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地質調査研究報告 Vol.74 No.5/6(2023)

特集:鹿児島県トカラ列島周辺の海洋地質 -2021年度調査航海結果-

表紙

2021年度トカラ列島周辺海洋地質調査

2021年度トカラ列島周辺海洋地質調査 地質調査総合センター(GSJ)では1970 年代から日本周辺海域の20 万分の1 海洋地質図を発行している.本特集号では沖縄トラフ北部海域調査の一環として,トカラ列島周辺海域で実施した反射法地震探査,海底地形調査,磁力調査,表層堆積物調査の結果について報告する.

上:鹿児島県トカラ列島の火山島である諏訪之瀬島に沈む夕日
  諏訪之瀬島は活動的な活火山で,山頂より噴煙が上がっているのが
  確認できる
左上:反射法地震探査で使用する音源(エアガン)の投入
中下:表層試料を採取するための木下式グラブサンプラーの投入
右下:岩石試料を採取するためのドレッジャーの投入

(写真・文:井上卓彦)

目次

全ページ PDF : 74_05_full.pdf [55.7MB]

タイトル著者PDF
巻頭言
鹿児島県トカラ列島周辺の海洋地質−2021年度調査航海結果− 井上卓彦・板木拓也・天野敦子 74_05_01.pdf [3.8MB]
概報
GB21-2,3トカラ列島周辺海域におけるマルチビーム測深器による観測の概要 高下裕章・佐藤太一・鈴木克明 74_05_02.pdf[7MB]
GB21–2,GB21-3及びGS21 航海(トカラ列島周辺海域)における磁気異常観測の概要 佐藤太一・高下裕章 74_05_03.pdf [1.7MB]
2021年度海域地質図航海で行ったトカラ列島周辺海域の反射法音波探査及びドレッジ調査の概要   石野沙季・針金由美子・三澤文慶・井上卓彦 74_05_04.pdf[13MB]
GS21航海での高分解能サブボトムプロファイラー探査に基づくトカラ列島周辺海域の海底下浅部構造   三澤文慶・古山精史朗・高下裕章・鈴木克明 74_05_05.pdf[9.6MB]
論文
GB21-3航海においてトカラ列島北部周辺海域で採取された堆積岩の石灰質微化石に基づく堆積年代と地質学的意義 有元 純・宇都宮正志 74_05_06.pdf[3.2MB]
トカラ列島周辺海域の底質分布とその制御要因 鈴木克明・板木拓也・片山 肇・兼子尚知・山﨑 誠・有元 純・徳田悠希・千徳明日香・清家弘治 74_05_07.pdf [9.7MB]
概報
トカラ列島周辺海域(GB21-2および21-3航海)で採取された海底堆積物の化学組成 久保田 蘭・太田充恒・立花好子・板木拓也・片山 肇・鈴木克明・ 間中光雄 74_05_08.pdf[1.5MB]
トカラ列島周辺海域における底生有孔虫群集の概要(予報) 長谷川四郎 74_05_09.pdf [1.5MB]
論文
トカラ列島周辺海域における現生貝形虫相の空間変化 中野太賀・岩谷北斗・鈴木克明・板木拓也 74_05_10.pdf[1.2MB]
概報
トカラ列島周辺海域から海洋底調査航海GB21-1・GB21-2により採集されたウシオダニ類   安倍 弘 74_05_11.pdf[1.5MB]
トカラ列島南西海域より採水した底層水の水素・酸素同位体組成 及川一真・宮島利宏・高柳栄子・井龍康文 74_05_12.pdf [1.7MB]
GH18航海において石垣島近傍海底で採取された堆積物の石灰質ナノ化石の追加検討 宇都宮正志 74_05_13.pdf[399KB]

要旨集

GB21-2,3トカラ列島周辺海域におけるマルチビーム測深器による観測の概要

高下裕章・佐藤太一・鈴木克明

トカラ列島周辺海域の,北緯28度45分から北緯31度15分,及び東経128度50分から東経131度20分の範囲において,海域地質図作成を目的としたマルチビーム音響測深装置(MBES)を用いる航走観測を実施し,高解像度海底地形データ及び後方散乱強度データを取得し解析した.統合した地形からは,当該海域に含まれる特徴的なリッジ状の地形が,蟇曾根・南蟇曾根・権曾根・平島曾根を含む一連の高まりを形成し,その位置は沖縄トラフと島弧の境界に相当することが示唆された.後方散乱強度は,口之島,中之島,臥蛇島・小臥蛇島,諏訪之瀬島,及び蟇曾根周辺で高く,広く火山砕屑物が海底面を覆っている可能性が示唆された.同様に高い後方散乱強度分布は悪石島,平島周辺でも見られることから,トカラ列島の火山フロント部では,広域に海底を覆う崩壊を伴う火山活動があった可能性が示唆された.

GB21–2,GB21-3及びGS21航海(トカラ列島周辺海域)における磁気異常観測の概要

佐藤太一・高下裕章

トカラ列島北部海域において,海域地球物理図作成を目的とした地磁気観測を実施し,曳航式全磁力計の観測値に基づき全磁力異常図を作成した.また昨年度のトカラ列島南部海域で取得された三成分磁気観測から算出した全磁力異常と合わせてトカラ列島全域の磁気異常図も作成した.島弧の島々及び複数の海底下の地形的高まりではダイポール型磁気異常が見られ,地形との関連から火山活動によるものと推測される.調査海域西側の南北方向に連続する地形的高まりは,地磁気・重力的特徴から火成活動を伴う沖縄トラフの東縁部をなす地形的境界であると考えられる.この地形的高まりの一部では正の磁気異常がみられており,表層の火成活動による起因する磁化によるもの,もしくはより深部の磁化物体によるものと推測される.トラフ底では海底地形を伴わないダイポール型磁気異常の一部と考えられる正の磁気異常が観測され,海底下の火成活動が推測される.

2021年度海域地質図航海で行ったトカラ列島周辺海域の反射法音波探査及びドレッジ調査の概要  

石野沙季・針金由美子・三澤文慶・井上卓彦

北部沖縄トラフ近傍のトカラ列島周辺海域における海底地質図を作成するため,GB21-2航海,GB21-3航海,及びGS21航海にてマルチチャンネル反射法音波探査及びドレッジ調査を行った.本稿では,反射法音波探査とドレッジ調査の概要,及び反射断面に認められた特徴的な海底地質構造について速報する.トカラ列島東方の反射断面には,音響基盤の上位に堆積盆が観察された.この堆積盆には西北西– 東南東走向の正断層が発達し,堆積盆の北縁部及び南縁部では正断層が特に密に分布していた.堆積盆の形成過程における構造運動の違いを反映していると考えられる不整合面を認定した.正断層によってこの不整合面より下位の地層が露出しているところでドレッジ調査を行い,堆積岩を採取した.トカラ列島西方においては,北北東– 南南西方向の地形的高まり西側斜面に沿って約50 kmに渡る西落ちの正断層が認められた.この地形的高まり周辺の海底平坦部には,広域的に正断層が発達しており,多くが北北東– 南南西走向であった一方で,諏訪之瀬島西沖及び悪石島西方沖では東北東– 西南西走向が卓越していた.さらに,本海域西方では一部で横ずれ運動を示唆する高密度に発達した正断層が分布していた.今後,このような構造的特徴に加えて音響層序による地層の面的な分布を検討することで,北部沖縄トラフとトカラ列島周辺海域の構造発達史についてより詳細な議論へ進展すると期待される.

GS21航海での高分解能サブボトムプロファイラー探査に基づくトカラ列島周辺海域の海底下浅部構造  

三澤文慶・古山精史朗・高下裕章・鈴木克明

2021年10月に実施したGS21航海では,東京海洋大学の神鷹丸を用いて,トカラ列島周辺海域の火山フロント域を中心に高分解能サブボトムプロファイラー(Subbottom profiler;SBP)探査を行い,海底下浅部に関する地質情報を取得した.本論では,SBP探査により明らかになったトカラ列島周辺海域の東新曾根周辺部,臥蛇島南方域,五号曾根周辺部,及び奄美舟状海盆域の海底下浅部の地質構造をまとめる.東新曾根周辺部及び臥蛇島南方域は,五号曾根周辺部と比較して断層及び海底火山が少ない傾向にあり,成層構造からなる堆積層が発達している.五号曾根周辺では,断層に起因したと考えられる凹地地形や階段状の地形などが発達し,島嶼の間に海底火山と思われる地形的高まりが認められる.奄美舟状海盆では大島新曾根の北側斜面域でサンドウェーブに起因する特徴ある反射面が認められた.加えて,浸食地形の一種であるケスタ地形に類似した堆積層の層理面が浸食によりむき出しとなったエリアが認められた.

GB21-3航海においてトカラ列島北部周辺海域で採取された堆積岩の石灰質微化石に基づく堆積年代と地質学的意義

有元 純・宇都宮正志

GB21-3航海において北部琉球弧トカラ列島周辺の海底から採取された堆積岩試料について,年代決定に有効な石灰質微化石(石灰質ナノ化石・浮遊性有孔虫)の検討を行った.石灰質微化石の産出が認められた検討試料は全て,前期更新世カラブリアン期以降の堆積年代を示す.前弧側の種子・屋久海脚西縁部から得られた試料の一部,及び背弧側の東新曾根–サンゴ曾根間から得られた試料は,石灰質ナノ化石帯CN14a亜帯もしくは浮遊性有孔虫化石帯PT1a亜帯に対比され,堆積年代は1.59–0.43 Ma(前期–中期更新世)と考えられる.また種子・屋久海脚西縁部で得られた試料の一部は,石灰質ナノ化石帯CN15帯に対比され,堆積年代は0.29 Ma以降(中期更新世以降)に制約される.岩相や微化石群集組成から,これらの試料の由来する地質体は前期更新世以降の北部琉球弧における火山活動やテクトニクスを背景とした堆積作用を記録している可能性が示唆される.

トカラ列島周辺海域の底質分布とその制御要因

鈴木克明・板木拓也・片山 肇・兼子尚知・山﨑 誠・有元 純・徳田悠希・千徳明日香・清家弘治

トカラ列島周辺海域において実施した海底地質調査航海GB21-2及びGB21-3では,102地点で表層採泥を実施した.おおむね水深800 m以上の平坦な海底には泥質堆積物が分布し,多くの地点で強い生物擾乱を受けている.砂質堆積物や礫,露頭の分布は,必ずしも浅い水深には限定されないが,島嶼部や浅海域およびその周辺では生物源または非生物源の粗粒物質が多く観察された.こうした底質分布は生物生産の場である島嶼部や浅海域に加えて,海底下の堆積物供給源となりうる海底火山の存在に規制されていると思われる.島嶼部周辺で多く見られるリップルなどのベッドフォーム,露頭や礫質堆積物の分布は,本海域で蛇行する黒潮の強い影響を示唆する.コケムシ類の分析結果,サンゴ類の分布,及び浮遊性有孔虫の群集・サイズ分布・保存状態の検討から,黒潮は底層流を通した力学的な影響とともに,生物群集組成やその体サイズなど生物学的な影響も同時に堆積物に与えている可能性が示唆された.

トカラ列島周辺海域(GB21-2および21-3航海)で採取された海底堆積物の化学組成

久保田 蘭・太田充恒・立花好子・板木拓也・片山 肇・鈴木克明・ 間中光雄

トカラ列島周辺海域から採取した海底表層堆積物90試料について,主成分元素および微量元素24元素を定量した結果を示し,化学組成の特徴や分布特性について検討を行った.本調査海域の海底堆積物は, CaO, Srに富む生物遺骸粒子,T-Fe2O3やMgOなどに富む苦鉄質火山岩類由来の砕屑性粒子,K2Oなどに富む珪長質火山岩類由来の砕屑性粒子の3つの起源物質に由来するものと考えられ,それらの寄与率には地域性がある.各元素濃度間の相関関係から,特に諏訪之瀬島の東方沖(トカラ列島中部海域)では苦鉄質火山岩由来の砕屑性粒子の寄与が大きいことが示唆された.また,Cuを高濃度含む試料がトカラ列島中部海域に認められるが,T-Fe2O3やTiO2濃度は必ずしも高くない.一方で,トカラ列島南部海域のCu高濃度試料はMnO濃度が高いことから,Cu濃集の原因としては初期続成作用の影響が考えられた.

トカラ列島周辺海域における底生有孔虫群集の概要(予報)

長谷川四郎

GB21-1,2及び3航海によるトカラ列島周辺海域の水深約185–1,200 mの73地点の試料について,有孔虫群集の産状を検討した.底生有孔虫主要種の深度分布をもとに識別した4帯の群集は,これまでに南西諸島周辺で報告されたⅡ帯~Ⅴ帯に対応する.しかし,南西諸島北部の本海域と南端の八重山周辺海域とでは,深度帯の水深に明瞭な相違がある.その地理的変異は,東シナ海における海洋構造に関連すると考えられる.
底生・浮遊性有孔虫数,底生有孔虫の殻質構成比,浮遊性有孔虫率などの指標を算出し,各有孔虫指標の深度分布における異常値に着目して,それぞれの地点の有孔虫群集が形成される要因を検討した.トカラ列島周辺の起伏に富む海底地形と黒潮の強い流れによって,局所的に多様な有孔虫遺骸群集が生まれることが推定された.

トカラ列島周辺海域における現生貝形虫相の空間変化

中野太賀・岩谷北斗・鈴木克明・板木拓也

本研究では,生物地理分布境界である渡瀬線が設定される小宝島,悪石島間における海洋生物相の変化を,現生貝形虫をモデル生物として用いて検討した.解析にはGB21-3航海によって採取された表層堆積物5試料を用い,トカラ列島北部周辺海域における現生貝形虫組成の空間分布を明らかにした.結果として,54 属150種以上の貝形虫が認められた.産出した貝形虫の多くは東シナ海で一般的に報告される亜熱帯– 熱帯域に生息する分類群であった.R-modeクラスター分析の結果,4つの貝形虫種群に区分され,Q-modeクラスター分析では4つの貝形虫相が認められた.これらの種群や貝形虫相は特に底質によって変化する傾向が認められた.また,トカラ列島南部周辺海域の貝形虫相と比較した結果,貝形虫相は渡瀬線によって変化せず,黒潮の流路分布と調和的な傾向を示した.トカラ列島周辺海域の貝形虫相の空間分布は黒潮の影響を受けて形成されている可能性が示された.

トカラ列島周辺海域から海洋底調査航海GB21-1・GB21-2により採集されたウシオダニ類

安倍 弘

産業技術総合研究所により,2021年にトカラ列島周辺海域で行われた海洋底調査航海(GB21-1,GB21-2)において,4調査地点から採取された底質から,フキヨセダニ属,ナミウシオダニ属,ヒシウシオダニ属,ハナマルダニ属,ローマンダニ属,スナホリダニ属の6属12種のウシオダニ類,ならびにウシオダニ類と思われるが属が不明である個体とコナダニ類1種が採集された.ウシオダニ類が生息する底質の間隙の大きさが,ウシオダニ類における属の多様性の制限要因となることが知られているが,今回の調査では,属によっては底質の粒径及び組成よりも水深が分布における大きな制限要因となることが示唆された.

トカラ列島南西海域より採水した底層水の水素・酸素同位体組成

及川一真・宮島利宏・高柳栄子・井龍康文

GB21-1航海において採取された32地点の底層水(水深248 m~1,169 m)の水素・酸素同位体組成(δD値およびδ18O値)を検討した.その結果,天水線の定数項であるd-excessが,沖縄トラフ東縁および宝島北部と,宝島南部および宝島沖東方とで異なる値を示すことが明らかになった.また,塩分– δ18O値の関係は調査海域内および水深ごとに異なる傾向を示した.これらの結果は,トカラ列島南西海域では,(1)各海域の水塊の起源が異なる可能性,(2)各海域の海水の起源は同じであるが混合率が異なる可能性,(3)両者,のいずれかであることを示唆する.

GH18航海において石垣島近傍海底で採取された堆積物の石灰質ナノ化石の追加検討

宇都宮正志

2018年にGH18航海で石垣島近傍の海底から採取されたOK60-5の泥質部について石灰質ナノ化石年代を検討した.試料からは終産出層準がCN12a亜帯の上限(2.76 Ma)を規定するDiscoaster tamalisが産出し,CN12a亜帯下部に終産出層準(3.61 Ma)をもつSphenolithus spp.が産出しない.これにより本試料の堆積年代は3.61 –2.76 Maに制約された.