火山地質図


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1.はじめに

口永良部島火山は口永良部島を構成する活火山であり,19世紀後半以降,1841年,1931-33年,1966年に比較的大きな噴火が記録されている.最新の噴火は1980年で,それ以降の火山活動は表面上平穏な状態で推移しているが,活発な地震活動や山体を中心とする地殻変動が観測されるなど地下の火山活動は依然活発な状態にある(井口,2002,気象庁編,2005).
口永良部島火山の地質学的調査は,昭和初期の活動期に本間(1934a, b), 松本(1935),田中館(1938)などによってなされた.また1966年噴火直後には荒牧(1969)が地質報告を行なっている.最近小林・成尾(1998),小林ほか(2002),下司・小林(2006)などによる地質研究結果が公表されている.この火山地質図は口永良部島火山の火山地質についてこれら現在までの研究成果をまとめたものである.なお,地球物理的観測結果については諸機関による観測成果を総合したものであり,京都大学防災研究所編(2002)「薩摩硫黄島火山・口永良部島火山の集中総合観測」によるところが大きい.



2.口永良部島火山の概要

2.1 地形

口永良部島火山は琉球弧の火山フロント上に位置する安山岩質の成層火山で,薩南諸島の口永良部島を形成している.口永良部島は長径約13 km,面積約38 km2であり,薩南諸島・トカラ列島の火山島の中では最大である.口永良部島の最高点の標高は657m,周辺の海底は水深500〜600 mで,火山体の比高は約1200 mである(第1図).また,口永良部島の東約3 kmの海底には,口永良部堆と呼ばれる底径3.5 km,比高約420 m ,山頂部の水深約180 mの火山体と考えられる高まりが知られている(第1図).島の周囲の海岸線は,高いところで200m以上の高さの海食崖で囲まれており,砂浜は湾入部を除いてほとんど見られない.
口永良部島は活動時期や噴出中心の異なる複数の火山体の集合からなる(第2図).島の中央部は最近約15,000年以内に活動した野池,鉢窪,古岳,新岳火山からなる.これらの山頂部には明瞭な火口地形が認識でき,また山腹には新鮮な溶岩流地形が保存されている.また古岳火山には,南側と北西側に開いた2つの崩壊地形が認められる.



第1図
口永良部島と周辺の地形.等高線・等深線の間隔は50m.海域の地形は海上保安庁水路部(1981年)発行50,000分の1沿岸の海の基本図「屋久島北西部(海底地形図)」を,陸上の地形は国土地理院発行25,000分の1地形図「口永良部島」を使用した.

Fig.1
Topography of Kuchinoerabujima Island and surrounding area. Interval of counter is 50 m.




第2図
口永良部島火山を構成する火山体の分布および口永良部島火山を構成する火山体の被覆関係.

Fig. 2
Distribution of volcanic edifices of Kuchino-erabujima volcano and their stratigraphical relationship. 





2.2 形成史の概要

口永良部島の活動開始時期は不詳であるが,50万年前頃までには後境火山は海面上まで成長していたと考えられる.口永良部島北西部を構成する番屋ヶ峰火山は約20万年前以前に,島の北側海食崖に露出する後境・城ヶ鼻火山はいずれも約50万年より前に形成された口永良部島火山の中では最も古い火山体である.これらの火山の形成後,現在の口永良部島の中心部〜東部にかけて高堂森,カシ峯,野池,鉢窪,古岳(ふるだけ),新岳)の火山体が次々に形成された(第2図).このうち,高堂森火山は約10万年前ごろまでに,野池火山の主部は約1万年前ごろまでに形成され,15,000年前から11,000年前にかけて2回の大規模な火砕噴火が発生した.
完新世(最近約1万年間)の噴火活動は,主に古岳,鉢窪,及び新岳で発生し,山頂火口からの溶岩流出と爆発的噴火を繰り返した.目撃記録が残る19世紀後半以降の噴火はすべて新岳山頂火口及びその周辺から発生した爆発的噴火である.新岳及び古岳の火口及びその周辺では現在も噴気活動が活発である.


3.口永良部島火山の活動史

現在認識できる火山体の成長を,下司・小林(2006)を基に3つのステージに区分して解説する.

3.1 後境・番屋ヶ峰ステージ

口永良部島で知られている最も古い火山体は,島北部の海食崖下部に露出する後境火山及び城ヶ鼻火山と考えられる.これらの火山体はより新しい火山に覆われており,その分布や活動中心などの詳細は不明である.後境火山噴出物は屋久島北東部に分布する小瀬田火砕流(約58万年前)に対比されるテフラに覆われている(小林・成尾,1998)ことから,後境火山の活動は約50万年以上前にさかのぼると考えられる.
番屋ヶ峰火山は口永良部島北西部を構成する火山で,異なる噴火中心を持つ複数の火山体の集合からなる.番屋ヶ峰火山は火山体の構造や岩相,熱水変質の程度から,下部の古期番屋ヶ峰火山噴出物と上部の新期番屋ヶ峰火山噴出物に分けられる.番屋ヶ峰火山の火山体の海岸部には,海食による地滑りと思われる大規模な崩壊地形が認められる.

3.2 高堂森・野池ステージ

口永良部島の主要部北半分を構成する高堂森火山・野池火山・及び東端部のカシ峯火山が形成されたステージである.これらの中で高堂森火山が最も古い火山体である.高堂森火山は湯向南西の標高470.2mピークを中心に発達する火山体で,主に安山岩質の溶岩と火砕物から構成される成層火山である.高堂森火山表層部の噴出物の間には,鬼界カルデラから約95,000年前に噴出した鬼界葛原テフラ(長瀬火砕流堆積物)が見出されていることから,高堂森火山の大部分は約10万年前ごろまでに形成されたと考えられる.
口永良部島東端部に発達するカシ峯火山は,湯向南方の256.6mピーク付近を中心とする火山体を構築している.カシ峯火山噴出物は城ヶ鼻火山・高堂森火山の噴出物を基盤とする.カシ峯火山の全ての噴出物はその中位に姶良Tn火山灰層(AT)を挟むローム層に覆われていることから,ATが降下した約3万年前より以前,おそらく5万年ごろまでに活動を終了していると考えられる.
野池火山は高堂森火山の西側を覆って成長した安山岩質の成層火山で,一等三角点口永良部島(600.1m)のピークをふくむ口永良部島中央部の北側を占める火山体である.北西側山麓の本村から東側の地域には厚い安山岩質溶岩流地形が認識できる.野池火山の山腹より上部は,山麓に発達する溶岩流群を覆うおもに火砕物からなる成層火山体からなる.野池火山の噴出物の大部分はATに覆われているため,ATが降下した約29,000年前までには野池火山はほぼ現在の大きさまで成長していたと考えられる.
ATより上位には,約15,000年前に口永良部島から噴出した大規模な火砕噴火のテフラ(野池―湯向テフラ)が認められる(第3図).野池―湯向テフラは野池山頂火口付近から噴出した軽石噴火堆積物で,野池火山の活動末期(約15,000年前)に噴出した.野池−湯向テフラは山頂火口周辺の野池火砕丘堆積物と,山腹に分布する湯向降下軽石層とそれを覆う寝待火砕流堆積物からなる.湯向降下軽石層は寝待火砕流堆積物の噴出に先行して噴出した降下軽石で,火口から約3km離れた湯向地区での最大層厚は3m以上である.野池−湯向降下軽石層の分布は番屋ヶ峰地区を除く口永良部島のほぼ全域を覆っており,その主軸は野池火口から北北東方向に伸びている(第4図).寝待火砕流堆積物は野池火山の北〜北東山腹を広く覆い,一部は西側山腹にも流下した(第5図).寝待火砕流堆積物は軽石質の火砕流堆積物で,寝待温泉付近では強く溶結し,軽石は圧密によりレンズ状になっている.非溶結部では直径数cm〜数10cmの軽石塊を多く含み,細粒物に乏しい.山麓における寝待火砕流堆積物は湯向降下軽石を覆っているが,一部指交関係が認められる.野池山頂火口周辺から北側中腹にかけては,野池−湯向テフラが厚く堆積し,火砕丘地形を作っている.野池火砕丘堆積物は火口近傍に堆積した淘汰の悪い軽石質の降下火砕物と火砕流堆積物からなり,その内部は強く溶結している.野池−湯向テフラの大部分は海域に分布しているため,正確な噴出量の見積もりは困難であるが,噴出物の総量は0.6km3程度かそれよりも大きいと見積もられる.このうち,野池火砕丘堆積物が0.23km3,寝待火砕流堆積物が0.20km3,湯向降下軽石堆積物が0.18km3程度を占める.
湯向テフラの噴出後,野池火山の活動はほぼ終了した.その後,野池火山の東山腹では小規模な水蒸気爆発が発生し,火口周辺に熱水変質した岩片や粘土からなる堆積物が部分的に分布している.




第3図
口永良部島東部における約3万年より新しい噴出物の模式的層序.テフラの詳細は下司・小林(2006)を参照.矢印は代表的な炭素14年代測定を行った炭化木片の採取層準.
Fig. 3
Schematic section of the tephra within the last 30,000 years (details is in Geshi and Kobayashi, 2006). Arrows shows the levels of representative 14C dating.





第4図
約15,000年前に噴出した野池−湯向テフラの分布.詳細は下司・小林(2006)を参照.
Fig. 4
Distribution of Noike-Yumugi tephra erupted in 15,000 years ago. Details is in Geshi & Kobayashi (2006).




3.3 古岳・新岳ステージ

約13,000年前以降,野池火山の南側で古期古岳火山が成長を開始した.13,000年前から11,000年前にかけて現在の古岳火口付近から玄武岩質安山岩マグマによるスコリア噴火が頻発した.この一連の噴火の噴出物を古岳―メガ埼テフラと呼ぶ.古岳―メガ埼テフラの噴火によって,現在の古岳火口を中心としてアグルチネートからなる火砕丘が形成された.またその周辺にはスコリア質火砕流(古岳スコリア質火砕流)が流下した.この噴火に伴い東部を中心として島のほぼ全域に降下スコリア層(メガ埼降下スコリア層1, 2)が堆積した(第5図). 一連の噴出物の総量は約0.6km3程度と推定される.
古期古岳火山のアグルチネートの火砕丘はその形成後に南側に向かって馬蹄形に崩壊し(第6図),崩壊地内部に新たに溶岩流と少量の火砕物からなる成層火山体(新期古岳火山)が成長を開始した.新期古岳火山の表層部に見られる最も古いテフラは約4500年前のものであることから,このころまでには新期古岳火山はほぼ現在の大きさまで成長していたと考えられる.その後,山頂火口から東山腹に南七釜溶岩流,南山腹に平床溶岩流が流下した.これら古岳火山からの溶岩流はいずれも安山岩質のブロック溶岩である.これらの溶岩流の流出と前後して,古岳山頂部ではブルカノ式噴火が繰り返され,古岳火山山頂部を覆う爆発角礫層が堆積し,火砕丘を形成した(新期古岳火砕丘堆積物1,2).これらの火砕物の一部は石質岩片に富む火砕流堆積物として山麓部まで流下している(新期古岳火砕流堆積物).古岳火山の最も新しい噴出物は約200年前に噴出し,古岳東側の山腹の一周道路沿いまで流下した七釜火砕流堆積物である.七釜火砕流堆積物は,直径数mにおよぶ本質岩塊を含む岩片に富む火砕流堆積物で,火口から約2km離れた地点での厚さは最大1m程度である.
鉢窪火山は新期古岳火山の南側に位置する小規模な成層火山体である.鉢窪火山は新期古岳火山の溶岩流の上に成長しているが,鉢窪火山の山麓は新期古岳火山の表層部の溶岩流に覆われている.従って鉢窪火山は新期古岳火山の活動時期の途中に形成されたと考えられる.
数千年前に新期古岳火山の北西側山腹が崩壊し(第6図),その崩壊地内に新岳火山が成長を開始した.新岳火山は,9世紀あるいは11世紀ごろに相次いで噴出したと考えられている(味喜・ほか,2002),複数枚の溶岩流ユニットからなる新岳溶岩と,その上を覆う新岳火砕丘からなる.新岳溶岩は少なくとも3枚のフローユニットから構成され,いずれも安山岩質のブロック溶岩である.新岳火砕丘は新岳火口からのブルカノ式噴火やマグマ水蒸気噴火の噴出物である爆発角礫層からなり,山腹部では岩片に富む火砕流堆積物に移行する.新岳火山山頂部には直径約250 mの中央火口が開口しており,また中央火口の周辺には径数10 m〜100 mほどの小火口が多数認められる.そのうちのいくつかは1930年代の噴火によって開口したことが知られている(田中館,1938).また,新岳火山体の東側には,南北に伸びる延長約500 mの割れ目火口が開口しており,1945年及び1980年噴火はこの割れ目火口から発生したことが知られている.また新岳山麓の渓谷沿いには新岳溶岩の噴出後に堆積したラハール堆積物が広く分布している.このうち向江浜周辺には1931〜35年に発生したラハール堆積物(田中館,1938)が分布している.
新期古岳火山・新岳火山の成長に伴う噴出物は,北西部を除く島のほぼ全域に降下した.古岳−メガ埼テフラより上位には,火山礫や火山灰を含むテフラ層が堆積している.その層厚は古岳新岳の山頂に向かって厚くなることから,新期古岳・新岳火山の成長に伴いブルカノ式噴火やマグマ水蒸気噴火が繰り返し発生したことが推測される.また新期古岳火山・新岳火山の山頂火口からおよそ3 kmの範囲の地表には,衝突クレーターを伴う直径数10cm以上の投出岩塊が多数みられる.投出岩塊には,しばしばパン皮状火山弾や放射状冷却節理が発達した岩塊が含まれる.一方,これらのテフラ層には降下軽石層などの火砕噴火を示すテフラは見られない.
なお,新岳・新期古岳を除く口永良部島の全域には鬼界カルデラから7300年前に噴出した幸屋火砕流堆積物が分布している(地質図では略).その層厚は一般には1m以下であるが,谷部などでは局所的に厚く堆積している.



第5図
約13,000〜11,000年前に噴出した古岳−メガ埼テフラ群の分布.詳細は下司・小林(2006)を参照.
Fig. 5
Distribution of Furudake-Megasaki Tephra erupted in 13,000 - 11,000 years ago. Details is in Geshi and Kobayashi (2006).





第6図
約13,000年前以降の口永良部島古岳・新岳火山の成長模式図.
Fig. 6
Illustrations of the growth of Furudake and Shindake volcanoes after 13,000 years ago.<
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4. 噴出物の岩石学的特徴

口永良部島火山の噴出物は,そのほとんどがカルクアルカリ系列に属する輝石安山岩である.径3〜4mmの斜長石,径2〜3mmの単斜輝石・斜方輝石の斑晶に富み,全岩SiO2量はほぼ54〜62%に集中する(第1表,第7図).高堂森火山やカシ峯火山など島の東部の火山は全岩のFeOT/MgO比がSiO2量に対してやや高い.また,全岩SiO2量に対するK2O量の関係を見ると,最も古い後境火山から番屋ヶ峰火山,それ以降の火山体の順に,K2O量が減少する傾向が認められる.
約15,000年前に野池火山から噴出した野池−湯向テフラの全岩SiO2量は55〜62.5%で,この組成バリエーションは口永良部島火山の噴出物の組成のほぼ全範囲に相当する.湯向テフラには縞状軽石が多く含まれ,噴火直前の苦鉄質マグマと珪長質マグマの混合が示唆される.13,000〜11,000年前に噴出した古期古岳-メガ埼テフラの全岩SiO2量は53〜59%に集中し,最近15,000年間の噴出物の中では最もSiO2に乏しい.最近約10,000年間に新期古岳及び新岳から噴出したマグマのSiO2量は59.5〜63.5%で,直線的なほぼ単一の組成トレンドを形成している.新期古岳及び新岳の間で,全岩組成に顕著な違いは見られない.




第7図
口永良部島火山噴出物の全岩化学組成.
Fig. 7
Whole-rock composition of the lavas of Kuchinoerabujima volcano.




5.記録に残る噴火活動

記録に残る最古の噴火は1841年で,それ以降1931-35年ごろと1966-80年にかけて噴火が頻発した活動期が認められる(第2表).記録に残る噴火は全て新岳の山頂火口及びその周辺から発生している(井口,2002,気象庁,2005).
1841年には複数回噴火し,現在の前田集落付近に火山礫が降下したとの記録があるがその詳細は不明である.19世紀後半から20世紀初頭にかけてはほとんど噴火記録が残されていない.
1931年から35年にかけて新岳火口及びその周辺で噴火活動が活発化し,しばしば爆発的噴火が発生した.火山岩塊は新岳火口から約2km離れた向江浜集落付近まで到達したと記録されている.夜間の噴火では赤熱岩塊の投出が目撃され,また広範囲に森林火災が発生するなど,高温のマグマ物質が放出されたことが推測される.とくに1932年12月25日の噴火では火口から1.7km東麓の七釜集落に高温の火山礫が多数降下し,集落13戸が全焼し死者8名,重軽傷27名を出している(本間1934a,b,松本,1935,田中館,1938).また新岳から北西に流下する向江浜川にはたびたび二次的な土石流(ラハール)が発生した.主要な活動が終了して約1年後の 1935年4月4日には向江浜川で降雨による大規模なラハールが発生し,硫黄精錬施設が集中していた向江浜集落が被災し,死者5名の被害を生じた(田中館,1938).
1945年11月3日に発生した噴火については十分な記録は残っていないが,新岳山頂東側に開口した側火口及び割れ目火口から発生した水蒸気噴火と考えられている.火口の近傍には,変質した岩片からなる噴出物が局所的に残存している.
1966年11月22日には新岳山頂火口から爆発的噴火が発生した(第8図).島の南〜東部を中心に降灰があったほか,北側山腹の広い範囲に投出岩塊が飛散した(荒牧,1969).新岳火口から約3.5 km北方に離れた寝待温泉の海上にまで多数の岩塊が到達し,本村―湯向間の道路が寸断された.また高温の火山岩塊の着地によって北側山麓を中心に広範囲で山林火災が発生した.降灰は屋久島・種子島まで到達した(鹿児島地方気象台・屋久島測候所,1967).その後,1970年代にかけて新岳火口から断続的に小噴火が発生し,新岳火口周辺に投出岩塊を飛散させたほか山麓に少量の降灰をもたらした. 1980年9月28日には,新岳山頂の東側を南北に走る既存の割れ目火口から噴火し,南西方向に火山灰が飛散した(第9図:京都大学防災研究所・ほか(1981)).割れ目火口の近傍には,変質した岩片からなる噴出物が局所的に残存している.



第8図
1966年11月22日噴火の噴出物の分布.鹿児島地方気象台・屋久島測候所(1967)などによる.
Fig. 8
Distributions of the eruption products of November 22, 1966 eruption, after Kagoshima Local Metrological Observatory and Yakushima Weather Station (1967).




第9図
1980年9月28日噴火の噴火割れ目と噴出物の分布.京都大学防災研究所ほか(1981)による.
Fig. 9
Distributions of the eruption products of September 28, 1980 eruption. After Disaster Prevention Research Institute, Kyoto University et al. (1981).




6.最近の火山活動

1980年噴火以降も火山性地震活動は活発である(井口・ほか2002a).京都大学防災研究所によって1990年以降継続されている地震観測によると,1996年3〜6月,1999年8月〜12月,2001年4月〜2004年2月ごろにかけて火山性地震活動の活発化が見られた.とくに,1999年以降火山活動は活発な状態が続き,しばしば火山性微動が観測されている.火山性地震の震源は新岳火口直下から西側の海水面より浅い標高100〜400mの火山体内に集中している(井口ほか,2002a).また1995,96年から2000年までのGPS観測により新岳火口を中心とする膨張が検出され,変動源として新岳火口東側の海面下数100mの浅い場所に存在する圧力源が推定されている(井口ほか,2002b).この場所は空中磁気測定によって検出された磁気強度の弱い部分(宇津木ほか,2002)とおおよそ一致しており,浅部に存在する熱水溜りに対応すると考えられている.更に,2001年4月ごろから新岳火口浅部において顕著な全磁力減少が検出され火口直下部分の温度上昇が続いていると考えられている.これらの観測結果から,1980年噴火以降新岳の東側の海面下0.5 km付近にある熱水溜りの膨張により熱水が新岳に向かって上昇し,火口浅部において火山性地震や熱的活動の活発化をもたらしていると解釈される(井口ほか,2002b).2005年1月には地震活動がやや活発化し,それに伴い新岳山頂部を中心とした山体の膨張が観測された(斉藤・井口,2006).この山体膨張の圧力源は新岳火口直下数100mの深さに推定されていることから,火口直下の熱水溜りの圧力上昇によって地震活動が活発化したものと推測される.2005年1月の地震活動の直後,新岳山頂の噴気活動が一時的に活発化した(斉藤・井口,2006).



第10図
2005年末現在の口永良部島のおもな火山活動観測機器の設置状況.
Fig. 10
Monitoring system of Kuchinoerabujima volcano. JMA: Japan Metrological Agency, GSI: Geographical Survey Institute, AIST: National Institute of Advanced Industrial Science and Technology.



7.噴気活動及び温泉

新岳山頂火口周辺及び古岳火口内部には,活発な噴気地帯が分布している.これらの噴気地帯では,大正年間から昭和初期にかけて硫黄の採掘が行われていた.このうち,1980年噴火の割れ目火口付近の噴気地帯では,1992年には342℃の噴気が記録されているが,2000年以降は100℃を下回っており,1980年噴火以降長期的には温度低下の傾向がみられる(平林ほか,2002).一方,地震活動が活発化した2002年以降新岳火口底及びその火口縁周辺では噴気・地熱地帯の拡大と温度上昇が観察されている.このほか,野池南斜面にも微弱な噴気・地熱地帯が分布している.
口永良部島の海岸付近では,数ヶ所から温泉が湧出している.このうち,新岳西側海岸のニシマザキ付近では海底から温泉が湧出し,しばしば変色水域として観察される.また,北海岸の寝待,湯向,西の湯地区では海岸線付近から40〜60℃の温泉が湧出しており,利用されている.


8.火山観測体制

口永良部島火山では1999年ごろからの地震活動の活発化に対応して,気象庁及び京都大学防災研究所を中心とした各機関により,各種の観測が実施されている(第10図).気象庁は新岳を中心に地震計を4台設置し火山活動の監視を行っている.また本村には遠望カメラ及び空振計を設置している.京都大学防災研究所では新岳を中心として地震計,GPS,全磁力計を展開し,火山活動の継続的な観測を行っている.また2004年11月には,京都大学防災研究所を中心として地震波構造探査・比抵抗構造探査が実施され,火山体の地下構造の調査が行われた.産業技術総合研究所では京都大学防災研究所と協力して新岳とその周辺に3点のGPS観測点を設置し連続観測を行っている.そのほか,気象庁及び海上保安庁による上空からの目視観測,気象庁による現地機動観測が随時行われている.これらの観測結果を基に,2005年2月以降,気象庁は口永良部島火山の活動度を0〜5の6段階に評価・公表している. 2005年2月以降,2006年7月現在までの活動度は2(やや活発な火山活動)である.


9.噴火活動の特色

江戸時代末期以降の活動は,新岳山頂火口からの爆発力の強いブルカノ式噴火や水蒸気噴火が特徴である.過去の噴火では明瞭な直前予兆現象はほとんど記録されていないため,突発的な噴火に対する注意が必要である.過去に発生した規模の大きなブルカノ式噴火ではマグマ物質の放出が認められることから,このようなブルカノ式噴火の直前には火口浅部までマグマが上昇・貫入すると予想される.一方,1980年噴火のような水蒸気噴火の場合,火口直下へのマグマの上昇・貫入を伴わずに発生する可能性が高い.
記録に残る江戸時代末期以降の噴火は全て新岳山頂火口及びその周辺で発生しているが,古岳火口でも江戸時代末まで噴火が発生していたことが明らかになった.七釜付近に分布する約200年前の火砕流堆積物は古岳火口から噴出したものであり,近年までマグマ噴出を伴う噴火活動が発生していたことを示している.現在も古岳火口底の噴気活動は活発であり,古岳火口からの噴火の可能性も考慮する必要がある.
昭和初期及び中期に発生したようなブルカノ式噴火が再び発生した場合,火山岩塊の落下が最も大きな災害要因となるだろう.過去1万年間に新期古岳及び新岳火口で発生したブルカノ式噴火による噴出物の調査からは,直径20 cm以上の投出岩塊は古岳・新岳火口から約3.5 kmまで,それより小さい径数cmの火山礫は風向きにより番屋ヶ峰地区を除くほぼ全島に降下したことが明らかになっている.強い爆発を伴った1966年11月22日の噴火では,新岳火口から3.5km離れた寝待温泉付近にまで径50cm以上の火山岩塊が到達している.古岳・新岳火口での爆発的噴火では,山麓まで短時間で到達・落下する投出岩塊への対策が必要である.また,過去のブルカノ式噴火ではしばしば小規模な火砕流が発生し,新岳・古岳の中腹〜山麓部まで流下している.今後の噴火でも火砕流の発生にも警戒を要する.噴火に伴う火山灰は風向きにより島のすべての地域に降下する可能性があるほか,種子島・屋久島地域でも火山灰が降下する可能性がある.また山頂部に堆積した火砕物による二次的な土石流(ラハール)の発生も懸念される.



引用文献

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Geology of Kuchinoerabujima Volcano

Kuchinoerabujima volcano is a one of the active volcano sitting on the volcanic front of the Ryukyu island arc, and consists of a volcanic island named Kuchinoerabujima. Kuchinoerabujima Volcano is a cluster of at least nine volcanic edifices of Gokyo, Jogahana, Ban'yagamine, Takadomori, Noike, Kashimine, Hachikubo, Furudake and Shindake. Among them, Gokyo, Jogahana and Ban'yagamine Volcanoes were the oldest group older than 200 ka. Takadomori, Kashimine and Noike Volcanoes were built between 200 ka and 10 ka. A pyroclastic eruption around 15 ka issued Noike-Yumugi tephra consisting of Yumugi pumice fall deposit, Nemachi pyroclastic flow deposit and Noike pyroclastic cone deposit. Total volume of Noike-Yumugi tephra is estimated as >0.6 km3.
Furudake Volcano became active at around 13 ka on the southern flank of Noike Volcano. The activity of Furudake Volcano can be divided into older and younger stages with major sector collapse. Older Furudake Volcano had built around 13 - 11 ka and issued Furudake-Megasaki tephra, consisting of Furudake agglutinate, Furudake scoria flow deposit and Furudake-Megasaki Scoria falls deposit. Younger Furudake Volcano was built inside the collapsed scarp of Older Furudake Volcano. The edifice of Younger Furudake Volcano consists mainly of andesitic lava flows with minor pyroclastic flow deposits. Shindake Volcano is the youngest volcanic edifice in Kuchinoerabujima Island and began active around 1 ka on the northwestern slope of Older Furudake Volcano. Shidake lava flows erupted between 9 and 11th century. Repeated Vulcanian-type explosions have built a pyroclastic cone on the summit of Shindake Volcano after the eruption of Shindake lavas.
The oldest eruption in historical record is in 1841 and frequent eruptions have been recorded. All the historical eruptions were occurred at and around the summit crater of Shindake. Major explosive eruptions occurred in 1930s and 1966 - 1973. Last steam eruption was occurred on September 28, 1980 from an eruption fissure running in the eastern summit of Shindake Volcano. Fumarolic activities are observed in and around the summit crater of Shindake and Furudake Volcanoes.
Most of the volcanic product of Kuchinoerabujima Volcano consists of two-pyroxene andesite, their whole-rock SiO2 content ranging from 54 to 64 wt.%. Composition of lavas erupted within the last 10,000 from Furudake and Shindake is ranging from 59.5 to 63.5 wt.% of SiO2.




第1表
口永良部島火山の代表的な噴出物の全岩化学組成.
Table 1
Representative whole-rock composition of the volcanic products.


第2表
口永良部島の噴火記録.
Table 2
List of historical eruptions of Kuchinoerabujima volcano.



 


表紙説明
南東上空から見た口永良部島火山中心部.左手前が新期古岳火山,中央部が新岳火山.右奥が野池火山.2003年10月撮影.
Southwest view of the central part of Kuchinoerabujima volcano. Taken in October 2003.