06043_1954

5万分の1地質図幅説明書

人首

(秋田 第43号)

通商産業技官 広川治
通商産業技官 吉田尚

地質調査所

昭和 29 年


目次

I. 地形
II. 地質
II.1 概説
II.2 各説
II.2.1 古生界
II.2.1.1 下伊手層
II.2.1.2 物見山層
II.2.1.3 米里層
II.2.1.4 芝層
II.2.1.5 戸中層
II.2.1.6 大森山層
II.2.1.7 登米粘板岩層
II.2.1.8 古生層変成相
II.2.2 先新第三紀火成岩
II.2.2.1 変質塩基性岩
II.2.2.2 片状斑粝岩ないし閃綠岩
II.2.2.3 超塩基性岩
II.2.2.4 玢岩質岩石
II.2.2.5 塊状斑粝岩ないし閃綠岩
II.2.2.6 花崗閃綠岩
II.2.2.7 花崗斑岩および石英斑岩
II.2.2.8 珪長岩質岩石
II.2.3 新第三系
II.2.3.1 稻瀨層
II.2.3.2 玉里層
II.2.4 第四系
II.2.4.1 段丘堆積物および崖錐
II.2.4.2 冲積層
II.2.5 地質構造
III. 応用地質
III.1 鉱床
III.1.1 概説
III.1.2 金属鉱床
III.1.2.1 接触交代鉱床
III.1.2.2 鉱脈鉱床
III.1.3 非金属鉱床
III.1.3.1 滑石鉱床
III.1.3.2 黑鉛鉱床
III.2 石材
文献

Abstract

1 : 50,000 地質図幅説明書

人首

(秋田 第43号)


この地域は広川により, 昭和 23 年 7 月, 超塩基性岩の研究の目的をもって調査が始められたが, 昭和 24 年, 5万分の1地質図幅「人首」として作成することになった。 そして水成岩地域は主として吉田により, 火成岩地域および火成岩による変成作用の様子は主として広川により調査が行われ, 昭和 26 年 3 月, 野外調査を終了した。

I. 地形

人首 ひとかべ 図幅の区域は北上山脈中に位置し, 図幅中央部のとくに古生層からなる区域では広く高原性山地を形成し, 東部においては地形図には明らかでないが, 山頂面が広く, 緩かな起伏を作っており, 西部の南北に延びた花崗閃綠岩区域ではかなり開析が進み, 樹枝状の谷間が発達している。 その西方には第三紀層からなる丘陵帶が存在しており, その比較的高い部分には処々に段丘面を残している。

中央部および東部の高原性山地は小友川に沿う谷によって分離されているが, 海拔 600~800 m の高度を保ち隆起準平原と思われる。 しかし, 五輪峠(556 m)から北方の 砥森 とのもり 山(670 m)にかけて分布する塩基性岩からなる区域は 比較的切りたった山稜をなしている。

これらの山地・丘陵を開析して流れるおもな河川としては, 猿ヶ石川があり, この図幅の北部を東から西に山地を横断して流れ, 花卷町北方で北上川に合流し, 花崗岩の区域では比較的広い河谷を, 塩基性岩の区域では狹い河谷を作っている。 また, 日詰 - 気仙沼構造線に沿いいちじるしい構造谷を生じ, この谷を 小友 おとも 川(長野川)が流れ猿ヶ石川にそそいでいる。 このほか, 人首川( 岩谷堂 いわやど 川)が図幅南部の 姥石 うばいし 峠(626 m)に端を発して北流し花崗岩地帶に入って, 米里 よねざと 村人首において急角度に流向を変えて西流し, 水沢町東方において北上川に合流する。 これらの河川に沿って, 処々に河岸段丘が発達している。 小友川に沿う構造谷は比較的広い谷を作り, その右岸には断層線崖が発達し, 左岸には崖錐の発達がいちじるしい。 この小友川上流の分水界をなす峠の附近では, 太平洋岸に流れる 気仙 けせん 川上流の一溪谷との間に河川爭奪が行われている。

II. 地質

第1図 北上山地中南部地質概略図

II.1 概説(第1図参照) 1), 3), 27), 28) [ 下記の [注] 参照 ]

[注]
上付き・後括弧付きの数字は末尾の参考文献の番号を示す。

北上山地に現われている超塩基性岩体の分布を概観すると3つの体列がある。 すなわち, 1) 外側弧状体列 : 盛岡を起点として早池峯山を通り東南東に伸び, 釜石鉱山北方において南に方向をかえて,五葉山に至るもの, 2) 内側弧状体列 : 日詰と平泉とを結ぶほぼ南北の線を弦として, 雁行排列をしながら東方に弧を画くもの, 3) 直線状体列 : 上記の両体列の間にあって, 日詰と気仙沼とを結ぶほぼ直線的な構造線 [ 下記の [注1] 参照 ] に沿って現われるいくつかの小岩体からなるものである。 外側と内側との弧状体列にほぼ挾まれた地域に, 北上山地南部型 [ 下記の [注2] 参照 ] の古生層が分布している。 この図幅はこの地域の西縁中央部を占めている。

[注1]
從来,盛岡 - 気仙沼構造線といわれるもので, その北北西方がどの方向に伸びるか明らかでないが, 超塩基性岩の分布状態から, かりに日詰 - 気仙沼構造線と呼ぶことにする。
[注2]
1950年「北上山地の地質」で湊正雄が用いたもので, 北部に分布する古生層(北部型)に比べて, 多種多量の化石を含む石灰岩および粘板岩を多く含み, 北部型と異なり珪岩が稀であり, 薄衣礫岩層のような礫岩層が多い。 ゴットランド紀より二疊紀にわたる地層からなる。

この図幅には, 北上山地南部型の古生層がやや広く分布し, これを遠野花崗閃綠岩 [ 下記の [注1] 参照 ] と千厩花崗閃綠岩体の北方延長部にあたる人首花崗閃綠岩体 [ 下記の [注2] 参照 ] と, またその間に宮守超塩基性岩体 [ 下記の [注3] 参照 ] の南半部とが貫ぬいて分布する。 人首花崗閃綠岩体の西側には北上山地西部型 [ 下記の [注4] 参照 ] の古生層が分布し, それを伊手超塩基性岩体 [ 下記の [注5] 参照 ] が貫ぬいている。

[注1]
遠野図幅の遠野を中心として発達する塊状の輪かくをした岩体で, この図幅の北東部にその一部が現われている。 1つの岩体内に異なった種類のものがあり, 時代的にも新旧のものがあるかもしれないが, ここでは一括してこのように呼ぶことにする。
[注2]
関陽太郎の谷内花崗閃綠岩 44) に相当するもので, 図幅西部に現われている花崗閃綠岩体をこのように呼ぶことにする。
[注3]
大迫図幅の宮守村を中心として北西 - 南東に伸び, 大迫・人首両図幅に亘って発達する超塩基性岩体をこのように呼ぶことにする。
[注4]
北部型・南部型両古生層に対し, 内側弧状体列のほぼ西側に分布し, 主として橘行一の母体系 39) に当る古生層をこのように呼ぶことにする。
[注5]
図幅南西部の伊手村附近に現われる超塩基性岩体をこのように呼ぶことにする。

第2図 人首図幅内層序

この図幅に分布する堆積岩は, 主として古生層 [ 下記の [注] 参照 ] と新第三紀層とであり, その層序は第2図に示す通りである。 古生層には時代未詳なものと, 時代の明らかなものとがある。 前者は化石を産しない地層であって特異の岩相を示し, 時代の明らかな地層との関係は不明である。 時代の明らかな古生層としては, 下部石炭紀より上部二疊紀にわたる諸層が分布する。 これらの古生層は 遠野・人首両花崗閃綠岩体の周辺で広く接触変成作用をこうむっている。

[注]
地層名は 1951 年の地質学雑誌 57 卷 970 号に発表したものをだいたい採用することにしたが, 層序を一部変更し, 物見山層を時代未詳とし, 戸中層上位に大森山層を設け, 靑金橋累層を登米粘板岩層とした。

古生層の構造は, 褶曲および断層運動によって複雑化している。 一般的な傾向として, 小友川に沿う日詰 - 気仙沼構造線の西方では, 北部は, N 15~25°W の走向で, 中央部附近からその走向を転じ N - S 方向, さらに南では N 5~15°E の走向となり, 見かけの傾斜はほとんど東である。 構造線の東側では, その南東部には大きな半ドーム構造が見られるが, 一般に塊裂構造がいちじるしい。

新第三紀層は図幅西端部において, 花崗閃綠岩体・超塩基性岩体および これらに貫ぬかれる時代未詳の地層を不整合に被い, 5°内外の緩い傾斜をもって分布している。

この図幅に分布する火成岩類は, 変質塩基性岩・花崗閃綠岩・超塩基性岩・斑粝岩ないし閃綠岩・ 花崗斑岩・石英斑岩・珪長岩質岩石・玢岩質岩石および安山岩である。 これらの岩石類の相互関係およびそれぞれの貫入時期は明らかでない場合が多い。 深成岩類は中生代に貫入したものと推定されているほかは 正確な貫入時期は不明である。

超塩基性岩のうち, 宮守・伊手両超塩基性岩体は内側弧状体列に属し, 宮守超塩基性岩体の東縁の一部および図幅南東部の夕日山東麓に分布するものは, 直線状体列をなす岩体である。 宮守・伊手両超塩基性岩体は人首花崗閃綠岩に貫ぬかれているが, 遠野花崗閃綠岩との関係は不明である。 直線状体列をなす岩体は, 遠野・人首 [ 下記の [注] 参照 ] 両花崗閃綠岩による変成帶を切るごとく分布し, 大迫図幅北西部で花崗閃綠岩にほとんど附接しているにもかかわらず, 宮守超塩基性岩体が西側で受けているような変成現象が認められないことから, 両花崗閃綠岩より新しく, 弧状体列をなすものより新期に, 構造線の生成と同時に貫入した疑いがある。 斑粝岩ないし閃綠岩類には, 片状のものと塊状のものとがあり, 前者は超塩基性岩に随伴し, 後者は花崗閃綠岩と密接な関係をもっている。 人首花崗閃綠岩体の南部東縁の古生層中には花崗斑岩および石英斑岩が現われ, その周辺部に接触鉱床が生じている。 宮守超塩基性岩を貫ぬいて珪長岩質岩石が現われており, それと密接な関係をもって滑石鉱床が生じている。 玢岩質岩石は, 超塩基性岩および古生層を貫ぬいて処々に現われており, 大迫図幅では珪長岩質岩石に貫ぬかれている 49) 。 また, 玢岩質岩石には人首花崗閃綠岩より以前に貫入したものもある。 安山岩は橄欖岩を覆って分布しているが,新鮮で新生代のものと考えられる。

[注]
大迫図幅北西部に現われる花崗閃綠岩で, 人首図幅内の岩体とは連続して分布していないが, 岩質・分布状態から人首花崗閃綠岩に含ませる。

II.2 各説

II.2.1 古生界

本図幅内の古生層は時代未詳の下伊手層・物見山層のほか, 下部石炭紀の米里層・芝層, 下部二疊紀の戸中層・大森山層, 上部二疊紀の登米粘板岩層(薄衣礫岩をはさむ)に分けられる。 古生層は日詰 - 気仙沼構造線によって, 構造上大きく2分されて西側では帶状に分布し, 東側では塊裂構造がいちじるしく, 下伊手層・物見山層のような時代未詳層は認められない。 各岩相は各地質時代ごとにいちじるしい特徴をもっている。 すなわち, 米里層および時代未詳層は大部分輝綠凝灰岩 [ 下記の [注] 参照 ] からなっているが, 米里層の上位の芝層においては石灰分にとんだ岩相を呈する。 それらの上に不整合でのる 戸中層・大森山層は礫岩・粘板岩・石灰岩・砂岩等のいろいろの岩相からなり, 上部二疊紀登米粘板岩は 下部に花崗岩の巨礫ないし大礫を含む特徴的な薄衣式礫岩をはさみ, おもに黑色粘板岩からなる。

[注]
綠色で, 主として安山岩質の凝灰岩・凝灰角礫岩・熔岩からなっている。

II.2.1.1 下伊手層

図幅の南西部の伊手村附近に分布している。 輝綠凝灰岩に由来すると考えられる綠色変成岩類・珪岩および粘板岩からなる。 これらは超塩基性岩によって貫ぬかれて, 分布が連続していないので厚さおよび層序関係は不明である。

この岩層は, 渡辺万次郎と黄春江とによって命名されたものであるが 16) , 橘行一 39), 46) の報告した岩手県 江刺 えさし 郡黑石村方面に分布する 母体 もたい 系に相当するものであろう。 橘がのべているように, 本層のいちじるしい特徴は北上山地南部の古生層には見られないような, 珪岩をともなう綠色岩類からなることである。

綠色変成岩は大たい片状で, 暗綠, 黄綠ないし淡綠色を呈する。 珪岩は白色, 灰色, 淡茶褐色あるいはまだらなそれらの混合色を呈し, 塊状である。 本岩は超塩基性岩にはさまれて分布しており, その一部では, 綠色変成岩と参差状にあい件なう部分もみられる。 粘板岩は露出が不良であり, 露頭においては風化を受けて鶯色を呈する。 かなり片理にとみ, 鏡下では黑雲母・石英粒・炭質物などが認められる。

図幅北西部に人首花崗閃綠岩体と宮守超塩基性岩の間に小さくはさまれて, ともにホルンフェルス化した輝綠凝灰岩と粘板岩とを主とする地層が 2ヵ所において小範囲にみられる。 これらにはわずかながら伊手村のものに似た珪岩がともなうので, これらも下伊手層に属するものと考える。 このうち, 粘板岩起原のホルンフェルスには菫靑石を生じている。 なお, 本層は無化石である。

II.2.1.2 物見山層 28)

本図幅中央部, 宮守超塩基性岩体の南方に広く分布する。 下部二疊紀戸中層と上部二疊紀登米粘板岩層の分布区域の間にはさまれて分布し, 両者との関係は明瞭でないが, 断層によって両者と境するものと考えられる。 化石を発見しなかったので, 本層の年代はわからない。 本層は火山碎屑岩を主とし, 時には熔岩をはさむ特異な地層であり, そのほか凝灰質粘板岩・砂岩, または黑色粘板岩を処々にはさみ, また, 見かけ上最上部に近いところにはレンズ状に礫岩をはさむ。

地層の見かけ上, 下部(西部)はおおむね酸性火山碎屑物に富み, 灰白色凝灰岩・灰白色凝灰質粘板岩または砂岩が発達し, 剝理面がいちじるしく, 非常に平たくうすくはげる特徴がある。 各岩石には浮石状の最大 2 cm 以下の白い斑点を含む部分があるが, 変質をうけているので浮石かどうか不明である。 これらの岩層の上位は淡白綠色の輝綠凝灰岩質のものを主とする岩相からなっている。 物見山附近では, 安山岩質熔岩起原と思われる岩石が処々に分布している。 さらに見かけ上, 上位にいくにしたがって綠色をまし, 黄綠色ないし深綠色を呈する。 この輝綠凝灰岩の中には, 綠色, 白色, 紫色の小さい角礫状の斑点を含む赤紫色を呈するものがある。 そのほか, 濃綠色ないし暗紫色の 凝灰角礫岩および集塊岩・淡綠褐色砂岩・黑色粘板岩・淡綠色珪質岩がはさまれる。 これらの岩石は下部のようにいちじるしい片理はもたず, 塊状である。 これらの輝綠凝灰岩は下伊手層あるいは米里層中の輝綠凝灰岩に比べると, 花崗岩の影響がないためもあって, 肉眼でも鏡下でもかなり新鮮な見かけを呈している。 さらに最上位に近い部分, すなわち日詰 - 気仙沼構造線に近いところでは, 処々にレンズ状の礫岩層が発達する。 礫の種類は珪岩・粘板岩, まれに花崗岩および安山岩質岩石であり, 最大 20 cm, 普通 2~5 cm のよく洗磨をうけたものが多く, また形は平になっている。 膠結物質は凝灰質砂岩である。

物見山層の分布区域は隆起準平原面を形成して, きわめて露出が惡いために, 真の層厚・構造などを明らかにすることが困難であるが, 見かけ上層厚は約 2,500~3,000 m, およその走向は, 分布区域の北部では N 15~25°W で, 60~70°E に傾斜し, 中央部附近では N - S 方向, 南方ではゆるく彎曲して N 5~15°E となる。 日詰 - 気仙沼構造線の近くでは傾斜が急になり, 垂直に近い傾斜をもつようになる。 本層中東部の高津沢・赤岩沢およびアヅサ川一帶には いちじるしい珪化帶が存在し, この地帶の岩石は新鮮なものはやゝ靑色あるいは灰色をおびた乳白色を呈し, 微粒の黄鉄鉱が散在する。 しかし沢に露出するこの岩石は薄紅ないし薄茶色を呈し, チャートのような見かけをもつ。

II.2.1.3 米里層 16) [ 下記の [注] 参照 ]

[注]
米里村方面の本層からは, 明りょうな下部石炭紀の化石を産せず, 構造線東側の区域からだけ典型的な下部石炭紀の化石を産出するので, 両者を同一地層として一括するのにはなお若干の疑問の余地があるが, 岩相上および上位地層との累重関係からここでは同一地層名をとることにした。

本層は日詰 - 気仙沼構造線の西方区域では, 図幅中央の南部の米里村附近において人首花崗閃綠岩体にそって分布し, 構造線東方区域では図幅南東隅に分布する。

おもに輝綠凝灰岩および黑色粘板岩からなり, うすいレンズ状の帶靑白色不純石灰岩層をはさむことがある。

構造線西方の区域では, 下部から上部へ向って輝綠凝灰岩・黑色粘板岩・輝綠凝灰岩の順序にかさなっている。 下部の輝綠凝灰岩は人首花崗閃綠岩の影響をうけて変質し, 大部分塊状の綠色変成岩となっている。 花崗閃綠岩との接触部ではしばしば黑雲母ホルンフェルス あるいは鼠色ないし淡綠色の珪質ホルンフェルスとなっている。 米里村二股附近のレンズ状不純石灰岩は結晶質となっているが, 一部未変質緻密な部分から海百合および蘚虫顛を産する。 この輝綠凝灰岩の層厚は約 1,500 m と概算される その上位の黑色粘板岩は厚さ約 300 m であり, その上位にはふたたび厚さ 100 m 内外の淡綠ないし綠色輝綠凝灰岩がある。 ただし上位の輝綠凝灰岩層は芝層におそらく不整合におおわれ, 山大畑西方のみに分布が限られている。 この輝綠凝灰岩は外観は塊状で比較的酸性の凝灰岩起原のものと思われる。 この輝綠凝灰岩の下部のやゝ石灰質な部分には海百合を産するところがある。

この区域の米里層の走向は北部では N 10°W, 中央部において N - S となり, 南部の赤金鉱山附近は斑岩類の迸入によって乱れているが, 大体 N 10°Eとなり, 弧状に彎曲している。 傾斜は人首花崗閃綠岩に接するあたりでは直立するが, それ以外では東に 60~80°である。

日詰 - 気仙沼構造線東方区域では, 構造が複雑であって, 層序を明らかにすることができなかったが, 輝綠凝灰岩を主として, 黑色粘板岩をわずかにはさむ岩相であり, 加労山山頂附近には帶綠白色の酸性と思われる凝灰岩がみられる。 これらの一部は遠野花崗閃綠岩の影響をうけて変質している。 構造は複雑であるが, ほぼ貞任山西方から加労山にかけて N 10°W 方向の背斜軸があって その中心部に本層が露出し, これがさらに細かく地塊化しているものと思われる。 貞任山南から三角点 808 m 高地の尾根にかけ, 処々に腕足類等の化石を多く産する箇所があり, 湊正雄 26), 37), 44) によれば Leptaena cf. rhomboidalis (Wilckens), Schellwienella izirii Minato, Spirifer (Brachythyris) sp., Torynifer (Kitakamithyris) tyoanjiensis Minato, Tylothyris cf. lamilosa (M'coy) などを産し, この産出層はおそらく北上山地最下部石炭紀, 日頃市統の Torynnifer (Kitakamithyris) Zone に当るものであろうとしている。

本層の時代は東部区域の資料から下部石炭紀に属するものであって, 東部区域の化石産出地以外の地層からは化石が見出されていないが, この地域の米里層には, たぶん下部石炭紀標準層序の有住統および大平統 23), 38) に相当する部分も存在するであろう。

II.2.1.4 芝層 [ 下記の [注] 参照 ]

[注]
本層の命名もまた米里層と同じく日詰 - 気仙沼構造線の西方区域に基準をとった。 たゞし下部石炭紀上部ヴイゼー階, 鬼丸統の標式的化石を産するのは東方区域である。

日詰 - 気仙沼構造線の西側では, 図幅中南部の米里村に細長く南北に帶状の分布をなし, 東側ではおもに図幅南東部に米里層分布区域をとりまくように発達するほか, 図幅北縁の迷岡附近にもわずかながら露出する。 一般に本層は主として暗黑色石灰岩と藍黑色石灰質粘板岩とからなり, 標式地における鬼丸統の岩相と一致する。 まれに粘板岩が珪質となる部分もある。 石灰岩の分布および形態は不規則である。 日詰 - 気仙沼構造線西方の区域では, 本層は 300~600 m の厚さをもち, 層理面がかなりよく発達し、 やゝ片理をおびる。 石灰岩・石灰質粘板岩中には海百合の化石が非常に密集して産する。 本層の最下部の蘚虫および海百合の多産する石灰岩から, 保存不良であるが, おそらく Hapsiphyllidae に属すると思われる珊瑚化石を得た。 地層はほとんどすべてが東に 60~75°傾き, 走向は北部では N 15°W で, 南方では漸次方向を変え, 米里村山大畑附近では N - S となる。 下位の米里層との関係は, 直接露頭で見出すことができなかったが, 米里層上部の輝綠凝灰岩が山大畑附近に分布が限られ, そのほかの部分ではこれを欠除して 中部の粘板岩が芝層の最下部石灰岩により直接覆われる。 全般的の岩層分布から, 両層は不整合関係と考えてよいであろう。 そしてこの不整合は湊正雄 15) の淸水変動を意味するものであろう。

なお米里村芝の小石灰岩採石場跡の南, 道路傍の露出で, 米里層のやゝ光沢をもった黑色粘板岩の上に直接接する露出は見られないが, 芝層の最下部が覆うと考えられる部分に, 粘板岩の小礫をもつ石灰質礫岩が見られるが, これは長く連続する明瞭な礫岩層ではない。

日詰 - 気仙沼構造線の東側では, 本層は明らかに北上山地古生層標準層序の鬼丸統に当るものであって, 珊瑚化石をかなり多量に産出する。 褶曲構造および小断層が発達しているため, くわしい層序ならびに層厚を明らかにすることができなかった。 下位の米里層との関係は不明であるが, 断層で接しているものと考えられる [ この附近の参考資料として北上, 阿武隈研究連絡ニュース, No.2 に埼玉大学深田守作の報告がある ] 。 小友村 堂場 どうば の奥の沢, 加労山の南西の沢などの各所の石灰岩からつぎの化石を産する。

Kueichouphyllum sp.
Dibunophyllum sp.
Lithostrotion sp.
Diphyphyllum sp.
Siphonodendron sp.

これらはおもに東部区域から産する化石によって, 本層の時代は下部石炭紀ヴィゼアン階上部のものであって, 北上山地古生層標準層序の鬼丸統に相当すると考えられる。

図幅北端の鱒沢村迷岡附近に分布する本層は, 花崗閃綠岩により著しい変質をうけているが, その結晶質石灰岩中から Dibunophyllum sp. を産出する。

II.2.1.5 戸中層

日詰 - 気仙沼構造線西方では, 米里村附近において南北方向に帶状に分布している。 構造線東方では, その南部において構造線にそい長く狭い分布をしており, 小友村長野から北方では広く発達し, そして遠野花崗閃綠岩に直接した部分では, かなり幅の広い変成帶を生じている。 全般的な岩相としては基底部には礫岩を有し, 全体として粘板岩および石灰岩が優勢な地層であって, 部分的に石灰質礫岩ないし砂岩を挾むことがある。

構造線西方の区域では, 米里村上大内沢の東方 500 m に芝層の黑色板状粘板岩層を, 戸中層の基底礫岩が不整合に覆うのがみられる。 粘板岩は走向 N 20°W, 傾斜 60°NE で不整合面はこれとわずかに斜交する。 この不整合は湊正雄 14) の世田米変動を示すものである。 基底礫岩は厚さ約 30 m である。 礫は通常径 2~5 cm, 最大 30 cm 内外であり, よく円磨されている。 礫の種類は珪岩および黑色粘板岩がもっとも多く, ほかに石灰岩および輝綠凝灰岩も見られる。 礫は密集しており, 膠結物は一般に砂質, 一部は石灰質である。 上大内沢南をとおる東西性の断層以南では基底礫岩層は見られず, 下位の芝層と本層との境界は芝東方 600 m では断層であり, その他の部分もおそらく断層であろう。 この境界にそっては 20 m 内外の厚さをもつ石灰質礫岩が連続して発達し, 戸中・山大畑・山本東方 700 m の各所に露出する。 この石灰質の礫岩は同一層準にあるものと考えられるが, 上述の基底礫岩とは層準を異にするものであろう。 この中にふくまれる礫は黑色粘板岩がもっとも多く, 珪岩および輝綠凝灰岩もある。 大きさは 0.5~2 cm で一般に小さく, あまり円磨されておらず, 扁平なものが多い。 膠結物は石灰質であるが。 凝灰質物質を多くふくんでいる部分もある。 その膠結物のなかにつぎのような紡錘虫および藻類の化石を産する。 たゞし, 岩質が千枚質となっている部分が多いので, 保存はあまり良好でない。

Algae gen. et sp. indet.
Pseudoschwagerina sp.
Pseudofusulina vulgaris MőLLER

これらの上位には黑色粘板岩および灰白色石灰岩からなる岩層が発達し, およそ 700~900 m の層厚を有する。 粘板岩の一部は炭質物を多くふくんで石墨質千枚岩となり, また砂質ないし珪質となるところがある。 石灰岩層は海百合のほかには, 化石が少なく, 山本東方で珊瑚化石を, 上大内沢で保存不良な次の化石を発見したにすぎない。

Bryozoa gen. et sp. indet.
Schwagerina sp.
Wentzelella timorica (GERTH)

本層は上大内沢東では走向 N 10~15°W, 70°E に傾斜する。 走向に直角に近い東西方向の断層に切られるが, 図幅南端附近まで引続き同様の走向を保つ。 上記の石灰質礫岩から産する化石は二疊紀最下部サクマリアン階, Pseudoschwagerina 帶を明示するが, その上位の粘板岩・石灰岩層については古生物学的資料が乏しい。 たゞし, 上位の大森山層を 北上山地古生層標準層序の叶倉統の Lyttonia 帶にあたるものとすれば, 戸中層全体は標準層序の坂本沢統および叶倉統下部に相当するものであろう。

日詰 - 気仙沼構造線の東方区域の戸中層は構造が複雑であり, また花崗岩による変成作用がはなはだしいために, くわしい層序・層厚を決定することができない。 構造線西方区域に比べ石灰岩の発達がいちじるしく, 花崗岩の影響で粗粒ないし細粒の結晶質石灰岩となっている。

本層の最下部には基底礫岩があり, 場所によって芝層をあるいは直接に米里層を覆う。 これら基底礫岩層と下位地層との関係を露頭ではっきりと観察できなかったが, 岩質および礫種は構造線西方区域のものと同様であって, 坂本沢礫岩層に対比できるものであろう。 基底礫岩層の上位には おもに黑色粘板岩および白灰一暗灰色石茨岩からなる地層がかさなり, 部分的に砂質粘板岩・暗灰色砂岩が存在するほか, 黑色粘板岩の一部には炭質物に富んで石墨化し, なかにはかつて黑鉛鉱床として小規模に稼行されたものもある。 図幅南東部に構造線にそい, 細長く分布する本層では, 淡綠灰色の数 m の厚さの凝灰岩とともに石墨化した千枚質粘板岩が挾まれ, 褶曲構造によって何回かくりかえして露出している。 この区域は化石に乏しい。 たゞ小友村大葛および 大洞 おおぼら 附近の石灰岩層分布区域の転石から Schwagerina 型の紡錘虫および珊瑚 Waagenophyllum の化石を探集したが, いずれも保存不良である。 しかし, 岩相および少数ではあるが化石資料によって, 西部区域の戸中層と一致するものと考えられる。 褶曲運動・小地塊化運動を受けていて地質構造ははなはだしく複雑であるが, 大たいの走向は日詰 - 気仙沼構造線の方向と一致し, 超塩基性岩のつくる直線状体列と同一方向をとる。

II.2.1.6 大森山層

主として日詰 - 気仙沼溝造線西方区域に分布し, 東方区域では現在知られている限りでは分布が狹く, 小友村小友附近にだけわずかに見られる。 西方区域では大森山の西方から北に分布し, 準平原面に至る斜面に拡がっている。 礫岩および砂岩からなり砂岩は綠白ないし淡靑灰色, 凝灰質やや粗粒で固い。 礫岩は大森山の西の山腹にのみ発達し, 北にいくにつれ消失して, 砂岩層に漸次移化し, 砂岩層が戸中層に直接するようになる。 礫は径 3~5 cm のものが多く, 最大 15 cm に達し, よく円磨されている。 礫の種類は珪質岩・黑色粘板岩・石灰岩が大部分で 輝綠凝灰岩も少しふくまれている。 膠結物は淡靑灰色ないし灰白色砂岩で, 火山碎屑物質を多量にふくむのが特徴的である。 全体の厚さは上限が断層で切られるためはっきりしないが, 観察される限りでは 200 m と推定される。

構造線東方区域では, 暗灰色ないし淡灰色の礫質砂岩および砂岩からなる。 小友小学校の南, 約 700 m の所に腕足類化石を多産する所があり, つぎの化石が鑑定できる。

Productus horridus SOWERBY
Productus sp.
Spiriferina cistata SCHELLWIEN
Rhynchonella sp.

そのほか珊瑚 Amplexus sp. を産する。 これらの腕足類化石は早坂一郎 4), 5), 6) の記載した岩手県 気仙 けせん 矢作 やはぎ 村に産出するものと一致する。

西方区域では化石を発見しなかったが, 岩相および東方区域で得られた化石によって 北上山地古生層標準層序の下部二疊紀叶倉統 Lyttonia 帶の 基底の礫岩砂岩層にあたるものと考えられる。 下位地層との関係は直接たしかめられなかったが, 最近の研究 [ 下記の [注] 参照 ] によれば, 叶倉統 Lyttonia 帶基底下には不整合が存在する疑いがある。

[注]
1953 年第 60 回地質学会総会古生層シンポヂウム湊正雄講演による。

II.2.1.7 登米粘板岩層

本層は図幅南東部において, 日詰 - 気仙沼構造線西側に分布する。 この地域ではほかの地層とは断層で接し, したがって下位の地層と連続しない。 黑色板状粘板岩を主とし, そのうち, おもに下部の処々に薄衣式礫岩をレンズ状に挾み, 北上山地古生層中, 上部二疊紀の登米統に属する。 礫岩の礫は, 最大径 50~70 cm, 普通 5~15 cm の大きさのものが多く, よく洗磨された円礫ないし楕円礫である。 礫の種類は花崗岩・石英閃綠岩・石英斑岩・珪質岩・粘板岩, まれに輝綠凝灰岩および安山岩質起原と思われる変質岩石である。 膠結物質は砂質, 珪質または石灰質であり, 石灰質の部分に保存不良な珊瑚化石を産することがある。 粘板岩は黑色ないし濃い鼠色を呈し, 板状にはげやすい。 ときに砂質ないし珪質となる部分がある。 物見山層と接するあたりにおいて, おそらく薄衣式礫岩の下位において, 非常にうすくはげる性質の砂質粘板岩が発達する。

本層は一般に N 10~25°E の走向を持ち, 褶曲を繰り返して傾斜は一定でなく, かつ角度も 70°から場所によっては 30°ぐらいに緩くなることもある。 地層の上限, 下限が不明であるが, 層厚は本地域では 1,000 m 前後と考えられる。

II.2.1.8 古生層変成相

主として図幅東北部の遠野花崗閃綠岩体の周辺部, 図幅西部に分布する人首花崗閃綠岩体の東側および西側周辺部の 3つの地域で古生層は広く変成されている。 そしてそれぞれの地域により変成相に特徴がある。 その他花崗斑岩の近くではスカルン化や珪化作用をうけたところもある。

遠野花崗閃緑岩周辺部のもの 29) : この変成相は 花崗閃綠岩体の境界から 2~3 km の幅にわたって帶状をなしてみられ, 下部石炭紀層ないし下部二疊紀層に属する米里層・戸中層が 接触変成作用を受けたものである。

この変成帶には石灰岩が比較的多く挾まれ, これは細粒ないし粗粒の結晶質なものになっている。 粘土質岩石起原のものは一般に軽微な片理をもったホルンフェルスとなっており, 小友村と鱒沢村との境界附近には点紋片状ホルンフェルスが露出している。 花崗閃綠岩に最も近い内側では, 大迫図幅にまで及んで, 幅数 100 m の珪線石ホルンフェルス帶が見られる。 変成相の最外側では, 硬綠泥石の発達顕著な片状ホルンフェルスが, 大迫図幅に及ぶ数 100 m 幅の帶として見られる。 このホルンフェルスは, 関陽太郎の談話によれば, 小友村山谷附近より, 仙内・宮崎・土越峠の西・鱒沢村内山・上台, 神子西方 542.7 m 三角点と沢目の間等によく露出している [ 下記の [注1] 参照 ] 。 この珪線石ホルンフェルス帶と硬綠泥石ホルンフェルス帶の中間帶に, 紅柱石・菫靑石・柘榴石等が各種の組合せをなして含有されているのが見られる。 紅柱石は硬綠泥石および珪線石と共存することもあり, 広い幅にわたって見られ, いろいろな形態を示す。 関陽太郎の談話によれば, 硬綠泥石も広い幅にわたって見られ, 小友村鷹鳥屋川沿岸の北方, 二郷山の北方等には硬綠泥石と珪線石が共存する岩石が露出している [ 下記の [注2] 参照 ]

[注1] および [注2]
参考資料として, 北上・阿武隈連絡研究ニュース No.1 に関陽太郎の報告がある。

鍛ヶ沢附近に露出しているホルンフェルスは, やゝ片理のある灰白色, 堅硬緻密な岩石で針状の珪線石が認められる。 顕微鏡下では針状ないし繊維状の珪線石,鉄質物を包有する 粒状の紅柱石・黑雲母・斜長石・石英等からなる。 鷹鳥屋川沿岸鳴沢附近に露出する岩石は, 点紋片状ホルンフェルスで, 点紋状の部分は径 5 mm 内外で黑鉛状色沢を呈する。 顕微鏡下では絹雲母ないしピナイト・黑雲母・斜長石・石英等からなり 点紋状の部分は楕円形で片理の方向に長く伸びたピナイトの集合からなり, それは菫靑石または紅柱石を交代したもののようである。 新鮮な斜長石や石英の結晶がしばしば片理の方向を切る。 小友町北東の土越峠附近にも点紋状ホルンフェルスが見られるが, 点紋状の部分は小さく, 篩状構造を示す紅柱石がその主要部をなしている。 貞任山にはあまり片理の目立たない紅柱石ホルンフェルスがあり, 顕微鏡下では, 紅柱石や藍靑石は二次的鉱物の集合で交代されている。 小友村山谷南東においては 黑雲母・斜長石・石英ホルンフェルス中に電気石が認められる場合がある。 小友村太田に露出する硬綠泥石(?)片状ホルンフェルスは暗灰色, 石墨様色沢の基質に大きさ 0.5 mm 内外で真珠光沢を示す硬綠泥石(?)が, 鱗片状をなして散点するものである。 顕微鏡下ではほとんど無色な硬綠泥石が絹雲母と綠泥石からなる基質に, 放射状ないし束状をなして生長している。 一般に斜消光をなし, 双晶ならびに聚片双晶が普通である。 しばしば撓曲を示す。

斜方角閃石および菫靑石を含む変成岩 29), 36) [ 下記の [注] 参照 ] は, 関陽太郎の談話によれば, 貞任山北方 1.5 km 附近, 角森山北西から二郷山の南東に至る間, 鱒沢村神子東方附近等に露出している。 暗灰色, 堅硬緻密な基質に放射状あるいは帶状の斜方角閃石や 時には淡紅色の柘榴石が見られる。 顕微鏡下では菫靑石や 時には紅柱石の大きな結晶が脈状に発達しているのが見られ, 綠色斜方角閃石はこの間を充めて生じている。

[注]
この参考資料として, 北上・阿武隈研究連絡ニュース No.2 に加納博の報告がある。

人首花崗閃綠岩体東側周辺部のもの : この変成相は人首花崗閃綠岩体の境界にそって 1.5~2 km の幅にわたって見られ, 下部石炭紀に属する米里層が接触変成作用を受けたものである。 その主要部は綠色岩類であるが, 北部および南部には礬土質岩石のホルンフェルス化したものも見られる。

綠色岩類は濃綠ないし黄綠あるいは蒼灰色の塊状緻密な岩石からなり, 時には徴かな片理を示す。 主要構成鉱物は角閃石と斜長石で, 時には単斜輝石が見られ, これらの鉱物が斑晶状をなす場合は縁辺部が繊維状になる。 石基に相当する部分は針状の綠色角閃石ないし陽起石と斜長石とからなり, 淡褐色の黑雲母の小片や石英が生じていることがある。 このことから中性ないしやゝ塩基性の火山岩性岩石が変質したものと考えられる。

米里村上大内沢・二股・根津場等では褐色の黑雲母ホルンフェルスが, 上大内沢北方には点紋状ホルンフェルス(黑雲母董靑石ホルンフェルス)が, 米里村遠藤では綠色角閃石および褐色黑雲母を有色鉱物とする 結晶度の高いものが見られる。 これらはしばしば綠色変質岩質に移化しており, 凝灰質頁岩ないし頁から由来したものと考えられる。

伊手村赤金鉱山附近の地層は石灰岩を挾み, 花崗斑岩および石英斑岩の周辺部では, 綠色角閃石・綠簾石・輝石および柘榴石の しゅじゅの割合からなるスカルンに変っている。

米里村学間沢には片状の黑雲母(茶褐色)菫靑石ホルンフェルスが露出している。

人首花崗閃綠岩体西側周辺部のもの 16) : 図幅の南西部における時代未詳の下伊手層が 接触変成作用を受けたもので岩石は結晶片岩に近い。 綠色を呈し, 珪岩と互層し, 一部分は黑雲母片岩状岩石を経て珪岩に移化する。 伊手村下浅倉附近では暗綠色ないし暗灰色を呈し, 一般に細い白色の部分が縞状に発達している。 花崗閃綠岩よりやゝ離れたところでは僅かに片理を示し, 顕微鏡下では 微粒の綠色角閃石・斜長石・透輝石(僅かに綠色を帶びる)・チタン石等 からなっている。 花崗閃綠岩に近い部分では, 片理が著しく粒度が大となる。 顕微鏡下では 主として粒状の透輝石および綠色角閃石に富む部分と 斜長石に富む部分とが縞状をなしており, 時に帶褐ないし暗褐色の電気石が篩状構造の大晶として生長している場合がある。 綠色角閃石と単斜輝石の量の割合は変化する。

人首花崗閃綠岩の東側, 谷内村覚間沢や小倉附近にも これらの綠色変成岩類によく似たものが分布している。 そのなかには輝綠岩質岩石から変質したと考えられる部分もある。

II.2.2 先新第三紀火成岩

II.2.2.1 変質塩基性岩

図幅の東部に NW - SE に伸びて分布しているが, 現出形態およびこれに接する塊状斑粝岩ないし閃綠岩との関係は明らかでない。

この岩石は暗綠色を呈し中粒ないし細粒である。 岩体の北部では斑状組織を示し, 塩基性の玢岩ないし安山岩のごときものがあり, 南部では片理が認められ, 輝綠岩質のものがあるが, いずれも変質しているので原岩は明らかでない。 顕微鏡下では斜長石の変質は一般に著しく, 結晶の原形が辛うじて認められる程度である。 有色鉱物の大部分は, 淡褐綠色ないし淡綠色斑晶状または小片状の角閃石ないし綠泥石で, 単斜輝石が僅かに残っている。 二次的に綠簾石・ソーシュライト・黑雲母・石英等が生じている部分もある。

II.2.2.2 片状斑粝岩ないし閃綠岩 9)、 40), 47)

この岩石は超塩基性岩体中またはその縁辺部に現われ, 岩体の大きさおよび形はしゅじゅであるが, 大きな岩体は NW - SE に長く伸びる傾向がある。 露頭断面で見 られた状態から根なしの岩体と推定される (第2, 第3, 第4図)。 橄欖岩ないし蛇紋岩と明瞭な境界をなす場合が多いが, 境界附近にコートランド岩や角閃石岩が認められる場合もある。

この岩石は暗綠色を呈し, 粗粒ないし中粒で, 一般に片理や流理構造が見られる。 岩相は塊状斑粝岩ないし閃綠岩に比較すると単調で, 主要構成鉱物は綠色ないし綠褐色の角閃石およびソーシュライト化した斜長石で, 単斜輝石を僅かに伴なう場合や二次的に柘榴石が脈状に生じている場合がある。

西部花崗閃綠岩体の西側, 玉里村火石沢の道路側に露出するものには, 灰白色の部分が脈状または縞状に発達し, 方解石・単斜輝石・柘榴石・綠簾石等が生じている。

第2図 柏木平驛南々東 500 m 鉄道線路側露頭のスケッチ(断面)

第3図 谷内村大野 313.7 m 三角点の南東 600 m の道路側露頭のスケッチ(断面)

第4図 第3図の露頭東南東 2,050 m 道路側露頭のスケッチ(断面)

II.2.2.3 超塩基性岩 1), 2), 3), 8), 9), 24), 28), 30), 40), 41), 42)

この岩類は, 橄欖岩・異剝岩・コートランド岩・角閃異剝岩ないし角閃石岩および 優白岩すなわち曹長石岩および葡萄石岩からなる。 超塩基性岩体全般を通じ, 斜方輝石の量は単斜輝石に較べて遙かに少ない。

橄欖岩 : これは超塩基性岩の主要部を占め, ほとんど橄欖石のみからなる部分と, 単斜輝石・斜方輝石および角閃石のうちのいずれか1種ないし3種と, 橄欖石との組み合わせからできている部分とがあり, 程度の差はあるが, 一般に蛇紋岩化している。 鱒沢村柏木附近から小友村氷口に亘って, ヅン橄欖岩と異剝岩が 10~20 cm の厚さで 縞状または互層状をなして現われている。 直線状体列をなすものは 靑黑色の頑火石橄欖岩ないしヅン橄欖岩を主体とし, 蛇紋岩化作用の受け方が 40) , 宮守超塩基性岩や伊手超塩基性岩と一般に異なっている [ 小友町北西方では官守超塩基性岩との区別はやゝ困難である ]

宮守超塩基性岩体および伊手超塩基牲岩体の, 人首花崗閃綠岩体に近い部分では, 橄欖石はしばしば粒状化し, 無色角閃石・透角閃石・直閃石・滑石・綠色尖晶石等を生じている。 谷内村覚間沢附近では, 無色角閃石ないし透角閃石が単斜輝石および普通角閃石を交代して生じている。 滑石は頑火石橄欖岩からなる部分に最も生じ易く 斜方輝石を交代している場合が多い [ 下記の [注] 参照 ] (谷内村大野附近等)。 綠色尖晶石は谷内村覚間沢・大野・宿・331.3 m 高地西側等に見られるが, その部分は特殊な岩相を呈している。 すなわち, 幅 1 m 以下の, 脈状, レンズ状, 樹根状等をなし, 緻密堅硬で, 灰色ないし暗灰色を呈している。 このような部分には, 一般に繊維状の無色角閃石が生じており, 透輝石や柘榴石が認められる場合がある。 橄欖岩が珪長岩質岩石に接近した部分では, 針状の蛇紋石・炭酸塩鉱物 (菱苦土石 ? および方解石) および滑石を生じており, 珪長岩質岩石の小岩脈の附近または岩脈の尖滅する附近には, しばしば滑石鉱床が存在している(猿ヶ石川沼岸の大高瀬,柏木平駅近く)。

[注]
滑石鉱床生成の場合は原岩の鉱物の種類に比較的関係なく交代作用が行われている。 

異剥岩 : この岩石は, ヅン橄欖岩と縞状または互層状をなす場合と, 図幅北部中央附近の鉄道沿線, 谷内村覚間沢 477.8 m 高地等におけるごとく, レンズ状または帶状をなして橄欖岩に取り囲まれて産する場合があるが, 幅 1 m 以上に達する場合は稀である。 図幅南東部, 夕日山東麓に産するものは特に新鮮である。 岩石は帶綠灰白色を呈し粗粒で, 異剝石ないし透輝石のみからなる。

角閃石岩 : 柏木平駅南東の鉄道切割り, 図幅北西部の谷内村 331.3 m 高地西側の道路切割, 大野 313.7 m 高地の南道路側, 白土南東等において, 斑粝岩と橄欖岩の境界附近に見られる (第2, 第3, 第4図参照)。 一般に, 不規則塊状の岩体で(柏木では幅 5 m 内外露出している), 粗粒の褐色ないし綠色角閃石からなっている。

図幅中央部の米里村上大内沢東方, 糠森山東麓, 図幅南西部の藤里村山居等では, 古生層と超塩基性岩との境界近くに ほとんど無色角閃石のみからなる岩石が露出している。

コートランド岩 : 図幅北西部の谷内村向田瀬附近の猿ヶ石川両岸, 図幅中央部の五輪峠北方地域, 小友村切伏南西 600 m 附近等に露出し, いずれも斑粝岩と橄欖岩の境界附近の狭い範囲に見出される。 岩石は暗灰色, 粗粒である。 主晶は褐色ないし淡綠色の角閃石で, 客晶は橄欖石(蛇紋石化している場合が多い)・単斜輝石・斜方輝石 および角閃石の中の1種から4種に亘っている。 向田瀬附近のコートランド岩には 二次的に生成されたと考えられる綠色尖晶石が認められる。

曹長石岩 : 図幅北部中央附近の砥森山東南東約 1 km の稜線に岩脈状をなして現われている。 白色粗粒でほとんど曹長石からなり, 少量の絹雲母を伴なっている。

葡萄石岩 : 図幅北半中央附近の大高瀬・猿ヶ石川沿岸の 斑粝岩ないし閃綠岩との境界附近に産する。 露頭かどうか明らかでないが, 径 1 m 内外の塊状体で, 白色ないし淡綠色粗粒である。 ほとんど葡萄石からなり, 僅かに炭酸塩鉱物が認められる。

II.2.2.4 玢岩質岩石 [ 下記の [注] 参照 ]

[注]
玢岩質ないし閃綠玢岩質の組織を有するものを一括して記載する。

図幅内の古生層および超塩基性岩を貫ぬいて 各処に岩脈または岩株状をなして現われている。 これらの貫入の時期を決めることは困難である。

図幅中央部の米里村・谷内村等では 玢岩ないしスペサルト岩質のものが古生層および超塩基性岩を貫ぬいており, 中粒ないし細粒で, 暗灰色ないし灰黑色を呈する。 顕微鏡下では主として角閃石・斜長石および黑雲母からなっており, 稀に石英を含むものがある。 角閃石は帶綠淡褐色で, 長柱状の自形ないし半自形を呈し, 軽微な累帶構造を示す場合がある。 斜長石は自形ないし半自形を呈し, 周囲が新鮮で内部が汚濁されているものが多く, 一般に累帶構造を示す。 黑雲母は小片で, 帶黄褐色を呈し時により角閃石と連晶をなす。

鱒沢村坊の南西にはやゝ塩基性の岩脈が露出しており, その主成分は黑雲母・綠色角閃石・単斜輝石および斜長石である。 セリエイト組織を示し, 単斜輝石の周囲が綠色角閃石に変化している。 角閃石は他形を呈する。

小友村外山南東に, 閃綠玢岩質岩石がやや広く現われている。

同村堂場南東に現われているものは, 安山岩質で大きな斜長石の斑晶を有し, 石基には 斜長石・綠泥石化した角閃石・綠簾石・黝簾石・淡褐色の黑雲母・薪鮮な石英等が 見られる。

図幅南部の米里村烏堂山の南約 700 m に現われるものは, 変成作用を受けた安山岩ないし玢岩である。 灰黑色で, 斑晶として, 斜長石, しばしば細片化した角閃石および黑雲母があり, 石基に相当する部分には, 斜長石・黑雲母・少量の単斜輝石および角閃石が見られ, 人首花崗閃綠岩体中の捕獲岩と同様な組織を示している。 鱒沢村二郷山南西では玢岩質の斑状組織を有し, やゝ片状の岩石が露出している。 顕微鏡下では, 石基に相当する斜長石・褐色黑雲母・綠色角閃石・石英等が 斑晶状の斜長石を流状構造状に方向性をもって取り囲んでいる。

II.2.2.5 塊状斑粝岩ないし閃綠岩 28)

花崗閃綠岩体から孤立して古生層中に現われる場合 (図幅南部人首花崗閃綠岩体の東側, 図幅北東部小友町北東方および貞任山西方)と, 花崗閃綠岩体の縁辺部(遠野花崗閃綠岩体の周辺)に現出して, 石英閃綠岩を経て花崗閃綠岩に移化する場合とがある。 本岩は塊状で片理や流理構造を示さず, 同一岩体でも小範囲において岩相の変化がいちじるしい。

岩石は暗黑色ないし灰黑色を呈し, 粗粒ないし中粒で, 構成鉱物の種類も多く (有色鉱物はほとんど角閃石もしくは輝石のみからなる場合もある), 新鮮な斜長石・角閃石(褐色・綠色または無色)・ 単斜輝石・紫蘇輝石が主であるが, 大迫図幅に産するものには, 橄欖石を含むものがある。 副次的に黑雲母の小片や石英を含むこともある。 角閃石を主晶とし 短柱状の斜長石・単斜輝石・紫蘇輝石を客晶とする 篩状構造がしばしば見られ, また, 角閃石中に無色角閃石が斑点状をなして見られることがしばしばある。

II.2.2.6 花崗閃綠岩 28)

本岩はその分布から北東部の花崗閃綠岩体(遠野花崗閃綠岩体の一部)と 人首花崗閃綠岩体の2つに分けられるが, その相互関係は明らかでない。

北東部花崗閃綠岩(遠野花崗閃綠岩体の一部): 1) 弧状に彎入した境界線で他の岩類と接する。 2) 片理があり, 脆弱である。 鉱物の排列に方向性があり, 捕獲岩はその方向に長く伸びている。 3) 岩体の縁辺部では岩相の変化が著しく, しばしば石英閃綠岩ないし閃綠岩に移化する場合がある。 4) 人首花崗閃綠岩のように角閃石の自形や半自形は目立たず, 自形の黑雲母が目立つ。 岩体の周辺部には輝石類が現われることが多い。 5) 人首花崗閃綠岩に比べ圧碎構造が著しい。

人首花崗閃綠岩 : 1) 岩体はほぼ南北に長く伸び, 他の岩類と直線的に境している。 2) 一般に鉱物の排列に方向性がなく硬い。 3) 岩体の縁辺部においても岩相の変化は少なく, 捕獲岩は玢岩ないし安山岩(谷内村・伊手村阿茶山附近等)および 凝灰質岩石(綠色岩)から由来したと考えられるものが大部分である。 4) 自形ないし半自形の角閃石の顕著な部分が多く, 自形を示す黑雲母を含む部分は少ない。 輝石類はほとんど認められない。 5) 圧碎構造は著しくない。

以上両岩体の相違点を述べたが, 人首花崗閃綠岩体の南部の赤金鉱山の西方, 戸隠神社附近等には片状の部分があり, しばしば区別の困難な場合がある。 両岩体の岩石は灰白色を呈し, 粗粒ないし中粒である。 長石は一般に新鮮で, 正長石や微斜長石の量は少ない。 斜長石は中性長石でしばしば累帶構造を示す。 岩石が酸性になるにつれて, 角閃石は褐色から綠色に変り, 黑雲母は褐色から暗褐色に変化する。

II.2.2.7 花崗斑岩および石英斑岩 16)

図幅南端縁の中央部に現出する花崗斑岩と石英斑岩とは急に移り変り, その中間的部分はきわめて幅が狭いようである。 東部の石英斑岩は白色の石基に大きな石英の斑晶を有し有色鉱物は少ないが, 西部の花崗斑岩質のものは石英斑岩に比べて石基と斑晶との区別が明瞭でなく, 黑雲母か角閃石またはその両者に富む。 両岩石が米里累層に接する附近ではスカルンおよび接触鉱床が生じている。

超塩基性岩体南端近くや小友村赤岩沢等に露出するものは, 石英の斑晶に乏しく, 主として斜長石・黑雲母および淡綠色の角閃石からなる斑状組織を示し, 周辺の岩石は珪化作用を受けている。

II.2.2.8 珪長岩質岩石 47), 49)

本岩は宮守超塩基性岩体の中央部に現われているほか, 小友村高木・姥石峠西方の石英斑岩の近く等にも古生層を貫ぬいて現われている。 本岩は, 1) その分布状態, 2) 岩脈状をなして周囲の岩石に接する場合のあること, さらに, 3) その周辺の超塩基性岩の変質の状態, 等から, 超塩基性岩を貫ぬいているものと考えられる。

岩石は灰白色を呈し, 緻密, 均質である。 微粒で主として斜長石(灰曹長石~中性長石)・ 絹雲母・石英・黑雲母および綠泥石からなり, しばしば電気石を含む。 石英や長石の斑晶は稀である。 超塩基性岩に近づくとやゝ綠色を帶び, 石英はなくなり, 菱苦土石・透角閃石ないし陽起石を生じる。

II.2.3 新第三系

新第三紀層は, 図幅西端部で 古生層・超塩基性岩類および花崗閃綠岩を不整合に覆って 南北に長く分布しており, 下から稻瀬層と玉里層とに分けられる。

II.2.3.1 稻瀬層

本層は島倉已三郎と土田定次郎 12) によって, 西隣の黑沢尻図幅方面に広く分布するものに 稻瀬火山質岩層として名づけられたものである。 島倉と土田とによれば 隣接区域ではおもに集塊岩および両輝石安山岩からなるが, しばしば凝灰岩・凝灰質砂岩・礫岩層等を挾むと述べられてあるが, この図幅内ではほとんどすべて安山岩質集塊岩からなっている。 図幅内での厚さは 120 m 以上に達するところもある。 谷内村白土附近において, 宮守超塩基性岩体中に分布する両輝石安山岩は, 露頭が見られないので熔岩であるか集塊岩であるか不明であるが, おそらく稻瀬層の一部であろうと推定される。 この両輝石安山岩の斑晶は斜長石・紫蘇輝石および普通輝石で, 石基も主として斑晶と同一鉱物からなる。 石基は間粒状組織ないし塡間組織を示す。

II.2.3.2 玉里層

本層は島倉と土田との命名にかゝる玉里夾亞炭層に当る。 稻瀬層の侵蝕凹凸面を不整合に覆い, かつこれを覆蔽して先新第三系に直接する。 下部に軟い靑色ないし淡靑綠色の凝灰質頁岩, および風化すると黄褐色になる淡靑色の砂岩が発達し, 礫質部を挾むところがある。 その上位に亞炭層がはさまれる。 亞炭層は連続性に乏しく, 厚さはおおむね 25 cm 以下で部分的に厚くなるところもある。 小規摸に稼行した跡が2ヵ所ある。 この層準から上部は一般に砂質である。 図幅内での層厚は 40 m 以上と推定される。 本図幅内では化石が少なく, Juglans cinerea L. を発見したにすぎない。 土田・島倉によれば上部鮮新統に属する。 玉里層の傾斜はゆるく一般に 5°内外であって, 西に傾斜する場合が多い。

II.2.4 第四系

第四系としては 主として人首川・猿ヶ石川流域の段丘堆積物および 日詰 - 気仙沼構造線にそった区域あるいは 花崗岩区域に発達している崖錐等であり, その他河川流域・谷間に冲積層が分布する。

II.2.4.1 段丘堆積物および崖錐

人首川に沿う玉里村元町附近, 米里村人首附近には段丘堆積物がある。 元町附近では下部に 1~2 m の厚さの礫層があり, 上部は砂のまじった粘土および砂からなる。 礫は径 2~5 cm 大であって, よく円磨されている。

崖錐の1つは図幅北東隅の綾織村に発達し, 扇状地状の地形をつくっている。 大小の花崗岩の転石を含む赤茶色の砂・粘土からなる。 ほかの崖錐としては日詰 - 気仙沼構造線に沿い, 小友川の西側の山脚に発達するものがいちじるしい。 そして河岸近くでは不明瞭な河岸段丘面を残している。 鱒沢村赤沢川部落一帶には, おもに古生層岩石からなる多数の転石が地表に転在する。 この転石は大部分よく洗磨をうけている。 この附近は一帶に岩石の露出がまったくないので, 確かな関係は不明であるが, 日詰 - 気仙沼構造線に沿った旧河川の残留物であろうと推測される。

II.2.4.2 冲積層

冲積層は主として本図幅内を流れる諸河川の流域の沿岸平地および谷間に分布し, 砂・礫・粘土層からなる。

II.2.5 地質構造

この図幅には 北上山地地体構造の1つの大きな特徴として知られている弧状溝造に加えて, 日詰 - 気仙沼構造線によって示される 北北東 - 南南西方向の直線的な構造が複合的に現われる。 弧状構造のうち, とくに超塩基性岩の内側弧状体列が構造に深い関係をもち, 北上古生層の西部型と南部型の分布区域をほぼ境するように現われる。 別に日詰 - 気仙沼構造線が本地域の構造を強く支配し, その東西両側の地質状況は趣を異にしている。 またこの線に関連して超塩基性岩の直線状体列がみられる。

弧状構造がよくみられるのは, 日詰 - 気仙沼構造線の西側の区域である。 すなわち, 図幅南西に分布する下伊手層と長倉山附近の超塩基性岩体とが 弧状構造の最内側を占め, ついで東に人首花崗閃綠岩体が広く現われ, さらに東には北部では宮守超塩基性岩, その他の火成岩体があり, 南部では 下部石炭紀米里層・芝層・下部二疊紀戸中層・大森山層が 順次重なって配列し, 時代未詳の物見山層を大きく挟んで, 上部ニ疊紀登米粘板岩層に及ぶ古生界が分布している。 そして米里村山大畑・大森山・小友村長野を結ぶ線を中心として, これらの岩層は全体的に東に向ってゆるやかな弧を画いて分布する。 古生界の走向も中心線から北方では N 15 ~25°W, 中心線附近では N - S, 南方では N 5~15°E と方向を転じる。 この弧状構造はこれに大たい垂直な断層数本によって切られている。 登米粘板岩層は弧の南翼の方向と一致する走向を保ち, そしてこの地層にはこの方向に一致する褶曲構造が発達している。

日詰 - 気仙沼構造線東側では, 遠野花崗閃綠岩を除きすべての地層がおもに直線構造の支配を受けている。 下部石炭紀から下部二疊紀の地層が 構造線と同様な走向および褶曲軸をもって分布しているが, 西側の区域よりも褶曲運動・断層運動などがはなはだしく, 複雑な構造を呈する。 ただし, 加労山から貞任山北方にかけて大きな半ドーム構造が推定され, 同時あるいはその後の塊裂構造運動による走向方向・傾斜方向の断層線で切られ, こまかく地塊化している。 このドーム構造は加労山の南を東 - 西方向に走る構造線によって切断される。 これより南では盆状構造の傾向を示し, 北方とは構造上大きな相違を示す。

日詰 - 気仙沼構造線の近くでは, その両側で地層の傾斜が急となり, 場所によっては直立する。 この構造線は, 弧状構造・褶曲構造および塊裂構造のすべてを切っているから, この区域の地質構造史においてもっとも新しいものと考えられる。

本地域の花崗閃綠岩の貫入時期は, 古生代以降であること以外, 直接にはわからない。 ただし, 日詰 - 気仙沼構造線を除き, すべての構造現象は花崗閃綠岩体に切られている。 日詰 - 気仙沼構造線は 気仙沼町方面と大迫図幅区域内との調査結果 [ 下記の [注] 参照 ] によれば, 花崗閃綠岩の貫入後に生じたものである。 なお,超塩基性火成岩のうち, 直線状体列をなすものは 日詰 - 気仙沼構造線と密接に関係して貫入したものと思われる。

[注]
志井田功 (1940) 「宮城県気仙沼町近傍の地質に就きて」, 東北大地質古生物学教室研究邦文報告,第 33 号, および, 5万分の1大迫地質図幅における野外調査結果による。

本区域において古生代中の地殻変動は, 芝層・戸中層それぞれの下底にある不整合および 大森山層下底に推定される不整合によって示される。 これらはそれぞれ湊正雄 14), 15), 16), 20), 21) によって明らかにされた 鬼丸統(石炭紀二部ヴィゼー階)前の淸水変動, 坂本沢統(二疊紀サクマリアン階)前の世田米変動, 叶倉統(二疊紀アルチンスキアン階)Lyttonia 帶前に予想されつつある変動 [ 下記の [注] 参照 ] にあたるものである。

[注]
1953 年第 60 回地質学会総会「古生界シンポヂウム」における湊正雄の講演による。

III. 応用地質

III.1 鉱床

III.1.1 概説

本図幅内には, 古生層・蛇紋岩等を母岩として多数の小鉱床が存在しているが, やや見るべきものは, 図幅南縁中央附近の花崗斑岩および石英斑岩の周辺部の古生層中に賦存し, 主として銅・金を産する接触交代鉱床である。 このほか金属鉱床としては, 珪長岩質岩石や古生層等を母岩として点在する金銀鉱脈鉱床があり, 非金属鉱床としては, 蛇紋岩中の滑石鉱床, 石灰岩および古生層変成帶内の黑鉛鉱床がある。

III.1.2 金属鉱床

III.1.2.1 接触交代鉱床(栗木地帶の鉱床) 16), 32), 33), 34)

位置および交通 : 図幅南辺部中央に近く, 伊手村および米里村に跨って賦存する。 伊手方面の鉱床は, 東北本線水沢駅より伊手村伊手まで(21 km)乗合自動車が通じ, それより鉱床地区まで(4 km)トラックが通じている。 米里村方面の鉱床は水沢駅より鉱床地区まで(33 km)乗合自動車が通じている。

沿革および現況 : 1,600 年頃(慶長年間)に発見され, 1,100 年頃(藤原三代時代)にも採掘されたと伝えられている。 この鉱床地域には多数の鉱区が多数の鉱業権者により所有され, 赤金・栗木・神倉・白沢・磁石山・小山・米里・二枚山の諸鉱山がある。 昭和 18 年 3 月, 金山整備の強行された際ほとんど休山したが, 調査当時(昭和 25 年 10 月)赤金鉱山(鉱業権者, 藤田鉱山株式会社)および栗木鉱山 (鉱業権者, 三谷達雄)は採掘中であった。 赤金鉱山最近の産額および品位を次表に示す。

第1表

年度 鉱量(t) 品位
Au(gr / t) Ag(gr / t) Cu(%)
昭和 18 年 2,400 2.00 38. 4.7
〃 20 〃 1,120 1.67 23. 3.1
〃 21 〃 665 1.82 25. 3.7
〃 22 〃 948 1.83 25. 3.2
〃 23 〃 3,524 2.00 28. 3.6
〃 24 年 4 月 ~ 25 年 3 月 3,527 2.18 26.4 3.9
〃 25 年 4~6 月 900 2.40 30. 3.9

栗木鉱山の昭和 24 年頃の月産は約 100 t であり, 品位は Au 2 gr / t, Ag 60 gr / t, Cu 4 % である。

地質 : 附近には石灰岩を挾む綠色塊状変成岩・粘板岩および砂岩からなる米里層があり, 人首花崗閃綠岩の貫入によって, 一部ホルンフェルス化している。 この花崗閃綠岩体から孤立して, 花崗斑岩ないし石英斑岩があり, 特に花崗斑岩の接触部附近の綠色塊状変成岩中に, 多数の岩脈状の花崗斑岩質岩体とともに鉱体を含む塊状スカルン体が発達している。

鉱床および鉱石 : 接触交代鉱床から熱水鉱床にまで亘り, 一部の鉄は露天化鉱床である。 鉱床の種類としては, 接触交代鉱床に属するものに 含金銅鉱床(赤金鉱山赤金鉱床・同米里鉱床)・ 金鉱床(米里鉱山)・ 銅鉱床(赤金鉱山米里鉱床・同丸森鉱床・神倉鉱山 ?・二枚山鉱山 ?)・ 鉄鉱床(神倉鉱山・栗木鉱山陀の鼻鉱床・赤金鉱山丸森鉱床)が, 石英鉱脈鉱床に属するものに 含金銅鉱床(栗木鉱山栗木新鉱床)・ 金鉱床(磁石山鉱山・小山鉱山)があげられる。 接触交代鉱床はスカルン体中に大部分塊状鉱体として存在しており, なお一部の金はスカルン中に散点して産する。

接触交代鉱床の主要金属鉱石は, 磁鉄鉱・磁硫鉄鉱および黄銅鉱で, これらの含有量により鉄鉱・硫化鉱または銅鉱として採掘される。 少量の黄鉄鉱・閃亞鉛鉱および方鉛鉱が含まれる。

III.1.2.2 鉱脈鉱床 [ 主として文献 32) による ]

蛭子館鉱山の水銀を含む鉱脈のほかは普通の含金石英脈である。 その大部分の鉱山の沿革は古く, 藤原三代時代から稼行されたといわれているが, 最近の実績は少なく, 砥森鉱山を除けば休業状態にある。 図幅南東部の長野川に沿う地帶, 特に川の東部に多数の鉱脈鉱床が点々と分布している。

磁森鉱山 : 図幅北部中央附近の砥森山にある。 釜石西線宮守駅より田瀨を経て鉱山まで 5 km あるが, 中通までトラックが通る。 昭和 22 年 12 月佐藤純一郎が鉱業権者となり現在に至っている。 過去の産額および品位は次の通りである。

第2表

年度 精鉱量(t) 金品位(gr / t)
昭和 9 年 10 19
〃 10 〃 25 20
〃 11 〃 30 17
〃 12 〃 36 87
〃 13 〃 49 118
〃 14 〃 81 54
〃 15 〃 92 60
〃 16 〃 32 65
〃 17 〃 52 74
〃 18 〃 29 98

鉱床は珪長岩質岩石中にある1条の含金石英脈である。 一般に, 走向 N 80°W, 傾斜 30~50°W でところにより変化がある。 脈幅は現在稼行中の標高 400 m 附近では, 10~15 cm, ところにより2~3脈に分岐膨脹しており, 下部掘下方面では 50~60 cm に拡がって1脈となる。 鉱脈は多量の磁鉄鉱・硫砒鉄鉱および少量の黄鉄鉱を伴ない, 銀は少ないが, 金の品位は良好で時には 50~100 gr / t のこともある。

堂場鉱山 : 小友村堂場附近にある。 釜石線鱒沢駅の南東方 10 km の県道沿いにあり, 近くまでトラックが通る。 1,000 年ほど前から採金されたといわれているが, 明治以来, 多くの鉱業権者の手を経て昭和 20 年, 野口作一が鉱業権者となり, 昭和 23 年 8 月再開したが, 間もなく休山し, 現在に至っている。 過去の産額および品位は次のごとくである。

第3表

年度 精鉱量(t) 金品位(gr / t)
昭和 14 年 100 8
〃 15 〃 172 8
〃 16 〃 1,198 6
〃 17 〃 505 5
〃 18 〃 108 6
〃 20 〃 50 5
〃 21 〃 120 5
〃 23 〃 90 5

このほか, 昭和 19 年に品位 30 % の灰重石精鉱約 400 t の生産があった。

附近の地質は, 戸中層の砂岩・粘板岩・礫岩・石灰岩等の累層からなり, 花崗閃綠岩が貫ぬいている。 鉱床は N 50°W の走向で, 40~60°S に傾斜する含金石英脈で慶祝・櫻・中切の諸脈が雁行し, 慶祝𨫤は花崗閃綠岩中にあり, 他は接触部に平行して古生層中に胚胎し, 中切𨫤は幅 2 m に達することがある。 𨫤の総延長 340 m, 平均幅 0.6 m, 高距離平均 54 m である。

大洞鉱山 : 小友村大洞北東にある。 古くから稼行されたものらしい。 昭和 12 年頃から, 帝国鉱業開発株式会社により再開され, 昭和 13 年より 15 年まで, 少量の鉱石を宮古・小坂・日立等の製錬所に送ったことがあるが, 他はほとんど自家製錬により処理された。

鉱床は戸中層の粘板岩中に胚胎する含金石英脈で少量の銀を含んでいる。 鉱脈は, 走向 N 45°E, 傾斜 80°NW で, その延長は 300 m に及ぶといわれているが詳細のことは不明である。 含金品位はきわめて不同で 300 gr / t に及ぶところもあるが, 平均 10 gr / t 内外のところが多い。

大葛鉱山 : 小友村大葛東方 1.5 km 附近にある。 相当古くから稼行されたものらしい。 昭和 18 年, 帝国鉱業開発株式会社が鉱業権者になり現在に至っている。 昭和 17 年, Au 31 gr / t, Ag 4 gr / t の鉱石を 26 t, 同 18 年 75 t を尾去沢製錬所に送ったが, 他はほとんど自家製錬により鉱石を処理した。

附近の地質は, 戸中層の粘板岩および石英岩からなり, 鉱床は粘板岩中に胚胎し, 銀を少量含む含金石英脈である。 鉱脈の平均幅は 50 cm, 金品位は 10~30 gr / t である。

蛭子館鉱山 18), 50) : 長野川西側の夕日山南東麓にある。 古くから水銀を製錬したものらしい。 昭和 18 年, 関島吉が鉱業権者となったが実績はない。 鉱床は登米粘板岩層の粘板岩中に胚胎する含金石英脈で, 金のほかに辰砂を含み, 東北唯一の水銀鉱山であった。

戸中金山 : 図幅中央部の米里村戸中にある。 東北本線水沢駅より人首までトラックが通り, それより徒歩 4 km で鉱山に達する。 昭和 15年, 辻熊吉が鉱業権者となり探鉱したが鉱況を確認できなかった。 昭和 12 年, 日立製錬所に対し, 27 t の鉱石を売鉱したにすぎない。

附近の地質は戸中層の石灰岩を挾む粘板岩からなり, 鉱床は含金銀石英脈である。

III.1.3 非金属鉱床

III.1.3.1 滑石鉱床 31), 32), 35), 49)

橄欖岩の蛇紋岩化した部分に, 珪長岩質岩石と密接な関係をもって胚胎されている。 一般に Fe2O3 5 % 以上で良質ではない。

北日本滑石鉱山 : 釜石西線柏木平駅の北東約 200 m の地点にある。 昭和 22 年 8 月, 千葉勝蔵により着手され, 調査当時(昭和 24 年 9 月)探掘中であったが, 数 100 t 出鉱したに過ぎない。

鉱床は, 蛇紋岩を岩脈状(幅 3~4 m, 走向 N 20°, 傾斜 70°E)に貫ぬく珪長岩質岩石の両側に胚胎され, 滑石の厚さは 0.3~0.5 m で, 岩脈の上盤にあるものがやゝ厚い。

柏木平鉱山 : 図幅北部中央附近の大高瀨にあり, 昭和 22 年 5 月, 細川半蔵により着手されたが, 間もなく休山して現在に至っている。

幅約 30 m の岩脈状をなした珪長岩質岩石が蛇紋岩を貫ぬき, それに接して, 幅約 1 m の滑石が胚胎されている。

III.1.3.2 黑鉛鉱床 25), 32)

小友鉱山 : 図幅北東部, 二郷山の南方鳴沢にある。 鱒沢駅からトラックが通る。 昭和 19 年に発見され, 同 23 年金谷吉四郎が鉱業権者となったが, 昭和 26 年現在休山中である。 過去の産額および品位は次の通りである。

第4表

年度 生産量(t) 品位
昭和 20 年 150 平均 C = 30 %
〃 21 〃 255
〃 22 〃 115
〃 23 〃 277

鉱床は, 戸中層の石灰岩を挾む粘板岩が, 接触変成作用を受けた部分に賦存している。 鉱体の形態は明らかでないが, ほゞ南北に脈状を呈し, 傾斜 60~70°E で, 幅は 1 m 内外のものである。 なお, 太田附近の硬綠泥石(?)片状ホルンフェルス中に黑鉛化の不充分なものがある。

III.2 石材

人首花崗閃綠岩は 東北部花崗閃綠岩(遠野花崗閃綠岩の一部)より堅硬で石材に適している。 江刺郡野手崎村附近では大きな転石が多く, 長さ 2~3 m の角材も採れるが, 捕獲岩片や有色鉱物が多く, 美麗でない。 土台・垣・間知石等に使用される。

文献

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Zur Orogenese und zum Vulkanismus im jungeren Palaeozoikum des Kitakami-Gebirges, Honsyū Jap., Jour. Fac. Sci. Hokkaidō Univ., Ser. IV,, Vol. 8, No. 3, p. 277 - 302, 1950
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岩手県宮守地方における花崗閃綠岩による 超塩基性岩類の変成現象について-透輝岩,角閃石岩の変成現象-, 地質学雑誌, Vol. 56, No. 659, 1950
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岩手県宮守地方における花崗閃綠岩貫入に伴なう 超塩基性岩類の変成現象について-蛇紋岩起原のものについて-, 地質学雑誌, Vol. 57, No. 665, 1951
41) 関陽太郎 :
岩手県宮守地方の超塩基性岩類の研究(その3)-蛇紋岩化作用について-, 地質学雑誌, Vol. 57, No. 669, 1951
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かんらん岩,はんれい岩及び玄武岩中のかんらん石の性質の差について, 地質学雑誌, Vol. 57, No. 670, 1951
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A Further Note on the Lower Carboniferous Fossils of the Kitakami Mountainland, Northeast Japan, Jour. Fac. Sci. Hokkaidō Univ., Vol. 8, No. 2, p. 136 - 174, 1952
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北上山地で発見された花崗閃綠岩礫を含む輝綠凝灰岩質礫岩層, 地質学雑誌, Vol. 58, No. 686, 1952
46) 橘行一 :
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49) 関陽太郎 :
岩手県宮守地方の超塩基性岩類の研究(その5)―滑石鉱床について―, 岩石礦物礦床学会誌, Vol. 36, No. 5, 1952
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EXPLANATORY TEXT OF THE GEOLOGICAL MAP OF JAPAN Scale 1 : 50,000

HITOKABE

Akita, No.43

By OSAMU HIROKAWA & TAKASHI YOSHIDA (Written in 1954)


Abstract

Table 1. The Summary of the Stratigraphy

Table 2. The Classification and Successions of the Igneous Rocks

GENERAL REMARKS

The area of this sheet map is situated in the southwestern part of the Kitakami Mountainland in Northeast Japan. In this area Paleozoic rocks, granitic rocks and ultrabasic intrusive rocks of probably Mesozoic age are extensively developed. The geologic sequence of rocks is shown in Table 1 and 2.

The fundamental character of the structure, controlling the geology of the Kitakami Mountainland, is marked by an arcuate structure. This feature appears also in this map, being deformed or modified by later crustal movements.

The Hizume-Kesennuma tectonic line runs in the NNW - SSE direction [ through Otomo ] , across the arcuate structure, and divides the area into two main geological units. On the western side of the tectonic line, the arcuate structure which is slightly convex to the east remains and the various formations of Paleozoic age are arranged in zones.

On the eastern side of the tectonic line, the more complicated structure is seen, but not the arcuate structure, and folded or faulted structures with straight-lined trends prevail. And in the southern part an elongated dome structure is revealed, although the original form is deformed by the faults across and parallel to the longitudinal axis. And the dome structure is cut off by a transversal fault in the south and a basin structure, instead of the dome, is present further south of the fault.

The Hizume-Kesennuma tectonic line has been informed to have been formed after early Cretaceous, though it can not be known within this mapped area. Small bodies of ultrabasic rocks located along the tectonic line and some easterly bordering parts of the Miyamori ultrabasic rock are probably intruded in close relation to the tectonic movement.

GEOLOGY

1. Paleozoic

The Paleozoic system is divided into the Yonesato and Shiba formations of Lower Carboniferous age, the Tochū and Omori-yama formations of Lower Permian age, and the Toyoma clayslate formation of Upper Permian age ; besides Shimoide and Monomi-yama formations are undifferentiated Paleozoic sediments. The undifferentiated Paleozoic formations and the Toyoma clayslate formation are exposed only on the western side of the Hizume-Kesennuma tectonic line, but other formations are distributed on both sides of the tectonic line.

Shimoide formation

This formation is composed of light brownish green phyllitic clayslate, quartzite and green, metamorphic rocks originated probably from schalstein, and is non-fossiliferous.

It may be correlated to the Motai series in the district adjacent south to the mapped area.

Monomi-yama formation

This formation consists of very thick accumulation of miscellaneous rocks in which the volcanic products such as tuffaceous clayslate, tuff-breccia, agglomerate, andesitic or porphyritic lava and green or purplish schalstein (tuff-origin) predominate with intercalations of black clayslate or greenish brown sandstone. The volcanic materials in the apparently lower part of this formation are characterized by acidic rocks, and those in the upper become more basic. The arcuate trend of rocks is observable in this formation. The formation contains no fossils and is bordered presumably by faults against the neighbouring Omori-yama or Toyoma clayslate formation, so that its geologic age and stratigraphic sequence to other Paleozoic formations can not be determined.

Yonesato formation

The Yonesato formation consists dominantly of schalstein, intercalating black clayslate and small lenses of limestone. The severe volcanism in early Carboniferous age which had been successive from Devonian age, is indicated by the rock facies. On the western side of the Hizume-Kesennuma tectonic line, the greater part of this formation has been altered into green metamorphic rocks by the effect of intrusion of the Hitokabe granodiorite. The fossils found from the limestone are only crinoid and bryozoans. The thickness of the formation may amount to 1,800 m.

On the eastern side of the tectonic line, the succession of this formation is not clear on account of complicated structures. But, abundant fossils are yielded at several localities near the 808 m heights. Important species of brachiopods, Leptaena cf. rhomboidalis (WILKENS), Schellwienella izirii MINATO, Torynifer (Kitakamithyris) tyoanjiensis MINATO, Tylothyris cf. laminosa (M'coy), etc. have been informed by M. Minato. According to him this horizon which contains the brachiopods is equivalent to the Hikoroichi series of the standard stratigraphy of the Kitakami Paleozoic system. However, it is probable that the equivalents to the Arisu and Odaira series (the lower Carboniferous series, lower than the upper Visean) of the Kitakami Paleozoic system are also included in this formation.

Shiba formation

This formation is characterized by calcareous sediments, and so an abrupt change of lithological facies is indicated between this and the underlying pyroclastic Yonesato formations. The Shiba formation consists largely of dark gray limestone and bluish black calcareous clayslate, and rarely sandy or siliceous clayslate, showing generally ill-marked beddings or platy joints parallel to the bedding plane. The thickness amounts to 300 - 600 m.

On the eastern side of the Hizume-Kesennuma tectonic line, well-preserved fossils, especially coral fauna indicating upper Visean stage of Lower Carboniferous age are abundantly obtained. The fossils are as follows.

Kueichouphyllum sp.
Dibunophyllum sp.
Lithostrotion sp.
Siphonodendron sp.

This formation is fully correlated to the Onimaru series, the coral limestone of the Kitakami Paleozoic system.

Tochū formation

The Tochū formation unconformably overlies the Carboniferous strata. Basal conglomerate develops at the base. Pebbles in the conglomerate are composed mainly of quartzite and black clayslate, and rarely of limestone and schalstein ; pebbles of igneous rocks can not be discovered. The thick upper part is composed of black clayslates which are intercalated with grayish white limestones, rich in stems of crinoids. Some of the black clayslates in the horizon adjacent to the basal conglomerate look like graphite. In some places, light greenish tuffaceous bands occur in the lower part of this formation.

On the western side of the Hizume-Kesennuma tectonic line, a bed of calcareous conglomerate can be traced for a considerably long distance. This calcareous conglomerate contains fusulinids, such as Pseudoschwagerina and Pseudofusulina vulgaris, which indicate the Sakmarian stage. The accurate horizon of this calcareous conglomerate can not be decided, because of missing of the lower succession and the absence of the direct contact with the underlying Shiba formation owing to strike trend fault. But, it is not doubtful that this calcareous conglomerate locates adjacent to the basal part, since they lie under the limestone-rich member in the Tochū formation. The upper slaty and limy members of this formation produce Schwagerina sp. and Wentzelella sp., together with crinoids. Consequently, this formation is, on the whole, correlated to the Sakamoto-zawa series, representing the Lower Permian in the Kitakami Mountainland.

On the eastern side of the tectonic line, this formation shows complicatedly folded and faulted structures. The basal conglomerate occurs at various localities. The greater part of this formation has been metamorphosed by the intrusion of the Tōno granodiorite mass and most of the limestones have turned to crystalline or saccaroidal. Therefore, fossils are very scarce, although Schwagerina and Waagenophyllum are yielded.

Ōmori-yama formation

The Ōmori-yama formation covers the Tochū formation with an unconspicuous unconformity. On the western side of the Hizume-Kesennuma tectonic line, a conglomerate is well developed. The pebbles of the conglomerate consist mostly of black clayslate, siliceous rock, limestone, and rarely of schalstein, and the cementing matter is light bluish gray or whitish gray sandstone containing much pyroclastic materials. The overlying bed of the conglomerate is composed of greenish white or whitish gray, coarse-grained hard sandstone. This sandstone is also rich in pyroclastic materials microscopically.

On the western side, this formation is found only in very narrow area near Otomo. In that locality, the brachiopods, as written below, are collected with an amplexoid coral.

Productus horridus SOWERBY
Productus sp.
Spiriferina cristata SCHELLWIEN
Rhynchonella sp.

These brachiopods are similar to those which were reported by I. Hayasaka from the Paleozoic sediments near Yahagi. This formation is able to be correlated with the Kanokura series (the upper part of the Lower Permian) of the Kitakami Paleozoic. The thickness, though the upper part is cut off by fault, amounts to about 200 m.

Toyoma clayslate formation

This formation consists mainly of a thick non-fossiliferous, black clayslate, with a number of lenticular beds of the "Usu-ginu" conglomerate [ see [note] below ] in its lower part. The pebbles of the conglomerate are of various rocks ; granite, quartz-diorite, quartz-porphyry, siliceous rock, schalstein, black clayslate and occasionally andesitic rocks. The limestone patch is found in the sandy cementing matter. The structure of this formation is, as a whole, marked by a number of folding axes with the general trend of N 15 - 20°E. The thickness seems to amount to more than 1,000 m.

[note]
Conglomerate characteristically containing huge boulders of granite or other rocks is known in various horizons of the Middle or Upper Permian strata in the Kitakami Mountainland.

Metamorphic rocks of the Paleozoic formations

The Paleozoic rocks are metamorphosed into hornfels in the contact aureoles of about 1.5~3 km wide around the granodiorite masses. These metamorphic rocks are : (1) hornfels developed along the Tono granodiorite, (2) hornfels along the eastside of the Hitokabe granodiorite and, (3) hornfels along the westside of the latter.

The hornfels (1) has been altered from the Lower Carboniferous or Lower Permian sediments. In some places it is schistose or spotted in appearance. The metamorphic rocks of the alminous shale origin, are represented by the next three zones ; the innermost sillimanite zone adjacent to the granodiorite, the outer chloritoid zone and the intermediate andalusite-cordierite-garnet zone. In some places, there occur rhombic amphibole-cordierite-bearing rocks. Sillimanite is occasionally found, associated with andalusite and chloritoid.

The hornfels (2) has been altered from the Lower Carboniferous sediments, the greater part of which is probably derived from volcanic products, but some part of which, from shale or tuffaceous shale. It is usually of greenish colour, and porphyritic or pyroclastic in textures, and consists principally of green amphiboles, plagioclase and, as accessories, biotite, quartz, etc.

The hornfels (3) has been metamorphosed from the undifferentiated Paleozoic sediments. It is composed of dark greenish schistose rock and whitish gray quartzite, which gradually pass into each other in some places. The schistose rock consists of diopside, green hornblende, plagioclase and, as accessories, titanite, etc.

2. Pre-Tertiary Igneous Rocks

Altered basic rocks

The modes of occurrence of the rocks are not clear. They are usually massive, dark greenish in colour and probably porphyritic or diabasic in nature, though they are so much altered that it is difficult to determine their original rocks from their present features. The constituents are light greenish hornblende, remarkably altered plagioclase and accessories, such as relicts of monoclinic pyroxene, zoisite, biotite and quartz.

Schistose diorite ~ gabbro

The rocks occur either as several separated bodies or probably enclosed masses in the ultra-basic rock. Their boundaries are usually sharp, except where cortlandite or hornblendite occurs near the boundary with the ultrabasic rocks. They are dark green in colour, generally schistose and homogeneous in mineral composition as compared with the massive diorite ~ gabbro. The constituents are greenish or light brown hornblende, sausurite-plagioclase, a little amount of monoclinic pyroxene and, as accessories, garnet, etc.

Ultra-basic rocks

The rocks form large intrussive masses in the Paleozoic formations. They comprise peridotite, diallagite, cortlandite, hornblendite, and leucocrates. Monoclinic pyroxene is usually much superior in amount to rhombic pyroxene. Peridotite consists of olivine, monoclinic pyroxene, rhombic pyroxene, and hornblende, varying in relative amount and serpentinizing in various grades. The Miyamori and Ide ultra-basic rocks are metamorphosed by the intrusion of the Hitokabe grano-diorite, and produce in themselves granulated olivine, colorless amphibole, tremolite, anthophyllite, talc, and green spinel. In the contact aureole of the felsitic rock, they producefibrous antigorite, carbonate, and talc. Diallagite occurs in lenticular bodies or forming bands along dunite in the peridotite or serpentine masses. Hornblendite generally occurs as small masses of irregular shapes along the borders of schistose gabbros close to the peridotite. It is a coarse-grained rock, and consists generally of brownish or greenish hornblende, and occasionally of colorless amphibole when it occurs close to the Paleozoic sediments. Cortlandite occurs near the boundary between the schistose gabbro and peridotite. It is coarse-grained, dark grey in color, consisting of brownish or light greenish hornblende as oikocrysts and one to four species of the following minerals, as chadacrysts, i.e., entirely or less serpentinized olivine, monoclinic pyroxene, rhombic pyroxene, and hornblende. Albitite occurs in a too small body to be shown on the sheet-map. It is coarse-grained, white in color, and associated with a little amount of sericite. Prehnite rock occurs also as a very small massive body near the boundary between the schistose gabbro and peridotite, and it is neglected in the sheet-map. It is coarse-grained, white in color, and associated with a little amount of a certain carbonate mineral.

Porphyritic rocks

The rocks apear as dikes or stocks which are intruded into the Paleozoic sediments and peridotite. They range from diorite-porphyrite or porphyrite to spessartite both in textures and mineral compositions. Some of them are metamorphosed by the intrusion of the granodiorites.

Massive diorite ~ gabbro

The rocks are intruded into the Paleozoic formations and graduate into quartz diorite or granodiorite. They are massive, hard, remarkably heterogeneous in mineral compositions and occasionally poikilitic in texture. They consist of plagioclase and either one or more of the following minerals ; brown, greenish or colorless amphibole, monoclinic pyroxene, rhombic pyroxene and rarely olivine. Biotite and quartz are the accessory ingredients.

Granodiorites

The rocks form large intrusive masses in the Paleozoic formation and ultra-basic rocks. They are divided into two types, the Tōno and Hitokabe granodiorites. They contain generally very few alkali-feldspars.

Characteristics of the Tōno granodiorite are as follows : 1. bordered with arcuate boundaries ; 2. somewhat schistose and brittle ; 3. heterogeneous in mineral composition at the margin of the mass ; 4. subhedral or less commonly euhedral hornblende and euhedral biotite, and 5. cataclastic structures.

The Hitokabe granodiorite is characterized by the following features : 1. smooth boundary of the mass ; 2. massive and compact ; 3. homogeneous except the xenolith of volcanic products ; 4. euhedral or subhedral hornblende and anhedral biotite ; 5. not so cataclastic.

Granite porphyry and Quartz porphyry

The rocks are intruded into the Paleozoic formations in irregular forms. In some places granite porphyry abruptly passes into quartz porphyry. Contact ore deposits or silicified rocks are frequently found in the Paleozoic formations adjacent to these rocks.

Felsitic rocks

The rocks are intruded into the ultra-basic rock and the Paleozoic formations. They are fine-grained, compact and homogeneous and consist of plagioclase (oligoclase-andesine), quartz, sericite, biotite, chlorite and, as accessory, tourmaline. They are pale green in color where they are close to the contact with serpentine and where tremolite or actinolite and magnesite occur.

3. Cenozoic

Tertiary

The Neogene Tertiary strata are divided into two parts, namely the Inase volcanic formation in the lower and the Tamasato formation in the upper. These formations overlie unconformably the Paleozoic sediments, granodiorites, and ultrabasic rocks.

The Inase volcanic formation is composed of andesitic lavas and pyroclastics, but, in the mapped area, only agglomerate is prominently distributed. Augite-hypersthene andesite which crops out in the peridotite area is probably equivalent to this formation.

The Tamasato formation consists of light bluish gray or bluish sandstone and shale, intercalating discontinuous beds of lignite. Irregular layers of conglomerate occur mainly in the lowest part in some places. This formation has been considered to be Pliocene in age.

Quaternary

The terrace deposits are composed of gravel beds of 1~2 m thick at the base, and sand and clay in the main part. The talus deposits are developed in several areas, especially along the Hizume-Kesennuma tectonic line.

ECONOMIC GEOLOGY

1. Mineral Deposits

Many ore deposits of small scales have been found in the Paleozoic formations, felsitic rock and serpentine. The deposits are as follows : contact deposits containing gold, copper, iron, etc., veins containing gold and such non-metallic deposits as talc, graphite, and limestone.

Contact deposits

The deposits occur in the central, southern part of the area and are found in the limestone-bearing Paleozoic formations near the contact with the granite porphyry and quartz porphyry. Ores are usually localized in skarn bodies in green metamorphic rocks, and are particulary characterized by gold-bearing chalcopyrite, pyrrhotite and magnetite. Gold is especially contained in skarns. Iron ore is limonite produced by oxidation of magnetite or pyrrhotite.

Veins

The veins are scattered in the Paleozoic formations, felsitic rock and serpentine. They have been prospected and worked for gold and silver, and there are also mercury veins at Hirukodate. Only the Tōnomori mine situated in the northern part of the area is working on the gold-bearing quartz-veins in the felsitic rock. The ore is associated with magnetite, arsenopyrite and a little amount of pyrite. It is 50~100 gr / ton in gold content.

Talc deposits

They are found in serpentine at the contact with felsitic rock. Ore bodies are of small scale and ores are inferior in quality, containing 5 % or more in Fe2O3.

Graphite deposits

Deposits are found on a small scale in the northeastern part of the area. And they occur in the Paleozoic sediments with intercalations of limestone and in contact with the Tōno granodiorite. The ore is not so good, being 30% in average content of C.

2. Building Stone

The Hitokabe granodiorite is quarried for the local demands to be used for foundations or walls.


昭和 29 年 8 月  5 日 印刷
昭和 29 年 8 月 10 日 発行
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