04003_1956
5万分の1地質図幅説明書
(札幌 第 3 号)
通商産業技官 対馬坤六
通商産業技官 垣見俊弘
通商産業技官 植村武
地質調査所
昭和 31 年
目次 I. 地形 II. 地質 II.1 概説 II.2 南厚田層群(新第三系) II.2.1 発足層 II.2.2 厚田層 II.2.3 盤ノ沢層 II.2.4 望来層 II.2.5 当別層 II.2.6 他地域との対比 II.3 北厚田層群(新第三系) II.3.1 左股層 II.3.2 安瀬集塊岩層 II.3.3 毘砂別熔岩および集塊岩層 II.4 第四系 II.4.1 海岸段丘堆積層 II.4.2 河岸段丘堆積層 II.4.3 冲積層 II.5 地質構造 III. 応用地質 III.1 石油 III.2 金属鉱床 III.3 含チタン砂鉄 III.4 地下水 III.5 地辷り 文献 Abstract
1 : 50,000 地質図幅説明書 (昭和 30 年稿)
(札幌 第 3 号)
この図幅の野外調査は, 昭和 28 年 8 月から 10 月まで, 延 100 日余にわたって行われた。 垣見は主として厚田川流域以北を, 植村は古潭川流域以南を分担し, 対馬はこれを総括的に調査した。
野外調査中, ルートマップおよび空中写真によって, 5万分の1地形図の誤りが2, 3発見されたが, 特に補正は加えなかった (しかし, 厚田川の支流左股沢中流附近の誤りは, 読図上の理解を困難にするので, 下にルートマップをかゝげておく [ 第 1 図 ] 。 両者比較のうえ, 読図されたい)。
この調査中, 重要な問題の2, 3については, 北海道大学湊正雄教授の指導をうけた。 また介化石鑑定の大部分は同大学魚住悟・松井愈両学士に, 有孔虫鑑定は東北大学浅野清教授によった。
厚田図幅地域は, 札幌市の北方約 30~40 km 附近に位置し, その西海岸は石狩湾(日本海)に臨んで, 小樽市と相対している。
本地域の地形は, 図幅地域の中央を流れる厚田川を挟んで南北両地域に分かれて, それぞれ特徴をもっている。 すなわち, 北半部の火山岩地帯は, 標高 654.0 m の安瀬山を中心とする 開析の進んだ壮年期の険峻な地形を呈するのに対して, 南半部の堆積岩地帯は, 平坦化作用の進んだ 200 m 以下の低い丘陵地を形成している。 両者の対照は5万分の1地形図によっても一目瞭然であり, 両地形の遷移は野外でも明らかに観察される。
海岸線は単調な直線状を呈しているが, 汀線の背後は南北両地域とも断崖絶壁を呈している。 南半部では, 海岸段丘下の波蝕崖と海岸線との間に狭い幅で砂浜が発達し, 歩行可能であるが, 北半部の滝ノ沢から濃昼川にかけては, 波蝕崖が海岸線から直接聳え立っていて, 海岸線の歩行は不可能である。
おもな河川はすべてほゞ北東から南西へ流れ, 日本海に注ぐ。 厚田川のほかはいずれも水量は多くない。 特に古潭川・望来川流域においては水質が悪いので, 附近の住民は深刻な水不足に悩まされている。
本地域内で自動車の通れる道路は, 厚田市街地から望来を経て石狩町に至るものと, 発足を経て東隣図幅内の月形町に至るものとだけである。 その他の交通はきわめて不便で, 特に厚田川以北では, 道路は皆無の状態である。
本地域の地質は, すべて新第三系および第四系からなる。 層序は第 2 図の通りである。
この地域は, 北海道の地質区分上独特の単元をなす「樺戸山地」の南西部を占める。 「樺戸山地」の北西部には, 新第三紀および第四紀の火山岩が分布し, それをとりかこむように, 新生代堆積岩が発達しているが, この図幅地域は, ちょうどその両地帯の遷移部に相当する。
新第三系のうち, 南半部の堆積岩を主とする地層群を南厚田層群と称し, 北半部の火山岩を主とする地層群を北厚田層群と称する。
南厚田層群は上下を通じて整合一連の地層であり, おもに岩相によって, 下位から 発足 ・厚田・盤ノ沢・ 望来 ・当別の5層に区分される。 各層から海棲化石を産し, すべてが海成堆積物である。 その古生物群(第 2 表参照)から, 南厚田層群は留萠図幅 1) の北見統に対比することができる。
北厚田層群は下位から, 熔岩と泥岩を主とする左股層, 集塊岩を主とする 安瀬 集塊岩層, および熔岩と集塊岩の累層からなる 毘砂別 熔岩・集塊岩層の3つに区分される。 本層群の火山岩はすべて安山岩質で, 安瀬集塊岩層の全部と 左股層中の熔岩の大部分とは輝石安山岩であり, 左股層の一部と この地域の毘砂別熔岩および集塊岩層の大部分とは角閃石安山岩である。 北厚田層群は南厚田層群のうち, 発足層中部から望来層下部にわたる部分と同時異相的関係にある。 すなわち北厚田層群は, 稚内期 [ 以下の [注] 参照 ] の火山活動の代表的なものということができる。
本図幅地域南半部では, 南厚田層群堆積の全期間を通じて, 堆積中心が西ないし南西方へ移動し, したがって相対的な東ないし北東方の隆起があったと思われる。 これとは別に, 当別層堆積後は, 曲隆を主とする上昇運動が行われ, 現在見られるようなゆるやかな大構造が完成した。
第四紀にはいると, 平坦化作用と上昇運動とが交互に行われ, 地域南部では3段の海岸段丘が, 厚田川には数段の河岸段丘が形成された。
しかし本地域の北半部では, 海岸段丘は極小部分を占めるにすぎず, この地域は第三紀末からほとんど平坦化されずに上昇をくりかえし, その上昇量も, 南部にくらべてかなり著しかったようである。
本層は隣接図幅内でいわゆる古生層「隈根尻層」を不整合に覆うが [ 以下の [注] 参照 ] , 本図幅地域では, 火山岩地帯に近い北半部に比較的上部のみが分布し, 模式地(月形図幅内)の発足層とは岩相をやゝ異にしている。
図幅地域内の本層は砂岩を主とし, 泥岩を従とする不規則な互層である。 砂岩は一般に緑色を帯び, 硬く, 粒度は細粒から粗粒までさまざまであり, 処々に礫を散点するいわゆる含礫砂岩・含礫泥岩と称すべきものも少なくない。 この含礫砂岩・含礫泥岩の礫は, 径 2~3 cm 以下のものが普通であり, よく円磨された古生層の粘板岩・珪岩・チャート・玢岩等からなり, 稀ではあるが, 安山岩の円礫もみいだされる。 このほかに, 典型的な礫岩も処々に厚さ 1~2 m の薄層として挾まれ, そのなかには古生層起源とは思われない泥岩の亜角礫がみいだされることがある。 これら礫を含む部分はいずれも連続性に乏しく, 側方に長く追跡することはできない。
集塊岩や凝灰角礫岩も処々に挾まれるが, その層準は一定していない。 角礫の内容は北厚田層群中の火山岩とほゞ同質の安山岩で, 同層群に示される火山活動の先駆をなすものであろう。
層厚はきわめて変化に富み, 最も厚いところでは 500 m 以上を算する。 たゞし前述したように, 本地域内には本層の上部のみが分布している。
本層はこの地域のみでは, 化石の産出はきわめて稀であり, 発足部落西方の本層最上部含礫砂岩中から, Patinopecten yessoensis (JAY) , Cardium spp. (Clinocardium type) , Buccinum sp. 等を産するのみである。 しかし, 本地域のわずか東方の厚田川流域には, 多くの介化石を産する(第 2 表参照)。
本地域の発足層を同層の模式地である厚田川上流・出戸股沢等 (いずれも月形図幅地内)に分布するものと比較すると, 著しい差異がみられる。 その主要な点は, 本地域では模式地にくらべて, ① 砂岩の量をます, ② 砂岩・泥岩ともに著しく硬度をまし, 特に砂岩は新第三系としては珍らしいほどの硬さをもち, 一般に緑色を帯びている, ③ 一般により凝灰質であり, 凝灰岩や集塊岩の含有率もかなり多い, ④ 化石をほとんど産しない, 等であり, これらの差異は, 火成活動をより強く蒙ったことにより説明できるようである。
本層は厚田川の中・下流に発達している。 下位の発足層とは整合で, 発足層は砂岩・泥岩の互層を経て本層に漸移するが, その砂岩部のなくなったところに便宜上の境界をおく。
本層は灰色ないし灰黒色の泥岩およびシルト岩からなる厚層で, 一般に層理面はよくわからないが, 遠望すれば成層状態が明らかに認められる。 一部は板状層理を示している所もあり, また風化すれば帯褐色(赤錆色)を呈する点等は, 他地域のいわゆる「硬質頁岩」層, 本地域の望来層によく似ている。
基底から約 1/3 のところ(厚田川流域)に, 凝灰質の海緑石を含む厚さ約 3.5 m 内外の砂岩層が1層あり, その他に凝灰岩の薄層(5~10 cm)を処々に挾むが, これらの夾みはいずれも鍵層にはなり得ない。 またいたる所に泥灰質の薄層および団球・団塊を含み, 団塊は径 3 m 以上に及ぶものも稀でない。
厚田市街から北方の安瀬海岸附近では, 本層はきわめて凝灰質となり, 石英含有浮石質砂岩・凝灰岩の薄層を頻繁に挾むが, 泥岩そのものは板状の層理をよく示し, 典型的な「硬質頁岩」の様相をおびている。
層厚は厚田川流域で少なくとも 650 m 以上, 西海岸ではそれ以上に及ぶが, 古潭川流域ではやゝ薄くなり, さらに図幅地域外の望来川流域では急激に薄化して, 260 m 前後を示すにすぎない。 後述する北厚田層群の一部とは同時異相的関係にあるが, 著しい本層の膨縮状態を検討してみると, 下位の発足層および上位の盤ノ沢層とも, 一部は同時異相的関係にあるようである。
本層中の介化石は, Adulomya, Thyasira, Solemya, Calyptogena を含む化石帯が1枚あるほかは, 散点的である。 鑑定できたものは第 1 表のとおりである。
このほか本層には上下を通じて, 有孔虫・Sagarites・魚鱗の化石をいたるところに産する。 このうち有孔虫は東北大学浅野清教授によって, 下記のように鑑定された。
標本がわずかなので量的なことはいえないが, これだけをもってしても中新世を指示することは間違いがないといわれる。
また, 西海岸, ポロナイ川沢口附近の本層からは, 泥灰質団球のなかに Callianassa muratai NAGAO を多産する (鑑定 : 東北大学, 今泉力蔵)。
これらの化石を棲息深度 [ 以下の [注] 参照 ] の点から検討してみると, 深海~外洋種3, 半深海~深海種5, 浅海~深海種5, 浅海種3で, 圧倒的に深海種が多く, 岩質をも併せ考慮すれば 本層は半深海(100~600 m)程度の深度の堆積物と考えられる。
また厚田市街附近の本層中からは, しばしば濶葉樹の葉の化石を産する。
本層は古潭川中流および下流, 望来川中流地域に分布する。 下位の厚田層との関係は整合漸移である。
本層はいわゆる緑色砂岩で [ 以下の [注] 参照 ] , やゝ軟質, 無層理の灰緑色ないし青灰色, 細粒ないし微粒砂岩を主とし, 泥岩およびシルト岩を挾む。 泥岩は中部および下部にやゝ多い。
本層はしばしば泥灰質団球を含み, またいわゆる「 白粒 」 [ 以下の [注] 参照 ] を有し, 一部に玉葱状構造もみられ, きわめて稀に古期岩類の細礫を散点する。 風化面はやゝ帯黄色を呈する。
本層の砂岩には顕微鏡下で 0.1 mm 内外の海緑石粒が点々とみられ, これが本層の緑色を呈する原因と考えられる。
層厚は厚田層とは反対に西方へ激減し, 西海岸では 100 m にみたないが, 望来川中流においては 350 m 以上を算する。 本層の一部は厚田層と同時異相的関係にあると考えられる。
本層上部からは下記の化石が発見された。 これらのうち, Macoma tokyoensis MAKIYAMA のみは本層のいたる所の団球中に含まれる。 その他の種はいずれも稀に産するのみである。
本層は古潭~嶺泊間の海岸と望来川中流の間に露出する。 下位の盤ノ沢層とは整合関係をもって漸移する。
本層はいわゆる「硬質頁岩」層で, 軟質の泥岩を挾む。 やゝ硬質の泥岩質シルト岩および泥岩が, 特有の単調な板状の層理を示すが, 所により無層理の部分もある。 本層は全層的に泥灰質の薄層および団球を多く含み, 団球の径は 2~3 m に及ぶものも稀ではない。 また浮石質凝灰岩の薄層(10~80 cm)を数枚(海岸では4枚)含み, そのほかに 5 cm 内外の白色凝灰岩の薄層を数枚挾有する。 本層の泥岩は灰色ないし暗灰色で, 風化面は褐色(赤錆色)を呈する。
層厚は海岸で約 230 m, 望来川中流で約 250 m 内外である。
化石は処々に Sagarites sp. を産し, また海岸で Dentalium sp. を採集したほか, 本地域内では発見されなかった。 しかし, 本地域南縁から数 km 南方の望来附近の本層からは, 次のような化石を多産する。
本層は岩質および化石内容から検討すれば, 厚田層とほゞ同様の半深海程度の堆積物と考えられる。
本層は望来川下流および嶺泊沢地域に分布する。 下位の望来層との関係は整合で, その漸移部は嶺泊沢中流でよく観察される。
本層は帯黄灰色ないし帯褐灰色の無層理, 軟質, 粗鬆の凝灰質シルト岩ないし砂岩からなり, 層理面の検出が困難である。 このなかには稀に泥灰岩団球が含まれ, また上部には, しばしば黒雲母片が含まれる。
化石は本地域では発見されず, わずかに南方の望来~嶺泊間の海岸で, 次の3種を得たにすぎない。
この地域は, これまでに多くの人々 2), 3), 4) [ 以下の [注] 参照 ] によって調査されているが, 北海道の標準地域と対比する際には, どの調査者も, 望来層を本地域における「硬質頁岩」相と認めたうえで 加茂川層(= 稚内階)に対比し, その下位の3層を川端層に, 上位の当別層を追分層に対比していた。
今回の調査において採集した化石(第 1 表参照)をみると, 南厚田層群は必ずしも上述のようには対比できないように思われる。 すなわち, 全体的にみて, 本層群中の化石群には新しい要素が非常に多い(種名のわかった二枚介のうち, 約 50 % は現棲種である)こと, そしてそれらの要素は発足層からすでにみられることが注目される。
これを細部にわたって検討すると, 発足層の動物群には, 川端統の少なくとも下部(滝ノ上層あるいはその相当層)の要素はほとんどなく, 一方留萠地方の峠下層 5), 6) [ 以下の [注] 参照 ] とは若干の共通種があるが, そのなかでも Patinopecten yessoensis (JAY) の産出はもっとも注目される。 発足層の岩質をも考慮すれば, 本層が峠下層に対比されることはほゞ確実であると考えられる。
次に重要なのは, いままで望来層からのみ報告されていた Calyptogena pacifica DALL が, 厚田層からも多産することである。 このことと, 厚田層の岩相を考慮すれば, 本層は望来層と同様に, 増毛層に対比されることは確実である。
さらにまた, 第 2 表をみると, 上部層の化石はほとんど下部層から連続して産出し, はっきりした群帯(Faunenzone)の認められない [ 以下の [注1] 参照 ] ことに気がつく。 このことは, 発足層から当別層までが 1つの大きな堆積輪廻のなかにはいるべきものであることを裏書きしている。 換言すれば, 南厚田層群は全体として北見統 [ 以下の [注2] 参照 ] に対比されるべきであると考える。
以上のような観点から, 本地域の層序を留萠地方 8) と対比すれば, 第 3 表のようになる。 参考のために月形地方 9) の層序との対比もおこなってみた。
本層は安山岩質の熔岩を主とし, 凝灰岩・集塊岩・凝灰質砂岩等を挾有する黒色泥岩を伴なう。 熔岩の一部は集塊岩質となっている。 本層は発足層の比較的上部および厚田層下部と同時異相的関係にあり, 発足層との境界は, 便宜上, 熔岩が初めて顕著に出現するところにおくが, その位置は層準としては一定していない。
本岩は本地域の左股層の熔岩のほとんど大部分を占める。 しかし, その構成鉱物の組み合わせは所によって変化がある。 大部分は両輝石安山岩であり, 一部は普通輝石安山岩であるが, その間に明瞭な境界をひくことはできない。
ポロナイ川・牧佐内沢・発足沢地域, および 濃昼 川と左股沢の分水嶺附近に比較的広く分布するが, そのほか各地にもみられ, 普通輝石安山岩とも入りくんでいる。
ポロナイ川・牧佐内沢・発足沢等のものは, その性質がほゞ均一で, 一般に柱状節理が発達して熔岩状を呈し, 新鮮な部分は肉眼的に黒色を示し, 石基と斑晶の区別がはっきりしない。
斑晶 : 斜長石・紫蘇輝石・普通輝石・磁鉄鉱(量の順。 以下岩石記載の場合すべて同じ)。 斜長石は曹灰長石ないし亜灰長石(An 70 内外)である。
石基 : ガラス基流晶質で一般にガラスの量が多い。 大部分長柱状の斜長石からなり, きわめて稀に単斜輝石および斜方輝石を含み, その間をガラスと微粒の磁鉄鉱が塡めている。 一部は毛氈状組織を示す。
2次的変質としては, 斑晶の周縁および石基に綠泥石化がやゝ見られる程度であるが, これは肉眼で暗綠色を呈するものに多い。
その他の地域のものは, 斑晶の組み合わせは変わらないが, 石基の構造はほとんどガラスのみのものから, 毛氈状組織のもの, あるいはほゞ完晶質のもの等, さまざまである。 また産状や外観も色々であって, 適当に類別することはできない。
左股沢を遡って最初にみられる熔岩から始まり, 左股沢中流附近にまで分布する。 その附近の泥岩中の集塊岩も同質の礫からなっている。 また, 図幅地域北東隅の右股沢中流附近にもみられる。
本岩は大部分熔岩状, 一部は集塊岩状を呈し, 肉眼的には黒色ないし暗灰色で, 両輝石安山岩質のものとよく似ている。 またしばしば暗綠ないし青綠色を呈し, 熱水変質を蒙った部分も認められる。
斑晶 : 斜長石・普通輝石・磁鉄鉱・石英。斜長石は曹灰長石(An 55 内外)である。 石英は部分的に含まれるが, 著しく融蝕されている。
石基 : 粒状の斜長石と石英とからなり, 有色鉱物はほとんど認められない。 ガラスはあるが, 一般に微珪長質に近い組織を示す。
2次的変質としては, 石基が珪化作用を蒙っているもの, また石基と普通輝石の一部が非晶質物質に変化しているものがある。
本岩は本地域北東隅から, 北隣の浜益図幅地内にかけて分布し, 層位的には本層の比較的下部を占める。 柱状節理がよく発達し熔岩状を呈するが, 一部には集塊岩質のところもある。 本岩は肉眼的に暗灰色を呈し, きわめて緻密, 堅硬であり, 角閃石の斑晶が明らかに認められる。
斑晶 : 斜長石・角閃石・普通輝石・磁鉄鉱。 斜長石は中性長石ないし曹灰長石(An 50 内外)である。 輝石はほとんど大部分綠泥石化しているが, 新鮮なものはすべて普通輝石である。
石基 : 微珪長質で, 大部分微細な粒状の石英の密集によって構成される。 ガラスはほとんどない。
左股層中のこれらの熔岩のなかには, 不規則な形をした玉髄質石英が, "poll" ないし "patch" 状に点々とかなり普遍的に観察される。 大きさは 5~10 cm 位の長径をもったものが多い。 発足沢中流には, この石英が塊状に密集した部分があって, そこには小さな石英脈も存在し, まわりの安山岩は幾分変質(綠泥石化)している。 また, 安瀬海岸に注ぐ小沢の最上流部で, 本層と上位の安瀬層との境界附近の熔岩中には, 幅 2~3 cm の黄鉄鉱脈があり, その附近は黄鉄鉱の鉱染が著しく, 母岩も変質し, かつ幾分角礫化している。 さらに, 本図幅地域北端から浜益図幅地域にかけての濃昼川本流の最上流部には, 著しく珪化がすゝんで灰白色を呈する部分があり, かつて金・銀・銅等を目的として探鉱された跡がある。 このほか, 微弱な熱水作用による変質を蒙ったと思われる所も少なくない。
本岩は灰黒色で, 概して板状の層理を示し, 一部に凝灰岩の角礫を含むことを除けば, 発足層中の泥岩と全く同様の岩相を呈する。 このなかにしばしば 緑色の堅硬な凝灰質砂岩・凝灰岩・凝灰角礫岩・集塊岩等を挾んでいる。 泥岩部は左股沢本流およびその支流に最もよく露出しているが, その堆積層準は一定せず, 地域によって異なっている。 泥岩のなかからはきわめて稀に有孔虫および魚鱗の化石を産する。
左股層の層厚は, 熔岩の構造が不明のため判然としないが, 最も厚い所では, 優に 1,000 m を突破する膨大なものであろうと思われる。
本層は安山岩質集塊岩を主とし, これに安山岩の熔岩 [ 以下の [注] 参照 ] および岩脈が処々に介在する地層である。 下位の左股層との境界は, 集塊岩が著しく卓越する部分におく。 この境界線は, 分布上からみれば不整合のような印象をうけるが, 個々の地点では下位の熔岩と互層しながら漸移する。 したがって, 本層は左股層とは一部同時異相的関係にあるということができる。
また, 本層の一部は, 安瀬海岸附近で, 凝灰岩・凝灰角礫岩・集塊岩等の互層を経て, 厚田層上部の硬質頁岩に整合的に移化する。 したがって, 本層は厚田層の中部とも同時異相的関係にある。 本層との遷移部附近の厚田層には, 凝灰質砂岩や凝灰岩の夾みがきわめて多く, また稀には泥岩中に安山岩の角礫を含むこともあり, 厚田層と本集塊岩層とが同時的な堆積を行ったことを裏書きしている。
本層は左股層と異なり, 砂岩・頁岩等の非火山性堆積物を欠き, 比較的均質, 塊状のいわゆる集塊岩 [ 以下の [注] 参照 ] のみからなり, 層理面の判定は困難である。
集塊岩を構成する本源的な礫は, きわめて特徴的な外観を呈する両輝石安山岩 [ 以下の [注] 参照 ] である。 すなわち, 肉眼的には石基が漆黒のガラス光沢を示し, やゝ多孔質で, 一見して北海道南西部のいわゆる黒松内統の集塊岩礫とよく似ている。
斑晶 : 斜長石・紫蘇輝石・普通輝石・磁鉄鉱。 斜長石は最も多く, 曹灰長石(An 60 内外)附近の性質を示す。 紫蘇輝石と普通輝石とはほゞ等量である。
石基 : ガラス基流晶質ないしガラス質。 微細な晶子の集合とガラスとからなり, はっきりした石基鉱物はほとんど認められない。
この本源的な礫のほかに, 下位のものに由来すると思われる類質および 異質の普通輝石安山岩・石英粗面岩・泥岩・砂岩等の角礫をも少なからず含んでいる。
集塊岩の基質は, 礫と同質の両輝石安山岩質の凝灰質物が多く, 一部は基質と礫の性質がほとんど同じで, 自破砕熔岩と称すべきものになっている。
本層の集塊岩は概して新鮮であるが, 本層中に噴出あるいは貫入した両輝石安山岩や同質の岩脈のなかには, 有色鉱物の幾分緑泥石化したものがある。
濃昼部落南方の海岸赤岩附近には紫蘇輝石安山岩質の岩脈がある。
斑晶 : 斜長石・紫蘇輝石・磁鉄鉱・普通輝石。 斜長石は大形で, 曹灰長石(An 60~70)附近の性質を示す。 普通輝石はきわめて稀にしか認められない。
石基 : ピロタキシチック構造。 短冊状の斜長石が毛氈状に配列し, そのほかに無数の微粒の磁鉄鉱が散点している。 ガラスはきわめて少ない。
本岩には, 2次的に輝石の周囲が綠泥石あるいは非晶質物質に変化しているものが多い。 石基の一部も綠泥石化している。
本層は主として安山岩質集塊岩(火山角礫岩)と熔岩の繰返しからなっている。 基底部附近には, 黄灰色の粗~中粒砂岩も2~3層含まれているが, いずれもきわめて凝灰質であり, 非火山性堆積物はほとんど皆無である。 また本層のなかには, 同時的貫入と思われる岩脈も少なくないが, 地質図上にはすべて省略した。
本層の模式地は, 北隣の浜益図幅内の毘砂別および 送毛 附近の海岸である。 下位の安瀬集塊岩層との関係は, 濃昼~尻苗間の海岸でよく観察され, そこでは, 安瀬集塊岩層の特徴ある黒色ガラス質安山岩礫からなる集塊岩の上に, 円礫を含んだ集塊岩を経て凝灰質砂岩が被覆しているが, その関係は整合的である。 本層と上部層との関係は本地域ではわからないが, 浜益図幅地内で, 本層は望来層に対比される 於札内 層に移化することが確められている。 したがって本層は盤ノ沢層および望来層下部との同時異相と考えられる。
毘砂別熔岩および集塊岩層は 濃昼北方より北隣浜益図幅地内の毘砂別附近まで広く分布し, その安山岩の性質はさまざまであるが, 概して下部は石英含有角閃石安山岩, 中部は両輝石安山岩, 上部は橄攪石玄武岩および橄攪石含有両輝石安山岩から構成されている。 本地域内の本層は, 地質図に色別したように2部層に細分することができるが, 毘砂別熔岩および集塊岩層全体からみれば, その下部であって, 熔岩および集塊岩の岩質は大部分が石英含有角閃石安山岩である。 しかし一部では両輝石安山岩も認められる。
石英含有角閃石安山岩 : 本岩は熔岩・集塊岩ともに, 他の安山岩と容易に区別することができる。 すなわち本岩は, 肉眼的には淡灰色・帯桃色あるいは帯紫色で, 斜長石と角閃石の斑晶が顕著であり, 粗鬆な外観を呈する。 これを顕微鏡下で観察すると次のようである。
斑晶 : 斜長石・角閃石・紫蘇輝石・普通輝石・石英・磁鉄鉱。 斜長石は中性長石ないし曹灰長石(An 50 内外)附近の性質を示す。 その他の斑晶, とくに石英は薄片によって含有量が異なり一定しない。 磁鉄鉱は稀である。 角閃石の大部分にはオパサイト縁がみられる。
石基 : ガラス基流晶質ないしガラス質。 長柱状の斜長石と斜方輝石, 短柱状の単斜輝石, 粒状の磁鉄鉱の間を多量のガラスが塡めている。 石英も稀に存在する。
本岩には部分的に輝石の全部および石基の一部が非晶質物に変化しているものがある。
両輝石安山岩 : 本岩は石英含有角閃石安山岩の集塊岩のなかに, 熔岩状あるいは集塊岩状に薄く介在している。 尻苗附近の海岸の崖において, 本岩が熔岩から集塊岩に移化するさまがよく観察される。 本岩は黒色ないし暗灰色, 緻密の外観を呈する安山岩である。
斑晶 : 斜長石・紫蘇輝石・普通輝石・石英。 斜長石は曹灰長石(An 60+)附近の性質を示す。 紫蘇輝石と普通輝石はほゞ等量であるが, 部分的には後者のほとんど認められない部分もある。 石英は稀である。
石基 : ガラス基流晶質。 長柱状の斜長石, 短柱状および粒状の斜方輝石と単斜輝石および微粒の磁鉄鉱からなり, ガラスがこれを塡めている。 一部では微細な斜長石からなる毛氈状組織を示すものがある。
毘砂別熔岩および集塊岩層は, 本地域のわずか北方の送毛附近で, かなり広範囲にわたって熱水変質を蒙っている。
尻苗部落北方の海岸に, 新しい断層によって擾乱された地帯 (むしろ地辷りの大規模なものと考えられる)があり, そのなかの集塊岩の割目に鏡鉄鉱を産する。 しかしその産出はきわめて稀である。 結晶は径 3~4 mm の板状を呈し, 暗灰色の強い金属光沢を放つ。 その成因・産状ともに, すでに報告されている増毛町歩古丹産のもの 10) と同様であろうと思われる。
本地域の第四系は, 南北両地域における基盤の第三系の差をよく反映している。 すなわち, 南半部, 主として南厚田層群の分布している地域には, 海岸段丘がほとんど全域にわたって発達しているが, 北半部, 主として北厚田層群の露出している地域にはほとんどこれをみない。 一方河岸段丘は, 北部の諸河川にはよく発達しているが, 南部には全くこれをみない。 したがって, 海岸段丘と河岸段丘とが直接する部分は, 厚田市街附近を除いてはみられないので, 両者の対比は困難であるが, 第 4 表のように対比されると考えられる。
高位海岸段丘堆積層 : 本図幅地域の南半部における厚田川と古潭川, 古潭川と望来川の分水嶺は, 219.3 m 三角点附近を除くと, いくらかの凹凸はあるが, ほゞ 100~150 m の高さを示して連続し, こゝに平坦面のあったことが容易に想像される。 この面を高位海岸段丘と称する。 堆積物は大部分削剝しつくされているので, 地質図には省略した。
北半部の山地では, これに対比される面は存在しない。
中位海岸段丘堆積層 : 本地域南半部における高位海岸段丘の前面から, ほゞ海岸の自動車道路に至るまでの幅約 1~2 km の間に, 高さ 40~80 m のわずかに傾斜した平坦面が観察される。 これを中位海岸段丘と称する。 堆積物は厚さ 3~5 m で, おもに礫とシルトからなっているが, 大部分が自然的あるいは人為的に乱されているので, 地質図上には省略した。
北半部の山地では, これとほゞ同じ高さ(60~80 m)の平坦面が, 安瀬附近の海岸に沿う狭い範囲にみられ, 堆積物は 10 m 以上に及ぶ厚い安山岩の礫層からなっている。
低位海岸段丘堆積層 : 地域南半部の海岸の自動車道路に沿い, 海岸から幅約 300~50O m にわたって, 高さ 25~35 m の平坦面がほとんど完全に保存され, その前面は波蝕崖となって海に臨んでいる。 これを低位海岸段丘と称する。
堆積物は厚田~小谷間の一部を除くほかは, 完全に保存されている。 その状態は海蝕崖の断面においてみられ, 海面から 15~20 m の高さに始まり, 5 m 内外の凹凸のある不整合面がよく観察される。 堆積物は, 4~10 m の厚さをもち, 砂・シルトおよび礫の互層からなる。 礫質の堆積物は古潭以北に多く, 砂質の部分は南方へその量比を増す。 砂質部は偽層に富み, その多くは風化面が赤味を帯びている。
これと同じ高さの面は, 厚田川以北では, 厚田市街地の附近にわずかにあるだけで地域北半部には全くみられない。
厚田川の南北両岸には段丘面が発達している。 これを詳細にみると, 4~5段の平坦面のみられるところもあるが, 普遍的には3段に大別することができる。
高位河岸段丘堆積層 : 発足部落北方山麓の 100~120 m 面, 牧佐内沢中流の 80~100 m 面等, 狭い範囲にわずかに保存され, 礫層をのせている。 後記する中位段丘面よりも, 前者は約 20 m, 後者は約 10 m 高くなっている。 なお, 発足部落の北方山麓のゆるい傾斜の部分には, 礫層の名残りが至る所にあって, 開析された平坦面の存在が推測される。
中位河岸段丘堆積層 : 厚田川両岸で, 現河床面から 7~15 m の比高をもち, 後記する低位河岸段丘よりも 3~8 m 高い平坦面があり, きわめてゆるい傾斜で山側に高さを増す。 通常厚さ 3 m 内外の礫層があり, 河岸には基盤が露出している。
濃昼川初め厚田川より北方の沢では, 開析されてはいるが, 上記の面に対比されるものが部分的に残っている。 堆積物は概して厚く, 10 m 以上の礫層からなる所もある。
さらに, 上記の面よりは数 m 高く, 河床面から約 15~25 m の比高を持つ平坦面が, 主として厚田川の北岸のみに分布する。 場所によっては前者との境が不明瞭になっている。 堆積物は一般に厚くて, 5~8 m が普通であり, 発足北方では 10 m 以上に及ぶ処もあり, そこでは礫層の上に炭質物を含んだシルトを挾む砂礫層が, 5~10 層位の小さい堆積輪廻を示し, 偽層が発達している。 この面が厚田市街北方で低位海岸段丘と連続するようである。
低位河岸段丘堆積層 : 現河床面から約 2~5 m の比高をもった平坦面があり, 下方には基盤を露出し, その上に 1~3 m の礫層がみられる。 厚田川中流以上では, この面よりは約 1~2 m 高い面が処々に認められる。 これらは現在の氾濫原とはいえないが, 高さの点や平坦面が完全に保存されていることから, 現世の段丘とみなすことができる。 本段丘堆積層は地質図上には省略した。
厚田川を初め地域内の諸河川の氾濫原を形成し, 砂・礫・粘土等からなる。 厚さはきわめて薄く, 大部分が川底に基盤の露出をみる。 古潭川では厚さが 3~4 m あり, 堆積物は, 下部は主として礫と夥しい量のほとんど炭化していない流木とから, 中部は偽層の著しい砂と細礫とから, 上部はシルトと粘土とからなっている。
海岸には, 地域南半部では, 海岸段丘の下に幅 10~40 m 程度の砂浜が発達し, 古潭川の河口附近では砂鉄を含んでいる。
本地域の南部と北部とは, 分布する地層の差異に関連して, それぞれ独自の地質構造を示している。
この地域には, 厚田市街から南隣石狩図幅地内の望来まで, 海岸に沿って延長 10 数 km に及ぶ南へ沈む大きな背斜構造があり, 古くから海岸背斜 11) (あるいは望来背斜)と呼ばれている。 一方, 発足背斜(あるいは俊別背斜 11) )と呼ばれる同性質の背斜構造が, 図幅地域外わずかに東方を, 発足部落附近から南方へ 20 数 km にわたってのびている。 この地域の南厚田層群は, 大部分この2大背斜構造の間に挾まれる大きな向斜部を占めている。 しかしその向斜は, 南へ開く幅広い半向心構造を呈し, この地域はその最北部に当っているため, こまかい南北性の向斜構造や背斜構造に修飾されてはいるが, この地域の地層は全体としては E-W 性の走向で南方へ傾斜している。 傾斜の大部分は 15°内外のゆるやかなものである。
断層としては, 望来川中流の望来層中や海岸の一部に小規模なものが認められるが, 重要な意昧をもたない。
要するに, 南部地域は南隣石狩図幅地内から続く油田地帯の一部で, 曲隆・曲窪を主とする緩褶曲構造を示している。
この地域の地質構造は, 集塊岩や熔岩のみの部分では詳らかでないが, 堆積岩を挾む地帯では, 多くの小褶曲・小断層によって修飾されている。 傾斜も極端なところでは 80°を超えることがある。 しかし全体としては, 走向はほゞ N-S 性で, 傾斜は 10~30°W 位のものが最も多く, 東から西へ順次上位の地層が分布する。
断層は E-W 性のものが多く, 北厚田層群と南厚田層群との遷移部にみられるものはかなり顕著であるが, これらとほゞ直交する N-S 性の断層も北東方に認められる。
この地域では, 南部と異なり, 地塊運動的な要素がやゝ顕著である。
本地域南半部は, 既述のように, 岩質および地質構造上石油の胚胎の期待できる地域で, 「石狩油田」の一部を構成している。 本油田のおもな産油地は全部南隣石狩図幅地内にあって, 現在採油されているが, 本地域では現在は試掘も行われていない。
この地域の資料としては, 小林儀一郎の調査報文 12) があるほかは, 公刊されたものはない。 同報文によれば, 明治 36 年頃, 嶺泊沢川ロ附近で試掘井が掘られ, 深度約 80 m で少量の産油をみたという。 このほか, 嶺泊海岸や厚田川下流に石油露頭が, また古潭川中流に手掘廃井が記録されている。
今回の調査では, 顕著な油徴を発見することはできなかった。 岩相上からは, 盤ノ沢層全体と厚田・発足両層の砂岩部が油𥕢岩に, 望来層全体と, 発足・南厚田両層の泥岩部とが油蓋岩および母岩になる可能性をもっている。 このうち盤ノ沢層は砂岩の発達が顕著で, 現在採油されている石狩地方で主要な油𥕢岩となっていることから, 本地域の海岸背斜附近でも, 古潭以南では産油をやゝ期待できるようである。
左股層の熔岩のなかには, 微弱な鉱化作用を蒙った箇所が若干ある。 その最も顕著なものは濃昼川最上流で, 厚田・浜益両図幅地域にまたがって, 金・銀・銅・鉛・亜鉛を目的として試掘鉱区が設定されている。 この附近の熔岩は, 相当高度な珪化作用と, 弱い粘土化作用を蒙っている。 珪化のもっとも顕著な部分に探鉱坑道が掘られているが, 現在は崩落して入坑不能であり, 附近の廃石からは, 方鉛鉱・閃亜鉛鉱が辛うじて認められる程度であった。
そのほか, 発足沢中流や安瀬海岸にそゝぐ小沢の最上流等に, 若干鉱化作用をうけた部分があるが(「II.3.1 左股層」参照), いずれも稼行価値は全くない。
古潭から南方の海岸の砂浜中, 所々に砂鉄が賦存しており, このうち, 古潭川河口南部にはやゝ濃集している。 濃集部は幅 4~5 m 程度で, 海岸線に沿うてほゞ 2 km 延長し, その厚さは 30~40 cm である。 日本鉱業 K.K. で採取した資料の分析結果は, 原鉱品位は Fe : 12.26 %, TiO2 : 6.90 %, 選鉱すれば Fe : 58 %, TiO2 : 19.30 % となっている。
古潭川・望来川流域およびそれらの川口附近の住民は, 表流水が飲用に適さぬので, 古くから深刻な水不足に悩まされている。 現在部落で1, 2の井戸から辛うじて飲料水を得ている状態である。 この原因は, 冲積層の厚さが薄く, 平面的な発達も貧弱であり, また基盤の南厚田層群の岩質はいずれも不透水性のものばかりで, 滞水層がないこと等である。
最近村の依頼による調査 13) で適当な対策がたてられた。 それによれば, 海岸段丘堆積層中に滞水している地下水は, 水質もよくて水源を求めるのに適当と考えられている。 しかし, これも水量には乏しく, 季節的な水量の増減が甚だしいので, 大量の給水は依然解決されないようである。
昭和 24 年, 厚田~小谷間の海岸にやゝ大規模な地辷りがおこり, 交通が遮断された。 この附近は厚田層の分布する区域で, 附近の厚田層は海岸線における同層の走向・傾斜の単調さを破り, 走向も乱れ, 傾斜も 45~50°の急傾斜を示しており, また小断層も認められる。 この厚田層の地層の乱れが地辷りを惹起させた原因と思われる。 また, 小規模な地辷りの跡は安瀬海岸附近にも2, 3認められるが, これらは安瀬集塊岩層の上に累重する厚田層の泥岩が, 地層の傾斜面に沿って辷ったものである。
EXPLANATORY TEXT OF THE GEOLOGICAL MAP OF JAPAN Scale 1 : 50,000
Sapporo, No. 3
By KONROKU TSUSHIMA, TOSHIHIRO KAKIMI & TAKESHI UEMURA (Written in 1955)
The area mapped is in the southwestern part of the so-called "Kabato Mountainland" in the Central Hokkaidō.
The geological classifications and successions in the area are summarized in Table 1.
The area can be divided into two parts, northern and southern halves, owing to the characters of the younger Tertiary constructing each part. The southern half consists mostly of normal sediments named the Minami-Atsuta group, while the northern half is composed mostly of pyroclastics named the Kita-Atsuta group.
(1) Minami-Atsuta group
The group is divided into five conformable formations (refer to the Table 1).
Hattari formation : This formation occupies the lower-most of the geological successions in the mapped area, and it overlies the so-called Paleozoic formation (Kumanejiri formation) in the area of adjacent Hamamasu sheet map. It consists mainly of a thickly bedded alternation of block mudstone and grey sandstone. It contains lenticular layers of "pebble-bearing sandstone and mudstone", and conglomerate, carrying more considerable amount of pyroclastics, such as tuff, tuff-breccia, agglomerate and tuffaceous sandstone, in comparison to the same formation exposed in the type locality of east adjoining area. From the uppermost "pebble-bearing sandstone" of the formation, the writers got a few molluscan fossils as follows ;
Besides, many fossils have been found from this formation in adjoining area (refer to the table in the Japanese text, 「第 2 表」).
Atsuta formation : This formation is composed essentially of comparatively monotonous, dark grey, massive mudstone, but mudstone partly shows platy stratifications which closely resembles those of the so-called "hard shale" facies in the standard Neogene stratigraphy of Hokkaidō. Marly nodules are contained everywhere. This layers of tuff and tuffaceous sandstone are rarely interbedded.
In the formation, relatively many molluscan fossils are contained, as given in the preceding table (see the table in the Japanese text, 「第 1 表」). Besides, the formation contains Sagarites sp., foraminiferas and fish scales, everywhere, and broad leaves, rarely. From marly balls in the formation near Poronai, the writers collected Callianassa muratai NAGAO, abundantly.
Ban-no-saga formation : This is composed essentially of massive green sandstone, bearing glauconite grains. At the several localities the writers collected some fossils as follows ;
Mōrai formation : This formation is composed essentially of clearly stratified mudstone and it represents "hard shale" facies of the mapped area. Marly nodules are contained everywhere, and thinly layered tuff are interbedded on several horizons. Fossils are few in the mapped area, whereas they are rather abundant in adjacent area (refer to the table in the Japanese text, 「第 2 表」).
Tōbetsu formation : This formation is composed of massive, soft and loose siltstone, showing yellowish grey to brownish grey colour on weathered surface.
The lower three formations of the Minami-Atsuta group, i. e. the Hattari, Atsuta and Ban-no-sawa, have been correlated with the Kawabata formation in the Ishikari coal field by several other geologists. But, the fossils collected by the writers (arranged in the table 「第 2 表」), indicates these formations to be younger than the Kawabata formation. The correlation is given in Table 2.
(2) Kita-Atsuta group
This group is composed essentially of andesitic lavas and their pyroclastics. The group is divided into the Hidarimata formation, the Yasosuke agglomerate and the Bishabetsu lava and agglomerate, in ascending order.
The group is the changed facies of the lower and middle parts of the Minami-Atsuta group.
Hidarimata formation : This formation overlies conformably the lower part of the Hattari formation. It is composed of andesite lava which is accompanied by normal sediments composed mainly of black mudstone. Lava of the formation, showing partly agglomeratic facies, is composed of augite-hypersthene andesite in rather southern area, hornblende andesite in northern area, and augite andesite in middle catchment area of Hidarimata-zawa. But each of them is bounded by others irregularly. Patches of calcedonic quartz are common in these lavas. In several places the lava has considerably suffered hydrothermal alterations, but any valuable ore deposit are hardly expected.
Yasosuke agglomerate : This is composed of comparatively monotonous massive agglomerate characterized by augite-hypersthene andesite, and includes a few lavas and dikes. Clastic sediments are lacking. The andesite is glassy and porous and does not suffer any hydrothermal alterations.
The agglomerate, in its external and microscopic appearances, closely resembles that of the "Kuromatsunai series" of the standard stratigraphy in South-Western Hokkaidō.
Through the alternation of tuff and agglomerate, the agglomerate changes gradually into the "hard shale" of the Atsuta formation. This relation is observed in the vicinity of the sea shore of Yasosuke.
Bishabetsu lava and agglomerate : The upper half of this formation is lacked in this area.
The formation is composed of an alternation of lava and agglomerate, which consists mainly of quartz-bearing hornblende andesite and partly of augite-hypersthene andesite. Both of them are intercalated to each other.
This formation laterally changes to the "hard shale" of the Osatsunai formation -- correlated with Mōrai formation -- in the area of adjacent "Hamamasu" sheet map.
The geologic structures of the northern and southern halves of the area mapped are different with each other. The southern half where the Minami-Atsuta group mostly of clastic normal sediments is exposed shows a great openfold structure, and forms up the northern part of the Ishikari oil field. Generally speaking, the structure of the area mapped is under the control of two anticlines which are named "Kaigan anticline" and "Hattari anticline" (only its western wing is in the present area), and of a broad basin structure which opens southward and lies between them. Both anticlinal axes have the direction of N-S. The basin structure is modified by minor folding axes sinking to the south.
On the contrary the northern half, most of which is composed of the Kita-Atsuta group rich in volcanic materials shows a kind of mozaic structure, modified by many crossing minor faults and folds. But, generally speaking, younger strata occur as going westwards.
In the Quaternary period, upheaval movements were repeated, and three steps of coastal terraces in southern part of the area and several steps of river terraces along the River Atsuta-gawa are built up.
1) Coastal terrace
The topography of southern part of the area mapped are almost wholly built up with the plains of coastal terraces as follows ;
Along the sea shore of northern part, there is only a narrow belt of terrace of 70 - 80 meters in height.
2) River terrace
Along the Atsuta-gawa, river terraces are well developed. There are 4 - 5 steps of flat surface in detail, but they can be grouped into the following three :
Along the rivers and streams in the northern part, similar terrace deposits are developed. While, in southern district, river terrace is not seen at any places.
3) Alluvium
It is developed along the Kotan-gawa and Mōrai-gawa. It measures 2 - 3 m in thickness. Its lower part consists of gravel and many trunks of wood, and the upper of silt and sand.
Southern half of the area is a part of the Ishikari oil field and the production of petroleum will be expected on the Kaigan anticline.
At the uppermost reaches of Gokibiru-gawa, some metallic ore deposits were once prospected, but they are of no economical value.
Along the shore line, near Kotan, a little amount of titaniferous iron sand are concentrated.
昭和 31 年 1 月 25 日印刷 昭和 31 年 1 月 30 日発行 著作権所有 工業技術院 地質調査所