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地質で語る百名山 トップへ
筑波山 トップへ

小松原琢・内田洋平
written by Taku Komatsubara and Youhei Uchida

筑波山  ―百名山の最低峰―

日本百名山最低峰・筑波山=標高877m。「なぜこんな低山が百名山なの?」と疑問に思う人は少なくないでしょう。実は私もその一人。しかし、麓に住む者の身びいきを差し引いても、この山が地学的に興味深いことは間違いないと思います。

筑波山の地形  ―あけっぴろげな山姿―

筑波山(Photo1)は、東西に並んだほぼ同じ高さの2つの峰(女体山877m、男体山871m)からなる双耳峰です。筑波山は北から関東平野に向かって岬のように山が突き出した場所に位置し、南面と西面は山らしい前山もなく関東平野に直面しています。また、深い谷も複雑な起伏の尾根も急崖もない、大変単純な形をしています。こうした地形のため、筑波山は遠くからも近くからも同じように全貌を見せてくれる、あけっぴろげな山という印象を受けます。

万葉の昔から今に至るまで、筑波山が山麓の人々のおおらかな恋の舞台とされてきたのは、このあけっぴろげな山姿のため?、かもしれません。


Photo 1 : 筑波山全景

筑波山の地質 ―本体をなす深成岩と裾野を覆う岩屑と―

さて、筑波山の成り立ちには、地質が大きく関わっています。筑波山の地質は5万分の1地質図幅「真壁」に詳しく記されています。

山頂を含めて筑波山の山体の大部分は硬い「斑れい岩」(Photo2)と呼ばれる深成岩(地下深くでマグマが冷え固まってできた岩石)によって作られています。筑波山の斑れい岩は、巨大な一かたまりの岩体をなしていますが、女体山山頂付近では白く、山麓では黒っぽい色をしています。このように一つの岩体で色が違うのは、マグマが冷え固まる際に比重が大きく黒っぽい鉱物がマグマだまりの下部に濃集して、残りの白く比重の軽い部分がマグマの上の方に残ったためと考えられます。最近の研究によると、この斑れい岩は約7500万年前の白亜紀に貫入してきたと考えられています。いわば筑波山の斑れい岩は、遠い昔に火山になりそこねて(地上に噴火しなかった)地下で固まったマグマだまりの化石です。中でも白い岩からなる女体山の頂上は、遠い昔地下深くでドロドロに溶けていたマグマだまりの天井に近い部分だったのでしょう。それが山になっているのは、筑波山付近を南端として八溝山地から阿武隈山地にかけて広い範囲が隆起してきたためです。


Photo 2 : 山頂付近の斑れい岩

斑れい岩を放射状に取り囲んで花崗岩が分布しています。花崗岩は、斑れい岩と同様の深成岩の一種ですが、斑れい岩よりも新しく約6000万年前ごろに深さ約12kmの地下深部に貫入してきたと考えられています。花崗岩は斑れい岩に比べるともろく浸食されやすいため、斑れい岩が山頂部を、周囲の花崗岩はそれより低い山体を作っています。

筑波山の中腹以下では、これらの古い岩盤から剥がれ落ちた岩のかけらが積み重なってできた崖錐堆積物が、岩盤を毛布のように覆っています。登山道のいたるところで見かけるごろごろした岩とその間を埋める小石や土からなる地層がそれです(Photo3)。筑波山の麓に広がる美しい裾野は、崖錐堆積物が岩盤の起伏を埋めるように堆積してできたものです。


Photo 3 : 登山道の崖錐堆積物

筑波山の山姿は硬い岩とゆっくりした隆起運動の賜物?

なぜ筑波山はいきなり関東平野に面して聳えているのか、そして人々に親しまれたあけっぴろげな山姿をしているのかを考えてみました。

日本の大きな平野に面する山の大部分は、活断層によって隆起した山か火山です。しかし、筑波山は火山ではなく近くに活断層もありません。この山は阿武隈山地を中心とした広い隆起帯(地球内部の働きによって地盤が隆起する地帯)の南端に当たります。もし、筑波山がもろくて浸食されやすい地層でできていたなら、隆起と同時にどんどん浸食されて「山」になりにくかったでしょう。また、広い範囲が急速に隆起すれば、山体の中心だけでなく周囲の広い地域が同時に隆起し、前山をもつ山地ができやすいでしょう。しかし、ゆっくりと硬い岩盤が隆起した場合には、山の周囲は川によって浸食されて低くなる一方、硬い岩盤は削り残されて次第に高くなり、前山なしに平野に面する山ができやすいのではないでしょうか。筑波山の花崗岩は約6000万年間かけて12kmの深さから今の高さまで隆起してきました。また筑波山の周囲には、10万年~30万年前に関東平野を流れていた川によって作られた台地(段丘)が今の低地より10~30m高い場所に広がっています。こうしたことから、筑波山はおおざっぱにみて1万年あたり1~2mという速度で隆起してきたと考えられます。この速度は、日本の山の隆起の速度としては速い方ではありません(もっとも世界全体と比較すると、これでもすいぶんと速い部類ですが...)。私なりにまとめれば、筑波山は硬いマグマだまりの化石が「速過ぎず、遅過ぎず、ちょうど良い速度で」隆起したために、平野に直面する山となったのではないかと考えています。そして、隆起しながら少しずつ山麓に岩屑をふるい落としていったため、美しい裾野をまとう山姿が作られたと言えるのではないでしょうか。

古くから人々に親しまれた山姿は、このように精妙な地球の営によって作り上げられてきたと思います。山好きには敬遠されがちな筑波山ですが、遥か遠い昔にさかのぼる山の歴史に思いを馳せながら、山頂でのひとときを過ごされてはいかがでしょうか。

筑波山の湧水

筑波山周辺には数多くの湧水が分布しています。筑波山に降った雨や雪は、いったん森に貯えられた後、少しずつ地下へ浸透し、崖錐堆積物中や岩盤の割れ目をゆっくりと地下水として流れていきます。最近の研究で、筑波山に降った雨の一部は地下水となり、関東平野の中央部付近(埼玉県)で上昇してくることが報告されています。

筑波山の標高約620m地点には比較的湧出量の多い湧水があります(Photo 4)。この湧水は男体山と女体山の間を南下して桜川へと注ぐ男女川の水源地近くにあります。2002年5月13日に調査したときは、水温9.6℃、電気伝導度96.8μS/cmでした。きれいな雨水は成分がほとんど無いので、電気伝導度は0に近い値を示します。雨水が地下へ浸透して地下水となり、土粒子や岩石と接触しながら滞留時間の経過と共に色々な成分を溶かし込んでいく過程で、電気伝導度は高くなっていきます。ちなみに水道水の電気伝導度は200~300μS/cmと言われています。


Photo 4 : 筑波山の湧水

筑波山麓の一条院にも湧水があり、参詣前の清めの水に使われています(Photo 5)。同日の調査では、水温15.1℃、電気伝導度377μS/cmでした。気温の低い筑波山山頂で降った雨が地下へ浸透し、麓の一条院まで時間をかけて流動する間に、水温は温められ、水質の成分も増えて電気伝導が高くなっています。


Photo 5 : 一条院の清めの水

登山の休憩時に飲む冷たい湧き水は、とても美味しいものです。筑波山の湧き水を飲みながら雄大な景色を眺め、その湧水がこれから何百年、何千年という長い時間をかけて関東平野を流れていく姿を想像してみませんか?

参考文献

宮崎一博(1999)筑波変成岩類の温度圧力見積もり. 地質調査所月報、50、p.515-525.
宮崎一博・笹田政克・吉岡敏和(1996)真壁地域の地質. 地域地質研究報告(5万分の1地質図幅)、地質調査所、103p.
つくば市(2001)つくば湧水探検マップ. つくば市市民環境部環境課.
内田洋平・林武司(2002)地下水調査における"マルチトレーサー"の試み. 地質ニュース、571、p.28-32.