01009_1969
5万分の1地質図幅説明書
(網走 第 9 号)
北海道立地下資源調査所
技術吏員 長谷川潔
技術吏員 長尾捨一
[
以下の [注] 参照
]
嘱託 河内晋平
嘱託 吉田勝
北海道開発庁
昭和 44 年 3 月
この調査は, 北海道総合開発の一環である, 地下資源開発のための基本調査として, 北海道に調査を委託し, 道立地下資源調査所において, 実施したものである。
目次 はしがき I. 位置および交通 II. 地形 III. 地質概説 IV. 先第三系 IV.1 上興部層 IV.1.1 A 層 IV.1.2 B 層 IV.2 東興層 IV.3 西興部層 IV.3.1 A 層 IV.3.2 B 層 IV.3.3 C 層 IV.3.4 D 層 IV.3.5 西興部層の砂岩 IV.4 火成岩・変成岩類 IV.4.1 花こう岩 IV.4.2 斑れい岩 IV.4.3 ホルンフェルス V. 新第三系 V.1 六興層 V.1.1 A 層 V.1.2 B 層 V.2 宇津層 V.3 大宮沢熔岩 V.4 インサム熔岩 V.5 サンル熔岩 V.6 モサンル層 V.7 ポロヌプリ熔岩 V.8 当沸熔岩 V.9 玄武岩脈 VI. 第四系 VI.1 段丘堆積物 VI.1.1 第1段丘堆積物 VI.1.2 第2段丘堆積物 VI.2 崖錐堆積物 VII. 応用地質 VII.1 金・銀鉱床 VII.2 石灰石鉱床 VII.3 碧玉 参考文献 Résumé (in English)
5万分の1地質図幅説明書
(網走 第 9 号)
この図幅および説明書は, 昭和 39 年から昭和 41 年まで, 3 年間にわたって実施した野外調査の結果をとりまとめたものである。
野外調査は, 長谷川と長尾が興部川流域を, 河内がサンル川, モサンル川, シカリベツ [ 然別 ] 川流域を, 吉田が, 興部川上流地域からパンケオロピリカイ川流域, 当沸 川流域の地域を, それぞれ分担した。 なお, 北海道大学理学部の浦島 幸世 助教授には, 3 年間にわたって, 宇津周辺からペンケ川上流地域, 図幅北部地域の一部など, 各地の調査を担当してもらい, 図幅作製に大きな御援助を賜わった。 また, 東京教育大学理学部の橋本亘教授には, 興部川流域の一部の先第三紀層分布地域を, 富山大学教育学部の相馬恒雄氏には上興部地域の火山岩地帯を, 東京教育大学理学部の平弘一氏には 六興 地域の先第三紀分布地域を, それぞれ踏査していただいた。
なお, 調査の取りまとめに当っては, 上興部鉱床については, 道立地下資源調査所の土居繁雄鉱床部長の, モサンル鉱床については, 道立地下資源調査所鉱床部の藤原哲夫科長の資料をいただいた。
報告に入るに先だち, 上記のかたがたに深く感謝するとともに, 現地でいろいろお世話になった, 興部林務署, 雄武 林務署, 一ノ橋 営林署の各位に厚く御礼を申し上げる。
この図幅は, 北緯 44°20'~44°30' と東経 142°45'~143°0' の範囲をしめている。 行政的には, 北部地域が紋別郡 雄武町に, 東部が紋別郡 興部町に, 南部が紋別郡 西興部村に, 西部が上川郡 下川町の 4 町村にまたがっている。
この図幅の南端縁にそうように, 国鉄 名寄本線が走り, それとほぼ平行して国道が設置されている。 この名寄本線から図幅地域に入る駅としては, 西側から, 一ノ橋・上興部・西興部・六興・中興部の各駅である。 このうち, 一ノ橋と西興部の 2 駅は, この図幅範囲よりやや南側にはずれた位置にある。 国鉄と国道以外には, とりたてて述べるほどの交通網はないが, 林務署や営林署によって, 各河川ぞいに林道が敷設されており, 交通は, 割合便利である。
図幅地域は, オホーツク海岸と天塩川ぞいの, 両平野にはさまれた, 山岳地帯である。
雄武町, 興部町, 西興部村管内を流れる興部川, パンケオロピリカイ川, 当沸川などは, いずれも流路を西から東にとり, オホーツク海にそそいでいる。 これに反し, 下川町管内を流れるサンル川やシカリベツ川は, 西方に流路をとって天塩川と合流し, 日本海にそそいでいる。 すなわち, 紋別郡と上川郡とを境する稜線は, オホーツク海にそそぐ水系と, 日本海に流れる水系の分水嶺となっている。
図幅のほぼ中央部は, 毛鐘尻 山(標高 916.3 m)・ ポロヌプリ岳(標高 835.2 m)・ 当沸 岳(標高 742.2 m)および岩上山(691.0 m)などを中心とした, 比較的標高の高い地帯となっている。 5万分の1地形図を, 幅 1 km で谷を埋めた図を作製してみると, 第 2 図にみられるように, この高標高部のまわりを, 標高 200~300 m の低標高地帯がとりまき, その中間の標高 400~500 m のところは, 他の地域に比べて急傾斜の地帯となっている。 地形を整理すると, 全体にやや平坦な地形を呈するが, 実際には, 河川が深く切り込んでおり, 地形は険しい。 とくに, 南部の先第三系が分布している地域は非常に急峻である。 また, 図幅地域には平坦地が非常に少なく, 興部川ぞいに, 幅 500 m~1 km で, 河床からの比高 7~10 m の平坦面が形成されているていどである。
この地域の地質は, 第 3 図の地質総括表にしめすとおり, 先第三紀の地層, 新第三紀中新世および鮮新世の地層, 第四紀の地層から構成されている。
| 時代 | 層序 | 柱状 | 記号 | 岩質 | 備考 | ||||||
| 第四紀 | 現世 | 現河床堆積物 | Al | 泥・砂・礫 | |||||||
| 崖錐堆積物 | Tl | 泥・砂・岩塊 | |||||||||
| 更新世 | 第2段丘堆積物 | T2 | 泥・砂・礫 | ||||||||
| 第1段丘堆積物 | T1 | 泥・砂・礫 | |||||||||
| 新第三紀 | 鮮新世 | 当沸熔岩 | P3 | しそ輝石普通輝石安山岩 | |||||||
| ポロヌプリ熔岩 | P2 | しそ輝石普通輝石安山岩 | |||||||||
| モサンル層 | P1 | 泥岩・砂岩・凝灰角礫岩・礫岩 | |||||||||
| 中新世 | サンル熔岩 | L3 |
流紋岩
凝灰角礫岩 | 金・銀鉱床 | |||||||
| B | 玄武岩 | ||||||||||
| インサム熔岩 | L2 | しそ輝石普通輝石安山岩 | |||||||||
| 大宮沢熔岩 | L1 |
しそ輝石普通輝石安山岩
凝灰角礫岩 | |||||||||
| 宇津層 | M3 | 泥岩・砂岩・凝灰角礫岩・礫岩 | |||||||||
| 六興層 | B 層 | M2 | 泥岩・シルト岩 | ||||||||
| A 層 | M1 | 礫岩・凝灰角礫岩 | |||||||||
| 先第三紀 |
白亜紀
? ~ ジュラ紀 ? | 西興部層 | D 層 | N4 | 頁岩・砂岩 | ||||||
| C 層 | N3 | 砂岩 | |||||||||
| B 層 | N2 | 砂岩・礫岩 | 石灰岩 | ||||||||
| A 層 | N1 | 頁岩・砂岩 | |||||||||
| 東興層 | To | 砂岩 | |||||||||
| 上興部層 | B 層 | K2 | 粘板岩・砂岩・チャート | ||||||||
| Ho | Ga |
ホルン
フェルス | 花こう岩 | ||||||||
| A 層 | K1 | Gb | 粘板岩・砂岩 | 斑れい岩 | 石灰岩 | ||||||
先第三紀の地層は, 図幅の南部地域に広く発達しており, その分布範囲は, 図幅地域のほぼ3分の1をしめている。 この地層は, 上興部層, 東興層および西興部層に分けられ, さらに上興部層と西興部層は, それぞれ数部層に細分される。 これらの地層は, いずれも砂岩と粘板岩(または頁岩)の互層が主体となっている。
新第三紀中新世および鮮新世の地層は, 図幅の中央部から北部にかけて分布しており, 図幅地域のほぼ3分の2の範囲をしめている。 新第三紀層は 8 層に分類されるが, そのうち, 中新世層は, 六興層・宇津層・大宮沢熔岩・インサム熔岩・サンル熔岩に, 鮮新世層は, モサンル層・ポロヌプリ熔岩・当沸熔岩に, それぞれ区分することができる。 これらは, ともに安山岩や流紋岩などの熔岩を主にしており, 正規堆積岩類は少ない。
一方, 第四紀の地層は, 2 段の段丘堆積物と崖錐堆積物であるが, 両者とも局部的に発達しているにすぎない。
まえにのべたように, 先第三紀の地層は, 図幅の南部地域に分布しており, 図幅地域のほぼ3分の1の範囲をしめている。 先第三紀層は上興部層・東興層・西興部層の 3 層に分けられる。 さらに, 岩質から, 東興層は単層であるが, 上興部層は 2 部層に, 西興部層は 4 部層に細分される。 上興部層は図幅の西側地域に, 東興層は中央地域に, 西興部層は東側地域にそれぞれ分布している。 これらの地層は, すべて断層で接しているため, それぞれの上・下関係はよく判らない。 いちおう, 図幅西側に花こう岩類が迸入する構造帯が走り, そこに上興部層が分布し, 東側にむかって, 階段状に落ち込む, という地質構造がうかがわれることから, 下位から上興部層, 東興層, 西興部層という累重関係を考えた。
なお, 後にのべるように, 従来から西興部層は他の 2 地層よりも, 新期の地層とみなされてきている。 これらの地層のうち, 西興部層中から含化石礫が産出したが, この地層の地質時代を示す化石は, まだ発見されていない。 また, 上興部層, 東興層の 2 層からも化石が発見されていない。 したがって, この図幅では, これら先第三系 3 層の地質時代を明らかにすることはできなかった。
北海道の中軸部に発達している先第三紀層には, 白堊紀のエゾ層群と, 詳しい地質時代はまだ判っていないが, いちおう, ジュラ紀を主体にし, 上限は下部白堊紀までおよぶとみられる日高累層群の2つがある。
図幅地域に分布する先第三紀層のうち, 上興部層は, これまでも日高累層群としてとり扱われてきており [ 以下の [注] 参照 ] , その岩質的特徴も明らかに日高累層群に一致する。 一方, 西興部層は, これまで知られている日高累層群と岩相が違い, また岩質は新しそうな感じを与えている。 しかし, エゾ層群とも岩相的特徴が一致しない。 したがって, 西興部層を両層群から切り離し, 時代未詳中生層とされていた。
今回の調査によって, 西興部層の岩質的特徴は, 日高累層群のそれに非常によく類似していることが明らかになり, 日高累層群の一部に対比される可能性がつよくなった。 また, 東興層は, これまで日高累層群の一部とされてきた地層であるが, 後にのべるように, その特徴は, 上興部層と西興部層の中間の性質を示している。 これを, 簡単に上興部層の一部とするわけにはゆかないので, この図幅では, 別の地層として取扱った。 これまでのべたように, 西興部層をも含めて, この地域の先第三紀層は, すべてが日高累層群に含まれる可能性が強い。
上興部層は, 国鉄 西興部駅 [ ← 本図幅の南隣の西興部図幅地域内 ] より西側の国鉄線ぞいに露出している。 一般に, 岩質は粘板岩と砂岩の互層である。 岩相から下部の粘板岩・砂岩互層部と, 上部の粘板岩・砂岩・チャートの互層部とに分けられる。 前者を A 層, 後者を B 層と仮称した。 一般に, 地層は NW - SE の走向で, 東に傾斜している。
この地層は, 粘板岩と砂岩を主とし, そのなかにチャート・石灰岩・輝緑凝灰岩などをはさむことからみて, 日高累層群中でも, 神威層群の上位部に対比されるものであろう, と考えられる。
この部層は, 西興部村 東興部落よりも西側の地域に分布している。 黒色を呈する細粒のグレイ・ワッケ砂岩と粘板岩の互層で, 岩相は単調である。 この地層の分布地域内では, 地層が強く圧砕され, 粘板岩が千枚岩状になっている地帯が, 各所に発達している。 このような場所では, 岩石の崩壊を起している場合が多い。 また, 図幅南西端部のシカリベツ川流域では, この地層がいちじるしく擾乱され, その中に花こう岩類が迸入し, 花こう岩体周辺の地層は, ホルンフェルスになっている。
地層の走向・傾斜は, 大きくみて, N 20~40°W・40~60°NE である。 上興部駅附近で, 褶曲構造がよく観察され, N 20~30°W・20~30°NW 方向の軸をもつ褶曲と, N 70°E・50°NE 方向の軸をもつ褶曲の2つが区分される。 同一露出に両者が発達している場合を見ていないので, はっきりしないが, 走向に平行した軸をもつ褶曲が先で, 他はより後の形成によるものであろうと, 思われる。
この部層は, 東興部落附近から西興部駅近くまで露出している。 この部層の下半部は, 赤色チャートと珪質粘板岩(Argillite)を主とし, その中に粘板岩や黒色の細粒グレイ・ワッケ砂岩をはさんでいる。 上半部は, 粘板岩と黒色~淡緑色, 細粒~中粒のグレイ・ワッケ砂岩の互層である。 とくに珪質粘板岩は, 淡緑色~緑色または褐色を示し, チャートによく似た珪質な部分から, 粘板岩にちかい泥質な部分まで, 岩質の変化がみられる。
また, 上興部駅の北方約 1.3 km のところに, 上興部鉱山が稼行している石灰岩が露出している。 この石灰岩体周辺には輝緑凝灰岩や粘板岩が分布している。 この附近は露出が悪く, この石灰岩層と先にのべた A 層・B 層との関係は不明であり, 作図上から, いちおう A 層中に含めたが, B 層の中に含まれる可能性もある。
地層の走向・傾斜や褶曲構造は, A 層のそれと, まったく同じである。
この地層は, 西興部駅附近から, 東興部落の北方の沢の上流にかけて分布している。 層厚 500 m 以上の厚い砂岩層で淡緑色~灰色を呈する, 細粒~中粒のグレイ・ワッケ砂岩である。 その風化面は黄褐色~緑灰色を呈する。 また, 中に粘板岩の薄層が縞状にはさまれていることが多い。
地層の走向・傾斜は, 上興部層と同じである。
地層の走向・傾斜からみれば, 整合的に上興部層の上位に東興層が乗るようにみられる。 しかし, 図幅地域内で, 両者の関係が直接観察されるところはなかった。 また, これまで, 日高累層群の神威層群の中に, このように厚い砂岩が発達している例はまだ知られていない。 さらに, 砂岩の肉眼的・顕微鏡的性質は, 上興部層 B 層の上位部に発達している砂岩に類似する点もあるが, むしろ, 次にのべる西興部層の中の砂岩と類似している点が多い。 したがって, この図幅では, 上興部層と東興層が断層で接していると解釈し, まえにのべたように, 上興部層とは別の地層名をつけた。 この砂岩層は, 本図幅よりも, 南に隣接する西興部図幅の範囲により広く分布しているので, 将来 西興部図幅の調査によって, この地層と上興部層や西興部層との関係が明らかになると思われる。
この地層は, 1938 年, 竹内嘉助が 10 万分の1興部図幅のなかで, 中生層とした地層である 1) 。 当時, 現在の日高累層群は古生層とされていた。 また, 1956 年, 遠藤隆次・橋本亘によって, この地層中の礫岩の石灰岩礫から Nankinella sp.など二畳紀を示す化石を発見し, この地層を西興部層とよんだ 2) 。 その後, 著者の1人の長尾が, 興部川ぞいの調査を行ない, 実態を明らかにするとともに, 上興部層や東興層と, 違った地質構造をとっていることを明らかにした 6) 。
この地層は, 西興部村 七重部落 [ ← 本図幅の南隣の西興部図幅地域内 ] の興部川の下流流域に広く分布している。 東興層とは明らかに断層で接している。 砂岩を主体にしており, なかで, 砂岩・頁岩互層, 緑色砂岩層, 灰色砂岩層, 頁岩層の4部層に分けられ, それぞれ A 層, B 層, C 層, D 層と仮称した。 この4者のうち, 分布範囲の大部分を占めているのは, B 層と C 層である。 なお頁岩は, 上興部層の粘板岩中には, 劈開が発達しているのに対し, かなり軟弱で劈開もみられず, 外観が違うので, 粘板岩と区別した。
野外で, 各部層間の層位学的関係が把握されるのは, A 層の上位に B 層が発達し, C 層の上位に D 層がのっていることである。 B 層と C 層の関係は不明である。 しかし, 次にのべる大きな背斜軸にそって A 層が分布するので, 最下位の部層とみることができる。 また, 後にのべるように, C 層中にも緑色砂岩が含まれており, B 層中にも灰色砂岩が挾まれていて, 共通点が多く, 両部層間には密接な関係があるとみられる。 この2点から, 西興部層の層序は, 下位から A 層, B 層, C 層という順に重なり, D 層が最上位と考えられる。
地質構造は, この地層が砂岩を主体とし, 頁岩が非常に少ないので, 地層の走向・傾斜の測定が困難な所が多く, その詳細を明らかにするのは難かしい。 しかし, 分布地域全体にわたって, 大きく地層の走向・傾斜をみると, パンケ川中流からペンケ川中流にかけた, ほぼ南北の線を境として, その東側では N 60°E の走向で SE に傾斜し, 西側では反対に N 50°E の走向で NW に傾斜している。 したがって, このパンケ川中流からペンケ川中流を結ぶ線に, 分布地域内における最大の背斜軸の存在がうかがえる。
さらに細かく構造をみると, 背斜軸の東側でも西側でも, まえにのべた背斜軸と別系統の軸をもつ小さな褶曲構造が発達している。 とくに東側に顕著であって, その軸は, 地層の走向と平行する N 60°E 方向をとっている。 なお, この大きな褶曲軸の軸部に A 層が分布している。
地質構造的に, 上興部層や東興層と比較してみると, 地層の走向や褶曲の点で, 両者とはかなり異なった構造がみられる。 地層の走向方向がちがい, また褶曲についても, N 60°E 方向の軸の存在は, まえにのべたように, 小規模ながら上興部層の中にみられるが, N - S 方向の軸をもつ大きな褶曲構造の存在は, 西興部層以外の地層中では確認できなかった。
この地層の地質時代は, 化石の産出がないため, 明確なことは判らない。 しかし, この地層の一部に石灰岩を挾んでいることと, 全般的に砂岩の構成物中に多量のスピライトがみられることの2点から, この地層は, 日高累層群の地層であり, しかも, 先第三系全体の構造からみれば, 神威層群よりも上位, すなわち空知層群に対比される地層である可能性が非常につよい。
従来の資料では, 神威層群と空知層群のとの間に, 大きな地質構造上の違いはなかった。 もし, 西興部層を空知層群に対比するとすれば, 神威層群に対比することのできる上興部層との, 地質構造の違いを, どのように説明するかという問題がある。 したがって, 上興部層中の地質構造をもっと詳しく検討する必要があるが, この図幅では, 上興部層の露出範囲がせまく, その詳細を明らかにすることはできないので, 上興部層の広く発達する西興部図幅の調査によって, 将来 具体的に究明されると思われる。
ペンケ川中流からパンケ川中流にのびる大きな背斜構造の軸部と, 国鉄中興部駅の北方に発達する N 60°E 方向の小さな背斜構造の軸部にそって, それぞれ分布している。
岩相は, 頁岩と砂岩の互層である。 砂岩は, 灰色, 淡緑色, 緑褐色などの色彩を呈する, 細粒~中粒のグレイ・ワッケ砂岩である。
ペンケ川中流, およびパンケ川中流では, ともに N 40~60°W・20~60°NE の走向および傾斜を示している。 なお, この方向は, 上興部層や東興層のそれと, ほぼ平行した方向である。 また, 中興部駅の北方では, N 60~80°E の走向で, 南または北に急傾斜している。
パンケ川中流とペンケ川中流を結ぶ背斜軸の東側に, 広く分布している。 砂岩を主体とし, 一部に礫岩をはさんでいる。
第 5 図は, 興部川本流でみられる A 層, B 層内のルート・マップである。 図にみられるように, B 層の下部は砂岩と礫岩の互層で, まれに頁岩の薄層をはさんでいる。 上部は, 厚い砂岩である。 下部の砂岩は, 灰色, 青灰色, 暗緑色などを呈する細粒~中粒のグレイ・ワッケ砂岩である。 礫岩の礫種は, 砂岩, 粘板岩, チャート, スピライトを主とし, 少量の石灰岩, 安山岩, 石英片岩, 花こう岩などである。 なお, 二畳紀の化石をふくむ礫が発見されたのは, ペンケ川下流部に発達する礫岩中である。 上部の砂岩は, 暗緑色の中粒砂岩で, 一般に凝灰質である。 この一部には, 方解石脈が網状に発達し, かつて鳥糞砂岩といわれた岩質の部分もある。 このほか, ペンケ川の下流地点では, 上部の砂岩中に, かなり大きな石灰岩の岩体がはさまれている。 また, ペンケ川中流地点, および図幅範囲外の西興部駅の南方でも, 砂岩中に石灰岩レンズをはさんでいる。
地層の走向・傾斜は, 中興部駅以南の地域では, N 60 ~80°E・30~70°SE をしめす部分が多く, 北方地域では同じ走向で, 北東に傾斜する部分が多い。
パンケ川上流からペンケ川上流にかけた地域に, 広く分布している。 いろいろの色彩の砂岩互層を主体とし, 少量の頁岩の薄層を挾む。 砂岩は, 灰色, 緑色, 青灰色を呈する細粒~中粒のグレイ・ワッケ砂岩であるが, ほかに濃緑色で B 層中の砂岩と類似した凝灰質砂岩や, 新鮮な面では帯緑灰色であるが, 風化面では帯紅色に変る, 石灰質でやや礫質な砂岩などもみられる。
砂岩が主体であるので, 地層の走向・傾斜が不明な部分が多いが, 測定できる範囲では, 全体に N 40~60°E・40~70°NW の走向・傾斜を示している。
パンケ川上流に分布している。 岩相は, 砂岩と頁岩の互層であるが, 頁岩部が多い。 砂岩は, C 層中の濃緑色の凝灰質砂岩をのぞくほかの砂岩と, まったく同質である。 この地層中にも石灰岩のレンズが挾まれている。
地層の走向・傾斜は, C 層のそれとまったく同じである。
これまでのべてきたように, 西興部層の砂岩は, 色, 粒度など肉眼的な特徴はいろいろであるが, 顕微鏡下で観察すると, 一定した特徴がある。 つぎに, 簡単にその特徴をのべる。
砂岩は, 一般に 20~40 % の粘土質部をふくみ, 砂粒には火山岩片が非常に多い, 典型的なグレイ・ワッケ砂岩である。 砂粒には, 火山岩片のほか砂岩, 粘板岩, チャート, 石英片岩などがみられる。 火山岩片は, 大部分がスピライトとみられるが, 安山岩片も含まれている。 そのほか, 安山岩やスピライトに類似するが珪長質構造をとり, 角斑岩かと思われるような火山岩も含まれている。 このほか, 斜長石, 石英, ときにカリ長石, 黒雲母などの鉱物片がみられる。 また, ごく少量ながら, 放散虫の化石も含まれている。
この特徴は, 各砂岩に共通しているが, 砂岩によって, 粒度や構物量比に違いがある。 例えば, 濃緑色凝灰質砂岩は, 火山岩片を多く含んでいる。
西興部層の砂岩と, 上興部層や東興層の砂岩とを比較すると, まえにのべた特徴は, すべてに共通しており, 砂岩の構成物から区別することはできない。 色, 粒度, 構成物量比などからみると差異があるが, それでも, 上興部層 B 層の一部の砂岩, 東興層の砂岩, 西興部層の濃緑色凝灰質砂岩, 帯緑色・石灰質の礫質砂岩をのぞくほかの砂岩は, 非常によく類似している, ということができる。
図幅の南西端部で, 上興部層中に花こう岩や斑れい岩が迸入しており, 岩体の周辺にはホルンフェルスが形成されている。 [ 南に ] 隣接の西興部図幅の国鉄 一ノ橋駅の東方に, 大きな花こう岩体が発達しており, 図幅地域の花こう岩体は, その北方端末部にあたっている。
図幅内の先第三紀の火成岩は, 花こう岩と斑れい岩の2種で, 変成岩はホルンフェルスだけである。
シカリベツ川の下流地点, 2ヵ所に分布しているが, 下流側のものは, ごく小規模な花こう岩脈である。
この花こう岩は岩相変化がはげしく, つぎにのべる斑れい岩に類似した部分もあるが, 代表的なものは, 中粒で灰白色~赤褐色を呈する。 斜長石・石英・黒雲母から構成されている。
花こう岩と相接して, 上興部層中に迸入している。 この斑れい岩は, 優黒色を呈し, 斜長石, 角閃石から構成されている角閃石斑れい岩である。 岩体は, 一般に圧砕を受けている。 また, N 80°W 方向の割れ目にそって, 優白質脈が発達している部分もある。
花こう岩体周辺の粘板岩や砂岩は, 茶褐色のホルンフェルスに変っている。
顕微鏡下で, このホルンフェルスを観察すると, 一般に黒雲母と石英が寄木状に組合さった構造をとっているが, なかに 董青石 [ cordierite ] の斑状変晶が形成されている部分もある。
新第三系は, 図幅の中央部から北部にかけて, ほぼ図幅の3分の2をしめる地域に広く分布している。 新第三系は, 六興層, 宇津層, 大宮沢熔岩, インサム熔岩, サンル熔岩, モサンル層, ポロヌプリ熔岩, および当沸熔岩に分けられる。 これらの中からは, まだ化石が発見されていないので, 明確に地質時代を決めることはできないが, 岩質からみて六興層, 宇津層, 大宮沢熔岩, インサム熔岩, サンル熔岩の5者は中新世に, モサンル層, ポロヌプリ熔岩, 当沸熔岩の3者は鮮新世に属するものと思われる。
正規堆積岩は六興層, 宇津層, モサンル層の3層だけであり, 地質図にしめしてあるように, それらはひじょうに局限された分布をしめてしいる。 図幅地に発達している新第三系の主体となっているのは, 安山岩や流紋岩の熔岩である。
図幅南東部の, 西興部村 六興部落附近に発達し, 西興部層を不整合におおって分布している。 この地層は下部の礫岩を主とする A 層と, 上部の泥岩から成る B 層とに分けられる。
この地層は, 東に隣接する興部図幅地域に広く発達していて, この図幅地域に分布するものは, その西縁部にあたっている。
礫岩から構成されているもので, いわゆる基底礫岩に相当する。 厚さは, 所によりいちぢるしく違い, 六興部落の東方の稜線附近では, 数 m の厚さであるが, 興部川ぞいでは 100 m にちかい厚さに達する。 岩質は, 礫がほぼ等粒で, 粘板岩, 砂岩, 安山岩の円礫から成る場合もあるが, 一般に不等粒の礫から構成され, 礫種も安山岩の亜角礫を多量に含む場合が多い。 なかには, 基質が凝灰岩で, 礫が安山岩の角礫だけからなる凝灰角礫岩部もみられる。 また, これらのなかには,砂岩や泥岩の薄層が挾まれている。
六興部落の東方の稜線上に分布し, A 層の上位に整合に接する黒褐色の泥岩と褐色のシルト岩の互層である。
図幅東部の興部町 宇津 原野の周辺地域に, やや広く分布している。 このほかパンケ川の上流・当沸川の下流・パンケオロピリカイ川の下流などの地域で, 熔岩におおわれ, 河川ぞいに露出している。 この地層は, 個々の露出の範囲は狭いが, 露出している個所の分布範囲からみると, 各種熔岩の下に広く分布し, おそらく図幅の北半分ていどの範囲に発達しているものと思われる。 六興層との層位学的関係は不明である。
岩質は, 全般的に凝灰質であるが, 宇津 原野では, 下部が安山岩礫を多量にふくむ礫岩, 凝灰質砂岩, 砂質泥岩の互層で, 上部にむかって, しだいに岩相が細粒化する。 また, 上部層中には, 緑色の凝灰岩がはさまれている。
この地層の構造は, 露出が点在しているためよく判らないが, N 20~30°W の走向をとって, ひじょうにゆるく褶曲しているようである。
この熔岩名は, 西に隣接するサンル図幅の命名によった。 分布する範囲は, モサンル川の中流, および興部川の上流からパンケ川の上流にかけた地帯である。 この熔岩は, 次にのべるインサム熔岩と岩質がよく似ており, 岩質上から両者を区分するのは難かしく, 両者が同一の熔岩に属するものである可能性がある。 しかし, 興部川の上流の観察では, 上興部層を直接おおって, 凝灰岩や凝灰質砂岩をはさみ, 集塊岩を主とする熔岩が発達し, その上部では塊状の熔岩となっている。 この図幅では, いちおう, 集塊岩部と熔岩部に区分し, 前者 [ 集塊岩部 ] を大宮沢熔岩, 後者 [ 熔岩部 ] をインサム熔岩とした。 また, この熔岩は, モサンル川でも集塊岩部をはさみ, パンケ川でも凝灰質砂岩や集塊岩部をはさんでいる。 興部川の上流の凝灰質砂岩は, E - W, 10°N の走向・傾斜をしめしている。
この熔岩の岩質は, 黒色を呈するち密なガラス質安山岩である。 顕徴鏡下で観察すると, 斑晶は, しそ輝石, 普通輝石, 斜長石で, 石基はピロタキシテック構造をとり, そのなかに石英や黒雲母の微晶がみられることもある。 一般に新鮮な岩石であるが, 興部川の上流では, この熔岩中に E - W 方向の割れ目が発達し, 割れ目を中心に緑泥石化し, プロピライト状になっている部分がみられる。
この熔岩は, シカリベツ川の上流, 興部川の上流, パンケ川の上流から図幅北部全域にかけて広く分布していて, [ 北隣の ] 雄武図幅のイナシベツ熔岩に相当している。 大宮沢熔岩とは, まえにのべたような関係にあるが, 大宮沢熔岩が分布しない字津川, 当沸川, パンチオロピリカイ川などの各流域では, この熔岩が直接宇津層をおおっている。 また, サンル川の上流では, この熔岩が, 数枚の熔岩流からなり, 各熔岩流の間に同質の集塊岩がはさまれている。
この熔岩の岩質は, 全域にかけてわりあい均質で, 黒色・ち密・堅硬な, ややガラス質の安山岩である。 また, 一般に板状節理が発達しているが, 字津川の上流 [ ← 宇津川の位置不明 ; パンケ川の北方 500 m ? ] では角状の節理がみられる。 顕微鏡下で観察すると, 斑晶は, しそ輝石・普通輝石・斜長石で, 石基は, ハイアロピリテック構造をとっている。
この熔岩は, 一般に新鮮であるが, 当沸川の上流では, 珪化および粘土化などの鉱化作用をうけ, 熔岩が灰白色となっている。
この熔岩は, シカリベツ川の上流, モサンル川の上流からサンル川にかけて, 図幅西部地域に広く発達している。 さらに西に隣接するサンル図幅地域内に広がる流紋岩の熔岩である。 サンル川では, インサム熔岩を直接おおっているのが観察される。 また, 地質図にしめしていないが, 当沸川の上流やシカリベツ川で, この熔岩と同質の流紋岩脈が, インサム熔岩中に迸入している。
ここでサンル熔岩と一括したが, その内容は, 熔岩と凝灰角礫岩とから構成されている。 また一部には, 熔結凝灰岩状の岩石も挾まれている。 熔岩は白, 黄, 褐色などの色彩をとり流理構造が発達し, 石英, 斜長石, 有色鉱物の斑晶がみられる流紋岩である。 ときには, 流理構造にそって, 1 cm 大の球かがならんでいることもある。 有色鉱物は, サンル川の下流および興部川の上流の右岸の岩体では角閃石であるが, その他のところでは黒雲母である。 凝灰角礫岩は, 3 cm 大の軽石, 流紋岩片および粘板岩を多量にふくんでいる。
図幅の南西端のモサンル川流域に点在している。 地層名は [ 西隣の ] サンル図幅に従った。 この地層は, 上興部層, 大宮沢熔岩, サンル熔岩などを不整合におおい, この図幅の南西方につらなる下川図幅に広く発達している。 下川地域では, 新第三紀鮮新世の下川層群の最下位層とされているものである。
この地層は, 礫岩・凝灰角礫岩・凝灰質砂岩および泥岩の互層で, 凝灰角礫岩を主体とする。 地層の層理は, ほとんど水平である。
図幅の中央部から北部の稜線地域をおおい, その一部は, [ 西隣の ] サンル図幅や [ 北隣の ] 雄武図幅の範囲までも広がっている。 この熔岩は, サンル図幅では 奥 サンル熔岩, 雄武図幅では 上雄武 熔岩と呼んでいる。
この熔岩は, 暗灰色, 堅硬であり, 特徴的に板状節理が発達する安山岩である。 この安山岩を顕微鏡下で観察すると, しそ輝石, 普通輝石, 斜長石を斑晶とし, 石基はハイアロピリテック構造をとっている。
図幅の中央から北東よりの位置にある, 当沸岳や岩上山を中心にした山頂部に分布し, ポロヌプリ熔岩をおおって発達している安山岩である。
灰青色のち密な安山岩で, 一部に板状節理が発達するが, 全体を通じて規則正しい節理の発達はみられない。 斑晶は, しそ輝石, 普通輝石, 斜長石で, とくに斜長石の結晶が大きい。
以上のべてきた各岩石のほかに, 新第三紀の火成活動によると考えられる玄武岩がある。 その迸入時期は, 中新世末期と思われる。
玄武岩脈は, モサンル川の上流やサンル川の上流にみられる。 岩質は優黒色の色彩をもち, ち密で柱状節理が発達し, かんらん石をふくむかんらん石玄武岩である。
この地域に発達している第四紀の地層は, 2 段の段丘堆積物, 崖錐堆積物, および現河川にそって形成されている氾濫原堆積物の3つである。 これらは, いずれも発達規模が小さく, 局部的に分布しているにすぎない。
各河川にそって, 段丘が発達している。 段丘には, 河床面からの比高 7~10 m の面と, 20~30 m の高い面の2者がある。 20~30 m 高い面を構成する堆積物を第1段丘堆積物, 7~10 m 高い面を構成するものを第2段丘堆積物とした。
第1段丘堆積物は, 発達規模がひじょうに小さく, 興部川の上興部部落から下流の本流ぞいにみられるだけである。 その他の河川にそっても, 部分的に存在しているが, ごく小規模で, 痕跡ていどに残されているだけである。
第2段丘積物は, 地域により発達規模が違うが, どの河川の河岸にもみられる。 とくに, 興部川や 藻興部 川 [ ← 図幅地域南東隅 ] の河岸では, 発達が良好である, この段丘面上は, 居住地や農耕地として利用されている。
図幅内では, 小規模ながら, 各地に崖錐堆積物が分布している。 ことに, 地形の項でのべた, 標高 500~600 m 附近の急傾斜部と, 300 m 以下の平担部との地形の変換点, すなわち, 急傾斜から緩傾斜にうつりかわる付近に発達しているものが多い。
この堆積物は, 岩塊を砂や泥が埋めたものである。 岩塊は背後地の岩石が崩壊したもので, その岩石種は背後地を構成する岩層により一様でない。
崖錐堆積物の形成時期を, この図幅ではいちおう冲積世としたが, なかには第2段丘堆積物におおわれる崖錐堆積物もあり, 一部は洪積世に形成されたものである。
図幅地域は地下資源に乏しく, とくにあげられるものとしては, 先第三紀層中に介在する石灰石鉱床と, サンル熔岩中に胚胎する金・銀鉱床だけである。 石灰石鉱床は, 上興部駅の北方約 1.3 km のところに, 現在は上興部鉱山が稼動している。 金・銀鉱床は, モサンル川中流にあり, モサンル鉱山として探鉱されたことがある。
このほか, 図幅内に 碧玉 [ jasper ] を産する。 また, ポロヌプリ熔岩や東興層の砂岩は, 石材として利用することができる。
図幅内では, モサンル川の中流にみられるだけである。
この鉱床は, 昭和 17 年頃, 転石が糸口となって発見されたといわれている。 その後, 断続的に探鉱が行なわれてきた。 現在でも, 当時の旧坑が残っている。
鉱床は, サンル熔岩中に胚胎する含金・銀石英脈である。 露頭では, E - W の方向で, 80~85°北に傾斜する石英脈が 2 本みられる。 いずれも 30 cm ていどの脈幅で, 品位は, Au : tr~1.5 g / t と低い。 鉱脈の延長は, まだ確められていないが, 期待できるものではなさそうである。
この鉱床は, 規模および品位からみて, 稼行は難かしいと思われる。
石灰石鉱床としては, 上興部層中に胚胎する鉱床と, 西興部層中の2者がある。 前者は, まえにのべた上興部駅の北方に位置し, 上興部鉱山が稼行している。 後者は, パンケ川の下流部にみられ, 現在利用されていない。
この鉱床は, 上興部駅の 1.5 km ほど北方に位置している。 この鉱床にたいして, 昭和 9 年, 酸性土壌改良補助事業の一環として, 北海道庁 直営の石灰石工場が建設された。 昭和 19 年, 北海道興農会社が設立され経営が移った。 昭和 21 年, 社名変更が行なわれ, 昭和 22 年に北海道農材工業株式会社と, 会社の再編成が行なわれ, 現在にいたっている。 現在, ほぼ 50,000 t / 年が生産され, 農業用炭カルに向けられている。
この鉱床は, 上興部層中の粘板岩, 砂岩, 輝緑凝灰岩の互層中に胚胎する石灰岩で, その走向は, NW - SE をしめしている。 鉱体は, 上興部駅の北方 1.5 km の地点に, 左山, 右山の 2 鉱体, 駅より 3.7 km 北方地点の本間の沢鉱体, およびその中間にある中ノ沢鉱体と, 数鉱体が分布している。 このうち採掘の対象になるのは, 左山鉱体(可採鉱量 260 万トン)と本間の沢鉱体(可採鉱量 180 万トン)である。 これまで稼行されてきたのは, 左山と右山の 2 鉱体であったが, 右山鉱体は採掘されつくした。 現在, 本間の沢鉱体の採掘準備が行なわれている。
この鉱体は, パンケ川下流, 図幅東縁部に位置し, 西興部層 B 層 [ N2 ] の濃緑色凝灰質砂岩の中に介在している石灰岩である。
この鉱体は, N 45°W・55~60°SW の走向・傾斜をしめし, 走向方向に延長約 120 m, 幅 60 m の小規模な岩体である。 可採鉱量は約 80 万トンで, その品位は, [ 以下に示す ] 別表のとおり良質なものである。 ただし, 鉱体の東縁部ぞいに幅 20 m ていどの範囲は, 珪質な石灰石となっており, 品位が低下している。
| CaO | MgO | SiO2 | Al2O3 + Fe2O3 | Ig・loss | |
| A | 55.78 | 0.78 | 0.06 | 0.36 | 43.83 |
| B | 55.88 | 0.56 | 0.26 | 0.31 | 43.68 |
| C | 15.18 | 0.81 | 68.15 | 3.16 | 12.71 |
また, この鉱体の北西延長方向にあたる字津川流域でも, 石灰岩の岩塊が沢に流れており, その附近にも石灰岩の存在が予想される。
このほか, 西興部層中に石灰岩が介在している所が数ヵ所あるが, いずれもレンズ状のごく小規模なもので, 採掘の対象となるものではない。
パンケ川の, 図幅東端から約 2 km 上流の地点で, 北方に分岐する枝沢の最上流に, 碧玉が存在していることは, かなり以前から知らされていた。 昭和 41 年, 著者らが野外調査を行なった頃は, 現地が, 無謀な乱掘によってすっかり荒廃し, 産状も充分に確め難い状態であった。
現地は, 地形がやや凹んでおり, この地点の, 地表から 1.5 m ほど下部の粘土層と砂層に, 碧玉の岩片が礫層状になって産出している。 相馬正二によれば, この地域の碧玉は, 赤や黄色もあるが, 青色のものが主体で, 一般に, 大型の岩片は硬度が低く, 小型のものが硬度も高く良質である。 利用面はペンダントや指輪などの装飾品に適するといっている [ 以下の [注] 参照 ] 。
ここでのべた産地のほかに, この北方延長部にあたる字津川上流でも碧玉の転石がみられる, といわれている。
産地附近の地質は, インサム熔岩であるが, この熔岩が緑色粘土質の変質岩になっており, その一部に碧玉脈が形成されている。 変質岩の発達方向は, ほぼ南北である。 このことからみると, この地域の碧玉の源は, 変質岩中に形成された脈であって, それが崩壊し, ある特定の場所に濃集し現状にいたったものと思われる。
EXPLANATORY TEXT OF THE GEOLOGICAL MAP OF JAPAN (Scale 1 : 50,000)
(ABASHIRI - 9)
BY Kiyoshi Hasegawa, Sutekazu Nagao, Shinpei Kawachi and Masaru Yoshida (Geological Survey of Hokkaidō)
The area of Kami-okoppe sheet map is situated in latitude 44°20'~30' N. and longitude 142°45'~143°0' E. in the northern part of Hokkaido.
The area is geologically composed of pre-Tertiary, Neogene and Quaternary formations.
The pre-Tertiary formations can be divided into the Kami-okoppe Formation, Tōkō Formation, and Nishi-okoppe Formation. The Kamiokoppe Formation is composed of the lower slate and sandstone alternation member and the upper slate-sandstone-chert alternation member. The Toko Formation is composed only of thick sands tone member, whereas the Nishiokoppe Formation, though composed mainly of sandstone, can be divided into the sandstone-slate alternation member, the sandstone-conglomerate alternation member, the sandstone member and the shale member in the ascending order. No fossils have been found from these formations. All the sandstones of these formations are typical grey-wackes carrying abundant fragments of volcanic rocks.
The Hidaka Super-group developed extensively in the central axis of Hokkaido represents the deposits, mainly Jurassic and up to the lower Cretaceous in age, formed within the Hidaka geosyncline. When the pre-Tertiary formations of this area are compared with the Hidaka Supergroup, the Kamiokoppe Formation can be correlated to the Kamui Group of the middle Hidaka Supergroup, and the Toko Formation to the Upper Kamui Group, whereas the Nishiokoppe Formation can probably be correlated to the Sorachi Group of the Upper Hidaka Supergroup.
In the southwestern corner of the area, the Kamiokoppe Formation is intruded by the granite and gabbro, resulting in the formation of hornfels from the surrounding slates.
The Neogene formations extensively developed in the greater part of the area can be divided into the Rokko Formation, Uttsu Formation, Ōmiyazawa lava, Insamu lava, Sanru lava, Mosanru lava, Poronupuri lava and Tōfutsu lava in the ascending order. The accurate geologic ages of these formations are not known, since no fossils have been found in them. Their lithologic features, however, suggest that the formations including the Rokko Formation up to the Sanru lava are Miocene, and the three younger formations [ Mosanru lava, Poronupuri lava and Tofutsu lava ] are Pliocene in age.
The Rokko Formation consists of the lower conglomerate member and the upper mudstone member, of which the former intercalates andesitic tuff breccia. The Uttsu Formation consists of alternation of tuffaceous sandstone and tuffaceous mudstone. The Omiyazawa lava is an alternation of lava and agglomerate, while the Insamu lava consists of blocky lava. Both of them are lithologically hypersthene augite andesite, and layers of tuff breccia are present between the two. The Sanru lava is mainly rhyolitic, sometimes intercalating rhyolitic tuff and welded tuff layers. The Mosanru Formation is an alternation of conglomerate, tuffaceous sandstone, and mudstone. Both the Poronupuri 1ava and the Tofutsu lava are hypersthene augite andesite with well-developed platy joints, and the former is extensively distributed along the ridges, while the latter constitutes the peaks such as Mt. Tofutsu or Mt. Iwagami. As mentioned above the Neogene formations of this district are characterized by the poverty of normal sediments and the abundance of lavas of andesities or rhyolites.
The Quaternary formations distributed only locally include the two terrace deposits of the Diluvium, the talus deposit of the Allvium, and the Recent fluvial deposit. The district is generally poor in mineral resources, except gold and silver deposits in the pre-Tertiary formations. The Mosanru mine along the middle stream of the Mosanru River was worked one time. The deposits consist of Au-Ag-bearing quartz veins, filling the cracks in the E - W direction, but since they are of small scale and low in the metal contents, there would be little possibility that the deposits will be exploited in future.
The Kami-okoppe mine to the north of the Kami-okoppe Station is now worked for the limestone, which is included in the Upper Kami-okoppe Formation. Two masses of limestone with the workable amounts of about two million tons are present, running parallel to each other, associated with numerous small bodies. In addition lenticular bodies of limestone of smaller scale are found in the Nishiokoppe Formation. One of them along the down-stream of the Panke River has a workable amount of about 800,000 tons.
昭和 44 年 3 月 15 日 印刷 昭和 44 年 3 月 20 日 発行 著作権所有 北海道開発庁