12022_1979

地域地質研究報告
5万分の1図幅

岡山(12) 第 22 号

若桜 わかさ 地域の地質

地質調査所 地質部 上村不二雄
地質調査所 地質部 坂本亨
地質調査所 地質部 山田直利

昭和 54 年

地質調査所


目次

I.		地形
II.		地質概説
III.		古生界
III.1		概説
III.1.1		研究史
III.1.2		層序区分
III.1.3		地質時代
III.2		三郡変成岩
III.2.1		志谷層
III.2.1.1	分布
III.2.1.2	層序・構造
III.2.1.3	岩相・変成相
III.2.2		智頭層
III.2.3		八東層
III.2.3.1	分布
III.2.3.2	層序
III.2.3.3	構造
III.2.3.4	岩相・変成相
III.3		非変成古生層(角谷層)
III.3.1		概要
III.3.2		層序・構造
III.3.3		岩相
IV.		超苦鉄質岩類およびはんれい岩類
IV.1		概要
IV.2		超苦鉄質岩類の産状
IV.3		超苦鉄質岩類の岩相
IV.4		はんれい岩類
V.		白亜紀後期~古第三紀火成岩類
V.1		矢田川層群
V.2		花原複合岩類
V.3		鳥取花崗岩
V.4		久松山花崗岩
VI.		新第三系
VI.1		鳥取層群
VI.1.1		八頭累層
VI.1.1.1	郡家礫岩層
VI.1.1.2	河原火山岩層
VI.1.2		私都累層
VI.1.2.1	円通寺礫岩砂岩層
VI.1.2.2	三代寺シルト岩層
VI.1.3		岩美累層
VI.1.3.1	諸鹿礫岩層
VI.1.3.2	普含寺泥岩層
VI.1.3.3	小田安山岩層
VI.1.3.4	荒金火砕岩層
VI.2		照来層群
VI.2.1		歌長流紋岩層
VI.2.2		湯谷礫岩層
VI.2.3		春来泥岩層
VI.2.4		寺田安山岩層
VI.3		貫入岩類
VI.3.1		淵見石英閃緑岩類
VI.3.2		ひん岩
VI.3.3		デイサイト
VI.3.4		安山岩
VI.3.5		玄武岩
VI.3.6		流紋岩
VI.4		鮮新世~更新世火山岩類
VI.4.1		雨滝礫層
VI.4.2		雨滝安山岩
VI.4.3		稲葉山礫層
VI.4.4		稲葉山玄武岩
VI.4.5		デイサイト
VI.4.6		須賀ノ山安山岩
VI.4.7		船山礫層
VI.4.8		扇ノ山火山岩類
		扇ノ山下部溶岩
		扇ノ山上部溶岩
		広留野溶岩
VII.		第四系
VII.1		河岸段丘堆積物
VII.2		崖錐堆積物
VII.3		軽石層
VII.4		沖積層
VIII.		応用地質
VIII.1		金属鉱床
VIII.1.1	金
VIII.1.2	銅
VIII.1.3	硫化鉄
VIII.2		非金属鉱床
VIII.2.1	石灰岩
VIII.2.2	瓦土
VIII.3		石材
VIII.4		地すべり・山崩れ
文献

Abstract

図版

図の目次

第 1 図		「若桜」図幅地域の接峯面
第 2 図		扇ノ山の山頂部
第 3 図		「若桜」図幅地域の水系分布
第 4 図		鳥取平野東部の地形
第 5 図		袋川下流の鳥取平野
第 6 図		「若桜」図幅地域の地質総括図
第 7 図		本州西部における古生界の地質構造区分と「若桜」図幅地域の位置
第 8 図		本州西部における白亜紀~古第三紀火成岩類の帯状分布
第 9 図		本州西部における中新統の分布
第 10 図	鳥取~大原地域の地質略図
第 11 図	「若桜」図幅地域およびその近傍の三郡変成岩および角谷層中の変成鉱物の分布
第 12 図	志谷層の泥質千枚岩
第 13 図	智頭層・八東層および角谷層の柱状図
第 14 図	八東層の泥質千枚岩にみられる小褶曲
第 15 図	三倉川玄武岩部層(八東層)中の枕状溶岩
第 16 図	八東層中の変玄武岩溶岩のシリカ - アルカリ図
第 17 図	角谷層の泥岩砂岩互層
第 18 図	角谷層の剪断泥質岩
第 19 図	角谷層の剪断泥質岩
第 20 図	関宮~若桜超苦鉄質岩体の分布と三郡変成岩・非変成古生層の構造
第 21 図	泥質片岩の上に衝上する蛇紋岩
第 22 図	蛇紋岩化したダン橄欖岩中に迸入する単斜輝石岩
第 23 図	中粒角閃石はんれい岩を貫くペグマタイト質はんれい岩
第 24 図	鳥取層群柱状図
第 25 図	鳥取層群概念図
第 26 図	郡家礫岩層(?)の巨礫岩
第 27 図	河原火山岩層中の安山岩凝灰角礫岩
第 28 図	河原火山岩層中の安山岩溶岩
第 29 図	円通寺礫岩砂岩層の代表的な岩相
第 30 図	津ノ井丘陵における円通寺礫岩砂岩層と三代寺シルト岩層との岩相変化
第 31 図	三代寺シルト岩層の剥理性泥岩
第 32 図	石英閃緑岩の貫入によりホルンフェルス化した諸鹿礫岩層
第 33 図	普含寺泥岩層上部の層理のよく発達した部分
第 34 図	照来層群の基底面高度と湯谷礫岩層の層厚分布との関係
第 35 図	湯谷礫岩層の代表的な岩相
第 36 図	寺田安山岩層の岩相変化を示す柱状図
第 37 図	寺田安山岩層にはさまれる凝灰質砂岩
第 38 図	寺田安山岩層中の粘土化帯
第 39 図	岸田川上流の寺田安山岩層の岩相と粘土化帯の分布
第 40 図	淵見石英閃緑岩の周囲で千枚岩中に注入している花崗岩の細脈
第 41 図	諸鹿礫岩層を貫く安山岩岩脈
第 42 図	国府町 雨滝における雨滝安山岩と雨滝礫層
第 43 図	変質したひん岩岩脈を不整合におおう新鮮なデイサイトの凝灰角礫岩
第 44 図	船山礫層の露頭
第 45 図	扇ノ山火山復元図
第 46 図	扇ノ山火山,広留野溶岩の末端部
第 47 図	若桜町 舂米付近の崖錐堆積物
第 48 図	「若桜」図幅地域およびその周辺における軽石層の分布
第 49 図	鳥取平野試錐柱状図
第 50 図	郡家町 山志谷付近の山崩れ

表の目次

第 1 表		中国地方東部における古生界の層序区分および対比
表 2 表		「若桜」図幅地域の三郡変成岩および角谷層中の変成鉱物
第 3 表		八東層の変玄武岩溶岩の化学組成
第 4 表		超苦鉄質岩およびはんれい岩の化学組成
第 5 表		鳥取層群の層序
第 6 表		照来層群の層序
第 7 表		鮮新世~更新世火山岩類の化学組成

図版の目次

第 Ⅰ 図版	岩石研磨面
		1. 志谷層の泥質片岩
		2. 角谷層の剪断泥質岩・砂岩
第 Ⅱ 図版	志谷層の結晶片岩
		1. クロス閃石 - 緑れん石 - 白雲母 - 緑泥石 - 曹長石片岩
		2. 黒雲母含有緑れん石 - 緑泥石 - 白雲母 - 曹長石 - 石英片岩
第 Ⅲ 図版
		1. 八東層の泥質千枚岩
		2. 角谷層の剪断泥質岩・砂岩
第 Ⅳ 図版
		1. 角谷層の粗粒玄武岩
		2. 蛇紋岩中の橄欖石残晶
第 Ⅴ 図版
		1. 単斜輝石角閃石はんれい岩
		2. 矢田川層群の流紋岩溶結凝灰岩
第 Ⅵ 図版
		1. 淵見石英閃緑岩
		2. 諸鹿礫岩起源のホルンフェルス
第 Ⅶ 図版
		1. 稲葉山玄武岩
		2. 須賀ノ山安山岩
第 Ⅷ 図版
		1. 扇ノ山下部溶岩
		2. 広留野溶岩

地域地質研究報告 (昭和 53 年稿)
5万分の1図幅

岡山(12) 第 22 号

若桜 わかさ 地域の地質


「若桜」地域研究報告作成のための野外調査は 先新第三系地域を山田が, 新第三系・第四系地域を上村・坂本が分担して 1961~1963 年度に行った。 一方, 筆者らは この調査と前後して, 鳥取県 東部地域(1960 年)・兵庫県 北西部地域(1962~1963 年)の放射能強度調査, 鳥取県 地質図 作成のための受託調査(1964 年), UMP-C-Zone 中国帯 [ = Upper Mantle Project の C-Zone の中国(地方)帯 ] の現地調査(1966 年)を行ったが, その成果の一部はこの報告の中に盛り込まれている。 野外調査にあたっては 当時の鳥取県 地下資源開発局の方々, とくに故 羽田重吉 氏, 小川康彦・西村善博・安田満夫の各氏, 若桜町・ 郡家 こおげ 町の町役場関係者の方々, 鳥取大学の故 安原彰一 氏, 赤木三郎 氏らにお世話になった。 また, 隣接地域の調査を担当していた 地質調査所の村山正郎(当時)・猪木幸男・一色直記の各技官から多くの助言をうけた。 その後, 1976 年度に短期間の補備調査を行ない, この時には [ 地質調査所の ] 寺岡易司・大山桂 技官の同行をえて 多くの貴重な助言をうけた。

本報告のとりまとめに当っては 鳥取大学の赤木三郎・吉谷昭彦・岡田昭明 氏や 鳥取県庁の安田満夫・西村善博 氏から種々の資料を提供していただいた。 また, 鳥取県立博物館の山名巌 氏, 鳥取県 青谷高校の山家浩晶 氏, 岡山大学 温泉研究所の田崎耕市・渡辺謙一 氏, 科学博物館の橋本光男 氏, 名古屋工業大学の宮川邦彦 氏からは多くの援助をうけた。 また, コノドントの抽出については [ 地質調査所の ] 酒井彰 技官, X 線・EPMA 分析については [ 地質調査所の ] 牧本博 技官をわずらわせた。 この他, 岩石薄片の作製は [ 地質調査所 ] 技術部の大野正一・村上正・宮本昭正・安部正治・佐藤芳治の各技官 (とくに 1963 年の現地 薄片作成には宮本 技官), 顕微鏡写真については正井義郎 技官, 岩石の化学分析については [ 地質調査所 ] 技術部の川野昌樹 技官に担当していただき, 原稿作成の段階では [ 地質調査所の ] 青木ちえ・小野千恵子 技官, 朝倉栄子 事務官らの協力をうけた。

以上の方々に深甚の謝意を表する。

I. 地形

「若桜」図幅地域は 東経 134°15'~134°30', 北緯 35°20'~35°30' の間を占め, その大部分は鳥取県に, 北東の一部が兵庫県に属している。

第 1 図 「若桜」図幅地域の接峯面(1 km 間隔の谷埋め ; 数字はメートル単位の海抜高度)

本地域は 中国山地の北斜面に位置し, 大部分が中山性の山地であって, 平地・丘陵地は北西部にわずかにみられるにすぎない。 本地域は 地域南縁から中国山地の分水界までが数 km ないし 10 数 km, 地域北縁から日本海岸までも数 km ないし 10 数 km と 北斜面のほぼ中間を占めているにもかかわらず, 接峯面図(第 1 図)に示したように, その地形の大勢は東高西低, あるいは, 南東に高く北西に低いという傾向を示している。 この傾向は 地域東半部における 扇ノ山 おうぎのせん 須賀ノ山 すがのせん [ ≒ 氷ノ山 ひょうのせん ] などの旧火山の存在によって強められているものではあるが, 火山体を剥ぎとった基盤の表面についても同様な傾向がうかがわれる。 山地は 主として 三郡変成岩, 非変成古生層, 白亜紀後期~古第三紀の花崗岩・火山岩類, 新第三系および新期の火山岩類によって構成されている。

第 2 図 扇ノ山の山頂部。 南東方の 東因幡 ひがしいなば 林道から望む。 手前は 広留野 ひろとめの の溶岩台地

[ 第 2 図に示した ] 図幅地域東部に位置する 扇ノ山 おおぎのせん (海抜 1,310 m)は 形成時代は不詳であるが, 山体のほとんどが溶岩流からなり, 復元した状態で面積が約 90 km2, 体積が約 8.5 km3 程度の中規模の火山である。 山頂部は小規模な楯状火山であり, 周辺部では溶岩流が河谷を埋めて流下した状況を示している( [ 後述する「VI.4.8 扇ノ山火山岩類」の項で示す ] 第 45 図)。 本地域を南東にはずれた所 [ ← 本図幅の東隣の村岡図幅地域内 ] にある 須賀ノ山 すがのせん [ ≒ 氷ノ山 ひょうのせん ] は 海抜 1,510 m の中国地方の第2の高山である。 地域内ではその山体の北西部しかみられないが, これも 山体のほとんどが溶岩流からなる古い火山である。 北半部では 東西からの谷によって大きくえぐられ 原形をとどめないが, 南半部では 第 1 図に見られるように 低い円錐形の原形を残している。 山体の破壊の程度からいえば 須賀ノ山火山は扇ノ山火山より古いものであろう。 その他の火山地形としては, 図幅地域北西部に 稲葉山からその東方にかけて連なる 海抜 250~500 m の玄武岩溶岩台地がある。 この溶岩台地の形成時代も不詳であるが, 開析の程度や分布高度からみて 扇ノ山火山よりは古い。

第 3 図 「若桜」図幅地域の水系分布

本地域は 東~北縁部を除く大部分が [ 本図幅の北西隣の鳥取北部図幅地域内の ] 鳥取市 賀露 かろ で日本海に注ぐ 千代 せんだい 川の流域に属しており, その主な支流としては 北から ふくろ 川・ 私都 きさいち 川・ 八東 はっとう 川が西流している。 第 3 図に示したように, これらの支流の流路は, 北東 - 南西と北西 - 南東の2方向の河谷の組合せを主要なパターンとして配列している。 また, 東縁部では矢田川・岸田川の源流が深い峡谷をつくり, 北縁部には蒲生川・塩見川の源流部が達している。

丘陵地としては 地域西部の袋川と私都川とにはさまれた 海抜 150 m 以下の部分( 津ノ井 つのい 丘陵)があるにすぎない。 ここでは主に中新統中部の堆積岩類が分布している。

本地域内では 河岸段丘の発達は はなはだ貧弱である。 わずかに 八東川と私都川とが合流する [ 図幅地域西端・南北中央付近の ] 郡家 こおげ の東方で 小規模な分布がみられるにすぎない。

第 5 図 袋川の下流の鳥取平野。 国府町 糸谷 いとたに 付近より西方を望む

平地は千代川支流の各河川ぞいに発達するが, いずれも小規模である。 ややまとまっては 袋川の下流部に 鳥取平野の一部がみられるにすぎない [ 第 5 図 ] 。 ここでは [ 図幅地域北西隅付近の ] 岩倉と杉崎を結ぶ ほぼ海抜 10 m の線をさかいとして, それより下流側は三角州性の平野であり, 上流側は小扇状地を形成している(第 4 図)。

第 4 図 鳥取平野の地形(等高線の数字はメートル単位の海抜高度)

[ 第 4 図に関する注意書き ]
この図に記号「⊗」を付けて記した「1~11」は試錐の位置。 それら 11 地点の柱状図は 後述する「VII.4 冲積層」の項の第 49 図にしめす。

II. 地質概説

本地域は 上部古生層を原岩とする三郡変成岩, 非変成古生層, 超苦鉄質岩類(はんれい岩類をともなう), 白亜紀後期の珪長質火山岩類と それにひきつづいて迸入した白亜紀末期ないし古第三紀の花崗岩類, これらを不整合におおう新第三紀の鳥取層群・ 照来 てらき 層群, および鮮新世~更新世の火山岩類からなる。 本地域でもっとも新しい火山活動は扇ノ山火山岩類の噴出であった。 更新統に属するとみられる扇ノ山火山岩類をのぞいて, 河岸段丘堆積物や沖積層などの第四系の発達は はなはだ貧弱である。 本地域の地質を総括して第 6 図に示す。

第 6 図 「若桜」図幅地域の地質総括図

中国地方およびその周辺地域における古生界は, 舞鶴帯とよばれる古生代末期~中生代初期に形成された構造帯を境として, その西方の三郡帯(または中国帯)と 東方の丹波帯とに区分される(第 7 図)。 丹波帯が 古生代後期から三畳紀, 一部ではジュラ紀まで地向斜の状態にあったと考えられているのに対して, 三郡帯では 古生代末期に低温高圧型の広域変成作用(三郡変成作用)がおこなわれ, それ以後はかなりの部分が陸域の状態にあったらしい。 三郡帯は 中国地方の西部では 北から南へ 三郡変成帯 山陰支脈・ 中央非変成帯・ 三郡変成帯 山陽支脈の3帯に分けられているが, これは地殻表層部における区分(複背斜部と複向斜部のちがい)であって, 本質的には単一の変成帯とみるのが妥当であろう(長谷, 1975)。 山陽支脈の東方延長は 広島・岡山県下の弱変成古生層 (長谷(1964)による「中帯」の古生層)の中に追跡されている(第 7 図)。 一方, 山陰支脈は 島根県西部地域をへて 岡山県北部・鳥取県東部地区で最大の分布を示すようになる。 本地域は山陰支脈の東端部に近く位置している。

第 7 図 本州の西部における古生界の地質構造区分と [ 四角の枠で示した ] 「若桜」図幅地域の位置(長谷ほか(1975)による)。
Geotectonic division of the Upper Paleozoic in western Honshu (after HASE et al.(1975)).

[ 第 7 図で区分した領域 ]
縦線で塗った領域 [ Area filled with vertical lines ] :
三郡変成岩 [ Sangun Metamorphic Rocks ] (Si : 山陰支脈, Sy : 山陽支脈),
横線で塗った領域 [ Area filled with horizontal lines ] :
弱変成古生層 [ Weakly metamorphosed Paleozoic formations ] ,
Ms : 舞鶴帯, T ; 丹波帯, K : 上郡帯,
N : 「北帯」, M : 「中帯」, S : 「南帯」,
Nc : 中央非変成帯, Ni : 中間非変成帯, R : 領家変成帯

本地域の三郡変成岩の原岩は, 泥岩・チャートおよび苦鉄質火山岩類を主とする優地向斜堆積物(おそらく石炭紀)である。 現在は パンペリー石 - アクチノ閃石帯および緑れん石 - 藍閃石帯の変成相を示す 千枚岩~結晶片岩からなる。 一方, これより新期(おそらく二畳紀)の 泥岩・砂岩を主体とする ほとんど非変成の地層( 角谷 つのたに 層)が 三郡変成岩と断層関係で接して 帯状に分布しており, 全面的に剪断作用をうけていることで特徴づけられる。

三郡変成作用の末期 あるいは それにひきつづく時期に 超苦鉄質岩類が三郡変成岩中に貫入した。 本地域の超苦鉄質岩類 [ U ] は おもにダン橄欖石・橄欖石単斜輝石岩からなるが, その大部分は蛇紋岩化している。 超苦鉄質岩類の主岩体は 低角度の衝上断層をもって 三郡変成岩の上にのし上げている。 上記の主岩体の内部には, 角閃石はんれい岩・角閃石岩などからなる はんれい岩類 [ Ga ? ] の小岩体が包有されている。 また, これとは別に, 三郡変成岩中に貫入したはんれい岩 [ Ga ? ] の小岩体があり, 三郡変成作用をうけている。

本地域は白亜紀の後半から火成活動が活発となった。 この火成活動は 西南日本内帯の全域をまきこんだ きわめて大規模なもので, 広島変動とよばれる。 それは 陸域における珪長質~中性の火山活動(大規模火砕流の噴出をともなう)と 花崗岩の浅処迸入とを特徴としており, この点において 古生代の海底火山活動とはまったく性質の異なるものである。

第 8 図 本州の西部における白亜紀~古第三紀の火成岩類の帯状分布(MURAKAMI(1974)を一部修正)。
Zonal arrangement of the Cretaceous to Paleogene igneous rocks in western Honshu (after MURAKAMI (1974) ; partly modified).

[ 第 8 図に関する注意書き ]
四角の枠は若桜図幅の位置を示す。
使用されている凡例 1~4 は以下の通り。
  1. 白亜紀~古第三紀の火山岩類(未区分)。
    Cretaceous to Paleogene volcanic rocks (undivided).
  2. 白亜紀末期~古第三紀の花崗岩類(山陰帯)。
    Latest Cretaceous to Paleogene granitic rocks (San-in Zone).
  3. 白亜紀後期の花崗岩類。
    Late Cretaceous to Paleogen granitic rocks (San-yo Zone).
  4. 白亜紀の花崗岩類・変成岩類(領家帯)。
    Cretaceous granitic and metamorphic rocks (Ryoke Zone).

中国地方およびその周辺における白亜紀の火成活動によって, 第 8 図に示したような 領家帯・ 山陽帯(または広島帯)・ 山陰帯という 火成岩類の帯状構造が形成された。 これらは 南側ほどより古く, かつ, より深部相を示すものと考えられている(MURAKAMI, 1974)。 本地域はこのうちの山陰帯に位置する。 山陰帯には 白亜紀後期の火山岩類(本地域の矢田川層群 [ Y ] )および それにひきつづく花崗岩類(鳥取花崗岩 [ Gt ] など)が広く分布しているが, 本地域では これらが新第三系におおわれるために わずかしか露出しない。 なお, 山陰地方の西部では 上記の「白亜紀後期~古第三紀初期の火山~深成作用」とは別に 「古第三紀中頃の火山~深成作用( 田万川 たまがわ 層群で代表される)」 の存在が明らかとなり, 広島変動とグリーン・タフ変動をつなぐものとして注目されているが, 本地域については未確定である。 [ 本図幅の北東隅の ] 鳥取市の近傍に分布する 久松山 きゅうしょうざん 花崗岩 [ Gk ] がそれに相当するものかもしれない。

新第三紀に入ってから 日本海沿岸を中心とした地域は 激しい火山活動をともなう大規模な沈降運動の場となり, 広域にわたって海域と化した。 この時期の地殻運動(グリーン・タフ変動)は本地域にも大きな影響を及ぼしている。 西南日本の日本海沿岸地域は 新第三紀において 山陰・北陸区 [ San-in - Hokuriku Province ] と呼ばれる独自の地質区を構成し, その南側の瀬戸内区 [ Setouchi Province ] とは 層序・火山活動・構造運動などの点できわ立った対照を示していた (西南日本新生代研究グループ, 1960)。 本地域は そこに発達する新第三系の特徴からみて 上記の山陰・北陸区に属し, かつ, そのうちの山陰 東部 積成盆地の西部に位置している(第 9 図)。

第 9 図 本州西部における中新統の分布(200 万分の1日本地質図(地質調査所, 1971)を簡略化)。
Distribution of Miocene strata in western Honshu.

山陰・北陸区の新第三系は そのうちでもっとも典型的な北陸積成盆地でみられるように, 概略的には 下位から以下のような層序になっている。

  1. 基底礫岩層 にはじまり,
  2. いちじるしく変質した安山岩質の火山岩層,
  3. 礫岩・砂岩互層を主とする浅海成の岩相変化の激しい地層(局地的に珪長質の火山岩層を挟む),
  4. 最大海進期を示す一様な泥岩層,
  5. 積成盆地の縮小期を示す地域的な層厚変化の激しい泥岩および砂岩層からなっている。

山陰東部積成盆地では このうちの ⅰ~ⅳ に相当する部分が 北但層群(兵庫県北部~京都府北部)または鳥取層群(鳥取県東部)と呼ばれ, ⅴ の前半と時期的に対応する地層が 照来 てらぎ 層群(鳥取県東部~兵庫県北西部)と呼ばれている。 本地域とその周辺では ⅰ に相当するのが 八頭 やず 累層のうちの 郡家 こうげ 礫岩層 [ M1 ] であり, ⅱ には八頭累層の 河原 かわばら 火山岩層 [ M2, Mc ] , ⅲ には 私都 きさいち 累層 [ M3, Mt, M4 ] , ⅳ には 岩美 いわみ 累層 [ M5, Ma, M6, Mf, M7, M8 ] が対応する。 ただし この地域では ⅲ に相当する私都累層の発達が局地的であり, ⅳ に相当する岩美累層が広範囲にわたって基盤を直接おおっている点が 北陸地域および兵庫県北部地域の新第三系の発達状況と異っている。

照来層群 [ Pr, Pc, Pp, Pm, Pa ] は時期的には前記の ⅴ に対応するが, 中新世初期以降の積成盆地の継続的な縮小の過程を示すものではなく, 鳥取層群(北但層群)の積成盆地が消滅した後に 新たに生じた陸域の積成盆地の堆積物である。 その下部は流紋岩質の, 上部は安山岩質の火山活動の産物であり, 中部は礫岩・シルト岩を主とする湖成層よりなっている。

照来層群より後の 鮮新世から更新世にかけての, 陸上火山活動による 玄武岩ないし安山岩の溶岩を主とする 火山岩類が広く分布していることも 本地域の特徴の1つである。 この火山活動の産物のうち もっとも新しい扇ノ山を構成する火山岩類は, 時代的には更新世に属するものと思われる。

本地域では 河岸段丘や沖積平野を構成する第四系の発達は いちじるしく貧弱である。


[ 地質図の凡例 ]

第四紀 完新世 冲積層 a 礫・砂および粘土
崖錐堆積物 t 礫および砂
更新世 河岸段丘堆積物 td 礫・砂および粘土
更新世

鮮新世
火山
岩類
扇ノ山 おうぎのせん
火山
岩類
広留野 ひろとめの 熔岩 Vh 紫蘇輝石角閃石安山岩
扇ノ山 おうぎのせん 上部熔岩 Vu 紫蘇輝石普通輝石橄欖石玄武岩
扇ノ山 おうぎのせん 下部熔岩 Vl 石英含有普通輝石橄欖石安山岩
船山 ふなやま 礫層 Fg 礫および砂
新第三紀 鮮新世 須賀ノ山 すがのせん 安山岩 Vs 普通輝石紫蘇輝石安山岩熔岩
デイサイト Vd 黒雲母角閃石デイサイト熔岩および
黒雲母デイサイトの熔岩と凝灰角礫岩
稲葉山 いなばやま 玄武岩 Vi 普通輝石橄欖石玄武岩熔岩
稲葉山 いなばやま 礫層 Ig 砂および礫
雨滝 あまだき 安山岩 Va 普通輝石紫蘇輝石安山岩熔岩
雨滝 あまだき 礫層 Ag 砂および礫
貫入岩類 R 流紋岩
B 玄武岩
A 安山岩
D デイサイト
P ひん岩
淵見 ふちみ 石英閃緑岩 Dq 黒雲母角閃石普通輝石石英閃緑岩・閃緑ひん岩
およびアプライト質黒雲母花崗岩
強粘土化帯
照来 てらぎ 層群 寺田 てらだ 安山岩層 Pa 安山岩熔岩および凝灰角礫岩
中新世 春来 はるき 泥岩層 Pm 泥岩・砂岩および凝灰岩
Pp 軽石凝灰岩
湯谷 ゆだに 礫岩層 Pc 礫岩
歌長 うたおさ 流紋岩層 Pr 流紋岩凝灰岩
鳥取 とっとり
層群
岩美 いわみ
累層
荒金 あらがね 火砕岩層 M8 流紋岩凝灰岩および熔岩
小田 おだ 安山岩層 M7 安山岩熔岩および凝灰角礫岩
普含寺 ふがんじ 泥岩層 Mf 酸性凝灰岩
M6 黒色泥岩
諸鹿 もろが 礫岩層 Ma 安山岩熔岩(凝灰角礫岩を伴う)
M5 礫岩および砂岩
私都 きさいち
累層
三代寺 さんだいじ シルト岩層 M4 シルト岩
Mt 酸性凝灰岩
円通寺 えんつうじ 礫岩砂岩層 M3 礫岩および砂岩
八頭 やず
累層
河原 かわばら 火山岩層 Mc 火山円礫岩
M2 安山岩火山砕屑岩および熔岩
(デイサイト熔結凝灰岩を挟む)
郡家 こうげ 礫岩層 M1 礫岩
古第三紀

白亜紀後期
久松山 きゅうしょうざん 花崗岩 Gk 粗粒斑状黒雲母花崗岩
鳥取 とっとり 花崗岩による
接触変成域
黒雲母ホルンフェルス・
白雲母黒雲母菫青石ホルンフェルス・
黒雲母緑れん石角閃石ホルンフェルスなど
鳥取 とっとり 花崗岩 Gt 粗粒黒雲母花崗岩
花原 はなばら 複合岩類 F 珪長岩
Gp 花崗斑岩・文象斑岩・細粒花崗岩など
Dp 黒雲母角閃石閃緑ひん岩
矢田川 やだがわ 層群 Y 黒雲母流紋岩溶結凝灰岩・同熔岩など
古生代末期 はんれい岩類 Ga 角閃石はんれい岩・角閃石岩など
超苦鉄質岩類 U ダン橄欖岩(蛇紋岩化)・橄欖石単斜輝石岩など
古生代後期 非変成 古生層 角谷 つのたに Tl 剪断泥質岩(砂岩レンズを含む)
Ts 砂岩
Tc チャート
Ls 石灰岩
Tb 粗粒玄武岩
三郡 さんぐん 変成岩 八東 はっとう Hc 珪質千枚岩
Hb 変玄武岩・緑色千枚岩
Hl 泥質千枚岩
Hs 砂質千枚岩
智頭 ちづ Cl 泥質千枚岩
志谷 したに Sb 緑色片岩
Sl 泥質片岩
Ss 砂質片岩
Sc 珪質片岩

III. 古生界

III.1 概説

本地域の古生界は 三郡変成岩と非変成古生層とに大別される。 本地域は 三郡変成岩のまとまった露出地域としては その北東端に相当する(第 7 図参照)。 これより東方では, [ 本図幅の ] 東隣の「村岡」図幅地域内で 関宮 せきのみや 超苦鉄質岩体の南縁部およびその内部に変成古生層の小分布が知られているのみである (兵庫県(1961); 橋本・猪木(1970); 通産省(1972))。

III.1.1 研究史

若桜地域の三郡変成岩は, 古くは 巨智部 こちべ [ 忠承 ただつね ; 農商務省 地質調査所長 ] (1894・1896)により千枚岩状粘板岩としてその分布が示されている。 具体的な岩石の記述としては, 小林(1950)によって紹介されている大沢勝太郎の論文 [ 以下の [注] 参照 ] が最初であろう。 岡村(1960)は大沢の研究をひきついで, 若桜地域の変成岩類を 石英準片岩を主とする下部層, 黒色準片岩を主とする中部層, 緑色片岩を主とする上部層の3つに区分し, 全体として北へ 30~60°傾斜するが, 中部層の上半部はいちじるしい剪断帯となっていることを指摘した。

[注]
ŌSAWA,K.(1917): Geology of the Wakasa District,Hōki [ = 伯耆国 ほうきのくに ] . 東京帝国大学 理学部 地質学科,卒業論文.

宮川(1961)および MIYAKAWA (1961)は若桜地域の変成相について論じ, 大部分が緑色片岩相に属するが, 緑れん石角閃岩相(岡村(1960)の上部層の一部)も存在するとのべ, また, 岡村による上部層は 蛇紋岩の貫入に伴って地下深部から持上げられたもので, 岡村の中・下部層とは 岩相・層序・変成相からみて 不連続であるとした。

村山ほか(1963)は, 本地域の西隣の「鳥取南部」地域の 用瀬 もちがせ 馬橋 うまばし 付近の変成 玄武岩溶岩の中よりアルカリ角閃石(クロス閃石 [ crossite ] )をみいだした。

山田(1972)は 本地域を含む鳥取市~岡山県 大原地域 [ ≒ 本図幅地域 + 本図幅の南隣の 坂根 さかね 図幅地域 + その南隣の 作用 さよう 図幅地域 ] の三郡変成岩類の層序と変成相を総括し, 第 1 表に掲げた層序区分をおこない, また, これらの大部分がパンペリー石 - アクチノ閃石帯に属することを示した。 また, 宮川(1961)による緑れん石角閃岩相の変成岩は, 三郡変成岩が白亜紀の花崗岩によって接触変成作用をうけた複変成岩であると考えた。

第 1 表 中国地方東部における古生層の層序区分および対比

若桜地域
(岡村, 1960)
「若桜」図幅地域
(上村ほか, 1979)
鳥取~大原地域
(山田, 1972)
岡山県
(光野・大森, 1963)
上部層
中部層 角谷層 上部層(Ⅳ) 上部層群 (二畳紀)
下部層 三郡
変成岩
八東層 中部層群
中部層(Ⅲ)
智頭層 (?) 下部層(Ⅱ)
(志谷層) 最下部層(Ⅰ) 下部層群 (石炭紀中期)
最下部層群
[ 第 1 表に関する注意書き ]
上村ほか(1979)の「若桜」図幅地域の層序区分で 「智頭層」と「(志谷層)」の境界線は怪しい。
山田(1972)の鳥取~大原地域における「上部層(Ⅳ)」と「中部層(Ⅲ)」の境界線は, それらと対比している他の層序区分の境界線よりも少しだけ下方(= 古い方)に位置している。

橋本(1972)は 三郡変成岩の鉱物相の概観をおこなうなかで 若桜町 来見野 くるみの [ ← 若桜の北方 3 km ] 付近におけるクロス閃石の存在を報じ, それを含む変成岩が緑れん石 - 藍閃石帯に属する とのべている。

なお, 本地域は UMP-C-Zone の北端部に位置しており, WORKING GROUP FOR TECTONICS OF THE C-ZONE OF JAPANESE UPPER MANTLE PROJECT (1973)によって本地域を含む地帯の深部構造断面図が示されている。

III.1.2 層序区分

本研究報告における古生界の層序区分と地層の名称を第 1 表に示した。 これは 基本的には 山田(1972)による鳥取~大原地域の層序区分にしたがっているが, 下記の点で若干修正されている。 すなわち, 鳥取~大原地域の最下部層・下部層・中部層をそれぞれ 大原 おおはら 層・ 智頭 ちづ 層・ 八東 はっとう 層とよび, これらを三郡変成岩として一括した。 ただし, 大原層は本地域には分布していない。 また, 上部層を 角谷 つのたに 層とよび, 三郡変成岩類から切りはなし, 非変成古生層として扱った。 ただし, 角谷層と八東層の境は 上部層と中部層の境とは若干異なっている。 また, 岡村(1960)により若桜地域の最上部とされた結晶片岩を 志谷 したに 層と命名し, 層序的に 鳥取~大原地域の最下部層(大原層)に対比されるものとした [ 後述する「志谷層」の記載を見よ ]

第 10 図 鳥取~大原地域の地質略図(山田(1972)の第 3 図を一部改変し簡略化した)

[ 第 10 図に関する注意書き ]
この図に使用されている凡例などの記載は省略する。

中国地方北東部(鳥取~大原地域)における 三郡変成岩および非変成古生層の分布と構造を簡略化して第 10 図に示した。 この地域 [ の三郡変成岩および非変成古生層の分布 ] は WNW - ESE 性の一般構造方向をもっている。 [ 第 10 図の ] 中央部の智頭町の東部地区 [ ← 本図幅の南隣の坂根図幅地域内 ] には 上記の方向 [ = WNW - ESE 方向 ] の背斜・向斜の組合せからなる緩い複背斜構造が発達しており, その南方の岡山県との県境地区には 同方向 [ = WNW - ESE 方向 ] の向斜構造が発達する。 最南端の大原地区 [ ← 本図幅の南南隣の作用図幅地域内の岡山県 大原町周辺 ] には 同方向 [ = WNW - ESE 方向 ] の背斜構造が発達する。 大原地区において [ 北側の ] 三郡変成岩 [ 大原層 ] とその南側の夜久野コンプレックス(おもにはんれい岩)との関係は 断層である。

以下に, 鳥取~大原地域 [ ≒ 本図幅地域 + 本図幅の南隣の坂根図幅地域 + その南隣の作用図幅地域 ] の三郡変成岩について, 下位より上位へ 分布・岩相・変成相の概要をのべる。

大原 おおはら 層 : 山田(1972)の最下部層。 [ 大原層は本図幅には分布しておらず, 本図幅の南南隣の作用図幅地域内の ] 大原地区の背斜部を占め, おもに泥質片岩(下半部)と玄武岩類(上半部)からなる。 厚さ 500 m 以上。 下限は不明。 その変成度はパンペリー石 - アクチノ閃石帯に属する。

志谷 したに 層 : 鳥取~大原地域の最北部( [ 本図幅地域内の ] 角谷層分布地域の北側)に分布し, 下部はおもに泥質片岩, 上部はおもに緑色片岩からなる。 厚さ 700 m 以上。 変成度は 鳥取~大原地域のうちでもっとも高く, 少なくともその一部は緑れん石 - 藍閃石帯に属するが, 北側に分布する花崗岩類による熱変成作用を広範囲にうけているため くわしいことは分らない。 志谷層は 超苦鉄質岩類を密接にともない 南側地域とは断層関係にあることから, 全体として超苦鉄質岩類を含む1つの構造単元として 地下かなりの深部から上昇してきた可能性が大きい。 本研究報告では [ 志谷層を ] 本地域の三郡変成岩のうちで もっとも下位のものと考え, 原岩の岩相から大原層と対比した。 ただし, これについては 充分な根拠はない。

智頭 ちず 層 : 山田(1972)の下部層。 [ 本図幅の南隣の坂根図幅地域内の ] 智頭町の東部の複背斜の中軸部を占めて広い地域に分布し, おもに泥質千枚岩からなり, 上部にはマンガン鉱床を胚胎する数枚の珪質千枚岩層を挟有する。 大原層の上に整合にのる。 厚さ約 2,500 m。 花崗岩類の貫入によってほとんど全域にわたって熱変成作用をうけており, 本来の変成度は不明である。

八東 はっとう 層 : 山田(1972)の中部層の全部および上部層の下部にあたる。 上記の複背斜の北翼部を占め, 八東川にそって帯状に分布する。 珪質千枚岩と変玄武岩類を主とし, 上部に比較的厚い泥質千枚岩層を挟有する。 智頭層の上に整合にのる。 厚さ 1,500~2,000 m。 変成度はパンペリー石 - アクチノ閃石帯に属する。 若桜町の南部地域では花崗岩類による熱変成作用をうけている。

角谷 つのたに 層 : 山田(1972)の上部層の主部にあたる。 八東層の北側に帯状に分布する。 粘板岩・砂岩を主とし, 薄いチャート・石灰岩を挟有し, 粗粒玄武岩の岩床をともなう。 全般的に強い剪断作用をうけている。 南側の八東層および北側の志谷層とはいずれも断層関係で接する。 厚さ 1,000 m 以上。 肉眼的にはほとんど非変成であるが, 粗粒玄武岩中にパンペリー石が生じていることがあり, おそらくパンペリー石 - 緑泥石帯に属するものであろう。 郡家町の東部地区では花崗岩類による熱変成作用をうけている。

本地域における三郡変成岩および角谷層中の変成鉱物の種類とその組合せを 第 2 表および第 11 図に示した。

第 2 表 「若桜」図幅地域の三郡変成岩および角谷層の中の変成鉱物

角谷層 八東層 志谷層
苦鉄質火山岩 曹長石
緑泥石
ぶどう石
パンペリー石
緑れん石
アクチノ閃石
バロア閃石
クロス閃石
白雲母
スチルプノメレン
泥質岩 曹長石
石英
緑泥石
緑れん石
白雲母
スチルプノメレン
ざくろ石
[ 第 2 表で使用している記号 ]
〇 : 普通に産する, △ : まれに産する

第 11 図 「若桜」図幅地域およびその近傍の 三郡変成岩および角谷層(おもに苦鉄質起源)の中の変成鉱物の分布。 接触変成作用をうけた地域 [ = 超苦鉄質岩類(U)に接している志谷層の泥質片岩(Sl)と緑色片岩(Sb)の分布域 ? ] については, 三郡変成作用による変成鉱物のうち [ 泥質岩起源の ] ざくろ石 [ 第 2 表参照 ] の分布のみを示した。

[ 第 11 図に関する注意書き ]
この図に使用されている凡例などの記載は省略する。

III.1.3 地質時代

本地域の三郡変成岩および角谷層には化石がまったく発見されていないので [ 以下の [注] 参照 ] , 地質時代は不明である。 第 1 表では 参考のために 岡山県下の古生界との岩相による対比を試みた。 すでにのべたように, 鳥取~大原地域の三郡変成岩類のうち 玄武岩類の優勢な地層は 大原付近に分布する大原層と 本地域に分布する八東層とであり, これらは 岡山県側(光野・大森, 1963)の下部層群(非変成の部分に石炭紀中期の化石を含む)および 中部層群の上部に発達する玄武岩類にそれぞれ相当するものと思われる。 また, 角谷層は 泥岩・砂岩を主とし ほとんど非変成である点で 岡山県側の上部層群(二畳紀中・上部の化石を含む)に類似しているが, 流紋岩質火砕岩類を含まない点でそれと異なる。 八東層およびその下位層は 整合一連であると判断されるので, 上記の対比により おそらく石炭系であろう。 角谷層はおそらく二畳系で, 八東層との間にかなりの層序間隙があるかもしれない。

[注]
智頭層・八東層および角谷層の中のチャートを処理したが, コノドント [ conodont ; カンブリア紀から三畳紀の歯状の微化石 ] を抽出できなかった( [ 地質調査所 ] 酒井彰 技官による)。

III.2 三郡 さんぐん 変成岩

本地域の三郡変成岩は千枚岩および結晶片岩からなり, パンペリー石 - アクチノ閃石帯から 緑れん石 - 藍閃石帯におよぶ低温高圧型の変成作用(三郡変成作用)をうけたものである。 層序的には 下位から上位へ 志谷層・智頭層・八東層の3層に区分される。 志谷層と八東層との間には非変成古生層(角谷層)が帯状に介在して, これらと断層関係で接している。 智頭層はおもに [ 本図幅の ] 南方地域に分布し, 本地域内での分布は狭い。

III.2.1 志谷 したに [ Sc : 珪質片岩, Ss : 砂質片岩, Sl : 泥質片岩, Sb : 緑色片岩 ]

III.2.1.1 分布

志谷層(結晶片岩類)は [ 図幅地域南端・東西中央やや東の若桜の北東方~北方 5 km 前後の ] 八東町 志谷~ 横地 よこぢ の間の細見川の川筋を模式地とし, 西は [ 志谷の西北西方~北方の ] 郡家 こうげ 山志谷 やましだに ~麻生~ 落合 [ ← 落岩 おちいわ ? ] 地区, 東は [ 志谷の南南東方 2 km 弱の八東川沿いの ] 八東町 用呂 ようろ 地区から [ その東方の ] 若桜町の 来見野川 くりみのかわ の川筋および 角谷川 つのたにかわ の北方にかけて分布する。 南側の角谷層 [ Tl ? ] に対しては 西部で NW - SE 方向, 東部で E - W 方向の 南西方に凸の弧状の断層をもって接触する。 志谷層の北東側には超苦鉄質岩類 [ U ] が分布し, 志谷層に対して北東へ緩く傾斜する断層面をもって接触している。 横地の北東方の 柞原 たらばら では 超苦鉄質岩類の分布の北東側に 剪断作用をうけた砂岩層(角谷層類似) [ ← 地質図上では角谷層の Tl(砂岩レンズを含む剪断泥質岩)になっている ] が 小規模に露出していることから, 志谷層の分布範囲は柞原より南西側に限られるものと思われる [ ← 理解できない ]

上記のように 志谷層は WNW - ESE 方向にのびたレンズ状岩体(2 km × 9 km 以上)を構成している( 第 19 図 [ ← 第 10 図 ? ] 参照)。 この岩体の北西の延長部は花崗岩類 [ Gt ] の貫入によって断ち切られている。 一方, 東方の延長部は新第三系 [ = M5, M6, Pa など ? ] におおわれて不明である。

III.2.1.2 層序・構造

志谷層は E - W ないし NW - SE の一般走向を示し, ふつうは北へ 25~60°傾斜している。 したがって, みかけ上は北東側が上位であるが, 上下関係を示す証拠はえられていない。 以下では 地層の逆転や断層によるくりかえしがないと仮定して, 3つのルートにそった層序と岩相を記載する。

[ 若桜の北方 2 km の ] 来見野川 くるみのかわ の川筋では おもに緑色片岩 [ Sb ] からなり, 数枚の薄い泥質片岩層 [ Sl ] をはさむ。 層厚は 300 m 以上である。

[ 若桜の北西方~北方 4.5 km の志谷~横地の付近の ] 細見川の川筋では 下部はおもに泥質片岩 [ Sl ] (厚さ 250 m 以上), 上部はおもに緑色片岩 [ Sb ] (厚さ 250 m 以上)からなる。 上部の緑色片岩は 来見野川の川筋の緑色片岩の延長であろう。 下部の泥質片岩中には薄い珪質片岩 [ Sc ] や砂質片岩 [ Ss ] が挾まれる。 上部の緑色片岩には厚さ 10 m 前後の3枚の泥質片岩が挾まれる。

[ 志谷の西北西方~北西方の ] 山志谷 やましだに ~麻生ルートは おもに 細見川筋の下部の延長である泥質片岩 [ Sl ] からなり, 緑色片岩 [ Sb ] ・ 珪質片岩 [ Sc ] ・ 砂質片岩 [ Ss ] などが挾まれる。 厚さ 400 m 以上と思われる。 本ルートの北東部は 一般走向と異なる N - S ないし NE - SW 方向の構造を示しており, 緑色片岩・泥質片岩・珪質片岩からなる。

つぎに 本層と角谷層との関係について記述する。 来見野川の川筋では 両層 [ = 志谷層(Sb)と角谷層(Tl) ] の境界部に蛇紋岩 [ U ] が分布しているが, この蛇紋岩自身も著しく破砕され, また 内部に泥質片岩 [ Sl ] の岩塊をとりこんでいる。 八東町 用呂 ようろ および志谷付近では 露出が悪いため関係は不明である。 山志谷地区では 両層の境界部付近の泥質片岩はかなり剪断され, また蛇紋岩の小岩体(幅 20 m で片状を呈す)をともなう。 この泥質片岩と南側の角谷層の粘板岩(レンズ状砂岩をともない, 剪断による剥離性がいちじるしい)とは 岩相上 明らかな不連続があり, 両者の境は NW - SE 方向の断層であると思われるが, 露出不良のため確認できない。 この付近の片理面は走向は両者ともほぼ E - W であるが, 傾斜は志谷層が 30~50°N, 角谷層が 50~70°N で, 角谷層の方が急傾斜である。 山志谷の北西方 [ 3 km ] 野町 のまち 地区でも露出不良のため両者の接触部を確認できない。 しかし, この地区では志谷層と角谷層がいずれも走向 E - W, 北傾斜の構造をとるのに対して, 両者は分布上は おおよそ N - S 方向の境で分けられており, 両者は断層関係であろう。

上記のように, 志谷層と角谷層とはつねに断層関係のようである。 分布から推して, 断層面は 北または北東へ中程度の傾斜角をもつものと思われる。 断層付近にはしばしば蛇紋岩 [ U ] の小岩体をともなう。 この断層の延長は花崗岩類 [ Gt ? ] によって切られるので, その活動は白亜紀末期以前であり, おそらく超苦鉄質岩類 [ U ] の形成時あるいはそれにひきつづく時期のものであろう。

III.2.1.3 岩相・変成相

志谷層は その大部分が泥質片岩 [ Sl ] および緑色片岩 [ Sb ] からなり, 少量の珪質片岩 [ Sc ] ・砂質片岩 [ Ss ] をともなう。 [ 志谷層は ] 本地域の三郡変成岩の中で もっとも変成度および再結晶作用の程度が高く, 片状構造(~縞状構造)が明瞭である。 とくに緑色片岩については 変成作用により原岩の組織が不明なものが多い。 本層中の主要な変成鉱物とそれらの組合せを第 2 表および第 11 図に示した。

泥質片岩 [ Sl ]

黒色ないし暗灰色で 樹脂状の光沢に富み, 層面片理面(S1)にそって曹長石・石英の分結脈がよく発達し 縞状構造を呈することが多い (第 12 図および [ 巻末の ] 第 Ⅰ 図版 1 と第 Ⅱ 図版 1)。 また, ちりめんじわ褶曲やキンク褶曲がよく発達する。 しばしば プチグマチックな [ ≒ 複雑に入り込んだ ] 石英脈をともなう。

第 12 図 志谷層の泥質片岩 [ Sl ] (八東町 志谷の東方)。 縞状構造が顕著で, [ この写真の ] 左下のような微褶曲構造を示す部分もある

接触変成作用の影響をうけていない岩石の代表的な鉱物組合せは つぎのとおりである。

白雲母 - 緑泥石 - 曹長石 - 石英   ±(石墨, スチルプノメレン,
   方解石, 鉄鉱, 電気石など)
白雲母 - 緑泥石 - 緑れん石 - 曹長石 - 石英
白雲母 - 緑泥石 - ざくろ石 - 曹長石 - 石英
白雲母 - 緑泥石 - 緑れん石 - ざくろ石 - 曹長石 - 石英

ざくろ石は 細見川ぞいの接触変成域にも残存しており, そこでは微細な黒雲母の集合物によってふちどられている。

緑色片岩 [ Sb ]

緑色・暗緑色または暗青緑色を呈する。 再結晶作用がすすんでいるため 原岩の組織・鉱物はほとんど残存していない。 一般に顕著な片理が発達する。 曹長石斑状変晶はみとめられない。

接触変成作用の影響をうけていない岩石の代表的な鉱物組合せは つぎの通りである。

A) 白雲母 - 緑泥石 - 緑れん石 - アクチノ閃石 - 曹長石   ±(スフェーン, スチルプノメレン,
   方解石, 鉄鉱, 石英など)
B) 白雲母 - 緑泥石 - 緑れん石 -
   - アルカリ角閃石(クロス閃石)- 曹長石
C) 緑泥石 - 緑れん石 -
   - 青緑色角閃石(バロア閃石 ?)- 曹長石
D) 緑れん石 - アクチノ閃石 - 曹長石

この帯にはパンペリー石が出現せず, Ca - Al 含水珪酸塩鉱物は緑れん石のみである。 そして, 緑泥石 - 緑れん石 - 角閃石 の組合せが一般的である。

[ B) の ] アルカリ角閃石を含む岩石( [ 巻末の ] 第 Ⅱ 図版 1)は 来見野川ぞいの1露頭(第 11 図参照 [ ← 来見野川ぞいの志谷層には アルカリ角閃石と緑れん石 もしくは バロア閃石と緑れん石がある ] )から採取された [ 以下の [注] 参照 ] 。 アルカリ角閃石は X = 無色, Y = 薄紫色, Z = 青色 の多色性を示し 伸長方向は (+) と (-) のものがあるので, おそらく クロス閃石であろう。 同一の露頭から採取した別の標本には C) の組合せがみとめられ, その角閃石の多色性は X = 淡黄色, Y = 淡緑色, Z = 淡青緑色で, おそらくバロア閃石であろう。 C) の組合せの岩石はこの地点より [ 来見野川の ] 上流側にやや広く分布し, これにともなう泥質片岩には ざくろ石が含まれる。

[注]
[ 来見野川ぞいの露頭は ] 国立科学博物館の橋本光男 氏の御教示による。

[ 志谷~横地付近の ] 細見川流域では 緑色片岩に富む上部層の大半が接触変成域に含まれている ため, 本来の鉱物組合せを知ることがむずかしい。 接触変成作用の影響の弱い部分でみると, 上記の A) または D) の組合せをもっている。

上記の鉱物組合せから 志谷層の結晶片岩は NISHIMURA(1971)や橋本(1972)による変成分帯のうちの 緑れん石 - 藍閃石帯に相当するものと思われる。 バロア閃石(?)は藍閃石と同一地点からも産しており, 鳥取県 [ の西部の ] 日南町のバロア閃石帯(HASHIMOTO, 1973)にみられるような点紋片岩は志谷層中には産出しないので, 本地域では とくに バロア閃石帯を設定していない [ ←「バロア閃石帯」と言わなくても「緑れん石 - 藍閃石帯」で特徴はつかめる ? ]

第 13 図 智頭層・八東層および角谷層の柱状図

[ 第 13 図に関する注意書き ]
この図に使用されている凡例などの記載は省略する。
柱状図 A~D の作成ルートは以下の通り。
A : 郡家町 花原 はなぼら - 郡家町 西御門 にしみかど - 船岡町 塩上 しおのうえ - 智頭町 杉森 [ ← 坂根 or 智頭 ]
B : 郡家町 上津黒 かみつぐろ - 八東町 安井宿 やすいしゅく - 船岡町 大江 [ ← 坂根 ] - 智頭町 毛谷 けだに [ ← 坂根 ]
C : 八東町 赤坂 [ 位置不明 ] - 八東町 遠見山 とうけんざん - 八東町 奥野 [ ← 坂根 ]
D : 若桜町 角谷 - 若桜町 若桜 - 若桜町 三倉川 みくらがわ - 若桜町 東山 とうせん [ ← 坂根 ]
[注]
A~D はそれぞれ図幅地域の西から東に並んでいる北から南に進む4本のルート。
ルート上のいくつかの地点は本図幅の南もしくは南西の地域外に位置する。
坂根 : 本図幅の南隣の坂根図幅地域内
智頭 : 本図幅の南西隣の智頭図幅地域内
智頭層の柱状図は山田(1972)による。

III.2.2 智頭 ちづ [ Cl : 泥質千枚岩 ]

智頭層(千枚岩類)は 智頭町の東部地域(「坂根」図幅地域内)を中心に 鳥取と岡山の県境地域にまで分布する。 本図幅地域内では 南西隅の船岡町 下野 しもづけ 付近に 智頭層の最上部がわずかに分布するにすぎない(第 13 図の柱状図 A 参照)。 すべて泥質の千枚岩からなり, 走向 N 80~90°W, 傾斜 30~60°N の層面片理面(S1)を示す。 また, ちりめんじわ褶曲もよく発達する。 本層の上に整合に重なる八東層の中の泥質千枚岩 [ Hl ] とは 岩相上よく類似している。

泥質千枚岩を鏡下でみると, 白雲母・緑泥石・石墨に富む泥質層と 石英・曹長石に富む細粒砂~シルト質層(多くはレンズ状)との細互層からなる。

III.2.3 八東 はっとう [ Hs : 砂質千枚岩, Hl : 泥質千枚岩, Hb : 変玄武岩・緑色千枚岩, Hc : 珪質千枚岩 ]

III.2.3.1 分布

八東層(千枚岩類)は 八東川にそって おもにその両側地域に分布し, 南北 5~7 km, 東西約 20 km の面積を占める(第 10 図参照)。 その分布の大半は本図幅地域内にあるが, [ 本図幅の ] 西隣の「鳥取南部」図幅地域および南隣の「坂根」図幅地域にも連続している。 前記の智頭層の上に整合に重なり, 北へ緩傾斜の同斜構造を示す。 北側に分布する非変成古生層(角谷層)とは断層で接している。

本層は おもに チャート・玄武岩溶岩・ 同凝灰岩 [ ← 苦鉄質凝灰岩 ? ] ・泥岩および少量の砂岩を源岩とする千枚岩類からなる。 [ 図幅地域南東隅から北西方 3 km の ] 若桜町 茗荷谷 みょうがだに では 本層 [ Hl or Hb ] が はんれい岩 [ Ga ] に貫かれている。 [ その西方 1~2 km の ] 若桜町 淵見 ふちみ 付近では N - S 方向にのびた淵見石英閃緑岩体 [ Dq ] (中新世後期ないし鮮新世前期)に貫かれ, せまい幅で接触変成作用をうけている。

III.2.3.2 層序

第 13 図に4つのルート [ A~D ] にそってつくられた八東層(原岩)の層序柱状図を示した。 これから明らかなように, 本層の下部・中部は厚いチャートとそれに挟まれる 2~3 枚の玄武岩溶岩からなるが, 上部はむしろ泥岩が主体であり, その中に 厚さ 10 数 m~100 m 程度の チャート・玄武岩類(溶岩および凝灰岩)・砂岩が挟まれている。

本層上部の泥岩優勢部は かつて 山田(1972)により 上部層(Ⅲ)に含められた [ 第 1 表参照 ] 。 しかし, 本層の上部の中にも, 本地域西部の船岡町地区(第 13 図 A)や 東部の若桜町地区(第 13 図 D)では かなり厚いチャート層が出現しており, 両地区の中間地域(第 13 図 B・C)の泥岩優勢部と 同時異相または指交関係にあると考えられる。 また, 本層の下部・中部と上部とでは片理・線構造の発達程度, 再結晶の程度, 変成相などにおいても 本質的な差はみられない。

上記のように, 玄武岩は本層中の 4~5 層準に挟有されている。 そのうち もっとも厚く, かつ連続性のよいものは [ 図幅地域南西隅から北方 3 km の ] 船岡町 塩ノ上 [ ← 塩上 しおのうえ ] から [ 東方へ ] 西谷川の上流, 志子部 しこべ の南方, 八東町 伊呂宇山 いろうやま [ 696 m ] の北方, 小畑川, 清徳 せいとく の北方, 遠見山 とうけんざん [ 805.9 m ] の北方をへて 若桜町 三倉川 みくらがわ の上流 [ 以下の [注] 参照 ] (「坂根」図幅地内)にかけて分布する玄武岩溶岩(上位に凝灰岩をともなう) [ Hb ] であり, これを「 三倉川玄武岩部層 」とよぶ。 三倉川玄武岩部層は塩ノ上付近では厚さ 100 m 程度であるが, [ 本図幅の南隣の坂根図幅地域内の ] 三倉川の上流では厚さ 400~500 m にも達し, さらに東方の若桜町 岩屋堂 いわやどう [ ← 本図幅の南隣の坂根図幅地域内 ; 若桜の南東方 6 km ] 付近ではふたたび薄化して 厚さ 100 m 以下となる。 したがって, 現在の露出からみれば 三倉川の上流部に最大層厚部がある。 なお, のちにのべるように, 塩ノ上 付近では本部層の一部が枕状構造を示しており, 海底に噴出した溶岩であることが明瞭であり, また「枕」の形態や内部構造から正常位層であることを示している( [ 後述する「III.2.3.4 岩相・変成相」の項で示す ] 第 15 図参照)。

[注]
この地区の変玄武岩溶岩は通称「 三倉石 みくらいし [ or 若桜三倉石 ] 」とよばれ, 水石 すいせき として鑑賞されている。

III.2.3.3 構造

八東層の一般走向は N 70~80°W で, これは鳥取県東部の三郡変成帯の一般走向に一致する。 傾斜は 10~50°N(平均 30°N)であるが, まれにほとんど水平なところ(八東町 鍛冶屋 かじや [ ← 国鉄 若桜線の徳丸駅の南方 1 km 強 ; 八東川の南方 ] 付近など)もある。

上記の一般構造に加えて 波長 5~10 km のゆるいうねり構造が 地層の分布状況や層理面の走向・傾斜からよみとられる。 これは N - S あるいは NE - SW 方向で北へプランジ [ = 傾斜 ] した軸をもついくつかの背斜構造によるものであろう。 そのうち もっとも典型的なものは 八東町と若桜町の境界の 遠見山 とうけんざん (標高 805 m)付近の構造で, ここでは 前述の三倉川玄武岩部層が E - W 方向から急に NW - SE 方向に変化している。 また, 図幅地域西端の船岡町 塩ノ上 付近では 三倉川玄武岩部層が NE - SW 方向から NW - SE 方向に急変している。

露頭オーダーでは波長 5~50 cm 規模の小褶曲がしばしばみとめられる。 このような構造は 泥質千枚岩 [ Hl ] や 泥質千枚岩と緑色千枚岩 [ Hb ] の細互層などについて とくに顕著である(第 14 図)。 また, 肉眼および顕微鏡下でみとめられる mm オーダーのちりめんじわ褶曲(軸面劈開面 S2 をともなう)も 全域的に発達している(たとえば [ 巻末の ] 第 Ⅲ 図版 1)。 ちりめんじわ褶曲の褶曲軸の方向(線構造)は ほぼ東向きで, そのプランジ [ = 褶曲軸の傾斜 ] は ふつう 10°前後であるが, まれに 20~40°のものもある。

第 14 図 八東層の泥質千枚岩に見られる小褶曲( [ 図幅地域南東隅から北西方 3.5 km の ] 若桜町 舂米 つくよね ダムの下流約 500 m)

III.2.3.4 岩相・変成相

八東層の変成岩類と, 肉眼および顕微鏡観察によって推定されたそれらの原岩との対応関係を以下に示す。 このうち 緑色千枚岩と変玄武岩は地質図では一括して [ Hb として ] 表現した。

[ Hl ] 泥質千枚岩 : 泥岩
[ Hs ] 砂質千枚岩 : 砂岩
[ Hc ] 珪質千枚岩 : チャート
[ Hb ] 緑色千枚岩 : 苦鉄質凝灰岩
変玄武岩 : 玄武岩溶岩

泥質千枚岩 [ Hl ]

黒色ないし暗灰色を呈し, 樹脂状光沢に富み, 剥離性が著しい. 均質な泥岩を原岩とするものもあるが, 多くはシルト岩~細粒砂岩のラミナを含んでいる。 石英の分結脈が層理面(S1)に沿ってよく発達し, しばしば プチグマチックな [ ≒ 複雑に入り込んだ ] 石英脈もみられる。 鏡下で mm オーダーあるいはそれ以下のちりめんじわ褶曲を示し, 軸面劈開(S2)がよく発達し( [ 巻末の ] 第 Ⅲ 図版 1), ときには等斜褶曲を示す。

変成鉱物の組合せはつぎの通りである。

石墨 - 緑泥石 - 白雲母 - 曹長石 - 石英 ±(方解石, スフェーン, 鉄鉱など)

砂質千枚岩 [ Hs ]

灰色で 剥離性は著しくないが, 弱い片理をもつ。 原岩の砕屑性鉱物は 石英・斜長石・アルカリ長石・黒雲母・白雲母などであり, ほかに砕屑性岩片として泥岩および流紋岩がふくまれる。 マトリックスは完全に再結晶して 石英・曹長石・白雲母・緑泥石などが晶出している。 プチグマチックな石英脈(幅 1~2 mm 程度)をともなうことが多い。

珪質千枚岩 [ Hc ]

灰色ないし暗灰色で ときには黄褐色・赤褐色を呈し, 緻密で硬い。 原岩はおもに縞状チャートであるが, 一部は塊状チャートである。 鏡下では細粒石英および少量の緑泥石・白雲母からなり, ネットワーク状ないしプチグマチックな石英脈あるいは曹長石石英脈をともなっている。

緑色千枚岩 [ Hb ]

緑色・淡緑色・緑灰色などの色調を呈し, 弱い剥離性を示す。 原岩の鉱物や組織はほとんど残っていない。 しばしば泥質千枚岩 [ Hl ] と数 cm オーダーの互層を形成する。 組成的に均質でないため, 変成鉱物の組合せには下記のようないくつかの種類がある。

緑泥石 - 曹長石   ±(白雲母, スフェーン, 方解石, 石英, 鉄鉱)
アクチノ閃石 - 緑泥石 - 曹長石
パンペリー石 - アクチノ閃石 - 緑泥石 - 曹長石
パンペリー石 - 緑泥石 - 曹長石
緑れん石 - 緑泥石 - 曹長石

このうち アクチノ閃石は微細・針状でかつ少量である。 パンペリー石は ふつうはプール状, 脈状, 層状の集合物として産する。

変玄武岩 [ Hb ]

緑色・暗緑色・緑灰色・帯褐緑色などの色調を呈し, 硬く, 剥離性はまったくないが, 弱い片状構造を示したり 剪断作用をうけていることが多い。 気孔を埋めたと思われる緑泥石や方解石の集合体が偏平化し 平行配列を示すことがある。 方解石脈, 曹長石脈, 石英~曹長石脈, 石英脈, 緑れん石脈などが発達している。

鏡下では 玄武岩溶岩の組織がよく残存しており, 斑晶および石基の単斜輝石・短冊状の斜長石(曹長石化)および鉄鉱がみとめられる。 単斜輝石は多少とも破砕作用をこうむっているが, 砂時計構造を残しているものもある。 そのほか, まれに結晶の外形から橄欖石の仮像と思われるものがあるが, 現在はすべて緑泥石様鉱物と方解石の集合体に変化している。 石基には しばしば 放射状の斜長石・単斜輝石の集合体(バリオライト [ variolite ; 丸みを帯びた岩石 ] )がみいだされる。

第 15 図 三倉川玄武岩部層(八東層)の中の枕状溶岩(船岡町 塩ノ上 [ ← 塩上 しおのうえ ] の大江川の右岸)。 [ 写真(上)のスケッチ(下)に示した ] 太線は枕の境界, 細線は割目, 模様をつけた部分は気泡濃集部を示す。 マジックインク [ のペン ] の長さは約 13 cm

ここで 本地域南西部の船岡町 塩ノ上 付近に露出する枕状溶岩 [ 以下の [注] 参照 ] について記述する(第 15 図)。 この枕状溶岩は前記の三倉川玄武岩部層の一部であるが, 露出不良のため 上位および下位との関係は不明である。 これは ほとんど 枕のみからなる "close-packed type" である。 枕は偏平楕円体で, 最大のもの(第 15 図の D)は 25 cm × 65 cm の断面をもっている。 これらの枕は 全体として北西へ 40°前後傾斜しているが, この構造は主として堆積後の褶曲運動に起因するものであろう。 [ 第 15 図の ] 枕 D についてみると, 上面は平面状であるが, 下面は枕 B と枕 C の間にたれ下っており, D が B と C よりもあとから堆積したことは明瞭である。 枕の中の気泡はふつう径 0.5~1 mm であるが, B と D のように 枕の上半部に濃集しているものが多く, 上記の枕の形態とともに この枕状溶岩が正常位層である(逆転していない)ことを示唆している。

[注]
この [ 枕状溶岩の ] 露頭は橋本光男 氏の御教示によって観察することができた。

鏡下では 枕の内部は 斑晶に乏しく 間粒状組織の石基からなる玄武岩で, 現在は 曹長石・緑泥石・緑れん石・チタン鉄鉱・スフェーン・淡緑色黒雲母(?)などから構成される。 気孔はすべて緑泥石・曹長石・方解石・スチルプノメレンなどによって充填されている。 石基の斜長石(現在は曹長石)の粒度は 枕の皮に近づくと急激に細粒化し, その部分(厚さ 5 mm 前後)には, バリオライト様の放射状斜長石(現在は曹長石)の集合体が形成されている。 皮の部分(優黒色で 厚さ 5 mm 前後)は 本来は急冷ガラス質帯であったと思われるが, 脱ガラス化作用および変成作用によって生じた 微細な緑泥石・スフェーン・鉄鉱・緑れん石などから構成される。 枕と枕の間隙は おもに緑泥石と緑れん石からなる。

八東層の変玄武岩の変成鉱物の組合せは下記の通りである(第 11 図参照 [ ← 本図幅地域南部の三倉川玄武岩部層の分布域には, パンペリー石・緑れん石・アクチノ閃石がある ? ] )。

パンペリー石 - アクチノ閃石 - 緑泥石 - 曹長石   ±(スチルプノメレン, 方解石,
   スフェーン, 石英など)
パンペリー石 - 緑れん石 - アクチノ閃石 - 緑泥石 - 曹長石
パンペリー石 - 緑れん石 - 緑泥石 - 曹長石
緑れん石 - アクチノ閃石 - 緑泥石 - 曹長石
緑れん石 - 緑泥石 - 曹長石
緑泥石 - 曹長石
白雲母 - 緑泥石 - 曹長石

花崗岩類による熱変成作用をうけた地域をのぞいて, パンペリー石は ほとんど八東層全域の玄武岩から産する。 その産状は不規則脈状またはプール状の場合が多く, ときには苦鉄質鉱物をおきかえている。 1枚の薄片内でパンペリー石と白雲母が共存することはない。 アクチノ閃石は微細・針状で, 単斜輝石のふちにそって集合していることが多い。 スチルプノメレンは褐色種で, 石英脈, 方解石~石英脈, 緑泥石~曹長石脈などに含まれて産する。

上記の鉱物組合せは, 三郡変成帯にもっとも普遍的なパンペリー石 - アクチノ閃石帯(橋本, 1968)の鉱物組合せに一致する。 本地域にはアルカリ角閃石やローソン石は発見されていないが, 本層の三倉川玄岩部層の西方延長に相当する [ 本図幅の西隣の鳥取南部図幅地域内の ] 河原町 和奈見 わなみ 付近の変玄武岩中にアルカリ角閃石(クロス閃石)が発見されている(村山ほか, 1963)。 しかし, その付近にはパンペリー石 - 緑れん石の組合せの変玄武岩も存在しており, 本地域のものと変成相を異にすると考える理由はない。

第 3 表 八東層の変玄武岩熔岩の化学組成 [ 分析者 : 川野昌樹 ]

試料 SiO2 TiO2 Al2O3 Fe2O3 FeO MnO MgO CaO Na2O K2O P2O5 H2O (+) H2O (-) CO2 Total
1 42.82 3.90 16.11 2.64 8.85 0.17 4.18 6.95 4.50 1.44 0.00 3.65 0.27 4.35 99.83
2 43.85 3.17 18.64 1.47 9.15 0.17 5.11 5.09 4.09 1.71 0.00 4.68 0.30 2.28 99.71
[ 第 3 表に関する注意書き ]
試料採取地点は地質図上に「⊗」印で, 試料の産出層準は第 13 図の柱状図に示した。
分析した2試料の詳細は以下の通り。
  1. スフェーン - 方解石 - 緑泥石 - 曹長石岩(船岡町 塩ノ上 [ ← 塩上 しおのうえ ] , WS-93C)
  2. 白雲母 - スフェーン - 方解石 - 緑泥石 - 曹長石岩(船岡町 志子部 しこべ の南方約 2.5 km, WS-442)

第 16 図 八東層の変玄武岩熔岩のシリカ [ SiO2(%) ] - アルカリ [ Na2O + K2O(%) ]

[ 第 16 図に関する注意書き ]
試料番号 1 と 2 は第 3 表に対応。
黒丸は化学組成の分析値。
白丸は H2O-free and CO2-free で再計算した値。
直線は MACDONALD & KATSURA(1966)によるハワイのアルカリ岩系とソレアイト岩系の境。
閉曲線は 西村ほか(1977)による三郡帯の塩基性岩類の組成の範囲。

本岩の標本(2個)について化学分析をおこない, その結果を第 3 表および 第 15 図 [ ← 第 16 図 ] に示した。 このうち No. 1 は八東層の三倉川玄武岩部層から採取し, No. 2 はそれより下位の玄武岩から採取した(第 13 図 [ の柱状図 ] 参照)。 MACDONALD and KATSURA(1964)の分類によれば, これらの化学組成は明らかにハワイのアルカリ岩系の領域にプロットされる。 しかも, アルカリの量はこれまで報告されている三郡変成帯の玄武岩(西村ほか, 1977)にくらべても かなり多い。 これは, 変成作用時あるいはそれ以前に 本岩類が著しい曹長石化作用をうけたためかもしれない。

III.3 非変成古生層( 角谷 つのたに [ 以下の [注] 参照 ]

[注]
地質図上で角谷層を構成する層序は以下の通りである。
Ls : 石灰岩,
Tb : 粗粒玄武岩, Tc : チャート, Ts : 砂岩, Tl : 剪断泥質岩(砂岩レンズを含む)

III.3.1 概要

角谷層は若桜町の角谷川筋を模式地とし, 主として八東川以北に分布し, 南北 2~4 km, 東西約 17 km の地域を占める。 その露出地域はすべて本地域内にある。 北側の志谷層(結晶片岩類)および 南側の八東層(千枚岩類)とは いずれも断層関係と思われる。 北西部の 郡家 こうげ 町の地域では花崗岩類 [ Dp, Gp, F, Gt ] によって貫かれ, 本層の大部分が接触変成作用をこうむっている。

本層はおもに泥岩 [ Tl ? ] ・砂岩 [ Ts ] からなり, 薄いチャート [ Tc ] を挟有し, まれに石灰岩レンズ [ Ls ] を含む。 石灰岩は完全に再結晶しており, 化石を産しない。 玄武岩溶岩はまれに含まれることがあるが, 厚さは 1 m 程度にすぎない。 そのほか, 本層の構造と調和的な粗粒玄武岩 [ Tb ] の岩床が数カ所に分布している。

本層は全般的に著しい剪断作用をうけている が, 微褶曲構造や片理は発達せず, 再結晶作用の程度はきわめて低い。

III.3.2 層序・構造

角谷層の層序柱状図を4つのルート(A~D)にそってつくり, 第 13 図に示した。 3カ所に露出する石灰岩レンズ(西から 安井宿, 新興寺, 角谷)がほぼ同じ層準にあり, かつ地層の逆転がないと仮定すると, B ルートでは石灰岩の層準より上位に約 700 m, D ルートでは石灰岩の下位に約 350 m の地層が発達しており, 全層厚は 1,000 m を超えるものと推定される。 ただし, 本層が全般的に剪断されているため この値は正確なものではない。

本層は 西部で N 50~80°W, 東部でほぼ E - W の走向を示し, すべて北傾斜である。 傾斜角は一般に 25~50°であるが, 北側の志谷層に近接した部分で 50~80°と急傾斜となる。 また, [ 北西部の郡家町の地域で ] 花崗岩類との接触部付近も急傾斜となることが多い。

本層は露頭オーダーあるいは標本オーダーでの褶曲を示すことがない。 剪断作用の影響は本層のうち とくに泥質岩において著しい。 その実例を第 17~19 図に示した。 第 17 図では, 泥岩と砂岩の規則的な互層(単層の厚さ 5~10 数 cm)が かなり剪断されてはいるが, 原岩の成層構造はほぼ残存している。 第 18 図では 砂岩の部分はレンズ状ないし角礫状を, 第 19 図では ほとんどすべて角礫状を呈しており, 原岩の成層構造はほとんど失われている。 泥質の基質には 剪断による面構造がよく発達している。 また, 一見塊状にみえる砂岩レンズ・角礫も, その内部に著しく変形した泥質の薄層を含んでいることがある( [ 巻末の ] 第 Ⅰ 図版 2)。 上記のような角礫岩中に ごくまれに 径 1~数 cm のチャートの角礫が含まれることがある。 そのうちのあるものは 泥岩中に挟有されるチャート層が剪断によりちぎれ, 礫状となったものと推定されるが, すべてが剪断によるものであるかどうかは断定できない。

第 17 図 角谷層の泥岩砂岩互層 [ Tl ? ] (若桜町の角谷川)。 砂岩層は剪断によりレンズ状にちぎれている

第 18 図 角谷層の剪断泥質岩 [ Tl ] (若桜町の 屋堂羅 やだら [ ← 若桜の東方 ] )。 砂岩はレンズ状ないし角礫状を呈する

第 19 図 角谷層の剪断泥質岩 [ Tl ] (若桜町の屋堂羅川)。 砂岩はすべて礫状

III.3.3 岩相

剪断泥質岩 [ Tl ] : 黒色~暗灰色を呈し 黒色千枚岩様の外観を呈するが, 再結晶作用の程度は非常に低い。 砂岩の小レンズ・角礫をふくんでいることが多い(第 Ⅰ 図版 2 および 第 Ⅲ 図版 2)。 石英脈, 曹長石脈, 石英~曹長石脈などの 幅 mm オーダーのプチグマチックな脈がよく発達するが, これらは剪断によってちぎれ, ときには細礫状となっている。 泥質部は 絹雲母・緑泥石・石墨・石英などからなるが, いずれもきわめて微粒で 同定が困難なことが多い。 一方, シルト~砂岩質のレンズ・角礫には 原岩の 石英・斜長石・黒雲母・緑泥石などの砕屑粒や種々の岩片がよく残存している。

砂岩 [ Ts ] : 厚さ 1 m 以上の層をなすものについてのべる。 灰色~灰白色を呈し, 肉眼的にはほぼ塊状・均質であるが, 鏡下ではこまかい剪断面が生じて, それにそって絹雲母・石墨などがフィルム状に配列している。 しかし, 原岩の組織はほとんど残っており, 砕屑鉱物は 石英・ 斜長石・ アルカリ長石(葉片状曹長石)・ 白雲母・ 黒雲母・ 緑泥石・ 鉄鉱などからなり, 岩片としては 泥岩(同時侵食礫か ?)・チャートのほかに 珪長質火山岩(流紋岩ないしデイサイト溶岩・同凝灰岩)および 安山岩溶岩がかなり多量に含まれる。

チャート [ Tc ] : 灰白色を呈し 縞状~塊状である。 鏡下では 微細な石英集合体からなり, 脈状の粗粒石英をともなう。 また, 小剪断面が無数に発達し, 緑泥石・絹雲母などのフィルム状集合物をともなう。 石英脈がこの剪断面によって変位させられていることが多い。

粗粒玄武岩 [ Tb ] : 緑灰色~暗灰色を呈し, 肉眼的には塊状・緻密であるが, 研磨面や薄片では無数の小剪断面がみとめられる。 完晶質で, 一般にオフィチック組織を示し(第 Ⅳ 図版 1), まれに微はんれい岩組織を示す。 残留鉱物は斜長石・単斜輝石・鉄鉱などであり, まれに橄欖石の仮像と思われるものが含まれる。

変成鉱物の組合せは下記の通りである(第 11 図参照 [ ← 本図幅地域の角谷層の分布域には パンペリー石と ぶどう石がある ? ] )。

パンペリー石 - 緑泥石 - 曹長石   ±(方解石, スフェーン)
緑泥石 - 曹長石
ぶどう石 - 緑泥石 - 曹長石

パンペリー石は脈状, 孔隙充填状または苦鉄質鉱物を交代して生じている。 ぶどう石は斜長石を交代しているが, 同一薄片内ではパンペリー石と共存しない。

上記の鉱物組合せは NISHIMURA(1971)による 山口県 にしき 町の三郡変成帯の最低変成度帯(パンペリー石 - 緑泥石帯)のそれに類似している。 しかし, 本地域には玄武岩類の産出が少なく, しかも かなりの部分が接触変成作用をうけているので 詳しいことはわからない。

IV. 超苦鉄質岩類 [ U ] および はんれい岩類 [ Ga ]

IV.1 概要

本図幅地域の超苦鉄質岩類 [ U ] は 若桜町 角谷 すみたに 地区から郡家町 落岩 おちいわ 地区にいたる地域に分布している。 この超苦鉄質岩類については, これまで IGI & ABE(1969)・渡辺(1978)などの予報的研究があるにすぎない。 その主岩体は ダン橄欖岩・蛇紋岩および少量の橄欖石単斜輝石岩・単斜輝石岩からなり, 比較的低角度の断層面をもって三郡変成岩(志谷層)と接している。 主岩体とは別に 2~3 の蛇紋岩の小岩体が三郡変成岩(志谷層)を貫いている。

新第三系および鮮新世~更新世火山岩類におおわれるため断片的であるが, 上記の超苦鉄質岩類(主岩体)の分布は 全体として おおよそ NW - SE ないし W - E 方向にのびた 7 × 2 km2 以上の規模をもっている。 この岩体は北西端で鳥取花崗岩 [ Gt ] によって分布を断たれている。 東方では いったん 氷ノ山周辺の新第三系および新期の火山岩類によっておおわれるが, その東方延長の [ 本図幅の東隣の村岡図幅地域内の ] 兵庫県 関宮 せきのみや 町~ 大屋 おおや 町 地域には 関宮 せきのみや 超苦鉄質岩体が広く露出している(第 20 図)。

第 20 図 関宮~若桜の超苦鉄質岩体の分布と三郡変成岩・非変成古生層の構造。 関宮岩体の分布は上村ほか(1974)および通産省(1972)により, その地下分布は金属鉱物探鉱促進事業団(1972)の空中磁気探査の結果から推定した。

[ 第 20 に関する注意書き ]
この図に使用されている凡例などの記載は省略する。

黒川(1975)は 中国地方北東部の超苦鉄質岩体を, 舞鶴帯の北側にそって三郡帯内に配列する比較的大きな岩体(タイプ Ⅰ)と, 舞鶴帯内部に分布して夜久野岩類にともなわれる比較的小さな岩体(タイプ Ⅱ)とに区分した。 若桜地域から関宮地域に連続すると思われる上記の超苦鉄質岩体(東西方向に 35 km 以上)は タイプ Ⅰ を代表するもっとも大規模な岩体である。 若桜地域では, この岩体は三郡変成作用の主要時期以後に 北から南への衝上断層にともなって上昇し, 現在の位置を占めた。 その後の鳥取花崗岩 [ Gt ] の貫入により 本岩類の一部(落岩および横地地区)は接触変成作用をこうむっており, 二次的にトレモラ閃石 [ tremolite ; 透角閃石 ] などが晶出している。

はんれい岩類 [ Ga ] は 上記の超苦鉄質岩類(主岩体)にともなわれるものと, 独立して三郡変成岩の中に産出するものとがある。 前者は角閃石はんれい岩・角閃石岩などからなる。 後者は単斜輝石角閃石はんれい岩からなり, 若桜町 茗荷谷 みょうがたに および八東町 志谷 したに の東方に分布し, それぞれ変成作用をこうむっている。

IV.2 超苦鉄質岩類 [ U ] の産状

本地域の超苦鉄質岩類(主岩体)の分布は, 本地域の三郡変成岩のうち もっとも高変成度の結晶片岩類(志谷層)の分布地域内にかぎられている。 主岩体と志谷層との境は 地質図でみると かなり いりくんでいるが, 大局的には北東へゆるく傾く境界面(衝上断層)であって, 主岩体は みかけ上 志谷層の上位に位置している。 この関係がもっともよくみられるのは 八東町 横地 よこぢ から郡家町 山志谷 やましだに へかけての細見川の右岸地域であり, 北東へ 3~4°傾斜するゆるやかな境界面よりも高所を超苦鉄質岩(大部分は蛇紋岩)が, 低所を志谷層(緑色片岩および泥質片岩)が占めている。 この境界面は 志谷~山志谷の間の峠(海抜 400 m)の道路切割りにあらわれ, いちじるしく破砕された蛇紋岩(泥質片岩の岩塊をふくむ)と 破砕された泥質片岩とが ほぼ水平の断層面で境されている(第 21 図)。 これより東方の 稗谷 ひえだに ~横地地区では 蛇紋岩地帯の地辷りのために このような明確な関係は観察できない。 また, 落岩地区では超苦鉄質岩体の北東側に志谷層の結晶片岩が露出し, さらに その東方の鳥取層群分布地域に ふたたび超苦鉄質岩が露出するが, この結晶片岩は超苦鉄質岩からなる衝上岩体の下位の「地窓」に相当するものかもしれない。

第 21 図 泥質片岩 [ Sl ] の上に衝上する蛇紋岩 [ U ] (八東町 志谷より郡家町 山志谷へこえる峠の切割)。 [ 写真の上に描いた ] 破線は衝上断層のおおまかな位置を示す

一方, 若桜町 来見野 くるみの 地区では 上記の主岩体の延長が志谷層の上に中程度の傾斜角の衝上断層をもってのっている。 その東方の角谷川の右岸 [ = 北岸 ] 地区では 主岩体が角谷層(おもに剪断泥質岩) [ Tl ] と北傾斜の断層面をもって接している。 境界部付近の超苦鉄質岩は完全に蛇紋岩化し, 顕著な片状構造(走向 E - W, 傾斜 40~50°N)をしめし, 著しく破砕され 角礫化していることが多い。

上記の主岩体とは別に 下記の蛇紋岩の小岩体が志谷層の中に分布している。 主岩体との直接の関係は不明である。

若桜町 赤松 [ ← 若桜の北方 2 km 弱 ] :
志谷層と角谷層の境界部に位置するやや大きな岩体で, つよく破砕され, また 内部に結晶片岩をとりこんでいる。
八東町 用呂 ようろ [ ← 若桜の北西方 3 km 弱 ] :
産状不明
八東町 なか [ ← 若桜の北西方 4 km ] :
志谷層の緑色片岩に調和的に「貫入」した幅 20 m 程度の岩体で, 周囲の緑色片岩の構造と調和的な著しい片理を示す。
郡家町 山志谷 [ ← 若桜の北西方 6 km ] :
志谷層の泥質片岩中に「貫入」した幅約 15 m の岩体で, 北縁で走向 E - W, ほぼ垂直の境界面(断層ではない)で泥質片岩 [ Sl ] と接触する。 いちじるしく片状を呈し, また 内部に泥質片岩の岩塊を捕獲している。

IV.3 超苦鉄質岩類 [ U ] の岩相

超苦鉄質岩類の主体を占めるものは ダン橄欖岩およびそれに由来する蛇紋岩である [ 以下の [注] 参照 ] 。 橄欖石単斜輝石岩および単斜輝石岩は 八東町 横地付近と郡家町 落岩の東方に小規模に分布し, 主岩相との直接の関係ははっきりしないが, 岩脈状に主岩相を貫くものと考えられる。 落岩の東方の1露頭では, 細粒・緻密なダン橄欖岩(蛇紋岩化)の中に粗粒の単斜輝石岩が ほぼ水平で 幅数 cm~10 数 cm の平行脈として迸入しているのが観察される(第 22 図)。

[注]
若桜町 角谷付近の蛇紋岩分布地帯の転石として ひすい輝石岩がみいだされた (提供 : [ 鳥取大学の ] 赤木三郎 氏, X 線回折 : [ 地質調査所の ] 牧本博 技官)。 これは益富(1966)が報告しているものと同一のものであろう。

第 22 図 蛇紋岩化したダン橄欖岩(A ; 細粒・緻密)の中に迸入する単斜輝石岩(B ; 粗粒で ややルーズ)(郡家町 落岩の東方)。 スケールの全長は 1 m

つぎに 代表的な岩相について記載する。 なお, 参考として IGI & ABE(1969)による本地域の超苦鉄質岩の分析値を第 4 表に示した。

第 4 表 超苦鉄質岩および はんれい岩の化学組成

試料 SiO2 TiO2 Al2O3 Fe2O3 FeO MnO MgO CaO Na2O K2O P2O5 H2O (+) H2O (-) Cr2O3 C CO2 Total
1 33.88 0.07 0.43 8.49 1.60 0.21 40.21 0.04 0.12 0.01 0.01 13.19 0.93 0.28 < 0.01 0.43 99.90
2 44.31 0.09 1.62 3.36 5.53 0.30 33.49 5.69 0.21 0.02 0.01 4.49 0.23 0.15 0.01 0.01 99.52
3 45.36 0.14 19.25 1.61 3.59 0.08 8.95 13.21 2.07 0.08 0.01 5.17 0.21 n.d. n.d. 0.14 99.87
4 47.89 0.43 22.48 1.45 2.22 0.08 2.84 14.17 3.41 0.09 0.01 4.60 0.15 n.d. n.d. 0.11 99.93
[ 第 4 表に関する注意書き ]
超苦鉄質岩の試料 1 と 2 の化学組成は IGI & ABE(1969)より引用。 分析者は阿部喜久男
はんれい岩の試料 3 と 4 は新資料。 分析者は川野昌樹
これらの試料 1~4 の詳細は以下の通り。
  1. 蛇紋岩化したダン橄欖石(八東町 横地~ 妻鹿野 めがの 間, UC-37)
  2. 橄欖石単斜輝石岩(トレモラ閃石を含む ; 八東町 横地, UC-35)
  3. 単斜輝石含有角閃石はんれい岩(苦鉄質鉱物に富む部分 ; 若桜町 茗荷谷, WS-436A)
  4. 単斜輝石含有角閃石はんれい岩(苦鉄質鉱物が比較的乏しい部分 ; 若桜町 茗荷谷, WS-436C)

ダン橄欖岩 [ dunite ]

一般に多少とも蛇紋岩化作用をうけており, 残留鉱物は橄欖石と磁鉄鉱である。 スピネルやクロム鉄鉱はみられない。 橄欖石には 2~3 方向の劈開を示すもの(cleavable olivine)がある(第 Ⅳ 図版 2)。 2次鉱物は 蛇紋石(微粒, 笹葉状または脈状), 炭酸塩鉱物, 微粒の鉄鉱などである。

橄欖石単斜輝石岩 [ wehrlite ? ]

一般に粗粒斑状の単斜輝石(長径 5 mm~2 cm)に富み, 橄欖石・鉄鉱を含み, また 2次的に生じた蛇紋石・緑泥石・トレモラ閃石などを含んでいる。 斑状の単斜輝石は微細な鉄鉱物の析出によって汚濁し, また, しばしばトレモラ閃石によって交代されている。 そのほかに 細粒モザイク状の単斜輝石(離溶構造 [ exolution texture ] を示さない)が存在することがある。 橄欖石は 蛇紋石化され, また トレモラ閃石によって交代されている。

IV.4 はんれい岩類 [ Ga ]

超苦鉄質岩類 [ U ] にともなう はんれい岩類 は 角谷川の北方山腹, 来見野 くるみの 妻鹿野 めがの 侭山 ままやま および 落岩 おちいわ の南方に それぞれ数 100 m 程度の広がりをもって分布する。

これらのうちの来見野および妻鹿野地区では, 片状を呈する角閃石はんれい岩と, ほとんど角閃石のみからなる部分(角閃石岩)とが 数~数 10 cm の幅でくり返し出現して縞状構造を形成し, 一部にはペグマタイト質はんれい岩(角閃石は長径 5 cm 前後から ときには 20 cm に達する)が これらを切って産出する [ 第 23 図 ] 。 これらの片状ないし縞状構造は ふつうは 走向 NE - SW で, 南東に急傾斜している。 これらのはんれい岩類と それをとりまく超苦鉄質岩類(ほとんど蛇紋岩化している)との直接の関係は観察できない。

第 23 図 中粒角閃石はんれい岩を貫くペグマタイト質はんれい岩(八東町 妻鹿野 めがの

侭山の岩体は 細粒角閃石はんれい岩からなり, N 65°W, 50°N の片理をもつ。 蛇紋岩との境界部は断層であり, 断層付近のはんれい岩はいちじるしく圧砕されている。 落岩の南方の岩体は角閃石岩・単斜輝石角閃石岩・片状角閃石はんれい岩などからなり, 比較的緩傾斜の片理をもつ。 角谷川の上流の岩体は露出不良のため 産状が明らかでない。

上記のはんれい岩類は 圧砕構造がいちじるしく, また かなり再結晶作用をこうむっている。 蛇紋岩類との関係は明らかでない場合が多いが, はんれい岩類の内部構造が岩体ごとに大きく異なっていること, 内部構造が岩体の外形と斜交する例(妻鹿野岩体)があることなどを考えると はんれい岩類が超苦鉄岩類中の捕獲岩体である可能性が大きい。

来見野地区の 角閃石はんれい岩 は, 鏡下では 角閃石(多色性 : X = 淡黄色, Y = 淡緑色, Z = 淡緑色)と ソーシュール石化した斜長石(微粒のゾイサイト [ zoisite ; 灰簾石 かいれんせき or 黝簾石 ゆうれんせき ] ・緑泥石・白雲母・ぶどう石などの集合体)を主成分とし, しばしば粗粒の緑れん石を含み, その他に アクチノ閃石・スフェーン・ルチル・方解石・燐灰石などを含むが, これらの量比は場所によりさまざまに変化する。

つぎに, 三郡変成岩中に産するはんれい岩 についてのべる。

[ 図幅地域南東隅から北東方 3 km 弱の ] 若桜町 茗荷谷の 単斜輝石含有角閃石はんれい岩 は 八東層の千枚岩類 [ Hl and Hb ] の構造にほぼ調和的に貫入した岩床状の岩体(幅 100 m 程度)である。 このはんれい岩は 淡緑色~緑灰色を呈し, 強い片状構造を有し, また, 粒度や鉱物組成の異なった部分が数 mm~数 cm の幅でかさなった 層状構造を呈しているものが多い。 初生的な鉱物は 斜長石・角閃石(褐色種および緑色種)および単斜輝石(少量)であるが, これらは圧砕をうけて変形・破壊し, また 2次鉱物によって交代されている。 すなわち, 斜長石は ソーシュール石化(微粒のゾイサイト・緑泥石・曹長石などに変化)し, 苦鉄質鉱物は トレモラ閃石・緑泥石などによっておきかえられ, 原形を留めていないものが多い。 本岩の顕微鏡写真を第 Ⅴ 図版 1 に, また [ 化学組成の ] 分析値を第 4 表 [ の試料 3 と 4 として ] に示した。

八東町 志谷の東方の細見川ぞいに露出するはんれい岩 [ ← 八東町 なか の北西方 500 m 弱 のはんれい岩(Ga)? ] は 志谷層の泥質片岩 [ Sl ] 中の小貫入岩体である。 原岩は細粒の単斜輝石 褐色角閃石はんれい岩であったと推定されるが, 母岩と同様の変成作用をうけ, アクチノ閃石 - 緑泥石 - 緑れん石 - 曹長石の変成鉱物の組合せをもつ結晶片岩に変っている。

V. 白亜紀後期~古第三紀の火成岩類

本地域の白亜紀後期~古第三紀の火成岩類は 鳥取県地質図(鳥取県, 1966)において「後期中生代の火山岩類・迸入岩類」とされたものに相当する。 本地域では 古い方から 矢田川層群 [ Y ] (流紋岩溶結凝灰岩)・ 花原複合岩類(閃緑ひん岩 [ Dp ] ・花崗斑岩 [ Gp ] ・珪長岩 [ F ] など)・ 鳥取花崗岩 [ Gt ] (黒雲母花崗岩)の3つに分けられ, また, これらとは別に 久松山花崗岩 [ Gk ] (細粒斑状黒雲母花崗岩)が本地域北西隅に分布する。 鳥取花崗岩をのぞけば これらは いずれも 分布は狭少である。 上記の火成岩類は 三郡変成岩類・超苦鉄質岩類を貫入あるいは被覆し, 中新世の前・中期の鳥取層群に不整合におおわれることから, その時代は古生代以後・中新世以前であり, 年代測定されている周辺地域の火成岩類との比較から, おそらく白亜紀末期から古第三紀初頭にかけて順次形成されたものと推定される。

V.1 矢田川 やだがわ 層群 [ Y ]

[ V.1.1 ] 概要

矢田川層群は本地域の北東方の [ 本図幅の北東隣の 香住 かすみ 図幅地域内の ] 兵庫県 北部の矢田川流域を模式地として 弘原海・松本(1958)によって命名され, 下位から上位へ 角閃石安山岩・ 流紋岩類(リソイダイト質およびネバダイト質)および 成層した凝灰岩層に区分された。 その時代は はじめは中新世前期(F1)とされたが, のちに 山陰花崗岩類によって各地で貫入され 接触変成作用をこうむっていることが確認され, 白亜紀後期~古第三紀と改められた(兵庫県(1961)・ 西南日本内帯後期中生代火成活動研究グループ(1967)・ 通産省(1972))。 また, 同時に, 本層群の主体をなす流紋岩類が主として溶結凝灰岩によって構成されることが明らかとなった。

本地域の白亜紀後期~古第三紀の流紋岩類は [ 本図幅の北東隣の香住図幅地域内の ] 兵庫県北部地域に広く分布する矢田川層群の西方延長部であると考えられる。 本地域における現在の [ 矢田川層群の ] 分布は狭少で 北西部に限られているが [ 以下の [注] 参照 ] , 新第三系の礫岩層(とくに [ 図幅地域北西隅から南東方 7 km 弱の国府町 ] 岡益 おかます 南方 [ ← 南西方 1 km 強 ] の郡家礫岩層 [ M1 ][ 図幅地域南東部の ] 淵見 ふちみ 妻鹿野 めがの 地域の諸鹿礫岩層 [ M5 ] )の中に本岩類が大小の礫として多量に含まれており, 元来の分布はかなり広範囲におよんでいたものであろう。

[注]
弘原海・松本(1958)は [ 図幅地域南東隅から北西方 3.5 km の ] 若桜町 舂米 つくよね 付近にも矢田川層群が分布するとのべているが, これは 中新世の岩美累層の諸鹿礫岩層 [ M5 ] の一部が 淵見石英閃緑岩 [ Dq ] の貫入により緻密・堅硬なホルンフェルスとなったものである。

本地域の矢田川層群は 黒雲母流紋岩溶結凝灰岩を主体とし, 少量の流紋岩溶岩をともなう。 石質岩片として安山岩~デイサイト(溶岩)が多く含まれることから, 模式地の場合と同様に, 流紋岩の噴出に先立って 安山岩~デイサイト質火山活動があったと考えられる。 厚さは不明であるが, 300 m を下らない。 鳥取花崗岩 [ Gt ] (K - Ar 年代は 約 60 m.y. ; 後述)および 久松山花崗岩 [ Gk ] に貫かれているので その時代は鳥取花崗岩以前であり, おそらく白亜紀末期(ヘトナイ世頃)と推定される。

[ V.1.2 ] 分布および産状

本地域における [ 矢田川層群の ] 分布は鳥取市およびその近傍の 下記の A~D の4地区である。

  1. [ 図幅地域北西隅付近の ] 鳥取市 卯垣 ぼうがき 滝山 たきやま 付近の山陰本線ぞい( [ さらに 本図幅の西隣の ] 「鳥取南部」図幅地域へつづく)
  2. [ 図幅地域北西隅から南東方 7 km 前後の ] 国府町 たに 玉鉾 たまぼこ 岡益 おかます 付近
  3. [ 図幅地域北西隅から南東方 9.5 km 前後の ] 国府町 吉野 よしの 郡家 こうげ 篠波 ささなみ 地区
  4. [ 郡家の東方 3 km 強の ] 郡家町 花原 はなばら の南方

A 地区では おもに石英・長石の斑晶に富む黒雲母流紋岩溶結凝灰岩からなり, 小型の本質レンズおよび石質岩片(径 3 cm 以下)を含む。 石質岩片の種類は 安山岩~デイサイト溶岩・砂質千枚岩などである。 葉理面は不明瞭である。 北側に分布する久松山花崗岩 [ Gk ] (細粒斑状黒雲母花崗岩)との接触部付近では二次的に白雲母・石英などが晶出し, また多数の石英脈が生じている。 しかし, 貫入関係を示す露頭はみられない。 滝山付近で中新世の河原火山岩層の安山岩 [ M2 ] が本岩をおおっている。 卯垣付近の鉄道切割には 小型斜長石斑晶をふくむ流紋岩溶岩が露出するが, 著しい粘土化変質をうけている。 岩倉付近には 斑晶に富む流紋岩凝灰岩および無斑晶流紋岩溶岩が露出する。

B 地区では 灰白色・大型の本質レンズ(長径 2~5 cm)に富む黒雲母流紋岩溶結凝灰岩からなり, その葉理面の方向は N 35°E, 30°E で, この構造から厚さを推定すると 300~500 m 程度となる。 石質岩片として 泥質千枚岩・砂質千枚岩・安山岩溶岩などが含まれる。 河原火山岩層 [ M2 ] により不整合におおわれるか, あるいは それと断層関係で接触する。 岡益の 南方 [ ← 南西方 ? ] では 本岩の直上に 本岩の巨礫~大礫を主材とする不淘汰角礫岩(郡家礫岩層 [ M1 ] )がのっている。

C 地区の流紋岩溶結(?)凝灰岩は 鳥取花崗岩 [ Gt ] の中に 1 km × 2 km 以上の広がりをもつルーフ・ペンダント状岩体をなしているが, 河原火山岩層 [ M2 ] におおわれる。 全般的に熱変成作用をうけてホルンフェルス化し, 石英・白雲母・黒雲母などが二次的に晶出しているため 原岩の溶結構造は不鮮明となっている。 鳥取花崗岩との直接の接触関係を示す露頭はみられない。 本岩中の石質岩片はおもに安山岩溶岩である。

D 地区では角谷層(剪断泥質岩 [ Tl ] およびチャート [ Tc ] )と花原複合岩類( 花崗斑岩および細粒黒雲母花崗岩 [ Gp ] )との間にはさまれ, 幅 100 m 以下で NW - SE 方向にのびた狭少な分布を示す。 角谷層との境は断層で, 花原複合岩類とは一部断層, 一部貫入関係で接する。 流紋岩溶結凝灰岩および結晶破片・石質岩片に富む凝灰岩からなり, いずれも強い熱変成作用により黒雲母・白雲母・石英などが晶出し, また これらの鉱物の配列による片状構造を示す部分がある。 石質岩片は 泥質千枚岩・流紋岩溶岩・同凝灰岩・安山岩溶岩などである。

[ V.1.3 ] 黒雲母流紋岩溶結凝灰岩の記載

本地域のうちでは B 地区の溶結凝灰岩が比較的新鮮なので, それについて顕微鏡下の性質を記載する(第 Ⅴ 図版 2)。

斑晶鉱物 : [ 斑晶鉱物は ] 容量比で約 30 % を占め, 多い方から 石英(径 1~3 mm), 斜長石(1~2 mm), アルカリ長石(1~2 mm)および黒雲母からなる。 これらは大部分が破片状であるが, 大型の石英には自形ないし融食形のものが少なくない。 斜長石(灰曹長石)およびアルカリ長石は一般に変質・汚濁しており, 微粒の方解石・絹雲母などによっておきかえられている。 アルカリ長石は 格子状構造およびペルト石構造を示さない。 黒雲母は少量で, 絹雲母・方解石の集合よによって交代されているが, 部分的に X = 淡黄色, YZ = 褐色の多色性を示す黒雲母が残留している。

本質レンズ : 上記と同じ種類の斑晶および 比較的粗粒な石英・斜長石・アルカリ長石からなる石基とから構成される。 石基部はしばしばスフェルライト [ spherulite ; 球状 ] 構造あるいはアキシオライト [ axiolite ; 針状の粒子の放射状配列 ] 構造を示す。

石質岩片 : 泥質千枚岩・砂質千枚岩・安山岩溶岩・細粒 緻密な流紋岩凝灰岩などからなる。

マトリックス : ガラス片の溶結した構造が明瞭であるが, 現在は脱ガラス化して 隠微晶質~微晶質の珪長質鉱物の集合体となっている。

V.2 花原 はなばら 複合岩類 [ 以下の [注] 参照 ]

[注]
地質図上で花原複合岩類を構成するのは以下の3層序である。
Dp : 黒雲母角閃石閃緑ひん岩, Gp : 花崗斑岩・文象斑岩・細粒花崗岩など, F : 珪長岩

[ 郡家の東方の ] 郡家町 花原の南方およびその周辺に分布する一連の珪長質~中性半深成岩類を 一括して花原複合岩類とよぶ。 本岩類は 矢田川層群 [ Y ] 以後, 鳥取花崗岩 [ Gt ] 以前の時期の火成活動の産物であり, 鳥取県(1966)により後期中生代の第1期迸入岩類とよばれたものに相当する。

[ V.2.1 ] 分布および産状

本岩類の主岩体は 郡家町 奥谷 おくだに [ ← 郡家の北東方 1 km ] から花原 [ ← 郡家の東方 3 km ] の南方をへて 上津黒 かみつぐろ [ ← 郡家の東方 5.5 km ] の南方にのびる岩体で, これを花原岩体とよぶ。 花原岩体は 角谷層の構造に調和的な WNW - ESE 方向で, 幅 200~500 m 程度の狭少な分布を示し, 角谷層 [ Tl ] 中に貫入している。 本岩体は 生成時期の古い方から ① 黒雲母角閃石閃緑ひん岩 [ Dp ] , ② 花崗斑岩・花崗閃緑斑岩・文象斑岩・細粒花崗岩 [ Gp ] (以下ではこれらを花崗斑岩類と略称する), ③ 珪長岩 [ F ] の3種類に区分される。 ①~③ は相互に不連続的な境界面をもち, 貫入あるいは捕獲関係にあるが, ② の諸岩相は相互に移化的であり, 地質図でも明確に図示できない。 また, 前項にのべたように, 本岩体の北縁部に流紋岩質火砕岩類(矢田川層群 [ Y ] )の小岩体が分布しており, ② の花崗斑岩がそれを貫いている。 本岩体 および 上記の流紋岩は 鳥取花崗岩 [ Gt ] の貫入による熱変成作用を ほとんど全体にわたってうけている。

花原岩体のやや北側の郡家町 上津黒~ 野町 のまち 付近にも 花原岩体と並走する花崗斑岩・文象斑岩・珪長岩などの狭少な分布がある。 これらは 角谷層 [ Tl ] あるいは志谷層(結晶片岩類) [ Sc, Sl, Sb ] 中に貫入し, かつ 北縁において鳥取花崗岩 [ Gt ] により貫かれ 著しい熱変成作用をうけている。 この関係がよく観察されるのは [ 野町の東方 2 km 弱の ] 麻生 部落の南方の 私都 きさいち 川の対岸から [ 西南西方 500 m 強の ] 海抜 447 m の三角点に達する小沢である。 ここでは鳥取花崗岩の周縁相のアプライト質花崗岩と 斜長石および苦鉄質鉱物の斑晶に富む文象斑岩とがシャープな境界面をもって接し, 後者は再結晶した黒雲母・角閃石の配列による片状構造を呈しており, またアプライト質花崗岩の細脈により貫かれている。

郡家町地区の角谷層および志谷層中には 上述のほかに 花原複合岩類に属するいくつかの小岩脈(閃緑ひん岩・珪長岩など)が存在する。 これらは WNW - ESE 方向とそれとほぼ直交する方向のものとがある。

[ V.2.2 ] 岩石記載

以下に 主として花原岩体の代表的岩相について記述する。

黒雲母角閃石閃緑ひん岩 [ Dp ] : 灰色・斑状で, 斑晶として 卓状 自形の斜長石(長径 5 mm 前後)および 緑色角閃石・黒雲母(長径 1~2 mm)を多量に含み, 石基は 柏子木状斜長石(長径 0.5 mm 前後で累帯構造を示す)および 少量の間隙充填性の石英からなる。 熱変成作用により, 斑晶の苦鉄質鉱物は 二次的な黒雲母・角閃石・鉄鉱などの集合物により交代されているものが多い。

花崗斑岩 [ Gp ] : 灰色を呈し, 緻密・堅硬である。 斑晶は 長径 5 mm 前後の斜長石・石英・カリ長石 および 少量の黒雲母・角閃石(褐色種)・鉄鉱からなり, 石基は 微晶質~微花崗岩質組織を示す石英・斜長石・カリ長石からなる。 一般に長石斑晶は変質・汚濁している。 熱変成作用により 斑晶の角閃石は アクチノ閃石・淡青緑色角閃石・褐色黒雲母などの集合体によって交代され, 石基は寄木状を呈するようになる。

細粒花崗岩 [ Gp ] : 灰白色ないし淡紅色を呈し, 細粒 ほぼ等粒状(平均粒径 1~2 mm)の石英・斜長石・カリ長石・黒雲母(クロット状 [ = 塊状 ? ] )および少量の角閃石からなり, 部分的に微文象構造を示す。 角閃石は 二次的に黒雲母の集合体により交代されていることが多い。

珪長岩 [ F ] : 淡紅色・緻密で, 少量の斜長石斑晶(長径 1~2 mm)および きわめて少量の黒雲母斑晶を含むほかは, 大部分が微晶質の石基(石英・斜長石・カリ長石・黒雲母など)からなる。 局部的に微文象構造が発達する。 黒雲母は白雲母・鉄鉱の集合体に変化しているものが多い。

V.3 鳥取 とっとり 花崗岩 [ Gt ]

鳥取花崗岩は, 山陰地方に広く分布する白亜紀~古第三紀花崗岩類のうち, おもに鳥取県北部地域に分布する 底盤状の黒雲母花崗岩体に対して命名された(鳥取県, 1966)。 鳥取花崗岩は 山陰地方の花崗岩類のうち 比較的晩期に属するものと考えられ, 第3期迸入岩類ともよばれている(村山・大沢(1961)・山田(1961)・村山ほか(1963))。 その K - Ar 年代は 鳥取県中部の三朝町地域で 57.62 m.y.(SHIBATA & YAMADA, 1965), 鳥取県西部の日野町地域で 59~64 m.y.(HATTORI & SHIBATA, 1974)という値が報告されており, Rb - Sr アイソクロン年代も 65 m.y.(HATTORI & SHIBATA, 1974)なので, そのマグマの分化・迸入・固結は, 白亜紀最末期あるいは第三紀初頭の比較的短い時間内でおこなわれたと考えられる。

[ V.3.1 ] 分布および産状

本地域における鳥取花崗岩は 西部の郡家町 私都川 きさいちがわ 流域から国府町 袋川 ふくろがわ 流域にかけて 東西約 8 km, 南北約 5 km の地域に分布する。 これより東方の, 三郡変成岩(志谷層) [ Sl など ] および超苦鉄質岩類 [ U など ] が熱変成作用をうけている郡家町 落岩 おちいわ 地区・八東町 なか 横地 よこぢ 地区の地下浅処にも 鳥取花崗岩の延長が伏在していると推定される。 さらに東方の 若桜町 東因幡 ひがしいなば 林道付近では中新世後期の 照来 てらぎ 層群 [ Pp など ] を貫くひん岩 [ P ] 中に 1~2 m 大の粗粒優白質花崗岩(鳥取花崗岩類似)のブロックが捕獲されている。 したがって, 鳥取花崗岩の現分布は本地域ではあまり広くないが, 新第三系におおわれてかなり広い範囲に伏在しているものと推定される。

鳥取花崗岩は非変成古生層(角谷層), 三郡変成岩(志谷層), 矢田川層群および花原複合岩類を貫いて それらに顕著な接触変成作用を与え, 鳥取層群の最下部の郡家礫岩層 [ M1 ] あるいはその上位の河原火山岩層 [ M2 ] によって不整合におおわれている。

鳥取花崗岩と角谷層との境は NW - SE~WNW - ESE, ほぼ垂直で, 角谷層の構造に調和的である。 一方, 矢田川層群との接触面は [ 図幅地域北西隅から南東方 9.5 km 前後の ] 篠波 ささなみ ~吉野間では 緩傾斜ないしほとんど水平である。

[ V.3.2 ] 岩相記載

本地域の鳥取花崗岩は 大部分が灰白色 粗粒 塊状の黒雲母花崗岩からなり, 岩相変化は少ない。 三郡変成岩類との境界部付近で ややアプライト質岩相に移化することがあり, また これとは別に アプライト岩脈をともなうことがある。 一般に風化作用をつよくうけて「マサ」化しているので, 新鮮な標本を採取するのが困難である。 以下に 郡家町 市場 いちば [ ← 郡家の東方 6 km 弱 ] 付近の岩石について記載する。

鏡下では 石英 ≒ カリ長石 > 斜長石 ≫ 黒雲母の容量比を示す。 平均粒径は約 5 mm 程度であるが, 石英やカリ長石が 1 cm をこえるものもある。 また 部分的に細粒・アプライト質である。 石英は自形・高温型を示すものが多く, しばしばカリ長石と共生して文象構造をつくる。 カリ長石は ペルト石構造 が顕著であるが, 格子状構造を示さず, 一般に汚濁している。 斜長石は灰曹長石であるが, 絹雲母・カオリンなどが多量に生じている。 黒雲母も 変質により外形を残したまま 絹雲母・リューコクシン [ leucoxene ] などの集合物におきかえられている。

[ V.3.3 ] 鳥取花崗岩による接触変成作用 [ 地質図の凡例に記号なし ]

矢田川層群および花原複合岩類に対する接触変成作用については, それぞれの項目のところでのべた。 ここでは, 角谷層および志谷層に対する接触変成作用についてのべる。

泥質岩に黒雲母が晶出しはじめるところ [ ← 実際に調べた位置 ? ] を基準とする接触変成帯の範囲を地質図および第 11 図に示した。 接触変成帯の幅は広いところで約 2 km, せまいところで約 1 km である。 接触変成作用によって晶出した鉱物は, 泥質岩では 黒雲母のほか 白雲母・菫青石・石英・曹長石・ざくろ石(まれ)であり, 苦鉄質岩では 黒雲母・ 淡緑色角閃石・ 緑れん石・ 緑色普通角閃石・ 普通輝石(まれ)・ 斜長石・ 石英などである。

これらのうち 苦鉄質岩に淡緑色角閃石が晶出しはじめる位置 泥質岩中の黒雲母の晶出しはじめる位置 と ほぼ一致する。 菫青石は 接触部から約 300 m 以内のみ産する。 ざくろ石は 接触部から約 200 m 以内の位置に産する(上津黒の南方)。 緑色普通角閃石・普通輝石岩は [ 郡家の東方 8 km 強の郡家町 麻生の ] 麻生鉱山の母岩(チャート・苦鉄質岩起源ホルンフェルス)の一部に産し, 接触部から 100 m 以内である。

V.4 久松山 きゅうしょうざん 花崗岩 [ Gk ]

久松山花崗岩は 鳥取市の東部の久松山( [ 本図幅の北西隣の ] 「鳥取北部」図幅地域)を模式地として, NW - SE 方向に 8 km 以上も連続する岩体であり, 本図幅北西隅の 小西 こざい ・滝山地区にその南端部が露出している。

模式地では細粒 文象質の黒雲母花崗岩(村山ほか, 1963)であるが, 本地域では細粒・やや斑状の黒雲母花崗岩からなり, 文象構造を示さない。 斑状鉱物は おもに斜長石(長径 5 mm 以下)で, 卓状または長柱状を呈するが, 絹雲母化・カオリン化などの変質が著しい。 細粒部は 粒径 0.1~0.3 mm の他形 粒状の石英・カリ長石(ペルト石)・斜長石からなる。 その他に 緑泥石化した黒雲母(長径 2 mm 以下)および微粒の鉄鉱を含む。

本岩は矢田川層群 [ Y ] を貫き(前述), 河原火山岩層 [ M2 ] におおわれる。 鳥取花崗岩 [ Gt ] との関係は 分布が離れているため 不明である。 村山ほか(1963), 鳥取県(1966), 上村ほか(1974)らは 本花崗岩を後期中生代迸入岩類中の比較的早期のもの(第1期迸入岩類)とし, 一方, 杉山(1963・1964・1965)は中新世後期の貫入岩類( 鉛山 なまりやま 石英閃緑岩類)と考えた。 本岩は 上記の事実から明らかに先中新世であるが, 鳥取花崗岩 [ Gt ] (白亜紀最末期)よりも古期であるか 新期(古第三紀)であるか について 確証がえられていない。

VI. 新第三系

「若桜」図幅地域の新第三系としては 中新統の 鳥取 とっとり 層群, 中新~鮮新統の 照来 てらぎ 層群, 両者を貫く貫入岩類 および, 時代ははっきりしないが これらを覆う火山岩類がある。 最後者 [ = 火山岩類 ] は 時代的には一部は更新世にかかるものと思われるが, 便宜的に「鮮新世~更新世火山岩類」として一括し, この頃で述べることにする。

VI.1 鳥取 とっとり 層群

鳥取層群(命名 : 村山ほか(1963))は, 京都府の北部から兵庫県の北部をへて鳥取県の東部にわたる地域を占めて広がっていた 新第三紀の積成盆地(山陰東部積成盆地)の西部に形成された地層である。 京都府の北部~兵庫県の北部の地域に発達する 北但 ほくたん 層群(弘原海・松本(1958); 松本・弘原海(1959); 兵庫県(1961); 池辺ほか(1965); 弘原海・池辺・松本(1966))とは 一連の地層であるが, ここでは [ 本図幅の北西・西に ] 隣接の「鳥取北部」・「鳥取南部」図幅(村山ほか, 1963)にならって 鳥取層群という名称を用いることにする。 鳥取地域の新第三系については 古くは 巨智部 こちべ (1894・1895 ; 1894・1896)の報告があるが, その後, 西脇・今村(1956)や今村ほか(1957)の研究があり, 鳥取県(1966)によって当時までの知識は総括されている。 化石に関する報告は 数多い。 最近では, 鳥取層群の積成機構について 沢井ほか(1973)・ 吉谷(1974)・ 吉谷ほか(1975)などの「陥没」を主因とする議論もある。

第 5 表 鳥取層群の層序

   「鳥取北部・
  鳥取南部」
地域
「若桜」図幅地域 「浜坂」地域
(鳥取県,
  1966)
但馬~丹後地域
(池辺ほか,
  1965)
西部
(津ノ井
  付近)
北部
(稲葉山~
  雨滝)
南東部
(上地~
  舂米)

第 5 表に示したように, 本地域の鳥取層群は 下位から 八頭 やず 私都 きさいち 岩美 いわみ の3累層に大別される。 八頭累層は先新第三系の基盤を不整合におおい, 私都累層は八頭累層と基盤を不整合におおう。 岩美累層と私都累層との直接の関係は不明であるが, 大部分の地域では岩美累層は基盤を直接におおっている。 この層序は 今までのもの(例えば 鳥取県(1966)など)に比べて 普含寺 ふがんじ 泥岩層から 三代寺 さんだいじ シルト岩層を切り離し, 三代寺シルト岩層と 円通寺 えんつうじ 礫岩砂岩層とを併せて私都累層として独立させたことが特色である。

鳥取層群の最下部の 八頭累層 は 基底の 郡家 こうげ 礫岩層 [ M1 ] にはじまり, おもに安山岩の火砕岩からなる 河原 かわばら 火山岩層 [ M2, Mc ] へとつづく。 郡家礫岩層は 断続的な分布を示しており, 河原火山岩層が直接に先新第三系の基盤をおおうことが多い。 河原火山岩層は 変質して暗緑色を呈することが多く, いわゆる「グリーン・タフ」に相当するものである。 この火山岩層の変質については TOTTORI CENOZOIC RESERCH GROUP(1970)の研究がある。 郡家礫岩層は 北但 ほくたん 地域の 高柳 たかやなぎ 累層に, 河原火山岩層は同じく 八鹿 ようか 累層に対比される。

八頭累層の上位には 私都累層 が不整合にかさなる。 この不整合は [ 本図幅の西隣の ] 「鳥取南部」図幅地域の 國英 くにふさ [ = 国英 ? ] 丘陵 [ ← 郡家の南西方 5 km ? ] と 本地域の 宝山 たからやま [ ← 郡家の北東方 5 km 強 ] 付近とで観察されるが, 両者の中間 [ ≒ 郡家付近 ? ] では 私都川 きさいちがわ の沖積層の下にかくされている。 私都累層は 西部では厚さ 700~800 m に達する 円通寺 えんつうじ 礫岩砂岩層 [ M3 ] よりなり, 東部ではこれの上部と指交関係にある 三代寺 さんだいじ シルト岩層 [ M4 ] が発達する [ 以下の [注] 参照 ] 。 後者からは 一部で 保存のよい台島型の植物化石群を多産する。 私都累層は 北但地域の 豊岡 とよおか 累層に対比される。 八頭累層・私都累層を併せた鳥取層群の下半部は [ 本図幅の西隣の ] 「鳥取南部」図幅地域で広く発達し, 本地域内での分布はむしろ断続的である。 鳥取層群の下半部は 全体としては 千代川付近に軸をもち, 北へ開いた半盆状の構造を呈している。

[注]
地質図の凡例では 円通寺礫岩砂岩層 [ M3 ] と三代寺シルト岩層 [ M4 ] の「間」に層序名がついていない酸性凝灰岩の層序 [ Mt ] が挟まれている。 この酸性凝灰岩は, 地質図上では 図幅地域北西隅から南南東方 5 km 前後の津ノ井丘陵の北部で, 円通寺礫岩砂岩層と三代寺シルト岩層の境界付近に分布している。

鳥取層群の上半部を占める 岩美累層 は 本地域の北西部から南東部にかけて広く発達し, その北側でも [ 本図幅の北隣の ] 「浜坂」図幅地域の南半部に広がっている。 下位の私都累層との関係は 袋川 ふくろがわ の下流の沖積地にかくされて不明であるが, 南東部では八頭累層や先新第三系を不整合におおっている。 [ 本図幅の ] 北西部の稲葉山周辺では 岩美累層の泥岩 [ = 普含寺泥岩層の黒色泥岩(M6)? ] と河原火山岩層 [ M2 ] が直接し, 一見 整合にかさなっているようにみえる。 岩美累層基底の不整合が明瞭な地域では 基底礫岩層として 諸鹿 もろが 礫岩層 [ M5, Ma ] が発達する。 この礫岩層からは Vicarya などの中新世中期を指示する浅海性の貝化石群 (いわゆる 八尾 やつお - 門ノ沢 かどのさわ 化石動物群に属する)が 各地で多産する。 岩美累層の主部は 広域にわたって均質・一様な黒色泥岩層によって占められており, 普含寺 ふがんじ 泥岩層 [ M6, Mf ] と呼ばれる。 この黒色泥岩層 [ M6 ] の分布は 鳥取・兵庫県境地域で一たんは新期岩層によって中断されるが, さらに東方へつづき, 北但地域の 湯舟川 ゆぶねがわ 黒色頁岩層へ連続するものと思われる。 普含寺泥岩層の主部からは Propeamussium など深海性の貝化石を産する。 下位の浅海成層から上位の深海成層への移行は きわめて急激である。 本泥岩層は 中新世中期の最大海進期の産物であろう。 この時期に 図幅地域南東部やその東方地域が新たに海域化したと思われる。 沈降量(普含寺泥岩層の層厚)も 地域南東部で大であった。

岩美累層の上半部は 普含寺泥岩層から整合的に 安山岩質・流紋岩質の火山岩類を主とする地層となり, 小田 おだ 安山岩層 [ M7 ] 荒金 あらがね 火砕岩層 [ M8 ] と呼ばれる。 この時期の火山活動の中心は [ 本図幅の ] 北隣の「浜坂」図幅地域の南部にあり, 本地域内では [ 小田安山岩層と荒金火砕岩層の ] 火山岩層は [ 本図幅地域の ] 北縁部にわずかにみられるにすぎない。 北但地域と比べた場合に 岩美累層の下半部は 村岡 むらおか 累層に, 上半部は 丹後 たんご 累層に 対比されるものである [ 以下の [注] 参照 ]

[注]
岩美累層の上半部の火山岩層(およびそれより上位の地層)は, あるいは [ 岩美塁層の下半部の ] 普含寺泥岩層以下の地層と 累層のオーダーで区分するのが妥当かも知れない。 しかし, ここでは「浜坂」図幅地域に関する知識が不充分なので, このような累層区分を設定した。

なお, この地域の北隣の「浜坂」図幅地域では, 以上に述べた3累層に対比される地層は全体として整合一連となっている。 おそらく, 私都累層に相当する部分が, 流紋岩~デイサイト質火砕岩を主とする火山性の地層( 岩井火砕岩層 ; 鳥取県(1966))に移化しているのであろう。 地質図では 稲葉山の北西側に分布する火砕岩層は すべて河原火山岩層としてあるが, その一部には岩井火砕岩層に相当するものも含まれているかも知れない。 流紋岩ないしデイサイトとその火砕岩が 側方へ礫岩ないし礫岩砂岩層へ移化することは, 北但地域の豊岡累層でも知られている(弘原海・松本, 1958)。 また, 岩井火砕岩層は 局部的ながら 河原火山岩層を整合におおっている。

第 24 図 鳥取層群の柱状図

[ 第 24 図に関する注意書き ]
この図に使用されている凡例などの記載は省略する。
この図には以下の地点 or ルートで得られた7本の地質柱状図が示されている。
稲葉山 いなばやま [ ← 図幅地域北西隅から東南東方 3 km 強 ] の西斜面,
糸谷 いとたに [ ← 手放山の西北西方 3 km 弱 ] ~ 高岡 たかおか [ ← 手放山の北西方 3 km ] ,
中河原 なかがわら [ ← 手放山の南方 2 km 弱 ] ~ 木原 きはら [ ← 手放山の北東方 4 km ] ,
荒舟 あらふね [ ← ながさこ山の北北西方 3 km 弱 ] ~ 上地 わじ [ ← ながさこ山の北北東方 4 km 強 ] ,
落岩 おちいわ [ ← ながさこ山の南方 1.5 km ] ~ 姫路 ひめじ [ ← ながさこ山の東北東方 2.5 km ] ,
諸鹿 もろが [ ← 図幅地域南東隅から北西方 8 km ] ,
舂米 つくよね [ ← 図幅地域南東隅から北西方 3.5 km ]
[注]
手放山 てばなしやま は図幅地域北西隅から南東方 9 km の位置にある。 また, その南南東方 5 km の位置に「ながさこ山」(標高 800.6 m)がある。 ただし, WEB 上の国土地理院の地図にはこの山の名前の記載はなく, 標高 800.5 m の三角点が「ながさこ山」に相当すると思われる。

第 25 図 鳥取層群の概念図

鳥取層群の全般的な構造は 第 25 図に模式的に示した。 この概念図でみられるように 鳥取層群の構造は ゆるい盆状ないし半盆状構造を基本としており, 顕著な褶曲構造は認められない。 また, 断層の発達もあまり顕著ではない。

鳥取県の東部の新第三系に認められるこのような半盆状構造としては, 本地域西縁からその西方へ 千代川 せんだいがわ を挾んで広がるものがもっとも顕著である。 この半盆状構造は 北東 - 南西方向の軸をもち 北東へ向って開いたもので, その南東縁に断続する郡家礫岩層を除いて 主として河原火山岩層によって構成されている。 この半盆状構造の北東部には, さらに円通寺礫岩砂岩層と三代寺シルト岩層によって構成されるもう一つの半盆状構造が, 中心をやや東へずらしながら 入れ子状に重なっている。 後者の(私都累層によって構成される)半盆状構造は, 前者の(八頭累層によって構成される)半盆状構造とほぼ同様のものであり, やはり北東 - 南西方向の軸をもち 北東へ向って開いている。

上に述べた半盆状構造を呈する新第三系の分布地域は, 鳥取層群の積成盆地の主部から分岐して南西方へ張り出した積成盆地の1分肢にあたる。 これは, 山陰西部の新第三系下部の積成盆地で知られているいくつかの湾入部(吉岡, 1952)-- 松江湾入部・出雲湾入部など(三位・吉谷, 1972)-- に比べて規模は小さいが, 同様な性格のものであろう。 鳥取地域の湾入部を「 千代川湾入部 」と呼ぶことにする。

「若桜」図幅地域の北東側のほぼ半分を占め さらに北方へ広がる鳥取層群の積成盆地の主部は, 本地域内ではおもに鳥取層群の上半部(岩美累層)によって占められている。 構造的には北西部の稲葉山付近でゆるい向斜構造をつくるほか, 全体的には北西 - 南東の走向をもち, 北東へ緩傾斜する同斜状の構造を示している。 ただし, [ 本図幅の ] 北隣の「浜坂」図幅地域まで考慮すれば, 第 25 図に示したような半盆状構造を呈することになる。 積成盆地主部の東方への連続は 一たんは照来層群の積成盆地で中断されるが, さらに東方へ兵庫県北部地域へ連続するものである。

この積成盆地の主部の北縁(「浜坂」図幅地域内)では, 河原火山岩層・岩井火砕岩層などの 鳥取層群の下半部の(八頭累層・私都累層に相当する)火山岩層が発達するが, 南縁部(「若桜」図幅地域内)では, 鳥取層群の上半部(岩美累層)が直接に基盤の先新第三系をおおっている。 積成盆地の主部では 火山活動の中心はほぼ全期間を通じて北部にあり, 沈降運動は北から南へと波及し, かつ, 南東から北西へと退いていったものであろう。

鳥取層群の積成盆地の主部と千代川湾入部とは, さきに述べた北西 - 南東方向のなんらかの構造線によって画されているものと予想される。 しかし, この構造線の性格については 今のところ明瞭ではない。 なお, 新第三系を貫くひん岩および石英閃緑岩の2列の貫入岩体が, 上記の積成盆地主部の南西縁に沿って 北西 - 南東方向に配列していることも興味深い。

VI.1.1 八頭 やず 累層

VI.1.1.1 郡家 こうげ 礫岩層 [ M1 ]

郡家礫岩層(命名 : 村山ほか(1963))は 鳥取層群の基底礫岩層であり, 千代川湾入部の鳥取層群の分布の南東縁を占める。 本地域内では 先新第三系の角谷層(非変成古生層)や花崗岩類を不整合におおい, 地域中央部の中河原付近から西縁の郡家の東方にかけて 断続的に分布している。 また, この南西方への延長は 千代川沿岸からさらに西方へと [ 本図幅の西隣の鳥取南部図幅地域に ] つづく。

調査当時, 郡家礫岩層の岩相は 郡家の東方の国道 29 号線(若桜街道)沿いでもっともよく観察された。 ここでは 礫岩層は角谷層 [ Tl ? ] の上に不整合に重なり, 径 15~30 cm の亜角~亜円礫が雑然と密集した層よりなっている。 構成礫は 下半部約 80 m では 花崗岩礫を主とする先新第三系の礫を主とし, 安山岩礫を多少まじえるのに対し, 上半部約 70 m では安山岩礫を主体とする。 安山岩礫は 上位の河原火山岩層中の安山岩 [ M2 ? ] とほぼ同質のものであり, 鳥取層群の基底礫岩の堆積当時に すでに火山活動が始まっていたことを示す。 この礫岩層は 風化すると特有の赤紫色を呈し, 遠望してその分布を知る上でよい手がかりとなる。

[ 郡家の北東方 5 km 弱の ] 篠波 ささなみ の東方に孤立して分布する郡家礫岩層は 基盤(鳥取花崗岩 [ Gt ] )の凹所を埋積したものである。 径 50 cm 大以下で普通は 20 cm 大程度の亜円~亜角礫よりなり, 安山岩礫を主とし, 花崗岩・千枚岩類の礫も混じる。 礫は 大小のものが雑然と密集し, 配列に方向性を示さない。 全体的にいちじるしく風化しており, 赤紫色を呈する。

[ 郡家の北東方 8 km 弱の ] 中河原付近に分布するものは, 下半部に径 15 cm 大の花崗岩円礫があまり密集せずに入る砂礫岩層があり, 上半部は径 50 cm 大の花崗岩・安山岩礫の密集層である。 この礫岩層の中部には安山岩質の火山礫凝灰岩層がはさまれ, また, 軽石凝灰岩の薄層もはさまれる。 層厚は ここでは 40~50 m 程度である。

第 26 図 郡家礫岩層(?)の巨礫岩(国府町 岡益 おかます 南方 [ ← 南西方 1 km 強 ] の峠の北側)

以上のほか, 郡家礫岩層としては特異な岩相を呈するものとして 岡益~ 山ノ上 [ ← 山上 やまのうえ ; 岡益の南方 2 km ] 間の峠の北側に分布する礫岩がある。 これは 矢田川層群 [ Y ] の流紋岩の礫を主とし 花崗岩・三郡変成岩(おもに泥質, 珪質千枚岩)の礫を伴なう 固結の進んだ淘汰の悪い礫岩である(第 26 図)。 径 70 cm 大以下の角礫を主とし, ときに 1 × 2 m 大の千枚岩の巨角礫も混る。 また, 花崗岩角礫と流紋岩角礫は それぞれが別々に集中したレンズをつくり, ほとんど混合しない。 基質は花崗岩質の粗粒砂を主とする。 この礫岩は 模式地の郡家礫岩層とは岩相的に異なり, 分布も孤立して1カ所しかない。 その層序的位置には疑問もあるが, ここでは 一応 郡家礫岩層に含めた。 この礫岩層は 吉谷ほか(1975)が「崖錐性基底礫岩」としたものにあたる。

郡家礫岩層からは 全域的に 化石は未発見である。

VI.1.1.2 河原 かわばら 火山岩層 [ 以下の [注] 参照 ]

[注]
地質図上で河原火山岩層を構成する層序は以下の通りである。
M2 : 安山岩火山砕屑岩および熔岩(デイサイト熔結凝灰岩を挟む),
Mc : 火山円礫岩

八頭累層の主体をなす河原火山岩層(命名 : 村山ほか(1963))は, おもに変質して暗緑色を呈する安山岩質の火山噴出物 [ M2 ] よりなり, 火山円礫岩 [ Mc ] や泥岩をはさんでいる。 分布の主部は [ 本図幅の ] 西隣の「鳥取南部」図幅地域内にあり, 千代川の西岸で低い丘陵地を構成している。 本地域内では「鳥取南部」図幅地域からの続きが郡家の東方にわずかにみられるほか, 中央部の 宝山 たからやま [ ← 郡家の北東方 5 km 強 ] ~ながさこ山 [ ← 郡家の東方 10 km ] の山塊にかなりまとまってあり, さらに 私都川をへだてた南の六郎谷 [ ← 郡家の東南東方 8.5 km ] と平木牧場 [ ← 郡家の東南東方 6.5 km ] 付近に分布している。 また, 一部は 地域北西隅の鳥取市東部の [ 稲葉山の東西の ] 山地にも分布する。

本火山岩層は 郡家礫岩層 [ M1 ] の上に整合にかさなる。 しかし, 郡家礫岩層の分布が断続的であるため, 本火山岩層が 花崗岩・流紋岩・角谷層・三郡変成岩など先新第三系の基盤に直接している処が多い。 上位の私都累層(円通寺礫岩砂岩層 [ M3 ] )や岩美累層(諸鹿礫岩層 [ M5 ? ] )には 不整合におおわれる。 ただし, 地域中央部の 神護 かんご 普含寺 ふがんじ 付近 [ ← 手放山 てばなしやま の東方 1~2 km ] では 本火山岩層の上位に岩美累層の普含寺泥岩層 [ M6 ? ] が 一見 整合的にかさなっている。

河原火山岩層がもっとも標式的に発達する「鳥取南部」図幅地域の 河原町 小倉 おぐら ~今西 間 [ ← 郡家の南西方 9 km 強 ] 河原町 高福 たかふく 釜口 かまぐち [ ← 郡家の南西~南南西方 5 km 強 ] および 河原町 曳田 ひけた 天神 てんじん [ ← 郡家の西南西方 6 km 弱~強 ] では, 本層は 緑泥石・鉄サポナイトなどを含み 緑色~灰緑色~赤紫色を呈する変質した火山砕灰岩と, 玄武岩・安山岩・粗面安山岩・デイサイト・ソーダ粗面岩などの溶岩からなり, これに礫岩・泥岩などをはさんでいる。 本地域内でも 岩相的にはこれとほとんど同様であるが, 溶岩は安山岩である。 本火山岩層の層序は 袋川 ふくろがわ 流域の中河原から 上荒舟 かみあらふね 上地 わじ へいたる間 中河原から 神護 かんご までの間 , および 地域北西隅の鳥取市 滝山付近などでよく観察される。

中河原から上地に向う路線では 本火山岩層 [ M2 ] は層厚約 480 m である。 ここでは, 下部はおもに安山岩質の凝灰角礫岩からなり, 同質の溶岩や火山礫凝灰岩・砂質凝灰岩を挾む。 中部は礫岩を挾む凝灰角礫岩ないし凝灰岩, 上部は安山岩溶岩を挾む凝灰角礫岩ないし凝灰岩よりなる。 この上部の凝灰角礫岩の, 下部には 荒舟~上荒舟付近でデイサイトの溶結凝灰岩が認められる。

中河原~神護の路線では 本層の層厚は約 300 m で, 上記の中河原~上荒舟の路線における下部に相当する。 中河原~神護の路線における下部は 安山岩質の凝灰角礫岩(第 27 図)を主とし, その中に火山円礫岩 [ Mc ] を挾む。 火山円礫岩には 花崗岩・アプライトなど先新第三系の礫も含まれる。 上部には安山岩の溶岩・同凝灰角礫岩・同溶岩の順序がみられ, 最上部の溶岩の上に普含寺泥岩層 [ M6 ? ] が 一見 整合的にかさなっている。 ただし, ここでは 中河原~上荒舟の路線における中・上部が欠如している。

第 27 図 河原火山岩層 [ M2 ] の中の安山岩凝灰角礫岩(国府町 神護の南方)

第 28 図 河原火山岩層 [ M2 ] の中の安山岩溶岩(郡家町 落岩付近)

[ ながさこ山の南方 1.5 km の ] 落岩 おちいわ [ ながさこ山の東北東方 2.5 km の ] 姫路 ひめじ 間の 私都川 きさいちがわ ぞいの路線では 本火山岩層は層厚 500 m 以上で, 前述の袋川流域のものより厚い。 この付近では おもに緑色化した安山岩溶岩(第 28 図)からなり, 中部と上部に厚さ数 m の凝灰角礫岩・凝灰岩・火山円礫岩を各1層づつ挾んでいる。 地域北西隅の稲葉山の西斜面(普含寺泥岩層 [ M6 ] の下位に直接する部分)では 本火山岩層の層厚は約 200 m で, 全体がデイサイト質の軽石凝灰岩からなる。 このように本火山岩層は 地域北西部で薄く, 南東の上荒舟~落岩付近で厚い。 しかし, これよりさらに南東に向っては急激に層厚を減じ, [ ながさこ山の南東方 5 km の ] 妻鹿野 めがの から東では欠如するにいたる。 また, 私都川と八東川に挾まれた前述の六郎谷付近では, 三郡変成岩および角谷層を直接おおう おもに安山岩の凝灰角礫岩からなっている。 この凝灰角礫岩は その東の寺田安山岩層 [ Pa ] の続きである疑いがあるが, 変質作用を受けており, その程度から本火山岩層のなかに含めた。

河原火山岩層のなかでもっとも広く分布しているのは 安山岩の凝灰角礫岩である。 凝灰角礫岩は 緑色の基質中に緑色・灰色・褐色などの拳大ないし人頭大の安山岩礫を含むもので, 礫としては 花崗岩・チャート・粘板岩・千枚岩など異質岩片もわずかに混在する。 一般に層理は明瞭ではないが, 一部では火山礫凝灰岩・凝灰岩を挾み 層理を示す。

火山円礫岩 [ Mc ] は 本層 [ M2 ] の下部に挾まれており, その最大のものは [ 手放山の東方 1 km の ] 神護 かんご の南方でみられ, 西は高岡付近 [ ← 手放山の西北西方 3 km ] , 東は 上荒舟 かみあらふね 付近 [ ← 手放山の南東方 3.5 km ] までつづく。 また, [ 手放山の南東方 2.5 km の ] 荒舟の南の電波塔の下にもレンズ状に挾まれる。 火山円礫岩は 灰緑色の膠結物中に拳大の緑色~灰緑色の安山岩礫が密集したもので, 基質の花崗岩やアプライトの円礫も含まれる。

[ 河原火山岩層の層序記号 M2 に一括した ] デイサイトの溶結凝灰岩は 荒舟~上荒舟の南方で 本層 [ M2 ] の中部と上部の層準に含まれており, 厚さはそれぞれ約 10 m である。 灰褐色の基質の中に 帯紫褐色の偏平な本質レンズ状岩片, 安山岩・凝灰岩などの角礫を含むもので, そのほかに斜長石・普通輝石・普通角閃石および少量の石英粒を伴っている。

稲葉山周辺のデイサイト質軽石凝灰岩は 新鮮な部分では淡緑色, 風化して灰白色を呈し軟弱となる岩石で, 同質の凝灰角礫岩や火山礫凝灰岩を伴う。 この部分は, あるいは [ 本図幅の ] 北隣の「浜坂」図幅地域に分布する岩井火砕岩層(鳥取県, 1966)に相当するものかもしれない。

河原火山岩層中の溶岩は おもに荒舟~上荒舟地域の上部層準に挾まれる。 いずれもいちじるしい変質作用をうけているが, 原岩は 橄欖石紫蘇輝石普通輝石安山岩, 紫蘇輝石普通輝石安山岩, 角閃石安山岩, ガラス質安山岩などである。 その代表的なものについて次に記す。

1) 落岩付近の安山岩溶岩 :
柱状節理の発達した緑色・緻密な角閃石安山岩である。 斑晶は 斜長石・角閃石および少量の鉄鉱物からなる。 斜長石は長さ 5 mm まで, 一部またはほとんど全部が絹雲母か方解石に置換されている。 角閃石は 4 mm までの長さで, すべて緑泥石に置換されており, 外形から推定したものである。 石基は 填間状組織を示し, 斜長石,緑泥石に置換えられた有色鉱物, およびこの間隙を埋めているガラスから変ったとみられる微晶からなっている。 二次鉱物として上記の緑泥石・絹雲母・方解石のほか 石英と緑れん石が認められる。
2) 荒舟の南の電波塔下の安山岩溶岩 :
帯紫褐色・斑状の紫蘇輝石普通輝石安山岩で, 変質作用が進み 脆弱になっている。 斑晶は 多量の斜長石と少量の普通輝石および紫蘇輝石からなっている。 斜長石は長さ 3~4 mm, 普通輝石は 3 mm で, いずれも比較的新鮮である。 紫蘇輝石は長さ 3 mm で, すべて緑泥石に置換えられている。 石基は 間粒状組織を示し, 斜長石・単斜輝石・鉄鉱物および少量のガラスからなっている。 二次鉱物としては 斑晶の紫蘇輝石のほか, 石基のガラスなどを置換して緑泥石が認められる。 そのほか, 0.1 mm 大の緑れん石粒が散在している。
3) 神護の南の安山岩溶岩 :
この地域の河原火山岩層の最上部を占めるもので, 上荒舟付近でもほぼ同一層準にみられる。 赤褐色のガラス質の石基をもつ斑状の安山岩である。 斑晶は 斜長石と角閃石とからなっている。 斜長石は長さ 1 mm で, 一部が方解石に置換えられている。 角閃石は 0.5 mm の長柱状結晶で, すべて緑泥石に置換えられている。 石基は ガラス基流晶質組織を示し, 針状の斜長石や, ガラスから二次的に変ったとみられるやや流理を示す隠微晶質の結晶からなっている。

以上に述べた火山砕灰岩と溶岩は いずれも変質作用をうけており, 緑色化がいちじるしい。 変質によって生じた二次鉱物については 一部 溶岩の岩質についての記載のなかにおいても述べたが, 石英・緑泥石・絹雲母・方解石および まれに緑れん石が認められる。 沸石は 斑晶鉱物または石基を置換したものはみられなかった。 ただし, 地域北部では 変質した凝灰岩中の細脈として, 甑山 こしきやま [ ← 図幅地域北西隅から南東方 4 km 強 ] では濁沸石 [ laumontite ] が, 今木山 いまきやま [ ← 図幅地域北西隅から南南東方 4.5 km ] では方沸石 [ analcime ] が認められた。

河原火山岩層の構造は あまり明瞭ではないが, 地域中央部で 中河原付近を中心とした半ドーム状の構造を呈する。 北西部では [ 図幅地域北西隅から東南東方 4 km の ] 美歎 みたに 水源地から [ その南南西方 3 km の ] 今木山にかけて, 北北東 - 南南西方向に並走する2本の断層にはさまれて 本層の地塁状の凸出が認められる。

本火山岩層からは 植物化石としては「鳥取南部」図幅地域の河原町 郷原 ごうばら 付近 [ ← 郡家の南西方 4 km ] で Salix, Pterocarya, Ficus, Acer などが知られている(巨智部, 1896)のみで, 本地域内では保存のよいものは知られていない。 貝化石としては 国府町 荒舟の南方の砂岩層から Acila, Pecten, Patinopecten, Cardium などが産出したとされている(鳥取県, 1966)が, これは より上位の岩美累層の基底部から産出したものであろう。 一方, 郡家町 福地 [ ← 郡家の東方 7 km 強の ] の北方では Chlamys sp. の産出が報告されている(山名, 1966b)。 本層は 一部は陸上で, 一部は水中で堆積したものであるが, この Chlamys の産出を除けば 海成を示す証拠はない。

VI.1.2 私都 きさいち 累層

VI.1.2.1 円通寺 えんつうじ 礫岩砂岩層 [ M3 ]

円通寺礫岩砂岩層(命名 : 村山ほか(1963))は 鳥取層群堆積区域の南西部に位置し, [ 本図幅の ] 西隣の「鳥取南部」図幅地域の 霊石山 れいせきざん 丘陵でもっとも厚く 典型的に発達する。 本地域内では その中・上部が東方へ連続して, 袋川と私都川の間の津ノ井丘陵のおもに西半部でみられる。 ここでは, 津ノ井以南の国道ぞいでもっともよく観察される(第 29 図)。

第 29 図 円通寺礫岩砂岩層の代表的な岩相(鳥取市 津ノ井の南方の国道ぞい)

「鳥取南部」図幅地域では 下位の河原火山岩層 [ M2 ] の上に不整合にかさなるとされている(村山ほか, 1963)が, 本地域では 私都川の沖積地にかくされて下限はみられない。 東方へは 三代寺シルト岩層 [ M4 ] と完全に指交関係にある。

本地域西縁部では, 本層は 礫岩を主とした 礫岩と砂岩の不規則な互層からなっている。 礫岩・砂岩の発達は 東方へ次第に貧弱となり, ついには三代寺シルト岩石中の舌状のはさみとして存在するようになる。 円通寺礫岩砂岩層と三代寺シルト岩層との岩相変化の状況は 第 30 図に模式的に示した。

第 30 図 津ノ井丘陵における円通寺礫岩砂岩層と三代寺シルト岩層との岩相変化(水平断面図で示す)

本層は 下半部(地域的には [ 郡家の北北東方 2 km の ] 堀越 ほりごし 以南の部分)では 礫岩を主としている。 ここでは 花崗岩・安山岩などの径 5~10 cm 大の亜円~亜角礫密集層よりなり, ときに薄い砂岩・シルト岩層を挾む岩相を主としている。 堀越付近では 粗粒凝灰岩層も挾まれる。 上半部( [ 郡家の北方 3 km 弱の ] 禰宜谷 ねぎたに 以北の部分)では 礫岩と砂岩の不規則な互層を主としており, 礫の密集層と含礫砂岩 あるいは 中粒~細粒砂岩とが 2~3 m から数 m の層厚で繰返すことが多い。 全般的には上方へ移るにつれて 礫岩の割合が少くなる傾向が認められ, [ 津ノ井 ] 丘陵の北端部では 砂岩・含礫砂岩中に 礫岩がレンズ状に挾まれるようになる。 上半部では 礫は径 3~5 cm 大と下半部のものより小さいことが多く, かつ, 礫の種類もチャートや千枚岩などを主とするようになる。 本層の構成礫の割合では 河原火山岩層に由来する火山岩礫が下半部に多く, 上半部で三郡変成岩に由来する礫が多いのは 「鳥取南部」図幅地域でみられる(村山ほか, 1963)のと同じ傾向である。

[ 津ノ井 ] 丘陵の東部では 層厚数 m~10 数 m の礫岩がシルト岩中に挾まれて存在する。 礫岩の挾みは 下半部でひんぱんであり, 礫径も大であるが, 上半部では少なくなり, かつ, 細礫を主とするようになる。 また, [ 津ノ井 ] 丘陵の西部に比べて 東部では礫径が一般に小さくなる傾向がある。 礫の種類としては 下半部で安山岩・花崗岩礫が多く, 上半部では花崗岩・三郡変成岩の礫を主とする。 一部では 三代寺シルト岩層の強い剥理性を示すシルト岩を同時侵食礫として含むこともある。

本層は斜交層理の発達などで 走向・傾斜のふれが激しく 全体的な構造は はなはだ分りにくいが, 一般的には 北北東 - 南南西の走向でゆるく北へ傾いている。 そして, 霊石山丘陵 [ ← 本図幅の西隣の鳥取南部図幅地域内 ] および三代寺シルト岩層を含めた全体としては, 北へ開いたゆるやかな半盆状構造を示すものであろう(第 30 図)。

本層の厚さは 全体として 700~800 m に達すると推定される。 化石としては 挾みのシルト岩に植物破片が含まれている程度で, 保存のよいものは未発見である。

その岩相や地理的位置からみて, 本層は 南方から流入してきた河川(古千代川とでもいうべきもの)の河口付近に形成された 扇状地性の堆積物であろう。 そして, この扇状地の側方に広がった潟湖の堆積物が 次にのべる三代寺シルト岩層と推定される。

以上に述べた円通寺礫岩砂岩層の分布から北方へ離れて, [ 図幅地域北西隅から南南東方 1.5 km の ] 鳥取市 卯垣 ぼうがき 付近の丘陵の西端には 所属不明の礫岩層 が局地的に分布している。 この礫岩層は 矢田川層群 [ Y ] からなる丘陵の突端に分布するもので, 矢田川層群とは断層で接し 三方を沖積層に囲まれているため, 他岩層との層位的な関係は不明である。 ここでは [ この所属不明の礫岩層を ] 岩相上の特徴により新第三系とみなし, 仮に円通寺礫岩砂岩層として扱った。

この [ 所属不明の ] 礫岩は 径 10~30 cm 大の亜円~円礫を主とするもので, 久松山花崗岩 [ Gk ] の礫が多く, これに流紋岩や安山岩の礫をまじえている。 礫は淘汰不良であるが, その配列には多少の方向性が認められる。 礫間の基質は やや凝灰質の粗粒砂よりなる。

VI.1.2.2 三代寺 さんだいじ シルト岩層 [ M4 ]

袋川~私都川間の津ノ井丘陵の東部および北縁部に分布するシルト岩を ここで新たに三代寺シルト岩層と呼ぶ。 本層の下半部は 西方で円通寺礫岩砂岩層の上半部と完全に指交関係にあり, 東方では河原火山岩層以下の基盤にアバットしている。 上半部も 円通寺礫岩砂岩層および 雲山 くもやま 砂岩泥岩互層 [ 以下の [注] 参照 ] と同時異相の関係にあるものと思われる。

[注]
鳥取平野に孤立する 面影山 おもかげやま [ ← 本図幅地域の北西隅から南方 3 km ] の西半部( [ 本図幅の西隣の ] 「鳥取南部」図幅地域内)では砂岩泥岩互層が露出し, 「雲山砂岩泥岩互層」と名付けられた(村山ほか, 1963)。 しかし, 本図幅地域内では シルト岩と凝灰岩のみが分布している。 ここでは 面影山のシルト岩をも 三代寺シルト岩層に含めて扱った。

本層は 下半部では 淡褐色を呈する均質・緻密・軟弱なシルト岩を主体とし, ときに細粒~中粒砂岩の薄層を挾んでいる。 シルト岩は 層理が薄く 規則的に発達し, かつ, 層理にそって薄く剥がれやすい特徴をもっている(第 31 図)。 このような剥理性は 基盤にアバットする東縁付近でとくに顕著である。 [ 津ノ井 ] 丘陵の南東部の 山ノ口 [ 位置不明 ; 郡家の北東方 4 km の「山ノ上(← 山上 やまのうえ )」か ? ] 付近では シルト岩は やや砂質となり, 均質な細粒~中粒砂岩薄層の挾みが多く, 一部では互層状を呈する。

第 31 図 三代寺シルト岩層の剥理性泥岩(国府町 岡益の南方)

本層が基盤にアバットする部分では 基盤の上に剥理性を示すシルト岩が直接にのる場合や, 局部的な礫岩が発達する場合などがある。 後者の礫岩は 安山岩の亜角~亜円礫を主材とし, 淘汰は悪い。 礫間の基質が 上に述べたのと同様に 灰密で剥理性の強いシルト岩で占められている場合もある。

[ 津ノ井 ] 丘陵の北部に発達する三代寺シルト岩層の上半部は 灰褐色ないし淡褐色を呈し, 板状の層理が明白なシルト岩を主としている。 一般に軟弱で, 風化して細片にくだけやすい。 全般的に 5~10 cm の厚さの細粒~中粒砂岩薄層を挾むことが多い。 シルト岩は ときに 凝灰質で 灰白色を呈したり, また, 下半部と同様な強い剥理性を示す場合もある。 [ 津ノ井 ] 丘陵の北縁部や面影山では 普含寺泥岩層 [ M6 ] と同様な黒色泥岩が局部的に発達することがある。

本層には とくに [ 津ノ井丘陵の北部に発達する ] 上半部で 数枚の灰白色のデイサイトの軽石凝灰岩が挾まれている [ 以下の [注] 参照 ] 。 このうち もっとも顕著なものを「 杉崎凝灰岩層 」と呼ぶ。 この凝灰岩は 新鮮な部分では青灰色を示すが, 表面は風化により灰白色を呈し, ところによって酸化鉄のために茶褐色に汚れている。 粘土化が進んでおり, X線回折の結果では モンモリロナイトと緑泥石の混合層粘土鉱物と少量の石英からなっている。

[注]
地質図の凡例では 円通寺礫岩砂岩層 [ M3 ] と三代寺シルト岩層 [ M4 ] の「間」に層序名がついていない酸性凝灰岩の層序 [ Mt ] が挟まれている。 この酸性凝灰岩は, 地質図上の津ノ井丘陵の北部で 円通寺礫岩砂岩層と三代寺シルト岩層の境界付近に分布している。 三代寺シルト岩層の上半部に挟まれている「灰白色のデイサイトの軽石凝灰岩」が, この酸性凝灰岩 [ Mt ] か ?

三代寺シルト岩層は 露頭ごとの走向・傾斜の乱れが激しく 正確な構造は分りにくい。 しかし, 円通寺礫岩砂岩層を合せた [ 津ノ井 ] 丘陵全体としてみると, 北へ開いた緩やかな半盆状構造を示すものであろう。 また, 全体的な構造とは別に, 基盤に三方をとり囲まれた 山ノ上 [ ← 山上 やまのうえ ; 郡家の北東方 4 km ] 付近では 本層が局部的に 西へ開いた小さな半盆状構造を呈するのが認められる。

化石としては, シルト岩中に ときに 植物破片が認められるほか, 西尾(1968)・山名(1968)・北条(1968)・HOJO(1973)によって 岡益部落の西側(御陵参考地付近 [ ← 図幅地域北西隅から南東方 7 km ] )から保存のよい豊富な植物化石群が報告されている。 この化石群は 台島型化石植物群に属する。 そのおもな産出種を次に示す。

Metasequoia occidentalis, Juglans sp., Pterocarya asymmetrosa, Platycarya sp., Carpinus cfr. miocenica, C. cfr. subcordata, Quercus cfr. glauca, Castanea cfr. kubinyi, Ulmus protojaponica, Zelkova ungeri, Cinnamomum lanceolatum, Liquidambar miocenica, Machilus ugoana, Entada cfr. mioformosana, Wistaria sp., Acer protojaponicum, Alangium koyamae

このほか, 岡益の南方の 山ノ上 付近では 中新世中期を示すといわれる Potogonum knorii が産している(坂本・松原, 1960) [ 以下の [注] 参照 ]

[注]
坂本亨・松原秀樹(1960): 鳥取県東部地域 放射能強度 調査報告, 地質調査所 所内資料。
化石の同定は 京都大学の石田志朗 氏による。

本層は その岩相(とくに礫岩砂岩層と指交していること)や保存のよい植物化石の多産からみて, おそらく河口に近い潟湖成の堆積物であろう。 本層と普含寺泥岩層 [ M6 ] とは 一部では岩相の似た部分 [ = 黒色泥岩の発達 ] もあるが, 袋川の沖積地にへだてられて 両者の直接的な層序関係は不明である。 ここでは 両者の示す堆積環境の違いなどから それぞれが別の時期に堆積したものとみなした。 両者は おそらく 不整合関係にあるものであろう。

VI.1.3 岩美 いわみ 累層

IV.1.3.1 諸鹿 もろが 礫岩層 [ M5 : 礫岩および砂岩, Ma : 安山岩熔岩(凝灰角礫岩を伴う) ]

鳥取層群の上半部を構成する岩美累層の基底礫岩層 [ M5 ] をここで新たに諸鹿礫岩層と呼ぶ。 岩美累層が先新第三系の基底を直接に不整合におおうところ, すなわち, [ 図幅地域南東隅から北西方 3 km の ] 舂米 つくよね の南方から [ 図幅地域南東隅から北西方向 8 km の ] 妻鹿野 めがの にかけての地域でもっともよく発達する。 それより北西の八頭累層の上にかさなる部分では 発達が貧弱となり, 含礫砂岩となって [ ながさこ山の北北東方 4 km の ] 上地 わじ 付近まで続く。 それよりさらに北西~西方では 岩美累層の基底に粗粒岩相は発達しない。 本礫岩層の上位には 普含寺泥岩層 [ M6, Mf ] が整合にかさなる。

諸鹿礫岩層は 舂米~ 茗荷谷 みょうがだに 淵見 ふちみ ~妻鹿野 明辺 あけなべ ~上地 の各地域で 岩相が それぞれかなり異なっている。 なお, 本層の基底の淘汰の悪い角礫質の部分を 沢井ほか(1973), 吉谷(1974)は「崖錐性基底礫岩」としている。

舂米~茗荷谷地域 では 本層は三郡変成岩の角礫を主材としている。 舂米付近では, 本層の基底部には 三郡変成岩(おもに泥質千枚岩 [ Hl ? ] )の数 cm 大の角礫のみが密集した 淘汰のきわめて悪い 厚さ 10 m 程度の角礫岩層がみられ, その上位には 同様の角礫を含む淘汰の悪い泥質砂岩層 および礫岩と砂岩の互層が 15~25 m の厚さでつづく。 さらに, この上位には 淘汰の悪い泥質砂岩層がつづき, 舂米部落の下の河床で この中から多数の貝化石を産する。 舂米付近での諸鹿礫岩層の厚さは 全体で 50~60 m 程度である。 茗荷谷付近では, 本層の下半部約 20 m は三郡変成岩の数 cm 大の角礫を主材とした角礫岩層よりなり, その上に細粒砂岩層がかさなる。 層厚は 全体で 30 m 前後であり, 舂米付近より薄い。

淵見~妻鹿野地域 では 本層は 基底部を除いて 火山岩類の亜円礫を主材とした礫岩であり, 層厚も厚い。 淵見の北方では 本層の下限は淵見石英閃緑岩 [ Dq ] の貫入によって切られている。 その接触部では 礫岩は熱変成をうけて いちじるしく固くなっており, 一見して 新第三系とは思えないほどである(第 32 図)。 礫岩層の下部は 最大 50 cm 大, 普通は数 cm 大の三郡変成岩(おもに泥質千枚岩 [ Hl ] )の角礫を主材とし, 花崗岩類の径 20~30 cm の亜円礫をまじえる角礫密集層である。 礫の淘汰は悪く, 礫の配列に方向性は見られない。 基質は 主として千枚岩に由来する細片よりなっている。 中部には 矢田川層群の流紋岩溶結凝灰岩 [ Y ] や安山岩の 1~2 m 大の巨礫が多く, それらの間を火山岩類・花崗岩類および三郡変成岩の 30~50 cm 大の亜円礫が埋めている。 礫の淘汰は悪く, 大小のものが雑然と密集している。 また, 本層は 上部では 矢田川層群の 10~20 cm 大の亜円~円礫を主とするようになり, 全般に砂岩の挾みが多く, 層理を示す。 層厚は この付近では 60 m 以上に達する。

第 32 図 石英閃緑岩 [ Dq ] の貫入によりホルンフェルス化した諸鹿礫岩層(若桜町 淵見の北方)

[ 淵見の北西方の ] 角谷川の上流では, 本層は 流紋岩溶結凝灰岩(熱変成をうけている)・ 花崗斑岩・ チャート・ ひん岩などの 5~50 cm 大の円礫からなる。 直下に不整合におおわれている蛇紋岩類や三郡変成岩の礫は ほとんど含まれていない。

[ 妻鹿野の東方 2.5 km の ] 諸鹿付近では 本層はもっとも厚く発達し, 層厚 100 m 前後に達する。 全体として 矢田川層群の流紋岩溶結凝灰岩 [ Y ] や安山岩の礫を主とし, 花崗岩類や三郡変成岩の礫もまじえる。 礫は径 50 cm 以下, 普通は 10~20 cm 大で, 亜円礫が多い。 礫は密集しているが, 大小の礫の配列に 不明瞭ながら方向性が認められることが多い。 妻鹿野付近では 下部に 花崗岩・蛇紋岩などの礫をもった火山礫まじりの含礫砂岩がみられ, 上部はほとんど安山岩礫のみよりなり, 径 5~50 cm の亜円礫の密集層となっている。 ここでの層厚は 70~80 m である。

なお, 妻鹿野の北方では この礫岩層の上位の普含寺泥岩層 [ M6 ] との間に うすい安山岩溶岩とそれに伴う同質の凝灰角礫岩とが挾まれている [ 以下の [注] 参照 ]

[注]
地質図の凡例の「諸鹿礫岩層」は ここまでに既述した「礫岩および砂岩層」(M5)と 「安山岩熔岩(凝灰角礫岩を伴う)」(Ma)から構成されている。 ここで記載されている地層が地質図の凡例の Ma か ?

なお, 舂米から [ その西方 6 km の ] 角谷の北方にかけては, 礫岩層のすぐ上位に 塊状・均質の細粒砂岩層(厚さ 10~30 m)が発達するが, 地質図では これも諸鹿礫岩層に一括して示した。

[ ながさこ山の東方~北北東方の ] 明辺 あけなべ 上地 わじ 地域 では 本層は河原火山岩層 [ M2 ] の上にかさなっているが, 礫岩の発達は貧弱となり, 層厚も薄い。 [ ながさこ山の北方の ] 上荒舟の南~南東方でみられるように, 一般に 細礫を含む含礫砂岩中に 径 3~5 cm の円礫を主とする礫岩が挾まれたり, あるいは両者が互層する程度である。 礫はいずれもチャートを主としている。 [ ながさこ山の北東方の ] 姫路 ひめじ 付近では 基質が凝灰質となっている。 層厚は いずれも 20~30 m 前後である。

本層からの化石の産出は 舂米付近でよく知られており, YABE & HATAI(1938)の Vicarya の記載以来, 西脇・今村(1956), 弘原海・松本(1958), 山名(1962・1975)などによって多くの貝化石が報告されている。 今までに報告されている貝化石を一括して 次に示す。

Anadara daitokudoensis, Batillaria yamanari, Caryocorbula sp., Cerithium meisense, Chicoreus chiganouranus, Cyclina sp., Dasinia,nomurai, Mytilus sp., Ostrea sp., Phaxus izumoensis, Tapes (Siratoria) siratoriensis, Vicarya callosa, Vicaryella bacula

また, これより西方の 屋堂羅 やだら [ ← 舂米の西南西方 5.5 km ] の北東方では, 尾崎・山名(1972)によって 本層上半部の砂岩中から 次の貝化石が報告されている。

Anadara sp., Arca sp., Chlamys nisataiensis, Concocele sp., Panope sp., Pecten sp., Pholadomya sp., Turritella sp.

また, 鳥取県(1966)は [ ながさこ山の北北西方の ] 荒舟の南方の砂岩から Acila, Pecten, Patinopecten, Cardium などが産したことを述べているが, これも おそらく 諸鹿礫岩層の一部からの産出であろう。

これらの化石群は 中新世中期の温暖な浅海を示すもので, いわゆる「 八尾 やつお - 門ノ沢 かどのさわ 」化石動物群に属する。

VI.1.3.2 普含寺 ふがんじ 泥岩層 [ M6 : 黒色泥岩, Mf : 酸性凝灰岩 ]

普含寺泥岩層(命名 : 鳥取県(1966))は 岩美累層の主体をなす地層であって, 本地域の北西部から南東部へかけて広がり, 鳥取層群のなかで もっとも広い面積を占めている。 本層は 広範囲にわたって ほぼ一様な岩相を呈する黒色泥岩 [ M6 ] を主とするものであり, 大部分の地域からは 豊富な海棲動物化石を産する。 大部分の地域では 本層の下位には 岩美累層の基底礫岩である諸鹿礫岩層 [ M5 ] がみられる。 [ ただし, 手放山 てばなしやま の東方 1~2 km の ] 神護 かんご ~普含寺付近でのみは 本泥岩層の下限に粗粒岩相を欠き, 黒色泥岩が 八頭累層の河原火山岩層 [ M2 ] に 直接に整合的にかさなっている [ 以下の [注] 参照 ] 。 上位には 荒金火砕岩層 [ M8 ] が整合にかさなるが, その関係の みられる範囲は ごく狭い。 大部分の地域では [ 鳥取層群の上位の ] 照来層群や より新期の火山岩類におおわれている。

[注]
この付近 [ = 手放山の東方の神護~普含寺付近 ] の泥岩層からは Comptonia などの植物化石や植物破片を産するのみで 海棲化石は未発見であり, 陸成層の疑もある。 あるいは, この部分は (海域であることが明白な)普含寺泥岩層の他の大部分から 切り離して扱うべきかも知れない。 しかし, 野外における直接の証拠がないので, ここでは一応 従来のように一括して扱う。

本泥岩層の層厚は 地域中央北部の上下限とも 整合なところで約 300 m である。 これより西方でも ほぼ同様の厚さであろう。 しかし, 南東方へ向っては 層厚は 大きくなり, 諸鹿~舂米地域では 上限を照来層群に切られているのに なお 600 m 以上の厚さをもっている。 本層は 淵見の北方や手放山付近などの貫入岩体の周辺では 軽微な熱変成作用をうけている。

第 33 図 普含寺泥岩層の上部の層理のよく発達した部分(国府町 栃本 [ ← 手放山の東北東方 3.5 km ] 付近)

普含寺泥岩層が もっともよく観察される神護~ 木原 [ ← 手放山の北東方 5 km 弱 ] 付近では 本層の層厚は 約 300 m である。 下限は 河原火山岩層の安山岩溶岩 または 凝灰角礫岩 [ M2 ] の上に 黒色泥岩が直接に重なっている。 上限は 火砕岩の挾在のいちじるしくなるところをもって 小田安山岩層 [ M7 ] との境とした。 この地域の泥岩層の下半部は 暗灰色ないし黒色を呈し, 板状の層理がよく発達した均質な泥岩を主体としている(第 33 図)。 ここでは Comptonia naumanni, Pinus sp., Glyptostrobus sp. のほか多数の植物破片が含まれている。 海棲化石は未発見である。 上半部は 全般的に凝灰質となって 淡褐色を呈し, 細かいラミナの発達することが多い。 ここでは [ 手放山の東北東方 3.5 km の ] 栃本付近で保存のよい魚化石(コノシロ ; Konosirus punctatus)をはじめ Doliocassis japonica, Riuguhdrilla sp., Chlamys miyatokoensis, Propeamussium tateiwai, Patinopecten cf. kimurai, Lima sp. などの貝化石を多産し, また, [ 手放山の北東方 5 km 弱の ] 木原付近で Acila vigilia, Portlandia tokunagai, Propeamussium tateiwai, Limatula subauricurata blanda, Dentalium sp. など, [ 手放山の東北東方 5 km 弱の ] 石井谷 いわいだに では Patinopecten cf. kimurai, Palliolum sp., Lima sp., [ 手放山の北東方 6 km の ] 雨滝 あめだき では Propeamussium sp. といった深海泥帯性の貝化石を産する(鳥取県, 1966)。 また, この付近の本泥岩層の上部(西脇・今村(1965)の栃本頁岩層)については TAI(1959)の小型有孔虫化石の研究があり, 下位の Martinottiella - Sigmoilina - Lagenonodosaria 帯と 上位の Cyclamina 帯とに2分されている。 このうちの前者は 三次 みよし 階の中~上部に, 後者は 石見大田 いわみおおだ 階に属する(多井, 1961)。

上記の地域より西方の稲葉山周辺でも 本層は均質・緻密な黒色泥岩を主としており, 板状ないし薄板状の層理が明瞭に発達していることが多い。 部分的には硬軟の泥岩が互層状をなすこともある。 本層の基底には [ 手放山の北西方 3 km 強・稲葉山の南東方 3 km 弱の ] 高岡付近や稲葉山の西方で 薄い礫岩層が局部的にみられる。 上限は 稲葉山安山岩 [ ← 稲葉山玄武岩(Vi) ] に不整合におおわれ, 層厚はみられる限りで 200 m 程度である。

[注]
地質図上の 手放山の北西方 3 km 強 or 稲葉山の南東方 3 km 弱の 高岡の北方 500 m の位置に, ここで記述している普含寺泥岩層の構成層である「酸性凝灰岩(Mf)」の幅 50 m 以下の地層が 西南西 - 東北東に延びている(総長 3 km 程度)。 本報告書には これに関する記載がない。

[ 図幅地域北西隅付近の ] 稲葉山丘陵の西端の岩倉~ 宮下 みやのした 付近では, 上記の黒色泥岩 [ M6 ] の下位に 局部的に 砂岩泥岩互層が発達する。 これは 淡褐色~黄褐色を呈する塊状・緻密なシルト岩と, 細粒~粗粒 ときに細礫まじりの砂岩とが 厚さ 30~70 cm ごとに繰返すもので, 処により泥岩がち あるいは 砂岩がちとなっている。 このなかには 白色細粒凝灰岩層や 径 1~1.5 cm 大の亜円礫よりなる礫岩層(厚さ 1~2 m ; 礫種はおもに安山岩・流紋岩・チャート)も挾まれる。 この互層は 下限が不明であるが, ここでは 一応 普含寺泥岩層 [ M6 ] のうちに含めて扱った。

稲葉山周辺の普含寺泥岩層からの化石としては, 宮下付近で HOJO(1973)により 上記の砂岩泥岩互層から 次の植物化石が報告されている。

Metasequoia occidentalis, Platycarya sp., Carpinus cfr. miocenica, Castanea sp., Ulmus protojaponica, Cladrastis aniensis, Sapindus miocenica

また, 同じ宮下で 上記の植物化石産出地点のやや上位の黒色泥岩下部から 魚化石として, 西尾(1969)により コノシロ(Konosirus punctatus)およびカタクチイワシの類(Engraulis sp.)が, 山名(1965)により カレイの類(Limanda sp.)やニシン・スズキの類が報告されている [ 以下の [注] 参照 ]

[注]
[ 宮下 みやのした 付近で発見された ] 魚化石としては, このほかに NIINO(1951)によって Iwami-gun Ueno-mura の海成珪質岩中から Iquius subnipponensis の産出が報告されている。 その詳しい産地は不明であるが, 新野 [ ← NIINO ] は Comptoniphyllum 層準としている。 これ [ = この産地 ] は あるいは宮下~ 美歎 みたに 付近(旧村名 : [ 1957 年に国府町に合併した 岩美郡 ] 宇倍野村 うべのそん )をさすのかも知れない。

貝化石としては, 宮下で Acila sp., Propeamussium tateiwai, Pecten aff. randolphi, Limatula sp., Macoma sejugata, Dentalium sp. が, [ 宮下の東南東方 2 km 弱の ] 美歎 みたに で Solemya sp., Acila vigilia, Portlandia sp., Lucinoma sp., Clementia sp., Macoma sejugata が, [ 宮下の北方 2 km の ] 滝山で Limatula sp., Dentalium sp. が知られており, ウニ化石では 宮下・美歎・滝山で Lintia sp. が知られている(鳥取県, 1966)。 このほか 美歎付近では グソクムシ(Bathynomus sp.)や カメムシ(Cantao ? yamanai)の産出が報告されている(沢井ほか(1973); FUJIYAMA(1967))。

神護~木原地域より東南方にあたる 上地 わじ 舂米 つくよね の間では, 本層は 均質・緻密でほぼ一様な岩相を呈する黒色泥岩 [ M6 ] を主としている。 ここでも 全体として 板状の層理がよく発達している。 諸鹿~舂米付近では 本層の下部が珪質となっており, また, 中部に ときに 白色凝灰岩の薄層をはさんでいる。 この地域では 本層の下位には 全般的に諸鹿礫岩層 [ M5 ] があり, 上位には [ 照来層群の ] 寺田安山岩層 [ Pa ] やより新期の火山岩類が不整合にかさなる。 層厚は 諸鹿~舂米付近で 600 m 以上に達する。 本層の一部は淵見の北方で石英閃緑岩 [ Dq ] の貫入をうけてホルンフェルス化しており, 灰白~白色で堅硬となっている。

本地域 [ = 上地~舂米地域 ] の普含寺泥岩層からは, とくにその下部で 上地 わじ 姫路 ひめじ 明辺 あけなべ などから豊富な化石の産出が知られている(山名(1962・1966b・1973); 西尾(1969); 鳥取県(1966))。 これらの文献に報告された化石を一括して示すと 次のようである。

上地 産 動物化石 :
Bathybembix sp., Vicaryella sp., Schichiheia japonica, Dentalium yokoyamai, Solemya tokunagai, Acila sp., Glycymeris sp., Limopsis sp., Limatula subauticulata, Patinopecten sp., Palliolum peckhami, Propeamussium tateiwai, Amusium sp., Ctenamussium sp., Chlamys crassivenia, Ch. nisataiensis, Lucinoma actilineata, L. otukai, Flabellum sp.
明辺 産 動物化石 :
Vicarya callosa japonica, Vicaryella sp., Bittium horinjiense, Natica ? sp., Riuguhdrilla sp., Dentalium yokoyamai, Yoldia thraciaeformis, Portlandia tokunagai, Chlamys nisataiensis, Patinopecten kagamianus nimaensis, P. nakajimai, Amusium sp., Lima cf. yagenensis, Limatula sp., L. subauricurata blanda, Ostrea sp.

VI.1.3.3 小田 おだ 安山岩層 [ M7 ]

小田安山岩層(命名 : 鳥取県(1966))は 本地域北縁の小田付近を中心に, [ 本図幅の ] 北隣の「浜坂」図幅地域にかけて分布しており, そのほかに [ 図幅地域北西隅から東南東方 4 km の ] 美歎 みたに 水源地の上流, 小田の南東の木原付近や 雨滝 あめだき 部落付近などに分布している。 しかし, 小田付近を除いては分布は狭く, また層厚も薄い。 雨滝部落から [ その北方 1.5 km の ] 十王 じゅうおう 峠に向って尖滅し, 峠付近では下位の普含寺泥岩層 [ M6 ] の上に荒金火山岩層 [ M8 ] が直接重なっている。 層厚は 小田付近で最も厚く 250 m であるが, [ その南南東方 3 km の ] 下木原では 40 m である。

本安山岩層は [ 本図幅の ] 北隣の「浜坂」図幅地域内では おもに 安山岩の凝灰角礫岩からなっているが, この地域では, 小田の南において 安山岩の溶岩のあいだに厚さ約 80 m の凝灰角礫岩層を挾み, そのほかは 安山岩の溶岩からなっている。

安山岩の溶岩は 小田付近のものは緑色, 雨滝付近のものは 帯緑暗灰色を示し, 後者には 柱状節理が発達しており, いずれも 斑晶の多い岩石である。 小田の南の溶岩を 鏡下で観察した結果は 次のようである。 斑晶は 斜長石・普通輝石および紫蘇輝石からなっている。 このうち 紫蘇輝石は すべて 鉄サポナイトに置換えられている。 石基は 間粒状構造を示し, 斜長石・単斜輝石および少量の鉄鉱物が認められる。 石基鉱物の一部は 鉄サポナイトとモンモリロナイトに置換えられ, また 炭酸塩鉱物の細脈が認められる。

凝灰角礫岩は 緑色ないし淡緑色の基質のなかに 緑色あるいは褐色の安山岩礫を含み, 同質の火山礫凝灰岩と凝灰岩を挾んでいる。 これらの火砕岩は いずれも溶岩と同じように 変質作用を受けており, 二次鉱物として モンモリロナイトが認められる。

本安山岩層は 小田付近では 下位の普含寺泥岩層の上に 整合にかさなっている。 [ 本図幅の ] 北隣の「浜坂」図幅地域では, 本安山岩類の上に 厚さ 20~30 m の普含寺泥岩層 [ M6 ] と同質の泥岩が, さらに その上位の荒金火砕岩層 [ M8 ] 中にも 同質の泥岩が挾まれている。 従って, [ 袋川の上流の ] 大茅川 おおかやがわ 以南の普含寺泥岩層の上部と本岩層は 同時異相の可能性がある。 本層からは 化石は発見されていない。

VI.1.3.4 荒金 あらがね 火砕岩層 [ M8 ]

荒金火砕岩層(命名 : 鳥取県(1966))は [ 本図幅の ] 北隣の「浜坂」地域南部の岩美郡 岩美町 荒金の荒金鉱山付近を模式地としている。

本火砕岩層は [ 図幅地域東西中央・北端付近の ] 小田周辺で小田安山岩層 [ M7 ] を覆って分布しているほか, その東の十王峠で普含寺泥岩層 [ M6 ] の上に重なっている。 「浜坂」図幅地域では 層厚約 400 m で, その上位に 駟馳山 しちさん 砂岩泥岩層が整合にかさなる。 「若桜」図幅地域内では 本火砕岩層の下部(層厚約 200 m)のみが分布している。

本火砕岩層は 流紋岩ないしデイサイト質の凝灰岩を主とし, これに 同質の凝灰角礫岩と溶岩を挾んでいる。 凝灰岩は 淡緑色ないし白色の 粘土質または珪質の岩石で, ところにより小型の石英・長石粒を含んでいる。 凝灰角礫岩は 凝灰岩と同質の基質中に白色の角礫を含むものである。 いずれも, 火山ガラスと長石の一部は 絹雲母・緑泥石・石英の組合わせ, またはモンモリロナイトに 変っている。

流紋岩の溶岩は 小田の東に分布している。 本岩は白色 やや粗鬆の岩石である。 鏡下では, 斑晶は 小型の石英・アルカリ長石・斜長石および少量の鉄鉱からなる。 これらのうちの斜長石は大部分が絹雲母に置換えられている。 石基は, 定方向に配列する斜長石と その間隙を埋める石英およびアルカリ長石からなる 粗面岩に似た組織を示している。

本火砕岩層と普含寺泥岩層 [ M6 ] との関係は [ 雨滝の北方 1.5 km の ] 十王峠付近でみられる。 この付近では 普含寺泥岩層の最上部には酸性凝灰岩 [ Mf ; 地質図上では確認できない ] を挾み, 本火砕岩層の凝灰岩と整合に移化しており, 泥岩 [ M6 ] の上限をもって 両者の境とした。 しかし, [ 小田の北北東方 3 km 強の, 本図幅の北隣の浜坂図幅地域内の ] 荒金付近では 本火砕岩層の間にも薄い泥岩を挾んでおり, 先に述べた小田安山岩 [ M7 ] と同じように [ 袋川の上流の ] 大茅川 おおかやがわ 以南の普含寺泥岩層 [ M6 ] の上部とは同時異相の可能性がある。

本火砕岩層からは化石は発見されていない。

VI.2 照来 てらぎ 層群

照来層群(命名 : 弘原海・松本(1958))は 兵庫県の北西部から鳥取県の東部にかけて ほぼ東西 15 km, 南北 20 km の範囲に発達している地層である。 本層については 古くは 上治(1938)などの植物化石産出の報告があるが, その層序的な位置づけは 弘原海・松本(1958)によって初めて明確にされた。 本層群は 鳥取層群, 先新第三紀の花崗岩および三郡変成岩・非変成古生層の上に不整合にかさなる。

第 6 表 照来層群の層序(松原ほか(1966)による)

標準層序(松原ほか, 1966)としては 基底礫岩に始まって, 下部はおもに流紋岩の溶結凝灰岩( 歌長 うたおさ 流紋岩層 [ Pr ; 以下の [注1] 参照 ] ) , 中部は礫岩と泥岩を主とする砕屑岩層( 湯谷 ゆだに 礫岩層 [ Pc ] および 春来 はるき 泥岩層 [ Pp, Pm ][ 以下の [注2] 参照 ] , 上部は安山岩の溶岩・凝灰角礫岩( 寺田 てらだ 安山岩層 [ Pa ; 以下の [注1] 参照 ] )よりなる(第 6 表)。 層厚は 積算して 1,000 m 程度である。 ただし, このような標準層序は 照来層群分布地域の中~北部, とくに兵庫県 美方郡 温泉町付近に連続的に認められるものであり, 本地域内では ほとんど大部分が寺田安山岩層 (鳥取県(1966)で 鳥越 とりごえ 火砕岩層 [ 以下の [注3] 参照 ] とされたものと同じ)によって占められている。 本地域内では, 諸鹿の 東方 [ ← 東北東方 3 km ] における湯谷礫岩層 [ Pc ] の小分布を除いて, 歌長流紋岩層・湯谷礫岩層・春木泥岩層の分布は 地域の北東部に限られている。 基底礫岩層および 茅野 かやの 凝灰質砂岩礫岩層は 本地域には分布しない。

[注1]
従来は 歌長流紋岩類・寺田安山岩類と呼ばれていたが, ここでは鳥取層群中の各層の名称にあわせて 歌長流紋岩層・寺田安山岩層と呼ぶことにする。
[注2]
第 6 表によると 照来層群の中部の「北側」には湯谷礫岩層と春来泥岩層が, 「南側」には 茅野 かやの 凝灰質砂岩礫岩層が分布している。 ただし, 本図幅地域に分布していない茅野凝灰質砂岩礫岩層については これ以上の情報はない (「北側」と「南側」の定義も不明)。
[注3]
鳥越火砕岩は 寺田安山岩層(Pa)が分布している鳥取県 岩美郡 岩美町 鳥越 [ ← 図幅地域北東隅から西方 7 km ] を模式地とする火砕岩層か ?

照来層群のうち [ 下部層の ] 歌長流紋岩層は溶結凝灰岩を主としており, 陸上火山活動の産物である。 [ その上部の ] 湯谷礫岩層は 黒色泥岩などの角礫を主とした淘汰の悪い堆積相を示しており, その岩相と層厚変化の状況から 歌長流紋岩層の噴出にひきつづく沈降凹地の形成に伴って その凹地を急速に埋積した地層であると考えられる。 [ その上部の ] 春来泥岩層は, その後の沈降運動が弱まりながらも盆地が拡大した時期に 静穏な水域で形成された地層である(松原ほか, 1966)。 春来泥岩層からは 豊富な植物化石や昆虫化石などが発見されている(衣笠ほか(1968); 有田・山名(1970))が, 海成を示す証拠はえられていない。 おそらく淡水湖の堆積物であろう。 また, [ 照来層群の最上部の ] 寺田安山岩層も その中に泥流堆積物とみられる部分を含んでいる。 照来層群は 全体として 陸成層(湖成層も含めて)であろう。 その時代は 中新世後期~鮮新世前期と考えられる。

なお, 本層群の火成活動については, 弘原海ほか(1960)をはじめ 藤田(1969)・FUJITA(1970)などの研究がある。

VI.2.1 歌長 うたおさ 流紋岩層 [ Pr ]

歌長流紋岩層(弘原海・松本, 1958)は 照来層群の下部を構成し, 同層群の分布地域の北部に発達する地層であり, 本地域内では [ 図幅地域の ] 東縁 [ ← 図幅地域北東隅から南東方 3 km 強 ] の村岡町 熊波川 くまなみがわ の源流部にわずかに見られるにすぎない。 歌長流紋岩層は [ 本図幅の北東隣の香住図幅地域内の ] その主分布地域では おもに 先新第三紀の花崗岩類の上に不整合にかさなっているが, 本地域内および その東方地域 [ = 本図幅の東隣の村岡図幅地域 ] では下限は不明である。 上位には 湯谷礫岩層 [ Pc ] がかさなる。

歌長流紋岩層は 分布地域全体として見ると そのほとんどが流紋岩の溶結凝灰岩からなり, 一部に 同質の凝灰角礫岩・軽石凝灰岩・細粒凝灰岩および溶岩を伴うものである。 しかし, 本図幅地域内でみられるものは 流紋岩の凝灰角礫岩(下部), 泥岩のパッチや軽石片を含む成層した細粒凝灰岩(上部)のみである。

第 34 図 [ 本図幅の北・北東・東隣の浜坂・香住・村岡図幅地域内における ] 照来層群の基底面高度と湯谷礫岩層の層厚分布との関係(松原ほか(1966)による)

VI.2.2 湯谷 ゆだに 礫岩層 [ Pc ]

湯谷礫岩層(弘原海・松本, 1958)は 本地域の東北部に発達する照来層群の中部層であり, 下位には歌長流紋岩層 [ Pr ] が位置し, 上位には春来泥岩層 [ Pm ] が整合にかさなる。 本地域内では [ 兵庫県 ] 温泉町 肥前畑 ひぜんばた [ ← 図幅地域北東隅から南南西方 5 km ] を中心とする岸田川の源流部にまとまって分布するほか, その東方と西方および南方でも局地的にみられる。

肥前畑付近の本層は 厚さ 300 m 以上に達する礫岩の厚層であって, 下限はデイサイトの貫入岩体 [ D ] で切られている。 礫岩は 径 30 cm の普含寺泥岩層の黒色泥岩 [ M6 ] や安山岩の角礫を主材としており, 花崗岩・三郡変成岩や歌長流紋岩層 [ Pr ] の礫も多少みられる。 これらの礫の間は おもに黒色泥岩の細片や分解物によって埋められている。 礫は一般に淘汰が悪く, 雑然と密集して, 層理を示さない。 全体として黒っぽい色調を呈する。 この礫岩中には ときに凝灰岩層が挾まれている。

地域東縁部の本層は 岩相的には上記の肥前畑付近のものと同様であるが, 層厚は 100 m 程度と薄い。 下位には 歌長流紋岩層 [ Pr ] が認められる。

また, 西方 [ ← 図幅地域北東隅から西方 7 km ] の鳥越付近にわずかに露出する礫岩層は 礫のほとんどが普含寺泥岩層の黒色泥岩 [ M6 ] の角礫のみからなっているものである。 角礫は おもに径 20 cm 以下で, 淘汰が悪く, 雑然と密集している。 角礫の間は 黒色泥岩の細片をまじえた泥質物によって埋められている。 黒色泥岩以外の礫としては いく分変質した安山岩礫がわずかにみられる程度である。 ここでは, この礫岩層 [ Pc ] は鳥取層群 [ M6 ] を直接におおい, 上位には春来泥岩層 [ Pp or Pm ] を欠いて 寺田安山岩層 [ Pa ] が直接かさなる。

扇ノ山 おうぎのせん 南方 [ ← 南南東方 6 km ] に孤立して分布する礫岩 [ Pc ] も 上記と同様に黒色泥岩角礫(最大径 30 cm で ふつうは 5 cm)の密集した礫岩であって, 安山岩礫をまじえている。 上位には 寺田安山岩層 [ Pa ] がかさなる。 下限は 断層で切られ 不明である。

以上のように, 本図幅地域内の場合, 本礫岩層 [ Pc ] は普含寺泥岩層の黒色泥岩 [ M6 ] の礫を多量に含むことを大きな特色としている。 ただし, この特色は, 湯谷礫岩層を全体としてみた場合には 分布の南半部における地域的な特性にすぎない。

第 35 図 湯谷礫岩層の代表的な岩相( [ 本図幅の北東隣の ] 「香住」図幅地域内の温泉町 春来峠の西方の国道ぞい)

湯谷礫岩層は その堆積状態からみて [ 第 35 図 ? ] , 歌長流紋岩層 [ Pr ] の噴出に伴う積成盆地の急激な沈降を示すものであり, 周辺山地の崩壊によって急激に運び込まれて堆積した崖錐ないし土石流様の堆積物と推定される (松原ほか, 1966)。

本層からは 化石は未発見である。

VI.2.3 春来 はるき 泥岩層 [ Pp : 軽石凝灰岩, Pm : 泥岩・砂岩および凝灰岩 ]

春来泥岩層(弘原海・松本, 1958)は 本地域北東隅に分布する照来層群の中部の湖成層である。 下位には湯谷礫岩層 [ Pc ] が整合につづく。 寺田安山岩層 [ Pa ] とは一部が指交関係にあるが, 全体としては春来泥岩層が下位を占める [ 第 6 表 ]

本層 [ Pm ? ; 以下の [注1] 参照 ] は 灰色~灰褐色を呈するシルト岩を主とし, これに凝灰質細粒砂岩を薄く挾んで縞状の互層を呈することが多い。 泥岩は軟弱で, 細かいラミナや板状の層理の発達により薄く剥がれやすいことが多い。 西部 [ ← 図幅地域北東隅から西方 5 km 弱 ][ 兵庫県 温泉町 ] 海上 うみがみ 付近では 泥岩中に細粒砂岩~含礫砂岩が挾まれることもある。 [ 図幅地域北東隅から西方 3 km 強の「岸田」以南の ] 岸田川の東岸の山地では 厚さ 50~100 m の安山岩溶岩を挾み, これと指交関係にある。 また, とくに海上付近では 白色の細粒凝灰岩薄層や 軽石凝灰岩層 [ Pp ; 以下の [注2] 参照 ] も挾まれる。

[注1]
春来泥岩層の主要な構成層 Pm は 地質図の凡例の説明では「泥岩・砂岩および凝灰岩」であり, シルト岩が含まれていない。
[注2]
本地域の地質図では 春来泥岩層の構成層 Pp は「 海上 うみがみ 」でしか確認できないようである。 この Pp 層は Pm 層と Pa(寺田安山岩)層に挟まれて分布している。

化石としては, 海上部落の南方約 1 km のところから, 多くの植物化石や保存のよい昆虫やクモの化石が 以下のように報告されている (衣笠ほか(1968); 有田・山名(1970))。

植物化石 :
Metasequoia disticha, Carpinus subedoensis, Alnus sp., Castanea sp., Acer sp., Fagus cf. crenata, Betula spp., Liquidambar sp., Ulmus sp., Wistaria sp.
昆虫化石 :
Asilidac (Asilinae) gen. et sp. indet(ムシヒキアブ科の一種),
Camponotiss sp.(クロオオアリ属の一種),
Hymenoptera(膜翅目)の一種でハバチに近いもの,
Diptera(双翅目)の一種でハエに近いもの,
Plecoptera(積翅目)の一種でトビケラに近い形をしているものなど
クモ化石 :
Philodrominae gen. et sp. indet.(エビグモ亜科の1種)

本層は 湯谷礫岩層 [ Pc ] によって示される急激な沈降運動がおだやかになり, かつ沈降域が拡大した時期における淡水湖の堆積物と考えられている(松原ほか, 1966)。 また, その化石からは 温暖な気候が推定されている(衣笠ほか, 1968)。

VI.2.4 寺田 てらだ 安山岩層 [ Pa ]

寺田安山岩層(弘原海・松本, 1958)は 照来層群の上部を占めて, 本地域の東半部から [ 本図幅の東隣の ] 「村岡」図幅地域の西半部にわたって広がっている。 層厚は 600 m 以上に達する。 この地層は 鳥取県(1966)で「 鳥越火砕岩層 」と呼ばれたものに相当する [ 以下の [注] 参照 ]

[注]
先に注記したように, 鳥越火砕岩は 寺田安山岩層(Pa)が分布している鳥取県 岩美郡 岩美町 鳥越 [ ← 図幅地域北東隅から西方 7 km ] を模式地とする火砕岩層か ?

本安山岩層 [ Pa ] は おもに安山岩凝灰角礫岩と溶岩からなっているが, 溶岩と火砕岩との割合, 安山岩の岩質, 変質の強弱など, ところによって岩相を異にしている。 すなわち, 図幅地域東部 [ ← 扇ノ山の南南東方 3.5~6 km ] 東因幡 ひがしいなば 林道付近や [ 扇ノ山の東北東方 3 km 前後の ] 岸田川の源流部など鳥取・兵庫県境地帯では 安山岩溶岩を主とし, 同質の凝灰角礫岩や凝灰岩を薄く挾むものであるが, これより西方では 凝灰角礫岩を主とし, 溶岩を挾む岩相に移化する。 溶岩を主とする地帯は, 照来層群のつくる盆状構造の南半部にあたる 東因幡林道と県境を含むほぼ楕円形の地帯で, ここが寺田安山岩層を形成した時期の火山活動の中心であったことを示している。 照来層群を貫くひん岩 [ P ; 東因幡林道付近に分布する ] やデイサイト [ D ; 岸田川の源流部の 肥前畑 ひぜんばた の北東方に分布する ] の岩脈もこの地帯に多く, 変質帯 [ ← 地質図の凡例では層序の記号がない「強粘土化帯」? ; 東因幡林道の南方 および 肥前畑の南西方に分布する ] もこの付近で顕著である。 第 36 図に示した寺田安山岩層の代表的な柱状図のうち 小代谷 おじろたに [ ← 東因幡林道の南東方 1~2 km ] の西方と肥前畑の南方とは溶岩を主とする部分であり, 姫路 ひめじ [ ← ながさこ山の東北東方 2.5 km ] の東方は火砕岩を主とする部分である。

第 36 図 寺田安山岩層の岩相変化を示す柱状図

[ 第 36 図に関する注意書き ]
この図に使用されている凡例などの記載は省略する。
この図には以下の3地点の地質柱状図が示されている。
姫路 [ ← ながさこ山の東北東方 2.5 km ] の東方 : 大部分が安山岩凝灰角礫岩・凝灰岩である。
肥前畑 [ ← 図幅地域北東隅から南南西方 5 km ] の南方 : 概ね 安山岩熔岩を主とする。
小代谷 [ ← 図幅地域南東隅から北方 6 km 強 ] の西方 : 大部分が安山岩熔岩。

[ 安山岩 ] 溶岩は 所により見掛け および 鉱物組成などに若干の違いがある。 そのなかで特徴的なもの 3例 [ ← 4例 ? ] について肉眼および鏡下における性質を述べる。

  1. 郡家町 姫路の東方に分布している溶岩は 多くは暗灰色, 一部が褐色で, 板状節理の発達している 紫蘇輝石普通輝石安山岩 であり, 扇ノ山を中心に 扇ノ山の西~南西方や 東方の兵庫県側に分布している溶岩は おもに この種の安山岩からなっている。 この岩石を鏡下で観察した結果は次の通りである。 斑晶は斜長石・普通輝石・紫蘇輝石および鉄鉱からなっている。 斜長石は曹灰長石に属し, 大きさ 3 mm まで, 比較的大型のものには 核に虫喰い状構造をもつものがある。 紫蘇輝石は 1 mm まで, また普通輝石は 1 mm で, 両者が平行連晶をなすものがある。 斑晶のほかに これらの鉱物からなる 4~5 mm の集斑状集合体が含まれている。 石基は 間粒状組織を示し, 斜長石とその間隙をうずめる単斜輝石・斜方輝石・鉄鉱および少量のガラスからなっている。 また, 微小の空隙をうずめて トリディマイトと黒雲母が認められる。
  2. [ 図幅地域南東隅から北西方 5.5 km の ] 若桜町 陣鉢山 じんばちやま 付近に分布する溶岩は 黒色, 斑状の 角閃石安山岩 である。 鏡下では, 斑晶は 斜長石, 角閃石のほか少量の紫蘇輝石と鉄鉱物からなっている。 斜長石はふつう 1.5 mm 以下, まれに 5 mm 大のもので, 累帯構造が顕著である。 角閃石は褐色角閃石に属し, 長さ 1 mm, 外縁部がオパサイト化している。 紫蘇輝石は 0.3 mm 以下のものが少量含まれている。 斑晶のほかに 斜長石・普通輝石および紫蘇輝石からなる 5 mm 大の等粒状の包有物が 少量含まれている。 石基は填間状組織を示し, 拍子木状の斜長石・単斜輝石・斜方輝石および鉄鉱物と, この間隙をうずめる 石英・アルカリ長石および微量の黒雲母からなる微晶質の部分からなっている。
  3. 若桜町 [ 諸鹿の南方の ] 来見野川の上流と その支流である [ 東因幡林道の南西方の ] 奥沢川に分布している溶岩は 暗灰色の 角閃石普通輝石紫蘇輝石安山岩 である。 鏡下では, 斑晶は 斜長石・石英・紫蘇輝石・普通輝石および角閃石からなる。 斜長石は 3 mm 以下, うち比較的大型のものには内核が虫喰い状構造を示すものもある。 石英は 3 mm 大, 溶食されたものが少量含まれている。 紫蘇輝石と普通輝石はいずれも 2 mm 以下で, 紫蘇輝石の大部分は 粘土鉱物に置換えられている。 角閃石は 1 mm 以下で すべてオパサイト化しており, 外形から判別したものである。 石基は ガラス基流晶質組織を示し, 斜長石・単斜輝石・斜方輝石・鉄鉱物および褐色のガラスからなる。
  4. [ ながさこ山の北北東方 4 km 強の ] 国府町 上地 わじ の東方には 黒色の板状節理を示す 橄欖石紫蘇輝石普通輝石安山岩 の溶岩が分布している。 鏡下では, 斑晶は 斜長石・普通輝石・紫蘇輝石・橄欖石および少量の鉄鉱物からなる。 斜長石は 1~2 mm のものが多量に含まれている。 普通輝石は 0.2 mm, 紫蘇輝石は 1~2 mm で, 紫蘇輝石とそれを取り囲む普通輝石の平行連晶が認められる。 石基は間粒状組織を示し, 斜長石・単斜輝石および少量のガラスからなり, 微量の黒雲母を伴う。

以上のほかに [ 図幅地域南東隅から北方 6 km 強の ] 小代谷 おじろだに には 石基がガラス質の 紫蘇輝石普通輝石安山岩 , また, 諸鹿の北東 [ ← 東因幡林道の西方 1 km ] 大鹿滝 おおがだき 付近には 黒雲母安山岩 のいずれも溶岩がある。

凝灰角礫岩は その付近の溶岩と同質または類質の礫を多量に含むものであり, まれに 緑色化した凝灰岩や変質した安山岩などの 鳥取層群の河原火山岩層 [ M2, Mc ] のものとみられる異質礫も少量ながら含まれる。

扇ノ山 おおぎのせん 周辺の凝灰角礫岩は その付近の溶岩と同質の紫蘇輝石普通輝石安山岩の礫を含むもので, 基質は黄褐色を呈する。 また, 陣鉢山 じんばちやま 付近の凝灰角礫岩は同様に角閃石安山岩の礫を主としており, 褐色ないし灰褐色を示す。 扇ノ山周辺よりやや離れた [ 扇ノ山の西方 5 km の ] 郡家町 姫路の東方や [ 扇ノ山の南南西方 5 km の ] 若桜町 細見川の上流などでは, 凝灰角礫岩は 多少丸味をおびた 10~20 cm 大の礫や径 1 m の火山岩塊が まったく分級をうけることなく密集している泥流堆積物が大部分を占めており, そのほかに やや成層した火山礫凝灰岩や凝灰岩を伴っている。 集塊岩はいずれの場所でも認められない。 また, まれに 成層した凝灰質砂岩も挾まれる(第 37 図)。

第 37 図 寺田安山岩層にはさまれる凝灰質砂岩(郡家町 姫路の東方)

第 38 図 寺田安山岩層の中の粘土化帯

第 39 図 岸田川の上流 [ ← 肥前畑の南西方 ] の寺田安山岩層の岩相と粘土化帯の分布

[ 第 38 図と第 39 図に関する注意書き ]
これらの図に使用されている凡例の記載は省略する。

第 38 図には 寺田安山岩層中の変質帯の分布を示した。 この図に示したように, 強変質帯は 東因幡林道付近のひん岩 [ P ] や その北方の肥前畑付近のデイサイト [ D ] といった貫入岩体をとりまいて分布する。 弱変質帯は さらにそれを取囲んで分布している。 強変質帯では 安山岩溶岩や凝灰角礫岩は緑色化しており, 白色化した粘土化岩 [ 以下の [注] 参照 ] を部分的にともなっている。 弱変質帯では 部分的な緑色化または脱色化にとどまっているが, 岩石はもろく, くずれ易くなっている。 [ 第 39 図に示したように ] 肥前畑の南の林道沿いでは デイサイトの貫入岩体 [ D ] との接触部から南へ向って, 溶岩・凝灰角礫岩とも 一見 鳥取層群の河原火山岩層 [ M2, Mc ] の岩石に似た様相を示す強変質帯, 部分的な脱色化にとどまっている弱変質帯 の順に帯状に分布しているのがよく分る (第 39 図)

[注]
ここに記されている「強変質帯の粘土化岩」が, 地質図の凡例では層序の記号がない「強粘土化帯」か ?

強変質帯では, 溶岩・凝灰角礫岩には いずれも造岩鉱物とガラスを置換して生じた 緑泥石・石英および炭酸塩鉱物が認められる。 また弱変質帯では, 同じく モンモリロナイト・オパール(クリストバライト)などが認められる。 沸石は 両帯とも一般には認められない。 例外的に 扇ノ山の山頂の東方の林道沿いで, 強変質帯の緑色化した安山岩溶岩・凝灰角礫岩中の細脈および 杏仁状球顆のなかに濁沸石を含むものがあることが TOTTORI CENOZOIC RESEARCH GROUP(1970)によって報告されている [ 以下の [注] 参照 ]

[注]
TOTTORI CENOZOIC RESEARCH GROUP(1970)は この岩石を鳥取層群の河原火山岩層 [ M2, Mc ] に属するものとしている。

寺田安山岩層中の溶岩には 自破砕構造を示すものは認められない。 また, 姫路の東方の局地的な凝灰質シルト岩を除いて, 正規の堆積岩は挾まれていない。 本火山岩層は 大部分が陸上に堆積したものであろう。 先にも述べたように, 火山活動の中心は 鳥取・兵庫県境付近にあったとみられる。

寺田安山岩層は [ 本図幅の北東隣の香住図幅地域内の ] 照来地域では 下位の春来泥岩層 [ Pm(and Pp ?) ] と一部が同時異相の関係にあるが, 本地域内では 地域北東部の鳥越付近で 春来泥岩層の上位に整合にかさなっている。 そのほかの大部分では 寺田安山岩層は 鳥取層群の各層準に直接にかさなっている。 その最大層厚は約 500 m である。

本層からは 化石は発見されていない。

VI.3 貫入岩類

本地域内において 新第三系を貫く貫入岩類としては, 石英閃緑岩 [ Dq ] ・ひん岩 [ P ] ・流紋岩 [ R ] ・デイサイト [ D ] ・安山岩 [ A ] ・玄武岩 [ B ] の岩体がある。 これらは 先新第三系・鳥取層群および照来層群を貫く。 これらの中では, 本地域の北西部から南東部へかけて 北々西 - 南々東の方向性をもって並走する 2列の石英閃緑岩 - ひん岩の岩体がもっとも特徴的である。 東側の列は 地域南東部の 小代谷 おじろだに から扇ノ山の南方にいたるもので, 鳥取県(1966)により 大鹿 おおが ひん岩 と呼ばれている。 西側の列は 若桜の東方の淵見付近に始まり, 北北西へ 諸鹿付近・上荒舟の南方 [ ← ながさこ山の北北東方 1.5 km ] 楠城 なわしろ [ ← 手放山の東方 3 km 弱 ] ・手放山と断続するひん岩 - 石英閃緑岩質の岩体であり, さらに北方では [ 本図幅の北隣の浜坂図幅地域内の ] 鳥取市の東方の 摩尼 まに [ ← 稲葉山の北北西方 4.5 km ] を構成し, 日本海に没する(第 25 図)。 このうち, [ 本図幅の ] 南端部の 淵見 ふちみ 石英閃緑岩 [ Dq ] は おもに三郡変成岩中に貫入しており, 比較的深部相を示している。 上荒舟の南方の岩体も石英閃緑岩を主としており, そのほかは ひん岩 [ P ] よりなる。

岩質などからみて, 貫入岩類のうちには 次に述べる鮮新世~更新世火山岩類に関連したと思われる安山岩などの岩脈もあるが, いずれも小規模なものであり, この項で一括して述べる。 また, 新第三系との関係は明らかでないが, 三郡変成岩・矢田川層群 [ Y ] および花崗岩類を貫く安山岩・ひん岩の岩脈も この項で述べる。

VI.3.1 淵見 ふちみ 石英閃緑岩類 [ Dq ]

[ 図幅地域南東隅から西北西方 4.5 km の ] 若桜町 淵見部落を中心とする南北 3 km 以上, 東西約 1 km の貫入岩体で, 三郡変成岩(おもに八東層の泥質千枚岩 [ Hl ] )およびそれを覆う岩美累層の諸鹿礫岩層 [ M5 ] ・普含寺泥岩層 [ M6 ] を貫き, これらに顕著な熱変成作用を与えている。 そのほか, これに類似の小岩体・岩脈が 淵見周辺および [ ながさこ山の南南西方 3 km 弱の ] 郡家町 山志谷地域にも分布しており, また, [ ながさこ山の北北東方 1.5 km の ] 国府町 上荒舟 かみあらふね の南方にもやや大きな岩体が分布する。

淵見石英閃緑岩は 細粒~中粒, 等粒状~斑状, 閃緑岩質~花崗岩質という 著しい岩相変化を示す。 代表的な岩相を以下に記す。

  1. 紫蘇輝石普通輝石閃緑ひん岩
  2. 黒雲母角閃石普通輝石石英閃緑岩
  3. 角閃石閃緑ひん岩
  4. アプライト質黒雲母花崗岩

これらのうち A・B は岩体の中央部付近に多く, C は周縁部に多く分布する。 また, D は淵見の北方約 2 km の谷の合流部および 淵見部落のすぐ東方の 舂米川 つくよねがわ とその支流の合流点にのみ局部的に分布し, A・C の岩相を貫いている。

上記の諸岩相は全面的に熱水変質作用をこうむっており, 緑泥石・緑れん石・方解石・絹雲母・そのほかの粘土鉱物が生じており, またしばしば黄鉄鉱が生じている。

舂米川ぞいの泥質千枚岩 [ Hl ] は 淵見石英閃緑岩との接触部から 200~300 m の範囲で熱変成作用をうけ, 黒雲母・白雲母・菫青石・電気石・スピネルなどを含むホルンフェルスに変化している。 また, この範囲には, 淵見石英閃緑岩に由来すると思われる白色・細粒の花崗岩の脈(幅 1 cm 前後)が 千枚岩の片理にそって無数に迸入しており, 黒白の縞状構造が顕著である(第 40 図)。 この白色脈状部の中に石英と正長石の共生による文象構造がみとめられる(MIYAKAWA, 1958)。

第 40 図 淵見石英閃緑岩の周囲で千枚岩中に注入している花崗岩の細脈(若桜町 淵見付近)

上荒舟の南の岩体は 長径 1.4 km, 短径 1 km の楕円形に近い岩体である。 この付近を調べた谷口(1975) [ 以下の [注] 参照 ] によれば, この岩体は鉱物組成をいく分 異にする4つの岩相, すなわち, 普通輝石石英閃緑ひん岩・ 普通輝石黒雲母角閃石石英閃緑ひん岩・ 普通輝石黒雲母角閃石石英閃緑岩および黒雲母普通輝石角閃石石英閃緑岩に分かれている。 この岩体は 変質作用を著しくうけており, ところにより 斜長石は絹雲母または炭酸塩鉱物に, また, 有色鉱物は緑泥石に置換えられている。

[注]
谷口計郎(1975): 鳥取層群下部累層の火山層序, 鳥取大学 教育学部 卒業論文(MS)

VI.3.2 ひん岩 [ P ]

この報告でひん岩としたものは, 寺田安山岩層までの各層を貫く中性かそれに近い完晶質の貫入岩類を一括している。 しかし, [ 図幅地域東部の ] 東因幡林道付近から小代谷にかけて分布している岩体では, 斑状で 比較的細粒の石基をもつものから 等粒状で 粗粒のものまであり, 岩質は必ずしも一様ではないが, いずれも著しい変質作用を受けていることが特徴である。

東因幡林道の岩体 : この岩体は東因幡林道付近から小代谷にわたって分布しており, 鳥取県(1966)により大鹿ひん岩と呼ばれている。 林道付近では 北北西 - 南南東の延びをもち, 最も幅の大きいところでは約 1 km, 小代谷に向ってこまかく分岐する大岩体である。

このひん岩は 柱状節理のある暗緑色の岩石で, 林道付近のものは 岩体の縁辺部では比較的細粒で, 中心部では粗粒である。 しかし, これら2つの岩相の相互の関係は あとで述べる部分的な粘土化のために明らかではない。 本岩中には ごく稀に 1~2 m 大の基盤花崗岩のブロックを捕獲していることがある。 粘土化の進んでいない部分を鏡下で観察した結果, 細粒の部分は 3 mm 大の多量の斑晶と, 等粒状の 主として斜長石からなる 石基をもつ斑状の岩石である。 また, 粗粒の部分は 等粒状の岩石で, いずれも変質作用が進んでいる。 しかし, 造岩鉱物の種類にはほとんど変りがない。 粗粒の部分は, 初生鉱物として 斜長石・角閃石・普通輝石および少量の石英・黒雲母と鉄鉱物からなっている。 また, 変質鉱物として方解石と緑泥石が認められる。 細粒な部分は 粗粒な部分より変質作用が進み, 有色鉱物は全く残っていない。

粘土化は 接している寺田安山岩層の安山岩 [ Pa ] とともに岩体周辺部で著しく, 中心部では節理に沿って部分的にみられる程度である。 粘土化岩は硫化鉄を含み青色を示すが, 表面は風化により白いか, または酸化鉄のため茶褐色に変っている。 2カ所の粘土化岩を X 線回折により調べた結果では おもに絹雲母と石英からなっており, 粘性を帯び, 風化するとくずれ易い。

諸鹿付近の岩脈群 : この岩脈群は おもに普含寺泥岩層 [ M6 ] と諸鹿礫岩層 [ M5 ] を貫いており, 東因幡林道の岩体の粗粒な部分と似た 柱状節理を示す緑色の閃緑岩質の岩石である。 鏡下では 完晶質の組織を示し, 初生鉱物として 斜長石・石英(少量)・角閃石および鉄鉱物, 変質鉱物として 緑泥石・緑れん石・絹雲母および方解石が認められる。

手放山の岩体 : 国府町 中河原の北の手放山付近に分布する北西 - 南東方向にのびた岩体である。 この岩体の岩石は 緑色で斑状構造を示し, 一見 河原火山岩層のなかの変質した安山岩 [ M2 ] に似た特徴を示している。 鏡下では, 斑晶は 斜長石・普通輝石および紫蘇輝石からなっている。 普通輝石は 2 mm 以下の新鮮なものであるが, 紫蘇輝石は一部が緑泥石に置換えられている。 石基は 間粒状組織を示し, 斜長石, 単斜輝石および鉄鉱物が認められるが, 一部は緑泥石に置換えられている。 二次鉱物として 前記の緑泥石のほかに 少量の緑れん石が認められる。

このほかに三郡変成岩類を貫く岩脈として [ 若桜の北西方 3 km の ] 八東町 野口に黒雲母普通輝石ひん岩, また, [ 若桜の北方 2 km 弱の ] 若桜町 赤松の付近に角閃石ひん岩がある。

VI.3.3 デイサイト [ D ]

デイサイトの貫入岩体は [ 図幅地域北東隅から南南東方 5 km の ] 温泉町 肥前畑付近に分布している。 このデイサイトは白色で, 石英の斑晶をかなり多く含んでいる。 鏡下では こまかい外来岩片を含む。 斑晶は石英・斜長石および角閃石からなっている。 このうちの 角閃石は大部分が緑泥石に置換えられている。 また, このほかに, 基盤の花崗岩からもたらされたとみられる石英とアルカリ長石からなり文象構造を示す岩片と, 一部が絹雲母に置換えられて汚れた斜長石などの捕獲岩片および結晶を含んでいる。 石基は元来はガラス質とみられるが, 現在は隠微晶質に変り, 一部に球顆が認められる。

VI.3.4 安山岩 [ A ]

安山岩の岩脈は この地域の北東の岸田川流域の岸田 [ ← 本図幅地域の北東隅から西方 3 km ] の南において 照来層群 湯谷礫岩層 [ Pc ] の砂岩を貫いて分布している [ 以下の [注] 参照 ]

[注]
岸田の南では2カ所に安山岩 [ A ] が分布している。 岸田の南南東方 1 km の岩体は春来泥岩層 [ Pm ] を貫いている。 また, 岸田の南南東方 2 km 弱のものは 本文に記されているように 湯谷礫岩層 [ Pc ] を貫いて分布している。

本岩は 黒色緻密な岩石であり, 鏡下では, 斑晶は 斜長石・橄欖石・普通輝石・紫蘇輝石からなっている。 これらは 橄欖石を除いては いずれも新鮮である。 橄欖石は少量で, すべて緑色の粘土鉱物に置換えられている。 石基はガラス基流晶質で, 斜長石・単斜輝石・斜方輝石・鉄鉱物およびガラスからなっている。

このほかに 三郡変成岩類 [ ← 超苦鉄質岩類(U)? ] を貫く岩脈として 若桜町 来見野 くるみの [ ← 若桜の北北東方 3 km ] 付近に角閃石安山岩が, また, 花崗岩類 [ ← 三郡変成岩の八東層の泥質千枚岩(Tl)および珪質千枚岩(Tc)? ] を貫く岩脈として [ 図幅地域西部の ] 郡家町 花原 はなばら 付近に橄欖石普通輝石安山岩が, また, 諸鹿礫岩層 [ M5 ] を貫くもの(第 41 図)が 諸鹿の西方などにそれぞれ分布している。

第 41 図 諸鹿礫岩層を貫く安山岩岩脈(若桜町 諸鹿の西方)

VI.3.5 玄武岩 [ B ]

[ 図幅地域北西隅から南東方 4.5 km の ] 国府町 美歎 みたに の北 [ ← 地質図上で確認できない ] , 同じく [ 美歎の西北西方 1 km の ] 町屋など, この地域の北西隅に 鳥取層群の普含寺泥岩層 [ M6 ] までの地層を貫いて玄武岩の小岩脈が散在している。

この玄武岩は 暗灰色の岩石で, 町屋付近の岩石を鏡下で観察した結果は次のようである。 本岩は ほかの貫入岩に比べて新鮮であり, 斑晶は 斜長石・普通輝石および少量の橄欖石からなっている。 これらのうち 斜長石は核に虫喰い状に輝石やガラスの包有物をもち, 新鮮な部分に取り囲まれる捕獲結晶とみられるものが多い。 石基は 等粒状組織を示し, 斜長石・単斜輝石・橄欖石および鉄鉱物のほか, これらの間隙を埋める少量のアルカリ長石と珪酸鉱物からなっている。 橄欖石の周囲には 輝石の反応縁は認められない。

VI.3.6 流紋岩 [ R ]

流紋岩の岩脈は [ 図幅地域北東隅から西方 7 km の ] 鳥越 とりごえ 部落付近とその西の林道において 照来層群の湯谷礫岩層 [ Pc ] と寺田安山岩層 [ Pa ] を貫いて分布している。 この流紋岩は 主体は灰色ないし帯紫褐色の斑晶をほとんど含まない岩石で, 前述の林道では壁岩に沿った幅数 m の灰色の真珠岩を伴っている。

VI.4 鮮新世~更新世火山岩類

本報告では 照来層群より若く, 構造的変形をほとんど受けていない火山岩類を一括して「鮮新世~更新世火山岩類」とよぶ。 これと類似した層序的・地史的位置を占める火山岩類は 山陰各地にかなり広く発達しているが, その地質学的な研究は少なく, 噴出時代が明確になっているものも少ない。 本地域内の鮮新世~更新世火山岩類は 分布と岩質の違いによって, 古いものから 雨滝安山岩 [ Va ] ・稲葉山玄武岩 [ Vi ] ・デイサイト [ Vd ] ・須賀ノ山安山岩 [ Vs ] ・扇ノ山火山岩類 [ Vl, Vu, Vh ] に区分した。 いずれも陸上火山活動の産物であり, 溶岩を主とする。 雨滝安山岩は1枚の溶岩よりなるが, 稲葉山玄武岩・須賀ノ山安山岩については, それが単一の溶岩よりなるものか, 岩質の同じ複数の溶岩よりなるものか を野外では確認できなかった。 扇ノ山火山岩類は 少なくとも3枚の安山岩・玄武岩の溶岩よりなる。

これらの火山岩類のうち 雨滝安山岩・稲葉山玄武岩・扇ノ山火山岩類の下位には, ときに旧河床礫層が挾まっていることがある。 このような礫層についても 便宜上 この項で述べる。

VI.4.1 雨滝 あまだき 礫層 [ Ag ]

鳥取層群の普含寺泥岩層 [ M6 ] を不整合におおい, 雨滝安山岩 [ Va ] の直下に発達する河成礫層である。 地域北東部の扇ノ山の北西方の「雨滝の滝」 [ ← 図幅地域北東隅から西南西方 9 km ; 地名の「雨滝」の東南東方 1.5 km ] の付近に局地的に分布する(第 42 図)。 ここでは 礫層は層厚 8 m 程度で, 5 cm 大以下の安山岩礫を主とし, 花崗岩・チャートの礫もかなり多い。 礫は あまり密集せず, 方向性をわずかに示して配列する。

第 42 図 国府町 雨滝 [ = 雨滝の滝 ] における雨滝安山岩 [ Va ] と雨滝礫層 [ Ag ] 。 滝の下半部が礫層, それより上位が安山岩溶岩よりなる

雨滝礫層は, 照来層群の湯谷礫岩層 [ Pc ] が この地域では普含寺泥岩層の角礫 [ M6 ] を主材としているのとは異なり, 直下の普含寺泥岩の礫をまったく含まず, 先新第三系の礫を多量にもっていることが特色である。 このような特色は 同様に 溶岩流の下の旧河床礫層である稲葉山礫層 [ Ig ] ・船山礫層 [ Fg ] にも共通している。

VI.4.2 雨滝 あまだき 安山岩 [ Va ]

本岩は 地域北東部の「雨滝の滝」の付近で雨滝礫層 [ Ag ] をおおっている 柱状節理が発達し ガラス光沢をもった安山岩溶岩である(第 42 図)。 厚さ 40 m 程度とみられる。 上位は 稲葉山玄武岩 [ Vi ] におおわれており, 分布はごく狭い。

雨滝安山岩は 斑晶として 2 mm 大以下の斜長石, 1 mm 大程度の普通輝石, および 1.5 mm 大の紫蘇輝石をもっている。 石基は ガラス基流晶質で, 斜長石・斜方輝石・単斜輝石および鉄鉱物と 大量の帯褐色ガラスからなっている。

VI.4.3 稲葉山 いなばやま 礫層 [ Ig ]

稲葉山玄武岩 [ Vi ] の基底は ほぼ一様な高度の平坦面を形成し, その所々に礫層が認められている(豊島, 1955)。 このような礫層の代表的なものは 稲葉山の東方や南方の中腹の海抜 120~140 m の所で, 鳥取層群の普含寺泥岩層 [ M6 ] を不整合におおい, 稲葉山玄武岩の直下に発達する河成礫層である。 このほか, より東方の [ 稲葉山の東南東方 4.5 km の ] 宝殿 ほうでん の北方 [ 500 m ] でも 同様な礫層がみられる。 これらの礫層は 厚さ 10 m 程度で, 礫としては 2~3 cm 大以下の花崗岩亜角礫が多く, 安山岩礫もまじる。 礫はあまり密集していないが, 配列に方向性を示さない。 礫間の基質は やや赤味をおびた灰褐色を呈する凝灰質の砂~泥であり, 淘汰は悪い。 この中には 1 cm 大の軽石も含まれる。

VI.4.4 稲葉山 いなばやま 玄武岩 [ Vi ]

本岩は 図幅地域の北縁にそって 東西に広く分布する。 [ 本図幅地域の ] 西部では 稲葉山から [ その東方 8 km の ] 大茅山 おおかややま にいたる海抜 200~500 m の溶岩台地をつくるが, 稲葉山付近を除いて 露出ははなはだ悪い。 溶岩台地の大半では, 火山岩の風化した赤褐色の土壌と 2 m 大に達する溶岩ブロックが 地表でみられるにすぎない。 [ 本図幅地域の ] 東部では [ 大茅山の東南東方 4 km の ] 大滝谷・ [ 大茅山の南南東方 2.5 km の ] 石井谷 いわいだに [ 大茅山の南南東方 4 km の ] 大石川などで 扇ノ山火山岩類 [ Vl ] におおわれ 谷ぞいに露出している。

稲葉山玄武岩は, 柱状または板状の節理をもつ 暗灰色斑状の普通輝石橄欖石玄武岩の溶岩からなる。 溶岩が単一のものであるか,複数であるかは 野外では識別できなかった。 この溶岩は 一部で雨滝安山岩 [ Va ] をおおうほか, [ 図幅地域の ] 東部では照来層群の寺田安山岩層 [ Pa ] を, 中~西部では鳥取層群の上部(普含寺泥岩層 [ M6 ] ・小田安山岩層 [ M7 ] ・荒金火砕岩層 [ M8 ] )を不整合におおう。 この不整合面は 西へ向って次第に低下する ほぼ平坦な面と予想される。 [ 図幅地域の ] 東部では上位に扇ノ山火山岩類 [ Vl ] がかさなる。 なお, 照来層群の上部の寺田安山岩層とは, 寺田安山岩層が普通輝石紫蘇輝石安山岩の凝灰角礫岩を主とするのに対し これ [ = 稲葉山玄武岩 ] が普通輝石橄欖石玄武岩の溶岩のみからなること, 変質をまったく受けていないこと, 構造的変形なしにほぼ水平に広がっていること, などの点で区別される。

本岩は 斑晶として 斜長石・橄欖石および普通輝石をもっている。 斜長石は 5 mm 大のものもあるが, 多くは 2 mm 大程度である。 大型のものには 捕獲結晶とみられる虫食い状構造をもった部分(ガラス, ガラスから変った球顆, 輝石などを含む)を 新鮮な部分が取り囲んでいるものが多い。 橄欖石は 0.2~0.1 mm 程度のものが多く, 約半数はイディングス石化している。 普通輝石は 2 mm 大である。 石基は 間粒状組織を示し, 斜長石・橄欖石(少量)・単斜輝石・鉄鉱物および それらの間隙を埋める少量のアルカリ長石と珪酸鉱物からなる。 橄欖石と輝石の間に反応関係はみられない( [ 巻末の ] 第 Ⅶ 図版 1)。 本岩の化学組成については 第 7 表( [ 試料 ] No.1)に掲げている。

第 7 表 鮮新世~更新世火山岩類の化学組成 [ および CIPW norm ]

化学組成
試料 SiO2 TiO2 Al2O3 Fe2O3 FeO MnO MgO CaO Na2O K2O P2O5 H2O (+) H2O (-) CO2 Total
1 51.96 1.03 17.64 3.42 5.62 0.15 5.01 9.88 3.40 0.88 0.26 0.13 0.29 0.09 99.76
2 59.12 0.89 18.21 2.31 3.81 0.10 2.62 6.18 3.95 1.69 0.27 0.19 0.17 0.07 99.58
3 54.12 1.05 19.03 2.55 5.33 0.13 4.05 6.98 3.43 1.45 0.11 0.94 0.54 0.07 99.78
4 59.54 0.94 17.76 1.08 4.20 0.10 3.01 5.88 3.45 1.83 0.39 1.00 0.30 0.30 99.78
CIPW norm
試料 Q C or ab an di hy mt il ap
wo en fs en fs
1 1.95 0 5.20 28.77 30.27 6.88 4.34 2.11 8.14 3.96 4.96 1.96 0.60
2 12.07 0 9.99 33.42 26.97 0.62 0.37 0.22 6.15 3.59 3.35 1.69 0.63
3 5.57 0 8.57 29.02 32.25 0.15 0.30 0.18 9.79 6.00 3.70 1.99 0.25
4 14.82 1.04 10.81 29.19 24.73 0 0 0 7.50 5.45 1.57 1.79 0.90
[ 第 7 表に関する注意書き ]
分析した4試料の詳細は以下の通り。
1. 稲葉山玄武岩 [ Vi ] (普通輝石橄欖石玄武岩), W-258,
鳥取県 岩美郡 福部村 清内路 [ ← 清内谷 せいないだに ; 稲葉山の東方 2.5 km ]
2. 須賀ノ山安山岩 [ Vs ] (普通輝石紫蘇輝石安山岩), WU-108,
鳥取県 八東郡 若桜町の東部の須賀ノ山 [ ≒ 氷ノ山 ] の山頂付近(「村岡」図幅地域内)
3. 扇ノ山下部熔岩 [ Vl ] (橄欖石普通輝石安山岩), WU-343,
兵庫県 美方郡 温泉町 肥前畑の南方
4. 広留野熔岩 [ Vh ] (無斑晶安山岩) , 鳥取県(1966)による。
鳥取県 八東郡 八東町 富枝 とみえだ [ ← 若桜の北西方 4 km ]
分析者は以下の通り。
試料 1~3 : 川野昌樹(地質調査所 技術部 化学課), 試料 4 : 東京石炭鉱物研究所

VI.4.5 デイサイト [ Vd ]

若桜図幅地域内において 鮮新世~更新世火山岩類に属するデイサイトは, 扇ノ山の南~南東方の海抜 1,000~1,200 m の稜線上 [ ← 東因幡林道の北方および南西方 1 km の2カ所 ] , および 雨滝 [ の滝 ] の北方 [ 1 km 弱 ] の海抜 700 m 付近に いずれも小規模に分布するものである。

第 43 図 変質したひん岩岩脈 [ P ] を不整合におおう新鮮なデイサイトの凝灰角礫岩(図の中央の部分 ; 若桜町の北部の東因幡林道沿い)

扇ノ山の南~南東方のデイサイトは, 寺田安山岩層の凝灰角礫岩 [ Pa ] および それを貫くひん岩岩脈 [ P ] を不整合におおっている(第 43 図)。 東因幡林道では下位の岩層が変質していちじるしく粘土化しているのに対し 本岩は新鮮であり, 両者の境は判然としている。

この付近のデイサイトは, 灰色を呈し 斑晶が多く 粗鬆な黒雲母角閃石デイサイトの溶岩と, 灰色ないし帯紫褐色の基質の中に 溶岩と同質の角礫(5~10 cm 大)を含む凝灰角礫岩とからなっている。 斑晶としては 少量の径 1 mm 以下の石英, 長径 2 mm 程度の斜長石, 少量の長径 1 mm 程度の角閃石(0.2~0.3 mm 程度のものが多い), および少量の 1~2 mm 大の黒雲母とからなっている。 石基は 脱ガラス化し, 隠微晶質となっている。

雨滝の北東方のデイサイトは 稲葉山玄武岩 [ Vi ] をおおうもので, [ 図幅地域北東隅から西方 7 km の ] 鳥越~ [ その南南東方 4.5 km の ] 河合谷 かわいだに 高原の間の林道に沿って露出する。 この岩石は 灰色を呈する 斑晶の少ない 黒雲母デイサイトの溶岩からなっている。 斑晶は 少量の石英(径 2 mm), 斜長石(長径 2 mm)および微量の黒雲母(1枚の薄片中に1個程度)からなる。 石基は 球顆状組織を示し, 一部では流理が認められる。

VI.4.6 須賀ノ山 すがのせん 安山岩 [ Vs ]

本安山岩は [ 本図幅の ] 東隣の「村岡」図幅地域の南西隅にある須賀ノ山 [ ≒ 氷ノ山 ] 1,610 [ ← 1,510 ] m)を最高点として その南方に広がるもので, 本地域内では南東隅にわずかにみられるにすぎない。 その分布から想定される火山体は 現在では東~南側にのみ緩斜面を残し, [ 北西側の斜面である ] 本地域では急崖を示すのみである(第 1 図)。 この安山岩は 本地域内では寺田安山岩層 [ Pa ] をおおうのみで 他の鮮新世~更新世火山岩類とは分布が離れており, [ 他の鮮新世~更新世火山岩類との ] 前後関係は分らない。 ただ, 原地形の破壊の程度からみて 扇ノ山火山より古いものであろう。

本岩は 青灰色 斑状の普通輝石紫蘇輝石安山岩の溶岩であり, 斑晶として 斜長石・普通輝石・紫蘇輝石および鉄鉱物からなり, また, 斜長石と普通輝石からなる数 mm 大の集斑状集合体もみられる。 石基は 毛せん状組織を示し, 斜長石のほかに少量の単斜輝石・斜方輝石および鉄鉱物, それらの間隙を埋めるアルカリ長石・珪酸鉱物および少量の黒雲母からなっている。 そのほか, 石基や斑晶鉱物の周囲や割れ目に沿った空隙を埋める黒雲母の集合が認められる( [ 巻末の ] 第 Ⅶ 図版 2)。 本岩の化学組成については 第 7 表( [ 試料 ] No.2)に掲げている。

VI.4.7 船山 ふなやま 礫層 [ Fg ]

図幅地域の中央部の袋川ぞいの船山部落 [ ← 中河原の西方 500 m or 手放山の南南西方 2 km 弱 ] の南端で扇ノ山下部溶岩 [ Vl ] の直下に発達する河成礫層である。 ここでは 柱状節理のよく発達した扇ノ山溶岩の下位にあり, 鳥取花崗岩 [ Gt ] を不整合におおっている(第 44 図)。 礫層の厚さは 1~2 m 程度であるが, 基盤の突出部では 花崗岩と溶岩とが直接し, 礫層は欠如する。 礫層は 安山岩の 50 cm 大以下の亜円礫を主とするもので, 数 cm 大の花崗岩礫も含まれる。 礫は あまり密集せず, とくに上部では礫まじり砂となっている。 これと同様に, 扇ノ山溶岩の直下に位置する礫層は 袋川をさらに遡った 捨石 [ ← 拾石 じっこく ; 手放山の東方 1.5 km ] の南でも見られる。 ここでは 3~10 cm 大の安山岩礫が密集した礫層よりなり, 厚さは 50 cm 程度である。

第 44 図 船山礫層の露頭(国府町 船山の県道沿い)

[ 第 44 図に関する注意書き ]
国府町 船山の県道沿いの露頭では 上位から下位に向けて 以下の順の地層を観察できる。
扇ノ山下部熔岩(Vl)
柱状節理の発達した部分,
岩滓状の部分
船山礫層(Fg)
花崗岩質粗粒砂礫まじり,
安山岩亜円礫
花崗岩 [ ← 基盤 ? ]

以上の礫層は 扇ノ山の溶岩によって埋められた旧河床の礫層と者えられる。 扇ノ山の溶岩の南方への分肢である 広留野 ひろとめの [ ← 扇ノ山の南方 4 km ] 以南の [ 広留野熔岩(Vh)の ] 溶岩台地では, その直下に このような礫層は まだ見出されていない。

VI.4.8 扇ノ山 おうぎのせん 火山岩類 [ Vl : 扇ノ山 おうぎのせん 下部熔岩, Vu : 扇ノ山 おうぎのせん 上部熔岩, Vh : 広留野 ひろとめの 熔岩 ]

扇ノ山火山岩類は, 本地域東部の標高 1,309.8 m の扇ノ山の山頂を中心として広がる 安山岩・玄武岩の溶岩を総称したものである。 寺田安山岩層 [ Pa ] ・稲葉山玄武岩 [ Vi ] などを不整合におおっており, 一部では 基底に 前項で述べたような河成礫層がある。 鮮新世~更新世火山岩類としたものの中ではもっとも新しく, 時代的には更新世にかかるであろう。

この火山岩類は 扇ノ山を中心とした山頂部では小規模な楯状の火山体をつくり, 周辺部では河谷を埋めた溶岩台地をつくっている。 周辺部では 北方の岸田川の谷へ向った分肢, 北西~西方の袋川の谷へ向った分肢, 南東方の八東川の支谷を埋めた分肢の3部分が顕著である。 溶岩の分布は 全体として 西へ開いた馬蹄形を呈している。 東方へはあまり広がっていない(第 45 図)。 この火山体をつくる溶岩は 岩質によって, 下位から 扇ノ山下部溶岩 [ Vl ] ・扇ノ山上部溶岩 [ Vu ] および広留野溶岩 [ Vh ] に3分できる。 ただし, 後2者 [ = 扇ノ山上部溶岩と広留野溶岩 ] は直接の上下関係は認められない。

第 45 図 扇ノ山火山の復元図

[ 第 45 図に関する注意書き ]
この図には 扇ノ山の(概ね)西方の地域の 基盤の山地の分布範囲, 現在の扇ノ山火山噴出物の分布範囲, および 扇ノ山火山噴出物の接峰面の高度(海抜 m)が示されている。

扇ノ山 おうぎのせん 下部溶岩 [ Vl ] : 本溶岩は 扇ノ山火山岩類のうちでもっとも広く分布しており, とくに山体の北半部でいちじるしい。 雨滝 [ の滝 ] の上流の大滝谷では 稲葉山玄武岩 [ Vi ] の上限の褐色 風化殻 ふうかかく [ = 表面の風化した部分 ] をおおっており, 袋川の河谷を埋めた部分の末端では 旧河床礫層(船山礫層)をはさんで, 花崗岩の上にかさなっている。 この溶岩の厚さは 大茅川と上地川に挟まれた地域でもっとも厚く 約 80 m であり, その他では 40~60 m 程度である。 野外でみられる限りでは1枚の溶岩からなっているが, 台地上の露出が悪いため 2枚以上になる可能性も否定できない。

この溶岩は 柱状節理をもち, 最下部および最上部の一部は 岩滓状を呈している。 肉眼的には 灰色ないし暗灰色を呈する石英含有普通輝石橄欖石安山岩であり, 比較的大きい(5 mm 大程度の)石英の捕獲結晶を含むことが特徴である。 鏡下では, 斑晶として 径 0.5 mm 以下の橄欖石と普通輝石のほか, 長径 1 mm ほどの斜長石を少量含んでいる。 また, 捕獲結晶とみられるものとして, 核に虫食い状にガラス・輝石などの包有物を含む長径 2~3 mm の斜長石と, 丸味を帯びた輝石の反応縁をもつ径 2~5 mm の石英も少量含まれる。 石基は毛せん状組織を示し, 斜長石・単斜輝石・斜方輝石・鉄鉱物, および これらの間隙を埋める少量のアルカリ長石と珪酸鉱物からなっている。 斜方輝石と単斜輝石には反応関係はみられない( [ 巻末の ] 第 Ⅷ 図版 1)。 本岩の化学組成については第 7 表( [ 試料 ] No.3)に掲げている。

扇ノ山 おうぎのせん 上部溶岩 [ Vu ] : 扇ノ山の山頂部に小範囲に分布する溶岩である。 山頂付近の多数の岩塊によって識別したものであり, 直接の露頭はみていない。 岩質的に扇ノ山下部溶岩 [ Vl ] と区別した。

本岩は 肉眼的には 斑晶の多い紫蘇輝石普通輝石橄欖石玄武岩であり, 灰色を呈する。 石英の捕獲結晶は含まない。 鏡下では, 斑晶は 斜長石・橄欖石・普通輝石および紫蘇輝石からなる。 斜長石は 長径 2 mm までの大きさで, 清澄である。 橄欖石は径 0.5 mm 以下で 輝石の反応縁がみられ, また, 周辺の一部はイデイングス石化している。 普通輝石・紫蘇輝石は長径 1.5 mm 以下で, 両者が平行連晶をなすものもみられる。 石基は 毛せん状組織を示し, 斜長石・橄欖石・単斜輝石・鉄鉱物, およびそれらの間隙を埋める少量のアルカリ長石・珪酸鉱物からなる。 橄欖石の一部は 輝石の反応縁をもつ。 輝石はきわめて微細である。

広留野 ひろとめの 溶岩 [ Vh ] : 扇ノ山火山の南部で 八東川の旧支谷を埋積し, 10 km 以上にわたって流下した溶岩である。 その上流部の広留野付近では 溶岩台地の地形をとどめている(第 2 図)。 最末端は [ 若桜の北西方 4 km の ] 八東町 富枝 とみえだ 付近で, 沖積地に孤立した小丘をつくっている。 厚さは 最大で 200 m 以上に達し, 末端部でも数 10 m に達する。 この末端部(若桜の北方の 千石岩 せんごくいわ やその西の採石場)では 溶岩流は1枚である(第 46 図)。 諸鹿の北方 [ 500 m ] の屏風岩や [ 諸鹿の北西方 1.5 km の ] 滝谷 たきだに でも2枚以上の溶岩流は認められない。 全体が単一の溶岩流よりなるのであろう。

第 46 図 扇ノ山火山の広留野溶岩 [ Vh ] の末端部(若桜町 富枝付近の採石場 ; 石切場の左隅に三郡変成岩の小露出がある)。

本岩は 柱状節理の発達した灰色の紫蘇輝石角閃石安山岩である。 部分的に空隙にとみ, 空隙には溶岩の流理に平行にのびるものと垂直なものとがある。 垂直な空隙にはトリディマイトとクリストバライトが族生しており, とくに前者では比較的大型の結晶がえられることが知られている(桜井(1948); 太田(1959))。 鏡下では, 斑晶として 石英・斜長石・紫蘇輝石および角閃石を有する。 石英はごく少量で 1 mm 大程度である。 斜長石は 2 mm までで, そのうち約 1 / 3 は捕獲結晶源のもの (内核ないし全体がガラスによって虫食い状に置換されている) によって占められている。 紫蘇輝石は 径 1 mm 程度のものが ごく少量含まれている。 また, 角閃石はオパサイト化し, 鉄鉱物と輝石の集合にかわっている。 石基はガラス基流晶質組織を示し, おもに斜長石・斜方輝石・鉄鉱物およびガラスからなる。 ほかに, ガラス中にアルカリ長石・珪酸鉱物および微量の黒雲母からなる斑状の集合体が認められる( [ 巻末の ] 第 Ⅷ 図版 2)。 本岩の化学組成は第 7 表( [ 試料 ] No.4)に掲げている。

VII. 第四系

前項で述べた鮮新世~更新世火山岩類の一部 -- 例えば 扇ノ山火山岩類 -- は 第四紀のものであろう。 それを除くと, 本地域内での第四系の発達は きわめて貧弱である。 ここでは 段丘堆積物, 崖錐堆積物, 山地・丘陵地に散在する軽石層および沖積層に分けて記述する。

VII.1 河岸段丘堆積物 [ td ]

本地域内では 千代川 せんだいがわ 支流の 袋川 ふくろがわ 私都川 きさいちがわ 八東川 はっとうがわ ぞいに 幅 1~2 km の谷底平地が明瞭に発達しているにもかかわらず, 河岸段丘の分布は きわめて貧弱である。 わずかに私都川と八東川とが合流する 郡家 こうげ 付近で 小規模な段丘がみられるにすぎない。 この段丘を構成する礫層は 安山岩やチャートなどの径 20 cm の亜円礫を主とするもので, 段丘南縁部では 厚さ 3~5 m 程度である。 礫層の上位には いちじるしく風化して赤褐色を呈する粘土質層がかさなっている。 郡家市街地の東方のボーリング資料(赤木・岡田, 1977)によれば, この段丘堆積物は 上部の 8.5 m が粘土~シルト質層, 下部の 11.5 m 以上が砂礫層よりなっている。

VII.2 崖錐堆積物 [ t ]

地域東部の山間地で 岸田川 きしだがわ [ ← 図幅地域北東部 ] ・私都川・ 舂米川 つくよねがわ などの源流部 [ ← 図幅地域南東部 ] に点在する。 舂米の東方, 氷ノ山・須賀ノ山の急崖の下のものがもっとも著しい(第 47 図)。 いずれも 安山岩を主とする角礫の厚い集積よりなる。 一部では この上に 火山灰層がかさなっている。 また, [ 図幅地域南部の ] 八東川ぞいの山麓部にも小規模な崖錐が発達している。

第 47 図 若桜町 舂米付近の崖錐堆積物

VII.3 軽石層

地質図には示していないが, 本地域北半部からその北方にかけて 山地・丘陵地の各所に断片的ではあるが, 黄褐色を呈する軽石層が分布している。 その層厚は 地域内でおおよそ 100~150 cm である(第 48 図)が, 稲葉山付近ではときに最大 300 cm に達する。 その上位には 100 cm 内外の厚さの土壌が発達する。

第 48 図 「若桜」図幅地域およびその周辺における軽石層の分布(cm 単位の数字は層厚を示す)

軽石層は 径 1 cm 程度の軽石よりなる。 軽石の岩質は 黒雲母紫蘇輝石普通角閃石安山岩である。 この軽石は 大山火山の噴出物と考えられる(村山ほか, 1963)。

VII.4 沖積層

沖積層は 本地域内では袋川・私都川・八東川の下流部などに わずかに発達するにすぎない。 このうち 袋川沿岸では, [ 図幅地域北西隅から南東方 6 km の ] 玉鉾 たまぼこ までは狭長な谷底平野をつくり, 玉鉾から, [ 図幅地域北西隅から南東方 2 km の ] 岩倉と [ 図幅地域北西隅から南方 4 km の ] 杉崎を結ぶほぼ海抜 10 m の線までは小扇状地を形成している(第 4 図)。 この部分では 沖積層は 厚い砂礫層を主としている。 [ 本図幅の北西隅付近の ] 海抜 10 m 以下の三角州性の平野では, 沖積層は 上部の厚さ 10 m 前後がシルト~粘土を主とした泥質層よりなり, それ以下には厚い砂礫層が発達する(第 49 図 [ 以下の [注] 参照 ] )。 鳥取平野の全域的な地下地質については 安田(1964)・ 山名(1964)・ 豊島(1967)・ 赤木(1972)・ 山名ほか(1975)などの報告があり, 平野中心部では海生貝化石の産出も多い。 しかし, 本地域内では海成層の存在はまだ知られていない。

[注]
[ 第 49 図に示した ] 本地域の試錐柱状図の資料は 鳥取大学の赤木三郎 教授から提供されたもの, および 赤木・岡田(1977)によった。

第 49 図 鳥取平野の試錐柱状図(試錐の位置は第 4 図に示す)

[ 第 49 図に関する注意書き ]
この図に使用されている凡例の記載は省略する。
この図には 図幅地域北西隅付近の以下の 11 地点の試錐柱状図が示されている。
1~3 : 鳥取市 立川 [ ← 図幅地域北西隅から南方 1.5 km ] ,
4・5 : 鳥取市 岩倉 [ ← 図幅地域北西隅から南東方 2 km 強 ] ,
6 : 鳥取市 今在家 [ ← 図幅地域北西隅から南方 3 km の 面影山 おもかげやま の東 ] ,
7 : 鳥取市 桜谷 [ ← 面影山の南 ] ,
8~10 : 鳥取市 津ノ井 [ ← 図幅地域北西隅から南方 5 km 弱の周辺 ] ,
11 : 国府町 玉鉾 [ ← 図幅地域北西隅から南東方 6 km ]

また, 本地域内で 私都川・八東川沿いの谷底平野を形成する沖積層は, いずれも厚い砂礫層を主としている。

VIII. 応用地質

本図幅地域内では, かつて, 三郡変成岩および非変成古生層中から 金・銅・硫化鉄・石灰石・珪石などが小規模に稼行されたことがあるが, これらは 現在 すべて休山となっている。 現在稼行しているのは 新第三紀層中の粘土鉱床と 石材のみである。 なお, 以下の記述のうち 銅・硫化鉄・石灰石に関しては おもに鳥取県(1966)の記述によった。

VIII.1 金属鉱床

VIII.1.1 金 [ Au ]

上細尾 [ 読み方不明 ; かみほそお ? ] 鉱山 : [ 図幅地域南西隅から北東方 3.5 km の ] 船岡町 西谷川の上流の山腹に位置する。 母岩は八東層の珪質千枚岩 [ Hc ] および変玄武岩溶岩 [ Hb ] であり, これらを貫く金含有石英脈が標高 320 m および 350 m の坑道を通じて採掘・稼行された。

VIII.1.2 銅 [ Cu ]

山志谷 やましだに 鉱山 : 郡家町 山志谷の道路の西側に位置する。 本鉱山は 1897 年ごろに開坑され, 1945 年ごろまで断続的に稼行された。 最盛期の 1943 年ごろには月産精鉱 30~50 t を産出していた。 母岩は志谷層の珪質片岩 [ Sc ] および泥質片岩 [ Sl ] からなり, この付近では N 75°W・50°N の片理をもっている。 鉱床は珪質片岩を交代した走向 N 40°E, 南へ急傾斜, 走向延長約 200 m, 最大𨫤幅約 4 m, 平均𨫤幅約 1.5 m の脈状鉱床であり, 坑道は 7~8 坑ある。 鉱石鉱物は黄銅鉱・斑銅鉱および少量の閃亜鉛鉱からなる。

VIII.1.3 硫化鉄 [ FeS ]

麻生 あそう 鉱山 : 郡家町 麻生 地内(私都川の右岸)にあり, 1940 年ごろから 1946 年ごろにかけて採掘された。 母岩は志谷層の珪質片岩 [ Sc ] および泥質片岩 [ Sl ] であるが, わずか 100 m 程北方に分布する鳥取花崗岩 [ Gt ] により いちじるしい接触変成作用をこうむり, 黒雲母ホルンフェルス・角閃石普通輝石ホルンフェルスなどに変化している。 母岩の一般構造は N 45~55°W・50~60°N である。 鉱床は主として珪質片岩源のホルンフェルス中に胚胎するレンズ状の接触交代鉱床で, 走向 N 60°E, 延長 15 m, 幅 2 m および走向 N - S, 延長 8 m, 幅 2 m の2鉱体からなる。 鉱石はおもに塊状の磁流鉄鉱であるが, 他に少量の黄銅鉱・黄鉄鉱・閃亜鉛鉱・方鉛鉱などをともなう。

VIII.2 非金属鉱床

VIII.2.1 石灰石 [ Ls ]

石灰石鉱床は角谷層の 粘板岩 [ ← 剪断泥質岩(Tl)? ] の中に挟有されたレンズ状の鉱床で, 八東町 安井 [ ← 安井宿 やすいしゅく ] ・八東町 新興寺 しんごうじ および若桜町 角谷に分布する。 これらは 断続的ではあるが, 角谷層中のほぼ同一の層準を示すものと思われる。 これらのうち 安井鉱床 [ ← 安井宿鉱床 ] は 厚さ18 m, 走向延長約 100 m で, 鳥取県の石灰石鉱床のなかでは最大のものといわれているが, 他は厚さ 5~6 m で 小規模である。 安井鉱山 [ ← 安井宿鉱床 ] は 1947 年に開発され, 日産 30 t を生産した。

VIII.2.2 瓦土

この地域の北西部の [ 国鉄 ] 因美 いんび 線の津ノ井駅に近い鳥取市 津ノ井および杉崎付近では 三代寺シルト岩層 [ M4 ] の凝灰岩中の粘土を「津ノ井粘土」と呼び採掘している。 粘土は青灰色を示すモンモリロナイトであり, 現地の瓦工業所において瓦の原料として使用されている。

VIII.3 石材

若桜の北西方の八頭郡 八東町 富枝 とみえだ では 扇ノ山火山岩類のうち広留野溶岩 [ Vh ] を採石している。 採石は富枝採石協同組合によって行われており, 月産 16,000 t(1978 年 5 月現在)で 主にコンクリート骨材として利用されている。 また, [ 若桜の南東方の ] 若桜町 浅井 あさい 地内(国道の東側)では 三郡変成岩類(八東層)の珪質千枚岩 [ Hc ] が砕石用に稼行されている。

VIII.4 地すべり・山崩れ

[ 本図幅 ] 地域の北部の十王峠 [ ← 手放山の北東方 7 km 弱 ] ・栃本 [ ← 手放山の東北東方 3.5 km ] ・畑山 [ ← 手放山の北西方 2 km ] 付近では 普含寺泥岩層 [ M6 ] の分布地で 地すべり地形が認められる。 [ 本図幅地域の ] 南部では横地 [ ← ながさこ山の南東方 4 km 弱 ] 稗谷 ひえだに [ ← ながさこ山の南南東方 3.5 km ] 角谷 つのたに [ ← ながさこ山の南東方 8 km 弱 ] など蛇紋岩 [ U ] の分布地域でいちじるしい。 [ ながさこ山の南南西方 3.5 km の ] 山志谷地区では 三郡変成岩中の泥質片岩 [ Sl ] の山地の崩壊がみられる(第 50 図)。 このほか, 過去の大規模な崩壊の跡を示す崖錐性の地形は 舂米・横地・姫路付近に残存している。

第 50 図 郡家町 山志谷付近の山崩れ

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QUADRANGLE SERIES
SCALE 1 : 50,000

Okayama (12) No. 22

GEOLOGY OF THE
WAKASA
DISTRICT

By Fujio UEMURA, Toru SAKAMOTO and Naotoshi YAMADA (Written in 1978)


Abstact

The mapped district lies in the north-eastern part of the Chugoku region and, also, the north-western part of the Kinki region, western Japan. Topographically, the district is situated in the northern slope of the Chugoku Mountains which divide the region into the San-in (Sea of Japan side) and the San-yo (Seto Inland Sea side).

Geologically, the district is situated in the Inner Zone of South-west Japan, in view of the pre-Neogene geotectonic division, where the upper Paleozoic sediments and their metamorphic derivatives are widely distributed together with the late Mesozoic to Paleogene felsic volcanic and plutonic rocks. On the other hand, the district has occupied a part of the San-in - Hokuriku Geological Province elongated along the coast of the Sea of Japan in the western Honshu in view of the Neogene geotectonic division. The Miocene sedimentary and volcanic formations which are characterized by "Green Tuff" in the lower part were thickly developed. The volcanic activities have continued, with interruptions, through Pliocene to Quaternary on land into which the Miocene marine basin changed.

Success of geological events in the district is summarized in Table 1.

Table 1. Summary of geology in the Wakasa District

Age Stratigraphic succession Igneous activity and tectogenesis
Cenozoic Holocene Alluvium
Pleistocene River terrace deposits Oginosen Volcano
Pliocene to Pleistocene
  Volcanic Rocks
Pleiocene Lava plateau
Intrusion of
  quartz diorite and porphyrite
Teragi Group
Miocene Volcanism and depression
Tottori Group
Volcanism and marine transgression
Paleogene Kyūshōzan Granite
Tottori Granite
Hanabara Complex
Mesozoic Cretaceous
Yadagawa Group (Subaerial volcanism)
Jurassic
Triassic Faulting and upheaval
Ultramafic rocks
Paleozoic Permian Sangun Metamorphism
Geosyncline sediments
Carboniferous Submarine volcanism

[ Legend on the geological map ]

Quaternary Holocene Alluvium a Gravel, sand and clay
Talus deposits t Gravel and sand
Pleistocene River terrace deposits td Gravel, sand and clay
Pliocene
to
Pleistocene
Volcanic
Rocks
Oginosen
Volcanic
Rocks
Hirotomeno Lava Vh Hypersthene - hornblende andesite
Upper Oginosen Lava Vu Hypersthene - augite - olivene basalt
Lower Oginosen Lava Vl Quartz-bearing augite - olivine andesite
Funayama Gravel Bed Fg Gravel and sand
Neogene Pleiocene Suganosen Andesite Vs Augite - hypersthene andesite lava
Dacite Vd Biotite - hornblende dacite lava and
biotite dacite lava and tuff breccia
Inabayama Basalt Vi Augite - olivine basalt lava
Inabayama Gravel Bed Ig Sand and gravel
Amadaki Andesite Va Augite - hypersthene andesite lava
Amadaki Gravel Bed Ag Sand and gravel
Intrusive Rocks R Rhyolite
B Basalt
A Andesite
D Dacite
P Porphyrite
Fuchimi Quartz Diorite Dq Biotite - hornblende - augite quartz diorite,
diorite porphyrite and aplitic granite
Storongly argillization zone
Teragi Group Terada Andesite Member Pa Andesite lava and tuff breccia
Miocene Haruki Mudstone Member Pm Mudstone, sandstone and tuff
Pp Pumice tuff
Yudani
Conglomerate Member
Pc Conglomerate
Utaosa Rhyolite Member Pr Rhyolite tuff
Tottori
Group
Iwami
Formation
Aragane
Pyroclastic Member
M8 Rhyolite tuff and lava
Oda Andesite Member M7 Andesite lava and tuff breccia
Fuganiji
Mudstone Member
Mf Acid tuff
M6 Black mudstone
Moroga
Conglomerate Member
Ma Andesite lava (with tuff breccia)
M5 Conglomerate and sandstone
Kisaichi
Formation
Sandaiji Siltstone Member M4 Siltstone
Mt Acid tuff
Entsūji
Conglomerate and
Sandstone Member
M3 Conglomerate and sandstone
Yazu
Formation
Kawabara
Volcanic Member
Mc Volcanic conglomerate
M2 Andesite pyroclastic rock and lava
(with intercalation of dacite welded tuff)
Kōge
Conglomerate Member
M1 Conglomerate
Late Cretaceous
to
Paleogene
Kyūshōzan Granite Gk Fine-grained porphyritic biotite granite
Contact-metamorphic
aureole around
Tottori Granite
Biotite hornfels,
muscovite - biotite - cordierite hornfels,
biotite - epidote - hornblende hornfels
and others
Tottori Granite Gt Coarse-grained biotite granite
Hanabara Complex F Felsite
Gp Granite porphyry, granophyre,
fine-grained granite and others
Dp Biotite - hornblende diorite porphyrite
Yadagawa Group Y Biorite rhyolite welded tuff,
rhyolite lava and others
Latest Paleozoic Gabbroic rock Ga Hornblende gabbro, hornblendite
and others
Ultramafic rocks U Serpentinized dunite,
olivine clino-pyroxenite and others
Late Paleozoic Non-metamorphic
Paleozoic strata
Tsunotani Formation Tl Sheared pelitic rocks
with lenticular sandstone
Ts Sandstone
Tc Chert
Ls Limestone
Tb Dolerite
Sangun
Metamorphic Rocks
Hattō Fortmation Hc Siliceous phyllite
Hb Meta-basalt and green phyllite
Hl Pelitic phyllite
Hs Psammitic phyllite
Chizu Formation Cl Pelitic phyllite
Shitani Formation Sb Green schist
Sl Pelitic schist
Ss Psammitic schist
Sc Siliceous schist

PRE-NEOGENE

Sangun Metamorphic Rocks

The Sangun Metamorphic Rocks are the regional metamorphic rocks of the high-pressure and low-temperature type, extending from the northern Kyushu region including the Sangun Mountains to the eastern Chugoku region. The mapped district is located near the eastern extremity of the Sangun Metamorphic Belt, as shown in Fig. 7 of the [ Japanese ] text. The metamorphic rock vary, mega-scopically, from phyllite to crystalline schist, and crop out in the southern part of the district and further to the south.

The original rocks of the Sangun Metamorphic Rocks in the district are, in decreasing order, mudstone, chert, mafic volcanic rock including pillow lava, and sandstone, and they represent the eugeosynclinal deposits probably of Carboniferous period. They are divided, stratigraphically, into the Shitani , the Chizu and the Hattō Formations in ascending order, although the Chizu Formation is only poorly distributed near the southwestern corner of the district. Rock facies, thickness and metamorphic zones of these formations are summarized in Table 2, together with those of the non-metamorphic Paleozoic strata.

Table 2. Stratigraphic division and metamorphic features of the Sangun Metamorphic Rocks and the Tsunotani Formation in the Wakasa District.

Stratigraphic unit Main rock facies Thickness (m) Metamorphic zone
Tsunotani Formation Sheared pelitic rock
and sandstone
> 1,000 Pumpellyite - chlorite zone
(Virtually non-metamorphic)
← (fault relation)
Hattō Formation Siliceous phyllite,
Meta-basalt and
peritic phyllite
1,500~2,000 Pumpellyite -
actinoilite
zone
Sangun
Metamorphic
Rocks
Chizu Formation Pelitic phyllite 2,500 Unknown
← (?)
Shitani Formation Green schist and
pelitic schist
> 600 Epidote -
glaucophane
zone

Metamorphic minerals from mafic rocks, mainly basalt lavas, are albite, chlorite, epidote, pumpellyite, actinolite, crossite, barroisite (?), stilpnomelane, sphene, calcite, muscovite and others, and those from pelitic rocks are quartz, albite, muscovite, graphite, epidote, garnet, stilpnomelane and others. Judging from the mineral assemblages, the metamorphic grade varies from epidote - glaucophane zone to pumpellyite - actinolite zone, being roughly in good accordance with the upward stratigraphic succession as shown in Table 2.

A considerable part of the Sangun Metamorphic Rocks in the district were thermally metamorphosed by the Tottori Granite [ Gt ] , resulting in hornfels which contains biotite, muscovite, cordierite and other minerals.

Non-metamorphic Paleozoic strata (Tsunotani Formation)

Tsunotani Formation , probably of Permian period, is zonally distributed with a WNW - ESE trend, and is bounded, with fault relation, by the crystalline schists (Shitani Formation) on the north and, also, by phyllite (Hattō Formation) on the south. It consists mainly of mudstone and sandstone with a subordinate amount of chert, lenticular limestone and dolerite sheet. Mudstone of the formation, frequently alternating with sandstone, is highly sheared in almost all of the cropped area, but is not metamorphosed into phyllite or crystalline schist. On the other hand, an incipient recrystallization is recognized for dolerite sheets, resulting in slightly metamorphic rocks composed of albite, chlorite, pumpellyite, calcite, sphene and rarely prehnite. Such metamorphism, probably of pumpellyite - chlorite zone, seems to represent the lowest-grade of the Sangun Metamorphism.

Ultramafic and related gabbroic rocks

The ultramafic and related gabbroic rocks occur, almost exclusively, in the distribution area of the Shitani Formation, and most of them are over-thrusted on the formation south-west-wards. They appear as a western continuation of the Sekinomiya Ultramafic Mass, which is the largest ultramafic mass in the Sangun Metamorphic Belt, although both are separated by the covering of Neogene rocks.

The ultramafic rocks [ U ] in the district consist principally of dunite, and subordinately of olivine clino-pyroxenite and clino-pyroxenite. Most of dunite are altered to serpentinite, and further thermally metamorphosed by the Tottori granite [ Gt ] .

The gabbroic rocks [ Ga ] , probably the xenolithic masses within the above ultramafic rocks, consist mainly of hornblende gabbro and hornblendite which are inter-mingled with each other. They are more or less altered(saussuritization, actinolitization or tremolitization)and mylonitized.

Late Cretaceous to early Paleogene igneous rocks

After a long time interval, terrestrial volcanism occurred vastly on the denudation surface of the Sangun Metamorphic Belt in Late Cretaceous age. These volcanic rocks in the northern Kinki region and its environs are named the Yadagawa Group and consist principally of rhyolite and subordinately of andesite accompanied with lacustrine sediments.

In the mapped district, the Yadagawa Group [ Y ] crops out only poorly in the north-western part. It is more than 300 m thick and is made, almost exclusively, of biotite rhyolite welded tuff bearing abundant phenocryst minerals such as quartz, plagioclase and alkali-feldspar. Near the contact with the granitic rocks, it is thermally metamorphosed into biotite hornfels or muscovite hornfels.

Slightly after the Late Cretaceous volcanism, dioritic to granitic magmas invaded successively into the Sangun Metamorphic Rocks, the Tsunotani Formation, ultramafic rocks and rhyolite welded tuffs.

The earlier intrusives, collectively called the Hanabara Complex , are composed of diorite porphyrite [ Dp ] , granite porphyry, granophyre, fine-grained granite [ Gp ] and felsite [ F ] , in order of sequence. They were emplaced into the Tsunotani Formation nearly concordantly, and occur as narrow but elongated masses.

The later intrusives, mostly of coarse-grained biotite granite, belong to the Tottori Granite [ Gt ] which is the largest batholith in the San-in region and was dated as 59~64 m.y.(earliest Paleogene) by the K - Ar method in the western areas. The Tottori Granite crop out in the western part of the mapped district and is intruded into the Sangun Metamorphic Rocks and the Tsunotani Formation, giving them a distinct thermal metamorphism. However, main mass of the granite seems to be concealed under the Neogene formations throughout the northern part of the district.

Another intrusive mass, the Kyūshōzan Granite [ Gk ] , crops out only poorly in the north-western corner of the district and further to the north. It is fine-grained, porphyritic biotite granite, intruded into the rhyolite welded tuff of the Yadagawa Group [ Y ] . Its age is unknown because the direct relation to the Tottori Granite [ Gt ] cannot be observed.

NEOGENE

The Neogene system consists of the Lower to Middle Miocene Tottori Group, the Upper Miocene to Pliocene Teragi Group, intrusive rocks younger than the Teragi Group, and the Pliocene to Pleistocene Volcanic Rocks. Stratigraphic succession and lithology of the Neogene and Quaternary system in the Wakasa district are shown in Table 3.

Table 3. Stratigraphic succession of the Neogene and the Quaternary in the Wakasa District.

[ Age ] [ Stratigraphy ] Maximum
thickness
Quaternary Alluvium
Pumice bed
Talus deposits
River terrace deposits
Pliocene
to
Plistocene
Volcanic
Rocks
Oginosen
Volcanic
Rocks
Hirotome Lava
Upper Oginosen Lava
Lower Oginosen Lava
Neogene Pliocene Suganosen Andesite
Dacite
Inabayama Basalt
Amadaki Andesite
Teragi
Group
Terada Andesite Member
Haruki Mudstone Member
500 m
Miocene Yudani Conglomerate Member
Utaosa Rhyolite Member
300 m +
Tottori
Group
Iwami
Formation
Aragane Pyroclastic Member
Oda Andesite Member
Fuganji Mudstone Member
Moroga Conglomerate Member
400 m
250 m
600 m +
80 m
Kisaichi
Formation
Sandaiji Siltstone Member
Entsūji
  Conglomerate and
  Sandstone Member
800 m
Yazu
Formation
Kawabara Volcanic Member
Kōge Conglomerate Member
500 m
150 m

Tottori Group

The Tottori Group is a sedimentary and volcanic pile which filled the Eastern San-in Sedimentary Basin in Miocene time (refer to Fig. 9 in the [ Japanese ] Text). It is divided into three formations, the Yazu, the Kisaichi and the Iwami Formations in ascending order.

The Yazu Formation is divided stratigraphically into the Kōge Conglomerate Member and the Kawabara Volcanic Member in the mapped district, although the former is only poorly distributed in the western part. The Kōge Conglomerate Member [ M1 ] is a basal conglomerate of the Yazu Formation, unconformably overlying the Sangun Metamorphic Rocks or the Tottori Granite [ Gt ] . The Kawabara Volcanic Member [ M2 and Mc ] is widely distributed in the western and the central parts of the district, conformably overlying the Kōge Conglomerate Member and unconformably the pre-Neogene rocks. It is composed mainly of andesite pyroclastic rocks and andesite lavas, and subordinately of tuffaceous sandstone, volcanic conglomerate, dacite welded tuff and others. Andesite lavas vary in composition and include olivine - hypersthene augite andesite, hypersthene - augite andesite, hornblende andesite and glassy andesite. These pyroclastic rocks and lavas extensively suffered hydrothermal alteration, resulting in the dark-green rocks which contain chlorite, sericite, calcite, epidote and other alteration minerals.

The Kisaichi Formation overlies unconformably the Yazu Formation, and crops out in the western hilly land, extending further to the west. It is made mostly of clastic rocks, and divided into two members based on the lithological features, the Entsūji Conglomerate and Sandstone Member [ M3 ] and the Sandaiji Siltstone Member [ M4 ] , which inter-finger to each other. The Sandaiji Siltstone Member is intercalated with several thin layers of acid tuff [ Mt ] . Plant fossils including Metasequoia occidentalis have been discovered in siltstone of the member and they are identified with the Middle Miocene Daijima Type Flora indicating warm climate.

The Iwami Formation overlies unconformably the Yazu Formation as well as the Sangun Metamorphic Rocks, and is widlly distributed from north-west to south-east of the district. It is stratigraphically divided into four members, the Moroga Conglomerate, the Fuganji Mudstone, the Oda Andesite and the Aragane Pyroclastic Members in ascending order. Abundant molluscan fossils including Anadara daitokudoensis, Vicarya callosa and others have been found in the Moroga Conglomerate Member [ M5 and Ma ] at several localities in the south-eastern part, and they are identified with the Middle Miocene Yatsuo - Kadonosawa Fauna indicating warm shallow sea environment. The Fuganji Mudstone Member [ M6 and Mf ] is made of black mudstone with a few intercalations of felsic tuff and tuffaceous sandstone. Fossil flora including Comptonia naumanni have been found in the lower part of the member and deep sea molluscan fauna including Propeamussium, Bathynomus and fishes have been found in the upper part. The Oda Andesite Member [ M7 ] is distributed only in the northern part of the district and comprises augite - hypersthene andesite lavas and pyroclastics, usually replaced by montmorillonite, calcite or other secondary minerals in a greater or less degree. The Aragane Pyroclastic Member [ M8 ] is also distributed in the northern part and comprises rhyolite and dacite tuff and a small amount of tuff breccia and rhyolite lava.

Teragi Group

The Teragi Group overlies the Tottori Group as well as pre-Neogene rocks, and is extensively developed in the eastern part of the district and further to the east. This group is stratigraphically divided into the Utaosa Rhyolite, the Yudani Conglomerate, the Haruki Mudstone and the Terada Andesite Members in ascending order, although the members except the upper-most one are only poorly developed in the district. The Utaosa Rhyolite Member [ Pr ] which is characterized by rhyolite welded tuff in the type locality consists of rhylite tuff breccia and tuff in the district. The Yudani Conglomerate Member [ Pc ] is made of conglomerate consisting of ill-sorted boulders of black mudstone, andesite and pre-Neogene rocks and is thought to have been formed by the rapid depression accompanied with the eruption of the Utaosa Rhyolite. The Haruki Mudstone Member [ Pm and Pp ] consists mainly of mudstone and subordinately of sandstone, granule conglomerate and andesite lava. Many fossils including insect, spider and plant (Metasequoia disticha) have been reported from the member. From the evidence of lithology and fossils, it seems that the member was formed at the lacustrine environment under warm climate. The Terada Andesite Member [ Pa ] comprises pyroclastic rocks and lavas of hypersthene - augite andesite, hypersthene - augite - hornblende andesite and hornblende andesite, intercalating volcanic conglomerate, tuffaceous sandstone and siltstone. In the eastern part of the district, the andesite lavas and tuff breccia are hydro-thermally altered around the intrusive masses of porphyrite and dacite, and are replaced by chlorite, quartz, calcite, montmorillonite, opal and other alteration minerals.

Intrusive rocks

Neogene intrusive rocks in the district are divided lithologically into quartz diorite [ Dq ] , porphyrite [ P ] , basalt [ B ] , andesite [ A ] , dacite [ D ] and rhyolite [ R ] . They are intruded into the Tottori Group and Teragi Group as well as into the pre-Neogene rocks, but never intruded into the Pliocene to Pleistocene Volcanic Rocks. Quartz diorite and porphyrite occur as relative larger masses, arranged in the two parallel zones trending in a NW - SE direction. Quartz diorite and quartz diorite porphyrite occur in the western zone forming the Fuchimi Mass in Wakasa-chō and the Kamiarafune Mass in Kokufu-chō. The Fuchimi Mass is the largest one of the Neogene intrusives, elongated in a N - S direction, with 1 by 4 km, and composed of hypersthene - augite diorite, biotite - hornblende - augite quartz diorite, hornblende diorite porphyrite and aplitic biotite granite. These rocks are inter-mixed one another, and also affected by hydrothermal alteration such as chloritization and epidotization. The Fuchimi Mass affects the country rocks, namely the pelitic phyllite and the overlying Iwami Formation, giving them local contact metamorphism and injection of granitic materials. The porphyrites are separately exposed in Higashi-Inaba Forest Road, Moroga, Tebanashi-yama and their neighborhoods. These rocks are characterized by dark green color and holo-crystalline groundmass.

Dikes of dacite, andesite and basalt occur on a small scale.

Pliocene to Pleistocene Volcanic Rocks

Pliocene to Pleistocene Volcanic Rocks in the district overlie unconformably the Teragi Group and other older rocks. They have nearly horizontal structure and are characterized by predominance of lava flows. They are, from older to younger, the Amedaki Andesite, the Inabayama Basalt, dacite around Mt. Oginosen, the Suganosen Andesite and the Oginosen Volcanic Rocks.

The Amedaki Andesite [ Va ] , accompanied with the fluviatile Amedaki Gravel Bed [ Ag ] in the basal part, is made of a hypersthene - augite andesite lava.

The Inabayama Basalt [ Vi ] , accompanied with the fluviatile Inabayama Gravel Bed [ Ig ] , is extensively distributed in the northern part of the district and is made of a augite - olivine basalt lava.

Dacite [ Vd ] around Mt. Oginosen consists of biotite - hornblende dacite lava and its tuff breccia, and that exposed about 1 km north-east of Amedaki is biotite dacite lava.

The Suganosen Andesite [ Vs ] occurs only in the south-eastern corner of the district but extends to the south-east. It is augite - hypersthene andesite lava.

The Oginosen Volcanic Rocks form the Oginosen Volcano (1,309.9 m), probably Quanternary in age. They consist of the Lower Oginosen Lava [ Vl ; see [note] below ] (quartz-bearing augite - olivine andesite), the Upper Oginosen Lava [ Vu ] (hypersthene - augite - olivine basalt), and the Hirotomeno Lava [ Vh ] (hypersthene - hornblende andesite). The Lower Oginosen and Hirotomeno Lavas filled the ancient valley and reached at the alluvial plain along the Fukuro and Hattō Rivers.

[ note ]
The Lower Oginosen Lava [ Vl ] is accompanied with the fluviatile Funayama Gravel Bed [ Fg ] in the basal part along the Fukuro River.

QUATERNARY

The Quaternary consists of the terrace deposits, the talus deposits, the pumice bed and the alluvium. The terrace deposits [ td ] composed of gravel, sand and clay are narrowly distributed of the confluence of the Kisaichi and the Hattō Rivers. The talus deposits [ t ] mainly composed of breccia are scattered in the eastern half of the area. The pumice bed 1~2 m thick covers sporadically hills and mountains in the north of the district, although it is not shown in the geological map . The pumice is of biotite - hypersthene - hornblende andesite which is thought to have been supplied from the Daisen Volcano further to the west. The alluvium [ a ] along the Fukuro, the Kisaichi, the Hattō Rivers etc. are mainly composed of sand and gravel. At the Tottori Plain, the deposits consist of gravel bed in the lower part and silt or clay bed including marine molluscan fossils in the upper part.

ECONOMIC GEOLOGY

In the mapped district, a small amount of gold, copper and iron sulphide ores and limestones from the Sangun Metamorphic Rocks and non-metamorphic Paleozoic formation were once worked.

At present, tile earth deposits from acid tuff of the Sandaiji Siltstone Member are worked for roofing tile.

Andesite lava is quarried for macadam at Tomie, the west of Wakasa.


図版

第 Ⅰ 図版 岩石研磨面(スケールの単位は cm)

  1. 志谷層の泥質片岩 [ Sl ] (八東町 志谷, WS-275)。
    珪長質分結脈に富み, 縞状構造を呈する
  2. 角谷層の剪断泥質岩・砂岩 [ Tl ] (八東町 新興寺 しんこうじ

第 Ⅱ 図版 志谷層の結晶片岩

  1. クロス閃石 (C ; 灰色・柱状) - 緑れん石 - 白雲母 - 緑泥石 - 曹長石片岩 [ Sl or Sb ] (若桜町 赤松の北方, WS-414 ; 下方ニコルのみ)
  2. 黒雲母含有緑れん石 - 緑泥石 - 白雲母 - 曹長石 - 石英片岩 [ Sl or Sb ] (八東町 横地 よこぢ , WS-275 ; 直交ニコル)

第 Ⅲ 図版

  1. 八東層の泥質千枚岩 [ Hl ] (八東町 [ 徳丸 ] 竹市 たけいち の東方, S-9 ; 下方ニコルのみ)。
    ちりめんじわ褶曲の軸面にそい細密劈開が発達
  2. 角谷層の剪断泥質岩・砂岩 [ Tl ] (八東町 野口の南東方, WS-169A ; 下方ニコルのみ)。
    明色部は細粒砂岩(SS)。 プチグマチックな石英脈が剪断面によって切られる

第 Ⅳ 図版

  1. 角谷層の粗粒玄武岩 [ Tb ] (八東町 新興寺 しんごうじ , WS-44 ; 直交ニコル)。
    単斜輝石(px)と斜長石によるオフィテック組織。 変成鉱物は曹長石・緑泥石・パンペリー石・方解石
  2. 蛇紋岩 [ U ] の中のかんらん石残晶 (八東町 志谷, WS-405 ; 直交ニコル)。
    橄欖石には2~3方向の劈開がよく発達。

第 Ⅴ 図版

  1. 単斜輝石角閃石はんれい岩 [ Ga ] (若桜町 茗荷谷 みょうがだに , WS-435 ; 直交ニコル)。
    粗粒部は単斜輝石(px), 褐色角閃石(hb), トレモラ閃石などからなり, 変形が著しい。 細粒部は斜長石のソーシュール石化したもの
  2. 矢田川層群 [ Y ] の流紋岩溶結凝灰岩 (国府町 玉鉾 たまぼこ , WS-250 ; 直交ニコル)。 右上は結晶化のすすんだ本質レンズ。 マトリックスにはガラス片の溶結構造がみとめられる

第 Ⅵ 図版

  1. 淵見石英閃緑岩 [ Dq ] (若桜町 淵見の東方, WS-157 ; 直交ニコル)。
    普通輝石の粗粒結晶(a)は淡緑色角閃石(ac)のリムをもつ。 斜長石は自形柱状で累帯構造(亜灰長石~中性長石)が顕著。 石英はこれらの間隙を充填する。 そのほか, 少量の黒雲母・カリ長石が存在
  2. 諸鹿礫岩 [ M5 ? ] 起源のホルンフェルス (若桜町 淵見の北方, WS-165 ; 直交ニコル)。
    左上および右隅の千枚岩礫(ph), 中央部の泥岩偽礫(ms)はホルンフェルス化。 再結晶した自形石英(矢田川層群 [ Y ] 起源)が多い

第 Ⅶ 図版

  1. 稲葉山玄武岩 [ Vi ] 福部 ふくべ [ 左近 さこ ] 清内谷 せいないだに , WU-258 ; 直交ニコル)。
    斑晶は斜長石(p), 橄欖石(o)および普通輝石(a)からなる。 石基には斜長石と単斜輝石のほか 橄欖石が含まれている。 橄欖石には輝石の反応縁は全くみられない
  2. 須賀ノ山安山岩 [ Vs ] (若桜町 須賀ノ山 [ ≒ 氷ノ山 ] の山頂の北西 500 m の地点( [ 本図幅の東隣の ] 「村岡」地域内), WU-108 ; 直交ニコル)。
    斑晶は斜長石(p), 普通輝石(a)および紫蘇輝石(h)からなる。 石基は斜長石, 単斜輝石および斜方輝石のほか, これら鉱物の間隙をアルカリ長石, 珪酸鉱物および少量の黒雲母が充填する

第 Ⅷ 図版

  1. 扇ノ山下部溶岩 [ Vl ] (温泉町 [ 岸田 ] 肥前畑 びぜんばた の南方, WU-343 ; 直交ニコル)。
    斑晶は斜長石のほか, 小型の橄欖石および普通輝石が含まれており, また, 少量の斜長石と石英の捕獲結晶がみられる。 石基には斜長石のほか単斜・斜方の両輝石が含まれているが, 両輝石の間に反応関係はみられない
  2. 広留野溶岩 [ Vh ] (若桜町 諸鹿 もろが の北方, WU-85 ; 直交ニコル)。
    斜長石は塵状の包有物を多く含む捕獲結晶(xp)が多い。 輝石の反応縁をもつ石英の捕獲結晶(xq)が含まれている。 石基の組織はこまかい

文献引用例
上村不二雄・坂本亨・山田直利 (1979)
若桜地域の地質.
地域地質研究報告(5万分の1図幅), 地質調査所, 91 p.
UEMURA, F., SAKAMOTO, T. and YAMADA, N. (1979)
Geology of the Wakasa district.
Quadrangle Series, scale 1 : 50,000, Geol. Surv. Japan, 91 p.
(in Japanese with English Abstract, 8 p. )

昭和 54 年 3 月 16 日 印刷
昭和 54 年 3 月 20 日 発行
著作権所有 通商産業省 工業技術院 地質調査所

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