12029_1964
5萬分の1地質図幅説明書
(岡山 第 29 号)
通商産業技官 服部仁
通商産業技官 片田正人
地質調査所
昭和 39 年
目次 [ * 印付きは地質図幅には表わされていないもの ] I. 地形 II. 地質 II.1 概説 II.2 古生層 II.3 中生代末期の火山岩類 II.4 中生代末期の迸入岩類(Ⅰ および Ⅱ)および金持礫岩 II.4.1 G1 : 片麻状角閃石黒雲母花崗閃緑岩 II.4.2 G2 : 角閃石輝石閃緑玢岩など II.4.3 G3 : 微文象黒雲母花崗岩 II.4.4 金持礫岩 II.4.5 G4 : 角閃石含有黒雲母花崗閃緑岩など II.4.6 G5 : 黒雲母花崗斑岩など II.4.7 G6 : 斑状黒雲母花崗岩 II.4.8 G7 : 粗粒黒雲母花崗岩 II.4.9 G8 : アプライト質~ペグマタイト質花崗岩 II.5 岩脈 II.5.1 苦鉄質ないし中性岩脈 * II.5.2 アルカリ珪長質岩 II.6 中新世の火山岩類 II.7 鮮新世の火山岩(橄欖石玄武岩) II.8 大山火山岩類 II.9 大山軽石層 * II.10 高位砂礫層など * II.11 河岸段丘堆積層 II.12 崖錐堆積層 II.13 冲積層 III. 応用地質 III.1 金属鉱床 III.1.1 銅・亜鉛・鉛鉱床 III.1.2 硫砒鉄鉱 III.1.3 モリブデン III.1.4 砂鉄 III.2 非金属鉱床 III.2.1 珪石 III.2.2 石材 III.2.3 紫水晶 III.3 鉱泉 文献 巻末図版 Abstract
1 : 50,000 地質図幅説明書(昭和 36 年稿)
(岡山 第 29 号)
本地質図幅は, 昭和 33 年~35 年の野外調査の結果をとりまとめたものである。 作業は主として服部仁によって行なわれ, 片田正人は根雨付近および法勝寺川流域の現地調査と, 岩石の検鏡の一部を行なった。
鉱床の記載にあたっては 鉱床部および大阪駐在員事務所に保存されている未発表資料を利用した。
現地の地質調査に際して, 鳥取県地下資源開発局および鳥取県日野郡日野町役場から便宜を受けた。
本図幅地域は, 鳥取県南西部の一部を占め, 島根県および岡山県の一部を包括している(第 1 図)。 北側には米子市が隣接し, 北東方には中国地方の最高峯であり, また国立公園でもある 伯耆大山 (標高 1,712.9 m)が聳立している。
図幅地域の南東隅では中国山脈がほゞ東西に連らなり, 高度は 1,000 m に達している。 この山岳地帯は古生代および中生代末期の, 比較的古期の岩石から構成されている。 中国山脈の南側は老年期の準平原的地形で各処に放牧場がある。 これに対して, 北側の山腹の地形は急峻であり, 谷は崖錐により厚くうめられている。
本図幅地域全体にわたって, 山頂部は概して鈍頂地形を示し(図版 1), 老年期の地形の名残りを示す。 山頂を占めるものにメサ地形を示す玄武岩の台地があり, 数ヵ処以上に分布し, ときには柱状節理をみせている。 この玄武岩の基盤の海抜高度は, 場所によって異なり, 概していえば, 図幅地域北部ではその基底面は低く, 南部では高い傾向にある。
本図幅地域内を北流する日野川は中国山脈(南西隣の 多里 図幅地域内)に源を発し, 日本海に注ぐ間に, 印賀 川・野上川・ 法勝寺 川などの支流を合流させ, 最後には米子市付近を中心とした大きな冲積平野を発達させている。 四季を通じて多雨であるこの地方の河川は, 比較的水量に恵まれ, 日野川・印賀川には小規模ながらダム・発電所が設置されている 22), 23) 。
日野川はこの地域南部ではほゞ北東に向かって流下し, 江尾 駅(国鉄 伯備 線)付近からその流路を北西に変える。 この北西方向の流路の北東側に大山火山岩類が厚く分布することから考えると, 日野川は大山火山岩類噴出のためにその流路を現在のように変えたのであろう 3) 。
日野川とその支流にみられる河岸段丘には少なくとも2段面が認められる。 また図版 2 にみられるような平坦面が比較的高所にみられる。 これも一種の段丘面とみなすことができよう。
この地域の南端の 石見 川が日野川に合流する 生山 駅付近には 石霞 渓があり, 花崗岩の節理によりつくられた急峻な崖壁が連続している。 また各処に花崗岩類が白い地肌をみせているが, それは自然の削剥作用による場合と, 山砂鉄の採掘のために山塊が崩壊した場合とがあり, 多くの場合は後者である。 山砂鉄を採取後に生じた膨大な量の廃砂と, 製錬時に生じたカラミの堆積により埋められた谷や沢も少なくなく, その場合は崖錐の場合とは異なり緩慢な傾斜を示している。
本図幅地域は主として中生代末期の迸入岩類 = 花崗岩類によって占められているが, 図幅地域の南東部および南西隅には, 千枚岩~結晶片岩(三郡変成岩類)および中生代末期火山岩類が, この花崗岩類に貫かれて分布している。 北西部には第三紀中新世の火山岩類が, 北東部では第四紀の大山火山岩類がそれぞれ花崗岩類を不整合に覆っている。 また北部の全域にわたって軽石層が覆っている。
本図幅地域の諸岩石は次のように時代区分される。
古生層はほゞ NW - SE~E - W の走向を示し, 花崗岩により寸断されている。 大部分は千枚岩~結晶片岩であるが, ごく一部には非片状岩もある。 この片状岩は本図幅地域の東方・南方に発達する三郡変成岩類 12), 15), 16), 33), 39) に相当するものであろう。 ほとんどの古生層はその後の花崗岩類の迸入により熱変成岩になっている。
中生代の火成活動は火山岩の噴出に始まり, ひきつゞいて花崗岩類の迸入に移行した。 本地域内では火山岩・迸入岩類の活動の時期・構造・層序を明確にできなかったが, 大まかに次のようにまとめられる。
古生層を基盤として安山岩・石英安山岩・流紋岩が噴出した。 1 / 75,000「久世」地質図幅 15) において, これは 中生代噴出岩(玢岩・玢岩質角礫岩および凝灰岩・白色凝灰岩)とよばれたものの 西方への延長にあたり, 硯石統以後の形成とされている。 この直後あるいは一部は相前後して 迸入岩類 Ⅰ(G1~G3)としたやゝ苦鉄質の閃緑岩・微文象花崗岩を主とする半深成岩が, 一部には混成作用を伴なって活動したものと推定され, 火山岩と相伴なって分布している [ 以下の [注1] 参照 ] 。 この頃, この迸入岩類 Ⅰ の分布地域の近くにきわめて特異な産状を示す 金持 礫岩が小範囲に発達した。 上述の岩石の一部を礫として含み, 苦鉄質火山岩質の基質からなる。 また後に迸入した花崗岩類(迸入岩類 Ⅱ)の熱的影響を受けているので, その堆積時期・期間および堆積範囲は, 地史などの解明上 重要な意義をもつものである。 しかし, たった1ヵ処に, しかも礫岩だけが露出するにすぎず, また真正の礫岩かどうか明らかにすることのできない要素をもつている。 しかしこれは 広島県・島根県地方から発見されている 作木 火山岩類に対比される可能性がある。 本図幅地城南東部でも, 作木火山岩類相当層が報告されているが 51) , この図幅調査では 金持礫岩を除いて 作木火山岩類相当層の可能性のあるものを認めることができなかった [ 以下の [注2] 参照 ] 。
迸入岩類 Ⅱ(G4~G8)とした花崗岩類は迸入岩類 Ⅰ を貫き, あるいは捕獲し底盤状に拡がる深成岩を主体とする, 深成~半深成火成岩類である。 おもな岩質は珪長質の黒雲母花崗岩であり, 一部は斑状を示したり, 角閃石を含んだり, またアプライト~ペグマタイト質であったりする岩石である。
迸入岩類 Ⅰ はいわゆる「中央深成岩群」 26), 27), 37), 51) , 第1期迸入岩類 48), 49), 50) などに, また迸入岩類は因美(山陰)花崗岩複合体 26), 27), 37), 51) , 第3期迸入岩類 48), 49), 50) , 小鴨花崗岩 48), 49) , などと呼ばれたものに相当するものであろう。 後者は一般に「中国底盤」を構成し, その形成時期は中生代末期~第三紀初期と考えられている。
岩脈は地質図では大部分を省略してあるが, 迸入岩類 Ⅱ の形成末期ないし形成の後に生じた節理系に沿って, ほゞ一様に規則的方向性をもって貫入した( [ 後に示す ] 第 10 図参照)。 おもに安山岩質ないし玢岩質の岩石で, 一部には粗粒玄武岩・アルカリ珪長質岩がある。
以上のような迸入岩類の形成後, 削剥につづく沈降運動により, 中新世のいわゆるグリーン・タフ山陰・北陸区 44), 47) の堆積盆地が生じ, その南縁辺部にあたる本図幅地域にも主として火山砕屑岩からなる岩層が生じた。 岩相は玄武岩~流紋岩質で, おもに下部は流紋岩質により(最下部は玄武岩~安山岩質および石英安山岩火山礫岩), 上部は安山岩~石英安山岩質により, 特徴づけられる。 形成時期は, 化石がみいだされないばかりでなく, 標式地と分布位置が隔っているので簡単には決められないが, 下部の流紋岩質岩石は玉造累層, 上部の安山岩質岩石は大森累層に対比できるものと思われる 52) , 中新世中期から後期に相当するであろう [ 以下の [注] 参照 ] 。
その後この地域は広い範囲にわたって隆起・準平原化 4), 6), 7) され, 局部的に礫岩・砂岩が堆積した。 つづいて小規模ながら各処に橄攪石玄武岩およびその火山砕屑岩が地表に噴出した。 しばしば柱状節理の断崖がみられ, メサ地形を示す小高い台地が特徴である。 このような玄武岩は中国地方各地に噴出しているが 5) , それらの形成時期は幾段階 19), 20), 29), 48) にも分かれている。 本地域内では簡単には決められないが, その形成時期はほゞ松江累層 8), 32), 47), 52) に対比されるのではなかろうか。 もしそうならば鮮新世前期にあたる。
日野川およびその支流など, この地域の河川は鮮新世後期には, ほゞ現流路を下刻しはじめていたものと推定される。 大山火山岩類は, この地域では日野川より西方には分布しない。 日野川の屈曲は大山火山岩類の噴出と, 局部的な湖成層の存在とともに 大山火山岩類の噴出による一時的な河川堰き止めを推定させる。 その後に軽石層が堆積した。
この図幅地域の地史を総括して第 1 表に示す。
本層は図幅地域の南東部および南西隅に分布しており, 千枚岩~結晶片岩と非片状岩に分けられる。 これらの岩石は花崗岩類の迸入のため数ヵ処に分かれて分布するので, 便宜上岩体の分布によって第 2 図のような3ブロックに区分して記載する。 非片状岩と千枚岩~結晶片岩との関係は断層 [ 以下の [注] 参照 ] であり, Ⅰ ブロック内の江府町江尾の南方で観察される。 断層は東西に近い走向で北に傾斜する(図版 3)。
本岩は図幅地域東部に分布する Ⅰ ブロックの古生層の最北部を占めるにすぎず, 千枚岩~結晶片岩とは前記の断層で接する。 苦鉄質凝灰岩を主とし, 一部は粘板岩・砂岩やチャートから構成され, 花崗岩の迸入の影響で熱変成岩となっている。 まれに礫岩があり, 江府町 江尾の南方でみられる。 乱泥流によって形成されたと推定されるもので, チャート質の基質中に頁岩・チャートおよび緑色岩が不規則な形で入り混じっている (図版 4)。 一般に地層の走向は東西に近く, 北へ急傾斜する。
苦鉄質火山岩を原岩とするものには, 角閃石・単斜輝石・緑簾石・方解石などが熱変成作用により晶出し, 岩石は緑色を帯びている。 粘板岩や砂岩を原岩とするものでは, 黒雲母・白雲母・電気石などが再結晶していて, チョコレート色を帯びている。 一般には, 石英・斜長石などの砕屑粒は再結晶しないで残っていることが多く, 原岩の組織はよく保存されている。
本岩は次の3つのブロックに分かれて分布する。 Ⅰ: 図幅地域東部の江府町江尾から日野町根雨にかけて露出するもの。 このブロックの岩体の南端部をとくに Ⅰ' ブロックとして区別した。 Ⅱ: 地域南東部の中国山脈にまたがって露出し, まったく遊離された小岩体。 Ⅲ: 地域南西部を占める典型的な千枚岩の岩体。 この岩体は南西隣の「多里」図幅, および南隣の「上石見」図幅地域に拡がって分布する岩体の一端に当たる。
全般的に黒色千枚岩~黒色片岩と少量の緑色千枚岩~緑色片岩からなり, その他にも 石英千枚岩~石英片岩および石灰質岩石が挟まれる。 原岩は粘板岩・砂岩・苦鉄質火山岩チャートおよび石灰質岩石である。 苦鉄質火山岩は火山砕屑岩および熔岩である。 火山砕屑岩には粘板岩質の凝灰岩が多い。 他の岩石が結晶片岩化しても熔岩は比較的塊状である。
Ⅱ ブロックを除いて, Ⅰ と Ⅲ ブロックではほゞ同じ傾向の走向 [ 以下の [注] 参照 ] を示す。 すなわち, NW - SE~WNW - ESE の走向が顕著であり, 北と南へ傾斜している。 Ⅲ ブロックの北東端の断層に近い処では傾斜が乱れている。 しかし, Ⅰ' ブロックでは単傾斜で NW - SE の走向, SW への傾斜が特徴となっている。 有色鉱物の平行配列に基づく線構造は, Ⅰ ブロックの北部においてほゞ東方への傾斜を示すのに対して, Ⅰ ブロックの南部および Ⅰ' の部分では西方への傾斜を示す。 Ⅲ ブロックにおいては断層に近い北部で北東~北北東に, 南部では西ないし西北西方向の傾斜を示す。 Ⅱ ブロックでは, 岩体が小さいのと, 複雑な褶曲構造を有するので, 一般的な傾向を求めることはやゝ困難であるが, 普通はほゞ南南西へ傾斜している。
本岩には, 片理がよく発達し, 片理に沿って薄く剥がれ易い。 しかし花崗岩類に近づくにつれて, 粒度が粗くなり, 肉眼でも顕微鏡下でも片理は次第に不鮮明となり, 片理に沿って割れ易い傾向はなくなる。
また岩体のあるものは, 曹長石質斜長石の斑状変晶を有するいわゆる点紋片岩である。 しかし点紋の有無には分布上の規則性はみられない。 概していえば, 肉眼的に Ⅰ ブロックでは点紋はみられず, Ⅲ ブロックにもっとも普通に, Ⅰ'・Ⅱ ブロックにはまれに観察される程度である。 鏡下では, やゝ斑状の曹長石質斜長石はごく普通にみいだされる。
肉眼でみて, 粘板岩源のものは, 石墨などにより黒色を示し, 砂岩源のものは一般に帯淡褐灰色を示す。 いずれも白雲母晶出のため絹糸光沢を示す。 苦鉄質火山岩源のものは, 緑泥石および角閃石により緑色を示し, 角閃石が多くなれば暗緑色となり, 緑簾石が多くなれば黄緑色を示す。 チャート質岩石は含まれる有色鉱物の種類によって種々の色彩を示す。 スティルプノメレンを含てものは暗褐色, 黒雲母の多いものは淡褐色, 緑泥石をもつものは淡緑色, 柘榴石をもつものは淡紅褐色を示す。
苦鉄質火山岩源の岩石のほか, 粘板岩・砂岩源の岩石にも, 曹長石質斜長石・斑状変晶のみられることがある。
顕微鏡下では, 広域変成作用で生じた鉱物と, 熱変成作用で生じたものとは区別し難いが, 次のような現象は熱変成作用によるものであろう。
本岩類の岩体はほゞ NE - SW 方向に伸び, 鳥取・岡山の県境付近を占め, 迸入岩類 Ⅰ と, 分布上 密接に相伴なっている。 また北西部には, 花崗岩中に捕獲岩としてほぼ NE - SW の方向に伸びた小岩体が露出している。 全体として花崗岩類のルーフ・ペンダントとなり, 一般にきわめて弱い熱変成作用を受けているが, 明らかに迸入岩類 Ⅰ の貫入を受けても再結晶組織を示す岩石はきわめて少なく, かつ狭い範囲に限られている。
本岩類は流紋岩・石英安山岩・安山岩およびそれらの火山砕屑岩類からなっている。 岩質および産状は多様で, 本質岩片・異質岩片(基盤の片状岩など)をとりこんでいる熔岩様の岩石, 火山礫凝灰岩・凝灰角礫岩(図版 5)などがある。 また一部には明瞭に熔結した岩石がある。
本岩類は, 削剥が進んでいること, 花崗岩類により分布が寸断されていること, および成層面が明らかでないことのため, 各岩相の堆積順序を知ることは甚だ困難である。 第 3 図は2ヵ所で見られた岩相の変化状態をルート・マップで示したものである。 この図から各岩相の岩石が交互に露出することが分かる。 しかし, 大づかみにみると, 県境の脊梁部に流紋岩質岩石が発達する( 二子 山付近と 毛無 山付近)ほかは, ほゞ石英安山岩~安山岩質岩石が主体である。
熔結した岩石はおもに流紋岩質のものに多いが, 石英安山岩質のものにもみられる。 しかし熔結の行なわれた層準は明らかでない。
本岩類を肉眼でみると, 流紋岩質岩石は淡灰色, 乳白色および淡緑色を示し, 石英安山岩質岩石は帯褐黒色~淡褐色で, しばしば斑晶状の乳白色の珪長質鉱物が点散している。 変質した石英安山岩のなかにはチョコレート色を示すものがある。 安山岩質岩石は一般に暗黒色帯緑黒色を示す。 珪長質岩石はしばしばガラス状の割れ口を示す。
包有されている火山礫・角礫などの岩石片はおもに上述の諸岩石から構成されている。 岩石片には本質, 類質, 異質のものがあるが, 肉眼で識別できるのは異質岩片のみである。 一般に珪長質岩石は異質岩片に富む傾向がある。
典型的な岩石を顕微鏡下で観察すると,
以上の諸岩石が熱変成作用をうけると, より塊状・緻密・堅固になり, 黒雲母が晶出して岩石はやゝ褐色を帯び, あるいは光沢を増す。
この迸入岩類は中生代末期火山岩類形成につづく火成活動の産物であり, 本図幅地域内でもっとも大きな面積を占める。 岩体のおおまかな配列方向は NE - SW ないし NNE - SSW であり, またこの方向は 中国山脈付近を除いて 本岩類中に発達する節理系の一要素(後述の主なる節理系に直交する方向)と一致する。
本図幅地域全体の おもに本岩類のなかにみられる節理系(とくに若干の粘土層を伴なう破砕面)の傾向と 岩脈の貫入方向とを示すと [ 後に示す ] 第 10 図のようになる。 本図から判断すると以下に述ぺる個々の岩体に固有の節理系はみられなくて, むしろ全体を通して一つの傾向が示される。
本岩類は苦鉄質のものから珪長質のものまであり, 鉱物組成・組織・岩石の分布状態などから, 次のような8つのグループに分類される。
以上の8つのグループの岩体はそれぞれ1つの火成活動を示すものか, あるいは若干のグループの岩体は同時異相として大きな単位に一括し得るのか 明らかにできなかった。 しかし G1~G3 の3つのグループの岩体は 中国山脈付近などにおいてより古期岩類と密接な産出状態を示すこと, および後述の金持礫岩の礫質から判断して, G4~G8 のグループとは区別できるように思われる。 したがって 前者を迸入岩類 Ⅰ, 後者を迸入岩類 Ⅱ と総称する。 そして金持礫岩の項を G3 と G4 の項の間に挿入した。
本岩は図幅地域北東部および南西隅に狭い範囲に分布するにすぎず, 北東部のものは大山火山岩類に覆われている。 この北東部の迸入岩は古生層と接する近くでは混成岩となり, 両者は破砕されている。 近くの古生層を片麻状岩にしたり, 破砕された古生層をパッチ状にとりこんでいる。 またときには古生層中に柘榴石や尖晶石を晶出させている(江府町武庫の東方)。 図幅地域南西隅の日南町 熊﨏 付近では, G7 の項で述べるように, 本岩が粗粒黒雲母花崗岩に貫かれる。 その他の岩石との関係は不明である。 しかし北隣の「米子」図幅地域内, 伯備線溝口駅東方 2 km の地点では, 熊﨏の場合と同様に G1 グループの片麻状角閃石黒雲母花崗閃緑岩が, G7 グループの1岩相と思われるアプライト質花崗斑岩に明瞭に貫かれている 52) 。
本岩は花崗閃緑岩であって, しばしば片麻状構造を示す。 本地域北東部の本岩は不均質であるのに対して, 南西隅の岩石は均質でやゝ優黒質である。 こゝでは前者を記載する。 この岩石はある部分ではカタクラスティックであり, また局部的にアプライト質のこともある。 肉眼では濃灰色であり, 有色鉱物の輪廓は不鮮明でを壊されてほとんど自形を示さない。 有色鉱物は黒雲母および緑色普通角閃石で, 岩石によっては角閃石が黒雲母より多い。 斜長石は石灰質の中性長石である。 カリ長石は変質されていることが多い。
本岩は, ① おもに図幅地域南東部の古生層分布地域に露出し, ② 一部は中国山脈付近の G3 グループの微文象黒雲母花崗岩中の捕獲岩をとして, ③ まれには G7 グループの粗粒黒雲母花崗岩中の孤島状の捕獲岩をとして産する。 これら3つの産状のうち, ② のものは 1 / 75,000 地質図幅「久世」 15) において, 石英閃緑岩・混生石英閃緑岩と記載されたものに相当する。
本岩は古生層に接触変成作用を与えている。 その接触部付近では, 古生層(すでに千枚岩~結晶片岩化している)は再結晶して著しく粗粒化し, ときには片麻状構造が発達し, 鏡下では黒雲母は赤味を出す。 図版 6 のように, 本岩は片麻状岩の片理を明瞭に切ったり, あるいは第 4 図のようにほゞその片理に調和的に貫入している。 また, 本岩が古生層を捕獲岩として包有することもある。
本岩は周縁相を伴なって火山岩類中に貫入している。 しかし火山岩類を捕獲岩としてとりこむことはない。 両者の関係の2例をあげると, 日野町 金持部落の東南東方 2.5 km(第 5 図 a)のところでは, 流紋岩火山礫凝灰岩(A)が, 角閃石輝石閃緑岩の周縁相と思われる角閃石閃緑玢岩(B)により貫かれて ホルンフェルスになっている。 接触部を走向 N 30°W, 傾斜垂直の安山岩の岩脈(C)が貫く。 また日野町 秋縄 - 三土間(第 5 図 b)では, 流紋岩凝灰岩と安山岩火山礫凝灰岩との互層中に閃緑岩質岩石が貫入し, 熱変成作用を与えている。
本岩は有色鉱物に富み, 一般に肉眼では優黒色, 粗粒~細粒で, 斑糲岩~閃緑岩~玢岩の岩相変化を示す。 本岩はあまり風化作用を蒙っていない。 斑糲岩と閃緑岩, 閃緑岩と玢岩とはそれぞれ互に漸移するようである。 閃緑岩が中生代末期火山岩類と接触する周縁, たとえば中国山脈の明地峠 [ 岡山県新見市と鳥取県日野郡日野町の境 ] 付近では, 閃緑岩は著しく斑状質となっている。 斑糲岩にはしばしば約 1 cm 大の斜長石の斑晶がみられ, 日野町 根雨の南南西方 6 km の山腹の砕石場には本岩の粗粒なものが露出している。 閃緑岩は一般に斑状組織をもち, 鏡下では石基部分は斑晶よりやゝ細粒の短冊状の自形斜長石からなっている。 また石基にはしばしば極少量のカリ長石と石英が晶出し, 短冊状の斜長石の間をうづめ, ときには微文象組織を示す。
本岩は中生代末期火山岩類および G2 のグループの苦鉄質岩石の分布地域にのみ露出し, これらの岩石を貫いている。 おそらく G2 のグループに引きつづいて迸入したものであろう。
本岩は典型的な微文象組織の黒雲母花崗岩であるが, その他に少量の花崗閃緑岩 - 石英閃緑岩 - 閃緑岩を伴なっていて不均質な部分が多い。 一般にグループ G2 の閃緑岩質岩石との混成により, 緑泥石黒雲母角閃石花崗閃緑岩が生じており, まれに 中生代末期安山岩との混成により細粒花崗閃緑岩あるいは石英閃緑岩が生じている。 これらの混成された岩石中には共通して微文象組織が発達している。
微文象黒雲母花崗岩と他岩との間の上述のような関係は日野町 朝刈谷 , あるいは同町 板井原 から岡山県境の四十曲峠 [ 東隣の「湯本」図幅地域内 ] に至る道路においてよく観察される。 あるものは大小さまざまの亜角礫状の捕獲岩を含むが, これは混成作用が不充分の結果と思われる。 上記の産状のほかに, 本岩は中生代末期火山岩類を岩脈状で貫いたり, 第 7 図のように G2 グループの閃緑岩を貫いている。
本岩の典型的なものは中粒~細粒, 淡紅色を示すがしばしば汚染されている。
鏡下では微文象組織が顕著で, ほゞ等量の黒雲母のほか, ときには角閃石が含まれる( [ 巻末 ] 図版 Ⅱ)。
本岩は図幅地域南東部の根雨の南東方の金持部落付近に, 小範囲に露出している(図版 7)。 金持部落西方 500 m の道路上には, その山腹からの転石が沢山観察される。 分布はきわめて狭く, 山腹に礫岩だけが幅約 200 m 露出するだけで, 草木が繁茂し他岩との関係は不明である。
周囲の岩石は変成された古生層とそれを貫く岩脈である。 岩脈は G2 グループの閃緑岩から派生していると思われ, やゝ粗粒の玢岩である(風化していてみかけは優白質で流紋岩質)。 本岩には層理はみられず, 岩質は暗黒灰色, 緻密, 堅固である。 礫は角礫~亜角礫, 最大径 30 cm に達し結晶片岩・安山岩・黒雲母閃緑岩および流紋岩からなっている。 基質は火山物質からなると思われるが, 再結晶しホルンフェルスになっているので詳細はわからない。
含まれる礫と基質部の性質および 礫岩以外の堆積岩の欠除することなどから判断して, 真正の礫岩というよりはむしろ ① 運搬作用をうけていない崖錐様の堆積物, あるいは ② 火道角礫岩の可能性も考えられる。 しかしいずれにせよ, その形成時期は, 次の理由によって迸入岩類 Ⅰ と迸入岩類 Ⅱ との間と考えられよう。 (ⅰ) 礫には G2 グループの閃緑岩 [ 以下の [注1] 参照 ] が含まれる。 (ⅱ) 礫を含めて基質は熱変成作用をうけている。 その熱の影響は G2 グループに引きつゞく G3 グループの微文象黒雲母花崗岩によらないで [ 以下の [注2] 参照 ] , G7 グループの粗粒黒雲母花崗岩によっている。
本グループの岩石は本図幅地域の北西部に分布し, いわゆるグリーン・タフの火山岩類の基盤となっている。 本岩はほゞ NE - SW 方向に拡がっており, G6 グループの斑状黒雲母花崗岩に接している。 G6 グループの岩石との境界線上にある上小竹 - 久根部落付近において, 本岩はグライゼン様に変質し晶洞を生じ, 水晶・白雲母が多量に晶出している。
本岩は G3 グループの微文象黒雲母花崗岩とは岩相の点で似かよっているが, 分布地域が離れているため直接の相互関係を知ることができない。 本岩の特徴としては, ① G3 グループの微文象黒雲母花崗岩は, 岩相変化に富み捕獲岩を多く含むが, この G4 グループは岩相変化が著しいにもかゝわらず, 比較的捕獲岩に乏しい。 ② 肉眼でみると赤味がかってみえることもあり, また優白質のこともある。 一般に斑状であって粒状自形の石英と自形桃色カリ長石が目立っている。 角閃石がしばしば含まれ, 黒雲母は光沢に乏しく暗緑色でしばしば緑泥石に移化する。 ③ もっともよくみられるタイプは細粒文象斑岩であり, 花崗斑岩, 中粒~粗粒斑状花崗閃緑岩, まれに石英斑岩・アプライトを伴なっている。
本岩体中の粗粒斑状の花崗閃緑岩~花崗岩は後述の G6 グループの斑状黒雲母花崗岩と, また 細粒のアプライトは G7 グループの中によくみられるアプライト(G8)とよく似ていて, 区別することは容易でない。 このことは, 本岩が G6 グループの斑状黒雲母花崗岩と, G7 グループの粗粒黒雲母花崗岩と成因的に密接な関係にあり, 漸移的に変化するか, あるいは G6・G7グループの周縁相であるという可能性を暗示する。
本岩は図幅地域東縁中央部の古生層のなかに, 小岩体として迸入している。 本岩の主体は G4 グループの黒雲母文象斑岩によく似た花崗斑岩~文象斑岩であるが, G2 および G7 グループの岩体に近い処では, それぞれ G3 グループ, G7 グループに類似の岩質を示す。 宝仏 山の北西方 2 km では, G7 グループの粗粒黒雲母花崗岩と本岩との境界付近に破砕帯が介在するため, 両者の直接の接触部分はみられない。 破砕作用がこの G5 グループの岩石の方だけに著しいので, より後期に迸入した粗粒黒雲母花崗岩形成時期にこの破砕作用が生じたと考えられる。
肉眼では(帯紅)淡褐色, 細粒~中粒である。 鏡下では褐簾石がほゞ普遍的に含まれている。 黒雲母はオリーブ色を帯びた濃褐色を示すものが多い。 斑状組織の基質には文象組織が普遍的にみられる。 しかし粗粒の岩石には文象組織はほとんどみられない。
本岩は地域北西部の G4 グループの花崗岩類と, 後述の G7 グループの粗粒黒雲母花崗岩との間にあらわれる斑状組織の著しい岩石で, ほゞ NE - SW 方向にのびたくさび状に分布する。
本岩は本図幅地域内にみられる花崗岩類のうちもつとも粗粒で, G7 グループの粗粒黒雲母花崗岩と多くの類似性をもっており, 相互に漸移するものと考えられるが, 下記のような相異点を認めたので区分した。
本岩は肉眼では淡紅色のカリ長石が目立ち, その長さは 1~2 cm に達し, 斑状カリ長石を除くと, 他は粗粒, ほゞ等粒である。 角閃石はほとんど含まれない。
本岩は本図幅地域の半分以上の面積を占め, 幅約 10 km, ほゞ NE - SW 方向にのびている。 南西方では, 一部は古生層と断層によって境されるが, 一部では西隣の「横田」・南隣の「上石見」図幅地域にも拡がっている。
古生層との境界付近では, 中粒~細粒黒雲母花崗岩, あるいはアプライト質岩石が発達しているが, 直接の接触関係はみられない。 G1 グループと考えられる図幅地域南西縁の, 熊﨏の角閃石黒雲母花崗閃緑岩に本岩が接する処では, 接触面から幅約 1 m の間だけ周縁相としてのアプライト質岩石が生じている。
本岩は鉱物組成からみてほゞ花崗岩プロパーである。 岩体全体にわたって大体均質であるが, 地質図に示されているように 中粒~細粒花崗岩・アプライトおよび ペグマタイト質岩石(G8 グループ)が局所的に存在する。 また G2 グループの閃緑岩質岩石や, G1 グループの花崗閃緑岩を包んでいる。
アプライト質岩石(中粒~細粒, ときにはペグマタイト質になり晶洞をもつ)は大きな岩体となる場合と, 岩脈状の明瞭な貫入岩体(なかには一岩脈内で第 8 図のように, 岩脈の中心がペグマタイト質になる)となる場合がある。
アプライト質岩石と本岩の花崗岩プロパーとの前後関係は一様でない。 前者が後者をみかけ上貫くことが多いが, 逆の関係も観察される。
G6 グループの斑状黒雲母花崗岩, および G7 グループの粗粒黒雲母花崗岩体とそのなかのアプライト質岩石との間には, 模式的に第 9 図のような関係(中心部から外側にむかって Ⅳ → Ⅰ)がみられる。
本岩は粗粒, ほゞ等粒で, カリ長石は淡紅色を示し, ときには肉眼でも識別できるペルト石構造を示す。 黒雲母は新鮮であり, まれに角閃石が含まれる。 角閃石は一般に, 本岩体中の孤島状にとりかこまれた閃緑岩質岩石の周縁地域によくみられる。
図幅地域西部中央付近の日南町印賀付近の風化花崗岩は白っぽく, 地域北部の溝口町藤屋付近のやゝ風化した花崗岩は, 暗褐色を帯びた汚ない紫色のカリ長石と, やゝ汚ない淡藍色の石英で特徴づけられている。
本図幅地域内の岩脈は大別して2種類である。 一つはもっとも普通にみられる苦鉄質ないし中性の岩脈であり, 他の一つはごくまれな岩質のアルカリ珪長質岩である。 前者の貫入は花崗岩類形成後であり, おそらく中新世以前と思われる。 後者の時期は花崗岩類形成以後であるが, その上限は分からない。
一般に, 岩脈は花崗岩類中には普遍的に至る処でみられるが, 変成された古生層や中生代末期火山岩類中には, その数はきわめて少ない。
第 10 図に示したように, 岩脈にはある規則性をもった方位をとって貫入している。 岩脈の緩傾斜のものはきわめて少なく, 大部分は急傾斜である。 また貫入方向は, 花崗岩中のおもだった節理系にほゞ一致している。
岩石は著しく風化作用をうけて岩質不明のものも少なくないが, 一般に安山岩質で, まれに粗粒玄武岩質および玢岩質である。 安山岩は, 鏡下では, 砂時計型の消光を示す斑晶状の単斜輝石がみられ, 石基はピロタキシティック組織を示している。 そのほかに, 有色鉱物が角閃石からなる角閃石安山岩脈もみられる。
野外の産状の例を示すと, 図版 8 のように節理に沿ってしばしば分岐支脈を派出している。 一般に岩脈は母岩との間に, 薄層の粘土を挟む節理を伴なっている。 また急冷相はあまり発達していない。 伯備線根雨駅に至近の日野川河床では, 第 11 図のような関係で変玢岩がみられる。
本岩は図幅地域中央の鎌倉山の北東方の溝口町焼杉部落の南方に露出し, G7 グループの粗粒黒雲母花崗岩を貫く大きな岩脈である。 本岩には花崗岩の側壁に近いところまで, まれに径約数 mm の同質岩のパッチが沢山入っており, 火山礫凝灰岩様を呈する。 しかし, 鏡下では火山礫相当部と基質部とは区別できない。
本岩は粗面岩であるが, 類似岩としては, 図幅地域北部中央の 八子 付近に, 幅約 1 m の粗面岩岩脈として花崗岩を貫いており, またその付近の第三紀中新世火山岩類中の礫(アルフェド角閃石流紋岩)として, あるいは 本図幅地域東部中央付近の根雨の西方の津地付近に転石(粗面岩質流紋岩)としてみられる。 本岩脈と花崗岩類を貫く他の安山岩脈との関係は分からないが, 第 10 図のなかにこのアルカリ珪長質岩の産出位置をプロットしてみると, ほゞ安山岩脈の貫入方向と一致した方向に沿って点在している。 すなわち大きくみるとアルカリ珪長質岩の分布も, ほゞ花崗岩類のおもだった節理系に調和している。
これら岩脈の貫入時期は, 迸入岩類 Ⅱ 形成以後であることは明らかであり, 中新世の火山岩類を貫いていないので, 中新世以前という可能性があるが断言はできない。 礫あるいは転石などの類質岩の形成時期も明らかでない.
本岩の新鮮なものを肉眼でみると, 帯青灰緑色を示し, 処々に長さ約 3 mm の斑晶状の長石が目立つ。 また, 風化したものは乳白色となっている。 鏡下では斑状組織が顕著で, また粗面岩特有の流理がみられる。 斑晶には 1.0~1.5 mm 大のアノーソクレースと, やゝ細粒の緑色自形のヘデンベルグ輝石があり, まれに橄欖石(フェロホートン [ ferro-hortonolite ? ] 質)もみられる。 石基は短冊状のアノーソクレース・針状緑色のヘデンベルグなどからなり, 少量のガラスが粒間をうめている。
本岩類は本図幅地域の北西隅に分布し, いわゆるグリーン・タフ山陰区の南の縁辺部の岩石に相当する。
基盤は花崗岩類であって, それとの関係は不整合であり, 火山岩類分布地域南縁の須山付近で, 不整合関係がよく観察される。 この火山岩類は花崗岩類との境界付近だけでなく, 境界から遠く離れたところでも大小さまざまの花崗岩の礫を含んでいる。 これらの花崗岩の礫は, 基盤を構成する花崗岩とまったく同じ性質の淡紅色を示す 黒雲母花崗岩および花崗斑岩である。 従来の報告によると, この付近には新第三紀に貫入した花崗岩があり, 周囲の中新世火山岩類に熱変成作用を与えたと考えられていた。 事実として, きわめて狭い範囲にホルンフェルス様の火山岩が存在する。 これらについては次のような2つの対立する見解がある。 ① 従来の考えのように, 中新世火山岩類が熱変成作用をうけた。 したがって, 中新世以後の花崗岩が存在する。 ② 中新世以後に迸入した花崗岩はなく, 花崗岩はもっぱら基盤を構成し, ホルンフェルス様火山岩は 中生代末期火山岩類が花崗岩中に捕獲された結果生じたものにすぎない。
本地域内では, まれに花崗岩体中に, G2 グループの石英閃緑岩質岩石, および角閃石黒雲母花崗閃緑岩とともに変安山岩の捕獲岩がみられ, また北隣の「米子」図幅地域内の, 母里 付近では花崗岩中に捕獲された変安山岩が, 小断層を境にして中新世の安山岩質岩石と接したり, 花崗岩と中新世の安山岩質岩石が小断層で接し, みかけ上, 中新世の花崗岩が存在したかのように観察される事実がある 52) 。 しかし, これらをよく観察してみると, 中新世花崗岩が存在したとする積極的な証拠はなく, むしろそれは中生代末期の花崗岩の一員である。 このような例をあげてみると, 第 12 図では基盤の花崗岩が石英安山岩凝灰角礫岩を一見 貫くような関係を示す。 また図版 9 でも, 花崗岩が火山岩を貫くようにみえるが, 実際にはこの花崗岩は大きな角礫である。 よくみると, 火山岩のなかにはこの大きな角礫のほかに花崗岩の細礫が多数含まれており, いずれも基盤の花崗岩と同質である。
火山岩類は岩相から次の3種に分類される。 下部から,
火山岩分布地域の東縁にわずかに露出している。 外観は緻密で, 熔岩流は暗褐色を示し, 火山砕屑岩は小豆色を帯びている。 鏡下ではほとんど完全に変質した橄欖石がよくみられる。
八子付近では, 安山岩~玄武岩およびそれらの火山砕屑岩類の上位に厚く堆積している。 こゝではほとんど凝灰角礫岩であり, 角礫は径 50 cmに達する。 岩質は灰色の流紋岩ないし石英安山岩で, 基質は緻密ではない。 法勝寺およびその西方では, 一般に淡灰色・帯藍灰色の緻密, 堅固, ときにはラミナがみられる流紋岩で, 鏡下では熔結していることが認められる( [ 巻末 ] 図版 Ⅶ)。 なかには火山礫に富む部分があるが, 花崗岩の礫はほとんどみられない。 井尻の西方では, 凝灰質でよく膠結されていない。
その分布地域西縁の井尻の西方で, 明らかに流紋岩およびその火山砕屑岩類を覆っている。 この岩類のなかには, 部分的に安山岩や流紋岩質岩石が挾まれるが, 全体として石英安山岩が多い。 多くの場合, 花崗岩を基盤として, 花崗岩の礫を頻繁に含んでいる。 この石英安山岩は一般に凝灰角礫岩であり, しばしば熔結している。 また熔岩は石英の斑晶に富むが, 斜長石の斑晶を含むことも多い。 熔岩は西伯町 伐株 より北方の県境付近から, 北隣の「米子」図幅地域に向けて比較的高所に分布する。
本岩は一般にメサ地形をなして点在し, その基盤との境界はほゞ水平に近い。 不整合面の海抜高度は一様でなく, もっとも広く分布する図幅地域北東縁では標高 180 m, 地域北西縁では 100~300 m, 地域南東部の根雨では 300~400 m, 地域南西部に散在する小岩体ののる不整合面の高さは約 600 m である。 一般に熔岩からなるが, まれに火山礫凝灰岩と互層することがあり, その層理はほゞ水平である。 玄武岩の厚さは不定で, 地域南西部では約 30 m, 根雨などでは 200 m 以上である。
玄武岩と基盤との間の不整合関係は地域南西部の 尾郷 の東方と, 地域北東緑で観察される。
① 日南町の尾郷付近 : 第 13 図のスケッチにみられるように, G7 グループの粗粒黒雲母花崗岩の上に 厚さ 30 cm~2 m の礫岩が不整合に覆っている。 この礫岩を不整合に覆って火山礫凝灰岩・凝灰角礫岩がのる。 第 14 図の柱状図にみられるように, 不整合面から 50 m ほど上の層準に厚さ約 1 m の橄欖石玄武岩が, 7~8 m の火山礫凝灰岩数枚と互層し, 最上部には橄欖石玄武岩流のみとなる。 挟まれた凝灰岩の層理は緩傾斜であるが, ときには 40°も傾むくこともある。 凝灰岩には多量の橄欖石が含まれる。
② 溝口町一帯 [ 図幅地域の東方北端 ] : 溝口駅西方の宇代(根雨図幅よりも 500 m~1 km 北方)- 池野(本図幅地域内)間の道路側にみられる。 池野では厚さ 10~20 cm の凝灰質砂岩ないし礫岩が, G7 グループの粗粒黒雲母花崗岩の上に不整合にのっている。 この上に成層した厚さ 20 cm の苦鉄質凝灰岩がほゞ水平に堆積しており, 礫岩との間には薄い褐鉄鉱層がみられる。 苦鉄質凝灰岩の上には非常に多孔質の風化した苦鉄質熔岩が覆っている。 この熔岩は上方に向かって空隙および風化の影響が減少している。 さらに緻密, 堅硬, 帯黒灰色の岩石に移化し, 琥珀~オリーブ色の橄欖石斑晶が目立ってくる。 苦鉄質凝灰岩は熔岩形成以前に一度削剥をうけているため多少薄くなっており, その層厚は不定で厚さ約 20 cm~4 m である。
第 15 図は宇代 - 池野間の柱状図である。 最上部は大山軽石層によって被覆される。
典型的な熔岩は, 暗灰色~灰色で, なかに約 1 mm 大の暗緑色~褐色の橄欖石の斑晶がみられ, しばしば数 mm 大の石英が散在する。 また石英はときどき単斜輝石にとりまかれることがある。
本岩類は本図幅地域の北東隅の日野川東側に花崗岩類(G1, G7)を覆って分布している。
北東隣の「大山」地質図幅地域が, 本岩の標式地であるのでその区分 53) に従って, ① 外輪山噴出物(V4a)と ② 弥山 熱雲によって生じた噴出物(V4d)に分けられる。 外輪山の噴出物は弥山熱雲による噴出物に覆われるが, 露出面積は後者よりやゝ広い。 外輪山噴出物は侵蝕をかなりうけ, 起伏は比較的緩やかで, 断続する小丘山群からなっている。 これに対し弥山熱雲による噴出物は, 外輪山噴出物の侵蝕された凹地や斜面を埋め, 北東から南西方に向けて緩傾斜の斜面を形成している。 その後の侵蝕作用によって V 字形の深い谷が刻まれている。 谷の処々にみられる断崖には, 花崗岩の上に厚さ数 10 m に達する火山砕屑物の堆積しているのがみられる。外輪山噴出物は厚い凝灰角礫岩からなり, 人頭大以下の火山岩塊が, 火山礫および火山灰とともに凝結したもので, 全体として灰褐色を示す。 安山岩凝灰角礫岩のなかの礫は, 角閃石安山岩が主で, 輝石安山岩もみられる。 白水部落 [ 図幅地域の北東隅付近 ] の東方 2 km には, 斜方輝石と褐色角閃石とを含む安山岩がある。
弥山熱雲による噴出物は, 一般に拳大以下の亜角~亜円礫を同質の粗粒の火山灰でかためた凝灰角礫岩である。 本岩はやゝ堅く凝結するので, しばしば断崖をなして露出する。 たとえば白水の東方 500 m の断崖では, 礫は灰色の角閃石黒雲母石英安山岩や, 暗灰色の輝石安山岩からなり, 基質は灰色の角閃石黒雲母石英安山岩からできている。 上部には白色の軽石質礫を含んでいる。 一般にこの岩石は熔結していない。
大坂部落 [ 図幅地域の北東隅 ] の北東方の道路に沿う断崖では, まれに熔結したところもあり, 柱状節理がみられる。 この断崖は高さ約 30 cm で, 上部 10 数 m はルーズである。
また, 根雨原から下柿原の西方にかけて [ 図幅地域の北東隅 ] , 外輪山噴出物の周縁には, 厚さ 10 cm 位の礫層(地質図には表わしてない)がある。 この礫層の特徴は次の通りである。 基盤は安山岩 - 石英安山岩およびその凝灰角礫岩である。 礫岩は基盤にアバット状で接している。 比較的円磨された大きさ 1~10 cm の種々の礫と, アルコーズ砂岩~細粒のやや淡褐色シルトの基質からなる(凝灰質らしい)。 礫には角閃石安山岩と黒雲母石英安山岩とが多く, 花崗岩と変成古生層の粘板岩質岩石はごくまれである。 礫層の厚さは数 10 cm を超すことはなく, 炭質物を挟むシルト質砂岩(数 10 cm)と互層する。 この砂岩には偽層が発達している。 礫層と弥山熱雲による噴出物との直接の関係は分からないが, 分布状態から, 礫層は弥山熱雲による噴出物に覆われるものと推定される。 礫層は, おそらく外輪山噴出物が日野川を堰き止めた際の, 湖成堆積層であろう。
本岩は図幅地域北東部の溝口町から, 地域西部の伯太町にかけてほゞ一様に分布している。 おもに通路の切割の最上部にみられ, 現地形に調和して堆積している。 大山軽石層の分布状態とその層厚は第 16 図に示してある。 その層厚の変化から軽石層の供給源は大山と推定され, 大山地質図幅 53) ではこの軽石層と同質の軽石層は, 弥山の爆裂火口から抛出された噴出物とされている。
他岩との関係は, 図幅地域北東部の荘で高位段丘堆積層, その他の地域で高位砂礫層, および橄欖石玄武岩(V3)の苦鉄質凝灰岩を覆っている。
肉眼では, 帯褐黄色を示し, 凝結していない。 しばしば径約 5 cm の淡黄色の軽石がみられる。 またラミナのみられることもある。 本岩を水簸して灰の部分をとり除くと, おもに斜長石からなり, 少量の石英, やゝ漂白された自形の黒雲母・緑色角閃石 および微量の不透明鉱物とガラス質物質を含んでいる。 粒度はいずれも 1~3 mm である。
図版 2 にみられるような高地平坦面が, 図幅地域北西部県境付近の須山 - 久根間および地域北部中央の金山付近にみられ, いずれの平坦面も水田耕作に利用されている。 平坦面は砂礫によって形成されていると推定されるが, 露出面がないので明確ではない。
しかし, この平坦面に近接する崖には図版 10 にみられるように, 花崗岩の上に淘汰の良くない砂礫層がしばしばのっている。 崖の最上部には大山軽石層が堆積している。
同様の砂礫層が, 高度は低くなるが, 地域北東部の野上川や, 地域南西部の印賀川の沿岸にみられる。 これらは上流に発達する河岸段丘堆積物の末端部に相当するかも知れないが, その形成時期は明確ではない。
一般に日野川に沿って堆積しているが, ときどき崖錐と区別がつかなくなるので, 本地質図幅では段丘面の明らかな部分だけが区分されている。
この堆積層はおもに円~亜円礫と砂とからなり, しばしばシルトが層状に礫層のなかに挟まれる。 層理はほゞ水平である。
段丘面は少なくとも2段認められる。 分布地域北端部の 荘 では, 高位面は海抜 140 m, 低位面は 110 m 以下である。 これらの段丘面の現河床からの比高は, それぞれ 55 m, 25 m 以上になる。 高位段丘は大山軽石層に覆われているが, 低位段丘は被覆されているかどうか分からない。
本図幅地域の各処に分布している。 構成物はその周辺の地質によって異なる。 とくに中国山脈の北側の深く刻まれた谷では, 著しく発達し, その深い谷を埋めている [ 以下の [注] 参照 ] 。
また花崗岩類の分布地域では, 岩石の風化が著しく, さらに以前の山砂鉄採掘による花崗岩の山肌の崩壊のため, その土砂・廃砂とタタラ(「III. 応用地質」の項参照)の残滓とがともに集積されて, 厚さ 10 m に及ぶ人工の崖錐堆積層ができていることがある。
現河川の堆積層で, 段丘堆積層および崖錐堆積層との違いは明瞭のこともあるが, むしろ地形面が漸移的で区別できない場合が多い。
この地域は全国にその名を知られたことのある印賀ハガネの産地である。 その原料は花崗岩の現地残留鉱床から採掘された砂鉄であり, もっとも刀剣に適したといわれる。 刀鍛治が栄え, 数々の名刀を生んだとも伝えられる。 この山砂鉄を除き鉱山としては鳥取県後谷鉱山があるのみで, それも調査当時は探鉱中で出鉱していなかった。
おもな鉱産資源は次の通りである。
変成された古生層中に不規則な鉱体がある(後谷鉱山)。 また G3 グループの微文象黒雲母花崗岩中の亜鉛・鉛鉱脈(日野町 板井原 [ 後谷鉱山の南東の図幅地域東端 ] )が 採掘されたことがあるといわれるが, 道路際に坑口がみられるだけで内部は埋没している。
位置および交通 : 鳥取県日野郡日野町 後谷にあり, こゝから北東方の宝仏山(1,002.0 m)に向かって鉱床が賦存していた。 後谷部落は伯備線根雨駅から南東方へ国道に沿って 2 km, 国道から北東方へ 1 km の木馬道により標高差約 200 m 登ったところにあり, 部落から山元まで距離 500 m の軽便索道がある。
沿革および現況 : 本鉱山は銅山として開発する見込みで 旧幕時代に米子町(現米子市)の戸田某が開坑した(金谷一番坑)。 その後, 明治 7 年頃に鳥取城主の所有となり, 2, 3年操業したが, 出鉱状況が思わしくないので休業。 明治 11 年頃に作州(岡山県)の古市某の稼業となり, 米子町の船越某とともに操業した 1) 。 この間に金谷四番坑・三番坑・五番坑・本谷一番坑・二番坑などが開坑され, 主として銅を産出した。 昭和 16 年から広岡虎治の所有となり, 現在に至る。 現在探鉱中。
産額 24) : 粗鉱として Cu 1,500 t(品位 2 %), Zn 17,600 t(1.5 %)が開山以来 採掘された。 年度別では, 1937~1938 年には亜鉛鉱 36 t 稼行, 1943~1944 年には鉛鉱 7 t, 1951 年には銅鉱 200 t, 亜鉛 2,180 t, という記録がある。
地質および鉱床 : 本鉱山の鉱床は, 黒色片岩と緑色片岩との境界付近の厚い石英片岩層に密接に伴なっている。 後谷 大通洞の以搬坑道でみられる諸岩の関係は, 次のようである。 坑口付近は N 50°W, 80°SW の片理をもつ黒雲母片岩であり, 50 m ほど先から石英片岩が大部分を占め, 幅 5~10 cm の走向断層が 200 m の間に3本走っている。 石英片岩は幅 10~20 m の安山岩脈や, G2 グループの輝石角閃石閃緑岩~閃緑玢岩に貫かれている。 一部には石英片岩は安山岩質の暗緑色岩や黒雲母片岩と互層する。 暗緑色岩は細粒閃緑岩で片理がなく塊状であり, また顕微鏡下で変成作用をうけた事実がない。 したがって緑色片岩ではない。 上述の石英片岩はかなり厚く 200 m 以上あり, みかけ上, 下部層は緑色片岩に移化する。 この緑色片岩にはまれに層理に沿って破砕部分がみられ, 黄鉄鉱が晶出し, また極少量の黄銅鉱を伴なっている。
坑道内の鉱体はほゞ採掘済みで, 鉱床の実体をつかむことは, はなはだ困難である。
鉱床とはいえないが, 江府町の日野町境界に近い下安井地域 [ 図幅地域の東端中央付近 ] のストック状の花崗岩の周縁部には, チャート質岩石に挟まれた厚さ約 30 cm の石灰質岩層が, 花崗岩の接触変成作用によりスカルンに変わり, 少量の閃亜鉛鉱と多量の黄色柘榴石を含んでいる。
江府町下安井の部落の北方 500 m ほどの山腹に, 採鉱用と推定される約 12 m の坑道がある。 走向 N 40°W, 傾斜 50°E の黒雲母片岩と緑色片岩との互層中に膨縮する石英脈があり, その最大幅は 30 cm である。 石英脈は走向 N 20°W, 傾斜 20°E であり, このなかに約 20 % の容量で硫砒鉄鉱と少量の黄鉄鉱が晶出している。
江府町美女石部落の南方の, G1 グループの角閃石黒雲母花崗閃緑岩が G7 グループの粗粒黒雲母花崗岩に接する付近に, モリブデン鉱を採掘したことのある坑口がある。 現在は坑口付近から埋没しており, 鉱石はまったくみられない。 採掘ズリにはミロナイト質石英脈がみられる。 この鉱床は発電所の工事の際, 東西方向の含水鉛石英脈数条が発見され, 採鉱されたものであるが, 日野川沿いのため湧水が多く作業は中止されたという。
他の1ヵ所は, 西伯町賀祥の G6 グループの斑状黒雲母花崗岩地域内から, モリブデンを含て転石が発見されたと伝えられている。
本図幅地域で現在稼行されている砂鉄鉱床は一つもない。 しかし花崗岩地帯に頻繁に白く露出する山肌は, 古く大規模に採掘されたことを示している。 これは砂鉄を採取するために風化岩石を剥離した結果であり, その付近にタタラ吹き(原始的な鉄の製錬方法)の残滓が散在している。 現今では秋の彼岸から, 春の彼岸までの水田耕作の端境期に, 西隣の「横田」図幅地域内の島根県仁多郡鳥上村では, 古い神代の昔から伝わる「 鉄穴 流し」という技法で(流水中での簡単な比重選鉱法), 花崗岩の風化による現地残留鉱床を採掘している 35) 。 この「根雨」図幅地域内でも過去において, おそらくこの手法が用いられたものと思われる。 タタラの作業所は, 日野町板井原・江府町江尾・溝口町福岡・日南町印賀などに, 製鋼所は日野町黒坂などにあったが 1), 2) , そのほかにも数え切れないほどの鉄穴流しの丁場に付随して, 簡単小規模なタタラが各処で行なわれたという。 ほとんどが G7 グループの粗粒黒雲母花崗岩地帯であって, 一部は G6 グループその他の花崗岩から採取されていた。
この地域の砂鉄は酸性砂鉄に属し, 真砂 砂鉄と一部の 赤目 砂鉄からなり, チタン含有量は少なく, TiO2 : Fe = 1 : 10 である 42) 。
江府町江尾駅の南方 1.5 km の地点と, 同駅の南方 2.4 km の半の上部落, および日野町黒坂駅の南方 4 km にみいだされている。
位置および交通 : 鳥取県日野郡江府町半の上にあり, 伯備線江尾駅の南方 2.4 km の地点にある。 現場 - 選鉱場間 600 m は軽便索道があり, 選鉱場 - 江尾駅間はトラックが通っている。
沿革および現況 : 昭和 19 年に伯耆珪石株式会社が開坑し, 今日までに約 1,000 t を出鉱した。 昭和 24 年当時は月産 150~200 t を日本ソーダ・三菱重工・宇部鉱産などへ送っていた。 現在は休業中である。
地質および鉱床 : 結晶片岩を貫く石英閃緑岩に貫入する石英脈が鉱石である。 石英脈は延長 65 m, 走向 E - W, 傾斜 60°S である。 東端は 尖滅するが, 西に進むに従いその幅は増加し約 9 m に達する。
広範囲にわたって花崗岩類が露出するので, 風化の進んでいない部分は, 50~60 cm の 角石 あるいは 割石 として小規模に採石, 利用されている。
鳥取県日野郡日野町三ツ栗の南西方 1.5 km の山腹に, 関ヶ原石材(株)鳥取月光採掘所があり, 橄欖石輝石角閃石斑糲岩が黒みかげとして採石されている。
鳥取県日野郡溝口町(旧二部村)藤屋部落の南西方 1.5 km の山腹に, 紫水晶が産する。 この紫水晶は砂鉄採取の鉄穴流しの際, みいだされたといわれている。 国産の紫水晶の鉱物標本はこゝから産したものが多く, 木下亀城(1957)の原色鉱石図鑑の表紙写真にも紹介されている。 母岩の花崗岩は G7 グループに属するもので, カリ長石が暗紫色を呈したり, 石英がやゝ藍色を帯びているが, この地域の花崗岩は第 9 図の分類によれば G7 グループ中の Ⅲ 帯に相当する。
産状は明らかでない。 おそらく花崗岩中の晶洞あるいは石英脈中に産出したものであろう。 紫水晶そのものは少なく, むしろ乳白色水晶が多い。 紫水晶は単一結晶内でも, 乳白色, 無色透明, 褐色あるいは紫色の部分が複雑な層状または帯状をなしている。 現在 鉱物の採集は甚だ困難である。
鳥取県日野郡日南町 中原~秋原付近 [ 図幅地域中央やや南西 ] では, ほゞ谷の方向(G7 グループの花崗岩中のおもな節理系に一致)に沿って, 2ヵ所から 10 ℃ 位の鉱泉がみいだされた。 一時はボーリングまで行なわれたが, 湧出量は少なく, その湧出水は放棄されたまゝ利用されていない。
EXPLANATORY TEXT OF THE GEOLOGICAL MAP OF JAPAN Scale 1 : 50,000
Okayama, No. 29
By HITOSHI HATTORI & MASATO KATADA (Written in 1961)
The area mapped lies in the central part of the Chūgoku district, the western end of Honshū island.
At the southeastern corner of the area, the high mountain range called "the Chūgoku Mountain Range" lies, and at the northeastern corner the marginal slope of Daisen volcano is situated on the plateau. The relief, except the above-mentioned places, is rather moderate and smooth.
Succession of geological events in this area is summarized in Table 1.
Paleozoic rocks occupy the eastern part of the mapped area and the southwestern corner. They are divided into two rock types ; phyllite - crystalline schist (schist) and non-schistose rock. A fault, lining nearly east-westwards at the place close to the northern end of the Paleozoic rocks exposed in this area, makes two rock types contact directly. The general trend of schistose rock is from NNW - SSE to WNW - ESE with various dips.
Rocks of both types are thermally metamorphosed into hornfelsic rocks. Regional metamorphism is likely to belong to the Sangun metamorphism, and thermal metamorphism is caused by the heat of later granites. The age of regional metamorphism is not definitely determined, however, the presence of a few pebbles of regionally metamorphosed Paleozoic rocks in an andesite lapilli tuff of the late Mesozoic age would suggest that the regional metamorphism took place before the late Mesozoic age. Fossils have not been discovered yet in this area.
The rock develops exclusively on the northern side of the fault which bounds non-schistose rock and schist. It is composed of thermally metamorphosed clayslate, sandstone and mafic volcanic rock. Microscopically, clastic grains of quartz and feldspars often show less influence of recrystallization so as to retain the original laminated structure. No schistose structure is found. The rock derived from clayslate and sandstone is characterized by recrystallized biotite, white mica and tourmaline, and the rock from mafic rock by amphibole, clinopyroxene, epidote and calcite.
The rock is exposed on the southern side of the above-mentioned fault. Schistosity prevails throughout the rock, and becomes obscure towards granites, observed either with the unaided eye or under the microscope. Gneissic rock develops exclusively around the contact zone. Schists are derived from clayslate, sandstone, mafic volcanic rocks, chert and a few lenses of calcareous rock. They are divided into the following facies ; black schist, green schist and quartz schist. Black schist is derived from clayslate and sandstone ; the rock from clayslate is thinly laminated and coloured in black by the presence of graphite and opaque minerals, and the rock from sandstone is rather coarse-grained and coloured in dark grey, and often shows silky lustre because of the appearance of white mica. Green schist is derived from mafic volcanic rocks. Generally, the green tint is for the presence of chlorite and amphibole. It becomes dark green if more of amphibole is included there, on the contrary, it changes yellowish green in the presence of abundant epidote. Quartz schist is from chert, and shows various tint depending on minerals included.
So-called "spot" exclusively printed by porphyroblastic sodic plagioclase is observed chiefly in the green schist, and rarely in the black schist. The schists include more or less thermally recrystallized minerals such as biotite, actinolite or garnet under the influence of the later granite intrusions. But these polymetamorphic rocks leave no clue to settle whether those minerals have been formed through regional metamorphism or thermal metamorphism. Because biotite, actinolite or garnet is ubiquitously found not only close to the surrounding granites, but also far from the granites.
Some features are recognized in the course or thermal metamorphism ; sodic plagioclase changes to dirty oligoclase rich in minor inclusions : white mica and chlorite to biotite : actinolitic amphibole to green pale green common hornblende.
In the late Cretaceous there occurred volcanic activities and successive intrusions of various rock types.
Volcanic rocks occur chiefly at the southeastern corner of the mapped area. They nearly form a narrow belt along the Chūgoku mountain range. Once, they were described as an effusive mass of porphyrite - quartz porphyry.
Besides, a small mass of the volcanic rocks is exposed at the northwestern part of the area as a xenolithic fashion in the granites. These Mesozoic volcanic rocks consist of rhyolite, dacite, andesite, and their pyroclastic rocks without intercalating clastic sediments. Felsic pyroclastic rocks often show evidence of welding. Some of the rocks are subjected to the thermal effect of the granites to such an extent that they are recrystallized into hornfels. Stratigraphic sequence of the volcanic rocks could not be established for the poor exposure and no bedding planes.
In this area, the intrusive rocks occupy the most extensive area. They are classified into eight groups (G1~G8) considered from the place of emplacements and petrographical evidences. Among them, G1, G2 and G3 are presumably the earlier intrusive rocks (intrusive rocks 1).
G1 ; Gneissose hornblende biotite granodiorite. The rock is exposed within a restricted area just around the Paleozoic rocks. Mode of emplacement is not precisely accounted for, however, Strong contamination with the Paleozoic rock, and cataclastic and gneissose structure may have a bearing, in attempting to understand the characteristic feature of emplacement. With the unaided eye, the rock is coloured in dark grey, and heterogeneous for the presence of several inclusions of the Paleozoic rock and randomly disseminated anhedral mafic minerals. In some rock, hornblende exceeds biotite. Petrographically, it is quartz diorite - granodiorite with andesine, quartz and altered potassium feldspar. The rock is intruded by aplitic rock (G8), a marginal facies of coarse-grained biotite granite (G7) near the western end of this area and the northern boundary adjoining the neighbouring Yonago sheet-map area.
G2 ; Hornblende-pyroxene diorite-porphyrite and others. The rock, intruded into the Paleozoic rocks and Mesozoic volcanic rocks is exposed chiefly at the southeastern part of the mapped area. Some of the rock is hypabyssal diorite - porphyrite, and some is homogeneous and coarse-grained. It is quite fresh, showing neither cataclastic features nor conspicuous alterations. Microscopically, intergrowths of clinopyroxene, brown hornblende and green one develop commonly as well as micrographic intergrowth of quartz and potassium feldspar crystallized along the periphery of euhedral labradorite. The relation of the above-mentioned rock to the Paleozoic rocks is discordantly or concordantly intrusive, and rarely xenolithic.
G3 ; Micrographic biotite granite. This rock occurs only within the area of the Mesozoic volcanic rocks and G2 diorite - gabbro. It is medium to fine-grained, and dirty pink coloured rock. Under the microscope, biotite is often altered to chlorite, and hornblende is rarely included. By far the most common is micrographic intergrowth of quartz and potassium feldspar. The rock is in intrusive relation to the dacite of the Mesozoic age and to the diorite (G2) as a dyke fashion. Approaching towards the eastern part of the rock mass, the rock includes various shaped and sized mafic xenoliths, and contaminated facies often develops there.
G4 ; Hornblende-bearing biotite granodiorite and others. The rock is exposed at the northwestern part of the mapped area, and constructs the basement of the Tertiary volcanic rocks. It is commonly coloured in red, but at some places leucocratic. It is usually fine to coarse-grained and accompanied with porphyritic facies. The relation of the rock to the other intrusive rocks is not proved, however, may be in affinity with the following G6~G7 granites.
G5 ; Biotite granite porphyry-granophyre. The rock is situated on the northern side of the Mesozoic volcanic rocks and occupies rather a small area. It is fine-grained and somewhat porphyritic. Microscopically, it always contains allanite and dark brown biotite. Rarely biotite is altered to chlorite.
G6 ; Porphyritic biotite granite. The rock is exposed in a narrow zone between the G4 granite and G7 granite. It is the most coarse-grained facies of granites in the mapped area. Pink coloured and porphyritic potassium feldspar reaches as much as 2 cm in length. Usually, it is poor in rocks of aplitic facies, and often includes small mafic oval xenoliths (5 cm in length). It rarely shows weak gneissose structure.
G7 ; Coarse-grained biotite granite. The rock occupies the most extensive area over the central part of the mapped area. It is coarse-grained and coloured in pink owing to the presence of pink coloured potassium feldspar. Also, it is quite homogeneous throughout this rock mass, except including irregular shaped aplitic and pegmatitic mass (G8) illustrated in the geological map and aplite dyke.
This rock is situated on the slope between Kamochi village and Ushirodani village. The rock is exposed only in a restricted spot with a width of 200 m, and shows no obvious relation to the other rocks because of covering densely grown grasses and bushes. The basement rock is presumably expected to consist of the Paleozoic rocks, considering from the geology around the conglomerate. The rock has no bedding, and is coloured in dark grey and completely cemented. Included gravels are angular~subangular rock fragments reaching as much as 30 cm in size and consist of schists, andesite, biotite diorite (quartz diorite, G2), rhyolite and others. The matrix is supposed to be derived from volcanic materials, but is not ascertained, for being recrystallized to hornfels.
Dyke rocks are divided into two types ; one is mafic to intermediate and the other is alkalic felsic rock. The former is intruded especially into the granitic rocks in many places and swarms in a direction parallel to the main joint of the granitic rocks, that is NNW~WNW. Petrographically it is andesite, porphyrite and dolerite. The latter occurs only at a few places in the granitic rocks, and petrographically hedenbergite trachyte - alkali rhyolite. Both dyke rocks occurred after the emplacement of the granitic rocks, and seem to be older than the Miocene volcanic rocks.
Two volcanic activities took place during the Tertiary stage. The products are rather folsic - intermediate effusives in Miocene and mafic ones in Pliocene.
The rocks develop at the northwestern corner, and belong to the periphery of so-called the "San-in green tuff" region. The volcanic formations in the mapped area do not include clastic sediments such as shale or sandstone, but at some places have laminated tuff. Planes of unconformity between the volcanic rocks and the basement of granites are observable in many places. And overlying tuff-tuff breccia contains fragments of the granites at many places. The volcanic formations are divided into the following facies in ascending order ; ⅰ) andesite - basalt and their pyroclastic rocks, ⅱ) rhyolite and its pyroclastic rocks, and ⅲ) dacite and its pyroclastic rocks.
Andesite - basalt and their pyroclastic rocks are overlain by the rhyolite at the eastern end of the Tertiary volcanic rock in the mapped area, and the rhyolite is overlain by the dacite at the western end. Many of the rhyolite pyroclastic rock and some of the dacite pyroclastic rock show evidence of welding.
The rock was extruded to form a small mesa-shaped plateau in several places. Unconformity plane of the basalt to the basement are variable in height. At the northern part of the mapped area it is 100 to 400 m above the sea level, and at the southern part it is higher than 400 m.
At places where the unconformity planes are recognizable, following succession is seen in ascending order ; basement (granites), conglomerate and / or arkose sandstone, dark brown coloured tuff (laminated tuff), porous basalt, and compact basalt intercalated with lapilli tuff.
The northeastern part of the mapped area is the outskirt of Daisen volcano. The slope inclining southwestwards extends to the Hino river. The rocks are divided into somma ejecta and Misen nuées ardentes deposit. The somma ejecta consists of andesite tuff breccia. The Misen nuées ardentes deposit is composed of dacite tuff breccia, and often shows nearly horizontal lamination. It forms a steep cliff at some places, reaching as high as 100 m, and bears columnar structure on the lower part of the rock, because of welding.
Only Ushirodani mine has worked copper-lead-zinc ore intermittently for about 150 years. This mine is now under exploration without picking out ore minerals. Once iron sand from this area was economically important for crude iron ore. It was obtained by panning loose materials of the weathered granite in current water. In the pre-Meiji era, iron sand was exclusively dedicated to make an ancient style sword. During war times, it was for smelting furnace. One of other noticeable minerals is amethyst. It occurs in the biotite granite (G7 ) as quartz vein, or pegmatite vein and druse. Some of it is precious for gems, but does not become a considerable resource.
昭和 39 年 8 月 10 日 印刷 昭和 39 年 8 月 17 日 発行 著作権所有 工業技術院 地質調査所 (C) 1964 Geological Survey of Japan