11109_1965

5萬分の1地質図幅説明書

串本

(京都 第 109 号)

通商産業技官 広川治
通商産業技官 水野篤行

地質調査所

昭和 40 年


目次

I. 地形
II. 地質
II.1 概説
II.2 新第三系
II.2.1 下里砂岩淤泥岩層
II.2.2 敷屋淤泥岩層
II.3 火成岩類
II.3.1 塩基性岩類
II.3.2 酸性岩類
II.3.3 輝緑岩岩脈
II.4 第四系(沖積層)
III. 応用地質
III.1 鉱床
III.2 地下水および鉱泉
文献

Abstract

1 : 50,000 地質図幅説明書(昭和 39 年稿)

串本

(京都 第 109 号)


本地質図幅は昭和 38 年度において, 延約 22 日の野外実働調査日数をかけて作成された。 水野は主として串本市街以北の堆積岩地域の, 広川は主としてその他の火成岩地域の調査研究を担当した。

なお, 京都大学から提供を受けた迎三千寿氏による火成岩関係の地質図 [ 以下の [注] 参照 ] はきわめて有益であった。

[注]
Mukae Michitoshi : Petrography of Shiono-misaki Peninsula and Oshima Island,Wakayama Prefecture, 京都大学理学部 地質学鉱物学教室 進級論文, 1937

I. 地形

本地域は紀伊半島の南端部を占める。 地形的には, 串本市街以北の地域, 串本市街地の低地部, 串本以南の潮岬半島および大島に4大別され, そのほか 大島の北方には小島が散点する。 この4地域は地形的に様子がそれぞれ異なるほか, 地質の面でも, 後述のように, それぞれ異なっている。

串本市街以北の地域 は紀南の中山性ないし低山性の山地がその高さを減じながら海中に没する部分にあたる。 最大高度は図幅地域の北西部で 200 m に達するが, 海岸地域一帯では数 10 m 台となる。 山地は多くの谷によってこまかくきざまれている。 谷壁は比較的急斜し, また山頂部は比較的するどくとがっている。 谷の方向は, この地域をつくる新第三系の一般走向に一致する傾向がみられる。 二部 にぶ 二色 にしき および 大乗 おおのり の谷の下流部にはそれぞれ沖積地が多少発達している。 海岸線は串本の北東方では第三系の一般走向の方向にのび 屈曲が少ないが, 串本の北西方では大小の屈曲に富む。 奇勝として有名な 橋坑 はしぐい 岩は, 北東海岸の単調さを破るように南南東方向に 500 m 以上突出し, 海上に橋坑状にほゞ直線にならんだ高さ数 m~10 m 前後の岩からなる。 これは幅約 5~7, 8 mの石英安山岩脈である。 海岸地域には高さ約 40~60 m の海岸段丘が発達している。

図版 1 二色の沢の谷形を示す

図版 2 砥崎 とさき 突端部から北西方, 東南を中心とした地域を望む。 手前は東に急斜する 敷屋 しきや 淤泥岩層の砂岩がちの互層部

図版 3 橋杭岩。 干潮時には図版のように敷屋淤泥岩を岩脈が貫ぬいているのがよくみられる

第 1 図 段丘平坦面分布図

図版 4 東雨 あずまめ 付近からみた潮岬台地。 左端は串本の沖積地, 手前は 下里 しもさと 砂岩淤泥岩層

潮岬半島部 は陸繋島で, 第 1 図および図版 4 に示すように 2~3 段の段丘面が発達している。 北部には高位面(標高 60 m 以上), 南部には低位面(標高 40~50 m)があり, このうち さらに南部にやゝ高い面がみられる。 過去において突兀とした姿を海上にあらわしていた岩肌も, 海浪の白いしぶきにぶたれ, 蝕ばまれ, 削られて永い年月の間に次第に平坦面と化し, 潮岬半島の大部分は海水に覆われた。 次期になつて 10 m 上昇して削られ, 削られては 10 m, 40 m と段階的に地盤が上昇して現在の海岸段丘に生長した。

海岸を除くと, 塩基性岩類と石英斑岩の区域が一般に平坦で, 花崗岩および石英斑岩の南部に小谷が多い。 谷の方向は NW - SE のものがもっとも発達し, 小さい岬および海岸線もこの方向のものが多い。 次に N - S および NE - SW 方向の谷が多く, 半島北西側の海岸線・ 南東側の小岬の先端を連ねる線・ 岩石の境界線などが NE - SW の方向をとっている。

大島 では, 南東部に第 1 図に示すように ENE - WSW 方向の海岸線に沿って点々とみられる標高 40~50 m の段丘面と, その北西側に並ぶ標高約 60 m の平坦面とがある。 北西半部は標高 171.8 m の大森山を最高部として, 凹凸に富み平坦面はみられない。

小谷の方向は潮岬半島のものと同様, NW - SE のものがもっとも発達し, 次に N - S および NE - SW のものがみられる。 海岸線は潮岬半島と同様, 北側より南側が屈曲に富み複雑で奇岩が処々にみられる。

図版 5 ひめ 付近からみた大島および橋杭岩。 橋杭岩の向こう側に潮岬台地がみえる

II. 地質

II.1 概説

本地質図幅地域は大部分 新第三系と, それを貫ぬく火成岩類とからなる。 そのほか 第四系がごくわずかに分布している。 この地域については, 従来公表されている地質学的資料はほとんどない。

新第三系は大体において南東~東南東方向に, 20~30°傾く単斜構造を示し, 全体としては泥岩がちの砂岩泥岩互層からなるが, 一部には礫岩もわずかに含まれている。 これらは紀南に広く分布する中部中新統の南端部にあたるものである。

火成岩類はこの付近の新第三系堆積後に活動したもので, 変質輝緑岩・ 紫蘇輝石普通輝石斑粝岩・ 角閃石普通輝石斑粝岩~閃緑岩および橄欖石斑粝岩からなる塩基性岩, この後に噴出 [ 以下の [注] 参照 ] および貫入した紫蘇輝石石英安山岩・石英斑岩および文象花崗岩からなる酸性岩, および最後に貫入した輝緑岩岩脈からなる。

[注]
石英安山岩は変質輝緑岩を貫き 斑糲岩類・石英斑岩および花崗岩との関係は不明であるが, こゝでは一応このように述べておく。

第 2 図 紀伊半島南部 地質略図

この地域の層序およびそれと紀南全体との関係を第 1 表に示してある。

第 1 表 層序表

紀伊半島南部一帯
における諸岩相
本図幅地域内
にみられる諸岩相
第四系 沖積層 沖積層
段丘堆積層
新第三紀火成岩類 熊野酸性火成岩類 黒雲母花崗斑岩・
透過質黒雲母流紋岩・
文象斑岩など
輝緑岩岩脈
文象花崗岩・
石英斑岩および
石英安山岩
斑糲岩類
変質輝緑岩
中部中新統 熊野層群 三津野塁層
小口塁層 敷屋游泥岩層
下里砂岩游泥岩層
敷屋游泥岩層
下里砂岩游泥岩層
古第三系~下部中新統 牟婁層群

II.2 新第三系

新第三系は本図幅地域の串本市街以北の地域のほゞ全体を占めるほか, 潮岬半島の基部, 大島の数カ所, 箱島および 九竜 くろう [ ← 箱島の北西方 ] にも散在して分布している。

第 2 図に示したように, これは紀伊半島南東部を広く覆う, 熊野層群とよばれる中新統のごく一部に当たるものである。 基盤(牟婁層群)との関係, 層序的な位置づけについては, 本図幅地域内の資料だけからでは不明であり, 周辺諸地域の資料を加味して考える必要がある。 第 1 表に示したように, 熊野層群は岩相上の特徴に基づいてさらに2累層にわけられ, そのなかの下部に当たる 小口 こぐち 累層は層序的にさらに2部層にわけられている。 本図幅地域に発達するものは, 下里砂岩淤泥岩層の上部と敷屋淤泥岩層の中下部に属するものである。 全体として, 少なくとも約 1,300 m の厚さをもち, そして泥岩に富む。 一部(上部)には礫岩もみられる。

串本市街以北では新第三系はところにより多少の不規則さはあるが, 全体としては NNE - SSW ないし NE - SW 方向の走向をもって, SE に 10~30°傾く単斜構造を示す。 潮岬半島, 大島地域では火成岩類の貫入に伴なう局地的な擾乱(小褶曲・断層)がみられるが, 大島の南部の海岸で NE - SW 方向の走向で NW 側に傾くほかは, 大体において, 半島部での構造に一致した傾向を示している。

地表でみられる限りでは, 大きな断層はみとめられない。 たゞし, 諸所で N 10°W 方向の小断層ないし破砕帯がみられる。 主要節理の1つの方向はそれに一致し, また橋杭岩をつくる岩脈の方向もそれに一致している。

熊野層群の地質時代は, 現在までに調べられている結果によると中新世中期である。

なお, 串本市街以北の地域で熊野層群の全体の層序・岩相をよく観察することができるところは, 串本市街北西側の海岸と二部の沢とである。

II.2.1 下里 しもさと 砂岩淤泥岩層

本層は那智図幅地域内の下里付近でよく発達しているので, その名があたえられた。 その付近では砂岩の厚層, 砂岩泥岩の互層が本層の主体をつくっているが, 南西方の串本図幅地域付近になると砂岩の量を減じてくる。 前者の地域では上位のほとんど泥岩からなる敷屋淤泥岩層との区別が明らかであるが, 後者の地域ではあまり区別がつかなくなり, 両層の境界は人為的とならざるを得ない。 本層の基底は西方の田並図幅地域の田並付近, および [ 北西方の ] 江住図幅地域南東隅の二部の沢上流でみられる。 本図幅地域内のものは, 全層のほゞ上半部を代表するもので, 厚さ約 600~700 m である。

本図幅地域内に露出するものについては, その下半部はやゝ厚い砂岩層(厚さ数 m~10 m)を挟む泥岩であり, 上半部はほとんど泥岩からなる。 また最上部には厚さ 30~50 cm の砂岩層とわずかに互層する部分が, 約 50 m の厚さで発達している。

砂岩は灰白色, 微粒~細粒であり, 堅硬である。 泥岩はやゝ青味がかつた暗灰色を示し, 粗粒であることが多い。 そして, 概して, 厳密には, 地層名につけられているように淤泥岩(siltstone)とよばれるべきものが多い。 海岸では層理面が明瞭であり 厚さ 0.5~2 cm の砂岩の薄層を 30~50 cm ごとに挟む互層型式がしばしば認められるが, 内陸部では, 風化して全体が塊状のようにみえ, 走向・傾斜を測定しがたいことが少なくない。

図版 6 東雨海岸の下里砂岩淤泥岩層

II.2.2 敷屋 しきや 淤泥岩層

本層の模式地は新宮図幅地域の北部にあるが, 模式地付近の層の南方延長が那智図幅地域をよこぎり, その南方の串本図幅地域に達することが明らかにされている。 本図幅地域内のものは上限が不明でくわしくはわからないが, おそらく, 全層のうちの中下部に当たるものであろう。 半島部に露出するものは厚さ 600 m 以上に達し, 暗灰色の泥岩を主とするが, 一部には石灰質の微粒砂岩の薄層を挟み, また, 砥崎では細粒砂岩泥岩の互層もみられる(図版 2 参照)。

図版 7 串本の北西方の海岸沿いの国道切割に露出する敷屋淤泥岩層

図版 8 姫の西北西方の道路切割にみられる敷屋淤泥岩層の風化面

図版 9 淤泥岩の接写(同前地点)

図版 10 敷屋淤泥岩層の生痕。 底棲動物(環虫類 ?)の排泄物と思われる(串本の西の海岸)

図版 11 環虫類 ? の巣穴と思われる生痕(同前地点)

泥岩は下里砂岩淤泥岩層をつくるものと同性質で, 厳密には淤泥岩と称すべきものである。 このなかには, 小型有孔虫の(Cyclammina sp.)が諸所に含まれるほか, 図版 10, 11 に示すような生痕化石もしばしば含まれている。 石灰質微粒砂岩は灰白色を示し, 厚さ数 10 cm で, 串本市街以北ほゞ中部の層準に挟まれている。 このなかからは, 鬮野 くじの 川の北方で次のような化石が破片としてみいだされた。

単体さんご類
蘇虫類
巻貝類
Vicarya ? sp.
Conus sp.
二枚介類
Pecten sp.
Placopecten ? sp.
Crassatellites cfr. namus (A. ADAMS)
Venericardia sp.
Aloidis cfr. succincta (YOKOYAMA)

潮岬半島基部・大島・箱島および九竜島に散在する地層については, 連続関係がみられないために, 半島部の地層との層序関係が明確ではないが, おそらく, 敷屋淤泥岩層(串本市街市以北のものよりは上位)に属するものと推定される。

図版 12 敷屋淤泥岩層に属する砂岩礫岩互層(串本の南西方の海岸)

図版 13 礫岩(同前地点)

図版 14 串本の南西方の海岸の敷屋淤泥岩層の擾乱部

潮岬半島基部(串本町市街の南側)には 火成岩類に貫ぬかれている第三系がほゞ東西に細長く分布する。 これは礫岩・砂岩の互層を主とし, 泥岩を伴なうものである。 礫岩は細礫ないし中礫(まれに大礫)大の亜円礫からなる。 礫としては白色のチャート・粘板岩および砂岩が多い。 そのほか, 花崗斑岩もそれほど多くはないが含まれている。 砂岩は灰白色を示し, 葉理がよく発達している。 火成岩類との接触部付近ではこれらは著しく擾乱され, 局地的な小褶曲がみられる。

大島の大島部落付近には暗灰色を示す泥岩が露出する。 このような泥岩(敷屋淤泥岩層の主部をつくるものと同じ型)は 樫野の南方の海岸にも小露出している。 いっぽう, 大森山の南西方に露出するものは, 潮岬半島基部の岩相とよく似ており, また須江崎にみられるものは, よく成層している細粒砂岩である。 層面には連痕が認められる。

箱島および九竜島には礫岩が分布する。 それぞれ厚さ数 10 m で, 不規則に数 10 cm の砂岩層を挟んでいる。 礫岩の性質は潮岬半島基部のものとほゞ同じであるが, こゝでは, 泥岩の 1 m3 程度の大角礫も認められる。

II.3 火成岩類 2), 3)

海岸は露出がよいが, 内陸は露出が悪いので, 岩石の区分や境界は正確でない部分があるかも知れない。

火成岩類は 噴出あるいは貫入時期および岩質によって 塩基性岩類・酸性岩類および輝緑岩岩脈に分けられ, この順序で活動した [ 以下の [注] 参照 ] ものと推定される。

[注]
酸性岩類のなかに含めた石英安山岩の時期は変質輝緑岩以後というほか明らかでない。

II.3.1 塩基性岩類

潮岬半島周辺部に輝緑岩質の半深成岩~噴出岩が, 中央部に斑粝岩質の深成岩が活動したような分布状態を示している。 変質輝緑岩・ 紫蘇輝石普通輝石斑粝岩・ 角閃石普通輝石斑粝岩~閃緑岩および橄欖石斑粝岩に分けられるが, それらはしばしば漸移するようである。 これらの塩基性岩は, 後の酸性岩類の貫入の際, 熱変質~交代作用を受けている部分が多い。

[ II.3.1.1 ] 変質輝緑岩

潮岬半島の北部・南西部および南東部に分布している。 塔ノ石 [ ← 塔石 といし ? ] 付近の道路側では砂岩と泥岩とからなる地層を下盤として, 走向 E - W, 傾斜 20°S の面で, 平松では走向 N 60°E, 傾斜 40~60°S の礫岩砂岩互層を下盤として接している。 串本から 出雲 いつも に通じている道路側では, 泥岩中に不規則な枝状をなして入り込んでいる。 岩石は, 一般に暗緑色~帯青暗緑色である。

北部のもの は一般に細粒, 緻密であるが, 東西両端部には中粒で斜長石の斑晶がみられる部分がある。 斜長石・普通輝石・角閃石などからなり, 有色鉱物は緑泥石・緑簾石・チタン石・炭酸塩鉱物などの鉱物に変わつていることが多く, 黄鉄鉱が鉱染していることもある。 斑状のものは石基がやゝ輝緑岩組織で, 斜長石は長柱状であり, 有色鉱物は普通輝石・その変化した無色角閃石などである。

南西部のもの は灯台の北方にきわめて局部的に枕状構造を呈するが, 北部のものに似ており, 灯台付近などに斜長石の斑晶がみられる。 東部ではところにより花崗岩質部分が不規則な脈状をなして入り込み, 酸性岩化されている処や, 白色酸性部がかなり浸み込んで, 肉眼では黒色に近い白形の角閃石がみられる部分もある(図版 15)。 この斑晶状角閃石を含むものは, 鏡下では 角閃石・斜長石・普通輝石・無色角閃石・緑簾石・チタン石・鉄鉱・緑泥石などからなる。 普通輝石は小粒で, 角閃石は褐色で自形に近く, 篩状構造をなして斜長石や普通輝石を包有している。

図版 15 変質輝緑岩に白色酸性部が浸み込み黒色斑状角閃石がみられる(黒棒 : 万年筆) (潮岬の南東海岸)

南東部のもの [ 以下の [注] 参照 ] は細粒~中粒, ときに斑状の輝緑岩が白色酸性岩脈に不規則に貫ぬかれて角礫状を呈する部分が多く, 部分的に酸性岩化されている(図版 16)。 斑状のものは他のものに移化する場合と他のものを貫ぬく場合とがある。 輝緑岩組織は著しくない。 斜長石・角閃石・普通輝石・黒雲母などからなり, ときに紫蘇輝石がみられる。 普通輝石は無色の角閃石・淡緑色角閃石~緑泥石などに交代され, 角閃石のなかに虫喰状に残ることがある。 朝喜神社 [ ← 朝貴 あさき 神社 ? ] 付近のものはより強く花崗岩の影響を受け, 斜長石は累帯構造を示し, 部分的により酸性となり, 絹雲母の微片が散在している。 角閃石は褐色~淡緑褐色で斜長石および普通輝石を虫喰状または篩状に包有し, しばしば輝石に近いところは無色となっている。

[注]
斑糲岩とした方がよいような岩相もあるが局処的に変化し, 区分し難く変質輝緑岩としておいた。

図版 16 角礫状の変質輝緑岩。 ハンマ-のある部分はやゝ粗い(出雲の南西)

[ II.3.1.2 ] 紫蘇輝石普通輝石斑粝岩

潮岬半島の南東部と南西部との小区域に分布している。 露頭では暗褐色を示し, 白色酸性岩部(黒雲母角閃石花崗閃緑岩質)が, 輝緑岩の場合(図版 16)よりも大規模に貫ぬき, あるいは浸み込んでおり, 本岩は角礫状のことは少なく, 丸みを帯びた礫状となっている(図版 17)。

図版 17 紫蘇輝石普通輝石斑糲岩に白色酸性部が浸み込んでいる( 権現 ごんげ の南東方海岸)

岩石は―般に中粒でときに斑状をなし, 斜長石・普通輝石・紫蘇輝石・角閃石・黒雲母などからなる。 斜長石は長柱状で, ときに累帯構造を呈する。 普通輝石は―般に他形で, しばしば褐色角閃石に交代されて虫喰状に角閃石中に残っている。 小粒の輝石がときに斑晶状の斜長石中に散在している。 紫蘇輝石は多色性微弱で, 部分的に褐色黒雲母に交代されている。

[ II.3.1.3 ] 角閃石普通輝石斑粝岩~閃緑岩

花崗岩体に距てられて潮岬半島の西と東に分かれて分布している。

西部のもの は一般に粗粒であるがときに中粒で, 白形~半白形の斜長石(ときに 3 cm 大)が目立つことが多い(図版 18)。 萩尾 はんぎょ [ ← 萩尾 はぎお ? ] の南西方海岸の転石には, 中~細粒の輝緑岩と粗粒のものとが縞状をなすものや, 輝緑岩質部が捕獲岩状にみられるものがある。

図版 18 斑晶状斜長石を含む角閃石普通輝石斑糲岩(黒棒 : 万年筆)(萩尾の南西海岸)

鏡下では斜長石・普通輝石・角閃石などからなり, ときに斜長石に絹雲母の微片が散在し, 普通輝石は無色角閃石や褐色~淡緑色角閃石に交代されていることが多く, さらに緑泥石化していることもある。 ある部分では淡緑色角閃石と緑泥石との小結晶が群集をなしている。

東部のもの は粗粒~中粒で橄欖石斑粝岩の近くでは斜長石・普通輝石・少量の橄欖石が主で, ときに紫蘇輝石を含み, 斜長石は自形~半自形で, 普通輝石の―部は角閃石に交代され, 少量の蛇紋石~緑泥石・滑石および黒雲母の生じていることはまれではない。

権現 ごんげ の南東や南西方の島では中粒で, 普通輝石のほかに帯緑淡褐色の角閃石や褐色黒雲母が多量にみられ, ほかに石英・チタン石・絹雲母・緑泥石および長針状鉄鉱がみられるものや, 普通輝石はみられず累帯構造の斜長石および淡緑色の角閃石が主で, チタン石・緑泥石・絹雲母・石英などのみられる部分もある。

[ II.3.1.4 ] 橄欖石斑粝岩

権現の南の小区域に分布している。 暗褐色を示し, ときに蛇紋岩様にみえる部分もある。

粗粒で主として橄欖石と斜長石とからなり, 少量の単斜輝石・斜方輝石および暗褐色尖晶石を含むほかに, しばしば輝石の一部を交代する微量の帯黄淡褐色~無色の角閃石および黒雲母を含む。

橄欖石は新鮮で自形・半自形および他形で, 部分的に滑石や蛇紋石~緑泥石に交代されている。 斜長石は半自形~他形で橄欖石と噛み合い, あるいは橄欖石を包有するような形を示している。 単斜輝石は他形で橄欖石を包有することがある。 斜方輝石は多色性はほとんどなく, 部分的に滑石に交代され, 他形で橄欖石および単斜輝石を包有している。

II.3.2 酸性岩類

紫蘇輝石石英安山岩・石英斑岩および文象花崗岩からなり, 橋杭岩を除くと, 潮岬半島から大島にわたって ENE - WSW に伸びて分布している。 紫蘇輝石石英安山岩は堆積岩および変質輝緑岩を貫ぬき, 石英斑岩および文象花崗岩は変質輝緑岩および斑粝岩類を貫ぬいている。

[ II.3.2.1 ] 紫蘇輝石石英安山岩

橋杭や大島の舟着場・樫野の南方海岸などでは硬質暗灰色泥岩~淤泥岩を貫ぬき, 数 m 大(舟着場付近では長さ 3 m, 厚さ 30 cm)のものを捕獲しており, 泥岩には石英脈や方解石脈がみられ, 黄鉄鉱や黄銅鉱が鉱染している。 大島の舟着場の南々西方では軟質の泥岩の上に乗っている。 また, 串本から出雲にいたる道路側では硬質黒色泥岩および変質輝緑岩を貫ぬき, これらを帯状, レンズ状などに捕獲しており, 黄鉄鉱が母岩および石英安山岩の縁辺部に鉱染していることがある。 捕獲状岩は串本 - 出雲間の道路側では長さ 20 m, 幅 0.5~2.5 m の硬質黒色泥岩や, 長さ 1~20 m, 幅数 m まで膨縮する変質輝緑岩である。

大島の 大耳崎 おおみみざき 付近などでは柱状節理がみられ, 岩石は一般に硬いが, 大島の舟着場の南西方には凝灰岩に似た軟かいものがみられる。 流理構造を示すもの, 不均質で丸みを帯び異質にみえる部分を多量に含むもの, 均質なものなどがある。 流理構造の著しいものは大島の大森山の南東麓から南東方海岸にかけて分布し, 玉髄がやゝ平たくなって含まれており, 大耳崎の北西方海岸では流理面は走向 N 10°W, 傾斜 20°E であった(図版 19)。 不均質なものは 須江 すえ 付近から樫野付近にわたる地域・舟付場の南方などに分布し, 数 cm 大の丸みを帯びた, 斑晶に富む帯褐淡緑灰色~帯褐暗緑灰色部を多量に含み, 風化面が凹凸に富んでいる。 比較的均質なものは大島の舟着場付近・樫野付近などにみられ, 石英脈や数 cm 大の晶洞がみられることがある。 淡緑色を示すことはまれでない。 地表から深さ 1~3 m まで風化土となっているところも多い。

図版 19 玉髄を含み流理構造を示す紫蘇輝石石英安山岩(黒棒 : 万年筆)(大島の大耳崎の北西方海岸)

鏡下では斑晶として斜長石(中性長石)・石英・紫蘇輝石および玉髄がみられる。 石英はしばしば融蝕されたように彎入している。 紫蘇輝石は半自形~自形で多色性なく, 黄淡褐色の緑泥石に交代されていることが多いが, 樫野の南方海岸のものは新鮮であり, 流理構造の発達したものでは紫蘇輝石の一部を淡褐黄色の黒雲母(?)が交代している。

石基 は主としてガラスからなるが, 脱ガラス質となっているところもあり, やゝ結晶質になっているところに真珠岩様構造のみられることもあり, 斜長石・石英・有色鉱物を交代した緑泥石などもみられる。 無色鉱物と緑泥石様鉱物とが微小円形をなして互に取り囲み, ときにそれが珠数状に連なり, あるいは斑晶の囲りを取り巻いている。 流理構造を示すものや不均質なものでは, 角ばった破片状の石英や斜長石が多く含まれている。

[ II.3.2.2 ] 石英斑岩

潮岬半島の西部に分布し, 変質輝緑岩を貫ぬきあるいは捕獲している(平松付近および潮岬付近)。 N 30~50°W の節理のみられることがある。

帯緑灰色のことが多く, 淡緑色の丸みを帯びた数 cm~10 数 cm の部分を捕獲岩状に含むことが多く(図版 20), 緑色部に緑簾石がみられ, ときに 5 cm 以上の大きさの晶洞がみられる部分もある。 南部のものは灰白色で石英や斜長石の斑晶が目立ち, 捕獲岩様の部分は少なく, 変質輝緑岩に緻密な状態で幾条にも入り込んでいる。

図版 20 淡緑色, 丸みを帯びた部分を含む石英斑岩(黒棒 : 万年筆)(平松海岸)

斑晶は, 石英・斜長石・変質した有色鉱物で, 石英は丸みを帯びしばしば彎入しており, 斜長石は半自形~他形で灰曹長石~中性長石でなかに絹雲母が散点している。 有色鉱物は緑泥石・緑簾石・黝簾石・チタン石・絹雲母などに交代されている。 石基は石英・斜長石・アルカリ長石などである。

[ II.3.2.3 ] 文象花崗岩

変質輝緑岩および各種斑粝岩類を貫ぬき, ある場合は平面で(串本 - 平松間の道路側など), ある処では凹凸に富んだ面で接し, 枝状あるいは網状に母岩に入り込み, または捕獲して(出雲付近から潮岬にいたる海岸の諸所), 接触変成作用を及ぼしている(図版 21)。 萩尾の南方海岸では 2~4 cm 大の暗緑色, しみ状の塩基性岩部が捕獲岩状にみられる部分や, 幅 2~3 m の帯状, または 1 m 大以下の円形の変質輝緑岩が捕獲岩状にみられ, 黄鉄鉱や磁硫鉄鉱が鉱染しているところがある。 また花崗岩を白色のアプライト脈(幅 2 m 以下)がまれに貫ぬく。 節理の方向は必ずしも―定ではないが, N - S・NE および NW 系のものが多いようである。

図版 21 角閃石普通輝石斑糲岩と文象花崗岩との接触部。 暗黒色部(斑糲岩)に白色部(花崗岩)が不規則に入り込み, あるいは捕獲している(権現の南西方海岸)

鏡下ではカリ長石と石英とは文象組織を示し, 斜長石(灰曹長石~中性長石)は単一結晶内でも不均質となり, あるいは内部に絹雲母の微細片が散在している。 黒雲母はときに小片となって集まり, 緑泥石などに交代されていることが多い。 原鉱物は不明である有色鉱物が緑泥石・緑簾石・チタン石などに交代されている。 萩尾の南方海上の島のものは文象花崗岩と石英斑岩との中間的組織を示している。

II.3.3 輝緑岩岩脈

海岸によく露出しており, 諸所に多数みられるが, 地質図では拡大してその一部を示してある。 海岸から離れた所にもあるものと推察されるが, 露出が悪く目に触れない。

変質輝緑岩・斑粝岩・石英斑岩および文象花崗岩を幅数 10 cm~数 m の岩脈として貫ぬき, アンドノ鼻付近では変質斑状輝緑岩が本岩に捕獲されている。 岩脈の周縁部は中央部より緻密で, 節理が壁岩に直角に生じており, ときに壁岩に入り込むことがある(図版 22)。 ときに中央部が斑状となることがある。 岩脈の走向は花崗岩の節理に一致することもあり, N 40~70°W で傾斜が 40~80°E のことが多い。

図版 22 潮岬先端部の文象花崗岩を貫ぬく輝緑岩岩脈(黒色柱状部)。 岩脈中の平行な節理が壁岩に直角にみられる

岩石は変質輝緑岩と異なり新鮮で, 輝緑岩組織を示し, 単斜輝石の一部は角閃石や緑泥石に変わっている。

II.4 第四系(冲積層)

第四系としては, 諸河川の下流部の冲積堆積物・現河床堆積物, ならびに海岸地域・串本市街の低地部の冲積堆積物および現海浜堆積物がみられる。 これらは礫・砂および粘土からなる。 潮岬半島の花崗岩や石英斑岩の分布する海岸では処々に砂浜がみられる。

III. 応用地質

III.1 鉱床

串本市街以北では諸所で, ほゞ N 5~10°W の方向に走る小規模の破砕帯がみられるが, それに伴なつて, 石英のほかごくわずかな黄鉄鉱および黄銅鉱が認められることがある。 しかし, いずれもきわめて貧弱なもので, 稼行価値はない。

III.2 地下水および鉱泉

地下水は第四紀の堆積物の少ない潮岬半島および大島ともに乏しいが, とくに石英安山岩からなる大島では水に困っている。

鉱泉 [ 以下の [注] 参照 ] は橋杭岩の北部・串本町市街の東西海岸および大島に湧出している。 橋杭岩のものは石英安山岩中から, 串本町市街の東西両海岸のものは泥岩中から, 大島のものは泥岩(戸島崎のもの)および石英安山岩(峯地のもの)から湧出している。 硫黄質泉のものが多い。 温度は橋杭岩では 22~23 ℃, 串本町市街の海岸では 21~27 ℃, 大島では 14~15 ℃ である。 湧出量は橋杭岩のものは数カ所合せて 1 分間 40 ℓ ほどである。 串本町市街の東西両海岸のものは掘さくによるもので, その深さ約 136 m, 200 m および 360 m であつて, 海水が混入している。

[注]
文献 8) の上治(1958)によった。

文献

1) 大築洋之助 :
20 万分の1地質図幅「那智」および同説明書, 地質調査所, 1903
2) 本間不二男 :
紀州南部の火成岩と鉱床との関係(概報), 火山, Vol. 3, No. 4, pp. 355~369, 1938
3) 吉沢甫 :
紀州潮岬火成岩の混成作用(予報), 地質学雑誌, Vol. 53, No. 622~627, pp. 67~68, 1947
4) 水野篤行 :
下里統について, 地質学雑誌, Vol. 59, No. 692, pp. 215 ~ 216, 1953
5) 村山正郎 :
5万分の1地質図幅「新宮・阿田和」および同説明書, 地質調査所, 1954
6) 棚井敏雄・水野篤行 :
紀伊半島東南, 熊野炭田付近の地質構造について -- 紀伊半島南部の地史学的研究, その 1 --, 地質学雑誌, Vol. 60, No. 700, 1954
7) 水野篤行 :
5万分の1地質図幅「那智」および同説明書, 地質調査所, 1957
8) 上治寅次郎 :
和歌山県串本四近の鉱泉群, 地学雑誌, Vol. 67, No.4, pp. 197~200, 1958
9) 水野篤行・今井功 :
5万分の1地質図幅「田並」および同説明書, 地質調査所, 1964

EXPLANATORY TEXT OF THE GEOLOGICAL MAP OF JAPAN Scale 1 : 50,000

KUSHIMOTO

Kyoto, No. 109

By OSAMU HIROKAWA & ATSUYUKI MIZUNO (Written in 1964)


Abstract

GEOLOGY

The mapped area lies on the southern extremity Of Kii peninsula. It is covered by middle Miocene sediments, Post-middle Miocene igneous rocks and Quaternary sediments as shown below.

General sequence
in the southern Kii peninsula
The present area
Quaternary Alluvial deposits Alluvial deposits
Terrace deposits Lack
Neogene
igneous rocks
Kumano
acid rocks
biotite granite,
Persenic biotite,
rhyolite, etc.
Diabase of dyke form
Acidic rocks
Basic rocks
Middle
Miocene
Kumano
group
Mitsuno formation Lack
Koguchi
formation
Shikiya siltstone member Shikiya siltstone member
Shimosato sandstone and siltstone member Shimosato sandstone and siltstone member
Lower
Miocene~
Paleogene
Muro group Lack

Middle Miocene sediments

The middle Miocene sediments represent a part of the lower division -- Koguchi formation -- of the Kumano group that covers the southern-southeastern part of Kii peninsula extensively. They are predominant in mudstone, attaining more than 1,300 m in thickness, and are stratigraphically divided into two members as in the other districts of the southern Kii peninsula.

The Shimosato sandstone and siltstone member is composed of sandstone, mudstone and their alternation. The Shikiya siltstone member is largely composed of mudstone but in some part it intercalates a marly very fine-grained sandstone, an alternation of mudstone and sandstone and also conglomerate beds. From the marly sandstone the following molluscan fossils indicating the middle Miocene age are rarely yielded : Vicarya ? sp., Placopecten ? sp. and Aloidis cfr. succincta (YOKOYAMA).

These sediments dip southeast-wards in the angle of 10~30° as a whole.

Igneous rocks

They consist of basic rocks, acidic rocks and a diabase of dyke form, which have been intruded or extruded in order as cited just now.

Basic rocks : They are metamorphosed diabase injected into the middle Miocene, hypersthene-augite gabbro, hornblende-augite gabbro~diorite and olivine gabbro, graduated into each other. They have been metamorphosed by the intrusion of the acidic rocks to produce secondary minerals such as various kinds of amphibole, biotite, chlorite, epidote, zoisite, titanite, sericite and talc.

Acidic rocks : They are hypersthene dacite, quartz porphyry and graphic granite. The dacite is intruded into and poured out over the middle Miocene sediments. The graphic granite and quartz porphyry are intruded and permeated into the diabase and gabbro~diorite, to metamorphose and enclose them at many places.

The hypersthene is found in the dacite, and the biotite in the graphic granite at some places, but the mafic minerals of the acidic rocks, in general, are too altered to determine their species.

Diabase of dyke form : The rock in dyke form with chilled margines is intruded into either of the acidic and basic rocks in the main direction of NW - SE. It is composed of plagioclase and augite showing a graphic texture.

Alluvium

It is distributed in narrow areas along rivers and beaches, and consists of sand, mud and gravel.


昭和 40 年 3 月 13 日 印刷
昭和 40 年 3 月 20 日 発行
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