02042_1981

地域地質研究報告
5万分の1図幅

釧路(2) 第 42 号

帯広 地域の地質

北星学園 女子短期大学 幼稚園教諭・保母養成所 松澤逸巳
北海道大学 理学部(昭和 48~51 年度は北海道開発庁に併任) 松井愈
帯広畜産大学 近堂祐弘
北海道教育大学 函館分校 瀬川秀良
幕別町立 古舞小学校 田中実
北海道立 当別高等学校 小久保公司

昭和 56 年

地質調査所


目次

I.		地形
I.1		地形一般
I.2		扇状地面・段丘面群
I.2.1		古期扇状地面及び段丘面群
I.2.2		新期扇状地面及び段丘面群
I.2.3		完新世の地形面
I.3		古砂丘地形
II.		地質概説
III.		鮮新~下部更新統,十勝累層群
III.1		長流枝内層
III.2		渋山層
III.3		十勝累層群上部・最上部層の地質時代
IV.		中~上部更新統
IV.1		古期扇状地・段丘堆積物
IV.1.1		光地園礫層及び美蔓礫層
IV.1.2		光地園面堆積物及び美蔓面堆積物
IV.1.3		北居辺礫層
IV.1.4		共栄面堆積物及び下佐幌面堆積物
IV.1.5		上更別面 Ⅱ 堆積物
IV.1.6		基松面堆積物
IV.2		新期扇状地・段丘面堆積物
IV.2.1		上札内 Ⅰ 礫層及び上士幌礫層
IV.2.2		上札内 Ⅰ 面堆積物
IV.2.3		上札内 Ⅱa 面堆積物
IV.2.4		上札内 Ⅱb 面堆積物及び大和面堆積物
V.		完新世堆積物
V.1		中札内面堆積物
V.2		氾濫原堆積物
VI.		降下火砕堆積物
VI.1		後期更新世の降下火砕堆積物
VI.1.1		支笏降下スコリア堆積物
VI.1.2		オレンジ降下軽石堆積物 Ⅰ
VI.1.3		支笏降下軽石堆積物 2
VI.1.4		支笏降下軽石堆積物 1
VI.1.5		恵庭 a 降下軽石堆積物
VI.2		完新世の降下火砕堆積物
VI.2.1		樽前 d 降下軽石堆積物
VI.2.2		完新世の火山灰層
VII.		恵庭 a 降下軽石堆積物の古砂丘
VII.1		層序と時代 -- En-a 古砂丘の内部構造
VII.2		堆積物の特徴
VII.3		古土壌と植生
VII.3.1		粘土鉱物
VII.3.2		植生
VII.4		古砂丘の体積
VIII.		周氷河現象
VIII.1		更新世ウルム氷期の周氷河現象
VIII.1.1	祥栄のインボリューション
VIII.1.2	川西の化石構造土
VIII.1.3	北芽室のインボリューション
VIII.2		完新世の周氷河現象
IX.		地質構造及び地史
IX.1		十勝構造盆地の構造
IX.1.1		長流枝内構造盆地
IX.1.2		渋山構造盆地
IX.1.3		音更川 - 札内川断層
IX.1.4		美蔓台地の傾動的上昇
IX.2		十勝構造盆地の変遷
IX.2.1		長流枝内内湾の時代
IX.2.2		渋山内陸盆地の時代
IX.2.3		光地園・美蔓扇状地及び削剥地形面形成の時代
IX.2.4		寒冷気候下の帯広盆地
X.		応用地質
X.1		亜炭
X.2		温泉
X.3		骨材
文献

Abstract

図の目次

第 1 図		台地名称図
第 2 図		地形面区分図
第 3 図		降下火砕堆積物及び古土壌と地形面の関係を示す模式断面図
第 4 図		En-a 古砂丘の分布図
第 5 図		十勝構造盆地の長流枝内層
第 6 図		長流枝内層の柱状断面図
第 7 図		長流枝内丘陵の長流枝内層の花粉分析図及び試料採取層準
第 8 図		渋山層の地質柱状図
第 9 図		屈足溶結凝灰岩層 Ⅰ~Ⅳ と芽登凝灰岩層の磁極の位置
第 10 図	芽室橋上流の渋山層
第 11 図	渋山層産化石樹幹の顕微鏡写真
第 12 図	渋山層の花粉分析図及び試料採取層準
第 13 図	屈足溶結凝灰岩層の基底
第 14 図	十勝累層群の地質総括図
第 15 図	光地園礫層と美蔓礫層の礫種構成
第 16 図	光地園礫層
第 17 図	光地園・美蔓礫層及び光地園面・美蔓面堆積物の地質柱状図
第 18 図	芽室面・北居辺 Ⅱ 面にのる堆積物の地質柱状図
第 19 図	基松面にのる堆積物の地質柱状図
第 20 図	上札内 Ⅰ 礫層と上士幌礫層の礫種構成
第 21 図	上札内 Ⅰ 礫層及び上札内 Ⅰ 面にのる堆積物の地質柱状図
第 22 図	上士幌礫層及び鈴蘭面にのる堆積物の地質柱状図 
第 23 図	駒場面にのる堆積物の地質柱状図
第 24 図	上札内 Ⅱb 面・大和面にのる堆積物の地質柱状図
第 25 図	中札内面・音更面にのる堆積物の地質柱状図
第 26 図	降下火砕堆積物の総合模式柱状図
第 27 図	降下火砕堆積物の分布図
第 28 図	En-a 古砂丘の層序
第 29 図	パラ褐色土様古土壌 A1 層中の花粉組成
第 30 図	En-a 古砂丘(U-S 02)の断面
第 31 図	芽室町 祥栄の化石周氷河現象
第 32 図	帯広市 依田の化石周氷河現象
第 33 図	帯広市 川西の化石周氷河現象
第 34 図	芽室町 北芽室の化石周氷河現象
第 35 図	十勝構造盆地の構造発達史
第 36 図	長流枝内堆積盆模式断面図
第 37 図	長流枝内堆積盆
第 38 図	渋山堆積盆
第 39 図	音更川と札内川をよぎる東西断面
第 40 図	光地園礫層と美蔓礫層の基底の高度

表の目次

第 1 表		各台地に発達する地形面対比表
第 2 表		地質総括表
第 3 表		十勝地域の十勝累層群と地層対照表
第 4 表		長流枝内層産動物化石表
第 5 表		軽石流堆積物の磁化方位
第 6 表		渋山層の花粉・胞子数
第 7 表		主要な降下火砕堆積物の組成と特徴
第 8 表		En-a 古砂丘の形成期と堆積物の特性
第 9 表		パラ褐色土様古土壌 A1 層中のプラントオパールの形態別組成
第 10 表	更新世後期以降の地史
第 11 表	十勝炭鉱産石炭工業分析表
第 12 表	温泉ボーリング 1 及び 2 の含有成分
第 13 表	骨材掘削可能量と採取可能総量

地域地質研究報告 (昭和 55 年稿)
5万分の1図幅

釧路(2) 第 42 号

帯広 地域の地質


本地域の調査研究は, 昭和 48 年度から 51 年度にかけて北海道開発庁からの委嘱によって行われた。 本地域をふくむ十勝平野全域の主に第四系を対象とする調査研究が, 筆者らを含む十勝団体研究会(略称 : 十勝団研)によって昭和 37 年以来, 17 年間にわたり続けられ, 最近, その結果が報告された(十勝団研, 1978)。 この報告のとりまとめにあたっては 十勝団研の研究成果を引用させていただくとともに, 同研究会から多くの援助と討論をいただいた。 本地域は 十勝平野の中央に位置しており, 本地域の地質を明らかにするために, 必要な限りにおいて 隣接する地域の地質・地形面についても言及した。

野外調査及び研究報告書の記述にあたっては 鮮新~下部更新統を松澤・松井・小久保が, また, 中~上部更新統 及び 地形については 松澤・松井・瀬川が担当した。 そのほか, 古砂丘地形 及び その堆積物と周氷河現象については 松井・松澤・近堂・田中が, 降下火砕堆積物については 近堂・松澤・松井が, また, 古地磁気については 田中・小久保がそれぞれ担当した。 これらの調査研究に基づいて 研究報告書全体のとりまとめは 松澤・松井が行った。

本地域には 更新世 中~後期に段丘化した数多くの平坦面が発達している。 5万分の1地質図幅を作成するにあたり, その地史の経緯を正しく表現するために [ 本図幅の南南南東隣の ] 大樹 たいき 図幅(松井ほか, 1974)や [ 本図幅の南隣の ] 大正 たいしょう 図幅(小坂ほか, 1979)で用いられた表現方法を踏襲した。 すなわち, 各地形面(地形面には 堆積面の場合と削剥面の場合とがある)を構成している堆積物と その面をおおう堆積物を区別した。 さらに, 地形面をおおう堆積物のうち 次の地形面形成以前に堆積したものを, この地形面の「地形面堆積物」と呼んで区分し, 記載を行った。 また, 地質図では 各地形面をおおう堆積物を省略し, 「地形面堆積物」をもって地質区分を行い, それぞれ塗色して示した。

十勝団研会員は本地域の野外調査に参加され, 多くの教示を与えられ, また, 本研究報告の作成については 地質調査所 北海道支所の山口昇一 技官, 札幌西高等学校の小坂利幸 氏から 全面的な協力と援助をお受けした。 帯広畜産大学の三宅基夫 教授には樹幹の鑑定をお願いし, 新潟大学の白井健裕 博士にはアヤチルブロマイド残存率による年代について, 北海道大学の紺谷吉弘 氏には礫種の鑑定について, 北海道立衛生研究所 鉱泉化学課からは温泉分析について, 北海道開発局 帯広開発建設部 管理課からは骨材について それぞれ資料の提供を戴いた。 さらに, 地質調査所 北海道支所の谷津良太郎 技官ほかには薄片の作製を, 熊谷なな子 技官には製図の一部を担当して戴いた。 以上の諸氏に深い謝意を表する。

I. 地形

I.1 地形一般

帯広図幅は 十勝平野の中央部に位置し, 北緯 42°50' から同 43°0', 東経 143°0' から同 143°15' の範囲を占める。 行政区画は 帯広市・上川郡・河西郡・河東郡・中川郡に分けられている。

中央部を西から東へ横断して流下する 十勝川によって, 本地域の地形は 北部と南部に2分される。 両地域とも 鮮新~下部 更新統を基礎とし, 北と南からそれぞれ十勝川に向って緩く傾斜するいくつかの扇状地地形・段丘地形と, その間を南北方向の流路をとる十勝川の諸支流 及び 氾濫原からなる。

第 1 図 台地の名称図(十勝団研, 1978)。 枠は帯広図幅地域

これらの扇状地地形・段丘地形は, 十勝平野を形成する扇状地群・段丘群に連なる広大な地形の一部で, 本地域では6つの台地に区分される(第 1 図)。

[ 十勝川の ] 北部
  1. 美蔓 びまん 台地の南部 : [ 本図幅地域の ] 北西部の標高 180 m 前後から中央部の標高 100 m 前後まで連なり, 北西から南東方向に緩く傾斜する。
  2. 士幌 しほろ 台地の南部 : 美蔓台地の東に [ 本図幅地域の ] 中央部から北東部一帯に標高 80 m から 40 m 前後を示し, 北から十勝川の北岸にかけて南へ緩く傾斜する。
[ 十勝川の ] 南部
  1. 御影 みかげ 台地の東端部 : [ 本図幅地域の ] 西端の標高 160 m から 120 m 前後を示し, 南から北へ傾斜する。
  2. 上帯広 かみおびひろ 台地の北部 : [ 本図幅地域の ] 南西部から中央部の西よりに 標高 170 m から 80 m 前後を示し, 南から北北東方向に緩く傾斜して拡がる。
  3. 上札内 かみさつない 台地の北部 : [ 本図幅地域の ] 南東部では 標高 90 m から 60 m 前後を示し, 南北方向に帯状に発達する。
  4. 幕別 まくべつ 台地の西縁部 : [ 本図幅地域の ] 南東端では 上札内台地より一段高く, 標高 140 m から 100 m 前後を示し, 北方へ緩く傾斜する。

それぞれの台地は 高度・面の形態・堆積物の違いなどから いくつかの地形面に区分される。

なお, 上帯広台地・上札内台地には 恵庭 えにわ a 降下軽石堆積物(En-a)の二次堆積からなる古砂丘群が発達し, 起伏のある波状地形を呈する。

本地域を西から東へ横断して流下する十勝川の中流部には, 各台地の間を刻む諸支流が合流する。 北部では, 東から 音更 おとふけ 川と 然別 しかりべつ 川が北から南へ流下する。 [ それらの西の ] 美蔓台地においては, 台地の伸長方向に平行する 平和川 へいわがわ を合流する 然別川の支流のシプサラビバウシ川と 鎮錬 ちんねる 川が 北西から南東方向の流路で深い谷を刻んでいる。 南部では, 東から [ 幕別台地と上札内台地の間の ? ] 途別 とべつ 川, [ 上札内台地を刻む ? ] 札内川, [ 上帯広台地と御影台地の間の ? ] 美生 びせい 川が 南南西から北北東へ流下する。 台地を刻む中・小河川としては 御影台地の 渋山川 しぶさんがわ を合流する 芽室 めむろ 川とピウカ川, 上帯広台地の帯広川と 売買 うりかり [ ← 売買川は上帯広台地と上札内台地の間にある ? ] があり, いずれも南南西から北北東の流路を示している。

I.2 扇状地面・段丘面群

本地域の各台地に発達する新旧の扇状地面・段丘面群は, これらを形成する礫層 及び 平坦面をおおう 降下火砕堆積物・ローム層・古土壌などを示準層として 地形面区分が可能である。 十勝団研(1978) [ 以下の [注] 参照 ] は 十勝平野全域の地形面区分を明らかにしたが, 地形面は地域別に異なる名称で呼ばれているので, 本図幅では 標準的に発達する南部十勝平野の地形面(十勝団研(1978); 小坂ほか(1979))の名称を可能なかぎり踏襲し, 形成時代順に整理し 記述を行った。

[注]
「十勝団研編(1978): 十勝平野.地団研専報,No.22」の数項目にわたる引用文献については, 十勝団研(1978)と記載する。

古期扇状地面 及び 段丘面群 は 古期から新期に, ① 光地園 こうちえん 面 及び 美蔓 びまん 面, ② 共栄 きょうえい 面・ 芽室 めむろ 面 及び 北居辺 きたおりべ Ⅱ 面, ③ 上更別 かみさらべつ 面 Ⅱ, ④ 基松 もといまつ 面 に区分する。 新期扇状地面 及び 段丘面群 は 同じく, ⑤ 上札内 かみさつない Ⅰ 面 及び 鈴蘭 すずらん 面, ⑥ 上札内 Ⅱa 面 及び 駒場 こまば 面, ⑦ 上札内 Ⅱb 面 及び 大和 だいわ 面 に区分する。 完新世の地形面は 河岸段丘面 である ⑧ 中札内 なかさつない 面 及び 音更 おとふけ 面と, [ 冲積低地である ] ⑨ 現河床氾濫原 面である(第 1 表・第 2 図)。

第 1 表 各台地に発達する地形面の対比表。 南部と北部の境界は十勝川とする

南部 北部
御影 台地 上帯広 台地 上札内 台地 幕別 台地 美蔓 台地 士幌 台地
氾濫原 面 氾濫原 面 氾濫原 面 氾濫原 面 氾濫原 面 氾濫原 面
中札内 面 中札内 面 音更 面 音更 面
上札内 Ⅱb 面 上札内 Ⅱb 面 大和 面 大和 面
上札内 Ⅱa 面 上札内 Ⅱa 面 駒場 面
上札内 Ⅰ 面 上札内 Ⅰ 面 上札内 Ⅰ 面 鈴蘭 面 鈴蘭 面
基松 面
上更別 面 Ⅱ
芽室 面 共栄 面 芽室 面 北居辺 Ⅱ 面
光地園 面 美蔓 面

第 2 図 地形面の区分図(十勝団研(1978)を一部加筆改編)。 枠は帯広図幅地域

[ 第 2 図に関する注意書き ]
本図幅地域では 南部と北部の境界は十勝川とする。
この図では以下の凡例 1~9 で地形面の区分を示している。
1 : 中札内 面・音更 面,
2 : 上札内 Ⅱb 面・大和 面, 3 : 上札内 Ⅱa 面・駒場 面, 4 : 上札内 Ⅰ 面・鈴蘭 面,
5 : 基松 面, 6 : 上更別 面 Ⅱ, 7 : 共栄 面・芽室 面 及び 北居辺 Ⅱ 面,
8 : 幕別面・北居辺 Ⅰ 面 [ ← 本図幅地域外のみなので 第 1 表には記されていない ? ] ,
9 : 光地園 面・美蔓 面

これらの新旧の扇状地面 及び 段丘面群のうち 扇状地礫層の形成にかかわるのは, 古期扇状地礫層で構成される 御影台地の光地園面・美蔓台地の美蔓面 [ ① ] と, 新期扇状地礫層で構成される 上札内台地の上札内 Ⅰ 面・士幌台地の鈴蘭面 [ ⑤ ] である。 他の地形面は 新旧の扇状地礫層を削剥して形成された侵食面である。

これらの平坦面群の対比や 新旧の判定に有効な示準層は 降下火砕堆積物・ローム層, 古土壌の「古赤色土」・「白粘土」である。

降下火砕堆積物・ローム層は 上位から, 樽前 たるまえ b 降下軽石堆積物(Ta-b), 十勝火山灰(To-c) [ 以下の [注1] 参照 ] , 樽前 d 降下軽石堆積物(Ta-d)ソフトローム, ボール状ローム, 恵庭 えにわ a 降下軽石堆積物(En-a), 支笏 しこつ 降下軽石堆積物 1(Spfa 1), 支笏降下軽石堆積物 2(Spfa 2), 支笏降下スコリア堆積物(Ssfa) [ 以下の [注2] 参照 ] 及び 赤褐色ロームに区分される。 地形面と示準層との関係を模式化して第 3 図に示した。

[注1]
この火山灰 [ = 十勝火山灰(To-c) ] については 区分可能なところは To-c1, To-c2 に細分する。
[注2]
以下では 各降下火砕堆積物については [ Ssfa のような ] 記号を用いる。

第 3 図 降下火砕堆積物 及び 古土壌と地形面の関係を示す模式断面図 (a : 北部, b : 南部)

[ 第 3 図に関する注意書き ]
この図では 降下火砕堆積物や古土壌などの地層を以下の凡例 1~11 を用いて示している。
1 : ソフトローム, 2 : ボール状ローム 及び 恵庭 a 降下軽石堆積物,
3 : 支笏降下軽石堆積物 1・2 及び 褐色ローム, 4 : 上札内 Ⅰ 礫層 及び 上士幌礫層,
5 : 支笏降下スコリア堆積物 及び 褐色ローム, 6 : 赤褐色ローム, 7 : 古赤色土,
8 : 北居辺礫層, 9 : 白粘土, 10 : 光地園礫層・美蔓礫層, 11 : 渋山層
これらの地層と地形面の関係は以下の通りである (記号 ①~⑧ は第 1 表の右端のものと同じ)。
a(北部)
① 美蔓面 : 地層 10 と 9 の間, ② 北居辺 Ⅱ 面 : 8 と 6,
⑤ 鈴蘭面 : 4 と 3, ⑥ 駒場面 : 4 と 2, ⑦ 大和面 : 4 と 1,
⑧ 音更面 : 地層 11 の上
b(南部)
① 光地園面 : 地層 10 と 9 の間,
② 共栄面・芽室面 : 10 と 6, ③ 上更別面 Ⅱ : 10 と 6, ④ 基松面 : 10 と 5,
⑤ 上札内 Ⅰ 面 : 4 と 3, ⑥ 上札内 Ⅱa 面 : 4 と 2, ⑦ 上札内 Ⅱb 面 : 4 と 1,
⑧ 中札内面 : 地層 11 の上

I.2.1 古期扇状地面 及び 段丘面群

[ I.2.1.1 ] 光地園 こうちえん 面 及び 美蔓 びまん [ ① ]

古期扇状地礫層 [ = 第 3 図の地層 10 ] で構成され, 面堆積物として「白粘土」 [ = 第 3 図の地層 9 ] をのせる最高位の地形面を 南部では光地園面, 北部では美蔓面と呼ぶ。

光地園面 : 南部日高山脈の東麓において [ 本図幅の南南南隣の ] 上豊似 かみとよに 図幅地域の大樹町 町営 生成牧場(旧 光地園 部落の一帯)をのせる 標高 400 m 前後を示す平坦面を 光地園面の模式地とする(十勝団研(1965・1968); 秋葉ほか(1975))。 この面は 模式地付近を分布の南限として, 日高山脈の東麓にそって 北西方向にほぼ連続する分布を示し, 本地域の御影台地の光地園面に連なる。

本地域の光地園面は 御影台地の東端のピウカ川の左岸で 報国 ほうこく 部落 [ ← 本図幅地域の南西隅から北方 5 km ] をのせ, 標高 160 m 前後から 120 m 前後にかけて北へ傾斜する開析された地形を示す。 西ないし南縁は 下位面と漸移関係であるが, 東縁は ピウカ川の河床面と比高 40 m 前後の急崖を形成する。 この崖で光地園礫層は認められるが, 上位の「白粘土」は認められない。

美蔓面 : 十勝川と然別川にはさまれ, 石狩山地の南麓から音更町 国見山 くにみやま [ ← 本図幅地域の北東隅から南西方 10 km ] にかけて 35 km に及ぶ, 西へ湾曲した台地状の平坦面を美蔓面の模式地とする(国府谷ほか(1969); 松澤ほか(1978c))。 この面は 美蔓礫層で構成され, 光地園面と同様に その上位に「白粘土」が発達する。

本地域に分布する美蔓面は 本地域の最高位の地形面である。 北西端の標高 180 m 前後から南東方向へ緩く傾斜し, [ 美蔓 ] 台地の南東端の国見山で標高 118 m で, 下位面あるいは現河床と比高 60 m 前後を示す。 本面は開析が進み, 面の伸長方向と平行に 鎮錬川 ちんねるがわ やシプサラビバウシ川等が深い谷を刻んでいる。 河川の勾配は緩く, 谷壁もなだらかであるが, 河口 [ = 十勝川との合流点 ] 付近では下刻が進み, 国見山付近で現河床面と比高 60 m の急崖を形成する。

[ I.2.1.2 ] 共栄 きょうえい 面・ 芽室 めむろ 面 及び 北居辺 きたおりべ Ⅱ 面 [ ② ]

赤褐色ローム [ = 第 3 図の地層 6 ] をのせる最も古い地形面を 南部では共栄面・芽室面, 北部では北居辺 Ⅱ 面と呼ぶ。

共栄面 : [ 本図幅の東隣の ] 十勝池田図幅地域の 豊頃 とよころ 丘陵の北部で 最高位面をとりまくように分布する標高 110 m 前後の平坦面を 共栄面の模式地とする(十勝団研(1965・1968); 小坂ほか(1978))。 この面は 模式地のほかに 幕別台地にも分布する。

本地域の幕別台地で, 共栄面は 標高 140 m 前後から 100 m 前後の北へ傾斜する平坦面を形成する。 北縁は 下位面 [ = 光地園礫層 ] と漸移関係であるが, 西縁は現河床面と比高 50 m 前後の, 南南西から北北東方向に直線的に連なる急崖をなし, 断層崖的特徴を示す。 また, 西縁の伸長方向に直交する 流路の短い小沢 [ = 本図幅地域の南東隅から東端沿いに分布する小沢 ? ] が 深い谷を刻んでいる。

本面を形成する礫層は すべて光地園礫層であって, 本面が 光地園礫層の削剥面であることがわかる。

芽室面 : 御影台地の 芽室 めむろ 町 西芽室 [ ← 本図幅地域の南北中央付近・西端から東方に 2 km 弱 ] をのせる標高 110 m 前後で 現河床面との比高 40 m 前後を示す平坦面を 芽室面と呼んでいる(橋本(1954); 松澤ほか(1978b))。 渋山 しぶさん 川流域の芽室町 東報徳 ひがしほうとく [ ← 本図幅地域の南西隅から北方 7.5 km ] 付近 及び 報国付近の御影台地の東縁に標高 120 m から 110 m 前後で, 現河床面との比高 40 m 前後を示す地形面も同じ地形面である。 これらの地形面は, 十勝川・芽室川 及び その支流の渋山川が 光地園礫層を削剥して形成した河岸段丘面である。 周辺部は開析され 深い谷を刻むが, 中央部は平坦である。 報国付近では 南から北へわずかに傾斜し, 南北方向の谷が刻まれている。

光地園礫層の削剥面の上に 薄い河岸段丘礫層と これをおおう赤褐色ローム, Ssfa, Spfa 1 をのせている。

美蔓台地の西縁には 芽室町 祥栄 しょうえい [ ← 本図幅地域の北西隅から南東方 5.5 km ] 上関山 かみせきやま [ ← 本図幅地域の北西隅から南南東方 3 km 強 ] をのせ, 標高 120 m から 100 m 前後を示して 南へ緩く傾斜し, 北西から南東方向に伸びる平坦面が分布する。 この地形面は 面の伸長方向と斜交または直交する南北方向の小沢が刻まれ, やや開析されている。 美蔓面とは比高 50 m 前後を示すが, 下位面とは若干の比高を示すにすぎない。 模式地の芽室面と同じく 十勝川が美蔓台地の西縁を削剥して形成した河岸段丘面で, 十勝川の削剥は渋山層に及んでいる。 [ このような本図幅地域の北西部の地形面は ] 十勝団研(1968), 松澤ほか(1978 b), 国府谷ほか(1969)の [ 本図幅の北西隣の 新得 しんとく 図幅地域で発達している ] 下佐幌 しもさほろ 面にあたる。

北居辺 Ⅱ 面 : 士幌台地の中部において, [ 本図幅の北北東隣の ] 上士幌 かみしほろ 図幅地域の上士幌市街の東を模式地として, 北居辺 Ⅰ 面の西側に分布する平坦面を北居辺 Ⅱ 面と呼ぶ(右谷ほか(1973); 松澤ほか(1978b))。 この面は 士幌台地の中部から南部に広く分布する。

本地域では 音更川の左岸 [ = 東岸 ] に 標高 90 m から 60 m 前後を示して 南南東方向へ傾斜する, 幅 1 km ほどの帯状の地形面として分布する。 この地形面は 北居辺 Ⅱ 面が 音更川の削剥からとり残された平坦面であり, 東縁 及び 南縁は 下位面とは漸移関係であるが, 西縁は 南北方向を示し, 直線的に現河床面と比高 20 m 前後の急崖を形成する。 北居辺 Ⅱ 面は 北居辺礫層の削剥面である。

南部の中期 更新世末の地形面は 共栄面, 上更別面 Ⅱ, 基松面に細分可能であるが, 北部 及び 御影台地の北居辺 Ⅱ 面と芽室面は, 現在のところ 南部のように細分する資料に乏しく, 未区分地形面として取り扱う。

[ I.2.1.3 ] 上更別 かみさらべつ 面 Ⅱ [ ③ ]

赤褐色ローム [ = 第 3 図の地層 6 ] をのせる共栄面の削剥面を上更別面 Ⅱ と呼ぶ。

幕別台地において 共栄面の北をとりまくように分布する, やや開析された面を上更別面 Ⅱ の模式地とする(十勝団研(1968); 小坂ほか(1978))。

本地域の幕別台地では 共栄面の北側に標高 100 m 前後の平坦面を形成して分布する。 共栄面とは漸移的であるが, 西縁は 南南西から北北東方向の直線的な急崖で切られ, 現河床面と比高 50 m を示す。

本面は 光地園礫層の削剥面である。

[ I.2.1.4 ] 基松 もといまつ [ ④ ]

上帯広台地の帯広川と 売買川 うりかりがわ との間に拡がる扇状地面を基松面の模式地とする(小坂ほか, 1978)。 本面は 赤褐色ローム [ = 第 3 図の地層 6 ] を削剥した [ = 第 3 図の地層 5 の Ssfa および褐色ロームを上にのせている ] 最も新しい地形面である。

本地域の基松面は [ 売買川の西方 2 km 前後の位置に並ぶ ] 帯広市 北基松, 大空町, 帯広空港 [ ← 現在の陸上自衛隊 十勝飛行場 ] をのせる 北東に緩く傾斜するやや開析された平坦面で, 南端の基松町 [ ← 本図幅の南隣の大正図幅地域内 ] で標高 115 m 前後, 北端の帯広市 共栄 きょうえい [ ← 根室本線 帯広駅の南西方 3 km ] で標高 70 m を示し, 北へ向って東西の幅は広くなる。 面上には 南から北へ向かう小規模な開析谷がみられる。 東縁は 下位の上札内 Ⅰ 面とは漸移するが, 西縁は 上札内 Ⅱa 面と比高数 m を示す。 [ 大空町の西方 3.5 km の帯広川の西岸の ] 北伏古 きたふしこ 以北では 帯広川に削られ, 直接 現河床面と接し, 比高 20 m の急崖を形成する。 北縁の扇端部は十勝川に削られ, 上札内 Ⅱb 面と比高 10 m 前後を示す。

上帯広台地の西縁の芽室町 坂ノ上 さかのうえ [ ← 本図幅地域の南西隅から東北東方 3 km ] から 新生 しんせい [ ← 本図幅地域の南西隅から北東方 6 km ] にかけての 美生 びせい 川の右岸に 標高 170 m 前後から 115 m 前後を示す 幅 500 m 内外の高まりとして分布する。 東縁は 上札内 Ⅰ 面と漸移関係であるが, 西縁は美生川に削られ, 現河床面と比高 20 m を示す急崖を形成する。

これらの地形面は いずれも 光地園礫層の削剥面である。

I.2.2 新期扇状地面 及び 段丘面群

[ I.2.2.1 ] 上札内 かみさつない Ⅰ 面 及び 鈴蘭 すずらん [ ⑤ ]

Spfa 1 [ = 第 3 図の地層 3 ] をのせる最も新しい地形面を 南部では 上札内 Ⅰ 面, 北部では鈴蘭面と呼ぶ。

上札内 Ⅰ 面 : 上帯広台地の東部の売買川と札内川の左岸の間に拡がる扇状地面を 上札内 Ⅰ 面の模式地とする(十勝団研(1968); 小坂ほか(1978))。 この面は 売買川が基松面の東部を削剥して形成した地形面である。

本地域の上札内 Ⅰ 面は 南端で 標高は西側が 105 m, 東側が 85 m, 扇端の帯広市 稲田 いなだ [ ← 本図幅地域の南東隅から北西方 6 km ] 付近で 80 m 前後を示し, 北東へ緩く傾斜する平坦面を形成する。 東縁は 基松面と漸移関係であるが, 西縁は 札内川に削剥され, 下位の上札内 Ⅱb 面とは若干の比高を示す。 現在の売買川は 堤防により流路を規制されているが, 地形面上には 旧 売買川とその支流による網状開析谷がみられる。 また, En-a の二次堆積による古砂丘の高まりが 面の東側に多数 分布する。

上帯広台地の西部の美生川と帯広川に挟まれて, 基松面の東部を帯広川が削剥して形成した上札内 Ⅰ 面が発達する。 ここでも 地形面は 北東へ緩く傾斜するが, 南端部の標高はやや高く, 西縁が 170 m, 東縁が 120 m, 扇端部が 75 m を示し, 売買川の流域より傾きがやや急である。 西縁は [ 本図幅地域の南西隅から東北東方 3 km の ] 芽室町 坂ノ上から [ 本図幅地域の南西隅から北東方 6 km の ] 新生にかけては基松面と漸移関係であるが, それから以北の扇端部 及び 東縁は 美生川, 十勝川 及び 帯広川に削剥され, 下位面と比高数 m から 10 m 前後の崖を形成する。 地形面は ほとんど開析されていないが, En-a の二次堆積の古砂丘の高まりが多数 分布する。 古砂丘は ここでも東側ほど個数が多い。

上札内台地の上札内 Ⅰ 面は [ 本図幅地域の南東部の ] 札内川と途別川にはさまれた帯広市 愛国 あいこく [ ← 本図幅地域の南東隅から西方 4.5 km ] の東側の標高 90 m から 依田 よだ [ ← 本図幅地域の南東隅から北方 7 km ] の標高 60 m にかけて 幅 1.5 km 内外で南北に長く分布する。 西縁は 札内川に, 東縁は 途別川に削られて, 一部は 上札内 Ⅱb 面と漸移関係を示すほかは 現河床面と比高 10 m 内外の崖を形成する。 地形面の東側では En-a の二次堆積による古砂丘が吹き寄せられた形で認められる。 この地域では 光地面礫層の上位に厚い上札内 Ⅰ 礫層が発達して, 上札内 Ⅰ 面は 上札内 Ⅰ 礫層の堆積面の特徴を示している。

このほか, 上札内 Ⅰ 面は 御影台地の 芽室川 [ ← ピウカ川 ? ] の左崖の芽室町 高岩 たかいわ [ ← 本図幅地域の南西隅の北北東方 7.5 km ] の西にわずかに分布する。

鈴蘭面 : 士幌台地の音更町 下音更 しもおとふけ [ ← 本図幅地域の北東隅から西南西方 6 km ] 一帯に分布する平坦面を鈴蘭面の模式地とする(松澤ほか, 1978b)。

本地域の鈴蘭面は 北端の標高 85 m から [ 本図幅地域の北東隅から南西方 7.5 km の ] 音更町 鈴蘭公園で標高 60 m を示す, 南東方向へ緩く傾斜する平坦面を形成する。 北東縁は 駒場面と漸移関係であるが, 西縁は然別川に削られ, 下位面との間に段丘崖を形成する。 東縁は 音更川に削られ, 音更面と比高 20 m を示す。 面上には 面の伸長方向と平行に 小規模な開析のあとが認められる。 鈴蘭公園付近では 北居辺礫層の上位に厚い上士幌礫層が発達し, 鈴蘭面は 上士幌礫層の堆積面の特徴を示している。

士幌台地には [ 本図幅地域の北東隅から南南西方 6 km 弱の ] 音更町 藤ヶ丘にも 本地形面の小規模な分布が認められる。

美蔓台地の西縁の清水町 高台 たかだい [ ← 本図幅地域の北西隅から南方 4 km ] には 標高 100 m 前後から南東方向へ緩く傾斜し, 芽室町 美蔓 [ ← 本図幅地域の北西隅から南東方 8.5 km ] の標高 80 m にかけて鈴蘭面 相当面が分布する。 この面は 十勝団研(1965), 松澤ほか(1978b)の 屈足 くったり 面にあたる。 本地形面は 分布からみて 美蔓台地の西縁を旧十勝川が削って形成した河岸段丘面であり, 上位面と下位面とはわずかの比高を示す。 地形面上には 面の伸長方向と斜交する小沢が認められるほかは平坦である。

美蔓台地の東縁の 鎮錬 ちんねる [ ← 本図幅地域の北端・東西中央付近 ] 付近にも [ 鈴蘭面(の相当層 ?)が ] 然別川による河岸段丘の形態を示して分布する。 標高 90 m から 80 m 前後のほとんど開析されない平坦面で, 東縁は然別川によって削られ, 現河床面と比高 5~7 m を示す。 本地形面は 松澤ほか(1978c)の [ 本図幅の北西隣の新得図幅地域で発達する ] 鹿追 しかおい 面の南端部にあたる。

[ I.2.2.2 ] 上札内 かみさつない Ⅱa 面 及び 駒場 こまば [ ⑥ ]

En-a [ = 第 3 図の地層 2 ] をのせる最も新しい地形面を 南部では 上札内 Ⅱa 面, 北部では 駒場面と呼ぶ。

上札内 Ⅱa 面 : [ 本図幅の南隣の ] 大正図幅地域で [ 東流の後に北流して札内川に合流する ] 戸蔦別 とつたべつ 川の下流の左岸 [ = 北岸 ] に主として分布する平坦面を上札内 Ⅱa 面の模式地とする(十勝団研, 1968・1978)。

本地域では 上帯広台地の芽室町 中伏古 なかふしこ [ ← 本図幅地域の南西隅から東方 7 km ] 付近の帯広川流域に 基松面の西縁を削って小規模に分布する。 [ 本図幅の南東部の ] 上札内台地では 上札内 Ⅰ 面を途別川と札内川が削って, 幕別町 古舞 ふるまい [ ← 本図幅地域の南東隅付近 ] の西方と国鉄 広尾線 依田 よだ [ ← 本図幅地域の南東隅から北北西方 6.5 km ] をのせて, 南北方向に幅狭い分布を示す。

駒場面 : [ 本図幅の北隣の ] 中士幌図幅地域で音更川の右岸 [ = 西岸 ] の駒場 部落をのせる平坦面を駒場面の模式地とする(松澤ほか, 1978b)。

本地域での駒場面は 鈴蘭面の東縁を音更川が削った削剥面であり, ほとんど開析されていない。 東縁は 北から南へほぼ直線的に流下する音更川に削られ, 音更面との比高は 15 m 前後を示す。 西縁は 鈴蘭面と漸移関係であるが, 音更町の市街の西から木野 [ ← 本図幅の北東隅から南南西方 7 km 強 ; 鈴蘭公園の東方 500 m ] 市街の西にかけては若干の比高が認められる。 本地形面では 水磨された En-a の二次堆積物が認められる。

[ I.2.2.3 ] 上札内 かみさつない Ⅱb 面 及び 大和 だいわ [ ⑦ ]

En-a [ = 第 3 図の地層 2 ] をのせない更新世末期の削剥面を 南部では 上札内 Ⅱb 面, 北部では 大和面と呼ぶ。

上札内 Ⅱb 面 : [ 本図幅の南隣の ] 大正図幅地域の上札内台地において 上札内の市街付近を南限として, 北東ないし北北東に拡がる扇状地状の平坦面を 上札内 Ⅱb 面の模式地とする(十勝団研(1968); 小坂ほか(1978・1979))。

本地域の上札内 Ⅱb 面は [ 本図幅の南西部の ] 上帯広台地において 美生川とピウカ川に上まれた芽室町 美生 びせい [ ← 本図幅地域の南西隅から北東方 4 km ] と芽室市街をのせる 標高 160 m から 75 m 前後の平坦面と, [ 本図幅地域の南北中央部の ] 上札内 Ⅰ 面・基松面の北側をとりまく標高 60 m 前後の平坦面として分布する。 起伏はほとんどなく 平滑で, 面を刻む小沢も発達しない。 本地形面と上札内 Ⅰ 面 及び 基松面とは 比高 10~15 m を示す。

上札内 Ⅱb 面には 薄い礫層と 暗褐色砂質のソフトローム・Ta-d を挟んで腐植層が累重している。 帯広川の下流域の低湿なところでは泥炭がみられる。 美生川流域の上札内Ⅱb 面には 光地園礫層や渋山層を直接おおって, 光地園礫層の再堆積と考えられる厚さ数 m 以下の礫層が見られる。 したがって, この面は古い扇状地状の地形を開析して形成された地形面である。 上札内 Ⅰ 面 及び 基松面の北側に分布する [ 本図幅地域の南北中央部の ] 上札内 Ⅱb 面は, 十勝川によって上札内 Ⅰ 面と基松面の北側が側方侵食されて形成された 河岸段丘面の形態を示す。

同様の地形面が [ 本図幅地域の南東隅から西北西方 6 km 弱の ] 帯広市 川西 付近にも小規模に分布する。

大和面 : [ 本図幅地域の北東部の ] 士幌台地において, 然別川と十勝川との合流点付近で音更町 大和 だいわ 部落 [ ← 本図幅地域の北東隅から西南西方 7.5 km ] をのせる河岸段丘面を大和面の模式地とする(松澤ほか, 1978b)。 本面は [ 本図幅地域の北東隅から南方 3 km 強の ] 音更町 下士幌 や, 美蔓台地の西縁の [ 本図幅地域の北西隅から南南東方 6 km 強の ] 芽室町 毛根 けね にも分布し, それぞれ [ 本図幅の北北東隣の上士幌図幅地域で発達する ] 上士幌面, [ 本図幅の北西隣の新得図幅地域で発達する ] 熊牛 くまうし 面(松澤ほか, 1978b)に相当する。

模式地 [ = 音更町 大和 ] の本面は 標高 60 m 前後で, 南北方向の分布を示す起伏のない平坦面である。 然別川が鈴蘭面の西縁を側方侵食した河岸段丘面で, 鈴蘭面とは比高 5 m 前後を示す。 南縁は十勝川に削られ, 現河床面との比高は 6 m 前後を示す。

[ 本図幅地域の北東隅から南方 3 km 強の ] 音更町 下士幌では 標高 80 m から 50 m を示し, 南南東へ緩く傾斜する平滑な地形面が分布する。 西縁は上位面と漸移関係であるが, 南縁は十勝川に切られ, 現河床面と比高 5 m 前後を示す。 本地域では 本面の南端部が見られるにすぎないが, 士幌台地に 北へ向って広い分布を示す。

[ 本図幅地域の西部の十勝川の北岸の ] 美蔓台地の西縁においては, 芽室町 毛根の一帯に 十勝川の削剥によって形成された 標高 90 m 前後の平滑な地形面が 鈴蘭面の相当面を取りまくように分布し, [ 本図幅地域の北西隅から南東方 8 km の ] 芽室町 北芽室で沖積面との比高が高く, 5 m に達する。

北部に分布するこれらの地形面は 上札内 Ⅱb 面と同様に 面堆積物である薄い礫層, ソフトローム 及び 腐植を累重しているにすぎなく, 鈴蘭面を削剥した河岸段丘面である。

I.2.3 完新世の地形面

[ I.2.3.1 ] 中札内 なかさつない 面 及び 音更 おとふけ [ ⑧ ]

腐植層(腐植質火山灰層)のみをのせる完新世の河岸段丘面を 南部では 中札内面, 北部では 音更面と呼ぶ。

中札内面 : [ 本図幅の南隣の ] 大正図幅地域の中札内 部落をのせる, 上札内 Ⅱb 面よりも1段低位の河岸段丘面を中札内面の模式地とする(小坂ほか, 1978・1979)。

本地域の中札内面は [ 本図幅地域の南西部の ] ピウカ川の下流の右岸と美生川の下流域 及び, [ 本図幅地域の南東部の ] 札内川の左岸の帯広市 川西と稲田町付近に小規模な分布を示す。 そのほか, 十勝川の右岸 [ = 南岸 ][ 本図幅地域の中央付近の ] 西帯広付近から 十勝川と札内川の合流点付近にかけて やや広い分布を示す。 本面は 上札内 Ⅰ 面 及び 上札内 Ⅱb 面を削剥した河岸段丘面である。

音更面 : 士幌台地において 音更町の市街をのせ, 音更川流域に 十勝川との合流流点まで分布する河岸段丘面を音更面の模式地とする。

本面は 模式地のほかに 十勝川の左岸 [ = 北岸 ] の芽室町 毛根 けね から [ その東方 7 km の ] 芽室町 西士狩 にししかり にかけてと, 然別川の下流の左岸 [ = 東岸 ] に分布する。 然別川の左岸の本面は「後 大和面」(松澤ほか, 1978b)にあたる。 これらの地形面は いずれも平坦で, 現河床面との比高 3 m 前後を示し, 鈴蘭面 及び 大和面を削剥した河岸段丘面である。

[ I.2.3.2 ] 氾濫原 [ ⑨ ]

十勝川と その支流の諸河川の流域には 幅 1 km 前後から数 km に及ぶ 沖積氾濫原が分布する。 とくに, 札内川と音更川が十勝川に合流する付近では 広い氾濫原が発達し, 帯広 市街の一部をのせている。 この氾濫原には 多くの市街や集落が形成されているので, 盛土による堤防が構築され, 現河床氾濫原の発達を規制している。

I.3 古砂丘地形

十勝平野の南部には En-a や Spfa 1 の二次堆積による内陸古砂丘が発達する。 本地域内にも上帯広台地 及び 上札内台地には数多くの古砂丘地形が分布する (十勝団研・砂丘グループ(1970); 木村ほか(1970・1972・1978)。 内陸古砂丘は 細粒で比重の小さい火山砕屑物(En-a や Spfa 1)が 風により再移動した結果として 形成されたものである。 したがって, 古砂丘の分布は 砂丘砂の供給源である 十勝平野に大量に分布する En-a 及び Spfa 1 の分布範囲と地形に規制される。

第 4 図 En-a 古砂丘の分布図 (木村ほか(1978)を一部訂正加筆)

[ 第 4 図に関する注意書き ]
この図には 本図幅地域と 本図幅の南隣の大正図幅地域における古砂丘の分布が示されている。
それに加えて, 以下のような地形面などの名称も記されている。
Mo : 基松面,
K1P : 上札内 Ⅰ 面, K2a : 上札内 Ⅱa 面, K2b : 上札内 Ⅱb 面,
Ns : 中札内面,
U-S 01 : 古砂丘の層序(内部構造)観測 [ 第 28 図 ] の 地点,
U-S 02 : 古砂丘の形態記載(写真撮影) [ 第 30 図 ] の地点

本地域の En-a 古砂丘は 上札内 Ⅰ 面に限って分布する。 基松面は 開析が進み 古砂丘は残存しない(第 4 図)。 [ 降下火砕堆積物の分布において ] Spfa 1 の中心軸が En-a の分布の中心軸より南にあるため, Spfa 1 古砂丘は 本地域以南に主として分布する。

独立した En-a 古砂丘の形態は 大部分が半紡錘形をし, 底面は長楕円形である。 比高 5 m 以上の大型古砂丘は 10 % 未満で少なく, 比高 1~3 m の小型古砂丘が半数を占める。 平均比高は 北西から南東へ向って低下する。 [ 底面の ? ] 長軸の方向は北 30°西を中心に 一定した方向を示し, 振れは比較的少ない。

同一地形面における古砂丘の分布状態は 南東側に多く, それらは [ 底面の ? ] 長軸に平行して配列するものが多い。 これは 地形面が南南西から北北東へ緩く傾斜していることと, 北西の卓越風の影響によって 南東側ほど飛砂の供給が潤沢であったことがうかがえる。

En-a の堆積量が少ないこと, 流水の影響下にあったこと, 地形的に卓越風の影響の少ないこと などから, 十勝川以北の台地では 古砂丘の分布は認められない。

II. 地質概説

本地域を構成する地質・地形面堆積物は, 新第三紀 鮮新世ないし第四紀 更新世前期にわたる 十勝累層群の中部層( 池田 いけだ 層)・ 上部層( 長流枝内 おさるしない 層)・ 最上部層( 渋山 しぶさん 層)と, これをおおって広く分布する 第四紀 更新世 中~後期の扇状地 礫層と河岸段丘堆積物・ 降下軽石堆積物・ ローム層・ 古土壌である(第 2 表)。

第 2 表 地質総括表

地質時代 南部 北部 摘要
層序 地形面 層序 地形面 南部 北部

上部 鮮新統の 池田層は 直接 地表に露出することなく, 帯広市内の温泉ボーリングでその存在が確められるにすぎなく, 分布・構造の詳細は不明である。

最上部 鮮新統の長流枝内層 [ Os(および Pt : ペンケニコロ溶結凝灰岩); 以下の [注] 参照 ] は 幕別台地の西縁にわずかに露出し, [ 本図幅地域の南東隅付近で ] 幕別台地の西縁を通る 居辺 おりべ 断層に切られる。 帯広盆地内では 渋山層 及び 扇状地・段丘堆積物におおわれ, 池田層と同じく [ 長流枝内層は ] 地表にはあらわれない [ ← 本図幅地域の南東隅から北方 1~6 km の地域に長流枝内層(Os)の領域があるが ? ] 。 温泉ボーリング 及び 水井戸の資料によると 小堆積輪廻を示す。 亜炭を挟む緻密な火山灰・軽石を含む細砂礫・砂・シルト層からなり, Natica sp., Panope sp., Macoma sp. などの貝化石と Cribroelphidiom oregonense などの有孔虫化石を産する。

[注]
長流枝内層を「上部 池田層」と呼び, その時代を更新世に含ませる見解(向山ほか(1980); 本間(1980))が最近になって提唱されている。 さらに詳細な検討が必要であるが, それは別の機会にゆずることとし, 本報告では 十勝団研(1978)に基づいて記述する。

下部 更新統の渋山層は 基底層である 屈足 くったり 溶結凝灰岩層 [ Kt ] 芽登 めとろ 凝灰岩層 [ Me ] が長流枝内層を不整合におおい, これに 亜炭を挟む凝灰質砂・シルト ないし 礫層 (渋山層 主部 [ Sb ] )が累重する陸成層である。 本地域に発達する諸台地の基盤を構成し, 台地を刻む河川の河崖に露出するが, 扇状地 及び 段丘堆積物におおわれる。 分布の東縁は居辺断層で限られている。

中~上部 更新統は 光地園 こうちえん 礫層・ 美蔓 びまん 礫層や 北居辺 きたおりべ 礫層などの古期 扇状地 礫層と 上札内 かみさつない Ⅰ 礫層・ 上士幌 かみしほろ 礫層などの新期 扇状地 礫層, これらの新旧の扇状地 礫層をおおう古士壌, ローム層 及び 降下火砕堆積物である。

光地園礫層と美蔓礫層 [ Ko ] は それぞれ 本地域の南方の日高山脈と北方の石狩山地から供給され, 渋山構造盆地を埋積した広大な扇状地状の礫層で, クサレ礫(くさり礫)を特徴とする。 後で詳述するように, これらの礫層の基底の高度には 中期 更新世以降の構造運動による地域的変位が認められる。

北居辺礫層 [ Kb ] は 光地園礫層・美蔓礫層の堆積に続いて, 士幌台地の構造的凹地を埋積した扇状地状の礫層である。

上札内 Ⅰ 礫層 及び 上士幌礫層 [ Ka ] は 音更川と札内川を結ぶ構造谷を埋積したと考えられる扇状地 礫層である。

地形の項で述べたように, これらの新旧の扇状地 礫層は 光地園面・美蔓面 [ = 第 3 図の ① ] や上札内 Ⅰ 面・鈴蘭面 [ = 第 3 図の ⑤ ] のほかに 多くの広い削剥面 [ = 第 3 図の ②・③・④・⑥・⑦ ] を形成して分布する。 それぞれの地形面には 局所的な薄い礫層, 古土壌, ローム層 及び それらに挟まる降下火砕堆積物からなる面 堆積物が発達する。

そのほか, 上帯広台地と上札内台地には En-a からなる古砂丘堆積物 [ Sd ] が発達する。


[ 地質図の凡例 (ペンケニコロ溶結凝灰岩(Pt)は断面図にのみ示す) ]

第四紀 完新世 氾濫原堆積物 a 砂・礫 及び 粘土
中札内 なかさつない 面 堆積物 Ns 礫 及び 砂
更新世 上札内 かみさつない Ⅱb 面 堆積物・
大和 だいわ 面 堆積物
K2b 礫 及び ソフトローム
恵庭 えにわ 砂丘堆積物 Sd 恵庭 a 降下軽石の2次堆積物
上札内 かみさつない Ⅱa 面 堆積物・
駒場 こまば 面 堆積物
K2a 礫・ボール状ローム 及び
恵庭 a 降下軽石(En-a)
上札内 かみさつない Ⅰ 面 堆積物 K1P 褐色ローム 及び
支笏降下軽石 1・2(Spfa 1・2)
上札内 かみさつない Ⅰ 礫層・
上士幌 かみしほろ 礫層
Ka 礫 及び 砂
基松 もといまつ 面 堆積物 Mo 礫・褐色ローム・
降下軽石(Op-1)・
降下スコリア(Ssfa)
上更別 かみさらべつ 面 Ⅱ 堆積物 Kf 赤褐色ローム
共栄 きょうえい 面 堆積物・
下佐幌 しもさほろ 面 堆積物
Ke 礫・砂 及び 赤褐色ローム
北居辺 きたおりべ 礫層 Kb 礫 及び 砂
光地園 こうちえん 面 堆積物・
美蔓 びまん 面 堆積物
KoP 白粘土
光地園 こうちえん 礫層・
美蔓 びまん 礫層
Ko 礫岩 及び 砂(クサレ礫を伴う)
十勝 とかち
累層群
渋山 しぶさん 主部 Sb 粘土・砂 及び 軽石(泥炭を伴う)
屈足 くったり
溶結凝灰岩層
Kt 軽石流堆積物・
黒雲母流紋岩溶結凝灰岩
芽登 めとう
凝灰岩層
Me 軽石流堆積物・
黒雲母流紋岩凝灰岩
新第三紀 鮮新世 長流枝内 おさるしない Os 礫・砂 及び 粘土
(凝灰岩 及び 亜炭を伴う)
(ペンケニコロ
  溶結凝灰岩を伴う)
Pt 角閃石黒雲母流紋岩溶結凝灰岩

III. 鮮新~下部更新統, 十勝 とかち 累層群

本地域を含む十勝平野の分布する鮮新~下部 更新統は, 古くは大石・渡辺(1932)によって「池田層」, 「帯広層」と命名された海成層~陸成層である。 その後, これらの地層の層序・地質構造について 根本ほか(1933), 橋本誠二(1954), 橋本亘(1955), 岡崎(1957), 長尾・三谷(1960), 鬼塚(1962), 三谷(1964), 国府谷ほか(1969), 岡(1973・1976a・1976b)などの多くの研究がなされてきた。 また, 十勝団研は 十勝平野の地史解明のため総合的研究を続けてきた(松井ほか(1970); 松井・山口(1970); 山口(1970); 山口ほか(1973a・1973b); 松澤ほか(1974); 宮坂ほか(1974); 松井ほか(1975); 十勝団研(1978))。 一方, 中新統の層序・構造発達史については 宮坂(1970 ; MS), 山口(1970), 松井ほか(1974), 秋葉ほか(1975), 宮坂・菊地(1978)などの研究がある。

第 3 表 十勝地域の十勝累層群と地層の対照表

地質
時代
本図幅 山口ほか
(1978)
橋本誠二
(1954)

(1957)
長尾ほか
(1960)
鬼塚
(1962)
三谷
(1964)
国府谷ほか
(1969)

(1976)

これらの研究成果をふまえて, 山口ほか(1978c)は 第3表に示すように 十勝平野における鮮新~下部 更新統を 下部 (本別層・ 駒畠 こまはた 含化石層・足寄層), 中部 (池田層), 上部 長流枝内 おさるしない 層・ 居辺山 おりべやま 層), 最上部 渋山 しぶさん 層・ 中里 なかさと 層)に4分し, これらの諸層にたいして 三谷ほか(1958)の「十勝層群」を再定義して, 新たに「十勝累層群」と呼ぶことを提唱している。

本地域の直接的な基盤として分布し 地表に露出しているのは [ 十勝累層群の ] 上部(長流枝内層)及び 最上部(渋山層)である。

III.1 長流枝内 おさるしない 層(Os [ with Pt : ペンケニコロ溶結凝灰岩 ]

命名 : 松井ほか(1970)の長流枝内層。

模式地 : 本地域 [ の東 ] に隣接する十勝池田図幅地域の [ 水田灌漑用に十勝川をせき止めている ] 千代田 堰堤 えんてい 付近から [ その東北東方 7 km の ] 豊田にいたる十勝川の北岸。

分布 : 十勝構造盆地の 北東部 及び 南東部を除く 中央~西部にかけて広く分布する。

本層の地表での分布は, [ 本図幅の東隣の ] 十勝池田図幅地域の [ 北部の ] 長流枝内丘陵の南部から [ その南東方の ] 池田町の東部と [ その南西方の ] 豊頃丘陵の北部をとりまいて, [ その西方の ] 幕別台地の北部の 猿別 さるべつ 背斜の西翼に連なる地域が主体を占める [ = 本層は, 十勝池田図幅地域では その中央部の十勝川を避けて, 北部・東部・南部・西部で連なって地表に露出する ] 。 帯広盆地 [ 以下の [注] 参照 ] の内部では 渋山層 及び 扇状地・段丘堆積物におおわれて地表にあらわれないが, 深井戸の資料によると 帯広盆地のほぼ全域にわたって分布し, その南方延長は [ 本図幅の南南東隣の ] 忠類 ちゅうるい 図幅地域の忠類付近に達する盆状の構造を示している。

[注]
北縁は [ 本図幅の北北隣の然別湖図幅地域の ? ] 然別火山群の南麓, 南縁は 後述する [ 本図幅の南南隣の上札内と南南東隣の忠類図幅地域の ] 十勝中央構造帯, 東縁は [ 本図幅地域の南東部を通る ] 居辺断層, 西縁は [ 本図幅の北西隣の新得と西隣の御影図幅地域の ] 佐幌台地の東縁(岩松断層)の拡がりを示し, その中心に帯広市が位置する内陸盆地を帯広盆地と呼ぶ。

本地域では 南東部の豊頃丘陵の西縁の露頭で観察されるにすぎない。

層相 : 十勝平野のほぼ全域にわたって広く分布する長流枝内層は, 総体的に浅海 - 汽水 - 淡水相を繰り返す地層であるが, 長流枝内丘陵・幕別台地などの [ 十勝平野の ] 東部と, 中央部~西部の帯広盆地とでは 層相に著しい違いが見られる。 すなわち, 東部は 流水の影響下で堆積した砂・砂礫層とシルト・亜炭層が多くの輪廻層を形成する。 松井ほか(1970)は, 模式地周辺において 下部に砂礫層, 中部に砂・シルト層, 上部に砂礫層が卓越する傾向を示し, それぞれ 部分的には同時異相の関係が見られる一連の地層であるとし, 下位から 下部砂礫層, 中部砂・シルト層, 上部砂礫層に大別した。 中央部~西部は 南に開口していた内湾状を示す長流枝内堆積盆の中心域を示す。 浅海~内湾相を示す厚い砂・シルト層が卓越し, 貝化石・有孔虫化石が多数含まれるほか 多くの層準に亜炭層が挟まれ, 海水 - 淡水相の繰り返しを示している。 この層相は 東部の中部砂・シルト層の層相に類似する(第 5 図)。

第 5 図 十勝構造盆地の長流枝内層 (松澤ほか(1978a)に一部加筆)

[ 第 5 図に関する注意書き ]
この図には以下の3地域内の合計 15 個の地点 1~15 の地質柱状図が示されている。
本図幅の南隣の大正図幅地域の南部と 南南隣の上札内図幅地域の北部の地域 : 地点 1~4
本図幅の北西隣の新得図幅地域の中南部と 西隣の御影図幅地域の北部 : 5~9
本図幅の北北東隣の上士幌図幅地域の南西部,
北東隣の高島図幅地域の北西部と 北隣の中士幌図幅地域の北東部 : 10~15
それぞれの地質柱状図は以下の 18 種類の凡例 1~18 を使って描かれている。
1 : 腐植, 2 : ローム, 3 : 礫, 4 : 砂礫, 5 : 砂,
6 : シルト(シルト岩), 7 : 粘土(泥炭), 8 : 亜炭,
9 : 凝灰岩, 10 : ペンケニコロ溶結凝灰岩, 11 : 軽石,
12 : 砂・礫まじり, 13 : 礫・シルト・粘土の薄層のはさみ, 14 : 砂・粘土の薄層のはさみ,
15 : A と B の互層 [ 意味不明 ] , 16 : 貝化石, 17 : 地層の境, 18 : [ 化石を示す記号 ? ]
また, 地質柱状図の脇には その部分の層序名を示す以下の6個の記号が記されている。
KO : 光地園礫層, NS : 中里層, Sb : 渋山層, Or : 居辺山層,
O2 : 長流枝内層, NK : 長流枝内層以前の新第三系層

本地域の [ 南東部の ] 幕別台地の西縁には, 模式地の中部砂・シルト層にあたる シルト・亜炭を挟む青灰色の砂層が分布する。 この層相は 幕別台地の西北端まで断続する露頭でみられ, 台地の西北端の 幕別温泉 [ 位置不明 ; 本図幅地域の南東隅から北方 7 km の 依田 よだ の付近 ? ] への登り口の道路片くずしでは 青灰~褐色の硬質シルト~細粒砂から貝化石を産する。 殻は溶け去っているが Mya japonica がきわめて多く, Clinocardium sp. が認められる。 また, Echinarachnius sp. が多産する。

第 6 図 長流枝内層の柱状断面図 (松澤ほか(1978a)に一部加筆)

[ 第 6 図に関する注意書き ]
この図には 帯広市街付近で交差する2路線沿いの 地点 1~26 の 26 本の地質柱状図が示されている。
北 → 南の路線沿い : 地点 1~13(地点 5~9 は帯広市街付近 ; 地点 7 は深層ボーリング ?)
東 → 西の路線沿い : 地点 14~26(地点 22 と 23 は札内川付近)
それぞれの地質柱状図は以下の 17 種類の凡例 1~17 を使って描かれている。
1 : 扇状地・段丘堆積物, 2 : 礫, 3 : 砂, 4 : シルト, 5 : 粘土, 6 : 亜炭,
7 : 砂礫まじりのシルト, 8 : 礫まじりの砂, 9 : 軽石まじりの砂, 10 : 礫まじりのシルト,
11 : 淡紫色の石英結晶粒(ペンケニコロ溶結凝灰岩層),
12 : 芽登凝灰岩層, 13 : 凝灰岩層, 14 : A と B の互層 [ 意味不明 ] ,
15 : 貝化石, 16 : 樹幹, 17 : 推骨 ついこつ [ = 脊椎を構成している骨 ]
また, 地質柱状図の脇には その部分の層序名を示す以下の3個の記号が記されている。
Sb : 渋山層の主部, Os : 長流枝内層, IK : 池田層

帯広盆地には 数多くの水井戸 及び 温泉ボーリングの資料がある(第 6 図)。 これらの資料によると 本層は 粘土・シルト・砂質シルトからなり, 砂層 ないし 薄い礫層と亜炭層を挟み, 貝化石を頻繁に産する。 貝化石は 破砕されていて 同定できるものは少ないが, Natica sp., Panope sp., Macoma sp. などである(第 6 図の [ 地点 ] 3, 5, 6, 8, 9, 20, 21 など)。 さらに 岩相を詳細に検討すると, 地表下 100~120 m(海水準 -70 m 前後)の含化石層または亜炭層の上位に, 軽石の小片をまじえた ほとんど「淡紫色の石英粒」 [ だけ ] からなる粗粒砂が認められる(第 6 図の [ 地点 ] 3, 5, 8, 26)。 この淡紫色の石英粒は, 十勝平野の北西部に分布するペンケニコロ溶結凝灰岩層 [ Pt ] (山口ほか, 1978a)の軽石の斑晶の石英と同質であり, ペンケニコロ溶結凝灰岩層の分布が 帯広盆地の中心域に達したことを示している。

層厚 : 長流枝内層は 分布地域の東部の [ 本図幅の東隣の十勝池田図幅地域内の ] 長流枝内丘陵・幕別台地では 層厚 120~170 m を示している。 しかし, [ 本図幅地域内の ] 幕別台地の西縁から帯広盆地の中央部にかけて層厚を増し, 温泉ボーリング(第 6 図の [ 地点 ] 7)によると 地表下 775.5 m(海水準 -735.5 m)に達し, ここでは 厚さ 700 m 以上の厚層を読みとることができる。 これ以深の 160 m + は 池田層と推定され, 小堆積輪廻を示す亜炭層を挟む細砂礫・シルト層であり, 最下部に顕著な凝灰岩が認められる。

化石 : 本地域の資料は すべて 水井戸ないし温泉ボーリングによるものであり, 貝化石は破砕されて 同定できるものは少ない。 貝化石は Natica sp., Panope sp., Macoma sp. などである。 有孔虫化石は Elphodium bartletti, E. Clavatum, Cribroelphidium oregonense を主とし, Buccela frigidus, Buliminella elegantissima を伴う。 また, [ 美生川の十勝川への合流点から南東方 1 km 強の ] 日甜 [ = 日本 甜菜 てんさい 製糖 ] 芽室 工場 (第 6 図の [ 地点 ] 26)の地表下 130 m からイルカの脊椎骨を産出した。

第 4 表 長流枝内層産 動物化石表 (松澤ほか, 1978a)

Species
Umbnium costatum (KIENER)

Echinarachnius sp.

[ 長流枝内層が ] 地表にあらわれる [ 本図幅の東隣の十勝池田図幅地域内の ] 長流枝内丘陵や [ 十勝池田図幅地域から本図幅地域の南東部に続く ] 幕別台地では 先にふれた幕別温泉の登り口のほかにも 多くの化石産地が知られ, 松澤ほか(1978a)によると 第 4 表に示す動物化石の産出が認められている。 貝化石のおもなものは Glycymeris yessoensis, Callithaca adamsi, Peronidia sp., Macoma sp., Mya japonica などの寒流系内湾性を示すもののほか, 下部に Umbonium costatum などの暖流系種が認められる。 また, Acila gottschei(中新世~鮮新世), Spisula kurikoma(中新世), Soletellina minoensis(中新世)の絶滅種が含まれている。 幕別温泉への登り口に限って Echinarachnius sp. を産する。 このほか, 下部砂礫層からクジラの化石骨の産出が知られている(木村ほか(1973); 木村(1975・1978))。

第 7 図 長流枝内丘陵の長流枝内層の花粉分析図 及び 試料採取層準 [ を示す地質柱状図 ] (星野・小坂(1978)を改編)

[ 第 7 図に関する注意書き ]
地質柱状図の脇の ×1~4 は試料採集地点で, 分析図の試料番号 1~4 は これに対応する。
地質柱状図は 以下の 18 種類の凡例 1~18 を用いて描かれている。
1 : 腐植, 2 : ローム, 3 : 礫, 4 : 砂, 5 : シルト, 6 : 粘土,
7 : 礫まじりの砂, 8 : シルトまじりの砂, 9 : 軽石まじりの砂,
10 : 礫まじりのシルト, 11 : 軽石まじりのシルト, 12 : 亜炭, 13 : 亜炭質粘土,
14 : 火山灰, 15 : 軽石, 16 : 凝灰岩, 17 : A と B の互層 [ 意味不明 ] , 18 : 貝化石

花粉化石については, 星野・小坂(1978)による 長流枝内丘陵の東部に分布する本層の研究があり, 第 7 図に示したような結果が得られている。 それによると, 上部と下部では Picea を多数産し, 中部は Picea にかわり Abies, Betula が増加する傾向が見られる。

層位関係 : 下位の池田層との層序関係が確かめられるのは 長流枝内丘陵・幕別台地で, 池田層の最上部の Mytilus bed を鍵層にして [ 調べると ] 東側ほど著しい削剥が認められる(松澤ほか, 1978a)。 本地域を含む帯広盆地の中央部は, 厚い層厚が示すように 池田層から長流枝内層へと沈降が連続した地域であって, その間に削剥は ほとんど無いと推定される。 また, [ 本図幅の ] 西部の新得図幅地域では, 水井戸の資料によると 池田層以下の地層を欠き, 直接 本層が花崗岩類に累重する。

本地域を含む帯広盆地の中央部では 本層は 渋山層におおわれる。 東部の長流枝内丘陵・幕別台地では, 直接 地表にあらわれるほかは 光地園礫層などの古期扇状地礫層におおわれる。 一方, 帯広盆地の南西部の日高山脈の東麓では 光地園礫層におおわれ, 南部の [ 本図幅の南南隣の上札内図幅地域内の ] 更別村付近では 一部が [ 渋山層と同様に 十勝累層群の最上部層である ] 中里層におおわれる。

III.2 渋山 しぶさん [ Sb : 主部, Kt : 屈足 くったり 溶結凝灰岩層, Me : 芽登 めとう 凝灰岩層 ]

命名 : 山口ほか(1973a)の渋山層, 松澤ほか(1978b)の渋山層。

模式地 : [ 本図幅地域の北西隅から南東方 11 km の ] 芽室町 西士狩 にししかり の土取場 および [ 本図幅地域の南北中央付近・西端から東方に 3 km 弱の ] 芽室橋付近の芽室川の左岸 [ = 西岸 ]

分布 : 本地域を含む帯広盆地に広く発達する。 すなわち, 東は [ 本図幅の東隣の十勝池田図幅地域の ] 長流枝内丘陵の西縁から十勝川を横切って [ 本図幅地域の東南部の ] 幕別台地の西縁の幕別町 古舞 ふるまい [ ← 本図幅地域の南東隅付近 ] に達する 居辺 おりべ 断層に限られ, 北は [ 本図幅地域の北北東隣の ] 上士幌図幅地域の 芽登川 めとうがわ の右岸 [ = 南西岸 ] から [ 本図幅地域の北北隣の然別湖図幅地域内の ] 然別火山群の南麓を経て [ 本図幅地域の北北西隣の ] 佐幌岳図幅地域の岩松付近に達する。 西は [ 岩松付近から南方に延びる ] 岩松断層(松澤ほか, 1978c)に限られ, [ 本図幅の北西隣の新得図幅地域内の ] 佐幌台地の南部, [ 本図幅に西隣の御影図幅地域内の ] 御影台地の東部を経て [ 本図幅地域の南西隅から北東方 4 km の ] 芽室町 美生 びせい の東に至る。 芽室町 美生と幕別町 古舞を結ぶ線に分布の南限が推定される。

本地域は 渋山層の分布範囲のほぼ中心に位置し, [ 本図幅地域の北部の ] 美蔓 びまん 台地の東縁の然別川の右岸 [ = 西岸 ] をはじめ, [ その西方の, 美蔓 ] 台地を刻むシプサラビバウシ川などの流域に広範囲に露出するほか, [ 本図幅地域の南北中央・西端に近い ] 御影台地の芽室川の左岸 [ = 西岸 ][ その南西方の ] 渋山川の下流域, [ 本図幅地域の南西部の ] 上帯広台地・ [ 本図幅地域の南東部の ] 上札内台地を刻む美生川・帯広川・札内川などの流域にも露出する。

層相 : 渋山層は 芽登凝灰岩層( Mt [ ← Me ] )・屈足熔結凝灰岩層 [ 以下の [注] 参照 ] (Kt)と呼ばれた軽石流堆積物(山口ほか, 1978a)が主体を占める基底層と, これに累重する, 亜炭層を挾む凝灰質シルト・砂・砂礫層の渋山層の主部(Sb)からなる(第 8 図)。

[注]
「屈足熔結凝灰岩」の漢字「熔」は以下では「溶」と記す。

第 8 図 渋山層の地質柱状図 (松澤ほか(1978c)に一部加筆)

[ 第 8 図に関する注意書き ]
この図には 本図幅地域の北部 および 本図幅の 北北西隣の佐幌岳・北西隣の新得・北北隣の然別湖・北隣の中士幌 の各幅地域内に分布する 合計 9 個の地点 1~9 の地質柱状図が示されている。
それぞれの地質柱状図は以下の 15 種類の凡例 1~15 で描かれている。
1 : 砂質ローム, 2 : 礫, 3 : 礫(「クサレ礫」まじり), 4 : 砂, 5 : シルト,
6 : 粘土, 7 : 亜炭, 8 : 凝灰岩, 9 :砂(礫まじり), 10 : 凝灰質砂,
11 : シルト(粘土の薄層をはさむ), 12 : 凝灰質シルト, 13 : A と B の互層 [ 意味不明 ] ,
14 : 植物化石, 15 : 地層の境

芽登凝灰岩層 [ Me ][ 本図幅の北北東隣の ] 上士幌図幅地域の芽登川の右岸 [ = 南西岸 ] を模式地とする(松井ほか, 1970)。 模式地では 厚さ 1.5 m の礫層を挟んで上・下に2分され, 上部は 角閃石・紫蘇輝石を含むデイサイト軽石流堆積物, 下部は 基底部に降下軽石堆積物を伴う流紋岩軽石流堆積物からなる。 上部は 模式地周辺に削剥からまぬがれて分布するだけで, この地域以南では認められない。 下部は 本地域の [ 南東隅付近の ] 幕別町 古舞 ふるまい 付近を南限として広く分布するが, 基底部に発達する降下軽石堆積物は [ 本図幅の東隣の十勝池田図幅地域内の ] 長流枝内丘陵の北部まで分布し, それ以南では認められない [ = 本図幅地域内の Me には降下軽石堆積物は含まれない ]

軽石流堆積物は 脆弱で 灰色ないし淡灰色を呈し, 軽石や火山岩片を含む。 軽石は 一般に 3~5 cm 大のものが多く, 白色ないし灰白色で 有色鉱物を含み, 発泡はよくない。 軽石の鉱物組成は, 斜長石 > 石英 > 黒雲母 ≧ 角閃石 > 不透明鉱物 > 紫蘇輝石 からなる 黒雲母流紋岩である。

屈足溶結凝灰岩層 [ Kt ][ 本図幅の北西隣の ] 新得図幅地域の新得町 屈足 27 号の [ 東端の東側の ] 十勝川の左岸 [ = 東岸 ] の大露頭(27 号露頭)を模式地とする。 模式地 及び その周辺において 岩質と溶結相の発達状態から, 本層は 下位より Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ・Ⅳ の4つに区分される(山口ほか, 1978a)。 これらのうち 模式地から南へ広く分布するのは Ⅲ 及び Ⅳ である。

本地域の [ 西部の ] 芽室町 西士狩と芽室橋の付近に露出する屈足溶結凝灰岩層は 下限は認められないが, ここでの岩相は 淡桃色ないし灰色を呈し, 軽石片や火山岩片を含み, 斑晶の少ない軽石流堆積物である。 軽石の鉱物組成は, 斜長石 > 石英 > 角閃石 > 紫蘇輝石 > 不透明鉱物 > 黒雲母 からなり, 紫蘇輝石・黒雲母を伴うデイサイト質である。 模式地の屈足溶結凝灰岩層 Ⅳ に類似する。


芽登凝灰岩層と屈足溶結凝灰岩層の直接の関係を確められる露頭はない。 [ この関係を知るための 以下の資料 1~4 がある。 ]

  1. ボーリングの資料(第 6 図参照)によると 両層は同一層準に位置し, ほぼ連続すると考えられる。 すなわち, 長流枝内層を不整合におおって 渋山層の基底層として発達する。
  2. 先に述べたように, 芽登凝灰岩層の岩相は 上部は 角閃石紫蘇輝石流下岩軽石流堆積物, 下部は 角閃石黒雲母流下岩軽石流堆積物であり, 屈足溶結擬灰岩層は 最上部の Ⅳ がデイサイト質であるほかは すべて流紋岩質である。
  3. K - Ar 年代は, 芽登凝灰岩層の下部が 1.2 ± 2.2 m.y.(柴田ほか, 1975), 屈足溶結凝灰岩層は Ⅰ 及び Ⅱ が それぞれ 0.96 ± 0.10 m.y., 0.75 ± 0.38 m.y.(柴田ほか, 1978)を示している。
  4. 磁化方位は, 芽登凝灰岩層が上部・下部とも東偏の正帯磁を示し, 屈足溶結凝灰岩層は Ⅰ の一部に逆帯磁がみられるほかは Ⅰ・Ⅱ とも西偏あるいは東偏の正帯磁, Ⅲ・Ⅳ はいずれも東偏の正帯磁を示している(小久保・田中(1975); 田中ほか(1975・1978); 第 5 表 及び 第 9 図)。

第 5 表 軽石流堆積物の磁化方位 (田中ほか, 1978)

地層名 No. N D0 I0 a K Vp J×10-3
(e.m.u. / gr)
Polarity
φ λ

第 9 図 屈足溶結凝灰岩層 Ⅰ~Ⅳ と芽登凝灰岩の磁極の位置 (田中ほか, 1978)

[ 第 9 図に関する注意書き ]
この図には, 屈足溶結凝灰岩層 Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ・Ⅳ 及び 芽登凝灰岩 の試料から推定した磁極の位置が, 北極点(N)を中心とする正距方位図法でプロットされている。

以上の諸資料 [ = 資料 1~4 ] から総合的に判断し, 芽登凝灰岩層の下部・上部を屈足溶結凝灰岩層の Ⅲ・Ⅳ に対比する。


渋山層の主部 は 美蔓台地を刻む諸河川 [ = 然別川・鎮錬川・シプサラビバウシ川・平和川 ] の流域の各露頭でみられるほか, 十勝川・音更川・帯広川・札内川などの河崖に露出する。

第 10 図 芽室橋の上流の渋山層。 Sb : 渋山層主部, Kt : 屈足溶結凝灰岩層

基底の軽石流堆積物との累重関係は, 渋山層の模式地のほかは わずかに [ 本図幅地域の北東部の ] 音更町 北宝来 きたほうらい [ 地質図上の ] 地点 ⑫ )で認められるにすぎない(第 10 図)。 模式地では, 最下部に 屈足溶結凝灰岩層の二次堆積相を示す斜交葉理が顕著な, 凝灰質砂・シルトの互層が発達し, 流水の影響のもとで堆積したことを示している。 中部から上部にかけて 比較的厚い亜炭層を数層挟む凝灰質砂・シルト層が発達する。 また, 軽石の円礫層も多く挟まれている。 最上部には 亜炭層の薄層を挾む凝灰質砂・シルトの互層が発達する。 模式地のほかで 本地域に分布する渋山層の主部は, 炭丈 10~30 cm の亜炭層を挟む凝灰質砂, 凝灰質シルト, 凝灰質砂・シルトの細互層などの厚さ 20 cm から数 m の互層からなる。 この岩相は 渋山層堆積盆地 [ 後述する「IX.1.2 渋山層堆積盆地」参照 ] の中心域に発達し, 北方へ追跡すると 凝灰質砂・凝灰質シルトの岩相は次第に厚さを減じ, これにかわって 溶結凝灰岩・安山岩の礫を主とする砂礫層が発達する(第 8 図の [ 地点 ] 1 と 2 [ の地質柱状図 ] )。

層厚 : 模式地の渋山層の主部 [ Sb ] は 上部が 古期扇状地礫層によって削剥されているが, 層厚 28 m を示す。 基底層である屈足溶結凝灰岩層の下限は露出しないが, この地点に近い [ 意味不明 ; 「この地点」とは ? ] 西帯広から東芽室にかけての水井戸の資料(第 6 図の [ 地点 ] 24, 25, 26)では層厚 20 m を示す。 帯広市 及び その周辺の水井戸の資料から推定される渋山層の層厚は, 音更町市街付近が最も厚く, 渋山層の主部の層厚が 100 m を越える(第 6 図の [ 地点 ] 1 と 2)。 この層厚が示すように, 渋山層堆積盆の中心は音更町市街付近と推定される。

帯広盆地内で 20 m 前後の厚さを示す屈足溶結凝灰岩層 [ Kt ] は, その模式地である [ 本図幅の北西隣の新得図幅地域の ] 27 号露頭では 屈足溶結凝灰岩層 Ⅰ, Ⅱ, Ⅲ, Ⅳ あわせて 85 m の厚さとなり, 渋山層の主部は 15 m と薄くなる。 芽登凝灰岩層 [ Me ] も同様の傾向を示す。

化石 : 貝化石は, 国見山 [ ← 本図幅地域の北東隅から南西方 10 km ] の北の露頭で 長尾(1958)によって Pecten yessoensis の産出が報告されているが, 筆者らの調査では 本層から貝化石を見出すことはできなかった。

植物化石は 西士狩の渋山層の主部の中部 凝灰質砂・シルト層(第 8 図の [ 地点 ] 6)から Juglans sieboldiana, J. mandshurica の堅果と Abies, Quercus の樹幹(第 11 図)を産する。 美蔓台地の北部で 西士狩と同一層準に対比される凝灰質砂・シルト層から Juglans schalinensis, Picea jezoensis の堅果と種子を産する。 この層準と上・下の3層準から Menyanthes trifoliata の種子を産する。

第 11 図 渋山層産の化石樹幹の顕微鏡写真 (鑑定は 帯広畜産大学の三宅基夫 教授による)。
A と B : Quercus, C と D : Abies, A と C : 横断面(木口面), B と D : 半径方向断面(柾目面)

第 12 図 渋山層の花粉分析図 及び 試料採取層群 [ を示す地質柱状図 ] (西戸狩の模式地 ; 星野・小坂(1978)を改編)

[ 第 12 図に関する注意書き ]
地質柱状図の脇の ×1~5 は試料採集地点で, 分析図の試料番号 1~5 は これに対応する。
地質柱状図で使われている凡例は第 7 図に同じ

第 6 表 渋山層の花粉・胞子数 (星野・小坂, 1978)

花粉および胞子 ↓ / 試料番号 → Sb-1 Sb-2 Sb-3 Sb-4 Sb-5

花粉化石は, 星野・小坂(1978)によって 西士狩と芽室橋付近の渋山層の主部について報告されている(第 12 図 及び 第 6 表)。 西士狩では, [ 第 12 図の ] 試料 5 は針葉樹種が少なく, Picea が樹木花粉・非樹木花粉・胞子を含めた全体の 6 % に対し, 広葉樹種は Betula : 8 %, Alnus : 8 %, Salix : 6 %, Corylus : 5 % と比較的多い。 非樹木花粉では Cyperaceae が 27 % と多い。 [ 第 12 図の ] 試料 4 と 3 では 広葉樹種の割合が一層 増加する。 試料 2 では 針葉樹種・広葉樹種ともに低率となり, ゼンマイ科胞子の Osmundaceae が 55 % と多いのが特徴である。 試料 1 では Picea : 11 %, Alnus : 19 % がみられ, やや冷涼になる傾向を示す。 芽室橋の資料は 西士狩の比較的下部の層準に対比され, その下部は 長流枝内層 [ Os ] より Picea と Abies が減少するが, Tsuga を 17 % 含むのが特徴である。 広葉樹種は Alnus を 25 % 含む。 胞子は Polypodiaceae が大量に検出されている。 上部では Picea と Abies が一層 減少し, 広葉樹種の Alnus : 34 %, Betula : 20 %, Quercus : 10 % が優位を占める。

層位関係 : 下位層の長流枝内層 [ Os ] の砂・シルト層に, 渋山層の基底層である芽登凝灰岩層 及び 屈足溶結凝灰岩層が不整合に累重する。 この関係が直接確められるのは [ 本図幅の北西隣の ] 新得図幅地域の屈足 27 号露頭である(第 13 図)。 渋山層の主部 [ Os ] は 古期扇状地礫層の 光地園礫層 及び 美蔓礫層 [ Ko ] におおわれる。

第 13 図 屈足溶結凝灰岩層の基底 (屈足 27 号露頭)
KtⅠ : 屈足溶結凝灰岩 [ Kt ] の [ 区部 ] Ⅰ(下部は長流枝内層を取り込むと共に乱堆積を示す),
Os : 長流枝内層 [ Os ] の砂礫・シルト

III.3 十勝累層群の上部・最上部層の地質時代

十勝累層群の上部層(長流枝内層)と最上部層(渋山層)の地質時代は 貝化石, 花粉化石, 古地磁気学的資料, K - Ar 法による絶対年代などから総合的に推定される(第 14 図)。

第 14 図 十勝累層群の地質総括表 (山口ほか, 1978b)

地質時代 絶対年代 層序 構造 古気候 海水
温度
(m.y.) (m.y.)

貝化石・有孔虫化石 : 長流枝内層の貝化石・有孔虫化石の特徴は Acila gottschai, Pseudamiantis tauyensis, Spisula kurikoma, Soletellina minoensis などの化石種を含むこと, 滝川 - 本別動物群の特徴種といわれる Cribroelphidium oregonense を産することである。 しかし, これらの化石種のほかに Mya japonica, Glycimeris yessoensis, Spisula voyi, Macoma cf.middendorffi などの貝化石と Elphidium bartletti, E. clavatum, Bucccela frigidus などの有孔虫化石を産し, 全体として現世種が卓越し, 滝川 - 本別動物群の化石群集とは区別される。 また, Umbonium costatum, Lucinoma annulata などの暖流系種が認められ, 本層は寒暖両要素が交錯している。

花粉化石 : 岡崎(1957)と OKAZAKI(1958)は 「池田層」の花粉化石の検討から 千住 せんじゅ 夾炭部層と 北邦 [ 読み方不明 ] 夾炭部層のあいだに温暖から寒冷への気候変化のあったことを述べている。 IGARASHI(1976)も ほぼ同層準の花粉化石を検討し, 岡崎と同様の見解を述べている。 星野・小坂(1978)は この層準から上位の層準へ検討を広げ, 前述のように 長流枝内層と渋山層の花粉化石の検討を行った。 長流枝内層は 全般的に Picea が優勢で 広葉樹種の花粉が少なく, 池田層上部に引き続いて 寒冷な気候が支配的であった。 また, 長流枝内層の一部にやや Picea が減少し, Abies や広葉樹種の花粉の優勢な層準もあり, 一連の寒冷気候のなかにも やや温暖化した時期が含まれる。 渋山層では 長流枝内層と比べ Picea が著しく減少しており, それに対して Tsuga や広葉樹種の Alnus, Quercus が優勢で, 全般的に温暖な気候条件であったと述べている。

絶対年代 : KANEOKA and SUZUKI(1970)は 音更川の河床の黒曜石礫について, K - Ar 法とフィション・トラック法で年代測定を行い, それぞれ 1.53 ± 0.11 m.y., 1.65 ± 0.15 m.y. と報告している。 また, 十勝地域の K - Ar 法による年代測定は 柴田賢によって行われた。 現在までに得られた結果によると, 池田層の 稲士別 いなしべつ 凝灰岩層が 4.1 ± 1.1 m.y., 渋山層の芽登凝灰岩層が 1.2 ± 2.2 m.y.(柴田ほか, 1975), オソウシ川溶結凝灰岩層が 2.75 ± 0.16 m.y., 居辺山層の黒曜石礫が 1.70 ± 0.16 m.y., 屈足溶結凝灰岩層が 0.96 ± 0.10 と 0.75 ± 0.38 m.y.(柴田ほか, 1978)である。 以上の結果は, 稲士別凝灰岩層とオソウシ川溶結凝灰岩層のほかは いずれも更新世前期といえる。 居辺山層の黒曜石礫の値は, さきの KANEOKA and SUZUKI(1970)の測定値とよく符合する。

古地磁気 : 小久保・田中(1975)と 田中ほか(1975・1978)によると, 池田層の下部の稲士別凝灰岩層と 猿別 さるべつ 凝灰岩層は正帯磁, 長流枝内層の中・下部は東偏の逆帯磁, 上部は西偏の逆帯磁, 渋山層の芽登凝灰岩層は上・下とも正帯磁, 屈足溶結凝灰岩層は 最下部に逆帯磁が認められるほかは正帯磁を示している。 オソウシ川溶結凝灰岩層は正帯磁を示し, その上位にあって 長流枝内層に夾在する パンケニコロ溶結凝灰岩層とペンケニコロ溶結凝灰岩層は いずれも逆帯磁を示している。


層序関係とこれらの諸資料から, 長流枝内層 [ Os with Pt ] Matuyama Reversed Epoch の Olduvai event より古く, Reunion event を挟む時期, すなわち, 鮮新世末期に形成されたもの と推定される。 渋山層 [ Sb, Kt and Me ] Jaramillo event 及び Matuyama Reversed Epoch 末を含む 前期更新世末にあたる と推定される。

IV. 中~上部更新統

本地域で 最も広く分布するのは 中~後期更新世の扇状地礫層と, 降下火砕堆積物・古土壌などからなる 扇状地・段丘堆積物である。

十勝団研(1978)は 地形的特徴から十勝平野全域を4つの地域に区分して, 中~上部更新統の詳細を明らかにした。 本報告では その名称を可能な限り用い, 南部と北部の名称を並記して堆積物を区分した。 すなわち, 古期扇状地・段丘堆積物は 下位より, ① 光地園 礫層 及び 美蔓 礫層 [ Ko ] , ② 光地園 面堆積物 及び 美蔓 面堆積物 [ KoP ] , ③ 北居辺 礫層 [ Kb ] , ④ 共栄 面堆積物 及び 下佐幌 面堆積物 [ Ke ] , ⑤ 上更別 面 Ⅱ 堆積物 [ Kf ] , ⑥ 基松 面堆積物 [ Mo ] に区分する。 新期扇状地・段丘堆積物は 下位より, ① 上札内 Ⅰ 礫層 及び 上士幌 礫層 [ Ka ] , ② 上札内 Ⅰ 面堆積物 [ K1P ] , ③ 上札内 Ⅱa 面堆積物 [ K2a ; 地質図の凡例の地層名は「上札内 Ⅱa 面堆積物 及び 駒場 面堆積物」 ] , ④ 上札内 Ⅱb 面堆積物 及び 大和 面堆積物 [ K2b ] に区分する。

古期扇状地礫層の光地園礫層 及び 美蔓礫層は 最高位の光地園面 及び 美蔓面を構成する。 また, 光地園礫層は, 南部の共栄面・上更別面 Ⅱ 及び 基松面などの地形面堆積物の下にも広く発達する。 美蔓礫層は, この礫層の堆積後の美蔓台地の傾動的上昇によって削剥が進み, より新しい地形面堆積物の下には発達しない。 北居辺礫層は [ 本図幅の東隣の十勝池田図幅地域内の ] 長流枝内丘陵の相対的上昇によって [ 本図幅の北隣の中士幌と北北隣の然別湖図幅地域内の ] 瓜幕 うりまく 台地 [ 第 1 図参照 ] と長流技内丘陵の間の 凹地 [ ← これは士幌台地のことか ? ] に北から流れ込んだ礫層で, 本地域では 鈴蘭面の南端部と音更川の左岸 [ = 東岸 ] にとり残されて小規模に分布する。

新期扇状地・段丘堆積物は 降下火砕堆積物・ローム層 及び 古土壌などによって構成され, 古期扇状地礫層を直接おおっている。

新期扇状地礫層の上札内 Ⅰ 礫層 及び 上士幌礫層は, おもに 音更川と札内川を結ぶ構造谷 [ ← 十勝川の東西の流路に直交する 南北に延びる構造谷 ? ] を埋積する。 上札内 Ⅰ 面堆積物は この礫層をおおう降下火砕堆積物とローム層からなる。 南部に分布する上札内 Ⅱa 面堆積物と上札内 Ⅱb 面堆積物は, おもに光地園礫層を削って 薄く堆積する。 北部に分布する上札内 Ⅱa 面堆積物と大和面堆積物は 上士幌礫層を削って 薄く堆積する。

IV.1 古期扇状地・段丘堆積物

IV.1.1 光地園 こうちえん 礫層 及び 美蔓 びまん 礫層(Ko)

命名 : 十勝団研(1968)の光地園礫層, 松澤ほか(1978b)の美蔓礫層。

模式地 : 光地園礫層 [ 本図幅の南南南隣の上豊似図幅地域内の ] 光地園台地の 大樹 たいき 町 町営 生成牧場を刻む谷壁(大樹町 光地園小学校跡の北東約 2.5 km), 美蔓礫層 [ 本図幅の北西隣の新得図幅地域内の ] 美蔓台地の清水町 熊牛 23 号を美蔓台地へ登る道路の片くずし。

分布 : 光地園礫層 は 光地園台地の模式地付近を南限として, 日高山脈の東麓に北ないし北東方向に拡がり 広大な地域を埋めつくした扇状地礫層であって, その扇端部は 本地域を含む十勝川の中流域の右岸 [ = 南岸 ] に達する。 その扇端部は 美蔓礫層の扇端部と接し, 後述するように 礫種に供給源から由来した岩石の混合がみられる。 さらに この延長は [ 本図幅の東方および南東方の図幅地域内の ] 豊頃丘陵の北端をとりまいて, 十勝川の下流域から十勝川の河口付近にまで拡がっている。

美蔓礫層 は 北部 十勝地域の北西部の石狩山地の南麓から南東方向に, 音更川以西一帯の広大な地域を埋めつくした扇状地礫層であって, その扇端部は本地域を含む十勝川の中流域に達し 光地園礫層と合体する。

本地域の南部では ほぼ全域にわたって 光地園礫層が各地形面堆積物の基盤として分布する。 北部では 美蔓礫層が美蔓台地を構成して分布する。

層相 : 光地園礫層と美蔓礫層は, ほとんど全層にわたって, いわゆる「クサレ礫」と呼ばれる風化の進んだ礫を包含するという性質を示す。 また, 地域によって礫種や堆積状態が異なり, 上下についてみても一連の礫層ではなく, 顕著な砂層を挟んで 数回にわたる堆積サイクルが認められる。

光地園礫層 は, 模式地である光地園台地の東部における下部では, 礫種はヤオロマップ川層の砂岩・粘板岩が 個数で 70 % 近くを占め, 日高累層群の下部の札内川層に由来する 砂岩・粘板岩・花崗岩 及び ホルンフェルスの礫を伴う構成を示し, 礫径は 10~30 cm が多い。 しかし, 花崗岩の礫は 上記の礫径と不調和な より大型のクサレ礫の特徴を示す。 上部へ向っては 札内川層の砂岩・粘板岩礫が増加する。 また, [ 本図幅の南南隣の上札内図幅地域内の ] 元更別 もとさらべつ 台地 [ 第 1 図参照 ] においては ヤオロマップ川層の礫 及び 花崗岩礫は 数 % にすぎず, 札内川層の砂岩・粘板岩の礫を主とし ホルンフェルス礫がかなり含まれる (松井ほか(1974); 秋葉ほか(1975))。

本地域の [ 中央から南方 数 km の ] 北伏古 きたふしこ [ 東の ] 帯広川の右岸 [ = 東岸 ] では, 礫種は 個数で ホルンフェルス・硬質砂岩・粘板岩・チャートをあわせて 45 %, 花崗岩・ミグマタイト・片麻岩をあわせて 39 %, 斑れい岩 12 %, 閃緑岩 4 % を示すが, [ 光地園礫層の北方の ] 扇端部の上帯広台地の北端部の帯広川の右岸では 閃緑岩が 21 %, 34 % と増加し, 安山岩類を数 % 混える。 この安山岩類の礫は 北方の石狩山地から供給されたもので, 美蔓礫層の礫の混在を示している(第 15 図)。 光地園礫層の基質は一般に泥質である。

第 15 図 光地園礫層と美蔓礫層の礫種の構成

[ 第 15 図に関する注意書き ]
この図には以下の4地点で採取した試料中の礫種の出現頻度分布が示されている。
光地園礫層(3地点)
北伏古, 南 6 丁目 西 13 号, 南 6 丁目 西 10 号
美蔓礫層
平和 [ ← 本図幅地域の北西隅から東南東方 3 km ]
以下の 11 種類の礫種を区別した。
1 : ホルンフェルス, 2 : 硬質砂岩, 3 : 粘板岩, 4 : チャート, 5 : 花崗岩類, 6 : 片麻岩,
7 : ミグマタイト, 8 : 斑れい岩, 9 : 閃緑岩, 10 : 安山岩類, 11 : 溶結凝灰岩類

美蔓礫層 は, 模式地から本地域の芽室町 平和 [ ← 本図幅地域の北西隅から東南東方 3 km ] 付近にかけては 種構成は一様で, 北方の石狩山地から由来した溶結凝灰岩類・安山岩類が大多数を占め, 粘板岩・ホルンフェルス 及び 花崗岩の礫をわずかに伴う。 礫径は拳大のものが多い。 美蔓台地の末端部の音更町 国見山 [ ← 本図幅地域の北東隅から南西方 10 km ] 付近では 粘板岩・ホルンフェルス 及び 花崗岩の礫がやや増加する。 基質は 砂ないし凝灰質シルトが埋めている。

層厚 : 光地園礫層 は 光地園台地の模式地付近では層厚 90 m に達するが, 本地域においては 上部が削剥され, 厚いところで層厚 20 m 前後を示すにすぎない。 美蔓礫層 は 光地園礫層に比べると層厚は薄く, 厚いところで 30 m 前後, 本地域では 10~20 m 前後である。

層位関係 : 光地園礫層 は 光地園台地においては 日高累層群, 新第三系の 大樹 たいき 層群の 尾田村 おだむら 層 及び 豊似川 とよにがわ 層に不整合に累重するが, 本地域を含む平野部では 長流枝内層 [ Os ] や渋山層 [ Sb ] を不整合におおう(第 16 図)。

第 16 図 光地園礫層(帯広川の右岸)。 Sb : 渋山層, Ko : 光地園礫層

美蔓礫層 は 模式地から本地域にかけての美蔓台地では 渋山層の主部 [ Sb ] を不整合におおう。

第 17 図 光地園・美蔓礫層 及び 光地園面・美蔓面堆積物の地質柱状図 (凡例は第 17 図以降の地質柱状図のものを含む)

[ 第 17 図に関する注意書き ]
この図には以下の6地点の地質柱状図が示されている。
光地園面(3地点)
光地園(上豊似図幅地域内), 渋山(御影図幅地域内), 美生 びせい (御影図幅地域内)
美蔓面(3地点)
北熊牛 きたくまうし (新得図幅地域内),
62 [ ← 地質図の北西部の平和の北方の「丸囲みの 62」の地点 ? ] ,
63 [ ← 地質図の中央やや北東部の国見山の南西方の「丸囲みの 63」の地点 ? ]
地質柱状図で用いられている凡例や 火砕堆積物の名称などの記載については省略する。

IV.1.2 光地園 こうちえん 面 堆積物 及び 美蔓 びまん 面 堆積物(KoP)

命名 : 小坂ほか(1979)の光地園面堆積物, 松澤ほか(1978b)の美蔓礫層の上位の「白粘土」。

模式地 : 光地園礫層 及び 美蔓礫層の模式地に同じ。

分布 : 光地園面 及び 美蔓面に分布するが, 今のところ 分布の詳細は不明である。 本地域の光地園面では 模式地に見られるような厚い「白粘土」層は認められない。 美蔓面では 第 17 図の 地点 62 と 63 [ = 地質図の北西部の平和の北方の「丸囲みの 62」と, 中央やや北東部の国見山の南西方の「丸囲みの 63」の地点 ? ] で認められる。

層相 : 「白粘土」層は 色調が淡黄灰白色(10YR 7/2~7/4 [ 以下の [注] 参照 ] )で, かなり粘性に富む粘土層である。 光地園台地の模式地付近での「白粘土」層は, 灰白色の火山灰(層厚 3~5 cm)を数層挟むところもある。 粘土鉱物は アロフェン様粘土・ハロイサイトが主成分であり, 火山灰起源を思わせる粘土層である(秋葉ほか, 1975・1978)。 美蔓台地の「白粘土」層の粘士鉱物は, バーミキュライトと 7 Å カオリン鉱物が主成分である(近堂ほか, 1978)。

[注]
[ ここで示した色調の記号は ] マンセル システムの土色帳による。 以後の [ 色調の ] 記載もこれによる。

「白粘土」層の粘土鉱物組成は 北部と南部で明らかな違いがみられる。 この相違は 火山灰の性質の違いか, 風化過程の違いによるのか 明らかでない。

層厚 : 一様の厚さを示さず 数 cm から 1 m 前後の層厚の変化を示し, 現在の地形面の凹地では 比較的厚い傾向が認められる。 これ [ = 地形面の凹地 ] は 光地園礫層 及び 美蔓礫層の削剥面上の滞水地域で, より粘土化が進んだものと考えられる。

層位関係 : 光地園礫層 及び 美蔓礫層 [ Ko ] の削剥面上にのせる。 南部では 「白粘土」層の上位には 褐鉄鉱の薄層を挟んで 赤色土・Op-2, Op-1 及び Spfa 1 がのっている。 北部では 赤色土・Ssfa 及び Spfa1 がのっている(第 17 図)。

IV.1.3 北居辺 きたおりべ 礫層(Kb)

命名 : 右谷ほか(1973)の北居辺 Ⅰ 礫層, 松澤ほか(1978c)の北居辺礫層。

模式地 : [ 本図幅の北北東隣の上士幌図幅地域内の ] 居辺台地の北部の上士幌町 東居辺の東 14 線 39 号の道路の片くずし。

分布 : 居辺台地の北部の石狩山地の南麓から 居辺川と音更川に挟まれた士幌台地に分布する。 しかし, 士幌台地の南部では 音更川と [ 居辺川の西で 音更川の東に位置する ] 士幌川 に削剥されて, 士幌川流域と音更川流域にとり残された分布を示す。 本地域での分布は 音更川流域の南への延長部にあたる。

層相 : 模式地での礫種構成は 石狩山地から供給されたと考えられる 溶結凝灰岩類と安山岩類が圧倒的多数(個数で 83 %)を占め, 粘板岩・硬質砂岩 及び 花崗岩の礫を数 % ずつ含むほか 黒曜石の礫がみられる。 大多数は 礫径 6 cm 以下の礫からなり, 基質を砂がうめる軟弱な砂礫層である。 この礫層にもクサレ礫が混在する。 本地域では 模式地と比べて 礫径が幾分小さくなるほかは 岩相にほとんどかわりがない。

層厚 : 地表で認められる北居辺礫層の層厚は 模式地の周辺で 20 m 前後を示すが, 本地域の音更川の左岸 [ = 東岸 ] では 上部が削剥され 5 m 前後を示すにすぎない。 試錐の資料(小原ほか, 1971)によると, 模式地の西方で 30 m に達する。

層位関係 : 模式地 及び その周辺では 渋山層の主部 [ Sb ] を削剥して 芽登凝灰岩層 [ Me ] に累重し, 本地域を含む士幌台地の南部では 渋山層の主部に累重する(第 18 図 [ の地点 12 の地質柱状図 ] 参照)。

第 18 図 芽室面・北居辺 Ⅱ 面にのる堆積物の地質柱状図 (凡例は第 17 図参照)

[ 第 18 図に関する注意書き ]
この図には以下の4地点の地質柱状図が示されている。
芽室面(3地点)
9 [ ← 地質図の西端の渋山川の南岸の地点 ⑨ ? ] ,
10 [ ← 地質図の西端から東方 2 km の芽室川の西岸の地点 ⑩ ? ] ,
11 [ ← 地質図の西端から東方 2.5 km の芽室川の西岸の地点 ⑪ ? ]
北居辺 Ⅱ 面
12 [ ← 地質図の北東隅から南南西方 10.5 km の地点 ⑫ ? ]

IV.1.4 共栄 きょうえい 面 堆積物 及び 下佐幌 しもさほろ 面 堆積物(Ke)

命名 : 小坂ほか(1979)の共栄面堆積物, 橋本誠二(1954)の芽室層, 国府谷ほか(1969)の下佐幌面堆積物, 松澤ほか(1978b)の下佐幌面堆積物。

模式地 : 共栄面堆積物 は 共栄面の模式地である [ 本図幅の東隣の ] 十勝池田図幅地域の幕別町 市街地 後背地, 下佐幌面堆積物 [ 下佐幌面の模式地である 本図幅の北西隣の新得図幅地域の ] 佐幌台地の南西部端。

分布 : この堆積物は 共栄面・芽室面 及び 北居辺 Ⅱ 面に分布するほか, より高位の面堆積物をおおっている。 共栄面堆積物は共栄面を, 下佐幌面堆積物は芽室面 及び 北居辺 Ⅱ 面をそれぞれ形成する。

層相 : 共栄面堆積物 は 模式地 及び その周辺においては 砂質の赤褐色ロームである。 この赤褐色ロームは, 本地域を含む幕別台地においては チョコレート色を帯びた粘土に変っている。

下佐幌面堆積物 は 河岸段丘堆積物である砂礫層と その上位をおおう赤褐色ローム層からなるが, 北居辺 Ⅱ 面では 河岸段丘礫層を欠いている。 模式地における砂礫層の礫種は 安山岩類・溶結凝灰岩類が多く, 粘板岩・輝緑岩が続き, 花崗岩・ホルンフェルスを若干含む構成を示す(松澤ほか, 1978b)。 礫径は 10 cm 前後のものを主とするが, 安山岩類では 15 cm 前後を示すものが多い。 基質は 粗粒砂からなる。 本地域の芽室橋付近では 安山岩類・ 溶結凝灰岩類・ 輝緑岩・ 花崗岩の比較的円磨度のよい中礫が主体を占める砂礫層がみられる(第 18 図 [ の地点 10 と 11 の地質柱状図参照 ] )。

橋本誠二(1954)は 芽室面を形成する この礫層 [ = 下佐幌面堆積物の河岸段丘堆積物である砂礫層 ] を芽室層と呼び, 国府谷ほか(1969)は, 佐幌台地の南部の この礫層と 上位のローム質火山灰を一括して下佐幌面堆積物と呼んだ。 松澤ほか(1978 b)は, 芽室層も下佐幌面堆積物も河岸段丘堆積物であり, 段丘礫層は石狩山地から由来した礫が主体を占め, しかも 一連の堆積物であることから, 芽室層と下佐幌面堆積物を一括して 下佐幌面堆積物と再定義した。

層厚 : 共栄面堆積物 は 模式地周辺での赤褐色ロームは 厚さ 30 cm 前後を示す。 しかし, この層厚は普遍的なものではなく, 消滅したり, 前述のようにチョコレート色を帯びた粘土に変っていたりする。 一方, 下佐幌面堆積物 の河岸段丘礫層は 厚さ 2~3 m 前後を示し, その上の赤褐色ローム層は 厚さ 10~30 cm 前後を示す。

層位関係 : 共栄面では 光地園礫層 [ Ko ] の削剥面をおおって共栄面堆積物がのる。 御影台地の東縁と美蔓台地の西縁では 光地園礫層の削剥面, あるいは, よりが削剥進んで 渋山層の主部 [ Sb ] に下佐幌面堆積物がのる。 北居辺 Ⅱ 面では 北居辺礫層 [ Kb ] の削剥面に赤褐色ロームがのる。

VI.1.5 上更別 かみさらべつ 面 Ⅱ 堆積物(Kf)

命名 : 小坂ほか(1978)の上更別面 Ⅱ 堆積物, 小坂ほか(1979)の 上伏古 かみふしこ 面 堆積物 及び 上更別面 Ⅱ 堆積物。

[注]
上伏古面堆積物は 本図幅地域内に分布していない。

模式地 : 上更別面 Ⅱ 堆積物 は 幕別台地の南部の [ 本図幅の南東隣の ] 糖内 ぬかない [ ← 糠内 ぬかない ] 図幅地域の栄橋の付近の東の猿別川の右岸 [ = 東岸 ] 上伏古面堆積物 は 上帯広台地の南部の [ 本図幅の南隣の ] 大正図幅地域の上伏古の南の帯広川の左岸 [ = 西岸 ]

分布 : 上更別面 Ⅱ 堆積物は 上更別面 Ⅱ 及び [ 本図幅の南隣の ] 大正図幅地域の上伏古面に分布する。 赤褐色ロームは より古い地形面にも分布する。

[注]
地質図をざっと見た限り, 図幅地域の南東隅から北方 5 km 前後の位置以外に 上更別面 Ⅱ 堆積物(Kf)の領域はない。

層相 : 猿別川の右岸の模式地では 淘汰不良の礫径 3~6 cm の日高累層群に由来する砂岩, ついでホルンフェルス・粘板岩が多数を占め, ミグマタイト, 片麻岩 及び 第三紀シルト岩を少数含む礫種構成を示し, 基質は 粗粒砂ないし粘板岩の細礫が埋める 河岸段丘堆積物の岩相を示す礫層が認められる。 ここでは 赤褐色ロームを欠き, 新期のボール状ローム [ 以下の [注] 参照 ] とソフトロームをのせているにすぎない。 一方, 上伏古付近においては 固く粘性の強い, 上下方向にクラックの発達が顕著な赤褐色ロームが認められ, その上位には Op-3 や Ssfa を挟む褐色ロームが発達している。 このように 堆積環境によって堆積物に相違がみられるが, 上更別面 Ⅱ 堆積物は 河岸段丘礫層と これをおおう 固く粘性の強い赤褐色ローム層である。

[注]
ボール状ロームの性状については 後述する「VII.3.1 粘土鉱物」の項を参照。

本地域では 礫層は認められず, 下部にクサレ礫の細礫を含む赤褐色ロームが認められる。

層厚 : 猿別川の右岸では 礫層は 厚さ 3 m 前後を示す。 上伏古の赤褐色ロームは 厚さ 1.2 m 前後を示す。 本地域では 厚さ数 m 前後を示すにすぎない。

層位関係 : 猿別川の右岸では 厚さ 7 m + の光地園礫層 [ Ko ] の削剥面に 本面堆積物である礫層がのる。 上伏古付近 及び 本地域では 厚さ 3 m + の光地園礫層を赤褐色ロームがおおっている。

IV.1.6 基松 もといまつ 面 堆積物(Mo)

命名 : 小坂ほか(1979)の基松面堆積物。

模式地 : [ 本図幅の南隣の ] 大正図幅地城の [ 西部の ] 帯広川の右岸 [ = 東岸 ] 北広野 [ ← 現在は 帯広市 上帯広町 西四線 ? ] 付近。

分布 : 基松面堆積物は 基松面に分布するほか, より古い地形面の面堆積物をおおって分布する。 基松面の北縁と東縁では削剥が進んでいる。

層相 : 模式地における基松面堆積物は Op-3 から Op-1 までの降下火砕堆積物を挟む, 粘性に乏しい軽石質の褐色ローム層である。

本地域においては 下部が粘土化するとともに, Op-3 から Op-1 までの降下火砕堆積物は 褐色ローム層中に散点するにすぎなく, 識別が困難である。 Ssfa の層準付近にチョコレート色の埋没土壌が認められる(第 19 図)。

第 19 図 基松面にのる堆積物の地質柱状図 (凡例は第 17 図参照)

[ 第 19 図に関する注意書き ]
この図には以下の基松面上の8地点の地質柱状図が示されている。
1 [ ← 地質図の南西隅から北東方 4 km の地点 ① ? ] ,
2 と 3 [ ← 地質図の東西中央付近・南端から北方 1.5 km 強の地点 ② と ③ ? ] ,
4 [ ← 地質図の東西中央付近・南端から北方 5 km の地点 ④ ? ] ,
5 [ ← 地質図の東西中央付近・南端から北方 7 km 強の地点 ⑤ ? ] ,
6 [ ← 地質図の南東隅から北西方 8 km の地点 ⑥ ? ] ,
7 と 8 [ ← 地質図の南東隅から北西方 9 km の地点 ⑦ と ⑧ ? ]

層厚 : 模式地では厚さ 2 m を示すが, 本地域の厚いところは 3 m 前後を示し, 削剥の進んでいる基松面の北縁付近では数 cm に薄化する。

層位関係 : 光地礫層 [ Ko ] の削剥面の上に累重する。 上位は Spfa 1・2 におおわれる。

[ 本図幅の南南東隣の ] 忠類図幅地域のホロカヤントウ沼付近の露頭で, Op-3 と Ssfa の間の層準から得られた木片の 14C 年代は 43,200 ± 4,300 2,700 年 B.P.(Gak-4110 ; 十勝団研(1973a))であり, Op-1 の直下より得られた炭化木片の 14C 年代は 35,750 ± 1,350 年 B.P.(Gak-3669 ; 十勝団研(1972b))を示す。 これらの 14C 年代から 基松面堆積物 [ Mo ] は 更新世の中期から後期にわたるもの と推定される。

IV.2 新期扇状地・段丘面堆積物

IV.2.1 上札内 かみさつない Ⅰ 礫層 及び 上士幌 かみしほろ 礫層( K1 [ ← Ka ]

命名 : 十勝団研(1965)の上札内 Ⅰ 礫層, 十勝団研(1972a)の上札内 Ⅰ 礫層, 松澤ほか(1978b)の上士幌礫層。

模式地 : 上札内 Ⅰ 礫層 は 札内川の下流の右岸 [ = 東岸 ] の広尾線 依田駅 [ ← 本図幅地域の南東隅から北北西方 6.5 km ] 付近, 上士幌礫層 は音更町 木野市街の西の鈴蘭公園 [ ← 本図幅地域の北東隅から南西方 7.5 km ] の南側の露頭。

分布 : 上札内 Ⅰ 礫層 は 本地域の南部に, 上士幌礫層 は 本地域の北部に分布する。

上札内 Ⅰ 礫層 は 模式地から南へ札内川の右岸沿いに上札内 Ⅰ 面を構成して分布するほか, [ 図幅地域の南西部の ] 帯広川と美生川に挟まれた地域では 上帯広台地の北西部に分布する。 また, [ 本図幅地域の南東隅から北西方 6 km の ] 稲田町付近では上札内 Ⅱa 面堆積物 [ K2a ] におおわれて分布する。

上士幌礫層 は 模式地から北へ 主に 士幌台地の西側 [ = 音更川や然別川に沿った地域 ] に分布し, 鈴蘭面を構成するほか, 駒場面堆積物 [ K2a ] 及び 大和面堆積物 [ K2b ] におおわれて分布する。

これらの分布が示すように, 上札内 Ⅰ 礫層と上士幌礫層の分布の主軸は 後述する音更川と札内川を結んで, 南北にのびる構造谷に沿っている。 したがって, 本礫層は この構造谷を 南方の日高山脈と北方の石狩山地とから供給された礫が埋めて形成されたものと考えられる。

層相 : 模式地での 上札内 Ⅰ 礫層 は 比較的粒径のそろった 握り拳大の亜円礫で構成され, 礫の表面は酸化鉄で汚染されているものが多く, 基質は粗粒砂ないし中粒砂である。 礫種は 硬質砂岩が過半数を占め, ホルンフェルス・花崗岩・閃緑岩 及び 粘板岩などで構成される。 本地域に分布する上札内 Ⅰ 礫層は 模式地と同様の岩相を示し, 安山岩などの火山岩礫を含まず, 日高山脈から供給された礫であることを示す(第 20 図)。

第 20 図 上札内 Ⅰ 礫層と上士幌礫層の礫種の構成

[ 第 20 図に関する注意書き ]
この図には以下の4地点で採取した試料中の礫種の出現頻度分布が示されている。
上札内 Ⅰ 礫層(2地点)
川西 [ ← 本図幅地域の南東隅から西北西方 6 km 弱 ]
依田 [ ← 本図幅地域の南東隅から北方 7 km ]
上士幌礫層(2地点)
鈴蘭 上と鈴蘭 下 [ ← 本図幅地域の北東隅から南西方 7.5 km の鈴蘭公園付近 ? ]
以下の 13 種類の礫種を区別した。
1 : ホルンファルス, 2 : 硬質砂岩, 3 : 粘板岩, 4 : チャート, 5 : 花崗岩,
6 : 片麻岩, 7 : ミグマタイト, 8 : 閃緑岩, 9 : 斑れい岩, 10 : シルト岩,
11 : 安山岩類, 12 : デイサイト, 13 : 溶結凝灰岩

模式地での 上士幌礫層 は 砂層を挟んで上下2層の礫層が識別される。 上下2層とも表面が酸化鉄で汚染された 握り拳大の亜円礫からなり, 基質は粗粒砂である。 礫種構成は, 下部は 安山岩類が圧倒的に多く, 粘板岩・ホルンフェルスについで 花崗岩をわずか混える。 上部は 安山岩類が減少し, 逆に 粘板岩・ホルンフェルスなどが増加する傾向を示す。 本層は 模式地から音更川右岸を上流に向って, 火山岩類の礫が増加するとともに礫径も大きくなり, 上下の区別も不明瞭になる。 この礫種が示すように, 上士幌礫層は 北方の石狩山地から供給された礫層であると考えられる(第 20・22 図参照)。

層厚 : 上札内 Ⅰ 礫層 は 模式地の依田周辺で最も厚く 11 m を示す。 模式地から札内川の右岸 [ = 東岸 ] 沿いの露頭では 上流 [ = 南方 ] に向って次第に薄化する。 帯広川の左岸の上札内 Ⅰ 礫層分布地域では 厚さ 4.5 m 以下にすぎない。 札内川流域を除いて, 上札内 Ⅰ 礫層の厚さは 数 m が普遍的である。

上士幌礫層 は 本地域で最も厚く, 模式地では厚さ 14 m + を示し 下限は認められない。 この礫層を削剥して形成された大和面などの本層の分布地域では 厚さは数 m である。

層位関係 : [ 上札内 Ⅰ 礫層 の ] 模式地の露頭(地点 30 [ ← 地質図の依田駅の北西方 500 m の地点 ㉚ ] )では 基底に渋山層の主部 [ Sb ] の褐色ないし淡青灰色のシルト層, その上位に厚さ 1 m の光地園礫層 [ Ko ] , この光地園礫層の削剥面に上札内 Ⅰ 礫層が累重する。 この層位関係は 上札内 Ⅰ 礫層の分布地域の一般的傾向であるが, 帯広川と美生川の間の上帯広台地北部では 光地園礫層を欠き, 直接 渋山層の主部に不整合に累重する。 上札内 Ⅰ 礫層の上位には Spfa 2 や Spfa 1 を挟むシルト質ロームないし褐色ロームがおおっている。

一方, 上士幌礫層 の模式地の露頭(地点 35 [ ← 地質図の鈴蘭公園の地点 ㉟ ] )では 上士幌礫層の下限は確められないが, 模式地から西の十勝川の左岸 [ = 北東岸 ] の露頭では 基底に渋山層の主部 [ Sb ] の淡青灰色ないし淡褐色の凝灰質シルト・砂の互層, その上位に 厚さ数 m の北居辺礫層 [ Kb ] , これに不整合に上士幌礫層が累重するのが観察される。 駒場面と大和面の分布地域の北部では 渋山層主部に直接 上士幌礫層が累重する。 上士幌礫層の上位には 粘土質褐色ローム・Spfa 1・En-a を挟む褐色ロームがのっている。

上札内 Ⅰ 礫層と上士幌礫層は 礫種構成に違いがみられるものの, 前述した層厚 及び 層位関係などが示すように 札内川と音更川に沿う地域に厚く堆積し, その時期は Op-1 の降下後, Spfa 2 と Spfa 1 の降下以前の比較的短期間に限られている。 したがって, これらの礫層は, 長流枝内丘陵・幕別台地の西縁と 音更川と札内川を結ぶ狭長な構造的凹地(十勝団研, 1978)を 十勝平野の北と南から急激に埋積した礫層である。

第 21 図 上札内 Ⅰ 礫層 及び 上札内 Ⅰ 面にのる堆積物の地質柱状図 (凡例は第 17 図参照)

[ 第 21 図に関する注意書き ]
この図には上札内 Ⅰ 面上の以下の 17 地点の地質柱状図が示されている。
14~19 [ ← 地質図の美生川と帯広川の間の地域の6地点 ⑭~⑲ ? ]
20~24 [ ← 地質図の売買川付近から札内川までの地域の5地点 ⑳~㉔ ? ]
25~30 [ ← 地質図の札内川と途別川の間の地域の6地点 ㉕~㉚ ? ]

第 22 図 上士幌礫層 及び 鈴蘭面にのる堆積物の地質柱状図 (凡例は第 17 図参照)

[ 第 22 図に関する注意書き ]
この図には鈴蘭面上の以下の 7 地点の地質柱状図が示されている。
31 [ ← 地質図の西部の十勝川の北岸の北芽室の北方 500 m の地点 ㉛ ]
32~36 [ ← 地質図の然別川と音更川の間の地域の5地点 ㉜~㊱ ]
37 [ ← 地質図の東端から西方 1 km 弱の十勝川の北方 500 m の地点 ㊲ ]

IV.2.2 上札内 かみさつない Ⅰ 面 堆積物(K1P)

命名 : 小坂ほか(1979)の上札内 Ⅰ 面堆積物。

模式地 : [ 本図幅の南隣の ] 大正図幅地域の 幕別町 上途別 [ ← 現在の帯広市 桜木町 ? ] の途別川の右岸 [ = 東岸 ]

分布 : 上札内 Ⅰ 面堆積物は 上札内 Ⅰ 面と鈴蘭面に分布するが, 鈴蘭面には 古砂丘堆積物 [ Sd ] は分布しない。

層相 : 上札内 Ⅰ 面堆積物は Spfa 2・Spfa1 を挟む褐色ローム 及び Spfa 1 の二次堆積からなる古砂丘堆積物で構成される。

本地域の南部の上札内 Ⅰ 面堆積物は Spfa 1 の二次堆積からなる古砂丘堆積物を欠いている [ ← 恵庭砂丘堆積物(Sd)は En-a の2次堆積物 ] 。 北部の鈴蘭面 及び その相当面では 褐色ロームの中に Spfa 1 を挟むが, Spfa 2 と Spfa 1 の二次堆積からなる古砂丘堆積物を欠いている。 なお, 褐色ロームの下部は 淡褐色を呈し, 粘土化の進んでいるところも見られる(第 21・22 図)。

層厚 : Spfa 2・Spfa 1 を挟む褐色ロームは 厚さ 1~2 m を示すものが多い。 しかし, 上札内 Ⅰ 面 及び 鈴蘭面の西部から東部へ厚さを増す傾向が見られ, 上帯広台地の北端(地点 17 [ ← 地質図中央付近の西帯広の南方 2 km 弱の地点 ⑰ ] )では 2.45 m に達する。

層位関係 : 上札内 Ⅰ 面堆積物は 上札内 Ⅰ 礫層 及び 上士幌礫層 [ Ka ] に累重する。 [ 本図幅の南隣の ] 大正図幅地域の上帯広台地に発達する上札内 Ⅰ 面には 上札内 Ⅰ 礫層が欠けて, 光地園礫層 [ Ko ] に不整合に上札内 Ⅰ 面堆積物が累重する。

IV.2.3 上札内 かみさつない Ⅱa 面 堆積物 [ 及び 駒場 こまば 面 堆積物 ] (K2a)

命名 : 野川ほか(1972)の上札内 Ⅱa 礫層, 小坂ほか(1978・1979)の上札内 Ⅱa 面堆積物。

模式地 : 上札内台地の南部, [ 本図幅の南隣の ] 大正図幅地域の [ 中央付近の ] 東清川付近の [ 国営かんがい排水施設である清川の ? ] 側溝。

分布 : 上札内 Ⅱa 面堆積物は 上札内 Ⅱa 面 及び 駒場面に分布する。 En-a を挟む褐色ロームとボール状ロームは より古い地形面の面堆積物をおおっている。 En-a 古砂丘 [ Sd ] は 上札内 Ⅰ 面 [ K1P ? ] に限って分布する。

層相 : 本地域の南部に発達する上札内 Ⅱa 面堆積物は 下位から, 基質が粗粒砂からなる比較的円磨度の良い 握り拳大の礫からなる新鮮な礫層, En-a を挟む褐色ロームとボール状ロームである(第 23 図)。 En-a の二次堆積物 [ Sd ] は古砂丘を形成する。

第 23 図 駒場面にのる堆積物の地質柱状図 (凡例は第 17 図参照)

[ 第 23 図に関する注意書き ]
この図には駒場面上の以下の 3 地点の地質柱状図が示されている。
38・39・40 [ ← 地質図の鈴蘭公園の北方 3・4・10.5 km の地点 ㊳・㊴・㊵ ]

本地域の上札内 Ⅱa 面では 本面 [ = 上札内 Ⅱa 面 ] の礫層を欠いている。 駒場面でも 本面 [ = 駒場面 ] の礫層を欠き, 下部が粘土質の En-a を挟む褐色ロームとボール状ロームとからなる。 また, En-a は 水磨され 再堆積しているところ( [ 第 23 図の ] 地点 38)もみられるほか, 流水の影響の著しかったと考えられるところ( [ 第 23 図の ] 地点 39)では,En-a は流失し, 細粒砂が堆積している。

En-a 古砂丘堆積物 [ Sd ] は En-a の砂丘砂の間に 厚さ 20 cm 内外の粘土化しているところもみられる褐色ロームを挟み, 上下に2分される。 En-a 砂丘砂の上位には 一般にボール状ロームが発達する。

層厚 : 模式地では 下限は認められないが, 基底の礫層は厚さ 30 cm +, その上位の褐色ロームとボール状ロームを合わせて 厚さ 80 cm 前後を示す。

本地域の上札内 Ⅱa 面では 本面の礫層を欠き, 厚さ 50 cm 以下である。 駒場面では 褐色ロームとボール状ロームを合わせて 厚さ 50~120 cm を示す。 En-a 古砂丘は 最大のもので 比高 5 m を示す。

層位関係 : 上札内 Ⅱa 面堆積物は 模式地 及び その周辺地域では 光地園礫層 [ Ko ] の削剥面にのるが, 本地域では 上札内 Ⅰ 礫層 あるいは 上士幌礫層 [ Ka ] の削剥面にのる。

En-a 古砂丘に挟まる粘土質ロームの 14C 年代は [ 図幅地域の南東隅から北西方 7 km 強の ] 帯広畜産大学の南の古砂丘(U-S 01 [ 位置不明 ] )で 13,100 ± 1,200 年 B.P.(GaK-3261)の値を示す(藤山・田沼, 1972)。 ボール状ロームから得られた炭化木片の 14C 年代は, 11,940 ± 240 年 B.P.(GaK-5152)の値が得られている(近堂・近藤, 1975)。

IV.2.4 上札内 かみさつない Ⅱb 面 堆積物 及び 大和 だいわ 面 堆積物(K2b)

命名 : 十勝団研(1968)の上札内 Ⅱb 層, 小坂ほか(1978。1979)の上札内 Ⅱb 面堆積物, 松澤ほか(1978)の大和面堆積物。

模式地 : 上札内 Ⅱb 面堆積物 [ 本図幅の南隣の ] 大正図幅地域の [ 南西部の ] 戸蔦別 とつたべつ 川の左岸 [ = 西岸 ] 上八千代 かみやちよ [ ← 現在の帯広市 八千代町 ? ] 付近, 大和面堆積物 は 音更町 大和 [ ← 本図幅地域の北東隅から西南西方 7.5 km ]

分布 : 上札内 Ⅱb 面 及び 大和面に分布する。

層相 : 上八千代の模式地では [ 上札内 Ⅱb 面堆積物 は ] 光地園礫層 [ Ko ] の上位に 人頭大から握り拳大の 現河床礫とほとんど同じ礫層種を示し, 基質が粗粒砂からなる 分級度の悪い亜円礫層がみられる。 この礫層は 上札内 Ⅱb 面の礫層である。 ここでは, 礫層の上位に 樽前 d 降下軽石堆積物(Ta-d)を挟む腐植層がのっているにすぎない。

本地域の上札内 Ⅱb 面では 礫径が握り拳大以下で, 基質が粗粒砂からなる礫層の上位に, 暗褐色砂質のローム層(いわゆるソフトローム)を挟んで, Ta-d を挟む腐植層がのっている。 したがって, 上札内 Ⅱb 面堆積物は 上記の新鮮な礫層と ソフトローム層で構成される(第 24 図)。

第 24 図 上札内 Ⅱb 面・大和面にのる堆積物の地質柱状図 (凡例は第 17 図参照)

[ 第 24 図に関する注意書き ]
この図には以下の 10 地点の地質柱状図が示されている。
上札内 Ⅱb 面(5地点)
41 [ ← 地質図の南西隅から北北東方 3.5 km の地点 ㊶ ]
42 [ ← 地質図の南西隅から北東方 7 km の地点 ㊷ ]
43 [ ← 地質図の西部の芽室橋の東方 3.5 km の地点 ㊸ ]
44 と 45 [ ← 地質図の東部の鈴蘭公園の南方 3 or 4 km の地点 ㊹ と ㊺ ]
大和面(5地点)
46 と 47 [ ← 地質図の西部の芽室橋の北方 3 km or 北北東方 3 km の地点 ㊻ と ㊼ ]
48 [ ← 地質図の東部の鈴蘭公園の西北西方 3 km の地点 ㊽ ]
49 [ ← 地質図の北東隅から西方 7.5 km の地点 ㊾ ]
50 [ ← 地質図の北東隅から南方 5 km 弱の地点 ㊿ ]

一方, 大和面堆積物 は 砂礫層, 細粒砂層とソフトローム層で構成される。 砂礫層の段丘礫層の形態を示す。

層厚 : 上札内 Ⅱb 面堆積物 及び 大和面堆積物は 基底の礫層が欠ける場合が多いが, 厚さは最大 5 m に達する。 ソフトローム層は 一般に厚さ 50~80 cm を示すが, 厚さ数 cm にとどまるところもある。

層位関係 : 上八千代の模式地の露頭では 長流枝内層 [ Os ] の上位に 厚さ18 m の光地園礫層 [ Ko ] が発達し, この光地園礫層を不整合におおって 上札内 Ⅱb 面堆積物 の礫層が累重する。 本地域の帯広市 稲田町 [ ← 本図幅地域の南東隅から北西方 6 km ] 周辺では 本面の礫層を欠いて, 上札内 Ⅰ 礫層 [ Ka ] を直接 ソフトローム層がおおう( [ 第 24 図の ] 地点 44 と 45)。 大和面 でも 上士幌礫層 [ Ka ] を直接 ソフトローム層がおおっているとこがある( [ 第 24 図の ] 地点 48 と 49)。 帯広市 市内 及び その周辺の基盤調査によると, 古期・新期の礫層を欠いて, 本層が渋山層の主部 [ Sb ] を不整合におおっている。

Ta-d の 14C 年代は 8,940 ± 160 年 B.P.(GaK-2208)と報告されている(佐藤, 1971)。 したがって, 上札内 Ⅱb 面堆積物 及び 大和面堆積物は 更新世末期の堆積物である。

V. 完新世堆積物

本地域の完新世堆積物は 中札内面 及び 音更面を構成する中札内面堆積物と, 沖積面を形成する氾濫原堆積物である。

V.1 中札内 なかさつない 面 堆積物 [ 及び 音更 おとふけ 面 堆積物 ] (Ns)

命名 : 小坂ほか(1978・1979)の中札内面堆積物, 松澤ほか(1978b)の後大和面堆積物を改称する。

模式地 : [ 本図幅の南隣の ] 大正図幅地域の戸蔦別橋 [ 位置不明 ; 大正図幅地域の南西部にある 岩内川の合流点から西方 1 km の位置で 戸蔦別川 とったべつがわ に架かっている 戸蔦橋 とったばし か ? ][ 戸蔦別川 ] の左岸 [ = 北岸 ? ] の段丘崖。

分布 : 中札内面と音更面に分布する。

層相 : 模式地の中札内面堆積物は 人頭大から握り拳大の新鮮な礫層で, 基質は粗粒砂ないし中粒砂からなる。 本地域の中札内堆積物は 粗粒砂が主体を占めるところもある。 本層の礫種構成は, 南部のピウカ川・美生川・札内川流域では 日高山系に由来し, 北部の音更川・然別川流域では 石狩山地に由来する火山岩類が多く, 十勝川流域では 南部と北部の礫が混在する(第 25 図)。

第 25 図 中札内面・音更面にのる堆積物の地質柱状図 (凡例は第 17 図参照)

[ 第 25 図に関する注意書き ]
この図には以下の 11 地点の地質柱状図が示されている。
中札内面(6地点)
51 [ ← 地質図の芽室橋から南東方 1 km の「丸囲みの 51」の地点 ] ,
52 [ ← 地質図の芽室橋から東北東方 4 km の「丸囲みの 52」の地点 ] ,
53 [ ← 地質図の鈴蘭公園から西南西方 3 km 弱の「丸囲みの 53」の地点 ] ,
54 [ ← 地質図の鈴蘭公園から南西方 3.5 km の「丸囲みの 54」の地点 ] ,
55 [ ← 地質図の鈴蘭公園から南南西方 2.5 km 弱の「丸囲みの 55」の地点 ] ,
56 [ ← 地質図の鈴蘭公園から南方 2.5 km 弱の「丸囲みの 56」の地点 ]
音更面(5地点)
57 [ ← 地質図の芽室橋から北東方 3 km の「丸囲みの 57」の地点 ] ,
58 [ ← 地質図の鈴蘭公園から北西方 4.5 km の「丸囲みの 58」の地点 ] ,
59 [ ← 地質図の鈴蘭公園から西北西方 3 km の「丸囲みの 59」の地点 ] ,
60 [ ← 地質図の鈴蘭公園から北方 5 km の「丸囲みの 60」の地点 ] ,
61 [ ← 地質図の鈴蘭公園から北東方 500 m の「丸囲みの 61」の地点 ]

層位関係 : 模式地では 光地園礫層 [ Ko ] を欠いて, 長流枝内層 [ Os ] に不整合に累重する。

本地域では 亜炭を挟む青灰色粘土層からなる渋山層の主部 [ Sb ] に累重する。 帯広市街の一部( [ 第 25 図の ] 地点 55)では 上札内 Ⅱb 面堆積物 [ K2b ] の削剥面にのっているところも見られるが, 大部分の地域では 中~後期更新世の堆積物を欠き, 渋山層を不整合におおっている。

本堆積物の上位には Ta-d を欠き, Ta-b を挟む腐植層をのせている。 帯広川の下流の石岸 [ = 東岸 ] では 泥炭が発達している。 Ta-d をのせないことから, 本堆積物は完新世の堆積物である。

V.2 氾濫原堆積物(a)

十勝川 及び その支流の諸河川の流域には 現河川によって運搬された砂礫層が発達している。 礫種は, 南から十勝川に合流する諸河川では 日高累層群と花崗岩・斑れい岩の礫が主体を占め, 北から十勝川に合流する諸河川では 安山岩類・溶結凝灰岩類の礫が多い。 十勝川流域では 南と北の両方から供給された礫が混在する。 礫径は 南から十勝川に合流した諸河川の方が大きく, 最大径 50 cm 前後を示すものもみられる。 これらの砂礫層の厚さは 直接 確められないが, 試錐の資料(小原ほか, 1972)及び 基盤調査などから推定すると 十勝川・札内川流域で厚く, 最大 20 m 前後を示す。 なお, 美蔓台地を流下するシプサラビバウシ川などの流域では, 氾濫原堆積物は小規模に分布するにすぎない。

VI. 降下火砕堆積物

本地域を含む十勝平野には, 中期更新世から完新世の多様な降下火砕堆積物が広く分布している。 これらの降下火砕堆積物は, 地層の対比や地形面の区分に示準層として早くから注目されてきた(橋本誠二(1954); 貝塚(1955・1956); 勝井(1959); 小野・平川(1974))。 また, 地表近くにみられる完新世の火山灰・軽石層は, 火山性土壌の母材としての観点から 長年にわたり調査研究がすすめられている (山田(1968); 菊地(1970); 北海道火山灰命名委員会(1972); COMMITE ON NOMENCLATURE of the PYROCLASTIC DEPOSIT in HOKKAIDO(1974))。 十勝団研は 石狩低地帯の西側の支笏火山・恵庭火山・樽前火山などと, 十勝岳・然別火山群起源の降下火砕堆積物についての長年にわたる調査研究によって, その分布や噴出源, さらに地形面 及び 段丘・扇状地堆積物との層序関係を明らかにしている (十勝団研(1968・1972a); 春日井ほか(1968・1978); 第 26 図)。

第 26 図 降下火砕堆積物の総合模式柱状図 (春日井ほか(1978)に一部加筆)

[ 第 26 図に関する注意書き ]
この図には十勝川の南部(A)と北部(B)の総合模式柱状図が示されている。
これらの柱状図の脇には "En-a" などの降下火砕物の略号が記されている(ただし, "*" を付けた略号の降下火砕物は 本図幅地域には分布しない)。
さらに それらの脇には 14C 年代の値 もしくは, "*" を付けた 上士幌礫層(Ka)から得た黒曜石水和層年代の値 が記されている。
総合模式柱状図は以下の8種類の凡例 1~8 を使って描かれている。
1 : ボール状ローム, 2 : 輝石の多い軽石, 3 : 角閃石の多い軽石, 4 : スコリア,
5 : 火山灰, 6 : 赤褐色ローム(RBL), 7 : 古赤色土(RS), 8 : 白粘土(WHC)

本地域に発達する地形面 及び 段丘・扇状地堆積物は, 十勝川を境にして 南部と北部とでは その形成過程に違いがみられるが, 降下火砕堆積物の分布範囲内では これによって直接対比することが可能である。 本地域に分布する降下火砕堆積物は すでに [ ここまでに記載した ] 地形, 中~後期更新世堆積物 及び 完新世堆積物の項で層位関係を明らかにしてある。 地形面堆積物の示準層を上位から列記すると次のとおりである。

十勝平野での分布地域
恵庭 a 降下軽石堆積物(En-a) 中部
支笏降下軽石堆積物 1(Spfa 1) 全域
支笏降下軽石堆積物 2(Spfa 2) 南部
オレンジ降下軽石堆積物 1(Op-1) 中南部
支笏スコリア堆積物(Ssfa) 全域

これらの降下火砕堆積物 [ = ①~③ と 本図幅地域内に分布しない 然別 しかりべつ 降下軽石堆積物(Sipfa-1・2) ] の層厚分布と本地域との関係を第 27 図に示す。

第 27 図 降下火砕堆積物の分布図 (春日井ほか, 1978)。 図上の枠は帯広図幅地域

[ 第 27 図に関する注意書き ]
この図には 第 26 図に略号で示されている以下の降下軽石堆積物の層厚分布が示されている。
En-a, Spfa 1・2, Sipfa-1・2 [ = 本図幅の北方地域外に分布する 然別 しかりべつ 降下軽石堆積物 ]

十勝平野に分布する完新世の火山灰層については 1950 年以降に土壌研究者によって調査が進められ, 十勝火山を噴出源とする To-b 層(約 200 年前)と To-c1・c2 層(約 700~800 年前), 大雪火山 旭岳を噴出源とする As-a 層 及び 雌阿寒火山を噴出源とする Me-a1(約 190 年前)・ a2(約 200 年前)・ a3(約 700~800 年前)が識別・記載された(山田(1951・1958); 山田・近堂(1959); 山田ほか(1959))。 樽前火山起源の Ta-b 層・Ta-d 層の分布については, おもに北海道農業試験 及び 帯広畜産大学の土壌研究者によって調査がすすめられ, その分布範囲などは 北海道火山灰命名委員会(1972)の北海道火山灰分布図 及び COMMITIEE of the NOMENCLATURE of the PYROCLASTIC DEPOSIT in HOKKAIDO(1974)の "Distribution of the Late Quaternary Pyroclastic Deposit in Hokkaido,Japan" に まとめて示されている。

本地域に広く分布するのは 下位より, 地形面区分の示準層である Ta-d と To-c2・c1 及び Ta-b である。 以下では各降下火砕堆積物について 岩質を中心にその概要を述べる。 また, おもな降下火砕堆積物の特徴は第 7 表に示す。

第 7 表 主要な降下火砕堆積物の組成と特徴 (春日井ほか(1978)に一部加筆)

略称 備考
En-a 古砂丘の下部では 白色の砂状の層を形成する
Spfa 1 オガクズ状古砂丘を形成するが, 本図幅地域では古砂丘は発達しない
Spfa 2 斜長石・石英が多いゴマシオ状
Op-1 Op-3 よりやや細粒, Op の中で唯一の 今角閃石 [ 意味不明 ]
Ssfa 北部では 上半分と下半分の組成が異なる
[ 第 7 表に関する注意書き ]

VI.1 後期更新世の降下火砕堆積物

VI.1.1 支笏 しこつ 降下スコリア堆積物(Ssfa)

基松 もといまつ 面以上の高位面には 暗褐色~灰黄褐色の黒色火山砂(十勝団研, 1968)と呼ばれた細粒スコリア堆積物がみられる。 春日井ほか(1978)によって, この降下火砕堆積物は 支笏降下スコリア堆積物であることが明らかにされた。 Ssfa は 最大粒径 2 mm 以下の細粒である。 春日井ほか(1978)が模式地にしている御影図幅地域の清水町 中野では, 十勝平野で最も層厚が厚く 40 cmを示し, 上下2層が識別される。 ここでの鉱物組成は, 上半部は スコリア粒のほかに 不透明鉱物が多く, 例外なく 少量のかんらん石を伴う。 cPx / Px は 0.3~0.39 でほぼ一定である。 角閃石は少ない。 また, 1 % 以下の石英がみられる。 下半部は スコリア粒と不透明鉱物が少ない点以外は 上半部と著しい違いはみられない。

本地域では 芽室面の Ssfa の厚さ 18 cm 前後が最も発達の良い地域で, 他は 数 cm 以下の厚さを示すにすぎなく, 上下2層は識別されなく, 暗褐~褐色を呈する。 鉱物組成は 模式地と同様に不透明鉱物が多く, 少量のかんらん石と斜方輝石・単斜輝石を含む。 角閃石はみられない。

VI.1.2 オレンジ降下軽石堆積物 Ⅰ(Op-1)

オレンジ降下軽石堆積物 Ⅰ は, かつては オレンジ降下軽石堆積物(Op)と呼ばれたことがある(十勝団研, 1968)。 その後, 野外調査の進展に伴い この堆積物は3層に区分されることが明らかになって, 従来から Op と呼ばれていたものの大部分が最上位に位置することから, オレンジ降下軽石堆積物 Ⅰ(Op-1)と改称した(十勝団研, 1972a)。

本地域では 基松面の褐色ロームの中にわずかに混在して分布する(第 19 図の [ 地点 ] 4 [ の地質柱状図 ] )。 ここでは 黄褐色(10YR 5/8)を呈する。 鉱物組成は 斜方輝石と単斜輝石のほかに わずかに角閃石を含み, 不透明鉱物が多いのが特徴である。 非常にわずかであるが 石英を伴う。 軽石粒は 気泡の小さい 多孔質 ないし 中間型のガラスからなり, 塊状のものとせんい状のものとがある。

春日井ほか(1978)は Op-1 の層相と鉱物組成の多様性や, その上半部に角閃石が多いという傾向などを検討した結果, 佐藤(1969)が 10 の降下単位に区分した支笏降下軽石堆積物(Spfa)の Spfa 5, Spfa 4, Spfa 3 という一連の降下軽石堆積物の東縁が Op-1 であることを明らかにした。 なお, 大樹 たいき 相保島 あいぼしま [ 本図幅の南南南東隣の ] 大樹図幅地域)の Op-1 の直下から得られた炭化木片の 14C 年代は 35,750 ± 1,350 年 B.P.(GaK-3669)と報告されている(十勝団研, 1972b)。

VI.1.3 支笏 しこつ 降下軽石堆積物 2(Spfa 2)

南部 十勝平野には 日高降下軽石堆積物(Hpfa ; 春日井ほか(1978))の上位に褐色ローム層を挟んで, 明黄褐色(10YR 6/6~7/6)を呈する降下軽石堆積物がみられる。 勝井(1959)は 南部 石狩低地帯から南部 十勝平野に広く分布する この降下軽石堆積物を 支笏降下軽石堆積物 2(Spfa 2)と命名し, その分布を明らかにした。

本地域では 南部の上札内 Ⅰ 面 及び 基松面に分布し, Spfa 1 の直下に, また, 薄い腐植質ローム層 を挟んで, 厚いところで 15 cm, 一般には数 cm 以下の層厚を示す。

Spfa 2 の野外での特徴は 明黄褐色の 丸みを帯びた 最大粒径 2 mm 以下の軽石粒からなり, 石英に富み, 有色鉱物や不透明鉱物の比較的多い ゴマシオ状を呈している。 鉱物組成は 著しく斜長石と石英の独立結晶粒に富み, 軽石の中にも それらの斑晶が多い。 有色鉱物には 斜方輝石と単斜輝石が多く, 少量の角閃石を伴う。 火山ガラスは その量も少なく 中間型の柱状ないし塊状である。

VI.1.4 支笏 しこつ 降下軽石堆積物 1(Spfa 2)

支笏降下軽石堆積物 1(Spfa 1)は 小笠原(1941)が襟裳火山砂と仮称し, 貝塚(1956)は 十勝平野にも分布し, 地形面区分のための示準層として有効であることを明らかにした。 その後, 勝井(1959)によって 噴出源と分布とが明らかにされ [ 支笏降下軽石堆積物 1 と ] 命名された。

本地域では 上札内 Ⅰ 面以上の高位面に分布し, 最も広い分布を示す。 層厚は 上札内 Ⅰ 面で最も厚く 50~60 cm を示す。 厚さ 100 cm に達する二次堆積相を示すところ( [ 第 19 図の ] 地点 4 [ の地質柱状図 ] )も見られ, Spfa 1 の埋積古砂丘の可能性もあるが, 詳細は不明である。

Spfa 1 の野外での特徴は 灰橙~明橙褐色(7.5YR 6/4~6/8)で 「オガクズ」状を呈する軽石粒を主とし, 粒径は最大 2 mm である。 軽石粒は 扁平型ないし多孔質型の柱状 もしくは せんい状のガラスからなり, 気泡や気管の発達が著しく, 鉱物は少ない。 独立結晶粒は その量も少なく, 小量の斜長石・斜方輝石に微量の石英と角閃石を伴っている。

Spfa 1 から得られた炭化木片の 14C 年代には 32,200 ± 4,700 3,100 年 B.P.(GaK-519 ; 石狩低地帯研究会(1965)), 32,200 ± 2,000 年 B.P.(GaK-714 ; 佐藤(1969))がある。

VI.1.5 恵庭 えにわ a 降下軽石堆積物(En-a)

本地域を含む中部十勝平野には Spfa 1 の直上に, ところによって垂直にクラックのみられる 層厚 数 10 cm の褐色ローム層がみられ, その上位に灰黄澄色(10YR 7/4)の降下火砕堆積物がみられる。 この堆積物に対して 貝塚(1956)は帯広火山砂と命名し, Spfa 1(襟裳火山砂)とともに 地形面区分のための示準層として注目していた。 十勝団研は, この堆積物が 従来は日高山脈以西にのみ分布すると考えられていた 恵庭 a 降下軽石堆積物(En-a)の 東への延長であることを明らかにした(春日井ほか, 1968)。 さらに, Spfa 1 のみられない上札内 Ⅱa 面の区分に有効であることを示した(十勝団研, 1968)。

本地域では, [ En-a は ] 上札内 Ⅱa 面・駒場面以上の地形面に Spfa 1 と同様に広く分布する。 層厚は 厚いところで 40 cm を示す。 上帯広台地や上札内台地の平坦面上では, 当時の偏西風に吹き寄せられて 古砂丘 [ Sd ] を形成している (木村ほか(1970・1972); 小坂ほか(1979))。

野外では En-a は有色鉱物が多く含まれているので 砂状を呈する。 風化が進むと軽石粒は丸みを帯びる。

軽石粒は 有色鉱物と斜長石を多く含む 多孔質型, 塊状のガラスからなる。 斜方輝石と単斜輝石は 0.125~0.25 mm の粒径を示し, 角閃石を全く含まないのが特徴の一つである。

松澤・小坂(1972), 藤山・田沼(1972)及び 十勝団研(1972b)がすでに述べているように, En-a の降下年代については 15,000 ± 400 年 B.P.(GaK-2370 ; 柏原(1970))と 13,600 ± 1,200 年 B.P.(GaK-3261 ; 藤山・田沼(1972))の間と考えられている。

VI.2 完新世の降下火砕堆積物

VI.2.1 樽前 たるまえ d 降下軽石堆積物(Ta-d)

樽前 d 降下軽石堆積物(Ta-d)は En-a の のらない 上札内 Ⅱb 面・大和面の区分に有効な示準層で, 上札内 Ⅱb 面・大和面以上の地形面に分布する。 本地域では 層厚 10 cm 以下で, 下半部の数 cm は暗赤褐色を呈する 細粒の軽石粒が主体を占める。 上部は腐植層に漸移する。

鉱物組成は 斜方輝石・単斜輝石と不透明鉱物のほか, 少量のかんらん石を伴う。

佐藤(1971)は Ta-d の 14C 年代として 8,940 ± 160 年 B.P.(GaK-2208)を報告した。 En-a 古砂丘をおおう腐植の中にも この Ta-d が認められ, 古砂丘の終息期の推定に この 14C 年代が注目されている(木村ほか, 1970・1972)。

VI.2.2 完新世の火山灰層

完新世の火山灰層として識別されるのは 暗褐~褐色を呈し 細砂状の 十勝 c2 層(To-c2) と, 暗赤褐色~褐色を呈し「オガクズ」状の 十勝 c1 層(To-c1) 及び, 淡黄褐色~褐色を呈する細粒軽石質火山灰の 樽前 b 層(Ta-b) である。 これらの火山灰は いずれも 腐植層に挾在していて, とくにTo-c2 と To-c1 は 野外で識別しにくいところが多く, そこでは To-c と一括して地質柱状図に記載した。

鉱物組成については, To-c2 は 重鉱物に富み, とくに斜方輝石が多く, 少量の単斜輝石と不透明鉱物がみられる。 To-c1 は 少量の不透明鉱物のほか, 微量の斜長石と単斜輝石が認められる。 Ta-b は 普通輝石紫蘇輝石安山岩質である。

14C 年代測定が 各火山灰層の上部の腐植について試みられ, To-c2 は 3,240 ± 110 年 B.P., To-c1 は 2,020 ± 90 年 B.P. と測定された(田村, 1970)。 また, To-c2 は 5,570 ± 150 年 B.P., To-c1 は 1,610 ± 90 年 B.P. の測定値の報告がある(佐々木ほか, 1971)。 Ta-b 層は 1667 年 A.D. である(山田, 1958)。

VII. 恵庭 えにわ a 降下軽石堆積物の古砂丘 [ Sd ]

十勝団研は Spfa 1 及び En-a の二次堆積物に由来する内陸古砂丘が 十勝平野に発達することを認め, これらの火砕堆積物の堆積後の十勝平野は 裸地状態で, 寒冷 かつ 乾燥性気候が支配していたものと推測した(十勝団研, 1968)。 その後, これらの古砂丘群は 十勝団研・古砂丘グループ(1970), 木村ほか(1970・1972・1978), 藤山ほか(1978)によって詳しく調べられてきた。 それらの研究によると, 古砂丘は Spfa 1 古砂丘, En-a 古砂丘 及び 両者の複合古砂丘に区分されている。

本地域では En-a 古砂丘が多数分布し, その下位に埋積されている Spfa 1 古砂丘は 見出し みいだし 難い。 En-a 古砂丘の分布・形態などについては すでに述べたので, 本章では En-a 古砂丘堆積物の層序・特徴・体積・植生などについて述べる。

VII.1 層序と時代 -- En-a 古砂丘の内部構造 [ 以下の [注] 参照 ]

[注]
この項に記されている「 売買川 うちかりがわ - 札内川 さつないがわ (U-S)地域」の2つの古砂丘堆積物「U-S 01 と U-S 02」は, 木村ほか(1970)で命名されたものである。 ただし, それらの位置は 本地質図には記載されておらず, 木村ほか(1970)の図 4 によると 概ね 以下のような位置である。
U-S 01 : 図幅地域の南東隅から西北西方 6 km 強(地点 ㉒ の南方 500 m)
U-S 02(最大の古砂丘堆積物):
図幅地域の南東隅から西方 6 km 強(図幅地域の南端から北方 500 m)

第 28 図 En-a 古砂丘(U-S 01)の層序

[ 第 28 に関する注意書き ]
この En-a 古砂丘の層序(のスケッチ)に記された記号の意味は以下の通り。
1 と 2 : En-a 古砂丘 1 と 2 の領域,
Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ・Ⅳ・Ⅴ : 木村ほか(1978)による古砂丘形成期の区分,
P1・P2・P3・P8・P9 : 古砂丘断面の観察位置 (そこに記されている年代の単位は「年 B.P.」)

代表的 En-a 古砂丘堆積物(U-S 01)の層序を第 28 図に示す。 ここでは 粘土質ロームの上位に堆積した En-a は 大別して En-a 古砂丘 1 En-a古砂丘 2 の2回にわたって古砂丘を形成する。 その形成過程と時代を詳細に検討すると次のような層序を示す。

① 上札内 Ⅰ 礫層の上位にシルト質ローム層が形成される。
② Spfa 1 が降下・堆積する。
14C 年代は 32,200 ± 4,300 2,700 年 B.P.(GaK-519 ; 石狩低地帯研究会(1965))もしくは 32,200 ± 2,000(GaK-714 ; 佐藤(1969))。
③ Spfa 1 の上位にローム層が形成される。
14C 年代は 23,500 ± 800 年 B.P.(GaK-3260 ; 藤山・田沼(1972))。
En-a 古砂丘 1 形成期(Ⅰ 期 [ 以下の [注] 参照 ] )。
14C 年代が 15,000 ± 400 年 B.P.(GaK-2370 ; 柏原(1970))の降下堆積後に En-a は ただちに再移動し, 新鮮な灰白色軽石質による「白砂古砂丘」を形成する。 葉理は 2~6°の緩傾斜を示す。
⑤ 砂丘形成休止期(Ⅱ 期)。
砂丘砂の風化が進まないうちに薄いローム層におおわれる。 ローム層の 14C 年代は 13,100 ± 1,200 年 B.P.(GaK-3261 ; 藤山・田沼(1972))。
En-a 古砂丘 2 形成開始(Ⅲ 期)。
風化した En-a の軽石砂による砂丘形成開始。 砂丘形成に小休止期があり, 薄いローム層が形成される。 葉理は 5~6°と Ⅰ 期に比べ傾斜角が増す。
⑦ En-a 古砂丘 2 主形成期(Ⅳ 期)。
En-a 軽石質砂が厚く堆積する。 最大層厚 2.8 m を示す。 葉理は 8~27°と急傾斜である。
⑧ 砂丘形成終止期(V 期)。
En-a 古砂丘砂の上部は土壌化を受け, 亜角塊状構造の発達したローム層(ボール状ローム層)を形成し, 砂丘は固定される。 ボール状ローム層の 14C 年代は 11,940 ± 240 年 B.P.(GaK-5152 ; 近堂・近藤(1975))である。
⑨ ボール状ローム層の上位を完新世の降下火山灰がおおう(Ⅵ 期)。
[注]
[ ここで使用している En-a 古砂丘の形成期の ] Ⅰ~Ⅵ 期は 木村ほか(1972・1978)の区分による。

以上の諸事実と 前章の En-a の降下時代とから, En-a 古砂丘 1 の形成は 15,000 ± 400 年 B.P.(GaK-2370 ; 柏原(1970))以降, 13,100 ± 1,200 年 B.P. 以前であり, En-a 古砂丘 2 の形成は 13,100 ± 1,200 年 B.P. 以降, 11,900 ± 240 年 B.P. 以前と推定される。

VII.2 堆積物の特徴

En-a 古砂丘堆積物について, [ 前項に記した ] ④(Ⅰ 期)から ⑨(Ⅵ 期)の試料の粒度組成(Md : 粒径の中央値, So : 分級度, Sk : 歪度), 重鉱物の含量, 有機炭素量などの特徴は以下のとおりである(第 8 表)。

第 8 表 En-a 古砂丘の形成期と堆積物の特性 (木村ほか, 1972・1978)

時代 and / or
14C 年代の数値
(B.P. 年)
形成期 層厚
m
有機炭素
%
粒度組成 重鉱物
> 30
mesh

wt. %
摘要
Md
mm
So Sk K
8,900
沖積世
火山灰降灰期
0.4~
0.8
土壌腐植の集積
トッタベツ
亜氷期 Ⅲa・Ⅲb
Ⅱ~Ⅲ 亜間氷期

砂丘固定期
(古土壌形成期)
0.2~
0.8
0.35 13 古土壌の粘土溶脱
パーミキュライト,
カオリン化進行
トッタベツ
亜氷期 Ⅱb

主形成期
2.0~
2.8
tr.~
0.14
0.27~
0.58
1.35~
2.08
0.79~
1.14
0.17~
0.36
14~
37
大型砂丘形成
砂丘移動活発

砂丘形成復活期
1.0~
1.5
0.05~
0.24
0.46~
0.75
1.20~
1.69
0.71~
0.99
0.20~
0.28
15~
49
トッタベツ
Ⅱa~Ⅱb 亜間氷期
13,100 ± 1,200
(GaK-3261)

砂丘形成休止期
0.03 0.24 0.05 6.48 1.88 0.36 47 粘土質ローム生成
植生少し回復
(炭化木片)
トッタベツ
亜氷期 Ⅱa

白砂砂丘形成
En-a 降灰期
1.0 0~
0.14
0.55~
0.74
1.15~
1.40
0.98~
1.13
0.22~
0.32
7~
40
23,500 ± 800
(GaK-3260)
Spfa 1
ローム形成期
0.5 - - - - - 6 粘土質ローム生成
植生少し回復
(炭化木片)
トッタベツ
亜氷期 Ⅰ
Spfa 1 0.5 2.0
[ 第 8 表に関する注意書き ]
この表の左端に前項の箇条書きの番号 ②~⑨ を付加した。
この表の「粒度組成」の欄の "Md" の単位として "mm" を付加した。
この表の「粒度組成」の欄の "K" に関する説明がない (これは 引用元の 木村ほか(1972)でも同様)。
木村ほか(1972)によると, この表の「重鉱物」の欄の "> 30 mesh" は "> 300 mesh" の間違い。

粒径の中央値(Md)は ⑤(Ⅱ 期)を除いて下部から上部へ向って減少している。 これは 風化した En-a が再堆積をくり返したためであろう。 ⑤(Ⅱ 期)の試料の Md 値が 0.05 mm と極端に小さいのは, 薄いローム層の値を示すためである。 Md 値が比較的大きい値を示すのは, この砂丘砂が珪長質で気泡に富んだ軽石質ガラスを主体とした砂のためと思われる。

分級度(So)は ⑤(Ⅱ 期)のロームを除き いずれも 2.0 以下であり, 極めて良い。 しかし, 下部から上部へ向って So 値が大きくなる傾向を示す。 これは, En-a は 本来は 空中で淘汰・分級された堆積物であり, 堆積後の表層風化によって細粒化し, 分級度が低下したものと思われる。

歪度(Sk)は ⑤(Ⅱ 期)のロームを除いて 1.1~0.7 に集中している。

有機炭素量は, 極めて微量であるが, ⑤(Ⅱ 期)と ⑧(Ⅴ 期)が 比較的高い値を示す。 ⑤(Ⅱ 期)には 微細な炭化木片も含まれており, 植生の回復が推測される。

重鉱物含量は 古砂丘 1 の形成期(Ⅰ 期)は 10 %, 古砂丘 2 の形成初期(Ⅲ 期)は 30 % と増加し, 古砂丘終止期(Ⅴ 期)は 13 % に低下する。

VII.3 古土壌と植生

最終氷期末に 古砂丘堆積物という特殊な母材及び気候下で生成されたと推定される古土壌が, En-a 古砂丘の最上部 ⑧(Ⅴ 期)に認められる。 この古土壌は 乾燥すると亜角塊状構造(ボール状構造)が明瞭になることから, ボール状ロームと呼称されているものである。 とくに 砂丘上の乾燥した頂部 及び 完新世 火山灰層の被覆が, 比較的薄い部分に明瞭にあらわれる。

一方, 完新世 火山灰層に厚く被覆され, かつ 過去の砂丘において比較的凹地であったと思われる位置では, ボール状ロームの層準に 全く異質の古土壌が認められる(木村ほか(1972・1978); 近藤・近堂(1972))。

以下に 古土壌の粘土鉱物の特徴と植生について述べる。

VII.3.1 粘土鉱物

ボール状ローム層は, 黄褐色(10YR 5/6)~明黄褐色(10YR 6/6)の色調を呈する 現世の酸性褐色土 (または Dystrochrept [ 以下の [注1] 参照 ] )に対比される。 代表的な粘士鉱物は Al - バーミキュライト [ 以下の [注2] 参照 ] ・クロライト [ chlorite ; 緑泥石 ] ・イライト [ 以下の [注3] 参照 ] 及び カオリン [ kaolinite ] 鉱物である。

[注1]
[ "Dystrochrept" は ] SOIL SURVEY STAFF(1976)による。
[注2]
バーミキュライト(vermiculite ; 蛭石 ひるいし )は SiO2, MgO, Al2O3 を主成分とするケイ酸塩鉱物で, それらのうち Al の固定が進んだものは Al-vermiculite と呼ばれる。
[注3]
イライト(illite)は粘土サイズの雲母鉱物で, 現時点では 独立した鉱物とは認められていない。

砂丘 [ = En-a 古砂丘 ] の東側斜面の凹地では 粘土移動が明らかで, 現世のパラ褐色土(または Alfisol [ 以下の [注] 参照 ] )に対比可能な古土壌が発達する。 この古土壌の上部は バーミキュライト・イライト 及び カオリン鉱物が主成分で, アロフェン [ allophane ] 様の非晶質物質はほとんど認められない。 下部は カオリン鉱物・Al - バーミキュライト・イライトと 若干のアロフェン様の非晶質物質を伴っている(木村ほか, 1978)。

[注]
[ "Alfisol" は ] SOIL SURVEY STAFF(1976)による。

これら2種の古土壌 [ = ボール状ローム層とパラ褐色土様の古土壌 ] は 同一母材・同一気候の下で, その水分環境 及び 土壌表層の安定性の違いに起因して それぞれ形成されたものと思われる。

VII.3.2 植生

木村ほか(1978)によって, パラ褐色土様 古土壌 A1 層の花粉の分析と 植物 珪酸体 [ plant opal ; プラントオパール ] の分析が行われた。

花粉分析の結果は 花粉の絶対量は少なく, しかも 樹木の花粉はわずか 5 % である。 花粉構成のなかで Artemisia(キク科ヨモギ属)が 75 % と優位を占めている点が とくに注目される。 イネ科草木 [ Gramineae ] の花粉は 2 % 以下で, ヨモギ層に比べ著しく少ない(第 29 図)。 このことは, 当時の自然環境が まだ植生を回復するほど条件を満していなかったことを推測させる。

第 29 図 パラ褐色土様 古土壌 A1 層の中の花粉組成

植物 珪酸体分析によると, 植物 珪酸体量は 土壌中に 3 % 含有されている。 この値は 腐植含有量の多い 現世の埋没火山灰の腐植層に含まれる量の 1 / 5 程度で, 古土壌の腐植含有量から推測すると 決して少なくない。 花粉分析の結果と異なり, この結果からは イネ科の草木がかなり繁茂していたことが推測される(第 9 表)。 大部分の植物 珪酸体は 北方型のウシノケグサ亜科 イネ科の草木に由来するもので, Ta-d より新しい埋没火山灰 A 層で 普遍的に認められるササ属 イネ科の草木は 全く認められない。

第 9 表 パラ褐色土様 古土壌 A1 層の中のプラントオパールの形態別組成 (木村ほか(1978); 表示した値は 10~100 μm 径の粒の数の %)

ウシノケグサ型 15.1
キビ型 tr.
ポイント型 16.3
ファン型 7.7
棒状型 25.0
海綿虫 0.8
その他 34.6
ファン型 / 棒状型 ≒ 0.31

このような植生の回復を妨げる条件として, 先に述べた 14C 年代が示す古砂丘形成時代は, ウルム氷期の第 Ⅳ 亜氷期と推定される。 すなわち, 古砂丘 1 の形成期(Ⅰ 期)は最古期ドリアス(Oldest Dryas)期, 休止期(Ⅱ 期)はベーリング(Bölling)亜間氷期, 古砂丘 2 の形成期(Ⅲ 期と Ⅳ 期)は旧期ドリアス(Older Dryas)期, 終止期(Ⅴ 期)はアレレード(Alleröd)亜間氷期に対応し, 寒冷気候が支配的であった。 また, En-a 古砂丘は 噴出源から 150~200 km の遠距離にあって, 粒径の小さい軽石質火山灰で 見かけの比重も極めて小さく, 堆積後の未風化期間は粗しょうで 透水性が高く, 降水量の低い時期には 堆積物全体の乾燥化が著しく促進されたと推測される。

VII.4 古砂丘の体積

En-a 古砂丘の分布地域のうち 美生川と帯広川の間の北西から南東方向が 5 km, 北東から南西方向が 7 km のモデル地域を設定して, 1 km2 の単位面積あたりの, 砂丘を半楕円体と仮定した 体積を測定した(木村ほか, 1972・1978)。 それによると, 1 km2 あたりの砂丘量の最大は 2.6 × 106m3(25 個)で, モデル地域全体(35 km2)では 2.5 × 107m3 であった。 全体量に対して最大量が多いのは, 北東から南西方向 7 km2 あたりの体積変化を比較すると, 西側が 0.7 × 105 m3, 東側が 9.1 × 106 m3 と急激に東側が増加しているためである。

この体積変化は 先に述べた分布・配列方向と調和する。 これらを合わせ考えると, En-a の一次堆積物を飛砂として北西から南東方向へ移動させる, 北西の卓越風の支配下にあたったことが推定される。

以上に述べた 大量の En-a の堆積とその諸性質に加え, 気候条件は 植生の回復を妨げ, 卓越風が内陸古砂丘を形成した(第 30 図)。 木村ほか(1978)は この古砂丘地域を「古 帯広砂漠」と呼んでいる。

第 30 図 En-a 古砂丘(U-S 02)の断面(木村ほか, 1978)。 短軸方向の断面は 幅 70 m, 比高 9 m を示す

VIII. 周氷河現象

十勝平野における周氷河現象の指摘は 十勝坊主(芝塚 ; earth hummock)に関する山田(1959)の報告にはじまる。 ついで, 皿状地形・ [ 地表の凍結・収縮割れ目に入った融解水による ] 氷楔 ひょうせつ [ ice wedge ] ・化石構造土・岩塊流などと地形との関係に関する鈴木(1960・1962), 鈴木ほか(1964)の報告がある。 十勝団研は 十勝平野に分布する周氷河現象を広く観察し, それらに示される寒冷気候の層準を明らかにした(野川ほか, 1972・1978)。

本図幅地域には ウルム氷期のインボリューション [ = 凍土の褶曲・貫入現象 ] ・化石構造土 及び 完新世の芝塚(十勝坊主)が認められる。

VIII.1 更新世ウルム氷期の周氷河現象

本地域には [ 芽室橋から北東方 3 km の ] 芽室町 祥栄( [ 丸囲みの ] 57 の地点)と [ その西北西方 1 km の ] 芽室町 北芽室(地点 ㊼)にインボリューション(involution)が, [ 本図幅地域の南東隅から西北西方 6 km 弱の ] 帯広市 川西( 地点 58 [ ← 間違い ; 「丸囲みの 58」は国見山の北東方 500 m or 鈴蘭公園から北西方 4.5 km にある地点 ] )に化石構造土が見出されている。

VIII.1.1 祥栄 しょうえい のインボリューション

[ 芽室橋から北東方 3 km の ] 芽室町 祥栄の段丘面は Spfa 2・Spfa 1 及び En-a に被覆される鈴蘭面(上札内 Ⅰ 面)である [ ← 地質図では中札内面堆積物(Ns)で塗色されている ] 。 ここでのインボリューションの露頭スケッチを第 31 図に示す。

第 31 図 芽室町 祥栄の化石周氷河現象 (野川ほか, 1978)

[ 第 31 図に関する注意書き ]
このスケッチに記された記号の意味は以下の通り
1 : ソフトローム層, 2 : ボール状ローム層, 3 : 恵庭 a 降下軽石堆積物 [ En-a ] ,
4 : 褐色ローム層, 5 と 6 : 支笏降下軽石堆積物 1 と 2 [ Spfa 1 と 2 ] ,
7 : 泥炭質粘土層, 8 : 砂礫層

この露頭にみられるインボリューションが形成された寒冷期は, 新期から旧期へ次の3時代と推定される。

  1. En-a 層は水平方向に断続的な分布を示す。 下位の褐色ローム層との境界は著しく不規則で, 褐色ローム層が En-a 層の上位のボール状ローム層に直接する場合がある。 上位のボール状ローム層との境界はゆるい波状を呈する。 ボール状ローム層とソフトローム層の境界は平担である。 したがって, インボリューションの形成は ソフトローム層の堆積前ということになる。
  2. Spfa 2 と Spfa 1 は 間に 1 cm の暗褐色の粘土を挟んでいる。 両者は著しい擾乱を受け, それらの上面は 褐色ローム層に不規則な形で貫入し, 特徴的なインボリューションを形成している。 下位の泥炭層との境界は ゆるい波状を呈している。 したがって, このインボリューションを生じた寒冷期は 前 En-a 期である。
  3. 泥炭質粘土層と礫層との境界も波状を呈し, 粘土層の中に 凍結 凍上 [ = 地中の水分の凍結による地面の隆起 ] による礫の浮き上りがみられる。 したがって, Spfa 2 層の堆積前, 礫層 及び 粘土層の堆積後に寒冷期が推定される。

[ 本図幅地域の南東隅から北方 7 km の ] 帯広市 依田 よだ にも同様の化石周氷河現象がみられる(第 32 図)。

第 32 図 帯広市 依田の化石周氷河現象 (上札内 Ⅰ 面 ; 第 31 図の祥栄のインボリューションと同時代に形成)

[ 第 32 図に関する注意書き ]
このスケッチに記された記号の意味は以下の通り
Ta-d : 樽前 d 降下軽石堆積物, En-a : 恵庭 a 降下軽石堆積物,
Spfa 1 : 支笏降下軽石堆積物 1, Ko : 光地園礫層

VIII.1.2 川西 かわにし の化石構造土

[ 本図幅地域の南東隅から西北西方 6 km 弱の ] 帯広市 川西の上札内 Ⅱa 面にみられる化石構造の上の露頭スケッチを第 33 図に示す。

第 33 図 帯広市 川西の化石周氷河現象 (野川ほか, 1978)

[ 第 33 図に関する注意書き ]
このスケッチに記された記号の意味は以下の通り
1 : ソフトローム層, 2 : ボール状ローム層, 3 : 恵庭 a 降下軽石堆積物 [ En-a ] ,
4 : ローム層(上部腐植質), 5 : 砂礫

この露頭では 礫層とローム層の境界は複雑な波状を呈し, 礫層のローム層中への貫入 及び ローム層中への礫の示差的上昇が認められる。 En-a 層は 上・下面ともほぼ水平に堆積し, 擾乱を受けた形跡は認められない。 したがって, 礫層のローム層への貫入は クラック入りの褐色ローム層の堆積後, En-a の堆積前の限定された寒冷期に形成されたと考えられる。

VIII.1.3 北芽室 きためむろ のインボリューション

[ 本図幅地域の北西隅から南東方 8 km の ] 芽室町 北芽室の十勝川の左岸 [ = 北岸 ] の大和面(上札内 Ⅱb 面)にみられるインボリューションの露頭スケッチを第 34 図に示す。

第 34 図 芽室町 北芽室の化石周氷河現象 (野川ほか, 1978)

[ 第 34 図に関する注意書き ]
このスケッチに記された記号の意味は以下の通り
1 : 十勝 c 火山灰層 [ To-c ] , 2 : 樽前 d 降下軽石堆積物 [ Ta-d ] ,
3 : 暗褐色ローム層, 4 : シルト層, 5 : 砂礫層

この露頭の砂礫層と Ta-d 層との間には, 厚さ 15 cm 前後の砂層を挾む 雲母の細片を混える 淡褐色シルト層と, 暗褐色ローム層が発達するだけである。 このシルト層の中へ最大 50 cm にも及ぶ礫の貫入がみられ, 一部はシルト層を突き破って 暗褐色ローム層の中にまで入りこんでいる。 シルト層の中には礫の点在はなく, シルト層の凍結による圧力が 下位の礫層に加わって 形成された インポリューションの一種と考えられる。 礫がローム層に達しているところでは ローム層の中の礫の上昇が認められる。 したがって, このインボリューションの形成期は シルト層の堆積後にはじまり, En-a の降下前に終了したと考えられる。

VIII.2 完新世の周氷河現象

完新世の周氷河現象である芝塚(十勝坊主)は 本地域では [ 図幅地域の南東隅から北西方 7 km 強の ] 帯広畜産大学の構内の売買川の左岸 [ = 西岸 ] の上札内 Ⅱb 面上に認められる [ ← 帯広畜産大学の北西方の中札内面堆積物(Ns)の地域か ? ][ 本図幅の南隣の ] 大正図幅地域の 上似平 かみいたいら の芝塚(野川ほか(1972); 小坂ほか(1979))のような完全な形態を示すものと 不完全な 低い芝塚の両方が分布する。

この地点 [ = 帯広畜産大学の構内の売買川の左岸 ] では 上位より, ① Ta-b 層, ② 腐植層, ③ To-c 層, ④ 腐植層, ⑤ Ta-d 層, ⑥ 砂礫層が認められる。 To-c 層の下位の腐植層と Ta-d 層は 砂礫層とほぼ水平な境界を示すが, To-c 層は不規則な凍結 擾乱を示し, 中央部ほど厚く, To-c 層の層厚は約 50 cm を示す。 To-c 層の上位の腐植層は 芝塚の中央部で厚く, かつ擾乱されているが, 周辺部は安定して薄くなっている。 したがって, 山田(1959)が指摘しているように, 芝塚の形成は To-c 降下後, Ta-b 降下前の寒冷期に形成された。

すでに述べたように, 最近の研究では To-c [ = 十勝火山灰 ] は To-c1 と To-c2 に区分される(北海道火山灰命名委員会, 1972)。 14C 年代は To-c1 は 2,020 ± 90 年 B.P., To-c2 は 3,240 ± 110 年 B.P.(田村, 1970)で, 一方, 佐々木ほか(1971)は To-c1 は 1,610 ± 90 年 B.P., To-c2 は 5,570 ± 150 年 B.P. の年代値を報告している。 北海道火山灰命名委員会(1972)は Ta-b [ = 樽前 b 降下軽石堆積物 ] は 1667 年 A.D., To-c1 は 2,020 ± 90 年 B.P., To-c2 は 3,240 ± 110 年 B.P. を採用している。 したがって, 芝塚の形成された寒冷期は 5,570 年 B.P. ないし 2,020 年 B.P. から 1667 年 A.D. の間である。 なお, [ 本図幅の北北北隣の 糠平 ぬかびら 図幅地域の ] 糠平湖 ぬかびらこ の北東の 十勝 三股 みつまた [ ← これは 糠平図幅の北隣の石狩岳図幅地域内 ? ] の永久凍土層の 14C 年代の 4,540 ± 105 年 B.P.(GaK-4350 ; 十勝団研(1973b))は この寒冷期と調和する。

IX. 地質構造 及び 地史

IX.1 十勝構造盆地の構造

十勝団研は 十勝平野の鮮新~下部更新統の研究を進め, 鮮新世の初頭に開始された特徴的な構造運動が 十勝平野の鮮新~前期更新世を通じて展開し, 後期更新世 ないし 現在に引きつがれている構造運動であることを明らかにした (松井・山口(1970); 松澤ほか(1974); 松井ほか(1975); 松井ほか(1978a・1978b・1978c))。

すなわち, 十勝平野の鮮新~下部更新統は 一連の十勝累層群として把えられるものであり, その下~中部にあたる本別層~池田層を堆積した鮮新世の堆積盆 (本別構造盆地・池田構造盆地 ; 三谷(1964))の基本的性格は, これを一部不整合におおい, 西に中心を移動させた鮮新世末の長流枝内堆積盆(長流枝内 構造盆地)と, さらに 同層と明らかな構造的不整合で接し, いっそう西に限られるに至った前期更新世の渋山層堆積盆(渋山層 構造盆地)とを 通じて追跡される。 中期更新世の初頭には, 光地園礫層・美蔓礫層などの厚い扇状地礫層が 十勝平野をおおうが, 引き続いて進行する構造運動によって 帯広を中心とする堆積盆(帯広構造盆地)を生み, 現在へ引きつがれた(第 35 図)。

第 35 図 十勝構造盆地の構造発達史 (松井ほか(1978a)を改編)

地質時代 日高山脈 石狩山地 十勝構造盆地 構造運動

IX.1.1 長流枝内 おさるしない 構造盆地

北見 - 浦幌地塁(松井ほか, 1978c)の上昇運動の西への拡大が 豊頃丘陵の上昇運動・猿別背斜と一体となって [ 本図幅の東東隣の常室図幅地域内 ? の ] 池田構造盆地の東部を上昇域に転化させたため, [ 本図幅の東隣の十勝池田図幅地域内の ] 長流枝内 堆積盆(長流枝内 内湾)は いっそう西へ押しやられる。 鮮新世末には この長流枝内 内湾に海進が行われ, 盆地の東部では 池田層が不整合におおわれる。 盆地の西縁は 日高山脈の東麓にまで達し, 北西縁は [ 本図幅の北西隣の新得図幅地域内の ] 岩松断層で石狩山地の上昇域に接する。 南は [ 本図幅の南南東隣の忠類図幅地域と 本図幅の南南南東隣の ] 大樹図幅地域の忠類~大樹付近に狭い湾口をもち, 沈降域の中心は [ 本図幅地域の東部を挟んで南北に延びる ] 士幌~帯広~更別付近に移った(第 36 図)。

第 36 図 長流枝内 堆積盆地の模式断面図 (松澤ほか(1978a)に加筆・改編)

[ 第 36 図に関する注意書き ]
この図には以下の4枚の模式断面図が描かれている。
A - A' :
本図幅の北隣の中士幌図幅地域内の士幌, 本図幅地域内の帯広, 本図幅の南南隣の上札内図幅地域内の拓北を結ぶ 北 → 南の断面図
B - B' :
本図幅の北西隣の新得図幅地域から, 本図幅の北隣の中士幌図幅地域の南部 及び 本図幅地域の北部を挟み, 本図幅の東隣の十勝池田図幅地域に延びる 西北西 → 東南東の断面図
C - C' および D - D' :
本図幅の西隣の御影図幅地域内から本図幅の東隣の十勝池田図幅地域に延びる, 十勝川沿いの 西 → 東の2枚の断面図
それぞれの断面図に用いられている地質凡例は以下の通り。
1 : 冲積層, 2 : 新期扇状地・段丘堆積物, 3 : 古期扇状地堆積物,
4a : 渋山層 主部, 4b : 芽登凝灰岩層・屈足溶結凝灰岩層,
5a : ペンケニコ熔結凝灰岩層, 5b : 長流枝内層,
6 : 池田層, 7 : 足寄層, 8 : 糠内層, 9 : 大樹層, 10 : 日高累層群, 11 : 花崗岩脈,
12 : 断層, 13 : ボーリング位置 及び 深度, 14 : 貝化石, 15 : 椎骨化石(イルカ)

本地域を含む構造盆地の中央部から西部にかけては, 長流枝内層 [ Os ] は 沈降しながら堆積を続けた 厚さ 700 m に達する砂・シルト層を主体とする。 上昇域に転じた東部 [ ← 本図幅の東隣の十勝池田図幅内 ] は 本別層・池田層の礫層の再堆積と考えられる粗粒相からなり, 層厚も薄い。 この両者は 幕別台地のほぼ中央部を 北北西から南南東方向の地層の急立帯(幕別急立帯 ; 十勝団研(1978))や, 長流枝内丘陵と幕別台地の西縁を画する居辺断層(十勝団研, 1978)で境される(第 37 図)。 一方, 南部では, 十勝中央構造帯(松井ほか, 1978c)の活動によって 長流枝内層の堆積後に長流枝内 内湾の湾口は完全に閉ざされ, 内陸盆地である渋山構造盆地を形成するに至る。 その後も, この構造帯は 十勝構造盆地の骨組みを形成する要素の1つとして活動を継続し, 現在に至っている。

第 37 図 長流枝内 堆積盆 (松井ほか(1978c)に一部加筆)

[ 第 37 図に関する注意書き ]
この図に描かれた枠は本図幅地域である。
この図に用いられている地質凡例は以下のとおり。
1 : 居辺山層, 2 : ペンケニコロ溶結凝灰岩層, 3 : 長流枝内層

IX.1.2 渋山 しぶさん 構造盆地

長流枝内構造盆地は 長流枝内層の堆積後, その東部の長流枝内丘陵~幕別台地を結ぶ地域も 一転して上昇域に転ずる。 こうして, さらに西へ押しせばめられた渋山構造盆地が誕生する。 東縁は 居辺断層で画され, 西縁は 北東 - 南南西方向を示す構造線・岩松断層で 北は石狩山地, 南は十勝中央構造帯(宮坂ほか, 1978)で画される。 このように, 渋山構造盆地は完全な内陸盆地の形態を示す。

すでに述べたように, 渋山層の基底は 東部から中央部では芽登凝灰岩層 [ Me ] , 北西部から中央部にかけて屈足溶結凝灰岩層 [ Kt ] が堆積する。 これらの火砕流堆積物は, その分布・層厚・溶結度の地域的変化などから 石狩山地, おそらくは 然別 しかりべつ 川~ 糠平 ぬかびら 川の上流域に源をもつ, 黒雲母・石英の斑晶を多量に含む 酸性の軽石流堆積物である。 この上位には 厚薄の亜炭層を挟む 軽石流堆積物の二次堆積層が堆積して, 音更町付近に中心をもつ内陸盆地~湿原が形成された(第 38 図)。

第 38 図 渋山 堆積盆 (松井ほか(1978c)に一部加筆)

[ 第 38 図に関する注意書き ]
この図に描かれた枠は本図幅地域である。
この図に用いられている地質凡例は以下のとおり。
1 : 中里層, 2 : 渋山層の主部, 3 : 芽登凝灰岩層・屈足溶結凝灰岩層

IX.1.3 音更川 おとふけがわ - 札内川 さつないがわ 断層

[ 本図幅地域の北東部の ] 音更町 北宝来付近を通る東西断面をみると, 音更川の左岸 [ = 東岸 ] では 芽登凝灰岩層 [ Me ] の上面が標高 52 m であるのに対して, 音更川を挟んで西の木野 市街では標高 15 m に低下している [ 第 39 図の東西断面図 B 参照 ] 。 この落差は 北へ向って増大し, [ 本図幅地域の北端の ] 音更 市街を通る東西断面では 西落ちの落差が 70 m にも達する [ 第 39 図の東西断面図 A 参照 ] 。 上士幌礫層 [ Ka ] は この構造谷を埋めて厚く堆積しており, この構造の活動が後期更新世に及んでいることを示している。 この構造谷の 南への延長は, 十勝川をこえて 依田から [ 本図幅の南隣の ] 大正図幅地域の中札内に至ることが 上札内 Ⅰ 礫層 [ Ka ] の南南西から北北東に直線状に延びる狭長な厚い発達によって推定される。

一方, [ 本図幅の東隣の十勝池田図幅地域の南部・西端の ] 幕別台地の西縁から [ 本図幅地域の南部・東端の ] 依田にかけて, 光地園礫層 [ Ko ] の基底の高度が 幕別台地の西縁では標高 85 m 前後を示し, 依田の上札内台地への登り口では標高 57 m を示し, 高度差 28 m に達する。 これは 光地園礫層の堆積後の居辺断層の活動を裏付ける。 また, 札内川を横断する東西断面でも, 上札内台地と上帯広台地の東縁では 光地園礫層の基底の高度に違いが認められる。 すなわち, 基底の標高は 上札内台地の東で 57 m, 西で 54 m, 上帯広台地の東で 50 m 前後を示し, 札内川に沿う西落ちの断層が推定される [ 第 39 図の東西断面図 C 参照 ] 上札内台地の東側では光地園礫層の上位に上札内 Ⅰ 礫層 [ Ka ] はのらないが, 西側では厚さ 11 m に達する上札内 Ⅰ 礫層が発達している。

これらの事実から, 中期更新世から後期更新世にかけて 居辺断層の活動とともに, それに平行して活動した 音更川~札内川を結ぶ構造線(音更川 - 札内川断層)が 推定される(第 39 図)。

なお, 渋山層の基底の高度や光地園礫層の基底の高度などから, 帯広川に沿っても 音更川 - 札内川に沿う構造線と同様な性格の構造線が推定される [ 第 39 図の東西断面図 C 参照 ]

第 39 図 音更川と札内川をよぎる東西断面 (松井ほか(1978c)に加筆・改編)

[ 第 39 図に関する注意書き ]
この図には以下の3枚の東西断面図が描かれている。
A : 音更町 市街を通る東西断面図,
B : 木野 市街を通る東西断面図,
C : 帯広畜産大学を通る東西断面図
この図に用いられている地質凡例は以下のとおり。
1 : 扇状地・段丘堆積物, 2 : 上士幌礫層・上札内 Ⅰ 礫層, 3 : 古期扇状地礫層,
4 : 礫, 5 : 砂, 6 : シルト, 7 : 粘土, 8 : 亜炭, 9 : 芽登凝灰岩層・屈足溶結凝灰岩層,
10 : [ 説明なし ; 第 36 図と同じ図柄を使っているなら ペンケニコロ溶結凝灰岩層 ] ,
11 : 貝化石, 12 : A と B の互層 [ 意味不明 ]

IX.1.4 美蔓 びまん 台地の傾動的上昇

美蔓台地は [ 本図幅地域の北西部で ] 西へ大きく湾曲し, [ 本図幅の北西隣の新得図幅地域内の美蔓台地の ] 北部から中部にかけては 北北西から南南東へ傾き, 中部以南では北西から南東方向へ緩く傾斜する。 本地域を含む台地の南東端での標高は 120 m 前後を示すが, 扇頂部の [ 本図幅の北西隣の新得図幅地域内の ] 鹿追 しかおい 然別 しかりべつ 付近では標高 420 m に達する。 ここでは 東縁と西縁は急峻な崖を形成し, 十勝川とは比高 120 m 前後, 然別川とは比高 80 m 前後を示し, [ 本図幅地域内の ? ] 末端部の現河床との比高 60 m に比べ著しく大きい。 面を刻む河川は 一般に 面の傾きと同一方向の流路で長い深い谷を刻む。 しかし, [ 美蔓台地の ] 北部の西縁には 崖と直交する 東西方向の流路の短かい小沢が深い谷を刻んでいる。

これらの諸事実は, 美蔓面の形成後に 美蔓台地は 西あがりの傾動を示すとともに, 南部に比べて 北部が大きい上昇運動を継続していることを示唆している。

IX.2 十勝構造盆地の変遷

すでに述べたように, 本地域を含む十勝平野には 北見 - 浦幌地塁に沿う北北東 - 南南西方向の延長を示し, 十勝中央構造帯を南限とする いくつもの構造盆地が形成された。

鮮新世末には 池田構造盆地の西に 沈降の中心を帯広盆地に移動した 内湾性の 長流枝内 堆積盆が形成された。 この内湾は 浅海 - 汽水 - 淡水相を操り返す 厚い堆積物によって埋積される。 長流枝内丘陵・幕別台地の上昇と十勝中央構造帯の活動によって, 前期更新世には 長流枝内堆積盆の西半分に渋山堆積盆地(内陸盆地)が形成された。 この内陸盆地に 酸性の軽石流堆積物が流入して盆地を埋め, 引き続いて 泥炭を挟む 軽石質砂礫粘土層で埋積されて, 帯広盆地(内陸湿原)の原形が形成された。 中期更新世の初頭には, 日高山脈南部と石狩山地の上昇によって 古期扇状地礫層が帯広盆地を埋めつくした。 これ以降, 十勝構造盆地は このような大規模な礫層の堆積を一度も行っていない。 わずかに認められるのは 極めて限られた構造的凹地を埋積している扇状地礫層にすぎない。 広く発達する地形面は, ほとんどが これらの扇状地礫層を削った削剥面である。 後期更新世には 寒冷気候の指示者である周氷河現象が形成される。 ここでは, 総括的にいくつかの段階をおって地史を概観する。

IX.2.1 長流枝内 おさるしない 内湾の時代(鮮新世後期)

池田構造盆地の東縁地域が上昇域に転化したことによって, 鮮新世末に 沈降軸が西へ移動し, 十勝構造盆地の中央部から西部に拡がる長流枝内内湾が形成された。 この長流枝内内湾に堆積した長流枝内層 [ Os ] は 浅海 - 汽水 - 淡水相を繰り返す地層である。 東縁部にあたる [ 本図幅の東隣の十勝池田図幅地域内の ] 長流枝内丘陵・幕別台地では 池田層を不整合におおって粗粒相が薄く堆積し, 本地域を含む帯広盆地下では 厚い細粒層が堆積する。

このような長流枝内層の化石群集の特徴は, ① 特徴ある絶滅種である Acila gottschei, Pseudamiantis tauyensis(中新世~鮮新世), Spisula kurikoma, Soletellina minoensis(中新世)を含むこと, ② 下部に暖流系種の Umbonium costatum, Lucinoma annulata などを産すること, ③ 全体として寒流系現生種が卓越することであり, 本別層あるいは池田層のものと差違が認められる。 花粉化石にみられる古気候は 一連の寒冷気候のなかでも 一部にやや Picea が減少し, Abies や Betula が増加し, 幾分温暖化した時期が含まれている。 このような 貝化石 及び 花粉化石の内容から, 長流枝内層の気候変化は 池田層の上部の寒冷化に引き続く, 海水温 及び 気候の寒冷 - 温暖の繰り返しが示される。 一方, 長流枝内層の凝灰質シルト層の古地磁気は 不安定微弱ながらも逆帯磁を示し, 本層に夾在する(十勝川上流域から この構造盆地の北西部~中央部に流入した) 酸性火砕流であるペンケニコロ溶結凝灰岩層も逆帯磁を示すなど, 全体に逆帯磁が優位な時代である。 また, 長流枝内堆積盆の北東部では, 長流枝内層は, K - Ar 年代が 1.70 ± 0.16 m.y. を示す 黒曜石礫を含む居辺山層に 不整合におおわれている。

以上の諸資料から, 長流枝内 内湾の時代は Matuyama Reversed Epoch の Olduai event よりも古く, Reunion event を挟む時期, すなわち 鮮新世末 と推定される。

IX.2.2 渋山 しぶさん 内陸盆地の時代(前期更新世)

渋山層 [ Sb ] は, 長流枝内構造盆地の東部の上昇によって 西に押しせばめられた 内陸盆地・渋山構造盆地を埋めて堆積した陸成層である。

[ 本図幅の北北北隣の糠平図幅地域内の ] 然別川~糠平川の上流の地域に源をもつと推定される, 黒雲母・石英の斑晶に富む酸性軽石流堆積物を主体とした 屈足溶結凝灰岩層 [ Kt ] ・芽登凝灰岩層 [ Me ] が 渋山層の基底層として長流枝内層を不整合におおい, さらに, その二次堆積層を主体とする凝灰質砂・シルト層に, 厚薄の亜炭層 及び 軽石礫を頻繁に挟む陸成層(渋山層の主部 [ Sb ] )が堆積し 湿原を形成する。

渋山層の花粉化石 及び 植物化石が示す古気候は 上下を通じて Larix [ カラマツ属 ] が 認められず, 上部に向って Picea [ トウヒ属 ] , Menyanthes [ ミツガシワ属 ] が増加する傾向を示すが, この時期が 顕著な寒冷期ではなく, 下位の長流枝内層の上部に比べると やや温暖化したと推定される。 一方, 屈足溶結凝灰岩層・芽登凝灰岩層の示す K - Ar 年代は, おおよそ 1.2~0.75 m.y.の値を示し, これらの軽石流堆積物の磁化方位は正帯磁を示している。 さらに, 渋山層の上部に夾在する凝灰岩層の磁化方位も正帯磁の傾向を示す。 [ 本図幅地域の北西隅から南東方 11 km の芽室町 ] 西士狩の凝灰質シルト層から産する 樹幹のアセチルブロマイド残存率による年代は 34 × 104 年 及び 97 × 104 年という値を示している [ 以下の [注] 参照 ]

[注]
[ 樹幹のアセチルブロマイド残存率による年代は ] 新潟大学の白井健裕 博士の私信による。

以上の諸資料から 渋山内陸盆地の時代は Jaramillo event を含む 前期更新世後期 の, 長流枝内 内湾の時代 [ = 鮮新世末 ] より やや温暖化した時代と考えられる。

IX.2.3 光地園 こうちえん 美蔓 びまん 扇状地 及び 削剥地形面 形成の時代(中期更新世以降)

光地園礫層 [ Ko ] によって構成される光地園扇状地は 十勝構造盆地の南端部から中央部にかけて分布する。 一方, 美蔓礫層 [ Ko ] によって構成される美蔓扇状地は [ 十勝構造盆地の ] 北端部から中央部にかけて分布する。 本地域の上帯広台地の北端の礫種構成資料(第 15 図)が示すように, これらの広大な扇状地は 帯広付近で合体する。 この古期扇状地礫層によって渋山構造盆地は埋められ, 新たに帯広構造盆地が誕生する。

長流枝内構造盆地や渋山構造盆地が その中心部に 大きい沈降運動を示す, 厚い堆積物によって埋積されたのとは違って, 帯広構造盆地は ほとんど みるべき沈降運動を示していない。 すなわち, 本地域の南部に拡がる光地園礫層の層厚は周縁部に向って厚く, 扇端部では地表に渋山層があらわれている。 さらに, 北部の美蔓台地では 美蔓礫層の基底面は光地園礫層のそれよりも高い(第 40 図)。 このように, 光地園礫層と美蔓礫層 [ Ko ] の形成後は 帯広構造盆地の中心部の沈降運動を示す事実は認められない。 したがって, この盆地 [ = 帯広構造盆地 ] 日高山脈・石狩山地・十勝中央構造帯・長流枝内丘陵 及び 幕別台地の 上昇による相対的低地として 前期更新世末 ないし 中期更新世初頭に形成された。

第 40 図 光地園礫層と美蔓礫層の基底の高度

[ 第 40 図に関する注意書き ]
この図には 以下の2つの断面をつなぎ合わせた断面図が描かれている。
十勝川の北部の美蔓台地(美蔓面)の 北西 - 南東方向の断面
十勝川の南部の上帯広台地(基松面)の 北北東 - 南南西方向の断面
断面図で使用されている凡例などは以下の通り。
1 : 現河床堆積物, 2 : 札内川 Ⅱb 面堆積物, 3 : 美蔓面・基松面堆積物,
4 : 光地園礫層と美蔓礫層, 5 : 渋山層, 6 : 長流枝内層,
7 : 礫の運搬方向を示す矢印, 8 : 美蔓台地の相対的上昇量を示す矢印

音更川の左岸 [ = 東岸 ] に発達する 北居辺礫層 [ Kb ] は, 音更川の上流域では 音更川の削剥から取り残されて 南北方向に広い分布を示す。 この分布域は [ 東側の ] 長流枝内丘陵と [ 西側の ] 美蔓台地・瓜幕台地の間の 北北東から南南西の直線的な構造凹地に限られている。 一方, 南部十勝地域に限って 光地園礫層を削って十勝中央構造帯の南部からその西側に東北東に延びる礫層 [ 東側の ] 幕別扇状地礫層が堆積している(小坂ほか, 1978)。 光地園礫層・美蔓礫層の堆積後の このように限られた分布を示す扇状地礫層の発達は, 堆積の場の構造的位置に規制されるだけでなく, これらの礫層を供給した帯広盆地縁 及び 北縁・南縁の山地の上昇を示している。 すなわち, 光地園礫層・美蔓礫層の形成から北居辺礫層・幕別扇状地礫層の形成の間に, 石狩山地の上昇域はやや東へ移動し, 日高山脈の上昇域は南部から中央部に移ったことを示すと考えられる。

すでに述べたように, 本地域南部には 全域的な拡がりを示して分布する光地園礫層を削って, 基松面・上札内 Ⅰ 面・上札内 Ⅱa 面・上札内 Ⅱb 面などの地形面が発達している。 これらの地形面は 部分的に薄い礫層を堆積するものの, 基本的には光地園礫層の削剥面である。 これらの地形面を [ 本図幅の南に ] 隣接する大正図幅地域へ追跡すると, 札内川の支流の 戸蔦別 とったべつ 川が 北西から南東へ流路を移動させながら下刻を続け, 北から南へ 階段状に 上札内 Ⅰ 面, 上札内 Ⅱa 面, 上札内 Ⅱb 面を残している。 これは 日高山脈の北部の上昇が反映されたものであろう。

後期更新世に入ると, 帯広盆地の北と南から上士幌礫層・上札内 Ⅰ 礫層 [ Ka ] が 音更川 - 札内川断層に沿った 構造凹地を埋めて堆積する。 この礫層を削って 新期扇状地・段丘面が形成される。

このように, 本地域が その中央部に位置する構造盆地は, 鮮新世~前期更新世の構造運動の諸特徴 -- 長流枝内丘陵・幕別台地の上昇, 居辺断層の活動, 十勝中央構造帯の活動 -- に加えて 石狩山地の上昇域の東への移動, 日高山脈の南部 → 中部 → 北部への差動的上昇, 音更川 - 札内川断層にみられる活構造などに規制されている。 すなわち, 光地園礫層・美蔓礫層の大量の堆積以降は, 構造的凹地に局所的に堆積した北居辺礫層・幕別扇状地礫層, 上士幌礫層・上札内 Ⅰ 礫層のほかは 見るべき礫層の形成は行われず, これらの旧・新の礫層を削剥して 多くの古期・新期の地形面が形成された。

IX.2.4 寒冷気候下の帯広盆地(後期更新世~現世)

十勝平野が ウルム氷期を通じて 著しい寒冷気候下にあったことは, 十勝団研の一連の研究によって明らかにされている(木村ほか(1970・1972・1978); 大江・小坂(1972); 野川ほか(1972・1978); 星野・小坂(1978); 十勝団研(1978))。

上士幌礫層・上札内 Ⅰ 礫層 [ Ka ] の形成後から現河床礫形成まで, 本地域には 堆積地形面の発達はみられなく, 上札内 Ⅱa 面・駒場面と上札内 Ⅱb 面・大和面は いずれも, より古い扇状地面・段丘面の削剥面である。 Spfa 1 堆積の時期を転機に ウルム氷期 中~後期の寒冷乾燥気候が卓越する。 Spfa 1 をおおって安定した分布を示す褐色ローム層, En-a をおおって分布するボール状ローム層の形成期は, やや温暖な時期・亜間氷期を示すものであろう(第 10 表)。

第 10 表 更新世以降の地史 (小坂ほか(1979)に一部加筆)

地質時代 14C 年代
単位は 年 B.P.
堆積物 テフラ 寒冷指標
括弧 "()" は
本図幅地域外

本地域に分布する Spfa 1 は 分布の中心軸から離れているため, 南部十勝地域にみられる Spfa 1 古砂丘 (木村ほか(1972・1978); 松井ほか(1974); 帯広市教育委員会(1978))は [ 本図幅地域には ] 認め難い。 しかし, 祥栄でみられるように, 後 Spfa 1~前 En-a の間に数回のインボリューションが形成されており, また, 川西では クラックの発達した褐色ローム層の堆積後・ En-a の堆積前の限られた時期に礫の示差的上昇(構造土形成)が認められる。 このインボリューションや構造土形成の時期は, 南部十勝の Spfa 1 古砂丘形成の時代, 14C 年代で 28,750 ± 1,840 年 B.P.(GaK-7080 ; 帯広市教育委員会(1978))と 23,500 ± 800 年 B.P.(GaK-3260 ; 藤山・田沼(1972))から En-a の堆積前に対比される。

En-a の堆積後の寒冷荒原・古帯広砂漠の時代は, En-a の降下直後の En-a 古砂丘 1 形成(15,000 ± 400 年 B.P.)にはじまり, 休止期(13,100 ± 1,200 年 B.P.)を挟んで En-a 古砂丘 2 が形成され, それをおおうボール状ローム形成(11,940 ± 240年 B.P.)の以前に終了したことが 明らかである。 En-a が砂丘砂として 大きく移動を続けて砂丘を形成していた寒冷な時代に比べて, その休止期 及び 停止期の堆積物である褐色ローム層 及び ボール状ロームの形成は, やや冷涼な気候を示すといえる。 14C 年代によれば, 古砂丘1の形成は 最古期ドリアス(Oldest Dryas)期, 休止期は ベーリング(Bölling)亜間氷期, 古砂丘 2 の形成期は旧期ドリアス(Older Dryas)期, 停止期は アレレード(Alleröd)亜間氷期に対比される。 ボール状ロームの堆積とほぼ同時期と考えられる上札内Ⅱb面・大和面の形成は, アレレード亜間氷期の可能性が大きい。

北芽室のインボリューションは Ta-d 降下前の更新世最末期の寒冷期を代表する。

中札内面・音更面の形成は ソフトロームの形成, Ta-d の降下(8,940 ± 160 年 B.P.)に引き続く温暖期に対比される。

帯広畜産大学の構内の芝塚・十勝坊主に示される寒冷期は To-c 降下の後・ Ta-b 降下の前であって, 14C 年代で 2,020 ± 90 年 B.P. ないし 3,240 ± 110 年 B.P. から 1,667 年 A.D. の間と推定される。

X. 応用地質

本地域における資源としては, かつて [ 本図幅地域の北東隅から南西方 10 km の国見山の南西の ? ] 十勝炭鉱で稼行された 渋山層の主部 [ Sb ] に夾在する亜炭と, 地表下 700 m から 1000 m にかけて湧出する温泉, 及び 骨材の対象となる上札内 Ⅰ 礫層 [ Ka ] 及び 氾監原堆積層 [ a ] の玉石・砂利などがある.

X.1 亜炭

渋山層の主部 [ Sb ] には 亜炭層を数層夾在する。 長尾(1958)の調査報告から推定すると, [ 国見山の南西にあった ? ] 旧 十勝炭鉱で嫁行された炭層は 渋山層の模式地の西士狩 [ ← 本図幅地域の北西隅から南東方 11 km ] 付近に発達する 最も厚い亜炭層に対比される。 この亜炭層の炭丈は 70~90 cm で かなり連続している。 しかし, 他の亜炭層は 10~20 cm と薄く 膨縮が著しい。

日本工業規格による炭質区分によると, 炭質は 褐炭(F2)に属する。 亜炭層には 草質炭と木質炭がみられ, 下半分に夾在する亜炭層に木質炭が多い。 工業分析(日本鉱産誌 Ⅴ-a, 1960)の結果は第 11 表のとおりである。 なお, 採掘したままの状態では 水分含量は 40 % 前後である。 旧 十勝炭鉱の炭量は 長尾(1958)によって 1,753,000 t と推定されている。

第 11 表 十勝炭鉱の石炭の工業分析表 (日本鉱産誌 Ⅴ-a, 1960)

水分
(%)
灰分
(%)
揮発分
(%)
固定炭素
(%)
発熱量
(kcal / kg)
補正純炭発熱量
(kcal / kg)
JIS の
炭質区分
16.31 12.57 46.50 28.62 4,230 5,948 F2

旧十勝炭鉱の鉱区は 国見山 自然観察教育林に指定されているほか, 農耕・植林などに使用されている。 自然環境保護の立場, 炭量・品位などを勘案すると, 今後 エネルギー資源の見直しが問われても 稼行の見通しは乏しい。

X.2 温泉

[ 本図幅の東隣の十勝池田図幅地域内の ] 帯広市の東方に十勝川温泉がある。 近年, 本地域内でも 探度 700 m から 1,200 m に達する温泉の試掘 [ 以下の [注] 参照 ] が行われ, 湧出量が 1 分間に 600~1000 litre, 温度が 40.5~44.5℃ の自噴泉が得られている。 北海道 衛生研究所 鉱泉課の資料による分析値を第 12 表に示す。 この表に示すように, 泉質は大別して 単純硫黄温泉(第 12 表の 1)と単純温泉(第 12 表の 2)の2種類である。

[注]
[ 帯広市街付近の温泉の ] 試錐(1~5)の位置は地質図に示してある。

第 12 表 温泉ボーリング 1 及び 2 の含有成分とその分量 (1 kg 中に含有する分量 ; 北海道 衛生研究所 分析資料(1976))

1. 単純硫黄温泉(温泉ボーリング深度 : 750 m)

2. 単純温泉(温泉ボーリング深度 : 1000 m)

帯広市 [ の国鉄 帯広駅 ] を中心とする温泉試掘 1~4 では 地下増温率はいずれも 100 m について 4℃ で, [ その北方の ] 木野の市街の北 [ ← 国鉄 帯広駅の北方 6 km ] の温泉試掘 5 では 深度 1,180 m で地中温度 57℃ に達し, この増温率より高い値を示している。

X.3 骨材

十勝川 及び 札内川両水系の氾濫原堆積層 [ a ] は 骨材として 良質の玉石・砂利が大量に分布し, 現在, 本地域を中心に土木建築工事用 及び 道路敷石用として採取されている。

昭和 53 年度の北海道開発局 帯広開発建設部 管理課の資料によれば, 両水系の国営管理区域における 砂利掘削可能量 及び 採取可能総量は第 13 表のとおりである。

第 13 表 骨材の掘削可能量と採取可能総量 (帯広開発建設部 管理課, 1978)

水系 掘削可能量(m3 採取可能総量(m3
十勝川上流 (札内川合流点より上流) 10,755,000 2,342,000
十勝川下流 21,172,000 0
札内川 8,170,000 1,318,000

両水系の氾濫原において, 昭和 49 年~53 年の5ヵ年間に採取された砂利量は 次のとおりである。

水系 砂利採取量(国有・民有地合計 ; m3
十勝川上・下流 4,077,979 [ ← 第 13 表の採取可能総量より大 ? ]
札内川 1,172,131

とくに 札内川水系の砂利は 上流域に分布する日高帯の変成岩・深成岩類に由来しており, 見かけの比重(宇部生コンクリート K.K. 調べ)は 2.68 ± 0.02(礫径 25 mm), 2.70 ± 0.02(礫径 40 mm)と高く, 骨材としての品質は極めて良好なものである。

このほかに, 札内川水系では 上札内 Ⅰ 礫層 [ Ka ] の分布地域, とくに上札内台地の北端部の 依田 よだ 付近で この礫層の礫を骨材として採取している。

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QUADRANGLE SERIES
SCALE 1 : 50,000

Kushiro (2) No. 42

GEOLOGY OF THE
OBIHIRO
DISTRICT

By Itsumi MATSUZAWA, Masaru MATSUI, Yūkō KONDŌ, Syūryō SEGAWA, Minoru TANAKA and Kinji KOKUBO (Written in 1980)


Abstract

TOPOGRAPHY

The mapped area is situated in the central Tokachi district of the broad Tokachi Plain extending between the Ishikari Mountains Region, the Hidaka Mountain Range and the Shiranuka Hills, and it is topographically divided into two regions by the Tokachi river ; the north plateaus and the south plateaus. Among these plateaus, some plateaus such as Biman, Shihoro, Mikage, Kamiobihiro, Kamisatsunai and Makubetsu compose this mapped area. On each plateau develops some of the following flat planes which were formed during the Middle to Late Pleistocene, such as Kochien - Biman, Kyōei - Memuro - Kitaoribe Ⅱ, Kamisarabetsu Ⅱ, Motoimatsu, Kamisatsunai Ⅰ- Suzuran, Kamisatsunai Ⅱa - Komaba, Kamisatsunai Ⅱb - Daiwa, and Nakasatsunai - Otofuke Plane of Holocene.

The differences in direction of inclination of these planes seem to have occurred successively from middle Pleistocene to Holocene, as the results of noticeable uplift of the Hidaka Belt, subsiding of the Tokachi Tectonic Basin and upheaving of the Makubetsu Plateau connected to the Toyokoro Hills.

In Kitafushiko, Kawanishi and Aikoku areas on the Kamisatsunai Ⅰ Plane, there have been detected more than 230 ancient dunes composed of the materials which derived from the deposits of the Eniwa Pumice Fall "a".

GEOLOGY

The stratigraphical succession in this area is shown in Table Ⅰ .

Table Ⅰ Summary of the Stratigraphic Sequence in the Central Tokachi Plain

Age Stratigraphy Remarks
Quaternary Holocene Overflow deposits Ta-b
Ta-c
Gravel, sand
Nakasatsunai Plane Deposits Ta-d Gravel, sand
Middle~Late Plistocene Kamisatsunai Ⅱb Plane Deposits
and Daiwa Plane Deposits
Soft loam Gravel
Kamisatsunai Ⅱa Plane Deposits
and Komaba Plane Deposits
Ball structured loam
En-a
Dune sand
Gravel
Kamisatsunai Ⅰ Plane Deposits Spfa 1 and 2 Dune sand
Kamisatsunai Ⅰ Gravel Bed
and Kamishihoro Gravel Bed
Gravel, sand
Motoimatsu Plane Deposits Op-1
Ssfa
Loam
Kamisarabetsu Ⅱ Plane Deposits Loam
Kyōei Plane Deposits
and Shimosahoro Plane Deposits
Red-brown loam Gravel, sand and loam
Kitaoribe Gravel Bed Gravel, sand
Kōchien Plane Deposits
and Biman Plane Deposits
White clay Clay and weathered pumice
Kōchien Gravel Bed
and Biman Gravel Bed
Decayed gravel
Pliocene~Early Pleistocene Tokachi Super-group Shibusan
Formation
Main part Pumiceous sand, clay and peat
Kuttari Welded Tuff Bed
and Metō Tuff Bed
Acid tuff and pumice flow
Neogene Osarushinai Formation Gravel, sand, clay and lignite

Acid welded tuff

[ Legend on the geological map (Penkenikoro Welded Tuff (Pt) is shown in profile) ]

Quaternary Holocene Overflow deposits a Sand, gravel and clay
Nakasatunai Plane Deposits Ns Gravel and sand
Pleistocene Kamisatsunai Ⅱb Plane Deposits
and Daiwa Plane Deoposts
K2b Gravel and soft loam
Eniwa Sand Dune Deposits Sd Reworked deposits of
Eniwa Pumice-Fall Deposits "a"
(En-a)
Kamisatsunai Ⅱa Plane Deposits
and Komaba Plane Deposits
K2a Gravel, ball structure loam and
Eniwa Pumice-Fall Deopsits "a"
(En-a)
Kamisatsunai Ⅰ Plane Deposits K1P Brown loam and
Shikotsu Pumice-Fall Deposits
1 and 2 (Spfa 1 and 2)
Kamisatsunai Ⅰ Gravel Bed
and Kamishihoro Gravel Bed
Ka Gravel and sand
Motoimatsu Plane Deposits Mo Gravel, brown loam,
pumice-fall (Op-1) and
scoria-fall (Ssfa)
Kamisarabetsu Plane Ⅱ Deposits Kf Reddish brown loam
Kyōei Plane Deposits
and Shimosahoro Plane Deposits
Ke Gravel, sand and
reddish brown loam
Kitaoribe Gravel Bed Kb Gravel and sand
Kōchien Plane Deposits
and Biman Plane Deposits
KoP White clay
Kōchien Gravel Bed
and Biman Gravel Bed
Ko Gravel and sand
(with decayed gravel)
Tokachi Super Group Shibusan
Formation
Main part Sb Clay, sand and pumice
(with peat)
Kuttari
Welded Tuff
Kt Pumice-flow deposits.
Biotite rhyolite welded tuff
Metō Tuff Me Pumice-flow deposits.
Biotite rhyolite tuff
Neogene Pliocene Osarushinai Formation Os Gravel, sand and clay
(with tuff and lignite)
(with
  Penkenikoro Welded Tuff)
Pt Hornblende biotite rhyolite
welded tuff

Tokachi Super-group

The Tokachi Super-group, developed in the Tokachi Plain, is divided into the following four parts in ascending order : the lower part(Honbetsu, Nukanai and Ashoro Formations), the middle part(Ikeda Formation), the upper part(Osarushinai and Oribeyama Formations), and the uppermost part(Shibusan and Nakazato Formations). Among them, the upper and uppermost of this Super-group, the Osarushinai and Shibusan Formations, develop in this mapped area.

Osarushinai Formation

The Osarushinai Formation, consisting of gravel, sand, clay and lignite, accompanied with tuff beds, is the sediments of a shallow sea and terrestrial basin. The Pankenikoro Welded Tuff of pyroclastic flow inflowed in this basin. The flora of the Osarushinai Formation indicates repetitions of cold and cool paleo-climates. According to the paleo-magnetic stratigraphy and K - Ar dating, the Osarushinai Formation is presumed to be the deposits in the Latest Pliocene prior to the Olduvai event of the Matuyamna Reversed Epoch.

Shibusan Formation

The Shibusan Formation develops on the Biman and some other plateaus in the mapped area. This formation is subdivided into the basal member (Kuttari Welded Tuff Bed and Meto Tuff Bed) and the main part. The Kuttari Welded Tuff Bed and Metō Tuff Bed overlie the Osarushinai Formation with uncomformable relation, and consists of acid pumice-flow and fall deposits. The main part, which consists of clay, pumiceous sand, gravel, thin peat and tuff, is the sediments of terrestrial environment. Judging from the K - Ar dates and paleo-magnetic evidences, the age of the Kuttari Welded Tuff and Metō Tuff is correlative to the Jaramillo event and the main part may extended through the latest Matuyama Reversed Epoch to Brunhes Normal Epoch. Therefore, the age of the Shibusan Formation is of latest Early Pleistocene.

Middle~Upper Pleistocene Deposits

It is noticeable that the fanglomeratic deposits, the Kōchien-Biman Gravel Beds, prevail throughout the mapped area, underneath the whole younger Pleistocene sequences. The lithofacies of the Kōchien - Biman Gravel Beds suggests that the western and northern hinterlands, namely a part of Hidaka Belts and Ishikari Mountains, have been eroded away vigorously in Middle to Late Pleistocene.

Some younger pyroclastic and gravel deposits cover the older dissected Kōchien - Biman Gravel Beds. Such younger gravels are the fan and fan-surface deposits formed by erosion and denudation of the older thick gravel bed. The differences among these flat topographic planes in distribution, inclination of plane surface and kind of composing pebbles suggest the upheaval movements in the Hidaka Belt and the Ishikari Mountains since the Middle Pleistocene were not uniform in places, and the acme of rapid upheaval in the Hidaka Belt was earlier in its southern part than its northern part.

For the correlation of the topographic flat surfaces in this plain, several pyroclastic fall deposits were used as excellent key-beds, viz. in ascending order :

Shikotsu Scoria Fall Deposit (Ssfa)
Orange coloured Fall Deposit (Op-1)
Shikotsu Pumice Fall Deposit Ⅱ (Spfa2)
Shikotsu Pumice Fall Deposit Ⅰ (Spfa1)
Eniwa Pumice Fall "a" (En-a)

These pyroclastic fall deposits in the Tokachi Plain, including the mapped area, are roughly estimated to have accumulated from about 50,000 years to about 10,000 years B.P. This estimation is based upon the 14C age of the several horizons of pyroclastic fall deposits.

Kōchien Gravel Bed and Biman Gravel Bed

The Kōchien Gravel Bed is composed of decayed cobbly gravels cemented with clay. The gravels consist of sandstone and slate derived from the Hidaka Super-group, and the rocks composing the Hidaka Belt such as hornfels, migmatite and granite. This gravel bed is traceable to far east, though its upper parts have been lost by later dissection, on the Makubetsu Plateau.

Biman Gravel Bed, developing in north plateaus, is composed of decayed cobbly gravel cemented with clay and tuffaceous sand. The gravels consist of andesite and welded tuff derived from the Ishikari Mountains and the rocks composing the Hidaka Belt such as hornfels, slate and granite.

Kōchien Plane and Biman Plane Deposits

A unique yellowish pale clay bed is frequently observed on the Kōchien and Biman Gravel Bed. These "fan-surface deposits" named "White-clay" because of its characteristic whitish appearance, seem to be the product of arigillization of volcanic ash deposit.

The clay mineral compositions is characterized by a predominant amount of allophane and halloysite on Kōchien Plane, and of vermiculite and 7 Å kaolin mineral on Biman Plane.

Kitaoribe Gravel Bed

The Kitaoribe Gravel Bed, which develops in southern part of Shihoro Plateau in this mapped area, is composed of some decayed cobbly gravel cemented with sand. The gravel's composition is characterized by a predominant amount of andesite and welded tuff, and the rocks composing the Hidaka Belt such as slate and granite. This gravel bed is considered to have been accumulated in narrow subsiding zone in N-S direction along the Shihoro Plateau.

Kyōei, Shimosahoro, Kamisarabetsu and Motoimatsu Plane Deposits

These deposits were formed successively on the dissected surface plane by erosion of the Kōchien Gravel Bed. They are composed of thin reddish brown loam, brown silty loam or thin sorted gravel bed.

Kamisatsunai Ⅰ Gravel Bed and Kamishihoro Gravel Bed

These gravel beds are laminated cobbly gravel more then 20 m thick, they are considered to have been accumulated in a narrow subsiding zone in N - S direction along the down stream of the Otofukegawa and the Satsunaigawa. These gravels conisist of the rocks derived from Hidaka Belt and Ishikari Mountains. Tephrochronological investigation revealed the date of these gravel beds to be younger than the deposition of Op-1 and older than the Spfa1 and 2.

Kamisatsunai Ⅰ, Ⅱa, Komaba, Kamisatsunai Ⅱb and Daiwa Plane Deposits

The Kamisatsunai Ⅰ Plane Deposits consist of brown loam intercalating Spfa1 and 2. The Kamisatsunai Ⅱa, Komaba Plane Deposits, brown loam and pebbly gravel, are younger than Spfa1 and older than the ball structured loam. The loam and gravel of the Kamisatsunai Ⅱb and Daiwa Plane Deposits are younger than the ball structured loam and older than the soft loam.

Ancient sand dunes and periglacial phenomena

More than 230 ancient sand dunes scatter widely on the Kamisatsunai Ⅰ Plane, in this mapped area, and they are recognized to have been formed under the periglacial climactic conditions during the Late Pleistocene. These sand dunes are mainly composed of reworked pumiceous fine sand derived from En-a. Many other buried periglacial phenomena such as involutions and rising of pebbles are found on many planes in Takachi Plain including this area. The age of these phenomena are considered to coincide with the cold climatic stages confirmed by pollen and floral assemblages. 14C age determination of these cold climatic stages was carried out on natural charcoals found in several horizons of the loam.

Deposits in Holocene

After the latest Pleistocene glacial stage accumulated the Nakasatsunai Plane Deposits and the fluvial plane deposits. The Nakasatsunai Plane Deposits are formed on the dissected surface plane by erosion of the Kamisatsunai Ⅱb Plane Deposits, and after Nakasatsunai Plane Deposits had been eroded out, the fluvial plane deposits were accumulated on the erosional surface of the Shibusan Formation. They are modified by some periglacial phenomena such as earth hummocks which were constituted in a cold climatic stage of Holocene about 2000 - 3000 years B. P.

Geological history and Tectonic movements

The Osarushinai depositional basin is formed by subsequent westerly shifting of the Ikeda Basin. The Osarushinai Formation is the deposits prior to the Olduvai event of the Matuyama Reversed Epoch. Then, the Shibusan Basin is formed as an inland basin by the movement of the southern rising zone, the central Tokachi tectonic zone. The Metō Tuff and Kuttari Welded Tuff flowed in this basin, the eastern margin of the Shibusan Inland Basin is defined by and active tectonic line, the Oribe Fault.

In the beginning of Middle Pleistocene, early Brunhes Normal Epoch, the rapid uplifting of both the Hidaka Mountains on the south and west, and the Ishikari Mountains on the north, supplied coarse grained clastics as source material of the Kōchien and Biman Gravel Beds, which once thickly covered all over the Shibusan Formation. These gravel beds from the framework of the topographical configuration of this area, and its areal changes in the altitudes of both the upper surface and the basal level were critically analyzed in and around this area, to detect the late Pliestocene to Holocene tectonic movements which displaced and deformed these gravel beds. It was clearly revealed that in general the Tokachi Plain including this area had been a continuous subsiding basin relative to the surrounding area of constant upheaval. Inside the basin, exists a local N - S directional upheaval area, the Makubetsu Plateau. The western margin of this plateau is defined by an active tectonic line, the Oribe Fault.

In late Pleistocene occurred N - S directional subsiding zone by the Otofukegawa - Satsunaigawa Fault. The Kamisatsunai Ⅰ and Kamishihoro Gravel Beds were accumulated in this narrow zone. The geomorphic history and tectonic developments of the mapped area from the middle Pleistocene to the Recent is shown in Table Ⅱ.

Table Ⅱ Geomorphic History and Tectonic Development of the Central Tokachi Plain from the Middle Pleistocene to Recent

Geologic
Age
14C Age
(Y.B.P.)
Stratigraphy (Tephra, loam) Periglacial
phenomena
Tectonic
Movement

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Quadrangle Series, scale 1 : 50,000, Geol. Surv. Japan, 82 p.
(in Japanese with English abstract, 7 p. )

昭和 56 年 1 月 17 日 発行
著作権所有 通商産業省 工業技術院 地質調査所

(C) 1981,Geological Survey of Japan