04012_1958

5万分の1地質図幅説明書

石狩

(札幌 第 12 号)

通商産業技官 垣見俊弘

地質調査所

昭和 33 年


目次

I. 地形
I.1 山地および段丘地
I.2 低地帯(石狩低地帯)
II. 地質
II.1 新第三系
II.1.1 望来層
II.1.2 当別層
II.1.3 材木沢層
II.1.4 地質構造
II.2 更新統
II.2.1 獅子内層
II.2.2 伊達山層
II.2.3 段丘堆積層
II.3 現世統
II.3.1 海浜堆積物
II.3.2 砂丘堆積物
II.3.3 泥炭地堆積物
II.3.4 氾濫原堆積物および現河川堆積物
II.3.5 匍行堆積物
III. 応用地質
III.1 石油
III.1.1 石狩油田(石狩鉱山)
III.1.2 厚田油田(厚田鉱山)
III.1.3 その他の油徴地および試掘井
III.2 砂鉄(含チタン砂鉄)
III.3 地下水
III.4 その他
文献

Abstract

1 : 50,000 地質図幅説明書 (昭和 32 年稿)

石狩

(札幌 第 12 号)


本図幅の野外調査は, 昭和 31 年 6 月から 8 月にかけて, 延約 60 日にわたって行われた。

本図幅作成にあたり, 油田地帯については, 石油資源開発株式会社札幌鉱業所探鉱課から, 段丘地形および地質については, 北海道大学石井次郎学士から, また, 石狩低地帯については同大学北川芳男助教授から, それぞれ資料の提供および有益な助言をうけた。 とくに低地帯に関しては, 本図幅および説明書の主要部を北川氏の資料によって作成したものである。

I. 地形

本図幅は, 北海道中央西部に位置し, 5万分の1札幌図幅地域の北に隣接する。

この地域の西は日本海(石狩湾)に面し, おおよそ 知津狩 しらつかり 川河口を境に, 以北は急峻な海蝕崖が, 北隣厚田図幅地域を経て留萠市に至るまで連続し, 以南は単調な砂丘海岸が石狩町を経て小樽市銭函町に至るまで, きわめて緩い孤を描いて続いている。

本図幅地域は, 地形的に, 樺戸山地の南端部を占める山地および段丘地(北東部)と, 石狩低地帯の末端を占める低地帯(南西部)との2つに大区分される。 両者は, この図幅地域内では, ほゞ同面積を占めている。

I.1 山地および段丘地

この地域の大部分は, 古くから注目され, 石狩段丘 1) と称されてきたみごとな海岸段丘群の発達する地域である。

山地は, 図幅地域北東部の小区域を占め, おおよそ 100 m 以上の高度を有する地域で, 段丘群の一番高位のものの旧汀線の内側にとりかこまれている。 その大部分は, いわゆる硬質頁岩層である望来層の露出する俊別背斜軸部であることが注目される [ 以下の [注] 参照 ] 。 開析がかなり進んで, V 字型の河谷によって深く刻まれ, 壮年期的な地貌を呈している。

[注]
本図幅地域と隣接の当別・月形・厚田図幅地域について, 試みに 750 m の谷を埋めて復元等高線図(restored contour map)を 作成してみるといっそう明らかになり, 逆に等高線密度の高い地域は, 望来層分布地域とほとんど一致する (海岸近くで段丘の発達する地域においてすら, 注意すれば, 等高線が海岸寄りに張り出していることが観察される)。 このことから, 望来層は上下の地層に較べて侵蝕に対する抵抗度が特別につよいことが推定される。

一方, 段丘地は, もっとも典型的な海岸段丘の発達する地域の一つとして, 古くから注目されているところである。 かつて, 田上政敏 1) は, これらの段丘群を2段(望来段丘と高岡段丘)に分け, その後卜部奎一 2) , 長尾巧 3) らは4段(獅子内面・大沢面・知津狩面および高岡面)に分類した。 筆者は7つの高さ, 開析度, 堆積物のそれぞれ異なる平坦面を認めたが, これらをさらにその形成された時代を加味して, 2つの段丘群に大区分した。 すなわち低位段丘群と中位段丘群 [ 以下の [注] 参照 ] である。

[注]
これらは, 北海道において全般的に認められている 4), 5) 低位段丘, 中位段丘にほゞ相当する。 高位段丘と称されるべきものも, この地域の山地地域に推定されないわけではないが, 平坦面はまさに消失しようとしており, 地形図ではほとんど識別することができない。 しかし復元等高線図を描いてみると, 処処に 120 m, 140~160 m の面のなごりが認められ, また現地でも, 稜線がほゞ一線に連なっているのが認められる。 厚田図幅 6) で高位海岸段丘と称されているものはこれである。

これらは, 新しいものから, さらに次のように類別される(第 1 図參照)。

石狩段丘 低位段丘群 高岡段丘 石狩高岡面 18~25 m
知津狩段丘 領泊面 25~35 m
当別高岡面 25~50 m
中位段丘群 聚富 しっぷ 段丘 堀頭 ほりがしら 55 m
聚富面 60~75 m
雁皮 がんぴ 沢面 70~84~50 m
地蔵沢段丘 地蔵沢面 70~100~65 m
高位段丘群 (先地蔵沢面)

第 1 図 石狩段丘分布図

地蔵沢段丘 : この地域に連続的に発達する, 平坦面のうちの最高位の面をつくる段丘であって, 南端部材木沢と地蔵沢との分水嶺附近に, 平坦面(地蔵沢面)と堆積物とがもっともよく保存されている。 地蔵沢から北では, 各稜線に平坦面は認められるが, いずれも開析されて保存はやゝ悪く, 堆積物もほとんど認められず, 山稜の横断面は円形(まんじゅう型)を示している。 地蔵沢面の幅は, 南端部で最大で約 2 km あり, それ以北では約 1.5 km のほゞ同じ幅のまゝ, 本図幅地域を北上し, 望来川を横断して, 北隣厚田図幅地域内に至り急激に狭くなり, 嶺泊川の北岸で消滅する。 南端部から東方へは, 材木沢を横断するとともに急激に狭くなり, 東隣当別図幅地域にはいって間もなく消滅する。 高さは, 保存の良好な南端部では約 100 m で, こゝでは前面と隆起汀線との間の高さの差もあまり認められないが, この附近を最高として, それ以北にも以東にも高さをいくぶん減じている。 とくに以東においてその傾向が著しく, 隆起汀線は地形図上では, 材木沢附近で 90 m, 当別図幅地域との境界附近では約 80 m を示している。

聚富段丘 : 聚富段丘面は, 本地域でもっとも広い分布を示す。 幅は南端部で 3 km あまり, もっとも広い堀頭附近で約 4 km であり, 地蔵沢附近では大きく侵入した低位段丘群にきられて幅 500 m 以下に狭まっている。 聚富段丘には高さ(および堆積物の)相違に基づいて, さらに3つの面が認められる。 もっとも高い面は南部の 雁皮沢面 で, その「隆起汀線」は大沢上流でよく保存されており, 地蔵沢段丘との境は明瞭である。

平坦面は, 大沢側の沢と高岡側の沢との分水界(佐藤農場)附近で, 南北性の帯状をなしてほとんど完全に保存され, 約 75 m 前後の高さを示している。 この面の最高点はその南端部にあって, 83.9 m 三角点がそれである。 「隆起汀線」は, 大沢附近で 80 m であるが, 東方へ急激に低くなり, 約 1 km 東方の材木沢をすぎると約 60 m に激減している。 幅も東方へ急激に狭くなり, 材木沢の東側近くで消滅する。 西部の 聚富面 は, 聚富附近から望来市街地に至る台地を構成しており, 平坦面は, バス道路沿いにほとんど完全に保存されている。 最高点は, 雁皮沢面と同様, 南端部(75.4 m 三角点)にあり, 平均の高さは 65~70 m で, 雁皮沢面より 5~10 m 低くなっている。 南の雁皮沢面と西の聚富面との中間に存在するのが 堀頭面 で, その平均高度は約 55 m で, 聚富面よりさらに 10~15 m 低い。 平坦面は, 堀頭沢と正利冠川との間, および望来川と嶺泊川との間で広く発達しており, その他の所では, 各河川の本流, 支流に切られ多少不完全になっている。 地蔵沢面との境界はほとんど地形図上では見分けられず, 現地において, 堆積物の有無, 稜線の断面の形(堀頭面は多少とも _П_ 型を示すが, 地蔵沢面では _∩_ 型を示す), あるいは両者の間に傾斜面が僅かではあるが存在することなどによって, 辛うじて推定される。

聚富段丘を構成する, これらの3つの面を比較してみると, 雁皮沢面と聚富面は相互に対比されるが, その中間の堀頭面は一段(10~15 m 程度)低い面のように思われる。 この高さの違いは, 1) 2つの異なる時期に形成された段丘面であるのか, 2) 1つの段丘面が局部的な昇降によって高さの差を生じたのか, あるいは, 3) 1つの面が単に河谷の侵蝕によって, 中間部(堀頭面)だけが原形を失ったものかは目下のところ不明である。 たゞ注目すべきことは, 雁皮沢面と聚富面が, ともに基盤の第三系の背斜軸附近に位置し, 堀頭面が向斜部に位置していること, また, 雁皮沢面・聚富面自体における高さが, 背斜部でもっとも高く, それから遠ざかるに従って低くなることなどである。 これらの点は, 3つの段丘面が, 基盤の構造を反映していることを示しているもののようである。

知津狩段丘 : 石狩段丘中もっとも連続性に富む平坦面をもっており, 聚富段丘の前面に帯状に発達する。 厚田図幅地域厚田市街地の北方から海岸沿いに南下して, 望来をすぎ聚富に至り, こゝから東に折れ, 陸地にはいって獅子内に至り, 獅子内東方で消滅する。 本段丘も, 高さと堆積物の相違に基づいて, これを2つに分けることができる。 海岸に分布するものを嶺泊面, 内陸部に分布するものを当別高岡面と称する。 嶺泊面 は, 200~300 m の, 狭いがほゞー定の幅で海岸沿いに連続する。 厚田から知津狩までは,その前面が海蝕崖をなして直接海に臨み [ 以下の [注1] 参照 ] , 知津狩以南は冲積層によって海から距てられている。 高さは 25~30 m で, 海側にかすかに傾いたほゞ完全な平坦面を保存している。 旧汀線の位置は明らかであるが, 聚富段丘との間に顕著な崖はつくらず, 崖錐, 匍行堆積物による緩い傾斜面をもって移り変わっている。 当別高岡面 は, 高岡附近 [ 以下の [注2] 参照 ] でもっともよく発達し, 1~1.5 km の幅を有するが, 南北に狭くなり, 獅子内附近で東に折れて, 間もなく消滅している。 嶺泊面とは完全に漸移するので, 堀頭沢附近で一応両者を区分しておく。 平均の高さは約 40 m であるが, 嶺泊面に較べて西側にやゝ傾斜 [ 以下の [注3] 参照 ] しており, 前面で約 25 m, 旧汀線附近で約 45~50 m を示す。 最高点はやはり南端部にあり, 50 m 以上を示し, 聚富面のそれと同じく, 第三系の背斜軸部と一致していることは注目すべきである。 聚富段丘(雁皮沢面)との境界は判然としており, 地形図上でも明らかに読み取ることができる。

[注1]
厳密にいえば, 海蝕崖の前面に 10~30 m 程度の砂浜を残し, 歩行可能である。 また, 海岸はいくぶん遠浅になっており, こゝに現在の海蝕平坦面が形成されつゝあるのであろう。
[注2]
卜部奎一 2) , 長尾巧 3) によれば, 高岡附近では, 大沢面と知津狩面の2つが認められているが, 境界は明らかでなく, 筆者は, これを1つとして取扱った。
[注3]
この傾斜の原因は, 後の傾動によるものではなく, むしろ, その前面が, 削剝を多くうけて, 保存が不完全になった結果とみるべきであろう。 卜部・長尾のように, 高岡附近に2段の平坦面が形成されたのち, 削剝によって境界部が不明になったとみることもできないわけではないが, 他地域にはこの面に2段を見分けることができない。

高岡段丘 : 本地域の海岸段丘面中, もっとも新しい平坦面(石狩高岡面)を構成し, 石狩高岡附近にのみ分布する。 最大幅約 2.5 km, 高さは, 前面で 15~18 m, 当別高岡面との境界附近で約 25 m で, 平均 20 m 内外であり, ほとんど完全に原形をとゞめている。 知津狩段丘との境界はあまり判然とせず [ 以下の [注] 参照 ] , (当別)高岡 - 石狩高岡間での境界は, 僅かに 3~4 m の高まりとして, 辛うじて認められるにすぎない。 石狩低地帯との境は, 5~10 m の急崖を形成している。 なお, 本段丘の分布が, 第三系の向斜軸部と一致することは注目すべきであろう。

[注]
人工的に乱されているおそれがある。

以上の段丘面の観察から, 次のような点が注目される。

1) 本地域の山地が, 俊別背斜軸部にあらわれ, 段丘地形は, これをとりまくように分布していること。

2) 地蔵沢段丘・聚富段丘および知津狩段丘は, ともに俊別背斜軸部附近でもっとも高く, それより遠ざかるに従って, 低くなる傾向を有すること。

3) 聚富段丘のうちもっとも低い堀頭面の分布は, 正利冠向斜軸部と一致していること。

4) 知津狩段丘は, 正利冠向斜軸部で大きく, 陸側にはいり込み, また, もっとも低い(新しい)高岡段丘は, 同向斜軸部にのみ分布していることなどである。 これらのことから, 石狩段丘は, 基盤の新第三系の大構造 (および, それによって地表を構成するに至った新第三系各岩相の耐侵蝕度) と密接に関係しつつ形成され, 形成の後もなお, それらに支配されているということができよう。 逆にいえば, 新第三系堆積後の褶曲運動は, 石狩段丘形成中および形成後も, なお続けられているとうことができるであろう [ 以下の [注] 参照 ]

[注]
これと同様な現象が, 北海道南端の襟裳岬でも観察されている (小笠原義勝 7) , 猪木幸男・垣見俊弘 8) )。 すなわち, 襟裳岬段丘部は, 日高山脈の浮き上りの影響を, その形成後も引続きうけていることが, 旧汀線の高さの測定によって判明している。

I.2 低地帯(石狩低地帯)

当図幅地域の低地帯は, 北海道最大の河川である石狩川の河口近くに位置し, 大部分は, 冲積世にはいってから, 石狩川によって埋立てられた平地である。 石狩川は, この低地を自由蛇行によって, きわめて屈曲に富む流路をとりつつ, 石狩町の北方で日本海に注いでいる。 石狩町は, 日本海と石狩川とに挾まれた, 帯状の砂丘地(石狩砂丘)上につくられた町である。

当地域の低地帯は, 生振 おやふる 附近の内陸砂丘(紅葉山砂丘)を境として, 海岸側と内陸側との2つの低地に分れる。 海岸側のものを 花畔 ばんなぐろ 低地と称し, 内陸側のものを 太美 ふとみ 低湿地と称する。 両者は互に異なった成因をもつもので, 花畔低地は砂堤列海岸平野, 太美低湿地はバックマーシュということができる 9) 。 なお, 海岸には現在の砂丘(石狩砂丘)がみごとに発達している。

石狩砂丘 (海岸砂丘) : 石狩湾にのぞむ低地帯の前縁部をなして, きわめて顕著に発達している。 この砂丘は, 銭函海岸(銭函図幅地域内)から北西に向かって約 20 km, 石狩川河口まで細長く続いているが, 石狩川を渡ると急激に発達不良となり, まもなく消滅する。 砂丘の形態は起伏に富んでいるが, 高さは最高 10 m 内外で, 幅は 200~300 m である。 典型的な所では, 4~5列の起伏が観察されるが, 一般にそのうちの最前列が一番高く, 起伏をくりかえしながら, 内陸側に漸次高さを減ずる。 この砂丘の内側約 500 m の間には, 砂丘沿いにきわめて低湿の不毛地が連続している。

紅葉山砂丘 (内陸砂丘) : 石狩砂丘とは別に, 本地域には紅葉山砂丘 1) と呼ばれる内陸砂丘がある。 紅葉山砂丘は, 海岸から約 8 km のところに, 海岸と平行して, 手稲町下手稲(札幌図幅地域)の新川橋附近から北東に細長く連続し, 茨戸附近で旧石狩川に切られている。 この附近から砂丘は2列に分かれ, 本図幅地域内の生振地域に延びている。

この砂丘は, 最高点で 18 m 以上(札幌図幅地域紅葉山で 18.5 m, 本地域美登位附近で 18.0 m)にも達し, 平均 14~15 m の高さを有している。 本図幅地域内では, 前列(海岸寄り)の砂丘は 7~8 m, 後列は 14~15 m の平均標高を示している。 幅は広いところで 1,000 m に近く, 生振附近では, 前列の幅が 100~200 m, 後列が 500 m 前後, 前後列の間隔は約 1 km である。 なお, 前列の砂丘は人工的に乱されて, 現在ほとんど原形をとゞめず, 後列も削剝と人工的変形とによって, この地域では複雑な形態を示している。

このように, 紅葉山砂丘は, 高さにおいても形態の上からも, 前記の石狩砂丘にまさる規模を有する。 さらに, この砂丘の重要なことは, 砂丘の北西側(海岸側)と南東側(内陸側)とに, 地形的な差異が認められることである。 すなわち 前者(花畔低地)の方が, 後者(太美低湿地)より標高が高く, また表層地質の構成員も異なっている。 このような事実から, 紅葉山砂丘は, かつての海岸線を現わすものであろうという説が, 多くの人々によって述べられている 1), 9)

花畔低地 (海岸低地) : 上に述べた紅葉山砂丘の前縁から石狩砂丘に至る, 約 5~8 km の低地帯は, いわゆる海岸平野の典型的なものである。 この低地の標高は 5~6 m であり, 先に述べたように, 紅葉山砂丘の内側よりも明らかに高くなっている。 この海岸平野の特徴的なことは, 細かな波状地形を示すことである。 この波状は, 周期 200~500 m で, 3~4 m の起伏を示し, 丘状に, ほゞ海岸線に平行して北東に配列し, 本図幅地域南西部から, 札幌・銭函図幅地域にまたがる海岸平野に著しく発達している。

太美低湿地 (内陸低湿地) : 紅葉山砂丘の内陸側は著しい低湿地となっており, 砂丘の内側数 km の間は, 海岸低地よりも標高が低く, 3~4 m を示している。 この低湿地は, 紅葉山砂丘による大規模なバックマーシュが, 石狩川と当別川(この地域では後者の影響が強い)とによって 埋立てられて生じたものであり, 泥炭地が大部分を占めている。

(附) 石狩海岸附近の海底地形 : すでに述べたような低地帯の地形に関連して, 石狩湾の海岸附近における海底地形について一言しておく。

石狩湾内の海底は, 北西に向かって拡がった陸棚で, しかも, その大部分は, 100 m より浅く, 概略的には平坦な地形であるが, 微地形的にみると, かなり複雑な形態を示し, とくに, 海岸附近は沖に向かって約 1,000~2,000 m の周期をもつ波状地形をもち, それが海岸線とほゞ平行しているという特徴をもっている。 このような地形は, さきに述べた低地帯の地形に, きわめてよく対応するものである。

II. 地質

II.1 新第三系

本図幅地域の地質の主要構成員は, 新第三系と第四系である。 新第三系は, 近隣図幅地域内に広く発達するもののうち [ 以下の [注] 参照 ] , 比較的上部の望来層・当別層・材木沢層からなる。 これらは, 相互に整合一連の関係であるが, これを岩相および化石内容から考察すると, 下部の望来層はやゝ深海相を示し, 中部の当別層は浅海相を, 上部の材木沢層は瀕海相を示す。 すなわち, この地域の堆積盆は,第三紀末期に漸次浅化していったものである。

[注]
かつて筆者は, 対馬坤六・植村武らとともに, 北隣厚田図幅地域において, 同図幅地域内に発達する整合一連の非火山性堆積物を総称して南厚田層群 6) と名づけた。 当地域の望来層および当別層は同層群に含まれている。 しかし, 同層群の名前は, 厚田図幅地域北半に発達する火山性堆積物(北厚田層群)と対応させるためには, 有意義であったが, 樺戸山地全般としては必ずしも妥当な区分ではないので, 本図幅地域においては, 南厚田層群という名称を用いない。

II.1.1 望来層

当地域新第三系の最下部にあたり, 知津狩地域と春別地域とにわかれて存在し, いずれも背斜軸部に現われている。 下位層は盤の沢層(図幅地域外)であって, それとの関係も整合である。 なお当地域内には本層下部は露出しておらず, その全容は, 当地域から厚田図幅地域にかけての海岸の崖でほゞ完全に観察される(第 2 図)。

第 2 図 望来~古潭海岸における望来層

望来層はいわゆる硬質頁岩(hard shale)層で, やゝ硬質の泥岩からなり, 軟質の泥岩~シルト岩を挾み, 硬軟両泥岩が薄互層するところは, 硬質頁岩層特有の板状の層理を示す。 全層的に泥灰質の薄層および団塊を含み, 後者には, 径 2~3.5 m に及ぶ球状~扁平球状の巨大なものもまれではない。 なお, 巨大な団塊のなかには, 珪質のものもある。 また, 浮石質凝灰岩の薄層(10~80 cm で膨縮する)を数枚, 5 cm 内外の白色凝灰岩を数枚挾む。 本層の泥岩は, 灰色~暗灰色で, 風化面は褐色(赤錆色)を呈する。 春別地方(東部)と海岸地方(西部)とでは, いくぶん岩質が異なっていて, 東部では主として硬質の泥岩のみからなる部分が多く, 西部では硬軟泥岩の薄互層部が卓越するが, 全般的には, 下部は硬質の泥岩のみからなり, 上部へ次第に互層となる傾向が認められる。

層厚は東部で 600 m 以上, 海岸では約 250 m を示す。

西海岸の, 主として望来~知津狩間では, 本層中から, おびただしい量の化石を産する。 筆者および対馬坤六・植村武(厚田図幅調査当時)の採集したものを, 第 1 表に掲げる。

第 1 表 望来層産出化石表

Molluscan Fossils from the Mōrai Formation
Solemya (Acharax) tokunagai YOKOYAMA
S. (A.) yessoensis KANEHARA
Nucula sp.
Acila (Acila) divaricata (HINDS)
A. (A.) vigilia SCHENCK
? Portlandia (Megayoldia) thraciaeformis (STORER)
P. (Portlandella) cf. lischkei (SMITH)
Yoldia (Yoldia) sp.
Nuculana aff. robai KURODA
Salepta ? sp.
Neilonella sp.
Venericardia (Cyclocardia) n. sp. (UOZUMI, M. S. )
Venericardia ferruginea に似る。 最近北海道の2, 3の本層層準から発見されている。
Calyptogena pacifica DALL
Conchocele bisecta (CONRAD)
Lucinoma cf. acutilineatum (CONRAD)
Macoma praetexta (v. MARTENS) n. var.
Macoma praetexta oinomikadoi OTUKA に似る。 第 2 表参照。
M. aff. tokyoensis MAKIYAMA
Panope japonica (A. ADAMS)
Natica cf. "janthostoma DESHAYES"
Fusinus ? sp.
Neptunea sp.
Dentalium yokoyamai MAKIYAMA
D. spp.

これらは, たいていは比較的小型の泥灰質の団球と軟質の泥岩部とから産するものである。 これらのうち, Calyptogena pacifica DALL, Conchocele bisecta (CONRAD), Solemya tokunagai YOKOYAMA の組合せの化石帯が, 海岸では明らかに認められ, その附近が, 化石の種数, 量ともにもっとも豊富である。 春別地域の本層は一般に化石に乏しく, 僅かに Conchocele, Lucinoma, Venericardia, Macoma, Dentalium など数種が採集されたにすぎない。 これは, 春別地域に, 軟質泥岩の発達が悪いことによるものと思われる。

本地域の望来層は, 東西両地域とも背斜軸部にあらわれ, 石狩油田における「帽岩」として, 重要な役割を演じている。 野外においても, 硬質頁岩に挾在する砂岩や凝灰岩などに, 石油の滲出を見ることがある。

II.1.2 当別層

当別層は, 本図幅地域内新第三系の大部分を占めて広く露出している。 下位の望来層との関係は整合漸移であり, 望来層より漸次本層に移り変わるところ(例, 第 3 図)では, その境界は人為的にならざるを得ない。

第 3 図 望来~嶺泊間海岸における当別層 - 望来層漸移部

本層の主要部 は, 灰色~青灰色(風化すれば, 帯黄色~帯褐灰色となる)で, 無層理, やゝ軟質の, 細粒~微細粒~シルト岩質などの単調な砂岩からなる。 このなかでは, 層面の判定はきわめて困難である。 まれに泥灰岩団球を含む。 また, しばしば黒雲母片を含有し, とくに上部に多くなる傾向がある。 さらにまた, 風化面では, 本層に特有の生痕様の模様 [ 以下の [注1] 参照 ] を, いたる所でみることができる。 これらは, 本地域のみならず, 少なくとも樺戸山地全般の当別層相当層 [ 以下の [注2] 参照 ] に共通してみられる性質ならびに現象である。

[注1]
それが生痕であるかどうかは疑わしいが, Vermus 類の這い跡のようなもの, Sand pipe または mud pipe 状のもの, あるいはまた, 箒の掃き跡(かすり模様)のような模様が, 雑然と露出面にあらわれており, 時には, 無層理砂岩中に帯状をなしてあらわれ, 層面の傾向を知る手がかりとなることがある。
[注2]
滝川図幅 11) の幌加尾白利加層および幌倉層, 留萌図幅 12) の留萠層など。

本層のなかには, 数枚の凝灰岩~凝灰角礫岩の薄層があって, 部分的にはかなりの距離にわたって追跡される。 おもなものは4枚であり, これの連続の確かめられる部分を, 鍵層として地質図上に色別した [ 以下の [注] 参照 ] 。 このうち, 最下位のもの(K1)は, 白色, 粗粒の凝灰岩からなり, それ自体の厚さは 20~80 cm にすぎないが, その上下 10 m ほどの砂岩は凝灰質で, 著しく粗粒であり, 緑灰色~青緑色を呈するため, 本地域でもっとも広範囲にわたって追跡可能の鍵層である。 この砂岩の粗粒化の現象は, 北部ほど強いようである。 中位の凝灰岩(K2)は, 前者と異なり, 白色, 微粒, 緻密であって, 厚さは 15~30 cm 程度である。 上位のもの(K3)は, K1 に甚だ近似の粗粒凝灰岩であり, K1 と同様上下に若干の凝灰質部を伴なっている。 これは当別図幅 13) において色別した「浮石層」の西方への延長である。 最上部のもの(K4)は, 高岡から地蔵沢にかけて, 上位層(材木沢層)の直近下位にあらわれるもので, 岩質は K1 と K2 との中間型あるいは混合型の性質を示し, 厚さは 30~60 cm で, 上下に凝灰質部を伴ない, 凝灰岩薄層を随伴すること(地蔵沢)もある。 俊別背斜東翼にはあらわれていない。 そのほか, これらのいずれにも属さないもの, あるいは, いずれに属するか不明のものなどを見るが, これらは地質図上には省略した。 すべて白色を呈し, 粗粒のもの(K1 型)と緻密細粒のもの(K2 型)のいずれかに属し, 厚さは 10~30 cm 程度である。 これらの凝灰岩の存在によって, はじめて本層の走向傾斜が確認され, 構造を解明することができる。

[注]
K1, K2, K3 および K4。 実際の厚さを地質図上にあらわすことはできないから, 色別された部分は単に層準を示しているにすぎない。

本層の下部 は, 所によって層相が変化するが, 概して泥質の部分 [ 以下の [注] 参照 ] が発達している。 望来~嶺泊間の海岸における本層は, この部分に属する淡灰色, 無層理の珪藻を多く含む軽いシルト岩によって占められている。 その厚さは, 望来附近でもっとも厚く, 約 150 m を示し, 南方へ薄化して, 聚富の南方で尖滅する(地質断面線の附近では, K1 の下約 70 m から望来層までがこの部分である)。 一方東部では, このような珪藻土質無層理のシルト岩は存在せず, やゝ硬質, 無層理, 暗灰色のシルト岩ないし泥岩が部分的に発達する。 とくに, 正利冠川上流附近ではその発達が著しく, 望来層とほとんど同質の硬質頁岩を挾む厚い泥岩層(厚さ約 200 m)が存在するが, これは南北にたちまち薄化尖滅する。 この部分は K1 によって斜めに切られており, 特定の層準をあらわすものではない。 これらの関係を第 4 図に示す。

[注]
この部分は卜部奎一 2) の当別灰色頁岩, 吾妻穰(帝国石油株式会社資料, 1951 および 1952)の中間層に相当し, 当別 13) ・月形図幅 14) 地域内でも認められる。 なお当別層の主部は, 卜部 2) によって正利冠砂質頁岩層と名づけられている。

第 4 図 当別層下部の柱状図

このような泥岩部は, 上部にもなおいくらかあり, 例えば獅子内西方の当別層の一部には, 望来海岸にみられるものとよく似た灰色, 無層理のシルト岩がみられ, これには珪藻が鏡下で認められるがその量は多くない,

最上部近くには, まれに含礫部がある。 むら雲状で特定の層準を示さないが, その岩質は材木沢層のそれとよく似ている。

当別層の層厚は, 上下の完全な材木沢附近で, 約 900 m である。

化石は, 望来層に較べて, 種数も個体数も少なく, また特定の層準に密集せず, 散点的である。 下記のものが鑑定された(第 2 表)。

第 2 表 当別層産出化石表

Molluscan Fossils from the Tōbetsu Formation
Solemya (Acharax) tokunagai YOKOYAMA
S. (A. ) cf. yessoensis KANEHARA
Acila (Acila) cf. vigilia SCITENCK
A. (A. ) sp.
A. (Truncacila) sp.
Yoldia (Yoldia) sp.
Salepta sp.
Conchocele bisecta (CONRAD)
Nemocardium n. sp. ?
北海道の新第三系からは未だ Nemocardium の報告されたことはなく, おそらく新種と思われる。 外形は N. yokoyamai TAKEDA に似る。
Clinocardium sp.
Serripes laperousii (DESHAYES)
S. cf. notabilis SOWERBY
Macoma praetexta (v. MARTENS) n. var.
Macoma praetexta oinomikadoi OTUKA と外形および左殼の套線の彎入が似るが, 右殼のそれがやや異なる。
M. sp.
Periploma besshoensis (YOKOYAMA)
Natica sp.
Plicifusus sp.
Ancistrolepis sp.
Neptunea sp.
Buccinidae gen. & sp. indet.
Dentalium yokoyamai MAKIYAMA
D. sp.

その他に, Sagarites を処々産し, また堀頭沢上流の本層上部から, 鯨骨と思われる巨大な動物の骨の化石がみいだされた。

II.1.3 材木沢層

材木沢層は, 本地域新第三系の最上部を占め, 高岡~石狩高岡間の向斜軸部と, 獅子内以東から当別図幅地域にかけて, 段丘堆積物の下に露出している。 下位の当別層との関係を直接みられる露出は少なくないが, 大沢, その他2, 3地点の観察では整合的である [ 以下の [注] 参照 ]

[注]
材木沢層と当別層との関係は, 従来 2), 3) は, 互に平行的な走向・傾斜をもっているために, 大きな不整合はないとされていたが, それが整合であるか否かについては疑問であった。 今回の調査では, 大沢の露頭で境界面が多少凹凸を示す箇所があったが, これは礫岩が他岩相を覆う場合普通にみられる現象で, 不整合面とは思われない。 その他の場所では, 材木沢におけるように, 当別層の上部からすでに本層の要素がはいりこみ, はっきりした境界面の引けないこともある。

本層は下位の2層と異なり, きわめて変化に富む岩相を示し, 礫岩・砂岩・シルト岩の乱雑な互層からなっている。 相互に岩相が変化し, また, 著しく「偽層」(クロスナミナ)が発達し, 場所によっては乱堆積を示すことがある。 礫岩は, 材木沢の砂利採取場にもっともよくあらわれており, そこでは, 5~30 cm の分級をうけた大小の円礫が, 著しく偽層しながら, 南東に 40°内外傾いて露出している。 凝固は完全でなく, 礫は手で容易に採集することができる。 礫種は, 材木沢の露出にかぎらず, 全層を通じて, 先第三系起源の微細粒硬砂岩・ 藍黒色珪質粘板岩・ 黒色粘板岩・ 白色~灰色~赤色珪岩, ラジオラリアをおびたゞしく含む赤色~灰色チャート・石英・ 優白質岩などと, 第三系起源の流紋岩(ネバダイト質のもの, 流理の顕著なもの, 集塊岩質のもの, 浮石質のものなど)と, 安山岩(普通輝石紫蘇輝石安山岩)・ 珪質凝灰岩・ 泥灰質岩・ 埋れ木などからなる。 その量比はまちまちであるが, 第三系起源のもののなかでは, 流紋岩以外のものはまれである。

流紋岩はよく円磨されているが, その他の礫に較べて大型のものが多く, 同質の浮石を伴なっていることから, 本層とほゞ同時代のものと思われる。 鏡下で観察すると, 本岩は, その量比は部分的に異なるが斜長石と石英からなり, きわめてまれに黒雲母を含む。 石英の大形のものは著しく融蝕されている。 石基は多くの場合ガラス質であるが, 斜長石が流理に従って配列していることがある。 一般に異質の古期岩類の岩片をおびたゞしく含んでいる。

獅子内西方のバス道路附近の崖の露出は, 礫岩と砂岩との厚互層(3~4 m)を示し, 礫岩の礫には, 本層のそれとまったく同じで 「同時礫」と思われる含礫シルト岩・砂岩などの 20~50 cm の大塊が多数存在する。 砂岩は 褐色を示し偽層の発達した中粒未凝固のものと, 灰色でやゝ凝固のすすんだ細粒のものとがある。 いずれも, むら雲状に礫を含んでいる。 シルト岩~粘土岩は, 灰色でやゝ硬く, 時には礫を含有し, また, 細かい(1~2 cm)律動的な葉理を示し, 化石を含むことが多い。 本層中には, 上下を通じ, また礫岩・砂岩・泥岩のいずれを問わず, 至るところに黒雲母片が含まれており, 本層の一つの特徴となっている。 まれに石英粒の豊富な所もある。

本層の層厚は, 上限が不明であるが, 露出している限りでは, 材木沢地区で 450 m 以上, 高岡地区で 200 m 以上である。

化石は, 前述のように, シルト岩~粘土岩の部分から産するものが多いが, 当別層のそれと異なり, 一般に倭少で, 保存も悪く, ほとんど大部分が殼を残していない。 鑑定できるものが少ないが, そのおもなものは次の通りである。

Acila (s. s. ) sp., Acila (Truncacila) sp., Yoldia (s. s. ) sp., Neptunea cf. robai KURODA, Chlamys islandica (MÜLLER) var., Clinocardium sp., Macoma sp., Natica "janthostoma" DESHAYES

材木沢層は主として本地域にのみ分布する地層で, しかも礫岩を主とする特異な地層であり, 他地域との連続が断たれ, 対比にはなお問題が残されている。 樺戸山地の他地域でこの層準(当別層相当層の直上位)を占めるものは, いずれも流紋岩質浮石および同質凝灰岩の卓越した火山砕屑質の地層 [ 以下の [注] 参照 ] であり, 本層とは一見外観が異なっているが, ともに粗粒(瀕海性)堆積物で「偽層」に富むこと, 本層中に著しく黒雲母および流紋岩礫が含まれていることなどから, 材木沢層は, 前記の諸層と対比して誤りはないと思われる。

[注]
月形図幅地域 14) の厚軽臼内層, 滝川図幅地域 11) の深川層群の鮫淵・一の沢両層(いわゆる滝川層中部)など, 砂川低地帯周辺に発達している。

II.1.4 地質構造

この地域の新第三系は, 隣接する厚田・当別図幅地域, および月形図幅地域西半部を含めて, 新第三系全体に一様に作用した南に沈む巨大な緩褶曲構造に支配されている。 この大構造は, 本地域では, 2つの並行する背斜軸と, その中間に位する1つの向斜軸となってあらわれている。 これらの褶曲軸は左右にほゞ対称であるが, 上下には対称ではない。 すなわち, 背斜が向斜よりその両翼が急傾斜である。

西側の背斜軸は, 古くから海岸背斜 15) (厚田図幅では小谷海岸背斜)と呼ばれ, 厚田図幅地域の厚田市街に端を発して, 海岸沿いに南下し, 望来附近で海にはいりなお南下し, 知津狩附近でふたゝび上陸するが直ちに冲積層下に没し, これより南への延長は物理探査の資料 [ 以下の [注1] 参照 ] によって, 石狩町東方を通過して, 茨戸から札幌図幅地域に抜けることが推定される。 厚田~知津狩間約 14 km, 冲積層下のものを合すると延長 30 km 以上に及ぶ背斜軸である。 一方, 東側の背斜軸は, 春別(または俊別)背斜 15) あるいは発足背斜 6), 14) と呼ばれ, 月形図幅地域発足部落附近にはじまり, ほゞ南北方向に, 同図幅地域から当別図幅地域の北西をかすめ, ついで南西方向に向かい, 獅子内附近で冲積層下に没し, 太美南方で札幌図幅地域に抜けるもので, 発足~獅子内間の第三系露出地域のみで延長 25 km に達する。 この2つの巨大な背斜に挾まれた向斜軸が正利冠向斜で, その規模はむろん東西の背斜軸と同様であるが, その形態は, 両背斜の断面がやゝ高い山型を呈するのに対し, 底の浅い舟底形を呈している。 本地域の新第三系は, 海岸背斜の東翼と, 正利冠向斜および春別背斜の両翼を構成し, 春別背斜の東翼は, 同時に同背斜に並走してさらに規模の大きい当別向斜 13) (図幅地域外)の西翼に相当する。 これら褶曲軸は, 一般的に南へ緩く沈む傾向を有し, したがって分布する地層は北ほど古く, 南に新しくなる傾向がある [ 以下の [注2] 参照 ]

[注1]
石油資源開発株式会社の資料による。 春別背斜についても同様
[注2]
しかしながら, 春別背斜軸は, 本地域の南部では, ほとんど水平に走り, 南端獅子内附近では, かすかに上昇する傾向があらわれている。 最近の物理探査の結果, 同背斜軸は, 平野部にはいるとその傾向が顕著になり, 太美の西方にドーム構造があらわれている。 同様なことは, 正利冠向斜, 海岸背斜についてもあてはまるようである。

春別背斜と海岸背斜冠部には石油が胚胎しており, 春別地域と知津狩地域では古くから採掘され, またその他でも探鉱が行われ, 最近では冲積層下におけるこれら背斜の延長部も注目されつゝある。

断層は, 詳細な調査の行われている春別地域(石油採油地)で, 小規模なものが認められるのみで, その他の所ではほとんど認められず, 認められる2, 3の断層も, 重要な意味をもつものではない。

II.2 更新統

II.2.1 獅子内層

獅子内層は, その分布が明らかでなく, 確実に本層と認められるものは, 獅子内東部の比較的狭い地域に限られている [ 以下の [注] 参照 ] 。 好露出地に恵まれないが, 獅子内墓地附近の崖およびそれより約 700 m 東方の砂利採集場の崖に典型的に露われる。

[注]
獅子内層の分布が, 獅子内東部に限られていて, 西部(海側)に分布しないことは, 本層が海成層であることを考えると, 不思議である。 東部には知津狩段丘と高岡段丘とがあって, その面の下の砂層の一部は本層であることが充分考えられるが, 決定的な証拠がないので, 段丘堆積物として一括した。

本層は主として, 淘汰の良好な, 半凝固ないし未凝固の砂からなり, 礫質部を少なからず含んでいる。 砂中には石英粒(時に 3~4 mm に及ぶ)が顕著である。 砂層の礫は, 完全に円磨された先第三系の珪岩・砂岩・チャート・粘板岩などと, 第三系の流紋岩などからなり, 材木沢層のものとほとんど変わらない。 また, 材木沢層起源の泥岩や含礫シルト岩を礫としてブロック状に含み, 一見偽礫状にみえる部分がある [ 以下の [注] 参照 ] 。 一般に, 著しく「偽層」に富み, 堆積異状や「面なし断層」も観察され, 瀕海性の堆積物であることを物語っている。

[注]
材木沢層の礫岩にも, これと一見同様の現象があるが, しかし注意して観察すると, 材木沢層のものは真の「偽礫」であって, 本層のものは, 材木沢層起源の「礫」であることがわかる。

本層と直下位の材木沢層とは, 堆積環境が同じ(瀕海性)であり, 前者がその大部分の物質の供給を後者に仰いでいるため, 岩質もきわめて似通っている。 したがって, 両者の区別が所によってはきわめて困難である。 僅かに材木沢層に顕著な雲母粒が本層にはあまり見られないことや, 本層の方が酸化鉄により赤味を帯びていることなどによって, 辛うじて区別されるにすぎない。 しかし, この両者の関係は, 明らかに傾斜不整合であって, その関係は, 前記墓地附近の崖で観察される。 そこでは, 50°内外の傾斜をもつ材木沢層の細礫岩を, 獅子内層の中~細礫岩が, 15~20°の傾斜で覆っているのが認められる。 たゞし, その境界はあまり明らかではなく, 偽層の一種と見誤り易く, したがってこの崖全体を獅子内層と見誤るおそれがある。

本層の傾斜は, 偽層が著しいため, 正確な所は明らかではないが, 模式地墓地裏の崖やその東方の崖では 15~20°, 大沢附近でも 8~15°南東へ傾斜しており, その走向は, 大体において, 新第三系のそれと調和的である。

本層は, 獅子内化石動物群と称せられる介化石を多産するが, その産地は, 雁皮沢の沢口から約 400 m の南岸の小崖およびその附近の沢底の露出に限られている。 すでに報告 16), 17) されたものは, 第 3 表の通りで, いずれも同じ産地からのものである(長尾 17) , 大炊御門 16) より筆者編集)。

第 3 表 獅子内層産出化石表

Fossils from the Shishinai Formation
[注]
報告者をあらわす記号を化石種の行頭に示した :
N は長尾(文献 17)が報告したもの
O は大炊御門(文献 16)が報告したもの
K は筆者の採集したもの
PELECYPODA [ 二枚貝化石 ]
N O K Acila (Truncacila) insignis (GOULD)
O K Arca boucardi JOUSSEAME = A. kobetiana PILSBRY
N K Pseudogramatodon obliquatus (YOKOYAMA)
N Anadara bronghtoni (SCHRENCK) = A. inflata (REEVE)
N O K Glycymeris yessoensis (SOWERBY)
O Crenella yokoyamai NOMURA
N O K Mytilus grayanus DUNKER
N M. edulis (LINNÉ)
N O Chlamys (Chlamys) swiftii (BERNARDI)
N O Ch. (Ch. ) nipponensis akazara KURODA
N O K Patinopecten yessoensis (JAY)
N O Limatula subauriculata (MONTAGU)
K Anomya sp.
N Ostrea gigas THUNBERG
N O. rosacea DESHAYES
O Venericardia (Miodontiscus) prolongata nakamurai (Y0KOYAMA)
N O K V. (Cyclocardia) ferruginea CLESSIN
O Corbicula sp. (immature of C. nipponensis ?)
N Joannisiella cumingi (HANLEY)
O K Felaniella usta (GOULD)
N Diplodonta gouldi (YOKOYAMA)
N Lucinoma "annulatum (REEVE)"
O Pillucina pisidium (DUNKER)
O Mysella oblongata (YOKOYAMA)
O M. japonica (YOKOYAMA)
N Fulvia mutica (REEVE)
O K Clinocardium californiense (DESHAYES)
N O K Callista brevisiphonata (CONRAD)
N C. chinensis (HOLTEN)
N O K Saxidomus purpuratus (SOWERBY)
N Cyclina "sinensis (GMELIN)"
K Mercenaria stimpsoni (GOULD)
O K Protothaca staminea (CONRAD)
K Callithaca adamsi (REEVE)
O K ? Tapes (Ruditapes)variegata(SOWERBY) = ? Venerupis(Amygdala) japonica (DASHAYES)
O Mactra sp. (immature of M. carneopicta PILSBRY ?)
N O K Spisula (Mactromeris) voyi (GABB)
N O Soletellina (Nuttallia) olivacea (JAY)
N O K Psammocola californica (CONRAD) =Psamobia kazusensis (YOKOYAMA)
N Schizothaerus keenae KURODA et HABE.
N O K Macoma incongrua (v. MARTENS)
O M. nipponica TOKUNAGA
N M. tokyoensis MAKIYAMA
O Fabulina nitidula (DUNKER)
O K Cadella lubrica (GOULD) = Cadella salmonea (CARPENTER)
N O Anisocorbula venusta (GOULD)
O Hiatella orientalis (YOKOYAMA)
O Mya truncata LINNÉ
O K M. arenaria japonica JAY
N Panope japonica A. ADAMS
O K Cryptomya sp.
O K Entodesma truncatissima (PILSBRY) =E. navicula A. ADAMS & REEVE
O K Myodora fluctuosa GOULD
GASTROPODA [ 腹足類化石 ]
N O Puncturella (Puncturella) nobilis (A. ADAMS)
O K Notoacmea schrenckii (LISCHKE)
O K N. pygmaea (DUNKER)
O "Patelloida" sp.
N O K Acmaea pallida (GOULD)
O Lirularia pygmaea (YOKOYAMA)
O "Margarites" sp.
O Solariella sp.
N O K Calliostoma multiliratum (SOWERBY) = C. shinagawense TOKUNAGA
K Trochidae gen. & sp. indet.
O "Ganesa" sp. = Leptothyra sp. ?
O K Leptothyra amussitata (GOULD)
N L. purpurescens (DUNKER)
O Lacuna inornata (YOKOYAMA)
O "Cingula" sp. No. 1
O "Cingula" sp. No. 2
O Alvania concinna A. ADAMS
O A. maya (YOKOYAMA)
O Caecum sp.
O "Cerithiopsis" sp.
O K Seila crassicincta (YOKOYAMA)
O Triphora sp.
O Leucotina dianae (A. ADAMS)
O "Menestho" (Menestho) exaratissima (DALL & BARTSCH)
O "Menestho" (odetta) sp.
K Odostomya ? sp.
O Polinices (Lunatia) pallidus BRODERIP & SOWERBY
K P. ? sp.
O Natica (Tectonatica) clausa BRODERIP & SOWERBY
N K N. "janthostoma DESHAYES"
K ? Trophonopsis beringi DALL
O K Trophonopsis (Boreotrophon) sp.
O K ? Cerastostoma (Ocenebra) aduncum (SOWERBY)
N Fusinus cf. nodosoplicatus DUNKER
N Neptunea arthritica (BERNARDI)
O K Mitrella burchardi (DUNKER)
O K Searlesia fuscolabiata (SMITH)
N O K Nassarius japonicus (A. ADAMS) = N. doninulus (TAPPARONE & CANEFRI)
O Haedropleura fukuchiana (YOKOYAMA)
O K ? Cythara (Mangelia) deshayesii (DUNKER)
O K Ringicula sp.
O "Retusa" sp.
K Gen. & sp. indet.
OTHERS [ その他の化石 ]
O Terebratalia coreanica (ADAMS & REEVE)
K Balanus sp.
K Echinarachnis ? sp.
K Bryozoa gen. & sp. indet.

今回の調査で, 新たに追加すべき属種は, 次の数種である。 すなわち Mercenaria stimpsoni (GOULD), Callithaca adamsi (REEVE), Peronidea lubrica (GOULD), Odostomya ? sp., Polinices ? sp., Trophonopsis beringi (DALL), Gen. et sp. indet. 2種。

大炊御門によれば, 獅子内層堆積当時は, 現在の日本海(石狩沖)と大差ない水温下にあったとされている。

同じ産地から高柳洋吉 18) は, 次のような有孔虫化石を報告した。 Eggerella advena (CUSHMAN), Quinqueloculina costata d'ORBIGNY, Q. vulgaris d'ORBIGNY, Guttulina pacifica (CUSHMAN & OZAWA), Pseudopolimorphina sp., Nonion japonica ASANO, Pseudononion japonicum ASANO, Elphidium adenum (CUSHMAN), E. incertum clavatum CUSHMAN, E. jenseni (CUSHMAN), E. kushiroense ASANO, Buliminellu elegantissima (d'ORBIGNY), Entosolenia laevigata (REUSS), Discopulivinulina bradyi (CUSHAN), D. cf. nitida (WILLIAMSON), D. orbicularis (TERGUEM), Eponides frigidus (CUSHMAN), Rotalia cf. beccarii (LINNAEUS), Cibicides lobatulus (WALKER & JACOB)

高柳は, これら有孔虫化石から, 本層は北海道における代表的な海成旧洪積層釧路層よりも, やゝ寒冷な海況に堆積したであろうと推論している。

獅子内層は北海道の海成旧洪積層の代表的なものの一つとされているが, 旧洪積世である証拠は意外に乏しく, おそらく, 地層が傾斜していること, 海成層であること, 段丘面を構成せず, 中位段丘群におゝわれていることなどから, 汎北海道的な視野で, かゝる対比が行われたものと思われる。 今回の調査でも中位段丘のうち, 聚富段丘には確実に切られているが, 地蔵沢段丘との直接の関係は判明しなかった。 その化石内容からみれば, 旧洪積世としても後期に属するものであろう。

II.2.2 伊達山層

本層の模式地は, 東隣当別図幅伊達山附近 [ 以下の [注] 参照 ] である。 本図幅地においては, 材木沢附近に僅かにあらわれているにすぎないが, 岩質上, 模式地のそれの西方延長部と考えられる。 主として灰色~青灰色の粘土およびシルトからなり, 砂・礫を挾有し, 一般に分級がよく行われている。 粘土層のなかには, 所によって植物化石の破片をおびただしく含むが, 鑑定不可能である。 模式地と同様, 本地域でもほとんど水平に堆積している。 本層は, その岩質から非海成層(おそらく湖沼性堆積物)と思われる。

[注]
当別図幅 13) においてはとくに地層名をつけなかったが, 段丘堆積層の下位層とし「… 当別市街の北東伊達山の主体をなす地層で, 未凝固の砂・礫・粘土層からなり, 粘土層がやゝ卓越する。 …」と記載されているものがそれである。 北海道大学石井次郎によって伊達山粘土層(M,S.)と称されている。

伊達山層と獅子内層との関係はいまだ断言し難いが, 獅子内層が大沢附近では, その上部に粘土層を介在するようになり傾斜も水平に近くなること, 伊達山層も本地域では, 模式地のそれより砂礫層を多く介在することなどから, おそらく本層は, 獅子内層の上部と同時異相, ないし獅子内層の上に整合的に累重する関係にあると思われる。

これとは別に, 聚富南方にも当別層を不整合に覆い, 段丘堆積層に不整合に覆われて, 伊達山層に類似した堆積物が小区域を占めて分布している。 粘土層を主とする部分は, 第 5 図の通り伊達山層に似て, それよりいっそう細かい互層を示し, 湖沼性堆積物を思わせる。 しかし, この地域のものは, 側方へたちまち偽層に富む砂礫層に変化し, 層相がきわめて不安定である。 一応, 岩質の類似性から伊達山層に対比し, 地質図上では同一に彩色したが, 旧洪積世のものであるという証拠はない。

第 5 図 聚富南方の伊達山層 ? (Loc. は第 1 図参照, 凡例は第 7 図参照)

II.2.3 段丘堆積層

石狩段丘は, 段丘面が保存されているかぎり, 多少とも堆積物を有する。 つまり, 各段丘面は(削剝面ではなくて), おのおのの堆積物の堆積面である。 しかしながら, 各段丘面下の堆積物が, すべてその段丘形成期の産物であるか否かについては疑問がある。 すなわち, ある段丘の堆積物が, より高位(前期)の段丘堆積物をすっかり削りつくした後に堆積したものであるかどうかは, 今回の調査では断言し難い。 また獅子内層に関しても, それが当別高岡面, および石狩高岡面下に保存されている可能性がないとはいえない (前記両面の下には, 比較的獅子内層に類似した海成砂層が存在し, その一部は, 獅子内層とも考えられることはすでに述べた)。 しかし, これらの関係を厳密に規定することはできないので, 便宜的ではあるが, 一つの段丘面下の堆積物を一括して彩色し, かつ記載しておく。

石狩段丘は, いわゆる海岸段丘であるが, それが厳密な意味で「海成段丘」であるか否かは, 堆積物の内容からある程度明らかにすることができる。 すなわち, 中位段丘群(地蔵沢段丘と聚富段丘)は, 堆積物の大部分が非海成の砂・礫・粘土層, あるいは基盤第三系から直接由来した2次堆積層からなり, 陸上の堆積物であるから, この段丘はおそらく, 現在の氾濫原と似た環境のもとで形成されたと思われる。 それに反して, 低位段丘群(知津狩段丘と高岡段丘)においては, その堆積物のうち, 少なくとも下部はいずれも海成の砂礫層からなり, この点では海成段丘ととなえられるべきものである。 しかしその上部においては, 陸側の面(当別高岡面および石狩高岡面)にのみ, 非海成の粘土層および2次堆積層が存在する。 したがって地形面の最終的な形は, 海が後退した後, 陸上で形成されたものと思われる。

本地域の段丘堆積層は, すべて新洪積世に属する [ 以下の [注] 参照 ] 。 近年, 北海道各地で段丘および段丘堆積層の研究が行われ, また日高山脈における氷期の研究に基づいて, 全道的な段丘の編年が試みられているが 19), 20) , それによると, 北海道のいわゆる「中位段丘」は第3氷期(ポロシリ氷期)に, 「低位段丘」は第4氷期および後氷期(トッタベツ氷期ⅠとⅡ)に, それぞれ対比されている。 本地域の低位段丘群はいわゆる「低位段丘」に, 中位段丘群は「中位段丘」に対応するものであるから, 前記の対比がほぼあてはまるであろう。

[注]
長尾巧 3) は, 石狩段丘のうち嶺泊面と石狩高岡面の形成を, 冲積期と考えているが, 他地域と対比する場合, 洪積世末と考えた方が合理的である。

第 6 図 地蔵沢面の堆積物(大沢上流 ; Loc. 162, 第 1 図参照, 凡例は第 7 図参照)

地蔵沢段丘堆積層 : 本図幅地域の最高位を占める地蔵沢段丘は, その表面の保存が地蔵沢以北では著しく悪く, 堆積物もほとんど欠除しているか, もしくは移動して2次堆積物となっている。 地蔵沢~材木沢間では, 比較的保存が良好であるが, そこでは, 第 6 図に示すように, 35 cm 内外の粘土層を挾む分級不良の礫層が, 基盤を不整合に覆っており, この粘土層の挾みは, ある程度追跡することができる。 礫層は, さらにシルト~粘土層に覆われているが, これは, 厚さの変化が著しく, 2次的堆積物の疑いが濃い。 層厚は 4~7 m 以上。 下部の礫層は非海成層(おそらくは氾濫原堆積物)と思われる。

第 7 図 雁皮沢面の堆積物(Loc. は第 1 図参照)

第 8 図 聚富面の堆積物

聚富段丘堆積層 : 聚富段丘を構成する3つの面, すなわち雁皮沢面・聚富面および堀頭面に対応して, それぞれ層相, 層厚の異なる堆積を行っている。 もっとも高位の 雁皮沢面の堆積物 は, またもっとも厚く, かつ安定した発達をみせており, 比較的分級のすゝんだ, 礫層から砂層を経て粘土層に至るサイクルが, 少なくとも2回, 所によっては4回繰り返されている(第 7 図)。 粘土層は所により腐植質で, 腐植土ないし泥炭土が形成されており, サイクルの間に堆積間隙の存在したことを物語っている。 厚さは 10~14 m 以上。 下限不明のところが多く, とくに材木沢層や獅子内層の上にのる部分では, 不整合面の観察できる所がなく, したがって最下位のサイクルの下部は, 獅子内層か材本沢層の粘土化した部分が含まれている疑いがある。 これに反して 聚富面の堆積物 は, 発達が著しく悪く, 層相が不安定である。 部分的にやゝ厚い砂礫層が下位にあり(下部層), その上には, 当別層とよく似た岩相の含礫の細砂ないしシルトが重なり(上部層), 時には雑然とした礫層に変化することがある(第 8 図)。 この上部層は, 当別層の2次堆積によるものと思われる。 厚さ 4~7 m で, 厚い所では下部に砂礫層が発達している。 堀頭面の堆積物 はさらに不安定であって, 主として当別層の2次堆積と思われる微細砂ないしシルトからなる。 当別層との境界附近では, 礫層がなければ不整合面がほとんど認められず, かすかに並ぶ礫の存在で, 辛うじてそれと識別されるほど, 当別層によく似ている。 下部に礫を含む砂層の発達している所があり, 望来附近の海岸寄りの部分に多い。 これは, まれに砂鉄を含み, また偽層が発達し, 風化面が赤味を帯びているなど, 海成層を思わせるものである。 望来~嶺泊間の海岸近くの堆積物は, 割合に安定していて, 一般に下部は礫層を不規則に挾む微細砂・シルト・粘土の互層, 上部は粘土層からなり, 5~6 m の厚さを示す。 本沢附近の望来川北岸には, 下部に赤色の砂層が発達している。 層厚は 3~11 m 以上で, 変化に富むが, 全般的にはきわめてうすく, 厚いところには常に下部の砂礫層が発達する。

聚富段丘堆積層を大観すると, 堀頭面の下に部分的に認められる海成層らしいものを除くと, すべて陸成の堆積物と思われる。 ほゞ同時形成の面と思われる雁皮沢面と聚富面との間で, 著しい堆積相の変化がみられることが注目される。

第 9 図 望来南方海岸における嶺泊面の堆積物(高さをやゝ誇張してある)

第 10 図 当別高岡面の堆積物

知津狩段丘堆積層 : 知津狩段丘は, それを構成する2つの面に対応して, 堆積物の内容を若干異にしている。 海岸沿いの 嶺泊面の堆積物 は, 20 m 内外の標高の不整合面で基盤を覆い, 下部は礫層から, 上部は含礫の砂層からなり, 風化面は茶褐色を帯びている。 偽層に富み, またまれに砂鉄を含有し, 典型的な海成層で, おそらく現在の海浜と同様の環境で堆積したものであろう。 最上部は 2 m 内外の暗褐黒色の, 腐植質ないし泥炭質の砂壌土からなり, これは, 下の砂礫層の土壌化産物および2次堆積層と思われる(第 9 図参照)。 厚さは 5~8 m である。 この堆積層は厚田図幅地域で, 低位(海岸)段丘堆積層としたものに連続する。 当別高岡面の堆積物 は, 下部 1~2 m の間は嶺泊面と同様の, 風化して赤褐色を呈する砂礫層からなり, 偽層を有し, 所により砂鉄を含む海成堆積物であるが, その上部に, 4~5 m の粘土を主とし, 砂礫を含むやゝ厚い非海成堆積物を有する(第 10 図)。 上下の境界附近に, 堆積の間隙(不整合を思わせる), 腐植土ないし泥炭土が存在する。 上部粘土層のなかには, 25~50 cm の白色磨砂質の凝灰岩を挾み, これは割に普遍的に追跡することが可能である。 下部の砂礫層は, 嶺泊面の堆積層に対比されるものと思われる [ 以下の [注] 参照 ] 。 また上部層は, 後述する石狩高岡面上部層と, ほゞ同様の岩質を示し, 当別高岡面形成後に堆積(凝灰岩も従ってその時期に)した2次堆積層の疑いがある。 南端部獅子内附近では, 上部の粘土層を欠き, ほとんど海成の砂礫層のみからなり, そこでは厚さ 5~6 m に達する。

[注]
獅子内層のなごりである疑いもないわけではない。

高岡段丘堆積層 : 高岡段丘, すなわち 石狩高岡面の堆積物 は, 低地帯との境の段丘崖によくあらわれている。 下部は, 6~8 m 以上の, やゝ厚い, 未凝固, 粗~細粒, 石英粒の顕著な含礫砂層からなる。 礫層が介在するが, 連続性はない。 砂はよく分級されており, 風化して黄褐色を呈し, まれに砂鉄に富む部分があり, また小規模の偽層が観察されるので, これは海成層と思われる。 含礫砂層の上に 2~3 m の粘土層が存在するが, これは陸成のものである。 知津狩川に臨む崖の露出では, 上部層のなかに厚さ約 20 cm の白色の凝灰岩が存在し, 当別高岡面のそれとよく似ている。 この凝灰岩のみでなく, 本層の堆積状況全体が(厚さを度外視すると)知津狩段丘のうち, 当別高岡面の堆積物とよく似ている。 それで, 当別高岡面と石狩高岡面とは時代を異にして形成されたが, その後に, 凝灰岩を含む粘土層が共通に堆積したとも考えられる。

その他の段丘堆積物 : この地域においては, 石狩段丘(海岸段丘)の美麗な発達に較べて, 河岸段丘の発達はきわめて悪い。

望来川流域では, 望来から厚田に至る新道の切割り(本沢附近)で, 山地周辺部に 6~7 m のシルト・粘土の互層が見られる。 また正利冠川流域でも, 処々数 m の, 当別層とほとんど区別のつかない, 粘土混りの砂層がみられる。 これらは, 高さの点から, 嶺泊面より新しい洪積層で, おそらく河岸段丘の堆積物と考えられる。 しかし, 段丘面はほとんど残っていない。

石狩高岡と知津狩川との間には, 高岡段丘をさらに 3 m 内外刻んだ河岸段丘が, 狭く帯状(50 m 内外)をなして, 比較的明瞭にみられる。 堆積物としては下部 2~3 m は分級をうけない礫層, その上 60~100 cm には粘土層がある。

材木沢~大沢附近の山地周辺に, 当別図幅地域から連続する当別川沿岸の, 河岸段丘堆積物と思われる砂礫層が存在するが, 段丘の形は失われていて, 雁皮沢面との区別がつかない。

太美二十線(南北の道路)が材木沢−獅子内間のバス道路とぶつかる所に, 大きな段丘崖がある(約 20 m)。 その堆積物は, 下限は不明であるが礫 - 砂~シルト - 粘土のサイクルの, 2回の繰り返しからなっており, 上下のサイクルの間に腐植質の粘土を挾んでいる。 その上の平坦面の標高から, 一応この面を当別高岡面の延長と考えたが, 堆積物はむしろ雁皮沢面のそれと似ており, しかもはるかに厚いものである。 いまのところ, この堆積物の所属は不明といわねばならない。

II.3 現世統

本図幅地域における現世統(広義の冲積層)は, 大部分が低地帯の堆積物であり, それは, 海浜堆積物・砂丘堆積物・泥炭地堆積物の3つにわけられる。 そのほかに各河川の沿岸に氾濫原堆積物(狭義の冲積層)があり, また段丘上には, 2次堆積物として匍行堆積物がある。

各説にはいる前に, 石狩低地帯の地史について, 概略を述べておく。

冲積世初葉の海進によって, 現在石狩低地帯と呼ばれる全域は, 浅海~瀕海域となった。 この水域に向かって, 各河川からの物質が運搬されてそこに堆積し, 埋積作用がおこなわれた。 それと同時に, 若干の隆起運動により, 冲積世初葉の末期には [ 以下の [注] 参照 ] , 現在の紅葉山附近まで汀線が後退し, ある期間停滞した。 それゆえ, そこに紅葉山砂丘が形成され, その内陸部は沼沢地化し, 泥炭の生育をみた。 これに対し, 外側(汀線附近の海域)には, 潮流により砂堆が海岸線に平行して, 波状に形成されつつあった。 その後, 陸地の数 m に及ぶ急激な上昇によって, 汀線はさらに現在の海岸線附近まで後退した。 そのために, 紅葉山の前面には砂質の平行堤列平野が出現し, 現在では本地域の南西部の波状地形に, そのなごりをとゞめている。 それとほゞ同時期に, 海底である程度形成されていた砂堆が, 海面に顔を出し, 現在の石狩砂丘の基礎となった 20) 。 その後の潮流や偏向風によって, 砂丘は成長を続け, 現在みられるような, 高さ 10 m に達するものに発展したのである。

[注]
いわゆる縄文期の末期

さらに, いままで繰り返されたと同じような現象が, 現在の石狩湾の海底にみられることは, よりよくこの海岸平野の生成を明らかにしている。

II.3.1 海浜堆積物

紅葉山砂丘と石狩(海岸)砂丘との間(花畔低地)に広く分布する砂層であって, 花畔砂壌土 [ 以下の [注] 参照 ] と呼ばれている。 この名称は, 表層附近にみられる堆積物について, 名づけられたものである。

[注]
札幌図幅 21) で命名されたもので, 砂壌土あるいは砂からなる。 この名称は土性をあらわす意味をも含めており, 土壌調査で一般に用いる名前を採用したものである。

この砂層は, その名の示すように, 表層部は風化されて砂質ローム [ 以下の [注] 参照 ] (砂壌土)からなるが, 下部は漸移的に細粒砂となり, 現在の海岸でみられるものと類似している。 新川(札幌・銭函図幅地域にまたがる)沿いにこの砂層の粒度組成をみると, 内陸側に粗く, 海岸側に近づくほど細かくなっている。 また, 花畔市街地から樽川に向かう粒度組成をみると第 4 表のようであり, 65 mesh と 100 mesh との間に粒度の境界がみられ, これを基準にとると, 北東側の方が粗く, 南西樽川から銭函図幅地域に向かって細かくなる傾向がみられる。

[注]
砂(< 2 mm)中の粘土(< 0.01 mm)含有量により区分された名称。 粘土含有量が 12.5~25 % であるもの。

第 4 表 花畔~樽川附近における海浜堆積物の粒度組成 (調査者 : 北海道大学 北川芳男)

(花畔) (樽川六線) (札幌~銭函図幅地域内)
Mesh ↓ / Loc. → 1 2 3 4 * 5 6 7 8 9 10
28 0.1 0.16 0.18 3.52 0.04 0.14 0.05 0.06 0.27 0.70
48 5.23 3.03 3.92 5.02 2.44 2.85 4.00 1.94 1.43 5.27
65 52.92 43.03 58.85 51.78 53.32 38.37 28.13 8.99 14.85 22.25
100 37.92 46.78 31.71 30.90 38.89 54.23 59.53 78.67 71.36 47.21
200 3.50 4.41 3.91 2.98 3.53 4.18 6.45 8.07 9.80 13.65
< 200 0.66 0.87 0.58 2.16 1.33 0.79 1.64 1.33 1.27 7.78
* 地点 4 の粒度組成は他地点と比べて異常であり, 分級が悪い。 これは, 地点 4 が小砂丘(砂堤)にあたっているためである。

砂層の構成物質は, おもに岩石片と造岩鉱物片とである。 岩石片は, チャート・頁岩・安山岩などで, その量比には部分的な差がみられる。 造岩鉱物としては, 斜長石がその大部分を占め, 次いで石英が多く, 有色鉱物としては, 緑色角閃石・普通輝石・紫蘇輝石などが含まれている。

また, この砂層の上部には, 部分的に沼鉄鉱の沈積がみられ, 石狩八幡町から大曲附近に顕著である。

II.3.2 砂丘堆積物

紅葉山砂丘砂層 : 紅葉山砂丘 [ 札幌図幅 2) 参照 ] を構成する, 砂および砂礫層について与えられた名称である。

砂丘の構成砂は, 細粒で, しかも等粒であることが特徴的で, 砂粒はかなり円磨されている。 色は黄褐色~白灰色である。

この砂層の下部には, 砂丘の分布に一致して礫層がある。 この礫層は, 札幌図幅地域内の新川の切り割でよく観察される。 礫の種類は, おもに普通輝石紫蘇輝石安山岩である。 そのほか, 珪岩・石英粗面岩質凝灰岩・頁岩なども多少含まれている。

石狩砂丘砂 : 現在の海岸に発達する石狩砂丘の構成員に与えた名称である。 石狩砂丘砂は, その一部には海浜環境によって, 堆積したものもあるようであるが, 表層の大部分は風成堆積物とみなされる。 しかし, 厳密にそれを区分することは困難である。

第 5 表 石狩砂丘砂と現海浜砂の粒度組成 (調査者 : 北海道大学 北川芳男)

Mesh ↓ / Loc. → 砂丘(9.8 m 三角点) 海浜 汀線附近
28 0.28 0.47 0.34
48 10.99 30.59 10.86
65 27.59 35.12 77.37
100 51.04 24.05 9.46
200 8.40 3.50 1.18
< 200 1.09 0.33 0.28

石狩町附近において, 汀線附近の砂から, 石狩砂丘に向かっての粒度組成をみると. 第 5 表のとおりである。 これからもわかるように, 粒度においても, 汀線附近のものと砂丘構成砂には差異がみられる。 また, 1 g 中の磁性鉱物を比較すると, 以下のようになり, 現汀線附近のものは, 明らかに異なっている。

汀線 23 mg / g
海浜 122 mg / g
砂丘の上 167 mg / g

また, さきに述べた紅葉山砂丘砂と比較すると, きわめて類似した粒度曲線を示している。 しかし, 田上政敏 1) は, 石狩砂丘砂が紅葉山砂丘のそれよりも, 粒度において粗であることを指摘している。

II.3.3 泥炭地堆積物

本図幅地域の泥炭は, 太美附近から美登位附近にかけ, 丘陵縁辺から石狩川北東岸にわたって広く分布する。

通常, 泥炭地を構成する泥炭は, 構成植物によって, 低位泥炭・中間泥炭・高位泥炭の3つに区分されるが, 本地域には, 低位および高位の2つしか分布していない。

第 11 図 低位泥炭柱状図

低位泥炭 : 各地に発達する泥炭地の周辺部にみられ, 本図幅地域においても, 広く分布している。 構成植物は, おもにヨシまたは樹木からなる泥炭で, 本地域においては 2 m 内外の厚さをもっている。 石狩太美の十九線南五号における低位泥炭の柱状断面図(第 11 図 [ 北海道農業試験場の調査による ] )をみると, おもにヨシ, それに附随してスゲ・ミヅカシワなどからなっている。

こゝで注意すべきことは, 表層に近く, 3 cm 内外の, ごく薄い火山灰層が存在していることである。 この火山灰は灰白色を示し, 冲積世最新期の火山活動の産物とみられ, おそらく, 樽前火山に関係するものと考えられる。

第 12 図 高位泥炭柱状図

高位泥炭 : 高位泥炭は, 泥炭形成最後の段階の産物であり, 一般に泥炭地の中央部から周辺部に向かって形成発達する。 したがって, 分布は泥炭地原野の中央部にかぎられている。 構成植物は, おもにミヅゴケからなり, ホロムイスゲ・ツルゴケを伴なっているものもある。 太美二十一線南三号附近(第 12 図 A)では, 高位泥炭の厚さは 3 m に達し, その下位に低位泥炭があることが認められている。 また, 生振の十二線北六号(第 12 図の B)では, 表層から 2.9 m の高位泥炭がみられ, その下位には, 花畔砂壌土と思われる砂層が存在する。

本地域の泥炭層は, 厚いところでは 5 m 以上に達し, これから逆に年代を推定 [ 以下の [注] 参照 ] すると, 約 5,000 年前から, この地域は泥炭堆積地であったことがわかる。

[注]
北海道の泥炭は 1 cm 堆積するのに 10 年かゝるといわれている。

II.3.4 氾濫原堆積物および現河川堆積物

低地帯における石狩川および当別川沿岸, 山地における望来川・知津狩川などの沿岸の, 各河川の冲積作用による堆積物である。

低地帯のものは, 札幌図幌 21) において, 石狩川沿岸植土(石狩川水系)および 新篠津植土(当別川水系)とされている冲積植土の延長であって, いずれも粘土を混えた肥沃な土壌である。

山地の各河川沿いのいわゆる冲積層は, その厚さは 10 m を超すことはほとんどなく, 大部分では, 川底に基盤が露出している。 望来川下流では, 厚さ 3~4 m で, 基盤附近はおびたゞしい量の流木を含む礫層から, 中部は細礫層を混えた砂層から, 上部はシルト~粘土層からなっている。 礫の大部分は, いわゆる硬質頁岩からなる。 望来川はこの冲積層を深く刻んで流れていることは, すでに指摘されている 9) ことである。 この傾向は正利冠川・知津狩川の下流部にもあてはまるものであり, 注目すべきであろう。

II.3.5 匍行堆積物

段丘面の境界の大部分は, 冲積面との境界を別として, いずれもはっきりした段丘崖をつくらず, なだらかな傾斜面を経て, 低位の面に移り変わっている。 そのもっとも著しい所は, 聚富南麓の聚富面と嶺泊面との境界である。 この部分を匍行堆積物として彩色した。 これは一種の麓屑堆積物である。 構成物質は, 礫・砂・粘土の分級されない混合物であり, 細砂の大部分は, 当別層のシルト質砂岩と, 区別のつかないものである。 嶺泊面の海成砂層の上を厚く覆い, そのまゝ連続して聚富面の上をも覆っている。 この傾向は, 程度の差こそあれ, 各段丘の「汀線」附近にみられる。 このほか, 段丘堆積層が, 2次的に移動してできた堆積物は各段丘, とくに地蔵沢段丘の地蔵沢以北の部分 (地質図に段丘堆積物を欠いている所)に顕著に存在するが, すべて省略した。

III. 応用地質

III.1 石油

古くから石狩油田 15), 22) といわれている地域は, 東限を青山断層 14) (当別断層)に, 西限を日本海に, 北限を先第三系および火成岩類(北厚田層群 6) )に境され, 石狩・厚田・当別・月形図幅にまたがる広い地域である。 南限は石狩低地帯によって, 地表にあらわれている部分は境されているが, 冲積層下に, なお, 同油田地域の延長が札幌図幅地域にまで延びている。 この(広義の)石狩油田は, さらに海岸背斜(知津狩背斜あるいは厚田背斜)軸部の厚田油田, 俊別背斜(発足背斜あるいは石狩背斜)軸部の石狩油田(狭義の), および中小屋半ドーム(中小屋背斜あるいは中小屋地膨)の油徴地の3つに分けられる。 これらのうち, 現在採油されている地域は, すべて本図幅地域に含まれる。

石狩油田(狭義の。 以下同じ)および厚田油田は, 明治初期から開発され, なかでも石狩油田は, 北海道における現在までの総産油量の半ば以上を占める, 重要な油田である(第 13 図 23) 参照)。

第 13 図 北海道における年度別原油産出量 23)

第 6 表 年度別産油量表 (北海道石油鉱業の現状と将来(文献 23)による)。 表の項目「北海道合計」の値は, 北海道の稚内・声間・増幌・目梨・北豊富・石狩・厚田・振老・軽舞の9油田の合計

年度(会計年度) 石狩油田(kl) 厚田油田(kl) 北海道合計(kl)
1903 明治 36 336 336
04 37 396 396
05 38 670 670
06 39 471 471
07 40 390 476
08 41 366 433
09 42 305 355
10 43 281 301
11 44 197 216
12 45 1,122 1,151
13 大正 2 691 701
14 3 862 877
15 4 1,485 1,495
16 5 1,167 1,181
17 6 979 986
18 7 959 965
19 8 914 931
20 9 880 887
21 10 1,023 1,176
22 11 1,130 1,176
23 12 2,340 2,625
24 13 3,540 3,937
25 14 6,184 6,761
26 15 6,751 8,423
27 昭和 2 8,075 12,038
28 3 9,727 15,146
29 4 10,271 15,265
30 5 9,848 17,047
31 6 8,814 ? 18,573
32 7 7,284 129 16,178
33 8 5,979 209 14,272
34 9 5,338 193 13,897
35 10 4,651 165 12,591
36 11 4,171 145 11,264
37 12 3,171 147 10,749
38 13 3,585 133 9,756
39 14 3,264 172 9,305
40 15 2,998 329 8,792
41 16 2,743 350 8,298
42 17 2,589 270 7,524
43 18 2,515 259 6,754
44 19 2,379 220 5,853
45 20 2,047 192 4,822
46 21 1,584 139 4,037
47 22 1,579 151 4,153
48 23 1,524 153 3,607
49 24 1,924 158 3,925
50 25 1,785 163 3,927
51 26 1,736 155 3,780
52 27 1,732 155 3,722
53 28 1,847 142 3,762
合計 146,599 4,141 286,404

III.1.1 石狩油田(石狩鉱山)

位置 : 石狩国石狩郡石狩町字高岡。 五ノ沢から俊別(5万分の1地形図では春別)にかけて, 直距離約 4 km の山間に位置する。

沿革 : 本地域は, 慶応元年(1865 年)頃からすでに発見され, 明治 12 年(1879 年)頃から 22 年(1889 年)頃まで, 手掘によって, 試掘および少量の採油を行っていた。 その後, 米国インターナショナル石油会社が, 本地域の開発にあたり, 明治 36 年(1903 年)に高岡五ノ沢に行った機械掘(綱式)による試掘第1号井は, 地表下 178 m で噴油し, 一時は日産 1.8 kl に達し, 年間 336 kl の原油を産出した [ 以下の [注] 参照 ] 。 これは, 北海道における石油鉱業の端緒を開くに至ったものである。 同社は 17 坑さく井したがあまり振わず, 明治 44 年(1911 年)に, 同社の改組によって日本石油の所有となった。 その後大正末期から急激に産油量が上昇し(この間昭和 2 年にロータリー方式採用), 昭和 4 年(1929 年)の全盛時には, 遂に産油量 10,000 kl / 年を突破するに至った。 しかし, その後は産油量が年々減退し, こゝ数年間は 1,800 kl / 年内外となっている。 なお, 昭和 17 年(1942 年), 石油鉱山部門の統一によって, 帝国石油に統合され, 現在に至っている(第 13 図および第 6 表参照)。

[注]
小林儀一郎 15) によれば同井は地下 1,072 尺(325 m)で最大日産 250 石(45 kl), 年産 2,110 石(約 380 kl)である。

地質および構造 : 俊別背斜は, この地区で N 10~15°E の走向をもち, 南へ緩やかに沈降し, 軸部に望来層(硬質頁岩層)を露出させている。 その構造は, 両翼とも 10~20°の対称背斜で, 走向方向に俊別~八の沢間で波状部(ドーム構造)が認められ, 優秀井の 85 % はこの部分に位置する。 層序は, 地表より 400 m 内外が望来層で, 以下 750 m 内外までが盤の沢層, 以下は厚田層である。 主要な油層は, 深度 200~500 m で, 望来層・盤の沢層にまたがっており(一部は厚田層にもある), なかんずく, 盤の沢層が主要な油層とみなされている。 ちなみに, 地質学上, 望来層は帽岩および油槽岩, 盤の沢層は油槽岩, 厚田層および発足層は母岩といわれている。

油田現況 [ 以下の [注] 参照 ] : 総産油面積 1.43 km2, 総坑井数 243, 坑井当り平均日産量 1.12 kl, 総産油量 149,355 kl(1954 年現在), 平均坑井当り総産油量 614.63 kl。

[注]
石油資源開発株式会社札幌鉱業所の資料による。

原油性状 [ 以下の [注] 参照 ] : 色相緑黒色, 比重 0.775~0.875, 粘度(レッドウッド秒)30℃ で 29.2, 50℃ で 28.2, 凝固点 −30℃ 以下。 分溜性状は初溜 98℃, 10 % 127℃, 20 % 136℃, 30 % 158℃, 40 % 181℃, 50 % 217℃, 60 % 246℃, 70 % 276℃。 硫黄分 0.07 %, パラフィン分 1.0 %, 残溜炭素 0.62 %, タール分 11.0 %, 泥水分 0.3 %。 なお本油田の産出ガスには, プロパン以上の重炭化水素を多く含む。 これを冷却, 圧縮の工程を経てガソリン年産 240 kl 内外を生産している。

[注]
主として文献 23 により, 一部は石油資源開発株式会社札幌鉱業所の資料による。

III.1.2 厚田油田(厚田鉱山)

位置 : 厚田郡厚田村字知津狩。 知津狩川河口附近の海浜に位置する。

沿革 : この地域の石油も, すでに明治以前に発見され, 明治 4~5 年(1870 年)頃には, 小規模の採掘が行われていたらしい。 明治 21 年(1888 年)から, 北海道石油組合によって, 手掘りによる試掘が行われ, 同 37 年頃(1904 年), インターナショナル石油によって, 機械掘りによる試掘が行われたが, ともに失敗した。 昭和 6 年(1931 年)に至り, 日本石油でロータリー式による試掘で産油をみ, 以後少量づゝ採油して現在に至っている。 その間, 明治 37 年(1904 年)以後の所属は, 石狩油田と同様の経過を辿っている。

地質および構造 : 海岸背斜軸直近 [ 以下の [注] 参照 ] の東翼にあたっている。 背斜西翼は海中にあるため不明。 東翼は採油地附近で約 20°の傾斜を示している。 地表から 50 m 内外は望来層。 以下は盤の沢層と推定されている。 含油層は, この両層の処々にある。 なお, 本地域の海上 100~200 m の所に, かなりの量の石油が浮游していることが, 古くから知られている。

[注]
いままで, 海岸背斜軸は, 海岸からやゝはなれた海中にあると思われていたが, 最近の坑井の資料では, ほとんど海岸沿いにあると考えられている。 さらに軸附近に一つの凹部があり, 複背斜構造が推定されているが, 詳細は未だ明らかでない。

油田現況 : 総産油面積 61,800 m2(可採面積 36,900 m2), 総坑井数 14, 総産油量 3,998,14 kl, 平均坑井当り総産油量 285,58 kl。

III.1.3 その他の油徴地および試掘井

現在採油地となっている俊別・知津狩両地域以外にも, 処々に油徴があり, また試掘が行われている。 本図幅地域のみでも, 海岸背斜地域では, 望来層の夾み(砂質部および凝灰質部), および当別層の下部に油徴がかすかに見られ, 試掘は, 北から嶺泊(図幅地域より僅かに北)において2本(明治 37 年および昭和 2 年), 嶺泊~望来間(大正 13 年), 望来~知津狩間(大正 15 年)などがなされている。 俊別背斜軸部でも, 俊別地区以外に, 地蔵沢に2本(明治 37 年および大正 14 年), 高岡に2本(明治 35 年および同 36 年), その他(記録のないものがある)が試掘されている(いずれも成功せず)。 最近では, 物理探査によって, 低地帯における海岸背斜および俊別背斜の延長部が注目されつつあり, 前者に関しては, 現在(昭和 32 年), 茨戸北方 1,700 m の地点に 2,500 m の試掘井が掘られている。

III.2 砂鉄(含チタン砂鉄)

海岸段丘下の海岸の砂浜中, 処々に比較的チタン含有率の高い砂鉄が賦存するが 24) , このうち, 望来川河口北部にやゝ濃集した部分がある。 濃集部は幅 1.5 m, 延長 45 m, 厚さの平均 0.15 m(最大 0.25 m)程度である。 原砂は着磁率約 35 % で, 分析結果は次のようである(分析者 : 北海道支所 伊藤聰)。

Fe % TiO2 % Cr2O3 % SiO2 % 比重
39.19 13.44 0.47 16.60 3.9

品位は良好であるが, 鉱量が少ないために, 経済的価値はあまり期待できないであろう。

III.3 地下水

本地域の冲積層地帯の地下水の水質は一般に悪く, 望来川流域, とくに河口附近の望来市街地では, 古くから深刻な飲用水不足に悩んでいた。 この原因は, 冲積層の発達がきわめて貧弱であるうえ, 基盤の望来層および当別層下部の岩質が, いずれも不透水性のものばかりで帯水層がないこと, また, 望来川の河川勾配がきわめて緩やかでほとんど流れず, 河水に腐植質物・硫化水素・鉄分などを多く含んでいることなどである。 最近(1953 年), 同市街地から約 4 km 弱上流, 小沢の沢口の地下水を水源地とする水道によって, この問題を解決した。 水源の地下水は, この附近としては例外的に水質がよく, 水量も豊富であるが, これは, 当別層下部の粗鬆な凝灰岩薄層(おそらく K1)の異常に膨れた部分(普通数 10 cm であるが, こゝでは 3 m 以上となっている)を帯水層としているためである。

(附) 低地帯の地下水

低地帯の地下水について, 興味ある事実が報告されている。

石狩太美の附近では, 昔から被圧地下水が知られており, かなりの深さの掘抜井戸(25~30 間の深さ)であっても自噴している。 この附近の地下水は温度が高く, また, そのなかには相当の塩分が含まれている。 1951 年冬季の調査 [ 以下の [注] 参照 ] によると, 太美駅附近で 20℃ 以上を示している。 温度分布(第 14 図)は太美駅を中心にして, 周辺に向かって低下する。 また, 塩分(Cl)の分布は第 15 図に示すように, 美登江附近では 1,000 mg / l に達し, 太美駅附近では 500 mg / l となり, この温度分布と塩分分布とは必ずしも一致していないことが注目される。

[注]
北大理学部 福富孝治・藤木忠美(地球物理)および北川芳男(地質)の調査による。 なお, 温度分布, 塩分含有量の図は同氏らの未発表資料によった。 こゝに深く謝意を表する。

第 14 図 石狩太美附近の地下水温度分布図(数字は摂氏度数)

第 15 図 石狩太美附近の井戸水の塩素量分布図(数字は mg / l をあらわす)

III.4 その他

石狩低地帯は, 平原天然ガス田として近年注目され 26), 27) [ 以下の [注] 参照 ] , その将来を嘱望されているところであるが, この地域に関しては, 現在のところほとんどなにも判っていない。

[注]
文献 26, 27 には, いわゆるガス徴地として本地域の低地帯が含められているが, 記載はほとんど皆無で, 将来の調査が期待される。

泥炭は, これまで農家の冬季の副業として, あるいは自家用として採掘され, 燃料に用いられて来たが, その規模は論ずるに足りない。 今回の調査期間中は, 美登位北方, 十線北六号附近で, やゝ大規模に採掘が行われ, また処々で, 土地改良の副産物として泥炭が産出されていた。

材木沢層および獅子内層の礫が, 砂利として小規模に利用されている。 また, 土木工事用として, 海浜堆積物の砂層が採掘されている。

文献

1) 田上政敏 :
北海道の海岸地形について(Ⅲ), 地理教育,Vol. 14,No. 3, 1931
2) 卜部圭一 :
石狩町附近の地質に就て(手記), 北海道大学卒論, 1934
3) 長尾巧 :
札幌苫小牧低地帯(石狩低地帯), 矢部教授還暦記念論文集(Ⅱ), 1940
4) 中野尊正 :
日本の平野, 古今書院, 1956
5) 湊正雄 :
北海道の第四紀に関する諸問題, 科学,Vol. 25,No. 3, 1955
6) 対馬坤六・垣見俊弘・植村武 :
5万分の1地質図幅「厚田」,および同説明書, 地質調査所, 1956
7) 小笠原義勝 :
北海道襟裳岬附近の海岸段丘, 地質学雑誌,Vol. 48,No. 571, 1941
8) 猪木幸男・垣見俊弘 :
5万分の1地質図幅「襟裳岬」,および同説明書, 地質調査所, 1956
9) 中野尊正・吉川虎雄 :
地形調査法, 古今書院, 1951
10) 大立目謙一郎 :
石狩油田産 Calyptogena 属化石について, 地質学雑誌,Vol. 49,No. 590, p. 197, 1942
11) 小林勇・垣見俊弘・植村武・秦光男 :
5万分の1地質図幅「滝川」,および同説明書, 北海道開発庁, 1957
12) 対馬坤六・山口昇一 :
5万分の1地質図幅「留萠」,および同説明書, 地質調査所, 1954
13) 垣見俊弘・植村武 :
5万分の1地質図幅「当別」,および同説明書, 地質調査所, 1957
14) 垣見俊弘・植村武 :
5万分の1地質図幅「月形」,および同説明書, 地質調査所, (未刊)
15) 小林儀一郎 :
石狩国石狩油田調査報文, 鉱物調査報告,No. 9, 1912
16) Oinomikado,T. :
Molluscan Fossils from the Pleistocene Deposit of Sisinai in Tōbetu-mura Isikari-gun,Hokkaidō., Jour. Geol. Soc. Japan, Vol. 44,No. 529, 1937
17) 長尾巧 :
北海道に於ける後瀬棚期の海成化石層, 地質学雑誌,Vol. 41,No. 487, 1934
18) 高柳洋吉 :
釧路層の有孔虫化石群について, 地質学雑誌,Vol. 59,No. 691, 1953
19) 湊正雄 :
北海道の第四紀に関する諸問題,科学,Vol. 25,No. 3, 1955
20) 中野尊正 :
日本海岸低地地形に関する若千の問題, 駿台史学,No. 2, 1952
21) 小山内熙・杉本良也・北川芳男 :
5万分の1地質図幅「札幌」,および同説明書, 北海道地下資源調査所, 1956
22) 伊木常誠 :
明治 44 年度鉱物調査の概要(石狩国石狩油田), 鉱物調査報告,No. 7, 1912
23) 北海道石油鉱業振興会(編) :
北海道石油鉱業の現況と将来, 1955
24) 北海道支所探鉱課 :
北海道のチタン資源 -- 第1報 --. 地質調査所報告,No. 165, 1955
25) 山口久之助 :
石狩支庁管内厚田郡厚田村地下水調査報告, 北海道地下資源調査報告,No. 13, 1954
26) 兼子勝 :
本邦天然ガス鉱床の地質学的研究, 地質調査所報告,No. 169, 1956
27) 地質調査所(編) :
日本鉱産誌,BV - b,主として燃料となる鉱石 -- 石油および可燃性天然ガス -- , p. 283~288, 地質調査所, 1957

EXPLANATORY TEXT OF THE GEOLOGICAL MAP OF JAPAN Scale 1 : 50,000

ISHIKARI

Sapporo, No. 12

By TOSHIHIRO KAKIMI (Written in 1957)


Abstract

GEOLOGY

The area mapped is located in the northern adjacent area of the sheet-map of "Sapporo", in which the city of Sapporo, the metropolis of Hokkaidō, is situated.

Geologically, the northeastern hilly land belongs to a part of the so-called Kabato mountainland, and the southwestern lowland to the Ishikari plain (Ishikari depression). The river Ishikari, one of the great rivers in Japan, pours itself into the Sea of Japan (Ishikari bay) through the town Ishikari.

NEOGENE TERTIARY

Neogene Tertiary is divided into 3 conformable formations ; the Mōrai, Tōbetsu and Zaimokuzawa formations in ascending order.

Tectonically, these formations are controlled by a simple great open-folded structure which forms the Ishikari oil field. The Kaigan anticline, Shumbetsu anticline and Masarikappu syncline, running parallel to each other from north to south, are the main components of the above-mentioned structure.

Mōrai formation : The Moral formation occupies the lowest part of the stratigraphic succession in the mapped area, and it occurs along the Kaigan and Shumbetsu anticlinal axes. It consists mainly of clearly stratified mudstone associated with several thin layers of tuff. Big marly nodules, of which diameter reaches to 3 m or more, are contained in every part of this formation. In the sea-cliff near Mōrai, many molluscan fossils are contained (refer to Table 1 in the Japanese Text). The thickness of the formation ranges from 250 m at the Kaigan anticline to 600 m at the Shumbetsu anticline.

The Mōrai formation corresponds lithologically and paleontologically to the Wakkanai formation (younger Miocene) or to the so-called "Hard Shale" horizon in the classic stratigraphy of Hokkaidō.

Tōbetsu formation : The Neogene Tertiary of the mapped area is constructed mostly of the Tōbetsu formation. The lower part of the formation is more or less composed of muddy facies, namely with diatomaceous siltstone near the Kaigan anticline and with poorly stratified mudstone near the Shumbetsu anticline. It is the transitional facies between the Mōrai formation and the upper main part of the Tōbetsu formation (refer the Figs. 3 and 4 in the Japanese Text). The upper main part of the formation consists mainly of comparatively monotonous, massive, fine- to very fine-grained sandstone, turning yellowish grey to brownish grey colour on the weathered surface. Thinly layered tuff and tuff-breccia of more or less acidic properties, are intercalated in several horizons, and some of them are traceable locally as key beds (especially K1-K4). Fossils obtained from this formation are shown in the Table 2 in the Japanese Text. The thickness of this formation is 700~900 m or more.

Zaimokuzawa formation : It is the uppermost formation of the Neogene Tertiary not merely in the present area, but in the whole southern part of Kabato mountainland. The formation consists of the alternation of conglomerate, sandstone and siltstone, and shows partly cross-laminations which represent a littoral facies. The conglomerate contains well rounded pebbles of pre-Tertiary clayslate, siliceous rocks, red chert, vein quartz, etc. and Tertiary rhyolite. Among them, the last one is most predominant. Sandstone is brown in colour, micaceous and quartzose, and coarse- to medium-grained. Fossils contained in this formation are preserved only as casts, so that, the most of their specific names are indeterminable. They are shown on in the Japanese Text of 「II.1.3 材木沢層」. The thickness of the formation is more than 450 m.

PLEISTOCENE

The Pleistocene occurred in this area has two main divisions, namely, older and younger Pleistocene. The former consists of the marine Shishinai formation and non-marine Dateyama formation, and the latter forms several terrace deposits.

The Shishinai formation is one of the most typical sediments of the marine dilluvial deposits in Hokkaidō. It is composed of loosely solidified, sorted sand and gravel, showing cross-lamination. It contains many kinds of marine molluscs and foraminifera, which are shown in the Table 3 and the last part of 「II.2.1 獅子内層」 of the Japanese Text. The composition of the Shishinai fauna reveals that the water temperature in the depositional time of the Shishinai formation was approximately similar with that of the present time in this area (Ishikari bay).

The Dateyama formation consists of thinly alternated sand, gravel and clay. Among them, clay is most predominant. Fragmental plant remains are abundantly contained in it, therefore, the formation is supposed to be non-marine (probably lacustrine deposits). Judging from the stratigraphic relation, the Dateyama formation is presumed to be the transferred facies of the Shishinai formation or the sediments which lie conformably over the Shishinai formation.

In this area, several stepped terrace planes are preserved, and they are called, as a whole, Ishikari terrace. They belong to the lower and middle of 3 terrace groups which are generally recognized throughout in Hokkaidō. Their topographic and stratigraphic relations are given in Table 1. It is noteworthy that each plane of the Ishikari terrace is slightly elevated at such plane in which the anticlinal axis composed of the basal Neogene sediments runs through.

Table 1

Terrace Terrace plane Height (m) Sediment Thickness (m)
Ishikari terrace Lower terrace group Takaoka terrace Ishikari-takaoka plane 18~25 Non-marine clay 2~3
Marine sand 6~8
Shiratsukari terrace Minedomari plane 25~35 Marine sand, gravel 5~8
Tobetsu-takaoka plane 25~50 Non-marine clay 4~5
Marine sand 1~2
Middle terrace group Shippu terrace Horigashira plane 55 Non-marine silt 3~5
Marine sand (part) 0~8
Shippu plane 60~75 Non-marine sand, gravel
Marine ? sand (part)
Gampi-zawa plane 70~84~50 Non-marine gravel, sand, clay 10~14+
Jizo-zawa terrace Jizo-zawa plane 70~100~65 Non-marine gravel 4~7
(Higher terrace group) (Pre-Jizo-zawa plane) 110+ (lost) -

RECENT

The alluvial plain of this area, constructing the Ishikari plain (Ishikari depression), is divided geologically into two parts ; the one is the area characterized by many ranges of sand banks which consist of sand or sandy loam, the other is the marshy or boggy low-land which is composed of various kinds of peaty materials. The Momijiyama fossil sand-dune separates the former from the latter, and it runs through parallel to the recent coast. Along the coast line, recent Ishikari sand-dune is well developed, but is rather small in scale as compared with the Momijiyama sand-dune. Flood plain deposits are developed along each river, especially along the river Ishikari.

ECONOMIC GEOLOGY

Petroleum

Since the beginning of this century (1903), oil has been exploited in this area, under the name of "Ishikari Oil Field" which is one of the notable oil fields in Hokkaidō. This is composed of 2 separated areas, namely the Ishikari oil field (in the narrow sense) situated on the Shumbetsu anticline and the Atsuta oil field on the Kaigan anticline. Both of them have the same geological conditions ; the Mōral formation is presumed to be the "cap rock", and the Ban'nosawa formation (non-exposed) to be the "oil reservoir".

As shown in Table 6 and Fig. 13 in the Japanese Text, yearly outputs of these oil fields have gradually fallen since 1929, and the actual production is now limited to more or less than 1,800 kl. per year.

Very recently, according to the progress of the gravitational prospecting, the Shumbetsu and Kaigan anticlines have been extensively traced under the Ishikari plain, and a great test boring has been carried out.


昭和 33 年 7 月 25 日印刷
昭和 33 年 7 月 31 日発行
著作権所有 工業技術院 地質調査所