10075_1960
5万分の1地質図幅説明書
(金沢 第 75 号)
通商産業技官 広川治
通商産業技官 黒田和男
地質調査所
昭和 35 年
目次 I. 地形 II. 地質 II.1 概説 II.2 古生界(大浦層) II.3 花崗岩類 II.3.1 中粒~細粒花崗岩 II.3.2 粗粒花崗岩 II.3.3 新期花崗岩 II.4 新第三系 II.4.1 与謝層群 II.4.2 花崗閃緑岩 II.4.3 安山岩および岩脈 II.5 第四系 II.5.1 段丘堆積物 II.5.2 崖錐 II.5.3 冲積層 III. 応用地質 III.1 ペグマタイト III.2 石材 附 丹後大地震 文献 Abstract
1 : 50,000 地質図幅説明書 (昭和 34 年稿)
(金沢 第 75 号)
本図幅地域の野外調査は, 昭和 32 年から 33 年にわたり, 延約 55 日の外業実動日数を要して行なわれた。 調査地域のうち主として北東部の新第三系分布地域は黒田により, その他の地域は広川によって実施された。
この図幅地域は近畿地方北部に位置し, 若狭湾の西縁を区切る与謝半島 [ 以下の [注] 参照 ] の基部およびその周辺部を含んでいる(第 1 図参照)。
地域東側から若狭湾の支湾である宮津湾および 栗田 湾が入り, その間を北東方に栗田半島が突出している。 宮津湾はさらに西方に阿蘇海という内湾を形成し, この両者を境して有名な天橋立がある。
この図幅地域全体を通じて, 稜線の高さがほゞ一定で, 細かく谷に刻まれた地形が目立ち, 完全に開析された隆起準平原を想わせる。 一方稜線の高さは, 半島部が 500~600 m であるのに反し, その他の地区は約 400 m で, その間には地域北縁中央の溝谷附近から, 天橋立の北側江尻に至る線に示されるような明瞭な段がある。 これは岩質の差によるもので, 半島部は新第三紀の礫岩や火山岩から構成されているのに反し, その他の部分は風化侵蝕に対して, 抵抗力の弱い花崗岩が主として露出しているためである。
地域内のおもな山は, 南西部の 足占山 (661.0 m)が例外的に花崗岩地域のなかにあるだけで, 北東部の角突山・金剛童子山・内山東方の山(610~700 m)・地域西縁の 菱 山峠北方の山(540 m)など, すべて新第三紀の岩石の露出する地域にある。
地域内のおもな水系は, 竹野川, 南部で阿蘇海に注ぐ野田川および北西隅の網野川で, 半島部以外では, これらが主として北東 - 南西方向および南 - 北方向の網目状水系をなしている。 竹野川・五箇川・野田川などは幅約 1 km の細長い冲積平野を伴ない, 阿蘇海や宮津湾沿岸で見られるように三角洲を形成している。
この図幅地域を含めた若狭湾西部沿岸地域には, 断層線崖や断層線谷と考えられるものがかなり多数認められている。 この地域全体は新第三紀以後現在にいたるまでブロック運動が著しい所で, その状況は昭和 2 年の丹後大地震の際の地盤の運動にもよく現われている。
この図幅地域は, いわゆる「山陰緑色凝灰岩層」の分布地域の南縁に相当し, かつその最東端に位置している。 おもな構成岩石は, 新第三紀の火山岩および堆積岩と, それらの基盤である花崗岩類である。
花崗岩類は, 山陰地方に広く露出する白堊紀末期とされているものの一部が, この地域内のかなりの面積を占めて露出し, これとは別に新第三系を貫ぬく花崗閃緑岩がある。 白堊紀末期とされている花崗岩中には, ルーフペンダントとしてホルンフェルス化した古生界がわずかに認められる。
新第三系は, 図幅地域北東部に分布するものと北西部に分布するものとがあり, 前者は 「丹後由良」地質図幅・ 「冠島」地質図幅両説明書で与謝層群と呼んだ地層の続きに相当するもので, この図幅でも与謝層群と呼び, 北西部のものもこれに含めて記載する。 いずれも白堊紀の花崗岩の上に不整合に乗り, 礫岩・砂岩・泥岩・火山岩の熔岩および火山性砕屑物からなり, 植物化石を含み, 北西部のものは新第三紀の花崗閃緑岩に貫ぬかれている。
白堊紀の花崗岩(粗粒花崗岩)は, しばしば 新期花崗岩 および少なくとも一部これに関係があるペグマタイト岩脈に貫ぬかれている。
この図幅地域内には段丘堆積物はまれで, わずかに竹野川に沿ったものがある。
この地域の地質を総括して, 第 1 表に示す。
この図幅地域内では南東隅にわずかに見られるが, その続きは 東隣「丹後由良」, その南の「舞鶴」および南隣「大江山」図幅地域内に連続して広く露出し, 花崗岩類とともにこの地域全般の基盤をなしている。
岩石は帯紫暗灰色を呈するホルンフェルス化した粘板岩および砂岩の互層で, 塊状をなし堅硬, 緻密で, 層理は認められない。
これは白堊紀末期のものと考えられているもので, 図幅地域にもっとも広く分布している。 産状および岩質から, 粗粒花崗岩・中粒~細粒花崗岩および新期花崗岩に区別して記載する。
これは図幅地域南部中央附近に小岩体をなして露出しており, 粗粒花崗岩との関係は明らかでない。 中粒~細粒で, 外観は胡麻塩状である。 捕獲岩はほとんどなく, 比較的均質であるが, きわめてまれに長さ, 幅ともに数 cm の不規則な淡紅色, 粗粒の部分が見られる。
顕微鏡下では主として斜長石・石英・アルカリ長石・黒雲母および角閃石からなり, 斜長石・石英・アルカリ長石の容量比 [ 以下の [注] 参照 ] は第 2 図に示す通りである。 斜長石は半自形~自形を呈し, 中性長石~亜灰長石である。 幅の広い累帯構造を呈し, 中核部は灰長石成分に富むが, 屈折率,複屈折率ともに低い鉱物に変質していることが多い。 ミルメカイトはきわめてまれである。 ペルト石構造は明瞭でない。 黒雲母は帯緑褐色を, 角閃石は少量で帯青緑色を示す。
これは図幅地域において花崗岩類の大部分を占めて分布し, 主として野田川以東のものは有色鉱物として黒雲母のほか, 角閃石をかなり多く含み, 他のものは角閃石をきわめて少量含むかまたはまったく含まない。 前者を角閃石黒雲母花崗岩, 後者を黒雲母花崗岩として記載する。 捕獲岩の量は一般に角閃石黒雲母花崗岩に多く, 黒雲母花崗岩にはまれである。 捕獲岩は輝緑岩~輝緑凝灰岩のような塩基性岩源と考えられるもので, 円形に近いものが多いが, 楕円形や不規則な形に伸びたものもある。 捕獲岩の大きさは 1 m 大以下数 mm 大まであるが, 数 mm~数 cm のものが多い。 図幅地域中央部 森本附近のものには, きわめて多量の捕獲岩が含まれ, やゝ伸びたものが一定の方向に並んでいる。
一般に粗粒, 等粒で, 淡紅色の長石を含む。 図幅地域南西部のものはとくに粒度が大きく, 石英や長石は 2~3 cm 大のことが多い。 しかし, ところによってはアプライト状で, 細粒~中粒の部分(図幅地域南西部, 南東部の山中 - 新宮 - 奥山に至る道路沿いなど)や, 基質が中粒で斑状の部分(図幅地域南東隅 狩場から上漆原に至る道路沿い, 地域南部中央の石川附近, 地域南西隅奥藤森附近など)がある。 捕獲岩中にも長石や石英が斑晶状に見られることがある。 アプライトの周辺部はしばしばペグマタイトになる。
顕微鏡下では主として斜長石・石英・アルカリ長石・黒雲母および角閃石からなり, 黒雲母花崗岩としたものには角閃石を欠くことが多い。 足占山附近のものは, しばしばチタン石や褐簾石の 3~4 mm 大の結晶を含む。 斜長石・石英・アルカリ長石の容量比は第 2 図に示す通りである。 石英は一般に波動消光を示さないが, 足占山附近のものは波動消光を示す。 ペルト石構造は著しいが, 微斜長石構造はまれで, 宮津湾東沿 岸田井西方のものに見られる。 斜長石は一般に新鮮で, その化学成分はほゞ中性長石に相当し, 一般に累帯構造は著しくないが, 足占山のものには累帯構造が発達している。 ミルメカイトは本図幅地域の花崗岩類中もっともよく発達している。
これは白堊紀末期と考えられている花崗岩と一連のものであるかどうか分らないが, こゝで述べる。 図幅地域南半部の, 一般に地形的に低い部分に点々と小岩体をなして分布している。 図幅地域西部 大呂南東では粗粒花崗岩としたものを貫ぬき, ペグマタイトを胚胎しており, 西隣 城崎図幅地域のものはまれに円形で, 数 cm 大の粗粒花崗岩としたものと考えられる捕獲岩を含んでいる。 その他の種類の捕獲岩はほとんどみられない。 図幅地域中央部附近のものおよびその南方のものは, 花崗斑岩状でこれに属するかどうか明らかでないが, 地質図ではこれと同一の色にしてある。
岩石は一般に中粒であるが粗粒の部分もある。 淡紅色の長石に富み, 有色鉱物の量は甚だ少ない。 顕微鏡下では主としてアルカリ長石・石英・斜長石および黒雲母からなり, アルカリ長石・石英・斜長石の容量比は第 2 図に示す通りである。 ペルト石構造はあまり発達しない。 斜長石は灰曹長石~中性長石で, 累帯構造もミルメカイトもほとんど見られない。 きわめて少量の絹雲母を生じていることがある。 周縁部は新鮮である。 黒雲母はしばしば緑泥石化している。
この層群は, 与謝半島で花崗岩を不整合に覆って露出する, 新第三紀前~中期の堆積岩および火山岩の総称で, この図幅地域内北東部から北隣「網野」, その東隣「冠島」図幅地域内に広く分布する。
図幅地域北西部で花崗岩を覆い, 花崗閃緑岩および安山岩に貫ぬかれ, または覆われる地層もまったく同時期の生成によるものと考えられるが, 北東部のものとは別個に記載する。
地域北東部の与謝層群は, ほゞ N - S の走向で東に 10~20°傾く単斜構造を示すが, 部分的にはかなり波曲して, 奥波見・梅ガ谷で見られるように垂直近く傾斜することもある。 厚さは全体として少なくとも 700 m 以上で, 上限は不明である。 この地域では岩質によって, 野間火山岩層・礫岩層および砂岩泥岩層に区分されるが, これら相互の関係は複雑であって, その模式化した状態を第 3 図に示す。
野間火山岩層 : この岩石は図幅地域北部から北方 網野図幅地域にかけて広く分布し, 一般に花崗岩を直接覆っているが, 一部では砂岩泥岩互層の上に整合的に載っている。 この岩体の大部分は, 径約 50 cm を最大とする安山岩~玄武岩の角礫が, 同質の基質で膠結された凝灰角礫岩であるが, 岩体西部の溝谷川に沿ったところでは熔岩や紫色, 紫褐色, 赤褐色などに風化する凝灰岩ないし火山岩滓性の堆積物がある。 東部でも泥岩に接して玉葱状節理をもった熔岩が挾まれ, その附近には幅約 10 m の玄武岩質の岩脈が多数認められるが, いずれも同時代のものであろう。
また南側の内山近くには砂岩泥岩互層中に, 火山岩滓層や火山円礫岩層が東に向かって尖滅するような形で入っていることがある。 岩石は安山岩~玄武岩である。
玄武岩質の部分は岩体西縁の基底近くなどに見られ, 暗灰色, 堅硬, 緻密である。 顕微鏡下では斑晶は主として少量の斜長石からなるが, まれに単斜輝石や橄欖石(?)の変質したものを含むことがある。 石基は一般に間粒状組織を示し, 主として斜長石・単斜輝石・鉄鉱などからなり, 一般に斜方輝石を含まないか, きわめて少量含む。 斜長石の核心部はしばしば褐色のガラス様のもので占められる。
安山岩質の部分は暗灰色~灰色で, 斑晶が目立つことが多い。 あるところでは変質され, 緑泥石・緑簾石・方解石などが生じており, しばしば沸石(?)が球状に空隙を充している。 顕微鏡下では斑晶は斜長石・単斜輝石・斜方輝石からなる。 斜長石は累帯構造を示し, ある帯は虫喰状になっている。 単斜輝石はしばしば双晶を示し, 斜方輝石は単斜輝石に取囲まれることがある。 海岸の里波見北方の岩脈状のものは石英を含んでいる。 斑晶の大きさは石基の大きさと漸移することがある。 石基は塡間組織を示すこともあるが, 結晶度が高く間粒状組織を示すことも多く, 組織の点で玢岩といった方がよいこともある。 石基の構成鉱物は斜長石・単斜輝石・斜方輝石・鉄鉱・ガラスなどで, 単斜輝石と斜方輝石との量比は変化する。 単斜輝石はしばしば双晶を示し, 斜方輝石は単斜輝石に取り囲まれることがある。
礫岩層 : この地層は, 与謝層群分布地域の南部にとくに著しく発達し, 北東に向かって薄くなる。 この地層が基盤の花崗岩類に接する部分は, 主として花崗岩の径 1 m 以上にも及ぶ亜角礫が, 同質の砂で膠結されたもので, 全体が赤褐色を帯び, 同時に基盤の花崗岩類も赤色を帯びており, かなり風化変質(?)した状態にあった地表面に, この地層が堆積を開始したと考えられる。
この地層の下部は基底礫岩としての性質をもち, 礫の種類は基盤の花崗岩類が圧倒的に多く, 石英斑岩や玢岩類・珪岩・ホルンフェルスがこれに次ぐ。 礫の大きさは径 2 m に及ぶものもまれではない。 通常は直径 30~50 cm のよく磨かれた円礫が, 花崗岩質の基質で堅く膠結されている。 この部分は堆積盆地生成初期の扇状地性堆積物と考えられ, 巨礫の存在は, 堆積の場に隣接して南西側に, かなり比高の大である山地を推定させる。
この地層の上部に移るに従って, 径 10 cm またはそれ以上のよく磨かれた安山岩の円礫が混入するようになる。 安山岩は暗灰色の塩基性のもので, 前述の野間火山岩中の玄武岩質のものとほとんど変わらない。
木子南方から東方にかけては, 後述する砂岩泥岩層の上にくる, 非常に堅硬な石英質砂岩に引き続いて, 礫岩が地形上明らかに区別できる山(汐霧山など)を形成して分布している。 この礫岩の礫には, 花崗岩のほかに野間火山岩層に由来する円礫が非常に多く, 奥波見附近では, ほとんど玄武岩質の円礫からなる火山礫岩性の礫岩もある。 地域東方では, この礫岩が基底礫岩の上にのるようになり, かつ基底礫岩と区別できないので, この地質図幅では一括したが, 基底礫岩と上部の礫岩との間には, 堆積の間隔があるかも知れない。
砂岩泥岩層 : この地層は基底礫岩から始まる礫岩層に引き続いて堆積したもので, 礫岩のなかの砂岩の夾みが厚くなって, 遂に 1 枚の地層を形成するようになった所に始まる。 この地層の下部は主として花崗岩質の砂岩からなり, シルト岩や礫岩の厚さ 0.3~2 m の層を挾むが, 上位にゆくに従って泥岩が増加するようになる。 厚さは 200~300 m で, 北方にゆくに従って厚くなり, 南方では礫岩中に尖滅する。
砂岩は褐灰色~灰色, 花崗岩質で, 風化すれば茶褐色の軟かい砂となる。 塊状で層理ははっきりしないが, 泥岩を挾みまたはこれと互層することが普通であって, これによって地層の走向・傾斜を知ることができる。
泥岩は暗灰色~灰白色で層理は明瞭である。 風化すれば赤褐色となる。 とくに分布地域西方の木子・味土野附近のものは, 暗褐色を示しかなり凝灰質である。
上世屋北方のこの地層のなかには, ガラス質の小角礫や変質安山岩の火山岩礫を含む, やゝ粗鬆, 帯緑灰白色, 厚さ約 2 m の凝灰岩の層があり, 部分的に鍵層として役立つ。 また泥岩中に黄白色の凝灰質泥岩があって, 暗灰色の泥岩と約 30 cm の厚さをもって互層する。 さらに上世屋西方では, 厚さ約 15 cm の亜炭の層が数枚認められるが, 連続しない。
この地層は, 砂岩中にうすく挾まれる泥岩や, 凝灰質の泥岩のなかに頻繁に植物の破片を含み, 野間火山岩に近い木子・味土野・小杉附近の凝灰質泥岩中には, 比較的保存良好の植物化石を産する。 その層準は大体鍵層となる凝灰岩層のやゝ下位で, 植物の種類は次の通りである。
地域北西部の与謝層群は 分布状態および走向・傾斜からみて, ほゞ南北に伸びる盆状構造または向斜構造が推定されるが, 走向・傾斜はところによってかなり変化する。 厚さは厚いところで 300 m 以上と推定される。 層序および岩質から, 泥岩層および切畑凝灰岩層に区分される。
泥岩層 : この層は主として泥岩~シルト岩からなるが, 下部には砂岩が挾まれ, 基底部には薄い礫岩の見られるところもある。 地域内では層厚は約 100 m と推定される。
礫岩は西隣 城崎図幅地域では, 本層群の基底部に径 1.5 m に達する礫を含み, かなり厚いが, 本図幅地域では薄く不整合面を覆い, あるいは砂岩・泥岩からなる層に挾まれる。 礫岩は郷から新庄に行く道路側, 郷の南西, 網野駅南西の線路沿い, 切畑南方などに見られる。 層厚は約 0.5~1 m で, 礫は数 cm 大の主として花崗岩の円礫からなるが, チャート・砂岩・変質安山岩などの礫を含むこともある。 膠結物は一般に花崗岩の風化産物の砂であるが, 切畑南方では凝灰質である。
砂岩は細粒~粗粒で一般に薄い。 網野駅南西では層理は比較的明瞭で, 泥岩との境界は明確である。 そこでは厚さ約 40 cm で, 灰白色~帯褐灰白色, 粗粒, 等粒, アルコーズで緑簾石を多く含む。 同駅南では帯青灰色, 細粒で風化面は帯褐黄色を示している。
泥岩~シルト岩は砂質泥岩の部分もあり, 一般に灰色を示すが(部分的に帯緑色), 網野駅西の鉄道沿線や郷南西などには暗灰色, 凝灰質(?)泥岩がみられる。 一般に塊状で層理は明瞭でないが, 切畑南方 2 km のところでは層理は比較的明瞭であり, 城崎図幅地域北東縁の日和田東ではよく成層している。 風化面は一般に褐黄色であるが, 凝灰質 ? の部分では帯紫褐色~赤褐色である。 化石は発見されないがところにより植物質の微破片を含む。
切畑凝灰岩層 : この層は粗粒花崗岩および泥岩層を覆って分布し, 層序および岩質から下部と上部とに分けられる。
下部 : この地層は泥岩層および花崗岩を覆っている。 層厚は厚い部分で 100 m 以上ある。 主として帯緑灰色の凝灰岩からなり, 砂岩・泥岩および凝灰角礫岩を挾むことがある。 一般に層理はないが菱山峠東などでは部分的に流理の見られることがある。 凝灰岩の構成物は一般に安山岩~酸性安山岩質であって, 凝灰岩は 2 cm 大以下の, ガラス質部分から変わったと考えられる緑色部や軽石質のもの, ときに 5 cm 大の安山岩の角礫を灰色安山岩質凝灰質物で膠結したものである。 しかし 基盤の花崗岩やその構成鉱物をかなり含む部分(郷の南 2.5 km 附近, 菱山峠東方など)や新第三系の泥岩を含む部分(網野駅西方鉄道沿線, 郷の南南西 2 km など)もある。 また新庄西南西などには細粒の緑色凝灰質砂岩の部分もある。
顕微鏡下で見ると主要構成物は一般に斜長石, 各種組織をもつ安山岩の, 普通 2 cm 大以下の種々の形状を示す角礫~亜角礫およびガラス質(?)部分で, これらの一部および有色鉱物は方解石・緑泥石・緑簾石・鉄質物などに交代されている。 まれに石英を含む。
上部 : 本岩は新庄西南西, 切畑南西などでは岩相の点で下部のものと漸移し, 後者と区別し難い部分もあるが, 一般に後者より堅硬, 緻密で緑色のパッチは少ない。 また本庄南西, 郷南西などには流理構造が見られ, そこではときに丸みを帯び, ときに角ばった 4 cm 大以下の頁岩やガラス質部を含み, 風化面には 細長く伸びた長さ 2~3 cm の孔隙(ガラス質部分の除かれた部分 ?)が 流動状に排列している。 また新庄南西, 郷南西などには柱状節理が発達し角柱状に割れる。
本岩の分布地域の高い部分には, 明らかに安山岩の転石が見られるが, その分布区域や本岩との関係が明らかでないので, 地質図ではとくに区分していない。
顕微鏡下で見ると斑晶状を示すものとしては, 一部方解石に交代された自形~他形の斜長石が多く, 有色鉱物を交代したと考えられる緑泥石および緑簾石もあり, きわめてまれに単斜輝石を含む。 凝灰岩層としたものに較べ安山岩の角片は小さく, 量もきわめて少ない。 基質の部分は 主として流動構造を示すガラス~脱ガラス質のもの(ときに球顆状構造を示す)からなり, 斜長石の小角片や緑泥石・鉄鉱などを含む。 斑晶および石基を貫ぬいて緑簾石方解石脈・石英脈などが見られる。
図幅地域西縁中央附近の白堊紀末期とされている花崗岩より高いところに, ほゞ南北に細長く伸びて露出している。 白堊紀末期とされている花崗岩(こゝで粗粒花崗岩としたもの)との関係は明らかでなく, 境界附近では区別し難い。 新第三系を貫ぬき(切畑部落南方 2 km など), これに岐状に入り込み, 緑泥石化作用, 絹雲母化作用などの軽度の変成作用を及ぼしている。 凝灰岩~安山岩の捕獲岩(幅約 3 m, 長さ約 10 m)などを多く含む(切畑から城崎図幅地域円頓寺に至る道路沿いなど)が, 白堊紀末期とされている花崗岩に見られるような塩基性捕獲岩はきわめてまれである。 粗粒でペグマタイト脈やアプライト脈はほとんどなく, 黒雲母は緑泥石化されており, 風化面は一般に黄褐色に汚れている。
顕微鏡下では 主として斜長石・石英・アルカリ長石および緑泥石に交代された黒雲母からなり, 斜長石・石英・アルカリ長石の容量比は第 2 図に示す通りである。 有色鉱物の量は無色鉱物の約 3 % である。 ペルト石はかなり見られる。 斜長石は灰曹長石~中性長石で, そのなかに多量の絹雲母を生じている。 累帯構造はほとんど示さず, ミルメカイトはきわめて微量でアルカリ長石と接する縁辺部は新鮮である。 黒雲母はほとんど緑泥石に交代されている。
この種岩石は図幅地域北西隅と郷の南西とに分布している。 網野駅南西の鉄道沿線ではしばしば泥岩を, また新庄附近では凝灰岩を岩脈状に貫ぬいており, 本岩のなかや母岩にしばしば黄鉄鉱が鉱染している。 切畑凝灰岩層上部との直接の関係は不明である。
岩石は一般に灰色~暗灰色, 堅硬, 緻密で, 斑晶がきわめて少ないが, 網野図幅地域近くでは斑晶が普通に見られる安山岩の転石もある。
顕微鏡下で見ると, 斑晶は斜長石と緑泥石に交代された有色鉱物とである。 石基は間粒状組織ないし塡間組織を示し, 構成鉱物は斜長石・単斜輝石・斜方輝石・ガラス・鉄鉱などである。 単斜輝石は双晶を示すことがある。
本堆積物は竹野川および野田川の流域に発達する冲積平地の縁辺部において, 花崗岩を覆って点々と小区域に分布している。 本堆積物時代は確実ではないが, 分布状態, 岩相などからみて洪積世のものであろう。 その厚さは 40 m 以上のところがあり, 地表には畠がつくられている。
花崗岩を不整合に覆うところでは 基底部が砂岩である場合(竹野川流域の内記北方, 長岡北西方など)と, 直接花崗岩との接触部は見られないが 層位関係からみて礫岩である場合(野田川流域の明石・奥地附近)とがある。
岩相は礫質, 砂質および泥質の諸相からなり, それらが一般に厚さ 1~3 m の単位で順序不同に重なっており, 境界は漸移する場合と急変する場合とがある。 また, それらの岩相がレンズ状に他の岩層のなかに挾まれることもある。 明石および四辻附近には厚さ 15~30 cm の暗灰色の泥炭質部が, 泥岩ないし砂岩に挾まれている。
礫層の礫の大きさは 20 cm 大以下各種で, その下部に含まれる礫は一般に大きい。 形は丸いものから角はとれているが角ばったものまであり, 礫の種類は大部分花崗岩類であるが, 明石附近にはまれに古生層のチャートや粘板岩を含み, 内記附近では安山岩の礫を含んでいる。 基質はほとんど花崗岩類の風化産物である。
砂層はアルコーズで粗粒から細粒にわたり, 粒度においては泥相に移過する。 泥層は帯青灰白色~灰白色で, 風化面は褐色を示す。
崖錐は, 宮津湾沿岸の日置から男山にかけての山麓によく発達する。 構成物は, 与謝層群の礫岩層および花崗岩に由来する砂および亜角礫である。
宮津市街南方の今福・柿ガ成附近, その西方の香河・奥山・須津附近には, 主として花崗岩砂からできている扇状地性の堆積物が発達し, 地表には水田がつくられている。
冲積層は, 砂・泥・礫から構成され, おもな川に沿って分布しているほか, 阿蘇海の周辺や宮津湾岸の一部地域にみられる。
栗田湾の沿岸・日置海岸および江尻の海岸には小規模ながら浜砂が集積している。 江尻から SSW 方向に約 3 km の長さに伸びる天橋立は, 世屋川およびそれ以北の海岸に排出される砂が, 沿岸流により運ばれてできた砂嘴である。
ペグマタイトは粗粒花崗岩および新期花崗岩としたものに胚胎されるが, 現在稼行されているものはない。 その概要を第 2 表に示す。
| 産地 | 鉱床および鉱石 | 稀元素鉱物 | 備考 |
| 京都府中郡五箇村大呂部落南方 1 km の道路側 | 粗粒の黒雲母花崗岩を貫ぬく新期の花崗岩の先端部 (露頭2カ所で幅 15~20 cm)に見られる。 ペグマタイトは径 7~8 m の塊状で, 外殻は淡紅色のペルト石からなり内部は径約 3 m で石英からなる。 ペルト石からなる部分に紅色の条帯が走り, その部分は放射能がとくに高い。 |
変種ジルコン(++)
フェルグソン石(++) チタン鉱鉄(+) 榍石(+) | ウラン探鉱がなされたことがある。 長石・石英は良質ではない。 |
| 京都府中郡大宮町河辺部落北東約 1.5 km | 粗粒の黒雲母花崗岩中に約 20 数 m, 塊状に露出。 主として淡紅色の微斜長石のなかに不規則塊状の石英が見られる。 このほか少量の白色の斜長石および黒雲母を随伴する。 |
チタン鉄鉱(+++)
モナズ石(++) 変種ジルコン(+) チェフキン石(+) ゼノタイム(±) フェルグソン石(±) | 昭和 18~19 年 石英を約 300 t 出鉱した。 |
| 京都府中郡三重村谷内部落道路から約 300 m 上 | ペグマタイトの長石は白色または淡紅色のペルト石である。 黒露石を伴なう。 |
変種ジルコン(+)
褐簾石(±) | 昭和 21 年頃石英を採掘したといわれる。 |
| 京都府中郡三重村森本部落北東方約 1500 m, 標高 286.9 m の山頂近くにある。 | 露天掘の跡が2カ所にあり, 上位のものは規模が大きく幅約 7 m, 走向 N 40°W で, その下部には幅約 4 m のペグマタイトが露出。 長石・石英のほか, 黒雲母を伴なう。 |
変種ジルコン(+)
褐簾石(+) | 以前に石英および長石が稼行されたことがある。 |
| 京都府中郡三重村三重部落北東方約 1 km, 標高 160 m 余の地点 | 走向 N 20°W で傾斜はほゞ垂直。 埋没のため産状は明らかでない。 |
変種ジルコン(+)
褐簾石(?) | 以前に石英および長石が採掘されたことがある。 |
石材として採掘されている岩石は花崗岩類と緑色凝灰岩とである。
花崗岩類から採掘される石材の採掘場は 図幅地域南部の中央附近から東方にかけて存在し, 石材は中粒~細粒花崗岩と粗粒の角閃石黒雲母花崗岩とから採掘されている。
中粒~細粒花崗岩から採掘される石材は俗に玉の木石といわれ, 捕獲岩はほとんどなく灰色, 均質である。 風化から残された玉石から採掘しているが, 岩盤に達しようとしているところもある。 採掘場は日晩寺の北西に4カ所, 北東に1カ所ある。 いずれもトラック道路から 60~100 m の高さのところに設けられ, 300~500 m の距離を「そり」で運搬している。 用途は石碑・割石などである。 この石材の産額は月約 500 切で, 調査当時は需要におわれており, 販路は豊岡・舞鶴・福知山などである。
角閃石黒雲母花崗岩から採掘される石材は俗に石川石または粗目石といわれ, 暗灰色の大小, 不定形の捕獲岩があるので均質でない。 淡紅色の長石を含む。 風化から取り残された玉石から採掘されている。 採掘場は奥山の南西および東にあり, トラック道路から 100 m 以上の高さにあり, 1 km 以上も「そり」で運搬している。 用途は間知石・割石・土台石などで, 切口 0.4 m2, 長さ 4 m に達する角材が採れる。 販路は近村で, 産額は年 2,000~2,500 切である。
緑色凝灰岩から採掘される石材の採掘場所は網野駅西南西 2 km, 郷南西 2 km および菱山峠東方にあるが, 調査当時, 網野駅西南西のところ1カ所で採掘されていた。 石質はやゝ軟らかく間知石などに用いられるが, 需要は少ない。
昭和 2 年(1927 年)3 月 7 日 18 時 28 分頃, この図幅地域を中心として烈震が発生した。 この地震によって著しい被害を受けた地域は, 鉄道宮津線の通っている竹野川および野田川沿いの低地で, 全潰および全焼家屋約 2 万戸, 死者約 2,900 名の損害があった。 この地震の震央は地域北西隅の網野町郷(旧称郷村)附近で 震源の深さは 20 km 以内と推定されている。
この地震に伴なって数多くの変動が観察されたが, とくに著しいものは郷村断層・山田断層と称する2つの地震断層が発生したことである。 次にこれらの変動の概略について触れてみる(第 4 図参照)。
郷村断層 : この断層は北隣網野図幅地域の海岸に始まり, 網野駅附近・郷・生野内・峰山西方・長岡・善王寺を通って SSE に走り, 最南端は三重附近に及ぶ数本の雁行断層からなる。 変位のもっとも著しい部分は, 網野駅南方 2 km の高橋附近で, 側方に 250 cm, 垂直に 57 cm の変位を示している。 この変位は全体として断層西側の地塊の隆起と, 東側および西側の地塊とが大体等量ずつ北方および南方へ移動したものと推定される。
この断層は, 図幅地域北方の海岸で新第三紀層の岩盤を貫通し, 生野内や峰山西方では花崗岩中に擦痕を生じさせている。
山田断層 : この断層は, 図幅地域南部の四辻附近から ENE に延び, 上山田・丹後山田駅附近から岩滝の海岸に走っている。 この方向は, 宮津湾・阿蘇海および野田川沿いの低地の北縁を区切る断層線崖に一致している。 この断層は上山田附近で水平方向に 80 cm, 垂直方向に 40 cm の相対的変位を記録し, 全体としては北側の地塊が隆起し, かつ東方に移動したと解釈されている。
この断層は, 上山田附近の鉄道宮津線のトンネル南入口附近で, 花崗岩の岩盤中を貫通している。
土地の隆起と沈降 : 地震発生直後に見られた現象としては, 上記2断層に沿った水田に水が集中して沼地となったこと, 岩滝附近および男山南方の水田が沈下して海水が侵入したことが記録されている。 図幅地域北方の海岸では最大 80 cm の地盤の隆起があって, 新しく海蝕段丘が形成された。
その他の地変 : 地震発生後, 岩滝西方の弓ノ木に新しい湧泉(20 ℃)がみいだされたが, 数日後には温度が低下したという。 岩滝南方の水田では噴水が起こり, それに伴なって砂泥を噴出した。 郷村断層および山田断層附近の丘陵では多くの山崩れが発生したが, これは表土が震動によって滑り落ちたものである。
これらの変動を総合してみると, 現在の地表の起伏状態から推定される地盤の運動の形態と, 丹後大地震によって発生した地盤の運動の形態とが一致している点に重要な意味がある。
この図幅地域を始めとする若狭湾西部沿岸地域に, 新第三紀以後地盤のブロック運動が烈しく行なわれていたということは, 東方に緩く傾斜している新第三紀の地層のなかに著しく擾乱した部分や, 直立に近い傾斜を示す部分がしばしば認められること, 海岸線の輪廓が直線の組合わせによってつくられていること, この地域に破砕帯地辷りの性格をもつ地辷べりが分布していることによっても暗示される。
この地盤のブロック運動が現在なお継続しており, しかもその動きが現在までの地盤運動の傾向を, さらに助長していることが丹後大地震で示された。 地震の際に発生した新しい断層が, 地形的に推定される断層にほゞ一致していることから考えて, 花崗岩中に発見される断層は活断層の状態にあるとみてさしつかえないであろう。
なお, 昭和 2 年 3 月 7 日以降約 1 年半にわたる余震の観測の結果, 郷村断層以西および山田断層以南の地域に余震が発生し, 与謝半島部に当る 郷村断層以東・山田断層以北にほとんど余震の震源が見られないことは, 注意すべき事実である。
過去の資料に基づく若狭湾西部地域の地震発生年代表を次に示す。
| 西暦 | 日本年号 |
| 653 | 白鳳 4 年 |
| 701 | 大宝元年 [ 以下の [注1] 参照 ] |
| 707 | 慶雲 4 年 |
| 972 | 天禄 3 年 |
| 1022 | 治安 2 年 |
| 1029 | 長元 2 年 |
| 1213 | 建暦 3 年 |
| 1257 | 康元 2 年 |
| 1292 | 正応 5 年 |
| 1360 | 延文 5 年 |
| 1402 | 応永 9 年 |
| 1432 | 永亨 4 年 |
| 1466 | 文正元年 |
| 1475 | 文明 7 年 |
| 1496 | 明応 5 年 |
| 1584 | 天正 12 年 |
| 1660 | 万治 3 年 |
| 1694 | 元禄 7 年 [ 以下の [注2] 参照 ] |
| 1751 | 寛延 4 年 |
| 1774 | 安永 3 年 |
| 1786 | 天明 6 年 |
| 1925 | 大正 14 年 [ 以下の [注3] 参照 ] |
EXPLANATORY TEXT OF THE GEOLOGICAL MAP OF JAPAN Scale 1 : 50,000
Kanazawa, No. 75
By OSAMU HIROKAWA & KAZUO KURODA (Written in 1959)
The area of this sheet-map is located on the western side of the Wakasa bay, the northern part of the central Japan, and occupies the eastern end of the so-called "San'in green tuff formation" in the coastal region of the Sea of Japan. The Miocene rocks, consisting of conglomerate, sandstone, mudstone, andesitic to basaltic lava, tuff-breccia and tuff, overlie unconformably Cretaceous granitic rocks. These Miocene rocks are called the Yosa group.
The Neogene granitic rock is intruded into the Cretaceous granitic rocks and the Yosa group. The andesite covers the Yosa group.
The summary of geology of the area is shown in Table 1.
The Paleozoic rocks occur only in the southeastern corner of the area, and is named the Oura formation. The rocks are chiefly clayslate and sandstone metamorphosed into massive, hard and dark purplish hornfels by granite.
The rock is petrographically divided into the following three types, namely the Coarse-grained granite, Medium- to fine-grained granite and Younger granite.
The Coarse-grained granite is in contact with the Paleozoic rocks altered to hornfels. It is composed of biotite granite and hornblende-biotite granite, the latter of which has more inclusions of basic rocks than the former. Both granites are generally coarse-grained, and bear aplite and pegmatite veins. But at some places close to the Paleozoic rocks, they are medium-grained or porphyritic in texture.
The medium- to fine-grained granite is not obvious in relation to the Coarse-grained granite. It is homogeneous in mineral composition, holding no inclusions. The zonal structure of the plagioclase is more developed than that of the other granites. The mafic mineral is biotite and hornblende.
The Younger granite is intruded into the Coarse-grained granite, and has a few of small round inclusions of the Coarse-grained granite. It is less in mafic minerals and richer in alkali-feldspar than the other granites.
The Yosa group covers the granite with an unconformity in the northeastern and northwestern parts of the area, and is lithologically divided into five members, namely the Noma volcanics, the conglomerate member, the sandstone and mudstone member, the mudstone member and the Kirihata tuff member.
The Noma volcanics cover granites, and partly rests on the mudstone in the eastern part. They are composed of complicated accumulation of lava, tuff-breccia, tuff and scoriaceous sediments of basalt to andesite. The lava shows often onion-structure, and the tuff-breccia changes into volcanic conglomerate, thinning out towards east.
The conglomerate member is composed mainly of conglomerate, overlying granite with an unconformity. Pebbles of the conglomerate are chiefly granite, partly quartz porphyry, quartzite, hornfels and the same ones as the Noma volcanics. The pebbles of volcanic rocks increase in amount upwards.
The sandstone and mudstone member overlies the Noma volcanics and conglomerate, and consists of greyish brown arkosic sandstone, greyish mudstone, greyish green tuff and yellowish tuffaceous mudstone. The member often contains fragments of plant fossils, and thin beds of lignite in the upper horizon. The tuffaceous mudstone yields plant fossils, such as Taxodium distichum, Quercus acutssima, etc.
The mudstone member lies over granite in the western area of this sheet-map, and the basal conglomerate is not found.
The Kirihata tuff member overlies the mudstone member and granite. The main constituent of the lower part is andesitic tuff and tuff-breccia intercalating green sandstone, and that of the upper part is hard tuff.
As a whole, the group is middle to upper Miocene in age, more than 700 m in thickness, and shows generally monoclinal structure inclining to the east in the northeastern part of the area, and basin structure of a small scale in the western part.
The rock is intruded into the Neogene formation, which is chloritized or silicified and included in the granodiorite as many big xenolithes. The rock has no basic inclusions as seen in the Coarse-grained granite. The amount of plagioclase is larger than that of any above-mentioned granites. A lot of sericite is produced in plagioclase, and biotite is generally altered to chlorite.
The rock, compact and hard, is intruded into the Neogene formation and overlies the sediments. The phenocrysts are plagioclase and chloritized mafic minerals, and the groundmass consists of plagioclase, monoclinic pyroxene, rhombic pyroxene, glass, iron ore, etc.
The river terrace is seen along the valley of the Takeno and the Noda rivers. Its sediments are alternations of gravel, sand and clay.
Talus deposits composed of breccias of granite and arkosic sand are found in the coastal region along the Miyazu bay.
Alluvial deposits composed of gravel, sand and clay are distributed along the rivers and in the coastal region.
Beach sands are seen on the coast line. A remarkable sand spit, named the Amano-hashidate, about 3 km long, has been caused by the coast-stream in the Miyazu bay.
A lot of small pegmatite is formed in the Coarse-grained granite and Younger granite, but any of them is not under working. They are mainly composed of quartz and alkali-feldspar, and contain minerals such as ilmenite, zircon, monazite, fergusonite, titanite, tscheffkinite, allanite and xenotime.
The Coarse-grained granite (hornblende-biotite granite) and Medium- to fine-grained granite are quarried chiefly for public works and tombstone. Their production is about 600 tons a year. The tuff is quarried on a small scale for local uses.
The destructive earthquake took place on Mar. 7, 1927 at 18 h 27.6 min. on the western side of the Wakasa bay, which is called the great Tango earthquake. The epicenter of the primary shock was in the northwestern corner of the area mapped, near Gō-mura (Gō village).
Two independent faults were caused in the earthquake. The northern Gō-mura fault has a length about 18 km, trending NNW - SSE showing 0.6 m vertical and 2.7 m horizontal displacements in maximum at Gō-mura. The southern Yamada fault has a length about 7 km, trending ENE - WSW, showing maximum displacement of 0.4 m vertically and 0.8 m horizontally at Kamiyamada. Each fault was caused in basement, and distinct slickensides were marked in granite.
The earth movements regarding to the Tango earthquake have been considered as an upthrow and southward shift of the west side of the Gō-mura fault, and upthrow and eastward shift of the north side of the Yamada fault. The movement is a sort of block movements which is commonly presumed in the vicinity of the Wakasa bay, from geomorphological, geological and geodesical evidences.
The earthquake fault of 1927 occurred along the fracture zone between two fault blocks composed of pre-Neogene rocks (= basement formations and granites). The direction of displacement between the two fault blocks marked by the earthquake coincides with that assumed geologically or geodesically or geomorphologically.
昭和 35 年 9 月 5 日 印刷 昭和 35 年 9 月 12 日 発行 著作権所有 工業技術院 地質調査所