09004_1980
地域地質研究報告
5万分の1図幅
八丈島(9) 第 4 号
地質調査所 地質部 一色直記
昭和 55 年
地質調査所
目次 I. 地形 II. 地質概説 II.1 研究史 II.2 地史 II.3 岩石 III. 地質各説 III.1 御蔵島火山 III.1.1 主成層火山 III.1.2 溶岩円頂丘群 III.2 藺灘波島火山 III.3 銭洲火山岩類 文献 Abstract 図版
図の目次 第 1 図 伊豆 - マリアナ島弧と御蔵島・蘭灘波島・銭洲 第 2 図 御蔵島・蘭灘波島・銭洲およびその近傍の海底地形図 第 3 図 御蔵島を北にある三宅島から見る 第 4 図 御蔵島南海岸を南西海上から見る 第 5 図 藺灘波島 第 6 図 銭洲 A 群南亜群「ネープルス」を北北東から見る 第 7 図 銭洲およぴその近傍の海底地形図 第 8 図 SiO2 - Na2O + K2O 図 第 9 図 SiO2 - ノルム石英図 第 10 図 北北西海岸,港の南西の海食崖下部の模式スケッチ 第 11 図 西海岸,赤沢の北の海食崖の模式スケッチ 第 12 図 一の森岩頸と西へ派出した岩脈を一の森の南西麓から見る 第 13 図 一の森岩頸から西へ派出した岩脈の南面 第 14 図 ツブネヶ森溶岩円頂丘と御代ヶ池を北から見る 第 15 図 藺灘波島 第 16 図 藺灘波島 第 17 図 銭洲 A 群概略図 第 18 図 銭洲 A 群北亜群を東から見る 第 19 図 銭洲 AS-1 を南南東から見る 第 20 図 銭洲 AS-1 の北半をほぼ東から見る 第 21 図 銭洲 AS-1 の南半をほぼ東から見る 第 22 図 銭洲 AS-2 を北北東から見る 第 23 図 銭洲 AS-2 を東から見る 第 24 図 銭洲 B-1 を北東から見る 第 25 図 銭洲 B-2 を北東から見る
表の目次 第 1 表 御蔵島火山を構成する岩石の化学組成,CIPW ノルムおよびモード
図版の目次 第 Ⅰ 図版 1. かんらん石玄武岩(NI60091803) 2. かんらん石玄武岩(NI60091115) 第 Ⅱ 図版 1. 普通輝石かんらん石玄武岩(NI60091401) 2. かんらん石普通輝石紫蘇輝石安山岩(NI60091204) 第 Ⅲ 図版 1. 普通輝石含有紫蘇輝石安山岩(NI60092401) 2. 無斑晶質安山岩(NI60091112) 第 Ⅳ 図版 1. 紫蘇輝石普通輝石安山岩(NI60091903) 2. 普通輝石紫蘇輝石安山岩(NI60092710) 第 Ⅴ 図版 1. 紫蘇輝石普通輝石安山岩(NI60092406) 2. 斑れい岩(NI60091302) 第 Ⅵ 図版 1. 斑れい岩(NI60092708i) 2. 斑れい岩(NI60092708i) 第 Ⅶ 図版 1. かんらん石普通輝石紫蘇輝石安山岩(NI60091805) 2. 普通輝石紫蘇輝石安山岩(NI62060801c) 第 Ⅷ 図版 1. 変質した角閃石斜方輝石安山岩(NI60080403) 2. やや変質した紫蘇輝石普通角閃石デイサイト(NI60080406)
地域地質研究報告
(昭和 54 年稿)
5万分の1図幅
八丈島(9) 第 4 号
[ 本図幅では ] 国土地理院 発行の5万分の1地形図「御蔵島」(北緯 33°50'~34°0', 東経 139°30'~139°45')の空白部に 便宜上「藺灘波島」の一部(北緯 33°38'~33°40', 東経 139°7'~139°20')と「銭洲」の一部(北緯 33°55'~33°59', 東経 138°48'~138°51')とが挿入されている。
御蔵島の野外調査は 1960 年 9 月から同 10 月にかけての 32 日間をかけて, また, 銭洲の調査は同年 8 月 4 日に神津島調査の期間内に行った。 藺灘波島は 当時は在日米軍の爆撃演習地であったため 現地調査を行うことはできなかったが, 海上保安庁 水路部の測量船「明洋」の乗組員によって 1961 年 3 月 12 日に撮影された写真 および 1962 年 5 月 11 日に採取された岩石標本を 同船の佐藤孫七 船長(現在は東海大学 海洋学部 教授)から寄贈いただき 研究することができた。 その後も行っている伊豆諸島の諸火山の調査・研究の結果も考慮に入れながら 室内研究を行い, 本報告をとりまとめた。 野外調査にあたって便宜を供与された東京都 御蔵島村の西川力平 村長ほか当局の方々, 御蔵島の野外調査に同行された同村の栗本幸雄 氏, 同村 南郷での宿泊の便宜を与えて下さった栗本新松 御夫妻, 銭洲の調査に同行し 岩石標本採取を行って下さった東京都 神津島村の 清水澄雄・清水徳太郎の両氏, 藺灘波島の資料を寄贈下さった佐藤孫七 氏, 野外写真を提供して下さった 北海道大学 理学部の横山泉 教授およぴ東京都 三宅村立 坪田中学校の藤田治夫 教諭, 岩石薄片作成に御配慮いただいた [ 地質調査所 ] 技術部 特殊技術課の石川七右衛門(故人)・大野正一および村上正の3技官, 主成分の化学分析を行われた [ 地質調査所 ] 技術部 化学課の山田(現姓は大森)貞子 技官, 顕微鏡写真撮影にあたられた [ 地質調査所 ] 総務部 業務課の正井義郎 技官および 引伸し写真を作成された同課の山本洋一 事務官に厚く御礼申し上げる。
第 1 図および第 2 図に示したように, 御蔵島は活動的な伊豆 - マリアナ島弧上の火山島で, 東京都心からほぼ南方約 200 km にある。 本島は北緯 33°50.8'~33°53.9', 東経 139°34.8'~139°38.1' の間にあり, その平面形は 円に近い不等辺五角形で, 南北径 5.1 km, 東西径 5 km, 周囲約 16.8 km, 面積約 20.5 km2, 体積約 8.2 km3 である。
本島は 北から見ると 浅い椀を伏せたような形をしており, そのほぼ中央部に海抜 850.9 m の 御山 がそびえている(第 3 図)。 島の西半では 主成層火山(後述)の原斜面が一部残されているようであり, また南東腹には ツブネヶ森 (標高点 721 m ; 国土地理院発行2万5千分の1地形図「御蔵島」による)や ヤスカジヶ森 (標高点 410 m)の溶岩円頂丘地形が残されているが, 一般に河川による浸食が進んでおり 火山の原地形はかなり失われている。 大きな河川としては 南流する 平清水川 , 北北東流する 大島分川 , 西流する 家ノ沢(ボロ沢ヶ川) [ ← ボロ沢 ] , 東南東流する エイヶ川 , 東北東流する水ノ沢など水量の豊富な川があるが, 水ノ沢を除いて ほかの河川はすべて 海食崖では滝をつくっている。 また, 大島分川では 海抜 178 m 付近で水力発電を行っている。 島の南東腹の海抜約 550 m には 南北に伸びた 御代ヶ池 がある。 この池は, 国立公園協会編(1955)の小冊子「伊豆七島」の p.41 によれば, 周囲 400 m, 深さ 2 m, 面積 2,500 坪(約 8,250 m2)であるという。 北山腹の海抜 720 m 付近の比較的 平坦部には 鈴原 と呼ばれている湿原が発達しており, イヌノヒゲ・モウセンゴケ・ミズゴケ類も生育している(本田ほか, 1958)。 島の周囲は海食崖に取り巻かれており, その北北西部の 里 付近で一番低く 約 50 m であるが, 南部, 特に 黒崎ノ高尾山 [ ← 黒崎高尾山 ] の南では 500 m に達する(第 4 図)。 海食崖の足下には砂浜は発達せず, 波食によって生じた大小の円礫からなる浜が発達しており, 所々に海食崖から崩落した角礫が崖錐を形成している。 厚い溶岩流・岩脈 あるいはレンズ状貫入岩体が露出している地点では 浜はなく, 海食崖の直下まで波が打ち寄せ, 海食崖の下を徒歩で [ 御蔵島を ] 一周することは不可能である。 国土地理院の 20 万分の1地勢図「御厳島」(1974)によると, 御蔵島の周辺では 20 m・50 m・100 m・200 m・400 m・600 m および 800 m の等深線は 島の外形にほぼ平行な円形の閉曲線をなしており, 800 m の等深線の直径は約 14 km である。
蘭灘波 島(第 5 図)は 御蔵島の南西方約 40 km, 北緯 33°38.9', 東経 139°18.1' にある 高さ 74 m の小岩島で, 浜は発達せず, 水路部(1934)の本州沿岸水路誌第 1 巻の p. 294 によれば 東側は削り立った絶壁で, 西側はわずかに傾斜し, 頂上には雑草が生えているという。 国土地理院の 20 万分の1地勢図「御蔵島」(1974)によると, 藺灘波島は北東 - 南西方向に長軸を持った 平面形が菱形で, 平頂の高まりの中心部にある。 水深 1,000 m での その長軸の長さは約 10 km, 短軸のそれは約 8 km である。
銭洲は 御蔵島の西方約 70 km, 北緯 33°57', 東経 138°50' 付近にあり, 海面上に突出する数個の岩礁(A 群)と それらの北東方約 2.5 km にある2個の岩礁(B 群)とからなる。 A 群は 北北西 - 南南東に約 400 m 離れて 数個ずつ密集しており, 北亜群の岩礁 [ ←「ヒラッタイ」岩礁群 ? ] は みな低平であるが, 南亜群のそれらはやや高く 最高 12 m に達し, 神津島の人達によって「ネープルス」と呼ばれている(第 6 図)。 B 群 [ の2個の岩礁 ] は東西に約 200 m 離れており, 東の岩礁は高さ 6 m, 西のそれは 8 m で「ダルマ [ ← 外ダルマと内ダルマ ] 」と呼ばれている。
海底地形からみると, 銭洲は 大室ダシ ・新島・式根島および神津島を結び 更に南西へのびる小海嶺の頂部の一つである。 新野(1935)によると, 銭洲を中心にして 銭洲漁礁と呼ばれる北東 - 南西にのびた長方形の浅瀬が広がっている。 この漁礁の頂部の 120 m 以浅の台地は 長辺 20 km, 短辺 10 km で, 南辺東部に約 10 km の突出部がある(第 7 図)。 潜水してみると 岩礁の周囲はおおむね絶壁をなし, 10~20 m の海底に下っている。 これらの岩礁を除いた漁礁の上は非常に平坦で, 岩礁の基部から 120 m 前後まで徐々に深さを増して 広大な台地をつくっている。 120 m 以浅の面積は約 180 km2 で, その傾斜は 1°以下であるが, 120 m あるいは 140 m 付近からは 4°以上の傾斜で 400 m 以深の海底に下っている。 漁礁の上での底質は岩盤または礫を主とし, 貝殻・珊瑚・石灰藻・ 蘚苔虫 [ = コケムシ動物 ] などの遺骸および少量の粗砂を交える。 礫の形状は円味を帯びたものが多く, また 表面がなめらかなものが多い。 それら表面には緑・褐・紅・石灰藻, 珊瑚や また 諸種の生物が着生しており, 現在も礫が形成されつつあるとは考えられない。 礫は岩礁を構成するものと同じものが多いが, 造礁珊瑚や石灰藻礫も発見された。 これらの事実は 鵜渡根島 - 新島 - 式根島 - 神津島 - 恩馳島 - 銭洲島列の 新しい地殻運動を調べる上での一つの手がかりになるのではないかと 新野(1935, p. 595)は考えた。
御蔵島は, 北西太平洋海盆の西縁を限って 北北西から南南東にのびる 水深 9,000 m をこえる伊豆 - 小笠原海溝(第 1 図) の西方約 220 km の 海溝軸と平行に配列する低アルカリソレイアイト系列(久野, 1968)の火山である 大島・三宅島・八丈島などで示される火山前線(volcanic frot)の上にある, 玄武岩と安山岩の開析された成層火山である。 藺灘波島は, 御蔵島の南西方約 40 km で 火山前線から西方約 30 km にあり, 安山岩の溶岩円頂丘の残骸と思われる。 また, 銭洲は, 御蔵島の西方約 70 km で, 大室ダシ・新島・式根島および神津島を結び 更に南西へのびる小海嶺の頂部にあたり, 後三者 [ = 新島・式根島および神津島 ] を構成している流紋岩火山群の基盤をなすと思われる 変質した安山岩およびデイサイトからなる岩礁群である。 それぞれの地理学的な位置(第 2 図)からみて, これらの島々は 地質学的にも興味を持たれていた。
御蔵島の調査を行った 最初の地質学者は 福地(1902)であった。 1900 年(明治 33 年)11 月 5 日に伊豆諸島を襲った地震の震央・強さ・震域などの調査のため, 彼は 1901 年(明治 34 年)4 月 5 日から2ヵ月余り, 御蔵島・三宅島および神津島に渡り 実地踏査を行った。 震災予防調査会に提出された報告書の中で, 彼は御蔵島の構造について次のように述べている(福地(1902)の p. 49~50)。
この記述は 地学雑誌(vol. 14, 1902, p. 854)に「御蔵島(伊豆七島)火山の地貌及構造」と題して紹介されている。
FRlEDLAENDER(1909)も御蔵島に渡り 調査を行った。 彼によると, この島は厚い原生林に覆われ 流水のある深い谷に刻まれている。 多数の滝が 古い安山岩溶岩岩塊の上に落ちてきている。 この島は円形で, 富士(火山)帯の主たる割れ目の方向(北北西 - 南南東)にわずかにのびており, 単一の安山岩円錐丘からなる。 この円錐丘の比較的 平坦な山麓は 打ち寄せる海波によって破壊され, 急な海岸が島を取り巻いている。 頂上には登らなかったが, 受け取った報告や信頼しうる手書きの地図によると, 最高点は 2,678 フィート(尺 ; 811 m)である。 頂上の南に1個の低い丘があり, その 510 m の高さに小さい湖が1個ある。 多分 同一の割れ目(北北西 - 南南東方向)に並んだ側火口群の名残りであろう。 島のまわりを一周すると, 急な海岸 [ ← 急傾斜の海岸 ? ] に 溶岩と火山礫層の互層と 非常に多くの岩脈を観察することができる。 レンズ状の小貫入岩体がしばしば岩脈につながっている。 西海岸では 幅およそ 30 m, 厚さ 10 m のレンズ状岩体が見られる。 福地(1902, 第 3 図)の5万分の1御蔵島地形図には高度の記入はないので, FRIDLAENDER が入手した手書きの地図は別種のものである。
TSUYA(1937)は, 彼の著名な論文 "On the volcanism of the Huzi volcanic zone, with special reference to the geology and petrology of Idu and the Southern Islands" の中で 4 ぺ一ジ(p. 277~280)を費やして, 御蔵島の地形・地質の概略の記述と, 彼自身が 1925 年に島の北岸の港付近の海食崖で採取した 4個の溶岩の標本の岩石学的記載を行っている。 地形・地質に関する記述には目新しいものはないが, 記載された4標本のうち 2個はかんらん石玄武岩, 1個は紫蘇輝石含有かんらん石玄武岩で, 残りの1個はかんらん石複輝石安山岩であり, それぞれを構成する鉱物の種類・粒度および光学的性質から推定される化学組成が明らかにされた。 また, かんらん石玄武岩のうち ほとんど無斑晶質のものの主成分化学組成が公表された( [ 後述する「II.3 岩石」の項で示す ] 第 1 表の no. 3)。
横山は 1956 年 4 月に御蔵島で地磁気伏角の測量を行った(横山(1957a); YOKOYAMA(1957b))。 その際, 彼は 島の中央部(一の森と呼ばれている標高 787 m の峰)に 火山性ネック (火山 岩頸 [ = 火道内のマグマの石碑 ] )のあることを見いだした。 また, 彼が採取した岩石試料の少なくとも一部は, 津屋弘逵の鑑定によれば, かんらん石玄武岩および紫蘇輝石安山岩であった。
佐藤(1957)は, 当時入手可能であった5万分の1地形図および空中写真の読図から, 御蔵島の地形を記述している。 そのうち 特記すべき点は, 御山の東部の山体の南に接して(島の南東部に), 彼が「御代ガ池 鐘状火山」と呼んだ4個の小円頂丘が存在するという指摘である。 一番北の円頂丘は 御代ヶ池の北東約 0.5 km にある 660 m の閉曲線で示される丘であり, その南の, 御代ヶ池の東方には 720 + m の丘(「ツブネヶ森」), これよりやや低く その南に付着し 一見 720 + m の丘と同体にみえる丘, および これら三者から南東方やや離れて [ 御蔵島の南東海岸の ] 元根 の北にそびえる 500 m の閉曲線峰(「ヤスカジヶ森」)がある。 これら小円頂丘の比高は 100~200 m, 扁平な頂上部は径 200~300 m と概測された。 彼は これらを小型の鐘状火山(溶岩円頂丘)と考えた。 また, 御代ヶ池の西側にある細い尾根は御山の山稜の一部であり, 御代ヶ池は新しい溶岩円頂丘群の噴出によって生じた堰止湖であるとした。 地形からみて, これら4個の円頂丘は順次 南から北へ噴出したものとした。
黒田・小松(1957)および藤本ほか(1958)は, 東京都 教育委員会が昭和 31 年度(1956 年度)に実施した 三宅 御蔵文化財総合調査の天然記念物地質班として この調査に参加した。 御蔵島の実地踏査は, 1956 年 7 月 25 日から 31 日にかけて 黒田および小松によって行われた (藤本ほか(1958)の p. 1)。 彼らによると, 御蔵島は溶岩流・火山灰などの互層からなる成層火山で, 島の中心から放射状にのびる多くの岩脈によって切られ, また小断層も見られる。 黒田・小松(1957, p. 38)の図 および 藤本ほか(1958, p.8)の第 7 図には それぞれ 10 本の岩脈が記入されているが, 両図において同一と思われる岩脈で走向に違いがあったり, 前図にある岩脈が後図にはなかったり, またその逆であったりする。 その理由はよくわからない。 前図で島の南西腹にある4個の黒いしみのようなものは印刷のミスであるという(黒田, 口述)。 島の西側および南側の海岸, 東側および中央部の大きな沢に沿って採取した岩石標本のうち 代表的なもの 30 個の薄片を顕微鏡下で観察し, 大きくみて (1) (単斜輝石)かんらん石玄武岩(Ⅲb→c [ 以下の [注] 参照 ] および Ⅳb→c), (2) (単斜輝石)かんらん石玄武岩(Ⅲc および Ⅳc), (3) (かんらん石)複輝石玄武岩質安山岩(Vc), および (4) 粗粒玄武岩質安山岩(凝灰角礫岩中の角礫としてのみ産出) の4種の岩石からなることを明らかにした。 岩脈や溶岩流としてもっとも頻繁に出現するものは (3) であって, 「御蔵島の岩石のほとんど 90 % 以上をも構成する」(藤本ほか(1958)の p. 9), 「噴出順序は細かな調査を重ねれば解明できるであろうが, 日程の不足からできなかった」(黒田・小松(1957)の p. 37)としながらも, 岩石相互の捕獲関係から 「噴出順序を推定すると (1), (2), (3) の順にだんだん新しくなる」(藤本ほか(1958)の p. 9)とした。 (1), (2) および (3) は KUNO(1950) [ 以下の [注] 参照 ] のピジオン輝石質岩系の岩石であり, (4) は斑晶として斜長石および単斜輝石(角閃石に取り囲まれることがある), ときに斜方輝石を有し, 石基は斜長石・単斜輝石・斜方輝石・磁鉄鉱および珪酸鉱物からなることから, KUNO(1950) [ 以下の [注] 参照 ] の紫蘇輝石質岩系に属するとした。 シアル殻 [ = Si と Al に富む花崗岩質の上部地殻 ] が存在しないと考えられている御蔵島から 紫蘇輝石質岩系に属する岩石の産出したことについては 今後の検討が必要であろうと考えた。
これらの論文のほかに, 御蔵島の地質については 筆者が 特に放射状岩脈に力点を置いて口頭発表したものがある(一色, 1963b)。
御蔵島の北北西岸の港から 里 村落への道(1956~1957 年当時)を登った海食崖の上縁の 「ゾウ」と呼ばれている地区の道路切取りで 縄文時代早期の 茅山 式の土器片が発見されたことが 計画的な発掘(麻生, 1958)の糸口となった。 1956 年 7 月 24 日から 28 日まで行われた第1次調査で, 約 30 cm の厚さの表土の下に 縄文時代前期の 諸磯 b 式土器片・石鏃および黒曜石片を含む褐色 土層 (諸磯 b 式土器の時代のものとすべき住居址の床面が含まれる)が発見され, 発掘区域を拡大した結果, 大体 同一レベルに床面をもち 前期末の 十三菩提 式 土器片を伴う もう一つの住居址が発掘された。 幅 1 m, 長さ 6 m, 南北にのびる A トレンチでの観察では, 10~30 cm の厚さの褐色 土層の下には 暗褐色 粘土層・黄褐色 土層・茅山式 土器片と炭化物とを含む暗褐色 土層と続き, 更に厚さ 20 cm 前後の無遺物の明褐色 土層があって 円礫や角礫を含む「基盤」に達する。 A トレンチと丁字形をなすように掘られた 幅 1 m, 長さ約 3 m の B トレンチでは, 土層の重なりぐあいは A トレンチと大差なかったが, 出土した土器片は縄文時代前期の 黒浜 式(あるいは 関山 式)のものと 同 早期 [ = 縄文時代早期 ] の 粕畑 式 類似のものであった。 更に 1957 年 7 月 30 日から 8 月 7 日まで行われた第2次調査で, 諸磯 b 式期および茅山式期としてよい住居址が一つずつと, 縄文時代前期の 北白川 下層式 類似の土器片が数個発掘された。 これら住居址や土器片のほかに 石鏃 [ = 石の矢じり ] (大部分が黒曜石製)・ 石槍 (5個のうち4個が黒曜石製)・ 石匙 (3個のうち2個が黒曜石製)・皮剝ぎ・打製石斧・礫器・ 敲石 (あるいは 磨石 )・石皿および 玦状耳飾り (諸磯 b 式土器に伴って発見されたもので 碧玉 製か)が出土した。 茅山式期の住居址の床面は現在の地表面から 1.3 m 前後の深さにあったが, 「この床面を覆う土が 噴火によって初生的に堆積した火山灰の その位置での風化産物であるかないか」 は明記されていない。
橋口(1975)は, 東京都 三宅村 大字 神着 の浅沼悦太郎(故人)と御蔵島小学校 所蔵のゾウ遺跡 出土 土器の整理・分類を行い, 麻生(1958)の記載したもののほかに 茅山武よりも古い 鵜ヶ島台 式の土器片 および 縄文時代中期 初頭の 五領ヶ台 式土器の系統をひく土器片のあることを見いだしている。 これらの土器は南関東・東海系のものが多いようである。 少なくとも今から約 7,000 年前から 5,000 年前までにかけて, 断続的に縄文時代人が この島に渡来し 居住したことは明白である。
SUZUKI (1974, p. 440) は, ゾウ遺跡出土の黒曜石片6個について, フィッション・トラック法によって それらの年齢とウラン濃度とを測定し, うち1個は北伊豆の上多賀あるいは鍛治屋産であるが, 残りの5個は伊豆諸島 神津島産であると同定した。 また, 水和層の厚さの測定から, これら黒曜石片が 原石から破断されて以来 7,000 年および 6,000 ± 500 年経過していることを示した。 これらの年齢は出土 土器片から推定されるものと矛盾はしない。
藺灘波島については 青木・岩淵(1972)が簡単な報告を行っている。 彼らによると, この島は水深 1,600~1,800 m の比較的平坦な海盆からそびえる火山島(海抜 75 m)で, 水深 1,600 m 付近における火山島の基部の平面形は 北東 - 南西方向にややのびた長円形で, 長径は約 16 km, 全体としては円錐形に近い形態をしている。 この島の西岸の汀線付近で採取した岩石は 複輝石安山岩で, 斑状, 弱い流理構造を示し, 斑晶として斜長石(Ab57 An43)・普通輝石および紫蘇輝石を有し, 石基も斜長石・普通輝石および紫蘇輝石からなると記載されている。
銭洲の地形および地質は 新野(1935)によって調査された。 地形については すでに「I. 地形」の章で述べた。 南西にある A 岩礁群のうちでも南にある No. 1 岩礁は, その打線よりもやや上は 南東にゆるく傾斜するプロピライト(変朽安山岩)の溶岩流からなり, 下はその集塊岩からなる。 No. 1 を除く ほかの岩礁はすべて集塊岩からなる。 プロピライト岩片の薄片を顕微鏡下で観察すると 石英は全く含まれず, 長石・輝石などは変質し, 石基は粒状を呈している。 新野(1935)の第 10 図版 Ⅴ の顕微鏡写真を見ると, 現在は変質しているが, その形態からみて 角閃石斑晶も存在したようである。
海底地形図(第 2 図)からわかるように, 御蔵島は 孤立峰をなしている。 大島(久野, 1958), 新島(津屋, 1938), 神津島(TSUYA, 1929), 三宅島(一色(1960)の p. 5~6, p. 30, p. 33)および八丈島(一色(1959)の p. 1, p. 11, p. 33 ; ISSHIKI(1963a)の p. 94, p. 114~116)の粗粒火山砕屑物の中に含まれる異質岩片や 銭洲(新野(1935); 後述)の露頭の観察から, 御蔵島, 藺灘波島および銭洲を含む地域の第四紀火山の基盤の少なくとも一部は, 伊豆半島に広く分布する中新世の湯ヶ島層群に類似した, 各種の変質火山岩 および それらに伴う深成岩類とみてよいであろう。 しかしながら, 御蔵島においては このような基盤岩の露頭は今までに知られていない。
御蔵島は 現在は浸食により かなり その原形が失われているが, 本来は円錐形の成層火山であったらしい。 ここでは この火山を御蔵島火山と呼ぶことにする。 構造・岩相などから, 御蔵島火山は 主成層火山と その南東腹にある 溶岩円頂丘群の2つの単元に分けることができる。 島の西麓に近い 沖の森( [ 白滝の南東方 500 m の ] 351 m の標高点)のすぐ東にある凹地は, 地形的にも また 海食崖に露出する岩脈のうち いくつかの方向が収歛することからも, 側火口である可能性が強いが, 露頭に乏しいため それ以上の証拠が得られないので 独立した単元とはしないことにする。
島を巡る海食崖 その他の露頭の観察では, 主成層火山は 玄武岩 および 安山岩の溶岩流 および 火山砕屑性 [ 以下の [注] 参照 ] の堆積物の累層からなり, これらを厚さ数 m 以下の安山岩 および 玄武岩の岩脈が貫いている。 溶岩流と火山砕屑性堆積物の累層には, 長い火山活動休止期を示すと思われる浸食間隙や風化帯が観察される。 岩脈は 島を巡る海食崖や [ 御蔵島の南岸の ] 平清水川に面する崖で特によく観察され, 総数 170 本以上を数える。 これら岩脈の大多数は 島の中心に収歛するような方向を持っており, 収歛する位置に近い所に 直径 200~300 m の岩頸 [ ← これは横山(1957a)や YOKOYAMA(1957b)に記された 一の森の火山岩頸か ? ] が存在する。 これらは 山体を貫く放射状岩脈群と中央火道に相当する。 平清水川を囲み 南方に開く馬蹄形に近い地形は, 主成層火山の山頂火口が浸食によって拡大した結果生じたものである。
溶岩円頂丘群は 主成層火山の南東腹にあり, 北西 - 南東の方向に3個並んでいる。 一番北西にある 720 + m の丘(「ツブネヶ森」), これよりやや低く すぐ南東に付着し 一見「ツブネヶ森」と同体にみえる丘, およびその南東に接し 元根の北にそびえる 410 m の丘(「ヤスカジヶ森」)の3個である。 これらの溶岩円頂丘はすべて同質の安山岩からなることから, 比較的短期間に次々に形成されたものではないだろうか。
すでに述べたように, 御蔵島の北北西麓近くのゾウ遺跡からは, 縄文時代早期の鵜ヶ島台式から 同時代中期初頭の五領ヶ台式系統の土器片が見いだされている(麻生(1958); 橋口(1975))。 これらの土器片や住居址などを含む堆積物が 噴火による初生の堆積物であるかないかは 必ずしも明確ではないが, 主成層火山期の大規模な活動は 縄文時代人の渡来以前, すなわち 今から約 7,000 年前よりは以前に終わっていたとみてよいであろう。 溶岩円頂丘群と遺跡との関係は全くわからないが, 円頂丘自体もかなり風化・浸食が進んでいる。
御蔵島火山の噴火活動開始の時期を指示する証拠は 現在は 得られていない。 中央火口から, あるいは放射状岩脈で代表される側火口からの溶岩の流出に引き続く長い風化・浸食時期を挟んで, 再び溶岩が流出したり, 本質あるいは類質の火山砕屑性物質が拋出されたりする活動が断続して起こり, かなり長い時間をかけて 主成層火山体が成長していった。 しかし, その成長にどのくらいの年数がかかったかは 全く不明である。 その後, 主成層火山の南東腹で北西 - 南東にのびる割れ目噴火が起こり, 3個の溶岩円頂丘が形成された。 御蔵島火山の活動はこれで終わったとみてよい。 その後は数 1000 年以上にわたって風化・浸食が続いている。
藺灘波島は 珪長質安山岩溶岩からなっており, おそらく溶岩円頂丘の名残りであろう。 この溶岩円頂丘がいつ頃形成されたものか, また御蔵島火山の活動と時代的にどんな関係にあったのかは, 孤立しているために 全く不明である。
すでに「I. 地形」の章で述べたように, 銭洲は 数個の岩礁(A 群)とそれらの北東方約 2.5 km にある2個の岩礁(B 群)とからなる。 A 群は北北西 - 南南東に約 400 m 離れて数個ずつ密集しており, 北亜群の1岩礁では層理のようなものが見られ, 全体として変質した安山岩質火山砕屑性堆積岩からなる。 南亜群の岩礁は すべて緻密・塊状の変質安山岩溶岩からなる。 B 群の2個の岩礁は黄白色(破断面の乾燥状態での色)で緻密・塊状の変質デイサイト溶岩である。 これらの岩石は, 伊豆半島に広く分布する中新世の湯ヶ島層群や (あるいは)中新世~鮮新世の白浜層群に関連したものとみてよいであろう。 しかし, 火山活動の場が陸上であったか, 海底であったかを示す証拠は ここでは得られていない。 海底地形図(第 2 図)でみられるように, 新島・式根島および神津島の第四紀火山をいただき, 北東 - 南西にのびる小海嶺の頂部が海面上に現われているとみてよい。
御蔵島火山の主成層火山を構成する岩石は かんらん石玄武岩・ 普通輝石かんらん石玄武岩・ かんらん石輝石 [ 以下の [注1] 参照 ] 安山岩 および 輝石安山岩の溶岩および火山砕屑性堆積物である。 玄武岩・安山岩を通じて, 斑晶として 30 vol % 前後の斜長石と数 vol % 以下の苦鉄質鉱物を含むものが多く, 無斑晶岩はきわめて少ない。 採取標本のうちでの玄武岩と安山岩との比率は 溶岩流では 33 : 16, 岩脈・岩頸などの貫入岩体では 22 : 22, スコリアでは 0 : 5 であった。 しかしながら, これらの値は 標本採取が主として海食崖下の底部や山腹に限られること, 一番普通に産出すると思われる斑状玄武岩の採取頻度が落ちていることなどから, 無作為抽出とは言いがたいが, 大島・三宅島・八丈島などを構成する第四紀成層火山に比べると 安山岩の産出頻度が高い。 大部分の岩石が KUNO(1950) [ 以下の [注2] 参照 ] のピジオン輝石質岩系に属するが, 紫蘇輝石質岩系に属する輝石安山岩が1個確認されている。
溶岩円頂丘群は 斑晶として約 30 vol % の斜長石と 10 vol % 以下の苦鉄質鉱物を含む輝石安山岩で, 一番北西にある「ツブネヶ森」と, これよりやや低く すぐ南東に付着する円頂丘にはかんらん石斑晶が含まれないが, 一番南東にある「ヤスカジヶ森」の円頂丘にはかんらん石斑晶が含まれ, また オートリス [ autolith ; 同源捕獲岩 ] が散在する。 いずれも ピジオン輝石質岩系に属する安山岩である。
全岩の主成分化学分析の依頼に際しては, 斑状岩・無斑晶岩を問わず, 広い組成範囲にわたる岩石試料を選ぶように努力した。 第 1 表に主成分化学組成, CIPW ノルム および モードを示した。 No. 1 から No. 6 まで [ の試料 ] は 主成層火山を構成する岩石で, おおざっぱではあるが 噴出あるいは貫入順に古いものから新しいものへと配列した。 No. 7 は 溶岩円頂丘群のうちの1試料である。 No. 1 は紫蘇輝石質岩系に属する岩石で, Nos. 2~7 はピジオン輝石質岩系に属するものである。
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御蔵島火山の岩石の化学組成上の特徴を知るために, SiO2 - Na2O + K2O 図 および SiO2 - ノルム石英図に 上記の7分析値をプロットしてみた(第 8 図および第 9 図)。 比較のために, この火山の南南東方約 90 km にあり「低アルカリソレイアイト」(久野, 1968)系列の代表的火山の1つである八丈島の東山火山 [ = 三原山 ] の岩石の分析値(一色(1959); ISSHIKI(1963a))もプロットしてある。 第 8 図から明らかなように, 御蔵島火山の主成層火山の岩石は 東山火山のそれらよりは Na2O + K2O に富む傾向にあり, 久野(1968)の低アルカリソレイアイト領域と高アルカリソレイアイト (あるいは高アルミナ玄武岩)領域の境界線とのほぼ中間に位置している。 一方, 溶岩円頂丘群の岩石は 東山火山の変化傾向の範囲内に落ちる。 しかしながら, 第 9 図からわかるように, SiO2 - ノルム石英関係では御蔵島火山の岩石は東山火山のそれらと同じ領域に落ちる。 両火山とも火山前線の上に位置しながら, わずかではあるが 化学的性質に差がある点は注目に値しよう。
藺灘波島は 溶岩円頂丘の名残りであるらしく, 紫蘇輝石質岩系に属する 珪長質な普通輝石紫蘇輝石安山岩からなっている。 岩石は比較的新鮮である。
銭洲の岩礁はすべて変質した火山岩からなる。 南西にある A 群のうち 北北西にある数個の岩礁は 変質した安山岩質 火山砕屑性 堆積岩からなり, 南南東に約 400 m 離れた位置にある数個の岩礁は変質した(「氷長石化作用」を受けた)角閃石 [ 以下の [注] 参照 ] 輝石安山岩 溶岩である。 北東にある B 群の2個の岩礁は 両者とも紫蘇輝石普通角閃石デイサイト溶岩である。 これら岩礁を構成する岩石は全体的に変質しており, 第四紀に噴出したものとは思えない。 この報告書では, これらは 伊豆半島に広く分布する中新世の湯ヶ島層群や(あるいは) 中新世~鮮新世の白浜層群に関連した火山活動の産物とみておく。
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この章では まず 御蔵島火山について記述を行い, その後に 挿入図に示されている藺灘波島火山, 銭洲火山岩類の順に記述を進めることにした。 これらは相互に遠く離れており, 相互に関連付けた記述を行うことは困難である。
すでに「II.2 地史」の節で述べたように, 御蔵島は第四紀の火山と思われる御蔵島火山のみからなる。 その構造・岩相などから, 御蔵島火山は 主成層火山(Sl・Sk および Sn)と その南東腹にある溶岩円頂丘群(D1~3)の2つの単元に分けられる。 御蔵島の現在の体積は約 8.2 km3 であるが, 海面下の部分や浸食によって失われた部分を考慮に入れると, 御蔵島火山としては 少なくとも [ その ] 数倍の体積は あったと思われる。 それに対して, 溶岩円頂丘群の現在の体積は 0.03 km3 程度で, この火山に対する体積上の寄与はきわめてわずかである。
主成層火山体を構成する火山噴出物は 島を取り巻く 50~500 m の海食崖に よく露出している。 また, 平清水川を囲む 浸食によって拡大した山頂火口内にも 露頭が散見される。 しかし, 急崖であったり 植生が厚いために 十分な野外調査はできなかった。 観察されたかぎりでは, 主成層火山体は 1フロー・ユニット(flow unit [ 以下の [注] 参照 ] )の厚さが 一般に数 m 以下の 玄武岩および安山岩の溶岩流と火山砕屑性堆積物, およびこれらを貫く岩脈・岩頸・レンズ状貫入岩体などからなる。 地質図には 溶岩流と火山砕屑性堆積物とは区別をせず, 岩脈はその走向がわかるように強調して示してある。
1噴火輪廻の溶岩は 一般にアア [ 熔岩状の ] 表面を有する数フロー・ユニッツの溶岩流からなり, 最上部に風化した細粒火山砕屑物を伴うことが多い。 火山砕屑性堆積物ないし堆積岩には, 初生の降下スコリア堆積物~スコリア凝灰岩のほかに 凝灰角礫岩~火山角礫岩がある。 これらには, 層理が明瞭でもとの地形を一様の厚さで覆うもの(爆発角礫岩か), 無層理でもとの地形の凹所を埋めることもあるもの(泥流堆積物), 浸食によって生じた崖下に堆積しているもの(崖錐)など, 色々な成因のものが含まれる。 また, 斜交葉理のある凝灰岩なども見いだされている。 それぞれの単元の間には, 風化帯や浸食面によって示される火山活動休止期が存在する(第 10 図)。
島を巡る海食崖には 多数の岩脈が露出している(第 11 図)。 海食崖の下および海上からの観察によると, [ 岩脈は ] 少なくとも 165 本が数えられる。 地質図から明らかなように, 北北西岸の港を挟む約 1.3 km と, 南東岸の元根を挟む約 2.9 km の海食崖には 岩脈が観察されていない。 これらの地区では, 海食崖がほかに比べて低いため 露出する火山噴出物の単元数が少ないので, それらの少なくとも一部を供給した通路である岩脈を観察しうる頻度が少ないのが 1つの理由であろう。 現地踏査や補助的な空中写真の判読によって, 平清水川を囲む 浸食によって拡大した山頂火口内にも 15 本の岩脈が確認されている。 実際には その数はもっと多いであろう。 これら岩脈の多くは平板状で 垂直あるいはそれに近いが, 膨縮したり, 屈曲したり, 分岐したり, また 低角度のものもある。 岩脈の厚さは数 m 以下で 2~3 m のものが多い。 それらの方向は 山頂の火口の中心に収斂しているものが多い。 しかし, 西海岸の海食崖に露出するものの中には, 島の西麓に近い沖の森(351 m の標高点)のすぐ東にある凹地付近に収斂するものがある。 この付近が 地形的にみても 側火口である可能性は高い。
御山 (850.9 m の三角点)の南東方約 0.5 km に 一の森(787 m の標高点)と呼ばれる峰がある (第 12 図)。 この峰は その南西麓から見ると頂部が3つに分かれており, 植生に覆われている部分もあるが, 峰全体が溶岩からなるようである。 その平面形は円形に近く, 直径 200~300 m である。 この岩体には節理系が発達しているが, 接近して測定することはできなかった。 観察は不完全であるが, 一の森は岩頸とみなしてよいであろう。 一の森の西には 三角形で板状の小さい峰が2個そびえている。 これらは岩頸から派出した岩脈である。 これらの南面には岩脈の表面が露出しており, 南方から見ると右上から左下へ向う線状の構造が観察される(第 13 図)が, どのような意味を持った構造かは確認できなかった。 一の森の岩頸は 北東方の, 道路が 大島分川 をわたる標高 350 m 付近からも 先端が2つに分れた峰として稜線から突出して見られる。
貫入岩体としては 岩脈や岩頸のほかに レンズ状岩体として産することがある。 例えば, 島の南南西岸の横塚根の対岸の海食崖下底部では, 火山角礫岩~凝灰角礫岩を貫く 走向 N 15°E, 傾斜 75°E, 厚さ 2 m の岩脈から供給された安山岩マグマが側方に広がっている。 その下限は下方に凸になっているが, 上限の形態は不明である。 また, 西海岸の白滝付近の海食崖下底部にも, スコリア凝灰岩を貫く 走向 N 80°W, 垂直で 厚さ 1 m の岩脈から供給されたマグマが 側方に広がって 餅盤状形態の貫入岩体をつくっている。
主成層火山体を構成する噴出物を切る断層が 時折 海食崖で観察される。 それらは正断層で, 見掛上の落差が 10~20 m に達するものもある。
岩石の記載 : 岩石の一般的性質については すでに「II.3 岩石」の節で述べられている。 ここでは 主成分の化学分析が行われていたり, 注目すべき点のある岩石について やや詳しく記述する。
かんらん石玄武岩(NI60091803): 北東腹, 大島分川の右岸, 発電所の西南西方約 150 m, 旧道の露頭の溶岩流。 この岩石は 肉眼的には灰色で, 斑晶として長さ 5 mm に達する 無色ないし白色の斜長石を多量に含み, また長さ 3 mm に達する 黒色ないし褐色化したかんらん石を散点的に含んでいる。 この変質鉱物はへき開面に光があたると金色に輝く。 鏡下では [ 以下の通りである ] ( [ 巻末の ] 第 Ⅰ 図版 1)。
かんらん石玄武岩(NI60091115): 北北西海岸, 港と徳利根との間の海食崖, 不規則で部分的には低角度の岩脈。 この岩石は 肉眼的には暗灰色で, 長さ 4 mm に達する 無色ないし白色の斜長石斑晶を多量に含んでいる。 鏡下では [ 以下の通りである ] ( [ 巻末の ] 第 Ⅰ 図版 2)。
普通輝石かんらん石玄武岩(NI60091401): 西海岸のウラン根の北方, 海食崖下底部, 溶岩流。 この岩石は 肉眼的には暗灰色で, 斑晶として長さ 1 mm に達する 無色ないし白色の斜長石を散点的に含む。 長さ 2 mm に達するかんらん石が きわめてまれに含まれる。 鏡下では [ 以下の通りである ] ( [ 巻末の ] 第 Ⅱ 図版 1)。
この岩石の主成分化学分析値は第 1 表の no. 2 に示されている。
ほとんど無斑晶質のかんらん石玄武岩(TSUYA(1937)の no. 69(a)): 北北西海岸, 港の近くの海食崖に露出する溶岩流。 [ 以下の ] 岩石の記載は TSUYA(1937 ; p. 279)によった。
この岩石の主成分化学分析値は第 1 表の no. 3 に示されている。
かんらん石普通輝石紫蘇輝石安山岩(NI60091204): 東腹, クズレ, 海抜約 540 m, 小径わきに露出する厚さ約 1.5 m の溶岩流。 この岩石は 肉眼的には暗灰色で, 斑晶として 長さ 5 mm に達する 無色ないし白色の斜長石・ 長さ 5 mm に達する輝石 および 長さ 3 mm に達する 黄褐色かんらん石を含んでいる。 鏡下では [ 以下の通りである ] ( [ 巻末の ] 第 Ⅱ 図版 2)。
普通輝石含有紫蘇輝石安山岩(NI60092401): 御山の南東方約 0.4 km, 一の森を形成する岩頸から派出した岩脈。 この岩石は 肉眼的には灰色で, 斑晶として長さ 5 mm に達する 無色ないし白色の斜長石を多量に含み, また長さ 5 mm に達する黒色の斜方輝石を散点的に含む。 鏡下では [ 以下の通りである ] ( [ 巻末の ] 第 Ⅲ 図版 1)。
この岩石の主成分化学分析値は第 1 表の no. 6 に示されている。 一の森の岩頸の北面および西部から採取された標本(NI60092404 と NI60092104)は, 肉眼でも鏡下でも, この標本に非常によく似ている。
無斑晶質安山岩(NI60091112): 北海岸, 徳利根の少し東の海食崖下底部, 岩脈。 この岩石は 肉眼的には灰色で, 斑晶として長さ 2~3 mm の無色ないし白色の斜長石をきわめてまれに含む。 鏡下では [ 以下の通りである ] ( [ 巻末の ] 第 Ⅲ 図版 2)。
この岩石の主成分化学分析値は第 1 表の no. 5 に示されている。
紫蘇輝石普通輝石安山岩(NI60091903): 南南西海岸, 横塚根の対岸の海食崖下底部, 走向 N 15°E, 傾斜 75°E, 厚さ 2 m の岩脈から側方に広がったレンズ状貫入岩体。 部分的に板状節理が発達する。 この岩石は 肉眼的には灰色で, 斑晶として長さ 2 mm に達する 無色ないし白色の斜長石を多量に含み, また 長さ 2 mm に達する 黒色の輝石をやや顕著に含んでいる。 鏡下では [ 以下の通りである ] ( [ 巻末の ] 第 Ⅳ 図版 1)。
普通輝石紫蘇輝石安山岩(NI60092710): 南西海岸, 海食崖下底部, 溶岩流(?). この岩石は 肉眼的には帯黄灰色で, 斑晶として長さ 2~3 mm の 無色ないし白色の斜長石と, 長さ 4 mm に達する黒色・粒状の輝石が特に目につく。 鏡下では [ 以下の通りである ] ( [ 巻末の ] 第 Ⅳ 図版 2)。
この岩石は, 御蔵島火山で 紫蘇輝石質岩系に属することが確認された唯一の岩石である。 その主成分化学分析値は第 1 表の no. 1 に示されている。
紫蘇輝石普通輝石安山岩(NI60092406): 御山の北方約 1 km, 溶結したスパターの転石。 この岩石は 肉眼的には暗褐色で, 灰色レンズが含まれる。 石質岩片が見られる。 鏡下では [ 以下の通りである ] ( [ 巻末の ] 第 Ⅴ 図版 1)。
この岩石の主成分化学分析値は第 1 表の no. 4 に示されている。
主成層火山体を構成する噴出物中に 捕獲岩片として, あるいは拋出岩片として 半深成ないし深成岩組織の岩石が産することがある。 それらのうちの5例について以下に記述する。
ドレライト(NI6009160): 北北西海岸, 港の西の海食崖下底部に露出する類質凝灰角礫岩の中の岩塊。
斑れい岩(NI60092712b): 南西海岸, 赤沢の北の海食崖下底部に露出する安山岩岩脈の中のやや円味をもった岩塊。
斑れい岩(NI60091302): 北北西海岸, 港から里へ登る道の海食崖中部に露出するスコリア層中の岩塊。
斑れい岩(NI60092708i): 南西海岸, 赤沢の南の海食崖下底部に露出するスコリア脈の中の円味をもった岩塊。 厚さ 2~3 mm の溶岩に部分的に覆われる。
部分的に再結晶した斑れい岩(NI60092708a): 南西海岸, 赤沢の南の海食崖下底部に露出するスコリア脈の中の円味をもった岩塊。 厚さ 5 mm 前後の溶岩殻に覆われる。
これらドレライトや斑れい岩が 御蔵島火山の基盤から由来したものであるか, あるいは, 同火山の活動に関連した比較的地下浅所の貫入岩体から由来したものであるか, の判断は容易ではない。
主成層火山の南東腹には 北西 - 南東の方向に3個並んだドーム状の小丘がある。 植生が厚いため 露頭に乏しく それらの全貌をつかむことは困難であるが, 国土地理院発行の地形図や空中写真の判読 および わずかな露頭観察から, これらの小丘は溶岩円頂丘であると判断した。 その分布状態からみて 主成層火山の山腹上に噴出したものであることは間違いないが, 溶岩円頂丘の形成後までも主成層火山の活動があったかどうかについては 野外で確認はできなかった。
これら3個の溶岩円頂丘は互によく似た岩質の安山岩からなる。 地名に従って 一番北西の溶岩円頂丘を「ツブネヶ森」(D3), 南東のものを「ヤスカジヶ森」(D1), 中央の無名で 地形的にも「ツブネヶ森」と同体にみえるものを「650 m 丘」(D2)と ここでは呼んでおく(第 14 図)。 北西 - 南東配列の南東延長線が交わる [ 御蔵島の西北西部の ] ボロ沢 [ = 家ノ沢 ] ~ [ 御蔵島の南東海岸の ] 元根間の海食崖には, この安山岩マグマを供給した通路(岩脈)は 新しい崖錐が発達していることもあるが, 観察されなかった。 これら溶岩円頂丘の相互の被覆関係は野外で観察されなかったが, 地形からみて南東から北西へ [ ヤスカジヶ森(D1)→ 650 m 丘(D2)→ ツブネヶ森(D3)の順で ] 順次噴出したと考えている。
岩石の記載 : 岩石の一般的な性質については すでに「II.3 岩石」の節で述べられている。 ここでは主成分の化学分析が行われている岩石について やや詳しく記述する。
かんらん石普通輝石紫蘇輝石安山岩(NI60091805): 南郷の南西方約 1.2 km, 「ヤスカジヶ森」 [ D1 ] , 溶岩露頭か。 この岩石は 肉眼的には灰色で, 斑晶として長さ 3 mm に達する 無色ないし白色の斜長石を多量に含み, また, 長さ 3 mm に達する黒色の斜方・単斜両輝石を散点的に含んでいる。 主成層火山の岩石に比べると, 全体として見たときに「よごれた感じ」を受ける。 鏡下では [ 以下の通りである ] ( [ 巻末の ] 第 Ⅶ 図版 1)。
この岩石の主成分化学分析値は第 1 表の no. 7 に示されている。
「ツブネヶ森」 [ D3 ] および その南東に付着して一見「ツブネヶ森」と同体にみえる「650 m 丘」 [ D2 ] は, かんらん石斑晶を欠く点を除けば, 上記の「ヤスカジヶ森」を構成する安山岩と鉱物組成や組織のよく似た 普通輝石紫蘇輝石安山岩である。
蘭灘波島の記述は, 主として 海上保安庁 水路部 測量船「明洋」の乗組員によって撮影された写真 および 採取された岩石標本によっている。 すでに「I. 地形」の章 および「II.2 地史」の節で述べたように この島は独立した火山で, ここでは藺灘波島火山と呼ぶことにする。 船から撮影された 12 枚の色々な距離, 色々な方角からの写真(たとえば第 15 および 16 図)と空中写真とから判断すると, 高さ 74 m のこの小岩島の頂部は小起伏に富み, 島を取り囲む絶壁は直接海に没し, 浜は発達していない。 船から撮影された写真では はっきりしたことはいえないが, 1枚の厚い溶岩からなるようであり, 溶岩円頂丘の名残りであろう。
普通輝石紫蘇輝石安山岩(NI62060801c): 藺灘波島の北東端, 海面上 2.5~3.5 m, 溶岩。 この岩石は 肉眼的には淡桃灰色で, 斑晶として長さ 5 mm に達する 無色ないし白色の斜長石を多量に含み, また長さ 3 mm に達する 黒色の輝石を点々と含む。 やや赤味を帯びているのは, この標本が酸化をしているからであろう。 鏡下では [ 以下の通りである ] ( [ 巻末の ] 第 Ⅶ 図版 2)。
銭洲の地形および地質については すでに「I. 地形」と「II. 地質概説」の両章で述べられている。 銭洲は海面上に突出する数個の岩礁と それらの北東方約 2~5 km にある2個の岩礁とからなる。 ここでは 新野(1935 ; p. 590)に従って, 前者を A 群, 後者を B 群と呼んでおくことにする。
A 群は北亜群と南亜群とに分けられる。 第 17 図には 北亜群のうちでも比較的大きい4個の岩礁(AN-1, 2, 3 および 4), 南亜群のうちでも比較的大きい4個の岩礁(AS-1, 2, 3 および 4)の平面形と位置関係の概略を示した。
北亜群の岩礁(第 18 図)は海面上 2~5 m(新野(1935); p. 591)と低く, AN-1, 2 および 3 は表面がぎざぎざしており, 一方 AN-4 は平坦で, 遠くから層理のような構造が見られる。 標本は AN-1 および AN-4 から採取した(NI60080401 [ 以下の [注] 参照 ] および NI60080402)が, 全体として変質した安山岩質火山砕屑性岩(Z1)からなる。
北亜群の岩礁とは異なり, 南亜群「ネープルス」の岩礁(第 6 図)は 遠方からみるとぽっこりした感じがする。 標本は AS-1(第 19, 20 および 21 図)および AS-2(第 22 および 23 図)から採取した(NI60080403 および NI60080404)が, 全体として緻密・塊状の変質安山岩溶岩(Z2)である。
B 群「ダルマ」は東西に約 200 m 離れて2個の岩礁があり, 東側の B-1(第 24 図)は海面上 6 m で中央部が低くなっており, 西側の B-2(第 25 図)は海面上 8 m で南端が高くて ぽっこりした感じがする。 標本は B-1 および B-2 の両方から採取した(NI60080405 [ 以下の [注] 参照 ] および NI60080406)が, 黄白色で, 緻密・塊状の変質デイサイト溶岩(Z3)である。
これら3種の岩石群を ここではまとめて銭洲火山岩類と呼んでおく。 しかし, これらの層位学的な上下関係は 現在のところ 不明である。
岩石の記載 : 岩石の一般的性質については すでに「II.3 岩石」の節で述べられている。 ここでは代表的な岩石について やや詳しく記述する。
変質した安山岩質凝灰角礫岩(NI60080402): 銭洲 A 群 北亜群のうち 一番西側にある岩礁(AN-4)
変質した角閃石斜方輝石安山岩(NI60080403): 銭洲 A 群 南亜群「ネープルス」のうち 北側にある海抜 12 m の岩礁(AS-1)。 この岩石は 肉眼的には帯紫灰色, 部分的に帯緑灰色で, 長さ 2 mm に達する白濁した長石を顕著に含んでいる。 鏡下では [ 以下の通りである ] ( [ 巻末の ] 第 Ⅷ 図版 1)。
変質した角閃石斜方輝石安山岩(NI60080404): 銭洲 A 群 南亜群「ネープルス」のうち 南東側にある岩礁(AS-2)。 この岩石は 肉眼的には帯紫灰色で, 長さ 3 mm に達する白濁した長石を顕著に含んでいる。 鏡下では [ 以下の通りである ]
上記の2標本の記載からわかるように, 銭洲 A 群 南亜群の岩礁は カリ長石を生ずるような変質, すなわち「氷長石化作用」を受けた安山岩からなる。 これと似たような変質作用は, 伊豆半島南端の下田市の東部の 万蔵山 流紋岩体を含む白浜層群(中新世~鮮新世)の分布地域(片山(1940); MIKAMI(1952)), 伊豆諸島 神津島の北海岸(TSUYA(1929)の p. 299~300 ; KANEOKA at al.(1970))などから知られている。
やや変質した紫蘇輝石普通角閃石デイサイト(NI60080406): 銭洲 B 群「ダルマ」のうち 西側にある海抜 8 m の岩礁(B-2)。 この岩石は 肉眼的には黄白色で, 長さ 2 mm に達する 無色ないし白色の斜長石と 長さ 7 mm に達する 黒色, 長柱状で へき開面の光沢の強い角閃石斑晶の目立つものである。 鏡下では [ 以下の通りである ] ( [ 巻末の ] 第 Ⅷ 図版 2)
QUADRANGLE SERIES
SCALE 1 : 50,000
Hachijojima (9) No. 4
By Naoki ISSHIKI (Written in 1979)
In the area of this sheet-map, a small island called Mikura-jima and several rocks of Inamba-jima and Zenisu are included. These are the subaerial portions of the northern extremity of an arcuate structural high, the tectonically active Izu - Mariana island arc.
Mikurajima lies between 33°50.8'~33°53.9' north latitude and 139°34.8'~139°38.1' east longitude, occupies a surface area of 20.5 km2 and reaches a maximum elevation of 850.9 m. The island is crudely pentagonal measuring about 5 km in diameter. It is a dissected strato-volcano of basalt and andesite which is cut by steep sea-cliffs up to 500 m high and is mostly fringed by boulder beaches. On the sea-cliffs, superposed lava flows of aa type and volcaniclastic deposits which are traversed by more than 165 dikes are well exposed. The central crater is horseshoe-shaped with a short axis trending E - W (about 1.3 km) and a long axis trending N - S (about 1.7 km) and opens toward the south. Three small lava domes of andesite lie on the southeast slope.
Inambajima is situated about 40 km south-west of Mikurajima, and at 33°38.9' north latitude and 139°18.1' east longitude. It is a very small, almost bare rock of felsic andesite roughly 120 m by 70 m by 74 m high and may be remnant of a lava dome.
Zenisu is located about 70 km west of Mikurajima and around 33°57' north latitude and 138°50' east longitude. Zenisu is a collective name of several rocks a maximum elevation of which is 12 m. They are composed of altered andesite and dacite which may lie underneath active and dormant volcanoes of the arc.
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A chain of volcanoes of the low-alkali tholeiite series, such as Oshima, Miyakejima, Hachijojima and Aogashima, runs parallel to and about 220 km west of the axis of the Izu - Ogasawara Trench, and forms the volcanic front. Mikurajima volcano lies just on the front and Inambajima volcano is situated about 30 km west of it.
Mikurajima volcano is composed of two geologic units : main strato-volcano (Sl, Sk and Sn) and lava dome group (D1~3). The main stratovolcano forms the bulk of the volcano and consists of superposed lava flows and volcaniclastic deposits of basalt and andesite. Weathered horizons and erosional gaps are frequently observed in between. They are cut by numerous dikes mostly radiating from the center of the volcano and cut by at least one neck of similar petrographic characters. Fragments of earthenware vessels, stone implements and dwelling sites of the Early to Middle Jomon age (about 7,000 to 5,000 years ago) were found at the upper-most horizon of the main stratovolcano. The lava dome group lies on the south-east flank of the main stratovolcano and comprises three lava domes of andesite of the same petrographic character. They are arranged in a northwest - southeast trend and might be successively extruded from southeast to northwest judging from their morphologic features.
Inambajima volcano (I) may be remnant of a simple lava dome of felsic andesite as already described, although precise submarine topography and geology around the volcano have not been surveyed yet.
Zenisu is surrounded by a rectangular flat-topped high which extends from northeast to southwest, is about 120 m deep and covers an area of about 180 km2. This high is composed of similar rocks to the altered andesite and dacite of the subaerial portions of Zenisu (Z1-3). These rocks petrographically resemble to the Miocene volcanic formations which are widely exposed in the Izu Peninsula of the Japanese mainland 70 km to the north.
The strctural high which forms the northern extremity of the Izu - Mariana island arc consists possibly of Miocene volcanic piles as represented by rocks of Zenisu. In the late Pleistocene or there-abouts, Mikurajima volcano began its activity. Alternate eruptions of lavas and volcaniclastic materials of basalt and andesite intermittently took place from the summit and lateral craters to form a conical stratovolcano. Three lava domes were successively formed along a northwest-southeast-trending fissure on the Sutheast flank of the main stratovolcano. The activity was virtually ended 7,000 years ago or before then from the archeological evidence. Inambajima volcano may have been born in Pleistocene or Holocene time judging from fresh appearance of the constituent rock.
Rocks constituting Mikurajima volcano are olivine basalt, augite - olivine basalt, olivine - augite - hypersthene andesite and hypersthene - augite andesite all of which contain abundant calcic plagioclase phenocrysts. Aphyric types are not common. The chemical composition, CIPW norm and mode of a variety of rocks are shown in Table 1 (see the text written in Japanese). The basalts contain plagioclase, clinopyroxene, iron ore, and cristobalite and / or felsic mesostasis as groundmass constituents. Mafic basalts also contain a little groundmass olivine which is always surrounded by very fine clinopy roxene grains. Groundmass apatite is rarely observed. The andesites comprise plagioclase, clinopyroxene, iron ore, silica minerals and rare apatite as groundmass constituents. These basalts and andesites are of the pigeonitic rocks series of KUNO (l950) [ see [note] below ] . An augite - hypersthene andesite lava flow (?) of the main stratovolcano contains phenocrysts of plagioclase, hypersthene. augite and iron ore in a groundmass of plagioclase, clinopyroxene. iron ore. tridymite togoether with orthopyroxene the presence of which characterizes the hypersthenic rock series of KUNO (1950) [ see [note] below ] . This is the only one containing groundmass orthopyroxene among fifty-seven specimens microscopically examined. In the alkalies versus silica diagram, the rocks of Mikurajima volcano except that of the lava dome group are slightly and systematically higher in Na2O + K2O contents than those of Hachijojima - Higashiyama volcano 90 km to the south-southeast and those of Oshima volcano 100 km to the north-northwest, although all of them lie on the volcanic front.
Inambajima volcano is composed of felsic andesite of the hypersthenic rock series which contains phenocrysts of plagioclase, hypersthene. augite and iron ore in a groundmass of plagioclase clinopyroxene, iron ore and a little orthopyroxene which are filled by a silica mineral, possibly tridymite.
Zenisu rocks consist of at least three different volcanic rocks : altered andesitic volcaniclastic rock, altered amphibole - orthopyroxene andesite and slightly altered hypersthene - hornblende dacite. The second one is characteristically adularized replacing porphyritic and groundmass plagioclase crystals.
昭和 55 年 1 月 10 日 発行 著作権所有 通商産業省 工業技術院 地質調査所 (C) 1980,Geological Survey of Japan