10015_1966

地域地質研究報告
5万分の1図幅

金沢(10) 第 15・16 号

邑知潟 おうちがた 虻ガ島 あぶがしま 地域の地質

通商産業技官 今井功
通商産業技官 坂本亨
通商産業技官 野沢保

昭和 41 年

地質調査所


目次

I. 地形
I.1 石動山丘陵区
I.2 眉丈山丘陵区
I.3 邑知潟低地帯
II. 地質
II.1 概説
II.2 飛騨変成岩
II.3 船津花崗岩類(石動山花崗岩体)
II.4 新第三系
II.4.1 穴水累層
II.4.2 八尾累層
II.4.3 音川累層
II.4.4 氷見累層
II.4.5 埴生累層
II.4.6 眉丈山丘陵区の新第三系(穴水累層を除く)
II.5 第四系
II.5.1 「高階層」
II.5.2 段丘堆積物
II.5.3 冲積堆積物
II.5.4 扇状地堆積物
II.5.5 崖錐堆積物
II.5.6 砂丘砂
II.6 地質構造
II.6.1 石動山丘陵区の地質構造
II.6.2 眉丈山丘陵区の地質構造
III. 応用地質
III.1 褐炭および亜炭
III.2 石灰岩
III.3 マンガン
III.4 鉱泉
III.5 地すべり
文献

Abstract

地域地質研究報告
5万分の1図幅(昭和 40 年稿)

金沢(10) 第 15・16 号

邑知潟 おうちがた 虻ガ島 あぶがしま 地域の地質


邑知潟および虻ガ島図幅の調査は, 昭和 33 年度から 35 年度まで, 3カ年にわたって行なわれた。 両図幅は地質的には相互に密接に関連しており, 実面積の上では虻ガ島図幅は一図幅の約 1 / 7 を占めるにすぎないので, この報告書では両図幅を一括して記述することにした。

野外調査は, 呂知潟図幅に関しては基盤の変成岩・花崗岩分布地域を野沢が, 第四系ならびに邑知潟低地帯 北西方の新第三系を坂本が, 邑知潟低地帯 南東方の新第三系を今井がそれぞれ担当し, 虻ガ島図幅に関しては全域を今井が担当した。 また, 石動図幅地域との調整のために角靖夫技官の協力を得た。 報告書の記述は, 各自分担地域を担当し, 今井がこれを総括した。

なお, 応用地質のマンガンの項は本所の盛谷智之技官が, 地すべりの項は黒田和男技官がそれぞれ執筆した。 また, 堆積岩・火山岩類の検鏡には上村不二雄・角靖夫両技官の援助をうけ, 石灰岩の化学分析は藤貫正技官をわずらわした。 本図幅調査に関する岩石薄片の製作は, 工作課の村上正・大野正一・宮本昭正・佐藤芳治の各技官が担当した。

両図幅の調査にあたっては, 金沢大学の 絈野 かせの 義夫教授, 富山大学の藤井昭二講師, 氷見北部中学の松島洋氏ならびに「なだうら」グループ, 北陸第四紀研究グループの方々から, 多くの御教示と御援助をいただいた。

I. 地形

能登半島の頸部を占める邑知潟・虻ガ島両図幅地域の地形は, 北東 - 南西方向に発達する邑知潟低地帯と, その南東の 石動山 せきどうさん 丘陵区およびその北西の 眉丈山 びじょうせん 丘陵区に3分される。

I.1 石動山丘陵区

この丘陵区には, 桝形峠(標高 345 m)・ 杓子 しゃくし [ 杓子ヶ峠 ? ] (標高 422 m)・ 石動山(標高 565 m)・ 荒山峠(標高 394 m)・ 原山峠(標高 360 m)・ 碁石 ごいし 峰(標高 461 m)を連ねる稜線が, 低地帯側に著しく偏して北東 - 南西方向に走っている。 この稜線は後述する石動山背斜の軸部にほぼ一致している。 第 1 図に示すように, この丘陵区は二宮 [ ← 邑知潟図幅内 ] とう ノ浜 [ ← 虻ガ島図幅内 ] を結ぶ東西線と, 飯山 いのやま と藪田 [ ← 飯山・藪田はどちらも邑知潟図幅内 ] を結ぶ東西線とによって, 地形的にさらに北から 熊淵 くまぶち 区・石動山区・ 氷見 ひみ 区の3地域に区分される。 この地形区分は後述の地質構造区分とほとんど一致する(第 25 図 [ 後述 ] 参照)。

第 1 図 地形区分図。
B : 眉丈山丘陵区, K : 石動山丘陵区 熊淵区, S : 石動山丘陵区 石道山区, K : 石動山丘陵区 氷見区,
c - a - b および d - e : 地形区境界線,
-- : 分水嶺, … : 1.5 km 間隔で谷を埋めた復元等高線(数字は標高(m))

熊淵区 は主として標高 400 m 以下の丘陵性低山地からなる。 地質的には穴水累層の火山砕屑岩類が卓越する地域である。 稜線は北西に偏し, その東側の滝ノ尻・ 多根 たね 付近には標高 300 m 台の台地状地形がみられる。 主要河川は石動山・コロサ付近に源を発して東流する熊淵川で, 台地状地形をうがって狭く深い谷を造っている。 熊淵川の流路は, 中・下流部では後述の東ノ浜向斜の軸部にほぼ一致している。 東海岸(灘浦海岸) [ 虻ガ島図幅 ] には, 小範囲ではあるが標高 20~60 m の海岸段丘が認められる。 なお, 海岸線は黒崎付近で突出し, 熊淵川河口付近で若干湾入しているが, 突出部は火山砕屑岩類からなり, 黒崎背斜の軸部にあたっており, 湾入部は泥岩からなり, 東ノ浜向斜の軸部にあたっている。

石動山区 は一般に標高 400 m 以下の丘陵性低山地からなる。 碁石峰から石動山に連なる稜線は低地帯側に偏在するが, 熊淵区の稜線に較べると雁行して東にずれている。 稜線は南西から北東に向かって徐々に高度を増し, 最高地の石動山付近で東に向きを変え, 徐々に低くなりながら大泊に達している。 石動山周辺には 新第三系の基盤をなす片麻岩類および新第三系の穴水累層が露出している。

丘陵の西斜面は一般に急傾斜をなし, 東斜面は緩傾斜をなしており, 全体として非対象の丘陵地形を呈するが, この傾向は新第三系の地層の傾斜の傾向ともよく一致している。 また, 西斜面では砂岩・礫岩など粗粒岩が露出するのに対し, 東斜面では泥岩など細粒岩が広く露出しており, 両斜面の岩相に著しい相違がみられる。 東斜面ではケスタ地形の発達が良好で, 標高 200~300 m 台の 磯辺 いそべ 胡桃 くるみ 一刎 ひとはね 付近では地辷りの形跡が非常に多い。 以上の地形的特徴から, 主要河川は東斜面に多く, 宇波 うなみ 川・ 阿尾 あお 川などはいずれも平行して南東流している。 河川勾配の遷急点は, 宇波川では戸津宮付近, 阿尾川では磯辺付近に認められる。 これらの地域はいずれも岩相分布の境界部にあたっている。

大泊付近の海岸 [ 虻ガ島図幅 ] には小範囲に海岸段丘がある。

氷見区 は標高 200 m 台以下の低平な丘陵地で, 稜線は石動山区ほど明瞭ではないが, 低地帯側に偏在しており, 石動山区の稜線に較べると, 雁行してさらに東側にずれている。 稜線を境とする丘陵の両斜面の新第三系の岩相は, 層厚の差はあるにしてもほとんど同様である。 石動山区と同様に東斜面ではケスタ地形の発達が良好で, 標高 100 m 台の熊無・ 論田 ろんでん 付近には地辷りの形跡が多い。 主要河川は東斜面にあり, 余川川 よかわがわ 上庄 かみしょう 川はいずれも東流して下流域に冲積平地をつくっている。 西斜面にも, 東斜面の河川ほど大きくはないが, 飯山 いのやま 川・ 子浦 しお 川があり, 稜線をへだててそれぞれ余川川・上庄川とまったく対称的に西流している。 氷見市から南, 国鉄氷見線に沿って新旧3帯の砂丘がある。 この砂丘は富山図幅地域内の 雨晴 あまはらし 付近に達するもので, 本図幅地域内ではその末端がみられるにすぎない。

I.2 眉丈山丘陵区

第 1 図に示すように, ほとんど標高 200 m 以下の低平な丘陵地で, 東ないし北東に向かって徐々に高くなっている。 標高 150 m 以上の稜線は2帯あり, 熊淵・石動山両区を分かつ二宮と東ノ浜とを結ぶ東西線の西の延長部をほぼ境として, 2つの稜線は雁行している。 南の稜線は標高 120~180 m で北東 - 南西方向に伸びており, 眉丈山と呼ばれる。 この稜線の低地帯側の斜面は急傾斜で, 山麓の処々に基盤の花崗類が露出している。

この丘陵区に露出する地層は, 大部分が新第三系の礫岩・砂岩および泥岩からなり, 地質構造的には緩傾斜のドーム・ベーズン状構造をなしていて, 低平な現地形とよく調和している。 丘陵区の西部には広く海岸段丘が発達し, 標高 20~40 m の平坦面を形成している。 西海岸では柴垣から北隣の七尾図幅地域の南東隅の高浜にかけて, 巾 1~1.5 km の砂丘が発達する。 この砂丘砂は海岸段丘を被覆している。 この砂丘は, 南の 千里 ちり 浜砂丘のように大規模な砂丘地形を示さない。

I.3 邑知潟低地帯

邑知潟図幅地域の北の七尾から南西の 羽咋 はくい にかけて, ほぼ直線的に走る低地帯で, 能登半島の頸部を斜めに切って発達している。 この低地帯は地質的ならびに地形的に, 古くから「邑知地溝帯」として注目されている(第 2 図参照)。

第 2 図 邑知潟低地帯の地形。
N : 七尾図幅, O : 邑知潟図幅, A : 虻ガ島図幅, K : 小口瀬戸図幅,
M : 御祓川, NM : 二宮川, NS : 長曽川, I : 飯山川, S : 子甫川, H : 羽咋川,
T : 徳田段丘, Sg : 柴垣段丘, Ts : 津向段丘,
a - b : 二宮 - 東ノ浜線, Sd : 砂丘,
… : 等高線(数字は標高(m))

低地帯の巾は北東の七尾付近では約 1 km であるが, 南西に向かって次第に拡がり, 羽咋付近では 4 km 以上となる。 二宮 - 東ノ浜線の南西では, 低地帯はその両側の丘陵と地形的に明確に区別されるが, 北東では丘陵との境が不明確になり, 低地帯の性格は薄くなる。 低地帯の地形は一般に標高 20 m 以下で低平であるが, 二宮 - 東ノ浜線から北, 七尾・邑知潟両国幅の境界部付近にかけて標高 30 m 台の高まりがあり, この付近を中心として, 長曽 ながそ 川・二宮川・ 御祓 みそぎ 川と水系が3分される。 また, 二宮・芹川付近では, 北西に向かって扇状地がはり出し, このために二宮付近では標高 80 m に達している。

邑知潟図幅地域の北端には, 低地帯に沿って比高約 5 m の徳田段丘が分布している。 この段丘は海成段丘で, 低地帯に沿って七尾付近まで続き, 七尾の北西の 津向 つむぎ 段丘に対応するものとみなされている(大塚弥之助, 1934)。 七尾付近では比高 30~40 m となる。

低地帯の南西端には, 羽咋市街を南北によぎって発達する千里浜の砂丘がある。 この砂丘は標高 30~40 m, 巾 1~2 km で, その南の延長は高松付近(津幡図幅地域内)をへて, 金沢市の北方の 内灘 うちなだ の砂丘に連なっている。

邑知潟 おうちがた は水深 2 m 以内で, 羽咋川の逆流止水門によって淡水湖となっている。 現在では干拓が進んで, 次第にその面積を縮少しつつある。 おそらく冲積世後半の海退と砂丘の成長とによってとり残された, 名残りの潟であろう。

II. 地質

II.1 概説

邑知潟・虻ガ島図幅地域の地質は, 飛騨変成岩およびこれに伴う船津花崗岩類, 新第三系の穴水累層・ 八尾 やつお 累層・音川累層・氷見累層・ 埴生 はにゅう 累層 [ 以下の [注] 参照 ] , 第四系の「 高階 たかしな 」層・段丘堆積物・崖錐堆積物・砂丘砂・冲積堆積物からなる(第 1 表)。

[注]
埴生累層の年代論的位置づけに関してはまだ確実な証拠がない。 この報告書では便宜的に新第三系の最上部として扱かう。

第 1 表 地質総括表

地質年代 層序 備考
地域 → 眉丈山丘陵地域 コロサ断層以南 コロサ断層以北
石動山丘陵地域

この地域は, 基盤岩類からみれば飛騨変成帯に属しているが, この変成帯にしばしば随伴する来馬層群・手取層群など中生界の堆積岩類を欠き, また面谷流紋岩類・濃飛流紋岩類ならびにこれらに伴う花崗岩類など, 後期中生代(~古第三紀 ?)の火成岩類も認められず, 飛騨変成岩の上に新第三系が直接している。

また新第三系からみれば, この地域は裏日本の新第三紀積成区のうち北陸区に属している。 北陸区の東部は 新第三系の層相および地質構造上の特徴から さらに能登区・富山北区・富山南区に3分される(絈野・坂本・石田, 1961)。 邑知潟・虻ガ島両図幅地域の大部分は富山北区に含まれ, 北端部は能登区に含まれる。 能登区と富山北区との境界は, コロサ構造線 [ 以下の [注] 参照 ] で示される(第 3 図参照)。

[注]
位置的には地形区を境する二宮 - 東ノ浜線にほぼ一致する。 構造線の性格については地質構造の項で述べる。 なお, この構造線は地質構造上からはコロサ断層として表現される。 しかし, コロサ断層自体は眉丈山丘陵区ではその存在が不明確となる。

第 3 図 北陸東部 新第三紀 積成区。
O : 邑知潟図幅, A : 虻ガ島図幅, a - b : コロサ構造線

能登区と富山北区はともにほとんど同様の堆積岩類および火山砕屑岩類からなるが, 前者は穴水累層・八尾累層相当層が厚く発達して, 地域の過半を占めて分布しており, 音川累層相当層以上の発達は限られている。 とくに氷見累層は七尾湾の能登島から北にはみられず, 埴生累層は存在しない。 また, 顕著な褶曲構造も発達しない。 その積成様式, 地質構造, 地形的特徴からみて, 能登区は台地的性格が強い。 これに対して富山北区では, 穴水累層の発達はきわめて悪いが, 八尾累層以上の地層は普遍的にあらわれる。 各積成期を通じて多様な基盤運動があり, 岩相, 層厚はそれに応じて変化している。 この多様な基盤運動は性格を変えながらも逐次助長され, 北東 - 南西方向の褶曲と, 東西方向の褶曲とがあらわれる。 その地質構造形態は現地形ともよく調和している。 したがって富山北区は, 能登区に較べれば半地向斜的な性格をもつものとみなすことができよう。

富山北区は, 構造単元の上から, さらに石動山区とその南側の宝達山区とに2分される(第 3 図参照)。 両区は異質的な構造単元ではなく, 規模の差はあっても, きわめて類似した性格を有している。

II.2 飛騨変成岩

本図幅地域には, 小面積を占めて, 片麻岩・石灰岩および花崗岩質岩石が点在する。 これらの岩石は, いわゆる飛騨変成帯に属する基盤岩類で, それぞれ飛騨変成帯に共通した性質をそなえている。

[ II.2.1 ] 飛騨変成帯

この変成帯は, 西南日本内帯の基盤岩の帯状配列の最北帯をつくるもので, その主体は, 飛騨山地を中心に南東方に凸面をむけた弧状の分布をとる(第 4 図)。 飛騨変成帯は, 片岩・片麻岩・石灰岩・花崗岩質岩石および小迸入岩類からなる。 花崗岩質岩石は, 船津花崗岩類と総称される。

第 4 図 飛騨山地を中心にした基盤岩類の分布と邑知潟図幅地域の位置

本図幅地域は, 飛騨変成帯の主体の弧状分布をはなれた内側, いいかえると北側に位置する。 内側では, 飛騨変成岩は, 現在わずかに能登半島にだけみいだされる。 能登半島では, 本図幅地域のほかに, 南隣の 石動 いするぎ 図幅地域の 宝達山 ほうだつさん 付近, および北方約 40 km の 剣地 つるぎち 図幅地域の 鹿頭 ししづ 付近に小露頭の点在が知られている。

[ II.2.2 ] 本図幅地域の飛騨変成岩の概略

本図幅地域の飛騨変成岩は, おもに黒雲母片麻岩と透輝石片麻岩からなる。 その他, 少量の苦鉄鉱物に乏しい石英長石質片麻岩・石灰岩および小迸入岩類を伴う。

これらの変成岩類は, 頁岩・石灰岩および石灰質堆積岩をはさむ 砂質頁岩を主とした累層に由来すると考えられる。

本図幅地域の飛騨変成岩については, 飛騨変成帯の研究上, 弧状分布のほぼ円弧の中心に位置するこの地域での分布および構造, あるいはまた, 一般に飛騨山地では変成度が北に下降する傾向があるので, 分布の北端に近いこの地域での岩相の変化などという点に興味が集中している。 しかし, 分布に乏しいせいもあって, まだ研究はあまり進んでいない。

[ II.2.3 ] 分布

飛騨変成岩は, 本図幅地域では, おもに石動山周辺に, 杓子 しゃくし [ 杓子ヶ峠 ? ] 側谷 がわたに 蟇谷 がばだん ともいう)・ 蟻原 ありがはら [ 蟻ガ原 ? ] および 大窪 おおくぼ で露出している。 いずれも, 周囲は第三紀層に, 断層または不整合の関係で接する。 その他, 第三紀層分布地域中には, 地石とまちがえられるような大きな変成岩の転石がしばしばみいだされる。

飛騨変成岩は, 一般に, 小規模な分布地域においても, 船津花崗岩を伴って分布する特徴があり, 大きくみるとこの地域もその例外ではない。 また, 本図幅地域で, 飛騨変成岩と船津花崗岩の分布関係をくわしくみると(第 5 図), 変成岩は北東半に, 花崗岩は南西半に分布する。 また, 花崗岩の内部構造も, 大きくみると, ほぼこの分布関係に整合的になる傾向があるようである。 このような関係が, 南隣の石動図幅地域の宝達山付近の基盤岩類についても認められることは, 注目される。

第 5 図 飛騨変成岩および船津花崗岩の分布関係

[ II.2.4 ] 地層区分

本図幅地域の飛騨変成岩は, 一括して 越路層 となづける [ 越路は石道山の西麓にあった村 or 町 ] 。 越路層の各岩体は新第三紀層によってへだてられ, それぞれ走向・傾斜が不連続的に変化し, 整合的な層序関係でつなぎあわせにくい。 これは, おもに若い時代におきた地塊運動のせいであろう。 ここでは, 分布に従って, 杓子峠・大窪および側谷の3岩体に分けてのべる。

杓子峠岩体
おもに黒雲母片麻岩からなり, ごく一部に透輝石片麻岩およびまれにうすい石灰岩層をはさむ。 構造は, 西半でほぼ N 50°W, 東半でほぼ東西に近い走向をもち, ゆるく北に傾く。 船津花崗岩に接する。
大窪岩体
おもに黒雲母片麻岩からなる。 構造は, 走向はほぼ N 60°E, 傾斜は, 杓子峠岩体や側谷岩体と逆にほぼ 60°S である。
側谷 がわたに 岩体
おもに透輝石片麻岩および黒雲母片麻岩からなり, 「 越路 こしじ 石灰」などとして有名な石灰岩層をはさむ。 構造は, 西半で走向ほぼ N 40°W, 東へゆくと東西に近づき, 傾斜は 20~40°N である。

[ II.2.5 ] 構造

各岩体の構造は前項でのべたが, この構造は, 石灰岩層や黒雲母片麻岩などの互層関係から層理を測定したもので, 原堆積岩の層理にほぼ相当すると考えられるものである。 また, 変成作用によって生じたと考えられる変成鉱物の平行配列も, 個々の露頭で, ほとんどの場合, 原岩の層理と調和的である。 この事実は, 飛騨山地でも多くの場合, 共通する。

能登半島での飛騨変成岩の構造は, それぞれ変化に富むが, 南の宝達山付近では, ほぼ N 10~30°W, また北の鹿頭付近では, ほぼ N 10°W である。

変成岩地域には, 古い断層も部分的に発達し, 側谷では, このような断層群に伴ってミロナイトが発達する。 ミロナイトは, 側谷の石灰石採掘場跡付近で, ほぼ南北方向に並列する小断層群に伴って, 巾約 100 m にわたって岩石に影響をあたえている。

[ II.2.6 ] 岩相

本図幅地域の飛騨変成岩は, 岩相の変化が頻繁であるが, その大部分は石英長石質片麻岩からなり, 少量の石灰岩および小迸入岩類をまじえる。 岩石の種類は, おおよそ次のように分類することができる。

(a) 苦鉄鉱物に乏しい石英長石質片麻岩
(b) 黒雲母で特徴づけられる片麻岩
(c) 透輝石で特徴づけられる片麻岩
(d) 石灰岩
(e) 変成岩に伴う小迸入岩類

これらの岩相は, 本邦の他の古生層に由来する変成岩に較べて, 全体に岩相の変化が頻繁で, 単一の岩相の厚い発達を欠くこと, うすい石灰岩層がひろく分布すること, 透輝石片麻岩の頻繁な発達, チャート砂岩および礫岩に由来する変成岩に乏しいことなどの特徴がある。

ついでにいうと, これらの岩相は, 飛騨山地の場合とほぼ共通している。 ただ, この地域には, 飛騨山地に多い角閃石片麻岩の分布に乏しい点は異なっている。 これは, 変成帯内での岩相変化によるものか, それとも露出面積が少ないために観察されないものか明らかでない。 しかし, 能登半島における他の飛騨変成岩の小露頭においても, 角閃石斜長石石英片麻岩は宝達山付近をのぞいて一般に乏しいので, 一応, 地域的な岩相の変化と考えておく。 この事実と, 後にのべる 下之本 しものもと 型石英閃緑岩について, 他の性質はよく似ているのに, 主要苦鉄鉱物が, 飛騨山地では角閃石であり, この地域では黒雲母である事実とは関係のあるものと考えられる。

(a) 苦鉄鉱物に乏しい石英長石質片麻岩

ごくまれに, 明色の石英長石質片麻岩が, 黒雲母片麻岩や透輝石片麻岩にはさまれてうすい岩相をつくる。 しばしば, 外形が不規則になったり, 境界が不鮮明になったりする。

本岩の構成鉱物は, ほとんど石英と斜長石からなる。 微斜長石をふくむ場合があるかどうか, 例が少ないので, 一般的には明らかでない。

① 斜長石石英片麻岩(TN61112312B): 七尾市 側谷, 石灰石採掘場跡。 側谷岩体
明色, 中粒, 石灰岩および透輝石斜長石石英片麻岩と互層して, 巾 0.1~2.0 m の不規則な層状をなし, 数層が認められる。
鏡下では, 石英・斜長石および少量の白雲母片からなる。 白雲母片にわずかに平行配列が認められ, 一部では流理様の外観をもつ。 斜長石は, 多くは多少とも変質しているが, 成分はほぼ灰曹長石である。 変質生成物もまた白雲母が多い。 また, ごく少量のジルコン様鉱物および鉄鉱をふくむほか, 副成分鉱物に乏しい。

本岩は, 酸性火山岩または砂岩に直接由来するか, それとも頁岩などから変成分化作用の結果として形成されたものか明らかでない。

(b) 黒雲母で特徴づけられる片麻岩

この図幅地域では, 本岩はもっとも広く分布する変成岩である。 どの岩体でもよく観察できる。 一般に, 中粒または粗粒, 層状構造がよく発達し, 明色の石英長石帯と暗色の黒雲母に富んだ帯が 2~50 mm の巾で互層する場合が多い。 互層の巾は, しばしば不規則で, 境界も不鮮明になることがある。 本岩の構成鉱物は, おもに黒雲母・斜長石および石英であって, 明色帯には微斜長石がふくまれることもある。 微斜長石は, しばしば, 斜長石を部分的に, あるいは, 一つの結晶全体を交代して形成される。 また, 柘榴石の斑状変晶のふくまれることもある。 一部の岩石では, 角閃石をもつ層が, 黒雲母をもつ層と互層したり, 角閃石が黒雲母を交代したりする。 ほとんど常に, ごく少量の燐灰石・鉄鉱およびジルコン様鉱物をふくむ。

おもな鉱物組合わせは次のとおりである。

黒雲母・石英・斜長石
黒雲母・石英・斜長石・微斜長石
黒雲母・柘榴石・石英・斜長石・微斜長石
黒雲母・角閃石・石英・斜長石
② 黒雲母石英斜長石片麻岩(氷 45): 氷見市 大窪。 大窪岩体
中粒, やや暗色, 黒雲母の平行配列は著しく, 縞状構造の発達に乏しい。 比較的均質である。 肉眼に緑色がかった色調で, 角閃石片麻岩のようにみえるが, 実際には角閃石はほとんどふくまれていなくて, 多量にふくまれる黒雲母が緑色を呈するものである。
鏡下では, おもに黒雲母・斜長石および石英からなり, 少量の徴斜長石ならびにごく少量の燐灰石・ジルコン様鉱物および鉄鉱をふくむ。 黒雲母は, 0.5~1.0 mm, 多色性著しく, X : 淡褐色, Y, Z : 草緑色である。 しばしば, 0.1 mm 以下の小片が集合して, 径 1~3 mm の団塊をつくることがあり, なにかの鉱物を交代したのではないかと考えられるが明らかでない。 また, 黒雲母片は, 塊状 半自形の斜長石の周縁をへりどるように分布することもある。 黒雲母の一部は変質し, 緑泥石化したり, 劈開にそって葡萄石をはさむ。 斜長石は, 塊状 半自形, 0.5~2.5 mm, 変質が著しい。 成分は, 灰曹長石のものと一部に中性長石のものとがあり, しばしば, 灰曹長石の核部に, 不規則な形で中性長石の部分が残存していることがある。 微斜長石は, 少量しかふくまれないが, 新鮮で, 微斜長石構造がよく発達する。
③ 黒雲母斜長石石英微斜長石片麻岩(TN61112306B): 七尾市 側谷, 石灰石採掘場跡。 側谷岩体
中粒, 明色, 巾 2~5 mm の不規則な縞状構造をもつ。 黒雲母の平行配列は認められるが, あまり著しくない。
鏡下では, おもに黒雲母・微斜長石・石英および斜長石からなり, ごく少量の燐灰石・鉄鉱およびジルコン様鉱物をふくむ。 黒雲母は, 1~4 mm, 多色性著しく, X : 淡褐色, Y, Z : 赤褐色, しばしば劈開にそって変質し, 葡萄石および少量のチタン石に交代される。 微斜長石は, 一部に文象構造の発達が著しい。 斜長石は, 小さく, かつ少量で, 半自形, 0.3 mm 前後, 成分は, ほぼ灰曹長石である。 燐灰石は, 黒雲母に付着したり, あるいは, 黒雲母に包有されたり, 相互に密接な関係をもって産出することが多い。
④ 柘榴石黒雲母斜長石徴斜長石石英片麻岩(TN61112102B): 七尾市 側谷, 石灰石採掘場跡。 側谷岩体
粗粒, 明色, 巾 3~8 mm の不規則な縞状構造をつくる。 石灰質累層に伴われる。 黒雲母の平行配列が著しい。
鏡下では, おもに黒雲母・石英・微斜長石および斜長石からなり, 少量の柘榴石ならびにごく少量の燐灰石・ジルコン様鉱物および鉄鉱をふくむ。 黒雲母は, 1~3 mm, 多色性著しく, X : ほとんど無色, Y, Z : 濃褐色である。 石英は, 他形, 0.5~3.0 mm, 波動消光が著しい。 微斜長石も他形, 1~3 mm, 微斜長石構造が著しい。 斜長石は, 半自形, 1~4 mm, 変質が著しいが, 成分はほぼ灰曹長石である。 部分的にミルメカイトが発達する。 柘榴石はまるみをおびた自形または半自形, 0.5~2.0 mm, 割れ目にそって蛇紋石化する。 著しく変質がすすんで, 柘榴石がほとんどなくなり, 蛇紋石と少量の雲母の塊状の混合物になっている場合もある。
⑤ 角閃石黒雲母石英斜長石片麻岩(TN61112305A): 七尾市 側谷, 石灰石採掘場跡。 側谷岩体
中粒で比較的暗色の黒雲母帯と, やや粗粒で比較的明色の角閃石帯との巾 0.5~2.0 cm の不規則な縞状互層からなる。 黒雲母の平行配列が著しい。 石灰質累層に伴う。
鏡下では, 暗色帯は, おもに黒雲母・斜長石および石英からなり, 少量のチタン石・燐灰石および鉄鉱からなる。 黒雲母は, 0.5~1.5 mm, 多色性著しく, X : ほとんど無色, Y, Z : 褐色である。 斜長石は, 塊状 半自形, 0.5~2.0 mm, 多少変質し, 成分はほぼ灰曹長石である。 石英は比較的少ない。
明色帯は, 黒雲母がなくなり, かわりに無色またはうすい草緑色の角閃石があらわれる。 角閃石は不規則な外形をもち, 大きさ 2~4 mm である。 また, 角閃石には, 大きさ 0.2 mm 前後の小片が塊状に集合している場合もある。 斜長石と石英は, 暗色帯に較べて著しく量比をます。 斜長石は暗色帯より変質が著しい。 チタン石は, 単独で, あるいは鉄鉱をコロナ状にとりまいて産出する。
両帯は漸移し, 明瞭な境目がない。 また角閃石の明色帯の一部は, 黒雲母の暗色帯へ細脈となって貫入していることがある。 それで, 角閃石帯は黒雲母帯より後期の生成で, 一部では, 両者は交代関係にあるのではないかと考えられる。

一般に, 本図幅地域の黒雲母で特徴づけられる片麻岩は, 石灰岩との互層関係や黒鉛をふくむ岩層の存在などからみても, 堆積岩原で, 頁岩あるいは砂質頁岩に由来すると考えられる。

本岩は, 飛騨山地の場合とほぼ同じ性質をもつ。

(c) 透輝石で特徴づけられる片麻岩

本岩の分布は, おもに石灰岩地域に限られ, 石灰岩と互層したり, 石灰岩をさや状にとりまいたりする。 黒雲母片麻岩と不規則に互層することもあり, まれには石灰岩を伴わないこともある。 一般に平行構造に乏しく, とくに粗粒で明色の岩相では, ほとんど平行構造がなく, 火成岩様の外観を呈する。 中粒または細粒で, いくらか暗色の岩相には, とくに鉱物の平行配列が認められたり, 縞状構造が部分的に発達したりする。 縞状構造は, 本岩が黒雲母をふくむ場合や黒雲母片麻岩と互層する場合に著しい。

本岩は, 一般に不均質で, 暗色鉱物の量比, 粒度, 平行構造などの変化が著しく, また, 包有物も普遍的に多い。 包有物は, 黒雲母片麻岩・透輝石片岩・石灰岩などである。

本岩は, 明色岩相から暗色岩相まで漸移的変化に富む。 明色岩相は, 一般に粗粒, 平行構造のない透輝石斜長石石英片麻岩で, 暗色岩相は, 中粒または細粒, 鉱物の平行配列や縞状構造の認められる部分をふくむ 透輝石(± 黒雲母)石英斜長石片麻岩である。 明色岩相は, 暗色岩相を切ったり, 包有物状にとりこんだりしているので, 暗色岩相より晩期に形成されたものであろう。

構成鉱物は, 両岩相にほぼ共通で, 透輝石・斜長石および石英を主とし, 少量のチタン石ならびにさらに少量の燐灰石および鉄鉱をふくむ。 まれではあるが黒鉛をふくむこともある。 このほか, 黒雲母あるいは緑色 普通角閃石が透輝石に関係してあらわれることがある。 暗色岩相から明色岩相への移化に伴って, 以下の交代関係にあるようである。

黒雲母 → 透輝石 → 角閃石

おもな岩相は次のとおりである。

透輝石・斜長石・石英
透輝石・黒雲母・斜長石・(石英)
透輝石・角閃石・斜長石・石英
⑥ 透輝石石英斜長石片麻岩(TN61112104): 七尾市 側谷, 石灰石採掘場跡。 側谷岩体
中粒, 暗色, 透輝石の平行配列は認められるが, 縞状構造はほとんどない。 石灰質累層中に黒雲母片麻岩を伴って, 巾 1~3 m の岩層をつくる。
鏡下では, おもに透輝石・斜長石および石英からなり, 少量のチタン石・燐灰石および鉄鉱をふくむ。 変質が全体に著しく, 多量の方解石および少量の緑廉石が形成されている。 透輝石は, 塊状 半自形, 0.1~0.5 mm, 周縁および劈開にそって, 角閃石様の鉱物に交代されている。 斜長石は, 変質が著しくて, もともとの形態や成分は明らかでない。 石英は, 0.1~1.0 mm, 比較的新鮮である。
⑦ 黒雲母透輝石斜長石片麻岩(TN61112312C): 七尾市 側谷, 石灰石採掘場跡。 側谷岩体
中粒, 暗色の黒雲母帯と 比較的粗粒で明色の透輝石帯とが巾 2~3 cm の不規則な互層をつくる。 黒雲母や透輝石の平行配列も著しい。 石灰質累層に伴う。
鏡下では, 暗色帯は, おもに黒雲母および斜長石からなり, 少量の鉄鉱をふくむ。 全体に変質が著しく, 多量の方解石および緑泥石が形成されている。 黒雲母は, 1~3 mm, 屈曲し変質が著しい。 多色性著しく, X : ほとんど無色, Y, Z : うすい褐色である。 斜長石は, 塊状 半自形, 1~3 mm, 成分はほぼ中性長石である。
明色帯は, おもに透輝石および斜長石からなり, 少量の鉄鉱およびチタン石をふくむ。 透輝石は, 塊状 半自形, 2~5 mm, 変質著しく, 方解石・鉄鉱などが結晶の割れ目にそって形成されている。 斜長石は, 塊状 半自形, 0.5~3.0 mm, 成分はほぼ中性長石である。 全体に, 片理の方向に方解石の細脈が発達する。

本岩は, 飛騨変成岩を特徴づける岩石の一つで, 変成帯全域にわたって普遍的にあらわれ, ほとんど共通した性質をもつ。 本岩は, 黒雲母片麻岩や石灰岩と互層したり, 黒鉛を含むことがある点などからみて, 堆積岩に由来すると考えられる。 しかし, 本岩には, 火成岩によくあるような流動を示す現象, 例えば, 平行構造が角ばった包有岩塊をとりまくようにうねったり, 境界付近で, 隣接する黒雲母片麻岩に脈状に貫入したりする点や 平行構造をまったく欠く岩相の多い点は, 他の堆積岩原の変成岩と著しく異なっている。

(d) 石灰岩

石灰岩は, おもに側谷層のなかに広く分布する。 ここでは, 黒雲母片麻岩や透輝石片麻岩とともに, 巾約 1 km の石灰質累層をつくる。 このなかで, 石灰岩の個々の岩層はうすく, 巾 10 m をこえることはまれで, 多くは, 0.2~3.0 m の厚さで, くりかえしあらわれる。

石灰岩は, 中粒または粗粒, 完晶質, 0.2~1.0 cm の方解石からなり, 多くは白色で美しい。 石英長石質片麻岩に接してもスカルン鉱物をつくらない場合が多い。 また, 比較的不純物に乏しい。 黒鉛片を層状にふくむ部分があったり, 現在は緑泥石化したスカルン鉱物だったらしい小団塊が 層状に散点したりすることもあるが, ー般には少ない。 ただし, 文献によると(佐藤伝蔵, 1912 など), 輝水鉛鉱・チタン石・雲母・緑簾石・山鞁皮 [ ← 意味不明 ] をふくむというが, 多量の発達はないのであろう。

なお, 石灰岩からドロマイトはみいだされていない。 飛騨変成帯の石灰岩には, ごく一部でわずかのドロマイト層がみいだされているが, 大部分の地域では, ドロマイトはない。

第 2 表にかかげるように, 本図幅地域の石灰岩は, 方解石の比較的不純物の少ない集合からなる(第 2 表)。

第 2 表 飛騨変成岩中の石灰岩の分析表

試料 CaO MgO Fe2O3 Al2O3 P2O5 SiO2 I.M.
[ 不溶解残渣 ]
CO2 Ig. loss Total
51.53 1.34 1.43 0.75 4.32 40.68
55.58 0.00 0.08 0.07 0.008 0.37 43.62 99.73
55.43 0.00 0.12 0.08 0.008 0.23 43.51 99.38
[ 上記の第 2 表に関する注意書き ]
産地
①, ②, ③ : 石川県七尾市 側谷 がわたに (または 蟇谷 がばだん
分析者
① : 不明
②, ③ : 藤貫正
引用元・試料番号
① : 日本鉱産誌 Ⅱ(地質調査所, 1950), p. 138, 第 18 表
② : TN61112101A
③ : TN61112312D

(e) 変成岩に伴う小迸入岩類

飛騨山地では, 飛騨変成作用あるいは 船津花崗岩類の深成作用に伴う 安山岩質あるいは玄武岩質の化学成分をもった岩脈の活動が著しいが, まだ本図幅地域では発見されていない。 変成岩の露出面積が狭くてみいだされないのかもしれない。

本図幅地域には, その他の小迸入岩類も, 花崗岩質岩脈以外は, ほとんどみいだされない。 しかし, 蟻原 [ 蟻ガ原 ? ] では, 石英閃緑岩の構造をもった細粒斑状岩が, 変成岩の層理に平行に入っている。 変成岩か迸入岩か, 明らかでない。

⑧ 細粒黒雲母石英閃緑岩(TN61112311C): 鹿島町 蟻原。 杓子峠層岩体
細粒, やや暗色の岩石で, 粗粒のペグマタイト質脈とともに, 石灰質累層のなかに片理に平行した巾狭い岩層をつくる。 しかし, 岩石そのものには平行構造はまったくない。
鏡下では, 斑状構造がめだつ。 おもに, 黒雲母・斜長石・石英および微斜長石からなり, ごく少量の燐灰石およびジルコン様鉱物をふくむ。 斑晶の斜長石は, 長柱状, ほぼ自形, 2~4 mm, 境目のはっきりしない累帯構造が発達している。 成分はほぼ灰曹長石で, 結晶の一部は微斜長石に点々と交代されている。 石基の斜長石も, 成分はほぼ灰曹長石だが, 斑晶よりいくらか曹長石成分をましている。 微斜長石は, 石基を細かくうめ, ミルメカイトをつくる。 まれに斑晶状の微斜長石があるのは, 斑晶の斜長石を交代したものかもしれない。 黒雲母は, 0.5~1.0 mm の他形結晶が多いが, 一部では, 0.2 mm 前後のまるみをおびた小片が帯状に群集することもある。 黒雲母の大きな結晶は一部緑泥石化するが, 付近の黒雲母片麻岩中の黒雲母にくらべると新鮮で, 多色性は, X : 淡褐色, Y, Z : 褐色である。

このほか, 変成岩の層理を切ったり, あるいはそれに平行に迸入したりして花崗岩質脈が発達する。 花崗岩質脈は, 多くはアプライト質で, まれには石英脈も認められる。 アプライト質脈は, 船津花崗岩類のものとほとんど同一である。 しかし, なかには多少異なる性質のものもあり, 変成岩に関係して形成されたものではないかと考えられる。

⑨ 白雲母アプライト質岩(TN61112312B): 七尾市 側谷, 石灰石採掘場跡。 側谷岩体
細粒, 明色, いくらか茶色がかった色調の岩脈で, 石灰質変成岩累層を貫く。
鏡下では, おもに石英・斜長石および微斜長石からなり, 細粒の白雲母が斜長石および微斜長石の結晶の内外に密にちりばめられている。 石英は, 塊状 0.5 mm 前後, 斜長石は, 半自形, 0.5~2.0 mm, 微斜長石化が著しく, もとの成分は明らかでない。 石英と斜長石との結晶の間隙も微斜長石が細かくうめる。 ごく少量のジルコン様鉱物および鉄鉱を伴う。
本岩は, 微斜長石化作用を除いて考えると, 鉱物量比で, 集片双晶を示す斜長石と石英が大部分をしめている点で, 船津花崗岩類に伴うアプライトと異なっている。

[ II.2.7 ] 変成作用, 時代, など

変成作用については, 未だ研究が不充分な段階にあるので記載を省略する。

変成作用の時代については, 本図幅地域では, 第三紀層に覆われるという事実しかない。 飛騨山地でも, 中生代 手取統に覆われるという事実以外に直接的な地質学的証拠はない。 同位元素年令は, 黒雲母を試料としたカリウム・アルゴン法によって, 中生代初期に集中する(H. KUNO, H. BAADSGAARD, S. GOLDICH and K. SHIOBARA, 1960)。 ただし, 角閃石を試料にした場合では, 石炭紀を示す結果もえられている(H. OHMOTO, 1964)。 いずれも, 飛騨山地の試料についてである。

II.3 船津花崗岩類(石動山花崗岩体)

本図幅地域において, 杓子峠付近の飛騨変成岩には赤桃色の花崗閃緑岩を伴う。 また, 邑知潟低地帯の北縁には, 点々と小岩体で, 花崗閃緑岩・石英閃緑岩あるいは閃緑岩が配列する。 また, 懸札 かけふだ [ ← 原山峠の東方 1 km ] ・礒辺 [ ← 図幅地域の東端から 3 km かつ南北中央付近 ] などにも, 同じく小岩体で花崗岩質岩石が孤立して分布している。 これらの花崗岩質岩石は, 一連の深成作用に属すると考えられるもので, 一括して石動山花崗岩体と名づける。 また, 地石ではないが, 長手 ながて [ ← 羽咋の北方の柴垣の西方 ] では, 角ばった巨大な花崗岩質岩石の転石が多数分布し, ほとんど直下に花崗岩質岩石が地石として存在することはまちがいないようである。 また, その他にも, ことに邑知潟低地帯の南側では, 径 1 m 以上の巨大な角ばった花崗岩質岩石の転石が, 広い地域にわたって数多く分布している。 これらの転石の原産地もすぐ近くにあるのであろう。

石動山花崗岩体は, 第三紀層と断層あるいは不整合関係で接する。

石動山花崗岩体は, 飛騨山地において飛騨変成岩に常に伴う船津花崗岩に, 分布上からも岩相上からも対比される(礒見博・野沢保, 1957)。

[ II.3.1 ] 分布

石動山花崗岩体は, 次のような地域に, それぞれ小面積を占めて分布する。

杓子峠西方
赤桃色の花崗閃緑岩を主とし, 閃緑岩質岩塊をふくむ。 黒雲母片麻岩に接し, そのなかにも小岩塊が分布する。
蟻原 [ 蟻ガ原 ? ]
赤桃色の花崗閃緑岩を主とし, 一部で透輝石片麻岩と不明確な境界をもって接する。
礒辺
赤桃色, 斑状の花崗閃緑岩を主とし, 多少ともミロナイト化作用をうけ, 一部は眼球片麻岩のような外観を呈する。
懸札
やや細粒の石英閃緑岩を主とする。
邑知潟低地帯の北縁
石英閃緑岩と花崗閃緑岩とが入りまじって分布する。 例えば, 宿屋 やどや では石英閃緑岩, 鹿島路 かしまじ では花崗閃緑岩, 徳丸では閃緑岩がそれぞれみいだされる。

[ II.3.2 ] 構造

石動山花崗岩類には, 一般には平行構造はない。 しかし, 局部的には著しい平行構造を示すものがあり, 懸札では, 黒雲母石英閃緑岩に N 55°E, 70°N 方向の黒雲母の平行配列が認められ, 同じく, 徳丸の閃緑岩でも, N 65°W 方向が認められる。 このほか, 石英閃緑岩については, 各地で発見される巨大な転石にも, ときに平行構造の認められるものがある。 また, 花崗閃緑岩でも, レンズ状の包有岩が多数, 規則的な平行配列をするものがあり, 蟻原では, N 30°W, 60°N 方向にならぶ。 これらの平行構造は, ほぼその近接した飛騨変成岩との分布境界に調和的になる傾向があるようである。

その他, とくに花崗閃緑岩質岩石には, ミロナイト化作用によって平行構造を生じている場合があり, 礒辺では, ほぼ東西方向の構造を生じ, 「眼球状」の微斜長石斑晶が配列する。 このミロナイト化作用の方向も, 大きくみると, この地域の変成岩および船津花崗岩類の構造方向に近い。

[ II.3.3 ] 岩相

石動山花崗岩類は, 本図幅地域においても, 飛騨山地にならって, 次のように分類することができる。

(a) 下之本 しものもと 型岩石
(b) 船津型岩石
(c) 閃緑岩
(d) アプライトおよびペグマタイト

本図幅地域においては, 下之本型石英閃緑岩と船津型花崗閃緑岩とが大部分を占め, 閃緑岩はごく一部に分布するにすぎない。 後にのべるように, 下之本型石英閃緑岩の一部は, 微斜長石に滲透交代されて赤桃色を呈し, 船津型花崗閃緑岩と見あやまられがちで, とくに野外では識別がむずかしい場合も少なくない。

本図幅では, 野外観察で赤桃色の花崗岩質岩石は, とくに下之本型石英閃緑岩に属することの明らかな場合以外は, 一応, 船津型花崗閃緑岩として表現してある。

なお, 転石の量比からみても, 下之本型石英閃緑岩は, かなり多量の分布を占めるようである。

(a) 下之本型岩石

本岩は, 代表的な岩型は石英閃緑岩で, 一般に, 緑色黒雲母片をふくむ緑色がかったやや暗色の岩石で, 岩相の変化に富む。 中粒または粗粒, 平行構造は一般になく, あっても弱い。 一部で認められる平行構造については前項でのべた。 また, 包有岩には, 本岩より暗色の黒雲母斜長石片麻岩などの岩石が多く, ときには, 小さな包有岩塊が群集して産出する。

本岩の構成鉱物は, おもに黒雲母・緑色普通角閃石・斜長石および石英を主とし, 少量のチタン石・燐灰石・ジルコン様鉱物および鉄鉱をふくむ。 まれに, 褐簾石もふくまれる。 多くの場合, 黒雲母は緑色で, なかには緑泥石化していることもあり, いずれにしろ岩石に緑色がかった色調をあたえている。

本岩について注目される事実の一つは, 一部の岩石に微斜長石がふくまれることで, 斜長石を微斜長石化したり, 細かに斜長石や石英の粒間をうめたり, 著しい場合には, 赤桃色の数 cm に達する微斜長石斑晶が形成されたりする。 このような微斜長石をふくむ岩石は, おそらく近接する船津型花崗閃緑岩に影響されるもので, 下之本型岩石と船津型岩石との貫入の前後関係を示している。 この前後関係は, 飛騨山地と共通する。

本図幅地域の下之本型石英閃緑岩は, 飛騨山地の角閃石で特徴づけられる同型岩石にくらべて, 黒雲母が主要な暗色鉱物となっている点は, 著しく異なる特徴である。

⑪ 黒雲母石英閃緑岩(TN61111801A): 氷見市 懸札
小さな露頭で, 中粒, 比較的明色で, 弱い平行構造があるが, ミロナイト性の構造である。
鏡下でみると, おもに, 黒雲母・斜長石および石英からなり, 少量の緑色 普通角閃石とごく少量の燐灰石・チタン石および鉄鉱をふくむ。 黒雲母は, 1~3 mm, ほとんど緑泥石化し, 少量のチタン石を伴う。 斜長石は, 半自形, 1~5 mm, 成分はほぼ灰曹長石で, 多少変質する。 石英には波動消光が著しい。 角閃石は, 0.1~0.3 mm の塊状の小粒で, 石英や斜長石の間隙にわずかに点在し, 濃緑色で, 石英などの小粒を包有する。
⑫ 角閃石黒雲母石英閃緑岩(TN61031612B): 羽咋市 酒井 [ ← 邑知潟の東端の東南方 1 km ]
邑知潟低地帯の南側の山地に多数みいだされる巨礫(転石)の一つで, 角ばった外形をもち, 原産地に近いと考えられるが, たしかめられてはいない。 中粒, 比較的明色で, 弱い平行構造がある。
鏡下では, おもに, 角閃石・黒雲母・斜長石および石英からなり, 少量の燐灰石・チタン石および鉄鉱をふくむ。 まれに, 褐簾石の巨晶をふくむ。 角閃石は, 半自形, 2~4 mm, 多色性は, X : 淡緑色, Y, Z : さび緑色で, しばしば双晶する。 黒雲母は, 2~3 mm, 多色性は, X : 淡褐色, Y, Z : 草緑色である。 斜長石は, 長柱状 半自形, 2~5 mm, 多少変質する。 境目のはっきりしない漸移的な累帯構造をもち, 成分は, ほぼ灰曹長石~中性長石である。 一部の斜長石, とくに 5 mm 前後の大きな結晶は, そのなかで点々と微斜長石化した部分をふくむ。 なお, 付近には, 微斜長石化の著しくすすんだ石英閃緑岩の転石も分布する。
⑬ 角閃石黒雲母石英閃緑岩(TN61031702): 羽咋市 長手島
本岩は, 長手島の転石の代表的な一つで, 中粒, やや暗色, 縞状の平行構造が著しい。
鏡下でみると, おもに黒雲母・角閃石・斜長石および石英からなり, 少量の燐灰石・チタン石および鉄鉱をふくむ。 黒雲母は, 0.5~1.0 mm, 多色性は, X : 淡褐色, Y, Z : 濃褐緑色である。 角閃石は, 緑色 普通角閃石で, 他形, 2~4 mm, 黒雲母その他の鉱物を包有する。 斜長石は, 長柱状 半自形, 0.5~3.0 mm, 累帯構造がしばしば著しく, 成分は, ほぼ灰曹長石~中性長石である。
⑭ 角閃石黒雲母斑状花崗閃緑岩(TN61031703): 羽咋市 長手島
前例の転石と同じ場所で採集された転石で, 微斜長石斑晶の発達と黒雲母の緑泥石化が著しくすすんでいる点だけが異なる。 微斜長石は, 長さ 3 mm に達する赤桃色の斑晶を形成し, そのため岩石の外見は船津型花崗閃緑岩に酷似するが, もともと下之本型石英閃緑岩の一部であったことはたしかである。

(b) 船津型岩石

本岩は, 代表的な岩型は斑状花崗閃緑岩で, 粗粒~中粒, 明色, 赤桃色を呈し, 斑状のことが多い。 平行構造は, ミロナイト質の部分を除いては, 一般にはない。 包有岩は少ないが, 閃緑岩質岩塊などがみいだされる。 風化に弱く, 砂粒に分解されやすい。

本岩の構成鉱物は, おもに黒雲母・微斜長石・斜長石および石英からなり, 少量の燐灰石・チタン石・鉄鉱およびジルコン様鉱物をふくむ。 まれには, 褐簾石をふくむこともある。 黒雲母は, ほとんど常に変質し, 緑泥石および葡萄石に交代される。 全体に多少とも変質する。

微斜長石は, ときに斑晶状になり, 径 2.0 cm に達する赤桃色の美晶に成長する。 ミロナイト質の部分では, これが「眼球」状になる。 斑晶が発達するのは, おもに粗粒岩相で, 細粒岩相にはほとんどない。

弱いミロナイト化作用をうけた岩石が, 礒辺でみいだされる。 飛騨山地におけるのと同様に本岩の特徴をつくる。

⑮ 黒雲母花崗閃緑岩(TN61111701): 氷見市 礒辺
小面積の露出で, 周囲の岩石との関係はわからない。 粗粒, 赤桃色, 1~2 cm の微斜長石の斑晶をもつ。 斑晶は, 岩石全体のうけた弱いミロナイト化作用の方向に平行に配列する傾向をもち, 不完全ながら, 「眼球片麻岩」のような印象をあたえる。
鏡下では, おもに黒雲母・微斜長石・斜長石および石英からなり, 少量の燐灰石および鉄鉱をふくみ, ごく少量のジルコン様鉱物をまじえる。 黒雲母は, 虫くい状, 1~3 mm, 変質が著しく, 大部分 緑泥石化し, 一部 葡萄石をまじえる。 微斜長石は, 3~20 mm, 半自形, 他の鉱物を包有する。 斜長石も半自形, 2~5 mm, 変質が著しい。 一部では, 微斜長石化がはじまっている。
全体に変質の著しいことや, 雲母片がまがったり, 斜長石の外形が不規則になって, その間隙を斜長石の小粒がうめていたりするのは, ミロナイト化作用の影響ではないかと考えらられる。
⑯ 角閃石黒雲母花崗閃緑岩(TN61112311E): 鹿島町 蟻原
本岩は, 透輝石斜長石石英片麻岩を主とする変成岩層に接近して分布するが, 関係は明らかでない。 赤桃色の微斜長石による特徴的な斑状構造を呈する。
鏡下では, 黒雲母・緑色 普通角閃石・微斜長石・斜長石および石英からなり, 少量の燐灰石および鉄鉱をふくむ。 黒雲母は, 2~4 mm, 半自形, ただし, 斜長石に対して他形, 多少とも緑泥石化し, なかには完全に交代されてしまったものもある。 多色性著しく, X : 淡褐色, Y, Z : 濃暗褐色である。 角閃石は, 比較的まれで, 3 mm に達するほぼ自形の柱状結晶をつくったり, 黒雲母に包有される小粒をつくったりする。 柱状結晶は, 虫くい状で, 黒雲母や斜長石を包有する。 多色性は, X : 淡褐色, Y, Z : 濃緑色である。 微斜長石は, ほぼ他形, 0.5~1.5 cm, 微斜長石構造が著しく, ミルメカイトをつくる。 斜長石は, 自形または半自形, 0.5~3.0 mm, しばしば累帯構造を示し, 成分は, ほぼ灰曹長石, 結晶内部から点々と微斜長石化がはじまっているものもある。 また, 0.2 mm 前後の斜長石の小粒の寄木状集合に交代されている結晶もある。

(c) 閃緑岩

本岩は, 中粒または細粒, 暗色, 一般に平行構造はないか, あるいはあっても弱い。 徳丸で小岩体が発見される。 そこでは, 変成岩や他の花崗岩質岩石との関係はわからない。 閃緑岩は, また, 船津花崗岩閃緑岩や下之本型石英閃緑岩の包有岩塊としてあらわれるものもある。 包有岩塊にも, 平行構造の著しい場合がある。

本岩の構成鉱物は, おもに緑色 普通角閃石・黒雲母・斜長石および石英で, 少量のチタン石・燐灰石および鉄鉱を伴う。 斜長石は, しばしば斑晶をつくる。

⑰ 細粒閃緑岩(TN61031602A): 鹿西 ろくせい 町 徳丸
細粒, 暗色, 弱い平行構造をもつ。
鏡下ではおもに黒雲母・緑色普通角閃石・斜長石および石英からなり, 少量の燐灰石・チタン石および鉄鉱をふくむ。 斜長石が斑晶をつくる。 黒雲母は, 0.2~0.5 mm, 緑色で, 多色性は, X : うすい褐色, Y, Z : 草緑色~褐緑色で, 周辺からわずかに変質する。 角閃石は, 黒雲母に付随して分布することが多く, 他形, 0.2~0.5 mm, 変質が著しく, 網目状に緑泥石および白雲母らしい微小鉱物に交代されている。 斑晶の斜長石は, 半自形, 2~4 mm, 他の鉱物の小粒を包有する。 成分は, ほぼ灰曹長石で, 核部と周辺部はわずかに成分がちがう。 石基の斜長石は, 半自形, 0.2~1.0 mm, 成分は, ほぼ灰曹長石, わずかに変質する。 比較的大きな結晶では, 核部と周辺部がわずかに成分のちがうものがあるが, 境界は漸移的である。

(d) アプライトおよびペグマタイト

石動山花崗岩類には, 多くのアプライトが脈状に発達する。 中粒または細粒, 赤桃色のことが多い。 ペグマタイトは, 小規模な脈状のもののほか, 大規模なものは認められていない。 しかし, 長手島には, かなり巨大なべグマタイトの転石があり, 大きな脈状あるいはポケット状の原産地が考えられる。

ペグマタイトもアプライトも, 構成鉱物は, おもに微斜長石・石英および微斜長石からなり, ごく少量の白雲母・緑泥石などをまじえる。 その他には, いわゆるペグマタイト鉱物をほとんどふくまない。 これは, 飛騨山地にも共通する船津花崗岩類の特徴の一つである。

長手島のペグマタイト

長手島は, 放射性鉱物, 長手石 Nagatelite(S.IIMORI, J.YOSHIMURA and S.HATA, 1930)を産することで有名である。 長手島は, 羽咋の北方の海岸で, 現在は陸続きの島状の突起部で, ほとんど船津花崗岩類の転石ばかりからなる。 礫のなかには, ペグマタイトも多数ふくまれる。

このペグマタイトの転石は, 赤桃色, 粗粒で, 1~3 cm の微斜長石を主とするものおよび 細かな集片双晶の認められる曹長石を主とするものがあり, 両者の直接的関係は明らかでない。 飛騨山地の例では, 微斜長石を主とする帯が外側に, 曹長石を主とする帯が内側に分布するようなさや状の構造がしばしば認められている。

このペグマタイトの転石には, 石英と長石以外のいわゆるペグマタイト鉱物をほとんどふくまない。 1, 2 の礫でジルコン様鉱物が認められるほか, 白雲母および緑泥石が少量ふくまれる場合があるにすぎない。

いわゆる長手石は, 文献に相当するものをみいだすことができなかった。 おそらく, ごく局部的に微量がふくまれるものであろう。

[ II.3.4 ] 深成作用, 時代など

石動山花崗岩類の深成作用は, 次のような順序で各岩体が形成されたと考えられる。

  1. 下之本型岩石の形成
  2. 船津型岩石の形成
  3. アプライトおよびペグマタイトの活動

このほか, 閃緑岩は, 下之本型石英閃緑岩および船津型花崗閃緑岩の深成作用の間に, おそらくその前期にすでに半ば固化した花崗岩類のなかへ貫入したと考えられる。

この花崗岩類の時代は, 本図幅地域では, 第三紀層に覆われること以外の直接的な地質学的証拠はみいだされていないが, 飛騨山地の船津花崗岩では, 石炭紀の古生層を貫き, ジュラ紀層に不整合に覆われる。 おそらく, 中生代初期の形成と考えられる。 カリウム・アルゴン法による同位元素年令もほぼこの考えを支持する (斉藤信房・増田彰正・長沢宏, 1961, 日本地質学会年会講演, および, 長沢宏・斉藤信房・野沢保, 1962, 同前)。

II.4 新第三系

富山県の西部, 石川県の東部にまたがる能登半島の頸部の地質に関しては, 古くは 大塚専一(1890), 佐藤伝蔵(1912)らの 20 万分の1地質図幅調査, ついで 望月勝海(1928, 1931), 槇山次郎(1930), 大塚弥之助(1934, 1935a, 1935b, 1935c), 小野山武文(1935)らの研究があって, 新第三系の層序, 地史が次第に明らかになってきた。

戦後, 池辺展生(1949)はこの地域の新第三系の層序を第 3 表のように総括し, 北陸東部の新第三系の標準層序を確立した。 その後, 絈野 かせの 義夫らの なだうらグループ (1957)は, 鍵層となる凝灰岩の追跡と, 層相の再検討によって, 灘浦地方における層序の改訂を行なった(第 4 表参照)。 昭和 30 年以降, 富山積成盆地の南縁部から地質図幅調査を開始した筆者らは, 南縁部の層序が大綱としてこの図幅地域にも適用されることを認め, さらに図幅調査の過程で得られた層序上のいくつかの事実から, 従来の層序区分を踏襲することが困難となったので, 坂本亨(1959)らによって主張された層序区分に基づいて, 第 5 表のように新しい層序をたてた。 さらに, 絈野義夫・坂本亨・石田志朗(1961)は, 能登区を含めた北陸東部全体の地質区分を行ない, 地史的総括を試みた。 また, 最近, 絈野義夫(1963)は能登半島南部の新第三系について, 地史的総括を行なっている。

第 3 表 池辺による富山県の西部・石川県の東部の新第三系層序と 邑知潟・虻ガ島図幅との関係

池辺(1949)   邑知潟・虻ガ島図幅(1964)

第 4 表 灘浦地方の新第三系層序区分の比較(いずれもコロサ断層以南の地域)

池辺・中世古・井上(1948)   なだうらグループ(1955)   絈野(1961)   邑知潟・虻ガ島図幅(1964)

第 5 表 邑知潟・虻ガ島図幅地域の新第三系層序表

地質時代 標準層序 ↓ / 地域 → 眉状山 鹿島 志雄 氷見 余川川 阿尾川 灘浦 コロサ断層 以北
[ 上記の第 5 表で用いた記号の説明 ]
Ot : 中田凝灰岩, Yt2 : 小川層灰岩, Yt1 : 大泊凝灰岩, ↑ : 上限不明, ↓ : 下限不明

邑知潟・虻ガ島両図幅地域に分布する新第三系は, 下位から穴水累層・ 八尾 やつお 累層・音川累層・氷見累層・ 埴生 はにゅう 累層に大別される。 主として海成層からなり, 地質時代は中新世初期~中期から鮮新世末期にわたっている。 これらの各累層は, それぞれの積成期ごとに沈降の中心部が移動しており, そのために岩相の変化は垂直的にも側方的にも著しい。 第 5 表の岩相層序区分は, このような地質条件において局地的な層相よりも, 富山積成盆地を通じてより普遍的な層相を重視して行なったものである。 したがって, 新第三系を累層単位に大観するならば, 穴水累層の火山岩類にはじまり, 八尾累層では変化の多い粗粒岩相から安定した細粒岩相への推移, 音川累層から埴生累層にかけて, 逆に安定した細粒岩相から変化の多い粗粒岩相への推移がうかがわれ, 地史的には, 火山活動にはじまり, 積成盆地の発達から消滅にいたるまでの一輪廻を読みとることができる。

新第三系の記載にあたって, 能登区と富山区とを境するコロサ断層が 眉丈山丘陵区では八尾累層下に伏在すること, 眉丈山丘陵区と石動山丘陵区とにおいて 新第三系の厳密な対比の手がかりが得られないことなどから, 本文では穴水累層を除く眉丈山丘陵区の新第三系を別項日として扱った。

第 6 図 新第三系柱状図

II.4.1 穴水累層

図幅地域内の新第三系の最下部を占めるもので, 富山積成盆地の南縁部の 岩稲 いわいね 累層に岩質的にも層序的にも相当する。 しかし, これらの火砕岩層は能登区にとくに顕著に発達するが, 富山北区では小範囲にしか認められず, 南縁部の岩稲累層とは直接的に連続しないので, この図幅では 従来から能登区で使用されていた「穴水累層」の地層名をそのまま踏襲した。 図幅地域内におけるおもな分布地域はコロサ構造線以北の地域であるが, 石動山周辺およびその南麓部にもわずかに分布している。 熊淵川流域および石動山周辺の本累層は, 従来, 熊淵火山砕屑岩層あるいは熊淵安山岩類とよばれている(第 7 図)。

第 7 図 穴水累層の推定分布範囲。
: 穴水塁層の推定分布範囲, O : 邑知潟図幅, A : 虻ガ島図幅

図幅地域内の穴水累層は, 新第三系の基盤をなす片麻岩・花崗岩を不整合に覆っている。 主として安山岩熔岩・安山岩質凝灰角礫岩および凝灰岩からなり, 各所で凝灰質砂岩および泥岩をレンズ状にはさむ。 一般に熔岩の部分が少なく, 大部分は凝灰角礫岩と凝灰岩とからなる。

熔岩は大部分が紫蘇輝石普通輝石安山岩からなる。 黒色~暗灰色~暗紫色を呈し, 流晶質石基に多量の斜長石と少量の輝石類の斑晶を含む。 熊淵川流域のものは, 鏡下では次のとおりである。

斑晶 : 斜長石・普通輝石・紫蘇輝石
斜長石は 2 mm 位で清澄, 普通輝石・紫蘇輝石はともに 1 mm 程度で, 一部分が炭酸塩鉱物に置きかえられている。
石基 : 斜長石・磁鉄鉱・ガラス
ガラス基流晶質組織

虻ガ島図幅地域内の黒崎海岸付近には, 小範囲に橄欖石玄武岩の熔岩が露出する。

斑晶 : 斜長石・橄欖石
斜長石は 4 mm 位までで新鮮, 橄欖石は 1 mm 程度で, 炭酸塩鉱物・緑泥石などに全部変わっている。
石基 : 斜長石・ピジョン輝石・普通輝石・磁鉄鉱
間粒状組織を示す。

また, 西海岸の大島 [ ← 邑知潟図幅の北西隅から南東方に 2 km ] には凝灰岩と互層した紫蘇輝石普通輝石安山岩が分布する。

斑晶 : 紫蘇輝石と少量の普通輝石
石基 : 斜長石と少量の単斜輝石・鉄鉱
間粒状組織

凝灰角礫岩は一般には径数 cm~10 cm 大の角礫からなるが, 径 60 cm 以上の角磯を含む部分もある。 凝灰岩は淡緑色~淡灰色を呈し, 凝灰角礫岩から漸移することが多い。 また, その分布が不規則で, 層序的連続性に乏しい。 凝灰角礫岩や凝灰岩中に含まれる角礫は, 大部分がやや変質した半晶質の輝石安山岩である。 斜長石以外の石基の部分, ついて輝石斑晶, 斜長石の一部が変質をうけ, 炭酸塩鉱物・緑泥石・沸石および緑色の鉱物が生じている。 石動山の南方における凝灰角礫岩中の代表的な角礫を検鏡した結果は次のとおりである。

下部層準の輝石安山岩角礫(やや塩基性の安山岩質岩)
斑晶 : 斜長石・普通輝石・変質した輝石
石基 : 斜長石・変質した鉄苦土鉱物・鉄鉱・ガラス
充間組織
中部層準の輝石安山岩角礫
斑晶 :
斜長石(アルバイト双晶のほかにとくにペリクリン双晶が発達し, 累帯構造も顕著である)・普通輝石・変質した輝石らしい結晶
石基 : 斜長石・ガラス・鉄鉱・変質した鉄苦土鉱物
ガラス基流晶質組織
中部層準の熔結凝灰岩角礫
包有物 :
気孔がつぶれ扁平化した軽石(多量)・外来の安山岩片類
斑晶 :
斜長石(灰曹長石~中性長石)・ 変質した角閃石および微量の輝石・ 普通輝石(微量)・ 石英(微量)
基質 :
淡褐色ガラス(熔結を示す)
最上部層準の輝石安山岩角礫
斑晶 : 斜長石・普通輝石・変質した輝石
石基 : 斜長石・鉄鉱・変質した鉄苦土鉱物・ガラス
充間組織

凝灰角礫岩や凝灰岩中にはさまれる砂岩や泥岩は, ときに単層の厚さ約 30 cm ごとの互層を構成するが, 多くのばあい単層としてレンズ状にはさまれるか, 凝灰岩から漸移して層状を示さない。

巨視的にみると穴水累層発達地域の南限は, 第 7 図のように東西方向のコロサ構造線でほぼ示され, これより南では, 穴水累層の分布は限られ, 基盤をなす片麻岩や花崗岩が直接露出している。 したがって, 穴水累層積成期から八尾累層積成直前にかけて, コロサ構造線以南の地域はほとんど隆起削剥地域であったことが想定される。

II.4.2 八尾 やつお 累層

主として邑知潟・虻ガ島両図幅地域の北半部に分布する。 コロサ構造線以北の地域では穴水累層を, 以南の地域では基盤岩類および穴水累層をそれぞれ不整合に被覆している。 コロサ断層の北域と南域および眉丈山丘陵区では積成の様式が異なる。 本累層の上限が明確なのは石動山丘陵区のみである。

富山積成盆地の一般的傾向としては, 八尾累層は海進期の堆積相を示し, 下半部は礫岩・砂岩など粗粒堆積岩が多く, 岩相変化が複雑であるのに対し, 上半部は細粒砂岩・シルト岩・泥岩などの細粒堆積岩が多く, 岩相変化に乏しい。 いわゆる八尾 - 門ノ沢 かどのさわ 動物群の貝化石や, Miogypsina, Operculina などの有孔虫化石は下半部に多く産する。 しかし, 本図幅地域, とくに石動山丘陵区についてみると, このような一般的傾向は灘浦沿岸部 [ ← 虻ガ島図幅内 ; 虻ガ島の東北方の沿岸部 ] に認められるのみで, 他の地域では, 下半部, 上半部を通じて粗粒岩が卓越し, 層厚も厚い(第 5 表および第 6 図参照)。 岩相・層厚が著しく変化する地点は, ほぼ石動山 - 磯辺 - 飯山 いのやま [ ← 邑知潟の南方 2 km ] を結ぶ線 [ 円弧 ? ] で示され, 基盤の沈降の中心部がこの線より北西側に存在したことが推定される。

[ II.4.2.1 ] 石動山 せきどうさん 礫岩層

本層は久保恭輔・鈴木泰輔(1950)の石動山基底礫岩層, 絈野義夫ら(1957)の谷口層の下部にほぼ相当する。 コロサ断層の南側, 石動山の周辺地域に分布する。 各地で基盤岩類および穴水累層を不整合に被覆している。 本層の厚さは, 分布範囲南部の磯辺, 戸津宮 [ ← 邑知潟図幅の東端中央やや北付近 ] の西方では数 m~20 m にすぎないが, 石動山周辺では 100~300 m となる。

本層は主として礫岩・含礫粗粒砂岩・細粒砂岩などからなる。 礫岩は花崗岩・片麻岩・石灰岩・安山岩などの亜角礫ないし亜円礫からなり, 礫の直径は普通は数 cm 大であるが, 石動山付近では最大 1 m 以上に達する。 一般に淘汰が悪く, 大小の礫が雑然と集積している。 基質は礫とほぼ同質の砂からなる。 石動山 部落付近では, 層の基底部に安山岩礫が部分的に集積しているが, 他の地域では安山岩礫はまったく含まれないか, 含まれてもきわめてまれである。 含礫粗粒砂岩は片麻岩・花崗岩の崩壊物を多量に含んだアルコーズ砂岩で, なかに直径数 m 大の角礫が含まれることがある。 随所に斜交層理がみられる。 また, しばしば細粒砂岩やシルト岩の薄層をはさんでいる。 これらの礫質, 円磨度, 粒径, 成層状態などからみて, 本層は比較的近距離からの多量の物質の供給により急速に形成されたものと思われる。

なお, 戸津宮の西方および磯辺付近の本層からは貝化石を産し, Chlamys cf. akitana, Crassalellites sp., Ostrea sp., Fusinus ? sp., Batillaria ? sp., Terebratulina japonica などが知られている。 しかし, これより北東方の本層には貝化石はほとんど含まれず, むしろ基底部に部分的に厚さ 10~15 cm の石炭層がレンズ状にはさまれることがある。

[ II.4.2.2 ] 多根 たね 互層

本文では, 久保恭輔・鈴木泰輔(1950)の多根互層のうち, コロサ断層以北に分布するもの を多根互層として再定義した。

本層は穴水累層を不整合に被覆する。 走向・傾斜が各地で一定しないため, 層厚の算定は困難であるが, 滝ノ尻 [ ← 邑知潟図幅の北東隅 ] 付近ではもっとも厚く, 200 m 以上と推定される。 しかし, これより東の 菅沢 [ ← 虻ガ島図幅の北西隅 ] 付近では薄化消滅する。 その岩相, 層厚, 構造から, 穴水累層積成後の古地形に支配され, 逐次凹所を埋積し, 穴水累層に対してアバットしながら形成されたものと思われる。

本層は礫岩・砂岩・シルト岩・泥岩の不規則な互層からなる。 各単層の厚さは普通 1 m 以下で, 連続性に乏しい。 礫岩は一般に直径 5 cm 以下の安山岩質の亜角礫からなり, 片麻岩片などをわずかに含む。 固結度が弱く, 淘汰不良である。 本層の基底部には, 局地的に礫岩が厚く発達することがある。 そこでは礫の直径も平均 10 cm 内外, 最大 30 cm に達する。 砂岩は細粒~粗粒で, 淡黄色, 淡青色を呈し, 細粒部ではしばしば葉理構造があらわれ, 葉理面に平行に植物片が配列している。 砂岩はしばしばシルト岩や泥岩の薄層をレンズ状にはさむ。 シルト岩および泥岩はやや凝灰質で, 砂粒をまじえ, 粘土化し, 白色を呈することが多い。 砂がちの部分では炭質物を含む。

滝ノ尻・コロサ付近では, これらの互層にアルコーズの粗粒砂岩が加わる。 これは単層の厚さ数 10 cm~1 m 位で, 岩質的には後述の 高畠 たかばたけ 礫岩層中の砂岩と類似する。 おそらく, 本層と高畠礫岩層との指交(inter-finger)関係を示すものであろう。

本層の下部の細粒砂岩ないしシルト岩中に, しばしば厚さ 10~15 cm ほどの石炭層がはさまれるが, 夾みが多く, 膨縮があり, 尖滅し易いので, 単層としては追跡しがたい。

図幅地域内の本層からはまだ海棲貝化石がみいだされない。

[ II.4.2.3 ] 懸札 かけふだ 砂岩層

本層は久保恭輔・鈴木泰輔(1950)の懸札砂岩層, 絈野義夫ら(1957)の谷口層の上部にほぼ相当する。 下位の石動山礫岩層とは整合漸移関係にあり, 石動山周辺では基盤岩類および穴水累層を, 磯辺付近では基盤岩類を直接不整合に被覆している。 また, 後述の高畠礫岩層とは指交関係にある。 本層は砂岩・シルト岩・泥岩からなり, 岩相の側方変化が顕著であるが, 記載の便宜上, これらを懸札砂岩層として一括した。

本層は一般に戸津宮・磯辺・寺尾を結ぶ線に沿ってもっとも薄く, これから北西に向かって厚くなる傾向がある。 そしてさらに, 岩相変化, 層厚変化の特徴から, 磯辺 - 石動山付近を結ぶ一線をほぼ境として, 東西両域に2分される(第 8 図)。 第 9 図に示すように, 西部相は一般に層厚が厚く(最大 500 m 以上), 粗粒岩が多く, 中部層準に泥岩(国見泥岩) [ 以下の [注] 参照 ] が発達する。 これに対し, 東部相は一般に層厚が薄く(厚いところで 200 m 内外), シルト岩・泥岩が優勢で, 北東に向かって次第に細粒となる。

[注]
従来, 部層単位で国見泥岩層とよばれていたものであるが, 本文ではその側方への尖滅状態から, これを懸札砂岩層中に包括した。 しかし, 記載の便宜上, 以下では狭義の部層単位として「国見泥岩層」を使用する。

第 8 図 懸札砂岩層の層厚・岩相による区分図。
O : 邑知潟図幅, A : 虻ガ島図幅,
a - b : 懸札砂岩層の厚さの推定の 0 m 先。 これより矢印の方向に厚くなる。 c - d : 東部相と西部相とを分かつ境界線。 これより矢印の方向に厚くなる。 e - f : 飯山 - 薮田線

弟 9 図 懸札砂岩層 岩相変化図

第 10 図 原山峠切割における懸札砂岩層中の斜交層理と小断層。 A は片麻岩の巨礫

西部相に特徴的にみられる懸札砂岩層中の砂岩は, 主として粗粒~細粒のアルコーズ型の砂岩からなり, シルト岩の薄層をレンズ状にはさむ。 下部層準のあらわれる原山峠付近では斜交層理 [ 以下の [注] 参照 ] や小断層が著しく, ときに径 20 cm 以上の片麻岩礫を含む。 また部分的には礫岩層が発達している。 これは粒径約 30 cm 大のものがあり, 礫質は片麻岩・花崗岩・閃緑岩・石灰岩などである。 なお本層中にはときに炭質頁岩の薄層がはさまれる。 上部層準を占める懸札・寺尾および 久江 くえ [ ← 原山峠の北方 3 km ] 付近では比較的層理が明瞭である。

[注]
これらの斜交層理の傾斜方向を総合すると, 水流の方向は南から北, ないし南東から北西の方向性がよみとれる。

西部相の中部層準に発達する 国見 くにみ 泥岩層」 は, 阿尾川上流の国見 [ ← 磯辺の北西方 2 km ] 付近に露出し, もっとも厚いところで 200 m 以上, 各方向に薄化し尖滅する。 泥岩は黒色~暗青色を呈し, 主としてやや硬質の塊状シルト質泥岩からなるが, 風化すると灰白色~淡灰褐色となり, 葉理があらわれ, また部分的に玉葱状構造を示す。 泥岩中からは Cyclammina, Cassidulina などの有孔虫, Yoldia その他の貝化石の破片, ウニの破片などを産し, 本層が海成層であることを示している。 またこの泥岩中には淡緑色~淡青白色を呈する凝灰岩が数枚はさまれる。 これは従来は小滝凝灰岩層とよばれたもので, いずれも一枚の厚さ 2~4 m の軽石質凝灰岩で, 上部ほど次第に細粒となり, 細粒部では純白色を呈する。 小滝・国見・胡桃付近に良好な露出がある。 なお「国見泥岩層」の分布地域には, とくに地すべりの形跡が多い。

東西両域の境界部にあたり, かつ懸札砂岩層分布範囲の南東縁部を占める磯辺付近では, 主として粗粒砂岩とシルト岩との細互層からなり, 随時 細粒砂岩や黒色泥岩をはさむ。 上部では層理に乏しい黒色泥岩に移化する。 砂岩は一般にアルコーズ型で, 淘汰が比較的悪い。 この砂岩中からは Chlamys sp., Crassatellites sp., Operculina complanata japonica, Pullenia sp., Globigerina などを産する。 シルト岩は砂岩中にレンズ状にはさまれ, 不規則な互層をつくる。 砂質で, 炭質物を含んでいる。 互層部の下部には厚さ 0.6~2 m の石炭層をはさむ。 これはかつて針木付近で稼行されたもので, 炭層のすぐ上からは Stegodon pseudolatidens (YABE) を産したことが知られている(高井・藤井, 1961)。

東部相に顕著なシルト岩は, 針木・磯辺付近の砂岩シルト岩互層と同時異相関係にあり, 東部の馬場出・長坂付近 [ ← 邑知潟図幅東端 ; 大窪 おおくぼ の東方 0.5 km ] では黒色泥岩に移化する。 シルト岩は一般にやや凝灰質で, 暗灰色~黒色を呈し, 塊状である。 砂粒や雲母片を含み, 淘汰はよくない。 黒色泥岩は磯辺付近では互層部の上位に, 村木 [ 磯辺の北方 2 km ] ・馬場出付近ではシルト岩の上位に認められ, これから東ではシルト岩と指交して本層の全層準を占めて発達する。 この泥岩は黒色~暗灰色~暗青緑色を呈し, 層理に乏しく, 砂粒や雲母片を含む。 風化すると灰白色を呈し, 角片状に破砕する。 泥岩中には Makiyama, 小型有孔虫, 化石やウニの破片が含まれる。 千地万造(1960)によれば, この泥岩部から大泊凝灰岩層直上部の層準までの間は Lower Martinottiella Zonule として特徴づけられ Martmottiella communis, Bathy.siphon ? sp., Cyclammina incisa., C. pusilia, Haplophragmoiaes cf. emaciata,H. sp., Miliammina echigoensis などの砂質有孔虫が一般的である。 虻ガ島図幅地域の大泊付近では, 上位の大泊凝灰岩層の直下に厚さ約 30 cm の硬質青緑色粗粒砂岩が発達する。 このなかからは 多量の Miogypsina kotoi と 僅少の Operculina complanata japonica を産する(絈野義夫・他, 1957)。

なお, 東部の谷口 [ ← 虻ガ島図幅西端 ; 邑知潟図幅の東端の長坂の東方 1 km ] 付近では泥岩中にしばしば硬質粗粒砂岩がレンズ状に発達し, 泥岩と互層する。 この砂岩は下位の石動山礫岩層層中の粗粒砂岩と同質で, 垂直的には石動山礫岩層との漸移相を示すが, 側方的には北東に向かって細粒岩が次第に多くなる一般的岩相変化の傾向とは異質の, 局地的岩相変化とみなされる。

コロサ断層以北の黒崎 - 佐々波間の沿岸部 [ ← 虻ガ島図幅の北端 ] から内陸部にかけて, 穴水累層および多根互層を不整合に覆い, 後述の 音川 おとがわ 累層の 虫崎 むしざき 泥岩層に覆われる厚さ 2 m 以下の砂岩と珪質岩が露出している。 砂岩は散点的分布を示しながらも, 内陸部の菅沢付近まで認められる。 石英質の細粒~粗粒砂岩で, ときに石灰質となり, 海緑石を含む。 佐々波ではこの砂岩中に貝化石の破片のほか, Miogypsina を多量に含んでいる。 黒崎付近ではこの砂岩中にマンガンが含まれる。 珪質岩は海岸寄りの地域に分布し, 穴水累層に直接してあらわれる。 珪質岩の産状, 層準については明らかでないが, 砂岩はその岩質および化石から懸札砂岩相当層準とみなされる。

第 11 図 コロサ断層以北における懸札砂岩層相当層の露頭。
A. 黒崎 - 菅沢間の道路における露頭。 M : 虫崎泥岩, ss : 砂岩, S : 珪質岩, A : 安山岩類(穴水塁層)。
B. 菅沢部落の西方の露頭。 M : 虫崎泥岩, G : 海緑石砂岩, T : 多根互層。
C. 花園 - 黒崎間の海岸露頭における珪質岩の産状(断面図)。 M : 虫崎泥岩, S : 珪質岩, A : 安山岩類(穴水塁層)

[ II.4.2.4 ] 中波 なかなみ 泥岩層

本層名は池辺展生・中世古幸次郎・井上寛生(1948)の中波硬質頁岩層, 絈野義夫ら(1957)の中波層を踏襲したものである。 しかし, 第 4 表に示すように層序上の問題があり, 本文では再定義して使用する。

第 12 図 邑知潟図幅地城南部における新宮礫岩層と中波泥岩層との層序関係。 三尾砂岩層の基底を水平とした模式層序断面図。
fss : 細粒砂岩(三尾砂岩), ss : 中~粗粒砂岩(高畠礫岩と新宮礫岩の漸移層), Tcg : 高畠礫岩, Scg : 砂岩礫岩(新宮礫岩), alt : 砂岩泥岩互層(高畠礫岩と中波泥岩の漸移層), md : 泥岩(中波泥岩上部), hsh : 硬質頁岩(中波泥岩下部)

本層は灘浦海岸の中波・中田付近 [ ← 虻ガ島図幅 ] から南西方の高戸 [ ← 邑知潟図幅の中央やや南東 ] 神子原 みこはら 走入 はしり 付近にかけて露出する。 灘浦沿岸部では層厚 200~250 m で変化に乏しく, 層相も安定しているが, 高戸・神子原付近では高畠礫岩層と, 走入付近では新宮礫岩層と指交関係を示し(第 12 図および [ 高畠礫岩層の項で示す ] 第 14 図), また阿尾川から南西では本層の上部が指交関係をもって 三尾 みお 砂岩層に移化する。 したがって, 図幅地域全体を通じてみると岩相変化が著しい。 なお, 本層の基底は, 第 9 図に示すように, 厳密には同層準を示さない。 すなわち, 北東部では大泊凝灰岩層の下限をもって本層の基底とし, 南西部では懸札砂岩層上部層準の砂岩の上にのる泥岩の下限をもって本層の基底とした。 これは, 北東部で顕著な鍵層として上下の岩相の境界部に発達する大泊凝灰岩層が, 南西部では岩相変化とともに不明瞭となるためである。

本層は主として硬質泥岩からなり, 基底部には大泊凝灰岩層が, 中部には小川層灰岩層がある。 硬質泥岩は新鮮な部分では黒色~暗灰色を呈するが, 風化すると暗灰, 青灰, 灰白色となる。 全般に細粒, 均質で層理に乏しい。 泥岩中にはしばしば泥灰質団塊が含まれる。 泥岩からは Conchocele nipponica, Lucinoma sp., Palliorum peckhami, Dentalium sp., Schizaster sp., Makiyama chitanii などの化石を産する。 千地万造(1960)は 本図幅の小川層灰岩層以下の泥岩部にほぼ相当する層準を, 有孔虫群集から Uvigerina proboscidea Zonule として特徴づけている

灘浦沿岸部に発達する硬質泥岩は, 高畠礫岩層・新宮礫岩層・三尾砂岩層との指交部では互層(地質図凡例記号 Ya)となる。 とくに前2者と互層する場合, 硬質泥岩は砂質で淘汰不良となる。 また三尾砂岩層との指交部では, 泥岩はシルト質となり, 砂粒による葉理構造や, 玉葱状構造があらわれる。

本層の基底部に発達する 大泊凝灰岩層 は, 青灰~灰白色の細粒凝灰岩からなり, 北東部では泥岩と互層し, 凝灰質砂岩を伴う。 互層部の下部からは Miogypsina を産する。 この凝灰岩層は, 北東部では泥岩などとの互層を含めて層厚約 50 m であるが, 阿尾川の沿岸では層厚 1~2 m の凝灰岩層が, わずかの凝灰質泥岩と凝灰質砂岩とを伴って分布し, 磯辺付近から西では連続性に乏しくなる。 大泊凝灰岩層は, 時代的, 層序的に, 金沢図幅地域の七曲凝灰岩層の下部, 城端 じょうはな 図幅地域の土山凝灰質層の下部凝灰岩, 八尾 やつお 図幅地域の山田中凝灰岩層, 石動 せきどう 図幅地域の宮島凝灰岩層に相当する層準を占め, これらの凝灰岩とともに, 富山積成盆地全域を通じて対比上 有効な凝灰岩層である。

本層の中部に発達する 小川層灰岩層 は, 余川川 よかわがわ 支流の小川付近でとくに顕著に認められ, 層厚 20 m に達するが, 西は 一ノ瀬 [ ← 小川の西方 2 km ] 付近, 北東は中田 [ ← 虻ガ島図幅 ] 付近で消滅する。 本層の主部は, ほとんど凝灰質物からなる堅い凝灰質泥岩と 細粒砂ないしシルト粒度の堅い細粒凝灰岩との細互層であって, 最下部に厚さ数 10 cm~1 m の凝灰質砂岩を伴う。 小川層灰岩はかつて池辺ら(1948)によって大泊凝灰岩層に対比され, なだうらグループ(1957)によって中田凝灰岩層に対比されたことがあるが, 邑知潟・石動両図幅の調査によって, これらとは別個の凝灰岩で, 岩質的, 層序的に石動図幅地域の淵ガ谷凝灰岩に相当することがわかった。

中波泥岩層の岩相は, 富山積成盆地全域を通じて, 八尾累層の上半部に普遍的に発達する泥質層と共通な特徴を示すものである。 これに対し, 本層と指交関係をもつ高畠礫岩層および新宮礫岩層の岩相は, ともに富山北区において特有な局地的粗粒岩相である。 八尾累層積成の後半期(東別所期)に 積成盆地全体を通じて基盤の沈降(海進)が行なわれる過程で, 北区ではさらに基盤の激しい昇降運動が加わったため, 泥質岩と著しい指交関係をもって礫質岩が堆積し, 普辺的な泥岩の発達がこの地域で制約されたものと思われる(第 13 図)。

第 13 図 八尾累層の上部における泥岩相(中波泥岩)と礫岩相(高島・新宮礫岩)の分布範囲。
□ : 泥岩相, □ : 礫岩相, O : 邑知潟図幅, A : 虻ガ島図幅

[ II.4.2.5 ] 高畠 たかばたけ 礫岩層

本層の上部は, 細野実 命名, 池辺展生 紹介による高畠礫岩層にほぼ相当し, 中波泥岩層と指交するが, 中部は懸札砂岩層および多根互層と指交関係を示し, 下部は石動山礫岩層の層準に対比される。 したがって, 高畠 [ ← 邑知潟の東方 3 km ] の南方の地域では, 本層は八尾累層の全層準にまたがっている(第 14 図参照)。 碁石峰付近では基盤岩類を直接 不整合に被覆しているものと思われる。 層厚は北部の武部・久乃木 [ ← これらはコロサ断層の北西の邑知潟低地帯の東端にある ] ・久江付近で上部が 500 m 以上であるのに対し, 中部地域の碁石峰付近では全層あわせて 450~500 m である。

第 14 図 高畠礫岩層の模式層相断面図。
M : 三尾砂岩層, N : 中波泥岩層, T : 高畠礫岩層, S : 新宮礫岩層, Ks : 掛札砂岩層, Km : 国見泥岩層,
水平 : 垂直 = Ca 1 : 2.5

本層は主として礫岩からなり, 粗粒砂岩をまじえる。 礫岩は一般には径 5~10 cm 以下の角礫・亜角礫および亜円礫からなり, 淘汰が悪く, 固結が弱い。 しかし, これらの礫岩には各層準に巨礫がまじっており, その巨大なもの(とくに石灰岩礫に多い)は直径が数 m に達する。 礫の種類は花崗岩・片麻岩・石灰岩が主で, 他に少量の安山岩などが含まれる。 礫岩層は厚さ 1~数 m の単層の集まりで, 各単層内では上部ほど礫の粒径が小となり, ときには上部が粗粒~中粒砂岩に移化する。

本層の上部では, 厚さ 60~150 cm の石炭ないし炭質頁岩がはさまれる。 いずれも膨縮がはげしく, レンズ状に尖滅して, 連続性に乏しい。 本層は一般に化石に乏しいが, ときに Chlamys などの破片がみられる。

南部の福水および走入 - 向瀬 むこぜ [ ← 走入の西方 1.5 km ] 間付近では, 本層は粗粒砂岩が主となり, 細粒砂岩と互層する。 この粗粒砂岩中には, ときに径 1 m 大の片麻岩の岩塊が含まれる。 また, よう 光寺 [ ← 邑知潟の南南東方 2 km ] の谷の上流部では, 青灰色の砂まじり泥岩と中粒~粗粒砂岩との 単層の厚さ 15~20 cm の板状互層(地質図凡例記号 Ya)がみられる。 この泥岩中には多量の Makiyama が含まれる。 この互層の発達は, 高畠礫岩層と中波泥岩層との指交関係を示すものであろう。

本層はその成層状態や岩質からみて, 近接する後背地からの多量の物質の供給と, これに相応する堆積地の局地的沈降によって形成されたものとみなされる。 断続しながら供給される多量の物質は, 逐次 形成過程にある下位層を削剥しながら累積して, 普遍的なひろがりをもつ中波泥岩層の堆積を制約したものであろう。

なお, 懸札砂岩層と指交する本層中部の積成(第 8 図)と, 中波泥岩層と指交する本層上部の積成(第 13 図)とを比較すると, 上部では粗粒岩が卓越する一方, 堆積区はより拡大し, 後背地が古地理的に西に移動したことがうかがわれる。

[ II.4.2.6 ] 新宮礫岩層

池辺展生(1949)の新宮砂岩層, 細野実・絈野義夫の新宮砂岩礫岩層にほぼ相当するが, 本文ではその層序的位置, 分布などの関係から再定義して使用する。

本層は 図幅地域南部の走入・新宮・ 所司原 しょしはら 付近から 南隣の石動図幅地域の北西部にかけて分布する。 本図幅地域内では下限は不明で, 上限は新宮・所司原付近で三尾砂岩層に被覆される。 中波泥岩層とは指交関係にある。 したがって, 本層の上部は高畠礫岩層の上部と同層準で, 岩質的にも類似するが, 高畠礫岩層が飯山 - 藪田 [ ← 邑知潟図幅の東端 ; 阿尾の北方 1.5 km ] 線以北で厚く発達するのに対し, 本層はむしろ以南, とくに石動図幅地域にかけて厚く発達しており, それぞれ堆積の中心地が異なっている。

本層は主として礫岩と粗粒砂岩との互層からなり, 石動山背斜の軸部を占めて分布する。 砂岩と礫岩とは一般に 1~数 m の厚さで互層するが, 背斜の軸部にあたる中部層準で礫岩の量がもっとも多く, 上部では粗粒砂岩が多くなる。 背斜の南東翼部にあたる所司原付近の上部層準では, シルト岩や泥岩の薄層がひんぱんにはさまれ, 砂岩泥岩互層を構成する。 これは中波泥岩層の延長部にあたる岩相とみなされる。 背斜の北西翼部ではこのような岩相は認められない。

礫岩の礫は, 大きいもので直径 60 cm 以上, 普通 10 cm 内外で, 亜円礫状を呈する。 礫質は花崗岩・片麻岩がもっとも多く, 他に石灰岩・珪質岩・閃緑岩などが含まれる。 基質も礫と似た構成物からなり, その固結度は一般に低い。 砂岩は花崗岩・片麻岩起源の粗粒~細粒砂岩で, シルト岩の薄層をはさみ, 随所に風化によって生じた縞状の 鉄銹 てっしゅう [ 鉄錆 ] 質物がみられる。 砂岩と礫岩の互層部では, 各所で斜交層理が認められ, ときに不規則な異常堆積構造(第 15 図)がみいだされる。 いずれの場合も下位層がかなり削剥されている。 また, 石動山背斜の軸部付近では多数の小断層があらわれる。 これらの小断層には比較的 高角度の正断層が多い。 新宮の南では, 本層中に炭質頁岩がみられる。

第 15 図 下石 [ ← 新宮の東方 0.5 km ] - 所司原 間の道路沿いの露頭における新宮礫岩層中の異常堆積

本層の厚さは, 認められる範囲内で約 200 m である。

[ II.4.2.7 ] 三尾 みお 砂岩層

本層は八尾累層の最上部に位置する砂岩層で, ほぼ飯山 - 藪田線 [ 以下の [注] 参照 ] 以南に発達し, これから北では高畠礫岩層と, 北東では中波泥岩層と指交しながら消滅する。 本層は石動図幅地域にも広く発達し, ここでは 小野 この ・奥山砂岩層および 嘉例谷 かれいだに 互層とよばれている。

[注]
位置的には地形区を境する飯山 - 藪田線にほぼ一致する。 その性格については地質構造の項で述べる。

本層は三尾付近でもっとも厚く, 230 m となる。 この付近では 下部約 70 m は 石英質の均質微細砂岩と 暗灰色のシルト質泥岩との互層(単層の厚さそれぞれ 60~100 cm)からなる。 泥岩は中波泥岩層中の泥岩と類似しており, 互層部は中波泥岩層との漸移部にあたる。 このような漸移部は神子原の東, 余川川 よかわがわ の一ノ瀬の南, 阿尾川の吉滝 - 森寺間でも認められるが, 砂岩のあらわれはじめる層準は各地でかならずしも一定しない。 互層部の上約 25 m は細粒~粗粒砂岩で, 粒度は上部ほど粗粒となる。 細粒砂岩はシルト質で, 淘汰が悪く, 砂とシルトとが雑然と混じりあった堆積状態を示し, このなかに磨滅した二枚貝化石の破片や, 直径 1 cm 大のチャートの円礫が散在している。 砂岩部の上約 50 m は 細粒~中粒砂岩と暗灰質シルト岩の互層(単層の厚さ 10~15 cm)からなり, 最上部には明瞭な層理をしめす石英質の均質な微細砂岩が発達する。 この砂岩は 各地における本層の特徴的な岩相を示すものとして注目される(第 16 図参照)。

第16 図 三尾付近における三尾砂岩層柱状図

新宮付近における本層は層厚約 50 m で, 下半部には粗粒砂岩が多く, 炭質物が含まれ, 斜交層理が顕著である。 この層準からは Pecten, Balanus などの化石を産する。 基底部には円礫が散在する。 なお, 下半部の上部にもよく円磨されたチャートの細礫が散在する層準がある。 この細礫を含む層準は各地の本層中部で認められ, 層準決定のよい指標となるように思われる。 上半部は下位から中粒~粗粒砂岩, シルト質細粒砂岩, 粗粒~中粒砂岩の順に重なる(第 17 図参照)。 したがって, 新宮付近の本層は, 三尾付近の本層に較べると全般に薄くなるのに対し, 粗粒となる傾向がうかがわれる。

第 17 図 新宮付近における三尾砂岩層柱状図

第 18 図 三尾砂岩層の等層厚線図

第 18 図に示すように, 本層の消失する北限はほぼ飯山 - 藪田線にあたり, 全体としては南東に向かって層厚を増している。 この傾向は, これまで述べた八尾累層の一般的層厚変化の傾向と異なり, むしろ音川累層中の粗粒岩の層厚変化の傾向に似ている。 また, 岩相の側方変化は, 下位の高畠礫岩層・新宮礫岩層・中波泥岩層に較べればより緩慢である。

なお本層は新宮付近以南では, その岩相, 堆積状態, 岩質からみて下位層を侵食している公算が大である。

II.4.3 音川累層

邑知潟低地帯の南東の石動山丘陵区に分布し, 北西の眉丈山丘陵区には存在しない。 八尾累層とは, コロサ断層以南では各地で整合関係にあるが, 以北では穴水累層および八尾累層を不整合に被覆する。 このことは, 富山北区と能登区南部(とくに熊淵区)との積成環境の明瞭な相違を物語っている。

本累層の岩相は, 飯山 - 藪田線をほぼ境として, その北部と南部とで異なる。 すなわち, 北部ではほとんど塊状の泥岩やシルト岩(虫崎泥岩・姿泥岩)からなるのに対し, 南部では次第に砂岩の量を増し, 葛葉互層・ 小久米 おぐめ 砂岩層などが発達するようになる。 さらにまた, 志雄 しお の南方の本累層の中上部(聖川泥岩層中)では, 南隣の石動図幅地域に向かって次第に砂岩の夾みを増し, 敷波互層を構成している。 一方, 音川累層全体の層厚についてみると, 岩相変化に対応して北東部の東ノ浜付近で 250 m 以上, 大境の北方で 500 m であるが, これより南の阿尾川流域で 680 m, 子浦 しお - 走入 はしり - 氷見間では石動山背斜の両翼部でともに約 900 m となり, 南に向かって層厚を増している。 ただ, 北東部の宇波川流域 [ ← 河口は虻ガ島図幅内 ] では約 300 m でもっとも薄いが, これは戸津宮 - 磯辺付近にみられる基盤の相対的隆起部の影響が, 音川累層積成期にまで及んだためと思われる。

以上の岩相変化の傾向を, 八尾累層にみられる局地的なはげしい岩相変化の傾向に較べれば, 本累層は広域にわたってより安定した層相とみなすことができる。

[ II.4.3.1 ] 虫崎 むしざき 泥岩層

主として虻ガ島図幅地域のコロサ断層以北の地域に分布する。 穴水累層および多根互層を不整合に被覆している。 黒崎付近では, 前述のように本層と穴水累層との間に珪質岩や海緑石を含む粗粒砂岩が発達する。 本層はこれらに対しみかけ上 整合的に累重するが, これらの分布が局部的であり, かつ散点的であることからみて, 両者の間にも堆積間隙の存在が予想される。 本層の上限はこの図幅地域内では明らかでないが, 北隣の小口瀬戸図幅地域内では 音川累層の上部を占める赤崎シルト岩層に整合的に被覆される。 東ノ浜付近で認められる範囲の層厚は約 250 m である。

本層は暗灰色を呈する細粒, 均質の泥岩からなり, ときに硬質泥岩となる。 一般に層理に乏しいが, 黒崎付近では部分的に微細砂岩の薄層をはさむ。 風化すると灰白色を呈し, 小角片状に破砕する。 泥灰質団塊を含み, また軽石の微粒や珪藻遺骸を含む。 東ノ浜向斜の軸部にあたる東ノ浜付近の泥岩は若干岩質が異なり, むしろシルトがちで, 部分的に緑色を帯び, Makiyama を含んでいる。

七尾湾 能登島の縁繫 [ 縁繋 えんつなぎ ? ] 泥岩層, 七尾市の北西の和倉泥岩層は, 岩質的にも層序的にも本層に相当する。

[ II.4.3.2 ] 姿 すがた 泥岩層

灘浦沿岸部から氷見市周辺地域にかけて分布する。 基底部には中田凝灰岩層が発達する。 阿尾川から南西の地域では, 本層の下半部は葛葉互層および小久米砂岩層と指交関係を示す。 本層の層厚は, 北東部では前述のように 500~680 m, 氷見市周辺では小久米砂岩層から上で 450 m である。

本層の主体をなすシルト岩およびシルト質泥岩は, 一般に暗灰色, 青黒色~帯緑灰色を呈し, 塊状で層理に乏しい。 風化すると灰白色~黄褐色を呈し, 露出面に黄色の微粉があらわれる。 一般に凝灰質で, 随所に軽石の微粒を含む。 ときに層状団塊を含むことがある。 塊状の泥岩には大型節理が格子状に発達している。 阿尾川周辺の本層下半部では, しばしば砂岩をはさんで互層状となる。 これは本層と指交する葛葉互層, 小久米砂岩層の末端部を示すものである。

本層下半部には有孔虫化石がかなり含まれる。 千地万造(1960)によれば, 阿尾川付近の本層下半部を 群集組成の上から Uvigerina subperegina Zonule として特徴づけ, この Zonule にはさらに Uvigerina-Eponides-Cassidulina Fanule と Chilostomella-Virgulina Fanule が含まれ, 変化に富む化石内容を持つとしている。 なお, 本層上半部では有孔虫化石が少なく, 放散虫が多くなる。

貝化石は本層を通じて一般に少なく, まれに Limopsis tokaiensis, Portlandia sp., Solemya sp. などを産するにすぎない。 Makiyama は各地から産し, とくに氷見周辺の本層中部層準に密集するところがある。 放散虫類, 珪藻類は全般に豊富で, そのほか海綿骨針, 魚鱗などを含む。

本層の基底部には顕著な安山岩質凝灰岩が発達する。 灘浦海岸の中田付近で中田凝灰岩層, 阿尾川の森寺付近で森寺凝灰岩層とよばれているもので, 従来, それぞれ別層準の凝灰岩層とみなされていたが, 本図幅調査の結果, 両層が同一の凝灰岩であることが明らかになったので, 本文ではこれを中田凝灰岩層として統一した。 中田凝灰岩層 は中田付近で厚さ約 20 m, 暗青色~灰白色を呈する粗粒(径 0.5~2 cm)の軽石粒からなり, 風化すると灰白色~黄褐色となる。 これより南西の森寺付近に向かって, 上半部は次第に凝灰質砂岩に移化し, シルト質泥岩と互層する。 下半部は厚さ数 m の軽石粒を含む凝灰質砂岩となる。 この砂岩中には緑色粒がみられる。 この凝灰岩層は, 余川川の谷村付近からさらに南西の谷屋, 三尾 - 日名田間では, 葛葉互層基底部の凝灰質緑色砂岩へと連続する。 石動図幅地域の岩尾滝 凝灰岩層は, この中田凝灰岩層に対比されるものである。

なお, 姿泥岩層中には, 氷見市 上田 うわだ 付近で厚さ 1~2 m の白色凝灰岩層があり, 従来は上田凝灰岩層とよばれているが, その連続性については明らかでない。 上庄川沿いの 小窪 おくぼ の東方の姿泥岩層下部層準にも凝灰岩の薄層がみられる。 この付近には小断層が多く, この凝灰岩層が寸断されている。 また, 余川川沿いの 稲積 いなづみ 付近にも, 本層上部層準に数枚の薄い白色凝灰岩および軽石質凝灰岩がみられるが, いずれもその連続性については明らかでない。

[ II.4.3.3 ] 葛葉 くずば 互層

邑知潟図幅地域南部の 余川 よかわ 川流域の片畑の付近から南東の石動図幅地域にかけて発達する。 また 子浦 しお 川流域の 向瀬 むこぜ ・新宮付近にも分布する。

本層は数 m~10 数 m 単位の砂岩とシルト質泥岩の互層からなり, 黄白色~淡白色の軽石質凝灰岩層を数枚はさむ。 本層の最下部は 硬質の凝灰質砂岩と凝灰質泥岩との数 10 cm 単位の板状互層からなり, 基底部は 厚さ数 m の凝灰質中粒~粗粒のやや固い砂岩からなる。 この砂岩中にはまれに貝化石・植物片が含まれる。 またこの凝灰質砂岩中には緑色の鉱物が散在しているのが特徴的である。 この層準は, 中田凝灰岩層の層準に相当する。

本層の主体をなす互層中の砂岩は, 無層理の細粒~中粒の石英質砂岩で, 炭質物, 凝灰質物を含む。 全般に淘汰がよく均質である。 新鮮な部分では暗灰色を呈するが, 風化すると灰白色~帯緑灰色となり, 大型の節理が網目状にあらわれる。 互層の一員である泥岩は, もっとも厚いもので約 10 m, 普通は 2~3 m である。 泥岩はシルト質で, 黒色を呈し, 層理に乏しく, 格子状のやや小さい節理が発達する。 泥岩中からは Limopsis などを産するが, 一般に化石に乏しい。 本層は 上庄 かみしょう 川上流の日名田・床鍋付近でもっとも厚く, 層厚約 200 m であるが, 北東に向かって次第に砂岩が細粒となり, 薄化して, 余川川・阿尾川付近で姿泥岩層と指交しながら消失する。

西部地域の本層は, 新宮付近では厚さ約 70 m で, 主として砂質シルト岩とシルト質泥岩との互層(単層の厚さ約 10 m)からなる。 向瀬付近では本層下部に厚さ 50~70 m の礫質粗粒砂岩が発達する。 これはアルコーズで, 斜交層理がきわめて顕著である。 上部約 50 m は砂質シルト岩とシルト質泥岩との互層からなる。 向瀬以北では, 本層は急速に薄化消失する。

[ II.4.3.4 ] 小久米 おぐめ 砂岩層

邑知潟図幅地域の南部から石動図幅地域にかけて分布する。 下位の葛葉互層上に整合的に重なる。 全般に層理に乏しい細粒~中粒の石英質砂岩からなり, 凝灰質物を含む。 岩質は部分的に下位の三尾砂岩層・葛葉互層中の砂岩に類似する。 本層の下半部は一般に上半部より粗粒で, 凝灰質物を多く含み, 特有の緑色を帯びているので, 層準同定のよい基準となる。 最上部は風化して黄褐色を呈する細粒~中粒砂岩で, しばしば砂質シルト岩をレンズ状にはさみ, またシルト岩の角片を礫状に含むことがある。 本層の砂岩は一般に層理に乏しく, 比較的均質なために, 崖の露出面はなだらかな曲面を呈することが多い。 砂岩中には, 部分的に石灰質の団塊が配列していることがある。 この団塊と周囲の堆積物との境は明瞭でなく, 露頭では砂岩の突出部のような観を呈する。

本層は上庄川の小久米付近でもっとも厚く, 層厚 220 m, これより北東部では次第に薄化しながら姿泥岩層と指交し, 阿尾川付近で消滅する。 一方, 新宮付近では層厚約 70 m, 向瀬付近で 30 m と薄化し, 飯山川流域の福水付近で消失する(第 19 図参照)。 なお子浦川流域の本層は, 細粒~中粒砂岩と砂質シルト岩との互層からなり, 砂質シルト岩中には炭質物が多く, 砂管が含まれる。

第 19 図 小久米砂岩層の等層厚線図

[ II.4.3.5 ] ひじり 川泥岩層

邑知潟図幅地域の南西部に分布する。 層序的には姿泥岩層に相当するが, 分布が離れており, 古くから聖川泥岩層と呼ばれているので, 本文ではとくに別記した。

本層は福水以南の地域では小久米砂岩層の上に整合的に重なる。 これより北では高畠礫岩層に接するものと思われるが, 冲積層に覆われるため, 詳細な関係は不明である。

本層は黒色のシルト質泥岩を主とする。 泥岩は風化すると紫褐色, 褐色, 暗灰色に変化し, 小角片に破砕する。 随所に軽石の微粒を含み, また表面に黄色の微粉があらわれる。 層理は明瞭でないが, 下部および中部では厚さ 30 cm 以下の砂岩の薄層をはさむ。 団塊は下部に多い。 また, 下部および中部には厚さ約 10 cm の凝灰岩の薄層が数枚はさまれる。 各所で海綿骨針や珪藻遺骸, Makiyama chitanii などを含む。 全層厚約 700 m で, 分布範囲内では層厚変化に乏しい。

[ II.4.3.6 ] 敷波 しきなみ 互層

音川累層の中上部に発達する砂岩泥岩互層で, 邑知潟図幅地域の南西隅, 聖川の西方から南隣の石動図幅地域の北西部にかけて分布する。 聖川の西方では聖川泥岩層と指交関係を示す。 小久米砂岩層の砂岩と類似した石英質細粒砂岩とシルト質泥岩との泥がち互層であるが, 南方の石動図幅地域に向かって次第に砂岩の量を増し, とくに下半部は粗粒な花崗岩質砂岩となる。 層厚は図幅の南縁部付近で約 300 m である。

II.4.4 氷見 ひみ 累層

本累層は富山積成盆地形成末期の堆積物で, 金沢図幅地域の南部では下位累層を逐次 不整合に被覆し, また石動図幅地域の 宝達 ほうだつ 山の西麓部では基盤の片麻岩類を直接被覆しているが, 他の地域では, 軽微の侵食や堆積間隙は推定されるにしても, 下位層とほとんど整合的関係にある。 本累層からは多数の貝化石を産する。 これは東北裏日本の鮮新世を指示する大桑 - 万願寺動物群に相当するものである。

本図幅地域の氷見累層は, 岩相的特徴が東西両域で異なり, 東 海岸地域ではさらに南北方向に変化する。 下位塁層との層序的関係については, しばしば整合, 不整合関係が論ぜられており, 現在も問題が残されているが, 筆者らは図幅地域内では顕著な不整合は存在しないものと考えている。

II.4.4.1 西部地域の氷見累層

邑知潟低地帯の南東縁に沿って, 飯山付近から南西に分布する。 下位から杉野屋シルト岩層と中川砂岩層とに区別される。 その岩相的, 層序的特徴は, 金沢図幅地域の大桑砂岩層に類似する。

第 20 図 杉野屋 部落の南方における氷見累層の基底部柱状図

[ II.4.4.1.1 ] 杉野屋シルト岩層

本層は層厚 130~170 m, 暗灰色~灰黒色の砂質シルト岩からなり, 一般に層理に乏しい。 風化部では灰白色となり, 黄色い粉をふく。 また層理面に直交する大型節理が発達する。 このような特徴は音川累層中の泥岩に類似する。 基底部には長径 30 cm, 短径 15 cm 大の泥灰岩がならび, その上約 1 m の間はとくに砂質の帯緑暗灰色シルト岩ないしシルト質泥岩からなる。 この部分には緑色鉱物がかなり含まれている。 基底から 1.2 m 上位には厚さ約 60 cm の白色細粒凝灰岩があり, この地域では比較的よく連続して発達する。 基底部および凝灰岩層の上下からは Acila sp., Nuculana sp. などの貝化石を産する。

[ II.4.4.1.2 ] 中川砂岩層

本層は杉野屋シルト岩層の上に整合に重なる。 厚さ約 130 m で, 下部は貝化石の密集した粗粒~中粒砂岩からなり, 各所に細粒の円礫を含む。 産出する貝化石は Pecten kurosawaensis., Pecten sp., Chlamys swifti, Glvcymeris sp., Venericardia sp., Acila insignisi, Area sp., Limopsis sp. などである。 上部は次第に細粒の層理に乏しい砂岩となり, 鉄銹質の団塊や縞模様があらわれ, とくに最上部では厚さ 1~2 m の暗灰色粘土をレンズ状にはさむ。 また炭質物を含み, ときに斜交層理があらわれる。 貝化石はほとんど産しない。

II.4.4.2 東部地域の氷見累層

灘浦海岸の大境付近 [ ← 虻ガ島図幅内 ] から氷見市周辺地域 [ ← 邑知潟図幅内 ] にかけて分布する。 主体をなすものは藪田シルト岩層で, 氷見市付近ではその上に村上シルト岩層が重なる。 全般に石灰質で, 西部地域の氷見累層と区別される。

第 21 図 氷見市 朝日山付近における氷見累層柱状図

[ II.4.4.2.1 ] 藪田シルト岩層

本層は大境 - 阿尾付近で層厚約 200 m, 氷見市 朝日山付近で 120 m, これより南ではふたたび厚くなる傾向がある。 この層厚変化に対応して, 両地域で若干 岩相が異なる。

大境 - 阿尾付近では, 藪田層の基底部に厚さ数 m の海緑石砂岩が発達する。 これは多量の海緑石を含むかたい砂岩で, 海緑石にまじって, まれに片麻岩の小円礫, 白色の軽石粒, 多量の放散虫・珪藻・海綿骨針・有孔虫などが含まれる。 それから上位は本層の主体をなす部分で, 青灰色~帯緑青色を呈する砂質シルト岩からなり, このなかに厚さ 20~100 cm の多数の石灰質砂岩または石灰質団塊が, 帯状またはレンズ状に発達している。 シルト岩はやや粗粒で, 処々に明瞭な葉理構造をもつ部分が団塊状に認められる。 下部には軽石質凝灰岩の薄層(1~50 cm)が数枚はさまれ, また, チャート・花崗岩などの亜角礫状の細礫が散在する層準が2帯認められる。 シルト岩は一般に貝化石に富み, とくに下半部からは Acila insignis, Venericardia ferruginea, Pecten kurosawaensis, Turritella saishuensis, Lucina acutilineata, Conchocele nipponica, Lucinoma sp., Nuculana sp. などのほか, 小型有孔虫・海綿骨針・珪藻・放散虫などが含まれる。 千地万造(1960)の有孔虫群集分帯によれば, 本層は Elphidium bartletti Zonule に含まれる。

このシルト岩の上位に厚い石灰質粗粒砂岩が発達する。 小境の朝日神社付近に分布し, 虻ガ島の大部分もこれからなる。 石灰質粗粒砂岩の一部には多量の貝類化石が含まれ, Pecten kurosawaensis, Chlamvis swifti, Umbonium sp., Turritella saishuensis, Mactra sp., Natica sp. などの類が認められる。

氷見市 朝日山付近の藪田シルト岩層は, 下位から砂岩部(約 50 m), シルト岩部(約 30 m), 石灰質砂岩部(約 40 m)に大別される。 下部の 砂岩部 は細粒~粗粒のやや石灰質砂岩からなり, ときにチャートの細礫を含む。 この砂岩中には Pecten kurosawaensis, Turritella saishuensis などが含まれる。 基底から約 30 m 上位には, 厚さ 2 m の白色細粒凝灰岩層があり, この付近でよく追跡される。 中部のシルト岩部は, 大境 - 阿尾付近のシルト岩とまったく同質で, Acila, Nuculana などの貝化石を含む。 上部の石灰質砂岩部には, なかに暗青色シルト岩部をはさんで厚さ約 15 m の石英粒の多い粗粒砂岩が上下2帯ある。 いずれも著しく石灰質で, きわめて堅く, 風化すると不規則な侵食面を示す。 砂質の部分は斜交層理が顕著で, 石灰質の堅硬な部分を団塊状にはさむ。 この間を占めるシルト岩は, 中部のシルト岩と同質の藪田型シルト岩で, このなかからは Pecten yessoensis, P.tokyoensis, Turritella saishuensis etigoensis, Glycymeris yessoensis, G. pilsbr などの貝化石を産する。

[ II.4.4.2.2 ] 村上シルト岩層

氷見市周辺地域において, 藪田シルト岩層上に整合に重なる。 露出範囲の層厚は約 70 m で, 上限は不明である。 下部 30 m は青灰色のシルト岩ないし微細砂岩からなり, 藪田シルト岩層と同様の貝化石を含む。 下部にはチャートなどの細礫が散在することがある。 上部 40 m は風化して黄褐色~暗褐色を呈する砂質シルト岩からなる。 一般に軟弱で, 粘土の薄層をはさみ, 炭質物を含む。

本層とくに上部の層序的位置については問題があり, 一部 埴生累層に含まれるかもしれないが, 氷見累層の一般的層序関係からみれば, 本層は西部地域の氷見累層の中川砂岩層の層準に対比さるべきものと考える。

II.4.5 埴生 はにゅう 累層

富山積成盆地解体期の産物で, 邑知潟図幅地域内では飯山 - 中川 [ ← 邑知潟の南方 3.5 km ] 間の国道沿いにわずかに露出するにすぎない。 これは富山積成盆地における埴生累層の分布の北限とみなされる。 本累層の下限は露出不良のため明らかでない。 第 22 図はこの地域に露出する埴生累層の全体を示し, 最下部の褐色砂岩は, 基底から 2~3 m の層準にあるものと推定される。

第 22 図 中川 - 飯山間における埴生累層柱状図

主として風化して褐色を呈する粗鬆細粒砂岩からなり, 随所に粘土の薄層をはさむ。 砂岩は炭質物を含み, 鉄銹質の縞模様があらわれる。 また, ときにチャートの細礫を含む。 粘土は暗灰色~青灰色~チョコレート色を呈し, 炭質物を含む。 本層からは化石を産しない。

II.4.6 眉丈山丘陵区の新第三系(穴水累層を除く)

眉丈山丘陵区には, コロサ構造線を境として, その北側に穴水累層が, 南側に基盤をなす花崗岩類が露出しており, これを不整合に被覆して下位から 上棚 うわだな 泥岩層・滝礫岩層・赤浦砂岩層の新第三系が, 相互に指交しながら累重している。 これらは穴水累層積成後の古地形の凹所を埋積しながら, 基盤に対してアバット状に累積したものであろう。 この丘陵区では化石ははなはだ少ない。 しかし, 北隣の七尾図幅地域内では, 赤浦砂岩層中に石灰質で化石の多い部分(七尾石灰質砂岩層など)がしばしばはさまれ, Pecten kagamianus, Chlamys notoensis その他の化石を多産する。 これらの化石からみれば, 滝礫岩層 - 赤浦砂岩層は, 富山積成盆地南部の八尾累層最上部 - 音川累層下部に対比され, 地質時代は中新世後期とみなされる。 したがって, これらの下位にある上棚泥岩層は, ほぼ八尾累層上部に対比されよう。 しかし, 現在のところ石動山丘陵区における八尾累層との厳密な対比の手がかりは得られない。 本図幅では, 七尾図幅・小口瀬戸図幅地域における岩相層序を参照して, 赤浦砂岩層の層準を八尾累層最上部とみなした。

第 23 図 眉丈山丘陵区 新第三系層序模式図

[ II.4.6.1 ] 上棚 うわだな 泥岩層

おもに邑知潟図幅地域北西部の福野 [ を中心とする ] 平野周辺に分布する。 本層は側方では穴永累層の安山岩類がつくる山地にアバットしているが, 下限は不明である。 層厚は, 地表でみられる限りで約 30 m である。

本層は一般に暗灰色~灰白色を呈する砂質シルト岩からなる。 塊状で層理の発達が悪く, 植物片や雲母片が多い。 風化すると, 露頭面に黄色い粉をふく。 泥岩中には, ときに花崗岩質の細粒砂岩の薄層をはさみ, 一部では両者の互層(泥岩がち)となることもある。 まれに, 石灰質や鉄銹質の球状団塊がみられる。

化石としては, 大坂 部落の井戸掘り中に得られたという Lima sp. の cast があった。 また, 上棚出 [ 読み方不明 ] 部落の西側の尾根では, やや砂質の泥岩中から Propeamussium sp. を産した。

なお, 本泥岩層の主分布地から東へ離れた 花見月 はなみずき [ ← 邑知潟図幅北端中央 ] 付近には, 広く分布する赤浦砂岩層と山地をつくる安山岩類との間に, 泥岩層がわずかに露出している。 これも上棚泥岩層として一括した。 花見月付近のものは, 黄褐色を呈する塊状の泥岩であり, Conus sp., Crassatellites sp. などのほか, 小型貝の cast がみられる。

[ II.4.6.2 ] たき 礫岩層

本層は, おもに基盤の花崗岩・片麻岩の巨礫で構成されている。 丘陵の南東縁部では, 花崗岩類の上に不整合に重なるが, 北部では局部的ではあるが上棚泥岩層の上に整合に重なる。 また, 後述の赤浦砂岩層とは, 大局的には同時異相の関係にあり, 上部および北方へと次第に移り変わる。

能登部 のとべ 付近でみられる本層の基底部には, 径 1~2 m 大の巨礫を主とした礫岩があり, 巨礫の間は径 10~30 cm 大の角礫で埋められている。 本層の主部は, おもに花崗岩・片麻岩の径 10 cm 大の角礫が雑然と密集した礫岩層からなるが, 上方へ角礫が次第に小さくなるとともに, 花崗岩質の粗粒砂岩をはさむようになる。 また, 北方へ次第に砂岩層の來みが多くなる。 一方, 上棚 部落の南方では, 本礫岩層の下部にしばしば泥質層(厚さ 2~3 m)がはさまれる。

西海岸の長手島では, 波打ち際に花崗岩の巨礫が無数に散乱している。 ことに島の西部では, 岩塊の大きさは径 5~10 m にも達する。 この島には礫岩層自体の露出はみられないが, 岩塊の岩種の多様さからみて, これらの岩塊はすべて滝礫岩層中の巨礫が海食によって洗いだされたものであろう [ 以下の [注] 参照 ] 。 同様な巨礫は滝崎付近の海岸でもみられる。

[注]
長手島は稀元素鉱物の産地として知られ, この島の名前をとった「長手石」という鉱物もある。 なお, 地質図ではこの島を滝礫岩層として塗色してある。

本層分布の北東端にあたる良川の北方では, 礫岩と花崗岩質砂岩との互層(礫岩がち)になっている。 ここでは, 礫は径 10~20 cm 大の花崗岩・片麻岩の亜円礫を主とするが, 南西部ではほとんど認められなかった安山岩が多少混じっている。

[ II.4.6.3 ] 赤浦砂岩層

おもに花崗岩質の粗粒砂からなる軟弱な砂岩層で, 滝礫岩層の北側に分布している。 この砂岩層は, 滝礫岩層から側方へ漸移したもので, 両者の境は明瞭でない。 北方への分布は七尾図幅地域の南半部に達し, 安山岩のつくる山地の間を埋めて拡がっている。 「赤浦砂岩層」の名は七尾市の北西の地名 [ 「赤浦」という地名の位置不明 ] に由来するものである [ 以下の [注] 参照 ] 。 本層は穴水累層を不整合に覆い, これにアバットするほか, 上棚泥岩層およびその相当層(七尾図幅地域内の七原泥岩層など)を整合に覆う。 上限は邑知潟図幅地域内ではみられないが, 七尾市の西部では本層の上位に和倉泥岩層が重なる。 層厚は本地域内で 100 m 程度である。

[注]
本層の一部の高浜町の北方に分布する部分は, かつて堀松砂層と呼ばれた(槇山, 1930)。 ここでは, 七尾図幅の南半部~邑知潟図幅の北半部地域のものを一括して, 赤浦砂岩層と呼ぶことにする。

邑知潟図幅地域の赤浦砂岩層は, おもに灰白色~淡褐色を呈する粗粒の花崗岩質砂岩からなっている。 滝礫岩層と接するところではしばしば礫岩層をはさみ, 両者の間に明白な境はひけない。 また, これより隔たったところでも, 砂岩は淘汰が悪く, 1 cm 大の花崗岩礫などが散在している。 ここでは砂岩はおもに塊状で, 層理は不明瞭である。 これから北方の 雨谷 あまだん 部落付近から北では, 本層は粗鬆な花崗岩質粗粒砂岩となり, 斜交層理が発達する。 図幅地域北西部の米浜 [ ← 邑知潟図幅の北端 ; 西端から 4 km ] 付近の丘陵では, 本層はきわめて粗鬆な粗粒砂層となり, そのため この丘陵地は一見して砂丘のような地形を呈する。 また, 下位の泥岩層とは整合であり, 本層下部では泥岩と砂岩とが互層したり, また指交したりしている。

本層は, 一般には上記のように花崗岩質の粗粒砂からなっているが, 北部の安山岩山地の周辺では, 安山岩から 500 m 位隔たるまでの間が, 安山岩質の礫や砂が混じった淘汰不良のやや褐色を呈する砂岩となっている。 このような場所では貝化石を産し, Nemocardium sp. その他がみられる。 本層の他の部分からは化石は未発見である。

[ II.4.6.4 ] 山頂部の粘土質層

眉丈山丘陵の山頂部, とくに 千路 ちじ [ ← 邑知潟の北の湖岸 ] - 上中山の間では, 平坦な尾根の上に, 灰白色~雑色を呈する風化した粘土質層がかなり広く分布している。 厚さは 2~4 m で, 一般に風化のすすんだ角礫層の上に, 明瞭な境界をもって重なっている。 ときには, 粘土質層の下位に約 1 m の厚さの黄褐色細粒砂層がはさまれることもある。 この粘土質層は風化生成物と予想されるが, 真の所属は不明である。

II.5 第四系

邑知潟・虻ガ島図幅地域の第四系としては, 下部洪積層とみなされている高階層, 段丘堆積物・冲積堆積物・扇状地堆積物・崖錐堆積物・砂丘砂などがある。

II.5.1 高階 たかしな

眉丈山丘陵区の北東, 鳥屋 とや [ ← 鳥屋 とりや ? ] 町 良川の中・小学校裏の崖には, 礫・砂・粘土の不規則な互層からなる風化の著しく進んだ地層が水平に露出している。 礫層は花崗岩や安山岩の径 10 cm 大の礫の密集層で, 礫の風化は著しい。 その基質は泥質砂である。 砂層は淘汰がきわめて悪い泥質の細粒~粗粒砂からなり, 石英質で, 花崗岩の細礫を含んでいる。 風化をうけて, 灰白色, 青灰色または赤味がかった雑色を呈する。 粘土層は砂質で, 灰白色またはやや青味をおびた灰白色を呈し, 軟弱である。

本層は分布が狭く孤立しているので, 他の地層との関係は詳しくは判らないが, その分布の位置, 高度や風化の程度からみて, 七尾図幅地域内に分布する 下部洪積層 -- 高階層 -- に対応するものではないかと予想される。

II.5.2 段丘堆積物

邑知潟・虻ガ島図幅地域内にみられるおもな段丘は, 氷見の朝日山段丘(高度 40~50 m), 西海岸の柴垣段丘(高度 10~30 m), 邑知潟低地帯北東部の徳田段丘(高度 30~40 m)である。 このほか, 氷見北方の灘浦海岸に海岸段丘が断片的に発達する。

[ II.5.2.1 ] 朝日山段丘堆積物

氷見市の市街地の背後, 朝日山公園の付近は海抜 40~50 m の台地となっており, 台地面は, 北に厚く(8 m ±), 南に薄い(5 m ±)洪積層で形成されている。 この段丘堆積物の基盤は氷見累層であり, 不整合面から下方へは多数の穿孔貝(Pholadidea, Barnea など)の喰いこんだ棲息管が認められる。

段丘堆積物の最下部の厚さ約 20 cm の部分は, 貝殻破片の多い含礫粗粒~中粒砂層で, 多数の貝や有孔虫などの化石を含んでいる。 この部分は朝日山貝層と呼ばれる。 貝層の上位には, 褐色で軟弱な細粒砂層が重なるが, その上部には 斜交葉理の発達した厚さ約 1 m の細円礫層 (チャートや花崗岩などの礫を主とする)をはさんでいる。

朝日山貝層の貝化石については, 藤井昭二・松島洋(1959)の, 有孔虫化石については 千地万造(1961)・高山俊昭(北陸第四紀研究グループ, 1963)の研究がある。 これらの研究によると, 貝化石からは現在の富山湾よりいくらか温暖な海水の影響が推定されるのに対し, 底棲有孔虫化石群は 現在の北海道太平洋岸~オホーツク海沿岸の親潮中にみいだされる有孔虫群集に ほぼ対応するといわれる。 また, 浮遊性有孔虫についてみても, Globigerina pachyderma, G. bulloides, G. balconensis などの寒流系が圧倒的であるとされている。

第 6 表 朝日山貝層産出貝化石表(藤井・松島(1959)による)

[ 上記の第 6 表の右端に記した略語の意味 ]
r : rare, c : common, a : abundant, v.a : very abundant

第 7 表 朝日山貝層産出有孔虫化石表(千地(1961)による)

[ 上記の第 7 表に関する注意書き ]
右端に記した略語の意味
C : 10~22 %, F : 4.0~9.9 %, R : 1.0~3.9 %, VR : 0.9 % 以下
上表の中には, 薮田シルト岩層からの derived fossil もかなり多い。
朝日山貝層プロパーの化石有孔虫群のおもな構成種
Elphidium calvatum, Buccela makiyamai, Cibicides refulgens, Rotalia japonica, Buccela frigida, Globigerina bulloides

[ II.5.2.2 ] 柴垣段丘堆積物

邑知潟図幅地域北部の西海岸に沿って, 福野から一宮 [ ← 図幅西端中央 ] にいたる間には, 海抜高度 10~30 m(海に面するところで 10 m, 内陸部で 30 m)の段丘が連続的に発達している。 この段丘は海岸に沿って南北にのび, その南端部では邑知潟低地帯に沿って東方へ曲りこんでいる。 段丘面には, 北部では新期砂丘がのり上げている。

この段丘面は, 柴垣以北では褐色の細粒砂層の堆積面である。 段丘砂層は, 下位の新第三系の砂層(赤浦砂岩層)がきわめて粗鬆であり, また上位に同様な見かけの砂丘砂が重なるので, ときとしてその識別は困難である。 段丘砂層は, 基底部に径 3~5 cm 大の花崗岩などの円礫が散在する含礫砂層, または同様な礫からなる円礫層をもって, 下位層の上に不整合に重なっている。 その上には, 不明瞭な平行ラミナのある中粒~細粒砂が重なるが, 上方へ次第に塊状となり, また細粒となる。 層厚は北部で 8 m 内外, 中部で 3 m 内外である。 南部の柴垣 - 滝間では段丘堆積物はみられず, 少なくとも段丘の海に面する部分では, 直接に新第三系の礫岩が段丘面をつくっている。 南端部の一宮付近では, 花崗岩質の細礫を母材とする厚さ 1 m 内外の段丘礫層がある。

邑知潟図幅地域をわずかに北へはずれた高浜西方の海岸( 神代 かくみ [ ← 米町川 ? ] 河口から西へ約 500 m のところ)では, 同様な高さの段丘面を構成する礫層(厚さ約 5 m)の基底部の巨礫の表面には, 多数の穿孔貝の棲息管がみられる。 このことからみて, それと一連とみなされる本図幅地域内の柴垣段丘も海成段丘とみることができる。

[ II.5.2.3 ] 徳田段丘堆積物

邑知潟低地帯の北東部には, 海抜 30~40 m の段丘が連続的に分布しており, 徳田段丘とよばれている。 この段丘の南端部が本図幅地域内でもみられる。 徳田段丘は, 北部では比高 10~20 m で, 明瞭な段丘地形を示すが, 本地域では比高 5 m 前後の不明白なものにすぎない。 開析は全体にかなり進んでいる。

徳田段丘の表面は厚さ 1~1.5 m の土壌に覆われ, この下位 1~1.5 m は著しく風化を受けて粘土化した砂層からなっている。 これより下位には, 南部~東部の末坂~ 羽坂 はねさか 付近では細礫を含んだ花崗岩質の粗粒砂があるが, 北西部の春木付近ではより細粒で, 葉理の発達した褐色細粒砂層, ないしそれと灰色粘土との互層になる。 段丘堆積物の層厚は, 調査地域内では不明であるが, 徳田段丘の北部の細口 [ ← 七尾市街中央部から南西方 2 km ] 付近では 10 m 前後とみられている。

かつて, 大塚弥之助(1934)は 細口付近の砂層中から 強内湾ないし河口性の環境を指示する Cerithidea aff. fluviatils をみいだして, この堆積物が海進期に形成されたものであることを明らかにし, 徳田段丘は七尾の北西の 津向 つむぎ 段丘に連続するものとみなしている。

[ II.5.2.4 ] 灘浦の海岸段丘堆積物

虻ガ島図幅地域の灘浦海岸には, 3~4 段の段丘がみられる。 高さは 60 m 以上, 40~50 m, 30 m 前後および部分的に分布する 20 m 前後のものである。 このうち, 60 m 以上の面では堆積物はほとんどなく, 地表に花崗岩や安山岩の礫が点在する程度である。 40~50 m の面では, 東ノ浜付近で厚さ約 2 m の砂礫層がみられる。 砂礫層は上部で砂質粘土に移化している。 また, 各地で厚さ 30 cm 程度の礫層(径 7~8 cm 大以下の礫からなる)がみられる。 30 m 前後の面では北に厚く南に薄い砂礫質の堆積物があり, 花園付近では厚さ約 1 m の礫層が, 大泊付近では厚さ約 1 m の砂礫層がみられる。 礫は前者では安山岩が多く, 後者では片麻岩・チャート・砂岩・シルト岩が多い。 宇波付近では, 厚さ 75 cm の礫質砂層である。 20 m 前後の面では, 下部の約 1 m が礫層で, 上方へ砂層となり, 最上部が粘土質層となっており, 全体の厚さは 1.7~2.3 m である。

II.5.3 冲積堆積物

邑知潟・虻ガ島図幅地域内の冲積層は, 邑知潟低地帯とその南東の氷見平野および北西の福野平野に広く発達しており, その他, 地域内の小河川に沿って, 冲積層が小規模に分布している。

上述の3つの冲積低地は, いずれも冲積世初期の海進期に海湾となり, その後次第に埋積されながら潟湖の状態をへて, 冲積平地が形成されていったものであろう。 したがって, 富山図幅地域内の 射水 いみず 平野における多数の試錐資料も加えて判断すると, その冲積層の中・下部の大部分は海成層からなり, 上部のみが潟湖成層からなっているものと思われる。

[ II.5.3.1 ] 邑知潟低地帯

邑知潟低地帯は, かつて「邑知地溝」とよばれていたが, 地質学的な意味で地溝であるか否かについては, 将来の研究にまたねばならない。

この低地帯の地下地質については, 現在のところ充分な資料はない。 しかし, いくつかの深井戸資料(石川県, 1961)を総合してみると, 低地帯の北部では第四系の厚さは 70~100 m であり, そのうち冲積層は最上部の 10 m 内外を占める。 冲積層は, 下半部が砂礫質で, 上半部は砂質である。 また, 羽咋市を中心とした低地帯の南部では, 第四系の全層厚は 200 m 以上に達し, その大部分が砂・砂質粘土・粘土からなっている。 冲積層の厚さは, 海岸寄りで約 50 m, 内陸寄りで約 30 m であろう。 したがって, 低地帯の第四系は北東から南西に向かって厚くなっている。 邑知潟は, 冲積世初期の海進によって生じた内湾の名残りとみなされる。

[ II.5.3.2 ] 氷見平野

邑知潟図幅地域の南東隅には, 氷見平野の北半部がある。 島崎の南方 [ ← 邑知潟図幅の南端 ; 氷見市の南西方 2 km ] における試錐の結果では, 基盤の新第三系が海抜 -27 m の深さで認められており, 冲積層の層厚は 29 m である。 氷見平野全体としてみても, 冲積層の最大層厚は 30 m 前後であろう。 堆積物は下部 8 m が砂, その上約 12 m が泥質物, その上約 7 m が砂で, 最上部に約 2 m の泥がある。 海抜 -4 m までの砂層中に貝殻が含まれている。

第 8 表 氷見平野の冲積層から産出した化石

1) 沖布の南の青砂中(海抜 5 m)
Mya japonica
Mactra sulcataria
Macoma sp.
Lencoma sp.
Solen sp.
Meretrix meretrix
Tellina sp.
Oliva sp.
Labiostrombus japonicus
Natica janthostoma
Gafrarium divaricatum
Purpura sp.
Venerupis sp.
2) 仏生寺川と十二町潟との合流点付近(水田面下 5 m)
Anadara subcrenata
Mactra sp.
Ostrea sp.
Batillaria multiformis
Natica janthostoma
Umbonium costatum (?)
3) 矢崎の南東の仏生寺川河底
Corbicula sp.

氷見の西方, 沖布 おきの [ ← 沖布 おきぬの ? ] では, 海抜5mの青砂中から第 8 表の 1) に示すような海棲貝類を多産する。 これは, 冲積世初期の海進堆積物とみなされている(北陸第四紀研究グループ, 1963)。 Anadara, Meretrix などを出土する朝日山麓の朝日貝塚(海抜 8 m)は縄紋前期・中期の遺跡であり, 縄紋式土器は上庄川南岸や氷見 - 間島間の砂丘の西縁, さらには灘浦海岸の大境洞窟にもみられる。 一方, 氷見の南方の くぼ 付近の内陸側(旧期)砂丘表面から弥生 - 土師期の土器類を産しており, この砂丘が弥生期末には形成されていることがわかる。 このような砂嘴の成長は海湾を潟湖化せしめたものと思われる。

仏生寺川と十二町潟との合流点付近の水田面下約 5 m(海抜 -3 m)から Anadara, Batillaria などの海棲貝類を産する。 これは島崎の南方の試錐にみられる海抜 -4 m までの含貝殻砂層に相当するものであろう。 また, 矢崎の南東の仏生寺川底から多数の Corbicula を産している。 おそらく最上部の泥層の層準にあたり, 潟湖の堆積物とみなされよう。 同様の泥層は他の地点でも地表下 1 m 内外のところでみられ, その一部では 20~30 cm の泥炭層が発達している。

現在の氷見平野の南部 (石動図幅地域北東部から邑知潟図幅地域南東部にかけての地域)には, 今から約 1,200 年前には「 布勢 ふせ の海」とよばれる潟湖があったことが知られている [ 以下の [注] 参照 ] 。 この潟湖は上述のように砂丘の成長とともに内陸部に形成されたもので、 その後埋積と干拓によって次第にせばめられ, 現在ではわずかに十二町潟にその名残りがしのばれるにすぎない。

[注]
大伴家持が越中国守として在任した当時(746~751 年)の多くの歌に詠まれている。

したがって, 氷見平野は, 冲積世初期の海進による海域化, 砂嘴の形成による潟湖化, その後の海退と埋積による冲積平野の形成という過程をへて生じたものであろう。 なお, 氷見平野は, 周辺の新第三系および洪積層の発達の過程ならびに地質構造からみると, 石動図幅地域の北東部にみられる東西方向の向斜構造の成長と関連しており, 向斜谷を埋積しながら形成されたものとみなされる。

[ II.5.3.3 ] 福野平野

図幅地域の北西隅には, 福野平野とよばれるやや広い冲積平野がある。 冲積堆積物に関する資料が乏しいので詳細については不明である。 大坂付近には Corbicula の貝塚があり, 古文書によれば江戸時代の中ごろまで この平野の中央部に「福野潟」とよばれる潟湖があったことが知られている(森栄松, 1955)。 おそらくこの潟も邑知潟や「布勢の海」と同様の変遷をたどって消失したものであろう。

II.5.4 扇状地堆積物

邑知潟低地帯の北東部, 芹川・武部付近には, 低地帯の東縁から中央部に向かって, 複合した扇状地がはりだしている。 藤則雄(1959)のハンドボーリングによる表層調査結果によれば, 堆積物は花崗岩質の礫・礫まじり砂・砂・粘土または泥土からなり, 東から西に向かって, 比較的規則正しい粗粒物から細粒物への配列が認められる。 堆積物の分布状態は, 第 24 図に示すように, 二宮川以北と長曽川以南とで異なっており, 藤は, 二宮川以北では新旧2期の堆積物の存在を, 長曽川以南では3期の堆積物の存在を推定している。

第 24 図 扇状地堆積物分布図。 藤則雄(1959)の資料を総合し簡略化した現在の河床堆積物は除いてある

II.5.5 崖錐堆積物

邑知潟低地帯に沿う二宮・武部付近の山麓部には, 小範囲に崖錐堆積物がみられる。 これらは後背地から直接もたらされた崩壊堆積物で, 片麻岩・花崗岩などの大小の礫と, 同質の砂が泥土とともに雑然と集積している。 その一部では細粒堆積物が流失して, 礫のみが残存している。

II.5.6 砂丘砂

柴垣付近以北および能登一宮 [ ← 邑知潟図幅の上では「一宮」と記載 ] 以南の西海岸沿いの地域に顕著な砂丘が発達している。 また東海岸の氷見付近にも小規模ながら砂丘がある [ 以下の [注] 参照 ]

[注]
氷見砂丘については, ほとんど開析され, 砂丘地形をとどめないので, 地質図ではとくに表示しなかった。

柴垣以北の砂丘砂は, 福野 - 大念寺 [ ← 邑知潟図幅の北西隅 ] 間の道路沿いの試料によれば, 淘汰のよい細粒~中粒砂(極粗粒砂から微塵状の泥までを含む)からなる。 構成鉱物上は長石が約半分, 石英が約 1 / 3 を占めるアルコーズ砂で, 少量の片麻岩片などの岩石と, 微量の角閃石・黒雲母およびごく微量の紫蘇輝石・有孔虫類を含む。 極粗粒のものは貝殻片からなる。 粒径は亜角形, ついで亜円形が多く, 細粒砂部にはかなり角形のものが含まれるが, 中粒砂部には角形のものが少なく, 少量の円形粒が含まれる。

能登一宮 [ = 一宮 ] 以南の砂丘砂は, 羽咋市街の北方の露頭の試料によれば 直径 1 mm ほどの極粗粒砂から微塵状の泥までを含む細粒~中粒砂からなる。 構成鉱物上はアルコーズで, おもに長石(約 40 % をも占める)・石英・岩石片からなり、 少量の角閃石と微量の黒雲母および他の重鉱物粒を含む。 岩石片はおもに片麻岩質岩石の細粒部である。 細粒砂には黒雲母が含まれ, 石英・カリ長石・岩石片が比較的多い。 粒の形はおもに亜角形で, 角形と亜円形のものとが混じっている。 とくに石英は破片状のものが多く, カリ長石・岩石片・角閃石は亜円形のものが多い。

氷見付近の砂丘砂は, 汀線付近の新期砂丘では石英と長石が全体の 98 % を占めるアルコーズ砂で, 他は片麻岩片やジルコン粒からなっている。

II.6 地質構造

邑知潟・虻ガ島図幅地域の地質構造は, 大観すると石動山背斜で代表される北東 - 南西方向の構造と, コロサ断層で代表される東西方向の構造との複合によって構成されている。 これらの方向性は, すでに述べたように, 新第三系の積成過程において, それぞれ時期を異にしてあらわれ, また消失している。 現在の地質構造は, このような造構運動の変遷を通じて, 逐次 助長され, 形成されたものであろう。 石動山丘陵区において主軸をなしている石動山背斜や邑知潟低地帯の地下構造などは, 第四紀になってとくに強調されたものと思われる。

以下, 石動山丘陵区・眉丈山丘陵区の地形区分にしたがって, 順次 それぞれの地質構造の特徴について述べる。

第 25 図 地質構造概要図。
Sa : 石動山背斜, Oa : 大泊背斜, Ts : 東ノ浜向斜, Ka : 黒崎背斜, Sd : 石動山ドーム, N : 二宮隆起地塊, Ba : 眉丈山背斜, Km : 加茂ドーム, O : 邑知潟低地帯, B : 眉丈山丘陵区, S : 石動山丘陵区

II.6.1 石動山丘陵区の地質構造

[ II.6.1.1 ] 石動山背斜

石動山背斜は, 石動山丘陵区における熊淵区・石動山区・氷見区の各地形区ごとに, 南のものほど東側にずれた個々の雁行した背斜の複合からなっており, 各区でその形態が若干異なっている。 いずれも北西翼が急傾斜, 南東翼が緩傾斜の非対称性背斜であるが, 氷見区では背斜の冠部(crest)の巾の広い, ゆるやかな背斜であるのに対し, 石動山区では, 南東翼部に後述の石動山ドーム状構造があり, 石動山背斜とこのドーム状構造との間には半舟盆状構造があらわれていて, 複雑な構造となっている。 また, 各背斜はそれぞれ南西端では西にふれ, 北東端では東にふれる傾向がある。 とくに石動山区では, 二宮隆起地塊や石動山ドーム状構造のために明瞭とはいえないが, 石動山背斜の北東端は東に曲って大泊背斜へと続いている。 これらの各背斜は, それぞれコロサ断層, 飯山 - 藪田線を境として雁行している。 このことは, 北東 - 南西に伸びる隆起部としての石動山背斜が, 東西性の構造によって乱されていることを示すものである。

第 26 図 三尾砂岩層の基底等高線であらわした石動山背斜の構造

第 27 図 八尾累層の基底等高線であらわしたコロサ断層付近の地質構造

第 28 図 能登半島頸部における石動山背斜(模式構造図)。
N : 七尾図幅, O : 邑知潟図幅, I : 石動図幅, K : 小口瀬戸図幅, A : 虻ガ島図幅, To : 富山図幅, Tu : 津幡図幅

以上のような石動山背斜の特徴は, 邑知潟・虻ガ島図幅地域ばかりでなく, 南は石動図幅地域から, 北は小口瀬戸図幅地域に至るまで認められる(第 28 図)。 すなわち, 石動図幅地域の南部では, 石動山背斜の軸部の巾は著しく拡がり, むしろ頂部が平坦で両端が急傾斜した箱型の構造を示すが, [ 石動図幅地域の ] 北部では宝達山を中心とした隆起地塊となり, その末端は東に折れて 神代 こうじろ 背斜となっている。 そして氷見区の石動山背斜とは一ノ島断層で境されている。 また, 熊淵区の石動山背斜は, 虻ガ島・小口瀬戸両図幅の境界部付近で若干雁行し, その北の泊 [ 位置不明 ] 付近の東西性断層によって断たれており, さらに北では, 伊掛山ドーム状背斜となっている。 このように石動山背斜は, 南西から北東へとその性格を徐々に変えながらも, 巨視的には隆起帯の軸部をなしている。 この隆起帯は一ノ島断層, コロサ断層など第1級の構造によって各構造単元に区画され, これらの単元が飯山 - 藪田線など第2級の構造によってさらに区画されている。 これらの大単元の大きさは, 南北方向についてみると熊淵区で約 8 km, 石動山・氷見両区で約 18 km であり, 小単元の大きさはそれぞれ 4 km, 9 km とほぼ大単元の半分となっている。

[ II.6.1.2 ] コロサ断層(構造線)

前述のように, コロサ断層は北東 - 南西方向の隆起帯 -- 石動山背斜 -- を切る東西方向の断層である。 相対的に北落ちの断層であるが, みかけ上の落差は場所によって異なる。 コロサ断層は, その南の大泊背斜と, その北の東ノ浜向斜との間に発達しており, 大泊背斜は北翼が急傾斜の非対称性背斜であること, 東ノ浜向斜の軸が西方でコロサ断層から派生していること, また地質図上で断層の形が波曲していることなどから, コロサ断層は北側に衝き上げた衝上性逆断層とみなされる。

コロサ断層は, 構造単元を画する第1級の断層であるが, 地史的にみると構造線的性格をもっている。 すなわち, 断層の位置は穴水累層の分布の南限線にほぼ相当している。 穴水累層の発達の良否は, その後の新第三系の積成に強く影響を及ぼしており, この南限線は能登区と富山北区との境界線ともなっている。 本文で使用したコロサ構造線はこのような性格のもので, その位置は東は東ノ浜付近から, 西は二宮をへて西海岸の大島の南に至るものと予想される。 現在みられるコロサ断層は, おそらくこのコロサ構造線の地表における一表現であろう。

[ II.6.1.3 ] 飯山 いのやま - 藪田線

飯山付近では, みかけ上 南落ちの断層として認められるが, それより西では断層としては認められない。 しかし, この線を境として石動山背斜は雁行しており, 地質構造形態が若干異なる。 とくに北側の石動山区では, 各地に基盤岩類や穴水累層が露出しており, そのために褶曲や断層が複雑化している。 これに対し南側の氷見区では, 基盤岩類はまったく露出せず, 八尾累層の下部も露出しない。 そして八尾累層の上部以上の地層が緩やかに褶曲して石動山背斜を構成している。 このことは, 一様な隆起帯にあっても, 石動山区では相対的により隆起性の傾向が, 氷見区では相対的に沈降性の傾向があり, 飯山 - 藪田線はこの差別的運動の境界部にあたることを示すものであろう。

飯山 - 薮田線は, 地史的にみると 三尾砂岩層・葛葉互層・小久米砂岩層の発達する北限線にほぼ相当しており, 八尾累層の積成期の末期からすでに芽生えていたことがわかる。

[ II.6.1.4 ] 東西性褶曲

灘浦沿岸部には黒崎背斜, 東ノ浜向斜, 大泊背斜などの東西性褶曲が認められる。 これから南では, 著しい褶曲としては認められないが, 走向に一定の波曲がある。 氷見の南から石動図幅地域の北東部にかけて拡がる氷見平野は, 一ノ島断層から派生する布施向斜の位置に相当する。 布施向斜は構造単元における位置からみれば東ノ浜向斜に相応するものである。 これらの東西性褶曲の一般的特徴は, 褶曲軸が東に沈下していることである。

黒崎背斜はほぼ対称性の背斜で, 西方では菅沢付近で軸が浮き上っている。 東ノ浜向斜は両翼部が, 大泊背斜は北翼部が急傾斜した非対称性褶曲であるが, 大泊背斜がコロサ断層にほぼ平行して発達するのに対し, 東ノ浜向斜はコロサ断層から派生している。 灘浦沿岸部における南北断面を想定すると, コロサ断層付近で褶曲の程度が強く, これより北および南では褶曲度は微弱となる。 同様な傾向は石動図幅地域の一ノ島断層付近でも認められる。 したがって, これらの第1級の断層は褶曲度の大きいところに発生しており, 東西性褶曲と密接な関係をもつものであることがわかる。

[ II.6.1.5 ] 石動山ドーム状構造

中心部が北に偏在した非対称性ドームで, 大泊背斜に連なる東西性の軸と, 中心から南南西に走る軸とが認められる(第 27 図)。 後者は磯辺の北方で不明瞭となるが, その方向は石動山背斜の軸と平行的である。 このドームの拡がりは, 穴水累層の分布範囲とよく一致している。 このことはドームの成因に密接に関連しており, おそらく大泊背斜が成長する過程で, 他の堆積岩類に較べればより非可塑的な穴水累層の岩体が, 不調和なドーム状隆起をしたものと思われる。 なお, 石動山背斜と石動山ドーム状構造との間にはさまれた部分には, 不明瞭ながら半舟盆状構造があらわれている。

[ II.6.1.6 ] 二宮断層隆起地塊

石動山背斜と大泊背斜との結合部に, 3方を断層で囲まれた断層隆起地塊があらわれている。 地塊を構成するものの主体は花崗岩および片麻岩からなる基盤岩類である。 地塊は断層によってさらに3つに分けられれており, 北側のものほど階段状に隆起している。 石動山背斜や大泊背斜の成長の過程で, 可塑性に乏しい基盤岩類は, 多様な力をうけて直接的に地塊化したものであろう。

[ II.6.1.7 ] 雁行状断層群

石動山付近から磯辺付近にかけて, 雁行状に小断層が発達し, 断層群を構成している。 いずれも東落ち(または南落ち)の断層で, わずかに東にはり出した弧状をなしている。

この断層群の発達する地帯は, 基盤岩類の地表露出の東限を画するものとして注目される。 したがって, 北落ちのコロサ断層, 東落ちの雁行状断層群, 南落ちの飯山 - 藪田線に囲まれた地域は, 基盤構造を反映した隆起地塊とみなすことができよう。 なお, この隆起地塊は, 八尾累層の積成期における沈降の中心部とほぼ同位置を占めている。

II.6.2 眉丈山丘陵区の地質構造

眉丈山丘陵区は, 一般に地層の傾斜が 10°内外で緩く, 走向にも不規則な乱れがあって, 石動山丘陵区におけるほど明瞭に構造形態の特徴をとらえることはできない。 しかし, 不明瞭ではあるが, 眉丈山丘陵に沿って眉丈山背斜の存在が想定されるし, 北方には穴水累層を主体とする加茂ドーム状構造がある。 そしてこれらの間には東北東から西南西にのびる向斜構造の存在が推定される。 また, 加茂ドーム状構造の西にも向斜構造が認められる。 この向斜軸は北西に沈下している。 この丘陵区には顕著な断層は認められず, 全体として不完全褶曲地域となっている。

このように, 眉丈山丘陵区の地質構造は, 石動山丘陵区の地質構造の一般的傾向と必ずしも調和的でない。 しかし, コロサ構造線の北側に穴水累層が露出し, 南側に基盤岩類が露出すること, 加茂ドーム状構造と眉丈山背斜との雁行性, 眉丈山背斜の方向と石動山背斜の方向とが平行的であることなど, 類似した傾向もみいだされる。 これらのことを総合すると, 眉丈山丘陵区は石動山丘陵区と同様, 隆起帯としての性格をもち, 隆起の傾向も部分的には調和的であるが, 地質構造の規模や形態からみると, 石動山丘陵区とは異なった隆起帯とみなした方が妥当と思われる。

III. 応用地質

III.1 褐炭および亜炭

邑知潟・虻ガ島図幅地域内では, 八尾累層の懸札砂岩層・高畠礫岩層・多根互層中に褐炭および亜炭を挟在する。 現在稼行されているものはない。

[ III.1.1 ] 懸札砂岩層中の褐炭

氷見市 磯辺付近の懸札砂岩層中には, 炭丈 60~200 cm の褐炭層が 2 枚ほど認められる。 この付近の懸札砂岩は層厚約 30 m で, 花崗岩質砂岩を主とし, 泥岩の薄層をはさんでいる。 炭層はいずれも膨縮がはげしく, 場所によって尖滅し, 連続性に乏しい。 この磯辺付近の褐炭は慶応年間に加賀藩によって発見され, 明治 40 年ごろまで稼行された。 昭和 16 年, 八代炭鉱株式会社によって採掘されたが, 昭和 19 年, 富山化学工業株式会社に譲渡され, 昭和 23 年には新坑着炭して, 月産 1,000 t に達したといわれる。

第 9 表 八代炭鉱坑内炭 工業分析表(久保恭輔・鈴木泰輔(1950)による)

層厚
cm
炭質 水分
%
灰分
%
揮発分
%
固定炭素
%
発熱量
cal
全硫黄
%
純補正炭
発熱量 cal
燃料比
3~5 輝炭 10.54 12.31 41.12 36.03 5920 4.38 7790 0.88
62 縞炭 11.10 17.99 40.11 31.80 5520 4.75 8000 0.79
8 輝炭 10.13 7.21 42.03 40.63 6360 4.10 7760 0.97
110 縞炭 10.31 20.04 36.43 33.22 5370 3.75 7980 0.91

[ III.1.2 ] 高畠礫岩層中の亜炭

邑知潟低地帯に沿った飯山・本江 [ ← 飯山の北東方 1.5 km ] ・四柳・久江・小竹付近の高畠礫岩層中には, 山丈 60~150 cm ほどの亜炭層が挟在する。 いずれも砂岩の夾みが多く, 膨縮がはげしく, 連続性に乏しい。 第2次大戦中, 飯山炭鉱・四柳炭鉱・御祖炭鉱 [ 位置不明 ] などで稼行されていたが, いずれもレンズ状をなしているために量的に乏しく, 地層の傾斜が比較的急で, 出水が多いことなどの条件から, 一部は掘りつくされ, 昭和 21 年ごろにはすべて廃止されている。

[ III.1.3 ] 多根互層中の亜炭

コロサ断層以北の多根互層中には, 各所で亜炭や炭質泥岩がはさまれるが, いずれも夾みが多く, 貧弱で, 稼行に耐えない。

なお, 部分的には石動山礫岩層中にも褐炭層が認められるが, レンズ状をなしており, 連続性がない。

III.2 石灰岩

石動山の北側山腹には, 石灰岩の採掘跡が多い。 石動山の北にある石動山鉱山(鹿島郡鹿島町 石動山)は 昭和 5 年ごろから磐城セメント株式会社によって稼行され, 昭和 20 年, 採掘を終了した。 石動山の北東にある 蟇谷 がばだん (または 側谷 がわたに )鉱山(七尾市 多根)は, 大正 7~8 年ごろ能越石灰会社が一時採掘したといわれる。 昭和 27 年から磐城セメント株式会社によって開発され, 昭和 37 年廃止されている。 石灰岩はいずれも新第三系の基盤をなす片麻岩中にレンズ状にはさまれるもので, 白色中粒~粗粒の結晶質石灰岩で, 一般に不純物が少ない。 昭和 37 年度における蟇谷鉱山の粗鉱品位および採掘量は次のとおりである。

第 10 表 蟇谷鉱山における石灰岩 粗鉱品位および採掘量

昭和 37 年度 粗鉱平均品位 Ca % 採掘量 t
2 月 45.48 3,229
3 46.8 6,200
4 45.5 6,536
5 46.0 6,056
6 46.4 6,000
7 44.4 8,041
8 45.3 5,589
9 48.1 4,278

採掘された粗鉱は索道により磐城セメント 七尾工場に搬入され, セメント原料として使用された。

III.3 マンガン

黒崎鉱山 : 虻ガ島図幅地域の黒崎付近は古くからマンガンの産地として知られている。 マンガンの採掘は大正年間の第1次大戦当時にはじまり, 昭和 10 年ごろには月産 100~400 t に達し, 昭和 22 年までに総量約 1 万 t を産したといわれる。 その後, 昭和 27 年ごろまで月産 50 t 程度, 鉱石品位 MnO2 : 40~60 % で稼行が続けられ, 瓦用釉薬およびマンガン肥料として利用された。 現在は採掘していない。

第 29 図 黒崎鉱山地質図。
地質図はおもに今井の調査により, これに盛谷の調査資料を加えた。 DE 地点の鉱床は現在不明であるが, 吉村豊文(1952)の「日本のマンガン鉱床」により大体の位置を示した。

鉱山付近の地質および鉱床の分布を第 29 図に示す。 この地域はコロサ断層以北の能登区の南部にあり, 台地状に拡がる穴水累層を基盤として, その上を基底部にマンガンを含む, 比較的層厚の薄い地層が覆っている。 この地質構造上の特徴は 同じ能登区の南部に属する七尾図幅地域の能登島付近のマンガン鉱床分布地域と きわめて似ている。

第 30 図 黒崎鉱山マンガン鉱床 地質柱状図

鉱床は東西約 2 km, 南北約 1 km の範囲に数カ所分布するが, 現在その多くは不明で, わずかに黒崎 - 菅沢間の新道切割( [ 第 29 図の ] A 地点), 黒崎部落の南の道路側崖( [ 第 29 図の ] B 地点)などで産状を観察できる。 第 30 図の地質柱状図に示すように, 鉱床の基盤をなすものは穴水累層の安山岩質凝灰角礫岩あるいは凝灰岩などで, 場所によってはその上部 1 m ほどが著しく赤褐色化あるいは粘土化し, これを不整合に覆って厚さ 1 m 内外の珪質岩(玉髄質石英)が発達する。 この上の厚さ 2 m 以下の薄い砂岩層(礫岩を含む)の層準に 二酸化マンガン鉱からなる層状鉱床が賦存する。 かつて採掘されたものは厚さ約 1 m の鉱体といわれる。 このマンガンを含む砂岩層は, さらに上位の均質で細粒物質からなる虫崎泥岩層に不整合に覆われており, 佐々波付近の Miogypsina を産する砂岩層と同層準にあり, 懸札砂岩相当層とみなされる。 この地域の鉱床は玉髄質石英に伴う型で, 層準は能登島周辺の鉱床に一致している。

III.4 鉱泉

邑知潟図幅地域内の鉱泉として著名なものに新宮鉱泉(志雄町 新宮)がある。 鉱泉は八尾累層の新宮礫岩層中から湧出する。 弱酸性反応を呈する弱食塩泉で, 泉温は 19 ℃ である。 分析値は次のとおり(分析 : 石川県衛生試験所)。

KSO4 KHCO3 NaCl NaHCO3 NaHSiO3 CaCO3 MgSO4 FeSO4
0.29418 0.20154 1.40652 0.06501 0.14820 0.31087 - -

III.5 地すべり

邑知潟・虻ガ島図幅地域内には, 諸所に大規模な地すべり痕跡が認められ, また小規模な地すべりは慢性的に発生して, 本邦でも比較的著名な地すべり地帯となっている。 昭和 38 年 3 月現在の地すべり等防止法による指定地は第 11 表のとおりで, これら指定地区は, 現在 多少なりとも活動しているか, それとも活動の徴候をみせているものである。

第 11 表 地すべり地域一覧

地すべり地域名 所在地

第 31 図 地すべり地域 地形要図

昭和 22 年 11 月撮影の空中写真から拾いあげた地すべり地形の分布を第 31 図に示した。 この分布状態, 過去における地すべり活動の記録, 地形と地質構造とを比較して, 本図幅地域内の地すべりの特性は, 次のようにまとめることができる。

  1. 地すべりは, 石動山丘陵区に限り認められ, 眉丈山丘陵区には認められない。 これは, 眉丈山丘陵区における谷の発達状態が, 主として平底谷の型態を呈し, 構成岩石も主として礫岩および砂岩であることによる。
  2. 石動山丘陵区の地すべりの大部分は, 八尾累層中の国見泥岩層・懸札砂岩層・中波泥岩層・三尾砂岩層が分布する地域にあり, 音川累層あるいは穴水累層中にあるものは少ない。
  3. 地すべり発生地点を, 滑落崖の位置という点において考察すると, 地質構造から次のように地すべりを分類することができる。
    1. ケスタの流れ盤上に発生する層すべり : 国見(大正 5 年)や胡桃(昭和 39 年)の地すべりが代表例である。 地すべり地域内の地層は 10~20°の傾斜をもつ泥岩・シルト岩・泥岩からなっている。 胡桃を例にとると, 国見泥岩層のなかに挟まれた 軽石質凝灰岩層付近をすべり面とする層すべりとみられており, 被害面積も大きく, また1次地すべり後の2次地すべりを起こすなど, 地すべり活動にも地形発達にも大きい影響を与える。
    2. ケスタの後斜面上に発生する地塊すべり : 城戸(昭和 31 年)の地すべりが代表例である。 すべり面は, 特殊な層準よりはむしろ 造構運動に関連する岩盤内の割れ目に 雨水等が渉透して内部風化を起こした部分に沿って生ずる。 城戸を例にとると, 地すべりの位置は 地質図にも表現されているように 基盤をなす飛騨変成岩・船津花崗岩類あるいは穴水累層が谷底に露出し, 八尾累層の堆積区を, 東側および西側と分けている境界位置に相当し, 過去の地すべり痕跡, したがってケスタの後斜面も, 境界位置に沿ってみられることは, すべり面が造構運動に関連する割れ目をもとにして発生していることを示している。
    3. 褶曲軸部に発生する地塊すべり : 久江原山分(明治 37 年)の地すべりが代表例である。 この場合には, 懸札砂岩層が背斜軸部に分布し, すべり面はおそらく 背斜部に集中するとみられる 多数の割れ目によって生じた岩盤中の脆弱な部分に沿っていると推定される。 この型の地すべりは石川・富山県境のとくに石川県側に痕跡として連続して認められる。
      なお, 国見・胡桃その他層すべり型の地すべりにおいても, 頭部主滑落崖の位置は, 褶曲軸部に近接しており, 主滑落崖の位置は, 褶曲構造に規制されているものと考えられる。
    4. すべり型地すべりに一たん見舞われた地域内の2次地すべり, ないし小規模の1次地すべり : 神子原・熊無 - 論田・一刎などの地域は, 地形および地質条件から考えて, 国見泥岩層あるいは中波泥岩層に近接した層準をすべり面とする 層すべり型の地すべりが発生した後, 長年月の間に地すべり地塊が削りとられた箇所と推定され, 地表にはすべり面になりやすい岩石が露出しているとみられる。 この岩石が, 小規模の1次地すべり, あるいは慢性的の2次地すべりの原因となって, 常時被害を与えている。
  4. とくに被害を与えやすい地すべりは, 層すべり型, 地塊すべり型のいずれも, 岩盤が動くと同時に破壊し, 多量の泥土を生成して斜面を泥土が流れ落ちる形式をとるものである。 この性質は国見泥岩層がもっとも著しいとみられている。

なお, 国見の東側には山崩れ地が認められるが, これも国見泥岩層中に発生し, 風化して細片化した泥岩層が絶えず崩れ落ちているものである。

[ III.5.1 ] 久江原山分 くえはらやまぶん の地すべり

邑知潟図幅地域内ほぼ中央北東寄りに, 崩土の記号が5万分の1地形図上にも記されているが, 明治 37 年(1904)に発生した地すべりの痕跡である。

久江原山分の一帯は, 嘉永初年にも地割れが発生し, 地表に著しい起伏ができ, 家屋田畑に損害があったといわれており, その後しばらく変動も認められなかった。

明治 6 年, 明治 11 年, 明治 26 年にも多少の変動があり, 続いて明治 32 年春から 33 年春にも変動があって, 田畑に絶えず手入れを加えたり, 家屋の傾斜を修理するような状態が続いた。 明治 37 年 1 月には新らしい地割れが発見された。 明治 37 年 3 月 24 日と, 4 月 26 日に大変動があり, 県境の山が崩れおち, 泥土が谷を埋めて, 約 22 ha の地域が被害を受けた。 この地すべりは, 大雨の後に発生し, 比較的急激な運動を伴ったもので, 明治 37 年以後は大きな変化はなく, 現在に至っている。

[ III.5.2 ] 国見の地すべり

久江原山分の東方 3 km の国見付近に, 地形図上に崩土の記号がある。 これは大正 5 年に発生した地すべり滑落崖である。 この時の被害面積は約 50 ha に及び, 崩土の先端は谷を埋めて, 天然の貯水池をつくった.

その後は, 大正 5 年の活動範囲内で, 処々に地割れや家屋の傾斜などがみられるが, 顕著な活動はなく, 現在に至っている。

[ III.5.3 ] 胡桃 くるみ の地すべり

国見の南西約 1 km には, 大正 15 年頃小さな変動があり, 昭和 16 年には, 小学校・寺・民家が破損したという記録がある。 昭和 23~26 年にも最大 1 m, 最小 30 cm の移動量を示したという。

昭和 39 年 7 月 16 日には, 豪雨に引き続いて大きな変動が発生し, 被害面積 150 ha に及んだ。 この地すべりも, 急激な運動を伴っており, 活動の状況など, 久江原山分の明治 37 年のそれと非常によく似ている。

[ III.5.4 ] 城戸の地すべり

昭和 31 年 3 月末に, 城戸部落の背後の山の頂上付近に亀裂が発生し, 同年 12 月に山脚部が崩れて泥土が流れ出したが, その後は格別の動きも示さずにいちおう停止状態に入り, 現在に至っている。 なお, この地域には, 徳川時代に大地すべりがあったといわれている箇所がある。

[ III.5.5 ] 五十谷 いかだん の地すべり

おもな地すべりは明治 40 年, 昭和 11 年, 昭和 26 年に発生している。 現在では, 地域内が5つのブロックに分かれ運動しているといわれており, とくに激しい運動は認められていない。

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QUADRANGLE SERIES
SCALE 1 : 50,000

Kanazawa (10) Nos. 15, 16

GEOLOGY OF THE
ŌCHI-GATA & ABU-GA-SHIMA
DISTRICT

By Isao IMAI, Tōru SAKAMOTO & Tamotsu NOZAWA (Written in 1965)


Abstract

GEOLOGY

The mapped area is situated in the southern partof the Noto pellinsula, Central Japan, and is occupied by Neogene Tertiary and Quaternary sediments with subordinate amount of older rocks such as gneiss and granite. A summary of the stratigraphic sequence is shown in Table 1.

Table 1

Area →
Formation ↓
Age ↓
Bijōsen Kashima Shio Himi Yokawa-gawa Ao-gawa Nadaura North-side of
the Korosa fault

Hida metamorpllic rocks

Small masses of metamorphic rocks, mainly of biotite gneiss and diopside gneiss are scattered in the northern part of the area. They belong to the Hida metamorphic belt Which is one of the oldest basement in the Japanese Island. They are divided into several masses as follows.

a) Shakushi-toge mass
Mainly of biotite - plagioclase - quartz gneiss with small quantities of limestone and diopside - plagioclase - quartz gneiss.
b) Okubo mass
Mainly of biotite - plagioclase - quartz gneiss.
c) Gawatani mass
Mainly of biotite - plagioclase - quartz gneiss and diopside - plagioclase - quartz gneiss, intercalating many seams of crystalline limestone.

Funatsu granitic rocks (Sekido-san granite massif)

In close relation to the Hida metamorphic rocks, small masses of quartz-diorite, granodiorite and diorite are exposed also in this area. They belong to the Funatsu granitic rocks, which are one of the important constituents of the Hida metamorphic belt.

The Funatsu granitic rocks here show several rock facies as follows.

a) Shimonomoto type
Biotite quartz-diorite - tonalite ; partly gneissose, most predominant in this area.
b) Funatsu type
Biotite granodiorite ; microcline - porphyritic, pink in color.
c) Diorite
d) Aplite and pegmatite
From one of the pegmatite boulders on the beach at Nagate-jima a rare mineral named Nagatelite was firstly found.

NEOCENE TERTIARY

The Neogene deposits in this area are extend over the whole sequence of the Neogene and are represented exclusively by marine clastic sediments. They are divided into five formations in ascending order as follows ; the Anamizu, Yatsuo, Otogawa, Himi and Hanyu formations. The rock-facies and thickness of strata are in a greater or lesser degree variable from place to place. Thus, the stratigraphic relation between individual larger or smaller rock units is summarized in Table 1.

Anamizu formation : The formation exposed in the northern part of this area is a southern extension of the Anamizu formation which is widely developed over the northern half of the Noto peninsula. It lies unconformably on the basement complex, and is composed of lavas and pyroclastics (mostly tuff breccia and tuff) of hypersthene - augite andesite with occasional beds of sandstone and mudstone.

Yatsuo formation : It covers the Anamizu formation and even the pre-Tertiary rocks with an unconformity, and characterized by the conspicuous facies change. In the western part of the area the formation is represented by coarse-grained clastic sediments associated with comparatively thick mudstone. The coarse sediments are cobble to bouldersized conglomerate and coarse-grained arkosic sandstone of which materials were derived directly from the basement rocks, thus showing a peculiar rock-facies in this mapped area. While, in the eastern coastal area, the lower part of the formation is characterized by the predominance of coarse-grained sediments as in the western part of the area, but the upper part is composed mainly of monotonous mudstone which prevails throughout the middle Miocene deposits of the so-called Green tuffregion. The latter intercalates two beds of fine-grained acidic tuff namely the Ōdomari tuff at its basal part and the Ogawa tuffite in its middle part. In the eastern coastal area, theremore, the lower part of the formation contains marine molluscs called the Yatsuo - Kadonosawa fauna and foraminiferas such as Miogypsina, Operculina indicating warm current conditions. The thickness of the formation is about 500 m in the east and over 1,200 m in the west.

Otogawa formation : The formation usually, though not always, lies conformably on the Yatsuo formation, but on the northern side of the Korosa fault unconformably on the latter and even the Anamizu formation. It is composed of massive mudstone, siltstone and sandstone. Among them, sandstone is developed in the southern part of the area, especially in the lower half of the formation. A layer of andesitic tuff or tuffaceous sandstone is found over the whole area ; representatives are the Nakada tuff in the eastern coastal area and the Moridera tuff along the valley of Ao-gawa. It is in the basal part of the formation, being an important key bed in this area as well as in the adjacent sheet-map area on the south. Shell fossils are poor, but Makiyama chitanii diatoms, radiolarias and foraminiferas are rich in this formation. The thickness is about 500 m in the northeast and attains 900 m in the south.

Himi formation : The present formation is fundamentally overlain by the Otogawa formation, though a depositional break as represented by a diastem or partial disconformity, strictly speaking, may be found between the two formations. It consists of siltstone and sandstone which contain many marine molluscs belonging to the so-called Pliocene Omma - Manganzian fauna indicating cool current condition in the sedimentary environment in contrast with the case of the Yatsuo formation. The siltstones are generally bluish gray in color and calcareous, including many marly nodules. The sandstones are medium to coarse-grained, loose and at certain places very calcareous. The thickness is 200 to 300 m.

Hanyu formation : It is exposed only in a very small area near Inoyama where neither its lower limit nor its upper limit is not observable. It consists mainly of loose, fine-grained sandstone containing carbonaceous matters. So far as the exposed part is concerned, this formation is no more than 10 m in thickness.

QUATERNARY

Takashina formation : The formation only near Hanesaka in the northern part of this area comprises alternation of gravel, sand and clay. Most of these deposits are weathered, ill sorted and irregularly bedded. This formation may be correlated with the Lower Pleistocene formation distributed in the northern adjacent sheet-map area.

Terrace deposits

The Asahi-yama terrace, 40 to 50 m high, is located at Asahi-yama, Himi city. Its deposits are composed of pebble bearing coarse to medium-grained sand, loose fine-grained sand and pebble-sized gravel in ascending order. The lowest sand is called the Asahi-yama shell bed owing to its abundant occurrence of marine shells and foraminiferas. The deposits are 5 to 8 m in thickness.

The Shibagaki terrace, 10 to 30 m high, is developed along the northwestern coast, which is covered by younger dune sands. Its deposits consist of pebble bearing sand, laminated sand and massive sand, which are regarded as marine deposits. The thickness ranges from 3 to 8 m.

The Tokuda terrace, 30 to 40 m high, is at Hanesaka, its deposits being composed of pebble to cobble-sized gravel. Many marks of boring shell are found at the bottom of the deposits. The thickness is about 10 m.

In addition to the above-noted terraces, a distinct one, 20 to 50 m high, is found here and there in the northeastern coastal area. Its deposits consist of sand, gravel and clay, and are thin everywhere.

Alluvial deposits

Alluvial deposits are developed mainly in the Himi plain, the Fukuno plain and the lowland around Ōchi-gata. In every place in this deposits, they contain marine shells in the main part and non-marine or brackish shells in the uppermost part. From this fact it is considered that the alluvial deposits were formed by a transgression in early Holocene age, and emerged above sea level by subsequent regression. The thickness is about 20 to 30 m.


昭和 41 年 11 月 30 日 印刷
昭和 41 年 12 月  7 日 発行
著作権所有 工業技術院 地質調査所

(C) 1966, Geological Survey of Japan