04023_1965
5万分の1地質図幅説明書
(札幌 第 23 号)
工業技術院 地質調査所併任 北海道大学教授 佐々保雄
工業技術院 地質調査所 通商産業技官 田中啓策
工業技術院 地質調査所 通商産業技官 秦光男
北海道開発庁
昭和 39 年
地質図印刷上で, 画き誤りや印刷もれがあったので, その重要なものについて, 下記のように訂正および追加をする。
目次 I. 地形 II. 地質 II.1 概説 II.2 白堊系 II.2.1 中部蝦夷層群 II.2.1.1 主部 II.2.1.2 三笠層 II.2.2 上部蝦夷層群 II.3 古第三系 II.3.1 石狩層群 II.3.1.1 登川層 II.3.1.2 幌加別層 II.3.1.3 夕張層 II.3.1.4 若鍋層 II.3.1.5 幾春別層 II.3.2 幌内層 II.4 新第三系 II.4.1 朝日層 II.4.2 滝の上層 II.4.3 川端層 II.4.4 岩見沢層 II.4.5 迫分層 II.4.6 清真布層 II.5 第四系 II.5.1 茂世丑層 II.5.2 河岸段丘堆積層 II.5.3 火山灰層 II.5.4 扇状地堆積物 II.5.5 冲積層 II.6 火成岩(脈岩類) II.6.1 安山岩質玄武岩 II.6.2 紫蘇輝石普通輝石安山岩 II.7 地質構造 II.7.1 東部隆起帯 II.7.2 中部向斜帯 II.7.3 西部背斜帯 III. 応用地質 III.1 石炭 III.1.1 夕張鉱業所 III.1.2 平和鉱業所 III.1.3 万字炭砿 III.1.4 美流渡炭砿 III.1.5 新二岐炭砿 III.1.6 東幌内炭砿 III.1.7 新夕張炭砿 III.1.8 朝日炭砿 III.2 石油および天然ガス III.2.1 新第三紀層の石油及び天然ガス III.2.2 石油試掘 III.2.3 古第三紀層中の油徴 III.2.4 炭田ガス III.3 鉱泉 III.3.1 白堊紀層に関するもの III.3.2 石狩層群に関するもの III.3.3 川端層に関するもの III.4 石材 III.4.1 白堊紀層中の砂岩 III.4.2 古第三紀層中の砂岩 III.4.3 新第三紀層中の砂岩 III.4.4 安山岩質玄武岩 III.4.5 沖積層の砂礫 III.5 粘土 文献 Abstract (in English)
5万分の1地質図幅説明書(昭和 39 年 3 月稿)
(札幌 第 23 号)
本地質図幅は北海道開発庁の委託によって作製したもので, 野外調査は 1959 年と 1960 年の両年にわたって実施し, 白堊系地域は田中が, 古第三系地域は佐々が, 新第三系地域は秦が担当した。 室内研究は引続き地質調査所ならびに北海道大学において行ない, 本編はこれらの結果をとりまとめたものである。
本図幅を仕上げるにあたり, 野外ならびにその後の室内研究に際して現地の炭砿会社, 即ち北海道炭砿汽船株式会社, 朝日炭砿株式会社, 東幌内炭砿株式会社, 万字炭砿株式会社および 新二岐 炭砿株式会社から, 社内の資料閲覧ならびに現地において情報の提供を受け, また石油資源開発株式会社や大学などの多くの研究者から, それぞれの分野で御協力ならびに御教示を得た。
そのうち, 特に白堊系については, 九州大学の松本達郎教授および 石油資源開発株式会社 北海道鉱業所の調査資料を参考にすることができ, 古生物学的資料については松本教授から教示を受け, 有孔虫化石の鑑定には東北大学の高柳洋吉博士を煩わした。
古第三系については, 上記のように諸炭砿の調査担当諸氏の御高配, 特に北海道炭砿汽船株式会社の下河原寿男, 手島淳両博士からは多くの坑内外資料, 北海道大学の棚井敏雅博士からは植物化石, 東京大学工学部の内尾高保博士からは幌内層の有孔虫に関して, 多くの未公表資料の提供をうけた。
新第三系については, 調査にあたって朝日炭砿株式会社の大江譲氏の御協力を受けた。 採集した有孔虫資料の処理ならびに同定は 東北大学の高柳洋吉博士ならびに石油資源開発株式会社の岩本寿一, 大倉保の両氏を, 海棲貝化石については北海道大学の魚住悟助教授, 花粉分析については同大学の佐藤誠司博士を煩わし, かつ有益な御教示をいただいた。
ここにこのことを銘記して深甚の謝意を表する。
本図幅地域は, 東に夕張山脈, 西に石狩平野をのぞむ中間地帯にあたり, 地形的に次の6地域に区分される(第 1 図)。
夕張山地 は域内東半, 全域の約6割を占める低山性山地で, その東部は主として古第三紀層および白堊紀層(ⅠA), 西部は新第三紀層(ⅠB)からなる。 前者は夕張市の北方の三角山(773.4 m)を最高峰とし, 同市の東方の 冷水 山(713.8 m), 西方の 鳩巣 山(615.8 m)等の高地からなり, 西半はその西方一帯の 200~300 m 台の丘陵性山地からなっている。 前者 [ ⅠA ] の山背はいずれも緩かで,定高性を示し, 隆起準平原の名残りを思わせる。 後者 [ ⅠB ] は地層軟弱のため, かなり開析されていて, 前者より一段低い, 西に緩下する定高性山背面を保っていることが注目される。
河川は地質に支配されて概ね適従的に流下し, 万字 [ 図幅北東隅 ] の西南方の 632.4 m 峰を中心とする万字ドームおよび鳩の巣山を中心とする, いわゆる鳩の巣ドームを取りまいて流下している。 北の幌向川本流は幌内層群の中を択んで流れ, その支流一の沢なども付近の地層の走向に準じている。 南の 阿野呂 川の上流部は, 両ドーム間の古第三紀層の中, あるいは夕張断層の弱線に沿って流れ, その中流部は地層の走向に平行している。 夕張市街地を流れる 志幌加別 川もドームの核心の白堊紀層をさけた石狩層群の中あるいは幌内層分布区域を流れている。
これらの河川は, 白堊紀層および石狩層群中を流れるところでは, 急な V 字谷を示すことが多いが, 幌内層に入ると急に谷を拡げるのが常で, 同時に河成段丘の幅も広くなっている。 これらの河川の密度も白堊系地帯では粗く, 幌内層区域では密である。
本山地の西半は, 西に急立する新第三紀層によって占められ, 東方山地より一段と低い 200~300 m の西に緩く傾斜する丘陵性山地で, 区域の大半を占める川端層中~下部地域では, 山稜が硬軟互層をなす岩相のために鋸歯状を呈することが多い。 特にその中の凝灰岩層などは顕著な造稜層として周囲よりきわ立ち, 南北に連なっている(第 2 図)。 これより西の川端層上部および岩見沢層地域では, 山背が緩かで, 後者は牛背状の西に傾いたケスタ地形を呈する。
ここの山地を刻む河川には, 北から 幌向 川, 雨煙別 川, 阿野呂川およびその支流があり, 細かく付近を開析し, 概ね必従的に西流する。 これらの河の本流すじでは1~2段の河岸段丘をもち, その周辺に沖積平野を伴っている。
角田 低地 は西半の中央部を南北に走る幅 3~4 km の低地帯で 113) , 北は域外の 茅 野に始まり, 上 志文 を経て, 角田をすぎ, 更に南方の追分までぬける長大な低地帯の一部を占めている。 区域内は第三紀層上部および洪積層により占められ, 最高 100 m 内外の低平な地帯で, 上記の河川の支流の 茂世丑 川や中の沢下流等はこの地帯を適従的に流れ, 河岸平野を拡げており, 両河川の支流は東西両山地から必従的に, 東流あるいは西流している。 区域の南半は夕張川の侵蝕により一段と低下した沿岸平野が占めている。 この低地帯は以前考えられていたような地溝的なものでなく, 軟弱地層の侵蝕による向斜谷である。
馬追 丘陵 76) は北の岩見沢の東南方から南の追分に続く低夷な丘陵地で, 主として川端層以上の地層によって占められ, 最高 272.3 m(由仁町の西方)の, 極めてなだらかな山背をもつ背斜性山地である。
これは, 北では幌向川, 中央部では夕張川によって3地帯に分れている。 小沢は現地形に従がって東西流するものが多く, 山地を細かく刻むが, その上流区域は川端層の岩石の硬軟に適従して, 南北流しているところも認められる。 またこの地帯を貫く安山岩岩脈は細い山稜をなして連なっている(第 3 図)。 また, 茂世丑層およびその周辺の高度 40 m 内外の段丘の拡がる地域では, 小沢がこれを幼年谷状に鋭く切りこんでいるのが認められる。
石狩低地
76)
は区域の
北東隅
[
← 北西隅 ?
]
にあり,
石狩川およびその支流の堆積物によって築かれた石狩平野の一部である。
馬追山地西縁の茂世丑層からなる 40 m 内外の台地より一段と低く,
ここでは高さ 15 m 内外で,
水田地として利用されている。
夕張川流域低地 では区域内の西南縁を北西流する夕張川, およびその支流の雨煙別川や阿野呂川は, その周辺に広い冲積原を拡げ, その間を自由に蛇行している。 夕張川の流域には半月湖や湿地が多い。 夕張川が馬追丘陵を横切る部分は, 同丘陵を斜断する断層にもとづく断層線谷的な先行川である。
幌向 川流域低地 は前者に比べてはるかに狭小であるが, 東半の山地を離れると, 河岸平野の幅を拡げ, 馬追丘陵地を先行的に横断して, 上記 石狩平野に移る。 現河床は, 周辺の冲積原より 3~4 m 低く, いわゆる冲積面形成後の地方的な上昇を物語っいてる。
本図幅内には, 北海道中央部を構成する地層のうち, 第 1 表に示した如く, 下部白堊系の大部分およびそれ以前の地層を除く, ほとんどすべての地層が分布している。
そのうち, 白堊系および古第三系は, 区域の東半の夕張山地の主部を占め, やや複雑な褶曲および断層構造を呈しているのに対し, 新第三系は同山地の西半から角田低地および馬追山地を造り, 大まかな構造を示す。 第四系は現地形に対応し, 河川周辺の段丘や平地を造っている。 火成岩は極めて少なく, 東の幌内層分布区域に玄武岩質安山岩の小岩脈が散点し, 西の馬追山地に安山岩の細長な岩脈が認められるに過ぎない。
いま, これら本地域を構成する各地層について 瞥見 すると, 先ず白堊系は区域の東半, 夕張山地において北の万字および南の鳩の巣の両ドーム構造の核心をなしている。 これは東から西へ向かうほどより下位の層準をもって, また万字ドームに較べて鳩の巣ドームでは全体としてより下位の層準をもって, 古第三系 石狩層群に平行不整合的に被覆される。 これは北海道中軸帯の白堊系堆積盆地, 即ち蝦夷地向斜の西側縁辺部に近い堆積相を示し, 層厚および層相の点において, 北隣の岩見沢図幅地域の幾春別背斜の南端部におけるそれに酷似する。 中部蝦夷層群および上部蝦夷層群の一部からなるが, 下部蝦夷層群は地下に没しており, 上部蝦夷層群の大部分およびその上位の函渕層群は古第三系に先立つ侵蝕によって除去され, 当地域には露われない(後述する「II.2 白亜系」で示した第 2 表)。
中部蝦夷層群は主部と最上部の三笠層とに分れる。 主部は下限が不明であるが, 330 m 以上の厚さがあり, 主に細粒堆積物から成り, 中部に砂質岩を少なからず伴ない, アンモナイトおよびイノセラムスなどの化石をわずかに含む。 三笠層は白堊系地域の過半を占め, 厚さ 200 m 内外, 浅海性, 一部瀕海性の堆積物で, 砂質岩および礫質岩から成り, 泥質岩を多少伴ない, 三角貝などの二枚貝化石を多量に含む。 側方変化により東部相, 中央相および西部相に識別され, 東から西へ向い西側の供給地により近い堆積相を示す。 中部蝦夷層群主部は宮古統上部階に, 三笠層は宮古統最上部亜階~ギリヤーク統上部階に対比される。 三笠層は, 幾春別背斜の南端部の場合と同様に, 標準地域の場合に比べて, 層序的範囲が長いのにもかかわらず, 層厚が薄い。
上部蝦夷層群は, 上限が不明であるが, 厚さ 80 m 内外, 比較的単調 均質な泥質岩から成り, 上部に鍵層となる比較的厚い凝灰質砂岩を挾む。 アンモナイトおよびイノセラムスの化石は全体として少ない。 上部蝦夷層群が薄い点は幾春別背斜の南端部の場合ときわめてよく似ている。 本層群はギリヤーク統上部階から浦河統上部階に当る。
白堊系は古第三系石狩層群との間に特に顕著な構造的差異は示さない。 万字ドームおよび鳩の巣ドームにおける白堊系は, 何れも東西に延び並列した背斜構造を呈するが, 中身は単純なドーム構造ではなく, 副次的な背斜構造の派生および西北西 - 東南東, 北西 - 東南など諸方向の断層によって変形している。 とくに, 万字ドームでは中核部が複背斜構造を呈し, 西部においては南東隅に東西, 北東隅には南北方向をとる二つの鼻状背斜構造を派出し, これらは併せて西縁および南縁が夕張断層によって限られている。 また鳩の巣ドームにもその西縁中央部に南に分れた小さい鼻状構造がある。
古第三系には下位の石狩層群と上位の幌内層群がある。 前者 [ 石狩層群 ] は炭田の北半の空知地区と比べると, 全層が薄く, かつその一部を欠いたり, または発達が悪かったりし, 従って稼行炭層数の少ないことなど, その間に著しい差異のあることが認められる。 即ち, 下部の登川, 幌加別, 夕張など各層の厚さが著しく薄いこと, 若鍋 層もその岩相をかなり異にし, かつ空知におけるような含炭部を欠く。 美唄層も明白にこれに当たるものの発達が極めて貧しく, 赤平層及び平岸層など, 従来いわゆる上, 下の蜆介層と呼ばれたもの, 及び最上部の芦別層を欠除している。 すなわち夾炭層の数も少なく, 登川層や夕張層なども層厚は薄い。 しかし炭層そのものは質, 量ともに優良なものが発達し, 本邦炭田の主力を形成している。 上位 [ 石狩層群の最上位 ] の幾春別層は北隣の岩見沢図幅に続き, 全層の厚さは薄いが, 図幅内の北東部に露れており, 幾春別地区に次いで同層稼行の有力な地域となっている。 これら陸成含炭層間に挾まれる若鍋層もこの地域を標式地とし, 本地方の石狩層群唯一の海成層として好く発達し, 化石も豊富である(後述する「II.3 古第三系」に示した第 6 表)。
これら石狩層群は, 全体として区域の北西部に向って覆蔽 [ overlap ] 的に下部を欠きつつ乗り, 同時に薄化して堆積の周辺相に近づく様相を示すことは注目に値する。 即ち, 万字ドームの東辺及び南辺から, 鳩の巣ドームの周辺にかけては石狩層群の各層が揃っているが, 万字ドームの北辺では東から西に, 登川層, 幌加別層, 夕張層と欠けて行き, その北西辺では若鍋層が直接白堊系に乗っている。 一方, 幾春別層は, 幌内層下の不整合に切られていることにもよるが, 層そのものも東方に薄化していると同時に, 炭層を失うことなどは, 石狩層群の各層の堆積生成前後の地殻運動と削剥の様式を示すものである。 一方, 下述のように, 各層を堆積輪廻に基いて分層, 分帯して見ると, 殆ど各亜層毎にその厚さの分布を異にし, 各層のみならず, 分層の生成単位の間にも堆積盆の動揺, 移動があったことを覗い得, 上記の石狩層群の堆積前後のみならず, 堆積中にも, 背後陸地と堆積地帯との交感的なシーソー運動が行なわれたことを物語っている。
上下を通じて海成層である幌内層群は, 以上 [ の石狩層群 ] に対し, その角度は僅かではあるが, 傾斜不整合で乗り, 隣接の幾春別図幅に次いで, 厚く発達している。 本層群は下位の石狩層群と影と形の如く相伴っており, いわば「本層下に夾炭層あり」の標札とも言えるものであるが, その岩相構成が厚い上に, 極めて単調なので, 夾炭層への深度の予測は容易でない。 しかし, 近年は大型介化石及び有孔虫化石などによる層序の細分も行なわれて, かなり確かに下位層への着層深度が予想出来るようになった。
これらの古第三系は万字, 鳩の巣の両ドームの周辺に, 白堊系をとりまいて分布するが, その構造は部分によってかなり異なる。 万字ドームの北では幌向川に沿う幌向向斜を中心に, いくつかの小断層は伴っても比較的平静に緩斜するが, 西の同ドームの西翼を切る東幌断層以西では急立し, 多くの断層に切られ, かつ褶曲も伴っている。 一方, 同ドームの東側に赴くと, 万字炭砿区域に入り なお暫くは斜断層に切られつつも安定しているが, 東南辺から南辺にかけては褶曲を伴い, 西の逆轉 [ ← 逆転 ] した角田向斜, それにつづく 葵 向斜, 丁未 向斜 [ 位置不明 ] などの褶曲帯を呈している。 同様な, 西翼で急, 南翼で著しく褶曲する現象は鳩の巣ドームでも認められ, 西のエキモアンル川 [ 位置不明 ] 沿いの古第三系は極めて急立, 南翼に廻っても依然急に, 特に幌内層区域では多くの褶曲や断層を伴い, 一方, 東翼では図幅内で最も安定した夕張炭砿区域を形成するが, 南翼にまわりかける付近では, 多くの衝上断層を伴う複雑な地質構造を呈する。
新第三系は本図幅の西部地域に, 南北方向の地質構造をとって広く発達している。 朝日層および岩見沢層の一部を除いて, 下位の滝の上層から最上位の 清真布 層まで整合一連の関係にある(後述する「II.4 新第三系」に示した第 15 表)。
朝日層は局所的に分布し, 他の諸層とはすべて断層で接しており, その層位学的位置については従来種々の議論のある地層である。 本層は新第三系中唯一の炭層をもつ地層で, 現在まで知られている日高地域, 樺戸地域あるいは羽幌地域において発達する夾炭層と同層準と思われる。 これらはいずれも 本州の八尾―門の沢動物群(中新世中古期)に類似する 化石動物群集を産出する海成層の下位に存在し, かつ, 台島型植物群を伴っている。 これら周囲の状態から, 本層もまた新第三系の海進の先駆的堆積物と見做して取扱っておく。
滝の上層は古第三系の幌内層を不整合に覆っている。 近年, 手島淳 130) の幌内層の分帯の研究により, 後者は地域的にかなりの削剥を蒙っており, とくに 新二岐 から本沢にかけて侵蝕量が最大であることが明らかになった。 本層は下部の砂岩層と上部の泥岩層に2分され, 上部の泥岩からは Spirosigmoilinella compressa, Rotalia yubariensis などの有孔虫化石を産し, 標式地の滝の上層の泥岩に相当する。 一方 幌向川流域の下部の砂岩層では Mytilus tichanovitchi, Spisula onnechuria 等によって代表される幌向動物群 [ 以下の [注] 参照 ] の発達がある。 この動物群は紅葉山動物群あるいは滝の上動物群とも著しく性格を異にしており, 三者の関係については未だ定説がない。 しかし, 下河原・手島 111) が紅葉山層とした本地域の泥岩層は, 明らかに幌向川流域で滝の上層の指示者とされる Rotalia yubariensis を産する泥岩そのものである。
川端層は滝の上層から漸移し, 砂岩および泥岩の規則的な互層あるいは礫質岩, 砂質岩, 泥質岩の周期的累層から成る。 しかし, 幌向川以北, あるいは西側の栗沢背斜部および馬追山地においては, 礫岩をほとんど伴わず, 泥質相が卓越し, かつ, 馬追山地では石炭層を伴っている。 礫質相と泥質相との関係は明らかに指交関係にあり, 南北方向よりも東西方向に急激な変化を示し, 西部に向って周縁相化している。 これらの関係は堆積物と層厚の変化についても同様で, 約 3,700 m から 700 m までに急激に変化している。 なお, 栗沢背斜軸部に分布する泥岩層は上述の滝の上層の泥岩層に酷似し, かつ, 川端層の層厚の変化等から考え合せると, 滝の上層の泥岩層に相当するものと思われるが, 現在 古生物学的な確認が得られないので, 一応 川端層の異相として取扱っておく。 本層は天北地方の増幌層, 古丹別層, さらに夕張 - 日高地方の振老層, アベツ層, 受乞層などと同時期のものであり, 道中央西部地域に限られる, 岩相上も特徴があり, 厚さも著しく厚い異常な堆積層である。
岩見沢層は主としていわゆる硬質頁岩からなる。 馬追山地ではその基底部に安山岩質集塊岩および砂岩層があり, 下位の川端層とは凸凹面をもつ明瞭な境界が認められるが, 他の地域では整合漸移的である。 馬追山地は前述のように川端層堆積時から, 石炭層を挾有するような周縁相を呈し, かつまた隆起部であったが, 本層堆積の初期にもまだ浅海の環境下にあったものと考えられる。
追分層は主として比較的塊状の砂質泥岩からなり, 礫岩および砂岩泥岩互層を挾在している。 下位の岩見沢層との関係は整合漸移, 一部側方に指交する関係にある。 砂岩泥岩互層および礫岩は中上部に多く, 岩見沢層堆積時から引続いた堆積盆は, 堆積物の充填の結果次第に浅化し, 粗粒物を積成する状態に至ったものと考えられる。 しかし, 中部のいわゆる栗山礫岩からは, 後述のような峠下動物群に対比される海棲介化石を産するほか, 砂質泥岩からは有孔虫化石を産し, 中新世後期に属する。
清真布層は主として塊状の砂質岩層からなり, 灰白色の凝灰岩を挾んでいる。 下位の追分層の砂質泥岩とは整合関係にある。 本層から産する化石動物群は, 滝川動物群に相当するもので鮮新世に属する。 なお, 本層は 砂川 - 石狩低地帯の東縁部において露出する 滝川層およびその同位層の分布の南限であるが, 貝化石の産出は今回始めて知られたものである。
以上述べた新第三系は, 白堊系から古第三系にいたる比較的緩漫な上昇および沈降によって積成した時代が終り, 北海道の脊稜山地に平行な南北性の軸をもつ褶曲運動の生成に伴いながら 積成した堆積層である。 これらの褶曲運動あるいは上昇運動は川端層堆積時で最大であり, かつ東部で著しい。 すなわち, 新第三系の堆積盆は, 前述の東方隆起部の上昇に伴い著しい側圧を伴って, 順次西に移動し, 清真布層堆積後に, 最後の褶曲断層運動が終ったものと考えられる。
第四系は角田低地の周縁部に認められる茂世丑層, 各河川沿岸の段丘堆積物, 扇状地堆積物, およびこれらと相前後して数次にわたって活動した 西南方の諸火山の火山灰や火山砂礫および現在の河辺の沖積物などである。
本層は万字ドームおよび鳩の巣ドームの中核として露われる。 下限は不明であるが, 少なくとも 330 m 以上の厚さがある。 本層群の主部は下から M1 , M2 , M3 の3部層から成り, 各層間は急激に推移する。 全層むしろ浅海性の堆積物で, ほとんど細粒堆積物からなるが, 中部では粗粒堆積物が優る。 各層とも層厚と岩相との側方変化が認められ, 上位の三笠層および上部蝦夷層群に比し, しばしば層理や葉理がよく発達する。 全体として石灰質団塊や化石に乏しい(第 2 表)。
M1 は下限が不明であるが, 少なくとも 80 m の厚さがあり, 万字ドームのシコロ沢 [ 位置不明 ] に標式的に見られる。 下部は中~上部よりも粗い。 シコロ沢流域のみに露出し, 無層理の暗灰色砂質シルト岩, シルト岩および泥岩から成り, 石灰質団塊をわずかに含む。 最上部近くでは淘汰不良となり, 少量の「海緑石」粒を含む。
中~上部は黒灰色~暗灰色の頁岩質泥岩からなる。 この泥岩は部分的には砂質を帯び, 明瞭な葉理を示さず, ときに砂岩の葉層を挾むにすぎなくなる。 石灰質団塊は稀で, 化石も下部だけにごく稀に見いだされる。
M2 は厚さ 100 m 内外。 露出が悪いために詳細は不明であるが, 砂岩を主とし, 砂質岩泥質岩細互層および砂岩葉層をひんぱんに挾む泥岩を伴う。 単独の厚層をなす砂岩は一般に青灰色中粒で, 部分的に粗または細粒化する。 無層理の部分や層理がよく発達するところもあり, 時に炭質物微片によって縞状を呈し, また葉理を示すこともある。 シコロ沢では厚さ 1 m 内外の石灰質の礫質砂岩がレンズ状に介在する。 この砂岩は主として中粒~細粒砂からなり, 粗粒~極粗粒砂や細礫を混え, 化石の破片に富む。 石灰質団塊はごくまれで, 化石の産出も前記の石灰質砂岩以外ではきわめて乏しいが, Mortoniceras (Cantabrigites) imaii (YABE & SHIMIZU) の産出が特徴的である。
M3 は厚さ 150 m 内外。 ポンポロカベツ沢流域において標式的に発達するが, 下限は断層のために不明である。 最上部は新二岐炭砿の北東方においてもよく露出している。 主として泥岩からなるが, 下部から上部へ向って全体として粗くなり, 葉理が明瞭に発達し始め, かつ砂質物を増す。 下部は比較的均質な頁岩質の泥岩(むしろシルト質)が主で, 細粒凝灰質岩の葉層を稀に挾む。 石灰質団塊はあまりない。
上部は下部と同様に頁岩質泥岩(むしろシルト質)から成るが, 下部と違い砂岩の葉層が発達した泥岩やシルト岩をところどころに含み, また厚さ 1.5 m 内外の成層した中粒砂岩を少なくとも1層挾む。 また, 青灰色細粒で, 葉理を示し, かつ炭質物微片を縞状に含む砂岩と頁岩質泥岩との細互層も挾在する。 この互層は 3 m 内外の厚さがあり, 前記の砂岩層と同一層準のものと考えられる。 その上部の方には厚さ約 0.5 m の黒雲母を含む白色細粒凝灰岩が横たわる。 石灰質団塊はごく稀である。
最上部(厚さ 30~40 m)は主として頁岩質泥岩(むしろシルト質)から成り, ところどころ, とくに下部~中部に砂岩の薄層および葉層をくり返し挾み, ときには砂岩泥岩細互層部を伴う。 この砂岩は一般に細粒, 暗灰色~青灰色を呈し, 葉理を示し, ときに炭質物微片を縞状に含む。 細互層中の泥岩は一般に葉理を示す。 石灰質団塊は下位層よりは多いが, 全体としては少ない。
M3 中の化石の産出はわずかであるが, 下部に比べ上部~最上部の方により多くなる。 特徴的な化石としては, 下部~上部から Mortoniceras imaii および Mortoniceras (Deiradoceras) がある。
| M1 | M2 | M3 | ||
| 主部 | 最上部 | |||
| Hypophylloceras (?) sp. | × | |||
| Anagaudryceras cf. sacya (FORBES) | × | |||
| Anagaudryceras (?) sp. | × | |||
| Gaudryceratidae gen. & sp. indet. | × | |||
| Desmoceras cf. kossmati MATSUMOTO | × | |||
| Desmoceras sp. | × | |||
| Desmoceratidae gen. & sp. indet. | × | |||
| Puzosia sp. | × | |||
| Mortoniceras (Deiradoceras) sp. | × | |||
| Mortoniceras (Cantabrigites) imaii (YABE & SHIMIZU) | × | × | ||
| Mariella (?) sp. | × | |||
| Pseudhelicoceras sp. | ? | × | ||
| Tuberculated uncoiled ammonoid gen. & sp. indet. | × | |||
| Lechites cf. gaudini (PICTET & CAMFISH) | × | |||
| Sciponoceras sp. | × | |||
| Hamites sp. | × | |||
| Ammonoid gen. & sp. indet. | × | |||
| Inoceramus cf. anglicus WOODS | × | |||
| Inoceramus sp. | × | |||
| Propeamussium cowperi yubarensis YABE & NAGAO | × | × | ||
| Anlhonya cf. japonica MATSUMOTO | × | |||
| Lucina (Mytea) cf. ezoensis NAGAO | × | |||
| Pelecypod gen. & sp. indet. | × | × | ||
| Dentalium sp. | × | |||
中部蝦夷層群の主部から産出する化石は第 3 表に示した。 また, 万字ドーム南西部のウエンベツ川上流における M3 の最上部からは 次記のような有孔虫化石が検出された(鑑定 : 高柳洋吉)。
対比 : 本域の中部蝦夷層群の主部は, 三笠層や上部蝦夷層群の場合と同様に, 厚さ, 層相の点で, 北隣の岩見沢図幅 61) の幾春別背斜の南端部のものに酷似する。 岩相層序的には M1, M2, M3 が, それぞれ幾春別地域の Ma, Mb - Mc, Md に当る。 しかし, M2 と Mb - Mc とは, M2 が露出不良のため未詳なので, M2 が Mb - Mc の全体に当るか, Mbのような岩相が当地域では尖滅し Mc だけに当るか, のいずれかは, 断言できない。 幾春別地域の Me 相当層は, 同背斜の南端部の場合と同じく, 本地域でも三笠層 T1 の最下部に移化していることはいうまでもない。 第 3 表に示した産出化石により, 中部蝦夷層群主部は全体として宮古統上部階に対比される。
中部蝦夷層群の主部は M1 および M2 - M3 の2堆積輪廻層(Ⅰ - Ⅱ)から成り, Ⅱ 輪廻層では粗粒堆積物の量比が少なくなく, 約 250 m の厚さがある。
本層は万字ドームおよび鳩の巣ドームの過半部を占めて露われる。 浅海性, 一部瀕海性の堆積物で, 中部蝦夷層群 主部とは整合するが, 急激な岩相推移を示す。 厚さは 185~200 m, 場所により 210 m 以上に達する。 おもに種々の粒度の砂岩から成り, 礫岩やシルト質細砂岩~細砂質シルト岩を伴うが, 一般に無層理である。 凝灰岩および石炭ないし炭質頁岩をも稀ながら挾んでいる。 三角貝などの浅海棲二枚貝が全層にわたって豊富で, イノセラムスも少なくなく, Ostrea も2, 3の層準に多産する。
岩相の垂直的変化は比較的顕著で, 下位から T1 , T2 , T3 および T4 に区分されるが, 各層間の推移はむしろ緩慢である。 T3 を除いて, T1, T2, T4 それぞれは下, 中および上の3部に分れ, 中部が下部および上部よりも全体として粗い。 T3 は三笠層の中で最も粒度が細かく, T1, T2, T4 についてはその順に全体として細かくなる。 層厚や岩相の側方変化は全体として著しくない。 しかし側方変化を詳細にみると, 三笠層は 東部相 , 中央相 および 西部相 の3相に識別され, 大局的には西部相から東部相へ向って細かくなる。 層厚は西部相から東部相へ向ってわずかであるが減る傾向を示す。 T3, T4 に比べより粗い T1, T2 では岩相の側方変化もより大きく, さらに T1 では厚さの側方変化もやや著しい(第 2 表, 第 5 図および第 6 図)。
三笠層を構成する砂岩は極粗粒のものから細粒のものまであり, 概して青灰色, ときに灰色~暗灰色あるいは緑灰色を呈する。 一般に無層理であるが, ときに厚層理や葉理を示し, また炭質物微片を縞状に含むことがある。 細粒砂岩はときに, 中粒砂岩もまれにはシルト質となり, 暗灰色~灰色を呈する。 シルト質細砂岩~細砂質シルト岩は概して暗灰色~灰色, ときに緑灰色を呈し, 一般に無層理であるが, ときに層理, 葉理を示し, 前記のシルト質細砂岩と同様に玉葱状風化を示す。 礫岩はおおむね数 10 cm の厚さを有し, 円礫~亜円礫からなり, 砂によって膠結されている。 淘汰は比較的良いこともあれば, 悪いこともある。 礫の大きさは種々あるが, 巨礫はほとんどみられない。 礫片には閃緑岩, アプライト, 玢岩, 流紋岩, 安山岩, 古期砂岩, チャートおよびホーンフェルスなどがある。
本層の西, 中央および東の堆積相は次の区域に現われる(* : 標式的露出地)。
T1 は中粒砂岩を主とし, 細粒砂岩, 粗粒砂岩を伴う。 岩相の垂直的変化が比較的著しく, 基底部 ・ 下部 ・ 中部 および 上部 に区分される。 薄い比較的細粒の堆積物からなる基底部を除くと, 中部が最も粗く, 上部が最も細かい。 また岩相や層厚の側方変化も比較的顕著で, 西から東へ向い細かくなり, 同方向に厚さを減少する。 西部相では下限が不明であるが, 一の沢流域で 80 m 以上に達し, 東部相ではポンポロカベツ流域で 40 m 内外となる。 西部相では最も粗い中部の厚さはそれより細かい上部の厚さよりもかなり大きいが, 中部相 [ ← 中央相 ? ] および東部相では両者 [ = 中部と上部の厚さ ] がほぼ等しい。
基底部 は 中部蝦夷層群 主部と三笠層の粗粒堆積物との境界にある 1 m 内外の厚さの細粒砂岩からなる。 これは両者の漸移部であるが, 岩相や化石内容からみると, 三笠層の基底部とみなされる。 薄いためにわずかの場所だけにしか観察されないが, 鳩の巣ドームのポンポロカベツ水源池の北端近くの右岸に好露出がある。 ここにおける層序関係は以下に示した通りである。
[ 三笠層 T1 基底部に関する層序関係 ]
この基底部は 鳩の巣ドーム西部においては 葉理を示す細砂質シルト岩~シルト質細砂岩として露われ, 万字ドーム南西部では, 無層理の帯緑暗灰色細砂質シルト岩~シルト質細砂岩からなり, 4~5 m の厚さとなる。 この地層は, 鏡下では石英, 斜長石, 黒雲母, ジルコンのほかに, 多量のガラスの変質したものと思われる緑色物質および岩石粒(中性火山岩)から成る。 化石の産出は多く, Aphrodina (Larma) pseudoplana (YABE & NAGAO), 三角貝が優勢で, Inoceramus aff. crippsi MANTELL や I. aff. anglicus WOODS もわずかではあるが見いだされる。
前記の「三笠層 T1 基底部に関する層序関係」はここに示されていた。
下部 は厚さが東部相および中央相では約 10 m, 西部相では下限が不明であるが, 少なくとも 40 m 以上ある。 大局的には下から上へ向って細粒になる。 岩相の側方変化は少なく, 全域にわたっておもに中粒砂岩および細粒砂岩からなる。 西部相や中央相では中粒砂岩の方が細粒砂岩よりもかなり優勢であるが, 東部相では両者がほぼ同じか, または後者の方がむしろ優る。 これらのうち, 西部相では粗粒砂岩もわずかに伴い, 中央相, たとえば万字ドーム中央部では場所により下限近くが粗粒~中粒砂岩により占められる。 西部相では地層はときに厚層理および葉理を示し, 炭質物微片を縞状に含む。 この傾向は中央相にもあるが, 西部相ほど顕著でなく, 東部相では炭質物微片による葉層があまり発達しない。 要するに, 西から東へ向って層厚が薄くなり, より粗粒の堆積物が減り, 葉理の発達が衰え, また炭質物微片の量が減少する。 団塊状の石灰質部(周囲の岩石にたいして不明瞭な境界を示す)がきわめて稀に含まれ, 西部相では径 1 m 内外に達するものがある。
化石はきわめて豊富で, Aphrodina (Larma) pseudoplana が全体にわたって甚だ優勢であり, またその下部では三角貝も多く, 上部では Inoceramus concentricus nipponicus NAGAO & MATSUMOTO や I. yabei NAGAO & MATSUMOTO も少なからず産出する。
中部 は厚さ 15~25 m。 中粒砂岩および粗粒砂岩からなり, 大局的には上へ向って細かくなる。 側方変化は比較的著しい。 西部相では粗粒~極粗粒の砂岩からなり, わずかに中粒砂岩を伴い, 全体にわたってしばしば礫質を帯び, また礫岩を挾有する。 中央~東部相では, 中粒砂岩を主とし, 部分的に粗粒砂岩または細粒砂岩を伴う。 中央相では全体にわたりときに礫質となり, 特に下部は著しく礫質である。 東部相では下限近くおよび上部に礫がごくわずか見られるにすぎない。 この砂岩が東へ向って細かくなる傾向に調和して, 礫岩の厚さは西部相では最大 2~3 m に達するが, 東部相では 40 cm 内外にすぎなくなる。 また西部相では大礫が少なくなく, 最大礫は径 20 cm 内外に達するが, 東部相では中礫を主とし, 大礫も小さくなり, かつきわめて僅かとなる。
また中央相では, 鳩の巣ドーム西部で最下部が礫質となる以外は, 礫質砂岩~礫岩が少ない。 西部相では, 万字ドーム西部で比較的上部に厚さ約 3 m の, 帯緑暗灰色, 風化するとチョコレート色を帯びる粗粒~細粒凝灰岩を挾む。 これは鏡下で検するとガラス基流晶質で, 石英, 斜長石(中性長石), 黒雲母およびジルコンのほかに, 僅かの岩石粒(中性火山岩, チャート, スレート)などからなる。 炭質物微片は西部~中央相でときに縞状に含まれる。 石灰質団塊や団塊状石灰質部は T1 下部よりも多くなるが, 全体としてはごく少ない。 西部相および中央相では径 50 cm 内外の大きいものもある。 団塊中には植物遺骸の破片が少くない。
化石はきわめて豊富で, なかでも, Aphrodina (Larma) pseudoplana が優勢, 三角貝, Glycimeris も少なくなく, Ostrea が多産することも特徴的である。 Ostrea の密集層は西部~中央相では 1 m 内外の厚さで介在する。 Ostrea は泥岩あるいは砂岩により膠結されている。 Ostrea の密集層は東部相では見られない。
上部 は厚さ 15~20 m。 岩相の側方変化は少ない。 全域を通じて細粒砂岩~中粒砂岩を主とし, 前者が後者より優勢で, 特に西部~中央相よりも東部相で著しく卓越する。 また西部相や中央相, とくにその西部では粗粒~中粒砂岩が僅かに含まれ, 稀に礫質を帯びる部分もあるが, 東部相では粗粒岩がみられず, 細粒砂岩もときにシルト質となり, 全体として西から東へ向い細粒化する。 中央相では上限に厚さ 2~3 m の泥質岩がある。 これは西方では主として細砂質シルト岩~砂質泥岩であるが, 東方ではより細かく, 泥岩となっている。 この部分が西部相や東部相に存在するか, しないかは, 上部層との境界部の露出不良のために判らない。 石灰質団塊および団塊状石灰質部は, 稀であるが最大径 50 cm に達することがあり, 植物片を多量に包含する。 西部相では層中に葉理がときによく発達し, 炭質物微片による縞状葉理もときに認められ, とくに上部では細粒砂岩中にひんぱんとなっている。 石灰質団塊(径 10 cm 以下)も比較的多い。
化石は豊富で, なかでも Aphrodina (Larma) pseudoplana が優勢で, 上部は Inoceramus cf. labiatus (SCHLOTHEIM), I. hobetsensis NAGAO & MATSUMOTO などが僅かながら産する。
T2 は中粒~細粒砂岩からなり, 粗粒砂岩を伴う。垂直的変化がやや著しく, 上 , 中 , 下 の3部に区分され, 中部が最も粗い。 側方変化も比較的著しく, 三笠層中では最も激しく, 西から東に向かい細かくなる。 厚さは 50~60 m。 中部の厚さはそれより細かい上部に比べて, 西部相ではかなり大きいが, 中央相から東部相では逆に薄くなる。
下部 は厚さ約 20 m。 中粒砂岩および細粒砂岩から成るが, その中部は上下の地層に比べて細かい。 側方変化は比較的著しい。 西部相や中央相では中粒砂岩が細粒砂岩よりも多く, 下部は全体にわたって礫質を帯び, かつ礫岩を挾む粗粒砂岩によって占められ, 特に西部相では部分的に極粗粒砂岩となっている。 一方, 東部相では細粒砂岩(しばしばシルト質)がかなり優勢で, 粗粒砂岩がみられず, ただ下限だけが礫質となり, または礫岩からなる。 礫岩の厚さは西部相において最大 1 m 内外であるが, 東部相においては最大 20~30 cm にすぎなくなり, また東部相の西方では小さめの大礫がわずかみられるが, 東方では中礫を主とし, 大礫は全くみられない。 東部相では 所により薄い細砂質シルト岩が挾在すると言うように 全体として下部層は西から東へ向って細かくなっている。 中央相では, 万字ドーム中央の東部において細粒砂岩がシルト質を帯びる部分があり, そこに泥岩の偽礫が少なからず含まれる。 石灰質団塊の類は稀である。
化石は普通に産出し, T1 中部~上部の場合と違いイノセラムスが比較的多いことを特徴とし, なかでも Inoceramus hobetsensis が少なくない。 Ostrea は稀ではあるが, 西部相に産する。
中部 は厚さ 15~20 m。 粗粒~中粒砂岩からなり, 側方変化は比較的著しい。 西部~中央相では粗粒~極粗粒砂岩から成り, わずかに中粒砂岩を伴うが, 中央相の東方では中粒砂岩の方が著しく卓越するようになる。 東部相では中粒砂岩を主とし, 部分的に細粒砂岩を僅かに挾む。 西部~中央相の大部分ではしばしば礫質を帯び, かつ厚さ 20~30 cm の礫岩を含むが, 中央相の東部では礫質砂岩や礫岩がかなり少なくなる。 東部相では下限だけ, ときには上限近くの部分が礫質となり, または礫岩を挾むにすぎない。 この礫質岩発達の差異に調和して, 礫岩層の最大の厚さは, 西部相において厚く, 6~7 m に達するが, 中央相では 1 m, 東部相では 30 cm となる。 礫の大きさをみると, 西部~中央相では大礫が少なくなく, 最大径 15 cm 内外となるが, 東部相では大礫の数はごくわずかとなる。 中部層もまた西から東へ向って細かくなる傾向が明らかである。 西部相では下部に約 0.3 m の石炭~炭質頁岩, その少し上位に凝灰質砂岩 10 m 内外が挾在する。 炭質物微片は西部相~中央相においてときに縞状に含まれている。 石灰質団塊および団塊状石灰質部もきわめて稀であるが, いずれも多量の植物遺骸の破片を含む。 鳩の巣ドーム西部の温泉沢では, 厚さ約 1 m の白色粗粒砂岩(部分的に礫質)が挾まれているのを見いだした。 これは三笠層の砂岩中では特異なもので, 鏡下では, 砂粒のほとんどが石英で, ごく稀にジルコン, 岩石粒(チャート)を含み, マトリックスが比較的多い。
化石は極めて多く, Aphrodina (Larma) pseudoplana が優勢であるが, 中央相において Ostrea が少なからず産出することが特徴的である。 Inoceramus hobetsensis も少なくない。
上部 は厚さ 10~25 m。 西部相において最も薄い。 中粒砂岩~細粒砂岩から成り, 後者が前者よりも優勢である。 側方変化はかなり著しい。 西部相では中粒砂岩が細粒砂岩よりもやや多く, 最上部が稀に礫質を帯びる中粒~粗粒砂岩によって占められる。 これに反し, 東部相では細粒砂岩が中粒砂岩よりも優り, 細粒砂岩は部分的にシルト質となる。 中央相では中粒砂岩と細粒砂岩とがほぼ同量である。 このことも堆積物が西から東へ細粒化の傾向の顕われである。 東部相では鳩の巣ドーム東部で上部に厚さ約 20 cm の礫岩がある。 この礫岩は小さい中礫から成り, 淘汰不良で, 泥岩の偽礫を含み, 多少 乱堆積的様相を示す。 炭質物微片は東部相に部分的に僅か見られる。 石灰質団塊や団塊状石灰質部は T2 の下部 - 中部よりも多いが, 全体としては少ない。 しばしば径 30~50 cm の大きさがあり, 多量の植物破片を含むことがある。
化石は豊富で, Aphrodina (Larma) Pseudoplana や三角貝ばかりでなく, Inoceramus hobetsensis も優勢である。
T3 は厚さ 20~30 m, 西から東へ増大する。 三笠層中最も細粒の地層で, 上下にも水平方向にもほぼ均一な岩相を示す。 暗灰色~灰色, ときに帯緑色を呈するシルト質細砂岩~細砂質シルト岩から成り, より粗い部分(ほとんどシルト質細砂岩)を下部に伴う。 堆積物は一般に無層理であるが, 部分により, 場所により層理や葉理を示す。 東部相では比較的上部に, 「海緑石」粒を多量に含む部分(厚さ最大 5~6 m に及ぶ)がある。 中央相では, 万字ドーム中央部の東辺で泥岩の偽礫を少なからず含むシルト質細砂岩がより多く発達する。 この現象は前記の T2 下部の万字ドーム中央地区東部における状況に類似し, 共に堆積の1特徴を示している。 万字ドーム東部では, 本層中部に厚さ約 5 m の暗灰色を呈した層理や葉理を示す凝灰岩がある。 ガラス結晶質, 比較的細粒で, 石英, 斜長石(中性長石), 輝石と思われるもの, 黒雲母および柘榴石からなる。 石灰質団塊は少ないが, 部分によってやや多いこともあり, 最大径は 50 cm 内外で, 植物破片を少なからず含む。 層中には炭質物微片もかなり多い。
化石は普通に産出し, イノセラムスを優勢とする。 最下部では lnoceramus hobetsensis が稀に見られ, 主部では I. teshioensis NAGAO & MATSUMOTO が比較的多く産する。
T4 は厚さ 55~60 m。 主として細粒砂岩から成る。 岩相の垂直的変化は著しくないが, 下部 ・ 中部 および 上部 に区分され, 中部が最も粗く, 上部が下部よりも粗い。 岩相の側方変化も激しくはなく, 他と同じく西から東へ向って細粒化する。 西部相では最も粗い中部の厚さは上部のそれよりも大きいが, 東部相では後者の方がかなり優るか, または両者ほぼ同じである。
下部 は厚さ 5~10 m。 東部相で最も薄い。 細粒砂岩およびときに葉理を示すシルト質細砂岩からなり, 側方変化は顕著でない。 西部相では前者が後者よりも発達するが, 中央相および東部相ではその逆となり, 東部相ではほとんど後者により代表されることがあり, 西から東へ細粒化していることは同前である。 石灰質団塊は全体として少ないが, ときに径 30~50 cm に達し, 中に植物破片がかなり含まれている。
化石は普通に産出し, Aphrodina (Larma) pseudoplana が比較的優勢である。
中部 は厚さ 25 m 内外。 ほぼ同量の中粒砂岩および細粒砂岩から成り, 西・中央および東の各相を通じて均質な岩相を示す。 細粒砂岩は, 東部相ではときにシルト質となる。 西部~中央相では, 下限近くの部分が礫質を帯び, さらに上位にも厚さ 20~30 cm の礫岩が1枚挾在する。 しかし, 東部相では, 西方で局地的に下限近くに厚さ約 40 cm の礫岩が1層挾在する以外は, 一般に下限近くの部分または下部の方において礫を稀に含むにすぎない。 礫の大きさは, 中央相では西方で大礫が少しあるが, 東方から東部相にかけて大礫がほとんどなくなる。 つまり, 中部層も西から東に細かくなっている。 石灰質団塊や団塊状石灰質部は全域を通じて少ない。 炭質物徴片はごく一部に見られるにすぎない。
化石は豊富で, なかでも Aphrodina (Larma) pseudplana が優勢で, 三角貝も少なからず, Ostrea が西部相から中央相西部にかけて稀に産出している。
上部 は厚さ 15~25 m。 西から東に厚くなる。 細粒砂岩を主とし,中粒砂岩をわずかに伴い, 西部相では細粒砂岩が中粒砂岩よりも多少多い。 これに反し, 中央相では細粒砂岩が中粒砂岩よりも発達し, シルト質細砂岩をも伴い, さらに東部相では中粒砂岩が一層少なくなり, 同時にシルト質細砂岩が優勢となり, 側方変化を顕著には示さないが, 東方に細粒化する傾向がある。 炭質物微片は少ないが, 部分により多い所もある。 石灰質団塊は概して少ないが, 上部に少なからず含まれていることがある。 団塊中には植物片が多い。 化石の産出は普通で, Inoceramus teshioensis が僅かながら産する(第 7 図)。
| T1 | T2 | T3 | T4 | ||||||||
| 基底部 | 下部 | 中部 | 上部 | 下部 | 中部 | 上部 | 下部 | 中部 | 上部 | ||
| … | |||||||||||
三笠層から産出する化石は第 4 表に示した。 T3(一の沢上流)からは次の有孔虫化石が検出された(鑑定 : 高柳洋吉)。
対比 : 本地域の三笠層は, 層厚および岩相からみて, 北隣の岩見沢図幅の幾春別背斜の南端部のγ相(ミルトマップ相)の三笠層 61) によく類似する。 岩相層序的には, 本地域の T1・T2・T3・T4 は それぞれ幾春別地域におけるγ相の T1・T2・T3・T4 にほぼ相当する。 また前者の T1・T4 の下部・中部・上部は それぞれ後者における下・中・上の各部に対応する。 T2 の中部および上部はそれぞれ幾春別地域の T2 の下部および中部~上部に当る。 この点は Ostrea が本地域において T2 中部に多産し, 岩見沢図幅では T2 下部のうちの比較的上部に多産することからも指摘される。
第 4 表に示した産出化石によって, T1 基底部は宮古統最上部亜階に, T1 下部~T1 上部の下部はギリヤーク統下部階に, T1 上部の上部~T4 はギリヤーク統上部階に対比される。 T1 下部の下部は対比に有効な化石を産出していないが, 宮古統最上部亜階に対比される可能性があるかも知れない。
ギリヤーク統上部階の下半部(T1 上部の上部~T3 最下部)は Inoceramus hobetsensis の産出により, 同階の上半部(T3 主部~T4)は I. teshioensis の産出によって特徴づけられている。 Inoceramus cf. labiatus と I. hobetsensis とはともに T1 上部の上部から産するが, 両者の産出層準の上下関係は産地の位置がかけ離れているために判らない。 しかし, 幾春別地方においては Inoceramus cf. labiatu sは I. hobetsensis よりも下位の層準, すなわちギリヤーク統上部階の最下部から見出されている。
堆積相 : 図幅地域の三笠層は, 層厚がほぼ 200 m で比較的薄く, しかも層序的範囲が前述のように 宮古統最上部亜階全部からギリヤーク統上部階の最上部近くまであり, はなはだ長い点において, 岩見沢図幅地域の幾春別背斜主部に分布する三笠層とは明らかに区別され, 同背斜の南端部だけに分布するγ相(ミルトマップ相)の三笠層に酷似する。 このうち, 宮古統最上部亜階からギリヤーク統下部階にかけての部分, すなわちセノマニアン階に対比される地層はきわめて薄く, 40 m 内外, 厚いところで 80 m 内外となる。 ギリヤーク統下部階における粗粒堆積物の量比は ギリヤーク統上部階(上部蝦夷層群の U1 にも伸びる)におけるそれよりも大きく, この点は幾春別背斜東翼の場合と異なり, 同背斜の西翼の場合と共通している。
三笠層は T1 下部(便宜上基底部を含める), T1 中部~T2 下部, T2 中部~T4 下部および T4 中部~上部(上部蝦夷層群の U1 にも伸びる)の 4堆積輪廻層(Ⅲ~Ⅵ)から構成される。 個々の堆積輪廻層と 岩見沢図幅地域のγ相において対応する堆積輪廻層(岩見沢図幅説明書第 13 図)とが 年代的位置または層序的範囲を全く同じくすることはいうまでもない。 各堆積輪廻層においてはもちろん堆積物が相対的に粗粒から細粒へ向う傾向を示す。 化石の量も堆積輪廻層の下部から上部へ向って減少する。 Ostrea は堆積輪廻層の下部だけから産する。 堆積輪廻層の下部~中部ではイノセラムスに比べて他の二枚貝, たとえば三角貝, Aphrodina (Larma) pseudoplana などがきわめて優勢であるか, またはイノセラムスが見いだされていない(たとえばⅢ輪廻層基底部~下部の下部, Ⅳ輪廻層下部~中部, Ⅴ輪廻層下部~中部, Ⅵ輪廻層下部~中部)。 他方, イノセラムスは堆積輪廻層の上部においてかなり多くなることがある (たとえばⅢ輪廻層下部の上部, Ⅳ輪廻層上部, Ⅴ輪廻層上部, Ⅵ輪廻層上部, すなわち上部蝦夷層群の U1)。 堆積輪廻層における粗粒堆積物の量比はⅤ輪廻層よりもⅣ輪廻層の方が大きい。 この点は幾春別背斜の東翼の場合と異なり, 同背斜の西翼の場合と同じである。 上記の個々の堆積輪廻層はすべて粗粒堆積物に著しく富み, 厚さ 100 m 以下である。
三笠層は岩相, 層厚および化石相(とくに Ostrea の産出量)の側方変化にもとづいて東部相, 中央相および西部相に識別される。 大局的にみると, 西部相から東部相へ向って次のような側方変化が認められる。 まず層厚が減少, つぎに堆積物が全体として細かくなる。 たとえば, 砂岩自体の粒度が細かくなり, 細粒砂岩がシルト質を帯びるようになり, また礫岩が少なく薄くなると同時に礫径も減少する。 他方, シルト質細砂岩~細砂質シルト岩のような比較的細粒の堆積物が厚くなる。 こうした西から東への細粒化に関連して, T1・T2・T4 それぞれにおける 中部(より粗くて, 堆積輪廻層の下部を占める)の厚さと 上部(より細かくて, 同一の堆積輪廻層の中部を占める)の厚さとの比が 西から東へ向って減少する。 古生物については, 特に Ostrea が西部相に多産すること, 石炭ないし炭質頁岩も西部相だけに見いだされている事実がある。 凝灰岩は, 西部相に厚いものが挾在する。 要するに, 西部相は東部相に比べて供給地により近い堆積相を示し, また白堊系地域の西側に供給地が存在したと推察される。 このことは, 本地域の白堊系が, 露出している範囲において, 北海道の最も西寄りに分布していることと考えあわせて, 注目すべき点である。
幾春別地域のγ相(ミルトマップ相)の三笠層は, T1 中部, T2 下部(本地域の T2 下部~中部に当る)においてしばしば礫質となり, かつ礫岩をひんぱんに挾有し, さらに T2 下部の上部(本地域の T2 中部に相当)において Ostrea を多産する。 したがって, この三笠層は 夕張図幅地域における西部相~中央相の三笠層にきわめて似た堆積相を示す。 岩見沢図幅地域のγ相および夕張図幅地域の東, 中, 西の各相は岩見沢図幅地域におけるα相(桂沢相), β相(奔別相), γ相(ミルトマップ相)相互間の差異ほど互いに著しい差異を示さない。 この点から幾春別地域のγ相と本地域における各相とはむしろ一括されるべきで, しかも後者の三笠層の方が前者におけるγ相の三笠層よりも標式的に発達するので, ここでは一括したものを夕張相と名づけておく。 さらに, 本地域の西部相, 中央相, 東部相相互間の差異は漸移的であるが, そのうち東部相はたがいによりよく似る西部相, 中央相および幾春別地域のγ相から比較的明瞭に識別される。 したがって, 西部相, 中央相および幾春別地方のγ相を一括したものを美流渡亜相, 東部相を鳩の巣亜相として区別しておく。 以上のような夕張・岩見沢両図幅地域における三笠層の相の区分, 拡がりを第 8 図に, 岩相的層序の各相間における対比を第 9 図に示す。
以下の [註] は何に対するものか不明(第 9 図に対するもの ?)
上部蝦夷層群は万字ドームの北縁部一帯に最も広く露われ, 同ドームの南縁部および鳩の巣ドームの南東縁部にも分布する。 古第三系 石狩層群によって平行不整合に被覆されるために, 上限は不明であるが, 少なくとも 80 m 内外の厚さがある。 三笠層とは急激に岩相を異にするが, 整合関係にあり, 主として比較的単調 均質な細粒堆積物によって構成される。 細砂質シルト岩を主とし, 比較的厚い凝灰質岩層および「海緑石」粒に富む地層を挾む。 石灰質団塊や化石は全体を通じて多くはない。 下位から U1 ・ U2 および U3 に3分され, 各層においては岩相の側方変化がほとんど認められない。 万字ドーム北縁部では U3 上部まで, 同ドーム南東縁部の東部では U3 下部(おそらく U3 上部)まで, 北西部では U2 までが現われる。 鳩の巣ドーム南東縁部では U3 までが露出している(第 10 図)。
U1 は厚さ約 15 m。 三笠層への岩相変化は急激である。 暗灰色, 無層理で, 不明瞭な葉理を示す細砂質シルト岩からなる。 最上部は細砂~中砂質シルト岩~シルト質細砂岩によって占められ, 少量の「海緑石」粒を含む。 石灰質団塊は下部に小さくて円いもの, 大きくて扁平なもの(長さ 50 cm~1 m, 厚さ 10~20 cm)がかなり多数含まれるが, 上部では少なくなる。 団塊中には植物破片が少なくない。
化石は下部に比較的多いが, 中部~上部にはまだ見あたらない。 Inoceramus teshioensis の多産が特徴的である。
U2 は厚さ 40 m。 最下部の厚さ 5 m 内外は暗灰色, 部分的に帯緑色を呈する 中砂~細砂質シルト岩(部分的にシルト質細粒~中粒砂岩)と 細砂質シルト岩(シルト岩そのものの粒度は前者の場合よりも細かい)との互層からなり, 「海緑石」粒を多く含む。 石灰質団塊は少ない。 主部は暗灰色の細砂質シルト岩から成る。 全層無層理で, 稀に層理が発達し, またときに不明瞭な葉理を示す。 主部の下限から約 3 m 上位には厚さ約 50 cm, 黒雲母を含む白色凝灰質粗粒砂岩がある。 そのすぐ上位には厚さ 50 cm 内外の青灰色中粒砂岩がある。 主部においては2~3のより砂質を帯びた層準に「海緑石」粒が少なからず含まれる。 石灰質団塊は少ないが, 球状で, ときに径 30 cm 内外に達するものがある。 最下部~主部の下部における団塊中には多量の植物破片が含まれている。
化石には乏しいが, 最下部~主部の下部により多く含まれ, Baculites yokoyamai (TOKUNAGA & SHIMIZU) を比較的多量に産することを特徴とする。 主部の上部からは Inoceramus cf. amakusensis NAGAO & MATSUMOTO が見いだされる。
U3 は上限は不明であるが, 少なくとも 25 m の厚さがある。 下部約 8 m は部分的に凝灰岩を伴う青灰色の凝灰質粗粒~中粒砂岩からなる。 この凝灰質岩層は 単調均質な泥質岩から成る上部蝦夷層群中では鍵層としてよく追跡され, 一般に無層理であるが, ときに層理を示し, 下部では角礫質となっていることがある。 凝灰質砂岩は石英, 斜長石(曹灰長石, 中性長石), 黒雲母, 角閃石, 燐灰石およびガラスからなり, 少量の岩石粒(中性火山岩, チャート)を含む。 この凝灰質岩層の直上厚さ約 5 m の部分は, 無層理でときに不明瞭な葉理を示す 暗灰色細砂~中砂質シルト岩(部分的にシルト質細粒砂岩)からなる。 これには「海緑石」粒が部分的に少なからず含まれ, またきわめて稀に径 4 cm 以下の円礫が見られる。 さらに上位には無層理の暗灰色細砂質シルト岩があり, その最下部では少量の「海緑石」粒を含む。 この部分は東方, 二見沢流域 [ 位置不明 ] で細かくなり, 主として泥岩(むしろシルト質, ときに頁岩質を帯びる)からなり, 厚さ 2~5 cm の細粒凝灰岩ないし凝灰質シルト岩を2~3層挾有する。 石灰質団塊は上下を通じ少ないが, ときに径 60 cm 内外の大きさのものがある(第 11 図)。
化石は全体として少なく, 最下部の凝灰質岩層を除いた部分の下部にのみ産する。 特徴的な化石に Inoceramus amakusensis がある。
上部蝦夷層群産出の化石は第 5 表に示した。
|
U1
下部 | U2 |
U3
下部 | ||
| 最下部~下部 | 上部 | |||
| Desmoceratidae gen. & sp. indet. | × | × | ||
| Neopuzosia (?) sp. | × | |||
| Scaphites cf. pseudoaequalis YABE | × | |||
| Scalarites scalaris (YABE) | × | |||
| Polyptychoceras pseudogaultinum (YOKOYAMA) | × | |||
| Subptychoceras (?) sp. | × | |||
| Baculites cf. undulatus ROMAN & MAZERAN | × | |||
| B. yokoyamai TOKUNAGA & SHIMIZU | × | |||
| Coiled ammonoid gen. & sp. indet. | × | |||
| Inoceramus cf. tenuistriatus NAGAO & MATSUMOTO | × | |||
| I. teshioensis NAGAO & MATSUMOTO | × | |||
| I. amakusensis NAGAO & MATSUMOTO | ? | × | ||
| I. naumanni YOKOYAMA | × | |||
| Inoceramus sp. | × | |||
| Acila (Truncacila) hokkaidoensis NAGAO | × | |||
| Nanonavis sachalinensis (SCHMIDT) | × | |||
| Martesia clausa GABB | × | |||
| Natica (Lunatia) sp. denselineata NAGAO | × | |||
| Margarites sachalinensis NAGAO | × | |||
| Gastropod gen. & sp. indet. | × | |||
| Echinoid | × | |||
| Fish scale | × | × | × | |
対比 : 本図幅内の上部蝦夷層群は層厚や層相からみると, 岩見沢図幅地域の幾春別背斜の南端部のそれらにきわめてよく似る。 この点は両地域における三笠層の類似と密接に関連している。 岩相層序的には本地域の U1, U2 および U3 はそれぞれ幾春別背斜の南端部の U1, U2 および U3 に対応する。 幾春別背斜の東翼の上部蝦夷層群と岩相層序的に対比すると, U1 は Ub 上部~Ud, U2 は Ue~Uh, U3 は少なくとも Ui(それよりも上部に伸びるかも知れない)に相当するとみなされる。 しかし, 幾春別背斜の南端部の U2 に介在するような Ostrea の密集層は本地域には見当らない。
第 5 表の化石によると, U1 の下部はギリヤーク統上部階, U2 最下部~主部の下部は浦河統下部階, U3 下部は浦河統上部階に対比され, U2 上部はおそらく浦河統上部階に対比されるであろう。 U2 上部は 幾春別地方の U2 上部の産出化石から判断すると 浦河統上部階に対比されてよい。 U2 最下部~下部では 浦河統下部階を特徴づけるInoceramus uwajimensis YEHARAが産出していない。 しかし, 層序的範囲が現在のところ浦河統下部階に限られている Baculites yokoyamai が この部分から産出している。
上部蝦夷層群は U1(三笠層の T4 中部よりつづく), U2 および U3 の3堆積輪廻層(Ⅵ~Ⅷ)から構成される。 したがって, 北海道中軸帯白堊系における堆積輪廻層の年代的位置 124) から判断すると, 図幅地域の上部蝦夷層群において 年代決定に有効な化石を産出しない部分も次のように対比することができるであろう。 すなわち, U1 上部は浦河統下部階に, U2 主部の上部は同統上部階に対比され, さらに U3 上部は全体が浦河統上部階に対比され, 同統最上部亜階相当層を含んでいないであろう。 しかし, 鳩の巣ドームの上部蝦夷層群から Inoceramus orientalis nagaoi MATSUMOTO & UEDA の産出が知られている 152) 。 この点は浦河統最上部亜階に対比される地層の存在を暗示するかも知れない。 なお, この地域の上部蝦夷層群の1特徴として, 浦河統下部階の層厚がきわめて薄い, すなわちおそらく 30 m 内外, またはそれに満たないことがあげられる。
本系のうち, 下半の石狩層群は5地域に露われている。 (1) は図幅北縁東部のミルトマップ [ ← 美流渡のマップ川 ? ] 北岸に僅かに露れる幾春別層で, 幾春別背斜の南への沈下先に僅かに頭を出し, 南東に中傾度で傾いている。 (2) は, 図幅東縁北部, 鉄橋の沢 [ 位置不明 ] 沿い, 万字断層の東方に露われるもので, この断層にのり上げた, 小断層で分断された万字背斜の北方沈下部に当り, 核として若鍋層が露われ, その上に幾春別層が断層でくり返し露出している。 概ね緩傾斜で, その重複を 齎 らした断層は, 万字断層と同じく, いずれも西にのり上げた逆断層である。 (3) は, 万字ドームの周辺に拡がるもので, 西縁は夕張断層に切られ, その露出を欠く。 ドーム北辺では, 幌向川の西側に, 万字ドームの鼻状構造, あるいは幾春別背斜の一たん幌向川流域で沈下し, 再びもり上ったと見られる部分があり, その走向は北西北, 東方に 15~20°傾いている。 ここでは, 下位の登川, 幌加別両層を欠き, 夕張層が直接 白堊紀層上に乗り, 若鍋, 幾春別層に 覆蔽 [ overlap ] されている。 これら含炭層は幌向川支流シコロの沢を廻ると, 万字ドーム本体の北翼を形成し, 走向は大きく見て東西, 北に 15~20°穏やかに傾く。 下位の登川, 幌加別層は, この部分の東半で漸く夕張層下に現われ始める。 次いでドームの東辺に廻ると, 本層群の一部は図幅から外れるが, 走向ほぼ南北, 傾斜東方に 15~20°, 東西性の断層でいくつかに断たれると共に, 深部では万字鉱坑内で見るように, 小規模な低角東傾衝上断層によってくり返している。 この東翼から南下すると, ドームの形に応じ, 各層は西にまわるかに見えるが, 更にその南の夕張断層との間に, 三角山を中心とし大きく 葵 向斜をつくる。 これは副次的に葵向斜, 南に千歳背斜, 千歳向斜を伴い, この附近としてはかなり締った褶曲構造で, ほぼ東西に走る向斜軸の翼傾斜はときに 40°に達し, 中にいくつかの断層を伴っている。 このドームの南翼は夕張断層によって切断され, 本層群はほとんど現われず, 僅かに基底の登川層が同断層に近くひっかかっているにすぎない。 なお, 上記の 美流渡 附近の鼻状構造は, その北西翼が夕張断層の一分岐, 東幌断層で切られ, その西側に幾春別層が南北帯状に僅かに露われている。 幌向川北岸の東幌内炭鉱の一部や, 旧 兼松 栗沢鉱付近の夾炭層がこれで, 断層と斜交する北西方向の小逆断層によって夾炭層がくり返し切られている。 (4) の鳩ノ巣ドームの周辺では, 石狩層群は, 厚さの差はあるが, 各層全域にわたって分布している。 この中, 北翼は走向ほぼ東西, 北へ 15~25°の傾斜で傾くが, 万字ドームから本ドームにのし上げる逆断層, 夕張断層に近づくと, これにまくられて, その内に向斜構造, 即ち角田向斜をつくり, その一部は断層下で逆転向斜を呈している。 その東方延長は志幌加別川流域に出て, 上に幌内層をのせた東西に走る向斜, 丁未 向斜 [ 位置不明 ] をつくる。 これらは, 落差は大きくないが, 走向断層ないし斜走断層にしばしば切られる。 本ドームを西に廻ると各層は薄化すると共に, 走向ほぼ南北, 傾斜急立し, 時に 60°を越える。 さらに南に沈む鼻状部をすぎると, むしろ逆転して東に急立している。 これを東に追い南翼にまわると, 一斜走断層を経て, 傾斜は正常に戻り, 南に 30~60°傾き, 2, 3の横切断層に断たれている。 平和断層を越えると, この断層に平行する若鍋断層を始めいくつかの衝上的な走向断層に切られて, 複雑な構造を呈し, 各層がくり返し露出する。 その最も激しいのは志幌加別川にまたがる両岸, すなわち西岸の旧宇治坑や, 東岸の新夕張鉱(旧三鉱)附近で, あるいは急立し, あるいは横臥し, あるいは重複などしている。 しかしこれを廻って, ドーム東翼に入ると, 地層は極めて安定して来て, 走向は北東北, 東方に 10°内外で整然と傾き, 夕張炭鉱の主要稼行区域を形成している。 (5) の図幅東南隅の平和背斜において, 地表に露出するのは, 志幌加別川にまたがる夕張層を核心とする上位の各層で, 西翼の一部は平和断層に切られ欠失している。 背斜軸は北々西に走り, 西翼の 20~30°, 東翼で 20°内外, 北および南にゆるく沈むが, その北東翼には, 病院断層で若鍋層以上が再び現われている外, 南方にも一端沈む気配を見せるが, 清水の沢ではその核心に若鍋層が再び露われている(第 6 表)。
この地域の古第三系石狩層群は, 白堊系を平行不整合とも見られる緩傾斜不整合 34), 97) で被覆する(第 12, 13 図)。 両者の相接する層準は所により, 互いに 区々 で, 大局的には西に白堊系の削剥量が大きく, 古第三系は西にこれを覆蔽している。 すなわち白堊系は万字ドームの北縁から東縁にかけては, 通じて上部蝦夷層群で, その西部では中~東部(U3)に較べてより下位の層準(U2)を示し, 南東縁では北から南へ向ってより下位の層準(U2)に移る。 一方, 古第三系は北西部では若鍋層がこれを直接蔽うが, 間もなく夕張層がその下に露われ, 東方で, 幌加別, 登川両層がその内に挾まって来, 通常の累重関係を示す。
一方, その南西縁 [ ← 万字ドームの南西縁 ? ] に廻ると, 古第三系の登川層は中部蝦夷層群の三笠層の下部(T2)を蔽い, 時にその最下部(T1)に接する部分もあるが, 東に追うと, 再び上部蝦夷層群が露われる。 鳩の巣ドームでは, その西部および北部の西半では三笠層下部(T2)を最上部とするが, 東すると共に上部が露われ, 東縁では上部蝦夷層群(U)が残っている。 この東縁では, 北から南へ向い上部蝦夷層群中のより上位の層準に移化している。 この両ドームを比較すると, 鳩の巣ドームでは, 三笠層も上部蝦夷層群も 万字ドーム(南西縁を除く)よりも下位の層準が石狩層群に蔽われる。 すなわち, 図幅地域の白堊系の石狩層群堆積前の削剥は, 東から西へ向ってより下位の層準にまで及び, 南北では南の方がより大きかったと見られる。 すなわち, 三笠層の厚さが東から西へ向って僅かながらも増大し, 上部蝦夷層群の厚さが全地域を通じてほとんど変らないこと, またこの地域周辺に当然堆積したと考えられる函渕層群の, 他地域における状況から推定される堆積相をも考慮に入れると, この傾向のあったことが 一層 確かめられる。 この白堊系の削剥量の西方への増大は, 三笠層が東から西へ向って西側の供給地により近い堆積相を示す傾向と 密接な関連をもつものであろう。
白堊系を蔽う石狩層群は, 万字ドーム北縁では, 東から西へ向って登川層から若鍋層へと次第により上位の層準に移る。 したがって, 万字ドーム北縁における白堊系の削剥量が西で大きいことは 1つには白堊系の削剥期間の大きいためと言える。 しかし, 鳩の巣ドームの中西部, とくに西部では, 万字ドームの南西縁の場合と同様に, 登川層が基底となっているにもかかわらず, 三笠層が区域の中最も下方の層準まで削剥されている。 すなわち, ここでは白堊系の石狩層群堆積前の削剥期間が短かかったにもかかわらず, 白堊系の削剥量が最も大きい。 万字ドームの東部および鳩の巣ドームの東部では, 白堊系の削剥期間は同じであるが, 削剥量は後者の方が全体としてより大きく, 鳩の巣ドームにおいては 白堊系の削剥期間が万字ドームよりも短かかったにもかかわらず, 白堊系の削剥量が全体としてより大きかったと言える。
以上により, 白堊系堆積盆地の陸化後, 石狩層群登川層堆積前においては, 大局的にみて(現在の地理的位置において) 鳩の巣ドームの西方に相対的隆起部が存在し, その軸が東方の鳩の巣ドームの方へ向って伸びていたと推察される。 しかし, 登川層~夕張層の堆積期間には, 前記の相対的隆起部は北方に向って(万字ドームの西方へ向って)移動したが, その隆起量は小さくなった。 さらに, 幾春別背斜地域の状況をも併せ考えると, この隆起部はその後もさらに北方に移動し, 幾春別背斜の西翼の中部~南部の西側では, 幾春別層の堆積前に及ぶ最も長い削剥期間を通じて, 白堊系が鳩の巣ドーム西部の場合と同様に, 万字ドーム西部に較べてより深部まで削剥を蒙ったといえる。
石狩炭田を構成する古第三系含炭層群・石狩層群の最下の累層で, 全炭田の一部, すなわち北隣の岩見沢図幅から本図幅にかけての北半の一部を除いたほか, ほとんど全域に亘って, その基底層をなしており, 図幅内では夾炭層として夕張層に次ぎ重要である。 標式地は炭田東南端に近い登川炭砿附近で, 同地に因み 1924 年に今井半次郎 25) は「登川夾炭層」と命名した。 本図幅内でも, 白堊紀層をとり巻いてよく露出し, 近づき易いところでは, 夕張市街を流れる志幌加別川の河畔で一通りその性状を知り得るし, 奥地では鳩の巣ドームの北側, アノロ川本流上流によく露れている(第 15 図)。
本層は, 区域の東南部では, その層厚が厚く, 西北方に次第に薄化し, 万字ドームの北西縁で遂に薄失する。 すなわち地表での主な露出地は, 万字, 鳩の巣の両ドームの周辺のみで, 北の幾春別背斜周辺では白堊紀層上に若鍋層あるいは幾春別層が直接のり, 本層は露われない。 万字ドームではその北縁, すなわち幌向川上流の万字炭砿の西方のポンネベツ中流で始めてその姿を現わし, 東方にこれを追うと, 次第に厚さを増すと共に石炭層を挾み始め, 万字附近ではその厚さ 70 m [ 以下の [註] 参照 ] , 万字炭鉱の本層を介存している。 同ドームに添うて南に廻ると, 三角山の西すその附近で 80 m となる。 かつて本層中の石炭を稼行した葵坑の区域である。
この万字ドームの南翼は上記のように夕張断層によって切られ, 本層はその連続露出を見せない。 ただこの断層の北側, すなわちエキモアンル川屈曲部の北側では3, 4の地点で, 白堊紀層上に, 小区域に, 断片的にもめこまれており, 同川の上流南岸でも狭く帯状に露われている。 これらは何れも地層としてかなり擾乱しており, 中の炭層も粉化が著しい。
鳩の巣ドームでは, 本層は断層でずれを示しながらも連続してこれを取り巻いて居り, 北側では約 70 m, 新二岐炭砿の本層炭を挾み, 西側にまわって 50 m 内外, 南側に達し, 旧宇治坑区域から東に追うと 80 m に近づき, 附近で最も厚い発達を示す。
本層は上記のように石炭層を介在する陸成層で, これを構成する岩石は砂質岩を主とし, 泥質岩をその間に挾み, 石炭層ないし炭質頁岩および泥鉄岩をその後者中に胚胎している。
このうち, 砂質岩 27), 28), 35) は中粒から粗粒にかけてのものが主であるが, 部分により細礫質となり, 一方, 泥質岩に移化するところでは細粒砂岩化している。 色調は淡灰色~灰白色のものが多く, 時にそれに青味や緑が加わり, 下部ほどその傾向がつよい。 これら中~粗の砂岩は漸移し あるいは互層しているが, 黒雲母片を多く含んで縞状を呈することもある。 本岩は一般に堅硬であるが, 風化すると粗鬆, 軟質となり, まだらな黄褐色を帯びる。 これが粗粒化すると層間礫岩化してくるが, 厚さはせいぜい数 10 cm 止りである。 礫は最大で卵大, 豆大が最も多く, 極めて稀に南瓜大のものも認められる。 赤色や白色, あるいは霜ふりのチャート, 暗色砂岩, 粘板岩, 千枚岩, 輝緑凝灰岩, 片岩および石英斑岩などの礫からなり, いずれも円磨度が高い。 同様の礫岩は本層の最下部にも基底礫岩として発達する。 砂岩中にはしばしば円い団球が散含し, その大きなものは南瓜倍大に及ぶ。
泥質岩は黒色ないし暗灰色の粗泥岩であるが, 砂岩からの移化部は砂質泥岩となっている。 より細粒部は頁岩状を呈し, より黒色となり, 植物葉片や炭質物を挾んでくる。 本層中では砂岩に対しては全く縦的な介在層として, 著しい発達は示さない。 泥岩中には高尾彰平 118) らの "Milky shale" と呼んだ乳白色, 風化して帯褐色の, 滑らかな脂感のある耐火粘土がその下半部に挾まれている。 厚さは 1~3 m, 多くは主要炭層の下盤粘土として見られるが, また他の炭層の上, 下盤にもからんでいて, 水を含むと膨れて, 採炭上 支障を来す。 また, 同じく基底部近くに, 同じく高尾彰平 118) らによって「青磁」と呼ばれた淡青灰色, 堅硬 緻密な凝灰岩がある。 これは砂岩中にあって, 厚さは 1 m 内外, 多くは1層であるが, 所により2層あり, 風化して粘土化し易い。 これらは炭層や耐火粘土層と共に本層中の鍵層となっている。
本層は以上の岩石の累層であるが, その組合せから, 既に 1963年に下河原寿男 112) によって指摘されたように, 堆積輪廻に基いて3亜層に分ち得る。 すなわち夕張附近を例にとると [ 以下の通りである。 ]
| 亜層名 | 層厚 (m) | 炭層 | ||
| 夕張砿 | 万字砿 | 第二岐砿 | ||
| 第3亜層 | 12 | |||
| 第2亜層 | 19 | 1番層 | 万字本層 | |
| 第1亜層 | 40 | 2番層 | 夕張下層 | |
| 3番層 | 角田本層 | |||
これらの亜層間には多少であれ下位層の削剥された現象が認められ, 堆積の小休止を示しているが, これらはいわゆる「堆積小隙」(Diastem)で, 上下の構成地層そのものの本質は全く同じで, 同一層として取り扱い得るものである。 一つの輪廻層 95), 99), 127) の構成は, 他の多くの場合と同じように, 下位の粗粒岩に始まり, 上方に次第に細粒岩に漸次推移する型式で, その細粒部に石炭ないし炭質頁岩を挾んでいる。 この亜層区分は, 上記のように西方及び北方に薄化するとは言え, ほぼ追跡できるが, 全体としてその方向に泥質岩の介在が乏しくなり, 同時に炭層の発達も不良になっている(第 16 図)。
この中, 第1亜層は本層の下半の大部を占め, ほぼ全域に拡がる。 その大半, 即ち 20~25 m は砂質岩からなり, 泥質岩は上の 10 m 内外に過ぎない。 夕張炭鉱区域で2番層, 3番層と呼ばれる石炭層はこの中に介在し, 前記の Milky shale や青磁もこの部分に挾まれている。 この亜層を北に追うと, 万字方面にかけて次第に上位が削り去られ, 万字以西では殆ど全層が砂岩となり, 僅かに1, 2の砂質泥岩薄層を見るにすぎない。
第2亜層もほぼ全域にこれを追うことが出来る。 厚さは前者のほぼ半ば, 大部分が砂質岩からなり, その間に薄い泥質部を挾むが, 最上部によく続く泥岩部が発達し, その厚さがやや優る時には万字本層のような稼行的炭層が来る。 しかし, 砂がちの夕張鉱附近では, 1番層がそうであるように稼行的でない。
第3亜層は厚さ 15 m 以下で薄く, 砂岩が主体をなし, 泥質岩はその間や上部に薄くのるにすぎず, 従ってめぼしい炭層はない。
本層中の石炭層については後にのべる。 本層の基底に横たわる白堊系との関係についても既に述べたが, これを特に本層との境について現地に見ると, 白堊紀層中の泥岩と接する時はこれ [ ← 本層との境 ] を求め易いが, 砂質部上にのる時は, 本層の基底部と, これは多く含礫粗粒砂岩であるが, いわゆる混移不整合(Blended unconformity)状を呈し, その厳密な境を決め難いこともある。 この地方では, 空知地方でその境界とされているような明確な耐火粘土層は, 上記のように, 本層中にはあるが, 基底には認め難い(第 17 図)。
本層は上記のように砂岩がちであり, その中には植物片はあるが, 保存が不良で鑑定に堪えるものはない。 しかし, 泥岩中, 特に炭層の上盤にはかなり植物葉片の化石を産し, 従来, 約 50 種, 第 7 表のようなものが知られている。 これらの中に Sabalites, Osmunda, Magnolia, Cinnamomum, Salvinia などがあり, その温暖帯の植物群に属することを示している。 動物化石は甚だ稀で, Margaritifera perdahurica (YOKOYAMA), Unio uryueusis SUZUKI などが見出されたにすぎない。
| 種名 | 登川相 | 幌加別層 | 夕張層 |
| … |
本層はその名を本図幅内の東辺を流れる志幌加別川に由来し, 1924 年に今井半次郎 35) によって「幌加別頁岩層」と命名されたものに当る。 命名者は特に標式地を指定していないが, 図幅内では同川の夕張市街地を流れる河岸, 例えば夕張炭鉱選炭場東方の東河岸に, 最もよく露われている。
本層の本図幅内での分布は, 万字の西方のポンネベツ中流の西方に始まり, 下の登川層を欠いて, 白亜紀層を直接覆っている。 厚さ [ 以下の [注] 参照 ] はポンネベツで 40 m, 万字ドームの北東縁から, 東縁に沿って回ると, 次第に厚さを増し 70 m 内外となる。 万字ドームの南縁では夕張断層に断たれ, その下に押しこまれ, 逆転して一部に僅か顔を出すにすぎぬが, 鳩の巣ドームではその全局をとりまき, 北辺で最厚 70 m, 西辺で再び薄くなり 40 m 前後, 南縁で 70 m, 標式地の志幌別川筋では 70 m から次第に南に厚さを増し, 二鉱附近では 110 m の厚さを示す。 若鍋背斜では地表には現われないが, 地下で厚さ 80 m 内外の試錐記録がある。
本層を造る岩石は, 専ら淡水性の暗灰色, 緻密 堅硬な, 細粒ないしやや粗な泥岩で, その構成は単調と言える。 新鮮な部分, 例えば試錐コアでは層理に乏しいが, 風化すると層理が認められ, また特に葉理に富み, 頁岩と言える部分も少なくなく, 黒色頁岩と言い得る部分も認められる。 層理に沿って厚さ数 cm から 20 cm 前後の長楕円状ないし板状の泥鉄岩層 [ 以下の [注1] 参照 ] を随所に介在し, 時に 20 層を越えることがある。 ただし, 団球状のものはまだ見られない。 本層は風化面では黄褐色となるが, 全体として蒼味を帯びた陰湿な暗灰色を呈し, 単調な岩石構成 [ 以下の [注2] 参照 ] が特徴で, 層自身が上位の若鍋層と共に, 石狩層群中の夾炭層を区別する鍵層となっている。
本層と下位の登川層との境は, 後者の砂岩層の最上部をもって画き得るが, 時に本層中の下底部数 m 間に薄い砂岩層を挾み, また砂質を帯びることがあり, 同様の状態は, 上位の夕張層との間にも認められる。 何れの場合も整合と認められ, その境界を追うことは困難でない。 本層の上部には, 甚だ薄く, 1 cm 以下, 時にとぎれがちであるが, 白い凝灰岩層を挾む。 また本層中には赤朱色のいわゆる赤鉄鉱微片を散点することがあり, 風化面の黄褐色の水酸化鉄汚染はこの分解産物によると言われている。
本層はその岩質が単調なように, 含まれる古生物も, 種類, 個体数, 共に貧しい。
動物化石としては, 淡水産の Margaritifera perdahurica (YOKOYAMA), Unio uryuensis (SUZUKI), Lanceolaria pisciformis (YOKOYAMA), Anodonta subjapanensis (SUZUKI) 等の二枚貝及び Cipangopaludina jimboi (SUZUKI) の巻貝などを産し, 何れも地層中に現地棲的に散含している。 この中では前2者がやや多い。
植物化石は第 7 表のように 20 余種で, 登川層に含まれると同様なものが 10 数種知られて居り, 中でもほぼ Equisetum arcticum Heer や Salvinia sp. などが随所に認められる。 他の植物片も産状から見て, 漂移したもので, これを斉した当時の盆地周辺の林相は, 登川層と同様であったと見なし得る。 また本層にはいわゆるプリントと呼ばれる数 cm の線状ないし鈎状, 時に分岐した細線状の印象がよく見受けられ, 恐らく藻類の痕跡であろうとされている。
本層はその岩相や厚さの安定性から見て, 広大低平な浅い湖盆に, 単調な古地質的後背地から泥が供給され, 極めて静穏に堆積したものと推定される。
本層は 1924 年に今井半次郎 35) が本区域の夕張炭砿の主要炭層を挾んでいる地層に対して命名したもので, その標式的な露出は夕張市街地内を流れる志幌別川沿岸の東岸にみられる。 いわゆる二十四尺層として知られる夕張本層や平安八尺層などの優秀な炭層を抱き, 石狩炭田における夾炭層として最も重要なものである。
本図幅内においては, 万字ドームの北及び東縁, 鳩の巣ドーム周辺及びその東の冷水山の南下, ならびに平和背斜の核心に露れるが, 鳩の巣山ドーム東脚のものがその標式と認められている。 この中, 万字ドームにおいては, 美流渡の西方の白堊紀層の鼻状構造北端では若鍋層が直接白堊紀層を蔽っているが, 美流渡炭砿の直西で, 本層がこの両層間に露れ始める。 シコロ沢では, その厚さ [ 以下の [注] 参照 ] はまだ 20 m 内外にすぎぬが, 層面斜面 (Dip slope) のため, 地表の分布は広く見える。 これを東するとその厚さを次第に増し, 万字鉱附近で 40 m を越え, 万字上層などの石炭層を挾み始め, 葵向斜区域では 50 m に及ぶ。 しかし, このドームの西および南翼では, 本層は夕張断層に切られて, その姿を見せない。
一方, 鳩の巣ドームでは, その北翼, 新二岐炭砿附近で角田向斜の南北両翼に露れ, 厚さ 50 m, 西にまわると薄化して 30 m 台となるが, 南下すると共に再び厚くなり, 70 m となる。 一方, 東翼の標式地では 100 m に達し, 主要炭層の二十四尺層などを挾んでくる。 これは南方にいよいよ肥大して, 平和背斜では 150 m に達し, 夕張炭砿における本層(二十四尺層)より上位に, 平安八尺層などの炭層を介在してくる。
本層は主として淡水性の砂質岩及び泥質岩の互層からなる。 その累層状態はかなり複雑であるが, 詳細に見ると, いくつかの輪廻層(Cyclothem) 95), 99), 127), 128) の集まりによって構成されていることが判り, 北海道炭砿汽船株式会社 112) ではこれを7亜層に区分している。 同社ではこの手法を採り入れることで, 詳細かつ自然的な岩相層序の設定, これに基づく部層及び炭層の正確な対比, 複雑で異常な構造の解析などが可能になったとしている。 同じ方法は既述の登川層でも採られているが, それより厚く且つ複雑な本層では, より有効であったわけである。
これら亜層をつくる主要な岩石は砂質岩及び泥質岩で, 砂質岩の一部には礫質岩が挾まり, 泥質岩中には石炭層ないし, 炭質頁岩及び泥鉄岩が介在している。
この中, 最も多い砂質岩は極粗粒 27), 28), 35) から極細粒までの各粒度に及ぶが, 各亜層の基部の粗から上位の細へと堆積するのが一般である。 この基底部はしばしば下位の亜層を侵蝕して食い込み, 同時侵蝕礫的に下位の泥質岩の角礫片などを含む礫質岩によって占められている。 砂質岩はその色, 灰白ないし淡灰色のものが最も多く, 他に青味を帯びたり, 緑がかったりするものや, 暗色のものから, 暗灰色のものもあり, 粒度が細かくなる程 暗化している。 風化に対しては極めて弱く, 水酸化鉄に汚染されて, 黄褐ないし淡褐色を帯び, 粗鬆化してザラザラの露面を呈するものが多い。 一般に層理に乏しく, 単層として数 m から時に 10 m 余に及ぶこともあるが, 中には多少の粒度淘汰をうけ, また泥質岩を挾んだりして板状層理や斜層理を呈し, あるいは美しい縞状互層理を示すこともある。 また炭質物のおびただしい挾在により縞目を呈する所も少なくない。
この砂岩の粒度が一そう粗くなると礫質岩に移化する。 亜層の基底礫岩的な位置を占めるが, 何れも 1 m 未満の薄いもので, それも側方に粒度を変じたり, 含礫砂岩化したりしている。 礫片は登川層などのものと同じく, 各色のチャート, 暗色砂岩, 粘板岩, 千枚岩, 片岩類及び輝緑凝灰岩などで, 豆大ないし胡桃大の, 円磨度の高いものが多い。
泥質岩は主として亜層の上部を占めるが, 時に極めて薄層として砂岩中にも挾まれる。 多くは粗泥質で, 暗灰色, 層理に乏しいものが多いが, 砂岩中のものは灰色粗泥質, 泥岩岩中の一部には黒灰色細泥質で, 頁岩状を呈するものもある。 こうした部分は炭層や炭質頁岩は接近した所に多く, 特に炭層の上ばんなどによく見られる。 植物化石の保存良好なものは主としてこのような所に多く産する。 これらは一亜層中の下位の砂質部に近づくと砂質泥岩化し, また砂岩と交互に薄い縞状層理を示す場合も多い。 これら泥質岩は一般に風化すると褐色を呈し, 薄く剥げるのを常とする。
また, 泥岩中には石炭層の外, 泥鉄岩 [ 以下の [注] 参照 ] 即ち炭酸鉄鉱を含む泥岩薄層ないしレンズや凝灰岩を挾む。 泥鉄岩はその性状, 上記の幌加別層中のものとほぼ同じであるが, 厚さ 10~20 cm のレンズ状ないし長い団塊として挾まれ, 幌加別層中のもののようによく続く層状のものは少ない。
凝灰岩はいわゆる「 白盤 」として知られているもので, 本層中の石炭, 特に主要炭層二十四尺層及び平安八尺層に挾まれている。 厚さは数 cm ないし数 10 cm, 薄層状または膨縮してレンズ状を呈する。 石英を含む白色凝灰岩で, 水を含むと粘土化して膨潤する。 二十四尺層中では六・八尺層間にこれをよく追うことが出来, 北の万字鉱では十尺層中の下部に, 平和鉱では平安八尺層の下炭の上位に見られ, 局所的な鍵層として利用される。
今, 上記の岩石の累層形式をサイクロセムの見地から見ると, その標式的な各亜層の揃った発達を示すのはむしろ図幅外, 東部の夕張二坑深部方面や, 東南部の平和鉱南部から清水沢にかけてであるが, それらをも合せると次の様な層序からなる。
| 亜層名 | 厚層 (m) | 炭層 |
| 第7亜層 | 15~35 | 上層群 |
| 第6亜層 | 10~40 | |
| 第5亜層 | 0~30 | |
| 第4亜層 | 0~50 | 平安八尺層 |
| 第3亜層 | 15~30 | 六・八尺層 |
| 第2亜層 | 0~35 | 十尺上層 |
| 第1亜層 | 10~35 | 十尺層 |
これら亜層間にはしばしば堆積小隙があり, 下位層が侵蝕されていること登川層の場合と同じで, 為に甚しい時には全亜層が削られている場合も生じている(第 19, 20 図)。
第1亜層は区域の東南, 平和鉱方面では, 幌加内層上にのり, 定石通り砂岩から始まっているが, 北の夕張鉱から万字にかけてはこの基底粗粒部を欠き, 十尺層が直接幌加別層に横たわり, 同時に第2亜層をも欠いて六・八尺層を含む第3亜層がこれに近接しているのは 他に比べて特異の現象である。 こうした所では厚さも 10 m 内外にすぎない。 全体としても, 砂岩, 泥岩の累重の様子はかなり不規則で, 十尺層の上部では側方変化が激しい。 平和鉱では厚さ 30 m に及ぶ。
第2亜層は上記のように万字の深部に漸く認められ, 図幅外, 東の大夕張鉱区域から, 夕張二砿深部を経, 平和鉱の東南部にかけて続くが, 夕張1, 2砿浅部ではこれを欠き, 3砿に到って漸く地表に出現し, 平和鉱区域で 20 m になる。 この亜層中には, 十尺上層と呼ばれる炭層が含まれているが, 図幅内では痕跡程度に止まっている。
第3亜層は比較的安定した亜層で, 厚さ 20~30 m, 粗粒砂岩ないし細粒砂岩に始まり, 上方に粗粒化し, 泥岩中に六・八尺層を挾んでいる。 上半の泥岩中には泥鉄岩のレンズや団塊を含む。 しかし, 所により, その粗細の累重が小さく繰返されている所があり, また六・八尺層も厚さの変化が多く, 時に分離している。
第4亜層は万字から夕張1砿~2砿の浅部にかけては明確でないが, 2砿~3砿深部から鹿の谷の浅部にわたり確然とし, 平和鉱に近づいて厚くなり, 最厚 40 m を越すと共にその泥質部に稼行炭平安八尺層を挾む。 好発達部では亜層としてかなり典型的で, 下半の粗粒砂岩は厚さ 10 m 以上あり, 時に細礫岩となり, また斜層理を呈し, 堅硬で, 本亜層を特徴づけている。 六・八尺層を挾む泥質部も所により砂質岩を挾み, 六・八尺の挾みとしてもこれが介在して, 同層を分離している。 泥鉄岩も薄層ないしレンズとしてこの泥質部に挾まれる。
第5亜層は砂岩がその主体を占め, 泥岩の発達が貧しく, また側方変化が激しい。 従って, 良炭層は認められず, 薄炭層ないし炭質頁岩が断続しているにすぎない。 万字方面ではこの亜層は発達せず, 夕張砿深部をまわり平和鉱方面で漸く 20 m を越すにいたる。 泥鉄岩は, 他の亜層と同じ産状を示す。
第6亜層は厚さ 20 m 内外, 比較的安定した典型的な輪廻層を呈するが, 下半の砂岩の発達がやや著しい。 この砂岩中にはしばしば泥質岩を挾むと共に それの同時侵蝕角礫を含んでいるのが特徴である。 上半の泥岩を主とし, 砂岩を挾む互層部には1, 2の石炭薄層を挾み, 次の亜層と共に上層群を形成しているが, 特に稼行的なものはない。
第7亜層もまた万字方面ではこれを欠き, 夕張1砿に漸く露れ, 2砿から以南に発達し, 最厚 30 m に達する。 基底の砂岩には礫質部も挾むことがあり, 上半も砂岩と泥岩の互層を主とする。 炭層は薄いものが数層あり, もって上層群を形成する。
これらに含まれ石炭層については別に後述する。
本層はその含炭する淡水相堆積層の常として, 炭層前後, 特にその上盤の泥岩中に 夥 しく植物化石を産するほか, 淡水介化石も炭層間の泥岩中に産する。 この中, 植物化石は第 7 表の如く, その種類も, 100 種を越え, 個体数も多く, 夕張古植物群 [ 以下の [注] 参照 ] とも称すべき特色あるフローラ [ 植物相 ] を形成して居り, 双子葉植物が圧倒的に多く, 羊歯・裸子・単子葉植物を交じえ, 温帯南部の常緑樹を伴った落葉樹林を示している。
また動物化石はその構成が単調で種類も個体数も少なく, 特に本層の特色を示すものはない。 中では Lanceolaria pisciformis と Margaritifera perdahurica とがやや多く, 前者は各亜層にかなり普遍的に, 後者は第6, 7亜層に特に多い。 外に Unio uryuensis, Lepidodesma septentrionale, Anodonla subjapanensis, Cipongopaludina jimboi などが所々に出る。
本層は本図幅内の西南隅の平和背斜において, その中核をなして露れる累層に対し, 1924 年に今井半次郎 35) が若鍋層(Wakkanappe Group)と命名したものに当り, 志幌別川支流の若鍋沢に標式的に露出する。 この地名はもとワッカナッペに由来し, 一時「若菜辺」とも書かれたが, 昨今は若鍋として通用している。 石狩層群中最初かつ最大の海進を示す, 浅海ないし瀕海成層で, 海緑石を含んで緑色を呈した, 砂管を多く含む特徴ある砂質岩と, 暗灰色の泥質岩との互層からなり, また海棲化石を豊富に産するなどして他層と識別し易く, 層全体が石狩層群中の鍵層的な役割を果している。 その為に, 石炭層こそ含まぬが, 調査上からも, また特徴的な多数の海棲軟体動物化石を蔵するために, 学術上からも, 重要な地層である(第 22, 23, 24 図)。
| Ic | 幾春別層 | ||
| 4s | 第4砂岩層 | Wsm | 若鍋層 |
| 3m | 第3泥岩 | ||
| 3s | 第3砂岩 | ||
| 2m | 第2泥岩 | ||
| 2s | 第2砂岩 | ||
| 1m | 第1泥岩 | ||
| 1s | 第1砂岩 | ||
| Yc | 夕張層 | ||
本層は, 図幅北隣の幾春別区域ではほとんど欠けていて, 僅か幾春別背斜の南半から東翼にかけて白堊紀層に薄くのり始めるが, 本図幅内に入ると万字ドーム周辺, 鳩ノ巣ドーム周辺, 平和背斜及び万字背斜の4ヵ所に露われ, 特に東南部において標式的に発達する。 大局的には北方に発達不良, 東南に厚くなっている。 この中, 万字ドームの北西部の美流渡の西方では, 下位の夕張層を覆蔽して白堊紀層に直接し, 厚さ 60 m, ドーム北辺では 80 m, ドーム東縁にまわって厚化し 130 m となる。 同ドームの西及び南では夕張断層に切られて本層は現われない。 これに接する南の鳩ノ巣ドーム北辺では厚さ 80 m, これを西にまわると薄化し, 全層 粗粒化して厚さ 60 m, 南縁で 80 m, 同ドームの東即ち 丁未 向斜地帯から東縁をまわり冷水山にかけては 160 m, 岩相も標式に近づく。 標式地の平和背斜の附近では厚さ 200 m に近く, その核心に露われるものの外に, 北の若鍋 衝上に並走する衝上断層に伴って帯状に分布し, また南の清水の沢にも背斜の核心として露れているが, この附近でも厚さ 200 m 内外を一般とする。 また極めて小区域ではあるが, 図幅の北東隅の万字背斜に伴って本層が露れている。 即ち万字の東北方の鉄橋の沢中流, 万字断層の東側でこれにのり上げた複背斜の核心をなし, 厚さは, 下限が不明であるが, 100 m 以上に及ぶ。
本層を構成する岩石は 特徴ある砂質岩を主とする部分と泥質岩を主とする部分の交互のくり返しから成り, その中, 砂質部を基底として砂岩 → 泥岩の1組を1輪廻に見ると, 標式地では4輪廻 112) から成っている。 即ち若鍋沢での本層は次のように分層される(第 22 図)。
| 亜層 | 分層 | 層厚 (m) |
| 第4亜層 | 第4砂岩帯 | 17 |
| 第3亜層 | 第3泥岩帯 | 20 |
| 第3砂岩帯 | 15 | |
| 第2亜層 | 第2泥岩帯 | 18 |
| 第2砂岩帯 | 23 | |
| 第1亜層 | 第1泥岩帯 | 45 |
| 第1砂岩帯 | 8 |
この中, 第1亜層は全層の厚さの半ば近くしめ, 後述のように泥岩が厚いので, 以前に今井半次郎 35) は若鍋 頁岩層 Wakanappe Shale と呼び, 第2から第4亜層にかけては砂岩, 泥岩相半ばし介化石も多産するので, 若鍋 介殻化石層 Wakkanappe Shell Bed 35) とした。
この中, 砂質岩はその各亜層 27), 28), 35) の基部を占め, 概ね数 m 台であるが, 時に 20 m に近づくこと第2亜層における如くである。 その色調は淡灰, 帯緑灰, 帯青灰, 暗灰と種々にわたるが, 海緑石を含んで緑色を帯びるものが最も多く, もって本層の砂岩の特徴をなしている。 粒度は細ないし中粒のものを主とするが, 時に砂岩帯の下部では粗粒化し, 更に基底部では礫岩化している。 いずれも概ね層理に乏しいが, 泥岩や炭質物を薄く挾み, 薄い板状ないし縞状を呈することも少なくない。 また各粒度の砂または泥が淘汰不良, 混然として, いわゆる「 叢雲 」状を呈する部分も多い。 この様な部分にはよく小砂岩団塊や泥岩片礫を散含している。 また部分を問わず砂管を含むことも本層の砂岩の特徴と言ってよい。 この砂管は経 0.5~2.0 cm, うち 1 cm 内外のもの最も多く, 断面形は円形からほぼ楕円形, 形は直線状, 弓状, 波状, 多屈折状など種々あり, 中には分岐し二叉または三叉になっているものもある。 長さは 20 cm 内外が多いが, 時に 30 cm を越える。 概ね層面にほぼ直立するが, やや傾いて入っているものも多い。
この砂質部はその亜層の基底部で往々礫質岩に移化し, いわゆる基底礫岩をなすが, また第1, 第4砂岩中に見るように層中にも発達する。 礫は小豆ないし豆大で, 時に密柑大から瓜大に及ぶものもある。 厚さは最厚 1 m 内外で, あまり連続性がない。 礫片は白色や赤色, 或は赤白混った霜降状のチャート, 輝緑岩, 暗色砂岩, 粘板岩及び片岩類からなり, 円磨度が高い。 第1砂岩の基底礫中には下部の夕張層から由来したと思われる石炭角礫をも含んでいる。
海棲動物化石は砂岩中にも産するが, 保存は左程よくない。 植物片や炭質物も所々に見られる。
全体として本砂岩は左程硬いと言い難いが, 石狩層群中では硬い方で, 露頭部ではしばしば凸出した急斜面をつくっている。 風化を蒙ると𫕢爛 [ ← 読み・意味不明 ] して粗鬆軟化し, 風化面は水酸化鉄に汚染されて, 淡褐ないし赤褐色を帯びてくる。
泥質岩は各亜層の主部ないし上中部を占め, 厚さ数 m から, 時に第1亜層の第1頁岩のごとく 70 m に及ぶ厚い部層を形成することもある。
本岩の多くは細泥質で, 均等緻密, 暗灰色であるが, やや粗泥化すると灰色となる。 概ね層理に乏しく, 頁岩とは言えぬものが多いが, 多年の習慣上, 上記のように頁岩と呼ばれることが多い。 これら, 特に第1頁岩は幌内層に似ていて, 時に誤認されたこともあるが, 化石や上下関係, 風化面の色調から区別出来ること, [ 後述する「II.3.2 幌内層」の項で示した ] 第 11 表の通りである。
また, 砂質部から泥質部に移る部分は 多少であれ暗灰色の泥質砂岩ないし砂質泥岩となっており, 第1頁岩中には凝灰質の帯緑淡灰色珪質泥岩が挾まれている。 泥岩が左程厚くない場合には砂岩や砂質泥岩を薄く不規則に挾み, また不定形の砂質部を「炎状」や「むら雲状」に挾むことがある。 また海緑石粒もおびただしく, 時に数 cm ないし 1 m に及ぶ密集帯をなすことがある。
本岩中には炭質物や植物片も乏しくなく, 為に黒色の縞を呈する所もあり, 一方, 淡灰色の凝灰岩の薄層を帯状に挾む所もある。 またこの泥岩中には泥灰岩の団球や, 時にそのレンズ状薄層を挾んでいるが, 幌内層ほどに多くはない。 本岩は風化面では 硫化鉄鉱粒を含む為か 独特の赤褐色ないし帯紫褐色を呈することが多い。 概ね不規則な小角片に破砕するを常とするが, 稀に葉状にも剥理する。 本層の特徴を示す海棲軟体動物化石は本泥岩中に最も多産し, かつ保存がよい。
これらの岩石で構成される各亜層の状態を標式地について見ると次のごとくである。
第1亜層は亜層中最も厚く, 若鍋背斜で最大約 80 m, 本方面では特に泥質部が著しく発達して主体をなす為に 若鍋頁岩層 35) の名を得た程である。 厚さ 1 m 以下の細粒な基底礫岩に始まり, 第1砂岩となるが, 中には砂管が多い。 第1泥岩 102) 中には部分的に平行剥理を示す所も多く, 中に上下2帯の海緑石帯が追跡でき, 前者は本層のほぼ中央にある約 30 cm の凝灰岩層中に含まれている。 またその上部約 10 m には灰色凝灰質硬質頁岩が横たわる。 この亜層には化石も豊富で, 特に砂岩中には高鹹性のものも認められる。 また上部海緑石帯直下に Palliolum sp. (peckhami ?) 110) がかなり密集して帯をなすことがある。
第2亜層も下部は砂岩, 上部は泥岩の明確な2部分から成り, 第2砂岩は厚さ 25 m 内外, 含水層として知られ, 砂管が多く, 海緑石によって全層が緑色を帯びている。 下部に時に数 cm の厚さの凝灰岩層を挾む。 第2頁岩は砂岩から漸移し, 厚さ約 18 m, 概ね砂質を帯び, 時に砂質泥岩や砂岩層を介存しているほか, 薄い凝灰層をも挾んでいる。
第3亜層も上記とほぼ同様であるが, 砂岩部, 泥岩部とも介存互層部が多い。 全体としては砂岩が優勢で, 第3砂岩は厚さ 20 m 内外, 特に「むら雲状」の部分に富み, 砂岩団塊も少なくなく, 砂管, 海緑石も普遍的で, 第2砂岩に次ぐ含水層となっている。 第3頁岩は厚さ 20 m, 砂質泥岩や細粒砂岩を挾み, 又はこれと互層している。 植物片や炭質物も多い。
第4亜層は輪廻の前半の砂岩部からなり, 厚さは 10 m 余にすぎず, 不完全な輪廻の一部であるが, 連続してこれを追跡できる。 砂岩を主とするが, 泥岩や砂質泥岩をも薄く挾み, 頁岩の扁平礫を含むほか, 砂管も随所に産する。 この亜層にも植物片や炭質物が多い。
この標式地における各亜層の性状はかなり側方にそのまま追跡できるが, 各部の厚さと共に累層状態, 特に互層状態には次第に変化がある。 若鍋層全体としての厚さは北方へ鳩ノ巣ドームの東縁の鹿の谷, 夕張附近までは大差がなく, また各亜層が誤りなく分ち得るが, 更に北し, 西すると, 全体的に砂質部が優勢になり, 第1頁岩中にも砂岩の介在が目立ってくるほか, 他の亜層でも砂岩の肥厚, 泥層部への砂岩の挾存が増してくる。 この傾向は万字ドームに到ると一層著しく, 厚さも急減すると共に, 第1亜層以外では各亜層とも砂岩が主体となってくる。 しかし, 第1, 2, 3の砂岩部は何れも連続性の高い粗~中粒砂岩より始まり, 亜層の境界を見出すことは左程困難でない(第 23 図)。
本層中に海棲化石の多産することには既にふれた。 即ち本層を特徴づけている一群の軟体動物のほかに, 有孔虫, 鮫歯, 魚鱗, Ostracoda などを産し, また同定は保存不良で困難であるが, 植物葉片, 樹幹なども少なくない。
この中, 軟体動物化石は純海水性のものを主とし, 外に Mytilus, Mya 及び Crassostrea などの高鹹性種が多少含まれている 87) 。 いま従来知られたものを第 8 表として挙げて置く。 これらは第1頁岩中に最も多く含まれると共に, 個体数も多い。 砂岩中には Crassatellites ezoensis, Venericardia otatsumei, V. subnipponica, Pitar cf. kyushuensis, P. matsumotoi, Callista matsuraensis, C. hanzawai, Spisula sorachiense など, 種類は少ないが, 若鍋層を特徴づけるものが多い。 これらは九州の芦屋層中のものと共通種が多い為に, かつて同層と対比された根拠となったものである 75) 。
|
若鍋層分層 →
化石種名 ↓ | 第1亜層 | 第2亜層 | 第3亜層 | 第4亜層 | |||
| 第1砂岩帯 | 第1頁岩帯 | 第2砂岩帯 | 第2頁岩帯 | 第3砂岩帯 | 第3頁岩帯 | 第4砂岩帯 | |
| … | |||||||
一方, 泥質部中に多い種は Succella hokkaidoensis ×, S. nagaoi × , S. watanabensis, Portlandia breviscapha, P. watasei × , P. cf. thraciaeformis, Acila (A.) wakanabensis, Palliolum sp., Clinocardium sp., Periploma besshoensis × , Ampullina sp., Eocyclichna multistriata × などで, この中の × 印を附したものは石狩層群上の幌内層にも産する。 このことは, 泥質相の軟体動物の進化の遅い例として注目される。
他に本層からは蟹化石 Callianassa cf. muratai, 鮫魚歯化石 Carcharodon ezoensis やその他種属未詳の魚鱗, 海胆 化石 Linthia ezoensis などおよび Ostracoda などを産する。
本層の泥岩には, 多くないが, 植物葉片や硅化木ないし炭化木幹を産する。 充分鑑定に堪えるものは少ないが, Gingko adiantoides, Pinus sp., Glyptostrobus europaeus, Metasequioa occidentalis, Pityophllum sp., Salix sp., Carpinus sp., Acer sp., Macclintockia trinervis などの葉化石が従来報ぜられている。 温帯南部の植生を示す植物群である。
本地域の若鍋層の有孔虫に関しては, 近年, 内尾高保の調査がある 134), 135) 。 これは鹿の谷2号, 同4号及び夕張 26 号などの試錐岩芯によるもので, 次表のようにまだ属種数の検出は少いが, 特色あるものである。 大部分は泥岩中に産し, 中では Elphidium sorachiense が上下を通じて産し, また Ammomarginulina akabiraensis は上半部に多い。
| 第1砂岩 | 第1泥岩 | 第2砂岩 | 第3砂岩 | 第3泥岩 | ||
| Ⅰ | Ⅱa | Ⅱb | Ⅲa | Ⅲb | ||
| Ammomarginulina akabiraensis | 少 | 少 | 普 | 多 | 多 | |
| A. (?) sp. | 普 | 多 | 多 | |||
| Hoplophragmoides spp. | 少 | 普 | 多 | 多 | ||
| Involutina sp. | 稀 | 少 | 多 | |||
| Elphidium sorachiense | 稀 | 稀 | 稀 | 多 | 多 | |
| E. wakanabensis | 稀 | |||||
| Gyroidina off. yokoyamai | 少 | 少 | ||||
| Bulimina schwageri | 少 | 少 | ||||
| Guttulina sp. | 少 | 稀 | ||||
| Quinqueloculina sp. | 少 | 稀 | ||||
| Rectoglandulina sp. | 少 | |||||
| Haplophragmoides sp. | 少 | 少 | 多 | 稀 | ||
| Bolivina sp. | 少 | |||||
本層は下位の夕張層とはその境界が比較的截然としているが, 従来 整合と見なされて来ていた。 しかし近年, 下河原寿男 103), 112) により, その間は平行不整合とされるに至った。 これは野外調査及び多く試錐の結果から導き出されたもので, 理由とするところは, 堆積環境の急変, 即ち全く淡水層の夕張層から, 海水相の本層への岩質の急変が認められ, その間が截然としていること, 即ち本層の最下低に基底礫岩と認むべき部分が普遍的に見られ, その中には下位の夕張層から 齎 されたと見られる石炭礫や頁岩礫も含まれていること, 特にその礫岩部の基底に波状の侵蝕面も認められること, 更にこの所見を強力に支えるものは, 夕張層を上記の様に区分して見ると, その亜層内の種々の層位と本層基底が接することで, その間に極めて緩いが斜交性が認められる。 つまり夕張層堆積後, 僅かではあるが侵蝕が行われたことを示す(第 20 図)。
従来, 空知地方の若鍋層と本地方のそれとは殆んど同時的で, 南北の岩相の差 112) は堆積相の違いに基づくと信ぜられて来, 或は夕張の下半部の泥岩を主とする部分, いわゆる若鍋頁岩層は空知にはこれを欠き, 夾炭部と併せていわゆる若鍋介殻化石層に当ると見られて来た 35), 63), 64) が, この見解によるとむしろ逆で, 空知の広義の若鍋層の夾炭部が夕張では欠除し, その間隙に当るものが夕張・若鍋両層間の不整合で示されている と見なす下河原寿男 112) の見解が正しい。
本図幅における本層は, 1924 年, 今井半次郎 35) の本図幅の北隣の幾春別炭田の夾炭層に因んで「幾春別夾炭層」と名づけたもの 及びその下位の羊歯砂岩層, 即ち 高尾彰平によって再定義された幾春別層の南方延長に当る。
この地域の石狩層群の最上部を占め, 区域内では北縁近く, 幾春別背斜の南の沈下先に僅かに現われるほか, 北東縁近く, 鉄橋の沢において, 万字断層の東の万字背斜に伴って断層に切られつつ, 幌内層の間より僅かに頭を出すもの, 万字ドームの北側から東側にかけて分布し, 更に, 鳩ノ巣ドームでは, これをとりまいてほぼ連続露出し, 更にその一部は東の冷水山に達し, これに連なる山地に及んでいる。
従来, 幾春別から本地方にかけての幾春別層は, 空知地方と異なり, 多くの人によって下位の美唄層を欠除して, 若鍋層と一連整合すると考えられて来た。 しかし, 最近 下河原寿男 112) は, かつて今井半次郎 35) が想定したように, 薄いながら美唄層の存在を認めている。 本編ではその可能性を認めつつも従来通り, 若鍋層以上のものを本層に含めて述べることにした。 これは, 下述のように, 本層下部に いわゆる美唄層上部に特有とされる「虎の皮」型の石炭層と区別し難い炭層の存在すること, 空知炭田南部から夕張炭田にかけて, この虎ノ皮炭層の上位には, 時に厚さ 30 m に及ぶ特徴ある粗粒から中粒にわたる堅い砂岩, 空知での「一の沢砂岩層」 35) , 夕張での「夕張砂岩層」 35) があり, この中, 前者 [ 一の沢砂岩層 ] は側方にいわゆる下部蜆介層, 即ち赤平層に移化することなどから, 本来の幾春別層から分離することが出来るとするものであるが, 少なくとも本図幅内では, 他の登川, 幌加別, 夕張, 若鍋などの各特色ある累層に対する独立した累層とするより, これを一括した方が便宜と考えたからである。 しかし, このことは夕張炭田における美唄層の存在を否定するものでなく, 夕張炭田の幾春別層 = 空知炭田の美唄 - 赤平 - 幾春別層 の可能性を認めての上であると言ってよい。
この見地からの本層は下位の若鍋層と全く整合的で, その境界は概ね判然としている。 しかし, 将来その間に不整合が見出されるかも知れない。 一方, 幾春別から本地域にかけての幾春別層は, 峰延山地以北, 空知地方の同層名とされて来たもののみでなく, その上位の芦別夾炭層までを併せたものでないかとの考えが 田代修一 126) によって 1950 年に提唱されている。 その考えは 1963 年, 柴岡道夫 100) によって別の観点から支持されて居り, その可能性もあるが, 本図幅内においてはこれを論ずる資料がない。
本層の厚さ [ 以下の [注] 参照 ] は, 上位が幌内層不整合に接する為, 本来のものでないが, 全体として, 北西方に厚く, 南東方に薄い, これは先 幌内期の侵蝕に伴う削剥によることは勿論であるが, 各亜層の厚さから見ても, 元来の堆積が同様の傾向を示していたことが判る。 また厚さの増加と, 石炭層の発達はほぼ比例的で, 炭層数も稼行的炭層も北方にふえている。 これは本層の下位の上記各層の肥厚状態や炭層発達とは逆の傾向を示し, 本層が各層と堆積盆心を異にしたことを物語っている(第 25 図)。
各亜層の厚さは下述の通りであるが, 全体としては北部の東幌内炭砿部の東部から美流渡炭砿にかけて 150~200 m 内外, これが東に赴くと共に幌内層に削られ, 万字砿附近で 60 m 前後にまで薄くなる。 これから鳩ノ巣ドームの東側の夕張各砿一帯にかけ, 更に南の平和砿附近までは 70~80 m と僅かながら厚化している。 一方, 同ドームから西側にかけても厚さを漸次増し, 新二岐炭砿附近では 150 m を越える。 つまり, 全体として先 幌内層の削剥量は東に大となり, 東の大夕張図幅内では本層は遂に削去されている。
本層は他の夾炭層と同じく, 砂質岩, 砂質泥岩, 泥質岩の厚薄の累層からなり, その間に礫岩や凝灰岩及び岩層を挾んで居り, 下記のように, その累積状態から多くの輪廻層に分層し得る(第 25 図)。 これらを構成する岩石の性状は次のごとくである。
砂質岩 27), 28), 35) は細粒から極粗粒の各粒度にわたるが, 何れもアルコーズ質で, 凝灰質を帯び, 且つ堅硬なものの多いことを特徴とする。 その著しいものは造稜層をなし, 上下の地層より突出していることが多い [ 第 26 図 ? ] 。 第3亜層中の砂岩は「夕張硬石」などと呼ばれ, 石材として採石されたことがある。 色調は一般に明るく, 灰白色~淡灰色系統のものを主とし, 淡緑, 淡青色を帯びるものも少くなく, 特に緑色を呈する砂岩の多いことも本層の砂岩の特色の一つと言ってよい。 これらは風化して淡褐ないし黄色を帯びた褐色を呈するを常とする。 1層の厚さは数 m から 10 数 m のことが多いが, 時に 30 m に近づくこともある。 何れの場合にも一亜層の下位に粗粒, 上方に細粒化して泥岩に移るのを常とする。 層理は明らかでないものも多いが, 板状層理をなし, 斜層理や漣痕を呈する部分も所により認められる。 ただし, 砂岩中でも, 最下位の第1亜層の砂岩は, その色調が灰白色で, 上記の砂岩と似るが, 硬度がはるかに劣り, 軟かく, 風化し易い点が, 上記と異なる。
また, 礫岩は本層の所々, 砂岩の粗粒化部に伴い, また砂岩中にかなり連続的に発達している。 大豆大以下のものが多く, よく円磨された, 赤, 白, 灰などの硅岩や, 黒色粘板岩, 暗色砂岩, 輝線凝灰岩などの岩片からなっている。 何れも硬く固結して居り, 風化部でも褐色を呈して突出することが多い。
泥頁岩は一般に暗灰色の粗泥岩を主とするが, 時に黒色の炭質物を含む互層や, 青色を帯びた灰色泥岩もあり, 炭層の下盤粘土として灰白ないし乳白色を呈するものもある。 また, やや緑色を帯びた凝灰質 緻密 硬堅な泥岩も薄いが地方的鍵層として発達する。 炭田 地質家によってしばしばフィルド名として "FLINTY SHALE" と呼ばれているものが これである。 また砂質を帯び, 灰色砂質泥岩に移化し, またこれと縞状の互層をなす場合も少くない。
本岩は概ね下位の砂質部より漸次移化するか, 互層しつつ移化し, 一亜層の上位を占め, その中に炭層ないし炭質頁岩を介在する。 また泥鉄岩は薄層ないしレンズ状に, 風化して赤褐色を呈して露出面に突出しているのが随所に見られる。
凝灰岩は白色ないし淡灰色, 中粒ないし細粒 緻密なものが, 層自身または炭層に伴ってしばしば認められる。 多くは軟質で風化びらんし易いが, 中に 燧石 状に堅硬なものもある。 厚さは概ね 10 cm 以下で, 地方的に鍵層として追跡し得る。 石炭層中では最下位の虎ノ皮層中のものが著しく, くり返し介在し, 風化して帯褐黄色を呈し, 黒色の石炭と互層して黄黒の縞状を呈する為にその名を得ている。
本層はその累層状態から, 標式地の幾春別地方で下位の美唄層のそれも併せると 13 亜層 112) に分ち得るが, 本図幅内では時にその分層が合一し, 分ち難くなったり, また合わせてその厚さが薄化して居り, かつ上位は幌内層の不整合面で切られたりしており, その中の第9亜層までが認められる。 各亜層の厚さは概ね 5~30 m の間にある。 各亜層間には侵蝕面が認められることが多い(第 25 図)。
| 亜層名 | 層厚 (m) | 炭層 | |
| 東幌内砿 | 美流渡砿 | ||
| 第8~9亜層 | 10~20 | 1番層 | |
| 2番層 | |||
| 第6~7亜層 | 20~25 | 中間層 | 第1上層 |
| 3番上層 | |||
| 第5亜層 | 20~25 | 3番層 | 本層 |
| 4番層 | 第1下層 | ||
| 第4亜層 | 15~30 | 5番層 | 第3下層 |
| 第3亜層 | 25~30 | ||
| 第2亜層 | 8~10 | ||
| 第1亜層 | 5~10 | 虎ノ皮層 | 虎ノ皮層 |
第1亜層は本層最下位の, 下河原寿男 112) によって美唄層に当るとされた部分で, 北の岩見沢図幅内では, 2亜層からなるが, 本図幅内では全域を通じ, その中の上位の第2亜層のみが認められる。 厚さは 10 m 内外, 砂質岩の発達も劣り, 泥岩ないし砂質泥岩を主とし, 薄い砂岩や頁岩を介在互層し, その中にいわゆる虎ノ皮層と呼ばれる炭層を介在している。
下位の若鍋層とはこの岩質の移り目をもって境し得るが, その間には堆積の急変があるにもかかわらず, まだ不整合の記跡は見出されていない。
第2亜層も全域にわたり発達し, 厚さ 10 m 内外, 砂岩の発達がよく, 上部の泥質岩中にも著しい炭層がない。
第3亜層は 25~30 m の厚さを有し, 全域的に拡がっている。 下半の砂岩の発達がよく, 夕張砂岩層として追跡される。 これは所により, 更に上下の小亜層に別ち得るほど側方の変化に富み, 泥質岩中にも見るべき炭層がない。 本亜層の上部は夕張の東方附近では既に削除され, 幌内層に直接おおわれている。
第4亜層は鹿の谷附近で最も厚く 30 m に達するもので, やはり砂岩に始まり, 上半は砂質泥岩と泥岩の互層を主とし, 炭質頁岩を挾む程度である。 中では美流渡 附近の第3下層や東幌内炭砿の5番層がややめぼしい。
第5亜層は区域の北方から東方にかけ 20 m 内外の厚さがあるが, 万字以南では削去されている。 下部に薄い砂岩を置く外, ほとんど, 側方変化の激しい砂質泥岩, 泥岩, 頁岩の互層からなり, 中に数層の炭層や炭質頁岩を挾む。 中では東幌内の3番層, 4番層, これと同位層の美流渡砿の本層, 第1下層などが最も著しい。 更に下方には第2下層の薄層を含んでいる。
第6亜層は, 図幅内では第7亜層と岩相的に区分し難くなる。 合わせてその厚さ 25 m 内外あるが, 万字附近では削剥されている。 下部の砂岩は連続的であるが, 中上位の泥質部は砂岩, 砂質泥岩, 泥岩などが入り交って互層し, その中に消長の激しい薄炭層や炭質頁岩を挾んでいる。 東幌内炭砿の中間層, 3番上層, 美流渡の第1上層などがこれである。
第8亜層も本図幅内では上位の第9亜層と区別し難く, 殆んど一連で, 下部には砂岩, その一部に細礫岩が続くが, 中上部は砂岩と泥質岩との互層になる。 東幌内炭砿附近では中に1, 2番層を挾んでいる。 本亜層内は厚さ合せて 10 数 m あるが, 万字の北方で幌内層に切られて, 以南にはその姿を見せない。
本層中の石炭層については後述してある。
本図幅内の本層から産する古生物は, 動物, 植物何れも陸棲のもので, 前者 [ 動物 ] には下位の各層にも見られた Margaritifera perdahurica, Unio uryuensis, Lanceolaria pisciformis, Cipangopaludina jimboi などであるが, 種類も, 個体数も少ない, 後者 [ 植物 ] は 100 種に余る種数を産し, 個体数も多く, 幾春別 古植物群とも称すべき一群を形成している。 これらは何れも本層の泥岩, 特に炭層の上盤をなす頁岩中に産するが, 中でも Woodwardia が最も普遍的に産するので, 為に幾春別層の下部の一部は「羊歯砂岩層」 35) と名づけたり, またこの化石植物群を「羊歯植物群」(Woodwardia flora) 13), 83) と呼んだりしている。 この植物群は温帯南部ないし温暖帯のそれを示すものであると言う。
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本層は周知のように, 矢部長克が 1901 年に 本図幅の北隣の岩見沢図幅内の幾春別川支流の幌内沢に因んで名付けた, 石狩層群上の厚い海成層で, 本図幅内にも広く発達する。 大別して4区域に分布し, (1) 北部では幾春別背斜と万字ドームとの間, 幌向川沿いに幌向向斜を占め, かつ幾春別背斜の東側の盤ノ沢からつづくものと合一し, 広い盆状地を作っている。 ここではその分帯 E 帯迄が露われ, 全層厚約 1,000 m に達する。 傾斜は, 幾春別背斜の沈下先の急なのを除いて概ね 20°以下で緩いが, 東北隅の万字断層以東では万字背斜に伴う断層でやや乱れる。
(2) この区域の西には東幌断層の以西にほぼ南北走向の直立した本層が帯状に露われる。 その東半は夕張断層, 幌内断層などの走向断層に切られ, 西半には更に急立した南に沈下する一背斜があり, 以西は西に急立同斜する。 ここでは本層は G 帯までが露われ, その層厚 1,300 m に及ぶ。 幌向川の両岸にはこれを貫ぬいて玄武岩の小岩体が散見される。 この幌内層の南の延長は, これを横切る朝日断層により急に幅を挾め, 夕張断層との間に僅かに南に沈む背斜の先端部に F, G 両帯が三角状に露われる。
(3) 鳩の巣ドームの南側には本層が最も広く露われる。 ここでは走向ほぼ北西 - 東南, その東南部では(北から)二股, アノロ, 一線沢などの背斜, 高台, アノロ, 大蛇沢の向斜など, 数条の褶曲によって緩急の傾斜を示し, 各分帯が重複して露われるほか, 縦断層や横切断層によって更に重複や欠失をくり返し, かなり複雑な構造を呈する。 中でも幌向川の上流の富野附近を通るシルツル断層は注目に値し, 以北では 諸褶曲は走向断層などにより収歛しているなどの構造上の差の境界をなすばかりでなく, 西側にある上位の滝ノ上層を全く動かしていないことなどがある。 このことは, 少くともこの地方では, 後 幌内 - 先 滝ノ上期にある程度の褶曲, 断層などの運動 108) 及び削剥が行なわれたことを示し, 石狩炭田第三紀地史上見逃がすことが出来ないものである。 この地域では本層分帯の最上部 G 帯までが露われ, 全層 1,000 m を越す厚さがあるが, これを鳩ノ巣ドームの西側に追うと, その露出の幅は急速に狭まる。 これは本層が西方に急立同斜していることにもよるが, むしろ上位の滝ノ上層下の不整合により本層が切られているためである。 本層は同ドーム西側では僅かに D 帯迄が認められるのみで, その厚さも最薄 300 m 内外までになり, その北限は夕張断層に断たれている。 この区域には上記のシルツル断層と同様な, 幌内層を切り, 滝ノ上層に及ばない断層が2, 3認められ, 本層を貫ぬく玄武岩の小岩体も所々に露われている。 この区域から東に平和断層を越えると, (4) 平和ドームの周辺, 特に北側に, 若鍋断層との間にいくつかの走向衝上断層に切られた本層が, 楔状に分布し, 中に一向斜を収める。
外に, 鳩の巣ドームの東方には, 冷水山を始め山背部に本層が比較的平穏にのっている。 いずれも緩傾斜であるが, その連続は断層によって断たれている。
本層の厚さは, 東方で約 600 m, 西北方に赴くと共に厚さを増し 1,300 m に及び, 万字, 鳩の巣両ドーム附近ではやや薄い傾向があり, 同ドームの撓曲の影響がうかがわれる。 上位は滝ノ上層により不整合に切られているので, 元来の厚さは正確に判定し難いが, 各分帯の肥厚状態から見ても, 西方に厚く堆積したことは否めない。 即ち石狩層群の各層の肥厚方向と軌を一にせず, 両層群間の堆積盆心の移動を示している(第 27 図)。
本層と下の石狩層群との関係は, 古く矢部長克を始めとし, 今井半次郎 33) , 村田析 72) ら石狩炭田調査の初期から不整合とされて来ており, その後, 精査の進むにつれて一層このことが確認されて来ている。 しかし, 矢部長克 142), 144) は近年 陸成層である石狩層群に当る同時異相的海成層が本層でないかとの発想に基いて, 石狩層群上部 = 幌内層の同層位説を提唱し, 同調者も少なくない 2)~9), 10), 11), 117) 。 これは 幌内層の古生物的要素が 石狩層群中にも見出されることもその論拠の一つになっている。 しかし, その後の検討によると 26), 73), 96), 135) , 両層群間の不整合関係の確認度は一そう高くなりこそすれ, 同時・同層位を立証する事実は少しも現われて来ていない。
本図幅内では, 本層はすべて幾春別層上にのり, 東方の大夕張地方や南方の登川, 穂別地方のように, より下位の地層と接しているところはない。 しかし, 区域内の幾春別層と本層の接着状態を見ると, 前者 [ 幾春別層 ] の種々の部位にのっており, 緩やかな傾斜不整合関係にあることが判る。 これは前者を亜層に分けた場合に一そう判然とし, またその中の石炭層を追跡することより明確に理解出来, 大局的には東南方に削剥が著しいことが判る。 即ち, 北の幾春別炭田では第 13 亜層まであるのが, 北端の東幌内区域に入ると第9亜層まで食いこみ, 美流渡地区では更に第7亜層までの境界が下り, その東部では一部第6亜層までも下り, 万字の東方では第5亜層に接し, 夕張東方では第3亜層に達している。 これら両層間には漸移と見られる所は1ケ所もなく, 常に侵蝕面をもって接し, 下位層の性状が, 幌内層内に再現することはない(第 25 図 [ 既述の「II.3.1.5 幾春別層」で示した図 ] , 第 68 図 [ 後述する「III.1.4 美流渡炭砿」で示す図 ] , 第 71 図 [ 後述する「III.1.6 東幌内炭鉱」で示した ] )。
この幌内層の基底は多少であれ波状を呈するのが常で, 薄くは 10 数 cm, 厚い時は数 m の粗粒部があり, それより漸次上方に細粒化して, 幌内層本来の泥岩に移化している。 この粗粒部の基底は概ねやや硬い極粗~粗粒の含海緑石緑色砂岩で, 最基底部は古期岩類の細~小礫を含むか, または細礫岩化している。 また下の幾春別層の砂岩や泥岩及び石炭の小片を散含している場合もある。 また下の砂岩層の割目に緑色砂岩や細礫岩が入りこみ, また砂岩の岩片をとりこんでいる場合も認められる。 下位の幾春別層の砂層部と接する時は, あたかも混移(blend)するかのように見えるが, その場合でも基底細礫岩や色調, 硬度などでその境が区別出来る(第 28 図)。
本層は最基底の砂質部を除く外, 上下を通じ, 極めて均質単調な泥岩 69), 71), 72), 112), 114), 115), 116), 118), 147) からなり, ほとんど粗粒岩の介在を見ない。 この泥岩は一般にほとんど層理を示さす, 従ってその走向や傾斜の測定が困難であるが, 慣れてくると, 風化面に浮び出る微層理や, 層理に平行な劈開からも測れるようになる。 また層中には所々に泥灰岩の薄層や泥灰岩団球を始め, 玄能石などが介在し, 僅かに走向傾斜の測定を助ける。 また本層の上部では, 中下部よりも僅かに砂質を帯び, かつ やや層理を呈し, 凝灰岩の薄層を数枚挾みなどして, 構造の測定がやや容易になる。 本岩は新鮮面では暗灰色 均質 無層理の粗泥質であるが, 風化すると褐鉄鉱で汚染された独特の赤褐を帯び, また破面では燐酸鉄の白粉をふく。 一般に不規則な小角片の割れ, また小貝殻状ないし小玉葱状に剥離するが, 葉状ないし板状になることは少なく, また比較的軟弱なため, 大きな円礫となることはない(第 31 図 [ 後に示す ] )。
基底の砂質部については上にのべたが, 本層上位のやや砂質を帯びた部分は主部より暗灰色の暗さが減り, 僅かに層理を呈するか, または砂質粗泥岩ないし泥質極細砂岩の薄層がひんぱんに介在し, 層理が明瞭になってくる。 また上部に現われる灰白色軟質細~中粒の凝灰岩は厚さ数 cm にすぎぬ所が多いが, 暗灰色泥岩中にあって顕著なので, 鍵層として追跡出来る(第 32 図 [ 後に示す ] )。
泥灰岩は数 cm ないし 10 数 cm の厚さを常とし, 板状を呈するものが多い。 また同質の団球は径 1 cm 内外から 20~30 cm のものまで大小種々あり, 扁平円盤状, 紡錘状, 楕円体状, 柱状, 繭状, 亜鈴状, 算盤玉状など種々の形を呈するほか, 名状し難い不規則なものもある。 これら泥灰岩層ないし団球はその含有鉄分のためやや重く, 新鮮面は暗灰色であるが, 露出面では褐色化し, 堅緻で, 突出している。 団球中には保存のよい軟体動物化石やいわゆる「蟹の爪」を核としていることがあり, また玄能石や黄鉄鉱結晶を含むこともある。 これら泥灰岩層ないし団球は従来も「マール帯」 118) などと呼ばれたように, ある部位に集まって見られることが多い。 玄能石は北海道の第三紀層中で本層の中に最も多く含まれ, 大いさ数 cm のものが常で, これも従来「玄能石帯」 69), 71), 104), 118) として認められている。 単体のものが多いが, 双晶ないし多晶的なものもあり, 時に団球中にも含まれる。 石灰岩は他の地域では時折 貝殻化石の密集からなるレンズ状ないし塊状を呈し, かなりの大いさのものが B 帯に散含されるが, この地域では稀にしか認められない。 海緑石は本層の基底部に密集している外, 全層にわたり多少であれ含まれ, 部分的に濃集することもあるが, 全体として上部に赴くほど減っている。
本層中にはその頻度の大小こそあれ, ほぼ全層に亘り多数の軟体動物化石が散含されている。 とくに両殻類化石が種数, 個体数ともに多く, 下述のようにその頻度や組合せから本層の分層を可能にしている。 これらはしばしば双殻を閉じ, 層面に対し直立或はこれに近い姿勢で埋没していて, 現地棲的な産状を示すものが多い。
そのほか海胆類, 単体珊瑚, いわゆる蟹の爪, 有孔虫, 介形類, 魚鱗及び稀に植物化石などを含んでいる。
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地層 →
項目 ↓ | 上部蝦夷層群 | 幌加別層 | 若鍋層 | 幌内層 | 滝の上層 | |
| 層位的位置 | 函渕層群下, 中部蝦夷層群上 | 夕張層下, 登川層上 | 幾春別層上, 夕張層上 | 石狩層群上, 紅葉山滝の上層下 | 幌内層上, 紅葉山層上, 川端層下 | |
| 岩質 | やや砂質を帯び粗泥質, 砂岩と互層, 頁岩状 | 粗泥質, 砂質泥層を挟み, 頁岩状 | 砂質を帯び, 砂質岩と互層 | 粗泥質, 単調 | 粗泥質 | |
| 層理 | 判然 | 判然 | 稍判然 | 概ね乏層理 | やや判然 | |
| 色調 | 暗灰 - 灰 | 暗灰 - 黒 | 暗灰 - 灰 | 暗灰 - 黒灰 | 暗灰 | |
| 風化色 | 灰褐 | 灰褐 | 灰褐 | 茶褐 | 灰褐 | |
| 硬度(相対的) | 硬 | 稍硬 | 中硬 | やや硬 | 軟 | |
| 破面 | 層理に平行, 小介殻状 | 層理に平行 | 介殻状 | 小介殻状 | 不規則 | |
| 破片形 | 薄板状 | 薄板状 | 不規則塊 | 不規則小塊 | 薄板状~方角状細片 | |
| 厚さ | 薄い, 時に厚化 | 数 10 m | 時に厚し | 極めて厚し | 数 10 m | |
| 介在層 | 砂質岩, 泥灰岩 | 泥鉄岩, 砂質岩 | 砂質岩 | 海緑石質部, 泥灰岩 | 泥灰岩 | |
| 泥鉄岩層 | 無 | 有 | 無 | 無 | 無 | |
| 泥灰岩層 | 有 | 無 | 少 | 多 | 少 | |
| 泥灰岩団球 | 有 | 無 | 少 | 多 | 少 | |
| 玄能石 | 無 | 無 | 無 | 有 | 無 | |
| 砂泥管 | 無 | 無 | 多 | 少 | 無 | |
| 介在鉱物 | 硫化鉄 | 無 | 硫化鉄 | 海緑石, 硫化鉄, 白鉄鉱 | 硫化鉄 | |
| 化石 | 動物 | アンモナイト, イノセラムス | 淡水介化石 | 海棲介化石, 有孔虫 | 海棲介化石, 有孔虫, 蟹の爪, 海胆, 珊瑚, 介形類 | 海棲介化石, 有孔虫 |
| 植物 | 極めて稀, 時に炭質物片 | 少 | 極めて稀 | 稀, 時に炭質物片 | 極めて稀, 炭質物は多い | |
本層はごく一部, 即ち石狩炭田の南東縁のごく一部で直接白堊系と接する外, すべての地域で, 石狩層群上にのっている。 しかも地域により, いろいろの層準に接しており, 例えば芦別地方における芦別層や, 幾春別地方から本図幅内にかけてのように, 幾春別層と広い範囲にわたり接している場合でも, よく見るとその層内のいろいろな部層にのっていて, その不整合間に石狩層群堆積後のゆるやかな運動と削剥の行なわれたことを示している。 しかし, いずれの場合でも本層の下位に夾炭層が横たわっており, 本層の存在は「下位に炭層あり」の立札と見ることが出来る。 従って本層分布地の調査に当って, 下位幾何 [ ← 意味不明 ] の深さに夾炭層が伏在するかを知ることが常に要求される。 上述のように, 本層は厚層である上に, 上下を通じてほぼ均質なために, その分層が困難で, 目前の部分が基底から幾何の上 [ ← 意味不明 ] にあるかを知ることは容易でない。 しかし, 従来 多く炭田地質家がそのための努力を重ねて来ていて, 例えば最も古く村田折 69), 71), 72) は泥岩の検鏡による岩質差や海緑石濃集部, 玄能石や蟹の爪の多産部, 軟体動物や有孔虫の頻度などに注目して, 本層の分層を試み, 高尾彰平 118) もまたその手法を踏襲し, 更に algae [ 藻類 ] 帯の存在などにも着目して細分を試みている。 また田上政敏 114), 116) は本層の泥岩の検鏡による構成物の外に, 化学成分の変化, 特に pH 値の推移に着目し, 石倉新, 矢野貞三ら 150) は特に玄能石や泥灰岩の分布に注目して, 分層を行ない, 新幌内炭砿の開発の基礎を築いた。
本層中に豊富な軟体動物化石に関しては, 古くは横山又次郎 148) 以来の断片的な研究があり 87) , 近年では竹田(四十物)秀蔵が総括 120) を行なったが, 彼は種が分散的で, 分帯は可能でないとした。 しかるにその後, 下河原寿男 112) , 手島淳 129)~133) らは本層から定間隔毎に一定量の岩石を例えば 1 m3 を採取し, その中の化石を鑑別, 計上し, 個体数多いもの, 全層を通じて出るもの, 特にある部分に多いもの, ある部分から出現し始めるもの, または消失するもの, 数は多くなくともある特定の部分に出るものなどをえり分け, その組合せと量比から幌内層の細かい分帯に成功した。 これは最初 本地域の東南方の [ 紅葉山図幅地域内の ] 真谷地地域で試みられ, 9 帯を認めたが, この分帯は, 側方に厚さや種数, 個体数に多少の変化を伴いつつも, ほとんど夕張地方の全域にわたって適用出来ることが, その後の調査で認められている。 本編の分帯もまたこれに従った。 同じ手法はほとんど同時に本図幅の東隣の大夕張図幅地内で大西弘 84) らによっても行なわれ, その境界に多少の上下の差はあれ, ほとんど同じ成果を得ている。 これらによって 単調な本層の下方の何百米に炭層が伏在するかの予想がかなりの精度で立てられ, これに基づいて行なった多くの試錐が, その立論の正しさを証拠だてている。
手島らによると標式地の真谷地地帯における本層の分帯は上から次の9帯となる。
| I 帯 | : | Venericardia spp. - Neilonella poronaica - Linthia sp. 帯 |
| H 帯 | : | Colliamassa muratai - Crassatellites teshimai - Linthia sp. 帯 |
| G 帯 | : | Nemocardium yokoyamai 帯 |
| F 帯 | : | Lima j-suzukii 帯 |
| E 帯 | : | Merisca onishii 帯 |
| D 帯 | : | Portlandia watasei 帯 |
| C 帯 | : | Callianassa muratai 帯 |
| B 帯 | : | Venericardia spp. - Neilonella poronaica 帯 |
| A 帯 | : | Macoma poronaiensis - Yoldia sobrina 帯 |
これは数多い産出化石中, その組合せと量比から帯別し, 2, 3の重要化石をもってその帯を代表させて命名したもので, この中で F 帯の Lima などを除いては, 他の帯にも現われるものが多い。 例えば Venericardia の各種や Neilonella, Oreciospira などは各帯を通じて普通に産すると言っても過言でなく, 中で, B, C 帯及び H, I 帯に多産するものであるし, Acila picturata なども B 帯から始まり, かなり普辺的であるが, B 帯上部から C 帯中部に饒産するために B, C 帯を各2分するのに役立っている。 Thyasira や Hubertsehenckia も B, C 帯に出た後, H, I 帯に再び現われ, Saccella も B 帯前半から後半から出現し, C 帯前半に多産して C 帯の2分に役立っている。 Portlandia, Merisca, Periploma も B 帯から終始その姿を消さないが, 第1者は D 帯及び H 帯に, 後者は E 帯に多産してその帯を特徴づけている。 一方, Crenella や Crassatellites, Clathrus などは E 帯に出現し始め, Nemocardium, Pholadomya, Palliolum, Eocylichna などはいずれも F 帯に始めてその姿を現わし, 多くは後まで続くが, 後2者は Lima と共に F 帯に留まっている。 これらはいずれも産出個体数は多くないが, その初発現が, 他の多産種と歩を一にしていて帯別に役立っているものである(第 29 図)。
蟹の爪の中, Callianassa murataiは B 帯後半に登場し, ほとんど I 帯まで続くが, 特に C 帯に著しく, 後半では H 帯に多く, 帯別の特徴となっているのに対し, Portunites は C 帯に僅か産するのみである。 海胆の Linthia はほとんど F 帯に急に多産し始め, G 帯半ばまで豊かに, 後なお H, I 帯と普辺的に産している。 一方 Salenia, Frabellum, Hyas などの珊瑚類は Lima などと共に F 帯を特徴づけている。 これらを通じて見ると, F 帯のやや深い水深を示す化石群を中心に, 下位の群集に似た群集が上位に再び出現して --(勿論数, 種についての差はあるが) -- 似た水深環境を再現している事実が注目される。 これは各帯別を呈する動物群の示す意味と共に幌内層の堆積生成の解明の鍵と見なされるが, 一応は幌内層の堆積盆地の堆積に優る深化で F 帯までを, 以降は埋積による水域の浅化として説明出来るであろう(第 6 表 [ 古第三系総括表 ] )。
こうして分けた帯別の特徴を図幅内のアノロ川上流二股地方について見ると, 標式地とされた真谷地地方と僅かの差はあるが, 全体の性状は極めて似ている(第 12 表)。
A 帯は基底の砂質部に始まる乏化石部で, 厚さ 110~130 m, Neilonella poronaica, Yoldia sobrina, Portlandia watasei, Venericardia spp., Macoma poronaiensis などが出, 中では最後者 [ Macoma poronaiensis ] がやや多く, Yoldia も目立っている。
B 帯は次の C 帯と共に, 化石の種数のみならず個体数にも富み, 泥灰岩層やその団球も多い。 Neilonella poronaica, Yoldia cfr. laudabilis, Portlandia watasei, Acila picturata, Venericardia spp., Thyasira bisecta, Macoma poronaiensis, Periploma besshoense, Siphonodentalium spp., Orectospira wadana, Turritella poronaiensis, Ancistrolepis modestides などを産し, 中では Venericardia, Neieonella, Acila が最も多い。 いわゆる algae も多産する。 厚さは 150 m。 この帯は標式地では Acila の多い下部と少ない上部に分れるが, この地方ではそれが判然としない。 これは鳩ノ巣ドームの西辺で B 帯が薄くなることと考え併せると, B 帯上部の薄化又は無沈積とも見なされる。
C 帯もその化石多く, その組成は B 帯に似るが, 特に蟹の爪の多産を特徴とし, Neilonella poronaica, Saccella nagaoi, Yoldia sobrina, Portlandia watasei, Acila picturala, Palliolum poronaiensis, Venericardia spp, Thyasira bisecta, Merisca onishii, Periploma besshonse, Dentalium nunomae, Siphonodentalium spp., Orectospira wadana, Turritella poronaiensis, Ancistiolepis modestoides, Eocylichna multistriata 等がめぼしい。 この中では Neionella, Venericardia, Acila が饒産し, 後者は下半に多いので, これを更に上下の2帯に区別出来る。 厚さは約 240 m(C1 帯 100 m, C2 帯 120 m)あり, 泥灰岩や同質団球が介在している。 蟹の爪はこの団球中に多い。 algae もこの帯に多く, B 帯に対し上部 algae 帯をなす(第 29 図, 第 30 図 [ 後に示す ] )。
D 帯は上記2帯に比し化石種は似るが, 個体数がかなり減り, Porllandia のみが独り残ること, 標式地と全く同じである。 Neilonella poronaica, Saccella nagaoi, S. sp., Portlandia watasei, Acila picturata, Palliolum poronaiensis, Venericardia spp., Merisca onishii, Periploma besshoense, Siphonodentalium spp., Orectospira sp. などは, 中で普通に産する。 厚さ約 100 m。
E 帯は厚さ一般に 100 m 内外, 最厚 180 m, 化石組成は標式地とよく似, Neilonella poronaica, Saccella nagaoi, S. sp., Yoldia cfr. laudabilis, Portlandia watasei, Acila picturata, A. sp., Crassatellites teshimai, Venericardia spp, Crenella nagahamai, Merisca onishii, Periploma besshoense, Dentalium nunomae, Siphonodentalium spp., Orectospira sp., Fulgoraria antiguior, Eocylichna multistriata などを産し, 中で, Merisca, Periploma のうち特に前者が多く, もって本帯にその名を与えている。 Portlandia はこの地方にはやや多く D 帯に近い性状を呈している。 Crassatellites の出現, 下で稀であった。 Crenella, Clathrus 及び Platycyathus の増加も特徴である。 二岐峠背斜附近の本帯上部はやや砂質を帯び, 化石も少なく, 厚さも厚い。
F 帯は化石の数にはやや乏しいが, 本層中の最も大型の化石である Lima の産出を特徴とする。 外に, Solemya tokunagai, Neilonella poronaica, Saccella nagaoi, Nucula sp., Yoldia cfr. laudabilis, Portlandia watasei, Acila picturata, A. sp., Palliolum poronaiensis, P. numanosawaensis, Crassatellites teshimai, Nemocardium yokoyamai, Crenella nagahamai, Merisca onishii, Macoma poronaiensis, Periploma besshoense, Cuspidaria sp., Dentalium nunomae, Siphonodenlalium spp., Orectospira wadana, Turritella poronaiensis, Ancistrolepis modestoides, Tudicula sp., Fulgoraria antiquior, Eocylichna multistriata, Callianassa muratai, Linthia sp., Platycyathus sp., Flabellum sp. 等を産し, 中では Nemocardium, Frabellum, Linthia を始め Terefraturina 等が初出現である。 ただし, 標式地で見られた Hyas, Salenia などはまだこの地方では知られない。 また下位に無かった凝灰岩や火山灰の白小点がかなり含まれ始め, 泥岩もやや凝灰質で, 堅硬な所や層理を呈する部分も少なくないことが注目される。 厚さは 200~230 m(第 32 図)。
G 帯は本地方では下半部のみが見られ, その上半及び H, I 帯は滝ノ上層下の不整合によって欠失している。 厚さは 70 m にすぎない。 この帯の化石群集は, その個体数は多くないが, Neilonella poronaica, Saccella sp., Yoldia cfr. laudabilis, Portlandia watasei, Acila picturata, Palliolum poronaiensis, Crassatelliles teshimai, Venericardia spp., Nemocardium yokayamai, Merisca onishii, Pholadomya poronaiensis, Periploma besshoense, Siphonodentalium sp., Oreclospira sp., Turritella sp., Natica ? sp., Ancistrolepis modestoides などを産し, D~F 帯で減じていた Venericardia, Neilonella, Orestospira などの数が増し始め, 下部に Merisca, Beriploma, Orectospira のやや多い部分もある。 この帯には Lima も含まず, 蟹の爪も極めて少ないが, E, F 帯で出始めた Nemocardium, Crassatellites, Pholadomya, Clathurus, Platycyathus, Frabellum 及び Linthiaなどが引続き残り, 特に Nemocardium の多いのが特徴である。 この帯では岩質はやや砂質を帯びると共に, 多少軟質塊状となり, 中に凝灰岩の薄層を挾んでいる。
H 帯及び I 帯は上記のように本地方には出現しないが, 標式地では化石が再び増し, 下部の B, C 帯に対し, 上部の富化石部をなしている。 また多産する化石種も下部含化石部のそれとほぼ同じであるが, 同時に E 帯以上で出始めたものも加わるので, 下部との区別が出来る。 この帯の特徴の一つとして, C 帯以上産出の稀であった蟹の爪が再び多くなることが挙げられる。
この帯の岩質も G 帯と同じく軟質凝灰質の傾向があり, 凝灰岩の薄層をかなり挾む。 I 帯は B 帯とその化石組成がよく似ているが, B 帯で稀であった Crenella nagahamai 及び それになかった Crassatellites, Linthia などが, E, F 帯から引続き産する点が異なる。 この帯の岩質もやや砂質をおびた粗泥岩からなる。
この二岐地域から北西, 鳩ノ巣ドームの西翼に本層を追うと, 下部の A~C 帯迄は明確に追える。 厚さは A 帯が 160 m, B 帯 40 m 余, C 帯 130 m で, 各帯を通じて薄い。 D 帯も厚さ 35 m と極めて薄いが, Nemocardium, Linthia など他では F 帯に出現するものを含むことが注目される。 これは以上の厚さの縮薄とも合わせ考えると, この D 帯とした部分にはその上の地層をも併せ含んでいて, 本層の堆積中の鳩ノ巣ドームの撓曲に伴い, その厚さが収斂しているのかも知れぬ。 このドーム周辺で注目すべきは, このような地層の縮迫と共に, 上位の滝の上層下の不整合による本層の侵蝕量も日の出 - 角田間に見る如く, ドームに近づいて大きくなることで, このことは, 既述のようにドーム周辺に起発した断層が滝の上層を切っていないこと, 滝の上層自身もドームに近づいて薄化していることと共に, ドームの生育経過の考察に興味ある資料を与えている(第 13 表)。
本層の本図幅内における他の広い分布地である幌向川流域でも, 本層の A 帯から G 帯までが露われている(第 30 図)。
A 帯には Neilonella poronaica, Nuculana sp., Yoldia cfr. laudabilis, Y. sobrina, Acila sp., Palliolum ikushunbetsuensis, P. poronaiensis, Venericardia spp., Crenella ? sp, Merisca onishii, Macoma poronaiensis, Periploma besshoense, Dentalium nunomae, Siphomodentalium sp., Ancistrolepis modestoides, Tudicula japonica, Eocylichna multistriata 等が産し, 厚さ約 200 m, この中の Palliolum ikushunbetsuensis は この地方から以北に始めてその姿を見せるものである。
B 帯は Neilonella poronaica, Saccella nagaoi, S. sp., Yoldia cfr. laudabilis, Y. sp., Portlandia walasei, P. ovata, Acila picturata, Palliolum poronaiensis, Venericardia spp., Thyasira bisecta omarui, Crenella nagahamai, Merisca poronaiensis, Periploma besshoense, Dentalium nunomae, Siphonodentalium spp., Orectospira wadana, Turritella poronaiensis, Clathrus sp., Euspira sp., Ancistrolepis modesloides, Eocylichna multistriata などを産し, Neilonella, Venericardia を多産することは標式地と同様で, この中 Yoldia cfr. laudabilis が多いことは, 上記 Palliolum の産出と共に, 北の幾春別地方の性状に近づいている。 この帯中には万字方面では「Yoldia 帯」とも呼ばれた多産帯が2帯発達している。 厚さ 160 m, 中部に 従来から「玄能石帯」と言われた玄能石の多集帯及び「下部マール帯」の団球密集帯がある。
C 帯は厚さ約 200 m, Neilonella poronaica, Saccella nagaoi, S. sp., Dentalium nunomae, Siphonodentalium sp., Orectospira spp., Yoldia cfr. laudabilis, Y. sp., Portlandia watasei, P. ovata, Acila picturata, Palliolum poronaiensis, Venericardia spp., Thyasira bisecta omurai, Merisca onishii, Macoma poronaiensis, Periploma besshoense, P. ezoense, Turritella poronaiensis, Euspira sp., Ancistrolepis modestoides, Callianassa muratai, Portunites hexagonalis などを産し, その中部に Neilonella, Acila, Venericardia などの饒産帯もあり, これによって更に分帯も可能である。 厚さは C1 帯 70 m, C2 帯 130 m。 この帯中にも泥灰岩団球帯があり, 「上部マール帯」と呼ばれて来ている。
D 帯は厚さ約 100 m, Neilonella poronaica, Saccella nagaoi, S. sp. Yoldia cfr. laudabilis, Portlandia watasei, Acila picturata, Venericardia spp., Macoma poronaiensis, Periploma besshoense, Merisca onishii, Dantalium nunomae, Siphonodentarium sp., Orectospira wadana, Turritella poronaiensis, Clathrus cfr. submaculosus, Callianassa muratai などを産し, 層種が急に減り, Portlandia のみが多産すること標式地と規を一にしている。 Merisca, Orectospira がやや目立ち, また玄能石も多くはないが含まれている。
E 帯は厚さ 100 m 内外, Neilonella poronaica, Saccella nagaoi, S. sp., Yoldia cfr. laudabilis, Portlandia watasei, Acila picturata, A. sp., Venericardia spp., Merisca onishii, Macoma poronaiensis, Periploma besshoense, P. ezoense, Siphonodentalium sp., Orectospira wadana, Turritella poronaiensis, Ancistrolepis modestoides, Platycyathus sp. などを産する。 Merisca onishii を代表種とし, Platycyathus を伴う特徴も標式地と同じである。
F 帯は厚さほぼ 200 m, 凝灰岩層を挾み始め, Neilonella poronaica, Saccella sp., Yoldia sp., Acila picturata, Lima j-suzukii, Crassatellites teshimai, Venericardia spp., Nemocardium yokoyamai, Crenella nagahamai, Periploma besshoense, Orectospira sp., Clathrus cfr. submaculosus, Ancistrolepis modestoides, Callianassa muratai, Hyas sp., Linthia sp., Salenia sp., Frabellum sp. などを産する。
G 帯は Neilonella Poronaiensis, Nuculana sp., Yoldia cf. laudabilis, Y. sp., Portlandia ovata, Acila sp., Crarssatellites teshimai, Venericardia spp, Thyaseia bisecta omurai, Nemocardium yokoyamai, Merisca onishii, Pholadomya poronaiensis, Periploma besshoense, P. ezoense, Siphonodentalium spp., Orectospira wadana, Euspira sp., Ancistrolepis modestoides などの群集からなるが, G 帯上部を示す Neilonella, Venericardlia の増加の傾向は認められないので, G 帯下部に当ると見られる。 厚さ約 50 m。
これら全体を通じて本層産の貝類について言えることは, その若干を除き, いずれも小形であること, 層種類は特に多いと言えぬが, 個体数が甚だ多いことである。
なお本層からの軟体動物として Aturia 産出の報告がある 49) 。 これは万字 水道の沢からの転石で, 泥灰岩団球に含まれていることから見て, 恐らく C~D 帯あたりのものであろうと推測されているが, その層準は不明である。 上記の多数の介類が寒流系のものが多いのに対し, これは暖流系のものであることは, 底棲のものの示す寒流的な水温の水塊の上を, 暖流系のものが覆っていた可能性を示すものかも知れない。
一方, 本層の中に有孔虫の産することは, 1890 年の横山又次郎 148) 以 来知られており, 村田析 69), 71), 72) , 高尾彰平 118) , 田上政敏 116) の諸氏もこれに注目し, 分帯に利用しようと試みた。 近年, 浅野清 3)~9) は生物層序学的な見地からこれを検討し, 上下2帯に分つことが出来るとし, 氏家宏 139) らもまた芦別地方で, これを試みたが, 本層を最も広く見, 種の組合せと頻度から, 細かく分層したのは内尾高保 134), 135) で, 本層を 10 帯に分けている(第 14 表)。
| (1) | 従来本層の有孔虫研究者によって B. eocenica CUSHMAN & HANNA とされたものを含める。 |
| (2) | 同じく Cyclammina pacifica BECK とされたものは C. insisa に含めてある。 |
| (3) | 同じく Haplophiragmoides 及び Trochammina とされたものは Alveolophragmium (?) sp. とする。 |
| (4) | 同じく P. packardi multineata CUSHMAN & SIMONSON とされたものは P. packardi に含める。 |
| (5) | 同じく Guttulina cf. irregularis d'ORBIGNY とされたものは Gultulina sp. にしてある。 |
| (6) | 同じく Gyroidina cf. soldanii d'ORBIGNY 及び 従来 G. yokoyamai (UJIIE & WATANABE) とされたものは G. sp. に含めてある。 |
| (7) | 同じく Bulimina ezoensis YOKOYAMA とされたものは Globobulimina ezoensis YOKOYAMA に含めてある。 |
この有孔虫による分層が軟体動物による分層とその境界が少しづつづれていることは, 他の地域, 他の地層にもよく見られることであるが, 本地方の場合, それが両者の生態の差に基くものか, 或は処理例が少いことによるのか, まだ判らない。 いずれにしても, 有孔虫により各層準を特徴づけた分帯はまだ充分に設立されたとは言えず, 将来更に追究を要する問題となっている。 内尾によると各帯の特徴は次の如くである。
第Ⅰ帯は砂質有孔虫群集で特徴づけられるが, 種類も個体数も少ない。 数種の Haplophragmoides を主とし, 上部に Cyclammina を含み始める。 僅かに石灰質有孔虫を含む。 このいわゆる深海種が現れることは, 幌内層堆積の基盤の沈降がかなり急であったことを示す。 ほかに Alveolophragmium sp., Globobulimina ezoensis などが次第に出現する。
第Ⅱ帯は全産出数が激増すると共に, 石灰質有孔虫, 特に Bulimina schwageri の優占する部分で, 種類, 個体数ともに多くなる。 この Bulimina の優勢は Ⅳ 帯まで続く。 外に砂質有孔虫では Haplophragmoides の数種のほか Cyclammina cf. pacifica, C. cf. incisa が加わり, Poronaia poronaiensis が参加し, Ammomarginulina (?) sp., Bathysiphon も出始める。 石灰質有孔虫では Elphidium cf. sorachiense, Nonion cf. scaphum, Dentalina grandis, Guttulina cf. pacifica などがあり, Globobulimina ezoensis, Epistomella cf. sandiegoensis なども現われ始める。 Angulogerina, Bolivina cf. alazanensis, Cassidulina cf. margurete も引続き産する。
第Ⅲ帯は前帯に似て, 産出数やや減るが, なお B. schwageri が優勢なほか, 砂質有孔虫では多くの HaploPhragmoides の外, Cyclamina cf. pacifica, Ammomarginulina などがある。 石灰質有孔虫は少いが, Dentalina cf. pauperata, Nonion scaphum, Bolivina alazanensis, Epistominella cf. sandiegoensis などがあり, Gyroidina yokoyamai や Plectofrondicularia spp. も現われ始める。
第Ⅳ帯は種数も個体数も少くなるが, 依然 B. schwageri が優勢なほか, 砂質のものでは Cyclammina cf. pacifica, Involulina sp., Haplophragmoides の数種があり, 石灰質のものでは Nonion cf. umblicatam, Guttulina cf. pacifica, Bolivina alazanensis, Gyroidina sp. などがある。
第Ⅴ帯も種数, 個体数ともに少なく, 中では砂質有孔虫が優っている。 Haplophrtagmoides の数種のほか, Involutina sp. などが目立ち, Goesella (?) sp. もこれより現れ始める。 石灰質有孔虫では Bulimina schwageri がやや多いほか, Globobulimina や Gyroidina も引つづき存し, Dentalina, Bolivina も残っている。
第Ⅵ帯は種類も個体数もやや増し, Haplophragmoides と Bulimina 相半ばするほか, 上記の各種があり, 中部に Cyclammina, Plectofrondicularia, Gyroidina などがやや目立っている。
第Ⅶ帯は再び Bulimina schwageri を優占種とし, 特に下部に多い。 全体として種の構成に特徴少く, 石灰質有孔虫が砂質有孔虫よりやや優る。 中部に Cassidulna の多い薄層がある。
第Ⅷ帯は Bulimina schwageri を優占種とし, 個体数も甚だ多い群集で特徴づけられている。
第Ⅸ帯は, 石灰質有孔虫と砂質有孔虫が同程度に共存する。 下部に Bulimina schwageri, Angulogerina, Cassidulina 等と石灰質有孔虫の多い上部がある。 前者は手島の E 帯の上部, 後者は G 帯下部に当る。
第Ⅹ帯はそれ以上を一括したもので, 部分的に Epistominella cf. sandiegoensis, Cassidulina, Gyoroidina, Baplophragmoides, Elphidium 等それぞれによって示される帯があるが, 未分層である。 手島の G 帯以上がこれに当たる。
いまこの有孔虫分帯の具体例として, 鹿の谷2号試錐の記録を第 14 表として掲げて置く。
この中, 砂質有孔虫群集はⅠ, Ⅲ, Ⅴ下部, Ⅵ及びⅩ帯にあるが, これは沿岸性のやや塩分の薄められた浅海, またはやや深海の所産であり, Bulimina schwageri を優占種とし, 個体数の多いことで特徴づけられる部分はⅡ, Ⅳ, Ⅴ上部, Ⅶの下部及びⅧの諸帯であり, Cassidulina cf. globosa 群集は第Ⅶ帯中にあり, Angulogerina sp. (cf. elliptica Darren) 群集は第Ⅸ帯にあり, 何れも寒流域の陸棚下部ないし大陸斜面上部を示すと言う。 また Gyroidina yokoyamai 群集は第Ⅴ帯下部及び第Ⅹ帯最上部にあり, 大陸斜面ないしやや深海の条件のものであり, 第Ⅹ帯にある Epistomella cf. sandiegoensis 群集は大陸斜面下部の状態を示している。 一方浮遊性有孔虫の殆どないことは, 外海と直接の連絡が制限されていたことを示す。
以上のように, 有孔虫群集の生態から見ると, 当時の幌内海は外海から隔てられた内湾であって, 深度にして, 沿岸の浅海性水域に始まり, 地形は現在と異なるにしても, 大陸棚上ないし大陸斜面に当たる深さを上下した海盆であり, かなり沈積速度の早い泥海であったことを物語っている。 その帯別の境界は多少異なるにしても, 全く同じことが軟体動物からも言える。
一方また, まだ種数も産出量も少ないが, 本層中には放散虫や, 珪藻類を産し, また, 貝形類も見出されている。 海胆類や, 珊瑚類も従来属種は多少知られているが, その研究は今後に属する。 稀であるが, 魚歯や魚骨, 例えば, 万字における A 帯の鮫の歯や各地の F 帯に時折産する魚歯, 魚骨の産出があり, またかなり普辺的に魚鱗の散含を見る。 後者については未公表であるが, 北炭地質調査所においてかねてより研究中で, 少なくとも 20 数種が検出されている。 そのあるものはかなり水平分布が広かったり, ある層位に頻度が高かったりしているので, 分帯の助け, あるいは鍵層として利用出来る見込みがある。
また本層中には, 所々に植物葉片が散含されている。 流されたために保存もよくなく, その種類も少なく, どのような植物群の所産であるかは不詳であるが, 従来 Glyptostrobus europaeus (Brogniart) HEER, Cunninghamia sp., Pinns sp., Picea sp., Carya sp., Fagus sp., Laurophyllum sp., Acer sp., Macclintockia trinervia HEER 及び 近年 遠藤誠道博士によってアノロ川筋の G 帯から得られた Engelhardtia koreanica OISHI などの産出が知られている。 この中に Cunninghamia や Engelhardtia のあることは, 当時の陸上の植生が下位の石狩層群時代のそれに近い, 温帯南部ないし温暖帯のそれを思わせる。
一方, 本層の B, C 帯にはいわゆる "Algae" と呼ばれる 不規則な形のひじきあるいはわかめ様の炭化物が散含され, 時には部分的に密集して, いわゆる「Algae 帯」 118) をなしている。 その正体はまだ判っていない。
本層は上記のように極めて単調な泥相を呈する堆積物からなり, その堆積期を通して極めて斉一な環境にあったことを示している。 含まれる化石はかなり多いが, やや単調な上, 多く現地棲で, 掃きよせの影響が認められない。 即ち斧足類は両弁の揃った完形のものが大部分で, 各種の分布は連続的であること, 底棲単体珊瑚類や海胆類も棲息状態で産する。 その化石の組合せから見ると, 幌内層を 斉 らした海は浅海中部の深さから始まり漸次, 堆積盆が深化し, F 帯で深海帯上部の深度となり, 後, 次第に埋積されて浅化するに到った形跡を辿ることが出来る。 これは既に手島淳 132) が指摘しているように, その帯別, 特に F 帯を境に下半と上半とが, 化石群の構成において対称的であることからいえる。 一方, この堆積物すなはち単調な泥岩を有したものは, 背後山地の古地質の単調さと地盤の動きの極めて緩除であったことを物語るもので, 恐らく白堊系の泥質岩が地表に広く現出していたためであろう。 この海は地層の厚さの肥厚状態から見て, 西に深い, 底質が泥の内海で, 底流には寒流が入り込んでいたが, 表層には暖流が流入して居り, 四近の陸上部は, 含まれる植物化石から見て温帯南部の気候下にあったろうと思われる。 このことは本層中に Aturia が産したことや, 2, 3の有孔虫及び浮遊性有孔虫の殆ど無いことからも言えるのである。
新第三紀層は, 域内の西半の地域を占めて, 広く, 厚く発達しており, 中新世から鮮新世にわたる海成層から成っている。 その下部の層準には一部に稼行の対象となる炭層群があり, また, 中部の層群は油田およびガス油を形成する役割りをなしている。
この地域の新第三系は概説で述べたような各層に分かれ, おのおの整合的に累重している(第 15 表)。
朝日層の層準については, 古くは古第三系石狩層群中の一部と考えられたこともあるが 72) , 近年 植物化石から新第三紀初期に属するとされるに到った。 しかし, その層位的位置にはまだ定説がなく, 滝の上層中の一部層あるいは滝の上層ないし川端層下部の一部層と見る人もいる。 岩見沢図幅および本図幅の調査結果では, 朝日層と他の地層との関係はいずれも断層で断たれており, その層準を明確にすることが出来なかった。 しかし, 最近の植物化石 121)~123) および花粉分析 98) の研究結果では, 台島植物群に属するといわれ, また, 今回の調査結果, 新二岐炭砿の北西地域で滝の上層の下部に発達する石炭層から, 朝日層と同様の花粉を得たことから, 本編では, 後述するように紅葉山層, 滝の上層とともに本地域の新第三紀初期の堆積と考えることとした。
本地域の滝の上層もまた, 南部の標式地の紅葉山層, 滝の上層の定義上から見ていくつかの問題を含んでいる。 その一は「朝日動物群」の取り扱いにいくつかの異なった見解があることであり, また層位的には, 下河原・手島氏ら 111) はその大部分を紅葉山層としていることである。 今回の調査においては 域内の主部をなす泥岩層は, その有孔虫化石が滝の上動物群に属することからも, これを紅葉山層とせず, 元来の滝の上層と見ることになった。
川端層から 清真布 層にいたる地層は, いずれも標式地に劣らない発達を示しており, 概説に述べたように堆積盆の変遷が推察出来る。
本層は従来 朝日夾炭層と呼ばれた地層で, 図幅中央北部の朝日炭砿坑内を模式地とし, これより北隣の岩見沢図幅にかけて南北方向に狭長に分布する。
朝日夾炭層は, 1949 年の日本地質学会 新生界対比委員会(C.C.C.)札幌支部によって命名され, 近年までその分布の状態から, 滝の上層の中部に挾在するものと考えられていた。 今まで判ったところでは, 上下いずれの地層とも断層で接していて, 他層との層位関係が不明のため, その帰属には諸説があった。
さきに秦・松野 61) らが報告したように, 東側にあって見掛上の下盤をなしている砂岩泥岩互層は, 岩相や夾炭層との層位関係から見て, 川端層の下部に属するものであり, かつ夾炭層の上下にあって異なった層準のものであると考えられていた緑色砂岩中の貝化石, すなわち, 上位の幌向含化石層, 下位の朝日含化石層は, その化石内容から同一層準のものであることが明らかになった。 したがって本層は単純な同斜構造中の地層とは思われない。 従来 本層の層準については, C.C.C. 札幌支部(1949), 上島宏・根本隆文(1957, 未公表) および朝日炭砿において, 大体次のような層序を組み, 滝の上層に所属するとされて来た。 すなわち, 第 17 表に示した通りで, 幌内層を不整合に覆い, 朝日含化石層から幌向層まで同斜構造で整合一連の関係にあるとされていた。
| 川端層 | 幌向層 | 礫岩砂岩泥岩互層 | i | |||
| 砂岩泥岩互層 | h | |||||
| 滝の上層 | 上部 | 幌向含化石層 | g | |||
| 中部 | 朝日挟炭層 | 泥岩層 | f | |||
| 含炭互層 | e | |||||
| 挟炭層 | d | |||||
| 砂岩泥岩互層 | c | |||||
| 下部 | 朝日含化石層 | 黒色泥岩層 | b | |||
| 緑色砂岩層 | a | |||||
| 幌内層 | ||||||
ところが岩見沢図幅 61) および本図幅の調査の結果, この夾炭層(d)すなわち, 今回新しく定義した朝日層は, 前述のように上下盤の地層とはいずれも断層で断たれていて, 正常な層序関係にないことが確認された。 さらに幌向含化石層(g)と朝日含化石層下部の緑色砂岩層(a), 中部の泥岩層(f)と下部の黒色泥岩層(b)とは, それぞれその岩相および化石内容から全く同一層で, あわせてここに新しく滝の上層(上部は黒色泥岩, 下部は緑色砂岩)としたものにあたることが明らかになってきた。 この意味の滝の上層の泥岩層と整合暫移関係(一部指交)にある中部の砂岩泥岩互層(c)は, 南部地域たとえば幌向川本流から二の沢および一の沢上流などの調査結果から 明らかに川端層に連続しており, したがって, 上記の幌向層の砂岩泥岩互層(h)と同一に取り扱われるべき地層である。
このほか, 層序および地質構造を組むのに重要な意義をもつのに, 中部の含炭互層(e), すなわち 岩見沢図幅や本図幅で滝の上層の砂岩層上部として取り扱った甚だ淘汰の悪い砂岩, 炭質物を含む泥質砂岩がある。 前者は上記のように多くの人によって朝日夾炭層の一部として扱われているが, その上下の地層との関係もまた断層である。 岩相は石炭粒や礫を含む多少凝灰質な砂岩泥岩互層からなり, 一部に数 m の泥岩も挾んでいる。 このように炭粒を含んで異なった岩相を示しているが, 砂岩の砂粒の特徴は川端層の砂岩泥岩互層のものとほとんど変らない。 また, 南部の湯の沢および本沢地域においても, 砂岩泥岩互層と礫岩砂岩泥岩互層の間に泥質物に富む砂岩泥岩互層が見出されること から考え合わせると, この層準すなわち, 幌向層の砂岩泥岩互層(h)に相当するものとも考察される。 後者 [ ← どれを指しているか不明 ] は Anadara ogawai, Ostrea gravitesta, Dosinia nomurai などを産する淘汰の悪い砂岩で, 小断層と露出不良のためその前後関係には未だ問題は残されているが, 今のところ砂岩層と泥岩層の暫移部に相当するものと考えられる。
従来 この付近の古動物群に対しては, 幌向川河岸の滝の上層下部砂岩層中のものに対して「朝日動物群」, 見掛上 上部の朝日炭砿通洞坑口付近の砂岩のものには「幌向動物群」の名が与えられていた。 しかし, 上述のようにこの両者が同一であることが明らかなので, 一括した名称をあたえる必要がある。 この意味におけるこの動物群は従来は朝日動物群と呼ばれているものであるが, ともするとこれが朝日層中の動物群と誤解されるおそれが充分にあり, 同一の「朝日」の名が異層準に用いられることから生ずる混乱を考えて, ここに改めて「幌向動物群」と再定義することにする。 ただし, この幌向動物群の内容は魚住悟・藤江力ら 140) の朝日動物群の砂岩部のものとし, 前述の Anadara, Ostrea, Dosinia などを含む群集でないことを注意しておく。
残された朝日層の層位学的位置については, いまだ確言はできない。 ただ, 古植物は台島型植物群に属するとされている。 一方 後述する新二岐炭砿地域, 北隣の岩見沢図幅内の石油沢の支流および岡田の沢地域では, 滝の上層砂岩層の下位に薄いながらも灰白色砂岩を主とする含炭部があり, かつこれらの炭質物の花粉分析の結果, 朝日層と同様のものが得られたこと, また日高地方においても滝の上層に相当する地層下に, しばしば夾炭層(例 -- 慶能舞 夾炭層)などが局所的に発達していることなどから, 朝日層もほぼ同層準の陸成含炭層と考える。
以上のことがらを表示すると次表のようになる。
| 川端層 | 礫岩, 砂岩, 泥岩互層 | i | ||
| 砂岩泥岩互層 | c, e, h | |||
| 滝の上層 | 泥岩層(滝の上 有孔虫群) | b, f | ||
| 砂岩層 (滝の上 動物群) | a, g | |||
| (幌向 動物群) | 朝日層(朝日 植物群) | d | ||
| 幌内層 | ||||
こうすると, 台島型植物群を含む朝日層が, 滝の上動物群より下位にあって 寒冷な要素をもつ再定義の幌向動物群よりさらに下位の層準にあることになるが, 上記のように未詳の点もあるので, 最終的な結論はまだ下せない。
以上述べたように, 朝日層(d), 含炭互層(e)および 断層間に挾まれて露出する泥質砂岩(e に含まれていたもの) の取り扱いについてはなお問題が残るが, 朝日層を最下部として考えた場合の現構造を模式的に表わすと第 33 図のようになる。 すなわち, 南北方向の断層 F1(朝日断層), F2(桂ノ沢大断層), F3, F4, F5 によって各ブロックに分けられている。
本坑地域で F1 の朝日断層は衝上性で断層面は 70~80°東に傾斜している。 この F1 の西方ブロック(A ブロック)は 川端層の下部から西方に傾斜する同斜構造をなしている。 東の F2 との間(B ブロック)には滝の上層の砂岩, 泥岩が東傾斜で露出している。 F2 は西に 60°内外傾斜し, F3 は西に 80°傾き, この間(C ブロック)には 川端層の砂岩泥岩互層あるいは含炭互層が西に 76~80°傾いて露出している。 F4 は直立から西に 80°傾き, F3 から F4 の間(D ブロック)には 滝の上層の砂岩層と F3' によって 見掛上砂岩層の下部に泥岩の極く一部が西傾斜で露出している。 F5 は 60~75°東に傾斜し, F4~F5 の間(E ブロック)には 50~80°東傾斜を示す逆転した朝日層が露出している。 F5 以東(F ブロック)は 西へ急傾斜をなして川端層下部の砂岩泥岩互層から滝の上層の泥岩, 砂岩と同斜構造で続き, さらに不整合関係で幌内層がくる。
中間地域では地層の傾きには各ブロックともに大差ないが, 断層の切る角度と方向によって変化している。 すなわち, F1 は更に低角度となり, B ブロックは F2 の接近によって滝の上層の泥岩を切り, 砂岩層の一部が露出しているにすぎない。 D ブロックでは小断層が消滅し, 滝の上層の砂岩のみが露出するようになる。 E ブロックは F5 の西南方向の寄り(F4 への接近)によって 朝日層はわずかにその一部分が露れるのに対し, F ブロックは川端層の砂岩泥岩互層の幅を増している。
幌向川地域では F1 と F5 が接近すると同時に地表では F2, F3, F4 がともに切られて消え, A ブロックと C ブロックと F ブロックの川端層の砂岩泥岩互層とがそれぞれ接し, あたかも幌内層から川端層主部まで一連の同斜構造のようにみえる。
実際には, 主なこれらの断層のほか, 区域は 南北性の小断層あるいは その後の北東北 - 南西南から北東 - 南西方向の小断層によって切られており, その構造は複雑となっている。
北隣の岩見沢図幅と考え合せて見ると, 平面的には, 南に傾く沈む向斜と背斜を形成する地層の背斜部を 北東~南北~南東へと方向を転ずる衝上断層(F1)によって切られ, その東部地域が衝上すると共に, 引続き衝上部がさらに同方向の数本の断層によって各ブロック化されたものと考えられる。 しかも, 各ブロックはかなり差のある動きを示し, 第 34 図におけるように, 向斜西翼 B ブロックがかなり南部へ移動すると共に落ちこんでいる。 C ブロックは向斜東翼のものと思われ, 断層 F2 から F5 までの C から E までの各ブロックは 相対的にかなり上ったものと考えられる。
これら各断層と各ブロック間の関係の概略を図示すると第 34 図の通りである。
朝日層は, 砂岩, 砂質泥岩および泥岩からなり, 多くの石炭および炭質頁岩を挾有する。 これらは第 36 図に示すように, 全層を通じて粗粒物から泥質物への連続的堆積をなす比較的明瞭な周期的累層をなしている。 すなわち, 第 35 図のような堆積様式を単位とする 輪廻層 の繰返しである。 現在確認される限りでは顕著な輪廻層は 8 層あって, その各々の厚さは 15~75 m まで変化している。 そのうち下位から3番目, 5番目および7番目の輪廻層はさらに小輪廻層に区分することが出来る。
砂岩は, 主として灰色ないし灰白色を呈する花崗岩質砂岩からなる。 輪廻層の下部では礫質になって, 小礫を含み乱雑な堆積を示すものが多い。 この礫は径 1 cm 以下の粘板岩, チャート, 硬砂岩の円礫や炭質物の礫が多く, ときに安山岩片などをも含んでいる。 細粒砂岩から砂質泥岩にかけては, 縞状や板状を呈するものが発達している。
泥岩は暗灰色ないし黒色で緻密なものが多い。
石炭および炭質頁岩は前記のように, 輪廻層の泥質相の卓越する部分に挾有されている。 石炭は 20 数枚あるが, その主要なものは上から, 1番層(第7輪廻層, 以下同じ), 2番層(7), 3番層(6), 間4番層(5), 前4番層(5), 4番層(5)および5番層(4)で, このうち稼行の対象となるものは, 1番層, 2番層, 3番層および4番層である。 炭層の層間距離は1番前層~1番層間が 21 m, 1番層~2番層間が 15~20 m, 2番層~3番層間が 18 m, 3番層~間4番層間が 25 m, 間4番層~4番層間が 55 m, 4番層~5番層間が 25 m, 5番層以下の地層はボーリングによると 130 m あり, 1番前層から上部についてはまだ不明である。
炭層の発達と炭質の良否を見ると, 本坑地域のような輪廻層の明瞭な地域では 炭層が定められた位置を占めて良く発達しているが, 不明瞭になると炭層は薄化し, かつ劣質化し, さらに分裂する傾向がある。 すなわち, 1番層の上盤の泥岩が安定している部分では, 炭層も安定しているが, 北部へ向かって上盤が砂質の粗いものになると, 炭層は分裂し, かつ貧化している。 2番層はあまり変化はないが, 3番層および4番層もまた1番層と同様に北部に急激に分裂している。 また, 南地域においても同様の変化が見られ, 全般的に南部へ向って貧化している。
本層からは, 海棲あるいは汽水棲の動物化石を産していない。 模式地の本層からの植物化石は 最初 棚井敏雅によって中新世初期 阿仁合型の植物群集であるとされたが, その後の資料により, むしろその上位の台島型の北方型の組成を示すと考えられるにいたった。
現在まで本層から産出した植物化石としては, 棚井敏雅 122) によって次のようなものが報告されている。
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Glyptostrobus europaeus (BROG.) HEER
Metasequoia occidentalis (NEWB.) CHANEY Betula mioluminifera HU et CHANEY Fagus antipofi HEER Ulmus shiragica HUZIOKA Cocculus heteromorpha (KNOWLTON) BROWN Platanus aceroides GOPPERT Aesculus majus (NATHORST) TANAI Alangium aequalifolia (GOPPERT) KRYSET et BORSUK' Kalpanax acerifolium (NOTHORST) HU et CHANEY |
一方 本夾炭層から産出する花粉については, 佐藤誠司 98) によって次のようなものが報告されている。
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この分析結果によると, Taxodiaceae, Quercus が特に多く, Engelhardtia, Liquidambar, Rhus, Nyssa および Cinnamomum ? を含むもので, 羽幌炭田における羽幌層あるいは東北地方の台島植物群に相当するものであるという。
本層の厚さは, 坑内の資料および試錐の資料から確認されたところでは, 300 m 以上である。
本層の模式地は北海道夕張市 紅葉山から同市 滝の上間の夕張川沿岸であるが, 本層およびその下位の紅葉山層と共に両層間およびこれらの上下の地層間の層位関係, 層序区分, 古生物およびその時代論に関して従来 多くの論議が重ねられて来た。
模式地において最初 村田析 68) は, 幌内層の泥岩の上位にあって, 次に述べる礫岩を混え 砂岩と泥岩との有律互層を主とする川端層の下位に位置するものに 「紅葉山中間層」と命名した。 この紅葉山中間層を同氏は下位から緑色砂質頁岩層, 黒灰色頁岩層, 緑色礫岩層, 黒色頁岩層の四部層に区分したが, その後 更に 72) , 最上部の黒色頁岩層に対して「滝の上層」の名をあたえ, 以下の3層に対して「紅葉山層」と命名した。
藤岡一男 14) は, 村田の緑色礫岩層と下位層との関係が不整合であることと, 古生物学的にも差異が認められることから, 村田氏の緑色礫岩層と泥岩層を合わして滝の上層と再定義した。 しかし, 藤岡は紅葉山層と幌内層とは同時異相関係にあり, 幌内統に属し, 滝の上層もまた川端統の下部で, 川端層と同時異相の関係にあるとしている。 これらの関係はその後 第 21 表に示すように多くの人によって研究され, 種々の見解が発表された。 このうち, 層序的にはとくに 1949 年秋に北炭地資調査所で, 紅葉山層と, 幌内層との間に不整合が存在することを確認し, その後 松井愈 53) および高尾彰平 118) は, 幌内層と紅葉山層との不整合を強調し, 更に不整合にのる滝の上層もまた川端層との間に位置する独立した層序的単位地層で, 紅葉山層は従来通り古第三紀に属するとした。
松野久也・秦光男 60) は, とくに熊の沢本流の幌内層の上位の従来 紅葉山層とされていた基底部から 15~16 m 上部の砂岩から Cardium sp. Mya (?) sp., Crepidula sp., Tateiwaia sp., Turritella sp. を産し, かつ, 北方の阿野呂川にかけて主体をなす泥岩中に Makiyama chitanii が普遍的に認められることから, この地層から有律互層を主とする川端層との間を滝の上層と再定義し, 時代は中新世中古期とした。 なお, 熊の沢以南の模式地にいたる紅葉山層との関係については, 熊の沢において再定義した滝の上層の不整合が 模式地の紅葉山層の基底の不整合に連続する可能性が十分認められ, かつ, 従来 滝の上層と紅葉山層とを分離する根拠となった滝の上層の基底礫岩は, 層間礫岩の疑いがあり, 不整合関係が認められないことから, これを一括して滝の上層として取扱った。
下河原寿男・手島淳 111) は, 穂別から三笠にいたる従来の紅葉山層, 滝の上層の層準中に発達する火山砕屑岩および古動物群の検討を行ない, 熊の沢以の北で従来 滝の上層とされていた地層のほとんどは紅葉山層準のもので, 模式地の滝の上層の泥岩は川端層的有律互層に移り変り, 川端層下部の地域的堆積異相とした。 なお, 紅葉山層の地質時代は, 熊の沢などで紅葉山層下部から 滝の上動物化石群に属する顕著な瀕海性動物化石群を発見したことから, これを中新世とした。 しかし, その翌年に手島淳 133) は, 紅葉山層基底の不整合による下位幌内層の被削剥の状況を論じ, 紅葉山層の時代は中新世であると強調し, あわせてさきに両名の報じた両層の境界について論じ, 熊の沢以北で紅葉山層としたもののうち上部泥岩の一部は滝の上層に当ると訂正した。
一方, 早坂一郎・魚住悟 22) は, 軟体動物を主とした古生物にもとづいて地質時代を論じ, 紅葉山層は幌内層の浅海相で漸新世上部に属するとした。 一方, 浅野清 8) も有孔虫化石から紅葉山層を下紀念砂岩層, 浅貝層, 伊王島層に対比し, 下部漸新世とした。
その後, 菅野三郎・小川久 42), 44) は, 模式地から熊の沢にいたる化石群集を解析して, 夕張川沿いの紅葉山層の化石群集はやや深い海底の群集, 北方の熊の沢地域のものは浅海のやや汽水性の群集とし, 一見箸しくその内容を異にするが, これら両化石群集 [ 以下の [注] 参照 ] は両地域間において互いに漸移し, その時代は中新世であるとのべた。 また, 彼らによる滝の上層(手島淳 133) の区分にほぼ相当)産の貝化石群集は その下部層から産するものは門の沢動物群と近似しており, その上部層から産するものは亀の尾動物群に近似しているとした。 このほか内尾高保 135) もまた, 模式地の東翼の紅葉山層産出の有孔虫化石は滝の上累層の特徴種を含まず, Haplophragmoides (?) spp., Cyclammina spp., Plectofrondiculria aff. gracilis などの幌内層の種を少し含んでいるが, 西翼部の紅葉山層からは Martinottiella sp., Spirosigmoilinella compressa 等の滝の上層の特徴種を産することから, 紅葉山層を中新統下部とした。
以上, 簡単に紅葉山層と滝の上層との関係についての諸見解を記したが, 両層間の層位関係は不整合説が有力となり, また熊の沢の以北に紅葉山層が存在しないこと, 紅葉山層と幌内層との不整合はかなり大きいこと, などが最近認められつつある。 一方, 紅葉山層の時代については, 中新世に属するとする考えが強いが, その中に幌内層の古生物要素の強いことをどう扱うかについては, 今後の問題として残っている。 本図幅内の滝の上層の下部に産する幌向動物群と, 南隣の追分図幅 60) 内の熊の沢における滝の上動物群, 模式地における滝の上動物群など, 3者の相互関係も将来の残された問題である。
本図幅では, 朝日地域における幌向動物群を産する下部の砂岩層を除いた, 炭の沢等の砂岩層上部および上位の泥岩層から産出する貝化石を, その内容から滝の上動物群に属すると見なし, 一方, この泥岩から産出する有孔虫化石は Martinottella, Spirosigmoilinella compressa を主体とし, Rotalia yubariensis なども産する「滝の上動物群集」なので, これを区別する要素がないことから, 総括して滝の上層として取り扱った。
いま, 現在まで報告された資料によって想定される主な場合(A~D)をあげると, 次のようなものがある(第 37 図)。
後述する今回の調査資料から, 想定されるこれらの関係は第 37 図の B である。 すなわち, 1) 阿野呂川から幌向川にいたる間の主体をなす泥岩は, 滝の上層の泥岩に連続しており, 有孔虫化石からも滝の上動物群集といえる [ 以下の [注] 参照 ] 。 2) 標式地の紅葉山層との間には不整合がある。 3) 滝の上層の泥岩層と「川端層」の有律互層とは大局的には異相関係にない。 4) 紅葉山動物群と幌向動物群とを比較すると, あまりにも異なる点が多く, また滝の上動物群とも異なる。 一方, 層位的関係を見ると, 共に泥岩層下にあると同時に, 朝日の炭の沢付近では, 幌向動物群を産する砂岩層の上部から「滝の上動物群」を産する。
この様な事実は, 前記の紅葉山層と滝の上層との間の不整合に起因するものと思われる。
本層は, 下位の古第三系 幌内層を傾斜不整合関係をもって覆い, 上位の川端層とは整合関係(一部指交関係)にある。 幌内層に対する侵蝕量は新二岐炭砿付近で最大で, 下河原・手島 111) によると, 幌内層の E 層にまで食い込み, 実に 900 m 以上侵蝕している。 上位の川端層とは, 幌向川本流河岸で一部指交関係が認められるが, 全般的に砂岩あるいは礫岩に始まり, その境界は明瞭で, 大局的に下河原・手島 111) の報告したような異相関係にはない。 前述の朝日層との関係はすべて断層であり, 正常な累重関係は不明である。
本層は, 岩相から下部の 砂岩層 と上部の 泥岩層 とに区分される。
本層は, 幌向川本流で標式的発達を示しており, 南の幌向川の支流の二の沢および北隣の岩見沢図幅内に広く分布している。 このほか, 朝日炭砿付近および新角田砿付近に本砂岩層に相当するものが認められる。
本層と下位の幌内層との関係は不整合関係で, 第 39 図 A, B のように幌向川本流で観察できる。 幌向川から南部の二の沢にいたる本砂岩層は第 38 図のように, 薄くなると同時に下位の幌内層に対して覆蔽しながら堆積しており (実際には朝日断層によって数 100 m の間が欠けている), 二の沢上流以南からウエンベツ川の本沢にいたる間で, 薄い海緑石砂岩を基底部とする上位の泥岩層が直接幌内層を覆っている。
本砂岩層は, 緑色を呈する比較的塊状の中~細粒砂岩を主とし, 下部には顕著な凝灰岩を挾在し, 所によって厚さ数 10 cm の礫岩を挾んでいる(第 38 図)。 砂岩は前述のように, 新鮮な面では緑色ないし緑灰色を呈し, 風化面では黄褐色を示す。 鏡下では石英粒と緑泥石が特徴的である。 一般に塊状であるが, ところにより一部 斜層理を呈することもある。 礫岩は一般に暗灰色, 礫は径 1~5 cm の亜円礫を主とし, 黒色粘板岩, チャート, 輝緑凝灰岩からなる。 凝灰岩は幌向川本流で厚さ約 20 m, これを南へ追うと薄化し, 二の沢上流では数 m となり, さらに南では尖滅している。 この凝灰岩は灰白色の, 黒雲母石英安山岩質~流紋岩質, 中粒の軽石粒あるいはガラスからなる。 細粒なものと粗粒なものとが互層し, とくに細粒なものは硬く, 見事な層状を呈している。 本凝灰岩の最下部には黒色粘板岩の礫や炭礫が含まれていることが多い。 また, 最上部には流状構造が顕著である。 このほか本層の中下部には砂質泥岩と細粒砂岩互層との薄層があり, しばしば炭質頁岩を挾在している(第 38 図)。
本層の主体をなす緑色砂岩は, 上部に赴くと共に次第に粒度を減じ, 砂岩から砂質泥岩となり, 遂には後述の黒色泥岩へと漸移している。
朝日炭砿付近における砂岩層は, 通洞(本坑)坑口付近と東の炭の沢地域の2ヵ所に, 断層によって囲まれ, 南北方向の楔状を呈して分布する。 この両区域の地層はその産する貝化石内容から, その層準を異にすることはすでに述べた通りである。
新角田炭砿西方では, 本砂岩層に相当する緑色砂岩が 3~4 m あって, その下部に, 地質図には示さなかったが, 後述する灰色泥岩があり, さらに下位に石炭を挾む灰色~灰白色の, 厚さ 10~15 m の凝灰質砂岩がある。 この種の砂岩の発達は極めて稀で, 当地域のほか, 域外の岩見沢図幅内の石油沢支流で, 厚さ約 8 m の同様の含炭部が認められる。 朝日層をその岩相と花粉内容から滝の上層の最下部にもって来た理由の一つでもある。
本砂岩層の厚さは, 幌向川筋で 200 m に達し, 南北にその厚さを減じている。
本層からは多数の貝化石を産する。 これらの化石はその組成から2つの群集に区分することができる。 その1つは幌向川本流で基底から中部にかなり密集して産出するもので, 魚住・藤江 140) の朝日動物群の砂岩部中のものに相当する。 すなわち, 再定義した幌向動物群他のものは, 朝日炭砿付近で本砂岩層最上部から上位の黒色泥岩の層準にかけて認められるもので, 滝の上動物群に当る(第 38 図, 第 39 図 A, 第 41 図, 第 22 表 [ 後に示す ] )。
本層は下位の砂岩層から漸移し, 主として塊状 緻密な黒色を呈する泥岩からなり, 数枚の凝灰岩, 凝灰質砂岩および海緑石砂岩などを挾んでいる。 泥岩中には径数 cm から 10 数 cm の泥灰質団球を産する。
主体をなす泥岩は, 中~上部ではかなり凝灰質物を含み, 暗灰色を呈し, 風化して方形状の細片となる。 泥灰質団球もまた中~上部に多い。 前述のように, 幌向川支流の二の沢以南では本層の基底は海緑石砂岩からなり, 幌内層に直接している。 この海緑石砂岩は二の沢からウエンベツ川の本沢にいたる間で特に顕著で, 厚さ 50 cm から 1.5 m, 幌向川へ追跡すると下部の泥岩中に入ってくる。 三の沢から幌向川にいたるこの海緑石砂岩の下部には, 炭質頁岩を含む黄灰色の凝灰質砂岩を伴っていて, 一見 不整合面的であり, 海緑石砂岩の分布から見て多少の時間的間隙があったものとも考えられる。 新角田炭砿付近の緑色砂岩が尖滅する付近から日の出 一の沢西小沢にいたる間も, 基底部はこの海緑石砂岩によって占められているが, 日の出 一の沢以南では明瞭でなくなり, 下位の砂岩層にあたると思われる砂岩あるいは凝灰岩の薄層に連続移行している。
泥岩中の凝灰岩および砂岩は第 38 図のように, 基底部をのぞいて, 地域的であるが, 顕著なものが3層準ある。
a 帯 : 幌向川流域から阿野呂川流域までの間に分布し, 泥岩層のほぼ中部に発達する。 幌向川流域においては, 本流で厚さ 3~4 m の緑灰色を呈する含角礫凝灰岩からなり, これを南へ追うと二の沢で 80 cm と薄くなり, 二の沢の最上流から一の沢間では明瞭でない。 一の沢の最上流からふたたび発達し, 本沢で約 2 m, 阿野呂川流域においては部分的に細粒~砂質凝灰岩が多くなり, また分散しているところもある。 岩質は石英粗面岩ないし安山岩質である。
b 帯 : 美流渡の一の沢最上流から南部地域に連続して発達している。 本帯は非常に顕著なので, 地質図に角礫凝灰岩(tb)として塗色してある。 手島 133) はこの帯をもって, 下位を紅葉山層, 上位を滝の上層と区分している。
本岩は本沢から阿野呂川本流にいたる間で最もよく発達しており, 平均して下部に 3 m 内外の厚さをもつ緑色の角礫凝灰岩ないし含角礫凝灰岩があり, 上部に緑灰色凝灰質砂岩を 1~5 m 伴っている。 北方延長の美流渡の一の沢の最上流においては全体の厚さは 1.5 m と薄くなり, 北方へ消滅している。 南部の日の出 一の沢から大蛇の沢にいたる間では, 上部の緑色凝灰質砂岩を主にしているが, 含角礫凝灰岩も薄いながら存在する。 その全体の厚さは 1~3 m あり, 図幅外南方の熊の沢方面に続いている。 本帯は下河原・手島 111) の紅葉山層中の上部玄武岩質火山砕屑岩帯に相当するものであろう。 この角礫凝灰岩の岩質は, 鏡下で見ると有色鉱物はほとんど緑泥石化され, 割に新鮮なものは中性~曹灰長石の性質を示す長石のみで, 構造も明瞭でないが, 玄武岩質ないし安山岩質である。
c 帯 : b 帯の 5~10 m 上位にあって, その分布もまた同帯と同様の地域で発達している。 阿野呂川南部の地域においては, 緑色凝灰岩, 緑色砂岩からなり, 厚さは 1.5~6 m と変化している。 最も厚い日の出 一の沢においては, 下位から厚さ 1.5 m の緑色凝灰質細粒砂岩, 1 m の緑色凝灰岩, 3.5 m の緑色砂岩~粗泥岩からなっている。 阿野呂川から本沢にいたる間では 50 cm~2 m の厚さを有し, ほとんど海緑石様の緑色凝灰質細粒砂岩からなっている。 凝灰岩の岩質は b 帯のものとほとんど変りなく, 安山岩質であり, 砂質なところでは多くの珪藻を含んでいる。
本泥岩層の厚さは新角田砿西部および幌向川本流域で最大で, 260 m あり, その他の地域では 150 m 内外である。
本泥岩層中からは, 散点的であるが, 泥岩および泥灰質団球中から海棲貝化石を産する。 また有孔虫化石は普遍的に産出する。
[ 以下は砂岩層と泥岩層の両方を含めた滝の上層中の化石の話 ? ]
滝の上層産出化石については, 先にも触れたが, 次のようなものがある。
砂岩層下部では, Mytilus tichanovichi, Spisula onnechuria などを主要構成種とする幌向動物群からなり, 上部では Batillaria sp., Ostrea gravitesta, Dosinia nomurai などを主とする「滝の上動物群」からなっている。 泥岩層からはその産出は少ないが, Acila elongata, Portlandia hayasakai などのほか Periploma besshoense が知られており [ 以下の [注] 参照 ] , 滝の上動物群の泥質相にあたることを示している。
| 層準 | 砂岩層 | 泥岩層 | |||||||
| 下部 | 上部 | ||||||||
| 種名 ↓ / 産地 → | 42 | 159 | 98 | 715 | 197 | 198 | 199 | 46 | 70 |
| … | |||||||||
有孔虫化石は採取個所が少なく, 全体を通じて論ずることは出来ないが, 次のようなものを産した(第 38 図の採取番号参照)。
| 化石名 ↓ / 産地番号 → | 1 | 94 | 97 | 101 | 618 | 620 | 622 | 623 | 649 | 655 | 670 | 714 | 715 | 716 |
| … |
| 71 | 99 | 115 | 132 | 139 | 202 | 237 | 246 | |
| … |
このうち, 泥岩層は Martinottiella communis, Spirosigmoilinella compressa, Haplophragmoides が主要構成種をなしている。 今回の調査では産出を見ないが, 滝の上動物群の指示者とされている Rotalia yubariensis が 阿野呂川から幌向川にかけてかなり産出することが, 浅野・岩本 5) , 橋本ら 19) , 内尾 136) および石油資源開発 KK の資料で明らかになっている。 一方, 下部の砂岩層には有孔虫は稀で, 今まで浅野・岩本 5) によって Martinottiella communis, 内尾 136) によって Cyclammina, Haplophragmoides (?) が報告されているにすぎない。
このほか前記のように, 本層の泥岩層下部あるいは砂岩層中に石炭~炭質頁岩の薄層を挾在している。
すなわち新角田砿の西方から北方にかけて, ほぼ 700 m の間に最大 40 cm の薄い炭層が追跡できる。 これは 泥岩層の下位の緑色砂岩(3~4 m), Haplophragmoides sp. を産する塊状の灰色泥岩(2~4 m)を経た 10~15 m の厚さの灰色~灰白色の凝灰質砂岩中に挾在している。 この炭層からの花粉については佐藤誠司 98) によって報告されており, 第 24 表のようなものがある。 この結果によると, 前述の朝日層産出の花粉と同様のものによって占められており, 台島植物群に相当する。
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また, 幌向川南岸の砂岩層下部の標式的露出地において 第 39 図 A の 9 の層準の灰色細粒砂岩, 砂質泥岩互層中に厚さ 2.5 cm の炭質頁岩が挾在している。 さらに 三の沢地域の泥岩層下部の海緑石質砂岩薄層の下部に 部分的に挾在する炭質頁岩があり(第 38 図), 厚さは 20~25 cm, 約 500 m にわたり追跡できる。
これらの炭質頁岩の花粉分析の結果は次の通りである。
| 種名 | 泥岩層 | 砂岩層 |
| Alnus | 普 | 多 |
| Carpinus | 普 | |
| Betulaceae | 普 | |
| Quercus | 普~少 | |
| Fagus | 少 | |
| Ulmus | 少 | |
| Ulmus or Zelkova | 普 | |
| Carya | 多 | |
| Pterocarya | 少 | 少 |
| Juglans | 普 | |
| Tilia | 普~少 | |
| Liquidambar | 普~少 | |
| Taxodiaceae | 甚多 | 普 |
| Corylus | 少 | |
| Tsuga | 普 | 普~少 |
| Picea | 普~少 | |
| Pinaceae | 普 | |
| Polypodiaceae | 普 | 普 |
| Cycopodiaceae | 少 | |
| Osmunda | 少 | 甚多 |
この後2者 [ 第 24 表と第 25 表 ] 地域の花粉組成について佐藤誠司の談話によると, 後者は, Carya, Liquidambar, Tilia などの暖気候を示すものが含まれている点で台島植物群に近縁であるが, 朝日層との組成と比較すると, 朝日層に多く産出する Quercus が少ないと言う [ 以下の [注] 参照 ] 。
また, 前者 [ 第 24 表 ] は Alnus, Carpinus, Taxodiaceae および Osmunda を主とした組成で, 後者 [ 第 25 表 ] よりは寒冷な環境を示しているものと考えられるとのことである。 さらに域外の岩見沢図幅内, 岡田の沢(三笠 - 幌内間の小沢)の滝の上層基底部に挾在する炭質頁岩の薄層からは Liquidambar などを含む朝日層に近縁な組成の花粉群が見出されるという。
以上, 産出箇所は少ないが, 花粉によって比較して見ると, 幌向川南岸の砂岩層中のものを除いて, いずれも台島植物群に近縁である。 とくに新角田砿付近のものや岡田の沢のものは, 本層基底部から産出するもので, 滝の上階を指示している。
朝日層からの花粉群も, 新角田炭砿付近および岡田沢のものと同様の組成であり, かつ, 同地域では緑色砂岩の下位に存在することからも, 朝日層は滝の上階初期の堆物積と考えられる。
本層は夕張炭田地域の西縁に沿い南北方向に広く発達する。 標式地の夕張川流域から本地域にかけては, とくに粗粒物が多く, かつ厚さも 3,000 m 以上を示す特異な地層である。 岩相上から 主部 , 上部 および 泥岩層 とに区分できる。
本層と下位の滝の上層との関係は, 通常 整合である。 下位の滝の上層の上部が泥岩であるのに対して, 本層の基底部は砂岩泥岩互層あるいは礫岩から始まるので, 境界は容易に判定できる。 しかし, 幌向川本流においては, 一部が指交関係にある。
大局的に, 主部は粗粒物質が多い礫岩, 砂岩, 泥岩などの周期的互層からなり, 下半部を構成し, 上半部は砂岩泥岩互層および泥岩からなる。 さきに秦・松野 20) が報告したように, 東西および南北方向にかなり著しい岩相変化がある。 すなわち, 東西方向では西方へ細粒ないし泥質となり, 南北方向では北方へ泥質となっている。
このうち, 泥岩層は泥岩相がとくに発達する西部の栗沢背斜部に分布するもので, 滝の上層の黒色泥岩層に酷似し, かつ川端層全体の層厚変化などから考え合せると, あるいは滝の上層に相当するものかとも考えられるが, 現在まで古生物学的な確証が得られないので一応 川端層として取扱っておく。
このような岩相変化と同時に, 泥質相が卓越するにしたがって, その厚さを減じている。 この傾向は東西方向に特に著しく, 茂世丑 向斜東部では厚さが 3,000 m 以上もあるのに対し, 西方の栗沢背斜部では千数百 m となり, さらに西方の馬追山地では僅かに数百 m となっている(第 42 図)。
本層は砂岩, 泥岩の規則的互層あるいは礫岩に始まり, 漸移的に砂岩, 砂岩・泥岩互層を経て, 泥岩あるいは泥岩の優勢な互層に終る, 周期的堆積からなる累層である。
概観すると, 下部は砂岩泥岩互層が卓越し(阿野呂川流域で基底から約 1,000 m, 幌向川流域で約 400 m), 中部の厚さ約 1,500~2,000 m 間は, 礫岩がもっとも卓越し, かつ輪廻層がもっともよく発達している。 中部には 4 枚の顕著な凝灰岩があり, 有効な鍵層となっている。 上部の約 500 m は, 礫岩の少ない砂岩泥岩互層からなり, 硬質頁岩の薄層を挾んでいる(第 42, 43 図)。
礫岩は通常 輪廻層の最下部にあって, 下部から上部に向い徐々に礫の大きさを減じ, 砂岩に移化する。 礫岩は主として黒色粘板岩, チャート, 硅岩, 玢岩, 閃緑岩, 花崗岩等の亜角礫~円礫からなる。 礫の大きさは一般に 5 cm 以下のものが多いが, もっとも礫岩の卓越する中部には 20 cm 内外のものも見受けられる。 またしばしば川端層自体の砂岩, 泥岩の礫あるいはその互層したものの 5 m にもおよぶ岩塊をとりこんでいることがある。 恐らく, いわゆる slumping ball または slumping block であろうと思われる。
砂岩は, 輪廻層の礫岩から漸移するものと, 泥岩と互層するものとがある。 前者 [ 輪廻層の礫岩から漸移する砂岩 ] は塊状を呈し, 普通 粗粒から細粒となり, 遂には互層部の泥岩に移化しているのが常である。 また下部の粗粒な部分にはしばしば礫を散含している。 後者 [ 泥岩と互層する砂岩 ] は中粒から細粒のものが多く, 細かい葉理を示すものが多い。 厚さは数 cm から数 10 cm である。 互層する泥岩との接着面は下部互層部で明瞭であり, かつ堅硬なので, 顕著な板状をなしている。 これに反して上部互層部では不明瞭で, かつ軟かい。
泥岩は, 互層するものと, 輪廻層の上部に発達するものとがある。 前者は層理を示し, 後者は塊状を呈するのが常である。 一般に黒灰色から暗灰色を呈するが, 下部ほど黒色が強く, かつ, 緻密である。
凝灰岩は, 前述の通り中部に 4 枚(tf1~tf4)あって, 有効な鍵層となっている。 これらの凝灰岩は茂世丑向斜の東翼において, 南限から幌向川南部の湯の沢流域まで顕著に追跡され, 南部地域では特に tf1 と tf2 - tf3 が顕著な山稜を形成している。 tf1 は阿野呂川の支流の伊藤の沢および今川の沢で観察され, 下位には厚さ 2~3 m の凝灰質物(軽石質)の多い礫岩があり, 上位は 2~3 m の板状の中~細粒凝灰岩から構成されている。 tf2 および tf3 は継立 - 日の出間の道路の崖でよく観察できる(第 44 図)。 tf2 は総層厚約 20 m あり, 2~4 の小堆積輪廻が認められる。 すなわち, 第 45 図のように, 凝灰質礫岩から板状の細粒凝灰岩までのグレーディングを何回か操返している。 tf3 もまた tf2 同様 2~4 の小サイクルをなすもので, 南部の最も発達しているところでは最厚 20 m 以上に達する。 tf4 は南隣の追分図幅内では良好な発達を示しているが, 本域内では阿野呂川の以南でわずかに追跡できるにすぎない(第 45 図)。
これらの凝灰岩は, 第 45 図のように, ともに北方へ薄化する。 すなわち, tf1 は湯の沢では 10 m 以内となっているし, tf3 は上記のものよりも著しく, 最大 20 m の厚さがあるが, 湯の沢では 5 m となっており, 幌向川に至れば, 注意して観察しなければ判らない様な軽石粒を含む砂岩に変化している。
tf1~tf4 の凝灰岩の岩質は石英粗面岩質~安山岩質のもので, 次のようなものから構成されている。
tf1 は, 破砕された斜長石, 普通輝石, 紫蘇輝石, 少量の石英および黒雲母からなる。 斜長石は比較的新鮮で中性長石の性質を示している。 石英は丸味を帯びたもの, 破砕されたものなどがあるが, 極く少量である。 軽石は有色鉱物をほとんど含まず, ガラスからなっている。 また包含されている安山岩小礫の石基は小卓状の斜長石, 粒状の普通輝石からなり, ガラス基流晶質を呈する。 このほか, 北部の湯の沢で採取したものには淡緑色の角閃石 2 個が観察された。
tf2 は, 長柱状の斜長石, 粒状の石英, 普通輝石, および鉄鉱からなる。 斜長石はあまり破砕されず新鮮なものが多いが, 普通輝石はかなり緑泥石化されている。 石英はかなり多い。 含まれている火山岩小礫は, 小卓状の斜長石と少量の粒状輝石からなり, ガラス基流晶質~ガラス質を呈している。
tf3 は, 前記 tf2 とほとんど同質のもので, 斜長石, 石英, 普通輝石, 紫蘇輝石, および鉄鉱などからなっている。
tf4 は, ほとんど圧砕された軽石(ガラス)からなり, 極く少量の斜長石, 石英, 黒雲母が見出されるにすぎない。
本部層は茂世丑の東部の沢から北隣の岩見沢図幅にいたる地域と, 栗山丘陵から馬追山地にかけて分布している。
主部との指交関係は, 茂世丑の東部の沢から幌向川本流にかけての地域で最も著しく, 良く観察される。 主部と上部との移化部においては, 主部のいわゆる周期的互層のうち, 礫岩および粗粒砂岩を減じ, 砂岩泥岩互層となり, やがて泥質物のみとなり, 周期的互層が不明瞭となっている。 これらの粗粒物と泥質物との量的変化の関係を見ると, 南部から北部へはより泥質に, また東部から西部へと泥質になっている。
本部層は上記のように砂岩泥岩互層および砂質泥岩からなるが, このほか, 硬質頁岩の薄層, 凝灰岩の薄層および石炭の薄層を挾在している。
砂岩泥岩互層は, 栗山丘陵地域で顕著な発達を示しており, 主として 厚さ数 cm~数 10 cm の灰白細粒砂岩と 厚さ数 10 cm の暗灰色ないし灰色を呈する泥岩からなっている。 主部の互層と比較すると, 炭質物をかなり含んでおり, 風化して全般的に明るい色を呈し, かつ軟弱で侵蝕されやすい。 馬追山地における砂岩泥岩互層は, 全般的に凝灰質の砂岩および泥質砂岩が多く, 薄い泥岩もまた凝灰質となり, 凝灰岩および石炭を挾有している。
砂質泥岩は幌向川の北部でとくに発達しており, 層理に沿って薄い膜状の細粒砂岩あるいは泥質砂岩を挾む暗灰色~灰色の砂質泥岩で, しばしば泥灰質団球を含んでいる。 前述の砂岩泥岩互層よりさらに軟弱である。 本岩中には葉片状の炭質物を非常に多く含んでいるのが特徴である。
硬質泥岩は, 厚さ 3~5 cm の板状を呈する泥岩と, 厚さ 1~2 cm の砂質泥岩との互層からなり, 外観は後述する岩見沢層の硬質泥岩に似ている。 しかし, この硬質泥岩は黒色に近く, かつ互層の砂質泥岩の量が多い点などで異なっている。 単層としての厚さは, 数 10 cm から数 m までと変化はかなりあるが, 10 m をこえるものはない。 雨煙別川(本沢)から幌向川の南部の地域にかけては比較的に連続しており, ほぼ 3 層準認められる。 栗沢背斜部地域においては全般的に不規則であり, かつ, 連続性に乏しい。
凝灰岩は, 栗沢背斜部において 2 層あり, 上位のものは連続性に乏しいが, 下位の層は一部加茂川断層で切られているが, 連続して追跡出来る。 これらと東部で発達している川端層主部の凝灰岩との対比については, 現在までその手がかりがないが, 川端層全体の堆積状況から察すると, 主部の tf1~tf3 のいずれかに相当するものと思われる。
上位の凝灰岩は, 清真布 川に露出している。 灰白色を呈する凝灰岩で, 硬質泥岩を下盤としての中粒~粗粒の軽石質のものと, 細粒のものとの互層する凝灰岩があり, その上に板状を呈する細粒~極細粒の泥質凝灰岩が約 4 m ある。 これらは有色鉱物を含まず, ほとんどガラスからなっている。
下位のよく続く凝灰岩は, 加茂川および栗丘の沢で良好な発達を示す。 この凝灰岩も下盤が硬質泥岩(厚さ 1~3 m)の場合が多く, 厚さ 5~7 m の, 比較的塊状で軽石を含む中~粗粒の砂質凝灰岩を主とし, 上部に 30 cm~2 m の板状を呈する細粒ガラス質の凝灰岩を伴っている。 主体をなす砂質凝灰岩中には 灰色~暗灰色を呈する泥岩の同時礫的な岩片と緑色粒を含んでおり, 新鮮なものは灰白色~灰色であるが, 風化して緑灰色を呈する特徴がある。 鏡下で見ると, 斜長石, 変質された輝石類および角閃石, 丸味を帯びた石英からなり, 石英安山岩質である。 輝石類と角閃石はほとんど緑泥石化されており, 肉眼で見受けられる緑色粒はこれらの有色鉱物からなっている。 この凝灰岩の厚さは加茂川から栗丘の沢で最大であり, 北部および南部に向って急に薄くなっている。 すなわち, 北部の鈴木の沢においては 1 m, 清真布の枝沢では 50 m になり, 南部の桜丘の沢では 3 m 前後になっている。
本層は栗沢背斜の核部に発達しているもので, 鈴木の沢から栗丘の沢にかけてよく露出する。 上位の川端層の上部との関係は整合的であるが, 北部では硬質泥岩を含む緑灰色凝灰岩と接し, 南部では砂岩泥岩互層と接している。 これは層の側方変化とも多少の時間的間隙があった為かとも考えられる。
この泥岩は, 主として黒色~暗灰色で, 多少層理を示す硬質泥岩あるいは暗灰色の塊状泥岩からなり, 泥灰岩質団球を含み, 稀に砂質泥岩および凝灰岩の薄層を挾んでいる。
硬質泥岩と泥岩との境は一般に不明瞭で, その量比は判然としないが, 北部で泥岩が優り, 南部では硬質泥岩の量を増している。 これらの泥岩は風化して方形状の細片となり, 風化面は褐色がかった灰色を呈し, その様子は滝の上層に酷似している。 泥灰質団球は丸いものより長いものが多く, 大きさは長径 2~5 cm 程度で, 層面に平行してならんでいる場合もある。
稀に挾在する凝灰岩および砂岩は, 灰色~灰白色を呈し, いずれも数 cm の厚さで, レンズ状をなしている。 砂岩は一般に凝灰質である。
本泥岩中には Haplophragmoides spp. および Makiyama chitanii MAKIYAMA 等の微化石が認められるが, 海棲貝化石は認められない。 前に述べたように岩相上滝の上層に酷似し, かつ上位の川端層上部との関係から, 本層は滝の上層相当層とも考えられるが, 古生物学的な確証がない。 本泥岩層の層厚は露出部で約 350 m であるが, 栗沢背斜部の試掘井の記録を見ると 深度 1,200 m 内外にいたるまで硬質泥岩~泥岩で占められている。
本泥岩層は, さきに, 村田析 67), 68) によって加茂川含油頁岩層と命名され, さらに同氏 72) によって加茂川層と命名されたものの一部に当もので, 彼によると「川端層を整合漸移的に被い, 追分層に整合漸移的に被われる」とされ, 現在の岩見沢層の「硬質頁岩層」のように思われていた。 これに対しては, 加茂川黒色頁岩層(大村一蔵 命名, 渡辺久吉 141) 紹介)などの地層名も使用されてきたが, 飯塚保五郎 29) は, この泥岩と前述の川端層上部を含めたものを, 川端統の上部層としている。
本層は栗沢背斜の北部から岩見沢背斜にかけての両翼部, 茂世丑向斜の両翼部および馬追山地の東側などに分布している。 北隣の岩見沢図幅 61) の岩見沢層に続くもので, 馬追山地では, 追分図幅 60) および恵庭図幅 74) 中で馬追山層と命名されたものに相当する。 図幅内では上志文の東方の幌向川本流の南岸で標式的な露出を示している。 本層名は千谷好之助 12) によって命名されたもので, 標式地は岩見沢背斜地域にある。
本層と下位の川端層との関係は, 川端層上部の砂岩層と整合的に接し, 硬質頁岩から始まっているのが常である。 さきに, 茂世丑向斜の東翼部(千代谷 - 継立)地域において吾妻穣 1) は, 川端層と岩見沢層とは斜交不整合関係にあると報告しているが, 雨煙別川(本沢)以南では断層によって川端層中部と接していることと, 本層の基底下の川端層中 70~100 m 内外のところに, 硬質頁岩の薄層が連続かつ平行して存在する事実から, 不整合関係にあるとしても, それほどの構造的差異を示すものではないと思われる。
しかし, 馬追山地域では下位の川端層と不整合関係にある。 この地域では基底部に火山円礫岩および凝灰質砂岩が約 10 m 発達あり, さらに川端層との接触面も凸凹をなしていて, 前述の地域と堆積様式を異にしている。 このことは, 追分図幅 60) や恵庭図幅 74) でも指摘されているように, 馬追山地が他の地域と異なり, 川端層堆積時から本層堆積初期にいたる間, 浅化していて, 汽水ないし浅海の環境下にあったことで理解される。
本層は「硬質頁岩」で代表される地層で, 主として暗灰色の硬質泥岩と灰色砂質泥岩との互層からなるが, 凝灰岩, 凝灰質砂岩および火山円礫を挾んでいる。
硬質泥岩は新鮮なものでは暗灰色を呈するが, 風化して表面が赤褐色となり, 稜角をもつ岩片となるのが特徴である。 本岩の単層の厚さは普通 5~20 cm である。 砂質泥岩は新鮮なものでは暗灰色~灰色を示し, 風化して灰色となり軟弱になる。 単層としての厚さは 1~5 cm 程度であるが, その挾在する量は地域によって異なり, とくに幌向川流域の栗沢背斜の西翼部では多く, かつ厚さも数 10 cm に達するものがある(第 46 図)。
凝灰岩は茂世丑向斜の東翼の中の沢付近で最もよく発達し, 厚さ 30 cm 以上のものが 3 枚挾在する。 厚さは最大約 3 m あり, 灰白色の軽石質凝灰岩である。 鏡下では, 主として圧砕されたガラス質の軽石からなり, 丸味を帯びた斜長石, 破砕した普通輝石, 稀に丸い石英が含まれている。 そのほか径 3~5 mm のガラス質な酸性安山岩岩片を散含する部分がある。
凝灰質細粒砂岩も前述の中の沢付近で最も多く, 厚さ 3~5 cm のものが数枚見受けられる。 灰白色~灰色を呈し, ときに軽石粒を含んでいる。
馬追山地の基底部の火山円礫岩および凝灰質砂岩は, 第 47 図のように馬追鉱泉の沢上流で観察できる。
火山円礫岩は厚さ約 2 m で, 主として径 5 cm 内外の安山岩礫からなり, 稀に川端層中の砂岩と思われるものの礫を含んでいる。 この安山岩は暗灰色を呈し, 鏡下で見ると, 斑晶は中性長石に属する長柱状自形の斜長石, 少量の普通輝石からなる。 普通輝石はかなり炭酸塩化を豪っているものも多い。 石基はガラス基流晶質で, 微細な斜長石, 粒状の単斜輝石, ガラスおよび少量の鉄鉱からなる。
このほか, 本層中には径 10~50 cm の泥灰質団塊が包含されている。
本層中からは貝化石を全く産せず, わずかに Makiyama sp., Cyclammina spp. が肉眼で認められるほか, 鏡下で上部に珪藻がみられるにすぎない [ 以下の [注] 参照 ] 。
本層の厚さは, 茂世丑向斜の東翼部で 300~350 m あり, 馬追山地では断層に切られて明らかでないが, 最大 280 m を算する。
本層は前述のように, 南隣の追分図幅 60) の馬追山層に当り, さらに南東の 軽舞 振老 油田の軽舞層上部に連続するものである。
本層は茂世丑向斜の両翼, 栗沢背斜の西翼および馬追山地東部に広く分布する。 主体をなすものは塊状の砂質泥岩からなるが, 栗沢背斜の南部地域では, 礫岩, 砂岩あるいは砂岩, 泥岩互層が著しい発達をなしている。 砂質泥岩中には砂質あるいは泥灰質団球を含んでいる。 地域別にその岩相柱状を示すと第 50 図の如くである。
主体をなす砂質泥岩は, 一般に無層理で, 珪藻質のものが多い。 新鮮面では通常 青灰~淡緑灰色を示すが, 風化すると灰色~灰白色を呈し, ときに年輪状の黄褐色縞を滲出し, きわめて軽いものとなる。
この砂質泥岩に包含されている砂質あるいは泥灰質団球は普通 10~50 cm であるが, ときに 1 m をこすものもある。
砂岩は大別して, 砂質泥岩中に挾在するものと, 砂岩泥岩の互層中のもの, あるいは礫岩とともに発達する部分とがあり, それぞれ特徴がある。 砂質泥岩中に挾在するものは, 青灰色を呈する塊状の細粒砂岩で, 風化して帯黄灰色となる。 前述の砂質泥岩との境は漸移し, 判然としないのが常である。 砂岩泥岩互層を構成するものは一般に炭質物が多く, 縞状を呈する暗灰色~灰色の細~中粒砂岩からなり, とくに砂粒に有色鉱物(黒雲母 > 輝石類 > 角閃石 > 緑泥石)が多い。 礫岩部では中~粗粒で, 泥質岩の小岩片等を含み, とくに斜層理の部分が多い(第 48 図)。
礫岩は前述のように本層の中~下部(いわゆる栗山礫岩の部分)と, 上部(栗丘および由仁町の南部地域)の 2 層準にあり, それぞれ区別される。 前者 [ 追分層の中~下部の礫岩 ] は村田析 67), 68) により栗山礫岩層とされたもので, 第 50, 51 図に示すように斜層理を呈し, かつ不規則な層状をなしている。 厚さ約 10 m の礫岩 2 枚が顕著に発達しており, 礫種は黒色粘板岩, チャート, 花崗岩, 閃緑岩質岩, 古期安山岩などの円礫からなり, 大きさは径 1~2 cm のものが主である。 礫岩の層間には, 礫岩, 砂岩, 砂質泥岩の薄互層が発達している。 これらの薄互層は全体的に炭質物を多く含み, ときに 0.5 cm の炭質物の薄層をも形成している。
後者 [ 追分層の上部の礫岩 ] は前者から約 380 m 上位にあり, 夕張川本流から鈴木の沢の南部にかけて分布するもので, 栗丘の沢で最大の厚さを有し, 約 150 m ある。 この礫岩は非常によく成層しており, 径 1~2 cm の楕円~円礫からなる。 前述の「栗山礫岩」に較べて, 礫の長径は層理面に平行して並んでいるものが多い点に差異がある。 礫岩自体がこの様に層理を示すほか, さらに 3~5 m 間隔で厚さ 20~30 cm の礫質砂岩を挾在している。 礫種は黒色粘板岩および硅岩がとくに多い。 この礫岩は, 北部と南部との延長部で 2~3 枚に分岐し, ともに砂質泥岩と指交し, 更に岩相を変じて, 砂岩あるいは砂質泥岩に移化している。
由仁町の南部のものは追分図幅 60) で報告されているように, 主として径 3~20 cm の古期岩類の円礫よりなる礫岩と砂岩との互層からなっている。 上限が不明なので, はっきりしないが, 栗丘付近のものとほぼ同時期のものと思われる。
本層の「栗山礫岩」からは次のような貝化石を産した。
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Glycymeris sp. indet.
Patinopecten yessoensis (JAY) Dosinia (Kaneharaina) cf. kaneharai mirabilis UOZUMI (M.S.) Mercenaria chitaniana (YOKOYAMA) Pitar okadana (YOKOYAMA) Antiplanes (Rectiplanes) cf. sanctiioannis (SMITH) Polinices sp. Propebela sp. Polytropa sp. Cymatium (?) sp. Turritella sp. |
また, 上部の礫岩からは栗丘の沢で Patinopecten yessoensis (JAY) を産した。
前者 [ 「栗山礫岩」or 追分層の中~下部の礫岩 ] の貝化石群集の組成は, 留萌地方の「峠下動物群」のそれに近似しているが, この層準からこのような貝化石群集の産出が知られたのはこれが始めてである。 北海道中軸帯全体にわたってはまだ資料が少ないが, いずれも砂礫質で斜層理を呈するような浅海性の堆積物の中から産出しており, 峠下動物群集は「稚内動物群」の下位に位置するものと従来考えられていた。 しかし, むしろ稚内階における地層の泥質相には稚内動物群集を産し, 礫質相からは峠下動物群集を産するものと考えた方がより妥当ではないかと考察される [ 以下の [注] 参照 ] 。
土田定次郎・岩本寿一 138) によって馬追山地の砂質泥岩中から報告された有孔虫化石は第 27 表の通りである。
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Bulimina cf. pupoides d'ORBIGNY
Eponides sp. Haplophragmoides sp. Martinottiella bradyana tarukiensis (ASANO) Martinottiella bradyana cf. tarukiensis (ASANO) Martiuottiella communis (d'ORBIGNY) Ratalia sp. Spirosigmoilinella compressa MATSUNAGA |
両氏の報告によると, Cyclammina - Haplophragmoides - Martinottiella 群集を含み, Eponides sp., Bulimina cf. pupoides d'ORB., Spirosigmoilinella compressa MAT. を随伴している。 これは 厚真 油田における軽舞層の化石と同様で, 時代は中新世上部と考えられている。
本層の厚さは, 栗沢背斜の西翼部で 880 m 以上あり, 馬追山地で 680 m 以上を算する。
本層は従来この地域で追分層と呼ばれて来た地層に相当し, 追分図幅 61) の由仁層に連続するものである。
本層は栗沢背斜の西翼の南北へのびる狭長な地域に分布している。 さきに飯塚保五郎 29) によって清真布砂岩層と命名されたものとほぼ同一の地層で, その性状を最もよく観察できるのは栗沢(旧清真布)市街東方の鈴木の沢にあるので, この地をもって本層の標式地とする。 このほか, 地質図には塗色しなかったが, 由仁町市街地の北西方の小地域に露出する砂岩層もおそらく本層準のものと思われる。
本層と下位の追分層とは漸移し整合の関係にある。 両者の境界は, 岩相により, 追分層型の砂質泥岩の上位にくる, まとまった塊状の砂岩をもって本層の基底としたが, 将来, 珪藻, 有孔虫, 放散虫などによってその境を吟味する必要がある。 本層の上限は第四紀の茂世丑層あるいは冲積層によって覆われているために不明である。
本層は主として塊状の細粒砂岩からなるが, 第 52 図に示すように, 下位から, 50~60 m, 110~120 m, 180 m 付近には斜層理を呈する 1~2 層の細~中粒の砂岩層が発達しており, また凝灰岩を挾在している。
砂岩は新鮮な場合には青灰色~灰色を示すが, 風化すると灰黄色~淡褐色を呈し, 粗鬆かつ軟かいものとなる。 全般的に追分層の砂岩に比べて凝灰質で, 黒雲母片の多いのが特徴である。 斜層理を示す砂岩層では, 小礫や炭質物をかなり含んでいる。
凝灰岩は, 第 52 図のように, 下位から 140~150 m のところに 10 m 内外の厚さを有するものと, 連続性に乏しい 10~40 cm の厚さのものが稀に挾在している。 前者は灰白色細粒のガラス質凝灰岩, 後者は白色微細粒のガラス質凝灰岩である(第 53 図)。
本層の中部からは第 28 表のような貝化石および Linthia ? sp. を産する。 前記の凝灰岩の下位から産するもの(YH391, YH398)は一般に散点型であり, 上位のもの(YH390, YH389)は密集型で, とくに YH390 では Mya japonica, Acila insignis の化石帯が顕著である。
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本層は北隣の岩見沢図幅 61) の峰延層に当るもので, 貝化石も図幅地域内では Fortipecten takahashii YOK. こそ産しなかったが, いわゆる滝川動物群に酷似した群集で, 鮮新世に属するものである。
本層の層厚は, 前述の通り上限不明であるが, 標式地で 250 m, 南部で最大 300 m に及ぶ。
第四系は主として茂世丑低地帯(1938 年, 飯塚保五郎 29) の呼称)以西に発達し, 茂世丑層, 河岸段丘堆積層, 火山灰層, 扇状地堆積物および冲積層からなる。
本層は, 飯塚保五郎 29) の命名にかかり, 茂世丑低地帯および馬追山地の西縁部に広く分布している。 下位の新第三系を不整合に覆い, およそ海抜 80 m 以下の高さに分布しているが, 湯池~鳩山北部あるいは馬追山地南部の如く, 地域によっては 100 m 以上の地点にも及んでいる。
本層は礫層, 砂層, 粗泥と粘土との互層あるいは粘土等からなり, 岩相や厚さの変化は著しいが, 次のような特徴がある(第 54 図)。
すなわち, A) 基底をなす礫層は厚さ 2~4 m, 花崗岩, 黒色粘板岩等の古期岩類の円礫を主とする。 しかし, 馬追山地部では, 岩見沢層の硬質頁岩や砂質泥岩の礫を含む。 B) 主として灰色の細~中粒砂からなるが, 薄く, かつ含礫することが多く, 容易に礫層となり, 岩相が不安定である。 C) 0.5~3 m の厚さの比較的安定した青灰色~灰色の粗泥層があり, 地域によっては青粘土になっている。 御園地域では薄い泥炭を伴う。 D) 1~3 m の厚さの, 風化して褐色を呈する礫層からなる。 これは, 岩見沢層の硬質頁岩や砂質泥岩の亜角礫~円礫を主としていて, 下部の礫層と区別できる。 E) 1~4 m の厚さの, 灰色を呈する粘土と粗泥との不規則縞状の互層からなる。 粗泥質のものは全般的に下部に多い。 F) 幌向川下流の露頭で観察できた最上部を占める砂層で, 風化して淡褐色ときに礫質, 最大 1.5 m の厚さを有するが, 広範囲に亘っては確認できなかった。
栗丘の北部の粗泥質粘土層(E)からは珪藻を産した。 珪藻は海棲のものと淡水棲のとが産するが, 前者は破損されたり, 汚濁されていることから追分層の砂質泥岩等に含まれていたものの残骸と見倣される [ 以下の [注1] 参照 ] 。 珪藻のほかには動物化石を産せず, その堆積物からその大半は非海成層と思われる [ 以下の [注2] 参照 ] 。 すなわち, 第三紀末の褶曲構造形成後に生じた 石狩低地あるいは盆状の茂世丑低地に向かって流入した堆積物であろう。 石狩低地帯とその周辺に分布し, 海棲貝化石を含む野幌層との関係は明らかにできなかった。
本層は主として幌向川, 阿野呂川および夕張川流域に分布している。 これら河岸段丘のうち, 顕著な発達をとげているものに標高 60~80 m の平坦面を形成する高位段丘(t1)と, 20~40 m の標高を示す低位段丘(t2)とがある。
高位段丘(t1)は, 夕張川の左岸の由仁から下流の地域と, 日の出地域の阿野呂川の左岸に拡がる。 堆積物は夕張川左岸地域では比較的厚く, 下位から 約 2 m の古期岩類の礫からなる礫層(礫の径 5~10 cm), 約 40 cm の含礫砂層, 約 1.5 m 古期岩類の礫が並んでいる礫層(礫の径 5 cm 以下), 約 2 m の硬質礫岩など新第三系の礫を含む砂礫層があり, 更に上位に泥質な砂層が観察される。 日の出地域では厚さ 5 m 内外, 古期岩類を主とする礫や砂からなり, 粗泥, 粘土などを混えている。
低位段丘(t2)は, 幌向川流域, 志幌加別川および阿野呂川流域に良好な発達を示す。 ほか各河川の小地域に, 本段丘に当るものがかなりあるが, 小規模のために志幌加別川のもののほかは, 地質図には塗色しなかった。 幌向川流域で最大で, 現河川の両岸に分布している。
堆積物は新第三系の岩石を混える砂礫を主とし, 粘土および粗泥などを挾み, 厚さは一般に薄く, 厚いところで 4 m 内外である。
本図幅地域の火山灰層は, 大別して (1) 前述の茂世丑層を覆い, 低位段丘によって切られているものと, (2) 現在の地形なりに覆う, きわめて新しいもの, との2群に分けられる。
前者 (1) に属する火山灰層は, とくに馬追山地で顕著で, 北東部地域ではきわめて薄い。 馬追山地では, 下位から火山灰質粘土, 火山砂礫, 白色~黄色軽石, 火山灰質粘土, 黄色軽石ながからなり, 最大 5 m 内外の厚さがあるが, 北東部では火山灰質粘土あるいは黄色軽石質粗泥が薄く分布しているにすぎない。
後者 (2) に属する火山灰層は, 現在の地表面を被っている腐蝕土中あるいはその直下にあって, 全般に白色~黄色を呈する, 軽石および火山灰からなる, きわめて新しいもので, おそらく現世(樽前火山灰層 ?)に属するものであろう。 この火山灰層は上述のように, 現河床を除いて全域を薄く覆っているが, 地質図には塗色しなかった。 この火山灰層もまた, 前述の火山灰層と同様に北東に向って薄化している。
本堆積物は, 南隣の追分図幅内の川端付近から夕張川の左岸に広く発達している扇状地の末端にあたり, 本地域では冲積面との比高が 2~3 m ほどある。 構成する堆積物は礫および砂からなるが, 露出が僅かなため, 厚さは不明である。
このほか, 地質図には色別しなかったが, 主に角田から北学田にかけての山地の周縁に現河川氾濫原の面から 1~5 m の比高を示し, 一見 冲積段丘的な勾配のゆるやかな扇状地堆積物が見受けられる。 この堆積物の構成物と前者の扇状地堆積物との関係については不明である。
冲積層の主なものは, 夕張川, 阿野呂川, ウエンベツ川および幌向川の流域に分布する河川氾濫原や現河床を構成するものである。
河川氾濫原堆積物 は, 夕張川流域で最大の拡がりを示し, 次いで幌向川, 阿野呂川, 雨煙別川, 茂世丑川等の各河川流域にも発達している。 主として, 礫, 砂, 粘土等からなるが, 夕張川流域, とくに角田から下流部は 自然堤防の背後の後背湿地や古河跡にかなり広く泥炭が拡がっている。 夕張川本流の近くの半月湖あるいは低湿地には最も新しい河床堆積物がある。
現河床堆積物 は, 各河川に多少であれ認められるが, 夕張川に沿うものが最も広く分布している。 堆積物は古期岩類の円礫のほか, 第三系に由来した岩礫をも少なからず混えている。
このほか, 各地の山地, 丘稜地の周辺には麓屑層, 崖錐層が認められるが, これらはいずれも地質図には色別しなかった。
本図幅域内には, (1) 幌内層を貫ぬく安山岩質玄武岩 16) , (2) 川端層を貫ぬく紫蘇輝石普通輝石安岩との岩脈がある。
本岩は, 南の日の出の北東方および美流渡の西方に散在している。 いずれも幌内層を貫ぬいているもので, (2) [ 紫蘇輝石普通輝石安岩 ] と比較して規模は甚だ小さい。 これらの岩脈類は帯緑暗灰色の緻密 堅硬な安山岩質玄武岩あるいは玄武岩質安山岩で, 鏡下では [ 以下の [注] 参照 ] , 石基は斜長石, 普通輝石, 鉄鉱, 黒雲母, アルカリ長石, 燐灰石からなり, 輝緑岩構造を示す。 斜長石は An 35~42, 普通輝石は 2V = (+) 54°を示す。 黒雲母は不規則板状~葉片状で, 大きさは 0.02~0.1 mm, X = 淡緑色, Y ≒ Z = 濃褐色の多色性を示し, アルカリ長石と共に間隙を充填している。
また美流渡の西方, 幌向川流域に露れるあるものには, 橄欖石玄武岩というべきものがある。 これは帯緑暗灰色, 緻密 堅硬, 所々に沸石に埋められた杏仁状気孔を散点している。 鏡下にこれを検すると, 石基は極めて小さい長柱状基性斜長石(An 70~75)の間を埋めつつ, ほぼ同量と見られる粒状単斜輝石が填間粒状構造を呈している。 稀に橄欖石の小粒も認められる外, 針状の角閃石, 赤褐色 葉片状の黒雲母も散点している。
斑晶には長石, 輝石, 橄欖石などの小斑晶があり, 長石は短冊状, An 75~80, 周辺はより低くなっている。 単斜輝石は 2V = (+) 55°内外, CZ = 44°内外, 累帯構造をなすものもある。
本岩は馬追山の山稜部を形成して, 南北方向に連なっており, 南隣の追分図幅に延長している。 川端層の走向とはやや斜交し, 東に傾いて急立し, 幅は最大 120 m に達し, 北方に尖滅している(第 3 図)。
本岩は暗緑灰色の緻密 堅硬な安山岩で, 斜長石斑晶を散含し, 露出では柱状節理が発達する。 鏡下でこれを見ると, 石基は, 中性長石位の斜長石, かなりの量の単斜輝石および鉄鉱からなり, 完晶質 毛氈状組織をなしている。 斑晶は中粒大の亜灰長石および曹灰長石, 少量の普通輝石および微量の紫蘇輝石からなる。 稀に炭酸石灰に置換した橄欖石らしい結晶が認められる。
斑晶の斜長石は 0.8~1.7 mm の清澄卓状, 中心部は An 66~70, 周縁は An 60 を示す。 普通輝石の包裏物を有し, また微細な絹雲母が生長している。 普通輝石は粒状で大いさ 0.8 mm 前後, 2V = (+) 52°である。 紫蘇輝石は長柱状で 0.3~0.8 mm であり 2V = (-) 74°である。
本岩のモードは以下の通りである(2 枚の薄片の平均価)。
これらの脈岩の貫入岩時代は, いずれも, その被貫入岩層より以後というより外に手がかりはない。 しかしその被貫入岩層の変位程度と関係なく, ほぼ直立することから, それらの地層の褶曲後ということが出来, 同じ石狩炭田区域内の空知地区の近似岩が, いわゆる滝川層を貫いていることを考え合せると, 第三紀末と考えられる。
本図幅地域は, 地質構造的に, ほぼ南北に走る次の3地帯に区分される。
このうち, 東部隆起帯は, 区域内の東部約 5 分の 2 を占め, 白堊紀層を核とし, 主として古第三紀層からなり, 後述のようなやや複雑な構造を呈する。 中部向斜帯は, 中央部の 5 分 2 強を占め, 主として新第三紀層からなるが, 東西の隆起帯の間にあって, 浅い向斜を呈し, その向斜芯は西側に片寄っている。 西部背斜帯は, いわゆる馬追山地の一部をなすもので, 新第三紀層からなり, 雁行する背斜によって構成されている。
本地帯は, 大別して以下の地域に細分することができる。
このうち (イ) の万字北東区域 は, 西にのし上げた万字断層より以東の地で, 主として幌内層により占められ, 同断層に添って1背斜, 万字背斜がある。 この背斜の最大隆起部には, 若鍋層および幾春別層が核芯として露われているが, その構造はやや複雑で, 万字断層に平行する衝上断層で同一層位が繰返し現われている。
(ロ) の万字ドームを中心とする区域 は, 北から南に走る夕張断層を西限とし, ドームの西南縁で同断層が急に東に彎曲して東西走る部分を南限としている。 この区域は大局的に以下の2区域に分けられる。
このうち, 万字ドームの核芯をなす白堊系は, ほぼ東西の方向をとり, 主軸にほぼ直角な南北方向では非対称の形態を示し, 中核部はむしろ南に偏在している。 複背斜構造を形成し, 南翼では北翼に較べて地層の傾斜が全体として急, 特に西縁部および南縁部では急傾斜なところが多く, 南縁部ではしばしば転倒している。 北西部の一の沢流域では北へ向って沈下する南北方向の鼻状の副次的背斜が派生するが, その西翼は夕張断層(一部は東幌断層)によって切られ現出しない。 また南西部には北東東 - 南西南方向をとる背斜がある。 これは中核部の複背斜の西方延長で, 中核部では北傾斜の転倒背斜をなす。 一方, 南東部にも一背斜を派出するが, 南翼は夕張断層によって切られている。 こうして, 夕張断層は本ドームの西縁および南縁を限るが, 特に南縁部ではその北側にもこれと平行して走る衝上性断層が走り, 地層はこれに接して一般に急傾斜し, 或は転倒している。 本ドーム内には種々の方向の断層が達し, とくに北西西 - 南東東または北西 - 南東方向の断層が卓越するが, これらは南側が相対的に落下するものが多い。 但し中核部では 深 け落ちが多い傾向がある(第 56 図 [ 本項の最後に示した ] )。
以上の白堊系をとりまく石狩層群は, ドーム東翼では登川層に始まり, 幾春別層に終る本地方の一般層序を保っているが, 北翼に廻って西に赴くにしたがい, 下位の地層から次第に欠除し, 上位の地層が直接白堊系を覆うにいたり, 美流渡地域では遂に若鍋層が白堊系に直接する。 ドーム東翼の石狩層群は大局的には, 東に 15~20°と緩く傾くが(第 67 図 [ 後述する「III.1.3 万字炭砿」の項に示した ] ), いくつかの東西性の深け落ちやや深け上りの断層によって切られ, その周辺では多少の乱れを見せる。 この東翼が南に廻る地域では, 走向が東西方向となり, 南の白堊紀層の張り出しとの間に東に沈む葵向斜をつくり, その両翼では 20~40°の傾斜を示す。 しかし, 更にこれを詳しく見ると, その内に葵, 千歳の2背斜, 千歳向斜を収め, 外見より複雑な複向斜を呈し, 正逆の断層これを切って, 地層は 堅樋 或は 平 層を呈する。 この葵向斜芯部の東縁には幌内層がのって居り, その東の三角山には, 下位の幾春別層の作るケスタが見える(第 64 図 [ 後述する「III.1.1 夕張鉱業所」の項に示した ] )。
一方, ドームの北翼にまわると, 石狩層群はかなり安定し, 15~25°の角度で北に傾斜する。 これを横切る断層は, 東翼と同じく北西~北西西の南落ちの深け上り断層が多いが, その間隔は東翼に比して間遠になる。 これを更に西に追跡すると, 白堊系の鼻状構造に添うて走向は北西北となり, 美流渡砿区域を形成するが, 同砿の坑内で見るように, 5万分の1図では示し難い少落差の北西~南東方向の深け上り断層が発達する(第 68 図 [ 後述する「III.1.4 美流渡炭砿」の項に示した ] )。 美流渡市街の西縁をほぼ南北に切る東幌断層を越えると, そこに現われる石狩層群は幾春別層のみとなり, その走向ほぼ南北, 傾斜急立し, ときに逆転して東傾する部分も少なくない。 この部分は北西 - 南東~北西北 - 南東南の北落ちの断層群で細かに切られていること, 旧兼松 美流渡炭砿に見る如くである。 これら夾炭層の西には幌内層が続くが, まもなく走向断層に切られている。 そのうちもっとも落差の著しい夕張断層 109) は, 上記の西限を画する, 西にのし上げた顕著な衝上断層で, これに添い南下すると, 万字ドームを形成する白堊紀層と幌内層とが直接し, 更に南に辿ると, 一の沢上流では滝の上層と白堊紀層の下部とが直接し, この断層の落差の最大を示す。 この地帯の夕張断層は, その破砕帯の存在によってその通過地点を確め得るが, 断層面を測定できる箇所は極めて少ない。 この断層は ウエンベツ川本沢の上流から阿野呂川上流の東への屈曲部にかけて 急にその走向を変え, ほぼ東西となり, 以前に丁未断層と呼ばれたものに続いている。 この部分も, その断層の性状の把握は困難であるが, 幾つかの地点の発掘によって 40~60°北に傾いた面をもつ衝上断層であることが知られている。 ここの夕張断層の南側は, 石狩層群および幌内層によって占められているが, 北側はほとんど白堊紀層によって占められ, わずかに断層にそって登川層が狭長に分布している。 これら夾炭層は南に倒れた向斜構造を呈し, 白堊紀層中に巻きこまれたものと見られ, その構造はやや複雑である(第 56 図 [ 本項の最後に示した ] , 第 69 図 [ 後述する「III.1.5 新二岐炭砿」の項に示した ] )。
万字ドームの北に横たわる幌向向斜は, 幌向川の北側にあって, ほぼこれに併走し, 東におもむくにしたがって南に曲がり, 万字砿の東方の万字向斜となる。 この向斜の南翼は上記の万字ドームの北翼をなし, 幌内層によって広く占められている。 その翼傾斜は, 南翼で 20°内外, 向芯に近づいて 10°内外となる。
この向斜の北翼の西部には, 本図幅北隣の岩見沢図幅から続く幾春別背斜の南端のごく一部がわずかに現われている。 東幌内炭砿はこの背斜の構成員である幾春別層の石炭を稼行しているが, その付近では翼傾斜は 20~30°を一般とする(第 71 図 [ 後述する「III.1.6 東幌内炭砿」の項に示した ] )。
この幾春別背斜の東側に並走する盤の沢向斜は向心を幌内層によって占められ, その西翼は 20~30°, 東翼は 30~40°を呈する。 この向斜は更に南下して上記の幌向向斜と合流し, ここに美流渡ベーズンを形成し, 向心に幌内層の E 帯を収めている。
(ハ) の鳩の巣ドームを中心とする区域 は, 白堊紀層をドームの核とし, その周辺を石狩層群および幌内層が取りまいている。 このうち, 白堊紀層は大局的にみると北西西~南東東方向のドーム構造を呈し, その中核部は西に偏在, 北傾斜の転倒背斜をなすが, 北東部および北西部では軸面が北傾斜する正規の背斜となる。 この中核部から東方と南東方には2つの鼻状構造を出すが, その形態および軸の位置はあまり明瞭でない。 万字ドームと同様に, 主軸に直交する南北方向では, 非対称的に地層の傾斜は北翼に較べ南翼が, また東縁部や北縁部に較べ西縁部や南縁部が急で, とくに西縁部では地層がしばしば転倒している。 また西縁部には南に沈む短い鼻状構造を派生している。 ドーム内には北西西~南東東, 北西~南東および北東~南西方向の断層が発達する。 北翼を通る北西西~南東東系の断層および南翼を通る北東~南西系の断層は, いずれも北落ち, 前者では深け落ち, 後者では深け上りで, 地層の重複が認められる。 このドームをとりまく石狩層群は, 北翼では北に比較的整然と 20~30°傾き, 万字ドームの南限をなす夕張断層に近づいて1向斜, 角田向斜を形成するが, 一部はその北翼が逆転し, 向斜心は夕張断層下にもぐるところもある。 新二岐炭砿はこの部分の登川層中の石炭層を嫁行している。 ここから西翼に移ると 30~40°の傾斜となり, 北西に傾き, アノロ川屈曲部では深け上り断層によって地層が重複している。 旧兼松 新角田炭砿はこの部分の幾春別層中の石炭を採掘していたものである(第 69 図 [ 後述する「III.1.5 新二岐炭砿」の項に示した ] )。 ここから更に西翼に廻ると, 地層は甚だしく急立し, 南に沈む白堊紀層の鼻状部より以南では, むしろ逆転して 80°内外東に傾斜する。 この急立構造は南翼一帯にもおよび, そ の勢いは更に東に達して志幌加別川をこえ, 若鍋断層はじめ, いくつかの衝上断層群に移化している。 このうち西翼や南翼の中央部には, いくつかの横切断層があり, その多くは白堊紀層や幌内層を動かしている一方, 上位の滝の上層は切っていない点が注目される。 より以東では, 走向ないし走向に近い東西性の衝上性断層が著しい。 この区域内の旧宇治坑では, これらの断層にはさまれて, 夾炭層の部分が著しい褶曲を呈していることで著名である(第 62 図 [ 本項の最後に示した ] )。
一方, 本ドームの北東部では, 幌内層を上にのせた最上(丁未)向斜がある。 その軸心は断層で切られているが, その南翼部は 10~20°北東に傾して, 比較的安定しており, 夕張炭砿の一坑 即ち 丁未坑区域として, かつての出炭の一中心として稼行され, 今日なお続いている。 この区域と北落ちの長良断層へだてた夕張2坑区域は, この地方に珍しく極めて安定した区域で(第 57, 59 図 [ 両図とも本項の最後に示した ] ), 東南方向に 10°内外傾き, 断層も極めて少ない。 夕張層下部の石炭層は集合肥厚して二十四尺層と呼ばれる厚層となり, 深部では次第に分岐しているが, その厚さと安定性のために依然として夕張炭砿の主力をなしている。 その南, 若鍋断層との間の旧夕張3坑, 今の新夕張炭坑区域は, 北西西 - 南東南方向の断層群によって, 数ブロックに切断され, 本図幅中で最も複雑な構造の地域を呈している(第 58 図 [ 本項の最後に示した ] および第 72, 73 図 [ 両図とも後述する「III.1.7 新夕張炭砿」の項に示した ] )。 ここでは, 上に乗る幾春別層や若鍋層だけを見ると, やや安定しているかに見るが, その下に横たわる夕張層は意外にも複雑な褶曲構造, 下河原 106) の「被硬殻褶曲」を呈し, 採炭を困難ならしめている。 この区域の南を画する若鍋断層は, 20~30°の角度で南にのし上げた衝上断層で, 南に接する幌内層とは岩質の差もあって, 野外でもその境界がかなり顕著に追跡される。 その境界線は地質図上にも表われているように, かなりの出入のある曲線を呈しているが, これはこの断層が上記のように低角度のためである(第 60, 61 図 [ 両図とも本項の最後に示した ] )。
(ニ) の平和背斜を中心とする区域 は(第 63 図 [ 本項の最後に示した ] および第 66 図 [ 後述する「III.1.2 平和鉱業所」の項に示した ] ), 若鍋断層を北限とし, 西端は鳩の巣ドーム南翼より発し, 南走する平和断層をもってする。 その北半は幌内層で占められ, 断層による繰り返しや, 逆傾した向斜を経たのち, 平和断層に沿い, 顕著な1背斜, 平和背斜を起す。 これを南に辿ると, 志幌加別川に跨がる夕張層を核とする平和背斜が隆起している。 北炭 平和鉱業所の稼行地域で, 夕張層の石炭を採炭し, 西翼でやや急に 30°内外, 東翼はやや緩く 20°内外の翼傾斜をもっている。 この背斜の最大隆起の南翼部に温泉断層があるが, これに伴い炭層ガスがトラップされていて, 古くからボーリングによって開発されている。 この背斜の北東翼には若鍋断層から分岐した病院断層や長尾断層などの衝上断層があり, 前者は石狩層群上部を重複させている。
(ホ) の鳩ノ巣ドーム南半地域 は, 新二岐の東方のアノロ川流域の上流部から志幌加別川添いの若菜~鹿の谷にわたる広い区域で, 西限は新第三紀層との境界をもってする。 大局的には鳩ノ巣ドーム周辺および平和背斜に近づいて下位の地層を表わし, 西縁に上位の地層を露わすと言えるが, その間に, 幾つかの背斜や向斜があり, 断層はこれを切って地層の分布を広くし, かつ複雑にしている。 中でも著しいのは, 北の高台向斜の中央部を北西~南東に走る二岐峠背斜, その西に並走するアノロ背斜, その間のアノロ向斜, 西縁に近づいて大蛇沢向斜および一線沢背斜などである。 これらの背斜の翼傾斜は, おおむね 30°内外のところが多いが, 向斜芯に近づいては緩くなり, また断層に近づいて著しく急立するところも認められる。 区域内でもっとも著しいのは, 鳩ノ巣ドームの南翼の中央部から南西南に走るシルツル断層で, 以北は全体として南に動き, ドーム西縁に近づいては逆転して東に傾く部分もある。 南半で発達していた褶曲構造は, ここでその延長がいくつかの走向断層によって集約され, 判然としない。 ここで特に注目すべきは, これら幌内層を切る断層, 即ちシルツル断層を始めいくつかのものが上位の新第三紀層を切っていないことで, 幌内層生成後, 新第三紀層堆積以前に, 傾動運動のみならず断層運動のあった事を物語って居り, その移動はシルツル断層で最大, 水平移動 600 m に達する。 なお, 本地域には所々に安山岩質玄武岩の小岩体が噴入していることは, 火成岩の少ない本図幅内でのめぼしい事実であるが, その出現の箇所と地質構造の間には特に著しい関連はまだ認めがたい。
本帯は, 南北に走る雄大な茂世丑向斜および これにつづき北西 - 南東に走る築別向斜を形成する地域で, 東限を北東部の夕張断層, さらに南下しては新第三紀層基底部とし, 西限を馬追山地東限の茂世丑断層とする。 本向斜帯は主として新第三紀層で占められるが, 北東の朝日東部地域には一部 古第三紀の幌内層が現われている。 大別して 北東の夕張断層以西から朝日断層に囲まれた (イ) 朝日東部区域 と, (ロ) 茂世丑向斜および築別向斜を形成する区域 とに分けられる。 前者はかなり複雑な構造を形成しているが, 後者の構造は雄大である。
(イ) の朝日東部区域 では, ほぼ南北方向の衝上性の夕張断層の西側に幌内層が拡がり, さらに衝上性の幌内断層を経て, やがて新第三紀の滝の上層に覆われている。 西方に衝上した夕張断層と同性質の幌内断層に挾まれた幌内層は, ほぼ南北に走る急立した下部幌内層からなり, 幌内断層の西側では同断層添いに南北方向の1小背斜を呈しているが, 更に西側では同斜構造を示して, 順次 幌内層上部の地層が続く。 その西側には不整合をもって新第三紀層の滝の上層および川端層がのり, 北北東 - 南南西の方向で西に 60~70°傾いて重なっている。 朝日炭砿付近では多くの断層によって切られ, 複雑な構造を呈し, 朝日炭砿で稼行している石炭層, すなわち朝日層の層位学的位置の決定を困難ならしめている。 しかし, 朝日炭砿坑口附近の朝日断層のすぐ東側に, 東傾斜を示す滝の上層の砂岩層, 泥岩層が露出しており, さらに南東側に南北方向の断層を経て, 同様の滝の上層を伴っていたりするので, 本地域における地質構造は従来考えられていた様な同斜構造ではなく, むしろ断層を伴った褶曲構造と見なされる(第 33, 34 図 [ 両図とも既述の「II.4.1 朝日層」で示した ] )。
これらの構造を大きく支配している朝日断層は, 夕張断層と同様な南北方向から東西方向に転ずる衝上断層で, 屈曲部では多少 舌状を呈し, 東端は夕張断層で消失している。 断層面の確認は困難であるが, 湯の沢の支流において, 炭質物を伴う断層粘土をもって川端層中を切っているのが認められる。 幌向川流域で約 400 m の厚さのある滝の上層が, 二の沢上流の本断層南部で 100 m 余の厚さになっていることから見ると, その移動量はかなりなものと推察できる。 前述の南北方向の断層と直交する, ほぼ東西方向の断層は, 朝日炭砿から北隣の岩見沢図幅にかけて多く発達しているが, これらは南北方向の断層を切っている所が多く, 従ってその形成は南北方向のそれより後と考えられる。
(ロ) の茂世丑向斜および築別向斜を形成する地域 1), 113) は, 主として 古第三系堆積後の傾動~断層運動を蒙った後に生成した 新第三紀の地層によって占められている。 この南北の方向を示す向斜帯は 南隣の追分図幅地域の築別向斜あるいは 北隣の岩見沢図幅地域の志文向斜へと続くもので, この地域でその規模は最大である。
東翼部では一部に幌内層が僅かにのぞいている外, 下位から滝の上層, 川端層, 岩見沢層および追分層などの新第三紀層が順次西に同斜ないし単斜して分布している。 一般に 40~60°西に傾斜しているが, 雨煙別川以南の川端層中~下部では 70°以上に急立するところが多く, 特に阿野呂川以南では急立し, 一の沢流域では 80°東へ逆転している。 ただし, 同川 [ ← 一の沢 ? ] 上流の一走向断層を越えた上流区域では, 本層は下位の滝の上層と同じく 30°内外の緩傾斜となっている(第 21 図 [ これは既述の「II.3.1.3 夕張層」に示した図だが, ここでの川端層の緩傾斜の説明とは無関係 ? ] )。
茂世丑向斜部における追分層は両翼とも 10~20°を呈するが, 更に西に赴くと 40~60°東への傾斜を示している。 このほか, 茂世丑向斜部には, 新第三紀層を覆って第四紀の茂世丑層および冲積層が分布し, また幌向川および阿野呂川流域では段丘堆積層が発達している。
本地帯における断層には, 西限となっている茂世丑断層, 本沢断層および継立断層がある。 茂世丑断層は, 後述の栗山・加茂川両断層形成時の派生的断層で, おおむね岩見沢層と追分層との岩質の差を示す部分に形成されている。 北北東 - 南北方向をとり, 断層面はほぼ垂直から 80°東の正断層である。 本沢断層は川端層中を北北東 - 南南西方向に切るもので, 川端層中の顕著な 4 枚の凝灰岩の移動(南東部が北西へ)によって示されるものである。 継立断層は川端層と岩見沢層および追分層とを切るもので, 雨煙別川では川端層と追分層が, 桜山では川端層中部と岩見沢層が, 継立では川端層中部と上部が接している。 北北西 - 南南東方向を示し, 西方へ衝上しているものと思われる。
本帯は, 馬追山地を形成する (イ) 馬追背斜地域 1), 64), 76) および (ロ) 栗沢背斜を形成する地域 で, いずれも石狩低地帯 76) の第四紀層の迫るところをその西限としている。 馬追背斜と栗沢背斜とは栗山断層および夕張川流域の冲積原によってさえぎられており, 直接の関係は不明であるが, 雁行する一系列中の別の背斜である。
(イ) の馬追背斜 は, 南隣の追分図幅内から西隣の恵庭図幅内にわたって続き, 本図幅地域では, その東翼の一部が分布しているにすぎない。
地表に認められる地層は, 川端層, 岩見沢層および馬追層で, ほぼ南北の方向をとっている。 このうち, 川端層から岩見沢層にかけては 50~70°東へ傾くが, 追分層に入ると上部へ次第にその傾斜を減じ, その中~上部では 20°以下となっている。 追分層の分布する地域, すなわち丘陵の周縁部には, 第四紀の茂世丑層および段丘堆積層が下位の地層を不整合に覆って拡がっている。 このほか, 南西隅の馬追山稜には安山岩岩脈が南から続いて川端層を貫ぬいている(第 3 図)。 また岩見沢層と追分層とを境する北北西 - 南南東方向の走向断層・由仁断層は, あまり大きくはないが, 断層の西側の直立する岩見沢層は峠南部で小褶曲を伴っている。
(ロ)の栗沢背斜地域 では, ほぼ中部の加茂川筋にその核芯として川端層の泥岩層が現われ, 東翼では川端層上部, 岩見沢層および追分層と累重し, 前述の茂世丑断層によって切られている。 西翼部は衝上性の加茂川断層および栗山断層によって切断され, 為に幌向川南部では岩見沢層が欠除して, 追分層から清真布層へと重なっている。
栗沢背斜の軸は, 大局的にはほぼ南北方向をとるが, 幌向川以南では西よりになって いくつかの小彎曲を示す。 本背斜は加茂川流域に最下位層が露われ, それぞれ南北に沈下し, ドーム状を呈しているが, 北方は幌向川以北の岩見沢背斜に及んで再び上っている。 その翼は中央部・加茂川流域で 50~70°東に傾斜するが, 南北の沈下端部では緩化し, とくに北部では緩く 20°内外となる。 西翼の加茂川断層以東では, 30°内外であるが, 加茂川断層と栗山断層に挾まれる地域はとくに 60~80°と急立し, 逆転しているところもある。 栗山断層以西の地域では追分層下部で 50~60°西傾斜し, 上部から清真布層にかけて 30~40°と緩くなる。
加茂川断層は, 前述の褶曲構造と同様の南北方向を示す西への衝上断層で, その落差の最大である鈴木の沢では川端層の泥岩層と上部層とが接している。 断層線は栗沢背斜と同様に軸に添って小彎曲しており, 褶曲に伴って形成されたものと見做される。
栗山断層では, 川端層上部と追分層とが直接し, 岩見沢層を欠除し, その落差が大きい。 加茂川断層と同様に西への衝上断層で, 断層面は栗丘の沢で 60°東傾がみられた。 加茂川断層および栗山断層の北端部は 大沢から北西 - 東南方向にぬける胴切断層によって切断され, その北方延長は明らかでない。 いずれにしても両断層は北部にその落差を減じている。 栗丘から由良にいたる丘陵の周縁部では, 第四紀の茂世丑層によって覆われている。 幌向川流域および夕張川流域の栗山地域には, 冲積層が広く発達して居るが, 後者の一帯には石油資源開発株式会社が地震探査を行なっていて, 南部に, 北に沈む第三紀層の背斜構造を第四紀層下に認めているが, しかし冲積層下に潜む地層の解明は今後に属する。
この地方で最も主要な有用鉱産物は, 言うまでもなく (1) 石炭であり, 他にはまだ特に見るべきものはない。 しかし, (2) 石油や (3) 天然ガスは所々に徴候もあり, 今までもしばしば調査が行なわれて来たが, 将来なお一層 探査・試掘の必要がある。 後者にはいわゆる天然ガスの他に, 炭砿からの (4) 炭田ガスがあり 105) , 近年 積極的にその湧出を誘導し, これを利用しているが, 中でも本地方は石狩炭田での有数な出ガス中心地となりつつある。
外に区域内には, (5) 鉱泉, (6) 石材, (7) 粘土などがあるが, 何れも経済的価値は高くない。 また夾炭層中の泥鉄岩には菱鉄鉱 [ 以下の [注] 参照 ] が含まれている 30), 31), 32) が, まだ資源としての価値は認められていない。
本図幅は石狩炭田 夕張地区の中心部にあり 23), 24), 25), 46), 50), 62), 82), 101) , その主力夾炭層である夕張夾炭層がよく発達しているのを始めとして, その下の登川層や, 上の幾春別層にも稼行炭層が少なくないし, また新第三紀の朝日層中にも数層の石炭があり, これらを採掘する有力な炭砿もまた少なくない。
この中, 夕張夾炭層中の石炭層 23), 24) は厚さも厚く, 連続性に富み, その多くは低硫黄, 低燐, 良質の B2 級原料炭で, 本区域の出炭の大宗をなしている。 すなはち, 既に述べたように(第 20 図), 北は万字附近より稼行炭層を介在し始め, 第1亜層の万字上層, 第1~2亜層の十尺層, 第3亜層の六・八尺層などが,万字, 鳩ノ巣両ドームの東側に沿い連続発達し, 夕張一, 二坑附近では, これら六・八・十尺層が合して, 夕張本層あるいは二十四尺層と呼ばれる厚層となり, 更に, 二砿や三砿(現在の新夕張砿)の深部から平和背斜にかけては, 第2亜層の上位に十尺上層が生まれる外, 第4亜層中にも平安八尺層などの厚層を挾んでくる。 更に上の第6, 7亜層中には上層群がある。 これらはいずれも各亜層上部の泥岩中にあり, 従って上の亜層下の侵蝕面で流去され切られている場合も少なくない。 この中, 上層群は厚さも 1 m 内外及びそれ以下の, C 級の弱粘結炭で, 炭質や厚さの消長も激しく, 万字鉱から夕張鉱北部方面で 1~2 層, 後者の南部から平和鉱にかけて数層に分岐している。
これら本層中の炭層を組織学的に見ると 23), 24), 101) , 万字, 夕張一砿, 新角田, 旧宇治などの諸炭砿のそれは, 植物砕屑物に富むクラライトやドライト, なかんづく暗色ドライトが多く, 特に後者にはエキジナイト, スクレロナイトなどが多く含まれ, 炭層堆積盆の周辺相に近い様相を呈し, 夾炭層の砂岩率も高い為に, 石炭化度も, 東の夕張二砿や平和砿方面のそれに比べてやや低い。 これに対し東部では, レジナイトやスポリナイトが少なくなる一方, ビトライトが増し, 堆積盆中の植積層の様相を呈し, 燃料比や補正純炭カロリーも高く, 石炭化度が進んでいる。 これらのことは, 各亜層の発達から見た本層の堆積相とも一致している。
また, 下位の登川層中の石炭層 23), 24) は, その分布が一部に止まり, 万字附近より(第2亜層中の万字本層), 両ドームの東縁(夕張鉱業所区内での第1亜層中の2番層及び3番層, すなわち夕張下層, 第2亜層中の1番層)にかけて発達するが, これは更に両ドーム間の向斜帯にも入り込み, 新二岐炭砿(角田本層)などを斉している(第 16 図)。 万字から夕張にかけての本層中の石炭は, その一部に手がつけられたのみであるが, 上位の夕張炭の強粘結の原料炭なのに対し, 本層のものは不粘結な C 級の, 一般用炭である。 このことは石炭化が, 変動度や上覆層の厚さに比例するのみでなく, 含炭層自身の砂岩率のような. 地層組成にも関係していることを物語っている。
一方, 上位の幾春別層 24) 中の石炭層は, 区域の北東部, すなわち幌向川流域の中流部, 北の幾春別背斜から南の2つのドームの西半にかけてのみ発達し, 両ドームの東側には発達が悪い。 すなわち本層標式地, 北隣りの幾春別地方に比して, 炭層の発達がはるかに貧しい。 これは幌内層下の不整合によって, 上部が削られ, 亜層の数が少なくなっていることにもよるが, 各亜層中の炭層も, その数, 厚さが劣っている為である。 中で, 最も普遍的なのは本層最下位, 第1亜層中の「虎ノ皮層」で, その厚さは最大 4 m 近くに達することもあるが, 挾みが多い為に稼行に堪えない。 最も見るべき炭層は第5亜層中のもので, 東幌内炭砿での3番層, その直下の4番層及びこれらに続く美流渡炭砿の冠炭や本層などがこれである。 外に後者には第2下層も含まれている。 その外, 下位の第4亜層中には, 東幌内炭砿の5番層があり, 美流渡炭砿の第3下層がこれにつながる。 上位の第6~7亜層中には, 東幌内炭砿で中間層, 3番上層, 前者につづく美流渡炭砿の第1上層などがある。 東幌内では, 更に第8亜層中に2番層, 第9亜層中に1番層があるが, 前者は南の美流渡砿では第2上層がこれに当り, 区域の東半で幌内層によって切られ, 後者も東幌内区域の東半で, 幌内層によって削去されている(第 25 図)。 何れも D 級の非粘結性の一般用炭である。
朝日層中の石炭層は, 幌向川北岸の朝日付近に露われる。 非粘結性の E 級炭が数層があり, 朝日炭砿でこれを稼行している。
本図幅内には, 以上の石炭層を稼行の対照としている炭砿がかなりあるが, その主なものは第 29 表の如くである。 他に極めて小さいものや, あるいは既に廃山となったものがあるが, ここにはその記述を省略した。 例えば, 幌向川筋では, 東幌断層の西側の光真(旧兼松 美流渡), 同断層の東側, 美流渡付近の北海栗沢, 伊藤, 東美流渡, 万字付近の相生などの諸炭砿があり, 志幌加別川筋では, 丁未付近の志幌, 二砿付近の旭, その西側対岸の宇治, 平和鉱北方の蜂ノ巣, 新二股奥の兼松 新角田などの炭砿があったが, 伊藤, 東美流渡, 志幌, 旭などが小規模に残炭などを採掘している外, 他は近年にいたってほとんど廃坑となり, 買上げ炭砿となったりしている。
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炭砿名 →
夾炭層名 ↓ | 朝日 | 東幌内 | 美流渡 | 万字 | 夕張 | 新夕張 | 平和 | 新二岐 | |
| 一鉱 | 二鉱 | ||||||||
| … | |||||||||
本炭砿は北海道炭砿汽船株式会社(東京, 明治 22 年創立)に属し, 九州の三池, 北海道の赤平と並んで本邦有数の大炭砿である。 夕張川の支流の志幌別川渓間にあり, 炭砿を中心として発達した夕張市街には, 国鉄夕張線, 私鉄夕張鉄道が入っている。 鉱業所は夕張市 福住, 夕張駅より北方 400 m にある。 本砿業所は一砿, 二砿の2砿に分かれ, 前者は丁未砿(夕張市 丁末)とも呼ばれ, 国鉄夕張駅より北方 1.4 km, 二砿(夕張市 小松)は同じく北方約 1 km の地点にある。
本炭鉱を含む一帯に良好な炭層が埋蔵されていることは, 早く明治初年に開拓使に招かれて, 本道の地下資源を調査した米人 B. S. ライマンが予言している。 彼は夕張川筋を溯行した折に, 舟行の為, 今日の千鳥の滝で行く手を阻まれたが, 付近の夥しい流炭により, 上流に良質炭層の存在を予想した。 しかし実際の炭層発見は遙かに遅く, 明治 21 年, ライマンに指導されて地質調査を会得した道庁技師の坂市太郎が, 幌向川筋から山越えしてシーホロカベツ川に下りた際に, 今日の丁未付近や選炭場付近に本層炭の連続露出しているのを見出したに始まる。 今日の模擬坑道における大露頭はその一部と言われている(第 21 図)。 本炭砿は幌内炭砿と共に北海道においても古い炭砿の1つで, 明治 23 年の開砿以来, 社名の変更はあったが, 明治 39 年以降は, 北海道炭鉱汽船株式会社の手によって稼行を続け, 爾来 80 年, 年を追って発展し, その良好な炭層状況と共に, 古いに拘わらず, 今日なお本邦第3の炭砿としての盛況を示している。
本炭砿の一帯は低山性山地で, 最高点は東岸の冷水山(714 m), 志幌加別川があたりを南北に切って南流し, その大小の支流と共に, 山地を壮年的に開析している。 岩質による斜面の緩急が顕著で, 若鍋層及び幾春別層は造崖層, 造稜層となり, 一方 幌内層は特に緩い山背を示し, 河川もまた幌内層に入って河段丘の幅を拡げている。
本炭鉱附近は, 白堊紀層を核とする鳩ノ巣ドームの東翼から東北翼にかけて露出する石狩層群の占める所で, 東翼では比較的整然と 10°余の傾斜で各層が東に同斜し, 安定した区域をなしている。 この区域が二坑区域として, 厚い炭層の露出もあり, 早くから開発されたのも当然である。 これに対し北東翼では長良断層以北, 万字ドームとの間, 既述のように丁未向斜を主とする褶曲を示し, 東翼とは別区域をなす。 古くから一坑区域として開坑された地域である(第 57, 59 図)。
一方, 南東翼も, 上記のように北西 - 南東方向に走る多くの断層によって寸断され, 独特の複雑な構造をつくっている。 ここでは主要夾炭層である夕張層が, 上下の地層に比してもめ易い為に, その層間にあって, 或は引き延ばされ, 或は著しく褶曲して, 地表では覗い知り得ないほど複雑な構造を呈している 86), 106), 118) 。 従って, その中の炭層も, 逆転部あり, 堅層あり, 平層ありなど, 激しくもめていて, 採炭を著しく困難にしている。 この区域はかつて三砿区域として本鉱業所に属していたが, 近年, 企業整備に伴って独立し新夕張炭砿となっている(第 58 図)。
本鉱の稼行炭層は, 夕張層と登川層中にあるが, 今日の主力は前者中にあり, 上から上層, 平安八号層, 六尺上層及び六・八尺層, 十尺上層及び十尺層の各炭層があるが, その厚さを示すと次の通りである。
| 炭層名 | 一砿 | 二砿 | |||||||
| 山丈 | 炭丈 | 間隔 | 山丈 | 炭丈 | 間隔 | ||||
| 夕張層 | 上層 | 1.0~2.0 | 0.7~1.0 | 0.5~1.5 | 0.3~1.2 | ||||
| 平安八尺層 | 発達不良 | 1.2~1.9 | 1.0~1.5 × | ||||||
| 六尺上層 | 発達不良 | 1.1~1.3 | 1.1~1.3 | ||||||
| 六・八尺層 | 本層 × | 1.0~3.2 | 0.9~3.5 | 本層 × | 1.0~1.4 | 0.9~1.5 | |||
| 十尺上層 | 1.6~2.6 | 1.0~1.6 ○ | |||||||
| 十尺層 | 2.5~4.0 | 2.4~3.8 | 1.5~3.0 | 1.4~2.9 | |||||
| 登川層 | 下層 | 2.0~2.2 | 2.0~2.2 | 1.2~1.3 | 1.2~1.3 | ||||
上層は上層群中の1層で, 1, 2鉱方面を通じて連なり, 嘗て一部が稼行されたが, なお将来も稼行の余地を残している。 平安八尺層は二砿深部から現れ始め, 南に赴くと共に発達するが, 未稼行であり, 六尺上層もまた二鉱南東方面に現れるが, 既に一部は採掘されている。 六・八尺層及び十尺層, 特に後者は本鉱の主力で, 二鉱の浅部ではその間の夾みが近接して殆ど一層化し, いわゆる二十四尺層となっていること, 模擬坑道の入口の大露頭に見るごとくである(第 21 図)。 これは一砿方面では両者やや離れ, 一方, 二砿深部から南部に赴くと, 両者間は一層はなれ, その間に十尺上層を挾んでくる。
一方, 登川層中の石炭は, 一・二砿両区域に分布するが, 二砿区域の志幌加別川西岸の水準上が採炭されたのみで, 一砿及び二砿の深部のものはまだ開発されていない。
各層はいわゆる夕張炭の名で市場に知られている強粘結性の瀝青炭で, 概ね B2 級, 石狩炭田中で最優良炭の一つと言える。 水分, 灰分及び硫黄ともに甚だ少なく, 為にその用途は極めて広く, いわゆる原料炭, すなわち製鉄, ガス, コークス原料として用いられている。 今 工業分析の一例を示すと下表の通りである(右の 3 欄以外は山元資料による)。
| 炭層名 | 工業分析 % | 全硫黄 % | 発熱量 cal | 灰色 | 粘結性 | 補正純炭発熱量 cal | 燃料比 | 炭質区分 | ||||
| 水分 | 灰分 | 揮発分 | 固定炭素 | |||||||||
| 上層 | 2.56 | 13.82 | 38.83 | 44.79 | 0.25 | 7009 | 灰褐 | 粘結 | 8349 | 1.15 | C | |
| 平安八尺層 | 0.96 | 2.70 | 42.69 | 53.65 | 0.28 | 8247 | 〃 | 粘結膨張 | 8586 | 1.25 | B2 | |
| 六尺層 | 1.00 | 4.60 | 43.00 | 51.40 | 0.20 | 8170 | 〃 | 〃 | 8686 | 1.19 | B2 | |
| 八尺層 | 一砿 | 1.10 | 3.80 | 40.80 | 54.30 | 0.28 | 8130 | 〃 | 〃 | 8613 | 1.33 | B2 |
| 二砿 | 1.11 | 4.90 | 44.09 | 49.90 | 0.23 | 8427 | 〃 | 〃 | 8794 | 1.13 | B2 | |
| 十尺層 | 一砿 | 1.35 | 9.83 | 43.62 | 45.20 | 0.25 | 7590 | 〃 | 〃 | 8652 | 1.03 | B2 |
| 二砿 | 1.80 | 4.41 | 42.96 | 50.83 | 0.27 | 8173 | 〃 | 〃 | 8755 | 1.18 | B2 | |
| 下層 | 0.95 | 7.18 | 40.81 | 51.06 | 0.39 | 7780 | 〃 | 粘結 | 8513 | 1.24 | B2 | |
本鉱業所内の理論可採埋蔵炭量は全鉱区で約 15,150 万トンと称され, うち実収炭量は 10,610 万トンあると言う。
現在, 稼行は一,二砿において行なわれ, 第一鉱区域には北上, 最上, 千歳, 長良などの坑口があったが, 今は丁未鉱の1坑口に集約され, 千歳区, 最上区, 北上区として採掘されている。 第二砿は東部の緩傾斜部に斜坑を下し, 1~4区に分って採炭しているが, 目下 何れも深部に移行して居る。 通気, 資材搬入および入員昇降のために奥部排気立坑があるが, 更に深部方面の採炭のための中央立坑が完成に近い。 開坑の骨格は斜坑方式を採っている。 現在 稼行中の主要炭層は本層(二十四尺層)で, ガス・炭じんが多く, かつ自然発火し易い特性をもっているので, その採掘について従来 種々研究され, 今日に至っている。 すなわち運搬, 通気の主要坑道はすべて下盤岩石中にとり, これより小立坑, 小斜坑及び立入で炭層に連結し, 片盤向き長壁式総払法を行ない, 各採炭切羽内は炭壁によって隔絶する区画採炭法をとっている。 採炭は十尺層を先ず掘り, 六・八尺の順で採掘し, 拡跡は肩及び深け側に 3~4 m の帯状充填を施し, 中間は総ばらしとしている。 切羽延長は地質条件で多少の差はあるが, 約 150 m を普通とする。 近年は坑内機械化の進展に伴い, 全面的に鉄柱カッペによる切羽鉄化が進み, コールカッター, バウムカッター, ローダー, チェーンコンベーヤー等の組合わせによる連続機械採炭を行っている。
また, 坑内の保安を確保し, 同時に坑内ガスを利用する為に, ガス抜を実施して居り, 一鉱からは 14.4 m3 , 二砿からは 62.3 m3 , 計 76.7 m3(何れも毎分)を出しているが, これは払跡天盤から約 48 %, 坑内地山から 26 %, 密閉跡から 26 % となって, 前2者の比率が次第にふえつつある。 坑内ガスは清水沢発電所に送り, 火力発電の助燃用および山元での燃料に利用され, その利用率は 99.7 % と高い。 夕張二坑ブロワー室から清水沢発電所までは 15 吋径パイプが 9 km 布設してある。
本鉱は開坑以来 昭和 38 年末まで約 7,100 万トンの出炭を見ているが, その中, 昭和 38 年には 1,134,070 トンの出炭があり, 坑内外人員約 3,200 人, 能率 29.6 トンで, 目下の月間生産目標は 99,000 万トンとなっている。
本炭鉱は北海道炭砿汽船株式会社に属し, 石狩国 夕張郡 夕張市 若菜, 志幌加別川の中流, 夕張鉄道若菜駅より南東へ約 1.5 km にある。 鉱区は, 大正 9 年に入手, 昭和 5 年まで若鍋砿の名で浅部を稼行し, 昭和 12 年に一区(旧平和坑)を, 昭和 29 年には二区(旧平和第二砿)を開坑, 現在の主力は後者にある。
一帯はほぼ南北方向に走る平和背斜の膨起部を中心とし, 地表には夕張層を核とし, 若鍋及び幾春別の各層が現われ, 幌内層がそのまわりをとりまいている。 背斜の西翼は 30°以上傾斜し, 直ちに平和断層で切られ, 以西には幌内層が広く現れる。 東翼は 20°内外傾き, 比較的安定して同斜し, 本鉱の主要稼行区域となっている。 しかしほぼ東西方向の断層が所々で斜断し, 南の温泉断層附近では, 断層封鎖でガス田を形成している。 また, 北東部では長屋断層や病院断層が南に衝上して, 地層を重複させている。
稼行的な炭層には, 夕張層中の上層群中の三尺層, 五尺層, 平安八尺層, 六尺上層, 六・八尺層, 十尺上層および十尺層などがあるが, 現在はその中, 平安八尺層と十尺層とを稼行している。
| 炭層名 | 山丈 | 炭丈 | 間隔 |
| 三尺層 | 0.9 | 0.9 | |
| 五尺層 | 1.0 | 1.4 | |
| 平安八尺層 * | 2.7~5.6 | 2.3~4.6 | |
| 六・八尺層 | 1.0~1.4 | 0.5~1.2 | |
| 十尺上層 | 0.5~0.6 | 0.6~0.7 | |
| 十尺層(本層)* | 3.4~5.7 | 2.8~4.4 |
炭質は [ 以下の ] 表示の如く, 四近の石炭層中, 最も粘結度強く, 水分, 灰分ともに少い優良炭で, 原料炭として名がある。
| 炭層名 | 工業分析 % | 全硫黄 % | 発熱量 cal | 灰色 | 粘結性 | 補正純炭発熱量 cal | 燃料比 | 炭質区分 | |||
| 水分 | 灰分 | 揮発分 | 固定炭素 | ||||||||
| 平安八尺層 | 1.03 | 3.26 | 47.68 | 53.03 | 0.17 | 8153 | 灰褐 | 粘結膨張 | 8548 | 1.11 | B2 |
| 十尺層 | 1.05 | 4.89 | 42.88 | 51.18 | 0.21 | 8216 | 〃 | 〃 | 8781 | 1.19 | B2 |
炭量は理論埋蔵量 5,490 万トン, 可採炭量 3,840 トンと計上されている。
区域内の南半の採掘を目的とした一区は終掘に近づき, 東部及び北部の開発を目ざす二区が目下主力となっている。 これは北東に向けた延長 1,140 m の斜坑を主とし, 更に一段 坑内斜坑を下し, 奥部には2本の堅坑が上げられている。 この区域はドーム構造をしている為に, 特にガスが多いので 21), 106) , 先進ボーリング及び払跡ガス抜きにより約 60 m3 / 分を誘導し, 大半は清水沢発電所に, 他は自家用熱源として利用している。
本鉱は昭和 11 年の開鉱から昭和 38 年までの 25 年間に総出炭 588 万トンに達し, うち昭和 38 年の出炭は 94 万トン, 在籍者約 1,600 名, 能率 49.2 トン, 現下の月間目標は 89,000 トンとなっている。
本鉱は万字炭砿株式会社(札幌市, 創立昭和 35 年)に属し, 空知郡 栗沢町 万字, 幌向川上流, 国鉄万字線万字炭山駅より南に 600 m の地点にある。
もともとは個人が所有していたが, 明治 36 年 1 月北海道炭砿汽船株式会社が入手, 同 38 年開坑し, 爾来 採炭を続行, 昭和 35 年の企業整備に伴い, 北炭の直轄を離れ, 現会社を創立し, 本炭砿を経営している。
本砿では嘗て, 葵坑, 牡丹坑, 五月坑, 桜坑, 橘坑, 紅葉坑, 福寿坑などが開坑されたが, 何れも廃坑, 集約されて現在は大坑道とその奥部の南部斜坑が骨格坑道となっている。 本鉱は万字ドームの東翼を占め, 白亜紀層を土台として, 石狩層群の各層が 20°内外の東傾斜で同斜的に横たわり, 最北部の旧橘坑方面では北東北方へ, 以南は東へ傾いている。
域内は大きな構造上の擾乱が少なく, 地層は石狩炭田としてはかなり安定しているが, 東西ないし北西 - 東南方向, 即ち万字ドームの長軸方向に沿い斜走ないし胴切断層が少なくない。 これらの中で, 正断層は北落ち, 逆断層は南落ちの傾向が強い。 ほぼ南北方向の深け上り, 西にのし上がった小落差の衝上断層も坑内にくり返し現れているが, 地表ではこれらは判定し難い。 恐らく層内断層に止まるものであろう。
このドーム縁を南に辿り, 葵断層を越えると, 三角山下の旧葵坑区内に入るが, ここで地層は三角山をとりまいて東に沈む舟底形を呈し, 周辺では傾斜が強く, 30°を越える。 いわゆる葵向斜がこれであるが, 既に述べたように, その間に葵背斜, 千歳向斜, 千歳背斜などを収め, 断層がこれらを切り, 炭層は或は立𨫤, 或は平層となり, 意外に複雑な構造を呈している。
炭層は登川層中に万字本層, 夕張層中に万字上層などがあるほか, 六・八尺層系統の三番層もある。 前2者は本鉱の主力層であるが, 後者は厚さもメートル以下でまだ稼行の対象となっていない。 全体として各層とも北方に貧化している。
| 炭層名 | 山丈 m | 炭丈 m | 層間隔 m | 工業分析 % | 全硫黄 % | 発熱量 cal | 灰色 | 粘結性 | 補正純炭発熱量 cal | 燃料比 | 炭質区分 | |||
| 水分 | 灰分 | 揮発分 | 固定炭素 | |||||||||||
| 万字上層 | 1.5~2.9 | 1.4~2.8 | 120~140 | 1.6 | 5.7 | 42.7 | 50.0 | 0.3 | 7930 | 灰褐 | 強粘結 | 8607 | 1.17 | B2 |
| 万字本層 | 1.2~2.1 | 1.1~2.0 | 1.1 | 4.2 | 46.0 | 48.7 | 0.1 | 8110 | 〃 | 〃 | 8602 | 1.05 | B2 | |
炭質は B2 級の粘結性瀝青炭で, 主として原料炭として用いられ, また灰の耐火度が高いので汽罐用にも適する。 その工業分析結果は上表の如くある(右 3 欄以外は山元資料による)。 炭量は理論埋蔵炭量として 2,490 万 トン, その中 1,770 万トンが可採炭量となっている。
現在, 区域内の浅部は殆ど採掘済みで, 概ね水没して居り, 目下 南部斜坑により南方深部の上方が採炭の主力となっている。
坑内はガスが特に多いわけではないが, 払跡及び坑内地山ボーリングにより, ガス抜を実施し, 14 m3 / 分を誘導して, 自家用に利用している。
本鉱は明治 42 年の開砿以来, 昭和 38 年度末までに約 1,005 万トンの出炭を見ているが, 昭和 38 年に 143,300 トン, 人員は約 340 人, 能率 35.4 トン, 月間目標は 15,000 トンとなっている。
本鉱は美流渡炭砿株式会社(札幌市, 昭和 35 年創立)に属し, 空知郡 栗沢町 美流渡, 幌向川支流のシコロの沢中流, 万字線美流渡駅より専用鉄道により南に約 2.5 km の地点にある。 鉱区はもと三菱合資会社の所有であったが, 大正 7 年に鉱区の交換によって, 北海道炭砿汽船株式会社が入手, 開砿し, 爾来 40 年稼行して来た。 昭和 35 年の企業整備に伴い, 万字炭鉱株式会社とし独立し, 本鉱を引継ぎ, 今日に到る。
この地域は万字ドーム北西隅の白堊紀層が鼻状構造をなす部分の東翼区域に当り, 北に尖減する夕張層を最下位とし, 若鍋, 幾春別両層が, 走向が北北西, 東に 15~20°傾いてほぼ同斜し, 幌内層に不整合に蔽われている。 鉱内の含炭層は図幅内で最も安定していると言えるが, 坑内では, 北西 - 南東方向の深け上りの小断層が所々にある。
稼行的炭層は夕張層中には認められず, 採炭の対照となるのは, 幾春別層上半の 以下の表に示した諸炭層である。 何れも, 厚さは比較的安定しているが, 北に富化, 東に薄化の傾向がある。 目下の採炭は第1上層, 冠炭と本層, 第1下層などであるが, 下の第3, 第4下層も北方に向い発達しているので, 将来は採炭の対象になろう。
| 炭層名 | 山丈 m | 炭丈 m | 層間隔 m | 工業分析 % | 全硫黄 % | 発熱量 cal | 灰色 | 粘結性 | 補正発熱量 cal | 燃料比 | 炭質区分 | |||
| 水分 | 灰分 | 揮発分 | 固定炭素 | |||||||||||
| 第2上層 | 0.5~0.7 | 0.5~0.6 | 5.08 | 4.12 | 43.59 | 47.21 | 7175 | 灰褐 | 弱粘結 | 7931 | 1.08 | D | ||
| 第1上層 * | 0.7~1.1 | 0.6~0.7 | 6.41 | 8.10 | 38.57 | 46.92 | 0.59 | 6790 | 〃 | 〃 | 8003 | 1.21 | D | |
| 冠炭 * | 0.6~0.7 | 0.6~0.7 | 4.91 | 8.76 | 39.63 | 46.76 | 6953 | 〃 | 〃 | 8119 | 1.18 | D | ||
| 本層 * | 1.7~2.0 | 1.2~1.5 | 7.00 | 12.54 | 33.86 | 47.05 | 0.41 | 6100 | 〃 | 〃 | 7676 | 1.40 | D | |
| 第1下層 * | 0.6~0.8 | 0.6~0.7 | 6.50 | 12.45 | 33.41 | 47.18 | 6100 | 〃 | 〃 | 7538 | 1.36 | D | ||
| 第3下層 | 0.6~0.8 | 0.6~0.8 | 5.57 | 15.15 | 36.91 | 42.37 | 6150 | 〃 | 〃 | 7878 | 1.14 | D | ||
| 第4下層 | 1.2~1.4 | 1.6~2.8 | 4.32 | 16.40 | 34.18 | 45.10 | 6615 | 〃 | 〃 | 8496 | 1.31 | D | ||
炭質は上の表の如くで, D 級の不粘結性の一般用炭であるが, 火付よく, 特に暖房炭として好評を得ている。
本鉱は, 往時は初音坑を主坑口とし, 斜坑を東に向け下し, 南北に片盤を入れた型通りの坑内構造をもっていたが, 下部浸水後廃坑とし, 今は新坑, 則ち第2斜坑の深部に移行し, その南北に片盤を展開して採炭している。
坑内ガスは少なく, 総排気中の 0.7 %, 総ガス量は 10 m3 / 分で, 積極的にガスを抜いたり, 特に利用の道を講じていない。
炭量は理論量 3,390 万トン, 実収量 1,700 万トンとされている。
大正 10 年の出炭開始以来 総出炭は約 500 万トンに達し, 昭和 38 年の出炭量は 138,500 万トン, 人員坑内外 300 人余, 能率 35.5 トン, 目下 月産目標を 1.3 万トンとしている。
本鉱は角田炭鉱株式会社(札幌市, 昭和 29 年創立)に属し, 夕張市 日ノ出 307 番地, アノロ川支流のエキモアンル川中流, 私鉄夕張鉄道 新二岐駅から専用線で北東へ約 4.0 km の地点にある。 明治 38 年 8 月, 北海道炭砿汽船株式会社が鉱区を入手, 昭和 2 年に開坑し, 爾来 同社の経営下にあったが, 同 29 年 3 月に企業整備のため一たん廃山した。 しかし, その炭層状況から閉鎖を忍び得ず, 同年 7 月, 角田炭砿株式会社を設立, 同社 新二岐炭砿とし再発足し, 深部の開発を行なうと共に合理化を図り, 今日に至っている。
本鉱は鳩ノ巣ドーム北翼部の登川層中の炭層を採掘する為に開坑したもので, 同ドームの核心をなす白堊紀層を土台とし, この上に石狩層群の各層がほぼ東西の走向で北向きにのっている。 傾斜は肩部で 20°を越すが, 一般に 10°余の緩傾斜で, かなり安定していて, 深部に赴くと共により緩くなり, 万字ドーム南縁の夕張断層にまくられて, その間に南に倒れた角田向斜をつくる。 断層は比較的少ないが, 所々斜走ないし横切断層がある。 これらの地層は西に赴くと共に走向を南北に変え, かつ急傾斜となり, ドームの西翼では南北走向となり, 80°内外に急立してくる。 この地域の夕張断層の北側, 万字ドーム地内にも白堊紀層を土台として登川層がのり, 褶曲や断層によって捲きこまれている。 その一部は嘗て稼行されたが, 炭層は粉化し, かつ膨縮激しく, 炭量としても少ない。
本鉱では登川層中の角田本層, 山丈 2.3~2.7 m, 炭丈 1.2~1.7 m の1層を稼行している。 炭状はかなり安定しているが, 西方~西南方に薄化し, 現稼行区域にも一部に, ある幅の貧化帯がある。 これは上盤上の砂岩の削剥, いわゆる流去(Washout)によるものである。 本層の上下盤には "Milky shale" 耐火粘土層がある。 夕張層中の炭層はこの付近では貧化しているが, 東部に移るに従い発達し, 夕張本層の十尺層に当るものは, 区域の東縁で山丈 2.3 m, 炭丈 1.0 m の縞炭で, 六・八尺層に当るものは山丈 1.4 m, 炭丈 1.0 m となっている。 幾春別層中にも西南に 1 m 前後のものが2, 3層あり, 北西隅で, 兼松 新角田炭砿が稼行(上層は山丈 0.6~0.7 m, 炭丈 0.5~0.6 m, 10 m 下の本層は山丈 1.2~1.4 m, 炭丈 1.0~1.2 m, 直下の下層は山丈 1.1~1.2 m, 炭丈 0.6~0.7 m, この中, 本層を稼行)していたが, 本炭砿ではまだ手をつけていない。
角田本層の炭質はその一例を工業分析結果などで示すと, 次表(主として山元資料による)のような D2 級のさえ物で, 火持ちよく, ボイラー用, 一般用炭として広く用いられる。
| 工業分析 % | 全硫黄 % | 発熱量 cal | 灰色 | 粘結性 | 補正発熱量 cal | 燃料比 | 炭質区分 | |||
| 水分 | 灰分 | 揮発分 | 固定炭素 | |||||||
| 3.41 | 9.37 | 40.38 | 46.39 | 0.45 | 6737 | 淡褐 | 弱粘結 | 7808 | 1.14 | D2 |
炭量は理論総埋蔵量 1,680 万トンあり, 可採炭量はその中 890 万トンと見込んでいる。
主要坑道はエキモアンル川に沿い北約 1.6 km の新二岐坑口から, ほぼ東方に向け延長 2,400 m, 西半の肩部は既に払い済みであり, 深部もあまり稼行的でない。 現在は 奥部の上部斜坑の肩部と 東部及び深部に下した第二斜坑の深部と東奥部を稼行区域としている。 開鉱以来 36 年間に約 175 万トンの石炭を採掘し, 昭和 38 年には年間出炭 86,420 トン, 在籍者約 230 人, 能率約 30.9 トン, 目下の月産目標を 8,000 トンとしている。
本炭砿は東幌内炭砿株式会社(東京, 昭和 9 年創立)に属し, 空知郡 栗沢町 美流渡, 幌向川流域の北岸, 国鉄万字線美流渡駅の北方約 300 m にある。
本鉱の石炭発見の由来は詳らかでないが, 明治中葉に坂市太郎が北の幌内沢より山越えし来り, 幌向河畔で露頭を発見したのが端緒と言われる。 大正 3 年に三菱合資会社が鉱業権を設定し, 同 6 年に奈良義路が奈良炭鉱として請負掘を始め, 爾来 数次 経営者の変遷を経て, 昭和 9 年に東幌内炭鉱株式会社を設立, その手の下に今日に至る。 本坑卸は昭和 13 年, 東斜坑は同 18 年に開坑され, 更に昭和 29 年に東坑があけられ, 現在は後者が主要坑口となっている。
鉱区の主部は, 白堊紀層を核心とする幾春別背斜の南端の沈下先に当り, 同層上に直接のる薄い若鍋層及び幾春別層が, これをとりまいている。 鉱区内の地表の大部はこれを不整合に蔽う幌内層によって占められていて, 幌向川北岸に沿い東西に走る幌向向斜内の同層の下の幾春別層中の炭層が, 現在の採掘の対象となっている。 同層 [ ← 幌内層 ? ] は白堊紀層に近い露頭部では 60~70°とかなりの傾斜を示すが, 向斜心に近づいて次第に緩下し 20°内外となる。 向斜底はゆるい波状を呈し, 本坑卸を中心に鞍状をなし東西に下って居り, 向斜の南翼は 15~20°と緩いが, 全域の所々に北西 - 南東系統の正逆の小断層が発達している。 ここに注意すべきは, この区域での幾春別層が, 東南方に赴くと共に幌内層によってその上部が削除されていることで, 炭層も西から東へ1番層, 2番層と消去されている。
一方, 区域の西にはほぼ南北の東幌断層が走り, その西側に幾春別層を露出している。 ここでは同層は斜断層で多少走向を変えているが, ほぼ南北に走り, 傾斜は地表で西に 70~80°, 時に逆転し, 深部で 50~60°の傾斜で急立している。 ここには現在 第4斜坑を下し, 稼行区域になっている。
炭層は幾春別層の上半部にあり, 上から1, 2, 3, 4及び5番層の稼行的炭層がある。 外に, 1番下層, 3番上層などがあるが, いずれも薄層に過ぎない。 また基底近くには虎ノ皮層があり, 山丈は甚だ厚いが, 挾みが多くて稼行的でない。
この中, 1番層は北に厚くなるが, 東部に赴くと幌内層によって切られており, 2, 3番層は南に厚くなると共に挾みを増す。 4番層は変化が少ないが, 5番層も東方に挾みが多くなる。
炭質は, 1番層が最も良くて, 2, 4番層がこれに次ぎ, 5番層が最も劣る。 全体として東方に貧化, 北西方により良化している傾向がある。 今これらの炭層の厚さと炭質を見ると次の表の如くである (表上の右 3 欄以外は山元資料による ; 灰分補正率は 1.08)。 すなわち D2 級の亜瀝青炭であるが, 一般用炭, 特に暖房用炭として好評がある。
| 炭層名 | 山丈 m | 炭丈 m | 層間隔(東西) m | 工業分析 % | 全硫黄 % | 発熱量 cal | 灰色 | 粘結性 | 補正純炭発熱量 cal | 燃料比 | 炭質区分 | |||
| 水分 | 灰分 | 揮発分 | 固定炭素 | |||||||||||
| 1番層 | 1.0~1.3 | 0.8~1.3 | 3.82 | 9.75 | 40.58 | 45.85 | 0.41 | 6631 | 淡赤褐 | 弱粘結 | 7740 | 1.13 | D | |
| 2番層 | 1.1~1.5 | 0.9~1.0 | 4.05 | 8.23 | 40.23 | 47.49 | 0.42 | 6560 | 赤褐 | 〃 | 7449 | 1.18 | D | |
| 3番層 | 0.7~1.7 | 0.6~1.2 | 3.97 | 8.21 | 40.64 | 47.18 | 0.52 | 6875 | 淡赤褐 | 〃 | 7796 | 1.16 | D | |
| 4番層 | 0.7~0.9 | 0.7~0.8 | 4.34 | 9.29 | 37.53 | 48.84 | 0.50 | 6661 | 〃 | 〃 | 7779 | 1.31 | D | |
| 5番層 | 1.1~1.3 | 0.6~0.8 | 4.31 | 11.60 | 36.50 | 47.59 | 1.36 | 6500 | 灰赤褐 | 〃 | 7816 | 1.30 | D | |
鉱区内の理論埋蔵炭量は約 2,980 万トン, うち可採炭量は 1,710 万トンとされている。
本鉱には従来 本坑及び東斜坑があったが, 現在は, 東坑を主要坑口としている。 これは, 昭和 29 年に東斜坑の坑内斜坑と連結した若返りの為の坑道で, 傾斜 18°, 延長 1,450 m で, 最深部は -255 m(6片)に達する。 目下 その東部の深部が採炭の主力で, 各片盤は斜距離 150 m, 垂直 40 m 毎に捲立を設けているが, ほぼ向斜軸に近くこれに平行に掘っているので, 坑道は斜坑を中心に両翼に展開している。 斜坑の左片盤は炭層傾斜 35~40°, 右片盤は 20°内外ある。 また東坑の途中から北に長い連絡坑道を入れ, 東幌断層の西に第4斜坑を下し, 同断層以西の急傾斜部の採炭を行なっている。
本鉱は大正 6 年の開砿以来, 昭和 38 年まで 38 年間に総出炭 454 万トン, うち, 昭和 38 年には 210,500 トン, 人員約 5,300 人, 能率 33.1 トン, 目下の月間目標を 19,000 トンとしている。
本鉱は新夕張炭砿株式会社(札幌市, 昭和 38 年創立)に所属し, 夕張市 新夕張, 則ち志幌加別川の中流東岸, 私鉄夕張鉄道新夕張駅の南方 400 m の地点にある。
本砿は明治 21 年に坂市太郎の調査に始まり, 同 30 年に新夕張炭山として発足, 以来, 幾多の変遷を経て, 大正 9 年に北海道炭砿汽船株式会社の有に帰した。 昭和 7 年に夕張砿に併合され, 同 13 年に夕張第三砿と改め, 引つづき採炭を行なって来たが, 同 38 年 6 月に企業整備によって同社から分離し, 上記の会社が事業を継承した。
本鉱の地質状況については夕張鉱業所の項に記載したので省略するが, 主要炭層名及びその厚さ, 炭質などは次の表の通りである(表の右 3 欄以外は山元資料による)。 この中, 現在は十尺層を専ら採炭しているが, 夕張炭と同じく良質の原料炭である。
| 層名 | 山丈 m | 炭丈 m | 層間隔 m | 工業分析 % | 全硫黄 % | 発熱量 cal | 灰色 | 粘結性 | 補正純炭発熱量 cal | 燃料比 | 炭質区分 | |||
| 水分 | 灰分 | 揮発分 | 固定炭素 | |||||||||||
| 六尺層 | 2.0 | 1.8 | 1.40 | 10.00 | 42.64 | 45.76 | 0.32 | 7632 | 灰褐 | 膨張粘結 | 8712 | 1.08 | B2 | |
| 八尺層 | 2.5~ | 2.4 | 1.87 | 10.47 | 38.93 | 48.73 | 0.31 | 7587 | 〃 | 〃 | 8544 | 1.22 | B2 | |
| 十尺層 | 3.1~ | 3.0 | 1.22 | 10.42 | 42.33 | 46.03 | 0.25 | 7414 | 〃 | 〃 | 8490 | 1.08 | B2 | |
本鉱内の炭量は理論埋蔵炭量で 380 万トン, 実収炭量で 160 万トンあり, 夕張鉱業所より分離し, 独立しても操業如何で経済的稼行の出来る見込みがある。 断層によって隔てられて, 橋立坑と松島坑の両坑口があり, これを根幹にして立入, 昇り, 斜坑などを入れて, 諸断層間の, 竪層, 平層と緩急極りない炭層を採掘して来ており, 目下は図幅外の東の深部を採炭している。 分離以来 昭和 38 年度末までに約 3,000 トンを出し, 人員は約 130 人で, 月産 7,200 トンを目標としており, 能率は同 38 年度末で 44.3 トンとなっている。
本炭砿は朝日炭砿株式会社(東京, 昭和 24 年創立)に属し, 岩見沢市 朝日町, 幌向川の中流北岸, 万字線朝日駅より西方 0.5 km に鉱業所がある。 鉱区の設定はかなり古く, 明治 42 年に溯るが, 開砿は昭和 8 年, 爾来2, 3の経営者を経て, 昭和 24 年以来 現会社が事業を継続している。
本鉱の四近 41) は, 東に古第三紀 幌内層, 西に新第三紀 中新世の川端層があり, その間に本炭砿の主要夾炭層である朝日層及び滝の上層がある。 これら地層関係は上述したように, 断層で接しているため, その層位的位置に問題がある。 走向ほぼ南北, 夾炭層部分は地表部で逆転して 70°東に傾き, 深部に移ると直立に近づく。 地表部における夾炭層の分布は断層により二区に分かれ, その中に川端層が落ちこんで来ており, 南部では桂ノ沢断層により僅か 300 m 内外の延びを示すにすぎないが, 同断層は低角度断層のために, 地下では炭層が続いていて, 深度を増すにつれ南北にのび, 現在の確認走向距離は約 2.5 km に及ぶ。 深部では坑口水準下 450 m までが確かめられている(第 33, 34 図)。
朝日層中には大小合せて 10 枚近くの炭層があるが, 稼行に堪えるのは1, 2, 3, 4番層の 4 層で, この中の1番層は山丈 1.2~1.4 m, 炭丈 1.0~1.3 m, 2番層は山丈 2.2~2.3 m, 炭丈 1.4~1.9 m, 3番層は山丈 0.8~1.7 m, 炭丈 0.7~1.6 m, 4番層は山丈 0.7~0.8 m, 炭丈 0.6~0.7 m である。 これらの炭層は北に赴くに従い分裂薄化する傾向があるが, 深部での貧化の徴候は今のところない。 炭層は桂ノ沢断層より以北, 150~200 m 位の間隔で斜断する断層で切られ, ために採堀区域が分れている。
炭層の上下盤は主として泥岩で, 上盤は比較的よいが, 下盤は時にいわゆる 含煤 となり, 鱗片状に剥れ易く, 切羽の管理上 支障をきたしている。 しかし薄層化するにつれ上下盤は比較的良化する傾向がある。
炭質は E 級の平均 6,000 cal 程度の冴え物炭で, 非常に硬く, 風化にも強い。 塊炭率 60 % と高く, 暖房炭として好評がある。
| 資料採取箇所 | 炭層名 | 湿分 % | 工業分析 % | 全硫黄 % | 発熱量 cal | 粘結性 | 灰の色調 | 補正純炭発熱量 cal | 燃料比 | 炭質区分 | |||
| 水分 | 灰分 | 揮発分 | 固定炭素 | ||||||||||
| 朝日炭砿内 C 区6片 | 5番層 | 3.30 | 6.82 | 10.67 | 36.54 | 45.97 | 0.333 | 6,047 | 弱 | 赤褐 | 7,410 | 1.26 | E |
| 〃 C 区6片 | 4番層 | 3.29 | 5.07 | 14.80 | 42.25 | 37.88 | 0.543 | 6,134 | 〃 | 灰 | 7,769 | 0.90 | E |
| 〃 B 区6片 | 3番層 | 3.37 | 3.60 | 13.50 | 41.77 | 41.13 | 0.236 | 5,975 | 非 | 茶褐 | 7,303 | 0.98 | E |
| 〃 C 区7片 | 3番層 | 3.69 | 3.50 | 16.63 | 41.70 | 38.17 | 0.205 | 5,594 | 〃 | 灰 | 7,112 | 0.92 | F1 |
| 〃 B 区6片 | 2番層 | 2.33 | 3.94 | 23.51 | 41.32 | 31.25 | 0.374 | 5,578 | 〃 | 〃 | 7,893 | 0.76 | D2 |
| 〃 C 区7片 | 2番層 | 1.79 | 3.23 | 12.65 | 43.94 | 40.18 | 0.202 | 6,298 | 弱 | 淡灰 | 7,578 | 0.91 | E |
| 〃 B 区6片 | 1番層 | 5.35 | 4.18 | 21.42 | 40.96 | 33.44 | 0.216 | 5,537 | 非 | 淡白 | 7,669 | 0.82 | E |
炭量は, 理論理蔵炭量約 822 万トン, うち確定炭量は 523 万トン, 可採炭量は 298 万トンとされている。
従来, 本坑は小滝ノ沢中流の地点から通洞を入れ, 延長 330 m の地点から北西北に傾斜 18°の坑内斜坑延長 1,800 m を卸し, 20~30 m 毎に片盤をとり, 採炭していたが(現在9片, 水準下 -185 m), 昭和 37 年に選炭場横から4片南大坑道に通ずる南部斜坑を開坑し, 運搬の集約と合理化を図った。 北部斜坑(海抜 188 m)は北の二の沢上流にあり, 北東に向け下り, 傾斜 22°, 60 m 毎に捲立を設け, 片盤に達している。 両区域とも, 主として3~4番層間の砂岩層中に岩盤大坑道をとり, 150~200 m 毎に立入坑道を入れ, 沿層坑道を展開している。
切羽は急立炭層なので, 偽傾斜長壁式採炭法を採用し, 切羽は偽傾斜にとり, 面長 50 m を一般としている。
本砿は開砿以来 38 年度までに 152.7 万トンの出炭があり, 38 年度には 84,500 トン, 能率 29.3 トン, 人員約 240 名, 目下の目標は月産 8,300 トン内外である。
本図幅内には産油地はまだないが, 石油徴候は少なくなく (1) 新第三紀層及び (2) 古第三紀層中のものがあり, 天然ガスにも同じく (3) 新第三紀層に伴うものと, (4) 古第三紀層の夾炭層からの炭田ガスがある。 石油に対する探査, 即ち地表調査, 重力探査や弾性波探査などの物理探査も, 一部に, 主として石油資源開発株式会社によって行なわれ, 試堀も従来 幾度か試みられたが, まだ成功したものはない。 一方, 炭田ガスはその採取も古くから試みられ, 現在はガス抜量も莫大で, 本邦での最も大規模な炭田ガス地域に属する。
本図幅の西半部には, 北海道における主含油層である新第三系中新統中~下部の地層が厚く発達しており, 地質構造も, 北部の岩見沢背斜に続く栗沢背斜, さらに西南に馬追背斜などがあり, 空知油田 29) として従来多くの調査及び試掘が行われた地域である。
油徴は (イ) 栗沢背斜部の加茂川流域で最も顕著で, 核部をなす川端層泥岩層の 黒色泥岩中あるいは泥岩中に挾在する砂岩の所々に原油の滲出が見られ, (ロ) 同背斜北部の大沢流域, 幌向川本流の川端層上部中の砂質泥岩にも少量の滲出油があり, (ハ) 栗丘の沢においても同層準の泥岩中に原油の滲出がある。 1ヵ所から滲出している量はわずかであるが, 油徴個所は非常に多く, しばしば川面に油膜の流れを見出す程である。 背斜部以外の地域では, (ニ) ポンアノロ川中流の川端層主部の砂岩中に, ごく少量の原油の滲出が見出されている。
可燃性ガスの噴出が認められるのは, 前述の (ホ) 栗沢背斜東翼の加茂川流域の油徴のある地点で, 黒色泥岩の割れ目から少量の原油とともに湧出している。
過去の試掘の記録 149) によると, (イ) 栗沢背斜部では, 札幌市の佐藤倉吉が明治 23 年に栗沢村 久樽(現 栗沢町)に3坑, (ロ) インターナショナル石油会社が明治 34 年に栗沢村に2坑 (加茂川および現 栗沢市街の東方に各1), (ハ) 同 35 年に加茂川に1坑(軽便綱掘), (ニ) 同年に加茂川に手掘井2坑, (ホ) 宝田石油会社が大正 6~7 年に加茂川に1坑(綱掘 ; 深度 512.12 m), (ヘ) 日本石油会社が昭和 11~12 年に栗丘の沢に1坑(ロータリー式 ; 深度 1,172.5 m)などがある。 このほか, (ト) 栗沢丘陵と馬追山地の間の平野部(夕張川流域の冲積層分布地域)に, 帝国石油株式会社が昭和 14~16 年に3坑(南部から長沼 R1 … 深度 964.7 m, R2 … 1,364.5 m, R3 … 1,049.5 m)を堀っている。
これらの試掘では, いずれも油気あるいは瓦斯の徴候を多数認めているが, 何れも不成功に終わっている。 ただ, 佐藤倉吉が行なった栗沢村 久樽の1坑では, 深度 38.2 m で油層に達し, 当時 日産 0.18 竏を出油し, 暫く採油した記録がある。
なお, 栗沢背斜部の栗丘の沢の試錐柱状図によると, 深度 1,172.5 m までほとんど黒色の泥岩で占められている。 現在まで時代を決定しうる古生物学的資料はないが, 周囲の層序から滝の上層と推察される。
一方, 古第三系の石狩層群中からも油徴が従来知られている 112) 。 例えば (イ) 万字第4試錐(昭和 23 年)中の若鍋層上部の砂岩岩芯中に微量の滲油, (ロ) 夕張二砿 四区の十尺層上位の砂岩中に黒色タール状の汚染, (ハ) 同砿 一区の幌加別層中の坑壁からも点滴して約1ヵ月続いたと言われ(昭和 32 年), (ニ) 又 同区の十尺層と八尺層の間の砂岩から少量の滲油を見(昭和 32 年), (ホ) 同 三砿の橋立砿の幌加別上部にもタール様の汚染を見(昭和 27 年), (ヘ) 鹿ノ谷3号試錐の夕張層第6亜層の上層炭の上のコアに滲油(昭和 34 年)あり, (ト) 南の平和砿の一区坑内では夕張層の第1亜層に属する十尺層下部の砂岩中に石油が滲出し, 190 cc ほど採取した記録(昭和 32 年)がある。 いずれも陸成層とされている地層中のものであるが, その起源が層それ自体あるいは近くの石狩層群中に母層が介在し, それより 齎 らされたものか, あるいは下部に横たわる白堊紀層から由来したものであるか, まだ決定的でない。
上記の各炭砿の記述に当り少し触れたが, 近年, 夾炭層のメタンガスを, (1) 掘進に先立ちボーリングによって排除し, また (2) 坑道あるいは切羽より夾炭層中にボーリングを行ないガスを吸い出し, あるいは (3) 採炭払い跡を密閉し, パイプでガスを誘導し, あるいは (4) 表地よりボーリングを行ってガスを採取するなど, 稼行上 厄介物扱いされたメタンガスを積極的に採取して, 坑内の安全度を高めると同時に, これをパイプで引いて, 自家発電に, あるいは暖厨房用に利用するようになって来た。
これらのメタンガスは主として夾炭層内に胚胎し, 炭層中の吸着性ガスや炭層中の孔隙, 地層中の空隙に含まれる遊離ガスなどがある。 同斜層中の夾炭層にもあるが, 大量のガスは背斜の頂部や断層による閉塞部に多く, 帽岩に緻密な泥岩を頂く場合に特に多い。 また, 夾炭層中では夕張層が最も多い。
本図幅内 21), 39), 66), 105) でも平和背斜においては, 古く 1920 年に, 平和背斜の一試錐(温泉ボーリング)において深度 240 m, 登川層中から 4,000 m3 / 日のガス噴出を見, これを 1927 年から 1934 年まで清水沢に引いて火力発電所の助燃用に用いたことがある。 これは温泉断層にトラップされたもので, 約 9,400 カロリーあり, 本邦における炭田ガス利用の嗃矢とされて居り, また 1923 年, 夕張一砿の最上坑でも採取されたことがある。 近年では夕張の一砿, 二砿及び三砿(現 新夕張鉱)を始めとし, 平和砿においても, その後 一時中絶していたが, 近年引続き採取し, いずれもその大部を集めて清水沢発電所に送っており, 一部を自鉱業所内に配給して, ボイラーあるいは暖厨房用に利用している。 これらは濃度 38~63 % のもので, その利用率は全ガス抜量の 95 % を越え, 高い。
今, 39 年 3 月における各鉱のガスの毎分産出状況を見ると, 次の如くである(× : 純メタン換算)。
| 鉱名 | ブロワー誘導 | 総排気中 |
ガス抜率
% | ||||
|
粗ガス量
m3 / 分 |
濃度
% |
純ガス量×
m3 / 分 |
ガス含有
m3 / 分 |
ガス量×
m3 / 分 |
計
m3 / 分 | ||
| 夕張1, 2砿 | 185.6 | 46.8 | 86.9 | 0.67 | 70.7 | 157.6 | 55.1 |
| 新夕張鉱 | 0 | 0 | 0 | 0.20 | 2.1 | 2.1 | 0 |
| 平和砿 | 129.8 | 61.1 | 79.3 | 0.62 | 41.7 | 121.0 | 65.5 |
また, 38 年 3 月におけるガス抜量の一例を見ると, 次の如くである(× : メタン 100 % 換算)。
| 鉱名 | 箇所 | 濃度 % | 生産量× m3 / 月 | 利用率 % | 用途 |
| 夕張 | 一鉱 丁未砿 | 49 | 502,398 | 99 | 自家発電 助燃用 |
| 二砿 奥部 排気竪坑 | 42 | 2,618,600 | 自家用 煖厨房用 | ||
| 平和 | 一区 人道斜坑 | 66 | 898,689 | 96 | 同上 |
| 二区 排気竪坑 | 67 | 2,122,194 |
次に近年の年間生産量を見ると次の通りである (× : メタン 100 % 換算 ; 夕張化成工業所向け)。
| 年度 | 砿名 | 生産量× m3 | 濃度 % | 空中放出量 m3 | 消費量 m3 | 消費量内訳 m3 | ||
| 自家発電用 | 煖厨房用 | その他 | ||||||
| 36 | 夕張 | 35,390,947 | 41~47 | 4,776,257 | 30,614,688 | 1,686,440 | 12,187,972 | - |
| 平和 | 24,402,057 | 50~62 | 176,582 | 24,225,475 | 18,002,573 | 4,932,471 | 1,290,431 | |
| 37 | 夕張 | 35,630,865 | 38~45 | 2,609,229 | 34,021,626 | 21,238,955 | 11,832,171 | - |
| 平和 | 37,364,430 | 57~70 | 2,867,098 | 34,497,339 | 27,402,231 | 5,523,853 | 1,571,249 | |
区域内には鉱泉は極めて少ない。 僅かに (1) 白堊紀層から小量湧いているもの, および (2) 新第三紀層の川端層から湧出しているもの, などがあるが, 後者では小規模な鉱泉宿も営まれている。 また (3) 試錐や坑導堀進によって古第三紀層中から一時的に温泉の湧出した例も知られている。
本地域と限らず, 北海道の白堊紀層中にはよく, 割目などから白い沈澱物を僅かに伴って鉱泉が湧いている。 量も極めて僅か, かすかに硫化水素臭のする炭酸冷泉が多い。 図幅内で 10 数地点に同様なものが認められ, 例えば三笠層中からは, 万字ドームの三ノ沢やポンネベツなどに知られ, また上部蝦夷層群中の所々に断層や割目からの湧出がある。
平和背斜において行った古い試錐では一時, 夕張層中から温度 38 ℃ に達する温泉が湧いたことがあり, 入湯の設備の設けられたこともあったが, 今は既にその跡がない。 夕張二鉱でも夕張層堀進中に一時温泉の湧出を見たことがある。
域内の (A) 栗山町 字 日の出, (B) 栗沢町 字 宮村および (C) 湯ノ沢に鉱泉が湧出している。 これらは, いずれも川端層の礫岩, 砂岩あるいは砂岩泥岩互層中から湧出しているもので, 硫黄泉に属する。
これらのうち鉱泉として利用されているものは次の通りである。
本図幅内には特に良好な石材として見るべきものは無い。 これは火成岩が極めて少なく, かつ立地の悪いこと, 古期岩層が無く, 白堊紀層中にも著しく堅硬なものが少ないこと, 新古の第三紀層中には一そう堅固な岩石が少ないことによる。 しかし, (1) 散点する玄武岩と安山岩の一部, (2) 白堊紀層の砂岩の一部, (3) 古第三紀層及び新第三紀中の砂岩の一部は, 作業に便利な地点で地方的に道路用などに採取されている。 また, (4) 砂利も, 古期岩層から発する河川が夕張川などのみで, 多くの河川流域が新しい地層なため, 堅硬 良質なものを産しない。
区域の東部 夕張市街に注ぐポンポロカベツ川の水源地南方で, 三笠層中の砂岩が, この地方の土建用土石として小規模に採取されている。 質は脆く, 良質とは言えないが, 近接地にこれに代るものが無いので, 適時需要がある。 この種の岩石の連続はかなりあるが, 搬出の便の悪い所が多いので稼行にいたらない。
古第三紀層の中, 幾春別層や夕張層の砂岩の一部には, かなり堅硬なものがあり, 図幅内の所々で随時随所で一時的に採取されているが, 近年では, 特に採掘場として見るべきものはない。
栗沢町 字滝の上で, 下述の安山岩採石地の南西 1.5 km の幌向川南岸, 橋南ぎわの新第三系 滝の上層の下部の砂岩層が標式的に露出する地点で, 砂岩層中の主体をなす緑色砂岩を採取している。 この砂岩は塊状, 均質で, 河川護岸石材, 建築用石材などとして利用されている。 当地点は主幹線道路に面していて, 搬出が容易であり, また, 砂岩層の分布も南部方向へ 1.5 km も続いているので, その埋蔵量は大きいと見込まれる。
岩見沢市 奈良町の幌向川の北岸で, 幌内層を貫ぬく安山岩質玄武岩が採掘されている。 本玄武岩は緻密 堅硬で, 路床敷石, コンクリート骨材に最適である。 現地までトラック道路が通じており, 採石現場から地並までの比高はかなりあって, 採石から砕石までの一連の施設があり, きわめて好条件である。 埋蔵量については国府谷・松井 51) によって 100 万 m3 と概算されている。 他に図幅内には, この種の岩石の小岩体が所々に散布しているが, その大きさ, 地並上の高さの少ないこと, 風化帯が厚いこと, 不便な所が多いことなどで, 採取に到らない。
南角田附近において夕張川の川砂利が採取され, 道路の敷石として利用されて居り, 外でも, 図幅内の諸河川で随事採取している。
図幅内には中央部から西にかけて (1) 第四紀層が拡がり, その中に粘土層が介在していて, 立地条件のよい所では採掘されている。 一方, (2) 古第三紀層の含炭層に伴って所々に耐火粘土層が介在しているが, これは厚さも薄く, 耐火度も高くないので, 稼行に到らない。
栗山町 字湯地および栗沢町 字栗沢において, 小規模ながら煉瓦用粘土が採取されている。 これらの粘土は 茂世丑層上部の青灰色~灰色を呈する凝灰質粘土層あるいは粘土を含む凝灰質粗泥層である。 煉互工場は栗山および栗沢にそれぞれ1ヵ所あり, 煉瓦のほか農業用土管(排水用)などが造られている。 なお, 煉瓦製造の混成原料として, 上述の粘土のほか, 新第三系清真布層中の凝灰質砂岩も利用されている。 これは清真布層下部の最も貝化石を産出する部分の凝灰質細粒砂岩で, 栗沢町内の鈴木の沢および清真布川(最上)の2ヵ所で採取されている。
これら粘土および砂岩の量は, 両者ともその分布が広く, かなり著大なものと見なし得る。
これは角田炭砿における登川層中の角田本層の上下盤に伴う, 乳白色ときに淡紅色を帯びた粘土岩で, よくその色調から "Milky shale" と呼ばれたものである。 層理無く, 均質 緻密で, 中に菊花状~球顆状の菱鉄鉱小粒を散点して居り, 下盤のものは中に植物の根毛をも散含し, 典型的な下盤粘土と言える。 厚さは 40 cm 内外を常とする。 一方, 上盤のものは, 本層より 1 m 内外の上位にある尺炭(厚さ 0.4 m)と呼ばれる炭層との 合盤 をなすもので, やはり根毛を散含し, むしろ尺炭の下盤粘土と見なされる。 厚さは最大 1.50 m 稀に部分的に 4 m に及ぶが, 30 cm 内外の所が多い。 鉄分のやや多いせいもあり, 耐火度は SK30(最高もので 34°)で, 特に高いとは言えないし, 厚さも薄いので, まだ稼行に到らない。 これを利用した試作品もあまり好結果でなかったと言う。 同様な性状の粘土層はより薄いが, 万字炭鉱にも見られ, また登川層基底には「青磁」と仇名された, 帯淡青灰色白色~堅硬緻密な細泥岩があるが, 耐火度は SK30 に達しない。
EXPLANATORY TEXT OF THE GEOLOGICAL MAP OF JAPAN Scale 1 : 50,000
(Sapporo - 23)
By Yasuo SASA, Keisaku TANAKA and Mitsuo HATA
This geological sheet map "Yūbari" covers the area between 141°45' and 142°00' East longitude and 42°00' and 42°10' North latitude, located almost in the center of Hokkaidō, the northernmost island of Japan. It is in the heart of the Ishikari coalfield, the most productive coal-field in Japan, and is occupied by the young sedimentary rocks ranging from upper Cretaceous, older and younger Tertiary through Quaternary, with a very few small dykes of andesite and basalt. The stratigraphical sequence of the area is shown briefly in the following table.
The area is divided topographically into three zones, namely from east to west, 1) the Yūbari Mountain-land, 2) the Kakuta Hills and Basin and 3) the Umaoi Hills (Fig. 1). The first zone is a maturely dissected flat-topped mountain-land of 500~600 meters in height and it reminds us the upheaved pene-plain. It is occupied mostly by the upper Cretaceous and older Tertiary rocks which show folding, broad or intense, and are cut by numerous faults, big and small. The second zone is a maturely eroded low hilly land of 300~400 meters in height on the east and a depressed low-land which runs from north to south on the west. The exposed rocks in this zone are mostly of younger Tertiary in the former section and of Quaternary in the latter section. The third zone is a very low hilly land with 273 meters in its highest, ranging from north to south. Rocks in this zone are also of younger Tertiary and is intruded by an andesite dyke in its folded core.
Rivers which run in this area are Horomui-gawa on the north and Yūbari-gawa on the south and their tributaries, in which most of them show consequent stream and a few of them are subsequent. These two rivers spread wide alluvial plains on their sides and cut the Umaoi Hills antecedently until they flow into the Ishikari Plain.
From the standpoint of geologic structure, this area is made up of three parts, namely, from east to west, 1) the Yūbari folded zone, 2) the Kakuta synclinal zone and 3) the Umaoi anticlinal zone, almost showing concordancy with the zonation by topography (Fig. 55).
The Yūbari zone is divided into four sections, namely from the north, the Horomui basin, Manji dome, Hatonosu dome and the Futamata folded zone. The first one is a basin mainly occcupied by the Poronai formation with gentle undulation running from west to east and is flanked and underlain by the coal bearing Ishikari group. A large thrust fault cuts its east margin and the strata east of this Manji fault is fairly folded. The second one is a brachy-dome which is cored by the Cretaceous deposits with a nose on its northwest corner. It is surrounded by the Ishikari group on its north and east flanks with gentle dip while it is cut by a huge fault named the Yūbari fault on its west and south end where high dip or overturned beds are observed (Figs. 56 and 67). It has a nose structure which stretch toward the southeast corner of the dome and a disturbed zone with numerous thrust or overthrust faults are seen on its eastern extension. The third one is also an east-west axis brachydome with a core of Cretaceous beds and is flanked by the Ishikari group, in which it is gentle on its north and east limbs and steep or overturned on its west and south limbs (Figs. 56 and 57). The fourth one is mostly covered by the Poronai formation with many foldings and faultings running nearly from northwest to southeast. On its southeast portion, behind a thrust named Wakanabe fault, an anticlinal structure of Heiwa dome is observed with a core of the Ishikari group (Fig. 63).
The Moseushi synclinal zone consists of two belts. The eastern half of it is mainly occupied by wide exposures of the steeply dipped Kawabata formation. The western half of this part is represented by a narrow belts of the Iwamizawa and Oiwake formations on both limbs of a broad syncline with meridional trend while the Pleistocene and the Holocene deposits develop extensively in its bottom.
The Umaoi anticlinal zone is mainly built of the Kawabata formation as its core of the structure and bounded by formations of Iwamizawa and Oiwake. These beds dip steeply toward both limbs and are cut by longitudinal faults and also by oblique faults that separated and shifted this anticline into three portions. An andesite dyke is found in the core of the anticline on the southwest corner.
As a whole, in the time of Cretaceous and Paleogene Tertiary, the deposition of formations developed in this area took place almost under epeirogenic movement with intermittent slight disturbance. The Cretaceous beds of this area were laid down in the western marginal area of the Yezo geosyncline which run from north Sakhalin to central Hokkaido.
Paleogene sediments had filled the shallowed Ishikari basin, a descendant of the Yezo geosyncline and it is followed by the marine invasion of the Poronai Sea.
However, in the Neogene time, sedimentation which is mostly marine in origin was subjected to the influence of orogenic movement caused by the upheaval of the Hidaka zone, the backbone of Hokkaido. It was most active in the Kawabata time, middle Miocene, and fundamental structural features were finished at the close of Tertiary age.
Depositional areas, at least in this area, migrated to westward from east in each depositional epock after occasional movements, and consequently, geologic structures are rather complicated on the east of the area because of repeated disturbance of the eastern upheaved zone.
The Cretaceous deposits, overlain by the Ishikari group with a slight clino-unconformity, crop out as the cores of the domes of Manji and Hatonosu. They are totally marine in origin and composed of an alternation of sandstone and mudstone. They are divided into the Middle Yezo group and the overlying Upper Yezo group lithologically and also by fossil content. No exposures of the Lower Yezo and Hakobuchi groups are found in this area, in which the former is the lowest division of the Cretaceous deposits in Hokkaido, lying beneath the Middle Yezo group and the latter is the uppermost division of them, eroded away by erosion with the upper half of the Upper Yezo Group represented by the unconformity at the bottom of the overlying Ishiskari Group. The Cretaceous beds are represented by a near-shore facies within the Cretaceous basin (Yezo geosyncline) in the meridional zone of Hokkaido, and are very similar to those of the southernmost part of the Ikushumbetsu anticline in the northern neighbouring Iwamizawa district in thickness of the strata and also in rock-facies. They are deeply eroded away in the west than in the east, and moreover so in the southern Hatonosu dome than in the northern Manji dome before the deposition of the Ishikari group (Table 2).
The Middle Yezo group , its lower limit being not observed, with a thickness of a little more than 500 m, is divided into the main part and the uppermost part called the Mikasa formation.
The main part of the group, about 300 m thick, consists of mudstone, commonly shaly, with occasional intercalation of sandstone, accompanied with frequent sandstone layers in its middle part. The sediments are occasionally stratified and laminated, and are poor in calcareous concretions and fossils such as ammonites and inocerami. It is to be correlated to the Upper Miyakoan stage (Albian) because of the occurrence of Mortoniceras (Cantabrigites) imaii and M. (Deiradoceras) sp. (Table 3).
The Mikasa formation is a neritic and partly littoral sediments of nearly 200 m in thickness, consisting of greenish grey to bluish grey sandstone, occasional conglomarate, and subordinately of sandy siltstone. Sandstones are generally massive and poor in calcareous concretions, some of which are huge, differing from the case of the underlying and overlying strata. Molluscan fossils, particularly bivalves such as many varieties of trigonians, Aphrodina (Larma), and Glycimeris are abundantly found throughout the formation. The rock-facies changes, though not remarkable, in a definite direction : the sediments become slightly thicker and coarser grained from east to west, a coal seam is found only in the western part, and moreover Ostrea is abundantly contained in such a part, Furthermore, it is noteworty that this formation is fairly thin in spite of its considerably long stratigraphic range as in that of the southernmost part of the Ikushumbetsu anticline. Discriminated in this formation are the zones respectively of Inoceramus aff. crippsi, I. concentricus nipponicus - I. yabei, I. hobetsensis, and I. teshioensis in ascending order. Accordingly, the Mikasa formation ranges from the Uppermost Miyakoan (Cenomanian) to the Upper Gyliakian stage (Turonian) (Figs. 5~9 and Table 4).
The Upper Yezo group , its upper section being not observed, is about 80 m in thickness and composed mainly of rather massive, fine sandy siltstone. A bed of tuffaceous sandstone, nearly 5 m thick, is intercalated in the upper part, being well traced as a key bed within the sequence of monotonous rocks ; green sand grains are much disseminated in some horizons, particularly in the lower part.
Calcareous concretions are sporadically scattered throughout the group and so are fossils such as ammonites and inocerami. Characteristic fossils from the group are Inoceramus teshioensis, Baculites yokoyamai, and Inoceramus amakusensis and they occur in their respective horizons from lower to upper. The group is to be correlated stages from the Upper Gyliakian (Turonian) to the Upper Urakawan (Santonian) (Figs. 10 and 11, Table 5).
The older Tertiary sediments are separated from the underlying Cretaceous formations by a slight clino-unconformity and are divided into the two major groups, namely the Ishikari group and the Poronai group (Figs. 12, 13 and 17).
The Ishikari group of Eo-Oligocene age has been divided into five formations and ranges in total thickness from 300 to 600 meters. It consists mostly of fresh water deposits with intercalation of partial brackish water deposits and a remarkable marine sediments (Wakanabe formation) in the middle. These formations overlap northwestwardly onto the Cretaceous basement, being thinner and lacking the lower units toward the west. Lateral changes of thickness of each formation suggest us the migration of basin center in each stage.
The Noborikawa Formation is of fresh water origin with 0 to 80 meters in thickness. It consists of three cyclothemic deposits. In each cyclothem, light gray coarse-grained sandstone lies at its base and it transits into finer sediments until it merges into dark gray mudstone or shale with coal seams or coaly shale. The basal sandstone is often replaced by granule conglomerate and muddy member contains frequently thin layers of ironstone. Plant remains and fresh water molluscs are occasionally found mostly in mudstone. Coal seams which are few in number usually not so thick but southwardly they thicken enough with good quality to be mined (Figs. 15, 16 and 17 and Table 7).
The Horokabetsu Formation has an average thickness of 100 meters in type locality along the east limb of the Hatonosu dome and is a lacustline deposits. Dark gray or black siltstones are the main constituent of the formation in which thin ironstone layers and its nodules and a very few thin sand layers are intercalated. It bears no coal seams and not so rich in fossils of plant and fresh water molluscs (Table 7).
The Yūbari formation is present at almost all parts in this area except the northwestern part and ranges in thickness from 0 to 200 meters. Originally it is a fresh water deposits and consists of nine cyclothems which grade upwardly in the following way : light gray or white coarse-grained sandstone with occasional fine conglomerate - medium-grained sandstone - fine-grained sandstone - gray sandy mudstone - dark gray siltstone or shale which intercalates coal seams. The basal part of sandstone is very often conglomeratic and shows scour and fill diastemic boundary at its base. This is one of the most important coal measures in the Ishikari group throughout the Ishikari coal field, containing numerous thick coal seams. Even coal seams are poor in number and also in thickness in the northweat of the area, it attains richness in number, thickness and in quality as well and some of them reach the maximum thickness up to eight meters in the middle of the area. White tuff layers and thin ironstone layers are interbedded occasionally in the formation. Abundant plant remains called "Yūbari flora" which suggests warmer paleoclimate occur in various horizons with some fresh water molluscs (Figs. 19, 20, 21 and Table 7).
The Wakanabe formation is the only marine deposits in the Ishikari group and shows very slight unconformity to the underlying Yūbari formation, ranging in thickness from 60 to 160 meters that thins off toward northwest. It is composed of four subformations including seven members of sandstone and mudstone. Sandstones are more or less greenish in color with various grain sizes from coarse to fine and contains abundant sand pipes of various shapes and sizes. Marly concretions are also common. Mudstones are mostly silty in size with dark gray color and massive in general and shaly in part. Marine origin of this formation is evidenced by the occurence of abundant faunal remains such as molluscs, foraminifers, crustacea, echinoids, scales and teeths of fish. Very few plant leaves and trunks are found in poor preservation (Figs. 22, 23, 24 and Tables 8, 9).
The Ikushumbetsu formation is an entirely lacustrine sediments and consists of cyclothems in which rocks are arranged as in the same manner described above. Charactericistic rocks in this formation are the greenish colored hard sandstone and light greenish colored hard flinty claystone. Each cyclothem contains coal seams in which some of them are minable in the north western part of the area. It ranges from 70 to 200 meters in thickness that thins toward the southeast bacause of eroding away before depositon of the overlying Poronai formation. It is well known in richness of plant remains called "Ikushumbetsu or Woodwardia flora" which is characterized by the existence of Woodwardia and it reminds us the warmer climate at that time (Figs. 25, 26 and Table 10).
The Poronai formation of middle Oligocene age always overlies the Ishikari group and is separated from it by an low angle clino-unconformity. Even a slight evidence of lateral change between this formation and the Ishikari group as believed by some workers was not observed (Figs. 25, 28). It is totally marine in sedimentary environment and deposited in a relatively cold water of a closed calm embayment which was sinking gently down to an intermediate depth in its early stage of deposition and was filled up by sediments in later stage. It is composed of a very monotonous massive thick accumulation of dark gray colored mudstone, mostly silty in size from bottom to top, with thickness of 600 to 1,300 meters. A very thin green glauconitic sandstone is seen at its base on the uneven erosion surface of the underlying Ikushumbetsu formation. Several thin tuffite layers are usually intercalated in the upper part of the formation which is more or less sandy or coarse silty with obscure bedding. Thin marly layers and marly nodules of various size are also observed in some horizons. Presence of exposure of this formation indicates us the existence of the coal bearing Ishikari group in the underground. Therefore, it is necessary to identify horizons by dividig this almost homogenous formation into zones for the purpose to estimate the depth of the underlying coal measures. Thanks to the abundant occurrence of molluscan fauna such as pelecepods and gastropods, although not so much in number of species, subdivision into nine zones are successfully done by their combination and abundance. This zonation is also backed up by foraminiferal sequence. Fossils other than molluscs and foraminifers are cephalopods, brachiopods, crustacea, echinoids, anthozoa, scales, bones and teeth of fishes. Remains of algae are rich in particular horizons. Even a few in number, plant leaves are occasionally found in this formation and they indicate relatively warmer climate of the land at the Poronai time (Figs. 27, 30~32 and Tables 13 and 14).
The younger Tertiary sediments develop extensively with northsouth trend in the western half of the area. They cover the Paleogene deposits with distinct unconformity and are divided into six formations. Stra tigraphicaly, they, from the Takinoue to Kiyomappu formation, are all conformable, excluding the Asahi formation which contacts with faults with the other formations (Tables 15 and 16).
The Asahi formation crops out locally in the northern middle of the area and its stratigaphic position is yet uncertain because of the reason described above. It is the only terrestrial deposits of Neogene formations in the area with 400 meters of thickness and consists of grayish white sandstone, bluish gray to dark gray mudstone, intercalated with many workable coal seams and coaly shales. Plant fossils including pollens evidence the age of lower Miocene (Figs. 33~36 and Tables 17~20).
The Takinoue formation is of marine origin underlain unconformably by the Poronai formation. It is 150~450 meters in thickness and is divided into the two members : The sandstone member in the lower and the mudstone member on top. The dark gray colored mudstone bed which is usually massive yields foraminiferal fossils such as Spirosigmoilinella compressa, Rotalia yubariensis, etc., and is correlated to the Takinoue formation of the type locality. The sandstone bed consists of light greenish gray colored coarse to fine-grained sandstone with intercalations of tuff layer and produces the molluscan fossils called "Asahi fauna" represented by Mytilus tickanovitchi, Spisula onnechuria and so on (Figs. 37~41 and Tables 21~25).
The Kawabata formation transits concordantly from the Takinoue formation, and is composed of a frequent rhythmic alternation of conglomerate, sandstone and mudstone with thickness of 750~ 3,700 meters. However, at the north of the Horomui river or near the Kuriyama anticline and in the Umaoi mountainland on the west, the muddy facies are prevalent and conglomerates are scarcely found, and at the same time coal seams are interbedded in the Umaoi mountainland. Conglomerate rich facies and muddy facies interfingered to each other and mudstone exposed in the Kuriyama anticline resembles closely the above mentioned mudstone of the Takinoue formation and even the conclusive evidence is not yet shown, the writers regard it as a part of this formation at present (Figs. 42~45).
The Iwamizawa formation is 170~300 meters in thickness and is mainly composed of the so-called "hard shale" which is tabularly bedded somewhat tuffaceous hard siltstone. Andesitic agglomerate and sandstone bed are found at the base of the formation in the Umaoi mountainland, and it suggests us with other evidences that this mountainland was located on the geocynclinal margin and was an upheaval zone from the time of end of the Kawabata formation. Fossils are scarcely found except diatoms and radioralia (Figs. 46 and 47).
The Oiwake formation with thickness of 650~900 meters is composed mainly of massive mudstone intercalated with conglomerate and alternation of sandstone and mudstone. It transits into the underlying formations conformably and sometimes interfingers with the latter in places. Conglomerate and alternation of sandstone and mudstone are abundant in the middle and upper parts of the formation. The sedimentary basin continued from the age of the Iwamizawa formation became gradually shallow as a result of sediments filling containing coarser materials. The formation yields molluscan and foraminiferal fossils which show horizon of the Togeshita fauna of late or post Miocene age (Figs. 48~51 and Tables 26 and 27).
The Kiyomappu formation is composed mainly of massive sandstone, intercalating thin tuff layers and rests conformably on the underlying Oiwake formation with 200~270 meters in thickness. Fossil fauna in this formation belongs to the "Takikawa fauna" which indicates Pliocene in age (Fig. 52, 53, and Table 28).
Pleistocene deposits of this area are mainly of terrestrial origin. Wide distribution of the Moseushi formation is seen in the Moseushi synclinal zone on the west, and is built of unconsolidated layers of sand and clay. The others are the river terrace deposits built of irregular accumulation of gravel, sand and clay, and they particularly develop along major rivers such as Horomui and Yūbari.
Holocene deposits are only laid down along-side of all rivers and they are particularly extensive along the course of Yūbari river and in the Ishikari Plain.
Igneous rocks are very few in this area. Small bodies of basaltic andesite which intruded the Poronai formation are scattered sporadically in the eastern central part. Relatively large sized dyke of hypersthene andesite which intruded the Kawabata formation in the southwestern corner of the map exposed as the core of the Umaoi anticline.
Several mineral resources such as coal, petroleum, building-stone and clay, including natural gas and mineral spring, are hitherto known in this area. Among them, coal is the most important mineral product not only in this area but also in Japan, producing 2.8 million tons in 1963 which is almost 6 % of total production in Japan. Methane gas which derived from the coal mine plays the next important role in the area while the others are of minor local importance.
Coal seams are interbedded in the formations of Noborikawa, Yūbari and Ikushumbetsu within the Paleogene Ishikari group and also in the Neogene Asahi formation (Table 29). Coals in the former two formations are mostly of high bituminous coal of fine quality, suitable for coke-making while those of the latter two formations are of low bituminous coal good for domestic use. By petrographical examination of coal, particularly by combination of vitrite and durite, it will be said that coal seams of the formations of Noborikawa and Yūbari show the marginal circumstances of coal basin on the north and west while are in the most suitable accumulative condition of plant remains on the east and south of the area. Coal seams in these formations are all intercaleted in the upper muddy member of a cyclothem and vary in number and also in thickness from place to place. They sometimes join together into one seam as seen in the basal part of the Yūbari formation and sometimes they show separation into sevral seams or thinning off of seams (Figs. 19, 20 and 64).
One or two coal seams in the Noborikawa formation develop mostly in the eastern flank and also inbetween of the domes of Manji and Hatonosu (Figs. 16 and 67). Seams of 1.1 meter thick is now worked at the Shinfutamata coal mine (Fig. 69). Coal seams are numerous in the Yūbari formation and thick enough to be mined in the eastern flank of the both domes and also in the south (Fig. 20). The 24-shaku-sō (shaku is approximately 0.3 meter and sō means a seam in Japanese) at the base of the formation is the most important one in the Yūbari coal mine (Figs. 21 and 64), the third big coal mine in Japan producing 99,500 tons of coal per month. Other main seam is the Heian 8-shaku-sō which is mined as a main seam in the Heiwa coal mine, producing 89,200 tons of coal per month. The 24-shaku-sō separates into three seams such as 6-shaku-sō,8-shaku-sō and 10-shaku-sō toward north and also toward south and some of them are mined in the Manji coal mine on the north (Fig. 67) and in the coal mines of Shinyūbari (Figs. 72 and 73) and Heiwa (Fig. 66) on the south.
Many coal seams are found in the Ikushumbetsu formation and minable in thickness in the north of the area while most of them become thinner in thickness toward south. It is quite a contrast in depositional condition of this formation when compared with the development of thickness of the underlying other formations in the Ishikari group, suggesting us the migration of center of the coal basin. Three or four seams more than 1.5 or 2 meters in this formation are presently mined in the mines of Higashi-horonai (Fig. 67) and Miruto (Fig. 68) located along the Horomui river. The Asahi coal mine works the coal seams of the Asahi formation. Seams are five in number and the thickest one reaches almost to 2 meters (Figs.33, 36, 74, and 75).
Coal mine methane gas from coal seams and from the surrounding rocks are drained in the mines of Yūbari and Heiwa. 240,000 m3 is the total production per day at present and it is utilized as subordinate fuels at the Shimizusawa electoric power plant and also for domestic and factory uses in the coal mine. Drainage of gas is done by drilling the formation before going to mine at the face or tunnel and also by closing tightly the abandoned working faces.
昭和 40 年 3 月 20 日 印刷 昭和 40 年 3 月 31 日 発行 著作権所有 北海道開発庁