04014_1964
5万分の1地質図幅説明書
(札幌 第 14 号)
工業技術院 地質調査所
通商産業技官 松野久也
通商産業技官 田中啓策
通商産業技官 水野篤行
通商産業技官 石田正夫
北海道開発庁
昭和 39 年
目次 I. 地形および交通 I.1 地形 I.2 交通 II. 地質 II.1 概説 II.2 白堊系 II.2.1 中部蝦夷層群 II.2.1.1 主部 II.2.1.2 三笠層 II.2.2 上部蝦夷層群 II.2.3 函淵層群 II.2.4 対比 II.2.5 堆積相 II.2.5.1 堆積相の全般的特徴 II.2.5.2 堆積相の垂直的変化 II.2.5.3 三笠層における岩相層序単位の対比 II.2.5.4 堆積相の側方変化 II.2.5.5 堆積岩の特徴 II.2.5.6 堆積構造 II.2.5.7 白堊系の古第三系石狩層群堆積前における削剥 II.3 古第三系 II.3.1 概説 II.3.2 石狩層群 II.3.2.1 登川層 II.3.2.2 幌加別層 II.3.2.3 夕張層 II.3.2.4 若鍋層 II.3.2.5 美唄層 II.3.2.6 幾春別層 II.3.2.7 平岸層 II.3.2.8 芦別層 II.3.3 幌内層 II.3.3.1 下部幌内層 II.3.3.2 上部幌内層 II.3.3.3 全体としての岩相・岩質の特徴 II.3.3.4 化石 II.4 新第三系 II.4.1 朝日層 II.4.2 滝の上層 II.4.3 川端層 II.4.4 岩見沢層 II.4.5 追分層 II.4.6 峰延層 II.4.7 対比 II.5 第四系 II.5.1 茂世丑層 II.5.2 段丘堆積層 II.5.3 沖積層 II.6 地質構造 II.6.1 奔別衝上部 II.6.2 幾春別向斜部 II.6.3 幾春別背斜部 II.6.4 盤の沢衝上部 II.6.5 西部褶曲帯 III. 応用地質 III.1 石炭 III.2 石油 III.3 鉱泉 III.4 地表水 文献 Abstract (in English) 巻末図版
5万分の1地質図幅説明書 (昭和 38 年 12 月稿)
(札幌 第 14 号)
本地質図幅は北海道開発庁の委託によって作成されたものである。 野外の調査研究は 1958・1959 年の両年にわたって実施せられ, 白堊系地域は田中が, 古第三系地域は松野および水野が, 新第三系地域は主として石田が担当し, これに松野が協力した。 室内研究は引続き地質調査所北海道支所ならびに本所において実施せられ, その結果を松野, 田中および水野がとりまとめたものである。
本図幅をとりまとめるにあたって, 野外ならびにその後の室内研究に際しては, 現地の炭砿会社を始めとして, 大学, 鉱山会社ならびに種々の機関あるいは多くの研究者から それぞれの分野で御協力ならびに御教示を受けた。
野外調査にあたっては, 朝日炭砿株式会社, 東幌内炭砿株式会社, 北海道炭砿汽船株式会社, 三菱鉱業株式会社, 住友石炭鉱業株式会社および石油資源開発株式会社から 社内の資料閲覧ならびに現地における情報の提供を始めとして種々協力を受けた。
白堊系については, 九州大学 松本達郎教授の未発表資料を参考にすることができ, また大型動物化石の同定にあたっては, 一部を同教授から御教示をいただいた。 貝化石については, 一部を大阪市立大学 市川浩一郎助教授, 前田保夫氏から資料の提供を受け, 有孔虫化石の同定については, 東北大学 高柳洋吉博士をわずらわした。
幌内層の分帯については, 北海道炭砿汽船株式会社地質調査所の下河原寿男博士, 手島淳博士ならびに 三菱鉱業株式会社大夕張鉱業所の井上正昭氏の御教示に負うところが大きく, とくに手島博士からは同氏の未公表の資料の閲覧の機会を与えられ, また有益な討論を受けることができた。 さらに北海道大学の魚住悟博士には 同大学所蔵の幌内層産の貝化石標本の検討について便宜をはかっていただき, 三菱鉱業株式会社美唄鉱業所においては, 同所に保管されている古第三系産の化石標本を検討する機会を与えられた。 幌内層から筆者らが採集した有孔虫試料の処理ならびに同定については 東京大学の内尾高保博士の御協力があり, さらに幌内層とその上位の新第三系について 有孔虫層序から有益な御教示をいただいた。
岩見沢図幅地域は, 北海道主部と西南北海道を区画する地形上のみならず, 地質構造上の境である札幌・苫小牧低地帯の中北部から分岐して北方に延び 滝川盆地にいたる砂川低地帯の東縁, 低地と山地との境界部に位置する。 北海道主部は 砂川低地帯およびその北部の滝川盆地から北西の留萌にいたる線を境として, 東側の中軸帯と樺戸地区とに分けられ, これら3者の間には地形的にも地質的にも著しい相異がある(第 1 図)。
すなわち, 本図幅地域の東側の大半を含む石狩炭田およびその周縁地域は 白堊系, 古第三系および新第三系の厚い堆積岩からなり, 標高 1,000 m に満たない中程度の山地からなる。 これに対して, この地域の北西方に砂川低地帯を挾んで相対するのは, 樺戸地区の南部の「古生層」からなり, 標高 1,000 m に達する樺戸山地と, その山麓の主として新第三系からなる石狩丘陵地である。 また, 札幌・苫小牧低地帯の南西側すなわち西南北海道に含まれる地域は, 主として古生層を基盤として厚く発達する新第三紀の火山岩によって構成される高い山地と 樽前山およびその周辺の若い火山体とからなる。
本図幅地域内の地形について概観すると, 地質ならびに地質構造と地形との間にきわめて密接な関係が認められる。 すなわち, 本図幅地域は地形上大きく3つに区分される(第 2 図)。 すなわち以下の3区分である。
この3大区分は, 根本的に地質構成によって支配される。
西部低地(Ⅰ) は砂川低地帯に含まれる地域であって, 石狩川の冲積氾濫原である。 本低地は主として石狩川の氾濫原堆積物によって構成されているが, 東部山地に源を発する美唄川および幾春別川を始め, 多くの小河川の河川堆積物によって修飾されている。 すなわち, これらの河川が低地帯に入るところに大小の扇状地を作り, 氾濫原中を蛇行しその流路に沿って自然堤防を作っている。 これら扇状地と自然堤防によって囲まれたところは後背湿地帯で沼沢地となっており, 泥炭を堆積しつつある。 本低地は海抜高度約 10~30 m であってほとんど平坦に近い。
排水の良い自然堤防および扇状地は, 農耕地(水田)および市街地として高度に利用されており, 泥炭地も排水工事および客土工事が進められつつあって次第に原形を失いつつある。
中部丘陵地(Ⅱ) は, 低地帯の東縁に沿う幅員 1.5~2.5 km の台地性の丘陵地帯である。 この地帯は標高 25 m 以上 100 m 以下であって, そこには新第三系最上部 -- 主として 峰延 層 -- を基盤として第四系更新統に属する 茂世丑 層がほぼ水平に分布している。 岩見沢市峰延以北では, 東部山地との境界は古い断層線崖であり, その基部に崖錐が発達している。 この丘陵地は主として畑地として利用されている。
東部山地(Ⅲ) は, 本図幅地域の大部分を占める地域であって, そこには褶曲および断層によって複雑に転位した白堊系, 古第三系および新第三系が分布している。 地形的にはよく解析された壮年期の様相を呈し, 標高は最大 700 m に達する。
この地域内の地形を細かくみると, 地層構成ならびに地質構造と密接な関係が認められ, 第 2 図に示すように次の5つの地形区に分けられる。
この地形区は, 美唄断層を境にして, 次に述べる峰延山地の北に接し, 空知炭田の主部に含まれる地域である。 この地形区は古第三系石狩層群が分布するところにあたっており, ほぼ南北方向の構造に支配されて南北方向の稜線および谷が発達している。 一般に, 比較的高峻な地形を示し, 標高 400~600 m におよんでいる。
図幅域外から南下して本図幅地域に入った美唄川は, 美唄炭山付近において, ほぼ直角に方向を転じ, 美唄断層に沿って西流している。
この地形区は, 奔別 衝上断層と美唄断層によって囲まれた三角形の地域であって, 構造的に高くなった一種の地塁を形作っている。
地質図に示されるように, この地形区の地形は ENE - WSW の地質構造に支配される。 なかでも, 緩やかな向斜構造を形作る石狩層群上半部 -- 若鍋層以上の諸層 -- が 地塁の南寄りに顕著な山背(標高約 600 m 以下)を構成し, 各水系は, この山背に源を発し, 北々西および南々東の流路をとっている。
上述の山背の北西側および南西側は 一段と低い(標高 400 m 以下)台地性の山地となっている。 これらの台地性の山地は夕張層以下の石狩層群下部の分布するところに相当する。
本地形区は, 地質図に示されるように, 主として幌内層によって構成される地域であって, 標高 250 m 以下の低い地形を呈する。 北には前述の峰延山地, 南東側には後述する奔別・盤の沢地区の高い山地があって, これらとの間には非常に顕著な高低差が認められ, 西限には滝の上層下部の緑色砂岩が作るやや顕著な山稜が南北方向に追跡される。
構造的には, 峰延山地と奔別・盤の沢地区北西縁の幾春別背斜との間の広い非対称性の向斜部に相当し, 南西方にゆるやかに沈下している。 前述のとおり, この構造に関与して地表に広く分布するのは幌内層であるが, 北翼には 奔別衝上断層と その副断層として生じた鳥居沢および弥生などの衝上断層に挾まれて露出する幾春別層, さらに幌内背斜の軸頂部にわずかにあらわれる幾春別層が やや地形的に凸出して単調さを破っている。
この地形区は主として白堊系とこれを囲繞して分布する幾春別層とによって構成され, 400 m から 600 m の比較的急峻な山地からなる。 この地区の地形を根本的に支配するのは, NNE - SSW 方向の幾春別背斜を構成する白堊系である。 この背斜構造に支配されて, NNE - SSW 方向をとって分布する白堊系の地層の硬軟の差が地形にもよくあらわれ, 稜線と河谷も同様な方向をとるものが顕著である。 この背斜は図幅地域南限, 東幌内炭砿付近にいたって急激に幌内層の下に没していることが 地形にもよくあらわれている。
この背斜の東翼は, 盤の沢上流からミルトマップ川流域にわたる幌内層の広く露出する過褶曲帯であって, 標高 350 m 内外の低地を形作っている。 この低地の東側は 盤の沢衝上断層を境として, 白堊系最上部 函淵層群によって構成される高い山地となる。
この地区は, 新第三系によって構成されている。 これら新第三系の地層は NS 方向の褶曲構造に支配されており, これが地形にもよくあらわれている。 すなわち, 全般的には標高 360 m 以下の低い山地からなるが, 滝の上層から川端層下半部が標高 150 m 以上の比較的高い地形を呈し, 川端層上部から峰延層までの間では 追分層の硬質頁岩がやや顕著な山嶺あるいは稜線を作っている。
本図幅地域は, 石炭鉱業のため北海道中央部でも最も早くから開けた地域の1つである。
砂川低地帯の東縁に沿って, 国鉄函館本線が通じている。 函館本線は美唄市以北では前記低地帯の東縁沿いに北上するが, 岩見沢市から南西に向って札幌・苫小牧低地帯を横断して札幌に通ずる。 岩見沢は鉄道輸送の中心地であり, ここから石炭輸送の大動脈である室蘭本線が分岐し, 低地帯の東縁に沿って南下している。
これら両本線から分岐して, 東方 石狩炭田の心臓部ともいえる山懐深くまでいくつかの国鉄線, 私鉄線ならびに石炭輸送のための専用線が主要河川に沿って通じている。 本図幅地域内では, 美唄から常盤台にいたる美唄鉄道線 および岩見沢から幾春別にいたる幌内線がその主要なものである。 また, 室蘭本線 志文から分岐する万字線は図幅地域外を南縁に沿って走り 万字 にいたっている。 これら国鉄ならびに私鉄から分岐する炭砿専用鉄道ないし軌道は数多く敷設されている。 これらについてはここでは省略する。
さらにこれらの鉄道と平行する主要市街地を結ぶバス路線があって, 運行回数も非常に多くきわめて交通に便利である。 これら近距離定期便のほか, 奔別・美唄・万字などの主要地点と札幌とを結ぶ長距離バス便もかなり運行回数がある。
しかし, 図幅地域内を南北に結ぶ交通機関は, 函館本線, 室蘭本線およびこれに平行する国道を除いては皆無である。 また, これらを除いて南北方向には徒歩連絡できるような道路も皆無に近い。
本図幅地域に分布する地層は白堊紀から第四紀にわたる堆積岩であって, 第 1 表のように区分される。
白堊系 は図幅地域の東部に広く分布し, さらに中央部よりにきわめて狭いながらも3ヶ所に露出している。 とくに, 東部の幾春別川本流に沿って露出する白堊系は, 北海道の白堊系のうち最も代表的なもので, これまでに多くの人々によって調査研究がなされてきた。 図幅地域の白堊系は北方の空知背斜地域に広く発達するものの延長であり, 北海道中軸帯白堊系の堆積盆地(蝦夷地向斜)の西側の縁辺部に近い堆積相を示す。 この白堊系は, 平行不整合関係をもって古第三系石狩層群に覆われる整合一連の地層で, 下位から中部蝦夷層群, 上部蝦夷層群および函淵層群に区分される。 中部蝦夷層群が最も広く分布し, 下部蝦夷層群は当地域にみられない。 中部蝦夷層群および上部蝦夷層群は, 大局的にみると空知背斜西翼のものに類似するが, 幾春別背斜南端部では北方のものとかなり堆積相を異にし(堆積物が粗くなり, または層厚がかなり減少する), 南方の夕張地域のものに類似する。
中部蝦夷層群は最大 1,400 m あまりの厚さに達し, 主部と最上部の三笠層とに区分される。 主部(厚さ 1,000 m 内外)は泥岩および砂岩から構成され, とくに中部に湯の沢砂岩と呼ばれている厚い砂岩層を挾む。 主部では化石の産出が全体として多くはない。 三笠層(厚さ 170~400 m)は砂岩を主とし, 礫岩・シルト岩を伴う浅海性, 一部瀕海性の堆積物であって, 三角貝などの化石に富む。 層相の側方変化が著しく, シルト岩が優勢になり, アンモナイト・イノセラムスの化石に富む相・礫岩が多くなり, アンモナイト・イノセラムスの化石に乏しい相・ 後者に顕著な Ostrea 層を含む相などが識別される。 上部蝦夷層群は 500 m あまりの厚さを有し, 細粒堆積物を主とするが最下部ではより粗くなり, 全体を通じてアンモナイト・イノセラムスの化石を多量に含む。 さらに, 本層群の下部では 空知背斜西翼の場合と同様に 緑色砂岩が種々の層準に挾在することも特徴的であるが, 中部では空知背斜東翼における月見層のような厚い凝灰質岩層が発達しない。 函淵層群は少なくとも 100 m あまりの厚さを有し, 砂岩・礫岩などから構成される浅海性, 部分的に瀕海性の堆積物である。
白堊系は古第三系との間に著しい構造的間隙を示さない。 しかし, 図幅地域東部に広く分布する白堊系は 大局的にみると東から西へ向って, また北から南へ向って より下位の層準が石狩層群に被覆されるようになる。 白堊系の主体は北方の空知背斜から連続する幾春別背斜の中核をなす。 この幾春別背斜は軸面が東方に傾斜する転倒背斜で, 南方に向って沈下する。 白堊系は多数の衝上断層によって切られ, その主要なものは 盤の沢衝上断層・ 奔別 衝上断層・ 幾春別背斜を形成する白堊系地域の西縁部を走る断層である。 さらに, 白堊系地域には NNW - SSE または NW - SE 方向の断層(あるものは衝上性)が発達している。
古第三系 は, 幾春別背斜の西側, 図幅地域の中央部に南北に広く, さらに同背斜の南側から東側にかけて露出し, 非海成の堆積物を主とし含炭する石狩層群と, その上位に平行不整合で重なる海成の幌内層とに2大別される。 これら古第三系は, 本邦最大の炭田の1つである石狩炭田の夾炭層とその上位の被覆層であることから, 古くから多くの研究者によって調査研究されてきた。
石狩炭田は, これら古第三系の層序・分布・地質構造の違いから 北の空知地区と南の夕張地区とに分けられ, その境界は本図幅地域の北部, 奔別衝上断層の東西方向の部分によって示される線である。
石狩層群は, 下位から登川層, 幌加別層, 夕張層, 若鍋層, 美唄層, 幾春別層, 平岸層および芦別層の8層に区分され, 本図幅地域の北部, 空知地区に含まれる地域では, これら8層が下から上までほぼ完全に揃って発達するのに対して, 南部の夕張地区に含まれる地域では, わずかに若鍋層と幾春別層の2層が認められるにすぎない。 これら各層の関係は整合一連と考えられ, 夕張地区における美唄層の欠除は, 陸化削剥によるものではなく不堆積であると考えられる。 若鍋層は, 美唄川上流地域において, その基底部に含炭するところがあるほか, 全域を通じて海成相を示し, 美唄層・幾春別層の一部および平岸層は汽水相を示している。 また, 幌加別層および若鍋層を除いて各層中には稼行可能な炭層が挾有されている。
石狩層群は, 空知地区に含まれる図幅地域北部では, 最大 3,500 m, 南部の夕張地区では 500 m 以下と厚さにも著しいひらきがある。
幌内層は, 南部の夕張地区に属する地域にだけ分布している。 しかも, 古第三系の分布地域の大半を占め, 石狩層群は 白堊系の分布地域の縁辺部と背斜構造の頂部に わずかに顔を出しているにすぎないほどである。 本層は全層を通じて 一見 区別することの困難な灰黒色の泥岩からなるが, 含有化石の有無・種類・個体数, さらにマール [ 泥灰岩 ] や玄能石 [ Glendonite ] の含有状態, 微細な岩相の差から 基底相である A0 帯および A 帯から F 帯にわたる6帯に区分される。 大局的にみると, 本層中 D 帯の上部ないしは E 帯より上位では 化石群の構成が変ると同時に, 岩相も泥質からシルト質, かつ凝灰質となり, かつ凝灰質砂岩の薄層を挾むようになる。 したがって E 帯以上をもって幌内層上部とし, その下位の各帯を一括して同層下部とした。
本図幅地域では, 夕張地方にみられる G 帯 60) 以上を欠き, 新第三系に平行不整合関係で覆われ, 全層厚は 1,600 m 以上に達する。
古第三系は, 前にも述べたように, 大局的には, 東から西へ向って, また北から南へ向って白堊系のより下位の層準に接している。 さらに, 地域によって, 白堊系に接する古第三系の層準にも差がある。 すなわち, 図幅地域の北東部では, 登川層が, 中部の唐松沢では夕張層が, 図幅南部の夕張地区に属する地域では若鍋層または幾春別層が, それぞれ白堊系に接している。 しかし, これらの関係は, いずれも平行不整合であって, その間には構造間隙は認められない。 また, 石狩層群と幌内層との関係も, 平行不整合であって, 両者の間には, 同じく構造的間隙はない。
図幅北部の石狩層群の構造は, NNE - SSW 方向の空知・幾春別背斜の西翼から派出した一種の鼻状構造であって, NNE - SSW~ENE - WSW 方向のゆるやかな複背斜構造によって特徴づけられる。 その西縁から南縁にかけては 約 60°の角度で彎曲する奔別衝上断層によって限られている。
南部, 幾春別背斜の西側の古第三系は, 大局的にみて, 西~南西にひらいた一大複向斜構造に支配されている。 その南東翼すなわち幾春別背斜の北西翼は急斜あるいは逆転し, 夕張衝上断層, 幾春別衝上断層などの大規模な衝上断層を伴っている。 北翼は, 大局 南へゆるく傾斜するが, 奔別衝上断層の副断層として生じた鳥居沢, 弥生, 唐松沢などの衝上断層を伴っている。 この一大複向斜構造の中には, 幌内背斜があり, 西側は NS 性の三笠断層および幌内断層に切られる。
幾春別背斜の南側から東側にかけて分布する古第三系は, 白堊系とともに幾春別背斜の構造に支配され, 同背斜の南側では直立ないし逆転し, 東側では, 白堊系とともに東からの衝上断層による覆瓦構造に支配されている。
新第三系 は, 図幅地域の南西部に広く分布し, 幌内層上部を平行不整合関係で覆う滝の上層, この上位に整合一連の関係で累重する川端層, 岩見沢層, 追分層, 峰延 層に区分される。 これらはいずれも海成相を示している。
これらのほかに, 奔別衝上断層の南側と, 図幅地域中央南寄りの一部に非海性の朝日層がある。 朝日層は新第三系最下部のものとしたが, 他の諸層とはすべて断層関係にあって, 正確な層準については, 未だ決定的な資料はない。
朝日層は, 稼行可能な炭層数枚を挾有する純然たる陸成相である。 滝の上層は下部の砂岩と上部の泥岩層に分けられ, 浅海から深い海への堆積輪廻を示し, 化石動物群もこれを反映して, 上部により深い海の貝化石を産する。 川端層は, 南部のそれが上下を通じて 礫岩・砂岩および泥岩の複互層あるいは砂岩および泥岩の互層からなるのに対して, 本図幅地域では, 上部に泥質相が卓越し, この泥質相は本図幅南縁付近から以南では, 急激に砂岩および泥岩互層に置き換えられて行く。 岩見沢層は硬質頁岩からなり, その上位のシルト岩からなる追分層とは互いに側方移化の関係にある。 すなわち, 岩見沢層の硬質頁岩は, ところによってはその大部分を追分層のシルト岩相によって置き換えられている。 峰延層は, 主として細粒砂岩からなり, その中・下部に海棲貝化石を多産する。 新第三系の全体の厚さは, 本図幅地域内において, 最大 4,300 m と推定される。
これら新第三系は, 南北方向の緩やかな褶曲構造に支配される。 奔別衝上断層はこの褶曲構造を切って石狩層群を新第三系の上に衝上させている。 また, 新第三系分布地域の南東部には, 新第三系の構造方向に斜交する NE - SW 方向の断層 さらに走向に平行する NS 方向の断層が発達する。 これらのうち, 二の沢断層は, 南部において東へ変針し, 奔別衝上断層に類似した走向をとっている。
第四系 は, 主として図幅地域の西部に広く分布するほか, 各河川の流路に沿って分布している。 これらは, 石狩平野周縁の低い丘陵地を構成する 茂世丑 層, 各河川の河岸段丘堆積物および沖積層に分けられ, いずれも造構造運動によって転位した新第三紀以前の地層をほぼ水平に覆っている。
下限は不明であるが, 厚さは 1,400 m あまりに達する。 主部と最上部とに区分され, 両者は整合関係にある。
主部は幾春別背斜の中核をなして分布する。 1,000 m あまりの厚さを有し, 頁岩質の泥岩・砂質泥岩および砂岩から構成され, 砂岩はとくに中部および最上部に優勢である。 堆積物にはしばしば層理および葉理が発達している。 凝灰岩は乏しく, 石灰質団塊は全体として多くはなく, また化石も全体として少数で, アンモナイトが優勢である。
最上部は幾春別背斜の両翼に発達するほかに, 奔別衝上断層・鳥居沢衝上断層の北側において きわめて狭いながらも3ヶ所に露出している。 最上部は三笠層といわれる浅海性, 一部瀕海性の堆積物で, 厚さは 170~400 m 内外で, 層相変化が著しく, 種々の粒度の砂岩を主体とし, シルト岩および礫岩を伴う。 地層は一般に無層理で, 葉理の発達も不良であり, 凝灰岩がまれに挾在する。 石灰質団塊は, 本層群の主部では扁平なものが多いのに反して, 一般に球状で, しかも大型であり, しばしば化石を多量に包蔵している。 化石はさらに砂岩およびシルト岩自体にもしばしば豊富に含まれる。 化石では三角貝などの浅海棲貝化石が圧倒的に優勢であり, さらにアンモナイトおよびイノセラムスもある部分には多産する。
下位から Ma・Mb・Mc・Md および Me の5層に区分され, 各層間の岩質変化は急激である。 各層の堆積相は側方変化をある程度示すので, 幾春別川本流に沿って標式的に発達するもの(第 4 図)を α 相とし, その他のものを β(および γ など)相として識別する(第 5 図)。
泥質岩を主とする地層で, 砂岩などの含有量によって 下部(Ma1)・中部(Ma2)および上部(Ma3)に区分することができる。 下部は砂岩の薄層をひんぱんに挾んで互層を呈し, 上部にも砂岩の薄層が少なくない。 堆積相の側方変化は著しくはないが, α 相および β 相に区別される。 厚さは少なくとも 300 m である。
α 相 : 幾春別川本流流域および奔別川流域に発達する。 幾春別川本流沿いでは, 下限が不明であるが, 少なくとも 300 m 内外の厚さを有する。 ここでは Ma1 は 50 m 内外の厚さを有し, 級化層理(graded bedding)を示し, 砂岩と泥質岩とがほぼ等量の細互層から構成される。 互層をなす砂岩は灰色~暗灰色(風化すると灰白色)を呈し, 細粒~中粒で, 葉理が発達するためにしばしば薄い板状に剥げる。 泥質岩は一般に砂岩の葉層が発達した暗灰色泥岩(頁岩質 [ 以下の [注1] 参照 ] )である。 互層を構成する砂岩部・泥質岩部の厚さは一般に 2~10 cm で, ときには 0.3 m 内外となる。 砂岩部はときどき最下部がより粗くなっている以外では, 一般に大部分にわたって粒度の級化(gradation)を明瞭に示さず, また下底面上にはしばしば sole markings(流痕および生痕)が発達する。 このようなことは Ma1 より上位の地層中における砂岩泥質岩細互層の場合についてもいえる。 砂岩は鏡下では, 泥質長石質砂岩(長石質グレイワッケ) [ 以下の [注2] 参照 ] に属し, 砂粒は 多量の石英・斜長石のほかに 微斜長石・黒雲母・輝石・ジルコン・岩石粒(チャート・スレート)などから 構成されている。 炭質物微片が砂岩にも泥質岩にもしばしば縞状に含有される。 Ma2 は約 170 m の厚さを有し, 主として砂岩の葉層が発達した暗灰色泥岩(頁岩質)から構成されるが, 砂岩の葉層をほとんど, または全く含まない泥岩も少なくない。 これらにはときどき層理が発達する。 細粒砂岩の薄層(厚さ 5 cm 以下)がまれに挾在している。 Ma3 は厚さ約 80 m で, Ma2 の場合と同様の岩相からなるが, 地層が全体として粗くなる。 すなわち, 砂岩の薄層(厚さは一般に 5~10 cm, ときには 0.3 m)が少なからず挾有され, 部分によっては泥質岩と細互層をなすこともある。 これらの砂岩にもしばしば炭質物微片が縞状に含有されているが, 量的には Ma1 の場合に較べてはるかに少ない。なお, Ma の泥岩は一般にシルト質の泥岩で, このことは中部蝦夷層群主部全体についていえる。
凝灰質岩は Ma1 には挾在しないようである。 しかし, Ma2 および Ma3 では淡灰緑色~淡青緑色の凝灰岩および凝灰質砂岩がまれに存在し, それらの厚さは一般に 5 cm 以下であるが, Ma2 には 4 m 近くの厚さを有すると思われる凝灰岩が挾在する。 この厚い凝灰岩は鏡下ではガラス結晶質で, 石英・斜長石(中性長石)・黒雲母・ジルコン・燐灰石などの結晶を含み, 石英安山岩質と思われる [ 以下の [注] 参照 ] 。 石灰質団塊は Ma1 にはみいだされなかったが, Ma2 では全体として少数であるが, その下部の方には比較的 扁平なものが普通に含まれ, Ma3 においても通常 扁平な形を呈するものが少なからず含有されている。 化石は Ma1 から発見されなかったが, Ma2 では少数みいだされ, Ma3 からはまれにしか採集されなかった。
奔別川流域では Ma1 は背斜軸部の北部だけに露出する。 この区域の北部(背斜西翼)における Ma3 では, 砂岩の薄層がよりひんぱんに挾在し, 砂岩泥質岩細互層を呈する部分が多い。 このような岩相を α' 相として典型的な α 相から区別する。
β 相 : 幌内東方に発達する。 Ma1 は露出していない。 Ma2 - Ma3 は, α 相の場合と同様に砂岩の葉層が発達した暗灰色泥岩(頁岩質)を主とするが, 泥岩は全体としてより粗粒となって, かなりシルト質である。 また, 砂岩・泥質岩(いずれにも葉理が発達する)細互層を呈する部分も少なくなく, このような部分は最も厚い場合 20 m 内外となる。 細互層を構成する砂岩部はしばしば明瞭な級化を示し, 通常 粗粒砂に始まり, 主体は中粒砂を主とし細粒砂・粗粒砂を混え, しばしば炭質物微片を縞状に含み, ときどき石炭の葉層(最大の厚さ 1 cm)を挾み, さらに石炭の断片(厚さ 0.1 m, 長さ 0.2 m)をも数地点において包含している。 要するに, 砂岩の粒度が α 相の場合よりも粗い。 これに反して, α 相の Ma2 - Ma3 の砂岩では細粒砂が中粒砂よりも優勢であり, 炭質物微片の含有量が少ない。
なお, 南部では Ma2 の上部に異常堆積を示す地層(厚さ 4~5 m)が挾在する。 この地層は無層理で, 淘汰が著しく不良で, シルト岩(部分的に細砂質シルト岩)中に粗粒砂を不規則な網目状に含み, 波状をなす砂岩薄層を挾み, また礫質泥岩(厚さ約 1.5 m)を伴う。 さらに, この地層には例外的に二枚貝(イノセラムスを除く)・巻貝の化石が多数に含まれている。 この場合の礫質泥岩(図版 1)は, 元来 他の場所に堆積した同一層準 または直下の地層から由来したとみなされる多数の石灰質団塊 (周囲の正常な堆積を示す泥岩中に含まれる団塊とは性状を全く異にする) を雑然として含み, またごくわずかの外来の中円礫(種類は古期砂岩・チャート・ホルンフェルス), さらに級化を示す砂岩の薄層を挾み, 石炭のパッチをも含有する。 この種の異常堆積層は Ma3 にも存在するが, その場合には波状を呈する砂岩薄層および礫質泥岩の部分がみられない。
湯の沢砂岩層 50) と呼ばれてきた中部蝦夷層群 中部の砂岩に富む地層の下部に相当する。 厚さは 180~230 m で, 砂岩および泥質岩から構成され, 級化層理がよく発達し, 全体としてみると下部より上部へ向ってより細粒になる。 下位の Ma への岩相変化は急激である。 下部(Mb1)では砂岩が泥質岩よりも優勢であり, 上部(Mb2)では逆に泥質岩が砂岩よりも卓越する。 層相は顕著な側方変化を示さないが, α 相・β 相・γ 相に区別される。
α 相 : 幾春別川本流沿いに発達し, 約 180 m の厚さを有する。 Mb1 は厚さが 80 m 内外で, 下部は主として砂岩, 中部 - 上部は主として砂岩泥質岩互層(級化互層)から構成される。 下部における砂岩は灰色~暗灰色を呈し, 中粒~細粒で, ときに粗粒部を混え, ところどころに厚さ 0.1 m 内外の泥質岩を挾むことによって層理(級化層理)を示す。 中部 - 上部を構成する互層(大部分が細互層)では 砂岩部の方が泥質岩部よりもむしろ優勢である。 砂岩は概して暗灰色~灰色であるがときに青灰色を呈し, 細粒~中粒であり, 葉理がよく発達する。 砂岩部では最下部がときどきより粗くなっている以外では, 大部分にわたって級化が一般に不明瞭である。 泥質岩は砂岩の葉層が発達した暗灰色泥岩である。 互層を構成する砂岩部・泥質岩部の厚さは通常 0.1~0.3 m で, ときには 1 m 内外に及ぶ。 なお, 砂岩には炭質物微片が縞状に含まれている。 Mb2 は 100 m 内外の厚さを有し, 砂岩の葉層が発達した泥岩(頁岩質)を主体とし, 下部に比較的厚い砂岩(厚さ約 20 m), 上部に比較的厚い砂岩泥質岩互層(大部分が細互層, 厚さ約 20 m)を伴い, ほかにも砂岩薄層をわずかに挾んでいる。 下部の砂岩層は緑灰色~青灰色 中粒砂岩から構成され, 厚さ 0.1 m 以下の泥質岩を挾有することによって 0.3~1 m おきに級化層理を示す。 上部における互層(級化互層)部では 構成員の砂岩部と泥質岩部(砂岩の葉層が発達する)とはほぼ等量で, おのおのの厚さは通常 0.1~0.3 m, ときに 1 m 内外である。 砂岩部は級化が一般に不明瞭で, 細粒~中粒で, 部分的に炭質物微片を縞状に含んでいる。 なお, 泥質岩中にもときどき炭質物微片が含有されることがある。 Mb2 における炭質物微片の量および砂岩中の葉理の発達は Mb1 の場合に較べて全体として劣っている。 このことは後述する他の相についてもいえる。 砂岩は鏡下では泥質長石質砂岩(長石質グレイワッケ)にあたり, 砂粒は 多量の石英・斜長石のほかに 黒雲母・柘榴石・ジルコン・金紅石,少量の岩石粒(火山岩・チャート・スレート)からなる。
凝灰質岩としては, Mb1 に厚さ約 2.5 m の凝灰岩, Mb2 に厚さ 1 cm および 30 cm の凝灰岩, 厚さ 5 cm の凝灰質砂岩が挾在する。 これらの凝灰岩は鏡下ではガラス質~ガラス結晶質で, 石英・斜長石(中性長石)・黒雲母・柘榴石・ジルコン・燐灰石などの結晶を含み, 石英安山岩質と考えられる。 さらに, Mb2 には厚さ約 0.3 m の灰色を呈する結晶質凝灰岩が認められる。 このものは鏡下では, きわめて多量の斜長石(曹灰長石・亜灰長石で, 自形を呈するものが多く, しばしば累帯構造を示す)・比較的多量の輝石のほかに, きわめて少量の石英(円磨を受けている)・ 柘榴石・ ジルコン・ 燐灰石・ 火山ガラス・ 少量の岩石粒(安山岩が多い, ほかにチャート・スレート)から構成され, 膠結物質が炭酸塩鉱物である。 この凝灰岩は構成成分からみると輝石安山岩質とみなされる。 石灰質団塊は扁平なものが Mb2 にごくわずかに含まれるが, Mb1 にはほとんどみいだされない。 化石の産出は Mb1 でも Mb2 でもごくわずかである。
なお, 北方の奔別川流域では, 幾春別川本流の場合に較べて本層の全体を通じて, 砂岩中における葉理の発達が悪くなり, かつ, 炭質物微片の量が減少する。
β 相 : 幌内東方の北部および中部に発達する。 層相は α 相の場合とほとんど同じである。 しかし, Mb1 について次のような差異が認められる。 砂岩泥質岩細互層では砂岩部が泥質岩部よりもかなり優勢になる。 砂岩部はしばしば粗粒砂に始まり, 全体としてより粗粒となるために, 級化を明瞭に示すことが少なくない。 砂岩には葉理がよりよく発達し, かつ炭質物微片がより多量に含まれる。 さらに, 南部では級化互層を構成する泥質岩部の頂上部が しばしば泥灰岩(marlstone または marlite)~粘土質泥灰岩によって占められている。 Mb2 においても, 南部の場合, 細互層を構成する砂岩は α 相の場合に較べて葉理がよりよく発達し, 炭質物微片の量も増加する。 石灰質団塊も Mb1 においてはより多く含まれている。 要するに, 砂岩の量が全体として α 相の場合よりも増加する。 厚さは α 相の場合よりも増して 230 m 内外となり, Mb1 では約 100~110 m, Mb2 では約 110~120 m である。
γ 相 : 幌内の東方の南部および幾春別背斜南端部に発達する。 層相は α 相・β 相のものとほぼ類似するが, しかし次のような差異が指摘される。 すなわち, Mb1 では砂岩泥質岩細互層中にときどき泥質岩が比較的厚く発達することがあり, Mb2 では α 相の場合にみられるような厚い砂岩層が砂岩泥質岩細互層に交代されている。 また, 細互層では Mb1 の場合, 通常 砂岩と泥質岩とがほぼ等量であり, Mb2 においては一般に後者が前者よりも優勢である。 要するに, 砂岩の量が α・β 相の場合に較べて全体として減少する。 炭質物微片は α 相の場合と同様に β 相の Mb に較べて全体として乏しくなる。 なお, Mb1 の厚さは少なくとも 90 m, Mb2 の厚さは α・β 相の場合よりも薄くなって, 70~90 mである。
以上に述べたような本層の α・β・γ 相間における岩相・層厚の差異の概略は 「 [ II.2.5 ] 堆積相」のところで表示されるとおりである(第 9 表)。
湯の沢砂岩層と呼ばれてきた地層の上部に相当する。 ほとんど全く砂岩によって代表され, 120~170 m の厚さを有する。 下位の Mb への岩相変化は比較的急激である。 堆積相の側方変化はきわめてわずかであるが, α 相と β 相とに区別することができる。
α 相 : 幾春別川本流流域および幌内北東方に発達する。 幾春別川本流沿いでは層厚が約 120 m である。 砂岩は灰色・青灰色を呈し, 一般に中粒であるが部分的に粗粒となる。 砂岩は 泥岩の薄層(厚さは通常 5 cm 以下, ときに 10 cm)をひんぱんに挾んで 0.3~1.5 m 内外おきに層理(しばしば級化層理)を示し, ときどき粗粒(一部極粗粒)に始まる顕著な級化を示す。 なお, 砂岩にはしばしば炭質物微片が縞状に含まれ, またしばしば sole markings が認められる。 砂岩は鏡下では泥質長石質砂岩(長石質グレイワッケ)に相当し, 多量の石英・斜長石のほかに, 黒雲母・柘榴石・ジルコン・金紅石・少量の岩石粒(火山岩・チャート・スレート) などを含む。 薄層として挾在する泥岩はしばしば砂岩の葉層を多数に含み, また炭質物微片を縞状に含有する。
幾春別川本流沿いでは岩相的に下部・上部および最上部に区分することができる。 下部および最上部では上部に較べて泥岩の挾在がより多くなり, 砂岩層の厚さが薄くなる, すなわち層理がよりよく発達するようになる。 さらに, 上部の最下部(厚さ 1.5 m 内外)における砂岩は無層理で, 淘汰が著しく不良で, かなりシルト質を帯び, 中円礫(種類はチャート・古期砂岩・ホルンフェルスのほかに玢岩・流紋岩・安山岩)を 少なからず含む。 この地層は堆積機構からみると異常堆積を示す礫質泥岩にむしろ準ずるものであろう。 上部の上部(厚さ 10 数 m)では粗粒砂岩(ところどころ細礫質)が卓越し, さらに漣痕(図版 2)が観察される。 この漣痕は 彎曲漣痕(curved ripple mark)と 典型的な水流漣痕(water current ripple)との中間型とみなされるであろう。 要するに, 上部では下部・最上部に較べて堆積物が全体として粗くなっている。 凝灰質岩・石灰質団塊および化石はみいだされなかった。
β 相 : 幌内 南東方および幾春別背斜 南端部に発達する。 層厚は α 相の場合よりも増大して 150~170 m 内外となる。 岩相は α 相の場合とほとんど変らず, やはり中部がより粗くなっているが, α 相の上部にみられるような礫質部が存在しない。 さらに, 泥質岩の挾有が少なくなり, そのために地層は全体として層理の発達が不良になり, 無層理 [ 以下の [注] 参照 ] を呈することが多いが, ときどき厚層理~極厚層理を示す部分もみられる。
厚さ 130~300 m。 下位の Mc への岩相変化は急激で, 主として砂質泥岩・泥岩から構成され, 砂岩などの含有量によって 下部(Md1)・中部(Md2)および上部(Md3)に区分される。 堆積相の側方変化は必ずしも著しくはないが, α・β・γ・δ の4相に識別される。
α 相 : 幾春別川本流流域および幌内 北東方に発達する。 幾春別川本流沿いでは約 300 m の厚さを示す。 ここでは, Md1 は暗灰色泥岩・砂質泥岩(頁岩質)を主とし, 最下部には砂岩の葉層が縞状に発達する。 砂岩の薄層(厚さ 0.1 m 以下)がまれに挾在する。 層厚は 80 m 内外である。 Md2 は厚さ約 120 m で, 泥岩(頁岩質)から構成されるが, 下部 - 中部には砂岩の葉層が発達する。 青灰色の細粒砂岩および暗灰色の石灰質細粒砂岩(いずれも厚さは 0.1 m 以下)が わずかに挾在する。 砂岩は鏡下では泥質長石質砂岩(長石質グレイワッケ)に相当し, 多量の石英・斜長石のほかに, 微斜長石・黒雲母・柘榴石・ジルコン・金紅石・岩石粒(チャート・スレート・火山岩) などから構成されている。 Md3 は主として砂岩の葉層が発達した泥岩(頁岩質)からなり, 厚さは 100 m 内外である。 砂岩の薄層(厚さ 5~20 cm)が上半部に少なからず挾有される。 砂岩薄層は Md1・Md2 のものに較べてしばしばより厚くなる。 本層の泥岩は一般にシルト質泥岩である。 本層全体を通じて泥質岩にはしばしば層理が発達している。
凝灰岩および凝灰質砂岩の薄層(厚さ 5 cm 以下)は 本層の全体を通じてまれにしか挾在しない。 Md2 の凝灰岩は鏡下ではガラス結晶質で, 斜長石(亜灰長石・曹灰長石で, しばしば累帯構造を示す)・黒雲母(きわめてまれ)・ジルコンなどの結晶を含み, 安山岩質である。 石灰質団塊は Md1 ではまれであるが, Md2 では少なからず含有され, 通常 扁平な形を呈し, しばしば長径 0.5 m ないしそれ以上の大型になる。 団塊は Md3 では全体として乏しいが, やはりときどき大型のものがみられる。 化石は全体としてわずかであり, Md1 ではみいだされなかったが, Md2 では Md3 の場合に較べてより多い。 アンモナイトは Md2 に優勢で, とくに Mortoniceras imaii (YABE & SHIMIZU) の産出が特徴的である。 イノセラムスは Md3 に優勢である。 炭質物微片は Md1 および Md2 において, とくに砂岩中に少量含まれている。 なお, α 相を示す Md の厚さは南方に向って減少し, α 相地域の最南部では 220 m 内外になる。
β 相 : 幌内 南東方に発達する。 本層の主体をなす泥質岩は α 相のものよりも粗くなって, シルト岩のことが多い。 層厚は α 相の場合に較べて薄く, 一般に 200 m 内外である。
γ 相 : 幾春別背斜 南端部に発達する。 北部では β 相と同様に約 200 m の厚さを有するが, 南方および西方へ向って次第に層厚を減じ, 最南部または最西部では厚さが約 130 m [ 以下の [注] 参照 ] になる。 なお, 下部に砂岩の薄層がひんぱんに挾在することも特徴的である。
δ 相 : 奔別川流域に発達する。 他の相がすべて幾春別背斜の東翼を占めているのに反して, γ 相は西翼だけに分布する。 東側が断層に限られているために Md1 が露出しない。 Md2 は α 相の場合よりも厚くなり, 少なくとも 160 m の厚さを有し, また砂岩の薄層をひんぱんに挾有し, そのためにしばしば砂岩泥質岩細互層の部分が発達する。 この細互層を構成する砂岩には炭質物微片の葉層があまり発達していない。 さらに, Md2 では他の相の場合と異なって二枚貝化石(イノセラムスを除く)が少なからず産出する。
幾春別背斜 東翼では南方に向って薄化し, 南部では全く消滅して三笠層の最下部に移化する。 下位の Md への岩相変化は急激で, 砂岩を主とし, 泥質岩を伴う。 堆積物は大局的にみると, 下部から上部に向って粒度を減ずる。 層厚は最大 110 m 内外である。 堆積相の側方変化が著しく, α・β・γ・δ の4相に区別される。
α 相(第 6 図): 幾春別川本流付近に発達する。 本流沿いでは, 厚さが約 110 m で, 下部 - 中部(Me1)および上部(Me2)に区分される。 粗粒堆積物は下部 - 中部に, 細粒堆積物は上部に優勢である。 Me1 は約 75 m の厚さを有し, 主として砂岩から構成され, 下部に厚さ約 10 m の泥質岩層を挾む。 砂岩は緑灰色を呈し, おおむね中粒で, 部分的に粗粒となり, さらにわずかの部分において細礫質を帯びる。 砂岩は概して無層理であるが, ときどき厚層理を示し, 部分的に泥岩の薄層(厚さ 0.1 m 以下)および葉層を挾み, さらに団塊状の石灰質部および泥岩の偽礫を含む。 炭質物微片は下半部の砂岩中に含有されている。 砂岩は鏡下では泥質長石質~泥質亜長石質砂岩(長石質グレイワッケ)にあたり, 石英・斜長石に富み, 少量の岩石粒(チャートが優勢, ほかにスレート・火山岩), さらに微斜長石・黒雲母・電気石・柘榴石・褐簾石・ジルコンなどを含む。 下部に挾在する泥質岩層は 細粒砂岩の薄層(厚さ 0.1~0.3 m)を少なからず挾む細砂質シルト岩と, その上位にくる砂岩葉層をひんぱんに挾むシルト岩から構成され, いずれにも層理が発達している。 Me2 は厚さが約 35 m で, シルト岩と細粒砂岩との細互層(前者が後者よりも優勢)に始まり, 砂岩葉層をひんぱんに含むシルト岩(頁岩質)を主体とし, 上部は厚層理~中層理を示す中粒砂岩からなる。 上限部約 0.3 m は泥岩偽礫を含む粗粒砂岩によって占められている。
要するに, Me2 では, Me1 の場合に較べて砂岩は全体として粒度を減じ, また, 泥質岩中に挾在する砂岩薄層も少なくなる。 さらに, 砂岩における層理も大局的にみると Me の下部から上部へ向って発達するようになる。 凝灰質岩はほとんど挾在していないようである。 石灰質団塊は Me2 においてごくわずかに含まれているにすぎない。 化石も Me2 からきわめてまれにしかみいだされていない。
β 相(第 6 図): 幾春別 南南東方に発達する。 後述の γ 相の場合と同様に, α 相の場合に較べて層厚がはるかに薄くなり, かつ泥質岩が乏しくなる。 標式的発達地の桂沢発電所 南西方の沢では約 55 m の厚さを有する。 最下部は無層理細粒砂岩から構成され, 下部 - 中部は無層理~厚層理中粒砂岩(ごく一部では粗粒砂岩を, また葉理を示す砂質泥岩の薄層をわずかに挾有する)を主とし, 下部に多少厚い泥質岩を伴い, 中部に団塊状の石灰質部および石灰質団塊をわずかに含む。 上部は無層理細粒砂岩, 最上部は 中層理~厚層理中粒~細粒砂岩(砂岩葉層が発達した泥岩の薄層を挾む)から構成される。 泥質岩は前述のように α 相の場合よりもはるかに乏しくなるが, 後述の γ 相の場合よりも発達している。 岩相層序的には, 最下部 - 中部(厚さ約 40 m)が α 相の Me1 に, 上部 - 最上部(厚さ約 15 m)が α 相の Me2 に相当する。
γ 相 : 幌内 東方に発達する。 層厚は 50 m 内外を最大とするが, 南方へ向って薄化する [ 以下の [注] 参照 ] 。 中粒(一部粗粒)砂岩からなるが, α・β 相の場合と異なって層理をほとんど示さず (ごくわずかの部分において厚層理~中層理を示す), また泥質岩をほとんど挾有しない。 炭質物微片はとくに下部において縞状をなして含まれる。
δ 相(第 6 図): 他の相がすべて幾春別背斜 東翼に分布するのに対して, δ 相は西翼だけに発達する。 奔別川本流沿いでは α 相の場合と同様に 100 m あまりの厚さを示す。 全層にわたって類似した岩相から構成されるために, すなわち, ほとんど砂岩泥質岩細互層(級化互層)からなるために, α 相の場合のように岩相層序的にはっきりと細分することができない。 しかし, α 相において上部(Me2)が下部 - 中部(Me1)よりも細粒になるのと同様に, 上部では下部 - 中部に較べて細粒堆積物がより多くなる。
下限には厚さ約 0.3 m の緑灰色凝灰質砂岩が存在する。 このものは下半部が極細粒~細粒, 上半部が中粒~粗粒である。 鏡下では 多量の石英・斜長石(中性長石)・緑色砂粒(火山ガラスの変質したもの)のほかに, 黒雲母・電気石・柘榴石・ジルコン・燐灰石などを含み, 基質は凝灰質物質である。 細互層を構成する砂岩部は 最下部がときどきより粗くなっている以外では, 一般に大部分にわたって明瞭な級化を示さない。 砂岩は青灰色~灰色を呈し, 細粒~中粒で, 葉理が発達し, 炭質物微片を縞状に含む。 泥質岩は一般に砂岩の葉層が発達した泥岩であるが, 本層の上半部では泥岩の粒度がしばしば細かくなり, また砂岩の葉層が減少する。 本層の主体をなす細互層では, 通常 砂岩部が泥質岩部よりも優勢であるが, 上部では両者が通常ほぼ等量となり, さらに砂岩が減じて 砂岩の薄層をわずかにしか挾有しない泥質岩および それをほとんど含まない泥質岩が発達する部分もみられるようになる。 個々の互層を構成する砂岩部は厚さが慨して 3~10 cm, しばしば 30 cm で, 大局的にみると本層の下部から上部へ向って粒度および炭質物微片の含有量を減ずる。 要するに, 堆積物が下部から上部へ向って全体として細かくなり, 炭質物微片の量が減少するという傾向は α 相の場合と調和的である。 凝灰質岩は下限におけるもの以外にはほとんど含まれていないようであり, 石灰質団塊・化石も上部からごくまれにみいだされているにすぎない。 なお, 最下部には石炭のパッチが含有されている。
中部蝦夷層群 主部から採集された化石は第 3 表のとおりである。
三笠層 [ = 中部蝦夷層群の最上部 ] は幾春別川本流に沿って標式的に露出する。 堆積相の側方変化が顕著で, 幾春別背斜 東翼北部のものを α 相(桂沢相), 西翼北部のものを β 相(奔別相), 背斜南端部のものを γ 相(ミルトマップ相), 西翼南部のものを δ 相(石油沢相)として区別する(第 7 図)。 さらに, 三笠層は図幅地域中央部において奔別衝上断層・鳥居沢衝上断層の北側に沿って, きわめて狭いながらも3ヶ所に露出している。 なお, 本層は幾春別背斜の全域を通じて4層に区分され得るが [ 以下の [注] 参照 ] , 4層のそれぞれは前記の諸相を通じて必ずしも同一層準を示さない。
幾春別川本流沿いに標式的に露出し, ここでは約 410 m の厚さを有する。 最下部(Ta)・下部(Tb)・中部(Tc)および上部(Td)の4層に区分され [ 以下の [注] 参照 ] , 各層間の岩相変化は急激ではない。 Ta および Tc は細粒堆積物によって構成され, Tb および Td はむしろ粗粒堆積物に富む。 三角貝の化石は Tb の下半部に豊富で, Td の上部にも少なくない。 ここでは幾春別川本流沿いに露出するものに重点をおいて記述する(第 8 図)。
Ta : 中部蝦夷層群主部の最上部を占める Me(α 相)への岩相変化はむしろ緩慢である。 したがって, Ta はむしろ中部蝦夷層群主部と三笠層との漸移部を占め, 狭義の三笠層は Tb - Td によって代表されるべきである。 厚さは約 35 m で, 主として無層理の暗灰色細砂質シルト岩から構成される。 下限には厚さ約 0.3 m の緑色鉱物 [ 以下の [注] 参照 ] を多量に含む粗砂~細砂質シルト岩が存在し, このものは Nanonavis sachalinensis (SCHMIDT) を多数に包含する。 上部ではシルト質細砂岩を混えるようになる。 不明瞭な葉理が上半部を通じて認められる。 下部に厚さ約 0.5 m の灰色凝灰質中粒砂岩が挾在する。 このものは鏡下では 石英(少ない)・斜長石(きわめて多い, 中性長石で, 自形を呈するものが多い)・黒雲母・ジルコン・火山ガラスなどからなり, 炭酸塩鉱物を膠結物質とする。 その構成分は主として石英安山岩質の抛出物から由来している。 石灰質団塊の含有はまれであり, 化石の産出も下限部を除いては全体として少ない。 化石では二枚貝(イノセラムスを除く)が優勢である。 炭質物微片は上部において少量含まれている。
Tb : 厚さ 140 m 内外。 Ta よりも粗粒となり, 大局的にみると下部から上部へ向って粒度を減ずる。 下部層 (厚さ約 60 m)は 無層理の灰色~緑灰色細粒砂岩および帯緑暗灰色~暗灰色のシルト質細砂岩から構成され, ところどころに葉理が発達している。 下部では細粒砂岩, 上部ではシルト質細砂岩が卓越する。 上部層 (厚さ約 80 m)はむしろ無層理の細砂質シルト岩~シルト質細砂岩からなり, 下部では葉理がわずかに発達している。 上部では下部よりも細かくなって, むしろ細砂質シルト岩が優勢になる。 厚さ 15~30 cm の細粒砂岩が少なくとも3層, 緑色砂岩 [ 以下の [注] 参照 ] (細粒, シルト質)が少なくとも2層(厚さは 0.3 m および 1.8 m)挾在する。 緑色砂岩は鏡下では 多量の石英,比較的多量の斜長石のほかに 加里長石・黒雲母・柘榴石・ジルコンおよび多量の緑色鉱物からなる。 石灰質団塊は多く, 一般に球状を呈し, かつ大型(径 1 m 内外のものが多い)である。 大型の団塊は下部層の方により多い。 さらに, 石灰質を帯びる部分(団塊のように周囲の岩石との境界が鮮明でなく, これに漸移する)をところどころに含む。
化石は全体にわたって団塊中にも母岩中にも多数に包蔵される。 化石は団塊・石灰質部においてしばしば堆積面に平行に含まれ, 母岩中でもときどきそのようなことがある。 下部層では 三角貝類, Thetironia affinis japonica YABE & NAGAO, Margarites funiculata YOKOYAMA のような二枚貝・巻貝が優勢である。 しかし, 下部層の上半部では 殻が厚く殻面装飾が粗く螺環断面が亜四角形のアンモナイト (たとえば Acanthoceratids)がしばしばみいだされる。 上部層でも二枚貝(イノセラムスを除く)および巻貝が多いが, その下半部では, 殻が薄く殻面装飾が細かく螺環断面が楕円形のアンモナイト (たとえば Desmoceras (Pseudouhligella) japonicum YABE)が少なからず産出し, 上半部では イノセラムス(たとえば Inoceramus yabei NAGAO & MATSUMOTO)が多量に産出する。 炭質物微片および植物遺骸の破片は下部層の石灰質団塊中に多量に含有され, また前者は下部層の堆積物そのものにも少なからず含まれている。
Tc : 厚さ約 65 m。 Tb よりも細粒になる。 主部はむしろ無層理の暗灰色シルト岩から構成され, 最上部(厚さ約 15 m)は多少粗くなって細砂質を帯びる。 部分的に葉理が多少発達し, また厚層理を示す。 最上部の下限には厚さ約 3 cm の細粒砂岩が存在し, 上限近くにも細粒砂岩の薄層(厚さ 0.1 m 以下)を数枚挾有する。 石灰質団塊はむしろ多数で, 大型のものも少なくない。 最上部に含まれる団塊中には 植物遺骸の破片および炭質物微片が少なからず含有されている。
化石は, 主部においては団塊中にも母岩中にも豊富である。 イノセラムスがアンモナイトよりもはるかに優勢である。 主部では Inoceramus yabei がとくに母岩中から多量に産出する。 最上部は化石に乏しく, 主部とは化石内容を全く異にして, 主部にみられなかったアンモナイトおよびイノセラムスを含み, とくに Inoceramus cf. labiatus (SCHLOTHEIM) の産出によって特徴づけられる。
Td : 厚さ 170 m 内外。 Tc から漸移するが, 全体としてより粗くなる。 下限には厚さ約 0.6 m の細粒~中粒砂岩が存在し, このものは多くの緑色砂粒~細角礫を含む。 この砂岩は鏡下では泥質長石質砂岩(長石質グレイワッケ)に相当し, 前記の緑色砂粒~細角礫(火山ガラスの変質したものと思われる)のほかに, 多量の石英, 比較的多量の斜長石, さらに 微斜長石・黒雲母・電気石・柘榴石・緑簾石・ジルコン・鋭錐鉱・金紅石・ 岩石粒(火山岩・スレート)などから構成されている。
下部層 (厚さ約 65 m)は 前記の下限を占める砂岩を含めて厚層理暗灰色細砂質シルト岩から構成される。 下部では部分的に中層理~薄層理を示し, 中部 - 上部では部分的に葉理を示す。 下部および上部には厚さ 0.1~0.3 m の細粒砂岩がときどき挾在するが (上部よりも下部の方により多い), 中部では砂岩の薄層がほとんど認められない。 上限近くには厚さ約 0.3 m の緑色砂岩(細粒, シルト質)が1層挾有されている。 この砂岩は鏡下では 多量の緑色鉱物・石英・斜長石のほかに 微斜長石・黒雲母・白雲母・柘榴石・ジルコン・燐灰石・ 岩石粒(チャート・スレート)などを含む。 中部層 (厚さ約 55 m)は下部層よりも粗くなり, 無層理~厚層理, 灰色の細粒砂岩およびシルト質細砂岩によって代表される。 上半部は全体として下半部よりも粗粒である。 下限部には中円礫(チャートを主とし, 古期砂岩を従とする)が散在している。 上部層 (厚さ約 35 m)は一層粗くなり, 青灰色~緑灰色中粒砂岩を主とし, ところどころ礫岩を挾有する。 砂岩は概して無層理であるが, 部分的に厚層理を示し, またしばしば葉理を発達せしめ, さらにときどき泥岩の偽礫を含む。 上部では漣痕が観察される。 礫岩は 0.1~0.3 m の厚さを有し, 円礫~亜門礫から構成される。 礫は一般に細礫~中礫で, ときに大礫(大礫としては小さい方)のこともあり, しばしば堆積面に平行に配列する。 礫の種類としてはチャート・古期砂岩が主で, ほかに閃緑岩質岩・流紋岩・安山岩がある。 さらに, 礫岩はしばしば堆積面に平行に多量の貝化石を含んでいる。 なお, 砂岩にはときどき生痕が認められる。 最上部層 (厚さ約 15 m)は上部層よりも細かくなり, 上部蝦夷層群への漸移部をなす。 シルト質細砂岩と細砂質シルト岩との互層(前者の方が優勢)に始まり, 暗灰色シルト質細砂岩を主体とする。 後者はときどき層理および葉理を示す。 さらに, 上限近くにおいて漣痕がみとめられる。 石灰質団塊は Td の全体を通じて少ないが, 通常大型で球状を呈する。
化石は下部層・中部層および最上部層では乏しいが, 上部層では砂岩・礫岩中に多量に包含されている。 上部層では Glycimeris hokkaidoensis YABE & NAGAO, Ostrea sp., Aphrodina (Larma) pseudoplana (YABE & NAGAO) などの二枚貝化石が優勢であり, Inoceramus hobetsensis NAGAO & MATSUMOTO も少なからず産出している。 炭質物微片および植物遺骸の破片は, 最上部層において団塊中にも母岩中にも少なからず含有されていることがあるが, 下部層 - 上部層では一部の団塊中に少量含まれているにすぎない。
なお, β 相(南方の部分)・γ 相の Me を覆う三笠層, および それより南方の幾春別背斜東翼南部を通る NW - SE 方向の断層までの間に分布し Me を欠いて直接 Md の上にくる三笠層は, 厚さ 5 m 以下(南方では 3 m 以下)の細砂質シルト岩(Ta 相当層)に始まり, その上にシルト質細砂岩~細粒砂岩(Tb 下部層)がつづく。 この状況は 後述する背斜南端部の γ 相の三笠層における最下部の場合と異なり, むしろ α 相の場合に類似する。 しかし, Me が背斜東翼において南方へ向って薄化し, 遂に尖滅することと関連して, 幾春別川本流において約 35 m の厚さを有する Ta も, ここでは厚さが著しく薄くなって 5 m に満たなくなる。 要するに, この三笠層は α 相のものと後述の γ 相のものとの漸移部にあたるであろう。
幾春別川本流沿いの三笠層から産出する化石は第 4 表に示すとおりである。
幾春別川本流および奔別川本流に沿って標式的に露出する。 幾春別川本流沿いでは, 下限が中部蝦夷層群主部との断層関係のために, 上限が古第三系石狩層群との平行不整合関係のために不明である。 しかし, 奔別川本流沿いに全層序をみることができるので, これに重点をおいて記述する(第 8 図)。
奔別川本流沿いでは , 層厚が 300 m あまりで, 中部蝦夷層群主部の最上部を占める Me(δ 相) および上部蝦夷層群への岩相変化は急激である。 Twa・Twb・Twc および Twd の4層に区分され, 各層間の岩相変化は比較的急激である。 Twa および Twc は Twb お よび Twd よりも細粒である。
Twa : 厚さは 80 m 内外で, 無層理の緑灰色細粒砂岩から構成される。 全体にわたって不明瞭な葉理が発達している。 下限近くには厚さ 2~3 m の暗灰色を呈しシルト質となる部分があり, これは団塊状の石灰質部(周囲の岩石との境界が鮮明でない)を含み, 化石を多産する。 さらに, 団塊状の石灰質部(径 0.3~0.5 m, ときに 1 m 内外)は本層の全体にわたって少なからず含まれ, とくに中部に多い。
化石は団塊状の石灰質部にも母岩にも含有され, とくに中部では 化石が堆積面に平行に密集した部分(厚さ 0.1~0.2 m)がところどころに挾在している。 化石では 二枚貝(イノセラムスを除く)・巻貝が優勢で, Entolium cf. ovatus (STOLICZKA), Thetironia affinis japonica, Margarites funiculata が多産する。 アンモナイト・イノセラムスは全体としてごく少数で, とくに最下部から Desmoceras (Pseudouhligella) japonicum および Inoceramus concentricus nipponicus がみいだされる。 炭質物微片は下部において砂岩中に多量に含有されている。 本層の岩相・化石相は α 相の Tb 下部層のものに類似する。
Twb : 約 95 m の厚さを有し, 粗粒砂岩を主とし, 礫岩を伴う。 下限は厚さ 10 m 内外の礫岩, 上限は厚さ約 0.6 m の礫岩によって占められる。 下限をなす礫岩には大礫が多い。 砂岩は無層理で, まれに葉理を示し, 緑灰色・青灰色を呈する。 さらに, 砂岩はしばしば細礫~中礫質となり, 上部では少量の泥岩偽礫を含有する。 礫岩は本層の下限・上限を占めるもの以外に, 数層準に厚さ 0.5 m 内外のものが認められる。 これらはいずれも淘汰が良好でなく, 細礫~中礫を主とするが大礫も少なくなく, 円礫~亜円礫から構成されている。 細粒堆積岩は薄層としてごくわずかに挾有され, たとえば 中部に植物遺骸の破片を多量に含んで明瞭な葉理を示すシルト岩(厚さ約 1 m), 上部に細砂質シルト岩(厚さ約 1 m)が挾在する。 中部には 厚さ 10 m 内外の 灰青緑色を呈する(風化すると部分的に赤褐色を帯びる)細粒凝灰岩~凝灰質砂岩が挾在し, このものは中部に厚さ 1 m 内外の細砂質シルト岩を挾む。 この凝灰岩は肉眼的には黒雲母を少なからず含み, また, 部分的に黄鉄鉱を少なからず含有する。 さらに, 上部にも厚さ約 1.6 m の凝灰質シルト岩が存在し, これは石炭の葉層および炭質物微片を含む。 この凝灰質シルト岩は 鏡下では石英・斜長石・黒雲母・柘榴石・ジルコンおよび火山ガラスを含有し, 基質が凝灰質物質である。 団塊状の石灰質部は上部において少数認められる。 化石の産出は多くない。 炭質物微片は上部の砂岩中に縞状をなして多量に含まれる。
Twc : 厚さは約 27 m で, むしろ無層理の青灰色・灰色の細粒砂岩(しばしばシルト質を帯びる)に富む。 細砂質シルト岩~シルト岩がところどころに挾在し, とくに下部はシルト質細砂岩と細砂質シルト岩との互層によって占められる。 層理が部分的に発達し, 葉理も全層にわたって多少発達し, さらに不明瞭な斜交葉理がまれに認められる。 泥岩の偽礫が密集した部分(厚さ約 0.1 m)が中部に存在する。 凝灰岩は下部に1枚挾在し, このものは暗灰色を呈し, 細粒で, 約 12 cm の厚さを有する。 団塊状の石灰質部はごくわずかの部分にみられるにすぎない。
化石は全体として乏しいが, ある部分において多産する。 化石では Aphrodina (Larma) pseudoplana のたぐいが優勢で, イノセラムス(Inoceramus teshioensis NAGAO & MATSUMOTO が特徴的)は少ない。 炭質物微片は部分的に縞状をなして含有されている。
Twd : 約 107 m の厚さを有し, 主として砂岩から構成され, 下限に厚さ 0.3 m 内外の礫岩を伴う。 全体としてみると, 下部から上部へ向って粗くなる。 すなわち, 下部層(厚さ約 22 m)は中粒~細粒砂岩を主とする。 中部層(厚さ約 30 m)は厚さ約 0.3 m の礫岩を下限とし, 中粒砂岩に富み, 粗粒砂岩を伴う。 上部層(厚さ約 55 m)は粗粒砂岩によって代表され, 極粗粒砂岩を伴う。 また, 礫岩は下部から上部へ向ってひんぱんに挾在するようになる。 砂岩は緑灰色・青灰色・灰色を呈し, 一般に無層理であるが, わずかの部分において層理および葉理が多少発達し, また不明瞭な斜交葉理がときどき発達している。 さらに, 砂岩はしばしば, とくに上半部において礫質を帯び, また厚さ 0.1~0.4 m の礫岩が本層全体を通じてところどころに挾在している。 これらの礫質部の礫は概して細礫~中礫であるが, しかし上部層の下半部においては大礫も少なくない。 大礫は Twb の場合よりも全体としてはるかに多くなっている。 なお, 泥岩の偽礫が中部層の砂岩中に少量含まれる。 細粒堆積岩としては, 厚さ約 0.1 m の砂質シルト岩が少なくとも2~3層挾有されている。 凝灰質中粒砂岩(厚さ約 1.1 m)が上部層に存在する。 このものは鏡下では 石英・斜長石(中性長石)・黒雲母・輝石・褐簾石・柘榴石・ジルコンおよび 火山ガラスを含み, 炭酸塩鉱物を膠結物質とする。 団塊状の石灰質部は下部層にわずかに含まれているにすぎない。
化石は砂岩中に比較的多数みいだされ, Aphrodina (Larma) pseudoplana が卓越し, Ostrea も上部層から多産する。 さらに, 特徴的な化石として Inoceramus teshioensis が下部層からみいだされる。 炭質物微片は 前記の凝灰質岩中に多量に含有されている以外では, 部分的に少量含まれているにすぎない。 本層は岩相上 α 相の Td, とくにその中部層 - 上部層に類似する。
奔別川本流沿いの三笠層から産出した化石には第 5 表に示すようなものがある。
幾春別川本流沿いでは , 露出している限りで約 250 m の厚さを有する。 ここでも奔別川本流における4層が識別され, 各層の岩相は奔別川本流の場合ときわめてよく似ている。 しかし, Twb では奔別川本流のものに較べて, 比較的厚い礫岩が上半部にしばしば挾在するようになり, また上部の砂岩には斜交葉理がよく発達している。 Twc は奔別川本流のものよりも全体としてより細粒で, むしろ細砂質シルト岩が優勢となり, 葉理が顕著に発達している。 Twd の下部では漣痕が観察される。 Twb の砂岩は鏡下では泥質亜石質砂岩(長石質グレイワッケ)にあたり, 砂粒は 多量の石英・斜長石, 比較的多量の岩石粒(中性火山岩・チャートが優勢, ほかにスレート)のほかに 微斜長石・黒雲母・電気石・柘榴石・緑簾石・ジルコンなどから構成される。 Twd の砂岩は鏡下では泥質長石質砂岩(長石質グレイヮッケ)に相当し, 多量の石英・比較的多量の斜長石のほかに 微斜長石・黒雲母・輝石・電気石・柘榴石・緑簾石・ジルコン・金紅石・ 岩石粒(チャートが優勢, ほかにスレート・火山岩)などを含む。 礫岩の礫の種類には, 閃緑岩質岩・ アプライト・ 玢岩・ 流紋岩・ 安山岩・ 古期砂岩・ チャート・ ホルンフェルスなどがある。 産出化石には次のようなものがある。 Twb では特徴的な化石が奔別川本流においてみいだされなかったが, 幾春別川本流において上部から Inoceramus hobetsensis が採集された。
| Calycoceras asiaticum (JIMBO) | Twa(下部) | |
| Calycoceras sp. | Twa(下部) | |
| Inoceramus concentricus nipponicus NAGAO & MATSUMOTO | Twa(下部) | |
| I. hobetsensis NAGAO & MATSUMOTO | Twb(上部) | |
| Cucullaea sp. | Twa | |
| Entolium cf. ovatus (STOLICZKA) | Twa * | |
| Lima(?)sp. | Twa | |
| Ostrea sp. | Twb, Twd | |
| Heterotrigonia subovalis (JIMBO) | Twa * | |
| Pterotrigonia hokkaidoana (YEHARA) | Twa | |
| Thetironia affinis japonica YABE & NAGAO | Twa * | |
| Tellina sp. | Twa | |
| Aphrodina (Larma) pseudoplana YABE & NAGAO | Twd | |
| Margarites funiculata YOKOYAMA | Twa * |
要するに, β 相の三笠層は α 相の場合に較べて層厚が小さく, かつ全体としてより粗い。 しかも, 後述するように層序的範囲は α 相の場合よりも上位に伸び, 上限の層序的位置は α 相の三笠層に重なる上部蝦夷層群中の Ub の中部あたりに相当する。 岩相的には Twa は Tb 下部に類似し, β 相の三笠層中最も細かい Twc は α 相の三笠層において最も細かい Tc よりもかなり上位の層準を占め, α 相の三笠層に重なる上部蝦夷層群 Ua と層序的位置をほぼ同じくする。
Me を欠いて Md の直接上位に急激な岩相変化をもって重なる。 T1・T2・T3 および T4 の4層に区分され, 各層間の岩相変化はむしろ緩慢である。 厚さは 175 m 内外である。
T1 : 厚さ約 60 m。 下部は無層理の中粒砂岩からなり, 基底部近くは礫質を帯び, さらに西方ではときどき礫岩(最も厚い場合約 1.5 m)を挾む。 中部は無層理の粗粒(部分的に極粗粒)砂岩から構成され, しばしば礫質である。 上部は無層理の細粒砂岩によって代表され, 部分的に炭質物微片を縞状に含む。 砂岩は通常青灰色・緑灰色, ときに灰色を呈する。
T2 : 厚さ 50 m 内外。 下部は主として無層理粗粒~極粗粒砂岩から構成され, しばしば礫質を帯び, その比較的上部に Ostrea 層(厚さ 2 m 内外)を挾む。 中部は無層理の中粒砂岩からなり, 上部は無層理細粒砂岩から構成され, 西方では部分的に礫質を帯びるようになる。 本層は γ 相の三笠層のうちで最も化石に富む部分である。 下部の比較的上部に Ostrea が, 中部に三角貝, Inoceramus hobetsensis が多産する。
T3 : 厚さ 25 m 内外。 無層理の暗灰色~灰色シルト質細砂岩~細砂質シルト岩によって代表される。 下部ではむしろ細砂質シルト岩が, 上部ではむしろシルト質細砂岩が優勢となる。 石灰質団塊を含有し, 部分的に炭質物微片を縞状に含む。 化石は少なからず産出している。 とくに Inoceramus teshioensis が優勢である。
T4 : 厚さ 40 m 内外。 下部は無層理細粒砂岩, 中部は無層理中粒砂岩(まれに礫を含む), 上部は無層理細粒砂岩(部分的に炭質物微片が縞状をなす)から構成される。 石灰質団塊(概して大型)は中部 - 上部に少なからず含まれ, 化石が団塊中に包蔵されていることがある。 特徴的な化石は Inoceramus teshioensis である。
要するに, γ 相の三笠層は粗粒堆積物を主とする点では α 相のものと全く異なり, むしろ β 相のものに似るが, しかし層厚は α 相・β 相の場合に較べてかなり小さい。 γ 相地域では 三笠層が Me を欠いて Md の直接上位に重なることは, 北方に分布している Me が γ 相地域における T1 の下部に移化しているためである。 したがって, γ 相の三笠層の層序的範囲は α 相・β 相の場合よりも下位に伸びている。 他方, この三笠層の上限は後述するように β 相の場合とほぼ同じ層準を占め, α 相の三笠層よりもかなり上位に位置する。 要するに, γ 相の三笠層の層序範囲は α 相・β 相のそれよりも長く, この点は夕張図幅地域の三笠層 119) の場合と同じである。 岩相層序的には γ 相の T1(Me 相当層の部分を除く)・T2・T3・T4 は β 相の Twa・Twb・Twc・Twd にそれぞれ対応する。 T1 は相当層の Twa に較べて全体としてより粗く, T4 は相当層の Twd に較べて全体としてより細かい。
産出化石には次記のようなものがある。
| Puzosiidae gen.& sp. indet. | T3 | |
| Inoceramus teshioensis NAGAO & MATSUMOTO | T3 *, T4 | |
| I. hobetsensis NAGAO & MATSUMOTO | T2 * | |
| Acila (Truncacila) hokkaidoensis NAGAO | T4 | |
| Cucullaea ezoensis YABE & NAGAO | T2 | |
| Glycimeris hokkaidoensis YABE & NAGAO | T2 | |
| Ostrea sp. | T2 *, T4 | |
| Anomia sp. | T2 | |
| Pinna sp. | T4 | |
| Apiotrigonia minor (YABE & NAGAO) | T2 *, T4 | |
| Pterotrigonia hokkaidoana (YEHARA) | T2 | |
| Aphrodina (Larma) pseudoplana YABE & NAGAO | T2 * | |
| Leptosolen(?)sp. | T2 |
石油沢本流の上流において標式的に露出する。 ここでは下限が断層のために, 上限が石狩層群との平行不整合関係のために不明であるが, 少なくとも 180 m 内外の厚さを有する。 下部層 は露出する限りでは約 50 m(他の場所では 100 m 近くになるようである)の厚さを有し, 主として無層理, 青灰色の粗粒~中粒砂岩から構成され, 下部では礫岩を伴い, 上部では部分的に礫質を帯びる。 炭質物微片は部分的に縞状をなして含まれることがある。 中部層 (厚さ約 30 m)はおもに無層理, 灰色の細粒~中粒砂岩からなる。 上部層 (厚さ約 80 m)は無層理, 青灰色の粗粒~中粒砂岩によって代表され, ところどころ礫質を帯び, とくに上半部ではより礫質になって, 厚さ 8 m 内外の礫岩をも挾有し, かつ Ostrea が密集した部分を有する。 最上部層 は露出する限りでは 20 m 内外の厚さを示し, 主として無層理, 青灰色の粗粒~中粒砂岩から構成される。 石灰質団塊がわずかに含まれ, また炭質物微片が部分的に縞状をなして含有されている。
この区域の三笠層は, 全体を通じて粗粒堆積物によって代表されている点からみると, α 相のものとは明らかに区別され, β 相または γ 相のものに類似する。 この三笠層は後述するように β 相の Twb - Twd, または γ 相の T2 - T4 に相当し, 層厚は γ 相の場合に較べてはるかに大きく, β 相の場合に近い。 中部層は β 相における相当層 Twc および γ 相における相当層 T3 に較べて全体としてより粗く, 泥質岩をほとんど挾有しない。 上部層では β 相における相当層 Twd, γ 相における相当層 T4 の場合と異なって厚い礫岩が挾在している。 要するに, この区域の三笠層は β 相のものに最もよく類似する。 他方, 下限の層序的位置が不明であるので, この点について β 相または γ 相の場合との比較が不可能である。 しかし, 三笠層全般の堆積相における側方変化の一般的傾向, α・β・γ 各相間の三笠層の地理的位置関係などからみて, この区域の三笠層をここでは一応 δ 相として区別しておく。
奔別衝上断層および鳥居沢衝上断層の北側に沿って きわめて狭いながらも3ヶ所に露出する。
仙太郎沢流域では, 下限が不明で, 厚さ少なくとも 100 m 内外の部分が露出している。 ここでは, むしろ無層理で緑灰色~青灰色を呈する粗粒砂岩が発達する。 砂岩はしばしば中粒となり, 部分的に極粗粒のこともあり, また礫質を帯び, 礫岩を挾むこともある。 細砂質シルト岩~シルト質細砂岩もわずかながら存在する。 凝灰質岩は少なくとも2枚認められ, それぞれ 5 cm, 1 m の厚さを有する。 炭質物微片がところどころに縞状に含まれ, 石炭の葉層もみいだされる。 Inoceramus teshioensis, Apiotrigonia minor (YABE & NAGAO), Aphrodina (Larma) pseudoplana が産出するほかに, 注目すべきことは厚い Ostrea 層が挾在することである。 Ostrea 層は少なくとも2~3層認められ, 最も厚い場合 6 m 内外に達し, 基質が砂岩のこともあれば, 砂質シルト岩のこともあり, Ostrea konbo (MABUCHI MS.) HAYASAKA & HAYASAKA の大型破片が堆積面に平行に密集して配列している。 この三笠層は岩相上おそらく β 相の Twd に相当するものと考えられる。 しかし, 厚い Ostrea 層の挾在は, β 相の Twd および δ 相の三笠層上部層の場合と著しく異なる点である。
さらに, 東方の 唐松 沢流域では最上部と思われる部分が露出する。 これからは Anisoceras sp. および Nalica (Lunatina) ezoana YABE & NAGAO がみいだされている 75) 。 その東方, 弥生 北方の水源池付近に最上部と考えられる部分が露出し, Apiotrigonia minor および Meekia sp. を産出する 75) 。
上部蝦夷層群は三笠層の上に整合関係をもって重なり, 500 m あまりの厚さを有する。 主として比較的単調な堆積物から構成され, 全体として下から上に向って細粒になる。 下半部は細砂質シルト岩を主とし, シルト質細砂岩を伴い, 上半部は泥岩および砂質泥岩からなる。 堆積物は一般に無層理で, 葉理の発達も不良である。 砂岩は薄層として種々の層準に挾在する。 凝灰質岩は全体として乏しいが, 中部 - 上部では2・3の層準に少なからず挾有されている。 緑色砂岩は下半部において種々の層準にみられる。 全体にわたって石灰質団塊および化石に富み, 化石ではアンモナイトおよびイノセラムスがきわめて優勢である。 上部蝦夷層群は幾春別背斜東翼に広く発達しているほかに, 同背斜の西翼にも分布し, さらに きわめて狭いながらも 図幅地域中央部において奔別断層の北側に沿って露出している。 本層群は桂沢湖岸道路に沿って標式的に露出する。 なお, 幾春別背斜東翼の数地点において種々の層準中に砂岩岩脈がみられる。
従来 幾春別川本流に沿って標式的に露出していた上部蝦夷層群は, 桂沢堰堤が建設されたために湖水面下に没したので, 現在では本層群は盤の沢に沿う湖岸道路(東部は東隣の幾春別岳図幅 56) 地域内にある)沿いによく露出している(第 9 図)。 ここでは, 上限が不明であるが, 500 m あまりの層厚を有し, Ua・Ub・Uc・Ud・Ue・Uf・Ug・Uh・Ui・Uj・Uk・Ul および Um の 13 層に区分される (第 10 図) [ 以下の [注] 参照 ] 。 各層間の岩相変化は一般に緩慢であるが, 若干の細分層の下限または上限はある特定の地層によって決定されている。 前記の諸層は最下部(Ua - Ub 下部)および主部(Ub 上部 - Um)にまとめられ, 前者は後者よりも全体としてより粗い堆積物から構成されている。
Ua : 層厚は 80 m 内外と推定される。 暗灰色細砂質シルト岩およびシルト質細砂岩から構成され, 前者の方が優勢である。 全体として下部から上部へ向って細粒になる。 すなわち, シルト質細砂岩は下部から上部へ向って減少し, 最上部はほとんど細砂質シルト岩だけからなる。 地層は全体を通じてむしろ無層理であるが, 上半部では 灰色細粒~中粒砂岩の薄層(厚さ 0.1~0.3 m)をところどころに挾んで 層理を示すことがある。 風化するとしばしば玉葱状構造に破砕する。 凝灰岩の葉層が上部においてごくまれに含まれている。 最上部近くに厚さ約 1 m の緑色砂岩(中粒, シルト質)が挾在する。 この砂岩は鏡下では 多量の緑色鉱物・石英, 比較的多量の斜長石・岩石粒(チャートが多い, ほかにスレート・火山岩)のほかに微斜長石・黒雲母などを含む。 石灰質団塊は多数に存在し, 通常 球状を呈し, 大型のもの(径 0.5~1 m)も少なくない。
化石は団塊中にも母岩中にも豊富である。 イノセラムスがアンモナイトよりもはるかに優勢である。 下半部には Inoceramus hobetsensis が少数産出し, 上半部からは I.teshioensis が比較的多数に産出する。 植物遺骸の破片および炭質物微片は団塊中にも母岩中にも多量に含有されている。
Ub : 厚さ 60 m 内外。 Ua に較べて全体として多少細かくなる。 主として暗灰色細砂質シルト岩およびシルト質細砂岩から構成され, 前者の方がかなり優勢である。 下部から上部へ向って粒度を減ずる。 下限には厚さ約 2.5 m の緑色砂岩(細粒~中粒, シルト質)が存在する。 この砂岩は鏡下では多量の石英, 比較的多量の斜長石・岩石粒(中性火山岩・チャート・スレート)のほかに 微斜長石・黒雲母・輝石・電気石・柘榴石・緑簾石・ジルコン・くさび石・燐灰石, さらに比較的多量の緑色鉱物を含んでいる。 堆積物は全体を通じてむしろ無層理であるが, ときどき層理を示すことがあり, 風化するとしばしば玉葱状構造に破砕する。 中部には厚さ約 6 m の帯青暗灰色を呈する石灰質細粒~中粒砂岩を挾む。 この砂岩は多量の化石を包蔵する大型(径 1 m 内外)の石灰質団塊に富む。 石灰質砂岩は鏡下では 多量の石英・岩石粒(チャートが優勢, ほかにスレート・火山岩), 少量の斜長石のほかに 微斜長石・黒雲母・輝石・角閃石・柘榴石・緑簾石・ジルコンなどから構成され, 砂粒は炭酸塩鉱物によって膠結されている。 この石灰質砂岩およびその直上部には ごくまれではあるが中円礫(種類は古期砂岩・チャート・ホルンフェルス)が含まれる。 緑色鉱物は上部において厚さ約 1 m の部分に撒布している。 多数の石灰質団塊が含まれ, これらは球状, かつ大型(径 0.3 m 以上, しばしば 1 m 内外に達する)である。
化石の産出は団塊中にも母岩中にもきわめて豊富で, イノセラムスもアンモナイトも多産する。 アンモナイトでは, 異常型のもの(殻の巻きが解けたもの, たとえば Sciponoceras およびBaculites)が, イノセラムスでは Inoceramus teshioensis がきわめて優勢である。 なお, Reesidites minimus (HAYASAKA & FUKADA) が多産するといわれてきた 化石帯の層準(今回の調査ではごく少数得られたにすぎない)は本層の最上部, すなわち次記の Uc の下限を占める緑色砂岩の直下の部分に位置する。 炭質物微片および植物遺骸の破片は団塊中にも母岩中にも多量に含有されている。
Uc : 厚さ約 30 m。 Ub の上部よりも粗くなる。 無層理の暗灰色細砂質シルト岩およびシルト質細砂岩からなり, 前者の方が優勢である。 下限は厚さ 4~5 m の緑色砂岩(中粒, シルト質)によって占められる。 この砂岩は鏡下では石英・斜長石・緑色鉱物に富み, 微斜長石・黒雲母・輝石・柘榴石のほかに 少量の岩石粒(中性火山岩・スレート・チャート)を含む。 緑色砂岩(中粒~細粒, シルト質)はさらに上位にも少なくとも3層認められ, 本層の上限もこの種の砂岩によって占められている。 これらの緑色砂岩の厚さは 0.2~0.3 m である。 要するに, 本層は緑色鉱物の豊富なことによって特徴づけられる。 凝灰質岩はみいだされていない。 石灰質団塊・化石および炭質物微片は全体として乏しい。
Ud : 厚さ 30 m 内外。 Uc に較べて細かくなり, 無層理, 暗灰色の細砂質シルト岩から構成される。 砂岩の薄層はまれにしか挾在しない。 凝灰質岩は存在しないようであり, 緑色鉱物は最下部近くおよび最上部あたりに少量撒布されているにすぎない。 石灰質団塊・化石および炭質物微片に乏しい。 化石ではイノセラムスの方がアンモナイトよりも優勢である。
Ue : 厚さ 30 m 内外。 Ud よりも粗くなる。 細砂質シルト岩およびシルト質細砂岩から構成され, 下半部ではむしろシルト質細砂岩が, 上半部ではむしろ細砂質シルト岩が卓越する。 上限には厚さ 0.1~0.3 m の緑色砂岩(中粒, シルト質)が存在する。 堆積物は全体として無層理であるが, ときどき層理および葉理が発達している。 地層は概して暗灰色を呈するが, 下部のより粗い部分では緑色を帯びる。 この帯緑色のシルト質細砂岩は鏡下では石英・斜長石に富み, 微斜長石・黒雲母・柘榴石・緑簾石・ジルコンのほかに少量の岩石粒(中性火山岩が優勢, ほかにスレート・チャート), さらに多量の緑色鉱物を含む。 砂岩の薄層はまれに挾在しているにすぎない。 凝灰質岩はみいだされなかった。 緑色鉱物は下部において豊富である。 石灰質団塊はむしろ多く, しばしば大型(径 0.3~0.5 m, ときに 1 m)になり, 通常球状を呈する。
化石は団塊中にも母岩中にも豊富に包蔵される。 イノセラムスとアンモナイトとは同じぐらいに多産するが, むしろ前者の方が卓越する。 イノセラムスでは, とくに Inoceramus uwajimensis YEHARA が多産し, Didymotis akamatsui (YEHARA) も比較的多い。 アンモナイトでは, 異常型のものが正常型(殻の巻きが解けない)のものよりもはるかに優勢であり, 前者ではとくに Baculites が顕著である。 植物遺骸の破片および炭質物微片は団塊中にも母岩中にも比較的多量に含まれている。
Uf : 厚さ約 20 m。 Ue に較べて細かくなり, むしろ無層理, 暗灰色の砂質泥岩から構成される。 砂岩薄層(厚さ 0.1~0.5 m)をわずかに挾有する。 上部に厚さ約 0.5 m の緑色砂岩(中粒~細粒, シルト質)が存在する。 この砂岩は鏡下では 多量の緑色鉱物・石英・斜長石のほかに 黒雲母・柘榴石・ジルコン・燐灰石および 少量の岩石粒(火山岩・チャート)から構成される。 さらに, 厚さ 0.3~1 m の緑色鉱物に富む地層(シルト質細粒~中粒砂岩および細砂質シルト岩)が 少なくとも3層挾在している。 このように, 本層は緑色鉱物の豊富なことによって特徴づけられる。 凝灰岩はまれにしか含まれず, 5 cm 内外の厚さを有する。 石灰質団塊はむしろ少ないが, しばしば大型(径 0.3~0.5 m, ときには 1 m 内外)になり, 一般に球状を呈する。
化石は団塊中にも母岩中にもきわめて豊富である。 イノセラムスがアンモナイトよりも圧倒的に優勢で, とくに Inoceramus uwajimensis が泥岩中に数枚の密集帯をなして産出する。 炭質物微片はほとんど含まれていない。
Ug : 厚さ 60 m 内外。 Uf よりも細かくなり, 主として暗灰色(一部黒灰色)の泥岩から構成され, しばしば層理がよく発達している。 本層は上部蝦夷層群中 最も細粒の地層である。 砂岩は量的にわずかであり, むしろ白色を帯び, 厚さが普通 0.1~1 m であるが, 2 m 内外に及ぶこともある。 これらの砂岩は 緑色の細角礫(火山ガラスの変質したものと思われる)および 石炭の小断片を含むことがある。 凝灰岩および凝灰質砂岩は 3~30 cm の厚さを有し, 下部では比較的ひんぱんに挾在し, 中部 - 上部ではわずかである。 とくに, 下部では厚さ約 1 m の凝灰岩がみられる。 これは鏡下ではガラス結晶質で, 石英・ 斜長石(中性長石・曹灰長石)・ 黒雲母・ 輝石・ 柘榴石・ ジルコンなどの結晶のほかに, ごくわずかの岩石粒(中性火山岩・チャート・スレート)を含み, 石英安山岩質と考えられる。 緑色鉱物は上部において少量 含有される。 また最上部には厚さ約 0.1 m の緑色砂岩(中粒)が存在する。 この砂岩は鏡下では 多量の緑色鉱物・石英・斜長石のほかに黒雲母・輝石・柘榴石・ジルコン, さらに多量の岩石粒(中性火山岩が優勢, ほかにチャート・スレート)から構成されている。 このように下位の諸層と異なって, 本層の下部になって始めてある程度の厚さをもつ凝灰質岩が挾在するようになり, また本層には 直下の Uf および直上の Uh の場合と異なって緑色鉱物がきわめて少量である。 石灰質団塊はまれであり, 亀甲石(septarian nodule)がみられる。
化石は 最下部 - 下部において, 団塊からも母岩からも普通に産出するが, 中部 - 上部では乏しくなる。 全体を通じてイノセラムスがアンモナイトよりも卓越する。 最下部ではイノセラムスがアンモナイトよりも圧倒的に優勢で, Inoceramus uwajimensis が比較的多数に産出し, 下部からは I. mihoensis MATSUMOTO がわずかながらも産出している。 上部は Inoceramus amakusensis NAGAO & MATSUMOTO の産出によって特徴づけられる。 アンモナイトでは異常型・正常型両者の豊富度が全体としてほぼ同じである。 炭質物微片および植物遺骸の破片は上部において団塊中に少量含有されていることがある。
Uh : 厚さ約 40 m。 Ug よりも多少粗くなり, 暗灰色の泥岩および砂質泥岩から構成され, 前者の方が卓越する。 一般に無層理であるが, 部分的に層理が発達している。 最下部はシルト岩~細砂質シルト岩で, 下限を占める厚さ約 1 m の部分は緑色鉱物を多量に含む。 砂岩(おもに中粒)の薄層がわずかに挾在し, その厚さは 0.1~0.3 m である。 凝灰岩および凝灰質砂岩は全体としてまれに挾有され, 5~10 cm の厚さを有するが, 下部には厚さ約 3 m の凝灰岩がみられる。 下部の凝灰岩は鏡下ではガラス結晶質で, 石英・斜長石(中性長石)・黒雲母・輝石・柘榴石・ジルコン・燐灰石の結晶のほかに, きわめてまれに岩石粒(中性火山岩・スレート)を含み, 石英安山岩質である。 緑色鉱物は, 前記の下限部に含まれている以外に, 少なくとも3層準において砂岩中および細砂質シルト岩中に多量に含有され, このような部分の厚さは 0.3~0.5 m である。 石灰質団塊は多くない。
化石は団塊中にも母岩中にも豊富である。 アンモナイトはイノセラムスと同じぐらいに優勢である。 アンモナイトでは異常型のものと正常型のものが同じぐらいに産出し, 異常型のものでは Polyptychoceras が優勢である。 イノセラムスでは Inoceramus amakusensis が少ししか産出していないが, このものの産出は本層を特徴づける。 植物遺骸の破片および炭質物微片は団塊中に少量含まれている。
Ui : 厚さ 25 m 内外。 Uh に軟べて全体として多少粗くなる。 暗灰色のシルト岩を主とするが, 部分的に細砂質を帯びる。 概して無層理であるが, ときどき層理が発達する。 下部は厚さ 6~12 m の淡青緑色の凝灰質岩によって占められる。 このものは一般に細粒~粗粒凝灰岩によって代表されるが, 場所によっては凝灰質砂岩を伴うことがあり, 葉理が発達している。 凝灰質岩は, 下部におけるもの以外に, 厚さ 5 cm 内外, 0.3~0.5 m の凝灰岩および凝灰質砂岩として比較的ひんぱんに挾在する。 さらに, 中粒砂岩薄層が比較的ひんぱんに挾在し, これらは 0.3~0.5 m の厚さを有する。 緑色鉱物は下部および最上部において少量撒布されているにすぎない。 石灰質団塊は少なからず含有され, 球状のものから扁平のものまである。
下部を占める凝灰岩は鏡下ではガラス結晶質で, 石英・ 斜長石(中性長石・曹灰長石)・ 黒雲母・ 輝石(紫蘇輝石など)・ 角閃石・ 柘榴石・ ジルコン・ 燐灰石および岩石粒(中性火山岩)を含み, 石英安山岩質である。 さらに, ある結晶質凝灰岩は 石英(かなり少量, 円磨を受けたものが多い)・ 斜長石(きわめて多量, 曹灰長石・中性長石で, 自形を呈するものが多く, しばしば累帯構造を示す)・ 黒雲母(少なくない)・ 輝石(少なくない)・ 柘榴石・ 褐簾石・ ジルコン・ 燐灰石のほかに比較的多量の岩石粒(安山岩が優勢, ほかに熔結凝灰岩・チャート・スレート)などから構成され, 部分的に炭酸塩鉱物が膠結物質をなしている。 この凝灰岩は, 輝石安山岩質ないし石英安山岩質の抛出物に 黒雲母石英安山岩質の抛出物が混入したものである。 普通の砂岩のあるものは鏡下では長石質砂岩(アルコーズ)に属し, 石英・斜長石に富み, 微斜長石・黒雲母・電気石・柘榴石・ジルコンのほかに 少量の岩石粒(チャート・スレート・火山岩)などを含む。
化石の産出はきわめて多く, 一般に団塊からみいだされる。 アンモナイトとイノセラムスとはほぼ同じぐらいに産出するが, むしろアンモナイトの方が多い。 アンモナイトでは異常型のものが正常型のものよりも優勢であり, 前者では Polyptychoceras, Subptychoceras, 後者では Tetragonites, Gaudryceras が優勢である。 イノセラムスでは Inoceramus amakusensis が多産する。 植物遺骸の破片および炭質物微片は団塊中に少なからず含有される。
Uj : 厚さ 30 m 内外。 Ui よりも多少細かくなり, 無層理, 暗灰色の泥岩から構成され, 部分的に砂質を帯びる。 泥岩はしばしばきわめて細粒である。 緑灰色~青灰色の砂岩薄層(厚さ 0.1~0.3 m)および 白色凝灰岩の薄層(厚さ 2~3 cm)がまれに挾在する。 緑色砂岩はみいだされず, 石灰質団塊もきわめて乏しい。
化石の産出は多くない。 イノセラムスがアンモナイトよりも卓越する。 イノセラムスでは, Inoceramus naumanni YOKOYAMA が優勢であるが, I. amakusensis もごくわずかながら産出している。 植物遺骸の破片および炭質物微片は団塊中に少量含有されていることがある。
Uk : 厚さ約 40 m。 Uj よりも全体として多少粗くなり, 主として暗灰色の砂質泥岩から構成される。 砂質物はときどき葉層としてかなり多く含まれていることがある。 地層は概して無層理であるが, ときどき層理が発達している。 下限には 厚さが少なくとも 6 m に及ぶ青灰色(風化すると白色を呈する)の 粗粒~極粗粒砂岩が認められる。 この砂岩は無層理で, 上部では葉理が多少発達し, 部分的に緑色の砂粒・細角礫(火山ガラスの変質したもの)を多量に含み, また泥岩偽礫を含有している。 鏡下では泥質長石質~泥質亜長石質砂岩(長石質グレイワッケ)に相当し, 多量の石英, 比較的多量の斜長石, 少量の岩石粒(火山岩・チャート・スレート)のほかに 黒雲母・柘榴石・褐簾石・ジルコン・燐灰石などを含む。 この砂岩は東方へ向って尖滅し, 東部では本層の下限が細砂質シルト岩によって占められるようになる。 さらに, 砂岩はときどき厚さ 0.1~0.3 m(ときには 1 m に及ぶ)の薄層として挾在する。 白色の凝灰岩・凝灰質岩がまれに挾有され, それらは 3 cm 内外の厚さを有する。 凝灰岩は鏡下では結晶質で, 石英・斜長石(中性長石)・黒雲母・輝石・ジルコンを含み, 石英安山岩質である。 緑色砂岩はみいだされていない。 石灰質団塊は全体にわたって乏しい。
化石は比較的多数に産出し, イノセラムスの方がアンモナイトよりも圧倒的に優勢である。 イノセラムスでは Inoceramus japonicus NAGAO & MATSUMOTO が 少なからず(ある場合には比較的密集して)産出し, このものは一般に泥岩中からみいだされている。 植物遺骸の破片および炭質物微片は団塊中に少量包含され, ときにはかなり多いこともある。
Ul : 厚さ 50 m 内外。 Uk に較べて全体として多少細かくなり, 砂質岩が減少する。 むしろ無層理の暗灰色泥岩(ときどき頁岩質)からなる。 泥岩はときどき砂質を帯びるが, Uk の場合のように砂質岩が明瞭な葉層として含まれることはまれである。 堆積物はときに層理を示すことがある。 凝灰岩および凝灰質砂岩がまれに挾在し, それらの厚さは 3~5 cm である。 緑色砂岩は含まれていない。 石灰質団塊は一般に扁平な形を呈し, 少数である。
化石は団塊中にも母岩中にも比較的多く含まれている。 イノセラムスがアンモナイトよりもはるかに優勢である。 イノセラムスでは Inoceramus naumanni がきわめて豊富に産出する。 植物遺骸の破片および炭質物微片は団塊中にさえもほとんどみられない。
Um : 上限は不明であるが, 少なくとも 20 m の厚さを有する。 Ul よりも全体として粗くなる。 むしろ無層理の暗灰色泥岩および砂質泥岩から構成される。 砂岩薄層(厚さ 5~30 cm)の挾有はわずかであり, 凝灰質岩および緑色砂岩はみいだされていない。 石灰質団塊は乏しい。
化石は団塊中に多量に包蔵されている。 イノセラムスの方がアンモナイトよりもむしろ卓越する。 イノセラムスでは Inoceramus naumanni が多産し, アンモナイトでは正常型のものが異常型のものよりも優勢である。 植物遺骸の破片および炭質物微片は, 団塊中にわずかながらも含有されていることがある。
桂沢湖岸道路沿いの上部蝦夷層群から得られた化石は第 6 表のとおりである。
この区域の最北部では Ui が, それより南方では Ud が, さらに南方では Uc が石狩層群によって平行不整合に被覆される。 また, この区域の東方では, 前述の桂沢湖岸道路地区において Uk が, その南方(盤の沢衝上断層の北側)では Ul(おそらく一部では Um)が 石狩層群に覆われ, さらに南方, 後記の盤の沢衝上部では上部蝦夷層群の上位にくる函淵層群さえもが分布している。 以上のように, 上部蝦夷層群はこの区域周辺に関する限りでは, 反時計廻りの方向に向ってより下位の層準が石狩層群に被覆されるようになる。
この区域では, 地層の露出状態があまり良くないので, この区域と湖岸道路沿いとの間における 堆積相の差異または側方変化を詳細に知ることができない。 しかし, 個々の細分層の層厚および岩相は湖岸道路沿いの場合とほとんど変りなく, Uc の下限を占める厚い緑色砂岩層および Ui の下限をなす厚い凝灰岩層も追跡される。 ただ湖岸道路沿いの場合と顕著に異なる点は, Ua - Ub の厚さが 西部流域の中部ではかなりより薄くて 100 m 内外になる(Ua では約 60 m, Ub では約 40 m)ことである。 このような湖岸道路沿いの区域からこの区域へ向っての Ua - Ub の層厚における薄化は, 前述のような γ 相の Me が南方へ向って薄化・尖滅し, また γ 相の Me を覆う三笠層中の Ta 相当層の部分が きわめて薄くなることと関連している。
産出化石には次のようなものがある。
| Gaudryceras tenuiliratum YABE | Ug | |
| Desmoceratidae gen.& sp. indet. | Ug | |
| Scaphites pseudoaequalis YABE | Uc | |
| Scalarites sp. | Ub | |
| Inoceramus uwajimensis YEHARA | Uc, Ue * | |
| I. incertus JIMBO | Ub * | |
| I. sp.(Group of ezoensis) | Ug, Uh | |
| I. naumanni YOKOYAMA | Ug, Uh | |
| Inoceramus sp. | Ua | |
| Propeamussium cowperi yubarensis YABE & NAGAO | Ug | |
| Anomia subovalis NAGAO | Ug | |
| Brunonia cassidaria (YOKOYAMA) | Ug | |
| Simple coral | Uh | |
| Fish scale | Ug | |
この区域の上部蝦夷層群は, 北方に広く分布するものとは層相を著しく異にし, 夕張図幅地域内の上部蝦夷層群 119) にきわめて類似している [ 以下の [注] 参照 ] 。 平行不整合関係をもって石狩層群に覆われ, 露出している限りでは, 最も厚い場合で 70 m 内外の層厚を有する。 主として無層理, 暗灰色の細砂質シルト岩から構成され, 2層準に粗い堆積物が存在することによって U1(厚さ約 20 m)・U2(厚さ約 30 m)および U3(厚さ約 20 m)に3分される。 U2 の下限は細砂質シルト岩~シルト質細砂岩によって占められている。 U3 の下限をなす地層は緑色砂岩(中粒, シルト質)およびその直上の粗粒砂岩(灰白色を呈する)であって, 両者は合わせて 5 m 内外の厚さを有する。 緑色砂岩は鏡下では石英・斜長石・緑色鉱物に富み, 黒雲母・柘榴石・くさび石・岩石粒(スレート・チャート・火山岩)を含む。 その直上の砂岩は鏡下では長石質砂岩(アルコーズ)にあたり, 多量の石英・斜長石のほかに 黒雲母・角閃石・柘榴石・岩石粒(スレート・チャート・中性火山岩)を含む。 石灰質団塊は全体を通じてごくわずかである。
化石としては次記のようなものが採集された。
Ostrea (Crassostrea) は U3 の下限を占める砂岩部の数 m 上位において, シルト岩中に 1~2 m の厚さにわたって密集している。 この Ostrea 層では化石が堆積面に平行に配列し, しばしば殻頂部を保つ合弁をなしている。 上部蝦夷層群中にこの種の Ostrea 密集層が介在することは注目すべき現象で, このようなことは現在のところ北海道中軸帯内の他地域に知られていない。 この区域の上部蝦夷層群の下限は 桂沢湖岸道路沿いの Ub 中部あたりと同一層準であり, U3 の下限を占める粗粒部は 湖岸道路沿いの Ui の下限をなす凝灰質岩と同一層準にあるとみなされる。
盤の沢衝上断層東側の区域では Ui から Um までの地層が分布する。 Ui の下部あたりは存在しないが, Uk の下限は 湖岸道路沿いの場合と同様に粗粒砂岩(厚さ少なくとも 4 m)によって占められる。 層相は湖岸道路沿いのものとほとんど同じであるが, 堆積物は全体としてより細かくなり, ほとんど泥岩からなる。 とくに Ui は明らかに細かくなり, 泥岩を主とする。 産出化石は次記のとおりである。
| Gaudryceras tenuiliratum YABE | Um | |
| Neopuzosia ishikawai (JIMBO) | Ui | |
| Polyptychoceras sp. | Um | |
| Baculites princeps MATSUMOTO & OBATA | Ui * | |
| Inoceramus cf. amakusensis NAGAO & MATSUMOTO | Ui | |
| I. naumanni YOKOYAMA | Ui *, Um | |
| Echinoidea | Uj |
奔別川本流では, 前述のように三笠層の層序的範囲が α 相の場合よりも上位に伸びるので, ここに露出する上部蝦夷層群は桂沢湖岸道路沿いの Ua に相当する部分を含まず, Ub 相当層に始まり Uc にいたる地層から構成されている(第 11 図)。
Ub 相当層は桂沢湖岸道路沿いにおける Ub の全体に相当しないで, その上半部に相当するので, ここでは Ub' として後者と区別する [ 以下の [注] 参照 ] 。 層厚は 130 m 内外で, 全体にわたってむしろ無層理, 暗灰色の細砂質シルト岩からなる。 比較的上部には 中砂質シルト岩に始まり 細砂質~中砂質シルト岩から構成される 多少粗くて淘汰が悪い部分(厚さ約 20 m)がみられる。 この部分およびその下位にくる本層の中部では葉理がときどき発達している。 砂岩(一般に灰色, 中粒で, 厚さが 0.1~0.3 m)が下部 - 中部において少なからず挾有されている。 下部に緑色砂岩(中粒~細粒, シルト質, 厚さ約 0.7 m), 中部に暗灰色凝灰質シルト岩(厚さ約 1 m), 上部に灰色凝灰質細粒(部分的に中粒~粗粒)砂岩(厚さ約 2.2 m)が それぞれ1層挾在する。 上部における凝灰質砂岩は, 鏡下で 石英・斜長石(中性長石)・黒雲母・柘榴石・ジルコン・燐灰石・火山ガラスのほかに 岩石粒(火山岩・チャート・スレート)を含み, 基質が凝灰質物質である。 石灰質団塊は全層を通じて多数に含まれ, とくに下部 - 中部に多く, しばしば大型(径 0.3~0.5 m)である。 団塊中にはときどき植物遺骸の破片および炭質物微片が豊富に含有されている。
化石は団塊からも母岩からも多量に産出し, とくに下部 - 中部においてきわめて豊富である。 イノセラムスがアンモナイトよりもかなり優勢である。 イノセラムスでは Inoceramus teshioensis が全体にわたって多産し, また I. lamarcki PARKINSON も下部 - 中部に少なからず産出する。 アンモナイトでは異常型のものが多く, Scaphites のたぐいが下部~中部において優勢である。 二枚貝(イノセラムスを除く)では三角貝の産出が注意を惹く。 さらに, 二枚貝(イノセラムスを除く)および巻貝は後で列記するもの以外に, 保存不良のために属・種の同定が不可能なものも多数みいだされている。
Uc は厚さ約 15 m の部分だけが露出し, 下限に緑色砂岩が存在する。 この砂岩は約 7.5 m の厚さを有し, 粗粒で, 層理が比較的発達している。 緑色砂岩より上位の部分はむしろ無層理の砂質シルト岩から構成されている。 化石はまれにしかみいだされなかった。
以上のように, 奔別川本流沿いの Ub' は桂沢湖岸道路沿いの Ub 上半部と異なってかなり厚く, 砂岩薄層を比較的ひんぱんに挾有し, さらに多数の二枚貝(イノセラムスを除く)および巻貝を含んでいる。 Uc の下限を占める緑色砂岩も湖岸道路沿いの Uc におけるものよりも厚い。 なお, Ub' にある程度の厚さを有する凝灰質岩が挾在することも 湖岸道路沿いの場合と異なる点である。
奔別川の支流 吉野沢流域では Ud・Ue および Uf が露出している。 各層の厚さおよび岩相は湖岸道路沿いのものと本質的に類似するが, しかし次のような差異が認められる。 すなわち, Ud は湖岸道路沿いの場合よりも全体として多少粗くなり, 主体を構成する細砂質シルト岩はときどきシルト質細砂岩を伴っている。 さらに, 厚さ 0.1~0.3 m の凝灰岩および凝灰質砂岩がところどころに挾在する。 Ud の砂岩は鏡下で長石質砂岩(アルコーズ)に相当し, 石英・斜長石に富み, 黒雲母・輝石・ジルコンのほかに少量の岩石粒(チャート・スレート・火山岩)を含む。 Ue は厚さ約 3 cm の凝灰岩を少なくとも1枚挾有する。 この凝灰岩は鏡下ではガラス結晶質~結晶質で, 石英・斜長石(中性長石)・黒雲母・ジルコン・燐灰石・岩石粒(中性火山岩)を含み, 石英安山岩質である。 Uf にも厚さ 0.4 m 内外の凝灰岩が認められる。 なお, 北方では Ug も露出し, これは湖岸道路沿いのものに較べて粗くなり, 主として細砂質シルト岩から構成されている。 さらに, Ue および Uf は湖岸道路沿いの場合よりも厚くなり, Ue は約 60 m, Uf は約 40 m の厚さを有する。 以上に述べたように, この区域では, 湖岸道路沿いの場合に較べて若干の地層は多少粗くなり, また厚くなり, さらに凝灰質岩の挾在がより多くなる。
奔別川流域の上部蝦夷層群から産出した化石には次のようなものがある。
|
奔別川
(幾春別背斜西翼) |
吉野沢および北方
(奔別衝上部) | |||
| Neophylloceras cf.ramosum (MEEK) | Ue | |||
| Phyllopachyceras ezoense (YOKOYAMA) | Ub' | |||
| Tetragonites glabrus (JIMBO) | Ub' | |||
| Damesites svgata (FORBES) | Ue | |||
| Damesites sp. | Ud | |||
| Desmoceratidae gen. & sp. indet. | Ub' | |||
| Prionocyclus sp. | Ub' | |||
| Scaphites pseudoaequalis YABE | Ue | |||
| Scaphites sp. | Ub' | |||
| Otoscaphites puerculus (JIMBO) | Ub' * | |||
| O. cf. perrini (ANDERSON) | Ub' | |||
| Scalarites scalaris (YABE) | Ub' | |||
| Scalarites sp. | Ub' | Ue | ||
| Polyptychoceras cf. haradanum (YOKOYAMA) | Ue | |||
| Sciponoceras sp. | Ub' | |||
| Inoceramus teshioensis NAGAO & MATSUMOTO | Ub' * | |||
| I. lamarcki PARKINSON | Ub' * | |||
| I. uwajimensis YEHARA | Ue * | |||
| I. uwajimensis yeharai NAGAO & MATSUMOTO | Ue | |||
| I. mihoensis MATSUMOTO | Ue | |||
| I. incertus JIMBO | Ub' * | |||
| I. pedalionoides NAGAO & MATSUMOTO | Ub' | |||
| I. aff. inconstans WOODS | Ue | |||
| Inoceramus sp. | Ud | |||
| Acila (Truncacila) hokkaidoensis NAGAO | Ub' | |||
| Nucula formosa NAGAO | Ub' | |||
| Portlandia sp. | Ub' *, Uc | |||
| ○ Jupiteria(?)sp. | Ub' | |||
| Nanonavis sachalinensis (SCHMIDT) | Ub' * | Ud | ||
| ○ N. sachalinensis brevis ICHIKAWA & MAEDA | Ub' | |||
| Lucina (Myrtea) ezoensis NAGAO | Ub' | |||
| Heterotrigonia subovalis (JIMBO) | Ub' | |||
| Natica (Lunatia) denselineata NAGAO | Uc | |||
| Tessalorax acuticarinalus NAGAO | Ub' | |||
| Fusus (s.l.) volutodermoides NAGAO | Ub' | |||
| Avellana problematica NAGAO | Ub' | |||
| Fish scale | Ub' |
仙太郎沢流域では, 上部蝦夷層群の下部に相当する地層が露出する。 これは石狩層群によって平行不整合に覆われ, 少なくとも 100 m 内外の層厚を有する。 無層理, 帯青暗灰色の細砂質シルト岩を主とし, 部分的にシルト質細砂岩を伴い, 全体として下部から上部へ向って細粒になる。 厚さ約 0.3 m の凝灰質岩が下部に挾在している。 産出化石には Scaphites sp., Inoceramus teshioensis および 三角貝(保存不良のために属・種の同定が不可能)がある。 さらに, Reesidites minimus の産出が知られている 75) 。 この場所の上部蝦夷層群は, 三笠層との境界の層序的位置が東方のものほどに明確に決定できないが, 岩相・化石内容および層厚から判断すると 大部分が奔別川流域の Ub' に相当するであろう。 奔別川流域の場合と同様に三角貝が産出することは, 湖岸道路沿いにおける相当層(Ub 上半部)の状況と異なる点である。
なお, 仙太郎沢左股において Inoceramus uwajimensis を多数に含む石灰質団塊が1箇 転石としてみいだされた。 このことは 当区域の上部蝦夷層群中に Ub' よりも上位の地層が含まれている可能性を暗示するであろう。 他方, 後述するような図幅地域内の白堊系の石狩層群堆積前における削剥状況を考慮に入れると, この転石は 石狩層群中に礫としてとりこまれたものがふたたび洗い出されたものである と考えられないこともない。 現在のところ, 以上の両者のうち, いずれであるかを決定することができない。
図幅地域の南東隅に分布する。 盤の沢衝上断層の東側に発達する函淵層群は, 上部蝦夷層群とは直接の関係が不明であるが, 整合関係にあると考えられ, 他方, 不整合関係をもって石狩層群に覆われる。 全層厚は明らかでないが, 盤の沢最上流において2帯に分布するもののうち, 東側の方では少なくとも 100 m あまりの厚さを有するものと推察される。 上部蝦夷層群への岩相変化は急激で, 主として種々の粒度の砂岩から構成され, 礫岩を伴う。 砂岩は緑灰色・青灰色を呈し, 概して中粒, しばしば細粒, 粗粒で, さらに部分的に極粗粒のこともあり, またシルト質になることもある。 砂岩はおおむね無層理, ときには厚層理を示し, また部分的に葉理が発達する。 下部ないし最下部ではむしろ細粒~中粒砂岩が優勢であり, 下限近くの部分には葉理が発達している。 礫岩は下限から 30~40 m まではわずかで, 最も厚い場合で約 0.5 m であるが, それより上位数 10 m の間では数 10 cm から 4~5 m の厚さをもって種々の層準に発達し, 最も厚いものは 10 m 内外に達する。 礫岩は無層理で, 淘汰が良くなく, 円礫~亜円礫から構成されている。 礫は大きさの点では概して中礫~大礫で, さらに2・3の層準の礫岩においては大きい大礫が少なくない。 礫の種類にはチャート・古期砂岩・スレート・流紋岩・安山岩などがある。 礫は主として粗粒~極粗粒砂によって膠結されている。 なお, 礫岩には炭礫が含まれていることもある。 下限から 15~20 m 上位に厚さ 3 m 内外の凝灰岩が挾在する。 このものは緑灰色を呈し, 細粒, 緻密 堅硬である。 なお, 明らかに本層群から由来した砂岩の転石から Inoceramus schmidti MICHAEL が得られた。
さらに, 函淵層群は 盤の沢衝上断層と西方の旭の沢衝上断層との間(旭の沢衝上部)にも分布する。 この函淵層群は石狩層群に覆われ, 盤の沢衝上部におけるもののほぼ下半部を占める。
幾春別川流域(幾春別背斜東翼)における白堊系の岩相層序区分と 従来のものとを比較すると第 7 表のようになる [ 以下の [注] 参照 ] 。 中部蝦夷層群主部の中部に発達する厚い砂岩層は, 従来 湯の沢砂岩層 50) と呼ばれてきたが, ここではそれを下部の砂岩泥質岩互層部(Mb)と上部の砂岩部(Mc)とに区分した。 三笠層の岩相層序区分は松本達郎 81) よるものと本質的に同じである。 上部蝦夷層群の岩相層序区分については, 従来のものよりさらに細分を試みた。 Uc の下限をなす厚さ 4~5 m の緑色砂岩層は, 松本 81) によるとその Ⅲb の下限とされているが, 深田淳夫ら 50) によるとその Ⅲa の上限とされている。 Uf の上部に挾在する厚さ約 0.5 m の緑色砂岩は深田ら 50) の Ⅲb の上限をなす。 この緑色砂岩のすぐ上位にも厚さ約 0.2 m のものがあり, さらにそのすぐ上位の泥質岩自体も緑色鉱物を比較的多量に含有する。 さらに, このように緑色鉱物を多量に含む部分を構成する泥質岩は, 下位の泥質岩よりひきつづいて全体に砂質を帯びる。 したがって, ここでは前記の厚さ約 0.5 m の緑色砂岩を Uf の上部における挾みとみなし, その上位において泥質岩が全体としてより細かくなり, 緑色鉱物がほとんど含まれなくなるところから Ug とした。 Ui の下限を占める厚い凝灰質岩は, 松本 81) および深田ら 50) によるとそれぞれの Ⅲd の下限を占めるものとされている。
中部蝦夷層群主部からは第 3 表に示したような化石が産出している。 したがって, Ma2 - Md3 は宮古統上部階(アルビアン階に相当する)に対比される。 Ma1 も北海道中軸帯内の他地域における状況から判断すると同階に対比されてよい。 なお, Md の上部(おそらく Md3)から Mortoniceras (Deiradoceras) sp.(外国では上部アルビアン階の下部から産出する), Me1 から Mortoniceras (Durnovarites) sp.(外国では上部アルビアン階の上部から産出する) の産出が報告されている 81) 。
次に, 三笠層の年代について述べる。 α 相の三笠層については, 第 4 表に示した産出化石からわかるように, Tb - Tc 主部はギリヤーク統下部階(セノマニアン階に相当する)に, Td 中部 - 最上部は同統上部階(チューロニアン階に相当する)に対比される。 なお, Ta は Desmoceras kossmati MATSUMOTO を産出するので, 宮古統最上部亜階に対比される 81) 。 しかし, 宮古統最上亜階と同統上部階との境界は明らかでないが, Me1 と Me2 との境界あたりに推定されている 81) 。 また, Tb 下部の下部から Mantelliceras n. sp.(この属は外国では下部セノマニアン階から産出する), Tc 主部から Calycoceras cf. naviculare (MANTELL) (この種は外国の上部セノマニアン階から産出する), Tc 最上部から Kanabiceras septemseriatum (CRAGIN) (この種は外国の下部チューロニアン階から産出する)の産出が知られている 81) 。 さらに, Tc 最上部は Inoceramus cf. labiatus(この種は外国ではチューロニアン階から産出する)を含む。 したがって, アルビアン階とセノマニアン階との境界は Me1 と Me2 との境界, または Me2 と Ta との境界あたりに位置すると考えられている 81) 。 セノマニアン階とチューロニアン階との境界, したがってギリヤーク統下部階と上部階との境界は, Tc 主部と Tc 最上部との境界あたりに求められている 81) 。
β 相の三笠層では, 産出化石(第 5 表および幾春別川本流のもの)によって Twa 下部がギリヤーク統下部階に, Twb 上部 - Twd が同統上部階に対比される。 ここでは, ギリヤーク統の下部階と上部階との境界は, Twa 中部 - Twb 中部から年代決定に有効な化石が産出しないために不明であるが, 「II.2.5 堆積相」の 「II.2.5.3 三笠層における岩相層序単位の対比」のところで述べるように, おそらく Twa 上部内に求められるであろう。 なお, 宮古統最上部亜階に対比される地層は β 相の三笠層には含まれていない。 したがって, β 相の Me の大部分が宮古統最上部亜階に対比されることになるであろう。 γ 相の三笠層では, T2 - T4 が産出化石によってギリヤーク統上部階に対比され, ギリヤーク統の下部階と上部階との境界が T1 内に推定され, さらに Me 相当層が含まれている [ 以下の [注1] 参照 ] 。 また, γ 相の三笠層の上限の層序的位置は, β 相の場合と同様に α 相の場合よりも少し上位にある。 このことは, β・γ 相の三笠層上部(Twc - Twd, T3 - T4)が Inoceramus teshioensis 帯によって代表されるが [ 以下の [注2] 参照 ] , α 相の三笠層上部(Td)はこの帯を含まず, その下位にくる I. hobetsensis 帯によって代表されていることからいえる。 要するに, 三笠層の層序的範囲は α 相・β 相・γ 相それぞれの間で多少異なり, γ 相の場合に最も長く, α 相の場合には狭義の三笠層(Ta を除く)についてみると最も短くなる。 これについては, 「II.2.5 堆積相」の 「II.2.5.3 三笠層における岩相層序単位の対比」のところで詳しく述べる。 δ 相の三笠層は, 年代が正確にわからないが, 層序の記載のところで述べたことから判断すると, ギリヤーク統上部階に対比される部分だけを含むであろう。 図幅地域中央部の三笠層は産出化石によってギリヤーク統上部階に対比される。
上部蝦夷層群は, 桂沢湖岸道路(幾春別背斜東翼)の場合の第 6 表に示した産出化石によって 次のように対比される。 Ua - Ub はギリヤーク統上部階に対比される。 Inoceramus hobetsensis は三笠層の Td 上部から少なからず産出するが, Ua の下半部ではわずかに含まれるにすぎない。 I. teshioensis は Ua の上半部から Ub にかけて多産する。 なお, Reesidites minimus は Ub の最上部に限られて産出する。 Uc - Ug 最下部は浦河統下部階(コニアシアン階に相当する)に, Ug 上部 - Um は同統上部階(サントニアン階に相当する)に対比される。 Inoceramus uwajimensis は Ue - Uf に豊富に含まれる。 I. amakusensis は Uh - Ui に, I. japonicus は Uk に比較的多数に産出している。 I. naumanni は Ui および Ul - Um に多産する。 I. orientalis nagaoi は Uj - Ul にかけて産出し, さらに Um にもそれらしいものがみいだされている。
次に, 浦河統下部階と同統上部階との境界について述べる。 桂沢湖岸道路沿いの Ug 最下部から 浦河統下部階に特徴的な Inoceramus uwajimensis, Ug 下部から I. mihoensis が産出する。 しかし, Ug 中部からは年代決定に有効な化石がみいだされなかった。 I. mihoensis は奔別川流域の Ue から同一露頭において I. uwajimensis と共産する。 また, 桂沢湖岸道路沿いの Ug 下部では Otoscaphites cf. perrini (ANDERSON) が I. mihoensis と共産する。 さて, Otoscaphites perrini は 小平蘂 川流域 113) の浦河統下部階に, この種に同定される可能性のあるものが 奔別川本流沿いの Ub'(ギリヤーク統上部階に対比される)および夕張図幅地域 119) におけるギリヤーク統上部階からもみいだされている。 他方, Inoceramus mihoensis は小平蘂川流域では浦河統下部階の上部だけでなく, 同統上部階の下部からも産出している 113) 。 以上に述べたことから, ここでは一応 Ug 下部を浦河統下部階に, Ug 中部を同統上部階に対比しておく [ 以下の [注] 参照 ] 。
奔別川流域(幾春別背斜西翼)・ 盤の沢流域(同背斜東翼)および 盤の沢衝上部における上部蝦夷層群中の各細分層の年代は, 桂沢湖岸道路沿いの場合と全く同じである。 しかし, 奔別川流域の上部蝦夷層群は, 下限の層序的位置が桂沢湖岸道路沿いのものに較べて明らかに若干上位にあり, Ub 上部相当層から始まる。 このことは図幅地域中央部の上部蝦夷層群についても指摘され, それは大部分がギリヤーク統上部階に対比される。 なお, 浦河統最上部亜階の存在は, 桂沢湖岸道路沿いに上部蝦夷層群の全層序が露出せず, また盤の沢衝上部において上部蝦夷層群・函淵層群間に露出欠除があるので, 不明である。
幾春別背斜南端部の上部蝦夷層群においては, U2 上部が産出化石によって浦河統上部階に対比される。 しかし, U2 上部以外からは年代決定に有効な大型動物化石を産出していない。 さて, U1・U2・U3 はそれぞれ夕張図幅地域 119) の U1・U2・U3 に対応する。 したがって, 前記の U2 上部以外については, 夕張図幅地域の状況 [ 以下の [注1] 参照 ] から判断すると, U1 はおそらくギリヤーク統上部階 - 浦河統下部階に, U2 下部は浦河統下部階に, U3 は浦河統上部階に対比される。 なお, U2下部からは Haplophragmoides sp., Textularia sp., Lenticulina rotulata (LAMARCK), L. yabei TAKAYANAGI および Planulina rumoiensis TAKAYANAGI のような有孔虫化石が検出され, これらはギリヤーク統上部階より浦河統, むしろ同統下部階を指示する可能性が大きい [ 以下の [注2] 参照 ] 。 さらに, この区域の上部蝦夷層群では, 奔別川流域の場合と同様に下限の層序的位置が, 桂沢湖岸道路沿いの場合に較べて若干上位にある。 湖岸道路沿いのものと岩相層序的に対比すると, U1 は Ub 上部 - Ud, U2 は Ue - Uh, U3 は Uiを含めて上位の地層に相当する。
図幅地域の函淵層群は, 岩相層序的には同層群の下部, すなわち, 富内層 55) に相当する部分によって占められ, それより上位の地層に相当する部分をたとえ含んでいてもそれはごくわずかであろう。 函淵層群からは年代決定に有効な化石が得られなかった。 しかし, 同層群から由来した転石の砂岩中に Inoceramus schmidti がみいだされた。 したがって, 函淵層群はへトナイ統下部階に対比される部分を含む。
幾春別背斜地域の白堊系の堆積相を周辺地域, とくに空知背斜(幾春別背斜の北方延長)地域 49), 82), 113) におけるものと比較すると次のようである。 中部蝦夷層群主部は主として相対的に深い海の堆積物から構成され, ところどころに "turbidites" を伴い, ごく一部が浅海性の堆積物によって占められている。 これは全体として空知背斜地域のものと類似している。 三笠層は幾春別背斜東翼の場合は浅海性堆積物, 西翼の場合は浅海性, 一部は瀕海性堆積物から構成される。 幾春別背斜東翼の三笠層は, 空知背斜西翼の三笠層に較べてより厚く, 全体としてより細粒であり, かつ空知背斜西翼のものと同様に空知背斜東翼の場合に較べて層序的範囲がかなり長い。 さらに, 幾春別背斜東翼・空知背斜西翼の三笠層と 空知背斜東翼の三笠層とを互いに対応する層序的範囲の部分について比較すると, 前2者では後者に較べて泥質岩の量比がはるかに小さくなる。 幾春別背斜東翼の上部蝦夷層群は空知背斜西翼のものよりもいくぶん厚いが, 後者と同様に空知背斜東翼の上部蝦夷層群と異なって層厚がかなり薄く, 泥質岩がより粗粒で, 層理の発達が悪く, とくに級化層理が発達せず, 緑色砂岩層を種々の層準に挾有し, しかも月見層に相当するような顕著な凝灰質岩層を伴わない。 以上のように, 幾春別背斜東翼の三笠層 - 上部蝦夷層群の堆積相は, 空知背斜東翼におけるものとかなり異なり, むしろ空知背斜東翼のものと同背斜西翼のものとの中間の状況を示し, どちらかというと後者の方により近い。 さらに, 幾春別背斜西翼の三笠層 - 上部蝦夷層群は空知背斜西翼の場合に類似し, 両者はともに堆積盆地の縁辺部に近い堆積相を呈する。 要するに, 図幅地域の三笠層 - 上部蝦夷層群は, 北海道中軸帯白堊系の堆積盆地(蝦夷地向斜)の西側の縁辺部に近い堆積相を示す。 これについては「II.2.5.4 堆積相の側方変化」のところで詳しく述べる。
なお, 幾春別背斜地域南端部の中部蝦夷層群主部・三笠層および上部蝦夷層群は, 南方の夕張図幅地域 119) のそれらときわめて類似した層序的範囲・層厚および岩相を示し, さらに層厚が背斜地域主部のものに較べてかなり減少する。 とくに三笠層・上部蝦夷層群の場合, きわめて薄いことが特徴的である。 この三笠層は 背斜西翼のものと同様に東翼の場合と異なって浅海性堆積物を主とし, 一部瀕海性堆積物を伴う。 さらに, 上部蝦夷層群に Ostrea 層が介在していることも特徴的である。
図幅地域の函淵層群は, 空知背斜東翼における相当層に較べて礫岩の発達が著しく, かつ 礫の大きさも全体として大きくなり, 他方 空知背斜西翼における相当層よりも厚く, 礫岩の量比および礫の大きさが 空知背斜西翼北部の場合よりも全体としてかなり小さくなる。 したがって, この地域の函淵層群は 空知背斜東翼のものと同背斜西翼のものとの中間の堆積相を示すことになる。
凝灰質岩は とくにギリヤーク統上部階の下部・浦河統下部階の上部・同統上部階の中部に発達する。 緑色砂岩のような「海緑石粒」に富む地層は上部蝦夷層群の下半部, とくに浦河統下部階を通じて種々の層準に存在する。 宮古統上部階に対比される地層は, 下限が不明であるが, 北海道中軸帯内の他地域の場合と同様に, 少なくとも 1,000 m 近くの層厚を有する。 ギリヤーク統・浦河統それぞれにおける下部階および上部階に対比される地層の厚さは いずれも400mを超えない。
白堊系の堆積相, とくに岩質(粒度)・ 石灰質団塊の豊富度・ 化石の豊富度・ 化石群集の組成および アンモナイト群集の組成のような岩相・化石相における若干の要素は, 幾春別川本流 - 桂沢湖岸道路(幾春別背斜東翼)の場合, 第 12 図にみられるような垂直的変化の周期性を示す。 したがって, 白堊系は下位から, Ma - Mb(Ⅰ)・ Mc - Md(Ⅱ)・ Me - Ta(Ⅲ)・ Tb - Td 中部(Ⅳ)・ Td 上部 - Ua(Ⅴ)・ Ub - Ud(Ⅵ)・ Ue - Uh(Ⅶ)・ Ui - Um(Ⅷ)の8層の堆積輪廻層から構成されることになる [ 以下の [注] 参照 ] 。
第 12 図からわかるように, 堆積輪廻層においては, 一般的傾向として 下部から上部へ向って次のような岩相・化石相の垂直的変化が認められる。 しかし, 若干の堆積輪廻層では 最上部において下部の場合に類似した状況がふたたび現出することがあるが, それは下部の場合ほど顕著ではない。 (1) 堆積物が細粒になる。 (2) 石灰質団塊が少なくなる。 (3) 化石の量が減少する。 (4) アンモナイトが劣勢となるのに反して, イノセラムスが優勢となる (下部が粗粒堆積物から構成される場合ではイノセラムスを除く浅海棲貝が優勢である)。 (5) 異常型アンモナイトが少なくなり, 他方 正常型アンモナイトが多くなる。 さらに, 下記のような一般的傾向も認められる。 凝灰質岩の発達が衰える(たとえば Mc - Md・Ue - Uh・Ui - Um)。 緑色砂岩の挾在または緑色鉱物の含有量が減少する(たとえば Ub - Ud・Ue - Uh)。 植物遺骸の破片および炭質物微片の量が減少する(たとえば Ma - Mb・ Mc - Md・ α 相の Me - Ta・ δ 相の Me・Tb - Td 中部・Ub - Ud・Ue - Uh・Ui - Um)。 主として泥質堆積物から構成される堆積輪廻層では砂岩が乏しくなる (たとえば Ma - Mb・Mc - Md・Ub - Ud・Ue - Uh・Ui - Um)。 粗粒堆積物に富む堆積輪廻層では, 砂岩における層理の発達が良くなる (たとえば α 相の Me・δ 相の Me・Tb・Td 上部 - 最上部・Twb―Twc)。 正常型アンモナイトでは, 殻が厚く殻面装飾が粗く螺環横断面が四角形に近いものは少なくなり, これに反して殻が薄く殻面装飾が細かく螺環横断面が円形に近いもは多くなり (たとえば Tb - Td 中部, とくに Tb) [ 以下の [注1] 参照 ] , このような傾向は他の場合(たとえば Ub - Ud・Ui - Um)についても指摘される [ 以下の [注2] 参照 ] 。
イノセラムスについてみると, ギリヤーク統上部階を特徴づけるものでは, 堆積輪廻層の下部の場合に殻が両弁とも同じでわずかに膨らむにすぎず, 相対的に細かい装飾をもつもの(たとえば Inoceramus incertus)がみいだされておらず, これに反して殻(とくに左弁)がかなり膨らみ, 相対的に粗い装飾を有するもの (たとえば I. hobetsensis または I. teshioensis)が多産し, さらに前者の型のものは上部において卓越するようになる (たとえば Td 上部 - Ub・Twd 上部~Ub')。 浦河統上部階を通じて多産する Inoceramus naumanni は細かい殻面装飾を有し, このものは堆積輪廻層の下部よりも上部の方においてより多く産出する (たとえば Ui - Um)。
次に, 幾春別川流域の白堊系における堆積輪廻層の厚さについて述べる。 中部蝦夷層群主部において Me より下位の地層に認められる2堆積輪廻層(Ⅰ・Ⅱ)の厚さはいずれも 400 m を超える。 Me から上部蝦夷層群全体にかけて認められる6堆積輪廻層(Ⅲ - Ⅷ)のうち, Tb - Td 中部によって示されるもの(Ⅳ)の厚さは 330 m 内外, すなわち 200~400 m の範囲内に属し, 他の5層の厚さはすべて 200 m 以下である。
三笠層は, 堆積相の側方変化が顕著で, 前述のように α・β・γ・δ の4相に区別される。 本層は α・β・γ の3相を通じて4岩相層序単位に区分され, 個々の単位は各相間において類似した岩相を示すにもかかわらず, かなり年代を異にする場合がある。 たとえば, 三笠層のうち, 細かい堆積物からなる層準についてみると, α 相の Tc(最上部を除く)はギリヤーク統下部階に対比されるが, β 相の Twc および γ 相の T3 は同統上部階に対比される。 さらに, α 相の三笠層ではギリヤーク統下部階と上部階との境界はかなり明瞭に決定できるが, β 相・γ 相の場合では全く明らかでない。 したがって, ここでは 堆積輪廻を対比のための1つの手掛りとして 三笠層の α・β・γ 相間における岩相層序単位の対比を試み, かつ 年代決定に有効な化石を産出しないために決定できなかった年代層序単位の境界を推定した。 その結果は第 13 図に示されるとおりである。
三笠層は α 相の場合は3堆積輪廻層(Ⅲ 上部・Ⅳ・Ⅴ 下部)から構成されている (狭義の三笠層は Ⅲ 上部を含まない)。 しかし, β 相では, α 相の Me - Ta によって示される輪廻層(Ⅲ)に相当する地層の上部が含まれず (α 相の三笠層を狭義のものに限る場合にはこの点は問題とならない), 他方 層序的範囲が α 相の三笠層に較べて上位に伸び, Ub 相当層, すなわち, Ⅵ 輪廻層に及んでいる。 前述のように Me は α 相・β 相の三笠層地域に分布するが, 南方の γ 相の三笠層地域ではこの三笠層の最下部に移化し, ここでは α 相における Ta と Tb との境界または β 相の Twa と Me(δ 相)との境界によって示されるような輪廻層の境界が認められない。 他方, γ 相における T1 の下部と中部とを境するような輪廻層の境界は α・β 相の三笠層には認められない。 さらに, γ 相の三笠層は β 相の場合と同様に上位へ向って Ⅵ 輪廻層に伸びて, 4輪廻層(Ⅲ - Ⅵ)から構成されている。 これに関連して, β 相の Twd 上部および γ 相の T4 中部 - 上部は, α 相の三笠層の上に重なる上部蝦夷層群の Ub 下部に対比されることになる。 δ 相の三笠層は, 下限・上限ともに不明であるが, 少なくとも2輪廻層から構成され, β 相の Twb - Twd, γ 相の T2 - T4 に相当する。 このように, 三笠層の層序的範囲は γ 相において最も長く, α 相の場合の狭義の三笠層(Ta を除く)についてみると最も短くなる。 また, 三笠層の下部の状況(岩相の累重状況と堆積輪廻層との関係)は α・β 相を通じて類似し, 上部の状況は β・γ 相を通じて類似する。
ギリヤーク統下部階と同統上部階との境界は, α 相の三笠層においてはかなり明瞭に決定できるが, β・γ 相の三笠層では古生物学的資料の不足のために決定できない。 しかし, 三笠層の α・β・γ 相間における岩相層序単位の対比および 堆積輪廻層の層序的位置から判断すると, ギリヤーク統の下部階と上部階との境界は, β 相では Twa の上部内に, γ 相では T1 の上部内に推定されるであろう。
なお, Ostrea の密集帯は β 相の Twd 上部・δ 相の上部層上部(Twd 上部に相当する)の層準, およびそれより下位の層準を占める γ 相の T2 下部に含まれ, さらに下位については γ 相と同じ層相を示す夕張図幅地域 119) の T1 中部にみいだされている。 以上のように, Ostrea の密集帯は三笠層を通じて少なくとも3層準に認められ, いずれも堆積輪廻層の最下部ないし下部に含まれている。 図幅地域中央部の三笠層における Ostrea の密集帯は 前記の3層準のうち最上位のものにあたる。
中部蝦夷層群主部は 堆積相の大なり小なりの側方変化によっていくつかの相に分けられる(第 3・5 図)。 まず, 主として細粒堆積物から構成されている地層についてみる。 Ma2 - Ma3 は北(α 相区域)から南(β 相区域)へ向って泥質岩自体が粗くなり, かつ最も南の方では部分的に異常堆積を示す地層(礫質泥岩)を伴うようになる。 また, Ma2 - Ma3 は北から南へ向って炭質物微片の含有量を増し, 南部では石炭のパッチをも含む。 Ma3 では, α 相区域の最北部(背斜西翼)に分布しα 相に較べて砂岩の量を増す α' 相は, 一連の側方変化を示す α - β 相とは全く無関係に独立した相とみなされる。 Md は北(α 相区域)から南(γ 相区域)へ向って層厚を減じ, かつ泥質岩自体が粗くなる。 γ 相の Md の厚さは東から西へ向っても薄化する。 さらに, 北部の Md2 では東(α 相区域)から西(δ 相区域)へ向って層厚が増大し, かつ砂岩の量が増加する(層厚の増大は根本的には砂岩の増加にもとづく)。
粗粒堆積物に富む地層についてみると下記のような側方変化が認められる。 "turbidites" に富む Mb では, 北(α 相区域)から南(β 相区域)へ向って全体として層厚が大きくなり, また砂岩が多くなると同時に粒度も粗くなり, さらに炭質物微片の量を増す。 この場合においても厚さの増大は根本的に砂岩の量の増加にもとづいている。 Mb は, さらに南へ(β 相区域から γ 相区域へ)向って, または東(β 相区域)から西(γ 相区域)へ向って, 前述の場合と逆の傾向を示す。 要するに, Mb は 中部地区(β 相区域)の南部において層厚および砂岩・炭質物微片の量が最大となり, かつ砂岩も最も粗くなる。 Mc では, 北(α 相区域)から南(β 相区域へ)向って層厚が増大し, 泥質岩が減少し, かつ層理の発達が不良になる。 Me は, 北から南へ向って(α 相区域・β 相区域・γ 相区域の順に)薄くなり, 泥質岩の量を減じ(層厚の減少は根本的に泥質岩の減少に支配されている), また層理の発達が悪くなる。 Me はさらに南方では γ 相の三笠層における T1 下部層の下部に移化し, ここではその地層は γ 相の Me に較べて全体として粗くなり, かつ厚さがきわめて薄くなる(厚さは 20 m 内外である)。 さらに, Me は北部において東(α 相区域)と西(δ 相区域)とで堆積相を著しく異にし, δ 相は一連の側方変化を示す α - γ 相とは全く無関係に独立した相とみなされる。
以上に述べたことから判断すると, 中部蝦夷層群主部の堆積期間(宮古世新期)を通じて, この地域の西側に供給地が存在し, この供給地からもたらされた物質が東方(沖合部)に向って運搬されただけでなく, 東方(沖合部)においてはとくに粗粒物質が南から北へ向って運搬されたと考えられる。 この点は後述するような堆積構造の方向の測定によって一層明らかにされる。
三笠層は前述のように堆積相の顕著な側方変化を示す。 堆積相を α・β・γ 相について比較すると第 8 表のようになる [ 以下の [注] 参照 ] 。 三笠層は α 相と γ 相とで種々の点において堆積相を著しく異にする。 しかし, α・γ 両相は大局的にみると岩相の垂直的変化があまり著しくない点で類似している。 このことは α 相において砂岩の粒度が一般に粗くなく, かつ泥質を帯びるものが多く, さらに泥質岩が比較的発達し礫岩がきわめて乏しいこと, γ 相においては礫岩・泥質岩が少ないことにもとづく。 第 8 表からわかるように, 三笠層は大局的にみると東(α 相区域)から西(β 相区域)へ, また北(α 相区域)から南(γ 相区域)へ向ってより浅い, また供給地により近い堆積相を呈するようになる。 この点は 背斜西翼南部における δ 相が 北方の β 相または東方の γ 相に較べて全体として粗くなり, さらに γ 相自体においても東から西へ向って礫岩を増すことからも指摘される。 以上に述べたような堆積相の側方変化の傾向は, 中部蝦夷層群主部の場合と根本的に調和している。 堆積相の東西方向における側方変化から, 三笠層の堆積期間を通じて, この地域の西側に供給地が存在したと推察される。 γ 相の三笠層は, 類似した岩相・化石相を示す β 相および 著しく異なった堆積相を示す α 相の場合よりも層序的範囲が下位に伸びている。 他方, β・γ・δ 相の三笠層の層序的範囲は α 相の場合よりも上位に伸びている。 したがって, 三笠層の堆積は γ 相区域では, きわめて類似した堆積相を示す夕張図幅地域 119) と同様に α・β 相区域よりも早く始まり, また β・γ・δ 相区域においては, 夕張図幅地域と同様に α 相区域よりも遅く終ったことがいえる。 要するに, 上記のような粗粒堆積物に富む三笠層の層序的範囲の地域的差異もまた 宮古世末亜期 - ギリヤーク世新期において西方に供給地が存在したことを暗示する。 さらに, γ 相の三笠層の厚さが夕張図幅地域のものと同様にきわめて薄いことから, 調査地域では堆積域の南西部において沈降量が著しく小さかったことが指摘される。 このような傾向は, 下位の中部蝦夷層群の堆積期間についても認められる。
| α 相 | β 相 | γ 相 | δ 相 | |||
| Ub : 3 | Twd 上部 : 20 | T4 中部 : 4.5 | 上部層上部 : 27 | |||
| Td 上部 : 14.5 | Twb 下部 : 21 | T2 下部 : 22 |
供給地に近く, かつ浅い堆積相を示す β 相の三笠層およびその上位にくる上部蝦夷層群では, 粗粒堆積物の量比がギリヤーク統上部階の地層では, 同統下部階の地層の場合よりもかなり小さくなる。 このような傾向は北方の空知背斜地域(東翼および西翼) 82), 113) ならびに南方の夕張地域の場合にも認められる。 しかし, より深い沖合相を示す α 相の三笠層およびその上位の上部蝦夷層群では, 粗粒堆積物の量比が 逆にギリヤーク統下部階の地層に較べて同統上部階の地層において若干増大する 82), 113) 。 この点は, α 相よりもさらに沖合の堆積相を示す空知背斜東翼のギリヤーク統上部階の地層が, 背斜東翼の北部よりも南部の方において砂岩をより多く挾有し, かつ異常堆積物(礫質泥岩など)を含むこと 82) と関連がある。 さらに, このような現象に関連して, ギリヤーク統上部階の層厚が幾春別背斜西翼北部では, 南方の類似した堆積環境にあった同背斜南端部に較べて著しく大きく(約 2.5 倍になる), かつ東翼北部の場合よりも若干大きいこと, さらに西翼北部では上部蝦夷層群Ub'(ギリヤーク統上部階の上部)が 東翼北部における相当層 Ub の上半部に較べてきわめて厚い (約4倍になる)ことは注目すべきである。
図幅地域中央部の三笠層は, 前述のように β 相の Twd に相当し, 数枚の顕著な Ostrea 層を含み, また石炭の葉層および比較的厚い凝灰岩を挾む。 これに反して, β 相の Twd に含まれる Ostrea 層は前述の場合に較べて枚数が少なく貧弱である。 したがって, 図幅地域中央部の三笠層は, 東方の β 相における相当層とは堆積環境をある程度異にしていた, おそらく西方の供給地により近い場所に堆積したものと推察される。
上部蝦夷層群は 幾春別背斜東翼北部(桂沢湖岸道路沿いの区域)と 同背斜南端部とで堆積相を著しく異にする。 すなわち, 幾春別背斜南端部の上部蝦夷層群の下限はより上位の層準を占める。 この点は本層群の堆積がその区域では遅く始まったことを意味する。 背斜南端部の上部蝦夷層群は, 背斜東翼北部における相当層に較べてきわめて薄く(約4分の1), また Ostrea 層を介在する。 したがって, 上部蝦夷層群の堆積期間 (少なくともギリヤーク世新期の末期 - 浦河世新期の前半)を通じて, 背斜南端部は 類似した層相を示す夕張図幅地域と同様に背斜東翼北部に較べて, すなわち, 北方に較べて南方は沈降量がきわめて小さく, かつ供給地に近い堆積環境にあったと考えられる。 このような傾向は前述の三笠層および中部蝦夷層群主部の場合と本質的に調和している。
幾春別背斜西翼北部の上部蝦夷層群(Ub' - Ug)では, 東翼北部における相当層に較べて泥質岩自体がしばしば粗くなり, 凝灰岩がより多く(厚さもより大きく), 砂岩の薄層がある層準では比較的ひんぱんに挾在する。 この点は, 上部蝦夷層群の堆積期間(少なくともギリヤーク世新期の後期 - 浦河世古期)においても, 三笠層の堆積期間にひきつづいて西側に供給地が存在したことを暗示する。 なお, 背斜西翼の Ub' では異常型アンモナイトが正常型アンモナイトよりも著しく卓越し, 異常型アンモナイトのうちでは鉤状屈曲を示す Scaphitids が優勢である。 これに反して, 沖合相を示す東翼の相当層 Ub 上部では 同じく異常型アンモナイトが正常型アンモナイトよりも卓越するが, 異常型アンモナイトのうちでは直線型の Baculitids が優勢である。 さらに沖合の相を示す空知背斜東翼南部の相当層(UE4)では 逆に正常型アンモナイトが異常型アンモナイトよりもはるかに多く, 前者のうちでは Tetragonites および Mesopuzosia が優勢である 82), 113) 。
白堊系は泥質岩・砂岩のほかに礫岩から構成され, 種々の層準に火山砕屑岩を挾有する。
礫岩 には円礫岩・礫質泥岩および層内礫岩が識別される。 円礫岩は浅海性, 一部瀕海性の堆積物から構成される三笠層および函淵層群によく発達し, 厚さが通常 0.1~1 m で, ときには 10 m 内外に達することもあり, 礫には巨礫がきわめて例外的にしかみいだされない。 函淵層群の礫岩は流紋岩礫が少なくないことによって三笠層の礫岩と区別される。 礫岩はさらに中部蝦夷層群主部における砂岩の一部(とくに α 相の Mc)にも存在し, このものは常に薄層をなし, かつ細礫から構成されている。 礫質泥岩は異常堆積(slumping)にもとづくもので, turbidites に富む中部蝦夷層群主部における泥相の一部に小規模のものが介在する。 たとえば, β 相の Ma3 にみられるものは約 1 m の厚さを有し, 礫はほとんど全部が同一層準または直下の地層から由来したもので, きわめてわずかに外来の円礫を混える。 礫質泥岩と成因的に類似するものが 中部蝦夷層群主部の一部(たとえは α 相の Mc)にもみられ, この場合には礫が外来の円礫で, 基質が著しく砂質である。 さらに, 上部蝦夷層群の一部(たとえば幾春別背斜東翼の Ub)において, シルト岩中に外来の円礫がごくわずかに散在する場合もこの種の礫質泥岩に準ずるであろう。 層内礫岩は同時礫としての泥岩の扁平な角礫から構成されるもので, 主として三笠層・中部蝦夷層群主部における砂岩中にときどき発達する。 これらは一般に 2 cm 以下の厚さを有するが, β 相の三笠層では厚さ 10 cm 内外のものが存在する。
砂岩 には厚層をなすもの, 泥質岩と互層するもの, および単独の薄層をなして泥質岩中に挾在するものがある。 厚層をなす砂岩は浅海性のもので, 三笠層および函淵層群を特徴づけ, 緑灰色・青灰色を呈し, 通常無層理であるが, 部分的に層理を示すことがある。 三笠層の砂岩は供給地により近い相を呈するものではしばしば斜交葉理を示す。 中部蝦夷層群主部において厚層をなす砂岩(たとえば Mc, および Mb・Me それぞれの一部)は, ときどき薄い泥質岩を挾むことによって層理(ある場合では級化層理)を示し, かつ砂岩部の下底面上にときどき sole markings を有する。 この種の砂岩は大部分が turbidites の一員をなす。 砂岩が泥質岩と互層するもの, すなわち, 砂岩泥質岩互層(大部分が細互層)は中部蝦夷層群主部において特徴的に発達し, この種の砂岩は turbidites に属し, 一般に暗灰色を呈する。 単独の薄層として泥質岩中に挾在する砂岩は, 中部蝦夷層群主部および上部蝦夷層群において種々の層準にみられる。 上記2種の砂岩の肉眼的性状については後で述べる。
砂岩は泥質亜石質・亜長石質・泥質亜長石質・長石質および泥質長石質砂岩に属する。 中部蝦夷層群主部の砂岩は一般に泥質長石質砂岩(長石質グレイワッケ)である。 三笠層においては 泥質亜石質砂岩(長石質グレイワッケ)および 泥質長石質砂岩(長石質グレイワッケ)が代表的である。 幾春別背斜東翼においても西翼においても, 三笠層の下部では泥質亜石質砂岩, 上部では泥質長石質砂岩が卓越するようである。 上部蝦夷層群の砂岩は 主として泥質長石質砂岩(長石質グレイワッケ)および長石質砂岩(アルコーズ)である。 構成鉱物については, 石英のうち変成岩源のものおよび緑簾石は三笠層の砂岩により多くみいだされている。 中部蝦夷層群 - 上部蝦夷層群の砂岩における構成分には 水成岩源のほかに変成岩源のものが優勢であり, 深成岩源・火山岩源のものが従属的である。 さらに, 特殊な砂岩としては緑色砂岩がある。 これは「海緑石粒」に富むもので, 概して 0.1~5 m の厚さを有し, かなり泥質である。 緑色砂岩は泥相からなる上部蝦夷層群, とくにその下半部において種々の層準に挾在し, また三笠層における泥相の部分にもみられる。 なお, 石灰質砂岩は若干の層準に挾在し, 上部蝦夷層群 Ub におけるものが最も厚い(約 6 m)。
泥質岩 は暗灰色, ときに黒灰色を呈する。 中部蝦夷層群主部における泥質岩は概してシルト質泥岩で, しばしば葉理および層理がよく発達して頁岩質となり, さらにしばしば砂岩の葉層をひんぱんに含む。 三笠層の泥質岩は一般はシルト岩, 部分的に細砂質シルト岩で, 層理があまり発達していない。 上部蝦夷層群の泥質岩は一般に無層理のシルト岩によって代表され, 下半部ではおおむね細砂質を帯び, 上部ではシルト質泥岩に加うるに粘土質泥岩もみられる。 なお, 泥質岩には通常石灰質団塊が含まれている。
砂岩泥質岩互層 (主として細互層)は 中部蝦夷層群主部(とくに Ma1・Mb・δ 相の Md および δ 相の Me)において 特徴的に発達する。 互層は級化層理を示し, 個々の級化層はおおむね 0.1~0.3 m の厚さを有する。 級化層は標式的な場合, 下位から上位へ向って次のような岩相単位から構成されている : 砂岩部 -- (1) 級化を示す砂岩, (2) 水平葉理が発達した砂岩, (3) 非水平葉理が発達した砂岩, 泥質岩部 -- (4) 水平葉理・砂岩葉層が発達した泥岩, (5) 泥岩 [ 以下の [注] 参照 ] 。 砂岩部と泥質岩部との境界は通常明瞭であり, 前者と下位の級化層における泥質岩部との境界は常にきわめて明瞭である。 (1) から (5) へ向って順次粒度を減ずる。 (1) の砂岩の下底面上には一般に種々の sole markings が発達し, 比較的上部の方にはときどき泥岩角礫(通常扁平)が含有される。 (1) の砂岩は通常 細粒砂岩を主とするので, 実際には 最下部がときどき多少より粗くなっている以外では 大部分にわたって級化が一般に不明瞭であるか, またはほとんど認められない。 (2) および (3) の砂岩に発達する葉理は 一般に炭質物微片の縞によって明瞭に示されている。 (3) の砂岩における非水平葉理は 一般に wavy lamination, foreset lamination, cross-lamination として, さらにときどき current ripple lamination, convolute lamination として発達する。 (4) の泥岩は (5) の泥岩よりも粗く, 前者はシルト質泥岩~シルト岩, 後者は粘土質泥岩である。 なお, 場所によっては(Mb1 の β 相区域南部では), (5) の泥岩の上にしばしば粘土質泥灰岩~泥灰岩が重なることがある。 上記の (1) - (5) のうち (1) の発達が悪いので, 砂岩部はおおむね (2) - (3) によって代表されている。
細互層を構成する級化層における前述のような標準岩相は実際には種々の変化を示し, 一般的傾向として次のような点が指摘される。 級化層において砂岩部が著しく厚くなる場合では, 一般に (1) の砂岩がより厚く発達し, かつしばしば級化を明瞭に示し, さらにときどき (2)・(3) の砂岩における葉理および (4) の泥岩における砂岩葉層がよりよく発達することもある。 これに反して, 泥質岩部がかなり厚くなる場合では大局的にみると逆の傾向を示す。 さらに, 互層(とくに細互層)を構成しない砂岩, すなわち, 泥質岩中にときどきないしわずかに, または孤立して挾在するような砂岩においては, 砂岩と上下の泥質岩(この場合 おおむね砂岩葉層がきわめてわずかにしか発達しないか, または全く発達しなくなる)との境界がきわめて明瞭で, 砂岩における葉理および炭質物微片の縞の発達がきわめて不良になるか, または全く発達しなくなり, さらに級化が一般に不明瞭であるか, またはほとんど認められない。
火山砕屑岩 には凝灰岩から凝灰質砂岩・凝灰質シルト岩にいたるものがある。 厚さは通常 0.1~数 m, ときに 10 m 内外に及ぶことがある。 厚いものでは葉理および層理が発達することがある。 凝灰岩は緑灰色・灰色~灰白色を呈し, おおむねガラス結晶質, ときどきガラス質および結晶質である。 凝灰質岩は石英安山岩質および安山岩質で, 前者のものが後者のものよりも多い。
化学的沈澱岩 としてはみるべきものがない。 しかし, 石灰質岩が団塊として白堊系全体を通じて含まれ, 三笠層および上部蝦夷層群最下部ではしばしば大型になり, また上部蝦夷層群にはきわめてまれに亀甲石がみられる。 さらに, 粘土質泥灰岩~泥灰岩の薄層ないし葉層が 中部蝦夷層群主部の一部(Mb1)において砂岩泥質岩細互層の構成員をなすことがある。
有機岩 としては顕著なものが存在しない。 ただ石炭の葉層および断片が中部蝦夷層群および三笠層の砂岩中に含まれ, また石炭の断片が函淵層群の礫岩中にみいだされる。
白堊系には種々の堆積構造がみられる。 代表的なものとして, 地層の下底面上に発達する load cast, flute cast(図版 3), groove cast(図版 4), striation [ 擦痕 ] [ 以下の [注] 参照 ] , 地層の頂上面上に発達する ripple mark, および地層内に発達する cross-lamination, current ripple lamination, convolute lamination がある。 load cast, flute cast , groove cast, striation は中部蝦夷層群主部における砂岩層の下底面上に, とくに砂岩泥質岩互層から構成される Ma1・Mb・δ 相の Md2・δ 相の Me (個々の地層の相区分については第 5・7 図参照)の場合においてよく発達している。 groove cast は β 相の三笠層にもきわめてまれに観察される。 ripple mark は α 相の Mc および α・β 相の三笠層に認められる。 current ripple lamination および convolute lamination は 上記の砂岩泥質岩細互層における砂岩部内に発達している。 cross-lamination は顕著なものおよび不顕著なものが β 相の三笠層においてところどころに認められ, 細かい小規模のものは foreset lamination とともに 前記の細互層における砂岩部内によく発達している(図版 6)。 なお, 中部蝦夷層群主部および三笠層における砂岩層の下底面上には しばしば種々の生痕(くいあるきあと・はいあるきあとに属する)が認められる。 ここでは 堆積構造の発達状況および性状の変化・堆積構造から示される 流れの方向と岩相変化との関係に重点をおいて記述する。
堆積構造の発達状況および性状の変化 : 前述したような各種の堆積構造の発達状況および性状は, 同一の岩相層序単位内において岩相の差異に関連して種々の変化を示す。 たとえば砂岩泥質岩細互層に富む Mb の場合は第 9 表に示されるとおりである。 なお, この表について若干の説明を加える。 flute cast において, 伸長形としたものは舌形・へら形を呈するものであり, 長さが 5 cm 以上のものを大型, 2~5 cm のものを中型とした。 全体としては非伸長形(馬蹄形・扇形・瘤状)・小型の flute cast が卓越し, また散在状のものが優勢である。 groove cast では, 長さ 30 cm 以上, 幅 0.2~1 cm のものを長型, 長さ少なくとも数 m, 幅 4~6 cm のものを大型としたが, これらは全体として少なく, 長さ 3 cm 以下, 幅 0.1 cm 内外のものが多い。 current ripple lamination については, 波長 30 cm 以上, 振幅 5 cm 以上のものを大型, 波長 10~30 cm, 振幅 2~5 cm のものを中型としたが, 全体としては小型のものが優勢である。
Mb2 に較べて砂岩泥質岩互層がより卓越し, 級化層において砂岩部が泥質岩部よりもより優勢で, 砂岩がより粗く, かつ, 炭質物微片がより多い Mb1 では, Mb2 の場合に較べて大局的にみると horizontal lamination, cross-lamination, current ripple lamination, convolute lamination がよりよく発達する。 堆積構造から示される流れの方向(ある1つの向きを示す)は, 後述のように α・β・γ 相を通じて本質的に同じであるので, Mb は後述のように同一系統の axial current によって堆積した turbidites に富む地層から構成されている。 Mb1・Mb2 それぞれにおいて, 岩相および層厚から判断すると, 見掛上 β 相(とくにその南部のもの)は turbidite mass の中央部, α 相は前部, γ 相は後部を占めるものとみなされる。 Mb を構成する1つの turbidite mass 内においては, 堆積構造の発達状況および性状の中央部から前部へ向う側方変化は 一般化すると次のような傾向を示す。 (1) flute cast では伸長形・大型, または覆瓦状のもの, (2) groove cast では長型・大型のものが発達するようになる, (3) horizontal lamination, (4) cross-lamination または foreset lamination の発達が衰え, foreset lamination の傾斜がゆるくなる, (5) current ripple lamination の発達が衰え, しかも大型~中型のものがなくなる, (6) convolute lamination が発達しなくなる。 以上のような側方変化に関連して, 岩相の側方変化の傾向は一般化すると次のようになる。 (1) 全層厚, または砂岩泥質岩互層をなす部分の量比ないし厚さが減少する, (2) 互層においては砂岩部が減少するのに対して泥質岩部が増加する, (3) 砂岩部内における級化が不明瞭になる, (4) 砂岩の粒度が全体として細かくなる, (5) 砂岩中の炭質物微片の量が減少する。 この turbidite mass における中央部から後部へ向っての前記諸要素の変化は 中央部から前部へ向う変化と根本的に類似している。 しかし, 前部と後部とではとくに次のような差異が認められる。 伸長形・中型~大型, または覆瓦状の flute cast および 長型・大型の groove cast が前部ではよく発達するのに反して, 後部では発達していない。 さらに, 堆積構造の発達状況および性状における差異から判断すると, Mb を構成する turbidite mass の堆積環境について大局的には (1) α 相の Mb2, (2) β 相の Mb2・α 相の Mb1, (3) β 相の Mb1 および (4) γ 相の Mb1・Mb2 の4部位が識別されるであろう。 この点は岩相および層厚の差異にも反映されている。
Md および Me においては, δ 相の場合 砂岩泥質岩細互層に富むために flute cast および groove cast がよく発達するが, 他の相ではそれらの発達がきわめて悪い。 三笠層についてみると, 漣痕は α 相(沖合相)にも β 相(後背地に近い相)にも観察されるが, 斜交葉理は β 相にしばしば発達するのに対して α 相には発達せず, さらに groove cast は β 相にみいだされている。 δ 相の Me は 全体にわたって砂岩泥質岩細互層から構成されているという点において Mb1 に類似し, しかも堆積構造の発達状況および性状からみると, とくに Mb1 のうち α 相のものに酷似する。 この点は δ 相の Me と α 相の Mb1 との互層における岩質組成・砂岩部における級化の状態 および砂岩中の炭質物微片の量における類似性と調和している。
堆積構造から示される流れの方向 : 前述のような種々の堆積構造から決定された流れの方向および方位 (1つの向きを示さない)を各調査路線において, 個々の岩相的層序単位ごとに優勢なものを平均して示すと第 14 図のようになる。 この場合, 中部蝦夷層群主部では flute cast, groove cast, current ripple lamination に重点をおき, striation, 細かい小規模の cross-lamination および foreset lamination の方位または方向は, 一般に共存する他の堆積構造の方位または方向と調和的であるので, 原則としてそれらを省略した。 sole markings が発達しない三笠層および上部蝦夷層群では cross-lamination または foreset lamination, さらに泥岩角礫および炭質物微片の平面的配列状態を利用した。 さらに, 三笠層では sliver bed [ 以下の [注] 参照 ] をも取り扱った。
第 14 図において目だつ点は, 中部蝦夷層群主部(しばしば turbidites を伴う), とくに幾春別背斜東翼の場合において, 堆積構造から指摘される流れの方向が一般に NE~NNE を示すことである。 しかし, 1つの岩相的層序単位における流れの方向が しばしば岩相・層準および場所によって異なることがある。 幾春別背斜西翼北部の Ma3 における流れの方向 (以下では方位しかわからない場合でも 他の諸事情から方向が推定され得るときは方位を方向として扱っておく)は 北(α' 相)では SSE, その南では E, さらに南方(東西両翼の α 相)では NNE である。
幾春別川本流沿いの Mc(背斜東翼の α 相)では, 長型 groove が上部に発達するのに反して, 下部および最上部ではみいだされない。 flute cast は一般に小型であるが, 上部 - 最上部ではときどき中型~大型, かつ覆瓦状になる。 さらに, 上部の上部では ripple mark も発達している。 以上のように, 堆積構造の発達状況および性状は下部・上部・最上部それぞれの間で異なり, とくに上部の場合が他の場合と顕著な差異を示す。 この点は岩相および流れの方向における層序的変化と密接な関連をもつ。 すなわち, 流れの方向は 上部(下部および最上部に較べて全体としてより粗粒で, しかも礫質岩を伴う)において SE であるが, 下部および最上部では 背斜東翼の中部蝦夷層群主部における流れの一般方向に調和して NE~NNE である。 このような流れの方向の変化は, 海底面の傾斜方向の変化よりはむしろ 粗粒堆積物の供給源の方向における変化をより大きく暗示するであろう。 この点からも, 堆積輪廻層 Ⅰ・Ⅱ 間の境界は, 前述のようにむしろ Mc の下部・上部間に求められるべきであろう。 南方の β 相の Mc(α 相の場合と異なって上部に礫質岩が存在しない)においては, 流れの方向が上下を通じて変化せず, α 相の下部および最上部の場合と同様に前述の一般方向によって代表されている。 背斜西翼南端部の Mc(β 相)においては, 流れの方向は下部におけるある厚層理砂岩層では E, 上部における砂岩泥質岩細互層では一般方向, すなわち NE を示す。
Md における流れの方向は, 幾春別川本流(背斜東翼の α 相)の場合には一般方向の NNE, 北方の奔別川流域(背斜西翼の δ 相)では Md2・Md3 いずれの場合においても北方では S~SSE, 南方では ENE であるが, さらに南方では地層が分布しないために全く不明である。 この場合, S~SSE 向きの流れが南方では, たとえば海底面の傾斜方向に規定されて, ENE 向きの流れに転針したのか, または後者が前者とは全く別系統の流れであったのかは断言できない。 しかし, 背斜西翼北部内のある特定の区域を通じて, Ma・Md および後述の Me における粗粒堆積物の運搬経路が おもに東向きになることは注目すべき点である。
Me(背斜西翼の δ 相)についてみると, 奔別川本流沿いの模式地(第 6 図)では, 流れの方向が最下部において ESE, 下部(全体の約半分を占める)において ENE, 中部において ENE および E, 上部において SSE をとり, 上部と最下部―中部とで著しく異なる [ 以下の [注] 参照 ] 。 これより南方では, 流れの方向が上下を通じて変化せず, SSE を示す。 さらに, 模式地の北方はおいても流れは S~SSE 方向をとる。 以上に述べたことから, 模式地における最下部 - 中部, とくに下部 - 中部における流れは, δ 相の Me における一般的流れとは全く別系統のものとみなされ, この点は粗粒堆積物の供給源の方向における差異を暗示するであろう。 さらに, groove cast(長型・大型のものはみられなかった)および striation が最下部 - 下部によりよく発達し, 下部 - 中部においてわずかに発達する current ripple lamination が 上部では認められない。 ここに述べたような堆積構造の発達状況および流れの方向の層序的変化は, 岩相の垂直的変化(第 6 図)と密接な関連を示す。 要するに, 模式地における δ 相の Me のうち, より粗い部分(とくに下部 - 中部)と より細かい部分(上部)とで流れの方向および堆積構造の発達状況が著しく異なることは, 幾春別川本流沿いにおける α 相の Mc の場合とよく類似している。
背斜東翼の三笠層(α 相)における流れの方向は 東翼の中部蝦夷層群主部における一般方向と調和して NNE~NE である。 西翼北部の三笠層(β 相)では流れの方向が場所によって, また層準によって著しく異なる。 この点は三笠層の岩相および堆積環境から判断すると, 当然のことである。 下部(Twa - Twb)における流れの方向は β 相の三笠層地域付近における中部蝦夷層群主部, とくに δ 相の Me におけるそれと一見多少の関連性を示すようであるが, 上部(Twc - Twd)における流れの方向は下部の場合と根本的に異なる。 要するに, β 相の三笠層における供給源の方向は, 中部蝦夷層群主部の場合とかなり異なっていたと考えられる。 西翼最南部の三笠層(δ 相)については E 方向の流れが認められる。
背斜東翼の上部蝦夷層群最下部(Ua)の場合, 流れは他の諸事情から判断すると N 方向をとる。 西翼北部の上部蝦夷層群最下部(Ub')についてみると, 泥質堆積物に対しては奔別川本流の三笠層における一般方向と調和した ENE 方向の流れが, 砂質堆積物に対しては前者と著しく方向を異にする SE 方向の流れが支配的であった。
堆積物の運搬経路および古地理の推定 : 以上に述べたことから, 本地域における白堊系の堆積物運搬経路は大局的にみると次のようになる。 中部蝦夷層群主部における粗粒堆積物は大部分が NNE~NE 方向の axial current によって運搬されたが, 一部, たとえば Mc 中のある部分は, lateral current によって運搬された。 他方, 背斜西翼北部に関する限りでは, 粗粒堆積物は主として全く別系統の方向, すなわち, S~SSE 方向をとる lateral current または oblique current によって運搬された。 背斜東翼の三笠層および上部蝦夷層群最下部の堆積物についても, 中部蝦夷層群主部における粗粒堆積物の場合と同様に, NNE~NE 方向の axial current による運搬が支配的であった。 前述のような NNE~NE 方向の axiai current による粗粒堆積物の運搬は, 本地域の白堊系が全体として南方へ向って供給源に近い岩相を示すようになり, かつ層厚を減じていき, しかも背斜最南部において南方の夕張図幅地域 119) の場合と同様に全層厚がきわめて小さくなることと密接に関連する。 さらに, NNE~NE に向って傾斜する海底斜面の存在が沖合部に推定される。 背斜西翼の三笠層における堆積物の運搬には 根本的に lateral current が主役を演じた。 背斜西翼の上部蝦夷層群最下部では 堆積物が異なった2方向の流れによって運搬され, これらの流れはいずれも lateral current であろう。
要するに, 白堊系堆積物の運搬経路は大観すると東側ほど axial current に, 西側ほど lateral current によってより大きく支配された。 この点および流れの方向から判断すると, 白堊系地域の西側に後背地が存在し, さらに 海底面は東へ向って傾斜すると同時に 沖合部では NNE~NE へ向って傾斜していたと推察される。
白堊系は平行不整合をもって古第三系石狩層群に被覆される。 相接する白堊系・石狩層群それぞれの層準を第 15 図に示す。 石狩層群に覆われる白堊系は, 最も東方の盤の沢衝上部および旭の沢衝上部では函淵層群, それより西方の幾春別背斜東翼では上部蝦夷層群, さらに西方の背斜西翼(奔別衝上部を除く)では大半が三笠層である。 また, 盤の沢衝上部 - 旭の沢衝上部における函淵層群の上限は 東よりも西の方においてより下位の層準を占める。 背斜東翼(南端部を除く)の上部蝦夷層群は西に向うほど, 南に向うほどより下位の層準をもって石狩層群に覆われる。 背斜西翼(奔別衝上部を除く)においても, 白堊系の上限の層準は東から西へ, また北から南へ向ってより下位となる。 すなわち, 東方または北方では上部蝦夷層群, 西方または南方では三笠層である。 以上のように, 白堊系は石狩層群堆積前に東から西へ向って, また北から南へ向ってより下位の層準まで削剥された。 さらに, 幾春別背斜主部(南端部を除く)およびその東方を通じて, 白堊系の石狩層群堆積前における削剥量は東から西へ, また北から南へ向って増大する傾向が認められる [ 以下の [注] 参照 ] 。
奔別衝上部の白堊系についても, 削剥が東から西へ, また北から南へ向ってより下位の層準にまで及ぶようになる。 奔別衝上部の最東部 - 東部(北部 - 中部)は 大局的にみると幾春別背斜西翼の北方延長部にあたる。 この区域と背斜西翼の最北部とを通じて, 白堊系の石狩層群堆積前における削剥量はやはり北から南へ向って増大する。 なお, 白堊系上限の層準の奔別衝上部と 東側の幾春別背斜西翼最北部および 南側の鳥居沢衝上部とにおける差異も, 白堊系が東から西へ, また北から南へ向ってより下位の層準まで削剥されるという一般的傾向に符合する [ 以下の [注] 参照 ] 。
以上に述べたように, 図幅地域の白堊系の石狩層群堆積前における削剥は, 大局的にみると東から西へ向って, すなわち, 中部蝦夷層群 - 上部蝦夷層群(おそらく函淵層群までを含む)の堆積期間を通じて 西側の供給地により近く, より浅く, かつ おそらく全体として沈降量がより少なかった地域の方に向って, また西側では北から南へ向って, より下位の層準にまで及ぶようになった。 また, 白堊系(幾春別背斜南端部のものを除く)の石狩層群堆積前の削剥量も 大局的にみると東から西へ向って, また西側では北から南へ向って増大した。 したがって, 白堊系の堆積状況と石狩層群堆積前における削剥状況との間には 密接な関連があったことが指摘される。
幾春別背斜地域の白堊系を被覆する石狩層群の層準は, 白堊系がより下位の層準まで, かつ, より深く削剥された地域(背斜西翼)では一般に幾春別層(非海成層)であるが, 逆に白堊系の削剥がより上位の層準に, かつより浅く止まった地域(背斜東翼)では, 一般に幾春別層より下位の若鍋層(海成層)である。 この点は 前者の場合では, 後者の場合に較べて白堊系の石狩層群堆積前における削剥期間が長かったことを意味する。 前述のような白堊系の削剥量の大小と削剥期間の長短との密接な関係は, 奔別衝上部 - 鳥居沢衝上部においても認められ, また, 奔別衝上部の最東部 - 東部と 幾春別背斜西翼の最北部 - 北部とを含む区域についても指摘される。 しかし, 背斜南端部では 白堊系の石狩層群堆積前における削剥量が必ずしも大きかったとはいえないが, ここでは削剥期間が背斜西翼におけるよりも全体として短かった。 東方の盤の沢・旭の沢両衝上部の白堊系では, 削剥期間が長かったにもかかわらず, 削剥量がかえって小さかった。 さらに, 奔別衝上部における白堊系の削剥期間が 幾春別背斜地域の場合よりも短かったことは注目すべきである。 要するに, 図幅地域(盤の沢・旭の沢両衝上部を除く)の白堊系の 石狩層群堆積前における削剥状況と石狩層群の堆積状況との間, すなわち白堊系の隆起量(したがって削剥量)と削剥期間との間には 密接な関係が存在したことがいえる。
以上に述べたことから, 白堊系堆積盆地の陸化後, 石狩層群堆積期間中において, 大局的にみると(現在の地理的位置についてみると), 幾春別背斜の西方において, 幾春別川沿いあたりに E - W ないし ENE - WSW 方向の軸を有する隆起部 (南方へも拡がっていた)が存在し, それが南側よりも北側の方において終始より大きく傾動しつつあったと推察される。 このような傾向は 大局的にはすでに前述したような本地域周辺の白堊系の堆積状況にも反映されており, とくに幾春別背斜西翼最北部 - 北部と空知背斜東翼南部とを結ぶ地帯は, 少なくともギリヤーク世新期 - 浦河世古期を通じて 前記の隆起部の前縁沈降部であったと考えられる。 さらに, 前述のような地盤の非対称的傾動は, 石狩層群の空知炭田地域と夕張炭田地域との間における堆積状況の著しい差異をもたらした。
石狩炭田一帯に分布する古第三系は, 層位学的に 下位の含炭層を挾む非海成層を主体とするものと, 上位の海成泥岩層を主体とするものとに2大別される。 前者は石狩統と, 後者は幌内統または幌内頁岩層と呼ばれてきた。 今日では, 一般にこれらはそれぞれ石狩層群, 幌内層(または幌内層群)と呼ばれている。
これらは炭田内において, 分布発達の上で地域的に差異があり, この差異にもとづいて 石狩炭田は北側の空知地区と南側の夕張地区とに区別されている(第 16 図)。 すなわち, 第 16・17 両図ならびに第 10 表からわかるように, 空知地区では石狩層群が非常に厚く(最大 3,500 m 以上)発達するのに対して, 夕張地区では同層群が薄く(最大 500 m)なり, かつ, その上位に幌内層が厚く広く分布している。 幌内層は前者ではわずかに芦別地域に薄く分布しているにすぎない。 石狩層群については, 厚さだけでなく層相も南北でかなり異なっている。 たとえば, 両地区を通じて分布する若鍋層は, 夕張地区では全層が海成層であるのに対して, 空知地区ではかなりの量の汽水成層を含んでいる。 また, 石狩層群上部については, 空知地区では海成層を挾むが, 夕張地区ではこれを欠いている。
地質構造の点でも両地区で非常な違いが認められる。 そして両地区は奔別衝上断層の東西方向の部分によって境され, この付近には平行するいくつかの衝上断層が発達し, 非常に複雑な構造となっている。
本図幅地域は, このようなそれぞれ特徴を異にする2つの地区の境に位置している。
なお, 空知・夕張両地区は, その中でさらに細かい地域的な地層の発達状況にもとづいて次のように区分される。
| 石狩炭田 | 空知地区 | 砂川 - 美唄地域 |
| 芦別地域 | ||
| 夕張地区 | 幾春別地域 | |
| 夕張地区主部 |
石狩炭田の古第三系は, このように地域ごとにかなり層序・岩相を異にしていることから, 後述するように, とくにこの 10 年間いくつかの問題が提起されている。
石狩炭田の古第三系については, 炭田開発と関連して, 1800 年代の後期から現在にいたるまでの 90 年間にわたって, 絶えず詳細な地域的研究や炭田全域にわたる総括的な研究がなされてきた。 すなわち, 1873 年北海道開拓使に招かれた B.S.LYMAN とその助手の H.S.MUNROE ならびにその門下生による北海道全域の地質調査を通じて, 始めて石狩炭田を始めとする道内の主要炭田の存在が確認された。
石狩炭田については, その後 矢部長克によって始めて本格的な化石層序学的な研究が行なわれた。 本図幅地域以南によく発達する幌内層が命名されたのはこのときである。 その後, 大井上義近はさらに石狩炭田全域に関する研究を行なった。 それから約 10 年後, 1920 年代の初期に, 今井半次郎 6) は夾炭層の層位に関する精細な研究を行ない, 今日一般に用いられている石狩層群の層序区分を公表した。 その区分と地層名とは, 現在では多少の改訂が加えられているが, 研究結果の大綱はその後の大部分の研究者によって承認され, かつ, 研究の基礎となっている。 一方, 幌内層に関しては, 同層が一見 単調に見える頁岩からなるが, その下位に常に石炭の稼行対象である石狩層群が伏在することから, 1920 年代から 1930 年代にかけて, 田上政敏,村田析その他によって, 詳しく層序学的研究, 岩石学的研究および地球化学的研究が行なわれてきた 10), 11), 12), 14), 17), 20), 21), 22), 24), 25), 31) 。
第2次世界大戦終了後, それまでに得られた調査研究の結果が, 田代修一 42) , 高尾彰平 47) , 竹田秀蔵 51) , 坂倉勝彦ら 54) によって, あいついで総括発表された。 また幌内層に関しては, 手島淳 60), 79) が始めて大型化石によって分層することに成功し, 石狩炭田の古第三系の研究に大きな貢献をした。
とくに, 本図幅地域の石狩層群ならびに幌内層については, 幾春別・幌内付近に関して, 田上 10), 11) , 石倉・矢野 23) の詳しい地質図を付した層序学的研究があるほか, 高尾によっても総括的な記述がなされている。
以上のほか, 非常に多くの研究によって, 古第三系については, 各地域ごとに詳しいことがわかっているが, 同時にいくつかの問題も提起され, その多くが未解決のままに残されている。 その主要なものは, 各地区あるいは地域の地層の層序関係, あるいはそれぞれの間の対比に関するものである。 これらの問題の解決のためには, 今後 通常の野外におけるさらに詳しい層序ならびに地質構造の研究は勿論, そのほか堆積岩の岩石学的研究, 粘土鉱物学的研究, 地球化学的方法による絶対年代決定・堆積環境の研究, 古生物学的研究を通じての, 炭田全体の観点からの総合的考察が必要であろう。 以下, 簡単にこれらの問題点について触れる。
ただし, 本地質図幅では, おおむね従来の一般の見解にしたがって地層区分ならびに分層がなされている。
夕張層以下の層準については, ほとんど問題がない。
若鍋層については, 最近 下河原寿男 97) によって疑問が投じられた。 すなわち, 空知地区では一般に若鍋層は, 下部の 茂尻 夾炭層と上部の若鍋含化石層とに2分される。 しかし, 夕張地区では前者にあたる岩相が発達しないで, 夕張層の上位に横たわる含化石海成層が若鍋層とされている。 そして, これら両層の間には「亜不整合」が認められている。 下河原は「空知地区の若鍋含化石層の基底が, 夕張地区の若鍋層の基底にほぼ対応するものであろう」と考えたが, 未だ詳しい議論は公表されていない。 この考えによると, 空知地区は夕張地区より先に海侵を蒙ったことになる。 一方, 夕張地区の若鍋層と空知地区の若鍋含化石層の層相を比較した場合, 前者はより外洋的であり, 後者はより内湾~潟的である。 この事実から海水の侵入径路は南 → 北であろうと容易に考えられる。 貝類化石群の構成からみると, 茂尻夾炭層中に認められる群集は若鍋含化石層のものと類似性を示し, やはり南方からの海水の進入を考えざるを得ない。 とすると, 同夾炭層の堆積時には, 夕張地区は完全に無堆積域であったとしなければならない。 さきに述べた下河原の考えが成立するためには, この事実が証明されなければならない。 少なくとも層相ならびに化石相の解析の上からは, 「空知地区の茂尻夾炭層と若鍋含化石層とを合せたものが, 夕張地区の若鍋層に相当する」という従来の考え方を否定する根拠がみいだされない。 本図幅の説明書の記述は, この従来の考え方の上に立って書かれている。
美唄層以上についても未解決の問題がある。
今井 6) は, 夕張地区にも, 石狩炭田の北半, 空知地区でよく発達する美唄層が, 最大 70 m の厚さで発達するとした。 そしてその上位には下部蜆介層を欠いて, 羊歯砂岩層が, さらに上位に幾春別夾炭層および, 幌内層が重なるとした。 空知地区では, 幾春別層の上位に, さらに上部蜆介層および芦別夾炭層が発達する。 ところが, 田代 42) によれば, 夕張地区では美唄層は認められず, 若鍋層の上に直接 羊歯砂岩層が重なり, さらに上位には上部蜆介層を欠いて芦別夾炭層を認めた。 すなわち, 田代によれば幾春別, 幌内付近に分布する夾炭層「幾春別夾炭層」は実は芦別夾炭層であるという。 一方, 高尾 47) は, 田代と同様に美唄層の夕張地区における分布を認めていない。 そして同地区の若鍋層以上の夾炭層をすべて幾春別層に属させ, かつ, 空知地区においては, これは赤平層(= 下部蜆介層)と平岸層(= 上部蜆介層)との間に位置するものとした。
このように, 最近では, 一般に夕張地区には, 空知地区でよく発達する美唄層と赤平層(= 下部蜆介層)を認めず, 空知地区では赤平層と平岸層との間に挾まれるとされる幾春別層を 若鍋層の上位に直接おいている。
しかるに, 最近, 下河原 97) は, 夕張地区において, 若鍋層と幾春別層との間が整合的であるという事実から, 従来の一般的な考え方に疑問を持ち, 美唄層の存在を再考すべきであるということを述べている。 筆者らの研究によっても, 本図幅地域の幌内川上流ならびに盤の沢流域では 厚さ 25 m 前後あるいはそれ以下の Ostrea と砂管を含んだ若鍋層の上位に, 全く整合に厚さ 60 m 以上の含炭層が重なり, とくにその下半部 -- 幌内川上流 -- では, 35 m 前後の部分には白色の凝灰岩の薄層が非常に多い。 また, その最下部の厚さ 2.5 m の炭層は 凝灰岩あるいは凝灰質砂岩と石炭の互層からなり, いわゆる「虎の皮層」となっている。 地質図でこれらの部分は従来の考えにしたがって幾春別層に含められているが, 美唄層に相当するという可能性が非常に強いように思われる。
空知地区の南西部において, 最近, 従来 空知地区北部にしか認められていなかった赤平層の延長が, 三菱美唄地域まで追跡されることが明らかにされている 89) 。 すなわち, 同地域で一般に羊歯砂岩層の基底相と考えられている今井の一の沢砂岩がそれに該当する。
ところで, 一の沢砂岩の夕張地区における相当層は, 今井によれば夕張砂岩である。 高尾も夕張地区に一の沢砂岩の相当層(約 30 m の厚さ)を認めている。 同氏もその部分を直下の「虎の皮層」とともに幾春別層の下部とみなした。 「一の沢」, 「夕張」両砂岩の対比については, 筆者らは現地で充分な検討をしていないが, もし認めるとしたならば夕張地区の幾春別層の一部に赤平層の層準が含まれることになる。
従来, 一般には, 赤平層を除き, 空知背斜の東西両翼(芦別地域と砂川 - 美唄地域)で厚さは非常に異なるが, 同様な関係で幾春別層以上が分布すると考えられており, かつ, 厚さの違いは沈降量の違いに帰せられていた。 ところが大瀬・小笠原 83) は始めて, この関係に疑問を抱いた。 両氏によれば歌志内断層を境として, その東側(ここでいう芦別地域)の 下部蜆介層(= 赤平層または羊歯層の下部)にみられる層相の垂直的変化が, その西側(砂川 - 美唄地区)における 下部蜆介層・羊歯層・上部蜆介層を合せたものにみられるそれに大体一致することから, 両部分の対比関係を推定した。 この考え方は, その後ただちに, 手島ら 79) および松井 89) によって反論が加えられた。 一方, 水野 94), 120) は貝類化石の出現状態, 種類, 全体の層相の垂直・水平的変化の諸点から, その考え方に賛意を表している。 第 18 図に多少模式化した層相断面図を示す。 しかしながら現在のところ, どちらの考え方についても, 積極的に支持する資料は見あたらない。
以上, 若鍋層以上の諸層について, とくに各地区ならびに地域間の対比関係を中心に述べてきた。 これを要約すると第 11 表のようにまとめられる。 この表中の地層の配列は, 大体 従来一般の考え方による。 そして, 可能性の強い対比関係を「=」で示した。
とくに美唄層以上について述べれば, 未だ最終的結論を下すことのできない段階ではあるが, 砂川 - 美唄地域の赤平~平岸層は, ほぼ, 芦別地域の赤平層に相当する可能性が強い。 それを受けいれるならば, 夕張地区の幾春別層は, 空知地区の美唄~赤平層に相当することになる。 かりにそれを否定した場合でも, 前者が美唄層から幾春別層までの層準に相当する可能性はきわめて大きい といわざるを得ない。
本図幅地区南半部から南方すなわち夕張地区では, 石狩層群の上位に不整合関係で幌内層が横たわっている。 しかしながら, 空知地区では幌内層は, その東部の芦別地区をのぞいてはほとんど分布していない(第 16 図参照)。 従来は, 一般に, 石狩炭田全域について「不整合関係」が認められてきた。 ところが, 矢部 43) は 1951 年に, 両層群の夕張・空知両地区における厚さの違い (空知地区では石狩層群が厚いが幌内層はほとんど欠除するかまたあっても非常に薄い。 夕張地区ではその逆である)・ 空知地区の石狩層群上部に幌内層と同様な化石および玄能石 [ Glendonite ] を産することを論拠として, 大部分が陸成の石狩層群上部と海成の幌内層とが同時異相ではないかという疑問を提出した。 このとき以来, 両者間の層序関係について, 多くの研究者によって議論されているが, 現在なお解決していない問題である。
浅野清 46), 52) は, 幌内・石狩両層群の有孔虫群の検討の結果から, ただちにこの考え方を支持し, 若鍋層以上の石狩層群が幌内層と同時異相の関係にあり, かつ, 空知地区にみられる幌内層は, 夕張地区の幌内層の上部に相当すると考えた。 湊・魚住 70) は, 若鍋層と幌内層との対比については, 結論を保留しているが, 少なくとも羊歯層以上については, その可能性があることを述べた。 また斎藤林次 58) も強く矢部の考え方を支持した。
一方, 炭田関係の研究者は, 従来の「不整合関係」を強く支持した発言を行なってきている。 佐々 66) は, これらの考え方を代表し, 夾炭層の側方変化の問題, 幌内層基底の特徴とその下位層との侵蝕関係などの事実を中心として反論を行なった [ 以下の [注] 参照 ] 。 その後, 夕張付近での大型化石による幌内層の分帯結果 60) と, 同じく芦別付近での幌内層の分帯結果 98) との関係などからも, 従来の「不整合関係」は支持された。 先に述べた有孔虫研究者によって矢部説が支持された一方, 同じ立場からその後, 氏家・渡辺 93) および内尾 103) は, 逆にこれを否定した。 氏家らは芦別地域の幌内層を有孔虫によって分帯した結果が, 夕張付近のそれとよく合うこと(両者ともに最下部から最上部まである)を述べた。
最近, 浅野 105) は, さらに資料を補足して, 勇払ボーリングの結果で, 3,000 m ぐらいから以深の幌内層は若鍋層に対比でき, 夕張地区の幌内層は, 平岸層ならびに芦別層に, 芦別北方では紅葉山層に対比され, かつ, 幌内層は, 南から海進したということを再度主張している。
なお, 下河原 95) は, 幌内層の海進は北ないし北西からと思われ, かつ, 少なくとも現在の資料では, 幾春別層以下とは同時異相ということはあり得ないと述べている。
旧説は野外調査の観察結果をよりどころにしているのに対して, 新説は野外における現象の解釈で旧説に対立しており, 互いに相容れないものがある。 ところが, ごく最近になって, 斎藤林次 118) は, 新説の立場に立って, 幌内層の基底の「不整合現象」の再検討を行なった結果を公表した。 すなわち, 幾春別川北岸の唐松沢, 鳥居沢入口ならびにその対岸における幌内層基底の不整合を再検討した結果, 上記各地点において基底に侵蝕面をもつ海緑石砂岩および礫岩は 少なくとも2~3層準にあって, それぞれ互いに側方に連続しないで消失する事実 ならびに 海緑石砂岩・礫岩の基底の侵蝕面より下位の幾春別層中にも 幌内型の海棲貝化石が認められるなどの事実を明らかにした。 そして, 芦別地区において, 芦別層中にも海緑石砂岩が認められることから, 少なくとも幾春別層より上位と考えられている上部蜆介層および芦別層は 幌内層と同層位であろうとしている。
本地質図幅の調査研究の結果, ならびに本地質図幅の範囲内だけの資料からは, 上述の問題を解決するにいたらなかったが, 現在の段階では次のようなことが指摘される。
両者の地質時代は, 当然前に述べた層序関係と関連してくる。 今までにいろいろな立場から, これら両者の地質時代が論ぜられているが, とくに貝化石の研究者と有孔虫化石の研究者との間で調整がほとんど不可能なほどに, 著しい見解の違いが認められる。 そして, 両者あるいはほかの面を総合した立場からの議論は 未だ残念ながら行なわれていないのが現状である。 近い将来に, わが国でも K-Ar 法による絶対年代の測定技術がさらに進歩して, 石狩層群ではとくに若鍋層に, また幌内層ではとくにその下部に豊富に含まれる海緑石についての絶対年代の資料が 簡単に得られるようになると, この問題も解決の方向に進展するであろう。 ここでは, 簡単に両者の側の見解を紹介するにとどめる。
浅野は有孔虫研究の結果, 幌内層の中下部が, 石狩層群の若鍋層以上と同時関係にあると考えている, そうして, 石狩・幌内両者がすべて始新統に属するものであるとした。 一方, 氏家・渡辺は同じ有孔虫化石の研究から, アメリカ西岸との対比を行なった上, 幌内層全体が, 同地の上部始新統(Bartonian)の Narizian stage に対比されるものと考えた。
植物化石の研究者は, Woodwardia を産する高根層以下を一般に始新統と考えているようである。
これに対して, 主として貝化石研究の立場からは, たとえば, 竹田 51) によって代表されるように, 幌内層を漸新統と考えているのが一般である。 水野 109), 120) は石狩・釧路両炭田の古第三紀貝化石群を検討して, 石狩 - 幌内の貝化石群を, 層位的に下部・中部・上部石狩および幌内貝類群の4群に区分した。 幌内層の化石によって代表される最後のものを西日本地域の 西彼杵 階に対比し, かつ, 上部漸新統と考えた。 また, 下部~上部石狩貝類群を沖の島階から 間瀬 階(中・上部始新統~下部漸新統)にわたるものとした。 これによると, 若鍋層の化石群は沖の島階になり, また, 赤平層の化石群は船津期となって, 最下部漸新統あるいは最上部始新統となる。
石狩層群については, 石炭の開発に伴ってきわめて精細な調査が数 10 年にわたって積み上げられている。 また, これらの資料をもとにした炭田地質学者の多くの研究業績が発表されている。 図幅調査の日数では, たんねんに石狩層群の各層を検討することはとても不可能なことである。 したがって, ここではごく簡単にそれぞれの概要を記すだけにする。
登川層は石狩層群最下部の地層であり, かつ, 同層群中の主要夾炭層の1つである。 本図幅地域では, 本層の分布は北部の空知地区に属する地域だけに限られる。 すなわち, 図幅地域の北東隅から南方ウエンシリアンピパイ川上流を経て吉野沢上流にかけての地域と, 南美唄南方の六号の沢および七号の沢下流地域とに露出する。 前者は空知・幾春別背斜の西翼部に, 後者は峰延向斜の北西翼部にあたる。 このほか落合沢の下流, 落合沢背斜の軸上に実施された探炭試錐によって, 後述する幌加別層の下に厚層をなして潜在することが確かめられている 42) 。
本層と下位の白堊系との関係は, 露頭の観察結果だけからは, 整合であるか不整合である判定がつきにくい。 吉野沢の上流では, 白堊系の暗灰色シルト岩の上に厚さ約 2.5 m の白色粘土(凝灰岩 ?)があって, その上に約 0.5 m の細礫岩を経て, 炭化植物片を含む硬い砂岩層が重なっており, ここではこの白色粘土の基底をもつ登川層の基底とした。 また, 三菱美唄の東方の図幅地域からわずかに東へはずれたところにも 同様な粘土(耐火粘土)があって, これをもって登川層の基底とするのが妥当と考えられる。
登川層は, 主として砂岩およびシルト岩の互層からなり, 多くの炭層を挾有する。 全般的にみて砂岩層が卓越する。 砂岩は, 白色~灰白色~蒼灰色で一般に明るい色を呈するが, まれに灰色を呈するものがある。 粒度は細粒から極粗粒まで変化し, 時にレンズ状に細粒礫岩を挾有する。 砂岩は一般に堅硬なものが多く, 塊状厚層をなしてときに偽層を呈し, 泥質岩と互層するものは板状を呈する。 シルト岩は暗灰色~灰色で層理に乏しく, 菱鉄鉱質団塊を挾有する。 炭層は主として中部以下に含まれ, 三菱美唄付近では, 本層の上限を6番層の天盤とし, その下位約 160 m の層間距離をおいて 7番層以下 15 番層まで平均 40~60 m の層間距離で挾有される。
本層の厚さは, 図幅地域の北東隅付近で 500~550 m, 南方へ逐次薄くなり, 峰延山地の稜線を越える付近から急激に厚さを減じ, 吉野沢にいたって間もなく尖滅する。 西方, 六号の沢および七号の沢下流付近に露出する本層は, 奔別衝上断層の影響でかなり擾乱を受けており, その成層状態を正確に把握することは困難である。 落合沢背斜の探炭試錐によって確認された登川層の厚さは約 900 m である。
幌加別層は, 図幅地域の北東隅付近から南方吉野沢上流にかけての地域, 六号の沢および七号の沢の中流地域 ならびに落合沢背斜の軸上に窓状に点々と露出する。 本層は幌加別頁岩層ともいわれ一般には泥岩を主とするが, 図幅地域の北東隅の三菱美唄付近ならびに七号の沢以南では, ほとんど砂質岩によって構成されている。 本層は下位の登川層を整合関係で覆っている。
図幅地域の北東隅の三菱美唄付近においては 6番層の天盤から上位5番下層の基底まで約 160~200 m をもって本層とする。 本地域では前述のとおり, 本層は主として中粒から細粒の堅硬な砂岩からなり, 各所に滝を作って露出する。 中下部には, 砂質泥岩と炭質頁岩を数枚はさむ部分が認められ, 中上部の砂岩中に Margaritifera perdahurica (YOKOYAMA) Unio sp. を豊産する層準がある。
三菱美唄炭砿の資料によれば, 本地域における本層は上から次の4つの部層に区分される。
| 1 | 第2砂岩部層 | 21~51 m | ||
| 2 | 含貝化石砂岩部層 | 56~65 m | ||
| 3 | 含炭砂岩部層 | 25~36 m | ||
| 4 | 第1砂岩部層 | 60~73 m |
第2砂岩部層は, 堅硬な中粒~細粒砂岩からなり部分的に粗粒となる。 また, 一部に帯緑暗灰色の泥岩を挾む。 含貝化石砂岩部層は, ほとんど全体が堅硬緻密な砂岩層からなり, Margaritifera perdahurica (YOKOYAMA), Lanceolaria pisciformis (YOKOYAMA), Unio sp. を豊富に含む層準がある。 含炭砂岩部層は, 細粒砂岩を主とし, 玉葱状に剥離する砂質泥岩, ならびに4~5枚の炭質頁岩を挾有する。 最下部の第1砂岩部層は, ほとんど堅硬な細粒砂岩によって構成される。
三菱美唄地域における幌加別層の南方延長は 峰延山地の稜線を越えて吉野沢上流地域にまで及ぶが, ここでは全体の厚さを減じ, 本調査では, 明確に上下の地層と区分することはきわめて困難であった。
南美唄七号の沢以南の地域における幌加別層は, 主として淡灰色~灰色の中粒~細粒の硬い砂岩からなり, 何枚かの礫岩, 黒色~暗灰色のシルト岩~泥岩および炭質頁岩を挾有している。 また, 泥質岩中に菱鉄鉱質泥灰岩層を挾有する。
落合沢背斜の軸部, 夕張層の分布地域中に窓状に露出する本層は, 北東に向って徐々に泥質岩が卓越し, その東端部の露頭では, 暗灰色~紫黒色の泥質岩が卓越し, いわゆる幌加別頁岩層の特徴を示すようになる。 すなわち, ここではその下限を観察することはできないが, 最上部は菱鉄鉱質泥灰岩層を挾む暗灰~灰黒色の泥岩あるいはシルト岩を主とし, Margaritifera perdahurica (YOKOYAMA) を産する。 その下位は, 主として, 暗灰色~紫黒色の泥岩~シルト岩と緻密な細粒砂岩との互層からなり, まれに灰白色の粗粒砂岩および細粒凝灰岩を挾有する。 この地域における幌加別層の層厚は 130~150 m と推察される。
夕張層は, 登川層および幌加別層と同じく, 本図幅地域内では, 北部空知地区に含まれる地域にだけしか認められない。 本層は, 落合沢背斜を中心として広く分布するほか, 幾春別川北岸地域, 奔別衝上断層の北側に沿って露出している。 後者は, 落合沢背斜の南側に併走する峰延向斜の南東翼を構成するものである。 この北方延長は, 吉野沢上流から北方に方向を転じ, 南北方向に図幅地域の北限まで追跡され, 空知・幾春別背斜の西翼を構成している。
本層は, 落合沢から六号の沢にかけての地域ならびに 吉野沢上流地域から北方にかけての地域では, 前述の幌加別層を整合関係で覆うが, 仙太郎沢から唐松沢上流地域では, 下位の幌加別層および登川層を欠いて, 白堊系に直接している。 また, このような下位層との層序関係と相まって, 仙太郎沢ならびに唐松沢上流地域では, 層厚もきわめて薄く, ほとんど礫岩からなるのに対して, これより北方ないし北東方向に行くにしたがって急激に層厚が増大し, かつ, より細粒な砂岩および泥岩の互層を主とする層相を呈するようになる。 以下, 各地域の夕張層について述べる。
落合沢背斜を中心とした地域における本層は, 主として砂岩とシルト岩の互層からなり, 数多くの炭質頁岩および凝灰岩を挾有する。 砂岩およびシルト岩は, ともに 1 m 内外から数 m にわたる厚さのものが多く, 炭質頁岩は数 cm から数 m まで厚薄非常に変化がある。 凝灰岩は数 10 cm の厚さのものが多く, 中下部と最上部に発達する。
砂岩は一般に淡緑灰色~淡灰色を呈し, まれに中粒~粗粒なものもあるが一般に細粒であり, 比較的軟質なものが多い。 また, 凝灰質のものも多い。 シルト岩は, 淡灰色~灰色を呈し, 凝灰岩は灰白~白色で細粒軟質である。 全般的にみて, 落合沢より南西に行くにしたがって砂岩が卓越し, しかも粗粒砂岩や礫質砂岩が多くなる。 さらに, 背斜の南東翼に較べて北東翼に粗粒なものが多くなる傾向が認められる。 炭層としては, 我路 付近に発達する我路層と我路上層とが顕著なものである。
落合沢付近における本層の厚さは 350~400 m に達する。
南美唄七号の沢にいたると, 層厚は半分近くに減じ, 礫岩および砂岩の量も多くなる。 すなわち, この付近で, 本層の下部は厚さ 2 m のクルミ大の礫を主とする礫岩を基底とし, 礫岩, 砂岩およびシルト岩の互層からなり, 数枚の炭質頁岩と灰白色の細粒凝灰岩を挾んでいる。 上部は主として中粒~細粒砂岩からなり, 細粒礫岩および薄い炭質頁岩を挾んでいる。 その最上部には2~3枚の薄い炭質頁岩を挾む厚さ 10 数 m のシルト岩が認められる。 下部の礫岩, 砂岩および泥岩の互層からなる部分の厚さは約 160 m 内外, 上部の砂岩を主とする部分は同じく 60~70 m と推定される。
六号の沢にいたると, さらに厚さを減じ, 本層はほとんどクルミ大の円礫からなる礫岩からなり, 砂岩およびシルト岩はきわめて少なくなり, 堆積盆地の周縁相を示すようになる。
仙太郎沢上流では, 白堊系の泥岩の上位に, 厚さ約 2 m の雞卵大の礫からなる礫岩を基底とする砂岩および礫岩層からなる。 砂岩は炭粉の縞をもつ淡灰色の粗粒~細粒のものからなる。 ここでは露出が悪く層厚を推算することはできなかった。 その東の唐松沢上流では, 10 m 位の厚さの雞卵大の礫からなる礫岩層を基底として, 砂岩およびシルト岩の互層からなり, その全層厚は最大 50 m と推察される。 ここでは炭層は全く認められない。
峯延向斜の南翼の鳥居沢上流から吉野沢上流にかけての地域における本層は, 西部で, 圧倒的に砂岩が卓越するが, 東に向って漸次泥質相を増加し, かつ, 層厚も厚くなり, 良好な炭層(住友奔別, 夕張層三番層 山丈 1.26 m, 炭丈 0.7 m および四番層 山丈 1.55 m, 炭丈 1.45 m)も認められるようになる。
これより北に転じて三菱美唄付近にいたると 本層は砂岩・泥岩およびシルト岩の互層からなり, 層厚も 300 m 近くまで発達する。 砂岩はおもに灰白色を呈し, 粗粒から細粒まで粒度も著しく変化する。 また部分的に細粒礫岩となるところがある。 砂岩は一般に凝灰質 堅硬なものが多く, 各所に滝を形成している。
泥岩~シルト岩は一般に明るい色を呈し, 軟質でかつ層理に乏しい。
炭層および炭質頁岩は, 厚薄おびただしい数にのぼるが, 下三番層(山丈 1.2 m 内外)および下五番層(山丈 1 m 内外)を除いて, みるべきものがない。 また, この地域では, 本層の上限から 30 m 内外のところに淡水棲の貝化石を伴う層準があることが知られている。
若鍋層は, 石狩層群中における最も顕著な海成相であり, 石狩炭田全域にわたって広く分布すること, ならびにその特異な岩相と含有動物化石群とによって, 同層群中における有力な鍵層となっている。 図幅地域の北東部では, 本層の下部に4~5枚の石炭および炭質頁岩を挾み半淡半鹹相を呈する。 この含炭部は空知炭田主部におい顕著に発達し, 独立の地層「茂尻(夾炭)層」として取扱われている。
本層は, 本図幅地域内においては, 空知炭田地区に, 各背斜向斜の軸部ならびに翼部に広く分布するが, 夕張地区では幾春別背斜の中核をなす白堊系をとりまいて点々と露出するにすぎない。
若鍋層は空知地区において夕張層を整合関係で覆うが [ 以下の [注] 参照 ] , 夕張地区では夕張層以下の石狩層群を欠いて, 白堊系に直接し, その関係は不整合である。
含炭部 は美唄川の上流地域, ウエンシリアンピパイ川の北岸から北方, 常盤台東方地域に南北方向をとって露出する。 本含炭部は主として砂岩・砂質泥岩および泥岩の互層からなり, 多くの薄い炭層および炭質頁岩を挾有する。 下限は夕張層の最上部の炭層の天盤をもって境され, 上限は砂管を含む塊状の砂岩の基底をもって境される。 砂岩は灰白色~淡青灰色で一般に細粒なものが多く中には中粒~粗粒となる。 砂質泥岩は灰色, 泥岩は一般に暗灰色を呈する。 これらの岩石の量比は層準によってかなり変化がある。 炭層および炭質頁岩は 0.7 m 以下で薄いものが多い。 貝化石は含炭部全体にわたって産し, Brachydontes sakakurai OYAMA et MIZUNO (MS.), Geloina hokkaidoensis (NAGAO & OTATSUME), G. takaoi NAGAO & OTATSUME, Ostrea sp., Cyclina shirokiana YOKOYAMA, Pyrazus miyajimai MIZUNO (MS.) 等を産する。
主部 は, 空知地区においては, 夕張層を整合関係で覆い, 美唄層に同様な関係で覆われ, 上述の含炭部は, その基底部の局所的な異相(半海成相)と考えられる。
空知地区における本層は主として, 淡青灰色の細粒砂岩~シルト質砂岩からなり, 海棲貝化石および砂管を包蔵する。 砂岩は一般に塊状均質で陶汰が悪いものを主とするが, 上部では板状層理を示すところがある。 前者には径 1 cm, 長さ 20 cm 内外の層面に直角な砂管が特徴的に発達し, 後者では泥灰質団塊が層状をなして挾有されることがある。 また, 板状層理を示す部分は硬く滝を形成することがある。
貝化石は, 上下を通じて豊富に産し, 単一の種が密集して化石帯をなすことが多い。 その主なものは, Geloina hokkaidoensis (NAGAO & OTATSUME), G. takaoi (NAGAO & OTATSUME), Ostrea sp. であり, 前記含炭部のものとの間に相異は認められない。
炭層は, 主部にはほとんど認められないが, ウエンシリアンピパイ川下流および奔別川上流 峯延山地分水界付近において, 本層の上部に厚さ数 cm のものが2~3層認められ, かつ, その上位に炭質物を多量に含む部分がある。
この地域における若鍋層は, 南および西に向って厚さを減ずる。 すなわち, 美唄川上流地域では含炭部を含めて厚さ 200 m 内外, 落合沢で 110 m 内外となり, 峯延向斜の南翼では 50~60 m あるいはそれ以下となる。
夕張地区における若鍋層は, その北限に近い幾春別・奔別付近では発達せず, 幌内付近から以南にいたって, 幾春別背斜の両翼に認められるようになる。
この地域における本層は, ゆるやかな波状の凹凸面, ときにはかなり著しい凹凸面をもって白堊系に接し, 幾春別層の最下位の凝灰岩を挾む縞状の厚い石炭 いわゆる「虎の皮層」の下位の泥岩~シルト岩に整合的に覆われる。 基底部は海緑石と古期岩類の小円礫を含む帯緑色の細粒砂岩からなり, 主部は帯緑淡灰色の細粒~微細粒砂岩~シルト質砂岩からなる。 砂岩は一般に塊状を呈し, 砂管が特徴的である。 砂岩中には2~3層の 1 m 未満の厚さで連続性に乏しい細礫岩を挾有する。 また, 本層の中上部には, 砂岩が著しくシルト質となり規則的な板状の薄層理を呈するところがある。 さらに塊状の砂岩中には径 0.4 m 内外の石灰質団塊が発達するところがある。 海成貝化石は各所において認められるが, 前に述べた空知地区における本層に較べて少ない。
この付近における本層の厚さは, 60 m 内外から以下であり, 南方では連続して発達するが北方では断続的となり, 幌内川上流以北ではついには全く見られなくなる。 本層と上位の幾春別層との間に堆積の間隙が認められないことから, 本層は南から北, ないし南東から北西に向って, 断続的に基盤の白堊系の凹所を埋めながら海進覆蔽したものと考えられる。
美唄層は石狩層群中, 最も有力な夾炭層の1つであり, 石狩炭田の北部空知地区にのみ分布する。 本説明書では, 前述のとおり従来の考え方にしたがっているが, 夕張地区において後述する幾春別層の基底の一部には美唄層が含まれるとする説 もあることは, すでに古第三系の概説の項で述べたとおりである。 本図幅地域では, 本層は三菱美唄地域, 空知・幾春別背斜の西翼, 滝の沢背斜および峯延向斜の翼部に分布する。 このほか, 南美唄北北東の向斜軸の軸部にわずかに露出する。
本層は下位の若鍋層から整合漸移し, 後述する幾春別層によって整合に覆われる。
本層は砂岩・シルト岩・泥岩の互層からなり, 凝灰岩ならびに多数の炭質頁岩および炭層を挾有する。
砂岩は, 灰白~淡青灰色を呈し, 細粒のものが多く, 一般に板状の層理を示す。 また, 一般に堅硬で谷筋に階段状に露出する。 シルト岩~泥岩は, 青灰色を呈するものもあるが一般に暗灰色を呈する。 凝灰岩は上部に挾有され, 細粒で灰白~白色を呈する。
炭層および炭質頁岩は比較的下部に多く挾有され, なお稼行の対象となる炭層は4~5層あって, 下部に集中している。 これらの主要炭層の上位には, 北東部で Corbicula, Ostrea 等の汽水棲の貝化石を産する部分があって, この部分には炭層が少ない。 その上位, すなわち本層の上半部には「虎の皮層」と呼ばれる一群の炭層がある。 これらは上から「上虎層」・「中虎層」・「下虎層」の三群に分けられ, 上述の汽水相とともに美唄層を追跡する場合の有力な鍵層となる。 これらは, 炭質頁岩中に白色の凝灰岩~凝灰質シルト岩を挾んで いわゆる虎の皮状の縞模様を呈するものであって, これら凝灰岩~凝灰質シルト岩の個々の厚さは数 cm 以下でレンズ状を呈し, 連続性に乏しい。 「上虎層」の下位には顕著な凝灰岩および凝灰質シルト岩が認められる。
本層中下部の主要炭層群を含む部分の厚さは, 三菱美唄付近において約 60 m, その上位の下虎層までの層間距離は同じく 30~40 m, さらに虎の皮層群を含む部分の厚さが約 80 m, 全層厚約 170~180 m である。 本層は西方の三井美唄炭砿にいたると 90 m にまで厚さを減じ, かつ, 南方の幾春別川北岸地域に向って同じく厚さを減少し唐松沢上流では 50 m となる。 さらに東方の美唄断層の南端, 奔別川上流地域にいたると, 著しく薄くなり, 下部の主要炭層群は収斂してあたかも一枚炭のようになり, かつ虎の皮層も層間距離を著しく縮小する。
幾春別層は, 今井によって提唱された羊歯砂岩層と幾春別夾炭層とを含むものである。 幾春別夾炭層という地層名は, 今井によって 幾春別川流域における羊歯砂岩層その上部を代表する 炭層の発達の良好な部分に対して与えられた名称である。 田代は, 幾春別川流域において, 幾春別夾炭層中の淡水棲貝化石を産する層準を 後述する平岸層(上部介殻層)に対比し, その下位の若鍋層までの間を羊歯層とし, その上位の部分は芦別夾炭層に他ならないとしていることはすでに述べたとおりである。 高尾は田代の上述のような説を否定し, かつ, 羊歯砂岩層と幾春別夾炭層とを区別する根拠は全く認められないとし, 両者を一括して幾春別層と称した。
本説明書では高尾の説にしたがっているが, 下河原によって指摘されたように, 夕張地区の本層の基底部には前述の美唄層に相当する部分が含まれる可能性がある。
本層は主として三菱美唄付近, 幾春別向斜部ならびに幾春別背斜の翼部, ならびに幌内背斜の中軸部等に露出する。
本層は, 空知地区においては, 美唄層を整合に覆い, 平岸層によって同様な関係で覆われ, 夕張地区北部では, 下位層を欠き白堊系を直接不整合関係で覆うが, 南部では若鍋層を整合に覆い, 幌内層によって不整合関係で覆われる。
空知地区における本層は, 主として砂岩・泥岩・シルト岩の互層からなり, 凝灰岩および礫岩を挾み, かつ, 多数の炭質頁岩および炭層を挾有する。 本層を構成する岩石は全体を通じて緑色を帯び, かつ, 堅硬で石狩層群中の他の諸層と較べてきわめて特徴がある。
砂岩は量的に最も多く, 帯緑灰~灰白色を呈し, 凝灰質, 細粒, 堅硬で崖を作るものが多い。 泥岩およびシルト岩は, 厚い砂岩中に挾有され, または砂岩と互層して産する。 これらは砂岩と同様に帯緑灰色を帯びときには緑青色を呈する。 泥岩の多くは燧石状を呈し, 層理に沿って不規則な葉片となって剥離し, シルト岩は一般に層理に乏しく, 露頭では風化面に沿って玉葱状に剥雛する性質がある。 礫岩は厚さ数 10 cm から数 m で主として細礫からなる。
凝灰岩は灰白色を呈し, 本層中上部に多く, ときに燧石状を呈する。 また炭層および炭質頁岩中に薄層として挾まれるものがある。
本層中 泥岩およびシルト岩中には多くの植物化石が包蔵される。 本層中炭層の数はかなりの数にのぼるが, 多くは数 10 cm 以下の薄層にすぎない。
本層の基底部に厚薄の差はあるが, その一部に 植物化石を含む暗灰~緑灰色の泥岩を挾む中粒~粗粒砂岩が普遍的に認められる。 本砂岩層は三菱美唄付近で厚さ 60~70 m であって一の沢砂岩に該当する。 さきに述べたとおり, 空知地区北部における赤平層は, 従来この地域には存在しないものと考えられていたが, 最近では三菱美唄付近の本砂岩層に連続することが定説となっている 89) 。 したがって, 全く淡水化するが 赤平層がこの地域にも発達することになる [ 以下の [注] 参照 ] 。
幾春別層の厚さは, 三菱美唄地区において 165~195 m, 美唄川下流において約 200 m, 峰延山地において約 200 m である。
夕張地区における幾春別層は, 空知地区における本層と著しく岩相を異にする。 すなわち, この地区における幾春別層は 空知地区におけるように砂岩が緑色を帯び堅硬質なものが多く, また 泥岩~シルト岩が燧石質のものを主とするというような 岩質上の特性はわずかに片鱗をとどめるにすぎなくなり, かつ, 多くの優良な炭層を挾有する。 また, 「羊歯化石植物群」と称される化石植物群を産する層準として著名である。
夕張地区における幾春別層は, 灰白~淡灰色のアルコーズ砂岩および 暗灰色~黒色の泥岩およびシルト岩の互層からなり, 礫岩および凝灰岩を挾み, 前述のように多くの炭層ならびに炭質頁岩を挾有する。 このほか, しばしば帯緑色砂岩を挾有するが堅硬なものは少なく, 空知地区の同層の砂岩とは全く趣きを異にする。 しかし, 泥岩中には緑色を帯び燧石質かつ堅硬なものがまれに認められる。
幾春別川北岸地域では, 多くの場合 本層の上限および下限は断層によって断たれて全ぼうを観察することは困難であるが, 全般的に砂岩および礫岩が卓越する。 この傾向は西方に行くほど顕著である。 幾春別背斜の両翼では, 礫岩はほとんど認められなくなり, 常に基底に厚さ数 m の暗灰色シルト岩 あるいは細粒砂岩と暗灰色シルト岩の細互層を伴う厚さ 2.5~4 m の凝灰岩~凝灰質砂岩と 薄く互層するいわゆる虎の皮型の炭層が追跡される(第 19 図, 第 20 図, 第 21 図)。 また, 上述の虎の皮型の厚い炭層の直上~10 数 m 上位には, 厚さ数 m から 10 m 内外の淡緑灰色の燧石質細粒凝灰岩があって, 炭層とともに本層基底部における有力な鍵層を形成する。 これらを含めて 基底から少なくとも 50~60 m の部分には多くの凝灰岩の薄層が挾まれ, この間の炭層中には, 虎の皮型を呈するものが認められる。 炭層中, 主要なものは奔別, 弥生付近で 12 層, 幌内付近で 10 数層(うち7層が稼行の対象), 東幌内炭砿付近で6層を算する。 盤の沢流域では少なくとも5~6層の炭層が認められ, そのうち顕著なものは4層である。
本層中には多数の植物化石を産し, タカンベツ沢上流の本層中にある坑口のズリの中から Woodwardia sp. が採集せられた。 このほか, 本層の中部に淡水産貝化石を産出する。 すなわち, タカンベツ沢上流の本層の基底より約 40 m 上位のシルトパッチを含む細粒砂岩中ならびに 層準ははっきりしないが, 幾春別背斜の南東翼の本層中上部の灰白色細粒砂岩中に Corbicula を密集して産する。 また, 東幌内炭砿1号試錐において, 本層の上限から約 30 m のところに貝化石の産出が確められ(第 20 図参照), 田代によって, 奔別炭砿において, 同炭砿の八番層および九番層の上盤にあたる泥岩または砂岩中に Unio, Paludina を産することが報告されている。 これらが果して同一層準を示すものであるか否かは現在のところ明らかでない。
本層の厚さは住友奔別弥生付近において約 300 m, タカンベツ川上流付近で約 150 m, 南下して東幌内炭砿付近で約 115~120 m, 盤の沢流域で 200 m 内外である。
以上のほか, 図幅地域の南東隅盤の沢衝上部の地塊の山頂部にも小露出し 厚さ 2 m 強の虎の皮型の炭層が挾有されている。
平岸層は, 汽水相を呈する地層であり, 空知地区のみに分布する。 本層は, 幾春別層を覆い後述する芦別層によって覆われる。 これら両層と本層との関係は整合である。
本層は美唄断層以北においては, 下部は数枚の炭質頁岩を挾む暗灰色の泥岩を主とし, 中部は細粒砂岩が多く, 上部に向って粒度を増し, 中粒砂岩となり, 上部では粗粒砂岩となる。 砂岩は一般に粗しようであり多数の Corbicula を産し, また砂岩中に砂管が認められる。 この地域では侵蝕の結果 上位層を欠いているため明らかでないが, 全層厚は少なくとも 100 m に達する。
峯延山地では, 青灰色細粒の軟質砂岩を主とし, 砂質泥岩を挾有する。 この地域でも本層中には多くの Corbicula が含まれる。 層厚は美唄断層以北のものに較べて極端に薄くなり, 40 m 以下と推察される。
田代は, 平岸層が南へ厚さを減じ, 夕張地区に入って, 前に述べた同地区の幾春別層中下部の Corbicula を含む層準 -- 厚さ数 m -- に連続するものであるとしている。 而してこの層準より下位を空知地区の幾春別層 -- 彼の羊歯層 -- に相当するものとし, その上位の夾炭部は後述する芦別層に他ならないとしているのである。
芦別層は石狩層群最上位の地層であり, 主要夾炭層の1つである。 本層は峯延向斜の軸部, 峯延山地の山頂部に分布するほか, 美唄川の下流にわずかに露出するにすぎない。
砂岩および泥岩の互層からなり, 炭層を挾有するが, 上述のように大部分は山頂部に分布するため露出がなく, 岩相を明らかにすることが不可能である。 峯延山地西端では地層が著しく擾乱を受けて, 正常な累重関係を把握することが不可能であった。
幌内層は本図幅地域では, その中央南部および南東部にかけて広く分布する。 石狩炭田の他地域と同様に, ほとんど全層泥質岩からなる厚層である。
とくに幾春別付近, および「幌内層」の名の起源である幌内付近については, 下位に伏在する夾炭層の探査の必要上, 古くから層序, 構造の研究が進められてきた。 本層は全層を通じて一見区別することがむずかしい灰黒色泥岩からなる, そのなかにしばしば玄能石 [ Glendonite ] ・マール [ 泥灰岩 ] が層をなして含まれている。 石倉・矢野 22) は, これらの多産層準に注目して, 始めて幌内層の分層に成功した。 その後, 北海道炭砿汽船株式会社の調査研究によって, その分層は改訂され, また分帯図も作成された。 図幅地域内の他の分布地についても, 同社の手による分層・分帯図が作成され, これらは高尾 47) によって公表された。
その後, 同会社の手島淳 60), 79) によって, 南隣り夕張図幅地内の夕張付近の幌内層について, 始めて化石層序学的方法による研究がなされた。 そして, 大型化石を豊富に含む幌内層の分層に この方法がきわめて有効であることが一般に認められるようになった。 第 22 図に 手島による夕張地域における幌内層の分層とおもな化石の層位的分布をしめす。
本調査においては, 主として, 手島の方法に準じて幌内層の研究を行なった。 すなわち, 各調査路線ごとに 5,000 分の1縮尺の歩測図を作成し, 各露頭ごとに, 岩相の特徴とともに含有化石の有無・種類およば個体数を詳しく調べ, 同時にマールや玄能石の含有状態もできるかぎり観察した。 その結果を各路線ごとに 2,000 分の1縮尺の柱状図にまとめた。 この数例を第 23, 24, 25 図に示した。 これらの比較検討の結果, 本地域においても, ほぼ手島 60) と同様な分層が可能であることがわかった。 夕張地域とは化石の産出状況が多少異なるところはあるが, 全体としては互によく似ている。 分層は手島のそれにしたがい, ごく一部を改訂しているにすぎない。 高尾ら 47) の岩相層序区分とは多少くい違う点もあるが, 大体において平行的である。 本地域では全層厚 1,600 m 以上に達し, 下位から A0 帯~F 帯が識別される。 夕張地域ではさらにその上位に G, H, I の3帯が認められているが, この地域では欠けている。 おそらく, 新第三系堆積前の削剥作用によるものであろう。 ただし, ここで F 帯としているものの上部は G 帯に属する可能性がある。
これらはさらに, 岩相・化石上の大きな特徴から, A0~D 帯を下部層, E 帯以上を上部層としてまとめることができる。
幌内層を上下にわたって, よく観察できるところは, 幌内川(第 24 図参照)である。 幌内層は幌内から唐松, 弥生にかけての地域では比較的ゆるく傾斜し, 大きな断層も認められないが, そのほかの地域では, 一般に非常によくもめている。 とくに, 幌内川下流の左岸支流 70 号の沢から南方, 石油沢にかけての地域では, いたるところに多くの破砕帯が発達し, かつ, 露頭もよくないので, 層準および全体の構造の決定がきわめて困難である。 この地域には E 帯以上が広く分布するが, 図上では未区分上部層として示した。 また, 図幅地域南東隅に分布するものについては, 未区分下部層として示した。 以下, 幌内川における観察を主とし, それにほかの地域の資料を加えて, 各帯ごとに記述する。
野外調査終了後に, 手島氏の御好意により, 同氏の本図幅地域の幌内層の分層結果 87), 123) を参照する機会を得た。 幌内を中心とした地域については, 同氏と層準の同定についてかなり見解を異にする。 この点については今後のさらに詳しい研究にまちたい。
A0 帯 : 幌内層の最下部を占める貧化石帯は手島により A 帯と呼ばれた。
幌内層の基底は平坦な面をもつ不整合関係によって, 下位の石狩層群(幾春別層)と接している。 この不整合関係は地域の南北を通じて, 多くの地点で確認された。 直上にはふつう 厚さ 1~2 m 内外の合礫砂岩~礫岩が発達し, その上位には砂質のシルト岩~微細粒砂岩が重なる。 これらの部分を A0 帯として手島の A 帯 60) から切りはなした。 A0 帯の厚さは幌内背斜周辺では 40 m 内外であるが, 弥生衝上断層北側では 75 m 内外に達する。 基底の砂岩は一般に海緑石粒に富み, 礫としてはチャートなどの亜角礫が多い。 その大部分は細礫大である。 しかし, 一部では長径 0.4 m 内外の大きな炭礫を含むこともある。 なお, 海緑石が多いときには, 全体として緑色を帯びる。 この礫質部は, 場合によっては全く発達せず, 塊状の細粒砂岩によっておきかえられていることもある。 A0 帯の主部を占める砂質岩(砂質シルト岩~極細粒砂岩)には, 同様に, 概して海緑石が多く含まれる。 そのほか, 幌内川でみられるように, 大きなマール団塊を含んだり, 板状のマールを含んだりする。 貝化石としては, この砂質部に Palliolum, Periploma besshoense を多く含むことが特徴である。 そのほか Isognomon, Neilonella, Macoma, Portlandia watasei も少数であるが認められる。
A 帯 : 主部を構成するものは, 化石が非常に少ない塊状のシルト岩である。 この部分に関しては層理面の測定が非常に困難なことが多い。 このシルト岩は幌内層のほかの部分に較べて, より細粒, 緻密で, より粘土質と思われる。 また, 一般に堅硬であり, 風化すると, チリチリになる。 色調も概して, より暗色である。 幌内川の試料の化学分析結果によると, ほかの部分に較べて, SiO2 がやや多目, Na2O, K2O がそれぞれやや少な目, Fe, S がそれぞれかなり多く含まれている。 このシルト岩は A0 の砂質シルトから全く漸移する。 最下部の厚さ 100 m ぐらいのところには, 肉眼で識別できる程度に海緑石の微粒が含まれている。
A 帯のほぼ中部では, とくに弥生衝上断層北側では, 顕著な玄能石の多産帯がある。 この部分の厚さが, 弥生沢では 100 m 内外に達する。 玄能石の多産帯はこのほか, 最上部にもみられることがある(唐松沢, 弥生南方の幾春別川河崖)。
化石は前述のように, シルト岩中にはきわめて少ない。 しかし, 産出するもののうち比較的多いものは, Yoldia sobrina, Macoma(小型), Siphonodentalium, 魚りんであり, そのほか, Venericardia yokoyamai, Neilonella がまれに産する。 一部では(幌内川)最下部付近で Portlandia, Poriploma, Acila などを多く含むが, このようなことは例外的である。
幌内川本流の幌内背斜北東翼では約 320 m の厚さであるが, 北方に厚くなり, 弥生衝上断層の北側では, 500~600 m あるいはそれ以上の厚さを示している。 一方, 幌内背斜の南東翼部では 200 数 10 m 位の厚さであるが, ここでは, あるいは走向断層のために, 見かけの厚さが少ないのかもしれない。
B 帯 : 貧化石である A 帯の上に, 漸移的に厚い富化石部が重なる。 この富化石部は, 産出化石の種類によって, いくつかに分層することができる。 そして, この分層は大体全域に適用できるようである。
夕張地域の手島の結果によれば, 同地域では, B, C 両帯には Venericardia, Neilonella が多産し, かつ, B 帯上部から C 帯下部にかけて Acila が多産する。 そのほか, C 帯になるとカニ化石が特徴的である。 D 帯には Portlandia が多産し, また E 帯になると, Merisca が多くなってくる。 このような傾向は, 本地域でも, おおよそ認められるが, C 帯に該当すると思われるところにカニ化石があまり出ない。 カニ化石はむしろ D 帯と思われるところに Portlandia とともに多産することが多い。 したがって, B, C 両帯の境は不明確となるが [ 以下の [注] 参照 ] , 幌内川で Venericardia, Neilonella, Acila の多産部に入ってから上位で, Venericardia の種構成が大きくかわるところをもって一応, B, C の境とした。 これは大体, Acila 多産部のほぼ中部にあたる。
B 帯は幌内川では約 500 m に近い厚さをもつ。 弥生衝上断層以北では, これより多少厚目であろう。
A 帯の無化石帯の上位で, 化石が多く含まれ始めるところをもって, B 帯の基底とする。 基底から 50~100 m ぐらいの層準には, 顕著な板状のマールの多い帯がある。 そのほか, B 帯を通じて, 大小のマール団塊が多く含まれている。 B 帯をつくるシルト岩は A 帯のものに較べてやや粗粒である。 幌内背斜の東翼では中上部に Portlandia の多産部が薄く挾まれている。 この部分には玄能石も含まれている。
化石の含有状況(とくに構成種)の上から B 帯は上・中・下の3部に分けることができる。 この区別は大体全域を通じて適用されるようであるが, 地質図上には示していない。
下部(B0): 基底から上記の板状マール帯の上下付近までの間である。 ここは, 化石を多産することが多いが, 構成種の点からいえば, むしろ, A 帯と B 帯以上との中間的様相を示す。 すなわち, A 帯に含まれる, Macoma(小型), Siphonodentalium, Yoldia sobrina が多いほか, Venericardia yokoyamai, Yoldia saitoi が特徴的で, そのほか, Venericardia satisparva, Orectospira, Neilonella, Acila などがみられる。 唐松沢に露出する B 帯はこの部分によって代表されている。
中部(B1): Yoldia sobrina, Y. saitoi はほとんど姿を消し, Venericardia yokoyamai が多い。 そのほか, Venericardia 属として, V. akagii, V. tokudai が現われる。 Neilonella, Orectospira もかなり多い。
上部(B2): 中部に産するものの大部分は上部に産する。 そのほか, Acila picturata が多産し, また, Turritella, Yoldia nagaoi がかなり多く産する。 幌内背斜東翼の沢ではこのなかに, Portlandia の密集層が認められる。
C 帯 : 岩相は B 帯と同様であるが, 玄能石がやや多く含まれている。 約 100 m の厚さをもち, 上下2部に分けることができる。
下部(C1): B 帯上部とそれほど化石の構成はかわらないが, Yoldia nagaoi, Turritella, Venericardia satisparva, V. tokudai が目立たなくなる。 そのかわり, V. akagii, Neilonella がより一層顕著となる。
下部(C2): Acila が目立って少なくなるほかは下部とそれほどかわらない。
D 帯 : 幌内川では 180 m の厚さをもち, この厚さはおそらく全域を通じてそれほどの変動がないであろう。 下半部の岩相は下位帯と大差ないが, まれにその間に多少粗目の部分が含まれている。 上部では, 肉眼で認められる程度に急激に粗くなり, 砂質シルト岩となる。 かつ, この部分は, 概して, 下位のシルト岩よりも明るい色をしている。 また, 微小な炭化木片も混えていることも多い。 上部では凝灰質の微粒砂岩を挾むところもある。 このような岩相は D 帯上部~E 帯下半部での特徴である。 マール団塊が一般的に含まれるほか, 玄能石も一部ではかなり含まれている。 これはとくに 70 号の沢で顕著である。
Portlandia watasei は C 帯以下でも含まれているが, D 帯ではとくに豊富である。 そのほか, カニ化石が多産することもこの帯の特徴である。 Neilonella, Venericardia yokoyamai, V. akagii, Dentalium nunomae もかなり多い。 E 帯以上に多い Merisca もまれではあるが産する。
未区分下部層 : 図幅地域南東隅の1角に分布するものについては地質構造が複雑で, かつ, 調査資料不充分のために未区分下部層として, 地質図上に彩色した。
A 帯から C 帯に至るまでを含むものと考えられる。
E 帯 : 幌内川では露頭がわるいために, F 帯との境を明確にひくことがむずかしいが, およそ, 250~300 m ぐらいの厚さと思われる。 唐松沢ではおよそ 250 m の厚さを示す。
下半部は D 帯上部と全く同様な岩相であるが, 上半部では多少岩相がかわる。 すなわち, 全体として不均質で粘土の微小パッチを多量に含むような 縞状の砂質シルト岩の岩相が優勢となる。 この部分は概して凝灰質であり, また, 微小の炭化木片を多く含む。
化石としては, Merisca onishii がかならずしも豊富ではないが, かなり普遍的に産することが特徴である。 そのほか概して多いものは, カニ, Turritella, Yoldia, Portlandia, Venericardia yokoyamai, Neilonella である。 ごくまれに, Merisca に伴って, Lima j-suzukii が産する(70 号の沢下流の例)。
F 帯 : 全体の岩相は E 帯上部とほぼ同様であるが, 幌内川では中上部に厚さ数 m の含海緑石細粒砂岩が認められる。 幌内川から 70 号の沢の地域では, F 帯としているものの最上部は G 帯に属するかもしれない。 厚さは 300 m 内外と思われる。 化石は全体としては非常に少ない。 Portlandia watasei, Neilonella poronaica は比較的多いものである。 そのほか, Merisca も産する。 また, ウニ, 単体サンゴの破片の化石も F 帯の特徴である。
未区分上部層 : 前述のように, 幌内川支流の 70 号の沢上流から南方, 石油沢の西方にかけて, 広く E 帯以上が分布するが, 露頭状態がわるい上に, 著しく構造複雑で, あたえられた日数の範囲では, 分帯した結果を地質図上に表現することが不可能であったために, 未区分上部層として一括して彩色することにした。 E 帯・F 帯のほかに G 帯を含んでいるかもしれない。
層序と巨視的岩相 : 前節で述べたように, 幌内層はとくに分布地域南半部では著しく擾乱した構造をもち, そのもとの層厚の決定が困難である。 しかし, 幌内背斜以北では構造も比較的おだやかである。 その地域での資料によると全体では 1,600 m 以上の厚さを有する。 そして A0~C 帯は北方にかけてそれぞれ著しく厚さを増している。 弥生衝上断層以北の地域では A 帯は A0 帯とともにほぼ幌内付近での約2倍の厚さとなっている。 しかし, D 帯以上に関してはそれほどの厚さの地域差はないようである。
垂直的にみた場合には, 化石群の構成の相異によって明らかに, 夕張地域と同様な区分が可能である。 各帯の境が全地域的に同時面を示しているかどうかについては 適当な鍵層がないのでむずかしい問題ではあるが, ごく大局的にみた場合には, 大体どこでも D 帯の上部ないし E 帯より上位では, 化石群の構成がかわると同時に, 岩相も著しくかわる。 また全体として凝灰質になったり, 凝灰質砂岩を挾むようになることから, 少なくともその付近における化石群の境が, ほぼ同時面に平行であると考えても差支えないであろう。 なお, その付近の層準で, 化石群の境と岩相変化の境とが, 大体平行関係ではあるが, 多少ずれていることは興味深い。
以上のような垂直的変化からみて, A0~D 帯を 下部層 , E 帯以上を 上部層 とすることができる。 これらをつくる, いわゆる「幌内頁岩」は上下を通じて, 細粒の泥質岩から構成され, 一見 区別することがむずかしいように思われるが, ある程度目がなれてくると, 化石の種類を詳しく調べなくとも野外で, 少なくとも上部層と下部層の区別はつくようになる。 また, そのなかのもっと細かい単位でも, たとえば, A 帯の粘土質のシルト岩, B~D 帯下部の化石の多いシルト岩, D 帯上部~E 帯下部のやや明色の砂質シルト岩, それ以上の層準の不均質な砂質シルト岩という具合に, ある程度までは, 野外における岩相それ自体の肉眼観察によって識別ができるようになる。 いいかえれば, 各帯はこの程度に, 巨視的岩相の特徴をもっているわけである。
微視的岩相と地球化学的性質 : 手島 60) が, 大型化石による分帯に成功する以前は, 分帯はおもに, マール, 玄能石などの顕著な帯によっていた。 しかし, さらに厳密な結果を得るために, 岩石それ自体をもっと顕微鏡的に詳しく調べたり, あるいは化学的諸性質の研究もなされてきた。 それらの諸研究の結果は 分帯に関してはかならずしも期待したとおりにはならなかったようであったが, その反面, 炭田の他地域に較べて比較にならぬほど, 多量の, 詳しいそのような資料が, 幌内層に関して得られている。 われわれも得られた試料について, 現在, 薄片観察・化学分析・X 線廻折などの方法を用いて検討を進めてはいるが, まだ充分に進行していないので, ここではおもに本図幅地域に関する既存の資料をかんたんに引用することにしよう。 なお, 従来の資料は高尾 47) によって詳しくまとめられている。
岩石の顕微鏡による観察 -- 田上 11), 26), 31) が詳しい研究結果を出している。 それによると, 幌内地域では, 筆者らの A 帯から C 帯付近におそらく相当すると思われる 「中部灰黒色頁岩層」のなかでは, 上下によって多少構成物質が次のとおりに異なるという。
それより上位の「上部幌内層」は, 頁岩が次第に黒色減退, 淡灰白色を帯びるようになる。 かつ, 凝灰質となり, 砂質となる。 海緑石, 硫化鉄もあるが, 中部層は下より少ない。 岩質はいずれも粘土質であるが, 下位よりは緻密でない。
以上の結果のうち, 肉眼的に識別できる程度のことについては, 大体, 筆者らの野外観察結果と一致している。
なお, 田上 11) は, その結果を第 26 図に示すようにまとめている。
岩石の化学的諸件質 -- 今回の幌内川の調査から得られた, 比較的新鮮と思われるシルト岩 若干をえらんで, 化学分析を行なった。
その結果を第 12 表に示してある。 もちろん試料も少なく, この表だけから結論をみちびくことは不可能であるが, 2, 3の 従来の分析値 15), 20), 21) と異なる点もあるので, 気がついたことをかんたんに述べよう。 なお, 分析値に対するくわしい検討はまだ行なっていない。 現在分析進行中のほかの試料や, ほかの方法による結果と合せて, 別の機会にまとめて考察, 報告するつもりである。
参考のために第 13・14 表に従来の資料の一部を示した。
| 幌内層基底からの距離 | 70 m | 110 m | 157 m |
| SiO2 | 69.13 | 65.07 | 63.81 |
| アルミナ鉄分 | 19.07 | 20.27 | 23.36 |
| 灼熱減量 | 5.60 | 6.01 | 5.70 |
| シルト岩 | SiO2 | TiO2 | Al2O3 | Fe2O3 | MnO | MgO | CaO | Na2O | K2O | P2O5 | Ig.L. | 計 |
| (全体) | 66.67 | 0.28 | 12.10 | 7.52 | 0.19 | 1.28 | 1.25 | 2.30 | 3.03 | 0.12 | 5.31 | 100.16 |
| (粘土分) | 64.81 | 0.63 | 14.10 | 6.65 | n.d. | 3.04 | 1.04 | 0.97 | 2.79 | n.d. | 6.01 | 100.10 |
岩石(シルト岩)の pH についても従来の測定値がある。 当地域を含めて, 幌内層の層準について, 田上 24) が行なった結果によると, 一般に下部で pH が高く, 上部で低い。 下部では新幌内砿での試料によると, 9.4~9.6 を示し, 中部では 7.4 と低下する。
マールおよび玄能石の化学組成についても調べられている。
高尾 47) によると玄能石の化学式は FeCO3・7CaCO3・nR CO3・mSiO2・oH2O (ただし R はアルカリ元素)である。 玄能石は単斜晶系に属し, 硬度 3~4 で, 見掛の比重は 2.871 であるという。 マールについては, 夕張付近での例によると, 板状のものは比重の平均値が 2.724 で, 団塊のものは 2.675 である。 これらについて次のような化学分析結果が得られている。
| 板状マール(夕張) | 団塊状マール(夕張) | 玄能石(幾春別) | |
| SiO2 | 26.09 | 27.12 | 6.60 |
| Al2O3 | 9.53 | 24.44 | - |
| Fe2O3 | - | ||
| MnO | 0.12 | - | - |
| MgCO3 | 0.18 | 0.02 | - |
| FeCO3 | 16.11 | - | 9.72 |
| CaCo3 | 44.74 | 46.68 | 75.09 |
| H2O + | 3.01 | 2.64 | 3.66 |
| H2O - | 1.26 | 1.86 | |
| アルカリ要素 | - | - | 2.65 |
| 計 | 101.04 | 100.90 | 100.00 |
化石としては諸種類のものの多産がしられているが, それらのうち, 分帯に重要な役割をはたす大型化石(とくに貝化石)について主として説明することにする。
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貝化石(斧足類・腹足類・掘足類): 前述のように, 幌内層の上下を通じて数多く含まれている。 第 16 表は本地域の幌内層産の全貝化石種である。 貝化石については幌内付近から古く横山 1) がいくつかを記載したのが研究の始まりである。 その後, 金原 27) がさらに数種を追加記載した。 竹田 51) は始めて, 幌内層の貝化石をまとめて記述し, これによって, その大体の組成がわかるようになった。 そのほか, 2~3の断片的な報告がある。 従来, 幌内層から記載されたこれらのものについては, 原記載と図版をつけて, 大山ら 92) によってまとめて示されている。 今回の研究によると, 今までの種の分類の仕方に多少改訂しなければならぬところもあることがわかった。 以下, それらについて, ごくかんたんに説明しよう。
頭足類化石 : 幌内層では非常にまれなものである。 小林 70) は夕張図幅地域内の万字付近のマール団塊から(層準未詳), Aturia yokoyamai NAGAO の産出を報告した。 また, 高尾 47) は幾春別地域(詳しい地点は未詳)の幌内層下部から "Aturia sp. nov." を報告している。
いわゆる カニ化石 : 本地域では D 帯にとくに多産する。 長尾 16) によれば, スナグモグリ類の Callianassa muratai NAGAO, C. elongatodigitata NAGAO の両種がしられている。 そのほか, ヤドカリの仲間に近い Portunites hexagonalis NAGAO がしられている。
有孔虫化石 : 横山 1) が貝化石とともに始めて記載した。 その後, 浅野 46), 52) が化石層序学的立場から本格的に研究し, 氏家・渡辺 73) も本地域についてではないが, 研究を行なった。 浅野 73) は, 幾春別地域について, 第 17 表のような結果を報告している。 ただし, その産出層準と筆者らの区分との関係はわからない。
一方, 内尾は筆者らが幌内川で採集した試料について有孔虫化石の検討を行なった。 その結果 [ 同氏からの私信による ] によると, A 帯から G 帯にいたる間には, とくに浅野 46), 52) が述べたような結果は認められず, 砂質有孔虫の多い帯と石灰質有孔虫の多い帯とのくり返しがあるだけである。 前者は Haplophragmoides が圧倒的に多く, 後者には Bulimina schwageri が圧倒的に多い。 幌内川の F1~F24(地点および層準については第 24・25 図参照)の 10 g の試料について第 18 表のような産出頻度となっている。 表に示すように, 興味深いことに, 大型(主として貝)化石で得られた分帯結果と有孔虫によるそれとが, 多少くい違いがありながらも, およそ一致している事実がある。
ウニ類化石 : 一般に F 帯以上に限られ, 次に述べるサンゴ類化石とともに F 帯以上の重要な示準化石である。 ふつう, 野外では, 非常に保存がわるく, かつ, 小破片として産することが多い。 従来の資料 60) によると, Linthia sp. に属する。
サンゴ類化石 : これも一般に保存がわるく, 同定がむずかしい。 従来 60) Platyciathus sp.(E~F 帯~G 帯), Flabellum sp.(F~G 帯)がしられている。
この地域の新第三系は, 天北・浦河帯と呼ばれる南北性の堆積盆中に形成された累層の一部である。 この堆積盆中の新第三系は, 中新世から鮮新世にわたる陸源の堆積物を主とする海成層によって代表され, その全体の厚さは数 1,000 m に達するのが普通である。 そしてその下部層群には, しばしば有力な炭層群があって古くから稼行の対象となっており, 中部層群は油槽岩および帽岩として, 所々に油田およびガス田を成立させている。 したがって, 学問的な面からばかりでなく資源的な面からも, 多くの調査研究が行なわれている。
この地域では, 新第三系は滝の上層, 川端層, 岩見沢層, 追分層, 峰延層に分けられ, 下から上まで整合一連の関係にある(第 27 図)。 ただ, ここで問題になるのは朝日層の層準である。 本層は, 稼行可能な数枚の炭層を挾有するため, 古第三紀 石狩層群中の幾春別層の一部と考えられたこともあるようである。 しかし, 現在では 植物化石ならびに花粉分析結果などから 大方の意見は新第三紀しかもその初期であるという説に落ち着いている。
そしてその層準については, 滝の上層中の一部層あるいは滝の上層~川端層下部中の一異層と考えられていた。 しかし, 今回の調査で本層と他の諸層との関係はすべて断層によって断たれており, その正常な累重関係は全く不明であることが明らかになった。
次に, もう1つ大きな問題は, 滝の上層の問題である。 これを端的にいえば, 紅葉山層, 滝の上層および川端層の定義の問題である。 ここでは, 幌内層の上位に不整合に重なり, 川端層の互層にいたる間の海進の堆積輪廻を示す層準を滝の上層と呼ぶことにしたが, これすなわち, 下河原・手島 99) の紅葉山層に相当する。 後述するように, 模式地における紅葉山層と, 熊の沢以北の少くとも 阿野呂 川以北における幌内層の上限から, 川端層の下限までの地層 -- 筆者らのいう滝の上層 -- とを 同一の層準とすることには未だ解決されなければならない多くの問題がある。
北海道 空知支庁 岩見沢市朝日の朝日炭砿坑内を模式地とし, 本図幅地域と南に接する夕張図幅地域とにまたがる地域に南北方向をとって分布するほか, その北方, 三笠市抜羽の沢の支流の上流に小露出する。 本層と他の諸層との関係は現在までに確認されている限りでは断層である。
朝日層は, 灰白色のアルコーズ質砂岩, 青灰~暗灰色のシルト岩および泥岩からなり, 多くの石炭および炭質頁岩を挾有する。 これらは第 28 図の朝日層柱状図に示すように, 粗粒質から細粒質へ連続的に漸移する堆積物の周期的累層から形作られている。 すなわち, 朝日層は全層を通じて, 一部を欠きあるいは重複が認められるが, 以下の順序で連続する堆積物を単位とする輪廻層の繰り返しである。
これら各岩相の間は漸移的であり, その基底部下位の輪廻層との間には明瞭な境界があり, 堆積の中断(diastem)が認められる。
確認された限りでは, 上下を通じて顕著な輪廻層は8つあって, その各々の厚さは 15 m から 75 m まで変化する。 下位より3番目, 5番目および7番目の輪廻層は, さらに3つの小輪廻層に区分することができ, その厚さは 5 m から 25 m まで変化する。 4番目の輪廻層はきわめて厚く 75 m に達するが, これを小輪廻層に区分すること不可能である。 石炭および炭質頁岩は輪廻層の最上部近く泥質相の卓越する部分に挾有され, 一般的傾向として 厚さの薄い標式的な輪廻層では, 石炭の発達が良好であるが, 厚さの厚い不完全な輪廻層では炭層が散乱し, 枚数が多くなり, かつ, 炭質頁岩の枚数も多くなる。 以上から各炭層の炭質の良否も輪廻層の厚さに反比例するように推定される。
石炭は本層全体を通じて 20 数枚あるが, その主要なものはその上半部に挾有され, 上から一番層, 二番層, 三番層, 間四番層, 前四番層, 四番層および五番層と呼ばれている。 これらのうち稼行の対象となっているものは, 一番層, 二番層, 三番層および四番層の4層である。
本層の厚さは, 地表の露出から 150 m 内外と算定されるが, 坑内 -- 東西方向の坑道および試錐 -- の資料から確認されたところでは 少なくとも 300 m に達する。
三笠北方の抜羽の沢の支流に分布する本層は, 標式地のものと同様に, 灰白色の砂岩, 青灰色~暗灰色のシルト岩および泥岩からなり, 数枚の稼行可能な炭層を挾有している。 ここでも本層は他の地層とすべて断層関係で接し, 層位学上の位置は不明である。 また, 本地区は 奔別衝上断層とこれに付随する唐松沢衝上断層の交会するところにあたっており, 地層の擾乱も甚しい。
朝日層は全層を通じて, 海棲あるいは汽水棲の動物化石を全く含まない。 模式地の本層からの植物化石について最初 棚井敏雅 59) は懲中新世初期阿仁合型の植物群集であると考えたが, その後, 後の資料によればなお一層の検討を要するが むしろ台島型の北方タイプの組成を示すものと考えられるとしている 117) 。
本層の模式地は 北海道夕張市紅葉山および同市滝の上の間, 夕張川沿岸とされるが, ここでは, 本層の定義に関して紅葉山層とともに多くの異論がある [ 以下の [注] 参照 ] 。
本地層名は, 最初 村田析 18) によって提唱されたが, 彼の定義では次に述べる礫岩を混え 砂岩と泥岩との有律互層を主とする川端層の下位に 本地域から南方日高地方にかけて夕張炭田の西縁沿いに 南北に分布する黒色泥岩層を指している。 模式地を除く, 石狩炭田 夕張地区の西縁地域では, 幌内層上限の不整合を境として, その上位には局所的に夾炭層が認められ, 続いて海成の砂岩が一様に分布している。 この砂岩の上位は上述の泥岩層に代っており, 幌内層上位の不整合から川端層の有律互層の堆積前にわたる部分は 完全に1つの堆積輪廻を示している [ 以下の [注] 参照 ] 。 ここでは, この堆積輪廻を示す部分を総括して滝の上層と呼ぶことにする。
本層は, 三笠市抜羽の沢の西方分水界付近から南, 石油沢西方にかけて分布する。 このほか, 仙太郎沢下流地域にも一部露出している。 本層は古第三系幌内層を不整合関係をもって覆い, 川端層とは整合漸移一部指交 -- 厚さにして数 m -- 関係にある。 前述の朝日層との関係はすべて断層であって, 正常な累重関係は不明である。
滝の上層は, 岩相から下部の緑色砂岩と上部の黒色泥岩とに2分される [ 以下の [注] 参照 ] (第 27 図参照)。
緑色砂岩 は主として中粒~細粒の砂岩からなり, 石油沢支流では, その基底部に約 8 m の厚さの含炭部があって幌内層を不整合関係で覆っている (第 29 図)。 その他では, 一般に, 基底部は礫質砂岩あるいは, 厚さ数 cm から数 10 cm の礫岩を挾む砂岩層をもって幌内層に接し, その直上には, 顕著な凝灰岩層が挾有される。 砂岩はところによって偽層を呈するが, 一般に層理に乏しく, 新鮮な面では緑色, 風化面では黄褐色を呈する。 礫岩は黒色の粘板岩, 輝緑凝灰岩, チャートなどの亜角礫~亜円礫からなり, 礫の大きさは, 細粒からこぶし大まで種々雑多である。 凝灰岩は細粒火山ガラスあるいは中粒から粗粒の浮石粒からなり, 灰白色を呈し甚だ堅硬である。 その岩質は黒雲母石英安山岩質である。
緑色砂岩は全体として, 下部は礫岩を挾有するとともに比較的粒度が粗く, 上部にいたるにしたがって次第に粒度を減じ, 最上部は極細粒砂岩から砂質泥岩となり, ついには後述する黒色泥岩へと漸移している。
一の沢上流付近では, 幌内層の上位にわずかに細粒砂岩が認められるだけで, 直ちに後述する塊状の黒色泥岩が分布している。 もちろん, 凝灰岩も全く認められない。 さらにその北部では, 本砂岩の中部(?)から上位の泥岩にかけての層準は, 非常に淘汰の悪い砂岩および泥岩の角礫からなる礫岩や炭質物を含む 泥質の砂岩いわゆる乱堆積相に置き換えられている。
本砂岩の厚さは最大 300 m に達する。
本砂岩からは, 多数の貝化石を産する。 これらの化石群集は, その組成から2つの群集に区分することができ, その一つは 本層の基底からその上位の凝灰岩の直上にわたる層準に密集して産するものであり, 他の1つは 一の沢上流地域や朝日炭砿付近, 前者よりは上位の層準, すなわち本層の最上部から上位の黒色泥岩の層準にかけて認められるものである [ 以下の [注] 参照 ] 。 前者は魚住・藤江の朝日動物群中砂岩部中のものに相当し, 後者はいわゆる滝の上動物群にあたるものである(第 30 図, 第 19 表)。
黒色泥岩 は前述の緑色砂岩から漸移し, 主として塊状緻密な黒色の凝灰質泥岩からなり, 石油沢支流以南では 中位に 1~1.6 m の厚さの石英粗面岩ないし安山岩質角礫凝灰岩を挾有する。 また, 本泥岩中には径数 cm から 10 数 cm の泥灰質団塊を産する。
本泥岩層は一の沢中流では, 一部 非常に淘汰の悪い第三系から由来したものと考えられる 砂岩および泥岩の角礫を主とする礫岩および礫岩や 炭質物を多量に含む砂岩に置き変えられていることはすでに述べたとおりである。 また, 幾春別川の北岸 仙太郎沢における本泥岩の下部は, 石英粗面岩質凝灰岩, 凝灰質砂岩あるいはシルト岩を頻繁に挾み, これらと泥岩との互層からなる(第 31 図)。
本泥岩の厚さは 150 m 内外から最大 300 m に達する。
本層中には, 個体数は多くないが, 泥岩および泥灰質団塊中から, 普遍的に海棲貝化石を産する(第 30 図, 第 19 表)。 また一の沢流域において, 本泥岩の異相と認められる礫岩および砂岩中には, 前述の緑色砂岩の上部から引続いて滝の上動物群を特徴づける貝化石群集が認められる。
川端層は, 本地域以南石狩炭田夕張地区の西縁に沿って南北方向をとって広く分布し, その模式地は空知支庁 由仁 町より夕張市 紅葉山にいたる間, 夕張川中流である。 本地域における川端層は模式地におけるものの北方延長であって, 図幅地域の中央南部に広く露出し, 下位の滝の上層を整合 -- ごく一部 両者は側方に移化し合う -- 関係で覆い, 上位の岩見沢層によって同様な関係で覆われる。
川端層はその分布地域全体についてみると, 礫岩 → 砂岩泥岩互層 → 泥岩の周期的互層 あるいは砂岩および泥岩の級化互層(graded alternation)によって構成されるが, 本地域における本層をみると, 岩相上大きく2つの単位に分けられる。 すなわち, ほぼ下半部を構成する主部互層と上半部を構成する上部泥岩とである(第 27 図参照)。 これら両者は互いに異相関係にあって, 南に向うにしたがって主部互層は厚くなり, 逐次 上部泥岩層にとって代っている。 さらに主部互層は南部におけるものほど大量の砂岩および礫岩を含み, 逆に北部に分布するものほどこれら粗粒物質の量は減少する。 このような傾向に伴って, 主部互層の下部は, 南から北に向って逐次 砂岩および泥岩の級化成層が卓越し, 礫岩 → 砂岩泥岩互層 → 泥岩の周期的互層と入れ替り, 幾春別川北岸地域にいたると, 本互層中にはほとんど礫岩を認めることができなくなる。
主部互層 は礫岩に始まり砂岩あるいは砂岩泥岩互層を経て泥岩に終る周期的互層と 砂岩および泥岩の級化互層によって特徴づけられる。 周期的互層は, その発達が不完全な場合には, 礫岩に始まって砂岩あるいは砂岩泥岩の互層で終り, その上位に次の周期の礫岩が重なることがあり, 極端な場合には, 砂岩から泥岩にいたる部分を欠いて, 礫岩から漸移する極粗粒砂岩をもって終っている。
礫岩は, 指頭大から人頭大まで種々の大きさの輝緑凝灰岩, 珪岩, 砂岩, 粘板岩, 花崗岩などの古期岩の円礫あるいは半円磨礫を主とし, 泥岩を膠結物とするものと砂岩を膠結物とするものがある。 また, これらの礫岩中, 特に泥岩を膠結物とするものには, 川端層自体から由来した砂岩や泥岩の大小の岩塊あるいは岩片を (slumping sheet あるいは ball として)乱雑にとり込んでいる。
砂岩には礫岩から漸移してその上位にあるものと, 泥岩と規則的に級化成層するものとがある。 これらは新鮮な面では帯青緑灰色を呈し, 風化面では淡鶯褐色を呈する。 礫岩の上位に漸移的に累重する砂岩は塊状を呈し, 上方に向って次第に粒度を減じ, 遂には細粒砂岩ないし砂質泥岩を経て上位の泥岩に移化している。 泥岩と互層して産するものは, 板状を呈し, その厚さは一般に数 cm から 10 数 cm であって中粒~細粒である。 中には厚さ数 10 cm に達し粗粒砂岩からなるものがある。
泥岩は, 暗灰色~黒色を呈し, 一般に緻密であるが, ところによっては粗鬆砂質なものあるいは非常に緻密な頁岩状のものもある。 緻密なものは細かい粒状の破片となって崩壊し, 比較的粗鬆なものはやや大きな破片となって崩壊する性質がある。
上部泥岩 は主として, 厚さ 1~2 cm の薄い板状層理を示す泥岩からなる。 層理に沿って薄い膜状のシルト岩あるいは極細粒砂岩を挾んでいる。 泥岩は主部互層のそれと同様に暗灰色~黒色を呈するが, 後者に較べてより岩質が軟弱であって風化侵蝕され易い。 本層中には, 各層準に硬質頁岩を挾み, まれに白色浮石質の細粒凝灰岩を挾んでいる。 硬質頁岩は厚さ 3~5 cm の板状を呈し, 1~2 cm の厚さの軟いシルト岩と互層している。 硬質頁岩とシルト岩の互層は厚さ数 10 cm から数 m までかなり変化がある。
凝灰岩のやや顕著なものは, 岩見沢背斜の東翼, 墓地の沢が東西方向から南に向きを変えるところにおいてみられ, 灰白色細粒凝灰岩である。 この凝灰岩の厚さは 1.2 m に達するが, 野外でこれを追跡することは困難である。
本層の厚さは 志文向斜の東翼における資料から算出すると全体として 2,000 m 弱である。 しかし, 追分図幅や夕張図幅の資料から推察すると 西方に向ってかなり急激に厚さを減ずるものと考えられる。 しかし岩見沢背斜の日鉱1号井の試錐資料および付近の野外調査の結果から, 当該背斜付近においてなお 少なくとも 2,000 m あるいはそれ以上の厚さを示しているようである。
本層中からは, 大型化石を全く産しない。 泥岩および硬質頁岩中に Makiyama chitanii (MAKIYAMA) を広く産するほか, Cyclammina spp. を肉眼で識別することができるにすぎない。
岩見沢層は, 岩見沢市東方丘陵地を模式地とする。 本層は模式地付近および萱野から上志文にかけての低地帯の東方に分布し, 後者の北方延方延長は峰延東方の丘陵地に露出する。 本層は主として硬質頁岩からなり下位の川端層と整合漸移(一部異相関係)し, 後述する追分層のシルト岩と著しい異相関係にある(第 27 図参照)。
硬質頁岩は主として板状の硬質頁岩および珪質頁岩からなり, シルト岩, 砂岩および凝灰岩を挾有する。
硬質頁岩はやや粗いシルト質のものから細かい粘土質のものまであり, 新鮮な面では暗灰色を呈し, 風化すると灰白色の片となって崩壊する。 まれに厚さ数 10 cm に達するが, 多くの場合数 cm から 10 数 cm の板状を呈し, 数 cm 以下のシルト岩あるいは砂岩の薄層と互層する。 珪質頁岩は燧石状を呈し, 破砕面は介殻状断口を呈する。 本岩は数 cm から数 10 cm の厚さをもって上述の硬質頁岩と互層する。 風化面では灰白色の不規則な葉片状を呈するが新鮮な面ではいわゆる「アメ色」を呈する。
シルト岩は硬質頁岩中に数 cm 以下の薄層として介在し, 暗灰色を呈し, 一般に柔軟である。 砂岩も同じく薄層を呈し硬質頁岩中に介在し, 細粒なものを主とする。
凝灰岩は, 白色~灰白色を呈し, 細粒の浮石からなる。
岩見沢層全層を通じて大型の化石の産出はきわめてまれであって, 野外調査中に数個の海棲貝化石を認めたにすぎない。 硬質頁岩中には Cyclammina spp. および Makiyama chitanii (MAKIYAMA) などの微化石が認められる。 シルト岩中にはかなり豊富に Makiyama chitanii (MAKIYAMA) を産する。
本層の厚さは最大 500 m, 最少 100 m あるいはそれ以下である。
本層は夕張郡 追分町付近を模式地とし, 凝灰質のシルト岩からなり, 砂岩, 礫岩を挾有する。 シルト岩は帯緑灰色~暗青緑色を呈し, 塊状均質なものを主とする。 風化面においては, 黄褐色~淡黄白色を呈し, 乾燥すると白色の軽い片となり一見 珪藻岩のような外観を呈する。 本岩は著しく凝灰質であり, たまたま径数 mm から数 cm に達する白色の浮石粒を含んでいる。 本シルト岩には石灰質団塊を含み, その大きなものは径 1 m から 3 m に達するものが認められる。
本層は岩見沢背斜の両翼では, 上述のような塊状のシルト岩からなるが, 南方および北方に砂岩および礫岩を挾有するようになる。 すなわち, 南方では夕張図幅内において, 本シルト岩は厚さ数 10 cm から 1 m 内外の砂岩と互層し, かつところによっては多量の礫岩を混えるようになる [ 以下の [注] 参照 ] 。 一方, 北方の幾春別川北部地域では 中粒~細粒の黄緑色砂岩とシルト岩とのほぼ等量に近い板状の互層となり, 一部に厚い粗粒砂岩やレンズ状の礫岩を挾有している。 礫岩は細粒からこぶし大のよく水磨されたチャート, 粘板岩, 砂岩などの円礫を主とし, 径数 cm から数 10 cm の硬質頁岩やシルト岩の円磨度の低い礫を混えている。
本層中には, Makiyama chitanii (MAKIYAMA) を産するほか, 少ないながらも海棲の貝化石が認められている。
追分層の厚さは, 中の沢において 430~450 m と推察されるが, 北方の峰延東方の丘陵地では, 100 m 以下にすぎなくなる。 このような北方へ向って層厚の減少は, 岩見沢層との異相関係にもよるが, 地層の収斂によるものであろう。
本層は岩見沢市 峰延付近を模式地として新たに命名されたものであり, 岩見沢市 峰延東南部から以北南 美唄にわたる丘陵地の東縁に沿って細長く分布するほか, 岩見沢南方の冷水沢と, 中の沢の下流地域に小範囲に露出ししている。 本層は 下位の追分層を整合関係で覆い, 主として細粒~中粒の黄色~帯緑黄褐色の砂岩からなり, 中部および上部にそれぞれ1枚の顕著な白色浮石質凝灰岩を挾有する。 中部の凝灰岩の直上には厚さ 2~3 m の砂管の発達する灰色のシルト岩を挾有し, 上部の凝灰岩より上位は著しく浮石に富む柔い砂からなる。
これを模式地から北方に追跡すると, 美唄市 光珠内 東方では本層は追分層の最上部のシルト岩, 砂岩および礫岩の互層の上に整合関係で重なり, 主として細粒砂岩からなり, ここでも2枚の顕著な浮石質凝灰岩が認められる。 さらに北方の七号の沢でも同様な層序が認められるが, 下限は奔別衝上断層に断たれていて不明である。 これより以北では露出がきわめて断片的になる。
以上, 2枚の浮石質凝灰岩の層間距離および基底面から下位の凝灰岩までの層間距離からみて, 本層は北方に向って層厚を縮小している(第 32 図)。
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Acila insignis (GOULD)
Patinopecten (Fortipecten) takahashii (YOKOYAMA) Clinocardium cfr. californiense (DESHAYES) Mercenaria stimpsoni (GOULD) Mya japonica JAY Turritella fortilirata SOWERBY Beringius (japelion) pericoshlion (SCHRENCK) Buccinum tenuisimum KURODA |
模式地の本層中部の凝灰岩より下位の砂岩中には海棲軟体動物化石を多産する(第 20 表)。 これらのうち, Acila insignis (GOULD), Patinopecten (Fortipecten) takahashii (YOKOYAMA), Turritella fortilirata SOWERBY は個体数が非常に多い。 光珠内の東方では, 二枚の凝灰岩の間に挾まれる砂岩およびシルト岩中に軟体動物化石を多産し, なかでも Acila insignis (GOULD)がおびただしい。
本層の厚さは 210 m 以下で北へ向って薄くなる。
本地域内の新第三系を特徴づける古生物群集は, 下位から 台島型化石植物群の北方型と考えられる植物群(朝日層), 朝日化石動物群(滝の上層緑色砂岩下部), 滝の上化石動物群(滝の上層緑色砂岩上部)および滝川化石動物群(峰延層)である。 滝の上層の上部を占める黒色泥岩は, Ancistrolepis, Acila, Portlandia 等によって特徴づけられる。 川端層を特徴づける化石生物群は現在のところ全く知られていない。 岩見沢層から本地域内では古生物学的資料は全くないが, 南に接する夕張図幅地域内において 峠下化石動物群に比較されるものが明らかにさせられている 119) 。
以上, 今までに明らかにされた古生物学上の資料に岩相の累重関係を加味して 隣接地域の新第三系との対比について検討を加えることにする。
従来, この地域の新第三系の下部層の層序について総括された報告は少ないが, 種々の報告書において述べられているところから, 次のような層序区分が一般に容認されているものと考えてよいであろう。
| 川端層 | 幌向層 | |
| 滝の上層 | 幌向含化石層 | |
| 朝日夾炭層 | ||
| 砂岩泥岩互層 | ||
| 朝日含化石層 | 黒色泥岩 | |
| 緑色砂岩 | ||
| 幌内層 | ||
すなわち, 上記のような層序区分であり, 幌内層を不整合関係で覆い, 朝日含化石層から幌向層まで整合一連の関係にあるとされていた。 これまでに出版されたすべての編集図では, 朝日含化石層から幌向含化石層までを滝の上層とし, 幌向層が川端層に相当するものとしている。 近年になって, 下河原寿男・手島淳は新しい見解 99) を発表し, 朝日含化石層が模式地の「紅葉山層」と同層位であり, 同じく「滝の上層」は その上位の砂岩泥岩互層あるいは朝日夾炭層を加えたものに対比される可能性を示唆した。
ところが今回の調査の結果, 朝日夾炭層(新しく定義された朝日層)は, 上表の砂岩泥岩互層および幌向含化石層との関係は断層で断たれており, 正常な層序関係が不明であることが確認された。 さらに, 幌向含化石層も朝日層と同様, 上下を断層で断たれているが, その岩相および化石内容から朝日含化石層そのものに間違いないことが明らかにされた。
以上から, 幌内層の上に不整合関係で朝日含化石層(ここでいう滝の上層)が重なり, その上位には幌向層(同じく川端層)が整合関係で重なることが明らかになった。 そして 前表に示した朝日含化石層の上位の砂岩泥岩互層は 川端層の下部に含められるべきものである。 しかし, 朝日夾炭層(朝日層)の層位学的位置が問題となる。
朝日層を特徴づける化石植物群は, 棚井敏雅 117) の見解によれば, 台島型植物群の北方型と考えられている。 台島型植物群は, 次に述べる滝の上化石動物群に伴われるものであることが各地で確められている。 この見解にしたがえば 朝日層を 滝の上化石動物群より下位にあって寒冷な要素をもつ朝日化石動物群より 下位の層準にあることは問題となる。 さらに厚さ 300 m 以上に及ぶこのような顕著な陸成層が存在しながら, これに接する付近の地層は海成層であり, これと海成層との指交関係は全く認められない。 一方 石油沢の支流において, 滝の上層の基底部にわずかに 8 m 内外ではあるが含炭部があり, また, 南に接する夕張図幅地域内の角田炭砿付近では, 滝の上層の下部の緑色砂岩の延長部の下位, 幌内層上限の不整合面上に厚さ少なくとも 70 m に達する含炭層が存在する事実, また日高地方において 滝の上層に相当する地層の堆積に先立って稼行可能な岩層を挾有する夾炭層が 局部的に堆積している事実などから, 朝日層もこれらと同様, 新第三紀の海進の前駆として堆積した陸成含炭層の1つであると考えるのが 妥当ではなかろうか。
下河原・手島 99) は, 模式断面における紅葉山層と 追分図幅内熊の沢において松野・秦 91) が滝の上層としたものおよび その北方, 阿野呂 川から夕張図幅地域を経て当該図幅地域における滝の上層に連なる地層を 一連のものとし, これに対して紅葉山層という名称を適用した。 しかし, 松野・秦が指摘したとおり, 模式断面と熊の沢における断面との連続についてはなお検討の余地がある。 この点は化石動物群の違いからもいえることであり, 熊の沢および左熊の沢における「紅葉山層」の貝化石群集は 幌内の動物群に類似する模式地のそれと著しくその構成種を異にし, 下部 門の沢動物群に類似している 106) 。
有孔虫化石の点から, 最近, 内尾 107) は, 少なくとも阿野呂川以北における下河原・手島 88) の紅葉山層に産する Martinottiella sp., Spirosigmoilinella compressa, Eponides cfr. nipponicus, Globigelina sp. などの特徴種は模式地の紅葉山層には認められず, 前者は滝の上層であろうことを示唆している。 阿野呂川沿岸から以南, 熊の沢およびその支流の左熊の沢の同層準の地層の有孔虫について 内尾は現在のところ全く言及していないが, 少なくとも野外調査の結果, 本図幅地域の滝の上層と同一の地層として追跡できることは 追分, 夕張, 岩見沢の三図幅の調査結果から明らかである。
以上から, 模式地における紅葉山層とその上位の滝の上層との関係に関する検討および これらと熊の沢流域以北の「紅葉山層(下河原・手島 99) )」との関係について, なお一層の検討が必要であろう。
川端層は, 厚い海成層からなるが, 上下を通じて, 他との対比に役立つような化石を産せず, 古生物学的に時代を決定することも不可能である。 その上位の岩見沢層および追分層からも, 本地域内では, 対比の基準となり, かつ時代を決定するに足りるような古生物学的資料はない。 南に接する夕張図幅地域で, いわゆる栗山礫岩層から, Patinopecten yessoensis, Dosinia cfr. kaneharai, Mercenaria chitaniana, Pitar okadana, Antiplanes sp. 等を産し 119) , 上部中新世と考えられる。 これらの層準は いわゆる硬質頁岩および追分式珪藻質ないし凝灰質シルト岩の層準であって, 稚内層から声間層に対比される。 上述の貝化石は 硬質頁岩および凝灰質シルト岩と指交関係にある砂礫層に産するものであって, これに近似した動物群は, 増毛(硬質頁岩)層の直下の峠下層中に認められている。
峰延層は Patinopecten (Fortipecten) takahashii, Turritella fortilirata によって特徴づけられ, その時代は鮮新世である。 本層は以上から滝川層に対比せられ, 東北裏日本の脇本層, 同じく表日本の竜の口層, および相当層に対比される。
本層は, 岩見沢東方の丘陵地周縁に広く分布し, 新第三系に属する諸層を傾斜不整合関係で覆っている。 その基底面の高さにはかなり著しい差 -- 最大 100 m -- があって, その堆積前にかなりの削剥間隙があったものと考えられる。 このほか, 峰延付近から北方に函館本線の東側に帯状をなして分布する。 この地域では, 主として新第三系最上部の峰延層を不整合関係で覆っている。 両者を同一の地層として取扱った根拠は, 地形的高度とその表面の起伏, すなわち, 開析の状態からだけであって積極的な証拠はない。 とくに後者は, 奔別衝上断層によって形成された断層線崖の脚部では地質図には区分してないが, 新期の崖錐堆積物が発達し, 本層を覆っている。
本層はなだらかな地形を呈し, 露出が限られているのでその堆積物の全ぼうを知ることは非常に困難である。 墓地の沢流域の局所的ないくつかの露頭から観察されたところでは, 基底部は中粒~粗粒の礫からなり その上位には漸移的に砂が認められる。 礫は珪岩・砂岩・粘板岩等の円礫を主とし, 岩見沢層の硬質頁岩の亜角礫を混在しており, 厚さは数 m 以下であってかなり厚薄変化がある。 砂は主として細粒泥質であって, ところによっては粗粒なものを挾有し叉交層理を示している。 墓地の沢下流から南部地域の点在する住宅地の小堀割において観察される本層は 淘汰の悪い砂と粘土との互層であって, 層理はきわめて不規則である。
峰延南方の灌漑溝切割では, 基底部は 1~3 m の指頭大の古期岩類の円礫よりなる礫層からなり, その上位は褐色の砂, 追分層のシルト岩の巨礫を主とする礫, 灰白色のシルトなどの互層からなる。 南美唄付近では, 基底は 2 m 以上の礫層からなり, その上位は第三系のものと思われる泥岩の礫を含む礫質砂および灰色シルトからなる。
本層の厚さはところによって著しい差があって, 数 m から最大数 10 m に達するものと考えられる。
飯塚 23) は本層は鮮新世に属するものとしているが, 鮮新世の峰延層を傾斜不整合をもって覆い, ほぼ水平に分布することからより新期おそらく更新世古期に層するものと考えられる。
本層は美唄川および幾春別川に沿って分布し, その顕著なものは一段である。 その堆積物は主として砂礫からなる。
本層は図幅の西部に広く発達する石狩川の氾濫原堆積物と, 各河川の流路に沿って発達する現河床堆積物と, 現河床と数 m~20 m 位の高度差を示す何段かの冲積段丘堆積層である。 従来の地表調査の方法からは, 前者の堆積物を明らかにすることは技術的にも不可能である。 空中写真の判読によって, これを低湿地と排水のよい地域とに2区分することができる。 後者は主として 美唄川および幾春別川が平野部に出たところに発達する扇状地堆積物および 平野部を流れる各河川の自然堤防であり, 後者 [ ←「前者」の間違い ? ] は自然堤防の背後の沼沢地堆積物によって構成されいわゆる泥炭地となっている。
現河床および冲積段丘堆積層は主として砂礫および粘土からなる。
本図幅地域では, 白堊系から新第三系まで, 堆積の中心の移動ならびに場所ごとの堆積量の差があるが, 各地層間は構造関係がいずれも平行であって, 著しい構造差を示さない。 したがって, 現在見られる白堊系から新第三系にいたる地層の地質構造は, 終局的には新第三系堆積後, 第四系堆積前における造構造運動によって形成されたものと解される。
第四系は, 褶曲ならびに断層によって, 転位, 変形した新第三系以下の地層を覆って, ほぼ水平に横たわっている。
本図幅地域ならびにその隣接地域の新第三系以下の地質構造は, 褶曲とこれに伴う断層とによって特徴づけられ, その方向は大局的には「北海道中軸帯」の南北方向に支配される。 これを大観すると, それぞれ地質構造の特徴を異にする南北方向の3つの帯 (東帯・中帯ならびに西帯と仮称)に分けることができる。
東帯は, 図幅地域の東限付近から以東の地域であって, 南北方向の褶曲構造とこれに平行な断層とによって特徴づけられる 56), 65) 。 この帯では背斜の西翼が東翼に較べて一般に急傾斜であり, 断層も東方からの側圧を物語る東方から西方への逆断層が優勢である。 中帯は本図幅地域の東半分の地域およびその南北延長部を含む帯であって, 前述の大局の方向である南北方向に斜交して, 東西性の方向が加わったいわゆる鼻状構造によって特徴づけられる。 この帯の地質構造の骨骼をなすものは, 後に詳述する奔別衝上部, 空知背斜の南方延長部にあたる幾春別背斜および 後者の南方図幅域外に南北方向をとって配列する万字・鳩の巣両ドーム構造であり, それぞれ東西性の向斜構造によって距てられている。 これらの構造に関与する地層は, 白堊系とその上位に重なる古第三系である。 これらは, 上述の構造の西側ならびに南側では, 急斜しほとんど常に逆転の関係にあるか, あるいに東から西, または北から南への逆断層ないし衝上断層を伴っている。 これに対して東翼および北翼は常に正常な関係, しかもきわめて緩い傾斜を示している。
西帯は, 中帯の西側に接し, 主として幌内層上部から新第三系によって構成せられ, 南北方向の大規模な褶曲構造によって特徴づけられる。 この帯の褶曲構造は, 東から西へ行くにしたがって逐次緩やかになり, その西限は砂川低地帯の冲積平原下に没して不明である。
大局の地質構造の特徴は上述のとおりであるが, さらに細かくみると, 本図幅地域は, 地域ごとに構造の特徴を異にするいくつかの構造単元に分けることができる(第 33 図)。 これら構造単元の区分は, 主として地質構造の型とその方向, 地層の分布に基いてなされたものであって, 必ずしもその大きさ, 単元としての重要性など同じ次元のものとは限らない。 また, 各単元間の境界も断層線と一致し, きわめて明瞭な場合もあるが, 褶曲の特徴をもとにして区分したような場合には, 自ら不明確とならざるを得ない。 また, 別な構造単元に属する構造中には, 成因的には隣の単元の影響によるものもある。
以下, 各構造単元ごとに, 地質構造について述べるが, 本図幅地域内における主要な構造を示すと第 21 表, 第 34 図のとおりである。
| 構造単元 | 主要構造 | |
| 断層 | 褶曲 | |
| 奔別衝上部 |
〇 奔別衝上断層
美唄断層 |
滝の沢背斜
落合沢背斜 峰延向斜 |
| 幾春別向斜部 |
〇 夕張衝上断層
鳥居沢衝上断層 *1 弥生衝上断層 *1 唐松沢衝上断層 *1 |
奔別背斜
幾春別向斜 幌内背斜 幌内向斜 |
| 幾春別背斜部 |
幾春別衝上断層
盤の沢衝上断層(北半部) 日暮沢衝上断層 *2 旭の沢衝上断層 *2 | 幾春別背斜 |
| 盤の沢衝上部 | 〇 盤の沢衝上断層 | |
| 西部褶曲部 |
〇 三笠断層
〇 幌内断層 二の沢断層 |
志文向斜
石見沢背斜 |
奔別衝上部は, 空知・幾春別背斜の西翼の単斜部の西端を東限とし, その西側と南側とを L 字状に約 50°の角度をもって彎曲する奔別衝上断層によって限られ, 空知・幾春別背斜から西方に派出した複背斜構造によって特徴づけられる。 さらにこの複背斜構造の北側は, 図幅地域の北限近くにおいて東西性の美唄断層, さらに域外の北方において これにほぼ併走する滝の沢断層と北落ちの断層を伴いながら, 北方に沈降し, 向斜部を距てて奈井江・美唄褶曲帯 54) に対峙している。 本衝上部は, 奔別衝上断層の東西方向の肢節に沿って, その北側に露出する白堊系とその上位の石狩層群によって構成される。
奔別衝上部の褶曲構造は, 地層の断層による転位を除いて模式的に図示すると第 35 図および第 36 図のようになる。 この図からわかるように, 奔別衝上部の褶曲構造にみられる著しい特徴は, 空知・幾春別背斜の単斜地帯から西方への複背斜構造の派出である。 この複背斜構造は, その北東側ならびに南東側に寄ったところに常盤台向斜および幾春別向斜があって, つけ根がくびれてドーム性の構造を呈し, その形態は鼻状構造のそれに似る。
上述の複背斜構造は, 吉野沢上流において空知・幾春別背斜から派出し, その先端に1ドーム構造(仙太郎沢ドームと称する)が推定される 背斜構造(吉野沢背斜)と その北西側に峰延向斜を距てて存在するドーム性の滝の沢・落合沢背斜 とによって規定される。 吉野沢背斜の南側には1向斜を距てて奔別背斜があり, 滝の沢・落合沢背斜の北西には同じく1対の向斜および背斜が認められる。 これら複背斜構造における大小の褶曲構造の軸の方向は, 奔別衝上断層に支配されて, 南部では EW~ENE - WSW, 中部では NE - SW, 北西部では NS~NNE - SSW である。 また, 褶曲軸の間隔も奔別衝上断層に接近するところでは密となり, 地層の傾斜も急となる。 すなわち, 吉野沢背斜の南側の向斜および背斜ならびに 滝の沢・落合沢背斜の北側の向斜および背斜では 60°~80°の急傾斜あるいは逆転するのに対して, 中心部 峰延向斜に向って漸次緩傾斜となり, 10°内外から 30°以下となる。
断層のうち, 最も主要なものは, 本衝上部の南側と西側を限る奔別衝上断層である。 本衝上部の南側に認められる鳥居沢・弥生・唐松沢の各衝上断層は, 奔別衝上断層の副断層として形成されたものである。 これらについては幾春別向斜部のところで述べる。 このほか, 美唄断層を始めとする EW~NW - SE 方向で 本衝上部の基本的な構造である NS~ENE - WSW 方向の褶曲軸を切る断層が顕著である。
奔別衝上断層は, 美唄川が砂川低地帯に出る辺から南下し, 南美唄を経て, 峰延の東方にいたって急に東へ変針し, 奔別川上流にいたるきわめて特異な性状の断層である。 従来, この断層の南北方向と東西方向を示す部分は別個の断層と考えられ, それぞれ学田断層および奔別断層と呼ばれ, 後者をもって石狩炭田は北の空知地区と南の夕張地区とに区分されていた。
本衝上断層の南北方向を示す部分は, 奔別衝上部の西縁を限り, 走向約 N 25°E, 西方へ向って石狩層群を峰延層の上に衝上させている。 断層面の傾斜は東南東へ 50°~70°である [ 南美唄, 三井美唄鉱業所裏では 56°ESE である ] 。 断層の落差は, その両側の地層分布からみると著しく大きいと考えられるが, 北方の砂川図幅内の奈井江試錐ならびにその北方地域の資料から判断すると, そこでは石狩層群の上位に 峰延層に対比される滝川層が著しい傾斜不整合で直接しており, 両側の地層分布から判断されるほど大きくない。 その北方延長は, 図幅地域の北端, 美唄川川筋付近にいたって, 後述する美唄断層によって切られ, 西方へずれているが, その位置は明らかでない。 その南方延長は急カーブの弧を描いて東へ変針し, 「奔別断層」と称せられていた東西方向を示す部分に連続する。 ここでは, 石狩層群を滝の上層から追分層にかけての層群に衝上させている。 「奔別断層」と称せられていた東西方向の部分は走向約 N 75°E, 高尾 47) によれば, 傾斜は唐松沢で北へ平均 40°, 抜羽の沢において 35°以下の緩傾斜である。 この衝上断層は, 奔別衝上部の複背斜構造における南側の吉野沢背斜 - 仙太郎沢ドームの北翼, 換言すれば峰延向斜の南翼を, 南方へ奔別背斜の北翼の上に衝き上げており, 断層の北側の地層は, 白堊系および石狩層群中の諸層であるが, 南側は, 幾春別層, 幌内層ならびに新第三紀の諸層である。 本衝上断層の落差は, ここでも相接する層準 -- 白堊系ないし下部石狩層群と上部石狩層群中の幾春別層, その上位の幌内層さらに新第三紀の諸層 -- からみると著しいものがあるが, 空知地区と夕張地区との間で, 石狩層群の発達状況に著しい差があることを考えると, 簡単に結論を下すわけには行かない。 本衝上断層の東方延長は, 幾春別背斜の白堊系分布地域に入ると急激に落差を減じて間もなく消滅する。
美唄断層は, 美唄川に沿って, WNW - ESE に走り, 北落ちの断層である。 奔別衝上部の複背斜構造の軸に斜交し, 地表での傾斜は約 70°北である。 その落差は約 300 m と推定される。 本断層は, 落合沢・滝の沢背斜を胴切り, 北の滝の沢背斜と南の落合沢背斜とに分け, またその西方では, 前述のとおり奔別衝上断層を切っているように推察される。
このほか, 美唄断層と同系統の NW - SE 方向をとって, 複背斜構造の褶曲軸を切る断層がいくつか認められる。 これらの断層には北東落ちのもが多い。 中には南西落ちのものも認められ, しかも南東部に卓越するようである。 いずれも落差は小さい。 また, 上述の褶曲軸に平行する断層が本衝上部の北西部の地層の急斜部に認められる。
幾春別向斜部は, 前述の奔別衝上部と後述する幾春別背斜部との間の複向斜構造であり, 奔別衝上断層の東西方向の部分を北限とし, 幾春別背斜を形作る白堊系とその北西側の石狩層群との境界を南東限とする。 西限は, 南北方向の三笠・幌内断層によって限られる。 本向斜部の構造は, 奔別衝上部南端の ENE - WSW 方向の背斜構造と NNE - SSW 方向の幾春別背斜の構造形態によって根本的に規定せられ, その中の大小の褶曲構造の軸方向は, 北翼では EW~ENE - WSW, 南翼では NE - SW ないし NNE - SSW である。 すなわち, 本複向斜部は全体として西ないし南西にひらいた複向斜構造である。
この複向斜構造は, 幾春別向斜を主軸とし, その北翼には, 奔別背斜および 奔別衝上断層の副衝上断層である鳥居沢・弥生・唐松沢等の衝上断層を伴い, 南東翼には,幌内背斜および夕張衝上断層を伴う。 本向斜部は石狩層群, 幌内層ならびに滝の上層によって構成される。 石狩層群は, 本向斜部の縁辺部ならびに向斜部内の背斜の軸心部だけに露出し, 滝の上層は幾春別向斜の軸部その西端付近にわずかに分布するだけである。
幾春別向斜は, 奔別川上流付近から WSW 方向をとって幾春別川北岸に沿って走り, 西方ほど沈む舟底状の軸心を有する一大向斜構造である。 その西端は三笠付近にいたって急に南へ変針する。 本向斜は非対称の向斜構造であり, 南翼に較べて北翼が急であり, 鳥居沢以西では軸心部を弥生衝上断層および唐松沢衛上断層によって切られ, 南翼の上に北翼が衝上しており, 前者 [ 南翼 ] は幌内層中上部から滝の上層によって構成されるのに対して, 北翼は主として幌内層下部(A0~A 帯)によって構成されている。 また, 東端は幾春別層および幌内層最下部に覆われ, 西に行くにしたがってより上位の層準ないし地層に覆われ, 南翼における最上位の地層は, 前述のとおり滝の上層である。
奔別背斜は, 奔別衝上断層の南側に併走し, 中軸部に幾春別層が露出し, 北翼は奔別衝上断層によって切られ, 南翼は幌内層によって覆われる。 本背斜は唐松沢から西方に向って, 半ドーム構造を作って沈降する。 唐松沢以東では, 軸部を北方からの衝上断層に切られ, さらにその東半部では, 南翼の幾春別層が鳥居沢衝上断層によって切られ, 南側の幌内層の上に衝上する。
幌内背斜は幾春別背斜にほぼ平行な軸をもち, その軸部に幾春別層が幌内層に取り巻かれて露出する。 その北西翼は 20°~40°NW, 南東翼は 50°~80°SE に傾斜する。 背斜軸は北東に向ってゆるやかに沈下し, 幾春別川北岸にいたって後述する夕張衝上断層によって切られる。 背斜軸の南西延長は, 幌内炭砿付近から逆に南西に向って沈降し, 一の沢の上流にいたって幌内断層に切られて終っている。
前述のとおり, 本背斜の北西翼は, 緩やかな同斜構造を呈して, 前述の幾春別向斜の南東翼を形成するが, 南東翼は急斜し, 幾春別背斜の直立ないし逆転する西翼との間に狭い向斜を作っている。 この向斜構造を幌内向斜と称する。
断層には, 大別して3つの系統のものが顕著である。 すなわち, 奔別衝上断層の副断層である衝上断層群, 幾春別背斜の西翼に沿う衝上断層, さらに幾春別複向斜部内の褶曲軸に斜交する NW - SE 方向の断層である。
奔別衝上断層に付随する副衝上断層として顕著なものは, 唐松・弥生・鳥居沢の諸衝上断層であって, いずれも北から南, ないし北東から南西方向の衝上であり, 覆瓦構造を呈する。 いずれも中角度ないし低角度で北へ傾斜する。 唐松沢衝上断層では, 幾春別向斜軸部の滝の上層に幌内層下部が衝上し, 弥生衝上断層では, 幌内層中上部に対して同層下部が, さらに鳥居沢衝上断層では, 幾春別層が幌内層下部に衝上する。
幾春別背斜の西翼に沿って夕張衝上断層が顕著である。 本衝上断層は, 前述の幌内向斜の軸に沿って NNE - SSW 方向の衝上断層である。 断層面の傾斜は南東で中~高角度と推定される。 幌内川の上流地域南部では, 幌内層中部に白堊系を衝上させ, 同じく北部では幾春別層を衝上させている。 これらの地域の北および南では断層の両側の地層は幌内層となるが, いずれも北西側により上位, 南東側により下位の層準が分布する。 本断層の北方延長は幾春別川北岸において弥生衝上断層に切られる。 南方延長は, 図幅地域の南限付近で幌内断層と一緒になり, 真直ぐ南下して万字ドームの南西隅にいたって急に 90°東へ変針してその南限を画し, その北東側の万字ドームを西へ衝上させると同時に南へ衝上させている 96), 119) 。 このような構造形態は, さきに述べた奔別衝上断層とその北東側に認められる奔別衝上部の複背斜構造と共通する。
NW - SE 系統の断層は, この構造単元ばかりでなく, 奔別衝上部や幾春別背斜部においても共通してみられる断層である。 これらのうち, 奔別付近のものは見掛け上, 北東落ちであるが, 幌内背斜を胴切る2条の断層は逆に南落ちである。 高尾 119) によれば, 後者のうち北側のものは, 傾斜は NE に 40°で中角度の逆断層である。
幾春別背斜を形成する白堊系とその西側の石狩層群との境界を西限とする。 東限については次記の盤の沢衝上部のところで述べる。 幾春別背斜部の構造は根本的には幾春別背斜の構造形態によって規定され, この背斜軸にほぼ平行な方向をとる衝上性断層および NW - SE 系の断層が発達し, 東側に旭の沢衝上地塊を伴う。 幾春別背斜の中核をなす白堊系およびその東翼を占める石狩層群・幌内層から構成される。
幾春別背斜は北方の空知背斜から連続するもので, 南へ向って沈下し, その南方延長には 南隣の夕張図幅地域内において白堊系が形成する万字ドームおよび鳩の巣ドームが存在する。 この背斜は基本的には東傾斜の転倒背斜で, 本地域周辺の地質構造からみると一種の大規模な鼻状構造を呈する。 NNE - SSWを主方向とするが, 最南部では屈曲して NW - SE 方向をとるようになる。 西翼の白堊系は大部分が 70°~80°の急傾斜をもって転倒する。 東翼では白堊系が軸部において, 西翼の場合と同様にやはり急傾斜するが, 大局的にみると背斜軸から遠去かるにつれて次第に傾斜が緩くなり, とくに最も外側(盤の沢北側)ではしばしば 15°~30°となる。 さらに, 東翼では地層の傾斜が大局的にみて北部から南部へ向っても緩くなる (一般に北部では 50°~70°, 南部では 30°~50°)。 背斜南端部の白堊系は西翼および南翼において急傾斜ないし転倒し, 他方, 東翼において緩傾斜を示す。 このような構造形態は南方の万字ドームおよび鳩の巣ドームにも共通して認められる。 なお, 東翼の最も外側を占める上部蝦夷層群の最上部は 局地的に南へ向って沈下する小褶曲構造を形成している。 古第三系は, 盤の沢衝上部よりに 軸面東傾斜の万字ドームとの間に軸面北傾斜の向斜構造を形作っている。 これらの西翼および北翼は, 大局 上述の構造に支配される。
断層のうち, 幾春別背斜の軸にほぼ平行する衝上性断層では, 幾春別衝上断層および盤の沢衝上断層が顕著である。 幾春別衝上断層は高角度~中角度衝上断層で, 幾春別背斜軸の西側において白堊系中を走り, 最南方では背斜軸の方向転換に調和して屈曲し, 古第三系地域内に伸びていく。 さらに, 本断層は北において盤の沢衝上断層, 南では夕張衝上断層によって切られている。 盤の沢衝上断層は, 北部では 幾春別衝上断層または 幾春別背斜軸にほぼ平行な方向をとる高角度~中角度徹上断層であるが, 南では転針して幾春別背斜を横断し, さらに南方の低角度衝上を示す肢節につづく。 なお, 本断層については盤の沢衝上部のところで再び記述する。 NW - SE 系断層は石狩炭田地域に特徴的なものである。 幾春別背斜東翼に発達するこの系統の断層のうち, 日暮沢衝上断層以西または以南の断層は見掛上東落ち, または北落ち, 日暮沢衝上断層および以東の断層は西落ちである。 なお, 北部では奔別衝上断層に随伴した断層が存在する。
前述の幾春別背斜部との境界は, 盤の沢衝上断層のうちの南部における低角度衝上を示す肢節である。 しかし, この境界の北方延長は, 盤の沢衝上断層における幾春別背斜を横断する肢節から東方へずれて, 桂沢湖内, 盤の沢の湛水域を挾んで, 東翼の一般走向に近い ENE - WSW の方向をとる北側の区域と NNW - SSE の走向をとる南側の区域との境界付近を通る。 盤の沢衝上部における構造は根本的にはほぼ N - S 方向をとり, いくつかの衝上地塊から構成されている。 おもに白堊系が分布し, 一部に石狩層群が残存している。
盤の沢衝上部は前述のようにいくつかの衝上地塊から構成されるが, 基本的には幾春別背斜東翼の構造に規定されている。 しかし, 本図幅地域南東隅における函淵層群の構造および東隣の幾春別岳図幅地域南西隅において, 上部蝦夷層群に衝上されると考えられている函淵層群の構造から判断すると, 本図幅地域南東隅の函淵層群は大部分が1つの向斜構造の西翼を占めているとみなされる。 北部では南へ向って沈下する小褶曲構造が発達する。 この区域のうちの北東部は, 大局的にみると小褶曲地帯内における向斜部を占め, 前述の函淵層群の向斜部に対応する。 地層の傾斜は北部に較べて南部において緩くなり, 北部では一般に 30°~50°, 南部では一般に 10°~15°の角度を示す。
盤の沢衝上断層は南部では低角度衝上断層で, 旭の沢衝上断層を切り, 北上して桂沢湖岸道路を通過するところでは断層の両側の地層が著しく擾乱されている。 本断層のこれより北方の肢節については前述したとおりである。 要するに, 盤の沢衝上断層は南から北へ向って低角度衝上性から高角度~中角度衝上性にうつり, したがって この断層に伴う地層の水平転位は大局的にみて南から北へ向って小さくなる傾向を示す。 さらに, 本断層以外にもいくつかの衝上断層が発達している。
西部褶曲部は, 三笠および幌内断層を東限とし, 北部では奔別衝上断層によって境される。 その西縁ならびに北縁は砂川低地帯の冲積平野の堆積物の下に没して不明である。 本褶曲部の構造は, 南北方向の褶曲構造によって特徴づけられ, この褶曲構造に関与する地層は幌内層上部から新第三系最上部までの諸層である。 これら地層分布についてみると, 東から西へ向って, より上位の層準があらわれ, 褶曲構造も東から西へ向ってより緩やかになる傾向が認められ, 本褶曲部は北海道中軸帯の西縁に沿う, 天塩地方から日高地方にいたる 第三系によって構成される一大複向斜構造の東翼部を占めるものと考えられる。
三笠・幌内断層の西側の幌内層上部は, 急立し, 三笠付近で1背斜構造を形作っている。 その南方, 石油沢流域における未区分上部幌内層は, 北海道炭砿汽船株式会社の最新の資料によれば, 極度に圧縮された1対の向斜および背斜に支配されている。
上述の背斜の西翼, 幌内層の上位には厚い新第三系が分布し, 後述する志文向斜の東翼を形作るが, その東側の幌内層に近いところでは, 急斜しときには逆転する。 これら新第三紀の地層の上下を詳細に検討すると, 朝日炭砿付近の一部を除いて, すべて西側が上位である。 朝日炭砿付近では, 予想に反して 川端層の分布地域中に局所的に下位層である滝の上層ならびに朝日層が露出し, かつ第 37 図に示すように, 西側が上位である部分と東側が上位である部分とがほぼ交互に配列し, 各々のブロックの間は断層によって距てられている。 すなわち, ここに軸に平行な断層を伴った局所的な小褶曲構造が推定される。 この小褶曲構造は, 二の沢断層が 奔別衝上断層のように大きくカーブし大きく西に張りだしたところの内側 -- 東側 --, しかもそのやや北寄りのところにだけ限られる。 このような事実から推察して, 後述するように二の沢断層の性状がはっきりしない現在の段階では, 推定にとどまるが, 二の沢断層が奔別衝上断層と同じ性格の衝上断層であり, 上述の小褶曲構造は衝上に伴って衝上部の縁辺部に形成された局所的な褶曲と考えられる。
志文向斜は, 幌内線萱野駅付近から南に延び南に接する夕張図幅地域を縦断し, 追分図幅地域内の築別向斜 91) に連らなる一大向斜である。 北方延長は, 幾春別川北岸にいたって, ひらいて間もなく消滅する。 この向斜は, 左右対称の向斜構造で, 両翼の傾斜は 50°~60°で軸部は追分層に覆われ, 外側に順次 岩見沢層および川端層が露出する。 その西翼は次に述べる岩見沢背斜の東翼を形作る。
岩見沢背斜は, 志文向斜に併走し, 南北性の軸をもつ背斜構造である。 本背斜は, 岩見沢東方の丘稜地を中心として北および南に沈み, ドーム性のものであり, 中核に川端層を露出させ, 岩見沢層・追分層がこれを囲繞している。 北方延長は, 幾春別川北岸にいたって沈下消滅し, 南方延長はゆるやかに沈下し, 図幅地域の南限をはずれて幌向川南岸にいたって再び上昇し 清真布 背斜 119) に連続する。 両翼の傾斜は約 40°~60°でほぼ対称である。
断層のうち顕著なものは, 三笠断層・幌内断層および二の沢断層である。 このほか, 本褶曲帯の東部では, NE - SW 方向のいくつかの断層が認められる。
三笠断層および幌内断層は, 本来一連の断層であるか否かは不明である。 三笠断層は, 走向南北で北端は唐松沢衝上断層によって切られる。 南方延長は, 本図幅では二の沢断層によって切られるものと解釈したが, 北海道炭砿汽船株式会社の社内資料によれば, 70 号の沢上流において落差を減じ間もなく消滅するものとされている。 本断層の両側における幌内層の層位からみると, その落ちは見掛上 西である。 この地域における褶曲に伴う断層の性質から判断すると, 本断層も東から西への衝上断層と推定される。
幌内断層は, 石油沢の下流でその流路に沿って南北方向に走り, 北方では NNW 方向をとり幾春別背斜の南西端を切っている。 本断層は地質図に示すとおり, 本来 三笠断層に連続するものが二の沢断層によって切られるものと解釈したが, 北海道炭砿汽船株式会社の資料では, 北方延長は 70 号の沢上流において急激に落差を減じ, 前述の三笠断層と同様, 間もなく消滅するものとされている。 その南方延長は, 図幅地域の南限を経て幌向川南岸, 一の沢の中流において前述の夕張衝上断層に収斂する。 その傾斜は北炭の資料によれば東へ 30°~40°であり, 北方では幾春別層を幌内層の A 帯に衝上させ, 石油沢の中流ないし下流では幌内層 E 帯に C~D 帯を衝上させている。
二の沢断層は, 一の沢の上流地域から南々西に走り, 朝日炭砿本坑坑口付近から南に方向をかえ, 幌向川南岸南に接する夕張図幅地域内にいたって SE - EW 方向に変針し, 奔別衝上断層に似た走向をとる。 本断層の性格ならびにその位置について未だ解決されない多くの問題を含んでいる 119) 。 この断層の両側の地層は, 朝日炭砿の北方の三の沢において, 川端層と朝日層, 朝日炭砿本坑坑口付近で川端層と滝の上層の緑色砂岩であり, 東から西への衝上断層と推定される。 衝上部の構造はいくつかの南北性の断層を伴い非常に複雑であるが, 第 37 図に示すとおり, その西縁部 朝日炭砿本坑付近において南北方向の小褶曲構造が推定され, これが, 前述のとおり西に大きく張りだした衝上部の北西寄りのところに認められる。 このような事実から 本断層が奔別衝上断層と全く同性質の衝上断層ではないかと推定した。
本褶曲部東縁部における北東 - 南西方向の断層群は, 幌内層を切り, 滝の上層から川端層下部にまで影響を及ぼしているが, 落差の著しいものはない。
本図幅地域は, 九州の筑豊炭田と共に我が国における二大炭田の一つである石狩炭田の中心, すなわち空知地区と夕張地区との境界部に位置している。 これまでに述べてきたとおり, これら両地区中, 前者に含まれる北部地域には, 石狩層群が全域にわたって広く露出するのに対して, 後者に含まれる南部地域では, 石狩層群が大部分 幌内層の下に伏在し, 僅かに背斜の軸部や基盤である白堊系の分布地域の周囲に露出するにすぎない。 また, 北部地域では, 石狩層群の発達がよく, 登川層から芦別層まで各層全部が欠けることなく全部揃っているのに対して, 南部地域では, 若鍋層および幾春別層のみで他の諸層を全く欠除している。
夾炭層としては, 石狩層群中のものだけでなく, 新第三系下部に属する朝日層があって古くから稼行の対象となっている。 各炭砿とその稼行層準を示すと第 22 表のとおりである。
本地域内における主要な炭砿としては, 北部地域には, 三菱美唄, 三井美唄 [ 以下の [注] 参照 ] , 南部地域には住友奔別, 北炭幌内, 東幌内等があり, 古第三紀石狩層群の石炭を稼行し, 朝日炭砿が新第三系中の朝日層の炭層を稼行している。 以下これらの炭砿について, きわめて簡略にその概況を述べる。
東幌内炭砿は, 本図幅地域から南に接する夕張図幅にまたがる地域に位置し, その範囲は, 石油沢の下流地域から東方ミルトマップ川の下流付近にわたっている。 鉱業所は域外, 幌向川の南岸, 空知郡栗沢町 美流渡 , すなわち国鉄万字線美流渡駅より徒歩約 5 分のところに位置し, 選炭場は同駅構内にある。 坑口および鉱務所を始め坑外作業施設は, 幌向川の北岸 岩見沢市にある。 岩見沢駅より美流渡駅までの所要時間は約 35 分, 鉄道と平行して乗合自動車の便もある。
本地域における石炭の発見については詳らかでないが, 1888 年に坂市太郎氏によるといわれている。 1914 年に三菱鉱業株式会社が採掘権を設定し, 1917 年にいたって, 奈良義路氏が同社より借り受け, 請負契約によって採掘し, 奈良炭砿と称せられた。 降って 1929 年 7 月に奈良義一氏が鉱区の譲渡を受け, 1931 年 7 月に北海道協同炭砿株式会社を創設し, 現在の東幌内炭砿の発足の礎となった。 東幌内炭砿株式会社と社名を改めたのは 1934 年 9 月であった。
本炭砿は, 石狩層群幾春別層中の石炭を採掘している。 稼行炭層は上から順に一番層, 二番層, 三番上層, 三番層, 四番層および五番層の 6 層であり, その間には稼行困難な数枚の薄層がある。 稼行地域は, 幾春別衝上断層より分岐する南北性の断層(落差約 170 m, 旧称 熊の沢断層の一部にあたる)を境にして, 西北部の石油沢地区と南東部の東斜坑地区とに分けられる。 東斜坑地区は, その東半部にほぼ相当する一区と, 同じく西半部に相当する二区とに分けられている。
石油沢地区では, 炭層の走向はほぼ南北で, 傾斜は露頭部で 70~80 度東, 深度 150 m 付近より以深では 70~80 度西傾斜を示している。 図幅地域の南縁付近では南北方向の軸をもつ褶曲構造が認められる。
東坑地区は, NW - SE 方向に軸をもつ向斜構造を示している。 その北東翼では露頭部で直立, 坑内で 40~50 度南の傾斜を示し, 南翼では露頭部で 20 度内外, 坑内で 6~10 度北へ傾斜している。 一区方面では, 一番層は幌内層の基底の不整合によって侵蝕されて存在しない。 次に各地区における稼行炭層の柱状図と層間距離を示す(第 38 図)。
| カロリー | 灰分 | 水分 | 揮発分 | 固定炭素 | 純炭分 | 純炭発熱量 | 溶結 | |
| 一番層 | 6,510 | 11.51 | 6.34 | 40.68 | 41.47 | 82.15 | 8,025 | 非 |
| 二番層 | 6,694 | 12.70 | 4.40 | 41.10 | 46.20 | 82.66 | 8,270 | 〃 |
| 三番上層 | 5,540 | 24.15 | - | - | - | - | - | 〃 |
| 三番層 | 6,490 | 13.77 | 5.49 | 39.34 | 41.40 | 80.74 | 8,140 | 〃 |
| 四番層 | 5,560 | 22.99 | 6.53 | 32.52 | 37.96 | 70.48 | 8,100 | 〃 |
| 五番層 | 4,260 | 38.48 | 5.69 | 27.70 | 28.13 | 65.83 | 8,040 | 〃 |
石炭は非粘結良質炭で, ガス発生炉用, ボイラー用, 一般暖房用など用途が広い。
現在主要稼行地域は東坑地区であり, 月産 14,000 屯を採掘している。
本炭砿は美唄市内にあり, 鉱業用地は本図幅地域の東半部その北縁から北に接する砂川図幅地域内にわたっている。 すなわち盤の沢から東美唄川およびその支流の流域の南北約 10 km, 東西約 6 km の地域である。 鉱業所は美唄川とその支流ウエンシリアンピパイ川の合流点付近, 美唄炭山にある。 交通は国鉄函館本線美唄駅から常盤台まで私鉄 美唄鉄道線(全長 11 km)があるほか, これに沿って乗合自動車の便がある。
1907 年頃, 黒柳金次郎氏が始めて, この地域の主な鉱区の鉱業権を得た。 その後 1911 年になって, これらの鉱業権は飯田延太郎氏の手に移り, 1913 年 2 月には ウエンシリアンピパイ川左岸の美唄本層の露頭から 第一坑(現在採掘終了のため廃坑)が開坑された。 1915 年 2 月, 三菱鉱業がこれを買収して, 以来 事業が拡張されて今日にいたっている。
本炭砿の鉱区内には, 登川, 夕張, 美唄および幾春別層が分布し, 登川, 夕張および美唄層中に稼行可能な炭層 10 数層がある。 すなわち登川層中には, 夕張層の下五番層より下位約 150 m から 700 m の間に, 上部より下六番層, 下七番層, 下八番層, 下九番層, 下十番層, 下十一番層, 下十二番層と称する 7 層, 夕張層中には, 本層の下部 150 m から 400 m の間に, 下三番層, 下五番層の 2 層, 美唄層中には, 下部より 10~20 m の間隔で本層, 二番下層, 二番層, 三番層, 四番層, 五番層である(第 39 図)。
採掘地域は, 美唄断層を境にして南北両地区に分けられる。 南部地区は, 峰延向斜の東端部にあたり, きわめてゆるやかな東西性の向斜構造を示し, 炭層の傾斜は 10~20 度以下である。 これに対して北部地区は, ほぼ南北方向の軸をもつ褶曲構造に支配され, 傾斜も一般に急である。 北東部の美唄川以東の地域の露頭付近では, 走向ほぼ南北で西へ 40~70°傾斜している。
現在 南部地区の美唄層をほとんど採掘しつくして, 採掘の主力は北部地区に注がれている。 しかし, この地区の深所には夕張層および登川層が存在し, この開発には試錐による調査が期待される。
北部地区の大部分は北に接する砂川図幅地域内に含まれる。 北部地区では, 美唄層を堅坑, 滝の沢一坑, 滝の沢新坑ならびに新一坑地区など広範囲にわたって採掘されている。 登川層は通洞およびウエンシリアンピパイ川北岸の二坑において, 夕張層は同じく二坑において採掘されている。 調査当時における出炭量は月間約 90,000 屯である。 石炭は, 非粘結瀝青炭であって, 汽罐用, ガス発生炉用, その他一般暖房炭として用途が広い。 本地区の現況については, 砂川図幅に詳しく述べられているのでごくかいつまんで概要を述べるにとどめた。
本炭砿の鉱区は, 美唄市と三笠市にまたがり, 鉱業所は美唄市南美唄三井台にある。 函館本線美唄駅から南美唄まで約 3 km, 国有鉄道が分岐し, また乗合自動車の便がある。 南美唄より選炭場成品ポケットまで専用鉄道が敷設されている。
現在稼行中の第一坑は村井鉱業株式会社の所有であったが, 1920 年に宝田石油株式会社の所有となり, 専ら炭層調査が行なわれた。 翌 1921 年, 同社が日本石油株式会社と合併された。 1922 年に日本石油は三井鉱山株式会社より東部の隣接鉱区の一部を譲り受け, 光珠炭砿として同年 7 月に起業に着手した。 その後 1924 年には, 田中汽船株式会社の貝沼炭砿を買収して営業を開始した。
1927 年 8 月, その経営を三井鉱山株式会社が引き受けることになり, 同社所有の鉱区を合併して三井美唄炭砿と称せられるようになった。 それまで主要稼行坑口は落合沢上流ならびに奥沢にあったが, 新規事業計画によって, 奥沢より現在の通洞の開発を始め, 同時に選炭場, 鉄道, その他の坑外施設の工事を行ない, 鉱業所も現在地に移転し, 12 月には, 年産 60 万屯の新規設備によって操業を開始した。 そして 1944 年には 100 万屯の出炭を記録した。
旧二坑は, 1921 年に徳田与三郎氏により開発され, 1930 年にこれを継いだ徳田与作氏によって設立された新美唄炭砿株式会社の所有であった。 1941 年, 三井鉱山株式会社はこれを買収し, 同社所有の鉱区とともに開発を開始し, 新美唄炭砿と称した。
1951 年 6 月に新美唄炭砿は三井美唄炭砿に合併され, 二坑と称せられるようになったが, 1954 年に企業を整備することになり, 3 月末閉鎖されて今日にいたっている。
すでに述べたとおり, 美唄断層の北側, 旧二坑区域は閉鎖され, 調査当時には 一坑区域の美唄層中の五番層ならびに 幾春別層中の一番層が主要稼行炭層であった。 なお, 落合沢背斜付近その他で試みられたボーリングによって登川層中に炭層が確認されているが, 稼行の対象となっていない。 当炭砿は, 石炭鉱業の不況ならびに浅所の炭層が掘りつくされたため, 閉山されようとしている。
奔別炭砿の鉱区は, 唐松沢以東, 峰延山地と幾春別川とに挾まれた地域にあり, 鉱業所は, 幌内線の終点の幾春別駅の北方, 約 1.1 km の所にある。 選炭場, 坑口, 坑外施設の主要なものは, すべて鉱業所付近にある。 交通には比較的恵まれ, 岩見沢経由札幌まで約 60 km, この間に直通列車ならびにバスの便がある。
奔別砿は 1880 年に工部省技師 島田純一・山際永吾の両氏によって発見された。 1896 年になって, 奈良義路氏ほか2名の共同名義で試掘権が設定せられ, 1902 年に開坑された。 その後, 幾多の変遷を経て, 1928 年 12 月に住友合資会社に買収され, 1929 年に住友坂炭砿株式会社に経営移管, 翌 1930 年には組織変更により, 住友炭砿株式会社の経営に移った。 降って, 1937 年には住友別子鉱山株式会社に合併, 住友鉱業株式会社 奔別鉱業部と改称された。 さらに, 1939 年 9 月には同社 北海道炭業所 奔別砿業部となり, 1946 年には, 井華鉱業株式会社 奔別鉱業所と再度改称せられた。 その後, 1950 年の金属, 石炭両部門の分離により, 石炭部門が独立し, 1952 年になって住友石炭鉱業株式会社 奔別鉱業所と称せられるようになり, 現在にいたっている。
一方, 旧弥生砿は, 1895年に奈良義路氏によって発見され, 翌年試掘権が設定せられ, 1914 年になって, 始めて村井弥吉氏によって試掘が開始せられた。 1916 年 5 月に日本製糖株式会社の経営に移り, 採掘が開始され, 1920 年 2 月には東邦炭砿株式会社がこれを継承し, 事業を続けた。 第2次世界大戦終戦の直前の 5 月に, 井華鉱業株式会社の経営するところとなり, 奔別鉱業所 弥生砿と改称された。 1952 年には住友石炭鉱業株式会社 奔別鉱業所 弥生砿と改称の後, 1959 年 1 月には奔別砿に合併され弥生坑として今日にいたっている。
本炭砿における稼行の対象となる石炭は, 夕張層および幾春別層中に含まれる。 前者は, 鉱区内北部の奔別衝上断層より北側の地域にだけ認められるものである。 炭層中で主要なものは, 夕張層中の 2 層(3番層および4番層), 幾春別層中の 12 層(1~12 番層)であり, 現在稼行の対象となっているものは第 24 表のとおりであり, かつ, その主力は幾春別層中のものとなっている。
|
層厚(m)
炭丈(山丈) | 層間距離 | ||
| 幾春別層 |
1番層
2番層 5番層 6番層 8番層 9番層 11 番層 |
1.285(1.425)
1.060(1.060) 0.900(0.930) 0.700(0.800) 1.000(1.220) 1.775(1.937) 0.960(1.470) |
9 m ±
102 m ± 59 m ± 21 m ± 43 m ± 8 m ± |
| 夕張層 |
3番層
4番層 |
0.700(1.260)
1.454(1.550) | 12 m ± |
幾春別夾炭層は, 全体として走向ほぼ東西, 平均 20 度内外で南へ傾斜するが, 局所的には, 褶曲構造もみられ, また奔別衝上断層を始めとして, これに伴って副次的に生じた鳥居沢・弥生・唐松沢等の衝上断層その他の断層によっても 局所的に擾乱を受けている。 したがって, 炭層の傾斜は 20 度から直立まで変化している。 40 度以下の緩傾斜層に対しては, 片磐長壁式採炭法を行ない, 切羽面長は最大 300 m に及んでいる。 切羽には H 型コンベヤー・ベンドジブカッターまたはドラムカッターを使用し, 支保は鉄柱およびカッペを用いている。 急傾斜層に対しては, 35 度の偽傾斜完全充塡採炭法を行ない, 切羽面の長さは 130 m 以上である。
片磐運搬には 6 屯の蓄電池機関車に圧気動の小型捲上機を併用し, 各レベルに運び出された石炭はスパイラルシュートで主要運搬坑道に落され, そこから 8 屯, 6 屯のヂーゼル機関車で捲揚竪坑まで運ばれ, スキップケージによって坑外に搬出される。 現在, 坑外への搬出は, 1959 年 4 月に完成した奔別堅坑に集約され, 人員の昇降だけが弥生坑からも行なわれている。
現在の製品は特塊から細粉まで9銘柄に分けられ, 発熱量は 5,400~7,150 Cal である。 出炭量は, 1961 年に約 900,000 屯, 在籍人員当り月 29.6 屯の能率である。
幌内炭砿は三笠市内にあって, その事業所は幌内砿(旧幌内炭砿)と新幌内砿(旧新幌内炭砿)とである。 幌内砿は幾春別線三笠駅から分岐する幌内線の終点に位置し, 新幌内砿は幾春別線唐松駅の南方 1 km, 幾春別川の左岸台地上にある。
幌内砿の炭層の発見は 1876 年にさかのぼる。 1872 年から 1875 年にかけて, 北海道開拓使の命により, B. S. LYMAN によって付近一帯の地質調査が行なわれた。 LYMAN の調査に引続いて, 多くの鉱山地質学者および外人技術者による調査が行なわれ, 1879 年 12 月にいたって音羽大坑道の開さくが始められた。 その後, 1881 年には滝の沢および本沢の各露頭から数本の採炭坑道が開さくされ, 幌内 - 手宮間の 90 km の鉄道の開通とともに, 音羽坑の本格的採炭が始められた。 以来 官業として経営が行なわれてきたが, 1889 年 12 月に北海道炭砿汽船株式会社の経営となり, 養老, 布引, 常磐, 音羽, 那智, 霧降, 白系, 滝の沢の8坑が開口されたが, 現在は, 養老, 布引, 常磐の3坑で開発している。
新幌内坑は, 1927 年に高久馨氏が鉱業権を取得し, 1931 年に日支炭砿が試錐調査を行なって, 開坑に着手し, 昭和砿業を設立して出炭を開始した。 その後, 1941 年に北海道炭砿汽船株式会社に合併され, 同社 新幌内鉱業所として新発足した。 1945 年 12 月から幌内鉱業所の管轄下に入り, 新幌内砿と称して現在にいたっている。
本炭砿では, 幌内砿, 新幌内砿ともに幾春別層中の炭層を稼行している。 この地域における幾春別層中には, 10 数層の石炭が挾有されている。 幌内砿における稼行炭層は, 上位から5番層, 4番層, 3番層, 2番層, 1番前層, 1番層, 1番下層の 7 層であり, 現在, 幌内背斜の西翼部の炭層を稼行している。 炭層の走向は N 40°E, 傾斜は北部では 20~25°NW, 南部では 70°NW である。 新幌内砿における稼行炭層は, 同じく上位から5番層, 4番層, 3番層, 1番層の 4 層であるが, 過去には2番層も稼行の対象とされた。
これら両砿の炭層の層厚および炭層別分析値を示すと第 25・26 表の通りである。
| 層厚(m) | 水分 | 灰分 | 揮発分 | 固定炭素 | 発熱量(cal) | 純炭発熱量(cal) | |
| 5番層 | 1.60(1.50) | 3.31 | 12.81 | 45.20 | 38.67 | 6,904 | 8,308 |
| 4番層 | 1.60(1.40) | 2.73 | 14.96 | 42.88 | 39.43 | 6,563 | 8,062 |
| 3番層 | 1.90(1.60) | 3.53 | 14.36 | 40.97 | 41.14 | 6,613 | 8,139 |
| 2番層 | 1.00(0.80) | 3.57 | 15.93 | 39.20 | 41.30 | 6,451 | 8,110 |
| 1番前層 | 0.90(0.80) | 3.27 | 13.04 | 41.34 | 42.35 | 6,651 | 8,900 |
| 1番層 | 1.30(1.20) | 3.16 | 8.63 | 44.08 | 44.13 | 7,043 | 8,032 |
| 1番下層 | 1.20(1.00) | 2.08 | 14.04 | 42.20 | 41.68 | 6,571 | 7.913 |
| 層厚(m) | 水分 | 灰分 | 揮発分 | 固定炭素 | 発熱量(cal) | 純炭発熱量(cal) | |
| 5番層 | 1.60(1.50) | 3.31 | 12.82 | 45.20 | 38.67 | 6,904 | 8,308 |
| 4番層 | 1.60(1.40) | 2.95 | 10.97 | 44.85 | 41.23 | 7,056 | 8,291 |
| 3番層 | 1.30(1.20) | 2.84 | 5.52 | 46.20 | 45.44 | 7,561 | 8,295 |
| 1番層 | 1.30(1.20) | 2.27 | 8.35 | 46.18 | 43.20 | 7,411 | 8,362 |
炭質はいずれも非粘結性瀝青炭で, 用途としては, ガス発生炉用, 船舶焚料, 各種ボイラー, 一般暖房用などきわめて広範囲にわたっている。 とくに両砿の特中塊はガス発生炉用として需要が多い。
採炭は, 両砿ともホーベルによる完全機械化採炭を主力とし, カッター採炭を補助的に行なっている。 採掘方法は総バラシ前進式片磐向長壁方式で 切羽面長は 200 m で鉄柱カツペを使用している。
1962 年下期における出炭, 人員,人 員当り能率は次のとおりである。
|
出炭
(屯) |
人員
(職員を含む) | 能率(屯 / 日 / 人) | ||
| 坑内夫 | 全坑夫 | |||
| 幌内砿 | 275,000 | 1,772 | 1.27 | 1.12 |
| 新幌内砿 | 200,000 | 1,374 | 1.25 | 1.05 |
このほか, 本炭砿では坑内ガスの含有箸しく, かつ, その濃度も 60 % と非常に高く, 保安対策上からばかりでなく資源的見地から, これを利用している。
幌内砿における総ガス量は 90.51 m3 / 分, 排出量は 58.45 m3 / 分, 1963 年 4 月における誘導量は 32.06 m3 / 分で 山元の暖房用に用いられている。 その利用量は純メタンで 6.95 m3 / 分(夏期)から 18.48 m3 / 分(冬期)にのぼっている。
新幌内砿では, 総ガス量は 42.77 m3 / 分, 排出量は 13.97 m3 / 分, 誘導量は 28.80 m3 / 分(1963 年 4 月)である。 このガスは, 北炭カーボン株式会社, 煉炭工場, 紛岩工場, その他一般暖房用として利用されている。 その利用量は, 純メタン分として夏期において 23.0 m3 / 分, 冬期において 30.88 m3 / 分である。
岩見沢市の東端に位置し, 本社ならびに鉱業所は図幅南方域外の国鉄万宇線朝日駅近くにある。 採掘地域は本坑区域と北部斜坑区域に分れ, 鉱業所の北方から一の沢の上流地域にわたる。 朝日駅より万字線の始点まで 17.6 km, ここにおいて函館本線および室蘭本線に連絡する。 このほか岩見沢 - 美流渡間に定期バスの便がある。
1910 年に幌向炭砿株式会社が鉱業権を登録以後, 幾度か変遷を経て, 1933 年にいたって杉江仙次郎氏(小樽市)が馬搬路, 労務者住宅等を施設し, 斤先掘を行なった。 1940 年, 日本硝子株式会社が鉱業権を譲り受け, 坑内外施設, 病院, 配給所, 住宅等を建設し本格的採炭を行なった。 その後 1949 年に飛島繁氏, 1951 年に西幸太郎氏らの所有を経て, 1952 年に朝日炭砿株式会社がこれを継承して今日にいたっている。
本炭砿は, 中新統下部の朝日層中に挾有される炭層を採掘している。 朝日層中には, 上位から一番層, 二番層, 三番層, 間四番層, 四番前層, 四番層および五番層の 7 枚の主要炭層がある(第 40 図)。 これらのうち, 一番層, 二番層, 三番層および四番層が稼行の対象となっている。 炭層はほとんど直立に近く, 走向ほぼ南北である。 現在, 9 片すなわち地並以下 185 m まで採掘が進んでいるが 炭層の傾斜は依然として直立に近い。 稼行地区は本坑地域と北坑地域とに分かれ, 地表においては両地域の間に川端層が露出し, 夾炭層の分布が断たれている。 しかし, 地下においては, 本坑地域と北坑地域の炭層は連続しており, 地表に分布する川端層と夾炭層との間に低角度の断層が考えられる。
石炭は非粘結の低度瀝青炭で, 出炭量は 1955 年度から飛躍的に増加し, 1958 年度まで月産(以下同じ)40,000 屯ないし 52,000 屯, 1959 年度から更に増加し約 70,000 屯以上, 1961 年度には 84,000 屯に及んでいる。 製品の品位は銘柄によって異なるが, 5,000 Cal ないし 6,800 Cal である。
従業員数, 坑内外職員を併せて 290 名(昭和 36 年)である。
調査当時, 出鉱坑口が2ヵ所に分れていたが, 4 片運搬大坑道を掘さくし, これを1ヵ所にまとめ, さらに駅前選炭場から上記大坑道に連絡する南部斜坑を開さくし, 現在の坑口から選炭場までの自動車運搬を廃止するための工事が進捗中であった。
以上のほか, 三笠の北方の抜羽の沢において 新第三系朝日層中の石炭を採掘しているものに大新炭砿がある。
白堊系に由来する油徴はこれまでに図幅地域内の数地点から知られている。 弥生坑内(下層立入)において 三笠層中にみられた滲出油は淡褐色の軽質油であったといわれている。 これは 奔別衝上断層の南側において それと併走する唐松背斜の中核をなす白堊系に胚胎するものである。 唐松背斜西端の旧唐松坑の幾春別層においても おそらく白堊系から由来したと考えられる石油の滲出をみた。 さらに, 油徴は幾春別川本流沿いの数地点において白堊系(中部蝦夷層群主部・三笠層)および 河岸段丘堆積物中にもみいだされた。 これらの油徴は 幾春別背斜西翼の急傾斜部または同背斜の軸に近い東翼に位置する。 前記の河岸段丘堆積物中の滲出油は三笠層から由来したものとみなされている。
第三系に関係する油徴には, 石油沢下流幌内層中のものがある。 これは, 石油沢の地名が示すとおり, その下流, 流路に沿って古くから知られていたものである。 現在認められる油徴は, 幌内層を覆う沖積層分布地域の水田中に浮上する原油であって, 直接には幌内層の泥岩中から滲出したものであるが, 幌内断層の存在を考慮に入れるとその根源は白堊系にあるものと考えられる。 従来, 幌内断層の位置には, 背斜構造が想定せられ, 石油沢背斜と名づけられていた。
岩見沢背斜には, 石油を目的とした2本の試掘井がある。 これらは多少の滲油とガスの湧出をみただけで, いずれも不成功に終っている。
岩見沢背斜は, 北に緩やかに沈降し, 南方延長は, きわめてゆるやかな鞍部を距てて, 南の栗沢背斜に連なるドーム性の背斜構造である。 栗沢背斜の軸部には, おびただしい数の石油の露頭が認められるが, 岩見沢背斜では全くこれをみない。 しかし, その構造ならびに, これに関与する地層に, 両背斜構造の間で, 全く差は認められない。
本鉱泉は桂沢堰堤の下流右岸において中部蝦夷層群の Mc [ ほぼ砂岩の Mc 層 ] 中に湧出し, 湯の沢温泉と称せられている。 泉質は硫化水素泉, 泉温は 12 ℃, 湧出量は 150 l / m, pH は 8.4 である(北海道 衛生部環境衛生課資料にもとづく)。 浴用および飲用に供せられている。 鉱泉は上記の地点以外にも諸所において中部蝦夷層群, とくに三笠層中に低角度の断層や割目に沿って湧出している。
本鉱泉は, 岩見沢市 東利根別 湯の沢下流にあって泉質は食塩泉である。 これは, 岩見沢背斜の西翼単斜部に位置し, 沖積地中に位置している。 かつては沸して湯泉として利用されたことがある。
地質調査所の分析結果 28) は次表の通りである。
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幾春別川流域の河水は三笠市桂沢に建設された堰堤によって湛水され, 発電・工業・灌漑用として利用され, また飲料水に供せられている。 桂沢堰堤は東隣の幾春別岳図幅地域内(本図幅地域との隣接部近く)に位置し, 上部蝦夷層群の基底に近い場所に建設されている。 建設工事は 1952 年の冬に開始され, 1956 年度に完成され, 1957 年 4 月に貯水池の湛水が終了した。 桂沢堪堤は重力式溢流可動扉付コンクリート堰堤で, 高さ 63.6 m, 堤頂長 334.25 m である。 満水位標高は 187 m, 有効貯水量は 8,180 万立方 m, 湛水面積は 469 万平方 m である。 貯水地域は桂沢湖と呼ばれ, 一部は図幅地域内の盤の沢下流部を占める。 桂沢発電所は図幅地域内にあり, 1957 年 9 月に発電が開始され, 年間の発生電力量は 59,668,000 KW である。
EXPLANATORY TEXT OF THE GEOLOGICAL MAP OF JAPAN Scale 1 : 50,000
(Sapporo - 14)
By KYUYA MATSUNO, KEISAKU TANAKA, ATSUYUKI MIZUNO & MASAO ISHIDA (Written in 1963)
The mapped area is located in the central part of Ishikari coal field, one of main coal fields in Japan. In this area are developed the Cretaceous, Paleogene, Neogene and Quaternary sedimentary strata thickly, whose detailed stratigraphic sequence is summarized as shown in table 1, in descending order.
The Cretaceous deposits, covered by the Paleogene Ishikari group with disconformity, are a thick conformable series of mudstone with subordinate sandstone. They are extensively developed in the eastern Ikushumbetsu area where is famous as the classical and typical field of the Cretaceous rocks in Hokkaido. Here, the Cretaceous sequence, affording the Ikushumbetsu anticline pitching to the south, is divided into the Middle Yezo, Upper Yezo, and Hakobuchi groups in ascending order ; there is not exposed the Lower Yezo group, the lowest of the four divisions of the Cretaceous deposits in Hokkaido, owing to the anticlinal structure of the Cretaceous. The Cretaceous rocks are more deeply eroded away in the western part of the area than in the eastern part before the deposition of the Ishikari group.
The Midde Yezo group , its lower limit being not observable, is about 1,400 m thick, being classified into the main part and the uppermost part, named the Mikasa formation,
The main part of the group, nearly 1,000 m thick, consists of mudstone, commonly shaly, with frequently interlaminated and interbedded sandstone, accompanied with thick sandstone in its middle part. Tuffaceous rocks are scarcely found throughout the main part of the group ; calcareous concretions are so, but common at several horizons. Fossils are sporadic throughout ; among others Mortoniceras imaii occurring in its upper part is important. The main part of the group is correlated to the Upper Miyakoan stage (Albian) and presumably ranges up to the Uppermost Miyakoan substage (Cenomanian). On the eastern wing of the anticline, the lower and upper parts of the main part composed essentially of fine-grained sediments become thinner and coarser to the south ; on the other hand the middle and uppermost parts consisting mainly of sandstone become thicker, coarser and less stratified to the south.
The Mikasa formation is neritic, partly littoral sediments, consisting of sandstone with subordinate conglomerate and siltstone. It is however remarkably variable in sedimentary facies from place to place. On the eastern wing of the anticline, this formation showing an offshore, deeper facies, is about 400 m thick ; its lowest and middle parts are composed principally of siltstone, the latter containing inocerami abundantly ; its lower part is characterized by massive, fine-grained sandstone, partly silty, with numbers of neritic molluscan fossils such as trigonians and no few of ammonites ; its upper part consists mainly of medium- to fine-grained sandstone, generally massive, occasionally stratified, with quantities of bivalves of shallow sea origin such as GIycimeris and Aphrodina. Huge calcareous concretions are abundantly contained differing from the case of the undrelying and overlying strata. As the important fossils from the formation there are found Desmoceras kossmati in the lowest part, Calycocers asiaticum and C. orientalis in the lower part, Desmoceras (Pseudouhligella) Japonicum, Inoceramus concentricus nipponicus, and I. yabei in the lower and middle parts, and I. cf. labiatus and I. hobetsensis in the upper part. Consequently, this formation is correlated to the Lower Gyliakian (Cenomanian) to the Upper Gyliakian stage (Turonian), ranging down to the Uppermost Miyakoan substage (Cenomanian).
The Mikasa formation of the above facies becomes thinner and on the whole coarser westward. Thus, on the western wing of the anticline it shows a near-shore, shallower facies with thickness of no more than 300 m. There, sandstones are not only much more predominant but also themselves coarser grained ; argillaceous rocks also are comparatively coarser ; conglomerates are frequently intercalated. Ammonites and inocerami are rather scarcely found, although bivalves of shallow sea origin are abundant.
The Mikasa formation on the eastern wing becomes thinner and coarser grained also southward. Thus, the formation in the southernmost part of the anticline is very similar to that in the southern neighbouring Yûbari sheet-map area, showing a near-shore, shallower facies. The strata in this area would be characterized by the following : the stratigraphic range is the longest, ranging up to a certain considerably upper horizon within the Upper Gyliakian stage and down to the equivalent for the uppermost sandy part of the main part of the group in the offshore, deeper facies area ; the thickness is considerably small, being about 170 m ; Ostrea is abundantly contained at a certain horizon. Furthermore, the Mikasa formation carrying several Ostrea beds is exposed at detached localities further west outside of the anticline.
The Upper Yezo group is composed mainly of comparatively monotonous fine-grained sediments. The group in the northern part of the eastern wing of the anticline is nearly 500 m thick, becoming as a whole finer upwards. The lower half consists of fine sandy siltstone with subordinate silty fine-grained sandstone ; the upper half is made up of mudstone and sandy mudstone. The sediments are generally massive and not well laminated, being concretionary throughout. Tuffaceous rocks, though being on the whole scarce, are rather commonly met with only at several horizons within the middle and upper parts of the group. Greensand grains are contained at various horizons, especially in the lower half. Fossil remains such as ammonites and inocerami are abundant throughout. In this group are discriminated the zones respectively of Inoceramus teshioensis. I.uwajimensis. I. mihoensis, I. amakusensis, and I. Japonicus in ascending order. Accordingly, the Upper Yezo group ranges from the Upper Gyliakian (Turonian) to the Upper Urakawan stage (Santonian).
The group on the western wing is essentially the same as that on the eastern in thickness, and lithologic and faunal aspects, although it is more deeply eroded away. Its lowest part is however very much thicker than the equivalent on the eastern wing. The group on the eastern wing becomes more deeply eroded away to the south before the deposition of the Ishikari group. Thus, the strata in the southernmost part of the anticline is referred to the lower half in the northern standard area, their lower limit occupying a certain horizon considerably upper than that in the northern area. Here, the thickness is about 50 m, being no more than one-third that of the equivalent in the northern area. In this connection, it is noteworthy that there is contained an Ostrea bed, which has been found nowhere from the Upper Yezo group. To sum up, the group in this area shows a near-shore, shallower facies. Furthermore, the present group is exposed in a small area in the central part of the area mapped.
The Hakobuchi group is sediments of neritic, partly littoral origin. It is composed of greenish gray or bluish gray sandstone, generally medium-grained and massive, with subordinate conglomerate and siltstone. The thickness is measured to be at least nearly 100 m. A bed of acid tuff is intercalated in the lower part, being several meters in thickness. The Hakobuchi group includes the strata referable to the Lower Hetonaian stage (Campanian) because Inoceramus schmidti is found in a boulder of sandstone derived from the group.
Judging from the facies changes described above, it may be concluded that the sediments of the western facies were supplied from the presumed western source area, while the coarse clastics of the eastern (relatively offshore, deep) facies were, roughly speaking, transported by northeasterly flow. This is warranted from the measurement of certain types of directional-current structures.
The Cretaceous deposits in the area show no significant tectonic gap to the Paleogene. The strata in the main part of the Cretaceous locality afford a large-scale anticline, named the Ikushumbetsu anticline, extending from the northern Sorachi anticline. The anticline, pitching to the south, is as a whole overturned westward ; on the western wing the strata are generally more steeply inclined than on the eastern wing, being commonly overturned and deformed by several thrusts with direction nearly parallel to the general trend of the strata ; in the distal part of the eastern wing the strata are thrown into minor folds and thrusts. Furthermore, the Cretaceous area southeast outside of the anticline is occupied by several thrust sheets where the strata have a very gentle inclination.
The Paleogene rocks are developed in the central large portion of the mapped area. They are composed of the Ishikari group of paralic facies in the lower horizon and the Poronai formation exclusively of marine facies in the upper and both represent a part of the Paleogene system which is widely distributed in the whole Ishikari coal fleld. Particularly concerning to the Paleogene rocks, the coal field is areally divided into the two parts, namely Sorachi district in the north and Yûbari district in the south from the viewpoints of stratigraphy and lithofacies, and the boundary between them runs in direction of about E - W in the northern part of the present area, being represented by the E - W limb of the Pombetsu thrust-fault.
The Ishikari group, attaing about 3,500 m in maximum thickness in the Sorachi district and only 500 m in the Yûbari district, is stratigraphically divided into eight formations as shown in the table 1, but the whole sequence is found only in the former district, and the Ashibetsu, Hiragishi and Bibai formations are missing in the latter district, according to the general views which have been hitherto accepted, although some problems remain to be solved in future as to the matter. Throughout the formations, except the Horokabetsu and Wakkanabe formations, there are found many coal seams, either workable or not, in the thick series of clastic sediments of conglomerate, sandstone of various grain-size and mudstone or shale. From the Horokabetsu and Yûbari formations some fresh water molluscan fossils represented by Margaritifera perdahurica (YOKOYAMA) are yielded. From the Wakkanabe formation, that has been known as the remarkable marine to brackish water deposits containing many molluscan fossils generally called the Wakkanabe fauna, the following species are found : Pyrazus miyajimai MIZUNO (MS.), Brachydontes sakakurai OYAMA et MIZUNO (MS.), Ostrea sp., Geloina hokkaidoensis (NAGAO et OTATSUME), G. takaoi (NAGAO et OTATSUME) and Cyclina shairakiana YOKOYAMA. From the Ikushumbetsu formation, which includes important workable coal seams in the Yûbari district, plant remains including Woodwardia sp. and Cobicula sp. of mollusca were obtained. The Ishikari group is assigned to Eocene and Early Oligocene from the paleontologic evidences through the whole Ishikari coal field.
The Poronai formation is only developed in the Yûbari district, where the large parts of Paleogene area is extensively occupied by the Poronai formation, and the Ishikari group underlying the former is restricted into the very narrow areas of the marginal parts of the Cretaceous exposures and also of the axial part of the Poronai anticline. The present formation covers unconformably the Ishikari group in the Yûbari district, and attains more than 1,600 m thick. This thick series is mostly represented by argillaceous sediments of marine origin, which were generally called thed "Poronai shale", except the basal coarse-grained rocks comprising glauconite-bearing conglomeratic sandstone and some tuffaceous sandstone layers in the upper horizons. The argillaceous sediments are generally characterized by their dark colour, and difficulty of measurement of dip and strike in outcrop, containing the carbonate nodules represented by marl and Gennô-ishi and also containing many fossils of marine inhabitant. Giving an attention to the occurrences of mega-fossils represented by mollusca, echinoid, crab etc., the formation is divided stratigraphically into seven zonules alphabetized as Ao, A - F zonules, as well as in that of the vicinity of Yûbari, though the formation in the said area is divided into nine zonules (A, B -Ⅰ zonules) (Teshima, 1955). The molluscan fossils and faunal aspect are somewhat different between the lower part (A0 - D zonules) and the upper part (E and F zonules) ; that is, the latter is very rich in tuffaceous materials, often intercalating thin beds of tuff or tuffaceous sandstone, and also is generally composed of sandy siltstone which is coarser than that of the lower part, characterized by Lima j-suzukii TAKEDA and Crassatellites teshimai MIZUNO et INOUE (MS.) of pelecypod fossil and also some echinoid fragments ; these features are nearly missing in the lower part. The Poronai formation is considered to be of Upper Oligocene.
The two series of Paleogene are in parallel arrangment each other in structure, exhibiting no tilting or folding movements between them, and also they show a parallel relationship to the Cretaceous rocks. The geologic structure of the Ishikari group of the Sorachi district is characterized by the gentle anticlinorium structure, which is defined by the Pombetsu thrust-fault in the western and southern margin. In the Yûbari district the structure of the Paleogene fomations is shown by some synclinorium and anticlinorium which are disturbed by many large faults and thrust-faults.
The Neogene rocks occupy the southwestern part of the mapped area. The lowest division of them is represented by the Takinoue formation overlying the Poronai formation with parallel unconformity, and it is superposed successively by the Kawabata, Iwamizawa, Oiwake and Minenobu formations. All the formations range from the Lower Miocene to the Lower Pliocene. They are composed of clastic sediments of marine facies, attaining maximum thickness of 4,300 m.
The Takinoue formation is divided into the lower sandstone member and upper mudstone member, exhibiting a sedimentary cycle from shallow marine to deep marine. Both the members yield some molluscan fossils represented by Spisula onnechiuria OTUKA, Dosinia nomurai OTUKA, Mytilus tichanovichi MAKIYAMA from the lower sandstone member and Acila vigilia elongata NAGAO & INOUE, Potlandia tokunagai var. hayasakai UOZUMI from the upper mudstone member that are shown in table 19, fig. 30 and pl. 15 of this text.
The Kawabata formation is characterized by rhythmic alternation facies of conglomelate, sandstone and mudstone or that of sandstone and mudstone, and also by argillaceous rocks particulary in its upper part.
The Oiwake formation is represented by diatomaceous siltstone overlying conformably the preceding formation in most cases, although in some areas the most parts of the hard shale of the Iwamizawa formation are replaced by diatomaceous siltstone, thus showing a lateral facies change of the two formations.
The Minenobu formation, occupying the uppermost horizon of the Neogene sequence, consists mostly of fine-grained sandstone, rather loosely lithified, and it yields many molluscan fossils as follows : Patinopecten (Fortipecten) takahashii (YOKOYAMA), Clinocardium californiense (DESHAYES), Mya japonica JAY, Turrirella fortilirata SOWERBY, Buccinum tenuisimum KURODA. This fossil evidence indicates the Lower Pliocene age of the formation.
The Asahi formation, whose normal stratigraphic relation is not ascertained because of fault contact with the other formations in the area, comprises arkose sandstone of very coarse to very fine grained, coaly shale, coal and mudstone in repeated sequence of cyclothemic arrangements upwards.
The cyclothems can be recognized at least 8 in numbers through the formation, and they have broad ranges in thickness from 15 m to 75 m. The coals are commonly interbedded in the uppermost part of the cyclothems.
The age of this formation is not considered younger than the Middle Miocene from the palaeontological viewpoint revealed by several palaeontologist.
These Neogene rocks are regularly arranged, controlled by the gentle folding structure in N - S trend. The structure is cut by the Pombetsu thrust-fault by which the large body of Ishikari group thrusts up on the Neogene rocks at the northern periphery of Neogene area.
The Quaternary sediments are widely found in the western part of the sheet area, and besides in the valleys of rivers and streams. They are divided into the Pleistocene deposits of Moseushi formation, which constitutes the hilly lands in the marginal area of the Sunagawa lowland, and the Recent deposits of terrace and alluvium along rivers and streams. All these sediments lie horizontally on the Tertiary and Cretaceous rocks deformed by the tectonic movements during Neogene.
The coal is important mineral resources in the present area. As noticed in the preceding lines, it is abundantly comprised in the Paleogene Ishikari group which is paid an attention as the coal measure in the Ishikari coal field of central Hokkaido, and also it is found in the Asahi formation of Lower Miocene. They have been exploited by many coal mines since old yeaes. The main coal mines in the present area are represented by the Mitsubishi-Bibai, Mitsui-Bibai, Sumitomo-Pombetsu, Hokutan-Poronai, Hokutan-Higashi-Poronai and Asahi coal mines, and the coal seams now worked by these mines are summarized in Table 2.
| Age | Formation |
Mitsubishi
Bibai |
Mitsui
Bibai |
Sumitomo
Pombetsu | Hokutan | Asahi | |
| Poronai | Higashi-Poronai | ||||||
| Neogene | Asahi | - | - | - | - | - | × |
| Paleogene | Poronai | - | - | - | - | - | - |
| Ashibetsu | - | × | - | - | - | - | |
| Hiragishi | - | - | - | - | - | - | |
| Ikushumbetsu | - | - | × | × | × | - | |
| Bibai | × | × | - | - | - | - | |
| Wakkanabe | - | - | - | - | - | - | |
| Yubari | × | × | × | - | - | - | |
| Horokabetsu | - | - | - | - | - | - | |
| Noborikawa | × | - | - | - | - | - | |
| Cretaceous | Cretaceous | - | - | - | - | - | - |
The petroleum in this area is originated in the Cretaceous, Kawabata and partly Poronai formation of Tertiary, though some problems remain concerning to the latter. These resources were once searched by some wells, but the results did not qualify them as workable.
昭和 39 年 3 月 25 日 印刷 昭和 39 年 3 月 30 日 発行 著作権所有 北海道開発庁