02007_1965

5萬分の1地質図幅説明書

阿寒湖

(釧路 第 7 号)

通商産業技官 佐藤博之

地質調査所

昭和 40 年


目次

I. 地形
II. 地質
II.1 概説
II.2 古第三系
II.2.1 留真層
II.2.2 茶路層
II.2.3 縫別層
II.3 新第三系
II.3.1 新第三系下部
II.3.2 新第三系中部
II.3.3 新第三系上部
II.3.4 新第三系最上部
II.4 第四系
II.4.1 釧路層群
II.4.2 阿寒火山外輪山
II.4.3 古阿寒湖層
II.4.4 パンケ熔結凝灰岩
II.4.5 阿寒火山中央火口丘Ⅰ
II.4.6 新期湖成層
II.4.7 摩周火山灰層
II.4.8 湖岸段丘堆積層
II.4.9 阿寒火山中央火口丘Ⅱ
II.4.10 崖錐堆積物および温泉沈殿物
II.4.11 湿原堆積物および現河川堆積物
III. 応用地質
III.1 褐鉄鉱
III.2 硫黄
III.3 金・銀鉱
III.4 亜炭
III.5 石材
III.6 温泉
文献

巻末付表(第 3 表)

Abstract

1 : 50,000 地質図幅説明書(昭和 39 年稿)

阿寒湖

(釧路 第 7 号)


本図幅の野外調査は昭和 33 年から 35 年にかけて延約 150 日にわたって行なわれた。 その間に約 30 日間は沢村孝之助技官の援助をうけ, また, 北海道大学 勝井義雄助教授からは多くの教示をうけた。 なお, 珪藻の鑑定は沢村技官を煩わした。

I. 地形

本図幅地域は北海道東都のほぼ中央, 東経 144°00' から 144°15' および北緯 43°20' から 43°30' にかけて位置し, 千島弧が蝦夷弧と合一する南西端にあって, 北見国と釧路国との境界部にあり, 阿寒国立公園の一部として, その景勝は内外に名高く, 阿寒湖盆はその全域を本図幅地域ほぼいっぱいに占めている。

図版 1 鶴見峠から湖盆内を望む

図版 2 ポンマチネシリから阿寒湖・雄阿寒岳(中央)を望む

阿寒湖盆

阿寒湖盆は北東 - 南西, いわゆる知床方向の長軸を有するほぼ長方形を示し, 長径約 24 km, 短径約 13 km, 面積 244 km2 で, その北壁の一部が北隣の上里図幅地域に含まれるのみで, 残余の大部分が本図幅地域に属している。 阿寒湖盆は古くから加藤 4) ・岡村 5) により, 火山性陥没によって生じたといわれ, 後に田中館 13) により各地にみられるカルデラと比較して, その形態が円形から遠く, 不規則であり, かつ内壁が比較的緩やかで, 湖底が浅いために, 屈斜路湖や洞爺湖などの鍋型カルデラと区別されて, 猪苗代湖とともにコンカ型カルデラとして区分された。 田中館 10) は本カルデラは 南方は陥没により, 北方は沈降により生成されたものであり, その沈降量は約 300 m であろうと推定した。 その後, 横山・他 45) は重力測定の結果から, 本カルデラが Williams 15) の分類によるクラカトア型に属することをうらづけた。

湖盆の外縁は一部では侵食による破壊を蒙り, あるいは新期噴出物に覆われるが, おおよその原形はうかがわれ, 縁は 700~800 m の山稜を形成し, 南方では所により標高約 1,000 m に達するが, 基盤の新第三系からの高さは約 100~300 m, 湖盆底からの高さは 300~400 m である。 長径方向にあたる北東部と南西部には湖盆形成前の噴出物は認められないか, またはあっても僅少である。 北方ではコトニヌプリ・ 阿幌岳 あほろだけ 木禽岳 ききんだけ などの標高ほぼ 1,000 m の山頂が並んでいるが, 本図幅地域には含まれない。 湖盆の外側はほとんど本図幅地域外にあって, ただ南東側の外壁のみが本図幅地域中に位置する。 この南東側の内外壁は田中館 [ 以下の [注] 参照 ] の観察よりも複雑であり, 内壁はむしろ緩やかで, 外縁部は外側に向かって約 50 m の急崖を作り, 太平洋側に向かっての外壁緩斜面はその脚部からはじまっている。 北東側の外壁は横断道路においてみられるように, 新第三系からなり急峻な地形を示している。

[注]
田中館 10) は「東南部は内側に向って急斜し, 外に向って緩斜し, 彼の屈斜路, 摩周の如き陥没火口壁の形態を備ふ」と述べている。

北側の内壁は北方の屈斜路カルデラ生成に際しての熔結凝灰岩が, 本湖盆内に流入して形成されたものであり, 緩斜面をなして, 原流動面が比較的よく保存されている。 このことは南東側内壁が, 同じく熔結凝灰岩からなるが, 原流動面が相当程度侵食されているのにくらべて対照的である。 南西壁は雌阿寒岳などの後カルデラ噴出物により覆われる。

湖沼

湖盆内には阿寒湖をはじめとして, ペンケト-・パンケトーその他の大小多くの湖沼がみられる。 これらは主として雄阿寒岳周辺にみられ, 元来はひとつのカルデラ湖であったが, 雄阿寒岳の噴出によって堰き止められ分断されたものである。 ペンケトー・パンケトー・阿寒湖・太郎湖および次郎湖は 水流で連続した一連の湖沼で雄阿寒岳をとりまいている。 ペンケト-の上流にはかつて南沼のあったことが田中館 10) により記載されているが, 現在は土砂と泥炭とにより埋めつくされて, 湿地となり, 中心に谷地の目がとり残されている。 蓴菜 じゅんさい 沼および 瓢箪 ひょうたん 沼は, いずれも泥炭地上にある深さ数 m 以内の浅い沼で, 雄阿寒岳の南麓にある。

第 1 図 阿寒湖およびパンケトーの湖底地形(田中館 10) の原図 ; 水深の単位は m)

阿寒湖は水面高度海抜 419 m, 周囲 26 km, 面積 12.93 km2 [ 以下の [注] 参照 ] で, 最大深度は 36.6 m, 大島・小島・ヤイタイ島・チゥルイ島の4つの島のほか, 沼尻では数多の小島を抱いている。 湖底は起伏が少なく単調であるが, 雄阿寒岳の山脚部は急斜して深く, 噴出後に基底部の沈降したことを示している。 田中館 10) は周辺から注入する各河谷に溺れ谷の存在を認め, 湖形が不規則であることの原因とした。 湖の周辺には湖岸段丘があり, 阿寒湖畔には, 比高 15~17 m, 5~10 m の2段の平坦面が存在し, 堀江 29) は此高約 20 m に地形傾斜の変換点を認めている。

[注]
吉村信吾 : 湖沼学,三省堂,1937 による。 田中舘 10) によれば, 面積 11.86 km2 で島を除いた水面面積は 11.77 km2 である。

パンケトーは湖面高度海抜 450m, 周囲 12 km, 面積 2.75 km2, 最大深度は 48.8 m [ 田中館 10) による ] で阿寒湖とはイベシベツ川で連なっている。

ペンケトーは生成環境はパンケトーに似るが, 瓢箪沼は周辺の植生と ハンラユロシュ川の土砂流入とにより急激に埋め立てられつつあって, 蓴菜沼も谷地の目に近づきつつあり, 両者とも周辺には泥炭地が認められる。

カルデラ生成後の火山

カルデラ生成後に フレベツ岳(海抜 1,097.6 m)・ フップシ岳(海抜 1,225 m)・ 雄阿寒岳(海抜 1,371.2 m)および 雌阿寒岳(海抜 1,503 m)などの火山が噴出した。 うち前3者はカルデラ内に, 後者はカルデラ南西縁に位置する。 これらは雄阿寒岳を除いていずれも成層火山であり, フレベツ岳およびフップシ岳はやや侵食が進んでいる。

フレベツ岳は3つの成層火山・寄生火山および熔岩円頂丘からなる複合体であるが, 露出が悪いために相互の関係は判然としない。

フップシ岳はやや侵食をうけた円錘状火山で, 北東部は爆裂によって山頂が破壊され, 山麓には火山砕屑流堆積物からなる火山性山麓緩斜面を有している。

雄阿寒岳は円錘状楯状火山であり, 比較的原形が保存され, 山体のほとんど大部分は熔岩流からなり, とくにその北麓には同心円状頗曲のはっきり認められる熔岩流動面が発達する。 頂上には3つの爆裂火口があり, 西腹には寄生火口丘がある。

図版 3 雄阿寒火山の熔岩流地形。 44 VV 91 SRS M-1764 FEAF 26, OCt, 53′

雌阿寒岳は 南岳・東岳・1,042 m 山・剣ケ峯・ こぶ 山・中マチネシリ・西山・北山・ポンマチネシリおよび阿寒富士などからなる 複雑な成層火山である。 各山体は熔岩円頂丘である瘤山を除いて, いずれも成層火山であるが, 中マチネシリがそのなかでも, もっとも大きく, 2重の火口壁とそのなかの熔岩円頂丘および爆裂火口を有する。 この爆裂火口内には 大噴 おおふき と称する硫気孔があり, また火口内では硫黄採掘が行なわれている。 ポンマチネシリは中マチネシリの上に寄生した成層火山で, 基底からの高さは 300 m 内外であり, 頂上には2重の爆裂火口を有している。 火口底には以前には青沼と赤沼が存在したが, 現在は涸渇している。 また, 火口底では硫気活動が盛んに行なわれ 1955 年以降の爆発はこのなかで行なわれた。 阿寒富士は最後に生成した寄生火山であり, ほぼ完全な円錘形を示し, 山頂部には2重の爆裂火口を有している。

河川

前述のように本図幅地域は北見国・釧路国の境界上にあって, 太平洋とオホーツク海との分水界に位置している。 北西隅の網走川は北流してオホーツク海に注ぎ, 残余の部分は釧路川 [ 最終的に ? ] ・阿寒川・ 庶路 しょろ 川・足寄川となって太平洋に注ぐが, なかで阿寒川の集水区域がもっとも広い。 

湖盆内の大部分の水は阿寒湖に集められて阿寒川に排水される。 排水には沼尻から直接 阿寒川に通じる流路と, 太郎湖を経由するのと2つの路があり, さらに一部は伏流となって流出する。

阿寒川は沼尻から南流し, オクルシベ川・イタルイカオマナイ沢およびピリカネップ 白水 しらみず 川の水を集めて, ピリカネップ - 上飽別 かみほうべつ 発電所間で湖盆壁を横切って湖盆外へ出て, さらに南流すること約 70 km で太平洋に注ぐ。

湖盆南東外壁には, 幌呂 ほろろ 川・モセツリ川・シセツリ川・ホロナイ川・ 久著呂 くちょろ 川などがほぼ並行に南東流し, 釧路川に合一する。

フップシ岳南西麓からは 白水 しらみず 川が西流し, 足寄川へと流れる。

II. 地質

II.1 概説

千島火山帯の南西部分では, 国後島にあるチャチャ(チャチャヌプリ)・メンデレーエフ(羅臼山), ゴロウニン(泊山)などの火山列と雁行して, 北海道東部の知床半島から屈斜路・阿寒にかけて 一連の第四紀火山が北東 - 南西方向に弧状に位置する。

阿寒火山はこの火山列の南西端を占める大規模な火山で, 第四紀中頃の激しい活動に伴ってカルデラを生じた。 この弧状配列の基盤は地背構造をつくり, 南西の 常室 とこむろ ~ウコタキヌプリ地域では白堊紀層が配列の方向に核となって現われて, その両側に古第三系・新第三系が順次接し, 北東の 弟子屈 てしかが ~知床半島では中新世の緑色凝灰岩・変朽安山岩などからなる地層が背斜軸部をつくって, その両翼には中新世~鮮新世の頁岩・泥岩・火山角礫岩からなる地層が緩く覆う。

白堊紀層は本図幅地域には分布せず, 古第三系のうち, 浦幌層群の基底である留真層が 最古期の地層として南西隅のコイカタショロ川右岸に分布し, この東には, ウコタキヌプリ断層をへだてて古第三系 音別 おんべつ 層群の茶路層と縫別層とが分布する。

留真 るしん はおもに赤色チャート礫の顕著な礫岩からなり, 不規則に砂岩を挾む。

茶路 ちゃろ は塊状の泥岩~シルト岩からなり, 一部に砂岩を挾有する。

縫別 ぬいべつ は茶路層を整合漸移で覆い, 下部は砂岩を主とし, 上部は黒雲母含有角閃石安山岩質火山角礫岩からなる。

本図幅地域の新第三系は, 従来 周辺諸地域でそれぞれ独立に研究されてきた各層序そのものの延長と, 第四紀に噴出堆積した火山岩や湖成堆積物に覆われて, 断続的に分布するため, 相互の関連を確認することのできない地層とがある。 南隣の 雄別 ゆうべつ 図幅地域においては, 新第三系は 下位から伏布内累群・厚内層群・阿寒層群に区分されてくわしく研究されている。 そのなかで, 伏布内累群を独立した地層として取り扱うか 厚内層群中に含めるかについては多くの論議 47), 52) がなされているが, それらの延長がみられる。 一方, 北の網走川に沿った地域においては, 下位から硬質頁岩を主とする 達媚 たっこぶ 層, シルト岩を主とする津別層, 火山砕屑岩や砂岩からなる 美都 みと 層が認められて, これらのうち津別層が本図幅地域北西端にみられる。 また, 図幅地域の東部では, 知床半島の中核部をつくり, 凝灰角礫岩・緑色凝灰岩からなる地層の延長も分布する。

最近になって周辺地域における層序学的および古生物学的研究が進み, これらの地層間の関係がやや明らかとなった 28), 47), 51), 52), 55), 67) 。 これらを参考として, 本図幅地域の新第三系を第 1 表のとおり, それぞれ不整合で累重する下部・中部・上部・最上部に4分した。

第 1 表 阿寒湖図幅地域の新第三系の対比区分表

層序 ↓ / 地域 → 南部 北~中央部 中央部 東部
最上部 上飽別層
上部 阿寒層群
中部 飽別層 湖畔層 尾礼部層
下部 伏布内層 津別層 白水層

これらを対比したのは主として水野・百石 47) , 棚井 52) , 井上・鈴木 55) , 佐藤・長浜・吉田 53) , 隣井 61) , 沢村・山口 51), 67) などの研究による。

新第三系下部 は伏布内層・津別層・白水層からなり, 前2者は模式地の地層の延長であって, 同一の地層名を使用している。

伏布内 ふっぷしない は凝灰質軟質泥岩からなり, 飽別 あくべつ 川上流に分布する。

津別層 は網走川に沿って狭小に分布し, 模式地の津別町付近では塊状のシルト岩であるが, 南に向かって次第に珪藻土質となり, 本図幅地域では塊状の珪藻土質泥岩からなる。

白水 しらみず はピリカネップ白水川の中流およびフレベツ岳の中腹に分布し, 周囲は第四紀火山岩類にとりかこまれ, 他の新第三系とは孤立している。 岩相は変朽安山岩・凝灰角礫岩・緑色凝灰岩からなる。

新第三系中部 は本図幅地域内で断片的に分布する。 すなわち,飽別層・湖畔層・尾札部層である。 これらの地層はいずれも激しい火山活動による堆積物によって特徴づけられる。

飽別 あくべつ は阿寒川に沿う背斜部に分布し, 凝灰質砂岩・凝灰角礫岩・軽石凝灰岩・安山岩質熔岩からなる。 南隣の雄別図幅地域内には, 本層の下位に横山硬質頁岩層があるが, 本図幅地域では現われていない。

湖畔層 は阿寒湖畔から 尻駒別 しりこまべつ 付近にかけて分布し, 安山岩質熔岩と頁岩の薄層を挾有する軽石凝灰岩とからなる。

尾札部 おさっぺ は弟子屈付近から横断道路・屈斜路湖岸にかけて分布し, 勝井 61) によって尾札部層と名づけられた地層である。 南西方の飽別層, 北東方の忠類層 43) ・パウシベツ層 57) との関係については新期火山岩類によって覆われ, 直接の関係は断たれている。 本層は火山角礫岩・凝灰質砂岩および礫岩・細粒凝灰岩・安山岩質熔岩からなり, 一部は鉱化作用を蒙って, 含金石英脈がみられる。 なお, 弟子屈, 屈斜路地域では 本層の下位に変朽安山岩および緑色凝灰岩からなるイクルシベ層層存在する。

新第三系上部 は阿寒層群からなる。

阿寒層群 は飽別層を不整合で覆い, 本図幅地域南部から北東方の湖盆内にかけて広く分布している。 おもに礫岩・砂岩からなり, 一部に安山岩質熔岩を挾有する。 本層群は Fortipecten takahashii (YOKOYAMA) を含む 滝川 - 本別動物群の層準として特徴づけられる。

新第三系最上部 は今回はじめてみいだされた地層であり, 上飽別層と称する。

上飽別 かみあくべつ は阿寒層群を不整合に覆い, 阿寒カルデラの南東外壁, 一部はピリカネップ白水川の下流に分布する。 おもに礫岩・凝灰質泥岩および砂岩からなり, 火山角礫岩・熔結凝灰岩を含んでいる。 本層には淡水性の珪藻化石を産出する。

第四紀に入ると東北海道の釧路地域には海成の釧路層群と呼ばれる地層が堆積した。

釧路層群 は東北海道における著名な海成洪積層で, その堆積面は, 海抜 240 m 前後の 白糠 しらぬか 面であるといわれたが, 最近では, 海抜 120 m 前後の根室面がそれで, 白糠面は火山砕屑流の流走面であろうといわれている。 本図幅地域南東隅の海抜 300 m 付近に狭小に分布する軽石質砂および礫は, この時期の非海成堆積物と考えられる。

阿寒火山 はこれらの地層を覆って, 前述した地背構造の背斜部に生成し, その初期に生成した外輪山はその大部分が輝石安山岩からなる。 現在は陥没により原形をうかがうことは困難であるが, むしろ木禽岳・阿幌岳にみられるように いくつかの成層火山の集まりであったと考えられる。 阿寒火山は激しく火山砕屑流を噴出し, その結果補償的陥没が起こり, 長径 24 km, 短径 13 km の北東 - 南西方向にほぼ長方形を示すカルデラを形成した。 カルデラ底には新第三紀層が現われている。 古くはコンカ型 13) , 最近はクラカトア型 44), 45) に属するカルデラとされたが, むしろ火山構造性大陥没地に属するものであろう。

火山砕屑流推積物 は本図幅地域北西方では3層知られ, 下位から 下部阿寒軽石流堆積物・阿寒熔結凝灰岩・上部阿寒軽石流堆積物と称されているが, 本図幅地域内には後2者だけがみられる。 また火山砕屑流の噴出に先き立って 降下火山砕屑物 の存在が知られている。 この降下火山砕屑物は阿寒火山の東側のみに厚く堆積し, 西側には見られぬことは沖積世に噴出した火山灰と同様である。

降下火山砕屑物はおもに降下軽石からなり, 一部に降下岩滓を挟有し, また凝灰角礫岩もみられる。

阿寒熔結凝灰岩はカルデラの長軸方向の両側, すなわち, 北西の網走川流域と南東側とに多く分布し, 白糠面・根室面を覆っている。 特徴ある黒曜石パッチを有する普通輝石紫蘇輝石安山岩質である。

上部阿寒軽石流堆積物はカルデラ北西方にみられる。 軽石塊は一般に小さく細粒のミガキ砂状を呈することが多く, 普通輝石含有紫蘇輝石石英安山岩質である。

一方, 外輪山熔岩の活動に伴った普通輝石橄欖石玄武岩が飽別川上流にみられ, カルデラ北西壁には2つの普通輝石紫蘇輝石石英安山岩質寄生熔岩円頂丘がある。

数次にわたる火山砕屑流を噴出した後に, カルデラが陥没し, 水が湛えられた。 この湖を古阿寒湖と呼び, その時の堆積物を古阿寒湖層と称する。 当時はカルデラ内に雄阿寒岳などの火山はまだ生成してなく, 古阿寒湖は現在の阿寒湖より広い水域を有していた。 その頃, 北東方には屈斜路火山がすでに外輪山主部の形成を終えて, 10 数次にわたる火山砕屑流の噴出を開始しはじめ, その一つが, 阿寒カルデラ内にも流れ込んで来た。 これをパンケ熔結凝灰岩と呼ぶ。

古阿寒湖層 は礫岩・砂岩・泥岩からなり, 泥岩は淡水性珪藻化石を多く含む。

パンケ熔結凝灰岩 はパンケトー・ペンケトー湖岸にみられ, 2層以上の普通輝石紫蘇輝石石英安山岩質熔結凝灰岩からなる。 本岩は 北方の屈斜路火山外輪山であるサマッカリヌプリ付近からパンケト一にかけて分布する。

やがてカルデラ底やカルデラ壁にはつぎつぎに新期の噴火が起こり, フレベツ火山をはじめとした4コの中央火口丘が成長した。 そのため古阿寒湖は狭められ, 排水されて消滅したが, 雄阿寒岳の堰止めによって現在の阿寒湖がふたたび生じた。 これらの中央火口丘を, 摩周火山灰層をおおよその基準として, 阿寒火山中央火口丘Ⅰ(フレベツ火山・フップシ火山・雄阿寒火山)および Ⅱ(雌阿寒火山)に分ける。

フレべツ火山 はカルデラ底中央に位置し, 最初は基底直径 4~5 km のガラス質石英安山岩の熔岩円頂丘ができ, 軽石流の噴出も行なわれた。 その後 831 m 峰・950 m 峰・フレベツ岳などの成層火山が熔岩円頂丘を覆い, 最後に 石英安山岩の熔岩円頂丘と 橄攬石含有紫蘇輝石普通輝石安山岩の熔岩を噴出した寄生火山が出現した。 これらの噴出物は処々で堰止湖をつくった。

フップシ火山 は2つの寄生火山を有する成層火山である。 最初は大量の凝灰角礫岩を噴出し, 次に熔岩を噴出した。 この推移はフレベツ火山のフレベツ岳噴出物の活動と類似している。 岩質は普通輝石橄欖石含有石英紫蘇輝石安山岩および普通輝石橄欖石安山岩である。

雄阿寒火山 はカルデラ底の北部に生成した円錘形の楯状火山であり, ほとんど熔岩流からなっている。 はじめ角閃石含有普通輝石紫蘇輝石安山岩質の軽石を放出した。 これを Oa-b 層と称する。 Oa-b 層は雄阿寒岳から南東にかけて分布している。 次いで Oa-a 層が放出された。 Oa-a 層は細粒暗褐色の火山灰で南南東に分布する。 Oa-a 層は山体形成のある時期に相当するものであろう。 山体では普通輝石含有紫蘇輝石橄欖石安山岩・ ガラス質普通輝石含有紫蘇輝石安山岩が主部をつくり, その西肩を橄欖石普通輝石含有紫蘇輝石安山岩が破った。 最後に, 普通輝石含有紫蘇輝石安山岩が山頂に小熔岩丘をつくった。

山頂には旧爆裂火口跡の凹地が3つあるがいずれも現在は活動せず, 植生に覆われており, 北中腹の標高約 800 m 付近に微弱な噴気作用が認められる。

これらの中央火口丘が生成して, カルデラ底各所に堰止め湖をつくり, 新期湖成層 が堆積した。

摩周火山灰層 としては 摩周火山の破局的噴火に際して放出された Ma-f 層が本図幅地域東部にみられる。 層厚は約 10 cm である。

湖岸段丘推積層 は雄阿寒岳の生成により, 阿寒湖が堰止められた時に, 現在の水面よりも多少高かったものと考えられ, 阿寒湖畔には 15~17 m, 5~10 m の2段の湖岸段丘が存在する。 堆積物は湖畔層の軽石凝灰岩や各種安山岩の礫・砂・粘土からなり, 雄阿寒岳火山灰層には覆われていない。

雌阿寒火山 は阿寒カルデラの南西壁上にある複雑な成層火山の集合であり, 中マチネシリ・ポンマチネシリは現在でも硫気作用が活発であり, ポンマチネシリは 1955 年には有史上長初の爆発を起こした。 雌阿寒岳起源の火山灰としては 700~800 年前と 190~200 年前の数層の火山灰が知られている。 雌阿寒火山は以下の各期に分けられる。

初期 : 南岳・1,042 m 山・東岳
主噴出期 : 瘤山・剣ケ峯・中マチネシリ
初期寄生火山期 : 西山・北山・ポンマチネシリ
後期寄生火山期 : 阿寒富士

噴出した熔岩は石英あるいは橄欖石斑晶をしばしば含む輝石安山岩で, 最終期の阿寒富士は苦鉄質な紫蘇輝石含有普通輝石橄欖石安山岩である。

フップシ岳の南東麓と 831 m 峰の東麓とには 崖錐堆積物 がみられ, 湖畔には 温泉沈殿物 がある。 また湖沼の周辺には 湿原堆積物 , 各河川の流域には狭小に 現河川堆積物 がある。

本図幅地域の地質を総括すれば, 第 2 表のとおりである。

第 2 表 地質総括表

II.2 古第三系

II.2.1 留真 るしん

本層は本図幅地域の南西隅に分布し, コイカタショロ川の上流右岸の急崖を構成する。 下限は雌阿寒岳の火山噴出物に覆われ, さらに上限はウコタキヌプリ断層により切られ, ともに不明である。

本層は主として礫岩からなり, 砂岩を挾有する。 礫岩は亜角礫から亜円状の大豆大から人頭大に及ぶ礫を主とし, 灰緑色~褐色の粗粒砂岩によって膠結されている。 礫種はチャート・砂岩および粘板岩を主とし, とくに赤色チャートの存在が野外で顕著に認められる。 砂岩は灰緑色~褐色の粗粒砂岩で, 明瞭な層理を示すことなく, 礫岩からは礫質砂岩を経て漸移するのでおおよその走向が認められ, このことから本層は北東 - 南西の走向を有し, 南東側に傾斜することが知られる。 なお淡褐色の泥岩~シルト岩の転石が認められるので, 本層の一部には泥岩も挾在するものと推定される。

本層は, 岩質・分布から南西隣のウコタキヌプリ図幅 55) の留真層に相当すると考えられるので, 留真層の名を用いた。

本層の層厚は 170 m(+)である。 なお, 本図幅地域では化石は認められない。

II.2.2 茶路 ちゃろ

本層はコイカタショロ川の上流左岸に分布し, 縫別層により覆われる。

本層は主として泥岩~シルト岩からなり, 一部に砂岩を挾有する。 泥岩は塊状で暗灰色を示し, 比較的軟質で表面を濡らして摩擦すると容易に泥となる。 風化面は赤銹を生じ, 角錘状に割れることが多い。 砂岩はコイカタショロ川の最上流部に認められ, 層厚 5 m(+), 淡灰色を示し, 硬質, 緻密のアルコース質中粒砂岩である。

本層の層厚は不明である。 本層は松井・他 24) の音別統 灰色泥岩層, 南隣の雄別図幅 47) の茶路シルト岩層に相当する。

II.2.3 縫別 ぬいべつ

本層は飽別川の最上流に分布し, 下位の茶路層を整合に覆う。 本層の下部は砂岩からなり, 一部に硬質の灰色泥岩を挾有する。 中部は砂岩を主として 5~30 cm のシルト岩を挟み, 上部は黒雲母含有角閃石安山岩質火山角礫岩からなる。

砂岩は青黒色から緑黒色を示し, 風化すると黒色となり, 通常は中粒であるがときに粗粒から礫質となる。 一般に 3~5 m 程度の厚さを有し, 層理に従って大きく割れ, 河床に平面をつくって露出することが多い。 シルト岩は中部において砂岩中に挾在し, 一部には互層状を示すこともある。 5~30 cm の層厚を有し, ときに 1 m にも達する。 淡灰色, 緻密で角ばって割れる。 また一般に縫別層中に多いといわれる砂岩脈は本地城においては認められない。

本層はしばしば貝化石および有孔虫化石を産する。 砂岩・シルト岩ともに植物破片がしばしば認められる。

黒雲母含有角閃石安山岩質火山角礫岩は本層の上部を構成し, 飽別川の本流から9の沢にかけて認められる。 本岩は全体的に赤銹を呈し, 大豆大から人頭大に至る亜角礫を主としている。 角礫はほとんどが黒雲母含有角閃石安山岩からなる。

斑晶 : 斜長石・角閃石・黒雲母
斜長石は汚濁する場合が多い。 角閃石は最大 2.0 mm に達し, 緑色角閃石から黒色オパサイト縁を有する褐色角閃石を経て, 全体が黒色オパサイト化したものに至るまでが混在する。 黒雲母は少量である。
石基 : 斜長石・ガラス
輝石安山岩の小岩片を多く有している。

本層の層厚は 下部の砂岩を主とする部分が約 170 m, 中部の砂岩を主としてシルト岩を挾有する部分が約 130 m, 上部の角閃石安山岩質火山角礫岩を主とする部分が約 180 m である。

本層は佐々 27) の縫別層, 松井・他 24) の音別統の黒色砂岩層, 雄別図幅 47) の縫別累層にあたる。

II.3 新第三系

II.3.1 新第三系下部

[ II.3.1.1 ] 伏布内 ふっぷしない

本層は飽別川の上流の8の沢において認められ, 主として凝灰質軟質泥岩からなる地層である。 泥岩は暗灰色で風化して淡褐色となり, 一部に帯黄色凝灰岩の薄層を挾有する。 本層と下位の縫別層との関係は本図幅地域では確認できず, また Sagarites sp. 以外の化石も産しない。 本層の層厚は約 100 m である。

本層は南隣の雄別図幅の伏布内層の直接延長である。 同図幅 47) によれば, シュンクシタカラ川の下流の道路切割を模式地とし, 下位の縫別層を不整合に覆い, 上位の 直別 ちょくべつ 層にも不整合に覆われる。 化石は Portlandia tokunagai (YOKOYAMA) var. hayasakai UOZUMl が 少量ではあるが普辺的に見られ, 時代は中新世中期であるという。

[ II.3.1.2 ] 津別層

本層は図幅地域の北西隅の網走川の上流および釧北峠 - 相生間の国道傍にみられる。 岩質は軟質塊状で風化すると黄色を呈する珪藻土質泥岩からなり, Portlandia sp. の印痕を多く含んでいる。

津別層の名称は, はじめ千地 20), 28) により, 津別町付近にあって硬質頁岩の岩相を示す 達媚 たっこぶ 層に累重して, シルト岩を主とする地層に対し命名されたものである。 その後の調査 51) においてシルト岩は南へ向かって漸次 珪藻土質泥岩に変化することが確かめられたので, 本図幅においても津別層の名称をそのまま使用した。 本層の層厚は不明である。

[ II.3.1.3 ] 白水 しらみず

本層は湖盆内のピリカネップ白水川の中流およびフレベツ岳の山麓に, 他の新第三紀層からかけはなれて分布し, 凝灰角礫岩および変朽安山岩からなり, いずれも変質はなはだしく, フレベツ川においては 1~10 cm 幅で非晶質石英脈がみられ, 粘土化することが多い。

凝灰角礫岩は フレベツ岳山腹においてはしばしば火山角礫岩および緑色凝灰岩に移化し, 基質は粘土化して, 白色・赤褐色となり黄鉄鉱の鉱染も認められる。 ピリカネップ白水川の中流においては暗灰緑色であり, 部分的に黒色縞が認められて植物破片を含有する。

斑晶 : 斜長石・普通輝石・紫蘇輝石
斜長石はいずれも緑泥石・カオリンにより置換され, 輝石類は鉄鉱により置換されるが, まれに中核部に輝石が残っていることがある。
石基 : 石英・緑泥石・ガラス
変質した2次鉱物が多く, 組織も判然としない。

変朽安山岩は白水川の中流において前記の凝灰角礫岩の上位に認められるが, 周辺はいずれも新期の火山岩類によって覆われるため, 白水川の約 1.2 kmにわたり観察されるのみである。

斑晶 : 斜長石・普通輝石・紫蘇輝石・鉄鉱
斜長石は大部分が緑泥石・曹長石および方解石により置換されている。 輝石は同じく緑泥石化していることが多いが, 紫蘇輝石と普通輝石とが平行連晶していることもある。
石基 : 斜長石・紫蘇輝石・ガラス・単斜輝石・鉄鉱・緑泥石・石英
ガラス基流晶質を示し, 石英・緑泥石化の変質をうけ, とくに激しい部分では石英がモザイク状に溜りをつくっている。 斜長石・輝石も緑泥石により置換されていることが多い。

本層は最初 勝井 19) によって認められ, その後 今西 22) は本層を白水層と命名し, 彼のルベシベ層の上位層とした。 本層は変朽安山岩と緑色凝灰岩とによって特徴づけられる地層である。 同様の岩相を示す地層は, 阿寒知床帯の中核部にみられ, 知床半島基部では 忠類 ちゅうるい 層の 瑠辺斯 るべす 凝灰岩層 48) [ 以下の [注] 参照 ] , 弟子屈付近ではイクルシベ層 61) と命名されており, いずれも阿寒知床帯の基盤岩層である。 これらの上位には越川層と呼ばれ, 稚内階の地層とされる「硬質頁岩」が累重する。 これらの関係から, 本層は, 本図幅地域における新第三系下部に属するものとした。

[注]
木下 58), 63) は本層の基性凝灰岩類中に挾まる黒色頁岩から Poronaica poronaiensis, Haplophragmoides sp. a(n.sp. ?)の多産を報告し, 本層を古第三紀層とした。

II.3.2 新第三系中部

[ II.3.2.1 ] 飽別 あくべつ

本層は図幅地域南部の阿寒川に沿って狭長に分布し, 本流および支流の各沢において認められる。 岩質は凝灰質砂岩・凝灰角礫岩・軽石凝灰岩・熔岩からなり, 岩相の変化が著しい。 前3者は上飽別発電所付近から阿寒川本流にかけてみられ, 一般に緑色を呈することが多く, 熔岩は右支流の各沢に露出する。

凝灰質砂岩は中粒~粗粗であって, ときに礫質砂岩となり, あるいは凝灰角礫岩に移化することもある。 一般に風化して暗灰色となり, 層理が良く示され, ときに 5 cm 前後の黒色頁岩を挾有することがある。

凝灰角礫岩は暗緑色を示し, 上飽別発電所の落水点によく見られる。 角礫は, 橄欖石普通輝石紫蘇輝石安山岩・普通輝石紫蘇輝石安山岩である。 前記の発電所付近では本岩はまとまっているが, 本流では厚さ 3~4 m の凝灰角礫岩が, 中粒凝灰質砂岩と互層している。

軽石凝灰岩は, やはり本流において凝灰質砂岩中に挾在している。 軽石は径 1~5 cm で緑色~淡緑色を示し, 基質も淡緑色で粘土化していることが多い。 軽石の岩質は角閃石石英安山岩質である。

斑晶 : 斜長石・石英・角閃石
斜長石は灰曹長石に属し, 0.5~1.0 mm, 清澄卓状をなし, 石英は, 0.5 mm 前後である。 角閃石は柱状 0.1~0.3 mm で X = ほとんど無色, Y = Z = 淡緑色の多色性を有する。
石基 : ガラス
多孔状組織をなし, 大部分がガラスからなり, 他に 0.5~1.0 mm の輝石安山岩の岩片を多く含む。

熔岩は阿寒川の本流右岸および右支流の各沢に広く露出する。

斑晶 : 斜長石・普通輝石・紫蘇輝石
斜長石は中性~曹灰長石に属し, 0.5~1.0 mm 前後で, 最大 2.0 mm を示し, いずれも汚濁している。 普通輝石・紫蘇輝石は 0.5 mm 前後で, 多くは変質し緑泥石となっている。
石基 : 斜長石・単斜輝石・紫蘇輝石・ガラス・鉄鉱.燐灰石
ガラス基流晶質を示す。

本層は今西 22) のルベシベ層. サイヤナイ層, 水野・百石 47) の飽別火砕岩層・ 知茶布 ちちゃっぷ 累層にあたるもので層厚は 70 m + である。

[ II.3.2.2 ] 湖畔層

阿寒湖畔に新第三紀層の分布していることは従来からしばしば指摘されてきたが 5), 10), 39) , これらは周囲の新第三系とは孤立して存在し, 露頭も限られるために詳細は不明であるが湖畔層と称しておく。

本層は安山岩質熔岩と, 軽石凝灰岩とからなる。

安山岩質熔岩は尻駒別 二岐付近から尻駒別川にかけて分布し, 砕石として利用されている。

斑晶 : 斜長石・紫蘇輝石・普通輝石・鉄鉱
斜長石は 1.0~2.0 mm と 0.1~0.5 mm との2種あり, 前者は少量で汚濁し, 後者は清澄で帯状構造を有している。 輝石は少なく, いずれも 0.1~0.3 mm 程度である。 その他, 斜長石と輝石とからなる等粒半自形集斑晶を有している。
石基 : 斜長石・鉄鉱.紫蘇輝石・単斜輝石・燐灰石・ガラス
填間組職を示す。

本岩は, 北隣の上里図福地域において, 津別層の上位に不整合関係で累重する美都層の基底安山岩熔岩に相当する。

軽石凝灰岩は, 阿寒湖群の駐車場崖に標式的に現われ, 粗~中粒で, 乾燥すると灰白色となる。 一般に塊状で走向・傾斜を示すことは少なく, 風化面に沿って剥離するが, まれに, 淡褐色泥岩の薄層を挟む。

この軽石凝灰岩は阿寒湖の周辺に断片的に認められ, また湖岸には本岩が温泉作用によって白色粘土質や珪質となった礫が存在し, 湖中の小島やヤイタイ島にはこの礫が多い。 北岸に注ぐ小沢中にも白色粘土化した露頭のみられることにより, 相当広域に分布しているものと推察される。

本岩は角閃石含有普通輝石紫蘇輝石石英安山岩質である。

湖畔で行なわれた電気探査と試錐とによれば 60) , 本層は全体として, やや粗鬆な軽石凝灰岩・粘土化ないし凝灰質の頁岩と, き裂や空隙に温泉水のような電解質を伴う変質凝灰岩との層状構造を示しているという。 試錐結果は第 2 図のとおりである。

第 2 図 阿寒湖畔 試錐柱状図(河田・他 60) 原図)

[ II.3.2.3 ] 尾札部 おさっぺ

本層は地域東部の阿寒カルデラ外壁から, 弟子屈・屈斜路地域にかけて, 変朽安山岩・緑色凝灰岩を覆って広く分布する地層であり, 横断道路に沿って良好な露頭が存在する。 勝井は本層に対して尾札部層と命名したので, 本図幅においてもそれを使用する。 本層は, オソツベツ川・ 久著呂 くちょろ 川・シーセツリ川の上流にも広く分布する。

本層は, 大部分が火山角礫岩からなり, 一部に凝灰質砂岩・礫岩・細粒凝灰岩および安山岩質熔岩を含む。 火山角礫岩は塊状で, 横断道路における延長数 10 m の切割においても, その構造を決定するのに困難のことが多い。 阿寒知床帯中核部の横断道路から久著呂川上流にかけては, 一般に構造は水平に近く, 北西の屈斜路湖図幅地域では, 西に 35~50°の傾斜を示す 61) 。 弟子屈図幅地域のオソツベツ・ヌマオロ川の中流の本層 [ 以下の [注] 参照 ] は, 南東翼にあたり, 北東走向と南東落を示す。 すなわち, 知床半島とほぼ同様の構造を有す。

[注]
佐藤博之・垣見俊弘 : 5万分の1弟子屈図幅および同説明書(未刊)

本層は, 化石に乏しく, 炭化木片・植物化石 [ 以下の [注] 参照 ] 以外には未だ発見されていない。 所によって, 変質作用もみられ, 含金銀石英脈も存在する。

[注]
屈斜路湖畔の本層から岡村 5) が発見した。

火山角礫岩はおもに横断道路に分布する。 最大 2 m 以上に及ぶ各種の角礫を不規則に含み, 所によっては熔岩状の部分もあるが, 多くは連続性に乏しく熔岩か角礫かを決定し難い場合が多い。 角礫は変質した安山岩を主にしているが, その他 緑色砂岩・シルト岩も認められ, 全体的に黄鉄鉱化・緑色化および白色粘土化をうけ, 角礫の配列状態や, まれに認められる泥岩の薄層により構造が推察されるにすぎない。 岩質には紫蘇輝石普通輝石安山岩質と角閃石普通輝石紫蘇輝石石英安山岩質とがあり, 後者が上位, すなわち湖盆側にある。 いずれにおいても 石英・曹長石・緑泥石・方解石・緑簾石・カオリン等の2次鉱物の生成が多少ともみられ, その著しい部分には石英脈もみられ, 探鉱されたことがある。 基質は一般にガラスが多く, 部分的には熔結した箇所もある。

凝灰質砂岩および礫岩は久著呂川およびハンラコロシュ川の上流に分布する。 暗褐色~緑色を呈している。

細粒凝灰岩はセツリ川中流に分布する。 風化して褐色~黄褐色を呈し, 一般に塊状である。 北東の久著呂川では凝灰角礫岩となり, 安山岩熔岩によって覆われる。

安山岩質熔岩は, シセツリ川上流で細粒凝灰岩を覆う。 本岩はポンシセツリ川以南で, 阿寒熔結凝灰岩により覆われて現われないが, 弟子屈図幅地域内では北東に延びて, 久著呂川・ヌマオロ川・オソツベツ川は連続して分布する。 本岩の厚さは約 300 m である。

岩質は紫蘇輝石普通輝石安山岩である。
斑晶 : 斜長石・普通輝石および紫蘇輝石
斜長石は 0.3~1.5 mm で内核部の汚濁するものが多い。 普通輝石は 0.3~2.0 mm である。 紫蘇輝石は少量で, 普通輝石の内核部にあって平行連晶することがある。
石基 : 斜長石・単斜輝石・鉄鉱・紫蘇輝石および燐灰石
填間組職を示す。

II.3.3 新第三系上部

[ II.3.3.1 ] 阿寒層群

阿寒層群は従来の 本別 ほんべつ 層群 27) に相当するものである。 水野・百石 47) は本別層群に代えて阿寒層群と命名した。 阿寒層群は海成の 古潭 こたん 累層と非海成の 蘇牛 そうし 累層とに区分され, 本図幅地域では古潭累層に相当する地層のみが分布する。

本層群は, 下位の飽別層とは不整合関係で累重する。 すなわち,ピリカネップ堰堤の水門では, 飽別層の安山岩熔岩の上位に安山岩礫を含む凝灰質含礫砂岩が不規則面で接する。 また, それより南約 1 km の国道では, 基底礫岩と飽別層の凝灰質砂岩とが数 m まで接近して露出する。 境界面は現われていないが両者の層埋から不整合関係と推察される。

本層群は礫岩・砂岩・泥岩・凝灰岩・凝灰角礫岩・安山岩熔岩からなり, 亜炭もみられる。 一般に北方の横断道路・ハンラコロシュ川地域ほど火山砕屑物に富む。 礫岩および砂岩からは貝化石が多く産する。 貝化石は Fortipecten takahashii (YOKOYAMA) ほかの滝川 - 本別動物群である [ 以下の [注] 参照 ]

[注]
貝化石の詳細については本所 大山桂技官がいずれ発表の予定。

礫岩は 飽別川上流・上飽別発電所の沢・オンネナイ沢など本層群の基底部に分布し, おもに粗鬆な等粒細礫からなり, 化石を含むことが多い。 礫はよく円磨された安山岩を主とする。

砂岩は礫岩から漸移する。 風化して黄色~褐色を呈し, 堅硬で, 年輪状の縞を生じることがある。 一般に塊状であるが, 礫質砂岩・凝灰質砂岩・シルト岩などの互層となることもある。 含まれる貝化石は殻が溶けている。

凝灰岩は阿寒川のピリカネップ付近とオンネナイ沢支流において, いずれも安山岩質熔岩の下位にあって, 白色~黄白色の黒雲母流紋岩質である。

泥岩は阿寒川の右第三渓流の亜炭層を挾む所と, 双湖台付近とにある。 亜炭は最厚 70 cm で( [ 後述する「III.4 亜炭」の項の ] 第 14 図参照), 5層みられる。 層厚 1 m 以下の泥岩が亜炭層の上下にみられ, 一部は炭質頁岩となる。 双湖台下の崖に露出するものは珪藻土質泥岩である。 珪藻化石は破片となり, しかも, 溶けているので種名はきまらないが, Coscinodiscus sp. あるいは Stephanopyxis sp. であって海成相を示す。

凝灰角礫岩は横断道路・ハンラコロシュ沢・ペンケ1の沢・同2の沢などに分布する。 オンネナイ沢では砂岩と指交する箇所がみられ, 一部は緑色を呈する。 ハンラコロシュ沢では礫質砂岩・泥岩と互層し, 同じく緑色を呈する。 横断道路切割では風化が激しく, 新鮮な露頭はみられないが, 軽石や崩壊土から分布が推察される。

安山岩質熔岩は, 本層の基底から約 400 m 上位にあって, 阿寒川の東岸に懸崖をつくっており, 北方へ連続して双湖台および双岳台まで分布する。

南方の阿寒川の東岸沿いでは火山角礫岩を主として, 熔岩および自破砕熔岩を伴い, 厚さは 40~140 m で, 岩質は紫蘇輝石普通輝石橄欖石安山岩である。

斑晶 : 斜長石・橄欖石・普通輝石・紫蘇輝石
斜長石は 0.5~1.5 mm で最大 2.0 mm に達し, 内核部は汚濁して細粒の輝石を包有し, 累帯構造も顕著である。 橄欖石は 0.2~2.0 mm で輝石の反応縁を有し, 普通輝石および紫蘇輝石はともに 0.2~0.5 mm である。
石基 : 斜長石・単斜輝石・紫蘇輝石・鉄鉱・ガラス・燐灰石
ガラス基流晶質を示す。

北部のハンラコロシュ川から横断道路にかけての本岩は玄武岩質安山岩である。

斑晶 : 斜長石・橄欖石
斜長石は 0.5~2.0 mm で清澄であり, 曹灰長石で, 曹長石縁を有している。 橄欖石は, 0.1~0.2 mm の微斑晶で輝石の反応縁を有している。
石基 : 斜長石・普通輝石・ピジオン輝石・鉄鉱・ガラス
填間組織を示している。

本岩の化学組成を第 3 表 [ 巻末付表 ] に示す。

本層群の北限はペンケトー2の沢まで認められ, 以北ではパンケ熔結凝灰岩に覆われるが, かつてパンケトーの岸近い湖底から 滝川 - 本別動物群に属する貝化石が採取されたことがあり [ 以下の [注] 参照 ] , 本層がさらに北方に拡がるものと予想される。

[注]
北海道大学 松井愈助教授の談話による。 それによれば阿寒営林署職員によって採取されたものである。

II.3.4 新第三系最上部

[ II.3.4.1 ] 上飽別 かみあくべつ

本層は上飽別発電所の沢からオンネナイ沢支流にかけて狭小に分布するほか, カルデラ南壁内および南東外壁に分布する地層も本層に属するものであり, 岩相および珪藻化石の特徴からいずれも非海成の堆積物である。 上飽別発電所の沢ではほぼ水平な本層の基底礫岩が, 70°W, 26°N の走向傾斜を示すシルト岩砂岩互層からなる阿寒層群を, ほぼ水平に斜交不整合関係で覆っている。 上飽別発電所の沢とオンネナイ沢支流の本層は, 礫岩・軽石質砂岩および凝灰質泥岩からなり, ほぼ水平で, 柱状図を第 3 図に示す。

第 3 図 上飽別層柱状図。
A : オンネナイ沢支流, B : 第四発電所の沢

基底礫岩は安山岩の亜角~亜円礫を主とし, 阿寒層群の砂岩もあり, 基底部ほど角ばって直径も 20~30 cm に達する。

砂岩は礫質から細粒まであって黒色帯を挾んで縞状を呈し, 礫は軽石を主として安山岩を伴う。 とくに軽石質砂岩としたのはガラス片と結晶粒とからなり, 白色細粒軟質でくずれやすく塊状で, 結晶は斜長石・紫蘇輝石および普通輝石を含む。

凝灰質泥岩は大部分が淡褐色で縞状を示し, 層理に従って剥離し, 層間褶曲を示すこともある。 本岩からは淡水性の珪藻化石 Cyclotella 群集を産する。

Cyclotella comta   
Fragilaria pinnata
Synedra ulna
Cymbella prastrata
C. fumida
Epithemia sp.
Hantzsia amphixis
Melasira granedata
Pinnularia sp.

カルデラ南東外壁下の本層はポンシセツリ川および 幌呂 ほろろ 川上流において認められる。 最上流では熔結凝灰岩の直下標高 600~680 m に, 粗粒~礫質砂岩・砂岩泥岩互層・縞状泥岩がわずかに傾斜して現われている。 幌呂川では標高約 500 m 付近で, 水平の層理を示す黒色砂岩・礫岩が認められる。 この砂岩・礫岩の構成物はほとんどが多孔質で軟らかい岩滓からなり, 一部に軽石や縞状軽石が存在する。 まれに安山岩の角礫を多く含んでいる。 岩滓は普通輝石含有紫蘇輝石安山岩質である。 これらの岩滓は次に述べるピリカネップ白水川の熔結凝灰岩と関連するものであろう。

ピリカネップ白水川の合流点から約 800 m 上流の右岸の本層は, ガラス質安山岩の火山角礫岩・凝灰質泥岩・砂岩・熔結凝灰岩からなる。 泥岩は Cyclotella 群集を多く含み, 淡水性であって, 上飽別発電所上流の本層に岩相上からも対比される。

検出された珪藻化石は以下のとおりである。

Cyclotella comta   
Stephanodiscus astraea
Epithemia sp.
Hantzsia amphioxis
Pinnularia sp.
Rhoicosphenia sp.
Stauroneis phenicentron
Svnedra ulna

熔結凝灰岩は黒曜石のパッチと外来岩片とを有し, 強く熔結されている。 層厚その他詳細は不明である。

斑晶 : 斜長石・紫蘇輝石・普通輝石・鉄鉱
斜長石は 2.00 mm に達し, 一般に清澄で累帯構造を有する。 紫蘇輝石・普通輝石はともに 0.1~0.6 mm である。
石基 : 熔結した軽石片・ガラス破片からなる。

本層は北海道東部における池田層に対比されるものと考えられるが, 一方 雄別図幅地域において 古潭 こたん 累層の上位に整合関係にある 蘇牛 そうし 累層に相当し, 本図幅地域と雄別図幅地域との間に 新第三紀末期に地殻運動の差があったとする可能性も存在する。

II.4 第四系

II.4.1 釧路層群

本層は図幅地域の南東隅にわずかに分布している。 全体として軽石質砂層からなる。

釧路層群は, 佐々 14) によってはじめて北海道の下部洪積統の代表的地層として, 釧路統と命名された。 その後, 今西 22) によって釧路層群と呼ばれ, 下位から, 幌呂 ほろろ 層・オンネピラ層・クチョロ層に3分帯された。 柴崎・鳥居・飯島 42) および岡崎も釧路層群の名称を使用し, 主として釧路平野の東限において, くわしい分帯を行なっている。

佐々 14) によれば, 釧路平野には高位から, 白糠段丘(200 m 前後)・ 根室段丘(120 m 前後)および 釧路段丘(60 m 以下)の3海成段丘面が存在し, 釧路統は白糠段丘面の形成時に沈積したものとしたが, 最近になって斎藤・北川 66) は, 釧路層群の堆積面を根室面としている。

水野・百石 47) は南隣の雄別図幅地域において, 海抜 300 m 付近にまで釧路層群の存在を認め, 岩相から, 大部分は非海成と考えている。

本図幅地域のポンシセツリ川・モセツリ川流域の釧路層群も, 300 m 前後の高度に分布する。 岩質は軽石質砂・礫および粘土からなる。 ポンシセツリ川におげる本層は軽石質砂礫の互層で層厚 5 cm の黒色砂を挾み, 粗粒部分の軽石礫は粒度も比較的揃い, 降下軽石がそのまま水平に堆積した様相を示す。 本層は, 従来の分帯のいずれに属するか不明であり, 岩相からみても非海成である [ 以下の [注] 参照 ]

[注]
最近の 弟子屈 てしかが および 中雪裡 なかせつり 図幅の研究によれば, 釧路層群の砂礫層の分布は, おおよそ海抜 120 m 前後までである。 より高い地域では, 降下軽石層・軽石流堆漬物が圧倒的に多く, 砂礫層も泥岩の多い非海成を示すようになる。 この降下軽石層は数 10 層あって, 阿寒熔結凝灰岩より下位にあり, 海成の釧路層群の分布地域にみられないので, いまのところ, 釧路層群堆積時に陸上に降下堆積したものと考えられる。 なかに金雲母質黒雲母を含む降下火山灰が2層みられるが, この性質は, 従来 阿寒知床帯の第四紀火山活動にみられなかったことであり, 同様の降下火山灰は東北海道のどこでもまだ知られておらず, 起源についても不明である。 おそらく 本図幅地域のポンシセツリ川やホロナイ川流域にも 非海成の釧路層群と伴って分布するものと推察されるが, 本図幅地域内に露頭がみられないため, 記載できない。

II.4.2 阿寒火山外輪山

阿寒から屈斜路を経て, 知床半島に至るまでは千島火山帯の南西端にあたり, 中新世から火山活動の激しかった所で, 千島弧の内帯に沿う雁行配列のひとつにあたり, 一連の第四紀火山が並んでいる。 阿寒火山はこの火山列の南西端にある。

これらの火山の基盤をみると, 知床半島では新第三系が半島の中軸に沿って背斜構造を形成する。 すなわち, 中新世の緑色凝灰岩・変朽安山岩・流紋岩などの厚い累層が背斜軸部を形成し, 両側には 中新世から鮮新世にかけての 頁岩・泥岩・凝灰岩・火山角礫岩・安山岩などからなる地層が緩い傾斜をなして分布する。 一方, 南西の浦幌 炭田地帯から阿寒火山にかけては, 北東 - 南西方向, すなわち知床方向の断層が優越し, 半島中軸の延長には, 浦幌断層とウコタキヌプリ断層とに挾まれる白堊紀層が分布し, その両翼に順次 古第三紀層・新第三紀層の堆積岩類が分布する。 知床方向の断層は, いずれも前記白堊紀層からなる地塊を中核として階段状に両翼が落ちるのを特徴とする。 つまり, 阿寒火山は阿寒知床帯 第四紀火山とともに, 一大背斜部に位置している。

第四紀にはいってから, 背斜部から熔岩が流出して, 木禽岳 ききんだけ をはじめとした成層火山をつくったと考えられ, その一部には新第三紀鮮新世の噴出も含まれるかも知れない。 外輪山熔岩はその他 釧北峠・カルデラ南部・南東部・北東部にもみられるが, 他のクラカトア型カルデラに較べて熔岩の量は少ないといわれている 26)

外輪山熔岩活動の末期には, 大量の火山砕屑物が噴出して, その結果 補償的陥没が起こり, 阿寒カルデラを形成した。 カルデラ陥没の時代は洪積世末期と考えられたこともあるが 25), 26) , 屈斜路カルデラの火山砕屑流堆積物よりも旧いので, 洪積世末期よりもさらに旧いものである。 火山砕屑物は降下軽石と火山砕屑流堆積物とに分かれ, 前者はカルデラの南東外壁にのみ知られ, 後者については, 北西方に流下したものがくわしくしらべられているが, いずれも本図幅地域の周辺が調査されるまで詳細は不明である。

しかし, この陥没は破壊作用が少なく, カルデラ底には, 他のクラカトア型のカルデラとは異なって, 広く基盤の新第三系がカルデラ底中央にまで分布し, 単純なクラカトア型カルデラというよりも, むしろ, 火山構造性大陥没地に属するものであろう。 この火山構造性大陥没地は, 基盤の知床方向に支配されて, 北東 - 南西方向の長方形を示す。 長方形 -- 火山構造性大陥没地 -- の南東辺は, 阿寒断層により示される。 阿寒断層は平均 200~400 m の落差で北西側(内側)が落ち込んでいる。 長方形の北東辺には, 尾札部層と阿寒層群との分布から断層の伏在が予想されたが, その後, 弟子屈図幅地域の調査により延長方向の断層が明らかとなった。 北西辺には明瞭な断層構造は現在明らかでなく, 南西辺は後カルデラの火山によって覆われ, 不明である。

カルデラの地形的特徴として, 前述の長方形のほかに, 内壁が比較的緩いことが挙げられる。 とくに, 南東壁は顕著である(図版 1 参照)。 南東壁では, 熔結凝灰岩が内壁にまで流れていることが原因である。 これは, 熔結凝灰岩の噴出が, 阿寒断層によって内側が落ち込んだ後まで継続したものである。 北東内壁の緩傾斜は, 屈斜路火山起源によるパンケ熔結凝灰岩の流入による2次的なものである。

第 4 図 阿寒カルデラの基盤地質構造図

[ II.4.2.1 ] 外輪山熔岩類

木禽岳 ききんだけ 熔岩 : 木禽岳は北隣の上里図幅地域内に本体がある成層火山であり, その一部が本図幅地域に及んでいる。 標高は 995 m で熔岩流は北方に緩く, 南方の阿寒カルデラに面する方では比較的急傾斜ではあるが, 湖に注ぐ河川により侵食されており, 時代は鮮新世にさかのぼるかも知れない。 位置・形状からみて, 屈斜路カルデラにおける藻琴山に類似した性格を有している。

本岩は網走川右岸に注ぐ支流にみられ, 木禽岳を構成する熔岩流の下部にあたるものである。 岩質は無斑晶安山岩である。

斑晶 : まれに斜長石
石基 : 斜長石・単斜輝石・鉄鉱・燐灰石・ガラス・鱗珪石
ガラス基流晶質~ピロタキシチック組織を示す。 鱗珪石はまれに認められる。

釧北峠の外輪山熔岩 : 本岩は釧北峠においては約 100 m の厚さを有し, 3枚の熔岩流からなるものであるが, 網走川の本流から左支流および国道傍にも認められる。 岩質は普通輝石含有橄欖石安山岩である。

斑晶 : 斜長石・橄欖石・普通輝石
斜長石は 0.5~2.0 mm で普通輝石を包有物として有し, 累帯構造を示している。 普通輝石はまれで 0.5 mm 位である。
石基 : 斜長石・単斜輝石・鉄鉱・ガラス・鱗珪石
填間組織を示す。

本岩の化学組成を第 3 表 [ 巻末付表 ] に示す。

カルデラ南部の外輪山熔岩 : カルデラ南部には, 標高約 1.000 m の無名峰があって, 外輪山熔岩からなっている。 その基盤は新第三系からなり標高約 700 m まで認められる。 高度としては木禽岳に匹敵し, やはり旧い成層火山を形成していたと推察される。 より西方のコイカタショロ川上流では 古第三系を直接 雌阿寒火山の噴出物が覆っているので, 外輪山熔岩は存在しないか, あっても少ないと考えられる。 しかし, 東方の阿寒川に臨む所には標高 700 m の平坦な熔岩台地があり, 90 m の厚さを有して, 2~3枚の熔岩流からなり, 熔結凝灰岩によって覆われる。 いずれの熔岩流も上下部は角礫が多く, 中核部が緻密質である。

岩質は, 普通輝石含有橄欖石安山岩・無斑晶安山岩・普通輝石紫蘇輝石安山岩などである。 普通輝石含有橄欖石安山岩は阿寒川右第2渓流にあって最下部をなすものであり, 釧北峠に見られるものと同じである。 後2者は阿寒川右第4渓流にみられ, それぞれ 60 m・20 m の崖をつくっている。

無斑晶安山岩は

斑晶 : 斜長石(稀)・普通輝石(ごく稀)
斜長石は 0.3~1.5 mm で清澄で, 普通輝石は 0.2 mm 前後の微斑晶である。
石基 : 斜長石・単斜輝石・ガラス・鉄鉱・燐灰石
ガラス基流晶質を示す。

普通輝石紫蘇輝石安山岩はほとんどが凝灰集塊岩となる。

斑晶 : 斜長石・紫蘇輝石・普通輝石
斜長石は 0.2~1.0 mm で, 輝石はいずれも 0.2~1.0 mm で黒色オパサイトに化し, 中核部にわずかに残っていて淡紫紅色を呈する。
石基 : ガラス基流晶質を示すが鉄鉱により汚染されている。

カルデラ南東壁の外輪山熔岩 : カルデラ南東部では熔岩は少ない。 基点沢においては厚さ 20 m の橄欖石含有普通輝石紫蘇輝石安山岩が, 久著呂 くちょろ 川においては無斑晶安山岩がおもなものである。

基点沢においては熔岩は火山砕屑物に覆われ, 下部は角礫状となり酸化して赤褐色となる。

斑晶 : 斜長石・紫蘇輝石・普通輝石・橄欖石
斜長石は累帯構造を示し, 輝石の包有物を有し, 最大 3.0 mm に達している。 紫蘇輝石は, 単斜輝石の反応縁を有し, 普通輝石・橄欖石はまれである。
石基 : 斜長石・単斜輝石・ガラス・鉄鉱・燐灰石・鱗珪石
填間組織を示す。

[ II.4.2.2 ] 降下火山砕屑物

外輪山熔岩の噴出後, 激しい爆発とともに大量の火山砕屑物の放出が始まった。 これらは, 北海道の冲積世にみられる火山灰層の多くと同様に, 主として東方へ散布されたので, カルデラの南東壁のみでみられるが, 観察地点は幌呂川とポンモセツリ川の最上流および基点沢に限られている。 これらの柱状図を第 5 図に示す。

第 5 図 阿寒降下火山砕屑物柱状図。
A : 基点沢最上流, B : 幌呂川最上流, C : ポンモセツリ川最上流

放出された火山砕屑物の大部分は降下軽石であり, 一部には降下岩滓もみられる。 内壁の基点沢においては軽石・火山礫・火山砂からなる凝灰角礫岩が多く, 層厚 50 m の降下岩滓が2層みられる。 幌呂川上流では降下砕屑物が水中で再堆積し, 軽石礫の多い礫岩・砂岩となることがある。 ポンモセツリ川最上流では, 層厚 5 m の熔結凝灰岩が降下軽石堆積物中に挾在している。 これが, 広く分布する熔結凝灰岩に連続するか否かは不明であるが, 岩質からみて, 一応 同一の熔結凝灰岩とする。 この他 軽石流堆積物もみられ, 降下砕屑物は, 砕屑流と一部前後して噴出したと考えられる。

降下軽石は大部分発泡の良い軽石からなり, 一部では押し伸ばされてわずかに熔結することがある。 構成鉱物は斜長石・紫蘇輝石・普通輝石で, 石英・角閃石はみられない。
岩滓は孔隙多く, 赤褐色に酸化をうけ, 有色鉱物はみられず, 幌呂川最上流では, 2~6 mm の斜長石斑晶が散在している。
幌呂川最上流の砂岩中に, わずかながら緑色角閃石結晶が含まれる。

[ II.4.2.3 ] 火山砕屑流推積物

阿寒カルデラの火山砕屑流は北西隣の 本岐 ほんき 図幅地域 [ 以下の [注] 参照 ] においてくわしく調査されており, これによると下位から下部阿寒軽石流・阿寒熔結凝灰岩・上部阿寒軽石流の順に噴出した。 本図幅地域には後2者が分布している。

[注]
山口昇一・沢村孝之助 : 5万分の1地質図幅「本岐」, 地質調査所, 未刊

図版 4 阿寒熔結凝灰岩

阿寒熔結凝灰岩 : 本岩は図幅地域北西部の網走川流域と, カルデラ南東壁とに分布している。 いずれも上層部の非熔結部はことごとく削剥されたもののようで, 強く熔結した普通輝石紫蘇輝石安山岩質の岩滓および火山灰からなり, 外来岩片に富み, 黒曜石パッチを多く含む。 阿寒カルデラの長軸である北東 - 南西方向の両側, すなわち北西・南東方向におもに流下したようで, 長軸の方向にはみあたらない。

北西方向に流下したものは, 一部は木禽岳の東側を廻って津別川沿いにみられ, 大部分は相生 - 本岐・二岐・上足寄にかけて新第三系を覆って分布し, カルデラ中心部から 30 km までは強く熔結して, 35 km の津別市街対岸では非熔結部がみられる。 本岐および上里図幅地域の分布をみると, 当時の流路は現在の地形とはかなり異なっていたもののようである。

南東壁の本岩は幌呂川・モセツリ川から鶴居村に広く分布し釧路層を覆っている。 中雪裡付近では強く熔結してさらに 大楽毛 おたのしけ 原野の北端の宮嶋崎に及び, ここでは上位に亜炭層をのせる非熔結岩滓流となる。 段丘面との関係は, 今後 本岩の時代を決定する上で重要な事柄である。 本岩の一部はカルデラの南東内壁にも広く分布し, 阿寒川左岸各支流・ハンラコロシュ川支流においても認められ, 所によっては内壁の方が外壁よりも緩傾斜の場合がある。

本岩の厚さの測定された箇所は少ない。 ポンシセツリ川最上流において 45 m(+), 基点沢上流では 10 m(+), モセツリ川上流においては 5 m を示すが, いずれも上部層の非熔結部は含まれない。 北西部の網走川では 30~40 m と推察される。 本岩は幅 3~4 m の柱状節理と厚さ 10~20 cm の板状節理とが良く発達する。

斑晶 : 斜長石・紫蘇輝石.普通輝石
基質 : ガラス裂片・珪酸鉱物・アルカリ長石・鱗灰石
ガラス裂片は熔結してその間に微細な珪酸鉱物・アルカリ長石が生成している。 外来岩は安山岩が大部分で, 一部には泥岩も認められる。

本岩の化学組成を第 3 表 [ 巻末付表 ] に示す。

上部阿寒軽石流堆積物 : 図幅地域内において, 網走川沿いの国道切割で熔結凝灰岩を覆っているのと, 釧北峠の北方 1 km の地点における火山灰調査のピット掘とでみられた( [ 後に示す ] 第 9 図参照)。 図幅地域外では相生開拓道路・二又 付近に広く分布し, 一部は東方の 螺湾 らわん 付近にも及び, カルデラ南東方では中雪裡図幅地域内の中幌呂付近でみられる。 層厚は 15~20 m と推察され, 岩質は普通輝石含有紫蘇輝石石英安山岩質であるが, 軽石中には石英斑晶は認められない。

第 6 図 阿寒カルデラの北方における火山砕屑流堆積物分布図。
1 : 後カルデラ火山岩類, 2 : 上部阿寒軽石流堆積物, 3 : 2 の流出範囲, 4 : 熔桔凝灰岩(点部は非熔結相), 5 : 4 の流出範囲, 6 : 下部阿寒軽石堆積物, 7 : 6 の流出範囲, 8 : 前カルデラ火山岩類, 9 : カルデラ壁

[ II.4.2.4 ] 岩脈および寄生熔岩円頂丘

外輪山熔岩の活動に伴った岩脈と, 寄生熔岩円頂とが存在する。

岩脈は飽別川上流8の沢に存在し, 伏布内層を貫く。 これは普通輝石橄欖石玄武岩で, 雄別図幅地域の阿寒川右3号沢で同じ伏布内累層を貫く岩脈と同質である。

普通輝石橄欖石玄武岩
斑晶 : 斜長石・橄欖石・普通輝石
斜長石は, 0.2~1.0 mm, 橄欖石は 0.2~0.7 mm で完全に変質する。 普通輝石は 0.2~0.5 mm である。 斑晶は少量で, かつその大部分は微斑晶である。
石基 : 斜長石・単斜輝石・鉄鉱・鱗珪石
填間組織を示し, 2次鉱物として緑泥石・方解石がみられる。

寄生熔岩円頂丘はカルデラ壁の北西部に, 湖望台と 818 m 峰との2コが存在する。 比高は湖望台が 120 m, 818 m 峰が 160 m で, 岩質はいずれも普通輝石紫蘇輝石石英安山岩である。 両者の開析程度も同じ位であり, 相前後して噴出したものであろう。

斑晶 : 斜長石・紫蘇輝石・普通輝石・石英
斜長石は最大 4.0 mm に達し, 1.5 mm 以上のものは汚濁帯を有し, 普通輝石を包有している。 空洞に金雲母・パ―ガス角閃石の認められることがある。 1.0 mm 前後のものは清澄で累帯構造を有している。 輝石は 0.2~0.6 mm でまれに 1.5 mm に達している。 石英は 1.0~2.0 mm で融食された外形を呈している。
石基 : 斜長石・紫蘇輝石・単斜輝石・燐灰石・鉄鉱・クリストバル石
ガラス基流晶質を示す。

II.4.3 古阿寒湖層

阿寒火山が苦鉄質熔岩と火山砕屑物とを噴出した後に補償的陥没が起こり, 阿寒カルデラが生成されて, ここでつくられた凹地に湛水が行なわれ, 現在の阿寒湖よりも広域な湖ができた。 この湖を古阿寒湖と呼び, その湖成堆積物を古阿寒湖層 [ 以下の [注] 参照 ] と称する。 古阿寒湖は, はじめは阿寒カルデラ内のほぼ全域にわたって存在したことと推定されるが, 生成直後からフレベツ火山・フップシ火山とカルデラ内に次々と火山ができ, さらに北方からはパンケ熔結凝灰岩の流入などがあって次第に水域が狭まり, 最後に雄阿寒岳の噴出によって その北半部は阿寒湖・ペンケトー・パンケトー・南沼・および瓢フ沼などに分化する一方, ピリカネップ - 上飽別発電所間における阿寒川によるカルデラ壁の侵食が進み, 遂に排水されて消滅した。

[注]
古阿寒湖層は, はじめ堀江 29) によって定義された地層である。 堀江によれば阿寒湖は堰止湖であり (堰塞した火山は雄阿寒岳およびフレベツ岳の北東方の 831 m の峰), 堰止当時は現在より 20 m 水位が高く, 古阿寒湖の南限はピリカネップ付近まで延びるかもしれないと述べている。 しかし, 上記2つの火山により堰塞された湖が, それより南方まで拡がっていたとは理解できない。 ここでの古阿寒湖層とは, 堀江の古阿寒湖層から 現在の阿寒湖による湖岸段丘堆積層を除いて限定再定義したものである。

第 7 図 古阿寒湖層(Kk)と湖岸段丘堆積層(L1)

本層はピリカネツプ - 雄阿寒温泉付近の国道にかけて標式的に露出し, ピリカネップ・白水川・オクルシベ川沿いにも分布するが, 基盤との境界はまだみつけられていない。 阿寒湖周辺でも本層の存在が予想されるが, 湖岸段丘堆積層とそれぞれの露頭において区別することは困難である。 阿寒湖畔の阿寒湖荘前の段丘崖においては傾斜した本層 [ 以下の [注] 参照 ] が湖岸段丘堆積層により覆われている(第 7 図)。 両者ともに湖畔層の変質した軽石凝灰岩を礫とし, 同じ岩種によって構成されている。 湖岸段丘面の最高面は湖水面上約 17 m で, これよりも高い所の堆積物は古阿寒湖層に属する。 阿寒湖畔水源地では( [ 後に示す ] 第 9 図参照), 凝灰質砂礫土・褐鉄鉱層・泥炭・礫層からなる古阿寒湖層がみられる。 一般に古阿寒湖層は Oa-b 層以上の火山灰によって覆われている。 ピリカネップ付近の本層は所によって層間褶曲のみられることもあるが, 一般に水平である。 しかし, 雄阿寒温泉から湖畔にかけては局部的に傾斜, あるいは逆断層が認められ, 雄阿寒岳の生成による変動が考えられる。

[注]
田中館 10) の生成時代不明なる蠻岩層 [ 礫岩層 ? ] に相当する。

図版 5 オクルシベ道路切割における古阿寒湖層

本層は所によって岩質を異にするが, 一般に砂岩泥岩の互層からなり礫岩を挾有する。 砂岩は粗粒から細粒までにわたるが, とくに軽石片により構成される場合は 10 m 以上の層厚を示すことが多く, また互層の間に偽層をつくることがある。 泥岩は珪藻土質のこととガラス質のこととがある。 阿寒湖の水門から下流約 200 m の阿寒川左岸においては, 本層は青灰色泥岩からなり, 2~4 mm の周期で黒色炭質物の薄層と互層し, 雄阿寒火山熔岩により覆われている。 礫岩は砂岩・泥岩と互層するが, レンズ状・クサビ状あるいは不規則な溜り状を示すことが多く, 周辺からの土石流として短時間に湖底に流入したことを示す例が多い。 礫は熔結凝灰岩・安山岩からなる。 軽石の礫や破片はおおむね北部ほど, また上部に近づくほど多量となる。 ピリカネップ付近の阿寒川支流の阿寒層群分布地域に, 本層のシルト岩~砂岩互層が断片的に分布する。

堀江 29) は本層から以下の珪藻化石を報告した。

雄阿寒温泉付近    Stephanodiscus astraea
オクルシベ川 Melosira italica
Stephanodiscus astraea

なお, 今回の調査によって以下の珪藻化石がみいだされた。 産地はアイヌ墓地・阿寒湖畔水源地・楢原およびピリカネップである。

Cyclotella kiitzingiana   
Fragilaria pinnata
Stephanodiscus astraea
Cymbella prastrata
Cymbella tumida
Diploneis sp.
Eunotia placentula
Fragilaria virvistriata
Melosira itaiica
Navicula sp.
Pinnularia sp.

II.4.4 パンケ熔結凝灰岩

イベシベツ川からパンケトー・ペンケトーの北東岸にかけて パンケ熔結凝灰岩が分布している。 本岩は イベシベツ川における分布状態からみて 雄阿寒岳熔岩により覆われるものであり, 分布面の高度は北方へ高まっている。 北隣の上里図幅地域内では, 本岩と同質の熔結凝灰岩が屈斜路カルデラの外壁に認められ, 屈斜路火山外輪山のサマツカリ岳の南の 960 m 峰にも存在している。 これにより, 本岩は屈斜路カルデラ起源のもので, 南方に向かって噴出し, 阿寒カルデラ内に流入したものである。

本岩の大部分は強い熔結を示しており, 非熔結部はほとんど削剥されたと考えられるが, パンケトー沼尻の西方 500 m の坂では熔結が弱く, パンケ1の沢では2層の熔結凝灰岩が存在する。 さらに, ペンケ2の沢では3層以上の熔結凝灰岩がみられ, いずれも層厚が約 5 m で, 基底部近くは強く熔結し, 上部は弱熔結相となる。

屈斜路火山は, 北方では 10 層にわたる火山砕屑流を噴出しているが 64) , 本岩がそのいずれに対比されるかは, それらとは独立して分布し, 岩質も異なるために不明である。

図版 6 パンケ熔結凝灰岩

本岩は淡灰色~茶灰色を示し, 黒色パッチは少なく結晶が多い。 軽石片の認められることも多い。 岩質は普通輝石紫蘇輝石石英安山岩質である。

斑晶 : 斜長石・紫蘇輝石・普通輝石
基質 : ガラス裂片・鱗珪石・アルカリ長右・燐灰石
ガラス裂片が熔結して, 斑晶鉱物をとり巻いている。 バンケトー北方の本岩では, 脱ガラス化が著しく, 鱗珪石・アルカリ長石が生成している。 外来岩片は安山岩が多い。

本岩の化学成分を第 3 表 [ 巻末付表 ] に示す。

II.4.5 阿寒火山中央火口丘Ⅰ

阿寒火山のカルデラ底には, はじめ中央西寄りにフレベツ岳, 次にフップシ岳・雄阿寒岳, 最後にカルデラ南西壁に雌阿寒岳と順次 中央火口丘が生成した。 これらを, 摩周火山火山灰層を基準としてⅠおよびⅡに分ける。

[ II.4.5.1 ] フレべツ火山

ここでフレベツ火山としたのは, カルデラ内のほぼ中央部にあるフレベツ岳付近の 成層火山と熔岩円頂丘とを総称したものである。 これらの相互の関係については, すでに相当の開析をうけて森林により覆われており, 判然としない点が多いが, 以下のとおりである。

最初にもっとも東側, 現在の阿寒川の右岸にガラス質石英安山岩の熔岩円頂丘ができた。 その後, 軽石流の噴出もあり, 円頂丘は破壊された。 これを角の沢熔岩円頂丘と称する。 その後3つの成層火山がその西側に生成し(831 m 峰 [ 以下の [注1] 参照 ] ・フレベツ岳・ 950 m 峰 [ 以下の [注2] 参照 ] ), 831 m 峰によって円頂丘 [ 角の沢熔岩円頂丘 ] の本体はかくされてしまった。 この3つの成層火山のうちで 831 m 峰は古く, フレべツ岳・950 m 峰の時期はその後で, フップシ火山の活動はこの時期と考えられる。 最後にフレべツ岳の側火山として西側に熔岩円頂丘ができ, 東側では熔岩流がフレべツ岳の山体斜面を流下した。 この頃には雌阿寒火山の一部, 北岳・東岳などの活動ははじまっていた。

[注1]
勝井 19) の 831 M 山
[注2]
勝井 19) の 915 M 山

[ II.4.5.1.1 ] 角の沢熔岩円頂丘

本熔岩円頂丘は阿寒川の右岸にあって, その西半部は 831 m 峰に覆われて東部のみがわずかに現われているが, 本来の基底直径は 4~5 km あったものと推察される。 大部分はガラス質石英安山岩からなり, 古阿寒湖層を貫ぬいて噴出したが, 末期には軽石流も噴出して, 山体のほとんどが破壊され, その上に 831 m 峰が生成したものである。

普通輝石紫蘇輝石安山岩 : 本岩はガラス質石英安山岩の先駆噴出物で, イタルイカオマナイ川および角の沢に認められる。 両方の産地では斜長石斑晶が, 前者では多く後者では少ないが, いずれも石基はガラスに富み, また石英斑晶をまれに有することがある。

ガラス質石英安山岩 : 本岩は角の沢・旧道において観察され, 角の沢では流理構造がみられ, また気泡に富むことが多い。 十条製紙の林道切り割りでは, 本岩が古阿寒湖層を不規則に貫ぬき, 幅約 50 cm が急冷相を示し, 黒曜岩となっている。

楢原 - オクルシべ間の国道切り割りでは, 本岩の大岩塊の集合が古阿寒湖層のなかにみられ, 全露頭が岩塊のみからなることもあるので, この熔岩円頂丘は, はじめ古阿寒湖のなかに生じ, その山腹が崩壊して岩塊が古阿寒湖のなかに流入し, さらに新しい熔岩の噴出が湖岸近くで行なわれたりしたものであろう。

斑晶 : 斜長石・紫蘇輝石・普通輝石
斜長石は 0.2~2.0 mm で輝石を包有し, 汚濁帯を有している。 紫蘇輝石は 0.2~1.0 mm で弱い多色性を示すことがある。 普通輝石は 0.2~0.5 mm である。
石基 : ガラス・晶子・クリストバル石・黒雲母・2次鉱物(石英・沸石)
流理構造を示して晶子が配列している。 流理に沿って石英・沸石などの2次鉱物に富むことがあり, また 0.03~0.1 mm の黒雲母(X = 無色, Y ≒ Z = 淡褐色)が認められる。

軽石流堆積物は阿寒湖畔 水源池付近においてみられ, 層厚約 5 m の軽石片を主とした無層理の堆積物である。 湖畔小学校裏のバイパス切り割りでは約 15 m の層厚を示す。 ここでは軽石塊は少なく, 軽石片が多く, 粘土化あるいは風化した様子を示し, 軽石流堆積物が陸上で移動し2次堆積した疑いがある。

軽石流堆積物はガラス質石英安山岩噴出時に小規模な噴出をみたのであるが, 山体が破壊被覆されたために詳細は不明である。

本堆積物の軽石は, 斜長石・紫蘇輝石・普通輝石・鉄鉱・燐灰石の結晶片を有している。

[ II.4.5.1.2 ] 831 m 峰

831 m 峰は露出に乏しく, サルンべツ川の熔岩末端崖のほかはわずかにイタルイカオマナイ沢左岸の山腹と, 送電線鉄柱の掘り返しあとの転石としてみられるにすぎない。 地形図によれば山頂は3峰に分かれ, 古い火口が中央にあるものと考えられる。

東山麓には崖錐堆積物が認められる。 岩質は普通輝石紫蘇輝石安山岩質である。

斑晶 : 斜長石・紫蘇輝石・普通輝石
斜長石は 0.2~1.5 mm で輝石を包有している。 紫蘇輝石は 0.2~1.0 mm の長柱状を示し, 普通輝石は 0.2~0.8 mm で, 中心部に磁鉄鉱が放射状に配列することがある。
石基 : 斜長石・単斜輝石・紫蘇輝石・ガラス・鉄鉱・燐灰石・金雲母
ガラス基流晶貫を示す。

[ II.4.5.1.3 ] 950 m 峰

本峰もまた露出に乏しく, 雌阿寒登山道路途中と山頂部付近とに熔岩が認められるにすぎない。 岩質は橄欖石含有普通輝石紫蘇輝石安山岩質である。

斑晶 : 斜長石・紫蘇輝石・普通輝石・橄欖石
斜長石は 0.5~2.0 mm で汚濁し, 紫蘇輝石は 0.5~0.8 mm の長柱状を示す。 橄欖石は最大 2.0 mm に達し, 輝石の反応縁を有している。
石基 : ガラス・晶子・斜長石・燐灰石・鱗珪石
ガラス基流晶質を示す。

[ II.4.5.1.4 ] フレべツ岳

フレべツ岳は標高 1.088 m の成層火山であるが, 白水層の変朽安山岩・火山角礫岩が山腹の標高 720 m 付近まで認められるので, 真の比高は約 350 m である。 はじめに凝灰角礫岩を, 次に数枚の熔岩流を噴出した。 熔岩流の間にはフレベツ川において認められるような湖成堆積物も挾在しており, 小規模な堰止湖を各所につくった。 その後, 山頂の東西に熔岩円頂丘と寄生火山とが生じた。

凝灰角礫岩からはじまって熔岩流に移る噴出様式はフップシ火山にもみられ, また両者が雌阿寒火山をとりまく位置からみて, 噴出時代がほぼ同じ頃に属するものと推察される。

凝灰角礫岩は白水川の中流から上流にかけてみられ, 白水層の緑色凝灰岩・変朽安山岩を覆っている。 中流では2層みられ, 層厚はいずれも 10 m 前後であり, 下位のものは暗灰色 細粒 粗鬆で火山礫・岩滓を含むが, 基質はくずれやすく砂状である。 上位のものは角礫が多く, 岩滓も認められ, むしろ火山角礫岩と称するのが適当の部分も認められる。 上流部に向かうとこの凝灰角礫岩は4枚認められ, 層厚は最下位層は約 20 m, 上位3層はおのおの約 6 m で, 各層の上部が酸化して赤褐色となっているが, 岩質は同じである。 最下位層には, しばしば 2~4 m 間隔の柱状節理が発達し, 軽微に熔結した部分の認められることがある。 これらは熱雲形式によって噴出したと考えられよう。 火山礫は橄欖石含有普通輝石紫蘇輝石安山岩である。

斑晶 : 斜長石・紫蘇輝石・普通輝石・橄欖石
斜長石は 1.5 mm 以下で中核部が汚濁するか, 汚濁帯を有し, 輝石を包有することもある。 紫蘇輝石・普通輝石は 0.8 mm 以下, 橄欖石は 0.2~0.5 mm で輝石の反応縁を有している。
石基 : 斜長石・紫蘇輝石・単斜輝石・ガラス・鉄鉱・燐灰石
ガラス基流晶質あるいはガラスが多く, 多孔状組織を示す。

普通輝石含有紫蘇輝石安山岩質熔岩はフレベツ岳の本体をなすものであるが, 厚い植生に覆われ, わずかにフレベツ川で認められるにすぎない。 フレベツ川では本岩は新期湖成層を挾む, 板状節理の発達した熔岩で, 1.0 mm 前後の輝石が肉眼でよくみられる。 山頂部は侵食された地形を示すが, 山麓では熔岩流による波紋状の地形が認められる。

斑晶 : 斜長石・紫蘇輝石・普通輝石
斜長石は 0.3~1.5 mm で輝石を包有するが清澄で累帯構造を示す。 紫蘇輝石は常に単斜長石の反応縁を有し, 普通輝石は少ない。
石基 : 斜長石・単斜輝石・鉄鉱・ガラス・燐灰石・紫蘇輝石(?)
ガラス基流晶質を示す。

石英安山岩質円頂丘熔岩は フレベツ岳の西方約 1 km にある標高 1,080 m の山体を形成している。 円頂丘の高さはおよそ 160 m, 直径およそ 1 km で, 変質がはげしい。

斑晶 : 斜長石・石英・輝石(?)
斜長石・石英はともに 2.0 mm に達し, 有色鉱物はまったく変質して外形から輝石と推察されるのみである。
石基 : 隠微晶質で変質をうけ, 放射状に沸石が多くみられる。

橄欖石含有紫蘇輝石普通輝石安山岩質熔岩は, フレベツ岳の北東方約 1.5 km の標高 820 m 地点に生成した寄生火山で, 熔岩流は白水川に達し, 古阿寒湖層を覆っている。 熔岩流動面は削剥をうけることが少なく, 明瞭な熔岩末端崖も認められる。

斑晶 : 斜長石・普通輝石・紫蘇輝石・橄欖石
斜長石は 0.5~1.5 mm で汚濁帯を有している。 普通輝石は 0.2~0.3 mm で, 中核部には鉄鉱が放射状に配列し, あるいは散点する。 紫蘇輝石は 0.3 mm 前後で反応縁を有しない。 橄欖石は 0.2~0.5 mm で輝石の反応縁を有している。
石基 : 斜長石・単斜輝石・紫蘇輝石・鉄鉱・燐灰石・鱗珪石
填間組織を示す。

[ II.4.5.2 ] フップシ火山

フップシ火山は阿寒湖の西方にあって, 標高 1.225 m で山頂部は削剥をうけて急峻であり, 山麓部は緩い火山性山麓緩斜面をつくって, その上に2つの寄生火山が認められる。 フップシ火山の基底は湖畔層の軽石凝灰岩からなり, 山麓の緩斜面は凝灰角礫岩と岩屑とから, 山頂部は熔岩と放出物とからなっている。

[ II.4.5.2.1 ] 基底凝灰角礫岩

本岩はフップシ岳の基底に分布し, 足寄街道で観察される。 噴出の機構としては, フレベツ岳の凝灰角礫岩と同様に熱雲として噴出したものと考えられるが, 熔結した部分はみられず, かつ, 1層のみ認められているにすぎない。

図版 7 フップシ火山基底凝灰角礫岩(足寄街道)

足寄峠の北東方約 1 km の足寄街道土砂採取場(図版 7)では, 本岩は火山岩塊, 火山礫・火山灰からなり, 厚さ 3.0 m 以上で, 雑然と堆積し, 脆く, 崩壊しやすい。 全体が酸化して赤褐色~黒色となり, 火山岩塊・火山礫は緻密質のものはむしろ少なく, 多孔質のものが多い。 本岩はさらに西方の足寄白水川にかけて広く分布している。

斑晶 : 斜長石・紫蘇輝石・普通輝石・橄欖石
斜長石は 0.2~0.7 mm で最大 1.0 mm に達し, 輝石粒を包有して, 汚濁した中核や帯を有している。 紫蘇輝石は 0.3~0.6 mm, 最大 1.5 mm で, 普通輝石は 0.3~0.5 mm である。橄 欖石は少量で 0.2~0.3 mm であり, 紫蘇輝石の反応縁を有している。
石基 : ガラス・斜長石・鉄鉱・クリストバル石
ガラス基流晶質を示すが, 汚濁している。

[ II.4.5.2.2 ] フップシ岳

フップシ岳の山頂部は急峻で, とくに山頂部の北斜面は急崖をつくり, 爆裂による破壊を思わせるものがある。 それ以外の斜面は比較的平滑で厚い植生により被覆されている。 山頂部の熔岩は山頂から北に下る急峻な沢でよくみられ, 厚い熔岩が成層し, 下部の約 130 m は, 普通輝石橄欖石含有石英紫蘇輝石安山岩から, それより上部の標高約 950 m 以上は普通輝石橄欖石安山岩からなっている。

普通輝石橄欖石含有石英紫蘇輝石安山岩
斑晶 : 斜長石・紫蘇輝石・橄欖石・石英・普通輝石・鉄鉱
斜長石は 0.5~3.0 mm で汚濁した核や帯を有し, 累帯構造を示している。 紫蘇輝石は 0.3~1.5 mm で, 橄欖石は 0.2 mm 前後を示し, 輝石の反応縁を有している。 石英は融食されて球形を示し 0.3~2.0 mm で, 普通輝石は 0.3 mm 前後である。
石基 : 斜長石・単斜輝石・紫蘇輝石・燐灰石・ガラス・鉄鉱
ガラス基流晶質を示す。
普通輝石橄欖石安山岩
斑晶 : 斜長石・橄欖石・普通輝石
斜長石は 0.2~0.5 mm のものは清澄で亜灰長石であり, まれに 1.5~2.0 mm のものは輝石を包有している。 橄欖石は 0.1~1.0 mm で鉄鉱に包まれている。 普通輝石は 0.3~1.2 mm でほとんどが粒状の鉄鉱を包有し, 鉄鉱は放射状に配列したり, 帯をつくったりしている。
石基 : 斜長石・ピジオン輝石・鉄鉱・燐灰石・ガラス
填間組織~ガラス基流晶質を示す。

本岩の化学組成を第 3 表 [ 巻末付表 ] に示す。

寄生火山は東西の山麓にそれぞれ1つずつあって, 比高は西側のものは約 100 m, 東側のものは約 140 m で, 基底直径は 700~1,000 m であり, 岩質はいずれも石英普通輝石含有紫蘇輝石橄欖石安山岩である。

斑晶 : 斜長石・橄欖石・紫蘇輝石・普通輝石・石英
斜長石は 0.5~2.0 mm で, 1.5~2.0 mm のものの多くは中核部が汚濁している。 橄欖石は 0.3~1.0 mm で輝石の反応縁を有し, 紫蘇輝石は 0.5 mm 前後で単斜輝石の反応縁を有している。 石英は 0.5~2.0 mm で融食されている。
石基 : 斜長石・単斜輝石・鉄鉱・ガラス・鱗珪石
ガラス基流晶質を示す。

[ II.4.5.3 ] 雄阿寒火山

雄阿寒火山は標高 1,371 m, 阿寒湖の東岸に位置する単一の円錐形楯状火山で, 西斜面の標高 1,200 m 付近からの側噴火による熔岩流がわずかに単調さを破っている。 山頂には旧爆裂火口の跡である凹地が3つあるが, 現在活動はまったく認められず, 植生に覆われており, ただ北中腹の標高約 800 m 付近に微弱な噴気作用が認められ, 直径 20~30 m の円錘丘が存在するほか, 北麓のイベシベツ川付近において温泉の湧出がみられるにすぎない。

フレべツ岳・フップシ岳の生成が終わった後, 古阿寒湖のなかに雄阿寒岳の噴火活動がはじまった。 最初は激烈な爆発活動があって軽石と火山礫とを放出した。 これは北西風によって南方から東方にかけて運ばれ, 中雪裡・弟子屈付近にまでみられる。 次には細粒 暗褐色の火山灰が南西方に分布する。

その後, 雄阿寒火山は熔岩の流出に終始したようであり, 山腹には放出物はまったく認められないで岩塊のみからなり, 山頂部に, わずかに放出された火山岩塊がみられるにすぎず, 熔岩の性質は橄欖石普通輝石安山岩から次第に酸性となり, 石英紫蘇輝石安山岩に終わっている。

[ II.4.5.3.1 ] 雄阿寒火山灰層

従来 雄阿寒火山には火山灰の存在が認められていなかった 43) 。 本層は下位の降下軽石と上位の降下スコリヤとからなるが, 北海道において一般に行なわれてきた火山灰の命名に従って, 上位から Oa-a, Oa-b 層と呼ぶこととする。 これらの火山灰層は現在の雄阿寒岳の山腹には存在していないが, 雄阿寒岳に近づくに従って層厚・粒度が増大し, 熔岩に覆われる古阿寒湖層の最上部が軽石・火山礫に富んでいることにより, 熔岩噴出の前駆として激しい爆発作用があったものと結論される。 これらは現地形面には支配されないで一様に覆っており, 摩周軽石(Ma-f層)によって覆われている [ 以下の [注] 参照 ] 。 これらの分布範囲の概略は第 8 図のとおりである。

[注]
火山灰層の柱状図 [ 第 9 図 ] は雌阿寒火山の項 [ 「II.4.9 阿寒火山中央火口丘Ⅱ」の「II.4.9.2 雌阿寒火山灰層」の直前 ] に示す。

第 8 図 雄阿寒火山灰層の分布図。
数字 : cm, 上段は Oa-a 層, 下段は Oa-b 層, 破線 : Oa-a 層, 実線 : Oa-b 層, A・B … : 第 9 図参照

Oa-b 層は軽石と火山礫とのほぼ等量からなり, 上位に腐植土を有しておらず, 雄阿寒岳の山麓の双湖台の西方約 1 km では, 150 cm(+)の層厚を有して上部は赤褐色となり, 楢原の国道切割では層厚 55 cm で, 古阿寒湖層を覆っている。 阿寒湖畔の上水道取入ロでは層厚 25 cm を示す。 フレべツ岳中腹斜面の褐鉄鉱山付近では, 軽石が2次的に移動して膨縮し, 1 m 近くの層厚を示したり, 上位の Oa-a 層と混交したりしている。

軽石と火山礫との比は噴出源から遠ざかるに従って大となり, 粒度は小になる。

本層は雄阿寒岳から中雪裡に至る線を軸として南南東方向に分布し, 弟子屈から 標茶 しべちゃ にまで認められる。 層厚では単純な楕円形を示さないで, 西限の上飽別発電所から中幌呂にかけて 20 cm から 0 cm と急激に消失するが, 東方へは次第に層厚を減じてゆく傾向にある。 弟子屈から中雪裡にかけて, 本層を層位的に追跡すると, 本層は勝井 50) が摩周火山の成層火山形成期 [ 以下の [注] 参照 ] に噴出したとする M-γ 層の下位となる。

[注]
勝井 50) は摩周火山の成層火山形成期の火山灰として上位から M-α 軽石, M-β スコリヤ, M-γ スコリヤ, M-δ スコリヤ, M-δ2 軽石, M-ε スコリヤ, M-ξ スコリヤの7層を区分している。 この標準柱状を作製した位置は, 計根別 けねべつ 中標津 なかしべつ であるが, 弟子屈の西方における調査では M-γ 層の下位に Oa-b 層があり, M-δ2 軽石との関係は今後の問題である。

本層 [ Oa-b 層 ] は Ma-f 層(約 7,000 年前)に覆われ, 現地形に支配されず, かつ 中幌呂 なかほろろ 付近では冲積面上に存在することが確認されているので, その降下年代は冲積世最初期と考えられる。 本層の体積は約 0.4 km3 で重量は 4.4×108 t である。

軽石の岩質は角閃石含有普通輝石紫蘇輝石安山岩で, 角閃石の量はきわめて乏しい。

Oa-a 層は細粒 暗褐色の雄阿寒岳の山体形成期の火山灰で, 下位の Oa-b 層とは明確に境され, 楢原では層厚 1~2 cm の淘汰された砂層を有することもある。 山地では Oa-b 層と混交している。 本層は雄阿寒岳から南南西に楕円状に分布し, 双湖台の西方 1 km で 30 cm, 楢原で 75 cm, 阿寒湖畔の上水道取入口で 35 cm で, いずれも上部約 15 cm は腐植土となって Ma-f 層に覆われている。 Oa-a 層は東方に向かって層厚を減じてゆくが, 双岳台以東では摩周火山本体形成期のスコリヤ層 M-β・M-γ・M-δ1 が現われ, 外観が類似するために判別できない。

本層は ガラス被膜を有する斜長石・紫蘇輝石・普通輝石と スコリヤ・普通輝石紫蘇輝石安山岩の破片, まれに軽石からなり, 細粒 暗褐色の軟質な火山灰である [ 以下の [注] 参照 ] 。 本層の体積は Oa-b 層の 10 分の 1 以下である。

[注]
このような火山灰を「ローム」あるいはローム質火山灰と記載されている例が多い。

[ II.4.5.3.2 ] 基底熔岩

本岩は山体の裾にみられ, 新第三系と古阿寒湖層とを覆っており, 初期に噴出・流下したものである。 横断道路切り割りに, 熔岩流の表面が角礫化しているのがみられる。 阿寒湖水門付近では古阿寒湖層の最上部は軽石質砂岩になっており, その上位に本熔岩の覆っているのが見られる。 本岩は普通輝石紫蘇輝石橄欖石安山岩である。

斑晶 : 斜長石・橄欖石・紫蘇輝石・普通輝石
斜長石は最大 2.5 mm に達し, 輝石粒を包有したり, 汚濁帯を有している。 橄欖石は紫蘇輝石の反応縁を有し, 0.3~0.8 mm である。 紫蘇輝石はまれに普通輝石と並行連晶をなすことがある。
石基 : 斜長石・紫蘇輝石・単斜輝石・鉄鉱・ガラス・燐灰石・鱗珪石
ガラス基流晶質~填間組織をなし, 輝石と斜長石とが等粒半自形構造を示す包有物の認められることがある。

[ II.4.5.3.3 ] 雄阿寒岳

雄阿寒岳山体の大部分は, 基底熔岩を覆うガラス質普通輝石紫蘇輝石安山岩の熔岩流からなる。 熔岩流は数回にわたり流下したもので, それぞれの熔岩流の流下した様子が航空写真によってよく認められ, 明瞭な波紋を示す。 山腹は大小の岩塊からなる。 本岩は一般に孔隙が多い。

斑晶 : 斜長石・紫蘇輝石・普通輝石
斜長石は最大 3.0 mm で輝石粒を包有し, 汚濁帯や核を有している。 紫蘇輝石は 0.3~1.0 mm で, X = 淡褐色, Z' = 淡緑色の弱い多色性を有し, また普通輝石と並行連晶を示すことがある。 輝石類は黒色物縁を有することが多い。 捕獲結晶として, 石英・酸化角閃石の認められることがある。
石基 : 斜長石・ガラス・紫蘇輝石・単斜輝石・鉄鉱・燐灰石・鱗珪石・沸石
ガラス基流晶質を示すが結晶度には差異がある。 イべシベツ川口付近では, ガラス質の部分が流理構造を示している。

[ II.4.5.3.4 ] 二ッ岳

ここに二ッ岳と称したのは, 雄阿寒岳の西腹の標高約 1,100 m 付近にある比高約 50 m を示す2コの小円錐体を指す。 ここから橄欖石普通輝石含有紫蘇輝石安山岩質熔岩が3条の舌状となり, 山稜を形成する。 舌状体の先端は標高約 500 m にまで達している。

斑晶 : 斜長石・紫蘇輝石・普通輝石・橄欖石
斜長石は最大 2.5 mm で輝石の包有物を有し, ポイキリチック組織を示す。 輝石は 0.2~1.5 mm で, 紫蘇輝石は普通輝石と平行連晶を示すことがある。 橄欖石は輝石の反応縁を有している。
石基 : 斜長石・ガラス・普通輝石・紫蘇輝石・鉄鉱
ガラス基流晶質を示す。

[ II.4.5.3.5 ] 山頂部熔岩円頂丘

雄阿寒岳の頂上の三角点 [ 付近 ] は勝井 18) によって熔岩丘とされた。 本岩は普通輝石含有紫蘇輝石安山岩である。

斑晶 : 斜長石・紫蘇輝石・普通輝石
斜長石は最大 3.0 mm で輝石粒を包有し, 帯状構造を示したり, 汚濁している。 紫蘇輝石は 0.2~1.0 mm である。
石基 : 斜長石・ガラス・紫蘇輝石・鉄鉱・燐灰石
ガラス基流晶質を示す。
その他に 斜長石・紫蘇輝石・普通輝石・ガラスからなる等粒半自形構造の包有物がみられる。

本岩の化学組成を第 3 表 [ 巻末付表 ] に示す。

II.4.6 新期湖成層

フレべツ岳の熔岩が流れたときに各所に堰止湖をつくり, 湖成層をつくった。 これらを新期湖成層と呼ぶ。

もっとも顕著な湖成層はピリカネップ白水川上流にあって, フレべツ岳噴出物の凝灰角礫岩によって堰止められ, 層厚約 20 m で, 礫岩・砂岩・泥岩からなる。

さらにフレべツ川右岸にあって, フレべツ岳噴出物の熔岩に覆われる湖成層がある。 最下部は層厚約 2 m の黄褐色凝灰質泥岩で, 中間約 10 m は不明であるが, 最上部は層厚約 6 m の含礫粗粒砂岩で, 構成物は火山礫・岩滓・軽石・泥岩であり, 急傾斜して不整合で熔岩により覆われる。

また, 双湖台から約 400 m 北方の, 標高 580 m 付近に, 高さ約 30 m の崖くずれがあり, ほとんど水平の砂・礫・粘土層があって, 熔結凝灰岩の礫を含んでいる。 粘土層には淡水性の珪藻化石 Epithemia sp., Pinnularia sp. がみられるので, これも新期湖成層に属するのであろう。

II.4.7 摩周火山灰層

双湖台付近や楢原の国道切り割りで, Oa-a 層と Me-b 層との間に, 層厚 12 cm と 8 cm の石質岩片に富む火山灰層がみられる。

この火山灰層は 層位・岩質からみて 摩周火山の破局的陥没が起因した軽石流堆積物 Ma-f 層に相当する。 Ma-f 層は, 最初 山田 11), 26), 43) により M・f 層と記載され, その噴出年代は B.P. 約 2,000 年とされたが, その後の層位学的研究 61) および 14C 法年代決定 64) により, B.P. 約 7,000 年とされている。 本層は阿寒褐鉄鉱山 以西にはみられないため, 雌阿寒岳の各山体との関係は不明である。

本層は, 帯褐灰色で, 石質岩片が多く, 火山灰と軽石とからなる。 楢原では, 軽石の粒径は, 最大 1 cm, 大部分は 1~4 mm である。 軽石は, 発泡が悪く, 新鮮な面では青灰色を示し, やや硬く, 普通輝石含有紫蘇輝石安山岩質である。

II.4.8 湖岸段丘堆積層

阿寒湖の周辺では湖岸段丘の認められる箇所が多い。 とくに湖畔小学校とボッケ付近では湖面からの比高約 15~17 m の平坦面が発達し, その下には同じく約 5~10 m の平坦面が接している。 その他 段丘堆積層は阿寒湖に流入する各河川沿いにもみられるが, 古阿寒湖層との識別の困難なことが多い。 しかし 古阿寒湖層で述べた分布高度と, 累重する火山灰との関係によってある程度区別できる。 古阿寒湖層上には Oa-b 層から以上の火山灰がみられるが, 湖岸段丘堆積層は Me-b 層以上の火山灰により覆われている。 また場所により Me-a 層のみによって覆われている。 15~17 m の平坦面をつくる堆積物を高位湖岸段丘堆積層, 5~10 m の平坦面をつくるものを低位湖岸段丘堆積層と称する。

高位湖岸段丘堆積層は, 湖岸南側に分布する。 いずれも礫・砂および粘土からなる。 湖畔小学校では 17 m を示し, ボッケ入口では 15 m で, [ 「II.4.3 古阿寒湖層」で示した ] 第 7 図の礫層がある。

低位湖岸段丘堆積層は湖岸周辺一帯に分布する。 比高は 5~10 m であるが, 湖畔バイパス入口では 13 m を示す。

本層は一般に礫・砂および粘土からなり, 一部に泥炭の薄層がある。 礫は湖群層の軽石凝灰岩と安山岩とが多く, 粘土には珪藻化石が多く含まれる。 テクショべツ川入口ではパンケ熔結凝灰岩を覆って層厚約 10 m の本層が分布する。

堀江 29) は, 本層中から以下の珪藻化石をみいだした。

オタウンナイ川とキナチョウシ川との間の無名沢
Epithemia sp.
Synedra sp.
Frustnlia rhomboides
サルンべツ川
Melosira italica
Rhopalodia sp.
Cocconeis sp.
Cymbetta sp.
Epithemia sp.
Naviada sp.
Stephanodiscus sp.
Melosira varians
キネタンベ沢
Epithemia sp.
Synedera sp.
Surirella sp.
Rhopalodia sp.

なお, 今回の調査によって以下の珪藻化石がみいだされた。 産地はキナチョウシ川である。

Epithemia sp.   
Stephanodiscus astaea
Synedera ulna
Cocconeisp placentula
Cymbella placentula
C. tumida
Eunotia placentula
Fragilaria viruistriata
Gomphonema sp.
Hantzsia amphioxis
Melosira italica
M. varans
Navieula sp.
Rhopalodia sp.
Stauroneis phenicentron

II.4.9 阿寒火山中央火口丘Ⅱ

[ II.4.9.1 ] 雌阿寒火山

雌阿寒火山は, 阿寒カルデラの南西壁上に位置して多くの山体から構成される複雑な成層火山であり, 硫気活動が数カ所において認められ, 1955 年になって激しい爆発も行なわれた。 またこの火山の山体には, 褐鉄鉱・硫黄・マンガンなどの鉱床が分布している。

雌阿寒火山の主体をなすのは中マチネシリで, それ以前に生成した 1,042 m 山・東岳・剣ケ峯・瘤山・南岳などが東方に位置している。 中マチネシリの西半には, 北山・西山・ポンマチネシリなどが寄生し, そのうち, ポンマチネシリは最大で比高約 300 m であり, 1955 年以来の爆発もこの火口で行なわれた。

最後に阿寒富士がポンマチネシリの南側に美しい円錐形を現わした。 初期の東岳・1,042 m 山・南岳などは植生により覆われているが, 中マチネシリ以下の山頂部は一面の裸地で, 植生は山麓部を覆っているにすぎない。 勝井 19) は雌阿寒火山についてその発達を次のように4期に分けた。

  1. 初期噴出期 : 南岳・1,042 m 山・東岳の形成
  2. 主噴出期 : 瘤山・剣ケ峯・中マチネシリの形成
  3. 初期寄生火山噴出期 : 西山・北山・ポンマチネシリの形成
  4. 後期寄生火山噴出期 : 阿寒富士の形成

[ II.4.9.1.1 ] 南岳

南岳は雌阿寒火山中もっとも古いものであり, 山体はすでに侵食が多少進み, 山頂部まで植生に覆われ, 裾野は中マチネシリ・ポンマチネシリ・阿寒富士の噴出物によって覆われている。 山体は比高約 400 m で, 熔岩と放出物とが成層し, 山頂部には南に開いた爆裂火口跡を有している。 勝井 19) は山頂に突出した緻密な熔岩塊をもって 爆裂とその後の侵食とによって現われた火山岩頸の頂部であるとしている。

山頂部の熔岩塊は橄欖石安山岩である。

斑晶 : 斜長石・橄欖石
斜長石は 0.5~1.5 mm で内部は汚濁している。 橄欖石は 0.2~1.0 mm で輝石の反応縁を有している。
石基 : 斜長石・紫蘇輝石・単斜輝石・鉄鉱
填間組織を示す。

[ II.4.9.1.2 ] 1,042 m 山

1,042 m 山は雌阿寒岳の北東部にあって, 山頂は平坦であるが, 噴出物は北東に向かって流下し, フレベツ火山の 950 m 峰熔岩を覆う。

山腹は東岳・剣ケ峯の熔岩に覆われ, 頂部を除いて厚く植生が発達する。 山頂近くの南斜面では現在も硫気活動が続いて昇華硫黄が生成しており, 明治年間には硫黄の採掘も行なわれた。 硫気孔は現在も移動して, 這松 はいまつ を焼けこがしている。

石英橄欖石含有普通輝石紫蘇輝石安山岩
斑晶 : 斜長石・紫蘇輝石・普通輝石・橄欖石・石英・鉄鉱
斜長石は 2.0 mm に達し, 汚濁していることが多く, 輝石は 0.2~1.0 mm で黒色物縁を有している。 橄欖石は 1.0 mm 前後で黒色物縁を有して, 全部が変質している。 石英は最大 2.5 mm で融食されている。
石基 : 斜長石・紫蘇輝石・鉄鉱・ガラス・燐灰石
ガラス基流晶質を示す。

[ II.4.9.1.3 ] 東岳

東岳は 1,042 m 山の南にあって, 基底直径約 2.0 km, 比高約 350 m で頂部には径 300 × 400 m の火口を有している。 山体は熔岩と放出物との互層からなっており, 活動はまったく終了し, 植生によって覆われている。

普通輝石紫蘇輝石安山岩
斑晶 : 斜長石・紫蘇輝石・普通輝石・鉄鉱
斜長石は最大 2.0 mm に達し, 内部の汚濁したものが多い。 紫蘇輝石と普通輝石とは 0.3~1.5 mm で, 黒色物縁を有し, 平行連晶することがある。
石基 : 斜長石・鉄鉱・ガラス・紫蘇輝石
ガラス基流晶質を示す。

[ II.4.9.1.4 ] こぶ

瘤山は中マチネシリの北西山腹にあって, 山体の大部分は中マチネシリと北山との噴出物により覆われる塊状の熔岩であり, 勝井 19) はおそらくトロイデ式の火山であろうとしている。

石英含有普通輝石紫蘇輝石安山岩
斑晶 : 斜長石・紫蘇輝石・普通輝石・石英
斜長石は最大 2.5 mm に達し, 内部が汚濁することが多い。 輝石類は 0.3~1.5 mm で黒色物縁を有している。 石英は径 2.0 mm に達し, 融食されている。
石基 : 斜長石・ガラス・紫蘇輝石・憐灰石・鉄鉱
ガラス基流晶質を示す。

[ II.4.9.1.5 ] 剣ケ峯

剣ケ峯は中マチネシリ東壁に突出し, 山体の西側は中マチネシリ第1火口生成の際に切られている。 突出した部分は剣ケ峯の最後の噴出によるものであり, 山腹には初期の熔岩と放出物とが互層をなしている。 山頂部には北東に開いた爆裂火口を有している。 山頂部の熔岩は以下のとおりである。

普通輝石紫蘇輝石安山岩
斑晶 : 斜長石・紫蘇輝石・普通輝石
斜長石は最大 2.5 mm に達し, 輝石を包有し, 内部は汚濁することが多い。 輝石はともに 0.2~1.0 mm で, 黒色物縁を有し, 0.3 mm 以下の輝石はまったく置換されている。
石基 : 斜長石・紫蘇輝石・ガラス・鉄鉱・燐灰石
ガラス基流晶質を示す。

[ II.4.9.1.6 ] 中マチネシリ

中マチネシリは雌阿寒火山の主体をなして, 内部には2重の火口と, 爆裂火口を有する中央火口丘とを有し, 爆裂火口内では現在も硫気活動が活発に行なわれて, 大噴 おおふき と称され, 最近まで硫黄採掘においてわが国有数の鉱山であった。

勝井 19) は中マチネシリの生成過程について, 以下のように述べている。

  1. 瘤山・剣ケ峯の形成後, 両者の裾合に熔岩流および砕片的放出物を噴出し, 巨大な成層火山を形成し, 前記2山体 [ 瘤山・剣ケ峯 ? ] をほとんど埋めてしまった。 その後, 凝灰角礫岩層を形成するような一種の泥流および軽石流を流出し, 径 1.1 km に及ぶ第1火口を形成した。
  2. その後 熔岩流の流出はなく, 爆発により少量の暗色火山礫・火山灰などが噴出し, 第1火口底に同心円状に第2火口(径約 500 m)ができ上った。
  3. さらに第2火口底内の南壁近くに, 熔岩丘(径約 400 m, 基底よりの高さ約 50 m)が形成した。
  4. 最後に熔岩丘の北西部を破って爆発が起こり, いまなお硫気活動旺盛な第3火口が生成した。 それと前後して中マチネシリの南東麓にも爆発が行なわれ, ここでは現在多くの温泉が湧出している。

外輪山の表面には放出物が厚く, 凝灰角礫岩は北~北西方に流下してフップシ岳を覆って, 末端は北西方約 8 km に及んで新第三系の泥岩を覆う。 山腹は厚い降下砕屑物からなる。 熔岩流も山腹に厚く発達し, ピリカネップ白水川上流では, 発泡部が配列する特異な流理構造が認められる。 これは熔岩流が部分固結しながら流下したことを示すのであろう。

図版 8 中マチネシリ熔岩の流理構造

山体の西半部は, その後の北山・西山・ポンマチネシリなどの寄生火山によって覆われている。

普通輝石紫蘇輝石安山岩
斑晶 : 斜長石・紫蘇輝石・普通輝石
斜長石は 1.5 mm 前後が多く, 内部は汚濁している。 紫蘇輝石は 0.3~1.5 mm で, 普通輝石と平行連晶することがある。 普通輝石は 0.3~1.0 mm で少量である。
石基 : 斜長石・ガラス・紫蘇輝石・鉄鉱・燐灰石・鱗珪石
ガラス基流晶質を示す。 空隙には鱗珪石が認められる。

中央火口丘は比高約 50 m で, 北西半部は 大噴 おおふき 火口により破壊されている。

石英橄欖石含有普通輝石紫蘇輝石安山岩
斑晶 : 斜長石・紫蘇輝石・普通輝石・石英・橄欖石
斜長石は最大 3.0 mm に達し, 内部が汚濁している。 紫蘇輝石・普通輝石は 0.2~1.0 mm で黒色物縁を有し, 橄欖石は 0.3 mm 前後である。 石英は 0.8 mm 前後で, 融食されている。
石基 : 斜長石・紫蘇輝石・ガラス・鉄鉱・燐灰石・鱗珪石
ガラス基流晶質を示す。 空隙に鱗珪石が認められる。

[ II.4.9.1.7 ] 西山

西山はポンマチネシリの北西斜面の標高約 1,300 m 付近の凸部であり, 北西方向約 1.5 km にわたって小規模の熔岩流が認められる。 西山は北山噴出物に覆われ, 中マチネシリに寄生し, それよりも高く成長したものと考えられる。 噴出物は数層の熔岩流と火山放出物との互層からなり, 熔岩流は数 10 cm 単位の薄い連続性を示し, 流動性に富んだものである。 熔岩は中性から苦鉄質へと変化して行った。

紫蘇輝石含有橄欖石普通輝石安山岩
斑晶 : 斜長石・普通輝石・橄欖石・紫蘇輝石
斜長石は最大 1.5 mm で, 内部の汚濁したものが多く, 普通輝石は 0.1~0.6 mm で, 橄欖石は自形を呈し, 0.4 mm 前後で輝石の反応縁を有している。 紫蘇輝石はきわめてまれで, 普通輝石と平行連晶することがある。
石基 : 斜長石・ガラス・紫蘇輝石・単斜輝石・鉄鉱.燐灰石
ガラス基流晶質を示す。

[ II.4.9.1.8 ] 北山

北山は中マチネシリ第1火口の西肩にあって, 標高約 1,400 m の山体である。 噴出物は熔岩流のみからなり, 西山・中マチネシリを覆い, 北西約 3 km まで流れて裾をひろげている。 末端は急峻な斜面をつくっている。 北山は粘性の少ない熔岩円頂丘に属し, 火口はなく, 熔岩が基盤の斜面を流下したものである。

橄欖石含有紫蘇輝石普通輝石安山岩
斑晶 : 斜長石・普通輝石・紫蘇輝石・橄欖石
斜長石は 0.2~1.0 mm で累帯構造を示し, 汚濁した内核を有するものがある。 輝石は 0.5 mm 前後であり, 橄欖石は 0.3 mm 前後できわめてまれに認められ, 輝石の反応縁を有している。
石基 : 斜長石・ガラス・紫蘇輝石・単斜輝石・鉄鉱・燐灰石
ガラス基流晶質を示す。

[ II.4.9.1.9 ] ポンマチネシリ

ポンマチネシリは雌阿寒火山の最高峯で, 中マチネシリの南西斜面に寄生した火山であって, 基底からの高さは約 300 m であり, 頂部には2つの火口を有している。 南東側の火口は直径約 500 m の半円状を呈し, 深さ 30~60 m であり, 北西半部はその後にできた直径約 400 m, 深さ約 120 m の爆裂火口によって破壊されている。 南東側の浅い火口底には, 1955 年の爆発以前に東壁近くに2つの小火口があって, その1つは水をたたえて青沼と称され, 他は小赤沼と呼ばれた。 1955 年 11 月の爆発は, 小赤沼から2条の溝が西方へ延びて火口となったものであり, その後, 青沼の水は干上ってしまった。 北西側の深い爆裂火口の西壁には現在も硫気活動が活発である。

ポンマチネシリの山体は熔岩流と火山砕屑物との互層からなり, 山麓は西・南・東方に拡がってオンネトー以下の湖沼および湿地を堰止め, 南斜面は阿寒富士により覆われている。

普通輝石紫蘇輝石安山岩
斑晶 : 斜長石・紫蘇輝石・普通輝石
斜長石は 0.2~2.5 mm で内核の汚濁しているものが多い。 輝石は 0.2~1.5 mm である。
石基 : 斜長石・ガラス・鉄鉱・紫蘇輝石・単斜輝石・燐灰石・鱗珪石
ガラス基流晶質を示す。 空隙に鱗珪石が認められる。

本岩の化学組成を第 3 表 [ 巻末付表 ] に示す。

[ II.4.9.1.10 ] 阿寒富士

阿寒富士はポンマチネシリの南斜面にあって, 円錐状をなし, 裾野は遠く南方に及び, 熔岩流はコイカタショロ川に流れ込んでいるが, 山体の比高は約 300 m である。 阿寒富士は塩基性の熔岩と放出物とを噴出し, 山体の裾野は熔岩が卓越するが, 主部は火山弾・岩滓・火山礫が多く, ストロンボリ式噴火によって生成されたようである。 山頂には最後に噴出した熔岩が存在し, 爆裂火口も認められる。 爆発は数次にわたって起こったようであり, 東方に分布して, 岩滓からなる, Me-b6~Me-b1 層の火山灰は阿寒富士から放出されたものと推察されている。

阿寒富士の山頂の東部には表面温度 47~50℃ を示す部分があって, 活動はまだ余勢を保っていると推察される。

紫蘇輝石含有普通輝石橄欖石安山岩
斑晶 : 斜長石・橄欖石・普通輝石・紫蘇輝石
斜長石は 0.2~1.0 mm で量が多く, 一般に清澄である。 橄欖石は 0.1~0.8 mm で一般に融食を受けており, 黒色物縁を有するものが多い。 普通輝石は 0.5 mm 前後であり, 紫蘇輝石は 0.8 mm 前後で, 少量しか存在せず, 周辺は普通輝石により不規則に置換されている。
石基 : 斜長石・単斜輝石・鉄鉱・ガラス
填間組織を示す。

本岩の化学組成を第 3 表 [ 巻末付表 ] に示す。


第 9 図 火山灰柱状図(A・B … は第 8 図参照)

[ 第 9 図に関する注意書き ]
* : 山田 48) の p. 32 が原図
** : 1955 年を基準とし, Ma-c までは山田, Ma-f は勝井・佐藤 64) による

第 10 図 雌阿寒岳火山灰層(Me-b6 層)の分布図。 野中温泉における層序は山田 43) による数字(cm)


[ II.4.9.2 ] 雌阿寒火山灰層

雌阿寒岳から噴出した火山灰層は主として, 東方に分布している。 山田 16), 43) は雌阿寒岳起源の火山灰として Me・b, Me・a3~1 [ Me・a3, Me・a2, Me・a1 ] の4層を認め, それぞれの噴出年代を Me・b と Me・a3 は 700~800 年前, Me・a2 は 220 年前, Me・a1 は 190 年前と編年した [ 以下の [注] 参照 ] 。 さらに 本地域には 摩周火山から 200 年前に噴出したとされる M・a 層が認められていたが, 近年になって, M・a 層も雌阿寒岳から噴出したものとされている 50), 62)

[注]
1955 年を基準とする。

今回の調査によって Me・b 層は Me-b6 層に相当して, 同質の火山灰が, さらに5層あることが判明したが, Me・a1~3 層および M・a 層は一括して Me-a 層と記載する。

Me-b6~1 層 : M・b 層は山田 43) によって, 阿寒湖畔と野中温泉(現雌阿寒温泉)において認められた, 層厚がそれぞれ 15 cm と 27 cm(+)の岩滓質火山礫であるが, 同質の火山灰がより広く分布し, また阿寒褐鉄鉱山付近においては岩滓質火山灰は6層存在し, 従来 Me・b 層とされた火山灰は, その堆積様式から, 最下位の Me-b6 層であることが判明した。

Me-b6 層は雌阿寒岳から北東方に向かって降下し, [ 本図幅の北隣の ] 上里から [ 本図幅の北東隣の屈斜路湖の湖畔に位置する ] 和琴 わこと 半島にまで達して, [ 弟子屈町の ] 札友内 さつともない 付近では Ma-c 層の腐植土中にわずかに認められている。 阿寒湖畔では 25 cm, 尻駒内 [ 尻駒別 ? ] では 37 cm に達している。 おもに褐色岩滓からなるが, 黒色細粒の岩滓をも混じえ, 多少の分級を示している。 尻駒別 三又付近では下部 6 cm が 0.2 cm 以下で, 上部 31 cm は 0.2~0.5 cm の粒径を示す。 Me-b6 層の分布は第 10 図のとおりである。

Me-b5 層は, Me-b4~1 層とともに阿寒褐鉄鉱山付近においておもに分布し, 黒色中粒岩滓からなっている。 第2鉱床では層厚 10 cm である。

Me-b4 層は阿寒褐鉄鉱山第2鉱床において層厚 18 cm を示し, 褐色細粒岩滓である。

Me-b3 層は同じく層厚 15 cm であり黒色中粒岩滓からなるが, 最上部が風化をうけわずかに褐色がかっているのが特徴である。

Me-b2 層は同じく 6 cm の黒色粗粒岩滓である。

Me-b1 層は同じく 9 cm の黒色細粒岩滓である。

これら6層の岩滓からなる火山灰層の間には, Me-b3 層最上部の, わずかの褐色化を除いて風化帯や土壌はまったく認められず, 連続的に噴出降下したものであろう。

Me-a 層は表層最上部の腐植土中に存在し, 所によって1層から3層が認められる。 いずれも極細粒のミガキ粉状の火山灰からなり, 黄白色を示すが, ときに灰白色を示すことがある。 山田は上位から Me・a1, M・a, Me・a2, Me・a3 とし, M・a 層が灰白色であるとしている。 前述のとおり, 近年, M・a 層も雌阿寒火山起源とする意見 50), 62) があり, また, 本地域においてこの4層がすべて1カ所でみられることがなく, 所によっては腐植土中に黄白色の痕跡としてみいだされることから, 一括して Me-a 層とする。 Me-a 層はいずれも 10 cm 以下である。 ここで黒色腐植土の層厚を全部下位の火山灰層に加えるか否かは疑問があろう。 Me-b6 層の分布図では, 黒色腐植土の層厚の半分を, 一応, 下位の火山灰層に加えて作製した。

[ II.4.9.3 ] 雌阿寒岳ポンマチネシリの爆発

雌阿寒岳では前述のとおり, 山田によって 700~800 年前(Me-b 層)および 190~220 年前(Me-a 層)の降灰が認められており, また, 1927 年 4~5 月には東麓部の白水川に沿って鳴動が発生し, その後, 1951 年 7 月~1952 年 3 月, 1954 年 1 月~3 月の各時期に北東部山麓で鳴動を感じた。

1955 年 11 月 19 日 16 時 50 分頃にいたって, ポンマチネシリ火口の南東壁に沿った所において, 最初の爆発が起こった。

第 11 図 ポンマチネシリ噴出口付近の地形図(佐久間・他 32) 原図)

1955 年活動の状態は佐久間・他 32) によれば以下のとおりである。

概説 : 1955 年 11 月 19 日 16 時 50 分頃に 頂上火口内より音響を伴なって黒煙を山頂から約 200 m の高度に噴出した。 火山礫が火口壁を越えて 9 合目付近まで落下するのが 火口の北東約 1.1 km の阿寒硫黄鉱山現場から見られた。

降灰 : 噴煙は東方に流れ, 阿寒川の第4発電所では 18 時頃から 23 時すぎまで厚さ 0.2 cm に達した。

噴出口の位置・形状の観察 : 新噴出口群はポンマチネシリ火口内南東側の火口底上にあり, 小赤沼のほぼ南に連なり, 火口壁に沿って西南西に約 200 m に延長している。

第1火口はもっとも大きく, 小赤沼の南縁をわずかに削り, ほぼ 40 × 55 m の歪んだ4辺形で, その南西と北西との角はそれぞれ浅い南溝・北溝に連なる。 西壁はもっとも急で垂直に近く, ほかの3方は 30~50°傾斜の壁をなしている。 底には多数の噴火口があり, 噴煙は常に内部を消していた [ 11 月 23・24 日の観察 ] 。

噴煙の状況 : 19 日夕方は爆発後しばらく灰を含んだ黒煙を噴出していたようである。 20 日午前には第1火口からは黄色を帯びた濃い灰色の煙が烈しく間欠的に噴出していた。 ほかの噴出口からの煙はほぼ白色であった。 以後 煙の色は日とともにうすくなったが, その量および高さには 29 日頃まで大なる変化はなく火口上の 100~300 m に達していた。 すなわち, 濃い黒煙の噴出は 19 日の1回をもってほぼ終ったもののようである。

23 日, 24 日には噴出はやや定常的に見え, 混在する硫黄の微粉によるらしく 23 日から 24 日に至る1日の間に, 約 200 m 風下の北東火口壁の新雪が黄色に変色した。 煙には刺激臭があるが, 23 日には臭は強くはなかった。 11 月下旬には, 湖畔・飽別などの山麓でも風向により噴煙の臭気らしきものを感じている。

総括 : 本火山は噴火記録を欠くとはいえ, 昭和初頭以来, 北東部山麓の地震活動は漸次その発生間隔を縮めていた。 しかし, 今回の爆発自体は著しい前兆を伴わずに起こった。 噴出はポンマチネシリ火口の南東壁沿いの火口底に新たにできた爆裂火口群から起こり, 火口底に堆積していた火山岩屑約 30,000 m3 を 最大数 10 m / s の初速度で放出し, 東方 26 km まで降灰した。 初生噴出物はなかった。

強い噴出は 19 日 16 時 50 分にはじまって, ごく短時間に終わり, 20 日以降は硫黄を含む灰白色の多量の煙を噴出し続けていた。 爆発のエネルギーは 1018~1017 erg と推定される。 爆発後も若干の地震活動は微弱ながらあったと思われる。

以上の諸特徴から, このときの爆発は, やや小規模の水蒸気爆発と名づけられるであろう。

一度終息したかに見えた爆発も, 翌 1956 年 3 月 18 日を最初として同年 7 月 8 日まで 10 回の爆発があった。 Sakuma・Murase 37) によれば, この間の活動は以下のとおりである。

1956 年 3 月 18 日
火山灰を西南西 11 km まで放出
3 月 19 日 11 時 20 分
中程度の爆発, 黒色の噴煙が 2 km 高度まで上る。 火山灰は北方 60 km まで及ぶ。 この爆発は第1火口を拡げて深くし, 第3・第4火口は合一して1つの火口となった。 爆発エネルギーは 3 × 1018 erg である。
3 月 29 日 20 時 32 分
北東 1.1 km 地点において弱い音と多少の降灰, 北東の山麓において降灰。 第1火口は少し東西に拡がった。 爆発エネルギーは 5 × 1016 erg である。
6 月 10 日 12 時 30 分
黒色噴煙
6 月 15 日 16 時 25 分
北東 1.1 km において急激に増大する轟音が聞えた。 北西 2.3 km 地点では弱い音が聞えた。 噴煙の高さは 1 km を超えない。 火山灰は約 100 km 西方まで降下した。 第1火口は以前の2倍となり, その西半は東半より浅い。 北溝の一部は水蒸気噴出が激しく, 第5火口と命名されたが, 強いガスの放出は長く続かなかった。 第1火口の北にも1つの新火口, 第6火口が形成された。 この爆発エネルギーは 7 × 1018 erg である。
6 月 20 日夜
北東 1.1 km 地点で火山灰降下
6 月 29 日
黒色の噴煙
6 月 30 日 6 時
西南西 1.1 km 地点において火山灰降下
7 月 8 日 10 時
黒色の噴煙

1955 年に放出された岩塊は, 変質作用を強く受けたものであったが, 1956 年の爆発では, 新鮮な外観の岩塊を放出した。 しかし, 岩漿由来の初生岩塊ではない。

1956 年 6 月 15 日に頂点に達した雌阿寒岳の活動は, その後比較的平穏であったが, 1959 年に至って, その活動規模はやや激しくなり, 8 月 2 日, 6 日, 10 月 3 日にみたび爆発を行なった。 村瀬・他 41) の報告によれば, 活動は以下のとおりである。

1956 年 10 月 31 日
岩塊・火山灰を放出
1957 年 2 月 24 日
黒煙
1957 年 3 月 29 日
火山灰を放出
1958 年 2 月 23 日
火山灰を放出
1959 年 7 月 22 日
火山灰を放出
1959 年 8 月 2 日 10 時 16 分
岩塊・火山灰を放出, 爆発エネルギー 1017 erg, 噴煙の高度約 1 km
1959 年 8 月 6 日 14 時 10 分
岩塊・火山灰を放出, 爆発エネルギー 1017 erg, 噴煙の高度約 1 km
1959 年 8 月 15 日
火山灰を放出
1959 年 10 月 3 日 22 時 35 分
岩塊・火山灰を放出

火口の地形変化 : 火口の外形は 1956 年 6 月 15 日の爆発後に起こった爆発, あるいは火口壁の自然崩落などによって若干拡がった。 1959 年 9 月 4 日現在で, 第1火口の東寄りが, 一段低くなって 50 m 以上の深さがあると思われる爆裂火口が認められた。

噴出物の分布と性質 : 噴出物は従来と同様で, ポンマチネシリをつくる熔岩・火山砕屑物で, 新しいマグマに由来したものはない。 岩塊および火山灰の降下は釧路測候所の観測によれば, 1959 年 8 月 2 日, 6 日は主として南方の縫別付近にまで及び, 8 月 15 日は北東方へ降灰した。

火山性微動の震源 : 震源は 1956 年とほとんど変わりなく, 火口直下約 300 m である。

II.4.10 崖錐堆積物および温泉沈殿物

崖錐堆積物は フップシ岳の南東麓・ 831 m 峰の東麓および カルデラ南東外壁の各河川に存在する。

フップシ岳南東麓の崖錐はオタウンナイ川上流にみられる。 オタウンナイ川は, 崖錐堆積物を 4~5 m の深さで, 箱型にうがち, 垂直の壁をつくっている。 下位は人頭大から 1 m 大のやや円味を帯びた岩塊からなり, 孔隙多く, 上位になるに従って粒度を減じている。

831 m 峰東麓の崖錐堆積物は阿寒旧道においてみられ, 土砂として採取されている。 全体として砂の部分(結晶と岩片)が多く, 角礫を含み, 粗い層理を示し, 全体に褐色である。 ときに 2~3 m の岩塊を含み, 5 m 以上の層厚を示す。

カルデラ南東外壁のポンシセツリ・ホロナイ・モセツリおよびポンモセツリ川では 川の斜面を埋めて崖錐が厚い。

温泉沈殿物は湖畔神社付近にあって約 10 m の盛り上りとなっている。 珪質のため多孔質ではあるが硬く, 木の葉の印象がみられることがある。 この丘からは現在も温泉が湧出している。

II.4.11 湿原堆積物および現河川堆積物

各湖沼の周辺には湿地が発達して, 泥土と泥炭とからなり, とくに瓢箪沼の周辺には広く認められる。 阿寒褐鉄鉱山第1鉱床付近や, 雄阿寒岳南麓にはすでに埋めつくされた湿原がみられる。

阿寒川はじめ各河川の流域には狭少に河床があって, 大小の安山岩塊および砂礫が存在する。

III. 応用地質

この地域の有用鉱産物は, 火山活動に起因するものが多く, 褐鉄鉱・硫黄は稼行され, 温泉・石材は盛んに利用されている。 石油徴は本図幅地域からわずか西の足寄川の上流にみられる。 岡村 5) は阿寒湖南畔に原油の溶出を記し, 今西 22) は阿寒湖畔とピリカネップ白水川上流との油徴について1行言及しているのみで, 詳細は不明である。 清水の沢層中に含金石英脈がみられ, かつて探鉱された。

III.1 褐鉄鉱

雌阿寒岳の周辺には後火山作用として生成した褐鉄鉱鉱床が多くみられる。 これらのうち, 野中鉱床と錦沼鉱床とはマンガン鉱床とともに雌阿寒火山の西麓にあって, 本図幅地域には属していない。 阿寒褐鉄鉱山はピリカネップ白水川の中流にあって, 昭和 35 年に生産を開始し, 鉱床調査も行なわれた。 以下は五十嵐 49) の記述によっている。

第 12 図 雌阿寒岳付近鉱床位置図(五十嵐 49) 原図)

阿寒褐鉄鉱山

鉱区番号 : 釧路国試登第 4762・4763・4797・4798・4823 号
鉱種名 : 鉄
鉱業権者 : 岩田一・岩田鉱業株式会社

沿革 : 本鉱床は昭和 33 年に札幌市の中村萬平によって発見され, 昭和 34 年に岩田鉱業株式会社が鉱業権を設定して, 昭和 35 年 5 月から開発準備にはいり, 7 月から送鉱を開始した。 従業員は約 30 名で, 冬季には積雪のため休山する。

出鉱を開始した昭和 35 年夏の実積は以下のとおりである。

7 月    135 t
8 月 516 t
9 月 1,007 t
10 月 1,135 t
11 月 565 t
(Fe 51.79 %)

鉱床 : 本鉱山の褐鉄鉱鉱床は沈殿性褐鉄鉱鉱層で, 現在も第1鉱床上部の湿地や丸松の沢などには若干の水酸化鉄の沈殿が認められるが, 鉱床の主要部は Oa-b 層の降下時には形成されていたようである。 現在採掘中の主要鉱床は第1・第2の両鉱床であって, ほかに第3鉱床がある。 このほか白水川上流にも小規模の鉱体が知られている。

第1鉱床はもっとも規模が大きく, かつ高品位のものであり, フレベツ川の中流右岸の海抜 570 m 付近に位置し, 東西 550 m, 南北 200 m の湿地の東端に賦存する。 鉱床の下盤は安山岩質火山角礫岩で, 鉱床はこの上部に直接に接する。 鉱床の規模は東西 140 m, 南北 70 m で層厚は最大 5 m に達する。 鉱層の上位には Oa-b, Me-b, Me-a 層などがあり, 2 m 前後の層厚を示している。 鉱層中には腐植土が挾在し, この下部の層準に次のような植物樹幹の集積がみられる (鑑定 : 北海道大学農学部 五十嵐恒夫)。

Betula sp.
Alnus sp.
Quercus dentata THUNB.
Picea yezoensis CARR.(or Picea glehni MAST.)

すなわちカンバ属・ハンノキ属・ナラ属・トウヒ属の植物樹幹である。 これらのうちカンバ属の樹幹のみは高品位褐鉄鉱にかわっているが, 樹皮はほとんど未鉱化である。 本鉱床の鉱石は2つに大別される。 すなわち, 鉱体の上部に厚さ 1.2 m の黄土(粉状鉱)として産するものと, その下位にあって植物の仮像をもつ塊状鉱とである。 塊状鉱の品位は Fe 52~57 %, SiO2 1~5 %, S 0.2~1 %, As 0.04 % ±, P 0.04 % ± の良好なものである。 また黄土としたもののうち, 下部のものは蘚苔類の仮像を残しており, Fe 52~55 % を示すが, 上部のものは植物仮像を含まず, Fe 22~40 %, SiO2 7~19 % で, 鉱床生成中に火山灰が混入したものと思われる。

第2鉱床は白水川の左岸の海抜 570 m 付近にある。 鉱床は東西 210 m, 南北 40 m で, 厚さは 0.7 m ±, 鉱層は 2 m 前後の火山灰層によって覆われている。 鉱石は主として笹の葉・茎の仮像を有する塊状鉱で, 鉱床周辺部には火山灰の混入した低品位粉状鉱が多くみられ, さらに鉱体周辺の一部には低品位の角礫状鉱がみられる。 鉱石の品位は第1鉱床に較ベて一般に低く, 塊状鉱で Fe 50~56 %, 粉状鉱で 20~40 % 程度である。

第3鉱床は第1鉱床の上流の海抜 710 m 付近に賦存し, 沢の凹所に薄く沈殿した鉱層である。 鉱床は沢の上流部でややまとまっているが, 下流部では沢の両側斜面に薄く張りついた産状を示す。 鉱床は上流部で沢沿いに 120 m の延長を有し, 幅は 20 m である。 最大層厚は 3.7 m を超えるが平均 1.2 m である。 鉱石は塊状鉱を主とし, 品位は Fe 48~56 % を示す。

白水川上流鉱床は第2鉱床の西方 3 km, 海抜 800 m 前後の白水川上流に位置する, きわめて小規模の鉱床で, 粉状鉱を主体とし, 鉱石品位も低い。

鉱量 : 3鉱床合計して, 約 33,000 t がほぼ確定と考えられ, 鉱石品位は Fe 52~54 % で, 不純物にはとくに問題となるものはない。

III.2 硫黄

ポンマチネシリ 大噴 おおふき 鉱床の硫黄は, 近年 阿寒硫黄鉱業株式会社によって開発され, 一時は日本屈指の産額を示したが, 最近に至って, 一時閉山した。 しかし本地城の硫黄の生産は, 明治時代にも行なわれ, 岡村要蔵によって研究が公表され, さらに近年には梅本悟・他 33) ・Suguki et al 38) によって研究されている。 以下は上記の結果と, 元阿寒硫黄鉱山職員の西原六郎および丹波斉両氏の観察結果による。

阿寒硫黄鉱山

鉱区番号 : 釧路国採登第 8 号・9 号・10 号
鉱種名 : 硫黄
鉱業権者 : 阿寒硫黄鉱業株式会社

沿革 : 雌阿寒岳山頂付近に硫黄鉱床の賦存していることは, 比較的旧くから知られていたようで, 1802 年に徳川幕府の役人が踏査したという。 その後も Lyman によって雌阿寒岳の硫黄は記述されているが, 本格的に探鉱したのは釧路の佐野孫右衛門の 1876 年(明治 9 年)が最初である。 その後 1887 年(明治 20 年)に函館の武富善吉は現在の8号鉱床開発に着手し, 山元に焼取釜を設置したが, 産額は不詳である。 北海道庁技師 大日方一輌は埋蔵鉱量 600,000 石と算定している 1) 。 1891 年(明治 24 年)に西山正吾 2) は全山の硫黄鉱床について, S 70~90 % の鉱石 544,000 t と算定した。 1906~1908 年(明治 39~41 年)の間に 細川時太郎は毎年 6,000 石の精製硫黄を生産したが価格暴落のため休山した。 1913 年(大正 2 年)には岡村要蔵が調査を行なった [ 以下の [注] 参照 ]

[注]
ピリカネップ白水川温泉の上流の標高 960 m 付近の松林中に, 鉄製釜の破片が散乱している。 ここでも焼取が行なわれたようであるが, 記録には明らかでない。

1951 年(昭和 26 年)に至って 阿寒硫黄鉱業株式会社の前身である日本特殊鉱業株式会社が大噴鉱床再開の準備を進め, 翌 1952 年から生産を開始し, 1962 年に閉山した。 1963 年には硫黄の活況とともに再開された。 この間, 1956 年頃には製品で月 1,800 tを生産し, 松尾鉱山に次いで本邦第2位の産額を示す鉱山であった。 1960 年における従業員は, 職員 34 名, 鉱員 183 名で, 生産施設は下記のとおりであった。

採鉱   トヨタダンプトラック    9 台
小松 D-50 バケットローダ 1 台
小松 D-50 ブルドーザー 1 台
小松 SD-20 ショベルローダー 1 台
目特銅 NTK-4 トラックショベル 1台
ヤンマー 2 LDL ジーゼルエンジン 1台
索道 3 / 8 t 玉村式架空索道 6,000 m
選鉱 ボールミル 2 台
浮選機 950 ミリ 3 区 6 台
精選機 950 ミリ 4 区 3 台
インパクトミル 2 台
再選機 950 ミリ 4 区 2台
精錬 オートクレーブ 7 基
レシーバー 14 基
集合タンク 7 基
ランカシャ式ボイラー 7 呎 × 30 呎 2 基

閉山に至るまでの生産実積は以下のとおりである。

昭和 27 年    1,109(t)
28 年 12,032
29 年 16,463
30 年 19,673
31 年 23,036
32 年 20,993
33 年 l8,858
34 年 16,526
35 年 16,001
36 年 17,118
37 年 1,966(3 月まで)

しかし, 硫黄業界の活況に伴い, 昭和 38 年にはいって再開の準備が進められ, 同年 10 月から小規模に出鉱が開始された。

鉱床 : 採掘されたのは 大噴 おおふき 鉱床であり, 一時は東部 B 鉱床も稼行されたが, このほか東部 A 鉱床・東部 8 号鉱床・青沼鉱床がある。

大噴鉱床は中マチネシリ中央火口丘の北東部を吹き飛ばした爆裂火口のなかにあって, 火口のほぼ中心に大噴と称する硫気孔が烈しい活動を続けている。 1891 年(明治 24 年), 西山は, この火口が非常に深く, 孔底から水の沸騰する音があたかも雷鳴のように聞えたと述べている。 最初は表面の昇華硫黄鉱床と考えられていた大噴鉱床も採掘が進むにつれて, 鉱石が層状をなして胚胎して盆状構造を呈し, 鉱石は下位から 1) 下部縞鉱層, 2) 青盤鉱層, 3) 上部縞鉱層, 4) 昇華硫黄, の順で配列することが判明した [ 以下の [注] 参照 ]

[注]
以下 Suzuki et al. 38) による, 梅本・他 33) はこの下位に角礫凝灰岩が鉱化作用により交代された S 15~20 % の集塊岩鉱のあることを述べている。

下部縞鉱は灰~灰白色, 比較的緻密で火山灰と硫黄とからなり, しばしば火山灰泥の縞を挾有する。 火口の周縁部にあって 10~20°内側に傾斜し, 中央部にはみられない。 品位は S 25~30 % である。

青盤は青緑色を呈し, S 50~60 % で大噴鉱床の主要鉱石である。 中央部で厚く, 周縁では薄く, レンズ状ではあるが, 不規則である。 原岩は中マチネシリやポンマチネシリから放出された火山灰・火山礫・軽石・岩滓で, 硫黄が鉱染交代したものである。 青盤中には自然硫黄が直径 0.5 cm の粒状や, 不規則アメーバー状に空洞を埋めている。 鏡下では基質は硫黄により置換され, 石質岩片は蛋白石化作用を受けている。

上部縞鉱は下部縞鉱より粗粒であり, 硫化鉄の縞を挾有し, S 28 % である。 上部縞鉱中にはしばしば豆灰がみいだされる。

昇華硫黄は鉱床の最上部にあり, 結晶の集まりの花硫黄, 径 1~2 cm の粒状をなすアラレ, 塊状の鷹の目などにわかれ, 東部の黄金台中台には層厚 7~8 m のレンズ状鉱体があった。

第 13 図 大噴 おおふき 鉱床の地質図(Suzuki et al 38) 原図)。
1 : 火山灰層, 2 : 上部縞鉱層, 3 : 「青盤」鉱層, 4 : 下部縞鉱層, 5 : 変質安山岩, 6 : 現稼行床

大噴鉱床の成因としては, はじめ 中マチネシリ中央火口丘の北東に開いた爆裂火口が熱湯に充たされ, 湯沼となり, その底部に縞鉱が堆積した。 その後 火口の活動が復活して爆発が起こり, 中央部の下部縞鉱は吹き飛ばされ, 火口内は放出物片で充たされ 中央部は多少沈降したので, その所では厚くなった。 これらの放出物片が硫気ガスにより鉱染交代されて青盤となった。 火口の活動が弱まってふたたび湯沼となり, 上部縞状鉱が堆積したが, この湯沼は下部縞鉱当時の湯沼よりも浅かった。 下部縞鉱はさらに帽岩の役割を果し, 青盤の富化を促進した。 その後 硫化水素や亜硫磯ガスが酸素や水と反応して昇華硫黄を形成した。

はじめは深い硫気孔であった大噴も, 周囲を次第に採掘されたため, 高さ 10 数 m の煙突状となった。 休山までに火口内では約 20 m 以上掘り下げられた。 梅本・他 33) は大噴鉱床の南西方にさらに1つの爆裂火口の存在を予測したが, 休山時の資料によれば, 周辺にさらにいくつかの火口があったと推察される。 昭和 30 年の鉱量計算では青盤 122,400 t(S 55 %), 集塊岩鉱 360,000 t(S 18 %)とされている。

東部 A 鉱床は ポンマチネシリの放出物によって半分以上埋められた爆裂火口であり, 火山礫・火山灰が鉱染し, 層厚 3 m 以上の青盤がみられる。

東部 B 鉱床は火山礫・火山灰中に硫黄が鉱染し, 1959 年頃には冬期に限って採掘したことがあり, 青盤式鉱石の露頭もみられる。

東部 C 鉱床は中マチネシリの南山腹にあって昇華硫黄が認められる。

青沼鉱床はポンマチネシリの火口底にあって, 硫気孔があり, 灰色の泥状硫黄を流出させたが, 1955 年の爆発により破壊された。

8号鉱床は 1,042 m 山の南腹にあって, 硫気活動があり昇華硫黄が認められる。

II.3 金・銀鉱

尾札部層は変質を多く蒙り, 本図幅地域東方の弟子屈付近では, 泰豊鉱山・当別鉱山(旧 日章鉱山)・阿寒金山などが探鉱されたが現在は休止している。

本図幅地域内では, 東端の横断道路の清永の沢バス停留場の東方約 350 m の小沢を, 南に 30~40 m 登った所に鉱脈がみられ, 黄金脈と名付けられ, 斎藤・渡辺 34) により調査された。 以下は同報文による。

鉱脈は清水の沢層の凝灰角礫岩中に胚胎し, N 30°E 方向に約 60 m まで確かめられているが, なお延長の見込がある。 脈中には母岩の喰い残しや粘土の夾みがあるが, 脈幅は 1.2~1.5 m で, 西に 70°前後の傾斜を有する。 下盤はやや粘土化しているが, 上盤は珪化して堅硬質となり, 夾みの粘土は青色で, 硫化鉄鉱の鉱染が認められる。 鉱石は白色~帯黄白色の石英を主とし, まれにみられる暗灰色の石英中に硫化鉄鉱の鉱染がきわめて多く, 黄銅鉱・閃亜鉛鉱・方鉛鉱を伴う。 鉱石の品位は沢中に露出する部分がかなり良く, Au 100 g / t を超えている。

III.4 亜炭

阿寒川の右第三渓流では, 阿寒層群基底部に, 亜炭の薄層がみられるが, いまだ利用されるまでに至っていない。 炭質はあまり優良でない。 炭層柱状図は第 14 図のとおりである。

第 14 図 阿寒川右第三渓流における炭層柱状図

III.5 石材

道路用砕石や護岸用石材として, 次のものが使用されている。

安山岩 : 尻駒別三又路付近の湖畔層の普通輝石紫蘇輝石安山岩, および清流橋南の旧国道傍にある阿寒層群の安山岩などが砕石として利用されている。

熔結凝灰岩 : 尻駒別からパンケトー北岸にいたる営林署林道用敷石として, パンケ熔結凝灰岩が使用されている。 一般に熔結凝灰岩の敷石は, 水はけ良好で, 適当に砕けて密着するため適材とされるが, 荷重の大きな車輌がひんぱんに往復するときは常に補修の必要がある。

III.6 温泉

本図幅地域には阿寒湖温泉・雄阿寒温泉などの, 北海道でよく知られた温泉があり, これ以外にも山間部にあって利用されていない温泉も多く, 雌阿寒岳周辺には硫気孔も多い。 これらの温泉は, 阿寒湖温泉のややアルカリ~単純泉から, 山間部の強酸性泉にわたり, 地質構造のうえからも興味ある配列を示している。

これらの温泉については, 勝井 19) , 鈴木・他 39) , 福富・他 40) および河田・他 60) の報告がある。 鈴木・他 39) によると, 阿寒地方において従来知られている温泉は第 15 図のとおりで, これらのうち 10・11・14 は西隣の足寄図幅地域内にある。 これら温泉の湧出は地質構造に支配されているようで, 酸性~強酸性泉は硫気活動の著しい温泉を連ねる北北東方向をとって, 大きく図幅地域を斜に走り, ややアルカリでほとんど単純泉に近い阿寒湖温泉・雄阿寒温泉は, 酸性泉の方向と直交する西北西に配列している。

第 15 図 阿寒地方温泉分布図(鈴木・他 39) 原図)。
1 : 阿寒湖温泉, 2 : 雄阿寒温泉, 3 : 阿寒湖岸ボッケ, 4 : 阿寒湖北東岸セセキモイ, 5 : 白土温泉, 6 : 渋川温泉, 7 : 8号鉱床付近, 8 : ピリカネップ白水川上流, 9 : 中マチネシリ中央火口 火口瀬, 10 : 雌阿寒温泉(旧 野中温泉), 11 : 阿寒マンガン温泉, 12 : フップシ岳西斜面 白水川上流, 13 : 阿寒湖中東部 湖底, 14 : オンネトー湖底

阿寒湖温泉 : 阿寒湖畔の温泉は, 古くから知られていた湖畔神社裏と 最近開発されたオンネサルンベツ川左股の2地区に分かれている。 基盤は新第三系湖畔層の軽石凝灰岩を主とし, 変質(珪化・粘土化)が著しい。 主要湧出口の神社裏山は軽石凝灰岩が温泉沈殿物により, 固結されている。 温泉はここで 150~160 l / min で自然湧出するが, 温泉街では静止水頭が地下数 10 cm で, 1 m 以上掘ると温泉が湧出する。 この地域では地下 1 m の地温測定が行なわれているが, 河田・他 60) は 神社裏を主とする一連の温泉脈がほぼ北北西方向に湖畔をかすめて走っているものとして, 温泉試掘に成功している。

第 16 図 阿寒湖畔における地表下 1 m の地温分布図(1956 年 7 月 27~28 日 ; 福富孝治・他 40) 原図)

神社裏山の泉温は 65.3℃, pH 7.0~7.5 を示す。 福富・他 40) は阿寒湖畔地城(ボッケをも含む)から出る総熱量を 4.8 × 107 cal / min と計算し, 地表から大気中に放出される熱量と総熱量との比が大きいことから, 阿寒湖畔温泉の熱源は決して大きい方ではないが, ほとんど天然のままの状態にあって, 今後ある程度までは開発の余地があると述べている。

北海道立衛生研究所 54) が行なった本温泉の分析結果は下記のとおりである (右端の雄阿寒温泉に関する分析結果については後述する ; * 印を付けた温泉は試料を実験室に持ち帰って定量した値)。

温泉名 くまや旅館 阿寒湖荘 山浦旅館 大東館 まりも荘 * 芳友寮 * [ 単位 ] 雄阿寒温泉
分析年月 1954.10 1954.10 1954.11 1954.11 1956.9 1957.6 1954.10
泉温 45 52 56 66 55 55 50
pH 6.8 6.8 7.2 7.4 8.2 7.9 6.4
E. R 0.43 0.62 0.59 0.61 0.76 0.56 g / kg 0.66
K 1.1 0.9 2.0 2.4 1.9 2.7 mg / kg 1.4
Na 42.4 46.5 85.3 66.3 108.0 89.4 88.3
Ca 23.2 34.1 30.4 37.0 32.0 34.0 33.3
Mg 14.1 18.9 18.8 18.9 11.6 13.2 12.9
Fe 0.20 0.20 0.20 0.40 0.40 0.60 0.40
Al 0.40 0.10 0.20 0.05 3.60 3.00 0.08
Mn - 0.08 0.20 0.30 - 0.20 0.10
Cl 26.7 46.3 42.8 42.8 58.5 40.8 33.8
P2O5 - - - - - - -
SO4 38.2 51.0 65.4 62.9 87.1 70.1 69.2
HCO3 164.0 180.0 262.0 235.0 261.0 273.0 245.0
H2SiO3 162.0 219.0 155.0 154.0 162.0 77.1 197.0
HBO2 4.4 8.8 5.7 3.8 3.8 26.6 13.2
CO2 - - - - - - 153.0

オンネサルンべツ川左股では川沿い約 150 m 間一帯に湧出している。 1956 年の調査 39) では泉温 54~67.6℃, pH 6.8~7.2 を示し, 1944 年には 54℃, pH 7.8 を示した。

雄阿寒温泉 : 阿寒川上流のオクルシべ川との合流地点から上流約 500 m 間にあって, 30 カ所以上から湧出する温泉である。 旧くから湧出量の多いことが知られている。 鈴木・他 39) はこの温泉群は狭い河岸冲積面や, 河底あるいは基盤の輝石安山岩が冲積面に接する境に自然湧出し, 水頭の阿寒川の河面に近いものが多いが, 雄阿寒ホテル付近の湧出口の水頭には河水面よりかなり高位のものがあり, ホテル付近一帯は湿地帯をなしている。 また泉源近くには一般に温泉から沈殿した石灰華が多いと述べている。

北海道立衛生研究所 54) が行なった本温泉の分析結果は先の表の右端に示した。

阿寒湖岸ボッケ : ボッケは阿寒湖岸にある数コの爆裂火口であり, もっとも大きいものは, 30 × 15 m で底部には多数の硫気孔があって熱泥を噴上げている。 多くは 96~99℃, pH 3.0~3.4 を示している 39) 。 付近の湖岸・湖中には温泉が湧出して 89.0℃ を示す 39)

阿寒湖 北東岸セセキモイ : この付近の湖辺の水温はやや高く, 湧出ロは明らかでないが, 鈴木・他 39) は水温 27℃ を測定している。

白土温泉 : オンネサルンべツ川右股の上流にあって, 約 300 m の間の谷沼に温泉と硫気孔があり, 一部に珪華の沈殿している所もある。

渋川温泉 : 雌阿寒岳とフレべツ岳との間にあって, 数コの爆裂火口内の硫気孔の活動により特徴づけられ, おもに雨水溜りが熱せられて温泉になっている。 温泉として湧出するものは少量である。

第 17 図 渋川温泉付近見取図(鈴木・他 39) 原図)

8号鉱床付近 : 雌阿寒岳 1,042 m 山の南山腹の8号鉱床付近は硫気活動の激しい所であるが, 一部に温泉が湧水している。

ピリカネップ白水川上流 : ピリカネップから西方に約 7.5 km の白水川上流に位置している。 数多くの硫気孔・噴気孔が排列し, 温泉も湧出して烈しく沸騰するものもある。 付近は灰色~黄灰色に分解して温泉余土化している。 勝井 19) によれば爆裂火口内の硫気活動の存続したもので, 以下のような種々の泉質を含むものである。

  1. 95℃, pH 7.2。 湧出量少量, 沸騰せる透明泉
  2. 65℃, pH 2.4。 少量, 静かに湧出する帯黄灰色泉
  3. 90℃, pH 8.0。 石灰華の塔より多量湧出する透明泉

第 18 図 ピリカネップ白水川上流見取図(勝井 19) 原図, 鈴木・他 39) による)

中マチネシリ中央火口 火口瀬 : 大噴 おおふき 鉱床の現場事務所の北西側谷底に温泉が湧出し, 浴用に供された。 このほか, 勝井 19) は, 谷の低所で少量黄灰色に沸騰する温泉の 90℃, pH 2.2 を測定している。

フップシ岳西斜面 白水川上流 : 岡村 5) によれば足寄側の白水川(旧称ワクカウエンアショロナイ川)上流水源近くに 数カ所から多量の鉱泉が湧出することを述べている。 鉱泉は無色透明であるが, 冷水中に流入するとただちに淡褐色を呈し, 数 km 流下しても黄濁している。 本泉は炭酸泉に属し, 地質調査所 5) における分析値は下記のとおりである(定量分析, 10 万分中)。

反応 全固形物 珪酸 第2酸化鉄礬土 マンガン カルシウム マグネシウム ポッタシウム ナトリウム アンモニア 塩素 硫酸 炭酸
中性 85.60 7.04 0.56 0.52 8.28 3.52 1.65 6.19 0.11 6.80 24.51 45.55

阿寒湖中東部 湖底 : 阿寒湖のほぼ中央に, 冬季まったく凍結しないか, あるいは氷のきわめて薄い部分がある。 この点はほぼボッケ, セセキモイを結ぶ線上で, おそらく湖底では温泉が湧出しているものと鈴木・他 39) は推察している。

セセキモイ : この付近の水温はやや高いが, 湧出口は明らかでなく, 湖岸の砂中から滲出しているようである 39)

文献

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5万分の1地質図幅「上茶路」および同説明書, 北海道開発庁, 1961
54) 北海道衛研薬学科・衛生部環境衛生課 :
北海道鉱泉誌,(第 2 篇),北海道立衛生研究所報,第 12 集, 1962
55) 井上英二・鈴木泰輔 :
5万分の1地質図幅「ウコタキヌプリ山」および同説明書, 北海道開発庁, 1962
56) 佐藤博之 :
阿寒・屈斜路カルデラ北方の火山砕屑流, 調査研究報告会講演要旨録,No. 14,地質調査所北海道支所, 1962
57) 国府谷盛明・他 3 名 :
5万分の1地質図幅「摩周湖」および同説明書, 北海道開発庁, 1962
58) 木下浩二 :
地向斜と油田成立条件 -- 日本の新第三紀油田を例として --, 石油技術協会誌,Vol. 27,No. 6, 1962
59) 小野晃司 :
日本産火山岩の化学成分, 地質調査所, 1962
60) 河田英・他 2 名 :
阿寒湖畔の温泉探査, 北海道地下資源調査報告,No. 27, 1962
61) 勝井義雄 :
5万分の1地質図幅「屈斜路湖」および同説明書, 北海道開発庁, 1962
62) 瀬尾春雄・他 5 名 :
根室国(根室市を除く)土性調査報告, 北海道農業試験場土性調査報告,第 13 編, 1963
63) 木下浩二 :
日高造構運動の過程(1), 炭礦技術,Vol. 18,No. 1, 1963
64) 勝井義雄・佐藤博之 :
5万分の1地質図幅「藻琴山」および同説明書, 北海道開発庁, 1963
65) 佐藤博之 :
雄阿寒火山灰層について, 調査研究報告会講演要旨録,No. 15,地質調査所北海道支所, 1963
66) 斎藤昌之・北川芳男 :
5万分の1地質図幅「標茶」および同説明書, 北海道開発庁, 1963
67) 沢村孝之助・山口昇一 :
道東津別地域新第三系の化石珪藻による分帯, 地質調査所月報,Vol. 14,No. 10, 1963

巻末付表

第 3 表 火山岩の化学組成。
Chemical composition of volcanic rocks

[ 第 3 表に関する注意書き ]
* : Total に加算されない V [ バナジウム ] の値がある
** : 総化学成分から算出
試料の詳細
1 : 玄武岩質安山岩, 阿寒層群, 横断道路双湖台の東方約 2.2 km
2 : 普通輝石含有橄欖石安山岩, 外輪山熔岩, 釧北峠の上部
3 : 普通輝石紫蘇輝石安山岩質熔結凝灰岩, 阿寒熔結凝灰岩, 北見 相生
4 : 普通輝石紫蘇輝石石英安山岩質熔結凝灰岩, パンケ熔結凝灰岩, パンケトー3の沢
5 : 普通輝石橄欖石安山岩, フップシ火山熔岩, フップシ岳頂上
6 : 普通輝石含有紫蘇輝石安山岩, 雄阿寒火山山頂部円頂丘熔岩, 雄阿寒岳頂上
7 : 普通輝石紫蘇輝石安山岩, 雌阿寒火山ポンマチネシリ熔岩, ポンマチネシリ頂上の北西部
8 : 紫蘇輝石含有普通輝石橄欖石安山岩, 雌阿寒火山阿寒富士熔岩, 阿寒富士山頂
9~14 : 安山岩, 原著 35) 阿寒岳, 文献 35) では雌阿寒火山
分析者
S.Y. : 山田貞子
Y.K. [ Y.K. 44) ] : 勝井義雄
T.K. [ T.K. 35) ] : 桂敬

EXPLANATORY TEXT OF THE GEOLOGICAL MAP OF JAPAN Scale 1 : 50,000

AKANKO

Kushiro, No. 7

By HIROYUKI SATOH (Written in 1964)


Abstract

The area of this sheet-map, located between latitude 43°20'~43°30' N and longitude 144°00'~144°15' E, covers the most part of the Akan volcano, in the east Hokkaido. The Akan volcano in the southwestern part of the Akan-Shiretoko volcanic chain, an échelon belonging to the Kurile volcanic zone, is known for its gigantic caldera formation and the national park. The shape of caldera is rectangular, 13 × 24 km, and its elongation agrees with the Akan-Shiretoko direction, that is, NE - SW.

The somma of the Akan volcano is distinct on the NW and SE walls, constructed of piles of somma lavas and pyroclastic rocks, but indistinct on the NE and SW walls for the post caldera volcano and the welded tuffs from the Kutcharo volcano.

Four post caldera volcanoes were formed in the bottom and on the wall of the caldera : Furebetsu, Fuppushi and Oakan volcanoes in the bottom and Meakan volcano on the SW wall, respectively.

GEOLOGY

The geological sequence in this sheet-map, as shown in the Table 1, can be divided into the Paleogene and Neogene-Tertiary, Quaternary volcanoes and sedimentary rocks.

Table 1 Geological sequence in the Akanko sheet-map.
Letters in ( ) show those of the legend of the geological sheet-map.

Paleogene-Tertiary system

Rushin formation , distributed narrowly in the SW corner of this sheet-map, is composed of conglomerates intercalated with sandstones. This formation belongs to the Urahoro group, coal seam bearing in the east Hokkaido, and to that lowermost formation.

Charo formation , distributed in the SW corner, in the upstream of the Koikatashoro-gawa, is composed of massive mudstones and siltstones intercalated with sandstones. This formation belonging to the Ombetsu group with the Nuibetsu formation, contacts by the fault relation with the Rushin formation.

Nuibetsu formation , resting conformably on the Charo formation, is composed of sandstones, mudstones and siltstones in the lower part and of biotite-bearing hornblende andesitic volcanic breccias in the upper part.

Neogene-Tertiary system

Neogene-Tertiary system, mostly continuations of strata from surrounding areas, is distributed in several portions independently. It is divided into four horizons : lower, middle, upper and uppermost.

Neogene-Tertiary lower is middle Miocene in age.

Fuppushinai formation , cropping out in the southern margin of this area, is composed of mudstones and rests unconformably on the Nuibetsu formation.

Tsubetsu formation , cropping out in the northwestern margin of this area, is composed of diatomaceous mudstones.

Shiramizu formation , occupied independently in the central part of bottom of the caldera, is composed, however, of propylites, green tuffs and tuffbreccias.

Neogene-Tertiary middle is considered to be late Miocene in age.

Akubetsu formation , cropping out in the southern part of this area, is composed of tuffaceous sandstones, tuff-breccias, pumice-tuffs and andesitic lavas.

Kohan formation , distributed in the central part of this area independently, is composed of andesitic lavas and pumice-tuffs intercalated with thin layers of shale.

Osappe formation , distributed in the eastern part of this area, is composed of volcanic-breccias, tuffaceous sandstones, conglomerates and andesitic lavas. This formation is subjected to alteration.

Neogene-Tertiary upper is Pliocene in age and belongs to the horizon of Fortipecten takahashii (YOKOYAMA).

Akan group , resting unconformably on the Akubetsu formation, is distributed extensively from southern part to the bottom of caldera.

This formation, consisting of conglomerates, sandstones, mudstones and tuff-breccias intercalated with andesitic lavas, produces abundantly shell fossils, Takikawa-Hombetsu fauna including Fortipecten takahashii (YOKOYAMA) etc.

Neogene-Tertiary uppermost is considered to be late Pliocene in age.

Kamiakubetsu formation , resting unconformably on the Akan group, is composed of conglomerates, mudstones, sandstones and welded tuffs. This formation, producing diatom fossils that are characteristic of fresh water, is distributed on the southeastern wall of the caldera.

Quaternary system

Kushiro group , well known marine deposits in the east Hokkaido, is distributed narrowly in the southeastern corner of this area. However, the formation in this area is presumed to be non-marine deposits by rock facies composed of pumiceous gravels and sands.

Somma of the Akan volcano

The Akan volcano , together with the Kutcharo and Iosan volcanoes, situated on the Akan-Shiretoko zone, NE - SW anticlinal structure, was formed in early~middle Pleistocene. Somma lavas and fragments composed of aphric andesites and augite-bearing olivine andesites seem to have constructed some of strato-volcanoes, although in the present time the restoration to the original state is difficult for caldera depression. After piling of lavas of the Akan volcano, in middle Pleistocene, pyroclastic flows accompanied by pyroclastic falls were ejected (cfr. Figs. 5 & 6) resulting in the formation of the Akan caldera as major volcano-tectonic depressions rather than caldera of Krakatau type (cfr. Fig. 4).

Dike of augite olivine basalt and two parasitic lava-domes of augite-hypersthene dacite are formed by somma.

Ko-akan-ko formation , deposits of the lake filled by water in the caldera depression, is composed of pumiceous conglomerates and alternation of sandstones and mudstones. This formation produces diatom fossils. The old lake soon vanished by the draining and growth of post caldera volcanoes.

Panke welded tuffs , ejected from the Kutcharo volcano, are distributed extensively in the northern part of caldera bottom. This welded tuffs are augite-hypersthene dacitic.

Central cones of the Akan volcano I

Furebetsu volcano , situated in the central part of the bottom, is composed of the glassy dacitic lava-dome and stratovolcanoes : 831 m ho, 950 m ho and Furebetsu-dake accompanied by dacitic lava-dome and andesitic parasitic volcano. The glassy dacitic lava-dome, ejecting dacitic pumice flow on a small scale, is concealed by 831 m ho composed of augite-hypersthene andesites. 950 m ho is composed of olivine-bearing augite-hypersthene andesites and Furebetsu-dake is composed of tuff-breccias in initial stage and of augite-bearing hypersthene andesites.

Fuppushi volcano , situated in the western part of the bottom, is constructed by strato-volcano accompanied by two parasitic cones. This volcano erupted at first tuff-breccias, and after that, erupted augite-olivine-bearing quartz-hypersthene andesites and augite-olivine andesites, there by, such as the activity of the Furebetsu volcano.

Oakan volcano , situated in the northern part of the bottom, is a shield volcano accompanied by parasitic volcano and lava-dome. At first, in early Holocene, hornblende-bearing augite hypersthene andesitic pumice and ash falls (Oa-a & b) were ejected (cfr. Fig. 8), and then, augite-hypersthene-olivine andesites and glassy augite-hypersthene andesites made the conical mountain body. The surface of the mountain body shows concentric grooves (cfr. Plate 3). Oakan-dake dammed up Akan-ko, Penke-to and Panke-to surrounding itself.

Younger lacustrine deposits were made in some portions by dams which central cones made.

Mashu volcanic ash , Ma-f ejected by the catastrophic eruption of the Mashu volcano B.P. ca. 7,000 years, is distributed in the eastern part of this area. This deposit is composed of augite-hypersthene andesitic pumice, ash and lapilli.

Lacustrine terrace deposits are composed of gravel, sand and clay, and develop around the Akan-ko and form a higher terrace (15~17 m) and a lower terrace (5~10 m).

Central cones of the Akan volcano II

Meakan volcano , situated on the southwestern wall of the caldera, is multiple strato-volcano consisting of Minami-dake, 1,042 m-yama, Higashi-dake, Kobu-yama, Kenga-mine, Nakamachineshiri, Nishi-yama, Kita-yama, Ponmachineshiri and Akan-fuji. Among them, Ponmachineshiri erupted in 1955~1959. Nakamachineshiri, the main body of the Meakan volcano, has double craters, central cone and explosion crater, in which solfatara is present and the sulphur deposited around it is being worked. Nishi-yama, Kita-yama and Ponmachineshiri were built on the flank of the Nakamachineshiri. Akan-fuji, a fine conical strato-volcano, was built in the last stage.

Rocks of the Meakan volcano are mostly pyroxene andesites containing sometimes quartz and olivine phenocrysts.

Talus deposits , distributed in the southern foot of the Fuppushi-dake and the eastern flank of the 831 m ho, are composed of block, sand and clay.

Hot spring sinters are found at Kohan and moor deposits are distributed around lakes.

ECONOMIC GEOLOGY

The economic materials in this area are mostly owing to volcanism : limonite, sulphur, building and road stone and hot spring. Lignite and gold and silver ore slightly develop in the limited area.

Limonite deposits : Around the Meakan volcano, numerous limonite deposits exist. Deposits on the flank of the Furebetsu-dake are being worked. Deposits occur in swamps and the main body is 140×70 m in width and 5 m in thickness. The grade of ores is 52~54 % Fe.

Sulphur deposits : numerous solfataras are distributed on the Meakan volcano, especially Ofuki that is in the explosion crater of the Nakamachineshiri, is most violent. Sulphur deposits have been accumulated in the explosion crater. Akan sulphur mine has been worked since 1951 and its production until 1962 was ca. 164,000 t. Sulphur ores are divided into sublimated, impregnated and banded ores, genesis of them are sublimation, replacement, impregenation and sedimentation.

Gold and silver ore : Ossape formation is subjected to alteration and mineralization. Gold and silver ores develop in that formation but their mineralized scale is small.

Lignite deposits : In the Akan group, lignite seams are intercalated. Their maximum thickness is 70 cm.

Building and road stones : Andesites of the Kohan formation and Panke welded tuffs are used,

Hot springs : In this area, many hot springs are distributed as shown in Fig. 15. Among them, acidic springs run in NNE - SSW direction and weak alkalic simple springs, Akan-kohan and Oakan hot springs, cross at right angles.


昭和 40 年 9 月 1 日 印刷
昭和 40 年 9 月 7 日 発行
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(C) 1965 Geological Survey of Japan