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真狩村からの羊蹄山 倶知安町からの羊蹄山

名前のいわれ

後方羊蹄山または羊蹄山(ようていざん、1,893m)は美しい円すい型の成層火山です。別名蝦夷(えぞ)富士とも呼ばれ、 西南北海道で一番の高さを誇っています。 国土地理院発行の5万分の1地形図「留寿都」では、羊蹄山という名の下に括弧付きで蝦夷富士と書かれており、 さらにそのすぐ下に「後方羊蹄山の高山植物帯」という記載があります。明治30年に山頂に設置された一等三角点の名が、 シリ・ペッの別名マク・カリ・ベツ(山の・後ろを回る・川)から 真狩岳と名づけられたこともありました。 これらのことから想像できるように、この山の名の由来はちょっと複雑です。

この山は、もともとはアイヌ語でマテネシリ(女山)と呼ばれていました。羊蹄山の麓を流れる尻別川の名はアイヌ語名のシリ・ペッ(山に沿って下る・川)に由来しますが、これがなまって、和人はこの川の周辺の地域名(現在の支庁名)を後方・羊蹄 (しりへ・し=しりべし)と呼ぶようになり、 そこにあるひときわ目立つ大きな山を後方羊蹄山(しりべしやま)と名づけました。この名が簡略化されたうえ、読み方まで変化して、 いつの間にか羊蹄山(ようていざん)となってしまいました。

羊蹄山の南東にある尻別岳は札幌から中山峠を超えた時に羊蹄山より先に目に入り、 しかも山の形が似ているため「にせ羊蹄」などと呼ぶ人もいます。 一方、1712年の和漢三才図絵にある「蝦夷之図」には、羊蹄山そのものが尻別嶽と記載されています。 これではどちらがどちらの偽物なのかよくわかりません。 昔のアイヌの人達は現在の尻別岳をピンネシリ(男山)と呼び、女山である羊蹄山とは夫婦関係にあると見なしていたようです。

火山活動

地質図
地質図
地形
地形レリーフ

5万分の1地質図幅「留寿都」によると、 羊蹄火山本体を作った噴火活動は3つの時期に分けられます。

  • 第1期には現在の火山体の大部分が作られました。
  • 第2期では溶岩流が西と北東方向に流れ出ています。
  • 第3期には噴出中心が東に移動し、現在の頂上部が出来ました。

山体の大部分を形成した第1期の活動が最も長期間続いていたはずなので、 「第2・3期のような短期間のエピソードに細分すれば良いのに」と思われるかもしれません。 しかし、現在地表から全く見えない部分(すなわち第1期の噴出物のほとんど)については、 研究が容易には進まないため、 細分は困難なことなのです。

本体の形成後、側噴火により北山、半月湖など、 少なくとも6個の寄生火山が生成しました。 これらの寄生火山や溶岩流の形は現在の地形にも反映されていて、 羊蹄山の形が完全な円錐形ではないことの原因となっています。

湧水

ふきだし公園
ふきだし公園
カムイワッカの水
カムイワッカの水

火山灰や溶岩を順番に積み重ねてできる成層火山の裾野には、 しばしば湧水が見られます。 日本を代表する成層火山の富士山周辺には泉が多数分布していますし、 北海道北部の日本海に浮かび「利尻富士」の愛称を持つ利尻山の「甘露泉水」や、 道東の斜里岳山麓の「来運の水」も銘水として親しまれています。 これらはいずれも、成層火山上に降った雨と雪が地下へ浸透し、 斜面に積もった火山灰の中を数十年~数千年という歳月を経て流れ落ちる間に濾過され、 ミネラル成分を添加された最良のミネラルウォーターとなり、 山麓で一気に噴き出したものです。

豪雪地帯にあり「蝦夷富士」として親しまれている羊蹄山の麓にも、 質・量ともに優れた泉が10カ所以上知られています。 中でも北東山麓の京極町にある泉の周辺は 吹き出し公園 として整備されており、南麓の真狩村富岡にある カムイワッカ(神の水) と共に毎日多くの観光客と水を求める市民を集めています。

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