10073_1958
5万分の1地質図幅説明書
(金沢 第 73 号)
通商産業技官 片田正人
通商産業技官 礒見博
地質調査所
昭和 33 年
目次 I. 地形 II. 地質 II.1 概説 II.2 古生層およびその熱変成岩類 II.2.1 チャート相の古生層 II.2.2 含礫岩相の古生層 II.2.3 古生界の構造 II.2.4 熱変成岩類 II.3 領家変成岩類 II.3.1 黒雲母粘板岩 II.3.2 片状ホルンフェルス II.3.3 縞状片麻岩~片状ホルンフェルス II.4 石英閃緑岩 II.5 木曽駒花崗岩 II.6 伊奈川花崗岩 (附)変輝緑岩の化学分析値 II.7 台ケ峯礫岩層 II.8 阿寺層 II.9 石英斑岩 II.10 上松花崗岩 II.10.1 粗粒黒雲母花崗岩 II.10.2 中粒角閃石黒雲母花崗岩 II.10.3 黒雲母花崗斑岩および角閃石黒雲母花崗斑岩 II.10.4 細粒黒雲母花崗岩 II.11 斑粝岩 II.12 高位段丘堆積層 II.13 安山岩 II.14 玄武岩類 II.15 御岳火山熔岩 II.16 段丘堆積層 II.17 崖錐堆積層 II.18 冲積層 III. 応用地質 文献 Abstract
1 : 50,000 地質図幅説明書 (昭和 32 年稿)
(金沢 第 73 号)
本図幅は, 昭和 30~31 年(1955~1956)度の野外調査の結果を取りまとめたもので, 磯見は主として古生層分布地域, 片田は主として火成岩分布地域をそれぞれ担当した。
この地域の全般的な地質の調査・研究としては, 野田勢次郎 2), 3) が行った以後, みるべきものがなかつたが, 最近になって柴田秀賢教授を主とする東京教育大学関係者の広範囲にわたる諸研究が行われ, 図幅作成にあたつてそれらの資料 8), 10), 11), 12), 13), 18), 23), 24) [ 以下の [注] 参照 ] を参考にした。 また, 安山岩・玄武岩・御岳火山熔岩に関しては, 静岡大学鮫島輝彦助教授の教示を得ることができた。 なお, 野外調査に際しては諸営林署から便宜を与えられた。
本図幅地域は, 長野県南部, 木曽地方(西筑摩郡)のほゞ中央部を占め, 東部には木曽川が南流し, 北部には王滝川が東に流れて木曽川に合している。 また, 図幅地域を東に数 km はずれて, 木曽山脈(中央アルプス)が南北に連なり, 北西へほゞ数 km 離れて(木曽)御岳が聳えている。 地形は, 全般的にみると, かつて老年期に到達した地形が, その後回春して幼年期に入った状態を示している。
幼年期地形は, 図幅地域南部の阿寺川, 西部の 鯎 川などの谷形, および木曽川東岸(木曽山脈西麓)の谷形, 山形に示され, それらの地域では急峻な斜面が発達している。
老年期地形のなごりは, 高所にみられる山頂部などの平坦地形に示され(図版 1), 阿寺川両岸地域を除いて, 図幅の全地域に認められる。 平坦地形の高度は, 低い例では上松町東部のように海抜約 900~1,000 m の所もあるが, 一般には 1,300~1,500 m の高度を有する。
これら平坦面の上位は, 多くの場合高位段丘堆積層・安山岩または玄武岩類などで覆われている。 しかしこのような堆積層や火山岩類がみられない所にも, 平坦状の地形がしばしば存在する。 例えば, 上松町小川上流の赤沢・ 鯎川上流・ 王滝村北部・ 大桑村須原附近および伊奈川下流地域などである。 これらのうち, 地質図には示してないが, 赤沢では石英斑岩などの崖錐が, 鯎川上流では石英斑岩の風化土壌や御岳火山からの火山灰層が, また王滝村北部地域では礫状の御岳火山噴出物が, それぞれ薄く平坦面を覆っている。
花崗岩や石英斑岩か河床や河岸に露出する所では, 特有の景観を示すことも少なくない。 例えば, 木曽川に沿う上松町南部の寝覚の床(図版 2), 上松町北部の 棧 などは, 花崗岩の節理や水のされた露頭面がつくつた景勝地として知られ, 赤沢上流では, 花崗岩の水平な節理によって平坦な河床が連続しており(図版 3), 阿寺川・鯎川流域では, 石英斑岩の垂直に近い節理によって, 川の両岸には切り立つた急崖が臨んでいる(図版 4)。
またこの地域では断層に沿つて, 谷・鞍部・急崖が連続的に観察される所が多い。 とくに木曽川東岸を南北に走る断層に沿つてみられる鞍部は顕著であり, 典型的なケルンバット列が発達している(図版 5)。
この地域の岩類を地史的に大別すると以下のようになる。
1) 古生代後期の堆積岩類は, 図幅地域の北半部および大桑村野尻北方に分布している。 主として粘板岩・砂岩からなり, しばしばチャートを挾有し, 少量の石灰岩・塩基性凝灰岩および礫岩を含んでいる。 そして, 大きくみて, 比較的チャートが多く, 礫岩がみられない部分(含チャ-ト相)と, チャートがみられず礫岩で特色づけられる部分(含礫岩相)との2岩相に分けられる。 両者は整合関係で移化し, 時にインターフィンガー(interfinger)している。
化石は乏しいが, 野尻北方の含チャート相中の石灰岩から二畳紀中期末の紡錘虫, Yabeina などが発見されている 7) 。
また, この地域の古生層の大半は, 広区域変成作用による領家変成岩類, および木曽駒・上松両花崗岩類貫入の影響による熱変成岩類に変じている。
2) 領家変成期の岩類としては領家変成岩類, すなわち黒雲母粘板岩・片状ホルンフェルス・縞状片麻岩~片状ホルンフェルスと, これらの変成岩類生成後に引きつづいて貫入したと考えられる花崗岩類, すなわち石英閃緑岩・木曽駒花崗岩および伊奈川花崗岩がみられる。 これらの岩類は木曽駒花崗岩の一部をのぞき, 上松町東部から, その南方の木曽川両岸にかけて走る断層帯以東に分布している。 とくに, 変成岩類は, これら断層帯のもつとも東側の断層線によって限られている。 このような岩類の分布地帯すなわち領家帯は, 諏訪湖南方附近から北九州にかけて帯状分布を示すもので, この図幅地域には, 領家帯の最北部附近の西端部の一部が露出しているわけである。 この領家変成岩類生成と花崗岩類貫入の時期は明確にされていないが, 古生代末期~中生代初期(あるいは中生代中期)とされている。
また, この図幅地域内の領家変成岩類は, 変成後に, 木曽駒花崗岩(および伊奈川花崗岩 ?)の影響でふたゝび熱変成作用を蒙り, 領家変成岩としての性質は一部不明瞭になつている。 領家変成岩類は一応3帯の変成岩類に分類してはあるが, 上記の理由や, 分布範囲が狭く観察が不充分なため, 大体の変成度を示すに過ぎない。
木曽駒花崗岩と伊奈川花崗岩とは, 上松町南部, 倉本部落北方のかけはし沢などで入り組んで接触し, 数カ所でその接触する露頭がみられる。 接触部の境界線は一般に明確なもの(clean cut)ではないが, 2, 3の接触部では, やゝ白つぽい伊奈川花崗岩の周辺部が脈状となって, 木曽駒花崗岩を貫ぬいている。 したがって, この露頭では, 伊奈川花崗岩の方が木曽駒花崗岩より新期の貫入岩体と認められる。 しかし両花崗岩を全体としてみると, 後述するように逆の関係も考え得るため, 現在のところ確定的なことはいいがたい(伊奈川花崗岩の項参照)。
3) 中生代末期の酸性岩類およびそれに伴なう堆積岩類として一括されるものには, 石英斑岩・上松花崗岩類および石英斑岩に附随する台ケ峯礫岩層・阿寺層がある。 石英斑岩は, 木曽地方から, 南方の中津川市附近, 北西方の飛騨地方にかけて広く分布している岩体の東端部である。 大半は地表に溢れ出たものと思われる。 台ケ峯磯岩層・阿寺層は, 多くは石英斑岩の基底部に, 一部はその間に挾まれて存在する。 ほとんどの場合, 石英斑岩とは整合である。
上松花崗岩類は苗木・上松型花崗岩とも称されるもので, この地域南方の苗木地方では, ペグマタイトや諸鉱脈を含んでいることで著名である 4) 。 なお, 上松花崗岩類は周辺相として, 細粒または花崗斑岩質の岩相を伴なつている。
4) 第三紀またはそれ以後の火山岩類および堆積層としては, 旧輪廻の平坦化された地形上にのる高位段丘堆積層・安山岩・玄武岩・御岳火山熔岩, および崖錐・低位段丘堆積層・冲積層がみられる。
5) この図幅地内に発達する断層には, 全般的に地形上から追跡できるものが多く, かなり幅の広い, 場合によっては数 100 m に達する擾乱帯が発達している。 これらの断層が切つているもつとも新しい岩類は上松花崗岩類であり, 断層の一部は上松町東部の 才児 附近におけるように, 高位段丘堆積層に覆われている。 前述のように, 木曽川沿いの断層帯は領家変成岩類分布の西縁を限るもので, この断層帯によつて東側の地塊(領家帯 = 木曽山脈)が相対的に上昇している。
以上述べた諸事実を総合し, 地史的にまとめると第 1 表のようになる。
古生層は, 含チャート相と含礫岩相とに分けられる。 図幅地域北東部のもの以外は, すべて含チャート相である。
これとは別に, 堆積後に蒙った変成作用によつて, 熱変成古生層(局部的には非変成の部分もある)と 広区域変成古生層(領家変成岩類)とに分類される。 広区域変成古生層の変成作用は, 便宜上, 領家変成岩類として別記する。
主として粘板岩および砂岩からなり, しばしばチャートを伴なう。
砂岩と粘板岩とは細かく互層することもまれではないが, これらは一般に塊状で, 層理のはつきりしない場合が多い。 砂岩が中粒~粗粒となり粘板岩よりも優勢になると, 砂岩中に径 1 cm 以下の粘板岩の小さな「パッチ」を含むことがある。
チャ-トは, 普通, 粘板岩と密接に共存する。 数多くのチャート層のうち著しいものとしては, 例えば王滝村樽ケ沢西方や瀬戸川におけるように, 少量の粘板岩の夾みをも含めて層厚 200~300 m に達するものがあり, 走向方向には数 km の距離にわたつて連続する。 その他のチャートは連続性に乏しく, 例えば三岳村 尾羽林 や桑原附近などのもののような, 層厚数 10 m にも及ぶかなり厚いチャートですら, 数 100 m も離れると転石も見られないほどに発達が悪くなり, 次第に消失する。 なお,チャートにはマンガン鉱床を伴なうことがある。
石灰岩はきわめてまれである。 僅かに, 図幅地域南部の野尻附近や北東部の芦島附近などに, 厚さ数 m くらいまたはそれ以下の小レンズが見られるにすぎない。 野尻の石灰岩は暗灰色で, 上松花崗岩の貫入による熱変成を受けているが, そのなかに紡錘虫化石の密集した部分がある。 この化石も再結晶のために, 保存は著しく悪いが, すでに報告 7) されているように, 大型の Yabeina が多く, そのほかに小型の Neoschwagerinid も少なくない。 これらの化石の産出によつて, 野尻の石灰岩が二畳紀中期の後半に属することは明白である。
塩基性凝灰岩は, 緑色~濃緑色のもので, 北東部の風越山附近に僅かに見られる。 その大半はチャートと共存している。
分布は図幅地域の北東部に限られる。 粘板岩や砂岩を主とし, チャートを含まない。
砂岩や粘板岩は, 含チャート相の古生層のものと同様であり, 砂岩・粘板岩が細互層をなすことは比較的少ない。 砂岩がとくによく発達した部分には, 礫岩および礫岩状岩石が含まれる。 これらのうち礫岩状岩石の方が, より広く分布する。
礫岩状岩石とは, 塊状の砂岩中に粘板岩のパッチを含むものである(図版 6)。 パッチは普通は長径数 cm 以下の角ばつた短冊型に近いものが多いが, まれには台ケ峯附近や芦島附近に見られるように, 長径は 10 数 cm もあるのに, 短径は 1~2 cm またはそれ以下しかないような巨大な薄板状のものもある。 このような大きなパッチは不規則に波うつたり, 曲つたりしているが, 尖端は必ずとがつている。 そして各パッチは, 大きくみれば, 長軸の方向を一定方向に向けて並んでいて, 流理構造を呈している。 和合附近では, 同一露頭の砂岩中で, パッチの密集した部分とパッチに乏しい部分とが交互に重なり合い, 層面に垂直な方向にパッチの大きさが次第に小さくなるとともにその密度が大となり, 遂には厚さ 3~4 cm の粘板岩の薄層を挾んだ, 砂岩の優勢な互層に移り変わるのが観察された。 すなわち, パッチを含んだ砂岩は, 粘板岩を挾んだ砂岩に漸移するものである。
礫岩は普通は径 2~3 cm のやゝ丸味をおびた砂岩や,チャートの礫を含むものである。 礫は比較的大きなものは扁平なことが多く, 径数 mm 以下の比較的小さなものは角ばつている。 礫岩は小豆粒大の小礫を混えた礫岩質砂岩をへて, 中粒~粗粒の塊状の砂岩に移化する。 また, 礫岩は特定の層準に集まらず, 散在して産するが, 一般に粘板岩パッチの密集した砂岩中に多い。
これらの礫岩や礫岩状岩石が, 含チャート相の古生層中には比較的まれであり, とくに模式的なものの分布がチャートのない部分(含礫岩相)に限られていることなどから, こゝで含礫岩相と呼んだものは中生代の地層ではないか, ともいわれている。 この考えに対しては, 化石上の決定的なきめ手はないけれども, 次のような理由から同意し難い。
1) まず, 分布について考察してみると, 模式的な古生層である含チャート相の地層の分布地域中にも, 粘板岩のパッチをもった礫岩様岩石や礫岩が, 局部的ではあるが, 見られることがある。 例えば, 三岳村釜沼~ 尾尻平 附近・ 三尾附近・ 福島町下中沢の北方の地点(図幅地域北限の地点)・ 御影堂の北方(図幅地域外北方の福島町の南の町はずれ)・ 王滝村 崩越 南方や瀬戸川流域などにみられる。 これらのように, チャート相中にある場合には, 礫や礫状体は大きさは普通 1 cm 以下のものが大部分をしめ, 模式的な場合(含礫岩相中のもの)よりも一般に小さくなり, また, ずつとまばらに砂岩中に散点するようになる。 すなわち, 含チャート相と含礫岩相とは, 劃然と分けられるものではなく, 相互に漸移し, インターフィンガー(interfinger)するものと考えられる。 なお, 含礫岩相の一部は, 上松町東部で広区域変成作用(領家変成作用)を受けている。
2) 含礫岩相の古生層は露出が悪く, 層理のはつきりしない岩相が多いために, 走向・傾斜の測られる所は少ない。 けれども, 観察しうる限りでは, 含礫岩相の地層の示す一般走向は, 含チャート相のものと一致し, 傾斜もともに 60°内外の高角度を示している。 すなわち両相を構造上から比較しても, 両岩相の間には地殻変動の受け方や量の差異はまったく見られない。
さらに, 礫岩や礫岩状岩石の産状を検討すると, これらは異常堆積または層間異常 [ 以下の [注1] 参照 ] とよばれる現象と考えられる。 とくに礫岩状岩石は, 近年広く各地の古生層中に知られている [ 以下の [注2] 参照 ] 。
3) 最後に, 本層を本地域の中生代末の地層と比較する。 石英斑岩のなかに挾まれたり, それと互層したり, その基底をなしたりする後述の阿寺層などでは, その主体をなす黒色頁岩は分解の進んでいない炭質物に富み, また, その砂岩や磯岩中には石英斑岩から由来した物質がある。 一方, 含礫岩相の古生層中には, 石英斑岩に由来する物質はまったく見られず, 明瞭な炭質物その他の 陸上または陸に近接した地域での堆積を暗示する物質は認められない。 また, 阿寺層は基盤の古生層に接する場合には, 基底礫岩をもつて不整合に覆う薄い堆積物であるのに, 含礫岩相の古生層は, 基底礫岩または基底を指示する岩相を含まず, 高角度で傾斜した厚層である。 このような厚い地層が堆積しうるような古地理的状態は, 本地域の中生代末にはとうてい考えられない。
要するに, 含礫岩相の古生層を中生層と断定するに足る積極的な証拠は, いまのところほとんどみられず, むしろ古生層の一部と考えさせるような事実が多い。 したがって, 本層は少なくともその大部分は, 古生層に属するものと考えるべきである。 すなわち, 含礫岩相は含チャート相古生層の異相で, おそらく二畳紀後半ないしはその前後の時代の地層であろう。
古生界は大きく見れば ENE - WSW の一般走向を示す。 しかし, 南部の野尻附近の孤立した分布地域では E - W の走向を, 東部の木曽川以東の地帯では NE - SW の走向を示している。 傾斜は一般に 60°以上の高角度をなすが, 木曽川以西では北方に, 以東では南方に傾く。
このように, 古生界はたいていの所では ENE - WSW またはそれに近い走向を示すが, 詳しくみると, 局部的ではあるが, 走向の乱れた部分がある。 すなわち, 王滝村樽ケ沢西方の谷を中心として分布するチャートは, その北東部や南西部では ENE - WSW の走向を示すが, 中部では N - S の走向をもつて谷に沿つて露出し, 全体としては, 階段状に急激に折れ曲つた形をなしている。 屈曲部においても傾斜の角度はほとんど変わらないので, この折れ曲り構造は基本的褶曲(ないしは高角度傾斜構造)完成後の, 水平移動を主とした変位によるものであろう。
このほか, 木曽川に沿つた断層帯を境として, その両側で, 古生層の傾斜の向きが逆になつていることも興味深い。 すなわち, 西側の非広区域変成古生層帯と, 東側の広区域変成古生層帯(領家帯)とが, 傾斜の向きを異にする両地塊に分かれることは, ほゞこの線が領家帯の西限をなすことと相まつて, いく本かの南北性断層からなるこの構造線が, 地質構造上かなり重要な意味をもつことを示している。
木曽駒・上松両花崗岩類貫入の影響によつて古生層から生じた熱変成岩類は, 王滝川北岸の図幅地域西半北端部附近をのぞき, 図幅のほとんど全地域に発達している。
この熱変成岩類は一般に再結晶の程度は比較的不完全で, 鏡下でなければ再結晶鉱物がはつきり認められないような場合も多い。 しかし粘板岩からの変成岩は, 未変成のものに比較して, やゝ堅硬で, しばしば黒雲母の新生によつてチョコレート色を帯び, 細かい葉理面がより明瞭になつていることが多い。 まれに, 王滝川・木曽川合流点北方などでみられるように, 径 2~3 mm で, 肉眼的ににぶい光沢をもつた斑点状の菫青石が成長している。 上松町東部では, この種の菫青石を含むものの転石が多量にみられるが, これは図幅地域を僅かはずれて発達する木曽駒花崗岩周辺の熱変成岩である。
鏡下で観察すると, 一般に比較的大型の石英・長石などは, 再結晶しないで残されていることが多い。 粘板岩源のものには, 再結晶鉱物として, 石英・ 斜長石・ 微斜長石・ 黒雲母・ 白雲母・ 菫青石・ 斜方輝石(稀)・ 電気石・ 不透明鉱物などが生じている。 これらのうち, 白雲母に富むものは花崗岩体から比較的はなれた場所に多く, 菫青石・斜方輝石を含むものは花崗岩体に近接した場所に多い。
砂岩からの変成岩は黒雲母の再結晶によってチョコレート色を示す場合と, 角閃石によって淡緑色を呈する場合とがある。 時によるとチョコレート色の部分中に, 淡緑色の部分が細脈状に生じていることもある。 鏡下でみると, チョコレート色の部分には, 石英・長石・黒雲母・白雲母・不透明鉱物・電気石などが, 淡緑色の部分には, 雲母の代わりに角閃石・単斜輝石・方解石などが認められる。
チャートの大半には石英・黒雲母が生じているが, 次の石灰岩と同様な諸鉱物が生じていることもある。
石灰岩は 柘榴石(肉眼で褐色)・ 角閃石(緑色)・ 単斜輝石(淡緑色)・ 珪灰石(絹糸光沢)・ 方解石(白色)および少量の葡萄石・チタン石などを含んでいる。
領家変成岩類は木曽川東岸の断層より東方地域に分布している。 大体の変成程度によって, 北部から, 黒雲母粘板岩・片状ホルンフェルス・縞状片麻岩~片状ホルンフェルスの3帯に分類した。 北部の黒雲母粘板岩以外は片状構造が顕著で, 鏡下でみると完全に再結晶している点で, 前記の熱変成岩とは明瞭に区別しうる。 しかし黒雲母粘板岩は再結晶は不完全で, 片状構造がほとんどみられないから, 熱変成岩と区別することはかなり困難である。 しかもこの地域の領家変成岩類のほとんど全体が, 後の時期の熱変成作用を蒙つているから, 変成度の弱い黒雲母粘板岩の場合などには, 領家変成岩としての性質, 分布などは相当不明瞭になっている。 調査にあたっては東隣およびその北方の赤穂・伊那図幅地域内の資料 19), 22) によって, 黒雲母粘板岩の分布範囲や岩石学的な性質を推定した。
黒雲母粘板岩は, 肉眼的には未変成古生層や, 菫青石を含まない熱変成古生層と, あまり大きな差異はみられない。 鏡下でみると, 原岩の石英・長石はほとんど再結晶しないで残留しており, 僅かに細粒の石英・黒雲母・絹雲母・石墨・鉄鉱・電気石などが再結晶している。 菫青石・紅柱石はみられない。
粘板岩からのものは, 片状構造が顕著で, 菫青石・紅柱石の長さ 1 cm に達する斑状結晶が発達している。 たゞしこれらの斑状結晶の一部は, 後の時期の熱変成作用によって生じたものであろう。 その他, 鏡下では, 石英・斜長石・微斜長石・黒雲母・白雲母・石墨・電気石・鉄鉱などがみられる。
砂岩からのものはやゝ塊状(無片状)である。 鉱物組成は粘板岩からのものに類似するが, 石英・長石がより多く, 菫青石・紅柱石はほとんどみあたらない。
石灰岩からのものは, 方解石が径 3 mm くらいに成長した粗粒の岩石である。 方解石以外では, 緑簾石(肉眼で黄緑色)・ 角閃石(緑色)・ 単斜輝石(淡緑色)・ 柘榴石(渇色)および珪灰石(絹糸光沢)などがみられる。
チャートからのものは主として石英からなり光沢を有する。 一般に黒雲母と少量の白雲母とが生じていて褐色を帯びるが, 場合によって角閃石や単斜輝石が生じているため, 緑色を帯びることもある。
塩基性凝灰岩からのものは主として角閃石からなり, 緑色を呈する。 そのほか石灰質の部分には, 石灰岩の場合と同様の鉱物が生じている。
この変成岩は 片状ホルンフェルスの南方および倉本東方で 花崗岩類に挾まれて(おそらくルーフ状で)分布する。 肉眼的には, 片状ホルンフェルスより片状構造が顕著で, 時として黒白の縞状構造が発達し, しばしば珪長質の細脈や, 花崗岩様優白色部がみられ, 伊奈川花崗岩との接触部には一種の混成岩がみられる(図版 7)。
岩相には粘板岩・砂岩・塩基性凝灰岩からのものがみられる。 いずれも粒度は増大しているが, 鉱物成分としては, 前記片状ホルンフェルスにおけるとほゞ同様である。 たゞし, この縞状片麻岩~片状ホルンフェルスの場合には紅柱石はみられず, 少量の珪線石がみられる。
この岩石は, 岩床として倉本東方の縞状片麻岩~片状ホルンフェルス中に露出する。 中粒, 灰色~暗灰色で部分的に片状構造が発達している。 また少量の優黒色包有物がみられる。
鏡下でみると, 花崗岩~閃緑岩様組織で, 主として斜長石・石英・黒雲母・角閃石などから構成されている。 斜長石には時としてやゝ斑状の比較的大型結晶がみられる。 黒雲母は赤褐色を呈し, 角閃石は岩体によって, 緑色, 淡緑色, 緑褐色などを呈する。
木曽駒花崗岩は主として木曽山脈の主峯, 木曽駒ガ岳(赤穂図幅地内)から木曽川沿岸にかけて (上松・妻籠図幅地内)分布する花崗岩である。 この図幅地域内では, ① 領家変成岩類分布区域内部, ② ほゞ領家帯外縁に沿つた木曽川流域および殿小川河床, ③ 上松町小川沿岸および ④ 鯎川流域, に分布する。 このうち最初の ① の場合をのぞけば中生代末期の石英斑岩や上松花崗岩と接し, またはそのなかに孤立して存在し, 処々で上松花崗岩に貫ぬかれている露出がみられる。
岩相は, 赤穂図幅地域の木曽駒ガ岳を構成するものは, 均質であるが(赤穂図幅地域の木曽駒花崗岩Ⅰ), 木曽駒ガ岳西方から本図幅地域の木曽川流域のものは 一般に斑状構造を示している(赤穂図幅地域の木曽駒花崗岩Ⅱ)。 しかし, 倉本附近では, 斑状構造はめだたなくなり, 赤穂図幅地域のⅠ, Ⅱの区別はかなり不明瞭である。 また上松町小川・鯎川各流域のものは, 大半は赤穂図幅地域のⅠと同様な岩相を示すが, 一部に細粒の部分が発達している(本図幅地域の Gk2)。
以上のようなわけであるから, 本図幅地域の木曽駒花崗岩は, 赤穂図幅地域のⅠ, Ⅱの分類がそのままはあてはまらない。 そのうえ, 本図幅地域の調査によっても 木曽駒花崗岩のはつきりした貫入時期を明らかにすることができなかつたため (伊奈川花崗岩の項参照), こゝでは単なる見掛け上から, 斑状の部分を含めた中粒の岩相(Gk1)と細粒の岩相(Gk2)とに2分してある。
なお, 木曽駒花崗岩には全般的に, 小型の優黒色の塩基性包有物が散在しているのが特徴である。
1) 細粒の部分以外の岩相(中粒角閃石黒雲母花崗閃緑岩, Gk1)は, 均質, 無片状で, 角閃石の長さ数 mm の柱状結晶が顕著に発達している。 アプライト(~ペグマタイト)は存在するが, 少量である。
鏡下で観察すると, 斜長石・石英・カリ長石・黒雲母および角閃石などから構成されている。 組織は花崗岩様で, 斑状のカリ長石をのぞくと, ほゞ等粒の結晶が不規則に集合している。 斜長石には双晶・累帯構造ともよく発達している。 カリ長石は比較的少量で, 石英とともに他の結晶の間隙を充あすることが多く, 岩体の周辺部などのようにごく少量しか存在しないこともある。 このように, カリ長石が少ない点からみると, この花崗岩は正確に呼ぶならば, むしろ花崗閃緑岩と呼ぶべきである。 黒雲母は褐色~濃赤褐色を, 角閃石は緑色~緑褐色を呈し, 後者は岩体の周辺部では量的に僅少となる。 まれに単斜輝石が斜長石などに包有されていることがある。
2) すでに述べたように, 木曽川流域の木曽駒花崗岩は一般にやゝ斑状を呈している。 倉本附近ではあまり顕著でないが, とくに風越山南方では顕著である(図版 8)。
この斑状結晶はカリ長石であつて, 長さ数 cm, 断面(6角形を示す)の径は 3 cm に達し, 時によると, 黒雲母などの細粒の包有物が, 結晶内で丸味を帯びて配列しているのが認められる。 この斑状結晶の多い岩相は一般により優白色で, 優黒色の包有物が少なく, 流理構造をもったアプライトの発達がやゝ著しい。
斑状のカリ長石は, 肉眼では白形を示すように見えるにもかゝわらず, 鏡下でみるとポイキリティックで, 他の諸鉱物の小型結晶を多数包有し, 周辺部は他の結晶の間に入り込んでいる。
3) 優黒色の塩基性包有物は basic ovoids, 塩基性捕獲岩などと称されているもので, 一般に径 10 cm またはそれ以下で丸味を帯びている(図版 9)。
鏡下でみると, 組織は一般に輝緑岩~細粒斑粝岩様組織のなごりをとゞめている。 主として斜長石・角閃石・黒雲母などからなり, その間を填めてポイキリティックに成長した石英・カリ長石や, 斑状に成長した斜長石が発達している。
4) 細粒の部分(細粒(角閃石)黒雲母花崗閃緑岩 Gk2)は 一般の岩相(Gk1)から漸移し, 後者に比較するとかなり不均質である。 この細粒相は, 一般の岩相がそのまま細粒で, かついくぶん優黒色になつたとみられる部分が多いが, 場合によっては斜長石・カリ長石の斑状結晶がより著しく発達したり, 有色鉱物が集合したりする傾向がみられる。 また上松小川沿岸にみられるように, 角閃石を欠いていることもある。
この花崗岩は木曽川東岸地域に露出し, 図幅地域からさらに東方および南方に広く分布している。
一般に粗粒で, 比較的大型のカリ長石や有色鉱物の配列によって, 弱い片状構造のみられる部分が多い。 また数は少ないが, 紡錘状, 岩脈状などの優黒色の捕獲岩を包有している。 これら包有岩体の伸長方向もまた片状構造に平行していることが普通である。
この花崗岩は全般的にみて岩相が比較的不均質で, 部分的に片状構造が強くなったり(伊奈川上流など), まつたく認められなくなつたり(倉本北方など), カリ長石がより明瞭な斑状構造を示したり(最大長さ 3 cm くらい), 粒度が変化して細粒~中粒になつたり (縞状片麻岩~片状ホルンフェルスに接する附近など)することがある。
主要構成鉱物は斜長石・カリ長石・石英・黒雲母・角閃石などである。
鏡下でみると, 全体的に花崗岩様組織を示してはいるが, 部分によつて一様でない。 例えば, 一般的に長石や石英結晶の大きさが大小不揃いで, 大型の長石・石英の間隙に 比較的細粒でモザイク構造を示す部分が発達していることが多く, こゝには黒雲母・角閃石が集合する傾向がみられる。 また片状構造の強い部分は概してやゝ細粒である。
以上を通じて, 斜長石は一般に細かい双晶が発達し, 累帯構造はとくに強くない。 カリ長石は間隙充填型で, 肉眼では自形にみえる斑状結晶も, 結晶の周辺部はやはり他形を示している。 黒雲母は茶褐色, 角閃石は緑色~緑褐色を呈する。
岩脈状の捕獲岩体(図版 10)は, いわゆる変輝緑岩(meta-diabase)と称されるもので, 細粒, 暗灰色~灰色の幅数 cm~数 m ほどの岩体である。 そして花崗岩に接した部分, または岩体の内部に(細脈状に)より優白色の部分が生じていることが多い。
鏡下でみると, 暗灰色~灰色の部分は, 塩基性の中核部をもつ斜長石・角閃石・黒雲母および少量の石英からなり, 残オフィティック組織(輝緑岩様組織のなごり)を示している。 より優白色の部分はより強く変成(花崗岩化)された部分で, 組織はより花崗岩質で, 石英の量が比較的多く, カリ長石が少量晶出している。 角閃石は存在しないことが多い。 この捕獲岩体は組織から推定すると, 輝緑岩質岩石に由来するものと考えられる。
また, 小型の紡錘状捕獲岩の多くは, 同様の輝緑岩質岩石を原岩としているらしいが, 一部に片麻岩などを原岩とするものがみられる。
伊奈川花崗岩と前記の木曽駒花崗岩とを比較してみると, 木曽駒花崗岩の方が粒度が細かく, より均質で片状構造がほとんどない。 また木曽駒花崗岩中には 伊奈川花崗岩中にみられるような岩脈状捕獲岩はみられないが, 小型で丸味をおびた優黒色の包有物の多いことなどの諸点で区別は容易である。
最後に, 伊奈川花崗岩と木曽駒花崗岩との関係について触れると, すでに地質概説の項でふれたように, 木曽駒花崗岩と伊奈川花崗岩とは倉本北方で相接しており, そこでは 伊奈川花崗岩の周辺部(脈状部)が木曽駒花崗岩を貫ぬいて侵入している(図版 11)。 しかしながら, 領家変成岩類を介在として, 間接的に両花崗岩の関係を広い観点から求めてみると (飯田・赤穂・上松・妻寵・伊那各図幅内), この貫入時期には次に述べるような矛盾した事実が認められる。
① まず, 伊奈川花崗岩と領家変成岩類との関係から考える。 この花崗岩はいまのところ, 領家変成岩分布地域, すなわち, いわゆる領家変成帯の, しかも比較的変成度の高い地域に分布し, 変成度の低い黒雲母粘板岩帯には分布していない。 そして多くの地点で片状構造を有し, 赤穂図幅地内などのように, 変成岩類のそれと同一の走向・傾斜を示す部分が多い。 変成岩類の捕獲岩も処々にみられ, 局部的ではあるが, 変成岩類との境界で一種の混成岩を形成している。
② 次に, 木曽駒花崗岩と領家変成岩類との関係をみると, この花崗岩は領家変成帯の内部およびその外縁部から, 領家変成帯のまつたく外側(と考えられる)地域に分布している。 そのうち, はつきり領家変成帯の内部にある木曽駒ガ岳周辺の岩体は, 変成度の低い黒雲母粘板岩地域にまで, 各変成帯の境界線を切つて, 比較的丸い形で分布している。 片状構造はほとんど認められず, 僅かに優黒色包有物が大体一定方向に伸びているのがみられる程度である。 いままで調査した限りでは, この伸びの方向は, 変成岩の走向とは無関係で, 花崗岩の境界にほゞ沿っているものと思われる。 さらに著しい事実は, この花崗岩体をとりまく種々の領家変成岩類が明瞭な熱変成作用をうけていることで, 菫青石などを含む熱変成岩が 1 km ほどの幅で発達している。 そのうえ, 木曽駒花崗岩中には, 接触部附近を除いて変成岩類の捕獲岩は少なく, また接触部附近の変成岩類の走向・傾斜が局部的に乱されているところもある。
③ こゝで上の ①, ② の事実を比較してみると, 伊奈川花崗岩の貫入時期は, 領家変成作用の時期とそれほどへだたつたものではないが, 木曽駒花崗岩は変成作用が完全に終了してから貫入した, と考えたくなる。 このような推定は 先に述べた倉本北方でみられた両花崗岩の貫入関係とは, まつたく逆の新旧関係を示すことになる。
④ しかし, ①, ② で述べたことは, 主として赤穂図幅地域から飯田図幅地域にかけて認められる事実であつて, そこに発達する模式的な両花崗岩の岩相と, 西方の上松・妻籠図幅地内の両花崗岩の岩相とは, それぞれ外観をやゝ異にしている。 すなわち, 伊奈川花崗岩は妻籠図幅地域によく発達しているように 25) , 西方ではしばしば片状構造の不明瞭な岩相になり, 木曽駒花崗岩は 上松図幅地域から妻寵図幅地域にかけてみられるように, 斑状の岩相になっている。 それ故, 伊奈川花崗岩の片状構造の明瞭なものと不明瞭なものと, あるいは木曽駒花崗岩の斑状でないものと斑状のものとは, 一続きの岩体のようにみえるが, 実は貫入時期または固結時期を異にしているのかも知れない。 いずれかの花崗岩にもしこのようなことがあるとすれば, 倉本北方での現象が, 東部地域の両花崗岩の関係と矛盾することがありうるわけである。 なぜならば, この接触部では木曽駒花崗岩はいくぶん斑状の岩相であり, 伊奈川花崗岩は 局部的ではあるが 片状構造の不明瞭な白つぽい岩相を示しているからである。
しかしながら, ③ および ④ で述べた事実も決定的なものとはいい難く, 両花崗岩の貫入時期, 領家変成岩類(変成作用)との関係は未解決のまゝ残されている。
なお, 両花崗岩が互に漸移することはない。
本項および赤穂図幅説明書で記述したように, 伊奈川花崗岩および縞状片麻岩中には, 変輝緑岩が多数みられる。 この化学分析を以下にあげる。 この大部分の資料は赤穂図幅地域内のものである。 これらは, 1つの岩体のなかで, あまり強く変成してしいない部分と, より強く変成(花崗岩化)された部分とが同時にみられるものについて分析したものである。 これらは花崗岩化されるに従つて鉱物の組合せに変化を生じ, その概要は次のようである。
これらの鉱物容量比の例は赤穂図幅説明書にあげてある。
| No. | SiO2 % | TiO2 % | Al2O3 % | Fe2O3 % | FeO % | MnO % | MgO % | CaO % | Na2O % | K2O % | P2O5 % | H2O + % | H2O - % | Total |
| 1 | 53.41 | 0.69 | 15.52 | 1.55 | 6.36 | 0.10 | 8.62 | 9.79 | 1.31 | 0.71 | 0.12 | 1.66 | 0.40 | 100.24 |
| 2a | 54.76 | 1.06 | 18.31 | 1.90 | 5.91 | 0.13 | 3.83 | 7.00 | 2.12 | 2.45 | 0.31 | 1.43 | 0.36 | 99.57 |
| 2b | 65.61 | 0.57 | 16.43 | 1.24 | 3.13 | 0.11 | 1.22 | 3.67 | 3.18 | 2.88 | 0.28 | 1.03 | 0.36 | 99.71 |
| 2c | 70.79 | 0.47 | 13.55 | 1.64 | 2.03 | 0.08 | 1.74 | 2.40 | 3.55 | 1.25 | 0.09 | 1.85 | 0.34 | 99.78 |
| 3a | 57.76 | 0.77 | 18.21 | 1.65 | 5.03 | 0.19 | 3.89 | 6.65 | 0.89 | 2.78 | 0.32 | 1.53 | 0.38 | 100.05 |
| 3b | 73.21 | 0.14 | 14.76 | 0.39 | 1.33 | 0.16 | 0.75 | 5.00 | 2.70 | 0.62 | 0.15 | 0.50 | 0.14 | 99.85 |
| 4a | 60.75 | 0.87 | 17.81 | 1.73 | 4.96 | 0.06 | 2.18 | 5.00 | 2.51 | 2.42 | 0.26 | 1.19 | 0.48 | 100.22 |
| 4b | 63.70 | 0.57 | 17.39 | 1.64 | 3.96 | 0.09 | 1.51 | 4.44 | 3.35 | 1.70 | 0.22 | 1.16 | 0.36 | 100.09 |
| 5 | 51.79 | 0.96 | 15.97 | 1.90 | 7.73 | 0.18 | 7.10 | 9.44 | 1.18 | 1.49 | 0.24 | 1.29 | 0.36 | 99.59 |
| 6a | 52.62 | 0.97 | 17.87 | 2.00 | 6.47 | 0.14 | 4.70 | 8.39 | 3.17 | 1.51 | 0.20 | 1.38 | 0.48 | 99.90 |
| 6b | 73.13 | 0.25 | 14.04 | 1.04 | 1.33 | 0.03 | 0.58 | 2.85 | 3.83 | 1.55 | 0.06 | 0.91 | 0.30 | 99.90 |
本層は礫岩を主体とする地層で, 上松町北西の台ケ峯の石英斑岩の下位に分布している。 たゞし, この分布地域全体が山頂部附近の森林地帯なので, 露頭はほとんどなく, その構造, 層厚, 古生層との関係や境界など, はつきりしたことはわからない。 いまのところ, その礫岩の礫は古生層の礫岩のものよりも大型の円礫で, 時には径 10 cm 以上のこともあること, 礫中には石英斑岩と思われるものがみられること, その岩相には礫岩以外のものがほとんどみられないこと, などの点から, 古生層の含礫岩相と区別される。
上松花崗岩の貫入による強い熱変成のため, 本来の岩質はかなりわかりにくい。 礫としては古生層のチャートが多いため, 礫岩全体が明かるい色をしている。 礫にはこのほかに少量の砂岩・粘板岩がある。
本層については不明の点が多いが, その大部分は, おそらく次に述べる中生代末の阿寺層に相当するものであろう。 なお, 瀬戸川流域の南東端・分渡峠附近の含礫岩層は, その位置や岩相からみて, 阿寺層に属するものと思われるが, 熱変成作用のため, 礫などの岩質に不明の点が多く, 古生層との関係や境界もよくわからないので, 便宜上, 台ケ峯礫岩層中に含めておく。
本層は常に石英斑岩に伴なつた薄層として存在し, 阿寺川下流にその模式的な露出が見られ, 瀬戸川上流・黒沢上流にもかなり広く分布している(図版 12)。
模式地の阿寺川下流のものや瀬戸川流域のものは, 石英斑岩の基底に相当し, 基盤の古生層を不整合に覆つている。 その他の小露出では, 石英斑岩(多くは熔岩流 ?)の間に挾まれているものもある(石英斑岩の項参照)。
岩相は優勢な成分である礫質の岩石と, 礫を含まない少量の細粒堆積物との互層である。 これらの構成物質には, 石英斑岩に由来するものと古生層に由来するものとがあり, それらの組み合せと粒度とによつて, 礫岩(古生層の礫を含む)・ 火山円礫岩(石英斑岩の礫の多いもの)・ 凝灰角礫岩(石英斑岩の礫と凝灰岩質の基質部をもつもの)・ 砂岩・ 黒色頁岩・ 凝灰岩などと名づくべき岩相となり, これらは互にはげしく移化している。
石英斑岩の礫は最大径 1 m にも及び, 一般に白つぽい色をしている。 古生層の礫は普通径数 cm 以内の粘板岩・砂岩・チャートなどの円礫である。 例外的なものとして, 瀬戸川流域では, 長径 1~2 cm 以下のやゝ角ばつた粘板岩を主とするものがある。
礫質岩石の基質の大部分や砂岩・頁岩は暗灰色~黒色で, そのなかに径 1 mm 程度の石英の破片, および黄褐色の斑点(2次的褐鉄鉱 ?)が認められることが多い。 このような部分は, 凝灰岩質になると漸次優白色になり, 典型的な凝灰岩になると白色, 淡黄褐色などを呈し, 堅硬である。
なお, 阿寺川下流など, 上松花崗岩貫入で熱変成を蒙つた処では, 黒雲母や, 白雲母と炭質物などの径 1 mm くらいの点紋などを生じており, 岩質はきわめて堅硬となつている。
礫質の岩相が多いために構造はわかりにくいが, 観察し得た限りでは, 水平または 30°内外の倍角度でほゞ北方に傾斜する露出が多く, 大きくみると, やはり緩く北方に傾いた構造をもつようである。
阿寺川下流のものでは, その下限は未詳であるが, 見られる限りでは層厚 100 m ないしはそれを超すものと思われる。 瀬戸川流域のものも, 石英斑岩・凝灰岩の夾みをも含めて, それに近いものと思われる。 その他の石英斑岩中に局部的に分布するものは, いずれも厚さ 20~30 m 以下である。 このように薄層をなして局部的に露われるのは, 本層が石英斑岩・凝灰岩に横に移化することのほかに, 上位の石英斑岩のオーバーラップ(overlap)に基づくものである。
いまのところ, 化石の証拠はまったくない。 けれども阿寺川下流の模式層の東の延長にあたる礫岩が, 基盤の古生層を不整合に覆うこと, その他のものもすべて緩い構造を示し, 著しい褶曲は考えられぬこと, 常に本層が中生代末のものといわれる石英斑岩と密接に共存すること, 本層の黒色頁岩には分解のあまり進んでいない炭質物が多いこと, などからみて, 本層はいわゆる「手取統」の最上部に相当するものと考えられ, その地質時代はおそらく中生代末であろう。
木曽地方およびその南方から飛騨地方にかけて発達している石英斑岩の一部が, この図幅地域の南部および西部に広く分布している。 この石英斑岩は個々の露出では比較的均質であるため, 貫入岩体なのか流出岩体なのか区別し難いことが多い。 この石英斑岩の産状を明らかにする事実としては, 以下に述べるような諸点が挙げられる 17) 。
① 分布上からみて, 基盤の古生層・木曽駒花崗岩に対して常に地形的に上位に存在し, それらを覆っているような分布を示している(たゞし, 石英斑岩と基盤の岩類との接する部分は露出不良のため, 充分な観察ができなかった)。 ② 明らかに堆積岩と思われる阿寺層を伴なつている。 阿寺層との関係は, ほとんどの場合に整合関係を有すると思われる。 例えば阿寺川では石英斑岩が阿寺層を整合に覆い, 王滝村 崩 沢入口西方では, 石英斑岩が阿寺層に整合に覆われている(図版 13)。 ③ 阿寺層のなか, あるいは鯎川上流地域などの石英斑岩中には, 白色~淡青緑色の凝灰岩~凝灰角礫岩と思われる岩相が存在する。 ④ まれに, 鯎川河口附近などのように, 流理構造がみられる所がある(図版 14)。 この流理構造や, 上述の阿寺層や石英斑岩中の凝灰岩層の走向・傾斜は, 多くの場合ほゞ一様で, 水平ないしほゞ北方に 30°以内傾斜している。 ⑤ この図幅地域内の石英斑岩は, 全体的に岩相上の差異が少ない。 このことは, 大半が似かよった産状を示すとみてさしつかえないと思われる。
上に述べたようないくつかの事実によれば, 石英斑岩は地表に洗出した部分が多く, 時には火山砕屑岩類を堆積するような火山作用があったことを示している。
しかしながら, 局部的には, 逆に貫入岩体と考えた方が都合のよい現象もみられないわけではない。 たとえば, ⑥ 全般的に石英斑岩中には 古生層または緻密な石英斑岩の径 2~3 cm くらいの角礫がまれにみられるが, 阿寺川中流部附近のように, その角礫が比較的顕著に密集している部分がある。 この角礫は円磨されていないこと, 角礫の間を填める基質部が凝灰岩質でないこと, などからみて, 石英斑岩が貫入した際に捕獲して来たものと思われる。 ⑦ 台ケ峯南方で, 古生層と接する附近の石英斑岩は接触面は見られないが, 幅 2~3 m の間が角礫化されている。 ⑧ 王滝村氷ケ瀬北方および西隣図幅地域を僅かはずれた地点の阿寺層は, 石英斑岩中の捕獲岩ではないかと思われる。
以上のように, 石英斑岩の大半が地表に流出したものとすると, この厚さがどのくらいであるかは, 基盤の古生層が石英斑岩分布地域内部で露出していないため明らかでない。 しかし阿寺層を基準とすれば, ある程度の推定が可能である。
いま, 阿寺川下流や瀬戸川上流の阿寺層が石英斑岩の基底に相当することから, 黒沢上流の阿寺層も同様に基底またはその近くにあるものと推定することができる (走向・傾斜からみて, 黒沢・瀬戸川の両阿寺層は同一層準を示す可能性が強い)。 また この地域の基盤をなす古生層の上面が, ほゞ平坦状であると仮定すると, 断面図にも示したように, 黒沢上流から瀬戸川上流にかけての石英斑岩の厚さは, 数 100 m を超えてはいないことになる。
また, 図幅地域西方の王滝川・鯎川合流点附近から崩沢にかけての阿寺層は, 瀬戸川のものと大体同一層準を示すものと思われるが, こゝでは阿寺層下部にも石英斑岩が分布している。 しかし, この石英斑岩の厚さも, 200 m を超えるものではない。 なお, この部分の石英斑岩には, 斑晶の比較的大型のものが多い。
この石英斑岩には垂直に近い板状, 不規則状などの節理の発達が顕著で, 岩質はきわめて堅硬である。 風化面は淡褐色であるが, 新鮮な部分は灰色, 緑~青灰色などを示している。 そして肉眼でも, 径数 mm 以内の長石・石英および角閃石の斑晶が, 緻密な石基中に散在しているのが認められる。 またこ川上流・黒沢北方の卒塔婆附近など現地形の比較的高所には, 斑晶の少量, かつ微細な岩相が凝灰角礫岩と思われる岩相を伴なって分布し, 一方鯎川河口附近などには, 前述のように長さ 1 cm に達する斑晶の発達したものがみられる。 このように, 僅かではあるが外観を異にする種々の岩相が存在し, また一部の阿寺層が岩体の間に挾まれて存在している事実を考えると, 石英斑岩の火成活動は何回か繰り返されたものと思われる。
鏡下で観察すると 斑晶は斜長石・石英・カリ長石(存在しないこともある)・緑色角閃石からなる。 カリ長石にはパーサイトは発達するが, 格子状構造はみられない。 石基は隠微晶質~ガラス質で, 小型の角閃石・黒雲母などが含まれている。 一般に2次的変質が激しく, 有色鉱物の大半は緑泥石・方解石などに変化し, 石基も脱ガラス化されている。
また, 後述の上松花崗岩に接する附近の石英斑岩は熱変成作用をうけ, 白雲母・黒雲母などが生じ, 石基は顕晶質となり, 細粒の石英・長石が粒状構造を示している。
なお, 石基がガラス質であり, 産状からみると熔岩流と思われる部分が多い点から考えて, この石英斑岩は, むしろ流紋岩と称してもあまり不自然ではない。 とくに, 斑晶の少量, かつ微細な岩相には, 野外においてもいわゆる流紋岩と称しうるものが多い。
この花崗岩は岐阜県苗木地方からこの地域にかけて, 不親則な形で分布し, この地域では, 主として木曽川・王滝川沿岸・図幅地域中央部(赤沢)などにみられる。 他の岩石, とくに石英斑岩に対しては, 地形のうえからみて相対的に低所に分布する傾向がある。 これは, 上松花崗岩は上端部がほゞ平坦な岩体で, 地下ではより広範囲に分布しており, 上位を覆っている岩類の削うが進んだ部分のみが, 地表に露われているためであろう。
この花崗岩は一般に粗粒の黒雲母花崗岩であるが, 全体としてみると割合に不均質で, 次に列挙するようないくつかの岩相を含んでいる。
上松花崗岩の代表的な岩相で, もつとも広く分布している。 新鮮な面では白色を呈し, 風化面ではいくぶん褐色を帯びている。 山腹には丸味のある崖をつくつて露出することがあり, 河床の露頭には, 水蝕によって特異な凹凸がみられる。 主要構成鉱物の石英・長石(カリ長石・斜長石)・黒雲母は肉眼でもその判別は明瞭である。 すなわち, 石英は透明で, 灰色~飴色を帯びることが多く, 長石は不透明白色で, 時にカリ長石の最大の長さ 3 cm に達する斑状結晶が認められる。 この花崗岩を伊奈川花崗岩と比較してみると, 色, 粒度の点ではよく類似しているが, この花崗岩には角閃石を欠き, 片状構造がみられない。 木曽駒花崗岩との区別は容易で, この花崗岩の方が全体として粗粒で角閃石を欠き, 黒雲母には細粒のものが集合する傾向があり, また木曽駒花崗岩中のものと似たような優黒色包有物は存在するが, まれである。
鏡下でみると, カリ長石と斜長石はほゞ等量または前者の方がいくぶん多量である。 黒雲母は部分によって褐色, 濃褐色, 緑褐色で, 黒雲母の集合している部分には, 緑色角閃石が混じっていることもある。
この花崗岩中, とくに周辺部附近には, ペグマタイト・アプライトの発達が他の花崗岩に較べてやゝ顕著である。
なお, 既存の岩類との境界は (境界に近づくと後述の花崗斑岩質の岩相・細粒の岩相に移化することが多いが) 単純な境界線(clean cut)で接することが多く(図版 15), その境界面はしばしば小規模の断層となっている。
この花崗岩は上松町北部(王滝川河口附近)で, ほゞ東西に伸びた細長い岩体をなし, その中心部は花崗岩で, 周縁部は花崗斑岩質の岩相(Ga3)を示している。
この花崗岩は, 既述の一般的な上松花崗岩(Ga1)に比較して粒度が細かく, 緑色の角閃石や黒雲母を含み, 全体としていくぶん緑色を帯びている。
鏡下で観察すると, 全般的な組織は一般の岩相によく類似している。 黒雲母は緑色または褐色で, 互に漸移している。 角閃石は(濃)緑色で黒雲母に伴なうことが多い。
上松花崗岩(Ga1 および Ga2)は, その周辺部が, 赤沢・殿小川・王滝川河口附近でみられるように, しばしば斑状構造が顕著で, 半深成岩質の花崗斑岩相に移化しており, また王滝川流域の岩体のように, 露出する大半の部分が花崗斑岩相を示す場合もある。 また鯎川上流・台ケ峯南方(転石)などでみられるものは, より緻密質で一見して石英斑岩に類似し, 他のものとはやゝ外親を異にしている。 色は, 一般には赤沢・殿小川などのように灰緑色を呈し, 場合によつては, 王滝川河口附近のように灰白色である。
鏡下でみると, 構成鉱物は花崗岩体の中心部, すなわち黒雲母花崗岩あるいは角閃石黒雲母花崗岩とほゞ同様である。 斑晶は主として長石・石英からなり, 長石の長さは最大 1 cm くらいである。 石基は周辺部にゆくに従ってより細粒, 緻密になり, かつ花崗岩様組織から細い粒状結晶の集合に変化し, 時に微文象組織が発達する。 また 鯎川上流などに露出するもつとも緻密なものでも, 鏡下でみれば顕晶質であり, この点で前項で述べた隠微晶質~ガラス質の石基をもつ石英斑岩とは異なっている。
この細粒の岩相は, 平面的な分布上からみて, 前記の花崗斑岩質の岩相(Ga3)と同様に, 主として花崗岩の周辺部に発達するが, 上松町南方にみられるように, 必ずしもそうでない場合もある。 一般の粗粒の岩相(Ga1)や花崗斑岩質の岩相(Ga3)とは, 多くの場所で漸移するが, 倉本西方などでは, 多数の小規模な細粒の岩相が粗粒の岩相と明瞭な境で接しているのが見られる。 たゞし, こゝでは両岩相の貫入の前後関係は不明瞭である。
この細粒の岩相には, ① 粗粒の岩相(Ga1)がそのまゝ組織を変えないで細粒になつたような外観を呈するもの, ② 長石の斑状結晶や集合した黒雲母結晶が比較的顕著に認められるもの, ③ ペグマタイト質~アプライト質で, 白雲母や, 鏡下において微文象組織がみられるもの, ④ 花崗斑岩質の岩相(Ga3)に類似したもの(同岩相に移化する), などがあり, また, ⑤ 野尻北方には, 流理様の構造をもっているものがある。
鏡下で観察すれば, 構成鉱物は一般の岩相(Ga1)と同一である。 組織も似ているか, またはペグマタイト様ないしはアプライト様である。
上松花崗岩および古生層を貫ぬいた斑粝岩小岩体が, 上松町西部の灰沢・ 高倉峠東方・ 三岳村桑原南方および王滝村崩越北方の4カ所でみいだされた。 いずれも中粒~細粒, 緑色~灰緑色で, 灰沢では周辺部に緻密な暗緑色の岩相が発達している。
鏡下でみると(灰沢の岩体), 斜長石・輝石・角閃石および少量の石英・鉄鉱などからなり, 角閃石は褐色, 緑色または淡緑色(針状結晶)などのものがあり, 輝石の縁を取りまいて生じている場合が多い。
すでに地形の項で記述したように, この図幅地域には, 現河床から 200~数 100 m 高所に平坦面が発達し, その表面は礫層や火山灰層によつて構成された 比較的古期の段丘堆積層によつてしばしば覆われている。 礫層は上松町東方山頂部などに模式的に発達している。 礫は古生層の粘板岩・砂岩・チャートなどの円礫で, 大きさは概して径数 cm 以内である。 このような礫層は才児北方, 北沢峠附近にも発達している。
火山灰層は石英安山岩質で, 白色, 褐色などを呈し, 白色の軽石の存在が特徴的である。 上松町北東・才児北方などで, 比較的地表近くに発達しているが, 全体としてのはつきりした水平的, 垂直的分布は不明で, また, どこの火山に由来するものかもこの地域の調査だけでは不明である。 軽石は最大径 3 cm くらいの角礫で, そのなかにはごく少量であるが, 斜長石・石英・角閃石などを含んでいる。 また上松町北東方のものには, 軽石層にまじつて普通輝石紫蘇輝石石英安山岩 (久野久の分類によれば Vd) の緻密な岩片がみられる。 なお後に(御岳火山熔岩の項)述べるように, この火山灰分布地域から西方鯎川流域にかけて, 安山岩質の火山灰が分布しており, この両火山灰はきわめてまぎらわしく, 区別の困難な場合が多い。
図幅地域中央北部の高位段丘礫層に伴なつて, またはそれと同程度の高度を有する平坦地上に安山岩が分布する。 図幅地域北端部のものは柱状節理を有し, かなり厚い熔岩であるが, 王滝川南部では, 一般に風化して大小の岩塊となり, 転石状をなして散在している。 鮫島輝彦によれば 26) , 北隣木曽福島図幅地内では, 御岳火山東方の山嶺部を構成してかなり広く分布しているという。 色は暗灰色, 灰色, 暗褐色などを呈し, 斜長石と少量の輝石などの斑晶が認められ, いくぶん多孔質のこともある。
鏡下でみると, 斑晶には斜長石・普通輝石・紫蘇輝石, 場合によっては橄欖石・普通角閃石などがみられる。
石基は, 細い短冊状の斜長石と, その間を填める普通輝石・紫蘇輝石・鉄鉱などで構成され, 普通輝石と紫蘇輝石は相伴なう時と, 紫蘇輝石のみが存在する場合とがある。 これらは久野久の分類によれば, Vd→c, Vd, IIId, VIe などに相当する。
図幅地域中央部から西方にかけて, 高所の平坦面上には,処々に玄武岩がのつている。 これは高位段丘堆積層とともに存在することもあり, 単独で石英斑岩・古生層を直接覆つていることもある。 いずれの場合でも, この分布地域は森林または草原地帯で露出が悪く, 玄武岩は転石なのか露頭なのか, 区別し難いような場合が多い。 このため, 高位段丘堆積層に伴なう場合, 両者の上下関係は定め難い。 しかし全体の状態からみると, 玄武岩類の方が比較的上位にあるようである。 鮫島輝彦によれば 26) , 北隣木曽福島図幅地内では, 玄武岩類は前記安山岩を覆つているという。
また才児西方では, 凝灰角礫岩の露出がある。 岩質は高倉峠附近に多孔質のものがみられるほかは, 一般に堅硬, 緻密, 暗緑色で, 板状節理が発達し, 橄欖石の斑晶が顕著である。 鏡下で観察すると, 鉱物組成などは岩体によつて多少の差があり, これら全体をまとめると第 3 表のようである。
前記安山岩と較べると, 玄武岩類の方がより堅硬, 緻密で, 斜長石の白い斑晶がめだたず, 帯緑色であるなどの点で, 肉眼的に区別し得る。
| 場所 | 岩石名 | 久野久による分類 | 斑晶 | 石基 | 備考 |
| 大滝村 1,344.6 m 三角点および北沢峠 | 普通輝石橄欖石玄武岩 | IVb | 橄欖石・普通輝石・斜長石 | 斜長石・普通輝石・橄欖石・鉄鉱・アルカリ長石など | 石基の微文象組織の部分には, 紫蘇輝石・鱗珪石などがみられる |
| 高倉峠 | 普通輝石橄欖石安山岩 | IVb | 橄欖石・普通輝石 | 斜長石・橄欖石・普通輝石・アルカリ長石・鉄鉱など | 他の岩石に比べて, 比較的多量のアルカリ長石を含み, 粗面安山岩質である |
| 鯎川上流 1,624.6 m 三角点 | 橄欖石安山岩 | IIId | 橄欖石 | 斜長石・普通輝石・紫蘇輝石・鉄鉱・アルカリ長石など | |
| 図幅地域西端 1,514.7 m 三角点 | 石英含有普通輝石橄欖石安山岩 | IVd | 斜長石・橄欖石・普通輝石 | 斜長石・紫蘇輝石・普通輝石・鉄鉱・アルカリ長石など | 石英の外来結晶を含む |
図幅地域の北東方に広大な面積を占める御岳火山熔岩の一部が, 図幅地域北西部の王滝川北方に分布している。 地質図では熔岩流の部分のみを示してあるが, これ以外にも処々に御岳火山の噴出物がみられる。 いまこれらを一括してその大要を示すと下記のようである。
① 地質図に示した王滝川北部の熔岩は, 神津俶祐の摩利支天噴出物に相当する。 ② 王滝川・木曽川合流点附近の県道傍に小さな露出がみられる。 鮫島輝彦によれば 26) , これも摩利支天噴出物に属するものである。 ③ 野尻南方(図幅地域南端)にも, 安山岩の凝灰角礫岩と思われる露出がある。 火山体とはかなりへだたっているが, 岩質は御岳火山熔岩(または前々項の安山岩)に類似している。 また, 上松町附近にも, 類似の安山岩の(巨)礫が多い。 ④ 高位段丘堆積層の項でふれたように, 鯎川上流地域には, 一面に輝石安山岩の火山礫を含む火山灰の薄層がみられる。 柴田秀賢によれば 13) , 御岳火山の比較的後期の継子岳噴出物であるという。 ⑤ 御岳火山熔岩南方の崖錐・段丘堆積層は, その大半が御岳火山噴出物によって構成され, 段丘堆積層には明瞭な層理が発達している。 また王滝川北岸の樽ガ沢・千沢流域の尾根は多く鈍頂地形を示し, この上位にもしばしば安山岩の岩塊が転がつている。
御岳熔岩には, 一般に灰色~暗灰色の石基中に, 斜長石(白色)と比較的少量の輝石(濃緑色)との斑晶が認められ, 肉眼的にも, 顕微鏡的にも, 前述の安山岩にきわめて類似している。
露出には柱状節理が発達し, 幅 1~5 cm の板状節理が顕著である。
鏡下でみると, 斑晶は斜長石および普通角閃石・普通輝石・紫蘇輝石からなり, 場合によっては普通角閃石・橄欖石がみられる。
石基は細い斜長石および普通輝石・紫蘇輝石からなる。
久野久の分類によれば以下のようである。 王滝村溝口のもの : VIIId(この岩石は石英安山岩質である), 王滝村鈴ガ沢上流のもの : V, 図幅地域西端部の王滝川南岸のもの : V, 鯎川上流の凝灰岩中の火山礫 : VId, 王滝川・木曽川合流点附近のもの : Vd, 野尻南方のもの : VId。
主として木曽川および王滝川河岸にみられ, 現河床から数~数 10 m の高度を有する。 一般に, 傾斜の非常に緩やかな平坦地をなし, 村落はほとんどこの上に発達する。
図幅地域の北部および東部地区にみられる崖錐は, 後背地からもたらされた岩塊・砂などの堆積したもので, 一般にかなりの傾斜を示している。 これらの崖錐は段丘堆積層・沖積層に移化して区別し難い所もあるが, 多くの部分はそれらよりやゝ古い時期の堆積層と思われる。
現河川の堆積層で, 段丘堆積層との区別は, 明瞭なこともあるが, むしろ漸移的なことが多い。
この地方の応用地質にはみるべきものが少なく, マンガン・銅などの鉱床および鉱泉がみられるが, いずれもごく小規模である。
1) マンガンは, 2, 3年前まで 王滝村瀬戸川東岸(瀬戸川鉱山)および 崩越南方(大御岳および王滝鉱山)において採掘されていたが, 調査当時稼行しているものはなかった。 このほか, マンガン鉱床の露頭は 王滝村千沢(銀・鉛などの鉱物を含む)・ 大又沢および三岳村和田北方などにおいてもみられる。 いずれも古生層中のチャートに伴なうものが大部分である。
2) 銅・鉛鉱などの鉱物を含んだ脈が, 王滝村田島東方, 大桑村阿寺川支流樽ガ沢などでみられ, 後の例では螢石脈を伴なう。 これらは上松花崗岩に関連する鉱床と考えられる。
3) 鉱泉は小規模の断層や裂罅に沿って湧出しているもので, 王滝村大又沢・上松町北部棧附近および 西部灰沢・大桑村殿小川(2カ所)・福島町東部(図幅地域北東隅附近)などにみられる。 これらのうち, 最後の一例をのぞいて簡単な旅館が経営されている。
EXPLANATORY TEXT OF THE GEOLOGICAL MAP OF JAPAN Scale 1 : 50,000
Kanazawa, No. 73
By MASATO KATADA & HIROSHI ISOMI (Written in 1957)
The area mapped lies in the central part of Kiso district, Nagano prefecture.
Topographically, this area is divided into two units by the Kiso-gawa (river) flowing southwards. The eastern unit is the high and steep mountainland, belonging to the Kiso mountain range. The western unit forms an extensive plateau. The marginal slope of Ontake volcano is situated on the plateau at the northwestern corner of the area mapped. Succession of geological events in this area is summarized in Table 1.
Paleozoic rocks, which form the principal foundation of the area, are divided lithologically into two types, the chert-bearing facies and the conglomerate-bearing facies. Rocks of the both types are intensely folded, with the general trend of ENE and northward inclination at high angles.
Paleozoic rocks are regionally metamorphosed in the eastern area, and moreover, thermally metamorphosed by the intrusions of later granites in almost whole area.
Beds of the chert-bearing facies are composed mainly of slate, sandstone and bedded chert, and show a typical example of the non-calcareous complex, constituting the major parts of geosynclinal deposits of later Paleozoic in Japan. Limestone is very rare in this area as is usual case in the non-calcareous complex, and very small lenticules are found on several localities. One of them contains fusulinid Yabeina of later Permian. Basic tuff is very scanty.
The conglomerate-bearing facies, abundant in scattered pebbles and characterized by exclusively barren of chert, shows rather exceptional deviation from the general lithological character of the Japanese Paleozoic rocks. Generally speaking, sandstone is predominant in this facies and characterized by the numerous inclusions of small breccias or fragmentary contorted laminae of black clayslate. In some outcrops, the alternation of this abnormal sandstone and subordinating slate grades into the alternation of the normal sandstone and slate. Occasionally, the rounded pebbles are found in this peculiar sandstone above-mentioned. However, these pebbles are scattered at random, forming no special horizon. Beds of this facies are limited in distribution. However, the beds, so far as writers can observe, seem to interfinger with those of chert-bearing facies, so, this marked sedimentary feature may be due to submarine sliding at the time of geosynclinal deposition.
Ryoke metamorphic rocks, which are the regionally-metamorphosed representatives of the Paleozoic rocks, range from slightly metamorphosed rocks to sillimanite-bearing rocks. The acidic plutonic rocks in the metamorphic zone are quartz diorite, Inagawa granite and Kisokoma granite. These metamorphic and plutonic rocks, except a part of Kisokoma granite, develop exclusively on the eastern side of the fault zone along the Kiso-gawa. This area corresponds to the northeastern end of the so-called Ryoke metamorphic zone, which stretches on the north side of the Median Tectonic Line through the Southwest Japan.
The acidic plutonic rocks above-mentioned are the intrusives slightly posterior to the metamorphism, but their exact sequence is still unknown. As to the age of the Ryoke metamorphism, two opposite opinions prevail among the Japanese geologists ; one insists on middle Mesozoic age, the other contends to be early Mesozoic~latest Paleozoic.
ln this sheet, the Ryoke regionally metamorphic rocks are thermally metamorphosed under the influence of the later intrusion of the Kisokoma granite, so their petrological characters are almost wholly overprinted by the new features.
The metamorphic rocks in the area are classified into biotite slate, schistose hornfels and banded gneiss~schistose hornfels.
The biotite slate is non-schistose, non-phyllitic and slightly metamorphosed rock. Microscopically, original clastic quartz and feldspars in clayslate and sandstone remain unaltered, while a small amount of fine quartz, biotite, sericite, graphite tourmaline and iron ores are recrystallized.
The schistose hornfels is perfectly recrystallized schistose rock. The rock derived from clayslate consists mainly of quartz, oligoclase, microcline, biotite and muscovite, occasionally accompanied with cordierite and andalusite. In limestone and basic tuff, amphiboles, diopside, garnet and epidote are recognized.
The banded gneiss~schistose hornfels shows intense schistosity and banded structure, and some parts of this metamorphic rock pass into migmatitic rocks. The mineral constitution is similar to that of the schistose hornfels.
These rocks are distributed exclusively in the regionally metamorphic zone, and are characterized by faintly schistose feature, therefore, the relation of their intrusion and the regional metamorphism (preferably its later stage) could be assumed.
The quartz diorite occurs forming sheet in the banded gneiss~schistose hornfels. It is medium-grained and dark gray.
The Inagawa granite occupies a wide area extending over this area and the adjacent area. It is rather heterogeneous, however, coarse-grained, slightly schistose hornblende-biotite granite predominates, and porphyritic texture owing to the growth of potash-feldspar is frequently observed. The intensity of its schistosity is variable from place to place. This granite contains xenolithic meta-diabase of dyke form.
The main mass of Kisokoma granite is located at Kisokomagatake (Mt. Kisokoma) in the east neighbouring sheet, and the western extension of this granite is found in the area mapped. Besides, a small mass of this granite is found in the western part of this sheet, namely in the outerior of the Ryoke metamorphic zone.
Its main facies is medium-, even-grained and non-schistose hornblende-biotite granodiorite which is developed typically and uniformly at the Kisokomagatake, but its facies is changed slightly in this area. A part of the mass exposed to the west of Agematsu town is fine-grained, and the masses along the Kisogawa contain porphyritic potash-feldspar though the other petrographic character remains unchanged. This granite contains numerous xenolithic basic ovoids.
Acidic volcanic and plutonic rocks in association with subordinate sediments, occupy the western part of this sheet.
The most extensive rock is quartz porphyry, into which is intruded by the Agematsu granite. The sediments, intercalated in quartz porphyry are named Adera formation and Daigamine conglomerate.
These acidic rocks are products of the intense acidic magmatism, and the activity is one of the distinct characteristics of late Mesozoic history in the Japanese islands.
Quartz porphyry occupies a very wide area of the middle territory of northern Central Japan including the area mapped, showing plateau-like topography.
The quartz porphyry is compact, greenish and bluish gray in colour. The phenocryst is composed of plagioclase, potash-feldspar, hornblende and a small amount of biotite, and the groundmass is generally cryptocrystalline.
Its detailed mode of occurrence is not yet fully known, but it may be assumed to be lava flow as a whole. The general feature of the rock is uniform throughout the whole area, despite of its wide distribution.
Adera formation is exposed typically along the Adera-gawa (river). Its equivalents are found at several localities within the quartz porphyry region.
They are composed of conglomerate, sandstone and a small amount of black shale. The coarse clastic rocks contain abundant pyroclastic material of quartz porphyritic character. The pebbles contained are much larger in average size than the pebbles in the Paleozoic. Shale is highly carbonaceous.
This formation is not folded but tilted, covering the folded Paleozoic rocks with clino-unconformity. The formation occurs mostly as thin intercalations within quartz porphyry in a lava form and in a few places, occupies the basal part of the quartz porphyry. Such mode of occurrence suggests that the Adera formation would be correlated to the upper Cretaceous Series of Central Japan.
Daigamine conglomerate is exposed on the slope of Daigamine, west of Agematsu town. Its exact relation to the Paleozoic rocks is not ascertained owing to bad exposure, and moreover, this bed is so severely thermally metamorphosed by granite intrusion that its original feature of pebbles is obscure. Possibly this conglomerate may be equivalent to the Adera formation.
The Agematsu granite is coarse-grained, non-schistose biotite granite in the major masses, but is medium-grained non-schistose hornblende-biotite granite in the northernmost mass. Both two types gradually change into hypabyssal rock (granite porphyry) or fine-grained rock at the border.
This granite intrudes not only the basemental rocks (Paleozoic rocks, Ryoke metamorphic and plutonic rocks) but also the quartz porphyry, the Daigamine conglomerate and the Adera formation. Frequently, the Paleozoic rocks far from the exposures of this granite are thermally metamorphosed. It is possibly due to the supposed extension of the Agematsu granite concealed immediately beneath such places.
Quaternary rocks comprise volcanic rocks and sedimentary deposits, and both are found on the older peneplain and along recent streams.
Sedimentary deposits are higher and lower terrace deposits, talus deposits and alluvium.
Volcanic rocks are divided into andesite, basalts and lava of the Ontake volcano. They cover the older peneplain with or without higher terrace deposit. Their types of mineral assemblage (Kuno's classfication ; H. Kuno : Petrology of Hakone volcano and the adjacent areas, Japan, Bull. Geol. Soc. America, Vol. 61, 1950) are as follows :
Manganese : Some manganese deposits are contained in the Paleozoic chert. As ore bodies are so small that none of them is worked at present.
Copper : Two small outcrops of copper-bearing vein are found around and in the Agematsu granite. They are too low grade to be worthy to mine.
Mineral springs : Several small mineral springs are located along minor faults or fissures, and utilized merely by the neighbouring residents.
昭和 33 年 9 月 15 日印刷 昭和 33 年 9 月 20 日発行 著作権所有 工業技術院 地質調査所