12021_1963

5萬分の1地質図幅説明書

鳥取北部・鳥取南部

(岡山 第 11 号・第 21 号)

通商産業技官 村山正郎
通商産業技官 一色直記
通商産業技官 坂本亨

地質調査所

昭和 38 年


目次

I. 地形
II. 地質
II.1 概説
II.2 弱変成古生層(時代未詳)
II.3 後期中生界
II.3.1 砕屑岩類
II.3.2 火山岩類
II.3.3 迸入岩類
II.3.3.1 斑糲岩~閃緑岩・細粒黒雲母花崗岩・文象斑岩・文象質花崗岩・玢岩
II.3.3.2 粗粒角閃石黒雲母花崗岩および中粒~粗粒黒雲母花崗岩
II.3.3.3 粗粒黒雲母花崗岩・アプライト質黒雲母花崗岩および斑状アプライト質黒雲母花崗岩
II.4 新第三系
II.4.1 鳥取層群
II.4.2 円護寺火山岩類
II.4.3 中津火山岩類
II.4.4 大路流紋岩
II.4.5 「鮮新世」火山岩類
II.5 第四系
II.5.1 段丘礫層
II.5.2 軽石層
II.5.3 海岸砂丘
II.5.4 崖錐堆積物
II.5.5 冲積層
III. 応用地質
III.1 鉱床
III.2 温泉
文献

巻末図版

Abstract

1 : 50,000 地質図幅説明書(昭和 35 年稿)

鳥取北部・鳥取南部

(岡山 第 11 号・第 21 号)


「鳥取南部」図幅および「鳥取北部」図幅の調査は, 昭和 32 年秋季から同 34 年春季にかけて行なわれた。 調査者のうち, 村山は中生代後期火山岩類および迸入岩類を, 一色は三郡変成岩類および「鮮新世」火山岩類を, 坂本は中新世鳥取層群および第四系を, それぞれおもに担当した。 なお, 「鳥取北部」図幅の占める地域の面積が狭少であり, かつ両図幅は地質的に関連性が非常に深いので, 地質説明書はこゝに一括して記述する。

I. 地形

本図幅地域は [ 以下の [注] 参照 ] , 鳥取県の東部を占め, 中国地方の脊梁山地から日本海にいたる北側斜面上に位置している。 地域内には開析のよく進んだ海抜 1,200 m 以下の山地が広く発達し, 海抜 1,000 m を超える山地は, 図幅地域南西隅の高鉢山 - 高山を中心とした狭い範囲に過ぎない。 この高鉢山 - 高山地域を中心として, 南北性, 北東 - 南西性, および東西性の河谷が放射状の分布を示している。

[注]
以下の記述で, 単に図幅地域と述べた場合は, 両図幅地域を含めた全体の地域を示すものとし, とくに必要な場合には個々の図幅名を冠することにする。

図幅地域東部を北流する 千代 せんだい 川の下流部には, 鳥取市街を中心としたやゝ広い三角州性の冲積平野が拡がっている。 この鳥取平野の周辺は明瞭な地形的境界をもって山地と接し, 山地の突端が半島状や離れ島状に平野内に突出して典型的な沈降型山麓線を示している。 平野の表面は低平で, 鳥取北部図幅地域内では海抜 5 m 以下, 鳥取南部図幅地域内でもその主部は海抜 10 m 以下に過ぎない。 このような特色をもった鳥取平野は, かつて存在した湾が その後 千代川やその支流の河川の運び込む土砂で埋め立てられて生じたものである。 このほか, 冲積平野としては, 図幅地域北西部の小河川に沿って狭く分布するものが認められる。

一般に, 鳥取県東部では, 段丘や扇状地がほとんど発達していないのが1つの地形的特色となっているが, 本図幅地域内でも, 河岸段丘としては, 図幅地域東縁部の 八東 はつとう 川と 私都 きさいち 川との合流点付近に明瞭なものがあるに過ぎない。 また明らかに海岸段丘と認められるものは存在しない。

日本海沿岸では, 各地に海岸砂丘の発達するところが多いが, 本図幅地域内でも, 鳥取市北部を始め, 西方の浜村付近の海岸などに砂丘が連なっている。 なかでも鳥取市北方の鳥取砂丘は [ 以下の [注] 参照 ] , 山陰地方でも最大といわれるほどに大規模で, 幅約 2 km, 延長は図幅地域外の東隣地域も含めて約 14 km, 高さは最高点において海抜 100 m を超え, その一部は天然記念物に指定されている。 この砂丘の諸処には基盤岩が露出しており, 冲積平野地下の基盤の深さを考えあわせると, 砂丘全体が基盤の台地状の高まりの上にのっているものと推定される。 また, この砂丘が北方から南方へ, すなわち内陸側へ移動しつゝある現象が諸処で認められ, その一つとして, 現在は 多鯰ヶ池 たねがいけ 北岸にある弁財天社の場所が, 1867 年頃までは池のなかに浮かぶ島であったことが知られている。

[注]
こゝでいう鳥取砂丘は, 狭義の鳥取砂丘と, 同砂丘の西方の湖山砂丘, および東方図幅外の福部砂丘を含めたものである。

本図幅地域内の目立った湖沼としては, 海岸地域にある湖山池と多鯰ヶ池が挙げられる。 湖山池は, 東西 4 km, 南北 2.4 km, 湖岸線の長さは 16 km, また面積は 6.8 km2 である。 水位は海抜 3 m で, 池の大部分は水深 3 m 内外であるが, 津生島東方でもっとも深く 9 m に達する。 一方, 多鯰ヶ池は, 面積 0.248 km2 で狭いが, 湖岸線は複雑な凹凸に富んでいる。 流入する大きな川もなく, また排出する川もない。 水位は海抜約 15 m であるが, 季節的な変動が著しく, 年間 2.5 m に達する。 春先の雪どけごろに水位は最高となり, 夏の終わりごろから次第に低下する。 なお, これら2つの池がいわゆる潟湖に相当するものであるか否かについては, まだ確かな資料は得られていない。

最後に, 1943 年の鳥取大地震によって生じた, 本図幅地域内の地震断層について触れておくことにする (関係文献は巻末に一括して記してある)。

1943 年 9 月 10 日午後 5 時 37 分ごろ鳥取地方を襲った烈震により, 本図幅地域を主とする地方では, 死者 1,005 名, 重軽傷者 3,084 名, 全壊家屋 7,527, 半壊家屋 6,211 の著しい被害を生じた。 冲積地上に建設された家屋の多い千代川流域では, とくに家屋倒壊による被害が大きかった。 井上宇胤(中央気象台)は その震源を鳥取市市街の南西約 8 km の野坂川中流域の地下約 10 km と推定した。

地震の直後, 主として東京大学地震研究所を中心とした地球物理学的および地質学的調査, 測定が行なわれた。 調査の結果, この地震に伴なって 鹿野 しかの および吉岡と名付けられた2条の地震断層が形成されたことが確認された。 津屋弘逵は, これら地震断層線の上, あるいはその近くに同方向の古い断層が存在することを, 幾つかの地点で確認し, 地震によってそれら古い断層が再活動したと考えた。 鹿野・吉岡両地震断層の位置は地質図幅および第 1 図に示してある。 現在, これら断層の位置を野外で確認することはきわめて困難である。 以下の記載はすべて津屋弘逵の報告によるものである。

第 1 図 鹿野・吉岡両地震断層線図(津屋弘逵による)。 線上の数字は第 1 および 2 表の番号

吉岡断層 : この地震断層をほゞ連続的に地表で追跡し得た範囲は, 西は吉岡温泉の南西方にある長柄部落の南端から 東微北方向に新町・吉岡神社・三山口・大塚を通過して, 野坂部落の南端付近に至る東西約 4.5 km の間である。 断層の北側は南側に対して, 相対的に, 最大 50 cm, 全般的には 10~40 cm 沈下し, 東方へ最大 90 cm, 全般的には 10~40 cm 水平移動した。 断層面はほとんど垂直に近いが, むしろ南方へ急傾斜する逆断層を表わすものと津屋弘逵は考えた。 各測定地点におけるこの断層の水平移動, 垂直移動, 走向その他を第 1 表にまとめて示してある。

第 1 表 吉岡地震断層の変位量(津屋弘逵による)

鹿野断層 : この地震断層をほゞ連続的に追跡し得た範囲は, 西は 鷲峰山 じゅうぼうやま 北側の山麓から東北東方向に 末用 すえもち ・法楽寺・ 洞谷 ほらだに および 雙六原 そうろくばら を順次通過して, 東は口細見に至る間の東西約 8 km の間である。 断層の西南西翼では, 北側が南側に対して最大 75 cm, 全般的には 10~35 cm 沈下し, 東方へ最大 150 cm, 全般的には 60 cm 以下水平移動した。 一方 東北東翼では, 南側が相対的に最大 50 cm, 全般的には 25 cm 以下沈下し, 西方へわずかに水平移動した。 断層面は北方へ 60~70°傾斜するらしく, したがって雙六原付近を軸心とする蝶番断層で, 西南西翼は正断層, 東北東翼は逆断層の形式をとったものであった。 各測定地点におけるこの断層の水平移動, 垂直移動, 走向その他を第 2 表にまとめて示してある。

第 2 表 鹿野地震断層の変位量(津屋弘逵による)

II. 地質

II.1 概説

本図幅地域の地質は, 生成時代の古いものから, (1) 時代未詳の弱変成古生層, (2) 中生代後期の火山岩類, (3) 同火山岩類を貫く中生代後期(~古第三紀)の迸入岩類 [ 以下の [注] 参照 ] , (4) 新第三系, および (5) 第四系で構成されている。

[注]
この迸入岩類のうちの新期のものには, 後述するようにその迸入時代が古第三紀のものがある可能性が充分考えられるが, 現在のところは, 単に中生代後期迸入岩類として表現しておくことにする。

第 2 図 図幅周辺地域の地質概略図

[注]
本図は5万分の1「青谷」, 「倉吉」, 「奥津」, 「大山」, 「湯本」, 「赤碕」, 「鳥取南部」, 「鳥取北部」, 「智頭」地質図幅および7万5千分の1「久世」地質図幅の資料により編集した

本地域の地質構成員のうち, とくに中生代後期以前に属する各岩層は, 西隣する青谷図幅 29) , 倉吉図幅 29) , および奥津図幅 30) , 南隣する智頭図幅, あるいはまた久世図幅(7万5千分の1) 9) などのそれと多くの点で関連が深く, 分布上その北東の延長部に相当する位置にあるので, これらの各図幅の資料の大要をまとめて第 2 図に概略図として示してある。 なお, 新第三系は本地域の東方地域に連続して広い分布を有することが知られているが, まだ東隣する各地質図幅の調査が行なわれておらず, かつ それらの地域に関する資料 21), 24) との比較検討が充分なされていないので, 概略図には東方地域は省略してある。

図幅地域の南部には, 花崗岩類および火山岩類の迸入あるいは被覆を受けて, 東西に連なる形態を示して弱変成古生層が分布する。 この分布地域の東方の若桜町付近(東隣の若桜図幅, 村岡図幅地域内)には, 弱変成を受けた古生層の存在が古くから知られているが, 本地域のものはその西方延長部にあたる。

一般にかなり限られた分布を示すこのような弱変成古生層は, 本地域以西の西南日本内帯に点在していて, 全体として三郡変成帯と称されている。 本地域のものもその岩相からみてその一員であると考えられ, 全体の分布からみるとその東端部に近い。

本地域の弱変成古生層は, 広域変成作用を受けた粘板岩~千枚岩およびチャートを主とし, 少量の砂岩・玄武岩熔岩を挾有している。

このように分布が限定され, かつ連続していないため, 新期の岩層に境された個々の孤立岩層の調査のみでは, その全体にわたる性格がつかみにくく, 日本の他の変成帯に較べて調査研究がおくれている。 しかし, それ自体の岩石学的研究に加えて, 他の諸岩類との関連性の探究に適した諸地域における調査, すなわち中国地方における非変成古生層, 舞鶴帯あるいは領家変成帯などとの関係のより深い究明などが基になって, 今後その全体の様相が明らかになることと思われる。

地域を北東 - 南西に斜行して中生代後期火山岩類が分布する。 こゝに中生代後期火山岩類としてまとめたものは, 地域内の火山岩類のうちで, 花崗岩類を主とする迸入岩類に貫かれているもので, これ以外の火山岩類は迸入岩類を覆う新第三系に属するものである。 このような本地域の中生代後期火山岩類と同様な性格を有する岩類は, 第 2 図に示されるように西方地域にもその存在が認められ, また同図よりもさらに西方の, 中国地方中部あるいは西部域にもより広い領域を占めて分布している。 本図幅地域内の中生代後期火山岩類は, 主として石英安山岩~流紋岩質の火山砕屑岩類や熔岩流からなるが, 時代を確定し得る化石を産せず, 三郡変成岩生成以後, 花崗岩類迸入以前というほかにはその生成時代を知るすべがない。 本岩類の時代について, 他地域との関係を検討すると, 次の諸資料が得られる。 中国地方中東部の諸資料 18), 31) によれば, 該地域の中生代火山活動は2期にわけられ, 流紋岩を主体とする累層は, 白堊紀最上部に相当する安山岩を主とする累層に覆われることが報ぜられている。

また第 2 図に示される西方地域で中生代後期火山岩類としたものは, 安山岩質の部分が主体をなしていて, これと本地域の珪長質火山岩類との関係も直接には観察されていない。 したがって, 中国地方中東部に分布し時代をほゞ決定し得る中生代火山岩類と, 本地域のものとの関連性の追跡, および西方地域の安山岩質累層と本地域の流紋岩質累層との関係の解明が, 本地域の中生代火山岩類の時代決定についての有力な手がかりであると思われる。 本地域における中生代後期火山岩類の分布は, 新期岩類に境されているとはいえ北東 - 南西方向の狭長な分布形態を示しており, 西隣する倉吉図幅地域においても, 倉吉から南西方向をとって同岩類が残存点在している。 このようなことは, 同火山岩類の主体は脊梁地域に東西にわたり広く分布しているとしても, その一部のものは北東 - 南西方向の限られた地域に, おもに構造的な制約を受けて出現したことを示すようである。

こゝに述べた火山岩類中の一部の凝灰角礫岩中には, 礫として半深成岩的な花崗質岩石を含有している。 この礫の起源は不明であるが, いろいろの問題が含まれている。 すなわち, 少なくとも本地域の迸入岩類のほとんどすべてのものは, 同火山岩よりも新期の迸入になるものであることが確かめられるから, それらは当然 該礫の直接の起源とは考え得ない。 同様な問題はすでに西隣図幅地域でも生じており, さらにはより西方の地域でも報ぜられている。 このように花崗岩礫の起源の問題についてば, 解明されるべき多くの問題が残っているが, 同火山岩類自体の生成機構にも関連し, あるいは諸処に, 比較的小岩体として分布する迸入岩類の一部のものの迸入時代にも, 当然関係しているので, その方面からの追求がのぞまれる。

これまでに記述した弱変成古生層および中生代後期火山岩類は, 花崗岩類を主とする迸入岩類に貫かれ, 接触部の諸処ではその影響によるホルンフェルス化を受けていることが確かめられている。

これらの迸入岩類は, その分布, 迸入様式, あるいはまた主岩相の特質, 相違によって次の3種に区分することができる。 すなわち (1) 迸入位置がほとんど中生代後期火山岩類分布地域内に限られ, かつ小岩体を形成する斑糲岩~閃緑岩および文象斑岩など, (2) 南部地域に分布する(角閃石)黒雲母花崗岩, および (3) 地域北半部に広い領域を占める黒雲母花崗岩の3者である。 これら3者のうちでも, とくに (1) のもつ諸性質は他と較べてきわめて特徴的なものであって, その露出状態の類似性のみからみても, 火山岩類と密接な関連のあることがうかがわれ, 両者の活動時期はおそらく一連であるものと考えられる。 (2) については, 図幅地域のみでは分布も限られ, 他の2者と直接する部分もないので相互の関係を知ることが不可能であるが, 第 2 図に示した西隣地域においては, (1) よりは新期のもので, かつ (3) とは一連の迸入時期に属しながらも (3) よりは早く迸入固結したものと解し得る。 したがって, 本図幅地域の迸入岩類は 古期のものから (1) → (3) の順序の迸入時期をもつものとしてよいであろう。 また, 本地域一帯で, これら迸入岩類全体の迸入時代について知り得ることは, その下限が中生代後期火山岩類の生成後であり, 上限が新第三紀中新世岩層の堆積前であるということのみであって, 同火山岩類の時代の決定によりその下限が確定することになる。

なお, 中国地方の迸入岩類の区分あるいは活動時期に関しては, 中東部地域における資料 18) によれば, 山陽地方の領家帯から北方地域の迸入岩類は, 中央深成岩群・広島花崗岩複合体および因美花崗岩複合体の3者に区分されており, また中国地方西部地域の迸入岩類はさらに細区分されている。 これら西方地域と東部の本地域一帯の迸入岩類活動時期などについての対応関係は, まだよく確かめられておらず, 未解決の問題が多く残されている。

これまでに述べてきた各岩類は地表で風化侵蝕を受けた後, 地域一帯で新第三系に被覆されている。 地域の新第三系のおもなものは次のように大きく2区分される。 すなわち, (1) 地域東部の鳥取市街南方地域の沈降盆地に積成した中新世前期 - 後期に属する各種岩層 … 鳥取層群, および, (2) それ以後のおそらく鮮新世を中心とする時代に活動したと思われる地域一帯の火山岩類 … 「鮮新世」火山岩類, の2者である。 鳥取層群を積成した沈降盆地は, さらに東方の地域, すなわち兵庫県北部の北但馬地域に広く開けていたようで, その地域には本層群と同様な内容をもつ堆積物の形成が報ぜられている 21), 24) 。 なお, 本地域以西におけるほゞ同時代の積成盆地は 島根県の松江 - 出雲を中心とする地域にその存在が認められている。

なお, 分布が狭少であったり孤立しているために確定はできないが, おそらく鳥取層群と生成時期を同じくするものとして, 鳥取南部図幅南縁部の 舂谷 つくだに 礫岩層, 西縁部の中津火山岩類, および鳥取北部図幅東縁部の円護寺火山岩類が挙げられる。 また, 鳥取市南方にある残丘状の大路流紋岩は, 冲積堆積物に囲まれているために, その所属がはっきりしないが, おそらく鳥取層群に属するか, あるいはまた中生代後期火山岩類に属する可能性もある。

「鮮新世」火山岩類は, 上述の中新統堆積地域にも, あるいはまたその基盤をなしている古期の諸岩類分布地域にも, 普遍的に噴出している。 この鮮新世の火山活動は, 本図幅地域および西隣の倉吉・青谷図幅地域を中心として行なわれた。 火山活動は安山岩~石英安山岩の爆発的噴火にはじまり, 引き続いて玄武岩から流紋岩にわたる各種の熔岩が穏やかに流出したものである。

第四系は局地的に分布する崖錐堆積物, 鮮新世およびそれ以前の岩層からなる山地を刻んだ河川周辺に分布する冲積平野, および海岸地域の砂丘からなる。 段丘の発達はきわめて悪い。 砂丘は近年においても, 内陸に向かって移動しつゝある。

II.2 弱変成古生層(時代未詳)

本図幅地域の南縁には, 中生代後期およびそれ以後の各種岩層に覆われて, 粘板岩~千枚岩およびチャートを主とし, 少量の砂岩・玄武岩熔岩を挾有する 広域変成作用を受けた弱変成古生層が東西に細長く分布している。 本岩層は東隣図幅地域の若桜町付近に分布する千枚岩~結晶片岩類とともに, 以前から三郡変成帯の東端を構成するものと考えられていた。

本図幅および東隣図幅地域のこれら弱変成岩の片理面の走向は, おおよそ東西, 傾斜は北落ちであるが, 小褶曲のため, かなり乱されている。 図幅の南東隅, 用瀬 もちがせ 町の北東地域では, 本層を構成する各種岩層の野外における分布状態から, 本層は緩く北方へ傾斜しているものと推察される。 この地域における見掛け上の層序は次のようになる。

上位 :
縞状および塊状チャート(~珪岩)を主とし, 珪質千枚岩を伴なう。 マンガンを含むことがある。
下位 :
黒色粘板岩~千枚岩を主とする。 砂岩の小レンズを含有すること, あるいは砂岩の薄層を挾有することがある。 少量の玄武岩熔岩を伴なう。

図幅の南西隅, 佐治川上流地域では, 本層は分布が狭く, また野外調査も不充分なため層序区分をすることはできない。 地質図幅では, 玄武岩熔岩のみを区別して塗色してある。

本地域および隣接地域に分布する本層からは, 年代を指示するような化石はまったく産出しないので, 原岩の正確な年代を知ることができない。 また広域変成作用の時期についてもなにも確証がない。 しかし, 本地域の南西約 80 km にある岡山県川上郡成羽町南方では, 本層と類似する弱変成岩層が, 石炭紀中頃の含化石不変成層の下位に漸移的に続き, かつ後期三畳紀の成羽層群に不整合に覆われている 25) 。 このことから, 本図幅地域の本岩層についても, 原岩の時代は石炭紀, 広域変成作用の時期は後期三畳紀以前と, 仮に考えておく。

以下に代表的な岩石について, 簡単に記載する。

黒色千枚岩(NI 57102702): 鳥取県八頭郡佐治村, 佐治川北谷の支谷(地質図幅上の a 地点)。 本岩は, 肉眼的には, 黒色で, 片理面が発達し, その面上に線構造が認められる。 鏡下で観察すると, 平均径約 0.03 mm, きわめて微細な石英・ 斜長石・ 白雲母・ 緑泥石・ 炭質物(石墨 ?)・ 鉄鉱および少量の炭酸塩鉱物からなる。 やゝ砂質の部分は炭質物に乏しいが, 上記鉱物のほかに, 黄緑~緑色電気石やジルコンが存在する。 主として石英からなる細脈およびプールが見られる。 再結晶鉱物か, あるいは原岩の鉱物かの判定ははなはだ困難である。

砂岩(NI 57102704): 上記岩石採集地点の上流約 600 m(地質図幅上の b 地点)。 本岩は, 肉眼的には灰色で, 径 1 mm に達する堆積源の白雲母および黒色千枚岩小片の 平行配列によって示される弱い層理が認められる。 鏡下で観察すると, 主として平均径 0.3 mm の角ばった石英・ 斜長石(灰曹長石~曹長石)および白雲母からなり, 少量かつ小型の炭質物・鉄鉱・ジルコン・燐灰石およびチタナイトを伴なう (これらはすべて堆積源と考えられる)。 これら鉱物粒の間を, 再結晶作用によって生じたと考えられる微細な石英および白雲母がみたしている。

石英粒には正常な消光を示すものもあるが, かなりの量は波動消光を示し, またいくつかの粒がかみ合って1つの粒を構成しているものもある。 斜長石には双晶面が屈曲したもの, くい違ったもの, あるいは撓曲したものがある。 また微細な白雲母にほとんど完全に置換されたものがある。 堆積源と考えられる大型の白雲母は, 多くの場合, 撓曲している。

これら鉱物粒のほかに, 黒色千枚岩の小片および きわめてまれに石英および不透明鉱物(鉄鉱 ?)からなる 角ばった小片(長さ約 5 mm)が含まれる。 後者では, 微細な不透明鉱物が縞状に配列し, 石英粒のあるものは不透明鉱物粒の表面から成長したような見掛けを呈している。 この小岩片の原岩がなんであるかは, はっきりしない。

縞状チャート(NI 58092901): 鳥取県八頭郡用瀬町, 下平部落の北, 川の右岸(地質図幅上の c 地点)。 本岩は, 肉眼的には灰黒色で, 厚さ約 2 cm のチャート質な部分と, 厚さ 0.2~0.3 cm の千枚岩質な部分(片理面上に線構造が見られる)とが, 規則正しく互層している。 幅 1~2 mm の白色石英脈に貫かれている。 鏡下で観察すると, チャート質な部分は径 0.01~0.02 mm のきわめて微細な石英が主成分鉱物であって, その他に淡黄~淡緑色雲母・ 緑泥石・ 炭質物および鉄鉱(?)が副成分鉱物として存在する。 このチャート質部分には, 清澄な微細石英からなる, 径約 0.1 mm のやゝ偏平な球体あるいは球殻体がかなりの量見られる。 これらは放散虫遺体と考えられる。 径約 0.1 mm の柘榴石(a0 = 11.59 Å [ 以下の [注] 参照 ] , スペッサルティンであろう)が, 単体であるいは集合体をなして散在している。 この柘榴石は, 多くの場合不定形で, 微細な包有物に富み, また雲母の多い千枚岩質部分に多く産するように見える。

[注]
ノレルコ X 線計数回析装置を用い, (640) および (642) の反射の 2θ 角から, 単位胞の長さ a0 を求めた。

白色細脈は波動消光を示す石英からなり, ほかに淡黄~淡緑色雲母・緑泥石・炭酸塩鉱物およびきわめて少量の柘榴石を含む。

柘榴石の変質物と考えられる緑泥石・炭酸塩鉱物・鉄鉱(?)集合体が少量存在する。 この柘榴石が広域変成作用によって形成されたものか, あるいは後の花崗岩貫入に伴なう接触変成作用(現在の地表において, 花崗岩体との接触面から約 0.5 km の距離にある)によるものか, どちらともわからない。

珪質千枚岩(NI 58093006): 鳥取県八頭郡用瀬町, 大安興寺の下の崖(地質図幅上の d 地点)。 本岩は, 肉眼的には, 帯赤色, 千枚岩質である。 こゝの露頭では, 白色チャート(~珪岩)と細かく互層している。 鏡下で観察すると, 主成分鉱物は微細な石英・白雲母および水酸化鉄鉱(?)で, 着色の原因は水酸化鉄鉱(?)によるものと思われる。 ほかに少量の炭酸塩鉱物およびチタナイトがある。 大型に成長した石英からなる細脈やプールが発達している。 剥理し易いのは白雲母が平行配列しているからである。

玄武岩(NI 58093002~5): 鳥取県八頭郡河原町和奈見部落の南東方, 千代川にかかった和奈見橋の下流左岸(地質図幅上の e 地点)。 玄武岩の見掛け上の上位には, 黒色千枚岩および珪質千枚岩の互層が来るが, 下位は現河床礫に覆われて露出していない。 本岩は厚さ約 30 m, 中央部は緑色塊状で片理は認められないが, 上部および下部は緑色あるいは赤紫色で, 片理面が発達している。 処々に最大 1 m × 2 m の塊状の部分が存在する。 塊状の部分と片状の部分との境界は割合にはっきりしているが, それぞれ独立した単位のものではなく, 全体として1つの単位のものである。 片状構造の発達する部分は原岩の上・下部をなす岩滓質部分を表わすものである。 このような野外での見掛けおよび後に述べる鏡下での観察から, 本岩は熔岩流と考えられる。

上部を代表する1標本(NI 58093003)は, 肉眼的には, 緑色片状で, 原岩の多孔質構造が見られる。 鏡下では, 原岩の石基の構造などが残されているが, もとの鉱物はほとんどすべて変質(~変成)鉱物に変わってしまっている。 原岩には, 斑晶として長さ 2 mm に達する橄攪石があったようであるが, 現在は緑泥石および少量の方解石・チタナイトによってまったく置換されている。 石基の部分は, 現在, アルカリ角閃石・緑泥石・チタナイト・曹長石・方解石および石英によって占められている。 孔隙は大部分が方解石によってみたされているが, 孔隙壁に接して曹長石が, そのすぐ内側には淡黄緑色のスティルプノメレンが発達する。 緑泥石を伴なうこともある。 アルカリ角閃石は累帯構造を示し, 中心部は褐色角閃石(γmax. > 1.660, c∧Z ≒ 17゚, Z = やや淡い褐色), 中間部は紫色角閃石(γmax. = 1.660, b = Z, c∧Y ≒ 20゚, 多色性 : X = 淡黄色, Y = 青色, Z = 紫色), 外縁部はほとんど無色の角閃石(αmin. = 1.624, γmax. = 1.645, b = Y, c∧Z ≒ 21°)からなる。 褐色角閃石を欠く場合が多い。 中間部の紫色角閃石は, その光学的性質から判断して, クロッサイトであろう。 他の部分もこのクロッサイトと密接に伴なうから, アルカリ角閃石であろう。

片状構造を示す熔岩上部には, 片状構造のまったくない岩塊が含まれている。 その1標本(NI 58093002)を鏡下で観察すると, 片状部分で見られたアルカリ角閃石はまったく含まれていない。

熔岩の中央部は緑色塊状で, その1標本(NI 58093004)を鏡下で観察すると, 原岩の構造は残されているが, もとの鉱物は残っていない。 原岩は無斑晶質で, 現在の構成鉱物は, 主として曹長石・緑泥石・チタナイト, および白雲母で, 少量の鉄鉱(やゝ大型に成長している)・石英および方解石を伴なう。 この部分でもアルカリ角閃石はまったく認められない。

熔岩の下部は赤紫~緑色で, 上部と同じように片状構造が発達している。 また片状構造のない岩塊をときどき含んでいる。 赤紫色を呈する部分は, 熔岩流出時に酸化作用を受けた部分と考えられる。 この部分 (NI 58093005) を鏡下でみると, 酸化鉄(?)・白雲母・曹長石・緑泥石および石英からなり, チタナイトを欠く。

アルカリ角閃石が片状構造の発達する熔岩上部にのみ産することは, 顕著な事実である。

佐治川上流地域の本層中には, 片理に平行な, あるいは片理を切った玢岩~安山岩岩脈がしばしば見られる。 多くの場合, 変質作用を受けて白色岩化している。 南隣の智頭図幅地域内の佐治川 三王滝付近には, これらの岩脈と同時代と考えられる輝石閃緑岩岩脈(急冷周縁相を有する)があり, これは周囲の古生層とともに花崗岩による熱変成作用を受けている。 このことから, 岩脈の迸入時期は花崗岩迸入以前であることになる。 なお, 地質図幅ではこれら岩脈はすべて省略してある。

弱変成古生層は図幅地域の南縁部で, 中生代後期~古第三紀と考えられる花崗岩類の迸入を受けてホルンフェルス化している。 以下ではこれに関する諸現象について簡単に記述する。

弱変成古生層起源のホルンフェルス類

弱変成古生層と花崗岩類との接触関係は次の諸地点で観察される。 (1) 鳥取県八頭郡用瀬町, 国鉄 因美線 用瀬駅の北北東約 500 m, 線路の東側にある墓地の火葬場の裏, (2) 鳥取県八頭郡佐治村 葛谷部落の北方約 700 m の地点, (3) 岡山県苫田郡上斉原村, 中津河川上流サブ谷 (サブ谷とカイ峠ノ谷との合流点からサブ谷を約 500 m さかのぼった河床)。 このうち (1) および (2) は用瀬町付近に分布する花崗岩体との接触部であり, (3) は南西方に連なる奥津図幅地域に広く分布する花崗岩体との接触部である。 これらの地点では, 弱変成古生層に由来する泥質岩源ホルンフェルスのレンズ状岩体が 花崗岩中にとりこまれていたり, あるいは花崗岩質岩脈が貫いていたりする。 接触変成作用によって泥質岩中に黒雲母を生じている範囲は地質図幅に示してあるが, 用瀬町付近ではその幅が 0.5~1.5 km であり, 図幅南西隅地域では一般にこれよりも広い。 これは, 前者では花崗岩の迸入面が立っており, 後者では弱変成古生層下浅処に伏在しているという 迸入様式の相違にもその一因があるものと考えられる。

以下に, 熱変成作用を受けた岩石のうち, 代表的なもの数例につき略述する。

黒雲母含有千枚岩(NI 58100306): 鳥取県八頭郡船岡町 手尾の谷上流(地質図幅上の f 地点)。 本岩は, 肉眼的には, 接触変成作用をまったく受けていない黒色千枚岩と区別をつけることはできないが, 鏡下で観察すると, 石英・白雲母・炭質物や少量の緑泥石・斜長石および鉄鉱などのほかに, 淡黄褐色の「雲母」(複屈折は白雲母とほゞ同じあるいはやゝ高い), およびきわめて少量の淡褐色黒雲母(クロット状をなす)が含まれる。 後2者は接触変成作用の産物と考えられる。 淡黄褐色「雲母」は黒雲母への中間段階にあるものであろう。

柘榴石白雲母黒雲母ホルンフェルス(NI 58100303a): 鳥取県八頭郡用瀬町 赤波(地質図幅上の g 地点)。 本岩は, 肉眼的には, 黒色塊状に近いが, 片状構造がまだ残されており, 鏡下でも, 炭質物の片状配列のなごりが認められる。 構成鉱物は, 主として石英・淡褐色黒雲母・白雲母・炭質物および柘榴石であって, 少量の緑泥石・鉄鉱および斜長石を伴なう。 これら鉱物の過半は接触変成作用の産物と考えられる。 平均径約 1 mm の白雲母に富む点紋が, 主として石英および黒雲母からなる基質中に散在する。

柘榴石含有白雲母黒雲母ホルンフェルス(NI 58100709a): 鳥取県八頭郡佐治村 葛谷(地質図幅上の h 地点)。 本岩は, 肉眼的には, 白褐色塊状で, もとの片状構造はまったく認められない。 径約 1 mm, 濃赤色の自形の柘榴石がまれに認められる。 鏡下で, 構成鉱物は, 主として, 石英・褐色黒雲母(X = 淡黄色, Y ≒ Z = 褐色)・白雲母であって, 少量の電気石(O = 黄褐色, E = 淡黄色)および斜長石を伴なう。 黒雲母の大部分は, 緑泥石と鉄鉱とに変わっている。

以上の諸例は, 用瀬町付近に分布する花崗岩による弱変成古生層の接触変成の例であるが, 図幅南西隅地域から奥津図幅地域にかけて分布する花崗岩による接触変成作用のあらわれ方も, 上記の諸例と同じものである。 なお, これらの例は泥質岩起源のホルンフェルスに相当するが, 泥質岩あるいは珪質岩中にわずかに挾在する玄武岩起源のホルンフェルスについて, その代表的なものを以下に略述しておく。

黒雲母含有角閃石ホルンフェルス(NI 57102505): 鳥取県八頭郡佐治村, 佐治川本谷(地質図幅上の i 地点)。 本岩は, 肉眼的には, 暗緑色塊状で, 黒雲母のクロットをごくまれに有する。 鏡下では, 不透明鉱物(鉄鉱 ?)とチタナイトとの配列によって示される原岩の多孔質構造と, まれではあるが, 橄攪石仮像と思われるものとが見られる。 構成鉱物は角閃石(αmin. = 1.644, γmax. = 1.675, 2V(-) = 65~69°, c∧Z = 21°, X = 非常に淡い黄色, Y = 淡黄緑色, Z = 淡緑色, Y > Z > X)・斜長石(αmin. = 1.545, γmax. = 1.556, An 32~38)・チタナイト・不透明鉱物(鉄鉱 ?)・緑泥石および 少量の淡褐色黒雲母(X = 非常に淡い黄色, Y ≒ Z = 淡褐色)である。 斜長石は集片双晶を示し, またやゝ変質して微細な白雲母を生じている。 緑泥石は他の鉱物粒の間隙をみたした状態で産し, その一部が黒雲母に変じている。 これらのことなどから, 本ホルンフェルスの原岩は, 多孔質の橄欖石玄武岩熔岩と考えられる。

黒雲母角閃石ホルンフェルス(NI 57102509): 鳥取県八頭郡佐治村, 佐治川本谷(地質図幅上の j 地点)。 本岩も上例と同様に, 肉眼的には, 暗緑色塊状である。 鏡下では, 上例と同じく多孔質構造が残されているのが認められる。 また, 部分によっては原岩の石基構造や斑晶普通輝石までが残されており, 1枚の薄片のなかでも再結晶の度合が一様でない。 再結晶作用の著しい部分は, 角閃石(αmin. = 1.653, γmax. = 1.682, 2V(-) = 79~86°, c∧Z = 24°, X = 非常に淡い黄色, Y = 淡黄緑色, Z = 淡青緑色, Y > Z > X)・淡褐色黒雲母(γmax. = 1.632, X = 非常に淡い黄色, Y ≒ Z = 淡褐色)・ 斜長石(中性長石 ?)・チタナイトおよび不透明鉱物(鉄鉱 ? )からなっている。 しかし再結晶作用があまり進まず, 原岩の構造を残している部分は, 原岩の斑晶普通輝石はほとんど完全に残されており, たゞ割れ目に沿って角閃石を生じている。 石基は微細なために構成鉱物の鑑定ができない。 原岩にあったと考えられる孔隙は, やゝ大型に成長した柱状角閃石(接触変成鉱物)にみたされている。 これらのことから本ホルンフェルスの原岩は多孔質の普通輝石玄武岩熔岩と考えられる。

II.3 後期中生界

本地域の後期中生界は, 砂岩・泥岩からなる砕屑岩, 石英安山岩~流紋岩質の火山砕屑岩類および熔岩流を主とする火山岩類, これより新期の各種迸入岩類で構成されている。 迸入岩類はその分布, 岩質, 迸入時期および様式などから大きく3区分される。 なお, 概説に述べたように, 迸入岩類のうち最新期の花崗岩類の迸入時代は, 正しくは中生代後期~古第三紀と表現されるべきものであるが, こゝでは後期中生界に含めて記述する。

II.3.1 砕屑岩類

鳥取県八頭郡河原町 落河内部落(鳥取市市街の南西方約 18 km)の西方約 700 m の 山道の北側から南西にかけた小地域(南北約 1.5 km, 東西約 0.6 km)には, 泥岩および砂岩からなる岩層が分布している。 本岩層と周囲の岩石との直接の関係は不明であるが, (1) その分布地域の北端では, 後期中生界に属する火山砕屑岩の見掛け上の下位に, 移過的な岩相を介在して連続的に分布すること, (2) 図幅南縁地域に分布する, 千枚岩およびチャートを主体とする弱変成古生層とは, その岩相をまったく異にすることから, こゝでは, 本砕屑岩類の生成時期は前述の後期中生界火山岩類のそれに近いものと考える。

泥岩および砂岩は, 灰曹長石・カリ長石・石英・白雲母・緑泥石および粘土鉱物(?)からなるが, 斜長石をまったく含まない珪質のものもある。 これらの岩石のうちには, 緑簾石が脈状あるいはプール状をなして生じているものや, モザイク構造を示す石英集合体がプール状に散点しているものがある。

本層の構造は確認することができなかったが, 全体として北東 - 南西の走向で南東にゆるく傾斜するもののようである。

なお, このような泥質あるいは砂質の岩層は, 中国地方中部でも数ヵ所で知られている。 いずれの場所でも, 分布は狭く, 流紋岩質の凝灰岩類の下位に位置している。 本地域のものも, 産状からみると, これら中国地方中部域のものと, 地質学的に同一の性格を有するものであるかも知れない。

いままでに本層からは化石がみいだされていない。

II.3.2 火山岩類

本岩類の主体は, 西隣する倉吉図幅に接する南西部の中津地域から, 北東部の鳥取市街にかけて帯状に分布する。 このほかは, 帯状部の北側では, 鷲峯 じゅうぼう 山北部および海岸沿いの島々の一部に, また南側では, 用瀬町西方に, いずれもきわめて狭い分布が認められるに過ぎない。 主岩体の北限は底盤状の最新期の花崗岩類に南西 - 北東の境界で貫かれ, 南限は直接基盤の弱変成古生層を覆い, さらに新第三系下部の鳥取層群および「鮮新世」火山岩類などに覆われて, 全体として帯状の分布を示している。 したがって, 現在みられる分布のみからは, 主岩体が生成当初からこのような分布であったかどうかはもちろん決定できない。 しかし, 西方および南方地域をも含めて考えた場合には, 本岩類の主体がこの地域一帯では少なくとも広大な分布を有していたものではなく, 脊梁をも含めた東北東 - 西南西の方向性をもつ, かなり限られた分布を示しており, 本図幅地域に分布するものはその北東端部に相当するものと考えることができる。 これらのことについてはすでに概説の項で記述してある。

本岩が地域の北半部に底盤状に拡がる最新期の花崗岩類と接するところでは, その迸入による熱変成作用を受けホルンフェルス化している(第 Ⅲ 図版-2)。 この現象は, 鳥取市街の南西方にあたる山ガ鼻から南方に連なる両者の接触部近辺の諸処で認められ, また地域中央部の高路西方の接触部では, ホルンフェルス化のほかに 花崗岩類に伴なうアプライト脈あるいは石英脈が本岩類を貫いている。 したがって, 本岩類の生成時期の上限は, 該花崗岩類迸入以前であることは確かである。

本岩類は, 石英安山岩~流紋岩質の火山礫凝灰岩・ 凝灰岩などの火山砕屑岩類と同質の熔岩流とからなっている。 これらのうち, 確実に熔岩流とわかるものは, 火山砕屑岩類に較べるとはるかに少量である。

以下に代表的な諸岩相について記述する。

熔岩流は, 主として, 地域南部の北村の北方の稜線部から, 北方の上砂見にかけての地域にやゝ広く分布する。 また, これと同じ岩相を有するものが, 賀露町の鳥取港の突端部や大島に分布するが, そこでは他岩類との関係は分からない。 しかし, おもに岩相の類似することと, 地域の新第三系には同一の岩相を有するものが見られないことなどを考えあわせて, 鳥取港や大島に分布するものは, 上述の北村 - 上砂見のものと同様に, 中生代火山岩類のなかに含めておく。

これらの熔岩流を構成する岩石は, 石英安山岩~流紋岩で, 全体的にやゝ緑色味を帯びた灰色を呈し, ほとんど大部分のものが縞状構造を有している。 この縞状構造は縞目の幅が 1 mm 程度の細かいものから, 1 cm くらいの粗いものまで変化はあるが, 連続性を有していて, いわゆる流理構造に相当するものと考えられる。 流理面は一般に急傾斜しており, またその方向は, 場所によって多少の相違はあるが, 全体として火山岩類の分布方向に一致する北東 - 南西の方向性が強い。

鏡下の観察によれば, 斑晶のほとんど大部分は, 自形性の強い斜長石で, ほかにきわめてまれにカリ長石および黒雲母が認められる。 石英は斑晶としては認められない。 石基は, 結晶度の進んだ部分と進んでいない部分とが縞状をなしている。 後者は隠微晶質であり, 前者は微晶質で, 構成鉱物として石英・長石が認められる(第 Ⅲ 図版-1)。

なお, 図幅地域のほゞ中央にあたる小原の南方には, その分布状態は不明であるが, 縞状構造を示さない石英安山岩~流紋岩が分布している。 この地点のすぐ北方には, 黒雲母花崗岩が迸入していて, 該岩石に熱変成作用をあたえている。

地域の火山砕屑岩類は, 岩相から, 火山礫凝灰岩~凝灰角礫岩および凝灰岩の2者に大きく分けることができる。 このうち, 現在見られる限りでは, 後者が大半を占めていて, 前者は一般に後者の下位に比較的限られた分布を示しているに過ぎない。

火山礫凝灰岩~凝灰角礫岩は, 図幅地域西端部の河内西方から南方にかけてやゝ広く分布するほかは, 地蔵・高路, あるいは鳥取南西方の服部付近などに認められるだけである。 これらの地域では, 本岩は, 同時代の凝灰岩の下位か, あるいは「鮮新世」火山岩類に覆われていて, 花崗岩類を主とする迸入岩に貫かれるところでは, その迸入による熱変成作用を受けてホルンフェルス化している。

本岩のほとんど全部のものは石英安山岩~流紋岩質であるが, 河内西方の「鮮新世」火山岩類に覆われているものには, 安山岩質のものも認められる。

主体をなす石英安山岩~流紋岩質の火山礫凝灰岩~凝灰角礫岩は, やゝ緑色味を帯びた灰色を呈し, 堅硬, 緻密である。 礫を埋める凝灰質の部分は, 石英・斜長石・カリ長石の大型の破片と, これらの間を充塡する細かい珪長質鉱物の破砕片およびガラスの集合体からなる。 有色鉱物片は非常に少なく, かつ2次的変質を受けているので, 原鉱物種が不明の場合が普通であるが, まれに黒雲母片の存在が認められる。 含有される礫種としては, 各種玢岩類・石英安山岩・花崗岩質岩石・泥質岩・砂質岩などがあり, 量の多少も大体この順序のようである。 礫の花崗岩質岩石は, 粗粒・等粒の花崗岩類はほとんどなく, 大半は半花崗岩質あるいは斑状構造をもついわゆる半深成岩的な岩石である。

これらの礫のうち, 泥質岩および砂質岩は, 近辺地域に分布する弱変成古生層に由来するものと考えることができるが, 火成岩礫, とくに花崗岩質岩石の起源は, 今のところは未解決のまゝ残されている。

次に, もっとも広い分布を示す凝灰岩について記述する。

凝灰岩の大半は, やゝ緑色味を帯びた灰色あるいは優白色で, 少量の火山礫をまばらに含む比較的もろい岩質のものである。 しかし, なかにはかなり堅硬で緻密なものがあり, これにはいわゆる熔結構造が認められる場合がある。 これらのほかに, 高路南西方の小区域に, 優黒色の, ガラスに富むものが分布する。

主体をなして広く分布する優白質凝灰岩は, 鏡下で, 斜長石・カリ長石・石英の大型の破片と, これらを埋める珪長質鉱物の細かい破砕片およびガラスから構成される。 大型の破片のうちでは, 斜長石がもっとも多く, カリ長石はその 1 / 3 以下であり, 石英はさらに非常に少なくなる。 ガラスの部分は, 三日月形や, 気泡壁の形状を残したガラス片の集合体である。 有色鉱物は, 量も少なく, また緑泥石や粘土鉱物に変質しているので, 原鉱物種は不明である(第 Ⅰ 図版-1, 2)。 凝灰岩中には, 一般に小豆大の各種角礫がしばしば含まれる。 礫の種類としては, 石英安山岩~流紋岩・ 千枚岩化した泥質岩あるいは砂質岩・ 半深成岩質の花崗岩質岩石などが認められる。

図幅南部の中井から南方の神馬にかけての地域に分布する優白質凝灰岩は, 堅硬, 緻密で, 構成物質が一定方向に配列している。 鏡下では, 上述の凝灰岩よりも石英片が多く, また, ガラス片がおしつぶされたり, 大型の鉱物片の間でおされて両側におしだされたりしている構造がみられる(第 Ⅱ 図版-2)。 これらのことは, この地域の凝灰岩が熔結していることを示すものである. なお, 鳥取市街東方に分布するものも, おそらくこれに類するものと思われる(第 Ⅱ 図版-1)。 また, 中井西方の牛戸対岸の橋下には, 鉱物破片をほとんど含まないで, ガラス片だけからなる薄層が存在する。

優黒質の凝灰岩は, 高路 南西方の山稜を含む区域のみに限られ, 優白質凝灰岩に較べると, その分布が非常に限られている。 暗灰色の基質中に, 白色の珪長質鉱物片が散在していて, 一見すると熔岩流のようにみえる。 鏡下の観察によれば, 斜長石・カリ長石で石英の破砕片を埋めるものは, すべていろいろな形状を示すガラス片であって, 優白質凝灰岩よりも, 鉱物片に対するガラスの量が非常に多い点が特徴である。

II.3.3 迸入岩類

本地域の迸入岩類は, 分布, 岩相, 迸入時期, あるいはより古期の岩類との関係, さらには西隣する倉吉図幅・青谷図幅, あるいは奥津図幅各地域における迸入岩類との関連性を考えあわせると, 次のように大きく3区分することができる。

すなわち, (1) 地域南西部の高山を中心とする地域に分布する斑糲岩~閃緑岩・文象斑岩など, および鳥取市街北東方の久松山地域を構成する文象質花崗岩。 これらは中生代後期火山岩類と密接に伴ない, かつこれを貫いている。 (2) 地域の南端部に分布する黒雲母花崗岩および角閃石黒雲母花崗岩。 これらは三郡変成岩類を貫き新第三系に覆われる。 (3) 地域北半部に広く分布する黒雲母花崗岩。

これら (1)~(3) は, この順序で, 倉吉図幅および奥津図幅地域で Ⅰ~Ⅲ 期迸入岩類としたものにそれぞれ対応しているのであるが, この地域内のみでは, 上記2図幅地域におけるように相互の迸入時期上の関係を明らかにすることはできない。

II.3.3.1 斑糲岩~閃緑岩・細粒黒雲母花崗岩・文象斑岩・文象質花崗岩・玢岩

先にも述べたように, こゝにまとめた諸岩類の分布は, 中生代後期の火山岩類の分布地域内に限られている。 また, 岩質は斑糲岩~閃緑岩のような塩基性の深成岩から, 細粒黒雲母花崗岩・文象質花崗岩に示される酸性深成岩にわたる広い範囲を含み, さらに文象斑岩や玢岩類によってあらわされる半深成相をも含んでいる。 これら各種の岩相を含む諸岩体は, 単独であるいは相互の岩相移過を示す複合岩として, 比較的小岩体を形成している。 このような分布上の特質, あるいはまた岩質上の特徴などは, 地域の南端部から南方隣接地域にかけて, あるいはまた北半部地域に分布する他の花崗岩類(後述する)には まったく見られない性質である。 このことは大局的にみた場合に, こゝに含めた諸岩類が, 他のいわば底盤状の迸入を示す花崗岩類とは 異なった生成環境を有することを示しているものであり, 分布上の特質の面のみから考えても, 中生代後期火山岩類の活動と成因的に関係があると考えられる。 このような理由から, このような共通の特徴をもつ諸岩類をこゝに一括したわけである。

次にこれら諸岩類の迸入時期に関して触れておく。 うえに述べたように, これら諸岩類は中生代後期の火山岩類と密接に伴なって分布するが, 両者の前後関係を直接に示す野外の事実はこの地域では観察されていない。 しかし, 西方隣接地域の倉吉および奥津両図幅地域内では, 火山岩類がより古期であることが知られている。 さらに本図幅地域では, 火山岩類が, 北半部を占める黒雲母花崗岩に貫かれる事実がある。 これらの点から, 火山岩類およびこれと密接に伴なう諸岩類とは, ともに北半部の黒雲母花崗岩よりも古期の生成になることが予想でき, また南端部の 用瀬 もちがせ 四近の花崗岩類に対しても, 周辺地域の資料から同様の関係が知られている。 つまり, こゝにまとめた諸岩類は, 中生代後期の火山岩類以後の迸入岩類の活動のうちでは, もっとも古期のものであると考え得る。

以下に各岩石の岩質, 特徴, その他について要点を記述する。

斑糲岩~閃緑岩

地域南東部の高山(1,053.7 m)の北東部にかなり大きな岩体を構成している。 この岩体以外には他所に迸入岩体としての存在はみられず, より後期の迸入岩類中の捕獲岩として, 本岩に類似するものがしばしば認められるのみである。 本岩体は西半部で同じ岩群としてまとめた細粒黒雲母花崗岩に接するが, こゝでは後者の迸入による影響を受けてホルンフェルス化していたり, あるいは後者中にとりこまれていたりして, 同花崗岩よりも古期の産物であることは確かである。 しかし, 中生代火山岩類に接する東半部では, 両者の接触関係を直接観察できる露頭に恵まれず, 両者の生成時期の新旧を確定することは困難である。 すなわち, 本岩の生成時期は細粒黒雲母花崗岩より古いということはわかるが, その古さの下限はわからないということであって, 他の迸入岩類と同じく大きくみて中生代後期に属するものか, あるいはそれ以前の生成になるものであるかが不明である。 しかし, こゝではその分布, 岩相などの特徴から, 本岩は, こゝにまとめた細粒花崗岩や文象斑岩などと同じ一連の火成活動に際して, これらより, 先んじて迸入したものであろうと一応考えておく。 この点は, 今後の広地域の調査により解明されるべき問題である。

本岩の岩相は, 斑糲岩質のものから閃緑岩質にわたる範囲のものを含んでいるが, 各岩相は同一岩体内で相互に移過するものと思われる。 全体からみると, 斑糲岩相は岩体のほゞ中心に近い狭小な部分を占め, 他の大部分は中間的な岩相をも含めて閃緑岩相が占める。

斑糲岩相には, 多量の橄欖石を含む塩基性のものから, 角閃石斑糲岩相にいたる変化がみられるが, 後者が代表的な岩相であって, 前者はまだ転石として得られているのみで, おそらく分布範囲も非常に限られたものであろうことが予想できる。 橄攪石斑糲岩 は優黒質, 粗粒の岩石で, 鏡下で, 橄欖石・角閃石・単斜輝石・斜方輝石・黒雲母, および斜長石を主成分鉱物とし, 有色鉱物の種類に富む点が特徴的である。 有色鉱物のうち, 橄欖石がもっとも量が多く, 黒雲母は少量で, 角閃石および輝石類はその中間で大体等量である。 このほかに少量の磁鉄鉱・燐灰石などがある。 角閃石は明かるい茶褐色で, ポイキリティックに大きく成長し他鉱物を包有する。 黒雲母はやや赤味を帯びた褐色で角閃石に伴なうものが多い。 単斜輝石および斜方輝石は個別に発達し, 新鮮なものも多いが, なかには角閃石微晶(アクティノライト質 ?)に置換されているものもある。 斜方輝石の方が他形性が強い。 橄欖石は割れ目に沿って蛇紋石および鉄鉱が認められる程度で一般に新鮮である (第 Ⅳ 図版-1)。

角閃石斑糲岩 は, 優黒質, 中粒の岩石で, 有色鉱物の減少により橄欖石斑糲岩よりも暗色度を減ずる。 主成分鉱物は, 単斜輝石・角閃石および斜長石で, 他にきわめて少量の黒雲母が認められる。 角閃石は褐色を呈し, ポイキリティックに大きく発達し, 他鉱物を包有する。 角閃石内には残晶状の単斜輝石が存在し, また鉄鉱および蛇紋石様鉱物の集合体に変じている橄欖石仮晶が包有されている。 なお角閃石の一部は繊維状あるいは微晶の集合体に変わっている場合がある。 次に, 閃緑岩相 は中粒~細粒で, 斜長石の増加と有色鉱物の緑泥石化とのために帯緑暗灰色を呈する。 代表的な岩相では, 主成分鉱物は黒雲母・角閃石および斜長石で, 輝石は認められず, 少量の石英やまれにカリ長石を含む。 黒雲母は緑泥石化を受け鉄鉱および緑簾石をも生じている。 角閃石は褐色を呈し, 中粒岩相ではポイキリティックに発達するものもあるが, その発達の程度は弱く, ことに細粒岩相では自形結晶である場合が普通である。 石英は他鉱物の間隙を充塡する形をとり, 微量のカリ長石の場合も同様である。 しかし, ときに石英あるいはカリ長石の量が増加して, 石英閃緑岩(第 Ⅳ 図版-2)あるいは花崗閃緑岩に相当する部分も認められ, 岩体全体としては, 粒度および岩相ともにかなり不均質であるといえよう。

細粒黒雲母花崗岩

本岩は上述の斑糲岩~閃緑岩体の西半部をとり囲むような分布を示し, これより新期であることを示す事実が確かめられている。 中生代火山岩類とは, 北方では 安蔵 あぞう 付近, 南方では 杣小屋 そまごや 西方などで接している。 両者の関係を示す良好な露頭はないが, 本岩が火山岩類を貫くものと解しうる現象が多い。 細粒, ときに中粒の岩石で桃色味を帯びた灰白色を呈するが, この桃色調は豊富なカリ長石の存在によるものである。 全体として, 岩相は均質で そのほとんど大部分はやゝ斑状の粒状構造を示す黒雲母花崗岩であるが, ときには文象構造を示す場合もあり, また局部的に各種捕獲岩に富み, これらとの混成相を生じている場合も認められる。 ペグマタイトやアプライトはみられない。 なお, 本岩中にはしばしば黄鉄鉱が散在していることがあるが, いかなる様式, 規模でも鉱床を形成するようなことはない。

代表的な岩相を鏡下でみると, 主成分鉱物は, 石英・カリ長石・斜長石および黒雲母からなり, 他に少量の鉄鉱・褐簾石やジルコンなどを伴なう。 珪長質鉱物の量は3者ほゞ等量である。 本岩は石英とカリ長石とのつくる組織に特徴がある。 すなわち, 石英は単独の自形に近い粒状あるいはこれらが多数連なりあった形を示すが, ほとんどの場合, 石英がカリ長石のなかに食いこんでいたり, あるいは石英中にカリ長石を包みこんでいて, 包みこまれたカリ長石は まわりのカリ長石本体と同一の光学的方位を有しているというように, 石英がカリ長石中に侵入した組織が普遍的に認められる。 このような両者の関係が細かにかつ複雑になると, いわゆる文象連晶に類似した形状をとる。 しかし, まれには明瞭な文象構造を示す場合もあって, この場合には 捕獲岩との混成部あるいは岩体の周縁部などに局部的に限られるようである。 斜長石は自形に近く, いずれも汚濁し, また均等に散在しないでいくつかが集まっている傾向がある。 なお, 斜長石にはやゝ大きく斑状に発達しているものがあるのが一般である。 黒雲母はほとんどのものが緑泥石化されていて, 肉眼では岩石全体になんとなく緑色調を与えている。 石英は波状消光をするのを常とする(第 Ⅴ 図版-2)。

なお, 先にも触れたように, 本岩中には局部的に文象質花崗岩相が含まれる。 地域は離れるが鳥取市北方の小丘である丸山も本岩から形成されていて, かつその地域一帯は次に記述するように文象質花崗岩が主体となって分布している。 これらの点からみて, この両岩相の生成条件には密接な関連性があるものと推察することができる。

文象質花崗岩

本岩は鳥取市街北東の久松山から北西の賀露町鳥取港にかけて, 山稜をつくり, あるいは海岸砂丘地帯の基盤として点々と分布している。 久松山の南東部では, 本岩は中生代後期火山岩類と接するが, 直接の関係を示す露頭は観察できなかった。 また, 鳥取市街西方の湖山池 四近には, より新期の細粒黒雲母花崗岩が分布しているが, これと本岩とは千代川の冲積堆積物のため隔離されている。

細粒斑状の岩石で, 桃色味を帯びた灰白色を呈する。 桃色調は豊富なカリ長石の存在によるものである。 主成分鉱物は石英・カリ長石・斜長石・黒雲母である。 斑状鉱物は斜長石がおもで, 石英がこれに加わる。 この斜長石はすべて2次的に絹雲母を始め粘土鉱物に分解している。 細粒の基質には, 粒状構造を示し石英・カリ長石, 少量の斜長石および黒雲母からなる細粒部と, 文象構造を示し, 石英およびカリ長石からなる部分とがある。 量的にみれば, 後者の構造を形成する部分の方が, 前者のそれよりも多く, 本岩の特徴的な構造となっている。 黒雲母はすべて緑泥石化している(第 Ⅴ 図版-1)。

文象斑岩

本岩はいままで記述した斑糲岩~閃緑岩・細粒黒雲母花崗岩, あるいは文象質花崗岩のように かなりの広さをもつまとまった岩体としては存在しないで, 中生代後期火山岩類のうちの, 石英安山岩~流紋岩に伴なって局部的な小岩体として認められる。 肉眼的には, 通常, これらの火山岩類の一部のものとはあまりはっきりと識別することは困難である。 しかし, 注意してみると同じ斑状岩でも, 本岩の石基の部分が比較的に結晶質の感じがすること, 文象構造をつくるカリ長石が豊富なので新鮮な岩石では桃色調を帯びていることなどで, 肉眼でもある程度の区別をすることができる。

次に, 本岩の出方, すなわち岩体の形態などについては, 上に述べたようなまわりの岩石との類似性などから, はっきりと規定することができない。 しかし, 非常に限られた局部的の分布をしていることは確かで, 岩質その他から考えて, おそらく 火山岩類の活動に引き続く一連の時期に小規模の岩脈状体として 迸入したものであろうと思われる。 この点では, こゝにまとめられた他の文象質花崗岩などの深成岩類に較べれば, 火山岩類とは成因的により密接な関連性をもっているものということができよう。 したがって 本岩のうちには火山岩類の一部のものと移過関係にあるものもあるかも知れない。 これまで述べたような理由から, 地質図幅には岩体として表現していないので, 中生代後期火山岩類として塗色してあるもののなかには, 本岩に相当する部分も含まれている。 今のところその存在がわかっているのは, 鳥取市街西方の山ガ鼻, その南西方の北村の東方, およびほゞ図幅地域中央部の小原の南の道路沿いなどである。 このうち, 小原のものは その北方に広く分布する最新期の花崗岩の影響でホルンフェルス化している。

鏡下の観察によれば, 斑晶鉱物は斜長石で, その量はかなり少なくまばらに散在し, また石基は文象構造を形成する石英およびカリ長石を主体とし, その文象構造は柱状の斜長石を中心として発達する。 ほかに石英・斜長石・カリ長石および黒雲母からなる粒状構造部を含んでいる。

II.3.3.2 粗粒角閃石黒雲母花崗岩および中粒~粗粒黒雲母花崗岩

こゝにまとめた2種の花崗岩は, 地域の南端部の狭い地域にみられるもので, その主体は, 西隣する倉吉図幅 - 奥津図幅地域, あるいは南隣する智頭図幅地域内に広い領域を占めて分布している。 それらの地域では, 花崗閃緑岩から花崗岩にわたる岩相変化を示す花崗岩類が, 全体として底盤状の岩体を形成しているが, そのうち粗粒角閃石黒雲母花崗岩は主体をなす一岩相として, また中粒黒雲母花崗岩は末期の比較的小岩体の岩相として認められており, 全体として第 Ⅱ 期の迸入岩活動の産物と考えられている。 分布地域も限られているので, 各岩相について簡単に記述する。

粗粒角閃石黒雲母花崗岩

図幅地域南西隅の三国山から南西流する中津河川上流部に沿って, わずかに分布がみられる。 こゝでは, 弱変成古生層を貫いて, これに熱変成を与え, ともに新第三紀の火山岩類に覆われている。 つまり南方地域に連続する岩体の北端部に相当するわけである。

主体をなす岩相は, 優白色, 粗粒の角閃石黒雲母花崗岩で, 桃色のカリ長石が目立つ。 鏡下では, 石英・カリ長石・斜長石・黒雲母および角閃石が認められ, 他にジルコン・燐灰石・鉄鉱が伴なわれる。 角閃石は緑色普通角閃石で, 量は少なく, 野外で相当の範囲にわたりまったくその存在が認められないことがある。 カリ長石は, 微斜長石構造は示さないが, いろいろな様式のパーサイト構造をもち, 斜長石との間にミルメカイトをつくることがある。 本岩には拳大あるいはそれ以下の暗色包有物がしばしば含まれる。

先にも記したように, 本岩は岩体の北縁部にあたるので, かなり広い範囲にわたり細粒の周縁相が発達している。 なお, 周縁相にはときに紅柱石を含むものがある。 紅柱石を含む岩相は, 多量の石英・白雲母および電気石を含んでいる。 紅柱石は, 単一の個体を示さないが, 近接するいくつかの個体が光学的に同一の方位をもち, それらの間を斜長石・カリ長石・石英が交代的な形状で埋めている。 この紅柱石の起源については, 周囲のホルンフェルスには紅柱石がまったくみられないこと, この周縁相中には泥質岩起源の捕獲岩片が含まれていないこと, 紅柱石自身の形態などから, これは捕獲結晶的なものではなく, 初生鉱物であると考えられる。 これと同様の例は西方の倉吉図幅地域でも観察されている。

中粒~粗粒黒雲母花崗岩

本岩は用瀬町から西方 佐治谷にかけて分布している。 南隣の智頭図幅地域には広い領域を占めていて, 本地域のものは岩体の北端部に相当する。 肉眼的に優白質粗粒の岩相あるいは黒雲母が, ゴマ塩状に散在する中粒の岩相があるが, これらは同一岩体内の岩相変化であって, 異質, 別個の岩体を構成するものではない。 弱変成古生層と接するところでは, 白雲母に富む周縁相が発達する。

主体をなす中粒~粗粒黒雲母花崗岩は, 鏡下で石英・カリ長石・斜長石および黒雲母からなり, 他に少量のジルコン・燐灰石あるいは螢石を伴なう。 斜長石は, 石英およびカリ長石に較べるとやゝ小形で, 後2者の間を埋めるような構造をとり, 厳密には等粒ではない。 カリ長石はパーサイト構造を示し, 2個のカリ長石が接する時には, その境界に沿い斜長石微粒が発達している。 黒雲母は, 粗粒の岩相では比較的形の大きなものがバラバラに散在しているが, 中粒相では小形のものが数個集まってクロットをつくる傾向が強い。 岩体内には暗色包有物はほとんどなく, またペグマタイト・アプライトに乏しい。 なお, 周縁相には石英・白雲母の増加が認められ, ときに柘榴石がみられる。

II.3.3.3 粗粒黒雲母花崗岩・アプライト質黒雲母花崗岩および斑状アプライト質黒雲母花崗岩

本岩類は地域内の迸入岩類のなかでももっとも広い領域を占め, 西端部の鹿野町西方では新第三紀の火山岩類に覆われるが, その基盤として, 西隣する倉吉図幅地域内に広く分布する小鴨花崗岩(第 Ⅲ 期迸入岩類)に連続していて, 全体として底盤状迸入体の一部を構成している。 なお東部は千代川の冲積層に覆われ, それ以東には見られないから, 本岩体はこゝで閉じているものと考えられる。

本岩類の南縁は, 鳥取市街南西の山ガ鼻 - 高路 - 小原 - 河内の線であり, またこの南縁部では, 西部の河内地域で新第三紀の火山岩類に覆われる以外は, 本岩類はすべてより古期の中生代後期火山岩類と境を接し, これを明らかに貫く箇所もあり, また諸処で熱変成作用を与え, 本岩類が火山岩類よりも新期の生成になることを示している。 火山岩類を明らかに貫く状態は, 高路から西方へ入る沢の中部で認められ, こゝでは本花崗岩類に由来するアプライト脈あるいは石英脈が凝灰角礫岩を貫き, また付近の凝灰角礫岩はホルンフェルス化作用を受けている。 なお, 鹿野町南方の小畑付近では, 本岩類は火山岩類に伴なったさらに古期の迸入岩体と接するが, 両者の関係を明瞭に示す露頭はない。

本岩類の主要な岩相は, 粗粒黒雲母花崗岩相と細粒斑状アプライト質花崗岩相との2者に区分される。 このうち粗粒岩相は, 地域西部の鹿野町以西に多いが, この岩相は 西隣する倉吉図幅地域内の小鴨花崗岩の主岩相として広い領域を占めるものであり, 本地域のものもその連続であって, 底盤状岩体の主体の岩相に相当する。 一方 細粒岩相は, 本地域では岩体の大半を占めるが, 西隣地域をも含めた全体としてみた場合には, 前記主岩相の周縁相あるいは晩期生成相を示すものと考えてよい。 両岩相間の関係を直接示す露頭を観察することはできなかったが, おそらく漸移する部分もあり, あるいはまた時間的間隙のほとんどない迸入関係を有しているものと推察される。

このようなことから, この地域の本岩類は, 以西の地域を含めた広い領域を占める底盤状岩体の浅部相, あるいは頂部に相当する周縁相を代表しているものということができる。 なお, 本岩類に伴なって, 小規模ではあるが, 諸処に絹雲母鉱床が賦存し, また温泉の湧出が各地に見られる。

以下に各岩相について簡単に記述する。

粗粒黒雲母花崗岩 : 本岩は優白色, 粗粒の岩石で, 桃色のカリ長石がやゝ大きく発達しているので, 色調は桃色味を帯びている。 鏡下では, 石英・カリ長石・斜長石・黒雲母のほかに, 少量の燐灰石・チタナイト・褐簾石・鉄鉱が認められる。 珪長質鉱物の量は, 石英 = カリ長石 > 斜長石である。 カリ長石は, 微斜長石構造を示すものがまれにあり, またモヤモヤした感じのもの(moiré appearance)がときにみられる。 パーサイト構造が明瞭なものが多い。 やゝ大きく発達し, 周縁部は他鉱物の間隙を埋めるような形態を示し, 斜長石との間にはしばしばミルメカイトをつくる。 斜長石は, 石英およびカリ長石に較べてすべて形が小さく, 数結晶が集まる傾向がしばしばみられ, また絹雲母化作用などで汚濁しているものが多い(第 Ⅵ 図版-2)。

このような粗粒岩相は, 先にも記したように, 鹿野町以西の地域, すなわち花崗岩の主体に近い部分にみられるのであるが, 以東の細粒岩相分布地域内にもまったくないわけではなく, 処々に認められる。 しかし, この場合にも一見すると粗粒の感じでも, 鏡下では細粒部と粗粒部とからなる斑状構造が普通で, 真の粗粒岩相とは様相を異にし, 粗粒岩相と細粒岩相との中間的な構造といえるであろう。 これはつまり中間的な生成環境をあらわしているわけである。

細粒斑状アプライト質黒雲母花崗岩 : 本岩は桃色味の強い細粒の岩石で, 長石が斑状に発達する斑状構造を示すものがほとんど大半を占めるが, ときには斑状構造を有しない細粒等粒度のものもある。 桃色調はカリ長石に富んでいることによるものであるが, 風化すると桃色味は減じて優白色となる。 また, 風化に対する抵抗が弱く, 新鮮, 堅硬な標本を採取することは非常に困難である。

鏡下では, 石英・カリ長石・斜長石・黒雲母のほかに, 少量の燐灰石・ジルコン・褐簾石・鉄鉱が認められる。 珪長質鉱物の量は石英 = カリ長石 ≫ 斜長石である。 斑状構造をなす場合の斑晶鉱物は自形~半自形の斜長石が圧倒的で, まれに石英・カリ長石が加わることもある。 斑状のものを除いた部分は 糖晶状の石英・カリ長石および少量の斜長石からなる粒状構造を示すのが大半であるが, 石英とカリ長石とが複雑に組み合って局部的に文象状の構造を示すものもある。 なお, 斑状構造を有しないものの構造も, 斑晶鉱物が欠けるだけで他はまったくこれと同様である。 いずれにしても, 構成鉱物および構造からいってアプライト質であるといえよう。 なお, 本岩類に特徴的な性質としては, 石英が例外なく波状消光をする点が挙げられる(第 Ⅵ 図版-1)。

次に本岩類中にみられる 暗色包有物 について触れておく。

本岩類中には暗色包有物が含まれる。 とくに細粒相内にそれが多い。 そのあり方は大きくみれば全地域の諸処にみられるわけであるが, よくその傾向を調べると, 存在するところでは局部的に密集していることがわかる。 大きさは拳大の小さなものから 1 m 内外の比較的大きなものまで種々あり, 形は, 角のとれた個体が密在している場合や, 大きな岩塊が分散したような形を全体として保っている場合などいろいろである。 西隣する倉吉図幅地域内のこの花崗岩主体には, 暗色包有物がほとんど見受けられないことが特徴の一つとして挙げられるのであるが, この地域に向かい東するに従い, 周縁相を伴ない, かつそのなかに包有物を比較的豊富に有するということは, この地域に分布する周縁相を示す花崗岩類が, 既存の岩石をとりこみやすい環境にあったことと, それを未消化のまゝ残存包有していることを示すものであろう。 包有物のあり方が, 深成岩体中にしばしば無数にみられる暗色球状包有物のあり方とは異なって, 局部的にかつ機械的にとりこまれたような様相を示すことは, その原岩の由来を考えるうえで興味がある。

暗色包有物の構成鉱物は, 斜長石・角閃石・黒雲母・石英およびカリ長石と, 他に少量のジルコン・燐灰石・チタナイト・鉄鉱などで, このうち角閃石と黒雲母とは両者共存する場合といずれか一方のみの場合とがあり, またカリ長石はこれを欠く場合がある。 これらの鉱物組合せの変化は, 包有物が花崗岩により受けた影響の程度によるものである。 もっとも影響の少ないものは, 輝石を有する石英閃緑岩や角閃石輝緑岩で, 影響が進むにつれ石英および黒雲母の量を増し, さらには角閃石が消失してカリ長石が加わり, 岩質は花崗閃緑岩質となる。

II.4 新第三系

鳥取南部および同北部図幅地域内の新第三系は, 大別して鳥取層群, およびこれに属する可能性のある円護寺火山岩類・中津火山岩類および大路流紋岩と, それ以後の「鮮新世」火山岩類とからなる。

II.4.1 鳥取層群

こゝで鳥取層群と呼んで一括した地層は, この地方において, 中新世に生じた沈降盆地内に形成された一連の堆積物を指している [ 以下の [注] 参照 ] 。 鳥取層群を積成した盆地の東方延長は, 鳥取県東部からさらに兵庫県北部にかけての日本海沿岸地帯に拡がっていたと見られる。 したがって, 今後, 東隣地域の調査が進めば, 本地域の鳥取層群と 兵庫県北部地域の新第三系下部(弘原海清・松本隆 19) の北但層群)とはおそらく一連の地層となるものと予想される。 両地域における岩相の層序的な移り変わりは, かなりよく一致しており, この予想を裏づけている。

[注]
こゝでいう鳥取層群は, 層序学的には, 西脇正巳・今村外治 15) が本地域東方の大成村地域で設定した山崎層群と大成層群とを合せたものにほゞ等しい。 しかし, 本図幅調査に関連して行なった予察の結果, 当該地域において, 山崎層群と大成層群との間に想定された不整合は存在せず, 両者が一連の地層であることがわかったので, こゝでは総括的な地層名として「鳥取層群」の名を使用した。 たゞし, 上記の大成村地域を含めて, 鳥取積成盆地北半部では地層は一連であるが, 同盆地南半部では鳥取層群中に軽度の不整合の存在が予想されている。 もっとも, この不整合の層位的位置は, 上記の山崎層群と大成層群との境として想定された不整合の位置よりやゝ下位となっている。

鳥取層群は, 岩相層序的にみて, 次の4単位に区分することができる。

上位 雲山砂岩泥岩互層 砂岩・泥岩の互層を主とし, 細礫岩を挾む
円通寺 えんつうじ 礫岩砂岩層 火山岩類および基盤岩類の礫からなる礫岩と砂岩との不規則な互層
河原火山岩層 安山岩・玄武岩および粗面安山岩質の火山砕屑岩および熔岩流を主とし, 石英安山岩質(?)火山砕屑岩を挾む。 安山岩・玄武岩・粗面岩小迸入岩体をも含む。
下位 郡家 こうげ 礫岩層 断続的に分布する基底礫岩

上位の2層は, 岩相の横への移り変わりがはげしい。 円通寺礫岩砂岩層は, その分布の形や礫の種類からみて, 下底に軽度の不整合があるものと予想される。 上記の各層の分布を見ると, 下部の火山岩層は, 図幅地域東部から中央部をへて海岸地域まで, 北東に開いた半円状に分布し, 上位の砕屑岩層はその内側にのみ発達している。

以上の各層は, 鳥取積成盆地の南半部のものについてのみ述べたものであるが, 一方, 鳥取市北東部に分布する 石英安山岩質火山砕屑岩類を主とする円護寺火山岩類(II.4.2)は, 鳥取積成盆地の北半部の下位に発達するものの西端にあたるものと考えられる。 図幅地域西端部の東伯郡三朝町中津付近に分布する, 中津火山岩類(II.4.3)と名付けた火山性の地層も鳥取層群に属する可能性がある。 また, 図幅南縁の佐治村地内に局地的に分布する礫岩層(舂谷礫岩層)については, 暫定的に鳥取層群中に含めて説明する。

鳥取層群からは, 本図幅地域内では, 時代を指示するに足る化石は発見されていない。 しかし, 東隣地域では, その上半部に相当すると考えられる地層から, Vicarya callosa, Batillaria yamanarii などの中新世中期を示す化石群および Pecten kagamianus, Chamys crassivenia などが西脇正巳・今村外治 15) によって報告されている。 したがって, この化石産出層相当層の下位になお厚い火山性の地層が発達する本層群は, 全体として, 中新世の初期~中期, おそらく同後期にいたる時期に積成したものであろう。

舂谷 つくだに 礫岩層

本層は, 鳥取南部図幅の南縁中央地域から南隣の智頭図幅地域内にかけて, 佐治谷の北斜面に局地的に分布する礫岩層(ときに砂岩層を挟む)であり, 智頭図幅地域内の佐治村舂谷付近でもっともよく観察される。

本礫岩層は, 下位の弱変成古生層を不整合に覆う。 また, その分布状態からみて, 中生代後期の流紋岩質凝灰岩(千枚岩片を含む)をも不整合に覆っているようである。 この礫岩層の基底面は, 本図幅地域内でほほゞ水平であるが, 全体としてみると, かなりの傾斜で南へ下がり(平均して 12°内外の傾斜), 智頭図幅内では, 佐治川の川岸にまで達している。 上位では, 海抜約 500 m の高さで, 後述する「鮮新世」火山岩類に覆われる。 また, 一部では, 「鮮新世」火山岩類に属するとみられる石英安山岩類脈に貫かれる。 層厚は 100 m 以内, おそらくは数 10 m 程度であろう。

本礫岩を構成する礫は, 直径数 cm の亜円礫~円礫で淘汰はよい。 礫の種類は花崗岩礫(黒雲母花崗岩・電気石白雲母花崗岩など)を主とし, 流紋岩礫および珪質泥岩礫を混じえる。 後2者は熱変成作用をうけているようである。 これらの礫は, その岩石学的性質の類似からみて, 本図幅地域から隣接地域にかけて広く分布する中生代後期火山岩, およびそれを貫く花崗岩類に由来するものであることは間違いない。 基質は白色, 花崗岩質の粗粒~細粒砂で, 黒雲母や白雲母片が目立つ。

本礫岩層は, 局地的に孤立して分布しており, 岩相も後述の郡家礫岩層などと異なっているため, その層序的位置は正確には決めがたい。 しかし, 本説明書では, 暫定的に, 郡家礫岩層に時代的に相当するものとみなし, 鳥取層群に含めて扱った。

郡家 こうげ 礫岩層

鳥取層群の基底礫岩層である本層は, 図幅南東部地域において, 鳥取層群の南限を画して分布している。 東隣の若桜図幅西縁の郡家付近によく発達し, 郡家から若桜へいたる街道沿いでもっともよく見られる。 郡家から千代川東岸にいたる間では, 北東 - 南西の方向性をもって連続的に分布するが, 千代川以西ではこの続きが美成・小倉・尾花・古市と断続的に分布するのみである。 このほかに北方 神馬付近および本角 南方に断片的に露出している。 図幅中・北部地域では, 鳥取層群の基底にこのような礫岩層の発達しているところは見られない。 この礫岩層は, 弱変成古生層を主とする先新第三系の上に不整合にかさなる。 船岡から 国英 くにふさ へいたる間の峠の南側では, 北方へ約 30°傾いた不整合面が見られる。 上方へは, 安山岩~玄武岩質礫岩をへて, 河原火山岩層に移化している。

郡家礫岩層は, 郡家 - 千代川間では, 下部と上部とで構成礫の割合が異なり, 下部では花崗岩礫をはじめとする先新第三系の礫が多く, 上部は安山岩および玄武岩礫を主としている。 しかし, この上部, 下部が必ずしも層位的に明瞭に区分されるものでもなく, また, 千代川以西ではこのような区別はしにくいので, 地質図では上下を一括して示した。

郡家 - 千代川間の本層下半部は, 径 10~30 cm の亜角礫~亜円礫からなり, 礫は密集して, 配列に方向性を示さない。 礫の種類としては, 花崗岩・ アプライト質花崗岩・ 粘板岩~千枚岩および少量のチャート・脈石英(?)などの先新第三系のものが多く, このほかに安山岩および玄武岩礫も混じる。 全体としてみると, 先新第三系の礫のなかでは, 花崗岩礫がもっとも多い。 礫岩層の上半部は, おもに河原火山岩層中のものと同様な安山岩および玄武岩の礫からなっており, 花崗岩・アプライト質花崗岩および少量のチャー卜などの礫を含んでいる。 礫には径 5~15 cm の亜円礫~亜角礫が多い。 礫は一般にあまり密集しないが, その配列に規則性を示さないことが多い。 しかし, このなかにも, 花崗岩礫からなる礫岩が層理を示してはいることもある。 基質はおもに淘汰の悪い安山岩および玄武岩の砂からなっている。 本礫岩層には火山礫凝灰岩層が挾まれることがある。 本礫岩層は, 風化すると特異な赤紫色を呈し, その分布を知るうえによい手掛りとなる。

千代川以西の地域では, 礫岩の礫は 安山岩・玄武岩・花崗岩・アプライト質花崗岩などの径 5~10 cm の礫からなり, 東部のような上部・下部の岩相的な区別はつけ難い。 河原町小倉付近では, 場所によって千枚岩および流紋岩の礫が多く, 花崗岩礫の認められないことがある。 基質は新鮮な場合には灰緑色を呈し, おもに淘汰の悪い安山岩および玄武岩の砂からなるが, 花崗岩源の物質も含まれる。 本礫岩層には混成凝灰岩あるいは凝灰岩が幾層か挾まれることがある。

今まで述べたことから, 本礫岩の堆積開始と同時, あるいはそれ以前から, すでに火山活動が起こっていたと考えられる。

本礫岩層は, 郡家付近では下部が約 70 m, 上部が約 80 m であるが, 西方へ次第に薄くなり, 国英駅東方では全体として約 70 m である。 千代川以西では, 厚いところでも約 20 m に過ぎない。 本層からは, 化石はまだ発見されていない。

河原火山岩層

本層は, 図幅東中部 河原町を中心とした地域および北中部の湖山池地域に分布している。 本層は, 主として, 安山岩・玄武岩および粗面安山岩質の凝灰角礫岩~凝灰岩からなり, 石英安山岩質(?)軽石凝灰岩~凝灰岩および安山岩・玄武岩・粗面安山岩溶岩を挾む。 これら岩層を貫く安山岩・玄武岩の小迸入岩体が各処で認められ, とくに湖山池地域に著しい。 粗面岩の小迸入岩体も知られている。 これら小迸入岩体は河原火山岩層をもたらした火山活動に関係したものと考えられること, および野外で露出範囲を確定し難い場合が多いことから, 地質図では本層と同一に塗色してある。

本層の断面の一部は, 河原町小倉 - 今西間の道路沿い, 同町高福 - 釜口間の千代川に面する崖, 同町曳田 - 天神間の曳田川南の崖などで観察することができるが, 一般に露出が悪く, 風化も著しいので, 詳細な層序を確立することは困難である。

第 3 図 鳥取県八頭郡河原町小倉部落の北, 道路西側の切割で見られる郡家礫岩層(cgl)と河原火山岩層(tf, tf')との関係。
断層 A : 走向 N 60°W, 傾斜 57°S。
断層 B : 断層下部, 走向 N 80°W, 傾斜 65°S ; 同上部, 走向 N 75°W, 傾斜 72°S。
断層 C : 走向 N 75°W, 傾斜 64°S。
断層 D : 走向 N 50°W, 垂直。
tf : 塊状凝灰岩, tr' : 細かくはげ易い凝灰岩, ms : 泥岩, cgl : 礫岩

下位の郡家礫岩層との関係は, 前記小倉部落の北はずれで観察することができる。 こゝでは第 3 図に示すように, 郡家礫岩層の上位に 厚さ約 1 m の黄白色泥岩( 禾本 かほん 科植物の葉の化石を多数含む)が整合に重なり, さらにその上位に 河原火山岩層に含めた白色凝灰岩(石英安山岩質)が整合に重なっている。 図幅の中央部地域および湖山池地域では, 郡家礫岩層を欠き直接本層が中生代後期の流紋岩あるいは花崗岩を覆っているようである。 しかし露出が悪く, 直接の被覆関係は観察されていない。 これらの基盤岩を不整合(?)に覆う 安山岩~玄武岩質火山礫凝灰岩・凝灰角礫岩の基底部付近には, しばしば基盤岩の角礫~亜角礫が含まれている。 たとえば, 湖山池南岸の 良田 あらた では, 凝灰角礫岩中に径 20~30 cm の花崗岩亜角礫が, また上砂見と岩坪との中間地点では, 火山礫凝灰岩中に流紋岩および花崗岩角礫が含まれている。 しかし, これらは火山活動に際して異質角礫として抛出されたものであろう。

八頭郡河原町高福と釜口との間, 千代川に面する崖では, 次のような露頭が観察される。 高福に近い崖の北西端下位では, 雑色~灰緑色塊状の類質火山礫凝灰岩~粗粒凝灰岩と 赤紫色で剥理性のある細粒凝灰岩との互層が, 走向 N 45°E・傾斜 15°SE をもって露出している。 この露頭の南東部は石垣その他に覆われているが, 佐貫橋の南東では4枚(?)の安山岩熔岩が見掛け上 南東へ傾斜して露出している。 熔岩層の上位には, 厚い類質凝灰角礫岩が崖の最上部まで続いており, 間に1枚の自破砕熔岩が挾まれている。 さらに南東方, 198 m 山の南西崖の下位では, 走向 N 20°W・傾斜 15°W の 雑色~灰緑色塊状の類質凝灰角礫岩(厚さ 2~3 m)と 黄色の軽石凝灰岩(厚さ数 cm)との互層が露出している。 赤紫色の細粒凝灰岩薄層も挾まれている。 この互層の見掛け上の下位には変質した安山岩(?)熔岩が来る。 この崖で見られる火山砕屑岩のうち, 雑色~灰緑色および赤紫色を呈するものは安山岩あるいは玄武岩質であり, 黄色を呈するものは石英安山岩質であろう。

前述の露頭およびその他の露頭の観察を総合して判断すると, 本層の主体をなすものは安山岩質および玄武岩質の類質火山砕屑岩であって, 石英安山岩質火山砕屑岩は量的にきわめて少量である。 また安山岩・玄武岩・粗面安山岩の熔岩および小迸入岩も量的に少ない。 これら火山岩類は 緑泥石・ 鉄サポナイト(iron-saponite)・ 沸石・ 水酸化鉄鉱・ 炭酸塩鉱物・ 石英および粘土鉱物を生ずるような熱水変質作用を多かれ少なかれ受けており, とくに火山砕屑岩において, その作用が著しいようである。 橄欖石および斜方輝石は1, 2の例外を除いては, 完全に変質してしまっているが, 単斜輝石は新鮮なことが多い。 斜長石は一般に新鮮であるが, 一部が沸石化している場合もある。 加藤信・甲藤次郎 8) が報告している鳥取県気高郡神戸村上砂見・大湯棚 (現在は鳥取市上砂見・大場棚)のベントナイト鉱床の母岩は, 本層の火山礫凝灰岩である。

本層を構成する苦鉄質火山砕屑岩は, 粗粒のものであれ, 細粒のものであれ, 類質火山砕屑岩といえるものであり, 一方 珪長質火山砕屑岩は本質の石英安山岩軽石凝灰岩~凝灰岩である。 後者は一般に鉄苦土鉱物の斑晶を含まないが, 角閃石斑晶をやゝ多量に含む凝灰岩もまれに見られる。 熔岩および小迸入岩は, 橄欖石玄武岩(久野久 [ 以下の [注] 参照 ] の分類に従えば, Ⅲb および Ⅲb→c 型)・ 粗面安山岩・ ソーダ粗面岩・ 橄欖石安山岩(Ⅲd)・ 橄欖石輝石安山岩~玄武岩(Ⅳd)・ 輝石安山岩(橄欖石斑晶を含むこともある, Ⅴd)・ 輝石石英安山岩・ 角閃石輝石石英安山岩および斑晶として斜長石のみを有する安山岩~玄武岩である。 これらのうち, 輝石安山岩が量的には多いようである。 これら岩石は常にやゝ多量の斜長石および 0~数 % の鉄苦土鉱物斑晶を有する斑状岩で, 無斑晶岩はない。 石基には長石として斜長石のほかにアルカリ長石を含み, とくに粗面安山岩~ソーダ粗面岩はその量が多い。 また珪酸鉱物もほとんど常に石基鉱物として存在するようである。 熔岩および小迸入岩を代表する岩石について, 以下簡単に記載する。

[注]
Kuno,H. : Petrology of Hakone volcano and the adjacent areas,Japan, Bull. Geol. Soc. Amer. Vol.61,No.9, 1950

橄欖石玄武岩(NI 57102104): 鳥取県八頭郡佐治村古市, 熔岩流(?)。 鏡下では, 斑晶として斜長石および橄欖石を含む。 斜長石は亜灰長石で, 微細な輝石および鉄鉱粒を多量に包有している。 また鉄サポナイト(?)により汚染されているものが多い。 橄欖石は 鉄サポナイト(?)・石英および水酸化鉄鉱(?)の集合体にまったく変化しており, その外形から推定されるに過ぎない。 単斜輝石粒には囲まれていない。 石基は 斜長石・ 単斜輝石・ 鉄鉱・ 橄欖石および これら鉱物粒の間をみたす珪長質(?)物質(針状の燐灰石を含む)からなっている。 石基の橄欖石もまったく変質してしまっているが, 常に不変質のピジォン輝石単体に取り囲まれている。 2次的に鉄サポナイトおよび石英を生じているので, アルカリ長石の有無については, はっきりしたことがいえない。 本岩は, 部分分析 [ 以下の [注] 参照 ] の結果, Na2O = 3.48 %, K2O = 0.66 % を含むことがわかっている。

[注]
アルカリの部分分析は本所 倉沢一技官に行なっていただいた。

普通輝石粗面安山岩(NI 57111308): 鳥取市猪子, 部落の南南西約 0.6 km, 川の右岸の崖, 熔岩流(?)。 本岩は, 肉眼的には, 赤褐色の水酸化鉄鉱(?)からなる小斑点を無数に有し, 全体として赤味を帯びた暗灰色を呈している。 鏡下では, 斑晶として清澄な斜長石(長さ 0.5~2.5 mm)・ 鉄鉱・ 普通輝石(長さ 0.5~1.0 mm)・ 長柱状の燐灰石(長さ約 0.2 mm)および 少量の完全にオパサイト化した角閃石(?)を有する。 石基は細粒~中粒で, 長柱状の斜長石(長さ約 0.3 mm)・単斜輝石(?)・鉄鉱, およびこれら鉱物粒の間をみたすやゝ多量のアルカリ長石, および量的には少ないが, 初生の石英からなる。 燐灰石も少量含まれる。 全体的に水酸化鉄鉱(?)によって網状に汚染され, また石英細脈に貫かれている。 本岩は, 部分分析の結果, Na2O = 4.91 %, K2O = 1.43 % を含むことがわかっている。

ソーダ粗面岩(NI 58102201a): 鳥取市尾崎の北北東約 0.6 km, 熔岩流あるいは岩頚。 本岩はすでに 津屋弘逵により輝石斜長石粗面岩(津屋の標本番号 No.1893032) として記載されているものと同一である。 本岩は, 肉眼的には, 赤味を帯びた淡灰色を呈し, 津屋も述べているように, 角礫岩状構造を示す部分がある。 角礫の間隙は暗赤褐色物質によりみたされており, この物質は単に角礫を膠結するだけではなく, 母岩に発達する板状の割れ目に沿ってしみ込んでいる。 角礫岩状構造を示す部分は迸入角礫岩であるのか, あるいは熔岩流の自破砕部であるのか, 露出がよくないので断言できない。 鏡下では, 斑晶として少量の斜長石・鉄鉱および暗黒物に縁取られ, 2次的石英粒に置換された結晶形骸(橄撹石仮像 ?)が見られる。 斜長石斑晶はほとんど包有物のない, 清澄な灰曹長石である。 津屋は斑晶としてこれらのほかに, 単斜輝石および角閃石から変わったと考えられる黒色不透明の柱状体のあることを述べている。 石基は細粒で, 長柱状斜長石(灰曹長石)・鉄鉱, ほとんど変質してしまっている鉄苦土珪酸塩鉱物および少量の燐灰石からなり, これら鉱物粒の間をみたしてアルカリ長石および石英が存在する。 本岩は2次的な水酸化鉄鉱(?)および石英細脈に貫かれている。 津屋は これら2次的細脈は本岩噴出末期の後火山作用によって生じたものであろうとしている。 津屋の論文にのせられた本岩の化学分析値を次にあげておく(分析者 : 中島真治)。

SiO2 Al2O3 TiO2 Fe2O3 FeO MnO MgO CaO Na2O K2O H2O (+) H2O (-) P2O5 Total
66.98 16.53 0.53 4.31 0.43 0.13 0.73 1.01 4.68 3.98 0.48 0.54 0.34 100.67

この標本(NI 58102201a)についての部分分析の結果, Na2O = 5.16 %, K2O = 3.67 % であることがわかっている。

橄欖石安山岩(NI 57111302): 鳥取県八頭郡河原町袋河原の北西約 1 km, 熔岩流(?)。 本岩は, 鏡下で観察すると, 斑晶として包有物の少ない斜長石・橄欖石および少量の鉄鉱が見られる。 橄欖石は完全に緑泥石(?)・石英および水酸化鉄鉱の集合体に変わってしまっており, その外形および変質の仕方から原岩に橄欖石のあったことが想定されるに過ぎない。 石基は斜長石・単斜輝石・斜方輝石および鉄鉱からなり, これら鉱物粒の間をガラスあるいは珪長質物質(針状の燐灰石を含む)がみたしている。 本岩は, 部分分析の結果, Na2O = 3.72 %, K2O = 1.12 % を含むことがわかっている。

橄攪石紫蘇輝石普通輝石安山岩(NI 57111306): 鳥取市猪子の南西, 衣笠山, 熔岩流(?)。 本岩は, 鏡下で観察すると, 斑晶として斜長石・普通輝石・紫蘇輝石および橄欖石が見られる。 斜長石は微細な輝石および鉄鉱の包有物に富み, また緑泥石(?)により汚染されている。 普通輝石はほとんど変質していないが, 紫蘇輝石(単斜輝石縁を有しない)は常に周縁から, あるいは割れ目に沿って変質作用を受けている。 橄欖石は完全に緑泥石(?)・炭酸塩鉱物および石英の集合体に置換されている。 石基は細粒で, 斜長石・単斜輝石・斜方輝石および鉄鉱からなる。 アルカリ長石およびクリストバル石も少量含まれる。 石基の斜方輝石は単斜輝石よりも一般に大型で, その一部は鉄サポナイトに変わっている。 本岩は部分的に水酸化鉄鉱(?)により汚染されている。

紫蘇輝石普通輝石石英安山岩(NI 57111006): 鳥取県八頭郡河原町大平の西北西約 1.3 km, 417.0 m 山山頂付近, 熔岩流(?)。 本岩は, 肉眼的には, やゝ赤味を帯びた灰黒色を呈し, 斜長石斑晶を多数有している。 鏡下では, 斑晶として斜長石のほかに, 普通輝石・紫蘇輝石(?)・鉄鉱および少量の柱状の燐灰石が存在する。 斑晶斜長石は岩石全体の約 20 容量 % を占め, 包有物のほとんどない清澄な曹灰長石~中性長石であるが, 緑泥石(?)に汚染されていることもある。 普通輝石は 周縁あるいは割れ目に沿ってわずかに鉄サポナイトに変化しているに過ぎないが, 斜方輝石はまったく鉄サポナイトに変わってしまっており, たゞ仮像の外形からその存在を想定するに過ぎない。 普通輝石はまた淡黄緑色角閃石に囲まれていることがある。 燐灰石は他の斑晶に較べて小型(長さ約 0.2 mm)で, 常にその c 軸に平行に配列した微細な包有物を含む。 石基は細粒で, 長柱状斜長石・ 変質した鉄苦土珪酸塩鉱物・ 鉄鉱および少量の長柱状燐灰石からなり, これら鉱物粒の間をみたしてやゝ多量の珪酸鉱物, および量的には少ないがアルカリ長石が存在する。 少量の淡黄緑色角閃石および淡黄褐色雲母を含む石英細脈が, ときおり見られるが, 石基間隙をみたす初生の石英から漸移しているように見える。

河原火山岩層中には, 泥岩・砂岩のような非火山性の砕屑岩は局部的にしか見られず, またその厚さはきわめて薄い。

本層は, 曳田川以南では, 緩い盆状構造を示しているようであるが, 同河川以北でははっきりした構造はわからない。 わずかに計り得たいくつかの地点での走向・傾斜の値からは, 緩い小波曲が繰り返されているように思えるが, 全体的にみた場合にはほゞ水平に堆積しているとしてよいようである。 層厚は, 削剥された部分を考慮に入れなければ, 500~600 m であろう。 本層の垂直および水平方向の岩相変化はほとんど把握されておらず, また 河原町を中心とした地域の本層と 湖山池地域のそれとの対比も現在の知識ではまったくできない。 全般的な岩相の類似から, 両者を一括してこゝで述べたに過ぎない。

本層からは時代を決定しうるような化石は発見されていない。 たゞ鳥取県八頭郡佐治村 津無では, 本層に属する赤紫色凝灰岩中から不完全な濶葉樹の葉の化石が, また同郡河原町釜口北東約 0.5 km の因美線柏越トンネル東側の道路切割, および同トンネル西側の 大師堂(地質図幅上に寺院記号で示してある)裏手の路傍に露出する 砂岩泥岩層(全般的な分布から凝灰角礫岩層中に挾まれているようである)の泥岩中から, 植物片が産するに過ぎない [ 以下の [注] 参照 ]

[注]
大師堂裏手の路傍からは, 以前には保存良好な植物葉化石を産したといわれている。

円通寺 えんつうじ 礫岩砂岩層

本層は, 図幅地域東縁部の国英付近および霊石山の丘陵などに分布している。 下位の河原火山岩層とは, 本層の基底が国英付近で見られるように凹凸のはげしい境界線を示すこと, および本層の基底部に河原火山岩層から供給された礫が多量に含まれることからみて, ある程度の不整合関係にあるものと予想されるが, 直接の関係は確かめられていない。 河原火山岩層の東方延長が次第に薄くなり, 東隣の若桜図幅内では欠除するのも, 円通寺礫岩砂岩層積成前の削剥によるところが大きいであろう。 上方へは次第に細粒となり, 雲山砂岩泥岩互層に整合に移化すると思われるが, 両者の境は本図幅地域内では冲積層に覆われてわからない。 霊石山丘陵では, 本層の上に「鮮新世」の粗面安山岩および安山岩熔岩が緩く北へ傾斜してのっている。

本層からは, 保存不良の植物破片(おもに濶葉樹の葉)以外, まだ化石は発見されていない。 しかしながら, 巨智部忠承 2) が Ficus cfr.tiliaefolia A. BR., Ficus sp., Pterocarya cfr. denticulata O. WEBER, Salix sp. および Acer sp. の植物化石(鑑定 : 横山又次郎)の産出を報告している, 三谷村・郷原村(現在は八頭郡河原町三谷および同町郷原)の間の 栢峡に露出する砂岩・頁岩は, その記載(巨智部の 25~27 頁)から, 本層に属するものと思われる。

南端部の国英の丘陵では, 本層は 平均径約 5 cm の亜円礫からなる礫岩と 黄褐色で細粒~粗粒の塊状砂岩との互層からなっている。 礫は, 下位層準の礫岩では, 河原火山岩層から由来したと考えられる安山岩・玄武岩および 基盤源のチャート・千枚岩~粘板岩・砂岩・花崗岩であり, 上位層準の礫岩では, 弱変成古生層起源のものを主とする。 互層をつくる各層は, 多くは 10~50 cm の層厚であるが, 礫岩層はときに 1.5 m 内外の厚さになることもある。 礫岩の礫は密集し, その配列に方向性を示さないことが多い。 また, 礫岩の基底には, ときに軽微な侵蝕面も認められる。 この地域の本層については, 風化も著しく露出も乏しいので, 詳細については不明のところが多い。

霊石山丘陵の本層は, 礫岩を主とした礫岩と砂岩との不規則な互層からなっている。 下位層準の礫岩では, 礫としては河原火山岩層から由来したと考えられる安山岩・玄武岩がもっとも多く, 基盤源のチャート・ 粘板岩~千枚岩・ 砂岩・ 花崗岩・ アプライト質花崗岩および流紋岩~石英安山岩もある。 礫岩の基質および礫岩と互層する砂岩は白褐色~白紫色を呈する中粒または粗粒のもので, その構成物質は, 礫と同じように, 火山性物質を主体としている。 上位の礫岩では, 礫としては基盤源のチャート・粘板岩~千枚岩および砂岩が主であって, 河原火山岩層から由来したものは認められない。 礫岩の基質および礫岩と互層する砂岩は白色~黄白色を呈する中粒~粗粒のもので, その構成物質には火山性のものは認められない。 これら礫岩の礫は, 普通, 径 5~10 cm の亜円礫からなっている。 礫は大小のものが雑然と密集したり, あまり密集せずわずかに方向性を示して配列したりしており, それによって不明白な層理が認められる。 また, 大小の礫の配列が層理を示していることもあるが, 一般に斜交層理の発達が著しい。 砂岩は一般に淘汰悪く, 細礫を含んでいる。 砂岩の夾みは上部で多くなり, 30 cm 内外の層厚でなん枚も入っているのが認められる。 また, 本層中には部分的に, 砂岩・泥岩の互層も挾まれている。 越路付近では褐炭の産出が知られている。

本層は, 国英丘陵では, ほとんど水平でわずかに北へ傾いているに過ぎない。 霊石山丘陵では, 斜交層理の発達などで走向・傾斜のふれがはげしいが, 西縁では 15~25°の傾斜で東へ, 南縁では 20°内外の傾斜で北へ傾いており, 全体として北東へ開いた半盆状構造を形作っている。 本層の層厚は約 300 m である。

雲山砂岩泥岩互層

本層は, 図幅地域内での鳥取層群の最上部を占めるものであり, 鳥取市南部に小さく分布している。 岩相は砂岩と泥岩とが 1 m 内外の厚さで不規則に繰り返す互層を主としている。 砂岩は, おもに中粒, 均質, 塊状であるが, しばしば砂岩層の基底部に 基盤源の千枚岩・砂岩やチャート(以上の3者はホルンフェルス化しているようである)・ 流紋岩およびアプライト質花崗岩の細かい亜角礫をもったり, 全体として細礫質になったりすることもある。 泥岩は, 暗灰色を呈する砂質シルト~シルトからなり, しばしば植物破片(おもに濶葉樹の葉)の多い部分も含んでいる。 また, 雲山付近では, メタセコイヤの化石の産出も知られている(鳥取県立科学博物館所蔵)。

層厚は本図幅地域内で 100 m 内外である。 また, 本層中にはしばしば小断層が発達している。

II.4.2 円護寺火山岩類

鳥取市の北東部に分布する火山砕屑岩類, それらを覆う熔岩流および同火山砕屑岩類を貫く小迸入岩体群を一括して, こゝでは円護寺火山岩類と呼んでおく。 火山砕屑岩類の主体を構成するものは, 珪長質の軽石凝灰岩~凝灰岩および本質凝灰角礫岩~火山礫凝灰岩であるが, 下位層準には 苦鉄質岩滓凝灰岩~凝灰岩および凝灰角礫岩~火山礫凝灰岩が挾まれることがある。 熔岩流と小迸入岩体との新旧関係は野外では確かめられていない。 本図幅地域内では本岩類中に非火山性の砕屑岩は含まれない。 しかし, 東隣の浜坂図幅内では, 火山砕屑岩に伴なって泥岩の発達することがある。

本岩類と下位岩層との関係は, 覚寺部落の東外れ, 摩尼寺への道路の南側および久松山の東北東約 0.5 km, 灌漑用貯水池の傍などで観察される。 前の地点では, 花崗岩侵蝕面上を直接苦鉄質岩滓凝灰岩が覆い, 後の地点では, 同じように花崗岩の侵蝕面上を珪長質凝灰岩が覆っている。 いずれの地点でも, 基底礫岩は存在しない。

安山岩熔岩は久松山の東の峠付近から東方に分布している。 こゝでは, 花崗岩を覆った白色珪長質火山礫凝灰岩(淡緑色のパッチを含み, また最大径 0.5 m の花崗岩亜角礫を有する)の上位に来るような分布をしている。 本熔岩は斜長石斑晶を多量に含む輝石安山岩(?)で著しく変質している。

小迸入岩体は, 本図幅地域内では多鯰ガ池周辺から円護寺にかけて分布しているが, 東隣の浜坂図幅地域内にもかなりの面積を占めて発達しているようである。 地質図では同じ色で示してあるが, 玄武岩~安山岩(?)の岩質を有する岩脈・岩頚などの集合体であって, 一続きの岩体ではない。 迸入の方向にも規則性はない。

本岩類は 緑泥石・鉄サポナイト・炭酸塩鉱物・石英および粘土鉱物を生ずるような 2次的変質作用を著しく受けており, 原岩の岩石学的な性質を知ることが困難である。 またきわめてまれであるが, 緑簾石を生じている岩石もある。

覚寺部落の北および南の丘陵上には, 火山砕屑岩類を覆って橄欖石普通輝石玄武岩(Ⅳd 型)が散点的に分布している。 本岩では斑晶橄欖石が炭酸塩鉱物と鉄サポナイトとに置換されてはいるが, 他の鉱物はまったく新鮮であり, この点いままで述べてきた円護寺火山岩類の岩石とは著しく異なる。 あるいはより新期の独立した単位であるかも知れないが, とくにその理由もないので, こゝで一括して述べておく。

本岩類の火山砕屑岩は, 全般的にみて, 南あるいは南東へ 10~25°傾斜している。 また小規模な断層が見られる。 本火山砕屑岩からはいままで化石は発見されていない。 しかし本岩類は, その岩相から, 鳥取層群積成のある時期の産物とみてさしつかえないであろう。

II.4.3 中津火山岩類

本図幅地域の南西隅, 鳥取県東伯郡三朝町中津周辺に分布する苦鉄質火山砕屑岩・ 苦鉄質~珪長質小迸入岩体および熔岩流を一括して, こゝでは中津火山岩類と呼んでおく。 これら3者の分布を野外で確定できなかったので, 地質図では区別をせずに同色で示した。 本岩類と他の岩層との関係については, はっきりしたことはわからない。 しかし, 前記の中津部落から北方同県気高郡鹿野町 河内に通ずる山道のほゞ中間では, 本岩類に関係すると考えられる石英安山岩岩脈が花崗岩を, またその南西約 300 m, 沢の東岸の崖では, 玄武岩岩脈(地質図幅ではとくに示してない)が同じく花崗岩を貫いている。 この花崗岩の時代は中生代後期と考えられているから, 本岩類の時代はそれよりは新期であろう。 また後述する「鮮新世」火山岩類のあるものに不整合(?)に覆われている。

本岩類に属する火山砕屑岩は変質が著しく, 詳しい岩石学的性質を明らかにすることはできない。 小迸入岩体および熔岩流は 輝石角閃石石英安山岩(黒雲母斑晶を有するものもある) [ 以下の [注] 参照 ] ・角閃石石英安山岩(黒雲母斑晶を有することもある)・ 橄欖石玄武岩~粗粒玄武岩(Ⅲb 型)および安山岩(d 型)などであるが, これらも 炭酸塩鉱物・ 鉄サポナイト(?)・ 緑泥石および石英を生ずるような2次的変質作用を受けている。 一般に輝石・橄欖石は完全に変質してしまっているが, 黒雲母・角閃石は新鮮な部分を残している。

[注]
斑晶輝石はその仮像の形態から, 多くの場合, 斜方輝石と考えられる。

本図幅地域の中津火山岩類の地質構造については不明な点が多い。 また本岩類からは, 化石は発見されていない。 西隣の倉吉・青谷図幅において, 村山正郎・大沢穠 29) が丹戸凝灰角礫岩類としたものの一部には, 本岩類に相当するものがあると思われる。 しかし, その標式地における岩相とは異なる点が多く, また図幅境界地域の調査が不充分であったため, 相互の関係についてはなお多くの問題を残している。

II.4.4 大路流紋岩

鳥取市市街の南方約 3 km にある大路の小丘(海抜 105.2 m)は 白色~灰色の流紋岩により構成されている。 本岩体は, ある部分では板状節理が, また他の部分では柱状節理(乱れていることがある)が発達している。 露頭が悪くはっきりしたことはいえないが, 本岩体はおそらく岩頚か熔岩円頂丘のなごりである。

本岩体の南端で採集した1標本(NI 57111504)を鏡下で観察すると, 石英・アルカリ長石・斜長石および少量の鉄鉱からなり, 微球顆~微文象組織を有する石基中に, 石英(直径 0.2~1.0 mm)・ 短柱状の灰曹長石(長さ 0.4~2.0 mm)および少量の鉄鉱が散在しているのが見られる。 斑晶石英を取り囲んで, 蠕虫状の石基石英が見られる。 また直径約 0.1 mm の不定形石英粒の集合体がパッチをなして分布している。 本岩は, 全体的に, 褐色不明鉱物により汚染されている。

本小丘は冲積層に取り囲まれた孤立丘をなしているので, その層位的な位置はまったくわからない。

II.4.5 「鮮新世」火山岩類

西隣の倉吉・青谷図幅から本図幅地域にかけて, かなりな面積を占めて, 新鮮な火山岩類が分布している。 本岩類は 倉吉・青谷図幅地域北部の「鮮新世」火山岩類, 同図幅地域南縁東部から奥津図幅地域にかけて分布する鮮新世の中津河安山岩類, および丹戸凝灰角礫岩類の一部(?)に相当するものである。 「鮮新世」火山岩類は, 村山正郎・大沢穠 29) によれば, 植物化石を産する「中新世後期」火山岩類を不整合に覆い, 中津河安山岩類および丹戸凝灰角礫岩類は, 山田直利 30) によれば, 鮮新世前期(あるいは中新世後期)の人形峠層と整合関係にあることがわかっている。 本図幅地域では, 中新世の鳥取層群およびそれ以前の岩層を不整合に覆う関係が各地で観察される。 一方, 火山地形がかなり開析されていること, および熔岩表層が数 m にわたって粘土化するほどの著しい風化を受けていることから, 本岩類の噴出時代は鮮新世であるとして間違いないであろう。 こゝでは, これら火山岩類を一括して, 「鮮新世」火山岩類と呼んでおく。

「鮮新世」火山岩類は, 下部の安山岩~石英安山岩の凝灰角礫岩~火山円礫岩その他の火山砕屑岩と, 上部にあってかつ主体をなす玄武岩~流紋岩の熔岩流とからなっている。 これら火山砕屑岩および熔岩流は, 全体的にみれば, 緩く北方へ傾斜し, その一部は日本海海岸にまで達している。 図幅地域西縁北部の長尾ノ鼻などがその例である。 後述する諸事実から, 「鮮新世」の火山活動は次のようであったと考えられる。 はじめに, 図幅地域南西隅の三国山付近を中心として, 安山岩~石英安山岩の爆発的噴火が始まり, その後, この噴火によって抛出された粗粒火山砕屑物が北方へ運ばれ再堆積して, 火山円礫岩を形成した。 さらに引き続いて各地に開口した火口から, 玄武岩から流紋岩にわたる各種の熔岩が穏やかに流出して, それ以前の起伏を埋め, 平坦な熔岩台地を形成した。 1つの火口からの熔岩流出は, たった1回のこともあれば, 数回繰り返えしたこともあったらしい。

これら火山岩類は, 橄欖石玄武岩(Ⅲb)・ 橄欖石粗面安山岩(Ⅲb, Ⅲa→d)・ 橄欖石安山岩(Ⅲd)・ 角閃石輝石安山岩(Ⅵd, Ⅶd, Ⅶe)・ 輝石角閃石黒雲母流紋岩(ⅩⅥ) などによって代表される一連の岩石からなっており, 花崗岩質岩石による混成作用の証拠と考えられる, 熔融された石英および斜長石結晶を含む岩石も見られる。 代表的な岩石の化学成分は第 3 表にまとめて示してある(分析者 : 倉沢一)。

第 3 表 「鮮新世」火山岩類の代表的熔岩の化学成分およびノルム。
Table 3 Chemical compositions and norms of representative rocks of "Pliocene" volcanic rocks

本岩類と下位岩層との直接関係は次の諸地点その他で観察される。

中生代後期の花崗岩との関係 : 本図幅地域北西隅の鳥取県気高郡青谷町善田の南方約 0.7 km の道路西側の切割では, 花崗岩表層部が風化・再堆積して生じた花崗岩質砂岩 (直径 10~30 m のアプライト・脈石英の円礫を有する) の小起伏面を多孔質の粗粒玄武岩熔岩流(Vdo)が覆っている。 熔岩流に接する砂岩は赤く酸化しており, また熔岩流自体もその下底が赤色を呈していることがある。

第 4 図 鳥取市松原の西方約 1 km の道路北側の切割で観察される 「鮮新世」火山岩類下部の火山円礫岩(cgl)と河原火山岩層(tbr, tf)との関係。
cgl : 火山円礫岩, tbr : 凝灰角礫岩, tf : 凝灰岩

鳥取層群との関係 : 湖山池の南西岸, 鳥取市松原の西方約 1 km の道路北側の切割では, 第 4 図に示すような露頭が観察される。 こゝでは, 下位に河原火山岩層に属する灰白色凝灰岩および黄赤色の火山角礫岩があり, これらを覆って上位に, 角閃石斑晶の目立つ石英安山岩円礫を含む火山円礫岩(Vpy)がある。 これら火山砕屑岩はいずれも著しく風化分解して, 粘土化しているが, 下位の岩層が微細な硫化鉱による鉱染作用を受けているのに反し, 上位の火山円礫岩はそのような作用はまったく受けていない。 このことから, 両者の堆積期の間には時間的間隙があったと考えられる。 同様な火山円礫岩と, 河原火山岩層に属する石英安山岩(熔岩流か迸入岩体かの判別はつかない)との間の不整合は 白兎神社の西南西方約 0.6 km の山陰道切割で観察される(図版 1)。

図版 1 白兎神社西南西方約 0.6 km の山陰道切割で観察される 火山円礫岩(Vpy)と石英安山岩(Tw)との間の不整合

「鮮新世」火山岩類と鳥取層群に属する円通寺礫岩砂岩層との関係 は, 鳥取市市街の南方約 6 km にある同市越路の東方約 0.8 km の道路切割で観察される。 こゝでは, 円通寺礫岩砂岩層に属する礫岩を, 風化して玉葱状構造を示す橄欖石安山岩 (あるいは粗面安山岩であるかも知れない) 熔岩(Vtr)が覆っている。 熔岩の下底部は紫灰色粘土化していてはっきりしたことはいえないが, 塊状あるいは岩滓状部の発達は著しくない。 こゝでは, 両者の関係が不整合であるか整合であるかを判定するのは困難である。

中津火山岩類との関係 : 鳥取県東伯郡三朝町中津部落の西はずれ(西隣の倉吉図幅東縁南部)では, 「鮮新世」火山岩類に属すると考えられる 古銅輝石普通角閃石安山岩類脈(走向 N 35°W, 垂直)が中津火山岩類の変質凝灰角礫岩を貫いているのが観察される。

舂谷礫岩層との関係 : 鳥取県八頭郡佐治村津野部落の西南西方約 2.5 km の地点 (鳥取南部図幅南縁中央部, 460.2 m 山の西の峠)では, 「鮮新世」火山岩類に属すると考えられる 黒雲母含有紫蘇輝石普通角閃石石英安山岩類脈(走向 N 70°E, 傾斜 75°N)が舂谷礫岩層を貫いている。

「鮮新世」火山岩類は, 岩相の相違によって, 次の上下2単位に分けることができる。

上部 : 玄武岩~流紋岩の熔岩流
下部 : 安山岩~石英安山岩の凝灰角礫岩~火山円礫岩および凝灰岩

地質図幅では, 下部の火山砕屑岩を区別して塗色してあるが, 図幅の南西隅地域では調査不充分なため上部と同一色で示してある。 しかし三国山から北および高鉢山から西の地域は, 主として下部の火山砕屑岩によって占められているようである。 両者の被覆関係は 鳥取県気高郡気高町船磯部落の南南西方約 0.7 km の山陰本線の切割(鳥取北部図幅内) で観察される。 こゝでは, 風化して玉葱状構造を示す玄武岩熔岩流が火山円礫岩を覆っている。 この火山円礫岩の最上部は熔岩により酸化されて赤色を呈している。 この露頭では, しかしながら, 両者の間が整合であるか, 不整合であるかを判定できない。 他の地点では直接の関係は確かめられていないが, 両者の分布状態から, 火山砕屑岩が常に下位であることは疑いない。

「鮮新世」火山岩類下部の火山砕屑岩の堆積面は, 地質図幅からもわかるように, かなり起伏があったらしい。 粗粒火山砕屑岩をとってみた場合, 南部では構成岩片は角礫~亜角礫で 凝灰角礫岩(あるいは火山角礫岩)と呼びうるものであるが, 北に行くに従って岩片の角が落ち, 鹿野町以北では火山円礫岩と名付ける方が適当であろう。 この凝灰角礫岩~火山円礫岩はしばしば凝灰岩と互層している(図版 2)。 豊島吉則 12) は気高町酒津から鳥取市伏野に至る海岸地域に標式的に露出する本岩 (本地域では火山円礫岩)に対して, 白兎層の名を与えている。 本火山砕屑岩は一般に層理が不明瞭であるが, 凝灰角礫岩~火山円礫岩と凝灰岩とが互層する所で観察すると, 層理面は南部ではほゞ水平, 北部では緩く北~北東へ傾斜しているようである。

図版 2 鳥取県気高郡気高町酒津, 酒津トンネル西口付近に露出する火山円礫岩凝灰岩互層(Vpy)

粗粒火山砕屑岩中の礫は灰色・帯赤灰色・青灰色などの色調の安山岩~石英安山岩で, 花崗岩その他の基盤源の礫はほとんどまったく認められない。 礫の最大径は 2~3 m にも達する。 粗粒火山砕屑岩の基質および凝灰岩は帯赤灰色(淡いあづき色)を呈し, 礫と同様な安山岩~石英安山岩砂からなっている。 図幅地域南西部の小鹿川上流地域に分布する本岩に属する凝灰角礫岩 (地質図幅では上部の熔岩流と区別せず Vu3 の記号で示してある)では, 角礫として紫蘇輝石普通角閃石安山岩・ 紫蘇輝石黒雲母普通角閃石石英安山岩・ 普通輝石含有紫蘇輝石角閃石(オパサイト)安山岩などを含む。 しかし全体的にみた場合, 下部の火山砕屑岩中の礫は, 大部分, 長さ数 mm に達する斜長石および角閃石斑晶によって特徴づけられる 安山岩~石英安山岩である。

「鮮新世」火山岩類上部はすべて熔岩流からなる。 下部の火山砕屑岩との関係が整合であるか, 不整合であるかについては, すでに述べたように, 露頭では確かめられていない。 しかし, 両者の全体的な分布から判断して, 整合であろうと考えられる。

以下便宜上, 本岩類上部の分布地域を 1) 図幅西縁北部, 2) 図幅中央部, 3) 霊石山丘陵, 4) 鷲峰山 - 毛無山, 5) 三国山 - 高鉢山 - 飯盛山 の5つに分けて, 地域別に主要事項を記載する。

1) 図幅西縁北部 : 本地域の北部では, 各熔岩流の分布状態から, 次のような噴出順序がたどれる。 しかし, 直接の被覆関係はどこでも観察されていない。

上位 安山岩熔岩流(Van)
玄武岩熔岩流(Vb2)
粗粒玄武岩熔岩流(Vdo)
下位 玄武岩熔岩流(Vb1)

最下位の玄武岩熔岩流(Vb1)としたものは, 灰~暗灰色, 斜長石斑晶を含まない橄欖石玄武岩(気高町 会下 えげ の西方尾根に分布するものは, 少量の斜長石および普通輝石斑晶をも含む)および 灰色で, 長さ 5 mm に達する斜長石斑晶を有する橄欖石玄武岩が含まれる。 粗粒玄武岩熔岩流(Vdo)は 青谷・倉吉図幅の亀尻玄武岩類の下部熔岩(V6-1)の延長に当たるもので, 厚さ 60~70 m, 一見閃緑岩様の粗粒な岩石で, ミアロリティック孔隙に富む。 熔岩下底部の急冷相でも, 常に普通の玄武岩よりはかなり粗粒である。 この上位に来る玄武岩熔岩流(Vb2)は 上記図幅の亀尻玄武岩類の上部熔岩(V6-2)の延長で, 斜長石斑晶を多量に有する普通輝石橄欖石玄武岩である。 この地域で最上位と考えられる安山岩熔岩流(Van)は 西方へも広く分布し(青谷・倉吉図幅の鉢伏山板状地山岩類(V7)), 北方へ緩く傾斜した熔岩台地を構成している。 本図幅地域では, 本熔岩流は厚さ 100~150 m, おそらく1枚の熔岩流からなるものと思われる。 板状節理が特徴的に発達している。 本岩は灰~暗灰色, 一般に非顕晶質であるが, 場所により斜長石および石英の捕獲結晶を散点的に含むことがある。 またまれにオートリスが含まれる。

安山岩熔岩流(Vu1)としたものは, 普通輝石紫蘇輝石安山岩・紫蘇輝石安山岩, その他の幾枚かの熔岩流を一括して示したものである。 青谷町小畑の南方に Vu2 の記号で示した安山岩および石英安山岩熔岩流は, その分布状態から, 安山岩熔岩流(Van)を覆うようである。 Vu2 は 橄欖石古銅輝石(~紫蘇輝石)角閃石(オパサイ卜)安山岩・ 紫蘇輝石角閃石(オパサイト)安山岩・ 紫蘇輝石酸化角閃石石英安山岩・ 黒雲母含有褐色角閃石石英安山岩, その他の熔岩流からなるが, それぞれを区別して地質図幅に表示することはできなかった。

2) 図幅中央部 : 旧西郷村地域, 岩坪から松上にかけた地域および神坂の北西地域には, 厚さ 100~200 m の安山岩熔岩流が台地状に分布している。 それぞれ1枚の熔岩流からなるものと思われ, 一般に非顕晶質であるが, 場所により斜長石および石英の捕獲結晶を含むことがある。 本熔岩流は図幅西縁北部地域の安山岩熔岩流(Van)ときわめて岩質が類似することから, 地質図幅では同色で示してある。 落河内の南西に分布する熔岩中には, まれにオートリスが含まれている。

3) 霊石山丘陵 : 本丘陵の高所には, 侵蝕をまぬかれた安山岩あるいは粗面安山岩熔岩流が5ヵ所に分かれて分布している。 越路越峠の北および南のものは橄欖石粗面安山岩(Ⅲa→d), 霊石山から東方の尾根に分布するものは橄欖石安山岩(Ⅲd)の, それぞれ1枚の熔岩流からなるようであるが, 越路と池田とを結ぶ山道の東側に比較的広く分布するものは, 橄欖石安山岩(Ⅲd)および橄欖石粗面安山岩(Ⅲb)の 少なくとも2枚あるいはそれ以上の熔岩流からなるようである。

4) 鷲峰山 - 毛無山 : 本図幅西中部の鷲峰山から毛無山に至る地域, 同中央部の岩坪の北西方約 1.2 km の尾根, および細見の北東方および南東方の尾根には, 安山岩および石英安山岩熔岩流が分布している。 地質図幅では, 未区分の熔岩流として Vu2 の記号で示してある。 古銅輝石(~紫蘇輝石)角閃石(オパサイト)安山岩・ 普通角閃石含有普通輝石古銅輝石(~紫蘇輝石)安山岩・ 黒雲母普通角閃石普通輝石紫蘇輝石安山岩・ 黒雲母紫蘇輝石普通角閃石安山岩・ 黒雲母紫蘇輝石石英安山岩・ 角閃石(オパサイト)石英安山岩・ 黒雲母(オパサイト)角閃石(オパサイト)石英安山岩などが含まれる。 石英および斜長石捕獲結晶を有するものもある。

5) 三国山 - 高鉢山 - 飯盛山 : 本地域はとくに調査不充分なため, 「鮮新世」火山岩類の下部を構成する火山砕屑岩と 同上部を構成する熔岩流とを区別することができなかった。 そのため地質図幅では, 便宜上一括して Vu3 の記号で示した。 しかし前にも述べたように, 三国山から北, 高鉢山から西の地域は Vpy の凝灰角礫岩および凝灰岩が大半を占め, 上部の熔岩流は山稜部にわずかに分布するに過ぎない。 これら火山砕屑岩はさらに東方 1,113.1 m 山の南から東流する谷まで見られる。

高鉢山の東方地域では, 厚さ約 100 m の熔岩流が数枚累重しているようであるが, はっきりしたことは分からない。 この地域の山頂部に見られる比較的平坦な地形は熔岩流の原面のなごりである。 熔岩流は主として角閃石(オパサイト)安山岩であるが, 橄欖石玄武岩・ 普通輝石橄欖石粗面安山岩・ 古銅輝石角閃石(オパサイト)橄欖石安山岩・ 普通輝石紫蘇輝石(~古銅輝石)安山岩・ 普通輝石普通角閃石紫蘇輝石石地安山岩・ 紫蘇輝石黒雲母普通角閃石石英安山岩をも含む。 安山岩および石英安山岩には, 石英および斜長石捕獲結晶を有するものもある。 熔岩流の主体を占める角閃石(オパサイト)安山岩は, 斑晶として斜長石および角閃石を有する斑状岩で, 細かい不規則な節理に富み, 良い標本を取りにくい。

ツカン谷では, 火山砕屑岩層の下位に紫蘇輝石普通角閃石石英安山岩熔岩流が, 津野の西方約 3.5 km の谷では, 同様に火山砕屑岩層の下位に普通輝石黒雲母紫蘇輝石普通角閃石石英安山岩熔岩流が来る。 また杣小屋に流れ出る曳田川の支谷(オリゴヤノ谷)では, 凝灰角礫岩層に挾まれて石英角閃石(オパサイト)安山岩熔岩流がある。

以下に本図幅地域の「鮮新世」火山岩類の代表的岩石について簡単に記載をする。

橄欖石粗面安山岩(NI 57111604): 鳥取市円通寺 - 越路間, 越路越峠, 熔岩流(落石), Vtr に属する。 本岩は, 鏡下では, 斑晶として長さ 0.2~0.8 mm の橄欖石を 3~4 容量 % 有するだけで, 斜長石斑晶はまったく含まれない。 橄欖石はきわめてまれに斜方輝石によって取り囲まれている。 石基は中粒で, 長柱状の斜長石・ 粒状の単斜輝石・ 粒状の橄欖石(斜方輝石に囲まれることがある)・ 鉄鉱・ チタン鉄鉱・ きわめて少量の斜方輝石およびこれら鉱物の間をみたすアルカリ長石からなる。 針状燐灰石も少量見られる(第 Ⅶ 図版-1)。 本岩の化学分析値は第 3 表 No. 4 に示してある。

霊石山丘陵地域には, 本岩のほかに Ⅲb 型の粗面安山岩および Ⅲd 型の安山岩が分布しているが, 本岩はそれらの中間型ともいえるものである。

粗粒玄武岩(NI 59101301): 鳥取県気高郡青谷町早牛の南南西約 1 km, 熔岩流(?), Vdo に属する。 本岩は顕晶質で, ミアロリティック孔隙に富む。 鏡下では, 構成鉱物として 斜長石(γmax. = 1.567, αmin. = 1.555 ; Ab 43 An 57~Ab 50 An 50)・ 橄欖石・ 普通輝石および鉄鉱があり, これら鉱物の間を少量のアルカリ長石(針状燐灰石を含む)がみたしている。 橄欖石は内部が「イディングサイト」化しており, このため同鉱物は, 肉眼的には, 黒褐~褐色を呈している。 典型的なオフィティック構造は見られない(第 Ⅶ 図版-2)。 本岩と同様な粗粒玄武岩の化学分析値は第 3 表 No. 1 に示してある。 岩石の記載については, 村山正郎・大沢穠 29) の報告を参照されたい。

普通輝石橄欖石玄武岩(No. 125 [ 以下の [注] 参照 ] ): 鳥取県気高郡青谷町亀尻(西隣の倉吉図幅内), 熔岩流, Vb2 の玄武岩熔岩流の延長に当たる。 本岩は, 鏡下では, 斑晶として 30~40 容量 % の斜長石(亜灰長石~曹灰長石)および 橄欖石・普通輝石(両者で数容量 % )を有する。 斜長石は清澄で包有物をほとんど含まない。 橄欖石は反応縁を有しない。 また内部および割れ目に沿って「イディングサイト」化している。 石基は中粒~粗粒で, 斜長石・普通輝石・橄欖石・鉄鉱・チタン鉄鉱および これら鉱物の間をみたす少量のアルカリ長石からなる。 微細な針状燐灰石も含まれる。 石基橄欖石は普通輝石(2V (+) ≒ 30~40°)の単結晶に取り囲まれることがある。 本岩は多少変質作用を受けており, 炭酸塩鉱物・緑泥石(?)などが生じている(第 Ⅷ 図版-1)。

[注]
[ No. 125 は ] 西隣の青谷・倉吉図幅地域を調査した大沢穠の標本番号である。

古銅輝石普通輝石角閃石(オパサイト)安山岩(NI 57101203): 鳥取県気高郡気高町船磯, 熔岩流, Van に属する。 本岩は肉眼的には, 灰色で, 斑状鉱物としては 長さ数 mm に達する光沢のないオパサイト化した角閃石・斜長石および石英が 少量散点するに過ぎない。 鏡下では, 斑晶として, 上記鉱物のほかに, 小型(長さ 0.3 mm 程度)の普通輝石および古銅輝石 (2V (-) = 78.5°, r > v(測度個数 : 1); En 80 Fs 20)が含まれる。 角閃石は微細な輝石および鉄鉱の集合体に完全に変化してしまっており, わずかに外形をとゞめるに過ぎない。 大形の斜長石は常に蜂の巣構造を呈し, 輝石・鉄鉱・ガラスなどを包有している。 また清澄な斜長石に薄く囲まれている。 これに反し, 小型(長さ 0.3 mm 程度)で柱状の斜長石斑晶は一般に清澄である。 蜂の巣構造を示す斜長石は石英とともに捕獲結晶であろう。 斑状鉱物は全体で数容量 % に過ぎない。 石基は中粒で, 長柱状の斜長石・ 柱状の古銅輝石~紫蘇輝石(2V (-) = 73.5°, 67.5°, 66°, 59°; r > v : En 76~63 Fs 21~37)・ 粒状の普通輝石・ 鉄鉱およびこれら鉱物の間をみたす少量のガラスおよびクリストバル石(?)からなる (第 Ⅷ 図版-2)。 本岩の化学分析値は第 3 表の No. 6 に示してある。

古銅輝石角閃石(オパサイト)橄欖石安山岩(NI 57102709): 鳥取県八頭郡佐治村高鉢山南方約 1.3 km, 熔岩流(落石), Vu3 に属する。 本岩は, 肉眼的には, 灰色石基中に長さ数 mm に達する斜長石と 2~3 mm の黄色清澄な橄欖石斑晶の散点する, やゝ斑状の岩石である。 鏡下では斑晶として, 上記鉱物のほかに, 石英・ 完全にオパサイト(斜方輝石・単斜輝石および鉄鉱の集合体)化した角閃石および 少量の古銅輝石・ 鉄鉱が存在する。 斑晶斜長石は外縁に近いある帯に塵状包有物を特徴的に有している。 塵状包有物帯は結晶内部に向かって不規則にくい込んでいるが, 外形は規則的で, 常に薄い斜長石外套に覆われている。 橄攪石は常に斜方輝石小粒に囲まれており, また「ピコタイト」小粒を少量含む。 石英は常に単斜輝石粒に取り囲まれている。 この石英は塵状包有物帯を有する斜長石中核とともに捕獲結晶であろう。 角閃石オパサイトには, 長さ約 0.2 mm の短柱状燐灰石が含まれることがある。 石基は中粒で, 斜長石・斜方輝石・普通輝石・鉄鉱および これら鉱物の間をみたすアルカリ長石・クリストバル石からなる。 微細な針状燐灰石も認められる。 石基輝石は平行連晶することがある。 少量ではあるが淡黄緑色角閃石および淡褐色雲母が, とくに石英捕獲結晶やオパサイト化した角閃石に伴なって産する(第 Ⅸ 図版-1)。 本岩の化学分析値は第 3 表の No. 7 に示してある。

角閃石(オパサイト)安山岩(NI 57110208): 鳥取県八頭郡河原町三滝の南東方約 0.5 km, 熔岩流, Vu3 の主体を占める熔岩を代表するものである。 本岩は, 肉眼的には, 灰色で, 長さ約 5 mm に達する斜長石および 光沢のないオパサイト化した角閃石をやゝ顕著に有している。 斑状でかつ板状節理のない点が, Van の安山岩(例えばここで記載した NI 57101203 の標本)と肉眼的に異なる点である。 鏡下では, 斑晶として上記の斜長石・角閃石のほかに小型(平均径 0.2 mm)の鉄鉱が見られる。 斜長石は一般に清澄で, 常に明瞭な境界をもって, より灰長石成分に富む斜長石に薄く覆われている。 蜂の巣構造を有する, あるいはある帯に塵状包有物を含む斜長石はまれである。 角閃石は 斜方輝石・単斜輝石および鉄鉱の集合体にほとんどまったく変わってしまっている。 この集合体のなかには, しばしば長さ 0.1 mm 程度の短柱状燐灰石が包有されている。 またこのようなところに, 淡褐色雲母が晶出している。 石基は中粒で, 斜長石・斜方輝石・単斜輝石・鉄鉱および これら鉱物の間をみたす鱗珪石・クリストバル石・少量のアルカリ長石からなる。 鱗珪石(扇状双晶を示す)はときに長さ 0.5 mm に達する(第 Ⅸ 図版-2)。

古銅輝石普通角閃石安山岩(No. 174 [ 以下の [注1] 参照 ] ): 鳥取県東伯郡三朝町中津(倉吉図幅東縁 [ 以下の [注2] 参照 ] ), 中津火山岩類を貫く岩脈。 本岩は, 肉眼的には, 灰色石基中に長さ約 5 mm に達する黒色の光沢ある角閃石, および斜長石を散点する斑状岩である。 孔隙中に, 直径 1 mm 程度の白色で六角板状の鱗珪石様鉱物が群生しているのが見られる。 鏡下では, 斑晶として上記鉱物のほかに古銅輝石~紫蘇輝石が存在する。 斑晶斜長石には, 清澄で包有物に乏しいものと 蜂の巣構造を示し微細な珪酸鉱物・輝石および鉄鉱粒を包有するものとがある。 角閃石は X = 褐色を帯びた淡黄色, Y = 帯褐黄色, Z = 黄緑色(吸収 X < Y ≒ Z)の多色性を示す黄緑色種であり(2V (-) ≒ 70~80°), 常に薄いオパサイト縁(内側に鉄鉱粒が多い)を有している。 石基は中粒~細粒で, 斜長石・斜方輝石・鉄鉱および これら鉱物の間をみたす珪酸鉱物(クリストバル石か鱗珪石かは不明)とからなっている。 アルカリ長石の存在は碓認できない。 ほかに微細な針状燐灰石が存在する。 孔隙に群生する板状鉱物は扇形の双晶を示すが, 各双晶片にはさらに微細な屋根瓦状双晶が見られる。 この鉱物は, ノレルコ X 線計数回折装置によって調べた結果, 低温型クリストバル石であることがわかった。 これらの事実は鱗珪石後のクリストバル石仮像の感を抱かせる(第 Ⅹ 図版-1)。 本岩の化学分析値は第 3 表 No. 9 に示してある。

[注1]
[ No. 174 は ] 西隣の青谷・倉吉図幅地域を調査した大沢穠の標本番号である。
[注2]
村山正郎・大沢穠 29) の倉吉図幅では, 地質図幅に示してない。

黒雲母含有紫蘇輝石普通角閃石石英安山岩(NI 57102205a): 鳥取県八頭郡佐治村津野部落の西南西方約 2.5 km の地点, 舂谷礫岩層を貫く岩脈。 本岩は, 肉眼的には 灰色石基中に長さ数 mm に達する斜長石および 黒色で光沢の強い角閃石を多量に含んでいる。 鏡下では, 斑晶として上記鉱物のほかに 鉄鉱・紫蘇輝石(割れ目に沿って「鉄サポナイト」化)・燐灰石および黒雲母が存在する。 斜長石は一般に清澄である。 角閃石は X = 淡黄緑色, Y = 帯褐黄色, Z = 黄緑色(吸収 X < Y ≒ Z)の多色性を示す黄緑色種である(2V (-) ≒ 80°)。 石基はきわめて細粒で, 柱状の斜長石・微細な鉄苦土鉱物および珪長質物質からなっているが, 斜長石を除いては構成鉱物の判定は困難である。 石英・カリ長石・変質火山岩などの角張った小片が, 鏡下で認められるが, これは壁岩の礫岩から機械的に取り込まれたものである(第 Ⅹ 図版-2)。

II.5 第四系

II.5.1 段丘礫層

本図幅地域内では, 段丘の発達はきわめて悪く, 八東川・私都川の合流点に発達する小規模なもののほかに, 八東川はじめ千代川の各支流に, 地質図幅には示さなかったような小規模なものがあるに過ぎない。

図幅地域東縁の船岡北方の段丘は, 厚さ 3~5 m の礫層によって構成されている。 礫には安山岩やチャートの 20 cm 大の亜円礫が多く, 水平な層理を示して配列している。

霊石山丘陵内の越路付近のものは, 山頂部の粗面安山岩~安山岩の礫や円通寺礫岩砂岩層からの再蝕礫のほか, 円通寺礫岩砂岩層から由来した葉理の著しい砂岩の大塊なども含んでいる。

また, 今回の調査では確認できなかったが, 三木茂 19) が Picea bicolor などの産出を報告した 気高郡大和村長谷(現在では鳥取市)の崖の植物化石産出層も, おそらくは更新世のものであろう。

II.5.2 軽石層

地質図幅では省略してあるが, 鮮新世あるいはそれ以前の岩石からなる山地を覆って, あるいは後述する海岸砂丘砂の間に挾まれて軽石が分布している。 本図幅南部地域ではその存在がはっきりとは確認されていない。 測定し得た本軽石層の厚さを第 5 図に示してある。 厚さの測定に際しては, 測定地点の近傍の厚さを代表するものを選び, 後に削剥されたと考えられるところ, あるいは吹きだまりや2次的に堆積したと考えられるところはなるべく避けた。 第 5 図で示したデータだけでは, しかしながら, 等層厚線を描くことはできない。 本図幅地域の東端および西端では, その厚さは約 2 m でほとんど変わらないが, 西隣の倉吉図幅内の倉吉市市街地近傍では, 本軽石層は 3.5 m の厚さになる 29)

第 5 図 軽石層の厚さ。 数字は層厚(cm)。
A : 青谷, K : 気高, S : 鹿野, T : 鳥取, Ko : 湖山池, Ta : 多鯰ガ池

山地においては, 本軽石層は, 著しく風化分解して白褐色~赤褐色粘土化した鮮新世 あるいはそれ以前の岩石を直接覆っている。 またその被覆状態は現在の山地の地形に調和的である。 軽石層自身も その上半部は 白褐色あるいは赤褐色(両方とも湿った状態での色調)ローム化しており, 軽石の原構造はまったく失われているか, 下半部は 風化から免れて軽石(湿った状態では赤褐色, 乾いた状態では黄色)の原構造をとどめている。 場所によっては, 上部に黒色腐植土の発達することもある。 前に述べた「軽石層の厚さ」は上部に発達するこれら土壌を含めた厚さのことである。

海岸砂丘の発達する地域では, 本軽石層は砂丘砂の間に挾まれて点々と分布するが, 本層自身の性状は上述と異ならない。 上下の砂層との関係などについては, 海岸砂丘の項で述べる。

軽石の平均粒径は図幅地域西端では 1~2 cm, 東端では 0.5~1 cm で, 少量混在する石質岩片(安山岩)の平均粒径は前地域では約 1 cm, 後地域では約 0.5 cm である。

軽石の岩質は黒雲母紫蘇輝石普通角閃石安山岩で, 斑晶として 斜長石・ 普通角閃石・ 紫蘇輝石・ 黒雲母(風化作用により変質している)および磁鉄鉱が存在する。 ガラス質石基は著しく粘土化している。 砂丘地域では, 本軽石層中に少量の石英砂が含まれるが, これは下位の砂丘砂から由来したものであろう(後述)。

この軽石は西方に向かってその粒径, 層厚が大になること, およびその岩質(黒雲母紫蘇輝石普通角閃石安山岩)から, 図幅地域の西方約 50 km にある大山火山の噴出物であることは間違いないであろう。

この軽石の噴出年代については, 後述するように, 繩文時代後期を中心として 中期から晩期にかけての土器を産出する人類遺跡よりも古期であることから, 今をさかのぼること 4,000 年よりさらに以前であるとしかいえない。

II.5.3 海岸砂丘

本図幅地域北部の日本海海岸に沿って, 海岸砂丘がよく発達している。 千代川河口に発達する鳥取砂丘はとくにその規模が大きい。

鳥取砂丘では, 前述の軽石層を鍵層として上下の砂層に2分することができる。 ここでは仮に前者を新砂丘砂層(現在移動している砂丘砂はこれに含まれる), 後者を古砂丘砂層 [ 以下の [注] 参照 ] と呼ぶことにする。 砂丘地域内で完全な地質断面が観察される所では, 下位の砂層の上部は常に風化しローム化していること, および未風化の砂は新砂丘砂層を構成する砂と同程度に円磨されていることから, このように区分命名することは妥当であろう(第 6 図)。 しかし調査不充分のため, 地質図幅では両者を区別せずに塗色してある。 しかし古砂丘砂層の露出面積はきわめて狭いものであろう。 また両者を分ける鍵層となる軽石層も地質図幅には示していない。

[注]
大西正巳は軽石層の下位にある砂層を古期の砂丘のものとして, 古砂丘とすでに呼んでいる 28)

第 6 図 砂丘地域の地質柱状図。
註1) A~E の記号は地質図幅(鳥取北部)上の地点 A~E に対応する。
註2) 柱状図 E は鳥取県地下資源開発局 小川康彦技師の観察による。
A : 鳥取県気高郡気高町船磯の山陰道切割, B : 鳥取市湖山, C : 鳥取市浜坂, D : 鳥取砂丘追後スリバチの東, E : 多鯰ガ池北方の茶店裏

湖山・浜坂・追後スリバチの東および多鯰ガ池北方の茶店裏で観察された地質断面は, すでに第 6 図に示した。 柱状図からわかるように, 下位の砂層(古砂丘砂層)および軽石層の上部は著しくローム化しており, 湖山では軽石層の上部に黒色腐植土が発達している。 多鯰ガ池北方の茶店裏 [ 以下の [注] 参照 ] の下位の砂層の砂は 主として石英・斜長石・アルカリ長石および 粘土鉱物と微細な白雲母(?)との集合体(長石からの変質物 ?)からなり, 他に きわめて少量の磁鉄鉱・紫蘇輝石・普通角閃石および 褐色鉱物(黒雲母からの変質物 ?)を含む。 これら砂粒は著しく円磨されている。 砂層の上部はローム化しているが, 砂質の部分は, やゝ顕著にジルコンが認められる点を除けば, 上記と同じ鉱物組成である。 しかし砂粒は下部(未風化部)ほど円磨されておらず, とくにジルコン粒は美しい自形を示している。 同様な事実は 追後スリバチの東の露頭の最下層の明褐色ローム(下位の砂層の風化部)にも認められる。 これらの事実は, 著しく移動を続けていた砂(古砂丘)が, 少なくとも部分的には定着するようになり, 陸上における風化作用が卓越する時期がかなり続いたことを示すものであろう。 古砂丘を構成する砂は, その構成鉱物から, 主として花崗岩源と考えられる。

[注]
鳥取県地下資源開発局 小川康彦技師の御配慮により, 同技師採集の標本を鏡検することができた。

湖山・浜坂および追後スリバチの東では, この古砂丘砂層と上位の軽石層との間に, 薄い青灰~白灰色ローム層が挾まれている。 追後スリバチの東では, 本ロームの砂質部分は主として石英・斜長石・アルカリ長石および 粘土鉱物と微細な白雲母(?)との集合体からなり, きわめて少量の磁鉄鉱・普通角閃石および紫蘇輝石を含む。 このように砂質部分の鉱物組成は下位の古砂丘砂とほとんど差異はない。 このローム層がいかなる環境のもとに堆積・生成されたかはっきりしたことはわからない。

この青灰~白灰色ローム層の上位の軽石層は, すでに述べたように, 大山火山起源と考えられるもので, 常にその上部は著しく風化しており, 軽石の原構造は失なわれている。 湖山および浜坂の露頭(第 6 図)では, 新砂丘の移動によってかなり削剥されたことがわかる。 このように 軽石層の上位が著しく褐色ローム化していること, また湖山におけるように黒色腐植土の発達が見られることから, 少なくとも部分的には, 新砂丘砂に覆われることなく, 植物も生育した時期がかなり続いたものと考えられる。

新砂丘砂層はこれら各層のすべてを覆い, さらに鮮新世およびそれ以前の岩石からなる後背山地をも薄く覆っている。 多鯰ガ池北方の茶店裏に露出する新砂丘砂は, 石英・ 斜長石・ 粘土鉱物と微細な白雲母(?)との集合体・ アルカリ長石・ 磁鉄鉱・ 紫蘇輝石・ 普通角閃石・ 褐色鉱物(黒雲母からの変質物 ?)およびジルコンからなる。 有色鉱物の量は同所の古砂丘砂(前述)のそれの約 10 倍であり, その大半は下位の軽石層から由来したものである。 砂粒は, ジルコン粒をも含めて, 著しく円磨されており, 少なくともこの近傍では砂の移動のはげしかったことを示している。

東隣の浜坂図幅内の鳥取県岩美郡福部村 海士 あもう では, 砂丘砂層から, 繩文式土器(繩文時代後期を中心として, 中期から晩期にかけてのもの)をはじめ, 弥生式土器, 土師器, 須恵器およびそれらに随伴して石器類が発見され, 直浪 すくなみ 遺跡の名で知られている 14), 22), 23) 。 山名厳によれば, この砂丘砂層はこゝでいう新砂丘砂層に相当するものであるという。

鳥取砂丘およびさらに西方にある浜村砂丘には, 上述の直浪遺跡以外に, 10 数ヵ所の遺物散布地が知られている。 遺物としては, 弥生式土器・石斧・石鏃・石錘などが主であるが, ほかに陶質器片・銅鏃・鉄鏃・勾玉なども少量出土する 3) 。 しかしこれら遺物の産出層準は確認されていない。

II.5.4 崖錐堆積物

本図幅地域の南縁中央部, 鳥取県八頭郡佐治村津野から, 南方 佐治川(智頭図幅内)北岸にかけての地域は, 崖錐堆積物に覆われている。 本堆積物は大小様々の岩塊およびそれらの間をみたす泥からなっている。 津野部落の南西約 150 m の道路の切割では, 本堆積物中に打ちくだかれた若干の樹幹が含まれている。 そのうちの1樹幹(NI 57102303)は スギ(Cryptomeria japonica D. DON)であることが確認されている [ 以下の [注] 参照 ]

[注]
埋没樹幹の材質の鑑定は, 東京大学理学部植物学教室 亘理俊次助教授にしていたゞいた。

また図幅地域の西縁中央部に聳える鷲峰山の西麓には, かなり広範囲にわたって, 大小様々の安山岩~石英安山岩岩塊が雑然と堆積している。 本堆積物は, 鷲峰山を構成する「鮮新世」の熔岩が破壊, 転落して生じたものである。

II.5.5 冲積層

冲積層は, 千代川下流の鳥取平野をはじめ, 図幅地域内各地の小河川に沿って細長く発達している。 鳥取平野での深井資料 16) によると, 鳥取市吉方では地表から約 60 m の深さで岩盤に達し, 鳥取市賀露では 100 m の深さでも, まだ岩盤に達していない。

この鳥取平野を構成する地層の中・下部は更新世のものであろう。 地層は主として砂礫層および粘土層からなっている.

III. 応用地質

III.1 鉱床

図幅地域内の鉱床としては, 地域南端部に分布する弱変成古生層内のマンガン鉱床, あるいはまた北半部を占める花崗岩に伴なう黄鉄鉱および絹雲母鉱床などがあるが, いずれもすべて非常に小規模で, 現在稼行の対象となっているものはまったくない。 したがって以下の記述では, そのおもなるものをとりまとめ概括的に述べるにとどめた。

なお, 本地域の西方隣接地域一帯には, 倉吉鉱山(旧小鴨鉱山), あるいは人形峠およびその北方に連なって各地に 含ウラン鉱床 の存在が確かめられていて, この地域でも最近 原子燃料公社により, 鹿野町 四近や南部地域において探査が進められているが, まだ現在は顕著な放射能異常は認められていない。

マンガン鉱床 : 本図幅地域を含む一帯の弱変成古生層中には, 小規模ではあるが諸所にマンガン鉱床が胚胎している。 図幅地域に含まれるものとしては, 地域南西隅の北谷支流, 用瀬町東方 頭巾山の東約 0.8 km, および同町西方の葛谷の北北東約 0.9 km の各地が挙げられる。 いずれのものも現在稼行はされていない。 北谷支流および頭巾山の鉱床については, すでに調査が行なわれていて, その調査報告 17) によれば, 前者は 千枚岩質粘板岩を上盤とし, チャート層を下盤として発達する厚さ 3~10 cm の鉱床で, 鉱石は菱マンガン鉱であり, また後者は 花崗岩によるホルンフェルス化作用を受けた部分にある チャート層中に発達する微細なバラ輝石からなる珪質鉱で, 厚さ 0.5~1 m の不規則塊状部を伴なうとのことである。

葛谷 北北東のものは, 頭巾山の場合と同じくホルンフェルス化帯中に含まれる珪岩中に 層状に発達するようであるが, 詳しいことは観察できない。 鉱石塊の表面は黒色の酸化マンガン鉱に変わっているが, 内部は新鮮で淡桃色を呈する。 鏡下では, 主体を占める鉱物はモザイック組織を示す粗粒のバラ輝石(2V (+) ≒ 70°)で, そのなかに細粒の柘榴石・不透明鉱物・テフロアイト(2V (-) ≒ 50°), およびパイロファナイトが包有されている。 他に少量の雲母および緑泥石が含まれる。 バラ輝石およびテフロアイトは一部 炭酸塩鉱物および淡黄色の鉱物に変わっている [ 以下の [注] 参照 ]

[注]
マンガン鉱物の鑑定については, 東京大学理学部地質学教室 渡辺武男教授に御教示を受けた。

次に上記のマンガン鉱床以外の鉱床で図幅地域内に含まれるものについては, 昭和 24 年に地質調査所および広島通産局により総合的調査が行なわれた以外は, その後現在まで鉱床を対象とした詳しい調査は行なわれていない。 これは鉱床の規模が稼行に値する規模に達しないためであり, なかには現在鉱床の存在を確認できないものもある。 現在稼行しているものは存在しない。 以下, 上記調査の報告 4), 5) を参考して概述する。

地域北半部の花崗岩に伴なう鉱床 : 図幅地域の北半部には, 先にも記したように, 中生代後期迸入岩類のうちでももっとも新期に属する黒雲母花崗岩が広く分布し, これはより以西の地域に拡がり, 全体として底盤状岩体を形成している。 この地域の岩体は岩相からみて岩漿活動の晩期生成の産物に相当するものと考えられる。 かかる性格を有するこの地域の花崗岩に伴なう鉱床を代表するものは, 脈状の形態を示す 絹雲母鉱床 である。 この種の鉱床は, 花崗岩分布域中おもに南東部の松上付近および西部の鹿野町付近にみられるが, ことに鹿野町付近に数多く存在する。 これらの各鉱床相互間の関係を指示するような構造上の規則性などは詳らかではない。 これらの鉱床はほとんどの場合黄鉄鉱を伴なう黄鉄鉱絹雲母脈からなる。 規模は小さく現在では探鉱および稼行を続けているものはない。

絹雲母鉱床のほかに同花崗岩に伴なうものとしては, 湖山池南西方の吉岡温泉 四近で往時探鉱された含金黄鉄鉱石英脈, あるいは松上付近の含輝水鉛鉱鉱脈などがあるが, 現在はまったく省みられていない。

その他の鉱床 : 上記花崗岩に直接関係のないその他の鉱床としては, 河原町西方約 4 km の上砂見付近に, 中新世の鳥取層群河原火山岩層に属する, 火山砕屑岩の変質により形成されたベントナイト 4), 8) や, 上砂見西方の岩坪付近の同火山砕屑岩層中の亜炭, あるいはまたさらに西方の地蔵・丹防付近で, 中生代後期の火山砕屑岩類を貫く迸入岩体に伴なう, 鉱染状黄鉄鉱の存在などが報告されているが, 現在はまったく手を加えられていない。 なお, 鹿野町北方の気高町宝木および浜村の海岸では, 非常に小規模ではあるが海浜砂鉄を採取している 20)

III.2 温泉

図幅地域を含む山陰地方には諸処に温泉の湧出が知られている。 ことにこの地域以西の一帯, すなわち鳥取市から米子地域に至る間では, 海岸地域あるいは少しく内陸に寄ったところに, ほとんどの温泉の分布が限られている点が特徴的である。 このような分布は, 地質的にみた場合には, 底盤状に広く分布する最新期(中生代後期~古第三紀)の花崗岩の分布と一致し, なかには花崗岩の割れ目から直接湧出している温泉もあって, 当地域一帯の大半の温泉の湧出は, 該花崗岩の迸入に由来するものであることを示している。

本図幅地域内の温泉もこの例にもれず, ほとんど全部がこの花崗岩分布地域内に限られる。 すなわち, 東から鳥取市街地内の鳥取温泉, 湖山池西南方の吉岡温泉, およびその西方の山陰本線浜村駅付近の浜村温泉がおもなものであって, よくその名が知られている。 なお, 浜村温泉南方の鹿野町付近の今市にも近時 温泉の湧出が確かめられ, 小規模に開発利用されている。 もっともこれらの温泉は冲積層中から泉源を得ていて, 直接 花崗岩の割れ目から湧出しているものはないが, 四囲の地質環境から, 花崗岩中からの温泉水が冲積層中に流出しているものと判断することができる。 したがって, これら各温泉が花崗岩中のどのような構造に起因して湧出しているのかというような問題は, 個々の温泉についてもまた相互間についても, 解くことはできない。 なお, この花崗岩は, 前述したように, 中生代後期の迸入岩類のうちでも, もっとも新しい時期の産物であり, かつその岩相から考えると, 花崗岩生成過程の晩期の産物にあたり, また比較的地下浅所に迸入した底盤状体の頂部に相当するものと推察されるが, このことは豊富な温泉の存在と関連性があるものと考えられる。

このような花崗岩に関連する上記各温泉のほかに, 地域南半部のほゞ中央に位置する湯谷(河原町西方約 5 km)には, 古くから温泉の湧出が知られているが, 現在は温泉地としては利用されていない。 これは湧出量が少ないことと, 泉温が低いこと(30 ℃ 前後)とによるものであろう。 湯谷付近は中生代後期に属する火山岩類のうち, 石英安山岩~流紋岩質凝灰岩の分布する地域であるが, 本火山岩類に伴なわれる温泉は, 少なくとも隣接地域を含めた一帯ではこゝだけである。

各温泉地の概要および化学組成や, これに関する問題については関係文献 13) にゆずり, こゝには泉質, 泉温, 湧出量などについて簡単に列記しておく。

泉温(℃) 湧出量(l / min.) 泉質
鳥取温泉 45~55 50~100 食塩含有芒硝泉
吉岡温泉 40~55 150~300, 600 単純泉
浜村温泉 40~60 8~ 25, 1800 放射能泉, 食塩含有石膏泉
今市 45 芒硝含有食塩泉
湯谷 26~32 単純食塩水

文献

地形・地質に関するもの

1) 巨智部忠承 :
20 万分の1地質図幅「豊岡」,および同説明書, 地質調査所, 1895
2) 巨智部忠承 :
20 万分の1地質図幅「生野」,および同説明書, 地質調査所, 1896
3) 梅原末治 :
日本海々岸に於ける砂丘上の遺跡, 地球,Vol.3,No.1, 1925
4) 鳥取県 :
昭和 24 年度鳥取県東部地区地下資源調査報告, 1949
5) 鳥取県 :
昭和 24 年度鳥取県中部地区地下資源調査報告, 1949
6) 小林貞一 :
日本地方地質誌「中国地方」, 朝倉書店, 1950
7) 鳥取県 :
17 万5千分の1鳥取県地質図, 1950
8) 加藤信・甲藤次郎 :
鳥取県神戸村ベントナイト調査報告, 地質調査所月報,Vol.2,No.2, 1951
9) 山田節三 :
7万5千分の1地質図幅「久世」, 地質調査所, 1951
10) 木野崎吉郎 :
中国地方の花崗岩とタングステン及びモリブデン鉱床について(概報), 広島大学地学研究報告,No.3, 1953
11) Kojima, G. :
Contributions to the knowledge of mutual relations between three metamorphic zones of Chūgoku and Shikoku, Southwestern Japan, with special reference to the metamorphic and structural features of each metamorphic zone, Jour. Sci. Hiroshima Univ., Ser. C, Vol. 1,No. 3, 1953
12) 豊島吉則 :
鳥取県東部の地形, 鳥取大学学芸学部研究報告(自然科学),Vol. 6, 1955
13) 田中昌也 :
鳥取県下の二・三の新温泉に就いて, 鳥取大学学芸学部研究報告(自然科学),Vol. 6, 1955
14) 鳥取県岩美郡福部村教育委員会 :
直浪遺跡発掘調査報告(予報), 1956
15) 西脇正巳・今村外治 :
鳥取市東南方大成村付近の新第三系(演旨), 地質学雑誌,Vol. 62,No. 730, 1956
16) 経済企画庁開発部(国土調査):
全国深井地質資料台帳(中国・四国・九州篇), 1957
17) 小松彊・上野三義・土井啓司 :
鳥取県八頭郡下のマンガン鉱床調査報告, 地質調査所月報,Vol. 8,No. 6, 1957
18) 小島丈児・吉田博直 :
中国地方中東部の中生代深成火成活動(演旨), 地質学雑誌,Vol. 63,No. 742, 1957
19) Miki, S. :
Pinaceae of Japan, with special reference to its remains, Jour. Inst. Polytechnics, Osaka City Univ., Ser. D, Vol. 8, 1957
20) 通産省地下資源開発審議会鉱山部会 :
未利用鉄資源,第 5 輯, 1958
21) 弘原海清・松本隆 :
北但馬地域の新生界層序 -- 近畿西北部の新生界の研究 --(その 1), 地質学雑誌, Vol. 64,No. 759, 1958
22) 毎日新聞社編 :
鳥取砂丘, 1958
23) 山名巌 :
“砂丘の話”鳥取砂丘の生成と発達, 鳥取県立科学博物館「郷土と科学」,Vol. 4,No. 1, 1958
24) 松本隆・弘原海清 :
北但馬地域の新生代構造発達史 -- 近畿西北部新生界の研究 --(その 2), 地質学雑誌,Vol. 65,No. 762, 1959
25) 寺岡易司 :
岡山県成羽町南域の中・古生層,特に上部三畳系成羽層群について, 地質学雑誌,Vol. 65,No. 767, 1959
26) 山田直利 :
中国東部の白堊紀火成活動(その 1)(演旨), 地質学雑誌,Vol.66, No. 778, 1960
27) 村山正郎 :
中国東部の白堊紀火成活動(その 2)(演旨), 地質学雑誌,Vol.66, No. 778, 1960
28) 大西正巳・近藤正史 :
砂丘の生いたち -- 山陰の海岸砂丘 --, 大明堂, 1961
29) 村山正郎・大沢穠 :
5万分の1地質図幅「青谷・倉吉」,および同説明書, 地質調査所, 1961
30) 山田直利 :
5万分の1地質図幅「奥津」,および同説明書, 地質調査所, 1961
31) 吉田博直 :
中国地方中部の後期中生代の火成活動, 広島大学地学研究報告,No. 8, 1961

鳥取地震に関するもの

中央気象台 :
昭和 18 年 9 月 10 日鳥取地震概報,附 3 月 4 日 5 日の地震概報, 1943
津屋弘逵 :
鹿野・吉岡断層とその付近の地質,昭和 18 年 9 月 10 日鳥取地震に関する地質学的観察, 地震研究所彙報,Vol. 22,Pt. 1, 1944
表俊一郎 :
鳥取地震余震調査概報, 地震研究所彙報,Vol.22,Pt.1, 1944
水上武 :
微動計による鳥取余震の観測(概報),特に地盤の固有振動, 地震研究所彙報,Vol. 22,Pt. 1, 1944
宮村摂三 :
昭和 18 年 9 月 10 日の鳥取地震において現はれた鹿野・吉岡両断層及び その地震後の変動の精密水準測量による観測, 地震研究所彙報,Vol. 22, Pt. 1, 1944
松沢武雄 :
鳥取大地震の時の狛犬の運動, 地震研究所彙報,Vol. 22,Pt. 1, 1944
萩原尊礼 :
断層の動きと地表傾斜変化の観測, 地震研究所彙報,Vol. 22,Pt. 1, 1944
永田武 :
鹿野断層に於ける地電位差変化, 地震研究所彙報,Vol. 22,Pt. 1, 1944
陸地測量部 :
鳥取地方震災復旧一等水準測量成果, 地震研究所彙報,Vol. 22,Pt. 1, 1944
松沢武雄 :
地震による鳥居の損害, 地震研究所彙報,Vol. 22,Pt. 2/4, 1944

巻末図版

[注]
顕微鏡写真はすべて正井義郎技官撮影

第 Ⅰ 図版

1. 石英安山岩質凝灰岩(北村北方, NI 58101002), 後期中生代火山岩類
pl : 斜長石, q : 石英

2. ガラス質凝灰岩(毛無山東方, NI 57112407), 後期中生代火山岩類
gl : ガラス片, pl : 斜長石, kf : カリ長石

第 Ⅱ 図版

1. 流紋岩質熔結凝灰岩(鳥取東方, TN 737), 後期中生代火山岩類
pl : 斜長石, q : 石英

2. 流紋岩質熔結凝灰岩(中井東方, TN 337), 後期中生代火山岩類
pl : 斜長石, kf : カリ長石, q : 石英

第 Ⅲ 図版

1. 流紋岩(鳥取南西, TN 370), 後期中生代火山岩類
kf : カリ長石

2. 凝灰岩源ホルンフェルス(高路西方, TN 93), 後期中生代火山岩類
pl : 斜長石, kf : カリ長石, 細粒部には無数の黒雲母が認められる

第 Ⅳ 図版

1. 斑糲岩(高山北方, TN 113), 後期中生代迸入岩類
pl : 斜長石, ol : 橄欖石, aug : 普通輝石, hb : 角閃石, bi : 黒雲母

2. 角閃石石英閃緑岩(高山北上方, TN 109). 後期中生代迸入岩類
pl : 斜長石, hb : 角閃石

第 Ⅴ 図版

1. 文象質花崗岩(鳥取北方, TN 318), 後期中生代迸入岩類
q : 石英, kf : カリ長石

2. 細粒黒雲母花崗岩(高山北西方, TN 87), 後期中生代迸入岩類
q : 石英, kf : カリ長石, pl : 斜長石

第 Ⅵ 図版

1. 細粒黒雲母花崗岩(小原北方, TN 130), 後期中生代迸入岩類(最新期)
q : 石英, kf : カリ長石, pl : 斜長石, bi : 黒雲母

2. 粗粒黒雲母花崗岩(早牛南方, NI 57101302), 後期中生代迸入岩類(最新期)
kf : カリ長石, pl : 斜長石, bi : 黒雲母

第 Ⅶ 図版

1. 橄欖石粗面安山岩(NI 57111604), 「鮮新世」火山岩類
ol : 橄欖石

2. 粗粒玄武岩(NI 57101301), 「鮮新世」火山岩類
pl : 斜長石, ol : 橄欖石, aug : 普通輝石

第 Ⅷ 図版

1. 普通輝石橄欖石玄武岩(No.125), 「鮮新世」火山岩類
pl : 斜長石, ol : 橄欖石, aug : 普通輝石

2. 古銅輝石普通輝石角閃石(オパサイト)安山岩(NI 57101203), 「鮮新世」火山岩類
pl : 斜長石, op : 角閃石オパサイト

第 Ⅸ 図版

1. 古銅輝石角閃石(オパサイト)橄欖石安山岩(NI 57102709), 「鮮新世」火山岩類
pl : 斜長石, ol : 橄欖石

2. 角閃石(オパサイト)安山岩(NI 57110208), 「鮮新世」火山岩類
pl : 斜長石, op : 角閃石オパサイト

第 Ⅹ 図版

1. 古銅輝石普通角閃石安山岩(No.174), 「鮮新世」火山岩類
pl : 斜長石, hb : 普通角閃石, Cr : クリストバル石

2. 黒雲母含有紫蘇輝石普通角閃石石英安山岩(NI 57102205a), 「鮮新世」火山岩類
pl : 斜長石, hy : 紫蘇輝石, hb : 普通角閃石, bi : 黒雲母


EXPLANATORY TEXT OF THE GEOLOGICAL MAP OF JAPAN Scale 1 : 50,000

TOTTORI-HOKUBU & TOTTORI-NAMBU

Okayama, Nos.11, 21

By MASARŌ MURAYAMA, NAOKI ISSHIKI & TŌRU SAKAMOTO (Written in 1960)


Abstract

GEOLOGY

The mapped area is situated on the north side of the Chūgoku district in Southwest Japan. The area is a low mountainous land fringed by sand dunes along the Japan-Sea coast.

The oldest rocks exposed in the area are weakly metamorphosed Paleozoic formations. They are overlain unconformably by the late Mesozoic pyroclastic and clastic rocks. Intrusions of granitic and gabbroic rocks of various scales took place three times during the late Mesozoic to Paleogene time. Some parts of the Paleozoic formations as well as the late Mesozoic pyroclastic and clastic rocks were thermally metamorphosed by these intrusive rocks.

By Paleogene or possibly late Paleogene time, the older rocks were eroded, the plutonic rocks appeared to the earth's surface, and then the surface was partly depressed to form a shallow sedimentary basin. Along the southern margin of the basin Miocene basal conglomerate which was supplied from the southern source area was deposited, and then volcanic activity took place all over the basin. Pyroclastic materials and subordinate lava flows of basalt, andesite, dacite, trachyandesite and trachyte were erupted to form a volcanic pile at least about 500 m thick. This volcanic activity might occur on land, though decisive evidence is not on hand. The sedimentary basin was reduced after the volcanic activity ceased, and conglomerate, sandstone and mudstone were deposited within the reduced area. A thin lignite bed is also intercalated. These sedimentary rocks are thought to be flood plain deposits.

After an interval of erosion Pliocene volcanic activity started on land. In the southwestern part of the area the first Pliocene eruption formed an accessory tuff-breccia bed containing dacite and andesite fragments. The tuff-breccia bed was then broken down, transported toward north and north-northeast by surface water and deposited as volcanic conglomerate. Mild extrusion of lavas of andesite, basalt and tachy-andesite followed and formed small lava plateaus around the several isolated vents. The thickness of individual lava flow attains 150 m in maximum.

In Quaternary time many small valleys were cut in the area. Sand, clay and gravel were deposited along the lower courses of the valleys and formed comparatively large flood plain in the northeastern part of the area. Sand dunes were also formed along the Japan Sea coast in late Quaternary time and are still growing toward in land.

A great earthquake occurred in the mapped area in 1943 causing heavy casualties and damage of houses. The hypocenter was about 8 km southwest of the city of Tottori and about 10 km below the earth's surface. Simultaneously with the earthquake, two faults were formed in the northern part of the area. The northern one was about 4.5 km long, ran from east to west and had a nature of high-angle reverse fault. The southern one was 8 km long or more, ran from east-northeast to west-southwest and was a hinge fault. The maximum vertical and horizontal displacements were 75 cm and 150 cm respectively.

A summary of the stratigraphic sequence is shown in Table 1 .

Table 1

Quaternary Pleistocene to Recent Sand dune, pumice bed, alluvial deposits and talus deposits
River terrace deposites
Tertiary Neogene Pliocene "Pliocene" volcanic roks
Miocene Tottori group Upper sedimentary formation
Lower volcanic formation
Late Cretaceous to Paleogene (?) Intrusive rocks
Volcanic rocks
Clastic rocks
Late Mesozoic
Paleozoic Middle~Late Carboniterous Weakly metamorphosed Paleozoic formations

PALEOZOIC

Weakly metamorphosed Paleozoic formations are distributed along the southern border of the area. They are composed of black phyllite, siliceous phyllite and chert with subordinate sandstone and basalt lava flows, all of which were weakly recrystallized. The upper phyllitic portion of a basalt lava flow contains crossite and other alkali amphiboles as metamorphic minerals characteristic of glaucophanitic type of metamorphic rocks. Considering the features of the metamorphic rocks, the weakly metamorphosed Paleozoic formations of the area are probably the eastern extension of the Sangun metamorphic belt which is distributed from northern Kyūshū island to the eastern Chūgoku district.

General strike of these rocks is east - west and the dip is northward, though local minor foldings are common. Because of the absence of fossils except radiolarians in the chert, the exact age of these rocks is not clarified at present. In the Nariwa area 80 km southwest of this area, the Carboniferous strata resembling to the formations of this area are exposed. From this fact, the Paleozoic formations of this area are tentatively assigned as middle to late Carboniferous in age. These formations were also subjected to contact metamorphism by the younger granite intrusions.

LATE MESOZOIC

Felsic volcanic rocks and associated plutonic rocks of Cretaceous to Paleogene age are widely distributed in the Chūgoku district.

Parts of these rocks together with a small amount of non-volcanic sedimentary rocks are exposed in the area. Non-volcanic clastic materials were deposited first in a small area and followed by the explosive eruptions of felsic volcanic materials. These rocks were intruded by granitic and gabbroic rocks of three different stages and were transformed into hornfelses near the contact with the intrusives.

Clastic rocks consisting of mudstone and sandstone crop out only in a small extent in the central part of the mapped area. They are thought to be conformably covered by pyroclastic rocks, though the actual contact between these rocks is not observed. Any fossils have not been found in the clastic rocks.

Volcanic rocks consist of tuff, lapilli-tuff and tuff-breccia of dacite and rhyolite with a small amount of andesite tuff-breccia and lava flows of dacite and rhyolite. Among them the tuff and lapilli-tuff are predominant in amount. The tuff is composed mainly of crystal fragments of quartz, plagioclase, potash feldspar and biotite, glass shards and minute volcanic fragments. Secondary alterations are common. Main rock fragments in the lapilli-tuff are dacite, rhyolite, porphyrite, granite, granophyre, phyllite and sandstone. Welded tuff occurs in small restricted areas.

These volcanic rocks occupy a rather narrow belt extending from northeast to southwest direction and are closely associated with small bodies of gabbro, porphyrite, granophyre and graphic granite intruding them. The close association in field is also observed in the adjacent area to the west. All of them are intruded by biotite granite of batholithic dimension. Judging from the data obtained in the central Chūgoku, the geological age of the volcanic and associated clastic rocks may be assigned as late Cretaceous.

Intrusive rocks are roughly divided into two groups based on their modes of occurrence and rock features shown below :

  1. Small bodies of gabbro, porphyrite, granophyre and graphic granite closely associated with the late Cretaceous volcanic rocks
  2. Biotite granite masses forming a part of batholithic intrusions

The first type of intrusives seems to have been directly related to the volcanic activity and may represent subvolcanic intrusive bodies at that time. The second type may represent a part of areal irruption of rather homogeneous granite.

NEOGENE TERTIARY

Tottori group is exposed in the eastern part of the mapped area unconformably covering the weakly metamorphosed Paleozoic formations and the late Mesozoic (to Paleogene) igneous rocks. It consists of basal conglomerate, volcanic formation, and alternation of conglomerate, sandstone and mudstone in ascending order. Among these, the last is distributed only in the central part of the sedimentary basin opening toward north and northeast. The volcanic formation is composed of pyroclastic rocks and lava flows of andesite, basalt, trachyandesite and subordinate dacite and trachyte. Only fragments of fossil leaves have been found in the sedimentary as well as the volcanic formation in the surveyed area. However, molluscan and plant fossils indicating middle to late Miocene age have been found in the eastern extension of the upper sedimentary formation which is widely exposed in the adjacent area. Then the Tottori group may be early to late Miocene in age.

"Pliocene" volcanic rocks unconformably cover the Paleozoic formations, the late Mesozoic igneous rocks and the Miocene Tottori group in the area. Considering the features of surface weathering and the dissected topography, they may be Pliocene in age. These volcanic rocks are divided into the following two parts according to the types of eruption :

  1. The lower part composed of tuff-breccia, volcanic conglomerate and tuff of andesite and dacite
  2. The upper part composed of lava flows of andesite, basalt, trachyandesite, dacite and rhyolite

These rocks constitute a volcanic suite characteristic of the circum-Pacific Cenozoic orogenic belt. The chemical composition of the representative rocks are shown in Table 3 (at the section II.4.5 of the Text).

QUATERNARY

River terrace deposits are distributed in small areas on the northern side of a tributary of the Sendai-gawa (river).

Talus deposits of large scale crop out on the western foot of Jūbō-san in the western area and also on the northern side of the Saji-gawa (river) in the southern marginal area.

Alluvial deposits are distributed along the rivers of the area. Along the lower courses of the Sendai-gawa and its main tributaries, they form large flood plains.

Sand dunes are extensively distributed along the Japan Sea coast. The dune sand is composed mainly of granitic materials.

Pumice bed is intercalated in the sand dunedeposits and also covers hills and mountains made up of the pre-Quaternaryr ocks. The pumice of biotite-hypersthene-hornblende andesite is about 2 m thick in the coastal area, decreases its thickness toward inland and gradually increases toward west attaining about 3.5 m at Kurayoshi 38 km west-southwest of the city of Tottori. From the petrographic similarity and westward thickening of the bed, the pumice is thought to have been supplied by the explosive eruption of Daisen volcano lying about 50 km west of the mapped area.

ECONOMIC GEOLOGY

Useful mineral resources are very scanty in this area. At present, only coastal iron sand deposits are worked in small scale at Hōgi. Sericite deposits in the granitic intrusives and manganese deposits in the Paleozoic formations have been explored and worked.

Hot springs are mainly located in the coastal area. The hot springs of Tottori, Yoshioka and Hamamura are the largest among them. They may be supplied from sources in the granite masses exposed there.


昭和 38 年 3 月 14 日 印刷
昭和 38 年 3 月 20 日 発行
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