03017_1967
5万分の1地質図幅説明書
(旭川 第 17 号)
北海道立地下資源調査所
技術吏員 松下勝秀
技術吏員 小山内煕
技術吏員 石山昭三
嘱託 中村耕二
北海道開発庁
昭和 42 年 3 月
この調査は、 北海道総合開発の一環である、 地下資源開発のための基本調査として、 北海道に調査を委託し、 道立地下資源調査所において、 実施したものである。
目次 はしがき I. 位置および交通 II. 地形 III. 地質 III.1 地質概説 III.2 地質各説 III.2.1 ジュラ系 - 下部白亜系 III.2.1.1 日高累層群 i) ペーチャン層群 ii) ウソタン層群 III.2.1.2 対比の問題点 III.2.2 白亜系 III.2.2.1 豊別層 III.2.2.2 上部エゾ層群 III.2.2.3 頓別層群 III.2.3 新第三系 III.2.3.1 17 線川層 III.2.3.2 中頓別層 III.2.4 第四系 III.2.4.1 更新世 III.2.4.2 現世 III.2.5 火成岩 III.3 地質構造 III.3.1 褶曲構造 III.3.2 断層構造 III.3.3 図幅の占める北海道における構造的位置 IV. 鉱産資源 IV.1 金鉱床 IV.2 水銀鉱床 IV.3 石灰岩 IV.4 砕石・山砂利 文献 巻末図版 Résumé (in English)
5万分の1地質図幅説明書
(旭川 第 17 号)
浜頓別図幅および説明書は, 昭和 36 年から同 38 年にいたる間, 延約 270 日を費して行なった野外調査の結果を整理し, とりまとめたものである。
調査にあたっては, 図幅の南東部に発達する日高累層群の分布地域を, 中村の協力のもとに松下が分担し, 中央部ならびに南西部に発達する新第三紀層および白亜紀層の分布地域を, 石山の協力のもとに小山内が分担した。 また, 新第三紀層の分布地域の調査にあたっては, 当所の三谷勝利氏の援助をうけた。 さらに, 新第三紀層ならびに第四紀層から産出した化石の鑑定は, 北海道大学助教授の魚住悟氏の労をわずらわした。 説明書をとりまとめるに当って, 北海道開発局の北川芳男氏にいろいろと御指導をたまわった。
報告に入るに先だち, 上記の三谷勝利, 魚住悟, 北川芳男の各位に深謝する。 また, 現地でいろいろな便宜を計っていただいた, 浜頓別役場および中頓別営林署のかたがたに厚くお礼申し上げる。
浜頓別図幅の占める地域は, 北緯 45°00'~45°10', 東緯 142°15'~142°30' の範囲である。 北東部はオホーツク海に面している。 行政区割では, 宗谷支庁管内にあり, 大部分の地域は浜頓別町に, 北端の一部は 猿払 村に, 南端の一部は中頓別町にそれぞれ属している。
交通は, 国鉄 天北線が, 頓別川に沿って浜頓別に至り, ここから北上して海岸線に平行に鬼志別, 稚内方面に向っている。 また, 浜頓別から南東方向の海岸に沿って, 国鉄 興浜北線 が通じている [ 興浜北線は浜頓別駅から北見枝幸駅に至る路線 ] 。 図幅地域内には, 下頓別 , 浜頓別, 山軽 [ これら 3 駅は天北線の駅 ] , 豊牛 および 斜内 [ これら 2 駅は興浜北線の駅 ] の各駅がある。
海岸線沿いには国道 238 号線が通じ, 天北線沿いには, 浜頓別まで道道が通じている。 そのほか, ウソタン川 [ ← 図幅地域中央やや南 ; 南南東から頓別川に合流 ] , ウツナイ川 [ ← 図幅地域南西隅やや北 ; 西南西から頓別川に合流 ] およびモウツナイ川 [ ← ウツナイ川の北方 2 km ; 西から頓別川に合流 ] などの主要河川に沿って, 林道および併用林道が開さくされている。
図幅地域の地形は, その特徴から次の4つに分けられる。
1) は, 標高 300~700 m の山岳地帯であって, 起伏に富んでいる。 このうち, 珠文 [ 珠文 ] 岳周辺は標高 600~700 m ときわ立って高いが, 他はほぼ 400 m 前後の定向性をしめす。 この様子は第 2 図の地形投影断面図によくあらわれている。 この地帯は, 日高累層群の分布地域とほぼ一致する。 高度があり起伏は多いが, 山稜全体が円みを帯びているのが特徴である。
2) は, 標高 100~200 m の波状地形をとる丘稜地帯である。 高度は低いが, その割合には起伏に富んでいる。 この地帯は白亜紀層および新第三紀層の分布地域とほぼ一致する。
3) は, 第四紀 更新世の地層の堆積面である。 海岸線にほぼ平行に, 15~30 m の面, および 30~50 m の面がある。 海岸に沿っては, 5~6 m の面が帯状に分布している。
4) は, 冲積面であって, 現河川氾濫堆積物や, 湿地性堆積物などの分布する地域である。
河川は, 図幅を2分する形で, 南西から北東に向って, 頓別川がオホーツク海にそそいでいる。 頓別川の東西両側には支流が発達している。 東側にはウソタン川があり, 大半の地域がその流域にふくまれる。 この北側には, 豊寒別 川が, 南には 鬼河原 川および 一已内 川がある。 西側には, 南からウツナイ川, モウツナイ川および 17 線 川などがある。 図幅北西部には, 仁達内 川およびポン仁達内川があり, クッチャロ小沼に注いでいる。
クッチャロ小沼と大沼は, せまい水道で連なり, 浜頓別の北側を通る水道 [ クッチャロ川 ? ] でオホーツク海に連絡している。
浜頓別図幅地域の地質構成は, 総括表(第 1 表)にしめしたとおりである。 すなわち, 下位から, (1) ジュラ紀 - 下部白亜紀層, (2) 白亜紀層, (3) 新第三紀層, (4) 第四紀層である。
| 時代 | 地層名 | 層厚 (m) | 層相 | その他 | |||||
| 第四紀 | 現世 | 沖積層 | 砂・礫・粘土・泥炭 | 自然貝層 | |||||
| 砂丘 | 砂 | ||||||||
| 崖錐 | 礫・粘土 | ||||||||
| 砂堤列 | 砂・礫 | ||||||||
| 更新世 | 風成堆積物 | 砂 | Ostrea, Menyantes | ||||||
| 第2段丘堆積物 | 礫 | ||||||||
| 浅茅野層 | 10~50 | 礫・砂・粘土 | |||||||
| 第1段丘堆積物 | 礫・粘土 | ||||||||
| ポンニタチナイ層 | 粘土・礫・泥炭 | ||||||||
| 新第三紀 | 鮮新世 | 中頓別層 | 300 + | 礫岩・砂岩 | ↑不整合 | 滝川・本別 化石動物群 | |||
| 中新世 | 17 線川層 | 600 + | 硬質頁岩・礫岩・泥岩 | ↑不整合 | 峠下・厚内 化石動物群 | ||||
| 白亜紀 |
ヘトナイ世
~ 浦河世 |
頓別
層群 | 平太郎沢層 |
上部砂岩,
礫岩部層 | 1000 + | 中・粗粒砂岩・礫岩 | ↑不整合 | ||
|
上部
シルト岩部層 | シルト岩 | ||||||||
| 中部砂岩部層 | 砂岩・シルト岩 | ||||||||
|
下部
シルト岩部層 | シルト岩 | ||||||||
| 下部砂岩部層 |
砂岩・「泥クイ砂岩」・
「雑色砂岩」 | ||||||||
| 上駒層 | シルト岩部層 | 500 | 砂質シルト岩・シルト岩 | Inoceramus schmidti | |||||
| 砂岩部層 |
粗・中粒砂岩・
シルト岩・砂質シルト岩 | ||||||||
|
上部
エゾ 層群 | 寿層 | 500~600 |
シルト岩・
砂質シルト岩・砂岩 | ↑整合 | 水銀鉱床 | ||||
| 零号沢層 | 300 + | 砂岩・頁岩 | ↑整合 | ||||||
| 上頓別層 | 300~400 | シルト岩・ 白色凝灰岩 | ↑整合 | Inoceramus naumani | |||||
| 宮古世 | 豊別層 | 400 + |
黒色頁岩・シルト岩・
含礫砂岩 | ↑断層 | |||||
|
下部白亜紀
~ ジュラ紀 |
日高
塁層群 |
ウソタン
層群 | フーレビラ層 | 800 | 粘板岩・砂岩・チャート | ↑断層 | |||
| 鬼河原層 | 1000 |
粘板岩・砂岩・チャート・
輝緑岩質凝灰岩 | |||||||
| 珠文岳層 | 1300~1400 |
灰白色チャート・
赤褐色チャート | |||||||
| ナイ川層 | 1000 |
粘板岩・砂岩・チャート・
輝緑岩質凝灰岩 | |||||||
|
ベーチャン
層群 | 豊寒別層 | 1200~1300 | 輝緑岩質凝灰岩・チャート | ↑断層 | |||||
| ヒラガナイ層 | 700~800 |
チャート・
輝緑岩質凝灰岩・ 粘板岩・石灰岩 | ↑断層 |
石灰岩鉱床 | |||||
| 間ノ川層 | 1000 |
粘板岩・砂岩・チャート・
輝緑岩質凝灰岩・石灰岩 | ↑断層 | ||||||
| ポロヌプリ層 | 650 + |
輝緑岩質凝灰岩・
粘板岩・チャート | ↑整合 |
Pycnoporidium lobatum,
Spongiomorpha sp. | |||||
(1) は輝緑岩質凝灰岩 1) [ 以下の [注] 参照 ] (いわゆる輝緑凝灰岩), チャート, 粘板岩などを主体とする地層で, 広く北海道の基盤となっている日高累層群 2) に属する。 産出化石や岩相などから, 北海道中央部に発達している空知層群に対比されている。 これらは, 岩質, 層相上からペーチャン層群とウソタン層群に分けられる。 おのおのは, さらに細分することができる。
この図幅の南部に隣接する中頓別図幅地域には, ペーチャン層群が広く分布していて, それらの層序が明らかにされたが, 浜頓別図幅地域では, 上位のウソタン層群の層序が明らかになった。 しかし, ペーチャン層群とウソタン層群との関係については, いぜんとして不明である。
地質構造的にみると, 中頓別図幅地域で特徴的な, 衝上性の断層が弱まり, むしろ地塊運動的要素が強くなっている。
(2) の白亜紀層としたものには, 2つの性格の違ったものがふくまれている。
1つは, 豊別 層であって, 日高累層群の発達地域に断層で落ち込んだ状態で分布している。 この地層は, 岩相上から明確にウソタン層群とは区別され, その岩相や分布の構造的位置などから, 音威子府 , 中頓別両図幅の地域に発達している 歌登 層群に対比されるものである。
他の1つは, 図幅の南西部地域に分布する白亜紀層である。 これは, 神居古潭帯の東側で, 南北に北海道を縦断する地溝状の白亜紀層の分布範囲の最北に当る。 浜頓別図幅地域に分布している白亜紀層は, 上部エゾ層群と, 函渕 層群に対比される頓別層群である。 これらは, 層相からさらに細分される。
(3) の新第三紀層は, (1) や (2) の各層を不整合におおって, 図幅中央南部から北西方向に帯状に分布している。 これらは, 2層に分けられる。 下部は 17 線 川層とよび, 中新世に属し, 岩相的に稚内層に対比される。 上部は中頓別層で 17 線川層, 頓別層群, 上部エゾ層群, 豊別層およびポロヌプリ層などの地層を不整合におおって分布している。
中頓別層は, 滝川階をしめす化石を産し, あきらかに鮮新世に属する地層である。
(4) の第四紀層は, 頓別川以北のクッチャロ沼周辺に分布している更新世の地層や, 各河川の沿岸や東南部山地の周辺部に発達している段丘堆積物がある。 最下部のポンニタチナイ層の中に夾在している泥炭には Menyantes の種子が含まれている。
海岸に沿って, 砂堤列や, 海岸砂丘が発達している。 頓別川の川口から下頓別にかけての地域や, クッチャロ沼周辺地域には, 泥炭が広く分布している。 また, 豊別 [ ← 興浜北線 豊牛駅の南方 0.5 km ] から斜内にかけての海蝕崖や, 豊寒別川の南岸に沿っては, 崖錐が発達している。
枝幸 の山塊一帯に分布している日高累層群については, 古く 福地の調査報告 3) がある。 福地は, この地域の古期岩類を古生層を考え, 岩相上から秩父古生層に対比した。
一方, 北海道中央南部には, 日高系, 神居古潭系と呼ばれている古期岩類があり, これも秩父古生層や, 三波川系に対比されてきた。 戦後, 日高造山の研究が進み, 日高帯と神居古潭帯との関連がしだいに明らかになった 4) 。 また, 図幅調査の進展に伴い, 従来の古期岩類の一部には, ジュラ紀層の存在が確認され, 空知層群として層序が明らかにされた 5), 6), 7) 。 さらに, 日高系についても, 古生層を指示するものはなく, むしろ中生層であろうと推定される点が多くなってきた。 しかし, いぜんとして, 日高層群を古生層と考えている, つまり古生層を日高層群とよぶ人達もいるが, これを全面的に否定するまでには至っていない。 空知層群にしても, 下限未詳の地層であり, 日高層群との間にいろいろな混乱があった。 1961 年, 長谷川・他は, 先エゾ層群を一括して日高累層群という名称を提唱した 2) 。 日高累層群は, 下位から中の川層群, 神威層群, 空知層群の3層群に分けられている。
浜頓別図幅地域に分布している日高累層群は, 岩相からみて上記の分帯の空知層群に対比されるものである。
この日高累層群は, 南に隣接する中頓別図幅地域でペーチャン層群とウソタン層群に分けられた。 この層群の分帯は, 浜頓別図幅地域でも確認できるが, 両層群は断層で接していて, 本来の関係はあきらかでない。
ペーチャン層群は, 層相の違いにより下位から, ポロヌプリ層, 間ノ川層, ヒラガナイ層および豊寒別層の4層に区分することができる。 下位の2層, すなわち, ポロヌプリ層と間ノ川層は, 中頓別図幅地域に発達しているそれとほとんど変らないが, ヒラガナイ層の層相は若干違っている。 豊寒別層と, 南に隣接する中頓別図幅のパンケナイ層との関連とが不明であるので, 今後に残された問題である。
模式地 : 中ノ川流域, 斜内岳 周辺 [ 位置不明 ; 興浜北線 斜内駅の東方の 目梨泊 図幅地域内にある神威岬の附近の山 ? ]
分布 : 中ノ川流域, ウソタン川上流から図幅の南隅にかけての地域には, [ 南に ] 隣接する中頓別図幅地域からの延長部分が帯状に分布している。 熊の沢上流から斜内岳にかけての地域, モブタウシ [ モブタウス ? ] 西方の砕石場から豊寒別川上流にかけての地域, 鬼河原 川の中流地域 [ ← 図幅地域中央の南部から南端 ] 。
岩質・層相 : この地層は, 全体的にみると, 緑色岩類の卓越する地層である。 中ノ川流域 [ ← 図幅地域南東隅のやや西 ] では, 塊状の輝緑岩質凝灰岩が多く, チャート, あるいはチャート質の部分をはさんでおり, その構造を知ることができる。 しかし, このチャート層も連続性に乏しい。 チャートおよびチャート質の部分は, 淡緑色を呈しているが, 輝緑岩質凝灰岩は, 緑色ないし青緑色を呈している。
ウソタン川本流流域のポロヌプリ層 [ 位置不明 ] もほぼ同様の岩相をしめしているが, 黒色粘板岩の薄層や, 小規模な石炭岩を挾在している。 斜内岳から斜内山道(目梨泊図幅)にかけての地域に分布する地層は, 暗緑色を呈し, 細粒で塊状をとり節理が発達している。 粗粒な輝緑岩は見当らないが, 細粒の輝緑岩質岩が多いようである 8) 。 モブタウシ [ モブタウス ? ] 西方の砕石場では, 緑色の輝緑岩質凝灰岩の上に厚さ 5~7 m の石灰岩があり, その上位は削剥されていてわからないが, この石灰岩は輝緑岩質凝灰岩の中に挾まれているものであろう。 鬼河原川の中流地域に発達しているこの地層は, 暗緑色と赤褐色を呈している部分がある。 全体的に破砕がいちじるしい。
中頓別図幅地域に発達しているポロヌプリ層と比較すると, この図幅地域に発達しているそれは輝緑岩質凝灰岩が多く, 粘板岩や砂岩などの介在相が少ないようである。
構造 : 中ノ川およびウソタン川流域では, N 50~60°E・70~75°NW の走向・傾斜をしめしている。
上位層の構造を加味すると背斜構造が推定される。 この構造の南東部では, N 40~50°E・60°NW の走向・傾斜をしめし, 単斜構造をとっている。 モブタウシの西方の砕石場から豊寒別川上流にかけての地域では, ほぼ南北性の構造をとり, 上位層準の構造から背斜構造が推定される。 斜内岳周辺では, 岩質の項でのべたように塊状であることから, 走向・傾斜が不明で構造は明らかでない。
化石 : この地域では肉眼的な化石は発見されなかった。 しかし, 南に隣接する中頓別図幅地域内で, 今西 9) は, Pycnoporidium lobatum YABE & TOYAMA と, 橋本 10) は, Spongiomorphan sp. をそれぞれ発見し報告している。 これらの化石および岩相から, ポロヌプリ層は, 空知層群の山部層に対比されている 10) 。
層厚 : 地質構造の明らかな中ノ川で計測すると 650 m + である。
模式地 : ナイ川の上流地域。
分布 : ナイ川およびウソタン川の上流地域, 図幅の東部地域および豊寒別川の上流地域。
岩質・層相 : 粘板岩を主体とする地層で, 砂岩, チャート, 輝緑岩質凝灰岩および石灰岩 [ LS ] などを挾んでいる。 ナイ川や中ノ川では, チャートや輝緑岩質凝灰岩をひんぱんに挾んでいて, なかには粘板岩と薄互層をとっている部分もみられる。 しかし, 全般的に剪断がはげしく, これらの岩相を追跡することはむずかしい。 また, 豊寒別川の上流地域では, 粘板岩を主体とするが, 砂岩やチャートをしばしば介在している。 砂岩は細粒から粗粒まであって, とくに粗粒砂岩は石英粒を多くふくみ, アルコーズ砂岩質のものである。 また, この地域のチャートの分布地域に露頭はなく, 発達地域に大きなブロックとして存在していることが多い。
間ノ川層には, 石灰岩 [ LS ] が挾在しているが, 厚さ数 10 cm のレンズ状のものが多い。 図幅の東に隣接する目梨泊図幅との境界地域に, ややまとまった岩体があるにすぎない。
構造 : 一般に破砕がいちじるしく, 構造はあまり明瞭でない。 豊寒別川の上流地域では, ポロヌプリ層の背斜核の両翼に分布しており, 西翼部では N 10~20°E・30~40°NW, 東翼部では N 10°E・85°SE の走向・傾斜を示している。 しかし, 分布の広い豊寒別川の上流地域では露出の状態が悪いので, 必ずしも東傾斜の単斜構造をとっていると決めることはできない。 ナイ川の上流地域に分布するこの地層は, 中ノ川を中心とする背斜構造の西翼にあたり, N 30°E・70°NW の走向・傾斜をしめしている。 東翼部はウソタン川の本流域に分布しており, 走向は N 50~60°E, 傾斜は 65°SE である。 熊ノ沢の上流以北の地域では, N 20~40°E・50~60°SE の走向・傾斜をしめし, 単斜構造をとっているようである。
関係 : 下位のポロヌプリ層とは整合で, 輝緑岩質凝灰岩の少なくなるところから間ノ川層とした。
層厚 : 構造的にもめている部分が多いので明確でないが, 1,000 m 以上と推定される。
模式地 : ナイ川の下流および熊ノ沢の流域。
分布 : ナイ川の下流, 態ノ沢, [ これらの2河川が合流する ] ウソタン川の中流および上流流域。
岩質・層相 : チャート, 輝緑岩質凝灰岩および粘板岩などから構成されている地層である。 わずかではあるが, 砂岩や石灰岩を挾んでいる。 この層相は, 隣接する中頓別図幅地域に発達しているヒラガナイ層とは, 若干違っている。 しかし間ノ川 [ 層 ? ] の上部に対比できないので, 一応ヒラガナイ層としたが, この層相対比には問題がふくまれている。
構造 : 地層全体がもめているので, 走向・傾斜はきわめて複雑で, 構造を明らかにすることはできない。 しかも, 図幅の南部地域でみられた NE - SW 性の構造が急激にかわり, NS 性ないし NW - SW 性の走向が多くみられる。 ナイ川下流では N 30~40°W・35~45°NE, 熊ノ沢では N 5°W・70°NE の走向・傾斜をしめしている。
熊ノ沢とウソタン川本流の合流点付近を通りウソタン川にほぼ平行の断層が推定され, 蛇紋岩体をともなっている。
関係 : この地域では, 下位層とは断層で接している。 隣接する中頓別図幅では, 間ノ川層とは整合とされている。
層厚 : 構造を明確に把握できないので, 地層の厚さは計測できない。 しかし, 少なくとも 700~800 m 以上は推定できる。
模式地 : ウソタン川の中流流域。
分布 : ウソタン川の中流から豊寒別川にかけての地域。
岩質・層相 : 輝緑岩質凝灰岩とチャートから構成されている地層である。 ウソタン川流域では, 粘板岩や砂岩などの挾在物はほとんどない。 この様子は第 5 図にしめしたとおりである。 輝緑岩質凝灰岩は, 緑色を呈するものばかりでなく, 赤褐色を呈するものもある。 下位のヒラガナイ層とは, 層相から容易に区別することができる。
隣接する中頓別図幅地域に分布しているヒラガナイ層も, 輝緑岩質凝灰岩とチャー卜を主とする地層であって, 層相では豊寒別層と似ているようにみえる。 しかし, 粘板岩などの挾在物があることと, 豊寒別層のチャートは縞状を呈するのに反して, ヒラガナイ層のチャートは一般に塊状を呈するなどの違いがみとめられる。 このような特徴からヒラガナイ層と豊寒別層とは区別できる。
構造 : ウソタン川の下流地域では, N 10°E~N 10°W・40~30°SE~NE の走向・傾斜をとっており, また上流地域では, N 15°E・60~70°NW の走向・傾斜をしめしている。 すなわち, 両者の地域の間に NW 方向の軸をもつ向斜構造が存在している。 豊寒別川の右股沢では, N 45°W・50~80°SW の走向・傾斜をしめし, 上記の向斜構造の東翼部をしめているようである。 この東翼部は, 向斜軸にやや斜交する断層で転位している。
関係 : 隣接の中頓別図幅地域では, ヒラガナイ層の上位に, 整合関係でパンケナイ層が累重している。 パンケナイ層は, 板状層理の発達した粘板岩から構成されている単調な層相をもつ地層である。 このような特徴的な層相は, 図幅地域にはない。 したがって, この豊寒別層の層位が問題になってくる。 一応, この地域では, 豊寒別層をパンケナイ層の上位の地層と考えた。 しかし, 実際には, 上下の地層とは断層で接している。
層厚 : ウソタン川流域で計測すると, 1,200~1,300 m に達している。
ペーチャン層群とウソタン層群との関係は, 隣接の中頓別図幅地域でも問題にされたが, この図幅地域でもあきらかにすることができなかった。 しかし両層群が上下関係にあるということは間違いない。 すなわち, ウソタン層群の中にはペーチャン層群中にみられない特徴的な地層があり, ペーチャン層群の異相ということはない。
調査の進展にともない, 隣接の中頓別図幅地域でたてられたウソタン層群の層序区分は, 一部は変更された。
模式地 : ナイ川の中・下流流域の北側に入る枝沢流域 [ ← 珠文岳 の北東~南西方 0.5 km ] 。
分布 : 同上
岩質・層相 : 粘板岩および砂岩を主とする地層である。 チャートや輝緑岩質凝灰岩を介在しているが, 後者は少ない。 チャートは粘板岩と互層している場合が多い。 下部は砂岩の挾みが多く, 上部はチャートが多くなっている。
構造 : 全般的に N 50~60°E・60~70°NW の走向・傾斜をしめしており 単斜構造をとっている。 隣接の中頓別図幅地域の 一已内川 の上流地域の構造の延長部である。
関係 : まえにのべたように, 下位層とは断層で接している。 この断層は, 構造的に重要な意味をもち, この断層でペーチャン層群とウソタン層群との本来の関係が不明になっている。
層厚 : ほぼ 1,000 m と推定される。
模式地 : 鬼河原川の上流流域。
分布 : 一已内川, 鬼河原川およびフーレビア沢 [ 位置不明 ] の各上流地域 [ ← 珠文岳を取り囲む北東 - 南西に延びる帯 ; 帯の幅は約 2 km ] 。
岩質・層相 : チャートで代表される特徴的な地層である。 このチャートは, 色調から3つの層準に分けられる。
下底から 600 m 位は, 灰白色~暗灰色を呈するチャートが主体であり, 中上部の層準のチャートに比較すると塊状の部分が多い。 ナイ川層との境界付近には, 粘板岩の薄層をわずかに挾在している。 中部 400~500 m は, 赤褐色チャート, いわゆる "red chert" で代表される。 上部 200~300 m は灰白色チャートが主体である。 中・上部の層準は, 板状の層理が発達している。
特徴的なことは, ほとんどがチャートで構成されていてほかの岩相を挾まないということである。 このような厚層のチャートは, 北海道のどこの地域にも知られていない。
構造 : 分布地域の北東部では, N 65~70°E・65~70°SE, フーレビラ沢および鬼河原川上流地域で N 60~70°E・60~70°NW の走向傾斜を, それぞれしめしており, ゆるく彎曲した単斜構造を形成している。 一已内川の上流地域では, 褶曲によるくり返しがみられる。 ここでは, 向斜構造は残されているが, 背斜構造は断層による転位でこわされている。
関係 : 下位層とは整合である。 急激にチャートが多くなるところから珠文岳層とした。
層厚 : 鬼河原川で計測すると, 1,300~1,400 m に達する。
模式地 : フーレビラ沢中流流域 [ 位置不明 ] 。
分布 : 鬼河原川およびフーレビラ沢中流地域。
岩質・層相 : 粘板岩を主とする地層である。 下部に砂岩層, 中部にチャート層をやや多く挾んでいる。 最上部は輝緑岩質凝灰岩である。 チャートは一般に縞状を呈している。 輝緑岩質凝灰岩は, 赤褐色と暗緑色の部分がまだらに入り混っていて, ところにより集塊岩状を呈する部分もある。
構造 : 分布地域の東部では, N 70~80°E・70°NW, 中央部(フーレビラ沢)では, N 70~80°E・70~80°NW, 西部(鬼河原川)では N 20~60°E・60~70°NW の走向・傾斜をしめしている。 下位の珠文岳層と同じ NW 方向に傾斜する単斜構造をとっている。
関係 : 下位層とは整合である。 厚層のチャートが砂岩に変るところから輝緑岩質凝灰岩までを本層とした。
層厚 : フーレビラ沢で計測すると, 1,000 m 前後である。
模式地 : ウソタン川とフーレビラ沢の合流点付近。
分布 : フーレビラ沢の下流およびウソタン川の下流地域。
岩相・層相 : 粘板岩を主体とする地層であって, チャートや砂岩を介在している。 この地層の粘板岩は, むしろ黒色頁岩といった感じのするもので, 風化すると細くわれる。 一般に板状の層理の発達している部分が多い。 チャートは, 淡緑色~暗灰色の縞状を呈する。 砂岩は一般に細粒で, 板状を呈しているが, 局部的に礫岩質の部分がある。
構造 : フーレピラ沢の下流地域では, N 70~80°E・55~70°NW, ウソタン川では, N 60°W~80°E・60~80°N の走向・傾斜をそれぞれしめしている。 大きくみると, 東西性の走向で北に傾斜する単斜構造をとると考えられる。 しかし, 南北性の走向をしめすところもあることから, やや擾乱されているとおもわれる。
関係 : 下位層とは整合である。
層厚 : 800 m 以上と推定される。
さきにのべたように, 枝幸 山地に分布する先エゾ層群は, 枝幸古生層と呼称されていた。 この地域を調査した福地信世 3) は, この枝幸古生層を3つの統に分帯した。 その後, 鈴木要 1) は, 4つの地層に区分した。 地層区分の基準となる地層の分布地域が違っているので, 両者を完全に対比することはできないが, ほぼ次のように考えられる。
| 福地信世(1902) | 鈴木要(1935) |
中頓別
浜頓別 | 図幅 |
| オネンカラマップ統 | ウソタン層 | ウソタン層群 | |
| ----- 整合 ----- | |||
| ビラガナイ層 | |||
| === 断層 === | === 断層 === | === 断層 === | |
| パンケナイ統 | ペーチャン層 | ペーチャン層群 | |
| ----- 整合 ----- | ----- 整合 ----- | ||
| ペーチャン統 | ポロヌプリ層 | ||
今西は, ペーチャン川の支流である中ノ川流域の石灰岩から Pycnoporidium lobatum YABE et TOYAMA を, 橋本は, ペーチャン川のガロから Spongiomorphan sp. をそれぞれ発見した。 これらの化石や岩相から, 福地のペーチャン統および鈴木のポロヌプリ層は, 空知層群の山部層に対比されるようになった。 したがって, 従来, 秩父古生層や, 古生層とみていた日高系に対比されていた枝幸 山地は, そのほとんどが空知層群に対比されるようになった 10) 。
橋本 10) は, 福地の層序のうち, オネンカラマップ統をペーチャン統とパンケナイ統の北方異相と考え, 山部層と主夕張層に対比することができると考えている。
中頓別図幅および浜頓別図幅で分帯されたペーチャン層群とウソタン層群は, ほぼ第 2 表のように対比される。 中頓別図幅説明書の中でのべているように, ウソタン層群はペーチャン層群の異相とは考えがたく, やはり上位の地層とするのが正しい。 中頓別図幅では, ペーチャン層群およびウソタン層群をそれぞれ山部層と主夕張層に対比している。 しかし, 中央地域の空知層群とは, 岩相や層序で必ずしも一致していない。 さらに, ペーチャン層群の上部の層序がまだ不明確であり, ウソタン層群との本来の関係があきらかになっていない現在では, この対比はむづかしい。 とくに, 珠文岳層に対比されるような地層は, いままで報告されていない。 このことは, 枝幸 山地一帯が, 空知層群の上部期に特異な堆積環境にあったことを意味するものかもしれない。
この図幅地域に分布している白亜紀層には, 2つの性格の違ったもののあることは, さきにのべたとおりである。
模式地 : ウソタン川の下流
分布 : ウソタン川の支流で南に入る第1番目の枝沢地域, および, 豊寒別川の下流地域。
岩質・層相 : 黒色頁岩~シルト岩の卓越した地層である。 ウソタン川岸の露頭では, 砂質シルト岩と頁岩との互層の中に, 層厚 20 cm 前後の中粒砂岩の薄層をひんぱんに挾んでいる。 まれに, 薄い白色凝灰岩を介在している。 頁岩は, 風化すると, チリチリに細かく砕け, ウソタン層群の最上部の頁岩様の粘板岩にくらべていちじるしく脆弱である。
豊寒別川やその北側の枝沢でも, ほぼ同じ岩質・層相をしめしているようである。 露出状態が悪いために, 正確な岩相層序はあきらかでない。 豊寒別川の中流の貯水池入口近くの露頭には, 頁岩シルト岩互層の上位に礫岩~含礫砂岩が累重しているのがみられる。
この層準には輝緑岩質凝灰岩やチャートは全く見当らない。 豊寒別川の小さな枝沢で, 玢岩様岩の転石がみられたが, 分布は不明である。
構造 : ウソタン川支流では, N 60°W・55°SW, N 30°W・45°NE, 豊寒別川では N 40°E・15°SW, N 40°E・30°SE の走向・傾斜をそれぞれしめしている。 ともに分布している範囲がせまく, 露出の状態がわるいので, 構造はあきらかでない。
関係 : 周囲は断層で囲まれていて, 下位層との関係は不明である。 岩質・層相や, 分布している構造的位置などから, 中頓別図幅地域や音威子府図幅地域の歌登層群に対比されるものと考えられる。
層厚 : 少くとも 400 m 以上あると推定される。
図幅地域に分布するエゾ層群は, 上部エゾ層群だけで, 中下部エゾ層群は分布していない。
模式地 : 一已内川 の下流流域。
分布 : 図幅地域では, 一已内川の下流地域にわずかに分布しているだけで, 広く分布しているところはむしろ南に隣接する中頓別図幅地域である。
岩質・層相 : 暗灰色のシルト岩で構成されていて, 全層ほとんど均一の層相をしめしている。 一般に無層理なことが多く, 風化すると細く砕ける。 まれに白色凝灰岩の薄層を挾在しているほか泥灰質団球がふくまれている。
構造 : N 15~25°E・70~55°NW の走向・傾斜をしめし, 単斜構造を形成している。
化石 : 図幅地域では, 化石は発見されなかったが, 南方延長の中頓別図幅地域で, Inoceramus naumanni YOKOYAMA の産出が報告されている 12) 。
層厚 : 一已内川流域で計測すると 300~400 m である。
関係 : 図幅地域では, 断層でポロヌプリ層と接している [ 確認できない ] 。 中頓別図幅地域では, 中部エゾ層群の一の川層と整合のようである。
模式地 : 一已内川下流地域。
分布 : 同上
岩質・層相 : 砂岩や頁岩で構成されている地層である。 この地層の南方への延長した中頓別図幅地域内では, 礫岩層から始まり, 砂岩頁岩の互層や, 凝灰岩をひんぱんに挾むことを特徴としてあげている。 図幅地域では, 分布がせまいので, 中頓別図幅地域でみられるような岩相は確められなかった。
構造 : 下位の下頓別層 [ 「上頓別層」の間違い ] に累重していて, 西に傾いた単斜構造をとっている。
関係 : 下頓別層 [ 「上頓別層」の間違い ] とは整合である。
化石 : この地域では発見されなかった。 この図幅の南に隣接する中頓別図幅地域で, Gaudryceras tenuiliratum YABE, Hauericeras gardeni (BAILY), Inoceramus spp. などの産出が報告されている 12) 。
層厚 : 300 m 以上と推定される。
模式地 : 弥生 [ ← 図幅地域の南端付近の頓別川・国鉄 天北線沿いの場所 ] の西方山地。
分布 : 弥生の西方からウツナイ川下流にかけての地域, およびモウツナイ川の北側に入る支流流域。
岩質・層相 : 暗灰色のシルト岩~砂質シルト岩から構成されている。 シルト岩の産状は, 一般に無層理の部分が多く, 風化した露出では, オニオン構造がみられる。 量的に少ないが, 砂岩もふくまれている。 砂岩は灰白色~青灰色を呈する中粒~粗粒砂岩である。 シルト岩との接触部付近では, シルト岩の破片をとり込み, 「泥クイ」状を呈している。 また縞状を呈する部分もある。 まれに, 灰白色の凝灰岩の薄層を挾んでいるほか, 石灰質団球がふくまれている。
構造 : 弥生からウツナイ川にかけての地域では, 向斜構造をはさんで, 東西両側に背斜構造がみられる。 東側の背斜構造は, N 20~30°W・55~70°SW, N 30~70°E・20~50°SE の走向・傾斜をしめしており, 背斜軸の西側で軸とほぼ平行な断層が発達している。 西側の背斜構造は, N 35~55°W・42~50°SW,および N 10°E・60°NE の走向・傾斜をしめしている。 モウツナイ川支流でも背斜構造の核として露出している。 いずれも,褶曲軸は南に沈んでいる。
関係 : 下位の零号沢層との境界は, 冲積低地下にあるので不明である。 南に隣接する中頓別図幅地域内の零号沢では, 下位層とは整合漸移である。
化石 : 石灰質団球の中から Ammonite の破片を産出したが, 属種は鑑定できなかった。
層厚 : 500~600 m である。
この層群は, この地方の白亜紀の最上部を構成している。 岩相的には, 粗粒相に富むことと凝灰質であることが特徴である。 産出する Ammonite や Inoceramus は, 上部浦河世からへトナイ世にかけてのものである。 産出化石と岩相的な特徴から函渕層群や安川層群に対比されている 29) 。 しかし, 西に隣接する 上猿払 図幅地域では, この地域の頓別層群のほぼ最上部までを上部エゾ層群にふくめている。 したがって, 対比に若干の問題があるが, 中頓別図幅によって函渕層群に対比した。
模式地 : ウツナイ川の南に入る支流。
分布 : ウツナイ川と頓別川の間の山岳地帯の稜線部地域。 モウツナイ川中流の北側地域。
岩質・層相 : 岩質や層相から2つの部層に分けられる。
構造 : ウツナイ川南部では, 南に沈む向斜構造から, NW - SE 性の走向で SW に傾斜する単斜構造に移化している。 向斜構造の軸は, ほぼ N 10°E である。 単斜構造をとる部分では, N 20~25°W・40~60°SW の走向・傾斜をしめしている。 また, モウツナイ川北側では, 南に急傾斜した軸をもつ背斜構造がみられる。
関係 : 下位の寿層とは整合漸移である。 砂岩をひんぱんに挾むところから, 上駒層とする。
層厚 : 約 500 m である。
この地層は, この地域の白亜紀の最上部をしめる。
模式地 : ウツナイ川上流流域。
分布 : ウツナイ川上流地域, およびモウツナイ川上流地域。
岩質・層相 : 全体的な層相は, 粗粒相と泥質相との厚い互層で特徴づけられている。 岩相の違いから5つの部層に分けられる。
構造 : 西側に隣接する上猿払図幅地域に存在している南北性の向斜構造の東翼部にある。 すなわち, モウツナイ川より南では, 南北走向で, 西に傾斜した単斜構造をしめしている。 しかし, 17 線川の上流地域では, 南北性の軸をもつ背斜構造がみられる。 この背斜構造は南に沈む形をとっている。
関係 : 下位の上駒層とは整合漸移である。 「泥クイ」砂岩の多くなるころから平太郎沢層とした。
図幅地域の新第三系には, 中新世の 17 線川層と, 鮮新世の中頓別層がある。
模式地 : 17 線川流域。
分布 : ウツナイ川の川口から 17 線川の流域にかけての地域, および 一己内川 の中流地域 [ 確認できない ] 。
岩質・層相 : 17 線川の地域に分布しているこの地層は, ほとんどが硬質頁岩から構成されている。 この地層は, 上猿払図幅や鬼志別図幅地域で稚内層とされたものに連続している。 ウツナイ川と頓別川との合流点付近で, 基盤の白亜紀層との不整合関係が観察される。 ここでは, 17 線川層は, 30~50 cm の基底礫岩にはじまり, その上に 3 m 前後の青灰色の中~粗粒砂岩が累重している。 さらにその上位は, 板状層理の発達した暗灰色硬質頁岩に移化している。
一般に, 硬質頁岩はシルト岩と頁岩との互層で, 5 cm 前後の厚さの板状をしめしている。 中に 4~5 m の層厚の粗粒砂岩を挾むことがある。
一己内川の中流地域に分布する岩相 [ 確認できない ] は, 泥岩や砂岩で構成されている。 この部分は, ペーチャン川やモペーチャン川流域などに分布するモペーチャン層の延長部にあたる。
17 線川層はモペーチャン層に対比されるが, 岩相は, モペーチャン層とはかなり違っている。 モペーチャン層の岩相は, 一己内川まで追跡することができるが, その北部は中頓別層におおわれていて露出がない。 したがって, どのような形で岩相が変化しているかあきらかでない。
関係 : 白亜系の各層準と不整合で接している。 なお, 一己内川では, 日高累層群と断層で接している。
化石 : 基底礫岩の中には, 介化石がふくまれている。 次のような介化石が鑑定された(北大・魚住悟氏の鑑定)。
層厚 : 600 m 以上と推定される。
模式地 : 鬼河原川の下流地域。
分布 : 一己内川の中・下流地域, および鬼河原川の下流および北部の丘陵地域。
岩質・層相 : 礫岩, 礫質砂岩および砂岩から構成されている地層である。 一己内川および鬼河原川の地域では, 礫岩と礫質砂岩である。 礫岩は, 米粒大~小豆大の細粒礫岩が多い。 基底から 50~60 m 位のところに介殻の密集帯がある。 しかし, 南部の尻無川や平賀内川の流域 [ ← これらの河川はこの図幅の南隣の中頓別図幅内 ? ] に分布する介殻石灰岩ほど介殻は多くない。
鬼河原川の北側の小沢では, 砂岩とシルト岩の縞状互層や細粒砂岩が多くなっている。
関係 : 下位の 17 線川層, 豊別層およびポロヌプリ層を不整合におおっている。
化石 : 礫岩層の中から多くの化石を産出する。 隣接の中頓別図幅地域では次のような化石が報告されている。
なお, 中頓別図幅の南部地域では, 滝川 - 本別化石動物群にほぼ相当する化石を産出している。
層厚 : 一般に塊状で計測ができないが, 約 300 m と推定される。
図幅地域の北西部には, 第四紀の堆積物が広く発達している。 これらは, いくつかに区分されるが, そのうち, 更新世のポンニタチナイ層および浅茅野層, 沖積層が広い分布をしめしている。
常盤 [ ← 図幅地域中央やや西 ] の北方から, クッチャロ沼にかけて, 高度 30~50 m のやや平坦な地形が発達している。 この平坦面は, ポンニタチナイ面と呼ばれている 13) 。 ポンニタチナイ層は, この面を形成している地層である。
模式地 : 常盤の西方の崖。
分布 : 楓 [ ← 浜頓別駅の南方 3 km ] , 常盤および 金ヶ丘 [ ← 常磐の北西方 1.5 km ] の台地地域, クッチャロ沼の大沼と小沼にはさまれた台地, ウソタン川の下流付近 [ 確認できない ] の台地。
岩質・層相 : ポンニタチナイ層は頓別川沿いの崖でよく観察できる。 この地層は, おもに粘土, 砂および礫から構成されている。 全般的に粘土の多い地層である。 粘土には, 暗青灰色のものから, 赤褐色のものまである。 楓の北方地域では, 厚い礫層が発達している。 これらの状態は第 10 図にしめしたとおりである。 常盤の西方地域では, わずかに炭化した埋れ木を挾む層準がみられる。 ウソタン川に沿った地域では, 泥炭層を介在している。
化石 : [ 第 10 図の ] 柱状図の 59 地点で, シルト層の中に化石帯がある。 化石保存状態はよくない。 次の化石が報告されている 13) 。
Osrtea がとくに多い化石帯である。
[ 第 10 図の ] 柱状図の 64 地点では, クルミの実が発見された。 柱状図の 16 地点の泥炭層に, Menyantes trifoliata の種子や昆虫の破片が多量にふくまれている。 粘土層に, 高師子僧 [ 褐鉄鉱の塊 ] をふくむところが多い。 このほか粘土層から Coscinodiscus sp. の産出が報告されている 13) 。
時代を決定する資料はない。 しかし分布状態, 岩相および含有化石から, 宗谷サロベツ地方に発達している 恵北 層に対比されるものと考えている。
層厚 : 50 m 以上は推定できる。 金ヶ丘の台地上で実施されたボーリングの結果, 100 m 以上の粘土層が存在するといわれるが [ 以下の [注] 参照 ] , たしかでない。
模式地 : クッチャロ大沼の東縁の崖。
分布 : 浜頓別周辺の台地, ポンニタチナイ [ ポン仁達内 ] 川から 安別 [ ← 図幅地域北西隅やや南 ] にかけての台地, 山軽 [ ← クッチャロ湖の小沼・大沼をつなぐ水道の北岸 ] の周辺の台地。
岩質・層相 : この地層の分布している地域に, 標高 15~30 m の平坦面が発達している。 これは, 浅茅野層の堆積面で, 浅茅野面 13) と呼ばれている。
浅茅野層は, おもに砂や礫で構成されている。 しかし, 仁達内 川下流周辺の台地では泥質相が多い( [ 第 10 図の ] 柱状図の 7, 9, 10 地点)。
砂礫層は, 粗粒砂~細礫が多く, 斜交層理をしめしているところが多い。 礫種は,古期岩類の粘板岩, チャートおよび硅質砂岩がほとんどである。 また礫の形板が扁平なものが多く, 現在の海浜砂礫によく似ている。
関係 : 下位のポンニタチナイ層を不整合におおっている。
層厚 : 15 m は計測される。 しかし, 猿払 - 鬼志別地域では, 電気探査の結果から 10~50 m と推定されている。 したがって基盤はかなりの凹凸があるようである。
以上のべた更新世の地層は, 地形的に新第三紀層と区別することができる。 まず, 標高で, まえにのべた高度で区別することができるほか, 沢型の特徴から判定することができる。 すなわち, 航空写真により沢の形を観察すると, 特徴的な差がみられる。 新第三系の 17 線川層が分布している地域の沢型は, 比較的単調であるのに対して, 第四系のポンニタチナイ層の分布している地域の沢は, 細い樹板状をとる枝沢の発達がいちじるしい(第 11 図)。 また, 山軽付近の浅茅野層の沢型は, むしろ単調であるのに対して, ポン仁達内や仁達内付近の浅茅野層では, ポンニタチナイ層とほとんど変らない。 このことは, 砂質や泥質などの堆積相を反映しているものである。
これら更新世の地層について, 明確な年代設定はできなかった。 今後, この地域をふくむ天北地域の第四紀の研究が進むにつれて, しだいにあきらかになるであろう。
図幅の南東部山地の周辺に, 平坦な段丘面が発達している。 これらは, 標高で2つの面に分けられる。 高い方から第1段丘, 第2段丘とする。
第1段丘堆積物 [ T1 ] : 標高 40~60 m の平坦面を形成していて, 主にウソタン川以北, 豊寒別にかけて分布している。 一己内川の南方から南に隣接する中頓別図幅地域にかけて, 標高 60~80 m の平坦面が発達している第1段丘面の延長であろう。 沖積面からの比高はほぼ 30~40 m である。 平坦面は, 礫および粘土で構成されており, やや開析されている。
第2段丘堆積物 [ T2 ] : この堆積物は弥生 [ ← 図幅地域の南端付近の頓別川・国鉄 天北線沿いの場所 ] からウソタン川にかけての平坦面, [ オホーツク海沿いの ] 豊別から斜内にかけての平坦面をそれぞれ形成している。 前者は標高 25~40 m で, 主に礫や粘土から構成されている。 後者は標高 10~20 m であって, 粗砂, 細礫および粒土から構成されている。 両者は比高でもわずかに差はあるが, 第2段丘として一括した。 平坦面の開析の度合いや高度は, 浅茅野面によく似ている。 したがって, 形成された時期は, 浅茅野層と同一時期と考えられる。
豊牛付近に発達しているこの平担面上には, 先史時代の遺跡や土器などの遺物が発見されている。 これは押型文式土器といわれるもので, 新石器時代前期のものであるといわれている 15) 。
山軽の西方の台地上に, 高度 4~5 m の小丘が分布している。 これは, 細~中砂で構成されていて, 形態から浅茅野面上に形成された古砂丘と考えられる。
現世の堆積物は, 砂堤列, 砂丘, 崖錐堆積物および沖積層(氾濫原堆積物 + 湿地性堆積物)である。
頓別川の河口付近から北西方向にむかって 700~800 m の幅で分布しているもので, 高いところで標高 5 m 前後である。 海岸に平行な細い縞状地形を形成している。 航空写真で観察すると, 海岸に近い程, 縞の間かくがせまくなっている 16) 。 頓別から南東の海岸では, 砂堤列全体の幅は急激にせまくなり 200~300 m となる。 これらは砂礫で構成されていて, 古い砂堤が, 海岸線の後退により陸上にあらわれたと考えられる。
海岸線に沿って, 現在の海岸砂丘が分布している。 基盤をなしているのは砂堤である。
豊別から斜内にかけての海蝕崖や, 豊寒別川の南岸にそって分布していて, 礫や粘土で構成されている。 このほか 地質図に塗色してないが, 一般に山岳地帯と段丘面との境界付近にも分布している。
沖積低地を形成している堆積物で, 砂・礫, 粘土および泥炭から構成されている。 地表の分布からみると, ウソタン川以南の地域は一般に砂や粘土が多く, その他の地域は泥炭が多い。 頓別川下流でおこなった試錐資料 [ 以下の [注] 参照 ] によると, 泥炭の下には 30 m 以上のヘドロ交りのそしょうな細砂~シルト層が発達しているようである。 このことから, かなりの深度まで軟弱層の存在が推定される。
クッチャロ沼の周辺の低平地に泥炭が広く分布している。 レガシュウンナイ川 [ 位置不明 ] の下流地域の調査資料 15) によると, 泥炭の厚さは 1~2 m である。 この地域では, 地表下 2~3 m のところに貝殻層がある。 次のような貝類が報告されている。
以上の貝類には, 中かん性, 高かん性, 海棲種などがある。
安別の付近の泥炭層の下にも貝殻層が存在している。 ここでは( [ 第 10 図の ] 柱状図の 27 地点), 層厚 115 cm の泥炭の下に淘汰のよい砂~細礫層が発達していて, この中に貝殻層がふくまれている。 次のような貝類が産出する(北大・魚住悟による鑑定)。
これらの貝類は, 現在, 北緯 42°が棲息の北限である。 したがって, 現在より 2~2.5 m 海水位が高く, 貝殻層を形成した時期には, オホーツク海岸は, 現在より温暖な海流の支配下にあったと考えられる [ 以下の [注] 参照 ] 。
この図幅地域に発達している火成岩は, 日高累層群の中の輝緑岩や断層にともなって発達している蛇紋岩がある。
日高累層の中に発達している輝緑岩質凝灰岩層の中に, 輝緑岩やスピライトが存在していると考えられるが, 肉眼で識別しうるものは少ない。 地質図には区別しないで輝緑岩質凝灰岩として一括塗色した。
蛇紋岩は, 断層にそって分布している。 規模の小さな岩体で, いちじるしく剪断されている。 葉片状をとり, 粘土化作用をうけていることが多い。
図幅地域の地質構造は, 地質系統に応じてその複雑性が違う。 すなわち, 新第三紀層は, ゆるい傾斜で単純な地質構造を形成している。 これに反して, 先第三系の各層は, 褶曲や断層などの影響をうけた複雑な地質構造をしめしている。 ここでは, 主に先第三紀層の構造を説明する。
地質構造は, 褶曲と断層の2つの要素がある。 また, 地質構造や分布する地質系統を検討することによって, この地域が, 北海道中軸部にみられる累帯構造の どのような位置にあるかということがあきらかになる。 さらに, そのことによって, 累帯構造の意義が深められる。
褶曲構造は, 図幅東部地域に発達している日高累層群と, 西部地域に発達しているエゾ層群とでは, 大きな違いがある。
日高累層群の褶曲構造は, 断層でこわされていて, 本来の構造はあまり残されていない。 背斜構造がわずかにみられるだけである。 [ 南に ] 隣接の中頓別図幅をふくめて考察すると, 中頓別図幅の中・南部で特徴的な南北性の構造要素は, 中頓別図幅の北部から浜頓別図幅南部にいたる地域で, NE 方向に彎曲する。 そして, これらの地域では, 鱗片状の単斜構造や倒立褶曲の発達が特徴的である。 これに反して, 一己内川以北の地域に発達している日高累層群は, 地塊運動による転位で方向性は一定していない。
西部地域のエゾ層群の構造も, ほぼ南北性の褶曲構造が優勢である。 この地域のエゾ層群を大きくみると, 図幅地域のすぐ西側にある南北性の向斜構造の東翼部にあたる。 南の中頓別図幅地域での単調な単斜構造が, 図幅の南部まで延長している。 しかし, 北にゆくにしたがって小褶曲が発達している。 いずれも褶曲軸は南に傾斜している。
これまでのべた一般的傾向を, 褶曲軸や走向などの線構造でしめしたのが第 12 図である。
断層構造は, 褶曲構造に関係あるものと, 地塊運動に関係のあるものの2つがある。 前者の多くは, 褶曲構造とほぼ平行の方向性をもち, 衝上性の断層が多い。 図幅の南東部地域にみられる NEE - SWW 性の断層はこのよい例である。 この性質をもつ断層には, 蛇紋岩をともなうことが多い。 図幅の西部地域のエゾ層群の中の南北性の断層も, 褶曲運動の時期に生じたもので, 時期的にほぼ一致する可能性がある。
ウソタン層群や, ウソタン川中流地域に分布しているペーチャン層群の中に発達している断層は, むしろ地塊運動によって生じたものであろう。 時期的には, 一時期を画するものではなさそうである。
地層の分布や地質構造から, 北海道をいくつかの構造単位に区分する試みは古くから行なわれている。 そのうち, 北海道中軸帯は, 顕著な南北性の帯状配列で特徴付けられている。 この代表的な断面は, 日高山脈の西側でみられる。
神居古潭帯は, 北海道を南北に縦断し樺太に達する雄大な構造帯である。 一方, この東方にはこれも北海道を縦断するような規模で日高帯が存在している。 両者の間には 南北性の褶曲や断層で特徴付けられるいろいろな地質時代の地層が分布している。 すなわち北海道で帯状配列のもっとも顕著な地帯である。
神居古潭帯のすぐ東側には, 南はケリマイ川から北はこの図幅地域まで, 白亜系の地層が帯状に分布している [ 以下の [注] 参照 ] 。
この白亜系の東縁には, 緑色岩類 [ 以下の [注] 参照 ] (いわゆる輝緑凝灰岩)が分布している。 このような配列の形態は図幅地域にもあてはまる。 この緑色岩類は, 東西両側に接する地層に関係なく独自の構造を保っているようである。 また, この緑色岩類は南部の日高山脈の西方で, 火成岩的要素が強いといわれる 17), 18) 。 一方, この緑色岩類は中部北海道では空知層群の山部層の模式地となっている。 すなわち, "effusive facies" という意識を持ちつつ "sedimentary facies" として Key-bed 様に対比しているのが現状である。 このように "Occurrence" に問題が残されている。
しかし, ここで注目すべきことは, 緑色岩類と白亜紀層との関係である。 空知層群の堆積後, 下部エゾ層群堆積までの間に大きな削剖があったといわれている 19), 20) 。 また, 中部エゾ層群の基底には大きな不整合があり, このことは, 各地の調査で報告されている。 このように, 幾度かの大きな削剥の時期があるにもかかわらず, エゾ層群は, 断層や不整合などその関係を問わず, 山部 層とだけ接しているということである。 この事実は, ただ単に構造運動時における岩石の硬軟の問題や, 偶然の現象とは考えられない。 すなわち, この緑色岩類は, エゾ層群の堆積や, その後の変形に重要な役割りを果したと考えられる。 いいかえれば, この緑色岩類が構造帯として独立性をもっていることを意味する。 すなわち, 構造帯として, 日高帯と神居古潭帯との間の構造上の septa [ 隔膜 ? ] 的要素を持つものであろう [ 以下の [注] 参照 ] 。 また, このことは, 緑色岩類の噴出機構にも重要な関連を持つものであろう。
図幅地域に分布する鉱産資源には金, 水銀, 石灰岩および石材がある。
図幅の南東部山地は, 古くから 枝幸 産金地帯として有名である。 現在でも, その選鉱跡が各所にみられる。 この地域の金鉱床については, 福地の調査報告がある 3) 。 福地によると, 次のようである。
鉱床には, 脈状鉱床と漂砂鉱床とがある。 脈状鉱床は, 石英脈と石英方解石脈で, 厚さ 10~30 cm, 延長 5~10 m ていどのものである。 鉱脈の含金量は問題にならない。 産金地として有名になったのは, 漂砂鉱床としての砂金である。 砂金は, いままでにかなり採集されたようであるが, その量は明らかでない。
露頭の位置は, 寿 [ ← 図幅地域の南端付近の弥生の西方 ? ] の西方のパンケプチャン沢 [ 位置不明 ] にあり, 20 数年前に発見された。 その後, 4つの探鉱坑道が開坑された。 坑道は崩壊がはげしく, 掘進距離は短いようである。 坑内での鉱床の走向・傾斜は確認されていない。
水銀鉱床の胚胎場所は, 上部エゾ層群中に発達する剪断帯の中である。 鉱床は, 辰砂の鉱染状または網脈状鉱床である。 鉱染状と網脈状は互に移化し, 鉱脈は含辰砂方解石脈である。
品位は, 良質部で 0.3~0.5 % あるが, 全般的に𨫤幅がせまい。 鉱量は未確認であるが規模の大きな鉱床とは考えられない。
地質の項でのべたように, 石灰岩は, ペーチャン層群の中に介在している。 しかし一般的に小岩体である。 東に隣接する目梨泊図幅との境界に, まとまった岩体が分布しているにすぎない。
この石灰岩鉱床は, 酒匂・土居によって調査報告されている 30) 。 この報告によると, ほぼ次のようである。
石灰岩鉱床は, 日高累層群の輝緑岩質凝灰岩中に不規則なレンズ状をなして, 賦存している。 規模は, 大きなものでない。 鉱体は昭和 38 年当時の採掘切羽の両側に 80~30 m の延長が確認されていて, 鉱体の可採鉱量は, 約 22 万 t である。
斜内山道やモブタウシ [ モブタウス ? ] の西方に発達している輝緑岩質凝灰岩は, 砕石原料として利用されている。 岩質が良好なことと, この地域より北のオホーツク沿岸には砕石の対象となる岩石が存在しない ということもあって需要が多い。 またウソタン川下流では, フーレピラ層の中のチャートを採石している。 しかし, 品質は輝緑岩質凝灰岩よりわるい。
山軽 地方 [ ← クッチャロ湖の小沼・大沼をつなぐ水道の北岸付近 ? ] では, 浅茅野層の砂礫を道路の路床用に利用している。
EXPLANATORY TEXT OF THE GEOLOGICAL MAP OF JAPAN Scale 1 : 50,000
(Asahigawa - 17)
By Katsuhide Matsushita, Hiroshi Osanai, Shōzō Ishiyama and Kōji Nakamura (Geological Survey of Hokkaidō)
The map area of the Hama-tonbetsu sheet is located in the northern part of Hokkaidō, between Lat. 45°00' - 45°10' N. and Long. 142°15' - 142°30' E.
The area of the Hama-tonbetsu sheet-map is divided topographically into the following four parts.
This is occupied by many mountains, 300~700 m above sea level. Most of them show relatively flat, continuous skylines about 400 m in height, on which Mt. Jumon, 761 m above sea level, is standing. This land coincides approximately with the area occupied by the Hidaka Super-group.
This is a wavy, hilly land, about 100~200 m above sea level, and is composed mostly of the Cretaceous and Neogene formations.
They comprises two plains of different elevations, i. e., 10~30 m, and 40~60 m above sea level, respectively. Both of them are depositional plains formed by the Quaternary formations.
This is all covered by the Alluvial deposits.
The geological formations developed in this area are summarized in Table 1.
| Quaternary | Alluvium |
Alluvial Deposits
Sand Dume Talus Sand Ridge Series | ||
| Diluvium |
Aeolian Deposits
2nd Terrace Deposits Asajino Formation 1st Terrace Deposits Pon-nitachinai Formation | |||
|
Neogene
Tertiary | Pliocene | Naka-tonbetsu Formation | ||
| Miocene | Jūshichi-sen-gawa Formation | |||
| Cretaceous |
Hetonaian
~ Ura-kawa |
Tonbetsu
Group |
Heitarō-zawa Formation
Kami-koma Formation | |
|
Upper
Yezo
Group |
Kotobuki Formation
Reigō-zawa Formation Kami-tonbetsu Formation | |||
| Miyakoan | Toyobetsu Formation | |||
|
Lower
Cretaceous
~ Jurrasic |
Hidaka
Super- group |
Usotan
Group |
Fūrebira Formation
Oni-gawara Formation Jumon-dake Formation Nai-gawa Formation | |
|
Pēchan
Group |
Toyokanbetsu Formation
Hiraganai Formation Mano-kawa Formation Poronupuri Formation | |||
The Hidaka Super-group which forms the basement of this area, is divided into the Pēchan Group and Usotan Group, both of which are further subdivided into many formations from their rock facies. The lower Pēchan Group may be correlated to the Sorachi Group of central Hokkaidō by means of the fossil evidence.
The Poronupuri Formation : This is chiefly composed of diabasic tuff, associated with diabase, spilite and limestone.
The Mano-kawa Formation : This is mainly composed of slate, with intercalated sandstone, chert, diabasic tuff and limestone,
The Hiraganai Formation : This also consists of slate, sandstone, chert, and diabasic tuff.
The Toyokanbetsu Formation : This consists mainly of diabasic tuff and chert, accompanied by small amounts of slate.
The Nai-gawa Formation : This is composed chiefly of slate and chert, associated with diadasic tuff and sandstone.
The Jumon-dake Formation : This is composed of chert, of which the so-called "red chert" is characteristic of this formation.
The Oni-gawara Formation : This is mainly composed of slate and has well-developed diabasic tuff in the uppermost horizon.
The Furebira Formation : This is chiefly composed of slate, with intercalated chert and sandstone.
The Toyobetsu Formation : This is mainly composed of shale, which intercalates alternation of sandstone and shale, and locally also conglomerate.
In general the Upper Yezo Group is characterized by the well-developed mudstone facies, which may be classified lithologically into the following three formations.
The Kami-tonbetsu Formation : This comprises mainly dark grey shale, and siltstone.
The Reigō-zawa Formation : This is composed of mainly sandstone, shale, tuff and conglomerate.
The Kotobuki Formation : The formation is represented by siltstone.
From the occurrence of fossils, ranging from upper Urakawa period to Hetonai period, this group is correlated to the Hakobuchi Group in central Hokkaidō. Lithologically the group has the following two formations.
The Kami-koma Formation : This is lithologically composed of the lower sandstone member and the upper siltstone member.
The Heitarō-zawa Formation : This is composed of sandstone and shale, which are divided into the lower sandstone members, lower siltstone member, middle sandstone member, and upper sandstone and conglomerate member in ascending order .
The Neogene formations include the Jūshichi-sen-gawa Formation of the Miocene and the Naka-tonbetsu Formation of the Pliocene.
The Jūshichi-sen-gawa Formation : This is composed of mudstone, conglomerate and sandstone in the southern part, and of hard shale in the northern part .
The Naka-tonbetsu Formation : This is composed of conglomerate and sandstone.
The Pon-nitachinai Formation : This is presumably lower Diluvium in age, and is composed of gravels and clay. Sometimes layers of peat are intercalated between the clay.
The Asajino Formation : This is chiefly composed of sand and gravels.
Terrace deposits : Terrace of two different elevations are developed ; the first terrace is 40~70 m, and the second is 15~40 m in elevation. Both of them are composed of gravels and clay. Sand bars and sand dunes are distributed parallel to the shore line. Alluvial deposits are developed along the Tonbetsu River and the Kutcharo Lake.
Among the mineral r e sources from this area, gold, mercury and limestone are mentioned. The Usotan River has been known as "Esashi auriferous province", which has produced large amounts of placer gold for long years, and the sites of old ore dressing can be found around this river, even way up in the mountains. Deposits of gold veins are not high in quality.
Traces of mercury are found in the Upper Yezo Group along a small river to the west of Kotobuki, and at one time prospecting was tried by means of adits. Once limestone, which is intercalated in the Mano-kawa Formation, was quarried in the eastern part of this area.
昭和 42 年 3 月 20 日 印刷 昭和 42 年 3 月 25 日 発行 著作権所有 北海道開発庁