cm で, 現在稼行されている。 その西方の沖ノ山炭鉱ではいく分厚さを滅じてはいるが, 袴腰層と呼ばれて稼行されており, さらに西方に進むにしたがい炭層の発達は悪くなっている。
三尺層は東見初炭鉱で二段層の下位約 13.5 m に位する炭層の呼称で, その炭丈は約 1.3 m である。 本層は大浜・桜山両炭鉱では三徳層と呼ばれているが, その発達状況はあまりよくない。 本層は一般に最下位の稼行可能炭層であるが, 東見初炭鉱では, 本層の下にさらに四尺層と呼ばれる炭丈約 75 cm の炭層が発達している。
東見初・沖ノ山・西沖ノ山・本山の4炭鉱は, 宇部興産株式会社宇部鉱業所の傘下に属し, いずれも海底炭坑で, 本炭田出炭量の大部分を占めている。 東見初炭鉱は海岸から沖へ 7 km 以上も進出し, 津布田断層帯を突破して, さらにその沖側の処女地へ向かっている。 沖ノ山炭鉱は一度津布田断層帯を突破したが, 昭和 23 年の出水に逢い挫折した。 両者とも月産 3~4 万 t を出炭している。 西沖ノ山炭坑は, 西沖ノ山干拓事業の進展に伴なって開坑された新坑で, 陸地部の長沢炭鉱をもその傘下におさめ, その将来が期待される。 本山炭鉱は海岸から沖へ 2.5 km 余進出し, 長沢炭鉱とともに, 月産 1 万 t 級の炭鉱として栄えてきた。 大浜炭鉱は本山炭鉱と並んで, 竜王山の西麓から海底へ向かって開坑されている。 現在海岸から沖へ 2.5 km 余進出し, 月産 1 万 t 級の炭鉱である。
桜山炭鉱は小野田市北西方の陸地部を採掘し, 松浜炭鉱は宇部市街の海岸にあって, ともに月産 7,000 t 級の炭鉱である。
若沖炭鉱梶坑は最近津布田半島梶ノ鼻から海底へ向かって斜坑を掘進中で, 未だ着炭していない。
雀田・第二雀田・長伸の各炭鉱は, いずれも陸地部の炭鉱で, ほかに小島・松津・若山・竜王・藤山・中山等の炭鉱があるが, これらの中小炭鉱は業界の好不況に大いに左右される。
| 炭鉱(坑)名 | 銘柄 | 水分 % | 灰分 % | 発熱量 kcal / kg | 純炭 % | 無正無小無灰基発熱量 kcal / kg |
| 沖の山 | 五段塊炭 | 9.44 | 15.42 | 5,656 | 75.14 | 7,520 |
| 〃 | 9.93 | 11.64 | 5,780 | 78.43 | 7,370 | |
| 大派粉炭 | 7.76 | 38.05 | 3,960 | 54.19 | 7,310 | |
| 〃 | 7.33 | 41.78 | 3,580 | 50.90 | 7,030 | |
| 東見初 | 五段中塊 | 9.52 | 17.07 | 5,470 | 73.41 | 7,450 |
| 〃 | 10.43 | 15.01 | 5,470 | 74.56 | 7,340 | |
| 大派中塊 | 8.23 | 33.24 | 4,240 | 58.53 | 7.240 | |
| 〃 | 8.10 | 34.37 | 4,090 | 57.53 | 7.110 | |
| 大派粉炭 | 7.70 | 43.41 | 3,460 | 48.89 | 7,080 | |
| 〃 | 7.29 | 43.77 | 3,340 | 48.94 | 6,820 | |
| 大派並塊 | 10.84 | 38.61 | 3,720 | 50.55 | 7,360 | |
| 〃 | 8.69 | 36.60 | 3,860 | 54.71 | 7,050 | |
| 松浜 | 一重石塊 | 10.59 | 17.05 | 5,390 | 72.36 | 7,450 |
| 〃 | 10.86 | 13.64 | 5,490 | 75.50 | 7,270 | |
| 一重並粉 | 8.28 | 40.27 | 3,700 | 51.45 | 7,190 | |
| 〃 | 8.37 | 42.20 | 3,500 | 49.43 | 7,080 | |
| 雀田 | 七甲中塊 | 8.04 | 18.71 | 5.560 | 73.25 | 7,590 |
| 〃 | 7.20 | 26.63 | 4,930 | 66.17 | 7,450 | |
| 長伸 | 七甲中塊 | 9.48 | 20.38 | 5,170 | 70.14 | 7,370 |
| 七甲粉炭 | 7.24 | 38.32 | 3,890 | 54.44 | 7,150 | |
| 西ノ沖山 | 西沖塊(七甲) | 8.26 | 20.10 | 5,350 | 71.64 | 7,470 |
| 西沖粉(〃) | 7.78 | 22.18 | 5,150 | 70.04 | 7,350 | |
| 桜山 | 七甲特塊 | 8.38 | 17.80 | 5,550 | 73.82 | 7,520 |
| 七甲塊 | 8.18 | 30.49 | 4,490 | 61.33 | 7,320 | |
| 大浜 | 洗中塊(七甲) | 8.54 | 24.65 | 5,010 | 66.81 | 7,500 |
| 洗特粉(〃) | 7.88 | 19.84 | 5,420 | 72.28 | 7,500 | |
| 本山 | 特塊(七甲) | 9.11 | 15.60 | 5,680 | 75.29 | 7,540 |
| 並塊(〃) | 7.63 | 29.60 | 4,680 | 62.77 | 7,460 | |
| 洗粉(〃) | 9.43 | 16.49 | 5,500 | 74.08 | 7,430 | |
| 龍王 | 水洗中塊(七甲) | 8.00 | 23.50 | 5,150 | 68.50 | 7,520 |
| 上塊(〃) | 8.64 | 16.52 | 5,690 | 74.84 | 7,600 | |
| 若山 | 洗中塊(七甲) | 7.44 | 24.43 | 5.160 | 68.13 | 7,570 |
| 広島通商産業局 宇部石炭支局 分析課 分析(昭和 27 年) | ||||||
宇部夾炭層の最下部に発達する灰青色の粘土層または頁岩層は, セメント原料および陶器原料として各地で採掘されている。
小野田市東方の基盤岩露出地附近の小野田セメント採石場は, 鉄道引込線を有し, 機械力をもって大規模に採石している。
小野田市目出東方および北方一帯には, 甕の製造業者が軒をならべ, 附近の上記粘土層を採掘している。
また小野田市丸河内附近では, 大派層の下盤の粘土または頁岩層を採掘し, 西宇部駅の西方では琴崎層の粘土を採掘して, 甕・瓦等を製造している。
宇部市中山北方の山頂附近では, 花崗岩の建築石材を産するが, 運搬に不便なためにその規模はきわめて小さい。 材質美麗な中粒の赤御影で, 風化帯も浅いので道路の完備によっては良好な石切場となろう。 また沖ノ旦北東方の厚東川沿岸一帯にも, 同質の花崗岩の石切場が数ヵ所あるが, 風化帯が深く良質の石材は得がたい。 しかし運搬に便なので, 石垣用の石材を採ってトラックで運搬している。
九州の企救半島海岸一帯では, 秩父古生層および関門層群の粘板岩・輝緑凝灰岩・砂岩等を採石し, クラッシャーにかけて砂利を造っている石切場が多数ある。 いずれもクラッシャー・篩分け装置・船積棧橋等の設備をもち, 現在盛んに操業中で, 砕石は鉄道用と土建用に使用されている。
野江谷北西方と青浜西方の石灰岩は, いずれもかって採石されたことがある。 これらの石灰岩は海岸から遠隔の山中にあり, しかもその規模が小さいので, 大規模の開発は期待できない。
昭和 28 年 6 月の大雨によって受けた門司地区の崖崩れの被害は惨状をきわめたが, 本図幅地域内にも崖崩れの跡が数ヵ所に見受けられた。 その原因は降雨量の過多によることは言をまたないが, 地層の風化帯とその含水率, 山腹の傾斜角度, 風化帯とあまり風化を受けていない岩盤との境界面の状況, 等に左右されることが多いものと考えられる。
当地域の古生層と関門層群との砂岩・粘板岩・輝緑凝灰岩等の風化帯は, 地表から 3~5 m までが最も著しく, 縦横の亀裂によって大小さまぎまのブロックとなって, 全く風化していない岩盤と完全に遊離しており, この風化帯の含水率は相当高いものと推察される。 しかも風化帯と非風化帯との境界面は, 多少外側に丸味を帯びた単調な面で著しい凹凸がない。 また当地域の山岳は標高はさほど高くないが, その傾斜はかなり急で, 大量の降雨が続くと風化帯に多量の水が貯えられ, あまり風化を受けていない岩盤との間に水が充満し, 両者間の摩擦が減って, ついに風化帯の土砂がものすごい勢いで山腹を辷り落ちることになる。 門司は上記の條件を備えた山腹や山麓に発達した街である。
EXPLANATORY TEXT OF THE GEOLOGICAL MAP OF JAPAN Scale 1 : 50,000
Fukuoka, No. 35
By KIYOTO KIYOHARA (Written in 1954)
The area includes the southwestern extremity of Chūgoku and the Kiku peninsula of Kyūsyū.
The formation occuring in this area are, form lowey to upper, Sangun metamorphic rocks, Chichibu Paleozoic system, Atsu group, Kammon group, Ube group and Quaternary deposits.
The Pre-Kammon formation formed a synclinorium, and its axis runs from the Tsubuta peninsula to the Kiku peninsula.
Sangun metamorphic rocks : This complex consists of green schist, quartz schist, black schist and phyllite. The complex is intruded complicatedly by serpentine and diabase.
Chichibu Paleozoic system : This system in the mapped area is an alternation of sandstone and slate, intercalating a few layers of schalstein, quarzite, chert, conglomerate and limestone. The limestone layers contain Heterocrinus, Peraia and Paleofusulina.
The relation between this system and the Sangun metamorphic rocks is not clear in the area.
Atsu group : This group is distributed at the small parts of Tsubuta and Nojiga-hana peninsulas. It covers the Sangun metamorphic rocks unconformably and is covered by the Kammon group and the Tertiary deposits.
It consists of conglomerate, slate and an alternation of sandstone and shale which intercalates some layers of poor anthracite.
The group is middle Triassic in age and contains following plant fossils in this mapped area.
Kammon group : This group covers the Chichibu paleozoic system at the Kiku peninsula and the Atsu group at the Tsubuta peninsula, unconformably. The basal part nearly 50 m thick is composed of conglomerate containing pebbles mostly of limestone and party of chert and sandstone. The main part is of an alternation of sandstone, slate, schalstein and conglomerate. The geological age of the group is Cretaceous, but fossils have never been found in the area mapped.
Hornblende porphyrite, plagiophyre and hornblende biotite granite which are intruded succesively in this order in late or post Cretaceous occur in the forms of stocks, dikes or sheets penetrating the Kammon group and the Chichibu Paleozoic system. Some parts of this formations around the intrusive bodies are contact-metamorphosed, producting biotite and garnet.
Ube group : The Ube group is about 150 m in thickness, and it is divided into the Kotō-gawa conglomerate formation (lower) and the Ube coal-bearing formation (upper).
The Kotō-gawa conglomerate formation consists mainly of conglomerate and coarse sandstone, and it is distributed along the Kotō-gawa.
The Ube coal-bearing formation rests conformably on the Kotō-gawa conglomerate formation but unconformably in a part. It is divided into the lower, middle and upper members.
The formation is an alternation of sandstone, shale and coal seams, having a thickness of about 100 m. The sandstone is fine at the lower and coarse at the upper.
There are six workable coal-seams and they are gathered in the middle part of the coal measure.
Fossils known from the Ube coal-bearing formation in the mapped area are as follows.
By these fossils the Ube group is considered to be late Eocene-Oligocene in age.
Kotozaki formation : This formation consists mainly of bluish clay. It rests almost horizontally on the Ube group. The thickness is about 20 m on the land area and about 50 m on the sea area.
The formation is considered to be of Pleistocene age by the following fossils.
River terrace deposits : Along the Kotō-gawa there are developed river terrace deposits of 2~3 stages.
They consist mainly of gravel bed (lower) and loamy clay (upper).
The loamy clay is distributed on the gravel bed and on the hill everywhere. They are probably Pleistocene in age.
Alluvial deposits : They are composed mainly of gravel and clay, distributed along the Kotō-gawa and on the month of the Ariho-gawa.
Coal : There are many coal mines in the mapped area. The Table 2 shows main coal mines and their monthly productions.
| Coal mine | Monthly production of coal |
| Higashimisome | 40,000 t |
| Okino-yama | 30,000~35,000 |
| Nishiokino-yama | 16,000 |
| Moto-yama | 10,000~14,000 |
| Onama | 10,000~14,000 |
| Matsuhama | 7,000 |
| Sakura-yama | 7,000 |
The number of the workable coal seams are six. They are called the "Sanjaku", "Futadan", "Itsudan", "Oha", "Futaeishi", and "Hitoeishi", in ascending order.
The thickness of each coal seam and the span between each seam are shown in the Figure 1.
Of these, the Itsudan seam is most economically important. The Futaeishi and Hitoeishi seams are an superior in quality. But as they exist in the upper part of the coal measure, they had been almost eroded out, the coal of Oha seam is poor in quality.
The Higashimisome, Okino-yama, Moto-yama, and Ohama coal mines are working the seam under the sea, about 2,500~7,000 m from the sea shore.
Clay : The clay or shale bed (10~20 m in thickness) at the base of the Ube coal-bearing formation has been worked at many places for the materials of cement, pot and tile.
Building stone : On the northern part of Ube-City there are a few quarries of granite. Along the coast of Kiku peninsula there are many quarries of sandstone, slate schalstein of the Chichibu Paleozoic system and Kammon group.
昭和 31 年 3 月 25 日印刷 昭和 31 年 3 月 31 日発行 著作権所有 工業技術院 地質調査所