03043_1953

5万分の1地質図幅説明書

上江丹別

(旭川 第43号)

工業技術院地質調査所嘱託

北海道大学 助教授
舟橋三男

北海道開発庁 昭和28年


目次

はしがき
第一章 位置および交通
第二章 地形
第三章 地質概説
第四章 神居古潭変成岩類
I 神居古潭変成岩類の岩質
II ソーダ鉱物類をふくむ変成岩類
第五章 中生層
A) 下部菊石層
B) 上部菊石層
第六章 第三紀層
A) 雨龍夾炭層
B) 幌新層
C) 瀧川層
第七章 第四紀層
第八章 火成岩類
A) 蛇紋岩
B) トロニエム岩(Trondhjemite)
C) 玄武岩
D) 安山岩
第九章 地質構造
第十章 応用地質
a) 概観
b) 蛇紋岩区域の鉱床
i) 塊クローム鉄鉱床
ii) 石綿鉱床
iii) 砂クローム鉄鉱床
iv) 砂白金鉱床
v) 水銀鉱床
c) 変成岩区域の鉱床
i) 含マンガン赤鉄鉱床
d) 洪積層中の鉱床
i) 耐火粘土鉱床
要約
文献

Resume (in English)

図版

5万分の1地質図幅説明書

上江丹別

(旭川 第43号)

工業技術院地質調査所嘱託

北海道大学 助教授
舟橋三男

はしがき

この図幅は, 北海道開庁並に工業技術院地質調査所の委嘱によって, 本嘱託がこの地域に関するこれまでの資料を編纂したものである。 編纂にあたり, 北海道大学理学部地質学鉱物学教室の助手木崎甲子郎, 大学院特別研究生 高安昌明, 魚住悟, 秋葉力および学生山田敬一, 青山忠男の諸氏からよせられた協力は, とくに大きい。

この図幅地域は, 北海道の地質的な骨髄地帯の一部である, 古期岩層を主とし, ときに変成岩類をみる神居古潭帯と, それの西側にそって広く分布する, 石狩炭田や雨龍炭田などをふくんだ第三紀層地帯との二つの地帯にまたがっている。

神居古潭帯というのは, 日高山脈~天盛山地を中心に, 南北にひろがる日高帯と一體になって, 北海道の中軸を形づくる主要な構造帯の一つである。 この構造帯は, 概観して, ジュラ紀層・白亜紀層を中心にした一つの衝上的な, 背斜的な性質をもつものである。 またここには, どこにもいちぢるしい蛇紋岩の迸入體があって, 本邦ではまれにみる大蛇紋岩帯を形づくっている。 この構造帯には, 比較的かぎられた範囲ではあるが, 一括して神居古潭変成岩類とよばれている, 弱い動力変成をうけた変成岩が見出されることが一つの特徴になっている。

日高帯は, 神居古潭帯の東側にあって, より古期岩層である日高層群を主とした, はるかに幅ひろい構造体である。 その地質構造は, まだ具體的に明らかにされていないが, 中核部には, 造山帯の深部でつくられるとみられる変成岩類や, いろいろな種類の深成岩類で構成された地帯がみられる。

この二つの構造帯が, 相ならび, 密接にともないあって, 南北に, 宗谷岬から襟裳岬にわたる北海道の中軸地帯を構成している。 これらは, 白亜紀に活動した, われわれが "日高造山運動" とよんでいるものの産物であって, 日高帯はその造山の中核である深部構造をあらわすものであり, 神居古潭帯は, この造山運動帯の縁が, 西側に覆いかぶさるようにのり出した衝上帯をあらわすものであるとみなされている。

第三紀層は, このような造山の構造運動が終り, その構造が固まって地背斜的地帯となったその西側に, ひろく発達した地向斜的地特に厚く堆積したものである。

この図幅地域では, 神居古潭帯は, 東部地域を占めていて, そのほとんどが, 神居古潭変成岩類で構成されている。 この変成岩類は, 図幅地の北部に隣る幌加内地方にはじまり, 南方にのびて, 空知郡下富良野にいたる70粁のあいだに連続して分布するもので, とくに, 途中石狩川に切られるあたりの神居古潭峡谷によく露出し, 古くから注目されてきたものである。 このような広い範囲にわたって変成岩類の露出することは, 神居古潭帯のうちでもまれであって, 全體からみて, むしろ, 特殊の場所とみられる。 この幌加内~下富良野間の変成岩帯には, まわりのジュラ紀~白亜紀層との間につねに断層または蛇紋岩迸入帯があって, 直接の関係を断たれている。 いろいろの点から, このことは, より深部で変成した岩體が, 構造運動によって上部構造の中につまみ込まれたものであって, これらは神居古潭帯のうちでも一つの独立した特別の構造的単元をなすものとみられている。

図幅地の北部, 沼牛, 幌加内のまわりの山地に見られる変成岩煩にはいろいろの曹達鉱物類が知られている。 このことが神居古潭変成岩類の多く興味をひく一つの理由となっている。 このような岩石は各地に小規模には知られているが, この地域は一つの世界的な標式地であって, その産出範囲の広大なこと, そこに見いだされる組合せの多様さには, 類をみないものがある。

ここに報告をのべるに先だち, 本嘱託のこの地域に関する岩石学的研究の最初期より今日まて引きつづき御指導を賜わってる, 北海道大学 鈴木醇教授に厚く御礼を申しのべる次第である。 また, 今回, 図幅としてこの地域の資料を編纂するにあたり, 前記諸氏は, 地域のほとんど全範囲にわたり再調査の労を取られた。 その結果, これまでのこの地域に関する知識はまったく新たにせられたのであった。 以下にのべる報文はほとんど諸氏の調査の結果である。 ここに厚く感謝の意を表するとともに, 諸氏の調査担当区域を記す。

木崎甲子郎, 秋葉力
鷹泊附近の変成岩および中央部蛇紋岩盤
高安昌明
沼牛盆地洪積層
魚住悟
西部第三紀層地帯
山田敬一
幌内附近 (49)
青山忠男
上江丹別地城 (50)

第一章 位置および交通

この図幅にふくまれる地域は, 北緯43°50' より44°00', 東経142°0'より142°15' にわたる範囲である。 旭川市より西北に約lOkm離れれば, この図幅地域に入る。 また, これは雨龍川の下流部にあたる。 雨龍川はこの図幅地の中央部を北より南に向って, 蛇行しつつ流下し図幅地をはなれるあたりで石狩川に合流する。 この地域は, 雨龍郡と上川郡にまたがり, 北部は雨龍郡幌加内村に, 西部は雨龍郡沼田町に, 南部は雨龍郡多度志村に, 東部の上江丹別地区は, 上川郡江丹別村にそれぞれ管轄される。

域内の大部分は, 山地に占められ, 北部の沼牛・幌加内盆地, 雨龍川にそう南部の鷹泊・幌成地域および東部の上江丹別盆地等の沖積・洪積平地が, わずかに, 農耕地となっているにすぎない。 人口のまばらな地域であって, 鷹泊・沼牛・上江丹別等に, それら農地の中心となる小さな市街地がみられるほか, 人家の稠密地は見られない。

交通状態も, 図幅地のすぐ南方を北海道の幹線函館本線が通る地域でありながら, きわめて未発達の状態に止まっている。 函館本線深川駅より雨龍川すじを通り, 宗谷線名寄駅にいたる深名線が, 沖積平地を縫って, 図幅の中央部を南北に通じ, 南から幌成, 鷹泊, 沼牛等の駅が設けられている。 東部の上江丹別盆地では旭川市より鷹栖村を通り, 江丹別峠をへて通ずるパス路線が唯一の出入路となっている。 そのほか, 道路は, 農地を結ぶものが各河川ぞいに見られる程度で, かつて沼牛盆地より上川郡和寒村に通ずる和寒峠, 沼牛~上江丹別を結ぶ上江丹別峠があったが, 現在では, ほとんど利用されていない。

この地方からより西部にかけては, 冬期の降雲の多量なこと北海道有数の場所で, そのために, 冬期の交通は困難をきわめる。

第二章 地形

この地域は, 大まかにみて, 三つの地形区に分けることができる。 それぞれの区域には, その地質構成がいちぢるしくちがっていることに関係して, おのおの特徴ある地形があらわれている。

図幅の東部地域は, ひろく神居古潭変成岩類に占められる地域である。 この変成岩類は, 図幅の北部幌加内地方から空知郡下富良野地方にいたる約70kmの間, 幅lOkm内外で帯状につづいている。 この帯状地帯には, 高度5~600m ぐらいの地塁伏の地形があらわれていて, ひろい洪積平地で埋められる旭川盆地の西側を堰きとめるように分布している。 この変成岩地帯は, この図幅地域に入っても, とくにいちぢるしく高低をしめさず, 平均した高度の山地となっている。 この地塁は開析されて, 内部にその延長方向にそった, 一つの従谷的な水系をつくっている。 その一つは, 東部の上江丹別盆地を中心にして放射状に河谷をつくり, この変成岩地塁内の水を集め, ひろい盆地をつくるが, これは,変成岩中の千枚岩帯の片理にそって南方に流れる江丹別川となって, 石狩川にそそいでいる。 北部ではおなじように変成岩帯の内部をくりぬいたように沼牛~幌加内盆地が見られ, 経4kmにもわたる範囲が広く洪積層, 沖積層に埋められている。

図幅の中央部は, 大きな蛇紋岩に占められる地域である。 変成岩地帯とおなじく, 高度5~600mの山地であるが, 蛇紋岩地特有の平頂の山容がみられる。 しかし,所々に急峻な谷壁がしめされ, また特有の崩壊地があちこちに見られる。 雨龍川の流路は, この蛇紋岩體によっていちぢるしい影響をこうむったものであるらしい。 幌加内峠は, 現在高度300mであって, 沼牛盆地図より約100m高い位置にある。 この峠附近に河床礫層らしい礫層が見られる。 また鷹泊北方から西方にわたって, おなじく, 300m 内外の段丘様の地形面がみられ, この位置あたりにひろく礫層が分布し, 多くの場所から, 白金の漂砂鉱床が知られている。 そのほか, 蛇紋岩體のうちでは, 雨龍川の流路のまわりに, 広い範囲にわたり, 32Om内外の平坦面をみることができる。 このことは, かつてはこの蛇紋岩體がより沈んだ位置にあって, その時期に, 雨龍川は現300m面のみられる位置を流れていたのが, 蛇紋岩鐙のみが, 他より大きな上昇を行ったため, 雨龍川はせきとめられ, ここに幌加内~沼牛盆地内の広い洪積層を発達させ, また, 蛇紋岩地域には, 雨龍川の嵌入をみ, 現在みられるような,本流の約6k m の間に深い峡谷を形づくるにいたったとみられるのである。

図幅の西部地域は第三紀層の分布する区域である。 ここでは, 3~400m ていどの高度をもったゆるやかな山容が示され, 谷はひろく開析されている。

雨龍川は, この地域から北部へ幌加内~沼牛盆地より政和~沼牛内にわたってみられるように, 神居古潭帯の内部にその流路をとり, その集水区域も礫の外側におよぶことがほとんどない。 この雨龍川は, この図幅地域で, 中央部の蛇紋岩鐙を峡谷で横切り, はじめて, 神居古潭帯の外側にぬけでて, やがて石狩川へ合流するのである。 この地域にさしかかるあたりでは, 川幅 50m 内外となり, 水量の豊かな大河となっている。 この川は, 北部の添牛内あたりから, そのまわりに幅広い洪積地, 沖積地をひろげるが, この図幅地にいたっては, ウエンナイ川, 幌加内川によって東部にひろく洪積地がひろけ'られ, 幌加内・沼牛盆地がつくられる。 その下流は蛇紋岩體にふさがれるが, 蛇紋岩體をはなれると, 鷹泊附近から, 石狩川のまわりにひろげられる瀧川低地帯の広大な洪積地につづく広い平地をつくり, その中を蛇行しつつ石狩川へむかつて流下する。

第三章 地質概説

この地域の地質状態を概観すると, 東部を占める神居古潭変成岩類と, 中央部の大きな蛇紋岩體と, その西側をとりまく第三紀層と中生層の三つに大きく分たれる。

第1図 上江丹別地域地質模式柱状図

神居古潭変成岩類は, N~S からN 30°W の走向をもって分布する弱い動力変成をうけた片状岩であって, 緑色片岩類と千枚岩類を主とする。 これに小さなレンズ状になった石英片岩, 石灰岩等が挟在する。 沼牛盆地周縁には, それらの変成岩類に, 蛇紋岩の影響とみられる, いろいろな曹達鉱物が多量にふくまれ, 他に類例の少い岩相となっている。

蛇紋岩は変成岩類を貫ぬくもので, 小さな岩體はまわりの片状岩の片理の方向にのびたレンズ状となるが, 中央地械にみられるものは径8kmもある大きな円形の輪郭もった岩體で, 神居古潭帯にみられる蛇紋岩體のうちで最大のものである。 その内部には微閃緑岩の小さな岩脈が数多く見られる。

白亜紀層は北西隅の小範囲に見られるが, これは北に隣る幌加内図幅地域にひろく南北にのびて分布する岩層につながるものである。 下部菊石層と, それに断層で接する上部菊石層とが区別される。 これは, 蛇紋岩の迸入を受けているが, 神居古潭変成岩類とは蛇紋岩をへだてて相対し, それとの直接の関係をみることができない。

西部地域には, 古第三系である雨龍夾炭層がかなりの広さで分布している。 これは, 西に隣る恵比寿, 寧楽図幅地に広く見られ, いわゆる雨龍炭田を構成するものの一部であるが, 本図幅地内には炭層をほとんど見ることがない。 それは中生層, 蛇紋岩とは断層をもって接し, その直接の関係が知られない。

新第三紀層は, 古第三紀層を不整合に覆い, 図幅西部にひろく分布する。 これはまた, 白亜紀層・蛇紋岩, 変成岩の地域にも, それぞれを不整合に覆うものが小露出となって散在している。 これは, 北海道中央地域の川端層に相当するものである。

新第三系最上部の瀧川層は, 鷹泊附近に, 雨龍川にそい, 細長く低地部をうずめて分布している。

沼牛盆地をはじめ上江丹別地域, 鷹泊附近には洪積層, 沖積層がひろく発達する。

第四章 神居古潭変成岩類

この岩層は図幅の東部地域をしめ, 南北からN30°Wぐらいの方向をもち, 巾15kmほどにもなって分布し, この地域の主要な構造的単位を形づくっている。

神居古潭変成岩類は, 輝緑岩や輝緑凝灰岩が, 動力変成をうけてできたとみられるいろいろな緑色片岩と, 粘板岩の変成した千枚岩類とが主になっていて, そのほかはそれらに挟まれて石灰岩, 石英片岩の小さなレンズ状の岩體が点々とみられるにすぎない。

これらは, 多く片状の岩石になっている。 その組成鉱物が肉眼で区別できるようなものはほとんどなく, 片理のあらわれ方も不明瞭, 不均整なものが多い。 しかし, ところによっては, ほとんど片理がなく塊状で, 変成をうけなかったとみられるようなものもあるかと思えば, その近くに, 強い片理があって, その再結晶もいちぢるしく進んだものが見いだされたりする。 全體としてこの地域に分布する変成岩類はたがいに密接にともないあっていて, 構造的に一つの単元をなしているものである。 その中で不変成岩とみられるもの, たとえば, ふつうの輝緑凝灰岩様のものでも, 固くなっていたり, 細い脈が多くできていたりして, 不変成地域のそれとはちがった感じをもっている。

これらの変成岩には, 再結晶してできた変成鉱物のほかに, もとの岩石の鉱物や構造がいちぢるしく残っているものが多い。 また,一部では礫卒岩にちかく, 全體が粉々にくずされていて, 再結晶鉱物はあまり多くないものもある。 しかし, 一方には, 変成程度の高い粗粒の再結品鉱物の集りになっているものがある。 藍閃石類をふくむ岩石は多く, 緑色片岩の紘泥石, 陽起石類の位置が, 藍閃石におき代わっているのであるが, いちぢるしい特徴のあるものでは, 石英を主とする岩石に曹達鉱物類のふくまれるものがみられる。

この地域で, このような変成岩類の分布のようすを見ると, ここでは緑色片岩を主とするもの, 千枚岩を主とするもの等, いくつかの帯に分けられるようである。 一つの千枚岩帯は, 雨龍川下流部で, 東側にあるー支流, 腕内川の上流城一帯に, 幅5km内外となり, 南北の走向で分布している。 これは北部に至って, 緑色片岩帯の盆伏構造をつくるものの下位にくぐり, より北部への拡りを断たれている。 いま一つの千枚岩帯に, 東部の江丹別川にそい, 隣接する比布, 旭川図幅にわたって, なおじく走向を南北にとり, 幅1.5km内外で分布するものがある。 これらの千枚岩帯は, そのほとんどが千枚岩であって, 緑色片岩は, まれに薄層になって挟っているのみである。 また, 幌内川上流域には, 石英片岩が少しくみられる。 緑色片岩帯で, とくに, いちぢるしく連続性のあるものは, 東部で, 上江丹別の北東部から沼牛盆地東部にわたって分布する緑色片岩體である。 これはN40°Wの走向で分布するが, 南方に比布, 旭川図隔地域にのびるにしたがって南北走向となる。 東落しの単斜構造で, 幅4km内外になって, 石狩川を越えさらに南へもつづいている。 この緑色片岩帯には, 各所に, 大小の赤色石英片岩をふくんでいることが, 一つの目だつ点である。

いま一つの緑色片岩帯は, 幌内川上流と, 江丹別川ぞいの千枚岩帯の間にはさまれる幅2km内外で南北にのびるものであって, 一つの向斜構造をもっているもののようである。 この向斜部は, 江丹別北西部につづき, 上江丹別峠のあたりを中心とする大きな盆状構造にうつり変り, 北西に開いた扇形にひろい分布をしめし, 先にのべた二つの千枚岩帯の上位を覆うように拡っている。 この線色片岩帯には千枚岩の挟みが多く, また, 石英片岩のレンズも二三の地点に見出される。

この図幅からより北部では, 変成岩類は, 幌加内盆地の両側の蛇紋岩につつまれて幅狭く分布している。 これは東部の赤色石英片岩をふくむ緑色片岩帯のつづきであるらい。

、 おのおのの岩帯にみられる挟み, たとえば赤色石英片岩のようなものはかなり連続性があるので, そのようなものを鍵層にして岩層の層序をつくることもできそうであるが, これまでの資料では, 全域にわたる層序を明らかにするまでにはいたっていない。

図幅の東部から南部につながる区域全體の構造からみると, 千枚岩帯の下位に位置するものとみてよいようである。

上には背斜,向斜をくりかえしてつながるように説明したが, これらの変成岩帯の中には, いたるところに数多くの断層,破砕帯, もめ等が見られ, 実際にはきわめて複雑に入りくみ合った構造をもつものであろうが, 今のところ, それらを構造的にまとめて示すことができない。

第2図 幌加内沼牛盆地のまわりのソーダ鉱物を含む変成岩類の分布図

曹達鉱物類をふくむ岩石は, 主として沼牛盆地のまわりの山地に見いだされる。 第2図にみられるように, これは大きくみて蛇紋岩に接する範囲にある。 幌加内峠から江丹別峠をへて和寒峠にいたる山綾 (幌加内村と江丹別村, 多度志村との村界線) の北西側一帯の幅2km内外の範闘には, いずれの地点からも, 紫青色をおびたいちぢるしい特徴のある, この岩類が見いだされている。 しかし, この岩石の分布は限られていて, 山稜を越えて南東部, 江丹別村, 多度志村の地械に入ると, 蛇紋岩の接触部附近で, わずかな藍閃石化をこうむっているものを見るほか, ほとんど知られない。

このような神居古潭変成岩類は, どのような時期につくられたものであろうかという問題は, これまでいろいろと問題になってきている点である。 これは,神居古潭全帯からみて考えられなければならないことであろう。 現在まで知られていることは, i) 神居古潭は, 大きくみて, 一つの背斜構造をもつ地帯であって, その背斜部には鬼刺層, 下部白亜紀層等が密接にともないあっていること, ii) この背斜構造の東側にある一つの向斜構造をへてその東側に, 順次に下部白亜紀層のより下部層である, 鬼刺層, 輝緑凝灰岩層, 日高層群があらわれ日高帯を榔或していること。 このような構造的関係からみれば, 神居古潭帯の下部に輝緑凝灰岩層, 日高層群等の存在するであろうことが期待される。 神居古潭変成岩類は, それらが変化したものではないか, との疑いがもたれている (27, 28)

I 神居古潭変成岩類の岩質

これは, 本邦変成岩類のうちの一つの独立した単位として注目されているものである。 第ーに, ここには, この変成岩類の変成の程度が, 全般的にみて, どの程度のものであるかという問題がある。 かつて, 鈴木醇によって, 本邦各地の変成岩帯のそれとくらべて, この神居古潭変成岩類は, 御荷鉾系のものに類似するが, 全體としてややそれよりも変成度のひくいものである, とのべられた。 この地域では, あちこちに塊状の岩層もみられるのであるが 大部分にわたって多少の差はあっても, 片理をもった岩石が見いだされ全體として片状岩て構成されるといってよいようである。 それらのうち, たとえば, 緑色片岩でいちぢるしい片状構造をしめすものでは, 陽起石 - 緑簾石 - 曹長石の組合せが見られ, それには原岩の構造が残っているようなものはなく, 粗粒な再結晶鉱物の集りになっている。 このようなものだけを取上げると, その変成度は, "緑簾石・角閃岩相" に達するものである。 しかし, この地域全體としてみると, むしろ緑泥石を変成鉱物の主體としているものが普通であり, また, 多かれ少かれ, 原岩の残存構造をもっているので, むしろ, この地域の変成岩類は, "緑色片宕相" の変成度をもつものである, とのべてよいであろう。 そのうえ, この変成岩類には, 多く残存構造をもつこと, また, むしろ破砕岩とみてよいような岩石が多く知られていることは, それらのうちにみられる変成鉱物がたがいに充分な平衡をたもってできたものとみるよりは, 変成条件が短時間のうちに消え去ったため, 変成が中途でおわり, 一部にだけ高変成状態が現われ, 大部分は低変成状態に止まっているものとみられている [ これは, 鈴木醇によって早くからのべられている見解である ] 。 このことも神居古潭変成岩類の一つの特質とみてよいだろう。

これまでに, この変成岩の性質については, 鈴木醇による多くの記述が発表されているが, 全體にわたって総括された記載はいまだ行われていない。 この図幅地に見られる変成岩岩のうちには, 神居古潭変成岩類の代表的なものをほとんど見いだすことができる。 またとくに, 藍閃石類をふくむ岩類の標式地の大部分は, この図幅地のうちにある。 つぎに,それらを簡単に記載し, 今後の資料としたい。

この地域の変成岩類には, 一般神居古潭変成岩類と, それに曹達鉱物をふくむ変成岩類とに区別するのが適当と考えられる。 それらをその性質にしたがって大分けにすると珪質片岩類, 珪礬質片岩類, 石灰質片岩類, 緑色片岩類およびソーダ鉱物類をふくむ変成岩類というように区別され, それぞれの類別のうちに見られる鉱物組合せの状態にはつぎのようなものがある。

A) 珪質片岩類
1) 石英 - (絹雲母〉-〈緑泥石〉
2) 石英 - 赤鉄鉱 -〈絹雲母〉-〈緑泥石〉
3〉石英 - スチルプノメレン - 緑泥石
B) 珪礬質片岩
4) 石英 - 緑泥石 - 絹雲母
C) 石灰質片岩類
5) 方解石
6) 方解石 - 曹長石 - 石英
7) 方解石 - 絹雲母 - 緑泥石
D) 緑色片岩類
a) 輝緑片岩
8) 曹長石 - 緑泥石 - 緑簾石
b) 緑色片岩
9) 緑泥石 - 絹雲母 - 緑簾石
10) 緑泥石 - 絹雲母 - 曹長石 - スチルプノメレン
11) 緑泥石 - 曹長石 - 緑簾石
12) 陽起石 - 曹長石 - 緑簾石 - (緑泥石)
13) 陽起石または緑色角閃石 - 灰曹長石 - 緑簾石
E) ソーダ鉱物類をふくむ変成岩類
a) 珪質岩類
14) 石英 - 藍閃石または曹閃石
15) 石英 - 藍閃石または曹閃石 - 柘摺石 - (エジル輝石)
16) 石英 - 藍閃石 - 柘榴石 - 曹長石
17) 石英 - 曹閃石 - 緑簾石
18) 石英 - 緑色角閃石 - 緑簾石
b) 塩基性岩類
19) 緑泥石 - 藍閃石(藍閃石化輝緑片岩)
20) 緑泥石 - 曹長石 - 緑簾石 - 藍閃石(藍閃石化緑色片岩)
21) 藍閃石または青閃石 - 緑簾石
22) 藍閃石または青閃石 - 緑簾石 - 白雲母
23) 藍閃石 - (緑簾石) - (緑泥石)
24) 藍閃石または青閃石 - 緑簾石 - 曹長石
25) 藍閃石 - 緑簾石 - 曹長石 - スチルプノメレン
26) 柘摺石斑紋変晶 - 藍閃石 - 曹長石 - 白雲母
27) 藍閃石 - ローソン石
28) ローソン石斑状変晶 - 藍閃石または青閃石 - 緑簾石
29) ローソン石斑状変晶 - 藍閃石 - 緑簾石 - 緑泥石
30) ローソン石斑状変晶 - 緑簾石 - 緑泥石
31) ローソン石斑状変晶 - エヂル石 - 緑簾石 - 緑泥石
32) ローソン石 - エヂル石 - 藍閃石
33) ローソン石 - エヂル石
34) エヂル輝石 - 緑簾石 - 緑泥石

鉱物組合せの全般的特徴: 珪質片岩と珪礬質片岩とでは, 石英 - 線泥石 - 絹雲母の組合せが特徴になっている。 珪質片岩では石英がその大部分をしめていて, 少量の緑泥石と絹雲母がそれにともなわれているのが普通である。 赤鉄鉱が多く見られるものではこの緑泥石, 絹雲母がきわめてすくない。 スチルプノメレンはほかの鉱物と並んで全體にー様にできているのではなくて, 脈状部分に放射状になったりしていて, 一般変成鉱物におくれてできたらしい形態が見られる。

珪礬質片岩では緑泥石と絹雲母が石英よりも多量になっている。 これには炭質物が多くともなわれている。 粘板岩と細粒砂岩から変成したものがあるようであるが, その両者には鉱物組合せの上に変わりはない。

石灰質片岩は, ほとんど方解石だけの結晶質石灰岩のほかに, 方解石が主であるが, それに緑泥石と絹雲母をともなっているものが多く見られる。

塩基性岩類のうちで緑色片岩では緑泥石が主な変成鉱物である。 緑泥石と絹雲母を主とする組合せには緑簾石がすくなく, 原岩の残存構造をしめすものが多い。 再結晶がすすんで変成鉱物が大きくなり曹長石がはっきり現われているものでは緑簾石が多くしめされ, あまり原岩石の要素が残っていない。 陽起石は緑泥石とともないあっているが, 緑泥石を主とするものでは, 残存する輝石のまわりや局部的にのみ見られる。 一様に再結晶のすすんだものでは陽起石にくらべ緑泥石ははるかにすくない。

曹達鉱物類をふくむ変成岩の鉱物組合せでは上にのべた, 一般神居古潭変成岩類の組合せの様子とひじょうにちがっている。 塩基性岩では, 緑色片岩類の緑泥石, 陽起石の位置が藍閃石類に変わっているものがいちぢるしく多い。 ここでは藍閃石類と緑泥石の共存することがすくない。 また, 局部的に藍閃石のみが, あるいは. 藍閃石・緑簾石のみがいちぢるしくなったりして, 曹長石のいちぢるしい部分と分離するようなことが多い。

藍閃石類では, それが藍閃石であっても青閃石であっても, それの鉱物組合せにはほとんど影響はみられないようである。

珪質岩では, 石英が大部分をしめていて, これに藍閃石類と柘榴石がともなわれている。 ここに見られる藍閃石類に藍閃石のほか. 塩基性岩には見ることのできない, 曹閃石がしめされる。

塩基性岩にみられるいま一つの特徴は, ローソン石を見る点である。 これには藍閃石類と密接にともないあうものと, 藍閃石類をほとんどともなわず, エヂル石, エヂル輝石とともないあうものがある。 エヂル石類が見られる岩石には, 藍閃石類が主體になっているものにはすくない緑泥石がいちぢるしくともなわれている。

A) および B) 珪質片岩および珪礬質片岩: ここに珪質片岩というのは石英を主とするもので, 地質図に石英片岩としたものである。 この岩石は灰赤色で, 多くは, 明らかな片状をしめし, 剥理性がある。 しかし, 一部には塊状で, チャート様になっているものもある。 いずれも. 灰赤色の地に網目状に白色の石英脈が多くできている。 あるものでは, それが片理に並行して, うすく赤白の縞目をつくるものもある。

珪礬質片岩というのは千枚岩類を主とするものである。 黒色で, 片状のいちぢるしい典型的な千枚岩で, 千枚岩帯の主體となっている。 その一部には緑色の千枚岩も見られる。 それらの間にはさまれて, いくぶん片状の弱い灰黒色の硬い砂岩様の岩石も見られる。

これらの岩石は石英を主體とする。 そのほかに緑泥石, 絹雲母, 赤鉄鉱があって, まれにスチルプノメレンが見られる。 これらの聞には, つぎのような組合せが見られる。

1) 石英 - (緑泥石) - (絹雲母)
2) 石英 - 赤鉄鉱 - (緑泥石) - (絹雲母)
3) 石英 - スチルプノメレン
4) 石英 - 緑泥石 - 絹雲母

いづれにも炭質物がともなわれ, とくに, それは 4) の組合せにいちぢるしい。

I), 2), および 3), の組合わせのものは, ほとんどおなじで, 石英片岩とよばれるものである。 塊状のものは微粒の石英の集りで, 雲状になった赤鉄鉱をともなっている。 これにはラヂオラリヤのぬけ跡が無数にあって, そのあとだけが, やや粗粒の石英でうずめられている。

片伏構造がはっきりしているものでは, 石英はより粗粒になって0.02mmぐらいのすこしのびた形で, 一方向に並んでいる。 絹雲母, 緑泥石は一般に少量で, 片伏になって石英のつくる片理にそってならび, 炭質物がそれらに伴われることが多い。 ここでは赤鉄鉱も片状結晶になって均等に石英とともないあっている。 3) に見られるスチルプノメレンは, 局所的に集り, また, 石英脈のまわりなどに見られる。 これは少量で, やや緑色をおび, 小さな放射伏の集りになっている。

4) の組合せは, 千枚岩であって, 絹雲母, 緑泥石の量が上にのべた石英片岩よりはるかに多くなっていて, 炭質物を多量にともない, 並行配列性がいちぢるしい。 石英は石英片岩に見られるとおなじで, 緑泥石, 絹雲母の多い部分と縞状になって交互する。 ときには原岩の石英粒, 長石粒が残っている。

砂岩から変ったとみられる片状の弱いものには, 原岩の砂粒が多量に残っていて, その周りから微粒の石英, 緑泥石に再結晶している形が見られる。

C)石灰質片岩類: この種の岩石は, 厚い岩層になって見られる場合があまりなく, 主として, 目立った転石となって得られている。

灰白色または暗灰色, あるものは淡灰緑色で, 緻密な硬い岩石である。 塊状のものから, 方向性をもち厚く剥理性のあるものまで, いろいろの形がある。 これらにはつぎのような鉱物組合せが知られる。

5) 方解石
6) 方解石 - 曹長石 - 石英
7) 方解石 - 絹雲母 - 緑泥石

塊状のものには, ほとんど変成のしるしが見られない。 その多くは石灰質砂岩といってよく, O.2mmていどのよく撰別された等粒の砂粒が, 泥質物を多くふくんだ石灰質の基質で膠結されているものである。 砂粒は 80% でいどのものから 20%ぐらいより見られないものまで, その量はまちまちである。 この砂粒は石英, 斜長石が主で, そのほか, チャー卜, 玢岩質岩, 粘板岩, 輝緑岩等のものが見られる。 基質の石灰質の部分には O.1 mmていどの結晶質になった方解石粒が見られる。

6), 7) の組合せで, 片状をしめしているものでは, 大部分が再結晶し, 並行組織がよく見られる。 これは片状の絹雲母, 緑泥石が一つの方向に並び, 石英, 斜長石粒の多くは細粒の集合體に変っているが, 一部では, 砂粒のままで残っている。 方解石はすべて結晶質になっていて, O.2 mm ぐらいの大粒のものに変っている。 いづれにも炭質物が多くふくまれている。

D) 緑色片岩類 a) 輝緑片岩: 緑色片岩帯のうちで塊状またはわずかに片状をもった部分にこの岩石が見いだされる。 灰緑色または暗緑色で, 光沢のないやや軟質の感じのする岩石で, 一部では灰紫赤色になっている部分も見られる。

薄片で見ると, 多くの場合, 片状組織はみることができず, 大部分は, 輝緑岩または輝緑凝灰岩の構造が残っていて, 変成があまり進んでいない。 全體がくずされ, いちぢるしく汚れていて, 新たにできた鉱物はあまり方向性をもたず, 徴片の密集體となって残っている鉱物の間をうずめている。 また, どこにでも曹長石や緑泥石が細い脈となってできている。 鈴木醇によってこのような岩石が輝緑片岩(diabase schist)と名づけられた。 このような岩石にはつぎのような鉱物組合せが見られる。

8) 曹長石 - 緑泥石 - 緑簾石

原岩の輝緑岩は細粒のものから粗粒のものまでいろいろの粒度が見られるが, その輝石はオフイティック構造を特徴とする。 細粒のものでは斜長石と文象状様に入りまぢっている。 一部には大型の斜長石と輝石の斑晶をもつものがある。 また, 杏仁状の空洞を示すものもある。 凝灰岩は大型結晶の破片や細粒輝緑岩片をもち, 汚れた物質を多量にふくんで, 乱雑な組織となっている。 輝石はすべて単斜輝石で, 多く無色またはうすい褐色であるが, 一部には濃紫色の明らかなチタン輝石の見られる場合がある。

変成にあたり, 新たに成生されている鉱物には, 緑泥石, 曹長石, 緑簾石, 陽起石, 榍石等がある。 このうち緑泥石と曹長石が主體になり, 他は局部的にともなわれる。 多くは, 徴片になって組みあうので充分にそれぞれを区別できない場合が多い (図版, 第1図参照〉 。

現岩の単斜輝石は他にくらべ変成をまぬかれて, いちぢるしく汚濁するが, 残存する傾向がつよい。 その一部が緑泥石化すること, まわりに針状の陽起石をつくることなどが普通である。 斜長石は残存するものがほとんどない。 全體がソシュール石に変ってしまうもの, 曹長石の微粒の集りになるもの, また,緑泥石化するものなど, いろいろに変っている。

b) 緑色片岩: 緑色片岩帯で, やや片状が明らかになったものや, はっきり整った片理が現われているものでは, 組成鉱物の並行配列性が強まり, 結晶片岩らしくなって, 残存鉱物の量もよほど少なくなっている。 岩石の外観は暗緑色で, 片理面が光沢をおびている。 ー般に細粒緻密であるが, 一部では, 肉眼で組成鉱物を識別できるものもある。

この岩石に見られる組成鉱物は緑簾石, 曹長石, 絹雲母, 陽起石, 緑泥石等であってその組合せには, つぎのようなものがある。

9) 緑泥石 - 絹雲母 - 緑簾石
10) 緑泥石 - 絹雲母 - 曹長石 - スチルプノメレン
11) 緑泥石 - 曹長石 - 緑簾石
12) 陽起石 - 曹長石 - 緑簾石 - 緑泥石
13) 陽起石または緑色角閃石 - 灰曹長石 - 緑簾石

いづれも細かく雲状になった榍石をともない, あるものでは大型の金紅石が見られる。 また, 多くの薄片では, 少量ではあるが, 緑泥石片の周りや陽起石の先端が青色になって藍閃石化するものをふくんでいるのが見られる。

9) の組合せでは, 一般に緑簾石が少なく, 微細な絹雲母と緑泥石が主體になって, 細かく入りくみあって雲状にうねって片理の方向にのびている。 この組合せではくずされた原岩の輝石が粒状になってすこしく残っていることが多い。 しかし原岩の構造はほとんどかき消されている。

10) の組合せでは, 上にのべた組合せから緑簾石を欠いて, スチルプノメレンと曹長石を加えるものである。 これは全體に均等に分散されているのではなく, 絹雲母, 緑泥石の基地のなかに溜状に, 片理に沿った小さなレンズ形になって形成されている。 曹長石は細粒の集りで, その部分には絹雲母, 緑泥石を交えない。 スチルプノメレンはこの曹長石の間に放射状集合になっていて, とくに片理の方向にならぶようなことはない。 その曹長石, スチルプノメレンの部分は, 全體として, 周りの片理を切る脈様にみえるところもある。

11) の組合せでは, 緑簾石, 曹長石, 緑泥石がおのおのほぼ等量で, 岩石の構造が均等に整っている。 細粒で塵埃状のものを多くともなうが, ここには原岩の構造を思わせるものはすこしも見られない。 円粒紋の曹長石と自形に近い緑簾石粒の間を 淡緑から緑色の緑泥石片が縫って片理の方向をあらわしている。 一部には方解石をともなうものがあるが, それは全體に均等にふくまれているのではなく, 曹長石と組み合って, 瘤状層状になり, やや局所的に集る傾きがある。

12) の組合せでは, 11)の組合せに陽起石を加えるもので, その量が緑泥石にくらべいちぢるしく多いものも, すくないものもある。 全體がより粗粒になっていて, いちぢるしい並行組織をもっている。 この陽起石は淡色で, 曹長石, 緑簾石をはさんでやや並行にならんでいる。 陽起石は c ∧ Z = 10°, n1 = 1.646, n2 = 1.654, 曹長石は An 5 ぐらいのものである。

13) の組合せでは, 上にのベた組合せにくらべ, 陽起石の量が多く, 緑簾石が少なくなって, また, 緑泥石を見ることがない (図版, 第2図参照) 。 O.2~O.3 mm ぐらいの粗粒な鉱物の集りになっていて, いちぢるしい点は, 組成鉱物の並行配列性が乱れ, 角閃石などは任意方位をとるものが多い。 転石などで得られているものであるが, 5mm ぐらいの領域が濃緑色の角閃石の束状集合體になり, その間が O.5mm ぐらいの緑簾石と灰曹長石にうずめられた, 方向性のまったくないものがある。 これは上にのベた緑色片岩類とはちがって その原岩が斑糲岩のようなものではなかろうかと息われる。 産状も蛇紋岩中に捕獲岩様になっているものらしい。 これらの角関石は淡色の陽起石質のものから濃青緑色の屈折率の高いものまでいろいろあって, 一部では藍閃石に近い色をしめすものもある。 上にのベた塊状粗粒のものでは, その斜長石が An 0 ぐらいで, 緑簾石は複屈折量大きく黄色に色づいている。

II ソーダ鉱物類をふくむ変成岩類

この変成岩類で, とくに, 目立つ鉱物は, 藍閃石をはじめとし, 曹閃石, 青閃石, エヂル石, エヂル輝石, ローソン石, 柘榴石, 曹長石, スチルプノメレン等である。 これらが, 石英, 緑色角閃石, 緑簾石, 緑泥石, 絹雲母等とともないあって, 多様な構造をもち, 華やかな組合せをしめしている。 それらを構成する主體鉱物の性質によって, 大きくみて, 珪質岩類と, 塩基性岩類の二つに分けられる。 この二つのものは, いたるところでつねにともないあっているが, 量的には塩基性岩がいちぢるしい。 そして,珪質岩のみが, 広い範囲に露出するものがなく, 塩基性岩中に, 小規模にレンズ状・層状になってふくまれている程度で見出される。

ソーダ角閃石類をふくむ岩石は, 紫青色を帯びている。 とくに, 水にぬらしたときに, よくこの紫がかった色があらわれる。 また, 片理面にいわゆるチリメン褶とよばれている線構造がよくあらわれている。 このような片状のものが多いが, まったく方向性のない塊状のものもある。 片状のものでも剥理性はあまりよく示されていない。

沼牛盆地の周りの山地では, 岩石の露出状態が極めて悪く, 以下にのべる岩類も, そのほとんどは転石, 落石から得られたもので, その広い範囲のうちでも, 露出を直接に観察できたのは, わずかに, 二三の地点であったにすぎない。

a) 珪質岩類: 一般に, これは細粒緻密なきわめて堅い岩石で, 有色鉱物の多い紫がかった黒い部分と, 石英を主とする白い部分とが, 交互する縞状組織をもっている。 構成鉱物は, 石英, 藍閃石と曹閃石が主なもので, これに柘榴石, 曹長石, 緑簾石, 緑泥石, 絹雲母をともなっている。 組合せは, 藍閃石 - 石英, あるいは, 曹閃石 - 石英が主體になっていて, これに少量他鉱物を加えるものである。 つぎのような組合せが見られる。

14) 石英 - 藍閃石または曹閃石
15) 藍閃石または曹閃石 - 石英 - 柘摺石 - (エジル輝石)
16) 藍閃石 - 石英 - 柘榴石 - 曹長石
17) 曹閃石 - 石英 - 緑簾石
18) 緑色角閃石 - 緑簾石 - 石英

これらは, おなじ組合せのものでも, その構造には, いろいろあって, 一口にのべることができない。 つぎにそれをいくつかに分けて設明したい。

a) ほとんど塊状で, 方向性が示されず, したがって均質で縞状構造など見られないものがある。 薄片でみると, 細かな Q.Q3mm ぐらいの等粒の石英の集合體で, 方向性が全く見られないものを基地にして, 針状または柱状の藍閃石類が, 方位を乱して全體に均等に散乱している。 この石英は, 透明で汚れをまったくともなわず, またいちぢるしい波状消光も見られない。

b) 方向性がいちぢるしく片状になっている。 ところどころに有色鉱物の縞があって, そこから剥がれる。 おなじく石英が基地になり, 並行配列性はきわめて明らかで, いずれも一方向にひきのばされ, 波状消光がいちぢるしい。 石英粒の大きさは, 大體均一で, とくに大型になってもくずれて, 細粒の集りに変っている。 藍閃石類は, その柱状結晶を片理に並べ, 均等に分布する。 石英の破砕樣の形に応じ, 藍閃石の折れ曲り, 分離がいちぢるしく, 絹雲母, 緑泥石も波状にうねり曲っている (図版, 第4図) 。

c) 方向性がいちぢるしく, 片理にそって, 黒自の縞をつくっているものがある。 また, 有色鉱物の多い黒縞と, 石英の多い白縞とでは, たとえば, 自縞が, 柘榴石 - 藍閃石 - 石英, 黒縞は, 緑簾石 - 藍閃石 - (石英)というように, ほとんど組合せを異にしているものもある。

d) 有色鉱物の量が少いものでは, いずれも石英がより大型になって, 一部には, 石英脈のようになっている。 一般に, このようなものでも, 方向性がはっきり見られる。 いちぢるしい点は, 大型の石英があって, その間を大型石英の周りからくづれた微細な石英の集りに埋められた, いわゆる, モルタル構造をあらわすものが多い。 この大型石英も, 細粒石英も同じ方向に規則正しく並んでいる。 有色鉱物はところどころに, とくに, 集る傾向がある。 また, 藍閃石類で, 大型になって, 少しく斑状変晶になっているものがある。

e) おなじく有色鉱物の少ないもので, 全體が大型の 0.2mm ぐらいの石英の寄木状構造の集合體で, 方向性がみられない。 石英にほとんど波状消光もみられない。 これを基地にして斑状変晶になり, はるかに大型の藍閃石, 緑色角閃石ができている。

a) と e ) をのぞいては, 大部分に壓砕をうけた形態がいちぢるしく現れていて, 石英片岩に見られるように, 一つの時期に岩石を切ってできた石英脈が, その後の壓砕をうけて周りと同じように, 脈の中で規則配列をしているのもが多く見られる。 縞状になっているもので, 縞に並行して, 有色鉱物がより少くなった石英脈状の部分が, しばしば示されている。 こうして石英に何段かの時期がみられるのである。

この珪質岩のうちでは, その組合せが異ると組成鉱物の性質がいちぢるしく違うことはあまりないようである。 たとえば, 藍閃石であっても曹閃石であっても, その鉱物組合せにちがいは見られない。 つぎにそれぞれの組成鉱物の性質についてのべる。

i) 藍閃石: 肉眼では, わづかに青色を帯びた光沢ある黒色長柱状, または針状の結晶となり片理面に並んている。 その大いさはいろいろあって, 長さ数粍のものから 0.05 mmぐらいのものまである。 どのように小さな結晶でも整った柱状の形をはっきりしめしている。 色は, 藍青色で強い多色性をもっている。 X = 淡黄, Y = 薄紫, Z = 藍青色。 色の濃さには, ものによって, 可なりちがいがあるようである。 大型結晶では累帯構造を示すものがあって, 内部が淡色で, その周りを縁どって濃色に色づき, その屈折率も高くなっているものがある。 結晶に折れ曲りなどあるとき, その割目にも, この濃色部が入りこんでいる。

ii) 曹閃石: 藍閃石とあまりちがいはないが, 一部には針状結晶や毛状結晶の束状に集ったものが見られる。 色はより濃色のものが多いが, 淡色のものもある。 強い多色性があって, たとえば, X = 暗藍色, Y = 帯紫青色, Z = 淡黄褐色のようなものがあって, 一般に, 藍閃石にくらべ藍色で赤味にとぼしい。 屈折率は, 藍閃石にくらべて高い。

iii) 柘摘石: この鉱物の多い部分は, 肉眼で淡黄褐色に見える。 細粒結晶で, 自形をはっきりさせ, 単體となって, とくに, 藍閃石類にともなって散点する。 光学異常のしめされるものはない。 その形は, 斜方十二面體である。

iv) 総鏡石: この鉱物は, 珪質岩ではあまりいちぢるしくない。 円粒状の小結晶になって, 主として藍閃石類とともないあう。

v) エヂル輝石: これは, きわめてまれに, 少量見られるにすぎない。 鮮かな草緑色の小結晶となっている。 c ∧ Z = 320, X = 淡黄緑, Y = 濃草緑, Z = 淡黄褐。

鈴木醇により, エヂリン輝石をふくんだ藍閃石または曹閃石 - 石英片岩の化学組成が明らかにされている。 つぎにそれを収録する。

I II
Si O2 84.19 87.96
Ti O2 0.20 0.60
Al2 03 4.11 2.43
Fe2 03 2.77 0.69
Fe O 3.59 1.68
Mn O 0.85 -
Mg O 1.85 3.33
Ca O 0.47 0.47
Na2 0 1.12 1.59
K2 O - -
P2 05 - -
H2 0 0.97 1.21
100.12 99.96
I. エヂリン輝石 柘榴石 曹閃石 石英片岩(上江丹別) (金成明分析)
II. 藍閃石 石英片岩(幌加内峠) (金成明分析)

b) 塩基性岩類: この種の岩石は, 外観は, 紫青色を帯びた部分をもつことが, すべてにみられ, もっとも判断の手がかりになる点である。 しかし, いろいろの外観をもっていて, 青黒色で片理はまったくしめされず, 塊状になったものや, 岩石全體が, 一様に紫青色化するもの, 片理にそって薄く層状に青色化しているもの, 藍閃石類を主にする青色部と緑簾石類を主にする黄色部とが, 縞状に交互するもの, また, 片理にそって珪質部が層状に見られるもの, 特定の鉱物のみ斑点状に集まっているものなどが見られる。

この塩基性岩類を構成する鉱物には, 藍閃石, 青閃石, ローソン石, エヂリン輝石, エヂル石, スチルプノメレン, 曹長石, 緑簾石, 絹雲母, 柘榴石, 緑泥石などが見られる。 これらは, いろいろな組合せで現われているが, たがいに組成鉱物の量を増減して, ほかの組合せとうつり変っている。 しかし主要と思われる比較的しばしば現われる組合せとして, つぎのようなものをあげることができる。

19) 緑泥石 - 藍閃石(藍閃石化輝緑片岩)
20) 緑泥石 - 曹長石 - 緑簾石 - 藍閃石(藍閃石化緑色片岩)
21) 藍閃石または青閃石 - 緑簾石
22) 藍閃石または青閃石 - 緑簾石 - 白雲母
23) 藍閃石 - (緑簾石) - (緑泥石)
24) 藍閃石または青閃石 - 緑簾石 - 曹長石
25) 藍閃石 - 緑簾石 - 曹長石 - スチルプノメレン
26) 柘摺石斑紋変晶 - 藍閃石 - 曹長石 - 白雲母
27) 藍閃石 - ローソン石
28) ローソン石斑状変晶 - 藍閃石または青閃石 - 緑簾石
29) ローソン石斑状変晶 - 藍閃石 - 緑簾石 - 緑泥石
30) ローソン石斑状変晶 - 緑簾石 - 緑泥石
31) ローソン石斑状変晶 - エヂル石 - 緑簾石 - 緑泥石
32) ローソン石 - エヂル石 - 藍閃石
33) ローソン石 - エヂル石
34) エヂル輝石 - 緑簾石 - 緑泥石

このように多種類にわたる曹達鉱物化は, 主として, 緑色片岩類をもとにして行われたもののようである。 この変成岩類の構造のうちからも, そのことはよくうかがうことができる。

a) 輝緑片岩で, 残存する輝石のまわりや割目にできる陽起石の位置が藍閃石に代えられ, そこに 19) の組合せ 藍閃石 - 緑泥石があらわれている。 また少量の輝石を残す 絹雲母 - 線泥石片岩は, 構造をそのままにして, 緑泥石の位置がやや繊維状になった青閃石に変って, それが 19) の組合せになっているものもみられる。 とくに, 一部に限られるようであるが, 杏仁状構造をもつガラス質輝緑岩が弱く変成されたもので, その杏仁状空洞がそのまま残っていて, その中が, 微細な藍閃石とローソン石で一ぱいに満されているものがある。

b) 24) の 藍閃石 - 緑簾石 - 層長石の組合せのように, 曹長石や, 緑簾石が多量に大型にできているものでは, 構造が緑色片岩と同じになっていて, その緑泥石や角閃石の位置が藍閃石に変っている。 この藍閃石は片理の方向によくのびて波状に他鉱物の間をぬい, 緑色片岩の陽起石よりも多量にできている。 波状消光がいちぢるしく, いづれも葉片状結晶の束状の集りとなっている。 緑色片岩の一般にくらへ, 緑簾石は, 大型になり, やや自形をはっきりさせている傾向がある。

c) 一方この藍閃石類が, 方向を乱して, 緑簾石の粒間をうずめ, 片理がやや明らかでなくなっているものもある。 多量にエヂル石をもつものは, そのようになっている。

d) 縞状組織が明らかに見られるものがある。 緑簾石に富んだ縞と, 藍閃石に富んだ縞と交互する。 また, 石英を主とする部分が縞状にふくまれるものもある。

e) 方向性の全く見られないものは, 粗粒であって, 緑簾石の密集する基質の中に, 藍閃石の柱状結晶の集りが 5 mm 内外の斑状になって散点するものや, また, 長さ 1 cm を越える長柱状結晶が, 細粒の曹長石, 緑簾石の基質の中に斑状変晶となって示されているものもある (図版, 第3図参照〉 。

f) ローソン石は, i) 緑色片岩様の片状の明らかな岩石の中に片理にそって層状, 脉形の部分に多量に見られること, ii) 片理を包んで大型の斑状変晶になるもの (図版, 第7図参照) 。 iii) 細粒になって, 藍閃石と交りあうもの, iv) 片理を切る脈になるもの等がある。

これらを構成する組成鉱物の性質には, つぎのような性質がみられる。

i) 藍閃石: 内部が陽起石で, 外縁が藍閃石化しているものが, 緑色片岩にはしばしば見られたが, 藍閃石の多い岩石では, 角閃石のすべてが藍閃石になっている。 一般に輝緑岩の構造が残っているような岩石では, 無数の針状結晶の密集體になっている。 このような状態のものは, 19) ~ 20) の組合せのものに見られる。

21) ~ 22) の組合せになると, 藍閃石はやや大型になり, 0.01×O.l mm ていどの長柱状結晶となっている。 これらの組合せでは, 一部に緑泥石, 絹雲母をともなうが, それぞれが一局部で特に多量に見られることもあるが, 全くそれを見ない部分もあって, 一薄片の中でも組合せが局部的に変化する。 これらの藍閃石は, X = 淡黄色, Y = コバルト青, Z = 桃紫, の強い多色性をしめしている。

ii) 青閃石: 藍閃石とほとんど変ることがない。 色はやや濃色で, 赤味がなく藍色の勝ったものになっている。 藍閃石であるか青閃石であるかによって, その鉱物組合せに変化のあることは認められない。

iii) 曹長石: 緑色片岩のそれと, とくに, ちがいはない。 透明な粒状結晶になって, 有色鉱物のうちにうずまって散点する。 全體に均等に散在することはむしろまれで, 局部的に集り, とくに多い部分が, 縞状, 脈状になっていることが多い。

iv) 緑簾石: この鉱物は, 丸味ある自形結晶となって, 緑色片岩のものより少し大形になっている。 淡黄色に色づき, 複屈折量の大きいものである。

v) ローソン石: 大きなものは 2 mm ぐらいの板状になった斑状変晶になっている。 斑状変晶は, 緑簾石類を多量に包裏している。 α = 1.644, β = 1.674, γ = 1.687, 2V = (+)80°の光学性を示し, 無色透明であるが, ときには, 汚濁して褐色になっている。 細粒のものも板状の自形性がよくあらわれている。 23) より 31) にわたる組合せでは, 他組合せ鉱物よりも遅れてできるもののようである。

vi) エヂル石: この鉱物はローゾン石とともないあい, また, 草緑色の緑泥石とも密接にともないあう。 繊維状結晶が束状に集った形のものが多く, 波形にうねった形をしめすものもある。 淡褐色に色づき, 弱い多色性が見られる (第4図, 第8図参照〉 。

vii) エヂリン輝石: エヂル石のみられる組合せに局部的に, また, 脈状になってこれがみられることが多いが, 34) の組合せのように緑簾石と緑泥石と, 全変晶質構造で組合うものがある。 草緑色から淡黄褐色の多色性が示される。

第五章 中生層

中生層は図幅の西北隅の小区域にしめされる。 それらはニセイパロマツブ川流域から岡田の澤上流部にわたり, 蛇紋岩體の北縁をとりまいて分布している。 ニセイパロマツプ川に見られるものは下部菊石層で, 蛇紋岩に貰ぬかれ, 新第三紀層に覆われる。 岡田の澤上流部に見られるものは上部菊石層で, 蛇紋岩, 下部菊石層および新第三紀層のそれぞれに断層で接し, それらの間にくさび形にはさまれている。 いづれも北部に隣る幌加内図幅に長くつづき 南北に走る雨龍郡と留萌郡との郡界の山稜を構成するものである。

A)下部菊石層

これは細粒砂岩と黒色泥岩の互層を主體としている。 図幅内の小範囲の調査ては, その層序をはっきりさせることができないが, 下部にはチャートをはさみ, また, その層準に玢岩質凝灰岩を厚くふくむ部分がある。 この凝灰岩は一部ではやや粗粒な灰白色の砂岩となっている。 その少し上の層準に炭質物, 植物破片をふくむ薄い砂岩層が見られる。 これより上位は 単調な細粒の暗灰色の砂岩と 暗黒色の泥岩が交互するものになっているようである。 幌加内図幅にはま輝緑凝灰岩層がこれにつらなって見られるが, それらとの層位関係は不明である。

下位の層準に少しく不規則堆積の様子が見られる。 たとえば, 玢岩質凝灰岩の一部に層理が見られるが, それが大きく偽層をしめしている。

より北部で, 幌加内村雨煙別川の一支流で, 本層の砂岩泥岩互層につづくものの中にふくまれる石灰岩から, 故大立目謙一郎により

Phyllocoenia sp.
Stromatoporoid ?
Bryaza
が識別された。 このうち, Phyllocoenia sp. はジュラより白亜紀のもので, 本層をこれによって下部白亜紀のものとみなしてよいであろう。

この下部菊石層はニセイパロマツブ川の下流械で, 蛇紋岩の間に北西から南東にくさび形にはさまって分布しているが, 急立して一つの背斜と二つの向斜をつくり, 北西にむかい, 扇形に開くゆるやかな構造になってゆく。

この層準に玢岩質凝灰岩の存在することはあまり知られていないので, つぎに, その性質をのべたい。

玢岩質凝灰岩の性質: ここにのベる岩石はニセイパロマップ川にそい, とくに, ニセイナイの大瀧の前後に大きく露出するものである。 一部では砂岩様にみられる部分や, 不明瞭であるが層理がみられる部分, また, 角機片をまばらにしめす部分などがある。

これは灰黒色の硬い岩石で, 凝灰岩である。 1 mm 内外の 40% ていどに達する斜長石の破片と, 少量の石英破片, 有色鉱物の緑泥石化したもの, 細粒の玢岩質岩片などが小さな破砕結晶と緑泥石物質からできた基質にうずめられている。 斜長石の組成は An 60 ていどであって, 均質でいちぢるしい累帯構造は見られず一般に新鮮である。 有色鉱物とみられるものの量は斜長石にくらべてはるかにすくない。 玢岩質岩片は細粒で斜長石斑晶をもち, 石英をともなう結晶質の石基をもったものである。

B)上部菊石層

岡田の澤を上って蛇紋岩體を抜けでたあたりから, 澤ぞいに約 1000 m ばかりの間, 黒色の単調な泥岩がつづいている。 これは露出面で小さな破片にくずれる黒色の泥質岩で, 一般に白亜紀の頁岩といわれているものとまったくおなじ性質をもっている。 まれに細粒砂岩の薄層をはさんでいる。 この中から Gaudryceras sp. を得た。 これは上部白亜紀をしめすもので, この黒色泥岩層は, ニセイパロマツプ川ぞいの下部菊石暦とは区別されるものであることをしめしている。 構造はどのようになっているか不明である。 まわりの岩層にたいする関係は直接観察できないが, 断層にはさまれて, 南北にくさび形にのびて分布するものと考えられる。

第六章 第三紀層

この地方の第三紀層地帯は雨龍炭田とよばれ, はやくから二三の場所で石炭の採掘が行われているにもかかわらず, また, 多くの調査が行われているにもかかわらず, 石狩炭田にくらべ, はるかにその地質状態が明らかになっていない。 これは, 一つにはこの地帯の地質構造の複雑さによることであって, 北海道の第三紀層の問題のうちで, 最後まで未解決のままに残される地域であろう,とさえ一般からみられている。

図幅地域の第三紀層はこの雨龍炭田につながるものであるが, 蛇紋岩體をめぐる地帯の岩層の露出状態がきわめて悪いため, その層位構造についての充分な資料が得られず, ここには大體の地層の分布状態と推定された構造をのべうるにすぎない。

この第三紀層は, 古第三系である雨龍夾炭麿と, 新第三系である幌新層が主體になっていて, 新第三紀最後期の瀧川層は小区域に見られるのみである。 これらは雨龍炭田の一般的な構造方向である北西~南東の方向にしたがって分布している (12~14) (26) [ この図幅域の第三紀層は主として魚住悟によって検討された ]

A) 雨龍夾炭層

この地層は古第三系に属するもので, 北海遁中央部の石狩統の, 主として, 上部に対比されているものである。 上, 中, 下部層の三つに分たれる。 この図幅には主として中部層と下部層が分布している。 恵比寿図幅地の昭和炭山附近に標式的に発達するものが, 北西 ~ 南東の断層系にはさまれて, この地域にまで拡がってくる。 中央部の蛇紋岩帯と接するのであるが, その関係は南北方向の衝上断層で蛇紋岩におしかぶせられるものと推定されている。

下部層 は砂岩と礫岩の互層を主としている。 礫岩の礫は角稜のある珪岩礫がもっとも多く, 一部には, 神居古潭変成岩類の緑色片岩が見いだされている (26) 。 中央部蛇紋岩體に近い位置にあるが, まだ, 本層に礫として蛇紋岩のあることは確められてはいないようである。

中部層 は砂岩と頁岩の互層であって, 炭層はこの層準にふくまれている。 下部層, 上部層にくらべもっとも広い分布をもっている。 この図幅地域にも本層は多く見られるのであるが, その炭層の発達は悪く, 炭質頁岩様の薄いものが見られる場合が多い。 ポンニタシベツ川流域にはかつては小規模に採掘されたものがある。 これらは西部にいたるにしたがって, その炭層も厚くなり, 昭和炭山附近では, 時には 3m に達する。

上部層 は砂岩と砂質頁岩の互層で, それに炭質頁岩, 礫岩をふくんでいる。 Corbicula, Ostrea 等をふくみ, 石狩統の上部蜆介化石層に対比されている。

B) 幌新層

本層は新第三紀川端統に相当するものである。 この図幅地には, 雨龍夾炭層の北部と南部とに分れて分布される。 雨龍夾炭層をいちぢるしい不整合でおおい, また, 神居古潭帯の岩屑をも不整合におおっている。 神居古潭帯はその後の隆起量の大きいため大部分の幌新層は削剥されてしまっているが, 各所に, 残った小露出が見られる。 本層は下部の幌新泥岩層と中部の幌新砂岩頁岩互層および上部の多度志黒色泥岩層とに分たれる。 幌新泥岩層は礫岩を多くふくむ岩層である。 幌新砂岩頁岩互層は黒色泥岩のみの岩層である。 この両者はここでは上下関係にあるものとしたが, 同時期の堆積層の岩相のちがいによるものであるかの疑もある。

幌新泥岩層: 北部では岡田の澤上流域一帯に, 南部では雨龍川ぞいに, 神居古潭変成岩類, 蛇紋岩にそってひろく分布している。 北部ではいちぢるしい礫岩を主とし, これに砂岩泥岩をまぢえている。 礫岩の礫には蛇紋岩, 藍閃石岩が多量に見いだされる。 とくに, 坊主山のまわりには礫岩がいちぢるしく発達し, それを遠ざかるにしたがってすくなくなっている。 礫岩層にはさまれる緑色砂岩の一部から, 化石が得られている。 魚住悟によってつぎのようなものが識別された。

Ostrea sp. Spisula grayana (Schrenk)
Laevicardiam shiobarense (Yokoyama) Spisula ezodensata (Kubota)
Pitar okadana (Yokoyama) Turritella sp. cfr. fortilirata Sowerby
Pitar okadana (Yokoyama) var. Polinices sp.
Macorna sp. Crepidula jimboana Yokoyama
Solen sp.

南部に分布するものは, 北部とは様子がちがっていて, 細粒礫岩と粗粒砂岩および頁岩の規則正しい互層で, 石狩炭田地域の川端層の標式的な堆積様式がしめされている。 しかし, その一部にも, 幌成附近で見られるように, 泥岩のいちぢるしい部分もあるが, それも南にいたるにしたがって礫岩・砂岩をはさんで, 標式的なものにうつりかわっている。

幌新砂岩頁岩互層: 本層はほとんど黒色の頁岩のみで, まれに薄い砂岩をはさむのが見られるのみである。 この黒色頁岩にはいづれの場所でも層理がはっきりしめされている。 この図幅内では岡田の澤上流域と, ポンニタシベツ川下流部に分布するが, ともに隣接地城に広くつづくものである。

多度志黒泥岩層: 本層は無層理の塊状黒色泥岩からなっていて, まれに砂質頁岩または砂岩の薄層をはさむ部分が見られるものである。 風化面は褐色に染り, 一見幌内層の頁岩に類似する。

主として, ポンニタジベツ川下流部に, 北西にのびる向斜部の中心にその分布を見る。

C) 瀧川層

本層は新第三系の最上部層である。 上にのベた第三紀層とはちがって分布範囲がいちぢるしく限られ, 雨龍川ぞいの南部の低地帯をうずめて小区城に, ほとんど水平層となって分布している。 下部に白色または黄色の凝灰岩があり, それをおおって浮石や火山岩, チャート, 千枚岩, 蛇紋岩などの礫をふくんだ頁岩層が見られる。 一部に, Mya cuniformis Bohn, Acila sp.などの密集するものが見られる。

第七章 第四紀層

巾ひろく開析された谷あいは, いづこも洪積層, 沖積層にうずめられている。 そのうちでも, とくに, 北部の幌加内・沼午を中心とする盆地には 径 4 km ほどの範囲にひろい洪積層の発達が見られる。 この幌加内・沼牛盆地の洪積層では, その洪積礫層が厚く粘土層におおわれている点が, ほかにくらべていちぢるしくことなった点である。 以下に, 主として, 幌加内・沼牛盆地内の洪積層についてのべたい。

i) 堆積相について: 高安昌明 (53) によって盆地内に点在する農家の井戸掘りによる, 多数の場所の洪積層の柱状断面の資料が集められている。 この柱状断面では, 場所場所によって, いちぢるしいちがいがあって, 一つの層をひろい範囲にわたってむすぶことができず, いたるところに連続性のないレンズ状になった層をはさみ, きわめて規則性のない堆積状態がしめされている。 しかし, 大まかにみて, とくに山ぞいの地域, 基盤岩のちかい場所などでは, 下部に礫層, 砂層や粘土層が不規則に交互し, 泥炭層をはさむ地層があって, これが約 3m ぐらいの厚さの粘土層に覆われているのがひろく見られる。 このように二つの部分に分けることのできるのがこの盆地の洪積層の特徴である。

上部の粘土層はその地表側は酸化鉄に染って赤褐色となっている。 その下方は, 酸化鉄に染らない, 青色粘土となっている。 これはどこでもー様な粘土層となっていて, つぎにのベる下部層にくらへ, あまり不規則さがない。

下部層は, おなじく, 青色粘土をふくむが, 礫層, 砂層, 泥炭層と交互するものである。 たとえば, 水銀山のまわりを見ても, 東側では 2.5 m の厚さの上部粘土層の下位に後にのべる耐火粘土層を見るが, 北側では, これに相当する部分は, おなじ上部粘土層におおわれた, いちぢるしい礫層になっている。 これらの礫層の礫は大小種々の不揃いのものであるが, 最大のものでも 4~5 cm にすぎない。 盆地の内部には泥炭層をはさむ場所が多い。

このひろい洪積地の中に, 沼牛停車場と沼牛市街地の中間と, 新成生 シンナリウ にある湿地帯は現在も泥炭ができつつある。 これは沖積層とされるものである。 この地点をポーリングした記録によると, 地表から 12m までの間, ほとんど泥炭で, その間に粘土層や砂層の薄層がはさまれているにすぎない。 ここには上部をおおう粘土層も見ることができず, 上から下まで泥炭のみでできている。

ii) 盆地内の地形について: この盆地内にはかなりの高低差がみられる。 新成生の泥炭地の北西側に, 水銀山につづく丘のあたりから N40°E の方向に, 巾せまく一つの堰堤様の地形で少しくもり上った地帯を見ることができる。 鉄道の切割りで, この地帯の下部礫層の一部が N40°W の走向で東南に約 15°ほど傾斜しているのが観察される。 またこの地帯の北西側は急崖になっていて, 幌加内の沖積地にのぞんでいる。 このようなことは, この洪積層の堆積の後, この細長い地帯のみが, 傾勤して, 堰堤状に隆起したことを物語るもののようである。 新成生, 沼午川ぞいの湿地帯もこの堰堤状地帯のせき止めによって, 下流部への拡りをとぢられた形となっている。

盆地内で, 雨龍川のまわりに広く発達する沖積地にも少しく高度差が見られる。 上にのべた地帯に並行して約 1m くらいの高さの段丘があり, それの東南側には広く湿地帯ができていて, 泥炭をつくっている。 これらも新成生の湿地帯に類似したものであろう。

後にのべるように, 鷹泊地方の蛇紋岩體には, 洪積期の間に他にくらべいちぢるしい隆起のあったことがみられる。 そのような大きな動きがある地帯に隣る地域に多少の変位運動のあることを考えても, あまり大きな矛盾はあらわれないであろう [ 高安昌明による ]

洪積期の堆積物とみられるもので, いま一つ持異なものがこの図幅地内で見だされる。 それは蛇紋岩體の中に見られ, 一般に "コンクリー體" とよばれているもので, 角稜のある蛇紋岩と徴閃緑岩の岩礫が, 泥質物に硬く膠結された礫岩である。 これは, 主として澤ぞいに見られ, 一種の段丘堆積物の形をもち, おのおのの澤にすくなくも 3 段は見ることができる。 その分布する位置がかなり決っていて, 高度 200 m あたりには大ていの澤にこれが見られる。 その上位に, 場所によっては 3~4 段見られるところがある。 高度 300 m から 35O m のあたりで, 地形の章でものベた, 平坦面の広くみとめられる位置であるが, この礫岩がいちぢるしくひろがっている。 その上位 450m あたりにもこの種の礫岩が見いだされる。

この礫岩の礫は蛇紋岩が主體で このほかには微閃緑岩が見られるだけで, 他種の岩礫はほとんど見ることができない。 礫は 1m から 50cm ぐらいの大礫が多いが, 高所のものは礫が小さく, また, 角稜がいちぢるしくないものが多い。 おなじような状態で, 蛇紋岩をおおう幌新層が点々と見られるので, その両者を区別するのがむずかしい場合がある。

第八章 火成岩類

A) 蛇紋岩

この地域には蛇紋岩がいちぢるしくひろい範囲にわたって分布している。 ここでは神居古潭変成岩類の間にはさまれて分布する蛇紋岩體は一般に小さく, まわりの片理の方向に長くのびたレンズ状の形になっているが, 変成岩類とまわりの白亜紀層との間に見られるものでは, 岩體が大きく広い面積をしめ, その一部は円形の輪廓にふくらんでいる。 とくに, 鷲泊北方の岩體は径 8 km もある大きなふくらみで, これは神居古潭帯の蛇紋岩のうちでもっとも大きな岩體になっている。

この蛇紋岩は, 変成岩を貫くが, また一方, 白亜紀層をも貫いている。 しかも, つねに蛇紋岩が変成岩類と白亜紀層の間に迸入していて, 両者をわけへだてている。 たとえば, 北部に見られる下部菊石層はオサルンナイ附近では, 巾 Ikm ほどの蛇紋岩をはさんで変成岩類と対している。 この関係は北部にそのままのびて, 両者が約 1OO m 内外に近づくが, つねにその間に蛇紋岩が見いだされる。 東北部にも図幅外の地域にわたって大きくひろがる蛇紋岩體があるが, そのさらに東側にもこの地域の変成岩とへだてられている白亜紀層が分布している。 変成岩類の中にはさまれている蛇紋岩體は, 多く巾 1OO m 内外の小さな岩體である。 このような蛇紋岩は南部に多いが, この図幅地内ではあまり多く知られていない。

これらの蛇紋岩を見ると, 多量の蛇紋岩の破砕片をふくみ, ほとんど粘土化していて露出では広く地崩れなどしめしやすいものと, 粘土化がまったく見られず, 全體が固い塊状の蛇紋岩で, 節理系が規則正しく発達し, 一般深成岩の特徴がよく現れているものとがある。 たとえば, 鷹泊北方の大きな蛇紋岩では浅羽山を中心として, 雨龍川から東部の山地はほとんどが塊状の蛇紋岩で構成されている。 それにたいして, 岩體の北部の岡田の澤, ニセイパロマツプ川のそれぞれの流域は角礫岩状に粘土化のすすんだ蛇紋岩がいちぢるしく, いたるところに地崩れが見られる。 しかしその間にも塊状の蛇紋岩は所々に見られる。 岩體の西部, 南部では, 塊状のものと角礫状のものがいりまじり, とくに, その一方がいちじるしい範囲は定められない。

第3図

岩盤の各所で観察した節理系の方位をみると, 第3図にしめされるように, そこにはかなり規則性があるようである。 それは, 外観して, 北西 - 南東方向のものと, 北東 - 南西方向のものとが, とくに主要な方向であることで, そのうちでも, 浅羽山では東北 - 南西のものが東西方向に少しく近づく傾向が見られる。 後にのベる脉岩は, 多く, この節理に並行して迸入しているので, その方位がその場所の節理面のひとつをあらわすものとみてよい。 蛇紋岩の崩れなどのために, 露出不良の地域が多いので, この節理系を充分にまとめて記述することはできないが, 大要以上のような特徴をみることができる [ 木崎甲子郎による ]

これらの蛇紋岩體の中には, 新鮮な橄欖岩は見ることができないようである。 ほとんどすべてにわたって橄欖岩が完全に蛇紋岩化されたもので占められている。 塊状の蛇紋岩でもは, もとの橄欖岩の構造がくずされずに残っていて, それの性質を推定することができる。 それによると, 橄欖石のみでできているダン橄欖岩質のものと, 輝石類 (これはすべて絹布石に変っている) を含む輝石橄欖岩質のものとがある。 鷹泊北方の蛇紋岩體を見て目だつことは, 雨龍川の東部 浅羽山を中心とする山地を構成するものがほとんど 輝石橄欖岩の蛇紋岩化したものである点である。 雨龍川の西部になると, ダン橄欖岩起源のものと輝石橄欖岩起源のものとが入りまぢって, とくに, はっきりした傾向性を見いだすことができない。

先に角礫様になった蛇紋岩とのべたものは, 粘土化した軟い蛇紋岩の中に 角礫状になった塊状の固い蛇紋岩が多量にふくまれているものである。 この角礫は塊状の蛇紋岩が破砕してできたものか, または, 塊状の蛇紋岩の網目の糸の部分のみが粘土化し, 網の目の部分が粘土化をまぬかれて角礫様の形になって粘土中に残るものか, 明らかでない。 岩體中にこれが分布する様子をみると, 特定の破砕帯というような位置に限られず, 広い範囲が一帯にはげしい粘土化をしている場合が多い。

他地域の蛇紋岩體に見られるように, この地域の蛇紋岩にも優白質の岩脉が数多く見いだされる。 この優白質岩脉に地域性があって, 地域がちがうと, その岩脉の性質がちがうことが知られている。 この地域の岩脉は徽閃緑岩であって, ほかの種類はまったく知られていない。

この岩脉は, 大きなものでは 10m, 小さなものは 1m ぐらいのものまで見られる。 板状となって方向性がはっきりし, かなり延長方向につづいている。 その方向は, さきに述べたように, まわりの蛇紋岩の節理のひとつに並行するのが普通である。 この岩脉は鷹泊北方の岩體にとくに多く, それは岩體の中央部で N30°W の方向をしめすものが多い。 それらはほとんどが蛇紋岩體の内部にのみ見られるが, 鷹泊の小川団體附近に蛇紋岩體を外れ, 変成岩中にただひとつこの岩脉が示されている。 東北部の大きな蛇紋岩體にも, おなじく徴閃緑岩質岩脉が見られるが, それはきわめて稀である。

蛇紋岩の岩質: 蛇紋岩には, 肉眼で見ると, いろいろの外観をもったものが区別される。 その多くは, 緑をおびたまったく光澤のない黒色で, 激密な岩石であるが, 青緑をおびて軟くなったもの, 脂感のいちぢるしくなったもの, また, ほとんど粘土様になったものなどがある。 風化面では数 cm の厚さに茶褐色になっている。 蛇紋岩の原岩に輝石がふくまれていたものでは, その輝石の絹布石化したものが 無光澤の黒色基地中に 5mm 内外の大きさで光澤をはなつのが目だつ。 そのほか, 鉱物や組織を区別できないが, 小量ともなわれるクローム鉄鉱が点々と見られる。

薄片で観察すると, 外観のいろいろなちがいはあまり大差のないもので, i) 橄欖石が蛇紋石化をまぬがれて小部分に残っているもの, ii) 全體が蛇紋石化しているが その蛇紋石の組織に原岩の橄欖石や輝石の形, 構造が伺えるもの, iii) 温石綿脉や蛇紋石が大きく成長していて, i) ii) の組織や構造がまったく失われているもの, 等が区別される。

i) 橄欖石の残っているもの: 橄欖石は従横に走る網状の割目にそって蛇紋石化され, 0.1 mm 位の円粒状になり網糸の間に新鮮のままで残っている。 蛇紋石は微細な繊維状となって割目の壁に垂直にならび, 橄欖石を交代している。 輝石は劈開にそって同じく蛇紋石化されるが, その繊維は, 輝石の主軸に並行し, 輝石全體の方位を乱さず, いわゆる絹布石となっている。 橄欖石も輝石も, 一部が蛇紋石化されても, その方位を 乱さないので, 原岩の組織, 構造を残存する部分からうかがうことが出来る。 それによると この橄欖岩は, 平均 2mm 程度の大いさの一般に楕円形に近い形になった橄欖石の密集體であって, 輝石はその間を埋めた形になっている。 この輝石は斜方輝石であって, 検鏡した資料では, すべて, 橄欖石粒間を埋めた, まったく他形のものであるが, 浅羽山山麓の, この岩體から洗い出されたとみられる, 砂クローム鉄鉱床には, 結晶形をしめす長柱状の斜方輝石が多量に見いだされている。

この他に見られるものは, クローム鉄鉱のみで, 薄片では濃赤褐色になった O.1 mm 程度の自形のものや, 粒状のものがあるが, その量はきわめて少い。

ii) 全體が蛇紋石化したもの: 全體が蛇紋石の集りであるが, その組織は, 橄欖石を残すものに類似する。 つまり新鮮のまま残っている橄欖石の部分が, 葉片状の温板石 (antigorite) の集りに変っている。 こうなっても, i)で見られた, 橄欖岩を網目状に切り繊維を壁に垂直に並べた細脉と 残っている橄欖石の暇像である葉片状温板石の集合部分との 区別が極めてよく組織に保存されている。 この蛇紋石化した部分には微細な粒状または針状の鉱物が多量にできている。

一部には, 上にのベた i) または ii) の組織を切り, ひじようにはっきりした対照をしめして, はるかに粗い巾 0.1 ~ 0.3 mm 程度の繊維を 壁に垂直に密生させる温石綿質の脉ができ, さらに細脉を多く分岐させている。 粒の大きい鉄鉱が, この脉の中央部に見られることが多い。 大まかにみると, この脉の走りかたには二つの方向があって それが互に切りあい, 薄片では, 格子状になっている。

iii) i), ii)の組織がほとんど失われているもの: ii) の下段に述べたような, 粗く切る温石綿脉がいちぢるしくなるとともに, 0.5 mm 程度の葉片状集合をした温板石が多くでき, 橄欖石を交代した組織をまったく置き換えてしまう。 温坂石脉が, 緑泥石脉であったり, 炭酸塩鉱物脈であったりする。 いちぢるしく粘土化して露出で崩れているようなものも この iii) に類似するものとみられる。

このような三つの型がおたがいにどのように関連しているかについては, 斎藤昌之 (44) によって, 鷹泊ダム建設地の岩盤調査の際に, 観察されている。 それによれば, その岩盤は蛇紋岩で, 1 m 内外の間隔で一つの方向に節理面がよく現れている。 一つの節理面と次の節理面の中間の部分は, i) 岩質であって, 少しく橄欖石の残存するものもある。 そのうちに微細な肉眼でも認められる, 温石綿脉が節理面と並行に, またわ垂直にできている。 節理面をはさんで厚さ 20 cm ぐらいの範囲は 前者よりは黒味が勝った激密なものとなっていて, そこでは, 橄欖石はすべて蛇紋石化され, ii) の性質のものとなっている。 また顕微鏡的な温石綿脉もいちぢるしい。 節理面に沿うせまい範囲は, 軟く, もろくなっている。 この部分には iii) の性質が見られる。 新藤昌之によれば, 橄欖石の蛇紋岩化の過程が, この i) から iii) の順を追うて行われるもので, 岩盤にあまねく見られる節理系は 蛇紋岩化に対しである役割をもつものとみられている。

蛇紋岩にともなわれる微閃緑岩の性質: この岩脉は, このような広い岩盤の中に散らばるにもかかわらず, 細粒, 粗粒の別があるていどで, ほとんど, ー様の性質をもっている。 白味の勝った中粒から細粒の, 汚れた感じのする岩石で, 不透明になった斜長石と, 少しく緑を帯びた黒色の角閃石が区別される。 一部に見られるように細粒のものは, 組成鉱物が区別できない黒色緻密のものとなっている。 これらは硬く, 塊状になって, 蛇紋岩に突出して露れいる。 蛇紋岩との接触部では, せまい範囲で, 蛇紋岩が粘土化して崩壊し, またこの徴閃緑岩は緑泥石化, 蛇紋岩化をこうむっている。

中粒のものを観察すると, 長柱状になり, 自形性のはっきりした斜長石が主體となっていて, その間を埋めて褐色角閃石が見られるものが普通である。 しかし, 一部では, 有色鉱物は輝石が主となり, また, まれには橄欖石が見られるものもある。 全體が汚れ 斜長石はソーシュル石化し, 有色鉱物は緑泥石化している。 一部には少量の石英がともなわれている。 斜長石の輪郭に薄く, または, 結晶の間隙に, 曹長石が見られ, それは新鮮で汚れていない。

輝石は多く そのまわりに褐色角閃石をともなっている。

褐色角閃石は, ときに自形をもつこともある。 緑色を帯びた褐色から淡黄色にわたる多色性をもっている。 大部分はまわりから繊維状の青緑色角閃石に変わり, 榍石, チタン鉄鉱, 緑泥石が広くともなわれている。

細粒のものは黒色となり, ときに, 岩脉の壁にそって見られ, またそのあたりで粗粒岩に捕獲されている。 斑状構造をもち, その斑晶はいづれも角閃石のみである。 その石基は長さ 0.1 mm ぐらいの柱状になった斜長石と 褐色または緑色の角閃石との集合體である。

B) トロニエム岩 (Trondhjemite)

蛇紋岩にともなわれる脈岩類にはいろいろな種類があるが, そのうちでもトロニエム岩は, 各所に見られ, その代表的なものである。 この地域では中央部の蛇紋岩體には, さきにのベたように, 微閃緑岩のみが見だされているが, その蛇紋岩體をすこしはなれた南部の幌内川の下流部幌成附近に, 巾 2000 m ほどにもなり南北にのびたトロニエム岩の大きな岩體が知られている。 これは神居古潭変成岩類の中に迸入し, そのまわりの千枚岩中に黒雲母を生じさせている。 また, それは幌新層におおわれるものである。 この岩石はかつては, 建築石材として採掘されたこともある。

白色の粗粒な岩石で, 斜長石の斑晶状になった自形結晶が目だつ岩石である。 短柱状の自形状の強い斜長石の間を 不定形の石英がうずめる構造がこの岩石の特徴であって, 有色鉱物は少量の黒雲母がこれにともなわれるにすぎない。 斜長石は An 30 内外のもので, 岩石の約半量をしめ, 多く分解して汚れ, 絹雲母, 陶土等になっている。

幌成産のものについては, 以下のような根本忠寛による化学分析値が知られている (24), (31)

Si O2 70.45
Ti O2 0.10
Al2 O3 16.43
Fe2 O3 0.37
Fe O 0.71
Mn O 0.03
Mg O 1.53
Ca O 3.1
Na2 O 4.43
K2 O 1.07
P2 O5 0.58
H2 O 1.54
lg.loss -
100.35
(産地・雨龍郡多度志村幌成, 分析者・根本忠寛)

C) 玄武岩

鷹泊市街地のあたり, 雨龍川の西岸に, 小さな玄武岩の丘陵がある。 この玄武岩は蛇紋岩を覆い, また, 瀧川層をも覆うものであるらしい。 凝灰岩などは近くに見られず, 熔岩のみが台地状に流れでたものである。

これは, 雨龍, 空知地方から留萌地方にわたって, 他種類の火山岩をまったく見ない第三紀層地帯に, この種の玄武岩のみが小さな岩脈または熔岩丘となって, 点々と分布守するものの一部なのである。 その一部で, 瀧川層を切る岩脈となっているものが見られるため, 全域の玄武岩は瀧川世の末期, または後瀧川世に活動したものとみられている (43)

これは典型的な橄欖石玄武岩で, その岩質は, 第三紀層地帯の広い範囲に点々とちらばっているのにもかかわらず, いすれの場所のものにもまったく同じものがしめされている。 多量の橄欖石斑晶をもち, 石基は斜長石と単斜輝石の 填間構造をしめす, ガラスのほとんどみられない岩石である。 斑晶橄欖石は 2V = (-)85°, 斜長石は An 75, 輝石は c∧Z = 44°, 2V = (+)55°の性質をもっている。 石基の斜長石の間が, ときとして, An 20ぐらいの灰長石分にとほしい斜長石にうずめられている。 石英が見られることがまったくないのであって, 玄武岩のうちでは, 大陸に知られるものに似た, アルカリ岩に近い性質をもつものである。 南に隣接する深川図幅のタコツプ山はおなじ玄武岩であるが, 勝井義雄によって以下のような化学分析値が得られている。

Si O2 47.52
Ti O2 1.39
Al2 O3 18.57
Fe2 O3 4.58
Fe O 5.15
Ca O 10.82
Mg O 7.25
Na2 O 3.03
K2 O 1.30
H2 O 0.59
100.22
(産地・雨龍郡多度志村タコツプ山, 分析者・勝井義雄)

D) 安山岩

図幅地の北東部上川郡~雨龍郡界の和寒峠附近に, 神居古潭変成岩類, 蛇紋岩を覆い, 郡界の山陵にそって薄く, 安山岩の熔岩流が見られる。 これは比布図幅地に入って広い分布をしめすものの一部で, 洪積世の古期の火山活動によるものとみられている。

斜長石の細粒斑晶を多量にもった, 多孔質の岩石で, 角閃石安山岩と複輝石安山岩が区別されるがその相互の関係は明らかでない。

第九章 地質構造

これまでに, 各章で, それぞれの岩層の地質構造についてのベてきたが, それだけでは充分に問題を扱えないので, つぎに, 図幅地域全體の構造的な問題をまとめてのべたい。

この地域の主要な構造上の特徴は, 神居古潭帯と第三紀層地帯との二つが相対していることと, いま一つは, 神居古潭帯のうちで, 外側の少しも変成をうけていない白亜紀暦と いちぢるしい変成岩類とが 蛇紋岩をはさんで相対していることである。

変成岩類で構成される地帯は, すでにのべたように, それぞれの岩種を主とする緑色片岩帯と千枚岩帯とに分けられ, それらは下部層に千枚岩, 上部層に緑色片岩をおいて いくつかの背斜向斜をつくったかのように配置されている。 その一部は, 幌内川上流部でみられるドーム構造が, 上江丹別峠のまわりに盆状構造をつくるものにうつりかわっている。 このようにして幌加内から南北にむいて 70 粁の間に おなじような構造をしめす変成岩帯をつくっている。

白亜紀層は図幅の北部に広くつづくものの一部が図幅地にあらわれている。 これは神居古潭帯を形づくるものの一部である。 神居古潭帯のほかの場所, とくにより北部では, 白亜紀層鬼刺層がこの構造帯の主體をつくっている。 この図幅地のまわりを見わたすと, そのように神居古潭構造帯をつくる性質の白亜紀層の中に 変成岩帯がくさび形にはまった形とみることができる。 いちぢるしい蛇紋岩の迸入は このような白亜紀層と変成岩帯の間の不連続面にそって行たれたものとみられる。 白亜紀層は蛇紋岩に接するあたりで小褶曲をくりかえし, たたみこまれているが, それをはなれて西側にいたるとゆるやかな構造になっている。

このような構造的関係は, 神居古潭構造帯をつくった衝上的構造運動のために 深部にあった岩層が動力的変成をうけ, そこに変成岩が生れ, それがさらに構造運動に動かされて, この構造帯の上部をつくっていた白亜紀層の間をおし分けて上昇し, また同時に 蛇紋岩がその境目にそって迸入したことによってもたらせられたと考えられている。

第三紀層堆積の時期には, 上にのベだ三つの構成要素 - 白亜紀層, 蛇紋岩, 神居古潭変成岩類 - は一體となり, 第三紀層堆積区域に対して地背斜的地帯となり, 隆起地帯を形づくったものとみられる。

雨龍夾炭層が堆積し, 幌内層の堆積も終って新第三紀に入った時期に, 大きな構造運動のあったことが考えられ, これまであまり地表にあらわれなかった神居古潭変成岩類や蛇紋岩が いちぢるしく礫となり幌新層の礫岩中に流れこんでいる。 幌新層は擾乱された夾炭層と 上昇した神居古潭帯とを不整合にひろくおおったのであった。

その後, 瀧川層の堆積前に第三紀層地帯ははげしい擾乱をうけている。 このために複雑きわまりない地質構造が生じたのであった。

この地帯の特徴はとくに 西北 ~ 東南方向のいちぢるしい断層系の発達していることであって, 各層の分布もこの構造にしたがっている。

この運動は神居古潭帯の領域にもいちぢるしく行たれたようで, 新第三系幌新層がひろく古期岩類をおおうが, いたるところ断層に切られ, 基盤岩の間にはさまれている。

しかし, この構造運動でもっともいちぢるしい点は, 神居古潭帯が第三紀層地帯に対して, 南北に走り, 南部では西北~東南に曲る衝上的な断層で接するにいたったことで, とくに, 中央部の蛇紋岩體の西側には, その断層系に衝上的な形がいちぢるしくあらわれている。

この構造運動が終ったあとは, この地域は静穏にすぎたが, 洪積世には, 中央部蛇紋岩體のみが他より大きな隆起を行ったもののようで, 雨龍川は回春して搬入地形をつくり, また, それに堰きとめられて, 沼牛盆地にはいちぢるしい湖沼堆積層をつくった。 この堆積層のうちにも, 水銀山のあたりから東北方にのびる細長い地帯の傾動隆起がおこり, 新成生, 沼午の沖積湿地帯をつくったのであった。

第十章 応用地質

a) 概観:

この図幅地域は, ほかにあまり例を見ないほど, ひろい範囲にわたって蛇紋岩が露出する地域であるため, ここに見いだされる有用鉱物鉱床にも, それに関係した, 特有のものがある。 ひろく知られているものは, 鷹泊北方の大きな蛇紋岩體から洗い出されて漂砂鉱床となっている砂クローム鉱床と, 砂白金鉱床であるが, そのほか蛇紋岩中には, 塊クローム(山クローム)鉱床や, 石綿鉱床も小規模のものが二三の地点から知られ, また古くから注目されている水銀鉱床もある。

変成岩中には輝緑岩に伴ってできたらしい含マンガン赤鉄鉱床が見られるほか, 石灰岩などがあるが, いづれも小規模で, また搬送の便の悪いため開発されていない。

本地域の西部にひろく分布する第三紀層中には, 雨龍夾炭層があって, それらの岩層は, 隣接恵比寿図幅地に入れば, 昭和炭鉱, 浅野炭鉱等によって開発されている。 この図幅地域では, この雨龍夾炭層中には, 炭層のふくまれるものはあまりない。

沼牛盆地には, その洪積層の一員として, 耐火粘土層が知られ, かつては採掘されていた。

b) 蛇紋岩区域の鉱床

i) 塊クローム鉄鉱床:

神居古潭帯にそって分布する蛇紋岩には, クローム鉄鉱が二三のちがった型式でともなはれている。 その一つは, 蛇紋岩中に散点してクローム鉄鉱があって, それらが洗い出されて山麓に漂砂鉱床となっているもの, 他はクローム鉄鉱が密集塊になって蛇紋岩中に鉄體を形づくるものである。 このクローム鉄鉱床の分布の上でいちぢるしい特徴のあるのは, 神居古潭帯の南部では塊クローム鉄鉱床のみが見出され, 北部では塊クローム鉄鉱床がほとんどなくて, 漂砂鉱床のみが知られていることである。 このようなちがった2つの鉱床区の境界は, だいたいこの図幅地域であるとみてよいようで, 砂クローム鉄鉱床と塊クローム鉄鉱床の2つの種類が見いだされる。

塊クローム鉄鉱床は, 鷹泊北方の蛇紋岩體の北辺にあって, ニセイパロマップ川中流部の瀧の上あたりで, 下部菊石庭との接触部近くに知られている。 鉱床の周りは一帯に粘土化がはなはだしく行われ泥状になっている。 この中に経 10 cm~20 cm の球形になった塊状鉱石が含まれている。 鉱石はすべて円滑な球型をしている。 これはクローム鉄鉱の密集塊であって蛇紋石等はほとんど含まれず, 南部地域の鉱石と変りないものである。 昭和15年頃少しく採鉱され, 附近の流鉱とともに採集されたが, その後放棄されているようである。 この他, 鷹泊市街地と上江丹別市街地の中間の山稜にある小さな蛇紋岩體にも 塊クロームの存在することが知られ, 昭和16年頃採鉱されたといわれるが, 詳細は不明である。

ii) 石綿鉱床:

蛇紋岩體の内には, どこにでも, 1 mm 内外の温石綿の細脉ができているのを見ることが出来る。 しかし, より厚く温石綿脉が比較的密集してできている箇所は, まったく知られていない。 この区域の蛇紋岩にも, これまでに, 2, 3 の箇所に探鉱が行われてきたが, いづれも稼行までにはいたらないでいる。 それらは, 沼牛駅南部の鉄道路線と国道の交叉点附近の山地で一ヶ所, 幌加内市街地の東方山地, および, 上江丹別市街地北方で, 雨瀧団體東側の澤等が主なものである。 いづれの場所でもその周囲に温石綿の紬脉が多く見られ, それらの小局部にむらがってやや長織状の脉がある。 雨龍団體奥では最長 1.2 cm のものが見られた。 塊状蛇紋岩中にあって, 節理系に並行した方位に温石綿脉ができている (45)

iii) 砂クローム鉄鉱床 (36, 37) :

沼牛盆地のなかで, 蛇紋岩の山麓のあちこちに洪積層中の砂層に混じって, 場所によって量の多少はあるが, クローム鉄鉱が見いだされる。

このような地域は, 背後の山地一帯が蛇紋岩で占められ, この山地のなかへ入江のようになって広い洪積地が入りこみ, この地内が葦原になっているiような湿潤地があると, そこに多く砂クロームが見られるようである。

この代表的なものは, 水銀山の南方向い側にある幌加内土谷クローム鉱山である。

この鉱山は水銀山の南西方 358.2 m 三角点から, 水銀山南方 258 m 高地にわたる範囲を集水区域とし, 巾 700 m 奥行約 2000 m の広く入りこむ洪積地を鉱区としている。 幌加内川の最下流の支流がこの洪積地内を洗れ, その下流部で, 幌加内川への合洗点に近い地城が, 主として稼行されている。

この洪積層は粘土層と砂礫層の互層であるが, その堆積状態はきわめて不規則で, 互に薄失し, レシズ状となり, 膨縮する。 ひとつの場所では 10 cm 内外の砂層, 粘土層礫層の互層態が見られるが, これより 7 m はなれた場所では全層が粘土のみになっている。

これら粘土層砂層の互層のうち砂層を併せれば, この稼行地域全體として平均すると 1.0 m 内外といわれている。 表土は, 洪積地の中央部では 20 cm 内外であるが, 山際に近づくといちぢるしく厚くなる。 したがって, 稼行地域は現在の川の流路附近に限られている。

クローム鉄鉱は砂礫層の部に含まれている。 そのうちでも, とくに地表より 1 m 内外の位置の砂礫層に含有量が多く, その砂礫層中に黒縞となってふくまれている。 これらの砂礫層中のクローム鉄鉱含有量は平均して 7 % 程度といわれている。

この洪積層中には, 流木, 葦, 笹等の根の類が埋没されているものが多く, 砂クロームの採取に困難する。

この附近では, 蛇紋岩の山麓地域にある洪積層の砂クローム鉄鉱含有量が調べられているようであるが, 地域によって, その量はかなり変化があるようである。

採取方法は, 土谷クローム鉱山では, まず現場で粘土と砂礫を水洗して分け, 砂礫のみを採取する。 これによって原鉱品位 15~20 % となる (粘土塊にも多量の砂クロームが附着するので, 冬期の凍結により粘土塊を破砕し, ふたたび翌年, これから砂クロームを採取する)。 これらをウヰルプレー・テープ'ルにて撰別する。

iv) 砂白金鉱床 (46)

砂白金鉱床は本邦のうちでも北海道の神居古潭帯の蛇紋岩地帯にのみ限られ, ほかに見ることはできない。 これらには, クローム鉄鉱床の分布にも似て, 偏った分布状態がみられる。 つまり鉱床は神居古潭帯のうちで, 主としてこの図幅地域から北部に多く, より南部では, 主要な鉱床はわずか夕張山地にーケ所知られているにすぎない。 この図幅地で, 鷹泊北方の蛇紋岩體をめぐる白金の漂砂鉱床はもっともひろく, また規模の大きいことで知られている。

白金の知られる地域はやや限られていて, 北部のニセイパロマツプ川下流部から, 南の岡田の澤下流部にわたる範囲, それから南に下って雨龍川本流ぞいにつづき, さらに三耕地にいたって巾 1OOO m 以上にもわたるひろい洪積地, 沖積地の鷲泊市街地附近にまでわたる範囲がその主な地域である。 そのほか, ヌプホロマップ西部の山地, 浅羽山西南部等, 雨龍川にそった高位段丘礫層のあると思えるあたりに知られている。 また, この蛇紋岩體から西南方沼田町に向って流れる, ポンポンの澤にも少ないながら見ることが出来る。

この砂白金ば, おなじ蛇紋岩體でありながら, まったく見いだすことのできない地域もあって, 多くの砂金採取人の経験を通じてみても, どうも, 砂白金の発源地は限られたせまい範囲であって, そこから洗い出されて, 下流部に流れ下るものでわなかろうかとみられている。 島田要一氏は長年の砂金採取人の指導かたわら多数の資料を集められている [ 島田要一氏の談話による ] 。 それらの一つに, これまでに見出された砂白金粒のもっとも大きいものの重量と場所の記録がある。 第 4 図はそれを示す。 これによると, 北部ニセイパロマツプ川, 岡田の澤の下流部に, しばしば 6 grより 7 gr にも達する最高重量のものが知られている。 これが雨龍川本流に入ると遥かに小粒のものとなる。 新設グム附近では O.2 gr のものとなり, 鷹泊ベンケ附近では 0.1~0.2 gr であるが, 鷹泊市街地に下ると 0.003 gr になり, ぐっと小粒になる。 幌成の駅をすぎ下流不知火あたりでは, ほとんど粉状のものより見られなくなっている。 鷹泊市街地西北方山地のいくつかの小澤にかなりの砂白金が見られ, それらにやや大粒のものが知られているが, これらは雨龍川本流が新設ダム附近から真南に流れていた時期の河床礫層から, ふたたび洗い出されたものとみられている。

砂白金粒は, その比重がいちぢるしく高いため, 母岩から洗い出されても, 原地から遠く流しだされる機会は少いとみられる。 そのほかいろいろの点からみて, ニセイパロマップから岡田の澤にわたる, この大きな蛇紋岩體のうちの限られた小範囲のこの山地が, おそらくはこの地域の砂白金の発源地ではなかろうかと 島田嬰一氏によってのべられている。

第 4 図

この砂白金は現河床礫層中にふくまれているが 河岸段丘磯層中にも同様に見ることができる。 また鷹泊附近のように河川のまわりに広く洪積地, 沖積地が拡がるときも, その礫層中にひろく砂白金の含まれることが知られている。 礫層の表層部にはほとんど白金粒は見ることができず, 主として, 礫層の下底のあたりに沈んでいる。 そして, 基盤にそって多く集っているが, さらに, "ひび金" と呼ばれる基盤岩の割目のすきまにいちぢるしく多量におち込んでいるものがある。 採取現場の品位はおなじ地域でもきわめてむらがあって, いちぢるしい高品位部分のすぐそばが急に品位が落ちてしまうことなどしばしばある。 高品位部分が河床の限られた局部に條のようになって分布することが多くあって, "金みち" などとよばれ, その形は湾曲した河道の形をとるのがふつうである。

ニセイパロマツプ川 岡田の澤は, 急峻な山地をぬって流れるため, 河川|の両岸は切り立って, ほとんど沖積地を見ない。 河床より約 10 m 程度の段丘礫層があるが, その面積は少い。 この地域では, 現河床礫層を掘って白金を採取する。 この河床礫は厚さ 2 m ないし 3 m であって 50 cm ぐらいまでの大礫がいちぢるしく含まれている。 この地区は古くから著名のところで, これまでに河床はすでに, 余すところなく, 三度くりかえし稼行されつくしているにもかかわらず, まだ稼行に耐える場所もあるようで, 地域全體として平均して坪辺り 0.4 gr 内外とみられている。

雨龍川本流では, ニセイパロマップ川口より新設ダムのあたりまで 5 粁 の間は, おなじく山間を切りこむ狭い河谷で, 河岸に沖積地を欠き, 河床を稼行するほかはない, ここに砂白金の存在することは明らかにされてはいるが, 水量がいちぢるしく, 水流の切り変えや大礫が多いことのため労力を要し, これまでにわずかに戦時中一部で稼行されたにすぎない。

三耕地より下流には沖積地が巾 100 m も拡り, 河床の幅も大きく, 稼行条件はきわめて良好となる。 ただ表土の厚さ 1~2 m におよび主として砂泥層となっている。 この下に 2 m 内外の礫層があって岩盤に達する。 礫層の下半分から砂白金が見出されはじめ, 盤際の割目にいちぢるしい。

この地域も鷹泊市街地より 1300 m ぐらい下流の地点から急に品位低下し 稼行に耐えなくなる。

坪辺り (gr) 稼行可能面積 (坪) 埋蔵量 (kg)
1) 鷹泊ペンケ不知火鉱床 1.0 300,000 300.00
2) 〃 ヌプホロマップ小学校裏鉱床 0.4 13,500 5.50
3) 〃 本流 〃 1.2 36,000 43.00
4) ニセイパロマツプ 〃 0.4 6,500 2.50
5) 岡田の澤 0.4 9,000 3.5O

採取された砂白金のうち金粒が, 場所によって多少はあるが, 5 % ないし 10 % 程度含まれる。 また, 白金粒のうちにも "バカ" といわれ, 強い磁性をもつ, 鋼灰色のもので, イリドスミンとして使用にたえないものが 1~2 % 含まれている。 このほか, 辰砂, 磁硫鉄鉱がー諸に得られる。 砂クロームがかなりの量ともなわれ, この地域では, 坪辺り 8 ~ 1O kg 程度とみられている。

このようにして産出される砂白金は, 神居古潭帯を通じて大體一定の性質をもち, その大部分がイリヂウムとオスミウムを主體とするイリドスミンであって, 純粋な白金(プラチナ)の量はきわめて少い。

v) 水銀鉱床:

水銀山は沼牛盆地内で, 雨龍川の岸にあって, 洪積層の中に低く頭をだす蛇紋岩の丘である。 この水銀山蛇紋岩の北側に接して神居古潭変成岩の一員である珪岩の露出が見られる。 このあたりの蛇紋岩中にも, 珪岩中にも網状に炭酸塩鉱物を主とした巾数粍の辰砂の細脉が見られる。 また, この附近で蛇紋岩を覆う洪積層の基底部に, 砂鉄となって, 辰砂粒の見だされるものがある。 このうちで, 鉱量は, 砂鉱になっているものがもっとも多い (水銀山の北側の洪積層部に 500 m 平方の範園に広く存在することが 坪掘りによって確められている〉。 この礫層は約 2.5 m の盆地一帯に分布する粘土層におおわれている。

雨龍川沿いにこの辰砂を採ると, 水銀山より上流では全く見られないこと, また下流になるにしたがって細粒となること, 下部の蛇紋岩中に細脉のあること, 洪積層中の辰砂の分布状態等からみて この辰砂鉱床はー援の残留鉱床であるとみられている (38) (51)

c) 変成岩区域の鉱床

i) 含マンガン赤鉄鉱床:

神居古潭変成岩類の中にはあまりいちぢるしい鉱床を見ることはできないが, この附近では, これまで上江丹別市街地東方の芳野に, 他は西方の多度志~鷹柏村界の山地に小規模な含マンガん赤鉄鉱床が知られている。

赤色珪岩中に, または輝緑岩と赤色珪岩との境目に見られ, 母岩の片理にそい, 不規則に膨縮するレンズ状の鉱體を示している。 たとえば, 芳野鉱山では鉱體は巾 30~90 cm で走向延長は 30 数米程度のものである。 これは多数の小規模な断層に切られ変位をうけ, また鉱體の薄失することもあって, 20 米ぐらいの範囲のうちで見てもいろいろの位置に露出する。 また, 片理の方向に 150 m をへだてて, ふたたひ, 別の鉱體が見出されるなどのことがある。

鉱石は黒褐色で, 肉眼で鉱物を識別できない, 緻密な硬いものである。 品位は鉄 30 %, マンガン 1O~15 % 程度のものといわれている。

d) 洪積層中の鉱床

i) 耐火粘土鉱床:

"沼牛粘土" といわれる耐火粘土が, かつて, 沼牛盆地の洪積層の一部から採掘されていたことがある。 第四紀層の章ですでにのべたように, この盆地内の洪積層は段丘礫層の上部を厚く粘土層に覆われている。 耐火粘土の見だされるのは, この表層粘土居の下位であって, 一般には礫層のいちぢるしい層準の一部に, とくに, 良好な粘土の堆積が行われたことによるものである。

場所は水銀山の東側にある。 幌加内市街地から沼牛駅に至る道路が 水銀山からつづく丘を越えるあたりにこの粘土層が分布する。 この分布範囲のなかで得られる柱状断面はいろいろにちがいはあるが, 主要な点はつぎのようなものである。 表層部厚さ約 2.5 m の間は, 盆地全體に広く分布する上部層であって, この下位に, 平均して厚さ約 5 m ぐらいの粘土層がある。 その下位は青砂といわれる青色の砂層になっている。 この青色砂層は, この粘火粘土層の下位にいつも見だされ, また, ほかの場所には知られていないものである。

このようにこの粘土層は風化成生物ではなく, 沼牛~幌加内盆地内に湖沼准積としてできた洪積層の一部として, 運搬淘汰された物質が粘土層として堆積されたものとみるのが適当であろう。

この粘土層は薄い炭質物層をはさんだり, 部分的にあら目の砂質になったり, 酸化體に汚染されたりしている。 これらの不純部分をのぞくと, 他は灰白色の良質な粘土である。

このような粘土の分布する範囲は北東~西南方向にのびる 巾 100 m 延長 600 m ぐらいの範囲の中に不規則な形になって見られる。

ここから得られる粘土の性質はハイドレイテツト・ハロイサイトであって, 耐火度は, 最高 S.K. 33、 平均 30 といわれている。

かつて採掘されたことがあるが, 現在は休止している。

要約

この図福地域の地質は三つの構成部分に分たれる。 それらは, 東部地域を占める神居古潭変成岩類と, 中央部の大きな蛇紋岩地帯と, その西側をとりまく第三紀層地帯とである。

神居古潭変成岩類 とは弱い動力変成をうけてできた変成岩類であって, その変成の程度は, 全般的にみて, "緑色片岩相" の変成度をしめしている。 これには一様な変成状態がしめされているのではなく, 多くのものに原岩の残存構造が見られ, また, 不変成部分をも多くふくんでいるものである。 この変成岩は緑色片岩類と千枚岩類とが主になっていて, それに赤色石英片岩や石灰岩などの小さなレンズ状の岩體をはさんでいる。

この変成岩の注目をひく点の一つは, 交代的に形成された藍閃石などのソーダ鉱物類が 多量に合まれるもののいちぢるしいことである。 これは, とくに, 沼牛盆地のまわりの山地にいちぢるしく見いだされ, この種変成岩の世界的な標式地といえるであろう。 この種変成岩は, 一般神居古潭変成岩類のうちの緑色片岩がもとになって, その緑泥石や陽起石の類が藍閃石類に変るのが主なものであるが, その変りかたにもいろいろなものがある。 そのような岩石のうちに石英を主とする分泌脈のような部分ができていて, そこに藍閃石類, 柘榴石などがふくまれるものがある。 このようにしてできる変成岩類には, 藍閃石, 曹閃石, 青閃石, ローソン石, エヂル石, エヂル輝石, 柘榴石, 緑簾石, 緑泥石などが見られ, それらの鉱物組合せの状態には 「第四章 神居古潭変成岩類」の 「神居古潭変成岩類の岩質」 に表として掲げたような多様なものがある。

蛇紋岩 は神居古潭変成岩類とはきりはなせない密接な関係をもつものである。 これらの蛇紋岩は橄欖岩の蛇紋岩化したもので, ダン橄欖岩からのものと, 輝石橄欖岩から変ったものとが区別される。 ことに, 鷹泊北方の岩體では, 浅羽山を中心とする山地は輝石橄欖岩の蛇紋岩化したもので構成されている。

ここでも, 蛇紋岩特有の粘土化した部分がいちぢるしいが, 塊状の蛇紋岩には, 規則正しい節理系を見ることができる。

図幅の北西隅に中生層が知られ, それには下部白亜紀層と上部白亜紀層とが区別される。 下部白亜紀層はチャートと玢岩質凝灰岩をその下部に見るが, そのより上位は黒色泥岩と細粒砂岩の互層をくりかえすものである。 上部白亜紀層は黒色泥岩のみの単調な岩層で, 下部白亜紀層の西側に断層でかこまれたくさび形につなて分布する。 ともに神居古潭帯背斜構造ーの一部を構成するものである。

第三紀層は, 神居古潭変成岩類, 蛇紋岩, 白亜紀層などが一體になった神居古潭構造帯の地背斜的地帯にたいする その西側の地向斜的地域に堆積したものである。

雨龍夾炭層 は, 古第三系に属するもので, 大體, 北海道中央部の石狩統の上部に対比されている。 上中下の三部に分たれ, 主として, 隣接する恵比寿図幅によく発達し, 北西~南東方向の断層系にはさまれて, くさび状にこの図幅地につらなってきている。 この図幅地域には中部層が分布する。 隣接地にいちぢるしい炭層も, この地域に入ると, 薄層になり, 多くは炭質頁岩様のものになっている。

幌新泥岩層 は新第三系の堆積層で, 北海道中央部の川端統に対比されるものである。 本層は, 雨龍夾炭層の北西~南東のくさび形の分布に切られて北部と南部に分たれる。 これらは礫質の部分が多く, とくに, 北部に分布するもので, 蛇紋岩にちかい部分では いちぢるしい礫岩層となっている。 南部では, 砂岩と細粒礫岩の互層で, 北海道中央部で知られる, 川端層の標式的な堆積相をしめしている。

幌新砂岩頁岩互層 は黒色の泥岩で, まれに薄い砂岩層をはさむほか, ほとんど, 相変化がない。 ここに幌新泥岩層と幌新砂岩頁岩互層とに層区分をしたが, それらがたがいに上下関係にあるものなのか, 両者ならんで側方に変化しあうものであるかが充分に明らかにすることができない。

多度志黒色泥岩層 は幌新層の最上部を占め幌内層に類似する黒色塊状の泥岩層である。

瀧川層 は新第三系最上部層である。 多くの凝灰岩をはさむ頁岩層で, ほとんど, 水平層となっている。 鷹泊附近の雨龍川ぞいの低地部に入りこんで分布する。

洪積層, 沖積層 は幌加内~沼牛盆地をはじめ, 河川の谷あいをうずめる。 沼牛盆地の洪積層は段丘礫層の上位を覆って広く粘土層を見る。 これは中央部蛇紋岩體の隆起によってせき止められた湖沼堆積物で, 著しい礫層や粘土層, 泥炭層で構成されている。

これらの岩層はつぎにのべるような構造発達史をもっている。

北海道の中軸地帯はジュラ紀末までは いちぢるしく規模の大きな地向斜堆積をつづけてきた地帯であった。 これが白亜紀に入るや, 造山こ転化し, 日高構造帯を中心とし大きな造山帯をつくりはじめた。 この運動は白亜紀の全期間その活動をつづけたものとみられている。 神居古潭構造帯は この日高造山帯の西側のはづれの地帯が 衝上的にのし上げてきた地帯とみることが適当のようである。 このおし上げ運動によって, 下部構造に位置していた岩層の動力変成をうけたものが神居古潭変成岩類であると考えられる。 このおし上げ運動はいろいろにつづき, 白亜紀の後期になって, いちぢるしい蛇紋岩の迸入とともに下部でできた変成岩類は 主として白亜紀層で構成される上部構造の中に衝上的におし込み, たたみこまれるような構造をもたらした (48)

第三紀に入るころは, 変成岩帯, 蛇紋岩, 白亜紀層は一體となり神居古潭帯をつくり, これは地背斜的地帯の性質をおび, その前面 - 西側 - に新たに生れた地向斜的地帯といちぢるしい対照をしめすこととなった。

古第三紀に入り, 雨龍夾炭層が堆積して後に, いちぢるしい構造運動が起き, 新第三系幌新層は, それらを大きな不整合で覆いかくしている。

新第三紀後期にいたり, 後退分期には再び第三紀層地帯はいちぢるしい擾乱をうけ, 炭田地帯に見られるような錯雑した地質構造をもたらした。

この地域の鉱床には, 他地域のそれにくらべ特殊なものが知られている。 それは蛇紋岩に関係する鍍床の多い点である。 それには砂クローム, 砂白金, 塊クローム, 石綿, 水銀等がある。 また, 変成岩中には含マンガン赤鉄鉱床があり, 洪積層中には耐火粘土が見いだされている。

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Tertiary Mollusca from the CoaI Field of Uryu, Ishikari, Jour. Fac. Sci. Imp. Univ. Tokyo SerII. vol. 2, pt. 4, p. 221
15) 1932 鈴木醇:
日本結晶片岩, 岩波議座
16) 1932 〃:
北海道に於ける藍閃片岩類の原産地, 地質, voI.39, p. 132
17) 1932 鈴木醇:
本邦藍閃片岩類に関する二三の新事実について, 岩鉱, vol. 8, p. 237
18) 1933 山口四郎:
雨龍及び上川地方の地質学的並に岩石学的研究, 北大卒論, No.7.
19) 1933 鈴木醇, 山口四郎:
旭川西部山地に於ける超塩基性火成岩の接触変成作用に就いて, 地質, vol.40, p. 387
20) 1933 Suzuki,J.:
Aegirine augite bea. riebeckite quartz schist from Kamuikotan, Pro. Imp. Acad. vol. 9, p. 617
21) 1935 鈴木醇:
所謂神居古潭系の岩石に就いて, 地質, voI. 41, p 392
22) 1934 Suzuki,J.:
On Some Soda-pyroxene and amphibole bea. Ouartz Schist from Hokkaido, Jour. Fac. Sci. Hokkaido Imp. Univ. (IV), voI. 2, p. 339
23) 1934 鈴木醇:
北海道神居古潭その他より産する含エヂリン輝石リーベカイト石英片岩に就いて, 岩鉱, voI. 12, p.45
24) 1935 鈴木醇:
北海道雨龍産トロニエム岩(Trondhjemite)に就いて, 岩鉱, voI. 14, p. 155
25) 1936 千葉福寿:
雨龍地方幌新太万別川流域の地質, 北大卒論, No.43
26) 1937 上床国夫, 千葉福寿:
石狩図雨龍地方の第三紀層に就いて, 石油技報, vol.5, No.3
27) 1933 鈴木醇:
北海道変成岩中の曹達角閃石類について, 岩鉱, voI.20., p.1
28) 1938 鈴木醇:
北海道神居古潭産 Lowsonite 及び Pumpellite に就て, 岩鉱, vol. 20, p. 189
29) 1939 Suzuki,J.:
A Note on Soda-amphiboles and pyroxenes in CrystaIline schists from Hokkaido, Jour. Fac. Sci. Hokkaido Imp. Univ. (IV), vol. 4, p. 507
30) 1939 鈴木醇:
御荷鉾系及び神居古潭系の岩石学的研究, 学振研究抄, No. 1, p.7
31) 1940 鈴木醇:
北海道産蛇紋岩に附随する優白岩に就いて, 岩鉱, vol. 23, p. 65, p. 124
32) 1941 宮崎道雄, 舟橋三男:
石狩図幌加内地方の地質, 北大修論, No.68
33) 1941 重本長春,末光俊夫,斎藤昌之:
石狩図神居山地北部の地質, 北大修論, No.69
34) 1941鈴木醇:
北海道産石綿について, 岩鉱, vol. 20, p. 207, 269
35) 1941 大立目謙一郎:
北海道中部に於ける下部菊石層と輝緑凝灰岩層の層位関係について, 北地調報, No. 11
36) 1942 鈴木醇:
北海道及び樺太に於ける砂クローム鉱床, 岩鉱, voI. 27, p. 259
37) 1942 鈴 木 醇:
北海道産クローム鉄鉱石に就いて, 岩鉱, voI. 27, p.115, 183
38) 1943 原田準平:
石狩図雨龍郡悦加内村幌加内鉱山の辰砂鉱床について, 岩鉱, voI. 29, No.4
39) 1944 鈴木醇:
北海道地質概観, 地質, vol. 51, p. 15
40) 1946 山本敏夫:
石狩図雨龍郡深川町北部附近の地質, 北大修論, No. 193
41) 1948 舟橋三男:
日高帯及び神居古潭帯の岩石, 地図研誌, No. 2
42) 1950 鈴木醇:
本邦超塩基性岩類に附随する諸鉱床の生成形式, 科学, vol. 20, p. 16
43) 1950 舟橋三男:
雨龍・空知地方の玄武岩, 新生代の研究, No.5
44) 1950 斎藤昌之:
鷹泊ダム岩盤蛇紋岩の観察, 超塩基性岩グループ研究集曾
45) 1950 斎藤昌之:
温石綿鉱床の形成機構に釣する予察的見解, 北地要報, No.14
46) 1950 鈴木醇:
北海道の砂白金鉱床, 北海道地要, No. 14
47) 1951 舟橋三男:
北海道日高帯と神居古潭帯の岩石, 地球科学, No. 4, p. 109
48) 1951 舟橋三男, 橋本誠二:
日高帯の地質, 民科地図研究専報, No.6
49) 1952 山岡敬一:
神居古潭峡谷北方の地質, 北大修論, No. 315
50) 1952 青山忠男:
上川郡江丹別附近の地質, 北大修論, No. 315
51) 1952 矢崎澄策:
北海道の水銀鉱床, 北海道地要, No. 17
52) 1952 Suzuki,J.:
Ultrabasic Rocks and Associated Ore Deposits of Hokkaido, Japan, Jour. Fac. Sci. Hokkaido Univ. (IV), vol. 8, p. 175
53) 1952 高安昌明:
沼牛耐火粘土について, (地質札幌支部例曾講演)
54) 1953 鈴木醇:
深川図幅説明書, 北海道開発庁

(完)


EXPLANATORY TEXT OF THE GEOLOGICAL MAP 0F JAPAN Scale,1:50,000

KAMIETANBETSU

(Asahikawa-43)

By Mituo Hunahasi

(Geological Survey of Japan)


Resume

The geological backbone of Hokkaido is constructed of two main tectonic zones extending north-south, namely,the Hidaka zone and the Kamuikotan zone. The Hidaka zone is a broad orogenic belt composed of voluminous pre-Cretaceous sediments, and in its central part a long-continued metamorphic zone associated with various pu1tonics is prominent1y developed. The Kamuikotan zone corresponds with the western border of the Hidaka zone. Westward thrusting and anticlinal characters are the marked structural natures of the Kamuikotan zone, further, great quantities of accompanying serpentinite intrusives are also a proininent feature.

These tectonic zones are regarded as product of the Hidaka orogenic movement activated during the entire Cretaceous period.

When the Tertiary period ommenced, these zone inverted to a geanticlinal zone, and its westerly neighbouring district a broad geosynclinal zone originated, in which thick tertiary sediments were deposited.

The quadrangle of the Kamietanbetasu sheet is situated in the central part of Hokkaido, covering the mountainous region to the nonth-west of Asahikawa. The main geological formations found in this quadrangle are parts of the Kamuikotan zone and its western tertiary zone.

The Kamuikotan zone as developed in this district is comprized of a large serpentinite intrusive and widely distributed crystalline schist which are known as the Kamuikotan metamorphics.

The metamorphism displayed in these metamorphics is a low grade one, so the general metamorphic nature is revealed as“green schist facies". It is not exhibited uniformally throngh the area, but the relict structurs of the original rocks are found everywhere. The chief representatives of the metamorphics are green schists and phyllites. Small lenticular red quartz schist and limestone are associated with then.

One of the noteworthy characteristics of the Kamuikotan metamorphics is that they contain various kinds of soda-mineral, such as glaucophane, riebeckite, aegirite, aegirine augite, garnet, albite, epidote and lowsonite. It is thought that this peculiar rock facies was induced by soda-metasomatism which attacked the green schists in connection with the intrusion of serpentinite. Around the Numaushi basin, in the northern part of the area, such rock facies is conspicuously present (cfr. Fig. 2).

The serpentinite body situated at the central part of the quadrangle is the largest one in the serpentinite belt of the Kamuikotan zone. The original peridotitic characters have wholely vanished by the serpentinisation, but from their relict texture the dunitic peridotite and the pyroxene peridotite can be distinguished as its originaI rock facies. 1n this intrusive body, a NW-SE and NE-SW trend joint system is regular1y developed; many microdioritic dikes which is regarded as leucocratic derivatives of the serpentinite are concordantly intruded along it (cfr. Fig. 3).

1n the north-western corner of the area, narrowly limted Cretaceous deposits are found, the formation shows correspondence to lower Ammonite bed. It contains chert and porphyrite tuff in its basal part and succeded by a1ternating shale and sandstone. Associated with them, developed immediately to the west a monotonous black shale formation is found. Perhaps, it may be correlated to upper Ammonite bed, for Gaudriceras sp. is obtained from it.

Structurally, these Cretaceous formations together with the Kamuikotan metamorphics and the large serpentinite iintrusives constitute the Kamuikotan tectonic zone as the foundation of Hokkaido.

The Tertiary formations developed in the western part of the quadrangle composed a part of the Uryu coal field. They are divided into the Uryu coal bearing formation of palaeogene tertiary and Horoshin formation of neogene tertiary. The distribution of these formations is controlled by a NW-SE trend fault system which is a marked tectonic characteristic of the Uryu coal basin.

The Uryu coal-bearing formation is correlated to the upper part of the 1shikari-series of the 1shikari coal basin. It is divided into three parts according to their lithological character: the lower basal part is conglomeratic, the middle part contains some coal seams and many plant fossils. In this quadrangle the coal seams are not very prominent, but in a neighbouring quadrangle this northwestern continuation has many workable coal seams. The upper part exhibits an alternation of sandstone and shale, and often contains Ostrea, Corbicula etc.

The Horoshin formation is correlated to the Kawabata series of the 1shikari coal basin. Regular alternation of conglomerate, sandstone and shale which is considered as the characteristic deposition of Kawabata typ is also observed in this quadrangle, particular1y in its southern part. This formation covers the Uryu coal bearing formation and the Kamuikotan zone with a marked uncomformity. It is divided into two parts. Conglomeratic deposition is the marked feature of the lower member. It developes typically in the northern part of the quadrangle. Muddy facies is the characteristic of the upper members. The precise stratigraphical relation of these members is not clear1y known. It is worthy of consideration whether the both facies are in over1apping relation or they are a contemporaneous deposition.

The youngest neogene tertiary deposit in this quadrangle is known as the Takigawa formation . It developes near1y flat, lying in an inlet-like narrow area along the valley of the lower course of the Uryu River. Shaley deposit is the chief component of the formation, but in the lower part liparitic tuff is widely intercalated.

The bottom of the widely dissected valley is burried by diluvial and alluvial deposits. Particularly, in the Numaushi basin, thick diluvial sediments which are regarded as lake deposits are widely developed. The lower part of the deposits is composed chiefly of pebbly sediments with intercalating clay and peat seams. The upper part is a uniforrnal1y developed bluish-clay bed. Some probable evidences on the tilting movenent of this diluvial deposit can be observed.

The peculiar mineral resources are frequently found in this quadrangle compared with those of other regions. These are of specific types related to serpentinite such as platinum placers, chromite placer, and asbestus deposit. Platinum placer is found along the Uryu River, a place noted for the highest platinum production in japan. Probably, the platinum originated from the limited area about the northern part of the serpentinite body (cfr. Fig. 4). The nature of the platinum is iridosmin. Chromite placer developed in the diluvial deposit around the serpentinite. Other mineral resources such as asbestus, mercury, mangainferous iron ore deposit are known, but they do not occure on a large scale.


図版

第1図 輝緑片岩
第2図 曹長石 - 緑簾石 - 陽起石片岩
第3図 緑簾石 - 曹長石 - 藍閃石 岩
第4図 藍閃石 - 石英片岩
第5図 緑簾石 - 藍閃石片岩
第6図 ローソン石 - エヂル石 - 藍閃石 岩
第7図 ローソン石斑状変晶 - 緑簾石 - 藍閃石 岩
第8図 緑泥石 - 緑簾石 - エヂリン輝石 岩

昭和28年3月2日印刷
昭和28年3月5日発行
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