02034_1963

5万分の1地質図幅説明書

阿寒

(釧路 第 34 号)

工業技術院 地質調査所
通商産業技官 水野篤行
通商産業技官 佐藤茂
通商産業技官 角靖夫

北海道開発庁

昭和 38 年


目次

緒言
I. 地形・交通(角)
I.1 地形
I.2 交通
II. 地質
II.1 地質概説(水野)
II.2 上部白堊系(水野)
II.3 古第三系(佐藤)
II.3.1 浦幌層群
II.3.1.1 別保累層
II.3.1.2 春採累層
II.3.1.3 天寧累層
II.3.1.4 雄別累層
II.3.1.5 舌辛累層
II.3.1.6 尺別累層
II.3.2 音別層群
II.3.2.1 茶路累層
II.3.2.2 縫別累層
II.4 新第三系(水野)
II.4.1 布伏内累層
II.4.2 厚内層群
II.4.2.1 北部地域の厚内層群
II.4.2.2 南部地域の厚内層群
II.4.3 阿寒層群
II.5 第四系(角)
II.5.1 釧路層群
II.5.2 阿寒火山古期噴出物とその下位の段丘堆積層
II.5.3 段丘堆積層
II.5.4 新期火山噴出物
II.5.5 冲積堆積層
II.6 地質構造(佐藤)
II.6.1 褶曲構造
II.6.2 断層構造
II.6.3 地質構造発達史
III. 応用地質
III.1 石炭(佐藤)
III.1.1 概説
III.1.2 炭鉱各説
III.2 土木材料(角)
参考文献

Abstract

1 : 50,000 地質図幅説明書 (昭和 37 年 5 月稿)

阿寒

(釧路 第 34 号)


緒言

本地質図幅は北海道開発庁の委託により, 昭和 33 年度~昭和 35 年度に, 約 250 日の野外調査をおこなって, 作成された。

野外調査にあたっては, 古第三系の大半を佐藤が, 一部を水野が調査した。 また, 新第三系を水野・角が, 第四系を角が調査した。 化石の同定は水野がおこなった。 本説明書の執筆責任は「目次」で各項についてしめしたとおりである。

謝辞 : 三菱鉱業株式会社から, 5,000 分の1地形図利用の便宜をうけ, かつ, 阿寒付近の同社の未発表調査資料参照の機会をあたえられた。 同社の坂倉勝彦 地質部長ならびに関係各位に謝意を表する次第である。 また, 明治鉱業株式会社 庶路鉱業所からは, 図幅地域南部の調査のおりに諸種の便宜をうけ, また, 同社 山本敏夫 地質課長, 庶路鉱業所の三上喜康 技師からは有益な御教示をいただいた。 北海道大学の佐々保雄教授からは阿寒以北の地域に関する, 同大学の未発表資料参照の機会をあたえられたほか, 有益な御討論をいただいた。 とくに第四系については, 北海道学芸大学 釧路分校の岡崎由夫助教授から多くの貴重な資料を参照させていただき, 御教示をうけた。 以上の方々に心から謝意をあらわすものである。

I. 地形・交通

I.1 地形

この図幅地域は, 阿寒・屈斜路の火山群がつくる中山地が 太平洋岸および釧路川下流の釧路平野にむかって低下してきた, 標高 400 m 未満の低山地域である。 この間には中小の河川が数 km 間隔で並走して, ほぼ北北西から南南東へ流れている。

図幅内の西半分の地域は, 標高 300~400 m の山頂をふくむ開析の進んだ, おもに古第三系・新第三系からなる低山地であり, 東半分の地域は, 新旧の第四系からなる低山・丘陵地で, かなり開折されているが, 標高約 200 m から数 10 m までの数段の段丘が広がっている地域である。

西部の低山地 では, 茶路川・庶路川・阿寒川・舌辛川が平行して流れているので, 幅数 km の帯状の山地にわかれている。 全体として標高 300 数 10 m 台の外郭をもち, 比高 200 数 10 m の山稜が連続しているが, 支谷がよく発達して開析の進んだ壮年期の地形となっている。 山稜線はかなり屈曲しかつ高低差をもち, 概して少し西側によった位置にある。 茶路川と庶路川の西岸には, およそ 1 km 内外の間隔で支谷が櫛歯状に配置している。 上庶路付近の庶路川右岸の支谷は, 上流向きに伸長しているのがめだち, また全般に支谷は樹枝状の模様をもつが, やや北東 - 南西の方向性が優勢である。 阿寒川・舌辛川の右岸では, およそ 1.5~2 km 間隔に支谷がある。 ここでは支谷の大きさが不揃いで, 長短さまざまの樹枝状の支谷が入り組んで発達しているし, 山稜も不規則に枝尾根を派生している。 山地全体を概観すると, 鍛高 たんたか 山および上庶路周辺で古第三紀の安山岩凝灰質の地層である縫別層が分布している山地は, 他の地域より侵蝕の程度がおくれていて満壮年期の地形をしめし, 谷系が拡張期にあり, 谷壁は急傾斜している。 他の古第三系の分布地域では, この付近より侵蝕・風化が進んでおり, 場所により侵蝕や岩石の風化に差がある。 新第三系が分布する山地は, これらにくらべて風化が先行しがちで, 谷系の複合も進んでおり, 知茶布 ちちゃっぷ 川・トマリベツ川・イワイズミ沢でみられるように, 谷底の幅が広く, かつ冲積堆積物も厚い。

東部の段丘地域 は, 緩傾斜で分布する更新世前期の釧路層群の砂層・礫層・軽石質砂層が山体を形成し, この上面を標高約 200 m から数 10 m までの数段の段丘面が限っている。 釧路層群の地層は固結の程度が低くて侵蝕に弱いため, 谷の開析が進行しやすく, 谷はまだ伸長期にあるが, すでに原地形の表面が保存されている場所はせまい。 長く伸長した谷は, その中・下流部に半湿地状の幅広い谷底を生じている。

おもな河川 は, 西側から茶路川下流部, 庶路川中・下流部, 阿寒川下流部とその支流 舌辛川下流部および 仁仁志別 ににしべつ 川である。 茶路川と庶路川とは, いずれも, 主流の伸長が 40 km 余りの比較的流域のせまい河川で, 図幅地域内では 幅数 100 m~1 km の谷底平地内を 幅数 10 m 深さ数 10 cm の河流が自由蛇行している。 増水時には氾濫しやすい個所が多い。 阿寒川は, 阿寒湖を源流とする本流の伸長が数 10 km の河川で, 阿寒町市街付近で舌辛川と合流している。 河流の幅が数 10 m, 水深 1 m あまりで, 阿寒町市街付近より上流は, 幅約 1 km の谷底平地内をところどころで中洲を伴って自由蛇行している。 しかし, これより下流では, 釧路平野に連なる幅 2~3 km の半湿地の多い埋積谷平地内を, 2, 3 m ないし数 m 下刻して流れている。 舌辛川は, 幅数 10 m, 水深数 10 cm の河流が幅数 100 m~1 km の谷内を, 支谷 知茶布川合流点より上流では自由蛇行的に, これより下流では冲積層を下刻して流れている。 これらの自由蛇行状の部分, また下刻した地域でも溝状の流路の幅がせまい個所では, 増水時に氾濫をおこすことがあり, 橋梁も破損しやすい。 阿寒川の両岸には種々の比高をもつ河岸段丘がきれぎれに分布している。 仁仁志別川は, 小河川で, 低い河岸段丘が広く分布する幅 1 km あまりの埋積谷平地内を, 小さく屈曲して蛇行する。 谷の下流部は釧路平野につらなる半湿地である。

I.2 交通

舌辛川および阿寒市街以下の阿寒川下流の左岸ぞいに, 釧路 - 雄別間の雄別炭砿鉄道があり, 上流の雄別炭砿の石炭・資材の運搬だけでなく, 沿線の一般旅客・貨物の運輸を果している。 阿寒川本流にそっては, 釧路から 大楽毛 おたのしけ ・阿寒市街を経由して阿寒湖畔へ一級国道が通じ, 阿寒湖畔から, 釧北 せんぽく 峠を越えて北見・釧路両国をつなぐ主ルートとなり, また弟子屈・足寄方面へも連絡する。 この路線は阿寒国立公園の主要観光路として定期バスの他多数の観光バスが往来し, また農林畜産物の運搬路でもある。 このほか, 庶路川・茶路川・仁仁志別川沿いには部落をむすんで自動車道路が通じ, 小支流・山地にもかなり市町村道・林道が開発されている。 しかし, この地域の河川沿いの平地においての道路の建設・保全は, 半湿地部が多いこと, 冬期の凍害があること, 多量の路材が簡易にえられないことから案外容易でない。 また, いずれの河川も低地内を蛇行し, 出水時に氾濫する箇所もあるので, 安価に直線道路が計画しがたく, 橋梁の架設も小河の割には困難があると思われる。 中庶路 - 西庶路間には, 炭山の専用軌道が設けられている。 なお, 大楽毛 鶴丘の荒磯牧場周辺の比高約 70 m の段丘平坦地を整地して, 釧路飛行場が建設され, この地方の空港となっている。

II. 地質

II.1 地質概説

阿寒図幅地域は第 2 図にしめすように釧路炭田のほぼ中央部をしめ, 北隣の雄別図幅地域と同様に, 釧路炭田をつくる新生界のほとんど全部の地質系統と白堊系の一部とが分布している。

第 2 図 釧路炭田の地質概略図

釧路炭田一帯については古くから, 炭田開発と関連して, 数多くの調査研究がなされている。 この地域については, この数年内の研究として今西 11) の報告がある。 周辺の各地質図幅調査は筆者らをふくむ多くの地質調査所員によって進められ, その結果の大部分がすでに公表されている。 これらの諸調査によって釧路炭田の地質について, かなり多くの新しい知識ならびにより正確な知識がつけ加えられた反面, これらを総合すると, とくに新第三系についてはくわしい検討を要する問題も生じてきた。

筆者らが今回の調査でえた結果は第 1 図に要約してしめした。 また, 第 1 表には筆者らの層序区分と従来のものとを比較してしめした。

第 1 図 地質総括図

第 1 表 釧路炭田地域の第三系の層序区分比較表

本図幅地域で, 白堊系と第三系とはおもに西半部の山地に, 第四系はおもに東半部の丘陵地にそれぞれわかれて露出し, 後者の地域では白堊系・第三系は地下に伏在している。 白堊系・第三系は褶曲・断層運動をうけているのにたいし, 第四系はきわめてゆるい波曲運動をうけているにすぎない。 前2者の地質構造は 新第三紀にはいってから数次にわたっておこなわれた造構運動 (最後のものは鮮新世末期である) を通じて形成されたものである。

上部白堊系 はこの地域の最古の地層である。 おもに非常にかたい砂質游泥岩からなり, まれに小型の二枚貝化石をふくむ。 岩相上, 釧路・十勝国境地域の川流布層に対比され, ヘトナイ世のものと考えられる。

浦幌層群 古第三系 の下半をしめ, この地域の全部の夾炭層をふくんでいる。 諸種の陸源砕屑岩からなるが, 全体としては, 淡水相 → 海水相 → 淡水相という1つの積成輪廻をしめし, 同時に巨視的にみれば, 粒度も粗 → 細 → 粗という変化をしめしている。 炭層は多くの層準にふくまれているが, 輪廻の初期の段階のもの(春採累層, 雄別累層)が良質であり, 後期の段階のもの(尺別累層)は劣質である。 炭層の上下からは多くの植物化石を産し, また, 輪廻の中期をしめす, 海浸最盛期の所産である舌辛累層からは多くの海棲貝化石を産する。 浦幌層群は石狩層群上部に対比され, 上部漸新統である。

音別層群 は浦幌層群と対照的にほとんど上下を通じて純海水相をしめしている。 浦幌層群の上に不整合にのると考えられる大曲砂岩層の発達は 本図幅地域ではきわめてわるい。 茶路・縫別両累層とも泥質岩がいちじるしく優勢であるが, 縫別累層ではそのほかに安山岩質の火山砕屑岩類をもともなっている。 また同累層では泥質岩の性質も茶路累層とは多少ことなり, 特に火山砕屑岩類の発達のよい所では, 本邦北部地域の新第三系にふつうにみられる, いわゆる硬質頁岩ににている様相をしめすところも多い。 本層群は上下を通じて海棲貝・有孔虫化石を多産し, 幌内層群に対比される。 上部漸新統である。

新第三系 は全部海成層からなる。 古第三系にくらべて, 岩相の水平的変化がいちじるしい。 また, 各種の火山砕屑岩類を多くふくむことも特徴の1つである。

布伏内 ふっぷしない 累層 は古第三系の上に平行不整合関係で横たわり, 游泥岩からなる。 Portlandia tokunagai hayasakai UOZUMI をふくむが, 岩相・古生物の点で上茶路図幅地域の上茶路累層ににている。 両累層はおそらく互に対比されるものであり, かつ, いわゆる川端層群にも対比され, 下~中部中新統に属すると考えられる。 なお, 本累層の分布は図幅地域の北西部に限られている。 この分布状態は, 本累層生成後 厚内層群生成前の間におこなわれたいちじるしい侵蝕作用をしめすものである。

厚内層群 は前記累層以下に対していちじるしい不整合関係で横たわる。 分布地域の北半部と南半部とで, かなり岩相・累重状況がことなっているために, それぞれで別の地層名を用い細分した。 北半部のものは雄別地域によくにており, 南半部のものは白糠, 上茶路南西部, 音別諸地域によくにている。 図幅地域北部の最下部の粗粒部からは Miyagipecten sp., Chlamys cfr. kaneharai (YOKOYAMA) が産し, また, 石英安山岩質凝灰岩類とともに主部をつくる珪藻質泥岩のなかからは, まれに Portlandia kakimii UOZUMI が産する。 これらは上部中新統のいわゆる稚内層群に対比される。 しかし, 同層群が一般に「硬質頁岩」によって特徴づけられるのにたいし, 本地域のものでは全般的に「硬質頁岩」の発達がいちじるしく不良である。

厚内層群を中心とする新第三系の諸層間の層序関係は, 第 5 図(「II.4 新第三系」の項に掲載)に模式的にしめすようにかなり複雑である。 厚内・阿寒両層群の関係は北部地域では不整合であるが, 南部地域ではなお検討の余地が残されている。 これは 厚内層群上部の白糠累層が 阿寒層群とほぼ同時期のものである可能性もあるからである。

阿寒層群 の分布地域はきわめて露出がわるく, そのくわしい断面をしることがむずかしいが, 断片的な資料を総合すると, ほぼ, 雄別地域のものに近いようである。 ただし, 安山岩質火山砕屑岩類を主とする蘇牛累層はこの地域においては地表には分布していない。 本層群におおわれる地層は地域によって異なり, 堆積前に複雑な造構運動が生じたものと考えられる。 本層群は古生物学的証拠から確実に鮮新統のいわゆる滝川層群に対比される。

下部洪積統 に属する 釧路層群 は図幅地域の東半部にひろく分布している。 全体としてきわめてゆるい波状構造をしめす。 少なくともその1部は海成であって Patinopecten yessoensis (JAY) そのほかの貝化石をふくむ。

阿寒火山古期噴出物 は図幅地域北端部だけに分布する。 阿寒火山地域から南方にのびるものの最南端部にあたる。 安山岩質の熔結凝灰岩からなり, その下位に厚さ数 m の礫層(北隣の「雄別」地質図幅 19) では古期段丘堆積層とよばれている)を横たえている。

段丘堆積層 は図幅地域東半部にひろく分布し, 西半部の諸河川の沿岸にもわずかながらみとめられる。 段丘としては少なくとも6段が識別される。

新期火山噴出物 は段丘堆積層の上面をおおってひろく図幅地域東半部に分布する。

冲積堆積層 は釧路平野に続く埋積平野をつくり, また河谷にそう平地に分布する。

白堊系および第三系の地質構造 : 白堊系・第三系の露出する地域西半部は, 構造の上から雄別複背斜帯, 阿寒複背斜帯, 音別複向斜帯, 知茶布 ちちゃっぷ 複向斜帯およびトマリベツ向斜に大別される。 複背斜帯は大小多くのドームないしドーム状背斜からなる。 個々のドームないしドーム状背斜の方向性はあまり明瞭でないが, 複背斜帯は全体として NE - SW~NW - SE 方向にのびる。 複向斜帯はゆるく波状に褶曲し, 全体として舟盆状をなす。 知茶布複向斜帯およびトマリベツ向斜は, 東方に広く分布する第四系下に拡がって, 全体として一大複向斜帯(沈降帯)を形成しているものと推定されるが, その状況は不明である。 地層の傾斜は雄別・阿寒両複背斜帯東縁部で 30°以上に急斜するほかは, 20°以下の部分が多く, 釧路炭田西半部としてはもっともゆるい。

断層は NE - SW, NW - SE, NNE - SSW および E - W の4系統に大別される。 転移量の大きいものは NE - SW および NW - SE 系統にふくまれ, また転移量・発達密度ともに複背斜帯とくにドームの頂部においていちじるしい。

本図幅地域における断層・褶曲運動は新第三紀に入ってから開始したもので, その後3回の陸化期を通じてこの運動はくりかえされ, 最後の阿寒層群 堆積後 釧路層群 堆積前にもっともはげしく活動して ほぼ現在の地質構造を形成したものと思われる。 この間, 断層運動と褶曲運動とがたがいに規制しあって, 複雑な構造配列をみちびいた。

第四系 は上記の地質構造がほとんど完成した後に形成されたものであり, 釧路層群がごくわずか波曲するほかは, ほとんど水平に横たわっている。

II.2 上部白堊系

上部白堊系は本図幅地域の北西隅および南西部にわずかに分布するにすぎない。 しかし, これは地域内に広く分布する新生界の基盤として, 地域全体にわたって, 伏在するものと考えられる。

北西隅のものは雄別背斜帯の軸部にあたり, また南西部のものは阿寒複背斜帯の一部をなしている。 両地域でともに下限不明で, 露出する範囲では, 150 m 前後以上の厚さをもつ。 全層を通じて, ほぼ一様な暗灰色の砂質游泥岩ないし微細粒砂岩からなる。 この岩石はきわめてかたく, ち密で, かつ重い。 そして大きな崖をつくりやすい特徴がある。 まれに 小型の海棲二枚貝化石(Propeamusium cowperi yubarense YABE et NAGAO など) をふくんでいる。

以上の諸特徴は雄別地域ならびに東部上茶路地域の白堊系のそれとほぼ同様である。 西部上茶路地域には, 上部白堊系が 3,000 m 前後の厚さで発達するが, 阿寒図幅地域のものは, 岩相上, 同地域の川流布層上部に相当すると考えられ, 根室地域の昆布森累層に対比されると考えられる。 これらの地質時代は産出化石の上からへトナイ世と考えられている。

II.3 古第三系

古第三系は, 上部白堊系を平行不整合関係におおって, 地域の西半部に広く分布する。 その全層厚は最大約 1,800 m に達し, 下位の浦幌層群と上位の音別層群とに2分される。

本図幅地域の古第三系と釧路炭田内他地域のそれとの対比については, 細部については多少の問題があるが, 全体としては問題がない。 石狩炭田との対比については, まだ意見の相違があるようである。 すなわち, 舌辛累層以上の古第三系全層を幌内層群に対比するものと, 音別層群だけを幌内層群に対比するものとがある。 しかし, 貝類化石および植物化石の特徴から考えると, 音別層群を大体 幌内層群に対比し, また, 浦幌層群を石狩層群上部に対比するのが最も妥当である。 音別層群は上部漸新統, 浦幌層群は下部潮新統である。 くわしいことについては文献 19 を参照されたい。

II.3.1 浦幌層群

本層群は, 阿寒・雄別両複背斜帯に分布し, その層厚は約 900 m で, 本図幅地域内ではほとんど一定している。 淡水ないし汽水成層を主体とし, その中上部に瀕海ないし浅海成相を挾む。 釧路炭田を構成する夾炭層はすべて本層群中にふくまれる。 一般に 20 m 以下, ときに数 10 m 単位の厚薄不規則な互層からなり, 地域内における岩相の水平的変化は少ない。

本層群は, 岩相によって下位から別保・春採・天寧・雄別・舌辛および尺別の6累層にわけられる [ 以下の [注] 参照 ]

[注]
この地層区分は, 本図幅地域において従来一般におこなわれていたもので, 浦幌層群堆積盆地全域(いわゆる釧路炭田)についての地層区分の統一は 今後検討すべき問題と考える。

II.3.1.1 別保累層

本累層は浦幌層群の基底礫岩層で, 明瞭な不整合面(平行的)をもって下位の上部白堊系をおおい, 地域の北西隅と, 南西部に発達する本岐ドームの中核部とに, それぞれきわめて小区域に分布するにすぎない。 その層厚は, 変化がはげしいが本岐ドームの本累層露出地では 30~40 m である。

本累層は, 全体として黝黒色(新鮮面では暗青灰色)をしめす礫岩を主とし, 淡青灰色 中粒~粗粒砂岩やときに暗灰色の游泥岩をレンズ状にはさみ, 炭化木片をふくむこともある。

礫は, おもに黒色チャート・暗灰色泥岩・輝緑凝灰岩および暗灰色砂岩などからなり, ときに花崗岩類をもまじえ, 暗灰色細粒~中粒砂岩によって膠結されている。 礫の大きさは一般に拳大以下で, 円礫が大部分をしめる。

本累層の礫岩は, 黒色礫を主とすることから, 俗に「黒玉」ともよばれる。

動物化石はみとめられていない。

II.3.1.2 春採累層

本累層は地域南西部の本岐ドームに小区域をしめて分布しているにすぎない。

下位の別保累層を整合におおう。 別保累層とのさかいは, 砂岩・泥岩あるいは両者の互層からなる夾炭層が, 比較的急激に下位の黝黒色の, 顕著な礫岩層に移りかわる部分をもってする。

層厚は, 本岐ドームの露出部では, 70~90 m で北東部ほど厚く, その北東方の本岐ドーム北東部では 100~120 m となり, 釧路炭田としても最も厚く発達している地域の1つとなっている。

本累層は砂質岩を主とし, 泥質岩を従とする厚薄不規則な互層からなり, 炭層をはさみ, 本岐ドーム中央部などでは, その下半部にときに礫岩層をはさむ。 砂岩は灰色~淡灰色(風化面では(帯黄)灰白色)細粒~中粒花崗質のものが多く, 一般に無層理であるが, 炭質物や植物化石をふくんで縞目や偽層をともなうことがある。 泥質岩は暗灰色~淡灰色であり, 緻密で一般に層理にとぼしい游泥岩ないし砂質游泥岩を主とするが, ときに淡灰色頁岩があらめの游泥岩や微細粒砂岩と葉状に互層することがある。 また上部には, 帯緑黒灰色の, 風化するとやや偏平な微細片に破砕されやすい特徴ある游泥岩が発達する。 炭層はおもに本累層の上半部に春採本層など厚薄合わせて4~5層発達する (「III.1 石炭」の項参照)。

II.3.1.3 天寧累層

本累層は地域南西部の本岐ドームに半楕円形をなして分布し, 下位の春採累層を整合におおう。 春採累層とのさかいは, 春採累層に属する泥岩・砂岩あるいは両者の互層よりなる夾炭層が 急激に礫岩の厚層に移りかわるところをもってする。 しかしながら, 本累層の上部から雄別累層最下部にかけては岩相の横の変化がいちじるしく, しかも両者とも炭層をはさんでいるために, 両累層間のさかいの設定および追跡についてはまだ凝問の点が多い。

層厚は, 本岐ドーム南西部のオサッペ沢南支沢では約 200 m であるが, 同ドーム北東部の中庶路 - オレウケナイ沢付近では 70~100 m に薄化している(第 3 図)。

第 3 図 炭柱図, 地質柱状図

本累層は, 赤・白・緑など雑色をしめす礫岩を主とし, 灰白色砂岩・暗灰色泥岩および炭層をはさむ。 礫岩は一般に大豆ないしくるみ大, ときに鶏卵大の亜角礫ないし円礫からなり, 淘汰はあまりよくない。 礫種は, 赤色・白色および暗緑色のチャートが大部分をしめ, 輝緑凝灰岩や玢岩もみとめられる。 この礫岩は, 上記のような特徴ある色調をもつことから, 俗に「赤玉」あるいは「雑色礫岩」とも称されている。 また, 前述の別保累層の礫岩が黝黒色をしめし, 比較的淘汰の良好な円礫からなるのとは, その岩質がかなりちがっている。

本累層の下部(厚さ 40~90 m)はほとんど礫岩 [ 以下の [注] 参照 ] のみからなり, 水平的岩相変化は少ないが, 中・上部は比較的水平的岩相変化に富む。 すなわち, 本岐ドーム南西部では, 本累層のほぼ中部に 砂岩・泥岩互層を主とし礫岩を混えるやや顕著な夾炭部が発達するが, 同ドーム北東部の中庶路付近では, この夾炭部は不明瞭となり, 天寧累層の中・上部全層を通じて 薄炭層をふくむ泥岩部(厚さ数 m 程度)を3・4層挾むようになる。 さらにその北東方のオレウケナイ沢 - ウエンベツ川付近では, 本累層の最上部に顕著な炭層を1・2はさむことがしられている。 しかしながら, 各炭層や夾炭部の連続状態はまだ明らかにされていない。

[注]
「雄別」地質区幅 19) のベルツナイ礫岩層に相当するものと思われる。

本累層中の炭層としては, 本岐ドーム南西部における本累層中部の夾炭部に厚薄約8層, うち稼行価値のあるもの1層が, また, オレウケナイ沢 - ウエンベツ川付近における本累層最上部には 稼行価値のあるもの1・2層がみとめられている(「III.1 石炭」の項参照)。

本累層中には, 植物化石片や珪化木をのぞいて, 化石はみとめられていない。

II.2.1.4 雄別累層

本累層は地域南部の本岐ドームおよびイルモクンナイ沢下流付近 [ 以下の [注1] 参照 ] に比較的広く分布しているほか, 地域中央部のオトンベツドームや その北西方のチロッペ沢上流部にわずかに露出している。 天寧累層とのさかいは, 本累層最下部の雄別本層 [ 以下の [注2] 参照 ] あるいは これと同層準の炭層群をふくむ泥岩と砂岩との互層が 下位の雑色礫岩層に整合的に移りかわる部分をもってする。 しかしながら, 本地域では, 天寧累層上部にも数層の炭層をはさんでいることが多く, しかも, 天寧累層上部の礫岩層の発達状態も区域によってことなるため, 両累層間のさかいは不明瞭な場合が多い。

[注1]
南隣 白糠図幅地域に発達する庶路ドームの北方延長部にあたる。
[注2]
北隣の雄別図幅地内の雄別鉱業所における現稼行炭層 19) で, 地域中南部の庶路鉱業所 本岐坑において稼行中の雄別層も同層準のものと考えられている。

層厚は, 本岐ドーム南西部のオサッペ沢付近では約 90 m で異常に薄いが, 中庶路付近では約 170 m, また, オレウケナイ沢 - ウエンベツ川 - 知茶布川上流にかけては 150~160 m でほぼ一定している。 さらにその北方の雄別鉱業所付近(雄別図幅地内)では約 200 m とやや厚くなっている。

本累層は砂質岩と泥質岩との互層を主とする夾炭層で, 上部の泥質岩がちの双雲游泥岩層と下部の砂質岩がちの雄別夾炭層とに2分される [ 以下の [注] 参照 ]

[注]
双雲淤泥岩層は, 佐々保雄 22) の双雲部層, 河合正虎 15) の清水泥岩層, 鈴木泰輔 41) の泥岩部層, 水野篤行・百石浩 19) の双雲夾炭層にほぼ相当し, 雄別夾炭層は, 河合 15) の雄別互層, 鈴木 41) の砂岩部層, 水野・百石 19) の雄別夾炭層にほぼ相当する。

雄別夾炭層

本部層の厚さは, オサップ沢では約 70 m, 中庶路・オレウケナイ沢・ウェンベツ川付近では 100~120 m, 知茶布川上流では約 80 m, 北隣の雄別図幅地内の雄別鉱業所付近では 150~170 m と推算される。

青灰白色 細粒~中粒砂岩と灰色~暗灰色游泥岩との砂岩がちの互層で, 泥灰岩および菱鉄鉱質砂岩を頻繁にはさみ, 多くの炭層をふくむ。 互層をなす個々の地層の厚さは 10 m 以下で 0.5~4 m のものがもっとも多い。 一般に層理がよく発達し, とくに菱鉄鉱質砂岩は, 侵蝕に抗して角板状に突出した風化面をなしている。

前述の春採累層や後述の尺別累層にくらべて全般的にやや暗い色をしめしている。

炭層は厚薄約 10 層ある。 これらのうち, 稼行価値のあるものは 本部層の最下部にはさまれる「雄別本層」あるいはそれの相当層1層だけである。 雄別本層は多くの場合上層と下層とに2分されており, それぞれ炭丈 1~2 m であるが, 他の炭層はいずれも炭丈が 50 cm 以下の薄層である(「III.1 石炭」の項参照)。

本部層の泥質岩中には炭質物や植物化石片を多くふくむが, これまで, 貝化石はしられていない。 しかしながら, オトンベツドームの中核部に, 双雲游泥岩層に属する特徴ある泥岩層の下位に, 砂岩と泥岩との砂岩がちの含貝化石互層(層厚約 40 m)がある。 この互層の中・上部には Corbicula の密集帯をはさみ, Ostrea が散在し, 下部には厚さ 10~25 cm の薄炭層を3層挾有する。 この含貝化石互層部を雄別累層下部層に含めるかどうかについてはまだ問題が残されているが, 本地質図幅では, 一応雄別夾炭層として取り扱っている。

双雲游泥岩層

本部層の厚さは, オサッペドーム付近では 20~45 m であるが, 他の地域では 50~70 m である。

おもに泥岩よりなり, 数層の砂岩層をはさみ, Corbicula やまれに Ostrea を産する。 オトンベツ沢付近以北においては, 本部層最上部に2~3層の薄炭層 [ 以下の [注1] 参照 ] が発達するが, ウエンベツ川付近以南の地域では炭層は認められず, 含 Corbicula 泥岩によって特徴づけられる。 本部層の泥岩中には 0.5~1 m の凝灰岩ないし凝灰質泥岩をはさみ, これは顕著な鍵層をなす [ 以下の [注2] 参照 ]

[注1]
雄別鉱業所(雄別図幅地内)の徹別層 19) に相当する。
[注2]
釧路炭田全域にわたって分布しているようである。

砂岩は, おもに細粒~中粒, ときに粗粒で, やや緑がかった帯青淡灰色(風化色は赤褐色ないし暗褐色)をしめし, 比較的層理が発達する。 砂岩は一般に本部層の最上部に多くあり, 中庶路付近では最上部に炭質物をふくむ暗緑灰色砂岩をはさむことがある。 泥岩の多くは, 暗灰~黒灰色をしめして, 層理がやや発達し, Corbicula および黄鉄鉱の結核をふくむ。 風化すると, 微細片に破砕されやすく, しばしば黄白色の被覆物を生ずる。 またこの泥岩は微細粒砂岩と微細互層(図版 1)をなし, 風化すると, 黒みがかった扁平な細片に破砕されやすい特徴ある岩相をしめすことが多い。

図版 1 雄別累層 双雲游泥岩層中上部の暗灰色游泥岩と微細粒砂岩との葉状層理 (シリクロチ沢南隣の沢の中流南の小沢)

本層の上部および下部の互層部には漣痕 [ ripple mark ] が発達する。

本部層の黒灰色泥岩には Corbicula sitakaraensis SUZUKI を多産するほか Ostrea eorivularis OYAMA et MIZUNO や魚鱗をしばしばふくむ。

III.3.1.5 舌辛累層

本累層は, 阿寒複背斜帯を構成する数個のドームや地域北西隅の雄別断層南東側の背斜部に, それぞれ独立して分布する。 本累層は下位の雄別累層を整合におおう。 両者のさかいは漸移的で, 明瞭でない場合が多い。 すなわち, 雄別累層最上部の炭層群(徹別層)が存在する場合は, この炭層群をふくむ砂岩・泥岩互層と その上位の顕著な含 Ostrea 砂岩の厚層(20 m 以上)とのさかいをもって 両者のさかいとするが, この炭層群を欠く場合には, 雄別累層最上部の特徴ある含 Corbicula 黒灰色泥岩あるいは これと砂質岩との互層部が上位の含 Ostrea 塊状砂岩に移り変る部分をもって 両累層のさかいとした。

層厚は 220~270 m で 一般にオサッペ沢 → 中庶路付近 → 知茶布川上流と北方ほどやや薄化する傾向がある。 北隣の「雄別」図幅地内では 150~200 m 19) とさらに薄くなっている。

本累層は浦幌層群堆積中で最も海進の盛んな時期の堆積物で, 浦幌層群中においてただ1つの明瞭な海成層をその中部にともなっている。 岩相上の特徴によって下位から 錦沢砂岩層・ユケピラ砂質游泥岩層およびポン舌辛砂岩層に3分する。

錦沢砂岩層

おもに層理不明瞭な帯緑青灰色細粒~中粒砂岩からなり, Ostrea を多産する。 層厚は, 本岐ドームおよび知茶布川上流では 40~50 m, オトンベツ沢では 25~35 m である。

オトンベツ沢南の支沢上流において, 一つの崖でほぼ全層を観察することができる(第 3 図)。 そこでは, 本層は厚さ 24 m の含 Ostrea 細粒砂岩層で, その下位に 雄別累層層 雲游泥岩層に属する暗灰色游泥岩と 細粒~粗粒砂岩との石炭の薄層(厚さ数 cm)をはさむ互層がある。 この炭層の下位の中粒砂岩中に Ostrea をふくんでいる。

また, 本岐坑付近では, 層厚が 30~50 m で, 下位から次のような層序となっている。

白点の目立つ粒度不揃いの粗粒砂岩および塊状中粒砂岩
…… 厚さ約 10 m
白点の目立つ堅硬な含 Ostrea 粗粒砂岩ないし細礫岩(礫には白色チャートが多く, 径 3 cm 以下)
…… 厚さ約 5 m
堅硬な細粒砂岩と游泥岩との互層で Ostrea を多く含み, 人頭大の団塊や閃緑岩質岩の礫をしばしば含む。
…… 厚さ 10~15 m

本層からは, Ostrea eorivularis OYAMA et MIZUNO を多産するほか, Papyridea harrimaui DALL, Corbicula sitakaraensis SUZUKI, Nemocardium ezoense TAKEDA を産する。

ユケピラ砂質游泥岩層

層厚は, 70~120 m で一般に北方ほど薄い。 全層を通じ, おもに塊状の淘汰不良な帯緑灰色砂質游泥岩ないし暗灰色游泥岩からなり, 海棲化石をふくむ。 一般に中 - 中下部では細粒で游泥岩からなるが, 上部あるいは下部ほど粗粒となり, 細粒砂岩の薄層をはさむようになる。 游泥岩および砂質游泥岩はしばしば玉葱状に風化して小角片に破砕されやすく, 球状の石灰質団球(中部では胡桃ないし蜜柑大, 最下部では人頭大)や玄能石をふくむ。 また, 指頭大以下の小円礫(チャートがおもで, ときに花崗岩類・砂岩・粘板岩など)が散在し, 植物化石の細片を多くふくむ。

本層の主体をなす比較的細粒の游泥岩のなかには Periploma ezoense MIZUNO et INOUE(MS.), Neptunea shoroensis MATSUI, Ancistrolepis modestoideus(TAKEDA), Mya grewingki kushiroensis NAGAO et INOUE, Venericardia akagii KANEHARA, Venericardia sp., Thyasira bisecta CONRAD, Yoldia laudabilis YOKOYAMA, Portlandia yotsukurensis UOZUMI を産し, また, 本部層下部の比較的粗粒の部分からは, Turritella "Poronaiensis TAKEDA", Dentalium sp., Mya grewingki kushiroensis NAGAO et INOUE, Macoma sejugata (YOKOYAMA) を産する。

また, 浅野 2) によれば Cornuspiroides oinomikadoi HANZAWA et ASANO, Cyclammina pacifica BECK ほか, いくつかの小型有孔虫化石が産する。

ポン舌辛砂岩層

層厚は 80~110 m である。

おもに塊状砂岩からなり, 下部は薄板状の微細粒砂岩ないし游泥岩と互層する。 下位のユケピラ砂質游泥岩層とは全く漸移的関係にあり, 両者のさかいを明確にきめることはきわめて困難である。

下半部(厚さ 40~50 m)は, 帯緑灰色細粒砂岩と微細粒砂岩ないし游泥岩との 砂岩がちの板状互層(個々の地層の厚さは数 cm~数 10 cm)で 下部ほど一般に細粒岩の量をます。 オレウケナイ沢やケトンチ沢では, この互層部の上限付近に 炭質泥岩の薄層(厚さ数 cm 以下)あるいは レンズ状の炭質物をはさむ部分があるのは注目される。 この板状砂岩からは, Yoldia laudabilis YOKOYAMA を多産するほか, 細粒砂岩の部分には Molopophorus akanensis MATSUI と Yoldia laudabilis YOKOYAMA を散在する。

本層の上半部(厚さ 40~60 m)はほとんど塊状の細粒~中粒砂岩からなり, 径 0.3~数 m の団塊(図版 2)や黄鉄鉱の小結核をふくむ。 また最上部にレンズ状をなす灰色泥岩の薄層や細礫質の部分をはさむことがある。 この部分からは, 貝化石は知られていない。

図版 2 舌辛累層ポン舌辛砂岩層上部の塊状細粒砂岩中の縞状ノジュール ( [ 地質図の ] E - F 断面線上の庶路東岸崖)

II.3.1.6 尺別累層

本累層は 図幅地域中央部の阿寒複背斜帯に比較的広地域を占めてほとんど連続分布するほか, 地域北西隅の背斜部に分布する。 下位の舌辛累層とは整合関係にある。 舌辛累層とのさかいは, 炭層をはさむ砂岩と泥岩との互層が, 下位の炭層をはさまない塊状砂岩の厚層に移りかわる部分をもってする。

層厚は, 図幅地域南西部のオサッペ沢付近では約 260 m, オレウケナイ沢 - ウエンベツ川付近では 275~290 m, 地域北西部では約 260 m で, 図幅地域内ではほぼ一定している。

本累層は全層を通じて砂質岩と泥質岩との不規則な互層からなり, 炭層や泥灰岩を頻繁にはさむ。 互層をなす個々の岩層の厚さは, 通常 5 m 以下で, 10 m をこえるものは少ない。

本累層は上部層と下部層とに2分される [ 以下の [注] 参照 ]

[注]
両部層のさかいを図幅地域について追跡するのが困難であるため, 地質図では両部層を区分していない。

下部層

個々の地層の厚さが数 m 以下(多くは 2 m 以下)の 砂質岩と泥質岩との不規則な互層からなり, 多くの炭層をはさんでいる。 一般に下部層の上部と下部がやや砂岩がちであり, 中部は泥岩がちである。 厚さは約 200 m である。

泥質岩は, 一般に灰色~暗灰色で, 泥灰岩や菱鉄鉱質細粒砂岩の薄層(1 m 以下)をはさむ。 層理は明瞭な部分が多い。

砂質岩は, 淡青灰白色(風化色は黄褐色)細粒~中粒, ときに粗粒で, 細粒のものは やや板状な菱鉄鉱質の部分や游泥岩の薄層をはさんで比較的明瞭な層理をしめすが, 中粒~粗粒のものは一般に塊状で, しばしば炭質物を縞状にはさみ, また, 偽層が発達する。 全体として, 尺別累層中の塊状砂岩は, 雄別累層中のものよりも白っぽく明るい感じのものが多い。

炭層は厚薄 20 数層を数えるが, 一般に夾みが多く, 膨縮が相当いちじるしく, しかも炭質もあまり良好でないものが多い。 したがって, 炭層相互の対比も困難であり, 連続状態のまだ明らかでないものが多い。 本図幅地域では, 一般に, 下部層の下部と上部とに炭層が密集してはさまれており, それぞれ2・3層のややみるべき炭層がところにより発達し, 一部小規模に稼行されている(「III.1 石炭」の項参照)。 発達している部分の炭層の厚さは, 山丈 1~2 m, 炭丈 0.5~1.5 m である。 下部層中部には, 炭層は比較的少なく, 且つ一般に薄い。

下部層からは, 保存不良な植物化石を産するが, 貝化石としては, オレウケナイ中流付近で, その最下部から Corbicula を1個採取したのみである。

上部層

細粒~中粒砂岩と游泥岩との大幅互層(個々の地層の厚さは一般には 2~10 m, ときに 20~30 m)からなり, 4~5層の石炭の薄層を挾む。 厚さは 70~80 m である。

泥岩には, 風化すると, 帯紫暗灰色となって非常に細かく破砕されやすく, しばしば風化面に黄色ないし赤褐色の被覆物を生ずる細粒游泥岩と, より粗粒で, 灰色~暗灰色をしめし, 風化すると, しばしば玉葱状構造をなして破砕されるものとがある。 前者は, 上部層にのみみとめられるもので, その上部に発達し, 黄鉄鉱の結核を多くふくむ。 泥岩中には泥灰岩の薄層が挾在するが, 下部層よりもはるかに少ない。

砂岩には, 淡青灰白色中粒花崗質で塊状のものが多く, 細粒で, 雲母質のものや層理の発達しているものもある。 また菱鉄鉱質でかたい部分をはさむこともある。 上部層の最上部には 10~30 m の塊状中粒砂岩(部分的に含礫砂岩)が発達する [ 以下の [注] 参照 ]

[注]
この砂岩層は, 尺別累層上位の大曲砂岩層(音別層群の基底層)として取り扱われている場合が多い (文献 4 を除いては未公表)。 しかしながら, オレウケナイ沢においては, 厚さ約 20 m のこの塊状砂岩の上位に 2~3層の薄炭層(厚さ 10 cm 前後)を含む約 1 m の泥岩層があり, その上位に やや凹凸のある面をへだてて 大曲層の基底とみられる粗粒砂岩ないし細礫岩が重なっていることから, この塊状砂岩およびその上位の含炭泥岩層は 当然 尺別累層に含められるものと考える(第 3 図および 茶路累層大曲砂岩層の項 [ II.3.2.1 茶路累層 ] 参照)。 この砂岩層は, オレウケナイ沢北東方のウエンベツ川およびそれ以北では, 厚さ 5~10 m の2~3層の塊状砂岩に分岐し, 前記の含炭泥岩層に相当する部分から Corbicula を産することがある。 一方 南西方のオサッペ沢付近では, 砂岩層の厚さが約 30 m に発達し, この上位の含炭泥岩層は全く消滅して, 上位の大曲砂岩層との境界はきわめて不明瞭となっている。

上部層中には, Corbicula sakakibarai(OTATUME), Ostrea eorivularis OYAMA et MIZUNO が多産するほか, Corbicula (Batissa) sitakaraensis (SUZUKI), Cerithidea sp. が産する。 Corbicula は泥岩ないし細粒砂岩中に多くみられ, とくに帯紫暗灰色游泥岩中に2~3層の密集帯をなし, Ostrea は 泥岩と砂岩との地層界付近の砂岩および泥岩中に2~3層の密集帯をつくっていることが多い。

II.3.2 音別層群

本層群は, 図幅地域における音別複向斜帯の大部分および知茶布複向斜帯の周辺部をしめて, 地域西半部に広く分布する。

上位の地層によって不整合におおわれるため, 全層厚は不明であるが, 地域内に分布している部分の最大層厚は約 1,100 m である。

下位の浦幌層群が非海成層を主体とする地層であるのに対して, 本層群は純然たる海成層よりなり, 多数の海棲貝化石を産する。

浦幌層群との関係については, まだ疑問の点が多いが, 不整合関係にある可能性が強い。

本層群はその岩相によって, 下位の茶路累層と上位の縫別累層とに2分される。

II.3.2.1 茶路累層

本累層の厚さは 200~300 m である。

全累層を通じてほとんど游泥岩からなり, わずかに砂岩をはさむ。

本累層は基底部の大曲砂岩層と主部をなす茶路游泥岩層とにわけられる。

大曲砂岩層

一般に淘汰のよくない砂岩からなり, その層厚は, 図幅地域中部のオトンベツ沢では約 6 m, その南西方のオレウケナイ沢では 3 m 以下となる [ 以下の [注] 参照 ]

[注]
釧路炭田中・西部では, 本層は緑色板状砂岩によって特徴づけられ, その厚さも 100 m 前後である。

下位の尺別累層との関係については, これまで, 整合 19), 41) とも不整合 22), 43) とも, また部分的不整合 37) とものべられている。 しかしながら, 図幅地域内においては, 地域的に軽微な不整合を思わせるような露頭はみとめられるが, 全般的に不整合をしめすような証拠は, 露頭観察からも地質図のうえからもえられていない。 すなわち, 第 4 図にしめすように, オトンベツ沢やオレウケナイ沢では, 大曲砂岩層の基底面は小規模な不平坦面をなし比較的明瞭であるが, オレウケナイ沢南方の神の沢やその西方のオサッペ沢などでは, 露頭で観察されるかぎり, 大曲砂岩層と尺別累層とは全く漸移関係にある。 しかしながら, 炭田西部においては, 両者間に明瞭な不整合がみとめられている 23), 43) ことから, 本図幅地域におけるその決定にはなお慎重な検討を要するものと思われる。 本図幅においては, 一応不整合としてとりあつかうこととする。

第 4 図 浦幌層群と音別層群との関係をしめす見取図(オトンベツ川上流)

尺別累層と明瞭なさかいをもって重なる場合には, 大曲砂岩層は, 淘汰不良な粗粒砂岩ないし細礫岩(一般に小豆大以下)の 10~60 cm の薄層を基底層とし, 上位ほど次第に粒度を減じて茶路游泥岩層に漸移する場合が多い。 第 4 図にみられるように, 基底層上位の砂岩中には径 0.5~1 m の層理あるいは偽層の発達した団塊 [ 以下の [注] 参照 ] をふくむことがある。

[注]
尺別累層最上部の塊状砂岩層中にもこれと酷似の団塊がふくまれることがある。

また, 尺別累層に大曲砂岩層とが漸移関係にある場合には, 岩質上から両者を識別することはむずかしく, あたかも, 大曲砂岩層を欠いて 尺別累層と後述の茶路游泥岩層とが直接漸移関係にあるかのようにみられる。

茶路淤泥岩層

下位の大曲砂岩層とは漸移関係にあり, 游泥岩としてみとめられる部分から上位を本層とした。

層厚は一般に 300 m 前後であるが, 図幅地域北西隅において約 200 m, 阿寒複背斜帯南東側のイワイズミ沢付近において 200 m 以下に薄化し, さらにその南方では厚内層群下位の不整合によって侵蝕除去されて全く分布していない。

全層おもに游泥岩からなり, ときに砂岩層をはさみ, 海棲貝化石, 泥灰岩団球および炭化した植物片化石を多数ふくむ。 また所により下限付近に1~2層の淡黄色(風化色)凝灰岩の薄層がみとめられる。

游泥岩は, 本層の最下部では, やや粗粒で暗灰色をしめし, 風化するとしばしば茶褐色となり, かつ, 黄色の「粉」をふき, 玉葱状構造をなして破砕されやすい。 下部から中部にかけては, 一般に, 風化面が淡灰色(新鮮面は暗灰色)をしめし, 風化すると角稜ある細片に砕かれやすく, 山腹や山稜近くで大きく崩壊して白っぽい崖を作ることが多い。 最下部から下部にかけては, 概して石灰質団球を多くふくむ。 上部では, さらに明るい灰白色となるがやや緑がかって, 比較的大きく(数 cm~10 cm 程度)砕かれる傾向がある。 最上部では所により(例えば地域北部の住吉北方)帯青灰色をしめして 次に述べる縫別累層の游泥岩と酷似する。 層理は一般に不明瞭であるが, 上部から最上部にかけてやや明瞭である。

砂岩は淡青灰色をしめし, 細粒~中粒で本層の上部と下部とに比較的多くはさまれ, 最上部のものは一般にいちじるしく雲母にとむ。 とくに, 図幅地域北西部では, 本層の上限付近に, 厚さ 5 m 以上ときに 30 m に達する 顕著な砂岩ないし砂岩がちの砂岩泥岩互層が連続分布している。 この砂岩は住吉部落北方約 1 km の庶路川ぞいでよく観察される。 オレウケナイ沢上流では, 本層の最下部に海緑石質細粒砂岩の薄層(厚さ約 10 cm)をレンズ状に挾む。 また本層上部には, 住吉部落北方約 1.5 km 付近の庶路川ぞいやタンネナイ沢入口の約 300 m 南方など, 所により砂岩脈が発達し, 前者では, 厚さが 2.5 m に達する。

化石 : 茶路層下部の, ノジュールにとむ游泥岩から, Periploma ezoense MIZUNO et INOUE(MS), Neptunea onbetsuensis MATSUI, Venericardia sp. などが産し, また, 中上部からは, 一般に決して豊富ではないが次のような種が産する。

"Minolia" funiculata YOKOYAMA, Turritella sp., T. cf. poronaiensis TAKEDA, Orectospira wadana (YOKOYAMA), Eocylichna multistriata TAKEDA, Neilonella poronaica (YOKOYAMA), Acila pictulata (YOKOYAMA), Crenella nagahamai MIZUNO, (MS.), Ctenamusium kusiroensis (TAKEDA), Lima j-suzuki TAKEDA, Venericardia "expansa TAKEDA", Thyasira bisecta CONRAD, Clinocardium cfr. asagaiense MAKIYAMA, Liocymafurtica (YOKOYAMA), Periploma ezoense MIZUNO et INOUE (MS), Plectofrondicularia packardi CUSHMAN et SCHENCK, Cyclammina sp., Dentalina sp., 魚鱗。

なお, 浅野 2) は有孔虫化石として以下のものなどの産出を報告している。

Bulimina ezoense YOKOYAMA, B.schwageri YOKOYAMA, B. pyrula D'ORBIGNY

II.3.2.2 縫別累層

[ 縫別累層は ] 図幅地域西部の音別複向斜の底部の大部分および 雄別・阿寒両複背斜帯東翼部をしめて比較的広く分布する。

[ 縫別累層は ] 下位の茶路累層とは整合漸移の関係にあり, 本累層特有のいわゆる黒色砂岩をはさみはじめるところをもって本累層の下限とする。

[ 縫別累層の ] 本来の層厚は上限が新第三系により侵蝕されているために不明であるが, みられる限りでは, その層厚は, 知茶布複向斜帯西翼部では 400~500 m, 同帯東翼部では 500~600 m, 音別複向斜帯では約 800 m である。 阿寒複背斜帯東翼部では, イワイズミ沢とトマリベツ川との上流部でわずかにみとめられるのみである。

縫別累層は, おもにいわゆる黒色砂岩と游泥岩との互層からなり, 図幅地域北西部では上部に凝灰角礫岩ないし火山円礫岩をはさむ。

游泥岩は, 灰白色~帯青暗灰色をしめし, 凝灰質緻密で, やや硬く, しばしば炭質物の細片を混入する。 風化面では, 青(緑)色をおびた灰白色をしめし, 角稜ある細片に破砕されやすい。 茶路累層の游泥岩にくらべて, より堅硬で, 層理が発達し, 粒度が不均質である。 また, 風化によって一般により大きく角形に砕かれ, かつ凝灰質である。 また, 図幅地域西部の 鍛高 たんたか 山北方の沢や知茶布1号断層西側のオトンベツ沢下流などには, ガラス質で非常に硬く, 後述の殿来累層中の硬質頁岩に類似しているものもある。

砂岩は, 輝石安山岩質の凝灰質砂岩で, 俗に黒色砂岩とよばれる。 暗緑灰色または帯緑暗灰色をしめし, ぬれると緑黒色となり, 風化色は, 一般に暗緑褐色~緑灰色である。 多くは中粒~粗粒, 塊状であるが, 細粒のものには板状層理をともなうことがある。 粗粒のものには肉眼でも角閃石や赤色珪岩粒がみとめられる。 検鏡観察によれば, この凝灰質砂岩は, 斜長石(中性長石)・普通輝石・紫蘇輝石(ともに多量で多くは自形)・角閃石を主とし, まれに石英・黒雲母をともなう。 また, 安山岩の岩片を多量にふくみ, 粘板岩・珪岩および古期緑色岩の岩片もみられる。

凝灰角礫岩は, おもに人頭大以下の輝石安山岩礫からなり, しばしば火山円礫岩に移化する。 火山円礫岩の中には閃緑岩質岩の礫をふくむことがある。

本累層は岩相の側方変化がはげしく, 層間褶曲や偽層が発達し, その層序を明らかにすることは困難であるが, 音別複背斜帯北部(オマイ川 - 鍛高山付近)では下位からほぼ次のような層序をしめす。

(1) 黒色砂岩に富む, 黒色砂岩と灰色游泥岩との互層で, 個々の黒色砂岩層は厚さが 5 m 以上に達する。 とくに住吉北方では, 縫別累層の最下部に厚さ約 10 m の黒色砂岩層があり, しばしばこの黒色砂岩層の下限が縫別累層の下限をなす [ 以下の [注] 参照 ] 。 厚さ 50~100 m。 図版 3 参照。

[注]
図幅地域北西部では, この黒色砂岩あるいはこれの下位の黒色砂岩と游泥岩との厚さ数 m の互層の下限が, 茶路累層最上部の厚さ 5 m 以上の青灰色砂岩あるいは 同砂岩と游泥岩との互層の上限と接して, 両累層のさかいをなす。

図版 3 縫別累層最下部の凝灰質砂岩(黒色砂岩)と暗灰色游泥岩との互層 (図幅地域北西部の住吉部落北北西方約 0.7 km の庶路川西岸)。 灰色の部分は砂岩, 白色の部分が游泥岩。

(2) 黒色砂岩が少なく, 灰色游泥岩を主とする両者の互層からなる。 この部分の下部には砂岩・游泥岩ともに, 茶路累層のそれらに似た岩相をしめす部分をはさむ。 また, 鍛高山北東方の小沢などでは, この部分の上部に堅硬なガラス質の暗灰色游泥岩をはさんで, 後述の殿来累層中の硬質頁岩に類似の岩相をしめす部分がある。 厚さ 400~500 m。

(3) 縫別累層の下限より 500~550 m 上位以上 150~200 m の間には, 黒色砂岩がちの暗灰色游泥岩と黒色砂岩との互層が発達し, 顕著な凝灰角礫岩をはさむ。 この部分の游泥岩には, ガラス質で断面が飴色~暗灰色をしめすものがみられる。

(4) 風化すると黄灰褐色をしめし, 軽石の白斑の目立つ凝灰質砂岩で, 安山岩片をふくむ。 オマイ川南方の標高約 350 m 以上の高地にわずかにみとめられる。

図幅地域南西部においては, 一般に黒色砂岩が少なくて, 上記の区分は不明瞭となる。 そして, 黒色砂岩の発達がきわめてわるいために, 茶路累層とのさかいをひくことがきわめてむずかしいこともある。 この地域ではおもに凝灰質游泥岩からなるが, これは, しばしば, 板状かつ硬質となり, 上記の硬質頁岩に類似している。

知茶布複向斜帯においては, 中 - 下部(厚さ 300~400 m)は黒色砂岩と砂質游泥岩との互層からなるが, 特に厚い砂岩はみられず, ときに白色凝灰岩の薄層をはさむ。 上部(厚さ約 300 m)は, 軽石の白点の目立つ暗緑色(風化すると黄褐色)凝灰質砂岩を主とし, これに砂質游泥岩や黒色砂岩がはさまれる。 この部分は前記層序の (4) に相当するものかもしれない。 この複向斜帯では顕著な凝灰角礫岩はみとめられない。

以上のべたことからわかるように, 本図幅地域の縫別累層においては, 巨視的にみると, その分布地域の北西部では, 凝灰質黒色砂岩および凝灰角礫岩が顕著に発達し, また硬質泥岩も地域内で最もよくみとめられるが, 地域南半部においてはこれらの岩層の発達が全般的にわるくなる。 北東部では, 上記諸岩層の発達状況からみれば, 北西部と南半部との中間的岩相をしめす。

化石 : 游泥岩のなかには Turritella "poronaiensis TAKEDA", Orectospira wadana YOKOYAMA, Dentalium sp., Portlandia watasei (KANEHARA), Crenella nagahamai MIZUNO (MS.), Ctenamusium kusiroense (TAKEDA), Venericardia akagii YOKOYAMA などの貝化石のほか, Plectofrondicularia Packardi CUSHMAN et SCHENEK, Ammodiscus sp., Cyclammina sp. などの有孔虫化石をふくむ。 なお, 浅野 2) は有孔虫化石として, 以上のほか, Plectofrondicularia packardi multilineata CUSHMAN et SIMONSON, Bulimina ezoensis YOKOYAMA, B. schwageri YOKOYAMA, Gyroidina cfr. soldanii D'ORBIGNY, Cyclammina incisa (STACHE) などを報告している。 また, 正確な層準は不明であるが, マカヨ川で多分最下部と思われる粗粒砂岩のなかに次のようなものが多数発見された。

Turritella nuibetsuensis KOTAKA et MIZUNO (MS.), Orectospira wadana (YOKOYAMA), Neptunea ? dispar TAKEDA, Trominina umbeliformis (TAKEDA), T. ishikariensis HAYASAKA et MATSUI, Ancistrolepis modestoidens TAKEDA, Fulgoraria antiquior (TAKEDA), Riuguhdrillia rugosa (TAKEDA), Dentalium nunomae (TAKEDA), Neilonella poronaica (YOKOYAMA), Succella sp., Portlandia watasei (KANEHARA), Venericardia akagii KANEHARA, V. "expansa TAKEDA".

II.4 新第三系

新第三系は, 図幅地域の (1) 中央北部・ (2) 中央南部・ (3) 南西隅 にそれぞれわかれて分布する。 これを地質構造との関係からみれば, (1) は雄別背斜帯と阿寒複背斜帯との間にくさび状にはいりこんだ知茶布複向斜帯, (2) は阿寒複背斜帯中部の東翼, (3) は同複背斜帯南部の西翼(音別複向斜帯)の東部にそれぞれ相当する。

新第三系は古第三系の上に不整合関係で重なり, 第四系に不整合関係でおおわれる。 そして, 層位学的には, 下から, 布伏内累層・厚内層群・阿寒層群に区分され不整合関係にある。 これらの間の層序関係 ならびに古第三系との接触関係は上述の3地域できわめて顕著にことなる。 第 5 図にこれらの関係を模式的にあらわし, 柱状図を第 6 図にしめした。 図からわかるように, 3者がそろって分布するのは中央北部の一部だけである。 ここでは3者をあわせれば最大 1,500 m 以上の厚さに達する。

第 5 図 新第三系・古第三系および新第三系の各層群間の関係を模式的にしめす

第 6 図 中新統の地質柱状図

新第三系の構造はかなり複雑である。 一般には褶曲の翼の傾斜は 20~30°で, 大小多くの断層によってきられている。 断層の付近では地層が直立あるいは逆転をしめす所もある。 前述のように新第三系・古第三系間および新第三系のなかにも不整合関係があるが, 走向・傾斜の点では, これらは互にほとんど平行である。

以上にのべた, 層厚関係・構造上の特徴は, 新第三紀における地殻運動のはげしさ複雑さを物語っている。

対比 : 釧路炭田の新第三系はその分布が第 2 図にしめしたように連続的でなく, また地域によってかなりその層序・岩相がちがっている。 そのため, 相互の対比が非常にむずかしい。 そして, 研究者により, かなり異なった対比がなされ, また総合的な層序についても異なった見解がしめされている。 ここではごくかんたんに, 各層群別に, 地域内・地域外の新第三系との対比・時代についての結論だけをのべる。

布伏内累層は, 疑問の余地なく, 厚内層群の下位に斜交不整合関係で横たわるものである。 岩相・化石の特徴から上茶路図幅地域の上茶路層群 37) に, また, おそらく北見・網走地域の常呂層に対比され, いわゆる川端層群 46) に属する一員と考えられる。 本累層と厚内層群との時代的・層序学的・構造上の関係の意義については, 釧路炭田全域の新第三系の資料を再検討の上, 今後にくわしく研究すべき重要な1課題である。

厚内層群は, 本図幅地域で, 大きくみて, 南北で, その層序・岩相がちがっているので, それぞれで, 別の層名をあたえて細分した。 しかし, それらの類似性からみて. 北部の殿来・知茶布両累層は南部の厚内累層にあたり, 南部の白糠累層は北部では欠けていると考えられる。 殿来累層最下部には北見のサロマ湖周辺の知来層の貝化石群 8) と共通の属種がふくまれる。 また, 殿来累層に硬質頁岩がふくまれること, また知茶布累層は珪藻質泥岩により特徴づけられることなど, 厚内層群は全体として, 北海道内の上部中新統のいわゆる稚内層群 46) との類似性をしめしている。

阿寒層群は貝化石群・層序上の特徴からみて, 明らかに, 十勝地域の十勝層群に対比され, 鮮新世のいわゆる滝川層群 46) に属する。

なお, 南西部にみられる厚内層群上部の白糠累層は阿寒層群と同時期の可能性もあり, 厚内層群と本層群の不整合関係についてはなお検討の余地がある。

II.4.1 布伏内 ふっぷしない 累層

本累層名は 雄別図幅地域のシュンクシタカラ川下流の道路切割に露出するものを 模式としてなづけられた 19) ものである。 本累層は阿寒図幅地域ではわずかにその北西部に分布するにすぎないが, これは模式地付近のものの直接の南方延長に相当する。 厚さは分布地域の北部では 150 m 前後, 南方へ次第に厚さをまして, 阿寒断層の北側では 300 m をこえる。 この厚さの変化は厚内層群堆積前の削剥作用によるものと推定される。

本累層は基底部のほかはほとんど淤泥岩からなる。 この淤泥岩は塊状かつ層理不明のことが多い。 新鮮面では暗灰色でかたく, 一見 茶路累層の淤泥岩ににているが, 風化面では灰~黄灰色でやわらかくなり, かつ非常にこまかく, 一様にくだけるという特徴がある。 野外でのみかけから, ふつう "soft shale" と俗称している。 また, 全体として凝灰質で, 白い軽石粒をふくむこともある。 この淤泥岩はしばしば白色~黄白色の細粒ガラス質酸性凝灰岩の薄層をともなう。 これらのうちの顕著なものは野外で鍵層として有用である。 そのほか, 諸所に経数 10 cm の大きなノジュールをふくむ。 また, とくに最上部(厚内層群との間の不整合面の直下)には砂岩岩脈も多くみられる。 なお, まれに, 厚内層群下部にふくまれるものと同様な硬質頁岩(hard shale)がはさまれる。

図版 4 布伏内累層下部の游泥岩(風化破砕されている)と泥灰岩ノジュール (図幅地域内における庶路川北部の東側支沢)

淤泥岩のなかには化石は, 多数ではないが, かなり普遍的にふくまれる。 二枚貝化石の Portlandia tokunagai hayasakai UOZUMI がもっとも多く, そのほか, Periploma sp., Nuculana pennula (YOKOYAMA) などもある。 小型有孔虫化石としては, Cyclammina incisa (STACHE), C. ezoensis ASANO, C. japonica ASANO などがみいだされた。

布伏内累層の基底部が野外で観察されたのは, 本図幅地域内ではシュンクシタカラ川下流の右岸支流での3ヵ所にすぎない。 第 7~9 図にはその見取図をしめした。 図からよみとれるように, 本累層は下位の縫別累層とは構造的にほとんど平行である。 基底礫岩の発達は非常にわるく, なかには欠けている所もある。 厚さ約 10 cm の基底礫岩の上位に, 凝灰質で緑色斑点をもつ中~細粒砂岩が概して上方に粒度を減じながら, 約 10~15 m の厚さで横たわり, これらが, 上位の淤泥岩に漸移する。

第 7 図 タンネナイ沢上流歩測調査図

第 8 図 第 7 図の位置およびその付近の地質略図。
Nb : 縫別塁層, F : 布伏内塁層, Tk : 厚内層群殿来塁層

第 9 図 不整合のスケッチ(第 7 図参照)。
A, B, C : 縫別・布伏内両塁層のさかい, D : 布伏内・殿来両塁層のさかい

II.4.2 厚内層群

厚内層群は新第三系の分布地域に広く発達する。 布伏内累層および古第三系の諸層群の上に不整合関係で横たわる。 全体の厚さは 500~700 m で, いわゆる珪藻質泥岩にとむが, 岩相の水平的変化がいちじるしい。 特に, 図幅地域の北半部と南半部とでかなり, 層序・岩相がちがっているために, ここでは別々の層名をあたえて記述する。 地層名については, 将来, 釧路炭田内の新第三系の総括の機会を得て, 再検討をおこないたい。

北半部に分布するものは雄別図幅地域南部のものの南方延長にあたり, 大体において, 雄別図幅地域内の地層区分が適用できる。 すなわち, 下位から, 殿来・知茶布両累層が識別される。 しかし, この地域の南部では殿来累層の特徴がみられなくなり, 区分が困難となる。

南半部に分布するものは, 白糠・音別・上茶路(南東部)3図幅地域のものの延長にあたる。 層序・岩相の上で, 北半部地域とはことなり, 上記の3図幅地域での区分 -- 下位から, 厚内・白糠両累層に区分する -- が適用される。

さて, 両地域の厚内層群相互の対比については, くわしい点では不可能であるが, おおよそ, 岩相の特徴からみて, 殿来・知茶布両累層は厚内累層にあたり, 南部の白糠累層は北部では欠けていると思われる。

II.4.2.1 北部地域の厚内層群

殿来 とのきた 累層 : 本累層の模式地は雄別図幅地域にある。 同図幅地域では 本累層はさらに 下部の横山硬質頁岩層と 上部の飽別火砕岩層とに細分されているが, 阿寒図幅地域では, 一部をのぞいてこの細分は困難である。 知茶布累層が灰白色の石英安山岩質凝灰岩・珪藻質泥岩を主とするのに対し, 殿来累層は暗緑色~深緑色の安山岩質凝灰岩, 凝灰質砂岩によって特徴づけられる。

知茶布複向斜帯北西部の殿来累層は約 100 m の厚さで, その基底部は布伏内累層の侵蝕面の上に横たわる礫質砂岩である。 この砂岩は厚さ数 m ないし 10 m あり, 凝灰質(角閃石安山岩ないし角閃石輝石安山岩質)で, 暗緑色または深緑色をしめす。 礫には音別層群のものと思われる淤泥岩の小角礫と安山岩の小円礫とがある。 タンネナイ沢では, このなかから, Crenella ? sp., Chlamys cfr. kaneharai (YOKOYAMA), Miyagipecten sp. が発見された。 これらのうち, 最後のものがもっとも量的に多い。

中部の主体をつくるものは凝灰質淤泥岩あるいは凝灰質微細粒砂岩で, 時には白色凝灰岩の薄層もふくまれる。 この層準には板状の硬質頁岩が厚さ 20~10 m ではさまれるが, これは南部ほど発達がわるくなる。

本累層の上部はふたたび, 下部と同様に, 凝灰質の暗緑色または深緑色の礫質砂岩となる。

一方, 知茶布複向斜帯の中央部(知茶布2号断層の西側)の本累層は, 布伏内累層を欠いて, 縫別累層の上に不整合関係で重なり, 厚さほぼ 150 m で, 全層 凝灰質の暗緑色砂岩からなる。 諸所に礫岩(拳大の花崗岩質岩類の円礫をふくむ)をともなうほか, 一部には安山岩質の凝灰角礫岩もふくまれる。 一部では砂岩のなかに, Patinopecten sp., Venericardia sp., Lucinoma acutilineatum (CONRAD), Callista brevisiphonata CARPENTER, Macoma sp., Teredo sp. などの二枚貝化石がふくまれている。 しかし, この地域の南部, チロッペ沢の上流左岸地域では, このような岩相は発達せず, 殿来累層の層準は, 最下部の 10 数 m をのぞいては 知茶布累層をつくる白色の軽石質凝灰岩によっておきかえられている [ 以下の [注] 参照 ]

[注]
便宜上, この部分をも殿来累層としてあつかった。

知茶布 ちちゃぶ 累層 : 本累層の模式地は知茶布川中流である。 地域により, 厚さ・岩相がちがっているが, 全体としては, 灰白色ないし白色の石英安山岩質凝灰岩(多くの場合に軽石質)の 良好な発達によって特徴づけられ, これがしばしば, 暗灰色の砂岩・淤泥岩ときれいな縞状の薄互層をする。 しかし, 部分的には, これらにかわって, 珪藻質泥岩が厚く発達する所もある。 知茶布川本流の上流地域および古潭南方の舌辛川右岸地域などはこのような例である。 珪藻質泥岩のなかにはふつうに Makiyama chitanii (MAKIYAMA) がふくまれるほか, Portlandia kakimii UOZUMI が多くふくまれることがある。

本累層上部には全域を通じて追跡される凝灰角礫岩層がある。 これは今西 11) の「古潭集塊岩部層」にあたる。 厚さ 50 m 前後であり, 全体を通じて, 軽石粒をふくむ(橄欖石)両輝石安山岩の火山角礫岩, 凝灰角礫岩, 火山礫凝灰岩, 凝灰岩などからなる。

II.4.2.2 南部地域の厚内層群

厚内累層 : 本累層の模式地は厚内図幅地域内の厚内海岸の崖である。

図幅南西隅地域では本累層は 400 m 前後の厚さをもち, 縫別累層の上に横たわり, 白糠累層に整合的におおわれる。 最下部は厚さ 20 m の礫岩・粗粒砂岩からなるが, その礫は人頭大ないし拳大で円~亜円礫である。 縫別累層の淤泥岩が多くふくまれている。 その上位は厚さ 20 m の軽石質粗粒砂岩を主とする部分である。 以上の両部を通じて, 硬質頁岩の薄層がわずかにはさまれ, 殿来累層との類以性をしめしている。 その上位にあって, 本累層の主体をなすものは 灰白~淡青灰色の軽石質砂岩と珪藻質游泥岩との不規則な互層であり, これには軽石質凝灰岩層が多くはさまれる。 これらは知茶布累層の主体をなす岩相と類似している。

一方, 図幅中央南部地域では, 厚内累層は尺別累層上部から縫別累層下部までの諸層準に不整合関係で接し, 基底部には 5~6 m の厚さの人頭大~拳大の円礫をふくむ礫岩がある。 礫には古期岩類が多い。 これは上方に次第に細粒となり, 厚さ 10 m 以上の軽石質, 砂質の, 粗粒な石英安山岩質凝灰岩に移化する。 この上位には厚さ約 100 m の軽石質粗粒砂岩がある。 その上位で, 本累層の主体をなす, 厚さ 250 m 以上の部分はほとんど珪藻質泥岩からなる。

白糠累層 : 本累層の模式地は白糠図幅地域内の白糠海岸の崖である。 本図幅地域では南西隅にごくわずかに分布するだけで, その全体の層序・岩相を観察することができない。 本累層は, 一般に, 塊状の微細粒砂岩からなる。 これは帯青緑灰色をしめし, まれに細円礫をふくむ。 また, ブラシでこすったあとのようなラミナをもつことを特徴とする。 本累層についてのくわしいことは隣接諸図幅説明書を参照されたい。

II.4.3 阿寒層群

「阿寒層群」とは, この地域で今までよばれていた「本別層群」にたいしてあたえられた地層名である。

第 10 図 阿寒層群の模式地質柱状図(雄別地質図幅説明書による)

阿寒層群は新第三系の最上部をしめ, 下位諸層群とは不整合関係にある。 知茶布複向斜帯の内部および阿寒複背斜帯東翼に分布する。 本層群が地表上でよく発達するのは雄別図幅地域である。 そこでは, 全層厚 1,300 m 以上に達し, そして, 下半部の含海棲化石細粒砕屑岩にとむ古潭累層と 上半部の無化石火山砕屑岩を主とする蘇牛累層とにわけられる。 古潭累層は第 10 図にしめすように, さらに3部層に細分されている。 本地域では [ 古潭累層の上部に重なる ] 蘇牛累層は地表上では分布せず, また [ 古潭累層の最上部に位置する ] 徹別川砂岩游泥岩の発達も極めてわるい。

本層群は一部では直立する所もあるが, 大体において 20~30°の傾斜をもつ。

阿寒・厚内両層群間の関係 : 本図幅地域北部から雄別図幅地域にかけては 阿寒層群は厚内層群(殿来・知茶布両累層)を斜交不整合関係でおおっている。 一方, 南部地域には阿寒層群が分布せず, 厚内層群は 前記両累層に対比される厚内累層とその上に整合的に重なる白糠累層とをふくんでいる。 常室図幅地域では, 白糠累層・阿寒層群にそれぞれ対比されるものが斜交不整合関係にあるので, 本図幅地域でも, 直接の接触関係はないが, 一応, 厚内層群全体の上に阿寒層群があるものと考えた。 ところが, 本図幅地域の阿寒層群上部をつくるニタベツ砂質淤泥岩層と 白糠累層の岩相とは互によくにているので, 両層が同時期である可能性も考えられる。 すなわち, 白糠累層の分布地域では鮮新統(白糠累層)は中新統(厚内累層)より整合漸移するが, 阿寒層群の分布地域では 鮮新統(阿寒層群)が中新統(知茶布累層)の上に不整合に横たわるという可能性である。 今後のくわしい検討を要する。

オクヨクンナイ砂礫岩層 : 雄別図幅地域内のオクヨクンナイ沢中流地域を模式地とする。

本部層は阿寒層群の基底礫岩としての性格をもち, 同層群の分布地域全体に分布する。 しかし, 地域的な岩相・厚さの変化がいちじるしい。 大別すれば, 知茶布川下流の右岸地域のものとその他のものとになる。

知茶布川下流右岸地域では, 本層は縫別累層の上に, 布伏内累層・厚内層群を欠いて, 不整合関係で横たわり, 厚さ 70 m 以上に達する。 上限は断層にきられているために不明である。 岩相は模式地のものに類似し, 全層, 礫岩および砂岩からなり, しばしば非常に貝殻質となる。 このなかには, Mytilus grayanus DUNKER, Chlamys swiftii (BERNARDI), Patinopecten yessoensis (JAY), Clinocardium sp., Spisula sachalinensis (SCHRENCK), Macoma sp. などの二枚貝化石が豊富にふくまれている。 そのほか, 基底には縫別累層の游泥岩を穿孔している Pholadidea sp. もふくまれている。 礫岩の礫は最大拳大で, 安山岩の円~亜円礫および縫別累層の游泥岩の角礫が多い。

そのほかの地域では, 露頭がわるいために確認できたのは数ヵ所にすぎないが, 雄別図幅地域内の発達状況をもあわせ考えて, 本層の発達は全体的にきわめて悪いようである。 すなわち, 縫別累層の游泥岩の円礫(拳大~碁石大)を多量にもつ礫岩が わずか数 m の厚さで発達するにすぎない(文献 19 の第 19, 20 図参照)。

ニタベツ砂質淤泥岩層 : 雄別図幅地域内の徹別川下流地域を模式地とする。 本図幅地域では露頭がわるく, 断片的には諸所でみられるが, 全体の累重状況を観察できる所はない。 厚さは雄別図幅地域内と同じく, 500 m に近いと思われる。 全層を通じて, 化石にとむ, やや軟弱な微細粒砂岩ないし砂質游泥岩からなり, これに白色(軽石質)凝灰岩, 凝灰質砂岩の薄層をはさむ。 そのほか, 一部(ウエンベツ川最下流の右岸支流)では 下部に連続性にとぼしい安山岩質の凝灰角礫岩および火山砂をともなっている。

微細粒砂岩ないし砂質游泥岩は全体として凝灰質で, かつ不均質である。 葉理面にそって砂粒をふくんだり, よく円磨された細礫, 炭化した植物の微小片をふくむことが多い。 大きな崖では特徴のある風化状態をしめし, 風化面ではその面にそってはげやすいような性質がある(文献 19 の 図版 19, 20 の写真参照)。 新鮮な面では帯青暗灰色をしめすが, 風化した面では黄灰色~青灰色をしめし, かつ黄いろい粉をふくことが多い。

本図幅地域ではこのなかに次のような貝化石が多量に見出された (とくに多いものには * 印をつけた)。

Tectonatica sp.
Acila gottschei (BÖHM)
Ostrea sp.
* Patinopecten (Fortipecten) takahashii (YOKOYAMA)
Venericardia crebricostata KRAUSE
V. cfr. paucicostata KRAUSE
* Clinocardium sp.
Serripes laperousii (DESHAYES)
Macoma calcarea (GMELIN)
* Mya cuneiformis (BÖHM), forma

また, Elphidium yabei ASANO, Cassidulina californica CUSHMAN, C. yabei ASANO, Buccella frigida (CUSHMAN), Epistominella pulchella HUSEZIMA et MARUHASHI などの小型有孔虫化石も発見されている。

徹別川砂岩淤泥岩層 : 本層の模式地は雄別図幅地内の徹別川下流地域にある。 本図幅地域では, 多分本層と考えられるものが散点的に露出するだけで, 大部分は第四系の下にかくされている。 模式地では本層は 200~250 m の厚さをもち, 海棲貝化石を多量にふくむ細粒砂岩・游泥岩・砂質游泥岩の大幅互層であり, 時に白色凝灰岩・細礫岩もふくまれる。 雄別地域では本部層に Elphidium oregonense CUSHMAN et GRANTを優勢種とする有孔虫化石群および Patinopecten (Fortipecten) takahashii (YOKOYAMA), Astarte borealis SCHUMACHER, Mya japonica, Fusitriton oregonensis REDFIELD などによって特長づけられる貝化石群をふくんでいる。

II.5 第四系

この図幅地域の過半をしめて, 釧路層群, 段丘堆積層, 冲積堆積層, 古期・新期火山噴出物などの第四系が分布している。

釧路平野の周辺には, 北海道で最もよく第四系が発達していて, 古くから地質学的に注目されていた。 近年, この地方の開発のため 平野下の地質状況や広域の地表地質の調査・研究が活発に行なわれたので, 一般に第四系の実態はつかみにくいものであるにもかかわらず, この地方の第四系の地質はかなりわかってきている。 すなわち, 釧路地方では, 更新世(= 洪積世)に何回かの海浸・海退と気候の寒暖変化があり, 前期に陸成~浅海成の釧路層群が広く堆積し, 後期に幾段もの段丘と埋積谷・海底谷ができた。 現世(= 冲積世)には, 更新世末期の海退で生じた谷(埋積谷)に冲積堆積層が堆積した。 一方, 更新世から現世にかけて, 阿寒・屈斜路火山群の活動があり, その火山噴出物が各時期の堆積物にふくまれている。 概略の地史は以上のようであるが, まだ調査されていない地域や, 研究を要する問題が多いため, 全域的また地史的に完全な理解を得るには至っていない。 日本国内を通じての地層対比や外国の氷期との時代対比は, さらに研究が必要な課題である。 第 2 表に, この図幅内で他の研究者が用いた層序区分と, この説明書の区分との関連をしめす。

第 2 表 第四系層序表

釧路層群 という名称は, 佐々保雄 33) が釧路市周辺の更新世(洪積世)の地層を, その地質と貝化石についてくわしく発表し, 釧路統と名づけたのに由来する。 以来, 釧路統は北海道地方での下部洪積統の代表として重要視されていたが, その後今西茂 11) が, 釧路統の模式層より上位の層準もふくんで 釧路平野周辺に広く分布する一連の地層を釧路層群とよぶことにした。 最近の鳥居栄一郎・飯島弘 44) , 岡崎由夫 25~28) らもこれに従っている。

諸氏の研究によると, 釧路層群は 標茶町塘路から釧路平野を斜断して釧路市 大楽毛 おたのしけ をとおる軸をもつゆるい向斜を作り, 地上・平野下の広域に分布している。 その層厚は, 岡崎由夫 28) (一部未発表資料による)によれば, 地表では 100 数 10 m しかないが, 向斜軸部の釧路市北斗や大楽毛の地下では, いちじるしく厚くなり, 釧路層群の基底が深さ 400 m をこえる所にあるという。 釧路層群が形成された時代は, 更新世前期であることは明白であったが, 古気候の推定において, 貝・有孔虫・花粉化石などの研究結果にそれぞれ差があって見解が一致しなかった。 しかし, 最近 岡崎由夫 28) の層序と花粉化石の総合的研究によって, 釧路層群中に時代的な寒暖の気候変遷があったかが明らかにされ, 外国の氷期との対比も試みられるようになってきた。

この図幅地域の地層は, 向斜の西翼であり, また釧路層群全体の分布地域の西縁部にあたる。 東翼にくらべると, 火山物質に富み, 層厚が厚く, また下部の岩相が異なっている。 地層にふくまれている火山噴出物は, 更新世の阿寒・屈斜路火山群の活動史を明らかにする上に注意すべきで, 逆に釧路層群の最上部は大量に熔結凝灰岩の礫をふくむことから, かえって最下位の段丘堆積層よりも新しい堆積層ではないかという疑念がもたれる。

段丘堆積層 は, 釧路地方では, これまでの研究によって, 地上で基本となる4段の段丘面, 地下で冲積層の基底面と2つの埋積段丘面が識別されている。 この図幅地域にも, その最高位の段に相当する標高 200 m 前後の段丘から最低位の地上段丘まで認められ, また埋積段丘の存在が知られている。 従来, 最高位の面は白糠段丘面とよばれ, 釧路層群の堆積上面であると考えられていたが, この図幅地域の調査からは, 高位の段丘は釧路層群を削剥して発達しているように見うけられる。 また冲積面以下にある埋積段丘面は, 低位の地上段丘面の延長であるという見方と, 冲積層が堆積している埋積谷にできた別個の河岸段丘であるという見方があり, どちらであるか決定しがたい。 一般に, 低位な段丘の成因を解釈するには, くわしい研究を必要とするので, 低位な段丘の識別・対比は今後の問題である。

沖積堆積層 は, 最後の氷期の海退時にできた谷地形をうずめて堆積し, この図幅地域内の阿寒川下流の平地下では厚さ 30~40 m であるが, 釧路平野の中央部や海岸寄りの部分では厚くなり, 最高約 80 m の厚さに達することが知られている。

火山噴出物 は, この図幅地域では堆積物中にかなり多く存在する。 特に釧路層群は上下を通じて, 軽石質物・火山灰を多くふくみ, 下部には軽石流から由来した砕屑物を, 最上部には熔結凝灰岩の礫を顕著にふくんでいる。 段丘堆積層には新期の火山岩類の礫が多く, 時に火山灰がはさまれている。 最高位の段丘の上に阿寒火山の熔結凝灰岩が分布し, また最低位の段丘よりも古い時期に噴出したと思われる軽石流や火山灰も存在する。 現世には摩周山・雌阿寒岳の火山灰が降下している。 これらの火山噴出物については, 阿寒・屈斜路火山群の火山学的研究が進むにつれて, 相互の地史的関係が明らかになるであろう。

II.5.1 釧路層群

下部更新統にぞくする地層で, 阿寒層群および厚内層群を不整合におおって, 図幅の東半部の地域に広く分布する。 上位は種々の段丘堆積層によって不整合におおわれている。 固結程度の低い, おもに, 軽石質砂, 含礫砂, 砂, 礫および泥からなる地層で, 浅海成から陸成までの岩相をふくみ, 層厚は上限が不明であるが, 250 m をこえる [ 以下の [注] 参照 ]

[注]
第四系の礫をよく説明するため, その直径(mm)によって, 2~4 を細礫, 4~32 を小礫, 32~64 を中礫, 64~254 を大礫, 254 以上を巨礫と記述した。 普通は 4~64 を中礫と呼ぶ。

地層は, 上阿寒 - 中阿寒付近で阿寒層群を, トマリベツ付近で阿寒層群ならびに厚内層群の白糠累層を不整合におおって, 東南東ないし南東方向に緩傾斜(ほとんど水平で, ときに 10 数度)して分布している。 大楽毛および中仁仁志別東方で観察される地層が上部となる。

第 11 図 釧路層群地質柱状図

この地域の釧路層群は, 上位に段丘堆積物が乗り, また谷壁に崖錐が堆積している場所が多いので, 地層が崖に露出している個所は少ない。 従って全層序の完全な地質柱状図は得られないが, 第 11 図にしめした柱状図のように地層がよく観察される個所もあるので, これにほかの断片的な露出の資料を総合して一応の層序をまとめることができた。 すなわち, この図幅地域の地表には, 層厚約 200 数 10 m の地層が露出し, 岩相の特徴によって, 次の5つの上下区分がつけられる(ただし, この釧路層群の岩相は側方に変化しやすいから, 次の層序区分をそのまま他の地域に適用することはできないであろう)。

(1) 最下部
軽石質物を不規則にふくみ, 岩相の側方変化にとむ中・粗粒砂相。 層厚 30 数 m。
模式的露頭 : 上阿寒地点 ① および ②
(2) 下部
軽石質物にとむ極粗粒砂ないし細粒砂相で, 軽石流由来や抛出物由来の軽石礫層をはさみ, 上部分の砂相は泥質分をふくむ (下部分に安山岩質のいわゆる熔結凝灰岩の小礫を微量ふくむ)。 層厚 70 m 前後。
模式的露頭 : 上阿寒地点 ② - ③ の上部分および中阿寒地点 ④
(3) 中部
軽石質および軽石質でない中・細粒砂と泥の薄~厚互層で, 下半でまれに Macoma cfr. calcarea (GMELIN) をふくむ。 層厚 70 m 弱。
模式的露頭 : 中阿寒地点 ④ - ⑤ の中部分
(4) 上部
小礫・細礫・極粗粒砂・粗粒砂相を主とし, 細~中礫層・中粒砂層・細粒砂層をはさみ, 部分的に軽石質物をふくむ。 しばしば大規模な斜交層理をしめす。 一部に, Patinopecten yessoensis (JAY), Callithaca adamsi (REEVE) などのごく浅い浅海生の貝化石を産する。 層厚は露出地間の層序関係がよくわからないので不確実であるが, 50 m 以上で 70~80 m 未満と予想される。
模式的露頭 : 中阿寒地点 ⑤, 中仁仁志別地点 ⑥ および ⑦ - ⑧, 新野地点 ⑨ 下部分
(5) 最上部
小礫・細礫をふくむ極粗粒砂がおもで, 下部と中部に礫層をはさみ, 最上部に粘土層がある。 基部は大規模な斜交層理を作って, 下位層の蝕食面上に乗る。 下部の礫層中には 古期阿寒火山噴出物にぞくする熔結凝灰岩と同質と思われる 熔結凝灰岩の小~巨大礫を多数ふくんでいる。 最上部の粘土層中からは, Abies, picea を主とする花粉化石が検出され, やや寒冷な古気候が推定されている。 層厚 10 数 m 以上(上位不明)。
模式的露頭 : 新野地点 ⑨ 上部分

釧路層群にふくまれる礫の種類は, 軽石礫を除くと, 巨~中礫はほとんど種々の安山岩であり, 小~細礫は一般に赤色珪岩・硬質の粘板岩・古期の斑岩類および安山岩類で, 部分的に第三紀の硬質な頁岩が混じる。 全般に角礫はほとんどなく, 巨~中礫は亜角礫・亜円礫を主とし, 小~細礫は円礫・亜円礫を主とする。

最上部 (5) の層準は, 熔結凝灰岩の礫をふくんでいることから, 今後その層序的位置をさらに検討してみる必要があろう。

次におもな露出地の地層について簡単に記述する(第 11 図参照 ; 露出地点は図幅に記入してある)。

上阿寒の東側 (地点 ①, ② - ③)では, 釧路層群の基底が観察される。 基部は比較的平坦な基底面上にのり, おもに安山岩類のほか, 小量の赤色珪岩・硬質の粘板岩・酸性の古期斑岩などの小礫にとむ 層厚約 40 cm の粗・中粒砂ではじまり, 上位に向かって次のように重なっている。

  1. 軽石の礫をふくむ塊状の中粒砂, 層厚 20 m 弱,
  2. 礫層にはさみ, 軽石の砕砂をふくむ中・粗粒砂, 10 数 m(安山岩質の熔結凝灰岩の小礫を微量にふくむ),
  3. 軽石流由来の軽石礫と安山岩質岩片およびその砕屑物だけからなる礫質層, 数 m,
  4. いちじるしく軽石質物にとむ細砂質層, 10 m 弱。

紀ノ丘では, この上部分に相当する層準の中粒砂中に, 豆石をふくんだ凝灰質シルト泥の同時礫がみとめられた。

中阿寒の東側 (地点 ④ - ⑤)で観察される地層は, 下部の層厚約 20 m の部分は軽石質物をふくむ極粗砂を主とし, 厚さ約 4 m の軽石小礫の礫層をはさみ, 一部軽石礫にまじって黒色の安山岩質火山弾がふくまれている。 この層準は上阿寒でみられた上部分にほぼ連続するか, ないしは 少し(層厚 20 m 以内)の露出していない地層をへだてて重なるものと推定される。 この上位厚さ 20 m 弱の間は, 軽石質の中粒砂・細粒砂・粗粒砂などからなり, いずれも泥質でやや層理をおび一部に薄層理がみられる。 さらに上位 70 m 弱は, 軽石質および殆ど軽石をふくまない中・細粒砂と泥の薄~厚層理の互層がおもで, 一部 泥質の細・中粒砂をはさんでいる。 概して層厚数 m 毎に互層の型が多少変化しており, 中上部では薄層理の級化成層をしめす部分がある。 この下部の互層の細・中粒砂中と中下部の泥質細・中粒砂中に Macoma (M.) cfr. calcarea (GMELIN) がまれにふくまれている。 最上位の約 20 m は小礫にとむ粗・中粒砂, 中礫・小礫をふくむ粗・中粒砂, 粗・極粗粒砂, 粗・中粒砂, 中・細粒砂からなり, 薄層理・中層理が明らかな地層で, この層厚 20 m の間に下位の層理と数度で斜交する大きな斜交底面が2面存在する。 一部に少量の軽石質物がふくまれている。

中仁仁志別から幌呂にむかう峠まての道路沿い (地点 ⑥, ⑦ - ⑧)では, 下部の厚さ 10 数 m は粗・極粗粒砂にとむ小・細礫層を主とし, 小礫・中礫層, 含礫粗粒砂をともない, その直上に 凝灰質の微細砂質シルトや 砂の葉層理をおびる層厚 80 cm 以上の凝灰質粘土層がある。 この凝灰質粘土層は上位の地層によって斜交してけずられており, その侵蝕面は階段状をしめす。 上部の層厚約 30 数 m の間は, 細礫・小礫をふくむ極粗粒砂や細礫質の粗粒砂を主とし, この下部に軽石質泥質中粒砂を, 上部に微細粒砂をはさんでいる。

大楽毛新野 (地点 ⑨)では, 下部に細礫・小礫にとむ礫層状の厚さ数 m の極粗粒砂 (この上部分厚さ 1 m 位は側方に急変化してシルト薄層をはさむ極粗・粗粒砂となる) があり, その上位の層厚約 3 m の間は軽石質物にとむ地層で, 中・細粒砂, 微細砂質シルト, 極粗粒砂などからなり, 薄~厚層理をしめす。 上部は不規則に削られた下位層の侵蝕面上に, 小礫・細礫にとむ極粗・粗粒砂および細礫にとむ極粗粗粒砂約 10 m があり, この下部には 黒色で縞状をしめす安山岩質の いわゆる熔結凝灰岩の亜円形および亜角形の大~巨礫(直径 30 cm~2 m 大, 一部に 3 m および 5 m 大の巨大なものも見られる)が多数ふくまれている。 この上位は, また下位の地層と 10°余りで斜交した底面をもつ 厚さ約 4 m の小礫・細礫をふくむ極粗粒砂で, その下部に小~大礫薄層が斜交した層理をもってふくまれている。 最上位には厚さ約 2 m のシルト質の粘土層がかさなり, 上限は不整合的に軽石流によっておおわれている。

この粘土層から, 岡崎由夫は花粉化石を検出して報告している。 この論文によると, 花粉化石の含有量は少ないが, 樹木花粉では Abies, Picea が最も多く, Pinus や Tsuga も比較的多く, 全樹木種に対するこれらの針葉樹種の量頻度は 90 % 近くをしめる。 濶葉樹は Quercus, Betula, Alnus, Salix, Ulmus, Carpinus, Fraxinus, Tilia などがみとめられるが頻度は小さいという。

大楽毛の神牧場南東方 では, ほぼ新野での下部の層準に相当すると思われる, 細砂質層にともなった小礫・細礫と少量の中礫をふくむシルト質粘土薄層から, 次の化石が多数発見された。 なお, 細砂質層にも, Patinopecten cfr. yessoensis (JAY) が少量みとめられ, 泥質のサンドパイプがふくまれている。

   (産出)
Arca sp.
Mytilus sp.
Patinopecten yessoensis (JAY)
Ostrea cfr. gigas THUNBERG
Callithaca adamsi (REEVE)
Macoma (M.) sp.
Baranus sp. 甚多

次に, この地質図幅で釧路層群にあたえた5層の岩相区分と 他の研究者の区分との関連を簡単に述べる。

今西茂 11) は, この地域からさらに, 北方・北東方の幌呂・中雪裡におよぶ広い地域を調査して, 釧路層群を3分し, 下位から幌呂層(模式地は鶴居村中幌呂, 層厚 0~50 m), オンネビラ層(釧路市山花, 60 m 内外), クチョロ層(鶴居村中クチョロ, 20 m 内外)と名付けた。 同氏の地質図によると, この地質図幅の全層がこの3層に相当している。 しかし両区分の詳細な対応はしめしがたい。

鳥居栄一郎・飯島弘 44) は, 釧路平野周辺の釧路層群を, 下位から, Ⅰ 部層(標茶町北東部に分布, 層厚 1 5 m 以上), Ⅱ 部層(標茶町中部, 35 m 以上), Ⅲ 部層(標茶町中部, 12 m), Ⅳ 部層(阿寒町下徹別・標茶町南部・釧路市街, 約 100 m), Ⅴ 部層(鶴居村中部・標茶町南部・釧路市北東部, 5~25 m), Ⅵ 部層(標茶町南部・釧路市北東部, 約 30 m), Ⅶ 部層(標茶町南部, 約 15 m)の7層に細分した。 そして, これをまた, 上・中・下部の3区分に整理して地質図にしめしている。 その地質図によると, この図幅地域には中部と上部が分布し, 中部が直接 新第三紀層をおおい, 下部が欠けている。

最近, 岡崎由夫 27), 28) (一部未発表資料)は, 釧路平野周辺の釧路層群を5層に区分し, それぞれ模式地の地名で名付けて, 下位から東釧路層(層厚 16 m 以上), 岩保木山層(35 m), 鶴居層(26 m), 塘路層(36 m), 大楽毛層(18 m 以上)と呼んでいる。 そして,多数の花粉化石の研究結果と種々の資料から堆積当時の古気候を推定して, 東釧路層の下半部の堆積期は 年間の平均気温にして現在の釧路地方と同程度ないし 2 ℃ くらい温かく, 東釧路層最上部の時期は 4 ℃ くらい寒く, 岩保木山層の下半部は現在の釧路と同程度, 同層上部が 4 ℃ くらい低温, 塘路層は現在と同程度, 大楽毛層上部は約 2 ℃ 寒いことをしめした。 同氏は東釧路層最上部のしめす寒冷期がギュンツ氷期, 岩保木山層上部の寒冷期がミンデル氷期に対応し, それ以上はミンデル・リス間氷期に相応すると考えている。 この地質図幅の区分 (5) と (4) は, 大体 岡崎氏の大楽毛層および塘路層に相当するが, (3) 以下の地層については, 岩相の垂直的変化が対応しないので関連がわからない。

II.5.2 阿寒火山古期噴出物とその下位の段丘堆積層

紀ノ丘北西方に, せまい範囲であるが, 黒色(風化するとチョコレート色になる)で縞状をしめす安山岩質の熔結凝灰岩が, 北隣の雄別図幅地域から連続して, 標高約 200 m の段丘堆積層の上に分布している。 この熔結凝灰岩は, 勝井義雄の論文 14) では, 阿寒火山のカルデラ形成前に生じた軽石流堆積物にぞくしている。

舌辛川の1枝谷の頭部に第 12 図にしめすような露出がある。 そこでは, 傾斜した古潭累層の上に, ほとんど水平に厚さ 1.5~3 m の段丘堆積層があり, さらにその上位に厚さ 5 m 以上の熔結凝灰岩がのっている。 この関係は北方の雄別図幅地域でも南北にわたってみとめられる。

第 12 図 阿寒火山古期噴出物(熔結凝灰岩)と下位の段丘堆積層のスケッチ (舌辛川と紀ノ丘部落とのほぼ中間の山頂付近)。
A : 熔結凝灰岩(阿寒火山古期噴出物), B : 斜交葉理にとむ砂礫層(礫は安山岩 ; t1 段丘堆積層 ?), C : まれに Acila gottschei をふくむ 微細粒砂岩・軽石質凝灰岩・凝灰質細粒砂岩などの互層(阿寒層群古潭累層上部)

下位の段丘堆積層は, 砂礫からなり, 全体として斜交葉理の発達がいちじるしい。 礫は主に安山岩で, 最大直径は 50 cm, 多くは直径 3~10 cm である。

この段丘堆積層は, 阿寒川 - 仁仁志別川間の山地に分布する t1 段丘堆積層(次節参照)の厚さが 30 m あまりと推定されるのにくらべて, 厚さがはるかに薄いが, 堆積層の基底の高度は t1 段丘とほぼ同等である。 また t1 段丘堆積物中には特に熔結凝灰岩の礫をみとめていない。 これらの状況を考え合わせると, この段丘堆積は t1 段丘堆積層にぞくするものであって, その上部が谷状に削剥された後, 熔結凝灰岩が流出してきたのではなかろうかと思われる。

この熔結凝灰岩は, 紀ノ丘で t3 の河岸段丘の侵蝕をうけていて, その堆積物中にはこの熔結凝灰岩の巨~小礫が多量にふくまれている。 t2 段丘と熔結凝灰岩との関係は不詳であるが, t2 段丘は t1 段丘より t3 段丘に似た形態で分布しているので, t3 段丘に近く, 熔結凝灰岩よりも新しい時期に形成されたものと思われる。 なお, この溶結凝灰岩に似た岩質の巨礫が, 図幅地域南東部の新野付近に分布する 釧路層群最上部 (5) にかなりの量がふくまれており, その地層の層序を決める上に注目される。

II.5.3 段丘堆積層

図幅の東半分の地域には, 砂礫などの段丘堆積層が, おもに釧路層群を基盤として, 約 200 m 以下種々の高度の海成や河成段丘面をつくって広く分布している。

概して, 比較的侵蝕が進んでいるので, 段丘の原平坦面が完全に保存されている部分はせまく, ほとんどの部分は谷頭のゆるい斜面からなる起伏をもっている。 段丘堆積物の内容や基底の状況などについては, 堆積層の断面が観察できるような自然露出がきわめて少なく, また剥土・試錐などによる調査をおこなっていないので, 確実に知ることができなかった。 しかし, 地形的観察を中心に, 高位の t1 から低位の t6 まで6つの段丘面を識別して図示した。 t5 と t6 は場所によってはさらにそれぞれ2面が識別される。 各段丘面の高度・その他は第 3 表(段丘の特徴)にまとめてしめしてある。

第 3 表 段丘の特徴(括弧で囲んだ標高・比高の値は代表値)

上面の標高
±10 m
基底面の標高
±20 m
沖積面からの比高
±10 m
面の開折の程度 上面の勾配
t6 (2) 25~5 (20~10)
t6 (1) 40~20 (40~30)
t5 (2) 90~55 (55) 75~30 (40) 55~40 (45)
t5 (1) 90~55 (75) 75~30 (50) 55~40 (55)
t4 100~90 (90) 80~60 (60) 75~60 (70)
t3 190~95 (110) 170~70 (80) 135~80 (90)
t2 ? 140~110 (130) 110~80 (100) ? (120)
t1 210~180 (200) 180~140 (170) 170~150 (160)

これらの段丘は, 更新世の後期に大体 高位のものから順次形成されたようであるが, 詳細な形成時期はわからない。 t6 のうち低位のものは冲積世に形成された可能性もある。

t1 の面は, いわゆる白糠段丘面として釧路層群の堆積上面と考えることもできるが 26), 27), 33) , 釧路層群の上部の層準が少し傾斜して分布しているのに対して, この面は平坦的であり, しかも周辺地域の地形状況にくらべてとくに平坦面が保存されているので, 釧路層群の堆積末期よりもさらに新しい時期に形成されたものと解釈される。 ただし, 南部のイワイズミ沢南方の 179.3 m 三角点の山地に分布する t1 とした礫質層は, あるいは釧路層群の一部であるかもしれない。 なお, 前章(II.5.2 阿寒古期噴出物とその下位の段丘堆積層)で述べたように, t1 段丘は阿寒火山古期噴出物の溶結凝灰岩より古い時代に形成されたものと思われ, また釧路層群の最上部 (5) の層準が t1 より新しい時代の堆積物である可能性がある。

段丘の堆積物は充分にわからないが, 一般に風化して褐色となった砂土中に 安山岩類の大・中礫や古期岩の小・細礫がまじっているのが認められる。 概して, どの段丘も, 直径 5~20 cm 大の亜円礫と小・細礫および陶汰の悪い粗~中粒砂を主とし, しばしば直径 20 cm ないし 50 cm 大の礫をふくむ堆積物が多いようであって, 局部的には直径 1 m, 2 m 大の巨大な礫(熔結凝灰岩などの礫)をふくみ, 所によっては泥質層をはさむ。 また陸域に堆積した堆積層には同時代の火山拠出物をともなうことがある。 堆積物の厚さは大部分の地域で数 m ないし 10 数 m であり, 厚い場合で最大 30 m 程度と思われる。 礫の種類は, 阿寒火山に由来する諸種の安山岩の巨~小礫が主であって, このほかに珪岩, 硬質の粘板岩, 古期の斑岩類の小礫・細礫がみられる。 また, 所により第三紀層の安山岩類および硬質な頁岩の中・小礫がふくまれている。 小礫・細礫には釧路層の礫質層から由来したものが多い。

この地方の段丘について他の研究者があたえている区分と, 本地質図幅の6段の細区分との関連について次に述べる。

阪口豊 32) は, 羽幌地方において海抜 70~50 m および 60~30 m, 北部北見山地において海抜 80 m および 40 m の面をしめす2段の段丘面を模式として, その高位の面を C 面, 低位の面を T 面と呼び, 大楽毛西部の標高約 50 m の段丘(本地質図幅の t5 の低位の部分)を, 開析の程度が比較的進んでいることから C 段丘に対比し, 阿寒市街 - 中阿寒付近の本地質図幅の t5 および t4 を C に属する河岸段丘と見ている。 本地質図幅で t6 としてしめした段丘の大部分は T 段丘に対比されている。 また, 阿寒川下流部の平野下に T 面と K 面(T 面よりさらに低位の段丘面)の埋積面があることが述べられている (冲積層の項参照)。

佐々保雄 33) および岡崎由夫 26), 27) は, 釧路周辺を中心に, 東は厚岸, 西は白糠, 北は阿寒火山群の山麓までの範囲の段丘を研究して, 次の4面をこの地方の基本的な段丘面としている。

  1. 白糠段丘 : 標高 200 m 前後の段丘面をつくるが, かなり開折されている。 この段丘面がほぼ釧路層群の堆積上面であると考えられている。
  2. 根室段丘 : 120 m 内外を中心に, 大体 140~80 m の標高の段丘面をもつ。
  3. 釧路段丘 : 40 m 内外の高度の面をしめし, 阪口豊氏の T 面にあたる。
  4. 冲積面から高さ 20 m 以内の低位の河岸段丘面。

岡崎由夫の論文 26) の付図と照合すると, 本地質図幅の t1 および t2 は白糠段丘の分布地域にあり, t3, t4 および t5 の大部分は根室段丘にあたる。 また, t6 の大部分は釧路段丘と低位の河岸段丘に相当している。

最近, 羽鳥謙三 9) は日本全国の段丘面を整理して, 冲積面(標高 0~5 m), 立川面(10~20 m), 下末吉面(30~40 m), 多摩面(70~100 m), 前多摩面(200~400 m)の5群をとりあげ, その分布を図示した。 それによると, 本地質図幅の t4, t5 は多摩面に, t1, t2 は前多摩面に対応している。

II.5.4 新期火山噴出物

地質図には記入してないが, 次に述べるような更新世後期および現世の火山噴出物が分布している。 いずれも, 阿寒・屈斜路火山群中の火山から噴出されたものであろう。

いわゆるローム状をしめす褐色の火山灰風化土が, t1 から最低位 t6 の段丘まで, 大部分の段丘地域で, 段丘砂礫層の上位をおおって, 1~2 m の厚さで分布している。 この表層厚さ数 10 cm は, 黒褐色の腐植質土壌となっている場合が多い。

図幅南東部大楽毛付近の t5 段丘面上には, 厚さ 2 m 位の白色の砂粒度の火山灰が認められる。

新野(地点 ⑨)付近には, 段丘との関係は不詳であるが, 釧路層群をおおって厚さ 8 m をこえる軽石流が, 小部分に分布している。 この軽石流は, 白色で絹糸光沢をもつ粗鬆な細砂状のガラス質物中に, 少量の直径 0.3~3 cm ときに 5 cm 大の軽石塊と, ごく少量の直径 0.2~1 cm 時に 1.5 cm 大の安山岩質岩片をふくんでいて, 全体に塊状である。

t6 の段丘までをおおう火山灰風化土は, 現世の降下火山灰が風化したものであろう。 山田忍 47), 48) によると, 現世に降下した摩周山(西別岳火山をふくむ)の火山灰 Mf も分布している。 大楽毛付近の白色の火山灰と, 新野付近の軽石流は, t5 段丘形成以後, t6 段丘形成以前に噴出されたと考えることができるが, 確実にはわからない。

II.5.5 沖積堆積層

主な河川に沿う平地やその支流の谷底は, 冲積土砂・礫および泥炭からなる冲積層でおおわれている。 これらの地表は, 畑地・牧場地および極く一部が田地として利用されているが, 荒地も広い。 特に阿寒川下流部, 仁仁志別下流部, コイトイ川に沿う平地の一部には, 自然状態では利用できない湿地があり, その周辺に半湿地が広く分布している。

阿寒川沿いの釧路市桜田・山花・鳥取付近の平地の冲積層については, 釧路市水道課が地下水調査のために行なった深度数 10 m の多数の試錐と, 北海道開発局が行なった試錐・電気探査による資料があり, それらの結果が, 阪口豊・大竹一彦 31) , 阪口豊 32) , 鳥居栄一郎・飯島弘 44) , 鳥居栄一郎・飯島弘・吉田保 45) の論文・報文にまとめられている。 それらによると, ここでは, 釧路層群の地層を基盤として, 一般に厚さ 10~20 m, 厚い所で 30~40 m に達する冲積層が下流へ次第に厚くなる傾向で分布しており, また谷の中央部は厚く, 側部にうすい所が連らなっている。

この沖積層基底の状況について, 阪口豊・大竹一彦 31) は, 釧路平野主部の資料もあわせて考察をくわえ, 桜田・山花から大楽毛図幅地内の美濃・北斗の地域にかけて 3段の埋積段丘があることを推定し, それらの段丘面は下位の段から, それぞれ 4.7 × 10-3, 4.1 × 10-3, 4.3 × 10-3 の勾配をもって東へ傾斜していて, 現冲積面の勾配 1.1 × 10-3 より勾配が急で, とくに下位の段が最も急であると述べている。 本図幅地域では, 阪口・大竹 26) の付図によると, 下段の面は 桜田下流寄りから山花上流寄りの谷の左岸側をしめして 地表下約 30~40 m の深さに広がり, 中段は 桜田付近で地表下 10 数 m と 山花上流寄りで地表下約 30 m の深さのところに狭く分布し, 上段は 山花付近で地表下 10~10 数 m の深さのところに広く分布すると予想されている。 上段は, なお坂口豊 32) によって右岸の沼館牧場から新野の地域にかけても分布すると推定されている。 阪口豊 32) は, さらにこの埋積段丘の下段の面は旧河床面であり, 中段の面は地上面の K 面 (羽幌海岸の古丹別付近で標高 20 m 前後の面をしめす古丹別面を模式とする段丘面) の埋積面で, 上段の面は T 面 (羽幌海岸の苫前付近で旧汀線高度 60~40 m, その北方で 30 m をしめす苫前面を模式とする段丘面)の埋積面であると考えて, これらの埋積谷はこの地域が, 釧路川主谷に沿う構造線に向かって傾動運動したために生じたと論じている。 また, 岡崎由夫 26), 27) は, 釧路平野の下流地域には, 冲積海進前の海面降下時に作られた 最大深度が現海水準下 80 m に達する比較的広い侵蝕谷地形があり, この谷地形は釧路川沿いと阿寒川沿いに分岐して上流へ次第に浅くなる形をとり, その阿寒川沿いの左岸側において 海水準下 10~20 m と 40~50 m の2段の河成段丘とみられる地形面が存在し, 阪口豊 32) の2段の埋積段丘に対応させられるということを述べ, 図にしめしている。

冲積堆積層は前述の諸資料によると, 砂, 砂質粘土が多く, これに砂礫層をはさみ, 粘土層・泥炭をふくんでいる。 概して砂礫層は下半に, 粘土層は上半に多く, 泥炭は最上位をしめている。

上述の阿寒川下流部付近以外の地域については, 試錐資料が乏しいので確実なことはわからないが, 阿寒川・仁仁志別川下流部を除けば, 冲積層の厚さは数~10 m の地域が多いと思われる。

泥炭層は, 諸資料を参考すると, 大体 冲積層の最上部をしめ (阿寒川などの河流沿いと山地沿いでは 厚さ数 10 cm~数 m の砂や泥が泥炭層の上をおおっているが), 阿寒川および仁仁志別川沿いの平地に厚さ 2 m 未満, 一部で 3 m 余りの低位泥炭が, かなりの面積に連続的に分布しており, その他の地区にも小面積ずつ存在するとみられる。 所によっては この表層をしめる泥炭層より下位にも薄い泥炭層が1~3層はさまれている。 ただし, 本図幅内の泥炭は釧路平野主部の泥炭地にみられるほど発達したものでない。 岡崎由夫 24) によれば, 表層の泥炭層は, 表層から 10~30 cm 下位に厚さ 10 cm 前後の摩周山火山灰(山田忍 48) の Ma)をはさみ, この火山灰より上部は概して分解度の不良なスゲ泥炭からなり, 下部はやや分解の進んだヨシ泥炭・スゲ泥炭を主とし, 薄いハンノキ泥炭・木泥炭をふくむという。

また, 岡崎氏は釧路平野各所の泥炭にふくまれる樹木花粉の研究 25) から, 釧路平野の泥炭の形成は, それ以前の温暖期の末期にあたる B.C. 1,000 年頃, 平野をおおっていた海湾の陸化によってその北西部から始まったと推定している。 表層の泥炭層より下位の泥炭中には Quercus が優勢で, これは現在より幾分温暖であったことをしめし, 表層の泥炭中には主に Quercus・Abies および Picea がふくまれていて, 泥炭が形成され始めて以後 現気候になったことを物語るという。

沖積地の地下水は, 鳥居栄一郎・飯島弘 44) によって, 一般に深度 0~5 m に地下水位があり, 特に阿寒川下流部では 冲積層下部の礫層に深層地下水が賦存していることが明らかにされている。

II.6 地質構造

本図幅地域では, 白堊系と古第三系とは, ほぼ完全に同一の地質構造をしめしている [ 以下の [注] 参照 ] 。 古第三系と新第三系とについては, 不整合を境として, 積成盆地の移動が考えられ, かつ, 上位の地層ほど, 各地層がうけた褶曲および断層運動の強さが次第に弱くなってはいるが, 全体として, ほぼ同様な地質構造形態をしめしているものとみなされる。 これらに対して, 第四系は褶曲および断層運動をほとんど受けておらず, 下位の地層とは著しく異なった地質構造を示す。

[注]
釧路炭田西縁部の国境複背斜帯では, 白堊系と古第三系とでは, 地層の走向・傾斜を幾分異にし, 両者間の傾斜差は最大約 20°に達する。

したがって, 本図幅地域においては, 白堊系および第三系の地質構造と第四系のそれとに2分することができる。 ここでは, 前者の構造について, のべることにする。

第 13 図 水平構造断面図

II.6.1 褶曲構造

本図幅地域は, 南東方の釧路隆起帯(第 2 図)を除いては, 釧路炭田地域でもっとも褶曲度の小さい地域で, 地層の傾斜が 20°以下の部分が多い。

本図幅地域の褶曲構造は, 雄別複背斜帯・ 音別複向斜帯・ 阿寒複背斜帯・ 知茶布複向斜帯およびトマリベツ向斜 [ 以下の [注] 参照 ] に大別される(第 2 図)。

[注]
知茶布複向斜帯と, トマリベツ向斜とは, 釧路原野の第四系下に推定される大楽毛沈降帯の西縁部に相当するものと思われるが, 本図幅地域東半部をおおう釧路層群下の第三系の地質構造が不明であるため、 本稿では便宜的に別個にとりあつかうことにする。

複背斜帯は大小のドームやドーム状背斜の集合からなり, 複向斜帯は数条の向斜および背斜からなる。 これらの褶曲帯は多くの断層をともなって複雑になっているが, 全体として NW - SE~N - S~NE - SW 方向にのびている。

雄別複背斜帯

この複背斜帯は, 「阿寒」・ 「雄別」・ 「ウコタキヌプリ山」および「上茶路」の4図幅地域にまたがって発達する。 白堊系を中核とする雄別ドーム状背斜を主体とし, これに付随する数個の小ドームないし小背斜からなり, NE - SW 方向の雄別断層(南東側落下)によって斜断されている。

本図幅地域内には, 雄別断層 北西側の雄別ドーム状背斜および同断層 南東側の小ドーム状背斜が, 図幅地域の北西隅にわずかにみとめられるにすぎない。

雄別ドーム状背斜については, その中核部をなす白堊系および別保累層の一部が分布し, 北方に向かって 10°前後傾斜する。

雄別断層 南東側の小ドーム状背斜は, 舌辛累層ユケピラ砂質游泥岩を核とし, 雄別断層と平行な NE - SW 方向の背斜軸を有する。 北西翼は 50°前後, 南東翼は 20~30°に傾斜し, 背斜軸は南西方に沈降する [ 以下の [注] 参照 ]

[注]
この背斜軸の北東方延長部は雄別図幅地内において, 雄別断層に一致する。 また, 南西方延長部には, 上茶路図幅地内において, 新縫別ドーム状背斜が発達し, さらにその南西方延長部は雄別ドーム状背斜の背斜軸に合致する。

阿寒複背斜帯

本図幅地域のほぼ中央部に発達し, 全体として東方に凸部を向けた逆「く」の字形をなし, その南方延長部は「白糠」図幅地内に連続発達する。

この複背斜帯は大小多くのドーム構造からなり, 最下位の地層として白堊系がわずかに分布するが, その大部分が浦幌層群によってしめられる。

西隣の音別複向斜帯に対する本複背斜帯の相対的隆起量は, 水平距離約 10 km に対して約 2,000 m と推算される。

本複背斜帯の北東縁には, 阿寒断層および知茶布1号断層がほぼ NW - SE 方向に雁行して走り, 複背斜帯全体は, NE - SW および E - W 性の多くの断層によって切断されて複雑な構造を形成している。

主要なドーム構造としては, 北から, 知茶布ドーム・ チロッペドーム状背斜・ オトンベツドーム・ ウエンベツドーム・ シリクロチドーム・ オサッペドームおよびイルモクンナイドームなどがあげられるが, これらのほかに, 地層の傾斜のゆるい不完全な形状の小ドーム構造もいくつかみとめられる。 また, 複背斜帯の西翼部には, NE - SW~NNE - SSW 方向の背斜状突出部が音別複向斜帯に入り込んでいる。

図幅地域北半部においては, 阿寒断層北東側のチロッペドーム状背斜が NNE - SSW 方向の長軸を有するが, 同断層の南西側では, ドームが阿寒断層に平行に NW - SE 方向に配列し, 各ドームの長軸は, 阿寒断層に接近して形成されるか, 同断層に吸収された形をとっている。 また, 阿寒断層の南西側では, ドームの長軸は, NE - SW および E - W 方向の数条の断層によって切られて, 断層をさかいとして 北側の長軸ほど南側のそれに対して一般に西方にずれて階段状をなし, 全体として NW - SE 方向に配列している。

図幅地域南半部においては, 個々のドームの長軸は N - S~NE - SW 方向をしめし, やや複雑なドーム配列をなす。 すなわち, NE - SW 方向につらなるウエンベツドーム - オサッペドーム列と NNW - SSW 方向のイルモクンナイドーム - 庶路ドーム (南隣の「白糠」図幅地域にまたがる) とが雁行して N - S 方向にならび, 両者の間に南に開いたカリショ向斜をつくる。 一方, シリクロチドームからオサッペドーム北東部にかけて NE - SW 方向の長軸をもつ2, 3のドームが NW - SE 方向に平行にならび, この列とウエンベツドーム - オサッペドーム列との間に 北西方に開いたきわめてゆるい向斜構造をつくっている。

複背斜帯全体としては, 東方に張り出した逆「く」の字形の最大隆起部に抱かれるように, その西方に NE - SW 方向の断層や小褶曲構造が形成されており, しかもこれらの小構造の多くは NE - SW 方向の断層によって境されている。

地層の傾斜は, 個々のドームあるいはドーム状背斜については, 西翼部よりも東翼部が急斜する。 複背斜帯全体としては, その東縁部では, 30~40°をしめす部分が多く, 阿寒断層や知茶布1号断層近くではところにより直立しているが, 一般には 20°以下で, とくに北半部では 10°前後の部分が多い。

知茶布ドーム : 知茶布川の上流からツルッペ沢上流にかけて阿寒断層の南西側に, 雄別累層を核として発達する。 NNW - SSE 方向にのび, 北方に沈降する長軸をもち, ENE - SWS・NE - SW および N - S 方向の断層によって切断される。 ドームの主部では長軸はみとめられず, その西翼部のみが発達する。 地層の傾斜は, 阿寒断層近くでは局部的に 50°前後に急斜するが, 一般には 20°以下の部分が多い。

チロッペドーム状背斜 : 阿寒断層の北東側に茶路累層を核として発達する。 NNE - SSW 方向の雁行する2背斜軸をもち, 北方に沈降する。 このドーム状背斜の南半部は阿寒断層によって切断され, 北半部が知茶布複向斜帯中に楔状に割り込んだ形をとっている。 この背斜の南半部に対応する構造を阿寒断層の南西側に求めることは困難であるが, あるいは, 次にのべるオトンベツドームが 本ドーム状背斜の南方延長部に相当するものかもしれない。 この背斜の北端部は, NW - SE 方向の北東側落下の知茶布1号断層によって NW 方向に転位している。 地層の傾斜は, 知茶布1号断層の北東側では, 東翼が 15~40°, 西翼が 10~15°, 同断層の南西側では, 西翼が 15~20°, 東翼が 35°以上で, 長軸面は西に 70°前後傾斜しているものと推算される。

オトンベツドーム : NE - SW 方向のオトンベツ断層によって 南半部が切り落とされた形をとっている半ドーム構造で, 雄別累層を中核とし, NNW - SSE 方向の長軸をもつ。 地層の傾斜は西翼部では 10~20°, 東翼部では 30°以上で, 阿寒断層近くでは 50~90°に急斜し, 北西方 沈降部では 5~10°をしめす。 この半ドームは, オトンベツ断層をへだててその南東方のウエンベツドームに対応する。

ウエンベツドーム : 阿寒町中町西方からその南方のウエンベツ川にかけて, 阿寒断層の西側に形成された完全なドーム構造で, 逆「く」の字形に緩く彎曲したまゆ状をなし, E - W 性の数条の横断断層によって切られる。 ウエンベツ川とその北方の沢との間に きわめてゆるい鞍部(地層の傾斜は 5°以下)がみられる。 舌辛累層ユケピラ砂質游泥岩を核とするが, ドーム北部には, 2横断断層にはさまれて, 地塁状に雄別累層が長軸部にわずかに分布する。 地層の傾斜は, 西翼部では 10°前後をしめす部分が多く, 東翼部においては, 長軸近くでは一般に 10°前後であるが, その外側(阿寒複背斜帯東縁部)では 15~30°をしめし, 阿寒断層に接近すると 40°以上に急斜する。 前記のオトンベツドームをふくめて, ドームの長軸が NW - SE 方向をとっている部分では, E - W および NE - SW 方向の断層を境として北側の軸ほど一般に西方にずれ, 長軸が N - S~NE - SW 方向をとっている部分では, E - W 方向の断層を境として南側の軸ほど一般に西方にずれて階段状に配列している。 長軸の南西方延長部は, 地層の傾斜 10°前後の緩い鞍部をへだてて南西方のオサッペドームに連続している。

オサッペドーム : NE - SW 方向の本岐断層によって北西半部が切り落とされた形をとっており, 白堊系を核として, おもにドームの南東翼部が発達している。 しかし, ドームの北東端部では比較的明瞭な小ドーム構造をなしている [ 以下の [注] 参照 ] 。 このドームの主要部では長軸はみとめられないが, ドームの北東端部では, オサッペ断層の消滅とともに NNE - SSW 方向の長軸があらわれ, 北隣のウエンベツドームの長軸に連続する。

[注]
このドームの南西端部でも明瞭な半ドーム構造をなす(「白糠」地質図幅 41) )。

ドームの南東翼部(オサッペ断層南東側)には E - W~WNW - ESE 方向の数条の横断断層がみられる。

地層の傾斜は, 主部では 20~25°, 北東端部では 10~20°の部分が多く, 北東方のドーム縁辺部(阿寒複背斜東縁部)では 25~35°でやや急になっている。

シリクロチドーム : シリクロチ川の源付近を中心とし, やや NE - SW 方向に延びた緩やかなドームで, 地層の傾斜は 5~15°の部分が多い。

このドームの南東側には, 形の不明瞭な2つのドームが NW - SE 方向にならび, 前述のオサッペドームの北東部につらなる。

イルモクンナイドーム : 図幅地域中央南部に位置し, 南隣「白糠」図幅地域内の庶路ドームの北方延長部と雁行して その北部に形成された不完全な形状のドームである。 雄別累層 双雲游泥岩層を中核とし, ほぼ NW - SE 方向にのび, NNE - SSW および E - W 方向の多くの断層に切られる。 地層の傾斜は西翼部では一般に 10°以下, 東翼部では約 20°である。

音別複向斜帯

この複向斜帯は, 阿寒・雄別および尺別の3複背斜帯にかこまれ, 南方に開いた大規模な複向斜帯で, 本図幅地域内にはその北東部がみとめられるにすぎない(第 2 図)。 この複向斜帯には, その南端部(地域南西隅)にわずかに分布する厚内層群を除いては, 縫別累層が分布する。

この複向斜帯には, 主向斜としてクオマナイ向斜(N - S 方向)および これの南方延長部と考えられる音別向斜(NNE - SSW 方向・「上茶路」図幅地内)が, また, 副褶曲構造として, 上庶路向斜(NNE - SSW 方向)・ セタラ背斜(NNE - SSW 方向)および茶路川背斜(N - S方向)などが含まれる。

この複向斜帯は, 平面的には凹凸のはげしい複雑な形状をなすが, 地層の傾斜は緩く, 5~15°の部分が多い。

知茶布複向斜帯

この複向斜帯は, 雄別・阿寒両複背斜帯にはさまれて, 西方に楔状に入り込み, これの北方延長部は「雄別」図幅地内に延びる。 この複向斜帯内には, 布伏内累層・厚内層群および阿寒層群が分布する。 前述の阿寒複背斜帯のチロッペドーム状背斜が北方に沈降しながら, 知茶布複向斜帯内に入り, これに吸収されて1つの背斜部を作っている。

この背斜部の西側には知茶布向斜が形成されており, その東側では新第三系は全体として東方に緩く傾斜し, 図幅地域東半部において第四系下に没する。

知茶布向斜 : 水平断面はややゆがんだ矩形をしめし, 北北東方に開いた底部の広い舟盆状向斜で, 南西縁部は阿寒断層に切られる。 底部には中央部にきわめて緩い1背斜部が認められる。 舷にあたる部分の傾斜は, 西翼部では 20~40°, 東翼部では 20°前後をしめす。 底部は, 向斜軸に直角な方向(WNW - ESE)の垂直断面では, 一般に 5~10°の緩傾斜をしめし, NNE 方向(向斜軸の方向)に 10~20°傾斜する。

チロッペドーム状背斜東側地域 : 地層は, 走向ほぼ N - Sで, 東方に傾斜し, 背斜部に厚内層群が, その東側に阿寒層群が広く分布し, 阿寒川以東では, 第三系を不整合に覆って第四系の釧路累層が広大な地域に分布する。 厚内・阿寒両層群の傾斜は, 知茶布1号・同2号両断層近くでは直立に近い部分もあるが, 一般には, 背斜付近では 30°前後をしめし, 東方ほど傾斜を減じて, 阿寒川付近では 5°前後になるようである。

釧路累層下に伏在する第三系の地質構造については不明であるが, 数少ない物理探査や試錐資料から推察すると, 本図幅地域北域北西部に N - S~NE - SW 方向の緩い向斜部が伏在する可能性がある。

トマリベツ向斜

阿寒断層の南側において, 阿寒複向斜帯の東側に形成されたもので, 向斜軸は北部では NE - SW, 南部では N - S 方向をしめす。 向斜軸部には阿寒層群が, 両翼部には厚内層群が分布する。 地層の傾斜は, 両翼部とも一般に 10~20°であるが, 西翼部では, 30~35°の傾斜をしめす阿寒複背斜帯東縁部につづく。 この向斜はトマリベツ断層の南側には認められないが, おそらく, 東方にずれて釧路累層下に伏在しているものと思われる。

チロッペドーム状背斜東側に推定した, 釧路層群下の向斜部が, あるいは, トマリベツ向斜に対応するものかも知れない。

II.6.2 断層構造

本図幅地域内には, 種々の方向の多くの断層が発達するが, NE - SW, NW - SE, WNW - ESE~E - W, および N - S~NNE - SSWの4方向に大別される。 本稿では, それぞれ NE - SW 性, NW - SE 性, E - S 性および NNE - SSW 性の断層系とよぶこととする。 転移量については, NE - SW および NW - SE 性の断層に大きいものが多く 層序上の落差が 1,000 m 以上に達するものもあるが, 他の方向性のものは層序上の落差が 250 m 以下である。

断層の数は, E - W 性のものがもっとも多数であり, NW - SE 性, NNE - SSW 性, NE - SW 性の順に少数となる。

断層面の傾斜については不明の点が多いが, 一般には NW - SE および NE - SW 性のものは垂直に近く, E - W 性のものには正断層, NNE - SSW 性のものには逆断層が多いようである。

また, NW - SE および NE - SW 性の断層にはしばしばレンズ状の分岐部をともなう。

断層運動開始の時期について, 上記の断層系相互間の前後関係は明らかでないが, 地域北半部では, 主要断層についてはほぼ同時か, あるいは NW - SE 性のものが他系統のものより早期のものと思われる。 また, 南半部では, NE - SW 性の断層は, 主要な E - W 性の断層と同時か あるいは E - W 性のものが前者より後期のものであり, NNE - SSW 性の主要断層の多くは前2者よりさらに後期のものとされている [ 以下の [注] 参照 ] 。 しかし, 主要断層については, 前後関係のいかんを問わず, 厚内層群堆積後ほとんど転位をあたえていないカリショ断層など特殊の断層を除いて, 褶曲運動の進展とともに転位量を増大したものが多いと推定される。 また, E - W 性の小断層には上記の断層・褶曲運動の終末期に形成されたものが多い。

[注]
庶路付近(「白糠」図幅地内)においては, これまで NNE - SSW 性の断層が E - W 性の断層よりも後期のものとされていたが, 最近, 山本敏夫によって, 多くの場合, NNE - SSW 性の縦走断層が E - W 性のものより後期であることが明らかにされた(未公表)。

NE - SW 性断層

本図幅地域北西隅の雄別断層を除いては, おもな断層はほとんど阿寒断層の南西側に発達する。

褶曲軸(ドームの長軸)との関係は, 図幅地域南部では縦走ないし斜走断層であるが, 北半部の阿寒断層付近では横断断層に近く, 北半部の西部では斜走断層となっている。

これに属するおもな断層には, 北から雄別・ 上茶路・ タンネナイ・ オトンベツ・ オサッペ北およびオサッペの各断層があげられる。

雄別断層 : 「雄別」・「上茶路」両図幅地域におもに発達し, 総延長 22 km 以上, 層序上の最大落差約 1,800 m に達する南東側落ちの大断層であるが, 本図幅地域内には, その北西隅に, 本断層の中央部が認められるにすぎない。 上部白堊系と尺別累層ないし茶路累層とが接し, 層序上の落差は 1,100~1,300 m と推算される。 断層面は確認されていないが, 延長部の状態から推定すると直立に近いものと思われる。

上庶路断層 : 断層そのものは確認されていないが, 100~300 m 南東側落下と推定される。 音別複向斜帯では褶曲軸に対して斜走する。 庶路川以東では断層ぞいにやや鋭い高まりを生じ, この高まりは知茶布ドームから分岐した支脈のような形をとっている。 また, この断層は, 北側の盆状をなすクオマナイ向斜と南側の褶曲地域とを分けている。

地質図では, この断層の南西方延長部が 「上茶路」地質図幅の大曲断層に連続するものとして示してあるが, 両者が同一のものか, 雁行するものかはまだ明らかにされていない。

タンネナイ断層 : シリクロチドームの北西限を画する北西側落ちの延長約 9 km の断層で, 層序上の落差は, シリクロチドームの核部付近で最大を示し, 約 500 m に達するものと推算される。

断層の正逆および断層面の傾斜角は不明である。

シリクロチドーム付近から北東方にゆくにしたがって落差を減じ, 311 m 三角点の東方約 0.5 km 付近で落差がほとんどなくなるものと思われるが, その北東方のオトンベツドームに発達する NE - SW 性の断層との関係については明らかでない。 シリクロチドーム付近から南西方延長部では, レンズ状をなす2断層に分離する。

一般に断層ぎわでは地層は急斜し, 60°以上を示すことがある。 とくにレンズ状に分離した2断層間に挾まれた部分は 60~70°北西方に急斜する。

オトンベツ断層 : オトンベツドームの南東半部を切り落した形をとっており, その落差はオトンベツドームの核心部で最大を示し, そこでは約 400 m に達する。 しかし, 核心部をはなれるにしたがって急激に落差を減じ, 庶路川以西では 30 m 以下となり, その存在も不明瞭となる。

オトンベツドームの東側において北西に 73°傾斜する逆断層面が認められるが, その性質が後述のオサッペ断層に類似していることから, 全体としては, おそらく垂直に近い断層面をもつものと推定される。

オトンベツドームの中核部では, 3・4条のほぼ同方向の断層を南西方に分岐し, 複雑な断層構造を形成している。 これらの分岐断層はいずれも延長方向に数 km 以内で消滅するようである。

オサッペ北断層 : 地層の分布から推定した北側落下の断層で, 次に述べるオサッペ断層と雁行する(第 13 図)。

この断層は図幅地内では南西方ほど落差を増し, 図幅地域南縁部では, 音別層群についての層序上の落差は 1,000 m 前後に達するものと推算される。 しかし, 厚内層群に与えている転移量はこれよりはるかに少なく, その落差は図幅地域南縁部付近で 200~300 m(北西側落ち)程度と推定される。 また, この断層の北西側には厚さ数 100 m の縫別累層が分布するが, 南東側には縫別累層は全く分布せず, その下位の茶路累層も 100 m 前後の厚さを示すにすぎない。 以上述べたことは, この断層はおもに音別層群堆積後 厚内層群堆積前に活動したことを物語っている。

オサッペ断層 : オサッペドームの北西半部を切り落としたような形をなして, 南隣の「白糠」図幅地域にかけて発達し, その総延長は約 11 km である。 層序上の落差はドームの中核部で最大を示し, 約 1,400 m に達する。 しかし, ドームの中核部をはなれるにしたがって急激に落差を減じ, ドームの末端部では, この断層は完全に消滅する。 断層面の傾斜角は 80°以上で直立に近く北西あるいは南東に傾斜する。

NW - SE 性断層

これに属する主要断層としては, 阿寒断層と知茶布1号断層とがあげられるのみであるが, それらの地質構造上の意義は大きい。 上記の2断層は雁行配列をなし, 阿寒複背斜帯の東縁を限る。

小断層としても, 阿寒断層の北東側に2条認められるだけである [ 以下の [注] 参照 ]

[注]
この方向の断層は釧路炭田全般としても, 西半部にはこの2断層を除いては顕著なものはない。 しかし, 釧路炭田東部の釧路隆起帯には顕著に発達し, 最も優勢な断層系となっている 20)

阿寒断層 : ほぼ阿寒複背斜帯の北東縁を画して, 彎曲しながら, 全体として NW - SE に走る北東側落ちの大断層で, その総延長は 10 km 以上に達する。 この断層は雄別断層付近から落差を次第に増しながら, ESE 方向に走り, 知茶布ドーム北側で方向を SE に変じ, 図幅地域中央部で, 急に落差を減じ, その延長部は釧路累層下に没する。 層序上の落差は知茶布ドーム付近で最大を示し, 約 1,300 m に達する。

断層面の傾斜角は確認されていないが, 直立に近いものと推定される。

この断層南西側の背斜部が, 断層とほぼ並走し, 釧路炭田西半部におけるドーム あるいは背斜の一般の延び(N - S~NNE - SSW)と著しく異なること および断層両側間の構造に対応性がほとんど認められないことは注目される。

知茶布1号断層 : 電光形に屈折し, 全体として NNW - SSE 方向に走り, 阿寒村付近で, 落差を増し, 阿寒断層の北側をこれと並走する。

層序上の最大落差は少なくとも 800 m に達する。

断層面の傾斜角は, 確認されていないが, 直立に近いものと推定される。

この断層の屈曲は, おそらく, 褶曲運動の初期にチロッペドーム状背斜の東側に形成された断層が, おもに 阿寒層群堆積後の造ドーム運動と 断層の東側における東から西への局部的横圧力との相互作用によって 2次的に生じた公算が大きい。

上記の2主要断層のほかに, 知茶布1号断層の支断層である 知茶布2号断層 , 知茶布向斜に形成された 知茶布4号断層 (落差 50 m 以下)が見られる。 前者は, 前記2主要断層とほぼ同時に形成されたものと思われるが, 後者はおそらく後次性のものであろう。

NNE - SSW 性断層

褶曲軸に対して縦走するものが多く, 知られている限り逆断層である。

阿寒複背斜帯南部の イルモクンナイ断層 は傾斜 70~75°SE, 落差 50~150 m, オリコマップ断層 は傾斜 50°NW, 落差約 200 m でいずれも逆断層である。

阿寒断層の北東側におけるツロッペドーム状背斜西翼の 知茶布3号断層 は, 厚内層群以前の地層については西側落ち(最大約 300 m)であるが, 阿寒層群については東側落ち(落差は不明)になっていることが注目される。

茶路川ぞいの冲積層下には, 地層分布から N - S 方向の 茶路川断層 が推定されるが, その性質は全く不明である。

E - W 性断層

数の上では最も優勢な断層系であるが, その層序上の落差は 300 m 以下で, 多くは 200 m 以下である。 ドームないしドーム状背斜部に顕著に発達し, 向斜部では一般に著しく落差を減ずるか, 全く消滅する場合が多い。 また, 知られているかぎりいずれも正断層である。

おもなものとしては, 阿寒複背斜帯南部に発達する カリショ断層 (傾斜 80°NE, 落差約 200 m), カリショ北断層 (傾斜 60°S, 落差 280~300 m), 松ノ沢1号断層 (傾斜 70~80°S, 落差 80~160 m), 松ノ沢2号断層 (傾斜 65~8O°N, 落差はイルモクンナイ断層の西側では 85 m 以下, 同断層の東側では約 200 m), 松ノ沢3号断層 (傾斜 60~70°N, 落差 80~160 m)などをあげることができる [ 以下の [注] 参照 ] 。 ウエンベツドーム地域では, おもなものとして6条みとめられるが, 中町北断層 (落差約 50 m 北落ち)および 中町南断層 (落差約 150 m 南落ち)以外は落差が小さい。 知茶布ドームにも落差 200 m 前後に達する断層が認められるが, それらの連続状態や他系統の断層との関係は明らかでない。

[注]
阿寒複背斜帯南部に発達する断層については, 明治鉱業株式会社の未公表資料による部分が多い。

上記のうち, 図幅地域南縁部にわずかにみられるカリショ断層は 南隣「白糠」地質図幅に示されているように 41) , 断層が厚内層群によっておおわれており, その主要活動の時期が音別層群堆積後 厚内層群堆積前であることが注目される。

II.6.3 地質構造発達史

本図幅地域内においては, 白堊系と古第三系とは平行不整合関係にあり, 古第三系については, 最上部の縫別累層をのぞいて, 岩相・層厚の水平的変化がほとんどみとめられない。 縫別累層については, 不整合による被侵蝕のため一次的層厚は不明であるが, 岩相の地域的な一様性から推定すると, 本図幅地域では縫別累層堆積時に大きな構造運動をうけたとは考えられない。

すなわち, 少なくとも白堊紀末(ヘトナイ世)から古第三紀にかけては, 堆積盆地は2回更新されたけれども, 全域にわたってほぼ一様な昇降運動 [ 以下の [注] 参照 ] がおこなわれたのみで, 断層・褶曲運動はなかったものとみなされる。

[注]
釧路炭田全域については, 白堊系堆積地域の陸化後から古第三系堆積時にかけて, 炭田西部では東方への比較的顕著な傾動運動が, 東部では南西方へのきわめて緩慢な傾動運動がおこなわれたが, 中央部では広域にわたってほぼ一様な昇降運動がおこなわれたものと思われる。

本図幅地域の断層・褶曲運動は新第三紀に入ってから開始されたもので, 次にのべるような過程をへて現在の地質構造が形成されたものと推定される。

(1) 古第三系陸化後 厚内層群堆積前

この間に伏布内累層の堆積期をはさむが, 布伏内累層の分布が小区域にかぎられるため, この累層堆積前と堆積後とにわけて造構造運動を考察することは, 知茶布複向斜帯をのぞいてはむずかしい。

この時期には次の運動が考えられる。

(a) 阿寒複背斜帯南部の隆起運動とこれにともなう断層運動
(b) 雄別複背斜帯主部の隆起運動とこれにともなう断層運動(推定)
(c) 知茶布複向斜帯の昇降運動
(d) 阿寒断層の形成 ?

上記 (a)~(d) 相互間の前後関係については不明である。

(a) 古第三系堆積盆地の陸化後, 現在の阿寒複背斜帯南部が相対的にさらに隆起を始めた。 この隆起運動にともなって, この隆起部の北限として オサッペ断層およびオサッペ北断層が互に雁行して断層運動を開始した。 これらの断層運動の開始と同時か, これよりややおくれて, オサッペ断層の南東側にカリショ断層など数条の WNW - ESE 方向の断層を生じた。

厚内層群堆積直前におけるこの隆起部の相対的隆起量は, オサッペ断層およびオサッペ北断層の北西側に対して 700~800 m に達する。

以上のことは, 厚内層群堆積前における古第三系の被侵蝕量が, オサッペ断層およびオサッペ北断層をさかいとして, それらの南東側では北西側よりもはるかに多く, 顕著な部分では音別層群だけでなく浦幌層群最上部までも侵蝕削剝されていること, 南隣「白糠」図幅地域ではカリショ断層を厚内層群がおおっていること, さらに, 断層相互の形態上の関係からオサッペ断層はカリショ断層よりも後期のものではないこと, から明らかにされる。

この隆起帯が, 現在 釧路炭田東部から根室付近にかけて ENE - WSW 方向に顕著に発達する釧路隆起帯の西方延長部にあたることは, 釧路隆起帯の形成時期や 同隆起帯の厚内層群堆積前における拡がりを暗示するものとして注目される。

(b) 直接の証拠はえられないが, 北隣「雄別」地質図幅 19) にのべられている雄別ドーム状背斜の隆起性 [ 以下の [注] 参照 ] や厚内層群の岩相から推定すると, 雄別複背斜帯の主部はこの時期から相対的に隆起運動を開始した公算が大きい。 また, 次にのべる知茶布複向斜帯の沈降部と前記隆起部との変移部として 雄別断層運動が開始されたものと推定される。

[注]
水野・百石 19) は, 布伏内累層積成前に一部で北陽断層でしめされるような地層の変形や断層を生じたこと, また, 厚内層群積成後には雄別複背斜帯の一部はすでに後背地として陸化したこと を推定している。

(c) 知茶布複向斜帯における布伏内累層下位の音別層群が 阿寒断層西方に分布する音別層群より薄いのは, 音別層群の堆積量が少なかったためか, あるいは布伏内累層堆積前における音別層群の被侵蝕量がより大きかったためか 明らかでない。 しかし, 布伏内累層がこの複向斜帯にのみに分布していることは, 布伏内累層堆積時から厚内層群堆積前にかけての昇降運動の総和として この複向斜帯が雄別・阿寒西複背斜帯に対して相対的に沈降したことを示している。

(d) 前記知茶布複向斜帯の沈降域の南西限として阿寒断層運動を開始した可能性が強い。

(2) 厚内層群堆積時 - 阿寒層群堆積前

この時期に阿寒・雄別両複背斜帯の相対的隆起運動が盛んとなったものと推定される。 複背斜帯の変形量については明らかにすることはできないが, 布伏内複向斜帯および阿寒複背斜帯東縁部における 厚内・阿寒両層群間の不整合によって示される両層群間の構造差から, この時期には顕著な断層運動のあっことは明らかである。 しかし, 少なくともこの不整合付近では阿寒層群堆積前においては褶曲運動はほとんど認められない。

例えば, 知茶布1号断層と同3号断層とにはさまれた部分では, 阿寒層群が直接 音別層群を不整合に覆い厚内層群がかけていることから, この部分が阿寒層群堆積前に西側に対しては約 100 m, 東側に対しては数 100 m 上昇したことは明らかである。 また, 断層相互の形態的関係から 阿寒断層の運動開始の時期は知茶布3号断層のそれより遅くはないことから, 阿寒断層も, その南西側の造ドーム運動をともなって活動したことはほぼ確かである。

阿寒断層南西側の NE - SW 方向の断層系もこの時期に活動し出した公算が大きい。

(3) 阿寒層群堆積時 - 釧路層群堆積前

本図幅地域では, 厚内層群と阿寒層群とは平行不整合関係 [ 以下の [注] 参照 ] にあるものとみなされ, 知茶布断層の近くでは両層群とも直立している部分も見られる。 いっぽう, 釧路層群は全地域的に, きわめてゆるく波曲しているにすぎない。 すなわち, 本図幅地域では, 地層はこの時期に最大の変形をうけ, 現在見られるような地質構造を形成したものと思われる。

[注]
厚内層群と阿寒層群との関係についてはまだ問題が残されている (「II.4.3 阿寒層群」参照)。

特異な形状の知茶布1号断層の屈曲についても, その一次的な形を明らかにすることは困難であるが, 現在みられるこの断層両側の地層の走向・傾斜と断層の屈曲との関係や, 断層運動開始の時期が阿寒層群堆積前であることから考えると, 褶曲運動にともなう横圧力によって屈曲度をましたことは容易に推定される。

III. 応用地質

本図幅地域内の有用鉱物としては, 古第三系浦幌層群中の石炭がほとんどただ一つの有用鉱物資源である。 このほかにきわめて小規模ながら, 第四系中の礫層や火山灰層が土木建築用に利用されている。

III.1 石炭

III.1.1 概説

本図幅地域は釧路炭田のほぼ中央部に位置する。 鉄道としては, 私有鉄道 雄別炭鉱鉄道(釧路 - 雄別炭山)が通じているのみであるが, 自動車道として, 阿寒川ぞいに2級国道(大楽毛 - 阿寒湖畔間)が, また庶路川および茶路川ぞいにそれぞれ道道が通じ, 釧路炭田としては交通運輸の便は比較的良好である。

本図幅地域の夾炭層は, 下位より春採累層・天寧累層・雄別累層および尺別累層で, すべて浦幌層群に属する。 これらの夾炭層は図幅地域西半部の阿寒・雄別両複背斜帯に分布するが, 東半部は第四系に広く覆われており, 第四系下に伏在を予想される夾炭層についてはその状況は全く不明である。

第 14 図 主要炭層柱状図

春採累層は厚薄4, 5層の炭層をはさむが, 稼行価値があると思われるものは, オサッペドーム南西部のオサッペ沢では本累層中部に1層(春採本層), オトンベツドーム付近では本累層上部に1, 2層(下位より五寸炭・蛮岩付)みとめられる。 炭層の厚さは春採本層が山丈 1.0~1.3 m, 炭丈 0.8~1.1 m, 五寸炭が山丈 0.4~0.7 m, 炭丈 0.4~0.65 m, 蛮岩付が山丈 1.2~1.9 m, 炭丈 0.8~1.3 m である。 これらの主要炭層には白色緻密な凝灰質岩をともなうことが多い。

天寧累層は数層の炭層をはさむが, 所により1, 2層が稼行可能な厚さに発達する。 すなわち, オサッペドーム南西部では本累層中部に山丈 1.2~1.7 m, 炭丈 0.7~0.8 m の天寧本層をはさみ, 同ドーム北東部からウェンベツドームにかけては本累層最上部に山丈 1.8~2.2 m, 炭丈 1.7~1.9 m の上炭と, 山丈 1.8~3.5 m, 炭丈 1.7~2.4 m の下炭とが知られている [ 以下の [注] 参照 ] 。 天寧累層最上部の炭層は昭和 35 年現在 庶路鉱業所 本岐一坑で採炭準備中である。

[注]
上炭および下炭の厚さは試錐調査の結果による 39) 。 文献 39 では, 両者をそれぞれ雄別本層上炭, 雄別本層下炭と称し, 雄別累層最下部のものとしているが, 本説明書ではこれらの炭層を, 本岐坑で現在採炭準備中の天寧本層(天寧累層最上部)に対比されるものと考え, 一応 天寧累層中の炭層とした。 本岐坑の天寧本層は, 同坑で現稼行中の雄別本層の下位のものであることは明らかにされているが, この天寧本層と雄別炭鉱の雄別本層との関係は不明である。 また, 本岐坑の天寧本層とオサッペドーム南西部の天寧本層とは異なる層準のものと思われる。

雄別累層は厚薄約 10 層の炭層をはさむが, 稼行価値のある炭層は本累層最下部の1層(雄別本層および相当層)のみである。 雄別本層は オサッペドーム南西部および同ドーム北東部の本岐坑付近で稼行可能な厚さに発達し, 現在本岐坑で稼行されている。 炭層の厚さは, オサッペドーム南西部では山丈 1.1~2.3 m, 炭丈 0.8~1.0 m, 本岐坑では雄別本層上層が山丈約 1.4 m, 炭丈約 1 m, 同下層が山丈 0.8~1 m, 炭丈 0.7~0.9 m である。

尺別累層は厚薄約 30 層の炭層をはさむが, 一般に膨縮がはげしく, 炭質も上記のものにくらべてやや劣る。 本累層最下部に山丈 1~2 m, 炭丈 1 m 前後のやや連続性のある炭層がみとめられるほか, 所により中下部および中上部に山丈 0.6~1.2 m, 炭丈 0.5~1 m のものが1~3層みられ, かって数炭鉱で小規模に採炭されたが, 現在は神ノ沢炭鉱で稼行されているにすぎない。

炭質は, 春採累層産の石炭が瀝青炭 C・亜瀝青炭 D, 天寧・雄別両累層産の石炭が大部分 亜瀝青炭 D, 一部 瀝青炭 C, 尺別累層産石炭が亜瀝青炭である。 上記主要炭層の工業分析結果は第 5 表にしめすとおりである。

第 5 表 主要炭層別工業分析一覧表

III.1.2 炭鉱各説

庶路鉱業所 本岐炭鉱

鉱業権者 : 明治鉱業株式会社

位置・交通 : 本図幅地域中央南部の白糠郡白糠町中庶路にあり, 根室本線西庶路駅の北西方直距約 7 km に位置する。 地形的には, 庶路川の東流する1支流のケトンチ沢の下流にあって, ケトンチ沢とその南隣 松ノ沢とにはさまれた地域を稼行している。 西庶路駅 - 庶路鉱業所間(2.7 km), 同鉱業所 - 本岐炭鉱間(7 km)には炭鉱専用軌道が敷かれている。

沿革 : 本岐坑は庶路本岐炭鉱株式会社 本岐炭坑として昭和 13 年 12 月に開坑され, 昭和 16 年 12 月に明治鉱業株式会社が買収し, 同社 本岐炭鉱となる。 昭和 19 年 8 月に樺太および釧路地区炭鉱整備要綱により休坑, 昭和 22 年 1 月より再び採炭を開始した。 昭和 24 年 8 月に庶路鉱業所 本岐炭鉱と改め現在に至る。

現況 : 昭和 35 年度末現在, 稼行坑は本岐坑のみで, 雄別累層最下部の雄別本層上層(本岐炭上層)および 雄別本層下層(本岐炭下層)を採掘中である。

採炭方式は前進式片盤向長壁払(鉄柱カッペ払), 切羽面長は 54~55 m, 切羽深度は約 -320 m である。 主運搬坑道は斜坑でその延長は約 1,400 m である。

なお, オレウケナイ沢付近に発達している天寧本層(天寧炭)を採掘するため, ケトンチ沢口より北北東にむかって本岐1坑(斜坑)を開設工事中であり, 昭和 37 年下期より出炭を予定している。

雄別本層および天寧本層の炭層状況については第 14 図および第 4 表にしめす。

第 4 表 主要稼行炭層一覧表

炭鉱 夾炭層 炭層 山丈(m) 炭丈(m) 傾斜(°) 炭質区分
庶路鉱業所 *1 本岐炭砿 雄別塁層 雄別本層上層 1.39 1.01 12~13 C・D
本岐坑 雄別本層下層 0.80 0.72 12~13
庶路鉱業所 *2 本岐一坑 天寧塁層 (天寧本層) 3.44 2.65 D ?
茶路白糠 *1 尺別塁層 (尺別1番層) 0.94 0.80 20 D・E
(尺別2番層) 0.85 0.70 20
(尺別3番層) 1.51 1.34 20
雄別塁層 1.08 0.80 22
天寧塁層 1.23 0.70 22
春採塁層 1.33 1.00 22
神ノ沢 *1 尺別塁層 尺別2番層 1.17 1.05 30~40 E
松野沢 0.70 0.70 8~10 E
泊別 (尺別2番層) 1.00 0.75 20~35 E
尺別3番層 0.55 0.50 20~35
[注]
炭鉱について
*1 : おもに通商産業省 石炭局資料 39) による。
*2 : 山元資料
炭層について
括弧 "()" で囲んだものは昭和 25 年に稼行していない
炭層名は炭鉱固有のもので, 同一名のものも層準には互に無関係である。

従業員は, 昭和 36 年 3 月現在, 職員 30 人, 坑内夫 190 人, 坑外夫 40 人, 合計 260 人である。

[ 昭和 22~35 年度の ] 出炭量 [ 単位は ton ] は下記のとおりである。

22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35
20,830 25,264 33,700 33,290 36,100 27,400 27,100 25,900 25,194 31,800 36,100 28,300 28,200 28,100

炭質・用途 : 瀝青炭(C), 亜瀝青炭(D, E)に属し, 庶路鉱業所全体としての 34 年度出炭の平均発熱量は 6,328 k.cal / kg である。 庶路炭主要銘柄の発熱量は, 特中塊 6,810 k.cal / kg, 特粉 6,580 k.cal / kg, 洗粉 6,060 k.cal / kg である。 揮発分が比較的多いため, ボイラー用・家庭用および発生炉ガス用炭として使用される。 炭層別工業分析結果は第 5 表にしめすとおりである。

茶路白糠炭鉱

鉱業権者 : ラサ工業株式会社, 租鉱権者 : 茶路炭鉱株式会社

図幅地域南西部のオサッペ沢に位置する。

昭和 24 年 4 月にラサ工業株式会社 白糠炭鉱として開発, 昭和 26 年 5 月に現租鉱権者が租鉱し茶路白糠と改称, さらに昭和 35 年に東亜炭鉱を合併して現在にいたる。

稼行炭層は春採・天寧・雄別各累層にそれぞれ1層はさまれる。 ほかに稼行価値のある炭層として雄別累層中に1, 2層, 尺別累層中に3層みとめられる。 炭層状況については第 14 図および第 4 表にしめす。

昭和 35 年度の出炭量は 17,151 t, 従業員 89 人, 出炭能率は 16.1 t / 人 / 月である。

炭質は亜瀝青炭 E に属し, 昭和 34 年度の出炭の平均発熱量は 5,138 k.cal / kg である。 硫黄分・燐分が少なく暖房用に適する。 炭層別工業分析結果を第 5 表に示す。

松野沢炭鉱

鉱業権者 : 明治鉱業株式会社, 粗鉱権者 : 吉原正重代

本岐坑のあるケトンチ沢の南隣の松ノ沢中流に位置する。

昭和 27 年 4 月に明治鉱業株式会社より租鉱し開発する。 尺別累層下部の炭層(尺別累層の下限より約 85 m 上位)を稼行中である。 山丈は 68~70 cm でほとんどはさみがない(第 14 図)。 炭層の走向・傾斜は N 20°E・8~10°S。

昭和 35 年度の出炭量は 10,550 t, 従業員は 38 名で, 出炭能率は 23.2 t / 人 / 月である。

炭質は亜瀝青炭(E)に属し, 昭和 34 年度出炭の平均発熱量は 5,368 k.cal / kg である。 炭層別工業分析結果は第 5 表にしめすとおりである。

神之沢炭鉱

鉱業権者 : 清川亘

図幅地域中央南部, 庶路川東岸の神ノ沢付近に位置する。

第2次大戦中は品川白煉瓦株式会社, 戦後は北海道採炭株式会社, 昭和 23 年 12 月以降は現鉱業権者と所有者が変わる。

炭層状況については第 4 表にしめす。

昭和 35 年度の出炭量は 7,214 t, 従業員は 30 名, 出炭能率は 20.2 t / 人 / 月である。

炭質は亜瀝青炭(E)で, 昭和 34 年度出炭の平均発熱量は 5,400 k.cal / kg(中塊炭 : 5,500 k.cal / kg, 粉炭 : 5,250 k.cal / kg)である。 炭層別工業分析値は第 5 表にしめす。

泊別炭鉱

鉱業権者 : 清川亘, 租鉱権者 : 第1炭鉱株式会社

図幅地域中央南部, 庶路川の東岸に位置する。

尺別累層下部の炭層(3番層)を稼行する(第 14 図)。 他に炭丈 50 cm 前後の炭層数層がある。 炭層の傾斜 20~35°E。

出炭量は昭和 34 年約 500 t / 月, 従業員は 33 人である。 しかし昭和 35 年には出炭の記録がない。

炭質は亜瀝青炭Eに属する(第 5 表)。

加利庶炭鉱

鉱業権者 : 雄別炭鉱株式会社, 租鉱権者 : 釧路埠頭株式会社

図幅中央部より西寄りの, 図幅地域南縁部に位置する。

現租鉱権者昭和 32 年 3 月採炭を開始する。

尺別累層中の尺別3番層(炭丈 0.7 m 前後)を稼行し, 昭和 32 年度には 9,719 t の出炭をみたが, 35 年度には出炭の記録がない。

その他の炭鉱

阿寒炭鉱 (村井建設株式会社)が知茶布川上流で尺別累層中の石炭を採掘し, 昭和 28 年には約 3,000 t の出炭をみたが, 昭和 33 年に整備になった。

大和炭鉱 (東北産鉱株式会社)も知茶布川の上流に位置する。 尺別累層最下部の尺別1番層(山丈約 1 m, 炭丈約 0.7 m)(第 14 図)を稼行, 昭和 34 年度には約 200 t / 月を出炭した。 従業員は 10 名。 現在は出炭していない。 発熱量は 5,100~5,200 k.cal / kg で暖房用に適しているという。

上庶路炭鉱 (北進工業株式会社が明治鉱業株式会社より租鉱)は 本岐炭鉱の北西方直距 約 1.3 km にあり, 尺別累層最下部の炭層を稼行し, 総計約 6,800 t の出炭をみたが, 昭和 34 年 2 月以降休山している。

III.2 土木材料

土砂道・砂利道の路床材料として, 釧路層群の礫質層・砂質層, 阿寒川その他の現河床の砂礫, 釧路層群中の軽石質層および新期火山噴出物の火山砂層などが, 釧路市大楽毛・阿寒町阿寒などで利用されている。

現河床の礫は, おもに阿寒火山の安山岩類であるが, 採取が容易なので骨材にも使われている。 釧路層群の小・細礫に富む地層中の礫は, 岩質が比軸的硬く, 地層から分離し易いので, 鋪装道路や建造物の骨材砂利に利用できる。 塊石には, 現河床の礫および新鮮な個所の段丘堆積層中の礫が利用の対象になる。

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5万分の1地質図幅「白糠」および同説明書, 北海道開発庁, 1958.
42) 高柳洋吉 :
釧路層の有孔虫化石群について, 地質学雑誌, Vol.59, No.694, 1953.
43) 棚井敏雅 :
5万分の1地質図幅「音別」および同説明書, 北海道開発庁, 1957.
44) 鳥居栄一郎・飯島弘 :
釧路原野特定地域地質地下水調査報告, 北海道開発局農業水産部計画課昭和33年度水源調査報告(下巻),pp.5~28, 1959(謄写版印刷)
45) 鳥居栄一郎・飯島弘・吉田保 :
地区開拓計画鳥取地区水源調査報告, 北海道開発局農業水産部計画課昭和33年度水源調査報告(下巻),pp.29~32, 1959(謄写版印刷)
46) 魚住悟・藤江力 :
北海道第三紀の地層対比 -- 新第三紀対比試案について --, 新生代の研究,No.26, 1958.
47) 山田忍 :
火山性地土性調査法と北海道における火山性土壌, 北海道農業試験場報告,第 44 号, 1951.
48) 山田忍 :
火山噴出物の堆積状態からみた冲積世における北海道火山の火山活動に関する研究, 地団研専報,第 8 号, 1958.

EXPLANATORY TEXT OF THE GEOLOGICAL MAP OF JAPAN Scale 1 : 50,000

AKAN

(Kushiro - 34)

By ATSUYUKI MIZUNO, SHIGERU SATO & YASUO SUMI (Written in 1962)


Abstract

GEOLOGY

The present area is in the central part of the Kushiro coal-field. In this area are developed the upper Cretaceous, Tertiary and Quaternary systems, of which detailed stratigraphic succession is shown in the following table in descending order.

Table

[note]
    …… (Thickness : m)

Quaternary
    Recent
        Allunival deposits …… 0~ 40
    Pleistocene
        Terrace deposits (1st~6th)
        Older ejecta of Akan volcano
        Kushiro group …… 250+
Neogene
    Pliopcene
        Akan group
            Soushi formation …… 500+
            Kotan formation
                Teshibetsugawa sandstone & siltstone member …… 200~250
                Nitabetsu sandy siltstone member …… 400~500
                Okuyokunnai sandstone & conglomerate member …… 2~100+
    Miocene
        Atsunai group
            Shiranuka formation …… 200±
            --- southern part
                Atsunai formation …… 400±
            --- northern part
                Chichappu formation …… 500~700
                Tonokita formation …… 100~150
            Fupushinai formation …… 150~300
Paleogene
    Late Oligocene
        Ombetsu group
            Nuibetsu formation …… 800±
            Charo formation
                Charo siltstone member …… 200~300
                Ômagari sandstone member …… 0.5~6
    Early Oligocene
        Urahoro group
            Shakubetsu formation …… 250~290
            Shitakara formation
                Ponshitakara sandstone member …… 80~100
                Yukepira sandy siltstone member …… 80~120
                Nishikizawa sandstone member …… 25~40
            Yûbetsu formation
                Sôun siltstone member …… 30~70
                Yûbetsu coal-bearing member …… 90~130
            Tenneru formation …… 100~200
            Harutori formation …… 70~120
            Beppo formation …… 30±
Late Cretaceous
    Upper Cretaceous system …… 150+

Both the upper Cretaceous and Tertiary are located in the western half of this area. They are severely deformed owing to the folding or faulting movements in Neogene. On the contrary, the Quaternary is distributed in the eastern half of the area, and is hardly deformed, except that the Kushiro formation is slightly tilted,

The uppcr Cretaceous system which is correlated with the Hetonaian Kawaruppu formation in the western marginal area of the Kushiro coal-field, crops out only in the restricted areas. This mainly consists of very hard sandy siltstone, which often gradually changes to silty fine-grained sandstone and rarely yields a pectinid fossil, Propeamusium cowperi yubarense YABE et NAGAO.

The Urahoro group which unconformably covers the Cretaceous system is predominant in non-marine clastic rocks, exhibiting a perfect single sedimentary cycle. The workable coal beds in this area are found only in the present group. From the paleontological view-point, it can be surely correlated with the upper part of the Ishikari group in central Hokkaidô, being assigned to early Oligocene in age. The early stage of the sedimentary cycle is represented by the four formations, Beppo, Harutori, Tenneru and Yûbetsu, which comprise good coal beds in some horizons. In general, the Beppo and Tenneru are predominant in conglomerate or coarse-grained sandstone nearly barren in any fossils. The Harutori and Yûbetsu are composed of rather fine-grained sediments with many coal seams, and siltstone in some places bears plant and non-marine molluscan fossils, i.e., Woodwardia endoana OISHI et HUZIOKA, Myrica kushiroensis TANAI, Corbicula sitakaraensis SUZUKI and Ostrea eorivularis OYAMA et MIZUNO. The middle stage of the cycle is represented by the marine Shitakara formation. It comprises sandstone and sandy siltstone containing marine molluscan fossils ; in the Nishikizawa member, their representatives are Ostrea eorivularis OYAMA et MIZUNO and Corbicula sitakaraensis SUZUKI, and in the Yukepira member, especially rich in marine fossils, Turritella "poronaiensis TAKEDA", Yoldia laudabilis YOKOYAMA, Venericardia akagii KANEHARA, Nemocardium ezoense TAKEDA and Mya grewingki kushiroensis NAGAO et INOUE are commonly found. The Shakubetsu formation, which exhibits the later stage of the sedimentary cycle, is of non-marine, consisting of coarse-grained sandstone and siltstone, and in its many horizons, coal seams are interbedded. In the uppermost part of this formation brackish fossils as Ostrea and Corbicula are much comprised.

The Ombetsu group is wholly of marine, and is from a paleontologic evidence, correlated with the Poronai group in central Hokkaidô, being assigned to late Oligocene. The lowest Ômagari member is largely composed of sandstone with granule and partly of conglomerate, and its thickness varies from only 0.5 to several metres. The Charo member consists of massive siltstone with many fossils, i.e., Plectofrondicularia packardi, Turritella sp., Neptunea ombetsuensis MATSUI, Neilonella poronaica (YOKOYAMA), Ctenamusium kusiroense(TAKEDA), Venericardia sp., Periploma ezoense MIZUNO et INOUE (MS.),. etc. The Nuibetsu formation is the uppermost of the Paleogene system, and comprises tuffaceous sandy siltstone, tuffaceous (andesitic) sandstone (so-called black sandstone) and andesitic tuff-breccia. It includes also the fossils of Plectofrondicularia packardi, Turritella nuibetsuensis KOTAKA et MIZUNO (MS.), Trominina ishikariensis HAYASAKA et MATSUI, Venericardia akagii KANEHARA, etc..

The Fupushinai formation , the lowest of the Neogene system in this area, unconformably covers the Paleogene system mentioned above. It consists mainly of siltstone with white tuff, and rarely includes some fossils of Portlandia tokunagai hayasakai UOZUMI and Cyclammina spp. This formation is very similar in lithology to the Kamicharo formation in the Kamicharo area, and also it is possibly correlated with the so-called Kawabata group (middle or lower Miocene) in central Hokkaidô.

The Atsunai group unconformably covers the Fupushinai formation and the Paleogene Nuibetsu formation. In the northern part of the mapped area, it is divided into the two, the lower, Tonokita and the upper, Chichappu formations. The former, of which lowest part consists of conglomeratic rocks bearing fossils of Miyagipecten sp., Chlamys cfr. kaneharai (YOKOYAMA) and Ostrea sp., is characterised by thin hard shale beds and andesitic pyroclastic sediments. The latter formation which is the upper part of the present group mainly consists of dacitic white tuff intercalated with diatomaceous siltstone. Portlandia kakimii UOZUMI is rarely found in its siltstone. In the southern part, the present group is divided into the lower, Atsunai formation and the upper, the Shiranuka formation. The former mainly consists of diatomaceous siltstone and is correlated to the Tonokita and Chichappu formations of the northern area. The latter mainly consists of dark-coloured very fine-grained sandstone and it is not found in the northern area, probably owing to the erosional agency in the pre-Akan time. From the paleontologic and lithologic view-point, the Atsunai group can be correlated with the so-called Wakkanai group in central Hokkaidô, and the geologic age is considered to be late Miocene.

The Akan group occupies the upper part of the Neogene system. It covers the lower series with clino-unconformity through the whole area and is, from a paleontologic evidence, surely considered to be the correlatives of the Pliocene Fukagawa group in central Hokkaidô. The Kotan formation is predominant in fine-grained sediments with white tuff, besides conglomerate and sandstone at the lower and upper horizons. Many marine molluscan fossils are found through this formation ; their representatives are as follows ; Acila gottschei (BÖHM), Chlamys swifti (BERNARDI), Patinopecten yessoensis (JAY), P. takahasjii (YOKOYAMA), Lucinoma acutilineatum (CONRAD), Serripes laperousii (DESHAYES), Macoma calcarea (GMELIN) and Mya cuneiformis (BÖHM). Also, many foraminiferal fossils represented by Elphidium oregonense Cushman are found in the formation. The Soushi formation, which was recognized in the Yûbetsu area upon the Kotan, and is rich in andesitic pyroclastic sediments does not crop out in this area, but is probably concealed beneath the Quaternary formations in the eastern half part of the area.

The Kushiro group of lower Pleistocene is developed in the eastern half of this mapped area. It is represented by shallow water deposits consisting of pumiceous sand, pebblly sand, gravel and mud. It contains at some horizons molluscan fossils such as Patinopecten yessoensis (JAY), Ostrea cfr. gigas THUNBERG, Callithaca adamsi (REEVE) and Macoma cfr. calcarea (GMELIN).

The older ejecta of Akan volcano of this area is represented only by welded tuff.

The terrace deposits , belonging to the upper Pleistocene series, are composed of gravel and sand. They are divided into six members.

The alluvial deposits are represented by sand, mud, gravel, clay and peat which cover river flood plains and old valley floors.

The geologic structure of the western half of the mapped area where the Cretaceous and Tertiary formations crop out was produced by the intermittent folding and faulting during Neogene, the maximum activiy of these movements being in the pre-Kushiro and post-Akan stage.

This area is divided into five structural units elongated in NE - SW~NW - SE directions such as the Yûbetsu and Akan anticlinoriums, the Ombetsu and Chichappu synclinoriums and the Tomaribetsu syncline. The anticlinorium consists of many domes and domic anticlines and the synclinorium undulates gently. Many faults are found in this area, especially in anticlinorium, and are classified into four groups of directions as NW - SE, NE - SW, N - S and NNE - SSW. The faults running in NW - SE and NE - SW directions such as the Yûbetsu and Akan faults and others, show generally large displacement, partially over 1,000 m of stratigraphical separation, and exhibit nearly vertical fault planes,

FUEL RESOURCES

In this area, coal seams more than 40, thick and thin, are intercalated in the Harutori, Tenneru, Yûbetsu and Shakubetsu formations of the lower Oligocene Urahoro group. However the workable coal seams are 1~3 in number in each formation mentioned above having the thickness of 0.5~1.5 m except parting. Among them, the "Yûbetsuhonsô" and "Yûbetsu-honsô-jôsô" are most excellent in quality and quantity, being worked in the Ponki coal-mine. Other coal seams are mined on a small scale at some coal mines as Charo-shiranuka, Kaminosawa, Matsunosawa coal mines and others. The coal of this area belongs to the sub-bituminous coal, showing 5,300~6,900 k.cal / kg in calolific value. About 70,000 tons of coal were produced from this area in 1960.


昭和 38 年 2 月 27 日 印刷
昭和 38 年 3 月  5 日 発行
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