03041_1954
5万分の1地質図幅説明書
(旭川 第41号)
通商産業技官 対馬坤六
雇 山口昇一
地質調査所
昭和 29 年
目次 I. 地形 II. 地質 II.1 概説 II.2 各説 II.2.1 隈根尻層 II.2.2 天塩統 II.2.2.1 大和田夾炭層 II.2.2.2 ユードロ層 II.2.3 北見統 II.2.3.1 峠下層 II.2.3.2 増毛層 II.2.3.3 留萠層 II.2.4 橄欖石玄武岩 II.2.5 第四系 II.2.5.1 段丘堆積層 II.2.5,2 冲積層 II.3 地質構造 III. 応用地質 III.1 石炭 III.2 石油 III.3 石材 文献 Abstract
1 : 50,000 地質図幅説明書
(旭川 第41号)
本図幅の野外調査は, 昭和 26 年 7 月より約2カ月間行った。
留萠川以北に関しては古くは地質調査所鉱物調査報告があり, 増毛町近傍の地質については北海道大学の修業論文に記載されている。 また大和田炭砿附近は同社の調査資料がある。
調査地域は北海道中央部の西端に近く位置し, 北西は日本海に面し, 北および南部は緩やかな山地をなす。
本地域の地形は留萠川を境として, 南部と北部はやや趣を異にしている。 南部地形区は高距 350 m 以下であるが, 隈根尻層・峠下礫岩層・ユードロ礫岩層等の堅硬な地層が分布しているので, 一般に北部地区に較べるとやや高峻である。 西方は漸次低平となり, 海岸段丘をもって日本海に臨む。 北部地形区はユードロ層その他の軟質な地層を主とするため, 高さほとんど 250 m 以下の低夷な丘陵性小起伏をなすにすぎない。
本地域内の地形は岩石の差別侵蝕に支配されることがいちじるしく, 地層の硬軟の差がよくあらわれている。 すなわち山頂を形成するものの多くは, 増毛硬質頁岩層および峠下礫岩層で, ユードロ層の分布地帯に至ると地形はたちまち低平になる。 この状態は航空写真によってもあざやかに判読される。
調査地内の河川は, 地形が低夷なため谷筋は錯雑をきわめているが, そのおもなものは北西流して日本海にそそぐ。
この地域には, 古生界とされている隈根尻層がごく一部にみられるほかは, 主として新第三系および第四系が分布するが, とくにこの地域は天北地方と雨竜地方との移化帯にあたり, 地質学上いろいろの問題の存するところとして注目されている。
本地域の層序は第1図地質総括図のとおりである。
隈根尻層はばくぜんと古生界といわれ「樺戸古生層」に対比されており, 本地域の基盤岩をなしている。 この地域には中生界および古第三系(石狩統および幌内統)を欠き, 新第三系は下より天塩統と北見統とからなる。
天塩統は2層にわかたれ, 下部を大和田夾炭層, 上部をユードロ層という。 大和田夾炭層からは淡水棲貝化石および植物化石のみを産出し, 海棲貝化石は発見されていない。 本夾炭層は下位の隈根尻層とは断層もしくは不整合で接し, さらに上位の瀕海性のユードロ層に不整合に蔽われるが, この間隙はさして大きくはないと思われる。 ユードロ層の上部すなわち泥岩層は深海性を帯びてくる。 北見統はこれらの地層をいちじるしい不整合で蔽い, 下位から峠下層・増毛層および留萠層と順次に堆積している。 各層とも岩質は凝灰質であり, かつ海棲貝化石を産する。
第四系としては海岸および河岸の段丘堆積層と, 河川の氾濫原を構成する冲積層とがある。
火成岩としては橄欖石玄武岩が留萠層下部をつらぬいており, 2,3カ所に岩脈をなして点在する。
本層の分布は小局所に限られる。 番外の沢の1支流・馬場炭山の沢および八線の沢に露出するものは, いずれも北西- 南東方向の狭長な分布を示し, 両側の第三紀層とはいずれも断層をもって接している。
本層を構成する岩石は主として黒色粘板岩・輝緑凝灰岩・暗灰色硬砂岩等であり, 輝緑岩および集塊岩をともなう。 粘板岩は小片状に破砕する性質があり, また本層中に白色方解石の細脈が縦横に走っている処がある。
大和田炭砿附近で従来大和田夾炭層の石炭層中, いわゆる本層以下をつらぬいているとされていた変朽安山岩は, 本所根本忠寛の野外観察と顕微鏡下の研究とによって輝緑凝灰岩と訂正され, したがって同岩は隈根尻層に含まれることになった。
本層の岩石はきわめて堅硬であるために, 附近の低夷な第三系丘陵地に対し急峻な山地を形成する。
従来本層からは化石の産出がないとされていたが, 昭和 26 年に 本所の一杉・佐々木両技官により 大和田地方の粘板岩の顕微鏡薄片中に多数の放散虫化石が発見された。 しかしこれらは古生代のものかあるいは中生代のものか, はっきり区別するまでに至っていないという。 本層は従来ばくぜんと「古生界」といわれていたが, しかし最近岩質上からジュラ紀のものも含んでいるのではないかという考えもでてきた (第1表 対比表を参照)。
本統は大和田夾炭層とその上を不整合に蔽うユードロ層とからなっている。
留萠市大和田炭砿附近, 藤山および十六線の沢に狭長な分布を示す。 本層と隈根尻層との関係は前にのべたように, 番外の沢の1支流および馬場炭山の沢においては断層をもって, また大和田炭砿附近では不整合関係をもって接している。
本層は層厚約 300 m で, 基底礫岩層と夾炭層とに分けられる。
基底礫岩層 : 本層は大和田炭砿附近にのみみられる。 本層の上部は暗灰色泥岩ないし青灰色泥岩を主とし, 青灰色砂質泥岩および砂岩の互層をともなう。 下部は青灰色細粒ないし中粒礫岩を主とし, これと砂岩との互層を従とする。 下部層は植物化石を多産する。 礫岩の礫としては隈根尻層の輝緑凝灰岩が多く, 膠結物質も輝緑凝灰岩質のものが多い。
本礫岩層は大和田炭砿の坑口附近で最も厚く 70 m にもおよぶが, ところによってはこれをまったく欠き, 隈根尻層の輝緑凝灰岩が単に赤錆色を呈していることによつてのみ往時の風化面をしのばせている。
夾炭層 : 灰白色の細粒ないし粗粒砂岩を主とし, 黒色泥岩を挾む。 泥岩は珪質をおび脂感を呈するところがある。 大和田地区では夾炭層の下部に3枚の炭層が介在し, それらは上層・本層および下層とよばれ, 本層だけが目下稼行されている。 最近中ユードロ沢中流で行った試錐の結果により, 夾炭層の上部にあたらしい石炭層が発見され, 新層とよばれている。 本層の構造は大和田地区では比較的簡単で, 北東に約 30°の傾斜をもっているが, 藤山地区では断層が多く構造が複雑であって, ために採炭は中止されている。
夾炭層中には植物化石・淡水棲貝化石(Viviparus sp., Lanceolaria sp., Margaritifera sp.)を産するが, 海棲貝化石は発見されていない。
また京都大学の森下晶などは, 本層中の泥岩から外洋性有孔虫の Globigerina が検出されたことを報告して注目されている。
本層の時代に関しては, 主として2説があって相容れず, 紛糾をつづけてきた。 その1つは本層を古第三系として石狩統に対比するものであって, その論拠は次のようである。
大和田夾炭層とその上位の 植物化石 Comptoniphyllum naumanni NATHORST を産する ユードロ層とのあいだに不整合があること, 岩質は新第三系のものにみられないようなものであること, 石炭の質がよすぎること, 橋本亘が夾炭層分布区域から 古第三系であることを示す Corbicula atrata tokudai (YOKOYAMA) に似た 蜆介化石の転石をえたこと, および同層の植物化石は遠藤誠道によれば「極地中新期植物群」の要素をもっており, また同化石は棚井敏雅によっても石狩統を示すものらしいといったことなどにより, 本夾炭層を古第三系と考えるものである。
他は羽幌層準説で, 石狩・幌内時代には樺戸山地は陸化していて, 石狩および幌内層のような古第三系はなく, 新第三系が直接古い岩石を蔽ったとするものである。 羽幌層準の石炭は元来低品位で黒色褐炭をつねとするのであるが, 大和田夾炭層が良炭を産するのは次のように説明している。 すなわち同層の下部をつらぬく変朽安山岩の熱影響により, 亜瀝青炭まで炭化をすすめたものであるというのである。
以上のように大体2説があり, いずれも決定的資料はないが, 現在一般には後者であるという傾向が強いので, 疑問はあるが, ここでは大和田夾炭層を天北地方の新第三紀初期の羽幌層に対比させておく。
本層は留萠川北岸ユードロの沢およびバンゴベーの沢に標式的に発達するもので, 大和田夾炭層を不整合におおっており, 全厚は約 2,000 m であって, 下から礫岩層・軟質細粒砂岩層および泥岩層に3分される。 礫岩を除いては両層とも岩質が軟弱で, 他の岩層にくらべて低い地形をつくり, 航空写真によって見ても, その削剝面は明らかに特徴ある侵蝕状態を示す。 したがって岩石の露出はきわめて不良である。
本層は留萠・雨竜地方における幌新層とともに, ばくぜんと石狩地方の川端統に対比されてきたものである。 しかし細分された川端統のいずれに相当するかは, はっきりしていなかった。 最近多くの人々の調査を綜合すると, 岩質の類似, 石炭薄層の介在および化石 Comptoniphyllum naumanni NATHORST, Corbicula iburica (YOKOYAMA) の産出等により, ユードロ軟質細粒砂岩を大和田夾炭層と同じく, 羽幌夾炭層に対比させるのを適当とする。 ユードロ泥岩層の海棲貝化石には築別フオーナの要素はないようであるが, これを棲息環境による差とみなし, ユードロ泥岩層を築別層に相当するものとする。
礫岩層 : 留萠市大和田炭砿および十六線の沢中流附近に, 大和田夾炭層を不整合に蔽って発達し, 上部は軟質細粒砂岩層に漸移する。 層厚は 100~250 m である。 本層は青灰色礫岩を主とし, 砂岩・泥岩および薄い石炭を挾み, 植物化石および珪化木を多く含む。 また本層の最上部には牡蠣化石が散点して含まれる。
礫は黒色粘板岩・輝緑凝灰岩の亜角礫が多く, 拳大を主とし, 大和田夾炭層の基底礫岩層のものより粒度があらいことを特徴とする。 本層はユードロ層のうちもっとも堅硬質で, ために同層分布地帯は山嶺を形成する傾向をもっている。
軟質細粒砂岩層 : 本層は層厚が約 500~1,200 m で, 北部では中の沢・マサリベツ沢およびユードロ沢等の中流地方, 南部では番外の沢・十二線の沢および八線の沢等の中流地方に広く分布している。 本層は暗灰色軟質細粒砂岩を主とし, 5~10 m の黒灰色泥岩を挾有する。 軟質頁岩はやや凝灰質で往々炭質物を含有し, 美しい縞模様を呈する。 また7~8枚の粗悪炭あるいは炭質頁岩が介在する。 また数枚の牡蠣帯(Ostrea gravitesta zone)を挾んでいる。 全層を通じて植物化石が多い。 棚井敏雅によれば, これらは中新期の「台島植物群」の典型的なものであるという。
本層は従来 Comptoniphylium の層準として有名であり, 調査に際して採集した化石は以下のようなものである。
また本層の砂岩には油徴があり, 従来しばしば石油調査の対象となった。
泥岩層 : 本層は層厚 350~700 m で, 北部では臼谷より中の沢上流地方にかけ北西 - 南東に帯状に分布し, 南部では十二線の沢・桜場の沢等の上流にわたり, 同じく北西 ‒ 南東にのびて広く分布する。 本層は下位の軟質細粒砂岩層から漸移するが, 同層とことなり海棲貝化石を産する。
本層は層理にとぼしい暗灰色ないし帯緑灰色泥岩を主とするが, 青灰色砂岩を挾有しまた団塊が散点する。 泥岩は風化面にそって割れ, 水にぬれると暗緑色をおびてくる。 本岩層は軟質細粒砂岩層に比してやや緻密で堅いので, 一般に地形的に高所を占める。
本層は全域を通じて同岩質であるというわけでなく, ところにより岩相の変化をみる。 すなわち留萠川以北臼谷附近では, 本層の上部にあたる部分には礫を散点する砂岩が発達する。 砂岩は板状によく剝離するもので, 浅海性の貝化石(Natica sp., Macira sp., Mercenaria sp.)を産する。 柱状図にあげたユードロ泥岩層の砂岩部とは, この砂岩をさすものである。 天北地方に広く発達する川端階古丹別層(礫岩・砂岩および泥岩の厚い累層)は, おそらく本砂岩部の上位にくる地層であろう。
留萠川以南ではうえにのべた傾向はみられず, 南行するにつれて泥岩がますます厚く緻密になる。 この部分の本層は南方図幅域外の 奔須部都 層という泥岩層に相当するものであろう。
本層中の化石で鑑定しえたものは次のとおりである。
北見統は前にのべた各地層を, いちじるしい傾斜不整合をもって蔽っている。 本統は下から峠下層・増毛層および留萠層の順序に細分されるが, 各層とも凝灰質の岩石で構成されることが特徴である。
本層は増毛層の硬質頁岩とともに, 北見統中もっともかたい岩石よりなり, 図幅域内留萠川の北においても南においても, ともに分水嶺を形成する場合が多い。
峠下層は全厚約 700 m であるが, これを2分して下部を凝灰質砂岩頁岩互層, 上部を礫岩層とする。 しかしところによっては, たとえば大和田炭砿以西の留萠川右岸から臼谷海岸にそって分布する峠下層は, これを上のように2分することは困難であり, 礫岩部が優勢なので礫岩層のみとして着色した。
峠下層の地質時代については, 本層がユードロ層以下の地層を傾斜不整合に蔽う事実, 上位の増毛硬質頁岩層との整合関係, および火山活動が本層堆積時期に開始され, なお増毛層および留萠層の時代にもひきつづき行われたとみられることなどにより, 本層を稚内階において増毛層から分離した。 峠下層は 1950 年橋本亘等が初めて設けたもので, 同氏はこれを上部瑞穂統の基底とし鮮新世初期ないし中新世末期にしている。
凝灰質砂岩頁岩互層 : いわゆる「白つぶ層」とよばれるもので, 帯緑色凝灰質砂岩と暗灰色凝灰質頁岩との互層からなり, 全層を通じて「白つぶ」(浮石)が点在する。 「白つぶ」はところによってその量に差異があり, ユードロ方面では顕著であるが,八線の沢流域に至ればいちじるしく不明瞭になる。
本層の砂岩中には海棲貝化石を産するが, 上部の頁岩には濶葉樹の葉の化石と薄い亜炭層がみられる。
礫岩層 : 下部は礫岩を主とする礫岩・凝灰質砂岩および泥岩の互層よりなり, 亜炭の薄層を挾有し, かつ炭片を散点しており, 上部は層理にとぼしい凝灰質砂岩および泥質砂岩を主とする。
礫岩は主として粘板岩・輝緑凝灰岩・砂岩および珪岩等の礫よりなり, その大きさは普通豆大でよく円磨され, 膠結物は砂あるいは粘土で, 下位の大和田基底礫岩層・ユードロ礫岩層のものと一見して区別しうる。 砂のなかには炭粉が多く, 黒褐色にみえるところがある。 砂岩は灰色凝灰質あるいは泥質で小礫を散点し, 層理にとぼしい。 本岩はしばしば海棲貝化石を多産する。 泥岩も凝灰質で風化すると表面に黄粉を露呈することにより, 他層の泥岩と区別できる。
本層は全層を通じて海棲貝化石および海胆化石が多いが, とくに留萠川沿岸大和田炭砿の東方 3 km の箇所で上位の増毛層に近い層準の露出には, 保存のきわめて良好な貝化石および海胆化石が密集している。 これから橋本亘が多数の化石を報告している [ 文献 6) 橋本亘(1950) ] 。
本層の泥岩中には 30 cm ~ 1 m の亜炭層が介在しており, 八線の沢ではかつて稼行したことがある。
本層は全層約 400 m であり, 下位の峠下層および上位の留萠層とはいずれも整合漸移する。 本層は主として硬質頁岩層よりなるが, 留萠川下流から信砂川中流にかけては, 硬質頁岩層と峠下礫岩層とのあいだに, 層厚 100~150 m の軟質の泥岩層がみられる。 この泥岩層は硬質頁岩層の水平的変化による地層と考えられる。
本層は疑いもなく宗谷地方の稚内層, 石狩油田の望来層, 石狩炭田の岩見沢層および北海道西南部の八雲層に対比され, 峠下層と同じく鮮新世初期ないし中新世末期にされている。
泥岩層 : 本層は灰色を呈し, 層理にとぼしい軟質の凝灰質泥岩よりなる。 その厚さ 100~150 m を算する。 本層の分布は図幅域内の中央部に限られ, 北部および東部にはみられない。 本岩は直径 10 cm 内外の球状の泥灰質団塊を散点的に含むことが特徴で, そのなかには大きい巻貝(Neptunea modesta KURODA)の保存きわめて良好な化石がはいっている。
本層の岩質はユードロ泥岩層によく似ており, しばしばそれと見誤ることがあるが, 本層の岩石はより無層理かつより軟弱なことおよび球状団塊を含むことなどにより区別できる。
硬質頁岩層 : 本層は下位に増毛泥岩層が分布する場合はこれと漸移し, 同層を欠く場合は峠下層上部の砂岩部より漸移する。 留萠市大和田炭砿潮静小学校附近の露出では, 峠下層を蔽う本層の最下部に厚さ 3.5 m の礫岩層があり, その上にさらに小豆大の礫が散在する砂質泥岩(厚さ 40~50 m)をへて硬質頁岩層となる。
本層は厚さ 100~250 mであって, 膨縮がはなはだしい。 本層は凝灰質の暗灰色硬質頁岩を標式的なものとするが, 局所的には凝灰質泥岩または砂質泥岩の部分もみられる。 硬質頁岩は風化乾燥すると白色に近くなり, また赤錆を生じ, 錐状に破砕する。 本岩の露頭を遠くからながめると白い煉瓦を積み重ねたように美しい縞模様を呈し, それがきわめて特徴的である。 泥灰質団塊は多いが, 域内中央部のものからは直径 2 m にも達する巨大な団塊を産する。
本層中には海棲貝および有孔虫の化石が散在するが, それらは個体数が少なく, 保存もよくない。 そのうち鑑定した種をあげれば,次のごとくである。
本層は下位の増毛層から漸移し, その全厚は約 300 m を算し, かつその分布は留萠川沿岸から南方に限られる。 本層は下部の塊状砂岩層, およびこれより整合漸移する上部の珪藻土質泥岩層の両層にわけられる。
塊状砂岩層 : 本層の分布は地域的に大体2分され, 1つは図幅域内の東部留萠川流域でほぼ三角形に, 他は中央部で留萠川の河口一帯から南方信砂川中流にかけて露出する。
本層は下位の増毛硬質頁岩層より漸移し, 層厚は約 250 m を算し, 灰色凝灰質の中粒ないし細粒砂岩よりなる。 砂岩は層理にとぼしく塊状であって, 一般にもろくハンマーで砕くと容易に砂粒に分離する。 しかしまれに泥質砂岩の薄層との縞模様を呈するところがあり, かろうじて走向・傾斜を測定しうる。 信砂川流域に分布するものは泥岩および礫岩の薄層を挾み, 層理がやや明瞭となる。 また砂岩には偽層がしばしば発達しており, 団塊および砂管が多くみられる。 団塊のうち図幅東部のものは多く砂質であり, 中央部に分布するものは泥灰質で直径 2 m にもおよぶものが多い。 砂岩は風化すると灰白色を呈し, その風化面にそって薄く剝離する。 砂岩は海棲動物化石を産するが, さして多くない。 調査に際して得た化石には次のものがある。
本層は天北地方の声問層および勇知層,石狩炭田の追分層, および日高地方の静内層と対比される。 図幅域内で本層の化石の産出は少ないが, 大桑 - 万願寺フオーナを形成するもので, したがって時代は鮮新世と考えられている。
珪藻土質泥岩層 : 本層は図幅域内における第三紀層の最上位を占め, その分布は留萠川左岸以西に限られる。 1つは留萠市附近で高台を形成し, 他は増毛海岸で信砂川下流流域舍熊部落および箸別川下流流域にわたり盆地構造を形成する。 構造はいずれも簡単で, 一般に傾斜は緩やかで水平もしくは 10°内外である。
本層の岩石は暗灰色軟質の珪藻土質の砂質泥岩を主とする。 層理不明瞭で走向・傾斜はほとんどはかれない。
本層と下位の塊状砂岩層との関係は, 大体次のようになる。 塊状砂岩層の砂岩の上には本層に属する厚さ 50 cm ないし数 m の磨砂層(石英砂)があり, その上位に 1〜2 m の礫岩層(礫は安山岩・泥岩等よりなる)がよこたわり, その上位にさらに 1 m 内外の前記の磨砂層をへて珪藻土質砂質泥岩に漸移する。 この連続関係は各所で確認した範囲では全部一致している。
本層は海棲貝化石を産するが保存はわるく, 印象のみで貝殼をとどめてはいない。 化石で鑑定しえたものは次のとおりである。
本層の岩質は外観上, 下位の塊状砂岩層の一部によく似ているが, 本層は顕著な磨砂層および礫岩を最下部に挾有すること, 団球がないこと, またその岩質はより均質で珪藻土質であることなどにより, 塊状砂岩層のものと区別する。
本層と塊状砂岩層との境界面は, 1露出でみればかなり不平坦であり, また基部にいちじるしい礫岩層をもつことなどにより, 両者が不整合である疑いもでてくるのであるが, これを全体的にみたところでは整合である。
本層は本図幅では留萠層の上部に相当するものであるが, 岩質的には滝川層に相当する疑いが充分ある。 元来追分層と滝川層とは不整合関係にあるとされているが, 少なくとも図幅域内では塊状砂岩層と本層とが不整合であるという積極的な証拠はない。 また滝川層の示準化石といわれる Pecten takahashii YOKOYAMA は 当地域では発見されないこと, また亜炭層を挾有しないことなどにより, 一応従来どおり追分統上部にしておく。
また本層は天北地方の更別層の疑いもある。
図幅域内はほとんど水成岩からなり, 火成岩としては橄欖石玄武岩が数カ所に岩脈状に露出しているにすぎない。
これに関しては舟橋三男の研究(雨竜・空知地方の玄武岩)があるが, これによれば当地方は雨竜・空知橄欖石玄武岩地区の一部に属する。
本岩は留萠川本流藤山駅附近・留萠岬・十二線の沢上流および信砂川中流に露出し, 留萠層およびユードロ層をつらぬいて岩脈をなす。 留萠岬におけるものは柱状節理を示し, 藤山駅附近におけるものは風化して球を重ねたごとき観を呈している。
本岩は肉眼的には暗灰色ないし暗青灰色を呈し, 細粒・緻密・硬質で往々岩脈の周縁部は豆大の杏仁状孔隙を示すものが多く, そのなかを沸石がうめている。
顕微鏡下で検すると, 石基は細小な短冊状の基性斜長石とそのあいだをうめる粒状の輝石とからなり, 塡間粒状構造をなし, そのなかにやや大きい橄欖石および輝石の斑晶が, またまれに繊維状の沸石類がみられる。 輝石は普通輝石および紫蘇輝石で柱状の斑晶をなす。 橄攬石は大きな斑晶をなすものがあり, その周縁部の一部は緑泥石化している。
本層は海岸・留萠川流域および信砂川流域等に, 比高普通 15~30 m の段丘を形成して発達し, その厚さは普通 2 m 以上を算する。 本層は主として礫層よりなり, ときに砂もしくは粘土を挾有する。 礫は古期粘板岩・砂岩・輝緑凝灰岩および安山岩・玄武岩等よりなっている。 特に舍熊・増毛附近の本層には, 暑寒別岳火山から由来した安山岩の巨大な礫がおびただしい。
地質図上では, 下位の各地層の判読を不可能ならしめるおそれがあるので, ごく一部をのぞき彩色を省略した。
現河川の氾濫原を構成するもので, 主として砂礫および粘土等よりなる。 現在農耕地として利用されているのは, この地層の上表部である。 また現在海岸に発達する浜砂も本層に属する。
隈根尻層のうち, 番外の沢の1支流・馬場炭山の沢および八線の沢に露出するものは, 3者ほぼ1直線に細長く, 番外の沢中流断層にそって配列する。 隈根尻層のつくる構造は複雑でまったくわからない。 その両側はいずれも断層で第三紀層と接している。 また大和田炭砿附近の輝緑凝灰岩も本層に属し, 不整合に大和田夾炭層あるいは直接峠下層に被覆される。
ユードロ層もかなり複雑で当地方のおもな背斜および向斜構造を形成する。 その主要なものをあげれば, 臼谷では臼谷沢向斜があり, 軸は南東 - 北西の方向で両翼の傾斜は 50~60°である。 その東北に位する中の沢半穹窿構造においては, 背斜軸は臼谷沢向斜軸とほぼ並行し北西に沈み, 東翼は折真布断層で切断される。 留萠川以南でもユードロ層は1つの背斜構造を形成するが, 東翼にはユードロ泥岩層は露出しない。 この背斜は胴切断層で切られ, 傾斜は 20~60°のものが多い。
北見統は大和田夾炭層・ユードロ層を不整合に蔽うのであるが, その地質構造は2つの地域でことなっている。 その1つは大体において大和田炭砿を境にしてその西の方, 海岸までのあいだに分布するもので, 整然と西あるいは南落ちの単斜構造を示す。 他は大和田炭砿以東のもので大きな, 緩い傾斜の向心構造をなす。
増毛町礼受海岸では1小穹窿構造があり, 留萠層のなかに増毛層が窓状に露出している。 珪藻土質泥岩層はほぼ水平に留萠市の高台を形成するほかは, 増毛町附近に広く緩やかな盆地構造をつくる。
本図幅域内の地質はほとんどすべて水成岩で占められているために, 火成金属鉱床はまったくみられない。 夾炭層は第三系に属し, 雨竜留萠炭田の一部を形成しているが, わずかに大和田炭砿が稼行鉱山として存在するにすぎない。 石油はユードロ層に油徴はあるが, 地域内で試掘が行われたことはない。 その他では輝緑凝灰岩が道路の敷石として, 橄欖石玄武岩が防波堤の土台石として採掘利用されている。
本図幅中央部大和田駅・藤山駅にかけて新第三系下部の大和田夾炭層が発達し, 雨竜留萠炭田大和田地区を形成する。 大和田炭砿がこれに属し古くより開発されている。 またユードロ層の軟質細粒砂岩層にも石炭があるが, 最厚 10 cm にすぎず, これは稼行の対象にはならない。 峠下層はその礫岩層に 1 尺ないし 3 尺の亜炭層を挾み, 八線の沢ではかつて稼行したことがある。 峠下層の属する稚内階は本来各地において標式的海成層であって, この炭層はその価値は低いが, 特殊な含炭層準として注目されいてる。
大和田炭砿 : 大和田炭砿は留萠市大和田にあり, 現在は 大和 炭砿株式会社に属している。 明治 39 年斎藤知一が開坑し, 爾来数代の経営者により設備を改善, 拡張して現在にいたった。
石炭を挾有する地層は大和田夾炭層であって, 主として灰白色の砂岩よりなり, 黒色泥岩を挾有する。 本炭砿の採掘現場は大和田地区と藤山地区とにわけられる。
大和田地区においては上層・本層および下層の3炭層を挾み, ほぼ北方に 30°ないし 40°傾斜する単斜構造をなしており, 以前考えられた下ユートリマップ断層およびパンケサン断層は存在しない。 現在採掘しているものは炭丈 1.8 m, 夾みのほとんどない本層のみで, 上層および下層は炭質変化がいちじるしいため, 今は採炭を中止している。 また試錐により発見された夾炭層上部の新層もまだ開発されていない。
| 採取場所 | 水分 % | 灰分 % | 揮発分 % | 固定炭素 % | 発熱量 Cal | 硫黄 | 灰の色 | 粘結 | 比重 |
| 二斜坑一缷 | 2.13 | 20.36 | 37.57 | 39.94 | 6272 | 0.23 | 淡赤(褐) | 溶結 | 1.34 |
| 二斜坑二缷 | 2.16 | 21.02 | 37.98 | 38.84 | 6118 | 0.15 | 〃 | 〃 | 1.44 |
| 一斜坑 | 2.02 | 12.95 | 43.60 | 41.43 | 5345 | 0.24 | 〃 | 〃 | 1.30 |
| 特洗粉 | 2.17 | 10.67 | 42.54 | 44.62 | 7098 | 0.23 | 〃 | 〃 | 1.28 |
| (分析 : 地質調査所 技術部 化学課 永田技官) | |||||||||
藤山地区の炭層は炭質が比較的良好であるが, 膨縮はなはだしく断層も多く, 現在は稼行していない。
石炭は炭質優良かつ鉱量豊富で目下長壁式総払採炭法によって採鉱せられ, 払後の処置は手詰局部充塡による。 排水・通気・運搬および選鉱等はいずれも動力を使用し, 出炭量は増加の途上にある。 現在月出炭 5,000~6,000 tである。
従来ユードロ層は油徴のある地層として注目せられ, この分布地帯はかつて石油調査の対象となったことがある。 本図幅域内では油徴としてユードロ砂岩中, かすかに油気をおびた砂が各所にみられるにすぎない。
本区域はほとんど大部分が軟弱な水成岩によって占められているため, 道路の敷石等にする岩石に不便を感じるが, 数カ所に露出する堅硬な火成岩がこれに役立っている。 大和田炭砿附近では国道の敷石として輝緑凝灰岩を採石し, また留萠岬の玄武岩が同地の防波堤の土台石として利用されている。
EXPLANATORY TEXT OF THE GEOLOGICAL MAP OF JAPAN Scale 1 : 50,000
Asahigawa, No.41
By KONROKU TSUSHIMA & SYŌICHI YAMAGUCHI (Written in 1954)
The Rumoi sheet map area is located in the coastal region of west central Hokkaidō. The district to the north of the Rumoi river is a hilly land, ranging from 100 to 250 m in height; the ridges are tormed of the Tōgeshita conglomerate formation. The district to the south of the river is somewhat higher in elevation, being generally less than 350m above sea level.
The rocks in the area surveyed include the Paleozoic, Tertiary and Quaternary. The Paleozoic rocks crop out in small areas, and the Tertiary ones are the most widespread. At a few places olivine basalt occurs as small dikes.
The geological succession is shown in Table 1.
This formation is distributed in the middle part of the mapped area. It is composed mainly of slate, greywacke sandstone, and schalstein. The rocks have been much folded and faulted, and are bounded by the Tertiary rocks with faults and unconformity. Radiolarian fossils are found, but their exact age has not been decided. Lithologically the formation may be assigned as the Paleozoic.
The Tertiary rocks are grouped into the following two series, which are separated by an erosion unconformity. The Teshio series is considered to be from early Miocene to late Miocene in age, while the Kitami series may be from earliest to latest Pliocene.
a) Owada formation : The Owada formation, which is coal-bearing, is only distributed near the Owada colliery and the Fujiyama station.
It may be divided into the basal conglomerate bed and the coal-bearing bed.
The basal conglomerate bed is made up of an alternation of conglomerate, shale, and sandstone. Its thickness is usually several meters, attaining in places 70 m at most. The conglomerate contains subangular blocks of the Paleozoic rocks.
The coal-bearing bed is composed mainly of whitish grey sandstone with subordinate dark grey shale, and has three workable coal seams, the upper, main, and lower seams. The bed is rich in plant fossils which belong to the so-called "Arctic Miocene Flora". Shell fossils are almost wanting, excepting some imperfectly preserved fresh water ones as follows:
The geological age of the Owada formation is generally considered to be early Miocene, though it is disputable among geologists.
b) Yūdoro formation : This formation covers the greater part of the mapped area. It is subdivided into conglomerate bed, soft fine sandstone bed and mudstone bed.
The conglomerate bed consists mainly of bluish grey conglomerate which is intercalated with sandstone, mudstone and thin coal seams. It contains plant fossils and siliceous wood. Its thickness attains 250 m in maximum. The pebbles in the conglomerate are subangular and are made up of black slate, schalstein, etc. The conglomerate withstands the erosion and is commonly found on the mountain ridges.
The soft fine sandstone bed ranges from 250 to 500 m in thickness. It is made up of a bluish grey to dark greenish, grey fine to medium grained, thick bedded sandstones. The sandstones are usually interbedded with the layers of dark grey shale, 2 to 5 m in thickness. The sandstones are usually soft, friable and porous. In places there are thin coal seams of no economic value. This bed is characterized by the presence of the following fossils.
No important paleontological evidences were found, but this bed may be correlated with the Haboro coal-bearing formation in the Tempoku region.
The mudstone bed occupies the uppermost part of the Yūdoro formation and has a thickness of 350 to 700m. It consists mainly of dark grey mudstone interbedded with thin sandstone. In the northern part of the mapped area there develops sandstone which is intercalated with thin conglomerate in the upper part of this bed. The mudstone is homogeneous in texture, and is massive and thick bedded, without clear stratifications. The mudstone is poor in fossils, but the following species of marine shells are found.
No direct paleontological data were found, but stratigraphically this is correlated with the Chikubetsu formation in the Tempoku region.
The kitami series rests unconformably upon the above described rocks and is built up of tuffaceous rocks which reveal the volcanic activity at that time. This series is subdivided into the Tōgeshita, Mashike, and Rumoi formations.
a) Tōgeshita formation : The formation is divided into two substages, that is tuffaceous sandstone and shale bed, and conglomerate bed, in ascending order. The total thickness of the formation measures 700 m in maximum.
Tuffaceous sandstone and shale bed is the lowest portion of the Kitami series. It consists of an alternation of tuffaceous sandstone and shale, intercalating thin lignite in the upper part and containing angular shale pebbles in the lower part. There are numerous spots composed of pumiceous substances. The thickness is 100 m in average and 200 m in maximum. A few marine shells have been found, and in the upper part plant fossils are contained.
Conglomerate bed consists mainly of conglomerate with subordinate amounts of sandstone and shale, occasionally with thin seams of lignite, and ranges from 200 to 500 m in thickness. Abundant marine shells and echinoids suggest that the Tōgeshita formation is of lower Pliocene age.
b) Mashike formation : This formation consists of the mudstone bed in its lower part and the hard shale bed in its upper. However, the mudstone bed develops only locally and in larger part of the occurrence the hard shale bed covers the Tōgeshita formation directly.
The mudstone bed is made up of greenish grey, massive and soft mudstone. Marine fossils are rare. The thickness of the bed is 100-150 m.
Hard shale bed is 100-250 m in thickness and s composed almost wholly of hard shale. The shale is dark greenish colored on fresh fracture, but becomes whitish on weathering surface and splits into small angular pieces. It includes calcareous nodules which contain molluscan fossils.
c) Rumoi formation : Massive sandstone bed is mainly composed of tuffaceous sandstone, measuring 200 m in thickness. The sandstone is light grey to greenish grey in color, usually homogeneous and thick bedded, and turns into a whitish, fine to medium grained, friable rocks by weathering. Marine shell fossils are found.
Diatomaceous mudstone bed is distributed in Rumoi city and in the coastal area of Mashike and Shaguma. It is made up mainly of diatomaceous sandy mudstone, 20-100 m in thickness and has, at the base, a coarse conglomerate and a fine to coarse grained quartz sand bed, being 1 to 5 m in thickness. The diatomaceous sandy mudstone contains marine shell fossils such as Yoldia, Venericardia, and Acila. There is no important evidence of unconformity between this bed and the Mashike sandstone bed.
Olivine basalt occurs as small dikes intruding the Yudoro and Rumoi formations. The rock is dark colored and dense, and carries amygdaloidal cavities filled up with zeolites. Under the microscope, calcic plagioclase, augite, and olivine are present as the principal constituents, and the texture is porphyritic with intergranular groundmass.
The Pleistocene sediments are represented by terrace deposits of marine and fluviatile origins. The marine terrace deposits which are composed of sand, gravel, and clay lie on the coastal hilly lands, covering the Tertiary sediments. In the coast of Mashike-machi the gravel bed contains enormously large sub-angular blocks of andesite, derived from Shokambetsu volcano.
The river terraces are about 15 m high in average and are also composed of clay, sand, and gravel.
The alluvial deposits along streams consist mainly of sand and gravel, and those of the extensive coastal plains consist of sand and clay.
Coal : Although some lignite or coal seams are found in the Yūdoro and Tōgeshita formations, all of them are thin or of inferior quality. The coal seam that has been worked is the main seam intercalated in the Owada coal-bearing formation at Owada colliery.
Petroleum : A small number of oil seapages are found in the soft sandstone bed of the Yūdoro formation.
昭和 29 年 10 月 20 日印刷 昭和 29 年 10 月 25 日発行 著作権所有 工業技術院 地質調査所