01042_1966

5万分の1地質図幅説明書

当麻 とうま

(網走 第 42 号)

北海道立地下資源調査所
技術吏員 鈴木守
技術吏員 藤原哲夫
嘱託 浅井宏

北海道開発庁

昭和 41 年


この調査は, 北海道総合開発の一環である, 地下資源開発のための基本調査として, 北海道に調査を委託し, 道立地下資源調査所において, 実施したものである。


目次

はしがき
I. 位置および交通
II. 地形
III. 地質概説
IV. 先白堊系(日高累層群)
IV.1 愛別層
IV.2 当麻層
V. 未分離白堊系(開明層)
VI. 蛇紋岩
VII. 新第三系
VII.1 プロピライト熔岩
VII.2 玄武岩
VII.3 石渡集塊岩
VII.4 米飯山熔岩
VII.5 流紋岩
VIII. 第四系
VIII.1 安足間川熔結凝灰岩
VIII.2 十勝熔結凝灰岩
VIII.3 層雲峡熔結凝灰岩
VIII.4 段丘堆積物
VIII.5 崖錐堆積物
VIII.6 氾濫源堆積物
IX. 応用地質
IX.1 石灰石鉱床
IX.2 輝水鉛鉱鉱床
IX.3 水銀鉱床
IX.4 石材
IX.5 当麻鍾乳洞
参考文献

Résumé (in English)

5万分の1地質図幅説明書

当麻 とうま

(網走 第 42 号)


はしがき

当麻図幅は, 昭和 38 年から昭和 39 年にかけて, 約 60 日間で行なった野外調査の結果をとりまとめたものである。

野外調査は, 鈴木,藤原が 米飯 ペーパン 川から北部の地域を, 浅井が米飯川から南の地域を, それぞれ分担した。 なお, 米飯川の上流から南東にかけての地域の調査には, 北海道大学理学部の河内晋平および野地正保両氏から, 朱別川 [ ← 牛朱別川 うしゅべつがわ ? ] 流域の一部の調査には, 北海道立地下資源調査所の庄谷幸夫氏から, それぞれ協力を頂いた。 さらに, 朱別川 [ ← 牛朱別川 ? ] 中流の未分離白堊系については, 北海道立地下資源調査所の小山内熙氏から, 現地観察に基づいた御教示を頂いた。

また, 現地においては, 当麻町役場, 旭川林務署, 当麻石灰株式会社の方々から, いろいろお世話を頂いた。

明記して厚くお礼を申しあげる。

I. 位置および交通

当麻図幅は, 北緯 43ド40'~43°50', 東経 142°30'~142°45' の範囲にあり, 北海道のほぼ中央部に位置している。 行政区画の上では, 北東から南西へ, 上川町, 愛別町, 当麻町, 東旭川町, 東川町, 東神楽 ひがしかぐら 村の順に配置している。 これらのうち, 東旭川町と東川町とは, 最近 旭川市と合併している。

図幅地域のうち, 西側は上川盆地につらなる平坦地であり, 東側は大雪火山から張出す山地になっている。 そのために, 西側の地域には交通網が良く発達しているが, 東側の地域には, おもに河川ぞいの道路を除くと, 交通網の発達が良くない。 重要な交通路線としては, 安足間 あんたろま から 愛山渓 あいざんけい 温泉, 当麻町から 開明 かいめい の鐘乳洞, 旭川市から東旭川町, および同市から 中忠別 なかちゅうべつ をへて 天人峡 てんにんきょう 温泉, などへ至るバス路線が開設されている。 また, 国鉄石北線が当麻を通っており, さらに, 旭川市から中忠別までは電車が通じている。 なお, 東旭川町および東川町, あるいは安足問からは, 大雪山への登山道路が通じている。

II. 地形

当麻図幅地域の地形を概観すると, 大まかに, それぞれ特徴を異にする三つの地形区にわけることができる。 すなわち, 1) 山地地域, 2) 台地地域, 3) 平地地域, などである。

1) 山地地域

これは, 図幅地域の大半をしめ, 大部分が鮮新世の火山岩から, 一部分が日高累層群からなりたっている。 火山岩山地は, 地形上では, 大雪火山の山麓部に相当し, わりあいなだらかな山地を形成している。 しかし, かなり浸食作用が進んでおり, 小さな起伏にとんでいるが, なお, 山陵部に熔岩台地とみられる平坦面が残されている。 ここには, 南東端部の 1,247 m の山を最高として, 米飯 ぺーぱん 山(919.9 m), 安足問 あんたろま 山(851.0 m), 上米飯 かみぺーぱん 山(623.1 m), などの山々が分布している。 日高累層群のつくる山地は, 図幅地域の西部, および中央北端部に発達している。 この山地は, かなり急な斜面を形成しており, とくに, 黒岩山(461.9 m)などでは切立った尾根をつくっている。

2) 台地地域

台地地域は, 第四紀更新世の熔結凝灰岩や段丘堆積物などからつくられている。 図幅地域の北東部および南東部のほか, おもな河川の流域にそって発達している。

3) 平地地域

平地地域は, 上川盆地の一部を構成しているもので, 氾濫源堆積物からつくられている。

おもな水系は, 北東から南西にかけて, 安足間川, 朱別川 [ ← 牛朱別川 ? ] , 米飯川, 倉沼川, 忠別川の順に配置している。 これらの各河川のうち, 安足間川と忠別川は, 大雪火山の山頂付近を源にしているが, この図幅地域には中流の一部しかふくまれていない。

III. 地質概説

当麻図幅地域の地質構成は, 第 1 表にしめしたようなものである。

第 1 表

時代 地層 岩相 備考
第四紀 現世 氾濫源堆積物 粘土, 砂, 礫, 火山灰 ↓ 流紋岩
崖錐堆積物 礫, 砂, 粘土
更新世 段丘堆積物 礫, 砂, 粘土
層雲峡溶結凝灰岩 含角閃石, 石英安山岩質溶結凝灰岩
十勝
溶結凝灰岩
安足間川
溶結凝灰岩
流紋岩質溶結凝灰岩
新第三紀 鮮新世 米飯山熔岩 普通輝石紫蘇輝石安山岩 ↓ 玄武岩
石渡集塊岩 普通輝石紫蘇輝石安山岩質集塊岩
中新世 プロピライト熔岩 普通輝石安山岩質プロピライト ↓ 構造運動
白亜紀 未分離白亜系 頁岩, 砂岩 (凝灰岩をはさむ) ↓ 蛇紋岩
先白亜紀 日高塁層群 当麻層 頁岩, 砂岩, チャート, スピライト質岩類
愛別層 粘板岩 (砂岩の薄層をはさむ)

先白堊紀の日高累層群は, この地域の基盤を構成するもので, 図幅の北部地域から西部地域にかけて分布している。 この地域の日高累層群は, 下部の愛別層と上部の当麻層との二つの地層にわけることができる。 愛別層は, 図幅地域の北端部にわずかに分布し, おもに黒色粘板岩からなりたっている。 当麻層は, 愛別層の西側に分布し, この地域の累層群の大部分をしめている。 この地層は, おもに, 頁岩, チャート, スピライト質岩類からなりたっている。 日高累層群は, 西側の地域では, ほぼ NS の走向をしめすが, 東側の地域では, N 10°W から N 70°W までといちじるしく変化している。 なお, 当麻層の分布地域には, この地層中に迸入している蛇紋岩の小岩体がみとめられる。

未分離白堊系とした開明層は, 図幅地域の北部の愛別図幅との境界付近に, 当麻層の間にはさまれた形で, 小範囲に分布している。 当麻層との関係は, 東側は断層で接しているが, 西側は明らかでない。 この地層は, おもに, 頁岩と砂岩からなりたっており, 凝灰岩の薄層をはさんでいる。

これまで説明してきた地層をおおって, 大きな時代間隙をおいて, 新第三紀の火山岩類が広く分布している。 これらのうちで, 中新世に属するものはプロピライト熔岩だけで, ほかは,鮮新世のものと考えられる。

プロピライト熔岩は, 米飯川の上流地域, 安足間川の上流の西側地域, および図幅南東端部に, 小さな分布がみとめられる。 この熔岩は, 粘士化, 珪化, 黄鉄鉱鉱染などの, いちじるしい鉱化変質をうけている。

鮮新世の火山岩類としては, 玄武岩, 流紋岩, 石渡集塊岩, および, 米飯山熔岩などがある。 米飯山熔岩をのぞくと, ほかはすべて小規模にしか分布していない。 米飯山熔岩は, この図幅地域の大半をしめている。 いわゆる板状熔岩とよばれる普通輝石紫蘇輝石安山岩で, 大雪 - 十勝火山群の先駆的火山で活動の産物と考えられる。

第四系としては, 更新世の熔結凝灰岩類と段丘堆積物, および, 現世の崖錐堆積と氾濫源堆積物などが区別される。

熔結凝灰岩は, 分布位置や岩質の差から, いちおう, 十勝熔結凝灰岩, 安足間川熔結凝灰岩, 層雲峡熔結凝灰岩などの, 三つの岩層にわけられる。 これらのうちの前二者は, 岩質の点でひじょうに酷似しており, 同時期の噴出物である可能性がある。 段丘堆積物は, おもな河川の流域に, 10 m 内外の比高の平坦面をつくって, 小規模に発達している。 崖錐堆積物は, 山地と平地との間に, 緩斜面をつくって発達している。 氾濫源堆積物は, 各河川の流域から上川盆地にかけて, わりあい広く発達している。

IV. 先白堊系(日高累層群)

先白堊紀の日高累層群は, この図幅地域の基盤をつくっているもので, 下部の愛別層と上部の当麻層の二層にわけられる。 日高累層群は, 標式地の日高山脈中部地域では, 下位から上位へ, 中の川層群, 神威層群, および, 空知層群の3層群に区分されている。 この地域のものは, 後でのべる岩相から推察すると, 愛別層は神威層群の一部に, そして, 当麻層は空知層群の一部に, それぞれ対比できそうである。

IV.1 愛別居(Ab)

この地層は, 北へ隣接する愛別図幅地域にはわりあい広く分布しているが, この図幅地域には, その南端部のごく一部しか分布していない。 分布範囲がせまいことと露出が悪いために, 層序や地質構造は明らかでない。

断片的な露出から推察すると, この地層は, おもに粘板岩からなりたっており, 砂岩, 粘板岩の薄互層をはさんでいる。 この互層のしめす層理面は, NS・30°E の走向・傾斜をもっているが, 粘板岩に発達するへき開面は, N 50~70°W・25~40°NE の走向・傾斜をしめしている。 このような事実は, 粘板岩のへき開形成が層理をこわしながら進んだことをしめすものとおもわれる。 また, この中には, N 10°W・40°NE の断層がみとめられる。 おそらく, この地層は, 全体がいちじるしい擾乱をうけているのであろう。

この地層と西側に分布する当麻層とは, N 40°W 方向の断層で接している。

IV.2 当麻層(Tr, Tc, Tm, Tls)

この地層は, 愛別層の西側地域に分布しているが, 中央部付近が未分離白堊系や米飯山熔岩, および, その他の地層におおわれているために, 東西二つの部分にわかれている。 この地層も, 全般に露出が不良なので, 詳細な内容はあまり明らかでない。

東側に分布するものは, さらに, 地質構造を異にする, 二つの部分にわけられる。 一つは, 当麻鍾乳洞の周辺地域に発達するもので, 地層の一般的走向・傾斜は N 45~60°W・20~40°NE をしめす。 他の一つは, この南部の 椴山 とどやま 周辺に発達するもので, N 15°W・35°W の走向・傾斜をしめす。

西側に分布するものは, 当麻市街の北東部から黒岩山をへて, 岐登牛山 きとうしやま へいたる地域をしめ, 分布方向にほぼ平行な南北性の走向をしめしている。 しかし, 傾斜は 40~60°W から 65°E というように変化し, 南北性の褶曲軸が存在する可能性がある。

なお, 当麻層の分布状態や構造からみて, N 60°W や N 60°E 方向の断層が伏在していることが予想される。

当麻層は, 頁岩, 砂岩, チャート, 石灰岩, スピライト質岩類, などのいろいろな岩相からなりたっている。 これらの層序関係については, 明らかでないので, 地質図上では岩相図として表現した。

第 1 図 当麻層をつくる頁岩

頁岩は, この地層中でもっとも多いもので, しばしば, 砂岩の薄層をはさんでいる。 また, 部分的に, いちじるしく粘板岩化作用をうけているところがある。

砂岩は, 黒色ないし暗灰色を呈する硬砂岩質のもので, わずかしかみとめられない。

石灰石は, 当麻鍾乳洞付近と椴山付近に, レンズ状の岩体をつくって発達している。 一般に小規模である。 なお, これについては, 後章で難しく説明する。

チャートは, 赤色と緑色のものがあるが, 前者が大部分をしめている。 3~5 cm ていどの縞状の層理面が発達し, しばしば, 輝緑岩質凝灰岩と瓦層している。 また, 赤色チャートの一部には, いわゆるマンガンやけのみられるものがある。

スピライト質岩類として取扱ったものには, 正規スピライトと細粒および中粒輝緑岩, および, 輝緑岩質凝灰岩などがある。

正規スピライトは, おもに, 西側の地域に発達している。 とくに, 米飯川下流の大曲付近には, 暗赤褐色を呈する典型的な枕状熔岩が発達している。 ここには, 長径約 1 m, 短径約 70 cm の回転楕円体をつみ重ねたような枕状構造をしめす露出がみられる。

第 2 図 当麻層中の止規スピライト(バリオティック組織をしめている)

この岩石を, けんび鏡下で観察すれば, つぎのようである。

細粒の針状ないし長柱状曹長石がバリオリティック組織をしめし, この間を, 緑泥石や粉状赤鉄鉱がうずめている。 また, 完全に緑泥石によって置換されている斜長石斑晶とみられるものが, 若干みとめられる。

細粒および中粒輝緑岩は, この地層内の各処に分布している。 全般に破砕されており, それにともなって方解石脈が発達していることのために, 産出形態を明らかにすることは困難である。 しかし, 細粒輝緑岩の一部には, 枕状構造を残しているものがみとめられる。

細粒輝緑岩をけんび鏡下で観察すれば, つぎのようである。

細粒の曹長石(長径 0.4~0.6 mm)と 粒状の普通輝石(0.05~0.02 mm)がサブオフィティックに組合い, これらの間に緑泥石が発達している。 ときには, 少量の汚れた斜長石斑晶がみとめられることがある。 全体に, チリ状の微細なチタン石や不透明鉱物が散在しており, また, 多量の緑れん石が形成されているものがある。

中粒輝緑岩では, 大体つぎのようである。

やや粗粒の曹長石(長径 0.5~1.0 mm)と普通輝石(長径 0.5 mm 内外)とが オフィティックあるいはサブオフィティック組織をしめしている。 これらの鉱物は, いちじるしく緑泥石化しており, さらに, 普通輝石には外形を残したままチリ状物質に置換されているものがみとめられる。 また, 石英 - ぶどう石の細脈の発達しているものがある。

輝緑岩質凝灰岩は, チャートと互層したり, スピライト質岩とともないあったりして分布している。 これには, ラミナの発達した細粒の凝灰岩相や, スピライト質岩の角礫を多量にふくむ凝灰角礫岩相などがみとめられる。

なお, 地質図にはしめしてないが, 蛇紋岩体の周辺には, スピライト質岩類の準片岩化しているものがみとめられる。

V. 未分離白堊系( 開明 かいめい 層)(Km)

未分離白堊系とした開明層は, 図幅北端部の熊の沢の下流付近から西側にかけてのせまい範囲に分布している。 この地層は, 当麻層と接する東側は, N 15~30°W・55°NE の走向・傾斜をしめす断層で境されているが, 両側は, 露出が不良のため明らかでない。

この地層の走向・傾斜は, N 20°W・65°SW であり, 単斜構造をしめしているようである。 当麻層と接する付近は, 暗灰色を呈し, 幅約 50 m のひじょうに粗粒の砂岩からなりたっている。 この西側, つまり, 上部は, おもに頁岩からなりたっているが, 間に青灰色の硬質の中粒ないし粗粒の砂岩をはさんでいる。 また, このほかに, 白色の凝灰岩をもはさんでおり, さらに, 径 50 cm ほどの石灰質団塊をふくんでいる。

このような岩相上の特徴から推測すると, 中部えぞ層群に対比される可能性が大きい。 しかし, 現在までのところ, この地層からは全く化石が見出されていないので, いちおう未分離白堊系として取扱った。

VI. 蛇紋岩(Sp)

蛇紋岩は, 当麻鍾乳洞の南側, および黒岩山の北方の地域に, 当麻層を貫ぬく小規模な岩体として分布している。

鍾乳洞の南側に分布するものは, 幅 10~50 m ほどのレンズ状体として産し, 北に隣接する愛別図幅地域のものと同じ構造線上に位置する可能性がある。 この蛇紋岩は, 中心部が塊状で, 周辺部が葉片状になっている。

黒岩山北方のものは, 全体が葉片状化し, 一部は粘土状になっている。

塊状の蛇紋岩には, 絹布石 けんぷせき [ Bastite ] が多くみとめられ, 明らかに, 輝石かんらん岩起源であることをしめしている。

けんび鏡下での観察によれば, つぎのようである。

おもに, かんらん石の仮象を残す 板温石 ばんおんせき [ Antigorite ] と, これを不規則な脈状に貫ぬく 温石綿 おんせきめん [ Chrysotile (Asbestos) ] からなりたっており, この間に, 斑状の絹布石が散在している。 また, 少量の褐色を呈するクロム尖晶石がともなわれている。 一部のものには, かんらん石や頑火輝石を残しているものがある。

VII. 新第三系

新第三紀に属するものは, すべて火山噴出物で, 正常堆積物は分布していない。 これらは, 中新世のプロピライト熔岩のほかは, 鮮新世のものである。

VII.1 プロピライト熔岩(Pp)

プロピライト熔岩は, 米飯川の上流地域, 安足間川上流西側の流域, および, 図幅の南東端付近に分布している。 この熔岩は, 広く米飯山熔岩におおわれているために, 河川にそうせまい範囲にしか露出がみとめられない。

全般に鉱化作用をうけており, いちじるしく珪化あるいは粘土化などの変質をうけている。 やや変質の弱いものでは, 暗緑色ないし淡灰緑色を呈し, 普通輝石紫蘇輝石安山岩質の岩石が原岩になっているようである。 しかし, 有色鉱物のほとんど大部分が緑泥石に変えられているために, あまり明らかでない。

この岩石をけんび鏡下で観察すれば, つぎのようである。

斑晶は, 斜長石だけである。 斜長石は, 累帯構造のけんちょな板状結晶で, いちじるしく緑泥石化している。

石基は, 細粒の柱状斜長石と, 斜長石や輝石類を置換したとみられる緑泥石, および, これらの間をうずめる微珪長質鉱物と緑泥石などからなりたっている。 ごくわずかではあるが, 細粒の柱状紫蘇輝石が残存している。 また, これらの間には, 不規則な粒状からチリ状の不透明鉱物が散点している。

VII.2 玄武岩(Ba)

玄武岩は, 米飯川中流の南側に, わずかに分布しているにすぎない。 上部が米飯山熔岩におおわれており, 露出が断片的なために, 産出形態は明らかでない。

優黒色のち密堅硬な岩質をしめす。

この岩石を, けんび鏡下で観察すれば, つぎのようである。

斑晶として, 柱状の斜長石と普通輝石を少量ふくみ, また, かんらん石をふくむものがある。

石基は, 細粒の柱状斜長石と粒状普通輝石とからなり, サブオフィティックあるいはインターグラニュラー組織をしめす。 また, これらの間には, 粒状の磁鉄鉱が散点している。

VII.3 石渡 いしわたり 集塊岩(Ag)

石渡集塊岩は, 朱別川 [ ← 牛朱別川 ? ] 流域の米飯山熔岩の下部に, 小規模に発達している。 この集塊岩は, あるいは, 米飯山熔岩の下部を構成するものかもしれないが, 関係が正碓に観察できないので, いちおう, この図幅では区別した。

この集塊岩は, おもに, 集塊凝灰岩からなりたっているが, 部分的には, 角礫凝灰岩をともなっている。 ふくまれている角礫は, 普通輝石紫蘇輝石安山岩であり, 小指大から人頭大までの, いろいろな大きさのものである。 また, 場所によっては, 多量の浮石をふくんでいる。 これらの間をうずめているのは, やや黄褐色を呈する粗粒な凝灰岩である。

なお, 安山岩角礫には, 緑色角閃石をふくむものもみとめられる。 この点から考えると, 隣接 愛別図幅の 班渓川 ぱんけがわ 集塊岩・角礫凝灰岩層に対比される可能性がある。

VII.4 米飯山 ぺーぱんやま 熔岩(Ad)

米飯山熔岩は, この図幅地域のほぼ半分近くの面積をおおって, 広範に分布している。 さらに, [ 東に ] 隣接する大雪山図幅および, [ 南に隣接する ] 志比内地域内にも拡がっている。 きわめて膨大な量の熔岩をつくっており, おそらく, 何枚かの熔岩流からなりたっているものとおもわれる。 しかし, 全般に露出がよくないので, これらを区別することは困難である。

この熔岩は, いわゆる板状あるいは層状熔岩(Platy Lava)とよばれているタイプのものである。 噴出時期は, 一般に, 第三紀未ないしは第四紀初頭と考えられているようであるが, 正確にはわかっていない。 この地域では, 第四紀の熔結凝灰岩類におおわれていることが明らかになっているが, 時代決定は困難である。 しかし, 少なくとも, 第四紀の火山形成に先立って行なわれた, 大規模な火山活動の産物であることは確かである。

この熔岩は, 熔岩流によって形成される熔岩台地とよばれる平坦面を部分的に残してはいるが, 全般に, いちじるしく侵蝕されている。

米飯山熔岩は, 普通輝石紫蘇輝石安山岩で, 全般に, いちじるしい板状節理の発達していることが特徴である。 この節理面の間隔は, 一般に, 5 cm 内外であるが, 10 cm あるいはそれ以上のものもみとめられる。

暗灰色ないし黒色を呈するち密な岩石であるが, 変質されて赤色化しているものがある。 また, 0.5~1.0 cm ていどの大きさの斜長石斑晶を多数ふくんでいる。

第 3 図 米飯山熔岩

この岩石をけんび鏡下で観察すれば, つぎのようである。

斑晶として, 多量の斜長石と, 少量の輝石類(紫蘇輝石 > 普通輝石)とがふくまれている。 斜長石は, 板状ないし柱状の自形あるいは半自形結晶として産し, しばしば, 大型の集斑晶を形成している。 紫蘇輝石は柱状の自形結晶として, 普通輝石は板状の自形あるいは半自形結晶として, それぞれふくまれている。

石基は, ハイアロピリティック組織をしめし, 細粒の斜長石, 輝石, 磁鉄鉱とガラスからなりたっている。 この斜長石は, 流理面にそって, 方向配列している。

VII.5 流紋岩(Ry)

流紋岩は, 図幅地域の南部, 倉沼川の流域に, 十勝熔結凝灰岩におおわれて, 小規模の分布をしめしている。 米飯山熔岩との関係は, 明確でないが, おそらくは, 熔岩流としておおっているものと推定される。 したがって, あるいは, 第四紀のものとして取扱った方がよいかもしれない。 これと同質の流紋岩は, 隣接 志比内図幅や [ 南西に隣接する ] 美瑛図幅地域にも分布している。 美瑛図幅では, この岩石の噴出時期は明らかにされていないが, 志比内図幅地域内においては, あるいは, 明らかにされるかもしれない。

この岩石は, 暗桃褐色を呈する, ち密堅硬な岩質をしめし, わりあい規則正しい立方状の節理系が発達している。 とくに, 岩体全般をつうじて, やや大型の斜長石斑晶がふくまれているのが特徴である。

けんび鏡下での観察によれば, つぎのようである。

斑晶としては, 多量の板状あるいは柱長の斜長石のほかに, ごく少量の石英や紫蘇輝石がみとめられる。 石英は, わずかに熔蝕されている。

石基は, けんちょな流理構造をつくって配列する球顆からなりたっている。 この間には, 不規則に微珪長質組織が発達している。

VIII. 第四系

第四系に属するものとしては, 更新世の熔結凝灰岩類と段丘堆積物, および, 現世の崖錐堆積物と氾濫源堆積物, などが区別できる。

VIII.1 安足間川 あんたろまがわ 熔結凝灰岩(Aw)

安足間川熔結凝灰岩は, 東側の隣接大雪山図幅の大雪山の北部地域から, 安足間川および石狩川にそって, 北側に隣接の愛別図幅地域を横断し, 当麻市街の北東部まで拡がっている。 この図幅地域には, この一部にあたるものが, 安足間川流域や当麻市街北東部に分布している。 分布形態から推測すれば, この熔結凝灰岩の噴出源は, 大雪山の北部地域にあるのではないかとおもわれる。 一方, 後でのべる十勝熔結凝灰岩と, ひじょうに岩質が酷似しており, 両者は同時期の噴出物である可能性が大きい。

この熔結凝灰岩は, 明らかに, 米飯山熔岩の侵蝕によって形成された凹地をうずめている。 かなり起伏にとんではいるが, なお, 平坦な台地地形を残している。

岩質は, 黒雲母と石英を特徴的にふくむ流紋岩質熔結凝灰岩で, わりあい, 岩相変化がいちじるしい。

安足間川流域に分布するものは, 下部に熔岩状の岩相が発達している。 この岩相は, 下位のプロピライト熔岩との接触部付近に発達しており, 5 m 内外の厚さをしめす。 この岩相は, 暗灰色を呈し, 流理面に平行な板状節理と, これを切る不規則な節理がみられ, また, レンズ状の黒曜石をはさんでいる。 この岩相の上部には, 典型的な熔結凝灰岩が, 100 m 内外の厚さで乗っている。 これら両岩相は, 明らかに, 漸移関係をしめしている。 上部の岩相は, 灰色あるいは灰白色を呈し, 板状節理が発達している。 この岩相のものは, 下部のものに比較してやや軟質であり, ざらざらの石肌をしめしている。

当麻市街の北東部に分布するものは, 火山灰質ないしは浮石質になっている。 これは, この熔結凝灰岩の末端にあたるためであると考えられる。

上部の典型的な熔結凝灰岩をけんび鏡下で観察すれば, つぎのようである。

斑晶として, 石英 > 斜長石 > 黒雲母をふくみ, そのほかに, ごく少量の緑色角閃石, ときには紫蘇輝石や普通輝石などもみとめられる。

石基は, ひじょうに熔結作用が進み, けんちょな流理構造をしめしている。 また, 粘板岩, 砂岩, 輝緑岩などの捕獲岩片をふくんでいる。

VIII.2 十勝熔結凝灰岩(Tw)

十勝熔結凝灰岩は, 米飯川流域から南西側に, 平坦な台地をつくって分布している。 この熔結凝灰岩は, 十勝岳の周辺地域から, 南側に隣接の志比内図幅にかけて広範囲に分布しているもので, この図幅地域のものは, その末端部付近にあたるものである。 米飯川流域に分布するものは, 南北両側とも米飯山熔岩のつくる山地になっており, 細長い谷間をうずめたような形になっている。 したがって, 熔結凝灰岩が火山活動による, 熔岩様の一種の流出作用によって形成されるものだとするならば, 米飯川に分布するものを十勝熔結凝灰岩と連続するものとみなすことは無理なようである。 なぜならば, 米飯山熔岩のつくる高い山地をこしてこなければならないからである。 といって, 安足間川のものとの関係においても, にたような条件がある。 このようなことから考えてみると, 米飯山熔岩をふくむ板状熔岩噴出後のある時期 [ 以下の [注] 参照 ] に, 十勝 - 大雪にかけての構造線にそって, 何ヵ所かで大規模な熔結凝灰岩の噴出が行なわれたのではなかろうかと推察される。 これについては, 今後の詳細な検討が必要であるとおもわれる。

[注]
大雪山図幅では, 大雪火山の外輪山熔岩の後に, 安足間熔結凝灰岩の噴出が行なわれたとされている。

この熔結凝灰岩は, まえにのべたように, 安足間川のものと, よくにた黒雲母と石英を多くふくむ流紋岩質の岩石からなりたっている。 一般に, 灰色あるいは灰白色を呈し, ざらざらした石肌をもった, 板状節理の発達した岩石である。 しかし, あまり堅硬なものはみとめられない。 また, この中にはレンズ状に黒曜石をはさんでいる。

第 4 図 十勝熔結凝灰岩

けんび鏡下では, 斑晶として, 斜長石 < 石英 > 黒雲母をふくみ, ときには, ごくわずかの紫蘇輝石がめとめられる。

石基は, ひじょうに熔結作用が進んだ褐色がかったガラスからなりたっており, しばしば, この中には球顆が形成されている。 また, スピライトの捕獲岩片をふくんでいるものがある。

VIII.3 層雲峡熔結凝灰岩(Sw) [ 以下の [注] 参照 ]

[注]
詳しくは, 大雪山図幅を参照されたい。

層雲峡熔結凝灰岩は, 図幅北東部に, 安足間川端結凝灰岩をおおって, わずかに分布している。 この熔結凝灰岩は, 隣接 大雪山図幅地域に広く発進しており, この図幅地域のものは, そのほんの一部にすぎない。 この熔結凝灰岩は, 安足間川熔結凝灰岩が侵蝕されてできた凹地をうずめて流出している。 その噴出時期については, この図幅地域では明らかでないが, 大雪山図幅においては, 更新世未と考えられている。

灰山色を呈し, 角閃石を特微的にふくむ石英安山岩質の熔結凝灰岩である。 安足間川熔結凝灰岩に比較してかなり軟質であり, 間隔の広い柱状節理が発逹している。

VIII.4 段丘堆積物(Tr)

図幅地域の西側のおもな河川の流域には, 比高 10~15 m ほどの平坦面をつくって, 小規模な段丘堆積物が発達している。 この段丘堆積物は, 明らかに, 安足間川および十勝熔結凝灰岩をおおっている。 隣接 大雪山図幅地域では, この段丘堆積物が層雲峡熔結凝灰岩をも, おおっていることがしられている。

堆積物は, おもに礫層から構成されており, 少量の砂や粘土をともなっている。 ときには, ロームをはさんでいることがある。 礫は, 拳大から人頭大ていどで, 安山岩やチャートなどが圧倒的に多い。

VIII.5 崖錐堆積物(Tu)

日高累層群や米飯山熔岩の分布地域の斜面上に発達している。 構成物は, 背後山地から供給されている大小の岩屑がおもで, ほかに, 粘土, 砂などをふくんでいる。

VIII.6 氾濫原堆積物(Al)

図幅地域の西側に, わりあい広く発達している。 堆積物は, 砂礫, 粘土から構成され, 部分的に火山灰をふくんでいる。

IX. 応用地質

IX.1 石灰石鉱床(Ls)

この図幅地域の日高累層群の当麻層中には, 小規模な石灰石鉱床が胚胎している。 これらのうち, 当麻鍾乳洞をふくむ鉱床は, 現在稼行されている。

当麻石灰石鉱山(当麻石灰工業株式会社)

この石灰石鉱体は, 当麻駅の東方約 9 km の地点にあり, 工場は当麻駅の北東約 1 km の市街地にある。 工場と山元間は約 8.9 km で, 山元から工場までの原石はトラックで運搬している。

この石灰石の発見の時期は明らかでないが, かなり以前からしられていたようである。 しかし, 旧陸軍の演習用地であったために開発されずに放置されていた。 第二次大戦後, 同地が開拓地として開放されるにおよび, 地元で炭酸カルシウム肥料として開発しようという気運がもりあがり, 昭和 28 年 6 月から採掘をはじめた。 当初は, 比布 山崎工場に原石を出荷していたが, 昭和 30 年 10 月からは, 山崎工場をゆずりうけ, 現在地に移設して製造を開始した。 昭和 32 年 2 月に, 鍾乳洞を発見したために, 同年 6 月から, 切羽を東側の現在の位置に移した。 この間に, 約 30,000 トンを採掘している。 昭和 36 年 11 月に, 鍾乳洞が天然記念物の指定をうけたため, 石灰石鉱床の大部分は採掘不能となった。 それでも, 切羽の移行後から現在までの間に, 約 40,000 トンの採掘を行なっている。 現在は, 年間, 6,000~7,000 トンほど生産している。

石灰石鉱床は, 当麻層を構成する, 頁岩・砂岩の互層中に, 層状に胚胎している。 現在, 稼行中の鉱体は, 三の沢鉱体とよばれているものである。 この鉱体は, ほぼ N 40~45°W の延長方向をしめし, ほぼ 200 m が確認されている。 しかし, 天然記念物指定区域境界線までは 100 m しかない。 切羽付近の剥土部分の観察によれば, 上下二層にわけることができる。 上部層は, 約 65 m の厚さをもち, 輝緑岩質凝灰岩, 剥理性をしめす頁岩, 石灰質砂岩などの來雑物が, 石灰石とひじょうに不規則な境界をもって互層している。 下部層は, 50 m あまりの厚さをもち, ほとんど來雑物をはさまない塊状の石灰石だけからなりたっている。 上部層は, 切羽の東側では N 40°W・30~80°NE, 中央では EW~N 70°E・40~50°NW, 西側では N 35°W~N 40°E・30~80°NE または SW, の走向・傾斜をしめしている。 下部層は,鉱石積込面から約 5~10 m の高さまでしか露出していない。 しかも, 切羽の進行方向(N 40~45°W)に向って, 上部層と下部層との境界面は下がってゆく傾向がみとめられる。 現在, 鉱石の採掘が行なわれているのは, もっぱら, この下部層の石灰石である。

鉱量は, 天然記念物の指定をうける以前には, 約 90 万トンと算定されている。 しかし, この指定によって, 大幅に影響をうけているとみられる。

品質は, ところによって, かなり差異がある。 良質のものは, 灰白色ないし暗灰色を呈しており, 不良のものは, 乳白色を呈し, 珪質で硬質である。 一般に, 非晶質であるが, ときには, 微晶質あるいは結晶質の部分もみとめられる。 分析結果は, 第 2 表のとおりである。

第 2 表 (北海道大学工学部の八戸光雄が分析)

CaO(%) SiO2(%) Fe2O3 + Al2O3(%) Ig.loss(%)
56.29 0.57 0.29 42.89
55.60 0.51 0.35 43.21

三の沢大理石

当麻石灰石鉱山の現採掘場に近接した位置に, 淡褐色ないし淡紅色を呈する, 美麗な大理石の露頭がある。 過去に, 若干 工芸用として採掘されたことがあるが鉱量は, 約 2,000~3,000 トンほどで, きわめて小さい。

椴山 とどやま の石灰石

石渡川の中流の椴山付近には, 頁岩の間に小規模な石灰石鉱床が若干 分布している。 一般に, 石英のレンズをふくむために低品位である。 また, 良質のものでも, せいぜい 5 m ほどの厚さしかないために, 稼行対象にはならない。 良質のものの分析結果は, CaO : 54.18 %, MgO : 0.04 %, R2O3 : 0.45 % である。

IX.2 輝水鉛鉱鉱床

音の沢鉱山

音の沢鉱山は, 旭川駅の東方約 26 km, 東旭川町 瑞穂 [ ← 図幅地域の中央やや東南 ] にある。

輝水鉛鉱 [ molybdenite ; モリブデンの硫化鉱物 ] を産したこの鉱山付近は, 第2次大戦中は, 水銀を目的として広く探鉱されている。 昭和 29 年に, 沢田芳蔵が試掘権をえて地表探鉱を行なっているさいに, 輝水鉛鉱が見出された。

鉱山付近にはプロピライトが発達しており, 広範に粘士化と黄鉄鉱の鉱染が行なわれている。 一見, その様相は, 黒鉱鉱床や水銀鉱床付近にみられる変質に類似している。

鉱床の露頭は, 米飯川本流およびその支流ぞいに, 数ヵ所みとめられる。 これらの露頭は, いずれも, 周辺がいちじるしく粘土化あるいは珪化しており, また, 褐鉄鉱の焼けがみとめられる。 露頭には, 黄鉄鉱 - 石英(少量の閃亜鉛鉱・方鉛鉱をともなうこともある), または, 黄鉄鉱 - 粘土鉱物から構成されている脈や網状脈が発達している。 ところによっては, いちじるしく珪化し, 大規模な鉱脈状のものもみとめられる。 これらのうち, 輝水鉛鉱をふくむ脈は, 大沼とララシュマナイ沢 [ どちらも位置不明 ] にはさまれた米飯川本流ぞいにみられるだけである。 ここには, 含輝水鉛鉱 - 黄鉄鉱 - 石英 - 粘土脈が発達している。 この脈は, 幅約 50 cm, 走向 N 30°E, 傾斜 80°NW である。 この粘土脈の下盤ぞいには, 2~3 cm ほどの幅の石英質の部分が, 脈を縁どるように並走している。 この石英質の部分の中央部に, 肉眼では暗灰色の「すじ」のようになった, 2~3 mm ほどの厚さの輝水鉛鉱がみとめられる。 反射顕微鏡下では, 長さ 0.002 mm ていどの, 毛状ないし鱗片状結晶をつくっているのが解る。 この輝水鉛鉱は, 粘土脈の一部の珪質部内で, 黄鉄鉱をおおう最終晶出鉱物として産する。

IX.3 水銀鉱床( 米飯 ペーパン 水銀鉱山)

この鉱山の水銀鉱床は, 東旭川町 瑞穂にある。

第 5 図 ペーパン水銀鉱山 採掘跡

この水銀鉱床は, 昭和 22 年に発見され, 昭和 28 年に, 瑞穂鉱業株式会社の手に移ってから, はじめて探鉱が行なわれた。 昭和 29 年 3 月には, 露頭下部に向って探鉱坑道が開さくされ, 約 16 m で着鉱(Hg : 0.3~1.0 % ていど)している。 また, その上部の露頭部の剥土も行なわれている。 その後, 野村鉱業株式会社の手にうつり, 一時探鉱されたが, 現在は休業中である。

鉱床は, プロピライト中の剪断帯に胚胎した辰砂の網状脈である。 露頭でみとめられる鉱化帯の幅は約 2 m で, この間に, 数本の辰砂の細脈が発達し, 平均品位は, Hg : 0.3~0.4 % ていど見込まれている。 鉱化帯ののびの方向は, ほぼ東西に近く, 5 m ていどの延長しか確認されていない。 なお, この鉱床の下方の緩斜面上には, 広い範囲にわたって, 辰砂の漂砂鉱床(粗鉱量 1,500 トン, 品位 Hg : 0.1 %)が発達している。

IX.4 石材

旭川市の周辺地域には, 土木用骨材になる良質の石材があまり分布していないとされている。 当麻町で, 現在 道路の敷石として使用しているものは, 当麻層中の赤色チャートである。 しかし, この岩石は, ひじょうに堅いが, 反面もろくて, あまり良質とはいえない。 この点からみると, この図幅地域に広く分布している, 米飯山熔岩を利用することを考えた方がよい。 採掘条件からみて, 朱別川 [ ← 牛朱別川 ? ] と石渡川との合流点から, 石渡川ぞいに 4 km ほどの地点, および, 米飯川ぞいの米原の北方の岩山 [ ← 上米飯山の西方 2 km ] 付近などが, 地理的に好条件であるとおもわれる。

なお, コンクリート骨材として使用するばあいは, この熔岩に発達する板状節理のために, 扁平な破片になり易いということがあるかもしれないので, 骨材試験を行なう必要がある。 しかし, 道路の切込み砂利として使用するばあいは, あまり問題はないとおもわれる。

IX.5 当麻 鍾乳洞( 蝦夷蟠竜洞 えぞばんりゅうどう

この鍾乳洞は, まえにふれたように, 当麻石灰工業株式会社によって昭和 32 年に発見され, 昭和 36 年 11 月には天然記念物の指定をうけている。

鍾乳洞の形態は, 第 6 図にしめしたように, かなり小規模である。 現在まで確認されている範囲では, 上・中・下の三つの洞穴からなりたっている。

第 6 図 当麻鍾乳洞の形態

洞穴内には, 管状鍾乳石(鐘乳管), 石筍, 天幕状鍾乳石などがみとめられている。

鍾乳石は, 最大のもので, 太さ 50 cm ていどで, 一般に 10 cm 以下のものが多い。 これらは, わりあい結晶度が高く, 透明あるいは半透明である。 また, 構成結晶粒の集合状態に, 規則性が認められるという特徴をもっている。

第 7 図 当麻鐘乳洞の鍾乳石

現在, この鍾乳洞は, 観光用に開放されている。

参考文献

1) 土居繁雄 :
石狩国当麻村開明付近の石灰石, 北海道地下資源調査報告,No.6, 1952
2) 藤原哲夫・庄谷幸夫 :
5万分の1愛別図幅説明書, 北海道立地下資源調査所, 1964
3) 後藤優 :
北海道上川郡当麻村エゾ蟠竜洞の鍾乳石について, 原田準平教授還暦記念論文集, 1958
4) 石橋正夫・原達郎 :
旭川市東方の音ノ沢水鉛鉱床について, 北地要報,No.29, 1955
5) 国府谷盛明・外 :
5万分の1大雪山図幅, 印刷中, 1966
6) 松井公平・外 :
5万分の1志比内図幅, 調査中, 1967
7) 斎藤昌之 :
ペーパン水銀鉱山概査報告, 未公表資料, 1954
8) 鈴木守・渡辺順・春日井昭 :
5万分の1美瑛図幅説明書, 北海道開発庁, 1964

EXPLANATORY TEXT OF THE GEOLOGICAL MAP OF JAPAN (Scale 1 : 50,000)

TŌMA

(Abashiri 42)

By Mamoru Suzuki, Tetsuo Fujiwara & Hiroshi Asai


Résumé

The Tôma sheet covers an area from 43°40' N to 43°50' N latitude and from 142°30' E to 142°45' E longitude. It is situated at the boundary area between the Kamikawa basin and Taisetsu volcano, in the central part of Hokkaido.

The area, generally, is divided topographically into three parts as follows :

  1. A mountainous area of the pre-Cretaceus formations and the Neogene volcanic rocks.
  2. The hilly land composed of Pleistocene welded tuffs or of terrace deposits.
  3. The flat lowlands of the Recent deposits.

Most of the map area is occupied by the mountainous land.

Geology

The basement of this area is composed of the pre-Cretaceous Hidaka super-group. It is divided, in this area, into the lower, the Aibetsu formation and the upper, the Toma formation. The Aibetsu formation consists mainly of clay slate, and is intercalated with thin layers of sandstone. The strike of the sediments is N - S, and the dip is 30°E. The Tôma formation is composed of sandstone, shale, chert and spilitic rocks. It is rather complicated in geologic structure, and the strike and dip vary from N - S and 40 - 60°W to N 45 - 60°W and 20 - 40°NE. Serpentinite is intruded, in the area of the Tôma formation, as smaller masses. The rocks around these serpentinite masses are transformed into semi-schists.

Undifferentiated Cretaceous deposits are exposed in a limited extent, which are in fault contact with the Hidaka super-group. It is composed mainly of shale and sandstone with two intercalated beds of white tuffite. Calcareous nodules are contained in these deposits. As the formation is barren of fossil, its exact age is indeterminable. But the lithologic characters suggest that it can be correlated probably to a part of the Middle Yezo group.

Volcanic ejecta of the Neogene age are developed extensively covering these formations described above. They are, in ascending order, the propylite lava of the Miocene age, the basalt, the Ishiwatari agglomerate, the Peipan-yama lava and the rhyolite which are of the Pliocene age. The propylite lava, of which the original rock is augite - hypersthene andesite, is suffered, in most cases, from various hydrothermal alterations such as clayzation, silicification and pyritization. The volcanic ejecta of the Pliocene age, except the Peipan-yama lava, are developed rather poorly. The Peipan-yama lava is represented by the so-called flat lava which is composed of augite - hypersthene andesite. The time of eruption has not been clarified, but is supposed to be the end of the Tertiary Period.

The welded tuffs of the Pleistocene age are classified into three units, i. e., the Antaroma-gawa welded tuff, the Tokachi welded tuff and Sôun-kyô welded tuff. The former two characteristically containing biotite and quartz, esemble lithology very closely to each other. They may be the volcanic products of the same age, though their sources would have been different. The age of the eruptions is not known exactly, but is supposed to be a certain age from the early to middle ages of the Pleistocene Epoch. The Sôun-kyô welded tuff is developed in the valleys and depressions cut in the Antaroma-gawa welded tuff, and is covered with the terrace deposits of the latest Pleistocene. Accordingly the age of formation of the welded tuff is considered to be late Pleistocene. The terrace deposits are developed rather poorly along the principal river valleys, and form flat surfaces about 20 m high from the river bed. Recent deposits are composed of talus deposits as well as of recent river deposits.

Economic Geology

In the area of this sheet map, limestone ore deposits are found in the Tôma formation, while molybdenum and quicksilver deposits are germinated in the propylite lava. Among them the limestone deposits are being worked, though in a limited scale. A limestone cave was discovered recently in this limestone during excavation, and is now being availed as a site-seeing place. The molybdenum and quicksilver deposits occur rather poorly as vein-type ores. These were exploited in the past, but are now not being worked.


昭和 41 年 3 月 25 日 印刷
昭和 41 年 3 月 30 日 発行
著作権所有 北海道開発庁