04062_1958

5万分の1地質図幅説明書

門別

(札幌 第 62 号)

通商産業技官 山口昇一

地質調査所

昭和 33 年


目次

I. 地形
II. 地質
II.1 新第三系
II.1.1 元神部層
II.1.2 厚賀層
II.2 第四系
II.2.1 更新統
II.2.2 現世統
II.3 地質構造
III. 応用地質
文献

Abstract

1 : 50,000 地質図幅説明書 (昭和 32 年稿)

門別

(札幌 第 62 号)


本図幅の野外調査は, 昭和 31 年 6 月から 10 月に亘って延 30 日間行われ, 引続いて内業が行われたが, 新第三系中の介化石と有孔虫化石との鑑定は, それぞれ東北大学の小高民夫学士および東北大学の浅野清教授を煩わせた。

野外調査にあたっては, 踏査図として縮尺約 1 / 45,000 の空中写真から作成した水系図を使用した。 なお, 本地域の地名でその後変更されたものが少なくないが, それぞれ新地名によって記述した。

I. 地形

この地域は, 北海道の脊梁をなす日高山脈の南西部に位置し, 太平洋に臨む丘陵地帯を形成している。 本区域内には海岸段丘が広く発達し, 北東隅の一部にみられる上部新第三系からなる山地を除いて, 全地域を通じて平坦な段丘地形が良く発達する。

図 版 1 図幅地域の段丘地形

この平坦面の末端は 20~30 m の高さの海蝕崖をもって海に面している。 現在の汀線と海蝕崖との間には, 僅かに砂浜が存在するにすぎない。 また, 海岸線は シノダイ崎・門別川河口・厚別川河口南方附近等の僅かに突出する部分を除いては, 単調な弧状をなしている。

図幅地内の河川は東から, 厚別川・ 賀張 かばり 川・ 慶能舞 けのまい 川・ 波恵 はえ 川および門別川の諸河川があり, ほゞ等間隔に並び, いずれも北東から南西方向に流れ, 海岸段丘を切って太平洋に注いでいる。 それらの流域には高低2段の河岸段丘と, 比較的広い冲積氾濫原とをつくっている。

広い分布を示す段丘面は, 平坦面の高さから次のように分けることができる。

1. 賀張面 : 標高 140~180 m
2. 清畠面 : 〃 110~140 〃
3. 豊郷面 : 〃 60~100 〃
4. 門別面 : 〃 35~ 60 〃

以上の平坦面は, いずれもその拡がりおよび分布から海岸段丘と考えられ, その発達状況を示すと第 1 図の通りである。

第 1 図 海岸段丘および隆起汀線図。 Kt : 海岸段丘賀張面, Kit : 海岸段丘清畠面, Tt : 海岸段丘豊郷面, Mt : 海岸段丘門別面, 1(点線): 賀張面隆起汀線 2(破線 + 点2個): 清畠面隆起汀線, 3(破線 + 点1個): 豊郷面隆起汀線, 4(破線): 門別面隆起汀線

賀張面(Kt) はオサツナイ北北東方の三角点(258 m, 静内図幅内に位置する)の西方に発達する。 標高 140~180 m を示し, 北東から南西へ傾斜し, かなり開析された平坦面である。 この平坦面の延長は北北西方向に延び, 広く発達していたようであるが, 賀張川~慶能舞川間の平取断層の西側では, 侵蝕されて一連の平坦なスカイラインを示す稜線がみられるにすぎず, その堆積物を認めることはできない [ 以下の [注] 参照 ] 。 この面の旧汀線は明らかではないが, 厚別川を境として東側では, ほゞ北西 - 南東方の延びを示すが, 西側では N 10~15°W 方向に延びていたようである。

[注]
堆積物が認められるのは, オサツナイ北方, 賀張川以南だけであって, 地質図上には, これだけが記入されている。

清畠面(Kit) は, 厚賀北方三角点(117.9 m)と山部落附近(標高 120~140 m) および清畠の北方三角点(128.1 m)附近を結ぶ線に沿って, ほゞ海岸線に平行して発達している。 この平坦面は賀張面と同様, 北東部で最も高く標高約 140 m を示すが, 漸時南西方に向かうに従いその高度を減ずる。 この面は賀張面に比較して, その開析度は少ないが, 起伏に富んだ波状地形を呈する。 この面の旧汀線をたどるとオサツナイ北方から北北西方向に延び, 北隣富川図幅地内に入って北西方向に向かい, ほゞ現在の海岸線に平行に追跡される。

豊郷面(Tt) [ 以下の [注1] 参照 ] , 清畠面の前面に発達し, 厚賀附近では門別面に切られ, 狭長な分布を示すが, 漸時北西方向に広大となり, 波恵川流域では 2.5~3 km の幅を有する。 この平坦面は前述の清畠面と同じ程度の開析を受けており, かつその間の高低差も賀張附近では明瞭であるが, 北西方に向かうに従い不明瞭となる。 したがってこの面の旧汀線は判然としないが, 厚賀附近では現海岸線と一致しており, それから西では北西方に彎入していたと考えられる。 また, この平坦面が形成されたと同一時期の河岸段丘が波恵川・門別川に認められ, これらは その同位海岸段丘の平坦面の旧汀線より遙かに内陸部に向かって 現河川に平行して発達している [ 以下の [注2] 参照 ]

[注1]
海岸段丘清畠面と豊郷面とは, その開析の程度がほとんど差がなく, 高低差の点においても明瞭な所と不明瞭な所とがあり, 豊郷面は堆積面ではなく, 清畠面の堆積物を侵蝕した海蝕平坦面であるという疑いもある。 したがって豊郷面にみられる堆積物は, 清畠面の堆積物の削り殘されたものという疑いもでてくるわけである。 なお, 富川図幅では清畠面と豊郷面とを一括し段丘堆積物 t2 としてある。
[注2]
この河岸段丘と考えられる平坦面は, 形成時期が豊郷面と同一であるとの考えから, 地質図上には一括して豊鄕段丘堆積層として扱った。

門別面(Mt) は, 豊郷面の前面に発達し, 平坦面の末端は前述の通り海蝕崖を形成し海に面している。 この平坦面は前述の各平坦面に比較して, その開析度は低くきわめて平坦である。 この面を侵蝕している谷は, その侵蝕度合が浅く, 基盤まで侵蝕しているものは少なく, かつ谷の末端はこの面の旧汀線附近で止っている。 また, この面と同位と考えられる河岸段丘が賀張川流域に認められる [ 以下の [注] 参照 ]

[注]
地質図上には, 門別段丘堆積層として着色した。

以上4つの平坦面はいずれも北東に高く, 南西方向に高度を減ずるとともに, 全体として南東から北西方向に徐々に高度を減ずる共通した特徴がある。 これは後述するように, 海岸線に沿って清畠向斜が存在し, これが南東から北西方向に沈降する向斜構造であることから, 上述の段丘はこの運動に支配された傾動運動を行ったものと解釈される。 また各平坦面の旧汀線は, ともに厚賀附近で海岸方向に突出しており, 殊に豊郷面・門別面の旧汀線が現在の汀線とほゞ一致している。 このことから, この部分は段丘形成の時期を通じて, 侵蝕に耐えて岬が存在したことが推定され, 後述する厚賀層礫岩の分布とよく符合する。

河岸段丘 は, 厚別川・賀張川・慶能舞川・波恵川・門別川の各河川に発達する。 段丘はその平坦面の高さから豊郷面・門別面と同位の河岸段丘と, さらにこれより新しい2段の段丘とがある。 後者を高さによって2つに分け, それぞれ高位および低位河岸段丘とした。

高位河岸段丘は各河線によく発達し, かつ左岸にのみ発達する共通した特微がある。 これは河川の流路が地盤の傾動に伴なって, 東から西へ移動したためと考えられ, 海岸段丘の傾動とよく一致する。

低位河岸段丘は厚別川・慶能舞川・門別川および沙流川川沿いの所々に発達する。 前記の高位河岸段丘とは異なり, 共通した特徴はみられず, その高さなども各河川によって異なり, 形成時期は同一時期とは断定し難いが, 一括して低位河岸段丘として取扱った。 これら河川流域の共通した特徴として, 前述したように左岸に良好な河岸段丘が発達するが, これに反して右岸は直接海岸段丘の段丘崖に臨み, 各海岸段丘を侵蝕する支谷は V 字谷をなし, これら谷の入口には小規模な扇状地形の発達するところが所々にみられる。

段丘の発達状況を模式断面図によって示すと第 2 図の通りである。

第 2 図 段丘の模式断面図。 a : 冲積面, Rt2 : 低位河岸段丘堆積層, Rt1 : 高位河岸段丘堆積層, Mt : 門別段丘堆積層, Tt : 豊郷段丘堆積層, Kit : 清畠段丘堆積層, Kt : 賀張段丘堆積層, 註 : 平坦面記号は地質図に同じ

II. 地質

本地域は, さきに岡村要蔵 3) によって, 日高北西部産油地とされた地域の一部であって, 堆積岩のみからなっている。 すなわち 新第三系上部の地層および それを不整合に被覆する第四系の段丘堆積層・冲積層および砂丘砂からなっている。 これらの層序関係を示すと, 第 1 表の通りである。

第 1 表 地質総括表

新第三系は, 産油地の主部にみられる地層より遙かに上位の地層であって, 元神部層 16) の中上部および厚賀層に2分される。 これらの地層は岩相の側方変化が著しく, その状況を第 3 図に示した。

第 3 図 新第三系模式岩相図

元神部層は図幅地域の北東隅およびオサツナイ附近に分布し, 上位の厚賀層とは整合(一部異相)関係にある。 元神部層の下部は有孔虫(Cyclammina 属)に富む泥質相を示すが, 中部から上部にかけて次第に礫質相が卓越する。 最上部ではふたゝび泥質相となるが, これは凝灰質~珪藻土質であって, 下部の泥質相とは趣を異にしている。 厚賀層は図幅地域のほゞ全域に亘って広く分布し, 下部泥質相を除いては全般に砂あるいは礫質相が著しい。 本層からは, Pecten takahashii YOK. および その他の鮮新世を代表する滝川化石動物群 6) を産する。

これらの地層の下位には, 静内図幅地内に見られる新第三系の地層が連続して存在するものと考えられ, この新第三系の下位は, 古第三系の地層を欠いて不整合に白堊系に直接する [ 以下の [注] 参照 ] 。 これらの新第三系の地層は, 一般に N 20~40°W の走向を示し, 緩やかな褶曲構造がみられる。 この褶曲構造は大体第四系の地層堆積前に完成されたものである。

[注]
図幅地域の北東隅近く, 比宇 17) ・富川 15) 両図幅地域に亘って白堊系が露出している。

第四系の堆積物は, 以上の新第三系の地層を不整合に被覆して分布している。 第四紀における地盤の上昇運動は, 段丘の発達状態から考えて, 数次に及ぶ上昇傾動運動のあったことがうかがわれ, これに北東から南西方向に隆起量を減ずるものと, 南東から北西方向に隆起量を減ずるものとの, 2つの隆起運動がみられ, 前者がおもなる傾動運動であったようである。

II.1 新第三系

II.1.1 元神部層

本層は図幅地域の北東部, オイオプ沢流域およびオサツナイ附近に分布する。 本層は隣接静内図幅地域内に広く分布し, 元神部沢附近を模式地として命名されたものである 16) 。 岩相の側方変化が著しく, 静内図幅地内では6つの岩相にわけられ, 本図幅地内でも次の3つの岩相にわけられる。 すなわち, 硬質頁岩・凝灰質泥岩砂岩互層および礫岩である。 これらの岩相は側方に変化し, それぞれ異相関係にある。 次に本層の地質柱状図を示すと, 第 4 図のようである。

第 4 図 元神部層岩相柱状図

硬質頁岩 は元神部層の比較的下部に発達する岩相で, いわゆる「硬質頁岩」と呼ばれているものである。 オイオプ沢主流に平行して帯状に分布している。 暗灰色~帯緑暗灰色で, 板状層理のよく発達した硬質頁岩を主とし, 灰色の細粒~中粒の砂岩の薄層を挾んでいる。 硬質頁岩は所によって, 非常に砂質となることがある。 また厚さ 5~10 cm の硬質頁岩と, 1~2 cm の暗灰色淤泥岩とが互層し, あたかも煉瓦を積み重ねたような外観を呈する所がある。 硬質頁岩は風化すると一般に赤褐色の鉄錆色を呈する。

凝灰質泥岩砂岩互層 はオサツナイ附近およびオイオプ沢主流附近に分布し, 一般には硬質頁岩の上位に位する。 灰色~暗灰色の凝灰質泥岩と, 青灰色~暗青灰色の細粒砂岩との互層からなる。 淤泥岩はいくぶん珪藻土質で, 鏡下では少量の珪藻を認めることができる。 互層の淤泥岩・砂岩各単層の厚さは一様ではないが, 大体淤泥岩が 20 cm 前後, 砂岩が 10 cm 前後で, 全体として淤泥岩が優勢である。 淤泥岩は風化すると灰白色となる。 また所によって緻密となり, 板状を呈し, 硬質頁岩に似ることがある。 砂岩は一般に細粒であるが, 所によって粗粒となる所もあり, また炭質物を含んで縞模様を呈する所もみられる。 大狩部附近の互層部の砂岩には油徴がある。 この互層中には礫岩および硬質頁岩の薄層を挾む部分がある [ 以下の [注] 参照 ]

[注]
靜內図幅地域では互層中に礫岩が多く, 所によっては, 泥岩・砂岩・礫岩が, ほゞ等量となる。 また凝灰質塊状泥岩と互層部を区別しているが, 本図幅ではこれを一括して示した。

礫岩 は前述の互層中の礫岩の特に発達した部分で, オイオプ沢附近に発達する。 褐色~帯褐暗灰色で, 一般に胡桃大から拳大のよく水磨された円礫を主とし, その膠結物は褐色の粗粒~中粒砂からなっている。 礫種は日高帯の変成岩類および火成岩類が主で, 受乞層 16) 中の礫岩とは一見して区別することができる。 また本礫岩中には, 前述の互層部と同質の互層を不規則レンズ状に挾んでいる部分がある。 本層は以上のような岩相によって構成されるが, 前にも述べたように岩相の側方変化が著しく, したがって各岩相の境界が同一時間面を示すものではない。 また本層の硬質頁岩中からは有孔虫化石を [ 以下の [注] 参照 ] , 互層中の淤泥岩からは Sagarites sp. を産するにすぎず, 全般的に化石に乏しい。 本層の地質時代については, 下位層(受乞層)との関係が東隣静内図幅地域内で整合であること, 本層が北に接する富川図幅地域における 二風谷 にぶたに 15) に連続するものであり, 中新世の有孔虫化石動物群 16) を産すること, および後述の鮮新世化石動物群を産する厚賀層の下位に位すること, などから中新世上部と考えられる。

[注]
特に靜内図幅地内に多産し, その属, 種名は靜内図幅參照。

II.1.2 厚賀層

厚賀層 [ 以下の [注1] 参照 ] は本地域の大部分を占めて分布している。 本層も元神部層と同様に岩相の側方変化が著しい(第 3 図参照)。 おゝむね下位から, 礫岩・凝灰質淤泥岩・砂岩・礫岩・凝灰質砂質淤泥岩の順序で累重し, 下部の礫岩と凝灰質淤泥岩主部, 砂岩と上部の礫岩の一部とが, それぞれ著しい異相関係にあり, 全層厚約 2,000~2,500 m を算する [ 以下の [注2] 参照 ] 。 次に賀張川・慶能舞川・波恵川における地質柱状図を示すと, 第 5 図の通りである。

[注1]
厚賀層は從来岡村要藏 3) による上部第三紀層にほゞ相当し, 千谷好之助 4) の新冠層の上部蛮岩層・厚賀層・ケノマイ層に当るものであるが, 千谷による記載はなく, こゝに厚賀層を再定義し, 賀張~厚賀附近を模式地とする。
[注2]
厚賀層(特に礫質相)は偽層が激しいために, 野外で測定した地層の傾斜が真の傾斜値を示すか否か疑問があり, したがって厚賀層の層厚を 2,000~2,500 m と算定したがいくぶん正確さを欠く。

第 5 図 厚賀層地質柱状図および岩相変化概念図

礫岩(下部) は厚賀市街国鉄日高線踏切附近に模式的に発達する。 外観は茶褐色を呈し, 礫の大きさは最大径 20 cm に達するが, 胡桃大から拳大のものが多い。 礫種は日高帯の変成岩類および火成岩類であり, いずれもよく水磨された円礫である。 膠結物は褐色の粗粒~中粒砂からなっている。 また, しばしば層理の発達した灰色~暗青灰色の, 細粒~中粒軟質砂岩を挾む。 礫岩は全般に偽層がよく発達し, 元神部層の礫岩に酷似する。 また, 上部になるに従い砂岩が卓越し, 上位の砂岩に漸移している。 また北東方向に向かうに従い, 礫質層から漸時後述する凝灰質淤泥岩に移化する。

凝灰質淤泥岩 は賀張川二股附近・ポロヌペオマップ沢上流および慶能舞川中流附近に分布する。 分布地域の北東縁では, 平取断層で下位の元神部層と平取断層で接している。 暗灰色~帯緑暗灰色塊状凝灰質淤泥岩で, 全般に多少珪藻土質であり, 鏡下で検すると少量の珪藻が認められる。 この淤泥岩は変化に乏しいが, 所によって砂質となり雲母片を含む部分や, 硬質となって板状層理の発達する部分がある。 このように板状層理の発達するところでは, 元神部層の凝灰質塊状泥岩 16) とした岩相と区別することが困難である。 またこの淤泥岩は乾くと灰白色となるのが通例である。 本岩中には形状の不規則な石灰質団塊を含んでいる。 また, 大型化石としてまれに保存不良な海棲介化石が見られるにすぎないが, Sagarites sp. が非常に多い。 アトタンネ沢口附近には 3~10 cm の白色の浮石質凝灰岩を挾み, 慶能舞川本流までの追跡がほゞ可能である [ 以下の [注] 参照 ]

[注]
鍵層として取扱い, K1 としてある。

砂岩 はフプモム沢流域および 慶能舞川の支流ルイカルウシシュベツ沢流域を結ぶ幅約 1.5~2 km の範囲に分布し, フプモム沢下流に標式的に発達する。 帯緑暗灰色~暗青灰色凝灰質細粒砂岩で, 一般に塊状である。 風化すると淡黄灰色を呈し, 軟弱で粒度が不均一である。 この砂岩中には雲母片・炭粉および浮石粒が多く, ところによって浮石質砂岩となっているところがある。 また厚さ 50~100 cm の白色凝灰岩が挾まれ, これは鍵層(K2, K3)としてある程度追跡することが可能である。 フプモム沢下流附近では礫質相となり, 偽層が発達している。 また局部的ではあるが, 賀張川では厚さ 2 cm の亜炭層が介在する。 フプモム沢入ロから上流へ 300 m に亘って分布する砂岩, および同沢の入口から西方海岸線に沿って分布する砂岩中には, 次のような [ 第 2 表に示したような ] 海棲介化石 [ 以下の [注] 参照 ] ・有孔虫化石を産する。

[注]
本層から産出する介化石はほとんど現世種によって占められ, その棲息深度は, Acila divaricata (HINDS) を除いては, 大体 10~20 尋前後の浅海である。

第 2 表

海棲介化石(東北大学 小高民夫学士鑑定)
Acila divaricata (HINDS)
Limopsis sp.
Patinopecten yessoensis (JAY)
Patinopecten (Fortioecten) takahashii (YOKOYAMA)
Anomia lischkei Dautzenberg & Fischer
Lucinoma acutilineatum (CONRAD)
Lucinoma sp.
Clinocardium ciliatum (FABRICIUS)
Clinocardium cfr. ciliatum (FABRICIUS)
Cardium sp.
Callista cfr. brevisiphonata (CARPENTER)
Mercenaria stimpsuoni (GOULD)
Mercenaria sp.
Panope japonica (A. ADAMS)
Panope sp.
Mya japonica JAY
Mya cfr. japonica JAY
Mya sp.
Pelecypoda gen. & sp. indet
Turritella fortilirata SOWERBY
Turritella sp.
Fusitriton sp.
Propebela cfr. candida (YOKOYAMA)
有孔虫化石(東北大学 浅野清教授鑑定)
Cassidulina sp.
Amgulogerina kokozuraensis ASANO
Eponides sp.
Dentalina sp.

上述の介化石は Pecten takahashii YOK. 以外ほとんど現世する種である。

この砂岩は, 賀張川流域では約 700~800 m の厚さを有するが, 漸時北西方向に向かうに従い上部は礫質相に移化し, 慶能舞川流域ではほゞ賀張川流域と同じ厚さを有するのが, 波恵川流域に至るとほとんど砂質相はなく礫質相に変わっている。

礫岩(上部) は賀張川の河口から, ほゞ N 30~40°W の走向延長に広く分布し, 清畠駅前附近に顕著なものがみられる。 外観は下部の礫岩と酷似しており, 礫種なども大差ないが, 一般に下部のものより偽層が激しく, かついくぶん軟弱である。 また礫岩中には, 細粒砂岩と軟質淤泥岩との互層した大きなブロックを含む異常堆積相がみられる。 この礫岩は北西方向に向かうに従い, 前記の砂岩に代わって卓越し, 慶能舞川流域で 200~250 m の厚さが波恵川流域では 750 m 強となる。

図版 2 厚賀層の礫岩(上部)

図版 3 厚賀層礫岩(上部)の偽層

凝灰質砂質淤泥岩 は波恵川下流附近を中心に分布し, 門別~豊郷間の海蝕崖で良く観察される。 下位の礫岩から漸移し, 当地域の新第三系の最上部を占めている。 暗灰色~灰色塊状砂質淤泥岩からなり, 風化すると淡黄灰色となる。 全般的に凝灰質であるが, いくぶん珪藻土質なところもある。 雲母片・炭粉をおびたゞしく含み軟弱である。 前述の砂岩に類似するが, いくぶん細粒かつ泥質である。 本岩相中には, 褐色の粗粒~中粒砂岩の薄層, 石英砂の濃集しているレンズ, 灰色泥岩と暗灰色細~中粒砂岩の互層部, および淡青灰色の凝灰岩(厚さ 70~100 cm)などを挾んでいる。 また, 砂質泥岩の扁平な団塊や保存不良な海棲介化石をまれに含有する。 この凝灰質砂質淤泥岩は, 波恵川流域では厚さ 100~120 m を算する。

厚賀層は前述したように礫質相が多いこと, および産出化石から考えて, 浅海性の堆積層であることがうかがわれる。 また下位から礫質相・砂質相・礫質相・泥質相という堆積順序から, 大きく2回の堆積輪廻を考えることができる。 本層と下位の元神部層との関係は, 整合漸移であって, 厚別川鉄橋の南方約 500 m 附近の鉄道の切割でみれば, 元神部層の互層部は漸時礫岩の量を増し, 遂に厚賀層下部の礫岩層となる。 本図幅地域では, この礫岩の基底から上を厚賀層としたが, この境界をオサツナイ方面に追跡すると, 元神部層と本層との間にも一部岩相の側方変化のあることが認められる。 したがって元神部層との境界線は, 同一時間面を示すものではない。 また凝灰質淤泥岩は, 元神部層の凝灰質塊状泥岩 16) と岩質的に区別することが困難なうえ, 分布地域の東側では, 平取断層によって元神部層と接しているため, 凝灰質淤泥岩の一部が元神部層の凝灰質塊状泥岩に相当する疑いもある。

本層からは, 前述のように砂岩中から Pecten takahashii YOK. および その他の鮮新世を指準する滝川化石動物群 6) を産することから, 日高三石地方の舜別層 5), 7) , 樺戸地方の幌加尾白利加層 14) および滝川地方の幌倉層 14) に対比される可能性が強い。 また北隣富川図幅地内の荷菜層 15) の連続である [ 以下の [注] 参照 ]

[注]
元神部層中上部から, Pecten takahashii YOK. その他の鮮新世の化石を産する層準までの間の地層については, 古生物学的なデータがない。 したがってこの間の地層が中新世・鮮新世のいずれに歸属するかは不明であり, 厚賀層の基底は中新世と鮮新世との境界ではなく, あくまでも岩相上便宜的に設けた境界であって, 今後の檢討が必要である。

II.2 第四系

II.2.1 更新統

本図幅地域の更新統に属する地層は, 地形の項で記述した4段の海岸段丘面を構成する堆積層と, 高位・低位の2段の河岸段丘堆積層とからなる。

海岸段丘堆積層 : 海岸段丘堆積層は, 4段の段丘堆積層に分けられるが, その堆積物を充分に観察できるのは, 平坦面の末端が海蝕崖をなしている門別面のみである。 基底部は主として径 10 cm 以下の変成岩類および火成岩類の円礫を主とする礫層からなる。 上部になるに従い細礫となり, 砂に変わっている。 豊郷~門別間の海岸では, 約 5 m の厚さを有する。 そのほか, 断片的には豊郷面・清畠面の堆積物を内陸部で観察することができる。 砂礫相が卓越するが, 堆積層の厚さや, 堆積物の詳細は岩屑によって被覆されているため, 明らかにし得なかった。 また賀張面は開析が進み, 侵蝕が激しく, 明らかな堆積物は認められないが, 三角点(258 m)の西方の賀張面附近の小沢には, 砂礫を主とする岩屑が多く, おそらく賀張面の堆積物から由来したものと考えられる。

河岸段丘堆積層 : 河岸段丘堆積層は, 地形の項で述べたように高位・低位の2段のほか, 各海岸段丘面と同位の平坦面に含まれるものとがある [ 以下の [注] 参照 ]

[注]
海岸段丘面と同位の河岸段丘堆積層は海岸段丘堆積層の記載と一括し, こゝでは省略した。

高位河岸段丘堆積層は, 各河川の左岸に良く発達する。 河川流路が左岸山麓に接近している部分は, 河岸段丘が現在侵蝕を受けているため, 段丘堆積層がよく観察される。 堆積物は海岸段丘堆積層と比較して大差はないが, 礫が一般に大きく, 粒度の分布も不均一である。 また砂質相が多い。 大体 3~5 m の厚さを有する。

低位河岸段丘堆積層は, 各河川にみられる高さ 10 m 以下の段丘を一括して低位河岸段丘として取扱っているため, 高位河岸段丘に比較して発達状況が各河川によって異なる。 堆積物は明らかではないが, 泥質相が多いようである。

火山灰層 : 本図幅地域内に分布する火山灰は, 下部火山灰層と上部火山灰層とに2分することができる。

下部火山灰層は賀張面の堆積層の上位には認められないが, 清畠面の山部落附近, 豊郷面の幾千世北方の台地(門別川右岸台地で図幅地域外), 門別面の門別~豊郷間国道, 豊郷~清畠間の台地および沙流川(図幅地域外), 門別川の高位河岸段丘面にそれぞれ認められる。 その堆積状況はいずれの場合もよく似ており, 河岸段丘・海岸段丘の2, 3についてそれぞれ模式的な柱状図として示すと第 6 図の通りである。

第 6 図

この火山灰は黄褐色~淡黄褐色で, 径 1 cm くらいの浮石を主とし, 厚さ 1~3 m, 最も厚い所で約 4 m に達する。 また, ところにより粘土質となり, ローム状を呈する部分もある。 本火山灰の堆積時期は明らかではないが, 前述の分布状態から判断して, おそらく高位河岸段丘の形成後に堆積したと考えられる。

上部火山灰層は [ 以下の [注] 参照 ] 各河川の現河床を除き, 全域を被覆して, 地表の腐植土の中位に介在している。 厚さ 15~20 cm の灰白色の火山灰で, 大体径約 2 mm の浮石からなっている。 この火山灰は樽前系の噴出物といわれ 2) , 明治初期あるいはそれ以前の活動による降灰と考えられている。

[注]
この火山灰は第 6 図に示す, 上部の厚さ約 15~20 cm の火山灰である。 またこの火山灰は降灰の時期から現世に入るが火山灰層と一括してこゝで記載する。

図版 4 火山灰の堆積状況

II.2.2 現世統

現世に属する堆積物は, 各河川に発達する冲積層・砂丘砂からなる。

冲積層は各河川の現河床・氾濫原および扇状地を形成し, 未固結の砂礫および粘土からなる。

砂丘砂はシノダイ崎~門別川河口間を結ぶ海岸線に3列の顕著な砂丘を構成する。 汀線に近い2列は高さ 4~6 m であるが, 後列の砂丘は高さ約 10 m である。

II.3 地質構造

本図幅および周辺地域の第三系の構造は, 北西 - 南東の方向性に支配されている。 したがって, 背斜・向斜および主要な断層は, すべて N 20~40°W の延長方向を示し, 地層の傾斜は平取断層の北東側に分布する元神部層と, 断層周辺の厚賀層とを除いていずれも 10~25°で, 一般に西に傾いており, 地質構造は比較的単調である [ 以下の [注] 参照 ]

[注]
從来北海道においては, 後追分期・先滝川期の地殻変動が重要視され 8) , 滝川期の基底には大きな不整合があるとされていたが, 最近樺戸山地周辺において, 小林勇・外により, この不整合は認められず, 滝川期相当層も下位の諸地層と同一の造構造運動を受けており, 先滝川期の地殻運動はむしろ後滝川期であることが指摘されたが, 当門別図幅においても滝川動物群を産する厚賀層と中新世の元神部層との間には, 堆積上の間隙, 構造差はみとめられず, 整合一連であり, 当地域にみられる著しい構造運動(断層・褶曲運動)は厚賀層の堆積後である。

厚賀~オサツナイ間の半ドーム構造 [ 以下の [注1] 参照 ] および半向心構造は, 東隣静内図幅地内の新冠背斜およびオサツナイ向斜の北西端に当り 16) , これが北西方に沈降しているため, 本図幅地内では単斜構造に近い形を示している。 なお海岸線に平行して賀張川下流より N 60°W 方向に延びる緩やかな向斜構造が認められる [ 以下の [注2] 参照 ]

[注1]
厚賀半ドーム構造
[注2]
地質図上には清畠向斜としてある。

断層は図幅地域の北東隅を N 20°W の方向に延びる平取断層が唯一のもので, 走向断層の性質を示している。 この断層は南東方にその落差を減じ, 静内図幅地内厚別川南東方では認めることができない。 しかし, 北西方向ではその落差を増大し, 富川図幅地内の沙流川・門別川流域で最大となる模様である 15)

以上の褶曲・断層運動のほゞ完了した後に, 第四紀の数回に及ぶ傾動を伴なった上昇運動があり, 賀張面以下の段丘面が形成された。 これに伴なって前述の褶曲運動の余波とみられる運動があって, これが段丘面に反映していることは前述の通りである。

III. 応用地質

本地域は日高北西部産油地 3) の北西方に位置し, 新冠背斜 16) の延長方向に当る。 ポロオシュッキウシュペ沢およびオプンカウウンペ沢の元神部層中の砂岩には, 石油が滲出している部分がある。 しかし, 新冠背斜はこゝで地下に没し, かつ単斜構造に変わっている。

また, 本地域に発達する海岸段丘・河岸段丘および海浜等に, 漂砂鉱床型の砂白金の産することが記録されている 11) 。 しかしこの砂鉱床も現在採掘されておらず, その規模等は明らかでない。

文献

1) 伊木常誠 :
日高国門別川,波恵川,慶能舞川および厚別川流域調査, 鉱物調査報告,第 5 号, 1911
2) 伊木常誠 :
樽前火山噴出の浮石層, 地学雑誌,第 23 輯,268 号, 1911
3) 岡村要蔵 :
日高国北西部産油地調査報文, 鉱物調査報告,第 22 号, 1915
4) 千谷好之助 :
本邦第三紀層の分類とその名称につきて, 地質学雑誌,Vol. 30, 1923
5) 竹田秀蔵 :
日高国三石村附近に発達する地層の層位並びに構造について, 北海道大学理学部地質鉱物学教室(手記), 1935
6) S. Nomura :
A Note on Some Fossil Mollusca from the Takikawa Beds of the Northwestern Part of Hokkaido, The Science Report of the Tohoku Imperial University, Sendai, Japan, Second Series (Geology), Vol. 18, No. 1, p. 31~39, 1935
7) 竹内嘉助・三本杉巳代治 :
10 万分の1地質図幅説明書「浦河」, 北海道工業試験場調査報告,第 1 号, 1938
8) 長尾巧 :
札幌 - 苫小牧低地帯(石狩低地帯), 矢部教授還層記念論文集,Vol. 2, 1941
9) 小笠原義勝 :
北海道襟裳岬附近の海岸段丘, 地質学雑誌,Vol. 48, 1941
10) 湊正雄・浦野竜一 :
日高国静内町近傍の第三紀層および三石断層の意義について, 新生代研究,第 6 号, 1950
11) 鈴木醇 :
北海道の砂白金鉱床, 北海道地質要報,第 14 号, 1950
12) 竹田秀蔵 :
北海道における ±100 m の昇降, 地質学雑誌,Vol. 59, 1953
13) 山田忍 :
北海道に於ける火山噴出物の分布について, 地質要報,第 21 号, 1953
14) 小林勇・外 :
5万分の1地質図幅説明書「滝川」, 北海道開発庁, 1957
15) 今井功・角靖夫 :
5万分の1地質図幅説明書「富川」, 北海道開発庁, 1958
16) 松野久也・山口昇一 :
5万分の1地質図幅説明書「静内」, 北海道開発庁, 1958
17) 吉田尙・外 :
5万分の1地質図幅説明書「比宇」, 北海道開発庁, 未発表

EXPLANATORY TEXT OF THE GEOLOGICAL MAP OF JAPAN Scale 1 : 50,000

MOMBETSU

Sapporo, No. 62

By SHŌICHI YAMAGUCHI (Written in 1957)


Abstract

The area mapped is located at the southwestern foot of the Hidaka mountain range which is the meridional backbone of Hokkaidō Island, and the area covers a part of the Niikappu-Biratori oil field.

GEOLOGY

The area is composed of the upper Neogene sedimentary rocks and Quaternary ones. The stratigraphic sequence is given in Table 1.

Table 1.

Tertiary

Motokambe formation : The main part of the Motokambe formation is developed in the east side sheet-map area. This formation in this area is composed of alternation of tuffaceous siltstone and sandstone, conglomerate and hard shale. These rock facies are in relation of lateral change with each other, although the hard shale occupies lower horizon and the other two upper roughly. From the lower part to the middle part, the Miocene foraminiferal fauna are reported in the east side sheet-map area.

Atsuga formation : The Atsuga formation covers conformably the Motokambe formation, and the basal part of this formation laterally changes in rock facies into the top part of the Motokambe formation. So the boundary between both formations is not the chronological one strictly.

The Atsuga formation is composed of conglomerate, tuffaceous siltstone, sandstone and tuffaceous sandy siltstone. Although there are somewhat lateral changes between each rock facies, the succession within this formation is roughly as follow, from the base to the top

conglomerate, tuffaceous siltstone, sandstone,
conglomerate and tuffaceous sandy siltstone.

The relation between each rock facies is shown in Figs. 3, 5 (see Japanese Text of 「II.1.2 厚賀層」).

At the lower part of this formation, namely in the tuffaceous siltstone and sandstone, three key beds (K1, K2 and K3) consisting of white tuff can be traced in some distances.

The conglomerate consists of pebbles of metamorphic rocks and igneous rocks derived from the Hidaka mountain range. In the sandstone and sandy part of the other rocks, biotite fragments are contained remarkably.

The molluscan fauna, which was collected from the sandstone about 600 m above the base of the bed, is shown in the Table 2 (see Japanese Text of 「II.1.2 厚賀層」). It resembles well to the Pliocene Takikawa fauna.

Quaternary

The Pleistocene sediments are represented by the terrace deposits and volcanic ash.

There are well-preserved terrace planes, which are divided, according to the height of the surface plane, into four coastal terraces (see Japanese Text of 「I. 地形」) and two river terraces.

The terrace deposits are divided, in accordance with this topographic division. All terrace deposits are composed of gravel, sand and clay, but the deposits of the highest terrace are ill-preserved.

On the surface of the coastal terraces and the river terraces, the prominent yellow volcanic ash which is 1~3 m thick, is observed. It deposited at least after the upper river terrace surface was formed, so its age seems to be latest Pleistocene or Recent.

The youngest ash is believed to be erupted from volcano Tarumae in 1874, and it is intercalated in the black surface soil with the thickness of 15~20 cm.

Alluvium is developed along the fluvial plain of the river, and consists of gravel, sand and clay.

There are three chains of sand dunes along the coast near Mombetsu.

The main structural units of the Neogene are the Biratori fault, Atsuga semi-dome structure which is the western end of the Niikappu anticline, and Kiyohata syncline. Their directions of elongation are parallel to the coastal line. These structures were formed before Pleistocene, but the movements seem to have continued also in Pleistocene and to have affected the tilting and warping of the terraces, judging from the fact that all coastal terrace planes are inclined southwestwards, and the distribution of the river terraces is restricted only to the left side of the river.

ECONOMIC GEOLOGY

The oil seepages are observed in the area of semi-dome structure extending from Atsuga to Osatsunai. This semi-dome structure transforms westward to the monoclinal structure, so the oil reserved structure is not expected in the western part of the sheet-map.

Placer iridosmine deposits have been reported in the terrace deposits and in the beach sand, but they are not worked, recently.


昭和 33 年 3 月 25 日印刷
昭和 33 年 3 月 31 日発行
著作権所有 工業技術院 地質調査所