10058_1957
5万分の1地質図幅説明書
(金沢 第 58 号)
通商産業技官 河合正虎
通商産業技官 平山健
通商産業技官 山田直利
地質調査所
昭和 32 年
目次 I. 地形 II. 地質 II.1 飛驒片麻岩類 II.1.1 片麻岩類 II.1.2 石灰岩類 II.2 伊勢変成岩類 II.2.1 黒色片岩 II.2.2 緑色片岩 II.2.3 石灰岩 II.2.4 橄欖岩 - 蛇紋岩 II.2.5 その他の岩石 II.3 ゴトランド系 -- 上穴馬層群 II.3.1 上伊勢の上穴馬層群 II.3.2 箱瀬北方の上穴馬層群 II.3.3 野尻北方の上穴馬層群 II.4 二畳石炭系 II.4.1 芦谷累層 II.4.2 雲川層 II.4.3 藤倉谷層 II.4.4 野尻累層 II.5 時代未詳の古生界 II.5.1 上打波層 II.5.2 スピライト II.5.3 此木谷礫岩層 II.5.4 左門岳累層 II.6 ジュラ系~白堊系 手取層群 II.7 白堊系 II.7.1 平家岳累層 II.7.2 面谷流紋岩類 II.7.3 本戸累層 II.8 中生界およびそれ以前の地層の地質構造 II.8.1 衝上岩帯外の手取層群とその基盤岩層の地質構造 II.8.2 衝上岩帯の地質構造と周辺部の地層との関係 II.8.3 平家岳累層および面谷流紋岩類の地質構造 II.8.4 中生代の地殻運動の総括 II.9 白堊紀~第三紀の貫入岩類 II.9.1 変閃緑岩 - 変斑粝岩 II.9.2 石英閃緑岩類 II.9.3 閃緑岩 II.9.4 脈岩類 II.10 第三系 II.10.1 西谷流紋岩 II.10.2 安山岩類 II.11 第四系 II.11.1 洪積統 II.11.2 冲積統 III. 応用地質 III.1 銅・鉛・亜鉛 III.2 石炭 III.3 石灰岩 III.4 その他の応用地質 文献 Abstract
1 : 50,000 地質図幅説明書 (昭和 31 年稿)
(金沢 第 58 号)
この図幅の野外調査は昭和 28 年夏から秋にかけて実施した。 河合は主として水成岩類の地域を, 平山は北西部の火成岩の地域を担当し, 山田は河合とともに中部地域の調査に従事した。 調査日数は, 河合が 110 日, 平山が 35 日, 山田は 30 日間であった。
調査に当って, 京都大学松下進教授から中竜鉱山周辺部の資料 [ 以下の [注] 参照 ] を, 金沢大学尾崎金右衛門教授から 上穴馬 村附近の資料の提供を受けた。 また上穴馬村において 卒業論文作製中の金沢大学学生加藤誠氏からは一部の地域において協力を受けた。 なお, 古生代の化石の鑑定には, 東京大学助手大久保雅弘氏をわずらわせ, 石徹白 亜層群の動物化石の鑑定に際しては, 資源研究所鈴木好一氏の援助をうけた。 面谷流紋岩類の鑑定には東京教育大学柴田秀賢教授をわずらわせた。
本地域はいわゆる飛驒高原 [ 以下の [注] 参照 ] の一部である。 図幅地域の北方から南下する白山山系と, 図幅地域の南方を E - W に走る脊梁山脈とが交錯して, 複雑な地形の山岳地帯を構成している。
北東部にある 1,609 m の山峯と, 中央部の荒島岳(1,524 m)とを除くと, 山嶺は一般に 1,000~1,300 m で, 比高は 600~800 m であり, ほゞー定の高さを有し, 山頂部に平坦面があって準平原の名残りが認められる。 この平坦部には小規模ながら砂礫層 [ 以下の [注] 参照 ] がのっている。
九頭竜川は急流と峡谷美とで知られている。 この川とその支流は複雑な地質構造に影響され, 高原地帯に種々の方向の峡谷を刻みながら蛇行し, 北西部の大野盆地に達してさらに北北西に向かい図幅地域外に出る。
これらの河川は侵蝕によって山稜を鋭く尖らせ, 多くの断崖をつくり V 字谷を形成する。 山岳地帯の地形は壮年期に属する。 九頭竜川が大野盆地に達すると, 両岸は急に開けて河岸段丘の発達が比較的に顕著となる。
大野盆地はその中央部がくびれて2地域に分かれ, その南域の東半部が本図幅内にあらわれている平地である。 この盆地の標高は 170~230 m で, 福井平野の標高 20 m に比較して著しく高所にある。
本地域の地質系統は第 1 表に示す。
本図幅地域の南部には, ほゞ E - W に走る2つの衝上線 -- 北側のものを 大納 衝上, 南側のものを伊勢衝上とよぶ -- があって, 本地域を3つの構造地区に分割している。 この地区を北から主要地区, 帯状地区および南東地区とよぶ。
飛驒片麻岩類は, 主要地区のみにあって, 手取層群によって広く覆われ, 一部が図幅地域の中央部にやゝ広く, 北部では狭い地域に露出する。 伊勢変成岩類は結晶片岩を主体とするもので, 帯状地区の南東端に断続して現われ, 飛驒変成岩類 [ 以下の [注] 参照 ] の南縁を縁どっている。
ゴトランド系の上穴馬層群は, 帯状地区の南東部に3つの小地域に分かれて分布している。 二畳石炭系には, 芦谷 累層・藤倉谷層および雲川層がある。 芦谷累層は中部石炭紀の化石を含む地層で, 帯状地区の東部の北側小区域に分布し, このほか 図幅地域南部の上穴馬層群の西側(図幅地域外)にきわめて狭小なる露出を示す。 藤倉谷および雲川両層は帯状地区の西半部の北縁に沿って分布するもので, 東側のものを藤倉谷層, 西側のものを雲川層とよぶ。 二畳系の野尻累層は帯状地区の主要部を構成する。 帯状地区に分布する時代未詳の古生界には, 南東部にスピライト [ 海底噴出した玄武岩が低度の変成作用や海洋底変質作用を受けてできた岩石 ] , 東部北縁に此木谷礫岩層があり, いずれも狭小なる分布を示す。
帯状地区を構成する地層群は, 中央部をほゞ E - W に走る向斜軸によって, 一大向斜構造がつくられ, 大納および伊勢両衝上によってデッケン構造 [ Deckenstruktur ; 衝上断層により水平移動した岩体または背斜をなす岩体が重なり合っている構造 ] が形成されて, 主要地区の手取層群, 南東地区の 左門岳 累層などの上に衝上したものである。
主要地区の北部では, 打波川の川床に 飛驒片麻岩とともに 手取層群の下位から時代未詳の上打波層が僅かに露出する。 南東地区には, 左門岳累層があって, 本図幅地域ではその露出は僅かであるが, 南方および南東方の図幅地域外には広大な面積を占めて露出し, かっては手取層群の一員として取扱われていた。
ジュラ~白堊系に属する手取層群は, 主要地区において最もよく発達し, 図幅地域中央部の飛驒片麻岩類を核心として背斜構造を形成し, その北側では多くの小褶曲を繰返しながら北方に連なり, 南側では褶曲しながら全体として南に傾き, 帯状地区をなす古生界の下にもぐる。 南東地区にふたゝび現われるが, こゝでは手取層群の下部や上部はすでに欠除して, 本層群の一部しか認められない。
白堊系には平家岳累層・ 面谷 流紋岩類および 本戸 累層がある。 平家岳累層は主要地区および南東地区に, 広く分布する面谷流紋岩類によって捕獲されて, 諸所に点在するに過ぎないが, 南東地区の南方の延長(図幅地域外)には, 左門岳累層を被覆して平家岳の山腹に露出し, 面谷流紋岩類に整合に被覆される。 平家岳累層は 手取層群の最上部の赤岩亜層群の一部に相当する疑いもあるが, 赤岩亜層群下部の後野礫岩層との間に不整合の存在による時間の間隙を挟むので, こゝでは別個に取扱った。 本戸累層は古生界に属すると主張する者もあるが, こゝでは岩質の類似性によって硯石層群の一員とみなした。 帯状地区で野尻累層の上位を占めて E - W に細長く分布している。
白堊紀末期ないし第三紀初期の火成岩類には, 変閃緑岩 - 変斑粝岩・石英閃緑岩類・閃緑岩類および岩脈がある。 変閃緑岩 - 変斑粝岩は南東地区に貫入して諸所に岩頸をつくる。 石英閃緑岩類は主要地区の西部で飛驒片麻岩類に貫入している。 閃緑岩類は主要地区の北部で手取層群に貫入する。 岩脈には種々のものがあって, 斑粝玢岩 - 閃緑玢岩・角閃石玢岩・輝石玢岩 - 玢岩等に大別される。
第三紀に属する西谷流紋岩は 帯状地区の南西部で僅かに分布する熔岩と, 主要地区の南西部に貫入した岩体とがある。 安山岩類は主要地区の北部に広く露出するほか, 帯状地区にも数ヵ所に点在して僅かに分布し, 一部は岩脈となっている。
洪積統には2つのものがあり, 1つは大野盆地に分布する 稲郷 層と河川の流域で段丘を形成する堆積物とであり, 他は山岳地帯の平坦部に分布する上在所層および砂礫層である。 このうち砂礫層はその分布がきわめて狭いので, 地質図から省略した。
本地域の地質については, 多数の既発表文献とともに未発表のものも多い。
本図幅地域の中央部の 谷戸口 附近から西方の 下若生子 北部にかけて, 種々の片麻岩類および石灰岩類からなる変成岩類が帯状に分布する。 また同種類の岩石が本地域北縁部の打波川畔の 鍋ヶ平 附近に僅かに現われている。
これらの岩石は, いわゆる「飛驒片麻岩類」の一員である。 本岩類を構成する岩石を大別して, 角閃岩を無数に挾有する種々の片麻岩類と, 石灰岩類との2つとする。
西域の真名川の流域においては, 石灰岩類が片麻岩類中に薄く幾枚も挾まれる。 しかし, 中央部の谷戸口附近では 石灰岩が片麻岩類中に囲まれた一連の厚い岩層をなしている。
谷戸口附近において, これらの諸岩類が示すいろいろな構造 (片麻岩・角閃岩などの片麻状, または片状構造および石灰岩の縞状構造など) についてみると, それらの走向は一般に N 60~90°W で, 傾斜は 北半部では北へ 50~80°(局部的には 30°内外のことがある)で傾き, 南半部ではほとんど直立している。 しかし 東端部の板倉附近で 石灰岩の分布の幅が最も広くなると同時に, その走向がほゞ N - S で, 30~40°E の傾斜が優勢となり, またこれを囲む片麻岩類にもほゞこれと並行した構造が現われる。 片麻岩類と石灰岩との境も, ほゞこれと並行している。 云いかえれば, この附近では全体として, 東に向かって弧を張る半ドーム状構造が認められる 97) 。 すなわち 前記背斜構造は, 谷戸口附近を通り, NWW - SEE の軸をもち, 東に向かって沈むものである。
第 1 図には, 谷戸口附近の片麻岩類と, 手取層群との関係ならびに背斜構造を示した。
真名川流域の片麻岩類は, 谷戸口附近のものの西方の延長で, その走向はほゞ一致し, N 70~80°W を示す。 しかし いずれも 直立した片状構造 (石灰岩と片状ホルンフェルスとの境はこの構造の面と一致する) を示している。
打波川流域の飛驒片麻岩類の片状構造は, 走向がほゞ N - S で, 直立している部分が優勢である。
打波川畔の片麻岩類の地域には, 石灰岩から石灰華の再沈澱をしている場所がある。
片麻岩類の主体をなすものは, 黒雲母角閃石片麻岩と角閃岩とである。 このほかに 変斑粝岩・微斜長石片麻岩・黒雲母片麻岩・片状ホルンフェルス等が 局部的に介在する。 なお以上の諸岩類は少量のアプライトおよびペグマタイトを伴なうが, その多くは構造を切って迸入している。
これらの片麻岩類を鉱物成分からみると, 角閃石と斜長石とを主成分とするもの (黒雲母角閃石片麻岩・角閃岩・変斑粝岩)と, 長石・石英および雲母とを主成分とするもの (微斜長石片麻岩・両雲母片麻岩・片状ホルンフェルス)とに区分されるが, 前者が圧倒的に優越している。 またこれを鏡下の組織から区別すると, 中粒~粗粒で, 長石の斑状変晶が著しいもの (黒雲母角閃石片麻岩・微斜長石片麻岩・両雲母片麻岩)と, 細粒でほゞ等粒寄木状組織を示すもの (角閃石・片状ホルンフェルス)とが認められる。
黒雲母角閃石片麻岩は普通中粒で, 優黒色, 片麻状の岩石であり, 眼球状の斜長石を取り巻くようにして, 有色鉱物がほゞー定方向に配列するが, 黒白の縞状構造を呈することはない。
大野市下若生子北東や 下穴馬 村谷戸口にみられる岩石は次のような性質を示す。
斜長石の斑状変晶をとりまくようにして, 細粒の石英・黒雲母・角閃石・緑泥石などの集合物が配列し, 全体として片麻状構造を呈する。 斜長石は長径 1~4 mm の C 軸方向に伸長した半自形楕円状をなし, その C 軸の方向は全体の片麻状構造に平行であることが多い。 双晶の発達に乏しく, また双晶面がボケ込んだり屈曲したりしていることがある。 累帯構造は組粒なものにだけ顕著に認められ, 絹雲母化した中核部とはっきり境を画して, 新鮮で累帯構造の著しい外套部が発達している。
角閃石は長さ 1 mm 内外の柱状をなし, 黒雲母と合して鱗片状集合物を形成するのが普通であるが, ときには斑状変晶として大きく成長している。 2 V ≒ (-) 80°, 多色性は, X = 淡黄色~淡黄褐色, Y = 緑色, Z = 帯青緑色であるが, その周辺部では色が淡くなり微弱な累帯構造を呈する。 黒雲母は長さ 0.2~0.5 mm でその多色性は, X = クリーム色~淡黄色, Y ≒ Z = 褐色である。 微細なチタン石・燐灰石・緑簾石・黝簾石・ジルコンなどを伴ない, また一部は緑泥石に変質している。 石英は 0.1~0.2 mm で寄木状組織をつくり, 斜長石斑状変晶の間隙を充たしたり, 細脈ないしポケット状に集合するが, 斜長石に接する附近でとくに細粒になり, 同時に波動消光を烈しく示す。 チタン石は副成分のうちで最も多く, 黒雲母や角閃石などに含まれる以外に, 最大 0.5 mm の自形を呈することがある。
角閃岩は細粒, 暗緑色で, 微弱な片理をもち, 片麻岩の構造に並行な層状ないしレンズ状をなして無数に産し, 片麻岩とは明瞭な境界を示している。 しかし黒雲母角閃石片麻岩が, 片麻性を全く失って塊状の石英閃緑岩様のものに移化している部分では, 角閃岩はそのなかに不規則な岩塊として含まれることが多い。 大野市下若生子北東, 下穴馬村谷戸口などでみられる本岩の性質は, 次のようなものである。
細粒(0.5 mm 以下)の斜長石および角閃石を主とし, ほゞ寄木状組織を示し, 東方下穴馬村では片理性に乏しく, 有色鉱物が鱗片状に配列する程度であるが, 真名川流域(下若生子)にみられるものは, 片理がきわめてつよく, 角閃石片岩というべきものが多い。 斜長石のうち比較的大型のものにだけ, 汚れた中核部と, 新鮮で累帯構造の烈しい外套部とがはっきり境されている。 角閃石は半自形ほゞ柱状であり, 多色性は X = 淡黄緑色, Y = 黄緑色~緑褐色, Z = 帯青濃緑色であるが, 累帯構造が顕著に認められ, 中核部には微細な不透明鉱物が集中し褐色の度も強い。 黒雲母は長さ 0.2 mm 以下の短冊状をなし, その多色性は X = 淡黄色ないしほとんど無色, Y ≒ Z = 濃褐色である。
産地 : 下穴馬村谷戸口
黒雲母角閃石片麻岩中に幅数 m の岩塊として露出するが, 相互の関係は不明である。 肉眼的に粗粒角閃石を主とする光沢のある塊状暗緑色の岩石である。
長さ 1 mm 内外の柱状緑色角閃石が全く不規則な方位で重なり合って デキウセイト(decussate)組識をなすのが普通であるが, ときには大型のポイキリティックなものや, 互に等粒寄木状組織を示す細粒の部分もみられる。 2 V ≒ (-) 80°, 多色性は X = 淡黄緑色, Y ≒ Z = 帯青緑色であり, Y と Z との間の多色性が弱く, 全般的に色が淡い。 著しい累帯構造を示し, 褐色の色調が強く, チタン石や微細な不透明鉱物を含んだ汚れた中核部から, 青色の強い新鮮な外套部に漸移している。 角閃石の間隙を充たして 1 mm 以内の少量の他形斜長石があるが, 絹雲母化作用を烈しく蒙り, 累帯構造が著しい。 チタン石は 0.1 mm 内外の粒状他形で, 角閃石中に多量に含まれている。
以上述べたうち, とくに角閃石の諸性質からみて, この岩石は斑粝岩が変成作用をうけて生じたものではないかと思われる。
産地 : 下穴馬村板倉北方大井谷
肉眼的に斑晶状の, ピンクの長石で特徴づけられる粗粒優白色の岩石で, 片麻性はあまり著しくない。
長さ 1~3 mm の半自形微斜長石および斜長石を, 細粒の石英・黒雲母・緑泥石・絹雲母などがとり囲んでいる。 石英は 0.1~0.5 mm の粒状をなし, 互に寄木状組織をつくる。 黒雲母の多色性は, X = 淡褐色, Y ≒ Z = 褐緑色である。 また白雲母はつねに自形柱状を呈する。
産地 : 下穴馬村下山南西方大谷
中粒優白色片麻性の著しい岩石で, 変質烈しく, 多量の方解石や緑泥石を生じており, また圧砕作用も顕著である。
長さ 2~4 mm の眼球状斜長石を, 細粒の石英・黒雲母・白雲母などがとり囲む。 斜長石自身も双晶面が屈曲あるいはボケ込んだり, いくつかのブロックに分かれて消光しており, 烈しい圧砕の影響を示している。 また斜長石は炭酸塩化作用・絹雲母化作用などを烈しくうけている。 石英は最大 0.5 mm でモルタル構造を示す。 黒雲母は長さ 0.2 mm 以下の針状結晶で鱗片状に集合し, その多色性は X = 淡黄色ないしほとんど無色, Y ≒ Z = クリーム色を帯びた褐色であるが, 大部分は緑泥石によっておきかえられている。 まれに細粒, 半自形, 粒状の緑色角閃石が認められる。 また方解石は集合して細脈ないしレンズを形成することが多い。
片状ホルンフェルスは黒雲母角閃石片麻岩に伴なわれる細粒, 暗黒色の岩石で, 肉眼的に顕著な片理を示す。
板倉北方の大井谷の上流において, 片麻岩の構造に平行に何枚か挾まれており, 一部分は片麻岩によって「層間迸入」をうけたような外観を呈する。
真名川流域の下若生子北東の県道沿いに露山する片状ホルンフェルスは, 石灰岩層と成層しており, 一見砂岩質, 粘板岩質に思われるものがあり, さらに淡緑色で輝緑凝灰岩質と思われるものもある。 変成度は低く, 斑状変晶的な鉱物は肉眼ではほとんど見られない。
大野市下若生子北東および下穴馬村板倉北方大井谷などでみられる本岩は, 次のようなものである。
0.1~0.3 mm の石英および斜長石(曹長石)が合して等粒寄木状組織をつくる。 他の主成分鉱物のうちのいくつかが組み合わさって, 次のようないろいろな岩型がつくられている。
これらのうち白雲母と柘榴石は, 1 mm 近くの斑状変晶をなすことが多い。 鏡下では片理性はあまり認められず, 圧砕作用も微弱であるが, 炭酸塩化作用・絹雲母化作用・緑泥石化作用などの変質を烈しく蒙っている。 下若生子北東の砂質, 輝緑凝灰岩質のものには斜長石・石英のやゝ大形の残晶的結晶が存在する。
石灰岩類は谷戸口の飛驒片麻岩類中に多量に含まれ, 完全に再結晶作用をうけており, 結晶質石灰岩と結晶質縞状珪質石灰岩とを主とし, 局部的に種々のスカルン鉱物を産する。 石灰岩類中で最も多いのは結晶質縞状珪質石灰岩であり, 方解石を主とする青灰色の縞と, 石英を主とする白色の縞とが 1 cm 内外の厚さでくり返し, それが侵蝕に対する抵抗力の差によってさらに強調される結果, 野外において著しい縞状構造が認められる。 結晶質石灰岩は谷戸口附近では結晶質縞状珪質石灰岩に次いで多く, 青灰色~灰色を呈し, 均質で不純物が少なく方解石の結晶を主として, 縞状構造がほとんど認められないものである。 またこれらの石灰岩類中には方解石の細脈がみられることが多い。
以上のほかに, 谷戸口北西方の道路に沿った露頭では 一種の「片麻状優白岩」が石灰岩と 5~20 m の厚さで何枚か互層している。 石灰岩との境界は判然としているから, この優白岩は かって石灰岩と互層していた地層(アルコーズ質砂岩 ?)に由来する 変成岩ではないかと思われる。
次に結晶質縞状珪質石灰岩・スカルンおよび優白岩の岩石学的諸性質を述べる。
産地 : 大野市下若生子北東, 下穴馬村板倉
方解石を主とする縞(厚さ 0.5~1 cm)は, 0.2 mm 内外の方解石による等粒寄木状組織を示し, その間隙を埋めて細粒の石英・石墨および塵埃状の褐鉄鉱がある。 石英の優勢な縞(厚さ 0.5 cm 内外)では, 0.1 mm 以下の石英および方解石による, 同じく等粒寄木状組織がみられ, かゝる石英は包有物少なく, 全く波動消光を示さない。 石墨は以上の2つの縞の境界附近に濃集する傾向がある。 また縞状構造を切る方解石の細脈も認められる。
産地 : 下穴馬村谷戸口北西方
縞状構造の著しくない石灰岩(結晶質石灰岩)中に胚胎した, 珪灰石を主とするスカルンであり, 透輝石および柘榴石を伴なう。 珪灰石は長さ 0.3 mm 以内の半自形柱状をなし, ほゞ一定方向に配列する。 また鏡下では少量の方解石と石英とによる微細な縞状構造が認められることがある。
産地 : 下穴馬村板倉北西方
あまり縞状でない結晶質石灰岩中に, 径約 15 cm の球形をなして産する。 この主体を構成するものは角閃石・斜長石(灰曹長石)および石英であるが, このうち角閃石はやゝ青味を帯びた淡緑色を呈し, 微細なチタン石・鉄鉱などを伴なった褐色の中核部をもつことが多い。 この球状スカルンは幅 1 cm 内外の黄緑色の外縁部をもち, その部分は緑簾石・透輝石・石英および少量の斜長石の集合したものである。 このうち透輝石は石灰岩に接するところにだけ限られ, 少し内側ではほとんど緑簾石によっておきかえられている。
黄鉄鉱は細脈状に集合してスカルン内部に胚胎する。 以上のほか少量の燐灰石・絹雲母などがある。
産地 : 大野市下若生子北東, 下穴馬村谷戸口北西方
肉眼的に眼球状長石の認められる中粒優白色の岩石で, 少量の有色鉱物が縞をなして片麻状構造をつくる。 鏡下で著しい圧砕作用および変質作用が認められる。
最大 7 mm に及ぶ眼球状長石の周辺部が粒状化作用をうけてモルタル組織を呈し, この伸びの方向と平行に, 種々の粒度(0.1~0.5 mm)の石英および斜長石からつくられる 縞状ないしレンズ状構造が発達する。 眼球状長石自身も, その双晶面が屈曲したりあるいはぼやけたり, 双晶面に沿って著しく変質をうけることが多く, ある場合にはミルメカイトも生じている。 石英は縫合組織をつくり, 烈しい波動消光を示す。 また以上の縞状構造に平行な鱗片状集合物をなす雲母類は, 大部分緑泥石・絹雲母などに変質している。 このほか, 酸化した黄鉄鉱, 緑泥石化した柘榴石オパサイトを伴なう紫蘇輝石などが少量存在する。
この変成岩類は図幅地域南東部の中伊勢~下伊勢の北方山地に最も広く分布し, 断続しながら図幅地域の東端およびその東方まで, 伊勢川と九頭竜川とに沿って諸所に点在する。 伊勢変成岩類中には未だ片状構造が顕著でなくて輝緑凝灰岩様の部分が含まれる。 二畳石炭系に属する芦谷累層中には 片状構造の顕著なもの(片状砂岩層)があるのからみて, 伊勢変成岩類と芦谷累層との間には近縁関係の存在することが予想される。
本岩類は結晶片岩類を主体として, 石灰岩および変成作用をうけた火成岩類を一括したものである。 大別して, 黒色片岩・ 緑色片岩・ 石灰質岩石・ 橄欖岩 - 蛇紋岩およびその他の岩石に分けられる。
黒色片岩は, 中伊勢の北方山地で伊勢変成岩類の西端部を占め, 箱瀬 南方山地では緑色片岩中に狭少な帯状をなして分布する。
中伊勢北方の黒色片岩の走向はほゞ NW - SE で, 北または南に急斜し, 箱瀬南方のものはほぼゞ E - W の走向で, 南に急斜する。
岩石は灰色~暗灰色を呈し, 片状構造が顕著である。
中伊勢北方の岩石は, 主成分が石英・絹雲母および石墨で, これに少量の電気石および緑泥石を含む。 本岩中には柘榴石の生成が報告 60) されている。
本岩中には, しばしば片麻状斑粝岩および片麻状閃緑岩が貫入している。
本岩は, 下伊勢近傍に最も広く分布し, 箱瀬南方山地・ 米俵 西部およびハアミ谷奥では小区域に現われる。
下伊勢近傍の岩体の片理の走向は WNW - ESE で, 60~80°S に傾くものが優勢で, 場所によっては走向 N 60~85°E, 傾斜 30~80°S のこともある。 箱瀬南方山地のものは一般に走向が E - W で, 60~75°S または 80°N に傾く。 米俵西側のものは走向 N 65°W, 傾斜 65°S, ハアミ谷奥のものは走向 N 75°W, 傾斜 30~40°N を示す。
岩石は一般に緑色~藍色を呈し, 片理は顕著であるが, 時には明瞭な片理を示さず輝緑凝灰岩質のこと (ハアミ谷の一部および箱瀬南方の一部)がある。
箱瀬南方山地の本岩は, 緑簾石藍閃石曹長石片岩である。 暗緑藍色で片状を呈する。 緑簾石は粒状またはその集合で生じたパッチ状を呈し, 藍閃石は柱状で長さ 1.0 mm 以下, 幅 0.1 mm, C ∧ Z ≒ 7~12°, (-) 2 V = 10~30°, X = Y = 淡菫色, Z = 青菫色, 片理の方向に配列している。 曹長石はやゝ大形の結晶として緑簾石・藍閃石を包有し, 特に石英粒のパッチ状部が曹長石のなかに見られる。
下伊勢東方の三角点附近には, 褐簾石陽起石片岩が分布している。
緑色片岩中には 諸所に片麻状斑粝岩・片麻状閃緑岩,時には片麻状半花崗岩の貫入が見られる。
緑色片岩中には珪質岩が挾有されること(ハアミ谷奥)がある。 厚さはいずれも薄く数 10 cm で, 長さが数 m~10 数 m の小岩体である。 したがってこの珪質岩は, 地質図上に示さなかった。
石灰岩は伊勢変成岩類の縁辺部に現われ, 中伊勢の北方山地から米俵西部に亘ってやゝ広く分布するが, その他のものは小岩体にすぎない。 白色~灰白色を呈し, 一般に細粒で均質な岩石で, 甚だしく変成作用をうけている。 下伊勢東方のものは, 灰白色で, 多くの方解石の斑点を有し, 基質は方解石・曹長石および石英等からなる。 ハアミ谷の奥にはほとんど方解石の結晶のみからなる部分がある。 このほかに図幅地域の東方に隣接(図幅地域外)する荷暮川下流の東岸には, 純粋な結晶質石灰岩があり, 米俵の伊勢川川床にも径数 m の未変成の石灰岩が露出する。 ハアミ谷の奥では, 本岩には層理面と思われるものが残存し, その層理面(?)は走向がほゞ E - W で, 小褶曲によって, 北または南に傾斜する。 そして北限では, 走向がほゞ E - W(N 85°E~N 85°W)で, 35°内外で南に傾く断層によって, 北側のハアミ谷夾炭層(手取属群と思われる)と接している。
本岩は伊勢川流域から九頭竜川上流にかけ断続しながら分布する。 橄欖岩は黒色, 細粒~粗粒, 塊状の岩石である。 石灰質岩石および緑色片岩中に貫入している。 一般に蛇紋岩化して緑色を帯びる。 蛇紋岩は淡黄色~帯緑灰黒色を呈する。 ハアミ谷およびヘボ谷の奥においては塊状であることが多いが, 米俵附近, 大谷附近および箱瀬附近では片状構造が著しく, その走向はほゞ E - W で, 北または南に緩く傾斜している。 またしばしば緩傾斜の小断層が認められる。
本岩の貫入の時期は詳らかではないが, 伊勢衝上の生成以前と推定する。
地質図に示してないものに, 片麻状斑粝岩・片麻状閃緑岩および片麻状半花崗岩がある。 いずれも岩脈(岩床状 ?)として貫入したものである。
斑粝岩は, 片麻状(片状)構造を有し, 暗緑色~藍色を呈し, 陽起石・緑簾石・曹長石・斜長石・石英・方解石・緑泥石等からなる。 陽起石は青緑または青褐色, ないしほとんど無色で, 不規則な形をしている。 曹長石の縁を取りまき, 緑簾石や方解石を伴なうこともある。 緑簾石は小粒で比較的に多数含まれる。 斜長石は, ほとんど曹長石と緑簾石とに変化している。
閃緑岩は斑粝岩より淡色を呈し, 斜長石・石英・絹雲母・緑簾石および緑泥石等からなり, 斜長石は2次的に絹雲母・緑簾石および石英の集合体に変化している。
半花崗岩は, 下伊勢東方の三角点附近で岩脈状の小岩体をなすほか, その他の所にもまれに転石として認められた。
岩石は淡褐白色, 中粒で, 斜長石・微斜長石・石英・絹雲母および緑簾石からなるミロナイト質半花崗岩である。
ゴトランド系の上穴馬層群は 上伊勢・箱瀬北方山地および野尻北方山地の3ヵ所に分布する。
本層群を構成する岩石は輝緑凝灰岩および石灰岩である。
輝緑凝灰岩は一般に暗緑色まれに赤褐色を呈し, 均質であるが, 時に砂質のものや角礫質のものを含む。 一般に層理あるいは片状構造に乏しい。
石灰岩には結晶質の部分と非結晶質の部分とがあり, 結晶質のものは白色~灰白色であり, 非結晶質のものは灰色~黒色を呈し, 多数の珊瑚・ブライオゾア・腕足類および巻貝等の化石を産出し, たたけば 韮 臭を発する。
上伊勢の上穴馬層群は, 伊勢衝上によって左門岳累層と接する。 下部は石灰岩, 上部は輝緑凝灰岩によって構成される。
石灰岩は連続性に富み, オイセ谷の奥から南西にのびて, 上伊勢の西方の峠の近くまで連なり, ゆるく北に傾く。 灰色~黒色の部分には化石を埋蔵し, 特にオイセ谷奥の黒色石灰岩は多量に化石を含み, 石岡孝吉・亀井節夫 57) によって Favosites spp. (aspera type and forbesi type), Clathrodictyon sp., Heliolites bohemicus, Cyathophyllum sp., Brachiopoda 等が報告され, 岐阜県吉城郡上宝村の福地層群に対比された。 筆者は Favosites cfr. baculoides (BARR.) [ 以下の [注] 参照 ] , Bryozoa, 海百合, 巻貝等を採取した。
中伊勢北方および下伊勢東方に, それぞれ露出する伊勢変成岩類の周辺部に沿って, 石灰岩の小岩体がある。 これらの石灰岩は灰色~灰黒色を呈するもので, いずれの地質時代に属するものか明瞭でない。 しかし中伊勢北方の石灰岩からは多量のブライオゾアを産し, 岩相が上穴馬層群の石灰岩に似ていることと, 地質構造とからみて, 上穴馬層群のオイセ谷以東への連続と考えられ, よってこゝでは上穴馬層群として取扱った。
この地域に上穴馬層群の存在することが明らかにされたのは, 尾崎金右衛門等 84) によって図幅地域の東に隣接する 白馬洞 附近から Favosites, Heliolites, 腕足類, ブライオゾア, 巻貝, 海百合等が発見されたことに始まる。
本層群の南北両限は断層である。 しかし地質構造は未だ明瞭ではない。
岩石の分布をみると, 輝緑凝灰岩中に石灰岩の小岩体が3列あって, E - W に配列している。 さらに白馬洞附近では赤褐色の輝緑凝灰岩があって, 走向が N 65°W~N 85°E で, 北または南に 35~65°で傾く小褶曲をくり返している事実がある。 したがって全体として走向がほゞ E - W で緩く南に傾き, そのために1枚の石灰岩がくり返されて現われるものと予想される。
本域の上穴馬層群から, 尾崎等 84) によって Favosites, Clathrodictyon 等を含む石灰岩が3ヵ所確認された。
本域のものは箱瀬北方の上穴馬層群の西方の延長部に当り, 南北両限は断層である。
輝緑凝灰岩は, その走向および傾斜が明らかではないが, 芦谷の南側に片状構造の顕著な凝灰角礫岩があり, 走向がほゞ E - W で南に約 65°で傾斜する。 この片状輝緑凝灰岩までを上穴馬層群中に含めた。 これが地表に露出する本層群の西方の限界であるが, 鷲鞍ヶ岳 山腹の 巖洞 鉱山坑内には, 野尻累層の北側に結晶質石灰岩の存在が報ぜられており 89) , この石灰岩は地質構造上から考えて, 本層群に属する可能性がある。
図幅地域の南部を東西に帯状に走る地域, すなわち帯状地区の主体をなすものは, 二畳石炭系である。 この地層は, 全体として輝緑凝灰質岩石が優勢である。 点々として石灰岩を含み, これから石炭紀あるいは二畳紀の化石を産するが, 地質構造が複雑であり, あるいは異なる地質時代の地層を挾み込んでいる可能性もあることなどによって, 二畳石炭系として一括したものである。
産出化石・層位関係・地質構造および地域的関係を考慮して, この地層を芦谷累層・雲川層・藤倉谷層および野尻累層に区分する。
本累層は石炭系を主体とする。 帯状地区の東部の持穴北方山地から鷲鞍ヶ岳の東山腹にかけて帯状に分布する。 本累層の南北両限は断層であって, 北では此木谷礫岩層または手取層群と, 南では上穴馬層群または野尻累層と接する。 図版 1 および第 2 図に示してある断層は九頭竜川川畔に見られるもので, 本累層の北限を劃する断層である。
本累層は見掛上の下から片状砂岩層と黒色千枚岩層とに区分される。
本層は大谷北方山地に分布し, その走向はほゞ E - W(N 65°W~N 85°E)で南に 65~90°で傾斜する。
片状砂岩は緑灰色, 中粒~粗粒の岩石で, 比較的によく片状構造が発達して准片岩質である。
本層は芦谷累層の主要部を構成し, 一般に N 70~80°W の走向を示し, 此木谷では 60~90°S の急傾斜, 九頭竜川東岸では 25~35°S の緩傾斜を示す。
本層は主として黒色千枚岩で, 礫岩および石灰岩を挾有する。
黒色千枚岩は片状構造の顕著な岩石である。 礫岩は厚さ数 m の薄層で, 芦谷のみにその存在が確認されている。 拳大以下の珪質岩の亜角礫~円礫を, 砂質粘土状物質で充塡したもので, 片状構造が認められる。 礫岩の下限は不規則な形状の境界面によって, 下位の黒色千枚岩と接する。 しかし, 礫岩は1ヵ所しか認められず, この露頭のみで基底礫岩と判定するのは早計であるから, こゝでは礫岩の下限を不整合として取扱わなかった。 石灰岩は一般にやゝ結晶質で, 白色~淡灰色を呈するが, Fusulinella sp. を産する芦谷の石灰岩は, やゝ灰色を帯びる。
本累層は化石によって中部石炭系に属し, 尾崎等 64) の芦谷層群に当る。
上伊勢西方の峠(図幅地域南縁外)には, 二畳系の野尻累層の大谷礫岩層に覆われて, 石灰岩が現われ, これから小林学 102) によって Fusulinella pseudobocki LEE & CHEN および F. cfr. bocki MöLLER が報告され, 中部石炭系であることがわかった。 この附近は構造帯をなしている。
本層は小林学 102) の 穴乗 層および雲川層の全部と 秋生 層の一部とを含む。 本図幅地域では, 帯伏地区の西端に僅かに分布するに過ぎない。 断層によって, 手取層群および本戸累層と接する。 図幅地域内では, 地層は走向が一般に南北で西に傾く。
本層を構成する岩石は, 千枚岩ないし千枚岩質粘板岩を主とし, 輝緑凝灰岩および石灰岩を挾有する。 図幅地域から西方では一部に角閃片岩を含むところもある。
石灰岩 [ 以下の [注] 参照 ] は灰色~灰黒色を呈し, 海百合を含有するが, 時には白色~淡灰色の結晶質のものや, 白色部と黒色部(不純物が多く)が縞状に互層するものがある。 石灰岩は連続性に乏しく, 大小の塊状の岩体として現われる。
小林 102) は図幅地域西方に隣接する石灰岩の周辺部から Streptorhynchus sp., Camarotoechia sp., Echinoconchus sp., Spiriferina cfr. octoplicata SOWERBY, Fenestella sp. 等を発見した。
本層は岩質からみて, 芦谷累層の黒色千枚岩層または野尻累層の 小椋谷 粘板岩層によく類似する。 また地質構造からは, 藤倉谷層とも近縁関係を有する。 これらの地層とは地域的に離れているので, 相互の関係を明らかにすることができなかった。
本累層は帯状地区の中央部(下大納南方)から断続しながら, あるいは点々と西方に分布し, その西端は上笹又の西方山地に達する。 本層の周りは断層で, 手取層群および本戸累層と接する。
構成岩石は黒色の石灰岩を主体として, 黒魚千枚岩・緑色千枚岩および輝緑凝灰岩質岩石等を挾有する。 この地層は中竜鉱山の主要鉱床群の母岩をなすもので, 諸所にスカルン帯を形成していて, しばしば原岩が不明のことがある。 スカルン帯中には鉛および亜鉛の鉱床が胚胎する。
南西部の 黒当戸 黒谷奥において, 本累層が手取層群の上方に断層によってのっているところが観察される。 第 3 図にこの見取図を示す。
時代を示す化石が発見されないので, 明確な地質時代は不明である。 海百合を多産することと, 地質構造上において東側では野尻累層の下部石灰岩と近縁関係があるから, 二畳系に属することはほゞ確実である。 また西側では雲川層と近縁関係にある。
本累層は, 帯状地区の大半を占めて E - W にのびてやゝ広く分布する。 堀純郎・堀内文夫 41) の古生界の大部分, 尾崎等 100) の野尻層群および小林学 102) の秋生層の大部分に当る。
本累層の南北両限は断層であり, 地層はほゞ E - W の軸をもって向斜構造を形成している。
本累層は下部から 大谷礫岩・米俵輝緑凝灰岩層および小椋谷粘板岩層に区分される。
本層は尾崎等 100) によって, 大谷北側においてほゞ E - W に走り, 南に傾斜する礫岩に対して与えられた名称である。 その西方の延長部は鷲鞍ヶ岳北山腹に連なる。 また向斜構造の南翼にもその南限を占めて連なり, 北に傾斜する同種の礫岩がある。 ここではこれらのすべてを一括して, 大谷礫岩層とよぶ。
大谷礫岩層は特色のある礫岩からなり, 石灰岩を挟有することがある。
礫岩は 閃緑岩質岩石・ 花崗岩質岩石・ 安山岩類・ 輝緑凝灰岩・ 砂岩および石灰岩等の人頭大~拳大の, 円礫~角礫を多数に含み, これらを輝緑凝灰質物質で充塡したものであり, 緑色または赤褐色の勝った雑色を呈する。 石灰岩礫中にはゴトランド紀の化石を含むものがあり, このほかに大谷附近の 悪原谷 奥では Schwagerina sp., Triticites sp. 等を含むものが知られており, また野尻北方山地の転石からは紡錘虫科の化石が採取されたという 97) 。
石灰岩は灰白色~灰色を呈し, 部分的には結晶質である。 悪原谷奥の石灰岩から Triticites, Schwagerina および Parafusulina ? が報告されている 97) [ 以下の [注1] 参照 ] 。 筆者は悪原谷の石灰岩の転石から Schwagerina japonica GÜMBEL [ 以下の [注2] 参照 ] を採取した。
南限に連続する礫岩層は, 石岡および亀井 93) によってゴトランド紀の化石が採取されて, ゴトランド系として考えられたことがある。 その後に尾崎 97) 等によって Triticites ? sp., 腕足類等が採取されて, 二畳系に含められた。
大谷礫岩層と下位の地層との関係は, 本層が比較的によく連続することからみて, 不整合であることが予想される。 ヘボ谷の支谷で図版 2 および第 4 図に示すような断層が, 下位のスピライトとの境にある。 上伊勢西方の峠においては 石炭系の Fusulinella 石灰岩が大谷礫岩層に包み込まれて存在する。 長野南方の一部では大谷礫岩層を欠除する部分もある。 これらのことは, 大谷礫岩層が構造線に沿っていることを示す。 すなわち, 野尻累層はその下底の不整合面にほゞ沿って辷った断層によって劃され, 他の地層に接するものであろう。 この観点からすると, 大谷礫岩層中に介在する石灰岩層のうちには, 野尻累層と異なる地質系統に属する石灰岩を含む可能性がある。 筆者は, 大谷礫岩層の地質時代は Schwagerina japonica GÜMBEL によって示される中部二畳系と考える。
本層 [ 以下の [注] 参照 ] は大谷礫岩層と整合する。 向斜の北翼では, 走向が一般に N 55~80°W で, 45~80°で南に傾き, 南翼では, 東部は走向 N 65°W~E - W で北に急斜または南に急斜(逆転して)し, 西部になるに従って N 55°E~E - W に走向を変じ, 地層は逆転して 50~85°S の傾斜を示す。
本層は輝緑凝灰岩を主とし, 凝灰角礫岩・輝緑岩・砂岩・珪質岩・石灰岩および千枚岩質粘板岩を伴なう。
輝緑凝灰岩は一般に淡緑灰色~暗緑色, 時に赤褐色を呈し, 片状構造が東部では顕著でないが, 西部では比較的に顕著で緑色千枚岩質となり, 時に緑色片岩質(図幅地域南西端の 笹生 川西岸)で走向が N 40°W, 75°W に傾く片状構造を示す部分がある。 凝灰角礫岩は輝緑凝灰岩と同質であるが, 一般に径数 cm 以下の輝緑岩の角礫をもつ。
輝緑岩は貫入または溢流によって本層中に加わったもので, 一般に小岩体であるため, 地質図には示されていない。 上秋生(図幅地域南縁外)の西方のものは淡緑灰色を呈し, 変質していて緑簾石・緑泥石・絹雲母・曹長石などからなる。
砂岩は一般に中粒~粗粒で, 灰緑色を呈し, 輝緑凝灰岩質である。
珪質岩は上伊勢の西方山地に僅かに見られ, 厚さ 10 数 cm~数 10 cm の小岩体であり, 地質図には省略した。
石灰岩は本層の下底, 大谷礫岩層の上位にこれと接して現われる。 長野南方の九頭竜川西岸の石灰岩から Schubertella ? sp. が得られた [ 大久保雅弘鑑定 ] 。 このほか, 図幅地域南西部の本戸南東方では, 本層の上部に灰白色~灰色の石灰岩があり (上位の小椋谷粘板岩層の石灰岩に近く, 小岩体をなす), 海百合を多産する。
千枚岩質粘板岩は黒色を呈する岩石で, 本層の上部に僅かに挾有される。
本層は米俵輝緑凝灰岩層に整合する。 向斜軸に沿って細長く帯状に分布する。
南に傾斜するのが常であり, 向斜軸の北側では, 一般に傾斜は 35~45°S, 南側では 50~90°S, まれに 35~80°N で傾斜する。 石灰岩の分布と, 傾斜からみて, 本層は転倒した向斜構造を形成するものである。
本層は粘板岩を主体として輝緑凝灰岩・緑色千枚岩および石灰岩を挾有する。
粘板岩は無色, 千枚岩質である。 笹生川流域では黒色千枚岩の部分もある。 輝緑凝灰岩は米俵輝緑凝灰岩層のものと同様である。 笹生川流域では片理を示し, 緑色千枚岩となるところがある。 石灰岩は本層の最下部に現われ, またこのほかに, 中部にも含まれる。 一般に暗灰色~黒色で, 時に灰白色を呈し結晶質のものや泥質部を挾んで縞状のものがある。
野尻の対岸小椋谷では, 向斜の両側の石灰岩から海百合を産出する。 またこのうち, 南側の石灰岩からは Parafusulina sp. も報告された 100) 。 さらにこの附近の黒色石 灰質粘板岩中から Lyttonia その他の腕足類および単斜珊瑚が採取された。 なおこゝから早坂一郎・松尾秀邦 68) は, Paraceltites cfr. elogans GIRTY, Lyttonia richthcfenii KAYSER and HAYASAKA, Camarophoria humbletonensis HOWSE, cfr. Schellwinella regina GRABAU, Productus flemingii (SOW.) DEKON, Derbyia sp., Entetoles cfr. acuteplicatus WAAGEN, Marginifera sp., Phrycodothyris sp., Luciella planoconuexa GRABAU, Geinet zella sp. を報告し, この地層を叶倉統合地沢階あたりに当るとした。
このほか西部の石灰岩には, しばしば海百合を多産し, また長野オット谷の南側の石灰岩中にも海百合を含むことがある。
地域北縁部の打波川畔, 鍋ヶ平附近に飛驒片麻岩とともに小規模に古生層が分布する。
3つの地塊に分かれている。 北側のものは走向が一般に南北で, 75~90°で西または東に傾斜するが, 場所によっては 20~40°W に傾く。 中央部のものは走向ほゞ EW で, 20~40°で北または南に傾く小褶曲をくり返す。 南側のものは N 65°W で 50~60°で南に傾き, 最南端は閃緑岩類の貫入によって断たれている。
本層を構成する岩石は千枚岩・砂岩および石灰岩であって, ときに輝緑凝灰岩を挾有する。
千枚岩は黒色千枚岩で片理が顕著である。 砂岩は淡青灰色~白色を呈し, 細粒~中粒のアルコーズの岩石である。 すなわち石英および長石粒が多く, 僅かに黒雲母が変質したと思われる黒い小斑点があり, まれに粘板岩の小粒(径 1~2 mm の円粒)を認めることがある。 石灰岩は灰黒色を呈し, 結晶質で, 時には灰黒色の部分と灰白色の部分とが縞状に互層するものがある。
本層と飛驒片麻岩類との関係は不明である。 また化石の産出がなく, その地質時代も詳らかでない。
本岩は伊勢川支流のヘボ谷で細長い分布を示す。 本岩の北限は低角度の断層(図版 2 および第 4 図参照)で大谷礫岩層と接し, 南限は伊勢変成岩類と接し, その間には断層が推定される。 他の地層との関係は未詳であるが, 地質構造から考えると上穴馬層群と近縁 [ 以下の [注] 参照 ] である。
場所によって岩質に多少の変化を示す。 岩石は暗緑色あるいは帯紫赤褐色を呈し, 一般に塊状である。
斑晶は橄欖石・普通輝石および斜長石からなる。 橄欖石は蛇紋石または蛇紋石と炭酸塩鉱物(ドロマイト ?)に, 普通輝石は炭酸塩鉱物または炭酸塩鉱物と陽起石に, 斜長石は曹長石にそれぞれ2次的に変化している。 しかし斑晶はいずれも自形を保っている。 石基は中粒~細粒で, 間粒状組織または 塡間組織で曹長石化した斜長石・鉄鉱・蛇紋石・炭酸塩鉱物等からなる。
岩質の特徴を第 2 表に示した。
| 源岩 | 肉眼的特徴 | 顕微鏡的特徴 | 備考 | |
| 石地の色 | 斑晶の特徴 | 斑晶の量的特徴 | ||
| 橄欖石玄武岩 | 灰黒色 | 僅かに黒色斑点と黄白色の斑点を認める。 | 斜長石 > 橄欖石 | いずれもヘボ谷入り口から 400~1,000 m の間の露頭良好の部分の岩石。 |
| 橄欖石輝石玄武岩 | 帯紫赤褐色 | 黄白色の斑晶が最も多く, 黒色の斑点がこれに次ぐ。 | 斜長石 > 輝石 > 橄欖石 | 東側に変閃緑岩 - 変斑糲岩が露出する。 相互の関係は不明。 |
| ピクライト質橄欖石玄武岩 | 〃 | 黒色の小斑点多く, 白色の斑点は極めて少い。 | 橄欖石(1.5 mm 以下)18 % | 斑晶の量的特徴の % は容量比 |
| ピクライト質橄欖石輝石玄武岩 | 帯灰緑色 | 暗藍色の大きい斑点が多数, 黄白の斑点はきわめてまれ。 | 輝石(8 mm 以下)31 %, 橄欖石 9 %, 斜長石 5 % | 〃 |
本層は帯状地区の東部において, 古生界の北限を占めて此木谷の奥から西方に九頭竜川畔まで, ほゞ E - W に細長く分布する。
本層の南北両限は断層である。 北限は手取層群と接し, 南限は芦谷累層と接する。
本層は大谷礫岩層のものにきわめてよく似た礫岩である。 しかし, ところによっては凝灰角礫岩質のことがあり, 石灰岩礫は認められず, 桃色を帯びた花崗岩礫を含むことで大谷礫岩と相違する。
本層は, いずれの地質系統に属するか不明であるが, こゝでは仮に時代未詳の古生層とした。
本累層は南東地区のみに現われ, 伊勢附近で伊勢変成岩類・上穴馬層群および石徹白亜層群の南側に分布する。
古生層および伊勢変成岩類とは断層で, 石徹白亜層群および面谷流紋岩類には不整合に被覆される。
本累層 [ 以下の [注] 参照 ] は, 下部から魚坂峠砂岩礫岩層・久沢粘板岩層および 迫谷 砂岩礫岩層に区分される。 迫谷砂岩礫岩層は図幅地域東端の南方に分布し, 本地域内では見られない。
本累層からは化石を産出しないので, 地質時代を決定することができない。 しかし, 本図幅地域南方の根尾川上流には, 本累層中にチャートが挾有されることから, 古生界に属することは明らかである。
本図幅地域内では, 左門岳累層中の大部分を占めて魚坂峠砂岩礫岩層が分布する。
地層の走向および傾斜は, 伊勢衝上を形成した地殼運動によって, 甚だしく擾乱されたために種々に変化するが, 全体としては走向がほゞ E - W で, 南に傾斜(北傾斜のものには逆転したものが多い)する。
本層は礫岩および砂岩を主として粘板岩を挾有する。
礫岩は径数 cm, まれに数 10 cm の, おもに粘板岩の角礫を, 細粒~粗粒の砂で充塡したもので, まれに数 cm の炭化した流木片を含むことがある。 礫は場所によってその量が変化し, まれに多量に含まれて岩石が黒色となることがある。
砂岩は, 灰色~灰白色, 時に青灰色を呈し, 一般に細粒~中粒である。 砂岩および礫岩の厚さは, 一般に数 m 以下である。
粘板岩は, 黒色~灰黒色で, 一般にやゝ砂質であり, 厚さは一般に 10 数 cm 以下であるが, 時には数 m のことがある。 しばしば, 炭質頁岩を含むことがあるが, 化石を産出しない。 伊勢衝上に接近したところでは, 千枚岩質のことがあり, 下伊勢東方に見られる千枚岩質粘板岩の露頭を図版 3 に示した。
本層は中伊勢の南方に僅かに現われ, 魚坂峠砂岩礫岩層に整合する。 走向はほゞ E - W で, 南に急斜し, または逆転して北に急斜する。
本層を構成する岩石は粘板岩で, 細粒砂岩を挾有する。
粘板岩は黒色を呈し, 手取層群の貝皿頁岩層のものに似ているが, これよりやゝ砂質で, 千枚岩質である。
本層は久沢粘板岩層の上位に整合するものである。 本層を構成する岩石は奥坂峠砂岩礫岩層の岩石と同様である。
主要地区および南東地区の大半を占めて広く分布する手取層群は, 下部から九頭竜亜層群・石徹白亜層群および赤岩亜層群に分けられる。 このほかに, 伊勢川流域で小区域に露出するハアミ谷夾炭層は手取層群に属すると考えられる。 本図幅地域北部の打波川流域に分布する未区分の手取層群を打波川累層とよぶ。 第 3 表に手取層群の層序表を, 第 4 表には手取層群から産出した植物化石を掲げた。
本亜層群は, 手取層群の下部の海成層に対して与えられた名称である。
谷戸口から下若生子北方に露出する飛驒片麻岩類を取り囲むように分布し, 概して次第に外側に上位の部分を現わしている。
本亜層群は下部から荒島谷累層および下穴馬累層に区分される。
荒島谷累層 : 本累層は下部から下山礫岩層および下若生子互層に分けられる。
下山礫岩層 : 本層は礫岩を主とし, 砂岩および頁岩を挾有する。
礫岩は 片麻岩類・ 花崗岩・ 閃緑岩・ 結晶質石灰岩(片麻岩類中のもの)・ 砂岩・ 粘板岩・ 珪質岩および石英斑岩等の, 円礫~亜角礫を含み, 花崗岩質砂によって充塡された堅硬な岩石である。 礫の大きさは人頭大~拳大を普通とし, 大きいものは時に径 30 cm に達し, 小さいものはクルミ大である。 荒島谷奥の礫岩には礫と基質との境界が, 肉限で見ると漸移的で不明瞭のことがある。
砂岩は白色~淡灰色を呈し, 中粒のものから含礫砂岩まで含まれ, アーコーズである。 下部の砂岩には基盤の片麻岩類が風化によって分解され, その近くで堆積したものが含まれ, 砂は角粒である。
頁岩は灰黒色~黒色を呈し, 炭質物に富み炭質頁岩に移化することがある。 粘板岩質の部分も見られ, 殊に 谷戸口ないし下若生子の 飛驒片麻岩類の南側の逆断層に接近したところでは, しばしば千枚岩質となっている。 厚さは一般に数 m 以下のもので, 特に 1 m 以下の薄層が多く, 局部的には 10 数 cm のものが数 m 以下の礫岩と互層している。
本層の走向は片麻岩類の周囲を取り巻いて変化する。 一般の傾斜は片麻岩類の南北両側でいずれも北傾斜であるが, 局部的に南傾斜のこともある。 北側の傾斜は 60°以上の急なものが多く, 南傾斜のものは地層が転倒したものである。 南側のものは南傾斜が正常な傾斜で, 北傾斜は 地層の転倒によって生じたものであるが, その甚だしい部分では傾斜が 25~30°である。
下山附近の本層を観察すると, 片麻岩類に接近した部分では現地堆積物 [ 以下の [注] 参照 ] と考えられる角粒で, 粗粒の含礫砂岩にとみ, 片麻岩類からやゝ離れると, 人頭大の礫からなる礫岩がきわめて優勢で, さらに片麻岩類から遠ざかるに従って, 礫岩の礫は次第に大きさを減少して終に拳大となり, またところによってはクルミ大となる。 そして 北に進むにつれて(すなわち上部になるにつれて) 砂岩や頁岩をやゝ頻繁に挾有する。
本層の厚さは下山附近で最も厚く 300 m 内外であるが, 板倉北方山地では 厚さが数 m 以下(一部では露頭が認められぬことがある)のことがある。
本層の分布, 厚さの変化, 岩質の変化等を考慮してみると, 本層は飛驒片麻岩類を不整合に被覆して堆積したものであるが, 後の地殼変動によって 片麻岩類の南側では本層との間に逆断層を生じ, 北側では不整合面に沿って辷りを生じたものであろうと考えられる。
下若生子互層 : 本層は 飛驒片麻岩類を中心として下山礫岩層の外側を取り巻いて分布するほかに, 褶曲によってこれらの東方の鷲において, 小区域に現われる。
本層の走向は分布状態に従って僅かずつ変化し, 飛驒片麻岩類の北側では E - W~NW - SE をとり, 東側ではほゞ南北となり, 南側ではほゞ東西をとるのが常である。 片麻岩類の北側から東側にかけては 傾斜は外側に向かって急斜(一部では逆転して内側に急斜)し, 南側では一般に逆転して北側に緩く傾くが, 時には大納川下流等で見られるように, 南側に向かって正常な傾斜を示すこともある。
本層は下山礫岩層に整合する。 本層の厚さは板倉附近では約 300 m であるが, 下山附近では約 400 m である。
本層は砂岩と頁岩との互層からなり, 礫岩を挾有する。
砂岩は本層中で最も優勢である。 一般に白色~淡灰色, 時には淡褐色あるいは淡青灰色を呈し, 花崗質で中粒~粗粒のものが多い。 厚さは一般に数 m 以下である。
頁岩は砂岩に次いで優勢である。 主として暗灰色~灰黒色を呈し, 時には砂質のことや黒色で炭質のことがある。 厚さは一般に数 m 以下であるが, 荒島谷の入口附近の本層の上部には, 厚さ10 数 m の比較的顕著な頁岩がある。
礫岩は下山礫岩層の上部のものと同様である。
本層は前田四郎によって石徹白川流域で大井谷層 82) とよばれ, 小林によって真名川流域で下若生子砂岩頁岩層 102) とよばれた。
頁岩中から植物化石 [ 第 4 表参照 ] を産出するほか, 前田によって朝日附近から細粒砂岩中に箭石を産することが報告されている。 筆者は朝日附近から箭石を採取した。
下穴馬累層 : 本累層は下部から 上若生子 礫岩層・貝皿頁岩層および山原坂互層に分けられる。
荒島谷累層の示す一輪廻は下若生子互層で終り, 顕著な礫質部で始まる新しい輪廻にはいって本累層が堆積した。 荒島谷累層と本累層との関係は整合的である。 しかし, 上若生子から上大納北方山地にわたって, 本累層の最下部, すなわち上若生子礫岩層の最下部に著しい巨礫岩が存在するので, 局部的には整合関係に疑問がある。 本調査においては, 地質構造が複雑なこと, 分布が山岳地帯であること, のために, 相互の関係を確認することができなかった。
上若生子礫岩層 [ 以下の [注] 参照 ] : 本層は片麻岩類の北側では下若生子互層と同様に北に傾斜する。 南側では褶曲によって傾斜が一様でない。 すなわち谷戸口の南方では走向は一般に東西で, 向斜および背斜によって北または南に傾く。 真名川流域では 転倒した向斜・背斜およびこれらに伴なう小褶曲によって甚だしく擾乱され, 走向および傾斜は僅か数 m の間隔でも甚だしく変化している。 このために, 真名川流域では, 正確なる地層の厚さは算出し難い。 比較的に安定した地域として朝日附近についてみると, 本層の厚さは 230 ~ 250 m である。
本層を構成する岩石は場所によって甚だしく相違し, 大納川下流附近, その北方および東方では 砂岩を主とし, 礫岩および頁岩を伴ない, 上大納北方山地から以西では礫岩を主として砂岩および頁岩を伴なう。
礫岩には, 閃緑岩・花崗岩の礫が最も多く, これに次いで半花崗岩・片麻岩類・玢岩・粘板岩・千枚岩・輝緑凝灰岩・珪岩, まれに結晶質石灰岩等の礫が含まれ, これらは花崗岩質砂で堅く充塡されている。 礫は一般に円礫ないし亜角礫である。 礫の大きさは地域的に相違し, 上大納北方山地から上若生子西部に至る間では夏蜜柑大~鶏卵大を普通とし, 人頭大のものも相当みられ, 時には径 50 cm(坂谷支谷)に達するものもある。 その他の地域では鶏卵大~クルミ大が普通で, 人頭大に達するものは認められない。 本層の上部では下部のものに比較して, 礫の大きさを減少するのが常である。 下山礫岩層中のものと同様に, 礫と基質との境界が不明瞭である礫岩が少なくない(上若生子附近)。 礫岩の厚さの単位は, 一般に数 m 以下である。
砂岩は一般に淡灰色~淡青灰色を呈し, 中粒から含礫砂岩まで変化し, 細粒のものは少ない。 しばしば白色~淡色のアルコーズ質のものを含む。 含礫砂岩は礫岩から漸移し, また粗粒砂岩に移化する。 谷戸口南方から以西では, 含礫砂岩~粗粒砂岩が礫岩と頁岩の互層中に挾有され, 谷戸口南方から朝日を経て下山北西方に至る間では, 中粒砂岩~含礫砂岩が頁岩と互層してこれに礫岩を挾む。 砂岩の厚さの単位も, 一般に数 m 以下である。
頁岩は一般に灰色~暗灰色を呈し, 緻密な岩石であり, 一部に砂質のものを含む。 下若生子互層のものに較べて黒色のものが少なく, 炭質物の混入は減少する。 厚さの単位は 1~2 m のものが多い。
本層には砂岩中に箭石の痕跡をとどめているほか, 頁岩中からは植物化石を産出する。
南西部の本層は, 鉱化作用(緑簾石化作用および緑泥石化作用等)によって変質され, 暗緑色~黒色(一部黄緑色)となることがある。 特に 仙翁谷 のものは甚だしく変質され, 原岩の判別が困難であることが多い。
本層は, 前田 82) の栃餅山層および小林 102) の上若生子礫岩層に当る。 たゞし, 小林は本層を真名川流域の手取層群 [ 以下の [注] 参照 ] の最下部と考えた。
貝皿頁岩層 : 本層は上若生子礫岩層に整合する。 上若生子礫岩層の外側を取り巻いて分布するほかに, 大谷・箱瀬の北方において古生界の北側に断続して分布し, あるいは大谷附近では古生界の地窓から僅かに現われる。 地層の傾斜は, 片麻岩類の北側では上若生子礫岩層とほゞ同様であるが, 片麻岩類の東側では小褶曲によって擾乱され, 南側では多くの小褶曲によって擾乱され, 南に傾きあるいは北に傾く(一部には転倒したものもある)。
本層は南側において, 大納衝上によって, 藤倉谷層・野尻累層などの古生界および白堊系の本戸累層と接する。 ことに藤倉谷層の石灰岩が推し被せ構造によって, 直接本層の上位にのっていることが多い。 第 3 図 [ 「II.4.3 藤倉谷層」に示した図 ] は, 黒当戸黒谷奥で, 本層の上位にクリッペとしてのっている石灰岩の見取図である。
本層の厚さは, 貝皿附近では約 200 m, 長野や下大納附近では 300 m に達する。
本層は頁岩を主として砂岩を挾有する。
頁岩は暗灰色~黒色を呈し, 一般に雲母の細片を多く含み, 緻密である。 しかし, 時にはノヂュールを含み, 泥灰質のことや砂質のこともある。 また, 一部では粘板岩化し, あるいは大納衝上の影響によって千枚岩質になり(藤倉谷奥), ホルンフェルス化したもの(仙翁谷附近), 珪質化したもの(藤倉谷)などがある。
砂岩は青灰色~淡灰色を呈し, 細粒~中粒である。 厚さが 1~2 m の砂岩が, これとほゞ同じ厚さの頁岩と互層し, あるいは厚さ数 m の細互層(数 cm~10 数 cm ごとの)となって互層帯をなしている。 砂岩は厚さ数 10 cm の互層帯として, 中部ないし上部に挾有される。 この互層帯は, 上大納から以西ではきわめて劣勢であるが, 下山の北北西ではやゝ著しい。
本層は 横山又次郎 6) の貝皿層, 大石三郎 23), 24) および小林貞一 17), 22) の Perisphinctes 層または菊石層, 大築洋之助・清野信雄 13) の菊石層, 井尻正二 29) の長野(頁岩)層, 前田四郎 59), 73), 81) の貝皿層および小林学 99) の黒当戸頁岩層に当る。
第 5 表に本層産の従来知られていた介化石を示した。
| 産地 | 化石名 |
| 貝皿 | Kepplerites (Seymourites) japonica KOBAYASHI |
| "Oppelia" echizenica YOKOYAMA, Karanosphintes matsushimai (YOKOYAMA) | |
| "Perisphinctes" kaizaranus YOK., "P." hikii YOK., "P." (Atacxioceras) sp., Katroliceras yokoyamai KOBAYASHI and FUKUDA, Estheria | |
| Kepplerites (Seymourites) acuticostum KOB. | |
| 下山 | Kepplerites (Seymourites) kuzuryuensis KOB., "Perisphinctes" kochibei YOK., "P." hikii YOK. |
| Inoceramus | |
| 長野 | Karanosphinctes matsushimai (KOK.) |
| 大原 | Calliphyloceras sp. |
| 黒当戸 | Ammonite gen et. sp. indet., Inoceramus sp. |
| 中島南方 | Perisphiinctid, Belemnite. |
| その他 | Posidonomya, Estheria 等 |
前田は このほかに下山から貝皿附近にわたる地域から次の化石を採取 82) した。
第 6 表は筆者の採取した動物化石を示すものである。
本層からは植物化石を産することもある。
山原坂 互層 : 本層は貝皿頁岩層の上位に整合する。 下山の北北西では漸移的な関係が見られる。 図幅地域東半部において, 九頭竜川流域に分布するほかに, 伊勢川上流にごく小範囲に露出する。 また北部の打波川流域では手取層群の細分ができなかったが, この地域の一部にも本層の分布する可能性がある。 しかし, 図幅地域南西部では本層は欠けていて, 貝皿頁岩層の上に石徹白亜層群が直接載っている。
山原坂互層の厚さは 90~150 m で, 他の地層に比較して厚さの変化に富む。 前田 73), 82) によれば, 場所によっては 43 m のところがあるといわれる。
主要地区では, 1) 下山北方から貝皿を経て箱瀬北方に連なる部分では, 地層の走向は一般に N 35~70°W で, 北に緩くあるいは急に傾斜し, 時に小褶曲によって擾乱されている。 2) 長野から鷲鞍ヶ岳北方山腹に分布するものは, 走向がほゞ東西で南に 40~60°で傾斜する。 南東地区で, 3) 箱瀬南方にも小区域に露出し, 1) に属するものが背斜の北翼であるのに対して, これは背斜の南翼に属し, 緩急の小褶曲を繰返しながら南に傾く。 そうして, 4) きわめて僅かであるが図幅地域南東端に近い久沢川(日ノ谷入口附近)に現われる。 こゝでは緩く北に傾斜する。 本層を全体として通観すると, 1) と 2) との間は背斜であり, 3) は 2) の東方延長部で, 背斜軸は帯状地区の古生界の衝上によって, その下に潜在すると思われる。 2) または 3) と 4) との間はおそらく向斜構造によって繰返されるもので, その向斜軸も, 帯状地区の野尻累層の向斜軸とほゞ一致していて, 古生界の衝上のためにその下に潜在するのであろう。
本層は砂岩と頁岩との互層からなる。 比較的によく岩相が変化する。 砂岩は一般に灰色~暗灰色であって, 細粒~粗粒砂岩であり, しばしば含礫砂岩を挟有し, またアーコーズ質のこともある。 貝皿頁岩層と漸移する部分では, 砂岩と頁岩との互層帯からなり, この部分では砂岩は貝皿頁岩層のものと同様に, 細粒~中粒である。 しかし, 貝皿頁岩層の互層帯に比較して, 砂岩がやゝ優勢となる。 粗粒砂岩から移化し, 中粒~粗粒砂岩中に挾有される含礫砂岩は, 一般に径数 mm~1 cm 程度の稜角のある頁岩の小片を含むことがある。
前田 82) は本層から Karanosphinctes matsushimai(YOKOYAMA)の近似種, Calliphylloceras, Perisphinctids および箭石等を報告した。
九頭竜亜層群が海成層であるのに対して, 石徹白亜層群は半鹹半淡ないし陸成層であり, その特徴的な化石は半鹹半淡棲の二枚介である。 また産出層準は明らかでないが, 本亜層群の含礫砂岩の転石中には諸所に 化石樹幹[Xenoxylon Latiporsum (CRAMER)] が認められる。
本亜層群は著しい基底礫岩をもって九頭竜亜層群を不整合に被覆する。 この不整合は 上田および松尾 58) によって報告され, また 前田 59), 62), 73), 82) [ 以下の [注] 参照 ] によって確認されるとともに, 基底礫岩中の礫には九頭竜亜層群の砂岩や頁岩を礫として含み, その頁岩中に Inoceramus を産出したという。
本亜層群は図幅地域の南東地区では左門岳累層の上位を占めて分布するが, 両者の間は低角度断層が存在する可能性がある。 また南西部では九頭竜亜層群の山原坂互層を欠除して, 直接に貝皿頁岩層を被覆する。 こゝでは貝皿頁岩層と石徹白亜層群との間には, 諸所に断層(両者の間に辷りを生じたもの)がある。
本亜層群は下部から 道済山 礫岩層・ 角野前坂 互層および伊月頁岩層に区分される。
道済山礫岩層 [ 以下の [注] 参照 ] : 本層の分布は大別して, 主要地区では, 1) 打波川の支流桂島川の流域, 2) 湯上・下山の北方から山原等を経て箱瀬北方, 3) 藤倉谷上流から西方へ道済山附近を経て中島の北西方, 南東地区の, 4) 箱瀬附近から西へ下伊勢の東方に連なる4地区に分かれる。
1) のうち桂島川の北側に分布する本層は, 走向 NE - SW で, SE に緩く傾斜し, 桂島川の南側のものは走向がほゞ E - W(N 70°E~N 70°W)で, 傾斜は 30~60°S である。 2) のうち湯上ないし下山東方のものは 一般に走向 N 25°W で, 30~40°E で傾斜する。 それ以東のものは, 一般に走向が N 60~80°W で, 北に急傾斜し時に転倒して南に急斜する。 3) の道済山を中心とした本層は, 甚だしく擾乱されているが, ほゞ E - W 性の褶曲を繰返し, 一般に傾斜は南に向かっては緩く, かつ北に向かっては急斜する。 4) に分布する本層は局部的には走向および傾斜が種々に変化し, 時に直立することもあるが, これは E - W 性の褶曲で地層が繰返されていて, 全体としては緩く北に傾いている。
本層は厚さ 370~400 m である。 おもに礫岩で構成され, ことに最下部に顕著な礫岩を有することによってよく追跡することができる。 中部に砂岩および頁岩を頻繁に挾有する部分があり, 下山東方から 天頭 谷まで, 黒当戸黒谷附近では明らかに下部・中部および上部に区分できるが, しかしその他の地域では露頭が不充分であり, 黒当戸附近の擾乱地帯では, それらの境界を明示することが因難であるために, 本図幅地域では細分せず単に礫岩層として一括して示した。
本層は小林 102) の中島礫岩層に当る。
下部 : 道済山礫岩層の下部は顕著なる巨礫岩からなる。 石徹白川の流域において, 前田 59), 73), 82) により山原巨礫岩とよばれたものである。 湯上附近から箱瀬北方に至る部分および 藤倉谷南方から中島北西方にわたるものが特に顕著である。
巨礫岩は 片麻岩類・ 結晶質石灰岩・ 花崗岩・ 閃緑岩・ 石英斑岩・ 砂岩・ 千枚岩・ 粘板岩・ 黒色頁岩・ 珪質頁岩および珪岩, まれに礫岩や石灰岩等の礫を含む。 礫は一般に亜角礫ないし円礫, 時には角礫であり, 礫岩はこれを花崗質の砂で充塡し硬く固結したものである。 礫の大きさは径数 10 cm ないし拳大のものを普通とし, 時には径 2~3 m の花崗岩質岩石の角礫を含むこと(中島の西部等)がある。 湯上の南方の大野市と下穴馬村との境界附近の礫岩はよく固結して, 花崗岩質ないし閃緑岩質の礫と基質との境が不明瞭で, 漸移するようにみえて, 一見すると火成岩と見間違うような岩相を呈する。 図版 4 はこの露頭部で, 石灰岩の礫の存在によって礫岩であることが確認された岩石である。
下部の厚さは山原附近および天頭谷の奥では約 50 m であるが, 黒当戸附近では擾乱が甚だしくて正確な値は求められない。
礫岩中には薄い砂岩および頁岩を挾有することがある。 砂岩は灰白色~灰色を呈し, 中粒~粗粒で, しばしば含礫砂岩に移化し, 一般に花崗質砂の固結したものである。 頁岩は暗灰色~黒色で, 一般に砂質で炭質物を多く含む。
中部 : 下部の巨礫を含粒礫岩層に整合して, その上位に礫岩ないし粗粒砂岩と頁岩との互層帯がのっている。 場所によっては, 下部と中部との間には辷りによった断層が生じている。 図版 5 および第 5 図に, 黒当戸南部の笹生川畔の下部と中部との間の, 辷りによって生じた断層を示した。
互層中の礫岩の礫は, 大きさが拳大~クルミ大が普通で, 時に夏蜜柑大のことがある。 下部の礫岩に較べて, 石灰岩礫を認めないこと, 礫の大きさが上部になるにつれて漸次に減少すること, ならびに含礫砂岩から粗粒砂岩に移化する点が異なる。
砂岩は白色~灰白色を呈し, 粗粒砂岩ないし含礫砂岩で, 一般に花崗質である。 礫岩および砂岩の厚さの単位はいずれも一般に数 m である。 頁岩は灰色~黒色を呈し, 時に炭質頁岩や砂質頁岩のこともある。 頁岩の厚さの単位は一般に 2 m 以下である。
石徹白川流域では, この中部に対して前田 59), 73), 82) は 葦谷 層の名を与えた。 この附近の厚さは 170~180 m, 長野の天頭谷附近においても 100 数 10 m である。 黒当戸附近では, 数 m~10 数 m の礫岩ないし含礫砂岩と, 2~5 m の黒色頁岩ないし頁岩の優勢な細粒砂岩の細互層帯とが, 数層の互層帯をなしている。 黒当戸附近では地層が甚だしく擾乱しているので, 正確な値は求め難いが, 大体において道済山礫岩層中部の厚さは 100 m 末満と思われる。
頁岩中には保存不良の植物化石を埋蔵し, 天頭谷からは Podozamites sp. および Cladophlebis sp. 等を採取した。 また久沢川畔からは, Podozamites cfr. Griesbachi SEWARD および Cladophlebis sp. を産出する。 小林貞一 31) および小林貞一・鈴木好一 33) の長野北方(天頭谷)の Corbicula (Mesocorbicula) amagasiraensis KOBAYASHI & SUZUKI は, 道済山礫岩層中部産のものと思われる。 筆者は, 天頭谷およびスイ谷上流において, Corbicula (Mesocorbicula) tetoriensis KOB. & SUZ. を転石から採取した。 黒当戸黒谷からは Corbicula (Mesocorbicula) tetoriensis K. & S., Ostrea sp. および小型二枚介等が得られた。 また小林学 102) によれば黒当戸附近から Trigonioides sp. が報告された。
第 7 表は本層および伊月頁岩層から産出した介化石表である。
上部 : 道済山礫岩層の上部にはふたゝび礫岩が優勢となる。
礫岩中に石灰岩の礫を認めないこと, 礫の大きさが一般に夏蜜柑大~拳大であること, ならびに円礫を主とすること, 等が下部のものと相違する。 中部に較べて砂岩および頁岩は劣勢である。
この上部の厚さは, 石徹白川流域では 100~130 m である。
本層は前田 59), 73), 82) の大淵層の主部に当る。
角野前坂互層 : 本層は道済山礫岩層に整合する。 両層間の関係は漸移的である。 厚さは 80~100 m である。
桂島川の北側に分布する本層は, その走向が北部では N 60°W で, 45°N に傾き, 南部では走向はほゞ E - W(N 70°E~N 70°W)で, 40°S に傾斜する。 桂島川の南側では走向がほゞ E - W(N 70°E~N 70°W)で, 南に 30~60°の傾斜を示す。 湯上から下山東方までの走向は N 5°W~N 40°W で, 25~60°で東に傾き, 下山東方から箱瀬の北方に連なるものの走向は一般に N 60~80°W で北に急斜し, 一部では転倒して南に急斜する。 石徹白川流域の 三面 ・角野前坂・朝日前坂およびチナボラ上流等のものは 褶曲によって繰返されて現われるもので, 走向は一般に南北に近く東または西に傾斜する。
本層は砂岩および頁岩の互層を主とし, 礫岩を挾有する。 道済山礫岩層に較べて砂岩および頁岩が優勢となる。 しかし局部的にはなお礫岩が多く, 石徹白川流域の後野南西方等では 道済山礫岩層の上部との間に明瞭に境をみいだすことが困難である。
砂岩は中粒~粗粒砂岩を主とし, 含礫砂岩や細粒砂岩を含むこともある。 白色~灰白色を呈し, 花崗質である。 一般に下部に向かって粒度を増大する傾向がある。 頁岩は一般に灰色を呈し, 時に黒色~炭質頁岩のことがある。 礫岩は道済山礫岩層の上部のものと大差がない。
本層からは多数の植物化石を産出する(第 4 表参照)。
伊月 頁岩層 : 本層は角野前坂互層に整合する。 角野前坂互層に伴なって露出することが多い。 走向および傾斜は角野前坂互層のものと大差がない。
本層は頁岩が優勢な地層であるが, 常に砂岩と互層し, 礫岩および炭質頁岩を挾有する。
頁岩は灰黒色~灰色を呈するのが常である。 砂岩は淡灰色~淡青灰色を呈し, 細粒~中粒のものが多く, 粗粒のものは少ない。 面谷流紋岩類に接近した部分では珪質化したものがある。 礫岩は角野前坂互層のものと同様である。 頁岩・砂岩および礫岩はいずれも数 m 以下の厚さが普通である。
本層からは植物化石(第 4 表参照)のほかに非海棲介化石も産出(第 7 表参照)する。 この介化石は小林および鈴木 33) によって研究されたものである。 この介化石産地は伊月 [ 以下の [注1] 参照 ] ・チナボラ奥および 葛原 東方の山地のほかに, 前田 73) によれば伊月の北西の谷からも産出する。 このうち葛原東方の山地からは, Nakamuranaia ? sp. [ 以下の [注2] 参照 ] が得られた。
これは前述の小林学 102) が黒当戸から Trigonioides を報じたこととともに, この種の化石は従来赤岩亜層群のみから産すると考えられていたことに対し, 注目すべき事実である。 なお打波川川床(鍋ヶ平より上流)および桂島川には 介化石を多数に含む黒色頁岩または 淡黄色(珪化作用および緑簾石化作用をうけている)の中粒砂岩の転石が 諸所で認められる。 山岳地帯に分布する本層から由来したものであろう。 角野前坂の道路傍は植物化石の産地として有名であるが, こゝからもまれに二枚介を産するといわれている。
本層の厚さは 80~100 m である。
本地域において, 赤岩亜層群に属する地層は後野礫岩層である。
後野礫岩層 : 本層は伊月頁岩層に整合(?)する。 赤岩亜層群の基底礫岩である。
本層は図幅地域中央東部に分布し, そのうち後野の北西方では半盆地状構造を, 後野の南東方では NW - SE の軸の向斜構造を形成している。 また北の桂島川の北岸にも露出している。
本層は礫岩を主として砂岩および頁岩を挾有する。
礫岩は一般に拳大~クルミ大, まれに夏蜜柑大の円礫ないし亜角礫を, 花崗質の砂で充塡したものである。 礫種は砂岩・珪岩・頁岩・花崗岩・片麻岩類・千枚岩・石英斑岩等である。 砂岩は淡灰色~白色を呈する花崗質のもので, 一般に中粒ないし含礫の砂岩である。 礫岩および砂岩中にはしばしば 化石樹幹[ Xenoxylon latiporosum (CRAMER) ] を含む 98) 。 頁岩は灰色~暗灰色で, しばしば砂質のところがある。
本層の頁岩中には植物化石の破片を含むことがあるが, 保存は良好でない。
本層の厚さは 350 m 以上に達する。
手取層群のうちで, 帯状地区中に現われる唯一の地層である。 下伊勢のハアミ谷の奥に南北両限が断層で伊勢変成岩類と接し, 小区域に露出する。 両限が断層であるために厚さは不明であるが, 露出する部分は約 30 m に過ぎない。 走向は N 40~60°W で 30~65°で北または東に傾く。
本層は頁岩を主として砂岩および炭層を挾む。
頁岩は灰色~灰黒色を主とし, 下部では砂質であるが 上部になるに従って灰黒色の頁岩および炭質頁岩が優勢となる。 炭質頁岩中には cfr. Podozamites lanceolatus LIND & HUTT. および保存不良の植物化石を含む。 砂岩は灰色を呈する細粒砂岩である。 炭層は炭質頁岩中に挾有され, 粗悪なものである。
本層は中生層に属する以外に, その地質時代を決定する資料はないが, 仮に手取層群に含めた。 岩質が特徴的であり, かつ他の地域の手取層群と対比することができないので, とくにハアミ谷夾炭層と名付けた。
打波川流域には礫岩・砂岩および頁岩からなる手取層群がある。 露出が不良であるために地層の区分が不充分であるから打波川累層として一括した。 九頭竜亜層群 [ 以下の [注] 参照 ] の一部から, 石徹白亜層群の下部にわたる地層と思われる。
下部層 : 鍋ヶ平の南方および北方に分布する飛驒片麻岩類および上打波累層を基盤として, これらを不整合に被覆する。
礫岩ないし含礫砂岩を主として頁岩を挾有する。 礫岩は一般に花崗岩類の礫が多く, 礫の大きさが拳大以下のことが普通であり, 石徹白亜層群および九頭竜亜層群の礫岩との差異は認め難い。 砂岩は一般に白色~淡青灰色を呈し, 花崗質で, 中粒ないし含礫砂岩であり, 細粒のものは少ない。 頁岩は灰色~黒色であるが, 時に薄い炭質頁岩を挾むことがある。
この下部層は 鍋ヶ平北方と桃ヶ平とを結ぶほゞ E - W の背斜構造(西に向かって沈む)がある。 鍋ヶ平を通る E - W 性の断層および その南方の閃緑岩の貫入によって擾乱されている。 背斜軸部と断層の南側とに基盤が露出している。 下部層は背斜軸の南北両側で北または南に 30~40°で傾斜するが, 断層に接近すれば急斜する。 断層の南側では緩く 30~40°で南に傾く。
上部層 : 本累層の上部は下打波附近に分布し, 砂岩および頁岩の互層からなり, 礫岩および凝灰岩を挾有する。
砂岩は下部層のものと同様である。 頁岩も下部層のものと同様であるが, 比較的に優勢となる。 礫岩はしばしば含礫砂岩から細粒砂岩に移化し, 礫の大きさが一般にクルミ大であるほか, 下部層のものと同様である。 凝灰岩は厚さが 20 cm 以下で淡灰色を呈する。
この上部層は岩質が角野前坂互層によく似ている。
下打波では一般に走向が N 75°W で, 30~40°S に傾く。
手取層群の地質時代を明示する化石は, 貝皿頁岩層および山原坂互層から産出する菊石類である。 これらの菊石類はいずれも保存が良好とはいい難く, 外国の指準化石との対比が厳密に行われているか否か不明である。 従来鑑定されたものをそのまゝ機械的に外国の化石帯と比較すると, カロビアン・オックスフォードイアン階, キンメリッヂアン階などのものが含まれている。 しかも南方型と北方型のものが混在していることになる。 貝皿頁岩層および山原坂互層は カロビアンないしキンメリッヂアン階の一部に当ることは疑いないとしても, 果してそれらの全部あるいは大部分であるか否かは, なお検討の余地があろう。 その理由の1つは手取層群が造山期の堆積物であるにもかゝわらず, 貝皿頁岩層および山原坂互層が, 上述の3つの階に達する堆積物とすれば, その期間が余りに静穏であり, かえって異常的である。
こゝでは手取植物群および菊石化石によって, 九頭竜亜層群の地質時代をジュラ紀の中~後期と考えた。
石徹白亜層群は, その植物化石によって上部ジュラ系とされていた。
最近において, 石徹白亜層群の上位の赤岩亜層群の中部から, 下部白亜系に産する Trigonioides や Nippononaia 等が発見 [ 以下の [注1] 参照 ] され, さらにその上部にはいわゆる大道谷植物群 [ 以下の [注2] 参照 ] もみいだされた。 大道谷植物群は上部白亜系のギリヤーク階のものとされた。 本地域の石徹白亜層群は, 九頭竜亜層群と不整合関係で, 赤岩亜層群とは整合(?)であり, かつ赤岩亜層群産の Trigonioides あるいは Nakamuranaia ? を産すること, ならびに石徹白亜層群中には 諸所に Xenoxylon Latiporosum (CRAMER) 等を転石として認めることから考えて, 石徹白亜層群は九頭竜亜層群よりもむしろ赤岩亜層群に近縁的であると考えられる。
こゝでは石徹白亜層群は, 上部ジュラ系ないし下部白亜系に属すると考えた。
白堊系に属するものは, 平家岳累層・面谷流紋岩類および本戸累層である。
本累層は左門岳累層を不整合に被覆する。
本累層の標式地は本図幅地域外, 南方の平家岳の北西山腹 漆谷 である。
本累層は下部から日ノ谷円礫岩層・漆谷夾炭層および猿塚礫岩層に区分される。 ただし本図幅地域ではこれらを分けていない。
本層は 面谷流紋岩類の分布地域内に きわめて小区域に分かれて捕獲岩状に現われるものである。
本層を構成する岩石は火山円礫岩ないし凝灰角礫岩である。 火山円礫岩は石英斑岩・安山岩質岩石・珪質岩類等の円礫ないし角礫からなり, これらを流紋岩質ないし安山岩質物質で充塡したものである。 礫の大きさは, 下部では最大のものは径 70 cm に達し, 上部になるに従って小豆大となる。 図版 6 は日ノ谷奥に見られる火山円礫岩である。
こゝでは 淡青灰色の安山岩質岩石および青白色~赤褐色の石英斑岩の礫が相半ばして存在し, これらを淡青灰色の安山岩質物質で充塡している。 面谷川上流では人頭大ないし夏蜜柑大の, 青白色まれに赤褐色の石英斑岩の, 亜角礫ないし円礫を流紋岩質物質で充塡した集塊岩質のものが認められる。 日ノ谷では 20~30 m の厚さであるが, 図幅地域南方の漆谷(図幅地域外)における本層は, 厚さが約 8.5 m で, 数 cm~30 cm の白色流紋岩質凝灰岩と, 黒色(多量の炭質物 ? を含む)流紋岩質凝灰岩との互層からなっている。
本層は本地域内では面谷流紋岩類中に僅かに分布するに過ぎない。
本層は主として砂岩と頁岩との互層からなり, 礫岩・凝灰岩・炭層および炭質頁岩を挾有する。
第 6 図はチナボラ支流アサヒ谷上流における一部の地質柱状図である。
砂岩は灰色~黄灰色を呈し, 細粒~粗粒である。 一般に流紋岩質物質を多量に含む。
頁岩は暗灰色~黄灰色を呈し, 時には黒色または砂質のものがある。 流紋岩類中に捕獲された岩体中の頁岩は, 白色~帯黄灰白色を呈し, 珪質~凝灰質で, ごく微粒の流紋岩との区別が困難なこともある。 炭質頁岩は黒色頁岩に移化する。 炭質頁岩中には植物化石を埋蔵するが, 保存は一般に不良である。 しかし, 漆谷(図幅地域外)の北陸炭鉱坑内の炭質頁岩から Sequoia sp. および Podozamites cfr. Griesbachi SEWARD を産出した。
礫岩は 比較的によく円磨された珪岩・石英斑岩および砂岩等の小礫(径数 cm)を含む。 凝灰岩は白色~灰白色を呈し, 酸性である。 炭層は場所によって品位の変化が著しく, 最良のものは 5,000 Cal 内外であるが, 炭質頁岩に移化することもある。 一般に粉炭で, 流紋岩類の影響によって無烟炭化している。
本層の厚さは漆谷では 10~20 m で, 桂島川上流の面谷流紋岩類に捕獲されたものでは約 50 m である, この桂島川上流の捕獲岩の南北両限では, 厚さ 1~2 m の炭層の上下両盤が面谷流紋岩と接することがある。 このほか 厚さ数 cm の炭質頁岩や 数 10 cm の砂岩のみが捕獲されていること(三面谷)等がある。 これらの捕獲された本層は断続しながらも, 全体としては比較的よく連続性を示している。
図版 7 および第 7 図に, 面谷流紋岩類中に捕獲された本層のいろいろの状態を示した。
本層は主として礫岩と流紋岩との互層からなり, 砂岩ないし頁岩の薄層を挾有する。
礫岩は珪岩・流紋岩および砂岩等の亜角礫ないし角礫を含み, 流紋岩質物質で充塡されたものである。 礫の大きさは下部では一般に拳大~クルミ大で, 時に径 30 cm に達することがある。 上部になるに従って礫の大きさを減じて一般にクルミ大となる。 場所によっては凝灰角礫質または集塊岩質となることもある。
流紋岩は下部ではやゝ石英斑岩質であるが, 上部になるに従って流状構造を帯びて角礫質となる傾向がある。 面谷流紋岩類中のものと本質的の区別はない。
砂岩および頁岩は漆谷夾炭層のものに較べて, 流紋岩質物質が豊富となる。
本層の上位には面谷流紋岩類が整合している。 この事実と本層に流紋岩類が含まれ, かつ堆積物中にも流紋岩質物質が多量に含まれることは, 本層が面谷流紋岩類の溢流初期の堆積物であることを示すものである。 本層の厚さは漆谷(図幅地域外)において約 80 m である。
本累層から産する植物化石は, 赤岩亜層群の大道谷植物群 78) または 足羽 植物群 87) に当り, 上部白堊系に属する。
面谷流紋岩類は本図幅地域の北東部および南東部に広く分布する。 手取層群を不整合に被覆し, 平家岳累層に対しては整合関係, またはこれに貫入して捕獲することもある(図版 7 および第 7 図参照)。 三面および朝日谷北方山地で, 面谷流紋岩類に捕獲された砂岩から放散虫 ? [ 以下の [注] 参照 ] が発見された。 こゝでは面谷流紋岩類中に認められる水成岩や集塊岩等を, 平家岳累層の捕獲岩として取扱ったが, 面谷流紋岩類が溢流した時期に生成したものも含まれている。 平家岳累層自体が面谷流紋岩類の溢流に伴なって堆積した地層である。
本流紋岩類の流状構造は, 多くの場合に褶曲構造を形成して, 捕獲した平家岳累層の近傍では捕獲岩体の走向および傾斜と調和的である。 そして褶曲に伴なって 漆谷夾炭層の捕獲岩体がくり返して現われることがある(俵谷等に見られる)。
流紋岩類中には種々の岩質のものが含まれ, 大別して 角礫質流紋岩・ 石英斑岩質流紋岩・ 細粒~微粒の流紋岩・ 珪長質の流紋岩およびその他の流紋岩に分けられる。
これらの種々の流紋岩類の諸性質および平家岳累層との関係からみると, 本流紋岩類は白堊紀末期の貫入, 噴出および溢流の, 一連した火山活動によって生じた種々の段階の, 流紋岩の複合体であることが明らかである。
本地域に分布する流紋岩類の大部分を占めるものは, 角礫質流紋岩である。
一般に淡灰緑色~淡青灰色の径数 cm 以下の流紋岩の角礫を多量に含み, 白色の凝灰質ないし 流紋岩質物質と石英粒とで充塡された黒雲母石英斑岩に属する岩石で, まれに角閃石を伴なうこともある。 流理構造は顕著である。 桂島川上流地域の一部では径数 mm 以下の粗粒の黒色頁岩の砂を比較的著しく含み, 流理構造が鮮明でなくて粗粒の花崗質砂岩に似たものもある。 まれに黄白色や赤褐色の凝灰角礫質岩石, および炭質頁岩ないし石炭の角礫(径 1 cm 以下)を多量に含む, 黒色凝灰質岩石等を挾有することがある。
これに属する岩石は岩脈として現われる。
日ノ谷その他において手取層群および平家岳累層を貫いて角礫質流紋岩に連なるもの, および広く分布する流紋岩類から離れて単独に岩脈をなすものがある。
おもな岩脈は, 仙翁谷 [ 以下の [注] 参照 ] ・ 本戸の北東山地・ 藤倉谷・ 貝皿の西方山地・ 天頭谷・ 野尻の南方山地および米俵附近等で貫入したものである。 場所によっては多少変質作用をうけ, とくに藤倉谷および仙翁谷に露出する岩体は甚だしく変質し, 肉眼的には原岩が明らかでない部分もある。
面谷流紋岩類に一括した石英斑岩質岩脈のうちには, 第三紀に溢流した西谷流紋岩と密接な関係を有するものを含む可能性もある。
岩石は一般に灰白色~灰緑色の石基中に石英の斑晶が顕著である。 鏡下では完晶質, 斑状組織を示し, 炭酸塩化作用および緑泥石化作用などの変質が著しい。
斑晶は石英・斜長石・方解石を主とする。 その大半を占めるもは自形の石英であり, 普通径 2 mm 内外, 最大 1 cm に達する。 多少とも縁辺部が融蝕されて石基の部分が入り込んでいる。 また中核部に方解石があり, この方解石を細粒石英の集合物が包むことがある。 斜長石の斑晶(1~2 mm)は原形をとどめないほどに変質をうけていることが多く, 方解石・絹雲母・石英などの集合物に代わっている。 以上のほかに, 緑泥石と方解石の集合物で, 有色鉱物の斑晶から変質したと思われるものがある。
石基は斜長石・石英・方解石・チタン石などで構成され, ほゞピロタキシティック組織を示す。 斜長石(曹長石~灰曹長石)は長さ 0.1 mm 以内の針状~短冊状を呈するが, 炭酸塩化作用などの変質をつよくうけている。 特に比較的大型の短冊状斜長石は, 変質の烈しい中核部をほゞ曹長石成分の縁辺部が取り巻いており, 曹長石化作用をうけたものと思われるものがある。 石英は斜長石の間隙を充塡することが多い。
これに属するものは淡灰色~淡黄白色を呈し, 肉眼的には均質で石英粒が認められないで, 僅かに黒雲母の微細な斑点を認め, 比較的に珪長質の岩石である。 主として岩脈状で現われる。 荒島谷・下山の北方等では手取層群中に岩床として貫入し, 三面では角礫質流紋岩に岩脈として貫入した厚さ数 10 cm のものがある。 図幅地域の南東部に分布する面谷流紋岩類のなかにも, 諸所にこの種の岩石が含まれている。
淡灰色~灰白色を呈し, 珪長質できわめて微粒質の岩石である。 頁岩が珪化作用をうけたものか, あるいは凝灰質の岩石か詳らかでない。
平家岳累層と接近した部分にしばしば現われ, 珪質ないし凝灰質頁岩から流紋岩に漸移する部分に多い。
朝日谷(チナボラ支谷)の北方山地の平家岳累層の砂岩中に岩床として貫入し, 白色および黒色を呈するものがある。 第 8 図にこれを示した。 図中 (a) は白色部と黒色部との互層する状態の柱状図で, (b) は黒色部と, 黒色部から白色部に移化する中間, ならびにその境界の見取図である。
日ノ谷には角礫質流紋岩類中に岩脈状に貫入した灰色凝灰質流紋岩がある。 図版 8 および第 9 図にこれを示した。
俵谷奥(入口から約 3.5 km)には円柱状を呈する流紋岩がある。 図版 9 および第 10 図(下図)にその露頭を, 第10 図(上図)に転石 [ 以下の [注] 参照 ] を示した。
俵谷奥(約 3 km)および ガマダ谷(打波川より約 1 km 奥)には 径数 mm~3 cm の球状陶石質岩石の集合体からなるものがある。 これは流紋岩が陶石化作用をうけたために生成したものであろう。
本累層は大谷の南部から西方に, 図幅地域南部を本戸の西方へ帯状に分布する。
本戸累層の北限には断層が推定される。 第 11 図は下大納東南東 黒谷 入口に見られる本累層と, 手取層群の貝皿頁岩層との関係を示す露頭の見取図である。 露頭における観察では不整合, または断層関係とみられる。 しかしながら, 層位学的関係から考えると, 不整合関係を認めることはできない。 その理由は次の通りである。 本戸累層は硯石層群に対比されるものであって(二畳系上部と考える者もある), この硯石層群は手取層群の上部に当る赤岩亜層群の一部と, ほゞ時代を同じくした別個の地質系統であって, 堆積環境が相違している。 貝皿頁岩層の上に連続して, 赤岩亜層群の下部の後野礫岩層までが分布し, かつその上に不整合があって, 平家岳累層が被覆する関係にある本地域で, 本戸累層が貝皿頁岩層を不整合に被覆するならば, その時期は後野礫岩層堆積後, ないし平家岳累層堆積前でなければならない。 本地域の北方の白山周辺部では赤岩亜層群中には不整合はない。 九頭竜亜層群と石徹白亜層群, および石徹白亜層群と赤岩亜層群との間には, 場所によって不整合が認められるも, 時には整合のこともあるから, これらの不整合は顕著なものとは認め難く, 層厚が数 100 m を算する本戸累層が, 前述の不整合の間に挾み込まれるとは考え難い。 したがって第 11 図に見られる関係は断層と推定される。
本累層は局部的には, 小褶曲によって繰返されることもあり, 多くの小断層によって地層が擾乱されているが, 全体としては走向がほゞ東西で南に傾斜し, 一般に南に向かって漸次に上部が現われる。 そしてその南限にも断層が推定される。
本累層を構成するものは 影路 礫岩層および笹生川礫岩層である。 たゞし, 本図幅地域では区別していない。
本層の分布は, 東部では大谷の南部から影路西方に達し, 西部では本戸北方から中島の西方に至る間の, 本累層の北限に沿って分布し, 中央部の黒谷附近では鉱化作用をうけたために, 笹生川礫岩層との区別が不明である。
大谷南部から影路西方に至る間の礫岩は, 輝緑凝灰岩・安山岩質岩石・凝灰質砂岩を主とし, 閃緑岩質岩石・珪岩・黒色千枚岩まれに石英斑岩または石灰岩の 一般に拳大, 時に径数 10 cm の角礫ないし亜角礫を, 暗緑色の砂質物質で充塡したものである。 この色調が暗緑色を帯びているのは鉱化作用をうけているためである。
中島ないし黒当戸南方の礫岩は上記のものとはやゝ異なる。 すなわち礫は淡紅色花崗岩質岩石・安山岩質岩石・砂岩および石灰岩等であり, 礫の大きさは一般に夏蜜柑大~鶏卵大であって. それらの円礫ないし亜角礫が, アズキ色の細粒~粗粒の砂で充塡されたものである。
本層は岩質が此木谷礫岩層によく似ているので, あるいは古生界に属する疑いもあるが, こゝでは中生界のものとした。
本層の厚さは約 150 m である。
黒当戸の南方では本層と笹生川礫岩層との間に断層が推定される。
本層は本戸累層の主体をなす地層であって, 礫岩・砂岩および頁岩からなり, 全体が凝灰質であることに著しい特徴がある。
礫岩は 安山岩質岩石・凝灰質岩石・砂岩および石灰岩等の 拳大~クルミ大の円礫ないし亜角礫を アズキ色(時に灰緑色)の凝灰質物質で充塡したものである。 時には凝灰角礫質のこともある。
砂岩はアズキ色を呈し, 粗粒ないし含礫砂岩が多く, 中粒~細粒のものは僅かで, いずれも凝灰質で石英の角粒を多く含む。 砂岩には偽層がよく発達するものがある。
頁岩はアズキ色を呈し, 凝灰質で砂質頁岩が多く, 砂岩と同様に層理が明らかでない。 いずれも古生界および手取層群のものに較べて固結が不充分である。
本層は一般に影路礫岩層の南側に分布する。 しかし, 一部(笹生川畔)では影路礫岩層の北側にも, 小区域の露出が見られる。 本層の上部には石灰岩の礫が豊富な部分がある。
本層の厚さはほゞ 600 m である。
小林学 102) は本層の石灰岩礫から Yabeina sp. を採取した。 これによると本層は二畳紀末期以後の堆積物である。 上述の岩質を考慮して, こゝでは仮に硯石層群に対比した。
本図幅地域においては, 中生代に顕著な地殼運動が行われ, これによって複雑な地質構造を呈するに至った。
地質概説に述べた通り, 帯状地区の伊勢変成岩類および古生界は, 主要地区および南東地区の手取層群および左門岳累層の上に, デッケン構造を形成してのるから, 帯状地区の本戸累層・古生界および変成岩を一括して衝上岩体とよぶ。 衝上岩体の南北両限が, それぞれ伊勢衝上および大納衝上である。 衝上岩体とそれ以外の地質系統とは地質構造が異なる。 さらに後期中生代の地殼運動をはげしく受けた手取層群, および古期の地層と, 地殻運動の影響をあまり受けなかった 平家岳累層および面谷流紋岩類とは地質構造において甚だしい差異がある。 したがって地質構造の説明に関しては, 前にのべたような地区別に取扱うことを止めて, 1) 衝上岩帯以外の手取層群とその基盤岩層との地質構造, 2) 衝上岩帯の地質構造と周辺部の地層との関係, および 3) 平家岳累層および面谷流紋岩類の地質構造, ならびにそれら各地層相互の関係を述べる。 また本地域の全体の地質構造を充分に把握するために, 中生代の地殻運動を解析する。
衝上岩帯外の地帯は, 飛驒片麻岩類・上打波累層および左門岳累層を基盤として手取層群が分布する。 飛驒片麻岩類・上打渡累層および左門岳累層は, それぞれの関係が不明である。
打波川流域では, 手取層群は飛驒片麻岩類を, 不整合に被覆すると考えられる。 谷戸口附近には飛驒片麻岩類が露出しているが, その南限は逆断層, 北限も断層(辷りによって生じた)によって手取層群と接するために, 直接の層序関係はわからない。 しかし, 手取層群はその礫岩中に飛驒片麻岩類から供給された物質を有し, 飛驒片麻岩類が手取層群の背斜部に現われることからみて, 手取層群は飛驒片麻岩類を, 不整合に被覆して堆積したものである。 そしてその後の地殼運動によって, 基盤の片麻岩類がブロックとして隆起したために, そこに手取層群の背斜構造が形成され, 同時に多くの逆断層や地層相互の間に, 辷りを生じたものと説明される。 背斜の中核に出現している飛驒片麻岩類自体も, 半ドーム状構造を呈するが, これはブロックとして隆起した以前に形成された構造であろう。
左門岳累層と手取層群との関係は未詳である。 手取層群の九頭竜亜層群と左門岳累層とは明らかに岩質が異なり, 地質時代を異にする。 大納衝上の北側には, 石徹白亜層群の下に, 厚さ約 1,000 m の九頭竜亜層群が南に傾斜して分布するが, それより南方へ約 5 km をへだてた伊勢衝上の南側には, 九頭竜亜層群の南翼に相当するものがなく, 石徹白亜層群の下には左門岳累層が分布している。 この関係は石徹白亜層群がオーバー・ラップしたことも考えられる。 しかし九頭竜亜層群が南側に現われないことは. 距離の隔たりが僅かであるのに較べて, 九頭竜亜層群の厚さが大き過ぎることから考えて, 断層関係が存在することが推定される。 本地域では衝上岩帯の介在と, 石徹白亜層群の堆積とによって, 九頭竜亜層群と左門岳累層との境をなす断層は認められない。
手取層群の地質構造は甚だしく錯雑し, 図幅地域の西部では比較的に大規模な逆転構造(一部に横臥褶曲)を生じている。 しかも笹生川流域では 九頭竜・石徹白両亜層群の境界は多くの場合に, 不整合面に沿った辷りにより断層を生じている。
伊勢変成岩類の縁辺部には, 幾つかの断層が確認され, また未変成の石灰岩の小岩体を, 断層によって挾み込むことからみて, 変成岩類の周辺部は断層によって劃されたものである。 また 芦谷累層と此木谷礫岩層との間および 野尻累層とスピライトとの間には, それぞれ断層が確認され(図版 1・第 2 図および図版 2・第 4 図参照), 野尻累層と芦谷累層, および上穴馬層群との間にもそれぞれ断層が推定される。
衝上岩帯内に広く露出する野尻累層の地質構造は, 地層の分布および傾斜からみて, ほゞ東西の軸をもつ, 一大向斜構造を形成しており, 一部には小褶曲があり, かつ転倒していることもある。 またこれと同一構造を上穴馬層群および芦谷累層も行っているようである。 すなわち, それぞれ向斜軸の南北側に現われて, 傾斜はともに向斜軸に向かっている (たゞし,南側における芦谷累層の分布は図幅地域外)。 伊勢変成岩類も, この向斜軸の両側に点在する。 片状構造の傾斜は向斜軸の方向に向かうとは限らないが, その走向は E - W 性でこの向斜軸の方向とほゞー致し, また本岩類は同方向の多くの小褶曲を繰返すことから考えて, 向斜構造は伊勢変成岩類の地質構造と, 密接な関係を有すると思われる。
古生界と本戸累層とを併せた地層の北限は, 手取層群と断層関係にあることは古く 41) から知られて, この断層は大納衝上とよばれている。 藤倉谷の奥では走向 N 75°E, 傾斜 65°S の手取層群の珪化された貝皿頁岩層が, 藤倉谷層のスカルンとの間に 2~3 cm の断層角礫を伴なう走向 N 55°E, 傾斜 40~50°S の断層で接している。 第 12 図は中竜鉱山零米坑の通洞坑口直上に現われた断層を示した。 通洞を図版 10 に示す。 この断層はこゝでは 20~30°S に傾斜するにかゝわらず, 通洞から約 80 m 南方の奥の零米坑内までの間は, 断層面は通洞坑内の上方にあって坑内には現われない。 すなわち, この附近では全体として水平に近いものである。 ほゞ E - W にのびる零米坑ではこの断層面は諸所に現われる。 その様子と岩石相互の関係等を第 13 図に示した。 このほかに 大谷北方に走向 N 85°W・傾斜 70°S の断層面や 持穴北方に走向 N 65°W・傾斜 70°S の断層面等が観察される。 これらでは断層面が南に急斜することが多いが, 時には水平に近いところもある(図版 10・第 12 図および第 13 図参照)。 第 14 図は中竜鉱山坑内の南端部に近い部分で認められた断層 [ 以下の [注] 参照 ] で, 見かけ上は正断層で手取層群が上にのっているように見えるが, 実際は藤倉谷層がクリッペをなしているものである。
藤倉谷の奥より以西の地域における藤倉谷層, および手取層群の分布, 第 3 図などに見られるように 断層面は不規則な形状を示すことを併せ考えると, 古生界と本戸累層とを合わせたものと, 手取層群との境界は全体として緩く南に傾く断層面であって, 場所によって南に急斜することや, あるいは部分的には北に傾くこともあるものと見倣される。
大納衝上に接近した衝上岩帯の地層の分布, および地質構造を考慮すると, この衝上に伴なって幾つかの同様な性質をもった衝上の存在が推定される。 このうち確認されたものが, 図版 1 および第 2 図のものである。
左門岳累層は衝上岩帯に接近した地域では, 甚だしく擾乱されているが, 南方の久沢粘板岩層を追跡すると, 本図幅地域外の南方(根尾図幅内)をほゞ東西に走り(一部は図幅内に現われ), 南に傾斜(一部は転倒して北傾斜)する。 この左門岳累層と伊勢変成岩類, および上穴馬層群との関係は断層である。 この断層を伊勢衝上 [ 以下の [注] 参照 ] とよぶ。 この衝上の北方への延長は, 衝上岩帯と手取層群との境界として現われている。
次に伊勢衝上の性質を述べる。
1) 上伊勢の西方には, 本図幅地域のすぐ南側の伊勢峠には, 石炭系の芦谷累層の石灰岩 102) が知られている。 その南側には Yabeina Katoi OZAWA や Neoschwagerina margaritae DEPRAT を産する石灰岩を含む二疊系のマガトヂ層 105) が僅かに露出する。 マガトヂ層は緩く北に傾斜して, 左門岳累層の上にのっている。 石炭系の石灰岩は構造帯に沿って, 露出したものであることはすでに述べたが, マガトヂ層も構造帯に沿っている。 マガトヂ層も左門岳累層および芦谷累層と, 北に緩く断層関係にある。
2) 伊勢変成岩類の南限は, きわめて不規則な形状をしている。 この南限は中伊勢ないし下伊勢の沢筋では北に寄り, 尾根筋では南に寄る傾向がある。 その最も顕著なものは, 下伊勢の南東の三角点に伊勢変成岩類が分布し, これからの転石として緑色片岩の巨塊が, この東側の久沢川(日ノ谷入口より約 500 m 南方)の 手取層群からなる河谷に転落している。
3) 中伊勢の南西には伊勢変成岩類の, 石灰質岩石が左門岳累層の上にのっている。 図版 11 にこれを示した。
4) 伊勢変成岩類の南限で左門岳累層との境界に 上穴馬層群のものと思われる石灰岩の小岩体が存在する。 中伊勢北方および下伊勢東方のものがこれである。 単純な断層ではこの小岩体が挾み込まれたことの説明ができない。
5) ハアミ谷入口附近では地層の境界を追跡することによって, 比較的に緩い北傾斜の断層が追跡される。 第 15 図はこの部分の観察である。
6) 米俵南西の伊勢川南岸の沢では, 断層を越えて手取層群の地層の分布地域内に入っても, なお 10 数 m 以上の南に伊勢変成岩類の転石を認める。 この事実は断層面が北傾斜であることを示す。
7) 大谷東方の谷およびこの附近の九頭竜川には 伊勢変成岩類(片麻状斑粝岩を捕獲した蛇紋岩)が分布するが, この分布地域内に手取層群が露出し, その関係は地窓の存在することを示している。 第 16 図はこの附近の地質略図である。
これらの事実からみて 伊勢衝上は比較的に緩く北に傾く(局部的には南に傾くこともある)断層である。 また 伊勢変成岩類および古生界(衝上岩帯の)のそれぞれの境界も断層である。 たとえば, 伊勢変成岩類の地帯にはハアミ谷夾炭層が, 走向ほゞ E - W で南に 35°位で傾く逆断層で境されて地窓状に露出すること, スピライトと野尻累層との境が比較的に緩い断層であること, その他各地層が帯状に分布すること等を考慮すれば, これらの諸断層は伊勢衝上に伴なう同性質の断層群に属するとみなされる。
平家岳累層と面谷流紋岩類とは, 一連の地質系統ともいうべきであり, そしてその地質時代は白堊紀後期に属する。
打波川流域・石徹白川流域等の面谷流紋岩類は, 流理構造が相当優乱をうけている。 また面谷附近の本岩類も相当擾乱されている。 その反面において, 図幅地域南方の平家岳周辺の平家岳累層は, 局部的には走向および傾斜が種々に変化するにかゝわらず, 全体としては水平に近い分布を示す。 面谷流紋岩類の擾乱と, 平家岳累層の比較的静穏な状態は地域的の差異によるものであろう。
しかし, 全体としては, 平家岳累層と面谷流紋岩類の受けた擾乱は, 手取層群の受けた擾乱に較べて甚だしく軽微である。
平家岳累層およぴ面谷流紋岩類と, 大納衝上若しくは伊勢衝上との直接の関係 [ 以下の [注] 参照 ] は観察することができなかった。 しかし, 間接的には次の資料がある。
三角点の北側斜面には左門岳累層の上位を占めて, 緑色片岩を主体とする伊勢変成岩類が分布し, 南側斜面には 左門岳累層の上に角礫質流紋岩(一部に平家岳累層を伴なう)が現われ, そして緑色片岩の転石はほとんど認められない。 三角点の北側の小谷には, 石英斑岩質流紋岩に懸っている滝があり, またこゝには角礫質流紋岩の転石が多く, ついで緑色片岩の転石が認められる。 この石英斑岩質流紋岩の滝から 10 数 m の東側には, 外観が上穴馬層群のものに類似する黒色の石灰岩が露出している。 図版 12 にこの附近の岩石の位置を示し, 第 17 図に岩石相互の関係を示す。 すなわち, 下から 左門岳累層・ 流紋岩類(一部にはこの下に平家岳累層を伴なう)・ 石灰岩および伊勢変成岩類 の順に重なると考えるとこの附近の地質構造が容易に説明できる。
図幅地域外に小沢という部落がある。 部落の北はずれには, 伊勢衝上西方の延長部に当る断層 [ 以下の [注] 参照 ] がほゞ東西に, ほとんど直立して走っている。 その断層のすぐ南側に珪岩礫の多く含まれる礫岩があり, さらにその南側には輝緑凝灰岩と石灰岩を伴なう [ 砂岩を主とした ? ] 古生界がある。 この礫岩は厚さは不明だが最も広い部分でも幅 10 数 m で, 長さ 50 m 以上にわたり細長く断層面に挾み込まれている。 この露出から約 2 ㎞ 西方にも幅数 10 m, 延長 1 km 以上のレンズ状の露出がある。 この礫岩はさらに南方の姥ヶ岳中腹にほゞ水平に分布する地層の一部で, 岩質からみて平家岳累層の相当層と考えられる。 したがって伊勢衝上の西方延長部は平家岳累層堆積後に生じたと考えられる。
中島の南西約 5 km(図幅地域外の西方)には小林学 102) の巣原層が知られている。 この地層は岩質からみて砂岩や頁岩が比較的に著しいが, 珪岩礫を多く含む礫岩も優勢で平家岳累層に相当すると推定される。
巣原層は野尻累層の小椋谷粘板岩層に取り囲まれて露出し, 野尻累層の帯状分布の方向と一致した WNW - ESE の谷に沿って分布する。
巣原層は, 小褶曲と種々の方向の階段状断層とによって擾乱されているが, 全体としてはほゞ水平に近い。 雲川川畔で見られる本層の北限では, 野尻累層と巣原層との関係は逆断層(N 25°W・60~65°E)である。 雲川沿いの南限では, 両層の直接の関係は観察されないが, 接近した露頭の様子から断層であり, かつ野尻累層と巣原層との分布および地形から考察すると, 逆断層の可能性が大きい。 すなわち, この地域においては, 巣原層は野尻累層の下位に位置し, 削剝によって生じた地窓として露出したものである。
下伊勢の南方(図幅地域外)の岐阜県本巣郡根尾村下大須から, 山県郡美山村仲越附近において, 左門岳累層とこれを不整合に被覆する面谷流紋岩類の上に, 二畳系の石灰岩が衝上している。
これらの事実によって, 白堊紀の末期以後においても, 地殻運動の存在したことは明らかである。
手取層群と平家岳累層・面谷流紋岩類との擾乱を比較した場合には, 手取層群の擾乱は甚だしい。 したがって中生代の地殼運動には, いろいろの時期のものがあったであろうが, 少なくとも平家岳累層堆積以前にも起こったようである。
手取層群は, 不整合または他の地域における不整合によって上中下に大別され, 一部はさらに累層に分けられるように, いくつかの堆積輪廻を示し, 変動期の堆積物であることがわかる。
この変動の種々の段階を反映するものとして, 手取層群は九頭竜亜層群の堆積の開始, 堆積の過程(荒島谷累層の堆積の過程, 下穴馬累層の堆積の開始およびその過程), 隆起(削剝), 石徹白亜層群の堆積の開始, およびその過程, 赤岩亜層群(後野礫岩層)の堆積の開始ならびにその過程, 等が認められる。
赤岩亜層群の堆積後(本地域では後野礫岩層の堆積後)から, 平家岳累層堆積前においては, 赤岩亜層群の隆起(削剝)および手取層群の逆転構造を形成した, 著しい褶曲運動があった。
続いて平家岳累層の堆積の開始とその過程, および面谷流紋岩類によって示される著しい火山活動が起こり, さらに大納・伊勢両衝上およびこれらに伴なう衝上群の完成に終る。 手取層群と本戸累層との断層関係による接触はこの際に生じた。 上述の地殼運動の過程は7段階に大別され, その段階は第 3 表 [ 手取層群の層序表 ] に示す通りである。 このほかに. 九頭竜亜層群および石徹白亜層群中の, 石英斑岩礫や凝灰岩の存在によって示される火山活動があった。 平家岳累層の下部の安山岩質物質は, 中国地方西部における玢岩類と関係があるかも知れない。 白堊紀~第三紀の貫入岩類, たとえば変閃緑岩 - 変斑粝岩や閃緑岩は, 中生代の地殼運動と密接なる関係を有すると推定される。 また本地域に認められる南北性の断層群も, この地殼変動の末期における地塊運動によって生成されたものであろう。
これに含めたものは 中生代末期ないし第三紀初期に貫入した変閃緑岩 - 変斑粝岩・ 石英閃緑岩類(この時代は明白でない)・ 閃緑岩類および脈岩類である。
本岩は伊勢川流域に点在する。 本岩は伊勢変成岩類および手取層群(道済山礫岩層)を貫く。 第三紀の初期または 白堊紀末期かと思われる N - S 性の断層によって切断されるようである。 しかし断層群に接した近傍に分布が限られる点において, 断層の生成と関係が深い可能性がある。 図版 13 に道済山礫岩層を貫く本岩を示した。
岩石は暗灰色~帯藍灰黒色を呈する中粒~粗粒のもので, 場所によって閃緑岩質または斑粝岩質になって均質ではない。
鏡下では他形を呈する斜長石・角閃石および少量の副成分からなる。 副成分鉱物はチタン石・緑簾石および緑泥石等である。
斜長石はソーシュライト化して汚濁した部分と, ほゞそれを包む透明の曹長石の部分とがある。 角閃石は淡緑色から淡黄緑色の弱い多色性を示し, 柱状をなしあるいはポイキリティックに他鉱物を含む。
図幅地域北西部大野盆地の洪積平野に近く分布している。 本岩類は安山岩類に被覆され, 南側では片麻岩類に貫入しているようである。 すなわち大野市下若生子北東の道路では, 本岩と片麻岩とが接しており, 貫入関係にあるらしく思われる。
中粒~粗粒の優白色石英閃緑岩で, 肉眼では自形の有色鉱物の結晶はほとんど見られず, 緑泥石らしい色彩の鉱物がパッチ状に, または不規則な細片として石英・斜長石の間をみたしている。 不規則な裂け目が多く見られ, 破砕作用を受けた形跡を残している。
鏡下では花崗岩質構造を呈し, 亜灰長石ないし中性長石の自形結晶と, 少量のペルト石を主体とし, 石英・ 緑簾石・ 黒雲母(多くは緑泥石に変化している)・ 緑泥石・ 斜黝簾石・ ジルコン・ 燐灰石・ 鉄鉱などを副成分鉱物としている。 斜長石の多くは絹雲母化作用を受けていて新鮮なものは少ない。 ペルト石は他形のものが多く斜長石の間をみたしている。 石英は少量である。
岩体の南半部は破砕作用を受けており, 鏡下で破砕作用を受けた形跡が著しい。 すなわち 斜長石・ペルト石などは個々のまゝ, あるいは集合したまゝ小ブロックにわかれ, その間は新鮮な石英の小結晶を主成分とした破砕物で埋められ, プロトクラスティックな部分もあると思われる。 この破砕物中の石英粒の間には, 絹雲母化作用をうけた斜長石の小片も混っており, もとのペルト石結晶は斜長石の自形小結晶を包有し, 一定方向に並列した(大体 N 80°W)亀裂が数多くみられる。
岩体の北部大野市上唯野附近の本岩はやゝ斑状を呈し, 花崗斑岩の性質を呈する部分があり, その附近では黒色の楕円体の捕獲岩を含む部分もある。
大野市下若生子北東の中足谷およびその北方には球状石英閃緑岩が露出する。 本岩は岩脈状に本体の石英閃緑岩中に存在するが, 周囲の岩体との関係は漸移するようである。 野外で岩石面に最も普通に見られる形状は最大 15 cm, 平均 5 cm 内外の直径の輸状に有色鉱物(黒雲母・角閃石)が線状に配列し, それが 1~2 mm の間隔で数條集まり, 幅 4~10 mm の縞状の同心球殻を作っているものである。 輪を構成する有色鉱物は微細な結晶が多いが, 場合によっては微粒のものに混って 2 mm 以下の自形結晶が存在することもある。 また輪状部は 細い條線の集まりとしてみられる場合のほか, 幅 5~10 mm の幅に微細な有色鉱物が集合して, 縞状でなく一様の濃さの輪を作る場合もある。 輪は一重の場合のみでなく, 二重, 三重の場合もあるが, 内核の直径は大体 2 cm 以上である。 内部は多くの場合優白色, 中粒~粗粒のペグマタイトに類似した岩相を示し, 有色鉱物が散在するが, 時に角閃石の長さ 2~5 mm の自形結晶が中心から放射状に配列している場合もあり, また角閃石が中心部に集合して核状を呈する場合もある。 この場合には角閃石は楕円体の長軸にほゞ平行に棒状に集まることが多い。 輪の外側は やゝ粗粒の角閃石を含んだ石英閃緑岩で形作られているのが普通であるが, 局部的には それよりも有色鉱物(殊に角閃石)が大形で量的にも多い場合がある。 鏡下では 核の部分は 周囲を構成する石英閃緑岩と同様な岩質で中性長石と少量のカリ長石を主体とし, 石英・黒雲母・緑泥石などを含む。 角閃石が含まれる場合には緑褐色のものである。 球殼は黒雲母・斜長石から構成され, 縞状部の黒い部分はほとんど黒雲母で構成され, 白い部分はほとんど斜長石で構成されている。
図幅地域中央北部にやゝ広く露出するほか, 岩脈状に局部的に露出する。 本岩は大野市下打波・鍋ヶ平附近で見られるように, 打波川累層を貫き, 大野市葛ヶ原附近で見られるように安山岩類に貫かれ, かつ被覆されている。 肉眼的には細粒, 均質で角閃石の半自形結晶が均等に散在し, 捕獲岩はほとんど見られない。 下打波附近の接触部に近い閃緑岩には塩基性楕円体の捕獲岩が急に増加し, その周囲には有色鉱物を欠いた, やゝ白色の部分が脈状または不規則な形に増加する。 この場合打波川累層はやゝ堅硬になってはいるが, ホルンフェルスにはなっていない。 玢岩の岩脈が境界に沿って貫入している所もある。 葛ヶ原南西の下穴馬累層と閃緑岩との境界でも, 捕獲岩の増加や岩層が接触変質を受けて堅硬になっているのが観察される。 葛ヶ原のトンネル南口附近では, 角礫質安山岩熔岩に閃緑岩が多数捕獲されているのがみられ, 両者が混溶する状態がよく観察される。
斜長石は中性長石で最大 3 mm, 平均 1.5 mm の長柱状の自形を呈している。 累帯構造は著しくなく, アルバイト双晶が顕著であり, 概して新鮮であるが, なかにはやゝ大形の半自形結晶で絹雲母化作用を受けているものも認められる。 カリ長石は少量で間隙を埋め, 斜長石とともにミルメカイトを作っている。 石英も少量にすぎない。 角閃石は緑色~淡緑色を呈し, 半自形で時に磁鉄鉱を包有し, 部分的に緑泥石に変化している。 副成分鉱物として 黒雲母・透輝石・普通輝石・緑簾石・斜黝簾石・燐灰石・ジルコン・鉄鉱 などが含まれる。
打波川の合流点より南西部では黒雲母を含み, 透輝石を欠くものとなり, 以西すなわち打波川流域, 九頭竜川本流沿いのものおよび真名川沿いの鬼谷附近の露頭では, 黒雲母を欠き, 普通輝石・透輝石を含むものとなる。 その岩相の変化は漸移するようであるが, 肉眼的に岩相を区別することはきわめて困難であるため, 境界は明白でない。
脈岩類は岩質によって 閃緑岩質 - 斑粝岩質玢岩・ 角閃石玢岩・ 輝石玢岩 - 玢岩および斜長石玢岩などに区別される。 このほかに脈岩としては, すでに述べた流紋岩類として一括した石英斑岩があり, また後述する安山岩類に一括する安山岩もあるが, こゝでは除外している。
このように脈岩類には種々の岩質のものがあり, またそれらの貫入の時期もそれぞれ多少相違する。
これに一括したものは閃緑玢岩・斑粝玢岩のほかに細粒斑粝岩も含む。 これらの岩脈の貫入の時期は詳らかではないが, おそらく白堊紀末期頃の貫入と思われる。
閃緑玢岩 : この種の岩脈中では最も普通に見られる岩石である。 すなわち 早稲 谷・藤倉谷・ヘボ谷・米俵の南東の山地・荒島谷および鍋ヶ平附近等において 小岩体として貫入しているのが見られる。
岩石は灰白色の石基中に, 斜長石および角閃石の斑晶が著しい。 鏡下で完晶質, 斑状組織を示す。
斑晶をなすものは, 斜長石・角閃石・輝石および鉄鉱である。 斜長石は長さ 4 mm 以内の短柱状をなし, 汚れた中核部と, 新鮮で累帯構造の著しい縁辺部とがはっきり区別できる。 角閃石は普通長さ 5 mm 以内の長柱状をなし, 多色性は
であるが, 累帯構造の著しいものでは, 中核部が褐色の度が強く, 縁辺部ほど色が淡い。 時には変質して, 細粒で粒状の角閃石・緑泥石・緑簾石・方解石などの集合物に変わっている。 斑晶として輝石が存在する時は, 角閃石中に包含されていることが多い。
石基の大部分を占めるものは斜長石であり, 普通長さ 0.2 mm 以内の短柱状~粒状(まれに短冊状)で, 累帯構造が顕著である。 このほかに少量の石英・鉄鉱・緑泥石・方解石・チタン石および燐灰石などがある。
斑粝玢岩 : 本岩の産出は僅かである。
中島の西部では貝皿頁岩層に貫入するものがある。 この岩体の厚さは約 2 m である。 岩体の走向は N 15°E で, 60~65°で西に傾いて貫入している。 岩脈の周囲約 1 m の部分に暗褐色の焼けがあり, その両側数 m の頁岩は白色に珪化されている。 同様の岩石が下笹又東方の大野市と, 西谷村との境界附近の真名川北岸にも認められる。 こゝでは厚さ約 1.3 m の岩脈が 上若生子礫岩層の礫岩を走向 N 35°E・傾斜 70°E で貫いている。 また 中竜 鉱山の仙翁谷坑内にも N - S 性の小岩脈がある。 中竜鉱山の坑内では, 他の玢岩類が甚だしく変質しているにもかゝわらず, 本岩石は比較的に新鮮である。
本岩は田久保実太郎・鵜飼保郎 75) の石英斑粝岩および堀純郎・堀内文夫 41) の斑粝岩に相当する。
本岩は暗緑色, 粗粒, 塊状の岩石で, 黒雲母の劈開面が著しい。 鏡下では完晶質で斑状組織を示す。
斑晶をなすものは 黒雲母・角閃石・紫蘇輝石・普通輝石・橄欖岩・鉄鉱および石英である。 これらの有色鉱物(1~2 mm)は互に反応関係にあり, 橄欖石 → 輝石 → 角閃石 → 黒雲母の順序で, 後のものが前のものの反応縁として現われ, 典型的なコロナ構造を呈することがある。 橄欖石は外形を残したまま, 鉄鉱と蛇紋石の集合物に変化している。 角閃石は普通淡色で, 陽起石質である。 黒雲母の多色性は
である。 これらのほかに1~2 mm の石英が少量ではあるが斑晶として存在する。
石基は長さ 0.2 mm 内外の短冊状斜長石(曹灰長石)と石英とを主とするが, その他, 非常に微細な鉱物の集合物からなる淡緑色の部分が見られる。
細粒斑粝岩 : この岩石は藤倉谷の北方山腹および下若生子北東に露出するものである。 浜野一彦 55) の含黒雲母透輝石紫蘇輝石橄欖石斑粝岩である。 藤倉谷では岩体の主部が細粒斑粝岩で一部は閃緑玢岩質である。 両者の関係は詳らかではないが, おそらく同一岩体をなすものであろう。 この附近には多くの閃緑玢岩の岩脈がある。 このほかヘボ谷にも斑粝岩質岩脈が認められる。
灰黒色, 細粒, 塊状であり鏡下では完晶質でほゞ等粒組織を示す。
主成分鉱物は 斜長石・紫蘇輝石・普通輝石・橄欖石・緑色角閃石・陽起石・黒雲母等からなり, 副成分鉱物は 鉄鉱および蛇紋石からなる。
斜長石(曹灰長石)は有色鉱物に対して自形を呈し, 比較的粗粒(1~2 mm)で短柱状のものと, 細粒(0.3~0.7 mm)で短冊状のものとが区別される。 一般に粗粒のものほど累帯構造が顕著である。
有色鉱物(0.5~1 mm)は閃緑玢岩および斑粝玢岩の場合と同様に, 互に反応関係にあり, コロナ構造が認められる。 橄欖石は 外形を残して ほとんど全部が蛇紋石・鉄鉱・陽起石などの集合物に変化している。 輝石をふちどる角閃石は 普通陽起石質のものであるが, 時にはポイキリティックな緑色角閃石も見られる。 しかし後者も色が淡く多色性が弱い。 黒雲母は普通繊維状集合物を形成し, その多色性は以下の通りである。
この岩石は一般に岩床状に貫入している。
この種の岩脈は大谷~オット谷を結ぶ以北の, 野尻累層および芦谷累層, 上打波累層に最も多く貫入している。 これに次いでは, 藤倉谷層および雲川層にも多い。 手取層群中には三坂谷・藤倉谷等に現われ, 伊勢変成岩類中には, 大谷附近や図幅地域外東方等に貫入している。
鍋ヶ平の北方の打波川川床に見られる, 上打波累層中に貫入した本岩脈は, 厚さ 1~3 m のものが数枚, 数 m~10 数 m の間隔で貫入し, 南北方向に直立した結晶質石灰岩と, 互層状をなしている。 鍋ヶ平の南方で上打波層を貫くものは, NW - SE 方向に直立した石灰岩中に数枚が挾まれて現われている。
その他の地域では一般に東西方向で, 北または南に急斜して貫入することが多い。 しかし場合によっては, 種々の方向をとることや不規則な形状を呈する部分もある。
岩脈の厚さは数 m 以下で一般に 0.5~2 m である。
本岩脈の貫入の時期は詳らかではない。 岩脈は中竜鉱山の坑内にもしばしば現われ, このうちには甚だしく変質をうけたものもあり, また 丸山第2号坑および第3号坑に現われる岩脈(厚さ約 70 cm, 走向 N 25°E, 傾斜 65°W)は石灰岩および鉱床をも貫いている。 このように新しいものも認められるが, その反面には, 本地域の褶曲構造と密接な関係を有することは, その分布および貫入の方向によって明らかである。
本岩脈は堀純郎・堀内文夫 41) のスペサルタイト岩および田久保実太郎・鵜飼保郎 75) の角閃煌斑岩に当る。
岩石は灰白色~灰緑色の石基中に, 大型の角閃石斑晶が多量に認められる特徴的な岩脈であり, ランプロファイヤー類に属する。
鏡下で完晶質, 斑状組織を示す。 斑晶は大部分普通角閃石によって占められ, まれに少量の斜長石斑晶がある。 角閃石は長さ 5 mm 内外の長柱状~短柱状をなすが, その末端部は多少円味をおびている。 また石基との境界に沿ってせまい幅の反応縁(オパサイト)がつくられており, その部分には鉄鉱の濃集や炭酸塩化作用などがとくに著しい。 光軸角は大きく(2 V = (-) 80~90°), その多色性は
などいろいろの種類がある。 累帯構造をなすものでは縁辺部が比較的淡い色を呈する。 変質が烈しく行われたものではほとんど全部, 緑泥石・方解石・チタン石などの集合物に変わっている。
石基は, 長さ 0.1 mm 内外の短冊状斜長石(灰曹長石~中性長石)・ 鉄鉱・ 角閃石・ 方解石を主としてピロタキシティック組織を呈し, ガラス物質は全く認められない。 斜長石は流状構造をつくることが多く, とくに角閃石斑晶の周囲でそれが顕著である。 これらのほか, 少量の石英(間隙充塡)・黒雲母(淡褐色)や, 石基の角閃石から変質した緑泥石などがある。
こゝでは輝石玢岩と玢岩とを一括したが, 両種の岩石は変質の程度にやゝ差があるので, 同時期の岩脈と断言することはできない。
輝石玢岩 : 本地域において最も多い岩脈はこの種のものである。 古生界や伊勢変成岩類のみでなく, 手取層群・石英閃緑岩類・閃緑岩類および面谷流紋岩類中にも貫入している。
青灰色の石基中に, 輝石から変質したと思われる緑色鉱物が散在していることが特徴である。
鏡下では完晶質で, 斑状組織を示し, 炭酸塩化作用および緑泥石化作用などの変質を烈しくうけている。
斑晶の輝石は長さ 2 mm 内外の柱状結晶形を残しているが, それ自身はほとんど完全に緑泥石・方解石・チタン石などの集合物に変化している。 このほか, まれに比較的大きな石英(2 mm 内外)の斑晶が, 融蝕されて石基の部分が入り込んでいるのが見られ, また斑晶状斜長石から変質したと思われる部分もあるが, ともに輝石に較べて遙かに少量である。
石基は斜長石・鉄鉱・方解石および少量の石英・緑泥石・黒雲母などから構成され, ピロタキシティック組織を呈する。 斜長石は長さ 0.1 mm 以内の短冊状をなすが, 烈しく変質を受けており, 曹長石に近い成分をもっている。 石英は斜長石などの間隙を充たし, また方解石に伴なうことが多く, いずれも著しい波動消光を示す。
玢岩 : 肉眼的には青灰色, 細粒の岩石で, 斑晶の認められないことが多い。
炭酸塩化作用および緑泥石化作用などの変質が烈しく行われたために, 鏡下においても斑晶と石基とがはっきり区別し難いが, 概して斑晶に乏しい。 まれに 細粒の方解石・緑泥石・鉄鉱・斜長石・石英などが 1 mm 内外の柱状集合物をなしていることがあり, 斑晶から変質した部分ではないかと思われる。
石基は完晶質, ピロタキシティック組織を呈し, 斜長石・方解石・緑泥石・石英・鉄鉱等から構成される。 斜長石(灰曹長石)は普通長さ 0.2 mm 内外の短冊状をなし, 炭酸塩化された中核部と, 新鮮で累帯構造の著しい縁辺部とをもっている。 緑泥石に対して斜長石は完全自形を示し, その結果一種の輝緑岩組織を作っている。 石英は 0.1 mm 内外で, 間隙を充塡し, 波動消失が著しい。
この岩石の露出する所は2ヵ所で, その1は桂島川畔で手取層群中に貫入している。 下打波から桂島川をさかのぼって約 1.2 km 附近に, 輝石玢岩が多数に手取層群を貫く (玢岩類の厚さは 1~数 m のものが 数 10 cm の間隔で少なくとも6層が認められる)ところがあり, その東側に 2~2.5 m の間隔で厚さ約 10.5 m の斜長石玢岩が存在する。 斜長石玢岩は走向 N 50°E, 傾斜 80°S に貫入したものである。 これよりやや上流(下打波から約 2 km)にも 幅約 5 m の本岩の岩脈が N 45°E・75°S に貫入している。 第2の露出は真名川流域で, 下若生子北東に幅約 7 m のものおよびそれ以下のものが計3本露出している。 このほかに田久保・鵜飼 75) および浜野 55) によれば中竜鉱山坑内にもこの種の岩石が記載されている。
肉眼でみると灰色の石基中に大きな斜長石の斑晶が多量に存在し, そのほか有色鉱物の斑晶から変質したと思われる暗緑色の部分が点在している。
鏡下では完晶質で斑状組織を示す。
斑晶の大半を占める斜長石(中性長石)は長さ 5 mm 内外の短柱状をなし, 累帯構造は比較的に微弱である。 多少変質をうけて方解石・絹雲母・緑簾石・緑泥石等を生じている。 このほか, 長さ 0.5~1 mm の短柱状の外形を呈し, 主として緑泥石・方解石・鉄鉱からなり, 少量のチタン石・緑簾石を含んだ部分があり, 斑晶の有色鉱物から変質したものと思われる。
石基は大部分が斜長石から構成され, ピロタキシティック組織を示す。 他に緑泥石・鉄鉱・方解石・チタン石・緑簾石・燐灰石などがある。 斜長石(灰曹長石)は長さ 0.2 mm 以内の短冊状~柱状をなし, 累帯構造が顕著で, とくにその中核部が烈しく変質している。 緑泥石は長さ 0.2 mm 以内の柱状結晶をなすことが多い。
第三系に属するものには西谷流紋岩および安山岩類がある。
図幅地域の南西端からその南方姥ヶ岳の山腹にかけて, 安山岩類の下位に流紋岩の小規模な露出がある。 その分布はほゞ水平である。
この流紋岩は流理構造が明瞭で, 赤褐色で縞状を呈し, 肉眼によって容易に面谷流紋岩類と区別することができる。
鏡下ではガラス質の包有物や変質した岩石の破片などが多く, 非常に不均質であるが, 明らかな流状構造を呈する。 斑晶としては, 石英および少量の変質した斜長石が散点する。 石基は主として隠微晶質で, そのなかに微細な石英や長石などが認められる。 その他炭酸塩鉱物や鉄の2次鉱物などが多く, そのために岩石全体が淡い赤褐色を呈している。
安山岩類は熔岩流・集塊岩ないし凝灰角礫岩および岩脈に分かれる。
熔岩流は, 安山岩類中で最も広域を占めて分布する。 両輝石安山岩を主体として, 橄欖石両輝石粗粒玄武岩を含む。 粗粒玄武岩と安山岩との関係は詳らかではないが, 前者はおそらく安山岩類の初期に噴出したと思われる。
橄欖石両輝石粗粒玄武岩 : 熔岩流は図幅地域の南西部の安山岩類中で, その周辺部だけに現われる。
岩石は肉眼的に暗黒色塊状で, 多量の斜長石微斑晶が鋭い光沢を放っている。 鏡下では 1~2 mm 程度の斑晶が容量比の 70 % 以上を占めて過斑晶質の組織を示し, 粗粒玄武岩のような組織は認められない。
斜長石(中性長石~曹灰長石)は斑晶の大半を占め, 長さ 1 mm 内外の自形長柱状をなす。 その中核部には塵状包有物が密集するが, 変質作用はほとんど蒙っていない。 輝石は普通輝石を主とし, 1~2 mm の自形ないし半自形を呈するが, 十字ニコル下では, いくつかの小ブロックに分かれて消光する。 周辺部において累帯構造が顕著に認められ, また石基と接するところで著しく融蝕されている。 橄欖石は完全に変質して, 蛇紋石と鉄鉱とからなる 1 mm 以内の集合物に変わっている。 この集合物は, 斑晶の輝石中に包有されるか, あるいは直接石基の輝石によってふちどられている。
ガラス物質は非常に少量であり, 脱ガラス化作用をうけて, 赤褐色の物質に変化している。 輝石は粒状他形の普通輝石と, 少量の柱状の紫蘇輝石とからなり, いずれも 0.05 mm 以下である。 斜長石は長さ 0.1 mm 以下の短冊状~短柱状をなし, 累帯構造や双晶がよく発達している。
両輝石安山岩 : 本地域の安山岩類の主体をなして, 山岳地帯の高所を占めて分布している。 諸所において集塊岩ないし凝灰角礫岩を伴ない, また, 玢岩類や安山岩岩脈に貫かれることがある。 両輝石安山岩質熔岩はつやのある黒色ガラス質の, 石基中に斜長石および輝石の小斑晶を多数に含む。
斜長石(中性長石)は斑晶のうちで最も多く, 長さ 1~4 mm の柱状をなし, 累帯構造はあまり顕著でない。 内部に少量の方解石・石英などを生じている以外には, 変質作用は微弱である。 輝石は長さ 1~2 mm の柱状をなすが, 柱状の普通輝石がいくつかの小ブロックに分かれて別々に消光することが多い。 紫蘇輝石は, 普通輝石の斑晶中にとりこまれ融蝕されているか, または石基の細粒普通輝石からなる反応縁をもっているか, のいずれかである。
かなり多くの褐色ガラス物質を含み, ハイアロピリティック組織を示す。 斜長石(灰曹長石~中性長石)は長さ 0.05 mm 内外の短冊状をなし, 顕著な流状組織をつくっている。 双晶や累帯構造の発達は貧弱であり, 変質作用もほとんどうけていない。 輝石は 0.01 mm 内外の粒状の普通輝石であり, その量は斜長石に較べるとはるかに少ない。
集塊岩ないし凝灰角礫岩は両輝石安山岩質であって熔岩中に挾有され, 安山岩類の分布の周辺部および内部で諸所に小範囲に露出する。
一般に拳大~クルミ大, 時には人頭大の角礫が 同質の凝灰岩または熔岩によって取り込まれたものである。 しかしまれに基盤を構成する岩石の礫を含み, 湯上附近においては閃緑岩類, およびチナボラ支谷においては径 2 cm の珪質岩等の礫を含むことがある。
安山岩質岩脈に属するものにも, 熔岩流と同様に橄欖石両輝石粗粒玄武岩, および両輝石安山岩の2種のものがある。
橄欖石両輝石粗粒玄武岩質岩脈 [ 以下の [注] 参照 ] : 岩石は熔岩流をなすものと同様である。
荒島谷では厚さ数 10 cm~数 m の岩脈が種々の方向に分岐している。 そのおもなものは N - S 性を有し, 東または西に急斜するのが常である。 荒島谷の奥で本岩は両輝石安山岩の貫入によって, 切断されたものがある。
下笹又の北東部には厚さ約 2 m の岩脈が N 30°E・70°E で貫入し, 藤倉谷では厚さ約 1.5 m の岩脈がある。
両輝石安山岩質岩脈 : この岩脈は桃木峠附近の安山岩類に貫入するほか, 諸所で基盤岩類を貫く。
下山の南西方の小谷では飛驒片麻岩類を貫く小岩脈が幾つかあり, いずれも厚さは 1~2 m で, その走向は N 35~45°E で 70~90°S に傾斜する。 荒島谷には厚さ 2~3 m のものが 流紋岩質岩脈と接して併行に走向 N 45°E・傾斜 65°S に走り, あるいは厚さ 1~2 m のものが 走向 N 85°W・傾斜 65°N, 走向 N 75°W・傾斜 70°N および 走向 N 65°E・傾斜 85°N 等に貫入している。 早稲谷にも厚さ 2~3 m のものが走向 N 55°E・傾斜 70°S で貫入している。
このほか嵐谷口附近には閃緑岩類や手取層群に多数貫入している。
肉限的に黒色細粒の石基中に, 斜長石および輝石の斑晶が散点している。 鏡下では 両輝石安山岩質熔岩に較べて, 変質作用が著しく, ガラス物質が少なく, 石基を構成する鉱物の粒度が大きいことなどが特徴である。
斜長石は斑晶のうちで最も多く, 長さ 5 mm 内外の柱状を示すが, 周縁部は多少融触されて円味をおびている。 累帯構造が顕著であり, 包有物の多い汚れた中核部 → 比較的新鮮で烈しく累帯構造を示す外套部 → 反応縁をなす縁辺部, という順序のみられることが多い。 中核部がとくに変質をうけ, 方解石・緑簾石などを生じている。 輝石は普通長さ 1~3 mm の短柱状結晶であるが, ときには細粒の輝石が集合物をなして, 斑晶状に現われることがある。 変質の烈しいものでは, 外形を残しながらほとんど全部, ウラル石・緑泥石・方解石(および少量の石英・斜長石)などの集合物に変化している。
ガラス物質の多少に応じてハイアロピリティックから, ピロタキシティックにいたるいろいろな組織を呈するが, 両輝石安山岩質熔岩に較べて結晶度が高く, また流状構造に乏しい。 ガラス物質は脱ガラス化作用をうけており, また炭酸塩化作用をとくに烈しく受けている。 斜長石(灰曹長石~中性長石)は長さ 0.1~0.2 mm の短冊状をなし, 複雑な双晶や累帯構造が顕著である。 変質の進んだものでは成分が曹長石に近く, また微細な包有物が多い。 輝石は 0.05 mm 内外の粒状をなし, 斑晶輝石の場合と同様な変質作用を烈しくうけている。 石英は変質の烈しいものに認められ, 細粒, 間隙充塡状であり, 方解石や緑泥石に伴なうことが多い。
これに属するものには稲郷層および 上在所 層がある。 このほかに山頂部の準平原面をなす平坦面を構成して砂礫層が小区域に分布する。 この砂礫層の分布は狭いので地質図には省略した。
大野盆地を中心として広く堆積した礫・砂および粘土からなる地層と 段丘堆積物とを併せて稲郷層とよぶ。
本層は第三紀の安山岩類を不整合に被覆している。
大野盆地の周辺部の本層は, 山岳地帯の峡谷を通った流水が盆地に至って急激に地形が展けたために 扇状地の堆積相を示す。 これとともに峡谷の両岸には諸所に段丘堆積物が沈積している。
本層は安山岩類を不整合に被覆し, 図幅地域の北東端の山岳地帯の緩い斜面に分布する。
本層は両輝石安山岩の大小の角礫(最大のものは径数 m)からなり, 泥流である。
冲積層には河川の沿岸および大野盆地のものがある。 大野盆地の周辺部の冲積層は, 扇状地の堆積相を呈することは稲郷層と同様である。
本層は礫・砂および粘土によって構成される。
本地域の応用地質に関しては, 鉛・亜鉛鉱床および銅鉱床を主とし, その他石炭・石灰岩・石材・鉱泉などがある。
鉱床には鉛・亜鉛鉱を主とし, 一部に銅鉱を伴なう接触鉱床と, 銅鉱を主とし鉛および亜鉛鉱を伴なう鉱脈とがある。 前者では中竜鉱山が, 後者では面谷鉱山が著名である。 このほかに巖洞・野尻などの鉱山があり, これらは中竜型の鉱床であるが, 鉛・亜鉛のほかに銅を混有する。
本地域の金属鉱床は, 地質系統および地質構造から考えて, いずれも白堊紀末期~第三紀初期に生成したことは明らかである。
鉱床の生成に関与した火成岩は詳らかにできなかった。 しかし, 本地域の南方の根尾図幅地域内には 左門岳累層の岩石を母岩として, 鉛・亜鉛鉱および銅鉱を混有する鉱脈が諸所に存在し, これらの鉱脈は本地域の金属鉱床とほゞ同一時期に生成したと考えられる。 また根尾図幅地域内の面谷流紋岩類中には諸所に蛍石鉱床の生成が見られ, この鉱床は 板取川上流(根尾図幅地域内)に露出する黒雲母花崗岩と密接なる関係を有し, 図幅地域内の面谷流紋岩中に胚胎されて蛍石を伴なう面谷鉱山の鉱床と ほぼ同一時期に生成されたことは注目に値する。
位置および交通 : 本鉱山は図幅地域中央部の藤倉谷上流にある中山・ 人形 鉱床を稼行し, 西方の大野市域内の仙翁谷上流にある仙翁・南仙翁鉱床ならびに これらの主要鉱床群から南方に離れた西谷村にある中天井鉱床などを探鉱している。
北陸線福井駅から京福電鉄で(36.3 km)大野三番駅に至る。 こゝから九頭竜川に沿って谷戸口に至り, さらに大納川をさかのぼって大原まで省営バスの便がある。 藤倉谷奥(戸枚中山坑坑口)の山元から 大野口駅まで約 36 km をトラックによって運搬する。 また仙翁谷方面からは, 仙翁坑口より真名川に沿って大野三番駅まで約 20 km の間トラック道路が通ずる。
沿革 : 本地域での鉱床の発見は寛永年間に始まるという。 大野藩主によって稼行されたことがある。 中竜鉱山の名称は, 昭和 9 年日本亜鉛鉱業株式会社を創設してこゝに事業を開始した中村房次郎と, 当時の鉱業権者竜田哲太郎との名を併せて命名したものという。
第 8 表に本鉱山のおもなる沿革を示す。
| 年月 | 記事 | 備考 |
| 明治 7 年 | 中山鉱床を吉村寛十郎が開発, 従業員 40 名, 8 年間継続する。 | 中山通洞(40 m 抗)および中山本抗(90 m 抗) |
| 20 年 | 石塚某水無谷にて銀を採掘する。 間もなく休山。 | 藤倉鉱山 |
| 23 年 | 久保某人形鉱床で稼行, 間もなく休山, ついで吉村某中山鉱床を稼行間もなく休山する。 | |
| 25 年 | 山田某着手し, 3~4 年継続した。 | 小萩鉱山 |
| 27 年 | 徳野山正之助着手する。 鉛・銀を採取する。 従業員 50 名。 日清役後休山。 | |
| 38 年頃 | 木村謙之助等によって稼行された。 鉛・亜鉛を主として採掘する。 従業員 500 名以上。 明治 39 年休山。 | 中山・戸板・人形鉱床, 日産 30~60 t |
| 43 年 | 大阪亜鉛鉱業所藤田組が探鉱した。 従業員 60 名。 大正元年休山。 | 中山・戸板・人形鉱床 |
| 44 年頃 | 三菱合資会社採掘する。 約 3 年間稼行 | 小萩鉱山 |
| 大正元年 | 極東鉱業組合(グレーゴーウル投資)水無谷で家行する。 鉛・亜鉛の採取をする。 従業員 40 名。 大正 3 年末休山。 | 藤倉鉱山(水無鉱山), 日産 10 t |
| 大正 13 年 5 月 | 小林輔太郎が着手する。 鉛と砒鉱を採取する。 同年 12 月休山。 | 小萩鉱山 |
| 15 年 6 月 | 藤田組の手で探鉱を開始する。 | 水無鉱山・深坂鉱山(中山・戸坂・人形鉱床) |
| 15 年 8 月 | 中村房次郎開発に着手, 従業員 15~75 名。 昭和 6 年 11 月休山。 | 深坂鉱山 |
| 昭和 9 年 5 月 | 日本亜鉛鉱業株式会社を創設。 深坂鉱山を改称して中竜鉱山とよぶ。 従業員 80 名。 | |
| 10 年 11 月 | 選鉱設備を完成する。 | 1 日処理能力 120 t |
| 12 年 2 月 | 雪害があった。 | 遭難者 39 名(内犠牲者 17 名) |
| 12 年 3 月 | 大雪崩で選鉱所を埋没, 修理完成 | |
| 16 年 6 月 | 三井鉱山株式会社の傍系となる。 | |
| 19 年 6 月 | 選鉱場火災, 修理完成。 | |
| 21 年 12 月 | 三井鉱山より分離する。 | |
| 24 年 | 休山。 | |
| 26 年 | 再開し現在に至る。 |
地質 : この附近には 古生界の藤倉谷層, 中生界の手取層群および本戸累層が, 南方には古生界の野尻累層が広く分布し, また種々の岩脈がこれらを貫く。
藤倉谷方面では大納衝上によって北側の手取層群と南側の藤倉谷層とが境される。 仙翁谷方面では, 藤倉谷層は衝上によって, 手取層群に取り囲まれたように分布している。 藤倉谷層と野尻累層とは断層である。 本戸累層は上述の地層の上に, いずれも断層関係をもって載っている。
藤倉谷層は主として石灰岩からなり, 千枚岩質粘板岩・輝緑凝灰岩を伴ない, 石灰岩は一部スカルン帯になっている。
野尻累層は北から南に, 小椋谷粘板岩層および米俵輝緑凝灰岩層が分布する。 野尻累層の南限は図幅地域外において伊勢衝上の延長部をもって左門岳累層と境される。
手取層群は 藤倉谷層の北側に貝皿頁岩層が分布し, 南側には主として道済山礫岩層と一部に貝皿頁岩層が分布する。
岩脈には 石英斑岩・ 閃緑玢岩 - 斑粝玢岩・ 角閃石玢岩・ 輝石玢岩・ 玢岩・ 斜長石玢岩および安山岩質岩脈等がある。
鉱床 : 中竜鉱山附近には多数の鉱床群がある。 第 18 図は本地域の 鉱化帯(鉱化作用を顕著にうけた地域)・ 鉱床群および断層群を示したものである。
大別して, 東西に併走する4列の鉱床群がある。 北から第1列のものが最も規模が大きく, 第3列のものがこれに次ぎ, 第2および第4列のものは規模が小さい。
第1列は E - W 性の大納衝上に沿った石灰岩中およびその近傍に, 第2列はその南側の E - W 性の断層に沿って, 小椋谷粘板岩層または本戸累層中, 第3列は小椋谷粘板岩の石灰岩中およびその近傍に, 第4列は本図幅地域外の伊勢衡上に沿って 米俵輝緑凝灰岩(一部に石灰岩の小岩塊を挾む) および左門岳累層中に胚胎するものである。
鉱液上昇の通路として大納衝上をはじめとして, その他の構造線が重要な役割を果したことは明らかである。
第1列から第3列をよぎって, 南北に走る人形断層とよばれるものがある。 第1列と第3列の鉱床群は, この断層と交わる近傍で優勢となり, それらの列のうちでは最も有望視され, 断層から遠ざかると貧弱となる。 人形断層の存在と鉱化作用とは密接な関係があるといえる。
第1列の鉱床群 : 第1列の鉱床群が本鉱山で最も主要なものである。 鉱床は主として藤倉谷層の石灰岩中のスカルン帯に胚胎する。 すなわち, スカルン帯中に径数 m~数 10 m の富鉱体が鉱巣として多数散在する。 この鉱床群はさらに東部鉱床群と西部鉱床群とに分けられる。
東部鉱床群には西から東に向かって, 人形および中山鉱床と, その東方には かつて小萩鉱山および藤倉鉱山とよばれた, 諸鉱床が存在する。 人形鉱床と中山鉱床とは人形断層で境される。 中山鉱床は中山および戸板坑で採掘されている。
西部鉱床群は, 仙翁谷の仙翁鉱床とその南側の南仙翁鉱床, 仙翁鉱床の西側山腹の大名鉱床, およびさらに西側の黒当戸黒谷にある黒谷鉱床からなる。
かって仙翁鉱山とよばれたものは, 南仙翁鉱床を, 丸山鉱山は仙翁鉱床を, 黒谷鉱山は大名鉱床を稼行したものである。 仙翁鉱山はかって古河市兵衛により盛大に稼行され, 仙翁谷の中流には広大な製錬所跡がある。 黒谷鉱山は明治 40 年頃, 1, 2 年稼行され, 丸山鉱山は明治初年より, 上若生子部落民の共同で採掘され, その後明治 36 年頃から中村某によりしばらく稼行されたという。
これらの鉱床のおもなる鉱石は閃亜鉛鉱および方鉛鉱で, これを稼行の対象とする。 これに伴なって, 磁硫鉄鉱・黄鉄鉱と, 少量の硫砒鉄鉱および黄銅鉱があり, まれにカドミウム鉱が認められる, またスカルン鉱物は灰鉄輝石および柘榴石を主とし, 中山鉱床では灰鉄輝石に富み, 仙翁鉱床では柘榴石に富み, かつ珪灰石も多い。 そのほか石英を伴なう。
第2列の鉱床群 : この列の鉱床は本戸の東方の 昆沙 谷および 七重 谷からその北東方の黒谷上流にわたって連なる。
この鉱床群には野尻累層の小椋谷粘板岩層のなかと, その北側の本戸累層中に胚胎するものとがある。 小椋谷粘板岩層と本戸累層とを境する断層が, 鉱床の生成に重要な役割をしている。
上治 90) によれば露頭部における𨫤幅は一般に数 10 cm で, 時には 1 m 以上に達するという。
鉱石は黄銅鉱・方鉛鉱・閃亜鉛鉱・黄鉄鉱および磁硫鉄鉱等で, スカルン鉱物・方解石および石英を伴なう。
第3列の鉱床群 : この鉱床群には中天井鉱床群・早稲谷鉱床群などがある。
中天井鉱床群は白木山を中心とした標高 900~1,000 m の高所にある一群の鉱床で, 小椋谷粘板岩層の石灰岩またはその近傍の石灰質粘板岩中に胚胎される。 この鉱床群は, さらに勘五郎𨫤・岩谷鉱床および岩田山鉱床に分けられる。
勘五郎𨫤は3つの鉱脈ないし鉱塊からなる。 こゝには厚さ 20 m の石灰質粘板岩を挾んで2層の石灰岩があり, 走向が N 75~80°E で, 傾斜は 50~65°S に転倒している。 鉱床は石灰岩と粘板岩との境界および粘板岩中, すなわち, 上位の石灰岩の下限(見かけ上は下位の石灰岩の上限)・ 粘板岩中および下位の石灰岩の上限(見かけ上は上位の石灰岩の下限)に胚胎される。 北から下盤𨫤・中𨫤および上盤𨫤とよばれた。 坂市太郎 1) によれば, 顕著な鉱塊は厚さが 9 m に達したという。 鉱石は閃亜鉛鉱・黄銅鉱および方鉛鉱で, 脈石は灰鉄輝石・方解石および石英等である。
岩田山鉱床は勘五郎𨫤の西の延長部にある。 幾つかの旧坑がある。 大築および清野 13) によれば下盤𨫤・中𨫤および上盤𨫤からなる鉱脈ないし鉱塊で, 鉱石も勘五郎𨫤と同様であるという。
岩谷鉱床は勘五郎𨫤の東方への延良部で, 岩谷の奥に多数の旧坑跡がある.
早稲谷鉱床群は中天井鉱床群のはるか東方への延長部にあたる。 諸所に露頭および探鉱跡がある。 いずれも鉱脈で, 小椋谷粘板岩層中の石灰岩の近傍に胚胎されている。 鉱石は中天井鉱床群のものと同様である。
第4列の鉱床群 : この鉱床群は笹生川鉱床群によって代表される。 本図幅地域外の南方の笹生川の両岸に沿って分布する。 諸所に露頭と探鉱跡とがある。
沿革 : 角野の南方山地には 巖洞鉱山・角野鉱山(内敷とよばれたもの)および大野鉱山の3鉱山があった。 この地域の鉱床の発見は 600~700 年以前といわれる。 明治 43 年から大正 10 年まで三菱鉱業が経営し, おもに銅鉱を採取し, これを面谷製錬所に送った。
長野南方にはかって銅を採取した長野鉱山がある。 本鉱山は現在では上記角野南方の諸鉱山に合併されて, 巖洞鉱山 [ 以下の [注] 参照 ] と称され, おもに鉛・亜鉛を目的に探鉱中である。
地質 : 長野の南方には上穴馬層群・芦谷累層・野尻累層・此木谷礫岩層, およびこれらと大納衝上によって境される手取層群が分布し, 石英斑岩や角閃石玢岩等の岩脈が貫入している。 西方の角野南方では, 古生界は野尻累層のみが地表に露出して, 大納衝上によって手取層群と接する。 しかし角野南方の巖洞鉱山の坑内の一部には, 野尻累層の大谷礫岩層の北側に石灰岩があるといわれる 89) 。 もしそうであれば, この石灰岩は上穴馬層群あるいは芦谷累層に属する可能性がある。 鉱山近傍の手取層群は貝皿頁岩層で, 坑内から Podozamites ? sp.を産出したという。
鉱床 : この地域の諸鉱床は中竜鉱山の第1列に属する鉱床群の東方への延長部で, 大納衝上が鉱床の生成と密接な関係を有するものである。
角野南方地域では 大納衝上に沿った石灰岩(野尻累層でないと思われる)を交代したものは本𨫤とよばれ, 手取層群中に胚胎された鉱脈は前𨫤とよばれる。 これらは以前に三菱鉱業が稼行の対象としたもので, 第1から第9までの旧坑がある。 鉱石は黄銅鉱・方鉛鉱および閃亜鉛鉱を主として, 磁硫鉄鉱および黄鉄鉱を伴ない, 𨫤石は石英である。 大部分採掘し尽されている。
現在探鉱中の鉱床は長州𨫤とよばれるものであって, 山頂近くの北斜面の野尻累層の大谷礫岩中に胚胎される。 露頭はほゞ東西に配列する。 鉱床は鉱染状のもので, 礫岩中の石灰岩礫を交代して生成されたものである。 鉱石は閃亜鉛鉱・方鉛鉱・黄鉄鉱・黄銅鉱および磁硫鉄鉱等であり, 母岩にはスカルン鉱物が見られる。
長野南方地域のものは, 野尻累層の石灰岩中に胚胎された鉱床である。 数年前探鉱されたことがある。 鉱石は黄銅鉱・黄鉄鉱・閃亜鉛鉱および方鉛鉱で, 𨫤石は灰鉄輝石・柘榴石・透輝石および石英であった。
本鉱山は上穴馬村野尻の小椋谷にある。
明治 24 年頃および 40 年頃従業員数約 30 人で稼行され, その後昭和 18 年頃小規模に探鉱されたといわれている。
地質は野尻累層の米俵輝緑凝灰岩層および小椋谷粘板岩層と, これらを貫く石英斑岩からなる。
鉱床は鉱脈をなし, 3條がほゞ南北に併走し, 西から本𨫤・第2脈および第3脈とよばれる。 上治によると 93) , 本𨫤が最も優勢で厚さ最大 2 m, 平均 30 cm, 第2脈は最大 1.5 m である。
鉱石は黄銅鉱で, 閃亜鉛鉱および方鉛鉱を伴ない, 𨫤石は石英および方解石である。
沿革 : 約 350 年前発見されたといわれる。 寛文年間には福井藩主, 天保年間には大野藩主が稼行した。
明治 22 年から三菱鉱業によって開発され製錬所も設置されて, 重要鉱山に数えられたこともある。 最盛時は従業員数 2,000 名といわれる。 大正 14 年頃休山した。 昭和 13 年加藤信一が入手し, 約 5 年間稼行された。 昭和 14・15 両年で約 1,400 t を出鉱したといわれる。 昭和 26 年にふたたび探鉱されたが間もなく休山している。 現鉱業権者は大宝鉱業株式会社である。
地形と地質 : 本図幅地域の南東隅, 面谷川の上流に位置する。 平家岳累層と手取層群とを面谷流紋岩類が不整合に被覆し(一部では貫き), これらを諸所において玢岩が貫く。 流紋岩類の分布する区域は地形がきわめて急峻である。
鉱床 : 面谷流紋岩類を母岩として発達した鉱脈である。
鉱脈のおもなるものは, 面谷川の東岸に3條, 西岸に 15 條ある。 調査当時は崩壊と水没のために入坑できなかったが, 面谷川西岸には多数の焼けと旧坑跡が見られた。
鉱脈は一般に走向が N 30~60°E で, NW に急斜する。 この鉱脈を切断する数條の断層が WNW の走向で走り, 粘土𨫤を伴なっている。
鉱脈はいずれも𨫤幅 10 数 cm~数 m のもので, 膨縮に富み, 芋状を呈しているものであったといわれる。
鉱石は黄銅鉱ないし斑銅鉱および閃亜鉛鉱を主とし, 黄鉄鉱・磁硫鉄鉱・方鉛鉱・自然銀および自然銅等を伴なったもので, かっては一般に上部では閃亜鉛鉱に富み, 下部では黄銅鉱が優勢であった。 𨫤石は孔雀石・石英・方解石・緑泥石および蛍石等である。
炭層は平家岳累層中に賦存する。 一般に薄層で, 低品位であるために稼行の対象にならないが, 図幅地域内において面谷流紋岩類中に捕獲された平家岳累層のなかでは, 厚さが膨大した部分があり, このような部分は稼行され, また図幅地域外では北陸炭鉱 [ 以下の [注] 参照 ] が上穴馬村久沢において稼行している。
このほか手取層群も炭層を含む部分がある。 その一部では黒鉛として試掘されたことがある。
位置および沿革 : 本炭鉱は図幅地域北東部の桂島川上流の標高 750~980 m の高所にある。
大野三番駅から省営バスによって下打波に至り, こゝから桂島川沿いに逆れば約 8 km で山元に達する。 山元から大野三番駅まで約 32 km であり, 自動車道路が通じている。
本炭鉱は明治初年に発見された。 古くは桂島炭鉱とよばれ, 明治 18 年竹内某が着手したが運搬困難のために中止した。 明治 42 年藻寄鉄五郎が経営して, 約 15 km の軌道と 14 km の索道とによって塚原野の 唯野 に搬出した。 明治, 大正年間の最盛時の出炭量は日産 20 t といわれ, 大正 14 年に休山するまでの出炭量は約 2,600 t である。 その後2, 3の経営者を経て, 昭和 13 年から 24 年 10 月まで鳥屋三郎が経営し, 約 1.2 万 t を出炭したが現在は休山中である。
地質 : 本地域を構成する地質系統は 手取層群・平家岳累層・面谷流紋岩類・安山岩類およびこれらを貫く岩脈である。
桂島川の南側には, 流紋岩類中に平家岳累層の漆谷夾炭層が捕獲されている。 この捕獲岩体は, 厚さが数 10 cm で小褶曲を繰返すが, その全体の走向はほゞ N - S で, それに一致して約 1.2 km 連続している。 傾斜は一般に西に傾く。 この捕獲岩体の下盤をなす流紋岩には 径数 mm の粗粒の黒色頁岩が多数に含まれるのが特徴である。
桂島川の北側では, 手取層群の伊月頁岩層および後野礫岩層が流紋岩類によって不整合に覆われる。
岩脈は輝石玢岩ないし玢岩である。
第 19 図は桂島川南側の福井炭鉱の坑内図および地質鉱床図である。
炭層 : 本地域の夾炭層は漆谷夾炭層である。 桂島川南側の流紋岩類中の捕獲岩体では炭層が膨大している。 こゝでは炭層は脈状をなしていて南部の峠では1層であるが, 北に向かって2層に分岐し, 下層(A)と上層(B)とに分かれ, それぞれがふたたび分岐(A は A1 と A2, B は B1 と B2)する(第 19 図参照)。 記録 13) によれば北部においては5~6層であった。 第 20 図は大築および清野 13) による炭柱図である。 この附近は採掘済みで, 褶曲によって繰返されたものか否か不明である。 この北限では捕獲岩の厚さは薄くなり, 厚さ約 1 m の低品位の炭層の上下盤に直接流紋岩が接することもある。
南方の峠を越えた前坂谷上流にも捕獲岩体があり, 旧坑跡が認められる。
炭層は膨縮性に富み, 厚い部分では 4 m に達することがあるが, 間もなく数 10 cm に減少し, 平均して 40~50 cm である。 炭層は主として粉炭で, 塊炭・骸石・黒色頁岩ないし炭質頁岩および土状黒鉛質物質を混入する。
炭質は半無烟炭で, 弱い粘結性を有し, 灰分が多く, やゝ低品位である。
骸石と称せられるものは 低品位炭ないし炭質頁 岩が流紋岩によって熱変質をうけて生成されたコークス質のもので, 発熱量が低く, 比重は約 1.6 である。 比較的に燃焼し易い。
第 9 表は福井三郎 54) による石炭および骸石の分析値, 第 10 表は大築および清野 13) による分析値である。
桂島川の北側にも手取層群中に炭層が諸所に露出し, 探鉱跡も多いが, 一般に低品位で厚さも 30 cm 以下で稼行の対象にはならない。
| 炭種 | 水分 % | 灰分 % | 発熱量 Cal |
| 塊炭 | 1.40 | 40.62 | 4835 |
| 〃 | 1.26 | 64.35 | 2696 |
| 〃 | 1.61 | 41.71 | 4552 |
| 粉炭 | 2.24 | 49.23 | 3961 |
| 〃 | 1.85 | 68.77 | 2157 |
| 〃 | 2.30 | 66.47 | 2528 |
| 骸石塊 | 1.68 | 67.82 | 2278 |
| 骸石粉 | 2.79 | 85.41 | 644 |
| 骸石塊 | 2.03 | 81.38 | 843 |
| 炭種 | 水分 % | 揮発分 % | 固定炭素 % | 灰分 % | 硫黄 % | コークスの性状 | 灰の色 | 発熱量 Cal | 比重 |
| 七尺層 | 1.59 | 26.31 | 52.07 | 20.03 | 0.99 | 膨縮, 粘結する | 淡紅色 | 6545 | 1.410 |
| 四尺層 | 1.20 | 34.23 | 48.55 | 16.02 | 2.93 | 粘結する | 同上 | 6930 | 1.414 |
図幅地域北東部の石徹白村三面谷の上流約 1 km に旧坑がある。 この附近は急峻な山地であり, 流紋岩類が広く分布し, これに平家岳累層の漆谷夾炭層が捕獲されている。 また玢岩がこれらに岩脈として貫入している。
第 21 図に示すように捕獲された漆谷夾炭層は小褶曲をくり返すが, 全体としてその走向はほゞ N - S で東に急斜し, その走向方向に比較的よく連なり, 断続しながら三面谷に沿って北方にのびる。
小褶曲を繰返す夾炭層の向斜および背斜部では炭層が肥大して, 厚さ約 1 m となることがあるが, 他の部分ではきわめて薄く僅かに数 mm~数 cm のことも少なくない。 この肥大した部分の数ヵ所に探鉱跡がある。
炭質は福井炭鉱のものとほゞ同様である。
図幅地域南東部の下伊勢の北西方の小区域にハアミ谷夾炭層が露出し, こゝに炭層が現われている。
露頭部では炭質頁岩ないし炭層と灰色頁岩とが互層をするものであるが, その中部の厚さ約 1.5 m の部分は品位がやゝ向上している。
第 11 表は上治 93) による分析値である。
| 水分 % | 揮発分 % | 固定炭素 % | 灰分 % | 薪比 | 粘結度 | 発熱量 Cal |
| 6.35 | 15.30 | 45.36 | 32.81 | 2.96 | 非 | 3970 |
本図幅地域東部のチナボラ支流の朝日谷の北方には探鉱跡がある。 この附近の炭層は 面谷流紋岩類中に捕獲された漆谷夾炭層に属するものである(第 6 図参照)。 またチナボラには手取層群の伊月頁岩層中に炭層の露頭が2, 3ヵ所あって, 探鉱されたことがある。 第 22 図はこゝの炭柱図の一例である。
図幅地域中央部の下山北東方の谷山谷にも炭層の露頭があり, その炭柱図を第 23 図に示した。 この炭層は伊月頁岩中のものである。
本地域には, 飛驒片麻岩類・伊勢変成岩類・芦谷累層および野尻累層中の諸所に 石灰岩が挾有されている。 多くの岩体が山地に露出しているので一般に運搬が不便で, 多量に採石できるものが少ない。 飛驒片麻岩類中の石灰岩は比較的に運搬が便利であるが, 結晶質である欠点を有する。 したがって大規模に稼行しうるものはなく小規模に採石し, 石灰焼きに供されるに過ぎない。 図幅地域中央部の谷戸口および西部の平沢領家には, 石灰焼のかまの跡があるが現在は休止している。
桂島川の川床には鉱泉が湧出し, その泉質は炭酸泉であったといわれる。 調査当時は埋没して所存を明らかにできなかった。 地質学的には桂島川は断層線に沿った峡谷であるから, 鉱泉はこの断層に沿って湧出するものであろう。
球状石英閃緑岩は珍しい石として重用され, 真名川ないしは九頭竜川川床に流れたものが, 装飾的な石垣または庭石に供される。
EXPLANATORY TEXT OF THE GEOLOGICAL MAP OF JAPAN Scale 1 : 50,000
Kanazawa, No. 58
By MASATORA KAWAI, KEN HIRAYAMA & NAOTOSHI YAMADA (Written in 1956)
The area is located at the western part of the Hida plateau, northern central Japan. The rocks occurred in this area are gneiss and other metamorphic rocks of the basements, sediments of Paleozoic (Gotlandian, Carboniferous and Permian), Mesozoic (Jurassic and Cretaceous), and unknown age (pre-later Jurassic), various kinds of effusive and intrusive rocks (mostly Cretaceous and Tertiary) and Quaternary sediments. The classifications of rocks and their successions are summarized in Table 1.
There are two thrusts, named as the Onō and Ise thrusts, running nearly from east to west in the southern part of this area. These thrusts making the essential components of tectonic features of this area were formed by the crustal movement of Late Mesozoic.
Hida gneiss : In the central and western parts of this map, gneissose rocks accompanied by some crystalline limestone are distributed. These rocks are called "Hida gneiss" in general. Main members are biotite-hornblende gneiss and crystalline limestone. Besides, amphibolite, metagabbro, microcline gneiss, two mica gneiss and schistose hornfels are recognized. But their occurrences are very local, and their geological relations to the mother bodies are yet obscure.
At Tandoguchi, the gneiss forms a slender body elongated nearly in the E-W direction with about 1 km width, which also occupies the anticlinal axial part of the Tetori group. At Shimowakogo in the southern part of Ono-city the gneiss is intruded by quartz diorite at the north and borders on the Tetori group by a fault at the south.
Biotite-hornblende gneiss is characterized usually distinct gneissose (not-banded) structures and by eye-shaped porphyroblasts of plagioclase rimed by mafic minerals. Sometimes, the rock gradually changes to medium-grained, non-gneissose quartz dioritic rocks.
Crystalline limestone is commonly siliceous, and shows banded structure.
Garnet-diopside-wollastonite skarn and pyrite-epidote-diopsidehornblende (plagioclase-quartz) skarn are observed in relatively pure crystalline limestone.
Ise metamorphic rocks : The rocks are distributed along the Ise-gawa (river) and the upper stream of Kuzuryu-gawa (river) in the southeastern part of this sheet. The rocks are composed of black schist, green schist, limestone and peridotite-serpentine.
The black schist consists chiefly of graphite-sericite-quartz schist and is intruded by gneissose gabbro and gneissose diorite in some places.
The green schist consists chiefly of epidote-albite-glaucophane schists, and schistose schalstein, and partly of gneissose gabbro, gneissose aplite, diabase and chert.
Peridotite-serpentine was intruded into the crystalline schists, probably at the end of Paleozoic or at early Mesozoic.
Kamianama group : This group is narrowly distributed in the neighbourhood of Otani, Nojiri and Kami-ise. The lower part of the group is cut off by the "Isé thrust", and so its lower limit is unknown. It is composed of limestone and schalstein. The age of this group is assigned as Gotlandian due to the presence of fossils, such as Favosites cfr. baculoides (BARR.) in limestone of this group.
The strata of Permo-Carboniferous are divided into the Ashidani, Kumokawa, Fujikuradani and Nojiri formations.
Ashidani formation : The formation borders upon the Kamianama group, Nojiri formation and Tetori group by faults. The formation is distributed narrowly in the neighbourhood of the Ashi-dani (valley). It is composed of schistose sandstone and phyllite members.
The schistose sandstone member consists chiefly of schistose sandstone intercalating a few amounts of schalstein.
The phyllite member is composed chiefly of black phyllite, and includes conglomerate, green phyllite, schalstein and limestone. According to K. Ozaki's paper in 1953, Fusulinella sp, was found from the limestone in Ashi-dani (valley).
Kumokawa formation : It is distributed narrowly in the lower stream of Kumo-kawa (river). The formation is composed chiefly of black phyllite or phyllitic clayslate, and partly of limestone, schalstein and hornblende schists. According to M. Kobayashi's paper in 1954, Spiriferina cfr. octoplicata SOWERBY and other brachiopods were found in the limestone.
Fujikuradani formation : It is distributed in the neighbourhood of the Fujikuradani (valley), and is in contact by the fault with the Tetori group, Nojiri and Motodo formations. The formation is composed chiefly of limestone and partly of black phyllite, schalstein and skarn. The limestone bears many crinoidal stems, but no other fossils.
Nojiri formation : This formation is exposed widely in southern part of the area. It is bounded with the Ise metamorphic rocks, spilite, Kamianama group, Ashidani formation and Tetori group by faults, and forms on overturned syncline having an axis east-west trend and inclines southwards as a whole. The formation is divided into following members which are successively conformable in ascending order.
Otani conglomerate member : The cobbles or pebbles of the conglomerate are composed of andesites, schalstein, tuffaceous sandstone, siliceous rocks and limestone. Matrix is red-brown or greenish in colour, and is composed of andesitic tuffaceous matter. Favosites, Schwagerina, Triticites and other fossils are found in some cobbles or pebbles of limestone. According to K. Ozaki's paper in 1953, Triticites sp. was found in some lenticular limestone of Akubara-dani (valley). Also, Schwagerina japonica GÜMBEL is found.
Tomedoro schalstein member : This member is composed chiefly of schalstein, tuff-breccia and tuffaceous sandstone, and partly of green phyllite, limestone and diabase. Schubertella ? sp. is found in limestone on south of Nagano.
Komukudani clayslate member : This is composed chiefly of phyllitic clayslate or black phyllite, and partly of limestone and green phyllite. According to I. Hayasaka and H. Matsuo's paper in 1951, Lyttonia richthofeni KAYSER & HAYASAKA and other brachiopods of Upper Permian were found in limestone in Komukudani (valley) south of Nojiri.
Kamiuchinami formation : It is accompanied with the Hida gneiss along the Uchinami-gawa (river) in the northern part of the area, and is composed chiefly of black phyllite and limestone, and partly of schalstein and sandstone.
Spilite : The rock is distributed narrowly in Hebo-dani (valley), and consists of olivine basalt and olivine-augite basalt.
Konogidani conglomerate bed : It is distributed near Nagano and occurs nearly from east to west along the northern limit of the Paleozoic area, being bounded with the Tetori group and Ashidani formation by faults. The bed consists of conglomerate and tuff breccia. Cobbles and pebbles of the conglomerate are composed of andesites, schalstein, granitic rocks, tuffaceous sandstone and siliceous rocks, but of no limestone. The matrix consists of andesitic tuffaceous materials of reddish brown or greenish colour.
Samondake formation : It is distributed in the southeastern part of the area, and is in contact by the fault with the Ise metamorphic rocks and Kamianama group. The formation is non-fossilferrous, and is divided into following members in ascending order.
Uosakatōge sandstone conglomerate member : chiefly of sandstone and conglomerate, and partly of clayslate, pebbles or granules of this conglomerate are mainly of angular black clayslate and rarely of quartzite.
Kuzawa clayslate member : chiefly of clayslate or phyllitic clayslate, and partly of sandstone.
Semaridani sandstone conglomerate member : similar rocks with the Uosakatoge sandstone conglomerate member, are not exposed in the area of this sheet map.
It is distributed widely in the main part of the area. The group is divided into the Kuzuryū, Itoshiro and Akaiwa subgroups, in ascending order.
This subgroup is of marine deposits, about 1,000 meters in total thickness, and divided into the Arashimadani and Shimoanama formations, in ascending order.
Arashimadani formation : The formation is divided into the following conformable members in ascending order.
Shimoyama conglomerate member : It is the basal conglomerate of the Kuzuryū subgroup. It may rests unconformably on the Hida gneiss, but in the field, it is bordered by faults which are caused by sliding movement. The member consists chiefly of boulder conglomerate, and partly of sandstone and shale. The thickness varies from zero to 300 meters.
Shimowakōgo alternation member : This member is composed of an alternation of sandstone and shale, intercalating conglomerate. It yields abundant fossil plants and belemnites. The thickness varies from 300 to 400 meters.
Shimoanama formation : It is divided into the following conformable members in ascending order.
Kamiwakōgo conglomerate member : This member is probably conformable with the underlying Shimowakōgo alternation member. It is composed of conglomerate interbedded with sandstone and shale in most places, but of coarse-grained sandstone intercalated with conglomerate in the others. It bears fossil plants and belemnites. The thickness varies from 230 to 250 meters.
Kaizara shale member : It composed chiefly of black shale and partly of sandstone. "Perisphinctes" haizaranus Yokoyama and other ammonites of Upper Jurassic were found by many geologists at Kaizara, Shimoyama and Ohara. The thickness varies from 200 to 300 meters.
Yambarazaka alternation member : It is composed of an alternation of sandstone and shale. The thickness varies from 43 to 150 meters. According to S. Maeda's paper in 1953, Karanosphinctes matsushimai (YOKOYAMA) and other ammonites were found at the neighbourhood of Kaizara.
The subgroup is of non-marine deposits, underlain unconformably by the Kuzuryū subgroup. The thickness varies from 480 to 600 meters. The Itoshiro subgroup is divided into the following members, which are successively conformable.
Dōsaiyama conglomerate member : This is the basal member of the subgroup, and underlain unconformably by the Shimoanama or Samondake formations. The thickness varies from 320 to 360 meters.
Lower part (about 50 meters) of the member represents the basal conglomerate of the Itoshiro subgroup, and is composed of boulder conglomerate, intercalating sandstone and shale. The boulders of this conglomerate consist of gneiss, granite, diorite, crystalline limestone, quartz porphyry, sandstone, phyllite, clayslate, black shale, siliceous shale, quartzite and conglomerate. The matrix consists of granitic sand.
Middle part (170~180 meters) is composed of an alternation of shale and conglomerate or coarse-grained sandstone. This part bears fossils of plants (Podozamites sp., Cladophlebis sp. and others) and non-marine mollusca such as "Batissa" yokoyamai KOBAYASHI & SUZUKI and Corbicula (Mesocorbicula) tetorieneis KOBAYASHI & SUZUKI. Upper part (100~130 meters) is composed chiefly of conglomerate, and partly of sandstone and shale. It contains some fossil plants.
Kakunomaesaka alternation member : It is composed of an alternation of sandstone and shale, including conglomerate, and bears some fossil plants. The thickness varies from 80 to 100 meters.
Ittsuki shale member : It is composed chiefly of shale and partly of sandstone. It yields fossils of Corbicula (Mesocorbicula) tetoriensis KOBAYASHI & SUZUKI, other non-marine molluscs and plants of the so-called "Tetori flora". The thickness varies from 80 to 100 meters.
Nochino conglomerate member : It is basal conglomerate of this subgroup, and underlain conformably (?) by the Ittsuki shale member. This member is composed chiefly of conglomerate, and partly of shale and sandstone. The pebbles of conglomerate consist of sandstone, shale, granite, gneiss, phyllite and quartz porphyry. The thickness reaches more than 350 meters.
This formation is exposed in the northern part of the map-area, and rests on the Hida gneiss or Kamiuchinami formation. It is not divisible into any members corresponding to those of the Kuzuryu or Itoshiro subgroups, and is roughly separated the lower and upper part. The lower part is composed chiefly of conglomerate and sandstone, and partly of shale. The upper part is composed chiefly of sandstone and conglomerate, and partly of shale and tuff.
It crops out in Haamidani (valley) in the southeastern part of the area. The bed is in contact with the Ise metamorphic rocks by fault. It is composed of grey or coaly shale and fine-grained sandstone. Cfr. Podozamites lanceolatus L. & H. is found in the coaly shale.
Heikedake formation : It occurs as many small exposures associated with the Omodani rhyolites in the eastern part of the area, but is fully developed at Heikedake to the south of the present area. The formation including the part occuring in the adjoining area is about 110 meters in thickness. It unconformably covers the Samondake formation, and is divisible into the following members in ascending order (but not divided on the present map).
Hinotani volcanic conglomerate member (8.5~30 meters) : andesitic or rhyolitic volcanic conglomerate and rhyolitic tuff-breccia.
Urushidani coal-bearing member (about 14 meters) : alternations of sandstone and shale, including coal or coaly shale which bears Podozamites cfr. Griesbachi SEWARD and Sequoia sp.
Saruzaka conglomerate member (about 80 meters) : chiefly of conglomerate and rhyolite, and partly of sandstone, shale and volcanic conglomerate or agglomerate.
On the basis of fossil evidence this formation is correlated with the so-called "Asuwa series" (Upper Cretaceous) of the Asuwa-gawa (river) district to the west of the present area.
Omodani rhyolites : The rhyolites are underlain unconformably by the Tetori group and older rocks. They cover conformably or intrude the Heikedake formation. The rocks vary in facies, including coarse-grained quartz porphyritic, fine-grained felstic and brecciated ones.
Motodo formation : It is exposed somewhat widely in the southern part of area, and bounded with the Tetori group and Paleozoic rocks by faults. It is divided into the Kagero conglomerate and Sasabugawa conglomerate members (but not divided on the map).
Kagero conglomerate member : It occupies the northern zone of the belt of Motodo formation, and is composed chiefly of conglomerate and partly of tuff-breccia. The boulders or pebbles of conglomerate are chiefly of schalstein, andesitic rocks, granite and tuffaceous sandstone, and partly of dioritic rocks, quartzite, black phyllite, and rarely of quartz porphyry and limestone. The matrix consists of dark-greenish sandy materials. The thickness is about 150 meters.
Sasabugawa conglomerate members : It represents the main part of the Motodo formation, and is composed of conglomerate, sandstone and shale, all these rocks being red-brownish in colour. The conglomerate bears subangular or rounded cobbles and pebbles of andesitic rocks, tuffaceous rocks, sandstone and limestone. The matrix of conglomerate is tuffaceous. The upper part of member contains many cobbles of limestone. According to M. Kobayashi's paper in 1954, Yabeina sp. and other fusulinids were found in the cobbles of limestone. The thickness is about 600 meters.
Metadiorite-Metagabbro : The rocks varied in composition from metadiorite to metagabbro occur as necks intruding the Isé metamorphic rocks and the Tetori group (Itoshiro subgroup) in the middle course of the Ise-gawa (river).
Quartz diorites : Quartz diorites occur in the northwestern part of the area. They intruded the Hida gneiss, but the just point of the contact is not recognized. The rock facies are of two kinds, leucocratic, coarse-grained quartz diorite and ball quartz diorite. The ball quartz diorite is found in the neighbourhood of the Nakaashi-dani (valley).
Diorite : Diorite is distributed in the northern part of the area, and intrudes the Uchinamigawa formation, Itoshiro subgroup and Kuzuryū subgroup.
Dyke rocks : There are many kinds of dyke rocks in the mapped area.
Diorite porphyrite-Gabbro porphyrite : diorite porphyrite, gabbro porphyrite and fine-grained gabbro intrude the Tetori group and older rocks.
Hornblende porphyrite : It intrudes generally the Paleozoic rocks in the neighbourhood of the "Onō thrust" and rarely the Tetori group.
Pyroxene porphyrite and Porphyrite : These rocks intrude quartz diorites, diorite, the Tetori group and older rocks, and rarely the Omodani rhyolites and andesites.
Plagioclase porphyrite : A few dykes of plagioclase porphyrite intrude the Tetori group and Fujikuradani formation, but are omitted on the map, because they are small bodies.
Nishitani rhyolite : It occurs narrowly at the southwestern corner of the area and covers the Nojiri formation.
Andesites : Andesites are distributed in many parts of the area and are composed of lava flows, dykes, and agglomerate or tuff-breccia. The lava and agglomerate or tuff-breccia cover the Nishitani rhyolite, quartz diorites, diorite and older rocks. The rock types are chiefly hypersthene-augite andesite and partly olivine-hypersthene-augite dolerite. Probably, the dolerite extruded at the early stage of the volcanic activity, and the andesite occurred at the later stage.
Tōgō formation : It is distributed at the Ono basin of the northwestern part of the area, and consists of gravel, sand and clay. The formation covers unconformably the andesites and older rocks. The parts distributed narrowly along the Kuzuryu and other rivers are the deposits of river terraces.
Kamizaisho formation : It is distributed narrowly at the northeastern corner of the area, and covers Tertiary andesites. The formation consists of andesitic mudflow.
It is distributed in the Ono basin, and along the Kuzuryū and other rivers.
Lead-zinc ores are the most important mineral resources in this area. The ore deposits of the replacement type are occurred in the Fujikura-dani and Nojiri formations of Permo-Carboniferous and the Motodo formation of Cretaceous. The important ore deposits are located in the southwestern part of this sheet, and grouped into four rows trending parallel about in E - W direction. The first row is the most valuable, including the ore deposits of Nakatatsu mine. The mine is now working in the Senno, Hitogata and Nakayama deposits. The ores of these deposits are composed chiefly of sphalerite and galena, mixed with pyrrhotite, magnetite, chalcopyrite, arsenopyrite, pyrite and molybdenite. Gangue minerals are hedenbergite, epidote, zoisite, garnet, hornblende, wollastonite, apatite and others. The second row is located in the Motodo and Nojiri formations, and the third and the fourth are in the latter. The third row is second in economic values. The second and fourth rows are small in value.
In former days, Gandō, Nojiri, Omodani and other mines were worked for copper ores, but all are closed at present.
Semianthracite seams are found in the Urushidani coal-bearing member of the Heikedake formation (Upper Cretaceous) and the Haamidani coal-bearing bed (Tetori group). But they are small in scale and have no economic value.
昭和 32 年 10 月 10 日印刷 昭和 32 年 10 月 15 日発行 著作権所有 工業技術院 地質調査所